選択肢に抗えない (さいしん)
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第1話 選択のプロローグ


淫フィニット セ〇リアを読んだので初投稿です。





 

 

「………………」

 

 カーテンの隙間から太陽の光が差し込む部屋で、俺は今日も目を覚ます。部屋の主を起こす為、ジリリリと鳴り続ける時計に触れる前に、自分の頬を抓ってみる。

 

「……痛い」

 

 その痛みが夢でない事を我が身に教えてくる。

 今日もまた、夢のような現実が始まってしまうんだ。

 

 喧しく鳴り続ける時計を止めてホウッとため息。目が覚めて頬を抓る。毎日毎朝、こんな事をもう何年も続けている。いつか自分の今が、全て夢なのだと教えてくれるのではないか……そんな淡い思いで欠かさず続けているのだが。

 

「今朝も夢じゃなかったか」

 

 そろそろ母親が呼びに来る頃だ。俺も気持ちを切り替えないといけない。今日も1日気を張って過ごさなくてはならないんだ。

 

「……よし」

 

 頬を何度か両手で叩き、心に活を入れた俺は机の上に置いてあるランドセルを背負って部屋を出た。階段を降りていくと、朝ごはんの良い香りが鼻をくすぐる。

 

「あら、おはよう旋焚玖!」

 

「おはよう旋焚玖。今日も1人で起きれて偉いなぁ」

 

「……―――ッ、オッハー!!」

 

 それは満面の笑み。

 自分でも引く程のにっこりスマイルで、両親へと元気に挨拶を返す俺。

 

「あらあら、今朝はずいぶんご機嫌さんねぇ」

 

「ははは、昨日はクールぶってたのになぁ」

 

「はは…あはは……………はぁ…」

 

 ハイテンションな挨拶を済ませた俺は、打って変わって曖昧な愛想笑いを浮かべながら食卓につく。

 

(……旋焚玖、か)

 

 この世界の両親から呼ばれる名前にも流石に慣れてしまった。

 『旋焚玖』と書いて『せんたく』と言う。

 

 それが俺の名前だ。

 由来は何なのか。何を意図して付けたのか。ぶっちゃけ洗濯なのか選択なのか。間違いなく俺は後者だと思う。

 

 ああ、俺のフルネームは『主車旋焚玖』。

 『おもぐるませんたく』だって? いいや『しゅしゃせんたく』だ。完全に取捨選択やんけ! アホか!

 

 言葉が話せるようになってから真っ先に母親に問いただしたが、何故かこの世界には『取捨選択』という四文字熟語が存在しなかったのだ。うぅ……意味分かんねぇ…。

 

「旋焚玖は今日何時に帰ってくるの?」

 

「んぐんぐ……んー、分かんない。一夏と遊んで帰るかも」

 

「そう? 遅くなるようだったら電話してね」

 

「ん、分かった」

 

 小学生の朝は早い。

 パパパッと飯を食って用意を済ませた俺は、忘れ物がないかのチェックをして玄関で靴を履く。

 

「行ってきます」

 

「あれ、旋焚玖、今日は頬っぺたに行ってきますのチューはいいの?」

 

「うぐっ……いや、それは…」

 

 ニヤニヤ顔を浮かべた母親が玄関まで見送りに来る。その後ろにはちゃっかり父親の姿もあった。

 

「あんなに昨日母さんにねだってたじゃないか。『ママぁ! 行ってきますのチューしてよぉ!』って地団駄まで踏んでなぁ?」

 

 おいマジでやめてください。

 息子の心を抉らないでください。

 

「き、昨日は昨日なんだよ! 行ってきまーす!」

 

 何をどう弁明すれば良いのか、まるで思いつかない俺は2人からの温かい目に耐えられず逃げるように外へと出るのだった。

 

「あっ……行っちゃったわね。昨日は久しぶりにママって呼んでくれたのに、あの子も反抗期なのかしら」

 

「小2で反抗期は早いだろ。きっと思春期なんだよ」

 

「あなたったら、思春期の方が早いわよ」

 

「ははは、それもそうか」

 

 

.

...

......

 

 

「おはよう」

 

「あ、おはよう旋焚玖くん!」

 

 何事もなく通学路を抜けて、何事もなく教室までたどり着けた。今日はなんだか穏やかな1日を過ごせそうな気がする。教室に入り、何人かに声を掛けられたが無難に対処できた。

 

「ふぅ……」

 

 席に着いた俺はランドセルから中身を取り出し机にしまっていく。穏やか……無難……とてもいい言葉だと思う。

 

 生前はそんな生活が当たり前だったから麻痺してたんだ。激情なんか早々要らない、吉良吉影みたいな生活が実は幸せの形なんじゃないかと、最近割と本気でそう思うようになってしまった。

 

「ため息なんかついて、どうしたんだよ?」

 

「ん…?」

 

 下を向いていたから気配に全然気付かなかった。顔を上げると、2年に上がってからよく話すようになったクラスメートで、俺と隣の席の一夏が手を挙げて声を掛けてきていた。

 

「よっ! おはよう、旋焚玖!」

 

「ああ、おは……―――ッ!?」

 

 瞬間、目の前にある全てが停止した。

 音、物、空気、人、何もかも一切合切が動かなくなる。目の前の一夏も、その後ろの机にランドセルを置こうとしている少女も、瞬きすらせず完全に停止している。

 

 時が止まった世界とでも言えばよいのだろうか。そして、この不可思議な世界を認識しているのは俺だけだ。そう、俺だけがこのSFな現象を知っているんだ。なのに俺も他の皆と同じで全く動けない。ホントまるで意味ないよね状態だ。全然嬉しくねぇよ。

 

 そんな俺の目の前に『恒例』の【アレ】が現れた。

 

 

 

【元気良くおはようと挨拶を返す】

【アンニュイな感じで頷くだけに留まる】

 

 

 

 RPGやら何やらのゲームをしてたらさ、所々で【選択肢】が出てくるだろ。まさに今の状況がそれなんだよ。しかもどちらかを選ぶまで、ずっとこのままなんだ。動けないの、俺も。どう足掻いても動けないの、マジで。

 

 こんな生活をもう8年も送っている。頭おかしなるで、ほんま。今朝だって何が【オッハー!!】だよ。朝からそんなテンション高い奴いたらウザいわ。ただもう一つの選択肢が【うるせぇ、クソ共】だったんだ。流石にそれは選べんだろ……。

 

 母さんに頬にキスをねだったのも本心じゃねぇからな。アホみたいな選択肢しか無かった中でそれが一番マシだったんだよ!

 

 んで、今回の選択肢は……うむ、無難な選択肢じゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。変にクールぶってるって思われるのも癪だし、ここは【元気良くおはようと挨拶を返す】で決まりだな。

 

 どちらかを選ぶと【指の形】をした【マウスカーソル】的なヤツが浮かび上がる。完全に俺の脳内とリンクしてやがるけど、もういちいち考察するのも諦めたさ。カーソルに動けと念じ、【元気良くおはようと挨拶を返す】の上まで持っていく。

 

 ポチッとな。

 ピコンっ♪と効果音が鳴ったと同時に、景色の全てが元に戻る。

 

「おはよう、一夏!」

 

 選択したら最後、必ずその選択肢の内容に沿った行動を強制的に取らされる事になる。俺の意思なんかまるっきり無視だからな。今までそれのおかげで何度変な目で見られた事か……あぁ、思い出したくない。

 

 だから俺はひたすらに願う。

 意味不明な場面で意味不明な選択肢だけはやめてくれと。

 

「なんだよ、元気じゃんか! ほら、箒も挨拶しようぜ」

 

「わ、分かってる! 今しようとしてたところだ!」

 

 一夏の後ろの席に座る篠ノ之と目が合った。俺は一夏ほど、まだこの子とはあまり話した事がない。一夏も最近ちょこちょこ話すようになったらしい。

 

「お、おはよう、主車」

 

「……―――ッ!?」

 

 目に写る景色がモノクロに変わる。

 いやいやまたかよ!? 間隔短いって、さっき止まったばっかだろ!?

 

 【選択肢】はいつでもどこでも突然やってくる。ホントのホントに俺の意思なんて汲み取ってくれない。全てが止まった世界で、羅列された文字が浮かび上がった。

 

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 

 はい死んだ。

 この物語は早くも終了ですね。

 

 






思いつきで書いてはいけない(戒め)
出オチすぎるので続くかどうかは未定です。


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第2話 選択のタイミング


主車旋焚玖くんの自己紹介、というお話。



 

 前世の存在を信じているか?

 信じている、信じていないは人の思いによるものだ。俺は全く信じていなかった。だが、今の俺は前世の存在を知っている。信じてはいないが知っているんだ。

 

 死して再び魂が転生した者だけが知る不可思議。何の因果か、俺がそうなんだ。そう……俺は一度死んでいる。いや、死んだと思う……と言った方が良いのかもしれない。仕事の帰りに車に轢かれたんだ。そこで俺の意識は飛んだ。

 

 目が覚めたら病院でも死後(?)の世界でもなく、見知らぬ女性(まぁその人が母さんだった訳だが)の乳がドンと目の前にアップで迫っていたんだ。あれはホントにたまげたね、これが天国なのかと本気で思っ……いや、やめておこう。

 

 まぁ何だ。

 俺の前世は一言で表せば、超平凡だったと思う。山なし谷なしな人生。流れるまま流されるままに、見えない敷かれたレールを逸れる事なく歩むだけの人生だった。

 

 自分から進んで行動する事など数えるくらいしか無かったと思う。交友関係も狭くはないが広くもなく、浅くはないが親友と呼べる程深い関係になった奴はいなかった。学業も親から平均は取れと言われ続け、平均より少し上を取り続けた。大学も可もなく不可もなくなところに進学し、就活も特に滞ることなく中小企業へ行けた。

 

 自分が場の中心になる事など1度もなかった。

 それはこの先も変わらないだろう。自分はワイワイ騒いでいるグループの中心ではなく、その端に居るその他の1人的な立ち位置のままなんだろう。自分は決して主人公にはなれない、モブキャラなんだ。

 

 でもそれを苦に思った事はないし、そういう人生だと受け入れていた。ただ、車に轢かれ衝撃で身体が吹っ飛んだ時……薄れゆく意識の中で、走馬燈のように少しだけ思ったんだ。

 

 俺の人生って何だったんだろう、と。

 平坦平凡な人生だったけど、誰に迷惑を掛ける事なく生きてきたつもりだった。その結末がこれなのか……25にも満たず呆気なく死んでいく……俺は一体何のために生きてきたんだろう、と。

 

「モブキャラらしい最後なのかな……主人公ならどんな………」

 

 意識が暗闇に沈む直前、そんな事を呟いたっけ……。

 その結果が

 

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 

 望んでない!

 望んでねぇよ、こんな意味不明な世界! 確かに死ぬ間際は思っちゃったよ? 平凡な人生とか正直つまらんかった、とか思ったさ。ああ、思ったさ! でも極端すぎるだろ! 生まれ変わっただけでもお腹いっぱいなのに、なんでこんな事になってんの!? 劇的な毎日すぎて禿げるわ! 主にストレスと未知の恐怖で禿げるわ!

 

 うぅ……嘆いていても始まらねぇんだ。っていうか動いてくれねぇんだ。どっちかの【選択肢】を選ぶまでずっとこのままなんだ。今日もやっぱり穏やかな1日を送らせてはもらえそうにない。

 

 なら自分は抗うだけだよちくしょう…!

 どっちの【選択肢】が正しいのか……いや、この場合どっちもどうせ不正解なんだ、どっちの方がマシな展開に持っていけるかを考えるんだ俺…!

 

 今の俺の心境はまさに一休さん。

 脳内でポクポクを奏でながら小さい頭をフル回転させる。

 

……ッ、これだ…!

 

 

「おはよう、今日のパンツくれ」

 

「なっ…! き、貴様、いきなり何を言うか!?」

 

 顔を真っ赤にさせ、プルプル震える篠ノ之は、肩に掛けている謎の袋から竹刀を取り出し……へぁっ!? な、何で竹刀常備してんのこの子!?

 

「一夏から良い奴だと聞いていたのに……女子に向かって最低な男だな…!」

 

 うわっ、うわわ…!

 竹刀持っちゃったよこの子! 握られた竹刀の用途なんてめちゃくちゃ限られてるじゃないか! 殴るか切るか突くくらいしかないだろ!

 

 失敗は許されない。

 少しでも誘導をミスれば、待っているのは殴られる未来のみ…! ガクガク震えそうになる身体に喝を入れる。絶対に震えるな、平常心を保つのだ俺よ!

 

「……フッ、まだまだ青いな篠ノ之よ」

 

「な、何だと…? というかそんなに話した事ないだろ」

 

 スルースルー。

 こういう時の処世術はもう何度もやってきた。相手の言葉を待ってちゃいけないんだ、自分が話しきってしまうのがベストなんだ。

 

「言葉遊びをしらないのか? 俺が言った言葉をゆっくり言ってみろ」

 

「バカか! どうして私がそんな卑猥な事を言わねばならんッ!」

 

 ひぇっ……竹刀を握る手に力が入ってます! ってかコイツまだ小2だろ、何で卑猥とかいう言葉知ってんの? お前の方がよっぽど卑猥だな!(心の中では強気)

 

「ふぅ……いいか篠ノ之。俺はお前にパンつくれと言った。パンツくれとは言ってないぞ?」

 

「ますます意味が分からんぞ!? お、おい一夏、コイツ頭おかしいんじゃないのか!?」

 

 小学生って割とひどい事でも平気で言うよね。別に傷ついてないからいいけど。俺強いもん。

 

「ん~~~……あっ、俺、分かった! こういう事だろ旋焚玖? パン、作れって事だろ!?」

 

 流石は我が友一夏。

 お前のおかげで何とか痛い目みずに回避できそうだ。篠ノ之も、あっという顔になったし。

 

「むぅ……パン作れ、か。紛らわしい言い方しおって。しかも挨拶に全然関係なかったし」

 

 ははは、それは俺が一番聞きたい。

 話の流れに沿った【選択肢】ばかりじゃないのがホントにキツいんだわ。何の脈略もない【選択肢】に塗れた時の絶望感……何度味わっても慣れねぇよぅ…。

 

「すまんすまん。昨日テレビでそんな事を言ってたのを観たんだ」

 

 観てないけど。

 

「テレビで観たなら仕方ないな! ほら、箒も竹刀しまえよ」

 

 一夏っていいヤツだなぁ。

 天然でフォローしてくれるし、これまでも何度か助けてもらってたりするし。

 

「わ、分かっている! 今しまおうとしてた!」

 

 ううむ、篠ノ之って何かずっとプンスカしてるなぁ……ま、別にだからと言って俺がどうこうする訳でもないし、いいんだけどね。あくまで篠ノ之は一夏の友達なんだ。友達の友達は……ってやつだな、うん。

 

「あ、そうだ旋焚玖。今日俺の家に遊びに来ないか?」

 

「一夏の?」

 

「ああ! たまには一緒にゲームでもしようぜ!」

 

「ゲームか……いいな、行こう」

 

「へへっ、そうこなくちゃな!」

 

 赤ん坊からやり直して幼稚園と小学校と。

 自分の精神年齢も、年相応まで落ちてきている錯覚に陥る今日この頃。まぁ別に悪い事ではないと思いたい。正直ゲーム自体にはあまり興味ないんだが、誘われたら付き合ってしまう流されやすい性格は中々直らないなぁ。

 

「でもいきなり行っていいのか?」

 

「大丈夫大丈夫! 千冬姉も歓迎してくれるさ!」

 

 千冬姉…?

 ふむ、一夏にはアネキがいるのか。俺は前世も含めて一人っ子だから、姉弟の居る感覚は分かんねぇけど、一夏の口振りからして仲は良好そうだ。2人で遊ぶのも何だし、一夏の姉ちゃんと3人で遊ぶのもアリだな。一夏の姉ちゃんも同じ小学生だろうし。

 

「……おい、主車」

 

「ん…どうした、篠ノ之?」

 

「千冬さんを怒らせるなよ」

 

「はぁ…?」

 

 さっきのやり取りを懸念してんのか?

 大丈夫、とは言えないが俺だって変な【選択肢】さえ出てこなけりゃ普通に接するっての。

 

「死にたくなければあの人を怒らせるな。いいな? 私は忠告はしたぞ?」

 

「え、なにそのマジトーンは」

 

 え、え、一夏の姉ちゃんなんだろ?

 高学年くらいの姉ちゃんじゃないの? アレなの? 小学生は小学生でもアラレちゃんみたいな怪力の持ち主なの?

 

「なぁ一夏、お前の姉ちゃんって何歳?」

 

「んーっと、確か17歳くらいだったと思う」

 

 随分年が離れてるんだな。

 高校生、か。確かに小学低学年からしたら、高校生なんてのは超がつく大人だもんな。大人が怒れば子供は怖がって当たり前だ、きっと篠ノ之もその感覚で大げさに言ってるんだろう。

 

「そうそう! 千冬姉の影響で俺も箒の道場に通うようになったんだ」

 

「ああ、剣術道場だっけか? 姉ちゃんは強いのか?」

 

「おう! この前も全国大会で優勝したんだぜ!? すげぇよ千冬姉は!」

 

 え、全国ナンバー1の剣術家なのでせうか?

 

「千冬さんな……この前もウチに来た道場破りの男をフルボッコにしてたよ、素手でな……」

 

 え、拳術家でもあるのでせうか?

 アカン……第6感がビンビンに反応しやがる。コイツの家に無策で行くのはあまりに危険だと、俺の経験が警報を鳴らしてくる…!

 

「あー、ちなみに一夏君や。君のお姉さんはどんな人なんだい?」

 

「えっと、んーと、そうだな……アレだ! 切れたナイフだな!」

 

「なんてことだ……」

 

 コイツの姉ちゃんは芸人だったのか……。

 いやそんな訳ねぇよ、多分触れれば切れるナイフのような雰囲気ってな感じを伝えたかったんだろうし、十分伝わったよ、うん。

 

「怒ったら怖い?」

 

「「 超怖い 」」

 

 あ、うん、2人してハモるレベルなんだな。

 

「まぁまぁ、確かに千冬姉も怒ったら怖いけど、別に怒らせなきゃいいだけだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 何より会ってもない人の事を悪く思うのは良くない。それこそ一夏にもコイツの姉ちゃんに対しても失礼極まりないってやつだ。

 

 変な【選択肢】だってさっき出たし、もう今日は出ないだろ、HAHAHA!

 

 

.

...

......

 

 

「ただいま、千冬姉!」

 

「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」

 

「お邪魔し……―――ッ!?」

 

 放課後までなりを潜めていたあの感覚がここでやってきた。わざわざ一夏の姉ちゃんと初対面したタイミングでやってきた。やめて、止まらないで、選択肢出てこないで。

 

 しかし現実は非情である。

 

 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 

 はい死んだ。

 この物語は早くも終了ですね。

 

 






原作開始まで辿り着けるのだろうか(不安)



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第3話 私を見透かした男

千冬さん勘違う、というお話。



「……ふむ、そろそろか」

 

 一夏たちはもう学校を出て、ウチに向かっている頃だろう。

 しかし何だな……アイツが友達を家に連れて来るとはな。

 

 アイツが小学校に上がる頃から両親は居なくなった。姉の弟贔屓と言われればそれまでだが、一夏は出来た男だ。まだ小学2年生なのに、現状2人で生きていく事の辛さを分かっているのだろう。

 

 小学生ならあって当然のワガママらしいワガママも言わず、あの歳で少しでも私の負担を減らそうと家事や洗濯まで進んでしようとする。普通の小学低学年なら友達と遊びたい盛りな筈なのに、それすら我慢して。

 

 そんなアイツが昨日、私に言ってきたんだ。

 

 

『千冬姉……あの、明日、友達家に呼んでもいい?』

 

 

 良いに決まっている。むしろ大歓迎だ。

 私もここの処、バイトやらIS学園の事やら剣術稽古などが重なり、碌にアイツの事を見れてやれていなかった。この機会に学校の話も聞いてやらんとな。

 

 それに一夏が家にまで連れてきたいと思う友達、か。

 

 アイツは普段幼い癖して、一丁前に私の心配ばかりしているからな。恥ずかしくてアイツには言わんが、それは私の台詞なんだ。親が消えてこれからも色々不自由な思いをさせてしまうだろう。だが、私だって一夏には幸せになってほしいんだ。

 

 その一つとして、良い友にも恵まれてほしいものだ。今日連れてくる奴がいい意味で一夏と竹馬の友になってくれると良いが……。

 

 

.

...

......

 

 

「ただいま、千冬姉!」

 

「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」

 

 わざわざ前日に私から確認を取っていた事を言う必要もあるまい。私は知らなかった風を装い、一夏の連れて来た少年へと挨拶する。

 

「……こんにちは、私は一夏の姉の千冬だ」

 

……っとと、イカンな、どうも……つい、いつもの癖でジロジロと見てしまった。自分でも時折嫌になる私の癖は、それがたとえ子供相手でも中々直ってはくれないらしい。

 

「ほら、旋焚玖! 学校で話した俺の姉ちゃんだ!」

 

 一夏に押される形で『せんたく』と呼ばれた少年が一歩前に出てくる。私とはっきり目が合った………が、何だその…見透かしたような…悲しげな眼は…?

 

 そして、私は初めて会った少年に、心をえぐられる事になる。

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

「……!?」

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を「よせ、一夏!」で、でも!」

 

「いいから、少し黙っていろ」

 

 胸ぐらを掴みかからんとする一夏を制止する。

 いや、私だってカチンと来たさ。相手が小学2年だからと言って、初対面で言っていい事と悪い事がある。普通ならゲンコツの一発でも喰らわすところだが、表面上に受け取る言葉ではないと、コイツの眼が雄弁に語っているから止めた。

 

「私が不細工だと?」

 

 別に私は自分の事を美人だ、などと思った事はない。いや、すまん、正直割と美人な部類に入ると思っているが……と、とにかく今はそんな事はどうでもいい。私が聞きたいのはそういう事じゃない。

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

「うぐっ……わ、分かったよ」

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 コイツ…!

 

「ど、どういう意味だよ旋焚玖?」

 

 一夏は何が何やら分からんといった感じだ。そりゃそうだ、コイツの言葉は、一夏にも気付かれていなかった私の本性を指しているのだから。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 敵……そうだ、私と一夏は親に捨てられた時から周りに敵しか居なくなった。家計を助けてやるなどと、甘い言葉で誑かそうとしてくる大人達、堕ちた私達の環境を嘲り笑ってくるクラスメイト……いつしか心から信頼出来る者など居なくなった。

 

 一夏を守るために強くなくては…!

 

 そう思えば思う程、私は周りの人間が全て敵に見えた。隙を見せれば奴らは下卑た眼で私を喰らおうとする。

 

 望んでもいない世間からの同情の目。一夏達をしっかり育てていかねばならないという、見えないプレッシャー。慣れない家事に家計のやり繰り。学生でありながら、保護者としての対応。言い出してはキリのない敵の群れ。

 

 決して奴らに隙を見せるな。

 警戒心を怠るな。

 私は強い。剣術でもISでも私は誰よりも強いんだ。この力で一夏を敵から守るんだ。

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 言い返せなかった。

 少なからず自覚はあったんだ。一夏にすら時々恐れられていた事を。それ程までに私は周りを威嚇していたんだ。

 

 何も言い訳できない。いや、したところでコイツの眼で見据えられると何も隠せる気がしない……無為に取り繕っても嘘だと見透かされる気さえしてくる。

 

「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」

 

 相手が一夏と同い年である事など、この時には頭から完全に消えてしまっていた。そのかわりに、束すら気付いていない私の本当を、たった一瞬で見透かした男にぶつける。

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 込み上げてくる前に上を向いた。

 それでも涙が溢れ出す。

 

 信じろ。

 この男はそう言っているんだ。

 無為に敵を作るな、自分を信じてくれ。

 そう言っているんだ…!

 

「ち、千冬姉!? どうしたんだよ急に!?」

 

「き、気にするな、少し目にゴミが入っただけだから。それと……お前、名は?」

 

「主車旋焚玖です! いや、ホント! 俺、主車旋焚玖ッス!」

 

 旋焚玖、か。

 さっきまであれだけどっしり構えていたのに、急にソワソワしだしたが、まぁ気のせいだろう。

 

「一夏、いい友達を持ったな」

 

「あ、ああ! 旋焚玖も別に千冬姉の悪口を言った訳じゃないんだよな!?」

 

「当たり前だろ! 当たり前だろうが、あぁッ!?」

 

「な、何でそんな怒ってんの!?」

 

「うるせぇ! いいからゲームすんだろ!? あくしろよ!」

 

 ふふ、先程までとはまるで別人みたいだな。

 主車旋焚玖……面白い少年…いや、面白い男だ。

 

 一度、世界一の問題児に逢わせてみるのも良いかもな。

 

 




次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。


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第4話 見透かしてねぇよ、ねぇ


旋焚玖は全力で考える、というお話




 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 ふざけんなよ、マジで。

 なんだこのケンカ上等な選択肢は!? 相手初対面だぞ、オイ! いつもみたいな小学生相手じゃねぇんだぞ、マジで!

 

 学校でもトンデモ選択肢はこれまで何度もあった。旋焚玖がそれを今まで乗り越えてこられたのは、相手が小学生しかも低学年だったからだ。幼子を下に見るつもりは決してないが、アホな選択肢でも『勢い』と小学生じゃ分からない『難解な言葉』を駆使する事で、これまで凌いできたのだ。

 

 しかし、今回ばかりは違う。

 

……相手、高校生じゃん。その場のノリと勢いだけじゃ誤魔化せないじゃん。どうすんの、俺……どっち選んでも無礼なクソガキ確定じゃん。

 

 だがそれでも、どっちか選ばないとずっとこのままだ。時の止まった世界で、自分も動けないまま、意識だけが途切れず続く拷問世界に浸っていなければならない。

 

 前者を選ぶか、後者を選ぶか。

 剣術だか剣道だかの全国大会優勝者を弱いと蔑むか、どう見ても顔の偏差値トップ大学レベルな女性に不細工だと蔑むのか。

 

 結局、どっちも蔑むじゃないか……クソったれぇ(諦めの境地)

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

 

 悩んだ挙句、後者の選択肢を選んだ。理由などない。どれだけ考えても弁解出来るビジョンが浮かばなかったんだ。どっちを選んでも無礼者が確定するんだし、もうどうでもいいかなって……ああ、お姉さんが目を大きく見開いていらっしゃる。

 

 そりゃそうだ。

 連れてきた友達が開口一発目でブスときたら、唖然とするに決まっている。俺なんかもう、普通に泣きそう。一夏の姉ちゃんに対する罪悪感と、自分への理不尽な境遇で涙が出ちゃう。

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を―――」

 

 一夏が俺に掴みかかってくる。

 ああ、そりゃそうだ。自分の姉を悪く言われて怒らない弟なんていないよな。もう完全に詰みじゃね? 一夏との友情も終わったっぽくね? 

 

 しかし、意外にも俺は殴られなかった。

 一夏の姉ちゃんが止めたんだ。

 

「私が不細工だと?」

 

「……ッ!」

 

 言葉の淵に怒りは感じられない。

 かと言って、「何をバカな事を」と呆れられている感じもしない。

 

 彼女の言葉に含まれた感情を読み取れ、旋焚玖よ…!

 この世界に生まれてから今まで、ずっと人の眼、人の心を気にし続けてきたのは何の為だ…!

 

 

 この時の為だッ…!(無茶な選択肢から身を守る為)

 

 

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

 やめて一夏くん! 

 拳を振り上げないで!

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

 よーしよしよしよし!

 ここまで言ったのに、また止めてくれた…って事は…つまり……?

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

 うッ……しゃぁッ!! オラァッ!!

 やっぱり何か勘違いしてくれてらっしゃる!! ここは乗るしかない、この流れに!

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 驚いている、明らかに驚いてるぞ!

 

 殺気?

 んなモン感じられるワケねぇだろ!

 

 たまたま帰りの途中で、一夏から軽く家庭の事情を聞いていたのが功を奏した。聞いていて楽しい気分にはならない話だったが。

 

 一夏達は両親に捨てられたんだと。

 一夏が小学生に上がる前の事だったらしく、親の顔すら覚えてないから自分は悲しくはないと。ただ、そのせいで一夏の姉ちゃんが辛そうで、日常でもピリピリした雰囲気を纏う事が多くなったと。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 子供にはまだ難しい話だが、身寄りの無い学生が生きるとなると、苦労する事だらけだ。これまでこの姉ちゃんは、そんなモン達からずっと独りで一夏を守ってきたんだろう。

 

 全国大会で優勝したのも、もしかしたら周りの弊害から一夏を守る一心から付いてきた結果なのかもしれないな。あくまで勝手な俺の憶測だけど。

 

 よく考えてみれば、そんな人に【弱い】なんか禁句中の禁句じゃねぇか! え、選ばなくて良かったぁ……運も味方してるぜ、オイ!

 

 運も流れもきている、後は畳み掛けるだけだ!

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

 うん、何だろ。

 自分でも何言ってるかよく分かんない。けど、それっぽい事は言えてると思う。達人は達人を知る…的な感じでいくのだ!

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 正確には『切れたナイフ』って言ってたけどな。それじゃ某芸人を思い出すから、この状況ではNGだ。……っとと、アホな事思ってる間に、どうやら佳境に入ったようだ。

 

 あとはこのまま流れに任せて「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」へぁ?

 

 ちょっ……調子こいたぁぁぁッ!

 Yes or Noの疑問じゃねぇ、What的な疑問できやがったぁぁぁッ!

 

 やべぇよ、やべぇよ、どうすれば良いって聞かれてもどうすれば良いんだ!? えぇい、ちょっと俺が調子に乗ったらすーぐコレだ! 

 

 と、とにかく俺は既に無条件降伏している意を示すしかない!(錯乱)

 

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

 

………ど、どうだ…?

 

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 

 この反応は……やったぜ。

 俺は成し遂げたんだ。

 

 俺の平穏は今日も守られたんだ。なんかやたらこの人から見られてる気がするけど……うん、気のせいだ、うん。一夏とゲームしてる時も、ぷち休憩してた時も、トイレを借りようとした時も視線を感じたけど気のせいに違いないんだ。 

 

 

.

...

......

 

 

「ふぅ……それじゃあ、そろそろ帰るわ」

 

「おっ、そうか?」

 

 ゲームをするなんて久々だったが、途中から自分の精神年齢も忘れるほど楽しんでしまったな。

 

「『無双OROCHI3』か……またやりたいな」

 

「ならまた来い。なぁ、一夏」

 

「えっ、あ、ハイ」

 

 う、後ろに居たのか……え、いや、なんか距離近くない? 後ろっていうか背後やんけ。いや言わないけどさ。言ったら確実に面倒な事になりそうだもん。

 

「おお、そりゃいいな! んじゃ今度はこの続きからしような!」

 

「おっ、そうだな」

 

 一夏の笑顔が眩しいぜ。

 でも、そんな一夏のスマイルが霞むほど、今の俺は変なプレッシャーを感じてるんだぜ。今はただ、早くおウチに帰りたいぜ。

 

「おい」

 

「な、なんでしょう…?」

 

「いや、私が通っている道場があるんだが……まぁ、一夏も最近通いだしてな」

 

 え、なに急に。

 話題振るの下手すぎだろこの姉ちゃん。いや、言わんけど。

 

「剣術をメインで教えてくれる道場でな……まぁ何だ。良かったらお前もどうだ? 武道は心身を成長させてくれるしな」

 

 ちょっと何言ってるか分かんない。葡萄にそんな効果ねぇよ、あったらみんな食ってるわ。

 

「おっ、そりゃいいな! 旋焚玖も来いよ!」

 

 行く訳ねぇだろバカ! 汗水垂らしてしんどい思いすんのは、前世でお腹いっぱいなんだよバカ! 分かったかバカ! バカアホ一夏!

 

「ふふ、お前も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろアホ! アホ女! 何を知った風な事言ってやがるケツの青い小娘が! お前さっき泣いてた事日記帳に書いてやるからな! なぁぁ~にが悲しくてビシバシ竹刀で叩かれにゃならんのかて! 俺はこの世界じゃ植物のように慎ましく平穏な……―――あ、ちょちょちょ、待ってくれ! 

 

 俺の意志とは無関係に景色がモノクロに変わりゆく。

 この状況でさらに【選択】の刻までくるのですか…?

 

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 ここで【強制イベント】かよぉぉぉッ!!

 

 

 ※【強制イベント】……それは言葉が違うだけで、内容は全く同じという、まるで選択する意味を成さないモノであり、稀によくある事だったりする。これを旋焚玖は【強制イベント】と呼び、忌み嫌っている。

 

 

「ありますねぇ!」

 

 

 旋焚玖の平穏はまだ遠い。

 

 





千冬姉からの好感度超上昇。


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第5話 私が見誤っていた男



箒さん勘違う、というお話。





 

 

「今日、アイツが来るのか」

 

 道場で一稽古を終えた私は、タオルで汗を拭いながら少し休憩に入る。

 

「主車旋焚玖……フン、私には関係ない」

 

 学校で何か騒がしい事が起こると、決まってその発端はコイツだ。クラスのムードメーカー的な存在だと言えば、確かに聞こえはいい。

 

 実際、主車はクラスの皆と分け隔てなく接しているし、一夏も主車の事を一緒に居て楽しい奴だと言って、最近はよく遊んでいるようだ。そのたびに私も一夏から誘われるのだが、ずっと断っている。

 

 私は主車があまり好きではない。

 

 普段は物静かで大人しいのに、急に訳の分からない事を言ってきたりするところが特に苦手だ。一夏の奴はそれが面白いと笑うが、私は揶揄われている気がして、正直笑えない。変な事を言ってきたと思ったら、学校では習っていない私達には難しい言葉も使いだしてくる。その行為がまるで主車から見下されているように感じてしまうんだ。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 だから、関係ない。

 コイツがここの道場へ来ようが、私には関係ない。私は入口で靴を脱ぐ一夏達を視界に入れないよう、稽古を再開するのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 主車が声を掛けてきた。

 無視する訳にもいかず、返事をする。ただ、どうしても気持ちが先行して、ぶっきらぼうな形で返してしまう。出来れば私に構わないでほしいのだが……。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 コイツは一夏と隅っこで、基本の型稽古を習ってたんじゃないのか? そんなに早く終わるような内容でもない筈だぞ。

 

 私はコイツに指導していた千冬さんを見てみる。

 

「……(コクッ)」

 

「む……」

 

 頷くって事は、どうやら千冬さんもOKを出したようだ。もしやコイツ、初心者じゃないのか……? 確かに普段の言動からして、只者ではない気はしていたが……そういう事ならやってやろうじゃないか。

 

「両者、構えッ!」

 

 千冬さんの号で私と主車が竹刀を構える。

……ふむ、構えは中々堂に入っているな。どちらにせよ、手を抜くつもりはない。本気でいかせてもらう…!

 

「始めッ!」

 

 小細工は好かん。

 真正面から最短最速でいくッ! 防げるものなら防いでみろッ!

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

「え?」

 

 当たった。

 素っ頓狂な声が出てしまうほど、それはそれは簡単に。

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 膝を突いて頭を摩っている、めちゃくちゃ高速で摩っている主車に一夏が駆け寄る。え、えぇ……あ、千冬さんが驚いた顔してる。え、ホントに大丈夫なのか?

 

「……もう1本だ」

 

 立ち上がった主車は静かにそう言った。

 むぅ……気でも抜いていたのか…?

 

 まぁいい。

 私のやる事は変わらん。

 コイツな何を思っていようが、全力でやってやる。

 

 再び千冬さんの号で私は地を蹴った。

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 膝を突いて脇腹を摩りまくっている主車に駆け寄る一夏。いや、ちょっと……えぇ~…? 千冬さんは……どうして無言なのだろうか……。

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 

.

...

......

 

 

「……小手ッ!!」

 

「いでぇッ!!」

 

 い、痛いって言ったぞコイツ。

 というかもう何回目だ? もういいんじゃないか…? 今まで全部一合で済んでたから、そんなに負担はないが、それでも流石に疲れてきたぞ……。

 

「……ふむ、もう十分だろ旋焚玖」

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 私も驚いた。

 あんなに何度も私に竹刀でヤラれたのに、何故ここまで笑顔で居られるんだ。一夏だって私と初めて手合わせした時は、目に見えて悔しがっていたのに。男の癖にプライドがないのか…!

 

「よし、では少し休憩して……そうだな、竹刀の素振りから始めようか」

 

 千冬が旋焚玖に素振り稽古の仕方を教える。

 前に進んで一振り、後ろに下がりながら一振り。この二振りを篠ノ之道場では1本として数えている。

 

「……という感じだ、分かったな?」

 

「千冬姉、俺も一緒にするんだよな?」

 

「ああ。だが旋焚玖はただでさえあれだけ試合をしたし、そもそも今日は初日なんだ。これを100本して今日は上がろう」

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 主車の言い方は、まるでその場から離れようとしていた私の耳へ、わざと届かせるような……挑発めいた物言いだった。

 

 これだから私はコイツの事が好きになれん。素人が1000本も出来る筈がないんだ。出来もしない嘘を平気で吐く奴は嫌いだ。

 

「ほう…!」

 

 いやだから……どうして千冬さんは、そんなに嬉しそうなんですか!? いつものしかめっ面は何処へやったんです!? 怖いから言わないけど!

 

「なら1000本してみせろ。一夏はどうする?」

 

「よ、よぉし…! 旋焚玖がするなら俺もやってやるぜ!」 

 

「言ったな一夏!? 絶対だからな! 最後まで一緒だからな!? なっ、なっ!」

 

「お、おう? 何か急に必死になったな」

 

「フッ……はしゃぎおって」 

 

「……ふん」

 

 私はとても嬉しそうに頷く千冬さんをスルーし、その場から離れる。

 

 どうせすぐに音を上げるに決まっている。その時こそコイツに言ってやる。剣術をナメるなって。遊び感覚でやるのなら、もう此処へ来るなって引導を渡してやる…!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 どうやら500を超えたところで一夏がギブアップしたらしい。私はアイツらから背を向けてずっと稽古をしていたので、見てはいなかった。だが、一夏が一本一本声に出しながら振っていたので何となくは把握できていた。

 

 主車の声は聞こえてこない。

 フン、やっぱりだ。どうせもう音を上げ……ッ!

 

「……!……!……!……!」

 

 隣りでゼヒゼヒ息をしている一夏には目もくれず、黙々と……いや、一心不乱に竹刀を振っている、だと…!? そんなバカな…! アイツは初心者じゃないのか!? 私だって初めての素振り稽古じゃ、あそこまで続かなかったのに…!

 

 自分の稽古を止めて、主車が行っている素振り稽古を見つめる。お世辞にもキレがあるとは言いにくいし、どちらかと言えば不格好な素振りだ。

 

「旋焚玖が気になるのか、篠ノ之」

 

「ッ……べ、別に…」

 

 それまで主車の様子を見ていた千冬さんが、不意に声を掛けてきた。

 

「フッ、まぁいい。アイツと手合わせして、お前はどう思った?」

 

「……弱すぎます。初めて手合わせした一夏の何倍も弱かったです」

 

「ククッ、手厳しいな」

 

 何がおかしいのか、千冬さんはクツクツ喉を鳴らして笑う。この人がこんな楽しそうに笑うなんて初めて見るんだけど、アイツのどこに千冬さんは気を許したんだろう。

 

「千冬さんは違うんですか?」

 

「いいや、同意見だ。実際、剣の才能は無さそうだ」

 

……才能、か。

 嫌いな言葉だ。

 

「で、いつまでお前はアイツを見てるつもりだ?」

 

「ふん、どうせもうすぐ音を上げるに決まってます。それまでは見てやりますよ」

 

「そうか」

 

 千冬さんと並んで、アイツの素振りを見続ける。

 500が600に、600が700に。アイツは無心で竹刀を振り続けている。

 

 そして……800本を迎えたところで異変が起きた。素振りを続けるアイツの表情に、苦悶の色が浮かび上がってきた。

 

「お、おい、旋焚玖…! お前ッ、手から血が出てるぞ!?」

 

「!?」

 

 手の皮が剥けたのか…!?

 いや、それだけじゃない、あの様子じゃマメを潰したな…!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 痛みを押し殺した顔で、それでも素振りをヤメようとしない主車に、一夏がヤメさせようと詰め寄る。そうだ、止めてやれ一夏! 私もそこまでする姿なんて求めていない!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 そんなバカな…!

 遊び感覚でするなとは確かに思ったけど、でもッ……ここまでする事じゃないだろう!?

 

 千冬さんはその場から動かない。

 ただ、静かに主車に問い掛けた。

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

「……!……!……!……!」

 

 千冬さんの問い掛けに、主車は頷かなかった。

 本気でコイツは1000本までやるつもりなんだ。

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 千冬さんと一夏の言葉を受け取り、アイツの表情にも俄然気合いが入ったように見えた。私は……。

 

 

.

...

......

 

 

「はぁッ…! はぁっ、はぁッ……!」

 

 素振り稽古を1000本終わらせた途端、ガクッと座り込んだ主車の元に一夏が駆け寄り、その後ろからゆっくりと千冬さんも歩み寄っていく。

 

「すげぇよ旋焚玖! ホントに1000本しちゃったぞ!?」

 

「大した根性を見せてくれる。そんなに手をボロボロにしてまでな」

 

「そ、そうだ! 誰か救急箱を「そこをどけ、一夏。私が手当する」へ……箒…?」

 

 身体が勝手に動いていた。

 主車への労わりの心があった訳じゃない。ただ、どうしてもコイツに聞きたい事があったんだ。

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

 そうだ。

 コイツは私や一夏の知らない事を、たくさん知ってる奴なんだ。普段、あれだけ難しい事をペラペラ話すコイツが、手がボロボロになる予想はつきませんでした、などとは言わせない…!

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

 千冬さんの言う通り、コイツには才能はないのかもしれない、とても不器用な男だ。だが自分の言った事を最後まで貫き通せる強さを持っている。才能なんて言葉が霞むくらい、心の強さを持つ男だったんだ。

 

「そんな事はない」

 

 謙遜か……私はこの男を見誤っていたんだな。

 

 主車旋焚玖……か。

 

 






次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。



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第6話 見誤ってねぇよ、ねぇ

誰も分かってくれない、というお話。




 

 

「もうすぐ着くぜ」

 

「……ああ」

 

 気が重い。

 足が重い。

 何もかもが重い。

 

 

『ありますねぇ!』

 

 

 一夏の姉ちゃんから剣術道場へ誘われた時。あの時の一夏と一夏の姉ちゃんの嬉しそうな顔ったらさぁ……あんな顔されたら流石に撤回できないっす。もう完全に包囲網が完成された瞬間だった。完成させたのは俺なんだけど納得いかねぇよぅ……。

 

 まぁでも、いつまでも不貞腐れてる訳にもいかない。陰気は心にストレスを溜めるのだ。道場に通うのは既に決まってしまったんだ。ならもう受け入れて、楽しまないとやってらんねぇ!

 

「一夏はいつから通ってるんだ?」

 

「ホント最近だぜ? 千冬姉はもう何年も前からだけどな! 箒とも道場がきっかけで話すようになったんだ」

 

 篠ノ之か。

 個人的にあんまり顔を合わせたくないんだよなぁ。学校で毎朝【パンつくれ】って挨拶させられてるし。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 あ、篠ノ之が居た。

 んで、目が合った。

 んで、露骨に嫌そうな顔された。いや、ホントごめん。俺だって毎朝セクハラチックな挨拶してくる奴が、実家の道場にまで来たらテンション下がるもん。ほんと、あのパンツな【選択肢】を恒例化するのヤメてくれませんかね。パンの起源やらパンの雑学で何とか凌いでるけど、そろそろパンネタも限界なんだって。

 

 篠ノ之には近づかないよう、隅っこの方で過ごしていよう。

 

 

.

...

......

 

 

「……そうだ、竹刀はこう……こうやって握ってだな」

 

「あ、ハイ」

 

 俺たちの指導を自ら買って出てくれた一夏の姉ちゃんに、今は竹刀の持ち方を教わっている。一夏の握りを見様見真似でしようとしたら、姉ちゃんに止められた。姉ちゃん曰く、基礎を疎かにするとケガの元なんだとか。

 

 そういう事で、わざわざ俺の指を1本1本握って導いてくれた。この肌寒い季節に、姉ちゃんの手のひらがじっとり汗ってるのはツッコまないでおこう。

 

「よし、基本の型も一通りは出来たな。では次は素振りを……―――」

 

 

……おぉう、姉ちゃんの言葉を遮ってまで【選択の刻】ですか。素振りって言ってたし、姉ちゃんは真っ当な提案だったと思うんだけど、何が気に入らないというのか。

 

 

【基本は分かったし、織斑千冬にケンカを売る】

【基本は分かったし、篠ノ之箒に手合わせを請う】

 

 

 俺が気に入らなかったのか(唖然)

 いやでも、こんなモン前者選ぶ奴いねぇだろ。【(仮)強制イベント】ってヤツっぽいな。

 

 当然、俺は後者を選ぶ。俺を嫌ってる篠ノ之には悪いが、軽く1回試合したら終わるだろうし、そこは我慢してもらってパパパッとやっちまおう。

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 顔に気持ちが出てるなぁ。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 というか、コレもしかして楽々イベントじゃね? 確かに剣道の経験は前世でもないけど、相手は小学2年生だろ?

 

……幼女じゃん。負ける要素ないじゃん。怖がる要素もないじゃん。

 

 いや、待てよ……勝ってしまったら篠ノ之が可哀想だし、手加減して負けてやるのが男の甲斐性ってヤツだな。そうかそうか、これは俺の器の大きさをアピールするためのイベントだったんだな…!

 

「両者、構えッ!」

 

 適当に捌いて、適当に負けよう。

 

「始めッ!」

 

 幼女の姿が消えたと思ったら

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

 雷に撃たれたかの衝撃が、脳天からつま先まで全身に響き渡った……そして、少し遅れてから。

 

 いだだだだだぁッ!?

 痛いッ、痛いぞ!? とてつもなく痛いッ! うわ、ようじょつよいとか言える余裕もねぇ痛さだぞオイ!?

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 むりむり、絶対むり。

 幼女ナメてた。

 剣道ナメてた。

 竹刀ナメてた、竹刀でシバかれたらめちゃ痛い。

 

 なんだか心も身体も喝を入れられた気分だ。武道は真剣に臨まないと、ケガする恐れがあるんだぞって。

 

 ッ……そうか…!

 それを俺に教える為に選択肢が出たんだな!? よし、分かったぜ! 俺も今からは真剣に稽古に打ち込むぜ! だから……―――。

 

 

【もう嫌だ、と織斑一夏に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 おいふざけんな。

 急に何だこの選択肢!? 俺にだってそれなりにプライドがあるわ! 

 

「……もう1本だ」

 

 泣きつくだァ? 

 そんなカッコ悪い真似しねぇよ!

 

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 あ、やっぱりもういいわ。

 一夏に泣きついて抱き付こう。さっきからとっても心配してくれてるし。プライド? ないない、だって痛いもん。

 

 

【もう嫌だ、と織斑千冬に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 クソがぁぁぁッ! 一夏で来いよぉ!

 女子高生に抱き付ける訳ないだろ! 犯罪で捕まったらどうすんだ!!

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 バチコーン!!

 

 

【もう嫌だ、と篠ノ之箒に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 やめろバカ! ロリコン容疑がプラスされるだろうが!

 

「……もう1本だ」

 

 

.

...

......

 

 

 もう十分だ、十分堪能したよ。

 一夏→姉ちゃん→篠ノ之ときて、もう1度一夏に戻ってくるかと思ったら【少し離れたところで稽古をしている人】ときたもんだ。結構居るんだよバカヤロウ…! 人気道場か! 無駄に繁栄させんなよぉ…!

 

 だが光明も見えた。

 俺の計算が正しかったら、さっきの選択肢で道場内の全員1周した筈…! もう次こそ一夏だろ、一夏に早く抱き付かせろよマジで。

 

 

【道場近くに建つ篠ノ之家に入り、篠ノ之箒の親族を見つけた上で泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 くそぉ……(諦めの境地)

 

「……もういっ「ふむ、もう十分だろ旋焚玖」…!」

 

 エンドレスループに打ちひしがれていた俺を救ってくれたのは、女神織斑千冬様だった。第三者の介入により選択肢が解除されるのを感じた。

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 当たり前だよなぁ?

 これ程嬉しい事はないぜ。流石は一夏の姉ちゃんだ、俺がもう少し若かったらデートに誘うところだったぜ(現8歳)

 

 なんにせよ、これで休憩できる。

 俺はぼんやり、姉ちゃんの説明を聞いていた。

 

「……―――これを100本して今日は上がろう」

 

 素振り100本か。

 さっきのに比べたらまだ……―――あぁ?

 

 

【1000本の間違いだろ、千冬さん】

【10000本の間違いだろ、千冬ちゃん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 自分でも分かる。

 鼻声通り越して涙声になってるって、自分でも分かるんだ。

 

 俺の悲痛な想い……一夏の姉ちゃんに届け…!

 

「ほう…!」

 

 全然届いてねぇ!

 嬉しそうに頷いてんじゃねぇぞ、このショタコンが!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 知ってた。

 一夏が先に離脱するのなんて分かってたさ。一緒にするって言ってくれた時は嬉しかったけど、同時に頭の中でアレが浮かんできたんだもん。

 

 

『マラソン大会、一緒に走ろうな!』

 

『うん!』

 

『うおぉぉぉッ!!』

 

『一緒に走るんじゃねぇのかよ!』

 

 

 こうなる事は薄々気付いていたさ。

 ここからは己との無慈悲な戦いしか待っていない事を……ッ、痛ぅ…!?

 

 ちょっとー!? 手がものっそ痛いんですけどー!? ぜってぇこれマメ潰れてるって! 腕の感覚? とっくにねぇよ! むしろいい感じで麻痺ってたのに、手の痛みで腕のだるさ加減まで戻ってきやがった…!

 

 おい、一夏! 

 友達が手から血出してるぞ! 早く助けてくれ!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 それまで黙って見ていた一夏に動きあり。

 流石は一夏だ…! 

 熱い友情に感謝する…!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 何を言ってるんですか、ショタコン!?

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

 動かなーい!

 首が縦に動かなーい! あ、横には動く、全く意味がなーい!

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

 いや止めてくれよぉ!

 謎の信頼感やめろってマジでぇぇッ!!

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 ダメだこのアホ姉弟!

 し、篠ノ之! 常識を求めるお前ならきっと…!

 

「……………………」

 

 何だその期待に満ちた目は!? 

 あ、おい、何処行くの!?

 

 篠ノ之が道場から走って出て行っても、俺の素振りは止まる事はなかった。

 

 

.

...

......

 

 

 終わった……。

 俺はやったんだ……。

 1000本、やってやったぞこのヤロウ…!

 

 身体中痛い。

 腕が痛い。

 特にお手てが痛い。

 

 篠ノ之が消毒液の付いた脱脂綿でツンツンしてくる度に泣きそうになる。なるほどな、あの時道場を出て行ったのは、嫌いな俺のためにわざわざ救急箱を取りに行ってくれてたんだ。

 

 本当にコイツには申し訳ない気分になる。

 明日もいっぱいパンに纏わる豆知識を教えてやるからな。いや、小麦粉の話に派生させるのもありだな(パンツな選択は既に諦めている)

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」(悲壮感たっぷり)

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

「そんな事はない」

 

 いやホントに。

 全然そんな事ないから。

 ただただ選択肢が強すぎるの。ねぇ、分かる? 俺の意志なんて無関係なの。身体が勝手に動いちゃうの。ねぇ、分かって? だからそんなに持ち上げないでください、お願いします。

 

「だが、私は一夏や千冬さんのように甘くはないからな」

 

「……はぁ」

 

「まだまだ名前で呼ぶほど、気は許してないからな!」

 

 そう言って、篠ノ之は離れていく。

 後ろ足が弾んでるぞオイ、お前も俺を勘違うのか……また俺に変な期待を寄せる奴が増えちまったんだな……虚ろな瞳で篠ノ之の後ろ姿を眺めていると、ぬうっと知らん顔が横から入ってきた。

 

「強いな少年! 熱い心意気を見せてもらったぞ!」

 

 なんだこのおっさん!?

 

「「 柳韻さん!? 」」

 

「お、お父さん!」

 

 あ、篠ノ之のパパさんか。

 おっさんとか思ってすみませんでした。

 

「少年、名前はなんという?」

 

「……主車旋焚玖です」

 

 嫌な気配がする。

 この人からショタコンと同じ気配がする…!

 

「旋焚玖……うむ、良い名だ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「率直に言おう。ワシの弟子にならんか?」

 

 ならぬ!

 

「なっ…! 柳韻さん、それは…!」

 

「何を言ってるんですか、お父さん!」

 

 え、そんなに焦る提案でもなくない? 俺はならないけど。篠ノ之も一夏も姉ちゃんも、この人の道場に通ってるんだから弟子って形に収まるんじゃないの? 俺はならないけど。

 

「いいか、よく聞けよ旋焚玖」

 

 一夏の姉ちゃんによる、とても分かりやすい説明が始まった。

 篠ノ之柳韻は剣術道場の当主であるが、本筋は剣術家ではなく柔術家である事。この道場に通っているのは皆、剣術の稽古をしている。故に、篠ノ之柳韻的には弟子は0人とも言えるモノらしい。

 

「0人って……誰も志願しなかったんですか?」

 

 俺も志願しないけど。

 

「いや、多くの者が志願した……が、皆途中でヤメていくんだ」

 

 なにそれ、不人気って事じゃん。

 人気でも俺は志願しないけど。

 

「……誰一人として、お父さんの過酷な稽古に付いていけなかったんだ」

 

 なにそれこわい。

 

「え、千冬姉も?」

 

「……まぁな」

 

 なにそれ超怖い。

 

「最近の若いモンは根性が足らん。その分、君は素晴らしい! どうだ、君も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろハゲ!

 ショタコンとデジャブってんじゃねぇぞハゲ! フサフサな髪に脱毛剤振り掛けてやんぞハゲ!

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 主車旋焚玖、8歳。

 剣術ではなく篠ノ之流柔術を習う事を此処に決意ス。

 

 

.

...

......

 

 

 家に帰る頃には、もうすっかり日が落ちていた。

 俺も気分も落ちていた。

 

 篠ノ之柳韻の弟子になった事を両親に報告した時、2人が俺を自慢の息子だと喜んでくれた事だけが救いだった。

 

「……はぁ~…」

 

 そりゃあ、ため息も出るさ。

 

 この世界に生まれ落ちて8年。

 今までも大層無茶な選択肢はあったが、それでも肉体的に過酷なモノは無かった。それが最近はどうだ…? トントン拍子で俺の身体を責めてくるじゃねぇか。

 

 まるで俺を鍛えようとしているかのよう……に…?

 え、なに……そういう世界に俺は生まれたって事なの? 強くならないと生きていけない世界なの?

 

「……ハハッ、まさかな」

 

 ないない。

 平和が一番、ラブ&ピースってな。

 

 そもそも俺は、常に心の平穏を願って生きてる草食系なんだ。勝ち負けに拘ったり、頭を抱えるようなトラブルに巻き込まれるのを良しとする生き方なんて、まっぴらごめんだ。

 

 夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠を取るようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで身体をほぐしてから眠ると、ほとんど朝まで熟睡さ。

 

 そんな事言ってたら、もうこんな時間だ。

 ストレッチしてから眠……―――。

 

 

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【自分の部屋で静かに1000本しよう】

【両親の前で全裸になって100本しよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 旋焚玖の平穏はまだまだ遠い。

 

 




篠ノ之親子からの好感度急上昇。



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第7話 ウサ耳立てて聞き耳立てる

天災は聞いている、というお話。




 

 旋焚玖が篠ノ之道場に通いだして1年の月日が流れた。今日も今日とて柳韻さんから、修行という名の拷問を受けていたが、アイツはまるで涼しい顔で、むしろ機械のような表情を保ちつつ黙々と受けていた。

 

「……やはり私の眼に狂いはなかった」

 

 アイツは初見で私の心を全て見透かした男なんだ。武道が初心者というのは正直驚いたが、それでも……いや、それだからこそ私は旋焚玖という少年を尊敬している。

 

「どうしたね、千冬くん?」

 

「あっ、柳韻さん! 旋焚玖はもう帰りましたか?」

 

「ああ。元気良く走って帰っていったよ。この後の予定を聞いたら『今日の稽古の復習が待っています』だとさ。いやはや、さりげに言ってみせるところが彼らしい」

 

 それは、もうアイツの中で稽古が日常化している事に他ならない。普通の人間なら『練習』や『稽古』といえば気合いを入れるところだ。さぁ、今からやるぞ、と。頭と身体のスイッチを切り替えるものだ。

 

 だがそれは、『稽古』を無意識に非日常的なモノとして扱っているとも言える。わざわざスイッチを切り替えて、頭と身体に熱を滾らせないと出来ないモノだと言っているようなものだ。

 

 旋焚玖は違う。

 アイツはいちいち熱するような事はしない。スイッチを切り替えずとも身体が勝手に動くのだろう。それは武術と共生出来ている証拠だ。

 

「しかし、柳韻さんの修行に1年続きましたか、アイツめ……」

 

「千冬くんは半年で耐えられなかったのにな」

 

「うっ……わ、私はいいんです…! それで……実際のところ、柳韻さんから見て旋焚玖はどうですか?」

 

「……千冬くんとウチの長女がダイヤモンドなら、箒と一夏くんはエメラルドに値する才能を持っている。君たち4人と比較すれば、彼なんて道端にある石っころだな。それほど、技量面においては才能の欠片もない」

 

 旋焚玖には聞かせたくない辛辣な言葉だが、それに関しては私も同意見だと言わざるを得ない。

 

「実際、彼の習得スピードは凡才だ。千冬くんが1時間でマスター出来るモノでも、彼なら平気で3日は掛かってしまう……が」

 

 ニヤリと柳韻さんが口角を上げる。

 その後に続く言葉を、既に予測できた私も釣られて笑みを浮かべた。

 

「旋焚玖は止まらないのだ。どれだけ時間が掛かろうとも、必ず最後までやり遂げる。千冬くんも知っている事だろうが、武道の鍛錬は地味だ。柔術になると特にな。地味な割に内容は濃く、心身共かなり酷使される」

 

 にもかかわらず、旋焚玖は続けられる。嫌な顔一つせず、文句の一言もなく、淡々とこなしてしまう。これを強さと言わず何と言う?

 

「技量など後から幾らでも身に付く。ワシが惚れたのは彼の折れない心胆にこそある」

 

「同感です」

 

 フッ……練習好きのアイツの事だ。

 今頃、自宅へと向かいつつも、脳内では稽古の反復でもしているのだろうな。

 

 

 

【もしかしたら足下に埋蔵金が埋まっているかもしれないので、素手でアスファルトを掘ってみる】

【家まで逆立ち歩きで帰る】

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

「話は変わりますが、束は旋焚玖の事を知っているのでしょうか?」

 

 渋い顔をされた。この様子じゃ、もうずっと会話もしていないのだろう。

 篠ノ之家には箒の他にもう1人、長女と呼べる奴がいる。私と同い年で同じIS学園に通う幼馴染だ。自他共に認める天才だが、性格に問題がありすぎて天災と呼ばれてしまっている。

 

「……知らないだろう。あの子が道場へ顔を出さなくなって何年になるか……いや、その方が良いのかもしれん」

 

「そうですか? 旋焚玖と会えばアイツの人見知りな性格も、少しはマシになると思ったのですが」

 

「千冬くんはアレを人見知りと判断するのかね?」

 

 柳韻さんは苦笑いだ。

 私も人見知りと表現したが、アイツのアレはそんな範疇にもはや収まっていない。私の幼馴染は天才を自負しているからなのか、興味のないモノには恐ろしい程までに無関心を貫く。それがたとえ、血を分けた親子であっても。

 

「束と最後に話したのは……それすらもワシは覚えていないのだよ。箒や千冬くんから聞いている限り、楽しそうにやっているらしいが」

 

 寂しそうにフッと笑う。

 それほどまでに、2人の関係は冷えてしまっているのだ。

 

「……で、千冬くんは束に旋焚玖くんを会わせたいと?」

 

「ええ、まぁ」

 

「ワシは正直、賛成しかねるな」

 

「……理由を伺っても?」

 

「あの子は気に入った相手には一切の壁を無くす。この道場で言えば千冬くんと箒……あとは一夏くんくらいか」

 

 枠を世界に広げてもこの3人だけだろうが、と心の中で訂正しておく。

 

「柳韻さんは旋焚玖じゃ束の興味は引けないと?」

 

「さてなぁ……ワシは束じゃないんだ。正直、アレの考えている事は分からんのだよ」

 

 言葉を濁すという事は、柳韻さんも束が旋焚玖に対して、絶対に無関心を決め込むとは思っていないのだろう。

 

 それなら何故?

 

「いきなりだが、『好き』の反対は本当に『嫌い』で正解かね?」

 

「……聞いた事はあります。確か『無関心』でしたっけ?」

 

 『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』。

 何かの雑誌で読んだ記憶がある。

 

「よく知っておるな。なら『無関心』の反対はどうなる?」

 

 禅門答か…?

 柳韻さんが何を言いたいのか、伝わってこない。そもそも『好き』の反対が『無関心』であると表現するのなら『無関心』の反対も『好き』に収まって当然なのでは……?

 

「本当に『好き』だけか? 対象が人間ならどうなる? 『嫌い』な人間に関心を持たない保証は? もしも悪い印象を持って関心を持ってしまったら?」

 

「ッ……そういう事ですか…!」

 

 束が旋焚玖に興味を持ったとして、どうしてそこで良い意味に落ち着く? アイツは興味のない人間には冷酷なまでに無関心を貫く。言葉を替えれば、アイツからは何も相手に行動を起こさないという事だ。

 

 だが、悪い意味で興味を持ってしまったら? 旋焚玖に対して、もしも良くない感情を抱いてしまったら? 束は『嫌いな人間』には、一体どんな行動を起こすんだ……? 分からない……分からないからこそ、怖くなってきた。

 

「柳韻さん……私が浅慮でした。無理に束と旋焚玖を会わす事はヤメておきます」

 

「ふむ……旋焚玖と束が交わる運命であるなら、ワシらがお膳立てする必要はあるまい。1年も通っているのに、それでも出会っていないという事は、今はまだ2人は出会うべき時ではないのだろう」

 

 出会うべき時ではない…か。

 運命の存在など私は信じてはいないが、柳韻さんの言葉には重みがある。納得は出来ないが、理解は出来た。

 

 今はまだその時ではないのだな……。

 

 

(……ふーん、ちーちゃんがそこまで買ってる人間かぁ……へぇ…ほぉ~…?)

 

 

 話し込むあまり、千冬と柳韻は気付く事が出来なかった。

 渦中の人物が途中から聞いていた事を。

 

(洗濯?だっけ……会うだけ会ってみようかなぁ……でも、つまんなかったら…うーん…………あ、洗濯機に流しちゃおう♪)

 

 ウサ耳のカチューシャを揺らし、音もなく消えるのだった。

 

 




いい奴だったよなぁ、旋焚玖くんって。



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第8話 私を負かした男

束さん超勘違う、というお話。



 

 

「だあぁぁ…! と、とうちゃ~く…」

 

 逆立ち歩きでよたよた進んでいた俺は、やっと家に帰ってこれた。途中、商店街を通りに抜ける時、何人にも声を掛けられた。

 

「いよっ! 今日も頑張ってんなボウズ!」

 

「おぉ、あれが噂の逆立ち君か!」

 

「流石よねぇ、安定感があるわぁ」

 

 名物になってんじゃねぇよ!

 前から思ってたけど、この世界の奴らは異常光景に寛容すぎるだろ! どいつもこいつも適応能力Sか!

 

 やんややんやと商店街のおっちゃんおばちゃん連中から温かい声援を背に受け、旋焚玖は今宵も逞しく生きている。

 

「あれ……なんで灯りついてんの?」

 

 今夜は両親とも、親戚の家に行ってるとかで帰ってこないって聞いていたが……意外に早く用事が済んだのかな。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえり~」

 

 変なコスプレ女が家に居た。

 え、なにこの人? 父さんと母さんの知り合い? いやいや、ウチの両親はわりかしまともな部類に入っている筈だ。少なくとも、こんなイタイ格好してる女と交友関係はないだろ。

 

「勝手に上がらせてもらってるよ~」

 

 勝手に、とな?

 いや、まだ判断するには材料が少ない。もう少しコンタクトを取ってみてからでも遅くはないだろう。

 

 家に両親の気配がしないとなると、今この家には俺と目の前のコスプレイヤーしか居ないって事になる。まずは出来るだけ言葉を丁寧に伺おう。

 

「貴女様は父さんか母さんのお知り合い様でせうか? あと、どうやってこの家にお入りになられたのでせう?」

 

 キ○ガイだったら怖いからね。伊達に前世で社会人やってませんよ僕。キチ○イに対しては安易にタメ口を利いてはいけないのです。

 

「はぁ? 知り合いな訳ないじゃん。この家にはさっき鍵穴をパパパっとやってハイ終わりって感じで……―――」

 

 

【不法侵入ですよ不法侵入! 警察に通報してやるからなお前!】

【相手は泥棒だ。自ら正義の鉄槌を喰らわせてやる】

 

 

 おぉぉ……比較的まともな選択肢だぁ……。

 このバカ(選択肢)は基本、時と場合なんて考慮する気ないからな。

 

 前者が警察に電話する。

 後者がこの変態コスプレ泥棒女を俺が捕まえる。

 

 って感じか。常識的に考えて前者だろう。そっちの方が穏便に済みそうだし、この女も警察に電話するぞ!って言われたら、ビビッて逃げる可能性にも期待できる。

 

 だが、よく考えろ。安易に常識へ手を伸ばすのもいいが、俺の見た目でそれが通用するか? 小学3年生が『警察に通報しゅる~!』とか言っても、怖がられるとは思わねぇ。それに、警察沙汰を起こして両親に迷惑は掛けたくない。

 

 ここはこの女を軽くボコッて、正論カマして会心させた方が得策か。っていうか相手女だし楽勝じゃん。しかも今の俺ってば、めちゃくちゃ強くなってるし負ける要素皆無じゃん。

 

 ハッ……そ、そうか…!

 理不尽なまでにずっと俺を鍛えていたのは、こういう時を想定していたからだったんだな! 

 

 なら俺も存分に培ってきたモノを使ってやるぜ、と言いたいところだが、相手は女だしなぁ。イタイ服着た泥棒であっても、女に手を上げるのは些か抵抗がある。ここは軽く関節でもキメておくに留めよう。

 

 旋焚玖はけっこう慢心するタイプだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 世界は面白いモノと面白くないモノに二分化されている。面白いから興味対象になり、面白くないとその対象にはなりえない。私を嘱目させられないモノは、私が見ている世界に存在していないのも同じ。

 

 そんな事を昔ちーちゃんに言ったら呆れられたっけ。だけど、こればっかりはちーちゃんが相手でも譲る気はない。興味のないモノをわざわざ相手にするなんて、そんなの労力の無駄でしかない。束さんは無駄が嫌いなの、無駄だから嫌いなの、無駄無駄……。

 

 そんな私が好奇心をくすぐられた。

 ちーちゃんが熱く気に留めている人間が居たなんて初耳だった。そんなのいっくん以外にありえないと思ってたよ。

 

 私の中に眠る好奇の鬼を刺激したんだ。

 その洗濯?とやらには、ちゃんと責任取ってもらわないとね。

 

 それからの束の行動は早かった。

 アレをコレしてソレをナニして、旋焚玖との邂逅に至った今、束の出した結論は『無駄足』の一言に集約された。

 

 肉体はその年齢にしては確かにそれなりなモノとなっているが、だから何なの? 年齢を考慮されている時点で既に凡人の証拠だ。顔も並みときている。将来有望ないっくんとは程遠い。これも凡人の証拠にあたる。

 

 何より、コイツの前に立ってもビビビッてこない。

 ちーちゃんも、箒ちゃんも、いっくんにもあった。束さんをビビビッとさせる、あの何とも言えないワクワクさせてくれるような謎感覚が、コイツからはしない。

 

 はぁ……やっぱり無駄だったね。

 帰ろ帰ろ。洗濯機にコイツ流してか~えろっと。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

「は?」

 

 なんか呟いたと思ったら、なんかこっちに向かってきた。なんか手首を掴まれたから捻って外してやった。それでもまた掴もうとしてきたから、逆に掴み返してそのまま背中から投げてやった。

 

「おごっ!?」

 

 ざっこ。

 アイツに……えっと、誰だっけ? アレだよ、アレ。篠ノ之道場の当主に1年鍛えてもらってこんなモンなら、やってる意味なくない? いっくんや箒ちゃんだったら、もっと高みにいけてるよ?

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

「……………………」

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

「……………………」

 

 立ち上がったコイツは何も言わない。

 ただ、私の目を捉えて離さない。

 

 ふーん……何も言い返せない癖に目だけは睨んでみせて……それでまだ反抗してるつもりでいるんだ? なんてツマラナイ奴。こんな奴の為に貴重な時間を潰してしまった。

 

 なんだか……段々ムカムカしてきちゃった。

 こんなちっぽけな奴をどうしてちーちゃんは高く評価してるんだろう。いや違う、そもそもコイツがちーちゃんを勘違いさせた元凶なんだ。

 

 束さんに無駄足を踏ませた挙句、親友のちーちゃんまで誑かす極悪人め。束さんが成敗してやる! でも普通にヤッたら(物理で殴る)コイツなんてブチッと潰れちゃうし呆気なさすぎて面白くないなぁ……。

 

 そうだ、まずはメンタル面から潰そう♪

 束さんを睨んでいる小生意気な目が逸れたら『プププ、意志が弱いんでちゅね~』って嘲り嗤ってやろう♪

 

 そう考えたら楽しくなってきたかも!? 

 えへへ、にらめっこしましょ♪ 逸らすと死ぬよ♪ あっぷっぷー♥

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 熱く見つめ合う2人。

 無言で見つめ合い続ける2人。

 

 時計の針を刻む音だけが流れいた。

 時間は既に10時を超えている……って長いよ! もう3時間は経ってるよ!? なにこの子!? 何でずっと見てられるの!?

 

 そりゃあ互いに人間だもの。瞬きくらいはする。でもそれだけ。視線を束さんから絶対に外してこない。だから束さんだって外せない。外したら負けを認める事になっちゃうから。こんな凡人に負ける訳にはいかない。

 

 でも……。

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 コイツ…!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 勘違いも甚だしい。

 根性だけでは如何ともし難い世界がある。私だって別に精神力を全否定するつもりはないけど、それでも精神力や執念には限界がある。

 

 それをコイツに分からせてやる…!

 

 

.

...

......

 

 

 日付が変わった。

 私とコイツは、まだ視線を絡ませたままで居る。何も喋らず。一言も本当に何の会話も交わす事なく。

 

 初めて知った事がある。

 私は静寂な時が好きだと思っていたけど、誰かと相対してる状態で、どちらもずっと無言で居る時は苦手だったらしい。そもそも、そんな異常な状況なんて早々起こらない筈なんだけどね。

 

 まさかこの天才な束さんに、苦手なモノがあるなんて思いもしなかった。それを知れただけでも、収穫はあったと言える。コイツに会いに来た事が無駄足だったっていうのは否定してあげる。

 

 けど、それと今のこれは別だよ。

 もう私だって引くに引けない。正直、意地になっていると言ってもいい。私が先に折れたら、この凡人はこれからも勘違いしたまま……いや、もっと調子に乗るだろう。

 

 もしかしたら、ちーちゃんにも自慢するかもしれない。そうなれば、コイツへのちーちゃんの勘違いもより加速されてしまう。

 

 

『心の強さをまた証明してしまったな』(ドヤぁ)

 

『す、素敵だ…♥』

 

 

 ゆ、許さない!

 勘違いの連鎖…! 

 何としても私が此処で止めなきゃ…!

 

 でも、実際どうする?

 もう12時を回った。箒ちゃんと同じ小学3年生なら、この時間に起きてるのだってツラいんじゃないの?

 

 いや、待てよ?

 コイツは子供なんだ。もしかしたら、私が先に眠くなるのを期待してる…? 

 

 くふふ……くふふふ…!

 その期待には添えないなぁ!

 私は世界一多忙な篠ノ之博士だよ? 今までだって研究のために、数日を不眠不休で過ごした事なんていっぱいあるもんね!

 

 洗濯敗れたりッ!

 お前の狙いは見当外れだよ~! 

 

 そうと決まれば先に言葉で絶望させてやる。束さんを相手に、無駄な抵抗を思い知るがいいさ!

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

「………………?」

 

 ふん、白々しくポカンとしちゃってまぁ。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

 あはっ、あはは!

 青ざめてる!

 明らかに青ざめた顔になった!

 

 ほら、折れろ!

 矮小な根性なんか天才には無意味なんだよ!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

「(ブチッ)」

 

 こっ…コイツぅぅぅぅ~~~……!

 折れるどころか、挑発してきただってぇ…!

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

「…………………」

 

 ま、また黙りこくってぇ…!

 絶対負かしてやるんだから…!

 

 この時、束の頭にそれまで持っていた千冬云々の話が消去される。代わりに生まれたのは、目の前の少年を負かしてやりたいという純粋なる想い。誰よりも世界を冷めた目で見ている筈の束が、この時だけは誰よりも熱くなっていた。

 

 そしてもう一つ。

 束は知らなかった自分を知る事になる。

 

 

.

...

......

 

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

「…………………」

 

 落ちていた日が昇り、朝になった。

 コイツが平然としているのはもういい。

 

 どうして私がこんなにも消耗している…!

 ただ、無言で見つめ合っているだけじゃないか! どうしてこんなに体力が削られている…!? 納得できないよ!

 

 篠ノ之束は天才である。

 研究のためなら不眠不休など苦ではない。

 その言葉に偽りは無い。

 

 だが、彼女の言う研究とは詰まるところ趣味の域にある。人は好きな事をしている間は、どれだけ疲れていてもあまり気にならないモノだ。終わってからようやく、気付いてなかった疲れがどっと押し寄せる。だから休むのだ。

 

 旋焚玖と無言のまま対峙する。

 途中から束は、はっきりと自覚してしまった。この状況は苦手なモノだと。

 

 人は苦手だったり嫌いな事を行う時間は、長く感じてしまうモノだ。どうやら天才博士も、それに関しては例外といかなかったらしい。

 

 

 そんな筈ない…! 

 眠くなんてない…! 

 なのに眠い…! 

 しんどくない筈なのにしんどい…! 

 

 今、私は折れそうになっている。

 けどここで折れたら、私が我慢した時間が無駄になっちゃう! 絶対に折れてやるもんか! この私が徒労なんてあってなるものか!

 

 折れかけた心に喝を入れ直している時、それは鳴った。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話…?

 誰から…?

 コイツは……そっちに見向きもしない。

 

 鳴り響くコール音から留守番電話サービスに繋がる。

 

 

「もしもし、旋焚玖? 母さんだけど~」

 

 コイツの母親か。

 そうだ…! コイツの親が帰ってきたらなし崩し的に勝負を無効に出来る! 早く帰ってこい! 小学3年生を家に1人で置いておくのはいけない事だと思う! もし犯罪にでも巻き込まれたらどうするの! 常識考えろよ常識!

 

「今日帰るって言ってたけど、父さんがどうしても観光したいって聞かないのよぉ。だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの」

 

 そんな……バカな………。

 

 母親からのメッセージはまだ続くが、頭に入ってこない。

 その時、私は見てしまったのだ。

 

 目の前の少年が薄く笑みを浮かべる瞬間を。

 

「フッ……あと35時間ってところだな」

 

「……ッ!?」

 

 コイツは言っている。

 私だけが35時間を生きられる存在だと思うなよって…! 私に出来る事は自分にも出来るって……コイツの眼がそう言っている…! 

 

 私に嘘のハッタリなんて効かない…! コイツは本気だ……小学生の癖に、小学生とは思えない程のスゴ味が……コイツからはやると言ったらやるスゴ味があるッ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 私が負けを認めると同時に目の前の少年は、両手を上げて涙を流してまで喜んだ。そこまで潔く喜ばれると、負けた私もそんなに悪い気はしないかも……ただ、なんだろうこの気持ち……よく分かんない感情が胸の中で渦を巻いている。

 

「ねぇ……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「ちょ……え、ちょっと…!」

 

 ぽてりと倒れたコイツは、そのまま寝息を立て始めた。頬をツンツンしても揺さぶってみても、まるで起きる気配がない。それだけ、コイツも限界だったんだ。

 

「……心の強さ、か」

 

 そんな抽象的なモノにこの束さんが負けたなんてね。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 私はもう、この男を決して忘れる事は出来ないだろう。

 私に敗北の2文字を刻み付けた男なのだから。

 

 





再び旋焚玖くんの視点に戻ってから始まります。



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第9話 強い変態はタチが悪い


1人遊びは得意、というお話。




 

 

 

 さて、どうやってこのコスプレ女にキメてくれようか。

 正義の鉄槌を喰らわせてやるって言っても、やっぱり女性に手を上げるのは普通に抵抗がある。ここは予定通り、関節を取って地に伏せるのがベストか。

 

 あとは踏み込むタイミングだな。

 何かきっかけが欲しい。

 もっと言うと、このままこのコスプレ女には去ってほしい。っていうか、実は泥棒じゃなくてたまたま部屋を間違えて入ってしまったってオチであってほしい。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

 やっぱり泥棒じゃないか!

 しかし……。

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

 家電製品目当てなら、わざわざウチじゃなくていいじゃないか! きょうび何処の家庭にも洗濯機くらい置いてあるわ!

 

 だがこれで見逃せなくなった。どうやって持ち運ぼうと思ってるのかは知らんが、洗濯機が無くなるのは普通に困る。近くにコインランドリー無いし。

 

 ってな訳で、ちょいと痛い目にあってもらうぜお嬢ちゃん!(結構ノリノリ)

 

 手首をガッとね!

 あ、普通に外された、こんちくしょう。もっかいだ! あ、なんか逆に掴まれた……瞬間、身体がフワッと宙に浮いた。

 

「おごっ!?」

 

 痛いッ!?

 え、何で背中から落とされてんの?

 咄嗟に受け身を取れた自分を褒めたい!って違うわ! え、なになに、何が起こったの? 何で俺が投げられてんの? え、投げられたの? 俺が? このコスプレ女に?

 

 いやいやいや!

 ちょっと待って。

 

 俺、強いんじゃないの?

 え、うそ、強くなってなかったの?

 

 

【自分の弱さを素直に認める】

【他の可能性を探る】

 

 

 弱くねぇよ!

 めちゃくちゃ鍛えられたわ!

 

 他の可能性……こ、コイツが実はめちゃくちゃ強いとか? そうだよ、絶対そうだ。だってコイツ変な格好してるもん、普通の神経してねぇよ、強いに決まってるよ(自己防衛)

 

 あ、何かゴミでも見る眼で見てきてらっしゃる。

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

 ひ、ひでぇ……初対面の子供に向かって、なんて暴言を吐くんだ……。子供だったら普通に泣いてるぞ、今の状況トラウマってレベルじゃねぇんだぞオイ?

 

 帰ってきたら変なコスプレヤーが泥棒よろしく居て、その上暴力ですか! 物理だけじゃ飽き足らず、言葉の暴力まで愉しむのですか!?

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

 ありまくるわアホ!

 アンタいい歳コイてそんな格好恥ずかしくないんですかい!? ウサ耳カチューシャとか痛いんだよ! なんだそのエプロン、不思議の国のアリスってるつもりかよ、あぁん!? そういうのが許されるのは小学生までだよねー!

 

 

【……以上をはっきり言葉にして伝える】

【伝えて逆上されたら困るので、目で訴えて分かってもらう】

 

 

 何だこの選択肢!?

 そんなモンお前、当然………(冷静に思考中)……うん、下だよね。言葉の暴力はいけない事だと思うし、伝えちゃったら物理的暴力が返ってきそうだもんね。この変態女強いからね、強い人は怒らせちゃいけないからね。

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 ちょっと待って。ちょっと待ってよ、ねぇ? もうあれから何時間経ってると思ってんの? 何で俺たちずっと見つめ合ってんの?

 

 

 な・ん・で! 

 なぁぁぁんでお前まで無言で付き合ってんの、バカじゃないの!? 暇を持て余した変態かお前! 俺に構う暇あったら洗濯機見てこいよ! しっかり吟味してこいよ! 奥の扉開けて右手にあるわ!

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 あのねあのね、お前が何らかのアクション起こしてくれないと、俺もずっとこのままなの! ねぇ、分かる!? 分かってくれよぉ!

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 違う! でも惜しい! 惜しいよ変態! お腹すいたなら、動けって! 台所にカップヌードルあるから! 俺に遠慮せず食べていいからさぁ!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 ダメだこの変態!

 とことんって何!? 後悔なんざとっくにしてるわ! 何で耐久ゲームみたいになってんの、意味分かんないんだけどマジで!

 

 でも、ホントどうしよう。

 分かってもらう処か、盛大に勘違いされてんだけど。正直すっげぇ、暇なんだけど。

 

……もういいや、脳内しりとりでもして遊んでよ。

 

 

.

...

......

 

 

 ルノワール……ルーブル……ルナール……ルシフェル……えっと、他に『る』から始まり『る』で終わるヤツは……。

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

 ルミノールだ!

 

「………………?」

 

 あ、やべ……この変態、何か言ったっぽい?

 途中から妙にしりとりが楽しくなってきちゃって、聞き逃しちゃった。もっかい言ってくれるかな。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

「…………………」

 

 絶望した。

 聞くんじゃなかった。

 この変態……1日が24時間って事も知らないのか……マジでやべぇな、伊達に変な格好してねぇよ。

 

 

【思いきりバカにしてやる】

【やんわりと訂正する】

 

 

 きた!

 久々の選択肢きた、これで呪縛から解放されるぜ、ひゃっほい! ここは上だろ! バカにする事で変態を怒らせて、そんでもって行動を起こさせるという巧妙な……ハッ…! ちょっと待て…!

 

 怒らせる、だと…?

 この変態を?

 

 コイツ、すげぇ変態だけど強いんだぜ…? 安易に怒らせていいのか? もしかしたら、今度は背中から叩き落とされるだけじゃ済まないかも…?

 

 か、回避!

 出来るだけ刺激せず、穏便に訂正を心掛けるべし!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

 怒らないで?

 怒らないでよ?

 僕が言ったんじゃないよ? 

 選択肢が言えって言ったんだよ?

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

 手は……出してこない?……よ、よし! 

 やった、俺は回避したんだ!(同時に呪縛も継続確定だが、本人は気付いていない模様)

 

 それが分かれば続きだ!

 今度は『ん』から始まるしりとりシリーズをしよう! まずは『ンジャメナ』からスタートだ、負けないぞ~!

 

 

.

...

......

 

 

……♪……♪……♪……。

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

……♪……♪……♪……。

 

「はぁっ……はぁ……くぅ…!」

 

 あぁぁぁ~~~ッ、もう!

 さっきからハァハァうるさいよ! こっちは気分良くメドレーソングってんだよ、お前のせいで歌詞が飛んじゃっただろ! ホント役に立たねぇ変態だな!

 

……んんん?

 なんかコイツ、疲れてるっぽくね?

 変態の癖に案外だらしねぇなぁ。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話か。

 そういや母さん達、いつ帰ってくんだろ。

 

「……だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの!」

 

 明日の夜かぁ…………………明日の夜!?(目から背けていた現実を直視)

 ちょっと待てオイ! 

 待て待て待てオイ! 今何時だ!? あぁっ、この変態から目を背けらんねぇから時計が見れねぇ!

 

 母さんが電話してくるって事は、今が朝方って事はないよな? 早くても7時か8時くらい……え、明日の夜まで帰ってこないの? ホントに? それまでずっとこの変態と一緒なの?

 

 しりとり辺りから上手く現実逃避出来ていた旋焚玖。母のお告げで現実世界に無事帰還。

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 もう嫌だぁぁぁぁ~~~~~ッ!! 何が悲しくて縛りしりとりしなきゃいけないんだよぉ! 何がメドレーソングじゃい! そんなに今時の歌知ってないわ! オッサンなめんな!

 

 頼むよ変態!

 もういいだろ、分かってくれよぉ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

 え、マジで!?

 あっ、身体が動く!? 

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ナイスなタイミングだぜ変態! 以心伝心じゃん! 

 もう変態なんて言わな……あぁ…?

 

 なんか身体が重い。

 背中にナニか乗ってんじゃないかってくらい、重い。ついでに瞼も重い。俺の意思とは無関係に身体が勝手に横たわる。

 

 あぁ、なるほど。

 俺が動けるようになったから、一気に来るのね、疲労が。今までは自重してくれてたのね、ありがとう……え、ありがとうなのか…? あぁ、思考が上手く纏まらない……まだ目の前に泥棒が居るのに……。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 いやお前は結局なんなんだ……。

 そうツッこむ事も出来ず、俺は眠りにつくのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「……洗濯機、あるじゃん」

 

 あの1件から数時間後、意識が戻った俺は部屋の中の状況を確かめ歩いていた。特に変わった様子もないし、俺のパンツも洗濯機の中に入ったままだ。小3の癖にトランクスとか背伸びしてんじゃねぇよ、とか思われなかっただろうか。

 

 他にも別に盗られた形跡は無し……ホントに何だったんだろう、あの女。アイツの最後の捨て台詞……まるで俺を知っているようだった。

 

「……分からん!」

 

 知らん知らん!

 深く考えんのはヤメておこう!

 もう、どうせ2度会う事もないだろうし。

 

「はぁ……飯食べてシャワー浴びよ」

 

 今日は学校が休みだ。

 家でゴロゴロしていても、どうせ選択肢に無理やり鍛えさせられるのは目に見えている。シャワー浴びたら道場へ行こう。

 

 正直、割とショックだった。

 曲がりなりにも自分はこの1年間、本気で鍛えたつもりだった。そりゃあ強制的にではあるが、自分なりに一生懸命こなしてきたつもりだった。

 

「それがあのザマだもんなぁ……」

 

 変態女に軽くいなされてしまった。

 普通にショックだった。

 

 

『そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?』(ドヤぁ)

 

 

 思い出したら、くっそ腹立ってきた…!

 俺は変態に負けた挙句、変態に嗤われたんだ……。

 

「あの変態め……今度会ったらフルボッコにしてやる…!」

 

 

.

...

......

 

 

「「 あっ 」」

 

 

 事後当日に会っちゃった。

 道場行ったら会っちゃった。

 

 え、何でコイツがここに居んの!? アレか、ストーカーか!? 俺のストーカーが趣味なんか!?

 

「やぁやぁ、また会ったねぇ」

 

 う、うわ、こっちに来た! 

 変態が近づいてきた!

 千冬さん助けて!って居ない!? 一夏も居ないってか、誰も居ねぇ! せめて篠ノ之は居てくれよ! 居てくれたら背中の後ろに隠れられたのに!

 

「ウフフフ……自己紹介、まだだったよね~? 私は篠ノ之束さん! 以後……ヨロシクねぇ? ウフッ、ウフフフ…」

 

 なにその笑い方、怖いよ!

 

「し、篠ノ之さんのお姉様でしたか……」

 

 あんな厳格な篠ノ之の姉がコレとかウッソだろオイ! 自分の姉が泥棒が趣味とか悲しすぎるだろ! 後でアイツにお菓子奢って……―――。

 

 

【さっそくリベンジチャンスだ! ボコボコにしてやるぜ!】

【暴力はいけない。過去は水に流して、ユーモア溢れる小粋な挨拶から入る】

 

 

 ユーモア溢れる?

 小粋な挨拶?

 

 まるで見当付かないんだけど?

 

 だからと言って、上はまだ早いだろ。負けたばっかの相手に、即立ち向かうのは勇気とは言わん、ただの無謀だ。うむうむ、決して怖いからとかではないぞ!

 

 ここはひとまず平和的に、友好的にいこうじゃないか。

 篠ノ之の姉ちゃんって事は、これからも付き合いがあるだろうしね! しゃーなしよ、しゃーなし。

 

「お義姉さん……」

 

「え?」

 

 え?

 

「妹さんを僕にくださいッ!」

 

 はぁ~?

 な~に言ってんの俺。

 

 小粋かどうかは知らんが、まぁ掴みとしてはまずまずのネタではあるかな。姉ちゃんも本気に取る筈ないし、軽く笑って次に……―――。

 

「は?」(迫真)

 

「…………Oh」

 

 笑えない空気が、そこにはあった。

 

 






次話、箒ちゃんの転校まで飛びます。



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第10話 旋焚玖、フラれたってよ


箒ルート消滅(?)というお話。




 

 

 

 俺は自分の強さを今一度見直すために、道場へやって来たんだ。自分の強さを見直すために来たんだ。

 

「世の中には言っていい事と悪い事があるんだよ。そんな事も今まで習わなかったのかよ? おい、聞いてんのかよ?」

 

「アッ、ハイ、キイテマス」

 

 何で人生見つめ直させられてんの?

 なんで俺、正座させられてんの? 

 座禅じゃないよ、正座だよ?

 

「根性だけの凡人が、意地汚いんだよ下賤な盗人が」

 

 下賎な泥棒はお前じゃい!

 堪らえる俺の前に立つ、篠ノ之の姉ちゃんからの口撃はまだ続く。

 

「だいたい図々しいんだよお前。ちょっとは身の程を知れよ。いきなり売り物のショートケーキのイチゴに手を出すような事言ってんなよ」

 

 そんなの分かんねぇだろ!

 ずっとショーウィンドウに張り付いてたら、黒人のおっちゃんが来て、買ってくれるかもしれねぇだろ! 前世でそういうCM観たことあるぞ!

 

「お前のその矮小な電池の電力で、箒ちゃんの1億Wの電球輝かせられんのかよ」

 

 じ、自転車操業(意味違い)で何とか…。

 

「可愛い可愛い箒ちゃんを迎えに行けるISは何だ? 言ってみろよ! 天使すぎる箒ちゃんに似合うISは何だ? 言ってみろよッ!」

 

 あ、あいえす…?

 ああ、なんか凄い乗り物だっけ。

 そう考えたら凄いよな、前世じゃあ創作の世界にしか存在しなかったモンだ。女にしか乗れないらしいが、それでも超未来モンに変わりはない。

 

 そういやアレを作ったのって誰だっけ?

 何かテレビでちらっと聞いた覚えはあるんだが……ま、いいか関係ないし。 

 

 篠ノ之に似合うISは……あぁ、ISがよく分からんからイメージ出来ん。でも篠ノ之に似合いそうな色なら、なんとなく思い浮かぶな。

 

「赤だな」

 

「は? 赤?」

 

「篠ノ之には赤色が映えると思う」

 

 何となくだけどね。

 フェラーリ・レッドをブイブイ乗り回す篠ノ之……うむ、アリだな。

 

「赤……赤かぁ……ふむぅ…」

 

 お……ふむふむ言ってるし、正解だったんじゃね?

 ほら見ろ! 別に独力で正解出来るタマなんだよ、俺は!

 

 選択肢?

 要らない子ですねぇ。

 

「箒ちゃんと赤……いや紅…? って、そんな事今はいいんだよ! 束さんが言いたいのは、お前の言葉に責任持てるのかって事!」

 

 

【持てますねぇ】

【持てますねぇ】

 

 

 お、おい…?

 なんか言い方が緩くない? 

 これじゃ煽ってる風に聞こえないか?

 

「(ブチッ)ああ、そんな感じなんだ? 少し言い方が足りなかったみたいだから、もう一度言うよ? お前がさっき言った事(妹さんを云々)に責任持てるの? ねぇ、命懸けられるの?」

 

 や、やべぇ!

 コイツ、眼がマジだ!  

 今からでも遅くはない、全力で冗談だったと否定するぞ! 土下座だ土下座! 謝り倒したら命だけはお助けくださるだろう!

 

 

【懸けられますねぇ(煽り)】

【懸けられます…!(ガチ)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 言い方で意味合いが全然変わってくるぅ!!

 

「懸けられます…!」

 

「…………あっそ」

 

 それだけ言うと、篠ノ之の姉ちゃんは出て行った。

 どうやら俺は助かったらしい。

 

「……ふぅ、稽古するか…」

 

 旋焚玖は気付いていなかった。

 2人の会話をたまたま外で聞いていた少女の存在を。

 

(……しゅ、主車が私の事を…? 姉さんに直訴するくらい、私の事を…!?)

 

 とんでもない現場を見てしまった箒は、どんな顔をして旋焚玖と会えば良いのか分からず、その日は稽古を休み1日中部屋に引きこもるのだった。

 

 そして、次の日の朝。

 

「あっ、篠ノ之」

 

「……ッ!」

 

 ん?

 何かいつもと違うか…?

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 コイツは変わらんな。

 

「おはよう、今日のパンツくれ」

 

 今朝も恒例の挨拶をする。篠ノ之と出会ってもう1年以上経つが、この挨拶だけは毎朝欠かした事がないんだ。

 

 今日はアンパンマンの豆知識を教えてやろう。最近は小麦粉に含まれる栄養価だとか、小難しい話ばっかだったからな。これならいつも横で聞いてる一夏も退屈しないで済むだろうし。

 

 だが、その日はいつもと違った。

 顔を赤くさせた篠ノ之が竹刀を取り出す。え、取り出すの!? ちょっ、なんで振りかぶってんの!?

 

「ッ、だ、誰がやるかぁッ!!」

 

「ぬぇいッ!?」

 

 脳天に直撃するよりも早く、俺の両手が反射的にそれを防いだ。

 

「おぉ!? 真剣白刃取りじゃん! すげぇよ、旋焚玖!」

 

 お、おぉぉぉ……確かにすげぇよ、俺。

 アレコレ考える前に、シュババッと身体が動いてくれた。やっぱ俺って強くなってんじゃん! ひゃっほい! 

 

「っていうか、何すんのさ篠ノ之」

 

「そうだぞ、箒。いつもの事だろ?」

 

「そ、それはそうだが…! どうしてか、無性に恥ずかしくなったのだ!」

 

 ううむ、篠ノ之も思春期を迎えたのかなぁ。

 まぁよくよく考えたら、今までの方が異常だったか? 女子に毎朝パンツをねだる男子が居るらしい……こう聞くと普通にアウト案件だもんな、うん。

 

「今まではスルーしていたが、お前も普通に雑学を言えばいいだろう!? 何故いちいち私のぱ、ぱ、ぱ…!」

 

「何言い淀んでんだ? パンツだろ、へぶぅ!?」

 

 あ、一夏が篠ノ之にシバかれた。

 ははは、バカだなぁ一夏。女子にパンツなんて、気軽に言っていいワードじゃないんだぞう?

 

「そ、そうだ、それだ! そのやり取りをヤメろと私は言ってるんだ!」

 

「すまない篠ノ之……それは無理だ」

 

「何故だ!? 私は間違った事を言ってるか!? 言ってないだろう!?」

 

 うん、言ってないね。

 俺も言わなくて済むなら言わないよ。むしろ言いたくないよ、その為に俺は毎晩、篠ノ之に教える雑学を調べてるんだぜ? 結構だるいんだよ、あの作業。

 

「それでも俺は止められない。止められないんだ、篠ノ之……」

 

「クッ……お、お前まさか、実は……本当は欲しがってるとかじゃないだろうな…?」

 

 

【ここは無言を貫く】

【そ、そそそ、そんな訳ないじゃん! 篠ノ之のぱ、ぱぱぱっ、パンツなんか興味ないよ!】

 

 

 盛大にどもってんじゃねぇぞコラァッ!! 誰が選ぶかアホ! 欲しがってんのがバレバレじゃねぇか! 小娘のパンツなんか貰っても嬉しくねぇよ!

 

「……………………」

 

「な、何故黙っている…?」

 

(そんなに私のパンツを欲しているのか…? こ、コイツは私の事が好きなんだ、ならパンツを欲しがっても不思議ではない、のか…? 分からんッ、コイツの考えている事はまるで分からんッ!)

 

「もうパンツの話はいいだろ箒。それより旋焚玖! 今日も面白い話を聞かせてくれよ!」

 

 女の子のパンツに一切興味がないらしい一夏からの、ナイスすぎる助太刀が入った。解ける……解けるぞぉ…! 呪縛が解けるぞぉ!

 

「むぁぁぁかせろいッ!」

 

「うわビックリした!? 急に元気になるよな、お前って」

 

 何やら言い足りなさそうだった篠ノ之も、俺のアンパンマン講義に途中から笑みを零すようになった。良かった、機嫌が直ってくれて。

 

 それからも何だかんだで俺、一夏、篠ノ之の3人で居る事が多くなった。俺の望んでいた平穏には程遠い騒がしい毎日だが、楽しくないといえば嘘になる。

 

 これからも俺たち3人は、騒がしく共に過ごしていくのだろう……と思っていた。篠ノ之の転校が決まるまでは。

 

 

.

...

......

 

 

「わざわざ見送りなんていいのに……」

 

「そんな訳にいくか、なぁ旋焚玖」

 

「ああ」

 

 俺と一夏は駅のホームまで来ている。

 遠くへ引っ越してしまう篠ノ之を見送る為だ。

 

 本当に急だった。

 あんまり詳しくは聞いてないが、篠ノ之の姉ちゃんがある日突然、蒸発しちまったんだとか。その影響で篠ノ之も此処から引っ越す事になったらしい。

 

 千冬さん曰く、これからの篠ノ之は政府の重要人物保護プログラムにより、各地を転々とさせられるとかなんとか。っていうか、篠ノ之の姉ちゃんがISを作った張本人だったんだな……ただの変態キ○ガイじゃなかったのか……。

 

「……少しだけ、主車と2人で話がしたい。いいか、一夏?」

 

「ん? おう、いいぜ! ついでにジュース買ってきてやるよ!」

 

 一夏が走っていき、俺たちは2人になった。

 よく見ると、正面に立つ篠ノ之の頬がやや赤い。

 

「しゅ、主車……」

 

「お、おう…?」

 

 え、なにこのシチュエーション。

 照れた表情を浮かべる女子と2人きり。こんなんアレじゃん、絶対告白されるヤツじゃん。やべぇよやべぇよ、女の子から告白されるなんて、前世と合わせて何年振りだ?(実は初めて)

 

 問題はどうやって断るかだな。

 え、なに? 断るに決まってんじゃん。篠ノ之の年齢考えろよ、まだ小4だぞ? 受けたらロリコン容疑で捕まるわ。まぁでも、コイツはきっと将来美人になるだろう。

 

 む……そう考えたら惜しい気もする。ここはアレだな、篠ノ之に嫌われるような断り方は絶対NGだな。別に犯罪年齢じゃなくなった時の為に、とかじゃないよ。女の子を傷付けるのはいけない事だからね、うん。

 

「私は……わ、私は…」

 

 おぉう、俺までドキドキしてきた。

 ダメだ、にやけるな、カッコイイ表情を保つのだ!

 

「私はッ……お、お前の気持ちには応えられない…」

 

「ありが……………へぁ…?」

 

 今、なんかおかしくなかった?

 

「お前が私を好いてくれているのは嬉しい……だが、私には…す、好きな人がいるんだ…」

 

「…………………」

 

 え、何で俺がフラれてるみたいになってんの?

 っていうか、何で俺がコイツを好きな感じになってんの?

 

「私の為に命を懸けられる……そうお前が言ってくれた時は、本当に嬉しかった。私なんかの為にそこまで言ってくれるなんて……」

 

 き、聞いていたのか、アレを……。

 あ、でもなんか色々納得出来たわ、だからあれ以来パンツな挨拶で怒るようになったんだな。

 

「そ、そうか……まぁアレだ、気にすんなよ篠ノ之、俺も気にしないからさ」

 

 ごめん、結構テンション下がってる。俺が告白してフラれるならまだしも、なんだこれ? いや、別にいいんだけどさ? 何でフラれた俺がフォローしてんの? いや、そもそも何で俺がフラれてる感じになってんの?

 

「う、うむ……本当にすまない…」

 

 なんていうか、俺の方こそすまない。

 真面目な篠ノ之の事だ、きっとアレやコレや頭を悩ませてしまったに違いない。そう考えたらこの子は誠実ないい子なんだよな。

 

「あー、もう! この話はヤメだヤメ! あ~っと……篠ノ之はこれからも剣道続けんのか?」

 

「あ、ああ! これからも続けるつもりだ」

 

「そうかい。お前すっげぇ強いから、きっと全国大会にも出られるよ。その時は一夏と応援に行ってやるぜ」

 

「う、うむ!」

 

 気まずい空気は任せろ。

 こういう時の処世は心得ている。とにかくベラベラしゃべってりゃいいんだ。そうすりゃ……ほら、一夏も帰ってきたじゃん。

 

「「「 またな 」」」

 

 こうして篠ノ之は転校していった。

 それは同時に、柳韻師匠からの教えも途絶える事を意味していた。篠ノ之が居なくなって以来、俺を鍛えようとする【選択肢】も出てこなくなった。

 

 そんな環境に甘んじて、俺もとうとう自主的に稽古する事をヤメた。

 

 

.

...

......

 

 

「旋焚玖~! あなたに荷物が届いてるわよ~!」

 

「今取りに行くよ」

 

 今までなら休日は篠ノ之道場で汗を流していた。

 今の俺はそんな生活を強いられていない。篠ノ之家が居なくなっても引き続き道場は使える事になっている。だが俺にその気はない、休日はゴロゴロして過ごすだけ。

 

 別に変わったんじゃない、以前の俺に戻っただけだ。

 

 一夏とは相変わらず仲良く遊んではいるが、千冬さんとは中々会わなくなった。高校を卒業してからは、どうやら忙しい日々を過ごしているらしい。

 

 だが、そっちの方が俺にはありがたかった。千冬さんは決して何も言わなかったが、稽古をしなくなった俺を、時折寂しそうな目で見ていたのだから。

 

「重ッ!?」

 

 玄関に置いてあるダンボールを運ぼうとしたが、その重さに驚いてしまう。一体、何を、誰が俺に……。名前欄に記されていたのは篠ノ之柳韻……俺の師匠からの贈り物だった。

 

「これは……本? いやに分厚いな…それに何冊入ってんだ…?」

 

 タウンページなんて目じゃない、六法全書レベルな分厚さの本が、ぎっしり詰まっていた。

 

「……『篠ノ之流柔術』」

 

 もしかして皆伝書…ってヤツなのか?

 だけど、師匠には悪いが今の俺はもう……む?

 

 1冊目に便箋が貼ってあるのに気付いた。

 どうやら手紙のようだが……封を開け、中を見てみる。

 

 

『日々を無駄に過ごすな』

 

 

 短く、そう書いてあった。

 日々を無駄に……まるで今の俺を、どこからか見ているかのような言葉だった。だが、俺はそんな師匠や千冬さん達に期待される人間じゃない。

 

 師匠には悪いが、俺はもうのんびり過ごしたいんだ。すまんね、過酷とか苛烈とか、そういう暑苦しいのは求めてないのよ。

 

 この届いた荷物は全部物置にしまって……―――あぁ?

 

 

【読む事はないので手でビリビリに破って、足で踏んづけまくって、燃やしてしまう。その炎でイモを焼いて美味しくいただく】

【読むならマジだ。本気で取り組んでやる、逃げたりしない、俺はやってやる…!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 良心を責める選択肢はズルいぞ、反則だぞ!? くっそ、いつまでも俺が真人間だと思うなよ!? 俺だって、俺だって……ホントに嫌なモンは嫌だってよぉ……NOが言える日本人なんだからな!?

 

 

 

 その日の夜、街の商店街が俄かに湧いた。

 もう見る事が無くなって随分経つ、あの光景が再び帰ってきたのだ。

 

 

「……むっ…く……ぬぅ……」

 

 

 逆立ち歩きで進む、少年の姿が。

 

 





打ち切りエンドっぽい締め方ですが、まだ続きます。
次話から鈴ちゃんも参戦予定です。


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第11話 あたしを悩ませた男


鈴さん勘違う、というお話。



 

 

「おはよう、鈴!」

 

「おはよう、一夏!」

 

 あたしの頬が自然と緩む。

 

「おはよう、鈴」

 

「おはよう、変態」

 

 あたしの拳が自然と漲る。

 

「……お前はいつになったら俺の名前を呼んでくれるんだ」

 

「アンタがアホな事言わなくなったら「あ、パンツくれよ」それをヤメろって言ってんのよッ!!」

 

 前もって準備していた拳を放つも、簡単に捌かれてしまう。

 

「フッ……惜しかったな、鈴」

 

「ぐぬぬ…!」

 

 中国からこの小学校に転校してきたあたしに、最初に声を掛けてきた奴。日本で出来た初めての友達。何やらしたり顔で雑学を披露している物知りな奴。中国人のあたしを思っての事か、最近はもっぱら三国志の話をする気遣いの出来る奴。

 

……その気遣いを、どうして挨拶でも出来ないのかホント分かんない奴。その名は主車旋焚玖……にくめない、あたしの変な友達だ。

 

 

.

...

......

 

 

 転校なんて初めてなあたしは、柄にもなく緊張していた。

 ましてや、同じ中国ではなく外国だなんて、正直当初のあたしからしたらアウェー感ありまくりの場所だった。

 

教室に入って担任から紹介された時も、ドキドキしっぱなしだったと思う。空いているカドの席へ座るように言われたあたしは、周りの目に少しビクビクしながら座ったんだ。

 

 隣りの席は男子。出来れば女子の方が気楽だったのにな……と思っていたあたしに、ソイツは話しかけてきた。

 

 

『ようこーそ、にぽーんへ。かーんげいするーぜ、凰』(中国語)

 

 

 それは中国語だった。

 まさか日本の学校で日本語ではなく、中国語で話しかけられるとは夢にも思わなかったあたしは、目をパチクリさせてソイツを見た。

 

 なんかドヤ顔していた。

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 違う男子の言葉を受け、ますますドヤ顔になっていた。

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 見るからにしょんぼり顔になって俯かれてしまった。っていうか、しまったのはあたしの方だ。せっかく気を利かせて声を掛けてくれたのに、しかもわざわざ中国語で話しかけてくれたのに……あ、謝らないと…!

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

「気にするな」

 

 謝るあたしを手で制してくる。

 なによ、普通にいい奴じゃないの。こんないい奴に無遠慮な事言っちゃうなんて、ホントあたしってバカ…!

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 聞き間違いかしら?

 聞き間違いよねぇ、ないない、幻聴よ幻聴。

 

「えっと……じゃあ、あたしはアンタの事はせん「パンツくれ!」早口で言っても聞こえてんのよッ!!」

 

「ほぐぅッ!!」

 

 あたしの拳がコイツの頬にめり込んだ。

 あ……またやっちゃった。けど、あたし悪くないわよね? ね?

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 もう一人の男子が心配そうに駆け寄る。

 あたしもあたしで、拳を引っ込めるタイミングを見失ってしまった。

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」

 

「はぁ?」

 

 めり込ませたまま、なんか言ってる。

 しかも今度はパンツじゃなくてパンちゅって言ったわよね? なにこの変態、どれだけパンツ好きなのよ、引くわー。

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え?

 この変態が何言ってたか分かったの?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 ようやく拳を引っ込めるタイミングが出来た。

 

「……そうだよ」

 

「なんか間があったんだけど?」

 

「気のせいだ」

 

「ふーん……」

 

 確かに緊張が解れたのは間違いなかった。

 これがあたしと旋焚玖との出会い。

 

 

.

...

......

 

 

 あれから早くも数ヶ月が経ち、旋焚玖を含めてクラスの皆とも仲良くなれた。特にその中でも一番気が合ったのは一夏だった。一夏と一緒に居る時が一番楽しい。そう思っていたあたしの中で、1つの転機が訪れた。

 

 それはある日の事。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 ちっ……嫌な奴らに会っちゃった。

 昼休みも終わり、掃除をしていると他のクラスの男子達があたしに声を掛けてきた。と言っても、友好的なノリじゃない。別にイジメとまではいかないけど、普通にからかってくるのだ。

 

 鬱陶しい事この上ない。

 外国人ってだけで、まるで物珍しいモノを見る目でコイツらは接してくる。中国人だからって語尾にアルアル付けないわよ、ほんと腹立つわ…!

 

 コイツらも滅多には絡んでこないんだけど、今日は違う。一夏が体調不良で学校を休んでいるんだ。

 

 前に一度、今みたいな場面にたまたま一夏が遭遇して、その時にコイツらに向かって大立ち回りしてからは、なりを潜めていたんだけど……今日は一夏が居ない……コイツらからしたら、あたしをからかう絶好のチャンスって訳だ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

 うっっっっ…ざいわねぇ!

 でも我慢よ。

 変に反応したら、それだけコイツらは面白がって騒ぐんだ…!

 

 鈴は自制して反応しない。

 だが、その強気とも取れる少女の姿が、少年たちをますます付け上がらせるモノでもあった。1人の少年が鈴の髪を掴もうと手を伸ばす。

 

「……ッ、ちょっ、や、やめてよ!」

 

「いやだよ~ん!」

 

 もう少しであたしの髪が掴まれてしまう。

 その時だった。

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 現れたのは、いつも飄々とクラスでもおちゃらけて、何かとあたしにセクハラしてくる騒がしい変態……旋焚玖だった。でも、それとりも驚いたのは、あたしをからかっていた3人の反応だった。

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

「えぇ?」

 

 な、なにコイツらのこの驚きよう……ううん、なんか…ビビッてる…?

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 いや気にするでしょ!?

 なに真顔で捏造発言してくれてんのよ!?

 

「……で、お前らまだ懲りてなかったのか?」

 

 ちょっ、無視すんじゃないわ……ッ…な、なに、この……旋焚玖から感じるプレッシャーは…!

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

 威勢のよかった3人の腰が目に見えて引けている。あたしは何が何やらで、この状況を見守るしかなかった。

 

 そんなアイツらへ、旋焚玖が一歩前に出る。

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! 間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」

 

「ひぃぃッ……ふぎゃッ!」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 3人がモタモタしている間に、更に一歩、旋焚玖は歩を進める。そして、悲しそうな表情を浮かべて……拳を振るった。

 

 自分の顔に。

 

「えぇぇぇッ!? な、何してんのよアンタぁ!? 何で自分を叩いて……ッ、ちょっ、凄い血が出てるじゃない!」

 

「「「 ひぃぃ、またあんなに血が出てるぅ…」」」

 

 また!?

 またって何よ!?

 前にもこんな事があったの!?

 

 旋焚玖はあたし達の言葉に意を介さず、ダラダラ血を垂れ流しながら、口をモゴモゴさせ……何かを3人にも見えるようにペッと吐き出した。

 

 地面に吐き出されたソレは…?

 

「「「 ヒッ!! 」」」

 

「……これで2本目の奥歯だ、あァ…? すげぇ痛ェんだぞ……ホントのホントに痛いんだぞ、なァ……なァッ!!」

 

「「「 ひぃぃぃぃッ!! 」」」

 

 旋焚玖の一喝を受け、今度こそ3人は逃げるのだった。

 あたしは頭がこんがらがって、身動きが取れずにいた。

 

「…………………いたい」

 

「……ハッ…! ちょっ、アンタ、大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ」

 

「嘘よ! 痛いって言ってたじゃん!」

 

「言ってない」

 

「言ったわよ! ほら、涙目になってるじゃない!」

 

「涙目のルカ」

 

「こんな時にまで意味不明な事言ってんじゃないわよ!」

 

 その後はもう、てんわやんわだった。

 大急ぎで保健室にコイツを連れて行き、保健の先生に「またお前やったのか!?」とめちゃくちゃ怒られる旋焚玖。ああ、2本目とか言ってたもんね……。

 

 治療が終わった後、あたしはコイツに聞いてみた。どうしてあんな事をしたのか。

 

「一夏が言ってたわよ? アンタ、実はめちゃくちゃ強いんでしょ?」

 

「ん、まぁな」

 

「なら、どうして? どうして自分の顔なんて殴ったのよ?」

 

「……知らん」

 

「はぁ?」

 

「俺にも分からん! 以上ッ!」

 

「い、以上ってアンタ……」

 

 分かんない訳ないでしょ!

 自分でした行動なんだし、絶対コイツには理由があるに違いないわ…! 理由……コイツがわざわざ自分を傷つけてみせた理由……も、もしかして…!

 

「もしかして……あたしにこれ以上、アイツらの矛先を向けさせない、ため……?」

 

 お、驚いた顔してる……あたしが正解にたどり着かないと思ってたのね…!

 

「バカにしないでよ? あたしだってそれくらい分かるわ! そうなんでしょ!?」

 

「……そうだよ」

 

「なんか間があったんだけど?」

 

「気のせいだ」

 

「ふーん……」

 

 何か前にもこんなやり取りしたような……気のせいかしら。それともう1つ、気になっている事がある……それはコイツが言った事。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 こ、これってどういう意味…?

 そういう意味って事、なの…?

 

 コイツ、あたしの事が好きだったの…? 

 そんな素振り今まで全然……ハッ……! 素振り、あった…! コイツ、毎日毎日あたしにパンツくれって言ってくるじゃない! それってやっぱりあたしが好きだからなの!? そう考えるとしっくりきちゃうじゃない!

 

「おう、鈴、さっさと教室戻ろうぜ」

 

「え、ええ」

 

 聞くタイミング、逃しちゃった。

 あたしはどうしたら良いんだろう……あたしは……。

 

 

 あたしはこの日から、コイツの事をちゃんと旋焚玖って呼ぶようになった。

 

 

.

...

......

 

 

 旋焚玖があの言葉について触れる事はとうとうなかった。あたしもあたしで、自分から聞いたら負けたような気がして聞かなかった。

 

 旋焚玖とあたしと一夏。

 何だかんだ、あたし達は3人でよく居たと思う。それは中学に上がっても同じだった。新しい友達がそこに増えただけ。

 

 旋焚玖がバカやって、一夏がフォローして、あたしも皆も笑って。ずっとそんな日々がこれからも続くと思っていたけど……2年生の終わりに、あたしは中国へ帰る事になった。

 

「……旋焚玖、話があるの」

 

 中国に帰る前、あたしは旋焚玖を呼び出した。

 

 





これは告白ですね、間違いない。(ネタバレ)


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第12話 旋焚玖、またフラれたってよ

失恋はホロ苦い、というお話。




 

「……平和だ」

 

 5年生になった。

 当然だが、箒が転校しても時間は進む。友であるアイツが居なくなって寂しくないと言えば嘘になる。だが、その代わりといっちゃなんだが平穏が訪れた。

 

 パンツな挨拶をしなくて済むようになったのだ。

 これは俺にとって、地味にありがたい事だった。

 

「今日は皆さん、新しいお友達を紹介しまーす!」

 

 担任から見知らぬ少女が招かれる。

 ふむ……転校生か。

 

 何でも親の仕事の関係で、中国から日本にやって来たらしい。異国への転校は中々にキツいだろうに……そうだな、話す機会があれば優しく迎えてやろう。と思っていたら、俺の隣りの席をご指名ときた。早くもその機が訪れたか。

 

……うむ、やはり少しビクついている。不安な気持ちは分かるぜ…………あれ、いつものパターンじゃ、そろそろ【選択肢】が出る頃なんだが……ふむ、たまには自分で考えろっていう事か。

 

 まぁ、普通に歓迎の意を示してやるのが無難だろ。問題は相手が日本人じゃないってところだな。日本語が通じなきゃ意味が無い。

 

 フッ……だが俺に死角はない。なにせ前世の大学の語学で中国語を選択していたからな。しかも俺の発音は素晴らしいと、先生から太鼓判を押される程の語学スキラーさ。

 

 そうと決まれば早速。

 

「ペラペラペーラ、ペペラペラ」(『ようこそ日本へ。歓迎するぜ、凰』の意)

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 また一夏から羨望の眼差しを受けちまったぜ。普段はだいたい勝手に勘違された挙句、これまた勝手に評価が爆上がりするからな。今みたいに正当な評価をされたら俺だって普通に嬉しいぜ。 

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 別に気にしてねぇし。

 大学で習ってたって言っても、もう10年以上前の事だし。それなのに単語をちゃんと覚えていたって点を評価したいね、俺は。

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

 おっと、いかんいかん! 

 転校生に気を遣わせるのは駄目だ、俺も慌てて手で制す。

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

 凰鈴音……鈴か。

 転校初日で色々気疲れもあるだろうに、それでも元気に振る舞える強い子だ。何となくコイツとは仲良くなれそうな気がする。篠ノ之とタイプは違うのに、ダブッて見えるのも仲良くなれそうだからだろう。

 

 

【ああ、あとパンツ何色?】

【ああ、あとパンツくれ】

 

 

 そこまでダブらせろとは言ってない。

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 そりゃあ、そんな顔にもなるわ。

 脈略なさ過ぎて意味不明だもんよ。だが、それがいい。脈略がないからいい。きっと鈴も聞き間違いだと思ってくれる可能性がある…!

 

 

【幻聴だと思われるのは癪なので、今一度ゆっくり言い直す】

【あえて早口で言ってみる】

 

 

 何で癪に思うんだよ!?

 聞かれたがりかお前!

 

 俺の口よ、今こそ超スピードだッ!

 廻転しろッ!!

 

「ほぐぅッ!!」

 

 早口で言っても、しっかり聞き取られてました。しかもパンチが飛んできました。暴力に訴えるところまで篠ノ之とダブってなくていいから。

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 

【強がる】

【心配してくれている一夏に泣きつく、むしろ抱き付く】

 

 

 誰が抱き付くかアホ!

 強がる事が男の勲章よ!

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ(あ、噛んじゃった)……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」(この限られた条件下で放ったパンチ……こうまで体重を乗せるとは中々…と言いたかった)

 

「はぁ?」

 

 いや、こっちが「はぁ?」なんだけど。

 いつまで俺のほっぺに拳メリ込ませてんの? 地味に痛いのが継続してんだけど。しゃべりにくいったらありゃしないんだけど。お前のせいで噛んだんだけど。

 

 限られた条件下で放たれたパンツとかまるで意味不明なんだけど。なにそれ、限定品ですか? ちょっと背伸びパンツなんですか?

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え、どんなパンツか分かったのか!?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 え、そうなの?

 いや、そうだな……それが一番無難っぽいな。いやはや流石は一夏だ、今日もフォローが冴えてるぜ。鈴も拳を引っ込めてくれたし。

 

「そうだよ」

 

 便乗する俺を見た鈴は少し訝しげだったが、とりあえずは納得してくれた。良かった良かった……いや良くはない、俺知ってるもん。どうせこれから毎朝、コイツにパンツな挨拶させられるに決まってるし。

 

 あぁ……夜な夜な雑学を仕込む作業がまたやってくるのか……ちくせぅ。

 

 これが俺と鈴との出会いだった。

 

 

.

...

......

 

 

 鈴がこの学校へ転校してきてから、もう随分と経つ。クラスの皆とも打ち明けられたようで何よりだ。俺だけいまだに名前で呼んでもらってないけど。変態呼ばわりされるのに慣れてしまった自分が嫌だ。

 

「……ん?」

 

 あれは……鈴…?

 それにアイツらは……。

 

 今は昼休み後の掃除の時間だ。あらかた掃除も終えて、不要なゴミ袋を片しに校庭を歩いていると、嫌なモンが目に入っちまった。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 鈴が他のクラスの男子3人におちょくられていた。この時点でデジャブである。右頬の痛みと共に、嫌な記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

「おーい、男女~!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないいない、今日は織斑休みだってよ」

 

 ん……?

 あれは篠ノ之と……なんだアイツら、違うクラスの奴か…? 

 

 校庭の花壇に水をやってたら、変なところに遭遇しちまった。どう見ても仲良さげな雰囲気じゃない。

 

 ふむ……どうやら篠ノ之がアホな男子共にからかわれているみたいだな。いつもなら、こういう時どこからともなく一夏が颯爽と現れるんだが、あいにく今日はアイツが休みときている。

 

 なら、今日に限ってはその役目を俺が務めさせてもらおうか…! こんな状況の篠ノ之には悪いが、実は結構テンションが上がってしまっている。篠ノ之流柔術を習ってはいるものの、その成果を俺はまだ味わえていないんだ。

 

 師匠に修行と称してボコられ、千冬さんに手解きと称してボコられ、キ〇ガイの方の篠ノ之に気まぐれでボコられ……いつもボコられてばかりの俺。たまには俺もボコる方に回りたい。

 

 そう考えたら、いい場面じゃないか。

 篠ノ之がちょっかい出されてるっていう口実もある。しかも相手は男3人ときている。故に俺の良心も傷まない、ひゃっほい!

 

 ぐふふ、どれだけ俺が強くなれたか……実験台になってもらうぜ、モブ共…!

 

 喧嘩漫画よろしくなノリで、拳をポキポキ鳴らしながら近づいていく。

 

「しゅ、主車……!?」

 

 俺が来るとは思わなかったのだろう。

 驚く篠ノ之を庇うように前に出た。当然、モブ共は憤る。

 

「なんだお前」

 

「新しいナイト様でちゅか~?」

 

「邪魔するならお前もやっちゃうよ? やっちゃうよ~?」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 モブの名に恥じぬ言動…! そんな素晴らしいかませっぷりを披露されちまったら、俺も俄然その気になってくるぜ…! 

 

 サンキュー、モッブ。

 お前たちはきっと、最初からかませ犬である事を強いられているんだ!

 

 

【手加減不要。両手両足バキ折って2度と歯向かえなくしてやる】

【弱者への不当な暴力は控えるべき。ここは威嚇して萎縮させるに留める】

 

 

 強いられているのは俺だった(再確認)

 殴らせろとは言ったが、そこまでは求めてねぇよ、ねぇ。極端すぎて引くわマジで。俺も引かれるわ、っていうかそんなんしたら大事になっちまうわ。

 

 たが、下の選択肢は割と好き。

 いかにも、こう……強者って感じじゃん? 別に俺も絶対に今すぐ殴りたいって訳じゃないし、拳を上げる機会だって生きてりゃまた来るだろう。

 

 迷う事なく下を選ぶ。

 

「はぁぁぁ……!」

 

 力いっぱい握りしめた拳で…!

 

「お、おい、なんだよ、やる気かテメェ!?」

 

 己の頬を穿つッ!!

 

「ぶへぁッ!?」

 

 え、痛いッ!?

 超痛いッ!?

 

「「「 何やってんの!? 」」」

 

 何やってんの!?

 

「お、おい、主車!? お前急に何して……おいっ、口から血が…!」

 

 驚いた篠ノ之が駆け寄ってくる。

 俺の方が驚いているけどな。

 

「うわっ、あんなに血がぁ…!」

 

「ああぁ……ひぃ…!」

 

「せ、先生呼んだ方がいいんじゃ…!」

 

 あぁ……威嚇ってそういう…。

 そりゃあ、コイツらまだ子供だもんな。こんな血を出されりゃ、普通にビビるわ。ん……んん…? 何か口の中がゴロゴロしてる……。

 

「(モゴモゴ……)ペッ…!」

 

 吐き出した異物の正体は奥歯だった。

 

「「「 うわぁ…!? は、歯だぁぁッ! 」」」(恐怖)

 

 うわぁ……歯だぁ…(ドン引き)

 そりゃ痛いし、血も出るわぁ……。

 

 ここで俺が引いてりゃただの殴り損……いや、殴られ損?だし、ちゃんと示しておかねぇとな。

 

「見たか、オイ…? 今度、篠ノ之に何か言ってみろ。そん時はテメェらにコレを喰らわしてやる……分かったかッ!!」

 

「「「 はいぃぃッ!! 」」」

 

「主車……」

 

 その時からだったか。

 篠ノ之が俺に向ける視線が変わったのは。

 

 

 

 

 

 

 あの時はてっきり、篠ノ之が俺のカッコ良さに惚れちまった、とか思ったモンだが、全くそんな事はなかったぜ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

……っと、思い出に浸ってる場合じゃねぇか。今日は一夏が休んでんだ。もしも何かあったら俺が行動を起こすしかない……けど……嫌だなぁ……。

 

 っていうか、アイツらも改心してくれよ。

 ターゲットを変えりゃいいって問題じゃねぇんだよぅ。分かってくれよぅ。

 

 俺の想いは伝わらず、1人の男が鈴の髪に手を伸ばす。だぁ、もうッ! 出るしかねぇッ!! 変な茶々入れんなよ、選択肢!

 

 

【俺のオカズに何してやがる】

【俺の女に何してやがる】

 

 

 唐突なド下ネタはマジでやめろや!

 いや、待て……まだ小5なら意味が通じない可能性も…? 

 

 ああ、ダメだ、それは希望的観測だ。この発達したネット社会でそれは望み薄だろ。現代における小学生の性知識習得率を見くびっちゃいけねぇ…! 俺たちの時代とは違うんだ…! 夜な夜な自販機でエロ本を購入するしかなかった……あの時代とは違うんだッ!!

 

 しかも鈴って耳年増っぽいし(偏見)

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 やめて!

 そんな目で俺を見ないで!

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

 分かってんじゃねぇか!

 勘違い野郎発言させやがって、テメェらのせいだぞコラァッ!!

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 お願い、気にしないで。

 ホントごめん、キモい事言ってごめん。

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! (選択肢が出て)間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」 

 

 はよ!

 どっか行け!

 前回の二の舞だけは踏みたくねぇ!

 

 俺から背を向けた3人は脱兎の如く走り出す。そうだ、いいぞ! そのままひた進めいッ!

 

「ふぎゃッ!」

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

 ふざけんな!

 やめろバカ!

 

 どうして俺をそんなに困らせ……―――あぁ(無情)

 

 

【2度目はない。手足折ってもまだ足りんッ!!】

【慈悲の心を持て。もう一度威力を教えてやればいいじゃないか】

 

 

 俺への慈悲は持ってくれないのか(諦め)

 左頬に拳が穿たれた。

 

 俺の左奥歯はどっかへ行ったが、鈴へのちょっかいも解消された。大きな代償と考えるな。小さな代償と考えろ。これ以上鈴が傷付けられないのなら、これほど安いモンはない……そう考えるんだぁ…………ちくせぅ。

 

 

.

...

......

 

 

 ただ、あの一件から嬉しい事もあった。鈴からあまり変態呼ばわりされなくなったんだ。それに加え、鈴が俺に送ってくる視線も変わったのだ。

 

 まぁその時点で正直デジャブを感じていたんだけど。中2の終わり際、中国への再転校を間近に控える鈴から屋上に呼ばれた時点で、それは確信に変わった。

 

「せ、旋焚玖……」

 

 夕日を背に、鈴と対面する。放課後の屋上に2人きり……普通に考えたら嫌でもテンションの上がるシチュエーションだ。普通に考えたらな。

 

 普段は快活な鈴が、今日ばかりはモジモジしていて可愛らしい。

 そんな少女とは対照的に、今から何を言われるか予想の付いている俺は、まるで緊張感の欠片もないアホみたいな顔で突っ立っている。

 

「旋焚玖……あ、あたし……あたしね…?」

 

 ハイハイ、強制的にフラれるのは初めてじゃないですよ~っと。鼻くそでもホジってやろうかマジで。そもそも強制的にフラれるって何だよ。そんな日本語ねぇよ、せめて俺の意志も尊重させてくれよ。何で俺の方から好き好き言ってるみたいな風潮になってんだよ。

 

「アンタの事……好きよ…」

 

「……ッ!?」

 

 伸びかけていた手が止まる。

 鼻くそホジホジしようとしていた手が止まるッ!

 

 え、ちょっ…マジで? マジっすか?

 いいんすか、マジで?

 

 あ、私?

 全然OKします。当たり前じゃないですか。

 

 ロリコン? 黙れ殺すぞ。小4(篠ノ之の時)と中2じゃ全然違うんだよ! 中2って言ったらもう大人なんだよ! 大人だね! 犯罪案件? 知るか、俺だってこんな可愛い奴に「しゅき♥」なんて上目遣いで言われたら嬉しいに決まってるだるるぉッ!? 嬉しくない訳ないだろ、やったー! 

 

 とうとう我が世に春が来た!

 この込み上げてくる幸せな気持ちは何だァ~?

 

 ンッン~~~♪ 歌でもひとつ歌いたいようなよォ~、新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝を迎えたようなよォ~~、すげぇ爽やかな気分になってンぜぇ? 今の俺っちはよォ~?

 

「アンタの事が好き……」

 

 よせやい、2度も言うない。

 へへっ、俺もちゃんと応えねぇとな!

 

「でも……」

 

 ん?

 

「あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!」

 

 そう言って、鈴は俺から逃げるように去っていった。

 

「……………フッ…フフフ…」

 

 鈴が出て行った扉を閉める。

 鍵も閉める。

 

 誰も居ない事を確認して、俺は大きく息を吸った。

 

「へぇぇぇぇあぁぁぁぁ~~~~ッ!! ぅぅぅぅううあぁぁぁあんまぁぁぁぁりだぁぁぁぁぁ~~~~ッ!!」

 

 俺は叫んだ。

 ここまで上げて落とされたのは本当に久しぶりだった。今まで溜まりに溜まったモノが何もかも爆発したような気がした。

 

「ぬおぉぉぉぉおおおおおんッ!!」

 

 正直鈴から「しゅき♥」って言われた瞬間、俺も速攻で好きになったのにぃぃぃぃッ!! 恋しちゃった瞬間なのにぃぃぃぃぃッ!!

 

「はぁっ……はぁっ…………はぁ……………帰ろ…」

 

 おウチへ帰ろう。

 今夜はあたたかいシチューだって、お母さんが言ってたもん。お父さんも居るもん。

 

 

 主車旋焚玖、14歳。

 割と不純な気持ちで恋した1秒後にあっさりフラれる。

 

 




次回、旋焚玖くん旅に出る。
傷心旅行かな?


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第13話 約束は守らなきゃ


主車家は仲良し家族、というお話。



 

 

 

「……よし、こんなモンか」

 

 目当てのモノを完成させ、額に流れる汗を拭い、ひと休憩する事にした。

 

「お、よく出来てるじゃないか旋焚玖」

 

「ああ、これも父さんの教え方が上手いからだよ」

 

 俺の父さんは陶芸を生業としている。

 休みを利用して、俺もちょくちょく遊びでイロイロと作らせてもらっていた。

 

「しっかし、こんな物を作ってどうするんだ?」

 

「いつか使う日が来るかもだろ?」

 

「来ないと思うがねぇ」

 

「ま、念の為ってやつさ」

 

 しかし暑い。

 休憩してても、この暑さだけはどうにもならん。外から聞こえる蝉の鳴き声が余計に蒸し蒸しさせてくるのも厄介だ。

 

「……季節の移り変わりは早いな…」

 

 鈴が中国へ帰ってから、もう半年近くになるのか。

 この身体と同じで、精神的にもまだまだ若いつもりだが、時間の経過を早く感じてしまっているのも事実だったりする。

 

 今じゃもう俺も中3だ。

 2度目の中学最後の夏休みをしっかり満喫させてもらっている。高校受験もそろそろ本格的に考えなきゃいけない季節でもあるが……まぁ、どこでもいいや、あんま無理せず行こうと思う。

 

「……っと、そろそろ掲載されてんじゃねぇかな」

 

 取り出した携帯電話から、あるサイトへアクセスする。

 部活をしている者にとって、夏は暑くて熱い季節だ。中学高校問わず、サッカーにしろバスケにしろ野球にしろ、運動部に所属している学生が日々目指している大会……夏の全国大会がもうすぐ始まる。

 

 俺は終身名誉帰宅部だ。

 何の部にも所属していない俺は、本来なら夏の全国大会には縁のない人間なんだが、俺のダチが出ている可能性はある。

 

 

『篠ノ之はこれからも剣道続けんのか?』

 

『ああ、これからも続けるつもりだ』

 

『お前すっげぇ強いから、きっと全国大会にも出られるよ。その時は一夏と応援に行ってやるぜ』

 

『う、うむ!』

 

 

 篠ノ之を見送る直前、そんな話を俺たちはした。

 こんなのその場限りの社交辞令ってヤツだ。きっと篠ノ之も覚えてはないだろう。

 

 ただ、俺は何年経っても頭の片隅に残っていた。

 口約束でも約束は約束だ、俺はちゃんと守るぜ! なんて、そんな誠実っぷりからきている訳じゃない。ただ……その直前に篠ノ之からの貰ったプレゼント(謎失恋)がインパクト強すぎてな……ついでにコレも覚えちまってんだ。

 

 俺は剣道全国大会の出場選手覧に目を通す。

 理由はどうあれ、本当に篠ノ之が全国大会に出てたら応援に行くのも悪くない。いや、俺ひとりでは絶対行かんけど。一夏でも誘って行こうと思っている。

 

「篠ノ之……篠ノ之……………むぅ……今年も名前は無し、か……むむっ…!?」

 

 篠ノ之の名前は載ってなかった。

 だが、この名前は……?

 

 

『篠ノ木鳳季』

 

 

「しののぎ、ほうき……やけにクる名前じゃねぇか」

 

 篠ノ之が転校する前、千冬さんからチラッと聞いた事がある。これからの篠ノ之の生活は苦難が多くなると。今じゃ世界の関心の中心であるISを開発した、コイツの姉ちゃんが消えちまった。結果、嫌でもしわ寄せが篠ノ之にもきてしまう。篠ノ之束の妹というだけで、政府達が放っておいてくれないだろうと。

 

「……偽名か」

 

 確認する手立てはないが、十中八九、篠ノ之本人だろう。大会は3日後……そうと決まれば、さっそく一夏に電話だ! 

 

「……ってな訳でよ、3日後に篠ノ之の応援に行かないか?」

 

『おお、そりゃいいな! あ……でも、待ってくれ…3日後って……わ、悪ぃ、その日もうバイト入っちまってるわ…』

 

「む……バイトか…」

 

『ホントにすまん! でも、俺の分まで応援してきてくれよな!』

 

 バイトなら仕方ない。

 アイツの家庭の事情を知ってりゃ、そうそう休めとは言えんわな。千冬さんも相変わらず忙しそうだし……ってか、あの人なんの仕事に就いてんだろう。そういう話は一切俺たちの前ではしないんだよな。

 

 だがこれで、俺も篠ノ之の応援に行く事はなくなった。

 え? 行かねぇよ? 

 当たり前じゃん。俺ひとりで行ってどうすんの? こういうのは薄情って言わねぇから、むしろ空気が読めてるって言うから。

 

 全国大会の応援とはいえ、自分がフッた相手が1人で来てたらどう思うよ? 

 絶対気まずいって。気まずいだけならまだいいけど、「うわ、コイツひとりで来やがった。未練タラタラかよ」とか思われるかもしれねぇじゃん。

 

 いや、篠ノ之はそんな性格曲がった奴じゃないから多分思わないだろうけどさ。俺なら余裕で思うね! 俺が思うって事は可能性0%じゃないじゃん。万が一でもありうるなら、最初からやらない方が賢明なのさ。

 

 

【篠ノ之に会いにチャリで行く】

【篠ノ之に会いに新幹線で行く】

 

 

 俺は賢明だった。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 もう俺が行くのは確定事項なのね。で、交通手段を選べってか。大会は確か大阪だったような……うん、ここでわざわざチャリ選ぶほど、まだそこまで肉体信仰してねぇから。一夏と2人でならチャリで行くのも楽しそうだが、あいにく今回は1人だ。

 

 ここは新幹線を選ぶのが無難だろう。

 いや、待てよ…? なんか閃いちゃったかもしんない。新幹線だろ…? 当然、交通費が掛かる……って事は…こ、これはもしかしたら……ワンチャン行かずに済む可能性がある…!

 

 月々のお小遣いを貯めていない俺だからこそ勝機があるッ! 待ってろ、母さん! 今から図々しくも金をせびりに息子が帰るぜ! そんな息子に母親が取って然るべき行動は何だ!

 

 

.

...

......

 

 

「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」

 

 ポンと出してくれました。

 違う、違うんだよ母さん! 

 違わないけど違うんだよ!

 

 断ってくれていいんだぜ!?

 

「遠くまで応援しに行くだなんて。旋焚玖が友達想いのいい子に育ってくれて、母さん嬉しいわ」

 

「あ、うん……」

 

 息子のワガママを笑顔で許す親の鑑。

 許すどころか褒めてまでくれる親の鑑。

 

 母さんがいい人すぎて涙がで、出ますよ……ホントに。

 

「ただいま~」

 

「……!」

 

 父さんが帰ってきた!

 諦めるのはまだ早い!

 

「父さ…「聞いてよ、パパ!」ッ!?」

 

 俺のターンを隙間縫って、母さんからの速攻が決まる。

 いやこんな俊敏な動きする人だっけ!?

 

「パパ、覚えてる? 篠ノ之さんのところの娘さんよ、ほら、ウチにも何度か遊びに来た箒ちゃん」

 

「ああ、一夏くんと一緒に遊びに来てたな」

 

「そうそう! その子がね、剣道の全国大会に出るんだって!」

 

「それは凄いじゃないか!」

 

 くっ、割り込めねぇ…!

 仲睦まじい両親の会話を邪魔できる程、俺の肝っ玉は太くない。

 

「それでね、旋焚玖ったらその子をどうしても1人で、1人で応援しに行きたいんだって! でもお金が掛かるからって、私に頭を下げて頼んできたのよ」

 

 何でちょっと脚色すんの!? わざわざ「1人」を2回言う必要なかったろ! それじゃまるで、俺が篠ノ之に惚れてるみたい聞こえるじゃないか!

 

「ハハハ! そうかそうか、旋焚玖! そういう事なら行ってこい!」

 

 そういう事って何だよ! 

 なにを分かったような顔してやがんだ!

 絶対それ勘違いしてるだろ!?

 

「パパは旋焚玖を応援してるぞ~」

 

「ママも旋焚玖を応援してるわ~」

 

 思った通りだ、ちくしょうッ!

 ソッチ方面に勘違いしてんじゃねぇよ!

 

 

【フッ……応援していてくれ】

【俺、実は……1度、篠ノ之にフラれてんだよね…】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 勘違いが勘違いを呼ぶ【上】は嫌だぁぁぁぁッ!! でも両親にフラれた事をカミングアウトはもっと嫌じゃぁぁぁぁッ!!

 

「フッ……応援していてくれ」(震え声)

 

「ヒューッ! カッコいいぞ、旋焚玖ぅ!」

 

「あらあら! 旋焚玖も一丁前な顔をするようになったわねぇ!」

 

 フッ……涙で前が見えねぇや。

 でも夕食はいつも通り美味しかったぜ。

 そんでもって、俺も腹を括った。決まったモンは仕方ねぇ、いつまでもウダウダ言ってらんねぇ…!

 

 

 俺は、篠ノ之に会いに行くッ!(諦めの境地)

 

 





今更箒ちゃんと会ってどうすんの?(真顔)


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第14話 訪れ…訪れな…訪れなかっ……訪れてしまった再会


再会はホロ苦い?というお話。




 

 

 

「人が多い……」

 

 でかい会場だが、流石は全国大会ともなると人でいっぱいだ。選手は勿論のこと、大会の関係者やら学校の関係者、それに選手の応援に来ている者も居るのだろう。

 

 何とか人の波に惑わされる事なく、俺は案内掲示を目安に篠ノ之の試合を探す。本来なら初戦から観戦した方が良いのだろうが、流石に早いっす。前日入りはしてないんで、途中からで申し訳ない。

 

 まぁ俺の知ってる篠ノ之の実力なら、初戦敗退なんて事はないだろうし平気平気。……と、言い訳してる内に篠ノ之の名前が電光掲示板に出た。記されているのは正確にはアイツの本名ではなく『篠ノ木鳳季』だが……まぁ本人だろうし顔見りゃ分かるか。

 

 

『まもなく、準々決勝を行います。両選手、前へ』

 

 

 おぉ、もうそんなところまでいってんのか。っていうか、そこまで篠ノ之も勝ち進んでるって事だよな? いやはや、やりますねぇ!

 

 俺も急いで観客席まで移動する。

 

「よしよし、ここからなら上から見渡せる。おっ……出てき……あ゛…!」

 

 お面のせいで顔がよく見えないでござる。

 

 最後に会ったのは小4の頃だったし、体格だけじゃ判断出来やしない。まぁアイツの剣筋は稽古場でもチラチラ見てたし、それで判断しよう。真面目な篠ノ之自身を体現したような剣筋だったからな、すぐに分かる筈だ。

 

 かつての道場に在った光景を思い浮かべていると、試合が始まった。俺も集中して見る事にする。と言ってもせっかくの友の晴れ舞台なんだだ、心の中で応援しながら観戦に興じよう。

 

「……?…………?……」

 

 試合は終始、篠ノ之(?)が有利に運んでいた。いや、有利どころか相手を圧倒していた。結局、そのまま苦も無く勝利を収めた……が………アイツ篠ノ之じゃなくね? 俺の記憶にある篠ノ之の姿とは、似ても似つかない。

 

 もう一度言うが、アイツは心根が真っすぐな女だ。それは剣筋にも現れていた。基本を重んじ、型を重んじ、まるで手本のような綺麗な剣道をしていた筈。だが、あれは何だ……?

 

 力に任せた振る舞いで相手を圧倒する。

 篠ノ之(?)の試合は武ではなく、暴に近いそれだった。

 

 結論、あれは別人です!

 たまたま篠ノ之の名前に似た別人でした、ハハハ! って笑えるか! 何が悲しくて県外まで赤の他人を応援しに来にゃならんのよ!?

 

 あっ、他人様がお面を外されるぞ!

 あんな傲慢な戦い方をしてる奴なんだ、どうせ不細工だぞ~! ほら、見せてみろよ不細工な顔をよぉ!

 

「…………………」

 

 お面を外したそのお顔は!?

 

「あらやだ可愛い……あ゛…? いや、あれ……篠ノ之じゃね?」

 

 えぇ、ウッソだろオイ…?

 基本に忠実だったアイツが、何をどうしたらあんな戦い方になるんだ……むっ、何やら沈痛な表情だな。どこかで見た事あるぞ、あんな顔した奴……。

 

 思い出した!

 一夏だ!

 一夏がテスト中にあんな顔してた! 後で聞いたら「腹がめちゃくちゃ痛かったんだ」って言ってたっけ。

 

「……そうか、そういう事なのか篠ノ之」

 

 そういう事情があるなら、確かにタラタラ試合ってる場合じゃないわな。さっさと終わらせるには圧倒するしかない。ダラダラしてウンコ漏れちゃったらシャレにならないもんな。

 

 これは声も掛けない方が良さそうだ。

 だが安心しろ、篠ノ之。次の準決勝までまだ時間はある! それまでに何とかすっきりさせるんだぜ!

 

 眉を八の字にして試合場から出る篠ノ之に対し、俺は心の中でエールを送った。準決勝に勝てれば、次はいよいよ決勝の舞台に上がれるんだ。すげぇよ、そうなりゃ篠ノ之が日本一だ!

 

 腹痛に負けるな、頑張れ篠ノ之ッ!

 

 

.

...

......

 

 

「……まだ……痛むのか……?」

 

 準決勝も同じ光景だった。

 篠ノ之が力で相手を圧倒する。負けた相手は悔しそうに頭を下げ、勝った篠ノ之はニコリともせず、頭を下げるやサッとその場から立ち去る。

 

「どうする……正露丸買ってきてやった方がいいのか…?」

 

 

【善は急げだ、薬局に走ろう!】

【本当に腹痛なのか? 女の子の日である可能性を見落とすな】

 

 

……なんという事だ…。

 初めて……初めて【選択肢】を有能だと思った。確かに腹痛だと決めつけるのは良くない、あの日の可能性だってある。もしそうなら、正露丸なんて渡したらいけねぇ、2重の意味でセクハラになっちまう。

 

 ただでさえフッた相手が1人で来て、篠ノ之に気まずい想いをさせちまうのに、その上整腸剤なんざ渡したら、もはや嫌がらせの領域じゃねぇか。

 

 ここは後者を選んで大人しくしていよう。

 がんばれ、篠ノ之! 負けるな、篠ノ之! あと1試合耐えれば、お前が日本一だ!

 

 

 

 結果、篠ノ之が優勝した。

 同じ決勝に上がってきた相手だというのに、篠ノ之は変わらず力で押さえ付けるような展開で、相手に何もさせず圧勝した。

 

「……とんでもねぇな」

 

 優勝が決まったのに、面を外した篠ノ之はやっぱり少しも笑みらしい笑みを浮かべる事なく、すたすた去って行ってしまった。それほどまでに、重いんだ。

 

 さて、俺はどうしようか。

 これから表彰式が行われるらしいし、それが終わって声を掛けるか? いや、別にもう声掛ける必要もなくね? 会いに来たって選択肢は既に終えてるんだからよ。このまま帰った方が、きっとアイツも俺に声を掛けられるより気が楽だろう。

 

 うむ、そうと決まればスタコラサッサだぜ!

 とうとう俺は篠ノ之には声を掛けず、会場を後にした。

 

「このまますぐに帰るのもなんだし、どうすっかな」

 

 大阪と言っても、会場は郊外にある。

 駅に行くには近くのバスに乗るのが一番手っ取り早いのだが、敢えてここは乗車拒否だ。ぶらぶら駅まで続く河川敷を歩いて行くのもオツだろう。

 

 道に転がっている小石を蹴りながら、のんびり行こうぜ~♪

 

 

.

...

......

 

 

「……………………なんでぇ?」

 

 お散歩気分で小石を蹴っていたら、道中に見覚えのある横顔が視界に入ってきた。草の上に座って、ぼんやり川を眺めている少女って……篠ノ之だぁ……いや貴女、表彰式はどうしたんです?

 

 どうする、向こうはまだこっちに気付いていない。このまま素通りするのも正直ありだと俺は思うんだ。何か浮かない顔してるし、絶対そっとしておいた方が良いと思うんだ。

 

 

【小石を篠ノ之に向かってシュゥーーーッ!!】

【気さくな感じで声を掛ける】

 

 

 やっぱり声を掛けるんじゃないか(憤怒)

 しかも周りに誰も居ない状況で。

 こんな事ならさっさと会場で声掛けておけばよかった(後悔)

 

「ヘイヘーイ! そこの彼女、ヘーイ!」

 

 気持ちが悪い!

 なんだそのノリ、ウェーイ系かお前!

 

「…………………」

 

 あらやだ、こっちを見向きもしない。

 そりゃそうか、こういうイタイのは無視に限るからな。ま、俺は諦めてくれないんだけど。

 

「ヘイヘイヘーイ! ヘーイ! ヘイヘーイ!」

 

 俺、うぜぇぇぇッ!

 これは鬱陶しいですよ! 

 イラッとくるノリしてますよ!

 

 あ、やめて篠ノ之…!

 そんな死んだような目でこっちを見ないで、俺だと気付かないで! へ、変顔したらバレないかな!?

 

「………?………お、お前は…! 主車!?」

 

 バレちゃった。

 あ、拘束とけた。

 

「よっ、篠ノ之。久しぶりだな」

 

 俺は何もしなかった。

 俺は今まさに、今日初めて篠ノ之に声を掛けたんだ。そう暗示しないとね、やってられないの。いちいち引きずってちゃ、まともに生きてけないの。

 

「主車……観に…きていた、のか…」

 

「まぁな」

 

 小4以来の再会なのに、篠ノ之からは久しぶり的な事は言ってくれない、か。やっぱり俺1人じゃ、来られても気まずいわなぁ……。

 

 ここで俺が黙ってしまったら、余計に篠ノ之が居辛くなっちまう。全国大会で優勝したのはマジなんだ、ここは褒めて褒めて褒めまくろう! そうすりゃ、篠ノ之もハッピー俺もハッピー!

 

「そうそう、試合観たぜ篠ノ之! お前ってば、すげ「さぞお前の目には私が無様に映っただろうな」ぇ~…え、えへへのへ…」

 

 すげぇに続く言葉なんか浮かばねぇよぅ。な、なんでそんなにテンション低くいんですか…? まだ、ポンポン痛いの…? しかも、無様ってアンタ……謙遜も度が過ぎると嫌味になりまっせ?

 

「お前1人……か?」

 

「ん? ああ、一夏も誘ったんだけどな、どうしても抜けらんねぇ用事があってよ」

 

「そうか……いや、その方が良かったのかもしれんな。もし一夏にまで、あんな……あんな醜い私を観られていたら…!」

 

 オイオイ、今度は不細工宣言か?

 どう見ても絶世の美女が何を世迷言を。流石に注意しておくか?

 

『えぇ~? 私ぃ、全然モテないですよぉ、可愛くないですしぃ』(クネクネしながら)

 

 顔の良い奴が決して言ってはいけないトップ10にこの台詞は入っていると思う。別にコレを聞いても俺たち男なら「フーン」で済ますかもが、女子はこういうの結構イラッてくるらしい。下手すりゃイジメに発展しかねないレベルの発言だ。

 

「ゴホンッ…! あのな、篠ノ之……ん?」

 

 俺の言葉を遮るように、近くで黒い車が止まった。止まるだけならまだしも、中から屈強な方たちがお出になられた。

 

「なッ……奴らはまさか…!」

 

 なにその意味深な呟き!? もっと具体的にたの……ひぇぇぇッ、明らかに僕たちの方へ向かって来てますよ、篠ノ之さん!?

 

 

 

 

 

 

 私は、中学3年生になって初めて全国大会に出場した。誰もが憧れる夢の舞台に私は立てたんだ……なのに、まるで心は沈んだままだ。

 

 初戦に勝ち、2回戦、3回戦と。結果だけをみれば私は順調に勝ち進んでいった。そして決勝も……私は勝ってしまった。武を知らない者が見たら、凄いと褒めるだろう。私を強いと、手放しで持て囃すだろう。

 

 だが……私は……私は…!

 

 私は表彰されるべきじゃない、表彰なんてされたくないッ! そう思ったら自然と足が会場の外へと向かっていた。目的地などない、何も考えず適当な場所で座って、ただぼんやりと川を眺めていた。

 

「ヘイヘーイ! そこの彼女、ヘーイ!」

 

 チッ……こんな時に変な奴が絡んできた。

 無視だ無視……すぐに消えるだろう。

 

「ヘイヘイヘーイ! ヘーイ! ヘイヘーイ!」

 

 やかましいな…!

 キッと睨み返した先に立っていたのは……かつて私に好意を抱いてくれていた友……主車だった。

 

「主車……観に…きていた、のか…」

 

「まぁな」

 

 私の心はますます陰鬱になる。

 コイツは私を見て、どう思ったのだろう。私にも分かっている…! あんなの、武じゃない! ただの暴力だ…! 私は感情任せにただ力を振るい、傲慢なまでに相手を叩き伏せ続けたのだから…!

 

 篠ノ之道場に通っていた頃は……その時私が目指していたモノは、決してそんなモノじゃなかった筈なのに……ッ! 

 

 いつからだろう、私が剣道を楽しいと感じなくなったのは。

 いつからだろう、私が剣道をストレスの捌け口に利用するようになったのは。

 

 主車……コイツには見破られている。

 私の知る主車という男はどんな男だった? 普段はクラスでも一番と言っていい程おちゃらけた奴だが、武に関しては誰よりも真摯だった。私よりも一夏よりも、千冬さんよりも…!

 

 武と共に生きるコイツが、今の私を見抜けない筈がない。きっと……コイツの目にはさぞ、醜悪に映った事だろう。はは……一夏が居ないだけ、まだマシと思えば少しは気が楽になる……訳がない…。

 

「ゴホンッ…! あのな、篠ノ之……ん?」

 

 私を見る主車の表情が険しくなる。

 そうだ、私を軽蔑してくれ……まだそっちの方が、私も…………主車…?

 

 なんだ、何処を見ている?

 主車の視線を追いかけると、不自然なまでに私達の近くに車が止められた。中から出てくるのは、見るからに一般人とは異なる男たちだった。

 

「なッ……奴らはまさか…!」

 

 強硬派の奴らか…!?

 

 

 私は主車たちと別れた時から、政府に監視されるようになった。重要人物保護プログラム……保護と言えば聞こえはいいが、何が保護だ、監視の間違いだろうに…! 

 

 そして、私は姉さんの妹というだけで政府の人間から何度も、何度も聴取をされた。それは中学3年になった今も続いている。その中でチラッと聞いた事があった。

 

 日本政府には穏健派と強硬派で大体が分かれられている、と。自分達穏健派は私に手荒い真似をするつもりはないが、強硬派は違う。強硬派は時として尋問という名の拷問さえ厭わない派閥なのだ、と。

 

 私は監視の目をすり抜けて出てきてしまっていたのか…! 政府の言葉が本当なら、この状況はまずいッ、何より無関係の主車を巻き込んでしまう…!

 

「……ターゲット発見。これより行動に移る」

 

 3人の男が逃げ場を妨げるように、私達へと接近してくる。

 

「くっ…! 嫌な予感、的中か…! 主車、逃げ……お、おい!?」

 

 何をしているお前!?

 何故、私の前に出る!? お前ほどの男なら、ソイツ達の脅威が分からん訳でもあるまいッ!

 

「……ターゲット以外は?」

 

「篠ノ之箒以外に用はないとの仰せだ」

 

「いや、この男から足が付くと厄介だ……消すぞ」

 

 や、やっぱり…!

 逃げて、逃げてくれ、主車!

 

 主車は私の想いを無視するように、3人の前に立ちはだかった。

 

「俺たちに何か用ですか…?」

 

「お前には関係ないが、自分の不運を呪うんだな」

 

 そう言って距離を詰めてくる男たち。

 そんな奴らに主車は一歩も引かなかった。

 

「ハッ……俺を知らねぇのか、アンタ達? 主車っツったら地元じゃ泣く子ももっと泣くで評判の野郎よ」

 

「……何を言っている?」

 

 しゅ、主車…?

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は飛天御剣流の使い手だしよ。テメェらみてぇな三下が楯突ける男じゃねェんだよ」

 

 

「「「………………」」」

 

 

「……………………」

 

 この超アホ……もう来年高校生なのに…!

 まるで変わっていない…!

 

 





これは惚れられませんわ(呆れ)


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第15話 武芸百般


すごいぞ旋焚玖強いぞ旋焚玖、というお話。



 

 

「……ターゲット以外は?」

 

「篠ノ之箒以外に用はないとの仰せだ」

 

「いや、この男から足が付くと厄介だ……消すぞ」

 

 なんか怖い事言ってる!? 篠ノ之は意味深なこと言い出すし、それが余計に恐怖を助長してんだけど!?

 え、なになに、そういう世界観なの!? 俺が鍛えられていたのって、やっぱりこういう事に巻き込まれるからだったの!?

 

 あれ、ちょっと待って! 前の人が持ってるの、もしかしてスタンガンですか!? バチバチいかれるアレなんですか!? いやいやいやいや! どうするどうする、やべぇよやべぇよ、マジで最大の危機じゃないのか、今って…!

 

 

【篠ノ之の後ろに隠れる(腑抜け)】

【あっ、UFOだ!(現実逃避)】

【はったりでこの場を切り抜ける(おすすめ)】

 

 

 3つに増えたのにまるで役に立ってねぇぞこの選択肢! その()は誰の感情なんだよオイッ! だが、よく考えろ……時間は止まってんだ、選択よりも自分で有効な手立てを考えるんだ。

 

 真ん中とかなんだこれ、こんなモンに引っかかる大人が居てたまるか。本音を言うと俺が一番選びたいのは上だが……流石に篠ノ之を盾にしたところで、状況が好転するとは思えねぇ……やっぱ一番下しかない、か。おすすめって書いてあるし。

 

 すげェはったりで頼むぜオイ…!

 それで切り抜けられたら言う事はねぇ、最高だ。無理だったとしても、次善策の用意に繋げてやる…!

 

 ふぅぅぅ………選ぶぜぇ……! 

 気合入れろよ、旋焚玖ッ!

 

 俺は一歩前に出る。

 

「ハッ……俺を知らねぇのか、アンタ達? 主車っツったら地元じゃ泣く子ももっと泣くで評判の野郎よ」

 

 泣く子がもっと泣くのか……もうこの時点でダメな気がする。

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は飛天御剣流の使い手だしよ。テメェらみてぇな三下が楯突ける男じゃねェんだよ」

 

 ダメだコイツ!

 やっぱり悪ノリしやがった!

 

 だが長い台詞だったのはありがたい…! おかげで自然にポケットに手を入れられた。わざわざ俺の戯言に付き合ってくれてありがとよ、俺の態勢も……整ったッ…!

 

 手のひらに握りしめたモノを地面に叩きつける。破裂したソレは辺り一面を煙で覆った。

 

「「「 !? 」」」

 

「なっ、主車……!?」

 

 この中で驚かないのは俺だけだ。

 持って来ておいて良かった…!

 

 思い出されるのは、つい最近交わした父さんとの会話。

 

 

『しっかし、こんな物を作ってどうするんだ?』

 

『いつか使う日が来るかもだろ?』

 

『来ないと思うがねぇ』

 

『ま、念の為ってやつさ』

 

 

 マジで来ちまったぞ、父さん。

 篠ノ之流柔術皆伝書にあった『煙幕玉を造れ』を初めて読んだ時「うひひ、煙幕とかどこの忍者ですかぁ? まじウケるんですけど、むぷぷ」とかバカにしてすいませんでした。

 

 『煙幕玉の製造方法』がびっしり書かれたページを見て「ヒィーッヒッヒ! も、もうダメだ、こんなの初見殺しすぎる、うひゃひゃひゃひゃッ!」とか爆笑してマジすいませんでした。

 

 造っておいて……持って来ておいて……本当に良かった…! ありがとう、師匠…! おかげで切り抜けられるッ!

 

「……ッ!」

 

 煙で何も見えないこの状況で、俺だけが動ける。この状況を作り出した俺だけが、誰よりも早くこの空間で動けるッ!

 

 視界が遮られた中で、目の前の男が何らかのアクションを起こすよりも先に、俺の手が男の右腕を掴めた。スタンガンを持つ腕を掴めた…!

 

 『その手に持つスタンガンを、そのまま男に当てて痺れさせるッ! あとはコイツの斜め後ろに立っていた男の側頭部を蹴り刈り、そのまま身体を回転させ、最後の男には後ろ回し蹴りを喰らわせるッ!

 

 俺の俺による華麗な立ち回りで痺れて動けない男が1人、蹲る男が2人。計、3人だ。そして余裕を持って篠ノ之とこの場から去る。』

 

 完璧だ、完璧すぎる作戦だ!

 (『』はあくまで旋焚玖の脳内シミュレーション)

 

 

 作・戦・開・始ッ!

 

 

 まずはスタンガンを男に当てるッ!

 オラ、痺れちまいなッ!

 

「あぎゃぁぁぁッ!!」

 

「「 !? 」」

 

 うぇいッ!?

 え、そういう感じなの!? スタンガンって「ビリビリしゅりゅ~」くらいじゃないの!? バチバチ言ってる! すっごいバチバチ言ってるよぉ! このヤロウ、どんな電力設定してやがった!?

 

 さっそく想定していない事が起こり、まだ零コンマレベルだが、それでも意識の切り替えに時間を掛けてしまったのは事実。このまま予定通り、次の標的を蹴りにいくのはまずい気がする…!

 

「ッ…動くんじゃねぇッ!! テメェらにも喰らわすぞッ!!」

 

 こんなのただの脅しだ。

 これこそただのはったりだ。

 

「「……ッ…!」」

 

 硬直した気配がする。

 さては、コイツらは持ってねぇな!?

 

 うだうだ考えている暇はない、すぐさま踵を返し、篠ノ之が居るであろう元へと駆けて手を伸ばす。

 

「……ッ!?」

 

(声を出すな! 逃げるぞ!)

(わ、分かった!)

 

 思わず手を握ってしまったが、こんな時にまで気遣っている余裕はない。煙幕の持続性なんてたかが知れている。アイツらが強張っている間に、俺と篠ノ之はこの場から急いで離れるのだった。

 

 

.

...

......

 

 

 安易に駅へ行くのは危険だと判断した俺たちは、町の方へは行かず住宅街に入って身を潜めていた。

 

「整備されてない空き家があるのはラッキーだったな。ボロっちぃが此処でやりすごそう」

 

「あ、ああ……」

 

 ようやく一息つける。

 だが、何が何やら俺にはさっぱりだ。軽い気持ちで篠ノ之の応援に来たら、まさかのコレだもんなぁ……そんなん考慮してへんよー。

 

 で、どうする?

 アイツらは俺ではなく篠ノ之を狙っていた。その理由は、篠ノ之本人に聞くのが一番手っ取り早いんだろうが……何となくなノリで聞いていいものか。聞いちまったら、これからも厄介事に関わっちまうんじゃ…?

 

 

【リア充チャンス! ここは根掘り葉掘り聞くべき!】

【篠ノ之が何も言わないなら、俺も何も聞かない】

 

 

 ハチャメチャが押し寄せてくる充実感は求めてない。

 篠ノ之には悪いが、俺からは何も聞かんぞうッ!

 

「アイツ達は……日本政府の者だ。強硬派の……」

 

 話し出しちゃった。

 しかも続きが気になる言い方をしよるわコイツぅ…!

 

「……強硬派って?」

 

 前世が平凡な人生だっただけに、スペクタクルすぎるこの状況は俺にとって毒だ。普遍的な平穏を望んではいるものの、今だけは好奇心に勝てる筈がなかった。

 吉良吉影だってサガには勝てなかったし、これは仕方ないと思うの。

 

 ぽつり、ぽつり…と話していく篠ノ之の言葉を、俺は黙って最後まで聞くのだった。

 

 

.

...

......

 

 

 全てを語り終えた後、篠ノ之は俺に頭を下げてくる。

 

「すまない、主車……私のせいで、お前まで巻き込んでしまった…!」

 

「気にするな」

 

 俺たちの地元を離れてから、篠ノ之がこれまでどんな日々を過ごしていたのか……それをも聞いてしまった今では、彼女に当たる事など、どうして出来ようか。

 

「それと……助けてくれて、その……ありがとう…」

 

「それも気にするな」

 

 あ、それに関してはもっと言ってもいいのよ? いや、別にお礼をもっと言ってほしいって事じゃなくて、もっと褒めてくれていいんですよ? 我を賞賛していいんですよ?

 

 だってさ、だってさ、実際俺って結構スゴい事したと思うの。

 いや、ちょっと待って……俺って実は……めちゃくちゃスゴい事したんじゃない? 落ち着いて振り返ったら、ホントにすごくない? いや、ヤバくね? 俺、なんかすごい組織の奴らを手玉に取ったんだぜ!?

 

 ヒューッ!

 俺、ヒューッ!

 

「お前は本当に変わらないな。覚えているか…?」

 

 あ、もう違う話にいっちゃう系?

 もうちょっと浸らせてほしかった。

 

「小学生の時、男子にイジメられていた私を助けてくれた時も……お前は同じ事を言ったんだぞ?」

 

「む……」

 

 ぶっちゃけあの時の会話は碌に覚えてない。だって、それより抜けた歯の部分が痛かったんだもん。

 

「フザけている時は人一倍饒舌なお前が、私や一夏が困っている時は、決まって多くは語らず助けてくれていたっけ……」

 

 な、なんか…しみじみ語るのヤメてくれません? ちょっと照れるんですけど……っていうか、心の中では常に饒舌ですよ、私。

 

「ど、どうすればいいんだ…」(ボソッ)

 

 ん?

 

「これ以上、主車に優しくされてしまったら……私……」(ボソッ)

 

 聞こえたー!

 本人はボソッと言ってるつもりらしいが、はっきり聞こえちゃったー! どうして頬を染めながらそういう意味深なコト呟いちゃうの!? アレなの? ここにきて俺に靡いてるって、そう捉えちゃっていいの? 

 

 そういう事なら私、大歓迎ですよ!

 中3はロリコンじゃねぇからな! それに見ろよ、この子の美人っぷりを! こんな美人に「しゅき♥」なんて言われたら(言われてない)OKするに決まってんだろ、即だよ即、即決だよ!

 

 これは今度こそ春が来たと思って……思うかアホ! 鈴にフラれてまだそんな経ってねぇんだよ、あの悲しみはまだ忘れちゃいねぇぞ! 上げて落とされるのってすげぇツラいんだぞ、すげぇツラいんだぞ!

 

 これ以上惑わされる前に別の話題に切り替えよう! えっとえっと、何か話題話題……。

 

「し、しかし驚いたぞ!」

 

 うわビックリした!

 急に大声出すなよ、俺が驚くわ!

 

「お前がさっき投げていたヤツだ、あれは煙幕というヤツなのか?」

 

 おっ、ナイス話題提供。ここはその話に乗ろう、いやぁ、いいの振ってくれたな。正直、この話は俺もめちゃくちゃしたかったんだ。

 

「ぬふふ……キミが言っているのはコレの事かね?」

 

 残りの一つを篠ノ之に見せる。

 

「煙幕玉だ。俺が造った」

 

「お前が…?」

 

「フッ……素焼きの陶器で玉を造り、内部には……フッ……特殊な火薬を仕込んであるんだ」

 

「そ、そうか……すごいド…ンンッ…! すごい誇らし気だな」

 

 コイツ今ドヤ顔って言いかけたぞ。

 別にドヤ顔言ってもいいのに、蔑称じゃないし。

 

「主車は……あれからもずっと鍛えていたんだな…」

 

「ん、まぁな」

 

 鍛えさせられているだけなんだけどね。

 身体がね、毎日ね、俺の意思に反して修行したがるの。

 

「主車は変わっていない……アホなところも、強いところも…! それに比べて私はどうだ…!」

 

「……篠ノ之…?」

 

 あ、あれ…?

 割と和やかな雰囲気になってたじゃん。

 それがまた、一気に重くなってきてんだけど。

 

「お前はあの状況でも機転を利かせてすぐに行動を起こした……私は……私は目の前が真っ白になって、まるで動けなかった…! 私が今まで鍛錬してきたのは何だったんだ!? 主車と違って私は全然強くなってなんかない…!」

 

 ふぉ、フォローした方がいいのか…?

 でもなんて声を掛けりゃ……やべぇ、浮かんでこねぇ…! そもそも優勝した奴が強くない訳ないだろ……くそ、マジで言葉が思いつかん…!

 

「お前も観ただろう! 私のッ……最低の試合っぷりを…! あんな…相手を見下すような、力を誇示するように剣を振るう私の醜い姿をッ!」

 

「……!」

 

 ああ……そういう事だったのか。

 やっと全てが解けた。

 やっと謎が解けた。

 だから篠ノ之はあんな悲痛な表情をしていたのか。試合の後も、川を眺めていた時も、俺に声を掛けられた時も……そして、今も…。

 

 変に勘違いしてたのは俺の方だったのか。いやでも、選択肢も悪いと思う。生理痛とか言われたら信じちゃうじゃん……まぁいいや、篠ノ之が落ち込んでる理由も分かったし、後は……―――!?

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

【外道な真似はしない。落ち込む篠ノ之に全力で発破をかけてこそ、真の男である】

 

 

「……………………」

 

 俺、もう外道でもいいかなって。

 何の見返りもなく、ひたすら強いられ続けた15年間……そろそろ報われたいかなって。

 

 そう思うんだ……。

 

 





旋焚玖くんの選択は?
あ、私は余裕で上です。



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第16話 青春白書


受け止めた結果、というお話。



 

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

【外道な真似はしない。落ち込む篠ノ之に全力で発破をかけてこそ、真の男である】

 

 

 むぅ……これは分岐点なのかもしれない。篠ノ之が落ち込んでいるのは確かだし、選択肢がここまで強気で言ってくるくらいなんだから、篠ノ之が既に俺を少なからず良いと思ってくれているのも、マジだと捉えて良いのかもしれない。

 

 俺の女……彼女かぁ……。

 こんな美人な子が恋人になってくれたらさぁ……俺もようやくこの世界に来て良かったと、思えるかもしんないんだよなぁ……ちなみに、今まで一度たりとも思った事はない。

 

 確かに優しい両親と巡り会えたし、仲の良い友達だって出来た。それでも嫌な事の方が圧倒的に多すぎるし大きすぎてさ、まったく釣り合ってないんだよ。

 

 この世界に生まれ落ちてから今まで『悲』を感じたのが90%くらいだとして、『嬉』はせいぜい3%くらいなんだよ。3パーて、昔の消費税かお前。バランスおかしいだろ、誰だよ「希望と絶望は差し引きゼロ」とか言った奴、嘘ツいてんじゃねぇよ、差し引かれてねぇぞオイ。

 

 いや、今が差し引かれる時なのかもしれない。

 篠ノ之は美人だ、とても美人だ。こんないい女を隣りに侍らせたら、きっと『嬉』も3パーから急上昇してくれるだろう。上がった分『悲』も下がってくれるだろうし。

 

 ああ、もう、俺には上の選択肢しか見えない。下の選択肢? 知るか! 外道? ゲス? おおいに結構だね! 心で何を思おうがバレなきゃいいんだよ!

 

 よぉぉし、選ぶぞぉ……ふーっ、ふーっ……俺は上を選んでやるぞぉ……ふぅぅ……選んでやるんだぁ……今日から篠ノ之は俺のマイハ……ん?

 

 もう一度、改めて読んでみる。

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

 

 

 『上手く言葉で誑かせば』恋人になれるんだよな? え、じゃあさ、上手く言葉で誑かせられなかった場合、どうなんの…? 前にフラれた時みたいな、気まずくなるだけで済むの? 済まないよね? 絶対、済まないよね、このパターンって。

 

 しかも誰が言葉考えんの?

 俺じゃないんでしょ? 選択肢なんでしょ? 選択肢が自称上手い言葉を俺に言わせるだけなんでしょ? え、そんなん無理じゃね? だってコイツ…………すっげぇバカなんだぜ? 

 

 あっっっっ……ぶねぇぇぇ…!

 もうちょっとで暗黒面に堕ちるところだったぜぇぇぇ…! やっぱり人間、ゲスな行動はしちゃイカンよ。目先の誘惑に囚われて、真っ当な人間をヤメるには早すぎる。まだ中学生だもん、俺の人生はまだまだこれからよ。

 

 ここは大人しく下を選ぼう。

 外道はイカンよ外道は。しっかり発破を掛けてやろうぜ!

 

「頑張れ頑張れ出来る出来る! 絶対出来る! 頑張れ! もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ! 頑張れ頑張れ! そこだ! そこで諦めるな! 積極的にポジティブに頑張れ! がんば「お前に何が分かるッ!!」……ッ…」

 

 やっぱりバカじゃないか(呆れ)

 そういうノリで発破を掛けて良い場面じゃないから。そりゃあ、篠ノ之も途中でキレるわ。

 

 言わされた身としては、すぐにでも頭を下げて謝りたいところなんだが……まだ拘束が解けないでいる。なんでぇ?

 

「お前にも話しただろう! 私がこれまでどんな目に遭ってきたか! この数年だけで私がどれだけ転校させられたと思う!? 友達なんか出来やしない! 朝も帰りも警護と称して黒塗りの車が待ち構えてるんだぞ! その度にどんな視線を浴びてきたか、お前になど分かるまいッ!」

 

 め、めっちゃヒートアップしてらっしゃる。俺の身体が動かないって事は、ここは見に回るって事なのか…? まだ動くべき時ではないという事でいいんだな?

 

「政府から何度も何度も同じ事を聞かれる毎日! 私が姉さんの妹ってだけでだ! 父さん達とも連絡は取れないし、私は一人なんだぞ!? 楽しいと思えた日なんてないッ、好きだった剣道も今じゃストレスの捌け口になって……いつからか剣筋もおかしくなって……でもヤメられなくて……!」

 

「……………………」

 

「私の苦しみなどッ、お前には分からない! 分かる訳がないんだッ!」

 

 むぅ……掛ける言葉が見つからん。

 

「……で、不幸自慢は終わったか?」

 

「……なんだと?」

 

 なんだと?

 この状況でどうして煽る必要があるんですか?

 

「傷一つなく生きている奴なんていやしない。誰一人な…! 誰だって嫌な事と向き合って、それでも必死に生きている…! お前みたいに拗ねたりせず、必死で生きてんだよ!」

 

 いやいや、まぁ言ってる事(言わされている事)は分かるけどさ。篠ノ之の場合、嫌な事の度合いが大きすぎるだろ。あれ……なんかさっきも似たような事、思ったような気が……。

 

「う、うるさいッ! お前に何が……お前なんかに何が…!」

 

「そうやって悲劇のヒロイン振って、いつまで現実から逃げる気だ?」

 

「黙れ…!」

 

 黙りたい(切望)

 

「そんな弱い心してっから、剣道もブレるんだよ」

 

「黙れッ!」

 

 黙れない(諦め)

 

「ハッ……もういいだろ? ゴチャゴチャ言葉で語るのは柄じゃねぇだろ、俺も……お前も…!」

 

 めちゃくちゃ語ってたじゃん! 

 あ、おいッ、何で拳構えんの!?

 

「こっからは武でかかって来い、篠ノ之…! お前の溜まってるモン、全部まとめて俺が受け止めてやるよ」

 

 あ、身体が動く。

 いやここで俺に投げんなよ! やるなら最後までお前がやれよ! 何でこっから俺に任せんの!? 丸投げしていい時と悪い時があるだろ!?

 

 アレかお前! わざと篠ノ之を怒らせて、煽って、暴れさせて、発散させて、最後は「どうだ? こういうのもたまには悪くはないだろ?」的なセリフで締めるつもりだっただろ!? 

 

 そういう青春の1ページみてぇなノリ、ほんとキツいんだけど!? 中学生日記かお前! 何で俺の嫌がる方向に全力なんだよ! 【全力で発破をかける】ってそういう意味じゃねぇだろ!?

 

「主車……お前、まさかわざと私を怒らせて…?」

 

「……!」

 

 理解力MAXな篠ノ之の知性に感謝…!

 圧倒的多謝…ッ!

 

「まぁな」

 

 やった…!

 篠ノ之が意図を汲んでくれているなら、わざわざ戦う必要はないっしょ! 身体が動くって素晴らしい! 俺も拳下ろしちゃうもんねー! わーい!

 

「やはり、か。お前は無意味に人を傷付ける言動をするような男ではないからな。途中からもしや、とは思っていた」

 

 篠ノ之からの評価が高くて良かった。低かったら、間違いなく向かって来られてたよな……ここぞという時の誠実な振る舞い、超大事!

 

「ありがとう、主車。あんなに叫んだのは久しぶりだ。私には叫べる相手も居なかったからな」

 

「気にするな」

 

 フフフ、しかも感謝までされる始末でござる。

 篠ノ之も笑みを見せてくれたし、これで良いんだよ。なぁぁにが「武でかかって来い」だっての。言葉だけで俺たちは十分なんだよ。

 

「ん? どうして構えを解いたのだ?」

 

「……んん?」

 

「私の鬱憤を受け止めてくれるのだろう?」

 

「……んんん?」

 

 そう言って、篠ノ之は肩から掛けている竹刀袋に手を伸ばす。ちょっと待って……ちょっと待ってよ篠ノ之さん。もうソレは終わったんじゃないの? そういう感じだったじゃん、今!

 

「ふふっ……こんな気分で剣を振るのはいつ振りだろう…!」

 

 あ、アカン…!

 めちゃくちゃ、その気になってらっしゃる! ここで変にグズッたりでもしたら、「さっきの言葉は嘘だったのか!?」とかまで言われかねん…!

 

 クソッ、くそぅッ!

 結局こうなんのかよ! ああぁぁぁッ! もうっッ! 闘ってやる、闘ってやるよ! 

 

「いいぜ、言い出したのは俺だし。遠慮せずかかってきな…!」

 

 竹刀くらいなら無手のままでも何とかいけるだろ。手加減は出来ねぇけどな、全国大会優勝者に手ェ抜く余裕ねぇわ…!

 

「ああ、言われずとも…!」

 

 やる気満々な篠ノ之は、袋から取り出した得物を構えてみせた。

 

「……篠ノ之さん」

 

「むっ、なんだ…?」

 

「貴女がお持ちになられているソレは何でしょう?」

 

「木刀だが?」

 

 や、やる気じゃねぇ、コイツ俺を殺る気だ! 

 さも当たり前のように言いやがって! 何でお前が首傾げてんの!? 首傾げんのは俺だろこの場合! 

 

「中学に上がってから木刀に替えたんだ。それでもお前との差は縮まってる気はしない。だからこそ、本気で挑める…!」

 

 そこまでの評価は求めてない。

 性格だけを評価してくれよぉ! 武術的な方面で謎の信頼ヤメてくれよぉ! 木刀で殴られたら痛いだろぉ! 骨だって折れちゃうかもしんないだろぉ!

 

「篠ノ之流柔術の肝は武芸百般、だったな? 私はこの通り、コレを使わせてもらうんだ。お前も遠慮せず、武器を使え」

 

 当たり前じゃアホ!

 木刀女に誰が遠慮するか! 

 こうなりゃ、俺もマジでいかせてもらうかんな!

 

「そう言う事なら……」

 

 七色の道具が入ってるポケットから俺も得物を出す。

 

「俺はコレを使わせてもらう」

 

「それは……?」

 

「メリケン。カイザーナックルとも言うか。見たまんま、金属品だ。これで殴られたら痛ェじゃ済まねぇぞ? いいよな、そっちも木刀なんだしよ?」

 

 ドンキで買った。378円で。

 金属品だなんて嘘だ、中身はプラスチックのおもちゃだ。安いしハッタリ用で買っただけだし……コレで篠ノ之もビビッてくれねぇたら儲けモンなんだが……。

 

「……ッ……望むところだ…!」

 

 望まれちゃった。

 もう後には引けねぇ…!

 

 篠ノ之が構え、改めて俺も構えてみせた。

 

 

 

 

 

 

「……む…」

 

 主車の利き手は右の筈……それなのに何故、左拳にソレをハメる…? 普通は逆じゃないのか…? もしや、距離を縮める為の工夫…?

 

 メリケンとやらが攻撃力を高めたところで、木刀を持つ私の方が遥かに間合いは広い…! それに左構えの左拳にハメたからといって、そこまで間合いが縮まるとは思えん。

 

「どうした、篠ノ之…? 来ないのか?」

 

 既に主車は私の間合いに入っている。

 それは主車だって分かっている筈だ。それなのにコイツはまるで、自分の左手を打ってみろと言わんばかりだ。

 

……誘っているのか?

 何を狙っているのかは知らんがその誘い、乗ってやる…!

 

「はぁぁぁッ!」

 

 前へと進むと同時に左手めがけて振り下ろす。既のところで、主車の左手が後ろへ引かれる。やはりか…!

 そうするだろうと読んでいた。私はお前が後ろに手を引く事を読んでいた! 私が何の為に前へと進んだと思っている? 

 

 小手の間合いを面まで広げる為…! 

 今度は外さない、勝負だ主車ッ!

 

 

 

 

 

 

 ひぃぃぃぃッ!

 そんな気はしてたけど、マジで脳天に振り下ろしてきた!? こんなの喰らったら頭割れちゃう! マジで逝っちまうぅッ!

 

「……ッ!」

 

 振り下ろされた木刀に向かって、左拳を繰り出す。メリケンをハメたのは防御の為だッ…!

 

「なッ!?」

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 あばばばばッ!

 衝撃がメリケン(プラスチック製)を通って、俺の身体に伝ってくるぅぅッ! 電気が走ったみてぇにビリビリするぅぅぅ! でもここで止まれねぇッ!

 

「くぅッ…!」

 

 篠ノ之が後ろに下がった!? 

 チッ、いい勘してやがる! だが俺も止まれねぇ! 痺れる身体で下がる篠ノ之へと踏み込む…! 

 

 こんな奇襲2度は通じねぇッ、必ず一合で決めるッ! 

 狙うは篠ノ之の顎…ッ!

 

「―――ッ!!」

 

「~~ッ!?」

 

 躱された…ッ!? 

 半歩足りなかったか、手応えらしいモンがない……くそっ、ミスッたか…! それに……やっぱり378円ならこんなモンだよな。

 

 メリケンにヒビが入っていた。

 これじゃあもう、木刀は防げねぇや。もともと雀の涙ほどだったし、こうなるとは思っていた。

 だからこそ、一合で終わらせたかった……顎を狙ったのも脳を揺らしちまうつもりだったんだが、当てが外れちまった。

 

 どうする…?

 もう武器らしいモンは持ってねぇぞ。

 

「……あ、危なかった…! まさかその武器を攻撃でなく受けに使うなんてな。だが、私は避け……ッ!?」

 

 態勢を整えようとしたところで、篠ノ之の腰がガクッと落ちた。

 

「……?」

 

「くっ、な、どうして…! 足に力が入らない…ッ!」

 

 膝を突いたまま、立とうと藻掻くが、それでもやはり立てないでいる。

 

「……!」

 

 どうやら、良い感じに掠ってくれていたか。直撃させるよりも、思いがけず篠ノ之の脳を揺らせたらしい……ら、ラッキーすぎる…。

 

「まさか主車…! お前はこれを狙って…!?」

 

「…………………」

 

 どうしよう。

 たまたまだし、ここは素直にマグレだって言っておいた方が、俺への過信も少しは下がってくれるかな。

 

「そうなんだな!? 最初からお前はそこまで見越していたんだな!?」

 

 ぐっ……そんな目をキラキラさせて言うなよ! 違うって言える雰囲気じゃなくなっちゃったじゃないか! 正直に言ったらお前ガッカリしちゃうだろぉ!? いや、コイツの事だ、「隠しても私には分かる」とか言って勘違いを余計に増幅しかねん…!

 

「……まぁな」

 

「や、やはりか! くっ……どこまで高みに居るのだ、お前という男は!」

 

 負けたのに何やら嬉しそうに悔しがる篠ノ之さんの姿が見れて、僕もこれで良かったんだと思いました。

 

 

【フッ……これからは俺に勝つのを目標に剣を振るといい】

【お前が雑魚すぎるんだよ、バーカバーカ!】

 

 

 バカはお前だバカ!

 煽ったらまた最初からやり直す羽目になっちまうだろが! エンドレスループほど怖いもんはないからな!? それならまだ上の方がマシだ、もう勘違いされてんだし、このまま道を示す的なキャラでいこう!

 

「フッ……これからは俺に勝つのを目標に剣を振るといい」

 

「お前を?」

 

「ああ、俺を超えてみろ。明確な目標があれば、篠ノ之を取り巻く環境にも惑わされないだろう? お前の心が弱いなんて思わねぇよ。篠ノ之の剣道はもう曇ったりはしないさ」

 

「主車……」

 

 どうなんだオラァッ!

 グッときたかコラァッ!

 こういうの自分で考えて言うのって、すっげぇ恥ずかしいんだぞ! だからハイって言えこのヤロウ! むしろ感涙しろこのヤロウ!

 

「そう、だな……これからは主車を目標に……」

 

 うむうむ。

 今日みたいな事がまたあるかもしれないし、篠ノ之の場合はマジで強くなっておいて損はないと思うぞ。俺はどうせ強制だし。

 

「お前を想って鍛錬しようと思う…」(ボソッ)

 

「……………………」

 

 いや聞こえてるんだけど。

 なんかニュアンス変わってない?

 なんでわざわざ言い直すの? なんで言い直した時だけ声が小さくなるの? 俺はそれを聞いてどうすればいいんですか? 「え、なんだって?」って聞き返せばいいんですか?

 

 こういう時こそさぁ、選択肢が出てくれよなぁ。こういう時の対処法って、いまいち俺だけじゃ分かんないだよ。

 

 

【お前もしかして、アイツの事が好きなのか?(青春)】

【お前もしかして、俺の事が好きなのか?(純愛)】

 

 

 困らせろとは言っていない(真顔)

 

 下なんか選べるか!

 何が純愛だ、ウソつけ! 上げて落とされるのはもう……色々キツいんだよ! これでまた「違う」とか言われたどうすんだ!? 気まずい上に、俺は2度同じ女にフラれる事になるんだぞ!

 

 意味不明だが上を選ぼう。

 

「お前もしかして、アイツの事が好きなのか?」

 

「す、好き!?………待て、アイツだと…? おいアイツって誰だ?」

 

 それは俺も聞きたいけどスルーだスルー。

 どうせ選択肢に深い意味なんてないし、いつものアホアホなノリに決まってる。いちいち気にしてちゃあ、身が持たんわ。

 

「気にするな。それよりそろそろ此処を出よう」

 

「う、うむ……」(アイツというのはまさか……私が以前、主車に言った「私の好きな人」の事を言っているんじゃ……だ、だけど今の私は―――ッ…!)

 

「篠ノ之…? 出ないのか?」

 

「……いや、出るよ」(私は何を言おうとした……わざわざコイツの想いを断った私が今更……そんな虫のいい事なんて言える訳がない、恥を知れ篠ノ之箒…!)

 

 え、何でこの子自分にビンタしてんの?

 ああ、なるほど。まだ外にアイツらが居る可能性もゼロじゃないからな。確かに最後まで気を抜くモンじゃねぇや。

 

 

.

...

......

 

 

 危惧していた事も起こらず、無事俺たちは篠ノ之の身辺警護の者に保護された。篠ノ之が「勝手に出て行ってすいませんでした」と頭を下げ、向こうも向こうでめちゃくちゃ頭を下げて謝っていた。

 

 まぁ俺は別に保護なんちゃらの対象じゃないから、華麗にスルーされたけど。この感じは、どうやらここでお開きって事らしい。

 

「じゃあな。そろそろ俺も帰るわ」

 

「ああ……私達はまた、会えるかな?」

 

「そうだな…」

 

 どうなんだろうな。

 俺はまだ高校は決まってないが、篠ノ之はIS学園に進学する事が既に決まっているらしい。これで同じ高校って可能性は潰えた。だってIS学園って女子高だもん。俺が行ったら捕まっちまうな、HAHAHA!

 

「いつかまた会えるさ。その時はガキの頃みたいに一夏と3人で遊ぼうぜ。だからそんな泣きそうな顔してんなよ」

 

「だ、誰が泣きそうな顔をしているか!」

 

 してるんだよなぁ。

 まぁ、それ以上イジるつもりはないけど。

 

「またな、篠ノ之」

 

「ああ、またな……せ、旋焚玖…」

 

「あ? 今、お前……」

 

 俺が何か言うより早く、身辺警護の奴に連れられて、篠ノ之は行ってしまった。爆弾投下して行きやがった…! 何でよりによって、このタイミングで初めて名前で呼ぶんだ…! 

 

 思慮深い男に見えて、実は俺は単純なんだぞ! 

 そんな事されたら簡単に惚れちゃうだろ!

 それくらい単純なんだよぉ!

 

 でも、純情な感情を弄ばれた以外は何も起こらず篠ノ之と別れられた事に対して、俺は少なからずホッとしていた。

 

 篠ノ之へのパンツ口撃がいつ来るか、冷や冷やしてたんだ。会った時にはなかったし、別れ際には必ず来ると思っていたんだが……俺が備えていたせいかな、そこまで選択肢も単純じゃないって事か……アホには変わりないけど。

 

 もう此処に居ても仕方ない。

 お土産でも買って帰ろう!

 

 

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】

 

 

 やっぱりアホじゃないか!

 

 





鈴にも会いに行くのか(困惑)


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第17話 旋焚玖の叛逆


負けられない戦いがそこにはある、というお話。



 

 

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】

 

 

 何言ってだコイツ。

 泳ぐ? 海を? 

 どれくらい? 

 学校のプール何往復分だ?

 

 却下に決まってんだろバカ! 

 ちゅぅぅぅ~~~~~ごくだぞ!? 

 

 真面目な話、泳いで行くのも可能ではあると思う。俺はそれだけの鍛錬を今までしてきたからな(ドヤぁ)

 ただそれは水着での話だ。でも海パン一丁で鈴に会いに行ったところでよ。

 

 

『お前に会いに泳いで来たぜ!』

 

『やっぱり変態じゃないの!(誤認)』

 

 

 埋もれかけていた変態のイメージがまた復活してしまう。それは普通に嫌だ。かと言って、服を着たまま中国まで泳いで行けるとは流石に思えねぇ。服を着たまま泳ぐ困難さを見くびっちゃいけねぇよ。

 

 とりあえず下だ下!

 上を選んだ時点で行くのが確定しちまうからな。少なくとも下を選んでおけば、まだ足掻ける。

 

 母さんと父さんが反対すれば万事解決、単純な話だ。大阪と中国じゃ色んな意味でスケールが違うからな、普通に考えたら反対するだろ。ウチの両親ナメんなよ、流石にそこらへんの常識は持ってるわ!

 

 

.

...

......

 

 

「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」

 

 この前と全く同じ返事してんじゃねぇよ!

 なんだおま……ちくしょう、流石に心の中でも母さんをお前呼ばわりは出来ねぇ!

 

 母さんおかしくない!?

 何でそんなポンポンお金出せるの!? ウチって結構裕福な家庭なの!? 小金持ちだったりするの!?

 

 だ、ダメだ、金銭面でのアプローチは無駄に終わった……なら今度は倫理観で勝負だッ!

 

「いやいや、ちょっと待ってくださいなお母様。私の話を聞いてくださいな」

 

「あらあら、お母様呼びは初めてねぇ。今でも週に1回はママって呼んでくれるけどねぇ、うふふ」

 

 やめろぉ!

 それは俺の意思じゃないんだよぉ!

 

「まぁまぁ、それは置いておいてくださいな」

 

「え、ママ?」

 

「違うわ! なんだその聞き間違い!?」

 

 やりづれぇ!

 母さんみたいなタイプは苦手だ。自分のペースが掴みにくいったらありゃしねぇ! だけど今回ばかりは俺も引かんぞう!

 

「あのですね、母さん。俺が行きたいって言ってるのは中国なんですよ? 今日みたいに新幹線でぴゅ~っと行くのとは訳が違うんですよ?」

 

 中学3年生が一人で海外に行くなんて危険すぎるよな! それを言ってるんだよ俺はよぉ!

 

「旋焚玖はとてもしっかりしてるから大丈夫。それに空港まではちゃんと送ってあげるわ」

 

 それなら安心だな!

 いや安心してどうする!?

 

 ま、まだだ…! 

 まだ負けんよ…!

 

「ただいま~」

 

 と、父さんが帰ってきた!?

 まだ母さんも説得出来てないのに…!

 

「聞いてよ、パパ~!」

 

「ちょっ、母さん!?」

 

 またかよ!

 前と全く同じ流れじゃねぇか!

 

 玄関にパタパタ早歩きで向かう母さんの腕を掴……もうとして、ヤメた。そうだよ、前と同じ流れでいいんじゃないか。母さんが前と同じ事を言ってくれるのがいいんじゃないか!

 

「ねぇ、パパ。旋焚玖がね、今年中国に帰っちゃった鈴ちゃんに、どうしても会いに行きたいんだって」

 

 よし…!

 中々いい台詞で言ってくれた、母さん!

 

「なんだって? 旋焚玖は今日、箒ちゃんに会いに行ったばかりじゃないか。それなのに次は鈴ちゃんだって?」

 

 うっっっしゃぁぁぁッ!!

 そうだよ、父さん!

 そこはスルーしちゃいけないよな!? 倫理観作戦はまだ終わってねぇ!

 

「旋焚玖、どういう事なんだ? お前は箒ちゃんが好きで会いに行ったんだろう? それが済んだら次は鈴ちゃんに? それは人としておかしいんじゃないのか?」

 

 父さんが険しい顔で俺に詰め寄ってくる。

 いいよ、来いよ! 

 この際殴ってくれても構わんよ! いや殴ってくれ! それなら自然に「俺が間違ってた。この話は忘れてくれ」って言えるじゃん!

 

「旋焚玖ぅッ!!」

 

「おうよ!」

 

 既に歯は食い縛ってんぜ!…………あぁ? 

 何でぇ? どうして優しく肩に手を置くの?

 

「お前は今、人として最低な事をしようとしている」

 

 あ、なるほど。

 優しく諭してくれるんですね、分かります。

 

 そういや父さんが俺に手を上げた事なんて一回も無かったしな。周りがすぐ暴力に訴える奴ばっかで、俺もそっちに馴染んじゃってたわ。

 

「2人の女の子に言い寄るなんて最低だ」

 

 うんうん、流石は父さん。

 伊達に母さんを愛しちゃいねぇな!

 

「だが、それでも……!」

 

 ん?

 

「好きになってしまったんだろう? それなら旋焚玖の想いを一体誰が否定できる?」

 

 お前が否定するんだよ! 

 父親だろ!? 息子の二股になに理解示そうとしてんの!? 

 ついお前って言っちゃってゴメン! いやでも言うわ! だっておかしいもん! それにさそれにさ、何かちょっといいハナシ風に持っていこうとしてない!?

 

「そうね……恋は理屈じゃないものね…」

 

 ババァコラァッ!

 お前も拍車かけてんじゃねぇよ! あとババァ言ってごめんなさい! お前呼びは……もう謝らん!

 

「旋焚玖の目を見れば分かるさ。2人に惚れてしまった不義に苦悩しつつ、それでも2人を全力で愛そうと決意している瞳だ。パパには分かる」

 

 全然分かってねぇぞコイツ!

 なに満足気な顔してんだ、いい事言ったみたいな顔してんじゃねぇぞ!

 

「そうね。日本では一夫多妻なんて許されない事なのかもしれない。でもこれだけは忘れないで、旋焚玖。ママとパパは何があっても貴方の味方よ」

 

 一気に話飛躍させんなよ!

 何でもう結婚的な話になってんだよ!?

 

 そもそも俺と篠ノ之はそういう関係になってねぇよ! 鈴もなってねぇよ! むしろフラれてんだよ俺が! 俺がなぁぁぁッ!!

 

「ああ、一応聞いておくが、箒ちゃんとは付き合えたんだろう?」

 

 

【身体だけの関係に落ち着いた】

【初キッスはレモンの味がした】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ~~~~ッ!!

 

「初キッスはレモンの味がしたぁぁぁぁッ!!」

 

「ハハハ! こいつめ、大声で言うほど嬉しかったんだなぁ!」

 

「あらあら! 旋焚玖も大人になっていくのねぇ!」

 

 や゛め゛て゛く゛れ゛よ゛ぉぉぉぉ!

 

 ただでさえ親とそういう会話すんのは抵抗あんのに、嘘の報告させんなよぉぉぉッ! 何もしてねぇよぉ! 名前で呼ばれてキュン♥ってしちゃっただけだよぉぉぉッ!

 

「も、もういいだろこの話は」

 

「ハッハッハ! 照れるな照れるな!」

 

 や、やめろ!

 生暖かい目で頭撫ででくんじゃねぇよ! しまいにゃドツくぞ!? 今の俺はDV上等だぞコラァッ!!

 

 く、くそ…!

 完全に計算違いだった。

 まさかウチの両親が、ここまでトンデモ寛容力を持っていたとは……で、でも! 俺はまだッ……まだ諦めないッ! 

 

 涙で前がよく見えないが、それでも俺はまだ戦うんだ…!

 

「それは置いておいて。ちょっと私の話を聞いてくださいな、お父様」

 

「お父様かぁ! パパ呼びは今でもされ「もうそれはやったわ!」な、なんだよう……反抗期か?」

 

 この似たもの夫婦めが!

 

「あのですね、父さん。俺は確かに鈴に会いたいとは言ってますが、いきなり家に押し掛けられても迷惑だと思うんですよ」

 

 どうだオラァッ!

 俺の常識攻撃はよぉッ!

 まだ死んでねぇんだよ、俺の意思はよぉッ!

 

「確かに急に行くのは凰さんに迷惑が掛かってしまうな」

 

 そうだろうそうだろう!

 

「中国だし日帰りって訳にもいかないしねぇ」

 

 そうなんですよ!

 俺が行くだけで鈴の家族が困っちゃう! それはイカンでしょう、イカンよなぁ! ヒヒヒッ、これじゃあ行けないなぁ! だって鈴のご両親にも迷惑が掛かっちゃうんだもんなぁ!

 

「電話して聞いてみたらいいんじゃないかしら!」

 

 あ、おい待てい。

 それはずるいぞ、発達文明の力に頼るとか、そういうの俺の中ではノーカンだから。

 

「…………あ~、もしもし、凰さん? 主車です主車……ええ! ええ、そうです! いやぁ、お元気そうで何よりです、あっはっは!」

 

 の、ノーカン……。

 

 父さんが国際電話ってる。行動力早すぎだろ、少しは躊躇えよ。

 

「いえいえ、まだまだこれからですよ、なっはっは!」

 

 相手はきっと鈴の父親だろう、何やら仲良さげに話してる。

 

 くっそぅ……一夏もだけど、鈴も俺とは家族ぐるみで仲良かったもんな……それがここにきて弊害になるなんて、流石に想像だにしてなかったわ。

 

「ええ、ええ、そうなんですよぉ! で、どうでしょう? よろしければ、息子をそちらに行かせても……」

 

 断ってくれ親父さん!

 アンタの可愛い一人娘が俺に何かされるぞ!?

 

「本当ですか!? えぇっ、お泊りまでさせていただけるんですか!?」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「やったわね、旋焚玖! んもうっ、泣くほど喜んじゃって!」

 

 涙が止まらねぇ……いや、鈴に会いたくない訳じゃないんだ。こういう形で会うのが死ぬほど嫌なだけなんだ。

 

 だってよ……俺、鈴にフラれてんだぜ?

 篠ノ之の時とは違う。まだ篠ノ之には全国大会の応援っていう名目があった。だから俺もまだ耐えられた。

 

 今回はそういう名目っていうか言い訳が無いんだ。

 いや、確かに転校前に言ってたよ? 中国に来る事があったら真っ先に連絡寄こせって。中国でも引き続き店は開いてるからって(鈴の家は中華料理店を営んでいる)

 

 いやでも……それを理由にしてもキツいだろ、俺の場合。鈴からしたらフッた俺が一人で会いに来たらどう思う? 

 「うわ、コイツ一人で会いにきたよ、やべぇよやべぇよ」って引かれても不思議じゃないだろ……少なくとも未練たらたらマンだと思われちゃうじゃないか……………それはとっても辛いなって…。

 

「はい、はい、ああ、それもいいですね! 分かりました、では3日後に……はい、はぁい」

 

 電話が終わった。

 それは俺への死刑宣告に等しい。

 

「鈴ちゃんのお父さんが『どうせなら一夏くんも呼んで一緒においで』だってさ。お金の事は心配するな、父さん達が出すよ」

 

「!!!!」

 

 執行猶予だオラァッ!!

 

「一夏の家行ってくるッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

「一夏ぁ! 鈴に会いに行くぞ鈴に………ぁあ…?」

 

「お゛ぅ゛……ぜんだぐぅ……」

 

 何故、そんなダミ声なんだ…?

 何故、マスクを装着している…?

 何故、この真夏に厚着をしている…?

 

「……風邪、引いてんのか?」

 

「ゲホッゴホッ……インフルった…」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「あ゛……ぜんだぐ…?」

 

 超スピードで近くのスーパーまで駆けていく。

 

「コレとコレとッ、あとコレもだオラァッ!!」

 

 目ぼしいモノを買って、即行で一夏の家に戻る。

 

「デコ出せオラァッ!! 冷えピタ貼ってろ!」

 

「あ゛~~~、ずまねぇ……」

 

「水分だ! ポカリってろ!」

 

「んぐんぐ……ぷへぇぁ~…」

 

「栄養だ! リンゴ食えお前このヤロウ!」

 

「シャクシャク……ンまい…」

 

 くそっ、他に俺に何が出来る…!?

 クソバカ一夏め、こんな時にインフルなりやがって…!

 

「で、医者から何て言われてる?」

 

「1週間あんせー」

 

 クソッたれぇ……(諦め)

 

 

.

...

......

 

 

 トボトボ帰宅。

 父さんと母さんに一夏の事を話す。

 

「……そうか、一夏くんはインフルエンザか…」

 

「う~ん……それなら無理強いできないわねぇ」

 

 ぐぬぬ……こういう時に、無理やりにでも連れていける精神を持てない自分が恨めしい。良心の呵責に負けるボク……ちくせぅ。

 

 

~♪~♪~♪~♪~♪

 

 

 で、電話……一体、誰から…?

 

「ひぃっ…!」

 

 い、嫌だ、出たくねぇ!

 間違いなく要件はアレだもん!

 でも出ないと余計に怒られる……ええい、ままよ!

 

「は、はい、もしもし…」

 

『ちょっとアンタ! さっきパパから聞いたわよ!? 急すぎてあたしもよく分かってないんだけど!? ちゃんと説明しなさいよね!』

 

 は、半年ぶりの電話なのに情緒もクソもねぇ……。

 

「いや、まぁ、アレなんですよ、その……まぁアレなんですよ」

 

『全っ然、伝わってこないわ』

 

 だろうね。

 ごめんね、ほんと。

 

『……一夏も、その…来るの?』

 

「あー……いや、それがアイツ今、風邪引いててさ……その、なんていうか、俺だけになりそう、です、はい……」

 

『そうなんだ……あっ、べ、別にアレよ? 今のは深い意味で言った訳じゃないんだから!』

 

「はぁ……」

 

 深い意味ってなんだろう。

 

『……アンタ1人で来んのよね?』

 

 うぐっ、やはり来たかこの話が…!

 

「あー、まぁ……あ、でもやっぱ俺だけじゃ気まずいよな!? この話は別に無かった事にしても」

 

 そうだよ!

 ここで鈴に断ってもらえれば!

 

『だ、誰もそんな事言ってないじゃない! いいから気にしないで来なさいよ! いいわね!? 今更来ないとか言ったらブン殴るわよ!?』

 

 鈴の気遣いが身に染みる。いい子すぎて涙がで、出ますよ……今回ばかりは違う意味でだけど。

 

「あーっと……じゃあ、お邪魔するわ」

 

『分かればいいのよ。ああ、あと今ウチに従妹も居るから。アンタが来た時に紹介す……ちょっ、何すんのよ乱!?』

 

 乱?

 

『くんな変態!』

 

 ブツッ……プーッ、プーッ、プーッ……。

 

 電話は既に切れていました。

 鈴より少し幼い女の子の声でした。

 

 見ず知らずの少女に電話口で変態と罵られて……なんていうか……その……下品なんですが……フフ……フフフ…………………勃たねぇよぉ……いっそ、そういう性癖持ってりゃ良かったよぉ……普通にグサッときたよぅ…。

 

 

「…………行きたくねぇなぁ…」

 

 





乱も居るのか(困惑)


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第18話 鈴v.s.乱


論破に次ぐ論破、というお話。



 

 

 電話が切れた(切られた後)舞台は一旦中国に移る。

 

「いきなり何てコト言うのよ乱!? あぁもうッ! 勝手に電話も切っちゃうし!」

 

 乱。凰乱音。

 あたしより一つ下の従妹だ。

 幼い頃から家が近くって事もあり、日本へ行くまでは毎日のように一緒に遊んでいた。あたしも乱の事は妹のように思っていたし、乱もあたしの事を姉のように慕ってくれていた。

 

 中国に戻ってきてからは乱の家庭の事情もあって、あたし達と一緒に暮らしているのだけれど……数年会わないウチに乱は何て言うか、エラく生意気になったっていうか……なんだろ、呼び方も「鈴おねえちゃん」から「鈴姉」に変わったし。

 

 いや、ぶっちゃけそれは全然いいんだけど、なんかねぇ……妙にあたしにツンツンしてるっていうか……あれかしら、乱も14歳だし反抗期が来たのかしらね。

 

 まぁ乱があたしに何を思っているかは分かんないけど、あたしは乱の事を今でも可愛い妹分だと思っている。正直、たまに乱のツンツンっぷりにイラッとはくる事もあるけど、そこは怒らず我慢だ。それであたしまで乱に対抗しちゃったら、それこそ収拾がつかなくなっちゃうからね。

 

 だけど、流石に今回だけは怒らなくちゃいけない。人間、やって良い事と悪い事があるのだ。

 無理やりあたしから電話をぶんどり、その上、暴言を吐いて勝手に切るなんて、いくらなんでも度が過ぎる行為だ。しかも、ちょっと満足気な顔してるし! 何やりきった感出してんのよ!

 

「アンタ、どうしてあんなコト言ったの!?」

 

「だってさっきの男って、鈴姉にパンツくれって言った奴なんでしょ!? 変態じゃんか! アタシは間違ってない!」

 

「うぐっ……そ、それは…」

 

 あたしの失敗だった。

 日本から帰ってきて間もなくの事、乱から『日本でどんな人と友達になったの?』と聞かれた時に、つい軽い気持ちで旋焚玖の話もしてしまったんだ。

 

 『転校初日でパンツくれって言われちゃってさ~』なんて、ちょっとした面白話な感じで言ったつもりだったけど、こんな事になるとは思いもしなかったわ。

 

 ここは話したあたしがちゃんとフォローしておかないと…!

 

「ち、違うのよ乱。旋焚玖のアレはね、なんて言うか、その……儀式……そう! 儀式みたいなモノなのよ!」

 

「はぁッ!? 何を召喚すんの!? パンツ!? パンツを召喚する儀式って訳!? やっぱり変態じゃん!」

 

「ち、違ッ……えーっと、そうじゃなくて…! アイツのアレは日課っていうか!」

 

「日課ァッ!? ちょっと鈴姉! 初めて会った時だけじゃなくて毎日『パンツくれ』って言われてたの!?」

 

 や、藪蛇ったぁぁぁッ!

 毎日言われた事は教えてなかったんだっけ!? 

 

 まずい……非常にまずいわ…! 

 このままじゃ旋焚玖が来ても、乱が躍起になって追い返そうとするかもしれない…! あたしに似て手が早いこの子の事だ、きっと力で訴えるに決まってる…!

 

「だ、だからね? 違うのよ、乱。旋焚玖はね、とっても物知りなの!」

 

「はぁ……? それとパンツは全然関係ないじゃん」

 

「それが関係あるのよ! 旋焚玖はね、あたしや一夏にトリビア的なモノを教えてくれてたのよ!」

 

「いや、だからさ、それとパンツは関係ないでしょ?」

 

「違うのよ! パンツな挨拶をしてから、その流れで雑学をあたし達にね」

 

 あぁもうッ!

 自分で言ってて、あたしまで訳分かんなくなってきちゃったじゃない! パンツな挨拶って冷静に考えたら何よ! その流れってどんな流れよ!

 

「パンツな挨拶ってなに!? 旋焚玖って男は挨拶気分で『パンツくれ』って言ってくるの!? しかも流れ変わってるじゃん!」

 

 そ、そうね。

 乱の言う通りだわ。

 

「ソイツは物知りなんでしょ!? それで鈴姉は毎朝、ソイツから色んな事を教えてもらってたんでしょ!?」

 

「え、ええ、そうね」

 

「パンツな挨拶なくていいじゃんッ!!」

 

「うぐっ…!」

 

 ま、真っ向から論破されちゃったわ。

 清々しいまでに完敗……見事よ、乱…!

 

 正直なところ、反論材料はまだ残っている。

 でも、これは流石に……恥ずかしくて言えないわ。

 

『旋焚玖はあたしの事が好きなの! だからあたしのパンツが欲しいの!』

 

 い、言えないッ!

 絶対に言えないこんな事! 

 旋焚玖だって、勝手に自分の気持ちを言いふらされるのは嫌でしょうし…っていうか、言ったら言ったで「やっぱり変態じゃん!」って言われるのがオチだし。

 

 あれ…?

 そう考えたら、旋焚玖って変態よね。小学生の時ならまだしも、中3間近って時でも平気でアイツはあたしにパンツねだってきたし。

 

 う~ん……それなのに、嫌悪感が無いのはやっぱり……。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 身を挺して、あたしを守ってくれたアイツの姿を見ちゃったから……かな。不覚にもドキッてしちゃったし。恥ずかしいからアイツには絶対言わないけど。

 

「旋焚玖はね……ただの変態じゃない。カッコいい変態なのよ」

 

「鈴姉……頭大丈夫…?」

 

「デコ触ってんじゃないわよ! あたしは平熱よ! アイツの事はそうとしか言えないの!」

 

 後はまぁ、数年も同じ事を毎朝毎朝言われてたら、あたしも慣れちゃうっていうか、感覚が麻痺しちゃったっていうのもあるでしょうね。

 

「はあ~ぁ……でもアタシ、ショックだなぁ」

 

 一転して、乱がため息をついてみせた。

 さっきまであんなにギャーギャー騒いでたのに、そんな急に湿っぽくされたら、逆に不安になっちゃうじゃない。

 

「な、なにがよ?」

 

「そんな変態の名前を鈴姉ってば、たまに呟いてるんだもん」

 

「つ、呟いてないわよ!」

 

「いいや、アタシは何度も聞いてるね! 7:3の割合で『旋焚玖ぅ…』って鈴姉は言ってた!」

 

「そんな気色悪い呼び方してないわよ! だいたい何よ、その7:3って!」

 

 意味不明な比率なんか出しちゃって! そんなので、あたしがずっと大人しく論破されっぱなしと思わない事ね!

 

「……『ぐすっ……一夏ぁ…』」(迫真の物真似)

 

「!!?」

 

「これが7の正体だよ! ついでに昨日の鈴姉は7の方だったね!」

 

「ぐっ…ぐぬぬ…!」

 

 まさかそれまで聞かれていたなんて…!

 流石に昨日の事くらいはあたしも覚えている。昨日の今日で身に覚えがないって言うのは厳しい…! っていうか、何で聞いてるのよ!? 誰も居ないからあたしだって……ポソッと呟くくらいは……あ、あるでしょ! 

 

 そのボソッとを何で聞いてんのよぉ!

 

「週5ペースで聞いてるよ」

 

「ほぼ毎日じゃない!」

 

 毎回それに気付かないって、あたしもどうなのよ!? 

 アレか、気配を消す達人かこの子は! 

 っていうか、あたしもほとんど毎日、一夏と旋焚玖の名前を呟いてたって訳…? 日本から離れてまだ半年なのに、無意識のウチに呼んじゃうって……あたし、そんなに弱かったの…?

 

「ねぇ、鈴姉。7が本命として、3は何なの? どうしてたまに変態の名前まで呼んでるの?」 

 

 くっ……言いにくい事をズバッと聞いてくるわねぇ…! 色々あるのよ! 乙女には……い、色々あるのよ! 

 旋焚玖の事は親友として好きだと思ってるの! そう思わせてよ! そう思わないとあたしは…!

 

「ねぇ、鈴姉ってもしかして……気が多いの?」

 

「ほぐぅッ…!」

 

 

『気が多い』……あれこれと気を引かれるものが多い。移り気である。(広辞苑参照)

 

 

 乱の言葉が突き刺さる。

 ボディにガツンと突き刺さる。まるでリバーブローを受けた気分だ。

 

 でも、まだよ…!

 あたしの精神はそんなヤワじゃない…! いくらボディを攻められても、意識は保ってられるんだから!

 

「……鈴姉って一途じゃなかったんだね」

 

「ぐはッ……」

 

 乙女として、出来れば言われたくなかった言葉。あたしの中だけで留めておきたかった疑惑の言葉。乱から放たれた真っ直ぐすぎる言葉は、弱ったあたしの意識を刈り取るには十分な威力だった。

 

「強くなったわね、乱……アンタの勝ちよ……」

 

「はぁ? え、ちょっ……鈴姉…? うわっ、な、何で倒れるの!? 勝ちってなにさー!?」

 

 あたしの意識よ、さようなら(現実逃避)

 

 

 

 

 

 

「……鈴姉、寝ちゃった…? いや、気絶?」

 

 だけどこれでハッキリした。

 アタシの敵はずっと織斑一夏だけだと思っていた。カッコ良くて凛々しかった鈴姉を腑抜けにした織斑一夏だけだと…! 主車旋焚玖はただの変態で、捨てておいて良しと思っていたけどダメだ。

 

 コイツも鈴姉を腑抜けさせている要因の1人って事が分かった。主車旋焚玖もアタシの敵だ! っていうか変態だし、普通に敵だ! 変態の癖に鈴姉から『カッコいい』とか思われてるなんて絶対におかしい! なにか洗脳みたいな事をやったに違いないんだ!

 

 見敵必殺。

 覚悟してなさい、主車旋焚玖。

 アホみたいな顔して中国に来るがいいわ。でもその時がアンタの最期、アタシが正義の鉄槌を喰らわせてやるんだから!

 

 





乱音ちゃんは良い子。


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第19話 2人の出会いはロマンス


泣かせた少女、というお話。



 

 

 

「退屈しないで済んだ。君のおかげだ」

 

「いえいえ、自分も楽しかったです」

 

 機内で仲良くなった人とバイバイして、鈴から言われた場所へと向かう。そこで待ってりゃ、鈴が直々に迎えに来てくれるんだと。

 

 しかし何事もなくて良かった。

 俺は無事、中国に来れたぞ。

 

 飛行機内での俺はツイていたと言っても良い。

 だって、隣りの席の人がいい人だったもん。

 

 

.

...

......

 

 

 母さんに空港まで送ってもらった俺は、そのままトラブル(選択肢)に遭う事もなく、目的の飛行機に乗れた。

 

「席、席……おっ、ここか」

 

 やった。

 窓側じゃん。

 これで外の景色が楽しめる。後は非常識な奴が隣りに座らなければ、快適な空の旅を楽しめそうだ。乗り物っていうのは、電車だろうが飛行機だろうが、隣りに座る他人で内容が決まるのだ。

 

「隣り、いいですか」

 

「あ、はい」

 

 そんな事を思っていたら、タイミング良く隣りの席に座られた。

 眼光の鋭い女性である。どうやら俺と同じく1人らしいが、この感じは常識人ですね、間違いない。ただ、怒ったら怖そうだから俺も大人しくしておこう。

 

 

【空の旅におしゃべりは付き物。まずは年齢と体重を聞いてみよう!】

【暇だし何らかの勝負を仕掛ける】

 

 

 これは非常識ですね、間違いない。

 空港で大人しくしていたのは、この時の為の布石だったのか……要らぬ気遣い、嬉しくないです。

 

 年齢と体重を初対面の女性に聞く……普通に無しだと思います。そういうのを子供のシャレで済ませてくれる様な気配がこの女性からはしないのです。

 

 なら、下か…?

 でも勝負ってなに?

 【何らかの】ってのがまた曖昧だ。

 だが、こういう系はこれまで何度も見てきた。故に俺の経験が教えてくれる。このパターンは【勝負】さえ成り立っていれば、内容は俺が考えていいパターンの方が比較的多い。

 

 比較的、だからもちろん過信は禁物だが、さて…?

 

 下の選択肢を選んだ瞬間、口が開くのを許された。

 やったぜ。

 

「しりとり」

 

「……………………」

 

 真っ直ぐ見てないでください、こっちを見てください。

 

「しりとり」

 

「……?」

 

 え、私に言ってるの?みたいな顔ですね、分かります。そして分かってください。何も言わず何も考えず付き合ってください。一回だけ、一回だけでいいですから!

 

「しりとり」

 

「えぇ…? えっと……え、しりとり…? えーっと……り、リス…? で、いいのかしら…?」

 

 勝負、成立也ッ!!

 

「スリランカ」

 

「えぇ…? ホントにするの? まぁ別にいいけど。えっと……か、か…」

 

 こうして勝負は成り立ち、ついでに俺の勝利で終えた。まぁ自分、しりとりには結構自信ありますから。密かに世界チャンプレベルを自負していますから。

 

 ま、これで選択肢の条件もクリア出来たし、後はのんびり外の景色でも楽しんで「……もう1回よ」……ぅえい?

 

「まだ勝負は終わっていない。もう1度だ」

 

 何か悔しそうな顔して睨んできてるぅぅぅッ! 怖ッ、眼光キュピーンってなってますよ!? しかも口調が何だか尖ってますよ!? 

 

 そっちがもしかして素なんでせうか…?

 

 いやいや、この展開は想定外だぞ。流石にリベンジられるとは予想だにしてなかった。もうアレだな、ここは適当に負けてさっさと切り上げた方が良さそうだ。

 

「手を抜いたら怒るぞ」

 

……怒るのか。マジな目して大の大人が子供に怒るのか。

 でも怒られるのは嫌だなぁ……機内だし、みんなに見られるし。そういう注目のされ方ってホント嫌いなんだよ。普通に恥ずかしいし。

 

 結果、中国に着くまでずっと挑まれ続ける私でした。

 景色、見たかったなぁ……。

 

 

.

...

......

 

 

「……いい人……だし、変な人だな!」

 

 名前も結局互いに言ってないし……っとと、回想ってる間に目的地に到着したな。鈴から写メで送られてきた、この噴水の前で待ってりゃいいんだっけか。

 

 周りを軽くキョロってみるが、鈴らしき女の子の姿は見当たらない。むっ……鈴からメール?

 

『ごめん、旋焚玖。従妹の乱がどうしても1人で迎えに行きたいって、もう家出ちゃったの。もうすぐ着くと思うから、あたしっぽい子見たら声掛けてあげて』

 

 鈴っぽい子ってなんだよ。しかも従妹の乱って、アレだろ、俺を変態呼ばわりした子だろ……その子がわざわざ1人でぇ…? 何の為にぃ…? 

 

 俺にナニかする為に決まってるんだよなぁ……む、まだメールは途中だったか。

 

『追伸 大丈夫よ、旋焚玖。乱も「絶対何もしないから」って言ってたわ!(*^^)v』

 

 単純か!

 なんだそのバレバレの嘘台詞!? いやお前結構頭キレるタイプだったろ!? 何でそこだけ簡単に信じちゃうの!? その台詞はやべぇって! 絶対何かする奴が言う台詞じゃねぇか! トップだよトップ、殿堂入りしてるわ!

 

 むしろ、どうして自信満々にvサイン付きの顔文字まで送ってこられるのか……もしかして、俺も信じていいんですか…? 

 

 そうだよ、鈴が大丈夫って言ってんだ。

 アイツの言葉は信じるに足りる……けど、ちゃんと大人しくして待っておこうね。やっぱり人間、第一印象って大事だと思うの。ただでさえ変態呼ばわりされちゃってるのに、その上挙動不審だったら目も当てられないよ。

 

 

【待ってる間、暇なのでアカペラってる。ガチで】

【待ってる間、暇なのでスクワットってる。ガチで】

 

 

 クソったれぇ……(諦め)

 

 

 

 

 

 

「……もしもし、鈴姉…?」

 

『どうしたの、乱? もう旋焚玖とは会えた?』

 

 会えたという表現は違うと思う。

 

「えっとね、待ち合わせの場所には着いたよ」

 

『そう? なら旋焚玖も居るでしょ?』

 

 もしかしたら居るんじゃないかなとは思う。

 

「……なんかね、うぉぉぉ~ってね? スクワットしてる人なら居る。なんかね、めっちゃ速いの」

 

『あ、それ旋焚玖だわ』

 

「えぇぇぇッ!? 嫌なんだけど!? アレに近づくとか嫌なんだけど!? 話しかけるとか無理なんだけど!?」

 

 どうしてあの奇行者が主車旋焚玖だって、鈴姉には分かるのさ!? 見てもない癖に! きっと適当に言ってるんだ! そうに違いないんだ!

 

『なによ乱、アンタもしかしてビビッてんの? ならやっぱりあたしが…』

 

「だ、誰があんな変質者にビビるかい! いいよ、話し掛けてやるよ! ジョートーだよッ!」

 

『はぁい、それじゃ家で待ってるわね~』

 

 電話、切れちゃった。

 もう1度、アレを視界に入れてみる。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 うわぁ……すんごい叫んでる。

 えぇ……アタシがアレに声を掛けなきゃいけないの…? つい鈴姉には強がっちゃったけど、ハードすぎない? 

 

 だって、アレよ?

 道行く人たち、皆に2度見されてるんだよ? 流石に周りの目を気にするでしょ、普通の神経してたら! 何で一心不乱なのよ!? 何がアンタをそこまでさせるのよ!?

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

「うぅ……」

 

 ま、負けないもん!

 それでもアタシは負けない!

 こんな変質者に怯んでたまるもんですか!

 

 一歩ずつ、一歩ずつ、着実に歩を進めていく。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

「……ッ…!?」

 

 うわっ、目が合った…!

 変質者は危ないから目を合わせちゃいけないってママが言ってたっけ!? そんな金言を思い出すよりも早く、本能がアタシの目をアレから逸らさせた。

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~~~ッ!!」

 

「ひぃっ…!?」

 

 咆哮が急にダミった!?

 思わず視線を戻してしまう。

 また目が合って……………え、何か……えぇ? 

 な、泣きそうな目してない…? 気のせい? むしろ何かをアタシに訴えかけてきているような……そんな気がするんだけど、ううん、これはきっと気のせいじゃない。

 

 どうしてそんな悲しそうな目で……悲しそうな目で……スクワットしてんの?

 

「えーっと……あの「うおぉぉぉッ!!」アナタってもしかして「うおぉぉぉッ!!」やかましいのよこの変態ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 あ、言っちゃった。

 まだコイツが主車旋焚玖かどうか、確認する前に言っちゃった。いやでも、言うでしょ今のは。そんなにアタシ悪くないでしょ、今のは。

 

 でも、静かになってくれたわ。

 しかもスクワットも止まったし。

 これでちゃんと確認出来るわね。でも、コイツと知り合いとは思われたくないし……あ、そうだ、電話でも1回変態呼びしてるし、それで通じるでしょ。

 

「あーっと……一応、聞くけどさ。アンタが変態よね?」

 

「……ぐすっ…」

 

「ふぇっ!?」

 

 な、泣いたぁー!?

 





なーかした!なーかした!
一夏と千冬姉に言ってやろー!


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第20話 バブみ


感じるんですよね?というお話。



 

 

「ペラペラやべぇ、ペペラペラ」

 

「なんだあれペペペラペ、ペラペーラ」

 

「ペペラペペーラ頭おかしい」

 

 これがアウェーの洗礼なのか。

 日本に居た俺は、大海を知らないただの井の中でイキっている蛙に過ぎなかったんだ。それを今、強く痛感させられている…!

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 雄叫びと共に全力でスクワット。

 自分で言うのもなんだが、超スピードだと思う。地元ではありふれた光景さ。そう地元ではな……ここは見知らぬ土地なんだ、俺を知らない異国なんだ…! その事実が俺に現実を叩きつけてくる。俺が今までどれだけ温室に居たのかを自覚させてくる。

 

 小学生時代、学校で俺を変な目で見てくる奴は居なかった。何故なら小学1年生からずっとこんな感じだったからだ。小学生男子ってのはアホしてナンボなところがある。それが低学年だったら尚更だ。

 学年が上がる度、違うクラスから同じクラスになった奴は最初に「なんだコイツ!?」となるも、既に他のクラスメイトが受け入れているので、自然と初見な奴らも時間と共に俺を受け入れるようになる。

 

 そのまま地元の公立中学に上がれば、当然大半の連中が同じ小学校の奴だ。結果、中学も特に変な扱いはされていない。長く居れば、俺でも受け入れられるのだ。それは学校以外でも同じだった。

 

 こちとらガキの頃から何年も、逆立ち歩きで地元を徘徊し続けていたんだ。今更、咆哮&スクワットくらいのコンボじゃ、地元の人間であれば誰も驚かない。

 

「おっ、また主車んトコの息子がやってるぞ!」

 

「あらあら、旋焚玖くんは今日も元気ねぇ!」

 

 そういうキャラを確立してきたんだ。

 だから誰も俺を変な目で見てこない。俺がこういう奴だと知っているから。

 

 しかし、しかし…!

 何度も言うが、此処は地元じゃないんだ。地元どころか日本ですらない、中国なんだ…! 誰も俺を知らないんだ! そんな中で超高速スクワットを叫びながら敢行していたらどうなる!?

 

 冒頭の反応に決まってるだろ!

 何を言っているのか、さっぱりだったらまだ良かった。

 だが、俺の語感センスは素晴らしいからな。中国語なんて前世の大学で習ったきりなのに、それでもまだ記憶に幾つか残っている程、俺は凄いからな。それが今回ばかりは徒になった。俺の凄まじさが徒になってしまったんだ。

 

 ところどころ、聞き取れてしまうんだ。

 不運にもマイナス系ばかり聞き取れてしまうんだ。それが俺のメンタルにグサグサくる。ホームとアウェイの違いを痛感してしまう。

 

 っていうか……もう帰りたい。日本に帰りたい。

 何で俺がこんな目に遭ってんの? よくよく考えたら……いや、軽く考えてもおかしくない? 親に二股を勘違いされて、それも熱く承諾されて、わざわざ遠い遠い中国まで気まずい鈴に会いに来て? それでコレですか? しかも会った事もないガキに、電話で変態呼ばわりされる始末ですよ? 

 

 これはアレですか?

 もしかして篠ノ之との再会を結構楽しんだ反動ですか? 飴と鞭ってるんですか? でも、ちょっと鞭が痛いです。ホームでイチビってただけの俺の精神力が、キツすぎるアウェイの洗礼で挫けそう……ううん、もう挫けた。だって泣きそうだもん。いい歳こいて俺、何やってんだろって……。

 

 あ、鈴っぽい子だ。

 声……掛けらんねぇや。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 あ、目ェ逸らされた。

 そんな事したらホントに泣くぞ? いよいよ泣くぞ? いいのか? お前のイトコの姉ちゃんに(友達として)好きって言われた男が泣いちゃうぞ! それでもいいのかよ! おい、こっち見ろよ! マジで泣くぞ!?

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~~~ッ!!」

 

「ひぃっ…!?」

 

 よ、よし!

 見たな! こっちを見たな! 後は意思の疎通を図るんだ、俺を止められるのはお前しかいねぇ!

 

「えーっと……あの「うおぉぉぉッ!!」…」

 

 うるせぇ!

 

「アナタってもしかして「うおぉぉぉッ!!」…」

 

 うるせぇ!

 

「やかましいのよこの変態ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 解放された。

 それついては多大なる感謝を。

 

「あーっと……一応、聞くけどさ。アンタが変態よね?」

 

 でもな?

 お兄ちゃん、もうダメだわ。

 会った事もない年下の女子に、恐々しく、それでもやっぱり変態呼ばわりされちゃった事で涙腺がK.O.されちゃいました。

 

 頬を伝う涙を止めらんない。

 今回ばかりは、いつもみたく気丈に振る舞えない。俺のメンタルはボトボトダ。

 

「ちょっ、ちょっと、なに泣いて…!? ああ、もうッ! こ、こっちに来なさい!」

 

 年下の女子に、俺を変態呼ばわりした女の子に手を引かれる。反抗する気力もなく、俺は鈴っぽい子に黙って連れられるのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「とりあえず、此処でいいでしょ。ほら、アンタも座んなさいよ」

 

「あ、ああ…」

 

 鈴っぽい子に連れられたのは公園だった。

 聞けば、この近くに鈴の家もあるらしい。だが、今の状態で会いに行くのはちょっとアレだから…という事で此処で少し落ち着こう、と。

 

 鈴っぽい子に倣って俺もベンチに腰掛ける。流石にもう泣いてはいない?

 

「……アンタが主車旋焚玖、で合ってるのよね?」

 

「ああ」

 

「そっか……」(や、やりにくい……イメージしてたヤツと違うんだもん。鈴姉からパンツをねだる変態だし、傲慢なヤツを想像してたのに……すっごいシュンってしてるんだもん)

 

「えっと……あ、アタシは凰乱音だから。えっと、まぁ……乱でいいわ」(変にあだ名で呼ぶな、とか言ってまた泣かれてもアレだし。癪だけど許したげる)

 

 

【分かった、鈴っぽい子】

【分かった、乱音】

 

 

 分かってないんだよなぁ。

 

「……分かった、乱音」

 

「分かってないじゃん!」

 

「ごめんなさい」

 

「べ、別に頭まで下げなくてもいいから! まぁ、好きに呼びなさいよ」(わ、分かんない……どういうヤツなのよ)

 

「名前も互いに分かったし。ねぇ、どうして噴水の前であんな事してたの?」

 

 そりゃあ聞いてくるよな。

 乱の言葉に悪意や皮肉は感じられない、純粋に疑問として思っているのだろう。でも、俺がそれに答えられるのは一言のみ。

 

「分からない」

 

「……はぁ?」

 

 視線を険しくされても、これだけは俺も譲れないんだ。この類の問いに対して、俺は今までずっと『分からない』『知らない』『存じ上げない』で通してきたんだ。

 バカ正直に【選択肢】の存在を明かしたところで一体誰が信じる? 信じる訳がない。それどころか本気でサイコパス扱いされてしまうだろう。それだけは絶対に嫌だ。

 

 だから俺はこう答えるしかない。

 

「俺にも分からないんだ」

 

「………………ッ」(そんな訳ないじゃん、嘘つき……って言いたいけど、そんな捨てられた子犬みたいな目で見られたら言えないじゃない…! んもうッ、本気で調子狂っちゃう!)

 

「そう。でもね? ああいう事はしちゃダメだよ? やっぱり、その、ね? みんなも驚いちゃうし」(んもぉぉぉッ! 何でアタシが優しく諭してんのよ!? アタシはコイツを追い返しに来ただけなのにぃぃぃ~~~ッ!)

 

 うぅ……気を遣われてるのがビンビンに伝わってくる。しかも、俺がヘコんでいるのを考慮してか、まるでまだ何も知らない幼子に接するかの様に説いてくる。乱さんのその雄大な優しさが俺を更にヘコませる。

 

「そうだな。これからはヤメておくよ」

 

「ええ、そうした方がいいわよ、きっと。あんなのもしイケメンがしてても多分みんな引いちゃうと思うし」

 

 

【俺はイケメンだから大丈夫だ!】

【俺はナニメンなんだ?】

 

 

 ナニメンって言葉が存在していた事に驚きを隠せない。

 えぇ……でも聞くの? あんまり聞きたくないんだけど。イケメンを例に出してる時点で既に除外されてるし、あとはフツメンかブサメンくらいしか残ってないじゃん。

 

「俺はナニメンなんだ?」

 

「え? アンタは……そうね、フツメンね。可もなく不可もなく……うん、見事なフツメンだわ」

 

 見事なフツメンってなんだよ。

 でもブサメンって言われなくて良かった。イケメンってのは一夏みたいな奴を言うんだ。俺だってそれくらいは分かっている。

 

 だが待ってほしい。

 フツメンの中でもランクがあると思うんだ。上・中・下的なクラスに分かれてる筈なんだ。

 自分で言うのもなんだが、俺はフツメン(上位)に位置していると思う。だって篠ノ之みたいな美女に名前で呼ばれたし。鈴にも(友達として)好きって言われたし。2回も言われたし。

 

 別に追及する気はないけど。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【○レンジャーで言えばどのくらいだ?】

 

 

 追及しねぇって言っただろ!

 変な聞き方してんじゃねぇよ!

 

「○レンジャーで言えばどのくらいだ?」

 

「……ミドレンジャーね」

 

 別に居なくても困らねぇヤツじゃねぇか!

 いや、乱さんも真面目に答えなくていいんですよ!?

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【おでんで言えばどのくらいだ?】

 

 

 いやもういいだろ? 

 もう十分だ、十分堪能したよ!

 

「おでんで言えばどのくらいだ?」

 

「……コンニャクね」

 

「コンニャク? それっておでんの中でも主役級じゃないか?」

 

 もしかして乱さん的には、割と俺の顔は評価高かったりするのかな?

 

「ええ、そうね。おでんの顔とも言えるわ。そのくせ、あまり美味しくないでしょ? アンタの顔はそんな感じなの」

 

「ぐ、ぐぬぬ…!」

 

 どんな感じがまるで伝わってこねぇ! ミドレンジャーでコンニャクな顔なんて分かるか! やっぱり俺は真ん中でいい、ただのフツメンでいい、フツメンがいい、フツメン最高!

 

「……なんか……やっと元気になったみたいね」(よく分かんないヤツだけど、辛気臭い顔されてるより、よっぽどいいわ)

 

「ああ、おかげさんでな」

 

「それじゃあ、鈴姉のところに戻……あれ…?」(いやいや、おかしくない? ちょっと待ってよ。何でアタシ普通にコイツと仲良くしゃべってんの? アタシはコイツをブン殴ってやる為に迎えに行ったんじゃないの? だってコイツは鈴姉のパンツを欲しがる変態なんだよ!?)

 

 隣りの乱さんが何故かプルプル震えていらっしゃる。

 この子の案内無しじゃ、俺も鈴の家には行けないし……えっと、どうしよう…?

 

「ねぇ……どうして、鈴姉のパンツをほしがるの?」(もっと強く言いたいのに言えない……だって泣かれたら困るもん。理由は分かんないけど、なんか困るもん!)

 

 ああ、やっぱりそれが『変態』たる所以だったか。だが、それこそ本当にアレなんだ。

 

「分からないんだ」

 

「ッ、あ、アンタねぇ…! いい加減に……ッ…くっ、くぅぅぅ…!」(だからその目はヤメてってば! 何でそんな目で言うのよ! アタシの良心に訴えるなんて反則だぁ! もう追及できないじゃんかぁ!!)

 

「あ、あのね……えっと、ああ~……もう旋焚玖って呼ぶわよ? 呼び捨てだけどいいよね?」

 

 

【いい訳ねぇだろクルァァァッ!! ブチ殺すぞクソアマぁッ!!】

【旋ちゃんの方がいい】

 

 

 なんだお前コラァッ!! 

 さっきからコラァッ!! 

 絶好調かお前! 初めての外国でハシャいでんのか!? 勝手にテンション上げてんじゃねぇぞコラァッ!!

 

「旋ちゃんの方がいい」

 

「は、はぁッ!? アンタ調子に乗るのも「す、すまん。忘れてくれ」~~~ッ!! 分かったよぉ! だからその目でアタシを見んなぁ!」

 

 目?

 その目って……何か俺の目、おかしいのか? 今までそういう指摘は誰にもされた事ないからよく分からんぞ…?

 

「んもうッ! 話を戻すわよ、せ、旋ちゃん…!」

 

「お、おうよ!」

 

 年下の少女から『旋ちゃん』呼ばわり……なんか……やべぇ。

 

「あのね、せ、旋ちゃん。アタシが怒ってるのは、日本で鈴姉にパンツをくれって毎日旋ちゃんが言ってたって聞いたからなの。それは本当なの?」(鈴姉を誑かせてる云々はひとまず置いておこう。まずはこっちだよね、これだけは言っておかないと…!)

 

「……本当です」

 

 何か先生に怒られてるみたいだ。

 

「そっか……でもね、旋ちゃん? それっていけない事なんじゃないかな?」(な、なんか優しい口調になっちゃうんだけど……旋ちゃんって呼んでから余計に……うぅ~~~!! なんなのよ、この気持ちはぁぁぁ~~~ッ!!)

 

「……いけないこと、だと思う」

 

 やべぇコレ先生じゃねぇわ。

 この感じ……前世の幼き頃、何度か経験したアレだ。母さんに優しく怒られているアレにすっげぇ似てる。

 

「そうね、いけない事だよね。じゃあ、もう言っちゃダメだよ?」

 

 

【分かったよ、乱ママ】

【分かったよ、乱たん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 うわぁぁぁあぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁッ!! ふざっっっっけんなよマジでぇぇッ!! 久々だぞ、オイ!? こんな戦慄選択、マジでひっっっさしぶりだぞ、あ゛ァッ!?

 

 ちょっとは相手考えろよ!

 中2だぞオイ! オイッ!! どっちもダメだって! 上も下もキモいって! せっかく、打ち解けかけてくれてっぽいのに、全部! ずぇぇぇぇんぶッ! 台無しになっちゃうて!

 

 ダメだ、どうせどっちか選ばねぇと始まらねぇんだ。言って即行オドケてみせよう! それしかねぇ!

 

「分かったよ、乱ママ……な、なぁーんちゃっ「はぁぁぁぁぁッ!? だ、誰がアンタのママよ!? バカじゃないの!? アンタほんとにバカじゃないの!? 死ね変態! 変態変態へんたぁぁぁいッ!!」……Oh…」

 

 思ってた以上に食いつかれるのが早かったです。おとぼけ作戦実行できませんでした。

 

「フンッ!!」

 

 乱ママ……じゃねぇや、乱は鼻を鳴らして、そのままスタスタ行っちゃった。そりゃそうだ。殴られなかっただけ俺は幸運だった。

 だけど残された俺はどうすっかな……流石にあんな顔真っ赤にして怒らせちまったのに、それでまだあの子の背中を追いかけるのも気が引ける。

 でも1人じゃ鈴の家どこか分かんねぇし……鈴に電話して迎えに来てもらった方がいいかな……ん?

 

「何してんのよ!」

 

 うぇい?

 

「アンタ1人じゃ道分かんないでしょ!? 早く来なさいよバカ旋ちゃん!」

 

「お、おっす!」

 

 ゆ、許された…?

 寛大な御心に感謝するッ……凰乱音…! もう絶対…! 俺はアンタを困らせたりはしねぇッ…!

 

 

【これから毎日ママと呼ぼうぜ?】

【これから定期的にママと呼ぼうぜ?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 





これがバブみちゃんですか(困惑)


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第21話 乱v.s.鈴


何の話?、というお話。




 

 

 

「ただいまぁ!」

 

「……お邪魔します」

 

 中華料理『鈴』の看板が立てられている店へと、乱に続いて入っていく。凰家は下で店を開いて、上で生活をしているらしい。日本に居た頃と同じスタイルでやっているんだな。ただ今日はお店は閉めているんだとか。

 

 これはアレか? 

 日本から来た俺のために、わざわざ店を閉めての歓迎パーティーが始まるのではなかろうか…!

 

「いや、ただの定休日だから」

 

「あ、鈴姉! ただいま!」

 

 呆れた顔して出迎えてくれたのは半年ぶりに会う友達。

 

「ええ、おかえり乱。それと……久しぶりね、旋焚玖」

 

「ああ、久しぶりだな鈴」

 

 何で俺が考えてる事が分かったんだろ。

 

「アンタは表情に出る時と出ない時の差が激しいからね。さっきのは妙にウキウキしてるのがバレバレだったわよ? そういうトコ、全然変わってないのねぇ」

 

「む……」

 

 しみじみ言われるとやけに恥ずかしい。

 だが、鈴の接し方はとてもありがたい。電話でも少し話に出ちまったけど、何か適当に話してないと気まずいんだよ、やっぱり。用心するのは下手にあの時の事(旋焚玖おフラれイベント)を思い出すような話題は避ける事だな。

 

 

【お前はもっと可愛くなった】

【成長した俺の超モナカを魅せつける】

 

 

 避けるツってんだろコラァッ!!

 【上】はあかんだろ、なんだそのセリフ!? 

 未練タラタラじゃねぇか! 確実だ! 確実にあの日の光景が浮かんじゃうだろぉ! 分かってんの!? 1度フッた男から【可愛い♥】なんて言われても女の子は嬉しくないの! キモいだけなの!

 

「……ッ、オラァァッ!!」

 

「ちょぉッ!? なに上脱いでんの!?」

 

 上だけだから!

 プールの授業で散々見てるし勘弁して!

 

「俺の鍛え上げられた腹筋(超モナカ)を見ろッ!!」

 

「うわっ……これは…確かにまた凄くなったわね…!」

 

 フッ……最後に見せたのは中2の夏だったか。なんだかんだ修業ってヤツは嘘をつかんからな。俺の肉体はまだまだ進化を遂げられるってな…! これに関してはちょっと自分でも誇っていたりするんだぁ~♪

 

「何してるの、バカ旋ちゃん!」

 

「うぇい!?」

 

 ビターンな音と共に背中に衝撃が走る。

 し、しまった……乱ママ…じゃねぇ、乱も居るんだった。正直、完全に気ぃ抜いてた。いや、だってさ……勘違い以外で「凄いわ!」的な目を向けられるのって、やっぱり嬉しいじゃん……ちょっとだけ浸っちゃうのも無理ないと思うんだ。

 

「そういう事もしちゃダメ! また変態って呼ばれちゃうよ!?」

 

「あ、ああ……そうだな。俺が悪かったよ」

 

 やべぇ……この子にはホントに頭が上がりそうにないぞ…? どうしても、母さんに怒られてる気分になっちまうんだもん。この世界じゃ俺が初めて出会うタイプだ、マジやべぇ。

 

「ん! 分かればいいよ! 物分かりはいいんだよね、旋ちゃんは」(今までちゃんと注意する子がいなかったのかな? しょうがないから、アタシが教えてあげるしかないかぁ)

 

 俺は物分かりいいよ、俺はな。

 

「ふーん…? 何かよく分かんないけど、確執は取れたみたいね、乱?」(旋焚玖のことを旋ちゃんって呼んでるのが気になるけど)

 

「ん~……なんかね、怒る気分じゃなくなったっていうか。思ってた感じと違うっていうか」(変態っていうか、旋ちゃんって超絶バカなだけな気がするんだもん。意気込んでた分、余計に拍子抜けしちゃったよ)

 

 呆れられてるんですね、分かりますよ。

 年上の男が泣いた上に、年下の女の子にママと呼ぶ。普通ならドン引き案件ですわ。それでも許してくれた乱さん。

 

 総評、この子はとてもいい子である。

 そんな子に対して、これから【定期的に】……両親をママパパ呼びが週1スパンだから、多分同じ週1だと思うが、それでもなぁ…。

 

 この子を【乱ママ】と呼ばなきゃいけないのがツライです、とってもいい子だから…。

 

「それなら良かったわ。でもごめんね、旋焚玖。あたしがアンタの話を考えなしで乱に話しちゃってさ」

 

「気にするな」

 

 この感じじゃ俺をフッた話まではしてなさそうだし。パンツな挨拶に関しては完全に俺に落ち度があるし、わざわざ謝ってくれた鈴に申し訳ない気持ちすら湧いてくるわ。

 

 

【俺をフッた話はしてないか?】

【あの日の事は話してないか?】

 

 

 自分で蒸し返していくスタイル。

 好きじゃないし嫌いだよ。

 

「あの日の事は話してないか?」

 

 明確に示さない事で、【上】とは違うやつを思い出してもらえる可能性…! 俺はそれに賭けるッ!

 

「…ッ、ば、バカ! 言う訳ないじゃない!」(な、何でアンタから言ってくるのよ!? ずっと意識しないようにしてたのに!)

 

 鈴の頬に薄っすらと赤らみが浮かぶ。可愛い。

 うん、知ってた。だって鈴って頭いいし空気読める子だもん。あの日とかボカしても正直意味ないかなって思ってたさ。ああ、分かってたさ。

 

 だから、これだけは言わせてくれ。

 

「すまん」

 

「あ、謝るなら言わないでよぉ…!」(んもぉぉッ! どうしてあたしがアタフタしなくちゃいけないのよぉ! で、でもこんなの意識するなって方が無理でしょ!?)

 

「むむっ! また鈴姉を困らせたな!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「むー……でも、反省してるみたいだし、許してあげる!」

 

「……ホッ…」

 

 いや待て俺。何でそこでホッとしてんの? 

 まるで母さんに怒られずに済んだ的な、そんな感情が芽生えてきてないか? いやいや……えぇ…? それがマジなら、非常にマズいのではないでしょうか。

 年下にママを感じる……いや、ママを感じるってなんだよ。母性だ母性。そう、母性を感じてしまう病に罹ってしまった…?

 

「……何かさ、アンタの乱への態度…おかしくない?」(なんていうか……上手く言えないけど、あたしと話す時と違うような気がする……正直、もやもやする…)

 

 き、気付かれた!?

 いやだ、こんな訳分かんねぇ感情だけはバレたくねぇッ!

 

「……おかしくない」

 

「今、間があったわよ? いつものアンタなら即答してる筈よねぇ?」

 

 さ、流石鈴…! 

 相変わらずキレてやがる…! だがこればっかりは、俺だって簡単に引くわけにはいかねぇ…!

 

「そんな事はない」

 

「……ふーん…」

 

 じ、ジロジロ見られてます。

 明らかに疑いの目で見られてます。でも、いくら疑われようが頭の中までは覗けまい…! 何が何でも誤魔化し押し切ってやる…!

 

「聞くつもりはなかったけど気が変わったわ。アンタと乱、此処に来る前なにしてたの?」

 

 泣きベソかいて、年下の乱に慰められて、彼女をママと呼びました。

 なーんて……ぜっっっったいに、言わねぇぇぇッ!! 言っちゃならねぇッ! 改めてみりゃ、ドン引きどころか軽く犯罪案件やんけ! 

 鈴は数少ない俺の親友なんだぞ!? 俺はコイツとこれからも仲良くやっていきたいんだよぉ! こんなの話したら嫌われちゃうよぉ! もう絶交レベルだよぉ!

 

「……あたしに言えないの?」

 

「言えない」

 

「ッ……あぁ、そうッ!」(なによ! いつもだったら聞かなくても話してくる癖に! どうしてコレに限っては話してくれないのよ!)

 

「乱……!」

 

「な、なぁに?」(うわわ……鈴姉が怖いよぅ)

 

 マズい…!

 まずいまずいまずいッ! 俺が幾ら拒否ったところで乱が話しちまったら最後だ…! 最後っていうか最期だ…! 

 

 た、頼む乱様神様仏様!

 言わないでくださいぃぃぃッ!!

 

「旋焚玖と何があったの? 乱はいい子だから教えてくれるわよねぇ?」

 

「ヒェッ……う、う~んとね……ん…?」

 

 お、お願いです乱様ぁぁぁッ!!

 

「……ッ!!?」(こ、子犬ぅぅぅぅッ!? 雨に濡れた子犬の目ェェェ!! 耳を垂らして子犬がくぅーんくぅーんって泣いてるぅぅぅッ!!)

 

「……旋ちゃんが言わないなら、アタシも言わない」

 

 うおおおおぉぉぉぉッ!!

 アンタ、やっぱりいい人だ!

 

「はぁッ!? アンタまであたしに隠す気!? そんなに言えない事してたの!?」

 

 し、してました。

 反省してるんで、ホント、すいません。だから乱に突っかかるのはヤメていただけないでしょうか? 私をボコッていいですから。

 

「……ッ、鈴姉こそ、さっきから何なの?」(そこまでキレられるとアタシもイラッてしてきたんだけど…!)

 

 あ、あかん…!

 乱までヒートアップしてきてる!? このまま傍観してるのはマズい気がする、何とか割って入れるか…!?

 

「何がよ?」

 

「旋ちゃんは鈴姉にとって3なんでしょ? じゃあ別にアタシと旋ちゃんが何してようがいいじゃん!」

 

 2人の間に入り込もうとしていた足が止まる。いや、止まるだろ。

 3ってなに…? 何で唐突に数字? めちゃくちゃ気になるんだけど。俺って数字でいう3なの? どういう意味で?

 

「そ、それは……べ、別に今はそれと関係ないでしょ!」(せ、旋焚玖の前でそれはしないでよ!)

 

 なんだ、関係ないのか。

 

「関係あるじゃん! だからそんなにイライラしてるんでしょ!?」

 

 関係あるの!? 

 いや、そもそも2人してさっきから何の話してんの!? まだ俺の話だよな!? 何でそれで俺がついていけなくなってんの!?

 

 っていうか、今こそお前の出番だろ【選択肢】ィッ!! なんでこういう時はウンともスンとも言ってくれないの!? お前ならこの空気をブチ壊せるだろォ!?

 

「うるさいわねぇ! アンタが勝手に3って決めてんじゃないわよ! もしかしたら4かもしれないでしょ!?」

 

 4!?

 3じゃなくて4の可能性もあるの!? 

 え、ま、まだ俺の話だよな? 俺が3か4って表現されてる、で間違いないよな? え、合ってんの? ほんとに俺の話で合ってる…?

 

「4……? って事は4:6になったって認めるんだね、鈴姉!」

 

 4:6!?

 ここにきて割合!? なんのだよ!? 

 クソッ、なんの比率なんだよ、流石に気になりすぎるぞオイ! 気になるし不安だぞ!? お前ら俺の話してるんだよな!? 日本語で話してくれてるのにまるで分かんねぇよ!

 

「どうなの、鈴姉!? ハッキリしないと旋ちゃんに言っちゃうよ!?」

 

 やっぱり俺の話か!?

 

「あたしにだって分かんないのよ! 5:5になるかもしれない…! もしかしたら6:4になるかもしれない…!」

 

 確率変動!?

 お前らもう俺の話してねぇだろ!?

 

「でも……分かんないの! こんなに旋焚玖と早く会うなんて思わなかったんだもん!」

 

 やっぱり俺の話!?

 

「……そうだね、鈴姉。でも、いつかは0か10にしなきゃいけない日がくると思う。でないと鈴姉が苦しいままだもん」

 

「ええ、分かってるわ……ありがと、乱」

 

「えへへっ! アタシは鈴姉の妹分だからね!」

 

「んもう、調子いいんだから」

 

 

 俺、途中から何もしゃべってねぇや。

 完全に2人の意識からも消えちまってんじゃねぇかな。楽しそうにキャッキャおしゃべりしてるし。別にいいけど。2人が険悪なままより全然いいや。

 

 俺はこのまま空気になってりゃいいんだ。俺の存在なんて、やっぱ所詮こんなモンよ。

 

 

【叫んで存在をアピールする】

【静かに控えておく】

 

 

 俺は……。

 

 

「ウ゛ェェェェェーーーイッ!!」

 

「「!!?」」

 

 この後、2人に怒られました。

 でも気付いてもらえて嬉しかったです。

 

 





中国編の主役は乱ちゃんだったのか…(困惑)



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第22話 鈴の葛藤、乱の応援


良心と両親、というお話。



 

 

『あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!』

 

 中国に帰る直前、あたしは旋焚玖にそう言った。

 あの時の、旋焚玖が悲しげに頷いてみせた表情を……あたしはいまだに忘れられないでいる。

 

 旋焚玖に自分の気持ちを打ち明けた…ううん、押し付けた事への後悔はない。そうしないと、あの時のあたしは旋焚玖に揺らいでしまいそうだったから。日本に来て、あたしが初めて好きになった人は旋焚玖じゃなかった。

 

 一夏。

 気さくに話しかけてくれて、一緒にバカやって、男子にイジめられていたあたしをカッコ良く助けてくれた。その時に惚れてしまったんだ。あたしは一夏が好きなんだって、自然とそう思うようになった。

 

 なのに……!

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 一夏が休みの時、チャンスだと言わんばかりにあたしに絡んできていた男子を追い払った男がいた。ずっと、バカでアホで変態な奴だと思っていた旋焚玖だった。いきなり出てきて、やっぱりアホな事を言った。こんな時までフザけるな、って思った。

 

 でもその後、一夏とは全然違うやり方であたしは守られてしまった。自分で自分を殴っておいて涙目になっているアイツは、変に強がっていた。

 そんな旋焚玖を見て、あたしはどうして笑えようか。男子たちがあたしに、これ以上手出しさせない為に、わざわざ自分を傷付けたアイツをどうして笑える?

 

 実際、あれ以来、あたしが男子たちから揶揄われる事はなくなった。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 最初はフザけるなって思った言葉なのに。

 今では思い出すだけでドキドキしてしまう。あたしはあの日を境に旋焚玖も意識するようになってしまった。

 

 ただの騒がしいバカ。

 そんな印象を抱いていたあたしだけど、旋焚玖を観察していたら気づいてしまった事がある。旋焚玖はバカな時と静かな時の差がとてつもなく激しい奴だった。

 

 バカな時はホントにバカだ。世界一バカなんじゃないかって思うくらいアホな言動を突っ走る。でもアイツが多く語らない時は違った。

 なにかで困っている奴が居たら、アイツは何も言わずさり気に手伝ったり、時には引き受けたり、助けたりもしていた。

 

 そんな時、決まって旋焚玖は言うんだ。『気にするな』って。一度、気づいてしまったら、もうダメだった。旋焚玖の魅力に惹かれる気持ちが、日に日に増していくのを感じた。

 

 あたしは一夏を好きになったのに。

 誰かを好きなるって気持ちは、そんなにコロコロ変えていいものじゃないと思う。そんな思いが、旋焚玖への想いに蓋をさせたがる。

 

 

『旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの』

 

 

 あたしは嘘をついた。

 そう断言しないと、旋焚玖を好きになってしまうから。このままじゃ2人に心を寄せる事になってしまうから。そんなのは駄目…! 

 だから……あたしの勝手な理由で、あの日、旋焚玖に伝えたのに…! 旋焚玖を悲しませてまで友達だって、言い聞かせた筈なのに…!

 

 

「旋ちゃん、正座だよ!」

 

「は、はい…」

 

 プリプリ頬を膨らませる乱の前で、旋焚玖は大人しく正座してる……うん、来ちゃったのよね、ホントに……こんな早く会うなんて思ってもなかった。それに……。

 

「これからはもう、いきなり大きな声を出しちゃダメだよ?」

 

「ああ、そうだな…」

 

「ん! 分かればいいの!」

 

「いや、おい…」

 

 あたしってこんなに嫉妬心が強い女だったんだ……。

 

「おぉ~! 旋ちゃんの髪ってサラサラだね!」

 

「そ、そうか…」

 

 旋焚玖は戸惑いながらも、乱に頭を撫でられる事を拒まないでいる。旋焚玖があんなに戸惑っているところなんて、日本では見た事がなかった。旋焚玖の新たな一面を簡単に引き出してしまう乱に、あたしは嫉妬してしまっている。

 髪を撫でている事に対してじゃない、旋焚玖にあんな表情をさせている事に対して、あたしは……ッ…~~~ッ!!

 

 乱がこの前言っていたっけ。

 あたしが一夏と旋焚玖の名前を呟くのは7:3だって。本当に……? こんなにもイライラしちゃっているのに…?

 

 分からない。

 もうどっちがどっちなのか、分かんなくなってきてる…! 

 せめて一夏が此処に居てくれたら、2人を比較……うぅ…比較って嫌な言葉よね。なんだか旋焚玖と一夏を天秤に掛けるみたいで……いや、実際そうなんだけど……乙女としては抵抗あるのよ…!

 

「鈴姉も旋ちゃんの髪触ってみる~?」

 

「え!? あ、あたしも…!?」

 

 くぅぅぅ……なに豪快にキョドってんのよぉ…! 

 クールになれ、あたし! 変に意識しちゃダメよ…! あたしが1人で気まずい思いをするのはいい。でも旋焚玖までそれに巻き込んじゃダメなの!

 

 普段のあたしを思い出せ。

 普段のあたしなら、こういう時どうするの? 特に気にすることなく「うわ、ホント! アンタの髪ってサラサラなのねぇ!」って感じで撫でてあげる筈よ…!

 

 すぅぅぅ……ふぅぅぅ……!

 そうよ、自然な感じで……しょうがないわねぇって、少し気怠い感じを醸し出しながらいきましょう!

 

「しょ、しょうがな…―――」

 

「俺は鈴に撫でてほしい」

 

「―――ッ、な、なぁッ……!」

 

 なななっ、何で今…!

 どうして今! そういう事を言うのよ!? アンタそういう事言うキャラじゃないでしょ!? なのに! どうしてッ! こ、このタイミングで…! 

 あたしが一歩踏み出そうとしていた、その隙間を縫うような絶妙なタイミングでぇッ! そんな事言うのよぉッ!

 

「な、撫でる訳ないじゃない! バカぁッ!!」

 

 真っ赤になってる顔を見られたくなくて。あたしが意識している事を旋焚玖にバレるのが恥ずかしくて。

 

 あたしはその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「あ、鈴姉!?」

 

 何だかプンスカプンな感じで、鈴は2階へと駆け上がって行ってしまった。いや、俺のせいなんだろうけど……どっちが良かったと思う?

 

 

【俺は鈴に撫でてほしい】

【俺は鈴にナデナデされたい】

 

 

 女子に頭を撫でてもらうのをねだってる時点で、もうキモいのは確定してる。後はどっちがマシかって事だよ、言葉のチョイス的な意味で。

 ううむ……まだナデナデの方が冗談っぽくなったかなぁ……いや、でも『ナデナデ』って。15の男が言ってもキモさが倍率ドンするだけだろ。

 

「むぅ……鈴姉、行っちゃったね」

 

「怒らないのか?」

 

 鈴スキーな乱の事だし、まぁた怒られるのも覚悟していたんだが、乱からはそんな気配は感じられない。

 

「怒んないよ。今のは別に変な言葉じゃなかったもん」

 

「変態っぽくなかった?」

 

「だいじょーぶ!」

 

 そうか……乱がそう言うんなら間違いなさそうだ。あ、ついでにこっちの判定もお願いしようかな。

 

「ちなみに『ナデナデされたい』だったら?」

 

「キモーーーい! それはダメだよ旋ちゃん! うんにゃ、よくそっちを言わなかったね! 褒めたげるー!」

 

 やったぜ。

 俺の選択は間違ってなかったんだぜ。いつも通り【選択肢】が間違ってたんだぜ。でもそれはそれ、これはこれだ。鈴にちゃんと謝りに行かねぇとな。

 

 いや、謝ったらまた変に気まずくなるんじゃ……それも嫌だなぁ。中国まで来て気まずい空気を自分から作っていくのは避けたい。かと言って、このまま放置するのも違う気がするし……うむむむ…。

 

「あのね、旋ちゃん。鈴姉は別に怒ってないよ」

 

「……む…?」

 

「鈴姉は今ね、ちょっと気疲れしてるんだ。だから、なんていうか……精神的にマイッてるんだよね」

 

 精神的に?

 そういや、俺が来た時は少し元気がなかったようにも思える。鈴にしては大人しい声で迎えてくれたもんな。

 てっきりそれは、気まずさからきてるモンだと思ってたんだが……違うのか?

 

「……旋ちゃんなら言ってもいいかな。あのね…? 実はちょっと前からね、鈴姉のパパとママからね……離婚の話が出てきてるの」

 

「……なんだって?」

 

 あの仲が良かった親父さんとお袋さんが? 少なくとも俺が見てた限りじゃ、険悪な感じは無かったけど……ってそうか、他人が居る前じゃ見せんわな。子供じゃあるまいし、2人とも良識のある立派な大人だ。

 

 っていうか、正直聞きたくなかった。

 他人様の家庭内事情って聞かない方がいいんだよ、暗い内容だったら尚更な。乱も別に言わなくていいのによ、かえって鈴に気ぃ遣っちまうじゃねぇか。まぁ自然体で接するけどさ。

 

「アタシが今、鈴姉の家に居るのもね? アタシのママが少しでも鈴姉の傍に居てやれって。一番ツラいのは鈴姉だからって」

 

 えっと……結論から言うと、だ。

 もしかして俺……最悪のタイミングで来てしまった? 

 

「アタシもね、何とか鈴姉のパパとママを仲直りさせようって頑張ったんだけど、無理だったの…」

 

 何で親父さんも電話の時に断らなかったんだよ、そんな時期に俺が来ても迷惑なだけで……いや、鈴の親父さんもお袋さんも気遣いのできる人だったっけな。きっと、父さんの言葉を無下に出来なかったんだろう。

 

 や、やべぇ…!

 そう考えたら、余計に顔合わせ辛いぞ…? まだ親父さん達とは会ってないけど、絶対これから会うじゃん…! ポーカーフェイスだ、自然体でやり過ごすのだ俺よ。そういうのは得意だろ…!

 

 俺は何も聞かなかった。

 俺は何も知らないテイで普通に過ごして、普通に日本に帰ろう。うん、それが一番だ。

 

「でも……もしかしたら…」

 

 ん?

 

「もしかしたら、旋ちゃんなら……旋ちゃんなら…! あの2人を止められるかもしれない…!」

 

 何言ってだコイツ(『ん』抜き言葉。旋焚玖が素になった時、たまに出る語法)

 

 全く以て、意味不明なんだけど? 

 何故そう思うのか。初めて会ってから、まだ数時間しか経ってないのに、どれだけお前が俺の事を知ってるって言うんだ?

 

「奇抜な行動をしてみせる旋ちゃんなら…! 常識に囚われない旋ちゃんなら! 行動力の塊な旋ちゃんだから! アタシはお願いするんだよぅ!」

 

 それほど俺にお詳しかったとは、お見逸れしました。もはや完敗の域です。

 だからってOKする訳ねぇだろバカ! 他人様の家庭問題に土足で関わったらダメなんだよバカ! 分かってんのかバカ! おいバカ! バカママ!

 

 

【「がんばれ♥ がんばれ♥」って言ってくれたら引き受けよう】

【女の言葉には黙って頷く。それが真のダンディズムってやつだ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 コイツが一番バカだった!

 お前ホント何考えてんの!? 乱にいったい何を求めてんの!? 

 

「がんばれ、がんばれ…って、言ってくれたら引き受けよう」

 

「……旋ちゃん…?」

 

 乱さんが変な生き物と遭遇したような目で俺を見てきます。でも、それでいいのです。幻滅されようが、何を思われようが、俺は絶対に引き受けたくないのです。

 

「語尾に♥を付けるのを怠るな」

 

 すかさず倍プッシュだ。

 これを言うのは年頃の女の子はキツいだろ? っていうか、普通にキモいだろ? こんな変態に、そんな重要な頼み事はしてはいけない。

 

「なるほど、旋ちゃんを応援すればいいんだね! 分かった!」

 

 あら純粋無垢。

 意味合いが違うんですよ、乱さん…! でも貴女は分からなくていいのです、だから言わないで…!

 

「がんばれがんばれ~! じゃないや、えーっと……♥な感じだから、んーっと…」

 

 そんなこと言わなくていいから(良心)

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 い、言わせてしまった。

 穢れ無き少女に言わせてしまった。

 

「……ああ、分かった」

 

 良心の呵責がやべぇ。

 それでも言わせてしまったのは事実なんだ。乗り気じゃねぇけど、俺も出来る限り何とかしてみる、か。

 

 

【その前にもう一回言ってもらう】

【今度は自分も言ってみる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:がんばれ♥ がんばれ♥



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