選択肢に抗えない (さいしん)
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第1話 選択のプロローグ


淫フィニット セ〇リアを読んだので初投稿です。





 

 

「………………」

 

 カーテンの隙間から太陽の光が差し込む部屋で、俺は今日も目を覚ます。部屋の主を起こす為、ジリリリと鳴り続ける時計に触れる前に、自分の頬を抓ってみる。

 

「……痛い」

 

 その痛みが夢でない事を我が身に教えてくる。

 今日もまた、夢のような現実が始まってしまうんだ。

 

 喧しく鳴り続ける時計を止めてホウッとため息。目が覚めて頬を抓る。毎日毎朝、こんな事をもう何年も続けている。いつか自分の今が、全て夢なのだと教えてくれるのではないか……そんな淡い思いで欠かさず続けているのだが。

 

「今朝も夢じゃなかったか」

 

 そろそろ母親が呼びに来る頃だ。俺も気持ちを切り替えないといけない。今日も1日気を張って過ごさなくてはならないんだ。

 

「……よし」

 

 頬を何度か両手で叩き、心に活を入れた俺は机の上に置いてあるランドセルを背負って部屋を出た。階段を降りていくと、朝ごはんの良い香りが鼻をくすぐる。

 

「あら、おはよう旋焚玖!」

 

「おはよう旋焚玖。今日も1人で起きれて偉いなぁ」

 

「……―――ッ、オッハー!!」

 

 それは満面の笑み。

 自分でも引く程のにっこりスマイルで、両親へと元気に挨拶を返す俺。

 

「あらあら、今朝はずいぶんご機嫌さんねぇ」

 

「ははは、昨日はクールぶってたのになぁ」

 

「はは…あはは……………はぁ…」

 

 ハイテンションな挨拶を済ませた俺は、打って変わって曖昧な愛想笑いを浮かべながら食卓につく。

 

(……旋焚玖、か)

 

 この世界の両親から呼ばれる名前にも流石に慣れてしまった。

 『旋焚玖』と書いて『せんたく』と言う。

 

 それが俺の名前だ。

 由来は何なのか。何を意図して付けたのか。ぶっちゃけ洗濯なのか選択なのか。間違いなく俺は後者だと思う。

 

 ああ、俺のフルネームは『主車旋焚玖』。

 『おもぐるませんたく』だって? いいや『しゅしゃせんたく』だ。完全に取捨選択やんけ! アホか!

 

 言葉が話せるようになってから真っ先に母親に問いただしたが、何故かこの世界には『取捨選択』という四文字熟語が存在しなかったのだ。うぅ……意味分かんねぇ…。

 

「旋焚玖は今日何時に帰ってくるの?」

 

「んぐんぐ……んー、分かんない。一夏と遊んで帰るかも」

 

「そう? 遅くなるようだったら電話してね」

 

「ん、分かった」

 

 小学生の朝は早い。

 パパパッと飯を食って用意を済ませた俺は、忘れ物がないかのチェックをして玄関で靴を履く。

 

「行ってきます」

 

「あれ、旋焚玖、今日は頬っぺたに行ってきますのチューはいいの?」

 

「うぐっ……いや、それは…」

 

 ニヤニヤ顔を浮かべた母親が玄関まで見送りに来る。その後ろにはちゃっかり父親の姿もあった。

 

「あんなに昨日母さんにねだってたじゃないか。『ママぁ! 行ってきますのチューしてよぉ!』って地団駄まで踏んでなぁ?」

 

 おいマジでやめてください。

 息子の心を抉らないでください。

 

「き、昨日は昨日なんだよ! 行ってきまーす!」

 

 何をどう弁明すれば良いのか、まるで思いつかない俺は2人からの温かい目に耐えられず逃げるように外へと出るのだった。

 

「あっ……行っちゃったわね。昨日は久しぶりにママって呼んでくれたのに、あの子も反抗期なのかしら」

 

「小2で反抗期は早いだろ。きっと思春期なんだよ」

 

「あなたったら、思春期の方が早いわよ」

 

「ははは、それもそうか」

 

 

.

...

......

 

 

「おはよう」

 

「あ、おはよう旋焚玖くん!」

 

 何事もなく通学路を抜けて、何事もなく教室までたどり着けた。今日はなんだか穏やかな1日を過ごせそうな気がする。教室に入り、何人かに声を掛けられたが無難に対処できた。

 

「ふぅ……」

 

 席に着いた俺はランドセルから中身を取り出し机にしまっていく。穏やか……無難……とてもいい言葉だと思う。

 

 生前はそんな生活が当たり前だったから麻痺してたんだ。激情なんか早々要らない、吉良吉影みたいな生活が実は幸せの形なんじゃないかと、最近割と本気でそう思うようになってしまった。

 

「ため息なんかついて、どうしたんだよ?」

 

「ん…?」

 

 下を向いていたから気配に全然気付かなかった。顔を上げると、2年に上がってからよく話すようになったクラスメートで、俺と隣の席の一夏が手を挙げて声を掛けてきていた。

 

「よっ! おはよう、旋焚玖!」

 

「ああ、おは……―――ッ!?」

 

 瞬間、目の前にある全てが停止した。

 音、物、空気、人、何もかも一切合切が動かなくなる。目の前の一夏も、その後ろの机にランドセルを置こうとしている少女も、瞬きすらせず完全に停止している。

 

 時が止まった世界とでも言えばよいのだろうか。そして、この不可思議な世界を認識しているのは俺だけだ。そう、俺だけがこのSFな現象を知っているんだ。なのに俺も他の皆と同じで全く動けない。ホントまるで意味ないよね状態だ。全然嬉しくねぇよ。

 

 そんな俺の目の前に『恒例』の【アレ】が現れた。

 

 

 

【元気良くおはようと挨拶を返す】

【アンニュイな感じで頷くだけに留まる】

 

 

 

 RPGやら何やらのゲームをしてたらさ、所々で【選択肢】が出てくるだろ。まさに今の状況がそれなんだよ。しかもどちらかを選ぶまで、ずっとこのままなんだ。動けないの、俺も。どう足掻いても動けないの、マジで。

 

 こんな生活をもう8年も送っている。頭おかしなるで、ほんま。今朝だって何が【オッハー!!】だよ。朝からそんなテンション高い奴いたらウザいわ。ただもう一つの選択肢が【うるせぇ、クソ共】だったんだ。流石にそれは選べんだろ……。

 

 母さんに頬にキスをねだったのも本心じゃねぇからな。アホみたいな選択肢しか無かった中でそれが一番マシだったんだよ!

 

 んで、今回の選択肢は……うむ、無難な選択肢じゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。変にクールぶってるって思われるのも癪だし、ここは【元気良くおはようと挨拶を返す】で決まりだな。

 

 どちらかを選ぶと【指の形】をした【マウスカーソル】的なヤツが浮かび上がる。完全に俺の脳内とリンクしてやがるけど、もういちいち考察するのも諦めたさ。カーソルに動けと念じ、【元気良くおはようと挨拶を返す】の上まで持っていく。

 

 ポチッとな。

 ピコンっ♪と効果音が鳴ったと同時に、景色の全てが元に戻る。

 

「おはよう、一夏!」

 

 選択したら最後、必ずその選択肢の内容に沿った行動を強制的に取らされる事になる。俺の意思なんかまるっきり無視だからな。今までそれのおかげで何度変な目で見られた事か……あぁ、思い出したくない。

 

 だから俺はひたすらに願う。

 意味不明な場面で意味不明な選択肢だけはやめてくれと。

 

「なんだよ、元気じゃんか! ほら、箒も挨拶しようぜ」

 

「わ、分かってる! 今しようとしてたところだ!」

 

 一夏の後ろの席に座る篠ノ之と目が合った。俺は一夏ほど、まだこの子とはあまり話した事がない。一夏も最近ちょこちょこ話すようになったらしい。

 

「お、おはよう、主車」

 

「……―――ッ!?」

 

 目に写る景色がモノクロに変わる。

 いやいやまたかよ!? 間隔短いって、さっき止まったばっかだろ!?

 

 【選択肢】はいつでもどこでも突然やってくる。ホントのホントに俺の意思なんて汲み取ってくれない。全てが止まった世界で、羅列された文字が浮かび上がった。

 

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 

 はい死んだ。

 この物語は早くも終了ですね。

 

 






思いつきで書いてはいけない(戒め)
出オチすぎるので続くかどうかは未定です。


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第2話 選択のタイミング


主車旋焚玖くんの自己紹介、というお話。



 

 前世の存在を信じているか?

 信じている、信じていないは人の思いによるものだ。俺は全く信じていなかった。だが、今の俺は前世の存在を知っている。信じてはいないが知っているんだ。

 

 死して再び魂が転生した者だけが知る不可思議。何の因果か、俺がそうなんだ。そう……俺は一度死んでいる。いや、死んだと思う……と言った方が良いのかもしれない。仕事の帰りに車に轢かれたんだ。そこで俺の意識は飛んだ。

 

 目が覚めたら病院でも死後(?)の世界でもなく、見知らぬ女性(まぁその人が母さんだった訳だが)の乳がドンと目の前にアップで迫っていたんだ。あれはホントにたまげたね、これが天国なのかと本気で思っ……いや、やめておこう。

 

 まぁ何だ。

 俺の前世は一言で表せば、超平凡だったと思う。山なし谷なしな人生。流れるまま流されるままに、見えない敷かれたレールを逸れる事なく歩むだけの人生だった。

 

 自分から進んで行動する事など数えるくらいしか無かったと思う。交友関係も狭くはないが広くもなく、浅くはないが親友と呼べる程深い関係になった奴はいなかった。学業も親から平均は取れと言われ続け、平均より少し上を取り続けた。大学も可もなく不可もなくなところに進学し、就活も特に滞ることなく中小企業へ行けた。

 

 自分が場の中心になる事など1度もなかった。

 それはこの先も変わらないだろう。自分はワイワイ騒いでいるグループの中心ではなく、その端に居るその他の1人的な立ち位置のままなんだろう。自分は決して主人公にはなれない、モブキャラなんだ。

 

 でもそれを苦に思った事はないし、そういう人生だと受け入れていた。ただ、車に轢かれ衝撃で身体が吹っ飛んだ時……薄れゆく意識の中で、走馬燈のように少しだけ思ったんだ。

 

 俺の人生って何だったんだろう、と。

 平坦平凡な人生だったけど、誰に迷惑を掛ける事なく生きてきたつもりだった。その結末がこれなのか……25にも満たず呆気なく死んでいく……俺は一体何のために生きてきたんだろう、と。

 

「モブキャラらしい最後なのかな……主人公ならどんな………」

 

 意識が暗闇に沈む直前、そんな事を呟いたっけ……。

 その結果が

 

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 

 望んでない!

 望んでねぇよ、こんな意味不明な世界! 確かに死ぬ間際は思っちゃったよ? 平凡な人生とか正直つまらんかった、とか思ったさ。ああ、思ったさ! でも極端すぎるだろ! 生まれ変わっただけでもお腹いっぱいなのに、なんでこんな事になってんの!? 劇的な毎日すぎて禿げるわ! 主にストレスと未知の恐怖で禿げるわ!

 

 うぅ……嘆いていても始まらねぇんだ。っていうか動いてくれねぇんだ。どっちかの【選択肢】を選ぶまでずっとこのままなんだ。今日もやっぱり穏やかな1日を送らせてはもらえそうにない。

 

 なら自分は抗うだけだよちくしょう…!

 どっちの【選択肢】が正しいのか……いや、この場合どっちもどうせ不正解なんだ、どっちの方がマシな展開に持っていけるかを考えるんだ俺…!

 

 今の俺の心境はまさに一休さん。

 脳内でポクポクを奏でながら小さい頭をフル回転させる。

 

……ッ、これだ…!

 

 

「おはよう、今日のパンツくれ」

 

「なっ…! き、貴様、いきなり何を言うか!?」

 

 顔を真っ赤にさせ、プルプル震える篠ノ之は、肩に掛けている謎の袋から竹刀を取り出し……へぁっ!? な、何で竹刀常備してんのこの子!?

 

「一夏から良い奴だと聞いていたのに……女子に向かって最低な男だな…!」

 

 うわっ、うわわ…!

 竹刀持っちゃったよこの子! 握られた竹刀の用途なんてめちゃくちゃ限られてるじゃないか! 殴るか切るか突くくらいしかないだろ!

 

 失敗は許されない。

 少しでも誘導をミスれば、待っているのは殴られる未来のみ…! ガクガク震えそうになる身体に活を入れる。絶対に震えるな、平常心を保つのだ俺よ!

 

「……フッ、まだまだ青いな篠ノ之よ」

 

「な、何だと…? というかそんなに話した事ないだろ」

 

 スルースルー。

 こういう時の処世術はもう何度もやってきた。相手の言葉を待ってちゃいけないんだ、自分が話しきってしまうのがベストなんだ。

 

「言葉遊びをしらないのか? 俺が言った言葉をゆっくり言ってみろ」

 

「バカか! どうして私がそんな卑猥な事を言わねばならんッ!」

 

 ひぇっ……竹刀を握る手に力が入ってます! ってかコイツまだ小2だろ、何で卑猥とかいう言葉知ってんの? お前の方がよっぽど卑猥だな!(心の中では強気)

 

「ふぅ……いいか篠ノ之。俺はお前にパンつくれと言った。パンツくれとは言ってないぞ?」

 

「ますます意味が分からんぞ!? お、おい一夏、コイツ頭おかしいんじゃないのか!?」

 

 小学生って割とひどい事でも平気で言うよね。別に傷ついてないからいいけど。俺強いもん。

 

「ん~~~……あっ、俺、分かった! こういう事だろ旋焚玖? パン、作れって事だろ!?」

 

 流石は我が友一夏。

 お前のおかげで何とか痛い目みずに回避できそうだ。篠ノ之も、あっという顔になったし。

 

「むぅ……パン作れ、か。紛らわしい言い方しおって。しかも挨拶に全然関係なかったし」

 

 ははは、それは俺が一番聞きたい。

 話の流れに沿った【選択肢】ばかりじゃないのがホントにキツいんだわ。何の脈略もない【選択肢】に塗れた時の絶望感……何度味わっても慣れねぇよぅ…。

 

「すまんすまん。昨日テレビでそんな事を言ってたのを観たんだ」

 

 観てないけど。

 

「テレビで観たなら仕方ないな! ほら、箒も竹刀しまえよ」

 

 一夏っていいヤツだなぁ。

 天然でフォローしてくれるし、これまでも何度か助けてもらってたりするし。

 

「わ、分かっている! 今しまおうとしてた!」

 

 ううむ、篠ノ之って何かずっとプンスカしてるなぁ……ま、別にだからと言って俺がどうこうする訳でもないし、いいんだけどね。あくまで篠ノ之は一夏の友達なんだ。友達の友達は……ってやつだな、うん。

 

「あ、そうだ旋焚玖。今日俺の家に遊びに来ないか?」

 

「一夏の?」

 

「ああ! たまには一緒にゲームでもしようぜ!」

 

「ゲームか……いいな、行こう」

 

「へへっ、そうこなくちゃな!」

 

 赤ん坊からやり直して幼稚園と小学校と。

 自分の精神年齢も、年相応まで落ちてきている錯覚に陥る今日この頃。まぁ別に悪い事ではないと思いたい。正直ゲーム自体にはあまり興味ないんだが、誘われたら付き合ってしまう流されやすい性格は中々直らないなぁ。

 

「でもいきなり行っていいのか?」

 

「大丈夫大丈夫! 千冬姉も歓迎してくれるさ!」

 

 千冬姉…?

 ふむ、一夏にはアネキがいるのか。俺は前世も含めて一人っ子だから、姉弟の居る感覚は分かんねぇけど、一夏の口振りからして仲は良好そうだ。2人で遊ぶのも何だし、一夏の姉ちゃんと3人で遊ぶのもアリだな。一夏の姉ちゃんも同じ小学生だろうし。

 

「……おい、主車」

 

「ん…どうした、篠ノ之?」

 

「千冬さんを怒らせるなよ」

 

「はぁ…?」

 

 さっきのやり取りを懸念してんのか?

 大丈夫、とは言えないが俺だって変な【選択肢】さえ出てこなけりゃ普通に接するっての。

 

「死にたくなければあの人を怒らせるな。いいな? 私は忠告はしたぞ?」

 

「え、なにそのマジトーンは」

 

 え、え、一夏の姉ちゃんなんだろ?

 高学年くらいの姉ちゃんじゃないの? アレなの? 小学生は小学生でもアラレちゃんみたいな怪力の持ち主なの?

 

「なぁ一夏、お前の姉ちゃんって何歳?」

 

「んーっと、確か17歳くらいだったと思う」

 

 随分年が離れてるんだな。

 高校生、か。確かに小学低学年からしたら、高校生なんてのは超がつく大人だもんな。大人が怒れば子供は怖がって当たり前だ、きっと篠ノ之もその感覚で大げさに言ってるんだろう。

 

「そうそう! 千冬姉の影響で俺も箒の道場に通うようになったんだ」

 

「ああ、剣術道場だっけか? 姉ちゃんは強いのか?」

 

「おう! この前も全国大会で優勝したんだぜ!? すげぇよ千冬姉は!」

 

 え、全国ナンバー1の剣術家なのでせうか?

 

「千冬さんな……この前もウチに来た道場破りの男をフルボッコにしてたよ、素手でな……」

 

 え、拳術家でもあるのでせうか?

 アカン……第6感がビンビンに反応しやがる。コイツの家に無策で行くのはあまりに危険だと、俺の経験が警報を鳴らしてくる…!

 

「あー、ちなみに一夏君や。君のお姉さんはどんな人なんだい?」

 

「えっと、んーと、そうだな……アレだ! 切れたナイフだな!」

 

「なんてことだ……」

 

 コイツの姉ちゃんは芸人だったのか……。

 いやそんな訳ねぇよ、多分触れれば切れるナイフのような雰囲気ってな感じを伝えたかったんだろうし、十分伝わったよ、うん。

 

「怒ったら怖い?」

 

「「 超怖い 」」

 

 あ、うん、2人してハモるレベルなんだな。

 

「まぁまぁ、確かに千冬姉も怒ったら怖いけど、別に怒らせなきゃいいだけだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 何より会ってもない人の事を悪く思うのは良くない。それこそ一夏にもコイツの姉ちゃんに対しても失礼極まりないってやつだ。

 

 変な【選択肢】だってさっき出たし、もう今日は出ないだろ、HAHAHA!

 

 

.

...

......

 

 

「ただいま、千冬姉!」

 

「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」

 

「お邪魔し……―――ッ!?」

 

 放課後までなりを潜めていたあの感覚がここでやってきた。わざわざ一夏の姉ちゃんと初対面したタイミングでやってきた。やめて、止まらないで、選択肢出てこないで。

 

 しかし現実は非情である。

 

 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 

 はい死んだ。

 この物語は早くも終了ですね。

 

 






原作開始まで辿り着けるのだろうか(不安)



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第3話 私を見透かした男

千冬さん勘違う、というお話。



「……ふむ、そろそろか」

 

 一夏たちはもう学校を出て、ウチに向かっている頃だろう。

 しかし何だな……アイツが友達を家に連れて来るとはな。

 

 アイツが小学校に上がる頃から両親は居なくなった。姉の弟贔屓と言われればそれまでだが、一夏は出来た男だ。まだ小学2年生なのに、現状2人で生きていく事の辛さを分かっているのだろう。

 

 小学生ならあって当然のワガママらしいワガママも言わず、あの歳で少しでも私の負担を減らそうと家事や洗濯まで進んでしようとする。普通の小学低学年なら友達と遊びたい盛りな筈なのに、それすら我慢して。

 

 そんなアイツが昨日、私に言ってきたんだ。

 

 

『千冬姉……あの、明日、友達家に呼んでもいい?』

 

 

 良いに決まっている。むしろ大歓迎だ。

 私もここの処、バイトやらIS学園の事やら剣術稽古などが重なり、碌にアイツの事を見れてやれていなかった。この機会に学校の話も聞いてやらんとな。

 

 それに一夏が家にまで連れてきたいと思う友達、か。

 

 アイツは普段幼い癖して、一丁前に私の心配ばかりしているからな。恥ずかしくてアイツには言わんが、それは私の台詞なんだ。親が消えてこれからも色々不自由な思いをさせてしまうだろう。だが、私だって一夏には幸せになってほしいんだ。

 

 その一つとして、良い友にも恵まれてほしいものだ。今日連れてくる奴がいい意味で一夏と竹馬の友になってくれると良いが……。

 

 

.

...

......

 

 

「ただいま、千冬姉!」

 

「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」

 

 わざわざ前日に私から確認を取っていた事を言う必要もあるまい。私は知らなかった風を装い、一夏の連れて来た少年へと挨拶する。

 

「……こんにちは、私は一夏の姉の千冬だ」

 

……っとと、イカンな、どうも……つい、いつもの癖でジロジロと見てしまった。自分でも時折嫌になる私の癖は、それがたとえ子供相手でも中々直ってはくれないらしい。

 

「ほら、旋焚玖! 学校で話した俺の姉ちゃんだ!」

 

 一夏に押される形で『せんたく』と呼ばれた少年が一歩前に出てくる。私とはっきり目が合った………が、何だその…見透かしたような…悲しげな眼は…?

 

 そして、私は初めて会った少年に、心をえぐられる事になる。

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

「……!?」

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を「よせ、一夏!」で、でも!」

 

「いいから、少し黙っていろ」

 

 胸ぐらを掴みかからんとする一夏を制止する。

 いや、私だってカチンと来たさ。相手が小学2年だからと言って、初対面で言っていい事と悪い事がある。普通ならゲンコツの一発でも喰らわすところだが、表面上に受け取る言葉ではないと、コイツの眼が雄弁に語っているから止めた。

 

「私が不細工だと?」

 

 別に私は自分の事を美人だ、などと思った事はない。いや、すまん、正直割と美人な部類に入ると思っているが……と、とにかく今はそんな事はどうでもいい。私が聞きたいのはそういう事じゃない。

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

「うぐっ……わ、分かったよ」

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 コイツ…!

 

「ど、どういう意味だよ旋焚玖?」

 

 一夏は何が何やら分からんといった感じだ。そりゃそうだ、コイツの言葉は、一夏にも気付かれていなかった私の本性を指しているのだから。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 敵……そうだ、私と一夏は親に捨てられた時から周りに敵しか居なくなった。家計を助けてやるなどと、甘い言葉で誑かそうとしてくる大人達、堕ちた私達の環境を嘲り笑ってくるクラスメイト……いつしか心から信頼出来る者など居なくなった。

 

 一夏を守るために強くなくては…!

 

 そう思えば思う程、私は周りの人間が全て敵に見えた。隙を見せれば奴らは下卑た眼で私を喰らおうとする。

 

 望んでもいない世間からの同情の目。一夏をしっかり育てていかねばならないという、見えないプレッシャー。慣れない家事に家計のやり繰り。学生でありながら、保護者としての対応。言い出してはキリのない敵の群れ。

 

 決して奴らに隙を見せるな。

 警戒心を怠るな。

 私は強い。剣術でもISでも私は誰よりも強いんだ。この力で一夏を敵から守るんだ。

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 言い返せなかった。

 少なからず自覚はあったんだ。一夏にすら時々恐れられていた事を。それ程までに私は周りを威嚇していたんだ。

 

 何も言い訳できない。いや、したところでコイツの眼で見据えられると何も隠せる気がしない……無為に取り繕っても嘘だと見透かされる気さえしてくる。

 

「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」

 

 相手が一夏と同い年である事など、この時には頭から完全に消えてしまっていた。そのかわりに、束すら気付いていない私の本当を、たった一瞬で見透かした男にぶつける。

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 込み上げてくる前に上を向いた。

 それでも涙が溢れ出す。

 

 信じろ。

 この男はそう言っているんだ。

 無為に敵を作るな、自分を信じてくれ。

 そう言っているんだ…!

 

「ち、千冬姉!? どうしたんだよ急に!?」

 

「き、気にするな、少し目にゴミが入っただけだから。それと……お前、名は?」

 

「主車旋焚玖です! いや、ホント! 俺、主車旋焚玖ッス!」

 

 旋焚玖、か。

 さっきまであれだけどっしり構えていたのに、急にソワソワしだしたが、まぁ気のせいだろう。

 

「一夏、いい友達を持ったな」

 

「あ、ああ! 旋焚玖も別に千冬姉の悪口を言った訳じゃないんだよな!?」

 

「当たり前だろ! 当たり前だろうが、あぁッ!?」

 

「な、何でそんな怒ってんの!?」

 

「うるせぇ! いいからゲームすんだろ!? あくしろよ!」

 

 ふふ、先程までとはまるで別人みたいだな。

 主車旋焚玖……面白い少年…いや、面白い男だ。

 

 一度、世界一の問題児に逢わせてみるのも良いかもな。

 

 




次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。


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第4話 見透かしてねぇよ、ねぇ


旋焚玖は全力で考える、というお話




 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 ふざけんなよ、マジで。

 なんだこのケンカ上等な選択肢は!? 相手初対面だぞ、オイ! いつもみたいな小学生相手じゃねぇんだぞ、マジで!

 

 学校でもトンデモ選択肢はこれまで何度もあった。旋焚玖がそれを今まで乗り越えてこられたのは、相手が小学生しかも低学年だったからだ。幼子を下に見るつもりは決してないが、アホな選択肢でも『勢い』と小学生じゃ分からない『難解な言葉』を駆使する事で、これまで凌いできたのだ。

 

 しかし、今回ばかりは違う。

 

……相手、高校生じゃん。その場のノリと勢いだけじゃ誤魔化せないじゃん。どうすんの、俺……どっち選んでも無礼なクソガキ確定じゃん。

 

 だがそれでも、どっちか選ばないとずっとこのままだ。時の止まった世界で、自分も動けないまま、意識だけが途切れず続く拷問世界に浸っていなければならない。

 

 前者を選ぶか、後者を選ぶか。

 剣術だか剣道だかの全国大会優勝者を弱いと蔑むか、どう見ても顔の偏差値トップ大学レベルな女性に不細工だと蔑むのか。

 

 結局、どっちも蔑むじゃないか……クソったれぇ(諦めの境地)

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

 

 悩んだ挙句、後者の選択肢を選んだ。理由などない。どれだけ考えても弁解出来るビジョンが浮かばなかったんだ。どっちを選んでも無礼者が確定するんだし、もうどうでもいいかなって……ああ、お姉さんが目を大きく見開いていらっしゃる。

 

 そりゃそうだ。

 連れてきた友達が開口一発目でブスときたら、唖然とするに決まっている。俺なんかもう、普通に泣きそう。一夏の姉ちゃんに対する罪悪感と、自分への理不尽な境遇で涙が出ちゃう。

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を―――」

 

 一夏が俺に掴みかかってくる。

 ああ、そりゃそうだ。自分の姉を悪く言われて怒らない弟なんていないよな。もう完全に詰みじゃね? 一夏との友情も終わったっぽくね? 

 

 しかし、意外にも俺は殴られなかった。

 一夏の姉ちゃんが止めたんだ。

 

「私が不細工だと?」

 

「……ッ!」

 

 言葉の淵に怒りは感じられない。

 かと言って、「何をバカな事を」と呆れられている感じもしない。

 

 彼女の言葉に含まれた感情を読み取れ、旋焚玖よ…!

 この世界に生まれてから今まで、ずっと人の眼、人の心を気にし続けてきたのは何の為だ…!

 

 

 この時の為だッ…!(無茶な選択肢から身を守る為)

 

 

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

 やめて一夏くん! 

 拳を振り上げないで!

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

 よーしよしよしよし!

 ここまで言ったのに、また止めてくれた…って事は…つまり……?

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

 うッ……しゃぁッ!! オラァッ!!

 やっぱり何か勘違いしてくれてらっしゃる!! ここは乗るしかない、この流れに!

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 驚いている、明らかに驚いてるぞ!

 

 殺気?

 んなモン感じられるワケねぇだろ!

 

 たまたま帰りの途中で、一夏から軽く家庭の事情を聞いていたのが功を奏した。聞いていて楽しい気分にはならない話だったが。

 

 一夏達は両親に捨てられたんだと。

 一夏が小学生に上がる前の事だったらしく、親の顔すら覚えてないから自分は悲しくはないと。ただ、そのせいで一夏の姉ちゃんが辛そうで、日常でもピリピリした雰囲気を纏う事が多くなったと。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 子供にはまだ難しい話だが、身寄りの無い学生が生きるとなると、苦労する事だらけだ。これまでこの姉ちゃんは、そんなモン達からずっと独りで一夏を守ってきたんだろう。

 

 全国大会で優勝したのも、もしかしたら周りの弊害から一夏を守る一心から付いてきた結果なのかもしれないな。あくまで勝手な俺の憶測だけど。

 

 よく考えてみれば、そんな人に【弱い】なんか禁句中の禁句じゃねぇか! え、選ばなくて良かったぁ……運も味方してるぜ、オイ!

 

 運も流れもきている、後は畳み掛けるだけだ!

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

 うん、何だろ。

 自分でも何言ってるかよく分かんない。けど、それっぽい事は言えてると思う。達人は達人を知る…的な感じでいくのだ!

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 正確には『切れたナイフ』って言ってたけどな。それじゃ某芸人を思い出すから、この状況ではNGだ。……っとと、アホな事思ってる間に、どうやら佳境に入ったようだ。

 

 あとはこのまま流れに任せて「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」へぁ?

 

 ちょっ……調子こいたぁぁぁッ!

 Yes or Noの疑問じゃねぇ、What的な疑問できやがったぁぁぁッ!

 

 やべぇよ、やべぇよ、どうすれば良いって聞かれてもどうすれば良いんだ!? えぇい、ちょっと俺が調子に乗ったらすーぐコレだ! 

 

 と、とにかく俺は既に無条件降伏している意を示すしかない!(錯乱)

 

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

 

………ど、どうだ…?

 

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 

 この反応は……やったぜ。

 俺は成し遂げたんだ。

 

 俺の平穏は今日も守られたんだ。なんかやたらこの人から見られてる気がするけど……うん、気のせいだ、うん。一夏とゲームしてる時も、ぷち休憩してた時も、トイレを借りようとした時も視線を感じたけど気のせいに違いないんだ。 

 

 

.

...

......

 

 

「ふぅ……それじゃあ、そろそろ帰るわ」

 

「おっ、そうか?」

 

 ゲームをするなんて久々だったが、途中から自分の精神年齢も忘れるほど楽しんでしまったな。

 

「『無双OROCHI3』か……またやりたいな」

 

「ならまた来い。なぁ、一夏」

 

「えっ、あ、ハイ」

 

 う、後ろに居たのか……え、いや、なんか距離近くない? 後ろっていうか背後やんけ。いや言わないけどさ。言ったら確実に面倒な事になりそうだもん。

 

「おお、そりゃいいな! んじゃ今度はこの続きからしような!」

 

「おっ、そうだな」

 

 一夏の笑顔が眩しいぜ。

 でも、そんな一夏のスマイルが霞むほど、今の俺は変なプレッシャーを感じてるんだぜ。今はただ、早くおウチに帰りたいぜ。

 

「おい」

 

「な、なんでしょう…?」

 

「いや、私が通っている道場があるんだが……まぁ、一夏も最近通いだしてな」

 

 え、なに急に。

 話題振るの下手すぎだろこの姉ちゃん。いや、言わんけど。

 

「剣術をメインで教えてくれる道場でな……まぁ何だ。良かったらお前もどうだ? 武道は心身を成長させてくれるしな」

 

 ちょっと何言ってるか分かんない。葡萄にそんな効果ねぇよ、あったらみんな食ってるわ。

 

「おっ、そりゃいいな! 旋焚玖も来いよ!」

 

 行く訳ねぇだろバカ! 汗水垂らしてしんどい思いすんのは、前世でお腹いっぱいなんだよバカ! 分かったかバカ! バカアホ一夏!

 

「ふふ、お前も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろアホ! アホ女! 何を知った風な事言ってやがるケツの青い小娘が! お前さっき泣いてた事日記帳に書いてやるからな! なぁぁ~にが悲しくてビシバシ竹刀で叩かれにゃならんのかて! 俺はこの世界じゃ植物のように慎ましく平穏な……―――あ、ちょちょちょ、待ってくれ! 

 

 俺の意志とは無関係に景色がモノクロに変わりゆく。

 この状況でさらに【選択】の刻までくるのですか…?

 

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 ここで【強制イベント】かよぉぉぉッ!!

 

 

 ※【強制イベント】……それは言葉が違うだけで、内容は全く同じという、まるで選択する意味を成さないモノであり、稀によくある事だったりする。これを旋焚玖は【強制イベント】と呼び、忌み嫌っている。

 

 

「ありますねぇ!」

 

 

 旋焚玖の平穏はまだ遠い。

 

 





千冬姉からの好感度超上昇。


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第5話 私が見誤っていた男



箒さん勘違う、というお話。





 

 

「今日、アイツが来るのか」

 

 道場で一稽古を終えた私は、タオルで汗を拭いながら少し休憩に入る。

 

「主車旋焚玖……フン、私には関係ない」

 

 学校で何か騒がしい事が起こると、決まってその発端はコイツだ。クラスのムードメーカー的な存在だと言えば、確かに聞こえはいい。

 

 実際、主車はクラスの皆と分け隔てなく接しているし、一夏も主車の事を一緒に居て楽しい奴だと言って、最近はよく遊んでいるようだ。そのたびに私も一夏から誘われるのだが、ずっと断っている。

 

 私は主車があまり好きではない。

 

 普段は物静かで大人しいのに、急に訳の分からない事を言ってきたりするところが特に苦手だ。一夏の奴はそれが面白いと笑うが、私は揶揄われている気がして、正直笑えない。変な事を言ってきたと思ったら、学校では習っていない私達には難しい言葉も使いだしてくる。その行為がまるで主車から見下されているように感じてしまうんだ。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 だから、関係ない。

 コイツがここの道場へ来ようが、私には関係ない。私は入口で靴を脱ぐ一夏達を視界に入れないよう、稽古を再開するのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 主車が声を掛けてきた。

 無視する訳にもいかず、返事をする。ただ、どうしても気持ちが先行して、ぶっきらぼうな形で返してしまう。出来れば私に構わないでほしいのだが……。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 コイツは一夏と隅っこで、基本の型稽古を習ってたんじゃないのか? そんなに早く終わるような内容でもない筈だぞ。

 

 私はコイツに指導していた千冬さんを見てみる。

 

「……(コクッ)」

 

「む……」

 

 頷くって事は、どうやら千冬さんもOKを出したようだ。もしやコイツ、初心者じゃないのか……? 確かに普段の言動からして、只者ではない気はしていたが……そういう事ならやってやろうじゃないか。

 

「両者、構えッ!」

 

 千冬さんの号で私と主車が竹刀を構える。

……ふむ、構えは中々堂に入っているな。どちらにせよ、手を抜くつもりはない。本気でいかせてもらう…!

 

「始めッ!」

 

 小細工は好かん。

 真正面から最短最速でいくッ! 防げるものなら防いでみろッ!

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

「え?」

 

 当たった。

 素っ頓狂な声が出てしまうほど、それはそれは簡単に。

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 膝を突いて頭を摩っている、めちゃくちゃ高速で摩っている主車に一夏が駆け寄る。え、えぇ……あ、千冬さんが驚いた顔してる。え、ホントに大丈夫なのか?

 

「……もう1本だ」

 

 立ち上がった主車は静かにそう言った。

 むぅ……気でも抜いていたのか…?

 

 まぁいい。

 私のやる事は変わらん。

 コイツな何を思っていようが、全力でやってやる。

 

 再び千冬さんの号で私は地を蹴った。

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 膝を突いて脇腹を摩りまくっている主車に駆け寄る一夏。いや、ちょっと……えぇ~…? 千冬さんは……どうして無言なのだろうか……。

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 

.

...

......

 

 

「……小手ッ!!」

 

「いでぇッ!!」

 

 い、痛いって言ったぞコイツ。

 というかもう何回目だ? もういいんじゃないか…? 今まで全部一合で済んでたから、そんなに負担はないが、それでも流石に疲れてきたぞ……。

 

「……ふむ、もう十分だろ旋焚玖」

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 私も驚いた。

 あんなに何度も私に竹刀でヤラれたのに、何故ここまで笑顔で居られるんだ。一夏だって私と初めて手合わせした時は、目に見えて悔しがっていたのに。男の癖にプライドがないのか…!

 

「よし、では少し休憩して……そうだな、竹刀の素振りから始めようか」

 

 千冬が旋焚玖に素振り稽古の仕方を教える。

 前に進んで一振り、後ろに下がりながら一振り。この二振りを篠ノ之道場では1本として数えている。

 

「……という感じだ、分かったな?」

 

「千冬姉、俺も一緒にするんだよな?」

 

「ああ。だが旋焚玖はただでさえあれだけ試合をしたし、そもそも今日は初日なんだ。これを100本して今日は上がろう」

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 主車の言い方は、まるでその場から離れようとしていた私の耳へ、わざと届かせるような……挑発めいた物言いだった。

 

 これだから私はコイツの事が好きになれん。素人が1000本も出来る筈がないんだ。出来もしない嘘を平気で吐く奴は嫌いだ。

 

「ほう…!」

 

 いやだから……どうして千冬さんは、そんなに嬉しそうなんですか!? いつものしかめっ面は何処へやったんです!? 怖いから言わないけど!

 

「なら1000本してみせろ。一夏はどうする?」

 

「よ、よぉし…! 旋焚玖がするなら俺もやってやるぜ!」 

 

「言ったな一夏!? 絶対だからな! 最後まで一緒だからな!? なっ、なっ!」

 

「お、おう? 何か急に必死になったな」

 

「フッ……はしゃぎおって」 

 

「……ふん」

 

 私はとても嬉しそうに頷く千冬さんをスルーし、その場から離れる。

 

 どうせすぐに音を上げるに決まっている。その時こそコイツに言ってやる。剣術をナメるなって。遊び感覚でやるのなら、もう此処へ来るなって引導を渡してやる…!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 どうやら500を超えたところで一夏がギブアップしたらしい。私はアイツらから背を向けてずっと稽古をしていたので、見てはいなかった。だが、一夏が一本一本声に出しながら振っていたので何となくは把握できていた。

 

 主車の声は聞こえてこない。

 フン、やっぱりだ。どうせもう音を上げ……ッ!

 

「……!……!……!……!」

 

 隣りでゼヒゼヒ息をしている一夏には目もくれず、黙々と……いや、一心不乱に竹刀を振っている、だと…!? そんなバカな…! アイツは初心者じゃないのか!? 私だって初めての素振り稽古じゃ、あそこまで続かなかったのに…!

 

 自分の稽古を止めて、主車が行っている素振り稽古を見つめる。お世辞にもキレがあるとは言いにくいし、どちらかと言えば不格好な素振りだ。

 

「旋焚玖が気になるのか、篠ノ之」

 

「ッ……べ、別に…」

 

 それまで主車の様子を見ていた千冬さんが、不意に声を掛けてきた。

 

「フッ、まぁいい。アイツと手合わせして、お前はどう思った?」

 

「……弱すぎます。初めて手合わせした一夏の何倍も弱かったです」

 

「ククッ、手厳しいな」

 

 何がおかしいのか、千冬さんはクツクツ喉を鳴らして笑う。この人がこんな楽しそうに笑うなんて初めて見るんだけど、アイツのどこに千冬さんは気を許したんだろう。

 

「千冬さんは違うんですか?」

 

「いいや、同意見だ。実際、剣の才能は無さそうだ」

 

……才能、か。

 嫌いな言葉だ。

 

「で、いつまでお前はアイツを見てるつもりだ?」

 

「ふん、どうせもうすぐ音を上げるに決まってます。それまでは見てやりますよ」

 

「そうか」

 

 千冬さんと並んで、アイツの素振りを見続ける。

 500が600に、600が700に。アイツは無心で竹刀を振り続けている。

 

 そして……800本を迎えたところで異変が起きた。素振りを続けるアイツの表情に、苦悶の色が浮かび上がってきた。

 

「お、おい、旋焚玖…! お前ッ、手から血が出てるぞ!?」

 

「!?」

 

 手の皮が剥けたのか…!?

 いや、それだけじゃない、あの様子じゃマメを潰したな…!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 痛みを押し殺した顔で、それでも素振りをヤメようとしない主車に、一夏がヤメさせようと詰め寄る。そうだ、止めてやれ一夏! 私もそこまでする姿なんて求めていない!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 そんなバカな…!

 遊び感覚でするなとは確かに思ったけど、でもッ……ここまでする事じゃないだろう!?

 

 千冬さんはその場から動かない。

 ただ、静かに主車に問い掛けた。

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

「……!……!……!……!」

 

 千冬さんの問い掛けに、主車は頷かなかった。

 本気でコイツは1000本までやるつもりなんだ。

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 千冬さんと一夏の言葉を受け取り、アイツの表情にも俄然気合いが入ったように見えた。私は……。

 

 

.

...

......

 

 

「はぁッ…! はぁっ、はぁッ……!」

 

 素振り稽古を1000本終わらせた途端、ガクッと座り込んだ主車の元に一夏が駆け寄り、その後ろからゆっくりと千冬さんも歩み寄っていく。

 

「すげぇよ旋焚玖! ホントに1000本しちゃったぞ!?」

 

「大した根性を見せてくれる。そんなに手をボロボロにしてまでな」

 

「そ、そうだ! 誰か救急箱を「そこをどけ、一夏。私が手当する」へ……箒…?」

 

 身体が勝手に動いていた。

 主車への労わりの心があった訳じゃない。ただ、どうしてもコイツに聞きたい事があったんだ。

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

 そうだ。

 コイツは私や一夏の知らない事を、たくさん知ってる奴なんだ。普段、あれだけ難しい事をペラペラ話すコイツが、手がボロボロになる予想はつきませんでした、などとは言わせない…!

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

 千冬さんの言う通り、コイツには才能はないのかもしれない、とても不器用な男だ。だが自分の言った事を最後まで貫き通せる強さを持っている。才能なんて言葉が霞むくらい、心の強さを持つ男だったんだ。

 

「そんな事はない」

 

 謙遜か……私はこの男を見誤っていたんだな。

 

 主車旋焚玖……か。

 

 






次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。



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第6話 見誤ってねぇよ、ねぇ

誰も分かってくれない、というお話。




 

 

「もうすぐ着くぜ」

 

「……ああ」

 

 気が重い。

 足が重い。

 何もかもが重い。

 

 

『ありますねぇ!』

 

 

 一夏の姉ちゃんから剣術道場へ誘われた時。あの時の一夏と一夏の姉ちゃんの嬉しそうな顔ったらさぁ……あんな顔されたら流石に撤回できないっす。もう完全に包囲網が完成された瞬間だった。完成させたのは俺なんだけど納得いかねぇよぅ……。

 

 まぁでも、いつまでも不貞腐れてる訳にもいかない。陰気は心にストレスを溜めるのだ。道場に通うのは既に決まってしまったんだ。ならもう受け入れて、楽しまないとやってらんねぇ!

 

「一夏はいつから通ってるんだ?」

 

「ホント最近だぜ? 千冬姉はもう何年も前からだけどな! 箒とも道場がきっかけで話すようになったんだ」

 

 篠ノ之か。

 個人的にあんまり顔を合わせたくないんだよなぁ。学校で毎朝【パンつくれ】って挨拶させられてるし。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 あ、篠ノ之が居た。

 んで、目が合った。

 んで、露骨に嫌そうな顔された。いや、ホントごめん。俺だって毎朝セクハラチックな挨拶してくる奴が、実家の道場にまで来たらテンション下がるもん。ほんと、あのパンツな【選択肢】を恒例化するのヤメてくれませんかね。パンの起源やらパンの雑学で何とか凌いでるけど、そろそろパンネタも限界なんだって。

 

 篠ノ之には近づかないよう、隅っこの方で過ごしていよう。

 

 

.

...

......

 

 

「……そうだ、竹刀はこう……こうやって握ってだな」

 

「あ、ハイ」

 

 俺たちの指導を自ら買って出てくれた一夏の姉ちゃんに、今は竹刀の持ち方を教わっている。一夏の握りを見様見真似でしようとしたら、姉ちゃんに止められた。姉ちゃん曰く、基礎を疎かにするとケガの元なんだとか。

 

 そういう事で、わざわざ俺の指を1本1本握って導いてくれた。この肌寒い季節に、姉ちゃんの手のひらがじっとり汗ってるのはツッコまないでおこう。

 

「よし、基本の型も一通りは出来たな。では次は素振りを……―――」

 

 

……おぉう、姉ちゃんの言葉を遮ってまで【選択の刻】ですか。素振りって言ってたし、姉ちゃんは真っ当な提案だったと思うんだけど、何が気に入らないというのか。

 

 

【基本は分かったし、織斑千冬にケンカを売る】

【基本は分かったし、篠ノ之箒に手合わせを請う】

 

 

 俺が気に入らなかったのか(唖然)

 いやでも、こんなモン前者選ぶ奴いねぇだろ。【(仮)強制イベント】ってヤツっぽいな。

 

 当然、俺は後者を選ぶ。俺を嫌ってる篠ノ之には悪いが、軽く1回試合したら終わるだろうし、そこは我慢してもらってパパパッとやっちまおう。

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 顔に気持ちが出てるなぁ。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 というか、コレもしかして楽々イベントじゃね? 確かに剣道の経験は前世でもないけど、相手は小学2年生だろ?

 

……幼女じゃん。負ける要素ないじゃん。怖がる要素もないじゃん。

 

 いや、待てよ……勝ってしまったら篠ノ之が可哀想だし、手加減して負けてやるのが男の甲斐性ってヤツだな。そうかそうか、これは俺の器の大きさをアピールするためのイベントだったんだな…!

 

「両者、構えッ!」

 

 適当に捌いて、適当に負けよう。

 

「始めッ!」

 

 幼女の姿が消えたと思ったら

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

 雷に撃たれたかの衝撃が、脳天からつま先まで全身に響き渡った……そして、少し遅れてから。

 

 いだだだだだぁッ!?

 痛いッ、痛いぞ!? とてつもなく痛いッ! うわ、ようじょつよいとか言える余裕もねぇ痛さだぞオイ!?

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 むりむり、絶対むり。

 幼女ナメてた。

 剣道ナメてた。

 竹刀ナメてた、竹刀でシバかれたらめちゃ痛い。

 

 なんだか心も身体も活を入れられた気分だ。武道は真剣に臨まないと、ケガする恐れがあるんだぞって。

 

 ッ……そうか…!

 それを俺に教える為に選択肢が出たんだな!? よし、分かったぜ! 俺も今からは真剣に稽古に打ち込むぜ! だから……―――。

 

 

【もう嫌だ、と織斑一夏に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 おいふざけんな。

 急に何だこの選択肢!? 俺にだってそれなりにプライドがあるわ! 

 

「……もう1本だ」

 

 泣きつくだァ? 

 そんなカッコ悪い真似しねぇよ!

 

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 あ、やっぱりもういいわ。

 一夏に泣きついて抱き付こう。さっきからとっても心配してくれてるし。プライド? ないない、だって痛いもん。

 

 

【もう嫌だ、と織斑千冬に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 クソがぁぁぁッ! 一夏で来いよぉ!

 女子高生に抱き付ける訳ないだろ! 犯罪で捕まったらどうすんだ!!

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 バチコーン!!

 

 

【もう嫌だ、と篠ノ之箒に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 やめろバカ! ロリコン容疑がプラスされるだろうが!

 

「……もう1本だ」

 

 

.

...

......

 

 

 もう十分だ、十分堪能したよ。

 一夏→姉ちゃん→篠ノ之ときて、もう1度一夏に戻ってくるかと思ったら【少し離れたところで稽古をしている人】ときたもんだ。結構居るんだよバカヤロウ…! 人気道場か! 無駄に繁栄させんなよぉ…!

 

 だが光明も見えた。

 俺の計算が正しかったら、さっきの選択肢で道場内の全員1周した筈…! もう次こそ一夏だろ、一夏に早く抱き付かせろよマジで。

 

 

【道場近くに建つ篠ノ之家に入り、篠ノ之箒の親族を見つけた上で泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 くそぉ……(諦めの境地)

 

「……もういっ「ふむ、もう十分だろ旋焚玖」…!」

 

 エンドレスループに打ちひしがれていた俺を救ってくれたのは、女神織斑千冬様だった。第三者の介入により選択肢が解除されるのを感じた。

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 当たり前だよなぁ?

 これ程嬉しい事はないぜ。流石は一夏の姉ちゃんだ、俺がもう少し若かったらデートに誘うところだったぜ(現8歳)

 

 なんにせよ、これで休憩できる。

 俺はぼんやり、姉ちゃんの説明を聞いていた。

 

「……―――これを100本して今日は上がろう」

 

 素振り100本か。

 さっきのに比べたらまだ……―――あぁ?

 

 

【1000本の間違いだろ、千冬さん】

【10000本の間違いだろ、千冬ちゃん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 自分でも分かる。

 鼻声通り越して涙声になってるって、自分でも分かるんだ。

 

 俺の悲痛な想い……一夏の姉ちゃんに届け…!

 

「ほう…!」

 

 全然届いてねぇ!

 嬉しそうに頷いてんじゃねぇぞ、このショタコンが!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 知ってた。

 一夏が先に離脱するのなんて分かってたさ。一緒にするって言ってくれた時は嬉しかったけど、同時に頭の中でアレが浮かんできたんだもん。

 

 

『マラソン大会、一緒に走ろうな!』

 

『うん!』

 

『うおぉぉぉッ!!』

 

『一緒に走るんじゃねぇのかよ!』

 

 

 こうなる事は薄々気付いていたさ。

 ここからは己との無慈悲な戦いしか待っていない事を……ッ、痛ぅ…!?

 

 ちょっとー!? 手がものっそ痛いんですけどー!? ぜってぇこれマメ潰れてるって! 腕の感覚? とっくにねぇよ! むしろいい感じで麻痺ってたのに、手の痛みで腕のだるさ加減まで戻ってきやがった…!

 

 おい、一夏! 

 友達が手から血出してるぞ! 早く助けてくれ!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 それまで黙って見ていた一夏に動きあり。

 流石は一夏だ…! 

 熱い友情に感謝する…!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 何を言ってるんですか、ショタコン!?

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

 動かなーい!

 首が縦に動かなーい! あ、横には動く、全く意味がなーい!

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

 いや止めてくれよぉ!

 謎の信頼感やめろってマジでぇぇッ!!

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 ダメだこのアホ姉弟!

 し、篠ノ之! 常識を求めるお前ならきっと…!

 

「……………………」

 

 何だその期待に満ちた目は!? 

 あ、おい、何処行くの!?

 

 篠ノ之が道場から走って出て行っても、俺の素振りは止まる事はなかった。

 

 

.

...

......

 

 

 終わった……。

 俺はやったんだ……。

 1000本、やってやったぞこのヤロウ…!

 

 身体中痛い。

 腕が痛い。

 特にお手てが痛い。

 

 篠ノ之が消毒液の付いた脱脂綿でツンツンしてくる度に泣きそうになる。なるほどな、あの時道場を出て行ったのは、嫌いな俺のためにわざわざ救急箱を取りに行ってくれてたんだ。

 

 本当にコイツには申し訳ない気分になる。

 明日もいっぱいパンに纏わる豆知識を教えてやるからな。いや、小麦粉の話に派生させるのもありだな(パンツな選択は既に諦めている)

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」(悲壮感たっぷり)

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

「そんな事はない」

 

 いやホントに。

 全然そんな事ないから。

 ただただ選択肢が強すぎるの。ねぇ、分かる? 俺の意志なんて無関係なの。身体が勝手に動いちゃうの。ねぇ、分かって? だからそんなに持ち上げないでください、お願いします。

 

「だが、私は一夏や千冬さんのように甘くはないからな」

 

「……はぁ」

 

「まだまだ名前で呼ぶほど、気は許してないからな!」

 

 そう言って、篠ノ之は離れていく。

 後ろ足が弾んでるぞオイ、お前も俺を勘違うのか……また俺に変な期待を寄せる奴が増えちまったんだな……虚ろな瞳で篠ノ之の後ろ姿を眺めていると、ぬうっと知らん顔が横から入ってきた。

 

「強いな少年! 熱い心意気を見せてもらったぞ!」

 

 なんだこのおっさん!?

 

「「 柳韻さん!? 」」

 

「お、お父さん!」

 

 あ、篠ノ之のパパさんか。

 おっさんとか思ってすみませんでした。

 

「少年、名前はなんという?」

 

「……主車旋焚玖です」

 

 嫌な気配がする。

 この人からショタコンと同じ気配がする…!

 

「旋焚玖……うむ、良い名だ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「率直に言おう。ワシの弟子にならんか?」

 

 ならぬ!

 

「なっ…! 柳韻さん、それは…!」

 

「何を言ってるんですか、お父さん!」

 

 え、そんなに焦る提案でもなくない? 俺はならないけど。篠ノ之も一夏も姉ちゃんも、この人の道場に通ってるんだから弟子って形に収まるんじゃないの? 俺はならないけど。

 

「いいか、よく聞けよ旋焚玖」

 

 一夏の姉ちゃんによる、とても分かりやすい説明が始まった。

 篠ノ之柳韻は剣術道場の当主であるが、本筋は剣術家ではなく柔術家である事。この道場に通っているのは皆、剣術の稽古をしている。故に、篠ノ之柳韻的には弟子は0人とも言えるモノらしい。

 

「0人って……誰も志願しなかったんですか?」

 

 俺も志願しないけど。

 

「いや、多くの者が志願した……が、皆途中でヤメていくんだ」

 

 なにそれ、不人気って事じゃん。

 人気でも俺は志願しないけど。

 

「……誰一人として、お父さんの過酷な稽古に付いていけなかったんだ」

 

 なにそれこわい。

 

「え、千冬姉も?」

 

「……まぁな」

 

 なにそれ超怖い。

 

「最近の若いモンは根性が足らん。その分、君は素晴らしい! どうだ、君も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろハゲ!

 ショタコンとデジャブってんじゃねぇぞハゲ! フサフサな髪に脱毛剤振り掛けてやんぞハゲ!

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 主車旋焚玖、8歳。

 剣術ではなく篠ノ之流柔術を習う事を此処に決意ス。

 

 

.

...

......

 

 

 家に帰る頃には、もうすっかり日が落ちていた。

 俺も気分も落ちていた。

 

 篠ノ之柳韻の弟子になった事を両親に報告した時、2人が俺を自慢の息子だと喜んでくれた事だけが救いだった。

 

「……はぁ~…」

 

 そりゃあ、ため息も出るさ。

 

 この世界に生まれ落ちて8年。

 今までも大層無茶な選択肢はあったが、それでも肉体的に過酷なモノは無かった。それが最近はどうだ…? トントン拍子で俺の身体を責めてくるじゃねぇか。

 

 まるで俺を鍛えようとしているかのよう……に…?

 え、なに……そういう世界に俺は生まれたって事なの? 強くならないと生きていけない世界なの?

 

「……ハハッ、まさかな」

 

 ないない。

 平和が一番、ラブ&ピースってな。

 

 そもそも俺は、常に心の平穏を願って生きてる草食系なんだ。勝ち負けに拘ったり、頭を抱えるようなトラブルに巻き込まれるのを良しとする生き方なんて、まっぴらごめんだ。

 

 夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠を取るようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで身体をほぐしてから眠ると、ほとんど朝まで熟睡さ。

 

 そんな事言ってたら、もうこんな時間だ。

 ストレッチしてから眠……―――。

 

 

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【自分の部屋で静かに1000本しよう】

【両親の前で全裸になって100本しよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 旋焚玖の平穏はまだまだ遠い。

 

 




篠ノ之親子からの好感度急上昇。



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第7話 ウサ耳立てて聞き耳立てる

天災は聞いている、というお話。




 

 旋焚玖が篠ノ之道場に通いだして1年の月日が流れた。今日も今日とて柳韻さんから、修行という名の拷問を受けていたが、アイツはまるで涼しい顔で、むしろ機械のような表情を保ちつつ黙々と受けていた。

 

「……やはり私の眼に狂いはなかった」

 

 アイツは初見で私の心を全て見透かした男なんだ。武道が初心者というのは正直驚いたが、それでも……いや、それだからこそ私は旋焚玖という少年を尊敬している。

 

「どうしたね、千冬くん?」

 

「あっ、柳韻さん! 旋焚玖はもう帰りましたか?」

 

「ああ。元気良く走って帰っていったよ。この後の予定を聞いたら『今日の稽古の復習が待っています』だとさ。いやはや、さりげに言ってみせるところが彼らしい」

 

 それは、もうアイツの中で稽古が日常化している事に他ならない。普通の人間なら『練習』や『稽古』といえば気合いを入れるところだ。さぁ、今からやるぞ、と。頭と身体のスイッチを切り替えるものだ。

 

 だがそれは、『稽古』を無意識に非日常的なモノとして扱っているとも言える。わざわざスイッチを切り替えて、頭と身体に熱を滾らせないと出来ないモノだと言っているようなものだ。

 

 旋焚玖は違う。

 アイツはいちいち熱するような事はしない。スイッチを切り替えずとも身体が勝手に動くのだろう。それは武術と共生出来ている証拠だ。

 

「しかし、柳韻さんの修行に1年続きましたか、アイツめ……」

 

「千冬くんは半年で耐えられなかったのにな」

 

「うっ……わ、私はいいんです…! それで……実際のところ、柳韻さんから見て旋焚玖はどうですか?」

 

「……千冬くんとウチの長女がダイヤモンドなら、箒と一夏くんはエメラルドに値する才能を持っている。君たち4人と比較すれば、彼なんて道端にある石っころだな。それほど、技量面においては才能の欠片もない」

 

 旋焚玖には聞かせたくない辛辣な言葉だが、それに関しては私も同意見だと言わざるを得ない。

 

「実際、彼の習得スピードは凡才だ。千冬くんが1時間でマスター出来るモノでも、彼なら平気で3日は掛かってしまう……が」

 

 ニヤリと柳韻さんが口角を上げる。

 その後に続く言葉を、既に予測できた私も釣られて笑みを浮かべた。

 

「旋焚玖は止まらないのだ。どれだけ時間が掛かろうとも、必ず最後までやり遂げる。千冬くんも知っている事だろうが、武道の鍛錬は地味だ。柔術になると特にな。地味な割に内容は濃く、心身共かなり酷使される」

 

 にもかかわらず、旋焚玖は続けられる。嫌な顔一つせず、文句の一言もなく、淡々とこなしてしまう。これを強さと言わず何と言う?

 

「技量など後から幾らでも身に付く。ワシが惚れたのは彼の折れない心胆にこそある」

 

「同感です」

 

 フッ……練習好きのアイツの事だ。

 今頃、自宅へと向かいつつも、脳内では稽古の反復でもしているのだろうな。

 

 

 

【もしかしたら足下に埋蔵金が埋まっているかもしれないので、素手でアスファルトを掘ってみる】

【家まで逆立ち歩きで帰る】

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

「話は変わりますが、束は旋焚玖の事を知っているのでしょうか?」

 

 渋い顔をされた。この様子じゃ、もうずっと会話もしていないのだろう。

 篠ノ之家には箒の他にもう1人、長女と呼べる奴がいる。私と同い年で同じIS学園に通う幼馴染だ。自他共に認める天才だが、性格に問題がありすぎて天災と呼ばれてしまっている。

 

「……知らないだろう。あの子が道場へ顔を出さなくなって何年になるか……いや、その方が良いのかもしれん」

 

「そうですか? 旋焚玖と会えばアイツの人見知りな性格も、少しはマシになると思ったのですが」

 

「千冬くんはアレを人見知りと判断するのかね?」

 

 柳韻さんは苦笑いだ。

 私も人見知りと表現したが、アイツのアレはそんな範疇にもはや収まっていない。私の幼馴染は天才を自負しているからなのか、興味のないモノには恐ろしい程までに無関心を貫く。それがたとえ、血を分けた親子であっても。

 

「束と最後に話したのは……それすらもワシは覚えていないのだよ。箒や千冬くんから聞いている限り、楽しそうにやっているらしいが」

 

 寂しそうにフッと笑う。

 それほどまでに、2人の関係は冷えてしまっているのだ。

 

「……で、千冬くんは束に旋焚玖くんを会わせたいと?」

 

「ええ、まぁ」

 

「ワシは正直、賛成しかねるな」

 

「……理由を伺っても?」

 

「あの子は気に入った相手には一切の壁を無くす。この道場で言えば千冬くんと箒……あとは一夏くんくらいか」

 

 枠を世界に広げてもこの3人だけだろうが、と心の中で訂正しておく。

 

「柳韻さんは旋焚玖じゃ束の興味は引けないと?」

 

「さてなぁ……ワシは束じゃないんだ。正直、アレの考えている事は分からんのだよ」

 

 言葉を濁すという事は、柳韻さんも束が旋焚玖に対して、絶対に無関心を決め込むとは思っていないのだろう。

 

 それなら何故?

 

「いきなりだが、『好き』の反対は本当に『嫌い』で正解かね?」

 

「……聞いた事はあります。確か『無関心』でしたっけ?」

 

 『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』。

 何かの雑誌で読んだ記憶がある。

 

「よく知っておるな。なら『無関心』の反対はどうなる?」

 

 禅門答か…?

 柳韻さんが何を言いたいのか、伝わってこない。そもそも『好き』の反対が『無関心』であると表現するのなら『無関心』の反対も『好き』に収まって当然なのでは……?

 

「本当に『好き』だけか? 対象が人間ならどうなる? 『嫌い』な人間に関心を持たない保証は? もしも悪い印象を持って関心を持ってしまったら?」

 

「ッ……そういう事ですか…!」

 

 束が旋焚玖に興味を持ったとして、どうしてそこで良い意味に落ち着く? アイツは興味のない人間には冷酷なまでに無関心を貫く。言葉を替えれば、アイツからは何も相手に行動を起こさないという事だ。

 

 だが、悪い意味で興味を持ってしまったら? 旋焚玖に対して、もしも良くない感情を抱いてしまったら? 束は『嫌いな人間』には、一体どんな行動を起こすんだ……? 分からない……分からないからこそ、怖くなってきた。

 

「柳韻さん……私が浅慮でした。無理に束と旋焚玖を会わす事はヤメておきます」

 

「ふむ……旋焚玖と束が交わる運命であるなら、ワシらがお膳立てする必要はあるまい。1年も通っているのに、それでも出会っていないという事は、今はまだ2人は出会うべき時ではないのだろう」

 

 出会うべき時ではない…か。

 運命の存在など私は信じてはいないが、柳韻さんの言葉には重みがある。納得は出来ないが、理解は出来た。

 

 今はまだその時ではないのだな……。

 

 

(……ふーん、ちーちゃんがそこまで買ってる人間かぁ……へぇ…ほぉ~…?)

 

 

 話し込むあまり、千冬と柳韻は気付く事が出来なかった。

 渦中の人物が途中から聞いていた事を。

 

(洗濯?だっけ……会うだけ会ってみようかなぁ……でも、つまんなかったら…うーん…………あ、洗濯機に流しちゃおう♪)

 

 ウサ耳のカチューシャを揺らし、音もなく消えるのだった。

 

 




いい奴だったよなぁ、旋焚玖くんって。



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第8話 私を負かした男

束さん超勘違う、というお話。



 

 

「だあぁぁ…! と、とうちゃ~く…」

 

 逆立ち歩きでよたよた進んでいた俺は、やっと家に帰ってこれた。途中、商店街を通りに抜ける時、何人にも声を掛けられた。

 

「いよっ! 今日も頑張ってんなボウズ!」

 

「おぉ、あれが噂の逆立ち君か!」

 

「流石よねぇ、安定感があるわぁ」

 

 名物になってんじゃねぇよ!

 前から思ってたけど、この世界の奴らは異常光景に寛容すぎるだろ! どいつもこいつも適応能力Sか!

 

 やんややんやと商店街のおっちゃんおばちゃん連中から温かい声援を背に受け、旋焚玖は今宵も逞しく生きている。

 

「あれ……なんで灯りついてんの?」

 

 今夜は両親とも、親戚の家に行ってるとかで帰ってこないって聞いていたが……意外に早く用事が済んだのかな。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえり~」

 

 変なコスプレ女が家に居た。

 え、なにこの人? 父さんと母さんの知り合い? いやいや、ウチの両親はわりかしまともな部類に入っている筈だ。少なくとも、こんなイタイ格好してる女と交友関係はないだろ。

 

「勝手に上がらせてもらってるよ~」

 

 勝手に、とな?

 いや、まだ判断するには材料が少ない。もう少しコンタクトを取ってみてからでも遅くはないだろう。

 

 家に両親の気配がしないとなると、今この家には俺と目の前のコスプレイヤーしか居ないって事になる。まずは出来るだけ言葉を丁寧に伺おう。

 

「貴女様は父さんか母さんのお知り合い様でせうか? あと、どうやってこの家にお入りになられたのでせう?」

 

 キ○ガイだったら怖いからね。伊達に前世で社会人やってませんよ僕。キチ○イに対しては安易にタメ口を利いてはいけないのです。

 

「はぁ? 知り合いな訳ないじゃん。この家にはさっき鍵穴をパパパっとやってハイ終わりって感じで……―――」

 

 

【不法侵入ですよ不法侵入! 警察に通報してやるからなお前!】

【相手は泥棒だ。自ら正義の鉄槌を喰らわせてやる】

 

 

 おぉぉ……比較的まともな選択肢だぁ……。

 このバカ(選択肢)は基本、時と場合なんて考慮する気ないからな。

 

 前者が警察に電話する。

 後者がこの変態コスプレ泥棒女を俺が捕まえる。

 

 って感じか。常識的に考えて前者だろう。そっちの方が穏便に済みそうだし、この女も警察に電話するぞ!って言われたら、ビビッて逃げる可能性にも期待できる。

 

 だが、よく考えろ。安易に常識へ手を伸ばすのもいいが、俺の見た目でそれが通用するか? 小学3年生が『警察に通報しゅる~!』とか言っても、怖がられるとは思わねぇ。それに、警察沙汰を起こして両親に迷惑は掛けたくない。

 

 ここはこの女を軽くボコッて、正論カマして改心させた方が得策か。っていうか相手女だし楽勝じゃん。しかも今の俺ってば、めちゃくちゃ強くなってるし負ける要素皆無じゃん。

 

 ハッ……そ、そうか…!

 理不尽なまでにずっと俺を鍛えていたのは、こういう時を想定していたからだったんだな! 

 

 なら俺も存分に培ってきたモノを使ってやるぜ、と言いたいところだが、相手は女だしなぁ。イタイ服着た泥棒であっても、女に手を上げるのは些か抵抗がある。ここは軽く関節でもキメておくに留めよう。

 

 旋焚玖はけっこう慢心するタイプだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 世界は面白いモノと面白くないモノに二分化されている。面白いから興味対象になり、面白くないとその対象にはなりえない。私を嘱目させられないモノは、私が見ている世界に存在していないのも同じ。

 

 そんな事を昔ちーちゃんに言ったら呆れられたっけ。だけど、こればっかりはちーちゃんが相手でも譲る気はない。興味のないモノをわざわざ相手にするなんて、そんなの労力の無駄でしかない。束さんは無駄が嫌いなの、無駄だから嫌いなの、無駄無駄……。

 

 そんな私が好奇心をくすぐられた。

 ちーちゃんが熱く気に留めている人間が居たなんて初耳だった。そんなのいっくん以外にありえないと思ってたよ。

 

 私の中に眠る好奇の鬼を刺激したんだ。

 その洗濯?とやらには、ちゃんと責任取ってもらわないとね。

 

 それからの束の行動は早かった。

 アレをコレしてソレをナニして、旋焚玖との邂逅に至った今、束の出した結論は『無駄足』の一言に集約された。

 

 肉体はその年齢にしては確かにそれなりなモノとなっているが、だから何なの? 年齢を考慮されている時点で既に凡人の証拠だ。顔も並みときている。将来有望ないっくんとは程遠い。これも凡人の証拠にあたる。

 

 何より、コイツの前に立ってもビビビッてこない。

 ちーちゃんも、箒ちゃんも、いっくんにもあった。束さんをビビビッとさせる、あの何とも言えないワクワクさせてくれるような謎感覚が、コイツからはしない。

 

 はぁ……やっぱり無駄だったね。

 帰ろ帰ろ。洗濯機にコイツ流してか~えろっと。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

「は?」

 

 なんか呟いたと思ったら、なんかこっちに向かってきた。なんか手首を掴まれたから捻って外してやった。それでもまた掴もうとしてきたから、逆に掴み返してそのまま背中から投げてやった。

 

「おごっ!?」

 

 ざっこ。

 アイツに……えっと、誰だっけ? アレだよ、アレ。篠ノ之道場の当主に1年鍛えてもらってこんなモンなら、やってる意味なくない? いっくんや箒ちゃんだったら、もっと高みにいけてるよ?

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

「……………………」

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

「……………………」

 

 立ち上がったコイツは何も言わない。

 ただ、私の目を捉えて離さない。

 

 ふーん……何も言い返せない癖に目だけは睨んでみせて……それでまだ反抗してるつもりでいるんだ? なんてツマラナイ奴。こんな奴の為に貴重な時間を潰してしまった。

 

 なんだか……段々ムカムカしてきちゃった。

 こんなちっぽけな奴をどうしてちーちゃんは高く評価してるんだろう。いや違う、そもそもコイツがちーちゃんを勘違いさせた元凶なんだ。

 

 束さんに無駄足を踏ませた挙句、親友のちーちゃんまで誑かす極悪人め。束さんが成敗してやる! でも普通にヤッたら(物理で殴る)コイツなんてブチッと潰れちゃうし呆気なさすぎて面白くないなぁ……。

 

 そうだ、まずはメンタル面から潰そう♪

 束さんを睨んでいる小生意気な目が逸れたら『プププ、意志が弱いんでちゅね~』って嘲り嗤ってやろう♪

 

 そう考えたら楽しくなってきたかも!? 

 えへへ、にらめっこしましょ♪ 逸らすと死ぬよ♪ あっぷっぷー♥

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 熱く見つめ合う2人。

 無言で見つめ合い続ける2人。

 

 時計の針を刻む音だけが流れていた。

 時間は既に10時を超えている……って長いよ! もう3時間は経ってるよ!? なにこの子!? 何でずっと見てられるの!?

 

 そりゃあ互いに人間だもの。瞬きくらいはする。でもそれだけ。視線を束さんから絶対に外してこない。だから束さんだって外せない。外したら負けを認める事になっちゃうから。こんな凡人に負ける訳にはいかない。

 

 でも……。

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 コイツ…!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 勘違いも甚だしい。

 根性だけでは如何ともし難い世界がある。私だって別に精神力を全否定するつもりはないけど、それでも精神力や執念には限界がある。

 

 それをコイツに分からせてやる…!

 

 

.

...

......

 

 

 日付が変わった。

 私とコイツは、まだ視線を絡ませたままで居る。何も喋らず。一言も本当に何の会話も交わす事なく。

 

 初めて知った事がある。

 私は静寂な時が好きだと思っていたけど、誰かと相対してる状態で、どちらもずっと無言で居る時は苦手だったらしい。そもそも、そんな異常な状況なんて早々起こらない筈なんだけどね。

 

 まさかこの天才な束さんに、苦手なモノがあるなんて思いもしなかった。それを知れただけでも、収穫はあったと言える。コイツに会いに来た事が無駄足だったっていうのは否定してあげる。

 

 けど、それと今のこれは別だよ。

 もう私だって引くに引けない。正直、意地になっていると言ってもいい。私が先に折れたら、この凡人はこれからも勘違いしたまま……いや、もっと調子に乗るだろう。

 

 もしかしたら、ちーちゃんにも自慢するかもしれない。そうなれば、コイツへのちーちゃんの勘違いもより加速されてしまう。

 

 

『心の強さをまた証明してしまったな』(ドヤぁ)

 

『す、素敵だ…♥』

 

 

 ゆ、許さない!

 勘違いの連鎖…! 

 何としても私が此処で止めなきゃ…!

 

 でも、実際どうする?

 もう12時を回った。箒ちゃんと同じ小学3年生なら、この時間に起きてるのだってツラいんじゃないの?

 

 いや、待てよ?

 コイツは子供なんだ。もしかしたら、私が先に眠くなるのを期待してる…? 

 

 くふふ……くふふふ…!

 その期待には添えないなぁ!

 私は世界一多忙な篠ノ之博士だよ? 今までだって研究のために、数日を不眠不休で過ごした事なんていっぱいあるもんね!

 

 洗濯敗れたりッ!

 お前の狙いは見当外れだよ~! 

 

 そうと決まれば先に言葉で絶望させてやる。束さんを相手に、無駄な抵抗を思い知るがいいさ!

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

「………………?」

 

 ふん、白々しくポカンとしちゃってまぁ。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

 あはっ、あはは!

 青ざめてる!

 明らかに青ざめた顔になった!

 

 ほら、折れろ!

 矮小な根性なんか天才には無意味なんだよ!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

「(ブチッ)」

 

 こっ…コイツぅぅぅぅ~~~……!

 折れるどころか、挑発してきただってぇ…!

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

「…………………」

 

 ま、また黙りこくってぇ…!

 絶対負かしてやるんだから…!

 

 この時、束の頭にそれまで持っていた千冬云々の話が消去される。代わりに生まれたのは、目の前の少年を負かしてやりたいという純粋なる想い。誰よりも世界を冷めた目で見ている筈の束が、この時だけは誰よりも熱くなっていた。

 

 そしてもう一つ。

 束は知らなかった自分を知る事になる。

 

 

.

...

......

 

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

「…………………」

 

 落ちていた日が昇り、朝になった。

 コイツが平然としているのはもういい。

 

 どうして私がこんなにも消耗している…!

 ただ、無言で見つめ合っているだけじゃないか! どうしてこんなに体力が削られている…!? 納得できないよ!

 

 篠ノ之束は天才である。

 研究のためなら不眠不休など苦ではない。

 その言葉に偽りは無い。

 

 だが、彼女の言う研究とは詰まるところ趣味の域にある。人は好きな事をしている間は、どれだけ疲れていてもあまり気にならないモノだ。終わってからようやく、気付いてなかった疲れがどっと押し寄せる。だから休むのだ。

 

 旋焚玖と無言のまま対峙する。

 途中から束は、はっきりと自覚してしまった。この状況は苦手なモノだと。

 

 人は苦手だったり嫌いな事を行う時間は、長く感じてしまうモノだ。どうやら天才博士も、それに関しては例外といかなかったらしい。

 

 

 そんな筈ない…! 

 眠くなんてない…! 

 なのに眠い…! 

 しんどくない筈なのにしんどい…! 

 

 今、私は折れそうになっている。

 けどここで折れたら、私が我慢した時間が無駄になっちゃう! 絶対に折れてやるもんか! この私が徒労なんてあってなるものか!

 

 折れかけた心に活を入れ直している時、それは鳴った。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話…?

 誰から…?

 コイツは……そっちに見向きもしない。

 

 鳴り響くコール音から留守番電話サービスに繋がる。

 

 

「もしもし、旋焚玖? 母さんだけど~」

 

 コイツの母親か。

 そうだ…! コイツの親が帰ってきたらなし崩し的に勝負を無効に出来る! 早く帰ってこい! 小学3年生を家に1人で置いておくのはいけない事だと思う! もし犯罪にでも巻き込まれたらどうするの! 常識考えろよ常識!

 

「今日帰るって言ってたけど、父さんがどうしても観光したいって聞かないのよぉ。だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの」

 

 そんな……バカな………。

 

 母親からのメッセージはまだ続くが、頭に入ってこない。

 その時、私は見てしまったのだ。

 

 目の前の少年が薄く笑みを浮かべる瞬間を。

 

「フッ……あと35時間ってところだな」

 

「……ッ!?」

 

 コイツは言っている。

 私だけが35時間を生きられる存在だと思うなよって…! 私に出来る事は自分にも出来るって……コイツの眼がそう言っている…! 

 

 私に嘘のハッタリなんて効かない…! コイツは本気だ……小学生の癖に、小学生とは思えない程のスゴ味が……コイツからはやると言ったらやるスゴ味があるッ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 私が負けを認めると同時に目の前の少年は、両手を上げて涙を流してまで喜んだ。そこまで潔く喜ばれると、負けた私もそんなに悪い気はしないかも……ただ、なんだろうこの気持ち……よく分かんない感情が胸の中で渦を巻いている。

 

「ねぇ……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「ちょ……え、ちょっと…!」

 

 ぽてりと倒れたコイツは、そのまま寝息を立て始めた。頬をツンツンしても揺さぶってみても、まるで起きる気配がない。それだけ、コイツも限界だったんだ。

 

「……心の強さ、か」

 

 そんな抽象的なモノにこの束さんが負けたなんてね。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 私はもう、この男を決して忘れる事は出来ないだろう。

 私に敗北の2文字を刻み付けた男なのだから。

 

 





再び旋焚玖くんの視点に戻ってから始まります。



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第9話 強い変態はタチが悪い


1人遊びは得意、というお話。




 

 

 

 さて、どうやってこのコスプレ女にキメてくれようか。

 正義の鉄槌を喰らわせてやるって言っても、やっぱり女性に手を上げるのは普通に抵抗がある。ここは予定通り、関節を取って地に伏せるのがベストか。

 

 あとは踏み込むタイミングだな。

 何かきっかけが欲しい。

 もっと言うと、このままこのコスプレ女には去ってほしい。っていうか、実は泥棒じゃなくてたまたま部屋を間違えて入ってしまったってオチであってほしい。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

 やっぱり泥棒じゃないか!

 しかし……。

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

 家電製品目当てなら、わざわざウチじゃなくていいじゃないか! きょうび何処の家庭にも洗濯機くらい置いてあるわ!

 

 だがこれで見逃せなくなった。どうやって持ち運ぼうと思ってるのかは知らんが、洗濯機が無くなるのは普通に困る。近くにコインランドリー無いし。

 

 ってな訳で、ちょいと痛い目にあってもらうぜお嬢ちゃん!(結構ノリノリ)

 

 手首をガッとね!

 あ、普通に外された、こんちくしょう。もっかいだ! あ、なんか逆に掴まれた……瞬間、身体がフワッと宙に浮いた。

 

「おごっ!?」

 

 痛いッ!?

 え、何で背中から落とされてんの?

 咄嗟に受け身を取れた自分を褒めたい!って違うわ! え、なになに、何が起こったの? 何で俺が投げられてんの? え、投げられたの? 俺が? このコスプレ女に?

 

 いやいやいや!

 ちょっと待って。

 

 俺、強いんじゃないの?

 え、うそ、強くなってなかったの?

 

 

【自分の弱さを素直に認める】

【他の可能性を探る】

 

 

 弱くねぇよ!

 めちゃくちゃ鍛えられたわ!

 

 他の可能性……こ、コイツが実はめちゃくちゃ強いとか? そうだよ、絶対そうだ。だってコイツ変な格好してるもん、普通の神経してねぇよ、強いに決まってるよ(自己防衛)

 

 あ、何かゴミでも見る眼で見てきてらっしゃる。

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

 ひ、ひでぇ……初対面の子供に向かって、なんて暴言を吐くんだ……。子供だったら普通に泣いてるぞ、今の状況トラウマってレベルじゃねぇんだぞオイ?

 

 帰ってきたら変なコスプレヤーが泥棒よろしく居て、その上暴力ですか! 物理だけじゃ飽き足らず、言葉の暴力まで愉しむのですか!?

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

 ありまくるわアホ!

 アンタいい歳コイてそんな格好恥ずかしくないんですかい!? ウサ耳カチューシャとか痛いんだよ! なんだそのエプロン、不思議の国のアリスってるつもりかよ、あぁん!? そういうのが許されるのは小学生までだよねー!

 

 

【……以上をはっきり言葉にして伝える】

【伝えて逆上されたら困るので、目で訴えて分かってもらう】

 

 

 何だこの選択肢!?

 そんなモンお前、当然………(冷静に思考中)……うん、下だよね。言葉の暴力はいけない事だと思うし、伝えちゃったら物理的暴力が返ってきそうだもんね。この変態女強いからね、強い人は怒らせちゃいけないからね。

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 ちょっと待って。ちょっと待ってよ、ねぇ? もうあれから何時間経ってると思ってんの? 何で俺たちずっと見つめ合ってんの?

 

 

 な・ん・で! 

 なぁぁぁんでお前まで無言で付き合ってんの、バカじゃないの!? 暇を持て余した変態かお前! 俺に構う暇あったら洗濯機見てこいよ! しっかり吟味してこいよ! 奥の扉開けて右手にあるわ!

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 あのねあのね、お前が何らかのアクション起こしてくれないと、俺もずっとこのままなの! ねぇ、分かる!? 分かってくれよぉ!

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 違う! でも惜しい! 惜しいよ変態! お腹すいたなら、動けって! 台所にカップヌードルあるから! 俺に遠慮せず食べていいからさぁ!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 ダメだこの変態!

 とことんって何!? 後悔なんざとっくにしてるわ! 何で耐久ゲームみたいになってんの、意味分かんないんだけどマジで!

 

 でも、ホントどうしよう。

 分かってもらう処か、盛大に勘違いされてんだけど。正直すっげぇ、暇なんだけど。

 

……もういいや、脳内しりとりでもして遊んでよ。

 

 

.

...

......

 

 

 ルノワール……ルーブル……ルナール……ルシフェル……えっと、他に『る』から始まり『る』で終わるヤツは……。

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

 ルミノールだ!

 

「………………?」

 

 あ、やべ……この変態、何か言ったっぽい?

 途中から妙にしりとりが楽しくなってきちゃって、聞き逃しちゃった。もっかい言ってくれるかな。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

「…………………」

 

 絶望した。

 聞くんじゃなかった。

 この変態……1日が24時間って事も知らないのか……マジでやべぇな、伊達に変な格好してねぇよ。

 

 

【思いきりバカにしてやる】

【やんわりと訂正する】

 

 

 きた!

 久々の選択肢きた、これで呪縛から解放されるぜ、ひゃっほい! ここは上だろ! バカにする事で変態を怒らせて、そんでもって行動を起こさせるという巧妙な……ハッ…! ちょっと待て…!

 

 怒らせる、だと…?

 この変態を?

 

 コイツ、すげぇ変態だけど強いんだぜ…? 安易に怒らせていいのか? もしかしたら、今度は背中から叩き落とされるだけじゃ済まないかも…?

 

 か、回避!

 出来るだけ刺激せず、穏便に訂正を心掛けるべし!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

 怒らないで?

 怒らないでよ?

 僕が言ったんじゃないよ? 

 選択肢が言えって言ったんだよ?

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

 手は……出してこない?……よ、よし! 

 やった、俺は回避したんだ!(同時に呪縛も継続確定だが、本人は気付いていない模様)

 

 それが分かれば続きだ!

 今度は『ん』から始まるしりとりシリーズをしよう! まずは『ンジャメナ』からスタートだ、負けないぞ~!

 

 

.

...

......

 

 

……♪……♪……♪……。

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

……♪……♪……♪……。

 

「はぁっ……はぁ……くぅ…!」

 

 あぁぁぁ~~~ッ、もう!

 さっきからハァハァうるさいよ! こっちは気分良くメドレーソングってんだよ、お前のせいで歌詞が飛んじゃっただろ! ホント役に立たねぇ変態だな!

 

……んんん?

 なんかコイツ、疲れてるっぽくね?

 変態の癖に案外だらしねぇなぁ。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話か。

 そういや母さん達、いつ帰ってくんだろ。

 

「……だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの!」

 

 明日の夜かぁ…………………明日の夜!?(目から背けていた現実を直視)

 ちょっと待てオイ! 

 待て待て待てオイ! 今何時だ!? あぁっ、この変態から目を背けらんねぇから時計が見れねぇ!

 

 母さんが電話してくるって事は、今が明け方って事はないよな? 早くても7時か8時くらい……え、明日の夜まで帰ってこないの? ホントに? それまでずっとこの変態と一緒なの?

 

 しりとり辺りから上手く現実逃避出来ていた旋焚玖。母のお告げで現実世界に無事帰還。

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 もう嫌だぁぁぁぁ~~~~~ッ!! 何が悲しくて縛りしりとりしなきゃいけないんだよぉ! 何がメドレーソングじゃい! そんなに今時の歌知ってないわ! オッサンなめんな!

 

 頼むよ変態!

 もういいだろ、分かってくれよぉ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

 え、マジで!?

 あっ、身体が動く!? 

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ナイスなタイミングだぜ変態! 以心伝心じゃん! 

 もう変態なんて言わな……あぁ…?

 

 なんか身体が重い。

 背中にナニか乗ってんじゃないかってくらい、重い。ついでに瞼も重い。俺の意思とは無関係に身体が勝手に横たわる。

 

 あぁ、なるほど。

 俺が動けるようになったから、一気に来るのね、疲労が。今までは自重してくれてたのね、ありがとう……え、ありがとうなのか…? あぁ、思考が上手く纏まらない……まだ目の前に泥棒が居るのに……。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 いやお前は結局なんなんだ……。

 そうツッこむ事も出来ず、俺は眠りにつくのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「……洗濯機、あるじゃん」

 

 あの1件から数時間後、意識が戻った俺は部屋の中の状況を確かめ歩いていた。特に変わった様子もないし、俺のパンツも洗濯機の中に入ったままだ。小3の癖にトランクスとか背伸びしてんじゃねぇよ、とか思われなかっただろうか。

 

 他にも別に盗られた形跡は無し……ホントに何だったんだろう、あの女。アイツの最後の捨て台詞……まるで俺を知っているようだった。

 

「……分からん!」

 

 知らん知らん!

 深く考えんのはヤメておこう!

 もう、どうせ2度会う事もないだろうし。

 

「はぁ……飯食べてシャワー浴びよ」

 

 今日は学校が休みだ。

 家でゴロゴロしていても、どうせ選択肢に無理やり鍛えさせられるのは目に見えている。シャワー浴びたら道場へ行こう。

 

 正直、割とショックだった。

 曲がりなりにも自分はこの1年間、本気で鍛えたつもりだった。そりゃあ強制的にではあるが、自分なりに一生懸命こなしてきたつもりだった。

 

「それがあのザマだもんなぁ……」

 

 変態女に軽くいなされてしまった。

 普通にショックだった。

 

 

『そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?』(ドヤぁ)

 

 

 思い出したら、くっそ腹立ってきた…!

 俺は変態に負けた挙句、変態に嗤われたんだ……。

 

「あの変態め……今度会ったらフルボッコにしてやる…!」

 

 

.

...

......

 

 

「「 あっ 」」

 

 

 事後当日に会っちゃった。

 道場行ったら会っちゃった。

 

 え、何でコイツがここに居んの!? アレか、ストーカーか!? 俺のストーカーが趣味なんか!?

 

「やぁやぁ、また会ったねぇ」

 

 う、うわ、こっちに来た! 

 変態が近づいてきた!

 千冬さん助けて!って居ない!? 一夏も居ないってか、誰も居ねぇ! せめて篠ノ之は居てくれよ! 居てくれたら背中の後ろに隠れられたのに!

 

「ウフフフ……自己紹介、まだだったよね~? 私は篠ノ之束さん! 以後……ヨロシクねぇ? ウフッ、ウフフフ…」

 

 なにその笑い方、怖いよ!

 

「し、篠ノ之さんのお姉様でしたか……」

 

 あんな厳格な篠ノ之の姉がコレとかウッソだろオイ! 自分の姉が泥棒が趣味とか悲しすぎるだろ! 後でアイツにお菓子奢って……―――。

 

 

【さっそくリベンジチャンスだ! ボコボコにしてやるぜ!】

【暴力はいけない。過去は水に流して、ユーモア溢れる小粋な挨拶から入る】

 

 

 ユーモア溢れる?

 小粋な挨拶?

 

 まるで見当付かないんだけど?

 

 だからと言って、上はまだ早いだろ。負けたばっかの相手に、即立ち向かうのは勇気とは言わん、ただの無謀だ。うむうむ、決して怖いからとかではないぞ!

 

 ここはひとまず平和的に、友好的にいこうじゃないか。

 篠ノ之の姉ちゃんって事は、これからも付き合いがあるだろうしね! しゃーなしよ、しゃーなし。

 

「お義姉さん……」

 

「え?」

 

 え?

 

「妹さんを僕にくださいッ!」

 

 はぁ~?

 な~に言ってんの俺。

 

 小粋かどうかは知らんが、まぁ掴みとしてはまずまずのネタではあるかな。姉ちゃんも本気に取る筈ないし、軽く笑って次に……―――。

 

「は?」(迫真)

 

「…………Oh」

 

 笑えない空気が、そこにはあった。

 

 






次話、箒ちゃんの転校まで飛びます。



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第10話 旋焚玖、フラれたってよ


箒ルート消滅(?)というお話。




 

 

 

 俺は自分の強さを今一度見直すために、道場へやって来たんだ。自分の強さを見直すために来たんだ。

 

「世の中には言っていい事と悪い事があるんだよ。そんな事も今まで習わなかったのかよ? おい、聞いてんのかよ?」

 

「アッ、ハイ、キイテマス」

 

 何で人生見つめ直させられてんの?

 なんで俺、正座させられてんの? 

 座禅じゃないよ、正座だよ?

 

「根性だけの凡人が、意地汚いんだよ下賤な盗人が」

 

 下賎な泥棒はお前じゃい!

 堪らえる俺の前に立つ、篠ノ之の姉ちゃんからの口撃はまだ続く。

 

「だいたい図々しいんだよお前。ちょっとは身の程を知れよ。いきなり売り物のショートケーキのイチゴに手を出すような事言ってんなよ」

 

 そんなの分かんねぇだろ!

 ずっとショーウィンドウに張り付いてたら、黒人のおっちゃんが来て、買ってくれるかもしれねぇだろ! 前世でそういうCM観たことあるぞ!

 

「お前のその矮小な電池の電力で、箒ちゃんの1億Wの電球輝かせられんのかよ」

 

 じ、自転車操業(意味違い)で何とか…。

 

「可愛い可愛い箒ちゃんを迎えに行けるISは何だ? 言ってみろよ! 天使すぎる箒ちゃんに似合うISは何だ? 言ってみろよッ!」

 

 あ、あいえす…?

 ああ、なんか凄い乗り物だっけ。

 そう考えたら凄いよな、前世じゃあ創作の世界にしか存在しなかったモンだ。女にしか乗れないらしいが、それでも超未来モンに変わりはない。

 

 そういやアレを作ったのって誰だっけ?

 何かテレビでちらっと聞いた覚えはあるんだが……ま、いいか関係ないし。 

 

 篠ノ之に似合うISは……あぁ、ISがよく分からんからイメージ出来ん。でも篠ノ之に似合いそうな色なら、なんとなく思い浮かぶな。

 

「赤だな」

 

「は? 赤?」

 

「篠ノ之には赤色が映えると思う」

 

 何となくだけどね。

 フェラーリ・レッドをブイブイ乗り回す篠ノ之……うむ、アリだな。

 

「赤……赤かぁ……ふむぅ…」

 

 お……ふむふむ言ってるし、正解だったんじゃね?

 ほら見ろ! 別に独力で正解出来るタマなんだよ、俺は!

 

 選択肢?

 要らない子ですねぇ。

 

「箒ちゃんと赤……いや紅…? って、そんな事今はいいんだよ! 束さんが言いたいのは、お前の言葉に責任持てるのかって事!」

 

 

【持てますねぇ】

【持てますねぇ】

 

 

 お、おい…?

 なんか言い方が緩くない? 

 これじゃ煽ってる風に聞こえないか?

 

「(ブチッ)ああ、そんな感じなんだ? 少し言い方が足りなかったみたいだから、もう一度言うよ? お前がさっき言った事(妹さんを云々)に責任持てるの? ねぇ、命懸けられるの?」

 

 や、やべぇ!

 コイツ、眼がマジだ!  

 今からでも遅くはない、全力で冗談だったと否定するぞ! 土下座だ土下座! 謝り倒したら命だけはお助けくださるだろう!

 

 

【懸けられますねぇ(煽り)】

【懸けられます…!(ガチ)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 言い方で意味合いが全然変わってくるぅ!!

 

「懸けられます…!」

 

「…………あっそ」

 

 それだけ言うと、篠ノ之の姉ちゃんは出て行った。

 どうやら俺は助かったらしい。

 

「……ふぅ、稽古するか…」

 

 旋焚玖は気付いていなかった。

 2人の会話をたまたま外で聞いていた少女の存在を。

 

(……しゅ、主車が私の事を…? 姉さんに直訴するくらい、私の事を…!?)

 

 とんでもない現場を見てしまった箒は、どんな顔をして旋焚玖と会えば良いのか分からず、その日は稽古を休み1日中部屋に引きこもるのだった。

 

 そして、次の日の朝。

 

「あっ、篠ノ之」

 

「……ッ!」

 

 ん?

 何かいつもと違うか…?

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 コイツは変わらんな。

 

「おはよう、今日のパンツくれ」

 

 今朝も恒例の挨拶をする。篠ノ之と出会ってもう1年以上経つが、この挨拶だけは毎朝欠かした事がないんだ。

 

 今日はアンパンマンの豆知識を教えてやろう。最近は小麦粉に含まれる栄養価だとか、小難しい話ばっかだったからな。これならいつも横で聞いてる一夏も退屈しないで済むだろうし。

 

 だが、その日はいつもと違った。

 顔を赤くさせた篠ノ之が竹刀を取り出す。え、取り出すの!? ちょっ、なんで振りかぶってんの!?

 

「ッ、だ、誰がやるかぁッ!!」

 

「ぬぇいッ!?」

 

 脳天に直撃するよりも早く、俺の両手が反射的にそれを防いだ。

 

「おぉ!? 真剣白刃取りじゃん! すげぇよ、旋焚玖!」

 

 お、おぉぉぉ……確かにすげぇよ、俺。

 アレコレ考える前に、シュババッと身体が動いてくれた。やっぱ俺って強くなってんじゃん! ひゃっほい! 

 

「っていうか、何すんのさ篠ノ之」

 

「そうだぞ、箒。いつもの事だろ?」

 

「そ、それはそうだが…! どうしてか、無性に恥ずかしくなったのだ!」

 

 ううむ、篠ノ之も思春期を迎えたのかなぁ。

 まぁよくよく考えたら、今までの方が異常だったか? 女子に毎朝パンツをねだる男子が居るらしい……こう聞くと普通にアウト案件だもんな、うん。

 

「今まではスルーしていたが、お前も普通に雑学を言えばいいだろう!? 何故いちいち私のぱ、ぱ、ぱ…!」

 

「何言い淀んでんだ? パンツだろ、へぶぅ!?」

 

 あ、一夏が篠ノ之にシバかれた。

 ははは、バカだなぁ一夏。女子にパンツなんて、気軽に言っていいワードじゃないんだぞう?

 

「そ、そうだ、それだ! そのやり取りをヤメろと私は言ってるんだ!」

 

「すまない篠ノ之……それは無理だ」

 

「何故だ!? 私は間違った事を言ってるか!? 言ってないだろう!?」

 

 うん、言ってないね。

 俺も言わなくて済むなら言わないよ。むしろ言いたくないよ、その為に俺は毎晩、篠ノ之に教える雑学を調べてるんだぜ? 結構だるいんだよ、あの作業。

 

「それでも俺は止められない。止められないんだ、篠ノ之……」

 

「クッ……お、お前まさか、実は……本当は欲しがってるとかじゃないだろうな…?」

 

 

【ここは無言を貫く】

【そ、そそそ、そんな訳ないじゃん! 篠ノ之のぱ、ぱぱぱっ、パンツなんか興味ないよ!】

 

 

 盛大にどもってんじゃねぇぞコラァッ!! 誰が選ぶかアホ! 欲しがってんのがバレバレじゃねぇか! 小娘のパンツなんか貰っても嬉しくねぇよ!

 

「……………………」

 

「な、何故黙っている…?」

 

(そんなに私のパンツを欲しているのか…? こ、コイツは私の事が好きなんだ、ならパンツを欲しがっても不思議ではない、のか…? 分からんッ、コイツの考えている事はまるで分からんッ!)

 

「もうパンツの話はいいだろ箒。それより旋焚玖! 今日も面白い話を聞かせてくれよ!」

 

 女の子のパンツに一切興味がないらしい一夏からの、ナイスすぎる助太刀が入った。解ける……解けるぞぉ…! 呪縛が解けるぞぉ!

 

「むぁぁぁかせろいッ!」

 

「うわビックリした!? 急に元気になるよな、お前って」

 

 何やら言い足りなさそうだった篠ノ之も、俺のアンパンマン講義に途中から笑みを零すようになった。良かった、機嫌が直ってくれて。

 

 それからも何だかんだで俺、一夏、篠ノ之の3人で居る事が多くなった。俺の望んでいた平穏には程遠い騒がしい毎日だが、楽しくないといえば嘘になる。

 

 これからも俺たち3人は、騒がしく共に過ごしていくのだろう……と思っていた。篠ノ之の転校が決まるまでは。

 

 

.

...

......

 

 

「わざわざ見送りなんていいのに……」

 

「そんな訳にいくか、なぁ旋焚玖」

 

「ああ」

 

 俺と一夏は駅のホームまで来ている。

 遠くへ引っ越してしまう篠ノ之を見送る為だ。

 

 本当に急だった。

 あんまり詳しくは聞いてないが、篠ノ之の姉ちゃんがある日突然、蒸発しちまったんだとか。その影響で篠ノ之も此処から引っ越す事になったらしい。

 

 千冬さん曰く、これからの篠ノ之は政府の重要人物保護プログラムにより、各地を転々とさせられるとかなんとか。っていうか、篠ノ之の姉ちゃんがISを作った張本人だったんだな……ただの変態キ○ガイじゃなかったのか……。

 

「……少しだけ、主車と2人で話がしたい。いいか、一夏?」

 

「ん? おう、いいぜ! ついでにジュース買ってきてやるよ!」

 

 一夏が走っていき、俺たちは2人になった。

 よく見ると、正面に立つ篠ノ之の頬がやや赤い。

 

「しゅ、主車……」

 

「お、おう…?」

 

 え、なにこのシチュエーション。

 照れた表情を浮かべる女子と2人きり。こんなんアレじゃん、絶対告白されるヤツじゃん。やべぇよやべぇよ、女の子から告白されるなんて、前世と合わせて何年振りだ?(実は初めて)

 

 問題はどうやって断るかだな。

 え、なに? 断るに決まってんじゃん。篠ノ之の年齢考えろよ、まだ小4だぞ? 受けたらロリコン容疑で捕まるわ。まぁでも、コイツはきっと将来美人になるだろう。

 

 む……そう考えたら惜しい気もする。ここはアレだな、篠ノ之に嫌われるような断り方は絶対NGだな。別に犯罪年齢じゃなくなった時の為に、とかじゃないよ。女の子を傷付けるのはいけない事だからね、うん。

 

「私は……わ、私は…」

 

 おぉう、俺までドキドキしてきた。

 ダメだ、にやけるな、カッコイイ表情を保つのだ!

 

「私はッ……お、お前の気持ちには応えられない…」

 

「ありが……………へぁ…?」

 

 今、なんかおかしくなかった?

 

「お前が私を好いてくれているのは嬉しい……だが、私には…す、好きな人がいるんだ…」

 

「…………………」

 

 え、何で俺がフラれてるみたいになってんの?

 っていうか、何で俺がコイツを好きな感じになってんの?

 

「私の為に命を懸けられる……そうお前が言ってくれた時は、本当に嬉しかった。私なんかの為にそこまで言ってくれるなんて……」

 

 き、聞いていたのか、アレを……。

 あ、でもなんか色々納得出来たわ、だからあれ以来パンツな挨拶で怒るようになったんだな。

 

「そ、そうか……まぁアレだ、気にすんなよ篠ノ之、俺も気にしないからさ」

 

 ごめん、結構テンション下がってる。俺が告白してフラれるならまだしも、なんだこれ? いや、別にいいんだけどさ? 何でフラれた俺がフォローしてんの? いや、そもそも何で俺がフラれてる感じになってんの?

 

「う、うむ……本当にすまない…」

 

 なんていうか、俺の方こそすまない。

 真面目な篠ノ之の事だ、きっとアレやコレや頭を悩ませてしまったに違いない。そう考えたらこの子は誠実ないい子なんだよな。

 

「あー、もう! この話はヤメだヤメ! あ~っと……篠ノ之はこれからも剣道続けんのか?」

 

「あ、ああ! これからも続けるつもりだ」

 

「そうかい。お前すっげぇ強いから、きっと全国大会にも出られるよ。その時は一夏と応援に行ってやるぜ」

 

「う、うむ!」

 

 気まずい空気は任せろ。

 こういう時の処世は心得ている。とにかくベラベラしゃべってりゃいいんだ。そうすりゃ……ほら、一夏も帰ってきたじゃん。

 

「「「 またな 」」」

 

 こうして篠ノ之は転校していった。

 それは同時に、柳韻師匠からの教えも途絶える事を意味していた。篠ノ之が居なくなって以来、俺を鍛えようとする【選択肢】も出てこなくなった。

 

 そんな環境に甘んじて、俺もとうとう自主的に稽古する事をヤメた。

 

 

.

...

......

 

 

「旋焚玖~! あなたに荷物が届いてるわよ~!」

 

「今取りに行くよ」

 

 今までなら休日は篠ノ之道場で汗を流していた。

 今の俺はそんな生活を強いられていない。篠ノ之家が居なくなっても引き続き道場は使える事になっている。だが俺にその気はない、休日はゴロゴロして過ごすだけ。

 

 別に変わったんじゃない、以前の俺に戻っただけだ。

 

 一夏とは相変わらず仲良く遊んではいるが、千冬さんとは中々会わなくなった。高校を卒業してからは、どうやら忙しい日々を過ごしているらしい。

 

 だが、そっちの方が俺にはありがたかった。千冬さんは決して何も言わなかったが、稽古をしなくなった俺を、時折寂しそうな目で見ていたのだから。

 

「重ッ!?」

 

 玄関に置いてあるダンボールを運ぼうとしたが、その重さに驚いてしまう。一体、何を、誰が俺に……。名前欄に記されていたのは篠ノ之柳韻……俺の師匠からの贈り物だった。

 

「これは……本? いやに分厚いな…それに何冊入ってんだ…?」

 

 タウンページなんて目じゃない、六法全書レベルな分厚さの本が、ぎっしり詰まっていた。

 

「……『篠ノ之流柔術』」

 

 もしかして皆伝書…ってヤツなのか?

 だけど、師匠には悪いが今の俺はもう……む?

 

 1冊目に便箋が貼ってあるのに気付いた。

 どうやら手紙のようだが……封を開け、中を見てみる。

 

 

『日々を無駄に過ごすな』

 

 

 短く、そう書いてあった。

 日々を無駄に……まるで今の俺を、どこからか見ているかのような言葉だった。だが、俺はそんな師匠や千冬さん達に期待される人間じゃない。

 

 師匠には悪いが、俺はもうのんびり過ごしたいんだ。すまんね、過酷とか苛烈とか、そういう暑苦しいのは求めてないのよ。

 

 この届いた荷物は全部物置にしまって……―――あぁ?

 

 

【読む事はないので手でビリビリに破って、足で踏んづけまくって、燃やしてしまう。その炎でイモを焼いて美味しくいただく】

【読むならマジだ。本気で取り組んでやる、逃げたりしない、俺はやってやる…!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 良心を責める選択肢はズルいぞ、反則だぞ!? くっそ、いつまでも俺が真人間だと思うなよ!? 俺だって、俺だって……ホントに嫌なモンは嫌だってよぉ……NOが言える日本人なんだからな!?

 

 

 

 その日の夜、街の商店街が俄かに湧いた。

 もう見る事が無くなって随分経つ、あの光景が再び帰ってきたのだ。

 

 

「……むっ…く……ぬぅ……」

 

 

 逆立ち歩きで進む、少年の姿が。

 

 





打ち切りエンドっぽい締め方ですが、まだ続きます。
次話から鈴ちゃんも参戦予定です。


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第11話 あたしを悩ませた男


鈴さん勘違う、というお話。



 

 

「おはよう、鈴!」

 

「おはよう、一夏!」

 

 あたしの頬が自然と緩む。

 

「おはよう、鈴」

 

「おはよう、変態」

 

 あたしの拳が自然と漲る。

 

「……お前はいつになったら俺の名前を呼んでくれるんだ」

 

「アンタがアホな事言わなくなったら「あ、パンツくれよ」それをヤメろって言ってんのよッ!!」

 

 前もって準備していた拳を放つも、簡単に捌かれてしまう。

 

「フッ……惜しかったな、鈴」

 

「ぐぬぬ…!」

 

 中国からこの小学校に転校してきたあたしに、最初に声を掛けてきた奴。日本で出来た初めての友達。何やらしたり顔で雑学を披露している物知りな奴。中国人のあたしを思っての事か、最近はもっぱら三国志の話をする気遣いの出来る奴。

 

……その気遣いを、どうして挨拶でも出来ないのかホント分かんない奴。その名は主車旋焚玖……にくめない、あたしの変な友達だ。

 

 

.

...

......

 

 

 転校なんて初めてなあたしは、柄にもなく緊張していた。

 ましてや、同じ中国ではなく外国だなんて、正直当初のあたしからしたらアウェー感ありまくりの場所だった。

 

教室に入って担任から紹介された時も、ドキドキしっぱなしだったと思う。空いているカドの席へ座るように言われたあたしは、周りの目に少しビクビクしながら座ったんだ。

 

 隣りの席は男子。出来れば女子の方が気楽だったのにな……と思っていたあたしに、ソイツは話しかけてきた。

 

 

『ようこーそ、にぽーんへ。かーんげいするーぜ、凰』(中国語)

 

 

 それは中国語だった。

 まさか日本の学校で日本語ではなく、中国語で話しかけられるとは夢にも思わなかったあたしは、目をパチクリさせてソイツを見た。

 

 なんかドヤ顔していた。

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 違う男子の言葉を受け、ますますドヤ顔になっていた。

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 見るからにしょんぼり顔になって俯かれてしまった。っていうか、しまったのはあたしの方だ。せっかく気を利かせて声を掛けてくれたのに、しかもわざわざ中国語で話しかけてくれたのに……あ、謝らないと…!

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

「気にするな」

 

 謝るあたしを手で制してくる。

 なによ、普通にいい奴じゃないの。こんないい奴に無遠慮な事言っちゃうなんて、ホントあたしってバカ…!

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 聞き間違いかしら?

 聞き間違いよねぇ、ないない、幻聴よ幻聴。

 

「えっと……じゃあ、あたしはアンタの事はせん「パンツくれ!」早口で言っても聞こえてんのよッ!!」

 

「ほぐぅッ!!」

 

 あたしの拳がコイツの頬にめり込んだ。

 あ……またやっちゃった。けど、あたし悪くないわよね? ね?

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 もう一人の男子が心配そうに駆け寄る。

 あたしもあたしで、拳を引っ込めるタイミングを見失ってしまった。

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」

 

「はぁ?」

 

 めり込ませたまま、なんか言ってる。

 しかも今度はパンツじゃなくてパンちゅって言ったわよね? なにこの変態、どれだけパンツ好きなのよ、引くわー。

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え?

 この変態が何言ってたか分かったの?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 ようやく拳を引っ込めるタイミングが出来た。

 

「……そうだよ」

 

「なんか間があったんだけど?」

 

「気のせいだ」

 

「ふーん……」

 

 確かに緊張が解れたのは間違いなかった。

 これがあたしと旋焚玖との出会い。

 

 

.

...

......

 

 

 あれから早くも数ヶ月が経ち、旋焚玖を含めてクラスの皆とも仲良くなれた。特にその中でも一番気が合ったのは一夏だった。一夏と一緒に居る時が一番楽しい。そう思っていたあたしの中で、1つの転機が訪れた。

 

 それはある日の事。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 ちっ……嫌な奴らに会っちゃった。

 昼休みも終わり、掃除をしていると他のクラスの男子達があたしに声を掛けてきた。と言っても、友好的なノリじゃない。別にイジメとまではいかないけど、普通にからかってくるのだ。

 

 鬱陶しい事この上ない。

 外国人ってだけで、まるで物珍しいモノを見る目でコイツらは接してくる。中国人だからって語尾にアルアル付けないわよ、ほんと腹立つわ…!

 

 コイツらも滅多には絡んでこないんだけど、今日は違う。一夏が体調不良で学校を休んでいるんだ。

 

 前に一度、今みたいな場面にたまたま一夏が遭遇して、その時にコイツらに向かって大立ち回りしてからは、なりを潜めていたんだけど……今日は一夏が居ない……コイツらからしたら、あたしをからかう絶好のチャンスって訳だ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

 うっっっっ…ざいわねぇ!

 でも我慢よ。

 変に反応したら、それだけコイツらは面白がって騒ぐんだ…!

 

 鈴は自制して反応しない。

 だが、その強気とも取れる少女の姿が、少年たちをますます付け上がらせるモノでもあった。1人の少年が鈴の髪を掴もうと手を伸ばす。

 

「……ッ、ちょっ、や、やめてよ!」

 

「いやだよ~ん!」

 

 もう少しであたしの髪が掴まれてしまう。

 その時だった。

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 現れたのは、いつも飄々とクラスでもおちゃらけて、何かとあたしにセクハラしてくる騒がしい変態……旋焚玖だった。でも、それよりも驚いたのは、あたしをからかっていた3人の反応だった。

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

「えぇ?」

 

 な、なにコイツらのこの驚きよう……ううん、なんか…ビビッてる…?

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 いや気にするでしょ!?

 なに真顔で捏造発言してくれてんのよ!?

 

「……で、お前らまだ懲りてなかったのか?」

 

 ちょっ、無視すんじゃないわ……ッ…な、なに、この……旋焚玖から感じるプレッシャーは…!

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

 威勢のよかった3人の腰が目に見えて引けている。あたしは何が何やらで、この状況を見守るしかなかった。

 

 そんなアイツらへ、旋焚玖が一歩前に出る。

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! 間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」

 

「ひぃぃッ……ふぎゃッ!」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 3人がモタモタしている間に、更に一歩、旋焚玖は歩を進める。そして、悲しそうな表情を浮かべて……拳を振るった。

 

 自分の顔に。

 

「えぇぇぇッ!? な、何してんのよアンタぁ!? 何で自分を叩いて……ッ、ちょっ、凄い血が出てるじゃない!」

 

「「「 ひぃぃ、またあんなに血が出てるぅ…」」」

 

 また!?

 またって何よ!?

 前にもこんな事があったの!?

 

 旋焚玖はあたし達の言葉に意を介さず、ダラダラ血を垂れ流しながら、口をモゴモゴさせ……何かを3人にも見えるようにペッと吐き出した。

 

 地面に吐き出されたソレは…?

 

「「「 ヒッ!! 」」」

 

「……これで2本目の奥歯だ、あァ…? すげぇ痛ェんだぞ……ホントのホントに痛いんだぞ、なァ……なァッ!!」

 

「「「 ひぃぃぃぃッ!! 」」」

 

 旋焚玖の一喝を受け、今度こそ3人は逃げるのだった。

 あたしは頭がこんがらがって、身動きが取れずにいた。

 

「…………………いたい」

 

「……ハッ…! ちょっ、アンタ、大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ」

 

「嘘よ! 痛いって言ってたじゃん!」

 

「言ってない」

 

「言ったわよ! ほら、涙目になってるじゃない!」

 

「涙目のルカ」

 

「こんな時にまで意味不明な事言ってんじゃないわよ!」

 

 その後はもう、てんわやんわだった。

 大急ぎで保健室にコイツを連れて行き、保健の先生に「またお前やったのか!?」とめちゃくちゃ怒られる旋焚玖。ああ、2本目とか言ってたもんね……。

 

 治療が終わった後、あたしはコイツに聞いてみた。どうしてあんな事をしたのか。

 

「一夏が言ってたわよ? アンタ、実はめちゃくちゃ強いんでしょ?」

 

「ん、まぁな」

 

「なら、どうして? どうして自分の顔なんて殴ったのよ?」

 

「……知らん」

 

「はぁ?」

 

「俺にも分からん! 以上ッ!」

 

「い、以上ってアンタ……」

 

 分かんない訳ないでしょ!

 自分でした行動なんだし、絶対コイツには理由があるに違いないわ…! 理由……コイツがわざわざ自分を傷つけてみせた理由……も、もしかして…!

 

「もしかして……あたしにこれ以上、アイツらの矛先を向けさせない、ため……?」

 

 お、驚いた顔してる……あたしが正解にたどり着かないと思ってたのね…!

 

「バカにしないでよ? あたしだってそれくらい分かるわ! そうなんでしょ!?」

 

「……そうだよ」

 

「なんか間があったんだけど?」

 

「気のせいだ」

 

「ふーん……」

 

 何か前にもこんなやり取りしたような……気のせいかしら。それともう1つ、気になっている事がある……それはコイツが言った事。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 こ、これってどういう意味…?

 そういう意味って事、なの…?

 

 コイツ、あたしの事が好きだったの…? 

 そんな素振り今まで全然……ハッ……! 素振り、あった…! コイツ、毎日毎日あたしにパンツくれって言ってくるじゃない! それってやっぱりあたしが好きだからなの!? そう考えるとしっくりきちゃうじゃない!

 

「おう、鈴、さっさと教室戻ろうぜ」

 

「え、ええ」

 

 聞くタイミング、逃しちゃった。

 あたしはどうしたら良いんだろう……あたしは……。

 

 

 あたしはこの日から、コイツの事をちゃんと旋焚玖って呼ぶようになった。

 

 

.

...

......

 

 

 旋焚玖があの言葉について触れる事はとうとうなかった。あたしもあたしで、自分から聞いたら負けたような気がして聞かなかった。

 

 旋焚玖とあたしと一夏。

 何だかんだ、あたし達は3人でよく居たと思う。それは中学に上がっても同じだった。新しい友達がそこに増えただけ。

 

 旋焚玖がバカやって、一夏がフォローして、あたしも皆も笑って。ずっとそんな日々がこれからも続くと思っていたけど……2年生の終わりに、あたしは中国へ帰る事になった。

 

「……旋焚玖、話があるの」

 

 中国に帰る前、あたしは旋焚玖を呼び出した。

 

 





これは告白ですね、間違いない。(ネタバレ)


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第12話 旋焚玖、またフラれたってよ

失恋はホロ苦い、というお話。




 

「……平和だ」

 

 5年生になった。

 当然だが、箒が転校しても時間は進む。友であるアイツが居なくなって寂しくないと言えば嘘になる。だが、その代わりといっちゃなんだが平穏が訪れた。

 

 パンツな挨拶をしなくて済むようになったのだ。

 これは俺にとって、地味にありがたい事だった。

 

「今日は皆さん、新しいお友達を紹介しまーす!」

 

 担任から見知らぬ少女が招かれる。

 ふむ……転校生か。

 

 何でも親の仕事の関係で、中国から日本にやって来たらしい。異国への転校は中々にキツいだろうに……そうだな、話す機会があれば優しく迎えてやろう。と思っていたら、俺の隣りの席をご指名ときた。早くもその機が訪れたか。

 

……うむ、やはり少しビクついている。不安な気持ちは分かるぜ…………あれ、いつものパターンじゃ、そろそろ【選択肢】が出る頃なんだが……ふむ、たまには自分で考えろっていう事か。

 

 まぁ、普通に歓迎の意を示してやるのが無難だろ。問題は相手が日本人じゃないってところだな。日本語が通じなきゃ意味が無い。

 

 フッ……だが俺に死角はない。なにせ前世の大学の語学で中国語を選択していたからな。しかも俺の発音は素晴らしいと、先生から太鼓判を押される程の語学スキラーさ。

 

 そうと決まれば早速。

 

「ペラペラペーラ、ペペラペラ」(『ようこそ日本へ。歓迎するぜ、凰』の意)

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 また一夏から羨望の眼差しを受けちまったぜ。普段はだいたい勝手に勘違された挙句、これまた勝手に評価が爆上がりするからな。今みたいに正当な評価をされたら俺だって普通に嬉しいぜ。 

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 別に気にしてねぇし。

 大学で習ってたって言っても、もう10年以上前の事だし。それなのに単語をちゃんと覚えていたって点を評価したいね、俺は。

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

 おっと、いかんいかん! 

 転校生に気を遣わせるのは駄目だ、俺も慌てて手で制す。

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

 凰鈴音……鈴か。

 転校初日で色々気疲れもあるだろうに、それでも元気に振る舞える強い子だ。何となくコイツとは仲良くなれそうな気がする。篠ノ之とタイプは違うのに、ダブッて見えるのも仲良くなれそうだからだろう。

 

 

【ああ、あとパンツ何色?】

【ああ、あとパンツくれ】

 

 

 そこまでダブらせろとは言ってない。

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 そりゃあ、そんな顔にもなるわ。

 脈絡なさ過ぎて意味不明だもんよ。だが、それがいい。脈絡がないからいい。きっと鈴も聞き間違いだと思ってくれる可能性がある…!

 

 

【幻聴だと思われるのは癪なので、今一度ゆっくり言い直す】

【あえて早口で言ってみる】

 

 

 何で癪に思うんだよ!?

 聞かれたがりかお前!

 

 俺の口よ、今こそ超スピードだッ!

 廻転しろッ!!

 

「ほぐぅッ!!」

 

 早口で言っても、しっかり聞き取られてました。しかもパンチが飛んできました。暴力に訴えるところまで篠ノ之とダブってなくていいから。

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 

【強がる】

【心配してくれている一夏に泣きつく、むしろ抱き付く】

 

 

 誰が抱き付くかアホ!

 強がる事が男の勲章よ!

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ(あ、噛んじゃった)……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」(この限られた条件下で放ったパンチ……こうまで体重を乗せるとは中々…と言いたかった)

 

「はぁ?」

 

 いや、こっちが「はぁ?」なんだけど。

 いつまで俺のほっぺに拳メリ込ませてんの? 地味に痛いのが継続してんだけど。しゃべりにくいったらありゃしないんだけど。お前のせいで噛んだんだけど。

 

 限られた条件下で放たれたパンツとかまるで意味不明なんだけど。なにそれ、限定品ですか? ちょっと背伸びパンツなんですか?

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え、どんなパンツか分かったのか!?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 え、そうなの?

 いや、そうだな……それが一番無難っぽいな。いやはや流石は一夏だ、今日もフォローが冴えてるぜ。鈴も拳を引っ込めてくれたし。

 

「そうだよ」

 

 便乗する俺を見た鈴は少し訝しげだったが、とりあえずは納得してくれた。良かった良かった……いや良くはない、俺知ってるもん。どうせこれから毎朝、コイツにパンツな挨拶させられるに決まってるし。

 

 あぁ……夜な夜な雑学を仕込む作業がまたやってくるのか……ちくせぅ。

 

 これが俺と鈴との出会いだった。

 

 

.

...

......

 

 

 鈴がこの学校へ転校してきてから、もう随分と経つ。クラスの皆とも打ち解けられたようで何よりだ。俺だけいまだに名前で呼んでもらってないけど。変態呼ばわりされるのに慣れてしまった自分が嫌だ。

 

「……ん?」

 

 あれは……鈴…?

 それにアイツらは……。

 

 今は昼休み後の掃除の時間だ。あらかた掃除も終えて、不要なゴミ袋を片しに校庭を歩いていると、嫌なモンが目に入っちまった。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 鈴が他のクラスの男子3人におちょくられていた。この時点でデジャブである。右頬の痛みと共に、嫌な記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

「おーい、男女~!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないいない、今日は織斑休みだってよ」

 

 ん……?

 あれは篠ノ之と……なんだアイツら、違うクラスの奴か…? 

 

 校庭の花壇に水をやってたら、変なところに遭遇しちまった。どう見ても仲良さげな雰囲気じゃない。

 

 ふむ……どうやら篠ノ之がアホな男子共にからかわれているみたいだな。いつもなら、こういう時どこからともなく一夏が颯爽と現れるんだが、あいにく今日はアイツが休みときている。

 

 なら、今日に限ってはその役目を俺が務めさせてもらおうか…! こんな状況の篠ノ之には悪いが、実は結構テンションが上がってしまっている。篠ノ之流柔術を習ってはいるものの、その成果を俺はまだ味わえていないんだ。

 

 師匠に修行と称してボコられ、千冬さんに手解きと称してボコられ、キ〇ガイの方の篠ノ之に気まぐれでボコられ……いつもボコられてばかりの俺。たまには俺もボコる方に回りたい。

 

 そう考えたら、いい場面じゃないか。

 篠ノ之がちょっかい出されてるっていう口実もある。しかも相手は男3人ときている。故に俺の良心も傷まない、ひゃっほい!

 

 ぐふふ、どれだけ俺が強くなれたか……実験台になってもらうぜ、モブ共…!

 

 喧嘩漫画よろしくなノリで、拳をポキポキ鳴らしながら近づいていく。

 

「しゅ、主車……!?」

 

 俺が来るとは思わなかったのだろう。

 驚く篠ノ之を庇うように前に出た。当然、モブ共は憤る。

 

「なんだお前」

 

「新しいナイト様でちゅか~?」

 

「邪魔するならお前もやっちゃうよ? やっちゃうよ~?」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 モブの名に恥じぬ言動…! そんな素晴らしいかませっぷりを披露されちまったら、俺も俄然その気になってくるぜ…! 

 

 サンキュー、モッブ。

 お前たちはきっと、最初からかませ犬である事を強いられているんだ!

 

 

【手加減不要。両手両足バキ折って二度と歯向かえなくしてやる】

【弱者への不当な暴力は控えるべき。ここは威嚇して萎縮させるに留める】

 

 

 強いられているのは俺だった(再確認)

 殴らせろとは言ったが、そこまでは求めてねぇよ、ねぇ。極端すぎて引くわマジで。俺も引かれるわ、っていうかそんなんしたら大事になっちまうわ。

 

 たが、下の選択肢は割と好き。

 いかにも、こう……強者って感じじゃん? 別に俺も絶対に今すぐ殴りたいって訳じゃないし、拳を上げる機会だって生きてりゃまた来るだろう。

 

 迷う事なく下を選ぶ。

 

「はぁぁぁ……!」

 

 力いっぱい握りしめた拳で…!

 

「お、おい、なんだよ、やる気かテメェ!?」

 

 己の頬を穿つッ!!

 

「ぶへぁッ!?」

 

 え、痛いッ!?

 超痛いッ!?

 

「「「 何やってんの!? 」」」

 

 何やってんの!?

 

「お、おい、主車!? お前急に何して……おいっ、口から血が…!」

 

 驚いた篠ノ之が駆け寄ってくる。

 俺の方が驚いているけどな。

 

「うわっ、あんなに血がぁ…!」

 

「ああぁ……ひぃ…!」

 

「せ、先生呼んだ方がいいんじゃ…!」

 

 あぁ……威嚇ってそういう…。

 そりゃあ、コイツらまだ子供だもんな。こんな血を出されりゃ、普通にビビるわ。ん……んん…? 何か口の中がゴロゴロしてる……。

 

「(モゴモゴ……)ペッ…!」

 

 吐き出した異物の正体は奥歯だった。

 

「「「 うわぁ…!? は、歯だぁぁッ! 」」」(恐怖)

 

 うわぁ……歯だぁ…(ドン引き)

 そりゃ痛いし、血も出るわぁ……。

 

 ここで俺が引いてりゃただの殴り損……いや、殴られ損?だし、ちゃんと示しておかねぇとな。

 

「見たか、オイ…? 今度、篠ノ之に何か言ってみろ。そん時はテメェらにコレを喰らわしてやる……分かったかッ!!」

 

「「「 はいぃぃッ!! 」」」

 

「主車……」

 

 その時からだったか。

 篠ノ之が俺に向ける視線が変わったのは。

 

 

 

 

 

 

 あの時はてっきり、篠ノ之が俺のカッコ良さに惚れちまった、とか思ったモンだが、全くそんな事はなかったぜ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

……っと、思い出に浸ってる場合じゃねぇか。今日は一夏が休んでんだ。もしも何かあったら俺が行動を起こすしかない……けど……嫌だなぁ……。

 

 っていうか、アイツらも改心してくれよ。

 ターゲットを変えりゃいいって問題じゃねぇんだよぅ。分かってくれよぅ。

 

 俺の想いは伝わらず、1人の男が鈴の髪に手を伸ばす。だぁ、もうッ! 出るしかねぇッ!! 変な茶々入れんなよ、選択肢!

 

 

【俺のオカズに何してやがる】

【俺の女に何してやがる】

 

 

 唐突なド下ネタはマジでやめろや!

 いや、待て……まだ小5なら意味が通じない可能性も…? 

 

 ああ、ダメだ、それは希望的観測だ。この発達したネット社会でそれは望み薄だろ。現代における小学生の性知識習得率を見くびっちゃいけねぇ…! 俺たちの時代とは違うんだ…! 夜な夜な自販機でエロ本を購入するしかなかった……あの時代とは違うんだッ!!

 

 しかも鈴って耳年増っぽいし(偏見)

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 やめて!

 そんな目で俺を見ないで!

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

 分かってんじゃねぇか!

 勘違い野郎発言させやがって、テメェらのせいだぞコラァッ!!

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 お願い、気にしないで。

 ホントごめん、キモい事言ってごめん。

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! (選択肢が出て)間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」 

 

 はよ!

 どっか行け!

 前回の二の舞だけは踏みたくねぇ!

 

 俺から背を向けた3人は脱兎の如く走り出す。そうだ、いいぞ! そのままひた進めいッ!

 

「ふぎゃッ!」

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

 ふざけんな!

 やめろバカ!

 

 どうして俺をそんなに困らせ……―――あぁ(無情)

 

 

【2度目はない。手足折ってもまだ足りんッ!!】

【慈悲の心を持て。もう一度威力を教えてやればいいじゃないか】

 

 

 俺への慈悲は持ってくれないのか(諦め)

 左頬に拳が穿たれた。

 

 俺の左奥歯はどっかへ行ったが、鈴へのちょっかいも解消された。大きな代償と考えるな。小さな代償と考えろ。これ以上鈴が傷付けられないのなら、これほど安いモンはない……そう考えるんだぁ…………ちくせぅ。

 

 

.

...

......

 

 

 ただ、あの一件から嬉しい事もあった。鈴からあまり変態呼ばわりされなくなったんだ。それに加え、鈴が俺に送ってくる視線も変わったのだ。

 

 まぁその時点で正直デジャブを感じていたんだけど。中2の終わり際、中国への再転校を間近に控える鈴から屋上に呼ばれた時点で、それは確信に変わった。

 

「せ、旋焚玖……」

 

 夕日を背に、鈴と対面する。放課後の屋上に2人きり……普通に考えたら嫌でもテンションの上がるシチュエーションだ。普通に考えたらな。

 

 普段は快活な鈴が、今日ばかりはモジモジしていて可愛らしい。

 そんな少女とは対照的に、今から何を言われるか予想の付いている俺は、まるで緊張感の欠片もないアホみたいな顔で突っ立っている。

 

「旋焚玖……あ、あたし……あたしね…?」

 

 ハイハイ、強制的にフラれるのは初めてじゃないですよ~っと。鼻くそでもホジってやろうかマジで。そもそも強制的にフラれるって何だよ。そんな日本語ねぇよ、せめて俺の意志も尊重させてくれよ。何で俺の方から好き好き言ってるみたいな風潮になってんだよ。

 

「アンタの事……好きよ…」

 

「……ッ!?」

 

 伸びかけていた手が止まる。

 鼻くそホジホジしようとしていた手が止まるッ!

 

 え、ちょっ…マジで? マジっすか?

 いいんすか、マジで?

 

 あ、私?

 全然OKします。当たり前じゃないですか。

 

 ロリコン? 黙れ殺すぞ。小4(篠ノ之の時)と中2じゃ全然違うんだよ! 中2って言ったらもう大人なんだよ! 大人だね! 犯罪案件? 知るか、俺だってこんな可愛い奴に「しゅき♥」なんて上目遣いで言われたら嬉しいに決まってるだるるぉッ!? 嬉しくない訳ないだろ、やったー! 

 

 とうとう我が世に春が来た!

 この込み上げてくる幸せな気持ちは何だァ~?

 

 ンッン~~~♪ 歌でもひとつ歌いたいようなよォ~、新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝を迎えたようなよォ~~、すげぇ爽やかな気分になってンぜぇ? 今の俺っちはよォ~?

 

「アンタの事が好き……」

 

 よせやい、2度も言うない。

 へへっ、俺もちゃんと応えねぇとな!

 

「でも……」

 

 ん?

 

「あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!」

 

 そう言って、鈴は俺から逃げるように去っていった。

 

「……………フッ…フフフ…」

 

 鈴が出て行った扉を閉める。

 鍵も閉める。

 

 誰も居ない事を確認して、俺は大きく息を吸った。

 

「へぇぇぇぇあぁぁぁぁ~~~~ッ!! ぅぅぅぅううあぁぁぁあんまぁぁぁぁりだぁぁぁぁぁ~~~~ッ!!」

 

 俺は叫んだ。

 ここまで上げて落とされたのは本当に久しぶりだった。今まで溜まりに溜まったモノが何もかも爆発したような気がした。

 

「ぬおぉぉぉぉおおおおおんッ!!」

 

 正直鈴から「しゅき♥」って言われた瞬間、俺も速攻で好きになったのにぃぃぃぃッ!! 恋しちゃった瞬間なのにぃぃぃぃぃッ!!

 

「はぁっ……はぁっ…………はぁ……………帰ろ…」

 

 おウチへ帰ろう。

 今夜はあたたかいシチューだって、お母さんが言ってたもん。お父さんも居るもん。

 

 

 主車旋焚玖、14歳。

 割と不純な気持ちで恋した1秒後にあっさりフラれる。

 

 




次回、旋焚玖くん旅に出る。
傷心旅行かな?


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第13話 約束は守らなきゃ


主車家は仲良し家族、というお話。



 

 

 

「……よし、こんなモンか」

 

 目当てのモノを完成させ、額に流れる汗を拭い、小休止する事にした。

 

「お、よく出来てるじゃないか旋焚玖」

 

「ああ、これも父さんの教え方が上手いからだよ」

 

 俺の父さんは陶芸を生業としている。

 休みを利用して、俺もちょくちょく遊びでイロイロと作らせてもらっていた。

 

「しっかし、こんな物を作ってどうするんだ?」

 

「いつか使う日が来るかもだろ?」

 

「来ないと思うがねぇ」

 

「ま、念の為ってやつさ」

 

 しかし暑い。

 休憩してても、この暑さだけはどうにもならん。外から聞こえる蝉の鳴き声が余計に蒸し蒸しさせてくるのも厄介だ。

 

「……季節の移り変わりは早いな…」

 

 鈴が中国へ帰ってから、もう半年近くになるのか。

 この身体と同じで、精神的にもまだまだ若いつもりだが、時間の経過を早く感じてしまっているのも事実だったりする。

 

 今じゃもう俺も中3だ。

 2度目の中学最後の夏休みをしっかり満喫させてもらっている。高校受験もそろそろ本格的に考えなきゃいけない季節でもあるが……まぁ、どこでもいいや、あんま無理せず行こうと思う。

 

「……っと、そろそろ掲載されてんじゃねぇかな」

 

 取り出した携帯電話から、あるサイトへアクセスする。

 部活をしている者にとって、夏は暑くて熱い季節だ。中学高校問わず、サッカーにしろバスケにしろ野球にしろ、運動部に所属している学生が日々目指している大会……夏の全国大会がもうすぐ始まる。

 

 俺は終身名誉帰宅部だ。

 何の部にも所属していない俺は、本来なら夏の全国大会には縁のない人間なんだが、俺のダチが出ている可能性はある。

 

 

『篠ノ之はこれからも剣道続けんのか?』

 

『ああ、これからも続けるつもりだ』

 

『お前すっげぇ強いから、きっと全国大会にも出られるよ。その時は一夏と応援に行ってやるぜ』

 

『う、うむ!』

 

 

 篠ノ之を見送る直前、そんな話を俺たちはした。

 こんなのその場限りの社交辞令ってヤツだ。きっと篠ノ之も覚えてはないだろう。

 

 ただ、俺は何年経っても頭の片隅に残っていた。

 口約束でも約束は約束だ、俺はちゃんと守るぜ! なんて、そんな誠実っぷりからきている訳じゃない。ただ……その直前に篠ノ之からの貰ったプレゼント(謎失恋)がインパクト強すぎてな……ついでにコレも覚えちまってんだ。

 

 俺は剣道全国大会の出場選手覧に目を通す。

 理由はどうあれ、本当に篠ノ之が全国大会に出てたら応援に行くのも悪くない。いや、俺ひとりでは絶対行かんけど。一夏でも誘って行こうと思っている。

 

「篠ノ之……篠ノ之……………むぅ……今年も名前は無し、か……むむっ…!?」

 

 篠ノ之の名前は載ってなかった。

 だが、この名前は……?

 

 

『篠ノ木鳳季』

 

 

「しののぎ、ほうき……やけにクる名前じゃねぇか」

 

 篠ノ之が転校する前、千冬さんからチラッと聞いた事がある。これからの篠ノ之の生活は苦難が多くなると。今じゃ世界の関心の中心であるISを開発した、コイツの姉ちゃんが消えちまった。結果、嫌でもしわ寄せが篠ノ之にもきてしまう。篠ノ之束の妹というだけで、政府達が放っておいてくれないだろうと。

 

「……偽名か」

 

 確認する手立てはないが、十中八九、篠ノ之本人だろう。大会は3日後……そうと決まれば、さっそく一夏に電話だ! 

 

「……ってな訳でよ、3日後に篠ノ之の応援に行かないか?」

 

『おお、そりゃいいな! あ……でも、待ってくれ…3日後って……わ、悪ぃ、その日もうバイト入っちまってるわ…』

 

「む……バイトか…」

 

『ホントにすまん! でも、俺の分まで応援してきてくれよな!』

 

 バイトなら仕方ない。

 アイツの家庭の事情を知ってりゃ、そうそう休めとは言えんわな。千冬さんも相変わらず忙しそうだし……ってか、あの人なんの仕事に就いてんだろう。そういう話は一切俺たちの前ではしないんだよな。

 

 だがこれで、俺も篠ノ之の応援に行く事はなくなった。

 え? 行かねぇよ? 

 当たり前じゃん。俺ひとりで行ってどうすんの? こういうのは薄情って言わねぇから、むしろ空気が読めてるって言うから。

 

 全国大会の応援とはいえ、自分がフッた相手が1人で来てたらどう思うよ? 

 絶対気まずいって。気まずいだけならまだいいけど、「うわ、コイツひとりで来やがった。未練タラタラかよ」とか思われるかもしれねぇじゃん。

 

 いや、篠ノ之はそんな性格曲がった奴じゃないから多分思わないだろうけどさ。俺なら余裕で思うね! 俺が思うって事は可能性0%じゃないじゃん。万が一でもありうるなら、最初からやらない方が賢明なのさ。

 

 

【篠ノ之に会いにチャリで行く】

【篠ノ之に会いに新幹線で行く】

 

 

 俺は賢明だった。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 もう俺が行くのは確定事項なのね。で、交通手段を選べってか。大会は確か大阪だったような……うん、ここでわざわざチャリ選ぶほど、まだそこまで肉体信仰してねぇから。一夏と2人でならチャリで行くのも楽しそうだが、あいにく今回は1人だ。

 

 ここは新幹線を選ぶのが無難だろう。

 いや、待てよ…? なんか閃いちゃったかもしんない。新幹線だろ…? 当然、交通費が掛かる……って事は…こ、これはもしかしたら……ワンチャン行かずに済む可能性がある…!

 

 月々のお小遣いを貯めていない俺だからこそ勝機があるッ! 待ってろ、母さん! 今から図々しくも金をせびりに息子が帰るぜ! そんな息子に母親が取って然るべき行動は何だ!

 

 

.

...

......

 

 

「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」

 

 ポンと出してくれました。

 違う、違うんだよ母さん! 

 違わないけど違うんだよ!

 

 断ってくれていいんだぜ!?

 

「遠くまで応援しに行くだなんて。旋焚玖が友達想いのいい子に育ってくれて、母さん嬉しいわ」

 

「あ、うん……」

 

 息子のワガママを笑顔で許す親の鑑。

 許すどころか褒めてまでくれる親の鑑。

 

 母さんがいい人すぎて涙がで、出ますよ……ホントに。

 

「ただいま~」

 

「……!」

 

 父さんが帰ってきた!

 諦めるのはまだ早い!

 

「父さ…「聞いてよ、パパ!」ッ!?」

 

 俺のターンを隙間縫って、母さんからの速攻が決まる。

 いやこんな俊敏な動きする人だっけ!?

 

「パパ、覚えてる? 篠ノ之さんのところの娘さんよ、ほら、ウチにも何度か遊びに来た箒ちゃん」

 

「ああ、一夏くんと一緒に遊びに来てたな」

 

「そうそう! その子がね、剣道の全国大会に出るんだって!」

 

「それは凄いじゃないか!」

 

 くっ、割り込めねぇ…!

 仲睦まじい両親の会話を邪魔できる程、俺の肝っ玉は太くない。

 

「それでね、旋焚玖ったらその子をどうしても1人で、1人で応援しに行きたいんだって! でもお金が掛かるからって、私に頭を下げて頼んできたのよ」

 

 何でちょっと脚色すんの!? わざわざ「1人」を2回言う必要なかったろ! それじゃまるで、俺が篠ノ之に惚れてるみたい聞こえるじゃないか!

 

「ハハハ! そうかそうか、旋焚玖! そういう事なら行ってこい!」

 

 そういう事って何だよ! 

 なにを分かったような顔してやがんだ!

 絶対それ勘違いしてるだろ!?

 

「パパは旋焚玖を応援してるぞ~」

 

「ママも旋焚玖を応援してるわ~」

 

 思った通りだ、ちくしょうッ!

 ソッチ方面に勘違いしてんじゃねぇよ!

 

 

【フッ……応援していてくれ】

【俺、実は……1度、篠ノ之にフラれてんだよね…】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 勘違いが勘違いを呼ぶ【上】は嫌だぁぁぁぁッ!! でも両親にフラれた事をカミングアウトはもっと嫌じゃぁぁぁぁッ!!

 

「フッ……応援していてくれ」(震え声)

 

「ヒューッ! カッコいいぞ、旋焚玖ぅ!」

 

「あらあら! 旋焚玖も一丁前な顔をするようになったわねぇ!」

 

 フッ……涙で前が見えねぇや。

 でも夕食はいつも通り美味しかったぜ。

 そんでもって、俺も腹を括った。決まったモンは仕方ねぇ、いつまでもウダウダ言ってらんねぇ…!

 

 

 俺は、篠ノ之に会いに行くッ!(諦めの境地)

 

 





今更箒ちゃんと会ってどうすんの?(真顔)


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第14話 訪れ…訪れな…訪れなかっ……訪れてしまった再会


再会はホロ苦い?というお話。




 

 

 

「人が多い……」

 

 でかい会場だが、流石は全国大会ともなると人でいっぱいだ。選手は勿論のこと、大会の関係者やら学校の関係者、それに選手の応援に来ている者も居るのだろう。

 

 何とか人の波に惑わされる事なく、俺は案内掲示を目安に篠ノ之の試合を探す。本来なら初戦から観戦した方が良いのだろうが、流石に早いっす。前日入りはしてないんで、途中からで申し訳ない。

 

 まぁ俺の知ってる篠ノ之の実力なら、初戦敗退なんて事はないだろうし平気平気。……と、言い訳してる内に篠ノ之の名前が電光掲示板に出た。記されているのは正確にはアイツの本名ではなく『篠ノ木鳳季』だが……まぁ本人だろうし顔見りゃ分かるか。

 

 

『まもなく、準々決勝を行います。両選手、前へ』

 

 

 おぉ、もうそんなところまでいってんのか。っていうか、そこまで篠ノ之も勝ち進んでるって事だよな? いやはや、やりますねぇ!

 

 俺も急いで観客席まで移動する。

 

「よしよし、ここからなら上から見渡せる。おっ……出てき……あ゛…!」

 

 お面のせいで顔がよく見えないでござる。

 

 最後に会ったのは小4の頃だったし、体格だけじゃ判断出来やしない。まぁアイツの剣筋は稽古場でもチラチラ見てたし、それで判断しよう。真面目な篠ノ之自身を体現したような剣筋だったからな、すぐに分かる筈だ。

 

 かつての道場に在った光景を思い浮かべていると、試合が始まった。俺も集中して見る事にする。と言ってもせっかくの友の晴れ舞台なんだ、心の中で応援しながら観戦に興じよう。

 

「……?…………?……」

 

 試合は終始、篠ノ之(?)が有利に運んでいた。いや、有利どころか相手を圧倒していた。結局、そのまま苦も無く勝利を収めた……が………アイツ篠ノ之じゃなくね? 俺の記憶にある篠ノ之の姿とは、似ても似つかない。

 

 もう一度言うが、アイツは心根が真っすぐな女だ。それは剣筋にも現れていた。基本を重んじ、型を重んじ、まるで手本のような綺麗な剣道をしていた筈。だが、あれは何だ……?

 

 力に任せた振る舞いで相手を圧倒する。

 篠ノ之(?)の試合は武ではなく、暴に近いそれだった。

 

 結論、あれは別人です!

 たまたま篠ノ之の名前に似た別人でした、ハハハ! って笑えるか! 何が悲しくて県外まで赤の他人を応援しに来にゃならんのよ!?

 

 あっ、他人様がお面を外されるぞ!

 あんな傲慢な戦い方をしてる奴なんだ、どうせ不細工だぞ~! ほら、見せてみろよ不細工な顔をよぉ!

 

「…………………」

 

 お面を外したそのお顔は!?

 

「あらやだ可愛い……あ゛…? いや、あれ……篠ノ之じゃね?」

 

 えぇ、ウッソだろオイ…?

 基本に忠実だったアイツが、何をどうしたらあんな戦い方になるんだ……むっ、何やら沈痛な表情だな。どこかで見た事あるぞ、あんな顔した奴……。

 

 思い出した!

 一夏だ!

 一夏がテスト中にあんな顔してた! 後で聞いたら「腹がめちゃくちゃ痛かったんだ」って言ってたっけ。

 

「……そうか、そういう事なのか篠ノ之」

 

 そういう事情があるなら、確かにタラタラ試合ってる場合じゃないわな。さっさと終わらせるには圧倒するしかない。ダラダラしてウンコ漏れちゃったらシャレにならないもんな。

 

 これは声も掛けない方が良さそうだ。

 だが安心しろ、篠ノ之。次の準決勝までまだ時間はある! それまでに何とかすっきりさせるんだぜ!

 

 眉を八の字にして試合場から出る篠ノ之に対し、俺は心の中でエールを送った。準決勝に勝てれば、次はいよいよ決勝の舞台に上がれるんだ。すげぇよ、そうなりゃ篠ノ之が日本一だ!

 

 腹痛に負けるな、頑張れ篠ノ之ッ!

 

 

.

...

......

 

 

「……まだ……痛むのか……?」

 

 準決勝も同じ光景だった。

 篠ノ之が力で相手を圧倒する。負けた相手は悔しそうに頭を下げ、勝った篠ノ之はニコリともせず、頭を下げるやサッとその場から立ち去る。

 

「どうする……正露丸買ってきてやった方がいいのか…?」

 

 

【善は急げだ、薬局に走ろう!】

【本当に腹痛なのか? 女の子の日である可能性を見落とすな】

 

 

……なんという事だ…。

 初めて……初めて【選択肢】を有能だと思った。確かに腹痛だと決めつけるのは良くない、あの日の可能性だってある。もしそうなら、正露丸なんて渡したらいけねぇ、2重の意味でセクハラになっちまう。

 

 ただでさえフッた相手が1人で来て、篠ノ之に気まずい想いをさせちまうのに、その上整腸剤なんざ渡したら、もはや嫌がらせの領域じゃねぇか。

 

 ここは後者を選んで大人しくしていよう。

 がんばれ、篠ノ之! 負けるな、篠ノ之! あと1試合耐えれば、お前が日本一だ!

 

 

 

 結果、篠ノ之が優勝した。

 同じ決勝に上がってきた相手だというのに、篠ノ之は変わらず力で押さえ付けるような展開で、相手に何もさせず圧勝した。

 

「……とんでもねぇな」

 

 優勝が決まったのに、面を外した篠ノ之はやっぱり少しも笑みらしい笑みを浮かべる事なく、すたすた去って行ってしまった。それほどまでに、重いんだ。

 

 さて、俺はどうしようか。

 これから表彰式が行われるらしいし、それが終わって声を掛けるか? いや、別にもう声掛ける必要もなくね? 会いに来たって選択肢は既に終えてるんだからよ。このまま帰った方が、きっとアイツも俺に声を掛けられるより気が楽だろう。

 

 うむ、そうと決まればスタコラサッサだぜ!

 とうとう俺は篠ノ之には声を掛けず、会場を後にした。

 

「このまますぐに帰るのもなんだし、どうすっかな」

 

 大阪と言っても、会場は郊外にある。

 駅に行くには近くのバスに乗るのが一番手っ取り早いのだが、敢えてここは乗車拒否だ。ぶらぶら駅まで続く河川敷を歩いて行くのもオツだろう。

 

 道に転がっている小石を蹴りながら、のんびり行こうぜ~♪

 

 

.

...

......

 

 

「……………………なんでぇ?」

 

 お散歩気分で小石を蹴っていたら、道中に見覚えのある横顔が視界に入ってきた。草の上に座って、ぼんやり川を眺めている少女って……篠ノ之だぁ……いや貴女、表彰式はどうしたんです?

 

 どうする、向こうはまだこっちに気付いていない。このまま素通りするのも正直ありだと俺は思うんだ。何か浮かない顔してるし、絶対そっとしておいた方が良いと思うんだ。

 

 

【小石を篠ノ之に向かってシュゥーーーッ!!】

【気さくな感じで声を掛ける】

 

 

 やっぱり声を掛けるんじゃないか(憤怒)

 しかも周りに誰も居ない状況で。

 こんな事ならさっさと会場で声掛けておけばよかった(後悔)

 

「ヘイヘーイ! そこの彼女、ヘーイ!」

 

 気持ちが悪い!

 なんだそのノリ、ウェーイ系かお前!

 

「…………………」

 

 あらやだ、こっちを見向きもしない。

 そりゃそうか、こういうイタイのは無視に限るからな。ま、俺は諦めてくれないんだけど。

 

「ヘイヘイヘーイ! ヘーイ! ヘイヘーイ!」

 

 俺、うぜぇぇぇッ!

 これは鬱陶しいですよ! 

 イラッとくるノリしてますよ!

 

 あ、やめて篠ノ之…!

 そんな死んだような目でこっちを見ないで、俺だと気付かないで! へ、変顔したらバレないかな!?

 

「………?………お、お前は…! 主車!?」

 

 バレちゃった。

 あ、拘束とけた。

 

「よっ、篠ノ之。久しぶりだな」

 

 俺は何もしなかった。

 俺は今まさに、今日初めて篠ノ之に声を掛けたんだ。そう暗示しないとね、やってられないの。いちいち引きずってちゃ、まともに生きてけないの。

 

「主車……観に…きていた、のか…」

 

「まぁな」

 

 小4以来の再会なのに、篠ノ之からは久しぶり的な事は言ってくれない、か。やっぱり俺1人じゃ、来られても気まずいわなぁ……。

 

 ここで俺が黙ってしまったら、余計に篠ノ之が居辛くなっちまう。全国大会で優勝したのはマジなんだ、ここは褒めて褒めて褒めまくろう! そうすりゃ、篠ノ之もハッピー俺もハッピー!

 

「そうそう、試合観たぜ篠ノ之! お前ってば、すげ「さぞお前の目には私が無様に映っただろうな」ぇ~…え、えへへのへ…」

 

 すげぇに続く言葉なんか浮かばねぇよぅ。な、なんでそんなにテンション低くいんですか…? まだ、ポンポン痛いの…? しかも、無様ってアンタ……謙遜も度が過ぎると嫌味になりまっせ?

 

「お前1人……か?」

 

「ん? ああ、一夏も誘ったんだけどな、どうしても抜けらんねぇ用事があってよ」

 

「そうか……いや、その方が良かったのかもしれんな。もし一夏にまで、あんな……あんな醜い私を観られていたら…!」

 

 オイオイ、今度は不細工宣言か?

 どう見ても絶世の美女が何を世迷言を。流石に注意しておくか?

 

『えぇ~? 私ぃ、全然モテないですよぉ、可愛くないですしぃ』(クネクネしながら)

 

 顔の良い奴が決して言ってはいけないトップ10にこの台詞は入っていると思う。別にコレを聞いても俺たち男なら「フーン」で済ますかもが、女子はこういうの結構イラッてくるらしい。下手すりゃイジメに発展しかねないレベルの発言だ。

 

「ゴホンッ…! あのな、篠ノ之……ん?」

 

 俺の言葉を遮るように、近くで黒い車が止まった。止まるだけならまだしも、中から屈強な方たちがお出になられた。

 

「なッ……奴らはまさか…!」

 

 なにその意味深な呟き!? もっと具体的にたの……ひぇぇぇッ、明らかに僕たちの方へ向かって来てますよ、篠ノ之さん!?

 

 

 

 

 

 

 私は、中学3年生になって初めて全国大会に出場した。誰もが憧れる夢の舞台に私は立てたんだ……なのに、まるで心は沈んだままだ。

 

 初戦に勝ち、2回戦、3回戦と。結果だけをみれば私は順調に勝ち進んでいった。そして決勝も……私は勝ってしまった。武を知らない者が見たら、凄いと褒めるだろう。私を強いと、手放しで持て囃すだろう。

 

 だが……私は……私は…!

 

 私は表彰されるべきじゃない、表彰なんてされたくないッ! そう思ったら自然と足が会場の外へと向かっていた。目的地などない、何も考えず適当な場所で座って、ただぼんやりと川を眺めていた。

 

「ヘイヘーイ! そこの彼女、ヘーイ!」

 

 チッ……こんな時に変な奴が絡んできた。

 無視だ無視……すぐに消えるだろう。

 

「ヘイヘイヘーイ! ヘーイ! ヘイヘーイ!」

 

 やかましいな…!

 キッと睨み返した先に立っていたのは……かつて私に好意を抱いてくれていた友……主車だった。

 

「主車……観に…きていた、のか…」

 

「まぁな」

 

 私の心はますます陰鬱になる。

 コイツは私を見て、どう思ったのだろう。私にも分かっている…! あんなの、武じゃない! ただの暴力だ…! 私は感情任せにただ力を振るい、傲慢なまでに相手を叩き伏せ続けたのだから…!

 

 篠ノ之道場に通っていた頃は……その時私が目指していたモノは、決してそんなモノじゃなかった筈なのに……ッ! 

 

 いつからだろう、私が剣道を楽しいと感じなくなったのは。

 いつからだろう、私が剣道をストレスの捌け口に利用するようになったのは。

 

 主車……コイツには見破られている。

 私の知る主車という男はどんな男だった? 普段はクラスでも一番と言っていい程おちゃらけた奴だが、武に関しては誰よりも真摯だった。私よりも一夏よりも、千冬さんよりも…!

 

 武と共に生きるコイツが、今の私を見抜けない筈がない。きっと……コイツの目にはさぞ、醜悪に映った事だろう。はは……一夏が居ないだけ、まだマシと思えば少しは気が楽になる……訳がない…。

 

「ゴホンッ…! あのな、篠ノ之……ん?」

 

 私を見る主車の表情が険しくなる。

 そうだ、私を軽蔑してくれ……まだそっちの方が、私も…………主車…?

 

 なんだ、何処を見ている?

 主車の視線を追いかけると、不自然なまでに私達の近くに車が止められた。中から出てくるのは、見るからに一般人とは異なる男たちだった。

 

「なッ……奴らはまさか…!」

 

 強硬派の奴らか…!?

 

 

 私は主車たちと別れた時から、政府に監視されるようになった。重要人物保護プログラム……保護と言えば聞こえはいいが、何が保護だ、監視の間違いだろうに…! 

 

 そして、私は姉さんの妹というだけで政府の人間から何度も、何度も聴取をされた。それは中学3年になった今も続いている。その中でチラッと聞いた事があった。

 

 日本政府には穏健派と強硬派で大体が分かれられている、と。自分達穏健派は私に手荒い真似をするつもりはないが、強硬派は違う。強硬派は時として尋問という名の拷問さえ厭わない派閥なのだ、と。

 

 私は監視の目をすり抜けて出てきてしまっていたのか…! 政府の言葉が本当なら、この状況はまずいッ、何より無関係の主車を巻き込んでしまう…!

 

「……ターゲット発見。これより行動に移る」

 

 3人の男が逃げ場を妨げるように、私達へと接近してくる。

 

「くっ…! 嫌な予感、的中か…! 主車、逃げ……お、おい!?」

 

 何をしているお前!?

 何故、私の前に出る!? お前ほどの男なら、ソイツ達の脅威が分からん訳でもあるまいッ!

 

「……ターゲット以外は?」

 

「篠ノ之箒以外に用はないとの仰せだ」

 

「いや、この男から足が付くと厄介だ……消すぞ」

 

 や、やっぱり…!

 逃げて、逃げてくれ、主車!

 

 主車は私の想いを無視するように、3人の前に立ちはだかった。

 

「俺たちに何か用ですか…?」

 

「お前には関係ないが、自分の不運を呪うんだな」

 

 そう言って距離を詰めてくる男たち。

 そんな奴らに主車は一歩も引かなかった。

 

「ハッ……俺を知らねぇのか、アンタ達? 主車っツったら地元じゃ泣く子ももっと泣くで評判の野郎よ」

 

「……何を言っている?」

 

 しゅ、主車…?

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は飛天御剣流の使い手だしよ。テメェらみてぇな三下が楯突ける男じゃねェんだよ」

 

 

「「「………………」」」

 

 

「……………………」

 

 この超アホ……もう来年高校生なのに…!

 まるで変わっていない…!

 

 





これは惚れられませんわ(呆れ)


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第15話 武芸百般


すごいぞ旋焚玖強いぞ旋焚玖、というお話。



 

 

「……ターゲット以外は?」

 

「篠ノ之箒以外に用はないとの仰せだ」

 

「いや、この男から足が付くと厄介だ……消すぞ」

 

 なんか怖い事言ってる!? 篠ノ之は意味深なこと言い出すし、それが余計に恐怖を助長してんだけど!?

 え、なになに、そういう世界観なの!? 俺が鍛えられていたのって、やっぱりこういう事に巻き込まれるからだったの!?

 

 あれ、ちょっと待って! 前の人が持ってるの、もしかしてスタンガンですか!? バチバチいかれるアレなんですか!? いやいやいやいや! どうするどうする、やべぇよやべぇよ、マジで最大の危機じゃないのか、今って…!

 

 

【篠ノ之の後ろに隠れる(腑抜け)】

【あっ、UFOだ!(現実逃避)】

【はったりでこの場を切り抜ける(おすすめ)】

 

 

 3つに増えたのにまるで役に立ってねぇぞこの選択肢! その()は誰の感情なんだよオイッ! だが、よく考えろ……時間は止まってんだ、選択よりも自分で有効な手立てを考えるんだ。

 

 真ん中とかなんだこれ、こんなモンに引っかかる大人が居てたまるか。本音を言うと俺が一番選びたいのは上だが……流石に篠ノ之を盾にしたところで、状況が好転するとは思えねぇ……やっぱ一番下しかない、か。おすすめって書いてあるし。

 

 すげェはったりで頼むぜオイ…!

 それで切り抜けられたら言う事はねぇ、最高だ。無理だったとしても、次善策の用意に繋げてやる…!

 

 ふぅぅぅ………選ぶぜぇ……! 

 気合入れろよ、旋焚玖ッ!

 

 俺は一歩前に出る。

 

「ハッ……俺を知らねぇのか、アンタ達? 主車っツったら地元じゃ泣く子ももっと泣くで評判の野郎よ」

 

 泣く子がもっと泣くのか……もうこの時点でダメな気がする。

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は飛天御剣流の使い手だしよ。テメェらみてぇな三下が楯突ける男じゃねェんだよ」

 

 ダメだコイツ!

 やっぱり悪ノリしやがった!

 

 だが長い台詞だったのはありがたい…! おかげで自然にポケットに手を入れられた。わざわざ俺の戯言に付き合ってくれてありがとよ、俺の態勢も……整ったッ…!

 

 手のひらに握りしめたモノを地面に叩きつける。破裂したソレは辺り一面を煙で覆った。

 

「「「 !? 」」」

 

「なっ、主車……!?」

 

 この中で驚かないのは俺だけだ。

 持って来ておいて良かった…!

 

 思い出されるのは、つい最近交わした父さんとの会話。

 

 

『しっかし、こんな物を作ってどうするんだ?』

 

『いつか使う日が来るかもだろ?』

 

『来ないと思うがねぇ』

 

『ま、念の為ってやつさ』

 

 

 マジで来ちまったぞ、父さん。

 篠ノ之流柔術皆伝書にあった『煙幕玉を造れ』を初めて読んだ時「うひひ、煙幕とかどこの忍者ですかぁ? まじウケるんですけど、むぷぷ」とかバカにしてすいませんでした。

 

 『煙幕玉の製造方法』がびっしり書かれたページを見て「ヒィーッヒッヒ! も、もうダメだ、こんなの初見殺しすぎる、うひゃひゃひゃひゃッ!」とか爆笑してマジすいませんでした。

 

 造っておいて……持って来ておいて……本当に良かった…! ありがとう、師匠…! おかげで切り抜けられるッ!

 

「……ッ!」

 

 煙で何も見えないこの状況で、俺だけが動ける。この状況を作り出した俺だけが、誰よりも早くこの空間で動けるッ!

 

 視界が遮られた中で、目の前の男が何らかのアクションを起こすよりも先に、俺の手が男の右腕を掴めた。スタンガンを持つ腕を掴めた…!

 

 『その手に持つスタンガンを、そのまま男に当てて痺れさせるッ! あとはコイツの斜め後ろに立っていた男の側頭部を蹴り刈り、そのまま身体を回転させ、最後の男には後ろ回し蹴りを喰らわせるッ!

 

 俺の俺による華麗な立ち回りで痺れて動けない男が1人、蹲る男が2人。計、3人だ。そして余裕を持って篠ノ之とこの場から去る。』

 

 完璧だ、完璧すぎる作戦だ!

 (『』はあくまで旋焚玖の脳内シミュレーション)

 

 

 作・戦・開・始ッ!

 

 

 まずはスタンガンを男に当てるッ!

 オラ、痺れちまいなッ!

 

「あぎゃぁぁぁッ!!」

 

「「 !? 」」

 

 うぇいッ!?

 え、そういう感じなの!? スタンガンって「ビリビリしゅりゅ~」くらいじゃないの!? バチバチ言ってる! すっごいバチバチ言ってるよぉ! このヤロウ、どんな電力設定してやがった!?

 

 さっそく想定していない事が起こり、まだ零コンマレベルだが、それでも意識の切り替えに時間を掛けてしまったのは事実。このまま予定通り、次の標的を蹴りにいくのはまずい気がする…!

 

「ッ…動くんじゃねぇッ!! テメェらにも喰らわすぞッ!!」

 

 こんなのただの脅しだ。

 これこそただのはったりだ。

 

「「……ッ…!」」

 

 硬直した気配がする。

 さては、コイツらは持ってねぇな!?

 

 うだうだ考えている暇はない、すぐさま踵を返し、篠ノ之が居るであろう元へと駆けて手を伸ばす。

 

「……ッ!?」

 

(声を出すな! 逃げるぞ!)

(わ、分かった!)

 

 思わず手を握ってしまったが、こんな時にまで気遣っている余裕はない。煙幕の持続性なんてたかが知れている。アイツらが強張っている間に、俺と篠ノ之はこの場から急いで離れるのだった。

 

 

.

...

......

 

 

 安易に駅へ行くのは危険だと判断した俺たちは、町の方へは行かず住宅街に入って身を潜めていた。

 

「整備されてない空き家があるのはラッキーだったな。ボロっちぃが此処でやりすごそう」

 

「あ、ああ……」

 

 ようやく一息つける。

 だが、何が何やら俺にはさっぱりだ。軽い気持ちで篠ノ之の応援に来たら、まさかのコレだもんなぁ……そんなん考慮してへんよー。

 

 で、どうする?

 アイツらは俺ではなく篠ノ之を狙っていた。その理由は、篠ノ之本人に聞くのが一番手っ取り早いんだろうが……何となくなノリで聞いていいものか。聞いちまったら、これからも厄介事に関わっちまうんじゃ…?

 

 

【リア充チャンス! ここは根掘り葉掘り聞くべき!】

【篠ノ之が何も言わないなら、俺も何も聞かない】

 

 

 ハチャメチャが押し寄せてくる充実感は求めてない。

 篠ノ之には悪いが、俺からは何も聞かんぞうッ!

 

「アイツ達は……日本政府の者だ。強硬派の……」

 

 話し出しちゃった。

 しかも続きが気になる言い方をしよるわコイツぅ…!

 

「……強硬派って?」

 

 前世が平凡な人生だっただけに、スペクタクルすぎるこの状況は俺にとって毒だ。普遍的な平穏を望んではいるものの、今だけは好奇心に勝てる筈がなかった。

 吉良吉影だってサガには勝てなかったし、これは仕方ないと思うの。

 

 ぽつり、ぽつり…と話していく篠ノ之の言葉を、俺は黙って最後まで聞くのだった。

 

 

.

...

......

 

 

 全てを語り終えた後、篠ノ之は俺に頭を下げてくる。

 

「すまない、主車……私のせいで、お前まで巻き込んでしまった…!」

 

「気にするな」

 

 俺たちの地元を離れてから、篠ノ之がこれまでどんな日々を過ごしていたのか……それをも聞いてしまった今では、彼女に当たる事など、どうして出来ようか。

 

「それと……助けてくれて、その……ありがとう…」

 

「それも気にするな」

 

 あ、それに関してはもっと言ってもいいのよ? いや、別にお礼をもっと言ってほしいって事じゃなくて、もっと褒めてくれていいんですよ? 我を賞賛していいんですよ?

 

 だってさ、だってさ、実際俺って結構スゴい事したと思うの。

 いや、ちょっと待って……俺って実は……めちゃくちゃスゴい事したんじゃない? 落ち着いて振り返ったら、ホントにすごくない? いや、ヤバくね? 俺、なんかすごい組織の奴らを手玉に取ったんだぜ!?

 

 ヒューッ!

 俺、ヒューッ!

 

「お前は本当に変わらないな。覚えているか…?」

 

 あ、もう違う話にいっちゃう系?

 もうちょっと浸らせてほしかった。

 

「小学生の時、男子にイジメられていた私を助けてくれた時も……お前は同じ事を言ったんだぞ?」

 

「む……」

 

 ぶっちゃけあの時の会話は碌に覚えてない。だって、それより抜けた歯の部分が痛かったんだもん。

 

「フザけている時は人一倍饒舌なお前が、私や一夏が困っている時は、決まって多くは語らず助けてくれていたっけ……」

 

 な、なんか…しみじみ語るのヤメてくれません? ちょっと照れるんですけど……っていうか、心の中では常に饒舌ですよ、私。

 

「ど、どうすればいいんだ…」(ボソッ)

 

 ん?

 

「これ以上、主車に優しくされてしまったら……私……」(ボソッ)

 

 聞こえたー!

 本人はボソッと言ってるつもりらしいが、はっきり聞こえちゃったー! どうして頬を染めながらそういう意味深なコト呟いちゃうの!? アレなの? ここにきて俺に靡いてるって、そう捉えちゃっていいの? 

 

 そういう事なら私、大歓迎ですよ!

 中3はロリコンじゃねぇからな! それに見ろよ、この子の美人っぷりを! こんな美人に「しゅき♥」なんて言われたら(言われてない)OKするに決まってんだろ、即だよ即、即決だよ!

 

 これは今度こそ春が来たと思って……思うかアホ! 鈴にフラれてまだそんな経ってねぇんだよ、あの悲しみはまだ忘れちゃいねぇぞ! 上げて落とされるのってすげぇツラいんだぞ、すげぇツラいんだぞ!

 

 これ以上惑わされる前に別の話題に切り替えよう! えっとえっと、何か話題話題……。

 

「し、しかし驚いたぞ!」

 

 うわビックリした!

 急に大声出すなよ、俺が驚くわ!

 

「お前がさっき投げていたヤツだ、あれは煙幕というヤツなのか?」

 

 おっ、ナイス話題提供。ここはその話に乗ろう、いやぁ、いいの振ってくれたな。正直、この話は俺もめちゃくちゃしたかったんだ。

 

「ぬふふ……キミが言っているのはコレの事かね?」

 

 残りの一つを篠ノ之に見せる。

 

「煙幕玉だ。俺が造った」

 

「お前が…?」

 

「フッ……素焼きの陶器で玉を造り、内部には……フッ……特殊な火薬を仕込んであるんだ」

 

「そ、そうか……すごいド…ンンッ…! すごい誇らし気だな」

 

 コイツ今ドヤ顔って言いかけたぞ。

 別にドヤ顔言ってもいいのに、蔑称じゃないし。

 

「主車は……あれからもずっと鍛えていたんだな…」

 

「ん、まぁな」

 

 鍛えさせられているだけなんだけどね。

 身体がね、毎日ね、俺の意思に反して修行したがるの。

 

「主車は変わっていない……アホなところも、強いところも…! それに比べて私はどうだ…!」

 

「……篠ノ之…?」

 

 あ、あれ…?

 割と和やかな雰囲気になってたじゃん。

 それがまた、一気に重くなってきてんだけど。

 

「お前はあの状況でも機転を利かせてすぐに行動を起こした……私は……私は目の前が真っ白になって、まるで動けなかった…! 私が今まで鍛錬してきたのは何だったんだ!? 主車と違って私は全然強くなってなんかない…!」

 

 ふぉ、フォローした方がいいのか…?

 でもなんて声を掛けりゃ……やべぇ、浮かんでこねぇ…! そもそも優勝した奴が強くない訳ないだろ……くそ、マジで言葉が思いつかん…!

 

「お前も観ただろう! 私のッ……最低の試合っぷりを…! あんな…相手を見下すような、力を誇示するように剣を振るう私の醜い姿をッ!」

 

「……!」

 

 ああ……そういう事だったのか。

 やっと全てが解けた。

 やっと謎が解けた。

 だから篠ノ之はあんな悲痛な表情をしていたのか。試合の後も、川を眺めていた時も、俺に声を掛けられた時も……そして、今も…。

 

 変に勘違いしてたのは俺の方だったのか。いやでも、選択肢も悪いと思う。生理痛とか言われたら信じちゃうじゃん……まぁいいや、篠ノ之が落ち込んでる理由も分かったし、後は……―――!?

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

【外道な真似はしない。落ち込む篠ノ之に全力で発破をかけてこそ、真の男である】

 

 

「……………………」

 

 俺、もう外道でもいいかなって。

 何の見返りもなく、ひたすら強いられ続けた15年間……そろそろ報われたいかなって。

 

 そう思うんだ……。

 

 





旋焚玖くんの選択は?
あ、私は余裕で上です。



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第16話 青春白書


受け止めた結果、というお話。



 

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

【外道な真似はしない。落ち込む篠ノ之に全力で発破をかけてこそ、真の男である】

 

 

 むぅ……これは分岐点なのかもしれない。篠ノ之が落ち込んでいるのは確かだし、選択肢がここまで強気で言ってくるくらいなんだから、篠ノ之が既に俺を少なからず良いと思ってくれているのも、マジだと捉えて良いのかもしれない。

 

 俺の女……彼女かぁ……。

 こんな美人な子が恋人になってくれたらさぁ……俺もようやくこの世界に来て良かったと、思えるかもしんないんだよなぁ……ちなみに、今まで一度たりとも思った事はない。

 

 確かに優しい両親と巡り会えたし、仲の良い友達だって出来た。それでも嫌な事の方が圧倒的に多すぎるし大きすぎてさ、まったく釣り合ってないんだよ。

 

 この世界に生まれ落ちてから今まで『悲』を感じたのが90%くらいだとして、『嬉』はせいぜい3%くらいなんだよ。3パーて、昔の消費税かお前。バランスおかしいだろ、誰だよ「希望と絶望は差し引きゼロ」とか言った奴、嘘ツいてんじゃねぇよ、差し引かれてねぇぞオイ。

 

 いや、今が差し引かれる時なのかもしれない。

 篠ノ之は美人だ、とても美人だ。こんないい女を隣りに侍らせたら、きっと『嬉』も3パーから急上昇してくれるだろう。上がった分『悲』も下がってくれるだろうし。

 

 ああ、もう、俺には上の選択肢しか見えない。下の選択肢? 知るか! 外道? ゲス? おおいに結構だね! 心で何を思おうがバレなきゃいいんだよ!

 

 よぉぉし、選ぶぞぉ……ふーっ、ふーっ……俺は上を選んでやるぞぉ……ふぅぅ……選んでやるんだぁ……今日から篠ノ之は俺のマイハ……ん?

 

 もう一度、改めて読んでみる。

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

 

 

 『上手く言葉で誑かせば』恋人になれるんだよな? え、じゃあさ、上手く言葉で誑かせられなかった場合、どうなんの…? 前にフラれた時みたいな、気まずくなるだけで済むの? 済まないよね? 絶対、済まないよね、このパターンって。

 

 しかも誰が言葉考えんの?

 俺じゃないんでしょ? 選択肢なんでしょ? 選択肢が自称上手い言葉を俺に言わせるだけなんでしょ? え、そんなん無理じゃね? だってコイツ…………すっげぇバカなんだぜ? 

 

 あっっっっ……ぶねぇぇぇ…!

 もうちょっとで暗黒面に堕ちるところだったぜぇぇぇ…! やっぱり人間、ゲスな行動はしちゃイカンよ。目先の誘惑に囚われて、真っ当な人間をヤメるには早すぎる。まだ中学生だもん、俺の人生はまだまだこれからよ。

 

 ここは大人しく下を選ぼう。

 外道はイカンよ外道は。しっかり発破を掛けてやろうぜ!

 

「頑張れ頑張れ出来る出来る! 絶対出来る! 頑張れ! もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ! 頑張れ頑張れ! そこだ! そこで諦めるな! 積極的にポジティブに頑張れ! がんば「お前に何が分かるッ!!」……ッ…」

 

 やっぱりバカじゃないか(呆れ)

 そういうノリで発破を掛けて良い場面じゃないから。そりゃあ、篠ノ之も途中でキレるわ。

 

 言わされた身としては、すぐにでも頭を下げて謝りたいところなんだが……まだ拘束が解けないでいる。なんでぇ?

 

「お前にも話しただろう! 私がこれまでどんな目に遭ってきたか! この数年だけで私がどれだけ転校させられたと思う!? 友達なんか出来やしない! 朝も帰りも警護と称して黒塗りの車が待ち構えてるんだぞ! その度にどんな視線を浴びてきたか、お前になど分かるまいッ!」

 

 め、めっちゃヒートアップしてらっしゃる。俺の身体が動かないって事は、ここは見に回るって事なのか…? まだ動くべき時ではないという事でいいんだな?

 

「政府から何度も何度も同じ事を聞かれる毎日! 私が姉さんの妹ってだけでだ! 父さん達とも連絡は取れないし、私は一人なんだぞ!? 楽しいと思えた日なんてないッ、好きだった剣道も今じゃストレスの捌け口になって……いつからか剣筋もおかしくなって……でもヤメられなくて……!」

 

「……………………」

 

「私の苦しみなどッ、お前には分からない! 分かる訳がないんだッ!」

 

 むぅ……掛ける言葉が見つからん。

 

「……で、不幸自慢は終わったか?」

 

「……なんだと?」

 

 なんだと?

 この状況でどうして煽る必要があるんですか?

 

「傷一つなく生きている奴なんていやしない。誰一人な…! 誰だって嫌な事と向き合って、それでも必死に生きている…! お前みたいに拗ねたりせず、必死で生きてんだよ!」

 

 いやいや、まぁ言ってる事(言わされている事)は分かるけどさ。篠ノ之の場合、嫌な事の度合いが大きすぎるだろ。あれ……なんかさっきも似たような事、思ったような気が……。

 

「う、うるさいッ! お前に何が……お前なんかに何が…!」

 

「そうやって悲劇のヒロイン振って、いつまで現実から逃げる気だ?」

 

「黙れ…!」

 

 黙りたい(切望)

 

「そんな弱い心してっから、剣道もブレるんだよ」

 

「黙れッ!」

 

 黙れない(諦め)

 

「ハッ……もういいだろ? ゴチャゴチャ言葉で語るのは柄じゃねぇだろ、俺も……お前も…!」

 

 めちゃくちゃ語ってたじゃん! 

 あ、おいッ、何で拳構えんの!?

 

「こっからは武でかかって来い、篠ノ之…! お前の溜まってるモン、全部まとめて俺が受け止めてやるよ」

 

 あ、身体が動く。

 いやここで俺に投げんなよ! やるなら最後までお前がやれよ! 何でこっから俺に任せんの!? 丸投げしていい時と悪い時があるだろ!?

 

 アレかお前! わざと篠ノ之を怒らせて、煽って、暴れさせて、発散させて、最後は「どうだ? こういうのもたまには悪くはないだろ?」的なセリフで締めるつもりだっただろ!? 

 

 そういう青春の1ページみてぇなノリ、ほんとキツいんだけど!? 中学生日記かお前! 何で俺の嫌がる方向に全力なんだよ! 【全力で発破をかける】ってそういう意味じゃねぇだろ!?

 

「主車……お前、まさかわざと私を怒らせて…?」

 

「……!」

 

 理解力MAXな篠ノ之の知性に感謝…!

 圧倒的多謝…ッ!

 

「まぁな」

 

 やった…!

 篠ノ之が意図を汲んでくれているなら、わざわざ戦う必要はないっしょ! 身体が動くって素晴らしい! 俺も拳下ろしちゃうもんねー! わーい!

 

「やはり、か。お前は無意味に人を傷付ける言動をするような男ではないからな。途中からもしや、とは思っていた」

 

 篠ノ之からの評価が高くて良かった。低かったら、間違いなく向かって来られてたよな……ここぞという時の誠実な振る舞い、超大事!

 

「ありがとう、主車。あんなに叫んだのは久しぶりだ。私には叫べる相手も居なかったからな」

 

「気にするな」

 

 フフフ、しかも感謝までされる始末でござる。

 篠ノ之も笑みを見せてくれたし、これで良いんだよ。なぁぁにが「武でかかって来い」だっての。言葉だけで俺たちは十分なんだよ。

 

「ん? どうして構えを解いたのだ?」

 

「……んん?」

 

「私の鬱憤を受け止めてくれるのだろう?」

 

「……んんん?」

 

 そう言って、篠ノ之は肩から掛けている竹刀袋に手を伸ばす。ちょっと待って……ちょっと待ってよ篠ノ之さん。もうソレは終わったんじゃないの? そういう感じだったじゃん、今!

 

「ふふっ……こんな気分で剣を振るのはいつ振りだろう…!」

 

 あ、アカン…!

 めちゃくちゃ、その気になってらっしゃる! ここで変にグズッたりでもしたら、「さっきの言葉は嘘だったのか!?」とかまで言われかねん…!

 

 クソッ、くそぅッ!

 結局こうなんのかよ! ああぁぁぁッ! もうっッ! 闘ってやる、闘ってやるよ! 

 

「いいぜ、言い出したのは俺だし。遠慮せずかかってきな…!」

 

 竹刀くらいなら無手のままでも何とかいけるだろ。手加減は出来ねぇけどな、全国大会優勝者に手ェ抜く余裕ねぇわ…!

 

「ああ、言われずとも…!」

 

 やる気満々な篠ノ之は、袋から取り出した得物を構えてみせた。

 

「……篠ノ之さん」

 

「むっ、なんだ…?」

 

「貴女がお持ちになられているソレは何でしょう?」

 

「木刀だが?」

 

 や、やる気じゃねぇ、コイツ俺を殺る気だ! 

 さも当たり前のように言いやがって! 何でお前が首傾げてんの!? 首傾げんのは俺だろこの場合! 

 

「中学に上がってから木刀に替えたんだ。それでもお前との差は縮まってる気はしない。だからこそ、本気で挑める…!」

 

 そこまでの評価は求めてない。

 性格だけを評価してくれよぉ! 武術的な方面で謎の信頼ヤメてくれよぉ! 木刀で殴られたら痛いだろぉ! 骨だって折れちゃうかもしんないだろぉ!

 

「篠ノ之流柔術の肝は武芸百般、だったな? 私はこの通り、コレを使わせてもらうんだ。お前も遠慮せず、武器を使え」

 

 当たり前じゃアホ!

 木刀女に誰が遠慮するか! 

 こうなりゃ、俺もマジでいかせてもらうかんな!

 

「そう言う事なら……」

 

 七色の道具が入ってるポケットから俺も得物を出す。

 

「俺はコレを使わせてもらう」

 

「それは……?」

 

「メリケン。カイザーナックルとも言うか。見たまんま、金属品だ。これで殴られたら痛ェじゃ済まねぇぞ? いいよな、そっちも木刀なんだしよ?」

 

 ドンキで買った。378円で。

 金属品だなんて嘘だ、中身はプラスチックのおもちゃだ。安いしハッタリ用で買っただけだし……コレで篠ノ之もビビッてくれねぇたら儲けモンなんだが……。

 

「……ッ……望むところだ…!」

 

 望まれちゃった。

 もう後には引けねぇ…!

 

 篠ノ之が構え、改めて俺も構えてみせた。

 

 

 

 

 

 

「……む…」

 

 主車の利き手は右の筈……それなのに何故、左拳にソレをハメる…? 普通は逆じゃないのか…? もしや、距離を縮める為の工夫…?

 

 メリケンとやらが攻撃力を高めたところで、木刀を持つ私の方が遥かに間合いは広い…! それに左構えの左拳にハメたからといって、そこまで間合いが縮まるとは思えん。

 

「どうした、篠ノ之…? 来ないのか?」

 

 既に主車は私の間合いに入っている。

 それは主車だって分かっている筈だ。それなのにコイツはまるで、自分の左手を打ってみろと言わんばかりだ。

 

……誘っているのか?

 何を狙っているのかは知らんがその誘い、乗ってやる…!

 

「はぁぁぁッ!」

 

 前へと進むと同時に左手めがけて振り下ろす。既のところで、主車の左手が後ろへ引かれる。やはりか…!

 そうするだろうと読んでいた。私はお前が後ろに手を引く事を読んでいた! 私が何の為に前へと進んだと思っている? 

 

 小手の間合いを面まで広げる為…! 

 今度は外さない、勝負だ主車ッ!

 

 

 

 

 

 

 ひぃぃぃぃッ!

 そんな気はしてたけど、マジで脳天に振り下ろしてきた!? こんなの喰らったら頭割れちゃう! マジで逝っちまうぅッ!

 

「……ッ!」

 

 振り下ろされた木刀に向かって、左拳を繰り出す。メリケンをハメたのは防御の為だッ…!

 

「なッ!?」

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 あばばばばッ!

 衝撃がメリケン(プラスチック製)を通って、俺の身体に伝ってくるぅぅッ! 電気が走ったみてぇにビリビリするぅぅぅ! でもここで止まれねぇッ!

 

「くぅッ…!」

 

 篠ノ之が後ろに下がった!? 

 チッ、いい勘してやがる! だが俺も止まれねぇ! 痺れる身体で下がる篠ノ之へと踏み込む…! 

 

 こんな奇襲2度は通じねぇッ、必ず一合で決めるッ! 

 狙うは篠ノ之の顎…ッ!

 

「―――ッ!!」

 

「~~ッ!?」

 

 躱された…ッ!? 

 半歩足りなかったか、手応えらしいモンがない……くそっ、ミスッたか…! それに……やっぱり378円ならこんなモンだよな。

 

 メリケンにヒビが入っていた。

 これじゃあもう、木刀は防げねぇや。もともと雀の涙ほどだったし、こうなるとは思っていた。

 だからこそ、一合で終わらせたかった……顎を狙ったのも脳を揺らしちまうつもりだったんだが、当てが外れちまった。

 

 どうする…?

 もう武器らしいモンは持ってねぇぞ。

 

「……あ、危なかった…! まさかその武器を攻撃でなく受けに使うなんてな。だが、私は避け……ッ!?」

 

 態勢を整えようとしたところで、篠ノ之の腰がガクッと落ちた。

 

「……?」

 

「くっ、な、どうして…! 足に力が入らない…ッ!」

 

 膝を突いたまま、立とうと藻掻くが、それでもやはり立てないでいる。

 

「……!」

 

 どうやら、良い感じに掠ってくれていたか。直撃させるよりも、思いがけず篠ノ之の脳を揺らせたらしい……ら、ラッキーすぎる…。

 

「まさか主車…! お前はこれを狙って…!?」

 

「…………………」

 

 どうしよう。

 たまたまだし、ここは素直にマグレだって言っておいた方が、俺への過信も少しは下がってくれるかな。

 

「そうなんだな!? 最初からお前はそこまで見越していたんだな!?」

 

 ぐっ……そんな目をキラキラさせて言うなよ! 違うって言える雰囲気じゃなくなっちゃったじゃないか! 正直に言ったらお前ガッカリしちゃうだろぉ!? いや、コイツの事だ、「隠しても私には分かる」とか言って勘違いを余計に増幅しかねん…!

 

「……まぁな」

 

「や、やはりか! くっ……どこまで高みに居るのだ、お前という男は!」

 

 負けたのに何やら嬉しそうに悔しがる篠ノ之さんの姿が見れて、僕もこれで良かったんだと思いました。

 

 

【フッ……これからは俺に勝つのを目標に剣を振るといい】

【お前が雑魚すぎるんだよ、バーカバーカ!】

 

 

 バカはお前だバカ!

 煽ったらまた最初からやり直す羽目になっちまうだろが! エンドレスループほど怖いもんはないからな!? それならまだ上の方がマシだ、もう勘違いされてんだし、このまま道を示す的なキャラでいこう!

 

「フッ……これからは俺に勝つのを目標に剣を振るといい」

 

「お前を?」

 

「ああ、俺を超えてみろ。明確な目標があれば、篠ノ之を取り巻く環境にも惑わされないだろう? お前の心が弱いなんて思わねぇよ。篠ノ之の剣道はもう曇ったりはしないさ」

 

「主車……」

 

 どうなんだオラァッ!

 グッときたかコラァッ!

 こういうの自分で考えて言うのって、すっげぇ恥ずかしいんだぞ! だからハイって言えこのヤロウ! むしろ感涙しろこのヤロウ!

 

「そう、だな……これからは主車を目標に……」

 

 うむうむ。

 今日みたいな事がまたあるかもしれないし、篠ノ之の場合はマジで強くなっておいて損はないと思うぞ。俺はどうせ強制だし。

 

「お前を想って鍛錬しようと思う…」(ボソッ)

 

「……………………」

 

 いや聞こえてるんだけど。

 なんかニュアンス変わってない?

 なんでわざわざ言い直すの? なんで言い直した時だけ声が小さくなるの? 俺はそれを聞いてどうすればいいんですか? 「え、なんだって?」って聞き返せばいいんですか?

 

 こういう時こそさぁ、選択肢が出てくれよなぁ。こういう時の対処法って、いまいち俺だけじゃ分かんないだよ。

 

 

【お前もしかして、アイツの事が好きなのか?(青春)】

【お前もしかして、俺の事が好きなのか?(純愛)】

 

 

 困らせろとは言っていない(真顔)

 

 下なんか選べるか!

 何が純愛だ、ウソつけ! 上げて落とされるのはもう……色々キツいんだよ! これでまた「違う」とか言われたどうすんだ!? 気まずい上に、俺は2度同じ女にフラれる事になるんだぞ!

 

 意味不明だが上を選ぼう。

 

「お前もしかして、アイツの事が好きなのか?」

 

「す、好き!?………待て、アイツだと…? おいアイツって誰だ?」

 

 それは俺も聞きたいけどスルーだスルー。

 どうせ選択肢に深い意味なんてないし、いつものアホアホなノリに決まってる。いちいち気にしてちゃあ、身が持たんわ。

 

「気にするな。それよりそろそろ此処を出よう」

 

「う、うむ……」(アイツというのはまさか……私が以前、主車に言った「私の好きな人」の事を言っているんじゃ……だ、だけど今の私は―――ッ…!)

 

「篠ノ之…? 出ないのか?」

 

「……いや、出るよ」(私は何を言おうとした……わざわざコイツの想いを断った私が今更……そんな虫のいい事なんて言える訳がない、恥を知れ篠ノ之箒…!)

 

 え、何でこの子自分にビンタしてんの?

 ああ、なるほど。まだ外にアイツらが居る可能性もゼロじゃないからな。確かに最後まで気を抜くモンじゃねぇや。

 

 

.

...

......

 

 

 危惧していた事も起こらず、無事俺たちは篠ノ之の身辺警護の者に保護された。篠ノ之が「勝手に出て行ってすいませんでした」と頭を下げ、向こうも向こうでめちゃくちゃ頭を下げて謝っていた。

 

 まぁ俺は別に保護なんちゃらの対象じゃないから、華麗にスルーされたけど。この感じは、どうやらここでお開きって事らしい。

 

「じゃあな。そろそろ俺も帰るわ」

 

「ああ……私達はまた、会えるかな?」

 

「そうだな…」

 

 どうなんだろうな。

 俺はまだ高校は決まってないが、篠ノ之はIS学園に進学する事が既に決まっているらしい。これで同じ高校って可能性は潰えた。だってIS学園って女子高だもん。俺が行ったら捕まっちまうな、HAHAHA!

 

「いつかまた会えるさ。その時はガキの頃みたいに一夏と3人で遊ぼうぜ。だからそんな泣きそうな顔してんなよ」

 

「だ、誰が泣きそうな顔をしているか!」

 

 してるんだよなぁ。

 まぁ、それ以上イジるつもりはないけど。

 

「またな、篠ノ之」

 

「ああ、またな……せ、旋焚玖…」

 

「あ? 今、お前……」

 

 俺が何か言うより早く、身辺警護の奴に連れられて、篠ノ之は行ってしまった。爆弾投下して行きやがった…! 何でよりによって、このタイミングで初めて名前で呼ぶんだ…! 

 

 思慮深い男に見えて、実は俺は単純なんだぞ! 

 そんな事されたら簡単に惚れちゃうだろ!

 それくらい単純なんだよぉ!

 

 でも、純情な感情を弄ばれた以外は何も起こらず篠ノ之と別れられた事に対して、俺は少なからずホッとしていた。

 

 篠ノ之へのパンツ口撃がいつ来るか、冷や冷やしてたんだ。会った時にはなかったし、別れ際には必ず来ると思っていたんだが……俺が備えていたせいかな、そこまで選択肢も単純じゃないって事か……アホには変わりないけど。

 

 もう此処に居ても仕方ない。

 お土産でも買って帰ろう!

 

 

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】

 

 

 やっぱりアホじゃないか!

 

 





鈴にも会いに行くのか(困惑)


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第17話 旋焚玖の叛逆


負けられない戦いがそこにはある、というお話。



 

 

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】

 

 

 何言ってだコイツ。

 泳ぐ? 海を? 

 どれくらい? 

 学校のプール何往復分だ?

 

 却下に決まってんだろバカ! 

 ちゅぅぅぅ~~~~~ごくだぞ!? 

 

 真面目な話、泳いで行くのも可能ではあると思う。俺はそれだけの鍛錬を今までしてきたからな(ドヤぁ)

 ただそれは水着での話だ。でも海パン一丁で鈴に会いに行ったところでよ。

 

 

『お前に会いに泳いで来たぜ!』

 

『やっぱり変態じゃないの!(誤認)』

 

 

 埋もれかけていた変態のイメージがまた復活してしまう。それは普通に嫌だ。かと言って、服を着たまま中国まで泳いで行けるとは流石に思えねぇ。服を着たまま泳ぐ困難さを見くびっちゃいけねぇよ。

 

 とりあえず下だ下!

 上を選んだ時点で行くのが確定しちまうからな。少なくとも下を選んでおけば、まだ足掻ける。

 

 母さんと父さんが反対すれば万事解決、単純な話だ。大阪と中国じゃ色んな意味でスケールが違うからな、普通に考えたら反対するだろ。ウチの両親ナメんなよ、流石にそこらへんの常識は持ってるわ!

 

 

.

...

......

 

 

「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」

 

 この前と全く同じ返事してんじゃねぇよ!

 なんだおま……ちくしょう、流石に心の中でも母さんをお前呼ばわりは出来ねぇ!

 

 母さんおかしくない!?

 何でそんなポンポンお金出せるの!? ウチって結構裕福な家庭なの!? 小金持ちだったりするの!?

 

 だ、ダメだ、金銭面でのアプローチは無駄に終わった……なら今度は倫理観で勝負だッ!

 

「いやいや、ちょっと待ってくださいなお母様。私の話を聞いてくださいな」

 

「あらあら、お母様呼びは初めてねぇ。今でも週に1回はママって呼んでくれるけどねぇ、うふふ」

 

 やめろぉ!

 それは俺の意思じゃないんだよぉ!

 

「まぁまぁ、それは置いておいてくださいな」

 

「え、ママ?」

 

「違うわ! なんだその聞き間違い!?」

 

 やりづれぇ!

 母さんみたいなタイプは苦手だ。自分のペースが掴みにくいったらありゃしねぇ! だけど今回ばかりは俺も引かんぞう!

 

「あのですね、母さん。俺が行きたいって言ってるのは中国なんですよ? 今日みたいに新幹線でぴゅ~っと行くのとは訳が違うんですよ?」

 

 中学3年生が一人で海外に行くなんて危険すぎるよな! それを言ってるんだよ俺はよぉ!

 

「旋焚玖はとてもしっかりしてるから大丈夫。それに空港まではちゃんと送ってあげるわ」

 

 それなら安心だな!

 いや安心してどうする!?

 

 ま、まだだ…! 

 まだ負けんよ…!

 

「ただいま~」

 

 と、父さんが帰ってきた!?

 まだ母さんも説得出来てないのに…!

 

「聞いてよ、パパ~!」

 

「ちょっ、母さん!?」

 

 またかよ!

 前と全く同じ流れじゃねぇか!

 

 玄関にパタパタ早歩きで向かう母さんの腕を掴……もうとして、ヤメた。そうだよ、前と同じ流れでいいんじゃないか。母さんが前と同じ事を言ってくれるのがいいんじゃないか!

 

「ねぇ、パパ。旋焚玖がね、今年中国に帰っちゃった鈴ちゃんに、どうしても会いに行きたいんだって」

 

 よし…!

 中々いい台詞で言ってくれた、母さん!

 

「なんだって? 旋焚玖は今日、箒ちゃんに会いに行ったばかりじゃないか。それなのに次は鈴ちゃんだって?」

 

 うっっっしゃぁぁぁッ!!

 そうだよ、父さん!

 そこはスルーしちゃいけないよな!? 倫理観作戦はまだ終わってねぇ!

 

「旋焚玖、どういう事なんだ? お前は箒ちゃんが好きで会いに行ったんだろう? それが済んだら次は鈴ちゃんに? それは人としておかしいんじゃないのか?」

 

 父さんが険しい顔で俺に詰め寄ってくる。

 いいよ、来いよ! 

 この際殴ってくれても構わんよ! いや殴ってくれ! それなら自然に「俺が間違ってた。この話は忘れてくれ」って言えるじゃん!

 

「旋焚玖ぅッ!!」

 

「おうよ!」

 

 既に歯は食い縛ってんぜ!…………あぁ? 

 何でぇ? どうして優しく肩に手を置くの?

 

「お前は今、人として最低な事をしようとしている」

 

 あ、なるほど。

 優しく諭してくれるんですね、分かります。

 

 そういや父さんが俺に手を上げた事なんて一回も無かったしな。周りがすぐ暴力に訴える奴ばっかで、俺もそっちに馴染んじゃってたわ。

 

「2人の女の子に言い寄るなんて最低だ」

 

 うんうん、流石は父さん。

 伊達に母さんを愛しちゃいねぇな!

 

「だが、それでも……!」

 

 ん?

 

「好きになってしまったんだろう? それなら旋焚玖の想いを一体誰が否定できる?」

 

 お前が否定するんだよ! 

 父親だろ!? 息子の二股になに理解示そうとしてんの!? 

 ついお前って言っちゃってゴメン! いやでも言うわ! だっておかしいもん! それにさそれにさ、何かちょっといいハナシ風に持っていこうとしてない!?

 

「そうね……恋は理屈じゃないものね…」

 

 ババァコラァッ!

 お前も拍車かけてんじゃねぇよ! あとババァ言ってごめんなさい! お前呼びは……もう謝らん!

 

「旋焚玖の目を見れば分かるさ。2人に惚れてしまった不義に苦悩しつつ、それでも2人を全力で愛そうと決意している瞳だ。パパには分かる」

 

 全然分かってねぇぞコイツ!

 なに満足気な顔してんだ、いい事言ったみたいな顔してんじゃねぇぞ!

 

「そうね。日本では一夫多妻なんて許されない事なのかもしれない。でもこれだけは忘れないで、旋焚玖。ママとパパは何があっても貴方の味方よ」

 

 一気に話飛躍させんなよ!

 何でもう結婚的な話になってんだよ!?

 

 そもそも俺と篠ノ之はそういう関係になってねぇよ! 鈴もなってねぇよ! むしろフラれてんだよ俺が! 俺がなぁぁぁッ!!

 

「ああ、一応聞いておくが、箒ちゃんとは付き合えたんだろう?」

 

 

【身体だけの関係に落ち着いた】

【初キッスはレモンの味がした】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ~~~~ッ!!

 

「初キッスはレモンの味がしたぁぁぁぁッ!!」

 

「ハハハ! こいつめ、大声で言うほど嬉しかったんだなぁ!」

 

「あらあら! 旋焚玖も大人になっていくのねぇ!」

 

 や゛め゛て゛く゛れ゛よ゛ぉぉぉぉ!

 

 ただでさえ親とそういう会話すんのは抵抗あんのに、嘘の報告させんなよぉぉぉッ! 何もしてねぇよぉ! 名前で呼ばれてキュン♥ってしちゃっただけだよぉぉぉッ!

 

「も、もういいだろこの話は」

 

「ハッハッハ! 照れるな照れるな!」

 

 や、やめろ!

 温かい目で頭撫ででくんじゃねぇよ! しまいにゃドツくぞ!? 今の俺はDV上等だぞコラァッ!!

 

 く、くそ…!

 完全に計算違いだった。

 まさかウチの両親が、ここまでトンデモ寛容力を持っていたとは……で、でも! 俺はまだッ……まだ諦めないッ! 

 

 涙で前がよく見えないが、それでも俺はまだ戦うんだ…!

 

「それは置いておいて。ちょっと私の話を聞いてくださいな、お父様」

 

「お父様かぁ! パパ呼びは今でもされ「もうそれはやったわ!」な、なんだよう……反抗期か?」

 

 この似たもの夫婦めが!

 

「あのですね、父さん。俺は確かに鈴に会いたいとは言ってますが、いきなり家に押し掛けられても迷惑だと思うんですよ」

 

 どうだオラァッ!

 俺の常識攻撃はよぉッ!

 まだ死んでねぇんだよ、俺の意思はよぉッ!

 

「確かに急に行くのは凰さんに迷惑が掛かってしまうな」

 

 そうだろうそうだろう!

 

「中国だし日帰りって訳にもいかないしねぇ」

 

 そうなんですよ!

 俺が行くだけで鈴の家族が困っちゃう! それはイカンでしょう、イカンよなぁ! ヒヒヒッ、これじゃあ行けないなぁ! だって鈴のご両親にも迷惑が掛かっちゃうんだもんなぁ!

 

「電話して聞いてみたらいいんじゃないかしら!」

 

 あ、おい待てい。

 それはずるいぞ、発達文明の力に頼るとか、そういうの俺の中ではノーカンだから。

 

「…………あ~、もしもし、凰さん? 主車です主車……ええ! ええ、そうです! いやぁ、お元気そうで何よりです、あっはっは!」

 

 の、ノーカン……。

 

 父さんが国際電話ってる。行動力早すぎだろ、少しは躊躇えよ。

 

「いえいえ、まだまだこれからですよ、なっはっは!」

 

 相手はきっと鈴の父親だろう、何やら仲良さげに話してる。

 

 くっそぅ……一夏もだけど、鈴も俺とは家族ぐるみで仲良かったもんな……それがここにきて弊害になるなんて、流石に想像だにしてなかったわ。

 

「ええ、ええ、そうなんですよぉ! で、どうでしょう? よろしければ、息子をそちらに行かせても……」

 

 断ってくれ親父さん!

 アンタの可愛い一人娘が俺に何かされるぞ!?

 

「本当ですか!? えぇっ、お泊りまでさせていただけるんですか!?」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「やったわね、旋焚玖! んもうっ、泣くほど喜んじゃって!」

 

 涙が止まらねぇ……いや、鈴に会いたくない訳じゃないんだ。こういう形で会うのが死ぬほど嫌なだけなんだ。

 

 だってよ……俺、鈴にフラれてんだぜ?

 篠ノ之の時とは違う。まだ篠ノ之には全国大会の応援っていう名目があった。だから俺もまだ耐えられた。

 

 今回はそういう名目っていうか言い訳が無いんだ。

 いや、確かに転校前に言ってたよ? 中国に来る事があったら真っ先に連絡寄こせって。中国でも引き続き店は開いてるからって(鈴の家は中華料理店を営んでいる)

 

 いやでも……それを理由にしてもキツいだろ、俺の場合。鈴からしたらフッた俺が一人で会いに来たらどう思う? 

 「うわ、コイツ一人で会いにきたよ、やべぇよやべぇよ」って引かれても不思議じゃないだろ……少なくとも未練たらたらマンだと思われちゃうじゃないか……………それはとっても辛いなって…。

 

「はい、はい、ああ、それもいいですね! 分かりました、では3日後に……はい、はぁい」

 

 電話が終わった。

 それは俺への死刑宣告に等しい。

 

「鈴ちゃんのお父さんが『どうせなら一夏くんも呼んで一緒においで』だってさ。お金の事は心配するな、父さん達が出すよ」

 

「!!!!」

 

 執行猶予だオラァッ!!

 

「一夏の家行ってくるッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

「一夏ぁ! 鈴に会いに行くぞ鈴に………ぁあ…?」

 

「お゛ぅ゛……ぜんだぐぅ……」

 

 何故、そんなダミ声なんだ…?

 何故、マスクを装着している…?

 何故、この真夏に厚着をしている…?

 

「……風邪、引いてんのか?」

 

「ゲホッゴホッ……インフルった…」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「あ゛……ぜんだぐ…?」

 

 超スピードで近くのスーパーまで駆けていく。

 

「コレとコレとッ、あとコレもだオラァッ!!」

 

 目ぼしいモノを買って、即行で一夏の家に戻る。

 

「デコ出せオラァッ!! 冷えピタ貼ってろ!」

 

「あ゛~~~、ずまねぇ……」

 

「水分だ! ポカリってろ!」

 

「んぐんぐ……ぷへぇぁ~…」

 

「栄養だ! リンゴ食えお前このヤロウ!」

 

「シャクシャク……ンまい…」

 

 くそっ、他に俺に何が出来る…!?

 クソバカ一夏め、こんな時にインフルなりやがって…!

 

「で、医者から何て言われてる?」

 

「1週間あんせー」

 

 クソッたれぇ……(諦め)

 

 

.

...

......

 

 

 トボトボ帰宅。

 父さんと母さんに一夏の事を話す。

 

「……そうか、一夏くんはインフルエンザか…」

 

「う~ん……それなら無理強いできないわねぇ」

 

 ぐぬぬ……こういう時に、無理やりにでも連れていける精神を持てない自分が恨めしい。良心の呵責に負けるボク……ちくせぅ。

 

 

~♪~♪~♪~♪~♪

 

 

 で、電話……一体、誰から…?

 

「ひぃっ…!」

 

 い、嫌だ、出たくねぇ!

 間違いなく要件はアレだもん!

 でも出ないと余計に怒られる……ええい、ままよ!

 

「は、はい、もしもし…」

 

『ちょっとアンタ! さっきパパから聞いたわよ!? 急すぎてあたしもよく分かってないんだけど!? ちゃんと説明しなさいよね!』

 

 は、半年ぶりの電話なのに情緒もクソもねぇ……。

 

「いや、まぁ、アレなんですよ、その……まぁアレなんですよ」

 

『全っ然、伝わってこないわ』

 

 だろうね。

 ごめんね、ほんと。

 

『……一夏も、その…来るの?』

 

「あー……いや、それがアイツ今、風邪引いててさ……その、なんていうか、俺だけになりそう、です、はい……」

 

『そうなんだ……あっ、べ、別にアレよ? 今のは深い意味で言った訳じゃないんだから!』

 

「はぁ……」

 

 深い意味ってなんだろう。

 

『……アンタ1人で来んのよね?』

 

 うぐっ、やはり来たかこの話が…!

 

「あー、まぁ……あ、でもやっぱ俺だけじゃ気まずいよな!? この話は別に無かった事にしても」

 

 そうだよ!

 ここで鈴に断ってもらえれば!

 

『だ、誰もそんな事言ってないじゃない! いいから気にしないで来なさいよ! いいわね!? 今更来ないとか言ったらブン殴るわよ!?』

 

 鈴の気遣いが身に染みる。いい子すぎて涙がで、出ますよ……今回ばかりは違う意味でだけど。

 

「あーっと……じゃあ、お邪魔するわ」

 

『分かればいいのよ。ああ、あと今ウチに従妹も居るから。アンタが来た時に紹介す……ちょっ、何すんのよ乱!?』

 

 乱?

 

『くんな変態!』

 

 ブツッ……プーッ、プーッ、プーッ……。

 

 電話は既に切れていました。

 鈴より少し幼い女の子の声でした。

 

 見ず知らずの少女に電話口で変態と罵られて……なんていうか……その……下品なんですが……フフ……フフフ…………………勃たねぇよぉ……いっそ、そういう性的嗜好持ってりゃ良かったよぉ……普通にグサッときたよぅ…。

 

 

「…………行きたくねぇなぁ…」

 

 





乱も居るのか(困惑)


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第18話 鈴v.s.乱


論破に次ぐ論破、というお話。



 

 

 電話が切れた(切られた)後舞台は一旦中国に移る。

 

「いきなり何てコト言うのよ乱!? あぁもうッ! 勝手に電話も切っちゃうし!」

 

 乱。凰乱音。

 あたしより一つ下の従妹だ。

 幼い頃から家が近くって事もあり、日本へ行くまでは毎日のように一緒に遊んでいた。あたしも乱の事は妹のように思っていたし、乱もあたしの事を姉のように慕ってくれていた。

 

 中国に戻ってきてからは乱の家庭の事情もあって、あたし達と一緒に暮らしているのだけれど……数年会わないウチに乱は何て言うか、エラく生意気になったっていうか……なんだろ、呼び方も「鈴おねえちゃん」から「鈴姉」に変わったし。

 

 いや、ぶっちゃけそれは全然いいんだけど、なんかねぇ……妙にあたしにツンツンしてるっていうか……あれかしら、乱も14歳だし反抗期が来たのかしらね。

 

 まぁ乱があたしに何を思っているかは分かんないけど、あたしは乱の事を今でも可愛い妹分だと思っている。正直、たまに乱のツンツンっぷりにイラッとはくる事もあるけど、そこは怒らず我慢だ。それであたしまで乱に対抗しちゃったら、それこそ収拾がつかなくなっちゃうからね。

 

 だけど、流石に今回だけは怒らなくちゃいけない。人間、やって良い事と悪い事があるのだ。

 無理やりあたしから電話をぶんどり、その上、暴言を吐いて勝手に切るなんて、いくらなんでも度が過ぎる行為だ。しかも、ちょっと満足気な顔してるし! 何やりきった感出してんのよ!

 

「アンタ、どうしてあんなコト言ったの!?」

 

「だってさっきの男って、鈴姉にパンツくれって言った奴なんでしょ!? 変態じゃんか! アタシは間違ってない!」

 

「うぐっ……そ、それは…」

 

 あたしの失敗だった。

 日本から帰ってきて間もなくの事、乱から『日本でどんな人と友達になったの?』と聞かれた時に、つい軽い気持ちで旋焚玖の話もしてしまったんだ。

 

 『転校初日でパンツくれって言われちゃってさ~』なんて、ちょっとした面白話な感じで言ったつもりだったけど、こんな事になるとは思いもしなかったわ。

 

 ここは話したあたしがちゃんとフォローしておかないと…!

 

「ち、違うのよ乱。旋焚玖のアレはね、なんて言うか、その……儀式……そう! 儀式みたいなモノなのよ!」

 

「はぁッ!? 何を召喚すんの!? パンツ!? パンツを召喚する儀式って訳!? やっぱり変態じゃん!」

 

「ち、違ッ……えーっと、そうじゃなくて…! アイツのアレは日課っていうか!」

 

「日課ァッ!? ちょっと鈴姉! 初めて会った時だけじゃなくて毎日『パンツくれ』って言われてたの!?」

 

 や、藪蛇ったぁぁぁッ!

 毎日言われた事は教えてなかったんだっけ!? 

 

 まずい……非常にまずいわ…! 

 このままじゃ旋焚玖が来ても、乱が躍起になって追い返そうとするかもしれない…! あたしに似て手が早いこの子の事だ、きっと力で訴えるに決まってる…!

 

「だ、だからね? 違うのよ、乱。旋焚玖はね、とっても物知りなの!」

 

「はぁ……? それとパンツは全然関係ないじゃん」

 

「それが関係あるのよ! 旋焚玖はね、あたしや一夏にトリビア的なモノを教えてくれてたのよ!」

 

「いや、だからさ、それとパンツは関係ないでしょ?」

 

「違うのよ! パンツな挨拶をしてから、その流れで雑学をあたし達にね」

 

 あぁもうッ!

 自分で言ってて、あたしまで訳分かんなくなってきちゃったじゃない! パンツな挨拶って冷静に考えたら何よ! その流れってどんな流れよ!

 

「パンツな挨拶ってなに!? 旋焚玖って男は挨拶気分で『パンツくれ』って言ってくるの!? しかも流れ変わってるじゃん!」

 

 そ、そうね。

 乱の言う通りだわ。

 

「ソイツは物知りなんでしょ!? それで鈴姉は毎朝、ソイツから色んな事を教えてもらってたんでしょ!?」

 

「え、ええ、そうね」

 

「パンツな挨拶なくていいじゃんッ!!」

 

「うぐっ…!」

 

 ま、真っ向から論破されちゃったわ。

 清々しいまでに完敗……見事よ、乱…!

 

 正直なところ、反論材料はまだ残っている。

 でも、これは流石に……恥ずかしくて言えないわ。

 

『旋焚玖はあたしの事が好きなの! だからあたしのパンツが欲しいの!』

 

 い、言えないッ!

 絶対に言えないこんな事! 

 旋焚玖だって、勝手に自分の気持ちを言いふらされるのは嫌でしょうし…っていうか、言ったら言ったで「やっぱり変態じゃん!」って言われるのがオチだし。

 

 あれ…?

 そう考えたら、旋焚玖って変態よね。小学生の時ならまだしも、中3間近って時でも平気でアイツはあたしにパンツねだってきたし。

 

 う~ん……それなのに、嫌悪感が無いのはやっぱり……。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 身を挺して、あたしを守ってくれたアイツの姿を見ちゃったから……かな。不覚にもドキッてしちゃったし。恥ずかしいからアイツには絶対言わないけど。

 

「旋焚玖はね……ただの変態じゃない。カッコいい変態なのよ」

 

「鈴姉……頭大丈夫…?」

 

「デコ触ってんじゃないわよ! あたしは平熱よ! アイツの事はそうとしか言えないの!」

 

 後はまぁ、数年も同じ事を毎朝毎朝言われてたら、あたしも慣れちゃうっていうか、感覚が麻痺しちゃったっていうのもあるでしょうね。

 

「はあ~ぁ……でもアタシ、ショックだなぁ」

 

 一転して、乱がため息をついてみせた。

 さっきまであんなにギャーギャー騒いでたのに、そんな急に湿っぽくされたら、逆に不安になっちゃうじゃない。

 

「な、なにがよ?」

 

「そんな変態の名前を鈴姉ってば、たまに呟いてるんだもん」

 

「つ、呟いてないわよ!」

 

「いいや、アタシは何度も聞いてるね! 7:3の割合で『旋焚玖ぅ…』って鈴姉は言ってた!」

 

「そんな気色悪い呼び方してないわよ! だいたい何よ、その7:3って!」

 

 意味不明な比率なんか出しちゃって! そんなので、あたしがずっと大人しく論破されっぱなしと思わない事ね!

 

「……『ぐすっ……一夏ぁ…』」(迫真の物真似)

 

「!!?」

 

「これが7の正体だよ! ついでに昨日の鈴姉は7の方だったね!」

 

「ぐっ…ぐぬぬ…!」

 

 まさかそれまで聞かれていたなんて…!

 流石に昨日の事くらいはあたしも覚えている。昨日の今日で身に覚えがないって言うのは厳しい…! っていうか、何で聞いてるのよ!? 誰も居ないからあたしだって……ポソッと呟くくらいは……あ、あるでしょ! 

 

 そのボソッとを何で聞いてんのよぉ!

 

「週5ペースで聞いてるよ」

 

「ほぼ毎日じゃない!」

 

 毎回それに気付かないって、あたしもどうなのよ!? 

 アレか、気配を消す達人かこの子は! 

 っていうか、あたしもほとんど毎日、一夏と旋焚玖の名前を呟いてたって訳…? 日本から離れてまだ半年なのに、無意識のウチに呼んじゃうって……あたし、そんなに弱かったの…?

 

「ねぇ、鈴姉。7が本命として、3は何なの? どうしてたまに変態の名前まで呼んでるの?」 

 

 くっ……言いにくい事をズバッと聞いてくるわねぇ…! 色々あるのよ! 乙女には……い、色々あるのよ! 

 旋焚玖の事は親友として好きだと思ってるの! そう思わせてよ! そう思わないとあたしは…!

 

「ねぇ、鈴姉ってもしかして……気が多いの?」

 

「ほぐぅッ…!」

 

 

『気が多い』……あれこれと気を引かれるものが多い。移り気である。(広辞苑参照)

 

 

 乱の言葉が突き刺さる。

 ボディにガツンと突き刺さる。まるでリバーブローを受けた気分だ。

 

 でも、まだよ…!

 あたしの精神はそんなヤワじゃない…! いくらボディを攻められても、意識は保ってられるんだから!

 

「……鈴姉って一途じゃなかったんだね」

 

「ぐはッ……」

 

 乙女として、出来れば言われたくなかった言葉。あたしの中だけで留めておきたかった疑惑の言葉。乱から放たれた真っ直ぐすぎる言葉は、弱ったあたしの意識を刈り取るには十分な威力だった。

 

「強くなったわね、乱……アンタの勝ちよ……」

 

「はぁ? え、ちょっ……鈴姉…? うわっ、な、何で倒れるの!? 勝ちってなにさー!?」

 

 あたしの意識よ、さようなら(現実逃避)

 

 

 

 

 

 

「……鈴姉、寝ちゃった…? いや、気絶?」

 

 だけどこれでハッキリした。

 アタシの敵はずっと織斑一夏だけだと思っていた。カッコ良くて凛々しかった鈴姉を腑抜けにした織斑一夏だけだと…! 主車旋焚玖はただの変態で、捨てておいて良しと思っていたけどダメだ。

 

 コイツも鈴姉を腑抜けさせている要因の1人って事が分かった。主車旋焚玖もアタシの敵だ! っていうか変態だし、普通に敵だ! 変態の癖に鈴姉から『カッコいい』とか思われてるなんて絶対におかしい! なにか洗脳みたいな事をやったに違いないんだ!

 

 見敵必殺。

 覚悟してなさい、主車旋焚玖。

 アホみたいな顔して中国に来るがいいわ。でもその時がアンタの最期、アタシが正義の鉄槌を喰らわせてやるんだから!

 

 





乱音ちゃんは良い子。


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第19話 2人の出会いはロマンス

泣かせた少女、というお話。



 

「退屈しないで済んだ。お前さんのおかげだ」

 

「いえいえ、自分も楽しかったです」

 

 機内で仲良くなった人とバイバイして、鈴から言われた場所へと向かう。そこで待ってりゃ、鈴が直々に迎えに来てくれるんだと。

 

 しかし何事もなくて良かった。

 俺は無事、中国に来れたぞ。

 

 飛行機内での俺はツイていたと言っても良い。

 だって、隣りの席の人がいい人だったもん。

 

 

.

...

......

 

 

 母さんに空港まで送ってもらった俺は、そのままトラブル(選択肢)に遭う事もなく、目的の飛行機に乗れた。

 

「席、席……おっ、ここか」

 

 やった。

 窓側じゃん。

 これで外の景色が楽しめる。後は非常識な奴が隣りに座らなければ、快適な空の旅を楽しめそうだ。乗り物っていうのは、電車だろうが飛行機だろうが、隣りに座る他人で内容が決まるのだ。

 

「隣り、いいですか」

 

「あ、はい」

 

 そんな事を思っていたら、タイミング良く隣りの席に座られた。

 眼光の鋭い女性である。どうやら俺と同じく1人らしいが、この感じは常識人ですね、間違いない。ただ、怒ったら怖そうだから俺も大人しくしておこう。

 

 

【空の旅におしゃべりは付き物。まずは年齢と体重を聞いてみよう!】

【暇だし何らかの勝負を仕掛ける】

 

 

 これは非常識ですね、間違いない。

 空港で大人しくしていたのは、この時の為の布石だったのか……要らぬ気遣い、嬉しくないです。

 

 年齢と体重を初対面の女性に聞く……普通に無しだと思います。そういうのを子供のシャレで済ませてくれる様な気配がこの女性からはしないのです。

 

 なら、下か…?

 でも勝負ってなに?

 【何らかの】ってのがまた曖昧だ。

 だが、こういう系はこれまで何度も見てきた。故に俺の経験が教えてくれる。このパターンは【勝負】さえ成り立っていれば、内容は俺が考えていいパターンの方が比較的多い。

 

 比較的、だからもちろん過信は禁物だが、さて…?

 

 下の選択肢を選んだ瞬間、口が開くのを許された。

 やったぜ。

 

「しりとり」

 

「……………………」

 

 真っ直ぐ見てないでください、こっちを見てください。

 

「しりとり」

 

「……?」

 

 え、私に言ってるの?みたいな顔ですね、分かります。そして分かってください。何も言わず何も考えず付き合ってください。一回だけ、一回だけでいいですから!

 

「しりとり」

 

「えぇ…? えっと……え、しりとり…? えーっと……り、リス…? で、いいのか…?」

 

 勝負、成立也ッ!!

 

「スリランカ」

 

「えぇ…? ホントにするの? まぁ別にいいけど。えっと……か、か…」

 

 こうして勝負は成り立ち、ついでに俺の勝利で終えた。まぁ自分、しりとりには結構自信ありますから。密かに世界チャンプレベルを自負していますから。

 

 ま、これで選択肢の条件もクリア出来たし、後はのんびり外の景色でも楽しんで「……もう1回だ」……ぅえい?

 

「まだ勝負は終わっていない。もう1度だ」

 

 何か悔しそうな顔して睨んできてるぅぅぅッ! 怖ッ、眼光キュピーンってなってますよ!? しかも口調が何だか尖ってますよ!? 

 

 そっちがもしかして素なんでせうか…?

 

 いやいや、この展開は想定外だぞ。流石にリベンジられるとは予想だにしてなかった。もうアレだな、ここは適当に負けてさっさと切り上げた方が良さそうだ。

 

「手を抜いたら怒るぞ」

 

……怒るのか。マジな目して大の大人が子供に怒るのか。

 でも怒られるのは嫌だなぁ……機内だし、みんなに見られるし。そういう注目のされ方ってホント嫌いなんだよ。普通に恥ずかしいし。

 

 結果、中国に着くまでずっと挑まれ続ける私でした。

 景色、見たかったなぁ……。

 

 

.

...

......

 

 

「……いい人……だし、変な人だな!」

 

 っとと。回想ってる間に目的地に到着したな。鈴から写メで送られてきた、この噴水の前で待ってりゃいいんだっけか。

 

 周りを軽くキョロってみるが、鈴らしき女の子の姿は見当たらない。むっ……鈴からメール?

 

『ごめん、旋焚玖。従妹の乱がどうしても1人で迎えに行きたいって、もう家出ちゃったの。もうすぐ着くと思うから、あたしっぽい子見たら声掛けてあげて』

 

 鈴っぽい子ってなんだよ。しかも従妹の乱って、アレだろ、俺を変態呼ばわりした子だろ……その子がわざわざ1人でぇ…? 何の為にぃ…? 

 

 俺にナニかする為に決まってるんだよなぁ……む、まだメールは途中だったか。

 

『追伸 大丈夫よ、旋焚玖。乱も「絶対何もしないから」って言ってたわ!(*^^)v』

 

 単純か!

 なんだそのバレバレの嘘台詞!? いやお前結構頭キレるタイプだったろ!? 何でそこだけ簡単に信じちゃうの!? その台詞はやべぇって! 絶対何かする奴が言う台詞じゃねぇか! トップだよトップ、殿堂入りしてるわ!

 

 むしろ、どうして自信満々にvサイン付きの顔文字まで送ってこられるのか……もしかして、俺も信じていいんですか…? 

 

 そうだよ、鈴が大丈夫って言ってんだ。

 アイツの言葉は信じるに足りる……けど、ちゃんと大人しくして待っておこうね。やっぱり人間、第一印象って大事だと思うの。ただでさえ変態呼ばわりされちゃってるのに、その上挙動不審だったら目も当てられないよ。

 

 

【待ってる間、暇なのでアカペラってる。ガチで】

【待ってる間、暇なのでスクワットってる。ガチで】

 

 

 クソったれぇ……(諦め)

 

 

 

 

 

 

「……もしもし、鈴姉…?」

 

『どうしたの、乱? もう旋焚玖とは会えた?』

 

 会えたという表現は違うと思う。

 

「えっとね、待ち合わせの場所には着いたよ」

 

『そう? なら旋焚玖も居るでしょ?』

 

 もしかしたら居るんじゃないかなとは思う。

 

「……なんかね、うぉぉぉ~ってね? スクワットしてる人なら居る。なんかね、めっちゃ速いの」

 

『あ、それ旋焚玖だわ』

 

「えぇぇぇッ!? 嫌なんだけど!? アレに近づくとか嫌なんだけど!? 話しかけるとか無理なんだけど!?」

 

 どうしてあの奇行者が主車旋焚玖だって、鈴姉には分かるのさ!? 見てもない癖に! きっと適当に言ってるんだ! そうに違いないんだ!

 

『なによ乱、アンタもしかしてビビッてんの? ならやっぱりあたしが…』

 

「だ、誰があんな変質者にビビるかい! いいよ、話し掛けてやるよ! ジョートーだよッ!」

 

『はぁい、それじゃ家で待ってるわね~』

 

 電話、切れちゃった。

 もう1度、アレを視界に入れてみる。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 うわぁ……すんごい叫んでる。

 えぇ……アタシがアレに声を掛けなきゃいけないの…? つい鈴姉には強がっちゃったけど、ハードすぎない? 

 

 だって、アレよ?

 道行く人たち、皆に2度見されてるんだよ? 流石に周りの目を気にするでしょ、普通の神経してたら! 何で一心不乱なのよ!? 何がアンタをそこまでさせるのよ!?

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

「うぅ……」

 

 ま、負けないもん!

 それでもアタシは負けない!

 こんな変質者に怯んでたまるもんですか!

 

 一歩ずつ、一歩ずつ、着実に歩を進めていく。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

「……ッ…!?」

 

 うわっ、目が合った…!

 変質者は危ないから目を合わせちゃいけないってママが言ってたっけ!? そんな金言を思い出すよりも早く、本能がアタシの目をアレから逸らさせた。

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~~~ッ!!」

 

「ひぃっ…!?」

 

 咆哮が急にダミった!?

 思わず視線を戻してしまう。

 また目が合って……………え、何か……えぇ? 

 な、泣きそうな目してない…? 気のせい? むしろ何かをアタシに訴えかけてきているような……そんな気がするんだけど、ううん、これはきっと気のせいじゃない。

 

 どうしてそんな悲しそうな目で……悲しそうな目で……スクワットしてんの?

 

「えーっと……あの「うおぉぉぉッ!!」アナタってもしかして「うおぉぉぉッ!!」やかましいのよこの変態ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 あ、言っちゃった。

 まだコイツが主車旋焚玖かどうか、確認する前に言っちゃった。いやでも、言うでしょ今のは。そんなにアタシ悪くないでしょ、今のは。

 

 でも、静かになってくれたわ。

 しかもスクワットも止まったし。

 これでちゃんと確認出来るわね。でも、コイツと知り合いとは思われたくないし……あ、そうだ、電話でも1回変態呼びしてるし、それで通じるでしょ。

 

「あーっと……一応、聞くけどさ。アンタが変態よね?」

 

「……ぐすっ…」

 

「ふぇっ!?」

 

 な、泣いたぁー!?

 




なーかした!なーかした!
一夏と千冬姉に言ってやろー!


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第20話 バブみ


感じるんですよね?というお話。



 

 

「ペラペラやべぇ、ペペラペラ」

 

「なんだあれペペペラペ、ペラペーラ」

 

「ペペラペペーラ頭おかしい」

 

 これがアウェーの洗礼なのか。

 日本に居た俺は、大海を知らないただの井の中でイキっている蛙に過ぎなかったんだ。それを今、強く痛感させられている…!

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 雄叫びと共に全力でスクワット。

 自分で言うのもなんだが、超スピードだと思う。地元ではありふれた光景さ。そう地元ではな……ここは見知らぬ土地なんだ、俺を知らない異国なんだ…! その事実が俺に現実を叩きつけてくる。俺が今までどれだけ温室に居たのかを自覚させてくる。

 

 小学生時代、学校で俺を変な目で見てくる奴は居なかった。何故なら小学1年生からずっとこんな感じだったからだ。小学生男子ってのはアホしてナンボなところがある。それが低学年だったら尚更だ。

 学年が上がる度、違うクラスから同じクラスになった奴は最初に「なんだコイツ!?」となるも、既に他のクラスメイトが受け入れているので、自然と初見な奴らも時間と共に俺を受け入れるようになる。

 

 そのまま地元の公立中学に上がれば、当然大半の連中が同じ小学校の奴だ。結果、中学も特に変な扱いはされていない。長く居れば、俺でも受け入れられるのだ。それは学校以外でも同じだった。

 

 こちとらガキの頃から何年も、逆立ち歩きで地元を徘徊し続けていたんだ。今更、咆哮&スクワットくらいのコンボじゃ、地元の人間であれば誰も驚かない。

 

「おっ、また主車んトコの息子がやってるぞ!」

 

「あらあら、旋焚玖くんは今日も元気ねぇ!」

 

 そういうキャラを確立してきたんだ。

 だから誰も俺を変な目で見てこない。俺がこういう奴だと知っているから。

 

 しかし、しかし…!

 何度も言うが、此処は地元じゃないんだ。地元どころか日本ですらない、中国なんだ…! 誰も俺を知らないんだ! そんな中で超高速スクワットを叫びながら敢行していたらどうなる!?

 

 冒頭の反応に決まってるだろ!

 何を言っているのか、さっぱりだったらまだ良かった。

 だが、俺の語感センスは素晴らしいからな。中国語なんて前世の大学で習ったきりなのに、それでもまだ記憶に幾つか残っている程、俺は凄いからな。それが今回ばかりは徒になった。俺の凄まじさが徒になってしまったんだ。

 

 ところどころ、聞き取れてしまうんだ。

 不運にもマイナス系ばかり聞き取れてしまうんだ。それが俺のメンタルにグサグサくる。ホームとアウェイの違いを痛感してしまう。

 

 っていうか……もう帰りたい。日本に帰りたい。

 何で俺がこんな目に遭ってんの? よくよく考えたら……いや、軽く考えてもおかしくない? 親に二股を勘違いされて、それも熱く承諾されて、わざわざ遠い遠い中国まで気まずい鈴に会いに来て? それでコレですか? しかも会った事もないガキに、電話で変態呼ばわりされる始末ですよ? 

 

 これはアレですか?

 もしかして篠ノ之との再会を結構楽しんだ反動ですか? 飴と鞭ってるんですか? でも、ちょっと鞭が痛いです。ホームでイチビってただけの俺の精神力が、キツすぎるアウェイの洗礼で挫けそう……ううん、もう挫けた。だって泣きそうだもん。いい歳こいて俺、何やってんだろって……。

 

 あ、鈴っぽい子だ。

 声……掛けらんねぇや。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 あ、目ェ逸らされた。

 そんな事したらホントに泣くぞ? いよいよ泣くぞ? いいのか? お前のイトコの姉ちゃんに(友達として)好きって言われた男が泣いちゃうぞ! それでもいいのかよ! おい、こっち見ろよ! マジで泣くぞ!?

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~~~ッ!!」

 

「ひぃっ…!?」

 

 よ、よし!

 見たな! こっちを見たな! 後は意思の疎通を図るんだ、俺を止められるのはお前しかいねぇ!

 

「えーっと……あの「うおぉぉぉッ!!」…」

 

 うるせぇ!

 

「アナタってもしかして「うおぉぉぉッ!!」…」

 

 うるせぇ!

 

「やかましいのよこの変態ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 解放された。

 それついては多大なる感謝を。

 

「あーっと……一応、聞くけどさ。アンタが変態よね?」

 

 でもな?

 お兄ちゃん、もうダメだわ。

 会った事もない年下の女子に、恐々しく、それでもやっぱり変態呼ばわりされちゃった事で涙腺がK.O.されちゃいました。

 

 頬を伝う涙を止めらんない。

 今回ばかりは、いつもみたく気丈に振る舞えない。俺のメンタルはボトボトダ。

 

「ちょっ、ちょっと、なに泣いて…!? ああ、もうッ! こ、こっちに来なさい!」

 

 年下の女子に、俺を変態呼ばわりした女の子に手を引かれる。反抗する気力もなく、俺は鈴っぽい子に黙って連れられるのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「とりあえず、此処でいいでしょ。ほら、アンタも座んなさいよ」

 

「あ、ああ…」

 

 鈴っぽい子に連れられたのは公園だった。

 聞けば、この近くに鈴の家もあるらしい。だが、今の状態で会いに行くのはちょっとアレだから…という事で此処で少し落ち着こう、と。

 

 鈴っぽい子に倣って俺もベンチに腰掛ける。流石にもう泣いてはいない?

 

「……アンタが主車旋焚玖、で合ってるのよね?」

 

「ああ」

 

「そっか……」(や、やりにくい……イメージしてたヤツと違うんだもん。鈴姉からパンツをねだる変態だし、傲慢なヤツを想像してたのに……すっごいシュンってしてるんだもん)

 

「えっと……あ、アタシは凰乱音だから。えっと、まぁ……乱でいいわ」(変にあだ名で呼ぶな、とか言ってまた泣かれてもアレだし。癪だけど許したげる)

 

 

【分かった、鈴っぽい子】

【分かった、乱音】

 

 

 分かってないんだよなぁ。

 

「……分かった、乱音」

 

「分かってないじゃん!」

 

「ごめんなさい」

 

「べ、別に頭まで下げなくてもいいから! まぁ、好きに呼びなさいよ」(わ、分かんない……どういうヤツなのよ)

 

「名前も互いに分かったし。ねぇ、どうして噴水の前であんな事してたの?」

 

 そりゃあ聞いてくるよな。

 乱の言葉に悪意や皮肉は感じられない、純粋に疑問として思っているのだろう。でも、俺がそれに答えられるのは一言のみ。

 

「分からない」

 

「……はぁ?」

 

 視線を険しくされても、これだけは俺も譲れないんだ。この類の問いに対して、俺は今までずっと『分からない』『知らない』『存じ上げない』で通してきたんだ。

 バカ正直に【選択肢】の存在を明かしたところで一体誰が信じる? 信じる訳がない。それどころか本気でサイコパス扱いされてしまうだろう。それだけは絶対に嫌だ。

 

 だから俺はこう答えるしかない。

 

「俺にも分からないんだ」

 

「………………ッ」(そんな訳ないじゃん、嘘つき……って言いたいけど、そんな捨てられた子犬みたいな目で見られたら言えないじゃない…! んもうッ、本気で調子狂っちゃう!)

 

「そう。でもね? ああいう事はしちゃダメだよ? やっぱり、その、ね? みんなも驚いちゃうし」(んもぉぉぉッ! 何でアタシが優しく諭してんのよ!? アタシはコイツを追い返しに来ただけなのにぃぃぃ~~~ッ!)

 

 うぅ……気を遣われてるのがビンビンに伝わってくる。しかも、俺がヘコんでいるのを考慮してか、まるでまだ何も知らない幼子に接するかの様に説いてくる。乱さんのその雄大な優しさが俺を更にヘコませる。

 

「そうだな。これからはヤメておくよ」

 

「ええ、そうした方がいいわよ、きっと。あんなのもしイケメンがしてても多分みんな引いちゃうと思うし」

 

 

【俺はイケメンだから大丈夫だ!】

【俺はナニメンなんだ?】

 

 

 ナニメンって言葉が存在していた事に驚きを隠せない。

 えぇ……でも聞くの? あんまり聞きたくないんだけど。イケメンを例に出してる時点で既に除外されてるし、あとはフツメンかブサメンくらいしか残ってないじゃん。

 

「俺はナニメンなんだ?」

 

「え? アンタは……そうね、フツメンね。可もなく不可もなく……うん、見事なフツメンだわ」

 

 見事なフツメンってなんだよ。

 でもブサメンって言われなくて良かった。イケメンってのは一夏みたいな奴を言うんだ。俺だってそれくらいは分かっている。

 

 だが待ってほしい。

 フツメンの中でもランクがあると思うんだ。上・中・下的なクラスに分かれてる筈なんだ。

 自分で言うのもなんだが、俺はフツメン(上位)に位置していると思う。だって篠ノ之みたいな美女に名前で呼ばれたし。鈴にも(友達として)好きって言われたし。2回も言われたし。

 

 別に追及する気はないけど。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【○レンジャーで言えばどのくらいだ?】

 

 

 追及しねぇって言っただろ!

 変な聞き方してんじゃねぇよ!

 

「○レンジャーで言えばどのくらいだ?」

 

「……ミドレンジャーね」

 

 別に居なくても困らねぇヤツじゃねぇか!

 いや、乱さんも真面目に答えなくていいんですよ!?

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【おでんで言えばどのくらいだ?】

 

 

 いやもういいだろ? 

 もう十分だ、十分堪能したよ!

 

「おでんで言えばどのくらいだ?」

 

「……コンニャクね」

 

「コンニャク? それっておでんの中でも主役級じゃないか?」

 

 もしかして乱さん的には、割と俺の顔は評価高かったりするのかな?

 

「ええ、そうね。おでんの顔とも言えるわ。そのくせ、あまり美味しくないでしょ? アンタの顔はそんな感じなの」

 

「ぐ、ぐぬぬ…!」

 

 どんな感じがまるで伝わってこねぇ! ミドレンジャーでコンニャクな顔なんて分かるか! やっぱり俺は真ん中でいい、ただのフツメンでいい、フツメンがいい、フツメン最高!

 

「……なんか……やっと元気になったみたいね」(よく分かんないヤツだけど、辛気臭い顔されてるより、よっぽどいいわ)

 

「ああ、おかげさんでな」

 

「それじゃあ、鈴姉のところに戻……あれ…?」(いやいや、おかしくない? ちょっと待ってよ。何でアタシ普通にコイツと仲良くしゃべってんの? アタシはコイツをブン殴ってやる為に迎えに行ったんじゃないの? だってコイツは鈴姉のパンツを欲しがる変態なんだよ!?)

 

 隣りの乱さんが何故かプルプル震えていらっしゃる。

 この子の案内無しじゃ、俺も鈴の家には行けないし……えっと、どうしよう…?

 

「ねぇ……どうして、鈴姉のパンツをほしがるの?」(もっと強く言いたいのに言えない……だって泣かれたら困るもん。理由は分かんないけど、なんか困るもん!)

 

 ああ、やっぱりそれが『変態』たる所以だったか。だが、それこそ本当にアレなんだ。

 

「分からないんだ」

 

「ッ、あ、アンタねぇ…! いい加減に……ッ…くっ、くぅぅぅ…!」(だからその目はヤメてってば! 何でそんな目で言うのよ! アタシの良心に訴えるなんて反則だぁ! もう追及できないじゃんかぁ!!)

 

「あ、あのね……えっと、ああ~……もう旋焚玖って呼ぶわよ? 呼び捨てだけどいいよね?」

 

 

【いい訳ねぇだろクルァァァッ!! ブチ殺すぞクソアマぁッ!!】

【旋ちゃんの方がいい】

 

 

 なんだお前コラァッ!! 

 さっきからコラァッ!! 

 絶好調かお前! 初めての外国でハシャいでんのか!? 勝手にテンション上げてんじゃねぇぞコラァッ!!

 

「旋ちゃんの方がいい」

 

「は、はぁッ!? アンタ調子に乗るのも「す、すまん。忘れてくれ」~~~ッ!! 分かったよぉ! だからその目でアタシを見んなぁ!」

 

 目?

 その目って……何か俺の目、おかしいのか? 今までそういう指摘は誰にもされた事ないからよく分からんぞ…?

 

「んもうッ! 話を戻すわよ、せ、旋ちゃん…!」

 

「お、おうよ!」

 

 年下の少女から『旋ちゃん』呼ばわり……なんか……やべぇ。

 

「あのね、せ、旋ちゃん。アタシが怒ってるのは、日本で鈴姉にパンツをくれって毎日旋ちゃんが言ってたって聞いたからなの。それは本当なの?」(鈴姉を誑かせてる云々はひとまず置いておこう。まずはこっちだよね、これだけは言っておかないと…!)

 

「……本当です」

 

 何か先生に怒られてるみたいだ。

 

「そっか……でもね、旋ちゃん? それっていけない事なんじゃないかな?」(な、なんか優しい口調になっちゃうんだけど……旋ちゃんって呼んでから余計に……うぅ~~~!! なんなのよ、この気持ちはぁぁぁ~~~ッ!!)

 

「……いけないこと、だと思う」

 

 やべぇコレ先生じゃねぇわ。

 この感じ……前世の幼き頃、何度か経験したアレだ。母さんに優しく怒られているアレにすっげぇ似てる。

 

「そうね、いけない事だよね。じゃあ、もう言っちゃダメだよ?」

 

 

【分かったよ、乱ママ】

【分かったよ、乱たん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 うわぁぁぁあぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁッ!! ふざっっっっけんなよマジでぇぇッ!! 久々だぞ、オイ!? こんな戦慄選択、マジでひっっっさしぶりだぞ、あ゛ァッ!?

 

 ちょっとは相手考えろよ!

 中2だぞオイ! オイッ!! どっちもダメだって! 上も下もキモいって! せっかく、打ち解けかけてくれてっぽいのに、全部! ずぇぇぇぇんぶッ! 台無しになっちゃうて!

 

 ダメだ、どうせどっちか選ばねぇと始まらねぇんだ。言って即行オドケてみせよう! それしかねぇ!

 

「分かったよ、乱ママ……な、なぁーんちゃっ「はぁぁぁぁぁッ!? だ、誰がアンタのママよ!? バカじゃないの!? アンタほんとにバカじゃないの!? 死ね変態! 変態変態へんたぁぁぁいッ!!」……Oh…」

 

 思ってた以上に食いつかれるのが早かったです。おとぼけ作戦実行できませんでした。

 

「フンッ!!」

 

 乱ママ……じゃねぇや、乱は鼻を鳴らして、そのままスタスタ行っちゃった。そりゃそうだ。殴られなかっただけ俺は幸運だった。

 だけど残された俺はどうすっかな……流石にあんな顔真っ赤にして怒らせちまったのに、それでまだあの子の背中を追いかけるのも気が引ける。

 でも1人じゃ鈴の家どこか分かんねぇし……鈴に電話して迎えに来てもらった方がいいかな……ん?

 

「何してんのよ!」

 

 うぇい?

 

「アンタ1人じゃ道分かんないでしょ!? 早く来なさいよバカ旋ちゃん!」

 

「お、おっす!」

 

 ゆ、許された…?

 寛大な御心に感謝するッ……凰乱音…! もう絶対…! 俺はアンタを困らせたりはしねぇッ…!

 

 

【これから毎日ママと呼ぼうぜ?】

【これから定期的にママと呼ぼうぜ?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 





これがバブみちゃんですか(困惑)


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第21話 乱v.s.鈴


何の話?、というお話。




 

 

 

「ただいまぁ!」

 

「……お邪魔します」

 

 中華料理『鈴』の看板が立てられている店へと、乱に続いて入っていく。凰家は下で店を開いて、上で生活をしているらしい。日本に居た頃と同じスタイルでやっているんだな。ただ今日はお店は閉めているんだとか。

 

 これはアレか? 

 日本から来た俺のために、わざわざ店を閉めての歓迎パーティーが始まるのではなかろうか…!

 

「いや、ただの定休日だから」

 

「あ、鈴姉! ただいま!」

 

 呆れた顔して出迎えてくれたのは半年ぶりに会う友達。

 

「ええ、おかえり乱。それと……久しぶりね、旋焚玖」

 

「ああ、久しぶりだな鈴」

 

 何で俺が考えてる事が分かったんだろ。

 

「アンタは表情に出る時と出ない時の差が激しいからね。さっきのは妙にウキウキしてるのがバレバレだったわよ? そういうトコ、全然変わってないのねぇ」

 

「む……」

 

 しみじみ言われるとやけに恥ずかしい。

 だが、鈴の接し方はとてもありがたい。電話でも少し話に出ちまったけど、何か適当に話してないと気まずいんだよ、やっぱり。用心するのは下手にあの時の事(旋焚玖おフラれイベント)を思い出すような話題は避ける事だな。

 

 

【お前はもっと可愛くなった】

【成長した俺の超モナカを魅せつける】

 

 

 避けるツってんだろコラァッ!!

 【上】はあかんだろ、なんだそのセリフ!? 

 未練タラタラじゃねぇか! 確実だ! 確実にあの日の光景が浮かんじゃうだろぉ! 分かってんの!? 1度フッた男から【可愛い♥】なんて言われても女の子は嬉しくないの! キモいだけなの!

 

「……ッ、オラァァッ!!」

 

「ちょぉッ!? なに上脱いでんの!?」

 

 上だけだから!

 プールの授業で散々見てるし勘弁して!

 

「俺の鍛え上げられた腹筋(超モナカ)を見ろッ!!」

 

「うわっ……これは…確かにまた凄くなったわね…!」

 

 フッ……最後に見せたのは中2の夏だったか。なんだかんだ修業ってヤツは嘘をつかんからな。俺の肉体はまだまだ進化を遂げられるってな…! これに関してはちょっと自分でも誇っていたりするんだぁ~♪

 

「何してるの、バカ旋ちゃん!」

 

「うぇい!?」

 

 ビターンな音と共に背中に衝撃が走る。

 し、しまった……乱ママ…じゃねぇ、乱も居るんだった。正直、完全に気ぃ抜いてた。いや、だってさ……勘違い以外で「凄いわ!」的な目を向けられるのって、やっぱり嬉しいじゃん……ちょっとだけ浸っちゃうのも無理ないと思うんだ。

 

「そういう事もしちゃダメ! また変態って呼ばれちゃうよ!?」

 

「あ、ああ……そうだな。俺が悪かったよ」

 

 やべぇ……この子にはホントに頭が上がりそうにないぞ…? どうしても、母さんに怒られてる気分になっちまうんだもん。この世界じゃ俺が初めて出会うタイプだ、マジやべぇ。

 

「ん! 分かればいいよ! 物分かりはいいんだよね、旋ちゃんは」(今までちゃんと注意する子がいなかったのかな? しょうがないから、アタシが教えてあげるしかないかぁ)

 

 俺は物分かりいいよ、俺はな。

 

「ふーん…? 何かよく分かんないけど、確執は取れたみたいね、乱?」(旋焚玖のことを旋ちゃんって呼んでるのが気になるけど)

 

「ん~……なんかね、怒る気分じゃなくなったっていうか。思ってた感じと違うっていうか」(変態っていうか、旋ちゃんって超絶バカなだけな気がするんだもん。意気込んでた分、余計に拍子抜けしちゃったよ)

 

 呆れられてるんですね、分かりますよ。

 年上の男が泣いた上に、年下の女の子にママと呼ぶ。普通ならドン引き案件ですわ。それでも許してくれた乱さん。

 

 総評、この子はとてもいい子である。

 そんな子に対して、これから【定期的に】……両親をママパパ呼びが週1スパンだから、多分同じ週1だと思うが、それでもなぁ…。

 

 この子を【乱ママ】と呼ばなきゃいけないのがツライです、とってもいい子だから…。

 

「それなら良かったわ。でもごめんね、旋焚玖。あたしがアンタの話を考えなしで乱に話しちゃってさ」

 

「気にするな」

 

 この感じじゃ俺をフッた話まではしてなさそうだし。パンツな挨拶に関しては完全に俺に落ち度があるし、わざわざ謝ってくれた鈴に申し訳ない気持ちすら湧いてくるわ。

 

 

【俺をフッた話はしてないか?】

【あの日の事は話してないか?】

 

 

 自分で蒸し返していくスタイル。

 好きじゃないし嫌いだよ。

 

「あの日の事は話してないか?」

 

 明確に示さない事で、【上】とは違うやつを思い出してもらえる可能性…! 俺はそれに賭けるッ!

 

「…ッ、ば、バカ! 言う訳ないじゃない!」(な、何でアンタから言ってくるのよ!? ずっと意識しないようにしてたのに!)

 

 鈴の頬に薄っすらと赤らみが浮かぶ。可愛い。

 うん、知ってた。だって鈴って頭いいし空気読める子だもん。あの日とかボカしても正直意味ないかなって思ってたさ。ああ、分かってたさ。

 

 だから、これだけは言わせてくれ。

 

「すまん」

 

「あ、謝るなら言わないでよぉ…!」(んもぉぉッ! どうしてあたしがアタフタしなくちゃいけないのよぉ! で、でもこんなの意識するなって方が無理でしょ!?)

 

「むむっ! また鈴姉を困らせたな!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「むー……でも、反省してるみたいだし、許してあげる!」

 

「……ホッ…」

 

 いや待て俺。何でそこでホッとしてんの? 

 まるで母さんに怒られずに済んだ的な、そんな感情が芽生えてきてないか? いやいや……えぇ…? それがマジなら、非常にマズいのではないでしょうか。

 年下にママを感じる……いや、ママを感じるってなんだよ。母性だ母性。そう、母性を感じてしまう病に罹ってしまった…?

 

「……何かさ、アンタの乱への態度…おかしくない?」(なんていうか……上手く言えないけど、あたしと話す時と違うような気がする……正直、もやもやする…)

 

 き、気付かれた!?

 いやだ、こんな訳分かんねぇ感情だけはバレたくねぇッ!

 

「……おかしくない」

 

「今、間があったわよ? いつものアンタなら即答してる筈よねぇ?」

 

 さ、流石鈴…! 

 相変わらずキレてやがる…! だがこればっかりは、俺だって簡単に引くわけにはいかねぇ…!

 

「そんな事はない」

 

「……ふーん…」

 

 じ、ジロジロ見られてます。

 明らかに疑いの目で見られてます。でも、いくら疑われようが頭の中までは覗けまい…! 何が何でも誤魔化し押し切ってやる…!

 

「聞くつもりはなかったけど気が変わったわ。アンタと乱、此処に来る前なにしてたの?」

 

 泣きベソかいて、年下の乱に慰められて、彼女をママと呼びました。

 なーんて……ぜっっっったいに、言わねぇぇぇッ!! 言っちゃならねぇッ! 改めてみりゃ、ドン引きどころか軽く犯罪案件やんけ! 

 鈴は数少ない俺の親友なんだぞ!? 俺はコイツとこれからも仲良くやっていきたいんだよぉ! こんなの話したら嫌われちゃうよぉ! もう絶交レベルだよぉ!

 

「……あたしに言えないの?」

 

「言えない」

 

「ッ……あぁ、そうッ!」(なによ! いつもだったら聞かなくても話してくる癖に! どうしてコレに限っては話してくれないのよ!)

 

「乱……!」

 

「な、なぁに?」(うわわ……鈴姉が怖いよぅ)

 

 マズい…!

 まずいまずいまずいッ! 俺が幾ら拒否ったところで乱が話しちまったら最後だ…! 最後っていうか最期だ…! 

 

 た、頼む乱様神様仏様!

 言わないでくださいぃぃぃッ!!

 

「旋焚玖と何があったの? 乱はいい子だから教えてくれるわよねぇ?」

 

「ヒェッ……う、う~んとね……ん…?」

 

 お、お願いです乱様ぁぁぁッ!!

 

「……ッ!!?」(こ、子犬ぅぅぅぅッ!? 雨に濡れた子犬の目ェェェ!! 耳を垂らして子犬がくぅーんくぅーんって泣いてるぅぅぅッ!!)

 

「……旋ちゃんが言わないなら、アタシも言わない」

 

 うおおおおぉぉぉぉッ!!

 アンタ、やっぱりいい人だ!

 

「はぁッ!? アンタまであたしに隠す気!? そんなに言えない事してたの!?」

 

 し、してました。

 反省してるんで、ホント、すいません。だから乱に突っかかるのはヤメていただけないでしょうか? 私をボコッていいですから。

 

「……ッ、鈴姉こそ、さっきから何なの?」(そこまでキレられるとアタシもイラッてしてきたんだけど…!)

 

 あ、あかん…!

 乱までヒートアップしてきてる!? このまま傍観してるのはマズい気がする、何とか割って入れるか…!?

 

「何がよ?」

 

「旋ちゃんは鈴姉にとって3なんでしょ? じゃあ別にアタシと旋ちゃんが何してようがいいじゃん!」

 

 2人の間に入り込もうとしていた足が止まる。いや、止まるだろ。

 3ってなに…? 何で唐突に数字? めちゃくちゃ気になるんだけど。俺って数字でいう3なの? どういう意味で?

 

「そ、それは……べ、別に今はそれと関係ないでしょ!」(せ、旋焚玖の前でそれはしないでよ!)

 

 なんだ、関係ないのか。

 

「関係あるじゃん! だからそんなにイライラしてるんでしょ!?」

 

 関係あるの!? 

 いや、そもそも2人してさっきから何の話してんの!? まだ俺の話だよな!? 何でそれで俺がついていけなくなってんの!?

 

 っていうか、今こそお前の出番だろ【選択肢】ィッ!! なんでこういう時はウンともスンとも言ってくれないの!? お前ならこの空気をブチ壊せるだろォ!?

 

「うるさいわねぇ! アンタが勝手に3って決めてんじゃないわよ! もしかしたら4かもしれないでしょ!?」

 

 4!?

 3じゃなくて4の可能性もあるの!? 

 え、ま、まだ俺の話だよな? 俺が3か4って表現されてる、で間違いないよな? え、合ってんの? ほんとに俺の話で合ってる…?

 

「4……? って事は4:6になったって認めるんだね、鈴姉!」

 

 4:6!?

 ここにきて割合!? なんのだよ!? 

 クソッ、なんの比率なんだよ、流石に気になりすぎるぞオイ! 気になるし不安だぞ!? お前ら俺の話してるんだよな!? 日本語で話してくれてるのにまるで分かんねぇよ!

 

「どうなの、鈴姉!? ハッキリしないと旋ちゃんに言っちゃうよ!?」

 

 やっぱり俺の話か!?

 

「あたしにだって分かんないのよ! 5:5になるかもしれない…! もしかしたら6:4になるかもしれない…!」

 

 確率変動!?

 お前らもう俺の話してねぇだろ!?

 

「でも……分かんないの! こんなに旋焚玖と早く会うなんて思わなかったんだもん!」

 

 やっぱり俺の話!?

 

「……そうだね、鈴姉。でも、いつかは0か10にしなきゃいけない日がくると思う。でないと鈴姉が苦しいままだもん」

 

「ええ、分かってるわ……ありがと、乱」

 

「えへへっ! アタシは鈴姉の妹分だからね!」

 

「んもう、調子いいんだから」

 

 

 俺、途中から何もしゃべってねぇや。

 完全に2人の意識からも消えちまってんじゃねぇかな。楽しそうにキャッキャおしゃべりしてるし。別にいいけど。2人が険悪なままより全然いいや。

 

 俺はこのまま空気になってりゃいいんだ。俺の存在なんて、やっぱ所詮こんなモンよ。

 

 

【叫んで存在をアピールする】

【静かに控えておく】

 

 

 俺は……。

 

 

「ウ゛ェェェェェーーーイッ!!」

 

「「!!?」」

 

 この後、2人に怒られました。

 でも気付いてもらえて嬉しかったです。

 

 





中国編の主役は乱ちゃんだったのか…(困惑)



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第22話 鈴の葛藤、乱の応援


良心と両親、というお話。



 

 

『あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!』

 

 中国に帰る直前、あたしは旋焚玖にそう言った。

 あの時の、旋焚玖が悲しげに頷いてみせた表情を……あたしはいまだに忘れられないでいる。

 

 旋焚玖に自分の気持ちを打ち明けた…ううん、押し付けた事への後悔はない。そうしないと、あの時のあたしは旋焚玖に揺らいでしまいそうだったから。日本に来て、あたしが初めて好きになった人は旋焚玖じゃなかった。

 

 一夏。

 気さくに話しかけてくれて、一緒にバカやって、男子にイジめられていたあたしをカッコ良く助けてくれた。その時に惚れてしまったんだ。あたしは一夏が好きなんだって、自然とそう思うようになった。

 

 なのに……!

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 一夏が休みの時、チャンスだと言わんばかりにあたしに絡んできていた男子を追い払った男がいた。ずっと、バカでアホで変態な奴だと思っていた旋焚玖だった。いきなり出てきて、やっぱりアホな事を言った。こんな時までフザけるな、って思った。

 

 でもその後、一夏とは全然違うやり方であたしは守られてしまった。自分で自分を殴っておいて涙目になっているアイツは、変に強がっていた。

 そんな旋焚玖を見て、あたしはどうして笑えようか。男子たちがあたしに、これ以上手出しさせない為に、わざわざ自分を傷付けたアイツをどうして笑える?

 

 実際、あれ以来、あたしが男子たちから揶揄われる事はなくなった。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 最初はフザけるなって思った言葉なのに。

 今では思い出すだけでドキドキしてしまう。あたしはあの日を境に旋焚玖も意識するようになってしまった。

 

 ただの騒がしいバカ。

 そんな印象を抱いていたあたしだけど、旋焚玖を観察していたら気づいてしまった事がある。旋焚玖はバカな時と静かな時の差がとてつもなく激しい奴だった。

 

 バカな時はホントにバカだ。世界一バカなんじゃないかって思うくらいアホな言動に突っ走る。でもアイツが多く語らない時は違った。

 なにかで困っている奴が居たら、アイツは何も言わずさり気なく手伝ったり、時には引き受けたり、助けたりもしていた。

 

 そんな時、決まって旋焚玖は言うんだ。『気にするな』って。一度、気づいてしまったら、もうダメだった。旋焚玖の魅力に惹かれる気持ちが、日に日に増していくのを感じた。

 

 あたしは一夏を好きになったのに。

 誰かを好きになるって気持ちは、そんなにコロコロ変えていいものじゃないと思う。そんな思いが、旋焚玖への想いに蓋をさせたがる。

 

 

『旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの』

 

 

 あたしは嘘をついた。

 そう断言しないと、旋焚玖を好きになってしまうから。このままじゃ2人に心を寄せる事になってしまうから。そんなのは駄目…! 

 だから……あたしの勝手な理由で、あの日、旋焚玖に伝えたのに…! 旋焚玖を悲しませてまで友達だって、言い聞かせた筈なのに…!

 

 

「旋ちゃん、正座だよ!」

 

「は、はい…」

 

 プリプリ頬を膨らませる乱の前で、旋焚玖は大人しく正座してる……うん、来ちゃったのよね、ホントに……こんな早く会うなんて思ってもなかった。それに……。

 

「これからはもう、いきなり大きな声を出しちゃダメだよ?」

 

「ああ、そうだな…」

 

「ん! 分かればいいの!」

 

「いや、おい…」

 

 あたしってこんなに嫉妬心が強い女だったんだ……。

 

「おぉ~! 旋ちゃんの髪ってサラサラだね!」

 

「そ、そうか…」

 

 旋焚玖は戸惑いながらも、乱に頭を撫でられる事を拒まないでいる。旋焚玖があんなに戸惑っているところなんて、日本では見た事がなかった。旋焚玖の新たな一面を簡単に引き出してしまう乱に、あたしは嫉妬してしまっている。

 髪を撫でている事に対してじゃない、旋焚玖にあんな表情をさせている事に対して、あたしは……ッ…~~~ッ!!

 

 乱がこの前言っていたっけ。

 あたしが一夏と旋焚玖の名前を呟くのは7:3だって。本当に……? こんなにもイライラしちゃっているのに…?

 

 分からない。

 もうどっちがどっちなのか、分かんなくなってきてる…! 

 せめて一夏が此処に居てくれたら、2人を比較……うぅ…比較って嫌な言葉よね。なんだか旋焚玖と一夏を天秤に掛けるみたいで……いや、実際そうなんだけど……乙女としては抵抗あるのよ…!

 

「鈴姉も旋ちゃんの髪触ってみる~?」

 

「え!? あ、あたしも…!?」

 

 くぅぅぅ……なに豪快にキョドってんのよぉ…! 

 クールになれ、あたし! 変に意識しちゃダメよ…! あたしが1人で気まずい思いをするのはいい。でも旋焚玖までそれに巻き込んじゃダメなの!

 

 普段のあたしを思い出せ。

 普段のあたしなら、こういう時どうするの? 特に気にすることなく「うわ、ホント! アンタの髪ってサラサラなのねぇ!」って感じで撫でてあげる筈よ…!

 

 すぅぅぅ……ふぅぅぅ……!

 そうよ、自然な感じで……しょうがないわねぇって、少し気怠い感じを醸し出しながらいきましょう!

 

「しょ、しょうがな…―――」

 

「俺は鈴に撫でてほしい」

 

「―――ッ、な、なぁッ……!」

 

 なななっ、何で今…!

 どうして今! そういう事を言うのよ!? アンタそういう事言うキャラじゃないでしょ!? なのに! どうしてッ! こ、このタイミングで…! 

 あたしが一歩踏み出そうとしていた、その隙間を縫うような絶妙なタイミングでぇッ! そんな事言うのよぉッ!

 

「な、撫でる訳ないじゃない! バカぁッ!!」

 

 真っ赤になってる顔を見られたくなくて。あたしが意識している事を旋焚玖にバレるのが恥ずかしくて。

 

 あたしはその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「あ、鈴姉!?」

 

 何だかプンスカプンな感じで、鈴は2階へと駆け上がって行ってしまった。いや、俺のせいなんだろうけど……どっちが良かったと思う?

 

 

【俺は鈴に撫でてほしい】

【俺は鈴にナデナデされたい】

 

 

 女子に頭を撫でてもらうのをねだってる時点で、もうキモいのは確定してる。後はどっちがマシかって事だよ、言葉のチョイス的な意味で。

 ううむ……まだナデナデの方が冗談っぽくなったかなぁ……いや、でも『ナデナデ』って。15の男が言ってもキモさが倍率ドンするだけだろ。

 

「むぅ……鈴姉、行っちゃったね」

 

「怒らないのか?」

 

 鈴スキーな乱の事だし、まぁた怒られるのも覚悟していたんだが、乱からはそんな気配は感じられない。

 

「怒んないよ。今のは別に変な言葉じゃなかったもん」

 

「変態っぽくなかった?」

 

「だいじょーぶ!」

 

 そうか……乱がそう言うんなら間違いなさそうだ。あ、ついでにこっちの判定もお願いしようかな。

 

「ちなみに『ナデナデされたい』だったら?」

 

「キモーーーい! それはダメだよ旋ちゃん! うんにゃ、よくそっちを言わなかったね! 褒めたげるー!」

 

 やったぜ。

 俺の選択は間違ってなかったんだぜ。いつも通り【選択肢】が間違ってたんだぜ。でもそれはそれ、これはこれだ。鈴にちゃんと謝りに行かねぇとな。

 

 いや、謝ったらまた変に気まずくなるんじゃ……それも嫌だなぁ。中国まで来て気まずい空気を自分から作っていくのは避けたい。かと言って、このまま放置するのも違う気がするし……うむむむ…。

 

「あのね、旋ちゃん。鈴姉は別に怒ってないよ」

 

「……む…?」

 

「鈴姉は今ね、ちょっと気疲れしてるんだ。だから、なんていうか……精神的にマイッてるんだよね」

 

 精神的に?

 そういや、俺が来た時は少し元気がなかったようにも思える。鈴にしては大人しい声で迎えてくれたもんな。

 てっきりそれは、気まずさからきてるモンだと思ってたんだが……違うのか?

 

「……旋ちゃんなら言ってもいいかな。あのね…? 実はちょっと前からね、鈴姉のパパとママからね……離婚の話が出てきてるの」

 

「……なんだって?」

 

 あの仲が良かった親父さんとお袋さんが? 少なくとも俺が見てた限りじゃ、険悪な感じは無かったけど……ってそうか、他人が居る前じゃ見せんわな。子供じゃあるまいし、2人とも良識のある立派な大人だ。

 

 っていうか、正直聞きたくなかった。

 他人様の家庭内事情って聞かない方がいいんだよ、暗い内容だったら尚更な。乱も別に言わなくていいのによ、かえって鈴に気ぃ遣っちまうじゃねぇか。まぁ自然体で接するけどさ。

 

「アタシが今、鈴姉の家に居るのもね? アタシのママが少しでも鈴姉の傍に居てやれって。一番ツラいのは鈴姉だからって」

 

 えっと……結論から言うと、だ。

 もしかして俺……最悪のタイミングで来てしまった? 

 

「アタシもね、何とか鈴姉のパパとママを仲直りさせようって頑張ったんだけど、無理だったの…」

 

 何で親父さんも電話の時に断らなかったんだよ、そんな時期に俺が来ても迷惑なだけで……いや、鈴の親父さんもお袋さんも気遣いのできる人だったっけな。きっと、父さんの言葉を無下に出来なかったんだろう。

 

 や、やべぇ…!

 そう考えたら、余計に顔合わせ辛いぞ…? まだ親父さん達とは会ってないけど、絶対これから会うじゃん…! ポーカーフェイスだ、自然体でやり過ごすのだ俺よ。そういうのは得意だろ…!

 

 俺は何も聞かなかった。

 俺は何も知らないテイで普通に過ごして、普通に日本に帰ろう。うん、それが一番だ。

 

「でも……もしかしたら…」

 

 ん?

 

「もしかしたら、旋ちゃんなら……旋ちゃんなら…! あの2人を止められるかもしれない…!」

 

 何言ってだコイツ(『ん』抜き言葉。旋焚玖が素になった時、たまに出る語法)

 

 全く以て、意味不明なんだけど? 

 何故そう思うのか。初めて会ってから、まだ数時間しか経ってないのに、どれだけお前が俺の事を知ってるって言うんだ?

 

「奇抜な行動をしてみせる旋ちゃんなら…! 常識に囚われない旋ちゃんなら! 行動力の塊な旋ちゃんだから! アタシはお願いするんだよぅ!」

 

 それほど俺にお詳しかったとは、お見逸れしました。もはや完敗の域です。

 だからってOKする訳ねぇだろバカ! 他人様の家庭問題に土足で関わったらダメなんだよバカ! 分かってんのかバカ! おいバカ! バカママ!

 

 

【「がんばれ♥ がんばれ♥」って言ってくれたら引き受けよう】

【女の言葉には黙って頷く。それが真のダンディズムってやつだ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 コイツが一番バカだった!

 お前ホント何考えてんの!? 乱にいったい何を求めてんの!? 

 

「がんばれ、がんばれ…って、言ってくれたら引き受けよう」

 

「……旋ちゃん…?」

 

 乱さんが変な生き物と遭遇したような目で俺を見てきます。でも、それでいいのです。幻滅されようが、何を思われようが、俺は絶対に引き受けたくないのです。

 

「語尾に♥を付けるのを怠るな」

 

 すかさず倍プッシュだ。

 これを言うのは年頃の女の子はキツいだろ? っていうか、普通にキモいだろ? こんな変態に、そんな重要な頼み事はしてはいけない。

 

「なるほど、旋ちゃんを応援すればいいんだね! 分かった!」

 

 あら純粋無垢。

 意味合いが違うんですよ、乱さん…! でも貴女は分からなくていいのです、だから言わないで…!

 

「がんばれがんばれ~! じゃないや、えーっと……♥な感じだから、んーっと…」

 

 そんなこと言わなくていいから(良心)

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 い、言わせてしまった。

 穢れ無き少女に言わせてしまった。

 

「……ああ、分かった」

 

 良心の呵責がやべぇ。

 それでも言わせてしまったのは事実なんだ。乗り気じゃねぇけど、俺も出来る限り何とかしてみる、か。

 

 

【その前にもう一回言ってもらう】

【今度は自分も言ってみる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:がんばれ♥ がんばれ♥



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第23話 夫婦喧嘩


旋焚玖たちは覗き見る、というお話。



 

 

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 しかし厄介なモンを引き受けちまったな。鈴がまだ日本に居た頃、俺もよく親父さんとお袋さんとは交流があった。一夏たちと一緒に、鈴の家に飯食いに行った事も何度もあるし、逆に鈴の家族が俺の家で飯を食った事だってある。

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 鈴の家は商店街の中にあったから、道場からの帰り(逆立ち歩き)には、よく俺もご両親からは声を掛けてもらったもんだ。たまにそのまま夕食をご馳走してくれた事もあったし。

 

「がーんばれ♥ がーんばれ♥」

 

 そんな訳で、家族間交流でいくと織斑姉弟を除いたら、凰家が一番多かったと思う。それだけ俺も親父さんやお袋さんとは交流を持っていたと自負しているが……いや、しているからこそ、まだ信じられないんだ。

 

 あの仲の良かった2人が「がんばれ旋ちゃん♥ がんばれ旋ちゃん♥」だぁぁッ、もう!

 

「さっきからうるさいっす、乱さん!」

 

 連呼してんじゃねぇよ! 

 なにちょっとハマッてんの!? なに楽しそうにいろんな言い方試しちゃってんの!? そういう無垢なノリで言う台詞じゃないって多分!  

 

「ぶー! 旋ちゃんがもう1回って言ったんじゃん!」

 

 そんなに言えとは言っていない。

 おかげでこちとら罪悪感がうなぎ昇りってます。

 で、何の話してたんだっけ……ああ、そうそう、だからね、乱の言葉は信じるけど、それでもやっぱりこの目で2人を見るまでは、まだ何とも言えないってのが本音なんだよ。

 

「親父さんとお袋さんは家に居るのか?」

 

「んーっとね、おばさんは居ると思うよ~……って、おばさん! ただいまぁ!」

 

 乱が俺の後ろにブンブン手を振る。

 それに倣って俺も振り向いた。

 

「うふふ、おかえり乱ちゃん。それに旋焚玖くんも元気そうね。遠いところからよく来てくれたわ」

 

「お久しぶりです、お袋さん。すみません、俺のワガママで……ご迷惑をお掛けします」

 

 半年ぶりに会うお袋さんに頭を下げる。

 せめて最低限、これくらいはしておかないといけない。正直、土下座したかったけど、それをやってしまったら俺が離婚の話を知ってるって、お袋さんにバレちゃう可能性もあるからな。

 

「なぁに、改まって。全然気にしなくていいってば。それに鈴も旋焚玖くんが来てくれて喜んでるでしょうし……あら、鈴は…?」

 

 バカ!って叫んで上に行っちゃってます。

 さて、何て言えばいいかな。

 

「えっとね、えっとね……鈴姉なら忘れ物したって、自分の部屋に戻ったばかりなの!」

 

 おお、中々やるな乱。

 下手に誤魔化すより、そっちの方がよっぽどいいわ。

 

「そう? なら貴女達も上がりなさいな。後で鈴の部屋に美味しいお茶、持って行ってあげるわ」

 

 ま、遅かれ早かれ、鈴とはこの後も絶対に顔合わす事になるんだ。乱もついて来てくれる事だし、変な空気になる事もそうそうないだろ。

 

「それじゃあ、お言葉に―――」

 

 と、俺たちも2階に上がろうとしたところで、店の扉が開かれる。外から入ってきたのは鈴の親父さんだった。

 

「あ、おじさん! おかえり!」

 

「おかえりなさい、パパ」

 

 む……普通にお袋さんは出迎えたな。っとと、俺も挨拶しておかないと。

 

「おかえりなさい、親父さん。お久しぶりです」

 

「おお、旋焚玖くん! 来たか来たか! 元気そうで何よりだ、あっはっは!」

 

 豪快に笑ってみせる親父さんも元気そうだ。

 それで言うとお袋さんだって同じに見えるが。

 

「あのね、パパ。これから旋焚玖くんと乱ちゃんは鈴の部屋に行くそうだから、お茶を用意してあげようと思うの」

 

「そうかそうか! なら俺はママのお茶に合う絶品の団子でも作ってやろうじゃないか!」

 

「うふふ、そうね。私もパパに負けないお茶を淹れるわ」

 

 んんん?

 夫婦仲は普通に良好に見えるが……いや、まぁ俺が居るからってのもあるか。確かに他人の前で露骨に態度に表すような人たちじゃないしなぁ……でも、これだと乱の思い過ごしって可能性もまだ無きにしも非ず…?

 

「うん! じゃあ、アタシと旋ちゃんは2階に上がってるね!」

 

 乱が俺の腕をぐいぐい引っ張っていく。

 いや、別にいいんだけど。

 この子誰にでもこんな感じなのか? 中2って言えば思春期やら何やらで難しい年頃だと思うんだが、異性への肉体的コミュニケーションにあんまり抵抗がない子なのかな。別にいいんだけど。

 

 乱に連れられる形で階段を上がって行く。

 上に着いたところで、乱が止まってこっちを振り向いた。え、なに…?

 

「静かに……旋ちゃんもアレを見たら、離婚の話を信じるよ」

 

「む……」

 

 どうやら乱も、俺が半信半疑である事に気付いていたらしい。実際のところ、親父さんとお袋さんが2人きりになった時、どんな感じになるのか。それを一緒に覗き見ようって事らしい。

 

 俺と乱は2階まで上がりはしたものの、こっそり1階近くまで降りていく。気配を消すのは任せろー。親父さんとお袋さんの様子を階段のカドからこっそり拝見。ここからなら2人がこっちを見ない限りバレはしないだろう。

 

「ペラペーラ、ペラペ」

 

「ペペペラ、ペラーリ」

 

 Oh……中国語だ。

 そりゃそうか、2人が日本語話してくれてたのは、俺が居たからだもんな。しかしこれは困った、俺の並み外れた語感センスでも完全翻訳は無理だぞ。

 

「アタシが通訳したげるから安心していいよ」

 

「頼む」

 

 乱の有能っぷりがハンパねぇ。

 ここからは乱の翻訳付きでお送りします、の前に……な、なんか親父さんとお袋さん……ガンくれあってません…?

 

「……なんだ?」

 

「……なにが?」

 

「なに見てんだよ」

 

「アンタこそなに見てんのよ」

 

 え、怖ッ…!

 2人とも怖ッ!

 さっきまでの感じはいずこへ!? 

 

 くっ……これは確かに険悪な感じがビンビンだ…! やっぱり2人は離婚を考えるほど仲が悪くなっているのか…! 

 

「お前が先に見たんだろ」

 

「アンタよ」

 

 えっと……すごく見つめ合ってる。まるでメンチの切り合いみたいだ……街の不良かな?

 

「おまえだろうが」

 

「アンタよ」

 

「おまえだよ」

 

「アンタよ」

 

 近い近い!

 デコをグリグリし合ってるって! 

 2人ともやる事が若いなオイ!?

 

「おまえだ!」

 

「アンタよ!」 

 

「俺か!?」

 

「私よ!……あっ…!」

 

 勝ち誇った顔になる親父さん。

 悔しそうに顔を歪めるお袋さん。

 

 え、なにこれは……?

 

(……おい、乱…?)

(なによ、翻訳に忙しいんだから声掛けないでって)

 

 いやいや、その翻訳にツッコみたいんだって。

 

(オイ、あの2人、仲良さげじゃないか?)

(はぁッ? ちゃんと聞いてたの? めっちゃ口喧嘩してたじゃん)

 

 口喧嘩っていうか……んっと、口喧嘩…なのか? 

 いや、でもなぁ…? 

 何か思ってたのと違うんだけど……。確かに此処は日本じゃないからなぁ……お国柄っていうか、中国じゃこういうのが夫婦喧嘩の主流になってるのかな?

 

「もう話し掛けないで。私はこれからあの子達に美味しいお茶を淹れてあげるの。アンタの団子が霞むくらい美味し~いお茶をね」

 

「ハハッ、無茶言うなよ。どうしてそんな無茶を言うんだ?」

 

「あ゛?」

 

 あ゛ってお袋さん……貴女そんな濁点な話し方しないでしょ…!

 

「なんだァ?」

 

 お、親父さんも…!

 そんな好戦的な伺い方しない人でしょ!?

 

(お、おい乱…! やっぱり仲悪いぞこの2人!)

(だからそう言ってるじゃん! 離婚の危機なんだってば!)

 

 マジか……あんな温厚な2人がここまで険悪になっちまうなんて……やべぇ、こんなのどうやって解消させろって言うんだ…? 今更ながら、すげぇ痛惜の波が押し寄せてきやがる……選択肢と共に在る事を…!

 

 俺がどれだけ歯痒い想いに苦念していようが、2人の口論はヒートアップしていくばかりだ。

 

「せいぜい覚悟してなさい。アンタからたんまり慰謝料ふんだくってやるんだから」

 

「ふん。なら俺はその倍額請求してやるからな」

 

「はぁ!? 何でアンタも慰謝料貰おうとしてんのよ!?」

 

「当たり前だよなぁ? 優秀な弁護士雇ってやるから、お前こそ覚悟してるんだな」

 

「なら私はアンタの倍優秀な弁護士雇ってやるんだから」

 

「はぁ!? それは反則だろ!? 正々堂々こいよ!」

 

「アンタに言われたくないわよ!」

 

(……おい、乱…?)

(なによ、翻訳に忙しいんだから声掛けないでって)

(やっぱりこの2人、仲良くないか?)

(はぁッ? ちゃんと聞いてた!? 2人共、超怒ってるじゃん!)

 

「これだけは言っておくけどね、鈴は私が連れて行くから」

 

「寝言は寝て言え。鈴は俺の娘だ」

 

 む……なんか雰囲気変わったか…?

 どうやら2人が一番揉めているのは鈴の親権についてのようだ。親にとってはそこはやはり譲れない部分なのだろう。だが、それだけ2人は鈴の事を大事に想っているとも言えるな。

 

「私の娘よ。去年の誕生日の時だって『ママとパパ、どっちの方が好き?』って聞いたらママって言ってくれたんだから!」

 

 ふぅむ……お袋さんの方が実は一歩リードしているのか。

 

「一昨年はパパって言っただろ!」

 

 む?

 

「一昨々年はママって言ったわ!」

 

 えぇ…?

 

「その前はパパだったぞ!」

 

「その前はママだったわよ!」

 

 隔年じゃねぇか!

 アンタら多分それ、鈴に気ぃ遣われてんぞ!?

 

(あのね、鈴姉が言ってたの。どっちも好きって言ったら、2人共余計に対抗心燃やすから、もう交互に言うようにしてんだって)

 

 やっぱりじゃねぇか!

 今年はどうなんだオイ!? あ、まだアイツの誕生日じゃねぇや。いや、このままじゃ2人共嫌いってアイツの性格なら言いそうでもある。

 

「もう話しかけないでちょうだい。アンタのせいで折角の美味しいお茶がマズくなっちゃうわ」

 

「それは元からだろ」

 

「あ゛ァ?」

 

「やんのか?」

 

 ま、またギスギスしてきた…!

 この2人の状態を俺が止めるの? 

 修復しろって? 

 え、どうやって…?

 

 しかも短期決戦なんだろ? いや、長期とか無理だから。そんな長いこと滞在してられるか、ここは中国だっての。日本じゃないんだっての!

 

「お茶淹れる前に少し運動するのもありねぇ」

 

「ハッ…! 返り討ちにしてやるよ」

 

 おいおいおいおい!?

 何で2人して腕捲りし始めてんの!? なに、そういう流れなの!? 拳で語る的な感じになってんの!? 2人とも格闘経験ないだろ!?

 

(おじさんもおばさんも中国人で料理人だよ? カンフーの達人に決まってるじゃん)

 

 嘘つけ、なんだその誤認識!? 

 アレか!? 外国から見た日本レベルか! 忍者とか存在してねぇし、ハラキリもしねぇから! 俺だって中国人はみんな酔拳が使えるとか思ってねぇから!

 

(中国人と料理人がセットなの。ここ大事!)

(えぇ……マジなんですか、乱さん…?)

 

 あ、アカン…!

 んな事言ってたら、もう臨戦態勢ってるぞ!? 

 どうするどうする…!

 俺はまだ見守っていていいのか!? これも2人の日常茶飯事の域なのか!?

 

 夫婦仲の修復なんざ内容が内容なだけに、しっかり作戦を練って実行する予定だったのに…! もしかしてそんな猶予もなかったりするんじゃないのか…!?

 

 

【主車旋焚玖こそが最強。2人に武威を示してやる】

【修復するなら今しかない。かねてから隠しておいたあの手を使うッ!】

 

 

 あの手の内容を言えよぉ!

 

 





あの手がいいよあの手が(ネタバレ)


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第24話 ミソは劇的


円満が一番、というお話。



 

 

 

【主車旋焚玖こそが最強。2人に武威を示してやる】

【修復するなら今しかない。かねてから隠しておいたあの手を使うッ!】

 

 

 【上】なんて選べる訳ねぇだろバカ! 

 武威を示すってアレだろ!? 篠ノ之の時みたいな感じなんだろ!? 無理に決まってんだろ、相手見ろバカ! 鈴の親父さんとお袋さんだぞバカ! 2人に手ェ出せる訳ねぇだろクソバカ!

 

 じゃあもう【下】しかねぇじゃねぇか! 

 でもあの手って何だよ!? すっげぇ怖いよ! 【修復するなら今しかない】ってのには賛同できても、後半がまるで賛同出来ねぇよ! ホントに色々怖いんだけど!? なんで一番重要な部分をボカすの!? 【かねてから隠しておいた】ってなに!? なんで勿体ぶるの!? 

 

 行動するのは俺なんだぞオイ! 分かってんのかオイ! 俺が勿体ぶるのは分かるよ! 俺が主体なんだからな! でも俺に勿体ぶるのが分かんねぇって言ってんの! どうして動作主が分かってないんだよ、おかしいだろ!

 

 この15年間、今みたいに幾度となく不条理な選択肢っぷりにプリプリしてきたが……いや、してきたからこそ俺は知っている、知ってしまっているんだ。そんな誰しもが思う当たり前な事をどれだけ声高に謳っても、まるで意味がないという事をな…………ちくせぅ。

 

………………よし、来いやオラァッ!! 俺が学んだ事はそれだけじゃねぇぞ! なにより切り替えが大事なんだよオラァッ!! ウダウダ言っても始まんねぇんだよ、ドンと掛かって来いこのヤロウッ!!

 

 

 旋焚玖は【下】を選んだ!

 

 

 む……ッ、この感じ……連続選択か!?

 

 

【劇的に鈴を人質に取って参戦する】

【劇的に乱を人質に取って参戦する】

 

 なんでぇ?

 ちょっと何言ってるか分かんない。

 誰が誰を人質にすんの? 

 俺が? 鈴か乱を? 

 劇的ってなに? 

 

【劇的】……劇を見ているような強い緊張や感動を覚えたり、変化に富んだりしているさま。ドラマチック(広辞苑参照)

 

…………………なんでぇ? 劇的に参戦ってなんでぇ? 武威を示すのが嫌だから【下】を選んだのに、どうして狡い手段が上乗せされてるんです?

 

 くぅぅぅ……シンプルに武威ってた方が良かったのかよ、くそぅ…! 鈴か乱を人質に取って2人の前に出るとか……んぁ? ちょっと待て。鈴は分かるけど、乱は全く関係ないよな。 

 

 

『乱は俺のモンだ!』

 

『『 は?(疑問) 』』

 

 

 ってなる事は容易に想像できる。しかし、その効果は……ふむぅ。親父さんとお袋さんが放ってるバチバチな雰囲気を緩められる可能性がある、か。それもあり…か? 

 

 ああ、やっぱダメだ。

 それじゃあ、冷戦状態に戻るだけで根本的な解決になってない。長期的な目で見るなら全然ありだと思うが、そんな猶予は俺にはない。土地的な意味で。っていうか、この状況でおフザけなんてしたら、また乱に怒られちゃうよ。それはいかん。

 

 いや、でもなぁ……だってさぁ…。

 

 

『鈴は俺のモンだ!』

 

『『『 は?(威圧) 』』』

 

 

 うわぁ………想像しただけでやだなぁ…キレる子1人増えるしなぁ……鈴を人質に取って3人に勝てるのか、俺…? いや違う違う、勝つ負けるの方向で考えちゃダメなんだ。テーマはアレだ、その状況を利用して『家族の絆を取り戻す』だ。うん、これでいこう。これで……いけるのか…?

 

 くっ、弱気になるな、旋焚玖…!

 やるぞ、やるぞ、やるぞ…! 

 俺は……やれるッ!!

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なにしてんだろ、あたし…」

 

 気まずい雰囲気にはならないって決めていたのに、あたしの方から部屋に逃げちゃうなんて。これじゃあアイツの事、意識してますって言ってるようなモンじゃない。

 

 でも、どうしよう。

 これからまた1階に行くの…?

 それこそ気まずいんだけど。

 

 やぁやぁ、どうもどうも。みたいなノリで行けって言うの? こういう時の旋焚玖なら、何も言わないでスルーしてくれるでしょうけど、乱も居るのよねぇ。

 

 

『ねぇねぇ鈴姉! どうして2階に行っちゃったの~? あ、なんか顔赤いよ!? どうしてどうして?』

 

 

 くっ……あの子なら素で言ってきそうだわ。あたしだって正直、旋焚玖の前でそんな事を指摘されて、平然で居られる自信はない。いやいや、ホントにそうなったらどうすんのよ? また2階に逃げるの? それでまた頃合いを見て1階に戻って、乱にツッコまれて……って、ループしてるじゃない! 羞恥のループとか嫌よ!

 

「でも戻らないと……ん?」

 

 何かドタドタ聞こえてくる。足音? 

 乱か旋焚玖か? そんな疑問を抱いたのと同時に部屋のドアが勢い良く開かれた。

 

「鈴ッ!」

 

「せ、旋焚玖? どうしたのよ、っていうかレディの部屋にノックもなしで「来いお前!」はぁッ!? ちょっ、なに、何でそんなに迫っ…きゃぁッ! どこ触って「つべこべ言わずに来いホイ!」にゃぁぁぁッ!?」

 

 意味分かんない!

 何であたし、旋焚玖にお姫様だっこされてんのよぉ!? あ、あたし、最近よく乱とケーキ食べて、もしかしたらちょっと体重が……って違うわよぉ! そうじゃないでしょうがぁッ!

 

「いきなり何してんのよアンタぁッ!? この変態ッ! おろしなさいよ、おーろーせー!」

 

 ジタバタしてみせるが、まるで解けない。変なとこ……は触られてないけど、それでもダメでしょ!? なになになに!? 全然展開についていけてないってば! どこ行くの!? ちょっ、そっちは1階じゃ…!

 

 ママとパパの声が微かに聞こえてくる!? や、やだっ、こんなのパパ達に見られたら恥ずかしくて死んじゃう! まさか、さっき『バカ』って言った報復のつもり!? 

 

 

 

 

 

 

「まだまだジタバタっぷりが甘いな鈴!」

 

 変に煽んなよバカ! 

 万が一落としちまったら鈴にケガさせちゃうだろぉ! ただでさえこっちは慣れねぇ姫さん抱っこに注意向けてんだから、これ以上余計な負担掛けさせんなバカ!

 

 このまま階段を降りて……へぁ?

 

「しっかり掴まってろよ」

 

 おいバカやめろ。どうして階段の前で立ち止まる必要がある? おいホントにやめろ。どうして足に力を入れる必要がある? お姫様抱っこで【劇的】は成立しただろ? もう劇的はクリアしたんだろ!?

 

「は? ちょっ、嘘!? うにゃぁぁぁ~~ッ!!」

 

 ぬわぁぁぁぁぁッ!?

 と、飛んだぁぁぁぁッ!? 

 劇的に俺が飛んだぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁあ!!?

 

「うにゃんッ!!」

 

「……ッ!」

 

 足が……足がジーンだ。ジーンで済んでくれた身体に感謝…! 腰が……腰がズーンだ。ズーンで済んでくれた身体に感謝…! 腕が……腕がぼぅぅぅんだ。ぼぅぅぅんで済んでくれた鈴の体重に感謝を…!

 

「あんたァ……今、変なこと考えなかった…?」

 

「…………………」

 

 気のせいだって言わせろ、そこで無言はやめろ。っていうかそろそろ俺を解放しろ……あ、いや、さっきのはやっぱ無しで。まだ対策できてないから、もうちょっと勝手してて。

 

 ともかく、着地成功也。

 今にも取っ組み合いを始めようとしていた親父さんとお袋さんの動きも、俺たちの劇的すぎる登場で止まった。目を点にしてこっちを見ている。乱は……うむ、ポカーンだな。驚きすぎで目の焦点が……お、戻ってきたか…? 

 

「せ、旋焚玖くん…? どうしたんだいきなり…! 今、2階からジャンプしてきたのか…!?」

 

「やだわ、旋焚玖くん…! なんか凄い感じね!? 鈴をお姫様抱っこして登場するなんて……なんていうか、凄いわね!」

 

 お、おぉ…?

 親父さんとお袋さんには意外と好評っぽいぞ…? やはり数々のアクションスターを輩出してきた国だけあって、どうやら今のスタントっぷりが2人にはウケたらしい……フッ……。

 

「なにドヤ顔してんのよ! さっさとおろしなさい、よッ!!」

 

「……ッ!」

 

 危ねッ!?

 顔面に向かってくる鈴のパンチを、咄嗟に首をいなして無効化させる。おぉ、今の達人っぽいな! 今度俺もしてみたい!(現実逃避)

 

「ぐぬっ…中々やるじゃない…! でもいいの!? こんな事したら乱に怒られるわよ!? また正座させられたいの!?」

 

 そういう言い方はやめろって!(現実帰還) 

 なんか変に誤解されちゃうだろぉ!

 俺だって下ろしたいの! でも下ろさせてくれないの! 俺に出来る事と言えば、乱が怒りだす前に目で訴える事くらいか……。

 

 

(後でちゃんと鈴に謝るから許して)

(危険な真似した事は後で叱るとして、旋ちゃんには何か意図があるんだね?)

(流石にここで正座は勘弁してほしいかなって)

(旋ちゃんに頼んだのはアタシだもんね。アタシに手伝える事は?)

(親父さんとお袋さんの前で乱に怒られるのは羞恥がヤバいかなって)

(分かった。手伝ってほしい時はサイン送るんだね? しっかり見てるよ!)

 

 

 よし、伝わったな!(伝わってない)

 

「アンタ達に鈴は渡さねぇ!」(言い終わった瞬間、身体に自由が戻る)

 

 捨て台詞やめろや!

 デカすぎる置き土産残して行くんじゃねぇよ!

 

 あぁッ、親父さんとお袋さんの目が点々に進化してる! ら、乱は……え、なんで『そうきたかぁ』みたいな顔してんの?

 

「はあああぁぁぁッ!?」

 

 うぇい!? 

 鈴のキーンな声が俺の鼓膜に襲い掛かった。

 

 み、耳元で叫ぶなよぉ……いや、そりゃ叫ぶか。だが言っちまったモンは仕方ねぇ、いまさら誤魔化しに走っても、この場を困惑させて終わるに過ぎない…! それじゃ本当に、俺はただフザけただけになっちまうだろが…!

 

 こっからもう強引にいくっきゃねぇ…!

 

「い、いきなり何言い出すのよ旋焚玖!? あと下ろしなさいってばぁ!」

 

 鈴を下ろしたら流れが変わってしまいそうな気がする…! すまん、鈴…! もうちょい辛抱してくれ!

 

「今は気にするな。あとお前は下ろさない」

 

「気にするに決まってんでしょうが! おーろーせー! パパとママが見てるってば!」

 

 ちょっ、ジタバタすんなコラァッ!!

 変なとこ触っちまうだろがコラァッ!! そんな事したら乱に怒られるだろコラァツ!! 

 

「ダメだ、絶対に下ろさない」

 

「なんでよ!?」

 

「鈴を悲しませる2人に渡す訳にはいかない」

 

「「「!?」」」

 

 どうだオラァッ!!

 端的だが的確に突っついたぞコラァッ!! お姫様だっこな状態にも理由がある感じで言えたぞいやっふぅッ!! 

 

 このまま畳み掛けてやるッ!

 

「親父さんもお袋さんも立派な大人なんだ。今の俺の言葉の意味が分からないとは言わせない」

 

「それは……しかし…」

 

「旋焚玖くん……でもね、私達はもう…」

 

 反応はいまいち…か。

 

 チッ……これで上手く収まってくれたら儲けモンだったが、やっぱり簡単にはいかねぇか。これくらいで収まるなら苦労しないもんな。きっと乱も同じような事、2人に言ってきただろうし。

 

「旋焚玖……アンタ……」

 

 鈴も俺の意図が伝わったようで、大人しくなってくれた……が、こっからどうする…? どういう切り口で攻めれば2人を説得させられ……あ、なんか乱と目が合った。

 

(むむっ! 旋ちゃんからのサインだ! アタシも乗っ掛かればいいんだね!)

 

「旋ちゃんの言う通りだよ! おじさんとおばさんが離婚しちゃったら、一番ツラいのは鈴姉なんだよ!? どうしてそれを分かってくれないの!? どうして鈴姉を悲しませるの!?」

 

「ら、乱……」(アンタが旋焚玖に話したのね……あたしのために…)

 

 いいぞ、もっと言え乱!

 ナイスすぎる援護射撃だ! 

 

 親父さん達の反応は……?

 

「い、いや……鈴の事はおじさん達もだね…」

 

「そ、そうよ。おばさん達も鈴の事は大好きで…」

 

 まだダメか…!

 だが、さっきよりかは確実に効いてるぞ! もっとだ、乱! 熱い言葉で2人をK.O.しちまえ! 俺よりもお前の方が適任だ! 

 

 俺の出番はもう終わりなんだ!(願望)

 

「喧嘩ばかりしてるおばさん達の言葉なんて信じらんないもん!」

 

「「 うっ……」」

 

 そうだそうだ!

 もっと言ってやれ!

 

「アタシも旋ちゃんの味方だからね!」

 

 ん?

 

「2人が離婚するなら鈴姉は旋ちゃんが日本に連れて帰るって言ってたもん!」

 

 そこまで言えとは言ってない。

 

「せ、旋焚玖!? アンタ本気なの!?」

 

 言ってない。

 

「旋焚玖くん!? 君、正気か!? ウチの娘を誘拐する気なのか!?」

 

 言ってない。

 

「そ、そんなのダメよ旋焚玖くん! いくら旋焚玖くんでもおばさん怒るわよ!?」

 

 言ってないツってんだろコラァァァッ!! なんでお前ら全員、乱の言葉信じてんの!? アレか!? 今までの奇行のツケか!? 俺ならマジでしかねないとか思われちゃってんのか!?

 

 

【鈴だけじゃねぇ! 乱も連れて帰るッ!!】

【むしろ全員連れて帰るぞッ!!】

 

 

 このバカぁッ!!

 途中で消えた癖に、ここで出てくんなよバカ! 一家招待してどうすんだよアホか! 欲張りセットかこのヤロウ!!

 

「鈴だけじゃねぇ! 乱も連れて帰るッ!!」

 

「はぁぁぁぁッ!? ちょっ、乱まで巻き込む気!?」

 

 全員よりマシだろ!!(届かぬ想い)

 

「そうだよ! アタシも鈴姉と一緒に行っちゃうんだからね! そうなったらアタシのママもパパもすっごい怒るんだから! それでもいいの!? おじさんとおばさんが離婚するせいで、いっぱい怒られちゃうんだから! それでもいいの!?」

 

 マシンガン援護だ!

 もうこの流れに乗っちまうしかねぇ! 絶対ここで決着つけてやる! そうでないと、マジで鈴と乱を拉致る事になっちまうんだよぉ!

 

「夫婦仲が悪くなる。そりゃあ何年も一緒に居ればそういう事もあるでしょう。そんな夫婦、世の中いくらでも存在しています。それでも離婚に踏み切らない夫婦は娘や息子を愛しているからです」

 

 って前世で母さんが言ってた。

 

「鈴を本当に愛しているのなら、これ以上鈴をアナタ達の感情で傷付けないでください、お願いします…!」

 

 んでもって俺のアドリブだ!

 どうだオラァッ!!

 前世の母さんと俺のツープラトンだぞオラァッ!! 時空を超えた合体技だ、効かねぇとは言わせねぇぞコラァッ!! 

 

 これでまだうんたら言ったら武威るぞ!? 武威っちゃうぞ!? 俺の奥歯が被害を被るんだぞ!? あの痛みをまた味わえって言うのかアンタ達はぁッ!!

 

「……ぐうの音も出んな……なぁ、ママ…」

 

「そう…ね……娘と同年代の子たちに、ここまで言葉をブツけられちゃうなんて、ね……」

 

 き、きた?

 きたの?

 きたって思ってよろしいか!?

 

「ま、ママ……パパ…! あ、あたし、離婚してほしくない! あたしが好きなのは、仲のいいママとパパなんだもん!」

 

 そうだな、鈴も遠慮する事なんてないんだ。思いの丈をブチ撒けちまえ。俺にお姫様抱っこされっぱなしのままだけど。

 

「……もう1度、ゆっくり話し合おうか…ママ」

 

「そうね。これからは私とパパと……そして鈴の3人で話し合いましょうか」

 

「ママ…! パパ…! うんッ!」

 

 やっと鈴も笑顔を見せてくれた。

 鈴の家に着いてから、ようやくだ。鈴の眩しい笑顔が見れただけでも、頑張った甲斐があったってなモンだな。

 

 いやでも、もっとお礼くれてもいいのよ? そんな可愛い笑顔だけで満足できるほど、自分聖人じゃないですから。労力に見合ってないモノはプリプリしますよ? 心の中でだけど。

 

 ま、でもアレだな。この場ですぐに離婚解消宣言は貰えなかったが、これで光明も見えたんじゃないか…? こっからはホントのホントに、他人の俺が立ち入っていい領域じゃない。

 

 今後、どうなるかは鈴と……これからもこの家に居るであろう乱次第だろう。

 

「旋焚玖……」

 

「ん?」

 

「ありがとね……その、また助けてくれて……あたし、なんて言ったらいいか…」

 

「気にするな」

 

 いや、気にしていいのよ?

 何だったら俺に惚れちゃってもいいのよ? あ、俺? 全然OKです。遠距離でも大丈夫です。むしろそれくらいのご褒美あってもいいと思います。絶対に言わんけど。

 

「ふふっ……アンタはいつもそれね。あ、あと……そろそろ下ろしてもらってもいい? その……もう、ね? 話も終わったし、ね?」

 

 照れた表情で上目遣いってくる鈴の破壊力がヤバいです。普通に可愛いです。あれ…? これって今告ったら、案外鈴も「しゅき♥」って言ってくれるんじゃね? それだけの事、俺したんじゃね? 絶対に言わんけど。

 

 

【嫌だ、まだ鈴を離したくない!】

【へいパス、乱ッ!】

 

 

 最後にオチつけるのヤメてくれよぉ!

 投げるけど! 優しく投げるから怒らないでね!

 

「にゃあッ!?」

 

「うにゃあッ!?」

 

 このあと、めちゃくちゃ正座させられました。

 これがご褒美なのですか……ちくせぅ。

 

 





これ以上は蛇足(断言)
なので中国編終了。

そろそろなぁ、原作に入らないとなぁ(使命感)



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第25話 旋焚玖の献身


メールっていいな、というお話。



 

 

 

「……これくらいにしておくか」

 

 英語の参考書を閉じ、一息つく。

 あれだけ暑かった夏も過ぎ、あっという間に2月を迎えた。寒い夜は母さんが淹れてくれるココアが、また一段と美味い。

 

「明日の準備もしておこう」

 

 明日は高校の入試日だ。

 受けるのは結局、一夏と同じ私立の藍越学園にした。絶対そこに進学したいという訳でもないけど、一夏が居るならそれが俺の進学理由でいい。将来何の職業に就きたいかはまだ決めかねてるし。

 

 そのまま藍越大学に上がって、就職先も世話してもらうのもありだと思う。学費が安くて、就職ケアもしっかり。これが藍越の売りだし。

 それか父さんの陶芸を本格的に継ぐのも一興だと思う。陶芸家を隠れ蓑にしている達人は多いからな。比古清十郎とか……あと………比古清十郎とか。

 

 

 ピロリン♪

 

 

「ん……メールか…?」

 

 携帯がメールの受信を知らせてくる。

 どうやら誰からか送られてきたらしい。

 

『明日は受験だね! 旋ちゃん٩(ˊᗜˋ*)وガンバレガンバレ♥ P.S. 会場で迷子にならないようにね( ̄m ̄〃)ぷぷっ!』

 

 メールの送り主は乱だった。

 夏、中国から日本に帰る直前、俺たちは互いの連絡先を交換した。それ以来、乱とはちょこちょこメールのやり取りをするようになったのだ。

 しかしアレだな、迷子の心配をするあたり、やっぱり乱はおかん気質なんだな。

 

「ありがとう、乱ママ……っと、送信」

 

 うし、これでママ呼びのノルマも達成。

 寝る前に入試会場の確認だけしておこうかな。1人で行く予定だし、乱の言う通り本番で迷子になるなんてシャレにならんからな。

 

 

【1人じゃ心細いし、やっぱり一夏を誘って一緒に行く】

【子供じゃあるまいし、試験会場でどうせ会うだろ】

 

 

 ふむぅ……別に【上】でも【下】でもいいけど……まぁ普通に【下】かな。今から電話してあれこれ話すのも面倒だし。

 

 うし、場所もチェック完了。

 受験票、筆記用具、その他諸々もちゃんとカバンに入れたな。あとは明日に備えて寝るだけだ!

 

『旋ちゃんの変態!o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!』

 

 ふひひ、遠距離じゃ正座は強要できんよなぁ?

 メールで怒られても怖くないもんね。

 

 今夜もいい夢が見れそうだ。

 おやすみなさい。

 

 

.

...

......

 

 

「試験時間になりました。それでは開始してください」

 

 試験官の合図で会場の皆がテスト用紙に手を付ける。俺もその中の一人なのだが……。俺の前の席は、とうとう空席のまま試験が始まってしまった。俺と一夏は受験番号が続く形で一桁だけが違っている。

 

 つまり、この空席は一夏の席なのだ。

 何やってんだ、アイツ…? まさか体調不良…? それとも何かしらの事件にでも巻き込まれた、とか…?

 

 ダメだ、今は試験に集中しねぇと…!

 いまだに姿を見せない一夏は心配だが、とりあえず俺も切り替えて英語の問題にとりかかった。

 

 

 

「…………繋がらない、か」

 

 1教科目が終わり休憩時間になってから、廊下に出て一夏に電話を掛けてみるも出ない。流石に今回ばかりは千冬さんにも電話してみたが、千冬さんも仕事中なのだろう、やはり出てはくれなかった。

 

 俺もすぐまた2教科目の試験が始まってしまう。それでもメールだけは入れておこう。それくらいしか、今の俺に出来る事はないし。あとは帰りに一夏の家に寄ってみるか。

 

 

.

...

......

 

 

 結局、試験が終わるまで一夏が現れる事はなく、電話も掛かってくる事はなかった。それは千冬さんも同じだった。まさかの寝坊とかないよな? 流石に人生かけた試験日に渾身のボケを披露する奴ではない……と思いたい。

 

 まぁ何にせよ、一夏の家に行こう。

 荷物をまとめて会場の出口に移動する。それが地味に面倒なんだよ。めちゃくちゃ広いからな、ここの会場。

 今日も藍越学園だけの貸し切りじゃないし。違う高校もこの会場内の別場所で試験を実施していたりする。ほら……出口に近くなるほど、だんだん男子より女子の方が増えてきただろ。

 

 違う高校ってのは女子高なんだ。多分世界一有名な女子高で、篠ノ之が通う事になっているアレだ、IS学園だな。

 

「まさか一夏の奴……」

 

 

 藍越学園とIS学園って名前が似てるぜ! でも俺が間違う訳ないんだぜ! こっちが藍越学園だぜ! とか思ってたらIS学園の方だったぜ! やっちゃったぜ!

 

 

 みたいな事になってたりするんじゃ…! 

 あ、アイツならありえ……ねぇよ。ボケるにしても捨て身すぎるわ、渾身の上いってんじゃねぇか。ないない、むしろそれだったらステーキ奢ってやるわ、松坂牛たらふく食わせてやんよ、HAHAHA!

 

 

 ピロリン♪

 

 

 む……千冬さんからのメールだ…! 

 ようやく連絡が取れたか!?

 

『一夏は少しトラブルに巻き込まれてしまって、入試を受けられる状況ではなくなった(´・ω・`) しかし別にケガなどはしていないから安心しろ(`・ω・´)ノ 数日中には家にも帰れるが、それまで連絡はつかないと思ってくれ(・ω・;)スマヌ…』

 

 相変わらずメールだと可愛い千冬さんである。

 ま、そこは今は置いておくとして。やっぱり一夏はトラブルに巻き込まれていたのか……ケガがないってのは安心材料だが、家にも帰って来れないってのが心配だ……うむむ、千冬さんのメールからして内容までは教えてくれなさそうだし。

 

 何も分からん状態で唸ってても仕方ない。

 アイツが帰ってきた時に聞けばいいか。

 

 

.

...

......

 

 

「旋焚玖~! ご飯よ~!」

 

「はーい!」

 

 それは入試が終わった次の日の事だった。

 母さんも父さんも一夏の事を心配していたが、それでも今は連絡を待つしかない。

 

「母さん、お茶ちょうだい」

 

「はぁい」

 

 食卓についた俺は、ぼんやりテレビに流れるニュースを見ながら、母さんから受け取ったコップに口をつける。

 

『たった今、緊急速報が入りました。ISに初の男性起動者が現れたとの事です』

 

「んぐんぐ……んぐ…?」

 

 男性起動者とな?

 すんなり言葉が頭に入ってこない。あんま興味ないってのもあるけど。

 

「へぇ~……男性起動者ですって」

 

「おぉ、それは良い事なんじゃないか?」

 

 母さんは普段通りのんびりした反応だ。だが父さんは少し嬉しそうだった。気持ちは何となく分かるけどな。この世界はいわゆるアレだもん、ISが使える女スゲーな世界だもんな。当然、IS使えない男ヨエーな世界でもある訳で。

 

「これで少しは女尊男卑な風潮も治まってくれるといいな」

 

「そうねぇ」

 

 その風潮とやらは大人の方が割を食っているらしい。子供の間じゃ、そんなに関係あるモノでもないからな。好きな奴は好き、嫌いな奴は嫌い。そこには女尊も男尊も関係ない。

 

 高校になったら……どうなんだろうか。俺? 元から変人扱いされてるので大丈夫。特に変わんねぇよ。

 

「しかし母さんの淹れたお茶はンまいな、んぐんぐ…」

 

『ISを起動させたのは、あのブリュンヒルデの親族でもある―――』

 

「んぐ…?」

 

『織斑一夏さんとの事です』

 

「ぶぅぅぅぅぅ―――ッ!!」

 

 ンまいお茶、吐いちゃった。

 いやいや、何やってんのアイツ!?

 

 

 ピロリン♪

 

 

 誰だよこんな時に……あ、一夏から!?

 

『会場間違えてIS起動させちまった(。´Д⊂)モウダメダァ…』

 

 うわはははッ!

 す、すまん一夏、笑っちゃダメなんだろうけど……いや、笑っちまうだろ流石に! マジで渾身ったのかよ!? だははは! や、やりやがるぜ一夏のヤロウ! 選択肢にも出来ねぇ事を平然とやってのけやがって、いひひひひッ!

 

 しかも顔文字送ってくるくらいだから、割と余裕あんじゃねぇか。あー……いや、これはまだ実感してない可能性もあるな。

 

「今、家に居るのか?……っと、送信」

 

『家だよ(。´Д⊂) 千冬姉も居ないし孤独だよ(。´Д⊂)クゥゥ…』

 

 おお、もう……これは相当キテるかもしれんな。仕方ない、今からでも顔見に行ってやるか。まだ飯食ってないけど。あ、飯でも誘ってやればいいか。

 

 

【賭けは賭けだ。傷心の一夏に松坂牛をたらふく奢ってやる】

【そんな大金は持ってない! 仕方ないから身体で支払ってやる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 これはきっと罰なんだぁ!

 一夏を笑った罰が当たったんだぁ! 苦しむ友を笑った罰に違いないんだぁ! 早すぎる因果応報なんだぁ!

 

「お母様ァッ!! 唐突ですがお金を貸してくださいぃぃッ!!」

 

 刮目せよッ!

 これが主車旋焚玖の土下座っぷりよぉッ!! 

 誰が【下】なんざ選ぶかバカ! 絶対そういう意味だろ!? 俺知ってんだぜ!? 実は肉体労働的な意味でした、みたいな期待してたまるか! 【下】選ぶくらいなら俺は土下座るわ! 当たり前だろぉッ!

 

「おおっ! 見事な土下座っぷりだな旋焚玖!」

 

「あ、あらあら……急にどうしたの旋焚玖?」

 

「傷ついた一夏に肉を奢ってやりたいんです! 松坂牛をたらふく食わせてやりたいんですッ!!」

 

「確かに一夏くんは今、とても心細いだろうしなぁ。家にもう居るんだろ? いいんじゃないか、ママ」

 

 父さんの熱い援護が光る。

 

「ええ、そうね。それじゃあ、いっぱい食べてきなさい」

 

 おぉ……ウチの両親の優しさはホンマ……五大陸に響き渡るでぇ。いやホント、すいません、俺が勝手に賭けちゃったせいで……いや、俺のせい…か? 心の中で思っただけで別に俺のせいじゃないような……いや、やっぱ俺のせいか……ごめんなさい。

 

「い、行ってきます」

 

 くそっ!

 今から行くぞ一夏ぁッ!! 

 腹ペコのまま待ってろやぁッ!!

 

 

.

...

......

 

 

 ダッシュで一夏の家に着いたはいいが……うわぁ……いかにもSPって感じの人が何人も家の前に居るよぅ……やっぱり映画とかみたいに黒服にサングラスなんだな。夜でもサングラスなんだな。

 

 どうしよう……このまま普通に家に入れさせてもらえんのかな。悩んでも仕方ないし……と、とりあえず近づいてみよう。

 

「……なにか?」

 

「えっと……一夏の友人なんですけど、入っていいですか?」

 

「身元の確認が取れないと許可できません」

 

 Oh……やべぇ……一夏の立場、マジやべぇ……。これは笑えねぇわ……どうなっちまうんだよアイツこれから。

 しかし身元の確認なら余裕だ。一夏に電話すりゃ済むだけの話だし。

 

 携帯取り出しコールっと。

 

「……あ、一夏? うん、俺だけど。今お前の家の前まで来てんだ……うん、そうそう……んで、俺がお前のダチって事を証明できないと入っちゃいけないんだってよ」

 

 そんな事話してたら家の扉が開かれた。

 

「よっ、一夏。元気そう……じゃないな、うん」

 

「き、来てくれたのか……すまねぇ……すまねぇ……」

 

 うおぉぉ……消沈っぷりがハンパねぇ……やっぱ笑えねぇわ。

 

「飯でも食いに行こうぜ。今夜は俺の奢りだ。ンまい肉でも食ったら元気も出るさ」

 

「い、いいのかよ? 奢りなんて」

 

「気にするな。そら、行こう」

 

「お、おう!」

 

 一夏と家から出ようとしたところで、SPっぽい人達に立ち塞がれる。え、なんで? 

 

「無用な外出は許可できません」

 

「む?」

 

「織斑一夏様は世界初のIS男性起動者です。万が一の事を考え、外出はお控えください」

 

 ま、マジか…?

 そんなレベルなのか……一夏がやったのって、それ程やべぇ事なんか…? こっそり一夏の顔を窺ってみる。

 

「(^p^)」

 

「うわっはははははは!」

 

 あ、笑っちまった。

 いやでもその顔は笑うだろ。なんだよその顔、イケメンが台無しじゃねぇか。SPっぽい人らは……あ、露骨に違うトコ見てやがる。察するの早いな、流石はSPっぽい人達。

 

 でもマイッたぞ。

 外出が出来ねぇなら食いに行けねぇじゃん。ま、でも俺は選択肢な行動を取った訳だし、結果的に無理ならアホの選択肢も納得してくれんだろ。異議も無さそうだしな。

 

 

【邪魔する黒服どもをハッ倒して食いに行く】

【精肉店まで自分で買いに走る】

 

 

 異議申し立て、出ちゃった。

 やっぱりダチの不幸を笑っちゃいけねぇよ。【下】だ【下】。精肉店なら商店街にあるだろ。

 

「一夏、お前料理は得意だったよな?」

 

「んぁ? あ、ああ、まぁな」

 

「肉焼けるな?」

 

「おう、焼けるぜ」

 

「白米はあるな?」

 

「おう、あるぜ」

 

 うし、それだけ聞けば十分だ。

 

「松阪牛を買ってきてやる。お前は焼き焼きセットを準備しとけ!」

 

「お、おう! 分かったぜ!」

 

 これなら文句ねぇだろ!?

 どけオラ! 俺はンまい肉を買いに行くんだよぉ!

 

 

【逆立ち歩きで買いに行く(片道)】

【バク転で買いに行く(往復)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

.

...

......

 

 

「オラァッ!! 味わって食えこのヤロウ!」

 

「俺が焼いてるんだよなぁ」

 

 うるせぇ!

 こちとらバク転しまくりーので、まだ視界がぐわんぐわんってんだよ! 身体は平気です! 日々強い身体に鍛えられてますよ、私!

 

「んで、実際何がどうなったんだ?」

 

 まだ一夏がISを起動させちまったって事しか聞いてないからな。一体何がどうなってそうなったんだよ?

 

「ああ、それがな……(色々説明中)……って事なんだ」

 

「なんてことだ……」

 

 俺があの時(入試の日)想像したのと、ほとんど同じ行動取ってやがったコイツ…! いや、なんで置かれてるISを勝手に触るんだよ? あ、いや、でも触るかな……触ってみたくなる気持ちは分からないでもないか。男の俺らからしたら無縁な物だもんな。

 

 で、好奇心で触れたら起動しちゃって。

 政府の人間にそのまま連れて行かれた、と。

 

「ああ。経緯を説明させられて、男の俺がISを起動させた事の凄さをめちゃくちゃ説明されて、もうめちゃくちゃ説明されて」

 

 そ、そんなに説明されたのか。

 

「それでまぁ、『君を保護するにはこれしかない』って政府の人に言われて、IS学園の入学書を渡されたんだ」

 

 保護する(女子高へ強制ご招待)って事か。

 それはキツいな。

 

「尋問とかはされなかったのか?」

 

「ああ……初めはそんな雰囲気だったんだけど、俺の名前を確認してからは態度が一変してさ」

 

 千冬さんの影響か?

 ISのトップに君臨してる人の弟だもんな、そりゃあ下手な扱いも出来んわな。それに関してはラッキーだったんじゃないか?

 冷静に考えりゃ、これが一般人ならやべぇところだったろ。唯一の男性起動者って事で、モルモット的なアレやコレやを実行されてもおかしくないよな? 

 だってそれくらい凄いんだろ? ISを起動させたってのは。実際、黒服が家の周りに常備されるくらいなんだし。

 

「あと俺が起動させたからって事で、全国的に実施するって言ってたな」

 

「なにを?」

 

「他の男もISが反応するかどうかの調査だってさ。俺らの中学でも調査するってよ」

 

「ふーん」

 

 そりゃそうか。

 アレだな、意外とボコボコ起動させられる男が続出したりしてな。そうなったら、あっという間に共学の出来上がりだ。ついでに女尊な世間も終わって良い事尽くしだな。

 

「せめて旋焚玖も起動させてくれたらなぁ。心強いのになぁ」

 

「おっ、そうだな」

 

 ハハハ、ないわー。

 

 

 

 

.

...

......

 

 

 

 

「は、反応しました! か、確保してください~~~っ!!」

 

 

 へぁぁぁあああああッ!?

 

 





当たり前だよなぁ?
なお原作にはまだ突入しない模様。



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第26話 スマブラ(序)


運命に抗えってな!というお話。



 

 

「よぉ! 緊張するな旋焚玖ぅ! YO! YO!」

 

「テンション爆上がりだな、弾」

 

 弾。

 五反田弾。

 一夏達とは違って、弾は中学からの友達だ。気付いたらよくツルんでた。俺(の選択肢)のアホにも笑って付き合ってくれるいい奴だ。

 

 弾と俺が今、向かってるのは……ああ、あの建物か…?

 

 そう。この間、一夏が言っていたアレだ。

 一夏がISを起動した事で、全国的に調査が行われるっていうアレだ。他の男もISを起動させられる可能性を探るってヤツ。主催は当然、世界の頂点っぽいポジションに立っちゃった日本政府。

 

 んでもって、俺たちの地元は比較的IS学園にも近いという事で、IS学園の教師も何人か、この調査に派遣されてるとかなんとか。すんげぇどうでもいい。パパパッとやって、ハイ終わりって感じでさっさと済ませたい。この後、一夏の家でゲームする約束してるし。

 

「よぉよぉ! IS起動させちまったらどうする!? ヤバくね!? 可愛い子ちゃんだらけの学園にひゃっほいだぜ!?」

 

 テンションたけー。

 可愛い子ちゃんとか久々に聞いたわ。まぁ弾は一夏に一緒に会いに行った時も、めちゃくちゃ羨ましがってたもんな。

 

『とうとうハーレム王になるつもりかこのヤロウ!』

 

『とうとうってなんだよ!? 全く意味分かんねぇぞ、弾』

 

 漢泣きする弾に詰め寄られて、一夏の奴は困惑してたなぁ。俺は何も言わんかったけど。中学の俺たち3人にはそれぞれ役割があったからな。

 一夏が女にモテまくる役。俺が奇行に走りまくる役。弾が俺たちのフォローに奮戦しまくる役。うーんこの……弾には足を向けて寝れねぇやなぁ。

 

 まぁでも、それとこれとは話が別だ。ダチだからこそ、現実と幻想の区別はつけてもらおう。

 

「無理無理、俺らが触っても反応なんてしねぇよ」

 

「馬鹿野郎お前俺は反応させるぞお前!」

 

 

.

...

......

 

 

「はい、終わりー。次のひとー」

 

 ウェーイ!ってな感じでISに弾が触るも、やっぱりというか何というか、無反応だった。受付の人も機械的になってるし。まぁ退屈な作業ではあるわな、気分的にはベルトコンベアでバイトしてるようなモンかね。

 

「知ってた……へへっ、正直分かってたさ。俺みたいなモブが栄光を掴める筈なんてないってな……へへへ…」

 

 弾…………泣くなよ。

 お前のそんな姿を見ちまうと、なんだか俺までもらい泣き……する訳ねぇだろ、どけオラ、さっさと一夏の家に遊びに行こうぜ。

 

「旋焚玖……あとはお前に託したぜ…!」

 

 何言ってだコイツ。

 何故かハイタッチを求められたので、自分も合わせました。受付の人が「はやくしろよ」と視線で訴えてきてます。すいません、すぐ触って退散しますんで……―――んぁ?

 

 

【触ったらマズい気がする。ここは触れたフリして済ませよう】

【覚悟は出来た。俺はISに……触れるッ…!】

 

 

 え?

 ちょっと待って。

 え? ちょっと待ってよ。

 

 え、触ったらマズいの? 

 反応させちゃうの…? 

 どうして【上】も【下】も意味深なの? 待って待って待ってよ。なんかおかしくない? 【上】も【下】も俺が触ったら反応する、みたいな感じになってない? え、そうなの? そういう未来が待ってるの?

 

 俺の脳裏に一夏との会話が横切る。

 

『尋問とかはされなかったのか?』

 

『ああ……初めはそんな雰囲気だったんだけど、俺の名前を確認してからは態度が一変してさ』

 

……よし、触ったらダメだ。いつもの選択肢のおフザけとも考えられるが、念には念を…ってヤツだ。下手に触れてマジで反応させちまったら、一般人の俺に待ってるのは地獄だ。

 

「…………………」

 

 ISの前に立って、受付の人の顔を密かに窺う。その表情からは「どうせ反応なんてする訳ない」といった感情がありありと見えた。こちらを視界に収めてはいるが、見てはいない。だって反応しないと思っているから。

 

 それが俺にはありがたい…!

 

 ISに触れるか触れないかのところで、俺はさっと手を引っ込めた。恐ろしく速い貫手、オレでなきゃ見逃しちゃうね(ただ腕を伸ばして引っ込めただけ)

 

「はい、次のひとー」

 

 やったぜ。

 さぁ帰ろ帰ろ。

 

「ま、待ってください」

 

 へぁ?

 受付の人とは違う女の人から、ちょっと待ったコールだ。

 

「……なんですか?」

 

「あ、あの、ちゃんと触らないとダメですよぅ」

 

 む……メガネ掛けてるし、真面目な人なんだな。ちゃんとチェックされてたとは……この人がもしかしたらIS学園の教師なのかな。

 

 

【触るのはマズい。触れたフリに徹する】

【もう諦めて触る】

 

 

 ちょっと待て!

 さっきより語意が強くなってんぞ!? もう反応すんの確定みたいな感じじゃねぇか! そうなの!? ホントにそうなんか!?

 どうする…! 冷静に判断しろよ、俺。仮にだ。仮に俺がISを起動させた場合のメリットは何だ? よく考えろ、判断するのはメリットとデメリットを照らし合わせてからでも遅くない。

 

 メリット。

 一夏と同じ高校に行ける。

 篠ノ之と同じ高校に行ける。

 ISを起動させた男って事で、もしかしたらフツメンの俺でも彼女がいっぱいできるかもしれない。

 

 デメリット。

 政府から尋問される。

 政府から監視される。

 両親にも迷惑が掛かる。

 ほぼ女子高に放り込まれる。

 今後、IS関連のナニかに必ず属する事になる。

 後ろ盾のない俺は下手したらモルモットになる可能性。

 

 一瞬でもこれだけ浮かんだ。

 もっと時間を掛けりゃメリットデメリットも、まだまだ多く浮かんでくるだろうけど……それでもメリットの数がデメリットを上回る気がしない。

 

……絶対に触れてなるものか…!

 

「すいません、ちゃんと触ります」

 

「はい、お願いします」

 

 今度はガチだ。

 

 恐ろしく速い貫手ッ!

 オレでなきゃッ!

 

「触ります」

 

 見逃しちゃうねぇぇぇッ!!

 

「ッ……!」

 

「なっ…!?」(み、見えませんでしたぁ…! 残像が陽炎のように残ってるような……そんな気さえしますぅ…!)

 

 ハッハッハァーッ!

 どうだオイ、伊達に達人してねぇぜ!

 

「触りましたよ? 反応しないんで帰りますね」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ~っ!」

 

 メガネな人から腕にむぎゅっと纏わりつかれた。

 やべぇ。乳がやわい。やべぇ。

 

「……なんですか?」

 

「ちゃ、ちゃんと触ってくださいよぅ!」(この子、何か知ってます…! そうでないと、あんなにISの前で警戒なんてしません! それに、あの速さ……只者じゃないですぅ!)

 

「俺が触ってないのが見えたんですか?」

 

 見えたの?

 見えてないよな?

 見えてないから、そんな言い方してるんだよな?

 

「い、いえ……見えませんでしたけど、でも…」

 

 勝機ッ!

 タメ口になるけど、許してね!

 

「見えてないなら言うなよ。俺を否定していいのは見えた奴だけだ」

 

「う、うぅ~~……でもぉ…」

 

 うおぉぉ……目がウルウルしてらっしゃるぅ……くっそ、罪悪感がやべぇ…! 腕に当たる乳の感触もやべぇ…! 襲い掛かる良心の呵責…! でもこればっかりはダメなんだ、許してくださいメガネの人。

 

 後は腕を解いて―――。

 

「いや、見えるようにゆっくり触ればいいだけだろ。フザけてないでさっさとしろよ旋焚玖」

 

 あ、そっかぁ……って、弾ンンン!? 

 何て正論吐きやがる!? 俺がどうして威圧感めいたキャラってたのか分かってんのか!? その正論からメガネさんの意識を遠ざけるためだろが!

 

「そ、そうですよぅ! ゆっくり! ゆっくり私にも見えるように触ってくださいぃぃ~っ!!」

 

「ちょっ、待って! 一旦待って! ちょっとだけでいいですから!」

 

 あ、アカン!

 完全に流れが変わった! しょぼんってたメガネの人も俄然やる気になっちゃったしぃぃぃッ! ぬあぁぁぁッ、乳の感触がやべぇぇぇッ!

 

「はやくしろよ旋焚玖! お姉さんに迷惑かけんなよ!」

 

 だ、弾まで加わりやがった!?

 でもお前ら2人なんかに負ける訳ねぇだろ!

 

「あ、貴女も手伝ってくださいっ!」

 

「は、はぁ…」

 

 やる気のない受付の人まで!?

 

「3人に勝てる訳ないだろ!」

 

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

 とはいえ今ここで強引に振り払ったら、常識的な行動を取ってる弾までケガさせちまう。メガネの人たちも巻き込まれるだろう。それがまた俺の良心を責めてきやがる…!

 

「ちょっ、やめ、どこ触ってんでぃ!? どこ触ってんでぇ!?」

 

「お前の腕だよ! 旋焚玖どうしたんだ!? いつものアレ(奇行)か!?」

 

 うるせぇ!

 ぶっちゃけ普段の奇行よりひどいのも自覚してるわ! だがそれくらい俺は人生の岐路ってんだよぉ!

 

「離せや弾! お前男の腕触って喜んでんじゃねぇよお前!」

 

「何言ってんだお前!? すいませんお姉さん方! コイツたまにこんな感じになるんです! もうお前ッ、マジで触れって!」

 

「やめろォ! ナイ……あ…」

 

 指先が触れちゃった。

 瞬間、キンッと金属音が頭に響く。

 

 無機質だったISに光が灯った。灯ってしまった。

 

「やっぱり…! は、反応しました! か、確保してください~~~っ!!」

 

 へぁぁぁあああああッ!?

 か、か、確保ォ!?

 

 

『尋問とかはされなかったのか?』

 

『ああ……初めはそんな雰囲気だったんだけど、俺の名前を確認してからは態度が一変してさ』

 

 

 尋問……政府からの尋問…!

 絶対痛いコトされる…!

 

 

【フザけるな! 俺は抗うぞオイ!】

【触れてしまったモンは仕方ない。俺はこの結果を受け入れるよ】

 

 

 【上】だコラァッ!!

 簡単に受け入れてたまっかよ! 

 叛逆上等だオラァッ!!

 

「……お、おい旋焚玖、お前、マジか!? 反応してんじゃんIS!」

 

 託されちまったよ、お前によぉ!

 後で弾は顔面にウンコぶつけるとして。今はこっちだ。

 

「メガネの人」

 

「わ、私ですか…?」

 

「俺は……ISを起動させたんですか?」

 

「はいっ、起動させました!」(これで千冬先輩の弟さんも心細くなくなりますね!)

 

 うむむ……嬉しそうだ。

 女の立場からしたら、ヨエー男が起動させない方が都合いいだろって勝手に思っていたが……なるほど、この人はいい人だ。

 

 それとこれとは話が別だけどな。

 

「俺はこれからどうなりますか?」

 

「えっと、それは……」(き、機密事項にあたるので、ここでは言えません…)

 

 言い淀んだ。

 淀みやがった…!

 つまり淀んだ事をするつもりなんだな!? 公に出来ねぇ事を俺にするつもりなんだな!? 一夏には出来なかった事をッ! 俺で存分に試すつもりなんだなァッ!?

 

「ん…? オイオイ……」

 

 奥の部屋からドタドタ黒服連中が現れた。

 どうやら本気で政府ってヤツらは、俺をモルモりたいらしい。

 

「お、大人しくしてください! 何もしませんから!」

 

 この乳メガネ…!

 一番信用しちゃならねぇ台詞じゃねぇか!

 

「ほら、こっちへ来なさい」

 

 黒服の1人が近づいてきては、俺へと無造作に腕を伸ばしてくる。いやいや、ヤメてくださいって。穏便に済むならそれに越した事はない。けど捕まりたくもない。

 

「む…」

 

「すいません無理です」

 

 とりあえずスッと横に避けた。

 

「いいから来なさい」

 

「すいません嫌です」

 

 再び伸びてくる腕。

 普通に嫌なので、やっぱり避ける。すいません、ほんと。

 

「……私達に手荒な真似をさせる気か?」

 

 黒服の声が低くなる。

 それに釣られたのか、後方に居た他の連中も前へと出てきた。いやもうする気ですよね? 臨戦態勢に入ってますよね? それに捕まったら、手荒いどころじゃないコトするんですよね?

 

「やだなぁ、もう。そんな訳ないじゃないですかぁ」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべて、今度は俺から黒服に腕を伸ばした。ビビッたと思ってくれたか、簡単に掴ませてくれた。ならお礼に……。

 

 投げ飛ばすしかないだろう…ッ!

 

「ぐへッ!?」

 

「「「「!!?」」」」

 

「ちょっ、お、おい旋焚玖!? 何やってんだよ!?」

 

「離れてろ弾。これからちょいと荒っぽくなるからよ…!」

 

 もう弾に構っている余裕はない。

 俺が何も知らねぇ子供だったらさ、IS動かせりゃ当然ウキウキしちゃうだろうが。あいにく夢より先に現実が視えちまっててな…! おいそれと付いて行く訳にはいかねぇんだよッ!

 

「な、何をしているですか!? 大人しく「黙れ乳」ひ、ひどいですぅ…」

 

 ごめん、マジでもう余裕ないの。

 たかだか4人程度に負ける気はしねぇけどな…!

 

「仕事で来ているアンタ達に恨みはねェ…」

 

 ようやく分かった。

 俺が(強制)毎日毎日(強制)死に物狂いで(強制)修行(強制)し続けていた(強制)理由が。

 

「だがこっちも人生が懸かってんだ」

 

 この日を抗う為だった…!

 

「ケガしてェ奴からかかって来いッ!!」

 

 

 それは覚悟を決めた男の咆哮だった。

 旋焚玖の鼓動に呼応するかのように、別の部屋からも黒服たちが集まりだした。パッと見ただけでも20は優に超えている。

 

 圧倒的な数と対峙する旋焚玖。

 彼の表情はどこまでも穏やかで、笑みすら浮かべていた。

 

「フッ……」

 

 

 

 そんなに来いとは言っていない。

 

 

 




黒服:20人に勝てる訳ないだろ!

旋焚玖:馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!(反骨)


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第27話 スマブラ(結)

おれはちょうつよい、というお話。



 

 

「「「「………………」」」」

 

「……フッ…」

 

(黒服さんがいっぱいです。こっちは1人ですよ? しかも中坊ですよ中坊)

 

 残した笑みは決して消さない。

 それは虚勢か、はたまた自信か。

 

(どっちもだよチクショウ…! ぶっちゃけ、この数にはビビッてるけど、あの時とは……篠ノ之を助けた時の俺とは違う…!)

 

 あの時、旋焚玖はあくまで巻き込まれた側だった。目の前に突如現れた非日常に対し、覚悟する暇さえなかった。状況が飲み込めない状態で、とにかく箒と逃げる事を最優先せざるを得なかった。

 

 しかし、今は違う。

 

(もう巻き込まれた側に居られねぇ…! とうとう俺自身が渦中になっちまった。ならもうウダウダ悩んでられねぇ…! 覚悟を決める時は今なんだ…!)

 

 対峙している1人の少年と黒服を纏う数の暴力。両者共、このまま延々と睨み合いしているだけに留まる筈がない。少しのきっかけで、静から動へと場が早変わりするのは目に見えている。

 

 問題はどちらが先に動くのか。

 

「……ッ!」

 

(この数だ、受け身に回っちまったらその瞬間終わっちまう! ビビるな竦むな、動け動け動けェ―――ッ!!)

 

 地を蹴り前に出たのは旋焚玖。

 猛然と黒の壁へと駆けていく。20を相手に後手に回ったなら最後、主導権など到底握れるモノではない。ならばいっそ前へ。決してやぶれかぶれではなく本気で勝つ為に…!

 

 箒と共に受けた襲撃事件以来、外出する前は必ず皆伝書に羅列されている実践道具(旋焚玖は七色の道具と呼んでいる)の吟味に余念を無くした事が生きる。胸ポケットに潜ませていたモノを、一番先頭に立つ黒服の足元へ叩きつけるように投げた。

 

 

 パァンッ!!

 

 

 短くも甲高い破裂音が響いた。

 旋焚玖が投げたモノは、以前使った煙玉ではなくただの癇癪玉だ。花火に部類されるモノで、大きな音を立てて遊ぶ、謂わば子供のおもちゃである。

 

 自ら改造もしていないただのおもちゃで、黒服達の鼓膜破壊を狙う筈もない。旋焚玖が欲しかったのは数瞬の隙。先頭に立つ者の目線を、一瞬でも足下へ追いやる事だけが目的だった。

 

「ッ!? な、なんだ…!? 一体なにを…」

 

(そりゃ見ちまうわな確かめちまうわな、本能でよぉッ! だがこれで火蓋を切るのは俺だッ…!)

 

 既に駆けた勢いは十分。

 両膝を折り畳むようにして跳び上がる。

 先頭の黒服が旋焚玖の方へ視界を戻した時にはもう遅い。鋭く突き出した両脚の裏で、胸板を強く蹴られ、後方へと吹き飛された。旋焚玖の狙い通り、後ろに居た者も巻き込みながら。

 

(一喜一憂するのは後だ…!)

 

 蹴りを喰らわせた反動を利用して、後方へバク宙する事で着地にも成功。と同時に膝を折り、力を溜めて素早く前へと再び駆け上がる…! 頭にあるのは自分から最も近い位置に倒れている男の元へ辿り着く事のみ。

 

 相手は20で旋焚玖は1人。ご丁寧にタイマンな空間を20回も作る余裕は今の旋焚玖には無い。時間は限られているのだ。

 ならば一気に数を減らすしかない。旋焚玖が見い出した勝機はそこだった。そしてその狙いを成功させやすいのが先手と…運が良くて次の手まで、と考えての行動だった。

 

「取り囲め!!」

 

「押さえつけろ!」

 

 政府に雇われた者達が、流石にいつまでも固まっている筈もなく。ドロップキックに巻き込まれずに済んだ黒服達が、旋焚玖へと一斉に襲い掛かっていく。まるで黒い壁が四方から押し迫ってくるようだった。

 

 だがそんな彼らを前にして、旋焚玖は再度笑ってみせた。この笑みに虚勢は含まれない。自分に壁が迫りきるよりも早く、目指した場所へと辿り着けたのだから。

 

(やっっっ……たぁ! やったよぅ! やっぱり一喜一憂しちゃうわいな! うへへ、ごめんね黒服のおっちゃん、ちっとグルグルに付き合ってもらうぜ)

 

 旋焚玖は倒れている黒服の両足首を、脇の下に挟み込んむように抱え上げた。

 

「せぇの……ッ、根性入れなおしてやるッ!」

 

 

【篠ノ之流金剛大旋風】―――ッ!!(なんかすごいジャイアントスイング)

 

「あがっ!」

 

「ぐほっ!」

 

「おぐっ!」

 

 振り回した相手の平衡感覚を失わせる事は目的では非ず。疾く力強く廻転させられた男は旋焚玖の武器と化し、四方から迫り来る黒服たちを薙ぎ払った。

 

(グルグルグルグル―――ッと! 俺自身、目が回らねぇのはアレか!? この前のバク転買い出しがここで活きたのか…!)

 

 一旦は旋焚玖を取り囲めた筈の黒服たちだったが、今では旋焚玖を中心にしつつ、後ろへと強制的に下がらせられた。前に出てしまうと旋焚玖が振り回すアレにブチ当たってしまうのだ。

 ペチッと当たるくらい大丈夫だろ? とんでもない、アレで殴られた者は蹲ってしまっている。それほどバカげた威力を誇っていた。

 

 だがいつまでも廻転し続けられる筈がない。旋焚玖が疲れて止まった時こそ、黒服達は一斉に飛び掛かるつもりだ。それを旋焚玖も承知しているからこそ、男を振り回しながら部屋の隅々まで目を凝らす。

 

(ある筈だろ、無いとは言わせねぇぞ! 置いてあるとしたら壁壁壁! 際際際ァッ! あ、あ、あれあれッ! アレだよッ!)

 

 旋焚玖が外出時に持ち運べる七色の道具は、基本的にポケットサイズな物のみとなっている。それより大きいと物理的に無理なのだ。物は試しと背中にフライパンを入れてみたが、普通に痛くてすぐに取った。やはり漫画のようにはいかないらしい。

 

 現状を打破できる武器を見つけた旋焚玖は、不自然に思われないように廻転しながら、少しずつそちらへと距離を縮めていく。

 黒服達は無理に攻めてこない。出口に近づくならまだしも、旋焚玖が進んでいるのは真逆の方向。彼らからすれば、より捕まえやすくなったとさえ言える。

 

「……ッ!」

 

 黒服達から見て、自ら壁際に追い込まれる形を作った旋焚玖は、そこでやっと男を投げ捨てる。その乱雑っぷりから、男たちは旋焚玖がようやく諦めたのだと思った。1人の男が代表して前に出る。

 

「逃げる方向を誤ったな少年。さぁ、今度こそ大人しく付いてきなさい」

 

 背後には壁で窓も付いていない。

 前にはまだまだ無傷の黒服が立ち塞がっている。出口とは対極の位置に立つ旋焚玖にもはや逃げ場は残されていない。

 

(嫌です。この人たちは、もしかしたら篠ノ之が言っていた穏健派の連中かもしれんが、それでも嫌なものは嫌なのです。んで、もう一言加えると……)

 

「誤ったんじゃねェ……これが俺の狙いだ…!」

 

「なっ!?」

 

「「「!!?」」」

 

「施設内に必ず複数設置されてあるモノといえばなーんだ? うへへ、赤いモノはなーんだ!?」

 

 答えは既に旋焚玖の手に。

 赤くて旋焚玖が日頃から持っておきたい物の一つ。大きすぎて物理的にポケットには入れられない七色の道具の一つ!

 

「お、おいッ、旋焚玖!? それ消火器だろ!? マジでシャレじゃ済まされねぇぞ!?」

 

「うははは! 気にするな弾! うひゃひゃひゃひゃッ!」

 

「き、気にするなの意味が分かんないですぅ…」

 

 入口の方まで弾と一緒に下がっているメガネの人から控えめにツッコミが入るが、旋焚玖は何が面白いのかゲラゲラ笑っている。非日常を受け入れた反動か。はたまた自分の狙いが悉く成功した事への悦楽か。

 

「使えるモンは何でも使う。汚ェ手なら尚更だ。それが俺の師の教えなんでな…!」

 

 ピンを指で弾き、あとは噴出させるだけで良い。位置関係もとことん理想的なそれだ。後ろを一切気にせず、前に向かってただ噴射させれば良いだけなのだから。

 

 ここに居る全員が認めるしかなかった。

 今、この場を掌握しているのは、紛れもなくあの少年であると。抗う術も無し、最悪逃げられる可能性もある。

 

 流れは完全に旋焚玖にあった。

 

 

 

 

 

 

 やべぇ…!

 やべぇ……やべぇ、俺……メチャ強ェ…! まだ半分以上残ってるが、負ける気がしない。消火器捨てて、強引に肉弾戦仕掛けても、案外普通に勝てるんじゃねぇかってレベルに達してね、俺……? 

 

 うはっ、うわははは!!

 そうかそうか! そうかよ! 俺はそこまでの域に達してたんか! むしろそうでなくちゃ困るわ、毎日アホみてぇなシゴき受けてんだからなぁッ! 

 

 このまま無双して悠々と帰ってやるッ!

 俺はそれが出来る漢になったんだ! うはは、まずは身体に無害っぽい粉を存分に喰らうがいいわ!

 

「喰ら―――」

 

「……ほう? それで、誰がその後始末をするんだ? お前か旋焚玖…?」

 

 とても聞き覚えのある声がしゅるぅ……っていうか、視界に既に入っているぅ……ど、どうして此処に居るんですか……?

 

「ゲェーッ!! 一夏の姉ちゃんだァーッ!!」

 

 ありがとう弾。

 お前のそのアホみたいなリアクションのおかげで、俺も無駄にテンパらずに済む。んでんで……何でこの人が此処に居るの? 此処で働いている的な感じなの?

 

「……俺の邪魔をする気ですか、千冬さん」

 

「さて、どうだろうな…」(ふっ、ふふふ…! 流石は旋焚玖だ。私が現れても眉一つ動かさんか……)

 

 ヒェッ……な、なんか薄ら笑ってるよぅ…!

 いきなり現れて冷笑るのはマズいですよ千冬さん! とっても怖いっす! ボス臭ハンパないっす! メールでの可愛い千冬さんに戻ってくださいよぅ!

 

 千冬さんは無関係だと思っていいのか? たまたま道を歩いていて、たまたま騒動を嗅ぎつけ、たまたま俺と居合わせた、なんて事はないだろう。千冬さんはブリュンヒルデだ……此処に来たって事はISの関係者ってのが妥当か。案外、学園で教鞭振るってたりするのかもしれない。

 

「千冬さん……俺はこれからどうなるんですか?」

 

「一夏から聞いているだろう? それと同じ事をするだけだ」

 

 同じ?

 同じじゃないだろ!

 一夏には出来なかった事をするんだろぉ!? イタイ事とかするんだろぉ!? 権力に物言わせて一般人を泣かせる気なんだろぉ!

 

「一夏と違って俺にはブリュンヒルデの姉が居ない」

 

 後ろ盾がないんだよぉ!

 怖い人たちにイジメられちゃうよぉ!

 

「……そうだな。だから私もお前と共に付いて行く。それなら問題なかろう?」

 

「む……」

 

 目を光らせてくれるという訳か。

 取調室的な場所で政府の怖い人たちから、尋問は既に拷問に変わってるんだぜ! みたいな事を言わせないように。

 

「それとも……このまま、まだ抗ってみせるか? 私は別に止めんぞ?」

 

「……いいんですか? コレ、使いますよ?」

 

 手に持つ消火器を見せる。こっちはもう吹っ切れちまってんだ。暴れていいのなら暴れさせてもらう。逃げられるのであれば逃げさせてもらう。たとえ相手に千冬さんが加わろうとも、だ…! 

 

「好きにしろ。ただし……」

 

 な、なんだよぅ?

 そんな威圧感出してきてもビビらないぞぅ!

 

「噴射した瞬間、私の拳が顔面にメリ込むと思え」

 

 ハッ…!

 なんだよ、気ィ張って損したわ! んなモン、カウンターで迎え撃ちゃいいだけだ。逆にアンタの脳みそ揺らしてやるよッ!

 

「五反田弾の顔面にな」

 

「ファッ!?」

 

「……弾に?…………ぶほっ」

 

 だ、弾さんスゲー顔になってんぜ!? その顔はヤメろ! 一夏といい顔芸はやってんの!? あひっ、あひゃひゃひゃ! って笑えねぇぞオイ! 弾の顔見ちゃ笑っちまうから見ねぇぞオイ!

 

「俺を脅すのか?」

 

「ああ、脅す。これはスポーツではないからな」

 

 Oh……流石は俺のプチ姉弟子。

 見事なまでに武術家な台詞だ。使えるモノは何でも使う。それが師匠の教え。人質のきく相手には躊躇わず使え。それも師匠の教えだ。俺が千冬さんの立場でも、きっと同じ事を言ってのけただろう。

 

「……降参。良心の呵責には勝てないです」

 

「フッ……スマンな、こんな真似をして」

 

「気にしないでください、千冬さんに落ち度はありませんよ」

 

 

【しかしこのままだと少し癪なので、ちょいと軽くだけ噴射してみる。意外と噴射は楽しかったりする】

【既に負けを認めたのだ。大人しく従うのが漢の矜持である】

 

 

 ほう……好奇心を上手く突っついてきよるわ。確かに一回どんなモンか、使ってみたい気もしないでもない。ちょっとだけならいいかな? ほんのちょっとだけ、ぴゅぴゅっと出すだけで、別に攻撃とかそういうアレじゃなくて。

 むしろそれくらい許されてもいいと思う。これからの俺の処遇を考えたらさ。大丈夫大丈夫、平気平気。掃除なら俺が、あと一夏も呼んで一緒にするから。

 

 っていうか頭が高ェんだよテメェら、あァん? 俺様は世界で2人目のIS起動者なんだぜ、おう? おうコラ? 消火器ぐらい気分で出しても怒られない身分になっちまったんだぜ? おう? おうお~う?(現実逃避) 

 

 

 ぷしゃぁぁぁぁぁぁッ!!

 

 

「ひょわぁぁぁぁッ!?」(現実帰還)

 

 め、めちゃくちゃ出ちゃったぁぁぁぁッ!?

 

「な、何をしている旋焚玖!? 五反田の顔面がどうなってもいいのか!?」

 

 ち、違うんです千冬さん!

 軽く握っただけで、こんなに出るとは思わなかったんですぅ!

 

「い、嫌だぁ! 死にたくない! 死にたくなぁぁぁい!!」

 

「違うぞ弾! そんなつもりじゃないんだ! なんか勝手に出ちゃうんだよぉ!」

 

「さっさと離さんかバカ者! 握ってたら出るに決まっているだろうが!」

 

「違うんですって! なんか凄いんですって、反動がなんかヤバいんですってぇぇぇッ!! 暴れんな、暴れんなよッ! ひゃぁぁッ、すいません黒服の皆さん! ホントもうすいません、調子に乗ってすいませんんんんッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

 結局、弾が千冬さんに殴られる事はなかった。かわりに俺が千冬さんから熱いゲンコツを喰らって、喰らって喰らって喰らいまくって、一応の決着がついたのだった。とりあえず、今日のところは俺も自宅に帰っていいとの事で……。

 

「そんな訳ないだろうが。今から検査だ、説明だ、と色々あるんだからな」

 

「……はい」

 

 

 一夏に続いて世界で2人目の男性IS搭乗者の誕生である。

 

 




生身でも強い旋焚玖くん。
これはISでも無双しちゃいますね(ネタバレ)


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第28話 旋焚玖、成り上がるってよ


良識ある大人はお優しい、というお話。



 

 

 

「主車旋焚玖くん。好奇心で聞く事を許してくれ。率直に今、君はどんな気分なんだ?」

 

 どんな気分……?

 見るからに権力の上に立ってます的なおっちゃんと今、対面しているこの状況についてか? そもそもISを起動させてしまった事にか? いかにも研究員してますって白衣着た連中に、検査と称して身体中を隅々までアレコレされた事にか? 注射がちょっとチクッとしたわ! 千冬さんが見てたし何でもない風を装ったけどな!

 

「気分はまぁ……正直、まだ実感がないと言えばいいですかね。自分も聞かせてください、これから俺はどうなるんすか? おためごかしは要りません。誤魔化し無しでお願いします」

 

 おっちゃんが俺の後ろに控える千冬さんに視線をやった。おそらく、色々と話してしまって良いのか、の確認だろう。

 

「ふむ……どうやら思っていたより聡い子らしい。分かった、それも含めて説明させてもらおう。男性である君がISを起動させた事で、君の将来にレールが敷かれたのだ」

 

 何の?

 決まっている、ISに携わるモノ全てだ。俺の高校も大学も、就職先も全てIS関連である事が決まったんだ。ただそれでも理想図だと思う。

 

「それは分かっています。俺が聞きたいのはそんな曖昧な部分じゃないんです」

 

 俺はそんな確認がしたくて、大人しくしているのではない。一般人の俺が、今後どんな扱いを世界から受けるのかを聞いているんだ。

 

「千冬さんが居る前で聞くのもアレですけど……俺と一夏は違うんですよね?」

 

「旋焚玖……」

 

 あらやだ、千冬さんらしからぬ悲し気な呟き。でもごめん、そこだけは今のうちにはっきりさせておいてほしい。今聞いておくのと、IS学園に入学してから、アレやコレやと待遇の違いとかを見せられるのとでは、俺のメンタルへの影響の仕方が変わってくるんだ。

 

「言いにくい事をズバッと聞いてくれる。だが、問われたらこちらも答えるしかあるまい」

 

 そうそうズバッと言ってくれ。

 変に気を遣われるより、そっちの方が俺もありがたいわ。

 

「男性でISを唯一起動させた2人。だが……君が察する通り、君達の立場はまるで違うモノになる事が予想されている。何故なら……」

 

「俺は平凡な家庭の人間で、一夏はブリュンヒルデの弟だから……でしょう?」

 

「……ッ」

 

 千冬さんが背後で身体を強張らせた気配がする。だから俺もちゃんと言っておく。

 

「安心してください、千冬さん。俺と一夏は親友です。これからも。何があっても。それだけは絶対に変わりませんよ、俺たちは」

 

「……旋焚玖」

 

 あらやだ、千冬さんらしからぬ嬉しそうな呟き。だがこれは俺の本心だ。俺の言葉に嘘はない。立場が変わろうが周りの反応が変わろうが、俺と一夏はダチなんだ。俺たちの関係は誰にも壊させねぇよ。

 

「ふむ……ある程度、覚悟は出来ているみたいだな。なら、ざっと羅列していこう。君と織斑君の置かれた環境の違いを―――」

 

 おう、ドンと来いッ!

 

 

.

...

......

 

 

「……―――とまぁ、だいたいこんなところか」

 

「……なるほどざわーるど…」

 

 そんなに羅列しろとは言っていない。

 いやまぁ分かってたけどさ、改めて第三者から言葉にされるとヘコんじゃうね。メンタルの強さに定評のある俺でも結構Oh…ってなっちゃった。主に世間の視線的な部分で。ま、別にいいけど。だいたい想像ついてたし。

 

「とりあえずアレですか? モルモッターになりたくなければ、しっかりISの技量を身に付けろ、と。要約すればこんなところですか」

 

「だいぶ端折っているが、概ねその通りだな。ああ、あと刺客にも気を付けるように」

 

 それはついでみたいなノリで言っちゃダメな案件だろ!? 身の危険的な意味でいくと、それってすごい重要な話だろぉ!

 

「まぁ君ならそちらの方面に関しては、さほど心配してはいないがね」

 

「む……」

 

「いやはや、君の身体検査の結果は私も目を通させてもらったが……一流の科学者たちが目を丸くしていたよ。ハハッ、彼らの言葉を借りれば、君の筋密度は常軌を逸しているらしいぞ?」

 

 え、えへへ……あざーっす(恍惚)

 褒められるのは素直に嬉しいです。

 

「先程もSP達を相手取り、大立ち回りを披露したそうじゃないか。君に投げられた者が言っていたぞ? 何をされたかまるで分からなかった、とな。普段、どんな鍛え方をしているんだい?」

 

 言っても信じてもらえないもん。

 でも、強いて言うなら。

 

「うまい食事と適度な運動」

 

「ほう」

 

「ふむ」

 

 後は―――。

 

「想像上のカマキリとかと闘わされる事……ですかね」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 微妙な静寂が部屋を包み込む。

 嘘じゃないもん、ホントだもん。

 

「ハッハッハ! なるほどなるほど、企業秘密ってヤツか。強くなる秘訣なんてそうそう簡単に明かしたくないよなぁ!」

 

 ホントの事だもん。

 嘘なんてついてないもん。

 

「ふふ……私は信じているぞ。旋焚玖は頑張り屋さんだもんな」

 

 生温かい目して言ってんじゃねぇよ! 頑張り屋さんとか言うなよ! 幼児扱いかコラァッ!! いやオイ、なに手ェ伸ばして……あ、引っ込めた。

 

「………………チッ」(すぐにバレる嘘をつく見栄っぱりな旋焚玖の頭をナデてやりたい……が、人前では出来んのが口惜しい…)

 

 ヒェッ……急に不機嫌になるのヤメてくれませんかね…。

 

「さて……説明も一段落済んだ事だし、移動しよう。君のIS適性を測定して、今日は終わりだ」

 

「適性……? 筆記試験的なヤツですか?」

 

 当然だが、ISの知識を俺に求められても何も答えられる自信ねぇぞ。

 ISとは何か? とか聞かれても、なんかスゴいヤツとしか書けねぇぞ? 風刺きかせていいなら女尊男卑の根源って書くけど。いや書かないけど。

 

 ただでさえ女子高への入学が決まってんのに、そんな事まで書いちまった日には余計フルボッコにされるわ。

 

「試験用のISで慣らし運転をしてから、簡単な実技試験だ。分かりやすく言うと模擬戦だな」

 

 千冬さんが教えてくれた。

 え、模擬戦って、誰かと戦う的なアレですか? 私、素人ですよ?

 

「あくまで適正値を出すためだ。別に勝ち負けを競うものではないさ」

 

 気負う必要はないと、肩をポンッと叩いてくれた。あらやだ、今日の千冬さん、とっても優しい。んでもって、2人に連れられる形で地下まで降りて、何やら広い空間に到着と。どうやら此処で模擬戦とやらを行うらしい。

 

「む……」

 

 既に誰か居るぞ……あ、乳メガネだ。

 

「紹介しよう。山田真耶くんだ。私と同じIS学園の教員だ」

 

 さらっと言ったけど、千冬さんも教師ってたんですね。一夏はまだ知らんのかな。後でアイツにも聞いてみよう。

 

「主車旋焚玖です……えっと……主車旋焚玖です」

 

 いきなり紹介されても知らんわい。

 何話していいか分かんねぇよ。教師って事はこれから学園でもお世話になる可能性が高いんだし、乳は見ないでおこう。せめて自発的なセクハラは控えておかないとだ。

 

「先程もお会いしてますし、そう緊張しないで大丈夫ですよー」

 

 ああ、そうだった。

 途中からこの人、空気になってたっけな。っていうか、よくよく考えたらこの乳メガネが諸悪の権化じゃね? 俺でなきゃ見逃しちゃう貫手を、この人が見破ったのがきっかけだし。いや別に怒ってないですよ、ハハハ。

 

「山田先生がお前の模擬戦の相手をする。の前に、まずはコレに乗らないとだな」

 

 千冬さんたちに誘われるがまま、置かれてあるISに俺も近寄る。しかし改めて近くで見るとデカいな……中々に圧倒されるサイズだ。前世にはこんな乗り物無かったし、実際マジで乗るとなるとドキドキしちまうな。

 

「このISは訓練用でIS学園にも配備されてある通称【打鉄】です」

 

 黙れ乳メガネ。

 

「まずは乗ってみろ。初期化も最適化も必要ない」

 

 専門用語はヤメてください。

 とりあえず、言われた通りに足を突っ込んでみる……おぉッ…!?

 

 カシュンカシュンと小気味の良い音で俺に纏わりついてきた…! 中々に鬱陶しいな!?

 

「ククッ、違和感などすぐに無くなるさ」

 

 ま、マジっすか?

 買ったばかりの靴みたいな感じなんですけど、いずれ馴染むモンなんか?

 

「よし、では好きに動いてみろ」

 

「はい…………む?………むむ…?」

 

 動かない。

 

「えっと……主車くん?」

 

 黙れ乳メガネ。

 動かねぇんだよ乳メガネ。見りゃ分かんだろ乳メガネ。

 

「……おい、どうした?」

 

「むむむぅ…………むんッ!」

 

 あ、動いた。

 人差し指がクイッて動いた。

 

「……お、織斑先生…」

 

「ふむ……これはアレだな…」

 

 

 

 

 この光景は当然モニター室でも通して見られている訳で。その部屋には先程、旋焚玖に説明を行った者や研究員を始め、他にも政府関係者が揃っている。

 

「……動かんな」

 

「人差し指は動いたらしいですよ?」

 

「それは動いたと言っていいのかしら」

 

 それぞれが何と言っていいのか分からない、といった空気である。当然、この中には女性も多く居るのだが、そんな彼女達ですら「これだから男はダメなんだ」とバカにするのも気が引ける程だったらしい。

 

「て、適正値が出ました!」

 

 そんな空気を壊すように、1人の研究員が声を張った。

 

「いや、それはいくらなんでも早くないか? まだ主車くんはクイクイしてるだけなんだぞ?」

 

「ですが、その……実際、出ちゃいましたし……結果は、見ての通りです…」

 

 旋焚玖の適正値が表示されているディスプレイに皆が集まる。

 

「……これは…」

 

「なんてことだ……」

 

「あの子……IS学園でやっていけるの…?」

 

 政府の人間であれば、誰しもが理解している。ISを起動させてしまった男性に、これから降り掛かるであろう理想と現実を。故にこの時ばかりは、此処に居る皆が旋焚玖に同情したという。

 

 

 

 

『あー、主車くん。適正値が出たが……どうする?』

 

 マイクを通して、さっきのおっちゃんの声が聞こえてきた。どうするって何が? 俺まだ何もしてないんだけど。

 

「結果は?」

 

 俺の代わりに千冬さんが聞いてくれた。

 

『……「E」だそうだ』

 

 Eって言われても分かんないんだけど。

 IS素人の俺には目安が知りたいところだ。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【パワプロで言えばどのくらいだ?】

 

 

 お前その聞き方好きだよな。

 ま、いいけど。パワプロのメーターで言ってくれたら俺も理解しやすい。ここは千冬さんに聞いてみよう。

 

「パワプロで言えばどのくらいだ?」

 

「……Gだな」

 

 ウンコじゃねぇか! それって最低レベルって事だろぉ!? え、そんな感じなの!? 嘘つけよ! あ、でも、そんな感じで合ってるのか。全然動かせてねぇもん、俺。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【クラウドで言えばどのくらいだ?】

 

 

 何でまた聞き直すんだよ。もう俺はウンコって分かったから聞かなくていいじゃん……結構テンション下がってんだぜ、俺…? いいもん、今度は乳メガネに聞いてやるもん。

 

 オラ、アホな質問に戸惑いやがれ! 

 

「クラウドで言えばどのくらいだ?」

 

「……バスターソードですね」

 

 割とあっさり答えやがった…!

 

「でも、それも初期武器レベルって事ですよね…?」

 

 言葉が違うだけで最低能力値って事には変わらないんだよな、ふへ……ふへへ……ふへへへへ……ふぇぇぇぇぇ……ッ。

 

 うへぇぁ……やっぱ俺ってそんなモンだよなぁ……勘違いしちゃいかんよ、俺は俺だもんなぁ……でもさ、こんなんだけどさ? 何だかんだ言ってさ? IS起動させちゃった訳じゃん? 世界でたった2人な訳じゃん? そんなのさ……期待っていうか、妄想しちゃうじゃん、男だったらやっぱさ?

 

 学園でさ? クールなやれやれ系気取っちゃってさ? でもってカッコ良くIS乗り回してさ、ブイブイ言わせてさ、女たちにキャーキャー言われちゃうとかさ? ちょっとだけ……ほんのちょっぴり……じゃない。

 

 ホントはめちゃくちゃ期待してたのにぃぃぃぃッ!! なんなんだよもぉぉぉぉッ!! もう嫌だぁ! IS学園なんか行きたくないよぉ! こんなんで言っても笑われちゃうよぉぉぉぉ!

 

「だ、大丈夫ですよ、主車くん!」

 

 へぁぁ……?

 

「バスターソードは確かに初期装備の武器ですし、パワプロのGも初期能力です」

 

 そら見たことか!

 やっぱりダメダメなんじゃねぇか!

 

「主車くんは大きな勘違いをしています。ここから上がれないとは言っていませんよ。私も織斑先生も…!」

 

「む……」

 

「山田先生の言う通りだ。むしろ私はこの結果も予想出来ていた」(篠ノ之道場で初めてコイツの武を見た時の事を思い出す。まるで才能の欠片も見当たらなかった……だが、旋焚玖はそこから這い上がれる男なのだ。私はそれを知っている…!)

 

 そ、そうなの?

 

「たった1人でここまで強くなれたお前だ。それはISでも変わらん。私はそう確信している」

 

「千冬さん…!」

 

「そうです! 私も精一杯サポートしますから! 一緒に頑張りましょう!」

 

「ち……山田先生…!」

 

 これは紛れもない教育者の鑑。本気でそう言ってくれているのが、熱い教師魂がジンジンに伝わってくる…! もうこの人を悪く思ってはいけない。むしろ今まで貶してすいませんでした。

 

「俺……頑張ります…!」

 

 そうだ。

 俺にはそれしかねぇんだ。

 頑張って道を切り拓くしかねぇんだ…! バスターソードがなんだ! 俺はアルテマウェポンになるぞオイ!

 

「ちなみに一夏の適正はどれくらいだったんですか?」

 

「ん? アイツはBだったな」

 

「……クラウドのリミット技で言うと?」

 

「メテオレインですね!」

 

 一夏しゅごい……。

 

「さぁ、気合も入っただろう? 慣らし運転の続きだ。まずは歩けるようになれ」

 

「ういっす! なんかコツとか教えてくださいよ!」

 

 俺も負けてらんねぇからな!

 いつまでもウダウダしてるのは性に合わねぇってよ!

 

「そうだな……こう…ガションガションって感じでだな」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「山田先生! お願いしますッ!」

 

「は、はい! お任せあれですッ!」

 

「あ、お、おい……冗談で言ったんだが……」

 

  

 

 旋焚玖の成り上がり物語が今、始まる予感。

 

 

 





【悲報】千冬姉渾身のギャグ、スベる。



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第29話 団欒プラス1そして1


家族は無問題、というお話。



 

 

 

 織斑一夏に続き、2人目の男性IS起動者が日本国内に現る。一夏の報道が全世界に流されてから数日、またもや世界に衝撃のニュースが走った。

 今回に関しては、一夏の時のような仰々しい記者会見は開かれなかった。その代わり貴重な2人目が誕生した奇跡の瞬間を、臨場感溢れる映像で大々的に報じられたのだった。

 

 

「昨日の午後3時過ぎ。国内でまた新たに、男性起動者が発見されたとの事です。まずは映像をご覧ください」

 

 

『3人に勝てる訳ないだろ!』(顔にモザイク)

 

『馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!』

 

 

「何かを感じ取ったのでしょうか。この少年はISに触れる事を頑なに拒絶しています」

 

 

『離せやピー!(モザイク音) お前男の腕触って喜んでんじゃねぇよお前!』

 

『何言ってんだお前!? すいませんお姉さん方! コイツたまにこんな感じになるんです! もうお前ッ、マジで触れって!』(顔にモザイク)

 

『やめろォ! ナイ……あ…』

 

 

「友人らしい男子の説得もあってか、ようやく少年もISに触れ……そして見事に起動させたのです。ですがこの少年はこの後、驚くべき行動に出ます」

 

 次の映像に切り替わる。

 それは、黒服を纏う屈強な男達の前で勇ましく吠える旋焚玖のシーンだった。

 

 

『ケガしてェ奴からかかって来いッ!!』

 

 

 以下、黒服達を相手取る旋焚玖の無双シーンが流れ続ける。

 

「このように少年は保護を打診する日本政府を一蹴しています。一体、何が彼をここまでさせるのでしょうか」

 

 以下、黒服達を相手取る旋焚玖の無双シーンが流れ続ける。

 

「2人の男性IS起動者が誕生したという事実を踏まえ、かつて世界に旋風を巻き起こしたブリュンヒルデ…織斑千冬さんから、そして記者会見を行う予定のない2人目のIS起動者本人から、声明文が届いていますので読み上げさせていただきます」

 

 

『2人目の起動者とは家族同然の付き合いをしている。私の弟はもちろん、2人目の両親に少しでも手を出してみろ。生まれてきた事を後悔させてやる』

 

『俺が気に入らねェ奴はいつでもかかって来い。叩き潰してやるよ』

 

 

「……い、以上になります」

 

 といった内容がニュース番組として、日本だけに留まらず、全世界に放送されるのであった。

 

 

 

 

『……い、以上になります』

 

 うわぁ……これはひどい。

 ひどいっていうか、ひどぅい……。

 昨日の検査が終わってから改めて次の日。まぁ今日なんだけど、主車家が全員集合しているのだ。つっても俺と父さんと母さんの3人だけなんだけどね。あと千冬さんが、IS学園から入学の説明という名目で来ている。

 

 色々と経緯だとか、これからの事だとかを千冬さんから説明を受けている途中で、このニュースが流れた訳だ。俺もとうとう全国……いや世界デビューを果たしちまったよ、ハハハ。

 

「凄いわぁ……旋焚玖、とってもカッコいいわぁ……」

 

 お、おい、何巻き戻してんだ母さん。っていうか、録画してたのかよ…! え、なんだよ、もう1回観るの!? あ、途中で止まった…?

 

 

『ケガしてェ奴からかかって来いッ!!』

 

 

 そこがお気にか!?

 

「やぁぁん! 息子が威風堂々すぎて母さん鼻が高いわぁ! 千冬ちゃんもそう思うでしょう!?」

 

「はい!」

 

「ぶほっ」

 

 はい!じゃねぇよ! ちょっと笑っちまったじゃねぇか! なんだその小気味いい返事、体育会系か! 千冬さんそういうキャラだっけ!? っていうか、改めて映像で振り返られてる俺の気持ちも考えろよ! 

 

 分かるだろ!? こういうのって冷めてから観せられたらキツいんだよぉ! と、父さんからも何か言ってくれよ! そもそも俺は大変なモンに巻き込まれちまったんだぜ!?

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 ダメだこのバカ親父!

 母さんと同じ思考回路してやがる!

 

「……しかし良かったのかい、千冬ちゃん。私と母さんを守る為とはいえ、ブリュンヒルデの君があんな声明文を公表してしまって」

 

 いきなり真面目に戻るのヤメてくれませんかね…。いや、いいんだけど。そのままのノリでいってくださいな父さん。

 

「気にしないでください、お義父さん」

 

 ん?

 

「私が勝手にした事です。お義母さんもお義父さんも、傷付けさせやしませんよ」

 

 漢字がちょっと違う気がするんですけど、私の気のせいでしょうか。読み方は同じなので確認のしようが御座いません。ここは全力でスルーするのが吉ですね。

 

「うふふ、千冬ちゃんは優しいのね。本当にありがとう」

 

「そ、そんな! こちらこそ、ありがとうございます!」

 

 ありがとうの意味が良く分かんないっす、千冬さん。アンタほんとテンション高いな、何かいい事でもあったんか。

 

「で、旋焚玖はどうしてあんな声明文を出したんだ?」

 

「指が勝手に動いた」

 

「お義父さん、旋焚玖の気持ちを汲んでやってください。旋焚玖もアナタ達を守る為、わざと煽って自分にヘイトを向けさせたんです。私にはバレバレだ、そうなんだろう?」

 

「旋焚玖……あなたって子は…」

 

「指が勝手に動いた」

 

「照れんでもいいさ。お前は父さん達の自慢の息子だよ」

 

 うん、まぁ……もうそれでいいかな。

 何も言うまい。自慢の息子な俺でいよう。

 へへ……声明文なんて美味しい場面で【選択肢】が大人しくしてくれる筈なかったんだぜ。

 

 

【俺は必ず未来を勝ち取る。これは世界への宣戦布告だ…!】

【声明文:いつもの浮浪者のおっさん(60歳)と先日メールくれた汚れ好きの土方のにいちゃん(45歳)とわし(53歳)の3人で―――以下全文略】

 

 

 一体ナニを全世界に垂れ流すつもりなのかと。世界中から変態糞土方呼ばわりされるくらいなら俺は世界に喧嘩売ってやるわ。あ? やんのか? かかって来いよ。

 

 まぁでも、これで母さん達に被害が出ないならそれで良し。俺はしゃーない、切り替えていこう。どうせ俺強いから平気だもん。

 

 そんなこんなで、千冬さんからの説明は続く。

 

 

.

...

......

 

 

「私からの説明は以上です。IS学園の入学まであまり時間はありません。旋焚玖は昨日渡した参考書をしっかり読んでおくように」

 

 参考書……?

 ああ、あのアホみたいに太い、太ぉい本ね。あの太さが読む気失くさせるんですが。自由自在の方がまた薄いってレベルだぞ。

 

「なんなら一夏と一緒に勉強すればいいんじゃないか?」

 

 おお、それは名案だ。

 嫌な事でも2人ならってヤツだな!

 

「ちなみに一夏には話したんですか?」

 

 俺がIS起動させた事だったり。

 千冬さんがIS学園で教師やってる事だったり。

 

「ああ。どちらもどうせすぐ知る事になるからな。昨日のうちに話しておいた。案の定、たまげていたがな」

 

 そりゃそうだ。

 俺がアイツの立場だったら死ぬほど嬉しいもん。たった1人で女子高に放り込まれるのと、2人で一緒にってのは全然違うもんな。

 

「それじゃあ一夏の家にお邪魔します。千冬さんは?」

 

「私はこれから学園に戻らねばならん」

 

 という訳で俺と千冬さんは一緒に家から出た。千冬さんはそのままIS学園に。俺は一夏の家まで……真っ黒なリムジンで、黒服の人に送られてしまいました。やべぇ、今の俺……超VIPだぁ……ちょっとだけ気分が良くなりました!

 

 んで、一夏の家に到着。

 チャイムを鳴らすと、中からドタドタ走ってくる音が外まで聞こえてくる。うわぁ……テンション上がってそうな気配がビンビンだぁ…。

 

「イエーッ! 旋焚玖、イエーッ!」

 

 喜色満面な一夏くんがお出迎え。

 

「お、おう。一夏……テンション高いなお前」

 

「フゥーッ! 当たり前だよなぁッ! フゥゥゥーッ!」

 

 うわぁ……これはウザいテンションですよ。爽やかなイケメンスマイルがまたウザさを際立たせてやがるぜ。

 

「いやいや! 俺、マジで心細かったんだって! 女子高に男子1人とか何の拷問だよってな!」

 

「まぁな」

 

「だろ!? でも旋焚玖が居てくれりゃあ百人力だぜ!」

 

「フッ……そうかい」

 

 女だらけの高校に男子2人だもんな。

 ある意味一蓮托生みたいなモンだ。だからこそ、1人じゃ全く勉強する気になれんコイツも一緒に倒そうや。

 

 一夏の部屋に入って、さっそくカバンの中から、千冬さんに渡されたISの参考書を取り出す。

 

「ほれ、一夏。1人じゃ流石にダルくてよ。一緒に勉強すっぞ」

 

「ん? なんだそれ?」

 

「あ? ISの参考書だろ。お前も貰ってるって千冬さんから聞いたぞ」

 

「あ………ああ、それな!」

 

 おい、何で目が泳ぐ?

 もう読み終わったとかいうオチか?

 

「古い電話帳と間違えて捨てちまった」

 

 何言ってだコイツ。

 

「……読み終わったのか?」

 

「読み終わってない」

 

「どれくらい読んだんだ?」

 

「ひ、必読って文字だけ」

 

「死ねコラァッ!! 面白くねぇんだよコラァッ!!」

 

 一夏の頬に手を伸ばし、少し強めに引っ張る。当たり前だよなぁ? むしろ捩じ切らねぇだけありがたいだろぉ?

 

「いへぇっ!? ほっぺたツネるなよ!? いへぇぇって!」

 

「うるせぇこのバカ! お前千冬さんにチクってやるからな! 覚悟しろお前!」

 

 むしろ鞭打くらい喰らわせてもいいレベルなんだからな! 頬っぺたツネツネと千冬さんのお説教だけとか、それでも軽いくらいなんだからな!

 

「や、やめてくれ旋焚玖! 千冬姉にバレたら殺されちまうよ!」

 

「分かってんじゃねぇかバカ! なら土下座しろバカ! 再発行してもらえバカ! 叫んだら喉渇いたぞバカ! コーラいれてこいバカ!」

 

「お、おう!」

 

 一夏をパシらせている間に、千冬さんにメールを打つ。

 

「えっと……一夏が参考書をエロ本と間違えて捨てたらしいですよ……っと、送信」

 

 嘘は言ってない。

 間違えて捨てたのは本当だからな。帰ってきた大魔神に今夜はたっぷり灸を据えてもらうがいい。

 

 ピロリン♪

 

 お、返ってきた。

 

『∑(#`皿´ノ)ノ』

 

 顔文字だけで返ってきた。

 それだけ千冬さんもビックリってんだろう。

 

 ま、無いモンはしゃーない。

 今日のところは一緒に読むとするか。

 

「おまたせ! アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

 

「……まぁいいか。ほれ、読むぞ。最低限の知識くらい入れておかねぇと、入学したらバカにされるだろうが」

 

「それもそうか……俺が軽率だった」

 

 簡単に納得するなら捨てんなよ。言わんけど。

 

「んじゃボチボチ読んでいくぞー」

 

「おーう」

 

「交互に音読なー」

 

「おーう」

 

「飽きたらゲームすんぞー」

 

「おう!」

 

 

 俺たちの春は、すぐそこまで来ている。

 

《 第一部・完 》

 

 






ああ、やっと…原作前が終わったんやなって……。


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第30話 いってらっしゃい!


行ってくるぜ、というお話。



 

 

 

「じゃ、行ってきます」

 

 まぁ、あっという間よ。

 一夏がISを起動させ、俺も起動させ、政府の人間に検査され、千冬さんから説明を受けて、一夏と一緒にゲームして、参考書を読んで。気付いたらもう入学式だ。時間が経つのがホント早い。ここ1カ月はマジで早かった。

 

 今朝は新しい門出。

 今日からは俺も家に帰って来ず、寮に住む事は知っている。わざわざ母さんと父さんも玄関まで見送りにきてくれた。

 

「行ってらっしゃい、旋焚玖。ツラくなったらいつでも帰っておいで」

 

「元気でやるんだぞ。100人くらい彼女作って歴史に名を刻んでこい」

 

 100人?

 フッ……桁が1つ少ないんじゃないか、父さんよぉ?(夢見る少年) 

 まぁいい。今日から俺は華の高校生だ。行ってくるぜ母さん、父さんッ!

 

 勢い良く扉を開く。

 春の心地よい風が、俺の頬を優しく撫でてくる。

 

 そして……響き渡る野太い声。

 声。声。声。漢。漢。漢。見渡す限り漢ばっかり。厳つい顔した野郎ばっかり。

 あのね、僕ね、ここ1カ月でたくさんのお友達が増えたの。そんでね、みんなね、今日は早朝にもかかわらず、僕の門出を見送りに、わざわざおウチまで来てくれていました。わーいやったー。

 

 

「「「 ご苦労様ですッ!! 」」」

 

 

 ドアの前にはズラリと屈強なお兄様たち。腕を後ろ手に組み、足は肩幅程度に開き、俺の目は見ないようにドスの利いた声で元気よく挨拶だ…………出所かな?

 

「……ああ」

 

 自宅から出てきただけなんですけど。別に服役喰らってた訳じゃないんですけど……ああ、今日から通うIS学園が監獄だって事かね? うまく風刺がきいてるなぁ。

 

「旋焚玖の兄貴! いよいよッスね!」

 

「ああ」

 

 早朝から族のマトイ羽織ってらっしゃる……うん、とても気合いが入ってますね。うん、いいと思いますよ。喧嘩上等の刺繍、カッコいいと思いますよ、うん……うん…………どうしてこうなった…。

 

 

 

 

 

 

 あのニュースが流れてから、俺はソッコー身バレした。元々ISに関係なく、地元じゃ変態的修行僧的な意味で、俺の存在は知れ渡っていたのだ。それが余計に拍車をかける事になってなぁ……くすん…。

 

 あのニュースの次の日だ。

 黒服の監視付ではあったものの、道場に行く途中で絡まれてしまいました。ヤンキーよろしくな格好をした兄ちゃんたち数人に囲まれてしまったのです。

 

「テメェIS起動させたくらいで調子コイてんじゃねぇぞ」

 

 えぇ……怖ぁぁ~……。

 

「気に入らねェ奴はいつでもかかって来い、ツったよなァ? オラ、来てやったぜ、ツラ貸せや」

 

 ホントに来いとは言っていない。

 マジで来るとは思っていない。でも来ちゃった……どうしよう。あ、黒服の人たちがこっちに近づいてきて……―――。

 

 

【売られた喧嘩は買う。ボコボコにしてやる】

【平謝りして、有り金を全部渡して許してもらう】

 

 

 ハハッ!

 あははははッ!

 あーっはっはっは! 

 あはははは……はぁぁぁん!

 

「誰に口キイてんだコラァッ!!」

 

「ぐべらッ!?」

 

 熱い拳を喰らったヤンキー1が吹き飛ぶ。

 誰の拳? 俺のだよぉ……ふぇぇぇ…。

 

「コイツらは俺の客だ。手出し無用でお願いします」

 

 俺の言葉に黒服さん達が強く頷く。

 頷かないでぇ、納得しないでよぅ。

 

 ヤンキー君たちをペチッと追い払う。ペチペチしてたら全員気を失ってしまったので、普通にその日は道場へ行って鍛錬して帰りました。こんなバイオレンスイベントは今日だけだ。明日からはまた穏やかな日常が待っているさ。

 

 そう考えていた時期が

 

「おう、テメェ喧嘩上等なんだって?」

 

 俺にもありました。

 昨日の今日でまた、今度は別のお兄ちゃんたちに絡まれちゃいました。

 

「けひひ、見ろよこのガキ。ビビッて青ざめげぶぁッ!?」

 

 この時、僕の中で何かがプッツンしちゃいました。プッツンしないと精神が崩壊しそうな気配がしたのです。僕がここでプッツンを受け入れたのは英断だと思っています。

 

「……喧嘩しに来たんだろうが。ボケッとしてんじゃねぇぞ」

 

 んで、誰が青ざめただァ…?

 もういい、いちいち悩んで悔やんで、後のこと考えんのもアホらしくなってきた。現実はやっぱ甘くねぇんだ、もう覚悟キメてやる。これも俺が決めた道だ。変態糞土方より俺はコッチの道を選んだんだ。

 

 ぐっばい、平穏。

 ようこそ、バイオレンス…!

 

「テメェら全員俺の経験値にしてやる」

 

「上等だコラァッ!!」

 

「やっちまえッ!!」

 

 うるせぇ!

 怖い顔しても怖くねぇぞ!

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、それから毎日ですよ。ホント毎日ね。いやいや、どれだけ湧いてくんだってよ。お前ら一体、今まで日本のどこに生息してたんだよってね。少なくとも地元じゃバリバリのツッパリ君なんて、全然見てなかったわい。

 

 女が強くなって男が弱くなった時代? そんな事は全くなかった。むしろ、女尊男卑な風潮のせいで燻っている、ヤンチャな人種がわんさか潜んでいたのだ。

 

 このまま女尊男卑に飲まれるのか……そう落ち込んでいた彼らの前に、無双な映像と挑発的な声明文の登場だ。女優遇社会への憤りを、やりきれない想いをブツけられる相手が俺って訳だったらしい。

 

 俺も俺で来る奴拒まず、片っ端からボッコボッコしてたら……いつの間にか慕われてしまいました……なんでぇ? 

 

「フッ……」

 

「どうしたんですかい、兄貴…?」

 

「気にするな」

 

 そう考えたら、この1か月間の俺ってリア充だったなぁ。鍛錬して喧嘩して勉強して鍛錬して喧嘩してゲームして鍛錬して喧嘩して勉強して。とっても充実した毎日を過ごせたよぉ……うへへぇぁ。

 

 強面な方々から「兄貴ー! 兄貴ー!」とモテモテな毎日だった……ちっとも嬉しくねぇよぉ。

 

「さ、流石は旋焚玖の兄貴だ……これから男にとっちゃ最悪の地獄に行くってのに、堂々としてるぜ…!」

 

 地獄とか言うなよ怖いだろぉ!

 ただの女子校だ! それ以下でもそれ以上でもないの! それに一夏も居るし篠ノ之も居るから、俺がボッチになる心配はないの!

 

 すたすた駅まで歩いていく。

 その後ろをゾロゾロとオールスターヤンキーズが付いて来る。大名行列かな?

 

「……見送りは此処まででいい」

 

「「「 押忍ッ!! 」」」

 

「兄貴! 俺ら、兄貴の武運を祈ってますぜ! あと健康と幸運も祈ってますぜ!」

 

 そこまで祈ってくれるのか。

 へへっ、俺もこの人達の心意気には応えねぇとな。

 

「女もISも関係ねェ。一番強ェのは……俺だ」(ドヤぁ)

 

「「「「 ヒューーーッ!! 」」」」(ものごっつ低音)

 

 野太い声を背に、俺は電車に乗り込む。

 短くも濃密なバイオレンスよ、さようなら。アンタ達のおかげでまた1つ、俺は成長できた。あえてもう一度言おう、さようなら。今一度、念を押しておこう。マジでさようなら暴力な日々よ。

 

 そしてウェルカム……うぇぇぇぇるかむ、ラブコメ…!

 

 電車に乗った、今この瞬間から!

 ホントのホントに俺は華の高校生になったのだ! IS学園での俺は、一夏とキャッキャして篠ノ之とウフフして、可愛い女の子たちにキャーキャー言われて! クソ理不尽だった15年間をバラ色に変えてやるんだ! 

 

 

.

...

......

 

 

「きゃぁぁぁぁッ!!」

 

「ひゃぁぁぁぁッ!!」

 

 IS学園に着いた俺。

 今日から俺は、ここで3年間お世話になるって訳だ。同じIS学園の生徒から、早くも悲鳴が巻き起こる。黄色い悲鳴が巻き起こっている(自己暗示)

 

「ひいッ!? こっちに来るー!?」

 

 俺が進めば進むほど道が出来る。人混みが苦手な俺にはありがたい。だって、とってもスムーズに登校できるんだもん。俺が視線を向けるだけで道が開くんだもん。

 

 えへへ…………おウチ帰りたいなぁ。

 

 

【早急にメンタルケアが必要だ。職員室に行って千冬さんに泣きつこう】

【耐えるのだ。耐えたる先にこそ光が見えるのだ】

 

 

………職員室、行こうかなぁ…。

 

 む、ダメだぞ俺。

 弱気になるな。逃げないって決めたじゃないか。むしろこんなのは予想の範疇だ。それに教室に行ったら一夏も居る筈だ。千冬さんが言ってたもんな、俺と一夏は同じクラスだって。もしかしたら篠ノ之も居るかもしれないし。

 

 旋焚玖、男の意地で【下】を選ぶ。

 

「………………」

 

 それはそうと、一旦立ち止まってポケットをまさぐる。

 

(な、何か出そうとしてるわ……!)

(ナイフよ! ナイフで私達を切り刻むつもりよ!)

 

 んな訳ねぇだろ、切り裂きジャックかよ。余裕で聞こえてくるヒソヒソ話に心の中でツっこみつつ、取り出した携帯でポチポチっとな。

 

『今日入学式なんだけどさ、やっていける自信ないかも』

 

 そんなメールを送らせてもらう。

 んじゃ、ソッコー返ってきた。

 

『( >ω<)ヾ('∀`♡)ヨチヨチ。大丈夫だよ、旋ちゃん! がんばれ♥ がんばれ♥』

 

 うん。

 すげぇ回復した。

 ラストエリクサーすぎる。

 日頃はったりを強いられる俺が唯一、気兼ねなく弱音を吐ける相手。遠い異国の地であろうとも、乱ママの偉大っぷりは健在なのだ。

 

 よし、行こ……んぁ? 

 何かまたメール着た。乱ママからの追伸かな?

 

『乱にばっかメールしてんじゃないわよバカ! ツラい時はあたしにも送ってきなさいよアホ! いまさら遠慮してんじゃないわよバカアホ!』

 

 ふおぉぉ……ふおぉぉぉぉぉッ!!

 

 サンキュー鈴…!

 お前の熱い優しさは、いつも俺を奮い立たせてくれるぜ! そうだ! 女の反応が何だ! 視線が何だ! ヒソヒソが何だ! そんなもん怖くないやい! 

 

 

 その後、旋焚玖は堂々と自分の教室まで突き進むのであった。

 

 





ほんとのほんとに原作突入だ!


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第31話 旋焚玖、試されるってよ


原作の主人公は誰だ言ってみろよ、というお話。



 

 

 

「1年1組……ここか…」

 

 長く険しい道のりだった。

 乱ママと鈴のエールを受けてなお、厳しい道中だったと言わざるを得ない過酷さだった。

 

 クラスの案内掲示板に辿り着いた時。掲示板の前にはめちゃくちゃ女子生徒で溢れ返っていた。これは中々見えんなぁ…とか思っていたのに、俺の存在に気付くと一斉に散っていく女子生徒たち。

 おかげで、難なく俺の名前がくっきりはっきり見れたんだぜ。見えすぎて逆に涙が滲んできたくらいさ。だが、それが頬を伝う事は無かった。何故なら俺の名前が載ってあるクラス(1組)に篠ノ之の名前もあったんだ! 

 

 やったよぅ! 一夏だけじゃなく篠ノ之も居るんだよぅ! 俺がボッチにならない確率が2倍にアップしたんだよぅ! ひゃっほい! 乱ママと鈴の優しさに救われ、一夏と篠ノ之の安心感に救われ、俺は辿り着けたんだ…!

 

「…………ふぅぅ~…」

 

 1組の扉は軽く隙間が開いている。そのせいかキャッキャキャッキャと、女子の楽しそうな声が外まで漏れている。よ、よし…! 入るぞ…! 勢い良く入るのはダメだ、かと言ってこっそり入るのもダメだと思う。

 

 自然だ。

 自然体で行こう。

 まるで自分の部屋に入るが如く、だ。何より、教室に入ってしまえば一夏が居る! 篠ノ之も居る! 俺の青春はここからだ!

 

 気合を入れた旋焚玖。入れ込みすぎたか3秒前の事を忘れ、けっこう豪快な音を立てて扉を開いてしまう失態。

 

「「「!!?」」」

 

「………………」

 

 や、やらかした……和やかにおしゃべりを楽しんでいたっぽいのに、一瞬で音が消えた。先程まで在ったであろう賑やかな雰囲気が無と化し……ふぇぇ…みんなが俺を見てくるよぅ……知らない子たちが見てくるよぅ……くっ、負けるな…! 

 

 そ、そうだ一夏! 

 一夏はどこだ!?

 篠ノ之は!? 篠ノ之は何処に!?

 

「………………」

 

「「「………………」」」

 

 一夏がいにゃい……なんでぇ…?

 なんで一夏居ないの? なんでぇ?

 

 篠ノ之、どこぉ?

 やべぇ、女が全部同じ顔に見えてわがんね。

 

 自然と顔が下を向き……そうになったところでグッと堪らえる! 顔を上げろ、俺! 1人でも負けるな、まずは自分の席を………ん?

 

 なんか……全員、下向いてね…? さっきまでガン見されてたのに。あ、いや、違う。ほとんどが下向いてるけど、2人だけは俺をジッと見てる。

 

 1人はクルクル金髪の……金髪!? 外国人も居るのか!? ああ、いや、それもそうか。此処は世界一な人気を誇る学園だったな。

 流石はグローバルなコミュニケーション学園だけあるぜ。しかし美人だなぁ……めちゃくちゃこっち見てるけど…っていうか、軽くガンくれてきてね? 別にいいけど。美人だし、超美人だし。

 んで、もう1人俺を見ているショートヘアの……むぁ? あれ、篠ノ之……か…? 髪が短くなってないか…? いや、もしかしたら他人の空似……む…携帯が震える。また誰かからメールが送られてきたらしい……あ、一夏からだ!

 

 

『(´つω・)ポンポン痛い。ギリギリに着きそう』

 

 

 死ねウンコたれ。

 

 なにがポンポンだバカ! 甘えんなバカ! 正露丸飲んでオムツ履いて来いバカ! 俺の苦しみを分かるのはおま……ん…? また何か視線を感じる……この感じ、2人どころじゃねぇ、もっと大勢に見られている気がする。

 

「「「「(じぃぃぃ~~~)」」」」

 

 携帯を閉じて再び顔を上げてみる。

 

「「「「(サッ…!)」」」」

 

 えぇ……?

 全員…じゃなくて金髪と篠ノ之(仮)以外、さっきと同じように顔を伏せている。いやいや、お前ら絶対今、俺のこと見てただろ。なんだよ、何で俺が顔を上げると顔を伏せるんだよ。

 

 気のせい……なのか…? 

 俺が気を張りすぎているだけなのかもしれねぇ。もっと言えば、単に俺の自意識過剰って事も考えられるし……ううむ。と、とりあえず自分の席を探すか。どうやら黒板に貼ってある紙に記されてあるっぽいし。

 

 それを見ようと思ったら、必然的にクラスの連中から背を向ける事になる訳で。背を向けた瞬間、またもや一気に視線を感じる訳で。

 

「「「「(じぃぃぃ~~~)」」」

 

「……………………」

 

 いやだから…!

 絶対見られてるって…!

 なんか凄いプレッシャー感じるもん、明らかに視線が俺の背に集中してるって。っていうかサイレント・フィールドをまずやめろや! 

 お前らさっきまでアホほど騒いでただろぉ! 30人くらい居て何で誰も再開しないの!? 授業中でもこんな静寂ねぇわ! こんなシーンとしてる中で、席番探さねぇといけない俺の気持ちも考えろよ!

 

「「「「(じぃぃぃ~~~)」」」

 

「……~~~~ッ!!(バッ!)」

 

「「「「(サッ…!)」」」」

 

 ぐぬぬ……振り向いた瞬間、またコイツら顔を下げやがった…! 絶対だ、今度は気のせいじゃない! コイツら一体なんなんだ…! 一体何がしたいんだ、俺に何をどうしてほしいんだ…!

 

 

【クラスの視線なんか知った事ではない。大人しく自分の席に着こう】

【俺は今、試されている。ここで引いたら漢が廃る…!】

 

 

 え、試されてんの俺!?

 何を試されてるんですか、全然分かりません。アレですか、反射神経でも見極めようとしてるんですか? 

 それとも反骨心ですか? 主車旋焚玖という存在は、巨大な波(女の子たちからの視線)を前にしてどう立ち回るのか……それを試しているって事なのか…!? おぉ、何か自分で言っててそれっぽい感じがするな。中らずと雖も遠からずってところだろう。

 

……いいぜ、乗ってやる。俺はもう昔の俺じゃない。流されたまま生きていた前世の俺は既にいない。ただただ平穏だけを望んでいた幼年期の俺も既にいない。今の俺がそう簡単に障害から逃げると思うなよ…!

 

 もう一度、黒板の方を向く。

 その瞬間、やはり背に感じるのは無数の視線。まるで視線の弾丸だ。だが俺はのまれねぇぞ、今度は振り向くスピードを少し上げてやる…!

 

「(バッ!!)」

 

「「「「(サッ…!)」」」」(篠ノ之っぽい子と金髪は除く)

 

……中々やるじゃない(アイン)

 だが今のは、ほんの肩慣らしってところだ。

 

 今度の俺はもっと疾いぜ…!

 

 再び顔を伏せたクラスメイト達から背を向けていく。だが先程とは違い、ゆったりとした捻転だ。それは次への予備動作。己の正面が黒板へ向くまでの、謂わば加速準備である。

 

 自分の眼が黒板を正面で捉える。すなわち完全に少女たちから背を向けたのだ。刹那、軸足の親指にあらん限り力を込めて…!

 

「……ッ!」

 

 重心は既に乗せ終わっている。後は止まらず廻転させるだけだッ! 猛れ、己が肉体を暴風と化せ―――ッ!!

 

 

 旋焚玖は、とても疾く振り向いた!

 

 

「(シュババッ!!)」

 

「「「(ッ、ササッ…!)」」」

 

「はうっ…!?」

 

 一斉に少女たちが顔を伏せる中、1人だけタイミングが遅れた者が居た。それを見逃すほど、今の俺が優しいと思うなよ…ッ!

 

「お前ェェェェッ!!」

 

 ビシッと指差しこんにちは!

 

「ひうぅッ!?」

 

「お前だお前! 今更、顔下げても無駄無駄ァッ!!」

 

 お前呼びじゃダメだ、弱い。自分じゃないと逃げられる可能性がある。だが甘かったな、俺の背後にゃ座席表があるんだぜ? そこに座ってるお前の名前なんざ、これで確認出来るんだよぉッ! 苗字で呼んでやる、もう言い逃れできねぇからな!

 

 えっと、あそこの席だから…………むぁ?

 

 

『布仏本音』

 

 

 やべぇ……!

 よ、読めねぇ…!

 

 ぬ、ぬの…?

 ぬの、ほとけ…? そんなバカな。

 

 ふ、ふぶつ…?

 ふほとけ…? いや、絶対違うって。そんな言いにくい苗字があってたまるか。名前は読める。きっと『ほんね』だろ。

 クソが! 名前が読めても意味ねぇんだよ! 唐突な名前呼びが許されるのはイケメンまでだよねー!

 

 くそっ、名指し作戦は失敗だ!

 こうなったら…!

 

 ソイツが座る席の前まで歩み寄る。

 

「む…!」

 

 そこで驚愕の事実に俺は目を丸くせざるを得なかった。コイツ……制服を改造してやがる…! 不自然なまでに袖を伸ばして……学ランでいう長ランのつもりか、いやボンタンを意識してるのかもしれねぇ……。

 お嬢様学校だと思っていたがとんでもねぇ。こんな学校でも不良は居るんだな。まぁいい、不良の方が俺もやりやすい。

 

「おい」

 

「な、なぁにぃ?」

 

「お前さっき俺のことチラチラ見てただろ?」

 

「見てないもん」

 

「ウソつけ絶対見てたゾ」

 

「なんで見る必要なんかあるんですか?」(プチ強気)

 

「あ、そっかぁ……」

 

 そうだよ。

 そもそも何でコイツら俺の事見てたの? もっと言うと、何で俺が近付いただけで、みんな悲鳴あげて逃げたの? 俺、不審者じゃないよ? れっきとしたここの学生ですよ? 

 男っていうだけでこんな扱いはおかしいんじゃないですか? 物珍しさに見られるのは百歩譲るとして、逃げられる謂れはないぞ。男だからって怖がられる理由にはならんだろ。

 

 

【理由を篠ノ之に聞いてみる】

【理由を金髪に聞いてみる】

 

 

 篠ノ之……あ、やっぱあのショートヘアの子は篠ノ之だ。冷静にちゃんと見たら篠ノ之だった。髪型だけで随分印象ってのは変わるモンだなぁ。俺が知ってる篠ノ之は、ずっと長いポニーテールだったし、パッと見じゃ分かんねぇよ。

 

「篠ノ之、俺ってなんでこんな怖がられてんの?」

 

「ふぇっ!? わ、私か!?」(い、いきなりにも程があるぞ! まだ再会の挨拶すらしていないし、私にだって心の準備とか色々あるんだ…! しかもこの状況で私に振るか普通!? そんなの予測出来る訳ないだろう…!)

 

 あ、久しぶり。

 夏以来だけど元気してたか? あ、声に出してねぇや、ハハハ。まぁいいや、それはひとまず置いておいて、知ってるなら教えてくれねぇかな。コイツらってアレか? 一夏でも同じ反応すんのかな?

 

「……~~~ッ、わ、分かった。言う、言うから」(そんなに見つめるな…! 夏に会った時、私はコイツの名前を初めて呼んで……それ以来なんだぞ……く、か、顔が赤くなりそうだ…! ええい、心頭滅却! 自然に接するのだ、篠ノ之箒!)

 

「せ……主車(あぁ~…つい苗字で呼んでしまう弱い私…)、お前も自分が報道された時の映像は観ているだろう?」

 

「む…?」

 

 ニュース?

 もしかしてアレか、ISを起動させた時のニュースか? 1ヶ月前の事なのに、あんま覚えてねぇや。この1ヶ月間がアホほど濃すぎたせいかな。

 

「お前はな、その映像でたくさんの男たちを相手にだな、その……まぁ、なんだ、暴れていたよな?」

 

「……むぅ」

 

 そんなに暴れていないと思う。

 

「それに続いてお前が公表した声明文だ」

 

「声明文……ああ、アレか」

 

 俺、何て言ったんだっけ…?

 やったぜ。投稿者、変態糞土方…だっけ?

 

「覚えていないのか? 『俺が気に入らねェ奴はいつでもかかって来い。叩き潰してやるよ』と、お前は公式で言ってみせたんだぞ」

 

「……ああ、そんな感じのヤツだったか。しかし、よく覚えてるな篠ノ之」

 

「た、たまたまだ! 勘違いするなよ!? 何となく覚えていただけだからな!」(あぁぁ……素直に言えない私…)

 

 何も言ってねぇ。

 だが、篠ノ之の言葉でだいたい理解出来た。俺……怖がられて当然じゃね? 聞いてたらただの暴れん坊将軍じゃねぇか。ホントよく入学を許してくれたな此処も。PTA的な人達から反発とかなかったのか? 『由緒正しきIS学園に、あんな野蛮人の入学なんて許してはいけないザマス!』みたいなさ。

 

「それに加えて、だ」

 

「……む?」

 

 ま、まだあるの?

 

「お前、この1ヶ月何をしていた?」

 

「何をって言われてもだな」

 

 色々だぞ?

 そんな一言で説明出来ねぇだろ。

 

「外に出た時、お前は何をしていた?」

 

 家の外で…?

 それだったら、だいたい……。

 

「……喧嘩かな」

 

「「「(ビクッ!!)」」」

 

 売られたのを買っていただけです。

 僕から喧嘩をふっかけた事は一度もありません!

 

「はぁ……お前が喧嘩に明け暮れているって噂も既に流れているんだ。初日にもかかわらず、私も耳にしたくらいだ。黒服達に対し暴れ、世界に向けて挑発し、喧嘩三昧の日々を送っている。そんな男が女子高に来たらどう思う?」

 

「……すごく…怖いです」

 

「……うむ、そうだな。怖がるだろうし、何かされるのではないかって、やはり気になってジロジロ見てしまうだろうな」(ちゃんとお前を知っている私はそんな事ないけどな! 恥ずかしいから言えないけどな!)

 

 そうか。

 改めて客観的に説明されると、俺ってやべぇんだな。割とDQNじゃねぇか。ハハッ……乾いた笑いしか出ねぇよぅ。

 

「……俺、怖いか?」

 

 気付いたらみんな、伏せていた顔が上がっていた。俺を何とも言えない目で見ている。でも、そんな彼女達に問うた訳ではなかった。自然と……本当に無意識のウチに勝手に呟いてしまっただけなんだ。答えなど、期待していなかった。

 

 

「ダチを怖がるバカがいるかよッ!」

 

 

「「「!!?」」」

 

 俺を含め、全員が声のした方を振り向く。教室の扉は俺が開けたままだった。そして、そこに立っていたのは……――。

 

「待たせたな!」

 

 

 腹痛を乗り越えた一夏だった!

 

 





まるで意味が分からない(困惑)

あ、次話から原作冒頭に移ります。


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第32話 自己紹介


避けては通れぬ、というお話。



 

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあ朝のホームルームをはじめますよー」

 

 黒板の前でにっこりと微笑む乳メガネ……じゃなかった、えっとアレだ。副担任の山田先生だ。しかしなんだな、乳メガネは流石にセクハラチックなあだ名だし、張遼の方がいいのかもしれない。三國無双的な意味で。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「「「………………」」」

 

 誰かなんか反応してやれよ。

 俺? 言わねぇよ。これ以上、変に目立ってたまるか。ただ別に、クラスの女子連中が薄情だから反応を見せないって訳ではなさそうだけどね。女ばっかの学園に異端な男が2人も居るんだ。その現実を頭の中で整理するのに忙しいんだろう。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順にいきましょう」

 

 出席番号の順番。

 名前の順ってヤツだな。席もその順番に合わせて指定されている。一夏とは微妙に席が離れているが、それでも俺に不安はない。何故なら俺の前の席が篠ノ之だからだ。主車って苗字に初めての感謝を。

 

 しかし自己紹介か。どういう風に言えば良いのだろう。既にクラスメイトと溝を作る事に邁進してしまってる俺だしなぁ……むむむ、ここから皆と打ち解けてクラスに馴染めるんかなぁ……あ、次は一夏の番か……ん…?

 

「……えー……えっと…」

 

 顔、引きつってんぞ。

 気持ちは痛いほど分かる。話した事もない見知らぬ女子たちから、視線を一斉に向けられたら誰だってそうなる。流石の一夏もたじろぐわな。頑張れ一夏、表情に出すんじゃない。男は虚勢を張ってなんぼな生き物なのだ(達観)

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げて、再び顔を上げた一夏は、またまた顔を引きつらせていた。フッ……分かるぜ同志。そしてご愁傷様だ親友。

 お前は先程、世にもオイシイ登場っぷりを披露しちまったんだ。DQNなクソ不良に怯えていた女子の好奇心をくすぐるには十分すぎる。女たちは、期待に満ちた視線を送り続けている。

 

 うへへ、理解しろ一夏よ。

 女共の関心はッ…! 

 既に俺からお前に移ってるんだぜ! 

 

 そんな形式ばった挨拶だけで乗り越えられると思う事なかれ。座っている俺でも分かるくらい、空気感が教室内にもう出来ちまってんだよ。「もっと色々話せ」ってな。「そんな自己紹介じゃ満足できない」ってな。

 

「……えっと、ですね、その…」(お、おい旋焚玖! これ以上何を言えばいいんだ!? もう俺は終わったつもりなんだけど!?)

 

 目は口ほどに物を言うってヤツか。

 一夏とのアイコンタクトが成功しちまったよ。なら俺も為になるようなアドバイスを送ってやりたいが……正直、俺にもわがんね。

 

(教えてくれ旋焚玖! こういう時は何を喋ればいいんだ!?)

 

(俺に聞かれても分かんねぇって)

 

 分かってたら教えちゃるわい。

 

(そこを何とか頼むよ! 俺じゃ思いつかねぇんだって! 何でもいいから言ってくれ)

 

(だから知らねぇって。うんこちんこ言ってりゃウケんじゃないか?)

 

(対象が違うだろ!? それがウケんのは男子小学生までだって!)

 

(あ、一夏…!)

 

(なんだ!? 何か思いつい―――)

 

 

 パァンッ!

 

 

「イデッ……!?」

 

 後頭部を叩かれ、頭を抑えて唸る一夏。後ろに千冬さんが立ってるぞ~って言おうとしたんだが、間に合わなかったか。

 

「無言のまま、いつまで立ってるつもりだ馬鹿者。山田先生が困っているだろうが」

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

 山田先生と入れ替わるように教壇に立つ。

 俺も会うのは久しぶりだ。最後に千冬さんと会ったのは、一夏が参考書をエロ本と間違えた日だったか。あれ……エロ本だっけ? まぁいいか。あの日の夜、羅刹と化して帰ってきた千冬さんを宥めて以来かな。ともあれ、元気そうで何よりだ。

 

「諸君、私がこのクラスの担任である織斑千冬だ。1年という短い期間だが、君たちにはしっかり励んでもらうつもりだ。よろしく頼む」

 

 端的ながらも何という男前な挨拶だろうか。

 とても堂々としていらっしゃる。それに一夏の自己紹介も有耶無耶にしてしまう好プレイときたモンだ。自然な流れで一夏も着席したし、流石は千冬さんだぜ。

 

「「「「………………」」」」

 

 むぁ?

 な、なんだ?

 クラスの熱気が急に上がってきてるような……いや、それだけじゃねぇ、なんか皆の目がキラキラハートになってるような…?

 

「きゃぁぁぁぁッ♥ 千冬様ぁッ、モノホンの千冬様よぉッ♥」

 

 そんな黄色い声援が響いたと思ったら、それを皮切りに1人、また1人とイスをガタッと鳴らし立ち上がって、千冬さんへのラブコールが始まった。

 

「くぁぁぁっこいぃぃ!! 写真の3000倍カッコいいですぅぅぅッ♥」

 

 対魔忍かな?

 

「お姉様に憧れてこの学園に来たんですぅぅぅッ♥ 何処から来たかは秘密ですぅぅぅッ♥ あえて秘密なんですぅぅぅッ♥」

 

「私、千冬様のためなら死ねますぅッ♥ むしろもう死んじゃうッ♥ 千冬様と目が合っただけで死んじゃいますぅぅぅッ♥」

 

 サイクロプス先生織斑千冬(女は死ぬ)。

 うむ、嫌すぎる二つ名だな。

 

 興奮冷めやらぬってな感じでキャーキャー騒ぐ女子達に対し、千冬さんは眉をひそめて鬱陶しそうな表情を浮かべているが「そんなお顔も素敵ぃぃぃッ♥ しゅてきぃぃぃぃッ♥」と、むしろヒートアップしちゃった。

 

 

【千冬さんへの激熱ウェーイ祭りッ! 参加せずにはいられないッ!】

【暇だし前の席の篠ノ之とおしゃべりする】

【暇だし後ろの席の金髪美人をナンパする】

 

 

 俺が参加したら静かになるに決まってるだろバカ! ナンパもしねぇよバカ! こんな状況でナンパするとか、頭おかしい奴だって思われるだろぉ!

 

 んでも暇なのはホントだし、篠ノ之に小さく声を掛けてみよう。こういう時、ダチと席が近いっていいな!

 

「おい……おい、篠ノ之…」

 

「む……な、なんだ、せ……主車…」

 

「千冬さんってスゴい人気なんだな」

 

「う、うむ。なにせブリュンヒルデだからな。世界中の女子の憧れの的らしいぞ」

 

 ま、マジか。

 そんなレベルなのか千冬さんって。正直……とっても羨ましいです。俺も一度でいいから、好意的な意味でキャーキャー言われてみたいなぁ。

 

「……なんだ、その顔は? もしや千冬さんが羨ましいのか…?」

 

「……別に」

 

「む……少し間があったぞ?」(わ、私が代わりにキャーキャー言ってやろうか? などと冗談めかして言えたらなぁ……)

 

「気にするな」

 

 困った時は魔法の一言『気にするな』。

 今日も今日とてお世話になります。

 

「静かにしろッ!」

 

 千冬さんの一喝で、ピタッとウェーイ祭りも中断される。俺と篠ノ之のコソコソ話も中断される。後ろを向いていたせいで、ちょっとビクッてなった篠ノ之が可愛いと思いました。

 

「まだ全員、自己紹介は終わっていないのだろう、山田君」

 

「あ、は、はいっ! では、気を取り直して、次の人から順次いきましょう!」

 

 そして再開される自己紹介。

 どんどん俺の番に近付いてくる。どうしよう…? 一夏のを参考に、とか思ってた結果がアレだったし、あ、次は篠ノ之だ。篠ノ之のも参考にすればいいか。

 

「篠ノ之箒、以上です」

 

 すっと立って一言。

 すっと座って終わり。

 

……恐ろしく速い自己紹介、オレでなきゃ聞き逃しちゃうね(そんな事はない)

 

「え、えっと……」

 

 他の女子連中はポカーンだ。

 山田先生もあわあわ困っている。

 その隣りに立つ千冬さんはヤレヤレと言った表情だが、やり直しをさせないって事はそういう事なのだろう。千冬さんも篠ノ之の事情は知っている筈だ。本人がIS関係で騒がれたくないっていう意図を汲み取ったんだろうな。

 

「で、では次は主車くんですね!」

 

 そして俺の番か。

 結局、何も思い付かなかったな。

 

 

【篠ノ之はまだ甘い。俺が本当の超スピードを魅せてやる】

【篠ノ之はまだ甘い。俺が適切な自己紹介を披露してやる。5分くらい披露してやる】

 

 

 長いわアホか!

 どんだけ自己主張激しい奴なんだって思われちゃうだろ! 

 

旋焚玖はゆっくり息を吸い、静かに立ち上がる。それだけで座っている女子生徒はたじろぐのだが、今の旋焚玖は気にも留めない。もはや彼女たちの反応は意識の外にあった。それは少年が極限まで集中しているに他ならない。

 

……―――俺の自己紹介は閃光より迅いぜッ!!

 

「主車旋焚玖です、よろしくお願いします」(僅か0.2秒)

 

 篠ノ之よりも迅く座ってやる。

 ふへへ、どうだ、これが本場の超スピードよ!

 

「……ほう」(恐ろしく速い自己紹介、私でなきゃ聞き逃してしまうな…!)

 

「え、えぇ……えっと……えぇ…?」

 

 他の女子連中は超ポカーンだ。

 山田先生もあわあわあわ困っている。この人困ってばっかだな、HAHAHA! 

 だが、その隣りに立つ千冬さんは特に動く気配がない。さっき「ほう」とか言ってたし、俺の超閃光を聞き逃さなかったか……流石だな…! そして、千冬さんがやり直しを要求しないって事はそういう事なのだ。

 

 フッ……皆にも聞き取れるよう、ゆっくり言えとは言われてないからな。正攻法で俺に勝てると思うなよ? 避けられない学園イベントの緒戦、まずは俺の勝ちで締めさせてもらおうかッ!

 

「あのー……主車くん…?」

 

「なんでしょうか」

 

「みんなにも聞き取れるように、もう一度ゆっくりお願いしますね」

 

「アッハイ」

 

 チッ…!

 この乳メガネ、正論でカウンターとはやりやがる…!

 

 仕方ない、仕切り直しだ。

 普通に言って、普通に終わろう。

 

「主車旋焚玖です、よろしくお願いします」

 

「ふむ……ついでに趣味の1つくらいは言っておけ」

 

 裏切ったな千冬さん!?

 一夏にはそんな事言わなかったくせに!

 

 

【三度の飯より女が好き】

【三度の飯より喧嘩が好き】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「三度の飯より喧嘩好きィッ!!」(豪胆)

 

「「「ひゃぁぁぁぁッ!!」」」

 

 

 へへっ、さっそくキャーキャー言われちまったぜ。俺って奴ァ、まったく……罪な男だぜ、へへ……へへへ…。

 

 





次話もちゃんと原作の流れを汲むゾ。


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第33話 屋上、授業、そして金髪


2つのイベント1つの導入、というお話。



 

 

 

「いい天気だ」

 

 あの後、俺の自己紹介が済んでからちょうどチャイムが鳴り、続きは明日のホームルームで、という事になった。後ろの金髪がプリプリ頬を膨らませていたが、ラストを飾りたかったのだろうか。

 

 そんで1時間目の授業は軽いオリエンテーションに終始した。今後1年間の流れだったり、IS学園の規則だったり、まぁ色々だ。2時間目からは普通に授業を行うらしい。IS学園は英語やら数学だけでなく、他の高校にはないISの授業があるからな。そういう意味では下手な私立よりもカツカツな授業スケジュールなのは仕方ないか。

 

「改めて、久しぶりだな主車、一夏」

 

 休み時間を利用して、俺と一夏と篠ノ之は屋上まで来ていた。というか、避難してきた。だって1時間目の授業が終わった途端、廊下には珍しいもの見たさに、学年問わずわんさか生徒が集まってきたのだ。クラスの連中も相変わらずチラチラ見てくるし。

 

 この空間に居辛いのは一夏も同じだったらしく「外の空気でも吸いに行こうぜ」と、俺と篠ノ之を誘ってきたのだ。廊下に出ても人の目は教室と変わらんし、結局俺たちは屋上まで上がってきて、今に至ると。

 

「ああ、久しぶり、箒! 俺が箒と会うのは6年ぶりかぁ。元気してたか?」

 

「まぁ、ぼちぼちだな。一夏も元気そうで何よりだ。主車とは……まぁ、夏に一度会ってるから、な…」

 

 何故、髪の毛先をいじりながら俺をチラチラ見てくるのか。

 ま、いいや。俺と篠ノ之だと、だいたい半年ぶりってところか。それでも最初は篠ノ之だと気付かんかったもん。

 やっぱ髪型だけで、だいぶ印象ってのは変わるもんなんだな。ケツまで伸びていた後ろ髪が、今じゃ肩に付くくらいか。そう思ったら、かなりばっさり切ったんだな。

 

「おっ、そうだ! 旋焚玖から聞いたぜ。剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう!」

 

「う、うむ、ありがとう。だがあの大会は、私も反省すべき点が多く見つかってな。いや、主車が見つけてくれてな」

 

「え、そうなの?」

 

 え、そうだっけ?

 あ、そうだったか…? 如何せん、あの日は衝撃的な事が多すぎてな。拉致られそうになった篠ノ之を助けたりとか、その篠ノ之と喧嘩したりとか。あ、喧嘩した理由がそれだったような。何となく思い出してきた。

 

「……まぁな。だがもう大丈夫なんだろう?」

 

「ああ! 今はまた、剣を振るうのが楽しいんだ!」

 

「そうか」

 

 あらやだ、いい笑顔。

 なんか少し、明るくなったか?

 

「しっかし、箒を見て驚いたぜ」

 

「む…? 何がだ?」

 

「いや、だってさ。髪、めちゃくちゃ短くなってるじゃん」

 

 一夏もやっぱりそこに目が行くか。地元に篠ノ之が居た時は、ずっと長いポニーテールを維持していたもんな。夏に会った時もそれは同じだったし。それがいきなりこうもばっさりいくかね。

 

 ぐふふ、おう?

 失恋でもしたのか? おうお~う?

 

「う、うむ……少しばかり思うところがあってな」

 

「なんだよ、失恋でもしたのか?」

 

 ひぇっ……流石は一夏、斬り込み隊長以上にブッ込んでいく男だぜ。しかしコイツめ、6年会わないうちに篠ノ之の性格を忘れたか。

 篠ノ之相手にそういうデリケートな話は、軽々しくしない方が吉だろうが。お前、白羽取りできねぇだろ。

 篠ノ之が背中に背負ってるのは、多分竹刀じゃなくて木刀だぞ。言っておくが、今回は俺は助けんからな。シバかれても自業自得である! 木刀だったら助けてやらんでもない!

 

 さぁ、一夏の問い掛けに対し篠ノ之よ、どう出る…?

 

「……失恋とはなんだ? 何をもってして失恋と定義するのだ?」

 

「へ?」

 

「……ふむ」

 

 誰だコイツ。

 なんか篠ノ之らしからぬ、哲学的っぽいこと言い出したぞ…! まるで牽制を喰らった気分だ。この反応は流石に予想外すぎるもん。

 

「そりゃあアレだろ。好きな子にフラれるのが失恋じゃないか?」

 

 シンプルに俺もそう思う。

 別に難しく考える必要なくないか?

 

「確かにそれも真理の1つではあると思う」(旋焚玖……私はお前を一度……くぅ…)

 

 ホントに誰だコイツ。真理の1つとか言い出したぞ。ここにきてまさかの篠ノ之偽物説浮上か? 髪も短いし。

 

 いやちょっと待て、なんだその目。

 何で俺をチラチラ見てくんだよ。今お前絶対アレだろ、俺をフッた事思い出してんだろ……そのせいで俺も思い出しちゃったよぅ……くぅぅ…ほろ苦い思い出だぜぇ…。

 

「1つっていうか、それだけじゃないのか?」

 

 くぅぅ~っている俺の代わりに、ガンガン一夏が聞いてくれる。こういう時のコイツの頼もしさは異常だ。素面の俺じゃ聞けない事も平然と聞いてくれるし。

 

「私はそれだけじゃないと思っている。恋する気持ちに終止符が打たれるのは、何もフラれる事だけが原因じゃないからな。それでも恋を失っているのだから失恋と形容できるだろう」

 

 意味深すぎる。

 何でそう気になる言い方してくんの? 

 よし、俺の代わりに聞くんだ一夏! お前ならまだまだ踏み込めるだろ!

 

「よく分かんねぇぞ? そのフラれる以外の原因ってなんなんだ?」

 

 すげぇぜ一夏!

 お前って奴はホントに、かゆいところまで手を伸ばしてくれるな!

 

「それは……」(旋焚玖……)

 

 な、何で俺を見るんですか…?

 

「ち、違う人に恋心が芽生えてしまった……という事も…あ、あったりするかもしれないだろう!」(くぅぅ……ここで強く断言できないのが私の弱さだ…!)

 

「あぁ~、そういうのもあるかもな」

 

 一夏は今の言葉で納得したらしい。

 一方、俺は混乱の極みに陥っていた。

 

 いや、だってさ……明らかに俺を見つめて言ったよね? 篠ノ之さん、俺と眼を合わせてから言ってのけたよね? 

 頬を赤く染めて! 彼女は言いました! 違う人に恋心が芽生えてしまったと! 彼女はそう言いました! 確かに言いました! 一夏が証人です!

 

 それはそういう事だと捉えてよろしいのか!? 今度こそ俺の事が「しゅき♥」なんだと思ってもよろしいのか!? 俺にもやっと…! やっとやっとやっと春がきたと喜んでよろしいのか!? ラブコメ爆進ロードの開幕を宣言してもよろしいか!? よもや偽物ってオチとかないだろうな!?

 

 いやいや冷静に考えよう、冷静にだ、落ち着け俺ひゃっほい、冷静な判断が必要な場面だいやっふぅ! もう惚れてるって! 篠ノ之俺にホの字だって! 俺は冷静だ、十分落ち着いているヒーハー!

 

 

【思い切って告っちまおう! いけるいける! だーいじょうぶだって!】

【あの時の悲しみを繰り返すつもりか? 慟哭の波に飲まれる覚悟はあるのか? また苗字呼びに戻っている事を忘れるな】

 

 

…………ッ、ぶねぇぇぇ…!

 サンキュー【下】。お前の言葉が無ければ、俺はまた目先に揺蕩う幻の女神に手を伸ばすところだった(詩人)

 篠ノ之…そして、鈴。俺はもうこの2人にフラれたくない。フラれたくないんだよぉ! あの時喰らった感情に比べりゃ、地獄の鍛錬なんざお遊戯に等しいんだよぉ!

 

 

「そろそろ2時間目も始まる。教室に戻ろう」

 

「おっ、そうだな、戻ろうぜ。遅れたら千冬姉にポカられちまう」

 

「う、うむ……」(旋焚玖…? いや、何も言うまい。むしろ今の言葉で、旋焚玖に気付いてほしいなどと願ってしまった私の浅はかさに苛立ちさえ覚えてしまう…!)

 

 切り替えていく(宣言)

 

 2時間目からは本格的なISの授業だ! 前世でも習ったことのない授業だし、ちょっぴり興味は唆られていたりする。

 

「なんて名前の授業だっけか?」

 

「えっと……なんだっけ、箒?」

 

「お前らなぁ……IS基礎理論だろう」

 

 おうおう、名前からして全く面白くなさそうだな!

 

 

.

...

......

 

 

「―――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり……」

 

 すらすらと教科書を読んでいく山田先生。

 やっぱり面白くないじゃないか! いやまぁ、すごい重要な話ってのは分かるけどさ。IS操縦者ってアレなんだろ、今じゃ国の顔とまで言われる存在だって話だし。

 

 ヒエラルキーのトップもしくは上位に食い込む存在ってよ、改めて考えたらやべぇな。っていうか、ホントにやべぇ学園に来ちまったんだな、俺。

 

「織斑くん、主車くん、何か分からないところはありますか?」

 

 あらかじめ一夏とプチ予習してたってのもあって、全く理解出来ないって事は今のところない。100%理解出来ているか、と問われたら微妙だけどな。

 あんなアホ分厚い本、全部頭に叩き込める訳ねぇだろっての。でも読まない訳にもいかないし……そこで俺と一夏が取った手段は―――。

 

 

 

 

 

 

 それは約1ヶ月前の事。

 俺たちは千冬さんに貰った参考書に目を通していた。

 

「なぁ、旋焚玖……これ無理だゾ」

 

「……ううむ」

 

 俺たちはISに関して普通にド素人だ。

 1ミリたりとも知識はない。参考書に書かれてあるモノ全てが初見である。1つ1つ1文1文を読んで、あーでもないこーでもないなんて2人で言ってたら、あっという間に入学式を迎えちまう。

 

「全てを網羅するのは諦めよう。代わりに重要そうな部分だけはちゃんと読んでおこう」

 

「どれが重要かすら分かんないゾ」

 

 何でそんなアホっぽい感じになってんだよ。早くも現実逃避ってんじゃねぇよ。俺だって正直分かんねぇわい。

 

「太文字だ、一夏」

 

「太文字?」

 

「ああ。社会や理科の教科書を思い出せ。重要な単語は細字でなく太文字だったろ。ISの参考書でもそれは一緒な筈だ」

 

 入学式まではとりあえず、太く書かれた語句とそれに関する文章だけは、しっかり目を通しておこう。それ以上、無理に詰め込もうとしたらパンクするわ。

 

 これが本当の取捨選択ってな。

 おい聞いてるかアホ選択肢。

 

「なるほど、分かったぜ旋焚玖! なら、まずは一気に太文字だけチェックをして、その後そこの文章を交互に読んでいくってのはどうだ?」

 

「いい案だ、それでいこう」

 

 マーカーペンで線でも引きながらチェックしていこうかな。

 

「あ、あったぜ! さっそく太いのが見つかったぜ!」

 

「おう」

 

「あぁッ!? 次のページにもあるぜ!? 太いのが!」

 

 わざわざ倒置法活用させなくていいから。

 

「旋焚玖、次のページ見ろよ見ろよ! 太いのが多いぜぇ!」

 

「そ、そうだな」

 

「うわぁぁッ!! ふ、太いのがっ、多すぎるぅッ!!」

 

「なんだお前さっきからコラァッ!! 徹夜明けかコラァッ!!」

 

 戻ってきやがれこのヤロウッ!! 現実から目を逸らすなよ! 俺だってソッチの世界に逃げれるもんなら逃げてぇんだぞコラァッ!! どうせ逃がしてくれねぇんだよ、分かってんだよ、ならさっさとやるしねぇだろがァッ!!

 

 

 バチコーンッ!!

 

 

「へぶっ!?……あ、あれ…? 俺、何してたんだっけ…」

 

「おう、戻って来たか」

 

「あ、ああ……すまん、トリップしちまってたわ」

 

「気にするな」

 

 気持ちは分かる。

 

「……改めて見ると、すげぇ量だよな」

 

「ああ」

 

 余裕で途方に暮れるレベルだ。

 なによりモチベーションが上がってくれない。俺も一夏も希望してIS学園に入学する訳じゃないからな。俺たちは強制的に放り込まれる身だ。そんなんで、どうして熱心に勉強する気になれるよ?

 

「望んでない高校の勉強か……や、やる気出ねぇ…」

 

 やっぱ一夏も同じ事を思っていたか。

 しかしそれはマズい。

 俺だってやる気ねぇのに、一夏までやる気起こしてくれなかったら、それこそソッコー絶対ゲームに逃げちまう。それだけは何とか避けたい……ツっても、一夏のモチベーションを上げるのは簡単だけどな。赤子のほっぺをプニプニするくらい簡単だ。

 

 ほら、見とけよ見とけよ~。

 

「お前、千冬さんがバカにされてもいいのか?」

 

「はぁ? 何で千冬姉がそこで出てくんだよ」

 

「千冬さんはIS学園の教師なんだろが。弟が全く勉強せずに入学でもしてみろ。他の教師に嫌味の一つくらい言われるだろうよ」

 

 オホホ、織斑先生の弟さんはお馬鹿ザマスねぇ! こんな初歩的な事すら学んでこられなかったのですか、オホホホ! ブリュンヒルデの弟さんは勉強が不得意ザーマスゥ! ザーマスザーマスぅ! ってな。

 

「なっ…! 俺のせいで千冬姉がそんな事を言われちまうのか!?」

 

「ああ、言われるな。もうそっからはアレだ、他の教師も交ざってのザーマス祭りだ。ワッショイ感覚で千冬さんが胴上げされちまうぜ?」

 

「ど、胴上げまで…!? 音頭は何だよ!? ま、まさか…!」

 

「まぁ……ザーマスだろうな」

 

「なんてことだ……」

 

 想像したらシュールだなぁ。

 ザーマスザーマス言われながら、山田先生とかに胴上げされる千冬さんかぁ……やばすぎる光景だな。そんなん見せられたら、明日死ぬとしても笑っちまう自信あるわ。

 

「お、俺、頑張って勉強するよ! もう逃げたりしないぜ!」

 

「ああ、そうしろ」

 

 よし、一夏のモチベは上がったと。

 後は俺だが……ううむ、俺はどうやってやる気を起こそうか。

 

 

【いつものように乱にメールで甘える】

【たまには千冬さんにメールで甘えてみる】

 

 

 ぽちぽちぽち……。

 

 

『o(=・ェ・=o))))チフユサーン!』

 

 

―――送信。

 

 

 ピロリン♪

 

 

『ε=ε=ヘ(。≧O≦)ノ セ、センタクー!』

 

 

「…………充電、完了だ…ッ!」

 

 相変わらずメールだと超可愛い千冬さん。

 こんなの癒されるに決まってるし、頑張ろうって思えるに決まっている。実際に対峙した時の千冬さんじゃあ、億兆%こんな対応は無いだろう。そもそも俺がそんな風にならないし。

 

 ちなみに普段はクールビューティーな千冬さんが、メールでは顔文字を使うのにも、ちゃんと理由があったりする。っていうか、俺のアドバイスだったりする。

 小学生の時の話だが、千冬さんは一夏から「切れたナイフ」と例えられたのが割とショックだったらしく、どうすればもう少し温厚になれるだろうか、と俺に聞いてきたのだ。

 いきなり性格なんて変えられる筈もなし、とりあえずメールで顔文字を使って、千冬さんも茶目っ気を出してみようって言ったんだ。でも千冬さん曰く、いきなり一夏や知り合いに、顔文字付きのメールを送るのは恥ずかしいとの事で、まずは俺が練習相手になったんだが、未だに顔文字付きのメール相手は俺のみらしい。

 

 いやはや、月日も流れ、もう高校生になっちゃったよ俺。千冬さんとのメールは、嫌いじゃないからいいけど。リアルで会うと俺も千冬さんも、基本そんなに話さない方だからな。メールの方が何故か話が弾むっていうね。千冬さんはどうか知らんけど、俺はそんなよく分かんない関係が結構好きだったりする。

 

 ともあれ、俺のモチベも上がったし、いっちょやってやるか…!

 

 

 

 

 

 

「織斑くん、主車くん、何か分からないところはありますか?」

 

「今のところはなんとか」

 

「自分もまだなんとか」

 

 よしよし。

 太文字予習作戦のおかげだ。あくまで『なんとか』レベルだけどな。それ以上を求められても知らん。

 

「では先に進みますが、分からないところがあれば、お二人とも遠慮せずに聞いてくださいね!」

 

 両手を前にフンスッなポーズを披露してみせる山田先生。これは中々にあざといですぞ。言わんけど。

 でも実際受けてみて、少しホッとしている。内容が面白い面白くないかは置いておくとしても、授業自体はまだ何とか乗り越えられそうだからだ。

 もうそろそろチャイムも鳴りそうだし、次の休み時間はどうしようかな。どうせ教室に居てもまた見世物になるだけだし、一夏と篠ノ之を誘ってまた屋上でダベるのも一興か。

 

「旋焚玖ー、自販機見に行ってみようぜー」

 

 チャイムが鳴って、さっそく一夏が俺の席までやって来た。

 いや、見に行ってどうすんだよ。ま、教室から出られるなら何でもいいか。多分、一夏もただ教室に居たくないってだけだろうし。

 

「……何か面白い飲み物でも売ってるかもしれないしな。良かったら篠ノ之もどうだ?」

 

「う、うむ! 付き合ってやろう!」

 

 あらやだ、いい笑顔。

 俺と篠ノ之が席から離れようとした時。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 む……?

 

「へ?」

 

 俺もだけど一夏だって、まさか俺たち以外から声を掛けられると思ってなかったのだろう。俺と篠ノ之が何か言うよりも早く、一夏が素っ頓狂な声で返事する形になった。

 

 振り向いた先には、金髪美人さん。っていうか、俺の後ろの席の子だ。名前は……あ、自己紹介が中断されたからわがんね。だが雰囲気からして、何処ぞの貴族だって言われても違和感はない。それほど高貴なオーラがプンプンである。よろしくて、とか言ってるし。

 

「聞いてます? お返事は?」

 

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」

 

 よし一夏。

 そのまま頑張れ。

 既に嫌な予感がする俺は空気と化す。

 

「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

「「「………………」」」

 

 コイツやべぇ。

 

 ついでに一夏と篠ノ之の様子を窺ってみる。

 2人ともこの一言で、コイツがどんな人物なのか察したのだろう。めんどくせぇって顔になってんぞ。

 

 俺?

 俺は空気です。

 だから俺には触れないで(切実)

 

「あなたも黙ってないで何か言ったらどうですの? わたくしは、あなたにも言ってますのよ?」

 

 

 触れられちゃった(絶望)

 

 





暴れんな、選択肢暴れんなよ。


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第34話 一言コミュニケーション


がむばるセシリアさん、というお話。



 

 

 

 俺たちの前にいきなり現れた(後ろから声を掛けただけ)謎の金髪美少女(自己紹介していないだけ)、その正体は一体…!

 

 縦ロールに整えた長い金髪に、透き通ったブルーの瞳が特徴的である。縦ロールの時点でもう、お嬢様な気配がプンプンだ。前例ならいくらでもあるし、お蝶夫人とか。あと……お蝶夫人とか。

 

 仰々しく手を腰に当ててる様とかもね、なんか貴族っぽいし。実際、いいところの出なのかもしれない。美人だし。

 ただ懸念すべきポイントは、身分でも外見でもない。この子がアレかどうかってところだ。いわゆる女尊男卑ってる子なのかどうか。それ次第でこっちも接し方とか考えなきゃいかんのよなぁ。

 

「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

 ひぇっ……なんだその芝居掛かった口調…! 

 コイツやべぇぞ、調子コイてオホホホ笑いとかする系だぞ。絵に描いたようなアレだ、性格の悪い貴族さんな匂いがするよぅ。

 

 い、一夏、何とかしてくれ…! 

 俺が(選択肢)動く前に! この女が俺に何か言う前に! 何とか追い返すんだ! それが出来るのはお前しかいねぇッ…!

 

「あなたも黙ってないで何か言ったらどうですの? わたくしは、あなたにも言ってますのよ?」

 

 ああ、無慈悲。

 時間も止まっちゃったよー。

 

 

【こんな輩とは語り合うに値しない。漢らしい返事をするだけに終始する】

【この御方は名族である! 下賤な身の自分が、どうして同じ目線で語れようか。即刻跪き、奴隷として忠誠を誓うのだ! 気に入られれば、性奴隷に格上げされる可能性もあるぞ! 美しい彼女の性奴隷に、なりたくはないかァーッ!!】

 

 

 なんだコラァァァァッ!!

 【下】コラァァァッ!!

 無駄になげぇぞコラァッ!! ウキウキかお前! 高校入学でテンション上げてんじゃねぇぞコラァッ!! こんな美人の奴隷なんて俺が選ぶわけ……え、選ぶわけねぇよなぁ?

 

 まぁ待て。

 そんなに焦る事もあるまい。ちょっと考えてみようよ。アレだ、仮にだ。あくまで仮の話ではあるが、もし俺が【下】を選んだら、どんな未来になるかね。別に考える必要ないんだけどね、たまにはね、念には念をっていうしね。

 

 【下】を選ぶと、俺はどんな未来が待っている…?

 それは奴隷から性奴隷へ成り上がる道。

 それは果てしない性なる栄光へのロード…! それは何と芳醇で魅惑的な未来……~~~ッ、な訳ねぇんだ! バーカバーカ! 俺の強靭な精神力をエロで釣ろうなんて100年甘いぜ! 試しに、ほんの試しに、【下】なんてハナから選ぶ気なかったけど、敢えて考えてみた結果、俺は【上】を選ぶぜ!

 

「あ゛ァ!?」

 

「ヒッ……な、なんですの!? レディに向かってそのお返事は!?」

 

 漢らしいお返事らしいです。

 僕は違うと思うけど(名推理)

 

「悪いな。俺も、多分旋焚玖も、君が誰か知らないんだよ」

 

 今日も一夏の名フォローが光る!

 サンキュー、イッチ! そのままお前が金髪の相手をするんだぜ! お前だけがするんだぜ! 

 

 言われた本人はというと、一夏の言葉が癇に障ったのか、吊り目を細めて、ますます俺たちを見下すような口調で続けた。

 

「わたくしを知らない…? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして! 入試主席の! このわたくしを!?」

 

 すっげぇアクセントってる、はっきり分かんだね。

 そんなに「わたくしはしゅごいのぉぉッ♥」アピールしたいのか。っていうか、イギリスって紳士・淑女の国じゃなかったのかよ。全然そんな事ないじゃないか。今んところコイツの良い部分って顔だけだぞ。

 

「代表候補生……」

 

 一夏が呟く。

 フッ……言ってやれ、一夏。

 俺たちの勉強の成果を披露してやりな!

 

「つまり国の中枢を担う存在である国家代表IS操縦者の、その候補生として選出された有望な存在……で合っているな?」

 

 オルコット本人ではなく篠ノ之に確認するあたり、一夏もコイツに苦手意識を持っているらしい。

 

「ああ、合ってるぞ」

 

「やったぜ! その語句は旋焚玖と予習したヤツだからな、バッチリさ!」

 

「勉強は嘘をつかない」(至言)

 

「旋焚玖……ああ、そうだな!」

 

 パチンッと小気味いいハイタッチを交わす。まぁ代表候補生って単語自体は、勉強してなくても何となく想像付くモンだが、そこは言わないお約束だ。

 

「そう! まさにエリートなる存在なのですわ!」

 

 チッ……俺たちのアホなノリに疎外感喰らってりゃいいものの、普通にまた入ってきやがった。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた存在とは、クラスを同じくする事だけでも奇跡…! まさに奇跡! そしてなんたる幸運! その素晴らしさをもう少し理解していただけるかしら?」

 

 その演劇みてぇなノリやめてくんねぇかな。笑っちゃいそうになるから。

 

「そうか。それはラッキーだ」

 

「……馬鹿にしてますの?」

 

 一夏のは素なんだよなぁ。

 

「そこのあなたは理解していますわよねぇ?」

 

「あ゛ァ!?」

 

「ひゃっ……な、なんなんですの! 先程からあなたは!?」

 

 漢らしい返事。

 

「ふ、ふん…! これだから男は嫌ですわ。あなたのような、力を振りかざしていい気になっている野蛮な輩は特に…!」

 

 ISを振りかざしていい気になっているエセ貴族が何か言ってんよー。

 

「大体、あなたも何ですか。代表候補生という誰でも知っている単語如きで、あのようにはしゃぐなどと……まるで知的さが感じられませんわね。1人目の起動者も期待外れですわ」

 

 さっきから香ばしすぎんだろコイツ。

 何でこんなケンカ売ってきてんの?

 

「……別に君に評価されなくてもいいよ」

 

 煽り耐性あんなぁ、一夏。

 内心けっこうピキピキきてるのは伝わってくるけどね。俺? 普通にイラッときてますよー。選択肢のせいで、今コイツに何か言おうとしても「あ゛ァん」的な事しか言えないから黙ってるけど。

 

「ふん。まぁでも? わたくしは優秀ですし、優しいですから。泣いて頼まれたらISの事でも教えて差し上げてもよくってよ。な・に・せ! 入試で唯一教官を倒したエリート中のエルィィィートですから」

 

 巻き舌ったぞコイツ。

 マジでどんだけ自己主張激しいんだよ、母国じゃ誰も褒めてくれなかったんか?

 

「入試って、あれか? ISを動かして戦ったアレ?」

 

 俺は戦ってないけどな。

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

 俺は動かすのが入試だったけどな。

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

 

「は……?」

 

 ま、マジか、一夏…!

 お前、いきなりそんなレベルに達してんのか…………超しゅごい…。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが…?」

 

 やーいやーい、一夏だって倒してるもんね~! さっきまでの威勢はどこいったよ、おう? おうお~う?

 

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

 そうだそうだ、言ってやれ一夏!

 

「つ、つまり……わたくしだけではない、と…? くっ、あ、あなたはどうなのですか!? あなたも教官を倒したと言いますの!?」

 

「あ゛ァん!?」

 

「ひうっ……な、なんなんですの本当に! あなたさっきからわたくしにそれしか言ってないですわよ!?」

 

 それについてはホントにすまん。

 だから俺に話しかけなくていいよ。

 

「旋焚玖はどうだったんだ?」

 

 まぁ聞いてくるよねー、自然な流れよねー。

 人差し指しか動かせなかった、なんて言いたくない。一夏と篠ノ之には平気で言えるけど、この金髪には言いたくない。100億%バカにされるに決まってるし。「ほら見たことか」とマウント取ってくるのが目に見えてるわい。オホホ笑いも披露されること間違い無しだ。

 

「フッ……」

 

 そういう時はただ薄笑みを浮かべるに限る。

 どう捉えようが、それは自由だ。でも後で一夏と篠ノ之にはちゃんと言っておこう。

 

「な……そ、その笑みは…!」(ま、まさかこの人も教官を倒したというのですか…!? そんな馬鹿な事ある筈ありませんわ! ですが彼の自信に満ちた、いえ、挑発的な笑みは敗者のそれではない…!)

 

 うひひ、せいぜい悩むがいい。

 出口の見えない螺旋で彷徨いな…!(吟遊詩人)

 

「あ、あなた達、わたくしに嘘を―――」

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 

 全く納得のいっていないオルコットは話を続けようとするが、そこに割って入る3時間目開始のチャイムさん。い~い音色だ、タイミングもいい。

 

「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことですわね! よろしくて!?」

 

「何言ってんだよ、お前の席旋焚玖の後ろだろ」

 

「ッ……!?」

 

 あ、オルコットの顔がピキッと固まった。

 

 やーいやーい、一夏にツッコまれてやんの~。ねぇねぇ、どんな気分なの? チミはどこの席に着こうとしてたの? ねぇねぇ、気まずい感情ってどんな感じなの~?

 

「……~~~ッ、あ、あなた何をニヤニヤして―――」

 

 あ、バカ、俺に声掛けるな!

 

「あ゛ァ゛ッ!?」

 

「ぴっ……んもう! びっくりするからソレはやめてくださいまし!」

 

 それに関してだけは心の底から謝罪を。

 あと、びっくりするからって理由が可愛いなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 さぁ、気を取り直して3時間目の授業だ。

 さっきまでの授業と違って、教壇には千冬さんが立っている。

 

「えー、授業に入る前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけなくてな」

 

 教室が俄かにざわめく。

 

「他校でいうクラスの委員長みたいなモノではある。それだと何となくイメージがつくんじゃないか? ちなみに1度決まると1年間変更はないと思え」

 

 俗に言うクラス長か。

 ただ、クラス対抗戦ってのがよく分からん。多分、このざわつきもそれが気になっての事だろう。

 

「クラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。簡単に言えば、各クラスの代表者同士がそれぞれ模擬戦を行う、といったモノだ」

 

 ふむふむ、俺が出たら公開処刑ですね分かります。

 

「自薦・他薦は問わない、誰かいないか?」

 

 千冬さんが皆に問いかける。

 さて、誰が推薦されるかな、まぁ予想できるけど。

 

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

 

「へ!?」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

「私も織斑くんを推薦します!」

 

「ちょっ!?」

 

 当たり前だよなぁ?

 そこは一夏、劇的ネームバリューってヤツだ諦めろ。ダメ押しに俺もお前を推薦してやる。でもバレたら何か言ってきそうだし……あ、そうだ。

 

 あーあー、ンンっ、ンンンっ…!

 アーアー(裏声)

 よし、こんな感じか。

 

「ワ、ワタシモオリ―――」(女っぽい声)

 

「き、気色の悪い声を出すな主車…!」(小声)

 

 ソッコー遮られちゃった。

 小さすぎて篠ノ之にしか聞こえなかったらしい。ひでぇよ篠ノ之、俺のセクシーボイスを気色悪いと申すのか……うん、キモいな確かにキショいわ。

 

「では候補者は織斑一夏、と。他にはいないか?」

 

「ま、待ってくれ! 別に俺じゃなくても……あっ…!」

 

 うげっ、こっち見てきやがった…!

 

(せ、旋焚玖! 推薦してもいいか!?)

 

 やっぱりね!

 嫌に決まってんだろバカ! 

 ぜぇぇぇぇッたいに嫌だ! 

 ただのクラス長ならまだしも、対抗戦だァ!? 観衆の前で「動けませーん!」って言えってのか!? そんな羞恥プレイ死んでもお断りだい!

 

(別にいいぞ)

 

(ほ、ホントか!?)

 

(ああ、お前が「嫌だから押し付けたい」って気持ちを1mm足りとも持っていないと言えるならな…!)

 

(ッ……そ、それは…!)

 

 うわははは!

 すまんな、一夏よ!

 俺もマジで嫌なんだ、悪いがお前の良心をツンツンさせてもらうぜ!

 

(自分がされて嫌な事をお前は親友の俺にするのか…? 俺に……するのかよ…?)

 

(ぐっ……旋焚玖の言う通りだ、もう少しで俺はダチを売っちまうとこだったぜ…!)

 

 フッ……口上戦で俺に勝てる奴なんざ居ねぇよ。

 口先の魔術師は伊達じゃない。

 

(安心しろ、一夏。お前がクラス代表になったら、俺も全力でサポートする)

 

 これはマジ。

 それくらいは流石にな。

 

「さて、他はどうだ? いないなら無投票当選だぞ」

 

 一夏も腹を括ったか、素直にイスに座り直す。

 頑張れ一夏、お前がナンバー1だ。

 

「お待ちくださいッ! 納得がいきませんわ!」

 

 バーンと机を叩いて立ち上がり、ちょっと待ったコールを掛けたのは、俺の後ろの席に座っている奴……セシリア・オルコットだった。

 

「そのような選出は認められません! クラス代表といえば、クラスの顔ですのよ!? でしたら当然、実力トップがなるべきでしょう!?」

 

 なんだよ、ちゃんと筋の通った正論も言えるんじゃないか。ただのマウンターじゃなかったってこった。そこに関しては俺の見誤りだったか。

 

「いいですか!? もう1度言いますわ! クラスの代表はクラスで最も実力ある者がなるべきです! それなら入学試験主席の私がなって必然ですわ!」

 

 そうだそうだ!

 ハハッ、一夏の瞳もランランと輝いているぜ! オルコットの発言は的外れではなく王道を唱えているし、一夏もクラス代表にならなくて済むんなら、それに越したことはないだろう。

 

「ですのに! あなた達という人は、まったく!」

 

 ん?

 なんか……嫌な予感…。

 

「ただ男性起動者が物珍しいからという理由だけで極東の猿に……―――」

 

 じ、時間が……止まった、だと…?

 

 

【雑魚はスッこんでろ。俺がクラスの代表だ…!】

【このままオルコットを喋らせるとマズい気がする。何とか遮るんだ! 窓の外を指差して「UFOだ!」とか言ってみるんだ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「な、なんですのいきなり立ち上がって!?」

 

 うるせぇ黙ってろ!

 窓際の席で良かった! 

 いや良くねぇよ! 

 クソッ、いいよ、言えばいいんだろ!

 

「UFOだ!」

 

 窓の外を指差し叫ぶ。

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

 ふたたび時間が止まった。

 いや、止まってない。

 止まってないけど止まったの。空気が止まったの。

 

「……で、あるからして。実力から行けば、わたくしがクラス代表になるのは必然なのです!」

 

 この女、何もなかったように再開しやがった! スルー力抜群かチクショウ! ただ俺が恥かいただけじゃねぇか! やっぱり変な奴だってみんなに再認識されただけかよぉ!

 

 もういいもん!

 勝手に自爆しろアホ! クルクル! なにが縦ロールだ、このコロネが! てめぇ絶対ボッチになるからな! それ以上言ったらマジで反感喰らうだけだかんな! 俺はもう知らん!

 

「それを、物珍しいからという理由で極東の猿に……―――」

 

 

【雑魚はスッこんでろ。俺がクラスの代表だ…!】

【オルコットをボッチにはさせないッ! 俺のドゥドゥドゥペーイを聴けェッ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:(´3`)ぬっとぅる~♪(ヤケ)



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第35話 矛先


クラス代表の行方、というお話。




 

 

「……―――ご清聴ありがとうございました」

 

 やりきったぜぇ……えぇ、オイ? 2分近くもドゥドゥドゥペーイったぜぇ……アホらしすぎて途中から泣きそうになったが、そこは漢の意地よな。唖然としていたクラスの連中が、途中から生暖かい目に変わった時は違う意味で挫けそうになったが、そこも漢の意地よな。

 

 俺の俺によるオルコットのためのドゥドゥドゥペーイ…! ここに完遂を宣言するッ! だからもうお前は爆弾発言しなくていいから(切実)

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、そんな特技まで隠し持ってたのかよ!?」

 

 一夏の純粋な反応が、羞恥に耐えきった俺の心を癒してくれる。ドン引きされるより褒められた方がまだ救われるわ。

 おい、マジで空気読めよオルコット。何の為に俺が2分もドゥドゥったのかをよ? 恥を忍んでちゃんと(´3`)ぬっとぅる~♪もしてみせたのかをよぉ…!

 

 

 パチパチパチパチ…。

 

 

 一夏の言葉に続いて、拍手の音が教室に響く。手を叩いてみせたのは、まさかの千冬さんだった。

 

「……ふむ、いいパフォーマンスだったな」(本来ならゲンコツの1つでも落とすところだが、旋焚玖のアレには意味があった。咄嗟に奇抜な行動を取る事で、代表候補生としてあるまじき発言を唱えようとしたオルコットを守ってみせたか……今回は目を瞑ってやるとしよう)

 

 パチパチパチパチ!

 

「見事なドゥドゥドゥペーイでしたよ、主車くん!」

 

 お、おう……そういや山田先生はFF7好きだっけな。「青春を思い出しました~」とか言ってるし。千冬さん以上に力強い拍手を送ってくれてるし。

 

「ち、千冬様や山田先生が拍手してるよ…?」

 

「もしかして主車くんって怖い人じゃないのかな?」

 

「違う意味で怖いけどね」

 

 それは言わんでくれ。

 だが1人、また1人と拍手の数が増えていく。いや、何の拍手なの!? ちょ、もういいだろ!? その謎の拍手はいいって! 恥ずかしさが込み上げてくるだろぉ!

 

 

しかし、一番この空気に困っていたのは旋焚玖ではなくセシリアだった。クラスの皆が旋焚玖に拍手を送る中、その後ろで彼女は立ったままなのだ。途中で意味不明なノリで自分の発言を遮られ、さらには座る機会まで見失ってしまった。

 

旋焚玖がドゥドゥドゥペーイっている時も、セシリアだけが立ったまま拝聴する形になってしまった。傍から見れば、熱烈なファンである。とても意味不明である。自分はクラス代表の推薦に異議を申していただけなのに、どうしてこんな状況になっているのかと。自分はいつイスに座れば不自然じゃなくなるのかと。

 

(……って、誰が座るもんですか! わたくしはまだ、何も言えていませんわ! それも全部この男のせい…! この男が余計な茶々を入れてくるせいで…!)

 

 む……オルコットから熱い視線を感じる。

 そうか、分かってくれたのか。それなら俺のアホ行動も、無駄にならなくて済んだってなもんだ。

 

 まったく……犠牲なくして勝利なし、とはよく言ったもんだぜ。決して代償は小さくなかったが、それでもオルコットがボッチにならずに済んだのなら安いもんさ。

 そう思え、俺。そう強く思うんだ。今までずっとそうやって俺はメンタルを守ってきたんだからな。へへ、IS学園でもそれは変わらないんだぜ……くぅぅ…。

 

 役目を終えた俺はクールに座るぜ。

 

「お待ちなさいな! なに満足気な顔して座ろうとしてますの!?」

 

 うぇいッ!?

 座ろうと思ったら、オルコットからちょっと待ったコールが掛かったでござる。

 

「あなたって人は、先程から本当に何ですの!? わたくしを脅かすような返事をして! 挙句の果てにはわたくしの邪魔まで! 言いたい事があるなら堂々と言えばよろしいでしょう!? それすら出来ない癖に横やりを入れてくるだなんて、恥を知りなさいな!」

 

 ふぇぇ……全然これっぽっちも分かってもらえてなかったよぅ。世知辛いなぁ。しかも矛先が俺だけに向いちゃったよぅ。世知辛いなぁ。

 

「大体、偉そうに喧嘩が趣味だと言い切るその神経もおかしいですわ! あなたに分かりますか!? IS技術の修練のために来ていますのに、あなたみたいな勘違いした男と同じクラスに編入させられたわたくしの気持ちが!」

 

 勘違いしてないもん。

 勘違いさせてる側だもん。

 

「どうせ邪な気持ちで此処に居るのでしょう!? あなたみたいな野蛮人が崇高な思いでISを学びに来るとは思えませんわ!」

 

 耳がいたーい!

 

 邪な気持ち120%で入学した俺の耳が壊れちゃうぅッ! フツメンの俺でもこれでモテモテに!とか思っちゃってすいませぬぅぅぅ!!

 

 そこまで言っても俺が反論しない事で味を占めたか、オルコットは猛る気持ちを抑えようとせず、っていうかますますエンジンが暖まってきたのだろうか、怒涛の剣幕で言葉を荒げる。

 

 オルコットのオルコットによる俺のための言葉が、ダイヤモンドダストの如く俺の心をグサグサしてくる。うぅ……ごめんよぅ、ISが反応しただけのただのキチガイが入学しちゃってごめんよぅ…。

 

「いいですか!? あなたのような―――」

 

「誰にも推薦されてない奴がなに必死になってんだよ。旋焚玖に当たってカッコ悪ィ」

 

 い、一夏…!

 オルコットの口撃に立ち上がったのは、俺ではなく我が友一夏だった!

 

「あっ、あっ、あなたねぇ! わたくしを侮辱しますの!?」

 

 痛い処を突かれた自覚があるのか、まるで怒髪天をつくと言わんばかりに、オルコットが顔を真っ赤にして怒りを示している。

 

「そっちが先に旋焚玖を侮辱したんだろ!」

 

 しかし一夏も引かずに応戦だ!

 

 や、やめて!

 俺のために争わないで! 

 

「~~~ッ、決闘ですわ!」

 

「おう、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい。俺が勝ったら旋焚玖に謝ってもらうからな」

 

 一夏がいい奴すぎて涙がで、出ますよ…。

 

「ふん。そんな事ありえませんがいいでしょう。あなたもいいですわね?」

 

「……?」

 

 え、何でそこで俺に振るの?

 

「わたくしはクラス代表に立候補しますわ。ついでにあなたを推薦してあげます。3人のうち、勝ったものがクラス代表ですわ!」

 

 ふっっっっっざけんなぁぁぁッ!!

 

 何トチ狂ってた事ホザいてやがんだこのクソコロネが! 俺がお前らに勝てる訳ねぇだろ! 分かる!? ボロ雑巾な未来しか見えねぇだろうが! お前代表候補生なんだろ!? そんな奴が素人イジめて何が楽しいんだよぉ! みんなの前で無様な姿を披露しろってのかよぅ!

 

「あー、言い忘れていたが。主車は政府の命令により、既にクラス代表者から除外されている」

 

「なっ…! 政府の命令で…!? ど、どうしてですか!?」

 

「主車の技量は1年の貴様らとでは差がありすぎるからな。政府の上層部が危険と判断した」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 政府の優しさに感謝を…! 超感謝を…!

 っていうか、多分そう采配してくれたのって、あの人だよな。俺を取り調べしたしたあのおっちゃんだ。あの日も何かえらく心配してくれたし。

 

「……という訳だ、すまんなオルコット」

 

「そんな……」(差がありすぎる…ですって…!? そんなバカな…! 代表候補生のわたくしでも勝てないと…!? 嘘ですわ、そんな事ありえませんわ! ですが…もしも本当だとすれば…?)

 

 え、何でそんな顔してんの……あ、コイツ、もしかして千冬さんの言葉を逆の意味で捉えてるんじゃ…! あ、あかん! それはそれでめんどくせぇって! バレた時に色々めんどくさい事になりそうだって!

 

「織斑先生」

 

「む……なんだ、主車」

 

「観衆なし、結果も問わない。非公式として扱ってくれるのなら、オルコットと闘ってもいいですよ」

 

 とりあえず、今はまだみんなにバレなきゃいいかなぁって。それに俺をフルボッコにすりゃあ、オルコットの溜飲も下がってくれるだろう。

 

「なんですって!?」(わ、わたくしを気遣っているとでも言うつもりですか!? わたくしが負けるところを皆さんに見せはしないと!? なんたる傲慢…! なんたる不遜…!)

 

 ひぇっ……すっごい睨んでくるよぅ。

 勘違いが加速してるよぅ。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますからね!」

 

 

【え、性奴隷?】

【奴隷になったら、どんな事をしてくれるのか聞いてみる】

 

 

 なに言ってんのお前!?

 バカじゃないのお前!?

 なんでそんな事を聞く必要があるんですか!

 

 

「………ちなみに、奴隷になったらお前は俺に何をさせる気だ」

 

「え!? そ、そうですわね……え、えっと……そうですわね…」

 

 困らせてんじゃねぇかバカ!

 オルコットも勢いで言っちゃっただけだろぉ! お前知ってて出したろ! 何でわざわざ掘り下げたんだよぉ!

 

「と、とにかく! わたくしに負けた時に「実は手を抜いていた」などと、言い訳は通じませんからね! 織斑さんも、そのおつもりで!」

 

「分かった」

 

「……ああ」

 

 観衆なしの俺と違って、ギャラリーの前で決闘するのが決まった一夏も、決意を漲らせた表情で頷く。俺は問題外として、一夏は実際どうなんだろうか。教官を倒したって言ってたくらいだし、自信ありってところか?

 

 ただ、俺も一夏もISの試合とかはネットで観たからな。正直、あの映像を観ちまったら、女尊男卑な風潮が蔓延していても仕方ないと思う。

 それだけ圧倒的なんだ。ISを使える女は強い、ISを使えない男は弱い。あんなモン観ちまったら、その論調が間違いだとは強く言えないだろう。

 

 ISを使っていたら…の話だがな。今回の決闘もあくまでISを使った模擬せ……模擬戦、とは言っていない…? 純粋な決闘なら……あー、やめやめ、変な事を考えるのはヤメよう。

 

「さて、話はまとまったな。それでは織斑とオルコットは1週間後、第三アリーナで。主車とオルコットは10日後、私と山田君が立ち会う。詳細はまた後日伝えよう。それぞれしっかり用意しておくように。それでは授業を始める」

 

(1週間あれば基礎くらいは学べる筈だ、入試の時も1発で動いたし、何とかなる…!)

 

(10日か……手ェ抜くなって言われちまったし、やれる事はやっておこうか…!)

 

(お2人とも覚悟してなさい…! 特に主車旋焚玖…! あなただけは必ずフルボッコにして差し上げますわ…!)

 

 

 三者三様、想いを胸に授業に臨むのだった。

 

 





観衆なし(意味深)


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第36話 俺の城


犯人は美樹本、というお話。



 

 

 

「予習してて良かったな」

 

「ああ」

 

 放課後、俺と一夏は教室でまったり…というかぐったりしている。

 こんなに1日が長く感じたのは久しぶりだ。英語やら数学やらは置いておくとして、問題はIS関連の授業だ。重要っぽい部分だけでも目を通しておいて、本当に良かったと思う。何も勉強してなかったら、意味不明すぎて嫌になっていただろう。

 

 それより俺は休み時間がキツかった。

 3時間目の授業……つまり、あのクラス代表の話が上がった授業だな。その授業が終わってから、ヤツがまた出しゃばってきたんだ。

 

「では、3時間目の授業はこれで終了だ」

 

 千冬さんが締めた後、すーぐ出てきやがった。

 

 

【セシリアに話しかけてみよう】

【オルコットに話しかけてみよう】

 

 

 同一人物なんだよなぁ。

 別に話すこともないし、むしろオルコットだって俺に話しかけられてさ、良い気はしないだろうが。ちっ……真後ろの席だし、途中で誰かが遮ってくれるのも期待できねぇんだよなぁ。

 

 後ろを振り返る。

 オルコットと目が合う。あ、ちょっと嫌な顔された。ごめんね。

 

「オルコット」

 

「……なんですの?」(あんな事がありましたのに、それでも普通に話しかけてきますのね……一体、何を言ってくるつもりでしょう……)

 

 

【イギリスの飯が世界一不味いって本当か?】

【呼んでみただけ】

 

 

 うぜぇぇぇぇッ!!

 

 どっちもうぜぇぇぇぇッ!! っていうか【上】コラァッ!! なに俺に国辱モンの発言させようとしてんの!? さっきオルコットがソレをしそうになったから止めたんだろぉ! 明らかにケンカ売ってんじゃねぇかバカ! まだ【下】の方がマシだバカ!

 

「呼んでみただけだ」

 

「はぁ!? あ、ちょっ…!?」

 

 よし言った! 

 

 ソッコー反転してオルコットに背を向ける。すまないオルコット…! それがきっと双方にとっての最善なんだ! こんな俺(選択肢)でごめんよぉ!

 

「な、な、な……!」(なんなんですの、この人は~~~~ッ…! くっ、ここで変に喰い付いたら、わたくしが必死だと周りに思われてしまう…? ダメですわ! そんなのわたくしのプライドが許しませんわ!)

 

セシリア・オルコットは何事も無かったかの様に、次の授業で使う教科書を机に出した。旋焚玖の言葉などまるで気にも留めていない、自分はそんな事よりも予習の方が大事なんだと……そう装っているだけだった。内心めちゃくちゃ気にしてしまうオルコットだった。

 

 そして4時間目の授業後。

 

 

【イギリスの飯って世界一不味くね?】

【オセロット(ネコ科)について軽く説明する】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「いいかオルコット。オセロットは主に南アメリカの熱帯雨林に生息している哺乳綱食肉目ネコ科だが、実はメキシコにも居たりするんだぜ」

 

「は、はぁ……どうしてそんな説明をわたくしに?」

 

 名前が似てるからだと思うんですけど(名推理)

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「(サッ…!)」

 

「あ、ちょっ…!?」

 

 すかさず反転、背を向けーる!

 すまない、オルコット…! それがきっと双方にとっての最善なんだ! こんな俺(選択肢)でごめんよぉ!

 

 そして5時間目の授業後。

 

 

【イギリスの飯は世界一不味い】

【セシリア(小惑星)について軽く説明する】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

 

 

「ぽへー」

 

「旋焚玖、疲れてんなぁ」

 

 当たり前だよなぁ?

 そりゃあお前、机の上でぐったりパンダってるのも無理ねぇだろ? 今日1日、最後の最後までオルコットに話しかけさせられたっての。話しかけさせられたっていうか、イミフな一口説明ばかりさせられたっていうか。

 

 その度になんだかんだ最後まで聞いてくれた、オルコットの律儀っぷりに感謝を。まぁ律儀っていうか、変に途中で遮ったら俺がキレるんじゃないか、とか思われてそうだが……いや、ホントすまんねオルコット。

 

「ああ、主車くん、織斑くん。まだ教室に居たんですね、良かったです」

 

 んぁ?

 

 顔を上げたら、山田先生と千冬さんが書類を片手に立っていた。2人とも鍵っぽいモン持ってんな、っていうか鍵だな。

 

「えっとですね、こちらが織斑くんの寮の部屋の鍵と部屋番号のメモになります。学園寮は相部屋が基本的なのですが、織斑くんは1人で使えますのでご安心ください」

 

 おお、何かホテルのキーみたいに豪華だなぁ……あれ、何か含みある言い方してない? てっきり俺と一夏がルームシェアするって思ってたんだけど、俺たちは別々の部屋なの? まぁそっちの方がいいか、1人の方が色々とナニ出来るし。

 

 事前に俺も一夏も、今日から寮生活だってのは聞いてたし混乱はない。

 

「1人部屋かぁ……旋焚玖、後で部屋の見せ合いっこしようぜ!」

 

「おっ、そうだな」

 

 見せ合いも何も、寮の部屋なんて何処も同じだろうが。ま、暇だしどっちかの部屋でダベるとしよう。

 

「……主車、お前の部屋の鍵はコレだ」

 

「あ、はい…………ん…?」

 

 なんか……普通の鍵なんですけど。

 一夏が貰ったのが『キー』なら、俺が千冬さんから貰ったのは『ザ・鍵』って感じなんだけど。

 

「どうせ織斑にもすぐにバレるからな。今、言っておくぞ」

 

 嫌な……いや、悲しい予感がする。

 

「あー、何と言うかだな……主車は学園寮には住めない」

 

「……む」

 

 やっぱりねぇぇぇぇッ!!

 悪い方の予感って絶対外れないよねぇぇぇぇッ!!

 

「なっ…!? ど、どういう事だよ千冬姉!?」

 

「織斑先生だ」

 

「イデッ!? いいや、痛くないね! ちゃんと説明してくれないと俺は千冬姉って呼び続けるぜ!?」

 

 当人の俺よりも一夏の方が千冬さんに食って掛かる。いやはや、一夏の優しさはアジア大陸に涙の雨を降らすなぁ。その必死な姿が俺を気丈に振る舞わせてくれるぜ…! いやホント、どういう事なの? 俺も聞きたい、っていうか俺が一番聞きたいわ!

 

「落ち着け織斑。これはな……学園アンケートで決まった事なんだ」

 

「えっとですね、お2人が学園寮に住むにあたり、生徒が『賛成』か『反対』かのアンケート調査を新1年生含むIS学園全体で行いまして……」

 

 山田先生が言いにくそうに目を伏せる。

 おぉもう……その仕草だけで結果が伝わってくるよぅ。

 

「俺に対しては『反対』意見が多かったんですね?」

 

「……ああ。おそらくだが、報道時の声明文と……まぁ、ここ1カ月間に流れた主車の噂が起因しての事だろう」

 

 自業自得じゃねぇかクソッタレ!

 

「そ、そんな…! どうにかならないのかよ、千冬姉!」

 

「こればかりは私でも覆すのは無理だ。対象が全生徒となればな」

 

「そうですか、分かりました」

 

「せ、旋焚玖!? お前ッ、辛くないのかよ!?」

 

「気にしてないさ」

 

 嘘だよぉ! 

 とっても気にしてるよぉ!

 とてつもなく辛いよぉぉぉぉぉッ!! 俺も女の子と同じ寮に住みたかったよぉぉぉッ!! 何かの間違いで女の子と相部屋とか、そういうのも実は期待してたのにぃぃぃぃッ!! ふぇぇぇぇ……ッ! きっと罰が当たったんだぁ……邪なことばかり考えてる俺に天罰が下されたんだぁ……のもんはぁぁん…。

 

「……で、だ。主車の住む場所は……まぁ、見た方が早いな」

 

 いや濁すなよ!

 余計に気になるだろぉ!

 もう分かってるよ! 濁した時点で良いトコじゃないんだろぉ! それならさっさと宣告してくれた方がマシだよぉ!

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【3匹のこぶたで言えばどのくらいだ?】

 

 

 車で言われても分かんねぇよ!

 

「3匹のこぶたで言えばどのくらいでしょう?」

 

「む…そうだな、次男だな」

 

 木造建築じゃねぇか!

 オオカミに体当たりされたらどうすんだよ!? 俺が喰われちまってもいいのかよ!? せめて三男のレンガにしてくれよぉ!

 

「だ、大丈夫か、旋焚玖?」

 

「大丈夫だ、どんな場所でも住めば都さ」

 

 そうだよ、こんな事くらいでヘコたれてたまるか。どんな時でもポジティブだ。生きていく上で、ポジティブシンキングはとても大事なのだ。

 考えてもみろ、女の子だらけの学園領内で俺だけ1人暮らしなんだぜ? しかも学園寮じゃないときた。いずれ此処に通う女子たちも、俺の溢れんばかりの魅力に気付くだろう。

 

 気付かずにはいられないッ! 

 俺の魅力にッ!(念押し)

 

 そうなったらお前、アレだ、もう、毎日連れ込んでニャンニャン(死語)出来るって事じゃん? 寮内じゃないし、誰にもバレないって事じゃん?

 

 いけるやん!(自己奮起)

 木造建築いけるやん!(自己暗示)

 

「旋焚玖……お前って強いよな、本当に」

 

「フッ……」

 

 俺の下世話な心情っぷりは誰にも覗かせねぇ。困った時は、いつもの不敵な笑みを浮かべるに限る。これで15年やって来たんだ、これからもよろしくな、顔筋!

 

 それからは一夏が山田先生に。

 俺が千冬さんに案内される形で、校舎から出るのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ここが俺の城か」

 

 校舎から出て、運動場を真っ直ぐ進み、雑木林的な所を抜けたところで、ポツンと建てられた木造ハウスを発見。どんなボロ屋かと思いきや、とんでもない。中々どうして、かなりしっかり建てられてるんじゃないか?

 

「どうだ、感想は?」

 

「そうですね、なんていうか……雪山のペンションみたいな外見してますね」

 

「ふむ……言われてみれば確かに」

 

「よし、決めた。この家を『ペンション・シュプール』と名付けよう」

 

「……殺人事件が起きそうな名前だな」

 

 かまいたちの夜的な意味で?

 ああ、そうだ、これも一応千冬さんに聞いておこうかな。

 

「クラス代表の件ですけど、政府から俺への処置ってマジなんですか?」

 

「ああ。生身の強さは既に超Sクラスであっても、ISに関しては……まぁ…まだアレすぎるからな」

 

 弱すぎる以前の問題ですよねー。

 

「別に政府も多くは求めていない。国家代表になれとも、代表候補生を倒してみせろなどと求めていない。まずは人並みに……そうだな、歩けるようになろうな」

 

「……ういっす。俺が検査の時にお願いした特例の方はどうなってますか?」

 

 特例って言っても、そんな無理難題を強請った訳じゃない。

 アリーナの使用時間を俺だけ無制限に、つまりコンビニ化してくれってお願いしたんだ。むしろ俺からしたらそれくらい当然だろ、IS技能が成長しなかったらモルモットにされる未来が待ってんだからよ。

 

「それに関しては許可が下りた。正式に今日から使えるぞ」

 

 やったぜ。

 

「あと少しだけ聞きたい事があるんですけど」

 

「ん…? ああ、言ってみろ」

 

「オルコットは俺と一夏に『決闘』を吹っ掛けましたが……ISで、とは言ってませんよね?」

 

 単なる確認であって、深い意味はないよ?

 一応ね、一応聞いておこうかなぁって。

 

「……確かに言ってはいない、が。ISでの戦いが自然な流れではあるだろうな」

 

 そりゃそうだ。

 だってここ、IS学園だもの。

 

「そうですね、自然な流れですね。ただ、アイツは決闘だと言った。模擬戦ではなく、決闘だと言った」

 

「旋焚玖……? お前、何を考えている?」

 

「ISでの模擬戦ならISの使用が当然義務となる。だが決闘であれば、ISの使用は義務ではなく、あくまで権利。使う使わないは本人の意思によるもの。そうでしょう?」

 

「はぁ……聡いお前が、よもや生身で戦おうなどと慢心している訳ではあるまい?」

 

「まさか」

 

 そんな無謀な事はしたくない。

 ただ、手を抜くなってオルコットから言われちまったからな。手を抜いてオルコットの奴隷になるのも愉しそうだが、今回ばかりはお預けだ。

 この10日間は俺もアイツに勝つ為に本気で動く。IS技術うんちっちな俺が、たったの10日でアイツに勝つにはどうしたら良いか。それを探る中での質問だ。

 

「……私の考えを言えば、お前の言う通りだ。決闘とは己が全てを懸けて臨むモノ。少なくとも柳韻さんからはそう教わっている。決闘と模擬戦は全くの別物だ。あくまで私の考えではあるがな」

 

 流石は姉弟子。

 俺と全く同じ考えで嬉しいぜ。

 

「俺も全てを使っていいですね? ISでも篠ノ之流柔術でも」

 

「……屍(かばね)だけは使うな。それなら許可しよう」

 

 屍とは篠ノ之流が使う毒の隠語である。

 いや、使わんよ? 流石にクラスメイトに使うモンじゃなからな。そこまで俺も外道じゃないもん。しかし、これで俺の戦闘スタイルは格段に広がったと言える。

 

 純粋なIS戦が出来れば、それに越した事はないんだけど……きっとオルコットはそのつもりだろうし。すまんなオルコット。10日だけじゃ無理だ。恨むんなら俺の才能の無さを恨んでくれ。

 

 





力の無さを恨みな(エルク)


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第37話 初日の夜はあたたかい


3人はどういう集まりなんだっけ?というお話。



 

 

 

 これから3年間、俺がお世話になる部屋の設備等々の説明を終えた千冬さんは、会議があるとかで学園に戻っていった。1人になった俺は改めて部屋の探索をする。千冬さんの説明を受けている時も思ったが、夢の女子寮生活は叶わなかったとしても、これはこれで良いと本心から思えるようになっていた。

 

「普通のベッドに普通のテーブル。普通のキッチンに普通の家具。なんだよ、ちゃんと一式揃えてくれてんだな」

 

 家具0も覚悟していたが、どうやら俺に人権はまだ残っていたらしい。何より嬉しいのは風呂がちゃんと設置されてあるって事だ。しかもバスタブ付きだぜ? アレかな、何も無かったら俺が暴れだすとか思われてたりして…? フフフ、そんな事でいちいち暴れませんよ、僕の意思はね!

 

 部屋の広さも十分、というか自宅の俺の部屋より余裕で広い。1人じゃ持て余すスペースだ。ぐふふ、学園ぐるみで俺に彼女を作れと。お泊りしちゃう関係な子をたくさん作れと。そう言っている訳だね、うひひ。

 

 しかし腹減った。

 時計を見れば、もういい時間じゃないか。

 

 俺はテーブルの上に置いてあるメニューに手を伸ばす。

 

 千冬さんは、食事に関しては寮の食堂を利用しても良い、と言ってくれたが……なぁ? 行きにくさMAXだろ。寮に住んでほしくない男ナンバーワンの俺が、寮に出現したらイカンでしょ。流石の俺でもこればっかりは「住んではないからセーフ」ツって、トンチを利かすつもりはない。女から嫌な目で見られたくないし。

 

 ってな訳で食堂に電話だ。

 なんでも寮内食堂はデリバリーサービスもやってるんだとか。テイクアウトだって出来るらしい。食堂で食べずに部屋で静かに食べたい子だっているし、そういう子たちの為の配慮だろう。良かった、俺もそれのおかげで救われるわ。

 

「……あ、もしもし? デリバリー頼みたいんですけど」

 

『ああ、主車くんね? 話は既に聞いてるよ』

 

 おお、スムーズだな。

 こういうのって地味に嬉しい。

 

「えっと……ミックスグリル&ハンバーグセットとフライドポテトとコーラで」

 

『……はい、注文承ったよ。アンタの部屋は少し距離があるから、だいたい15分くらい見てくれると助かるよ』

 

「はーい」

 

 んじゃ、待ってる間も有効活用しないとな。

 さっそく、カバンからアレを取り出す。わざわざ自宅から持ってきたアレだ。漢の必需品! とても分厚く太い本。太ぉい本! 全部持ってくるのは量的に無理だったから、厳選に厳選を重ねた俺のお気に入りだけだ! 1人暮らしだから気兼ねなく本棚に飾れるぜ!

 

 刮目せよ!

 漢らしく、俺は堂々と飾ってやるぜ! 篠ノ之流柔術皆伝書をな! 厳選した結果、全巻持ってくるしかなかったんだぜ! とても重かったし量がハンパなかったんだぜ。そのせいでエロ本持ってこれなかったんだぜ……ちくせぅ。

 

 

 

 

 

 

 一通り荷物の整理が終わったところで、部屋の扉が叩かれる。い~ぃタイミングだ。音もいい。

 

「はーい」

 

「よっ、旋焚玖!」

 

「……えと、その…来てしまった」

 

 外に立っていたのは食堂のおばちゃんではなく、一夏と篠ノ之の2人だった。

 

「どうしたんだ、お前ら」

 

「たまたま食堂で注文してる時に、旋焚玖の話を聞いてな。俺たちがお前の商品を預かってきたんだ」

 

「寮内食堂はテイクアウトも可能だから……その、私も食堂で食べるより、主車と3人で食べる方が落ち着くから…なんというか…まぁ、来てしまったんだ」

 

 2人共、わざわざ1人寂しく飯をカッ喰らう俺を心配して来てくれたのか。まったく……いいダチを持ったぜ、マジで。

 

「ありがとよ、一夏、篠ノ之。ほら、上がれよ。此処が俺の城だぜ」

 

 いつまでも玄関で話している必要もなし。

 俺は2人を歓迎した。

 

「おぉ…! めちゃくちゃ広いじゃないか!」

 

「……これは…思っていたより、ちゃんと設備が整っているのだな。良かった……」

 

 食卓についてからもキョロキョロしまくる一夏と、どこか安堵の表情をみせる篠ノ之。いやいや、どんな部屋を想像してたんだよ。もしかしてタコ部屋とか思われてたんかな。

 

「いやぁ、良かったな箒!」

 

「な、なにがだ?」

 

「お前、旋焚玖の事めちゃくちゃ心配してただろ」

 

 え、そうなの?

 美人な女の子に心配されるとか、超嬉しいんだけど。

 

「なぁっ……! そ、そんな事ない!」(ぬあぁぁ……ここで当然だ、と言えないのが私なんだぁ……)

 

 そんな事ないのかぁ。

 

「嘘つけよ。お前、山田先生に食って掛かってたろ」

 

「そ、それは…!」(これはもしや…! 私への好感度が上がる予感…! い、いいぞ一夏! もっと言ってくれ! 私だけじゃアピールできないかわりに、お前が私をアピールするんだ!)

 

「俺が山田先生に寮を案内されている時に箒と会ったんだ。そこで旋焚玖だけ寮には住めない事を箒も知ってな。『IS学園はそんなあからさまな差別をするんですか!?』って声を荒げただろ」

 

「篠ノ之……お前…」

 

「と、当然の事を言ったまでだ!」(ふぉぉぉッ! ありがとう一夏! 私は最高の友を持ったよ…!)

 

 俺の中で篠ノ之株が急上昇。

 篠ノ之が反論したところで何も変わらない。そんな事は分かっているし、どうでもいいんだ。彼女の気持ちこそが嬉しいんじゃないか。篠ノ之に対して、何か出来る事はないかな。

 

 

【熱い抱擁で感謝の気持ちを伝える。抱擁の相手はもちろん篠ノ之】

【熱い抱擁で感謝の気持ちを伝える。抱擁の相手は虚を突いて一夏】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 肉体的じゃねぇよバカ!

 調子ブッこいて抱擁なんかカマしてみろや! せっかく、ちょっと好感度高いかも?みたいな感じになってきてんのに、一気に落ちるだろぉ! 落ちちゃうだろぉ! 一度落ちた好感度をまた上げるキツさを見くびってんじゃねぇぞ!

 

「篠ノ之ォ!!」

 

「え、俺一夏だけど」

 

「うるせぇ! じっとしてろお前!!」

 

「ちょっ、なんだよ旋焚玖!? うわぁ!?」

 

「お、おい、主車…!?」(な、なにを!?)

 

 俺からの熱い抱擁、受け取れ篠ノ之ォッ!!(相手は一夏)

 

「ありがとよ、篠ノ之! お前のその言葉だけで俺は救われる!」

 

「い、いや……私は別に…」(何故か旋焚玖が一夏を抱きしめている。ぎゅっと抱きしめている。もし2人きりだったら、旋焚玖は照れずに私を抱きしめてくれただろうか……なんてな。私と旋焚玖の仲はまだ全然進展していないのだから……まずは一夏を追い越さねば抱擁も受けられないという事か…!)

 

 

この時篠ノ之箒、一夏を恋のライバルであると認識するに至る。

 

 

 な、なんか篠ノ之さん、拳を握りしめていやしませんか? いや、アレだぞ? 俺、そっちの趣味はないからな!? 俺こう見えて女の子大好きだから! 篠ノ之とかもう、超好きだから!

 

 言えない葛藤の代わりに、抱きしめた一夏の背中をバシバシ叩く。

 バッシバシ叩く! クソつまんねぇ骨格しやがってこのヤロウ!! 女と違ってゴツゴツじゃねぇか! まるで嬉しくねぇよ! 

 

「そ、そうか! 箒に抱き付いたらセクハラになっちまうもんな! そこで俺を通して感謝の気持ち(抱擁)を箒に伝えてるんだな!」

 

 そうだよチクショウ!

 今夜も一夏のフォローが光るぜぇ! 光りまくってるぜぇ! 

 

 ぬわぁぁぁんッ! 篠ノ之に抱き付いてみたいよぉ! ぜったい柔らかいし、良いにほひ(匂い)するに決まってるんだもんよぉ! 

 

「よし、箒! 俺はどうすればいい!?」

 

「な、なにがだ?」

 

「今の俺は旋焚玖にとっての箒なんだぜ? お前の代わりに俺が旋焚玖に何でもしてやるよ!」

 

 やめろバカ!

 じっとしてろバカ!

 

「そ、そんな事を言われても分かるか!」(わ、私だったら…! 私だったら……うぅ~…私も旋焚玖に抱きしめられてみたい……でも今日はいいんだ。多分、恥ずかしくて突き飛ばしてしまうだろうしな)

 

「何もないのか? ならとりあえず、俺からも抱きしめ返すぜ!」

 

 ぎゅっ♥って擬音が聞こえました。

 

「ぎゃぁぁぁぁッ!! やめろこのヤロウ! 俺にそんな趣味はねェッ!!」

 

「ハハハ! 俺たち、ズッ友だよなぁ!」

 

「ズッ友だから放せコラァッ!!」

 

「なんだよぅ♪ お前が放せばいいだけだろぉ♪」

 

 謎の上機嫌やめろコラァッ!!

 俺からは放せないんだよぉ!(強制力) お前が放れてくれねぇと放れられないだろぉ!

 

「ふふ……まったくお前らは……本当に変わってないな」(またこうやって笑える日が来るなんて思っていなかった。行きたくもない決められた進学に曇る心。それでも今、私が笑顔になれるのは、お前達が居てくれるからだ、旋焚玖、一夏…)

 

 

 不安と緊張でいっぱいだった入学初日。

 だが少年たちは、孤独じゃないと気付かされる。

 

 今夜だけはISの事を忘れよう。

 3人はその後も思い出話に華を咲かせ、賑やかな夜を楽しむのだった。

 

 





優しい世界(*´ω`*)


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第38話 あだ名


命名者は・・・というお話。




 

 

 

 入学式から夜も明け、今日は2日目だ。

 心なしか昨日よりかは、クラスの俺に対する視線も少しは和らいでいる様な気がする。しかしなんだな、俺は俺で昨日より気を緩めているせいか、改めて教室内の空気感ってヤツを身に受けている状態だ。

 

 なんていうかね、教室全体がね、とってもいい匂いなの。なんかね、全体的に甘いの。誰だよ女子校は香水プンプンで臭いとか言った奴。いい香りしかしねぇよ、ひゃっほぅ! IS学園に来て初めての良い事である! ここ1ヶ月はムサい野郎に囲まれてたからなぁ……その分、癒され効果も倍率ドンだぜ、むひひ。

 

 とか何とか思ってたら、1時間目の授業が終わりました。まぁ授業内容を要約すると、ISはブラジャーなんだってさ。なんか山田先生がそう言ってました。うん、やっぱりあの人は乳メガネでいいかなぁって思いました。

 

 そんでもって、変わったのは俺への視線だけじゃなかった。

 

「ねえねえ、織斑くん!」

 

「はいはーい、しつもんしつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

 授業が終わるやいなや、クラスの大半の女子生徒が一夏の席へと詰めかける。なんか我先にって感じだ。昨日の入学式と同じ学園寮での生活を経た結果ってヤツか。きっと昨日みんな(オルコットを除く)が大人しかったのは、様子見だったんだろう。

 

「いや、一斉に聞かれても分かんないって!」

 

 フッ……まだまだ甘いな一夏よ。

 俺なら余裕で聞き分けられるぜ? 

 

 アレくらいの人数から一斉に声を掛けられて、正確に判別出来るのは歴史上でも俺か聖徳太子かってな。ハハハ、どうだ? 俺は凄いだろう? 誰も俺ンとこには寄ってこないけど、俺は聖徳太子並みにスゲェ男なんだぜ?(守られるメンタル)

 

「…………………」

 

 俺もあんな風に声掛けられてみたいなぁ……。

 なんてな。こうなる事は入学する前から分かってたし、今の教室には俺以外にもボッチが居るもんね! 

 うへへ、前の篠ノ之もボッチなう! 後ろのオルコットもボッチなう! 真ん中の俺はボッチッチ! もうアレだな、3人でボッチ同盟組むのも良いな!

 

 休み時間は15分もある。一夏が女子達に捕まっている以上、ずっと無言で居るのも暇を持て余してしょーがない。俺も篠ノ之かオルコットに声を掛けてみようか?

 

「旋ちゃん、旋ちゃん」

 

「……む」

 

 そう呼んでトテトテ俺の方にやって来たのは、昨日俺が絡んだ苗字が難しい不良だった。さっき授業の前に自己紹介で名乗ってたな。のほとけほんね、だったか。布仏でのほとけって読むらしい。

 

「えへー、しののんも一緒におしゃべりしようよ~」

 

 しののん?

 ああ、もしかして篠ノ之の事か?

 

「う、うむ」(や、やった…! これで旋焚玖とも自然に話せるぞ!)

 

「篠ノ之の知り合いか?」

 

「ああ、寮の部屋が同じなんだ。本音はあだ名を付けるのが趣味なんだとか」(『しののん』というのは少しアレな気がするが、あだ名で呼んでくれる友達が出来たのは素直に嬉しかったりする)

 

 なるほど。

 だから俺の事も『旋ちゃん』ってか。

 

「そうなのだ~。これからは旋ちゃんって呼んでもい~い?」

 

 

【いいよ】

【だめだい】

 

 

 いや、別にいいんだけどね。

 だた何となく、選択肢が出てくるのも分かると言えば分かる。既に俺を旋ちゃんって呼ぶ子がいるし。別にかぶっても良いんだけど……なんか違うんだよなぁ。

 

「だめだい」

 

 深い意味はないけどね。

 何となくよ、何となく。

 

「ふぇ~? ダメなの? どぉしてどぉして~?」

 

 

【俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ】

【旋ちゃん呼びは乱ママだけのモンなんだい!】

 

 

 深い意味はねぇツっただろが!

 そこまで特別感持ってねぇよ!

 

 【上】は無駄に意味深だし【下】なんてマザコンじゃねぇか! 絶対にツっこまれるって! 乱ママって誰?って聞かれるって! 言えないって! デュフフ、年下の女の子ぉ…とか開き直れるメンタル持ってねぇから!

 

「……俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ」

 

 誰かは聞かないでね。

 

「ほうほーう、もう誰かが『旋ちゃん』って呼んでるんだね~」

 

「まぁな」

 

 誰かは聞かないでね!(念押し)

 

「……ちなみに誰から呼ばれているんだ?」(少なくとも私は聞いたことがない。私の記憶が正しければ、コイツの両親も旋焚玖と呼んでいた筈だ。気になる……旋ちゃんだと? とても仲が良さそうじゃないか!)

 

 聞かれちゃった。

 でも言いたくないでござる。

 名前を言うのは簡単だ。「乱って子に呼ばれている」とだけ言えばいい。ただ、次に繋がるのは高確率で「乱ってどんな子?」的な内容に広がっていくだろう。そうなればアホの【選択肢】が、高確率でアホな【選択肢】を捻出してくるに決まっている。

 

「……秘密だ」

 

「む……」

 

 言ったら、年下の女の子をママ呼びしてる変態だってのがバレちゃうよぉ! 入学2日目でそれは普通に嫌じゃい! 絶対に教えぬぅ!

 

「秘密なのか?」(どうして隠す必要があると言うのだ! そんな秘匿案件でもあるまい!?)

 

「秘密だ」

 

「どうしてだ?」

 

 な、なんだよ、どうしてそんなに食いついてくんだよぅ。

 

「どうしてもだ」

 

「むぅ……分かった。ならこれ以上は聞かない」(くっ…! き、気になる…! 私の知る旋焚玖は聞いてない事までペラペラ包み隠さず話す男だ。それだけに余計に気になってしまう! だがしつこく聞いて嫌われるのはヤダ)

 

 な、何か鬼気迫るモンがあったが……どうやら乗り越えられたようだ。正直、そこまで気になられるとは思ってなかったから焦ったぁ…。

 しかし篠ノ乃は何でそこまでグイグイきたんかね。アレかな、変態の気配でも察知したとか? 質実剛健な奴だし、そういうのにうるさそうだしなぁ。

 

「じゃあじゃあ~、違うあだ名を~……むむむ~、思いつかないよ~」

 

 布仏が、ぬわーんってな感じで揺れている。

 主車旋焚玖だもんな。あんまりあだ名を付けやすい名前ではないと自分でも思う。

 

 

【布仏のかわりに篠ノ乃に決めてもらう】

【布仏のかわりにオルコットに決めてもらう】

 

 

「オルコット」

 

「な、なんですの? わたくしは今、次の授業の予習で忙しいのですが」

 

 嘘だゾ。

 お前さっきしゃべってる俺らのことチラチラ見てただろ。予習で忙しいなら、どうして見る必要なんかあるんですか? ないよなぁ? 当たり前だよなぁ? 

 

 ボッチ道を進む必要など無し!

 お前もおしゃべりしようぜ!

 

「俺のあだ名を決めてくれ」

 

「は、はぁ!? どうしてわたくしがそのような事を!」(き、昨日からこの人の積極性は一体なんなんですの!? どうしてわたくしに声を掛けてきますの!? そんな気軽に話すような仲でもありませんわよね!? むしろ昨日の流れからして、わたくし達は険悪な仲になっている筈ではありませんの!?)

 

 何となくなんだよなぁ。

 別に嫌なら断ってくれてもいいけどね。話し掛けるなって言われたら俺は話し掛けないし、オルコットがホントに予習に集中したいって言うなら、それ以上は言わんよ。

 

 

【挑発してその気にさせてやる】

【だだをこねて甘える】

 

 

 【上】一択だコラァッ!!

 俺を甘えん坊キャラにしようとしても無駄だぜ! 俺が甘えんのは乱ママだけなんだよ!

 

「おやおや、イギリスの代表候補性様はあだ名も付けられないと申すか」

 

「な、なんですって…?」

 

 うわ、明らかに頬がピクったぞ。

 オルコットさん……もしや煽り耐性0説ですか? この時点でもう濃厚レベルに入っていると思うんですが。

 

 一応、もうひと押ししてみよう。

 

「ああ、いや忘れてくれ。どうやら荷が重かったらしい」

 

「なぁッ…! わ、わたくしにはあだ名を付ける能力が無いと仰りますの!?」

 

 オルコット煽り耐性0説確定。

 

「まぁまぁ、予習の続きに勤しんでくれよ」

 

「このセシリア・オルコットに! 入試主席のわたくしに! 予習など不要に決まっていますでしょうッ!! いいですわ、あだ名を付けて差し上げますわ!」

 

 予習の必要がないとな。

 つまり、そこから導き出される答えは?

 

「……1人ぼっちは寂しいもん「お、お黙りなさいなぁぁぁぁッ!!」失言だったな、すまん…」

 

「い、いえ……わたくしも大声を出して申し訳ありません」(くっ…! 真面目に謝罪されると対応に困りますわ…! 主車旋焚玖……やはり厄介な男ですわ!)

 

 つい心の声が漏れてしまった。

 いかんいかん、そういうのは心の中だけで留めておかないと。それが処世術の1つだ。

 

「で、俺のあだ名で何か良いモンはあるか?」

 

「……そうですわね、出来れば数日時間を頂きたいのですが」

 

 真面目か!

 

「そんな本格的じゃなくていいよ~」

 

「そうだな、こういうのは思い付きで良いと思うぞ」(私なら旋焚玖に何て付けるだろうか……むぅ……案外難しいかもしれん)

 

 ま、篠ノ乃の言う通りだろう。

 あだ名ってのは変に吟味するモンじゃないと思う。

 

「主車旋焚玖……ふむ…………『チョイス』というのは如何でしょう?」

 

 お前それ『選択』じゃねぇか!

 

「いやいや、オルコットさん。流石にそれで呼ばれるのは抵抗あるっていうか…」

 

 チョイス~、おーいチョイス~とか呼ばれんの?

 普通に嫌なんだけど。

 

「ふんふむ……チョイス…ちょいす……ちょいす~…? よし! 今日から『ちょいす~』って呼ぶよ~!」

 

 ま、マジか…?

 オルコットの言葉にティンときたのか、布仏も満面の笑みでバンザーイってるし決まってしまったっぽいのか? ひらがな読みでも結構キツいんだけど。

 

「ふふん。光栄に思う事ですわ。わたくしにあだ名を付けられる栄誉を!」

 

「あ、うん…………うん……」

 

 お前もなに満足気な顔してんだよ。

 優雅にやったった感出してんじゃねぇぞ、全然イケてねぇんだからな? これから俺は布仏に『ちょいす~』って呼ばれる宿命を背負わされたんだからな? お前のせいで背負わされたんだからな。

 

 分かってんのか、おう? 

 おうコラ。

 

「しののんは何か思いついた~?」

 

 そ、そうだ!

 まだワンチャン残ってるじゃないか! 篠ノ之がナイスなあだ名さえ言ってくれりゃいいんだ! 琴線に触れるあだ名を、いっちょ頼むぜい!

 

「そ、そうだな……センタック…というのはどうだろう?」

 

「おぉ~、それもいいね~」

 

「ふむ……中々ですわね」

 

「……………………」

 

 コイツらの感性やべぇ。

 嫌な予感がする俺は、とりあえず『センタック』で画像検索…………お風呂ポンプと給油ポンプがヒットしました。

 

「俺の事は『ちょいす~』と呼んでくれ!」

 

「ほーい」

 

「ふふふん。流石はわたくしですわ」

 

 そんな事はない。

 

「むぅ……」

 

 そう頬を膨らませてくれるな篠ノ之よ。後でちゃんとポンプな画像見せてやるから。それで俺の気持ちも分かってくれい。

 

「しののん、ちょいす~、で、あとは……」

 

 布仏がオルコットを見る。

 まだコイツのあだ名が決まってなかったか。もうウンコとかでいいんじゃね。

 

 

【ウンコ】

【ウンコはイカンでしょ。せめてうんちで】

 

 

 真に受けてんじゃねぇよバカ!

 そういう気遣い要らねぇよバカ! なにが【せめて】だ! それならもっと違うヤツ出せよ! なにちょっとフォローしてやった感出してんの!? お前のアホな気遣い全然意味ねぇからな! 

 

「うんち」

 

「はぁぁぁッ!? い、今なんと仰いました!? あ、あ、あなた、このわたくしに向かって何てコトを言いましたの!?」

 

「ただの便所宣言だゴルァッ!! 生理現象だオラァッ!!」

 

「ぴゃっ!? そ、それならさっさとお行きなさいな!! レディに聞こえる様に言うなんて下品にも程がありますわ!」

 

 ごもっとも!

 だが、うんち呼ばわりされるよりゃマシだろがい!

 

「一夏ァッ!!」

 

「な、なんだ!?」

 

 一夏の周りを囲んでいた女子連中がビクッとなる。

 知るか! 

 散れオラ!

 

「連れション行くぞゴラァッ!!」

 

「お、おうよ!」(た、助かったぜ! 何でもかんでも聞いてこられて困ってたんだ、サンキュー旋焚玖!)

 

 

 入学2日目。

 旋焚玖は今日も逞しく生きている。

 

 





話が進まないんだよなぁ、選択肢のせいでよぉ!



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第39話 壁も溝も不要


絶対壁壊すマン、というお話。



 

 

 

「……という訳で、ISにも意識に似たようなものがあります。ですので、ISは道具として扱うのではなく、パートナーとして認識する事が大事なのです」

 

 引き続きISの授業の真っ最中である。

 クラスの女子連中はどうか知らんが、少なくとも俺と一夏はISに関して言えば、知識もそんなに持っていないズブの素人だ。故に山田先生の基礎の基礎からしっかり丁寧に…的な授業の進行具合は普通にありがたい。闇雲にひたすら参考書を読むのと、人から教わるのとじゃ全然違うって事だな。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間が掛かる」

 

「へ?」

 

「予備機がない。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

「専用機……?」

 

 首を傾げる一夏に、千冬さんが眉を潜める。

 バカ、一夏…! 専用機の部分は一緒に勉強したぞ! 俺でも何となく覚えてるわ! っていうか忘れててもそこは覚えてるフリしとけって! 千冬さんとか、バカ正直に首傾げちゃイカン相手だろうが!

 

「……貴様、予習してきた筈だよなァ?」

 

「ひぇっ……え、えっと、えっと…!」(た、助けてくれ旋焚玖! 専用機ってなんだっけ!? 薄らとしか覚えてねぇから説明できねぇよ!)

 

 あのアホアホマン…!

 せめて眼だけ向けろよ! 顔ごと俺の方見てんじゃねぇよ! 思いきり千冬さんもこっち見てきてんじゃねぇか! 

 

「…………………」

 

 いや千冬さん、こっち向いてる一夏越しに俺を見てくるのヤメてもらえません!? 一夏のスタンドみたいで笑いそうになるだろ! 

 

 あーもう、黙ってるって事は伝えていいんだな!?

 

(一言だけなら許可してやる)

 

 ひぇっ……俺の心を読まないでくださいよぅ。

 しかし教えていいのか。千冬さんって厳しいのか甘いのか、よく分からん時があるな。まぁ許可も下りたし、それなら遠慮なく教えてやるとしよう。

 

(なんか凄い奴だけが乗れる凄いヤツだ!)

 

(な、なるほど…! 助かったぜ旋焚玖!)

 

 俺だって全部を覚えてる訳じゃないからアレだけど、だいたいこんな感じで合ってると思う。後はそれを高校生らしい言葉で補えば十分だろ。

 

「なんか凄い奴だけが乗れる凄いヤツだ!」

 

「小学生か!」

 

「へぶっ!?」

 

 完コピしてんじゃねぇよバカ!

 俺への信頼度マックスかお前! 

 

 いやいや、何でそのまま言ってイケると思ったんだお前。そこが聞きたいわ。しかもちょっと胸張って言ったろ。そりゃ千冬さんもドツくわ。

 

「……教科書の6ページを音読しろ、織斑」

 

「は、はい……えっと…『現在世界中にあるIS467機、その全てのコアは篠ノ之博士が作成したもので―――』」

 

 ISの心臓部であるコアってヤツは、篠ノ之の姉ちゃんしか作れないと。んで、全世界でもISは467機しかなくて、各国家やら企業やらにコアが割り振られて、研究などがされているらしい。

 

「本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になったという訳だ。理解できたな?」

 

「な、なんとなく……じゃあ、旋焚玖も専用機が貰えるって事だよな?」

 

「あー…いや…」

 

 一夏の言葉に千冬さんの表情が曇る。

 ハハッ、俺が貰える訳ないんだよなぁ。ちなみにその話はもう千冬さんから聞いているから、別に今更落ち込んだりはしないけどね。

 

 データ収集なら1人で事足りる。

 なら他に需要があるとすれば、企業のアピールがメインになってくるのだが。いわゆるスポンサーって言えばいいのか。

 ただまぁ……なんだ。俺が1ヶ月前に受けたISの試験結果(指をクイクイって動かしたアレ)を踏まえて、ISに携わる全企業が今回は俺へのスポンサー打診を見送ったらしい。

 

 大変賢明な判断であり、先見の明があると言えよう(自虐心)

 

「主車には用意されていない」

 

「な、何でだよ!? ま、まさか…! また寄ってたかって旋焚玖を傷つける気かよ!?」

 

 き、傷ついてねぇし! 

 いやホント全然ヘーキだし。

 ヘコんでねぇし。だって俺強ェもん。

 

 むしろそういう表現されると、意識しちゃって泣きそうになっちゃうからヤメてくれ。いいのかよ? 15歳の男の子が女子校で「うぇぇ~んッ!」って泣いちゃうぞ? ほら泣くぞ? 俺に泣いてほしくなかったら、そういう風には言わないことだな!

 

 

【ここで一夏に泣きついたら念願の黄色い声をゲットだぜ!】

【ここで多くは語るまい。お茶をにごす感じでいこう】

 

 

 そういう黄色い声は求めてねぇよバカ! 俺が欲しいのは「しゅてきぃぃぃッ♥」とか「カッコいぃぃぃんッ♥」とか「しゅきぃぃぃぃッ♥」みたいなキャーキャーなんだよ! 「うほっ♥ いい抱擁ォ…♥」みたいなキャーキャーとか寒気しかしねぇわ!

 

「落ち着け一夏。俺ほどの男(IS適正値:E)になると専用機なんざ不要だ。既に千冬さんにも言ってある」

 

 まさにどっちの意味にも取れる風な言い方だ。どう受け取るかは個人の好きにしてくれ。昨日の夜はISの話をしなかったし、後で一夏と篠ノ之には、ちゃんと俺がIS技量ウンチだって事は言っておこう。

 

「そ、そうなのか? なら良いけどよ」

 

 どうやら納得してくれたようだ。

 まぁアレだ。今の俺が専用機を与えられたところで、何の意味もないからな。まずは人並み程度に動かせるようになって、適正値もCくらいまで上がったら企業も再び名乗り出るらしい。そう政府のおっちゃんが言ってた。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

 女子の1人がおずおずと千冬さんに質問する。話題が切り替わった瞬間である。まぁ、篠ノ之なんて珍しい苗字だし、ここはIS学園だしな。バレない方がおかしいレベルだ。

 

 千冬さんが篠ノ之をチラッと見る。俺は真後ろの席だから、今コイツがどんな表情を浮かべているのかまでは流石に分からない。

 

「はぁ……いずれ分かる事だしな。確かに篠ノ之はアイツの妹だ」

 

 遅いか早いかの違いだし、篠ノ之も偽名を用いていないって事はそういう事なのだろう。どうせ知られるのなら、入学したてのこのタイミングが案外ベストなのかもしれない。

 

「ええええーっ! しゅ、しゅごいぃぃッ!! このクラス有名人の身内が2人も居るよ!」

 

「ねぇねぇっ! 篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

 

「篠ノ之さんも天才だったり!? 今度ISの操縦教えて教えて!」

 

 授業中にもかかわらず、篠ノ之の席にわらわら女子が群がる。篠ノ之の席って事は、つまり俺の席も少なからず巻き込まれる訳で。しかし一夏だけでなく、篠ノ之まで女子にキャーキャー言われている訳で。

 

 それはとっても羨ましいかなぁって。

 俺だけ、なんか疎外感喰らうかなぁって……ん…? 篠ノ之の後ろ姿がプルプル震えている。これは……キレだす予感がプンプンだ…! 

 

 篠ノ之からしたら、あのキチガイうさぎのせいで、人生狂わされちまったと言っても過言じゃないしな。俺が篠ノ之の立場だったら普通にブッコロ案件だわ。

 

 しかしこのまま放っておくと、間違いなく篠ノ之は声を荒げて、クラスに気まずい雰囲気が流れるだろう。もしかしたら腫れ物扱いされてしまうかもしれない。

 

 

【自分も篠ノ之に群がる1人でありたい】

【今の心情を素直にブチ撒ける】

 

 

 キレるツってんだろ! 何で俺まで一緒に群がんの!? バカじゃないの!? そんな事したら篠ノ之に嫌われるだろバカ! 篠ノ之に嫌われるくらいなら俺は【下】を選び……たくないよぉ! 

 

 今の心情ってアレだろぉ!? キャーキャー言われて羨ましいなぁってヤツの事を指してんだろぉ!? 

 嫌だよ言いたくないよ! キモいよ! 絶対キモがられるよ! 怖い上にキモいとか、そんなのダメだよ! もうボッチ商店街の入口まで来ちゃってるから! それ言っちゃったら中へ歓迎されちゃうよぉ!

 

 篠ノ之に嫌われるか、クラスの皆にキモがられるか……これは究極の二択だぜぇ……久々に背筋が凍るぜぇ…………ん…? いや、待てよ…?

 

 

 その時、旋焚玖に電流走る。

 

 

「しゅごいぃぃぃぃッ!!」(野太い声)

 

「「「!!?」」」

 

 篠ノ之がキレるよりも早く、バーンと机を叩き、力強くそう叫ぶ。誰に向かって? 驚いてこっちを見てる、篠ノ之に群がったモブ女共にだよぉッ!! 散れオラッ!! 俺に群がらせろコラァッ!! 

 

 どかねぇってんなら―――ッ!!

 

「しゅごいよなぁぁぁぁぁッ!?」(重低音)

 

「「「 ひぃぃッ!? 」」」

 

 迫り来る謎の威圧感を前にし、蜘蛛の子を散らすように席に駆け戻る少女たち。ごめんよー、ちょっとだけ覇気っちゃったよー(強者の狂言)

 

 呆然とする篠ノ之の肩をポンと叩いて、再び席に座る。はい、俺の群がりこれで完了! キモがられるくらいなら怖がられよう。篠ノ之に嫌われるくらいならもっと怖がられよう! それが俺の判断だ…!

 

「……ほう」(斬新な手で篠ノ之を救ってみせたか。昨日のオルコットの件といい、旋焚玖の優しさは東洋一の神秘だな)

 

「主車……」(わ、私を気遣ってくれたのか…? 旋焚玖が何もしなかったら、私は感情のままに声を荒げていただろう。『あの人は関係ない!』って。きっとそれは私とクラスの間に不和を生じさせるモノだったに違いない。それに気付いて……?)

 

 千冬さんと篠ノ之から、何やら熱い視線を感じる。これはもしや期待してもよろしいのかもしれない。俺の意図に気付いてくれた可能性…!

 

「ンンッ…! 私と篠ノ之博士は確かに姉妹だが、それだけの関係だ。もう何年も会ってないし、ISに関しては私も皆と同じ素人に過ぎない。出来れば、その……私の事はただの一クラスメイトとして…その……接してほしい…」

 

 だんだん篠ノ之の声は小さくなっていった。それでも俺の耳には、はっきり聞こえたぜ。最後まで言い切るのに、篠ノ之も相当な勇気を振り絞った筈だ。

 

 彼女の勇気に報いるにはどうすればいい? あと、俺のさっきのアホ言動を皆の記憶から薄めるにはどうすればいい?

 

 この流れに乗ればいい…!

 先導するのはこの俺だ…!

 

「当たり前だよなぁ? なぁ、一夏よ」

 

「おう! 言われるまでもないぜ!」

 

「なぁ、布仏よ」

 

「モチのロンだよ~」

 

「なぁ、オルコットよ」

 

「わ、わたくしにまで振りますの? まぁ、答えは当然イエスですけれど。優秀な身内が居るから何だと言うのです? そんなコトでわたくしは、接し方をいちいち変えたりしませんわ」

 

 これはイギリスの誇れるエリート。

 やっぱりイギリス人女性って淑女なんだよね。特にオルコットは美人だし気品もあるし、美人だし代表候補生として相応しい人格者だよね。

 

「権威に媚びる下賎な輩など、私のクラスには居ない。そうだろう?」

 

「「「 は、はいッ! 」」」

 

「フッ……では授業の続きだ」

 

 最後は千冬さんが締めて授業が再開された。

 いいとこ持っていくなぁ、千冬さん。まぁいいけど。篠ノ之もクラスとの間に変な壁が出来ないで済んだし。俺のアレも有耶無耶になったと思うし……なってるよな…? なっている! なっているに決まってるんだ!

 

 

 

 

 

 

「安心しましたわ。まさかこのわたくしに、このエルィィィトなわたくしに、よもや訓練機で対戦しようとは思ってなかったでしょうけど」

 

 あれはイギリスの驕れるエルィィィト。

 昼休み、俺の席までやって来る一夏の前にわざわざ立ちはだかって、これまた仰々しく腰に手を当てる昨日からお馴染みのポーズを取ってみせているオルコットさん。

 

 アレかな。

 俺と一夏と接する時だけエルィィィトになるのかな。

 

「まあ? 一応? 勝負は見えていますけど? 見えていますけど? 流石にフェアではありませんものね」

 

「なんでだ?」

 

 なんか一夏にクドクド言ってる。

 そんでもってそれが終わったら、次は俺に絡んでくる未来が容易に見える。意味合いはどうあれ「センヨウキナドフヨウラ!」発言をした俺を、オルコットが放っておく筈がない。

 

 一夏には悪いが先に食堂に逃げておこう。

 

 

【クラスの皆を誘って食堂に行こう!】

【断られまくる未来しか見えないので、少数精鋭で行こう!】

 

 

 うるせぇッ!!

 断られるかどうかなんてまだ分かんないだろ! 意外に俺のことを「まぁ……アリナシで言えばアリかなぁ……」って思ってくれてる子だって居るかもしれないだろ! まぁ選ぶのは【下】だけどね。現実と理想を混同しちゃイカンよ。

 

「篠ノ之、飯行こうぜ」

 

「う、うむ!」

 

「布仏、飯行こうぜ」

 

「いいよ~」

 

「一夏、オルコット、飯行こうぜ」

 

「おう!」

 

「はぁぁぁッ!?」

 

 1組最強のペンタゴンで食堂にイクゾー!

 

 






どうして原作に入ってからの方が展開が遅いんですかねぇ(自問自答)
ロースピード学園バトル(?)ラブコメかな(納得)


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第40話 ぷんぷん


プンプンですわ、というお話。



 

 

 

「おっ、空いてんじゃ~ん!」

 

「こっちも空いてんぞぉ~」

 

 食堂に着いた俺たち最強5人衆は、食券を使って思い思いに昼食セットを買った。そのままちょうど5人分の席が空いてたテーブルへと到着。何ともスムーズに着いてしまったもんだ。昼休みだし、食堂も混んでるかと思いきや……いや、混んでるんだけどね。

 

 ただ、一定の距離を保って俺たちのグループに誰も近付いて来ないのだ。正確に言えば少し違うけどね。何度も言うが、ここは99%女子校である。そんな中に男が2人交じっていれば、どうしても関心がいってしまうのも無理はない。それに一夏は千冬さんの弟だし、なによりイケメンだ。

 

 当然そんな一夏に話しかけようと、それこそ学年問わず女達が近寄っては来るんだ。だが、俺がチラッと見ただけで「ひぃッ」と黄色い悲鳴(メンタル防壁)を上げて引き返していくのだ。ただのチラ見をガンくれと勘違いしないでほすぃ……。

 

 まぁ、そんな感じでテーブルに着けましたとさ。誰も気にする素振りを見せないので、俺も何も言わず焼肉定食が乗ったトレイをテーブルの上に静かに置く。その隣りでオルコットが、ガシャンッと音を立ててトレイを置いた。

 

「びっくりしたぁ……せっしぃ、どうしたの~? プンプンしてるの~?」

 

 オルコットの正面に座る布仏が、のんびりした口調でそう窺う。

 

「当たり前でしょう! まったく……どうしてわたくしが、アナタ達とお食事を共にしなくてはならないんですの……まったく…ブツブツ……」

 

 どうやらオルコットは、布仏が聞いた通りプンプンらしい。

 

 

【本当にプンプンなのか本人の口からちゃんと確かめる】

【触らぬ神に何とやら。ここはスルーするのが吉である】

 

 

 お前それ、オルコットにプンプン言わせたいだけだろ。だが気持ちは分かる。正直、めちゃくちゃ分かる。分かるっていうか分かるぅ↑↑(超分かるの意)

 いやはや、たまに……ホントにたまにだけど、絶妙なところで変にお前と通じ合う時があるよなぁ。

 

「プンプンなのか、オルコット」

 

「そうですわ!」(あなたまで確認する必要などないでしょうに)

 

「そうですわ、じゃなくて。プンプンなのかと聞いている」

 

「な、何ですの? だからさっきからわたくしも、そう言っていますでしょう」(本当になんですの…? この人の言いたい事がさっぱり分かりませんわ)

 

「言ってないだろッ!!」

 

「ぴっ!? んもうッ! いきなり大きな声はビックリするからダメですわ!」

 

 ビックリするからダメなのか。

 それはスマンかった。

 

 だが、俺は聞いてない。

 聞いていないんだよオルコット…!

 

「さぁッ! プンプンなのか! プンプンじゃないのか! ハッキリ言葉に出して言ってもらおうッ! ダービィー!!」

 

「くっ…! あ、あなたというお人は…!」(ば、バカにして! ダービィーって誰ですの! あなたはわたくしが恥ずかしがって『プンプン』と言えないとお思いなのですね!? 『プンプン』くらいなんですの! わたくしは誇り高きイギリスの代表候補生ですわ)

 

「…………………」(プライドの高そうなコイツがプンプンと言えるのか?)

 

「…………………」(プンプンかぁ……素で言えって言われたら結構ハズいかもなぁ)

 

「…………………」(プンプンって響き、可愛いから好き~)

 

 篠ノ之も一夏も布仏も、オルコットが言うのを見守っている。箸に手をつけず見守っている。俺は……腹減ってるし食べようかな。

 

 箸を手に取り、ンまそうなお肉を掴もうとした瞬間。

 

「(ブチッ)プンプンですわぁぁぁッ!!」(わたくしからなに目を切っていますの!? わたくしのプンプンよりお肉ですか!?)

 

「「「!!?」」」

 

「何故か昼食をご一緒している事もプンプンしてますしッ! な・に・よ・りッ! 言い出したアナタがどうしてわたくしよりお肉に興味を注いでいますの!? それが一番プンプンですわぁぁぁッ!!」

 

 お、思った以上にプンプンしてた。

 

「す、すまん、腹が減ってな。あと美味そうだし」

 

「きぃぃぃッ!! あなたって人は…! わたくしのプンプンに感想くらい言ったらどうですの!? それが礼儀ではなくて!?」(わ、わたくしは本当にこういう怒り方をしたかったのでしょうか? でも、せっかく言わされたのですから感想を求めるのは当たり前ですわ! あ、当たり前…ですわよね?)

 

「む……」

 

 感想か……ここで「きゃわいい♥」と素直に心情を吐露してしまえば、待っているのはセクハラ男爵というあだ名である。軽い気持ちで女子に外見的な褒め方をしてはいけない。

 

「見事なプンプンだったと思う。なぁ一夏」

 

「おっ、そうだな。なぁ箒」

 

「む……そうだな。なぁ本音」(わ、私も今度、旋焚玖にプンプンって言ってみようかな……みんなの前では恥ずかしいし、2人きりの時に言ってみよう…! 言え……ないだろなぁ、照れちゃうんだろうなぁ……くぅぅ…)

 

「お見事だよ~」

 

「何ですのその取って付けたような感想は!? あ、あなた達という人は…! またわたくしをそうやって困らせて…! 先程のように!」

 

 先程?

 先程……ああ、アレね? 

 食堂に行く前のアレの事ね。

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁッ!? どうしてわたくしまでご一緒する流れになっていますの!?」

 

 篠ノ之、布仏、一夏と快諾に次ぐ快諾だったが、オルコットだけは流れに身を任せてくれなかった。いや、でもこの流れはオルコットも誘うだろ。逆に誘わない方が気まずい空気になるとは思わんかね。

 

「来ないのか?」

 

「当たり前でしょう! わたくしとアナタは決闘を約していますのよ! 本来なら険悪な状態であるべきなのです! それがどうして仲良くお昼ご飯を食べるのですか! おかしいでしょう!? わたくし、何か間違っていますか!?」

 

 あ、そういや何かそんな感じだったっけ。昨日から休み時間の度に、オルコットに話し掛けていたから(強制)普通にダチ感覚でいたわ。

 

 確かにそうだよな。しっかり思い返してみれば、割とケンカ売られたっけか。まぁでも……もうダチでいいんじゃね? 実際、俺が此処に来てから一番しゃべってんのって一夏と篠ノ之を除いたらオルコットが圧倒的である! これはもうダチである!

 

 けどオルコットが拒否するなら、俺もこれ以上は何も言わんよ。少し寂しい気もするが、他の3人と行こう。

 

 

【「黙ってついてこい」男らしく手を掴んで引っ張っていく】

【オルコットが来ないなら、俺は飯なんていらない】

 

 

 アホの【選択肢】から不屈の闘志を感じる。

 何が何でもオルコットと飯を食わせたいのか。だが【上】はいけない。手を掴むだァ? そんな事したらセクハラで退学待ったなしだぜ。

 

 【下】もなぁ……飯は普通に食べたいよなぁ。だってお腹すくじゃん。まぁ【上】が論外の時点で【下】を選ぶしかないんだけどね。それにまだ希望も残っているさ。

 俺が【下】を言い放つ事で、オルコットの良心はチクチクされるだろう。結果、なんだかんだ付いて来てくれる可能性がある。何より一夏達からの援護射撃が十分に期待できるからな。

 

「オルコットが来ないなら、俺は飯なんていらない」

 

「な、なんですの、それは……ふ、ふんっ! そんなこと知りませんわ! 勝手にすればいいのです!」(そこまでしてわたくしとご飯に行きたがる意味が分かりませんわ! 少し可哀想な気もしますが……それでも、この人のペースに巻き込まれるのはマズい気がします!)

 

 ちっ……良心の呵責作戦は失敗か。

 やはり一夏達の援護が必要らしい。

 

 頼むぜ、刎頸の友よ…!

 

「旋焚玖だけにツラい思いはさせねぇ! それなら俺も飯抜きに付き合うぜ!」

 

「(むっ…! 一夏には負けられん!)わ、私も付き合ってやる!」

 

 いや違うって。違う違う、違うだろ。

 そういう援護は求めてないから。

 っていうか、援護になってないから。

 

 どうして一夏も篠ノ之も飯を食わん方向でいってんの? そこはオルコットを説得する方向にいくんじゃないの? あれ、普通そうだよな? え、俺が間違ってたりする? 実は俺がおかしいの?

 

「ふぇぇぇ~……ご飯食べないとお腹すいちゃうよ~」

 

「うっ…!」

 

 オルコットがたじろいだ!

 そ、そうだ布仏! それだよそれ! そういうのがいいんだよ!

 

「せっしぃも行こうよ~、ちゃんとお昼は食べたいよ~」

 

「~~~~ッ、わ、分かりましたわ、んもう! 行けばいいのでしょう、行けば!」

 

「わーい!」

 

 伏兵布仏のおかげで俺たちの勝ちだ。

 

「やったぜ」(どやぁ)

 

「成し遂げたぜ」(どやぁ)

 

「フッ……私たちの勝利か」(どやぁ)

 

「そこのアホトリオ! アナタ達が勝ち誇った顔しないでくれます!?」(どう見ても、わたくしが行くのは布仏さんの影響でしょう! 何故トンチンカンに終始したアナタ達がドヤ顔していますの!?)

 

 

 

 

 

 

「いいですか! あくまでわたくしは、仕方なくテーブルをご一緒しているだけに過ぎませんわ! 積極的にアナタ達の会話に入るつもりはございませんからね! よろしくて!?」

 

 話し掛けるなオーラを放ちながら、オルコットは食事に手を付ける。

 

 むぅ……これ以上なにか言ったら、またプンプンされちゃいそうだ。ここは大人しくオルコットの意思を尊重した方が良いだろう。一夏たちも「分かった」と頷いてるし。

 

 んじゃあ、一旦オルコットはいないモンだと仮定してだな。俺達まで黙々と飯を食うのも違うし、何か話題話題……。

 

「そういやさあ」

 

 お、どうやら一夏から話題を振ってくれるらしい。いいぜ、一夏。思わずオルコットも参加したくなるような、楽しい会話を繰り広げてやろうぜ。

 

「箒、ISのことを俺と旋焚玖に教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」

 

 いやいや……え? え、その話すんの? おもいっきりオルコットいるのに、その話して大丈夫なのか? 本人的に気まずいんじゃね?  

 

「………むぐむぐ」(主車さんは変人確定ですけれど、織斑さんも割とおかしい人でしたのね。ここでその話題はどう考えても違うと思いますわ。けれどわたくしは空気です、空気に徹するのです)

 

 なんか大丈夫っぽいな、むぐむぐ言ってるし。布仏は…?

 

「うまうま」

 

 うむ、実にンまそうに食いよるわ。

 

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め。と言いたいところだが、気持ちも分かる。主車が侮辱されたのだからな」

 

 あ、篠ノ之さんも気にせず話に乗るんですね。主車って奴を侮辱したまさに張本人がいるけど、そこのところは大丈夫? 何を隠そう主車は俺なんだけどね。俺は大丈夫だけど、やっぱりオルコットが気まずくならないか?

 

「……むぐ…むぐむぐ…」(ぶ、侮辱などわたくしは……むぅ……冷静に振り返ってみますと、悪意あるお言葉だったのかもしれませんわね……)

 

 まだ大丈夫っぽいな、むぐむぐ言ってるし。布仏は…?

 

「うまうま」

 

 うむうむ、見ているこちらまで食欲がそそられるな。

 

「だろ? だからさ、今日の放課後からでも―――」

 

「ねぇ。君って噂のコでしょ?」

 

 なんか来た。

 布仏見てたらなんか来た。

 んで、一夏に話し掛けている。リボンの色が篠ノ之たちと違うところを見ると、同じ1年ではなさそうだ。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」

 

「はい、そうですけど」

 

 流石は女子校。

 昨日の今日で、もう上級生にまで噂が広まってんのか。っていうか、その代表候補生が目の前に座ってんだけど、気付いてないっぽい。え、気付かないモンなの? オルコットって有名なんだろ?

 

 千冬さんも授業で言ってたし。専用機乗りは世界でもかなり数が限られているって。オルコットはその限られた中の1人なんだろ? そんなオルコットを見ても気付かないとか、コイツとんだハーミットモグリじゃねぇか。

 

 気になってオルコットをチラ見してみる。

 

「むぐむぐ…! むぐむぐむぐ…!」(上級生ともあろうお方が、わたくしを知らないですって!? とんだハーミットモグリですわ! プンプンですわ! でも今のわたくしは空気に徹するのです! 激昂しては思う壷ですわ!)

 

 勢いのあるむぐむぐだぁ……これはオルコットさんもプンプンしてますよ、間違いない。

 

「でも君、素人だよね? IS稼働時間いくつくらい?」

 

「いくつって……20分くらいだと思いますけど」

 

 まだまだ甘いな一夏よ。

 俺は検査の時に3時間は稼働させたぜ?(動いたとは言っていない)

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がモノをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く300時間はやってるわよ」

 

 はぇ~……すっごいやってる。

 少なくとも俺の100倍以上って事だもんな。

 

「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて」

 

 ずずいっと一夏に身を寄せていくモグリ先輩。

 あー、これアレか。純粋な厚意じゃないパターンのヤツか。まぁ俺を一切見ようとしない時点でそんな気はしていたが、目的は織斑ブランドとのお近づきってところか。

 

 さぁどうする。

 一夏はそういう下心に気付きにくい性格だし、ここは俺がいっちょ一肌脱いでやるか。適当に嫉妬した振りでもしてギャーギャー言えば、モグリもドン引きして帰っていくだろ。

 

「嫌です」

 

「結構です。私が教える事になっていますので」

 

 NOと言える日本人!?

 いやいやいや、待て待て。嫌ですって、どうした一夏。あと何気に篠ノ之も便乗したし……モグリの下心を読んだのかな?

 

 まさかここまできっぱり断られるとは思っていなかったのだろう。モグリも「うそ~ん」みたいな顔になってるし。あ、キリッとなった。どうやら立ち直ったみたいだ。

 

「どうしてかしら? 君は素人だし、あなたも1年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」

 

 よし、そろそろ俺がカッコ良く引導を渡してやろうか! 今までの沈黙はこの時のための布石よッ!

 

「まだ分かりませんの?」

 

「え?」

 

 へぁ?

 

「あなたは先程から織斑さんばかり。同じ男性起動者の主車さんには一切目もくれず。どうしてそんな輩に教えを請いたいと思うのです? 織斑さんと篠ノ之さんは、彼と親しい間柄なのですよ?」

 

 これはイギリスの輝くエリート!

 じゃねぇよ! なにオイシイとこ持っていってんだ!? お前の沈黙も布石だったのかよ!?

 

「な…!」

 

「はぁ……まったく、3年生ともあろうお人が、ずいぶん幼稚な真似をしますのね。同じ女尊男卑な者として嘆かわしいですわ」

 

 ああ、オルコットも女尊男卑なんだっけ。でも確かにこのモグリとは全然違うなぁ。俺にも一夏にも平等にケンカ売ってくるし。そういう意味では、よっぽど漢っぽくて気持ちがいい奴だ。

 

「あ、あなたねぇ…! さっきから黙って聞いていれば何様のつもりかしら?」

 

 む……オルコットの眼がキラリと光った…?

 

「うふふ、別に? た・だ・の……ええ、ただの織斑さんと主車さんの決闘相手なだけですわ」

 

「な!? そ、それって、代表候補生の……?」

 

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ。以後、お見知りおきを……」(オーホッホッホ! 言ってやりましたわぁ! とても気持ちがいいですわぁ! ずっと耐えていて良かったですわぁッ!!)

 

 お、お馴染みのポーズだ!

 淑女にだけ許されたポーズだ! 

 

 こ、コイツ、ホントはこれが言いたっただけか! それくらい自分を知らない事にプンプンしてたんだな!? なんだよ、もしや俺の事を想って!?とか、ちょっと舞い上がっちまったじゃねぇか!

 

「文句がお有りなら、勝負してもよろしくてよ? ここはIS学園なのですから…!」

 

「あ、あはは……ま、またの機会にしておくわ」

 

 ぴゅ~っと去っていくモグリ先輩。

 グッバイ、モグリ。もう俺たちの前に現れる事はないだろう。

 

「ありがとう、オルコット。私たちじゃあ、あそこまで強く言えなかったと思う」(最悪、姉さんの名前を出す事も考えたが……オルコットのおかげで出さずに済んだな)

 

「ふふん。エリートとして当然の事をしたまでですわ!」(まぁ実際、主車さんに対するあの3年生のあからさまな無視には、少なからず思うところもありましたしね。ほんの少し、本当にちょっぴりだけですけどね!)

 

「へへっ、なんだよ、オルコットさんも旋焚玖が好きなんだな」(ダチ的な意味で)

 

 ま、マジでぇぇぇぇッ!?

 一夏くん、それマジっすか!?

 

「はぁぁぁぁぁッ!? このわたくしが!? こんな人を!? 好きになんてなる訳ないでしょう! ありえませんわ! あぁぁぁるぃえませんわぁぁぁぁッ!!」

 

 2回言うなよぅ。

 舌を巻いて言うなよぅ。

 分かってるよぅ。

 

「一夏」

 

「どうした箒?」

 

「言っていい事と悪い事があるだろ」(これがきっかけで、オルコットが旋焚玖を意識してしまったらどうするんだバカ一夏!!)

 

「え、お、おう……すまん…」

 

 えぇ……何で篠ノ之がキレるの? 上げて落とされた俺がキレるとこじゃね? ああ、アレかな、オルコットの気持ちも考えろよ的なヤツかな?

 

「ねぇねぇ、ちょいす~」

 

「……む?」

 

「さっきから全然しゃべってないよ~? お腹いたいの~?」

 

 腹痛キャラは一夏だけで十分だ。

 布仏もしゃべぇってねぇだろ。なんかずっとニコニコしてたけど。俺は俺で心の中でべしゃり暮らしってるから、別に話さなくても満足なんだよね。

 

「変な人ですわね。急に勢い良く話しだしたり、今みたいにずっと寡黙を保っていたり……」

 

「気にするな」

 

 毎度おなじみ、困った時の気にするな!

 

「はぁ……まぁいいですわ。わたくしはもう食べ終わりましたし、一足先に教室に戻らさせていただきますわ」

 

 そう言って、オルコットが席を立つ。

 

 

【明日は2人で食べようぜ!】

【もういっかいプンプンって言ってくれ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:プンプン言ってくれ!

セシリア:お黙りなさい、変態!

選択肢:やったぜ。



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第41話 箒の勝利宣言


にっこりな幼馴染、というお話。



 

 

 

「3年も武から遠ざかっていれば仕方ないとはいえ……むぅ」

 

「はぁっ…はぁっ……お、俺もここまで…ふぅっ…弱くなってるとは思わなかったよ…」

 

 時間は放課後、場所は剣道場……ではなく、俺の城『ペンション・シュプール』前に広がるプチ鍛錬場(仮)だ。

 

 本当はアリーナでISの練習がしたかったんだが、一夏の専用機はまだ届いていないし、俺は俺でそもそも専用機が無い。アリーナの無限使用の特例は貰ってはいるものの、訓練機の無限使用の許可までは貰えてないのが仇になったか。

 俺が訓練機を好きに使用できるのは、あくまで正規のアリーナ使用時間外って訳だな。放課後に使用するには、学園から貸し出し許可を貰わないとダメなんだと。一応申請しには行ってみたが、既に他の生徒からの予約で埋まっており、早くても2週間後との事だった。

 

 残されているのはIS座学くらいだが、今日はまだ初日である。ISがスポーツの延長線上にあるのなら、身体能力の如何だって幾ばくかは含まれる筈だ。修行漬けの俺はともかく、一夏は中学の3年間ひたすらバイトな日々を過ごしていた。今の自分がどれくらいなのか試してみたいと、篠ノ之と剣道で手合わせする事になった。

 

 ただ、学園の剣道場を利用すると、どうしてもギャラリー満載な未来しか見えない。だが、俺の城前の空き地ならウザったいギャラリーも無しで、思うがままに練習が出来る。ってな訳で俺から一夏と篠ノ之を誘い……まぁ今に至る。篠ノ之の真っすぐな性格上、手加減など出来る筈もなく本気で一夏と試合ったのだが……結果は見ての通りだ、篠ノ之にメコメコにされた一夏が大の字で項垂れている。

 

「くっそぅ、身体がイメージ通りに動いてくれねぇ」

 

 一夏も3年の空白の大きさを実感したらしい。

 人体構造の理不尽さというか何というか。長い年月を掛けないと中々強くなってくれない癖に、弱くなるのはあっという間だもんな。

 

 ただ、一夏は俺から見ても才能の塊だ。柳韻師匠から皆伝を受けた身になった今なら余計にそう思う。きっと一夏なら短期間で強さも取り戻せるさ。

 

 しかし一夏がオルコットと試合うのは来週だ。流石に普通に間に合わん。付け焼き刃で何とかするしかないが、ISがない状態で何をさせればいいのやら。

 オルコットに屍は使うなって千冬さんから言われちまったし。下剤でも飲ませて腹ピーピーにさせんのが一番楽なんだが……それが使えないとなると……ううむ。

 

「一夏の心配をしているようだが……お前にもそんな余裕はないんじゃないのか?」

 

「む……?」

 

 面具を外し、タオルで額の汗を拭いながら篠ノ之が近付いてきた。一夏の息切れ加減を見るに、少し休憩を挟むらしい。

 

「正直に話せ、主車。ISの適性検査……結果は芳しくなかったのではないか?」

 

「……どうしてそう思う?」

 

 少なくとも、あの結果を知っているのは政府の人間と千冬さん、山田先生くらいだ。千冬さん達が篠ノ之に教えるとも思えないし、何より今日の授業であった専用機の話の時にハッタリをカマしたばっかだぞ。

 

「そうだぜ、箒。旋焚玖が言ってたじゃんか。『俺ほどの男になると専用機なんざ不要だ』ってさ」

 

 うむ、一夏は素直に文言通りに受け取ったらしい。つまり『俺のIS技量は凄いから、専用機がなくても大丈夫』といった意味で。っていうか、クラスの全員がそう受け取って当然だと思っていたが……ふむぅ…?

 

「ああ、言ってたな。だが、あの言葉……ハッタリなのだろう?」

 

 うげ、そこまでバレてんのか?

 まさか見破られるとは思ってなかった。マジで何でバレたんだろ。現に俺と一番付き合いの長い一夏でさえ騙せていたのに。

 

「去年の夏……私を黒服たちから助けてくれた事を覚えているか?」

 

 忘れられっかよ。

 思えばあの日から、俺の人生が激闘乱舞に突入したんだからな。

 

「え、何だ、俺の知らない話か?」

 

「そうだな、一夏には話しておこう。実はな……」

 

 篠ノ之があの日の事を一夏にも教える。

 アレだよアレ。俺が篠ノ之の応援に行ったあの日だよ。まだ1年も経ってねぇってのに、随分昔の事に感じちまうわ。あの日を境に、修行の密度もアホみてぇに殺人級に跳ね上がったし、鈴の家には行くわ、そこで年下のママは出来るわ、IS動かしちまうわ、ケンカ三昧の日々を送るわで……やべぇ、俺、まじリア充(げっそり)

 

「……という事があってな。主車が政府の奴らから助けてくれたんだ。私を主車が助けてくれたんだ」

 

「お、おう、何で2回言ったんだ今…? でも、すげぇぜ旋焚玖! 流石だな!」

 

「どうという事はない」

 

 うわははは! 

 そうだろうそうだろう、俺は凄いんだぜ! さぁさぁ我を称えよ! 称えて讃えよ!

 

「黒服の男たちに言い放った主車と、教室での主車の雰囲気が何となくダブって見えてな。もしや、はったりでは……と思ったんだ」

 

 言い放った…?

 何言ったんだっけ、俺。

 

 あー、アレか。

 俺の兄キも姉キも族の頭で~みたいなヤツか。そんなこともあったな。まぁ一夏と篠ノ之にはいずれ明かすつもりだったし、ここで言っちまってもいいか。

 

「よく気付いたな、篠ノ之。お前の言う通り、俺のIS技量は悪い意味でやべぇ。ぶっちゃけ指先だけ何とか動かせるってレベルだ。適性値も『E』らしい」

 

「そうなのか!? だ、大丈夫なのかよ、旋焚玖!? お前もオルコットと試合するんだろ!?」

 

「俺は俺で色々やるさ。まずは自分の事に集中しな。一夏は俺より3日も先にオルコットと闘るんだぜ? しかも俺と違って、お前は観衆ありだ。生半可な気持ちで挑めば、いい笑い者になっちまうぞ」

 

「……それもそうだな。旋焚玖の言う通りだ、今は俺に出来る事をするよ」

 

 俺も今夜からアリーナで練習するつもりだし。まずは歩けるようにならんと。せめて腕の一本は動かせるようにならんと、それこそお話にならねぇってばよ。

 

「しっかし、箒もすげぇよな。旋焚玖のはったりに気付くなんてさ。俺、全然分かんなかったもん」

 

「そ、そうか? うふふ、そうかそうか…」(か、勝った…! 一夏に勝ったぞ! これは私の方がリードしているって事だよな!?)

 

 えぇ……何で篠ノ之ニヤついてんの? 

 まさかたった1度見抜いたくらいで、俺のハッタリを攻略できたとでも? 仮にそう思っているのなら甘いぜ。教室のアレはハッタリ四天王の中でも最弱よ。

 

「ううむ……今の俺に出来る事ってなんだ?」

 

「……ふむ」

 

 自分の専用機がどんなモンかも分からないってなると、戦術のイメージも浮かびようがないか。どんな武器が備わっているのかも分からないんだし、アレコレ勝手に想像したところでなぁ。

 

 せめてオルコットの戦術が分かれば……お? いや、そうだよ、それだ。彼を知り己を知れば百戦殆うからずってな。自分の戦術をイメージ出来なくても、オルコットの戦術を知る事は出来る。そこからイメージも繋げられる可能性が出てくるだろう。

 

「よし、一夏。お前はこのまま篠ノ之と手合わせを続けてろ。まずは実戦感覚を取り戻すんだ。それだって無駄じゃない筈だ」

 

「お、おう! でも旋焚玖はどうするんだ?」

 

「敵情視察」

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、学園寮の前まで到着。学園寮という名の女子寮なだけあって、当然入口前でも女子生徒がちらほら居る。んでもってチラチラorガン見されている。

 

 フッ……もうその視線には慣れたよ(強者の余裕)

 

 しかし困ったな。ついつい初歩的な事忘れちまってた。俺、入ったらダメじゃん。何のためのシュプールだって話になるじゃん。

 だが、ここで一夏たちの元へ戻るのも癪だ。っていうか嫌だ。「敵情視察」(ドヤぁ)とか言って、ソッコー帰ってくるとかギャグすぎんだろ。顔赤くなるわ。

 

 

【ここは学園寮に入るべき。俺には入る理由があるのだ】

【入らずとも此処から呼べば良いだけだ。中島くんのノリでいこう】

 

 

 中島くんって誰?

 

 

「磯野ぉぉぉぉッ!! 野球しよぉぉぉぜぇぇぇぇぇッ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 中島くんだこれぇぇぇぇッ!!

 

「…………………」

 

「「「……………………」」」

 

 オルコットは出て来てくれなかった。

 磯野さんも出て来てくれなかった。

 

 






(速報)IS学園に磯野はいない。


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第42話 ルームメイトとお友達


ドゥドゥドゥペーイが惹き起こしたモノ、というお話。




 

 

 

「……ふぅ。これくらいにしておきましょうか」

 

 今日の授業で習ったところの復習は終わりですわ。

 と言っても、まだ入学してから2日しか経っていないですもの。IS関連は勿論のこと、他の科目も大して進んでいる訳ではありません。復習といってもノートと教科書に目を通すくらいで、まだまだ十分ですわね。

 

 さて、紅茶でも淹れましょうか。

 本日は……そうですわね、アッサムな気分ですわ。

 

「んーっ……いい香りですわ」

 

 自室でのんびり、されど優雅に紅茶のひとときを嗜む。これこそ、まさに淑女の嗜好。このセシリア・オルコットが一日の中で最も癒される時間と言えましょう。しかし優雅なだけでは居られません。

 

 わたくしは淑女であり、エリート。

 そう、エリートなのです! 真のエリートは時間を惜しみ、努力を惜しまぬもの! イギリス本場な紅茶でテンションも上がりましたわ! さっそくアリーナに行ってISの調整をしましょう! 

 

「お、オルコットさん、居る!?」

 

「オルコットさ~ん!」

 

「なんですの、騒々しい」

 

 同居人の相川さんと、もう1人は……確か鷹月さん、でしたか。この2人が忙しなく扉を開けて入ってきましたわ。まったく……どうしてこのわたくしが他生徒とルームシェアをしなくちゃいけないんですの? 学園の規則とはいえプンプンしちゃいますわ。

 

「あのねあのね! 大変なの!」

 

「頼れるのはオルコットさんだけなの!」

 

 どうやらお困りのご様子ですわね。

 頼れるのはわたくしだけ、ときましたか。ふふふ、エルィィィトに相応しいお言葉ですわね! そこまで言われれば仕方ありませんわ、話くらいは聞いて差し上げましょう。

 

「お2人とも、少しは落ち着きなさいな。それで……何がありましたの?」

 

「えっとね、学園寮の前でね、主車くんがね!」

 

 あ、もう嫌な予感しかしませんわ。

 

「磯野さんを野球に誘っているの!」

 

 そして意味不明ですわ。

 磯野さんって誰ですの。

 

「でも磯野さんなんて子は、このIS学園にいなくて…!」

 

「ああ、なるほど。それは主車さんのアレですわね、奇行ですわね」

 

「さ、流石はオルコットさん! 主車くんの意味不明な行動に動じないだなんて!」

 

「ふふん、わたくしはエリートですから」

 

 しかし出会ってまだ2日ですのに、もう主車さんの奇行に慣れてしまっているってどうなのでしょうか。それだけあの男は変人なのですわ、常に変人なのですわ、絶え間なく変人なのですわ!

 

「それでね、オルコットさんに何とかしてほしいなって」

 

「寮の入口付近に居るから、その……みんな主車くんを怖がっちゃって」

 

 なるほど、確かに絵は浮かんできましたわ。

 ですが1つだけ、というか最重要事項が残っていますわ!

 

「それをどうしてわたくしに言ってきますの?」

 

 わたくしでなければならない理由などありませんわ! 邪魔なら邪魔だと言えばよろしいだけでしょうに! それが嫌ならスルーすればよいでしょう! 主車さんは無闇に手を出してくる人ではございませんわ!

 

「え、だって……ねぇ、清香」

 

「うんうん。オルコットさん、主車くんと仲良しじゃん」

 

「はぁぁぁぁッ!? ど、どこをどう見れば、そういう判断になりますの!?」

 

 今日一番のプンプンですわ!

 わたくしが、主車さんと仲良し!? 寝言は寝て言えですわ! 理由を言いなさいな、理由を! 根拠を伴わない言動は狂言にして虚言ッ! あ、今の、とってもカッコいい言葉だった気がしますわ。いつか使いましょう。

 

「えー、だってオルコットさん、休み時間になると主車くんとおしゃべりしてるし」

 

 異議あり! ですわ!

 

「それは主車さんから話し掛けてきますから、仕方なくですわ」

 

「お昼ご飯も一緒に食べてたよね」

 

 うぐっ……そ、それも異議あり! ですわ!

 

「無理やり主車さんが誘ってくるから、仕方なくですわ」

 

「主車くんのあだ名もオルコットさんが付けてたよね。それってもう友達じゃん」

 

 ぐ、ぐぬぬ…!

 それを言われてしまいますと……くっ、わたくしとした事が上手く反論できない…!

 

「まぁまぁお待ちくださいな、お2人とも。別にわたくしがわざわざ出張る必要はないでしょう? 相川さんも鷹月さんも同じクラスメイトなのですから、あなた達が主車さんにお声を掛ければ済むじゃありませんか」

 

「えっ!? あー、いやぁ、そ、それは、まだちょっと…」

 

「あ、あはは……まだ、声を掛けるには勇気が足りないかなぁって…」

 

「はぁ……一体あなた達は主車さんをどういう風に見てますの? あの人は確かに変な人ですが、そこまで怖がる必要もないでしょうに」

 

 むしろわたくしには、アホアホしい振る舞いを、あろうことかIS学園で堂々としてみせる主車さんが新鮮に思えたりしますわ。

 イギリスに居た頃、わたくしの周りの男といえば、とてもつまらない人ばかりでしたもの。下心丸出しで言い寄ってくる者、媚び諂ってくる者など……はぁ、思い出しただけでもため息が出てしまいますわ。

 

「というか、わたくし以外にも居るでしょう? 篠ノ之さんや織斑さんに言えばいいではありませんか」

 

「その2人が見当たらないんだよ~」

 

「では、布仏さんは?」

 

「本音の姿も見えないの」

 

 ふむ……でしたら後は、織斑先生か山田先生に伝えるのがベストでしょうか。むっ……何やら相川さんから意味深な視線を感じますわ…! 

 

「……なんですの相川さん、その眼は。言いたい事があるならハッキリ言いなさいな」

 

「あ、いや、えっと……怒らない?」

 

「ええ、もちろん。わたくしを短気な女性だと勘違いされては困りますわ」

 

 わたくしが厳しく接するのは、あくまで弱々しい男だけですわ。同じ女性には慎ましやかに。それがわたくしのモットーですってよ。

 

「えっとね、そこまで頑なに行きたがらないって事は……オルコットさんも、実は主車くんを怖がってる説! なぁーんちゃって―――」

 

「風穴あけますわよあなたァッ!!」

 

「ひゃっ!? や、やっぱり怒ったぁ! 結構ガチめに怒ったぁ!」

 

 相川さんが慌てて隣りの鷹月さんの背中に隠れる。出てきなさいな、このッ! 言っていい事と悪い事がありましてよ!? 今のは明らかに悪い事ですわ!

 

「お、落ち着いてオルコットさん! 怒らないって言ったでしょ!」

 

「おどきなさい、鷹月さん! わたくしは別に怒っていませんわ!」

 

 怒ってないから隠れてないで出てきないさい! 誰があんな人を怖がるもんですか! 相川さんの今の発言はわたくしへの侮辱! ですがこれからも同じ部屋を共にするパートナーでもありますし、ここはデコピン1発で許して差し上げますわ!

 

「シュッシュッ…! 早く出てきなさい、相川さん。わたくしは何もしませんわ、シュッシュッ…!」

 

「う、嘘だぁ! おもいきりデコピンの素振りしてるじゃん! シュッシュッとか言ってるじゃん! もうシャドーボクシングなノリじゃん!」

 

「ま、まぁまぁ……オルコットさんも清香を許してあげて、ね? ここで怒ったらそれこそ図星だって思われちゃうよ、ね? 一旦、落ち着こ?」

 

「むむむ……」

 

 確かに鷹月さんの言う通りですわね。

 それにわたくしも怒らないと言った手前、ここで簡単に怒るのは淑女として如何なものでしょうか。相川さんも悪気があって言った訳では無さそうですし、ここは寛大な心を持って許してこそエリートですわね。

 

「(何故か言わなきゃいけない気がする…!)なにがむむむだ!」

 

「ちょっ!?」

 

「や、やはりケンカ売ってますのね!? いいですわ、買って差し上げますわ!! おどきなさい、鷹月さんッ!」

 

「うん、どくね。今のは清香が悪い」

 

「そ、そんなぁぁぁ!? せめてデコピンだけでお願い! それ以上したら泣いちゃうよ!?」

 

「オホホホッ! 安心なさいな、1発で仕留めて差し上げますわ! 喰らいなさい、このッ……えいっ!」

 

 

 ぺちんっ

 

 

「あうっ…! 痛ったぁ~…く、ない?」

 

 目を『><』な感じにして、ギュッと瞑って待っていた相川さん。きっと強い衝撃が来ると思っていたのでしょう。どこか拍子抜けといったご様子ですが当然ですわ。

 

「ルームメイトの相川さんに本気で手を上げる訳がないでしょう」

 

 ふふ、相川さんと鷹月さんから尊敬の眼差しを感じますわ! そうですわ、そういう視線こそ、わたくしが求めていたもの! エルィィィトかつエレガントなセシリア・オルコットに相応しいのです!

 

「お、オルコットさん…! いや、オルコットの姉貴!」

 

「誰が姉貴ですか!?」

 

 全然エレガントじゃないですわ!

 

「そうだよ、清香。せめてセシリアの姉貴って呼ばないと失礼だよ」

 

「あ、そっかぁ」

 

「どこに納得する部分がありますの!? ちょっとお待ちなさいな、普通でいいですから、普通に呼び合いましょう」

 

 わたくしの努力もありまして、お二人からは普通にセシリアと呼ばれる事になりました。わたくしも苗字ではなく清香さん、静寐さんと呼ぶ事に。日本の文化は難しいですわね、まったく…!

 

「はぁ……もう怒り疲れましたわ。どうせアリーナに行く予定でしたし、まだ主車さんが居るなら、訳を聞いてみますわ」

 

「やったね!」

 

「成し遂げたね!」

 

 嬉しそうにハイタッチを交わす清香さんと静寐さん。

 それは良いのですが。

 

「……その掛け合いって日本で流行ってますの? 何やら主車さんと織斑さんも、同じような事を言っていたような…」

 

「それ以上いけない」(良心)

 

「え、清香さん?」

 

「そんな事気にしなくていいから」(良心)

 

「な、なんですの、静寐さんまで」

 

 そんな迫真な表情をされては、逆に気になってしまいますわね。まぁそれは今は置いておきましょうか。

 

「では、行ってきますわ。あなた達はどうされますの?」

 

 と言っても、わたくしの目的は主車さんではなくアリーナです。あくまで主車さんの奇行は通過点に過ぎませんわ!

 

「そうだね、まだ怖いけど……よし、セシリアだけに任せるのも気が引けるし、私も付いて行くよ!」

 

「本音も怖い人じゃないって言ってたし……そうだね、私も勇気を出して話し掛けてみようかな」

 

 そこまで意気込む程の人ではありませんのに。ニュースの映像やら噂で、何かと暴力的なイメージが付き纏っているようですが、わたくしから見ればただの変な人ですわ。それ以上でもそれ以下でもありませんわ!

 

 

 

 

 

 

 清香さんと静寐さんと共に、学園寮の入口までやって来た。確かに主車さんが居ますわ。しかも、まるで誰も通さないと言わんばかりの立ち塞ぎっぷり……これは確かに他の生徒が怖がるかもしれませんわね。

 

「ちょっと主車さん」

 

「おぉ…! おぉぉぉッ!」

 

 な、なんですの、そのお喜びようは。

 まぁ、このエリートかつエレガントなわたくしの尊い魅力を前にしてしまうと、殿方であれば嬉しくなってしまうのも仕方ありませんわね。

 

「待ってたぜ、磯野!」

 

「誰が磯野ですか!?」

 

「セシリアまさかの磯野説」

 

「なに言ってますの清香さん!?」

 

 主車旋焚玖…! 

 

 昨日からアナタという人は…!

 そうやってわたくしの心を容易に掻き乱して! いい気になってますのね!? なっていますのでしょう!? いいですわ……そっちがその気でしたら、わたくしにも考えがございましてよ! 

 

「わたくしに会いに来られたと?」

 

「ああ、少し聞きたい事があってな」

 

「……いいでしょう」

 

 で・す・が!

 わたくしが簡単に答えると思ったら大間違いですからね! つまらない質問であれば、そのまま無視して行ってやりますわ!

 

 





セシリアと1組の仲は良好なんだ(*´ω`*)


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第43話 vs.セシリア


思いがけぬ勝負、というお話。



 

 

 

「わたくしに会いに来られたと?」

 

「ああ、少し聞きたい事があってな」

 

 や、やっと身体に自由が戻った。

 しかしオルコットが来てくれて本当に助かった。まさか【磯野呼び】を延々ループさせられるとは思ってなかったわ。それでも寮に侵入して心身的フルボッコにされるより、視線的フルボッコの方がマシだし、俺の選択は間違ってなかった筈である。

 

「……いいでしょう」

 

 それに、だ。

 いちいち磯野呼びに深くツっこんでこないのもありがたい。好奇心よりも効率を選んでくれる。こういうところがオルコットの美点である! 

 

 それに他の生徒とも仲良くなれたみたいだし、俺のドゥドゥドゥペーイはやっぱり無駄じゃなかったんだ…! それが何よりも嬉しいぜ…!(羞恥に耐えた的な意味で)

 

「えっと……し、しつも~ん! あ、私は相川清香! あの、セシリアとは同じ部屋でさ!」

 

 見覚えがある顔だって事は同じクラスだな。

 相川清香……よし、覚えたぜ!

 

 

【誰だてめェ…? まずは名乗れ】

【「オルコットをよろしく頼む」と土下座する】

 

 

 相川清香だよ!

 今まさに名乗ったろ! 脳みそニワトリってんじゃねぇぞコラァッ!! 言っとくけど俺だって普通に友達がほしいんだからな! 変な印象と悪い印象はベツモノなの! ご飯とスイーツくらいベツモノなの! 

 

「オルコットをよろしく頼むぅぅぅ―――ッ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 目の前広がる地面。

 なのにとっても分かるよー、ビックリしているのが分かるよー。でへへ、変な人だと思ってくれて構わんよー、悪人扱いされるよりマシなんだよーう。

 

「ちょっ!? しゅ、主車さん!? 一体なにをなさっているのですか!?」

 

「オルコットも目に焼き付けるがいいッ! これがジャパニーズDO・GE・ZAでいッ!」

 

「こ、これが噂に名高いドゲ……ハッ…!? ま、またそうやって! あなたはわたくしを混乱させるおつもりですわね!? ほら、もう立ちなさいな!」

 

 無理やり腕を引っ張ってオルコットが俺を立たせる。言っている事はよく分からんが、感謝するオルコット…!

 

「あ、あはは……主車くんって、やっぱり変わってるんだね」

 

「そうだね、思ってた人とは違うかも……ちょっと違う意味で怖いけど」

 

「……気にするな」

 

 及第点である!

 身も蓋もないレベルで怖がられるよりも、ドン引きされるよりも、じゃっかん引かれているくらいが良いのである! それ以上求めはしないのである! 俺って超謙虚(メンタル処世術)

 

「それで、何か質問があるのか?」

 

「う、うん! えっとね、主車くんはセシリアに用事があったんだよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあさ、どうして寮に入ってこなかったの?」

 

「それは私も思った。セシリアが磯野さんだとしても、叫ぶよりも早いよね。あ、ちなみに私は鷹月静寐。同じクラスだから、よろしくね主車くん」

 

「一応言っておきますけれど、わたくしは磯野ではありませんからね? そういう意味でスルーしていますからね?」

 

 ふむ……確かに当然の疑問だ。

 しかし、俺はあの【選択肢】が出なくても、学園寮に入りはしなかっただろう。それだけ、あのアンケートが心の楔になってるってこったな。

 寮に住んで欲しくないナンバー1の男が寮に入ったらイカンでしょ。入口に立つくらいは許してくれ。

 

 別に嘘をつく必要もなし。

 虚勢を張る必要もなし。

 

 俺は素直に理由を説明した。

 

「……学園アンケート、ですか…確かにありましたわね」

 

「あ~……あれかぁ、ごめんね、主車くん! 私、反対に丸しちゃった」

 

「わ、私も反対に丸しちゃった。その、ケンカが大好きって噂だったし」

 

「気にするな。俺も気にしていない」

 

「…………………」(……本当にそうでしょうか? その不敵な笑み……それは偽りではなくって…?)

 

 別に今更どうこう言うつもりはない。

 まだ2日目だけど、ペンション・シュプールだって住み心地は悪くないしな。むしろ広くて快適さ。

 それに鷹月の言うように、俺は世間的にはわざわざ声明文でも世界にケンカ売るような危険人物だし。華の女子高生がそんな奴と寮を共にしたいって思う方が不自然だっての。

 

「わたくしは反対に丸しませんでしたわ!」(寮に住めない事を気にしていないですって? 織斑さんは住めて、自分は住めないのに? そんな筈ありませんわ! あなたのそういう大人ぶった態度……何故だか気に入りませんわ!)

 

 それは意外だ。

 自らを女尊男卑だと宣言しているオルコットが、賛成に丸をしたとな?

 

「反対を大反対に書き直して提出しましたもの! オーッホッホッホッホ!!」(さぁ、主車さん…! あなたのそのお顔は偽りでしょう!? 本当は気にしていますのでしょう!? さぁ、表情を曇らせてみなさいな! 無駄な強がりなど剥がして差し上げますわ!)

 

 

【何だとクソアマぁッ!! ブチコロがすぞクルァァァァッ!!】

【素直に泣く。(´;ω;`)な顔で泣く】

 

 

 暴言はよくない。

 というか、ここでキレたら図星なのがバレちゃうじゃないか! それは嫌だ。なら泣いてやる! 泣いて泣いて最後に笑うのは俺だ! 

 

 魅せてやるぜ、オルコット…! 

 これが俺の実力だッ!!

 

「(´;ω;`)」

 

「はぁッ!? ちょっ、ちょ、ちょ、主車さん!?」

 

「(´;ω;`)」

 

「うわっ!? 泣ーかした、泣ーかした!」

 

「何て事を言うのセシリア! 今のは普通にダメでしょ!?」

 

「えぇぇぇッ!? だ、だって、そんな、こんな感じになるとは思いもしませんでしたもの!」

 

「何言ってんのさ! 流石に私もさっきのはどうかと思うよ!」

 

「(´;ω;`)」

 

「うっ……ううぅ…!」(た、確かにこんな反応は、わたくしの見たかったモノではありませんわ! わたくしはただ、主車さんがアワアワするところが見たいと思っただけで、泣かせるつもりなどなかったのですから! 言葉の刃で心を傷つける……そんなの淑女じゃありませんわ!)

 

「す、すみません、主車さん! 今のは、その、冗談! そう、冗談ですわ! わたくしも普通に反対に丸しただけですから!」

 

「……フッ…なんてな」

 

 俺の……勝ちだ…!

 誰に? 決まってるだろ、アホの選択肢にじゃい!

 

「なっ……!? あ、あなた…! あなた、その笑みは……まさか…!」 

 

「涙は女だけの専売特許か? 誰がそう決めた?」

 

「きぃぃぃぃッ!! あなたって人は! またわたくしを弄びましたのね!?」

 

「どう捉えてもらっても構わん。だが、そろそろ俺も本題に入らせてもらおう」

 

 や~~~っと、当初の目的を果たせるか。

 たった一言オルコットに質問するだけなのに、何でこんなに時間が掛かるのか……コレガワカラナイ。いや分かってるけど。だいたいアホのせいだし。

 

 さて、気持ちを切り替えよう。後はどういう風に聞くか、だな。俺が知りたいのはオルコットの戦術だし、シンプルに近距離型か遠距離型か~?みたいな感じで聞いてみるか?

 だが、少しあからさまな気もする。どんな武器を使っているのか聞いて、そこから想像に任せた方が良いか?

 

 ううむ……変にトンチ利かして、そんなに使っていない武器を教えられても厄介だ。ここはド直球勝負。素直に戦術を聞こう。

 

「オルコット、お前のISはどんな戦術が得意なんだ?」

 

「……言いたくありませんわ(プイッ)」

 

 ぐっ……コイツ、明らかに機嫌が悪くなってやがる…! 顔をプイッてしやがった。心なしか『プイッ』って声まで聞こえた気さえしたぞ。

 でも今更謝るのも違うだろ、そもそも何て謝るんだよ。嘘泣きしてごめんってか? 嘘じゃないもん、涙は流したもん。じゃあ、えっと……涙は流したけど、悲しみで流さず、オルコットを騙す為に涙を流してごめん……って長いわ!

 

 そもそも俺が謝るのって根本的におかしくね? オルコットが先に挑発してきたんだし、俺はそれに乗った形じゃねぇか。むしろナイスなカウンターだって褒められてもおかしくね? 少なくとも千冬さんと師匠なら褒めてくれるな、間違いない。

 

 

【言わねぇなら吐かせればいい。指の1、2本折ればいいだろ】

【ここは簡単な勝負で決めるべきである】

 

 

 怖いよ!

 唐突すぎるリョナ嗜好とかマジでビビるからヤメろ!

 

「なら、俺と簡単な勝負しないか?」

 

「勝負…ですって?」

 

 お、食いついた。

 流石はエリートを自負しているだけあって、負けん気も人一倍だな。勝負と言われれば無視できねぇらしい。

 

「俺が勝ったら教えてくれ。負けたらそのまま退散するよ」

 

「……いいでしょう。望むところですわ…! して、勝負内容は?」

 

「そうだな、俺も……それに見たところオルコットも用事を控えている身だろうし、時間が掛からん簡単なモンがいいな」

 

 さて、なにかあるかな。

 適当に勝負するつもりはない。オルコットの戦術を聞き出すために来てるんだし、当然俺は勝ちに行くつもりだが……変に俺から提案して、アレコレ言われるのも避けたい。ここはオルコットに提案させるか?

 

「じゃあさ、じゃあさ! じゃんけんでいいんじゃない?」

 

 提案者はオルコットではなく相川だった。

 ふむ、悪くない。だが、一つ問題があったりする。

 

「オルコットはじゃんけんを知っているか?」

 

「ば、バカにしないでくださいまし! イギリスでもありますわ!」

 

 問題はオルコットが知っている事ではない。

 俺が普通にじゃんけんに臨めば、100%勝ってしまうってところにある。だって指の動きが視えるもん(ドヤぁ)

 

 ただ、それは如何なものか。

 それにオルコットの様子を見る限り……。

 

「いいでしょう。わたくしは運もエリートである事をお見せして差し上げますわ!」

 

 やっぱ運勝負である事を信じて疑っていないな。

 さて、どうしよう。目を瞑ってオルコットと同じ立場で臨むか、普通に視て勝ちを掻っ攫うか。

 

【視えるのは後天的鍛錬によるモノである。何を引け目に感じる事がある?】

【これは運勝負では無し。駆け引き(アドリブ)の妙をお魅せしよう…!】

 

 ほう……これは中々良い選択肢、というよりも後押し系だな。何も出てこなかったら、多分なんだかんだで【下】に近い事をやってただろうし。

 良い機会だ。俺って男が実は頭脳派だって事をオルコットに刻んでやるのも一興。主車旋焚玖の神算、とくと御覧じよッ!

 

「……用意はいいか?」

 

「いつでもよろしくてよ?」

 

 フッ……音頭は俺が取れと?

 既にそこは俺の術中だ、喰らえオルコットッ!

 

「さーいしょは―――ッ!!」

 

「!?」

 

 同時に手を出す。

 

 セシリア……『グー』

 旋焚玖………『パー』

 

「やったぁぁぁッ! 俺の勝ちだぁぁぁッ!」

 

「お、お待ちなさいッ! い、今のは無しですわ!」

 

「何故だ?」

 

「何故って……だって、あなた『最初は』って言ったではありませんか!」

 

 ああ、言った。

 確かに言った。

 

 だが、それのどこに問題があると言うのかね?

 

「『最初は』しか言ってない。『最初はグー』と言って俺が『パー』を出したのなら非難も受け入れよう。が、俺は言ってない、『グー』まで言ってないんだよオルコット…!」

 

「ぐっ、ぐぬぬ…! で、ですが、『最初は』って言われたら、まずは『グー』を出し合うと思うではありませんか!」

 

「ほう、それがイギリス式か」

 

「『日本と仲良くなろう大辞典』に載っていたモノですわよ!」

 

 え、なにそれは。

 うさん臭さマックスなんだけど。

 え、そんな辞典があるの? 書店で売ってんの? 数ある本の中からわざわざこれを手に取って「ああ^~ずっとこれが欲しかったのですわぁ♥」って頬ずりして買ったの?

 

「日本国外籍の代表候補生、そして専用機持ちは必然的に『日本』と関わり合う事が多くなりますからね。限られた立場の留学生は事前に渡され、必読とされているのですわ」

 

 チッ、自分で買いに行った訳じゃねぇのか。

 

「なら、仕切り直しだ」

 

「ええ、仕切り直しですわ。ただし、もうあなたに音頭は任せられません。わたくしが仕切らせていただきますわ!」

 

 まぁしゃーない。

 切り替えていこう。

 

 

【油断するな、オルコットがどんな音頭を奏でるか聞いておく必要がある】

【音頭の前に「来週もまた観てくださいね」という台詞を付け足してもらう】

 

 

 お前それサザエさんじゃねぇか!

 磯野に寄せていくのやめろコラァッ!! サブリミナルでも狙ってんのかコラァッ!! 美人と話してんのにカツオの顔がダブッて見えてくるとか何の嫌がらせだコラァッ!!

 

「……どんな音頭でいくつもりだ?」

 

「む……そうですわね、普通でいいでしょう。『じゃんけん、ほい』でよろしいでしょう?」

 

 

【「じゃんけん、ぽんっ」でいこう】

【「じゃんけん、ぽいっ」でいこう】

 

 

 謎のこだわりやめろ。

 と、言いたいところだが……まぁ、分かる。オルコットの奏でる『ぽんっ』も『ぽいっ』も可愛いに決まっているからな。まさに約束された勝利。どちらを選んだところで、俺の穢れた心は癒されるが……あえて言うなら『ぽいっ』だな。

 

 『ぽんっ』は昼休みに堪能した『ぷんぷん』なる発音に近いモノがある。正直、あまり新鮮な感動は味わえないだろう。故に俺は【下】を選ぶのだ!

 

「『じゃんけん、ぽいっ』でいこう」

 

「そうですか? なら、そうしましょう」

 

 

【一度、リハーサルしておいた方が良くないか?】

【一回だけ『ぽい~』って言ってみてくれ。出来れば甘えた感じで言ってくれ】

 

 

 流石に自重しろや!

 【下】は普通にダメだって、アウトだって! 超キモい余裕でキモい! 承諾してくれるほど、まだ好感度も上がってないし! 【上】だ【上】。そっちなら俺もフォローできる。

 

「一度、リハーサルしておいた方が良くないか?」

 

「はぁ? リハーサルも何も、普通に言うだけでしょう?」

 

「『じゃんけん』と『ぽいっ』の間隔がどれくらいか知っておきたい。それほど、俺はこの勝負に懸けてんだ」

 

「むぅ……それは確かに一理ありますわね」

 

 万里ない。

 オルコットが素直な良い子で助かるぅ↑↑(超助かるの意)

 

「では……ンンッ……じゃんけん…ぽいっ!」

 

 可愛い。

 

 

【相川に感想を聞いてみる】

【鷹月に感想を聞いてみる】

 

 

 お前マジでふざけんな!

 どうしたお前マジで! 何がお前をそうさせてんの!? ここ、そんなに引っ張るところじゃないだろ!? さっさと勝負させろよ! 普通に俺、はやく済ませて一夏たちと練習したいんだけど!? 何でじゃんけんでそんなに引っ張んの!?

 

「……相川」

 

「な、なにかな?」

 

 ほら見ろ、急に振られてビクッてしてるじゃん! まだまだ壁があるんだって! このタイミングで声掛けても良い仲になってないんだって!

 

「オルコットのじゃんけん音頭……感想を言ってくれ」

 

「へ!? え、えっと……そうだね、えっと……うん、そうだね………えっと……そうだね」

 

 俺もソーナノ(意味不明)

 

「よし、闘るぞオルコット!」

 

「は、はいですわ!」(清香さんへのアレは何だったのでしょう……ハッ…いけませんわ、セシリア…! きっと先程の問いかけも主車さんの策…! わたくしの精神を乱す策に違いありませんわ! 集中なさい、セシリア・オルコット!)

 

「奏でるがいい、凄絶にな!」

 

「(な、何ですのそのカッコいい台詞は!? くっ、惑わされてはいけません!)じゃんけん…ぽいっ!」

 

 セシリア……『グー』

 旋焚玖………『チョキ』

 

「や、やりましたわ! わたくしの勝ちで―――」

 

 目先の形に囚われる事勿れ。

 勝負はここからだ、オルコット…!

 

 旋焚玖の『鋏み』がセシリアの『岩』に襲い掛かる。

 

「え、ちょっ、何をしますの!?」

 

 セシリアの最大の失敗は、旋焚玖に抗議を唱えてしまい、己の手を引っ込めなかった事である。そんな隙を見逃す筈も無し。セシリアの『岩』は旋焚玖の『鋏み』に悠々と挟まれてしまった。

 

「3秒耐えてみせろ。そしたらお前の勝ちだ」

 

「はぁぁぁッ!? そ、そんなルール知りま「学べ代表候補生…! これが日本に伝わる本当のじゃんけんだ…!」な、なんですって…!?」

 

 かかったな良い子が!

 

 3秒あれば十分…! 万力が込められた人差し指と中指で、オルコットの『岩』つまり『グー』を無理やり『パー』へと開かせる。

 

「んにっ!? に゛、に゛、に゛、に゛ぃぃぃ~~~ッ……あ、ダメっ、開いちゃうぅッ!」

 

 言い方ァ!!

 なんかエロいなコラァッ!! 俺にそういう攻撃はメチャ効くぞコラァッ!! だが時既に遅しだクソがぁッ!!

 

 セシリア……『パー』

 旋焚玖………『チョキ』

 

「やったぁぁぁッ! 今度こそ俺の勝ちだぁぁぁッ!」

 

「い、異議ありですわ! そういうルールなら最初からそう言うべきですわ! あなたはそれを怠りました! なのに土壇場になってそんな事を言うなんて、不公平としか思えませんわ!」

 

 これは熱い正論。

 正論で来られたら勝てないって、それ一番言われてるから。

 

「なら、仕切り直しだ」

 

「ええ、仕切り直しですわ。今度こそ、正々堂々な勝負を期待していますわよ…! 清香さん、静寐さん、音頭をお願いしますわ!」(喰らいなさい、今度はわたくしの番ですわよ!)

 

 正々堂々、出し抜いてやるか?

 

「「 じゃ~んけ~ん 」」

 

 いや、よそう。

 たまには運に身を任せてみるのもアリかもしれない。

 

「「 ぽいっ! 」」

 

 オルコットの腕から下を視界に収めないようにして手を出した。

 

 旋焚玖………『パー』

 セシリア……『フレミング』

 

「……なんだ、それは?」

 

「グー・チョキ・パーに勝つ、最強の手ですわ!」

 

 オルコットの差し出した手は、小指と薬指が折りたたまれ、中指と人差し指と親指を広げた状態になっている。確かに一見、グーにもチョキにもパーにも見える。

 

「あ、うん、そうか…」

 

 あ、やべ、つい素になっちまった…!

 ま、まだ立て直せるか?

 

「え、ええ、そうなのですわ…」(あ、あれ……? もしかして、わたくし……やってしまったパターンでしょうか…?)

 

「そうか……そうだな、すごい手だな」

 

 ああ、もうダメだ。

 こっからテンション上げても不自然すぎる。俺の判断ミスだなこれは。躊躇わずにソッコーでテンション爆上げすべきだった。

 

「ええ……そうですわね、すごいですわね」(うぅ……なにやら気まずいですわね…)

 

 「それって1人あいこな状態じゃね?」とか、ツっこむのも億劫になるくらい気まずいんですけど。何とも言えん空気、こういう微妙な空気感こそ耐え難いんですけど。相川と鷹月はあらぬ方向を向いてるし……いい勘してやがる。

 

「あーっと……俺の負けだな」

 

「あ、ハイ……わたくしの勝ちですわね」

 

「えっと……あ、俺、そろそろ塾の時間だし、行かなきゃ」

 

「そ、そうですか? では、引き止めるのも悪いですわね」

 

「あっと……ばいばい」

 

「え? あ、ハイ。えっと…ばいばい、ですわ」

 

 すまぬ、一夏。

 俺、オルコットに勝てなかったよ。

 

 






熱い勝負だった(満足)



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第44話 結果の報告


報告の結果、というお話。



 

 

 

「ぬわぁぁぁん! ぜんぜん勝てねぇよぉぉぉん!」

 

 どうやら俺が居ない間も、しっかり篠ノ之と練習していたようだ。シュプールに近づくにつれて、一夏のアホな泣き言が聞こえてくる。フッ……お前のそのアホっぷりが、負けた俺の心を癒してくれるぜ。

 

「ぐぬぬ……箒さん、ちょっと強くなりすぎてませんかね? この負けっぷりは俺が弱くなっただけじゃないと思うんだが……あ、旋焚玖! おかえり!」

 

「主車……帰ったか」

 

「ああ、ただいま」

 

 遠目から見ていたが、確かに一夏の言う通り篠ノ之のキレが増しているように思える。去年の夏からここまで伸びてくるか。『剣を振るのが楽しい』と言ってたが、どうやらそれは本当らしい。気持ちだけで一気に成長してみせるとか……しゅごい才能だぁ(羨望)

 

「主車も帰ってきたし、休憩しよう一夏。それで、敵情視察とやらは上手くいったのか?」

 

 敵情視察。

 戦術を調べてくるとは言ってない(予防線)

 

 だが、しっかり報告だけはしておこう。

 

「ああ。オルコットはルームメイトとも良い関係を築けていたぞ」

 

「へぇ~、確かにルームメイトとは学校以外で一緒に居る事が多くなるだろうし、早めに仲良くなっておく方がいいよな! なぁ、箒!」

 

「え、あ、ああ、そうだな……え?」(な、何かおかしくないか? その情報って要るのだろうか。でも一夏もツっこまないし……むぅ…?)

 

 篠ノ之がポカンとしてる。

 安心しろ、お前のその反応は正常だ。

 

 でも続けちゃう。

 報告しねぇと俺は何の為にあんな時間を過ごしたか分かんねぇからな。すまねぇが、もう少しだけ付き合ってもらうぜ。

 

「しかも更に、クラスメイトの1人とも友達になれたらしい」

 

「それはすごいな! 俺たちも早くクラスメイトと打ち解けないとな! なぁ、箒!」

 

「う、うむ…? そうだな、私も努力しよう……いや、えぇ…?」(何かがおかしい……だが、楽しそうに話してるし……むぅ…)

 

「ああ、あとオルコットはフレミングの使い手だ」

 

「ふ、フレミングの使い手!?」

 

「それがオルコットの武器か」(IS的な意味で)

 

「ああ、オルコットの武器だ」(じゃんけん的な意味で)

 

「どんな武器なんだ?」

 

「こんな武器だ」

 

 一夏たちに分かりやすいよう、オルコット直伝フレミングを披露する。グーにもチョキにもパーにも勝てる最強の手だ。

 

「……その手をいつ使うんだ?」

 

「じゃんけんで使うんだ」

 

「……そろそろ、私だって怒るぞ?」(好きな男だからって甘々な私じゃないぞ! メリハリを大切にしたいんだ!)

 

「ごめんなさい。ISについては分かりませんでした」

 

 以上が報告になります。

 最後まで付き合わせて申し訳ございませんでした。でも篠ノ之さんが完全にピキる前に言えて良かったです。

 

 

【怒ってみろよ。あァん? 怒ってみろよォッ!!】

【一体どんな怒り方をするのだ?】

 

 

 いやもう謝ったじゃん!

 

 もう俺謝ったから、頭下げて謝ったから! お前ワンテンポ遅いって! もう次の話に進む感じだっただろ! せめて一つ手前で出せよ! 俺が謝る前に出すだろ普通! 何年この仕事やってんだお前!

 

 なぁオイ見ろって。

 謝ってさ、篠ノ之に頭下げてさ? 顔上げた瞬間【上】の台詞言うとか、もうやべぇだろ。完全にキチってるじゃねぇか。【下】も意味不明だし。怒り方を聞いてどうすんの? じゃんけんの時も思ったけど、そんなに掘り下げるところじゃないって絶対。

 

「……一体どんな怒り方をするのだ?」

 

「は? な、何を急に……ハッ…!」(こ、これはもしや……試されている…!? 確かに布石はあった…! 食堂でのあの一件…! わ、私もアレを言えるかどうか……そういう事なんだな!? いや待てよ……あっ、あぁぁッ! そ、そうか! 全てを今、私は理解した! 旋焚玖が長々とISに関係ない話をしていたのは、最初から私を怒らせる為だったんだ! 私に例のアレを言わせる為だったんだ! つまり旋焚玖はそれほど私に言って欲しいんだ!)

 

 そこで篠ノ之がハッとなった理由がまるで分からない。俺の台詞に深い意味なんてないですよ、種も仕掛けもございません。

 

「……すぅぅ……ふぅぅぅ……」(い、言ってやる…! 言ってやるぞ。女は度胸…! 引くべきところでは引き、攻めるべきところでは攻める。今は攻める時なんだ…! それなのに恥ずかしい気持ちが消えてくれないッ……せ、せめて…!)

 

 どうして篠ノ之さんは、さっきから精神統一をしているのでしょうか。それは彼女が今なお握って放さない愛刀で、俺を殺る為だと思うんですが(迷推理)

 謝っておいて、その返し刀で怒り方を改めて聞くとか、挑発以外の何モンでもないよね。ああ……篠ノ之がキレる理由も説明がついてしまった(迷推理?)

 

「一夏ァッ!!」

 

「うわビックリした!? ど、どうした箒!?」

 

「耳を塞いで後ろを向け!」

 

「はぁ? なんでだよ、理由を言ってくれなきゃ俺だって」

 

「何も聞かずに頼む一夏! 一生のお願いだ!」

 

「一生のお願いなら仕方ないな!」

 

 篠ノ之の言葉に何の疑問も持たない一夏くん、お耳を塞いでクルリンパ!……いよいよやべぇ。

 

 何故篠ノ之は一夏に懇願してみせた?

 決まっている。

 犯行を目撃されたくないからだろぉ!!(名推理)

 

「ふぅぅぅ……そこを動くなよ、主車…!」

 

 ひっ……木刀片手にジリジリと篠ノ之がにじり寄ってくる…! このまま不動でいいのか、俺…!?

 

 

【いい訳がない。先手を打つに限る】

【逆上されると厄介だ。落ち着いてカウンターを狙おう】

 

 

 どっちがいいんだ!?

 わ、分からねぇ…! 殺られる前に殺るのが鉄則とはいえ、下手に俺から動くのもマズい気がする。ここは【下】だ!

 

「……来るなら来い」

 

「ああ、言ってやるとも…!」

 

 俺と篠ノ之の距離がほぼゼロになる。

 いや近くね!? そんな距離でエモノ振れねぇだ…あ、ちょっ、なに!? 何で耳元に顔寄せてきてんの!?

 

「わ、私だって怒ったら……プンプンしちゃうんだからな? だからその……えっと…プンプンしちゃうぞ? 私だってプンプンできるんだからな」(ささやきー)

 

「…………なるほどな」

 

 篠ノ之の意図が全然分かんねぇぇぇぇッ!! 

 

 何アピールだお前!? 

 プンプンできるってなんだ!? それを受けて俺はなんて応えりゃいいんだよ!? よく分かんねぇけど、多分それって耳元で囁いたらダメなヤツだって! そもそも俺は囁かれただけでも勘違うぞぉ! しかも一夏に聞かせず俺にだけ言うとか、もうコイツ俺のこと好きだろ! 違うの!? 違うかったらお前もうビッチな! 好きでもない男にそんな事を囁いてはいけない!(超戒め)

 

 

【うるせぇビッチ(カウンター)】

【可愛い(カウンター)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「可愛い」

 

「ほ、本当か!?」(や、やったぁ! 旋焚玖が私の事を可愛いって…! これって、期待してもいいのか!?)

 

 

【うそです】

【本当かなぁ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「本当かなぁ」

 

「な、何で曖昧な感じなんだ!?」(ぐっ……がっつきすぎか!? いやでも、気になるじゃないか! いやでも……ここはお淑やかに引いた方が…? くぅぅぅ……!)

 

 

【一夏の方が可愛い!】

【オルコットの方が可愛い!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 ってオイ!! 調子コイてんじゃねぇぞオイ!! 度が過ぎてんぞコラァッ!! 俺がいつまでもあ゛ーあ゛ーで済ますと思ってんじゃねぇぞ! 流石にツっこむわ! ツっこんでも意味ないけどツっこませろクソバカ!

 

 ここでオルコットの名前出すとか普通に無しだろバカ! ガチっぽくなっちまうだろバカ! そんな根性ないわバカ! 

 

 まぁでも、一夏の名を出しゃ冗談に捉えてくれんだろ(鼻ホジー)

 

「一夏の方が可愛い!」

 

「は?」

 

「あ、いや……え…?」

 

「は?」

 

「えっと……え…あれ……?」

 

「は?」

 

 ちょーこわい。

 

 そんなにキレられるとは正直思ってなかった。美人に迫られてるのに全然ドキドキしない。心臓バクバクしてる。このバクバク要因にトキメキは一切含まれていません。というか、このままじゃホントに撲殺される未来を迎えてしまう可能性すら出てきた。

 

 そ、それだけは回避だ! 

 面舵いっぱいだ!

 

 素面で言うのは抵抗あるが、ええい、言っちまえ!

 

「冗談だ。篠ノ之の方が可愛い」(精一杯のキメ顔)

 

 フツメンなりに頑張ってみました。

 顔の筋肉を総動員すれば俺だって55点くらいの顔にはなると思います。だからキモいと蔑まないでね。

 

「ほ、本当か? 一夏よりもか?」

 

「一夏よりもだ」

 

「そ、そうか! そうかぁ…!」

 

 何故そこでガッツポーズなのか。一夏と比較したらIS学園の全生徒が可愛いと思うんですが、性別的な意味で。だが妙に嬉しそうだし、このまま触れないでおこう。

 

「もーいーかいっ?」

 

 律儀にずっと耳を塞いで、背を向けている一夏からのもーいーかいコールだ。

 

 

【まーだだよっ】

【もーいいよっ】

 

 

 うるせぇバカ!

 一夏の真似してんなバカ! 

 お前が言っても可愛くねぇんだよバカ! 

 

 

 

 

 

 

「一つ思ったんだけどさ」

 

「どうした?」

 

 報告も一通り終わって、今度は俺と手合わせするか、みたいな話になってたんだが、途中で一夏が何かを思いついたらしい。

 

「オルコットさんの試合の映像とかって観れたりしないのかなってさ。ほら、俺の家でもネットでISの試合観ただろ?」

 

 それは完全に盲点だった。

 専用機持ちの代表候補生なら、試合をしていてもおかしくない。むしろ宣伝的な意味で、イギリスが公式でアップしている可能性だって十分考えられる。

 

 やっとまともな対策に移れそうだ。

 





ああ、やっと……ISメインな話が出来るんやなって(現44話)


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第45話 傾向と対策


敵を知るには何とやら、というお話。



 

 

 

「これで見えるか?」

 

「ああ」

 

「大丈夫だ」

 

 一夏と篠ノ之にも見えるよう、テーブルの上にノートパソコンを置く。このパソコンはシュプールに元から備え付けられているモンだが……これはいただけない。いずれ俺のパソコンを持って来なきゃならんな(オカズ的な意味で)

 

 オルコットの試合の映像……探すとすれば世界的に有名なサイトが有効だな。世界で一番利用されてる動画サイトって言えば『あなたちゅ~ぶ』だろう。一夏の家でISの試合を観たのもこのサイトを利用してだった。

 

「えーっと……セシリア、オルコット…と。これでヒットするか?」

 

 オルコットの名前をタタタターンと打ち込む。テンポ良いタイピング音って何か好き……お、一番上にイギリス公式チャンネルが出てきた。さっそくページを開いてみると『イギリス代表候補生 模擬戦』なタイトルの動画を発見した。

 

「お、これじゃないか旋焚玖!?」

 

「ふむ……案外、容易に見つかるモノなんだな」

 

 俺も一夏も篠ノ之もISに疎いから、こういう考えに至らなかったってだけで、別に驚く事でもないのかもしれない。

 よくよく考えればISツったら、世界で最も熱く有名なスポーツだもんな。同じスポーツ枠にあるサッカーやら野球やらの映像がバンバン上がってて、ISの映像が無い訳がないってな。

 

 

【本当にこの動画を開いていいのか? ここはじっくり考えた方が得策だ】

【観る前にコーラとポップコーンを用意しよう!】

 

 

 いや開けよ。

 ワンクリックで済むじゃねぇか。ここで吟味する意味が1ミリ足りとも分かんねぇよ。

 

 アレだな。

 これは思いつき系選択肢ってヤツだな。特にあってもなくても展開に困らんヤツだ。いやまぁ、ぶっちゃけこういう選択肢は結構好きだったりするけど(デレ期)

 

「その前に……コーラとポップコーンだな」

 

「……どういう事だ、主車。お前、まさか映画気分で観るつもりか?」

 

 あらやだ、篠ノ之さんがちょっとムッとしてる。プチおこ、プチぷんってヤツだな。真面目な篠ノ之からしたら、いい加減だと思われても仕方ないわな。

 

 だぁが、俺を誰だと思っている。口八丁で今まで生き抜いてきた男だぜ? 既に切り抜ける論策は出来ておるわ!

 

「今から気を張り詰めてどうする? 闘う前に疲れちまうだけだ」

 

「む……」

 

「ふーん……そういうモンなんか?」

 

「そういうモンさ。張り詰めた空気を纏うのは、オルコットとの試合だけでいい」

 

 どやぁ……すげぇそれっぽい事言ってるぜぇ? 思わず納得しちゃうだろ? 何よりこの俺が言ってんだぜ? 俺はどういう男だ? 

 普段の奇行っぷりでつい忘れられがちだが、俺クソ強ェから。みんなも忘れないでくれよな、マジで。

 

「ふむ……なるほど。私をいとも簡単に負かしてみせた主車が言うくらいだからな。きっとそうなのだろう」

 

 信頼と実績による相乗効果。

 やっぱ強ェって正義だわ。

 

 と、いう訳で。

 

「一夏ァッ!!」

 

「お、おう!?」

 

「冷蔵庫に入ったコーラは俺が取ってくる。一夏はこの部屋のどこかにあるポップコーンを持ってこい」

 

「分かったぜ!」

 

「???」(いや、どこかって……でも一夏は当たり前のように頷いている。それなら私もツっこむ訳にはいかん)

 

「かねてから隠しておいたポップコーンを持ってこい」

 

「?????」(いや隠す必要ないだろ! なんだその言い回しは!? ポップコーンを隠してどうするというのだ!? カロリー気にする女子か! さ、流石の一夏もこれには―――)

 

「おう!」

 

「!?」(えぇぇぇ……小気味よい返事…だと…? くっ……ならば私も平然としているぞ! きっといちいち驚いていたらダメなのだ! どっしり構えてこそ旋焚玖の彼女になれるのだ!)

 

 なんか篠ノ之が百面相してる。

 まぁいいや。俺もコーラ取ってこよーっと。

 

 

 

 

「持ってきたぞ~」

 

「……オイ、一夏。どうして、あの棚に入っているって分かったんだ?」(一夏は迷わず真ん中の棚を開けた。迷わず開けた。最初からそこにポップコーンが置いてある事を聞いていたのか?)

 

「え、そんなの、旋焚玖の顔見りゃ分かるだろ」

 

「んなっ…!」(わ、分かって当然だと言うのか!(言ってる)自分の方が私より旋焚玖を理解していると言っているのか!(言ってない)その誇らしげな顔は、先ほどハッタリを見抜いた私への当て付けか!(いたって普通の顔))

 

 キンキンに冷えたコーラ瓶3本持ってきたら、なんか篠ノ之がまた百面相してる。コイツ表情豊かになったなぁ。小学校の時は、基本プンスカしてる篠ノ之しか見てなかったし、とても新鮮である!

 

「お、瓶コーラじゃん! 珍しいな!」

 

 そこは流石、天下のIS学園ってところだな。

 売店の品揃えっぷりでも、しっかり世界一を誇っているらしい。

 

「しかし栓抜きがないようだが…?」

 

「ああ、探してみたんだけど、どうやら栓抜きは備え付けられてないみたいでな」

 

「むぅ……では飲めないじゃないか」

 

「へへっ、何言ってんだ箒。旋焚玖がいるから問題ないって! な、旋焚玖!」

 

「……さて、な」

 

 い~い信頼だ。ノリもいい。

 一夏の言葉通り、俺の握力は既に花山の域に達しているからな。瓶の栓をちぎり開ける事など造作もない事よ(どやぁ)

 

「あ、そうだ! 久しぶりにアレやって見せてくれよ! こう、シュパッて切るやつ!」

 

 身振り手振りでおねだりとはテンション高いな。一夏も男の子だし、そういうのに燃えるタチなんだろう。篠ノ之も無言ではあるが、何やら期待をした目で俺を見てきている。

 

 だぁがだがだが、そういうリクエストは俺も嫌いじゃないぜ? むしろドンドン来いってなもんだ。

 

 ふふふ、ここで変に待ってました的な雰囲気を出してはいけない。あくまで一夏の頼みだから仕方なくってな感じでいくのだ。そっちの方が大物っぽいよな!

 

「めんどくせぇが……まぁ他ならぬ一夏の頼みだしな。まったく……本来なら見せびらかすモンでもないんだが……ンまったく…しょうがねぇなぁ」

 

「おう!」(なんか嬉しそうだなぁ)

 

「………………」(これは私にも分かる。まんざらでもない感が隠しきれてない……だが、それがいい)

 

 手刀で瓶の頭をスパパッとな!

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「す、すごいな主車…! こうも見事に切れるモノなのか…!」

 

 一夏のアホっぽいリアクションは毎度お馴染みだから置いておくとして。あの篠ノ之からキラキラした瞳で見られるのは悪くない気分だ。

 

 どや? 俺ってすげぇだろ? 

 ただアホアホしてるだけじゃねぇってな!

 

「んじゃオルコットの映像を観ようか」

 

「おう!」

 

「うむ!」

 

 お、おう……?

 そんなに元気モリモリなお返事しなくてもいいぞ? ううむ、どうやら先ほどのスパパッぷりが、ロマンを解する2人の心を燃え上がらせたらしい。

 

 しかし、これは悪くない傾向だと言えよう。何がきっかけであれ、モチベーションが上がるのは良いことだしな。

 

「俺も旋焚玖に負けてらんねぇ! オルコットさんに勝ってみせる! さぁ、早く観せてくれ!」

 

 いい気迫だぜ、一夏よ。

 

 

 

 

 

 

「これ無理だゾ」

 

「お、おい一夏!? おまえ顔が死んでるぞ!?」

 

「ブフッ」

 

 いや笑うだろ。

 さっきまでの威勢の良さが跡形もなく吹き飛んでんじゃねぇか。いやまぁ、一夏の気持ちも全然分かるけどさ。

 

 代表候補生の候補生って言葉のせいか、少し……いや、かなり俺も一夏も侮っていたフシがあった。なんか候補生って言われたら、まだまだアマチュアな感じがするだろ? 

 

 だが、映像内のオルコットは、全くそんな事はなかった。対戦相手を全く寄せ付けていない。相手が訓練機とはいえ、ここまで圧倒しちまうモンなのか。これは俺も改めて認識を変えねぇとダメだな、マジで。

 

「オルコットさん…すっげぇ撃ってるゾ……ビーム…」

 

「うわはははは! お前その感じで言うの笑うからヤメろ!」

 

 倒置してしまうほど、一夏の目にもオルコットが脅威的に映ったらしい。

 

「ま、まぁ、なんだ、早めにオルコットの戦術が分かって良かったじゃないか! 今からなら対策だって練られるし! そうだろ、主車!」

 

「おっ、そうだな」

 

 篠ノ之からの熱い気遣い。

 これで立ち上がらないと男じゃねぇぜ。

 

「そ、そうだよな! そのための映像…あとそのためのシークバー…?」

 

 なに言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 しかし、自らもう1度オルコットの試合映像を再生させるあたり、オルコットの凄さを目にしても、完全にヘコたれたって訳じゃなさそうだ。

 

 フッ……そうでなきゃな。

 

「対策…………まるで思いつかないゾ」

 

「うわはははは!」

 

 だからその顔でその口調やめろツってんだろ!

 

「主車、お前もコイツと戦うんだぞ? 笑っている余裕なんてないだろう。ISに疎い私でもオルコットの強さは分かる。遠距離からのレーザー狙撃に、四方から飛んでくるビーム兵器。正直、私も一夏と同じでどう対処すべきか……何か弱点でもあれば…」

 

「弱点ならもう見つけた」

 

「「 なに!? 」」

 

 

【うそだよ】

【もう1度言う】

 

 

 嘘じゃねぇよ!

 ここで嘘つくほど空気読めねぇ男じゃねぇわ!

 

「弱点ならもう見つけた」

 

「す、すげぇぜ旋焚玖!」

 

「フッ……流石だな、主車」

 

 

【でも教えない】

【もう1度言う】

 

 

 このバカぁ!!

 

 2回言ったらもういいだろ!

 こういうのは2回言うから面白いんだよ! 3回4回は辟易させちまうだけなんだよぉ! っていうか一夏たちに「どれだけ見つけた自慢したがってんだってコイツ」とか思われちゃうだろぉ! そういう勘違いされるの普通に嫌なんだけど!? 【上】なんてただの意地悪じゃねぇか! そっちの方が嫌だよぉ!

 

「弱点ならもう見つけた」

 

 ツっこめ!

 お前らのツっこみがこの連鎖を止めるんだ!

 

「イエーッ! 旋焚玖、イエーッ!!」

 

 ダメだ!

 一夏の懐がデカすぎる! 

 頼れるのはやはり篠ノ之だけということか…!

 

「……そろそろ怒るぞ」

 

 篠ノ之…!

 やっぱり俺はお前が居なきゃダメなんだよぉ!(告白)

 

 

【プンプンしてくれたら話してやる】

【もう1度言う】

 

 

 プンプンだ!

 プンプン言ってくれるだけで終わる簡単なお仕事だぜ!

 

「プンプンしてくれたら話してやる」

 

「な、なんだと!?」(それほど私のプンプンを気に入ってくれたのか!? よ、よし、恥ずかしいがオルコットの弱点を知るためには仕方ないな! うむ、仕方ないからまた耳元で囁いてやろうではないか!)

 

「ん? 分かったぜ、プンプン!」

 

「!?」

 

「よっしゃぁッ! サンキュー一夏! いいプンプンだったぜ!」

 

「!!?」(なっ……高評価だと!? 私のプンプンと全然反応が違うではないか!)

 

 いい仕事してくれますねぇ一夏くん! なにより早い!

 出来れば篠ノ之にまた甘ぁぁぁ~~~く囁いてほしかったが、高望みしちゃいけねぇよなぁ、いけねぇよ。

 

「……………………」(そうか……一夏よ…お前はあくまで私の恋路に立ち塞がるつもりなんだな……やはり強敵だ…!)

 

 何で篠ノ之は一夏を睨んでるんだろう。まぁ女からしたら、男のプンプンなんてキモいだけだしな。

 

「それで、オルコットさんの弱点って何なんだ?」

 

 弱点と言えるモノかどうかは分からんが、とりあえず俺が観ていて気になったのはコレだ。一夏たちにも分かるように、もう1度最初から、今度はオルコットがファンネル的なヤツも含め、レーザー的なモノを撃っているシーンだけを観ていく。

 

「あっ…! もしかしてオルコットさん、レーザーを撃ってる時はその場から動いてないんじゃないのか!?」

 

「……確かに、動いてないな。主車はオルコットが動かない理由を何だと推測する?」

 

「ただの横着か、はたまた余裕か……。或いは、動きながら射撃を行う技量がなくて棒立ちにならざるを得ない、か。後者は希望的観測だがな」

 

 何にせよ、だ。

 オルコットの戦術が遠距離射撃型って事が分かっただけで十分だ。これで少なくとも、イメージ無しに稽古する事もなくなった訳だし。

 

「オルコットがレーザーを放ってくる以上、それを如何に避けて接近戦に持ち込むか。そこが勝利の分かれ目になるだろうよ」

 

「え、でもさ、もし俺のISの武器が、オルコットさんと同じようなライフルとかだったらどうするんだ?」

 

「俺たちみてぇなド素人が撃って、代表候補生に当たると思うか?」

 

「……絶対無理だゾ」

 

「うわはははは! って笑わすなツってんだろ!」

 

 話が進まねぇだろが!

 

「もしも一夏のISが近距離型の武器じゃなかったら、この試合だけはその武器を捨てて肉弾戦で挑んだ方が俺は良いと思う」

 

「なるほどなぁ……じゃあ、旋焚玖もオルコットさんと戦う時は、接近戦狙いで行くつもりなのか?」

 

「そうだな、俺はそれよりも……まずは1歩くらい歩けるようになりたいな」

 

「「 あっ……」」

 

 2人揃って察してんじゃねぇぞ!

 いいもんいいもん、俺には俺の闘い方があるもん! 

 

「しかしあのレーザーを掻い潜るのは至難の業だぞ。私とただ手合わせしているだけじゃ厳しいんじゃないのか?」

 

「そうだな……んじゃ、俺と篠ノ之が同時に攻撃しようか」

 

「なにそれこわい」

 

「んで、一夏はそれをひたすら避けろ。外に出てさっそくやるぞ」

 

「絶対嫌だゾ」

 

「ブフフッ……このッ、つべこべ言わずに来いホイ! 篠ノ之、手伝ってくれ」

 

「ああ」

 

 この期に及んで俺をなおも笑わそうとする奴に慈悲はなし! っていうか、それくらいしねぇとマジでオルコットにフルボッコにされて終わっちまうだろうが! 篠ノ之も頷いてくれて、俺が一夏の肩を掴むと反対側の肩を掴んだ。

 

「オルコットの試合っぷりを観ちまったら、もう身体のキレを戻してから~、なんてウダウダやってる時間は無ェ。無様に負けてぇならヤメておくけどよ」

 

 専用機も届いてねぇ、訓練機も貸し出してくれねぇなら、これくらいしかねぇだろ。座学で伸びるタイプじゃねぇしな、俺も一夏も。

 

「……そうだな、それくらいやらないとダメだよな……よし、もう泣き言は言わねぇ! 旋焚玖、箒、頼むッ!」

 

「当然だ」

 

「うむ!」

 

 一夏は俺の無観客試合とは違うからな。ダチを笑い者にさせる趣味はない。笑われるのは俺だけで十分だ。

 お……なんか今の言葉、ちょっとカッコ良かったんじゃないか? いつか言ってみよう。

 

 

 

 

 

 

「ああああもうやだあああああ!!!!」

 

「聞こえねぇぜ一夏ァッ!!」

 

「私にも聞こえんッ!!」

 

 俺たちは日が暮れるまで稽古に励むのだった。

 

 





Q.稽古描写をどうして省いたの?

A.横道に逸れ過ぎて書く元気が残らなかった


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第46話 ISと


仲良くなろう、というお話。



 

 

 『主車旋焚玖のアリーナ公式使用時間外無制限使用を、特例として日本政府の名の下に許可する。ただしその間の事象に政府は一切関与せず。全てに於いて自己責任とする』

 

 一夏たちとの稽古も済んで、夜飯も食って。IS学園生がアリーナを利用できる時間も終わり……やっと俺だけの時間がきた。

 

 オルコットと試合うのは一夏だけじゃない。その後で俺も闘ることになってんだ。だが俺と一夏は、ISの適正値が決定的に違いすぎる。一夏は入試の時も、特に違和感なくISを動かせられたらしいが、俺は逆に違和感しかなかったからな。

 

 オルコットとの試合を想定して~、とか言えるレベルじゃねぇからな、マジで。試合があろうがなかろうが、ぶっちゃけ関係ねぇもん俺の場合。

 

 とにかく動けるようになろう。

 歩けるようになろう。

 走れるようになろう。

 

 話はそれからだ。

 

 という訳で俺は今、アリーナの格納庫までやってきている。この中に訓練機が仕舞われているのだ。訓練機の【打鉄】と【ラファール・リヴァイヴ】。千冬さんは両方とも試してみろって言ってくれた。

 

 入試の時は【打鉄】だったし、今日は【リヴァイヴ】を使ってみるのも一興なのだが、俺は【リヴァイヴ】達をスルーして、一直線に【打鉄】達の前までやって来た。

 

 当たり前だよなァ? 

 

 千冬さんは俺に、もう1つ良い事を教えてくれた。列を成して置かれてある【打鉄】達。その先頭にある【打鉄】こそ、俺が入試で使用した【打鉄】なのだ。

 

 もう1度言おう。

 俺は【リヴァイヴ】ではなく【打鉄】をこれから使っていくつもりだ。っていうか、コイツを使っていくつもりだ。

 

 当たり前だよなァ?

 リベンジさせろコラ。

 

 

 

 

 

 

 アリーナの中央まで、えっちらおっちら【打鉄】を運んできた。

 

 あとは装着するだけだが、今日は動かせるような気がする。適当ヌカしているつもりはない。それなりに根拠もあるのだ。パソコン理論である。

 パソコン使っててさ、急に動作が重くなったり動かなくなったりする事ってあるじゃん? そういう時ってさ、一旦消して1日くらい放置してさ。次の日にでも起動させてみたらさ、案外何事もなかったかのように動いたりするじゃん?

 

 さっそく【打鉄】を装着する。かしゅんかしゅんと俺の身体に纏われていく。

 

 俺がISを纏うのは今日で2回目だ。

 1回目の検査日……あれで指先しか動かなかったのは、何かの間違いだった可能性! あると思います。あれから1ヶ月以上も放置してたし、普通に動く可能性! あると思います。

 

「………………まぁ知ってた」

 

 『ISに身体を委ねろ』という千冬さんの言葉通り、俺も委ねているつもりなんだが、全然動く気配がない。人差し指と中指と……あ、薬指も動いたか?

 

 一旦、外す。

 だって動いてくれないんだもん。んで、持ってきていた参考書とノートを取り出して、もう1度目を通す。

 

 だが参考書も、基本的にISを動かしているものと想定して書かれているからなぁ……なんかこう、コツみたいなのが知りたいんだよ。山田先生は『ISは女の子にとってのブラジャーみたいなものです!(えっへん)』とか授業で言ってたけど、分かる訳ないんだよなぁ。

 

 むしろそのせいで、余計に動かせる自信がなくなったわ。やっぱ男がISなんて動かせる訳ないんだよなぁ……じゃあ何で一夏はスムーズに動かせられるのか、コレガワカラナイ。

 

「……………………」

 

 携帯取り出しっと。

 

「……あ、もしもし、一夏?」

 

『おう、どしたー?』

 

「お前ブラジャーしてるっけ?」

 

『してないぜ?』

 

「つけた事は?」

 

『物心ついてからは1回もないぞ』

 

「ガキの頃につけたのか?」

 

 とんだ変態少年がいたもんだな!

 

『いや、なんか幼い頃の記憶がないんだよ』

 

「ふーん…? まぁそういうモンか。あい分かった、ありがとう。まだ夜は寒い、暖かくして寝ろよ」

 

『おう、旋焚玖もな!』

 

 ううむ……もしかして、と思ったけど違ったか。仮に一夏がつけてたら、ISはブラジャー必須説が成り立ったんだが。いや成り立っても俺は絶対つけないけど。真っ平らだし、つける必要性がねぇよ。ノーブラだノーブラ。

 

 

【鈴にもノーブラかメールで聞いてみよう】

【鈴にもノーブラか電話で聞いてみよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 悪意ある人選やめろコラァッ!! それを聞いてどうすんの!? それを聞かせて俺をどうしたいの!? やーめろって! ただのセクハラじゃねぇかバカ! まごうことなきセクハラだよ! セクハラだし暴言だよ! 明らかにちっぱいをバカにする発言だぞコラァッ!!

 

「……くそったれぇ…」(諦めの境地)

 

 怖いからせめてメールにしよう。

 顔文字も付けないでおこう。

 ここはもう真面目に聞いてる風を装うしかない。

 

 えっと……『鈴はブラジャーつけてるか?』…と、送信。さて、後は鈴が何て返してくるかシミュレーションしつつ『ピリリリリッ!!』ひゃぁぁッ!? で、電話が掛かってきたよぅ!

 

 ま、まずい!

 ここは陽気なノリで鈴の出鼻を挫くんだ!

 

「も、もすもすひねもすぅ?」

 

『ブッ殺すわよあんたァッ!!』

 

「ごめんなさい」

 

 出鼻を挫かれちゃった。

 開幕怒声には勝てなかったよ。しかし鈴もキレて電話を掛けてくるって事は、自分のちっぱいっぷりを気にしてるんだな。もし俺に乳があれば、ぜひ分けてやりたいとこだぜ。

 

『あんたァ……マジで殺すわよぉ…』

 

 ヒェッ……遠い中国から俺の頭ン中を読まないでくれませんかね…。

 

「すまない、鈴。ISの事でかなり行き詰まっててな」

 

『はぁ~? まぁいいわ、アンタが無意味にこんなメール送ってくる訳ないしね。しょうがないから聞いてあげるわ。でもいい? 他の男からだったら絶交レベルなんだからね! アンタだから許してあげるんだからね! そこんとこ頭に叩き込んでおきなさいよね!』

 

 うおぉぉ……鈴との熱い絆を感じる…! 鈴パパ達の離婚阻止イベントの効果がここで発揮してくれたか! よ、良かったぁ……。

 

 俺は自分のIS適正値が低い事を…っていうか、全然動かせられねぇ事だったり、イギリス代表候補生の専用機持ちと試合する事だったり、全てを鈴に打ち明けた。一夏や篠ノ之と同じく、俺が気にせず何でも話せる数少ないダチだ。

 

『ふーん……で、副担任がISはブラジャーみたいなモンだって言ったのね?』

 

「ああ。でも俺にそんな感覚なんて分かんねぇからさ。鈴に聞くしかなかったんだ」

 

『ふ、ふーん……? あたしにしか聞けないって訳なのね。ふふっ、しょうがないわねぇ』

 

 な、何かご機嫌さんになってくれたみたいだ。不機嫌より全然ありがたいので、そのままな感じでいてくだせぇ。

 

『っていうかさぁ、ブラジャーとかは置いておいてさ。ISにアンタを理解してもらう方が大切なんじゃないの?』

 

 理解とな?

 

『ISにも意識に似たようなものがあるらしいわよ。ISは道具じゃなくてパートナーだって、授業でもう習ってんじゃないの?』

 

 ああ、何かそんな事も言ってたような気がする。意識、か。つまりISにも心っぽいモンが在ると思えばいいのかな。

 

「つまり、ISと仲良くなればいいって事か?」

 

『ん……まぁ、そういう事なのかしらね』

 

 ふーむふむふむ。

 確かにそういう考えを持って接してはなかったな。これは素晴らしいアドバイスが聞けたと言えよう。流石は鈴だな!

 

「ありがとう、鈴。何となく分かったような気がする」

 

『そう? ま、気楽にやんなさいよ。素人がバリバリ動かせる方がありえないんだからね? もし今のアンタを笑う奴がいたら、あたしがブッ飛ばしてやるわ』

 

 鈴の熱い優しさに涙がで、出ますよ……いや、ホントに。いいダチを持ったモンだマジで。

 

『えっと……だからね? その…アンタの練習っぷりとかね、その、なに? ちゃんと学校で友達が出来てるのかとかね? けっこう気になってんのよ』

 

「そうなのか……まぁダチは……まぁ……まだまだこれからだな。まぁ一夏が居てくれてるだけで、かなり心強いけどな」

 

 そうそう、まだ慌てるような時間じゃない。

 だって入学2日目だもん。これからだよ、これから。

 

『まぁ一夏と一緒なら大丈夫だとは思うんだけど……じゃなくて! いや、だからさ、なんていうの? あたしってほら? 優しいじゃない?』

 

「ああ、優しいな」

 

『で、でしょ? ホント困ってんのよ、優しすぎてさ、アホなアンタがさ? 一夏と違って超アホなアンタがよ? 女ばっかの高校で、しかもIS学園だなんてさ、無事にやっていけてるのか気になっちゃうのよね、ホント優しすぎて困っちゃうわ』

 

「む……」

 

 これは鈴の熱い自画自賛。

 そして俺に何を言って欲しいのか、全然わがんね。

 

『ッ……だーかーらーッ! あ、あんたアレなんでしょ!? 乱と毎日メールってんでしょ!? その日あった事とか! 去年からずっとメル友ってるって乱から聞いてんだからね!』

 

「……ああ、まぁそうだな」

 

 いや、そうだけど。

 だって送ってこいって乱ママが言うんだもん。俺がアホアホしい事してないか、ちゃんと見ておく人が必要だって。でも日本と中国じゃ距離がありすぎるから、せめて毎日メールで報告しなきゃダメだって。

 

『だから! 昨日も言ったでしょ!? あたしにもしてきなさいって言ってんの!』

 

「メールを送ればいいのか?」

 

『……で、電話の方がいいわね。だってほら、アレよ! 乱と同じだと間違えちゃうかもしれないじゃない! あたし達、名前も似てるし!』

 

「……そういうモンか?」

 

『そういうモンよ! いいわね!? じゃないと優しすぎるあたしは全然寝れないの! あんたのせいで睡眠時間削られてんの! それはダメでしょ!?』

 

 それはダメだな。

 

「ちなみに昨日は何時間くらい寝たんだ?」

 

『そうね、7時間くらいかしらね』

 

 健康的なんだよなぁ。

 ツっこんだらプリプリしそうだから言わないけど。

 

「じゃあ、明日から電話する」

 

『わ、分かればいいのよ! じゃあ、アンタもISの稽古がんばんなさい! あたしも頑張ってるからね!』

 

「ああ、ありがとう。それじゃあ、また明日な」

 

『うん! また明日!』

 

 あ、電話切っちゃった。

 途中から何でそんなにISに詳しいのか聞こうとしてたのに。

 ま、いいか。また明日にでも聞いてみよう。

 

 鈴から良いアドバイスを貰えた。

 後はそれを実行に移すのみだ。

 

 改めて【打鉄】と向き合ってみる。

 ISに俺を理解してもらうのが大切、か。

 

「……………………」

 

 意識に似たモンがある、か。

 だが意識って言われても、いまいちピンとこねぇし、ISってのはもう感情を持っているモンだと思った方がいいのかもしれない。しゃべらないだけで、実は人間の言葉もちゃんと分かってたりしてな。

 

 

【脅してみる】

【可愛がってみる】

 

 

 あ、そういう【選択肢】でくんの?

 確かに色々やってみるのもこの際アリだな。

 

 よし、脅してみよう!

 力に物を言わせて【打鉄】をビビらせてやろう。

 

「おう? おうコラ。俺が優しいウチに動かねぇと……スプラッターにしちまうぞ」

 

 よし、改めて装着!

 

「あ、あれ……? 何か妙に重たい気が……こんな重かったっけ…?」

 

 余裕で動かんし。

 指先は動かせるけど。

 

 い、一旦外そう。

 

「……ううむ」

 

 ISにも感情があるってマジかもしれん。

 よし、今度は可愛がってみよう。

 

「よーしよしよしよし! よしよしよしよし! よーしよし! よしよしよしよーしよしよしおし!」

 

 【打鉄】に近付いた俺は全身をヨシヨシしてやる。

 そしてもう一度、装着!

 

「むっ……さっきより軽くなってる…? いや、元に戻ったと言った方がいいか」

 

 これは気のせいじゃないような…?

 明らかにってレベルではないから何とも言えんが……むむぅ…?

 

 

【媚びてみる】

【バカにする】

 

 

「……いやぁ、流石は名高い【打鉄】さんでさぁ! この乗り心地! この肌触り! 素晴らしいの一言に尽きますよぉ! あっしのような下賤が、アナタ様のようなリーダーに! そう! 【打鉄】の中でもリーダー的存在なアナタ様に触れられるなんて、もう感動で打ち震えてしまいます~~~っ!」

 

 あ、軽くなった。

 この軽さは流石に分かる。

 

「……うわコイツ、ちょれー…ッ、ぬぁぁぁッ!? お、重―――ッ!!」

 

 ぜ、絶対コイツ感情あるぞ!

 間違いなくある! しかも子供っぽい性格してやがる! 

 

「って重てぇツってんだろ! テメェどんだけ重くッ…あががが…!?」

 

 重い重い重いいぃぃぃッ!!

 この俺が重く感じるって相当な重さになってんぞコラァッ!! 重すぎて膝が勝手に突きそうだ……指先すらも動かねぇようになってるし…! 

 

 このッ…クソポンコツがァ…!

 

 

【全力で謝る】

【全力で抗う】

 

 

 【下】だコラァッ!!

 

「テメェあんま調子ノッてんじゃねぇぞ…! そっちがその気なら俺だってもう容赦しねぇ……容赦しねぇぞコラァッ!!」

 

 ISに身体を預ける?

 知るか! どっちが上かハッキリさせてやる! いつまでも俺が制御に甘んじてると思うなよコラァッ!!

 

「ぬっ…! ぬぐぐぐ…! これが俺の力だ…ッ!」

 

 これまで持っていた、ISに動いてもらうという考えを完全消去する。今持つべき意思は俺が動かすという事。元々動かないモノを自分が動かすという強い意思…! 動かないなら力づくで動かせばいいだけだ…!

 

 ISと乗り手はお互いの対話で分かり合うという。だが俺は上品に言葉で分かり合うより、男らしく身体でブツかり合う方が性に合ってる…!

 

「テメェもISなら俺の全力を全力で理解しやがれ…! 心ではなく身体で理解しやがれ…!」

 

 俺がどんな男かその身に刻め―――ッ!!

 

 

 

 

 

 

「ッ……ふぅぅぅ……中々やる…」

 

 まさに一進一退の攻防だった。

 俺の意地と【打鉄】の意地がブツかり合った結果、ついにどちらも折れることはなかった。

 

 流石は訓練機のリーダー的存在だ。もしかしたらナメてたのは俺の方かもしれない。1日やそこらで簡単に動かせられるなんて、思い上がりも甚だしかったか。

 

「ISは道具にあらずパートナー、か」

 

 肉体言語だけじゃダメかも分からんね。ケンカ好きな兄ちゃん達相手なら、それで何とかやっていけたんだが、やっぱ同じようにはいかんね。

 

 他の方法で【打鉄】と仲良くなるには……ううむ…あ、そうだ、あだ名でもつけてみるか。俺も布仏にあだ名を介してダチっぽい関係になったし。

 

「おい【打鉄】。お前今日からたけしな!……ッ、ぬあぁぁぁッ!? 急に重くなるんじゃねぇよ! ちょっ、おまえ何だこのッ…今日一番の重さは……ッ、スーパーたけしかこのヤロウ!」

 

 【打鉄】との相互理解の道は中々に険しい。

 

 

 

 

 

 

「また明日な」

 

 今日のIS稽古はここでおしまい。

 鈴の言う通り、根を詰めすぎるのは良くない。俺はたけしを格納庫に仕舞って、アリーナから出る。

 

 帰ってシャワーでも浴びよう。

 そのあとは毎晩恒例のアレが待っている。

 【選択肢】主催のアレだ。政府のおっちゃんと千冬さんにも1度言ったアレだ。想像上のナニかと闘らされる謎組手が待っているのだ。とても嫌なのである。今日くらい楽な相手が良いのである。

 

「はぁぁぁ……ただいまぁ」

 

 シュプールのドアを開けた。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 家に帰ってきたら、見知らぬ女が裸エプロンで居たでござる。これは変態ですね、間違いない。変態だし明らかなハニトラですね、間違いない。というか不法侵入ですよ不法侵入! 

 

 キチガイうさぎに続いて、生涯2度目の被不法侵入ですよ被不法侵入! 俺の危機管理能力を見くびってんじゃねぇぞ、お前千冬さんに通報してやるからな! そのまま変態アピールしとけ変態!

 

 

【目には目を歯には歯を、変態には変態を。こっちも上を脱いで応戦だ!】

【今夜はたまたまブラジャーしてないから恥ずかしい。ここは下を脱いで応戦だ!】

 

 

「いつもノーブラだコラァッ!!」

 

 上の服を床に叩きつける。

 

「あらやだ、噂に違わぬ変態さんね」

 

 お前もその仲間に入れてやるってんだよ!(ヤザン)

 

 変態糞侵入者に俺が優しく接すると思うなよ。美人だろうが犯罪は犯罪だ。何が狙いか知らねぇが、絶対に逃がす訳にはいかない。

 

 逃がしちまったら、一夏も被害に遭う可能性がある。優しいアイツがハニトラを見抜けるとは思えない。ならこの変態が2度とこんな事をしないよう、正義の鉄槌を喰らわせてやるしかない。

 

 ボコッて顔にうんこ書いてやる(正義の鉄槌)

 

 





今度こそISメインの話が書けた(満足)


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第47話 vs.学園最強

二転三転、というお話。



 

 

 

「………………………」

 

「ん~? もしかして警戒されちゃってるのかな?」

 

 見知らぬ痴女が部屋に入り込んでたら、当たり前すぎるんだよなぁ。

 しかしこの女……この状況を、いや上半身裸の俺を楽しそうな笑顔で眺めているだと? やっぱり変態じゃないか。

 それに全体的に余裕を感じさせる態度。しかも嫌味ではなく、どこか初対面の俺を落ち着かせる雰囲気まである。

 

 厄介だ。

 

 初めて不法侵入されたあの頃の俺とは違う。あの時の俺は、まだ篠ノ之道場に通いだして1年しか経っていなかった。武をかじった程度のガキで、相手の力量を測れるほどではなかった。

 

 今は違う。

 だから感じてしまう。

 この涼しげな顔をした女が纏う異質な雰囲気を。

 

 思い出すのは、ISを起動させてから入学するまで喧嘩させられまくった日々の事。自称ケンカ大好きなわんぱくお兄さん達ばかりだったが、中にはただの不良じゃない奴も紛れ込んでいた。ナニかをやっている者だ。それは空手だったり柔道だったり。

 

 この女から兄ちゃん達と同じ気配がする。

 まったくもって嬉しくねぇ事に、兄ちゃん達よりも気配が濃く出てやがる。確実にこの女は何らかの武を身に付けている、上のレベルで。

 

 非常に厄介だ。

 軽くペチッてしてペチペチッてして、ペンでキュッキュってうんこ書いて、正義の鉄槌を成し遂げる予定だったが……事はそう単純にはいってくれなさそうだ。

 

 ちっ……武闘派変態女とか新しすぎんぞオイ。新しいし怖いわ。武に物言わせてハニトラ仕掛けてくるとか、俺たち男にとって最恐すぎんだろ。一旦、ここは穏便に話すだけに留めた方が吉なんじゃないか…?

 

 

【ナニかあったら怖いし、そうしよう】

【次に狙われるのは一夏だ。友を危険に曝すつもりか】

 

 

 む……確かに俺の次は一夏だろう。武から3年も遠ざかっている一夏が、この女に襲われて勝てるか?

 

 

『アナタがパパになるのよ!』

 

『やだ! 小生やだ!』

 

『暴れんな、暴れんなよ…!』

 

『旋焚玖助けて!』

 

 

 うーんこの、これはとてもひどい悪夢ですね。

 

 脱童貞したと思ったら三段跳びでパパになっちゃった! とかIS起動させてない男でも普通にシャレになってないんだよなぁ。それが一夏なら、もっとやべぇ事になるのは想像するに難くない。

 

 やはりこの女はここで仕留めるに限る…!

 

「……! へぇ……か弱い女性に、遠慮なく殺気ブツけてくるんだ?」(あらら……ケンカしに来た訳じゃないんだけどなぁ……でも、言わない♪ 織斑先生をして世界一だと言わせるアナタの実力……肌で感じるのも一興ね…!)

 

 言葉とは裏腹に浮かべた笑みは崩さない、か。

 その余裕、気に入らねぇな…! 美人なのも気に入らねぇ…! こんな出会いでなかったら余裕で惚れてるわ! 

 

 つまりだ、お前のせいで俺の出会いが1つ潰れちまった事にもなるんだよ。許せる訳ねぇよなぁ、純情な感情を弄びやがって!

 

「……む」

 

 凄まじいな。

 常人の倍はあろうかとも言える女の間合いが見えてしまった。その脅威が俺の足を竦ませる……が、ンなこと知るか、行っちまえ…!

 

 何の工夫もなしにズカズカ入り込む。

 かつてキチガイうさぎにやったのと同じく、無造作に女の腕を掴んだ。女は待ってましたと俺が握る手を返し、そのまま床へと投げ落としにかかった。

 

「ッ……あ、あれれ?」(うっそでしょ!? な、なんでっ、タイミングはバッチリだったのに…!?)

 

「なのに投げれない」

 

 この女は強者だ。

 腕を切り返される事など最初から予測済みだ。なら切り返される前から、重心の切り返しを済ませていればよい。ただそれだけの事だ(どやぁ)

 

「一体、どういうマジックかしら?」(彼の両足がまるで地面とくっついていた錯覚すら覚えたわ……なるほど、垣間見せたわね…!)

 

「縛り上げた後に教えてやる」

 

「あらやだ、緊縛趣味まで持ってるの? やっぱり変態さんなのねぇ」

 

「お前に言われたくねぇよ痴女が!」

 

 離れかけていた間合いを縮める為に1歩踏み込む。同時に女も1歩だけ下がってみせる。この距離感を保つつもりか? させねぇ! 

 

 女がバックステップしてみせれば、当然エプロンがヒラリと舞う。いつまでも進んで引いてを繰り返している訳にもいかない。展開を起こすには、それを掴むしかないだろう!

 

「やんっ……んも~う、女性の衣装を掴むなんて男性としてどうなのかしらん?」

 

 あ、簡単に掴めちゃった(極限集中)

 

「ハッ……その余裕、いつまでもつか見ものだな…!」

 

 イヤッッホォォォオオォオウッ!!

 

 イエスッ! イエスイエスイエスッ!! イエェェェェェエエエエエスッ!! ひゃっほぉぉぉぉい! やっほやっほやっほっほぉーい!  

 

 俺、IS学園に来て本当に良かったよぉぉぉぉッ!! ありがとう一夏、これも全てお前のおかげだ! 俺が日本を支配したら総理大臣にしてやるからな!

 

 何よりこれは偶発的なものである。男女間における格闘時にありがちな事故である。決してやましい気持ちで捲る訳ではないのである。そして悲しいかな、戦闘中に相手から目を放す事などあってはならないのである。私は武術家ゆえに、この女の裸体を凝視する義務があるのだ。

 

「……………………」

 

 だからおっぱい見せろコラァッ!!

 

 裾を掴んだ手に力が入る。

 

「……なら、こうしちゃう♪」

 

「む…!」

 

 俺が捲るよりも早く、女はエプロンのヒモを自ら解いた。やっぱり痴女じゃないか! ありがとう!

 

「じゃーん♪ 水着でした~!」

 

 は?(本気の殺意)

 

「んふふ、もしかして期待しちゃってたの?」

 

 何だこのアバズレ。

 穢れ無き少年の純情な感情を弄んで、どうして笑っていられるんだ?

 

 

【美人のおっぱいが見れなくて咽び泣く】

【変態になりきれない弱き者を蔑む】

 

 

 乳が見れねぇくらいで誰が泣くかアホ!

 

 ああ、蔑んでやるよ! 

 思いきり蔑んでやる!

 

 誰だか知らんがテメェ覚悟しろよ!

 

「やぁねぇ、そんなにジッと見つめられちゃったら、お姉さん困っちゃうわ」

 

「はんっ……勘違いも程々にしとけよ、腰抜けが」

 

「……どういう意味かしら?」

 

 いやんいやんと上機嫌でケツをプリプリ、腰をくねくねしていた女の動きが止まった。声のトーンも下がったって事は……俺の言葉の意味が、何となく伝わったみたいだな。

 

 俺を見据える女の視線が初めて鋭くなった。だから何だ? こちとら普通に煮え切ってんだよ、今の俺が簡単に目を逸らす雑魚だと思うなよ。

 

 心は熱く頭は冷静に。

 頭が冷静なだけに、ビキニを着た女と上半身裸の男が睨み合ってるこの状況がシュールすぎてたまらん。だが、引かない。心は熱いままだ。

 

「中途半端なんだよお前。エプロンの下に水着だァ? ビビッてる証拠じゃねぇか」

 

「そ、それは―――」

 

「ビビッちまうのはまだ良い。だが中途半端なのが一番いただけねぇ。裸エプロンに抵抗があるなら最初から服だけ着てりゃいいんだ」

 

「うぐっ……い、言ってくれるじゃない」(ず、図星すぎて上手く反論ができにゃい)

 

「変に水着なんて着るからややこしい事になる。それでプライドを守ったつもりかよ? 随分ちっぽけな自尊心だな、ええオイ?」

 

「なんですって…! アナタ私にケンカ売ってるの?」

 

 最初に売ったのはテメェだろが!

 上げて落とされた俺の気持ちも考えろよ!(ナマ乳的な意味で)

 

「馬鹿言ってやがる。着ないなら着ない、着るならちゃんと着る。裸エプロンに徹しきれなかったお前は既に負けてんだよ! 俺にケンカを売られる価値すら無ェ!」

 

「……ッ!?」(くぅぅぅ! く゛や゛し゛ぃぃぃぃッ!! 言い返したいのに言い返せないよぉぉぉぉ!!)

 

 テメェこんなモンで終わらせねぇぞ。

 2度とフザけた真似できないよう性根を叩き潰してやる。

 

「乳も出せねぇくせに、経験豊富を装いやがってこの処女ビッチが」

 

「(ムカッチーン…!)本当に随分な事を言ってくれるじゃない…! 偉そうに人のことを処女扱いしてるけど、そういうアナタは経験豊富だとでもいうの? とてもそんな風には見えないけど…!」

 

 てンめぇぇぇ! 

 

 今、顔見て言いやがったな!? 俺の顔で非童貞とか都市伝説だってか!? そう言ってんだな!? いいぜ、ジョートーだよ…! この俺に口上戦で勝てると思うなよ!

 

「フッ……モノを知らねェってのは悲しいねェ」

 

「な、なによ…?」(この静かな威圧感は何…!? 織斑先生とは違う迫力…!)

 

「もういい歳だしよ、高校入ったらおとなしくしてよーと思ってたのによ。俺を知らねぇか……旋焚玖ったら地元じゃヤンデレもツンデるで評判のモテモテ野郎よ」

 

 何かこんな感じのハッタリを何処かでも言ったような気がしないこともない。

 

「俺の兄キは性病に罹りまくりだしよ。姉キは性病を撒き散らしてるしよ。お袋は売れっ子のエロ漫画家だしよ。親父はネカマが趣味だしよ。裸エプロン如きで怖じけづくテメェとは格が違うんだよ」

 

「な、なんてことなの……」(表情、雰囲気、瞳……! 全てに於いてまったく嘘を感じさせない…! 堂々たる彼の姿が私を信じさせる! それだけの凄みがあるわッ…! でも…!)

 

「あなた、ひとりっ子でしょ」

 

「そうだよ」

 

 あ、しまった。

 つい、いつものノリで頷いちゃった。

 

 あっと……無かった事にならないかな。

 

「ンンッ……どうしてそう思う?」

 

「アナタの事なら私、何でも知っているもの」

 

「……なんだと?」

 

「(さぁ、今度は私の番よ!)主車旋焚玖、15歳。誕生日は11月11日」

 

 ハッ……ただのプロフィールじゃねぇか。構えて損したわ。そんなデータ的なモンでドヤ顔してんじゃねぇよ。

 

「8歳の時、初めて篠ノ之道場に」

 

「……む?」

 

「そこで篠ノ之柳韻氏から剣道ではなく、篠ノ之流柔術を指南される事に。それからというものの、基本的に道場から自宅までは逆立ちで。中学からは指立てに移行。既に皆伝書も頂いている。男尊女卑の風潮にありながら、地元では女性からも常に生暖かい目で見守られている」(どやぁ)

 

 ヒェッ……初対面がドヤ顔でそこそこ深い個人情報を言うって普通に怖い。な、なんだこの女、一体何者なんだ…! ただの何ちゃって変態じゃなかったのか…!

 

「まだあるわよ? アナタ、小・中学の通知表に『とても優しくクラスの頼れるお兄さんです。ただ時折、前触れなく奇行に走るのが先生はとても心配です』とコメントされ続けたらしいじゃない。昨日のドゥドゥドゥペーイも奇行になるのかしらね?」(どどやぁ)

 

 な、何でそこまで知ってんだ!?

 

 

【これはストーカーですね、間違いない(ネガティブ)】

【これは純愛ですね、間違いない(ポジティブ)】

 

 

 ポジティブすぎィ!!

 

 いやいやこれが純愛ってお前……アレか? 俺の事が好きすぎて~、と思えって? 確かに好きな相手の事は何でも知りたくなるモンだが……いやでも、知りすぎじゃね? 過去の事までがっつり知ってるとか、普通にストーカーだと思うんですけど(名推理)

 

「……ストーカーがご趣味かな?」

 

「ふふっ、どうかしらねぇ」(うふふっ、流れが私に傾いたわね! 私を処女ビッチ呼ばわりした罪は重いわよぉ…! このままマウント取り続けちゃうんだから!)

 

 何故そこで濁すのか……クソッ、どっちか分かんねぇ反応しやがって…! コイツ、ちゃんと躱し方を心得てやがる。

 

 うむむ……俺に似たタイプって訳か。

 道理でやり辛い筈だ、いまいち攻め切れないのも頷ける。

 

 

【純愛なのか確かめる】

【純愛なので確かめない】

 

 

 ポジティブ押し付けるのヤメろや!

 

 それに確かめないってお前アレだろ!? この女は俺に惚れているデュフフって決めつけるって事だろぉ! 【下】選んだら、どうせそれ関連の【選択肢】出してくるんだろぉ! 分かってんだよバカ! バーカ!

 

 俺は確かめるぞおい!

 勝手に断定して苦しむより、聞いた苦しんだ方が絶対マシだ! もしかしたらマジに惚れられている可能性だってあるかもしれない!(ほのかな期待) 

 

「お前もしかして、俺の事が好きなのか?」

 

「は?」

 

「あっ……」

 

 思ってた以上にキツい反応が返ってきました。1ミリ足りともそんな事はないという感情が、とてもよく伝わってきました。じゃあもうこの人は、ただのストーカーという事でいいです。ここからはもうホントのホントに手加減はやめます。

 

 全身全霊を懸けて、この女を排除してやるッ!

 

「急に変な事を言ってごめんなさい」

 

 ペコリと頭を下げる。

 

「えっ? あ、ええ、別に構わないわ。そういう事もあるわよ」(あれほど張り詰めていた氣が霧散した…? 負けを認めたって事でいいのかしら…)

 

「あと……そろそろお互い、ちゃんと服を着ませんか? 俺の負けです。もうアナタを変に疑ったりはしませんよ。俺に用があるなら話をしてくれませんか?」

 

「……そうね、そうしましょうか」(なぁーんだ、思ったより簡単に負けを認めちゃうのね。背中を向けて隙を見せても、襲ってくる気配もなし……ちょっぴり残念かも)

 

「ちゃんと着替え持ってきてたんですね~」

 

 会話は絶対に途切れさせない。

 

「あはは、流石にこの格好で外は出歩けないわよ~」

 

「そうですよね~…あ、千冬さん、助けてください犯されそうです」

 

「は?」

 

 振り向いた時にはもう遅い。

 

「け、携帯電話!? いつの間にッ…!」

 

 うへへ、何のために俺が頭を下げたと思っている。何のために闘気を消したと思っている。そして、何のために服を着る提案をしたと思っている。女なら着替えるとき十中八九、男から背を向けるからだろうが…!

 

 あとは通話のマイクボタンをポチッとな。

 

『30秒で行く。ブツッ……プーッ、プーッ…』

 

 ドスを利かせた千冬さんの頼もしすぎる声が、静寂な部屋に響いた。つまりこの女の耳にも入った訳で。

 

「ちょっ……い、今の声って…!」

 

「確認してる余裕あんのかよ? あの人はマジで30秒で来れる人だぜ? アンタまだビキニのまんまじゃねぇか」

 

「~~~~ッ!!」(ま、まずいッ! まずいまずいまずいわ! 織斑先生に悪ノリは通じにゃいぃぃぃ!! 男子2人だと尚更ッ……ここは戦略的撤退よ!)

 

 事のデカさに気づいたか、服を手にもって扉へと猛ダッシュするビキニな敗北者。うわははは! 待てよこいつぅ~♪(勝者の余裕)

 

「どこへ行こうというのかね?」

 

「!?」(一瞬で私の前に立ち塞がった!? は、疾いってレベルじゃないでしょ!? どうする、相手している余裕はない! ホントにない! せ、説得して味方につけるしかない!)

 

「き、聞いて主車くん!」

 

「聞かぬ!」

 

「お願いだから! 私ね、実は生徒会長なの!」

 

 嘘つけアホ!

 テメェ此処をどこだと思ってんだ、神聖な学び舎だぞ!? 

 

「そんなエロいビキニ着た生徒会長が居てたまるか!」

 

 お嬢様学校ナメんなよ!

 

「うぐっ! ご、ごもっとも…! でもね、これはね、なんていうか…そう! お茶目なお姉さんっぷりを披露したかったっていうか!」

 

「お茶目にも限度というものがある……なァ、更識よ」

 

「ヒェッ……お、織斑先生…」

 

 世界最強を誇るガーディアンフォースのご到来だ。

 

「悪ふざけをするのは個人の自由だが、行動には常に責任が伴う。お前ほどの生徒が、まさか理解していないとは言わさんぞ」

 

「は、はいぃぃ……うにゅっ…」

 

 抵抗しても無駄だという事を分かっているのだろう。大人しく千冬さんに首根っこを掴まれていた。にゃんこみたいな扱いされてんな。

 

「すまないな、主車。コイツの説明はまた明日にでもさせてくれ」

 

「それは全然構いませんけど、何処へ連れて行くんですか?」

 

「布仏姉の部屋だ」

 

「!!?!!?!?!?」(はい死んだ! 私死んだよ! 死刑宣告されちゃった、ふえぇぇぇ……)

 

 へぇ、布仏に姉ちゃんが居たのか。何やらビキニなにゃんこがすっごい顔してるけど、親しくもねぇ他人を庇ってやるほど俺は優しくない。力の無さを悔いるが良い(イーガ)

 

 

【犯罪者に慈悲は無し。そのまま見送る】

【ここで優しさを見せる事で、後に良い関係になれるか・も♥(熊)】

 

 

 これは…!

 なんという的確で冷静な判断なんだ!(大賛辞)

 

 怒りで視野が狭くなっていたが、おかげで目が覚めた。そうだよ、最終的に庇ってやるのがモテ男なんだよ! うへへ、いい仕事してくれますねぇ、選択肢さん! 熊ってのが少し気になるが、ここは【下】一択だろ! 

 

 素人目には【下】が甘い言葉に見えるだろう? だがな、ここであえて釣られるのが通なんだよ。玄人にしか分からない、これは未来を見据えた選択なのさ!

 

「クマー!!」

 

「「!!?」」

 

 

 は?

 

 




これはモテない男(断言)



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第48話 友の出陣

実は心配性?というお話。



 

 

「クマッ、クマー!」

 

「ど、どうしたの主車くん!?」

 

「ふむ……」

 

 これはクマった。

 クマったしコマった(極上のダジャレ)

 

 クマしか言えねぇや。

 いつもの奇行的選択肢だったか……俺もまだまだ読みが甘めぇな。だが焦る必要は全くない。だって千冬さんが居るからな!

 

「……なるほど。お前は更識すら庇ってみせるんだな」

 

「え?」

 

 約束された勝利。

 

「分らんか、更識よ? 主車はな、お前の件を不問にすると言っている」

 

「全く分からないんですけど……」(だってクマしか言ってないじゃない。これが噂に名高い主車くんの突発的奇行ってヤツよね? どうして織斑先生はそう判断したのかしら…?)

 

 俺からは何も言うまい。

 言ってもどうせクマしか出てこねぇし。

 

 俺は沈黙を選ぶ代わりに全てを千冬さんに託した。

 

「私に助けを求めておきながら、犯人であるお前を許したくなった。だが、それを言うには私を呼んだ手前、どうしても抵抗がある」

 

「……だから、代わりにクマーって叫んだ…ですか?」(確かに辻褄は合っているわ……でも、本当にそうなの? 織斑先生は主車くんを良い目で見すぎなんじゃないかしら。私はただの奇行だと思うんだけど……)

 

「根拠もある。現にコイツは昨日もコレ(奇行)で、オルコットと篠ノ之を救っている。行動は奇怪であれ、もしそれがなかったらオルコットも篠ノ之もクラスで浮いた存在になっていただろう」

 

「それは……」(確かに本音ちゃんも同じような事を言ってたわ……そういう事なの…? 主車くんの行動には意味がある、と?)

 

「今すぐ理解しろとは言わん。だが、コイツはこういう男だ」(篠ノ之とは違って、オルコットも更識も他人同然だというのに、コイツには関係ないのだろう。まったく……旋焚玖の優しさは天井知らずだな)

 

「織斑先生……」

 

「クマァ……」

 

「フッ……さて、では帰るぞ更識。コイツもオルコットとの決闘を来週に控えた身だ。チョッカイを掛けたければ、その後にしろ」

 

 パーフェクト。(クエスター)

 

 伊達に母さんをお義母さんと呼んでない。千冬さんは一夏と並んで、一番付き合いが長いからな。色々と分かってくれてホントに助かるぜ。千冬さんが居てくれるおかげで、俺も安心してクマクマできるんだ!

 

……クマクマってなんだよ(哲学)

 

 

 

 

 

 

「……たく……旋焚玖…!」

 

「む……」

 

「どうしたんだ、ボーッとして」

 

「いや、少しクマった思い出に浸っていただけだ」

 

「ふーん、そか」

 

 一夏の呼びかけで意識が現実に戻ってくる。

 

 謎のビキニ女襲撃から約1週間が経った。今日は待ちに待っていない、一夏とオルコットとの対決の日である。

 俺と一夏と篠ノ之は今、第3アリーナのAピットで待機しているところなんだが……アレが来ないんだよ、アレが。今からオルコットとの試合だってのに、まぁぁぁだ一夏の専用機が届いてない状況なのだ。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 3回だよ3回。

 Aピットに駆け足でやって来たのは、1組の副担任やーまだ先生(ドカベン)

 

 

【どうしてそこで一夏の名前しか呼ばないのか問い詰める】

【俺の名をいってみろ!】

 

 

 一夏の専用機が届いたからなんだよなぁ(名推理)

 

「俺の名をいってみろ!」

 

「ふぇっ!? え、えーっと……ジャギ様?」

 

 やりますねぇ!

 

 IS検査の時も思ったが、やーまだ先生の隠れ男の子な趣味っぷりが意外にハンパねぇ。FF7やら北斗の拳やらいい趣味してんねぇ、道理でねぇ! 伊達にメガネはしてねぇな、きっと視力低下の原因はゲームとマンガだ。

 

「織斑、お前の専用機が届いた。すぐ準備に取り掛かれ。アリーナの使用時間は限られているんでな」

 

 千冬さんも入ってきた。

 教室で見せるキリッとした表情ではあるが、何やら違和感が……なんだろう。

 

「こちらが織斑くんの専用IS【白式】です!」

 

 やーまだ先生に案内された場所にソレが居た。

 名前の通り真っ白なISだ。しかし、誰が名付けたかは知らねぇが、白いから【白式】って安直すぎだろ。俺の【たけし】の方がよっぽどオシャレだぜ。

 

「これが……俺の専用機……」

 

 装甲を解放して待ち構えている【白式】へと、一夏が歩を進める。

 

「すぐに装着しろ。時間がないから初期化と最適化は実戦でやれ。出来なければ負けるだけだ、分かったな?」

 

「あ、ああ、分かった」

 

 いや分かってないだろ。

 聞き逃せない単語が出てきたっての。千冬さんの言葉でいくと、今の【白式】はまだ初期化と最適化が済んでない状態って事でいいんだよな?

 

 それってアレだろ、訓練機と同じ状態って事だよな? 

 

「待て待て、ちょっと待ってください織斑先生」

 

「む……」

 

 それはイカンでしょ。

 この1週間、毎日【たけし】と戯れている俺ですら、ようやく右腕を飼い馴らせたくらいだっての。

 

「【初期化】と【最適化】をしないと満足に動かせないんじゃないですか?」

 

「それはそうだが、それでもアリーナを使える時間は限られている。この後も既に予約でいっぱいだ。無理でも何でもやってもらう」

 

 さらっと言いおってからに!

 一夏はアンタの弟だろ! 一夏が無様に負けて、笑われても良いって言うのかよ! 冷徹に言い放つ千冬さんを俺は見損なった! 見損なったぜ!

 

 と、付き合いの短い奴なら思うだろう。

 だが、ガキの頃から千冬さんを知っている俺が見逃す筈はない。千冬さんの表情に僅かな陰りが見えた原因はこれだったか…!

 

 言われるがまま【白式】に背中を預ける一夏を横目に、携帯を取り出しポチポチポチ……っと。

 

 

『ちなみに千冬さんの本音は?』

 

 

 ほい、送信。

 

 

『(´つω・`)超心配だ。延期させてくれないIS学園きらいヽ(`Д´)ノ』

 

 

 あらやだ、とっても弟想い。

 ま、そんな事だろうとは思ってたけどな。

 

 どうする、もう俺が無理やり止めるか?

 一夏を気絶でもさせちまえば…!

 

「こいつ……動くぞ!」

 

 おっ、現実逃避か?

 アムロの真似しても動かないモンは動かないぞ。俺が優しく気絶させてやるから安心しな。

 

「ふむ……問題なく動くな? 気分は悪くないか?」

 

「大丈夫だ、千冬姉。いけるさ」

 

 あれ?

 何か普通に動かしてるんですけど。ISを纏った両腕を苦もなくガチョガチョさせてるんですけど。

 

「こいつ……動かしてるぞ!」

 

「ああ、動かしてるな」

 

 篠ノ之が当たり前だと頷く。

 あ、そうか。そうだった。つい忘れてたわ。ISには適性値があるんだったな。Eの俺と同じ目線で語っちゃいけねぇよ。

 現にガチョってる一夏の表情も気負いなく、むしろ勇ましい。これはマジで動かせていると判断していいな。

 

 いやいや、待て待て。

 ここで楽観視するのは良くない。少し疑うくらいがちょうど良い筈だ。もしかしたらヤセ我慢している可能性だってある。一夏は変に勘が鋭いところがあるし。俺たちを心配させまいと、無理して動かしている可能性だって零じゃない。

 

「一夏、本当に動かせてんのか? 無理してないか?」

 

「ん? 大丈夫だって旋焚玖! ほら、この通りちゃんと動かせてんぜ」

 

 一夏は俺たちに見せるよう、ブンブン手を振ってみる。だが、実は腕だけしか動かせないかもしれない。不安は取り除いておかないとな。

 

 少しでも不自然だったら、俺はお前を行かせるつもりはない。

 

「ちょっと飛び跳ねてみろ」

 

「おう!」

 

 あぁ^~一夏がぴょんぴょんしてるんじゃぁ^~(安堵)

 

 しかし単純な動作には変わりない。

 機敏な動きはどうだ?

 

「ちょっとDaisuke踊ってみろ」

 

「Daisuke☆ テレテレテッテーン、テレレレレッテーン」

 

「「「!!?」」」

 

(ち、千冬さん! 一夏がおかしくなりましたよ!?)

(まぁ……旋焚玖と居る時のコイツはだいたいこんなノリだな)

(織斑くん、凄いDaisukeです…!)

 

 なんとキレのあるDaisukeを披露して魅せやがる…! これはマジでちゃんと動けるみたいだな!

 

「……本当に大丈夫そうだな」

 

「おう! 心配してくれてサンキューな!」

 

 一夏の意識がアリーナへと向かっていくのが分かる。

 俺たちは邪魔にならないよう後ろに下がった。

 

「旋焚玖、箒……俺、ずっと気になってた事があるんだ」

 

 ピット・ゲートに進みながら、そんな事を一夏が呟いた。

 もしかしたら、やっぱり一夏も不安なのかもしれない。これから代表候補生と試合う訳だからな。しかもぶっつけ本番で、観衆ありな状況で。俺だったら普通に逃げ出してるわ。

 

「言ってみな」

 

「オルコットさんと俺ってさ……なんで闘うんだっけ?」

 

「とうとう言ってしまったか、一夏よ」(私も言おう言おうとは思いつつ、言ってしまったら空気読めてない気がして、あえて今まで言わなかった事を。このタイミングで言ってしまったか)

 

「ふむ……」

 

 オルコットが入学初日に、俺を侮辱したからだと思うんですけど(マジレス)

 なお次の日から毎日、俺たちと一緒に昼食をとっている模様。割と笑顔で俺たちとも普通に話すようになっている模様。

 

 俺はもちろんのこと、一夏だって完全にわだかまりも消えてるんだよなぁ。だが、それをそのまま言っても、モチベーションは上がらんだろ。むしろ下がる可能性すらあるわ。

 

「その答えはきっとアリーナの中にある。己で答えを見つけてこい」

 

「それもそうだな…! よし、行ってくる!」

 

 何か意味深な感じで返答してみたら、気分良く出撃していきました。

 

 頑張れ、一夏。

 ズブのド素人が代表候補生に食らいついてみせな…!

 




なお試合は原作通りな模様(ガチ予告)


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第49話 向こう側の景色


ドゥドゥドゥペーイがさらに惹き起こしたもの、というお話。



 

 

 

 一夏が旋焚玖たちに自慢のDaisukeを披露している頃、反対側のピットでは、一夏との試合を控えるセシリアが静かに佇んでいた。彼女の専用機【ブルー・ティアーズ】は、まだ纏っていない。セシリアは瞳を閉じ、ただただ集中力を高めている。

 

 セシリアの応援のため、観客席ではなくピットまで駆けつけてきたルームメイトの清香と、同じく親しくなった静寐も、どこか優雅にさえ思えてしまうセシリアの様子に目を丸くさせるのだった。

 

「セシリア……すっごい集中してるね」

 

「うん。私たちが入ってきた事も、きっと気付いていないよ」

 

 目を瞑っていても、誰かが入ってきたら流石に気付きますわ。この声は清香さんと静寐さんですわね。

 

 どうしましょう、目を開けるタイミングを逃してしまいましたわ。まぁ適当なところで目を開けましょうか。集中していて今気付きましたわ~とか言えば、お二人も納得するでしょうし。

 

「どうする、清香? 邪魔しちゃ悪いし、やっぱり観客席に戻る?」

 

「んー……そうですなぁ…」

 

 むむぅ、と悩んでみせる快活少女な相川清香。

 そう、清香は快活なのである。元気っ子でありノリが良いとも言える。更に言うと、セシリアと旋焚玖のじゃんけん勝負に立ち合って以来、旋焚玖ともよく話すようになった数少ない1人である。

 

「……頬っぺたプニプニしたら気付くと思う?」

 

 気付きますわ。

 というか気付いてますわ。

 ですがここは、清香さんか静寐さんにプニプニされてから、目を開けるのが自然な流れと言えるでしょうね。

 

「いやぁ、流石に気付くでしょ」

 

 いいアシストですわ、静寐さん。

 あとは流れに沿って、目を開けましょう。

 

「甘い! 甘いよ、静寐! セシリアくらいの凄さになると、そんな程度じゃ集中力は途切れないね! ルームメイトの私には分かる!」

 

 途切れます(断言)

 

 ですが……正直うむむぅ、ですわ。

 本当に目を開けてしまって良いものか、少し悩みますわね。清香さんの期待をあっさり裏切ってしまうのも……うむむぅ…ですわ。

 

「私は気付くと思うけどなぁ……それじゃあ、プニプニしてみる?」

 

「ツンツンからしてみようよ!」

 

 プニプニとツンツンの違いが分かりませんわ。強弱の違い、と捉えてよろしいのでしょうか。

 

「つんつん……つんつん…」

 

「………………」

 

 つ、ツンツンされてますわね。

 確かにこれはツンツンですわ。右の頬がくすぐったいですわ。今、わたくしの頬をツンツンしているのは静寐さんですわね。

 

「ホントに目を開けないね。清香の言った通り、すっごく集中してるよ」

 

「でしょ? じゃあ、今度は私がプニプニしてみよう!」

 

 つ、次は清香さんの番ですか。

 静寐さんのツンツンは、指というより爪の先で軽く突っつくという感じでしたわ。そこから予測するに、きっとプニプニは指で軽く突っついてくるという感じに違いありませんわね。

 

「プニプニ! プニプニ!」

 

「ふもももも!?」

 

 強すぎィ!!

 

 ちょっ、ちょっとぉ!? 

 全然プニプニしてませんわよ!?

 

「おぉ~、セシリアの頬っぺた超やわ~い。もっとプニプニしてやる~!」

 

「んもうっ、清香さん! 趣旨が変わってましてよ!」

 

「あははは! ぷんぷんセシリアが目を開けたよ~!」

 

 薄々そんな気はしていましたわ!

 きっと清香さんは、わたくしがタイミングを見計らっている事に気付いていたのですわ。それでも最初から指摘しないところが彼女らしいですわ、まったく…!

 

 ですが、わざわざピットにまでお二人が来てくれた事に関しましては、素直に嬉しいですわ。織斑さんのピットにも、主車さんと篠ノ之さんが行っていると聞いてますし。これで3対3のイーブンですわ!(意味不明)

 

「でもさ、私たちが入ってきた時のセシリア、すっごい真剣な表情だったよね」

 

「あ、静寐も? 私もそう見えた。なになに、実は少し緊張してたりしちゃってたり~?」

 

 このこのっ、と清香さんが私の頬をプニプニしてくる。なるほど、これが本当のプニプニなのですわね…って、今はそんな事どうでもいいですわ!

 

「ええ、緊張していますわ」

 

「え!?」

 

 驚いたように声を上げる静寐さんの隣りで、清香さんも両目をパチクリさせてわたくしを見てきます。他の人ならいざ知らず、このお二人に本心を隠すつもりはありませんわ。

 

「い、意外だね。セシリアの事だから『わたくしが緊張!? このエルィィィトかつエルェェェガントゥ!ヘァー!なわたくしになんと無礼な!』って言うと思っ…ふににっ、なにふるの~!?」

 

 うるさいですわ!

 何がトゥ!ヘァー!ですか!

 

 まったく似ていない物真似ほど、イラッとくるモノはありませんわ! そんな事をする清香さんの頬っぺたなど、むにむに引っ張って差し上げますわ!

 

「(割と似てたと思うけど黙っておこう)まぁまぁ、セシリア。それくらいにしてあげてよ。でもさ、どうして緊張してるの? だって相手は織斑くんだよ? いや、織斑くんをバカにしてる訳じゃなくてね」

 

 静寐さんが何を言いたいのかは分かりますわ。そしてきっと、清香さんも同じ事を思っているのでしょう。代表候補生であり、さらには専用機まで持っているわたくしが一素人を警戒するなんて、そっちの方がおかしいと普通ならそう思いますわよね。

 

「あなた達はわたくしと織斑さんのどちらが勝つと思っていますか?」

 

「え、セシリアっしょ」

 

「普通にセシリアだよね」

 

 勝って当たり前だと言わんばかりに即答されましたわ。ですが、これはこの2人だけの意見ではない筈です。IS学園に通っている者でしたら、きっと皆が清香さんたちと同じ反応をするのでしょう。

 

「わたくしが勝っても誰も驚きませんし、称賛もされませんわ。だって当然だと思われていますもの」

 

 わたくしが織斑さんを圧倒してみせたところで、それでも観衆からの反応は当然の一言で片づけられてしまうでしょう。専用機持ちの代表候補生と、かたや1カ月前に起動させただけの初心者の試合ですものね。

 

「逆に言ってしまえば、わたくしに苦戦は許されないのです。ましてや負ける事など絶対にあってはならない…! 少なからず不安と……プレッシャーは掛かっていますわ」

 

 いいえ、違いますわね。

 わたくしは油断しないように、気を引き締めているのですわ!

 

 ここで無駄に弱気になるのは愚の骨頂!

 華麗に勝ってみせると奮起してこそエリートなのですから!

 

「あー、何となく分かるかも。野球とかサッカーとかでもさ、強豪校が無名の高校に負ける事ってよくあるもん」

 

「伊達にスポーツ観戦してないね、清香。でもさ、不安だったら別に試合しなくて良いんじゃない? っていうか、何で織斑くん達とセシリアは試合する事になったんだっけ?」

 

「それは……その、わたくしが……むぅ…」

 

 入学初日に主車さんを悪く言って、それに織斑さんが怒って、わたくしも熱くなってしまい、つい決闘を申し出て……あれよあれよと今に至ってしまいましたとさ、ですわ。

 

「それはね静寐、セシリアが主車くんをバカにして織斑くんをキレさせたからだよ! 原因はセシリアなのだ!」

 

「うぐっ……はっきりと言わないでくださいまし」

 

 それが他の男であれば、わたくしも悪びれる気など一切起こらないのですが、主車さんと織斑さんは何というか……どうしても今までとは違う感じになってしまいますの! 

 

 それもこれも絶対にアレのせいですわ!

 入学式の次の日のアレです!

 

 昼食を食堂で無理やり一緒させられた時に、ハーミットモグリ先輩をわたくしが華麗に退治したあの一件以来、何故か織斑さんや篠ノ之さんとも普通に話すようになってしまいまして。

 

 主車さんはその前から変わらず、ずっとわたくしに話し掛けてきてましたし。あの人の積極性というかブレなさだけは正直凄いと思いますわ。

 

「あー……あったね、そんな事も。セシリアと主車くん達…っていうか、おもに主車くんと仲良いから忘れちゃってたわ」

 

「な、仲良くなんてありませんわ!」

 

「えー? 休み時間のたびにおしゃべりしてるし、お昼だって毎日一緒に食べてるじゃん」

 

「それは織斑さんや篠ノ之さん達もでしょう!? それにあなた達だって最近は一緒ではありませんか!」

 

 まったく!

 根拠もなく、わたくしと主車さんが一番仲良しみたいな言い方はヤメていただきたいですわ! プンプンしちゃいますわね!

 

「えー? だってセシリアと主車くん、授業中に手紙交換してるじゃん。仲良しじゃん」

 

 うぐっ…! 

 そ、それは…!

 

「結構頻繁にやり取りしてるよね。仲良しだよね」

 

「ま、待ってくださいお二人方! 違います、違いますの! それは主車さんが渡してくるから、仕方なくわたくしも返しているだけであって! そう! 仕方なくですわ! あくまで淑女の嗜みなのです! 殿方からのお手紙は、ちゃんと返事をしないと淑女とは言えないのです! 本当に主車さんも困ったお人ですわ!」(けっこう早口)

 

「ふーん。それで、主車くんと手紙でどんなお話してるの?」

 

「別に話題とかはないですわ。そうですわね、しりとり勝負をしたりお絵描き勝負をしたり、たまに主車さんが書いた迷路をわたくしが解いたりで……あ、そうそう、最近はわたくしがクイズを出したりもしてますわね!」

 

「仲良しじゃん!」

 

「そうだよ! 最後の方とか、ちょっと嬉しそうに語ったよね! そうそう、とか言って聞いてない事まで言い出したよこの子ったら!」

 

「ま、まぁ……新鮮ではあるかもしれませんわね、おほほほ…」

 

 織斑さんはともかく、主車さんにどんな感情を抱いていいのか、正直分かりませんもの。織斑さんのような友達想いな人はイギリスにも居ましたが、主車さんのような変人はイギリスには居ませんでしたもの。

 

 このわたくしが、まるで距離感が掴めない……いやな人ですわ!

 

「あれ? ちょっと待って。今思ったんだけどさ。もう織斑くん達と試合する必要なくない? だって、セシリアも主車くんに謝ってるんでしょ?」

 

「………謝ってませんわ」

 

 そうなのです。

 実はわたくしはまだ、正式に主車さんに謝罪が出来ていなかったりするのです。

 

「えぇ!? なんで!? あんなにしゃべってるのに!?」

 

 だからですわ!

 かえってタイミングを逃したと言いますか、あの人と居ると謝る雰囲気が作れないと言いますか……よく分かりませんけれど、わたくしはきっかけが欲しいんです! そう! 謝っても不自然ではないきっかけが!

 

 そして、それがようやく訪れたのです!

 待ちに待った試合ですわ!

 

「試合の後なら、ちゃんと謝罪できると思いますの。ですから、まずはこの試合の後、織斑さんに。そして3日後の試合で主車さんに謝罪しますわ」

 

「だいじょーぶ? ちゃんと謝れる? その時は私と静寐も一緒に付いて行ってあげよっか?」

 

「子供ですか! 1人でもちゃんと謝れますわ!」

 

 まったく、わたくしを何歳だと思っていますのかしら! というか、わたくしを誰だと思ってますの! イギリス代表候補生にして、世界でも限られた存在である専用機持ち! IS学園入学試験主席のセシリア・オルコットですわよ!

 

 わたくしがどれだけ凄いか、この試合でお2人にも見せて差し上げますわ!

 

「清香さんも静寐さんも目に焼き付けておきなさい!」

 

「え、謝るところを?」

 

「あ、やっぱり付いて来てほしいんだ?」

 

「ちーがーいーまーすー! 今から戦うわたくしの勇姿ですわ!」

 

 んもうっ! 

 清香さん達のせいで、せっかく張り詰めていた空気が台無しですわ!

 

 ですが、独り静かにピットで待機しているより、実のある時間を過ごせたと言えるでしょう。いい意味でリラックス出来ましたわ…! 

 

「……では、行ってきますわね」

 

 わたくしは【ブルー・ティアーズ】を纏い、ピット・ゲートに進む。

 

「うん! ファイトだよ、セシリア!」

 

「がんばれ~!」

 

 ゲートが開放されると同時に、勢い良くアリーナへと向かう。

 

「セシリア・オルコット……出ますッ!」

 

 

 織斑さん、覚悟してくださいな。

 今日のわたくしは……少し強いですわよ!

 

 





選択肢:話が進んでねぇんだよなぁ? そういうとこやぞ作者。


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第50話 一夏v.s.セシリア 前半戦


大人しく観戦、というお話。



 

 

 

「行ってくる!」

 

 俺たちに見送られる形で、一夏はゲートから勢い良く飛び出して行った。バビューンってな感じで行った。アリーナに入ってからも、地上に着地するのではなく普通に空を飛んでいる。

 

 一夏しゅごい……。

 

 

【俺も乱入するぜ!】

【今の心情を篠ノ之に打ち明ける】

 

 

 右腕しか動かないんだよなぁ。

 マジレスすると、俺がこの試合に加わろうって思ったら、まず最初にえっちらおっちら【たけし】を運ぶことから始めなきゃいけないもんなぁ。

 

「篠ノ之」

 

「む、どうした?」

 

「一夏しゅごい」

 

 せめて凄いと言わせてくれ。

 

「は?」(な、なにを急に…? まだアリーナに出て行っただけだぞ)

 

「一夏ってしゅごい」

 

 2回言わなくていいから。

 言ってもいいけど凄いと言わせてくれ。篠ノ之にキモいとか思われたら泣いちゃう自信あるんだけど? そこんとこ、アホの選択肢はどう思ってんの?

 

「……ハッ…」(違う…! 旋焚玖にとって、動かせた時点で凄いんだ…! 旋焚玖はまだ右腕しか動かせられないって言ってたし……もしや一夏と自分を比較して…? そういえば、心なしかしょんぼりした顔になっている……ここは励ましてやれば好感度が上がるのでは!?)

 

「だ、大丈夫だ主車! 焦る必要なんてないぞ!」

 

 いや焦るだろ。

 俺の恋愛脳的には割と瀬戸際だぞ。

 

「別に一夏と自分を比べなくていいじゃないか。お前はお前の速度で動かしていけばいんだ」

 

 あ、身体動く。

 

「……篠ノ之」

 

 フッ……なるほどな。

 

 俺は自ら勝手に『しゅごい』という言葉に、囚われていただけだった。篠ノ之は俺の言動なんかより、俺の気持ち(IS的な)を汲み取って、そして元気づけてくれているんだ。

 

 そんな優しさ魅せられたら惚れるに決まってんだろ! 童貞ナメんなこの美人! 短い髪型でも似合う大和撫子め! この正統派ヒロインが! 

 

「ちなみに俺の『しゅごい』はどう思った?」

 

 確認ッ…!

 せざるを得ない…!

 

 これで『かわいい♥』的な返答が来たら告白チャンスだ!

 

「ん? ああ、それは気色悪いから控えておいた方がいいぞ」(好きな男でもキショいのはキショいからな。それに他の女が聞いたら、旋焚玖を気持ち悪いと思うかもしれないし。旋焚玖が嫌われるのは私だって嫌だ)

 

「アッハイ」

 

 これは罰ですね、分かります。

 

 分かります? 

 罰なんだよ、これはな。

 友の試合にまるで関係ない、しかもアホほど邪な期待を抱いてしまった俺への罰なんだよ! すまねぇ、一夏。俺が悪かったよ。篠ノ之に言われて目が覚めたぜ。今からは集中してお前を応援するよ!

 

 モニターに目を向けると、ちょうど一夏もオルコットと対峙していた。

 

「来ましたわね、織斑さん」

 

「ああ、来たぜ」

 

 オルコットの手には、映像で観たレーザーライフルが握られている。

 

「本日はいい試合をしましょう」(今日のわたくしは、相手が誰であれ油断しませんわよ。勝つのはわたくしですわ…!)

 

「おう。でも、その前に一つ聞かせてくれ。俺とオルコットさんって、何で試合するんだっけ?」

 

 本人に聞けとは言っていない。

 

 いや確かにさっき『答えはアリーナの中にある』的なことは言ったけどさ。まさか決闘を吹っ掛けてきた張本人に聞くとは思わんかった。流石は一夏だぜ、俺に出来ねぇ事を平然とやってのけやがる。

 

「それは……」(織斑さん自身も忘れてしまうほど、わたくし達の間にあった確執が解消されているのは喜ばしい事だと言っていいのでしょう。ですがソレはソレ。コレはコレです)

 

 む……困惑するかと思いきや、妙に落ち着いているな。というか、今日のオルコットは何だろう……映像で観たのと、どこか雰囲気が違うような…?

 

「……知りたければわたくしに勝つ事ですわ」

 

「その言い方だと、オルコットさんは知っているみたいだな?」

 

「勿論ですわ。ですが…! わたくしに負けた時点でアナタの求める答えを闇に葬りますわ!」(ちゃんと説明して謝りますけどね! さぁ、いきますわよ織斑さん…! ハンデ無し手加減無し。勝負ですわ…!)

 

「まずは、挨拶代わりですわ!」

 

 それまで銃口を下に向けていたライフルを慣れた動作で構えたオルコットは、一拍すら置かずにレーザーをブッ放した。

 

「ぐおっ!?」

 

 当たる寸前、両腕を前に出すことで直撃を防いでみせた一夏だが、威力に押される形で吹き飛ばされてしまった。それよりも気になるのは、一夏の痛みを堪えた表情だ。

 

「織斑先生、ISを纏っていても痛みは感じるんですか?」

 

「当然だ。神経情報として脳に伝わるからな」

 

 痛覚が生きてるのなら、他の感覚も遮断されているって事はないだろう。むふふ、これは良い事を聞いてしまったぜよ。

 

「しかし、何をしているんだ一夏の奴…! 何故オルコットのように最初から武器を出さない!? 出していたら、さっきの攻撃だって防げたかもしれないのに…!」

 

 オルコットは一夏と対峙した時から、既にライフルを握っていたんだ。それなのに、一夏はそこでも武器を出さなかった。

 仮定の話をしたところで仕方ないが、武器を出していれば、篠ノ之の言うように防げた可能性はあった。

 

「装備、装備は!?」

 

 ちょうどモニターに、慌てて装備を確認している一夏の姿が映る。

 いやはや、これは一夏くんの怠慢ですよ怠慢! 今になってようやく武器を探すとかありえないですよ! 隣りに立つ篠ノ之さんもプンプンですよ!

 

「あの馬鹿者! そういうのはピットに居る時に確認するものだろう!」

 

 そうだそうだ!

 お前ピットで何してたんだ!

 

「織斑くんはその……飛び跳ねたり、踊ってたりしてましたからね」

 

 緊張感無さすぎィ!!

 

 試合前に飛んで跳ねて踊ってただァ!? 

 バカヤロウ! それってぜんぶ…………俺のせいじゃねぇか!! 

 

 うわぁぁぁッ、ごめん一夏! 俺の心配性っぷりが逆に足引っ張っちまったって事か!? あとフォロー気味に言ってくれてありがとう山田先生! その言葉が無かったらドヤ顔で「慢心、環境の違い…」とか言っちゃうところだった…!

 

 心の中で平謝りしてたら、一夏の右腕から片刃のブレードが顕現した。どうやら、アレが一夏の武器らしい。

 

 そして、その武器を目にしたオルコットは、眉をこれでもかというくらいに顰めて指を指した。あれだけ撃ち続けていた射撃を中断してまで、主張したい事があるらしい。というか、何だかんだで避けてた一夏……やっぱりしゅごい。

 

「織斑さんッ! あなたッ、遠距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑むおつもりですか!?」(全ギレ)

 

「これしか武器が無かったんだよ!」(全ギレ)

 

「そうですか!」(納得)

 

「そうだよ!」(全ギレ)

 

 非常に勢いがあって、非常に楽しそうである。俺もあの愉快な掛け合いに交ざりたいなぁ。なんとか俺も【たけし】と仲良くならんとなぁ。今夜から違うアプローチしてみようかな。

 

 

【一緒に映画を観よう】

【恋バナをしよう】

 

 

 ISに恋バナをしゃべりかける男とか、普通に怖すぎるんだよなぁ。

 誰も居ないアリーナのど真ん中で? 夜中の11時過ぎに? ISに? 『俺さぁ、実は惚れっぽくてさ~、デヘヘ……どう思う、たけすィ?』とか言うの? 

 

 それもう怪談だぞ。

 まぁでも、【上】の選択肢は悪くない。映画鑑賞は感性を高める効果があるからな。強情な【たけし】もこれを機に、色んな感情を育んでもらいたいもんだ。『日本統一』シリーズでも今度持っていくか。

 

「いいですわ、わたくしも出し惜しみはしません! さぁ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲で! 凄絶に!」

 

 おっ、元親か?

 

「おっ、なんか今の、旋焚玖っぽかったな!」(第43話参照)

 

「なっ…!?」(わたくし風にアレンジしたのにどうしてバレますの!? い、いけませんわ、パクったとか思われるのは嫌ですわ! 恥ずかしいですわ! 指摘される前に墜としますッ!)

 

 ライフルを構えるオルコットから、映像でも観たファンネル的なヤツが4機、解き放たれた。見て分かる通り、単純にオルコットの攻め手の数が1から5に増えた。いきなり5倍とか、普通に絶望するレベルだな。

 

 しかしこれはマズい。オルコットがこんなに早くファンネルを出してくるなんて、一夏も想定してなかった筈だ。映像では佳境に入ってから出してたし。一夏も見るからに焦りの表情が浮かんでいる。

 

「くっ……! や、やべぇッ…!」(【白式】の反応に俺が追いつけていないッ…! その上さらに攻撃の手を増やされたら、いよいよマズいぞ…!)

 

 

 

 

 

 

 不安が的中してしまった。

 何とか回避し、ブレードで防御し続けていられたさっきまでとは違い、ファンネルが追加されてから明らかに一夏の被弾が多くなってきている。

 

 ファンネルから放たれるレーザーを避けても、そこにオルコットのライフルがズドンだ。ライフルのレーザーを避けてもまた然り。今の一夏は完全にドツボに嵌っている状態か。

 

 実際、オルコットの技術も戦術もかなり厄介だ。俺ならとっくの前に墜とされてた自信あるわ。素人の俺から見て、一夏はだいぶ健闘してると思うんだが、それでもこのままじゃいずれ…。

 

「しゅ、主車…! このままじゃ一夏は…」

 

「……そうだな」

 

 何より今の一夏は、完全にオルコットの強い意思に飲まれている。

 ど素人の俺たちが、技術面で代表候補生のオルコットに対抗するなんて不可能だ。だからこそ、せめてハートだけは負けないようにしようって言ってたんだが……テンパってて、それを見失っちまっているようだ。

 

 

【今こそ乱入する時である!】

【臆病者はアドバイスに徹する】

 

 

 おい、この出たがり! というか出したがり! 動かねぇツってんのに、頑なに俺を乱入させようとするのヤメろって! なんだ【下】は挑発のつもりか? 甘ェぜ、俺は余裕で下を選べる男なんだよ! 

 

 それともなにか? もしかして生身で行けってか? それはもう行けじゃなくて逝けだからな? レーザーとか当たったら多分死んじゃうから。そこまで人間やめてないからな、マジで。

 

「織斑先生」

 

「なんだ?」

 

「一夏にアドバイスしてやりたいんですけど」

 

 確かISには通信機能が付いていた筈だ。

 俺の俺による一夏のための熱いアドバイスを届けてやるぜ。

 

「……ダメだ」

 

「む……何故です?」

 

「2人の試合が公平さに欠ける事になる。教師として許可は出来ん」

 

 なるほど、確かに公平さに欠ける。それに千冬さんはIS学園の教師だ。どうしても一夏絡みになれば、身内贔屓と揶揄されてしまう恐れがある難しい立場にある人だ。表立って許可出来る訳がないか。

 

 だからこそ、俺が居る。

 今こそ、俺の存在理由を発揮する時である! 

 

「おかしな事を言うものだな、織斑先生。この試合は既に公平さなど皆無だろう? バリバリ代表候補生で専用機持ちのオルコットと、ズブの素人の一夏だぞ」

 

 そこはまぁ、オルコットの決闘申し出をソッコー許諾した一夏の責任だ、と言われてしまえばそれまでだが。本命はこっちだ。

 

「しかも一夏のISは初期設定のままときている! 公平さを謳うなら、時間が掛かろうが無理にでも『最適化』を済ませるべきだった筈! 違いますか!」

 

「むむむ」

 

 

【千冬さんを困らせるのは偲びない。ここは大人しく乱入しよう】

【なにがむむむだ!】

 

 

「なにがむむむだ!」(即選択)

 

「むっ…! 主車! 今の私とお前は教師と生徒だ! その生意気な発言は流石に見過ごせんぞ!」

 

「ごめんなさい!」

 

「えっ、あ、うむ……分かればいいんだ」(そんなに早く頭を下げるとは思ってなかった。まだまだ私も旋焚玖を理解しきれていないという事か)

 

 ソッコー【下】を選んだけど、アホの選択肢の言うことも一理ある。いや、乱入の部分じゃなくてね。

 俺が言ったのは超がつくほどの正論だと自負しているが、それでもダメなものはダメなんだ。これ以上、俺が一夏の機体云々を主張したところで、千冬さんを困らせるだけである。きっと、やりきれない想いをしているのは、千冬さんも同じだろうし。

 

 ってな訳でプランBだ!

 

「観客席に行ってきます」

 

「……行ってどうする?」

 

「一夏の応援です」

 

 今もアリーナの観客席では、キャーキャー多くの生徒が応援している。そこに俺も交ざってキャーキャー応援するだけだ。

 

 何の問題もあるまい?

 

「……はぁ………あまり露骨な行動は取るなよ?」

 

「おまかせあれ!」(玄)

 

 うし、千冬さんの許可は得られた。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「なぁに、篠ノ之も見てな。浮き足立ってる一夏に活を入れてやるだけさ」

 

「う、うむ……そうだな。ハートだけは負けないようにしようって修行の時に言い合っていたものな」

 

 そういう事だ。

 俺の狙いはそれだけじゃないがね…!

 

 待ってろ、一夏。

 もうしばらく耐えてくれ…!

 

 






旋焚玖:男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!

箒:....φ(・д・。*)メモメモ…。







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第51話 旋焚玖、応援するってよ


親友の応援は尊い、というお話。



 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 観客席に着いた途端これである。

 いやいや、お前らさっきまであんなに騒いでたじゃん。「いけいけー!」やら「そこだー!」やらキャッキャ言ってたじゃん。

 

 それがなんで無音になるんですか。

 

「…………………」

 

「「「「………………」」」」

 

 無観客試合かよ。

 オルコットと一夏の声しかしてねぇよ。というか俺を見てんなよ、試合観ろよ。『うわ、出たぁ…』みたいな顔で見られても、俺だって困るわ。

 

 中には見知った顔もチラホラ居る。

 同じ1組の奴らだ。

 何て言うか、苦笑いしてるな。俺だってもう入学して一週間は経っているし、1組の何人かとは挨拶くらいなら交わすようになっていたりする。

 ただ、裏を返せばまだ挨拶のみな友好レベルである。この状況で俺に話し掛けてくれるとまではいかないらしい。

 

 悲しいけどしゃーないね。

 

 

【何見てんだクルァァァッ!!】

【秘伝『ニコポ』を披露する時は今…!】

 

 

 嘘乙。

 

 そんなチート能力が備わってる訳ないだろ! この間は性的欲求に駆られクマーっちまった俺だが、流石にそれにはクマらないぜ! 悲しいが根拠もある! 

 

 だって俺、モテてないもん。

 むしろフラれまくりの人生さ(哀愁)

 

 だが【上】も選びたくないし、それなら【下】を試してみる価値はあるやもしれん。

 過去を振り返ってみれば、俺は今まであまり日常において【ニコッ】としてこなかったんじゃないのか。思えば俺が笑みを浮かべる時は、常に虚勢のためだった。

 

 フッ……はったりのために『ニヤリ』とするのも飽いた。俺も青春謳歌な歳になった事だし、そろそろ『ニコッ』を取り入れる時期なのかもしれない。労せずモテれるならそれに越した事はないのである。

 

 

「……(ニコッ)」

 

「「「「 ヒッ!? 」」」」

 

 

 まぁ知ってた。

 世界の誰よりも知ってた。だから悲しくない。むしろ誇りに思おう。名実共に俺はニコヒの使い手になれた訳だからな。女に怖れられるチート能力さ。

 

 へへっ、嬉しくないぜ。

 

「わ、嗤ってるわ……」

 

 笑ってるんだよなぁ。

 

「きっと私たちを嬲る未来を想像してもう嗤ってるのよ…!」

 

 どSの化身かな?

 

 いやいやいやいや。1組では結構受け入れられてきた感があったから油断してたわ。学園全体で言えば、まだまだそういう認識なのね? 

 

 っていうかさぁ……お前らホント、俺をどんなヤツだと思ってんの!? 嬲るとか女子高生が言っちゃイカンでしょ! ちょっと興奮しちゃうだろぉ!

 

 だがまぁ、今回に関してはギャーギャー騒がれるより、静かになってくれた方が俺も任務(応援)を遂行しやすい。むしろもう、黙っててくれた方が良いまである。

 

 

【一言でもしゃべったらブッ転がすぞ】

【一言でもしゃべったらブッ殺すぞ】

 

 

 日本語って凄いよねぇ。

 

 一文字欠けるだけで全然意味が変わってくるんだもんねぇ。本当に日本語って奥が深いよねぇ。侘び寂び、感じるよねぇ(現実逃避)

 

 あ、【上】選びます(投げやり)

 

「一言でもしゃべったらブッ転がすぞ」

 

「「「「!!?」」」」

 

 そうそう、もうそのまま黙ってろ。少しの間の辛抱だ。オメェらは草食動物らしく、ライオンと遭遇したインパラごっごに耽ってりゃいいんだ。

 

 言葉の意味は頭で分からずとも、お前らの肉体は、細胞は既に理解を示している。身の危機を前にした細胞に抗うな。そのまま怖気づいていろ。まぁ何が言いたいかというと。

 

 俺にブッ転がさせるな…!

 

「ちょいす~ちょいす~、ぶっころがすってなーにー?」

 

 あらやだ布仏さん。

 君も居たのね。

 

 一夏と篠ノ之を除いたら、オルコットの次に俺と話せるダチである。剣呑な雰囲気なにするものぞ、普段のようにのんびりしたノリで俺の前までトコトコやって来た。

 

 やって来ちゃった。

 細胞に抗いやがったなコイツめ!

 

 しかし問題は口を開いたという事実。

 もう俺では覆せん。

 

 すまんな、布仏。

 あとでコーラ奢ってやるからな。

 

 だからお前が見本になるんだよ!

 

 苦もせず布仏を組み伏せられた。だって無抵抗だもん。布仏はいちいち反応がのんびりしてるので俺もやりやすい。地面に横たわっても「ふえ~?」とか言ってるし。

 

 そういう意味では第一声が布仏で良かった、実に簡単じゃないか。

 

「こんとんじょのいこー」

 

「あ~~~れ~~~~」

 

 愉快なノリでゴロゴロ転がっていく布仏。

 あまり引かれずに済んだかな?

 

「……ああなりたくなかったら口を閉じてろ」

 

「「「「…………………」」」」

 

 よし、これで俺も決着の見極めに集中できる。

 

 

 

 

 

 

「この【ブルー・ティアーズ】を前にして、初見でこうまで耐えたのはアナタが初めてですわ。初心者でありながらお見事と言えるでしょう」(初の男性起動者は伊達ではなかった、という事でしょうか)

 

「……そりゃどうも」(くそっ、【白式】のシールドエネルギーの残りは僅か…! 褒められても嬉しくない…! 俺はただ逃げ回ってるだけなんだから!)

 

 機体を激しく損傷させている者に、全く無傷の者が賞賛を送る。

 褒め称えるセシリアに皮肉の意はなく、それを一夏も分かってはいるが、それでも手も足も出ないという動かぬ現実を前に唇を噛むしかなかった。

 

「修練を積めば、きっと良いIS操縦者になれますわ。ですが……今日はわたくしの勝ちです…!」

 

 それまで浮かべていた笑みを消し、セシリアが勝負を決めに掛かる。右腕を横に翳し、彼女の命令を受けたビット4機が、レーザーを放ちながら多角的直線機動をもって一夏へと迫った。

 

「くっ……!」(ダメだッ、これを避けてもオルコットさんのライフルで撃たれるッ! 分かっていても避けられないんだ! くそっ、くそっ…! 本当に何も出来ないまま俺は負けるのか……)

 

「フィナーレと参りましょう!」(わたくしの集中力が極限まで高まっているのを感じますわ。ギャラリーの歓声すら耳に入ってこない程に……これまで何度か経験してきた必勝の感覚…!)

 

 レーザーを回避しながら、一夏は敗北の足音を。

 ライフルの照準を合わせながら、セシリアは勝利の足音を。

 

 そして、もう1人。

 その足音を聞き逃さんとする者在り。

 

 集中しているセシリアはその者の存在に気付かない。

 

「…………………」(既に装甲を失っている【白式】の左足。そこを撃てれば、わたくしの勝ちが決まる…! そして、今日のわたくしは外す気がしませんわ! 清香さんと静寐さんからエールを貰いましたもの!)

 

 照準……完了…ッ!

 

「左足、いただきますわ!」

 

 定まった狙いに向け、引き金を―――ッ!!

 

 

「一夏ァッ!!」

 

「ぴっ!?」

 

 

 突如響いた雷鳴轟音。

 

 もともと旋焚玖の声で驚く事に定評のあるセシリア。それはここでも例外ではなく。定まった筈の照準は当然の如く擦れを成し、ライフルから放たれたレーザーは、あらぬ方向へ光って消えるのだった。

 

 まるで狙っていたと言わんばかりな絶妙すぎるタイミング。流石にピットでも真耶と千冬による審議が行われる。

 

「お、織斑先生……今のって…」

 

「主車はただ織斑の名前を叫んだに過ぎん……が、1度きりだ。2度は認められんし、それは主車自身が一番分かっている筈だろう」

 

 審議の結果、情状酌量。

 

 

 

 

 

 

 うわははははは!

 

 俺が日々を無為に過ごしていると思うなよ! 思う事なかれ! オルコットが俺の俺による声でビクッとするのは織り込み済み、むしろこの為の布石だったって訳よ!

 

 名目は一夏の応援でも、狙いはオルコットに狙撃ミスさせる事。だが、これが使えるのはこの1回限りだろう。おそらく今ので、少なくとも千冬さんにはバレた筈。千冬さんも気付いてしまった以上、教師として止めざるを得ないからな。

 

 だからもう、さっきみたいな暴声は使えない。

 しかしこのままじゃ、ただ一夏が墜とされるのを先延ばししただけになる。それじゃあ意味がない。一夏は結局、なにも出来ずに負けたと烙印を押されてしまう。

 

 ダチを笑い者にさせる趣味はねぇ……オルコットには悪いが、一夏のポテンシャルを目覚めさせてもらう。

 

「せ、旋焚玖…? お前、ピットに居たんじゃ」

 

「気にするな。そして、思い出せ」

 

 旋焚玖は無造作に拳を振るってみせた。

 しかし、拳の軌道を視界に収められた者は、千冬を除くと零。箒ですら視ることの叶わぬ疾さ。旋焚玖の声に驚いて狙いを外してしまい、少しプリプリしているセシリアにも。彼女と対峙している一夏にも。

 

「俺の拳は視えたか?」

 

「いや、視えなかった」

 

 かわりに一夏は落ち着きを取り戻す。セシリアの技量の前に浮き足立ち、失っていた平常心の帰還。何より、旋焚玖と箒との修行を思い出せた事が少年の中では大きかった。それこそが旋焚玖の目的でもあり、応援であった。

 

「ちなみにレーザーは?」

 

「……視える」

 

「んじゃ余裕だろ。俺の拳より遅ェんだからよ」(一夏専用謎理論)

 

「ああ…そうだな。避けられる……避けてみせるさッ!」

 

 この試合初めて、一夏の瞳に闘志の炎が宿った。

 俺の応援完遂っと。

 

「待たせてすまない、オルコットさん。さぁ、再開しよう!」

 

「それはこの際いいですわ。聞き捨てならない事を聞きましたから…!」(潔く負けを認めるのも男性の矜持な筈…! この期に及んで強がりは減点ですわよ、織斑さんッ…!)

 

 4機のビットがレーザーを放ち一夏を襲う。

 それを潜り抜けるも、オルコットの本命はライフルによる狙撃。先ほどからずっと一夏が喰らい続けていた、一度足りとも回避できていない【ブルー・ティアーズ】十八番の戦術一手。

 

「これで終わりですわッ!」(回避できる筈がないッ! 主車さんとお話しただけで避けられるようになるですって? そんな夢物語ありえませんわッ!)

 

 喰らえば試合が終わる一手。

 オルコットから放たれる光の一閃を――。

 

「……ッ…! くおぉぉぉッ!」(避けるったら避ける! 旋焚玖が余裕って言ったんだ! 俺を信じて言ったんだ! これに応えなきゃ男じゃねぇッ!!)

 

 初めて避けてみせた。

 

「なっ……!? 何故!? どうして避けられましたの!?」

 

「へへっ! 視えるモンは避けられる! 旋焚玖がそう言ったからな!」

 

「そ、そんな精神論だけでいきなり避けられてたまるもんですか! 納得できませんわ!」

 

 ああ、そうだな。

 俺が一夏に施した中身なんざ、オルコットの言う通りただの精神論だ。そんなモンだけで急に強くなるなんてありえない。あっていい訳がない。

 

 だが、それがまかり通っちまう存在が世の中には稀にいるんだよ。凡人が一段ずつ上がっていく階段を、数段飛びで一気に上がっちまう事ができる。壁にブチ当たっても、メンタルの如何でどうにでもしちまえるんだ。

 

 一夏はまさにそのタイプだ。

 千冬さんも……あれ、そういや篠ノ之もそんな感じだよな? 夏から春にかけて、一気に剣技が鋭くなったし。 

 

 やだ、俺の周り天才ばっかり…?

 

「いくぜ、オルコットさん!」

 

「くっ…! いいでしょう、受けて立ちますわ!」

 

 よし。

 これで一夏も代表候補生に一矢報いた形になるな。んじゃピットに戻るか。いつまでも俺が此処に居座ってたら、ワイワイ騒ぎたい女らの迷惑になるだろうし。

 

「もうしゃべっても、ブッ転がさんよ」

 

 気分はまさに凱旋である!

 

 

【気分がいいので布仏をブッ転がして戻る】

【2度は可哀想である。ここは隣りのメガネっ子をブッ転がす】

 

 

「……こんとんじょのいこー」

 

「あ~~~れ~~~~」

 

 





(悲報)旋焚玖嘘つき疑惑




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第52話 一夏v.s.セシリア 決着の刻


それでもメインはピット、というお話。



 

 

 

「帰ってきたか、主車」

 

「ああ」

 

 一仕事を終えて、ピットに戻ってきた俺を篠ノ之が迎えてくれた。千冬さんと山田先生がモニターから目を離さないでいるって事は、まだ一夏が墜とされていない事でもある。

 

 いやはや、ホッと一安心ってところだ。

 俺が観てないところで試合が終わってりゃ、応援しに行った手前、格好が付かんもんね。

 

「試合はどんな感じになっている?」

 

 改めて、篠ノ之と並んで俺も試合の行方を……む…? オルコットのファンネルが減っている…?

 

「はぁぁ……すごいですねぇ、織斑くん。オルコットさんのビットを半分も撃墜しちゃいましたよ~!」

 

 山田先生が俺にも分かるように説明してくれた。

 マジでか一夏よ。一矢報いるどころか、反撃までしちゃってんのか。観れば確かに、やたら軽快な動きになっているし、まさかまさかの、こっから大逆転勝利も狙えたりするのか?

 

「それは難しいな」

 

「「 え? 」」

 

 ナチュラルに俺の心を読んだ挙句、普通に答えないでください千冬さん。文脈をぶった切る返事めいた唐突な呟きとか、意味不明すぎて篠ノ之と山田先生もポカンとしてますよって。

 

 2人に説明するのも面倒だし、俺もこのまま進めちゃうんだけどね。

 

 

【お前も見習わにゃいかんのとちゃうんか? なぁ、篠ノ之よ】

【お前も見習わにゃいかんのとちゃうんか? なぁ、張遼よ】

 

 

 このまま進めさせてくれよぉ!

 見習わなくていいよぉ!

 

 俺の心を読んでくれ、とかフツメンには許されない気持ち悪いアピールですよ! 

 しかも山田先生に張遼って言っても通じないだろ。いや、通じるか…? 割とオタッキーな山田先生なら三國無双も知ってる可能性……まぁタメ口な時点で【上】選ぶんだけどね。

 

「お前も見習わにゃいかんのとちゃうんか? なぁ、篠ノ之よ」

 

「む……?」(見習う…? 一体、何を……ハッ…!)

 

 篠ノ之箒の考察タイム突入。

 

(千冬さんの不自然な言動、それに続く旋焚玖の言葉。ここから推測するに、きっと千冬さんは旋焚玖の心を読んだのだ。それを見習えと…? つまり、旋焚玖は私に言っている。『お前も千冬さんのように俺の心を読んでくれ』と。日本には以心伝心という言葉がある。それを元に更なる考察を深めていくと、旋焚玖は私と心を通わせたいと思っている可能性が導き出されるじゃないか…! これにより、少なくとも旋焚玖は私を嫌っていない事も証明された! 嫌いな奴と心を通わせたいとは思うまい! 思うまいて! むしろ私への気持ちメーター(好きor嫌い)は確実に、確実に好きに傾いていると言えよう! ふふっ、すまんな一夏よ。お前の居ないところで、また私の方が一歩リードしてしまったらしい…!)  

 

 うわぁ……また篠ノ之が百面相ってる。

 

 だが、ここで変にアレやコレや言い訳しても泥沼化しそうだし、俺も触れないでおこう。なんか「ふふっ」とか言ってニヤニヤしてるし、ドン引きされた訳じゃなさそうだしね。スルースルー。

 

「ンンッ……んで、織斑先生は一夏が勝てないと?」

 

「断言はしないが望みは薄い。あの馬鹿の左手を見てみろ」

 

「……あっ」(察し)

 

 モニターに映る一夏は、先程からしきりに左手をグーパーグーパー閉じたり開いたりしていた。あれは一夏が調子コイてる時、たまに無意識でしているやつだ。

 

「浮かれている時のアイツのクセでな。しかも、あれが出ると大抵何かで失敗するオマケ付きときている」

 

 一夏の負けフラグ動作を、篠ノ之たちにも分かるように千冬さんが軽く説明する。別に調子コくのは全然良いと思うんだけどな。

 ただ、あれが出たらマジでダメなんだって。一夏のアレが出たら最後、千冬さんの言う通り、上手く事を運べた試しがないってレベルなんだよ。

 

「はぇ~……さすがご姉弟ですねー。そんな細かい事まで分かるなんて」

 

「む……ま、まぁ、なんだ。アイツは私の家族だしな。これくらいはな」

 

 おやおや、毅然とした態度が少し崩れてまっせ? 

 ぬふふ、家族愛を指摘されては、流石のクールビューティーも頬を赤らめよるか。

 

 まぁ言葉には絶対にしないけどね。言ったら最期、千冬さんからありがたい照れ隠し(武威)を頂く事になる可能性大だからね。

 

 死地だと分かって飛び込むバカが居るかよ。

 

 

【ヒュ~ゥ! 千冬さんが照れてるぜ、ウヒョー!】

【俺の方が一夏を分かってるけどな!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 なにがウヒョーだバカ!  

 言える訳ねぇだろバカ!

 

 千冬さんは揶揄われる事を嫌う人だ。それが家族絡みの事なら尚更で、なんと嫌がるレベルも倍率ドン、お怒りレベルなんてもう倍々ゲームである。

 

 人の嫌がることをしてはいけない(良い子)

 

「俺の方が一夏を分かってるけどな!」

 

 この台詞も割と意味不明だけどな!

 それでも【上】よりはマシなんだい!

 

「……ほう」(フッ……確かにその通りだ。仕事で家を空ける事の多かった私より、旋焚玖の方が一夏と居る時間は長いかもしれん。私が一夏の姉なら、旋焚玖は一夏にとって友でもあり兄のような存在なのかもな)

 

「……むぅ」(ぐぬぬ…! やはり一夏は強敵だった! くそっ、私の方が旋焚玖に想われているというのは、ただの願望に過ぎなかったのか…! やってくれるじゃないか一夏…! それでこそ私のライバル、私の幼馴染だ!)

 

「はぇ~……美しい友情ですねー」

 

「ま、親友ですから……おっ…?」

 

 そんな事を言ってたら、一夏が近接ブレードを振り下ろし、さらにもう1機ビットを撃墜。反動を利用した回し蹴りで最後のビットまで吹き飛ばす。

 

 オイオイ、勝てるわアイツ。

 さっきまでの苦戦は何だったんだっていうレベルまで来ちゃってないか?

 

「凄いじゃないか一夏の奴! ビットは全部破壊したし、本当に勝てるかもしれないぞ!?」

 

 篠ノ之みたいに勝ちを確信してひとっ風呂浴びに行きてぇなぁ、俺もなぁ。あの左手ニギニギな動作さえなければなぁ。

 

「どうやら一夏の癖とやらは、杞憂に終わりそうだな!」

 

「さて、どうなるこ…むっ…! あっ、マズい、行くな一夏!」

 

「ど、どうした主車!?」

 

 むしろこの状況、行かない手はない。ウザったいファンネルを全機墜として、残るはオルコットが手に持つライフルのみ。銃口を向けられる前に接近戦を仕掛ければ、それこそ勝機になる。

 

 このチャンスを見逃す奴なんて居ないだろう。

 それなのに嫌な予感がしてしまった。

 

 しかしピットで叫んだところで、一夏に声が届く筈も無し。ブレードを構えた一夏は、勢いに乗ってオルコットへと迫っていく。

 

 眼前に迫られているのにもかかわらず、オルコットはにやりと口角を上げる。だけでは満足いかないようで……?

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉッ!!」(いけるッ! 確実に一撃を入れられるタイミングだぁぁぁッ!)

 

「オホホホホ! オーッホッホッホッホッ!!」

 

「うわっ!? な、何か急に笑い出した!?」(怖ッ!? オルコットさんが怖いぞ! い、一旦下がった方が良いんじゃないか!?)

 

 本能的に危険を感じて距離を置こうとする一夏……というか、誰だって急にオホホ高笑いされたらビビるわ。誰だってそうする、俺だってそうする。

 

 だが、それでも間に合わない。

 オルコットの腰部から広がるスカート状のアーマーが外れて、ミサイルポッド的なモノが射出されてしまった。

 

「【ブルー・ティアーズ】は4機だけじゃありませんわよ!」(んん~~~ッ! 仕掛けておいた罠に相手が嵌ったこの瞬間…! たまりませんわぁ! 何度味わっても気持ちがいいですわ~~~ッ!)

 

「し、しまっ…!?」

 

 回避が間に合っていない。

 後方へ下がるもミサイルの直撃を喰らい、一夏を中心に爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 うむむ……やはりあのニギニギは負けフラグだったか。

 いやでも、大健闘だろ。つい忘れそうになるけど、アイツこの試合がほぼ初戦闘なんだぜ? それでここまでオルコットに迫ったんだ、それだけでも超すげぇよ。

 

 爆発の黒煙が晴れていく。

 きっとその中心に居る【白式】を纏った一夏はボロボロだろう。

 

「フッ……機体に救われたな、馬鹿者め」

 

 何か嬉しそうな千冬さんの声が聞こえた。

 

「お、おい主車! 一夏の機体が!」

 

「……む」

 

 すっげえ白くなってる。はっきりわかんだね。

 それだけじゃない、さっきまであった傷も消えてるし、なにより【白式】全身が光っているように見える。

 

「このタイミングで『初期化』と『最適化』を済ますとはな。まったく……我が弟ながら悪運の強い奴め」

 

 またもや嬉しそうな千冬さんの声が聞こえた。

 でも直接聞いたら、照れて拳が飛んでくるかもしれない。

 

 そんな時はメールを送るに限るんだ!

 

 

『何やら嬉しそうですな?』

 

 

 ほい、送信。

 

「む……」

 

 いつもの仏頂面で携帯をポチポチしている千冬さん。

 そんな彼女からの返信は。

 

 

『うむ!(≧∇≦*)』

 

 

 どうやら、とても嬉しいらしい。

 むふふ、心の中で小躍りしている千冬さんが見えますなぁ。

 

 

【よろしければ、わたしが喜びのダンスを踊りましょうか!(ギニュー)】

【Shall we ダンス?(邦画)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

 

 

「ま、まさか……一次移行(ファースト・シフト)!? あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言いますの!?」

 

 さっきのオホホ笑いなオルコットは何処へ。打って変わって驚きももんがーなオルコットが、声を荒らげて一夏に問い掛ける。俺は喜びのダンスってるけどな。

 だが彼女以上に目を丸くさせているのは、ファースト・シフト的なヤツを完了させたらしい一夏本人だった。俺は喜びのダンスってるけどな!

 

 【白式】というより、形状を変えたブレードを見つめている。俺はry。

 

「これは……千冬姉が使ってた武器…?」(そうだ。確か名前は【雪片】だった筈。そして俺が手にしているこの武器の名は……雪片弐型…!)

 

 ブレードの刀身に光が纏う。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」(思えば俺は、いつだって守られてきたんじゃないか。千冬姉に……そして、旋焚玖に…!)

 

 何か急に語りだしたぞアイツ。

 どうした一夏、ここにきてまた負けフラグを建設してるのか? 負ける事を諦めていないのか? 

 

「この試合も俺は既に一度負けている。それでもここまで粘れたのは、旋焚玖のおかげさ!」

 

 テメェのおかげで俺ァ踊らされてっけどな! さっさと勝って帰ってこいやァ!!

 

 一夏がブレード(雪片弐型)を構える。

 

「……アナタは主車さんを高く評価していますのね」(織斑さんといい、篠ノ之さんといい……一体、あの変人のどこにそんな魅力がありますの…?)

 

「へっ、最高のダチだ…!」(幼い頃から俺を育てる為に、仕事で家を空ける事の多かった千冬姉……でも、俺はちっとも寂しくなんてなかった)

 

 

『遊びに行くぞオイ!』

 

『たまにはゲームするぞオイ!』

 

『バイトだァ!? 見送ってやるぞオイ!』

 

 

 いつだって旋焚玖は俺の家に顔を出しに来てくれた。騒がしくない日なんて無かったくらいだ。千冬姉がドイツに出張するってなった時だってそうだ。

 

『馬鹿野郎お前飯食いに来いお前!』

 

 旋焚玖と旋焚玖の両親は、俺を温かく歓迎してくれた。何より、俺が勝手にISに触ってしまったせいで旋焚玖を巻き込んじまったのに。

 

『気にすんなよ。トモダチ、だろ?』(ザックス)

 

 アイツはザックスだった(意味不明)

 

「いつまでも旋焚玖の優しさに甘えてられねぇ…! 俺の実力じゃあ、まだまだアイツの隣りには立てねぇけど…! せめて背中は守らせてもらうぜ、この【雪片弐型】と共になッ!」

 

 決意の籠った熱い言葉に呼応するかのように、刀身の光も強く瞬く。

 

「……いいでしょう、このセシリア・オルコット…! あなたの覚悟を前に、逃げも隠れもしませんわッ! いきなさい、ブルー・ティアーズッ!」

 

 再びミサイルが一夏に向かって放たれる。

 だが……!

 

「視えるッ…!」

 

 横一閃。

 迫り来るミサイルを【雪片弐型】で真っ二つ、まさに一刀両断してみせる。それだけじゃない、両断されたミサイルが爆発し、その衝撃が一夏の背中に届くよりも速く、一夏は動き出していた。

 

 目標はもちろん、セシリア・オルコット…!

 

 

 

 

 

 

「……凄ェ…」

 

 あれが『初期化』と『最適化』を終えた、本当の意味で一夏の専用となった機体なのか。動作の一つ一つがまるで違う。

 それは馴染んでいるなんてモンじゃない、もはや一夏と【白式】が一心同体化していると言っても過言じゃない動きだ。そりゃあ俺のダンスも止まるわ。

 

 左手ニギニギも無し。

 これは本当に大金星を期待してもいいのか…? 

 

「オルコットに勝てるぞ、押しきれ一夏!」

 

 篠ノ之の応援も熱が入る。

 ああ、そうだ!

 

 勝てる……勝てるんだ…!

 

「体が軽いぜ!」

 

 ん?

 

「こんな熱い気持ちで戦えるなんてな!」

 

「「 あっ 」」(察し)

 

 最初に気付いたのは俺と山田先生だった。

 2人同時に気付いてしまったのである。やっぱり山田先生はオタッキーなのである。

 

 俺たちの気持ちを知ってか知らずか、オルコットの懐に飛び込んでいく一夏。下段から上段へ逆袈裟払いを放つッ! 

 

 あの台詞と共にッ!

 

「もう何も怖くないッ!」(当たるッ! この距離じゃ外さねぇッ!)

 

「くぅっ!?」(ま、負ける!? このわたくしがッ…! 負けてしまいますの!?)

 

 敗北を覚悟したオルコットの機体へ、勝利を確信した一夏の斬撃が当たる直前に……決着を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

『試合終了。勝者……セシリア・オルコット』

 

 

 知ってた。

 理由は知らんが原因は知っている!

 

 

【一夏の仇!! 今すぐアリーナへ乱入するッ!】

【敗者な一夏を例のテーマでお出迎えする】

 

 

 あ、【下】で。

 例のテーマってきっとアレだろ。

 

 いいぜ、熱唱してやんよ。

 俺の美声で傷心を癒されな。

 

 






旋焚玖:サールティー ロイヤーリー♪

一夏:(´・ω・`)?

真耶:タマリーエ パースティアラーヤー レースティングァー♪

旋焚玖:Σ(゜□゜*)!?




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第53話 公式的和解


試合の後は握手しよう、というお話。



 

 

 

「ご清聴ありがとうございました」

 

「ました~♪」

 

 俺と……何故か山田先生によるマミさんのテーマ、デュエットバージョンも無事完奏し、一夏たちから拍手が送られる。

 

 完奏した感想ですけど(極上のダジャレ)

 山田先生のハモリがとても心地よかったです。バンド組む?(ジョニィ)

 

「それで……なんで俺、負けたんだ?」

 

 マミさんの真似したからだろ(名推理)

 

「【雪片弐型】の特性…と言うより、この場合【白式】の特性と言った方がいいか。いいか、ISにはな……―――」

 

 IS知識の乏しい俺たちにも分かるように、千冬さんが説明してくれた。

 

 ISには【ワンオフ・アビリティー】(単一仕様能力)とかいう、なんか必殺技的なモンがあったりなかったりするらしい。なんか乗ってる奴のテンションが上がったら、ISもなんかノリで発現するかもしれないとかなんとか。

 

 んで、一夏の発現した必殺技は【零落白夜】とかいう名前で、千冬さんが現役の時に発現させた能力と全く同じなんだとか。

 

「バリア無効化…?」

 

「ああ、そうだ。相手のバリアを切り裂いて、本体に直接ダメージを与える能力だな」

 

 おお、何か凄そうだな!

 

「これだけ聞けば無敵の能力に聞こえるかもしれないが、そうは上手くいかん。【零落白夜】を発動させれば【白式】のシールドエネルギーも消費される」

 

 ううむ……自分のシールドエネルギーをも攻撃に転換させるからこそ、相手のバリアを無視できる…ってか。ロマンはあるが、リスクも抱えてんだな。現に、その【零落白夜】とやらを発現させた一夏は負けちまったんだし。

 

「そうか……だから【白式】のシールドエネルギー残量がいきなり零になって、俺は負けちゃったんだな」

 

「ああ。お前も身をもって理解しただろうが【零落白夜】は諸刃の剣だ。使いどころを間違えれば、今日の試合みたいに自滅するのがオチだ。これからはその事も意識しながら練習する事だな」

 

 【零落白夜】を使うか使わないか。

 

 それ次第で、戦術も練習内容も全然変わってくるのが容易に想像できる。

 ま、俺らはまだ1年なんだし、焦らず色々試してみればいいんじゃね? 俺も今夜はまどマギ鑑賞する予定だし、たけしと。

 

「なるほど……そういう事でしたのね」

 

 声のする方を見たら、なんとオルコットの姿が。それに、その後ろには相川と鷹月も。

 

「試合後の挨拶に来ましたの。織斑先生、少しお時間頂いてもよろしいでしょうか?(チラッ)」

 

 ん?

 

「もう話も済んでいる。好きにしろ」

 

「ありがとうございます(チラッ)」

 

 んん?

 

「本当にお見事でしたわ、織斑さん。初心者とは思えない動きでしたもの(チラリズム)」

 

 いや、それで何で俺の方をチラ見してくんだよ。俺のことが好きなのか? 

 

……僕もしゅき~♥(可愛さアピール)

 

「無我夢中だったからな。でも、オルコットさんには勝てなかったし。やっぱ代表候補生ってのは凄ぇよ」

 

「此度の試合、わたくしは自分を勝者などと思っていませんわ。ですので織斑さんは【白式】でしっかり訓練してくださいな。そしてもう一度、今度は同じ条件で試合いましょう」

 

「……ああ! 望むところだぜ!」

 

 おぉぉ~……何か青春マンガっぽい展開だぁ。2人共、握手まで交わしてるし。こういう展開ってマンガじゃベタだって思ってたけど、実際目にしてみると良いモンだな。

 

「……コホンッ…! そ、それでですね、その……改めてそのぅ……わたくしは、なんて言いましょうか……此処に来たのは、もう一つ理由がありまして…」

 

 さっきまでの堂々とした振る舞いが一転、もじもじオルコットに変わったでござる。非常に新鮮で非常に可愛い。

 

「がんばれ、セシリア!」

 

「ふぁいとだよ、セシリア!」

 

 何か相川と鷹月がエールってる。

 

「(清香さん…静寐さん…! そ、そうですわ! 有耶無耶にしてはいけません! 今こそちゃんと謝罪するのです、セシリア・オルコット!)あのっ、主車さん…!」

 

「……なんだ?」

 

 状況から判断するに……これは愛の告白ですね、間違いない。

 キメ顔で対応するのだ!

 

「その、ま、前々から言おうとは思っていたのですが…その…!」

 

「……ああ」(キメ顔)

 

 初めての彼女はイギリス美人。

 何て素晴らしい響きなのか…!

 

「入学式の日にアナタを貶すような発言をして、申し訳ございませんでした!」

 

「……気にするな」

 

 オルコットは良い子。

 俺はうんこ。

 

「え、そんな事あったっけ?」

 

「お前は……本当に覚えてないのだな。いいか、この試合の発端も―――」

 

 首をコテンと傾げる一夏に篠ノ之が説明する。

 正直、俺もどんな事を言われたのかまでは、もう覚えてない。だって、俺を貶したらしいオルコットと俺って、今じゃあ文通までしてる仲良しさんだもん。

 

「―――という訳だ」

 

「あ~…そういえば、そんな事もあったなぁ! そうだったそうだった! それで俺がオルコットさんにキレて、決闘するって流れになったんだっけ!」

 

「そ、そうですわ。その……言い訳がましいのですが、これまでわたくしの周りにいた男性は、とにかく女性に諂い媚びた輩ばかりでして……その、入学当初のわたくしは、主車さんも織斑さんも、きっとその類だと思い込んでまして……つい、あのような事を……」

 

 食堂でもハッキリ言ってたもんなぁ。

 自分は女尊男卑だって。でもこの感じだと、ソレ一辺倒ではなくなったって事なのかな? というか、別にマジで俺は気にしてないし、一夏も篠ノ之も、この試合の前から普通にオルコットとは話す仲になってたし。

 

 それでも謝罪を申し出るって事は、オルコットはちゃんとケジメをつけたいって思っているのだろう。

 

 やっぱり良い子じゃないか!

 美人な上に良い子とか何だそれ! 非の打ち所が無いじゃないか! うへへ、俺はそんな完璧超人と文通してるんだぜ? 羨ましいだろぉ?(自慢)

 

 ま、何にせよ、俺が言える事はただ一つだ。

 

「気にするな。俺は気にしていない」

 

 むしろギャーギャー怖がられるより、オルコットみたいに正面からブツかってきてくれた方がいいくらいだ。

 

「主車さん…」

 

「謝るというのは存外勇気がいるものだ。それを逃げずに果たしてみせたオルコットに、どうして私も拒めようか」

 

「へへっ、これで俺たちも晴れて友達になれたって訳だな!」

 

「篠ノ之さん…織斑さん……ええ、そうですわね!」

 

 とてもいい話である!

 せっかくの高校生活なんだ。変にギスギスした雰囲気より、仲良く楽しく過ごした方が良いに決まってるもんな!

 

 一夏も試合で漢っぷりを魅せれたし、オルコットと本当の意味で友達になれたし、そう考えたらこの試合も意味があったってなモンだ。

 

 ん…?

 なんか忘れているような……はて?

 

「ふむ……では、もう2人は試合する理由もなくなったって事か」

 

「……!」

 

 篠ノ之の言葉で思い出した…!

 そうだ、俺もコイツと試合するんだっけ!? やべぇ、一夏の健闘っぷりで完全に忘れてた! 

 いやいや、でも実際もういいんじゃね!? 篠ノ之の言う通り、もう俺たちに確執なんてないし! というかそもそも謝罪とか関係なく、確執とか無かったし!

 

「いいえ、主車さんとも試合いますわ!」

 

 なんでぇ?

 弱い者いじめは良くないゾ。

 

「織斑さんと試合う前、わたくしは自身の完勝を確信していました。清香さんと静寐さんの応援で、油断も慢心もなかった……それなのに、結果は敗北寸前まで追い詰められましたわ」

 

 何か嬉しそうだな。

 きっと一夏と試合った事で、何かしらオルコットも得るモンがあったんだろう。

 

「織斑さんを言葉だけで覚醒させてみせた主車さん。わたくしを追い詰めた織斑さんから高い評価を抱かれている主車さん。そんなアナタとの試合をどうして無しになどできましょうか!」

 

 うわ、何か俺も同格(ISでの強さ的な意味で)だと思われてる!? いやいや、待ってくださいな。俺と闘っても別に得られるモンなんてないですよ? むしろ失うモンばっかだと思いますける! けるける!

 

「わたくしがイギリスからこの学園に来たのは、自身のレベルアップのため! シンプルに強くなるためですわ!」(オルコット家はわたくしが守る! 誇りと共に!)

 

「おお、オルコットさん燃えてるなぁ。俺もそれくらい向上心を持って、これからは励まないとな!」(旋焚玖の背中は俺が守る! 白式と共に!)

 

 オルコットと一夏の波長共鳴がやべぇ。

 一夏が熱血タイプなのは昔から知ってたが、オルコットも意外にそっち系だったのか。

 

「うふふ、そうですわね。ちなみに主車さんは強いですか?」(IS的な意味で)

 

 俺に聞けよぉ!

 何で一夏に聞くんだよぉ!

 

「おう! 旋焚玖は俺の100億倍強いぜ!」(生身的な意味で)

 

 強すぎィ!!

 

 アホかお前!

 お前もうそれ神格化されてんじゃねぇか! 割とマジっぽい顔で言ってんじゃねぇよ! ボケてんなら分かりやすい顔してくれよ!

 

「ひゃ、ひゃくおく倍…ですってぇ…!」

 

 おい。

 おい、そこの金髪淑女。純粋コロネかお前。

 

 何でお前もマジな感じで捉えてんの? 

 そんな訳ないじゃん。そこは笑うとこだぞ。

 

 

【泣きベソかいて全力で否定する】

【男らしくここは無言を貫く】

 

 

 クソッたれぇ…(諦め)

 

 足下見やがってこのクソ選択肢が…! ここで泣いたらオルコットに惚れてもらえないだろぉ! 篠ノ之にだって愛想尽かされちまうわい! 一夏は……まぁ大丈夫だろうけど。

 

 え~っと、だ。一旦、計算してみよう。

 ライフル持った農家のおっちゃんが戦闘力5だったから(ドラゴンボール的な意味で)ISなし、無手の一夏をとりあえず戦闘力3と仮定して。3の100億倍で300億になると。んでも、数値だけじゃいまいちピンとこない。

 

「戦闘力300億ってドラゴンボールじゃ誰になりますかね?」

 

 誰に聞いてんの?

 んなモンお前、1人しか居ないよなぁ?

 

「完全体のセルを倒した時の悟飯ですね!」

 

 即答すぎィ!!

 そしてやっぱり強すぎィ!! 

 

 んな訳ねぇだろバカ!

 

「くっ……ジャパニーズアニメで例えられても、分かりませんわ!」

 

「大丈夫だよセシリア。部屋に帰ったら『あなたちゅ~ぶ』で一緒に観ようよ!」

 

 おいコラ。

 どのシーンを観せる気だオイ?

 

「清香さん…! そうですわね、そうと決まれば善は急げです! では皆さん、明日からもよろしくお願いしますわ!」

 

 結局俺に弁明の機会を与えてくれる事はなく、オルコットは相川と鷹月と共に、ピュ~ッと帰って行った。

 

「オルコットにISで勝てるか、主車…?」

 

 篠ノ之が不安げに聞いてくる。

 不安げなら俺の代わりにフォローしてほしかったんだ!

 

 んで、なに? IS勝負?

 

 ハハッ、勝てる訳ないんだよなぁ。

 3日後だろ?

 俺まだ右腕しか動かねぇし、今夜はたけしとまどマギ観る約束してるし(してない)

 

 

【正直に弱音を吐く】

【ただ笑みを浮かべる】

 

 

「フッ……さて、な」

 

 馬鹿野郎お前俺は強がるぞお前!

 虚勢は男の矜持なんだい!

 

 あと3日…!

 1日4話ずつ観たら間に合う!(現実逃避)

 

 






アルティメット悟飯:勝てんぜお前は…

セシリア:Σ(゜□゜*)!?



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第54話 セシリアは名探偵


敵情視察、というお話。



 

 

 

「で、参考になった?」

 

「……なると思いますか?」

 

「ですよねー」

 

 先程までわたくしは、清香さんと共にジャパニーズアニメを鑑賞していました。何でもそのアニメに登場するキャラクターの1人が、主車さんの強さと同等であるとピットで話に挙がりましたので、3日後の試合の参考にと思っていたのですが。

 

「主車さんは手からビームを撃ちますの?」

 

「いや、無理っしょ」

 

 ですわよねー。

 

「主車さんはIS無しで空を飛べますの?」

 

「いや、無理っしょ」

 

 ですわよねー。

 

 そもそも100億倍の強さとか、桁がおかしすぎて正直わたくしには想像もつきませんわ。ここはもうシンプルに、主車さんは織斑さん以上の強さ、とだけ考えた方が良いかもしれませんわね。

 

「んもう……それもこれも織斑さんが100億倍とか仰るからですわ」

 

「それを普通に信じちゃうセシリアは可愛いなぁ」(誰がどう聞いてもアレは冗談っしょ。確かに誰もツっこみはしなかったけど。んでも、主車くんは『なに言ってだコイツ』みたいな顔で織斑くんを見てたしね)

 

「そ、そうでしょうか。まぁわたくしも、美容には気を使っていますからね!」

 

「あっはっは~……そういうとこだぞ~!」

 

「きゃっ!? な、何ですの清香さん!? 急に抱きつかないでくださいまし~!」

 

 んもう!

 清香さんにも困ったものですわ!

 

 このわたくしに、こうまで無遠慮な接し方をしてくるなんて。遠慮の無さで言えば、まぁ主車さんが断然トップなのですが、女子じゃこの清香さんが一番ですわね。 

 このエルィィィトに断りもなく抱きつくだなんて、イギリスでは考えられない、畏れ多い行為ですのよ? 分かってますの?

 

 とはいえ、イギリスの学園では経験する事のなかった、対等なコミュニケーションに、少なからず心地良さを感じているのも事実です。ここは特別に不問にしてあげましょう。仕方なく、ええ、仕方なくですわ、オホホホ!

 

「なぁにニヤニヤしてんの~?」

 

「なぁっ!? ニヤニヤなどしていませんわ!」

 

 言っておきますが、わたくしがアナタを乱雑に振りほどかないのも仕方なく、ですからね! 大人しくされっぱなしと思わない事ですわよ! わたくしのベアハッグを喰らいなさい!(照れ隠し)

 

 

 

 

 

 

「実際、主車さんはどれくらい強いのでしょう…」

 

「どうだろね。まだ試合してるとこ見た事ないし……あ、でも、ニュースで報道されてたじゃん! ほら、めちゃくちゃ暴れてたやつ! セシリアも観た事あるっしょ?」

 

「実はわたくし、観ていませんの」

 

「えぇ!? ウッソだぁ! だってあんなに毎日報道されてたんだよ? 日本だけじゃなくて世界中でって聞いてるよ?」

 

 織斑さんの記者会見は確かに観ましたわ。世界初の男性起動者という事で、わたくしもかなり衝撃を受けましたから。

 ですが、終始(´・ω・`)な顔でインタビューに受け答えする織斑さんを観て、やはり男性はISを起動させても弱い存在なのだと、あの頃のわたくしは思ってしまいましたわ。

 殿方には期待できない。それは2人目も同じという思いから、あえて観ないようにしていましたわね。

 

「じゃあ、セシリアも今から観る? 絶対このサイトにもアップされてるだろうし」

 

「そうですわね。政府の人間を相手に派手に立ち回った、というのは聞いていますし。その映像を元に検証しましょうか」

 

 主車さんの名前で検索をかける。

 すると一番上に、主車さんの姿が写っているサムネイルが出てきましわ。これが例のニュース映像なのでしょうか。

 

「えっと、タイトルは……大乱闘スマッシュブラザーズX…?」

 

「あっ」(察し)

 

「え?」

 

「何でもないよ~」

 

「そ、そうですか? ではさっそく開いて……えっ、な、何ですのこの再生数!? 1,145,148,101,919回も視聴されてますの!?」

 

 桁がおかしいですわよ!?

 これって1兆回以上も再生されてるという事ですわよね!? 世界でたったの2人しかいない男性起動者とはいえ、この視聴回数は異常ではなくて!? 

 

 いえ、どうなのでしょう……世界に対するISの影響力を考慮すれば、これくらい視聴されていてもおかしくはない……?

 

「き、清香さんはどう思い―――」

 

「良いよ!来いよ!」

 

「え、何がですか?」

 

「何でもない」(迫真)

 

「そ、そうですか? えっと……では、再生しますわね」

 

 こうも無表情で言い切られると聞くに聞けないですわ。

 清香さんの反応から推測するに、おそらくこれは、日本特有の文化なのでしょう。イギリス育ちのわたくしには難しいと判断しての、清香さんの返答と捉えるのが自然ですわね。

 

 

『昨日の午後3時過ぎ。国内でまた新たに、男性起動者が発見されたとの事です。まずは映像をご覧ください』

 

 

 ふむ……これが主車さんがISを起動させた時に流れたニュースですか。織斑さんと違って、主車さんは記者会見を開いていないとの事ですが、さて……?

 

 

『3人に勝てる訳ないだろ!』(顔にモザイク)

 

『馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!』

 

 

「ブフッ…! た、確かに暴れてますわね。わたくしとした事が、少し吹いてしまいましたわ、うふふ」

 

 笑ってしまってすみません、主車さん。

 でもわたくし、アナタがこんなに焦っているのを観たのって初めてなんですもの。知り合ってまだ10日足らずではありますが、主車さんはいつもどこか余裕めいた雰囲気…というか、不敵な笑みばかり浮かべてられますもの。

 

 うふふ、こんな普通の学生っぽい表情もされますのね。

 

「いやいや、凄いのはこっからだって。ほら……くるよ!」

 

 

『ケガしてェ奴からかかって来いッ!!』

 

 

 な、なんと…!

 主車さんと対峙している相手は、20人すら超えているように見えます。それなのに、主車さんはまるで臆することなく吠えてみせますか…! むむぅ……この動じない心胆は賞賛に値しますわね。

 

「ぶっちゃけ、このシーンだけはカッコいいと思う」(素)

 

「そ、そうですわね。優雅ではありませんが、凛々しいお姿と言えるでしょう」

 

 普段の主車さんも、これくらいキリッと真摯な佇まいで居てくれましたら、わたくしだって悪態など吐きませんのに。

 

 それにしても、本当に大暴れしてますわね。

 

 自分から渦中に飛び込んでいったのにも驚きますが、主車さんはただの喧嘩好きな御人ではなかった……? 何かしらの武を心得ているのでしょうか。そして、この乱戦でどうしてそこまで冷静に対処できますの…?

 

「……って感じで、織斑くんの記者会見よりもインパクトあったからさぁ。何かもう一時はテレビでずっと流れまくってたんだよね」

 

「確かにインパクトはあるでしょうね。それにしても……ふむぅ…」

 

 本人自身の強さとISの強さは、また話が変わってきますわ。それでも彼のメンタルの強さは、IS技術に関係ないとはいえ十二分に脅威と言えましょう。わたくしも試合の時は気を付けなければいけませんわね。

 

「さて、動画も見終わりましたし……あら? この下はコメント欄でしょうか」

 

 何気なしにスクロールしては、軽く目を通していく。

 

 

143,000件のコメント

 

 

『いいカラダしてんねぇ!』

 

『身体もいいし顔もいい』

 

『フツメンだな!(掘られ顔)』

 

『フツメンだな!(掘り顔)』

 

『両刀なのか……(興奮)』

 

『(IS起動させて)もう許せるぞオイ!』

 

 

「な、なんですのこれは……」

 

「たまげたなぁ」(恍惚)

 

「え?」

 

「何でもない」(迫真)

 

 先程から所々でおかしくなる清香さんの言動ですが、深く指摘してはいけないと第六感がわたくしに囁きますわ。

 

 気を取り直して、もう少しだけ見てみましょう。

 

 

『正直この子買いたい。買いたくない?』

 

『ええやん、なんぼなん?』

 

『こちら、14万3千円になっております』

 

『安すぎィ!!』

 

『これは買う(断言)』

 

『旋ちゃんを変な目で見んな!ヽ( `皿´ )ノ』

 

『36回払いでオナシャス!』

 

『バイトしなきゃ(使命感)』

 

 

「……えっと…主車さんって人気ですのね」

 

 まだまだ日本語の拙いわたくしでは、深い部分までは読み取れませんが、きっと良い印象を持たれているという事だけは分かりましたわ。

 

「おっ、そうだな」(優しい嘘)

 

 清香さんは相変わらず変な感じですし、もうここらへんで動画は閉じてしまいましょう。

 

 しかし、流石は世界でたった2人だけの男性起動者なだけあって、わたくしが想像していた以上に、彼の認知は凄まじいものになっていましたのね。

 悔しいですが、知名度だけでいえば、今のわたくしはきっと織斑さんにも主車さんにも負けているのでしょう。

 

「織斑くんも主車くんも、下手な有名人よりよっぽど有名人な立ち位置にいるもんね。もしかしてもうwikikipediaとかあったりしてね!」

 

 確かにあってもおかしくないですわね。

 他の方が主車さんをどう評価しているのかも気になりますし、事のついでですわ、もう少しだけ調べてみるのも一興でしょうか。

 

 ヤホーで主車さんの名前を検索してみる。

 やはりと言いますか、何と言いますか。ありましたわ。一番上にヒットしましたわ。

 

「ありますねぇ!」

 

「テンション高いですわね、清香さん」

 

 まぁ、陰鬱な気分で見る必要も無し。好奇心を突つかれた程度なノリで見るのが良いのでしょう。さっそく主車さんの記事をポチッとクリックしてみますわ。

 

 

『世界で2人目のIS男性起動者。最狂、最悪、最強の男。主車旋焚玖。』

 

 

「……は?」

 

「うわ」

 

 

『主車の声を聞くところ、すべて血の色で染まる。女、子供、老人……すべてに平等に暴力を持って制する。残忍、凶暴、悪辣、卑怯、およそ悪の形容すべて当たる男。

 

 血の滴る音の中を生き、骨の折れる音を好み、血の叫びの中で微笑む。この者に勝って助かった者は無し。今までの死者は零。しかし行方不明者多数。日本で、否、世界で最も危険な男……それが主車旋焚玖…!』

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

『今が全盛期の主車旋焚玖伝説』

 

・3ペチ5殺は当たり前、3ペチ8殺も

・微笑むだけで女は死ぬ

・格下相手には手は出さず、自分の奥歯を折るのみ

・折れた奥歯は次の日には元通り

・下戸なのに酔拳の達人

・夫婦の離婚問題も3分で解決

・世にある武器全てをマスターしている

・武器造りにも興味あり。現在、金剛暗器を開発中か

・童貞

・百獣の王すぎてライオンにナンパされる

・チーターと浮気中、黒豹に見つかってしまうが事なきを得る

・絶世の美女が裸エプロンで現れても興味無し

・日本のヤンキー100億人を小指だけで倒してのける

・雷を素手で切り裂いた経験あり

・それ以来、雷の方から挨拶にやって来る

・竜巻が発生したと思ったら、真ん中で扇子を持って踊っていた

 

 

「……主車さんって凄い人なのですね」

 

「……そうだね、凄いんだね主車くんって」

 

「この記事、信じられますか?」

 

「信じれないよう」

 

 ですよねー。

 ですわよねー。

 

 ですが、こんなバカげた逸話を語られてしまう程の人物……そんな人とわたくしは3日後に試合を行う…!

 

「くっ…! こんな事なら見なければ良かったですわ! 余計に頭が混乱してきましたもの…!」

 

「あー、まぁそうだよねぇ」

 

 一体、主車さんは何者なのですの!

 こんな途方もない記事を見てしまった以上、もうあの人に対して、たまたまISを起動させてしまった、少し強いだけの男の子…! という印象は捨てた方が良さそうですわね。 

 

 わたくしは既に織斑さんとの試合で、【ブルー・ティアーズ】の戦術を披露してしまっている。きっと何らかの対策をしてくるに違いありませんわ。

 対して主車さんが強さを示しているのは、例のニュースで流れている短い映像のみ。わたくしが対策を練るには、あまりに心許ない材料と言えるでしょう。

 

 どうしましょう……ここは主車さんをよく知る人物に、話を聞いた方が良いのでは…? となると、必然的に相手は限られてきますわね。IS学園でいくと織斑さんか篠ノ之さんになるでしょう。

 ですが、あの2人は明らかに主車さんを好いてますからね。主観的な意見ばかり言ってきそうな予感がプンプンですわ。あ、ちなみに今のプンプンはプンプン!ではなくプンプンしますわ的なプンプンですので、あしからず。

 

「主車くんと知り合いかぁ……織斑くんと篠ノ之さん以外だったら……あ、織斑先生が居るじゃん!」

 

「その手がありましたか! 流石は清香さんですわね!」

 

「えへへ! でしょでしょ!」

 

 そうですわ、織斑先生が居るではありませんか! 

 あの人なら主観的ではなく客観的なお話をしていただける事でしょう。なんてったって大人ですし? そもそも教師ですもの。その上、かの伝説のブリュンヒルデときていますからね!

 

「善は急げ、ですわ! さっそく主車さんのお話を聞きに、職員室まで行ってきますわ!」

 

「いってらっしゃい!」

 

 

 






(悲報)その後彼女の姿を見た者はいない。


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第55話 誰かの評価で旋焚玖を語るより

自分で知ってから決めろよ!!!というお話。



 

 

「とうとうこの日が来たか」

 

 今日は待ちに待ってないオルコットとの決闘だ。時間は既に夜の10時を過ぎている。当然、一般生徒のアリーナが使える時間は終えている。というか、もう寮から外出してはならない時間だな。

 

 心配性な2人を除いて。

 

「ちゃんと千冬姉には許可を貰ってるからな」

 

「そういう事だ。私も一夏も応援させてもらうぞ」

 

 アリーナに向かう途中で、一夏と篠ノ之が俺を待っていてくれたのだ。今夜の決闘は無観戦試合なのだが、俺をよく知るコイツらなら別に観られても問題はない。

 

「それで、ISの方はどれくらい動かせるようになったんだ?」

 

「両腕かな」(ドヤぁ)

 

 昨日の夜、『もう絶望する必要なんて、ない!』のシーンで、【たけし】もテンション上がったのか、左腕も自由に動かせるようになったのだ! まどかちゃん、ありがとう。あなたはわたしの、最高の友達だったんだね。

 

「ドヤ顔しているが、それで勝てるのかオルコットに?」(正直、私は難しいと思う。主車の強さは言うまでもないが、それはあくまで身体的な部分だ。その場から動けず、両腕しか動かせないISなんて拘束具と同じではないか…!)

 

 勝てる訳がない(ベジータ)

 

「逆にお前らはどう思う? 両腕しか動かせない素人と、バリバリの代表候補生。常識的に考えて、勝つのはどっちだ?」

 

「そ、それは……」

 

「むぅ……」

 

 一夏も篠ノ之も浮かない表情をしている。

 2人とも、よく分かってんじゃねぇか。それが答えだ。動きを制限されたド素人が、専用機持ちの代表候補生に勝てるなんざ無理に決まってんだろ。理想と現実は違う。

 

「常識的に考えたら、やっぱオルコットさんが勝つよな…」(旋焚玖の強さは千冬姉にだって負けてない! けど、両腕以外が動かないISってなると……流石の旋焚玖でも…)

 

「うむ……私も、こればかりは仕方ないと思う」(むしろ一夏と試合った後、オルコットが旋焚玖とも試合を行うと言い出した時、私は止めるべきだったのではないか…! 一夏の善戦に浮かれていた証拠だ、私のバカ!)

 

 

【IS乗りとして試合に臨む】

【主車旋焚玖として決闘に臨む】

 

 

 【上】と【下】で何もかもが変わってくるだろう。

 これは【選択肢】による選択提示じゃない。

 

 俺の意思の確認だ。

 

 ここに来るまで、正直迷っていた。

 俺はどう戦うのが正しいのか。

 

 だが、コイツらの顔を見て吹っ切れたよ。

 

「そうだな。こればっかりは仕方ねェ……オルコットの勝ちだ」

 

「(´・ω・`)」

 

「むぅ……」

 

 

「俺が相手じゃなかったらな…!」

 

 

「主車…!」

 

「イエーッ! 旋焚玖イエーッ!」

 

 そうそう、それでいい。

 彼方の月のように美しい篠ノ之に、憂い顔は似合わない(吟遊詩人)

 一夏はまぁ……そのアホな感じのままでいてくれ。

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

「え、ピットはそっちじゃないぞ」

 

 動けねぇ俺がピットで【たけし】を纏っても意味ないんだよ。だって歩けないもん。いや筋力に物を言わせたら歩けるけど、そういうのじゃないし。

 

「闘い方にも色々ある。例えば……競技と実戦の違いとかな」

 

「ッ……主車、お前…まさか……」

 

 篠ノ之なら気付くか。

 柳韻師匠の娘だもんな。

 

 2人に背を向け、アリーナへと足を進める。

 

「旋焚玖の言葉の意味、分かるか?」

 

「さぁな。だが、これからオルコットと試合うのはIS学園の主車じゃない。篠ノ之流柔術唯一の皆伝者、主車旋焚玖だ」

 

「ゴクッ……あの千冬姉ですら、過酷すぎて根を上げた伝説の実戦派…! 喧嘩師として旋焚玖が臨むってなると……今夜は荒れるぜぇ…!」

 

 聞こえてんだよなぁ、全部よぉ。

 喧嘩師って……なんだその花山さんチックな二つ名、初めて聞いたわ。というか、それだと俺が無類の喧嘩好きみたいじゃないか! 

 

 別にこちとら滾ってねぇよ、アホか! バイオレンスは中学で卒業したわ! 今の俺はラブコメなんだよ! 

 

「旋焚玖の喧嘩を目撃するってのはな、男にとって最高のステイタスなんだぜ」

 

「フッ……男だけではあるまい、一夏よ。そこには武術家も入るのだ」

 

「へへ、そうだな」

 

「ふふ、そうだろう」

 

 もうやだぁ!

 やだこの2人ィ!!

 

 バカみてぇにどんどんハードル上げてってんじゃないかぁ! 【下】選んじまった事をさっそく後悔しちゃうよぉ! こんな事なら大人しく【上】選んでりゃ良かったよぉ!

 

 これ以上聞いてたら、耳が痛くなるどころかダルダルになるわ。鼓膜がダルダルになるわ。とりあえず一夏と篠ノ之特有の、俺に関する謎やり取りが聞こえない所まで縮地るのだった。

 

 

【もうやだ、おウチ帰る】

【今日はまだ鈴に電話してないぞ】

 

 

 そうだな。

 流石に逃げる訳にはいかねぇし、鈴から勇気とやる気を貰おう。

 

 携帯取り出し、世の中には色んなパピプペポがあるってな。

 

「あ、もしもし鈴?」

 

『なによ、もうイギリスの子との試合終わったの?』

 

「いや、今からなんだけどさ。ちょっと試合前のアレだ、不安になってきたっていうかよ」

 

『だぁぁぁから言ったじゃない! まどマギ観てる暇なんてないって! アンタずっと観てたんでしょ!? たけしと!』

 

「し、しかし!」(ラムザ)

 

『しかしって言うんじゃねぇわよ!』(ガフガリオン)

 

『いくらISと仲良くなるったって、代表候補生との試合前にアニメ観まくるアホとか世界中でもアンタくらいよ!』

 

「ぐ、ぐぬぬ……でもまどかのおかげで左腕も動かせるようになったしだな」

 

『はぁ!? 逆に考えてもみなさいよ! まどかのせいで左腕しか動かせてないかもしれないでしょうが!』

 

「……!」

 

 その発想はなかった。

 青天の霹靂とはまさにこれ。俺は左腕も動かせるようになって満足してしまっていたが、確かに鈴の言う事にも一理ある。当初の予定通り『日本統一』シリーズを観ていたら、もしや完全に動かせるようになっていた可能性も…!

 

 アニメのチョイス、ミスったか…?

 チョイスなだけに(極上のダジャレ)

 

『アホがアホな事考えてんじゃないわよアホ』

 

 電話越しでエスパるのヤメてくれませんかね。

 

『まぁいいわ。で、柄にもなく不安になってんのね。アンタにしちゃ珍しいじゃない?』

 

 別に不安になる事自体は珍しくない。

 心の中ではいつも不安だしいつも焦ってるさ。それを口に出すか出さないかの違いよ。

 虚勢を張ってみせる事に定評のある旋焚玖さんだが、他のメンツと比べても鈴はちょいと特別だ。乱ママに弱音メール送ってるのが入学式にバレちゃったし。もう鈴には気張る必要もないかなーってね。

 

 

【だから俺が勝ったら毎日お前の酢豚を食べさせてくれ】

【だから俺が勝ったらお前もIS学園に来い】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 なんだオラァッ!!

 プロポーズかコラァッ!! なにが酢豚だアホ! センスの欠片もねぇなお前な! というかフッた男からプロポーズされちまうとか、普通に事案じゃねぇかボケ! 中国警察ナメんなアホ! ポリス・ストーリーかお前!

 

「だから俺が勝ったらお前もIS学園に来い」

 

 そうだ、来いこのヤロウ! また一夏と3人でバカやろうぜ! 何だったらついでに乱ママも連れて来いやオラァッ!!

 

『……あたしが行くって言ったら、不安がなくなるの?』

 

「不安はなくならねぇが、やる気は出るだろうな」

 

『……ふふっ、いいわ。アンタが勝ったらあたしもIS学園に行ってあげる。だから無理せず適当にガンバんなさい』

 

「……ああ…!」

 

 俺のアホな言葉に対しても、気負わない程度に済む声援を送ってくれる鈴の気遣いが五臓六腑に沁みわたるぜ…! 鈴のこういうところホントしゅき♥(可愛さアピール)

 

 鈴から闘る気と勇気を貰えた俺は、アリーナへと出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 アリーナの中央にわたくしだけが立っている。織斑さんとの試合のような、騒がしいギャラリーも今宵はいない。今夜の試合は、主車さんが提案してみせた無観客試合なのですから。

 

 今のわたくしは【ブルー・ティアーズ】をまだ纏っていない状態です。本来であれば、アリーナに出る前にピットでISを纏う予定でしたが、織斑先生がまずはISを装着していない状態でアリーナ中央で主車さんと合流、後に試合と言われましたので。

 

「主車さん……」

 

 今宵の試合で、わたくしはアナタの本質を見極めさせていただきますわ。

 

 思い出されるはあの日の事。

 織斑先生に主車さんの事を聞きに行ったあの日ですわ。遠回りするのを嫌うわたくしは、織斑先生に率直に聞きましたの。主車さんはどんな人なのか、知っている事を教えてほしい、と。

 

 ただ、返ってきたのはとても簡素なものでした。

 

 

 

 

 

 

「他人の評価などアテになるか。主車を知りたければ、自分からブツかっていく事だな」

 

「むぅ……それはそうかもしれませんが…むむぅ…」

 

 相手は世界最強の称号をお持ちになるブリュンヒルデである事を、この時のわたくしはうっかり失念していました。つい、主車さんに接する時のように、不満げな表情を浮かべてしまったのです。

 

「私の言葉が不服だと…?」

 

「ぴっ!?」

 

 謎の圧迫感がわたくしを包み込む!? こ、この感じ、主車さんに驚かされる時のアレに似てますわ! まるで四方八方を【ブルー・ティアーズ】に囲まれているかのようなプレッシャー…!

 

「フッ……冗談だ」(ブリュンヒルデジョーク)

 

 殺気を纏った冗談とか意味不明にも程がありますわ!

 

「も、もうっ! 主車さんみたいな事をなさらないでくださいまし!」

 

 主車さんに毒されてるのではありません事!? あるいは主車さんが織斑先生に毒されている可能性も…?

 

「すまんすまん。だが、主車で思い出した。お前、アイツに謝罪は済ませていたがお礼もちゃんと言ったのか?」

 

「お礼? なんのです?」

 

 わたくし、何か主車さんにお礼をしなければならない事とかありましたっけ? むしろ、主車さんがわたくしにお礼を言うべきですわ! 

 授業中だって主車さんから送られてくる文通に、わざわざ付き合ってあげているのはわたくしくらいですわ! まったく、わたくしの優しさに感謝してほしいですわ!

 

「ふむ……ならば聞こうか。お前はどうして主車に謝った?」

 

「どうしてって……わたくしが主車さんを侮辱したからですわ」

 

 あの発言は我ながら大人気なかったと思いますわ。異国での学園生活初日という事もあり、無意識に気を張っていたのかもしれませんわね。

 

「ああ、そうだな。それで、何故お前は主車を侮辱したのか覚えているか?」

 

「何故って、それは……」

 

 もう1週間も前の事ですもの。

 そこまで鮮明に覚えてはいませんわ……えっと、あの時、どんなやり取りがあって、わたくしは声を荒らげたのでしたっけ?

 

 えーっと……ああ、そうでしたわ。

 確かクラスの代表を決めるとかって話から、始まったような記憶がありますわ。そして大勢の女子が織斑さんを推薦しだして……あら? 

 その流れで、わたくしが主車さんに暴言を吐く理由にはなりませんわよね。どちらかといえば、織斑さんに強くアタるのが自然な筈……はて…?

 

 いえ、そうですわ。

 わたくしは抗議しましたわ。

 

 クラスの代表はクラスで最も実力ある者がなるべきです、と。それなら入学試験主席の私がなって必然です、と。

 

 だんだん思い出してきましたわ。

 そうです、それなのにクラスの皆は、男性起動者が物珍しいからという理由だけで……あ…。

 

 

『ですのに! あなた達という人は、まったく! ただ男性起動者が物珍しいからという理由だけで……―――』

 

 

「……『極東の猿に』、だったか?」

 

「うぐっ!?」

 

 お、思い出しましたわ。

 思い出してしまいましたわ。

 そしてそして……ひぃぃぃ…わたくしを見つめる織斑先生の視線が、心なしか鋭いものになっていますわ…! まるで視線のダイヤモンドダストですわ…!

 

「この後どんな言葉を綴るつもりだったんだ、えぇ? イギリス代表候補生、セシリア・オルコットよ」

 

「そ、それは、そのぅ…」

 

 主車さんの事を聞きに来たら、教わるどころか、何故か織斑先生に問い詰められてるわたくし!の図ですわぁぁぁッ! 

 しかも、ここで『代表候補生』の肩書きを出されるって事は…! 織斑先生には何もかもお見通しという事ですわぁぁぁッ!

 

「代表候補生としてあるまじき言葉を放っていたと思いますわ……」

 

 熱くなっていたわたくしは、おそらく日本を蔑むような事を言っていたでしょう。

 わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをするつもりは毛頭ない、と。文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛である、と。

 

「それがどうして未遂に終わったんだ?」

 

「それは…! それは主車さんが…! そうですわ、主車さんが言葉を続けようとするわたくしに、横やりを入れてきたからですわ! わたくしが言おうとする度に何度も横やりを……むぅ…?」

 

 わたくしの邪魔をしてくる主車さんに腹を立て、そして主車さんに暴言を吐いて織斑さんがキレてわたくしもキレて……という流れでしたわね。

 ですが、今考えたら疑問が浮かびますわ。どうして主車さんは、わたくしが言葉を紡ごうとする度に邪魔をしてきたのでしょうか。

 

「分からんか、オルコット? お前を守る為に決まっているだろう」

 

「なっ…! あ、ありえませんわ! そんな事をして主車さんに一体なんの得があるって言うのですか!」

 

 織斑先生ともあろうお方が、何を世迷言を! 交流を深めた今ならいざ知らず、あの日はまだ入学初日ですのよ!? 

 その時のわたくし達はまだ赤の他人もいいところ! というか、その前にわたくしは主車さんと織斑さんに結構イヤミな事も言ってましたし! あら…? そう考えたら、わたくしって嫌な性格していませんか? 

 

 むむぅ……これはいけませんわ。淑女として恥ずべき性格はちゃんと矯正していきませんと…! っと、今それは一旦置いておきましょう! 後でしっかり反省しましょう!

 

「気になるなら本人に聞くんだな」(照れ屋なアイツの事だ。どうせ適当にはぐらかされるのがオチだろうがな)

 

「ええ、聞きますわ! 聞かなくてはなりません!」

 

 仮に織斑先生の言う通りでしたら、わたくしは主車さんの恩を仇で返した事になりますもの…! もし本当ならそれはいけません! 淑女として、というか普通に人としてダメダメですわぁ!

 

 

 

 

 

 

 と、意気込んだは良いものの。

 あれよあれよと、試合当日を迎えてしまいました。わたくし? ええ、聞いていませんわ。

 

「…………………」

 

 違いますの。

 違うんです。

 

 こういう大事な事を聞くのは、何かきっかけが要りますの。

 そう、織斑さんとの試合のようなきっかけが! ですので、わたくしはあえて! そう、あえてこの日まで聞かなかっただけですわ! 決して、いまさら聞くのが恥ずかしくて、とかではありませんからね!

 

 というか、清香さんのせいでもあるんですからね! わたくしが織斑先生に言われた事を話したら、あの子ったら!

 

 

『あー、それはアレだね。主車くん、セシリアに惚れてんだよ。間違いないね』

 

 

 とか言うんですもの!

 そんな事言われてしまったら、意識してしまって素面で聞けないでしょうがぁぁぁッ! 乙女をナメないでくださいまし! わたくしだってもう高校生ですわ! ISのために日本へ来たと言っても、わたくしだってそういう類のお話には興味津々なお年頃なんですのよ~~~!

 

「お待たせ」

 

「何ですかァッ!?」

 

「ぴっ!?」

 

 あ、主車さんが来られましたわ。

 

 




オチがツいてしまいましたわ。
なのでここで切りますわ(戦犯セシリア)


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第56話 vs.セシリア 前半戦


vs.選択肢、というお話。



 

 

 

「いきなり大きな声はビックリするからダメだって、イギリスの代表候補生が言ってたゾ」

 

「そ、そうですわね。すみませんですわ」

 

 (言ってたの)お前じゃい!

 

 アリーナに着いたら、オルコットが何やら篠ノ之みたいに百面相してたから、俺も控えめに声掛けたのに。怒髪天的反応は流石に想定してなかったばい。思わず可愛い声が出ちまったぜ、へへへ。

 

「ンンッ……来ましたわね、主車さん!」

 

 あ、コイツ無かった事にしようとしてるな。まぁここで掘り下げる必要も無し。オルコットの対応は正しいものと言えよう。

 

 

【超ビックリしたんですけドゥー? 心臓止まるかと思ったんですけドゥー?】

【許してほしいならブタの真似をしてみろ】

 

 

 うぜぇぇぇぇッ!!

 

 ここでチマチマチクチクする意味ねぇだろ! そういうとこやぞオイコラ! 展開が進まねぇんだよお前のせいでよぉ!

 

 なにがブタの真似だお前ルカ・ブライトか!

 

「許してほしいならブタの真似をしてみろ」

 

 でも言っちゃう。

 オルコットがどんな返しをしてくるのか気になる今日この頃。オルコットだから言える今日この頃。

 

 いい関係築けてますよ、俺たち!

 

「……怒りますわよ?」

 

 

【怒ってみろよオラァァン!】

【プンプン言ってみろよオラァァン!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 今夜のメインは決闘だろぉ!

 まだ前哨戦すら始まってねぇよ! 何でここでグダグダさせるんだよぉ!

 

「プンプン言ってみろよオラァァン!」

 

「な、なんですの!? 今日のアナタ、やけに好戦的ですわよ!?」

 

「それだけ気合が入っているという事だ」

 

「そうですか」

 

「そうだよ。だからプンプン言ってくれ」

 

「……いいですわ。ただし、わたくしに勝てたらですわ!」

 

 フッ……負けられない理由がまた増えちまったな(やる気アップ)

 

「さぁ、主車さん! 時は有限です! さっそく試合を始めましょう!」

 

 オルコットは俺に見えるように、自身の左耳で青く輝くイヤーカフスをピンと指で弾いてみせた。はぐれ外堂の召喚かな?

 

「む……」

 

 お外堂さんは召喚されず、かわりに【ブルー・ティアーズ】を纏ってみせるオルコット。なるほど【ブルー・ティアーズ】の待機形態はイヤーカフスなのか。

 

 しかし、早くもやる気満々ですねぇ!

 

「わたくしの準備は出来ましたわ! 主車さんも早く纏いられまし。【打鉄】ですか、それとも【リヴァイヴ】でしょうか?」

 

「分かった」

 

 

【1人で準備する】

【オルコットにも手伝ってもらう】

 

 

「まずは格納庫に行こう。ついて来てくれオルコット」

 

「は、はぁ……」

 

 トテトテ歩く俺とガショガショ鳴らして続くオルコットは格納庫にやって来た。当然、お目当ては一番前に設置されてある【打鉄】通称【たけし】だ。

 

「俺は右の方を持つからオルコットは反対側を持ってくれ。一緒に運ぼう」

 

「は、はぁ……は? いえいえ、ちょっとお待ちくださいな。わたくしはISを纏ってますから問題ありませんが、アナタは生身ではありませんか」

 

「何の問題ですか?」(レ)

 

 ひょいっと持ち上げる。

 重いけど持てる。

 だって俺、力持ちだもん(ドヤぁ)

 

「……やりますわね」(なるほど……垣間見せましたわね、肉体的強度を…! ですが驚きませんわ、驚いてやりませんわ! 身体能力とIS技量は別物ですから!)

 

 オルコットも持ち上げたところで、俺たちは【たけし】を運びながら格納庫を出る。

 

「わっしょい、わっしょい」

 

「…………………」

 

「わっしょい、わっしょい」

 

「…………………」

 

 

【一旦、止まる】

【このまま進む】

 

 

 はい、ストップ。

 一旦、止まろうじゃないか。

 

「主車さん…? どうして動きませんの?」

 

「わっしょい」

 

「はぁ?」

 

「わっしょいだろ!」

 

「な、なんですの!? もしや、わたくしにもそれを言えと仰るのですか!?」(普通に嫌ですわ! だって何やら恥ずかしいですもん!)

 

「当たり前だよなァ?」

 

 うわぁ……明らかに眉を顰めてらっしゃる。

 なんだよ、恥ずかしがってんじゃねぇよ。こういうのは掛け声が大事なんだよ。共同作業ナメんな!

 

「……意味も知らない掛け声など遠慮しますわ」(ふふん! わたくしがいつもいつもお付き合いすると思わない事ですわ! わたくしに言わせたければ明確な意味を仰ってみなさいませ! ふふっ、どうせ掛け声に意味などないでしょうけど! うふふのふ!)

 

 おやおや、何やら妙に勝ち誇った顔をしてますなぁ。

 意味など無いとお思いか? それとも俺が説明できないと? うひひ、俺を誰だと思ってんだ? 困った時は雑学でその場を凌いでみせるで有名な雑学王旋焚玖さんよ!

 

「和上同慶」

 

「は?」

 

「『わっしょい』には和の心を持って平和を担ぐという意味が込められている」

 

「和の心、ですか…?」

 

「ああ、そうだ。イギリスでは騎士道精神があるように、日本にも和を尊ぶ心が宿っているんだ」

 

「な、なるほど……そんな意味が込められていますのね」(ぐぬぬ……そういえば、主車さんは意外に物知りなお方でしたわね。わたくしの名前と同じ惑星だとかも知っていましたし)

 

「ほれ、説明したからオルコットも言え」

 

 完全勝利、完全論破とはまさにこれ。

 ふふふ、敗北が知りたいぜ。

 

「わ、分かりましたわ……わ、わっしょい、わっしょい」

 

 あらやだ、照れながら言うオルコット超可愛い。俺も俄然テンション上がってきたぜ! 元気よくいこう!

 

 

【えっさ! ほいさ!】

【せいや! そいや!】

 

 

 言い方を変えるとは言ってない。

 

「えっさ! ほいさ!」

 

「んもうっ! どうして変えるのですか!」

 

「俺に聞くなよ!」

 

「アナタ以外に誰が居るというのですか!」

 

 選択肢(解答)

 

「なんだよ、大きな声出すなよ!」

 

「出しますわ! わたくしのわっしょいを蔑ろにするなんてヒドイですわ!」

 

「それはすまんかった!」

 

 ミ゛ャーミ゛ャー騒ぎながら【たけし】を運んでたら、いつのまにかアリーナの中央に到着したでござる。

 

「はぁ……主車さんのせいで試合前ですのに、なんだか疲れてしまいましたわ」

 

「おっ、棄権宣言か?」

 

「そんな訳ないでしょう! さぁ、主車さん! 今度こそISを纏いなさいな!」

 

 ちっ……アホアホなやり取りに付き合わせて、オルコットのボルテージを削ぐ削ぐ作戦は失敗に終わっちまったか。どれだけ俺と闘りたがってんだコイツ。

 

 試合前の小細工は確かに成功しなかったが、悔やんでいても仕方ない。表情には出さず心の中で舌打ちしながら【たけし】に身を預けた。

 

「あら…? 少しお待ちくださいな。主車さん、そういえばあなたISスーツはどうしましたの?」

 

「……ふむ」

 

 なぁぁぁにがISスーツだ! なぁぁぁにがISを効率的に運用するための専用衣装だ! あんなピチピチしたモン着れるかアホ! ちんこのモッコリ具合がバレバレじゃねぇか!(巨根宣言)

 

「俺ほどの男になると制服で十分なのさ」

 

 ぶっちゃけ、俺にはスポンサー付いてないしね。

 一夏は立場上データ収集しなきゃいけないからって事で、強制的に男性用の試作品を着けないとダメらしいが。ぬふふ、初めて専用機持ちじゃなくて良かったと思えたぜ。

 

「まぁいいでしょう。では、今度の今度こそ試合を始めましょうか!」

 

 

【やっぱり一夏にISスーツを借りよう】

【まだ慌てる時間じゃない】

 

 

「あ、おい待てい」

 

「んもうっ! 何ですの!? 時は有限だと言ったでしょう!」

 

 出来れば俺だって早いとこ闘りたいと思っているさ。これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 で、どうしよう。

 ソッコー【下】を選んだは良いが、それらしい言い訳を考えないといけない。いやでもだってよ、【上】なんか選ばんだろ。一夏が着たISスーツを俺も着るの? 一夏の汗が染みついたピチピチスーツを俺も着るの? 着るかバカ!

 

「時は有限。いい言葉を使ってみせるじゃないか、オルコットよ。『時間』ではなく『時』と表現しているところに巧を感じるな」

 

「そ、そうですか? 実はわたくしも結構お気に入りの言葉でして……ハッ…! その手には乗りませんわよ! 褒めたらわたくしが舞い上がるとお思いでしょうが、そうはいきませんわ!」(ですが、言葉遊びが得意な主車さんからのお墨付きを頂けたのは自信が付きますわね!)

 

 ちっ……この10日間で流石に学習しやがったか。

 

「確かに時は有限だが、言ってもまだ10時半ってとこだ。別に小学生じゃあるまいし、もうオネムって事はないんだろう? それとも他に急ぐ理由があるのか?」

 

「当然ですわ! 夜更かしは美容の大敵ですもの!」

 

「それはまずいな!」

 

 一夏は俺の背中を守ると言ってくれた。なら俺はオルコットの超絶美人っぷりを守ろう。ISを起動させた男性と美女。当人の俺にとっちゃ、稀少価値は後者が勝るのだ。俺が守護らねば…!

 

 【たけし】を纏った俺は両手を広げて構えてみせる。

 

「独特な構え方をしますのね」

 

「オーガだな」(刃牙的な意味で)

 

「オーガ……日本語で鬼という言葉ですわね」(なるほど……自分の強さは鬼をも超えると…! それほどまでに自信をお持ちになっていると…! そう仰っていますのね!)

 

 オルコットから熱い勘違いの気配を感じるぜ。

 だが、もう慣れたぜ(哀愁)

 

「さぁ、主車さん! 今度の今度の今度こそ! 試合開始ですわ!」

 

「あ、おい待てい」

 

 一番大事なやり取りがまだだった。

 決闘の前に言っておく必要があった

 

「んもうっ! 主車さんはわたくしの美貌が損なわれても良いのですか!」

 

 なんかコイツ俺に似てきたなぁ。

 やっぱり仲良しじゃないか!

 

 

【喜びのダンスを披露する】

【この想い、もう抑えきれない! 告白しちゃおう!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「今夜は寝かさないよ~♪」(白目)

 

「は?」

 

 いいから見ろ!

 俺のキレのあるダンスを見ろ!

 あ、腕以外動かない【たけし】は一旦解除で。

 

「Ready?………Gohhhhhhッ!!」

 

「なっ!? 何という激しいダンス…! ブレイクダンス以上にブレイクしてますわ…!」

 

 3分くらいで終わるから!

 怒らず目に焼き付けておいてね!

 

 

 

 

「す、すごいキレですね…!」(あれは…!? まさかミーモ・ダンシング!?)

 

「ああ、そうだな」(まだ始めないのか旋焚玖、私の美貌が損なわれてしまうぞ)

 

 ピットにてアリーナの様子を見守っている、この試合の審判を務める真耶と千冬の呟きだった。

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「えぇ……いや、えぇ~……?」(いやいや、そこで手を振るのは違うだろ一夏よ…)

 

 アリーナの観客席にて旋焚玖とセシリアのやり取りを見守っている、この試合で唯一の観客を務める一夏の喝采と箒の呟きだった。

 

 

 

 

「改めて聞くが、俺たちはこれから決闘をするんだな?」

 

「え、ええ、そうですわ」(なぜ何事も無かったかのように話を進めるのでしょうか…)

 

 スルーするのも一つの処世と知れ。

 俺はもう慣れた。

 

 一夏と千冬さんも、もう慣れた。

 篠ノ之は……表情には出すものの、空気を読んでツっこまないようになってきているな。オルコットも、まずは篠ノ之を目指してがんばろう。そうする事で展開が少しは早くなるぞ。

 

「……見たか、箒」

 

「ん? ああ、すごいダンスだったな」

 

「何言ってんだよ、そっちじゃないだろ? ほら、旋焚玖のヤツ、あれだけ激しく踊ってたのに息一つ乱れてないんだぜ?」

 

「むっ……確かに言われてみれば…!」(恐ろしい心肺機能をしているって事か…! 一夏め、フザけて見ていたかと思えば、しっかり視ていたのか! 流石は私のライバルだな!)

 

 観客席では、そんな会話が成されていたとか。

 

「つまり、だ。形はどうあれ、俺は勝利を目指して臨めばいいんだな?」

 

「当たり前ですわ! わざと負けたりしたら、奴隷……にはしませんが…! そうですわね、もう2度とアナタにはプンプンを言ってあげませんからね!」

 

 

 !!!?!?!?!

 

 

「身命を賭して臨む事を約束しよう」

 

「えっ…あ、は、はい…お願いしますわ」

 

 

『では、主車さんとオルコットさん。試合を始めてください』

 

 

 2人の教師と2人の生徒が見守る中、アリーナに試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 





これで前半戦なのか(困惑)


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第57話 vs.セシリア 中盤戦


攻めのセシリア守りの旋焚玖、というお話。



 

 

 ブザーが鳴り響いたと同時に、セシリアは後方へ下がりながらレーザーライフルを顕現させる。構えた先にて立ったまま、その場から動こうとしていないのは当然、【たけし】を纏う旋焚玖である。

 

「まずは挨拶代わりですわ!」

 

 照準を旋焚玖に合わせ、迷う事なく引き金を引いた。レーザーが光の矢となり、旋焚玖へと一直線に迫る。

 

 熱量を持った光の矢を前にして、旋焚玖の佇まいはまさに泰然自若。落ち着き払った表情から何を考えているのか、セシリアはまるで読めないでいた。

 

(避けようとしない!? いえ、それ以上にあの表情は…! 織斑さんですら、最初は焦りが見て取れましたのに!)

 

(きたきたきたきたよぉぉぉぉッ! ホントに始まっちゃったよぉ! 何の躊躇いもなくレーザー撃ってきたよぉ! あらやだ、もう目の前まで来ちゃってますね。レーザーって凄いよねぇ、速いよねぇ)

 

 その場から一歩も動かぬ旋焚玖。

 だが、上体は動かぬ事を拒絶。

 

 右手を中段に構えて開手し、掌を上へ。

 同じく開いた左手は、右肘の下に添えさせる。

 

 その動きの意図に気付いたのは千冬のみ。

 

 

―――掌自ら球を成し、防御完全とす。

 

 

「フッ……!」

 

 迫り来るレーザーを旋焚玖は受けの最高峰"廻し受け"で見事打ち払ってみせた。

 

「んなっ!? う、腕だけで弾いてみせたですって!?」

 

 驚の表情を浮かべるセシリアに対し、それまで無の表情を保っていた旋焚玖の口角が、ここにきて吊り上がった。

 

「矢でも鉄砲でもレーザーでも持って来いやァ…!」

 

(廻し受けいけるやん! どうだオラァッ!! あ、そうだ、ダメージは……うわははは! 俺の予想通り微々たるモンで済んでるぜ! あ、でも一応確認しておこう)

 

「ほれ、もう1発撃ってきな」

 

「言われずとも…!」(挑発的な物言い…! いいですわ、マグレかどうか確かめさせていただきますわ!)

 

 再び旋焚玖へと放たれるレーザー。

 今度は廻し受けの姿勢を取らず、旋焚玖はただ両腕を前で交差させるのみに留めた。そう、何の工夫も無いただの防御姿勢だ。

 

「ッ……!?」

 

「むっ…?」(今度は単純にガードしてみせただけ…? それは素人が選びがちな、一番ダメな防ぎ方ですわよ)

 

 打ち払った時とは違い、旋焚玖の両腕に伝わる確かな衝撃。

 

(うおぉぉッ…! これがレーザーを真正面から受けた衝撃か! 両腕でガードしてもこのインパクトかよ…! 無理やり三戦立ちしてなかったら、防御してようが呆気なく吹っ飛んでたな)

 

 威力の測りも大事だが、今一番知りたいところはそこじゃない。旋焚玖はすぐさまダメージのチェックに入る。その数値を目にした旋焚玖は、小さく拳を握ってみせた。

 

(やったぜ。思った通りだ。最初もさっきも、レーザーには触れているのにダメージの入りが全然違う。足が動かねぇってンなら捌けばいいってこった!)

 

「……何やら嬉しそうですわね」(主車さんは何かを試していた…? 一体何を…? いいえ、セシリア! ここで下手に悩んでしまったら、それこそ主車さんの思う壺ですわ! 主車さんが何を企んでいようと、わたくしはわたくしの試合運びを心掛けましょう)

 

 セシリアの背後に浮かび上がる四機のビット。彼女の思うがまま、自在に操れる【ブルー・ティアーズ】最強の十八番の登場だ。

 

「……もう出してきたか」(早いよ! もうちょっと1本で慣れさせてくれよ! いきなりレーザープラス4とかズルいぞ!)

 

「織斑さんとの試合を経て、わたくしの内に潜む慢心は消えましたもの!」(これまでわたくしが持っていた、男だから…という固定概念。少なくともアナタと織斑さんに、その気持ちを抱くつもりはもうありませんわ!)

 

「慢心、環境の違い」

 

「は?」

 

「気にするな。しかし、出し惜しみを拒むそのセンス……嫌いじゃない」

 

「うふふ、武を嗜む主車さんなら、きっとそう仰ってくれると思っていましたわ!」

 

 視線を交わせ、笑みを浮かべる2人。

 

(好きじゃないし嫌いだよ! もっと出し惜しんでくれよ! こっちは初めての実戦なんだぞ! 検査の時も俺は試合してないんだからな!)

 

 興が乗ってきたのか、セシリアの調子も見るからに上がってきている。その証拠に、セシリアお気に入りの常套句も飛び出してきた。

 

「さぁ主車さん! 踊りなさいな! わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲で!」

 

「凄絶にか!?」

 

「凄絶にですわ!」

 

 華麗に右腕を薙ぎ振るってみせた。

 彼女の背後を浮遊していたビット達が命令を受け、旋焚玖へとレーザーを放ちながら迫りゆく。

 

「きたか…!」

 

(ひぇぇぇッ! レーザーがいっぱいだよぉ! 1、2、3、4…! 廻し受けで打ち払っちまったら、どうしてもその後に隙が出来る…! オルコットがライフルを撃ってこないのは、その隙を狙っているからか!)

 

 実際、旋焚玖の読みは当たっていた。

 単純に攻め手を増やす誘惑には駆られず、相手の動きを読みつつ、狙いを定めて最後は自らで撃ち抜く戦略を立てられるのが、イギリス国にて代表候補生まで登り詰めたセシリアの実力だった。

 

 対する旋焚玖の思考は、即座に廻し受けの選択を消去。

 

「さぁッ! どう対処してみせますか!」(ビットを相手に先程の豪快な捌き方は命取りですわよ、主車さんッ!)

 

 捌くと弾くは同義。

 

(強い力はここでは不要。大きく弾くは愚策、小さく軌道を変えるだけでいい…!)

 

 旋焚玖はレーザーの勢いにあえて逆らわず、眼前まで引きつけたソレを横から掌で軽く押してみせた。

 

 軽く押しただけ。

 むしろ触れたと称しても良いレベルだった。それなのに、旋焚玖一直線へと趨っていたレーザーは、セシリアの目論見を外し、大きく軌道を逸らされる事となった。

 

 

 

 

「……なぁ、一夏。主車が何をしたか分かるか?」(軽く……いや、無造作と表現しても良いような。私にはただ手を添えただけにも見えてしまった)

 

「全然分かんないゾ」

 

「ブフッ…! オイ、そのアホ顔でこっちを見るな、笑わすな。私は真面目に聞いてるんだ」(今のも篠ノ之流柔術なのか? その割にはまるで武の型には見えなかったが…)

 

「俺だって真面目だって! でもあんなモン見たら、目が点になるに決まってるだろ!」(俺は篠ノ之流柔術を知らねぇし……千冬姉はどうなんだろ?)

 

 

 

 

「織斑先生、今のって…」

 

「ああ、力の作用だな」

 

 旋焚玖のしてみせた事は、武であり武でないモノでもある。旋焚玖は2度目のレーザーを両腕で受けた時、身を以てその強さを体感していた。レーザーの威力を。真っ直ぐ進んでくる力の強さを。

 

「進む力が大きければ大きいほど、横からの力には弱いですもんねぇ」

 

「軌道を逸らすくらいであれば、力は要らんしな。しかも対象はISのレーザーときている。だからこそ、あんな軽い振りだけで大きく逸れたんだろう」

 

 大人組の2人は、流石に格が違った。

 

 

 

 

(避けるでもなく弾くでもなく、僅かに触れて軌道を逸らすですって…!? わたくしの【ブルー・ティアーズ】がそんな方法で防がれるなど初めてですわ! というか、どうして主車さんは無手のままなんですの!? 武器はどうしましたの!?)

 

 せめて声を上げて驚かないのが、セシリアの意地だった。

 だが、目は口ほどに物を言うもの。観察眼に長けている旋焚玖は、セシリアが「うせやろ?」的な心情にあるのを見破っていた。

 

「どうした、オルコット……もう終わりか? まさか怯んだ訳ではあるまい」(撃ってこいオラァッ!! 動けねぇ俺の代わりにお前が展開を作るんだよ!)

 

 【たけし】もとい【打鉄】には近接用ブレード【葵】とアサルトライフル【焔備】が標準装備されているのだが、旋焚玖はこれを使用する事を拒否。というか単純に、武器の出し方が分からないでいた。まどマギばかり観ていた代償である。

 

 故にセシリアのように距離を取られてしまうと、自分からは何も出来ない。故に故に攻撃ではなく口撃するしかなかった。展開のために。

 

「当たり前ですわ!」(今のはマグレ……? いいえ、希望的観測は即ち油断に繋がる…! 主車さんは狙って防いでみせた! そう考えて臨むのです!)

 

 たったの1度で見極めたりはしない。

 セシリアは平常心を保つ事を意識しながら、再びビットに命を下す。すぐさまビット達もセシリアに呼応し、独特の唸りを上げてレーザーが放たれた。

 

 前方から複数のレーザーが旋焚玖を襲う。

 

「そうだッ! どんどん来い!」(前から集中して放っている今がチャンス…! いや、今しかチャンスはないだろう、今の内にレーザーの軌道に慣れねぇと!)

 

 先程のレーザー4本とタイミングや照準に多少の誤差はあるものの、ほぼ旋焚玖の前方からしか放たれてこない。学習能力の高さも相まって、より余裕を持って軌道を逸らさせる旋焚玖。

 

「くっ…! やはりマグレではありませんのね…! ですがッ…!」

 

 ビット4機に加えて、セシリアは更に自分の手に持つライフルからもレーザーを放ちに奔る。これで旋焚玖に襲い掛かる光の矢が5本になってしまった。

 

「だから何じゃい!」(4本が100本になった訳じゃねぇだろ! たかだか1本増えた程度で脅威になる鍛え方してねぇわ!)

 

 撃つ!

 撃つ!

 撃つ!

 

 逸らす!

 逸らす!

 逸らす!

 

「くっ……この短時間で完全に見切られた…!?」(わたくしと【ブルー・ティアーズ】が放ったレーザーが悉く…! 主車さんの身体に届く前に、全て阻まれしまう…!)

 

 もう認めるしかなかった。

 セシリアは、目の前で繰り広げられている事実から目を背けず、しっかりと旋焚玖の防衛力の高さを受け止めた。しかし心は折れず。

 

 何故なら、セシリアは旋焚玖の難攻不落っぷりに畏れを感じながらも、同時に……いや、それ以上に憤りを感じていたからである。

 

(主車さんは試合が始まってから、まだ1歩たりとも動いていませんわ!)

 

 見るからに眉を潜めるセシリア。

 確かに彼女が不審がっても仕方ないかもしれない。彼女の目からすれば、ここまで自身の攻撃を見切っておいてなお、対する主車が回避を選択せず腕での軌道逸らしに留まっているのだから。

 

(軌道を逸らしたとしても、僅かながらにダメージは入っている筈ですわ! それでも避けようとしないとは! なんたる横着! なんたる傲慢ッ!)

 

 最善の手を尽くさないのは、手を抜いていると同じ事。試合う前に全力で闘うと約束したというのに、それがこの現状はどうだ。セシリアは主車に裏切られた気分に駆られていた。

 

「がんばれ~~~! 旋焚玖~~~!」

 

 『どういうつもりなのか』と旋焚玖を責めようかとしていた矢先、声を張って応援する一夏の姿がセシリアの目に止まった。

 

(……織斑さんは真摯にわたくしとの試合に臨みましたわね。ふむ……そんな彼やブリュンヒルデの称号を持つ織斑先生から信頼されている主車さんが、あからさまな手加減などするでしょうか…?)

 

 セシリアは自身が激昂しやすい性格である事を自覚していた。元はといえば、この試合も3日前に行われた一夏との試合も、始まりは自分の浅慮な発言からだった。彼女は自身の言動を悔いていたのだ。

 

 反省は出来ても、中々急には直せないのが人の性格である。現に一夏の姿が視界に入るまで、セシリアは旋焚玖に対して沸騰しかけていたのだから。

 

 だが、沸騰する前に水を掛ける事が出来た。このリカバリーの早さこそ、セシリアの成長の証と言えよう。自分の考えをもう一度見直すというのは、簡単なようで案外難しかったりするものだ。

 

 しかし、今のセシリアにはそれが出来る。

 故にセシリアは、改めて旋焚玖への思考を再構築していく。

 

(手を抜くという行為は、真剣に臨んでいる相手を見下し裏切る行為ですわ。本当に主車さんがそのような事を平気でする人でしたら、きっと織斑さん達や篠ノ之さんから総スカンされている筈ですわよね…?)

 

 けれども根拠はない。

 確証もない。

 

 それがゆえ結局は、全てただの推測の域を出ず、セシリアは断言出来ないでいる。セシリアは自信を持って言い切れる程、まだ彼らの事を知らないから。10年来の友であるならまだしも、少年達は10日前に初めて出会ったばかりだという事を忘れてはいけない。

 

(これも希望的観測なのでしょうか……ですが、根拠に乏しいのも事実ですわ…)

 

 自身の考察が煮え切らない事で下唇を噛むセシリアだったが、そんな時ルームメイトの言葉が、あの言葉が記憶から呼び起こされた。

 

 

『主車くん、セシリアに惚れてんだよ。間違いないね。むぁーちがいない!』

 

 

(そうですわ! 主車さんはわたくしに惚れている説がありましたわ! 主車さんは『身命を賭してこの試合に臨む』と約束しました。そうしないと、わたくしのプンプンが聞けなくなりますからね! 好きな人のプンプンは是が非でも聞きたいもの!……の筈ですわ! 清香さんもわたくしのプンプンは可愛いって言ってくれてますし。というか、主車さんがわたくしに惚れているのであれば、約束を反故するなどもってのほかですわ! そんな事をすればわたくしに嫌われてしまいますものね! 好きな人から嫌われてしまうのは誰にとっても辛い事! それは女性も男性も同じ! 主車さんも例外ではありませんわよね!)

 

 この間、わずか0.2秒…!

 ではなく、がっつり1分以上も唸り、百面相っているセシリアだった。当然、あれだけ撃ち続けていたレーザーも、大人しくフワフワ浮遊しているのみ。

 

「…………………」(手ェ伸ばしても余裕で届かんぬ)

 

 対峙する旋焚玖もまた、大人しくセシリアを観察しているだけである。無手&動けないで、間合いが届かないのだから仕方がない。

 

(ここからは逆説的に考えてみましょう。主車さんは横着しているのではなく、実はその場から動きたくても動けないのでは……? そう考えると説明も付きますわ。少し探りを入れてみましょうか)

 

 セシリアは、これまで旋焚玖の前に集中させていたビット達を移動させる。旋焚玖の背後に。

 

「お、おい、どういうつもりだ?」

 

「……ッ…! あら、何の事でしょう?」(この試合で初めて主車さんが動揺してみせた!?)

 

 右腕を上げたまま、淑女らしく微笑んでみせるセシリア。対して旋焚玖の表情からは、確かに気が気でない様子が見て取れた。

 

「うふふ、どうされたのです主車さん? 背後から撃たれては、何かまずい事でもありますの?」(何とかポーカーフェイスを装ってはいますが、明らかに! 明らかに表情が優れませんわ! 10日間だけとはいえ、どれだけアナタと接してきたとお思いですか! 確信此処に極まれり!ですわ! 主車さんはまだ両腕しか動かせない!)

 

 上がった右腕を振り下ろすだけでレーザーが放たれるだろう。有無を言わさず撃たないのは、せめてのもの慈悲か。はたまた、主車が何を言ってくるのか聞いてみたい好奇心のためか。

 

「後ろから撃つとかハメでしょ? そういうの俺のシマではノーカンだから」

 

「うふっ! うふふふっ! 何を言うかと思えば笑止!ですわ! 弱点を突くのは卑怯ではなく王道ですってよ! 下手な遠慮は優しさとは言いません! それこそ傲慢と罵られる行為ですわ!」(いきますわよ、主車さんッ! アナタの真価を問わせていただきますわ!)

 

 1機だけなど生ぬるい選択はしない。

 【ブルー・ティアーズ】4機全てが、旋焚玖の背中を狙いに絞ってレーザーを放つ。後ろを振り向けない旋焚玖は、為す術もなくレーザーの衝撃を背に甘んじて受けた。

 

「うわははははッ! 気が合うなオイ!」

 

 ダメージを喰らった者にあるまじきバカ笑いと共に。

 

(お前なら撃ってくれると思ったぜ…! 最高の加速をありがとよ、オルコットッ!)

 

 衝撃を受けて前のめりにブッ飛んだ旋焚玖の両脚が着地した瞬間だった。その場所が大きく陥没したのは。

 

(主車さんが消えた!? いいえ、猛然とこちらに黒い影が迫ってきています! ライフルを構えたままで居たのが幸いしましたわね!)

 

 狙いを定める余裕はない。

 それでもセシリアは何とか1発を撃てた。

 

 同時に彼女の目に映ったモノがある。それは黒い影の後方にて、砂塵にまみれた搭乗者無しの【打鉄】だった。

 

「……?」(何故あんな所に【打鉄】が? あっ、ちょっと待ってください…! どうやって主車さんは移動していますの!? 動けないのでは無かったのですか!?)

 

 衝撃を受けて前のめりにブッ飛んだ筈の旋焚玖は、あろうことか宙に浮いている間に【たけし】を完全解除していた。地面をヘコませたのは己が両脚であり、その場に【たけし】を置き去りにしたのだ。

 

(ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待ってくださいな! あの【打鉄】が主車さんの纏っていたISだとすれば、今の主車さんは何も纏っていない!?)

 

 

「ひょええええッ!? よ、避けてください主車さぁぁぁんッ!!」

 

 






オイオイオイ、死んだわ旋焚玖。


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第58話 レフェリータイム


神算序章、というお話。



 

 

 主車旋焚玖という男は、決して先天的なモノ……いわゆる天賦の才能も持って生まれた訳ではない。彼がここまで強くなれたのは、あくまで選択肢の選択肢による旋焚玖のための後天的な鍛錬によるモノだった。

 

 故に、旋焚玖は常に策を用いたがる。

 故に、旋焚玖は常に戦略を練りたがる。

 

 そうでないと、簡単に負けてしまうという恐れを常に抱いているから。天性の才能がない事を自覚しているが故に、旋焚玖はマイナスイメージから入る事が多い。勝負事では特に顕著だったりする。

 

 どれだけ修行に明け暮れようとも才能は無し。

 そんな思いがあるからか、根底では自分の強さを信じきれていないのが旋焚玖という男である。何も考えず武力に物を言わせるよりも、どちらかと言えば知略を頼みに戦術を立てたがるのが旋焚玖という男である。

 

 感覚派と理論派論議でいくと、旋焚玖は理論派に近いのかもしれない。

 

 そんな旋焚玖が、何とかなるさの精神でセシリアとの試合に臨む訳が無かった。あらゆる事を想定し、それなりの準備をするのが旋焚玖のモットーでもある。

 その一環として、まずは【打鉄】……【たけし】を動かせるようにならなくてはお話にならないという結論から、【たけし】と仲良くなる事に専念した10日間だった。

 

 動けるようになればそれで良し。【たけし】を纏った状態での策を練ればよい。だが、問題は動けなかった場合である。

 動けない状態でセシリアに勝つ策を考えなければならない。これは普通に困難極まりない注文だった。

 

 しかし、そこは現実をよく知る旋焚玖。【たけし】が動いてくれない可能性など最初から承知していた。試合が始まったら超覚醒して完全に動けるようになる! などという期待も最初から捨てて、準備に勤しんでいた。

 

 そういう意味では、割とこの男は現実主義だったりする。この男が甘い考えに傾くのは恋愛くらいなモノか(恋愛脳の極み)

 

「バリバリ動かせる一夏でもオルコットに負けちまった。動かせない俺がどうやって闘えばいいってんだ…!」

 

 両腕は何とか動かせるようになったが、それでも遠距離からの射撃戦術がメインのセシリアを相手にするとしたら、あまり有効的だとは言えない。

 

「前は守れても背後から撃たれりゃ終わりだ。動けねぇ事もバレてハチの巣にされちまうのがオチだ……ん?」

 

 その時、旋焚玖に電流走る。

 

「あえて背中を撃たせてみるか…? それを利用すれば…?」

 

 旋焚玖の中で、戦術パズルのピースがハマった瞬間だった。靄がかった視界がクリアになった感覚。自然と旋焚玖のテンションをアゲアゲに。

 

「勝てる……勝てるんだ…!」

 

≪ (*^◯^*) ≫

 

「ん? 今【たけし】から変な顔みてぇなモンが伝わってきたような……気のせいか?」

 

 気のせいかどうかは神のみぞ知る。

 ただISには意思のようなモノが存在すると言われている。そして、中には搭乗者の性格に影響されるISも居たり居なかったりすると言われていたり言われていなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 場面は試合に戻る。

 

「ひょええええッ!? よ、避けてください主車さぁぁぁんッ!!」

 

 アリーナの2人の精神は、まさに対極に位置していた。

 まさかISを解除して突っ込んでくるなど、夢にも思わなかった者と、試合う前からここまでの流れを意図的に作っていた者。

 

 超加速の中に在る旋焚玖は当然後者だ。故に、セシリアのように慌てたりはしない。そのおかげで、彼女の心配は杞憂に終わる。ライフルを撃ってくる事すら旋焚玖は想定済みだった。

 

「遅ェッ!!」(速ェッ!? 思ってたより速いなコラァッ!!)

 

「ありがとうございます!」(素晴らしい回避っぷりですわ主車さん! これでわたくしも殺人者にならなくて済みますわ!)

 

「気にするな!」

 

 減速はせず、斜めにレーザーを避けた旋焚玖。

 次に旋焚玖が目論むのは、セシリアをスッ転がし、彼女の上に馬乗りする事なのだが、実はこれを敢行するにとある問題を抱えていた。

 

(タックルは腰から下ァ――ッ!!が一番手っ取り早いんだが、オルコット相手にそれは出来ん。女にそれしたら普通にアウトだもん。セクハラ的な意味で)

 

 前科持ちになりたくない旋焚玖。それでも何とかセシリアを転がしたい彼は、セシリアの目前で地面を削り無理やり減速してみせた。

 

(足元注意だオラァッ!!)

 

 一瞬で色々な事が起こりすぎた反動で、どうしても反応が遅れてしまうセシリア。そんな彼女の隙を旋焚玖は見逃す程甘くはない。

 

「きゃんッ!?」(わ、わたくしは何を…!?)

 

 旋焚玖の水面蹴りを喰らい、後方に背中から倒れてしまう。その衝撃でセシリアが我に帰るよりも早く、旋焚玖は馬乗りするに見事成功した。

 

「……さぁ、マウントポジションだぜオルコット…!」

 

 

 

 

 

 

 ベネすぎる!

 ディモールトベネすぎるぜ!

 

 ここまで完全に脳内リハーサル通りだ! シミュレーション上、最大の難関だったレーザー回避も上手くいったし、こっからはもう俺の独壇場よ!

 

「ちょ、ちょっとお待ちくださいな! 冷静に考えて、この図はおかしいでしょう!? どうしてアナタはISを解除してますの!?」

 

「とっくにご存知なんだろ?」(悟空)

 

「な、なにを……」

 

 別に穏やかな心は持ってないし、激しい怒りによって目覚めたりしないけどね。むしろ俺はベジータさ。

 

「お察しの通り、俺はまだISを満足に動かせない。歩く事すらままならねぇ。そんな俺が本気でお前に勝つにはこうするしかないんだよ」

 

「そんなの認められませんわ! ISを解除した時点で、アナタは棄権負けになる筈ですわ!」

 

「なんでぇ?」

 

「そんなアホの子みたいに言ってもダメです! これはISでの試合の筈! 入学式の時にもそう言ったでしょう!」

 

 ボロを出したなオルコットよ!

 その台詞を待ってたぜ!

 

「言ったっけ?」

 

「言いました!」

 

「本当に?」

 

「いーいーまーしーたー!」

 

 あらやだ、可愛い反応ですね。

 可愛いから言った事にしてあげたいけど……悲しいけどこれ決闘なのよね。んでもって、言ってないんだよなぁ。オルコットはあの日『決闘ですわ!』としか言ってないのよねぇ。

 

「なら、この決闘の審判を務める織斑先生に聞いてみるか?」

 

「そ、そうですわ! 織斑先生、判定をお願いしますわ! というか、そうでなくても普通に主車さんの負けを宣告してくださいまし!」(生身の人とISで試合うなど、幼稚園児でも危険だと分かりますわ!)

 

 緊張の一瞬か?

 あれだけミ゛ャーミ゛ャーやかましかったアリーナに静寂が訪れる。

 

『確かにオルコットは一言も「ISで」試合するとは言っていない』

 

「んなぁっ!?」

 

 やったぜ。

 

「そ、それが本当だとしても! 流石に生身の方との試合続行はおかしいですわ! ここはわたくしの勝ちとすべきです!」

 

「だぁーいじょうぶだって! 俺だったら生身でも全然へーきへーき、パパパッとやって「アホの子はお黙りなさい!」……ハイ終わりって感じで(小声)…」

 

 怒られてしまった。

 だが、ここで千冬さんがオルコットの正論な意見に賛同しちまえば、そこでこの駆け引きも強制終了だ。名実共に俺の負けが決まってしまう。

 

 頼むぜ、千冬さん。

 俺をよく知るアンタなら、言ってくれるだろう…!

 

『……この決闘に限り、特例としてこのまま続行を認める』

 

 成し遂げたぜ。

 

「そ、そげなアホな…」

 

 お前イギリス人ちゃうんか。

 

 

 

 

「お、織斑先生! 本当に続行を許可しても良かったんですか!? 生身の状態でISに挑むなんて無謀ですよぅ!」

 

「本人が心配ないと言ってるいるのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「で、ですが!」

 

「落ち着け。コーヒーでも飲め。糖分が足りないからイライラするんだ」

 

 千冬に動揺の気配は一切見えない。

 さらさらと砂糖を入れたコーヒーカップを真耶に手渡す。

 

「飲んどる場合かぁーッ!!」(シュトロハイム)

 

 何をトチ狂ったのか、千冬からのサービスコーヒーを派手に拒絶する暴挙に出てしまった真耶。

 

「ほう…? 真耶も私に喧嘩を売る歳になったのか」

 

「ち、違っ! 違うんです! 今のは無意識にと言いますか! 身体が勝手に反応しちゃったと言いますか!」(ひゃぁぁぁ…! オタク趣味を理解してくれる主車くんに出会えた嬉しさで、最近ジョジョを読み直していたからでしょうか~~~!)

 

 あわあわテンパる真耶を前にため息一つ。

 どうやら寛大なお心で後輩の失言を許したらしい。

 

「で、でも、千冬先輩。本当に大丈夫なんですか? いくら主車くんが強くても、ISの攻撃を受けてしまったら……レーザーとか、普通に貫通しちゃいますよ?」

 

「ああ、貫通してしまうな」

 

「貫通したら死んじゃいますよね?」

 

「ああ、死んでしまうだろうな」

 

 あっけらかんと肯定してしまう。

 流石の真耶も、この反応には物申したくなった。 

 

「ちょっ、ちょっと千冬先輩! さっきからちゃんと考えて応えてますか!? もしかしたら主車くんが死んじゃうかもしれないんですよ!?」

 

「ふむ……もしも、主車がオルコットの攻撃を受けて死んだとしようか」

 

「は、はぁ……え? いや、ですから…」

 

 だから死ぬ可能性のある事をヤメさせてほしいんですが。と真耶は言いたかったのだが、割って入ってくる千冬の言葉が先を紡がせなかった。

 

「その時はオルコットを殺して私も死んでやる」

 

「ファッ!?」

 

「フッ……冗談だ」(ブリュンヒルデジョーク)

 

「そ、そうですよね、あは、あはははー」(う、嘘ですぅぅぅ! だって千冬先輩の目が据わってますもん! あわわ…!)

 

 本人の知らないところで、いつの間にか己が命を含め、3人の命を背負う事になってしまう旋焚玖だった。

 

 






篠ノ之流柔術唯一皆伝者旋焚玖を信じろ。
なお作者は夜逃げの準備に取り掛かる模様。


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第59話 駆け引きと主導権


終始マウント、というお話。



 

 

 引き続きマウントなポジションよろしくの体勢で駆け引きを続ける。だが、少しさっきまでとは状況が変わっている。【たけし】の元に居たファンネル達が、今は馬乗りになっている俺を囲んでいるのだ。

 

「織斑先生の許可も出た。お前もファンネル的なモンを呼び寄せている。あとは続行の火蓋はお前が切るだけだな」

 

 お願いだから切らないで。

 切ったら怒る。

 というか、普通に死ぬわ。

 

 だが、ビビッてる心情は1ミリ足りとも表に出すな。出したら最後、俺の方へ傾きかけている主導権も、一瞬でオルコットに移ってしまうだろう。

 そうなったら【たけし】を解除した意味がなくなってしまう。むしろ敗北への近道になっちまうからな。解除しちまった以上、もうこのまま突っ走るしかない。

 

「なにやら難しい顔をしているな」

 

「あ、当たり前ですわ!」

 

 当たり前だよなぁ?

 

 だが安心しろ、オルコット。

 それが正常だ。ここで葛藤するのは当然である! この状況でもし何の躊躇いも無しに、ライフルでバンバン、ファンネルでビュンビュン撃ってこられたら俺が困るわ。

 

「何を悩む事がある。俺が良いツってんだから撃ってこい。篠ノ之流柔術唯一皆伝者な俺を信じろ」

 

 信じてはいけない。

 

 そして、お前は絶対に信じれない。

 これは確信ではなく予告だ。俺とお前はまだ知り合って10日しか経っていない。俺の強さを盲信するに足る年月をまだ共に歩んではいないんだからな!

 

「うぅ~~~……! む、無理ですわぁッ! そんな自信満々に言われても無理なものは無理ですわ! 万が一の事が起きたらどうしますの!?」(主車さんがどれだけ大丈夫だと言っても、生身の方に撃つなど出来る訳がありませんわ!)

 

「……そうか」

 

 やったぜ!

 成し遂げてやったぜ!

 

「そんな非情な選択、わたくしには選べませんわ……」

 

 このレベルな内容を俺は取捨選択させられてる毎日だけどな。

 主車旋焚玖なだけに(極上の自虐)

 

 しかし相手がオルコットで良かった。

 仮にこれが一夏だったら、お前それはもうアレだ。

 

『おう、分かったぜ!』

 

 躊躇いなく撃ってきただろう。

 アイツが一番俺の事を信頼しているからな。

 

 仮にこれが篠ノ之だったら…?

 

『……なるほど。お前が言うのだから大丈夫なのだろう』

 

 ある意味、武に関しては一夏以上に俺を信頼しているフシがあるしなぁ。きっと少し躊躇しつつも、やっぱり撃ってくるんだろうなぁ。

 

 千冬さんだったら…?

 

『フッ……どう対処するか見ものだな…!』

 

 やっぱり撃ってくるじゃないか!

 

 キチガイ兎だったら…?

 

『避けたら殺しちゃう♪』

 

 やっぱりキチガイじゃないか!

 

 結論、織斑家と篠ノ之家は魔物家族。

 まぁなんだ、俺が言いたいのは、だ。

 

 たまには俺も選択させる側に立たせろい!

 

「さて、オルコット。俺が撃てないのなら、あとはもう俺を振り落とすしかないな?」

 

「ぐっ…! そんなこと言われなくても分かってますわ!」(むしろ、先ほどから撥ね除けようとしてますわ! なのにッ…! この人の体幹はどうなっていますの!?)

 

 うわははは!

 バランスのいい山本選手より俺はバランスいいからな! IS着けてようが、下でちょいとジタバタしたくらいで崩れるような体幹してねぇぜ!

 

 やはりマウントポジションは最強だったか…! まぁオルコットが俺の身体を気遣っている部分もかなり影響してるんだろうけどな。やっぱお前はいい奴だ!

 

「くぬぬぅ…! あっ…!」(そうですわ! 上空に上がるのです! そうすれば、流石の主車さんも退けざるを得ない筈ですわよね! やりましたわ! わたくしったらナイス閃きですわ!)

 

 何か思いついたって顔だなぁ。

 それも予想済みだがな!

 

 先に阻ませてもらうぜ、オルコット!

 

「言っておくがお前が空に上がろうとした瞬間、俺は迷わずお前に抱きつくぞ」

 

「な、なんですってぇ…!」(だ、抱きつく!? 抱きつきますの!? そこは普通退くのではなくて!?)

 

 出す前に防ぐ。

 出される前に防ぐ。

 

 これも迎撃。

 これもカウンターだ。

 

「抱き着くっていうか、空に上がられると俺の足が着かないんだから、必然的にしがみつく形になるな、うん」

 

「んなっ!?」

 

 そうだ、その反応だ。花も恥じらう乙女が、フツメンに抱きつかれるのは普通に嫌だろう? しがみつかれるのはもっと嫌だろう?

 

 だが、まだ甘い。追撃の手を緩めてはいけない。

 淑女を謳うオルコットだが、割とコイツって勢いに任せるタイプだからな。なんだかんだカッとなられて『望むところですわ! それでは我慢比べといきましょうか!』とか言われたら俺の負けである。

 

 だってそうなったら、普通に退くもん。

 いや、だって抱き着くとか余裕でセクハラじゃん。しがみつくとかそれもう極刑じゃん。しかも篠ノ之が観てるし。それで篠ノ之に嫌われたら俺マジで不登校になるからな。

 

「むしろもう、だいしゅきホールドする形になってしまうな、うん」

 

「だ、だいしゅきホールドですってぇ…!」(何ですのそのホールドは!? というか、やっぱりこの人はわたくしがだいしゅきなのではありませんか! 大胆な告白は殿方の特権という訳ですか主車さんんんんッ!)

 

 オイなんかコイツ勘違いしてる顔になってんぞ! 何をどう勘違いしてるかは分からんが、お前何かを勘違いしてるな!? 

 だが、ここで下手に掘り下げるとせっかくの流れが、またコイツの方へ傾きかけん…! 

 

 ここはこのまま押し通るッ!

 

 イギリス人のお前がだいしゅきホールドと言われても、いまいちピンと来ないのは百も承知! それは後で相川にでも聞いてくれ! 俺の見たところアイツは割とHENTAIだ!

 

「言葉で日本文化(HENTAI)を解さずとも、理解らぬまま感じ取れ…! 俺にセクハラをさせてくれるな…!」

 

 要約すると結局コレにつきる。

 

「セクハラ!? セクシャルハラスメントですか!? セクシャルなハラスメントはいけない事だと思います!」

 

「ああ、そうだ! だから空へゲインはやめた方がいいぞ!」

 

「確かにそうですわね……って、お待ちなさいな! どうしてアナタが提案している感じになってますの!?」

 

 ちっ、バレたか。

 まだ手綱を握り切れていないようだ。

 

 だが、俺もここで引く訳にはいかねぇ。

 今夜は俺が選択肢だ!

 

「なら選べ。俺にセクハラされるか、されないか! 前者を選んだ時点でお前はセクハラされたいエロエロって事になるがなァッ!!」

 

 【選択肢】流選択肢だオラァッ!!

 今夜は俺が選択肢になるんだよ!

 

「んなぁッ!? あなたはこの淑女たるわたくしにエロエロ願望があると言うのですか!」

 

 エロエロ願望とか素面で言えちゃうあたり、割と素質はあると思います(名推理)

 

「時は有限なんだろう? 長く悩んでる暇はないぜ?」

 

「ぐぬぬ…!」(なんという理不尽な選択肢を突き付けてくるのですか! 主車さんに勝つには上空へ逃げるのが最善の筈! ですが、それを選んでしまったら、わたくしはエロ認定されてしまいますわ! いーやーでーすーわー! 『美人だけどエロ淑女』とかって陰口を叩かれたくないですわ~~~ッ!!)

 

 『勝利』か『乙女』か。

 どちらを選んでみせるか。

 

 個人的にはオルコットがどっちを選択するか、このまま待ってみたいところではあるが、今は勝負が掛かってるんでな。

 

 前者を選ばれちまう前に、俺は俺で策を進ませてもらおうかッ!

 

「ずいぶん迷っているな、オルコットよ」

 

「当たり前ですわ!」

 

「そうだろう。俺だってセクハラはしたくない。これは偽りない本音だ(大嘘)。だから妥協点といこうじゃないか」

 

「むぅ……聞きましょう」

 

 よし…! まずは第一関門クリアだな。

 さぁ、こっからだ。

 

「なぁに、単純な話さ。俺は今からお前に何かしらの攻撃をする。それに耐えたらこの勝負、お前の勝ち。耐えられなかったらお俺の勝ち。これでどうだ?」

 

「……生身のアナタがISを纏うわたくしに攻撃してダメージを与えられると?」

 

 おやおや、ピキッときてるな?

 

「フッ……試してみるか?」

 

「ッ…! いいでしょう、受けて立ちますわッ!」(挑戦的な目! 挑戦的な物言い! 生身のアナタにそこまでされて引いては、代表候補生の名が泣きますわ!)

 

 策は成った…!

 主導権、握ったぜ…!

 

 後は仕上げを御覧じろ。

 勝負だ、オルコット…!

 

 





篠ノ之流柔術唯一皆伝者旋焚玖を信じろ。
なお作者は夜逃げの準備が出来た模様。

|彡サッ


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第60話 vs.セシリア 決着の刻


これも勝負これが勝負、というお話。



 

 

「さて、覚悟はいいなオルコット」

 

「ええ、いつでも…!」(マウントを取られているこの状況。ですが、このままの体勢で攻撃するとなると、手段も限られてくる筈…! 一体この状態でどうやってわたくしにダメージを与えるおつもり…?)

 

「……勝気な目で見上げてきてんな」

 

「当然です!」(どれだけ主車さんがお強くても、所詮人は人。ISが人の攻撃に音を上げる? そんな事ありえませんわ!)

 

 ISの不敗神話に驕る事なかれ。

 生命を庇ってくれる絶対防御は、まさに素晴らしい機能の一言に尽きる。だが搭乗者の五感が損なわれないんじゃあ、俺にとっちゃただのカモだ。いやカモですらねぇ、ただの案山子ですなぁ。

 

 さぁ、こっからが本当の勝負だぜオルコット!

 

「篠ノ之流柔術は武芸百般」

 

「は、はぁ……?」

 

「これを見てもまだ強気な瞳を保てるか?」

 

「あ、あなたッ…まさか武器を使うおつもりですか!?」

 

 当たり前じゃアホ!

 誰が無手で挑むかバカ! お前クソ強い兵器纏ってんじゃねぇか! 見さらせコラ! 俺がこの決闘で勝利を掴む為にこしらえた、七色の道具が火を噴くぜ!

 

 ポケットをもぞもぞしてたら、オルコットが何かに気付いたような顔をしてみせた。え、もしかして中身を察されちゃった系? やめてよね、そういうのすっごいテンション下がるんだけど。 

 

「……ッ! そういう事ですか…! 道理でISスーツを着ない訳ですわね…!」

 

 あ、そっちかぁ(安堵)

 

「違和感はありました。試合う前、あなたが制服姿である事をわたくしが尋ねた時、主車さんは言葉を濁しましたわね?」

 

 いや濁すだろ。

 ISスーツだとちんこのモッコリ具合が~とか言える訳ないだろ。

 

「ISスーツにポケットはありません。アナタが出そうとしている武器を入れられない。だから主車さんは最初から制服姿で来た……違いますか?」

 

 そこに気付くとは……やはり可愛い。

 そして聡いな。

 

 オルコットの言う通り、俺はポケットの付いてる服を着てくる必要があった。そうでないと七色の道具を持ち込めないもんね。

 まぁ道具を使わなくってもピチピチスーツなんざ絶対に着ないけどな! おっぱいプルルンとちんこドーンは景観が全く違うんだよ!

 

「流石だな、オルコット。七色の道具を使うにふさわしい相手だ」

 

「な、七色の道具!?」

 

 さぁ目にも見よ! 

 これが勝利への一手だ!

 

旋焚玖は七色の道具の一つを取り出した!

 

「……………………なんですの、それは?」

 

 あらやだ、絶対零度な視線ですね。だぁが、それくらいで怯むようなノミ心臓していませんよ、この私はね!

 

「見た事ないのか?」

 

「ありますわ! あるに決まっているでしょう!? これッ、あ、あなた、レモンじゃないですか!」

 

 売店で買った。

 IS学園って何でも売ってるよねぇ。

 

「勝負の場にこのようなモノをお出しになるだなんて、アナタふざけていますの!? もうプンプン言ってあげませんわよ!?」

 

「何でだよ!」

 

「ぴっ!? か、勝つ気で臨まない人には言ってあげません! わたくしは手を抜くなと言った筈ですわ!」

 

「む……」

 

 そんな事ないもん。

 少なくとも、俺は本気だ。

 別におふざけでレモンを出した訳じゃない。このレモンはまさに勝利のパズルの1ピースだ。遊戯王で言うクリボー的存在なのだ。

 

「これみよがしにレモンをアピールしないでくださいまし! バカにしてますの!?」(こんなモノでどうやって【ブルー・ティアーズ】に傷を付けると言うのですか! レモンで殴るとダメージが増えるとでも言うのですか馬鹿馬鹿しい!)

 

「お前はこのレモンでどう攻撃されると思っている?」

 

「そんなこと知りませんし、知りたくもありませんわ!」(プイッ)

 

 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

 プクーッと頬を膨らませ、顔を背けられてしまった。

 

「なら、教えてやろう」

 

「むっ…」

 

 オルコットの顔の上までレモンを持っていく。

 そこまでされては流石に気になってしまうのか、ソッコーで背けられた顔が戻ってきた。可愛い。

 

 それでいい。何の説明もなく実行に移すのは俺も気が引ける。というか、俺の望む勝ち方はオルコットへの説明が絶対条件だったりするのだ。

 

「お前ならこのレモン、どう使う? イギリス代表候補生ならどう使ってみせるよ?」

 

「え? そ、そうですわね……ん~…鈍器として扱うには心許ないですし……むむぅ…」

 

 その言葉がオルコットもまだまだ常識の枠に囚われている事を物語っている。攻撃とは本当にそういうものだけかね?

 

 ライフルをブッ放したり、剣で斬撃を繰り出したりするだけが攻撃なのか? 殴ったり蹴ったりしないと攻撃じゃないのか? 

 

 違うだろう?

 

「俺ならこのままレモンを握り潰す」

 

 オルコットの透き通った蒼く輝く両目の上で。

 

「ちょっ…!? そ、そんな事してはいけませんわ!」

 

「なんでぇ?」

 

「アホな顔で聞き返さないでくださいまし! そんな事したらわたくしの目にレモンの汁がかかってしまいますわ!」

 

「果汁100%だぞ?」

 

「だから何ですか! ちょ、ちょ、ホントに待って、お待ちになって! 目に入ったらシミちゃいますわ! おめめが痛くなってしまいますわ!」

 

「おっ、そうだな」

 

 おめめとか可愛く言ってもダメだゾ。

 そのためのレモンあとそのための拳。

 

「いーやーでーすー! そういうダメージは求めてませんわぁッ!」

 

 お前が求めてなくても俺が求めてるから平気平気。

 だが、そんなに嫌がるなら―――。

 

「敗北、認めるかい?」

 

 認めたらそこで決闘は終わり。

 お前も痛い思いしなくて済むし、俺も勝利を得られてまさにwin-winじゃないか。

 

「ッ…! だ、誰が認めるものですか! このセシリア・オルコットをあまりナメないでくださいまし! レモンの汁が何ですか! わたくしなら耐えてみせますわ!><」

 

 いや、そんな……両目をギュッとされて言われても、こっちが困るんだが。というか、なんか罪悪感が込み上げてきてしまうんだが。

 

 

【気が引けるからまずは自分で実演してみせよう】

【気が引けるから次の手に移行しよう】

 

 

 次だ次!

 

「ならレモンでの攻撃はヤメて、これを使わせてもらう。だからもう目を開けてもいいぞ」

 

「本当ですか?」

 

「本当だ」

 

「わたくしが目を開けた瞬間、プシュッとしたりしませんか?」

 

 普段ならする。

 だがまぁ、今回はアレだ、七色の道具は1つじゃないし。

 レモンで決着が付くならそれに越した事はないが、そうそう上手くいくとは俺も思っていない。その後の流れも考えて、ちゃんと備えてますよ!

 

「しないから目ェ開けろ。でねぇと勝手に突っ込むぞ」

 

「何をですか!?………それは…? 何かのチューブですか?」

 

 七色の道具第二弾は。

 

「わさびチューブだ」

 

 売店で買った。

 IS学園って何でも売ってるよねぇ。

 

「WASABI…?」

 

「い~い発音だ。ちなみに寿司は食った事あるか?」

 

「あ、ありますわ。4日ほど前に清香さんと静寐さんとお寿司をデリバリーしましたもの」

 

 IS学園の食堂デリバリーって何でも配達してくれるよなぁ。

 

「どうだ、美味かったか?」

 

「そうですわね。初めて食べましたが、美味しいと思いましたわ。鼻にツーンとくるのが少し苦手でしたが」

 

「それだオルコット」

 

「へ?」

 

「お前の鼻をツーンとさせたモンがこのチューブの中に入っている」

 

「そ、そうなのですか……それで、そのチューブをどうなさるおつもりですの?」

 

 もう分かんだろ、この流れでよォ…?

 

「お前の鼻に突っ込むんだよ!」

 

「はぁぁぁぁッ!? そ、そんな事してはいけませんわ!」

 

「なんでぇ?」

 

「きぃぃぃぃッ! またアホな顔して聞き返して! そんな事したらわたくしのお鼻がツーンってなってしまうでしょう!?」

 

 おっ、そうだな。

 

「本わさじゃない安モンだから鼻にかなりクルぞ?」

 

 そのためのわさびチューブあとそのための拳。

 

「余計ダメではありませんか! ちょっと待ちましょうよ! それはダメ、絶対にダメ! だーめーでーすー!」

 

 わがままだなぁ。

 レモンもダメでコレもダメってかい?

 

 なら―――。

 

「敗北、認めるかい?」

 

「ぐっ…! ひいへふは!(いいですわ!) はいほふほひほへふふはいはは!(敗北を認めるくらいなら!) はえへひへはふは!(耐えてみせますわ!)」

 

「何言ってだお前」(ン抜き言葉)

 

 鼻を摘んで何か言ってるぞ。

 よく分かんねぇが、無理やり突っ込んじまっていいか?

 

 

【気が引けるからまずは自分で実演してみせよう】

【気が引けるから次の手に移行しよう】

 

 

 次だ次!

 

「んじゃあ、これは使わない」

 

「ほんひょ?(ほんと?)」

 

 今のは分かった。

 

「ホントだから、もう鼻から手を離しても大丈夫だ」

 

「わはふひがへをははひはほはん(わたくしが手を離した途端)ふっほんはりひはい?(突っ込んだりしない?)」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 だが、それ以上に俺が言いたいのは。

 

「折角の綺麗な顔が台無しになってるぞ」

 

「プハッ…それはいけませんわね!」

 

 あ、離した。

 

 

【かかったなアホが! お前の穴に突っ込んでやるぜ!】

【そんな事はしない】

 

 

 そんな事はしない!

 鼻水だらだらなオルコットなんか見たくないやい! オルコットの美人っぷりは俺が守る!

 

「さて、先に宣言しておこう。次に出すのが七色の道具ラストだ」

 

「七色ですのに?」

 

 いや、色々と模索して用意はしてたんだぞ。

 でもなぁ……。

 

「ポケットに入れようと思ったら3つが限界だったんだ」

 

「そ、そうですか」

 

 そうだよ(哀愁)

 気を取り直して、ラストを飾るのはコイツだ! 我と共に生きるは冷厳なる勇者、出でよ!

 

「………また奇妙な容器を出してきましたわね」(ガイコツの顔がキャップに付いてますの? 一体なにが入っているのでしょう…?)

 

 うむ、どう説明するのが良いか。

 名前を言ったところで、中身を知らねぇとインパクトに欠けるし。

 

「あ、あれは…ッ!」

 

 ちょっとした静寂が訪れたアリーナ。

 そこに一夏の驚いたような声が木霊した。

 

 ま、アイツなら覚えていてもおかしくはないか。

 

「知ってるのか、一夏!?」

 

 そこは雷電だろう、篠ノ之よ。

 

 

 

 

「そこは雷電ですよねぇ」

 

「ん? 何か言ったか、山田先生?」

 

「あ、いいえ! 気にしないでください~」(主車くんも同じコト、考えてたりするのかなぁ)

 

「ふむ……しかし、主車め。まだアレを持っていたのか」

 

 一夏と同じく、千冬もアレには見覚えがあった。過去を思い出し、眉を潜める千冬だった。

 

 

 

 

 一夏と篠ノ之の声は俺の方まで聞こえてくる。という事は、オルコットにも聞こえる訳で。どうやらオルコットも気になるのか、一夏の説明に耳を傾けているようだ。

 

「あれは……ソースだ…」

 

「ソース? ソースというのは、調味料のソースと思っていいのか?」

 

「ああ、そうだ。旋焚玖の持ってるのは激辛ソースなんだ」

 

「ふむ……」(一夏の驚きようからして、もっと凄いモノだと思ってしまったが、大して驚く程でもないじゃないか)

 

(……また珍妙なモノを出してきましたわね。流石にもう読めましたわ。主車さんはその激辛ソースとやらを、今度はわたくしの口に突っ込むと言う気なのでしょう? で・す・が! わたくし、辛いものはイケる口ですわよ? むしろ好物ですわ!)

 

 オルコットの表情から安堵の気配を感じる。

 もしかして、辛いモン好きだったりするのか?

 

「……普通の激辛じゃないんだよ。俺たちがまだ小学生の時に、アレを飲んだ千冬姉が、何と言うか…なんだろう、もの凄い表情になってな」

 

 弟の一夏じゃ表現に困るだろう。

 だから俺が言ってやる。

 

「これを飲んだ織斑先生はアヘ顔を晒したぜ?」

 

 これはマジ。

 マジのガチ。

 

 千冬さんが『あっっっっへぇぇぇぇぁぁぁぁ!?』って言ったもん。

 

「なんだと!?」(あ、アヘ顔だとぅ!? あの千冬さんが!? 常に毅然な千冬さんが耐えられなかったと言うのか!?)

 

「なんですって!?」(アヘ顔って何ですの!? 響きからしてあまり良いものではなさそうですわ!)

 

 経緯は察してくれ。あまり俺自身、思い出したくない記憶でもあったりするんだ。まぁなんだ、軽く説明するとガキの頃の話だよ。

 

 一夏が『千冬姉の怒ってる顔以外も見たい』みたいな事を言うもんだから、それを聞いた俺…っていうかアホの【選択肢】のせいで、このソースを千冬さんの口に突っ込む事になってな。確かもう1つの【選択肢】は【千冬さんにカンチョーしまくる】みたいなヤツだったと思う。

 

 ド直球なセクハラとか選べる訳ないんだよなぁ。

 しかも相手が千冬さんとかさぁ……カンチョーした瞬間に惨殺待ったなしだろ。まだあの頃は俺の方が弱かったし。

 

「……そんないたずらをして、お前らよく無事だったな?」

 

「うん、まぁ……俺はゲンコツ一発で済んだんだけど、旋焚玖には凄かったな」

 

 思い出しただけでケツが痛くなる。

 千冬さんをアヘ顔にした張本人の俺は、まさかのケツ叩きの刑が執行されたのだ。執行人はもちろん被害者の千冬さんだった。

 

『悪い子にはおしおきだ!』

 

『アッー!!』(ショタボイス)

 

 まさに史上最強のおしりペンペンタイム(継続率99%)だった。途中からペチペチ俺のケツを叩く千冬さんの吐息に艶が混じりだした時は「あ、この人ってやっぱショタを虐めて性的興奮を覚える変態なんだな」と小学生ながらに恐怖したものだ。

 

「さて、話は聞いたなオルコットよ。それでもお前はコレを口に含めるか? 織斑先生レベルでアヘ顔だったんだ。お前じゃあアヘ顔にダブルピースも付いて来るぞ」

 

「い、意味が分かりませんわ! ちなみに、だいたいどれくらいの辛さなのでしょうか?」

 

「タバスコの8000倍」

 

 その名もブレアの午前6時。

 護身用で家から持ってきていたのだ。

 

 売店覗いたら普通に売ってたけどな。 

 

「辛すぎィ!! そ、そんなの口に含んだらいけませんわ! あまりの辛さに凄い事になってしまいますわ!」

 

 おっ、アヘ顔予告か?

 

「レモンも嫌でわさびも嫌でコレも嫌ときたか。だが、もう手持ちは無いんだ」

 

 これが嫌だってんなら――。

 

「敗北、認めろよ」

 

「ぐっ……ぐぬぬ……ダメージを負わずして負けを認めるなど、オルコット家を継ぐ者として誇りが許しませんわ…! い、いいですわ! 激辛が何だと言うのです! わたくしを甘く見ないでくださいまし!>3<」

 

 すっごいおちょぼ口で、両目もすっごいギュッてしてる。言葉と表情が合ってねぇぞコラ。潔いのか潔くないのか、これもう分かんねぇな。

 

「なるほど、口と目を塞いだか。なら……塞がれていない鼻にわさびを入れてやろう」

 

「んなぁッ!? ま、待ってください! さっきもうWASABIは使わないって!」

 

「アレもコレもソレも嫌がるオルコットには使う!」

 

 それが嫌なら敗北認めろや!

 いやホント、マジで認めてくださいって!

 

 出来る事なら俺だって使いたくはない。使わずして勝つのが一番なんだ。だからずっと不意打ちはせず、いちいち説明して敗北を促してんだっての。

 

「そ、それなら!>3<」

 

 目と口を閉じて鼻も摘んだオルコット。

 なるほど、そうすれば確かにレモンもわさびもソースも全て防げるな。代わりに呼吸が出来なくなると思うけど(名推理)

 

「先に言っておくがな、お前が息を吸おうとした瞬間、俺は七色の道具のどれかをお前に突っ込むからな。それでも耐えてみせたら正真正銘お前の勝ちだ」

 

「……ッ…>3<」

 

 もう後がない事を悟ったか。

 呼吸を我慢している間に覚悟をキメるんだな。

 

「………………>3<」

 

「……………………」

 

 30秒は経過したかな。

 

「……ッ……>3<…!」

 

 1分……と、そろそろか?

 

「~~~~~ッ、ぷはぁっ…! はぁっ、はうぅぅ…」(む、無呼吸の特訓は流石にしてませんでしたわ)

 

 一呼吸を求めるは地獄と知れ。

 酸素を求めるお前の口にッ! 激辛ソースを突っ込んでやるぜ! 最後通告を何度も突っぱねたお前に慈悲は無い! 

 

 アヘ顔を晒して負けな!

 

 

【気が引けるからまずは自分で実演してみせよう】

【気が引けるからまずは篠ノ之で実演してみせよう】

 

 

 

( ゚д゚) ・・・

 

 

 

 

 

(つд⊂)ゴシゴシ

 

 

 

 

 

(;゚д゚) ・・・

 

 

 

 

 

(つд⊂)ゴシゴシゴシ

 

 

 

  _, ._

 

 

 

(;゚ Д゚) …!?

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 





旋焚玖:まァそんなわけで、僕はオルコットに勝って、選択肢に負けたってやつですよ。



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第61話 激闘から翌日


なのに昨夜、というお話。



 

 

 セシリアとの激闘から夜も明けた翌日。

 1組では、山田先生による朝のショートホームルームが行われているところだ。

 

「では、1年1組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 おっ、そうだな。

 

 クラス代表の発表は、一夏とセシリアの試合が終わった次の日に行われる予定だった。俺は元からクラス代表から免除されてる身だし。

 ただ、俺との決闘を控えるセシリアに配慮して、今まで発表しなかったんだとか。んで、それも終わったし今日をもって正式に一夏がクラス代表になりましたとさ。

 

「えっと……精一杯、頑張りたいと思います」

 

 そう答える一夏から動じた雰囲気は見られない。

 まぁ、事前に聞かされていたからな。

 

「先生、質問です!」

 

「はい、相川さん」

 

 元気良く手を挙げたのは、セシリアのルームメイトであり、それ繋がりで俺とも結構話すようになった相川である。

 

「どうしてウチの子がクラス代表じゃないんですか!」

 

 おっ、モンスターペアレントか?

 

「う、ウチの子ってなんですの!?」

 

 山田先生が答えるよりも早く、相川の娘だったらしいセシリアが音を鳴らして立ち上がった。どうやら自覚がおありのようですねぇ。

 

 クラス代表戦で勝ったのは、一夏ではなくセシリアなのだ。勝ったセシリアがクラス代表にならない理由は? と言った感じで、ちょうど立ち上がったセシリアに視線も集中する。

 

「ンンッ…! わたくしが入学式の時に異議を申し出たのは、単純に初心者の一夏さんがクラス代表になるのは相応しくないと思ったからです」

 

「今は違うのー?」

 

 布仏がのんびり尋ねる。

 コイツいつものんびりしてんな。

 

「そうですわね。あの試合、結果はともかく内容では一夏さんが勝っていましたわ。故に、わたくしは辞退させていただきましたの」

 

 という事らしい。

 まぁいいんじゃないか? 

 雑務はともかく、クラス代表ってのは色々試合の経験が積めるポジションなんだろ? 千冬さんの存在があっても、一夏が狙われる可能性は零じゃないしな。万が一に備えて、しっかり励みたまえ!

 

「せっしーとちょいす~の試合はどうなったの~?」

 

 まぁ聞くよねぇ。

 自然な流れよねぇ。

 

「ああ、それはな――」

 

「わたくしの完敗ですわ!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 

 

 

 場面は昨夜に戻る。

 激辛ソース『ブレアの午前6時』を俺が飲むか篠ノ之に飲ませるかってとこだ。

 

 篠ノ之にアヘ顔を晒させるなど、どうして俺に選択できようか。いや、出来るはずなどない。ここで非情になりきれないのが俺のダメなところなんだよなぁ……でも、そんな自分を誇らしく思うぜ(自己防壁)

 

「………いただきマウス(激寒)」

 

「せ、旋焚玖!?」

 

「おい主車!?」

 

「な、何をしようとしてますの!?」

 

 黙って見てろお三方!

 俺の散り様を目に焼き付けとけや!

 

 男は度胸!

 グイッといけば激辛も辛くない!

 

「ごくごく……ッ!?!??!! ほぎょらひゅろろらぁぁあぁぁぁぁああああぁぁぁ―――ッ!!!?!??」

 

 オイオイオイ、死んだわ俺。

 コレ体内に入れたらアカンやつや。

 

「ちょおっ!? な、何してますのぉぉぉッ!?」(どうしてアナタが口に入れてますの!? ホントに意味が分かりませんわぁぁぁッ!!)

 

 うるさい黙れ(余裕なし)

 

 せめて飲み物があれば…!

 コーラさえあれば回復するのに!(コーラ万能薬説採用)

 

 俺とした事が迂闊にも用意してなかった…!

 ちゃんと予測してなかった俺に落ち度がある……訳ねぇだろバカ! 完全に選択肢のせいじゃねぇか! お前これで俺が死んだら絶対呪うからな! 聞いてんのかアホコラ選択肢コラァッ!!………あぁ、意識がもう保てないぃ…。

 

「ほ、箒! コーラを買いに行くぞ!」

 

「う、うむ!」

 

何故、コーラを?

と思った箒だが、旋焚玖をよく知る一夏がそう言うのならそうなのだろう、と自分を無理やり納得させるのであった。

 

「その必要はない」

 

「千冬姉!?」

 

旋焚玖危機一髪。

そんな時に千冬が手を拱いて、ピットに居続ける筈がなかった。

 

「もう用意している。後は飲ませるだけだ」(アイツがアレを出した時、こうなると既に予想は出来た。五大陸に響き渡る優しさを持つ旋焚玖が、信頼度100%な私以外にアレを飲ませられる訳がない)

 

未来の旋焚玖の本妻を自負する千冬は流石に格が違った。

 

「サンキュー、千冬姉!」(やっぱり千冬姉は頼りになるぜ!)

 

「千冬さん、凄いです…!」(まさか私の最大のライバルは一夏ではなく、千冬さんではないのか…!)

 

千冬から受け取ったエクスポーション(コーラ)を持って、一夏は駆け出した。だが、どうしても旋焚玖達が居る場所までは距離がある。このままでは旋焚玖が天に召されてしまうかもしれない。

 

「くっ…! 旋焚玖ぅッ!!」

 

このままでは間に合わない。

そう不安に駆られた一夏は【白式】を顕現し、ISの力を使ってアヘっている旋焚玖の元へ投擲した。

 

「受け取れ――ッ!!」

 

「(死ぬ死ぬマジで死ぬぅッ!! キャッチしてキャップ捻ってる余裕は無ェッ!!)……斬ッ!!」

 

大リーグな勢いで飛んでくるペットボトルなコーラの真ん中を、手刀で真っ二つに裂いてみせたアヘ顔旋焚玖。

達人すぎる手刀っぷりにセシリアが驚嘆するも、それにドヤ顔で返してみせる余裕は旋焚玖になく、溢れ出し宙を舞うコーラの泉をダイソン吸引するのだった。

 

「ずぞぞぞぞぞぞぞォ――ッ!!」(甘すぎィッ!! 味覚がバカになってんじゃねぇかコラァッ!!)

 

「あらお下品!?」(す、凄い勢いで飲んでますわ…! 飲んでるっていうか、吸ってますわ…!)

 

「んじゅるるるるるぅ――ッ!!」(俺が…俺がダイソンだ!)

 

真っ赤で真っ青で真っ白だった旋焚玖の顔色が、徐々に落ち着きを取り戻していく。一夏たちが旋焚玖の元へ着いた頃には、普段通りの旋焚玖がそこに立っていた。

 

そして―――。

 

『試合終了。勝者……セシリア・オルコット』

 

旋焚玖の敗北を告げるブザーが鳴らされるのだった。

 

 

 

 

「納得できませんわ! このような形で勝利を得ても嬉しくありませんわ!」

 

 死の淵から蘇った俺に、プリプリオルコットが詰め寄ってくる。何をそんなプリプリしてんのさ。勝ったからいいじゃん。

 ちなみに俺の負けでの勝負終了という判定は、第三者による明確な介入が理由なんだとか。そりゃそうだ。だが、別にブーブー言うつもりはない。千冬さん達のおかげで俺は地獄の辛さから解放されたんだからな。

 

 という感じで俺は余裕で納得しているのだが、オルコットは不服らしい。一夏との試合の時も思ったが、どうやらオルコットは単純な結果よりも内容を重要視するタイプみたいだ。それならこのプリプリ具合にも納得がいく。

 

「どうしてご自身で飲まれたのですか! 納得のいく説明をお聞かせくださいまし!」

 

 そんなモンお前、こんな場所で篠ノ之をアヘ顔にさせる訳にはいかんでしょ。俺だってまだ見た事ないのに。いつか見てやる(攻略宣言)

 

「……そういう奴なんだよ、旋焚玖はな」

 

「えっ?」

 

 えっ?

 

「オルコットさんはまだ付き合いが短いから分かんねぇかもしれないけど、ガキの頃からずっと一緒に居る俺には分かる」

 

 これは…!

 一夏の一夏による俺のための熱いフォローの予感! 

 

「千冬姉ですら耐えきれなかった毒薬だぜ? 旋焚玖が飲ませられる訳ねぇよ」

 

「で、ですが! これは勝負の場です! そこは非情になるのが…!」

 

 それが出来たら苦労しねぇよバカ!

 お前が不細工だったら出来たわ! なんで美人なんだこのヤロウ!

 篠ノ之が不細工だったら出来たわ! なんで美人なんだこのヤロウ!

 

「何だかんだ言っても、非情に徹しきれないところがあるんだ、コイツはな」(甘いと言われればそれまでだが、私はそんなコイツを好きになったんだ。言えないけど)

 

 篠ノ之の篠ノ之による俺のための熱い追撃! これはもう勝ちましたね! まさに試合に負けて勝負に勝った状態である! 割と満足である!

 

「信じられませんわ! だって…! 主車さんは実際に色々と出してきたではありませんか!」

 

 ここだ…ッ!

 まったく、いい言葉を投げてくれたぜ!

 

 最後は俺の俺による俺のための弁明だオラ!

 

「オルコットをビビらせて、勝負を下ろさせるのが俺の目的だったからな。だが、お前は3度も抗ってみせた。お前の持つ気高い誇りが俺の策を打ち破ったんだ」

 

 どうだオラァッ!!

 何となくいい話っぽい雰囲気に仕立て上げるのは得意なんだよ! 部分的にお前が喜びそうなワードも付け足してやったぞコラァッ!!

 

「……最初から、わたくしに使う気はありませんでしたの?」

 

「まぁな。だが、信じてほしい。決して手を抜いてた訳じゃない。俺はオルコットへの精神的ダメージをひた狙っていた。俺がこの試合で望んだのは心理戦だった」

 

 だからもうプンプン言わないとか言わないで。

 

「心理戦、ですか……」(言われてみれば、今まで経験した事のない駆け引きを主車さんとは繰り広げていた気がしますわ。こういう戦い方もあるという事ですか……)

 

 いや俺も叶うならバッチバチ闘りたかったよ?

 でも【たけし】が動いてくれなかったんだもん。やっぱりIS適正ってクソだわ。そら、生身で闘うなら知恵を振り絞るしかないだろ。

 

「そんな事を抜きにして、最後の道具…なんでしたか、ブレアの何とか?を使えば、わたくしはきっと悶え苦しみ、負けていたでしょうに。甘い人ですのね、あなたは」

 

「笑ってもいいんだぜ?」

 

 

【笑ったら今度こそブレアらせる】

【笑ったらもう一度ブレアる】

 

 

 いきなり出てこないでぇッ!!

 

 そして笑わないでぇッ!!

 もう飲みたくない! 飲みたくなぁぁぁいッ!!

 

「……笑いませんわ」(あくまで勝ちを握っていたのは主車さんですわ。それを放棄してもらった身のわたくしが、どうして主車さんの行動を愚かだと笑えましょうか…!)

 

 ふおぉぉぉ……(安堵&安堵)

 我、九死に一生を得たり…!

 

「この試合、わたくしの勝利は形だけですわ。わたくし自身は敗北したのだと受け止めさせていただきます」(この試合で確信しましたわ。あなたが入学式の日、わたくしの暴言を途中で何度も遮ったのも、この甘さ故……いいえ、優しさ故でしたのね)

 

「……好きにしろ」(ピッコロ)

 

 これでようやく決着かな?

 何にせよ、無事に終わって良かった。俺の株も下がってないっぽいし。生身でも人間やれば出来るんじゃねぇか。ISなんか最初からいらんかったんや!

 

「駆け引きの妙、魅せてもらったぜ旋焚玖!」

 

「うむ。こういう闘い方もあるのだな。私も一夏も真っすぐな戦法しか知らないから勉強になったぞ」

 

 ん、ならば良し!

 俺のやり方を卑怯と蔑まないあたり、お前らも立派な武術家だぜ! そういう意味ではオルコットも……ん…? 何やら神妙な顔してんな。

 

「………………」(いえ、ちょっとお待ちください。果たして、優しさだけが理由なのでしょうか。清香さんも仰っていたではありませんか。主車さんがわたくしを庇ったのはわたくしに惚れているからだと。ハッ……というか、先の試合で主車さん自らが宣言したではありませんか! わたくしの事をだいしゅきと! 怒涛の展開続きでうっかり忘れるところでしたわ!)

 

 何か熟考してんぞ。

 実はまだ納得してなかったりするのか?

 

(どうしましょう。お返事をした方が良いのでしょうか。しかし、なんてお返事をしたら……。正直、わたくしも主車さんは嫌いではありませんわ。この試合を経て…という事もありますが、この人との普段の交流もイギリスではなかった新鮮なものばかり。ですがわたくし達は出会ってまだ10日。何より、不確かな想いで主車さんの気持ちに応えるのは淑女としての矜持が許しませんわ。ここは改めてもう一度お伺いしつつ、理由をきちんと説明してから、丁重にお断りさせていただくのがよろしいですわね)

 

 何か超熟考してんぞ。

 あ、目が合った。

 

「主車さん」

 

「む……?」

 

 今から再戦希望とか言われても断るぞ。

 

「あなたはわたくしの事が好きですの?」

 

「へっ?」(一夏)

 

「はぁぁぁッ!?」(篠ノ之)

 

なお、千冬と真耶は仕事の都合でもう居ない。

 

「……なるほどな」

 

 何言ってだコイツぅぅぅぅぅッ!! 

 

 咄嗟に「なるほど、そうきたか」みたいな感じで切り返せた俺凄ェ!! 自分を褒めてやりたいね! ハンパねぇアドリブ力してるな俺な! ていうかお前コラ! オルコットコラァッ!! 

 

 何で今この時この場所で聞くの!? そういう類の話って、普通2人きりの時にするもんじゃないのかよ! 少なくとも篠ノ之と鈴はそうだった!……うっ……頭が……思い出すな、涙が出ちゃう。

 

 くそっ…!

 一体どういう意図で聞いてきてんだコイツ…! 分からんッ、分からんが、せめて篠ノ之達が居なかったら…! 遠回しに俺の熱い気持ちを絶妙な匙加減で伝えつつ、仲睦まじい恋人ルートにまっしぐらな第一歩大作戦を遂行してやるのに!

 

 まだ篠ノ之と恋人になれてない俺が、ここで下手な事を言ってはいけない! だって俺……いっぱい彼女ほしいもん!

 

 あ? なんだ、文句あんのか? かかって来いよ。小市民でフツメンで死神憑きでIS適性までうんちな俺は、もうそれを糧にしねぇと生きてく希望が無ェんだよ。持たざる者だって夢くらい持たせろコラ。

 

 

【好き好き大好き! チョー好き! 初めて逢った日から毎晩セシリアたんの事を考えて5分に1回セシリアたんの事を考えて、もうホントに大好きっ! 結婚したい! 好き好き好きー!】

【俺を惚れさせてみな(キリッ)】

 

 

 好きすぎィ!!

 

 なんだお前コラァッ!! 恋する乙女かコラァッ!! 何がセシリアたんだバカ! お前が恋してんじゃねぇかバカ! 恋に恋い焦がれてんのかコラァッ!!

 

「………………俺を惚れさせてみな」(キリッ)

 

 キショォォォォォい! きもいきもいきもいぃぃぃぃッ!! 【上】とは違うベクトルのキモさを醸し出してるぜぇぇぇぇッ!! でも【上】よりはマシなんだぜぇぇぇぇッ!!

 

「んなっ…!?」(想定外のお返事が返ってきましたわ…! ここにきて、まさかの挑戦的な物言い…! 主車さんは恋に対しても苛烈に臨むお方という事ですか! 恋は戦争という事なのですか!)

 

「んなっ…!?」(せ、旋焚玖もそんな大胆な事を言うようになっていたのか…! いや、私達はもう15歳。昔の時代なら元服を迎えている年齢なのだ。つまり子供の恋愛は卒業したという訳なのだな! わ、私も…! けど、どうすればッ…! 一度フッた私がどう請えば……くぅぅ…)

 

 オルコットと篠ノ之が百面相ってる。

 表情から察するに、そんなにキモがられてない可能性。あると思います。あってください。

 

 一夏は……。

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 相変わらずアホだな!

 そのままのお前で居てくれ! お前だけが俺の癒しだ!

 

「そのお言葉、そっくりそのままお返ししましょう!」

 

 へぁ?

 

「わたくしの隣りに立ちたければ、わたくしを惚れさせてみなさいな! という事ですわ!」(わたくしが日本に来たのはオルコット家を守るため…! ですが、ISだけの青春なんてまっぴらごめんですわ! ISはスポーツ、恋愛もスポーツ! ならば全てを修めてこそ、エリートですわよね!)

 

 つまりどういう事だ!? 淑女の言葉遊びは庶民には難しすぎる! だが少なくともキモがられていないッ! キモがられていないぞぉぉぉッ!

 

 

【告白されたも同義。すぐに猛アタックすべし!】

【すぐにがっつくと童貞がバレるぞ!】

 

 

 どどど童貞です!

 バレたくないです!

 

「……ああ」

 

「ふふっ、ではまた明日。あ、あと、わたくしの事は名前で呼んでくれて構いませんわ。わたくしもアナタ達を名前で呼びたいですし」(良いきっかけが出来ましたわ。ずっと一緒に過ごしていましたのに、お互い苗字呼びでしたもの)

 

「おう、セシリア! 俺は一夏でいいぜ!」

 

「私も異議はない。箒と呼んでくれ、セシリア」(お前と旋焚玖が良い感じなのは異議ありまくりだがな! くそっ、まさか私以外にも旋焚玖に好印象を持つ奴が出てくるとは思いもしてなかった! これからは私も旋焚玖にアピールした方が良いのか!? だが、今ここで『私も旋焚玖と呼ぶ!』と言ったら、まるで対抗しているみたいではないか! いや、対抗しているのだが! だが! 急にガツガツいって旋焚玖に引かれたらどうするんだ! くぬぬぅ……まさかこんな状況になるなんて……慢心、環境の違い……)

 

 また篠ノ之が百面相ってる。

 実は名前で呼ばれたくない説? いや、篠ノ之はそんな性悪じゃないし、無いな。んで、当然俺も異議はない。

 むしろ名前で呼び合うのって、距離が縮まったような気がしてドキドキするよね。早く篠ノ之とも呼び合えたらなぁ。言わんけど。

 

 

【いきなり馴れ馴れしいんじゃクルァァァァァッ!!】

【分かったぜチョロコット!】

 

 

 何がしたいんだお前コラァッ!!

 

 お前オルコットが好きじゃないの!? どっちなの!? そういうツンデレ求めてねぇよバカ! 知能が猿レベルだなお前な!

 

「分かったぜチョロコット!」

 

「チョロ!? な、なんですのそれは!?」

 

「日本にはチョロQという車のオモチャがある。その中には高級外車もな。お前はそれくらい稀代な存在という事さ」

 

 あーもう何言ってるか自分でもわがんね。

 流石に苦しいか?

 

「そ、そうですか、稀代な存在ですか。まぁわたくしはエルィィィトですからね!」

 

 うーんこの。

 これはイギリスの愛されエルィィィトなチョロコット。

 

「ですが、普通に呼んでくださいまし。何やら恥ずかしいですので」

 

「分かった」

 

 そらそうよ。

 俺だって呼ぶつもりはねーわ。アホの【選択肢】のせいで、また無駄なやり取りしちまったぜ。へへっ、いつもの事だぜ。

 

 

 

 追想の刻おわり。

 そして冒頭に戻る。

 

「わたくしの完敗ですわ!」

 

 何言ってだコイツ(再確認)

 

 





あ…やっと…試合が終わったんやな…(感無量)


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第62話 初めての実習授業


見学する側、というお話。



 

 

 

「わたくしの完敗ですわ!」

 

 透き通った声で大いに嘯くセシリアさん。エルィィィトかつ淑女にのみ許された、腰に手を当てるポーズが本日も爛々と輝いて眩しい。

 

「はぇ~、しゅごいねちょいす~!」

 

 布仏の賛辞を皮切りに、教室内がにわかにざわつく。

 

 クラスメイトとの仲が極めて良好であるセシリアの発言なのだ。実際に試合ったセシリアがそう言うのならそうなのだろう、と誰も信じて疑っていない様子だった。

 

 嘘です!

 全部嘘です!(トランクス)

 

 って俺が言ったところで、もう覆せる雰囲気ではない。むしろ「空気読めよ」とか思われかねん感じが出来上がってんじゃねぇか。

 俺自身は空気の読める男だからな。こういう時は何も言わず、ニヒルな笑みを浮かべておくに限る。お前らは勝手に勘違いを加速させておくがいい!(諦めの境地)

 

「では、クラス代表は織斑一夏で異存はないな」(敢えて茨の道を往くか旋焚玖。私も影ながら支えてやらんとな)

 

 

【異議ありッ!!】

【異議なしッ!!】

 

 

 異議ないよ!

 なんだコラ、力強い肯定をご所望か!?

 

「異議なしッ!!」

 

旋焚玖は力強い肯定を行った!

 

「……そうだな、主車と織斑は学園でたった2人だけの男子だ。ある意味、一蓮托生と言っても良いだろう。互いにサポートしていく事が肝要だ」(そんなこと皆まで言わずとも、旋焚玖と一夏なら分かっているだろうがな)

 

 当たり前だよなぁ?

 ISについては俺の方がうんち過ぎて力にはなれねぇけど、雑務とかだったら大いに手を貸すぜ! だからお前はさっさと強くなって、俺にIS操縦のご教授を頼むわ。

 

「へへっ、これからもよろしくな相棒!」

 

「任せろ」

 

 むぁーかせろ!

 

「そういう事でしたら、このセシリア・オルコットもご協力しますわ! 一夏さんも旋焚玖さんも、まだまだISの操縦に関しては不安な面も多い筈。これからは共に切磋琢磨していきましょう」(そして、いずれお二方と再戦を…! 負けっぱなしは趣味ではありませんからね!) 

 

 これはイギリスの誇れるエリート。

 代表候補生で専用機持ち。ISに関する知識も俺たちの100倍は優にあるだろう。そう考えると、めちゃくちゃ頼もしい奴が仲間になったな!

 

強敵が味方になった途端に弱体化してしまうという風潮を、見事に打ち破ってみせたセシリア・オルコット。笑顔で旋焚玖たちと話す彼女の影で、静かに下唇を噛み、悔しさを滲ませる少女が居た。

 

(私も旋焚玖と一緒に居たい。けど、私はセシリアほどISの知識も無ければ技量もない。何より、専用機を持っていない身で、どうやって旋焚玖たちに教えられるというのだ…!)

 

 ん…?

 何か篠ノ之の背中が震えてるぞ、トイレかな?

 

 

【トイレか?】

【お前も一緒に強くなるんだよ!】

 

 

 女子にトイレ事情を聞くとか死刑待ったなし。異性が相手だと、思っても言ってはいけない事ってあるよねぇ。結構あるよねぇ。

 

「お前も一緒に強くなるんだよ!」

 

「うわビックリした!? な、なんだ、私に言ってるのか!?」

 

 ビビクンッてなったなコイツ!

 

 驚きモモンガーな感じで俺の方を振り向く篠ノ之。真後ろの席だからね。この近さでそんなに大きな声を掛ける必要もなかったか。

 いやはやしかし…今更ながら、前に篠ノ之後ろにセシリアってすごく恵まれた座席なんじゃないか? 両手に華の亜種・いわば前門の大和撫子、後門の貴族淑女。これを無敵と言わずして何と言う!

 

 で、何の話だっけ。

 ああ、そうだ、篠ノ之も一緒にセシリアに指導してもらおうって話だったか。

 

「当然だ」

 

 当たり前だよなぁ?

 織斑ブランドと篠ノ之ブランド。狙われる危険度でいけば、確実に後者だと俺は思う。現に篠ノ之は、去年の夏に拉致られるとこだったしな。

 強くならないといけないのは、一夏だけじゃない篠ノ之もだ。生身での強さはもちろん、相手がISだった場合を想定したら、ISの技量も上達させた方が良いに決まっている。

 

「お前も一緒にセシリアの指導を受けるぞ。拒否はさせねェ」

 

 一人でも強くなれるって言うんなら話は別だがな。孤独な修行は辛いぞ? みんなで楽しく強くなれるのなら、それに越したことはないだろう。

 

「う、うむ! そうだな、私も教えを請わねばな! よろしく頼む、セシリア!」(ふぉぉぉぉッ! だから私はお前が大好きなんだぁぁぁぁッ!!)

 

 おうおう、やる気が漲った良い返事だぜ!

 

「ええ、いいですわよ」(箒さんが旋焚玖さんを見るあの表情……なるほど、今なら分かりますわ。この人は旋焚玖さんに恋してますのね。つまりわたくしが旋焚玖さんに本気で惚れた場合、ライバルになるという事ですか…! ふふっ、恋のライバルというのも、また青春ですわね!)

 

「フッ……励めよ、ひよっこ共。では授業を始めようか」

 

 今日も一日が始まるな。

 

 

 

 

「これよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう」

 

 IS学園では、座学だけでなくISの実習授業も組み込まれている。昼休みも終わった5限目。今日がその一発目の授業だ。

 

 既に整列は済ませ、俺たちの前には千冬さんと山田先生が立っている。俺以外の全員がISスーツを着用している。そのせいで、とても目のやり場に困るのである! バレないようにチラチラ見るのである!

 

 ちなみに俺は千冬さんから渡されたジャージな体操服だ。何でも千冬さんが夜なべして縫ってくれたらしい(ブリュンヒルデジョーク)

 一人だけ浮いているが、男な時点で今更だし特に気にもしない。まぁ男用のISスーツが一夏の分しかないからね、しょうがないね。あっても着ないけどね。着てほしけりゃせめてポケットくらい付けろや(七色の道具的な意味で)

 

「織斑、オルコット。まずはISを展開しろ」

 

 専用機持ちは基本的に、自分のISをアクセサリーの形状で体に待機させているんだとか。セシリアは左耳のイヤーカフス。一夏は右腕のガントレットってな具合だ。

 

 【たけし】は俺が勝手に専用機だと決めつけただけで、基本的に訓練機なポジションだからな。今は当然、格納庫で眠っている。

 

「はい!」

 

 千冬さんに言われてから1秒と掛からず、セシリアが【ブルー・ティアーズ】をその身に纏う。千冬さんが言うには、1秒以内に展開してこそのIS熟練者らしい。

 

 んで、一方の一夏は……何やら苦戦してるみたいだな。「うーん、うーん」と唸ってはいるが【白式】が顕現される気配はない。どうした? 待機状態からの展開は初めてか? 力抜けよ。

 

「……展開できないゾ」

 

「うわははははは! あでっ!?」

 

「授業中だ、馬鹿者」

 

 千冬さんにゲンコツ喰らっちまった。

 

「すいません」

 

 お前のせいだぞ一夏コラァッ!! 

 お前その感じで呟くのマジでやめろや! 次笑ったら殴るぞって言われても笑える自信あるわ!

 

「どうした、織斑。昨日は一瞬で展開してただろうが」

 

 昨日?

 

「いや、昨日は無我夢中だったし」

 

「……ふむ、そうだったな。いいか、ISの展開はイメージする事が大事だ。自分が【白式】を纏っている姿を思い描け」(友達思いな男に育ってくれたものだ。姉として誇らしいぞ)

 

 あ、俺がブレアってアヘってた時のアレか。

 一夏のコーラパスがもうちょい遅れてたら、割とマジでヤバかったもんな。もう少しでダブルピースまでしちまうところを、まさに間一髪のタイミングだった。後で改めて礼を言っておこう。でもその顔で呟いたのは絶対に許さんからな。

 

「な、なるほど。【白式】を纏っている俺の姿を……こうか?」

 

 一夏の身体から光の粒子が解放されるように溢れて、そして再集結するようにまとまり、IS本体として【白式】が形成される。俺の視てた感じでいくと、だいたい0.7秒ってところか。やりますねぇ!

 

「よし、その感じを忘れるな。では、2人とも飛んでみせろ」

 

「「 はい! 」」

 

 セシリアはバビューンって感じで。

 一夏も飛行は前の試合でモノにしたのか、少し不安定には見えるが、そこまで大きな問題もなくセシリアに続いていった。

 

「……空を自由に飛び回れるって、どんな気分なんだろうな」

 

 多分、一夏より俺の方が稼働時間は長いと思うんだが、俺の【たけし】は不動明王以上に不動ってるからなぁ。むしろ俺たちが不動大明王さ。

 

「そうだな。私もまだよく分からん。早く一緒に飛べたらいいな」

 

 隣りに立つ篠ノ之が小声でそう言ってくれた。

 飛ぶのもそうだが、俺はまず歩けるようにならんとな。 

 

「それで……えっと、少し気になる事があってな」

 

 俺もお前の乳が気になって仕方ない。

 断固たる思いで視界に入れないけど。

 

「私と主車も今日から放課後は、セシリアと一夏と一緒にISの鍛錬をする…で合ってるよな?」

 

「ああ」

 

 ビシバシしごいて貰わねぇとな!

 

「専用機を持っていない私達は、必然的に訓練機で…という事になると思うのだが」

 

「ああ」

 

 俺は【たけし】を使うぜ!

 

「えっと、放課後は貸出申請の許可を得られた生徒しか訓練機は使えなくてだな。多分、私とお前が使えるのって、まだ少し先になると思う」

 

「……………………ああ」

 

 完全に忘れてた。

 そういや、そうだったか。

 

 使い放題(アリーナ使用時間外限定)に慣れちまって、すっかりそのルールを見落としちまってたわ。あーっと……どうしよう。

 とりあえず、これからは俺と篠ノ之が同じ日に使えるよう、一緒に申請しに行くのが必須で……ん?

 

 セシリアが上空からスピードに乗って降りてきた。んで、地表ギリギリのところでピタっと止まってみせた。しゅごい。

 

「よし、では織斑も同じく急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から30センチだ」

 

「は、はい!」(えっと、イメージするのが大事なんだよな? 集中して、背中の翼状の突起からロケットファイアーが噴出してる感じで……それを傾けて、一気に地上へ…!)

 

「うぉぉぉぉッ!!」

 

 おお、凄い雄叫びだ!

 グングン降りてきてるじゃねぇか!……うん、グングン降りてきてるな。え、ホントに大丈夫なのか? 何か不安になってきたぞ。

 

 目を細めて一夏の表情を見極める。どんだけ遠くても、アイツが威風堂々な雰囲気を醸し出してりゃ俺なら分かるし。

 

「はわわ…!」(ぬわぁぁぁッ!? 勢いがやべぇッ!! 無理無理死ぬ死ぬブツかるぅぅぅぅッ!!)

 

 はわわってんじゃねぇか!

 可愛くねぇぞコラァッ!!

 

 

【ISを解除するなら受け止めてやらん事もない】

【頭から落ちてきてる。仕掛けるならキン肉バスターかキン肉ドライバーか!】

 

 

 いきなり殺人技を推すなよビックリするだろぉ!

 

 ここは何もしなくて良いんじゃないの!? 絶対防御ついてんだろ!? ああ、でも、痛いのは痛いのか。

 

 くそっ、だったら【上】しかねぇか!

 

 選択する前に大きく深呼吸。選択した瞬間、ディオってる世界も動き出すからな。そうなったらもう0コンマ秒すら迷っている暇はない。覚悟をキメろ。

 

「――ッ!!」

 

動き出した世界で一陣の風が舞った。

誰も旋焚玖がその場から消えた事に気付いていない。その疾さは隣りに立つ篠ノ之ですら、気付くまで数瞬を費やす程だった。

 

(……任せたぞ、旋焚玖…!)

 

旋焚玖が踏み出した1歩目で、大気の変化に気付いてみせた千冬だけが、ニヤリと笑みを浮かべるのであった。

 

「一夏ァッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

「【白式】解除したら受け止めてやらん事もねぇぞコラァッ!!」

 

「お、おう!」

 

 一夏の身体から光が放たれる。

 

 いい信頼だ。

 生身で落ちるかISを纏ったままで落ちるか。ここで躊躇いなく前者を選び取れる奴なんざそうは居ない。普通に考えたら、この状況でISの解除とかありえんだろ。

 

 だがお前の信頼に、俺も全力で応えさせてもらう。大地を強く踏め、腰を下ろせ。力を込めろ…!

 

「――ッ!!」

 

「どわっ!?」

 

「~~~~~ッ……お前中々いい衝撃してんじゃねぇか…!」

 

 一夏を受け止めた腕が……腕がジーンだ。

 というかもう全身がジーンだ。

 

 ジーンで済ましてくれる強靭な肉体に感謝を…! 

 

「さ、サンキュー旋焚玖。マジで助かったよ」

 

「気にするな」

 

 気にしろバカ!

 ド素人が全力スピードからいきなりピタっと停止出来る訳ないだろバカ! これでコーラの借りは返したからな! 後でコーラ奢れバカ! 

 

「大丈夫か!?」

 

「大丈夫ですの!?」

 

 一夏を下ろしたところで、篠ノ之とセシリアが駆け寄ってくる。その後ろから千冬さんを先頭に、ゾロゾロとクラスメイト達もやって来た。

 

「馬鹿者。急降下しろとは言ったが、トップスピードで駆け落ちろとは言ってないぞ」(一夏も旋焚玖もケガはないようだな……良かった)

 

「(´・ω・`)」

 

 千冬さんにプチ怒られて、見るからにしょんぼりな一夏。千冬さんがブラコンなら一夏も普通にシスコンだからな。他の人に言われるよりも堪えるモンがあるんだろう。

 

「まぁそんなに気にすんなよ。俺たちはこれからだろ?」

 

 後でコーラ奢ってやるか。

 

「そ、そうですわ一夏さん! むしろ一夏さんも旋焚玖さんも伸び代しかありませんわ!」

 

「そうだぞ一夏! いきなり何もかもが上手くいく筈も無し! 私たちはこれからだこれから!」

 

 何かを察したのか、セシリアと篠ノ之も後に続く形で励ましに入ってくれた。いい3連携だぜ!

 

「そ、そうだよな! よし、頑張るぞ!」

 

 バッチバチと自分の両頬を張って、気合を入れ直す一夏。

 そうそう。駄々こねて強くなれりゃ世の中超人だらけだ。上へ行くなら、結局は頑張るしかないってな。お前なら余裕だろ。

 

「上昇・飛行・下降はISにおいて基礎動作になる。織斑もそうだが、ここに居る諸君らにもしっかり出来るようになってもらうからな」

 

「「「 はい! 」」」

 

「よし。では授業の続きだ」

 

 しかし、あの一夏ですら苦戦するレベルか。適性うんちっちな俺が自由自在に動かせるってなると、一体どれくらい掛かるのやら。正直、考えただけでも目眩がする。

 

 だが、決して下は向かない。

 

 だってよ……俺はようやく登り始めたばかりだからな。この果てしなく遠いIS坂をよ…。

 

 






ご愛読ありがとうございました!
次話から追想の刻(鈴&乱編)に突入だ!


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第63話 凰鈴音の進路相談


高校どうする?、というお話。




 

 中学3年生の夏。

 あたしのアホすぎる友達が何故か日本から海を越えてやって来た。

 

 あたしからの前評判(?)を聞いてプリプリ「追い返してやる!」と息巻いていた乱とも、あたしの家に来る道中で仲良くなっていた。というか、手なづけられていた。アホの旋焚玖が。

 

 あたしが転校する前、自分勝手にフッたって言うのに、それでも日本から中国まで、わざわざ会いに来てくれたのは素直に嬉しかった。

 でも、出来れば今は来てほしくなかった。気まずい気持ちっていうのもあったし、何よりパパとママの仲が悪くなって離婚しちゃいそうだって時期だったから。

 

 嬉しいような、悲しいような。

 そんな複雑な気持ちでアイツを迎えたあたしに訪れた景色は……――。

 

 

『アンタ達に鈴は渡さねぇ!』

 

『そうだそうだ!』

 

 

『鈴だけじゃねぇ! 乱も連れて帰るッ!!』

 

『そうだそうだ!』

 

 

 乱も巻き込んで、パパとママを説得するアイツの必死な姿だった。半年ぶりに会ったアイツは相変わらずだった。荒唐無稽で向こう見ず。頭で考えるよりも先に動いちゃう性格なあたしですら、たまに引いちゃうレベルな行動主義者。

 

 でも、そんなアイツのおかげで……アイツと乱のおかげで、あたしはママとパパの温もりを失わずに済んだ。

 

 

「ホントにありがとね。アンタが来てなかったら、きっとママもパパも…」

 

 

 日本に帰るアイツを見送る時、あたしは改めてお礼を言った。

 ホントはもっと感謝の気持ちを伝えたいのに。それでも、思い浮かんでくるのは陳腐な言葉ばかりで。そんな自分を恥じた。

 

 

「気にするな」(気にして惚れろ)

 

 

 日本で何度も聞いた言葉。

 聞き慣れたお決まりの言葉だった筈なのに。

 

「……ッ…バカ…」

 

 あたしの胸は大きく高鳴ってしまった。日本から中国に帰ってきてからも、ずっと一夏と旋焚玖の間で迷い揺れていたあたしの想いが、旋焚玖だけのモノに奪われてしまった瞬間だった。

 

「また、ね……旋焚玖…」

 

 アホすぎるあたしの友達は、この時からアホすぎるあたしの好きな人になってしまった。でも、後悔は絶対にしない。あたしはこの世界一アホで素敵な男が……好きだ。

 

「じゃあの」

 

「何で訛ってんのよ!」

 

 コラァッ!!

 旋焚玖コラァッ!!

 

 初恋を捨ててまでアンタに惚れたんだから、このまま最後までドキドキさせておきなさいよ! 慢心してると初恋にカムバックしちゃうわよゴラァッ!! あたしが簡単にメロメロ(死語)になるとは思わない事ね!

 

「ちゃんと毎日メール送ってこなきゃダメだよ旋ちゃん!」

 

「分かってる。じゃあの」(まさか中国で過保護なママが出来るとは思わなんだ。しかも年下っていう…)

 

「えへへ! じゃあの!」

 

 ぐぬぬ…!

 あたしより乱の方が旋焚玖と仲睦まじげじゃない? それに、あたしだって旋焚玖に「メールしてきなさいよ」って言おうと思ってたのに先越されちゃうし…! 

 

 あぁもうッ!

 今から言ったら乱に対抗してるみたいだし! 電話で…ってなると「恋人でもないのに何だコイツ」とか思われちゃうかもだし!

 

 あぁ~~~ッ!

 そんな事考えてるうちに旋焚玖は背を向けて歩き出してるしぃッ! このっ、待ちなさいよ! 飛行機の待ち時間? 知るか! アンタなら飛び乗れるでしょ!

 

「旋焚玖!」

 

「……む?」

 

「こ、今度はあたしが会いに行ってあげるから! ちゃんと部屋は綺麗にしておきなさいよね!」

 

「……ああ」(期待は禁物である。鈴は友達として言っているのである。そう思っていた方がメンタルに優しいのである)

 

 とは言っても、気軽に会いに行けるような距離じゃないのよね。飛行機代だけで往復いくら掛かるんだっての。当たり屋でもして荒稼ぎしてやろうかしら。

 

 

 

 

「旋ちゃん、帰っちゃったね」

 

「そうね」

 

 今度会えるとしたら、いつになるのかなぁ…。

 旋焚玖は3日ウチに泊まったし、同じくらいあたしも泊まろうって思ったら……最短で冬休みになるのかぁ……あ、でも年末年始は忙しいし、流石にあたしもウチの手伝いとかしなきゃだし……うむむ…!

 

「今度はいつ会えるかなぁ」

 

「……そうね、早くても来年の春休みくらいじゃないかしら」

 

「むー……」

 

 ぷっくり頬を膨らます乱。

 可愛いからとりあえず、指で突っつく。

 

「ふみみゅ……んもうっ、鈴姉はそれでもいいの!?」

 

「な、なによ急に」

 

「平気なふりしてもバレバレなんだから! 旋ちゃんの背中を見送る鈴姉ってば泣きそうな顔してたじゃん!」

 

「うぐっ…!」

 

 あ、相変わらずよく見てるわね。

 乱には気持ちを隠し通せないか。

 

「いやまぁ、あたしもまた会いたいけどさ。そう都合良く会えるなんて無理よ。アイツは日本で此処は中国なのよ?」

 

「むぅ……旋ちゃんならワープとか出来ないかな?」

 

「流石のアイツでも無理でしょ」

 

「むむぅ……」

 

 こればっかりは仕方ない。

 簡単に会える方法があれば、あたしの方が教えてほしいくらいだ。

 

 

 

 

「という訳で! 鈴姉が旋ちゃんに会うにはどうしたらいいと思う!?」

 

 家に帰るなり、ソッコーでパパとママに相談する姉思いな優しい妹分。って待てコラァッ!! なに普通に話してんの!? 思春期真っ只中な乙女の恋愛事情とか、一番親バレしたくない案件なんだけど!?

 

「HAHAHA! そうかそうか、鈴は旋焚玖くんにほの字か!」

 

「ちょっ……ほ、ほの字とか言わないでよバカパパ!」

 

 恥ずかしさが倍増しちゃうでしょうが! 可愛い娘の顔から火が出てもいいの!?

 

「なるほど。旋焚玖くんは顔はフツメンだけど心はイケメンだものね! つまりどっちにしろ鈴は面食いって事がバレたわね!」

 

「何言ってるのママ!?」

 

 意味わかんない!

 テンション高すぎでしょ2人共!? 多分、離婚の問題も無くなって逆にナチュラルハイになってるんだわ…! な、なんて置き土産してくれたのよバカ旋焚玖ぅ!!

 

「おじさんとおばさんで何か良い案とか浮かばないかな?」

 

 ま、まぁあたしと乱だけじゃ、どれだけ考えても中々浮かんでこないのも事実だしね。もうパパとママにはバレちゃったんだし、というか絶対いつかはバレるし。それなら早いうちに話が通ってた方が良いと考えましょ。

 

 旋焚玖流プラス思考ってね!

 

「気軽に何度も往復できる距離じゃないしねぇ。それならいっそ、鈴の日本滞在も視野に入れた方が良いんじゃないかしら」

 

「おいおいママ。それだと鈴の学校はどうするんだ?」

 

「そうね、この時期にまた転校は流石にアレだし、鈴にぴったりの高校を探さないとね」

 

 ちょ、ちょっとちょっと…!

 何か話がマジになってない? もっとこう、なんていうか、軽い感じで話す内容だと思うんだけど、違うの? 転校とか高校探しとか、かなりガチめじゃない…!

 

「はいはーい! 鈴姉にぴったりな高校ならアタシ知ってるよ!」

 

 ぴったりも何も、アンタ日本の高校事情なんて知らないでしょ。

 

「IS学園があるじゃん! 留学生も多い世界一の高校だよ!」

 

 ハハハ、こやつめ。

 

 いや正直、あたしもチラッとは頭に過ぎった考えだけどさ。あそこなら旋焚玖とも県内だし、此処と比べたら全然会える距離になる。

 でもさ、現実的に考えて無理っしょ。あそこはエリートの集まりなんでしょ。しかも適性とか、ややこしいのが色々あるって話じゃない? 無理無理、こんな素人がホイホイ行けるようなトコじゃないっての。

 

「それだ、乱ちゃん!」

 

「流石ね、乱ちゃん!」

 

「ちょっ!? なに真に受けてんの!?」

 

 夫婦揃ってマジなのか冗談なのか分かりにくいノリやめなさいよぉ!

 

「ふっふーん!」

 

「アンタもドヤ顔してんじゃないわよ!」

 

 この流れはおかしいって!

 あたしの第六感が急激に告げてきてるんだって! この流れでいくと、謎のノリのままIS学園が志望校に決定されちゃうって! いやまぁ、別にそれならそれでもいいんだけど! このノリで決まるってのがなんか癪なのよぉ!

 

「だいじょーぶだって! 鈴姉なら行けるって!」

 

 根拠ゼロじゃない!

 何でそんな楽天的なのよ!?

 

「しかしIS学園の留学となると、高いIS適性とかが必要になるんじゃなかったか?」

 

 そうそう、その通りよパパ。今みたいなノリと勢いだけで行けるような、そんな簡単なトコじゃないのよ。

 

「鈴姉のIS適性っていくつなの?」

 

「さぁ? 測定してないから分かんないわ」

 

 今の時代、どこの国もISを中心とした主体制になっている。この中国だってそうだ。ISを上手く操縦出来れば、それだけで豊かな将来が確約されるレベルだもん。逆に言えば、いつでもIS適性の高い子を求めているって訳でもあるんだけどね。

 

「よし、なら今から測定しに行こう!」

 

「は?」

 

「そうね! そうしましょうか!」

 

「ちょ、ちょっと待って! 別に今日じゃなくても良くない!?」

 

 いきなりすぎだってば! 話の展開が超スピード過ぎて付いていけないんだけど!? パパもママも何がそこまでそうさせるのよ!?

 

「思い立ったが吉日だぞ、鈴」

 

「そ、それはそうだけどさ」

 

「その日以降はすべて凶日よ、鈴」

 

「そ、それもそうだけど……って違うわよ! それトリコの台詞でしょ!?」

 

 そう言えば、日本に居た頃に全巻買ってたわね。

 いつかトリコに出てくる料理をウチでも出すのが、パパとママの目標なんだとか。

 

「んもう、鈴姉ってば~。適性検査って言っても、注射とかしないからそんなに怖がらなくていいよぉ。アタシも付いて行ってあげるから!」

 

「だ、誰が注射だから怖いって言ったのよ!? いいわよ、ジョートーじゃない! 今から行くわよ! パパパっとやってハイ終わりって感じで帰ってきてやるわ!」

 

 

 

 

 パパパっと検査して貰った結果。

 あたしのIS適性が『A』である事が発覚した。中国どころか世界でも、このランクを出せる人間ってのは極わずからしい。ISについて、そんなにあたしも詳しくないけど、検査した人が言うには、この時点で既にあたしはIS関連から引く手数多な存在なんだとか。

 

「さっすが鈴姉! しゅごいね!」

 

「ふふん。まぁね!」

 

 ま、まさか『A』が出るなんて、毛先ほども思ってなかったからビックリだわ。あたしって実は隠れた天才だった…? 

 聞くところによると、代表候補生で専用機持ちになるのも夢じゃないくらい凄い事らしい。候補生も専用機も全く興味ないけど、入学金もオール免除で逆にお給料まで出る超待遇なのはいいわね! これならあたしもパパ達に迷惑掛けず、大手を振って日本に行けるじゃない!

 

「はっはっは! 流石はパパとママの子だな!」

 

「そうねぇ! ママも誇らしいわ!」

 

 そして何故か乱の他に、パパもママも付いて来ていた。

 んもうっ、仲良し家族だって思われちゃうじゃない! 別にホントの事だからいいけどね!

 

「ついでだし、乱も測定してみたら?」

 

 アンタも中2だし、ISについて興味ない訳じゃないんでしょ? 少なくとも今のあたしよりかは知ってそうだしね。

 

「えー? アタシなんてそんな…」

 

 結果、乱のIS適性『A』。

 

「流石あたしの妹分ね!」

 

「えへへ! ま、まぁね! あ、おばさんも測定してみようよ!」

 

 え、なんで?

 

「しょうがないわねぇ」

 

 結果、ママのIS適性『A』。

 

「おばさんしゅごい!」

 

「流石はママだな!」

 

「うふふ、伊達に鈴のママしてないからね!」

 

 え、えぇ~……?

 ホントに『A』って極少なランクなの? ホイホイ出てるじゃない。むしろバーゲンセールじゃない(ベジータ並感)

 

「よぉし、パパも測定してみるぞ~!」

 

 結果、パパはISが反応せず。

 

「当たり前よねぇ」

 

「当たり前だよぅ」

 

「流石はパパね!」

 

「この流れならイケると思ったんだけどなぁ」

 

 ないない。

 ママの反応だけ何かおかしいけど、まぁ当たり前よね。ISは女性にしか反応しないんだから。

 

「それで、どうするの鈴? ホントにIS学園に進学するなら、ママもパパも応援するわよ」

 

 本題はそこよね。

 あたしも出来れば日本に行きたいけど、一つだけ杞憂がある。杞憂っていうか、ちょっとした不安が残ってたりするのだ。

 

「……あたしが居なくなっても、パパとママはケンカしたりしない?」

 

 旋焚玖が来るまでバッチバチに険悪だった2人だ。また何かの拍子で仲が悪くなって「離婚だ!」ってなられたら困る。あたしが居ないところで「離婚しちゃった☆」とか事後報告されても困るのよ。

 

「大丈夫よ。もうパパとはジュテームな仲に戻ったもの」

 

 ジュテームな仲ってなんだろう。

 

「そうだぞ、鈴。もうパパとママはティ・アーモさ」

 

 ティ・アーモってなんだろう。

 でも、2人がいいって言うなら、ちょっと頑張ってみようかな。

 

 乱はどうするのかしらね。

 まだ中2だけど、この子も『A』が出たしね。

 

「……むむむぅ」

 

 何かを悩んでいるみたいね。

 家に帰ったら聞いてみようかな。

 

 





凰家は仲良し(*´ω`*)


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第64話 凰乱音の進路相談


争いは何も産まない、というお話。



 

 

 思いも掛けず、よく分からないノリでISの適性を測定したら『A』が出てしまったあたし。すぐに政府っぽいお姉さんが飛んで来て「ぜひ、ISの訓練を受けてほしい」と頭を下げられてしまった。さらに「素質は十分。努力次第ではISの国家代表にもなれる」って言われちゃった。

 

 急すぎる展開にまだ全然ピンとは来てないけど、今の状況ってもしかして渡りに船ってヤツなんじゃないかしら。ISって言えば、今じゃ世界で一番のステータスなくらいあたしでも知っている。将来も安泰で日本にも行けて、ホントに言う事ないじゃない。

 

 うふふ、これはとうとう来てしまったのかもしれないわね。

 あたしの時代が!

 

 という訳で、あたしも明日からはISの座学と訓練を受ける事になった。ただ、一つだけ気になったのは、同じ『A』ランクを出した乱がお誘いを断った事だ。

 

「お願いします!」

 

「やだ!」

 

「そこを何とか!」

 

「やだ!」

 

「よしんば嫌だとしても!」

 

「よしんば!? やだったらやだもん!」

 

「アメちゃんあげますから!」

 

「そんなので釣られないクマ!」

 

 怒涛のお誘いに対し、乱はめちゃくちゃ断った。アメちゃんは貰ってたけど、やっぱり断っていた。そこだけ貰うのがほんとザ・あたしの妹分って感じよねぇ。

 

 この光景を見てたらいやはや……『A』ランクってのはホントに貴重なんだって思わされる。政府っぽいお姉さんが、簡単には引き下がらないレベルなんでしょ? 

 まぁそれでも、乱の断固たるやだに最後は根負けして、名刺だけを渡して引き下がるに至ったんだけどね。

 

 そんなこんなで家に帰ってきた。

 さっそくあたしは聞いてみる。

 

「ねぇ、乱。さっきの話、どうして断ったの?」

 

 てっきり一緒にISを学んでいくとばかり思ってたから、ちょっと……ううん、かなり残念なんだけど。言わないけど。かなり心細いんだけど。言わないけど。

 

「乱と一緒じゃないとかさ……ぶっちゃけ普通に心細いのよねぇ」

 

 と言いつつ、普通に明かしちゃうあたし。だって相手は乱だもん。どうせ強がってもバレるっての。

 

「チッチッチッ……分かってないにゃぁ、鈴姉」

 

「はぁ?」

 

 え、急にドヤ顔になっちゃて、どうしたの? そんな、ふふーん!みたいな顔されたら思わずお姉ちゃん、アンタの頬っぺたモニモニしたくなっちゃうじゃない。

 

「ふももも!?」

 

「あははは!」

 

「んもうっ! なにすんのさー!?」

 

 ごめんごめん。

 でも、そんなにあたしも悪くないわよね。むしろ7:3で乱に落ち度があると思うわ。

 

「で、何が分かってないのよ?」

 

「ふんだっ! 意地悪する鈴姉には教えてあげないもんっ!」(プイッ)

 

 あらら……プイッてされちゃったわ。少し調子に乗っちゃったかしらね。あたしに背を向けて、見るからにご機嫌ナナメってるアピールまでしちゃってるし。うーん……。

 

 まぁでも、乱のプリプリ具合を直すなんて、それこそ赤子の頬っぺたをプニプニするくらい簡単なのよねぇ。見てなさいよ、見てなさいよ~。

 

「まぁまぁ、機嫌直しなさいよ」

 

「つーん」

 

「今夜はアンタが大好きな酢豚を作ってあげるから」

 

「ほんと!?」

 

 こっちを振り向いた乱の顔には、早くも満面の笑みが咲き乱れ。誰に似たんだか、ホントにチョロいわ。あたし? いやいや、あたしはチョロくないから。思慮深いで有名な鈴さんをナメんじゃないわよ。

 

「ええ、ほんとよ」

 

「わーい! 鈴姉の酢豚は世界一だもんね!」

 

 よし、パーフェクトリカバリーよ。

 しかしアレね。この子の性格もずいぶん変わったわねぇ。いや、元に戻ったって言った方が良いかも。

 

 あたしが日本から帰ってきてからは、この子ったらホントに生意気になってたからね。呼び方も「鈴お姉ちゃん」から「鈴姉」に変わってたし。何かとあたしに対抗してきてたし。

 

 ただ、最近になって……と言うか、この子が旋焚玖と会ってから…かしら? 何やら気持ちに余裕が出てきたのか、あたしへの反抗期も終わっちゃって、妙に素直になったって言うか。

 

「うふふ、乱も作るの手伝ってね」

 

「うんっ!」

 

 今みたいな感じで、あたし達がまだ幼かった頃のように甘えてきてくれるのは、あたしも普通に嬉しいわ。旋焚玖のおかげかどうかは分かんないけどね。とりあえず、ありがとね、旋焚玖。

 

「じゃあ、話を戻しましょ。乱はどうして誘いを断ったの?」

 

「だって……アタシも同じトコ行っちゃったら、鈴姉と競わなくちゃいけないもん」

 

 競う?

 

「あのね、アタシも鈴姉もISの適性値が『A』だったでしょ?」

 

「それが関係してるの?」

 

「大有りだよぅ! さっきの人も言ってたじゃん! アタシと鈴姉の適正値はしゅごいって!」

 

 しゅごいとは言ってないでしょ。

 

「きっとアタシも鈴姉も代表候補生になるのは間違いないんだよ?」

 

「それが問題あるの?」

 

 優遇どころか超待遇してくれんでしょ? めちゃめちゃ良い事じゃないの? 旋焚玖風に言うと、デカい顔してオラオラ歩きしても怒られないレベルなんでしょ?

 

「ありまくりだよぅ! 他の代表候補生も入れて、専用機の取り合いになるのは目に見えてるもん!」

 

「へ? なんでよ、みんなで使えばいいじゃない」

 

「それじゃあ専用機じゃないよぅ」

 

 あ、そっかぁ。

 そりゃそうだわ。それじゃ、ただの汎用機だもんね。あたしとした事が、なんかぽけーっとなっちゃってたわ。

 

「でもさ、専用機もいっぱいあるっしょ? あたしも乱も別々に貰えるって」

 

 あたしってば、ホントISに興味ないかんね。専用機ってのが何機くらいあるのかすら知らないわ。でもまぁ1個だけって事はないでしょ、流石に。10機くらいはあるんじゃないの?

 

「ないんだな、それが」

 

「ないの!?」

 

 何とも言えない生温かい顔で乱は言い切ったのだ。それがまた信憑性を濃くさせるのである。

 

「搭乗者に比べてISが貧弱数すぎるって、それ一番言われてるから。きっと代表候補生の専用機も1機か2機だと思うよ」

 

 えぇ……なによその極少っぷり。

 確かにそれじゃあ取り合いになっちゃうわね。ISの世界って年功序列とか関係なさそうな実力社会っぽいもん。

 

「なるほどねぇ、話は理解できたわ。でも、それならアンタはどうするの?」

 

「心配する事なかれ、だよっ! 鈴姉と専用機の取り合いはしたくないけど、同じ高校には行きたいからね! それならアタシは台湾の代表候補生になればいいのだ!」

 

「え、そんなの出来んの?」

 

「分かんない! けど、多分だいじょーぶだよ! それくらいISの適性が高い子って国から重要視されてるからね!」

 

 はぇ~……ホントにすごいのねぇ、ISって。これからの時代はISが世界の中心を担っていく気配がプンプンね。確かに女尊男卑が流行っちゃう訳だわ。

 

「でもアタシはまだ中2だし、のんびりしておくよ~」

 

「……あたしはのんびり出来ない感じ?」

 

 何となく嫌な予感がする。

 というか、ほぼほぼ確実にその予感は当たっていると思う。

 

「……鈴姉は中3っしょ? しかも、もう8月だよ? IS学園って、世界中のエリートが集まる高校なんだよ?」

 

「うっ……そ、そうよね。適性値がいくら高くても、胡座かいてる暇はないか」

 

 ただの代表候補生には、そんなに国も援助してくれないらしいし。ママとパパに負担を掛けさせないってなると、やっぱり専用機持ちな代表候補生にならないとダメよね…!

 

 元々あたしのワガママで日本に行くんだから、これくらいの苦難は当然よ! ISの座学? 実技? 他の代表候補生との競い合い? ナメんじゃないわよ! んなモンであたしの想いを止めようたって100年早いのよ!

 

「おぉぉ…! 鈴姉、なんだか燃えてるね!」

 

「当然よ! あたしはお情けで日本に行かしてもらう気なんて無いんだから!」

 

 自分で勝ち取って行くの!

 それが凰鈴音の矜持よ!

 

「ならアタシも精一杯サポートするからね!」

 

「ええ、お願いするわ乱!」

 

 ママ曰く、思い立ったが吉日ならその日以降はすべて凶日。という訳で、さっそく今からさっきの政府っぽいお姉さんに貰ったISの参考書を読み始めるのだ! 

 明日からISの養成学校にも通う事は決まってるんだけどさ、座学なら自宅でも始められるしね! こういう自主学習がモノを言うのよ!

 

「アタシも少しはISの知識あるからね! 隣りで解説してあげる!」

 

「ふふっ、とても心強いわ!」

 

 三国志伝記よりも分厚い参考書をペラっと捲る。さぁ、読むわよ! まずは単純にISの概要から目を通していきましょ。

 

 

『正式名称「インフィニット・ストラトス」は……であり、シールドエネルギーが……ハイパーセンサーの……イコライザによって……イメージ・インターフェイスを……バイタルデータを……フィッティングとパーソナライズで……』

 

 

「……?」

 

「……?」

 

 専門用語、多すぎない?

 マジでイミフなんだけど。横に座ってる乱にチラッと視線を送る。いやもう、あたしと全く同じ顔してる時点で、この子の知識から外れちゃってんでしょコレ。

 

 んーと……も、もう少しだけ読んでみましょ。

 

 

『……よって、パルスのファルシのルシがコクーンでパージに……』

 

 

 これには忍耐自慢なあたしもそっ閉じ。

 

「……乱」

 

「な、なぁに?」

 

「酢豚、作りましょ」

 

「……そうだね、うん」

 

 

 明日から本気出す。

 

 






IS操縦法について。

鈴:何となくよ何となく

乱:感覚だよね感覚

旋焚玖:あ、そっかぁ…


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第65話 鈴と乱の面舵いっぱい


進路修正、というお話。



 

 

 中学生最後の夏も終わり、あっという間に冬を迎えたっていうか、寒いからさっさと春が来なさいよね!

 

 ひょんな事からISの勉強を始めたあたしだったけど、意外にも性が合ってたみたいだ。スポーツは元々嫌いじゃなかったし、その延長線上でISを動かすのも普通に楽しい。まぁそれは、あたしが『A』だからっていうのもあるんだろうけどね。

 

 座学はまぁ……大っ嫌いだけど。1ミリたりとも面白いと感じた事ないけど。講義中も基本的に眉がへの字になっちゃって、あたしの可愛い顔が普通になっちゃってるレベルで面白くないんだけど。

 

 それでも疎かにする訳にはいかない。アホの旋焚玖に笑われたくないからだ。

 アイツったら普段はアホアホマンの癖に、学校の成績は普通に良かったからね。いつだったか、日本に居た時に言った事がある。「アンタって勉強は真面目にするのね」って。あたしは勉強が苦手だったし、もしかしたら悔しいって気持ちもあったのかもしれない。

 

『してなくても凄い奴はいるが、最後はしている奴が勝つ』

 

 あっけらかんと、そう言い放ってみせたアイツ。その時、何故だか少しだけカッコイイと思ってしまったのは内緒だ。

 

『してなくても凄い奴はいるが、最後はしている奴が勝つ』

 

『何で二回言うのよ!』

 

『ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!』

 

『うっさいわよアホ一夏!』

 

 その後は弾も交じって、いつものバカ騒ぎになったんだっけ。ふふっ……思い出しただけで、何だか笑えてきちゃうじゃないの。

 またあんな時間を旋焚玖たちと過ごしたい。だから、あたしも逃げずに頑張れるんだ。

 

 

 

 

「寒いわ」

 

「寒いねぇ」

 

「コタツから出たくないわ」

 

「出たくないねぇ」

 

 年も明けて2月になった。

 2月になっても寒い。というか2月は超寒い。流石は冬将軍と言われるだけある。代表候補生の中でも既に1、2位を争う実力でブイブイ言わせている鈴さんでも、寒いのは苦手なのよ。

 

 そんな訳であたしと乱は、まったりコタツでミカンな時間を堪能していた。特に興味もないテレビから流れてくるニュースをぼんやり観ている……と?

 

 

『たった今、日本から緊急速報が入りました』

 

 

「むぐむぐ…?」

 

「もぐもぐ…?」

 

 日本で何かあったらしい。

 そんな事よりミカンが美味い。

 

『ISに初の男性起動者が現れたとの事です』

 

 は?

 え、それって文字通り前代未聞じゃないの?

 

『ISを起動させたのは、あのブリュンヒルデの親族でもある―――』

 

「むぐ?」

 

 千冬さんの親族って…?

 

『織斑一夏さんとの事です』

 

「ぶぅぅぅぅぅ―――ッ!!」

 

「にゃぁ!? り、鈴姉がミカン吹き出したぁぁぁッ!?」

 

「ゲホッゲホッ…! な、何してんのよアイツ!?」

 

 どんな仰天ニュースよ!? 美味しいミカン吐いちゃったじゃない! いやいやホント何しちゃってんのよあのバカ!

 

『では、記者会見の映像をご覧下さい』

 

 映像が切り替わる。

 どうやらリアルタイム映像ではなく、録画されたモノみたいね。

 

 

『織斑さん! あなたは世界で初めて、男性でありながらISを起動させた訳ですが、今の率直なお気持ちをお聞かせください!』

 

『(´・ω・`)』

 

 

「おおぅ……不安がってるのがテレビ越しでも伝わってくるわ」

 

「トンデモない事しちゃったもんね。流石のアタシでも多分こんな感じになっちゃうと思うな」

 

 しっかし、何をどうしたらIS起動させちゃうのよ。これは流石に電話せざるを得ないわ。携帯取り出しポパイはほうれん草…っと。

 

『―――お掛けになった電話は、現在IS初の男性起動者になったばかりなのでお繋ぎできません』

 

「意味不明すぎんのよ!」

 

「そういう事もあるよねぇ」

 

 あるの!?

 いや、無いでしょ!?

 

「いやいや、鈴姉は甘く見すぎだよ。男がISを起動させたんだよ? 政府から保護されてても全然おかしくないし」

 

「むぅ……言われてみればそうね」

 

 それと電話のコール対応まで変わるのは、いまいち納得できないけど。まぁいいわ。旋焚玖に聞いてみましょ。

 

「……あ、もしもし、旋焚玖? うん、久しぶりね」

 

 ちなみに夏に会って以来の電話だったりする。乱は毎日メールしてるみたいだけど、あたしはそのメールのやり取りを見ないようにしている。だって普通に妬いちゃうもん。

 

「こっちでも一夏のニュースが流れてね? うん、そうそう。それで、アイツは大丈夫なの?」

 

『割と大丈夫じゃないが、まぁこればっかりはな』

 

「そうよねぇ……で、何でアイツはISを起動させちゃったのよ?」

 

 まず男がISに触れる機会自体が珍しい事だと思うんだけど。っていうか、そんな場面なくない?

 

『その日は高校の入試だったんだが、一夏は受験会場を間違えたらしくてな』

 

「はぁ? 何で間違えるのよ?」

 

『藍越学園とIS学園。何となく似てるだろ?』

 

「似てないわよ! アホか!」

 

 ウッソでしょ!?

 それで間違えるとか天然にも程があるでしょ!

 

『……実は一夏渾身のボケだった可能性も』

 

「渾身すぎるでしょうが!」

 

 アンタじゃあるまいし、人生賭けたボケはカマさないでしょ! これはアレね、あたしがIS学園に入ったらフォローしてやんないとね。

 

 むしろ、この電話で言っちゃおうかな? あたしもIS学園に行く予定な事を。何だったらもう次に会う日も決めちゃう? 

 

 とか思ったけど、流石に一夏の状態がアレだし、ここでそっち方面な話をするのは不謹慎かもしれないわね。

 

「はぁ…まぁいいわ。それで、アンタは元気にやってんの?」

 

 結局その後は、当たり障りのない話をして終わった。久しぶりに旋焚玖の声を聞けて、何だかんだ頬が緩んでしまったのは内緒だ。

 

「あ」

 

 電話を切った瞬間に思い出した。

 ニュースでも言ってたアレだ。

 近々、男性のIS起動調査を世界規模で行うってヤツだ。当然、日本でも行われる筈だし、旋焚玖がアホをやらかさないように言っておこうと思ってたんだけど。電話も切っちゃったし、メールにしようかな。

 

「えっと……『アンタまで起動させるんじゃないわよ(・∀・)』…っと。これでいいかな」

 

 ほい、送信。

 旋焚玖からの返信は。

 

 

『(ヾノ・∀・`)ナイナイ』

 

 

 そりゃそうだ。

 ある訳ないわよねー、あははー。

 

 

 

 

 

 

『3人に勝てる訳ないだろ!』(顔にモザイク)

 

『馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!』

 

 

「はぁぁぁぁッ!?」

 

「旋ちゃぁぁッ!?」

 

 あのメールから1週間後。

 お茶の間に2人目の男性起動者発見のニュースが流れた。顔にモザイクはかかっているが、間違いないコイツは弾だ。

 

 そして―――。

 

 

『ケガしてェ奴からかかって来いッ!!』

 

 

 ノーモザイクで大暴れしてるのは、あたしのアホすぎる想い人。どっからどう見ても旋焚玖だった。

 

 開いた口がまだ塞がらない。

 まさかあのメールがフラグになった可能性…? いやいや、あたしは悪くない!筈よね…? さ、流石に「うふふ、これで旋焚玖と同じ高校ね!」とか思えないわよ!……いや、ごめん、多分明日くらいには思うわ。正直、テンション爆上げになってると思う。

 

 

『俺が気に入らねェ奴はいつでもかかって来い。叩き潰してやるよ』

 

 

「ちょっ…!?」

 

「バカ旋ちゃん! どうして挑発するのさー!?」

 

 あの究極バカ!

 

 なんて声明文出しちゃってんのよ!? 記者会見した一夏よりインパクト残してんじゃないわよ! しかも悪い方向に! 全力で世界を敵に回してんじゃないわよぉ! そこは媚び諂ってなさいよぉ!

 

「鈴姉! 電話して電話!」

 

「そ、そうね! あのアホ一体どういうつもりで…!」

 

『―――お掛けになった電話は、現在2人目のIS男性起動者になったばかりなのでお繋ぎできません』

 

 あぁ~~~~ッ!!

 

 またコレか!

 いちいちアナウンスを変える必要ある!? ないでしょ!? そういうモンなの!? 男がISを起動させたら、そんなトコまで影響が出ちゃうの!?

 

「ぐぬぬ…! アタシもメールを送っておくよぅ」

 

「そうね、そうしてちょうだい」

 

 掛からないなら仕方ない。

 

 ふー……少し落ち着きましょ。

 落ち着いて、冷静に考えてみるのよ。

 

 正直、一夏がIS学園に行っても、そこまで滅茶苦茶な問題もそうそう起こらないと思う。男は男でも、アイツはブリュンヒルデな千冬さんの弟だし、イケメンだし、性格だって悪くない。最初は他の女子連中も戸惑うだろうけど、徐々に慣れ親しんでいくと思うのよね。

 

 問題は旋焚玖だ。

 

 一夏が居るとはいえ、イカンでしょ。普通にアウトでしょ。アイツが女子校に放り込まれる? 中学では男子からイエーッ!女子にうわぁ…な評価だったアイツが? 

 ダメだって! しかもIS学園でしょ!? 男を見下す大巣窟じゃないの! そんなところに歩く核弾頭を放っちゃダメだってばぁ!

 

「……ただのモブ的代表候補生じゃ居られない理由がまた出来ちゃったわね」

 

 旋焚玖の奇行のフォローもそうだけど、女共からの悪意から守ろうと思ったら、それこそ色々な権限が与えられる専用機持ちでないとダメだ。

 

 ちょうど良いタイミングだわ。専用機が誰に与えられるかを決める模擬戦は明日。相手に恨みはないけど、あたしの邪魔をする奴は全員フルボッコにしてやるわ…!

 

「むむむぅ……」(旋ちゃん、大丈夫かなぁ……心配だよぅ…でも、アタシはまだ中2だし……ぐぬぬ…!)

 

旋焚玖のニュースを聞いて青い炎を瞳に宿す鈴音と、心配する事しか出来ない自分の立場を歯がゆく思う乱音。それでも時は立ち夜は明ける。

 

次の日、鬼神と化した鈴音が猛威を振るい、あまりの強さに中国では長く語り草になったとか。

 

 

 

 

 旋焚玖の仰天世界デビューなニュースから3日後。何やら乱がドタドタ走ってきた。

 

「鈴姉鈴姉鈴姉~~~ッ!!」

 

「どうしたのよ、そんなに慌てて」

 

「旋ちゃんからメールが返ってきたよぅ!」

 

 んっ!と携帯を見せてくる。

 えっと、なになに…?

 

『(´つω・`)行きたくないでござる』

 

 これは……正直、意外だわ。

 あの旋焚玖がメールとはいえ、弱音を吐くなんて。あたしの知ってる旋焚玖は、いつでも不敵だった。どんな苦境でも笑ってみせる奴だった筈なのに…? 流石の旋焚玖でも女子校はキツいって事なのかしら。

 

 それとも実はずっと強がっていた、とか……?

 

「……アタシ、決めたよ…!」

 

「え、なにを?」

 

「アタシもIS学園に行く!」

 

 この感じ、来年の話をしている訳じゃなさそうね。

 

「いつから?」

 

「出来るだけ早く!」

 

 へぇ……熱くなっても、ちゃんと現実は見えているみたいね。2か月後(4月)とか無理無謀を安易に言わないあたり、乱の本気が窺えるわ。

 

「ISの世界は実力社会。優秀であれば飛び級だって可能な筈よ」

 

「だよねだよね! よぉし、明日からアタシも頑張るぞ~! 旋ちゃんを守るんだぁ!」

 

 あたしも晴れて専用機を貰える事が確定したし、4月の半ばにはIS学園にも行ける。なら、それまであたしのすべき事は何? 

 

 当然、乱のサポートに決まっている!

 

「思ったが吉日よ、乱。今からでも座学なら始められるわ。ISの知識も完璧になったあたしが直々に教えてあげる!」

 

「うんっ! よろしくお願いします!」

 

 一夏も居るとはいえ、あたし一人じゃやっぱり心細い。あたしとしても乱が早めに来てくれたら、これほどありがたい事はないもんね。

 

 さぁ、スパルタでビシバシいくわよ!

 しっかり付いてきなさい、乱!

 

 






乱:ああああもうやだあああああ!!!!

鈴:誰が大声出していいツったおいオラァ!!


次話からIS学園編に戻るゾ。


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第66話 有朋自遠方来


亦た楽しからずや、というお話。



 

 

 

「来たわよ、IS学園…!」

 

IS学園の正面ゲート前にて仁王立ちする少女在り。

寒々しい冬を越え、海を越え、暖かな4月の夜風に艶やかな黒のツインテールを靡かせるチャイニーズガール。小柄な身体に不釣り合いなボストンバッグを背負い、いざ超えて行かんゲートの先へ。

 

「……むぅ」(今夜着くってメールしたのに、旋焚玖の姿はない…か)

 

確かに「出迎えろ」とは言ってなかった。それでも待っていてほしいのが乙女心というもの。夜とはいえ、正面に誰かが立っていたら見える。見えないという事はそういう事なのだ。

 

軽かった筈の足取りは一転して重くなり、ご機嫌だった筈の気持ちは不機嫌に…とまではいかなくとも、やはり少し物寂しく感じてしまっていた。

 

トボトボと歩き、正面ゲートを越えた。

 

 

パンッ!!

パンパンパンッ!!

 

 

「ふにゃ!? なになに、敵襲!?」

 

夜空の下でけたたましく鳴り響いたのはクラッカーの音。そしてゲートの影から満を持して、色鮮やかな紙吹雪と共にワッと飛び出してくる仕掛け人たち。

 

「入学おめでとう、鈴!」

 

「せ、旋焚玖!?」

 

「入学おめでとう、鈴!」

 

「一夏も!?」

 

「よく来たな、凰」

 

「ち、ち、千冬さんまで!?」

 

「「「「 入学おめでとう! 」」」」

 

「誰ーーーッ!? ちょっ、な、なに、何でこっち来んの!?」

 

旋焚玖と一夏を除く女子連中(千冬と真耶も含まれる)が、困惑の極みに達する鈴にアッーと群がる。

 

「「「「 りーん! りーん! 」」」」

 

「にゃぁぁぁ~~~!? な、何で胴上げェ!?」

 

何がどうしてこうなったのか。

それは今から数時間前まで遡る。

 

 

 

 

『19時くらいに着くわ(/ω・\)チラッ』

 

 セシリアとの激闘から1週間ほど経った頃、鈴からこんなメールが届いた。決闘の結果は内容と一緒に電話でも伝えてるし、というかそれからも毎日電話はしている。その過程で元々鈴もIS学園に来るつもりだった事は明かされていた。

 

 だがそれでも、こんなメールが来たのは想定外だった。え、なにこの顔文字。なにアピールなんですか? 

 

 これは流石にアレだろ、出迎えてね的な事を遠回しに言ってきてるんだろう。素直に言ってこないのは何故か? 鈴は俺に似て照れ屋さんだからな!(名推理)

 

 しかしアレだな、去年の夏以来の再会になるのか。久しぶりだし積る話も……別にないな。電話で話しまくりだし。鈴の両親もすっかりジュテームな仲になってるらしいし、乱ママもISの適性が良すぎて、今年の夏には飛び級してくるってのも聞いてるし。

 

 ま、普通に出迎えて普通に案内してやればいいか。

 

 

【再会にロマンチックはつきもの。熱いベーゼでイチコロさ】

【いい感じの出迎え方を誰かに聞く】

 

 

 なるほど、確かにイチコロだな。

 

 一(人の男が)殺(されるん)だろ? 俺の殺害予告とかお前もエラくなったもんだな。誰が選ぶかアホ! そもそもベーゼってキッスじゃねぇか! まだ付き合ってないのにキッスなんてしたらダメなんだぞ!(純愛恋愛脳)

 

 俺は普通で良いと思うんだけど。

 まぁ人の意見を参考にするのもアリか。というか、一夏が居るじゃん。鈴の知り合いは俺だけじゃないし、一夏も誘って歓迎するのがベターだろ。

 

「おーい、一夏」

 

「なんだ?」

 

 カクカクシカジカっと。

 これまでの経緯を簡単に説明した。

 

「へぇ、鈴も来るのか! そりゃあ楽しみだな!」

 

「ああ。それで何か鈴が喜びそうないい出迎え方はないか?」

 

「うーん、そうだなぁ……あ、胴上げなんかどうだ?」

 

「ああ、胴上げして祝うってヤツな!」

 

 

『胴上げ』:偉業を達成した者、祝福すべきことがあった者を祝うために、複数の人間がその者を数度空中に放り投げる所作をいう(広辞苑参考)

 

 

「そうそう! ほら、よくテレビでもやってるだろ? 合格したぞー!とかで胴上げされてるヤツ! 俺たちでアレをしてあげたら鈴も喜んでくれるんじゃないか?」

 

 しかも鈴が受かったのは天下のIS学園だしな。その上セシリアと同じく、代表候補生の専用機持ちにも選ばれたって言ってたし。これはもう祝いまくられな立場に違いない。

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・ω・`)」

 

「鈴は女の子だろ? ガキの頃から付き合いがあるとはいえ、男の俺たちが太ももやら何やらに触れたら、セクハラになっちまうんじゃないか?」

 

「あ、そっかぁ……」

 

 そうだよ。

 いや、実にいい案だったが、流石にな。

 

「あ、そうだ! 千冬姉を呼べばいいんじゃないか?」

 

「ああ、千冬さんにしてもらうってやり方な!」

 

 千冬さんは女だし、鈴とも知り合いで互いに気後れする事もないし、良い事だらけじゃないか。流石は一夏だ、痒い所に手を届かせてくれるぜ。

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・ω・`)」

 

「千冬さん1人じゃ胴上げと言えなくないか? 絵面も寂しい気がするぞ?」

 

「あ、そっかぁ……」

 

 そうだよ。

 いや、実にいい案だったが、流石にな。

 

「あ、そうだ! 箒とかセシリアたちも呼んじゃえばいいんじゃないか!?」

 

「それだ一夏! お前中々やるじゃないか!」

 

「へへっ、まぁな!」

 

 そんな話を教室でしていたら、自分の名前を呼ばれた事に気付いたのか、篠ノ之たちもこっちまでやって来た。さっそく頼んでみよう。

 

「……って事で、俺たちのダチが今夜IS学園に着くんだ」

 

「中国の代表候補生ですか」(わたくしと同じ専用機持ち……これは良いライバルになれそうな予感ですわね…!)

 

「私と入れ替わりで来た幼馴染か」(私と同じ幼馴染……私の第6感が強く告げてくる。やって来るのは恋のライバルだと…!)

 

 反応を見る限り、特に問題はなさそうだな。

 しかし、それでも千冬さんを入れてまだ3人か。3人で胴上げってのもまだ少し絵面が寂しいよなぁ。

 

「でしたら、わたくしに心当たりが2人程ありますわ」(清香さんと静寐さんですけれど)

 

「私も一人だが居るな」(ルームメイトの本音だが)

 

 どうやらセシリアと篠ノ之が何人か誘ってくれるらしい。俺も千冬さん以外で一人心当たりあるし、今から頼みに行こうかな。

 

「一夏、職員室に行こう」

 

「千冬姉を誘うんだな?」

 

 その役はお前に任した。

 俺は別の助っ人に用がある。

 

 ガラッと教室の扉を開けて廊下に出る。放課後って事もあり、俺たちの姿を見るや、瞬く間に女子から悲鳴が上がった。

 

「きゃぁぁぁッ♥ 織斑くんよぉぉぉッ♥」

 

「ひゃぁぁぁッ!! もう1人も居るぅぅぅッ!!」

 

 よし、黄色い悲鳴だけだな!(自己防衛)

 

 

 

 

「「 失礼します 」」

 

 大海をブッた斬ったらしいモーゼも羨むレベルで、難なく職員室までやって来れた。そこから一夏は千冬さんの所へ。んで、俺は……。

 

「あら、主車くんじゃないですか」

 

 一夏や千冬さんとはまた違うベクトルで俺を理解ってくれている人、その名も山田真耶先生だ! 上から読んでも下から読んでも山田真耶な先生だ! 

 

 まずは事情を説明しなきゃだな。

 

 

【うるせェ!!! 行こう!!!】

【クラウド×セフィロスについてどう思う?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 うるせェのはお前だバカ! せめて説明させろや! その後ウダウダ言われて初めて【上】が成立するの! 今は成立してないの!

 【下】はもっと論外なの! 山田先生にそういう趣味があったとしても俺にはないの! 二次でもヤロウのカップリング講義なんかされたら堪ったモンじゃないの!

 

 俺は【上】を選ぶぜ…!

 同じ言葉でも捉える人物によって変わる事がある…! この台詞をただの反抗的な暴言と捉えるか、それとも…!

 

「うるせェ!!! 行こう!!!」

 

「ひゃあっ!? び、びっくりしましたぁ……んもう~、私はチョッパーじゃないですよ~?」

 

 やったぜ。

 流石は山田先生だぜ。伊達にメガネは掛けてねぇぜ! 俺も伊達にあの世は見てねぇぜ!(幽助)

 

 全く以て意味不明なる文脈でも、それがネタであるならばそっちを優先してくれる。まさにオタクの鑑だな!

 

「すいません、山田先生なら何でも理解ってくれるので」

 

「うふふ、私も学生時代に戻った気分になりますよ~」

 

 まさにwin-winだな!

 

「それで、どうしたんですか?」

 

 ああ、やっと本題に入れる。

 この無駄な回り道も、慣れたらまぁ楽しい……訳ないんだよなぁ。知ってるか? 時が止まった瞬間ってのは、いつも心臓を鷲掴みされた気分になるんだ。日に何度も心臓をギュッとされてたら、そりゃあ耐性もつくわ。

 

 故に強心臓。

 故に強メンタル(哀愁)

 

「……という訳で、俺たちの代わりに胴上げしてほしいんです」

 

「いいですよ~。教師は生徒の力になるのがお仕事ですから!」

 

 両腕を前に出して、フンスッとやる気をポーズで表現してみせる山田先生。相変わらずあざといですねぇ! しかし、それでこそ山田先生だ。

 

 一夏の方は……?

 

「ふむ、胴上げか」

 

「ああ。どうかな? 千冬姉も鈴は覚えてるだろ?」

 

「凰のご両親にもよくお世話になったからな。よし、いいだろう。私も参加しよう」(旋焚玖のご両親といい、一夏が擦れずに済んだのも、この人達のおかげであると言えよう。一夏、旋焚玖そして鈴音。私の守るべき者がまた増えたな)

 

「やったぜ!」

 

 どうやら成し遂げたらしいな。

 セシリアと篠ノ之も声を掛けてくれているそうだし、面子はこれで確保できただろう。後は仕上げをご覧じろってな!

 

 

 

 

「「「「 りーん! りーん! 」」」」

 

「わかっ、分かったから! いや分かんないけど! いったん下ろして! おーろーしーてー!」

 

 うむ、見事な胴上げだ。

 千冬さんと山田先生を核として、篠ノ之とセシリアが加わり、隙の無い四方四神の完成だ。布仏と相川と鷹月の3人で更なる安定感を出している。俺と一夏は見ているだけなのが少し残念だが、概ね満足のいく歓迎セレモニーになったな。

 

「ハハッ、見ろよ旋焚玖! 鈴の奴スゲーはしゃいでるな!」

 

「ああ、俺たちも準備した甲斐があった」

 

「やっぱりアンタ達かー! 後で覚えておきなさいよー!」

 

 うーん、宙に舞いながら噛まずに叫ぶとは、中々に器用じゃないか。流石、代表候補生に選ばれた奴は違うな。

 

「お、おい……なんか鈴の奴、怒ってないか?」

 

「フッ……アイツは照れ屋だからな」

 

 何ビビッてんだよ一夏。

 だいじょーぶだって、へーきへーき。

 

 

【俺も鈴の胴上げに参加するぞ!】

【影の敢闘賞な一夏は俺が胴上げしてやる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「一夏ァッ!!」

 

「え、どうしたんだ、急に」

 

「来いお前!」

 

「え、なんだよ? うわぁっ!?」

 

「いーちか! いーちか!」

 

 ソイッと上に投げてホイッとキャッチ。

 その繰り返しだオラァッ!!

 

「はははっ! なんだよぅ、旋焚玖もはしゃいでるのか~!」

 

 (はしゃいでるのは)お前じゃい!

 

「「「「 りーん! りーん! 」」」」

 

「マジで何なのよぉぉぉ~~ッ!! バカ旋焚玖ぅ! アンタ後でホント覚えておきなさいよー!」

 

 どうして俺だけなのか。

 発案したのは一夏なのに!

 

 これが…ご褒美なの…?(現実逃避)

 





そうだよ。


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第67話 鈴音の大作戦

ジタバタジタバタ、というお話。



 

 

「久しいな、凰。学園の教師としてお前を歓迎する」

 

「お、お久しぶりです、千冬さん」

 

 ワッショイ祭りも終わり、ようやく落ち着いた雰囲気がやって来た。それからはIS学園の新たな仲間である鈴に対し、胴上げメンバーが簡単に自己紹介をしているところだ。

 

 俺は正座させられてるけどな。

 俺だけが正座させられてるけどな。こんなのご褒美じゃないもん。

 

「初めまして、凰さん。わたくしはセシリア・オルコットと申しますわ。同じ代表候補生として歓迎いたしますわ!」

 

「あ、もしかして一夏と旋焚玖と試合した子?」(旋焚玖たちの提案とはいえ、胴上げしてくれた子に対して、流石に『他の国とか興味ないし(キリッ)』とかは言えないわよねぇ)

 

「あら、ご存知ですの?」

 

「うふふ、どうかしらね……>3<」

 

「ぴゃっ!?」(なななっ…! その面妖なお顔は…! つい最近わたくしがしたお顔ではありませんか!?)

 

 両目をギュッとお口もギュッとしてみせる鈴。

 その顔が全てを物語っていた。まぁ電話でセシリアとの勝負も事細かに聞かれたからな。

 

 しっかし、中国に遊びに行った時は鳴りを潜めていたが、可愛らしいイタズラが好きなところは変わってないみたいだな。その性格もあってか、鈴の存在ってかなり貴重っていうか、普通に心強いな。アホの選択肢的な意味で。

 

「うぅ……恥ずかしいですわ…」(どことなく旋焚玖さんに似ていますわ…)

 

「あははっ、ごめんごめん。歓迎してくれてありがと。これからよろしくね!」(チョー美人だけど、乙女スカウター的には……ふむふむ、この子は旋焚玖に惚れてなさそうね! よーしよし。というか旋焚玖を好きになる物好きとか、あたしくらいだっての! これは早くもあたしの時代が来てますねぇ!)

 

 代表候補生で専用機持ちって、IS学園で何人居るんだろうか。よく分からんけど、1年の中でってなるときっと少ない筈だ。そういう意味でも、セシリアとは仲良くなってほしいもんだな。

 

 それからも滞りなく進んでいく。

 一夏は元から知り合いだし、山田先生は教師だし、布仏も相川も鷹月も、俺とコミュニケーションを取ってくれる聖人組だから問題ないだろうさ。

 

 ラストを飾るのは篠ノ之か。コイツもIS学園に来てからは、めっぽう明るくなったしな。特に問題ないだろう。

 

「はじめまして…!?」

 

「はじめまして……ッ…!?」

 

それは運命の邂逅とも言うべきか。

目と目が合った瞬間、相対する少女2人に電気が走った。

 

 

((コイツ…!))

 

 

根拠も無ければ理屈も無し。それでも目と目が合った瞬間、直感的に互いが互いを理解ってしまった。まさに史上のアイコンタクト。箒が翼くんなら鈴は岬くんだった。

 

「……?」

 

 何で篠ノ之と鈴はずっと見つめ合ってんの? というか、むしろガンくれあってないか? いやいや、2人とも初対面だよな? え、なに、アレか? 前世で犬猿の仲だったとか、そういうヤツですか?

 

「旋焚玖と一夏の幼なじみの篠ノ之箒だ」(そして旋焚玖の恋人になる予定の篠ノ之箒だ。言えないけど)

 

「奇遇ね。あたしも旋焚玖と一夏の幼なじみな凰鈴音よ」(そして旋焚玖の恋人になる予定の凰鈴音よ。言えないけど)

 

 何故幼なじみを強調するのか。

 何故バチバチ火花を散らせているか。

 

「……アンタとは長い付き合いになりそうね」(旋焚玖的な意味で)

 

「……ああ、そうだな。お前とは気が合いそうだ」(旋焚玖的な意味で)

 

 む……?

 何か普通に笑顔で握手してる。よく分からんが、何かしら互いに思うところがあったって事でいいのかな。童貞に女の機微なんかわがるわげね。

 

「よし、此処に居る奴は一通り凰と挨拶を済ませたな」

 

「え、千冬姉、俺と旋焚玖はまだしてないぜ?」

 

「お前らはまた明日にでもゆっくり話せ。凰は今から転入の手続きを済ませねばならんからな」

 

 ああ、事務的な作業があるのか。

 それなら仕方ない。ここで長々とダベってたら、それだけ仕事が延び延びになっちまうって事だもんな。

 

「そっかぁ……ちなみに鈴は何組なんだろ?」

 

 それは俺も知りたいな!

 心なしか、一夏から聞かれた千冬さんを見る鈴の表情も、ドキドキしているように見える。

 

 そりゃそうか。

 知らん奴ばっかのクラスへ放り込まれるより、知り合いが居るクラスの方が鈴も要らん気疲れしないで済むだろうし。

 

「凰の転入クラスは2組だな」

 

「!!?」(違っ…! 違うでしょ、千冬さん!? えっ、違うわよね!?)

 

 お隣りか。

 これには普通にがっかりだ。

 

 というか、鈴がめちゃくちゃビックリしてる。しょんぼりとかなら分かるが、驚くってのはおかしくないか? 事前に鈴が知らされていたクラスとは違うとか?

 

「と見せかけて1組だな」

 

「……ほっ」

 

 何故見せかけたのか。

 今宵も絶好調だな千冬さん。ツっこんでいいのか分からん微妙な匙加減っぷりが特徴のブリュンヒルデジョークが冴えきってるぜ。

 

 そんでもって、安堵のため息をついたっぽい鈴である。もしかしたら此処に来る前から聞いていたのかな。

 

「本来なら2組だったんだが、急遽1組になってな」

 

 千冬さんが、そう付け足す。

 なんだ? 謎の力でも働いたのか?

 

「ふっふーん! これでまた同じクラスね旋焚玖、一夏!」(そうでなきゃ困るわ! このあたしがアレだけの事をしたんだから! 羞恥に耐えたる先は春作戦、大成功よ!)

 

アレだけの事。

それが一体何を指しているのか。

それは今から少し時を遡る事になる。

 

 

 

 

「凰鈴音さん、アナタの転入する日が決まりました」

 

「はい」

 

 政府高官が直々に通達に来た。というか、この人ってあたしをスカウトしたお姉さんじゃない。その節はドーモです。

 

 でも、まだよ。無事に専用機持ちな代表候補生にもなれて、正式にIS学園へ行ける事が決まったあたしだけど、まだ喜んではいけない。気を抜いてはいけない。

 

 IS学園にも当然クラス割りというモノがある。アホの旋焚玖と同じクラスになれるか違うクラスになってしまうか。

 正直、それだけで全然変わってくるのよ。あたしのテンションも変わってくるし、仮に違うクラスだったら、旋焚玖といい感じになるのに時間が掛かっちゃうじゃない。

 ただでさえ、あたしは一度アイツをフッちゃった負い目があるんだから。まずそこから挽回しなきゃいけないんだから、違うクラスとかになってる暇はないの!

 

「ちなみに、あたしが入るクラスって何組か分かりますか?」

 

 えっと……1年は確か4クラスあって、旋焚玖は1組だって電話で言ってたわよね。という事は4分の1なのよね? 

 4分の1って言われたら「いけるやん!」(旋焚玖風)って気持ちになるけど、4分の1って25%なのよねぇ。25%って言われた途端、いきなり不安になっちゃうのはどうしてかしら。

 

 いやいや、ここで不安になってどうすんのよ。むしろ25パーくらい余裕で勝ち取れるわよ。あたしの運はマジで九蓮宝燈だから。ナメんじゃないわよってね。

 

「凰さんは2組ですね」

 

「(^p^)」

 

「ちょっ…!? どうしました凰さん!? お、女の子がそんな顔をしてはマズいですよ!」

 

 終わった。

 グッバイあたしの青春。ってフザけんな! あたしは別にISが好きで行く訳じゃないのよ! アホの旋焚玖と一夏とアホして楽しんで! いつしかアホの旋焚玖とも恋に落ちちゃった…♥ 的な関係になりたくて行くのよ!

 

 それなのに何で違うクラス…ッ!

 違うクラスなのよぉぉぉぉッ!! 

 

 限られた時間だけで親密になれって!? アホか! そんな余裕あったら、とっくに付き合えてるわよ! 遠距離恋愛でもしてるわよ! 無いから日本に行くんでしょうが!

 

 ど、どうしよう…!

 ここは大人しく従う? 

 それで2年のクラス替えまで待てって? 

 

 いやいやいやいや、無いわよ、普通に無いわ。万が一、いえ、億が一の事を考えてもみなさいよ。あたし以外の女が旋焚玖に惚れちゃったらどうすんのよ! いや無いけど! そんな物好き、世界でもあたしくらいだろうけど! 可能性は零じゃないでしょ!?

 

 でも何て言えばいいのか分かんない…! 普通に考えたら、こんなの覆らないだろうし。そうよ、常識で考えたら……ん? 常識…?

 

 そ、そうだ!

 常識から一番かけ離れた奴がいるじゃない! こういう時、旋焚玖ならどうする!? 分かるか! 分からないから聞いてみるしかないわね!

 

「少しだけ席を外していいですか?」

 

「え、ええ、いいですよ」

 

 一旦、外に出る。

 そんで、ソッコー旋焚玖にTELる。

 

 

「あ、旋焚玖? ごめん、ちょっといい?」

 

『ああ』

 

「あのね、覆りそうにない決定事項をね、変更してもらうにはどうしたら良いと思う?」

 

 長々と話している時間は多分ないと思う。端的すぎて悪いけど、お願い旋焚玖、アンタの知恵を貸して…!

 

『……相手は人間か?』

 

「ええ」

 

『なら問題ない。駄々をこねろ。こねてこねてこねまくれ。駄々っ子よりも駄々っ子になれ。泣いて叫んで喚いて地面に転がり回れ。わたモテのうっちーよりもジタバタしろ』

 

「わ、分かったわ…!」

 

 最後の部分だけはよく分かんなかったけど、中途半端にするなって事よね? 足掻くなら本気で足掻いてみせろ……そう言っているのね、旋焚玖…!

 

 あと……最後に勇気をちょうだい。

 

「旋焚玖はさ、あたしが1組に来たら嬉しい?」

 

『愚問だな。待ってる』

 

「……ええ、待ってなさい…!」

 

 よし…!

 これで闘える…!

 

 何と?

 羞恥心とよ、決まってんでしょ!

 

 電話を切って、ババーン!と扉を開けて入り直す。

 最初からやり直すわよ!

 

「ちなみに、あたしが入るクラスって何組か分かりますか?」

 

「え? えっと……2組ですね」(どうして同じ事を聞くのかしら…?)

 

「やだ!」

 

「え、いや、やだって言われましても」

 

「やだやだやだ! やだぁ! 2組はやだぁ!」

 

 地面にゴロゴロ転がりまくる。

 恥ずかしくないもん。今のあたしの気分は大女優のソレなんだから! 演技だから恥ずかしくないもん!

 

「ちょぉっ!? ふぁ、凰さん!?」

 

 止めんじゃないわよ!

 ジタバタさせなさいコラ!

 

「1組がいーいー! 1組じゃないとやなのぉ! やだやだやーだー! 1組じゃないと行きたくないのー! おーねーがーいー!」

 

「はわわっ…! ど、どうしましょう…」(何ですかこの子…! 大人びていると聞いていましたが…! これは……これは愛護欲がハンパないですよ!)

 

 どうするですってェ!?

 

 1組に変更すればいいのよゴラァッ!! 見なさいよ、このあたしのジタバタっぶり! 小学生でも今どきここまではしないわよ! どうなのよ! 良心チクチクどころか、もう良心バズーカってんでしょ!?

 

「泣いちゃうよ!? 1組に変更してくれなきゃ、あたし泣いちゃうんだからぁ!」

 

「……分かりました、1組に変更しましょう」

 

「!!? ま、マジですか…?」

 

 ゴロゴロすとっぷ、ジタバタすとっぷ。

 え、マジで? ホントに? 

 

 ヤバい、なんだか急に冷静になってきた。

 素に戻った瞬間、どっと恥ずかしさが込み上げてくる。あたしは何てコトをしちゃってたんだろうか……これは黒歴史も真っ黒な黒歴史確定だわ…!

 

「マジです。政府高官な私を信じてください」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 あたしの(黒)歴史にまた1ページ……それでも決定事項を覆せたのは事実! なら、あたしはその1ページも破らず受け入れるわ!

 

「可愛いは正義」(小声&本音)

 

「へ?」

 

「ンンッ…! 何でもありません。では、凰さんは1組に転入という事でよろしいですね?」

 

「はい!」

 

 しゃあオラァッ!!

 恋する乙女ナメんじゃないわよオラァッ!!

 

 待ってなさいIS学園!

 待ってなさい旋焚玖!

 

 

こうして鈴音は、決められたレールをブッ壊し、新たなる未来を自身の手で掴み取ったのである。

 

 





クラス対抗戦はどうするんですか(憤怒)




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第68話 ようこそ1組へ!

鈴の加入で変わるモノ、というお話。



 

「皆さん、おはようございます。今日はなんと! 私達のクラスに新しいお友達が増えますよ~!」

 

 今朝のショートホームルーム。 

 教壇に立つ山田先生が、ニコニコ顔で発表した。小学校かな? 

 確かに山田先生は高校の教師っていうよりは、小学校のせんせーという雰囲気だもんな。しかし、陰気くさい雰囲気よりよっぽど良い。

 

 扉をガラッと開けて入って来たのは、もちろん鈴だ。

 よっ、昨日ぶり。

 

「中国代表候補生、凰鈴音よ! よろしくね!」(初めて日本に来た時は、知らない奴ばっかりのトコロに放り込まれて正直ブルッちゃってたけど……えへへ…! 今回は全然怖くないわね!)

 

 うむうむ。

 特に気後れもしてなさそうで何よりだ。

 

 昨日の一件もあって、初めて来た1組でも、知らない奴ばっかのクラスじゃなくなっている。大いに安心するがいい、鈴よ。このクラスはアウェーに非ず。既にホームなんだぜ!

 

「知ってる~!」

 

「知ってるよ~!」

 

「改めてよろしくね、鈴ちゃん!」

 

 布仏を筆頭に相川と鷹月もそれに続いて鈴を歓迎してくれた。ナイスすぎるアシストである。流石は1組が誇る聖人三銃士だ、ホントにいい仕事してくれますねぇ! 俺と一夏でワッショイ祭りを企画した甲斐もあったってなモンだ。

 

 

 

 

 ホームルームも終わり、一夏がダベりに俺の席までやって来る。少し遅れて鈴もやって来た。

 

「昨日ぶりね! というか久しぶりね、旋焚玖、一夏!」

 

「ああ」

 

「おう! 久しぶりだな、鈴!」

 

 一夏は一緒に中国に行けなかったから1年ぶりって事になるのか。俺と違って積る話もあるだろう。昨日は歓迎だけで解散したからな。落ち着いた状態で話せばいいさ。

 

「ちょうど丸一年ぶりになるのか。元気にしてたか?」

 

「まぁね。アンタこそ、ビックリしたわよ? テレビ観てたら、アンタの(´・ω・`)がいきなり出てきたんだから」

 

「いや、あの時はマジでビビッてたんだって」

 

 ああ、あの時はまだ唯一の男性起動者だったもんなぁ。一夏からしたら天涯孤独すぎる状況だし、不安ってレベルじゃなかったんだろう。

 

「おばさん達は元気か?」

 

「ええ、もちろん!」

 

 その笑顔に陰りは無し。

 ジュテームな仲って言ってたし、俺も奮闘して良かったわ。

 

「そういえば、鈴もセシリアと同じ代表候補生なんだよな?」

 

「ええ、そうよ?」

 

 心なしか鈴がドヤ顔しているように見える。

 

「おほほほ!」

 

「うわビックリした!?」

 

 鈴の言葉にいち早く反応してみせたのは、俺の後ろの席なセシリアだった。一夏じゃなくてもビックリするわ。

 そして、そのまま勢いよく立ち上がるオホホなセシリアさん。今朝もキマってんなぁ。

 

「皆まで言わずとも分かってますわ、鈴さん! きっと中国がわたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転入ですわね!」

 

 で、出たー!

 淑女にのみ許された、セシリアのセシリアによるセシリアのための淑女ポーズだぁー! 

 

 どうやらセシリアの調子は絶好調なようである。

 気分良く「むふんっ♪」とか言ってドヤってるし。初めて見た鈴も「うわぁ…」って顔してるし。しかし何も言わないだけ大人なのである。んで、それを聞きつけた相川がなんかダッシュでやって来た。

 

「はいはい、セシリアはしゅごいねぇ~」

 

「な、何ですの清香さん!? どうして頭をナデナデしますの!?」

 

 流石は相川、これは揺るぎないセシリアの保護者ですね。誰も何も言わないって事がもう全てを物語っている。相川こそが、そのポジションに相応しいのだと。1組の面々も認めているって事だ。

 

「1組の代表候補生はこれで2人になった訳だが、他のクラスはどうなんだろうな」

 

 俺の前の席な篠ノ之も話に入ってきた。

 あれ…? この光景ってよくよく考えたら凄くね? だって俺を中心に美少女(一夏を除く)が集まってるんですよ? これはハーレム王旋焚玖ですね、間違いない。

 

「あー、もしかしてアレ? 箒が気にしてるのってクラス対抗戦?」

 

「ああ、そうだ。鈴は察しが早いな」

 

 ちなみに、クラス対抗戦ってのは、来週に行われるクラス代表同士によるリーグマッチだ。ガチな試合というよりも、どっちかと言うとクラス単位での交流やら、団結力を強めるためのイベントだって千冬さんが言ってた。

 

「旋焚玖から聞いたけど、1組は一夏が代表なのよね?」

 

「おう」

 

「ぶっちゃけ、どうなのよ? 勝てる自信あんの?」

 

「全然ないゾ」

 

「うわはははは!」

 

「あははははは!」

 

「笑わすなツってんだろ!」

 

「その顔ヤメろツったでしょ!」(うっはー! このノリちょー懐かしい! 中学の頃を思い出すわね! いきなりテンション上がるぅ!)

 

 おぉ、なんか中学の時を思い出す一幕だ。俺もそうだが、やっぱ鈴もまだ笑っちまうんだな。だってツボだもん。一夏のコレだけは、明日死ぬとしても笑う自信あるわ。

 

「そんな弱気じゃダメだよ織斑くん!」

 

「そうだよ、おりむ~!」

 

「織斑くんが勝たないと1組が幸せになれないよ!」

 

 おお、相川だけだと思ってたら、いつの間にか布仏と鷹月も居てた。ワッショイ祭りメンバー大集合だな。

 

 鷹月の言う「幸せ」ってのはアレだ。今回のクラス対抗戦で1位になったら、なんと優勝賞品として学食デザートの半年フリーパスが配られるらしい。何とも女子校らしいチョイスである。俺もチョイスだけど(自己紹介)

 

「景品を抜きにしても、やはり友には勝ってもらいたいものだ。なぁ、主車」

 

「当然だ」

 

 ま、篠ノ之の言う通りだな。

 ダチが負けて良い気分にはならんよ。

 

「へっ…旋焚玖にそこまで言われちゃあ、俺もいつまでも弱気じゃいられないぜ!」

 

 当然だ、しか言ってねぇよ。

 まぁ一夏のモチベーションが上がったんならいいか。

 

「その意気ですわ一夏さん! では今日からは一旦クラス対抗戦に向けて、ISでの実戦的な訓練に切り替えましょう。鈴さんにも手伝っていただければありがたいのですが」

 

「あたしも1組の一員だしね! もちろん、手伝わせてもらうわ。あれ、でも、それじゃあ今まではどうしてたのよ?」

 

 セシリア先生による座学講習だな。アシスタント役に篠ノ之先生だ。俺も一夏も他の奴に比べて圧倒的にIS知識が不足しているからな。

 まずはそこから埋めていこうって事でお勉強していたのである。ただ、もう一つ大きな理由もあったりする。

 

「私と主車は専用機を持っていないからな」

 

 つまり皆で一緒にISを使って……というのは難しいんだよ。訓練機の申請やら許可とかいう弊害のせいでな。

 ぶっちゃけ、俺はともかく篠ノ之は訓練機くらいなら自由に使っても良くないか? 狙われる立場的な意味で。それが無理なら、せめて俺と【たけし】がやってる夜の鍛錬に篠ノ之も参加させるとかさ。

 今度、千冬さんに相談してみるか。

 

「だが流石にもう、私と主車に気は遣わなくていい。セシリアの言うように、一夏も実戦的な訓練をした方が身に付くだろうし」

 

「俺も篠ノ之の意見に賛成だ」

 

 そうなったら俺と篠ノ之が暇になっちまうが、まぁセシリア達を見学でもしつつ、篠ノ之に解説でもしてもらえば良かろうもん……ん?

 

「ちょ、な、なんだ、鈴…!? おいっ、腕を引っ張るな!」

 

「い・い・か・ら! こっち来なさいアンタ!」

 

 鈴が篠ノ之を引っ張って行った。

 唐突すぎんだろ、どうしたんだアイツ。

 

 

(アンタ昨日は旋焚玖って呼んでなかった?)

(昨日はその、鈴への対抗心で呼べただけで、普段は恥ずかしくて中々…)

(照れ屋な乙女か! 思春期すぎるでしょ!)

(し、仕方ないだろ!? 意外と度胸がいるんだぞ!?) 

(……なぁーんだ。初めて出会った恋敵(ライバル)は、強敵(とも)じゃなくてヘタレだったかぁ)

(ヘタレ!? この私がヘタレだとぅ!? くそ、見てろ!)

 

 

「旋焚玖ぅッ!!」

 

 うわビックリした!?

 

「……なんだ、篠ノ之?」

 

 名前で呼んだなコイツ!

 というか叫んだなコイツ!

 

「篠ノ之じゃない! 私もお前を名前で呼んだんだ! 旋焚玖も私の名を言ってみろ!」(おぉ…! 言えている…! 私が呼べているぞ、旋焚玖と! あれだけ恥ずかしくて言えなかったのに! これはテンションも上がりまくりだ!)

 

 いや、言ってみろてお前…。

 どうしたお前、やけにハイになってんな。

 

 

【ジャギ様】

【ケンシロウ】

 

 

 えぇ…?

 これってどっちが正解なの? 

 

 というか、ホントにそういうネタ的な意味で振ってきてんの? 違くない? だって篠ノ之だぞ? 真面目なコイツが北斗の拳を読んでるとは思えないんだけど。いやでも、読んでる可能性があるからこその【選択肢】か?

 

「……ジャギ様?」

 

「誰だそれは! 違うだろ!」

 

 やっぱり違うじゃないか(憤怒)

 

「冗談だ、箒……これでいいか?」

 

 おぉ……初めてコイツの名前を呼んだ気がするぞ。初めて出会ったのが小2ってのを踏まえたら、中々に感無量だな。

 

「う、うむ! これからは名前で呼ぶように! 私も呼ぶからな!」

 

「ああ」

 

 何かよく分からんけど、俺もやっと篠ノ之…じゃねぇや、箒と名前を呼び合えるようになったんだな! やったぜ! 鈴がウンウン頷いてるのもよく分からんけど、とりあえず嬉しいんだぜ!

 

 ん?

 また箒と鈴がこそこそ話してる。

 

 

(……ありがとう、鈴)

(気にしなくていいわよ)

(でも良かったのか? 敵に塩を送ったんだぞ?)

(はんっ…! 張り合いがなくちゃ、あたしも燃えないのよ!)

(そうか……いや、改めてよろしく頼む。強敵(とも)として…!)

(ふふっ、そうこなくちゃね!)

 

 

 なんかガッチリ握手までしてるぞ。

 なんだなんだ、昨日会ったばかりなのに、もう仲良しになってんのか? 性格的に2人の波長は合いにくいと思ってたんだが、世の中分からんモンだなぁ。

 

 チャイムが鳴り、皆も席に戻っていく。

 さぁ、今日も1日が始まるな。

 

 

 

 

「じゅばばばッ…! 今朝の話の続きだけど…ずぞぞぞぞぉッ…!」

 

「り、鈴さん!? お行儀悪すぎですわよ!?」

 

 昼休み。

 いつもの面子に鈴も加わり、学食へやって来た。各々が券売機で好きなモンを頼んで、「いただきます」をしたまでは良かったんだが。

 

「セシリアの言う通りだぞ! 何だその食べ方は!」

 

 鈴が頼んだのはラーメンである。

 いつ見ても豪快な啜りっぷりよな。しかし、淑女なセシリアと大和撫子な箒から不興を買ってしまったようだ。

 

「なによ、ラーメンは豪快に喰ってナンボでしょ?」

 

 そらそうよ。

 これに関しては俺も完全に鈴派だ。一夏も頷いてるし。

 

「し、しかしだな……おい、レンゲはどうした?」

 

「んなモン要らないわよ。何に使うのよ?」

 

 おうおう、鈴の漢っぷりが光ってますねぇ!

 

「なにってお前…」

 

「色々ありますわ! スープを掬ったり、お麺を乗せてミ…」

 

「あたし、レンゲでミニラーメン作ってチュルチュルしてる奴見たらブッコロがしたくなるのよね」

 

「みっ!?……みんみんぜみ」

 

 何言ってだこの淑女。

 殺意の波動にでも飲まれたか?

 

「ングングッ…! ぷはーっ、ごちそうさま!」

 

 仕上げはどんぶりを持ってのスープ飲み。

 いい喰い方してますよぉ…(恍惚)

 

 

 

 

「今朝の話に戻るけどさ。ほら、他のクラスの話よ」

 

 ああ、そういや中断したままだったか。

 

「わたくしの出番ですわね!」

 

 ババーンと立ち上がるセシリア。

 え、なに、実は情報通なの?

 

「他国の代表候補生はそれなりにチェックしてますからね。わたくしの記憶が正しければ、2組にタイの、4組に日本の代表候補生が居た筈ですわ。3組には居なかったと思います」

 

 ふんふむ、なるほど。

 3組は置いておくとして、セシリアの言う通りなら、2組と4組からクラス対抗戦に出てくる奴は、その2人だと考えるのが妥当か。

 

 つまり、セシリアや鈴と同等クラスだと思っていいだろう。

 

「相手が3組だったらどうだ? 勝てる自信はあるか?」

 

「おう!」

 

 箒の問いに大きく頷いてみせる一夏。

 

 い~い返事だ。貌つきもいい。

 この前の試合で、曲がりなりにも一夏はセシリア程の実力者を追い詰めたんだからな。モブ相手なら余裕だろ。

 

「問題は2組か4組と当たった時ですわ。一夏さん、勝てますか?」

 

「無理だゾ」

 

「うわはははは!」

 

「あははははは!」

 

「「 笑わすな! 」」

 

 今朝からまだ数時間しか経ってねぇぞコラァッ!! このメンタルバカ! 上がるのも早いけど下がるのもあっという間だな! お前のメンタル、ガバガバじゃねぇか!

 

「そんな弱気でどうする一夏!」

 

「そうですわ! 今朝の勇ましい一夏さんは何処へ行かれましたの!?」

 

「アンタ男でしょ! 闘る前から諦めてんじゃないわよ! ねぇ、旋焚玖!」

 

「当然だ」

 

 闘る前に負ける事考えるバカいるかよ(闘魂)

 俺は考えるけど。

 

「そうだな……旋焚玖にそこまで言われちゃあ、俺もいつまでも弱気じゃいられないぜ!」

 

 だから俺は当然だ、しか言ってねぇよ。

 相変わらずガバガバなモチベーションしてんな、お前な。

 

「では予定通り、今日の放課後からはISで特訓しましょう」

 

「ちょっと待ったぁ~!」

 

 布仏からちょっと待ったコールだ!

 

「今日の放課後は、おりむ~のクラス代表おめでと&ようこそリンリン歓迎ぱーちーがあるんだよ~!」

 

 ぱーちーか。

 学園青春らしいナイスなイベントじゃないか! それを疎かにするなんてとんでもない!

 

「む……主役を欠席させる訳にはいきませんわね。それなら明日からにしましょう」

 

「いや、歓迎してくれるのは普通に嬉しいんだけどさ。リンリンはヤメてほしいわね」

 

 俺もヤメてほしい。

 左奥歯を失ったトラウマが蘇るっての。

 

「という訳で、放課後は食堂にしゅーごーだよ~!」

 

 はい!(ウキウキ)

 





選択肢:はい!(ウキウキ)

旋焚玖:やめてくれよ・・・


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第69話 パーティー


パーティーは騒いでなんぼ、というお話。



 

「というわけでっ! 織斑くんクラス代表決定おめでとう!」

 

「「「 おめでと~! 」」」

 

 ぱんぱかぱーん!

 

 食堂に集まった面々がクラッカーを乱射する。

 祝福の紙吹雪が降り注がれた。

 

 

【色鮮やかに舞う紙吹雪を背景に、祝福の舞を披露する】

【色鮮やかに舞う紙吹雪を背景に、祝福の抱擁を捧げる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「ミ~モヽ(・ω・oヽ)ミ~モヽ(o・ω・o)ノミモ(ノo・ω・)ノミモモモ~ミモ♪」

 

 見さらせコラァッ!!

 クラス本邦初公開、これが本意気のミーモ・ダンシングじゃい! 選んだからにはハンパは無しだコラァッ!! クラス代表がんばれコラァッ!!

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 (祝われてんの)お前じゃい!

 

「ひゅ~っ! ちょいす~、ひゅ~っ!!」

 

 のんびりした合いの手サンキューだぜ布仏! それが俺の羞恥を1ミリくらい和らげてくれるんだぜ!

 

「旋焚玖さんのダンスは以前も1度拝見しましたが、改めて見ると凄いキレですわね」

 

「旋焚玖は武術やってるからな」(篠ノ之流フォロー)

 

 お、そうだな。

 

「それ関係あんの?」

 

 というか、誰もこの状況にツっこまないのが異常だと思います(名推理)

 

「ツっこんでキレられたくないからね」

 

「しょうがないね」

 

 聖人枠の相川と鷹月にですら、そんな推測をされているのか。うん、それじゃあ尚更、他の奴らが止めてくれる事は期待できないですね。あ、そろそろサビに入るな、がんばろ。

 

 

 

 

「というわけでっ! 鈴ちゃんIS学園にようこそ!」

 

「「「 ようこそ! 」」」

 

 ぱんぱかぱーん!

 

 このパーティーは鈴の歓迎会でもあるからな。一夏へのクラッカー乱射が終われば、当然お次は鈴のためのクラッカーだ。今度は歓迎の紙吹雪が舞い上がった。

 

 

【色鮮やかに舞う紙吹雪を背景に、歓迎の舞を披露する】

【色鮮やかに舞う紙吹雪を背景に、歓迎の抱擁を捧げる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

 ぬわああああん疲れたもおおおおん!!

 

「チカレタ…」

 

 いやホントに。

 一夏には抱擁で良かったなこれ。むしろ最初の選択肢で気付くべきだったか……俺もまだまだ未熟って事だな。

 

「まったく……ハードラックとダンスっちまったぜ」

 

「アンタってば、相変わらずアホねぇ」

 

 今宵の主役な鈴がケラケラ笑いながら飲み物を持って来てくれた。中身は当然、ちべたいコーラである。嬉しいのである。

 

「でも、ありがとね。あたしだって嬉しくない訳じゃないんだから」

 

 お、ツンデレか?

 そんな事したら可愛さが増すだけだぞ。

 

「気にするな」

 

「まぁ旋焚玖は武術やってるからな」(篠ノ之流フォロー)

 

 お、そうだな。

 

「アンタそればっかじゃない!」

 

「し、仕方ないだろう! そっち方面には疎いんだ!」(むむぅ……好きな男の趣味は、やはり私も知っておいた方が良いのかもしれん…)

 

 しかしアレだな、改めて一夏の人気が窺えるな。一応、このパーティーは1組の集まりと銘打っているんだが、明らかに30人以上来てるもん。流石に女子が鈴狙いで来てるってのは考えにくいしな。

 

 現に一夏は俺たちとは離れた場所でモブ共に囲まれてるし。

 遠目から見ても、やいのやいのと囲って持て囃してるみたいだが、知らん顔ばっかだし違うクラスの連中らしい。それを受けてる一夏の顔が(´・ω・`)の時点で、全く心には響いてねぇな。

 

「一夏は人気者みたいだな」

 

 当たり前だよなぁ?

 

「うふふ、旋焚玖さんも羨ましいのではなくて?」

 

 当たり前だよなぁ?

 

「なによ~? もしかしてアンタ、一夏に嫉妬しちゃってたりすんの~?」

 

 当たり前だよなぁ……とでも言うと思ったか!

 

 確かにかつての俺ならメラメラ嫉妬しただろう。友としてではなく、あくまで男としてだがな。

 

 しかし! 

 しかしだ! 

 

 見よ! 

 オイ見ろコラ! 

 

 俺を囲う今の絵を!

 

 日本一美人な箒と! 

 イギリス一美人なセシリアと! 

 中国一美人な鈴が!

 

 俺と一緒に居てくれている…! 何の気まぐれか知らんが、居てくれている事実…! 揺るがない事実…! 紛れもない事実…! 絶対に事実…! 事実であってほしい…! 夢なら醒めないで…!

 

 数より質だオラ!

 テメェらモブなんざ何人集まろうが、三大美女に勝てる訳ないだろ!……あ、3人に勝てる訳ないだろ!(言い直し)

 

 

【箒が居ればそれでいい(箒ルート)】

【セシリアが居ればそれでいい(セシリアルート)】

【鈴が居ればそれでいい(鈴ルート)】

【俺も一夏に群がる一人でありたい(???ルート継続)】

 

 

 え、なにこれは…。

 

……エロゲかな?(現実逃避)

 

 えっと……文言がキモいってのは一旦置いておこう。たぶん肝はそこじゃないんだ。っていうか絶対そこじゃないんだ。あーっと、とりあえず……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!(落ち着きを取り戻す儀式)

 

 よし、これで冷静になった。訳ねぇだろこのヤロウ! アホか! どうすんだオイ! なんだこの直接的な選択肢!? ルートってなに!? 

 【上】選んだら箒と付き合えんの!? 【2番目】選んだらセシリアとか!? 鈴とイチャイチャパラダイスな関係になりたきゃ【3番目】ってか!?

 

 ナメんなコラァッ!!

 全員俺のモンだコラァッ!!(大志)

 

 

そして時は動き出す。

 

 

「何やってんだよお前ら」

 

 一夏に群がるモブ共に、ニッコリスマイルでこんにちは!

 

「「「 ヒッ!? 」」」

 

 毎度毎度同じリアクションだな、お前らな。違うのは顔だけじゃねぇか! その反応はもう飽きたわ。たまには違う反応してみせろよ! かかって来いオラァッ!!

 

 出来ねぇんならどけオラ、散れオラ!

 

「俺も仲間に入れてくれよ~」(名演技)

 

「「「「 ひゃぁぁぁぁぁッ!! 」」」」

 

 ほい完了。

 蜘蛛の子以上に散っていきましたとさ。

 

「た、助かったよ旋焚玖。正直、困ってたんだ」

 

「気にするな」

 

 一夏も得して、俺も未来的な意味で得した筈だし。きっと、いや絶対に。強く信じる気持ちが大事。

 

(……今更アイツが一夏に嫉妬なんかする訳ないか)

(そうだな、むしろ誰よりも一夏を想える奴だ)

(うふふ、旋焚玖さんはお友達想いなのですね)

 

 一夏を連れて戻ってきたら、何故か3人から生暖かい目で迎えられました。ナズェミテルンディス!!

 

「はいはーい、新聞部でーす! 話題の新入生、織斑一夏君と主車旋焚玖君に特別インタビューをしに来ました~!」

 

 インタビューか。

 俺も随分すげぇ立場な男になっちまったもんだ。

 

「あ、私は2年の黛薫子。よろしくね! 新聞部部長やってまーす! はい、これ名刺ね!」

 

 これはこれはご丁寧に。

 高校生でも名刺とか持ってるんだなぁ。

 

 

【なんだァてめェ…? まず名乗れ】

【もしかしてアイツの知り合いですか?】

 

 

 まゆずみかおるこォ! 

 

 そう聞いたわ! いま聞いたわ! 名刺にもちゃんと書いてるわ! お前ホント頭パープキンだな!

 

「……もしかしてアイツの知り合いですか?」

 

「え~っと……アイツって誰かな…?」

 

 俺も知りたい。

 アンタ誰の知り合いっすか。

 

「あっ…! もしかして、たっちゃんの事かな!?」

 

 誰だそれ!?

 

 ここであだ名はやめてよぉ! 

 フルネーム! フルネームでおなシャス!

 

 

【そうかな】

【そうだよ】

 

 

 いやどっち!?

 

 俺が俺の言葉で惑うっておかしいだろ! 俺は惑わす側じゃないの!? 何で俺が惑わされる側になってんの!?

 

「……そうかな」

 

「む……」(なるほど。たっちゃんの言ってた通り、確かに一癖も二癖もある子だわ…! でも、私だってジャーナリスト魂を懸けてやってるんだから! 動揺なんてしてあげるもんですか!)

 

 き、機嫌悪くなったりしてない?

 大丈夫?

 

「ふふっ、主車君は後でちゃんとインタビューしてあげるから……慌てちゃダメよ?」

 

 え、なにその感じ。

 今ウィンクされたぞ、可愛い。そして彼女は俺に惚れてますね、間違いない。というか俺が惚れましたね、間違いない(恋愛脳)

 

「ではでは、まずは織斑君! クラス代表になった感想を、どうぞ!」

 

 ボイスレコーダーをずずいっと一夏に向け、打って変わって無邪気な子供のように、瞳を輝かせる美人な眼鏡先輩。眼鏡で美人とか最強やん?

 

「え、えっと……まぁ、なんというか、頑張ります」

 

「んー、いまいちインパクトに欠けるなぁ。もう一声お願い!」

 

「え、えぇっ…!?」

 

 一夏が困った顔でこっちを見ている!

 お、アイコンタクトの時間か?

 

(教えてくれ旋焚玖! こういう時は何を喋ればいいんだ!?)

(俺に聞かれても分かんねぇって)

 

 いやホントに。

 俺だってインタビューとか受けた事ないんだから。IS起動させた時も、俺は記者会見やってないし。

 

(そこを何とか頼むよ! 俺じゃ思いつかねぇんだって! 何でもいいから!)

(うんこちんこ言ってりゃウケるだろ)

(だからそれがウケるのは小学生までだって!)

 

 それは違うぜ、一夏よ。

 男は何歳になっても、うんこちんこで盛り上がれるんだぜ? ま、ここは女子校だけど。

 

「ほらほら、例えばさ『俺に触るとヤケドするぜ!』とか!」

 

 むむむ、と悩む一夏を見かねた眼鏡な先輩……えっと、黛先輩からのアドバイスである。なんか妙に古臭いけど、言ってほしいノリは分かった。それっぽいのを今風に変えて言えばいいんじゃないか?

 

「な、なるほど…! 俺に触るとヤケドするぜ!」

 

「そのままじゃない!」

 

「(´・ω・`)」

 

 何故そのまま言うのか。

 こういう時の一夏のセンス、俺は嫌いじゃない。鈴も爆笑してるし。

 

 その後も色々と一夏にインタビューしていく黛先輩。内容は、初めてISに触った時の事とか、千冬さんは何か言ってたか~とか、IS学園らしいISに携わるモノばかりである。

 なるほど、俺にもこういう質問が来るんだな。頭の中でシミュレーションしておいた方が良さそうだ。

 

 

「よし、協力ありがと織斑君! 次は主車くんね!」(たっちゃんが言ってたわね、この子は普通に男女平等パンチが飛んでくるって。ここは当たり障りのない質問の方が無難かしら)

 

 

【オッスお願いしま~す】

【はい】

 

 

 ん?

 

「はい」

 

「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」

 

 え、なんで?

 

 

【24歳です】

【言う必要はありません】

 

 

 いや、【上】は誰の事言ってんの? 

 24だし、千冬さんか?

 

 

「言う必要はありません」

 

「え、身長・体重はどれくらいあるの?」

 

 いや、何でそれを聞く必要があるんですか?

 

 

【え~、身長が170センチで体重が74キロです】

【言う必要はありません】

 

 

 いや言わせろよ。歳も身体も秘密にする理由がねぇよ。

 あと【上】は誰? 千冬さんじゃないよな? え、お前? もしかしてお前の自己紹介だったりすんの?

 

「言う必要はありません」

 

「今なんかやってんの? すごいガッチリしてるよね」

 

 

【特にはやってないんですけど、トレーニングはやってます】

【言う必要はありません】

 

 

 え、これはどうすんの?

 普通に【上】選んでも大丈夫? トレーニングってレベルじゃないんだけど、まぁ間違ってはないし。ずっと【下】ってのも多分違うと思うし。

 

「特にはやってないんですけど、トレーニングはやってます」

 

「ふーん……週どれくらいやってんの?」

 

 

【シュー……3日から4日ぐらいですね】

【言う必要はありません】

 

 

 毎日なんだよなぁ。

 なんなら今朝もしてきたよ。

 

「言う必要はありません」

 

「なるほど、強さの秘訣は内緒って訳ね」

 

 ああ、うん、もうそれでいいよ。

 

「んー……よし、ありがと! だいたい分かったわ!」(全然分かんなかったけど、たっちゃんより強いらしいし、不機嫌になられたら困るからね!)

 

「アッハイ」

 

 俺、何か答えたっけ?

 いや、深く考えるのは止そう。むしろ、空気を読んでくれているのであろう黛先輩に、感謝するレベルだろこれ。

 

「(でも、このまま終わるのも癪だなぁ…あ、そうだ!)彼女とか、いらっしゃらないんですか?」(丁寧に聞いたし、これくらいはいいよね!)

 

 え、そんなん関係ないでしょ(正論)

 

 

【星の数ほどいる】

【星の数ほどほしい】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 【下】がまさに本音だけど、言えないよ! キモいよ! 本気でキモがられちゃうよ! 怖い上にキモいとか、もうダメだよ! 言っても笑ってもらえる程、まだ掌握できてないよ! 

 

 ここは明らかにウソ丸出しなノリで! 嘘乙、見栄乙。なツっこみ待ちな感じで言おう! キモがられるより失笑を買われた方がまだマシだ!

 

「星の数ほどいる」(どやぁ)

 

 見よ!

 渾身のドヤ顔を! 

 セシリア以上にドヤ顔してるんだぜ! 

 

 これはまさにツっこみ待ちですね、間違いない。こんなノリして言った言葉を信じるなんてとんでもない!

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! モテモテじゃないか!」

 

 アホの一夏は既に戦力外だ!

 次来い次!

 

 鈴!

 こういう時にツっこむのはお前の役目だぜ!

 

「は?」(迫真)

 

「え?」

 

「何言ってんのアンタ」

 

「えっ…いや……あの…」

 

 ちょ、ちょっと待って鈴さん。

 何でそんな感じなんですか? そこはアナタ『相変わらずアホねぇ』じゃないんですか?

 

「オイ」(迫真)

 

「え、あ、なにかな、箒……さん」

 

 もう怖い。

 思わず、さん付けしちゃう雰囲気なんですけど。

 

「冗談でも言っていい事と悪い事があるぞ」

 

「……………ごめんなさい」

 

 な、なんだよぅ。

 どうしてそこまでキレるんだよぅ。

 

 キチガイなフツメンは、嘘でも夢を語っちゃいけないって言うのかよぅ。

 あ、でも、箒も鈴も真人間だからな。普通の神経してたら怒って当たり前か。ダチがハーレム公言したんだし。もし一夏に星の数ほど彼女が居たら、俺だって怒るもん。いや怒りはしないか、むしろ泣くな。泣いて羨ましがるな、うん。

 

「ま、まぁまぁ! お2人とも、旋焚玖さんも冗談で仰っただけですから! ねっ、そうですわよね、旋焚玖さん!」

 

 お、そうだな。

 便乗して機嫌が直ってくれるなら、それに越したことはない。

 

 そう、冗談だ。

 今はな。

 俺は必ず成し遂げてみせる…!

 

 

【そうかなぁ】

【女ならな、奪うくらいの気持ちでいかなくてどうする。自分を磨けよ、ガキ共】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 コイツの煽り性能やべェ!

 いやいや【上】も【下】もダメだろ!? もうケンカ売ってんじゃねぇか! でもどっちか選ばないと……【上】か? それとも【下】か? どっちだ、どっちの方がまだマシだ!?

 

 【上】は短いけど、普通にイラッとくる。ここで更にボカすのはイカンでしょ、多分…! せっかくフォローしてくれたセシリアの顔にまで泥を塗るようなモンだし。

 

 え、でも【下】もヤバいだろ。何で上から言ってんの? 惚れてんのは俺なんだけど? 何で俺が惚れられていて当然みたいな感じになってんの?

 

……バカじゃないの?(真顔)

 

 あぁもう分からん!

 久々に分からん!

 

 どっちも間違いなら、せめてハッタる俺でいたい! 今夜も俺はハッタるぞ!

 

「女ならな、奪うくらいの気持ちでいかなくてどうする。自分を磨けよ、ガキ共」(震え声)

 

「「 んなっ!? 」」

 

 お、怒ったかな?

 いいよ来いよ! 

 

 かかって来いよ!

 拳でこい拳で!

 

「「むぅ…」」

 

(一度フッた癖にガタガタ言うなって? そういう事なの? 自分を惚れさせてみろって、そう言ってんのね…! いいわ、やってやろうじゃない…! むしろ、あたしはその為に来たんだから!)

 

(一度フッた私には自業自得すぎて何とも耳が痛い。だが、もう一度惚れさせてみろと旋焚玖は言っている…! ここで燃えなければ女が廃る! いいぞ、やってやる…! 必ずお前をもう1度振り向かせてやる!)

 

「今の言葉、胸に刻んておくわ」

 

「同じく。いい刺激を貰った」

 

 鈴も箒もキレるどころか笑みすら浮かべている……なんでぇ? 

 

「……ああ」

 

 分からん! 

 分からん時は短く頷く! これに限る!

 

「うふふ、先ほどのお言葉。わたくしも受け取らせて頂いておきますわ」(とはいえ、わたくしを惚れさせるにはまだまだ足りませんわよ、旋焚玖さん)

 

 何言ってだコイツ。

 

「好きにしろ」(ピッコロ)

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 ああ一夏、お前のそのアホっぷりだけが俺のオアシスだ。

 

「それじゃあ最後に、記念写真だけ撮らせてもらおうかな!」(主車くんは意外とモテる! これはメモ必須ね! むふふ、オイシイ話頂きましたよ~!)

 

 満足げな顔しやがって…!

 元はと言えば、お前が変な爆弾落としたのがきっかけなんだからな! このうんこ眼鏡! うんこ先輩!

 

 

ともあれその後も、パーティーは盛り上がりを欠く事なく、夜遅くまで続いたのだった。

 

 





旋焚玖:チカレタ…

選択肢:チカレタ…



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第70話 敵情視察(仮)

精を出すのはリハーサル、というお話。



 

「う~むむ…」

 

 祭りだドンちゃん!な夜も明けて次の日の朝。

 教室に着いた俺は席にて、とある事で頭を悩ませていた。

 

「どうした、旋焚玖? 何やら難しい顔をしているな」

 

 前の席な箒が話し掛けてくる。

 うむ、箒も無関係ではないし聞いてもらおうか。

 

「今日からの放課後の過ごし方について少しな」

 

「む…」

 

 今までなら放課後は、セシリアと箒による座学的なお勉強の時間だったのだが、昨日セシリア達が言っていたように、今日からはクラス対抗戦に向けて、ISを使った実践的な訓練に切り替わるのだ。

 

 指導役のセシリアも鈴も、専用機を与えられる程の実力者なので、一夏にとって為になる時間と言えよう。それに関しては一部の反論もない。

 

 ただ、そうなったら、参加できない俺と箒がな。

 ぶっちゃけ、アイツらの訓練を見学しても、そこまで身になるとは思えん。ISの技術を鍛えるなら、それこそ使ってナンボだろ。

 

 ぼんやり眺めているくらいなら、他に有効的な過ごし方もあるんじゃないかと思う今日この頃なのである。

 

「なるほどな。確かにお前の言う事も一理ある。だが、それならどう過ごすつもりだ?」

 

 

【デートしようぜデート!】

【一夏のために敵情視察だ】

 

 

 これは【上】ですね、間違いない。

 二人で過ごして仲を深めると。なんて有効的な過ごし方か!

 

「一夏のために敵情視察だ」

 

 まぁ【下】を選ぶんですけどね。

 【下】がアホな【選択肢】だったら【上】を選んでいたんですけどね。【下】を見せられて【上】を選んだらイカンでしょ。つまり俺は悪くないし、ヘタレでもない。あえて言うならば【選択肢】が悪いですね。

 

「ふむ……そう言えば昨日、黛先輩に聞いていたな」

 

「ああ」

 

 まぁ、そういう事よ。

 【選択肢】が出てこなくても、最初から俺は他のクラス代表の情報を集める予定だったっての。

 逆に【デート】とか言われて、ちょっと後ろ髪引っ張られてるんですけど? どうしてくれるん、このやるせない気持ち。やっぱ【選択肢】ってクソだわ。

 

「確か2組のクラス代表は何て名だったか。覚えているか、旋焚玖?」

 

 えーっと……ギャラクシー・エンジェルみたいな名前だったと思う。あれだ、タイの代表候補生で専用機持ちだっけか。

 んで、3組はアメリカ人のティナ・ハミルトン。専用機は持っておらず、候補生の候補生的な感じらしい。

 4組が日本の代表候補生で、名前は確か更識簪。更識ってどっかで聞いたような気がするんだけど……まぁいいか。専用機はあるらしいが、使える状態じゃないとか。詳しくはよく分からんけど、少なくとも今回の試合では訓練機での出場らしい。

 

「となると、この中で一番の要注意は2組になりそうだな。あと、思い出したがソイツの名前はヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだぞ」

 

 長い(小並感)

 

 クラス対抗戦までそんなに日もない。全員を調べる余裕はないだろう。ならもう、ターゲットをギャラクシーな女に絞った方が吉だな。どんな戦術を使うのか、どんな性格をしているのか……会って話すのが一番か。

 

 

【お前行ってこいよ】

【まずは一人で行く】

 

 

 2人で行かせてよぉ!

 せっかく箒と一緒に居られるチャンスなんだぞバカ! 考えろよバカ! さっきのこと根に持ってんのか!?

 

「最初は俺が接してみようと思う。2人で行って警戒されてもアレだしな」

 

 俺一人だったら、余計に警戒されると思うんですが(名推理)

 

「む……一人で大丈夫か?」(できれば私も一緒に行きたいのだが……旋焚玖の言う通り、違うクラスの人間が2人して、いきなり押し掛けるのもアレか。しかし……むぅ…)

 

 

【ならお前が行ってこいよ】

【大丈夫だ、問題ない】

 

 

 辛辣ゥ!!

 

 【上】のノリやめろや!

 なんだお前デート出来なくて拗ねてんのか!?

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

 話は纏まったな。

 さっそく今日の放課後からミッション開始だ。

 

 

【思い立ったが吉日、今から行くぞ!】

【焦りは禁物、クラス対抗戦が終わってからにしよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「ど、どうした、急に立ち上がって」

 

「……今から行ってくる」

 

「今から!? いや、確かにまだホームルームまで時間はあるが…」

 

 そんなにないよ!

 5分あるかないかだよ! 切羽詰まって行く必要ないだろぉ! むしろ、ちょっと話した程度で何が分かるってんだよ!

 

「思い立ったが吉日だ」

 

「声が震えてないか?」

 

「気のせいだ」

 

 気のせいじゃない、気のせいじゃないよぉ! 今から行ってもそんなに意味ないって! 無駄な事させんなよ! 

 

 と、止めてくれ箒! 

 今こそ正論を吐いて俺を止めるんだ!

 

「ふむ……なら何も言うまい」(他の誰でもない、一夏のために時間は惜しまないという事か。ふふっ、友達想いなところは全然変わってないな)

 

「……ああ」

 

 ああ……(無常)

 

「旋焚玖さん!」

 

 席を立つ俺に声を掛けてきたのはセシリアだった。

 そうか、後ろの席だし話は聞いていてもおかしくはない。

 

 そして、セシリアはバリバリの理論派である。論理的に考えて、今行ってもそんなに成果は上げられないとセシリアなら判断するだろう。

 

 だからお前が止めるんだよ!

 

「いってらっしゃいまし!」(友情に誠実なところはポイント高いですわよ、旋焚玖さん♪)

 

「……ああ」

 

 ああ……(無常)

 

 行けばいいんだろ、行けば! 行ってやるよ、チクショウ! もう3分くらいしかねぇよ、チクショウ!

 

 1組を出た俺が向かうは、話題のギャラクシーな女が牛耳っているであろう2組である! 隣りの教室である! 隣りだから着くのも早いのである! もう扉の前である!

 

 

【ここが2組とは限らない、一つ奥の教室に行くべきだ】

【ここが2組とは限らない、一番奥の教室に行くべきだ】

 

 

 ここが2組だよッッ!(魂の叫び)

 

 1組の隣りが実は3組とかねぇよ! 誰も得しねぇ罠じゃねぇか! 思いっきり2組って書いてるわ! はっきりくっきり2組だよ! 完全なる2組だよ!

 

 あぁもう! んなモンどっち選んでも一緒じゃい! どうせ2組に行けないのは変わりないんだからな! んじゃらば近い方の一つ奥でいいわもう、3組行こ3組(割とヤケ)

 

 

【元気よく挨拶すればいいじゃない】

【インパクトが大事。扉を蹴飛ばして入ろう】

 

 

 俺自身がもうインパクトだから(名言)

 それ以上、何を求めると言うのか。ただでさえビビられてんのに、余計に怖がらせてどうする。女の子を怖がらせて悦ぶ趣味はないです。

 

 俺だって爽やかに挨拶できるってとこを見せてやろうじゃないか。これを機に、もしかしたら1組以外でも交友関係を広げられる可能性……あると思います。

 

 ガラッと扉を開いてこんにちは!

 

「おはようございまーす!」

 

「「「 ひゃああああッ!? 」」」

 

 ないよねー。

 可能性なんて最初からある筈が無かったんだよねー。

 

「こ、殺し屋が入って来たわ!」

 

「壊し屋よ壊し屋!」

 

「誰か男の人を呼んでぇ~~!! 男の人呼んでぇ~~!!」

 

 Oh………………Oh…。

 扉開けて挨拶しただけでこの反響……クルよねー。まだ俺、教室内に足踏み入れてすらないよー。ただの顔見せだけで、その反応はないよー。

 

 まぁ別にいいんだけどね、全然気にしてねぇし、だって俺強いもん。

 

「はいはい、お前のクラスはそこじゃないぞー」

 

 後ろから俺の首をムンズと掴む者あり! まさに無遠慮、まさに無警戒! 女子校でブイブイ言わせている旋焚玖さんに、そんな大それた事を仕掛けられる奴と言えば…!

 

「ほれ、1組に戻るぞー」

 

 ち、千冬さんだぁ!

 

「はい」

 

 首根っこを掴まれた俺はニャンコ将軍と化し、そのまま自分のクラスまで千冬さんに運ばれるのだった。

 いやはや、ナイスなタイミングだったな千冬さん。3組の教室に入らなくて正解といったところか…! おかげで千冬さんに見つかったんだし。しかし、俺は3組に何しに行ったのだろうか……いや、気にしてはいけない。

 

 

 

 

「はい、では1時間目の授業は終わりですよー」

 

 ISを学ぶ高校だからと言って、他の科目を疎かにしている訳ではない。1時間目の英語が終わって、2時間目は数学である。しかし、教え方上手いな山田先生。やっぱり伊達に眼鏡は掛けてねぇぜ。

 

 えーっと、数学の教科書出しておこ~……---ぁ?

 

 

【リベンジの刻! 3組に行くぞ!】

【3組はさっき行った。次は4組だ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 2組に行かせろコラァッ!!

 ギャラクシー・エンジェルに会わせろコラァッ!!

 

 いや違う違う違う、そうじゃない。危ねぇ、俺までなんか変な感じになりかけてたわ! 俺は最初から行きたくないの! 休み時間くらいゆっくりさせてくれって言ってんの! 箒とセシリアとキャッキャウフフな会話を満喫させてくれツってんの!

 

 ほぉら、見ろ!

 俺が席を立つや、箒とセシリアが何か言いたげな顔して俺を見てるぜ! 何かおしゃべりしようぜ! 話題提供なら任せろー(バリバリー)

 

「旋焚玖!」

 

「旋焚玖さん!」

 

 Foo↑↑ これは止めてくれる予感…! 後は会話に華咲かせるだけだ、昨日【たけし】と一緒に観たバトロワの話でもしようか?

 

「「 いってらっしゃい! 」」

 

「いってきます!」(半ギレ)

 

 廊下に出たらバッタリ布仏と鉢合わせ。なんだお前、トイレでも行ってたんか?

 

「あれ~、ちょいす~どこ行くの~?」

 

 

【なんだお前、トイレでも行ってたんか?】

【お前も付いて来るんだよ!】

 

 

 心の声を採用するのヤメろ。

 言えないから心の声なんだよ、分かってんだろこのヤロウ!

 

 だが【下】は中々いいじゃねぇかこのヤロウ。お供な選択肢ってところか。布仏ってのが若干頼りなさを醸し出しているが、少なくとも俺は一人で行かなくて済む。俺は独りじゃないんだ…!

 

「お前も付いて来るんだよ!」

 

「ほぇ~? どこへ~?」

 

「つべこべ言わずに来いホイ!」

 

 4組だ4組!

 

「ほーい」

 

 イクゾー。

 

 

 

 

「「「 ひゃああああッ!? 」」」

 

「こ、殺し屋が入って来たわ!」

 

「壊し屋よ壊し屋!」

 

「誰か男の人を呼んでぇ~~!! 男の人呼んでぇ~~!!」

 

 お前らそればっかじゃねぇか!

 何のテンプレだコラァッ!!

 

 

【まずは教壇に立つ】

【更識簪ってヤツはどいつだ!?】

 

 

 ケンカ売りに来たんじゃねぇよ! やめたげてよ! その更識って奴が悪目立ちして可哀相だろぉ! もし大人しい子だったらどうすんだバカ! 【上】だバカ! 付いて来い布仏!

 

 

「「「………………」」」

 

 

 Oh……何とも形容しがたい表情で見られていますよ。俺ってホントにそういう目で見られてんだな(再認識)

 いやはやすまんね、ホント。何かテキトーに話してソッコー帰るから安心してくれ。だが更識簪って奴の顔だけは一応見ておきたい。ソイツが4組の代表らしいし。

 

 

【今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます】

【やはり大勢で糞まみれになると最高やで。こんな、変態親父と糞あそびしないか】

 

 

 どっちも怖すぎィ!!

 

 【上】も【下】も怖すぎィ!!

 意味は違くても怖すぎィ!!

 

 




2組どこ・・・? ここ・・・?


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第71話 へんたい


先入観、というお話。



 

 

「今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます」

 

 当たり前だコラァッ!!

 【上】も【下】も怖い! それはもう否めない事実…! ならまだマシな方を選ぶのみ、選ぶのみよ!

 

 元々怖い奴が怖い事言っても怖さに拍車を掛けるだけ。だがそこにウンコなんてお下劣を加えるなんてとんでもない、とんでもないよ! それを聞いて「あらやだ、興奮しちゃうわ♥」とか言われても嬉しくない、嬉しくないよ!

 

「「「 ひぃぃぃぃッ!? 」」」

 

 ああそうだ!

 怖がり喚け!

 

 引かれない時点で俺は勝ったも同然なんだよ! 誰に? アホの選択肢にだよ! それにプラス、このセリフに関しては一縷の光明すら在る…! 昨日の9時に! やってたんだよバトロワが! 

 

 後は観た奴を探し当てるだけの簡単なお仕事です。青ざめてる女子連中の中で「あっ、ふーん」的な顔をしてる奴はどいつだ…! 居るだろ、一人くらいは居るだろ? 居るよな? 名作だぞアレ。

 

「…………!」

 

 3人だよ3人。

 畏怖に塗れたこの教室で、怖がっていない奴を3人も見つけられた。やったぜ。後はソイツに話しかけて、俺が昨日のをパロッただけだと証言してもらえれば全てが丸く収まるな! 

 

 だが、ここで少し問題も残る。3人ともが、本当に昨日のアレを観ているかどうかだ。普通に俺にビビッてないだけの、強心臓の持ち主な可能性だってあるだろう。むしろそれなら面倒な事になりかねん。

 安易に話しかけて「は? お前調子に乗んなよ」的な事を言われたらたまったモンじゃない。お嬢様な学園にそんな不良少女が居るとは思えんが、仮にそうなったら事態はむしろ悪化しちゃうもんね。慎重さを忘れるな。

 

 故に俺はこの中から選ばねばならん。

 より確実に、観ているであろう女子を引き当てねばならん。さて、どいつだ…? あの映画は人を選ぶからな。オタクっぽい奴を選んだ方が良さそうか……ん?

 

「………………!」(さっきのって昨日の映画のセリフ、だよね…? あれが1組のもう一人の男子……でも、どうして本音も一緒に…? うわっ、め、目が合った…! 怖いって噂だし、この前も本音を転がしてたし、逸らさなきゃ…!)

 

 ふむ……目が合った途端に逸らされたか。それは慣れっこだからいいとして。アイツもしかしてオタクじゃね? 眼鏡かけてるし(偏見)

 

 よし、俺が向かうは眼鏡な青髪少女の席だ。

 

「「「 !!? 」」」

 

 教壇から降りただけでビキッと固まられても困るんだけど。まぁいい、騒がれるよりは全然マシだ。お前らモブはそのままライオンを前にしたインパラくんごっこに耽ってな。

 

「ちょいす~、どうしたの~?」

 

「気にするな」

 

 そして付いて来い。

 布仏から放出されるマイナスイオンなオーラで、少しでも俺への畏怖を緩和してくれい。そのための布仏、あとそのためののほほん…?

 

 ほい、到着。

 明らかに顔を背けてるけど、先に謝っておく、すまんな。こっちもこっちで割と譲れない事情があるんだ。恨むなら今度からコンタクトにするんだな、名も知らぬオタクっぽい少女よ(偏見)

 

「おい」

 

「……なに?」

 

(……た、助けて本音! 喰べられる!)

(ちょいす~はそんな事しないもーん)

 

 む…?

 布仏と何やら目で語っているような……気のせいか? まぁいい、俺は俺でチャッチャとやる事やって退散させてくれい。

 

「お前さっき俺のことチラチラ見てただろ?」

 

「……見てない」

 

「ウソつけ絶対見てたゾ」

 

「なんで見る必要なんかあるんですか?」

 

 というか、コイツどっかで会った事あるか?

 髪の色といい、髪型といい、なぁ~んか似た奴と会った気がするんだけど……ふむぅ…?

 

「ちょいす~が言ったセリフで、かんちゃん「あっ」って顔したよね~」

 

「そうだよ」(便乗)

 

 しかし、かんちゃんとな?

 2人は知り合いなのか。これで更にやりやすくなった、流れは完全に俺に来ている…! ここは怒涛の攻めあるのみ!

 

「君は俺の言葉を受けて、他の子たちとは違う表情を浮かべた。いったい何故か? それは俺が言った言葉に、君が聞き覚えがあったからに他ならない。君も昨日、観たな? アレを…!」

 

「あ、アレ……?」

 

「そうだよ、アレだよ、ほら、あのバから始まる……な? アレだよ、分かんだろ? 漫画化もされたあの実写版のヤツだよ」

 

 こっから先はお前が言うんだよ。

 俺にばっか全部説明させんじゃねぇよ、「必死すぎて逆に怪しい」とか思われんだろ。お前も便乗して、初めて信憑性が生まれるんだよこのヤロウ。分かってくれよこのヤロウ。

 

「えっ…と……ば、バトル・ロワイアル…?」

 

 やっぱり観てんじゃないか(安堵)

 

「昨日やってたんだよな? テレビでな? 夜の9時から10チャンネルでな?」

 

「う、うん……」(な、何でそんなに事細かく言うんだろう…)

 

「私も観たよーぅ」(しののんと一緒に観たのだ!)

 

 勝機ッ…!

 

「聞いたか皆の衆ッ!!」

 

「「「 !!? 」」」

 

 オラ顔上げろコラ!

 全員こっち向けオラ!

 釈明の時間だオラァッ!!

 

「俺は映画のセリフを言いたかっただけである! そこに悪意はないのである!」

 

「ふんふむ~、ちょいす~は昨日の映画をパロりたかっただけなんだね~?」

 

 い~いアシストだ、雰囲気もいい。

 流石は布仏だ、お前を供にしたのは間違いではなかった。

 

「……別に4組でやる必要……ないと…思う…」(よく分かんないけど……この人が変人なのは分かった…)

 

「お、そうだな」

 

「お、そうだな~」(真似っ子)

 

 これまたいいアシストしてくれたぜ、布仏の知り合いっぽい子! これで一応は形もついたし、俺も帰れるじゃん!

 

 そろそろチャイムも鳴るし、いったん我が陣営(1組)に退却だ。出来れば更識簪って奴の顔くらいは拝んでおきたかったが、ここで欲を出してはいかんでしょ。

 

「なら、1組に戻ろう」

 

 布仏、オレニツヅケー。

 

「ほーい」

 

 よし、そうと決まれば長居は無用だ。1組までスタコラサッサだぜ!

 

 

【お前の姉ちゃん変態だな!】

【お前の姉ちゃんヘタレだな!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 意味不明すぎる捨て台詞やめろコラァッ!! コイツに姉ちゃんが居る事すら今知ったわ! 初めて知ったわ! 

 くそっ、こんな事ならコイツに名前を聞いておくべきだった…! 誰だお前!? お前の姉ちゃん変態なのか!? もしくはヘタレなのか!? 

 

 どっちにしろ悪口だよ! 

 言いたくないよ! 

 

 せめて誰の事なのか俺に把握させてくれよ! 何で知らん奴の悪口を言わなきゃならんのよ!? どう考えてもおかしいだろ! これだとただの嫌な奴じゃねぇか! 

 

 よく見ろよ、なぁッ! ちゃんと見たのかお前(選択肢)コイツの顔を! すっげぇ可愛いんだぞ! メガネ美女だぞメガネ美女! 同じ眼鏡っ娘な黛先輩とはまた違った儚い系美少女なのに…! 

 

 そんな眼鏡美人と仲良くなれるチャンスを前にして、自分から嫌われていくのか(困惑)

 

……自分から嫌われていくのか…(慟哭)

 

「お前の姉ちゃん変態だな!」

 

 【上】でも【下】でも、どっちでもいいよもう(投げやり)

 

「変……体……?」(お姉ちゃんが変体…? そんな事……言われなくても…分かってる…もん。お姉ちゃんは私なんかと違って……完璧超人、なんだから……)

 

 

【変体】:一般的な形・様子・形式と異なっていること。普遍的ではない様を云う(広辞苑参照)

 

 

偉大なる姉を貶す言葉など、これまで生きてきた中で一度たりとも聞いた事のない4組のクラス代表、そして日本代表候補生でもある更識簪、別の耳を作動中。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 むむ……?

 何かしら怒りのアクションをされると思っていたが、何やら思案に耽りだしたぞ。しかし、これはチャンスなのではないか? 

 この子がボンヤリしているウチに、ここは一旦1組に退却し……退却? いやいや、違う違う。それだと、まるで俺が逃げてるみたいにじゃないか! これは退却ではない、未来への進軍である!(名族)

 

 布仏、オレニツヅケー。

 

「ほーい」

 

 布仏と一緒に教室から出る。

 騒がせて悪かったな、皆の衆。

 あと絡んですまんな、謎の眼鏡美人。

 言わんけど。これ以上4組に居たら、まぁたアホの【選択肢】がしゃしゃり出てくる危険性があるからな。

 

 んで、1組に戻る道中で布仏が聞いてきた。

 

「ねぇねぇ~、どぉしてたてなっちゃんが変態さんなの~?」

 

「ふむ……」

 

 あだ名で呼ぶのヤメてくれませんかね。初見殺しかてホント。

 しかし会話の流れからして、さっきの子の姉とみるのが妥当か。というか、さっきの子は誰なんだ。かんちゃん、とか布仏は呼んでたな。これも普通にあだ名だろう……やっぱり初見殺しじゃないか(憤怒)

 

「……かんちゃん、たてなっちゃん。どちらもあだ名だな?」

 

「そだよー。簪だからかんちゃん! 楯無だからたてなっちゃん!」

 

 ナルホドナー。最初からそういう風に言ってくれたら俺も助かるわ。さっきの子は簪って名前なんだな。

 

 私が言えた事ではないですが、とても珍しい名前ですね。4組で同じ名前が居る可能性は低いでしょうね。つまりあの子の苗字は更識ですね、間違いない。つまりつまり、あの子が更識簪であり、クラス代表だった訳ですね、ナルホドナー……ンテコッタイ。

 

 みすみす敵情視察のチャンスを逃したって事か……いや、でも今回はこれで十分だろう。そもそも、さっき4組に行ったのは俺の意思じゃないしな。更識簪がどいつか分かれば御の字くらいの気持ちだったし。

 それが意図せず顔も分かって、ファーストコンタクトまで取れたんだ、ここは落ち込むより喜ぶべきだろう。

 

 んで、アイツの姉ちゃんの名前が更識楯無、と。

 んー……やっぱり『更識』って、どっかで聞いた事ある気がするんだよなぁ。どこでだっけ? 更識更識……うむむ…?

 

「たてなっちゃんはねー、生徒会長なんだよーぅ」

 

「……生徒会長」

 

 生徒会長ねぇ……ふーん、生徒会長かぁ……んぁ?

 

 

 

『私ね、実は生徒会長なの!』

 

『そんなエロいビキニ着た生徒会長が居てたまるか!』

 

『お茶目にも限度というものがある……なァ、更識よ』

 

 

 

「思い…出した…!」(諸葉)

 

「ほぇ~? どったの、ちょいす~?」

 

 そうか、俺は一度、生徒会長に会ってるんだ。更識簪に会って感じたデジャブは姉の面影だったのか…! 

 

 Foo↑↑

 頭のモヤモヤが晴れて気持ちがいい(恍惚)

 

 しかし俺にも心残りはある。

 どうあれ、俺が会長の事を悪く言ってしまったのは覆せない事実。たとえ【選択肢】の存在を持ち出したところで、事実は決して無くならないし、言い訳がましいだけだ。

 

 更識も姉を悪く言われて気分を害したに違いない。後で謝りに行かなきゃな。

 

 

【一応、布仏に確認してみよう】

【確認しない。俺だけが悪いのだ】

 

 

 確認、大事!

 あと悪いのは俺じゃなくてお前(選択肢)な。

 

「布仏」

 

「なぁにぃ?」

 

「お前が自分の部屋に帰ったとしよう」

 

「ふんふむ」

 

「扉を開けたら見知らぬ男が裸エプロン姿で『お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・し?』とか言ってきたらどう思う?」

 

「変態だよーぅ! 事件は現場で起こってるよーぅ!」

 

 やっぱり変態じゃないか!

 熱い布仏のお墨付きだぜ!

 

 という事は、俺は悪口を言ってない事になるな。だって事実だもん。嘘八百やら無駄な誇張をしたならば、それは悪口と表現されるだろうが、簡潔に事実を言ったまでである。故にさっきの俺…ていうか【選択肢】は悪くなかったのか……すまんな、【選択肢】俺の早とちりだったわ。

 

 

【俺の方が変態である事をアピールしに戻る】

【お前の姉ちゃん変態だな! 変体じゃなく変態だな!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 そういう事を簡単にしてくるからお前はバカでアホなんだよバカ! 変態っぷりをアピールしてどうすんの!? 変態度合いに勝ち負けとかないわ! そもそも俺は変態じゃないわ! いたってノーマル嗜好だバカ!

 

 そしてまさかの新事実!? アイツさっき『変態』じゃなくて『変体』って捉えてたの!? え、そうなの!? だから何やら考えてたの!? 

 だったら改めてこれだと悪口言いに行くって事やんけ! 事実でもやっぱり悪口は悪口だと思うぞ!(前言撤回)

 

 くそっ、公衆の面前で【変態アピール】は流石にキツすぎる…! すまん、更識…! 俺のために傷ついてくれいッ!

 

「ちょいす~、どこ行くの~?」

 

「つべこべ言わずに来いホイ!」

 

 4組に戻るんだよぉ!

 ガラッと扉を開けて再びこんにちは!

 

 

「「「 また来たああああッ!? 」」」

 

 来たくて来たんじゃないわい!

 どけオラ! 更識簪に会わせろコラ!

 

「…………な、に…?」(ま、またすぐ戻って来た!? な、なんなのこの人…!? 本音もセットで来てるし…!)

 

「お前の姉ちゃん変態だな! 変体じゃなく変態だな! 『たい』は『からだ』の『体』じゃなくて『たいど』の『態』だからな!」(開き直り)

 

「変……態……?」(お姉ちゃんが変態…? 流石のお姉ちゃんでも変態する事なんて無理……じゃないかも。だってお姉ちゃんは私なんかと違って…容姿端麗、頭脳明晰、ボンキュッボンのパーフェクト超人だもん、ね……)

 

 

【変態】:①形や状態を変えること ②変態性欲の略(広辞苑参照)

 

 

稀有なる才能の持ち主である事から『日本の夜明け』(ロシア代表)とまで称されている姉を貶す言葉など、これまで生きてきた中で1ミリたりとも聞いた事のない更識簪、①の意味にしか聞き取れず。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 むむむ……何やら目が点になっているでござる。ならもうスタコラサッサだ! 今度こそスタコラサッサだ! 一旦帰ろう! とにかく帰ろう! 1組に帰りたい! だがこれは退却ではない、未来への進軍である!(袁紹)

 

 布仏、オレニツヅケー。

 

「ほーい」

 

 ホントにすまんな更識!

 今度コーラ奢るから許してくれい!

 

 ガラッと扉を開けてさようなら!

 

 

【3組に寄ってから1組に戻る】

【このまま4組で授業を受ける】

 

 

「はい寄った!」

 

「「「 ひゃあああああッ!? 」」」

 

 





3組:ひゃあああああッ!?

旋焚玖:それしか言えんのかこの猿ゥ!


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第72話 旋焚玖と2組


挨拶、というお話。



 

 

 

「ぽへー」

 

「お疲れだな、旋焚玖」

 

 当たり前だよなぁ?

 帰りのホームルームが終わったところで、前の席の箒が振り向いて話し掛けてくる。そりゃあお前、机の上でぐったりパンダってるのも無理ねぇだろ? 今日1日、休み時間になる度に3組か4組に顔出しに行かされりゃあ、こんな感じになるわ。

 

 

『きたよー!』

 

『『『 ひゃあああああッ!? 』』』

 

 

 そして1組に戻る。

 

 

『またきたよー!』

 

『『『 ひゃあああああッ!? 』』』

 

 

 そして1組に戻るの繰り返し。

 それだけで何もせずに帰るんだから、客観的に見ても超無害じゃね? そろそろビックリしなくていいと思うの。まぁ草食動物の群れに百獣の王すぎる男が現れたら、吃驚仰天してしまうのも仕方ないけどな(強者の強がり)

 

「うふふ、お疲れ様ですわ、旋焚玖さん。ですが、結局本命の2組には一度も行かれなかったみたいですわね」

 

「……本命だからな」

 

 1度も【選択肢】が『2組』を出してくれなかったからね、しょうがないね。

 

 放課後になったし、満を持して2組の……誰だっけ? アレだアレ、ギャラクティカ・マグナムみたいな名前の奴だ。対抗戦で一夏を除く唯一の専用機持ちだからな。メインターゲットの視察に行かないとなんだが……チカレタ…。

 

 今日はもう働きたくないでござる。メンタル的に。

 

 

【甘ったれてんじゃないよ! 俺は独りでも行くぞ!】

【1組最強メンバーで臨む】

 

 

 何が【甘ったれるな】だ! それはお前の気持ちだろぉ! 俺は誰よりも自分に厳しいわ! 【下】だ【下】! こうなったらもう、こそこそ敵情視察作戦は中止だ、スパッと切り替えていこう。堂々と宣戦布告しに行ってやろうじゃないか。

 

「箒」

 

「む?」

 

「ギャオスに会いに行く、付いて来てくれ」

 

「う、うむ…?」(ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの事を言っているのだろうか)

 

 箒がお供に加わった!

 

「セシリア」

 

「なんでしょう?」

 

「ギャバンに会いに行く、付いて来てくれ」

 

「は、はぁ…?」(ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーさんの事を仰っているのでしょうか)

 

 セシリアがお供に加わった!

 

「鈴」

 

「はいはい、皆まで言わなくても分かってるわ。あたしも付いて行くに決まってんでしょ」

 

「ギャング・スターに憧れるようになったのだ!」(ジョルノ)

 

「意味不明なのよ!」

 

「へぷっ!?」

 

 い~いツっこみだ、テンポもいい。

 

 まぁアレだ、ギャで始まる名前がもう思い浮かばなかったからね、しょうがないね。あとギャで始まる言葉ツったらギャランドゥくらいしか思い浮かばなかったからね、女の子に下ネタ言う訳にもいかないからね、しょうがないね。

 

 とにもかくにも鈴がお供に加わった!

 

 見よ! そして慄け!

 これが1組の誇れる最強のトライアングルじゃい!(顔面偏差値70オーバー)

 

 いやでも真面目な話、この3人にタメ張れる奴なんざ、そうは居ないと思うんだ(可愛さ的な意味で) 他のクラスで対抗できるのは更識簪くらいだろう。そういやアイツの変態姉貴もこの3人に匹敵する美人だったな。変態だけど。

 

 何はともあれ、これで……ん?

 

「(´・ω・`)」

 

 一夏が仲間になりたそうにこちらを見ている!

 

 いや内気な少年か!

 

「何しょぼくれた顔してんだよ」

 

「えっ」

 

「お前も一緒に来るんだよ!」

 

「う、うんっ!」

 

 一夏はとても喜んで返事をした!

 

 だから内気な少年かて! 何が「うんっ!」だ! そこはいつもみたいに「おう!」でいいだろ、誰だお前、乙女か!

 

 というか一夏が来ないと始まらねぇよ。クラス対抗戦に関して言えば、俺たちはあくまで黒子で脇役よ。敵情視察な流れはもう終わってんだ。2組へ宣戦布告に行こうぜってなってんのに、主役のお前が来なきゃどうするってんだよ。

 

 

 

 

 違う教室ツっても隣りのクラスだ。

 1組を出てちょちょいと歩いた先は、もう2組の扉の前ってな。

 

「一夏から入れ」

 

「お、俺が先に行くのか?」

 

 当たり前だよなぁ?

 お前が試合う相手に挨拶しに来てんだから、お前が先陣を切らなくてどうする。

 

「分かった……し、失礼しまーす」

 

「「「 きゃああああッ!! 織斑くんよぉぉぉぉッ!! 」」」

 

「俺もいるぞー」

 

「「「 例のアレも来たああああッ!? 」」」

 

 例のアレって言うなよ!

 

 俺の後に箒達も続いて入ってくる。

 さて、お目当ての女はどいつだ…?

 

「な、なんですかアナタ達はいきなり!」(み、皆さんが怯えてます…! 原因はきっとこの人ですよね、凶人って噂の……で、ですが、ここはクラス代表の私が皆さんを守らなきゃ…!)

 

 む…?

 褐色乳でか美女が俺たちの前に立ちはだかった! というか俺の前に立ちはだかった! 

 誰だか知らんが、久々に肝のある奴に会えた気分だ。少なくとも3組と4組には、正面切って俺と対峙しようって奴は居なかったからな。

 

「ヴぃ、ヴィシュヌちゃん! 危ないよ!」

 

「心配してくれてありがとうございます。ですけど、私なら大丈夫ですから」

 

 ふむ……褐色美女はクラスメイトとも良い感じに打ち解けられているらしい。見たところ留学生っぽいが、上手く馴染めているのは良い事である! あと、俺は危なくないのである!

 

 しかし、どうしようか。

 勢いに任せるつもりが、まさか名も知らぬ美少女に出鼻を挫かれるとは思ってなかったわい。めっちゃ睨んできてるし。 

 

「あなたがヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーさんですわね?」

 

 俺を庇うように前に出たのはセシリアである。やだ、かっこいい…。

 

「え、ええ、そうですけど…」

 

 おお、コイツが2組の代表者か!

 なるほど、名実共に只者じゃねぇって事か。

 

 しかしアレだな、代表候補生ってのは美人でないとダメなルールでもあるんじゃないか? セシリアも鈴も更識も、んでコイツも相当な美人ときてるし。代表候補生の顔採用、あると思います。

 

「申し遅れましたわね。わたくしは1組のセシリア・オルコットです。そしてこちらが篠ノ之箒さん、凰鈴音さんですわ。殿方のご紹介は……ふふっ、今更不要ですわね」

 

 ま、俺も一夏も女子校に紛れた特異点みたいなモンだからな。流石に知らねぇって事はないだろう。それでも自己紹介くらいは礼儀として必要か。

 

 

【今日からお前たちの担任になった主車だ】

【何出しゃばってんだセシリアクルァァァァァッ!!】

 

 

 何でセシリアにキレてんの!? 

 むしろ感謝の言葉しかねぇよ! 無意にセシリアを傷つけるなんて事は許しませんよ! 

 

 ここは【上】だな。イミフすぎるが一旦【上】でいこう。高校生にもなって、こんな言葉をホイホイ信じる奴なんて居ねぇだろ。

 

「今日からお前たちの担任になった主車だ」

 

「……は?」

 

 ギャラクシーが呆れた声を出した!

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! いつの間に教師になったんだ!?」

 

 一夏がしゅごいと言った!

 一夏はまぁ……うん。

 

(そんな訳ないだろう)

(んな訳ないでしょ)

(むしろ一夏さんの純粋っぷりにわたくしはビックリですわ)

 

「はぁ……いきなり乱入してきて何を言ってるんですか。アナタは私達と同じ高校生ではありませんか」

 

 そらそうよ。

 ギャラクシーの反応が普通だよ。

 

「それでも旋焚玖なら…! 旋焚玖なら…!」

 

 お、仙道か?

 まだ慌てる時間じゃないってか。

 

「はいはい、一夏はいったん黙ってようね」

 

 鈴が一夏の腕を引っ張って後ろに下がらせる。流石は一夏の取説を持つ鈴だな。中学の頃を思い出すぜ。

 

「だいたい高校生のアナタが私達に何を教えると言うのです?」

 

 

【数学だ】

【保健体育だ】

 

 

 俺、文系なんだけど。

 

「数学だ」

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ひ「ハイハイ、ここは違うクラスだからねー」もがもが」

 

 ほう……鈴の奴め、中国に帰っていた間に、一夏のヒューキャンセルを身に付けおったか。

 

 

【数学だ】

【家庭科だ】

 

 

「数学だ」

 

 

【数学だ】

【音楽だ】

 

 

「数学だッ!!」

 

「ぴゃっ!?」

 

「さ、3回も言わなくていいです! どうしてそんなに数学を押すんですか!」(一緒に来ているオルコットさんがビックリしてるじゃないですか! でも驚き方が可愛いと思いました!)

 

 副教科を押されたからだよ!

 あと驚かしてすまんな、セシリア!

 

 さて、選択肢も満足したみたいだし、ここからはソレっぽい話へ軌道修正していく作業の始まりだ。

 

「……まぁ担任云々の話は冗談だが、俺たちの目的はクラス対抗戦に先駆けての挨拶…ってところだ」

 

「挨拶…ですか?」

 

 まぁ狙いは当然それだけじゃない。これだけの面子を前にギャラクシーがビビッてくれたら儲けモンって考えもあったが、どうやら思った以上に肝が据わってるみたいだし、そっちは期待薄だろう。

 

「今回のクラス対抗戦はどういう目的で行われるね?」

 

「……本格的なIS学習が始まる前の、スタート時点での実力指標を作るため、と聞いてますけど」

 

 それは結果で過程じゃない。

 千冬さんや山田先生は、そこにいくまでの過程こそ重要視していた風だった。クラス単位での交流およびクラスの団結のためのイベントである、と千冬さんも言ってたからな。

 

「ISはスポーツなんだろう? なら、試合う前に出場者同士で軽い交流の場があってもいいんじゃないか? まぁ2組の代表者が、ドロドロに血生臭い対抗戦がしたいって言うんなら俺たちも帰るけど」

 

「なっ…! そんなこと一言も言ってません!」

 

「ああ、そうだな。なら次はお前が自己紹介して、最後に一夏がする、と。これでどうだ?」

 

「分かりました。私も交流は大切だと思いますし」

 

 ほい、誘導完了(どやぁ)

 対人間なら俺は無敵さ。

 

「えっと……ンンッ、はじめまして。私はタイ代表候補生のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーです。こちらには文化交流、そして学力向上のために入学となりました。違うクラスではありますが、皆さんよろしくおねがいしますね」

 

 

【彼女とか、いらっしゃらないんですか?】

【今なんかやってんの? すごいガッチリしてるよね】

 

 

 え、そんなん関係ないでしょ(真顔)

 というか、彼女てお前……まぁ俺も百合は嫌いじゃないし好きだけど(性的嗜好告白)

 

「今なんかやってんの? すごいガッチリしてるよね」

 

 聞く人が聞けばセクハラとも思われてしまう際どい質問である。だが、俺に勝算あり…! 引かれる前に畳みかけるのだ!

 

「お前からは常人には纏えない氣を感じる」

 

(え、そうなのか?)

(え、そうなの?)

(え、そうなのですか?)

(フッ……私が気付いて旋焚玖が気付かぬ筈ない、か)

 

 うひひ、ソレっぽい言葉を並べるなら任せろー。

 まぁ、これもあながち嘘って訳ではない。コイツから変態会長と似た気配が放たれているのは、俺の前に立った時点で気付いていた。

 

 つまり、ギャラクシーは変態か武道家かの2択、もしくは両方…! まぁ美人な変態は会長だけで間に合ってるから、普通に後者であってほしいが。

 

「……なるほど、噂の凶人というのは少し語弊があるみたいですね」

 

「狂獣春成と凶人書文かッッッ」

 

「は…?」

 

「気にするな」

 

 ここには山田先生が居ないからね、しょうがないね。後で言ってみよ。多分、あの人なら分かってくれるだろうし。

 

 というか凶人ってなに?

 俺、そんな風に噂されてんの? まぁキモいと思われてないだけマシだから良いけど(ポジティブ)

 

「さっきの言葉はよく分かりませんが、私の母はムエタイのチャンプでした。その母から私も格闘技を習っているので、そのおかげでしょうか」

 

「そうか」

 

 これは良い事を聞けたんじゃないか。

 まだギャラクシーのメインとなる戦術は分からんが、少なくともムエタイやってて近接戦が苦手って事はないだろう。一夏は武器的に近接戦しかないし、これは鈴とセシリアにしっかり鍛えてもらう必要があるな。

 

 よし、それじゃあ最後は一夏が軽く自己紹介して、俺たちもお暇しよう。目線を一夏にやると、軽く頷いた一夏が前に出てきて―――。

 

「俺は織斑のわぁっ!?」

 

 躓いてロケットダイブ!

 

「いけない!」

 

 咄嗟にギャラクシーが一夏を受け止めに落下地点へ。このままいけば、一夏の向かう場所はギャラクシーの乳である。楽園(エデン)である。

 

 

【俺の方が早くエデンにダイブるぞ!】

【俺の方がエデンである!】

 

 

 分かりにくい言い方するなよぉ! でも何となく伝わってくるのが腹立たしい。【上】が完全なるギャラクシーへのセクハラで、【下】は俺がエデンになるんだろ(思考放棄)

 

 時が動き出したのと同時に一陣の風を巻き起こす。厚意を以てして行動を移したギャラクシーを退かせるのは忍びない。

 彼女の前に立ち受け止めてやるよコラァッ!!

 

「旋焚玖!?」

 

「来いこのヤロウ!」

 

「ふぎゅっ!?」

 

 コイツいつも俺に受け止められてんな。

 というか俺が受け止めてなかったら、ラッキースケベだったんだじゃねぇか! エッチなのはいけないと思うぞ、反省しろこのヤロウ!

 

「さ、サンキュー、旋焚いだだだだッ!?」

 

「危ねぇだろこのバカ! 反省しろこのバカ!」

 

「わ、分かった! 分かったから! もうちょっと優しくしてくれ!」

 

 うるせぇこのヤロウ! 

 俺のベアハッグを喰らえい!

 

 この痛みを身体に刻み込んで、もうラッキースケベは起こさないようにしな!……ハッ…何やら変な視線を2組のモブ共から感じる…!?

 

「……主車くんと織斑君が抱き合っている…!?」

 

「いいえ、主車くんが抱き着いて離さないのよ…!」

 

「これは好感度を上げざるをえない……」

 

 

旋焚玖は2組での警戒度が超下がった!

 

 





これ以降、2組ではそんなに怖がられなくなりました。


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第73話 プチ作戦会議


だいたい5分、というお話。



 

 

 

「定例なのに第1回! チキチキ史上最強主車旋焚玖発案! 2組のギャラクシーはどんな奴~!? 定例会議~ッ!」

 

 俺の俺による皆のための音頭が1組に響き渡る。

 

「どんどんぱふぱふ~!」(合いの手)

 

 ギャラクシーの視察をお休みしていた布仏による、のんびりチックな合いの手が空かさず入った。

 フッ……事前に彼女を呼んでおいて正解だったな。予想通り、2組から一緒に帰って来た面子は、目を点にして合いの手をくれなかったし。

 

(アンタ、いつもみたいにイエーッて言わないのね)

(イエーッは旋焚玖が凄い時に言うヤツだからな)

(よく分かんないルールがアンタの中であんのねぇ)

(む……なら、ヒューッはどんな時に言うのだ?)

(旋焚玖がしゅごい時だな!)

(一夏さんって結構アホですわよね)

 

 おいコラ。

 コラそこの4人。

 コソコソ話は俺が寂しくなるからいけないゾ。言わんけど。

 

「協力ありがとな、布仏」

 

 ほれ、報酬だ。

 

「わぁ、コーラだ~! ありがとなす、ちょいす~!」

 

 構わんよ。

 そしてトテトテ走って教室から出て行く布仏。まったく、いい仕事をしてくれたぜ。そのための布仏あとそのためののほほん…?

 しかし布仏の奴め、右手に持つコーラを揺らさず走るところに巧みを感じさせるな。なんでも彼女が言うには、わざわざ生徒会の仕事を抜けて来てくれたらしい。嘘乙。

 

 お前みたいなのんびりした奴が生徒会な訳ねぇだろ! まさかの布仏虚言癖説爆誕である! だが、言ってしょんぼりされても困るのでツっこまないのである! 俺は優しいのである!

 

「さて、ヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーの視察から帰って来た訳だが……お前達はどんな印象を受けた?」

 

 可愛いかった(小並感)

 

 しかし、あくまで今回は一夏と試合う事を想定しての話だからな。可愛さと強さは、別に比例しな……(今居る面子を見渡す)……するかもしれない。

 

 あれ……オイオイオイ、これって意外と世紀の発見レベルじゃないのか? まぁ言ったところでキモがられるだけだろうから言わんけど。しかし美人強者説、あると思います。

 

「そうですわね……わたくしは肝の太い方だと思いましたわ」

 

「あ、それ、あたしも思った。アホみたいに噂されてる旋焚玖を初見でビビんない奴も珍しいわよ?」

 

「いや、アイツは旋焚玖を怖がっていた。だが同時に、瞳からは『引かない』という強い意志が感じられた。勇敢な奴だと私は思う」

 

 なるほどな。

 武を修める箒らしい評価の仕方だ。母がムエタイのチャンプとか言っていたが、しっかり精神の方も鍛えられているか。恐怖を受け止め、そして立ち向かえる勇気を持つ女…か。味方になれば頼もしいが、今回に限っては厄介だな。

 

「一夏はどう思った?」

 

「強そう」

 

 お、小学生か?

 

「いや子供かアンタ」

 

「いやマジで。絶対強いってアイツ! 正直、それしか言葉が出ねぇよ…」

 

 一夏はロケットダイブった時に、ギャラクシーの反応の早さを目の当たりにしてるからな。だが、そのシンプルさ、俺は嫌いじゃないぜ。

 一夏の言う通り、別に相手を複雑に捉える必要なんてない。要は強いか弱いか、だ。

 

「ISは分からんが、生身の強さでいくと……おそらく剣を持った私と同等だと思う」

 

 なにそれ怖い。

 全国大会優勝者と素手で肩を並べるのか…。

 

「ISだと、どうなのかしら…?」

 

「代表候補生ですし、実力はあるかと思いますわ。後はギャラクシーさんの戦闘スタイルですわね」

 

 そればっかりは、流石にさっきの時間だけじゃ聞き出せなかったからなぁ。ホントに挨拶して「これからもよろしくー」みたいな感じで帰って来たし。まぁ悪い印象を持たれなかっただけ全然良いんだけど。

 

「アイツの戦術云々に関しては俺と箒に任せろ」

 

「うむ!」(フッ……とうとう来てしまったな、私の時代が! 旋焚玖と2人で居られる…! しかも合法的に…ッ! ああ、何て良い響きなのだ、合法的…! ありがとう合法!)

 

 おぉ、箒もやる気に満ち溢れてるな! 

 確かに、こっからが専用機持ってない組の本当の出番だしな。とりあえずセシリアの時みたいに、まずはネットで動画がアップされてないかのチェックから始めるべきだろう。

 

「そうですわね。では予定通り、わたくしと鈴さんは実戦形式で、一夏さんの特訓をしましょう」

 

「ええ、そうね。ビシバシいくから覚悟しなさいよ一夏!」

 

「おう! 頼むぜ二人とも!」

 

 セシリアと鈴なら間違いないと思う。

 一夏も大船で乗ったつもりで臨みな!

 

「ふふっ…お任せあれ、ですわ」

 

「むぁーかせなさいッ!」

 

 とか言いつつ、何故か箒の腕を引っ張って離れていく鈴。アイツいつも箒を引っ張ってんな。

 

「ちょっ、な、なんだ鈴!? 何故腕を引っ張る!?」

 

「内緒話するからに決まってんでしょ!」

 

 内緒話宣言していくのか…。

 まぁ2人の仲が良いなら詮索は無用かな。

 

 

(アンタ、旋焚玖と一緒に行動するのね)

(ああ、そういう事になるな)

(ぶっちゃけ、舞い上がってんでしょ?)

(バカ言え。今回は一夏を勝たせる為に行動を共にするだけだ。そんな邪な事を考える訳ないだろ)

(ふぅん?……………で、本音は?)

(正直、ワクワクが止まらない)

(正体現したわね、くぬやろーっ!)

(ぬわぁっ!? ちょっ、やめ、こしょばすな!)

(うっさい! くぬっ、くぬっ!)

(あはっ、あははは! やめっ、あははははは!)

 

 

 2人はマブダチ、はっきり分かんだね。

 しかし、小学生の時はいつも眉を顰めてムッとしていた箒を、あそこまで無邪気な表情にさせちまうのか。鈴ってしゅごい。

 

「アイツら、いつの間に仲良くなったんだ?」

 

「さぁな。だが、悪いより全然いい」

 

「ハハッ、そりゃそうだ!」

 

 ひと段落ついたらしく、鈴と箒が戻って来た。

 よし、ミッションスタートだ。

 

 





優しい世界(*´ω`*)


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第74話 入って、どうぞ


調査開始、というお話。





 

 

 プチ作戦会議も終わり、セシリア達専用機持ち組はアリーナへ。俺と箒はギャラクシーの試合映像を入手するため、パソコンのある部屋へ。というか、俺の部屋か箒の部屋かの2択になのだが、俺は学園寮に入れないので必然的に俺の城シュプールで観る事に。

 

 それは全然良いんだけど、ふと気づいた事がある。

 女子1人だけを俺の部屋に招き入れるのって、実はこれが初めてじゃないか…? いや、確かにそうだわ。小学生まで遡っても、箒は一夏とセットで俺の家に遊びに来てたし、鈴にしても一夏と弾と蘭のバリューセットだったし。

 

 おぉ……そう思うと感慨深い。

 俺も女を連れ込む身分になったんだなぁ。

 

 とか思ってたらシュプールに着いた。

 学園からは意外と距離があったりするのだが、高校生らしく箒とまるで生産性のない話で盛り上がってたら、あっという間に着いたのである。

 

 

【箒も居るし、いい感じに入る】

【箒も居るし、悪い感じに入る】

 

 

 まるで意味が分からない。

 玄関の入り方に良いも悪いもないと思うんですけど。

 

 まぁでも、悪い感じに入って箒に嫌な印象受けられたくないし、ここは【上】を選ぶが無難っしょ。バッチグーっしょ。

 

 扉をガチャリ。

 この時既に、俺の身体は俺の身体では非ず。

 

「俺の城よ、旋焚玖は今まさに帰ってきたぞ! そぉら、見るが良い! 玄関を悠々と跨ぎ、灯の暖かくも柔らかい光に照らされた扉をやんわりと開け、大胆不敵かつ泰然自若に靴を脱ぎ、玄関から木畳に、さながら魚類が陸上に進化して歩んだが如き奇跡的道筋で足をつけようとしている……――」

 

 うわぁ……。

 

「ではないかァーーーッ!!」

 

 うわぁ……あ、身体の呪縛が解けた。隣りでギョッとしている箒に視線を向ける。うわ、すっごい目を泳がせてる、はっきり分かんだね。あ、目が合った。

 

「うっ……」(そ、ソレを聞かされて私はどうしろと言うのだ!? 何やら文学的な内容だったような気もするようなしないような…! わ、分からんっ、私に気の利いた感想など言える筈もない…! 鈴みたいな切れ味鋭いツっこみも出来やしない…! な、なら…!)

 

「……うむ!」(困った時はこれだ! 私のキャラ的に!)

 

 箒は力強く頷いた!

 なるほど、とりあえず「うむ」っておこうな精神だな。気持ちはよく分かるぜ。俺の「気にするな」の箒バージョンが誕生した歴史的瞬間に立ち会えた事を光栄に思ふ。

 

 いや、すまんね、変なモンに付き合わせて。

 遠慮なく上がってくれい。

 

「お、お邪魔します」

 

 

【邪魔すんねやったら帰って~】

【喉渇いた、喉渇かない?】

 

 

 どうしてすんなり入らせてくれないのか。

 というか、箒に【上】はイカンでしょ。多分、振りとかボケとか分かってないと思うぞ。新喜劇観てたらワンチャンあるけど。いや、でもなぁ……箒が昼時にせんべいパリパリしながら観てるって…? まるで想像できんわ。

 

 そんなオイラに新事実。

 かねてから隠しておいた事実をここで明かそう。前世の俺はなんと! 関西出身なのである! でも現世では違うから基本的に標準語なのである! 俺がガチキレしたら関西弁が火を噴くぜ(前田太尊)

 

「喉渇いた、喉渇かない?」

 

「む……いきなりだな。だが、良ければ頂こう」(緊張して喉が渇いているのも事実。唐突でも旋焚玖が気を利かせてくれたのは素直に嬉しい)

 

 

【昨日の飲みかけのコーラを出す】

【睡眠薬入りのアイスティーを出す】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 俺にナニをさせる気だコラァッ!!

 サーッ!と睡眠薬入れろってか! 迫真の入れ方を披露しろってか! アホか! いや、箒を呼んで本人の目の前で入れて見せたら、意外と防げる可能性…? 

 

 

『お前それは何だ?』

 

『睡眠薬』

 

『どうしてそんなモノを入れる必要なんかあるんですか?』

 

『眠らせた箒にアッーな事がしたいからだと思うんですけど』(名自白)

 

『あ、そっかぁ』

 

 

 そこで「あ、そっかぁ」とはならんだろ。

 引かれるどころか嫌われる可能性大じゃねぇか。かと言ってなぁ……【上】もキツさでいくと、【下】とタメ張ってんだよなぁ。

 

 まぁでも【下】は普通に犯罪予備軍だし、【上】しかないか。出す前に箒に確認して、断れて、微妙に気まずくなる未来かもーん(投げやり)

 

「箒」

 

「む?」

 

「俺の飲みさしのコーラでもいいか?」

 

「な、なんだと!?」(初めての2人きりッ…! 何も起きない筈がなくッ…! 私の気持ちが本物かどうか、試す旋焚玖がそこに居た…! いいだろう、私は逃げんッ! ここで逃げたら鈴に笑われてしまうからな! というか間接キッスのチャンスをみすみす逃す乙女が居る訳ないだろ!)

 

 顔を真っ赤にしていらっしゃられる。

 これは怒ってますね、間違いない。右手に持つお馴染みの木刀もプルプルしていらっしゃる。これは撲殺されますね、間違いない。

 

 殺られる前に、いつものお茶目なノリで誤魔化そう。

 

「なぁーんちゃ「いいだろう、受けて立つッ!」……へぁ?」

 

 受けて立たれちゃった。

 言葉の返し方、おかしくない? 

 

 何でそんな「果たし状を貰った」みたいな感じになってんの? え、俺のコーラってそんな世紀末なの? 

 

 いや、待てよ…? 

 少し視方を変えてみよう。 

 

「あーっと……他にアイスティーとかもあるけど」

 

「私はコーラが飲みたい気分なんだ」

 

「昨日開けたから割と気が抜けてるぞ?」

 

「私は気の抜けたコーラが飲みたい気分なんだ」

 

 なるほど。

 コイツ、さては無類のコーラ好きだな? 

 俺もソーナノ。

 

 という訳で、冷蔵庫から持ってきたコーラを渡す。

 

「……い、いただきマウス」

 

「は?」

 

 え、なにその激寒ギャグは(唖然)

 

「何でもない!」(し、しまったぁぁぁッ! 緊張しすぎて噛んでしまった…! えぇいっ、気にするな、私! 失敗を引き摺ってはいけない! それよりも今はコーラだ! の、飲むぞ…! 飲んじゃうからな…!)

 

 しかし、箒程の質実剛健者にギャグを口滑らせてしまうコーラの魅力……実に驚異的だな。俺も飲みたくなってきたわ。

 

「んくっ、んくっ……」(ふおぉぉ……これは……いいものだ…)

 

 わざわざペットボトルを両手で持って飲む姿が可愛いと思いました。これがギャップ萌えってヤツか、ナルホドナー。

 

 

【間接キッスだな】

【俺の唾液入りコーラは美味いか?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 せっかく意識しないようにしてたのにぃぃぃぃッ!! 言うなよバカ! このバカ! 胸がドキドキして挙動がおかしくなるだろバカ! 

 

 そして言わせようとするなよバカ! 

 

 というか何だコラァッ!! 

 【下】コラァッ!! 

 キモすぎるんだよこのヤロウ! 生々しいにも程があるんだよバカ! 俺がイケメンだったとしても許されないキモさだぞコラァッ!!

 

「……間接キッスだな」(せめて精一杯のキメ顔で)

 

 自分から言っていくのか(白目)

 

「ぶふぅぅぅぅぅ――ッ!!」

 

「!……遅いッ…!」(超反応)

 

 あ、つい避けちゃった。

 箒からのレインボーシャワーを避けてしまったでござる。液体でも反射的に避けてしまえる身体能力に、今だけは神罰を。

 

「ゲホッ、ゴホッ…! にゃ、にゃにをいきにゃり!」(ぬわぁぁぁ、は、鼻にコーラが…! 邪な考えで飲もうとした私への罰なのか…!)

 

「気にするな。あと、ほれ、ティッシュ」

 

 美人が鼻垂らしている姿を見るのは偲びない。あいにく、それを見て興奮する性的嗜好も持ち合わせていない。

 

 顔を背けつつ、俺はティッシュを渡した。

 

「う、うむ………チーンッ…!」(ううっ……みっともないところを見せてしまった。は、恥ずかしくて死にそうだ……)

 

 そして、だらだらと「間接キッス」ネタを引き摺るのは、愚の骨頂だという事を俺はよく知っている。こういう時は何事も無かったように進めるのが一番だ(旋焚玖処世術)

 

「さて、ギャラクシーの映像を探そうか」

 

「う、うむ!」(切り替えていこう! まだまだ私達はこれからなのだからな!)

 

 この前みたいに『あなたちゅ~ぶ』で検索したら出るかな?

 

 

 

 

「……出ないな」

 

「む……」

 

 なんでぇ?

 お国柄ってヤツなのか?

 

「まぁIS競技を仮想敵国との戦いと捉えている国も多いと聞くからな」

 

 ふんふむ。

 戦う前から手の内は見せたがらないという訳か。そう考えたら、イギリスみたいにバンバン動画を上げている方が、もしかしたら少数なのかもしれない。流石は紳士淑女の国だぜセシリア可愛い。

 

 しかしこれは困った。

 映像でギャラクシーの戦術を丸裸にするつもりが、いきなり行き詰っちまった。

 

 

【貞子vs伽椰子を観よう!】

【ブックマークを見せよう!】

 

 

 ああ、この前ポコポコ動画でやってたな。【たけし】と一緒に観たけど面白かったぜ! しかも男女二人が映画鑑賞とか、室内デートっぽくて全然アリですねぇ!

 

 いや、でもなぁ……。

 俺たちは今、ギャラクシーの調査をする為に行動してるんだし、のんびり映画なんか観てたら、それこそせっかく指導役を買って出てくれたセシリアに申し訳が立たねぇよ。

 

 

 

「防御の時は右半身を斜め上前方へ5度傾けて、回避の時は後方へ20度反転ですわ!」

 

「(´・ω・`)」

 

 

 

 10分、15分くらいならまだしも、映画となればがっつり90分くらいは動けなくなるだろう。流石にダメだろ。転校してきたばかりなのに、指導役を快く引き受けてくれた鈴にも申し訳が立たねぇよ。

 

 

 

「何となく分かるでしょ? 感覚よ感覚。身体の動きたい方へ動くの。身体の言葉に耳を傾けたら余裕よ!」

 

「(´・ω・`)」

 

 

 

 今頃一夏も頑張ってるだろうし、ここで【上】を選ぶは信義に悖る行為と言えよう。というかバレた時に、セシリア達に「ムムッ!」とされて嫌われたくないでござる。

 

 という事で【下】しか残ってない訳だが……俺のお気に入りフォルダ覧ってさ、一番上にエロアニメタレストで2番目にエロゲー批評空間がきてんだけど。絶対に見せたくないんだけど。

 

 フッ……だが、我に勝算あり…! 

 見とけコラ、アホ選択肢コラ。いつまでも俺が選択肢に嘆くだけの男だと思うなよ…!

 

「箒」

 

「む…?」

 

「デスクトップから目を放すなよ」

 

「は…? あ、ああ……」

 

 

 カチカチカチカチッ!!(0.00072秒)

 

 

「な……!?」(早すぎて画面に閃光が走った、だと…!?)

 

「フッ……」

 

 恐ろしく速いクリック。

 千冬さんでなきゃ見逃しちゃうね。

 

「さて、映像が見つからない以上、あとはギャラクシー本人に突訪問するしかないな」

 

「う、うむ。そうだな」(……さっきのアレは何だったんだろう。もしかして、クリックの速さを私に自慢したかったのか? ふふ、可愛い奴め)

 

 よし…!

 しかし相手が箒で良かった…! 

 俺の運はまだ死んじゃいなかった…!

 

 これが仮に鈴だったら「なによさっきの! 気になるからちゃんと見せなさいよ!」とかなっていた可能性大だからな。そうなったらお前「エッチ! 変態! 嫌い!」とか鈴から罵られるところだったぜ。

 

「しかしそうなると、ギャラクシーを探す事から始めねばならんな」

 

 そういう事になる。

 ギャラクシーが既に寮に帰ってたらアウトだが、どうだろうか。部活とかには入ってないのかな。

 

「とりあえず、学園に一度戻ろう」

 

「ああ、そうだな」

 

 職員室に行って、千冬さんにでも聞いてみるか。

 





74話の要約。
ヴィシュヌの映像は無いから本人を探そう。以上!


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第75話 ヴィシュヌを探せ

人脈大事、というお話。




 

 

 さっそくIS学園までカムバックしてきた俺と箒。IS学園は部活動も充実しているらしく、一般的な高校に比べても、同好会も入れたらかなりの数になるらしい。

 そんな中をしらみつぶしにあたっても、効率的とは言えないだろう。ギャラクシー本人と偶然会えたら一番いいが、果たして……む?

 

「あ、主車君じゃん。それに箒ちゃんも」

 

 はぐれジャーナリストが現れた! 

 

「こんにちは、黛先輩」

 

 これはもしかして、ナイスな偶然ではなかろうか。新聞部って言うくらいだし、生徒の情報は色々持ってそうである。少なくとも俺たちよりかは知ってそうだ。

 

「旋焚玖、黛先輩に聞いてみたらどうだろうか」

 

 

【お前に言われんでも分かっとる!】

【で、間接キッスの感想は?】

 

 

 じ、時間差攻撃はズルいぞ!? 

 コーラのくだりは前回で終わったじゃん! 

 

 そういうハメ技、俺のシマではノーカンだから。無しね無し。断固として俺はこの選択肢を受け入れる事を拒否する。裁判沙汰も辞さない、決死の覚悟で抗わせてもらう。

 

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!(逃れられぬカルマ)

 

 

 くそっ、くそっ! 

 なんなんだだこの2択!? 【上】も【上】でよく考えなくてもおかしいし! くそぅ、だけど…! 【上】選んで箒にしょんぼりされるくらいなら、俺は【下】を選んでキモいと罵られる方がマシだ、ちくせぅ! 

 

 でもね、お願いがあるの、箒さん。

 せめて口撃だけにしてね?

 木刀ブンブン丸だけはヤメてね?

 

「……で、間接キッスの感想は?」

 

「なっ…! な、な、な…!」(ここで更に私を試してくるのか! どれだけ私に試練を与えてくるのだお前は! くそぅ、何て言えばいいんだ! 甘い恋の味がした♥って言ってもいいのか!? だ、ダメだ、そんな乙女すぎるセリフなんて私には似合わない! というかまだ付き合ってもないのに、そんな事言ったらキモいだろ!? 旋焚玖に引かれてしまうのがオチだ!)

 

 ひぇっ……箒さんが、すっごく百面相っていらっしゃる。しかし、木刀をプルプルさせていないところを見ると、怒ってはなさそう…? なさそうじゃない…? 

 

 いや、安心するにはまだ早い。

 ここで調子コイて声を掛けたら最後。それは導火線に火をつけると同義である。何事も無かったように、さっさと話を進めちまうに限る!

 

「黛先輩、1年2組のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーって知ってますか?」

 

「勿論知ってるわよ? 学園でも数少ない代表候補生だしね」

 

 やったぜ。

 展開が進んでくれるぜ。

 

「何か部活とかってしてますか?」

 

「私の調査によると、あの子は同好会を作ってるわね」

 

 ふんふむ。

 部活ではなく同好会とな。

 しかも、入ったのではなく自ら作ったのか。ギャラクシーは随分アグレッシブな性格をしているという事もこれで分かったな。

 

 後はその同好会に突訪問して、直にギャラクシーを調査だ。

 

「なんて名前の同好会ですか?」

 

「そうねぇ……教えてあげてもいいけど、対価は?」

 

 む?

 

「タダで情報を教える記者なんていないわよ、主車君。それなりに報酬をくれないと、ね♪」

 

 ふむぅ……確かに一理あるな。

 タダで何でもかんでも聞き出すってのは虫が良すぎたか。

 

 

【デート1回!】

【敗北をプレゼントしよう】

 

 

 ノリが違いすぎる2択やめてよぉ!

 【上】がクラウドで【下】は死刑囚か!? どっちも違うわ! ただの可愛らしい情報通な先輩じゃい! デートさせろコラァッ!!

 

「敗北をプレゼントしよう」

 

「へ?……あ、あれ…!?」(なんか急に視界がボヤけて見える…?)

 

 箒が居なかったら迷わず【上】を選んでいた。なので俺はヘタレじゃない。そんな俺の手のひらには、とある物が握られている。それは―――。

 

「先輩は視力は悪い方かい?」

 

「え? え、ええ……だから普段はメガネを……えっ!?」(主車くんから差し出された手の上にある物…! それは見間違える筈のない、私の眼鏡…ッ! そんなバカな…!?)

 

「なら、ちゃんと掛けておかないとな」

 

 眼鏡美人って眼鏡外してもやっぱり美人なんだな。また一つ、女のことが理解ってしまったか。

 

「ウッソでしょ……い、いつの間に?」(いやいやいやいや! 一体どんなトリック使ったの!? 眼鏡を外された本人が気付かないとかありえないでしょ!?)

 

「……?」(むむむ……悶々トリップから帰還してきたら、何故か旋焚玖が不敵な笑みを浮かべて、黛先輩の眼鏡を持っていた……なんで? けど、ここで驚いたら、私が脳内乙女会議に耽っていた事がバレてしまうではないか! まるでよく分からんが、ここは何も言わずに傍観しておこう、そうしよう)

 

「アンタが俺の間合いに入った時……こいつでな」

 

 そのための右手あとそのためのスピード(どやぁ)

 

「眼鏡を過信し……近づきすぎたのがアンタの敗因だ」

 

「う、うん、そうだね」(眼鏡を過信ってなんだろう…? そして敗因ってなんだろう…? 私はいったい何の勝負を仕掛けられてたんだろう…? でも、それを私に追及させない凄みがこの子にはある…ッ! なるほど、たっちゃんが一目置く訳だわ。確かに興味が尽きない子だね、色んな意味で)

 

「……うむ」(一体何の話をしているんだろう。でも、とりあえず私は普段通り「うむ」って言っておけば大丈夫かな)

 

 手段なんか何でもいいんだよ。

 とりあえず何か凄いっぽい事してりゃ、勝手に流れも付いてくるのさ。後は真っ当なツっこみをさせない威圧感! よゆーよゆー。俺、威圧感◎のステータス持ちだから。大物っぽいフリをするのは任せろー。

 

「ふふっ、いいわ。よく分かんないけど、面白かったから教えてあげるね」

 

 やったぜ。

 

「私の調査によると、ヴィシュヌちゃんはヨガ同好会を作ってるわね。会員は今のところヴィシュヌちゃんだけみたい」

 

 一人なのに同好会とはこれ如何に。

 というか、よく学園が許可をくれたな。普通、そういうのって何人以上とか条件があるんじゃないのか?

 

「ヴィシュヌちゃんは一般生じゃないからね。そういう特権を持つのが専用機持ちなのよねぇ」

 

 専用機持ちってしゅごい。

 

「ありがとうございます、黛先輩」

 

 よし、これでギャラクシーの居る場所も分かったな。後はヨガ同好会とやらに乗り込むだけだぜ!

 

 

【その前に職員室に顔を出す】

【その前にアリーナに顔を出す】

 

 

 いや行かせてくれよ!

 どうして毎度毎度回り道をさせたがるのか……コレガワカラナイ。まぁアリーナは百歩譲ってまだ分かるとして。

 

 職員室に行く意味がまるで分かんねぇよ! 

 言っとくけど、生徒がそんなホイホイ行く所じゃないからね、職員室って。しかも、もう目的は黛先輩のおかげで達成したし。何しに行くの? 用事ないじゃん。

 教師じゃないんだから、用事ないのに気軽に行っていい場所じゃないと思うんだよね。千冬さんだって普通に仕事してるだろうし、何も用事なく行ったら「めっ」て言われちゃうだろぉ!

 

 という訳で、今回は【下】だな。

 今頃頑張ってるだろうし、一夏の応援でもしてからギャラクシーの元へ行こう。

 

 とはいえ、だ。

 このままじゃ、何だかんだで千冬さんの事も頭の片隅に残っちまって、いろいろと集中できない気がするな(旋焚玖理論)

 

 部活繋がりで千冬さんに聞いてみるのも有りだな!

 

『千冬さんは何か部の顧問とかしてるんですか?』

 

 ほい、送信。

 返信は如何に。

 

 ピロリン♪

 

『私は茶道部を顧問している。だが部員は女子しか居なくてな。たまには男子にも足を運んでもらいたいものだが(/ω・\)チラッ』

 

 いや男子て千冬さん。

 99.8%女子校で何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 これはもしや、来てほしいアピールなのかな? 最後に寄るのも一興だな。

 

 というか、俺がもしこの学園で部活に入るとしたら、現状でいけば千冬さんか山田先生が居る部くらいになるだろう。精神衛生的に。

 

「む…? 旋焚玖、そっちは玄関だぞ?」

 

「一夏達の様子を見てから行こうと思う」

 

「ふむ……ISでの訓練と言っていたな。どんな感じでやっているのだろう」

 

 それを今から見に行くのである!

 

 

 

 

「またズレましたわよ一夏さん! それでは30度ではありませんか! 20度ですわ!」

 

「(´・ω・`)」

 

「身体の声をちゃんと聞きなさいよ! 耳を澄ますの! 自分勝手に動いてんじゃないわよ!」

 

「(´・ω・`)」

 

 どうやら、一夏の道は中々に道中険しいらしい。

 

「……セシリアも鈴も案外スパルタなんだな」

 

 箒の言う通りである。

 だが、それだけ真剣に教えてくれているって事だ。

 

 しかし見ている感じだと、セシリアは理論派で鈴は感覚派らしいな。

 

「箒だったら一夏にどんな風に教えている?」

 

「む? そうだな、私ならこう…ずばーっとやってから、がきんっ! どかんっ! という感じで教えているな」

 

 箒は希少種擬音派、と。

 

「ちょ、ちょっと休憩しないか? 流石に少し疲れてきたっていうか…」

 

「何を言ってますの!? 膝を突くにはまだ早いですわよ一夏さん!」

 

「そうよ! そんなんじゃ対抗戦でもフルボッコにされて終わりよ!?」 

 

 おぉ、かなり熱が入っているな。

 顔を出しに来て何だが、真面目に頑張ってる3人に水を差すのは気が引ける。見つからない間にとっとと抜け出すか。

 

 

【応援でもしてやるか】

【乱入でもしてやるか】

 

 

 気が引けるツってんだろ!

 日本語分かんねぇのかコラァッ!! 実は外国人なのかお前コラァッ!! はうまっちあーゆー!?

 

 生身で乱入とか完全におフザけの領域だし、ここは普通に応援するぞオイ!

 

 

【がんばれ♥ がんばれ♥】

【頑張れ頑張れ出来る出来る!(以下省略)】

 

 

 バブみ、感じるんですよね?

 

 ってこのバカぁッ!!

 俺がバブみ利かせてどうすんだバカ! 一夏をバブバブさせてどうすんだバカ!

 

「頑張れ頑張れ出来る出来る! 絶対出来る! 頑張れ! もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ! 頑張れ頑張れ! そこだ! そこで諦めるな! 積極的にポジティブに頑張れ!」

 

「せ、旋焚玖!?」

 

 あらやだ、一夏達をはじめ他の生徒達からも見られまくりな状態、まさに注目の的になってしまったでござる。俺だけが見られるのは恥ずかしいのである。

 

「箒、お前も応援してやれ」

 

「うえぇぇっ!? わ、私も言うのか!? みんながこっちを見てるのに!?」

 

 当たり前だよなぁ!

 俺にばっか恥ずかしい思いさせてんじゃねぇよ! 一蓮托生だコラァッ!! バシッと凛とした声をアリーナに轟かせてやれ、凄絶に!

 

「……が、がんばれ~…」(赤面&小声)

 

 可愛い(小並感)

 

 これはツっこめませんわ。

 

「へへっ、旋焚玖たちに情けない格好は見せられねぇぜ! ほら、セシリア、鈴! 何休んでんだ、はやく続きを頼むぜ!」

 

「んもう、アンタがヘトヘトになってたんでしょうが」

 

「うふふ、いいではありませんか鈴さん。さぁ、参りましょう」

 

 練習再開か。

 これで心おきなく俺たちもミッション再開できるな。

 

 ギャラクシーに会いにイクゾー。

 

 





100話までにはフランスドイツ組を出す。



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第76話 ヨガ同好会


文化交流、というお話。



 

 

 やって来ました、ヨガ同好会!

 潜入取材班である俺と箒は扉の前で最終チェックだ。

 

「で、これからどうするつもりなんだ?」

 

「とりあえず『体験してみたい』というテイでいこうと思う」

 

「体験……ヨガの?」

 

「ヨガフレイム」

 

「は?」

 

「気にするな」

 

 あくまで体験は名目だ。

 ギャラクシーの強さと戦術を少しでも探るために、俺たちは此処へ来ている。それを忘れてはいかんよ。

 

 という訳で、イクゾー。

 扉を開いてこんにちは!

 

「アナタ達は……」

 

 割とさっきぶりだな。

 その節は迷惑かけてすまんね。

 

「……何の用ですか?」

 

 む……何やら警戒されているな。

 いや、当然だろ。何言ってんだ、俺(72話参照)

 

「文化交流しに来た」

 

「え?」(ど、どういう意味かしら…? というか、改まって男の子と話すのって緊張するわね…)

 

 俺が相手だとギャラクシーも話しにくいかもしれん。だが、案ずることなかれ。何のために箒と一緒に行動していると思う…! こういう時のためだろう! 

 

「箒」

 

「む?」

 

「続きを頼む」

 

「むぁっ…!? いや…ンンッ……分かった」(そうだ、ずっと黙っているなど、何の役にも立っていないと同義じゃないか! 私もしっかりせねば…!)

 

 そのための箒あとそのための質実剛健。

 

「あ、あっと、だな……そ、その、わ、私と旋焚玖は、ま、前々からヨガに興味があってだな」

 

 目が泳ぎまくってんだよこのヤロウ! 

 嘘をつき慣れてないのがバレバレじゃねぇか! なんだお前良い子か! 惚れ直したぞコラァッ!!

 

「……冷やかしですか?」

 

 箒の良い子攻撃!

 しかしギャラクシーには通じなかった!

 

 あらやだ、視線が鋭くなっちゃってますね。

 

(うぅ……せ、旋焚玖、どうしよう…!? 怒らせちゃったぞ!)

(気にするな、お前は悪くない)

 

 後は任せろー。

 

「俺たちがヨガに興味がないと?」

 

「ええ。本当は別の目的があって、此処に来たのではありませんか? 例えば、対抗戦に備えて私の偵察……だったりしませんか?」

 

 ふんふむ。

 いいやり取りが出来た。これでギャラクシーは聡いという事も分かったし。だが、どうしようか。ここでコイツの言葉を認めちまうか、あえて反論してみせるか。

 

 

【駆け引きなんざいらねェ!! かかって来いオラァッ!!】

【俺の凄さを魅せつける】

 

 

 暴力はいけない(カミーユ)

 

 とはいえ、ぶっちゃけ【上】が手っ取り早い方法だったりするんだよなぁ。必ずしも生身の強さがISの技量に直結するとは限らないが、それでも何らかの手掛かりにはなるかもしれないし。

 それに冷静な状態よりも激昂している方が口も軽くなる。そうなったら、ポロッとISでの戦い方を吐く事だって期待できる。

 

 ただ、それはそれで、ギャラクシーと険悪な関係になってしまうリスクを背負う事になっちまう。こんな美女と自分から関係を悪化させていくなんてとんでもない。

 

 ここはギャラクシーも思わず唸っちまうくらい、俺の凄さを魅せつけてやるぜ! ヨガ的に!

 

「オラァッ!!」

 

「なっ…!? 開脚したまま腰を下ろした!?」(これは…ッ! 180度開脚座り!?)

 

「まだまだァ!!」

 

「ななっ…!? そのまま前へと上体をッ…!」(地面にお腹をぺったりつけた!? なんという柔軟性ッ…!)

 

 ヨガ的だろ?(どやぁ)

 

「これでもまだ冷やかしと言うかい?」

 

「むむぅ……そうですね、先ほどのは失言でした。しかし、とても身体が柔らかいんですね」

 

「旋焚玖は武道やってるからな」

 

 お、そうだな。

 

 いや冗談っぽく頷いたが、これは箒の言う通りである。ましてや俺レベルの武術家となりゃ、もう身体も間接も体操選手やヨガ行者が逃げ出すレベルさ。

 

 まぁ、ダルシムからは逃げ出したけど。アホの選択肢名物、毎夜恒例の想像上の相手との組手でな。腕がみょーんと伸びて余裕で捕まったけど。

 

『どうやって腕とか足とか伸ばしてるんですか?』

 

『気合いで』

 

 やっぱダルシムって凄ェわ。

 伊達に火は噴いてねぇぜ。

 

「もしやアナタも……?」

 

 む……ギャラクシーが箒を見ている。

 いや、けっこう期待した目で見ている!

 

「え、いや、私は……」

 

 何を遠慮する事があるか。

 お前も存分に魅せてやれい。

 

「箒も武道やってるからな」

 

「なるほど!」

 

「うぐ……わ、分かった。見せてやる」

 

 ちょこんと床に座った箒さん。

 両脚を開かず、真っすぐにしたまま上体を前へと持っていく。

 

「んーっ…………んぬーっ……!」

 

「こ、これは…!」

 

「……ふむ」

 

 両脚ピーン、腕もピーン。

 なお上体は全然動いてない模様。

 

「…………見せたぞ」

 

「お、そうだな」

 

 これ以上は何も言うまい。

 俺に死体蹴りの趣味はないのである。

 

「篠ノ之さんは身体がカチコチなんですね」

 

「うっ…!」

 

 やめて差し上げろ。

 いや、振った俺も悪かったな。

 

「身体が硬い奴はヨガに興味を持ってはいけない、なんて決まりは無いだろう?」

 

「それもそうですね。いえ、私も変にアナタ達に対して邪険にしてすみませんでした」

 

「あ、いや、頭を下げる事はないぞ! えっと…それで、ギャラクシーさんは普段は此処でどんな事をやっているんだ?」

 

 おぉ、箒が攻めに転じたか!

 フォローは任せろい!

 

「そうですね、お二人が来た時はちょうど瞑想をしているところでした」

 

 瞑想とな。

 中々に中二心をくすぐる響きである。

 

「ふむ……心を無にする、か。剣道に通じるものがあるな」

 

「ふふ、そんなに堅苦しいものではありませんよ。瞑想は、ヨガの要素の一つなんです」

 

 あらやだ、笑顔で会話なさっている。

 やっぱり異性よりも同性の方が仲良くなりやすいんだな。

 

「心が落ち着きますし、身体もリラックス出来るんですよ。良ければ、一緒にやってみますか?」

 

「私は興味あるな。旋焚玖はどうだ?」

 

「ああ、教えてもらおう」

 

 敵対する必要は無し。

 クラス対抗戦イベントも、他クラスの生徒との交流を目的としているって千冬さん達も言ってたしな。積極的に交流を持つべきだろう。褐色美女だし。

 

「さぁ、それでは始めましょう。私と同じポーズをしてみてください」

 

 ふんふむ……胡坐をかいて、と。

 

「手は指で円を作って、膝の上に乗せてください。あとは、肩の力を抜いて、自然に背筋を伸ばします」

 

 おぉぉ……なんか、それっぽい…!

 

「目を閉じて……呼吸を……深く……」

 

 

【2人とも目つぶってるし、ちょっとくらいおちんちん出してもバレへんか】

【10分間息を吸い続けて、10分間吐き続ける(波紋鍛錬法)】

 

 

 お前アホちゃう?(真顔)

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 お前ほんとアホじゃねぇの!? おちんちん!? おちんちんときましたか!? 少しは言葉のチョイス考えろよ何歳だお前! 【ちょっとくらい】もクソもねぇんだよ! 1ミリでも薄目られたらアウトじゃねぇか! 退学どころかマジで逮捕案件出してくんじゃねぇよバカ! 

 

 くっそぅ……お前マジで覚えてろよ…!

 絶対いつか波紋疾走喰らわせてやるからなマジで。絶対に溶かす。溶かして伸ばして金太郎飴にして喰ってやるからなマジで。

 

「……こォオオオオオ…!」

 

 俺の肺活量ナメんなよオラァッ!!

 やってやる、やってやるよ…!

 

「……いえ、『こぉぉ~』ではなく……主車さん…?」

 

「こォオオオオオ…!」

 

「お、おい旋焚玖?」

 

 

 

 

 

 

……(3分経過)

 

 

「こ、こぉぉ~……ぉぉ~……ケプッ、ケホッ、ゴホッ…!」

 

「あぁっ、旋焚玖!?」

 

 ハイ、無理でした。

 息を止め続けるのと、息を吸い続けるのは違うんだなって思いました。波紋使いってやべぇ。

 

「急に意味不明な無茶をするな馬鹿者!」

 

 とか言いつつ背中をさすってくれる箒さんマジ天使。

 いやでも、マジですまんね。アホの選択肢が今日も今日とてご迷惑お掛けします。俺も頑張って抵抗したんだけど(約3分)流石に今回は負けちゃったよ。おちんちん出してりゃ良かった。

 

「……主車さんって、普段からこんな感じなんですか?」

 

 こんな感じって言うなよ!

 それだといつも俺がアホアホしてるみたいじゃないか!

 

「……う、うむ。まぁこんな感じだな」

 

 箒が言うなら間違いないな!

 いや、マジでウチの選択肢が迷惑かけてすんません。

 

 

【お返しに俺の武を見せてやる】

【お返しに日本の文化を見せてやる】

 

 

 ちょこちょこ俺を暴れさせようとするのヤメてほしいんだけど。好戦的なキャラ付けとか求めてないから。ラブコメにバイオレンス要素はフヨウラ!

 

 そういやギャラクシーも言ってたっけ。この学園に来たのは、文化交流も含まれているって。これは渡りに船じゃないか。

 よし、日本の誇れる文化を教えてやるぜ!

 

 

【HENTAI文化を今すぐ教える】

【HENTAI文化は後日に教える】

 

 

 絶対に教える系ヤメてよぉ!

 遅いか早いかの違いだろぉ!

 

 後に決まってんだろバカ! 嫌な事を先延ばしして何が悪いか! というかほぼ初対面な関係で教えられる訳ないだろアホ! 仲良くなってからでもキツいわ! 

 

 教えるまでにクッソ仲良くなってやる…! 教えても『日本は未来に生きてるのですね』って苦笑いで済ましてくれる仲にならねば…!

 

 よし、もう切り替えよう!

 とにかく、今からは普通の! 普通の日本の文化を教えるのだ!

 

「ギャラクシーは茶道に興味はないか?」

 

「茶道、ですか? どうして急に?」

 

「ヨガの体験をさせてくれたお礼だ。あと、文化交流だな」

 

 茶道部なら千冬さんも居るしな!

 恐れるものは何もない!

 

「文化交流……ええ、興味あります」

 

「よし、なら今から茶道部に行くぞ。一緒に体験しようぜ」

 

「い、今からですか?」

 

「ふむ……思い立ったが吉日、だな?」

 

 いいアシストしてくれますねぇ!

 

 というか絶対に拒否させねぇからな。断られたら、強制的にHENTAI文化紹介へ移行させられる気配がプンプンなんだよ。

 

「分かりました。では、共に行かせてもらいます」

 

 やったぜ。

 なら茶道部に行くぜ!

 





ならサ店に行くぜ!


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第77話 茶道部


お茶にごす、というお話。



 

 

 やってきました、茶道部!

 別に喧嘩売りに来た訳でも、偵察しに来た訳でもなし。

 

 元気良くいこう!

 とはいえ、俺が先頭を切ると「ひゃぁぁぁ」祭りになるからな。

 

「箒、ギャラクシー。先に入ってくれ」

 

「うむ」

 

「……? 分かりました」

 

 という訳で、イクンダー。

 箒が部室の扉を控えめにノックして開ける。

 

「えっと……失礼します」

 

「失礼します」

 

 箒とギャラクシーが入っていく。

 

「あら、入部希望者かしら!?」

 

「しかも2人もですよ、副部長! もちろん、体験でも大歓迎するよ!」

 

 おぉ、歓迎ムード全開である!

 俺もツヅクゾー。

 

 元気よくいこう!

 

「こんにちは!」

 

「「「 ひゃあああああッ!? 」」」

 

 うん、まぁ…先頭を譲っても結局ヒャられるんだけどね。もう割と出オチ感覚になってるから、そんなに俺も気にしないけどね。

 

 ハッ……まさか俺が2~4組に行かされ続けていたのは、ヒャられ耐性を付けるためだった…? 選択肢はそこまで見通して……ってないない。アホの選択肢がそんな有能な訳ねぇよHAHAHA!

 

「え、えっと……ちょ、ちょっと待ってね!」(緊急作戦会議! 隅っこに集まりなさい!)

 

(はい!)

(は、はい!)

 

 何か茶道部っぽい3人が、隅っこに固まってお話を始めた。というか千冬さんはまだ来てないんだな。うむむ……行く前にメールでもしてりゃ良かったかな。

 

 

(ちょっとちょっとちょっと! あれってアレなの!?)

(アレです! 間違いないであります!)

(ニュースで観た顔と一致するし間違いないかと…)

(あれが最狂、最悪、最強の男。主車旋焚玖…!)

(ふ、副部長! 私、怖いであります!)

(ふぇぇ……副部長ぉ~…!)

(くっ…! 部長も織斑先生も居ない今、私がアナタ達を守るわ!)

(キュン♥)

(キュンキュン♥)

 

 

 長いなぁ……何の会議してんだろ。

 無駄に恐れられる事に定評のある俺はもう慣れたけど、今回は箒とギャラクシーも居る訳だし。流石にこの2人まで巻き込むのは俺も忍びない。軽く声を掛けてみようか。

 

 

【3人はどういう集まりなんだっけ?】

【何やってんだよお前ら、俺も仲間に入れてくれよ~】

 

 

 【下】はなんかねっとりしてるから嫌だ。

 というか、俺が話に入っても付いていける訳ないだろ。

 

「3人はどういう集まりなんだっけ?」

 

「ひぇっ……さ、茶道部よ」

 

 当たり前だよなぁ?

 何で当たり前な事をわざわざ聞かせるのか。

 

 まぁでも、これで展開は進んだな。

 

「え、えっと……私は慎大寺。茶道部の副部長よ。あなた達は体験に来たのかしら?」

 

「はい」

 

「そう……なら、まずは茶道の挨拶からしてもらう事になるわ」

 

 む……挨拶とな?

 まったり茶を飲む会と思いきや、けっこう本格的なモンの気配がするぞ。

 

「飯倉さん、『真』の見本をお願い」

 

「はい!」(な、なるほど…! 副部長の狙いが分かりました!)

 

 飯倉さんと呼ばれた人が、副部長さんの前で跪き、両手を畳につけて深々と頭を下げた。

 

 うむ……これは何と言うか、アレに似てるな。いや、とても礼儀正しいお辞儀だな。

 

「な、なんと…! これがジャパニーズDOGEZAデスカ!?」

 

 言っちゃった。

 心の中でも俺は自重してたのに、ギャラクシーが言っちゃった。

 

 あと、さっきまで割とペラペラ日本語しゃべってたのに、急にエセ外国人っぽくなるのヤメてくれませんかね、笑っちゃうから。

 

「茶道には3つの礼の仕方があるの。『真』『行』『草』。飯倉さんがしたのは一番丁寧な挨拶なの」

 

 ほぇ~、雑学には自信のある旋焚玖さんも初めて知ったぜ。これは勉強になるな!

 

「茶道とは、礼に始まり礼に終わるもの。ウチの部では必ず『真』をしてもらうの。さぁ、主車君からやってみせて」

 

(うふふふ! ふふふのふ! 大層な言い方してるけど、こんなモンただの土下座よ土下座! 留学生っぽい褐色美女ちゃん、君の言う通りよ! さぁどう!? 男が女に土下座なんてカッコ悪くて出来ないでしょ!?)

(さ、流石は副部長! 男子ならプライドが邪魔して嫌がる事間違いなし!)

(そして此処から立ち去るんですね、分かります!)

 

「アッハイ」

 

「「「 !!? 」」」

 

 すっと跪き、すっと両手をつき、お、手のひらに伝わる畳の感触がいいね! フカブカーっと頭を副部長さんに下げる。

 

(((躊躇いなく土下座ったー!?)))

 

「しゅごいです主車さん! お見事なジャパニーズDOGEZAデス!!」

 

「フッ……旋焚玖は武道やってるからな」

 

 お、そうだな。

 まぁこう見えても俺、けっこう土下座してるしな。ところどころで頭下げてるし。今更何を躊躇う事があろうか、いやない(王者の気風)

 

「……見事な『真』と言わざるを得ないわ」(悔しいけど、型がピシッと決まってるわ…! 流石に難癖を付けてまで追い返すのは人として違うと思うし……むむぅ…どうしたものかしら)

 

 やったぜ。

 やはり誰かに勘違い無しで褒められるのは気持ちがいい(恍惚)

 

「あなた達も、その、『真』やってみる?」(この男だけにさせて他の2人にさせないのはあまりに露骨…! あまりに不自然…! 申し訳ないけど、やってもらわなくちゃ)

 

「はい」(旋焚玖がして私がしない訳にはいくまい。それにこれはお辞儀なのだ。なら武を嗜む私にとっても有意義なモノに違いない)

 

 これまた見事な土下…お辞儀を箒が披露する。

 

「箒さんも美しいDOGEZA…!」

 

 茶道部がツっこまないなら俺も絶対に訂正しないもんね。というか、心なしかギャラクシーの目がキラキラしているような。

 

 ああ、そうか。

 これもギャラクシーにとっちゃ異文化交流の枠に入ってんのか。

 

「箒も武道やってるからな」

 

「なるほど!」

 

 力強い頷きである。

 ウキウキしているのが伝わってくるのである。

 

「ふふ、次はヴィシュヌの番だぞ」

 

 というか、お前らいつの間に名前で呼び合うようになったんだ。鈴といい、意外と箒と波長が合う女子って多いんだな。いいじゃないか、そのまま友達100人作っちまいな!

 

「副部長さん」

 

「な、なにかしら?」

 

「ギャラクシーは留学生なので、出来ればやり方を教えてあげてほしいです」

 

「そうね、分かったわ」(むむむ……悪の形容すべて当たる男だってwikikipediaに書いてあったけど、意外と優しかったりするのかしら…? いえ、騙されてはダメよ私! ニュースも観たじゃない! 暴れん坊将軍より暴れていたあの映像を! とは言え、この2人に罪はないわ。ちゃんとこの子にも教えてあげないと)

 

「えっと、じゃあ……あ、ヴィシュヌさんって呼ばせてもらうわね。まずは腰を下ろしてから―――」

 

「ふんふむ、ふんふむ…!」

 

 『真』の挨拶を手取り足取り教えてもらうギャラクシー。その表情はかなり真剣である。これでギャラクシーの内面調査に、真面目さも加わった訳だな。

 

「両手を膝の前に下ろして、手のひらを全部畳に付けるの」

 

「なるほど…! こうですね! そして、こうですね!」

 

 ガババッと頭を下げるギャラクシーさん。

 

 い、勢いのあるお辞儀だぁ。

 お辞儀って、もっとこう、厳粛なイメージがあったが。ギャラクシーのやったお辞儀からは、何やらスポーティーな熱さを感じるぜ。

 

「ええ、素晴らしいわよヴィシュヌさん」

 

「えへへ、やりました!」

 

 可愛い。

 

「うむ。見事なお辞儀っぷりだったぞ、ヴィシュヌ」

 

「オジギ? DOGEZAとは違うのですか?」

 

 形は似ていても意味合いは違ってくるだろう。土下座にはひれ伏すって意味もあるからな。確かお辞儀にはなかった気がする。

 

「むむぅ……日本の文化は難しいのですね」

 

「ふふ、そうかもしれんな」

 

 よし、挨拶も合格?したっぽいし、ンまいお茶を淹れてくれい!

 

「先に注意しておくわね。私達が此処で行っている活動は、お気楽にお茶を飲んでキャッキャする女子会ではないの」(ホントはお気楽にお茶を飲んで、お菓子も食べてキャッキャしてるだけなんだけど。たまに顔を出してくれる織斑先生も「ンまい」とか言ってくれてるし)

 

 何やら真剣な表情である。

 まぁ同好会ではなく部として活動してるもんな。やるなら真面目にやってくれって事か?

 

「IS学園は知っての通り、ほぼ女子校よ。茶道部だって当然部員は女子ばかり。そこに軽い気持ちで男子に入られると、やっぱり困るのよ」(可愛い部員たちがこの野獣に喰われちゃうかもしれないし…! そんな事はさせないわ! 茶道部は私が守るッ!)

 

「む……」

 

 なるほど、一理ある。

 むしろ言って然るべきだ。

 

 1組にはだいぶ馴染めたものの、本質的にIS学園での俺の評価なんざ、まだまだうんちに決まっている。そんなうんちがいきなり来て、警戒されない訳がないか。

 

 副部長たちの警戒を解くには…?

 

 

【俺のアバ茶を淹れてやる】

【俺の凄さを魅せつける】

 

 

 アバ茶てお前それしょんべんじゃねぇか!

 

 最近ちょっと下ネタ多いんだよこのヤロウ! あれかそういう年頃か!? 副部長さんに「いただきます」言わせて「ヌルイから飲むのはイヤか?」って畳み掛けたい年頃か! 

 

 くそっ、またまた魅せてやる! 最近恒例になりつつある俺の凄さを魅せつけてやるぜ! お茶的に!

 

「緑茶」

 

「……へ?」

 

「白茶、黄茶、青茶、紅茶、黒茶。国によって茶は違う。ちなみに中国茶ではこの6種類で区別されている」

 

「へ、へぇ……」(な……まるで歌を詠むようにスラスラと…! まさかこの子はお茶博士だったりするの!?)

 

「中国から日本に茶が伝わったのは最澄がきっかけだと一般的には言われている。唐からの帰国時に茶の種子を持ち帰って来たとからしい」

 

「……そうなんだ」

 

 どうだ、お茶的な知識が凄いだろ?(どやぁ)

 挨拶の雑学じゃあ後れを取っちまったが、お茶なら俺も戦えるぜ! 

 

 ふふふ、ンまい玉露でも淹れてみせようか? 番茶も煎茶もほうじ茶も発酵はしてないけど、どれもウマい(克己)

 

「確かに俺は茶道は初心者だ。だが、お茶は好きなんだ。それでも体験すらさせてもらえないのですか?」

 

 どうだオラァッ!!

 俺の口先は変幻自在! 

 

 いい感じの流れを作るのは得意なんだよ! 

 

「……負けたわ。茶道部の体験、楽しんでいってちょうだい」(wikikipediaに載ってあったような、ただの凶人じゃないのね。怖くて知識も豊富。さらに話術も巧みときている……わ、分かったわ、この子はインテリヤクザなのよ! 無理無理、私じゃ無理。もう普通に体験してもらおう。いよいよヤバくなったら織斑先生呼べばいいしね)

 

 やったぜ。

 これでちゃんと体験させてもらえるぜ。既にもう俺は疲れてるけど、それもいつも通りなんだぜ。慣れちまった自分が切ないぜ。

 

「フッ……またもや道を切り開いてみせたか。流石だ」(塩対応にも臨機応変に言いくるめてしまう柔軟性…! 篠ノ之の苗字を持つ私も、旋焚玖のこういうところは学ばねばならんな)

 

 よく分からんけど、褒めてくれてるのかな。サスガダァ…とか言ってるし。

 

「………………」(入学前にタイでも放送された主車さんのニュース、加えて学園内に流れる彼の黒い噂。そして箒さんの先ほどの言葉……なるほど、何となく理解できた。彼はどこでもこういう対応をされているのね……)

 

 む……ギャラクシーがこっちを見ている! 

 見ているというか視ているな貴様! 

 

 なんでぇ?

 

「………………」(実際、私も彼と交流を持つまでは警戒していた。怖い噂ばかりだし。でもそれは、浅はかだったのかもしれないわ。誰かの評価で語るより、自分の眼で見て決めろってママーも言ってたっけ……よし!)

 

 おや、何やらギャラクシーの瞳に決意が宿ったように見えまする。というか、あまり見つめないでいただきたいでござる。正直、そんなに親しくない美女から見つめられても、挙動不審にならないように心掛けるので精いっぱいでござる。

 

「主車さん!」

 

 

【気やすく呼ぶな】

【名前で呼んでくれるまでぷいってしてつーんってする】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「……………ぷいっ」

 

「……おい、どうした旋焚玖、急にヴィシュヌから顔を背けて」

 

「え、主車さん?」

 

 フッ…。

 

「……………つーん」

 

 我ながらキモいぜ。

 絶妙にキモいぜ。

 

 何より、アホの選択肢ワールドを目の当たりにした、茶道部さん達の何とも言えないポカンとした視線が痛いんだぜ。結構痛いんだぜ。

 

 頼むから何とか察してくれ!

 

「いや、つーんてお前……」(いったい何に対して拗ねているのか。しかし、つーんってしている旋焚玖……ありだな!)

 

箒的にはありだった!(朗報)

 

「えっと……ど、どうしましょう?」(私、何か気に障るようなこと言ったかしら…?)

 

「むむぅ……せめて何に対して拗ねているのか分かれば、やり様もあるのだが……これは正直困ったな。一夏を呼んだ方がいいか…?」(しかし、今の一夏は来たる対抗戦に向けて練習を行っている真っ最中だ。わざわざ呼ぶのは気が引けるし……むぅ…)

 

 そ、そうだ!

 一夏を呼んでくれ!

 アイツならきっと解ってくれる筈だ!

 

 

「その必要はない」

 

 

「「「「 !!? 」」」」

 

 聞き慣れた凛とした声。

 背中からでも伝わってくる強者の気配。

 

 振り向いた先に立っていたのは……――。

 

「待たせたな」

 

 

 和菓子セットを抱えた千冬さんだった!

 

 





ヒューッ!



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第78話 お茶にごす

オウどこの組のモンや、というお話。



 

 

「待たせたな」

 

 ち、千冬さんだぁ!

 

 世界で最も頼りになるのは誰か?

 そう問われたら、真っ先に俺の頭に思い浮かぶであろう最強の助っ人。最強のガーディアンフォースのご到来である! 

 

 勝ったな、もう何も怖くない!

 

「慎大寺」

 

「は、はい!」

 

「今日のお菓子はコレでいこう」

 

 クールな眼差しで和菓子セットな箱を副部長さんに手渡す千冬さん。顧問がお菓子を持参するのか(困惑)

 

 いや、別に俺は今更驚く事でもないか。

 クールなビューティーで名を馳せる千冬さんだが、ぶっちゃけ内面は割とお茶目なお姉さんだからな。よく分からんギャグとか言うし。一夏のオヤジギャグ好きも、きっと千冬さんに影響されたんだろうよ。

 

 そして、茶道部さん達がお茶を用意し始める。

 やっぱり女子会じゃないか! お茶とお菓子を楽しむ気満々じゃないか!

 

 いや、今はそんな事はどうでもいい。

 へるーぷ。

 へるーぷですよ千冬さん。

 俺の呪縛を解いてくれ!

 

「で、いったい何に困っている、篠ノ之と……ふむ、お前は2組のヴィシュヌ・イサ・ギャラクシーだな?」

 

「は、はい!」(ただ前に立たれただけなのに、凄いプレッシャーを感じる…! これが世界最強の称号を持つブリュンヒルデのオーラなのね…!)

 

「あのですね、ヴィシュヌが旋焚玖に声を掛けたら、急に顔を背けるようになりまして」(千冬さんが茶道部の顧問だったのか。私は今知ったが、旋焚玖は知ってて茶道部を推したのかな)

 

「ふむ……ギャラクシー、もう一度主車に声を掛けてみてくれ」

 

「分かりました。えっと……主車さ~ん?」

 

「……ぷいっ」

 

 反射的に俺の顔は、誰も居ない所へぷいっと。

 しかし、そこには既に千冬さんが立っていた。ヒェッ……。

 

 恐ろしく速い回り込み。

 俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「……ふむ」(ぷいっとする旋焚玖の可愛さは既に5大陸に響き渡っている。今更私が加えて言及する必要はないな。そして、旋焚玖の瞳から察するに……)

 

 至上のアイコンタクトが交わされる。

 この瞬間がたまんねぇんだ!(蒼天)

 

「なるほど。どうやら主車はギャラクシーに名前で呼んでほしいらしい」

 

 やったぜ。

 流石は千冬さんだぜ。

 

「え、そうなのですか?」

 

 そうだよ。

 

「そうか、私もようやく分かった。私とヴィシュヌが名前で呼び合い始めたのに、自分だけは苗字呼びが続いて疎外感を感じていたんだろう。だが、それを直接言葉にして言うのは恥ずかしいから、あのような行動に出た、と」(ふふっ、可愛い奴め)

 

「……そうだったんですか」(私は無自覚に主車さんを傷つけていたのね。これは反省だわ…!)

 

 そうだったんですか。

 

 いや、うん、もうそれでいこう。

 どっちみち、俺はギャラクシーから名前を呼ばれない限り、自分の意思では動けないんだし。

 

「では、改めまして。えっと……旋焚玖さん?」

 

「……ぷいっ」

 

「な、何故!?」

 

 何故!?

 

「ふむ……お前達は同学年だ。おそらく『さん』付けは不要だと言っているな」

 

 な、なるほど。

 確かに【選択肢】には【名前で】ってなっていたな。流石は千冬さんだ。俺にも分からねぇ事を平然と分かってみせる。やっぱり頼もしすぎるぜ!

 

「なるほど。では、今度こそ。えーっと……旋焚玖?」

 

 

【馴れ馴れしいんじゃクルァァァァッ!!】

【さんを付けろよデコ助野郎!!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 山田せんせー!

 山田せんせー呼んでぇぇぇ!

 

「さんを付けろよデコ助野郎!!」

 

「はわっ…!? ひ、ひどいです! あ、でも、ぷいってしなくなりました!」(これは一歩前進と考えていいのかしら! あれ…? 何か喜ぶポイントがおかしいような……むむむ、これが主車さ…いえ、旋焚玖という人物なのかもしれないわ…!)

 

 くそっ、ダメだ、ネタを分かってくれる山田先生が居ないと、単に俺は暴言を吐いた事になっちまう! 

 ここは謝った方が得策か!? そうだ、ギャラクシーもウキウキになる程のDOGEZAを披露してやれば許してくれるかも!

 

「フッ……これはコイツの照れ隠しだ。許してやれ」

 

 千冬さんに頭をワシャワシャされる。

 一夏にもされた事ないのに!

 

「……そうなんですか?」

 

 土下座回避ルートまで構築してくれる千冬さんが素敵すぎるぜ! この流れに乗らんでいつ乗るんでぃ! 

 

「ああ。いきなり大きな声をあげてすまなかった」

 

 それでも頭は下げておこう。

 

「あ、いえ、では私の事もヴィシュヌでいいですから」

 

 やったぜ。

 気付けば何故か褐色美女と名前で呼び合えるようになっていたぜ。セシリア、箒に続いてこれで3人目か。とても嬉しいのである!

 

 身体の自由も完全に戻ったし。

 これにて解呪ノ儀、成功!

 

 

 

 

「私も自己紹介しておこうか。茶道部の顧問を務めている織斑千冬だ。今日は体験に来たらしいな?」

 

「後はヴィシュヌに日本の文化を知ってもらうためっていうのもあります」

 

 と、付け足しておこう。

 

「ふむ……」(小学時代には鈴と。そしてIS学園に入ってから既にオルコットとギャラクシーか。ずいぶんグローバルコミュニケーションに邁進しているじゃないか、旋焚玖よ。やはりコイツの大器は日本では狭すぎるという事か)

 

 千冬さんから仰々しい勘違いの気配がするのは、きっと気のせいじゃないんだ。もう慣れたよ(完全なる飼育)

 

「では、ギャラクシー。あの掛け軸に書かれてある文字は何と読むと思う?」

 

「えっと……あっ、いっきいっかいですね! 日本にはそういう会があるって聞いた事があります!」

 

 ありますねぇ!

 怖いお兄さん達の顔が思い浮かびますねぇ!

 

「旋焚玖も入ってるんですか?」

 

 入る訳ないだろ!

 俺はカタギじゃい!

 

 というか、それ『いっきいっかい』じゃなくて一期一会(いちごいちえ)だからな。変に誤解されても嫌だし、普通に訂正しておこう。

 

 

【東城会】

【恒例の家族紹介でお茶を濁す。茶道部なだけに(極上のダジャレ)】

 

 

 遅かったぁーい!

 ヴィシュヌが間違えた時点で訂正してやるべきだった…! くそっ、今のは完全に俺の怠慢だ! 名前で呼ばれて浮かれちまってたのかもしれねぇ…!

 

 【上】は絶対にダメだろ、ガチなヤツじゃねぇか! カタギだツってんだろ! 4代目とはカラオケ友達なだけです!

 

「フッ……モノを知らないってのは悲しいねェ…」

 

「えっ?」(ま、また旋焚玖の奇妙な言動が始まる予感…! でも、それを何故か少し期待している私が居る…? 好奇心を突かれるとは、こういう気分なのかしら。タイでもこんな男の人は居なかったし)

 

 0.02ミリたりとも面白くないアホの選択肢のダジャレは置いておくとして。

 ここは確かに長々と話してお茶を濁すに限るな。茶道部なだけに。ふふ……ハッ…!?(即堕ち2コマ)

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は北斗神拳の使い手だしよ。オメェみてぇなさ…ッ…」

 

 三下は普通にイカンでしょ(第14話参照)

 さ……さ……さに続く不自然ではない言葉…! 

 

「さ…?」

 

「さしすせそ」

 

「は?」

 

 や、やめて!

 何言ってだコイツみたいな目で俺を見ないで!

 

 くっ、怯んでなるものか! 

 俺のアドリブ力はここからだ!

 

「料理の『さしすせそ』」

 

「料理の?」

 

「「 料理の? 」」

 

 日本人じゃないヴィシュヌが首を傾げるのは分かるが、箒と千冬さんまで首を傾げるのか(困惑)

 

「調味料を入れる順番の略称だな。これも日本文化の一つだぜ?」

 

「な、なるほど、そうでしたか! 続きをお願いします!」

 

 やったぜ。

 我、ヴィシュヌの関心を操作する事に成功ス!

 

「『さ』は砂糖、『し』は塩、『す』は酢、『せ』はしょうゆ、『そ』は味噌。それで『さしすせそ』って訳だな」

 

「……まぁ基本だな」(糸より細い声)

 

「……基本ですよね」(消えそうな声)

 

 知らなかったのバレバレじゃねぇか!

 似た者同士か!

 

「ちょっと待ってください、旋焚玖。味噌の『そ』はまだ分かりますが、どうして『せ』でしょうゆなんですか?」

 

 よしよし、いい質問をしてくれた。

 

「『しょうゆ』は旧仮名遣いで『せうゆ』と書くんだ」

 

「キューカナヅカイ?」

 

「それについては、これから古典の授業でしっかり学んでいけばいいさ。日本の文化を知りたいなら、古典は真面目に受けていて損はないと思う」

 

「ふむぅ……旋焚玖は物知りなのですね!」

 

「ま、多少はな」

 

 よし、画竜点睛を欠く事なく仕上げられたぜ! 我ながら会心のアドリブである! とても疲れたのである! お茶が五臓六腑に染み渡るのである!

 

 さて、いち段落着いたし、一期一会は『いちごいちえ』って読むのも教えてやらないとな。

 

「それで、旋焚玖はどんな会に入ってるんですか?」

 

 あ、アカン!(本能察知)

 この流れでそのループな問いはアカン!

 

 

【東城会】

【ヨガ同好会】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

結果。

旋焚玖はヨガ同好会に入る事に。

身体の硬さを気にする箒も一緒に入る事に。

「それなら私も」と千冬が顧問を掛け持つ事に。

 

なお、後に『文化交流会』に名前が変わる模様。

 

 





千冬:それなら私も(ブリュンヒルデ理論)

次回からクラス対抗戦です。
旋焚玖は出場しないので描写は薄いです(ネタバレ)


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第79話 クラス対抗戦・序章


お手紙届いた、というお話。



 

 

 本日は待ちに待ったクラス対抗戦である。

 俺が出場する訳じゃないから、待ちに待ったと表現できるのである。

 

 まぁ午前中は普通に授業があるんだけどね。対抗戦はお昼を挟んだ午後からである。

 

 しかしいい天気だ。

 絶好の対抗戦日和ってヤツだな。

 

「いってきます」 

 

 俺の城シュプールを出て学園に向かう。

 気ままな独り暮らしってのは大変ありがたいのだが、学園まで少し距離があるのだけは難点だったりする。

 

 道すがら暇なので、ここ最近にあった事でも振り返りながら登校するのも一興かもしれない。とは言え、がっつり回想を楽しめる距離でもないしなぁ。

 

 よし、ここは俺の俺による皆のためのダイジェストだ!

 

 

 

 

『俺はヨガ同好会に入った』

 

『私もヨガ同好会に入った。ちなみに千冬さんが顧問になった』

 

『旋焚玖と箒が入って千冬姉が顧問なら俺も入るぜ!』

 

『旋焚玖と箒と一夏が入って千冬さんが顧問ならあたしも入るわ!』

 

『旋焚玖さんと箒さんと一夏さんと鈴さんが入って織斑先生が顧問でしたらわたくしも入りますわ!』

 

 一夏と鈴とセシリアがヨガ同好会の一員となった!

 次はヴィシュヌに入会の許可を得よう!

 

『『『 お願いします! 』』』

 

『あ、いいですよ』

 

 ヴィシュヌは二つ返事で快諾してくれた!

 やったぜ!

 

『ヨガはただの趣味ですが、私の一番は他国の方々と交流したい、ですからね』

 

 そういう事で名前も変わった!

 俺たちは今日から『文化交流会』だ!

 

 

 

 

 旋焚玖さんと愉快な仲間達を中心としたダイジェスト回想終わり。

 

 もう俺たちの間で、クラス対抗戦に向けての視察云々は完全に消え失せ、普通にヴィシュヌと仲良くなっただけなのである!

 

 現に一夏はヴィシュヌにIS戦術の話は一切聞かなかった。「当日は正々堂々勝負しよう」とヴィシュヌに言うのみだった。誠に漢である!

 

 ヴィシュヌも一夏の言葉の意図を解し、自らISの話を振る事も聞く事もしなかった。誠に美人である!

 

「……っと、学園に着いたな」

 

 下駄箱を開いて上靴を……むぁ?

 中に何やらピンク色の便箋が入っている。そして、ハート型のシールが開封するところに貼ってある……だと……?

 

 こ、これはまさか……!

 ら、ら、ら、ラブレターというモノではなかろうか。

 

「……ッ!」

 

 

そして少年は風になった。

 

 

 

 

目にも止まらぬ神速の上をいく、目にも映らぬ超神速で男子トイレの個室に入った旋焚玖。ごくりと喉を鳴らし、いざ……ラブレターを開封…!

 

 

『やったわ☆ 投稿者:変態糞娘』

 

 

「……?」

 

 

『昨日の8月15日にいつもの有権者のお嬢様(17歳)と先日メールくれた汚れ好きのガテン系のおねーさま(22歳)とわたくし(13歳)の3人で県北にある川の土手の下で盛りあいましたわ』

 

 

「……?」

 

 

『……――やっぱり大勢で黄金まみれになると最高ですわ。こんな、変態娘と黄金あそびしませんこと。はあぁ~~早く黄金まみれになりませんこと(原文)』

 

 

「……原文?」

 

 

『追伸 あなたをお慕いしています。本日、13時に屋上でお待ちしています』

 

 

「!!!!!!!!!!!」

 

 やっぱりラブレターじゃないか!

 この世の春が来たぞコラァッ!!

 

 13時に屋上だな!

 行きますよー! 行く行く!……あれ、でもちょっと待って。13時って言えば、確か一夏の試合じゃなかったか?

 

 

【恋は友情よりも重い。一夏なんか知らん】

【友情は恋よりも重い。ラブレターなんか知らん(一夏ルート】

【折衷案。一夏にちゃんと話して許可を得る】

 

 

 一夏ルートって何ですか?

 

 





序章(短文)



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第80話 屋上にて


お悩み相談室(野外)というお話。



 

 

 

「どうしたんだ、旋焚玖? 相談したい事があるって」

 

 朝のホームルームが終わり、俺と一夏は屋上まで来ていた。先の【選択肢】で俺が選んだのは一番下だった。

 

 【恋は友情よりも重い】には頷けるが【一夏なんか知らん】は流石にいただけない。却下である。

 【友情は恋よりも重い】は時として頷く事は出来るが【ラブレターなんか知らん】は絶対に頷けないし頷かない。天変地異が起ころうとも頷く事はしない。我、人に背くとも、人、我に背かせじ(曹操)

 

 そもそも【一夏ルート】がイミフすぎる。

 仮に真ん中を選んだら、俺のハイスクールライフは麗しい恋人達に彩られる事なく、ただ一夏と青春謳歌する3年間になりそうな気配がプンプンするぜ。ディオ以上にプンプンするぜ。

 

 それはそれで楽しそうだが、果たしてそこに愛はあるのかい?(吟遊詩人)

 

 アホの選択肢に続き、ヤバい未来まで背負わされた俺が高校生活に求むるは愛だよ愛、ラブ&ピース! 

 

 故に選ぶは一番下也。

 これぞ取捨選択、俺主車旋焚玖(韻踏みビート)

 

 

【ラブレターをがっつり見せる】

【ラブレターをチラチラ見せる】

 

 

 ふむぅ……【がっつり】はアレだな。

 これ見よがしにと言うか、ラブレターを貰って俺が舞い上がっていると思われてしまうやもしれん。ウッキウキな気持ちがバレるのは、相手が一夏であっても、いささか恥ずかしい。

 

 ここは何気なしに見せよう。

 

「ああ、実はな……」

 

 腕を組み、隙間から手紙をチラリ。

 

「ん?」

 

「まぁ、なんだ、今日はいい天気だ」

 

 チラチラチラリ、チラリズム。

 

「んんん?」

 

 よしよし、作戦が功を成したな。

 一夏もチラチラ見てるし、これで自然に話を持っていける。

 

「お前さっきからコレのことチラチラ見てただろ?」

 

「ああ、何だその便箋は……手紙?」

 

「ウソつけ絶対見てたゾ」

 

「いやだから見てるって! 気になって仕方ねぇよ!」

 

 あ、そっかぁ。

 いや、流石は一夏だ。

 これまで確固たる地位を築き上げてきたテンプレの流れに逆らえるとは……やはり織斑の血は格別、ただただ強い。

 

「実はな、こんなモンが下駄箱に入っていたんだ」

 

 一夏にラブレターを渡す。

 

「えーっと、なになに……やったわ☆ 変態糞娘…?」

 

「一番下の追伸から読んでくれ」

 

「分かった。えーっと……追伸、あなたをお慕いしています。本日、13時に屋上でお待ちしています…? お、おい、旋焚玖! これって恋文じゃないか!」

 

 恋文!?

 古風な表現してみせるじゃねぇかこのヤロウ! お前なかなか良いセンスしてやがるなこのヤロウ!

 

「……まぁ、そういう事になるな」

 

「はははっ! やっぱりな! 旋焚玖がイイ男ってのはずっと一緒に居る俺が一番知ってるからな! やっと見る目のある女子が現れたんだ! へへっ、嬉しいぜ!」

 

「フッ……とうとう、俺に追いついたらしい」

 

「え、何がだ?」

 

「……時代が、な」(キメ顔)

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「イエーッ! 俺、イエーッ!!」

 

 青空の下で交わすハイタッチ! 何と気持ちのいい事か! 気持ちがいい! いい音を奏でてしまいましたよ、俺たち!

 

「はははっ! なんだよぅ♪ 舞い上がってんのか旋焚玖ぅ!」

 

「うわははは! よせやい、そんな事ねぇよ、うわははは!」

 

 舞い上がっちゃってますねぇ、私!(さやか)

 

 っとと、浮かれて本題を見失ってはいかん。一夏に自慢するのが目的ではないのである。ちゃんと大事な事を言っておかないとな。

 

「ただな、一夏。1つだけ問題がある。手紙に指定された時間だ」

 

「時間?……ああ、今日の13時か。あっ……俺とヴィシュヌの試合と同じ時間だ」

 

 そうだよ。

 友の試合を観に行かず、恋に走る俺を許してくれ。

 

「すまんな、一夏。今回ばかりは、こっちを優先させてほしい」

 

 手紙をフリフリする。

 

「当たり前だろ? むしろ何遠慮してんだよ、旋焚玖!」

 

 やったぜ。

 これで心のつっかえも取れた! つっかえ!(意味違い)

 

 むふふ、一夏とヴィシュヌの試合を途中から彼女と観に行く未来が見える見える。俺は恋の凱旋、一夏は勝利の凱旋ってなったらいいよなぁ。

 

「ちなみに、どうだ? ヴィシュヌには勝てそうか?」

 

「絶対勝てないゾ」

 

「うわはははは! だからその顔やめろや!」

 

 ヨガ同好会改め、文化交流会に入ってからも、引き続き一夏はセシリアと鈴とISの特訓を行っていたらしいが。いまいち手応えはなかったのか?

 

「お前にはアレがあるだろ。【零落白夜】だっけか?」

 

「ああ、それは封印する事にしたんだ」

 

 む…?

 

「千冬姉がさ、公式戦で【零落白夜】を使ったのは一回きりなんだ」

 

 

織斑千冬。

通称、羅刹姫。

世界最強の称号を持つ羅刹姫伝説は今でも語り草になっている。その伝説の一つに【ワンオフ・アビリティ】の使用を自ら制限、己の剣技のみで勝ち続けたというモノがある。唯一【零落白夜】を発動したのが、第一回『モンドグロッソ』決勝戦だった。

 

 

「俺、千冬姉に聞いたんだ。どうして制限してたのかって」

 

 一夏の話ではこうだ。

 どうやら【零落白夜】ってヤツは、ISのバリアを無効化するだけでなく、相手の人体にまで大きな損傷を与えてしまう可能性があるらしい。

 

 なるほど、それを危惧して千冬さんは使わなかったと。確かに千冬さんの聞いちまったら、スポーツ競技で使うのは躊躇うわな。ISの試合は喧嘩じゃないんだし。

 

「千冬姉曰く【零落白夜】の出力を抑えたら大丈夫らしい。でもさ、それを特訓中に試してみたんだけど、出力を抑えても【白式】のシールドエネルギーの消耗っぷりはあんま変わんなくてさ。すぐにガス欠になっちまったよ」

 

 なんてこったい。

 攻撃にフル特化しすぎだろ。

 

「だから俺も一旦、千冬姉みたいに剣技だけでやっていこうと思うんだ」

 

「ああ、いいんじゃないか。俺たちはまだ1年だし、いろいろと試行錯誤すればいいさ」

 

「おう!……それでさ、昨日も剣一本でセシリアと鈴と試合したんだけど……」

 

 Oh……皆まで言わずとも伝わってくる。言葉が尻すぼみになっていくのがまた、良い感じに哀愁を漂わせるぜ。一言で表すと、フルボッコにされたんだな。

 

 まぁ俺たちはIS初心者で、セシリアと鈴はバリバリ代表候補生だもんよ。それに【零落白夜】縛りまでして、そうそう上手くいく筈はないか。

 

「セシリアと鈴は代表候補生。ヴィシュヌも代表候補生。実力は同等だと思う。鈴たちにポコポコにされた俺。よってヴィシュヌにもポコポコにされるのである」

 

 ポコポコにされるのか(困惑)

 ボコボコじゃなくてまだマシだと思った(小並感)

 

 しかし一夏がQ.E.D.るとは……。

 それくらいナーバスになっているんだな。

 

「でもよ、悲観はしてねぇぜ」

 

「む…?」

 

「もともと俺は初心者で相手は格上ときている。それでこそ挑戦のし甲斐があるってモンだ!」

 

「……そうだな」

 

 活を入れるまでもなかったか。

 流石は一夏だ。

 コイツの折れない心は俺も見習わなきゃな。

 

「しかし、旋焚玖に恋文かぁ」

 

 お、その話に戻っちゃう?

 戻っちゃいますぅ~?

 

「俺も1回くらい貰ってみたいなぁ」

 

「お、そうだな」(鼻ほじほじ)

 

 これについては何も言うまい。

 向けられた好意に対する一夏の鈍感さは凄まじいからな。それは思春期真っ盛りな少年少女が集う中学時代によく分かったさ。

 

 故に何も言うまい。

 少なくとも俺が童貞であるウチは絶対に指摘しない。絶対にだ。俺より先に卒業なんてさせると思うなよ?

 

 童貞道。

 みんなで渡れば

 怖くない。

 

 みんな(俺、一夏、弾)である!

 

「よし、そろそろ教室に戻ろうか」

 

「おう!」

 

 

 

 

午前中、一夏以外にバレないよう、努めて自然体で過ごしていた旋焚玖。そして午前の授業も全て終わり、午後からはアリーナにてクラス対抗戦が行われる。

 

1組の面々が観戦のためアリーナへ向かう中、旋焚玖がふと口を開いた。

 

「少し用事があるから、先に行っててくれ」

 

「分かった」

 

「んもう、早く来なさいよね!」

 

既に対旋焚玖好感度MAXな箒と鈴は、旋焚玖の言葉を疑う事なく頷いてみせた。

 

「……ふむ」(一夏さんとヴィシュヌさんの試合よりも大切な用事とは一体…?)

 

箒たちから背を向けて離れていく旋焚玖を、目で追いかける一人の少女あり。

旋焚玖に対し『まぁどうしてもとお願いするのなら、恋人になってあげてもよろしくてよ?』レベルな好感度を持つセシリアは、箒たちに比べてそこまでまだ盲目ではない。

 

こっそり旋焚玖の後を追うのであった。

 

 





(悲報)ウキウキ旋焚玖、追跡に気付かぬ痛恨のミス。


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第81話 旋焚玖、思い出すってよ


信じるか疑うか、というお話。



 

 

「2、3、5、7、11、13、17、19……」

 

 屋上まであと一歩。

 この扉を開いた先には、青空と謎の差出人が居るであろう。

 

「……3547、3557、3559」

 

 扉のノブを握る。

 後はそれを回して押すのみ。

 

「……ふぅ」

 

 今になって緊張してきた…! い、一夏に付いて来てもらっ…ダメだ、アイツは今から試合じゃないか!

 

 落ち着け、落ち着け俺。

 平常心だ。こういう時こそいつもの俺で居るんだ。待ちに待ったハーレムライフの第一歩がこの先にあるんだ! いまさら怖気づいてんじゃねぇぞ…!

 

「……すぅぅぅ……」

 

 力むな。

 逸るな。

 躊躇うな。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 初めて貰った恋のお手紙。

 挙動不審になって非モテがバレないように努めるべし。そして、相手がどんな子であっても、礼儀をもって接するべし。でも、出来れば可愛い子がいいですべし。

 

 

ゆっくりと、扉を開いた……――。

 

 

 青空の下、俺を待っていたのは……。

 

「……こんにちは」

 

「こんにちは。この手紙をくれたのは君か…?」

 

「はい」

 

 流れるような銀色の髪を風に靡かせる超絶美少女だった。超絶美少女だった。超絶美少女だったァ!!

 

 ふぉぉぉぉぉッ!!

 

 や、やったぞ一夏! 

 マジで俺にも春がきた! マジで恋する5秒前!

 

 

【喜びの舞いを踊る。ベルリンあたりのステップで】

【夢かどうか頬っぺたを抓る。目の前の子の頬っぺたを】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 他人の頬っぺた抓っても意味ねぇだろ! アホか! というか無理に決まってんだろ! アホか! 初対面でいきなり頬っぺた触ってくる男とかキモすぎるわ! むしろ怖すぎるわ!

 

 くそっ、くそっ!

 魅せればいいんだろ!? 

 舞えばいいんだろ!? 

 

 でもこれでドン引きされて「あ、やっぱり無しで」とか言われたらマジでお前呪うからな! 末代まで呪うからな!

 

「……ッ!」

 

 タンタタンタンとその場でリズミカルにステップを踏んでみせる。すまんがショートバージョンでお送りさせてくれ!

 

 

.

...

......

 

 

「……何ですか、今のは?」

 

「ベルリンあたりのステップ」

 

 自分でやってなんだが、ベルリンあたりのステップってなに? 何でちょっと曖昧にすんの? あたりって何だよあたりって。そら、この子もキョトンとするわ。キモッとか思われてないかな?

 

「……そうですか。今のが……」

 

 おや?

 感慨深く呟いた…?

 

 もしかしたらアレか?

 日本人には見えないし、意外にドイツ人だったりするのかもしれんな。「故郷にはそういうステップがあるのかぁ~」とか勘違いしてくれていいんですよ!

 

「……それで、お手紙の事なのですが」

 

 あ、スルーする感じ?

 それでも全然いいです、大歓迎です。

 

「お返事をお聞かせください」

 

「ああ、もちろん返事は……――」

 

 

【壁に耳あり障子に目あり。迂闊に言霊を響かせるな】

【いまさら疑うものか! 私はお前を信じる!!】

 

 

…………あ? 【上】の文がすっごい気になるんだけど。なんでそんなことわざが出てきてんの? え、誰か聞いてんの? いやいや、そんなアホな。

 それがホントなら俺が追跡されてたって事になるじゃないか。そんなモン俺が察知できない筈が……あ゛。

 

 浮かれてて気づいてなかった可能性…?

 ある。けっこうある。

 

 よし、ここは【上】だ。【下】? 

 【下】はアグリアスです。

 

 しかし、久しぶりにいい選択肢を出してくれたな。初心忘るべからず。疑心暗鬼に陥るのは愚の骨頂だが、慎重であるのは大事だ。特に俺の場合、それが処世術なのだから。

 

「…………………」

 

「……?」

 

 ふむ……ちゃんと閉めたつもりだったが、扉が薄っすら開いている? 確かに誰かが扉の向こうで聞き耳を立てていてもおかしくはない、か。

 仮に居たとして、問題は一体誰が、という事になってくる。名も知らぬモブならどうでもいいんだが、楽観的な予測は捨てた方が良いだろう。

 

 モブではない誰かが聞き耳を立てている。

 ここから先はそのつもりで臨め、旋焚玖…!

 

「その前に一つ。名前を聞いていいか?」

 

「……クロエ・クロニクルと申します」

 

 あらやだ、素敵なお名前。

 そして、箒たちと同じ色のリボンを付けているって事は。

 

「俺たちと同じ1年、でいいのか?」

 

「……はい」

 

 そうだ。

 コイツの制服姿は1年生。

 本人もそう言っている。

 

 何を疑う必要があるか。……と、さっきの【選択肢】が無かったらスルーしていたかもしれないな。今の俺はちと違う。

 

「何組だ?」

 

「…………………」

 

 すぐに答えはしない、か。

 

 クロエ・クロニクル。

 さっきも言ったが、コイツは超絶美女だ。セシリア、鈴、ヴィシュヌ、更識。代表候補生な彼女たちと同等の顔面偏差値なコイツ。

 

 IS社会では顔採用があるんだろ?(偏見)

 なら、コイツも代表候補生の筈だ。それなのに、他国の代表候補生はチェックしていると言っていたセシリアから、俺は名前を一度も聞いていない。もしかして箒みたいに例外的な存在だったりするのか?

 

 長々しい考察をしていても埒が明かん。

 単純明快な疑問を突き付けてやる。

 

「俺はな、クロニクル。ここ1週間(強制的に)2~4組へと顔を(強制的に)出していた。(強制的に)休み時間になる度にな」

 

 そのおかげで、そんなに叫ばれなくなりました。やっぱ人間慣れるんだよ。

 

「なのに、俺はお前を見た事がない」

 

 こんな可愛い子を見逃す訳ないだろ!(本音)

 

「……さて、クロエ・クロニクル。お前は何組の人間だ? まさか同じクラスとでも言ってみせるか?」

 

 さて、どう答える?

 ここが俺にとっての、そしてお前にとっての分岐点だ。

 

「……虚を突いて5組です」

 

 虚を突いたなコイツ!

 いや、正直その返答は考えてなかった。ちょっと面白い。顔だけでなく言葉でも俺の気を引いてくるか…!

 

「……私を見た事がないだけで、私の愛を受け取ってくれないのですか?」

 

 受け取るぅ!

 

 見た事がない?

 誤差だよ誤差!

 

 誰かが聞き耳ってる可能性? 

 知るか! 誰も聞いてないわ覗いてないわ! 扉の向こうには誰も居ない! 気配もしない! イギリス淑女にしか出せない高貴な気配なんざしない! ヴェネチアにサメはいない! いいね!? だからあそこにも居ないの!

 

 こぉ~~~んな美少女からの告白を疑ってどうする! 生まれて初めて告白されたんだぞ、初めて! 前世も入れたら100億年だ!(気持ち的に)

 

「俺は……――」

 

 

【いまさら疑うものか! 私はお前を信じる!!】

【お前脳みそ鳥貴族やから忘れとるかもしれんけど2回もフラれとるんやで。何勘違いしてるか知らんけどお前フツメンやん。今まで面と向かってカッコいいとか言われた事あんのか? おかんとおとんと一夏くらいやんけ】

 

 

 へへっ、おかしいな。

 時が止まった世界なのに、涙が出そう。滝以上に出そう。

 

 もうね、何て言うかね。

 『THE・現実』ってのを見せられた気分だ。

 

 何で関西弁やねん!ってツっこむ気力すら出てこないレベルで俺の心はグサグサダァ…。でも、悔しいけど……すっごい悔しいし、マジで泣きそうだけど的は射ている。射すぎているんだぁ……ウボァー。

 

 確かにIS学園に入学してから、世界基準で美人な奴とも話せちまうようになったし、その上さらに箒やセシリア、ヴィシュヌに名前で呼ばれるようになって完全に調子コイてたわ。

 

 俺を可愛いだのカッコいいだの言ってくれるのは、確かに母さんと父さんくらいだっけ。へへ、息子を立ててくる最高の両親なんだぜ。一夏はまぁ……ファミリーみたいなもんやし。

 

「俺は受け取らない」

 

「……何故です?」

 

 へへへ、思い出しちまった。

 俺の立場ってヤツを。政府のおっちゃんも最初に言ってたじゃないか。後ろ盾のない一般人な俺は狙われる立場にあるって。

 

 むしろ入学してから今日までの平穏な日々の方が、もしかしたら異常だったのかもしれないな。入学前はアホほど襲われてたじゃないか。

 

「刺客に理由を話す必要はない」

 

 違うって言ってくれてもいいのよ?(未練)

 

「……!………ふふ、お見事です」

 

 

 くそったれぇ……(現実直視)

 

 





屋上バトルが勃発するのか(困惑)



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第82話 クロエ、旋焚玖を知る


まずは緒戦、というお話。

(※ 意味不明なバグは修正しましたm(_ _)m)



 

 

 大胆不敵。

 刺客だと言われて笑みを浮かべてみせるか。可愛い。

 

「……私の目的はあなたを此処に留まらせておく事」

 

「む……それはどういう…!?」

 

 クロニクルの身体が小さく沈むと同時に、地を駆け俺の方へと跳び込んできた。ヒェッ……闘氣まで放って闘る気満々じゃないですか!

 

 

【いったい誰に喧嘩を売ってるのか身をもって理解させる】

【暴力を暴力で迎え撃つは安直。丁重になだめるべし。関西弁で】

 

 

 さっきからやけに関西弁推してくるなお前な。

 

 内容はひとまず置いておくとして。【上】はバイオレンスな青春への引き金となりそうだ。【下】を選べば、まだラブコメなハイスクールライフを継続させられる気がする!

 

 ラブコメタイム継続!

 俺は【下】を選ぶぜ!

 

「……ぼんやり立っていていいのですか?」

 

 いや速いなコイツ!?

 もう眼前とか常識から逸脱してんぞ!

 

「貰います…!」

 

 貰う訳ないだろバカ!

 貰ったら痛いだろバカ!

 

 顎下から唸り上がる拳を半歩下がって回避。は己の意思で。しかし、同時に口が開く。己の意思とは関係なく。

 

 

「やめましょうやぁ……」

 

 は?

 

「……は?」(迫真)

 

 アカン。

 

 

 

 

旋焚玖が刺客と化したクロエを関西弁で丁重になだめている頃、第3アリーナでは一夏とヴィシュヌによる試合が火花を散らして繰り広げられていた。

 

「うおおおおっ!」

 

「甘いですっ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

試合が開始されてから、もう何度目かになるブレードを突き立てた一夏の突進を、回し蹴りで軽くいなしてみせるヴィシュヌは声を上げる。

 

「気合がぼけていますよ、一夏!」

 

「はぁっ、はぁっ…! や、やっぱ代表候補生は凄ェな…!」

 

壁に激突寸前のところで何とか体勢を立て直した一夏。自分から攻撃を仕掛け続けているものの、これまで全てカウンター気味にあしらわれており、機体のダメージは早くも両者で明白に差が出ていた。

 

「んもうっ! 何やってんのよー! もっとがんばんなさいよぉ!」

 

「……難しいかもしれんな。2人とも同じ近接型だが、ヴィシュヌは…」

 

「う~……分かってるわよぉ。ヴィシュヌは接近戦にかなり長けているわ。あたしでも勝てるかどうか……正直、微妙よ」

 

ヴィシュヌの纏いしIS【ドゥルガー・シン】は蹴りを攻撃主体とされた機体である。

武器を持たない両腕で上手く攻撃を捌き、両脚をもって相手にダメージを与える戦術。観客席で応援している鈴と箒はそんな印象を受けていた。

 

「一夏もそれは一合目の競り合いで気付いたのだろう。接近戦では分が悪いと、ヒットアンドアウェイにすぐさま切り替える思い切りの良さは買いたいが……むぅ」

 

ヴィシュヌへと突進し【雪片弐型】で斬りつける。結果がどうあれ攻撃するのは一振りのみ。すぐさま離れては、突進して一撃を。お世辞にもヒットアンドアウェイと評すには程遠い。

 

「アイツはまだまだ初心者よ。しかも【零落白夜】まで封印しちゃってるんだから、戦術が乏しいのは仕方ないわ。ただ……」

 

「ああ。ヴィシュヌは一度も一夏の斬撃を喰らわず、逆に必ず一撃を入れている。ほんの少しもミスる事なく冷静にな。精神的にも見事と言う他ない」

 

遠距離型のセシリアとは異なり、ヴィシュヌの戦闘スタイルは一夏と噛み合い過ぎているのも一因だった。同じ土俵だと誤魔化しはきかない。余計に地力の差が明確に出てしまう。

 

「へっ…! まだまだァッ!!」

 

圧倒的な差を一番理解しているのは本人である一夏だった。それでも少年は決して弱音は吐かない。勇猛果敢にヴィシュヌへと挑み続けるのであった。

 

(不格好に足掻いてこそ男の矜持! そうだよな、旋焚玖! 俺はまだまだ頑張れるぜ!)

 

 

 

 

「やめましょうやぁ……やめましょうやぁ……」

 

「……くっ!」

 

 パンチ。

 避ける。

 

「やめましょうやぁ……」

 

 なだめる(?)

 

「このっ…!」

 

 キック。

 避ける。

 

「やめましょうやぁ……」

 

 なだめる(?)

 

「~~~~~ッ!!」

 

 乱打乱打乱打。

 避けて避けて避けまくる。

 

「やめましょうやぁ……やめましょうやぁ……」

 

 なだめてなだめてなだめまくる(?)

 いや、これ、ホントになだめてんの?

 

 自分で言っててアレだが、結構イラッとくるヤツだと思うんだが。訛り方といい、ねっとりトーンといい。

 俺が日本人だからそう感じるだけか? 外国人にはなだめられているって捉えられるモノなのかな。

 

「……随分と煽り上手なのですね」(なるほど……これが束様が仰っていた人を食った態度、ですか)

 

 やっぱり苛立たせてるじゃないか!

 どうすんだよ! なだめるどころか絶賛真逆な効果発揮中じゃねぇか! 

 

 何がラブコメタイムだ! 

 イライラタイムになっちまってるじゃねぇか! 勝手に高確移行してんじゃねぇよ!

 

 

【仕込刀を抜いたならば、敬意をもってお相手いたす】

【まずは俺の暴れん坊将軍を抜いてみせる】

 

 

 急にド下ネタぶっ込んでくるのやめろや!

 暴れん坊将軍ってお前それチンチンだろぉ!? 刺客に襲われてチンコ出す奴見た事あんのかお前! 100歩譲ってもキチガイすぎんぞコラァッ!! 刺客も逃げ出すわ! 違う意味で逃げ出すわ! 任務放棄待ったなしだわ!………あれ? 襲われなくなるなら、それでいいんじゃ……いやいやダメだ、結果は良くても過程がチンコすぎる。

 

「仕込刀を抜いたならば、敬意をもってお相手いたす」

 

 クロニクルの持つ杖から、何やら重苦しい空気は感じていたが、まさかの仕込刀ってるんですか? 北条氏康(無双)ってるんですか?

 

 いやいや、待ってくださいよ。もう言っちゃったけどさ、そういうのはいけない。俺の言葉なんか気にせず、このままステゴロでいきましょうよ!

 

「……フフ、見て取られていましたか」(なるほど……これが束様が仰っていた洞察力、ですね)

 

 ひゃぁぁ……ま、マジで仕込んでますよ!

 本日一番の笑顔で抜かれましたよ!

 

 銃刀法違反ですよ銃刀法違反!

 警察に通報してやるからなお前な!

 

「……参ります…!」

 

 俺の身に迫り来る刃。

 いやちょっとは躊躇してもいいのよ!?

 

 うわわ!

 避けよう! 斬られたら痛いもん!

 

 スススっと避けたら口が勝手に一言物申す。

 

「やめましょうやぁ……」

 

「……(ピキッ)」

 

 うわわ…まだソレ終わってなかったのか。

 敬意とはいったい(困惑)

 

 またまた斬りかかってくるクロニクル。

 ヒェッ……笑顔が消えてます。

 

 とりあえず、よ、避けよう。

 

 斬!

 避ける!

 

「やめましょうやぁ……」

 

「くぬっ…!」

 

 斬!

 避ける!

 

「やめましょうやぁ……」

 

「くぬくぬくぬっ…!」

 

 斬斬斬!

 避けて避けて避けまくる!

 

「やめましょうやぁ……やめましょうやぁ…」

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……何なんですか、あなたは…!」

 

 我は主車旋焚玖、選択肢の咎から逃れられぬ者也!(厨二心)

 

 ええい、今はそんな事どうでもいいわ!

 

 「敬意をもって」(キリッ)からの再煽りとか、手が込みすぎてんだよこのヤロウ! 

 ラブコメタイムかと思っていたら実はイライラタイムでさらにその上プンスカタイムになってんじゃねぇか! なに上乗せしてんの!? 特化ゾーンかこのヤロウ!

 

「はぁ…はぁ……ふぅ……あなたは随分、人を苛立たせる事に長けているようですね」(これは……正直、束様から聞いていた以上です……クロエの頬が勝手にピクピクしてしまいます)

 

 これはプンスカしてますね、間違いない。

 

「……これを観ても、まだその余裕を保てますか?」

 

 俺とクロニクルの間に、ディスプレイが浮かび上がる。空中投影ディスプレイってヤツですね。何の映像を観せるつもりなのか。

 

「む…?」

 

 アリーナ?

 ああ、今ちょうど一夏とヴィシュヌの試合ってるもんな。

 

「これは…」

 

 いやちょっと待て、一夏とヴィシュヌの他に何か変なのも居るぞ! 何だあの黒い物体X!?

 

 




物体X:すいませ~ん、ゴーレムですけど~、ま~だ時間かかりそうですかね~?

一夏:うおおおおっ!

ヴィシュヌ:はぁぁぁっ!

物体X:何やってんだあいつら・・・(IQゴーレム)


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第83話 形勢不利

クロエのターン、というお話。



 

 

「なんだこのおっさん!?」

 

「どうやら乱入者のようですね。あと、おっさんではありませんよ、一夏」

 

いきなりアリーナの遮断シールドを破って入って来たモノを前に、一夏とヴィシュヌは否応にも警戒度を高めて対峙する。

 

「全身装甲…?」

 

その乱入者の姿は一言では言えば異形。

手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。首らしきものが見えない。まるで肩と頭が一体化しているようだった。

 

極めつけは、全身をまるで隠すかのような装甲である。シールドエネルギーの概念により、通常、ISは部分的にしか装甲しなくて良い代物となっている。ソレと対峙している一夏の【白式】もヴィシュヌの【ドゥルガー・シン】も、部分的にしか装甲を形成していない。それが普通なのだ。

 

「まったく肌を露出させていないISとは……私も聞いたことがありませんね」

 

「乱入してくるくらいだし、身バレしないためか?……というか、めちゃくちゃロックオンされてるんだけど」

 

「ええ、私もされてますね」

 

臨戦態勢は2人とも既に整っている。

ひとまず一夏は謎の乱入者に呼びかける事にした。

 

「おい、お前。いったい……!?」

 

一夏の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。何の言葉も発する事なく、異形なるモノが身体を傾けて2人めがけて突進してくる。

 

「来ますよ、一夏!」

 

招かれざるモノとの戦いが始まった。

 

 

 

 

アリーナの様子は管理室でもしっかり把握できていた。謎のIS機による乱入など前代未聞の出来事であり、モニター前に座る真耶はすっかり慌てふためいてしまっている。

 

「はわわ…! ど、どうしましょう織斑先生!」

 

「落ち着け、山田先生。我々教師は常に冷静でいる事が肝要だ」

 

そう言って、千冬は真耶にコーヒーを差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」(ふわぁ……こんな緊急事態でも千冬先輩は堂々としてる。やっぱり頼もしいなぁ)

 

コクコクとコーヒーを口にする真耶の横で、千冬はブック型端末の画面を数回叩き、システムステータスの数値に目を通した。

 

「……ふむ。遮断シールドがレベル4に設定を書き換えられているな。しかも扉までご丁寧に全てロックされている、か」

 

千冬は試しに管理室の扉を開こうとしたが、無反応という事はそういう事なのだろう。

 

「そ、それじゃあ、救援部隊も突入できないですよ! はわわ、ど、どうしましょう!?」

 

「落ち着けと言っただろうが。3年にシステムクラックさせろ。解除出来次第、すぐに教師陣を突入させる」

 

「は、はい!」

 

モニターを眺める千冬の表情は険しいが、それでも真耶に比べると、どこかまだ余裕を感じさせるものがあった。

千冬が冷静でいられるのは、もしかしたら何かしらの根拠があるのかもしれない。はたしてソレが何なのか、気になった真耶は聞いてみる事にした。

 

「えっと……織斑先生?」

 

「ん?」

 

「気を悪くしないでくださいね? あの、どうしてそんなに落ち着いていられるのかなぁって。織斑君とギャラクシーさんにもしもの事があったらって思うと、私はどうしても慌てちゃいますよぅ」

 

「身内贔屓するつもりはないが、一夏はここぞという時には滅法強い。それは姉の私がよく知っている。何より……観客席には主車が居る」

 

千冬はニヤリと笑ってみせる。

短いその一言には、千冬からの最大級の信頼が込められていた。

 

「主車君、ですか?」

 

「もしも、だ。一夏たちの身に大事が起ころうとすれば、必ずアイツが止めに入ってくれる。必ずな」

 

少しドヤ顔だった。

 

「え、で、でも、主車君はISを持っていませんよ!?」

 

「フッ……ISを纏っていない時のアイツは世界最強だ」

 

かなりドヤ顔だった。

だがそれは、不安を募らせ、冷静さを欠いていた真耶に絶大な安心感をもたらせるものだった。

 

「はぇ~……織斑先生がそこまで仰るなら私も少し安心して……あ、あれ!?」

 

「はぁ……落ち着けと言ったぞ。何度も言わせるな」

 

「こ、これ観てください! 屋上カメラからの映像です!」

 

「む……?」

 

真耶に言われて千冬もモニターに目をやる。

そこには、セシリアを人質に取る見覚えのない少女と、相対している旋焚玖の姿が映し出されていた。

 

「これは誰だ?」

 

「オルコットさんです! な、ナイフを突きつけられていますよ!?」

 

「そうだな、オルコットがナイフを突きつけられているな。で、これは誰だ?」

 

「見た事ないです! 制服は1年生のようですが」

 

「そうだな、見た事ないな。コイツも侵入者の1人と考えていいだろう。で、これは誰だ?」

 

「主車さんです!」

 

「そうだな、主車だな。可愛い」(迂闊)

 

「は?」(疑問)

 

「は?」(威圧)

 

「ヒェッ…」(屈服)

 

「で、そこは何処だ?」

 

「お、屋上です!」

 

「観客席に主車は?」

 

「居ません!」

 

「もし一夏に命の危険が迫ったら?」

 

「助けられません!」

 

「(^p^)」

 

「!!!???!?!?!?」

 

「\(^p^)/」

 

「ちょっ…!? ど、どうしたんですか千冬先輩!? しっかりしてください! あ、そ、そうだ! コーヒーでも飲んで落ち着きましょう!」

 

「飲んどる場合かァーッ!!」

 

「シュトロハイム!?」

 

管理室から余裕が消え去った瞬間だった。

 

 

 

 

「くっ……」(一夏さんの試合があるにもかかわらず、女性との逢引を優先する旋焚玖さんにプンプンして、それは誤解だったとホッと安堵して、旋焚玖さんが繰り返す訛り口調が妙にわたくしのツボにはまってしまい、吹き出しそうになるのをひたすら我慢して、ディスプレイに映し出された謎のISに唖然としていたら……いつの間にか捕まっていましたわ! 人質に取られてしまいましたわ! わたくしのお顔にナイフを突きつけられていますわ!)

 

 聞き耳っていたのはセシリアだったか。扉の向こうから高貴な気配を感じたのは、やはり気のせいではなかった。こうなると、本能のままクロニクルの告白に応じないで良かったな。いや、ホントに。

 

 いや、違う違う。

 のんきにホッとしてる場合じゃねぇわ。

 

 俺たちもそうだが、一夏とヴィシュヌも変なヤツに攻撃を受けている。映像を見ている限り、押されているか? 

 

「……形勢逆転、ですね」(さらにダメ押し、させていただきます)

 

 ディスプレイの映像が観客席に切り替わった。

 

 

『ひゃぁぁぁぁぁッ!!』

 

『ひょぇぇぇぇぇッ!!』

 

『開かなぁい! 扉が開かぬぁぁぁぁいッ!!』

 

『もうダメだぁ……おしまいだぁ……』

 

 

「あ、阿鼻叫喚ですわね……」

 

 そしてまた映像が一夏たちへと切り替わる。

 

 

『一夏っ! 左へ避けてください!』

 

『お、おうっ! くそっ、ビーム兵器かよ!?』

 

 

 一夏とヴィシュヌへと乱入者がビームを乱射しまくっている。何とか避けてはいるが、2人は防戦一方みたいだ。

 

「ビーム兵器……しかも、わたくしの【ブルー・ティアーズ】よりも出力が高いかもしれませんわ…!」

 

 それもまた嬉しくない情報だ。

 今の状況って、もしかしなくても入学以来最大の危機なんじゃないのか…? バイオレンスすぎんだろ、もうラブコメのラの字すら見えねぇよ。

 

「………………」(束様のお気持ち、今ならクロエにも少し分かります。この人が狼狽える顔を見てみたい欲求が……この人の余裕を壊してしまいたい欲求が生まれそうです……)

 

 セシリアを人質に取られ、一夏たちも形勢不利、観客席にいる生徒たちも混乱の極みに達している。ホントのホントにどうしよう。

 

 いや、こういう時こそ冷静に、だ。

 俺は俺で出来る事をしよう。此処に居る以上、アリーナで何が起こっても手は届かないしな。まずはこの状況を切り抜けるのが先決である!

 

 理想的なのは、セシリアが自力でクロニクルの拘束を解いてくれる事だが。この状況で、今なお囚われの姫な立場に甘んじているって事はそういう事なんだろう。セシリアほど聡明な奴であれば、解けるなら既に解いてるわ。

 

「……いくら長考しても無駄です。あなたはもう詰んでいるのです」(それなのに表情には翳りがない……なるほど、モヤモヤするという感情はこういうモノなのですね)

 

 コイツは刀で容赦なく斬りかかってくるヤヴァイ奴だ。おそらく少しでも俺が動いたら、躊躇いなくセシリアの顔をナイフで切り刻むだろう。

 

 なら――。

 

(頼む、セシリア。一瞬だけでいい。コイツの気を引いてくれ…!)

(むむっ…! 旋焚玖さんの瞳が何かを訴えてきていますわ!)

 

 俺とセシリアはまだ至高のアイコンタクトが結べるほどの仲にはなれていない。きっと俺の言葉は明確には伝わっていないだろう。

 

 だが、それでも相手はセシリア。

 

(わたくしは自身をちゃんと把握していますわ。悔しいですが、生身でこの刺客から逃れる事は適わないでしょう。それは旋焚玖さんも分かっておいでの筈。なら、わたくしに何を求めているのか。考えなさい、セシリア・オルコット…!)

 

 論理に基づいて思考するお前なら、必ず答えに辿り着いてくれる筈…!

 

(わたくしに出来る事、旋焚玖さんがしてほしい事…! この状況下でそんなもの、考えるまでもないでしょう! 拘束を解けないわたくしでも、この者から旋焚玖さんへの意識を引き離すくらいなら可能…! 一瞬でもわたくしの方に意識を引きつけられたら、旋焚玖さんであれば必ずこの者に手が届く!)

 

 辿り着いたか…!?

 あの表情、間違いなさそうだ…!

 

(これは盲信ではありません。わたくしの【スターライトmkⅢ】を生身で軽々と避けられた、あなたの強さを見ているが故ですわ!)

 

 あとはどうやってコイツの気を引きつけるかだな。こればっかりはセシリアに任せるしかない。何とか妙策を思いついてくれ!

 

(……あとはこの刺客の意識をわたくしに向けるだけですわね。動けない以上、言霊をもってして引きつけるしかありませんわ! ですが、わたくしにそのような事を成せるでしょうか……正直、何を紡げば良いかさっぱりですわ。口が回る旋焚玖さんなら簡単に言えるのでしょうが……ハッ…!)

 

 

この時、セシリアに電流走る――!

 

 

(やるしかない! やってやります! やぁーってやりますわぁッ!!)

 

「……どぅ」

 

 どぅ?

 

「ドゥドゥドゥペーイドゥドゥドゥペーイドゥドゥドゥペドゥドゥペドゥドゥペーイ」(小声)

 

「……は?」(え、何ですか、急に。その…え、なに…?)

 

 い、意識を傾けたなコイツ!

 





セシリア:(´3`)ぬっとぅる~♪(ヤケ)

旋焚玖:(´3`)ぬっとぅる~♪(便乗)

クロエ:Σ(゚д゚lll)ヒェッ…



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第84話 形勢逆転~屋上編~


旋焚玖のターン、というお話。



 

 

 目を切ったな、俺から――ッ!!

 

 だが、自分を責める必要はない。

 誰だってそうする。

 俺だってそうする。

 

「……ハッ…!?」(しまっ…!)

 

 もう遅い…!

 既に俺の間合いだ!

 

 

【首を掴む(なおセシリアとクロエからランダムとする)】

【おっぱいを掴む(なおセシリアとクロエからランダムとする)】

【ナイフを掴む(なおナイフ)】

 

 

 ヤメロォ!(本音)ナイフゥ!(建前)

 

 

「旋焚玖さん!?」

 

「なっ…!?」(クロエに攻撃するより、そちらを優先させますか…!)

 

 痛ひ。

 超痛ひ。

 

 高級品じゃねぇか!

 握っただけなのに切れ味抜群か!

 

 だがこれで、イギリス一美人なセシリアの顔が傷付けられる事はなくなったぜ! 美人を守る傷は男の勲章!(自己奮起)

 

「せ、旋焚玖さん、手から血が…! ダメです、お放しになってください!」(この刺客を突き飛ばすなり何なり、旋焚玖さんなら出来た筈ですわ! なのにどうして!?)

 

 放したら変な【選択肢】が出るかもしれないだろぉ!(恐怖心)

 一瞬待て、今、高速で展開考えてるから!

 

 

【キモいセリフで場をつなぐ】

【キザいセリフで場をつなぐ】

 

 

 お前は考えなくていいよ!

 俺に考えさせてくれよぉ! 何だよキモいセリフって! 痛い上にイタいとかやめてよ! 意味が違ェんだよこのヤロウ!

 

「美の女神アフロディーテよりも美しいセシリアを守護できるのなら、俺はいくら傷ついてもかまわない」

 

 おかしくないですか? 

 【キザいセリフ】を選んだ筈なのに、キモいんですけど。自分で言ってて背筋がヌァァンってなったんですけど。

 おかしくないですか?

 

 いや、おかしくもないか(自己解決)

 俺の顔で言ってもイカンわ。要は表現する者が誰なのか、よな。それによってキモくもキザにもなれるのだ。

 

 へへ、若くして嬉しくない真理に到達したな。

 

「……旋焚玖さん」(キュゥゥゥゥン…♥ こ、この胸の高鳴りは、まさか…! 前々から旋焚玖さんがわたくしを好いているのは存じ上げていましたが、ここまではっきりと言われてしまうなんて…! その身を犠牲にしてまで言われてしまうなんて…! そのような事をされてしまったら、わたくし……わたくし…!)

 

「……いいんですか? このままだと指が斬り落とされてしまいますよ?」(当然、痛みは感じている筈です。それでも顔を歪ませませんか…! 翳りもなければ歪みもない、依然として瞳には強い光を感じさせています…!)

 

「モノの価値を知らねぇ奴だな。俺の指とセシリアの顔なら後者を選ぶに決まってんだろ」

 

「!!!!」(惚れてしまいますわぁぁぁぁッ!! いえ! もう! 既に! 惚れてしまいましたわぁぁぁぁッ!! こんなの惚れるなって言う方が無理ですわぁぁぁぁッ!! 前から見ても横から見ても斜めから見てもフツメンにしか見えなかった旋焚玖さんが今ではイケメンに見えてしまっていますわぁぁぁぁッ!! 堕とされた証拠ですわぁぁぁぁッ!!)

 

 国宝級に端麗な顔が、るろうに剣心みたいになったら可哀相だろ! お前も美人なんだからそれくらい分かるだろ! ちょっとは考えろよ!

 

「……呆れた茶番ですね。お望み通り、このまま斬り落として差し上げます」(何にせよ、クロエの意識が逸れた時点で、あなたはクロエを攻撃するべきだった。束様なら間違いなくそうしている筈です。千載一遇のチャンスを自ら棒に振り、ナイフを掴む行為はあまりに下策、あまりに愚策…! あなたの行動は美談にはならず醜聞になるのです!)

 

 甘すぎるな、クロエ・クロニクル。

 斬るなら音もなく斬ればいいものの。ホントに斬ったら怒るけど。

 

 今も俺の間合いなんだぜ?

 わざわざそんな宣言されて、無抵抗でいるバカがいるかよ。悪いがお前の首を……―――。

 

 

【首を掴む(クロエかなぁ…)】

【おっぱいを掴む(クロエかもぉ…)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 邪魔しないでよぉ!

 

 いやいや、お前なら分かるだろ!? 俺今クロニクルの首掴もうとしてたじゃん! 隙間を縫ってまで対象を曖昧にしてくんのか! 全力すぎんぞコラァッ!!

 

 【上】一択なのに超怖ェよ! 

 無駄にビビらせてくるのヤメてくれよ!

 

……ままよ!

 

「……ッ…カ…ハッ…」(しまっ…た…! 変な空気に充てられて警戒を怠った…! 甘い男ではないって束様から聞いていたのに!)

 

 やったぜ。

 アホの【選択肢】のせいで無駄な遅れは生じたが、まぁ誤差の範囲だ。予定通りクロニクルの首も掴めたし、あとは仕上げを御覧じろってな。

 

「ナイフから手を放して、セシリアを解放しろ。でないと――」

 

「……ッ!?」(あ…ああ……凄まじい殺気がクロエを…! まるで猛獣…! いえ、猛獣の方がまだ可愛いです! た、束様ぁ…!)

 

 要は出しどころだ。

 ずーっと殺気を抑えていたのが功を成したな。おかげで効果は倍の倍だ。

 

 アホの【選択肢】のせいで普段からビビり慣れてる俺だぜ? 人間が相手ならビビらせるなんざ訳ねぇよ。

 

「縊り殺すぞ」

 

 どうだオラ!

 び・び・れ! びーびーれ!

 

「……ッ!!」

 

 クロニクルから身体から力が抜けていくのを感じる。

 ビビッてくれたなコイツ!

 

 

 

 

「旋焚玖さん!」

 

 要らん紆余曲折はあったが、結果良ければ全て良し。セシリアも無事助けられたしな。

 

「助けていただき、その……」

 

「気にするな」

 

 気にしろ。

 気にして惚れろ。

 

「……まだです」(そう……まだ、クロエたちは終わっていません…!)

 

 ん?

 

「襲撃は此処だけではありません…! お忘れですか、アリーナの現状を…!」

 

 いちいちディスプレイを目の前で立ち上げんでも、忘れる訳ねぇだろアホか! 一夏が心配で仕方ねぇわ! 

 

「セシリア」

 

「は、はい!」

 

「アリーナに直行してくれ。一夏たちを助けられるのはお前しかいねェ」

 

「分かりましたわ!」(そうですわね。今は惚れた好いたで頭にお花畑を咲かせている場合ではありませんわ!)

 

 まだクロニクルを放っておく訳にはいかん。

 適材適所で考えるなら、専用機持ちなセシリアを援軍として向かわせた方が良いだろう。

 

 あ、そうだ。

 

「あと、一夏に伝えてくれ。―――ってな」

 

「……ええ、必ず」

 

 セシリアが出口へと走っていく。

 よし、俺はコイツに改めて敗北でも――。

 

「旋焚玖さん!」

 

 ん?

 

「想いが生まれてもわたくしはわたくし! 毅然なる淑女、セシリア・オルコットですからね! いいですこと!?」

 

「……ああ」

 

 何言ってだアイツ(ン抜き言葉)

 

「ふふん。では行って参りますわ!」(これはある種の宣戦布告! 心を奪われたとは言え、淑女なわたくしがそう簡単にデレデレするとは思わない事ですわ! 言ったら最後、意識しているのがバレバレなので言いませんけど!)

 

 

 何かドヤ顔して出て行った。

 

 






旋焚玖:さぁ、刺客人解体ショーの始まりや

クロエ:冗談はよしてくれ(タメ口)



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第85話 形勢逆転~観客席編~


立ち上がる者達、というお話。



 

 

 セシリアを見送り、改めてクロニクルと対峙する。しかし襲ってこなかったなコイツ。わざと背を向けて隙を見せていたんだが、座り込んだままじゃないか。

 

 それならそれでいい。

 俺は戦闘民族じゃないもんね。闘らなくていいのなら闘らない派である!

 

「クロエは……」

 

 ん?

 

「きっとあなたには勝てません」

 

 

【当たり前だよなぁ?】

【諦めんなよ……諦めんなよお前! どうしてそこで諦めるんだそこで!】

 

 

 敵の奮起を促す神経が分からない。

 もう既に格を決める場は済んでんだよ。

 

「当たり前だよなぁ?」

 

 さっきのセシリア救出大作戦を経て俺の方が上、コイツの方が下。それが決まったの! 完全に俺の方が格上なの! だから要らん事をモチャモチャ言って、意味不明なパワーアップとかされても困るの!

 

「……ですが、アリーナは違います」

 

「む…」

 

 再びディスプレイに映し出される光景。

 絶える事ないビーム砲撃の乱射で、一夏とヴィシュヌは回避に専念せざるを得ない状況らしく、中々反撃に出られずにいる。

 

「ここに代表候補生が1人加わったところで、本当に戦況を覆せるとお思いですか? それに……」

 

 次は観客席に切り替わった。

 状況は変わらず、と言ったところか。開かない扉の前に生徒たちが密集してミ゛ャーミ゛ャー悲痛な声を叫んでいる。

 

 

『と゛う゛し゛て゛開か゛な゛い゛の゛ぉぉぉぉッ!!』

 

『びぇぇぇぇぇんッ!!』

 

『ふぇぇぇぇぇんッ!!』

 

『もうダメだぁ……おしまいだぁ……』

 

 

 Oh……まさに阿鼻叫喚だな。

 

「エリート学園が聞いて呆れます。狼狽えてばかり…」

 

 いや狼狽えるだろ。

 コイツら一般生だぞ。

 試合を観戦してたら、急に謎のIS機が乱入してきて、扉も開かなくなったら普通にビビるわ。アホの【選択肢】でビビり慣れてる俺だって動揺するわ。修羅場に縁がない生活を送ってたら、100パー狼狽えるし泣いてるわ。

 

 しかし、なんだな。

 さっきからコイツの言葉が少し癪に障る。まるで「アリーナの惨状っぷりが本命」みたいに聞こえる。いや、実際そう言っているのだろう。

 

「この状況は覆らないと?」

 

「……あなたが行けば覆ったかもしれませんね。ただ、クロエが此処に居る以上、あなたも此処に留まざるを得ないのですよ?」(この人はミスを犯しました。クロエを見張るのなら、先ほどの人間に任せて、自分が行けば良かったのです。ふふふ……後悔してお顔を歪めないかな?)

 

 お、そうだな。

 だが、そうじゃない。

 

「侵入者にしては随分と杜撰だな」

 

「……?」

 

 俺をレベルの高いお手紙でまんまとおびき寄せ、アリーナにも刺客を送り込んだ二面攻撃は見事である。だが内情調査を怠ったな。

 

「お前は知らなすぎる」

 

「……何をですか?」(むむぅ……歪むどころか、何やら誇らしげ…?)

 

「俺のダチに弱い奴なんざいねぇ」

 

「む……」

 

 自分で言っておいて何だが、今のはちょっとカッコ良かったな。ふひひ、今度誰かの前でも言ってみよう。

 

 

【もう1回言う】

【もう3回言う】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「俺のダチに弱い奴なんざいねぇ」

 

「……? どうして2回言ったんですか?」

 

「大事な事だからな」

 

「そうですか」

 

「……うん」

 

「あ…なんかすみません」(図らずもしょんぼり顔が見れてしまいました。でも、こういう形で見るのは何か違うと思うクロエなのでした)

 

 

 

 

「だぁぁぁっ、くそっ!」

 

一夏の斬撃はするりと躱されてしまう。一夏の攻撃は失敗に終わる……だけな筈もなく、一夏が体勢を立て直すよりも早く、乱入者が振るった歪な長さの腕が襲い掛かる。

 

「あ…やべ……!」

 

「くっ……このっ…!」

 

下から昇竜ぎみに割って入ったヴィシュヌが蹴りで軌道を逸らし、一夏を引っ張るようにそこから離脱する。

 

「す、すまねぇ、ヴィシュヌ! 助かった!」

 

「気にしないでください、一夏。ですが……」

 

ビーム砲撃にも慣れて、謎のIS機に接近戦を挑めるようになった2人であったが、それでも表情には険しいものがあった。とにかく2人の攻撃が当たらないのだ。

 

「バカでかい出力のビームを撃ってくる癖に、その上俊敏な動きも出来るとかズルいよな」

 

「ええ、ズルいです」

 

しかも相手はただ避けるだけに徹してはくれない。攻撃を避けては、必ず反撃に転じてくる。武器らしい武器は使わず、長い腕をブンブン振り回して高速接近してくるのだから、絵面は普通に恐怖である。

 

IS操作にまだまだ慣れてないが故、斬撃を繰り出した後はどうしても隙が出来てしまう一夏のフォローにヴィシュヌが回る事で、何とか均衡を保っている状態だ。

 

「このままだと、いずれ押し切られるよな。何かいい手があれば…」

 

「……1つ、気になった事があります。あのISの動きに違和感を感じませんか?」

 

「違和感?」

 

「ええ。攻撃も回避もなにか機械的と言うか、決められた動作に則って動いているような気がするんです」

 

何故か攻撃してこないISを2人は改めて見やる。その異形な機体っぷりに注視して。

 

「ISってさ、絶対に人が乗ってるもんなのかな?」

 

「そういう風に私は習っています。ですが、ISには未知なる部分が多いとも聞いています。もしかしたら……」

 

1度疑ってしまえば、いよいよ違和感は強くなる。隙丸出しで話しているにもかかわらず、やはり攻撃はしてこない。むしろ一夏たちの会話に興味を持ち、聞いている感じすらあった。

 

「……希望的観測かもしれない。だが、仮に人が乗ってないなら、俺も封印を解ける」

 

「なるほど、【零落白夜】ですか。なら私の役目は囮ですね」

 

「頼んでいいか?」

 

「ええ、接近戦は私の土俵です。機械なんかに負けるつもりはありません…!」

 

2人の作戦が決まった。

 

 

 

 

「そちらの状況はどうなっている? 扉のロック解除はできそうか?」

 

管理室では、旋焚玖の勝利によって復活を遂げた千冬が、生徒会長である楯無に無線を送っているところだった。千冬の様子が元に戻って真耶もにっこりである。

 

『時間を掛けたら解けるでしょうが、何せ設定をレベル4に書き換えられてしまっていますからね。精鋭部隊が取り掛かっていますが、それでも正直、短時間では厳しいかと…』

 

楯無の声は真耶にも聞こえており、どうしても動揺してしまう。しかし、世界のブリュンヒルデと化した千冬に動揺はなく。そして、その決断も素晴らしく早かった。

 

「なら扉を破壊してしまえ。お前のISであれば可能だ」

 

『それは……でも、いいんですか? 設備の破壊命令なんてしちゃったら、政府が後々うるさいんじゃ…』

 

「問題ない。私は高級耳栓持ってるからな」

 

ブリュンヒルデジョークも冴えわたる。

千冬が絶好調である証拠だ。

 

『……? 分かりました』

 

生徒会長更識楯無。

緊急時にあり、ここはスルーを選択。

 

『【蒼流旋】で壊しましょう。ですが、扉の破片も派手に飛び散る事が予想されます。扉の向こうに居る生徒は……』

 

「それも問題ない。……凰、話は聞いていたな?」

 

落ち着きを取り戻しまくった千冬に死角は無し。楯無に無線を入れるのと同時に、鈴のIS【甲龍】を通して、彼女にも会話を聞こえるようにしていた。

 

『はい! もう【甲龍】も纏っています!』

 

「お前のISには衝撃砲(龍砲)が装備されていたな。それで破片を吹き飛ばしてほしい。……出来るか?」

 

『もっちろんです! ただ、問題が……』

 

鈴の言う問題とは、扉の前にひしめく、いまだ混乱の渦中にある生徒たちの群れであった。

 

 

 

 

「だぁぁぁっ! んもうっ! アンタたち邪魔だから下がりなさいよ!」

 

下がるという事はつまり、一夏たちが戦っている場所へ近づくという事にもなる。いつ自分たちに被害が及ぶか分からない状況で、一般生徒に冷静な判断は難しく、扉の近くで密集して中々動こうとしてくれないのである。

 

生徒たちを傷つけてしまう可能性がある限り、扉の向こうの楯無も動けない。泣きっ面に蜂とも言うべきか。更に不運は重なり。

 

「あ゙あ゙あ゙も゙お゙お゙や゙だあ゙あ゙あ゙!!!!」

 

「ライダー助けて!」

 

「ああ逃れられない!!」

 

ここにきて生徒たちの動揺っぷりもピークを迎えてしまった。この惨状を前に、流石の鈴も額に青筋を立ててプンスカしてしまう。

 

「あぁもうっ! うっさいわねマジで!」(こんな時に旋焚玖は何処で油売ってんのよぉ! アイツが居たらアホしてコイツらビビらせて下がらせるなんて訳ないのにぃぃぃ!)

 

どんなに鈴が望んだところで旋焚玖は居ない。居なければ、どうしようもない。そして、ここにもう1人、鈴と同じ事を思い憂う少女が居た。

 

(……旋焚玖なら、こういう時どうするだろう。いや、決まっている。ナニかトンデモない事をしでかして、軽く扉付近からコイツらを下がらせていたに違いない。しかし、旋焚玖は居ないんだ。なら、私がすべき事は…!)

 

 

「喝ッ!!」

 

 

割れ鐘をつくような、それでいて透き通った力強い声が少女達の混沌を掻き消し、フロア全体に響き渡った。

 

「落ち着け皆。一旦、下がろうじゃないか」

 

「ほ、箒…!」

 

鈴と違って専用機を持たない箒は、千冬たちの会話は聞けていない。だがそれでも、通じるものはある。箒は一般生であって、一般生ではないのだから。

 

この切羽詰まった状況において、専用機を持っていない自分に出来る事は何か。その答えを見出したが故の行動であった。

 

「鈴、何か策があるんだな?」

 

「え、ええ、そうよ! 外から生徒会長が扉を破壊するわ! その破片をアンタ達に当たらないようにするのがあたしの役目なのよ! だから下がってなさい!」

 

「え……で、でも! 下がったら……アレがこっちを攻撃してくるかも…!」

 

1人の生徒が不安を吐露する。

アレとはまさしく一夏たちが挑んでいる侵入者だ。そして、その言葉は至極当然なものだった。アレの正体がナニか分からぬ以上、こちら側を攻撃してこないなどという根拠は無いに等しいのだから。

 

「……大丈夫だ、アレは私達を攻撃してきやしない」

 

皆にこれ以上、不安を募らせないため、出来るだけ箒は優しく語り掛ける。

 

「な、何でそんな事が言えるの!」

 

「そーだそーだ!」

 

「美人だからって何でも信じると思わないでよね!」

 

曰く、美人が優しく言うだけではダメらしい。

箒は一度目を閉じ、腹を括った。

 

「(旋焚玖……お前のハッタリ、私も使わせてもらうぞ…!)私はアレがナニか分かる! 何故なら私は……篠ノ之束の妹だからだッ!」

 

それはIS学園に通う生徒にとって絶対的な名前。ISが関わっているこの窮地において、箒の言葉は絶大な説得力を持つモノと化す。

 

たとえ、それが箒の嘘(ハッタリ)であっても。

 

「……篠ノ之博士の妹さんが言うなら」

 

「う、うん……大丈夫なのかも」

 

1人、また1人と落ち着きを取り戻していき、喧騒が収拾していく。

 

「しののんの言うとーりだよ~! 扉の前に居たら、いつまでも逃げられないよ~!」

 

実は箒の隣りに居た本音も、機を見てのんびりアシストを入れる。まさに、ここしかないというタイミングだった。

 

「私が先頭を行こう。不安がるな、みんな私の後から続けばいい」

 

恐怖を全く感じさせぬ箒の足取りは、扉の前で固まっていた生徒たちに勇気と希望を与え、誘導する事に成功したのだった。

 

「……千冬さん、もう大丈夫です!」(箒、アンタからのバトンは受け取った。あとはあたしに任せなさいッ!!)

 

『よし……更識、凰、頼む』

 

「『 はいッ! 』」

 

 

 

 

「これで俺たちの2勝だな」

 

「……むぅ」

 

 屋上の攻防に続き、無事に観客席の生徒も解放された。その様子はしっかりディスプレイでも映されており、俺は当然ご機嫌さん、隣りに座るクロニクルは不機嫌さんである。

 

 プークスクス、ほっぺた膨らましてやんの。

 くやしいのうwwwくやしいのうwww

 

「……まだゴーレムが残っています」(プクー)

 

 お、そうだな。

 まぁ結局のところ最大の敵はアイツだ。アレを何とかしない事には俺たちの勝利とは言えないだろう。

 

「ゴーレムは強いです。本当に勝てるとお思いですか?」

 

「当然だ。俺にまた言わせる気かよ?」

 

「む……」(大事な事なので2回言ったアレですか。言いたくなさげですし、クロエも聞かないでおきます。あっ……なるほど、これが空気を読むというヤツですか)

 

 もう言わんよ。

 言い過ぎると気に入ってるのがバレちゃうからね。

 

 

【俺のダチに弱い奴なんざいねぇ】

【俺の…あ、ダチにぃぃぃ! 弱い奴なんざぁぁ~~↑↑ あ、いねぇぇぇええぇええぇえぇぇぇ!(歌舞伎風)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「オレノダチニヨワイヤツナンザイネェ!!」(超早口)

 

 どうか聞こえてませんように!

 

「……言いたがりなんですね」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 





(悲報)旋焚玖、クロエに敗北喫す。


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第86話 形勢逆転~アリーナ編~


一夏の強さ、というお話。



 

 

観客席から生徒たちが脱出できた頃、アリーナでも次の局面を迎えようとしていた。

一夏とヴィシュヌの作戦は、至ってシンプルなものである。接近戦を得意とするヴィシュヌがゴーレムに仕掛ける。狙いはゴーレムに隙を作らせる事だ。それを見計らって【白式】の【零落白夜】で一夏が一撃必殺する。

 

作戦が開始され、幾ばくかの刻が過ぎたが。

 

「くっ…!」

 

「ヴィシュヌ!?」

 

既に【零落白夜】を顕現させている一夏は思わず叫ぶ。

ブンブン振り回す長い腕を避けきれず、両腕で防ぎにいったヴィシュヌだったが、彼女の想定を超す重さにより後方へと吹き飛ばされてしまったのだ。

 

慌てて近寄ろうとする一夏をヴィシュヌは静止させる。

 

「集中を途切れさせないでくださいッ!」

 

「……ッ…」

 

「私なら大丈夫ですから。それに、次で必ず隙を作って見せます…!」

 

それは虚勢には聞こえぬ力強い言葉だった。まだまだ知り合って間もない一夏に、その真偽を図る事は出来ない。故に、少年は少女を信じる事にした。

 

「……おう! 待ってるぜ!」

 

「ええ!」

 

スラスターの出力を利用してゴーレムに飛び蹴りをお見舞いする。ヴィシュヌのこの攻撃は既に4度目だ。そして、ゴーレムはこれまで3回ともしゃがんで回避し、右腕を薙ぎ払って反撃してきた。

 

「……ッ…やはりですか…!」(4回目もしゃがんでからの右腕で反撃…! これでほぼ確信しました。このISはずっと一定の規則に沿って行動している…! アレをされたらこう、コレをされたらこう、という風なマニュアル的な動きに支配されています。なら――ッ!!)

 

それは何の工夫もない下段蹴り。

先程躱された飛び蹴りと同じく、既に何度も放っている攻撃だった。一つだけ違う点があるとすれば、全くと言っていい程、その蹴りに力は込められていなかった。

 

ゴーレムは当然(?)上昇して回避する。なのに、ヴィシュヌとゴーレムの目線の高さは同じ。否、ヴィシュヌの方が高い。

 

「知っていましたよ、そう避けると!」

 

避けられたのではない。

上に避けさせたヴィシュヌは、既に二の矢を放っている。力ない下段蹴りから一転、ゴーレムが上へ回避するより早く自ら上昇。上がってくる頭にピンポイントで足を踵から振り下ろす。

 

「……ギ…!?」

 

ここに、初めてヴィシュヌの攻撃が当たった。

上から脳天部に衝撃を受けたゴーレムは、地面への墜落を余儀なくされる。

 

「(チャンスはここしかない…ッ!)一夏、今です!」

 

「おう!」

 

相手は一夏よりも格上である。

闇雲に突っ込んだところで成功する可能性は高くないと言えよう。しかも、咄嗟に搦手を用いられるほど、一夏は場数を踏んでいない。

 

それでも一つだけ。

まだ見せていない技があった。

ここ1週間、ひたすら練習して習得した技を。

 

「うおおおおッ!」(イメージするのは旋焚玖の縮地!)

 

披露するは今――ッ!!

 

「……速い…!?」(あの加速は…!)

 

一夏はISに触れてまだ日も浅く、さらには【雪片弐型】というブレードしか武器を持たぬ以上、戦術的に変化球を投げるのは難しい。ならば、と千冬から授かった技。IS運用における加速機動技術のひとつ【瞬時加速】である。

 

スラスターから放出したエネルギーを再び取り込み、都合2回分のエネルギーで直線加速を行う、いわゆる溜めダッシュなのだが。

 

 

 

 

『そうではない! 内部でエネルギーを圧縮して一気に放出するんだ!』

 

『(´・ω・`)』

 

千冬から原理を教わり、実際に試してはみるものの、中々上手く出来ずにいた一夏はしょんぼり顔である。

 

『そんな顔しても姉には通じんぞ! ああ、そうだ、旋焚玖の縮地をイメージしろ。ISを付けているか、いないかだけの違いだ』

 

『なるほど!』

 

千冬の千冬による一夏のためのナイスな例えにより、一夏は見事【瞬時加速】を習得するに至った。

 

 

 

 

「いくぞぉぉぉッ!!」

 

後部スラスター翼からエネルギーを放出、それを内部に取り込ませ、圧縮を。溜め込んだエネルギーをもう1度放出する。その際に得られた慣性エネルギーを利用して、一夏の纏う【白式】は爆発的に加速してみせた。

 

臨戦態勢の整ってないゴーレムへと一直線。

【零落白夜】を灯す【雪片弐型】で横薙ぎ一閃。一夏は縦ではなく横の斬撃を選んだ。地に足が着いた状態での回避方法は限られてくるからだ。しゃがむかジャンプか後方へ下がるか。

 

そして、状況的にそこから更に絞られる。

この超スピードで迫られ、バックステップする余裕はない。横薙ぎの高さからして、しゃがんでも必ず当たる。もしゴーレムが避けるのなら、上空へ逃げるしかない。だが、そこには既にヴィシュヌが待ち構えている。

 

「貰ったァ!!」

 

自信をもって薙ぎ払った一夏の斬撃は――。

 

「……ギ…!」

 

「んなぁっ!?」

 

上体を反らす事で避けられてしまった。いや、反らしたという表現は相応しくない。背中を後ろへ90度折って回避したのだ。

 

「コイツ、やっぱり…!」(ありえねぇ! 今、背骨から折っていったぞ!? もう間違いない、コイツに人間は乗ってねぇ、無人機だ!)

 

2人の疑惑は確信に変わる。

しかし、事実を突き止めた代償は大きい。ゴーレムを前にして、一夏は無防備な姿を晒してしまう。

 

【雪片弐型】を構えるよりも早く、一夏の眼前に左拳が添えられる。この至近距離でゴーレムが選択した攻撃行動はビーム砲撃だった。

 

「うげ…しまっ……」

 

「くっ…!」(ダメ、私の位置からじゃ間に合わない…!)

 

ゴーレムの腕に光が集まる。

ゼロ距離とも言える近さでビームを顔面に喰らえば【白式】も終わりだ。場の流れはゴーレムが完全に掌握し、ヴィシュヌも直に墜とされるだろう。

 

「そんな未来、わたくしが変えて差し上げますわ!」

 

刹那、観客席から【ブルー・ティアーズ】の4機同時狙撃がゴーレムの片腕を打ち抜いた。

 

「……ギ…ギ…!?」

 

マニュアルにはない第三者からの狙撃を喰らい、腕まで落とされたゴーレムは、初めて動きに迷いを見せる。それは一夏たちの目からも明らかだった。

 

「一夏さん! もう一度【零落白夜】を!」

 

勝機はここにあり。

動きが鈍い今なら確実に当たる。

 

「ああ!……ッ…な、シールドエネルギーが…!」

 

肝心の一夏の表情が曇る。

先のヴィシュヌとの試合、そしてゴーレムとの闘いにより、一撃必殺を持つ【白式】のエネルギー残量はもう残り僅かとなっていた。この状態で【零落白夜】を顕現しようとしても、果たして上手く形成できるのだろうか。

 

一夏に一抹の不安が過る。

そこにセシリアからのプライベート・チャンネルが飛んできた。

 

『旋焚玖さんから伝言ですわ。「お前なら勝てる」ですってよ』

 

「……!……へ…へへ…!」

 

【雪片弐型】を握る両手に自然と力が込められる。

 

(エネルギーがもうない? へっ……寝ぼけた事言ってんじゃねぇッ!!)

 

ISには無限の可能性が秘められている。

(一夏の旋焚玖に対する)想いは時として常識を覆す。

 

「出てこい零落白夜ァ!!」(残量なんて関係ねぇッ!!)

 

 

一夏に残量なんて関係なかった!!

 

 

一夏の鼓動に呼応するように、輝きを失いかけていた【雪片弐型】に再び光が宿る。刃に纏う眩い光の結晶は、明らかに先に形成した【零落白夜】とは異なっていた。

 

「なっ…! なんて力強い光…!」

 

「これが……一夏さんの力ですの…!?」

 

【ワンオフ・アビリティー】は、IS個体特有の能力。そして、その能力の如何はISはもちろん操縦者のメンタル面にも大きく左右される事が多い。技術面よりも精神面に重きを置かれるが故の結果だった。

 

「これならいけるッ!!」

 

初めて一夏がISに触れた時に感じた以上の一体感。集中力が数十倍にも跳ね上がったかのような高解像度の意識。そしてなにより、全身から沸き立つような力を感じる。

 

(旋焚玖が勝てるって言ったんだ。なら負ける筈がないッ!!)

 

一夏の太刀は、ゴーレムに残るもう片方の腕を見事斬り落とした。

 

「ギ…!?……ギ……ギ……ギ……」

 

両腕と共にバランスを失ったゴーレムは、膝から折れるように前へと倒れ込むのであった。

 






クロエ:むむむ…。

旋焚玖:なにがむむむだ!


これにてクラス対抗編終わり!(閉廷)
次回は事後処理的なお話です。


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第87話 闘いの後は


新たな絆、というお話。



 

 

 俺たちの前に浮かんでいたディスプレイが消えた。消える寸前に映ったのは、勝利に笑顔を咲かせる一夏たちの嬉しそうな様子だった。俺も嬉しいぜ!

 

 屋上の人質解放戦。

 観客席の混乱鎮静戦。

 アリーナの無人機討伐戦。

 

 3タテだよ3タテ。

 一つの取りこぼしもなく、完全勝利と言えよう。

 

 クロニクルに負けた? 

 知りませんねぇ、ちょっと気まずい雰囲気になっただけで、別に敗北した訳じゃないから。というか相手はクロニクルじゃなくて、アホの選択肢だからノーカンだよノーカン。

 

「……クロエたちの負け、ですか」(屋上に続き観客席、アリーナと悉く敗北を喫してしまいました。これだけ完敗だと、ぐうの音も出ません。束様……クロエはどうしたら…)

 

 そうだよ。

 

「これから、クロエをどうするおつもりですか?」

 

 あ?

 そんなモンお前、千冬さんに突き出すに決まってんだろ。美人だったらナニしても許されると思うなよ、思う事なかれ! 犯罪は犯罪である! ちゃんと線引きできる俺は偉いのである!

 

 

【お前は今日から俺の肉便器になるのだ】

【お前は今日から俺のメル友になるのだ】

 

 

 極端すぎィ!!

 お前ホント0か100な脳みそしてんな! 肉便器てお前古いんだよもう死語じゃねぇか! おっさんか! おっさんだろ! お前今年でいくつだ!? 言ってみろコラァッ!!

 

 負けたからヤらせろとか完全に悪役のソレじゃねぇか! 純情な感情を持つ(童貞の隠語)俺にそんな事言える勇気があると本気で思ってんのかよ!

 

「……お前は今日から俺のメル友になるのだ」

 

 侵入者を負かした挙句「メル友になろう」と投げかける奴が居るらしいですよ(困惑)

 

「……は?」(は? え、は…? めるとも? いいえ、メル友くらいクロエも知っています! えっと、確か電子メールを利用する「メール友達」の略称だった筈です)

 

 クロニクルはとても唖然としている!

 俺もソーナノ。

 

「ちょっと何言ってるか分からないです」(……友達? クロエが? 主車さんと?)

 

 クロニクルはとても困惑している!

 俺もソーナノ。

 

「……少し、整理させてください」(もしかしてクロエの認識が違う? いえ、そんな筈がありません。クロエは束様に拾われてから、たくさんお勉強しました。俗世の事もちゃんとwikikipediaで調べました! 確かメル友というものは、もともと友人関係になかった者同士が、ウェブサイトなどで知り合い、頻繁にメールをやり取りするような親しい間柄になる、というのが一般的な定義だった筈です。……ウェブサイト? 屋上はウェブサイトだった…?)

 

 クロニクルはとても混乱している!

 俺もソーナノ。

 

「……ふんふむ」(しかし、実際に会っている者同士でも、電子メールを頻繁に利用すれば「メル友」と呼称する場合もある、と記されていました。つまり、主車さんの言葉は理に適っていない訳でもない…?)

 

 クロニクルは何やら頷いている!

 なんでぇ?

 

「一つ、質問させてください」

 

「……聞こう」

 

「クロエとあなたは友達なのですか?」

 

 

【んな訳ねぇだろ何様だてめぇ殺すぞ】

【当たり前だよなぁ?】

 

 

 怖すぎィ!!

 友達かどうか聞かれただけで殺すとかキチガイすぎるだろ! お前が何様なんだこのヤロウ!

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「……何故?」(クロエに友達なんていません。だから理解できません。どうしてクロエと主車さんが友達なのか)

 

 そんなモンお前俺が聞きたいわ!

 いつ俺がコイツと友達になったんだよ! 誰だコイツ!? クロエ・クロニクルだよ! 名前しか知らねぇよ!

 

 あぁもうっ!

 何故かコイツもメル友な方向に傾いてるし、もういいんだな!? 俺もそっち方面に全力していいんだな!?

 

「日本人じゃないお前には難しいかもしれないが、日本にはこんな言葉がある『拳を交えた者は友となり、死合った果てには親友となる』ってな」

 

「そんな言葉が…!?」

 

 ありません。

 いや、一応あるにはあるか。

 俺も最近、拳志郎に殺されかけた後で朋友になったし。北斗神拳ってしゅごい。

 

「先の攻防で俺たちはもう友達になっていたのさ」

 

「……そうだったのですか」

 

 そうだよ(自己暗示)

 

「そうじゃなきゃ、2人肩を並べて観戦なんてしないだろう?」

 

「それは……確かに、仰る通りですね」

 

 これはもう友達な関係を根拠付けで受け入れていますね。やっぱ俺って口先の魔術師だわ(どやぁ)

 

 こうして俺とクロニクルはメル友になった!

 なんでぇ?

 

「でも、クロエはメールというものを送った事がありません」

 

「む……?」

 

 そういやアドレス交換も何やらたどたどしかったっけな。現代の若者には珍しいアナログ派なのかもしれない。俺をおびき寄せたのも手紙だったし。あ、そうだ手紙だ! 思い出したぞコイツの文面!

 

 

【前半の文面について聞いてみる】

【虚を突いてスリーサイズを聞いてみる】

 

 

 コイツの見た目からしてキュッキュッキュなんですが。

 そういうのはボンキュッボンだから聞きたくなる訳で。あ、今回は別にいいです。俺は身体で優劣を決めるような男じゃないから(至言)

 

「あの手紙は何を思って書いたんだ?」

 

「……ああ、あれですか。クロエはお手紙を書くのも初めてだったのです」

 

 初めてであんな卑猥な文章を思いつくのか(困惑)

 コイツすげぇ変態だぜ?

 

「なので、インターネットで調べました」

 

 なるほど、自分で考えた訳じゃないんだな。つまり、コイツは変態ではないと。嬉しくもあり、ちょっぴり悲しくもある男子高生な気分だぜ。

 

「ネット界には世界各国の猛者が集まるという凄い掲示板があるのです」

 

 ん?

 

「そこで男性の気を引く手紙の書き方を聞いたのです」

 

「……それはすぐに教えてもらえたのか?」

 

「いいえ、最初は皆さん理解できない言葉を羅列されていました」

 

「……下げろカスって言われたか?」

 

「い、言われました!」(……なんと。この人は見識も深いのですね……流石は束様に一目置かれているだけの事はあります…!)

 

 お前それ〇ちゃんじゃねぇか!

 そんなトコで聞いたらそらそうなるわ!

 

「ですが途中からは皆さんが親身に文章を練ってくれました!」

 

 親身に練った果てが「変態糞娘」なのか……オモチャにされてるだけだと思うんですけど(凡推理)

 

「メールの打ち方も教えてもらいます。これで安心ですね」

 

 

 不安しかないんですがそれは…。

 

 

【ネットの変態共に任せられるか! 俺が手取り足取り腰取り教えてやる!】

【これで安心ですね!】

 

 

 【腰取り】が書かれた時点で【上】も変態なんだよなぁ。俺は変態にはなりたくない、なりたくなぁい! 

 

「これで安心ですね!」

 

 すまん、クロニクル。

 俺の名誉のためにネット社会に穢されてくれ。これも経験だ、きっと大人になれば笑えるさ。乾いた笑いだろうがな。その時は一緒に笑ってやるさ。俺は指さして嘲笑うだろうがな。

 

「はい」(うふふ、まさかクロエにもお友達が出来るなんて思いもしませんでした。しかもこのような場所で。あ、そうだ、束様に頼んでパケ放題にしてもらわなきゃです…!)

 

 一礼して俺から背を向けるクロニクル。

 今回の件でIS学園の守備は世界一ザルって事も分かったし、きっと誰にも見つからず此処から去って行くのだろう。

 

 というか、普通に逃がしていいのか?

 冷静に考えて……いや、冷静に考えなくてもイカンでしょ。可愛い顔してるけど、コイツすっげぇ侵入者だぜ? 

 

 やっぱり、とっ捕まえて千冬さんに差し出すのが無難だろ。

 

「おい……―――」

 

 

【エッチッチなメールを待ってるぜ!】

【インパクトなメールを待ってるぜ!】

 

 

 【上】コラァッ!!

 性欲持て余した中坊かコラァッ!!

 

 

 

 

「例の解析結果は出たか?」

 

「はい。これを見てください」

 

千冬は真耶から渡された紙に目を通す。

あの激闘から3時間ほど経った今、2人は学園の地下五十メートルにある特殊棟に来ていた。そこはレベル4権限を持つ関係者しか入れず、一般生には存在の有無すら知らされていない特別な空間である。

 

「……やはり無人機、か」

 

それは、世界各国で開発が進められている中でも、まだ完成されていない筈の技術だ。そう、完成されていない筈。曖昧な表現には理由がある。

 

IS競技というモノを仮想敵国との闘いとみなしている国は実は少なくはない。新たな技術が完成しても公表する義務はないのだ。

 

「コアは?」

 

「それが……登録されていないコアでした」

 

「……そうか」

 

千冬の予測にあった「某国の陰謀」は消去される。彼女の知る限り、コアを造り出せる者など、この世で1人しか思い付かないのだから。

 

「何か心当たりが…?」

 

「……さて、な」(アホ兎のアホな顔が嫌でも浮かんでくる。アイツが表舞台に出てくるのなら、私もこのままという訳にはいくまい)

 

千冬は真耶から背を向けて出口へと向かう。

 

「織斑先生、どちらへ行かれるんですか?」

 

千冬はニヤリと笑ってみせた。

 

「封印を解きに、な」(最上大業物二振り【月下美人】【幻魔】。そして私の専用機【暮桜】。どちらも現役を退いてからは封じていたんだがな。きっと、そうも言ってられんだろう)

 

「アッハイ」

 

真耶は思った。

厨二っぽいと。

 

しかし、そこは真耶も大人である。自分にもこんな時代があったなぁ…と、しみじみアンニュイな気分に浸るのと同時に、違う話題を提供する事にするのであった。

 

「……あ、そ、そうだ! 主車君の話、聞きましたか?」

 

「ん? ああ、アレか? 侵入者と連絡先を交換した挙句、逃がしたってヤツか?」

 

「は、はい……やっぱり怒ってますか?」

 

真耶は千冬が怒っていると思ったのだろう。少しビクビクしながら問いかける。改めて旋焚玖の行動を言葉で表すと、普通に大逆罪モンである。

 

「ふむ。ちなみに山田先生は、どうして主車があんな事をしたと思う?」

 

「仲良くなりたかったからだと思うんですけど」

 

「どうして仲良くなりたいと主車は思ったんだ?」

 

「主車君のタイプだったからだと思うんですけど」

 

「フッ……いいか、真耶。物事の表面だけを見るな。特に主車が相手ならな」

 

千冬の言葉に真耶は首を傾げる。

千冬が何を言いたいのか、いまいち伝わっていないようだ。

 

「あの侵入者は学園に害をなした。IS学園にとっての敵という事になる。普通なら捕らえるべき存在だが、主車はあえてそれをしなかった。それは何故か?」

 

「主車君のタイプだったからだと思うんですけど」(2度目)

 

しかし千冬の耳には届かなかった!

 

「敵を敵のままにしておくより、味方に引き込む事を選んだのさ。あの侵入者が主車に心を開けば、敵の内情もいずれ教えてもらえるかもしれんからな」

 

「そ、そこまで主車君は狙って…?」

 

「敵だから捕縛する。それは目先までしか考えが及ばない2流のする事だ。大局を見渡せる者にはな、敵味方の固定観念などない」(まぁそれも、敵を惹きつける魅力あっての話だがな。ふふ、流石は旋焚玖だ。敵とも絆を芽生えさせてしまう器量は然る事ながら、先の先まで見通せるその鬼才…! 現代の司馬仲達と呼ばれるだけあるな(織斑家限定))

 

「はぇ~……主車君って凄いのは身体能力だけじゃないんですねぇ」

 

「フッ……まぁな」

 

真耶は神妙に頷き、千冬は際限なく誇らしげであった。

 

 

 

 

すっかり夜の帳が下りた頃、とある隠れ家で何やらポチポチしている銀髪の少女在り。

 

「……インパクトある手紙の書き方をご教授ください、と」

 

曰く、世界各国の猛者が集う掲示板で教えを承ったクロエは、昨日の敵は今日の友と化した旋焚玖に初メールを送るのだった。

 

 

 

 

「ん…メール?」

 

 アリーナで【たけし】に俺の華麗なモンハンプレイを披露してたら、クロニクルからメールが届いたでござる。しかし、ホントに送ってくるとは律儀な奴なんだな。どれどれ……?

 

 

『やったぜ。 投稿者:変態糞土方』

 

 

 もう汚い。

 

 

『昨日の8月15日にいつもの浮浪者のおっさん(60歳)と先日メールくれた汚れ好きの土方のにいちゃん(45歳)とわし(53歳)の3人で県北にある川の土手の下で盛りあったぜ。』

 

 

 汚い。

 

 

『……――やはり大勢で糞まみれになると最高やで。こんな、変態親父と糞あそびしないか。ああ~~早く糞まみれになろうぜ。』

 

 

「…………………」

 

 よし、モンハンの続きしよ。

 

 






クロエ:へ、ん、た、い、く、そ、ど、か、た…と。

束:∑(゚□゚;)


クラス対抗戦編終わり!(閉廷)



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第88話 旋焚玖の凱旋

おウチへ帰ろう、というお話。



 

 

 IS学園に入学して1か月は経ったか。

 しかし、そんな事はどうでもいいのだ! 何故なら今日から待ちに待った連休、ゴールデンウィークなのである! やはり学生にとって連休は嬉しいのである! 

 

 せっかくの連休を学園で過ごしまくる趣味は無し。こういう時くらい俺は自宅に帰るぞ! 

 母さんと父さんに俺の活躍っぷりを教えてやるんだ~♪ あとマイパソコンも持って行きたいし。 

 

「忘れモンはないか?」

 

「おう!」

 

 一夏も1度は家に帰っておきたいらしく、それなら一緒に帰ろうぜ的なノリで正門へと向かう俺たち。悲しいかな、俺たちへのお見送りは無いらしい。

 

 

「「「「 お勤めご苦労様ですッ!! 」」」」

 

 

 代わりと言っちゃあ何だが、出迎えられちゃった。盛大に。

 

「……ああ」

 

 へへっ、気分はまさに出待ちされたアイドルさ。こんなにも大勢のファンが俺を待っていてくれたんだぜ? これをアイドルと言わず何と言う。

 

「あにきー!」

 

「旋焚玖のアニキー!」

 

「あ、いま俺っちを見たぜ!?」

 

「バッカお前、俺と目が合ったんだよ!」

 

 これはアイドルですね、間違いない(白目)

 

 うん、そら誰も見送りに来ませんわ。

 来ませんし来れませんわ。

 見渡す限り、気合いの入った学ランに特攻服、高そうなスーツ。バラエティーに富んでる屈強すぎる方々が正門前で群れ群れってんのに、誰が来れるかっての。

 

 微妙に忘れそうになるが、ここ普通に女子校だからな。隣りに居る一夏ですらビビッちまってんのに。強い(笑)女子が狼の群れに柵なしで近づけっかよ。

 

 そんな中、一人の怖そうなお兄さんが一夏の前まで詰め寄ってきた。いったい何をする気でせう?

 

「おうコラ、一人目。テメェ一番目だからって調子コイてんじゃねぇぞ、あァん? テメェみてぇなボンボンより兄貴の方が100倍凄ェんだからよォ? そこンとこ分かってンだろなァ……あ゛ァ?」

 

「(´・ω・`)」

 

 これは怖い。

 ボンボンとか100倍ってのが、いかにもヤンキーっぽい。

 

 

【俺も一夏に凄む】

【いい感じに一夏を庇う。アドリブでいい感じによろしくゥ!!】

 

 

 Uzeeeeee!!

 果てしなくウザいテンションしてんな【下】なァ!!

 

 庇うのはいいんだよ、全然いいんだよ。むしろ庇うつもりだったよ! 何で普通にさせてくれないの!? そういうチクチクした積み重ねが俺の疲労度を増させるの!

 

 かと言って、既にアウェイ(一夏的に)なのに俺までヤンキー側に立ったらイカンでしょ。この状況で味方0とか一夏のメンタルが逝っちまうわ! 俺が一夏だったら(´・ω・`)どころじゃないわ!

 

 くそ、見とけコラ!

 そして聞いとけコラ!

 

 一夏と強面さんの間にすすすっと割って入る。あらやだ、とっても怖い顔してらっしゃる。……怖いなー。

 

「あ、兄貴…?」

 

「俺の親友を傷付けてェ奴は今すぐ生命保険に入ってこい」

 

 聞けコラ。

 全員だぞ。聞けそして聴け。

 拝聴しろ拝聴。

 

「最後の親孝行させてやる」

 

「「「 !!? 」」」

 

 殺気はサービスだ取っとけ。

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 (庇われてんの)お前じゃい!

 

「「「 ヒューッ! 旋焚玖の兄貴、ヒューッ!! 」」」

 

 (脅されてんの)お前らじゃい!

 

 まぁでも、一夏が俺と竹馬の友って事も分かって、渦巻いていた変な敵意も消えたようである! 良かったのである!

 

 さて、んじゃあ帰るか。

 と言っても、歩いて帰る訳ではない。IS学園は人工島に建ってるからな。本島に戻るにはモノレールに乗らないと、なのである。

 

 コイツらのほとんどは本島から来ている。故に此処でバイバイではなく、一緒にモノレールにも乗るんだが、外見がね。

 顔もそうだが、服装からして巷でブイブイ言わせてる系兄さんの集まりだもんね。そんな怖い人たちと一緒に乗ってくる勇者(一般人)など居る筈もなく。

 

「へへっ、貸し切りですぜ、旋焚玖の兄貴!」

 

「……ああ」

 

「これが男性専用車両かぁ」

 

 それは違うぜ、一夏よ。

 お前の言う領域は既にッ! 

 男性専用モノレールと化してるんだぜ!

 

 だから何だよ。

 

 

【せっかく来てくれたんだ。IS学園での俺の武勇伝を聞かせてやる】

【自分で言うのはアレだし、一夏に話してもらう】

 

 

 自分から言っていくのか(困惑)

 聞かれてないのに自分から話し出すのか……控えめに言ってドン引きなんですけど。「聞いてくれよなぁ、俺のしゅごい話ぃ~」って語りだすとか、結構な罰ゲームだと思うんですけど(憤怒)

 

 いや、別に【下】がOKって訳じゃないからな?

 【下】も【下】で大概おかしいからな? 「なぁ、俺の活躍を語ってくれよぉ」(ねっとり)っておねだりすんの? イタイっていうかキモいんだけど。それでも【上】よりはマシなような気がする。

 

 あくまで気がするレベルってのがもうね(げっそり)

 

 しかし、別にねっとり懇願する必要は無し。

 ここは愉快なあんちゃんなノリでいこう!

 

「一夏ァ!!」

 

「おう!? どうした急に大きな声出して」

 

「いつもの言ったげて!」

 

「え、何を?」

 

 ちっ…流石の一夏でも初見モノじゃ察してくれねぇか…! まだまだ千冬さんの域には達してないようだな! 精進しろこのヤロウ!

 

「oh 聞きたいぜ俺の武勇伝! そのしゅごい武勇伝を言ったげて!」

 

「ハッ…!」(IS学園内で起こった事は外部にはあまり伝わることはないって鈴達が言ってたっけ。それはつまり、一緒に乗ってるこの人達も旋焚玖がIS学園に巻き起こした旋風っぷりを知らないって事に繋がる? そんなのもったいねぇよな! この人達は旋焚玖のファンらしいし!)

 

「みんな聞いてくれ! IS学園に入学してからの旋焚玖の武勇伝を!」

 

「「「 うおぉぉぉぉぉッ!! 」」」

 

 一夏の一夏による俺のための武勇伝が語られるのであった。一夏視点で語られるのであった。……一夏視点で語られるのか(胸騒ぎ)

 

「ペラペラペーラペラペーラ!」

 

「「「 うおぉぉぉぉぉッ!! 」」」

 

「ペペラペラペラペーラペラ!」

 

「「「 うおぉぉぉぉぉッ!! 」」」

 

「フッ……」

 

 すごく……大げさです。

 だが、俺は一夏に任せたんだ、何も言うまいて。

 

 フッ…俺の歴史にまた(大げさな)1ページ。

 

 話を聞いた俺のファン達(恐)は高揚し、一夏は誇らしげに語り部を務め、俺は晩御飯のメニューを想像していた。

 

 

 

 

「今日は千冬さんも帰ってくんのか?」

 

「んー、何も連絡ないし多分帰ってこないんじゃないか」

 

 帰り道。

 恐々オッス系兄さん達は既に解散している。とても晴れやかなお顔をしてバイバイした。俺の武勇伝が聞けて良かったな(白目)

 

「なら、飯はどうすんだ?」

 

「……あー、どうすっかなぁ、俺もなぁ」

 

 まぁ一夏は料理の鉄人クラスだし、一人でも別に支障らしい支障はないんだろうが。

 

 

【飯食いに来させる】

【一夏君もうまそうやな~】

 

 

 冗談はよしてくれ(タメ口)

 

 

「馬鹿野郎お前飯食いに来いお前!」

 

「え、いいのか?」

 

 

【いいわけないだろ立場をわきまえろ】

【パジャマ持って来いパジャマ!】

 

 

 お泊りコースじゃねぇか!

 いいよ来いよ! 夜通しゲームしようぜ!

 

「パジャマ持って来いパジャマ!」

 

「え、泊まっていいのか?」

 

 

【いいわけないだろ立場をわきまえろ】

【ゲーム持って来いゲーム!】

 

「ぷよぷよ持って来いお前! 初代だぞ初代!」

 

「おう! スーファミのヤツだな!」

 

 飽きたらテトリスな!

 

 

 

 

 それから一夏とは分かれ道でいったんバイバイし、俺は久々の自宅に到着である。チャイムを鳴らしたら、わざわざ母さんと父さんが2人して出迎えてくれた。

 

「おかえり、旋焚玖!」

 

「おかえりなさい、旋焚玖!」

 

 へへ、こういうのは何歳になっても心が温まるな。流石に少し照れてしまうが、そこはまぁご愛嬌ってヤツだ。

 

「……ただいま」

 

 

【感極まってパパに抱きつく】

【感極まってママに抱きつく】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 1か月ちょい親と会わなかっただけで感極まる高校男子がいるか! いてたまるか! 幼稚園児か! 臨海学校から帰って来た小5か! 修学旅行から帰って来た小6か!

 

「パパぁぁぁぁ~!!」

 

「おっと!? ハハッ、寂しかったのかコイツぅ~♪ いくつになっても旋焚玖は甘えたさんだなぁ~!」

 

 うるせぇ!

 ジッとしてろコラァッ!!

 

「パパだけズルい~! ママもママもー!」

 

「ふべっ!?」

 

 ちょっ、タックルしてくんなコラァッ!!

 抱擁じゃねぇぞコラァッ!!

 

 

久方ぶりの帰宅に再会。

主車家は今宵もあたたかい。

 

 




優しい世界(*´ω`*)

次話は弾の家にでも遊びに行きます。


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第89話 蘭&弾


ランアンドガン、というお話。



 

 

 一夏と熱い一夜を過ごした次の日。

 というか日付変わってねぇし、もう今日だな。俺たちは中学からの友達、弾の家に遊びに来ていた。コイツと会うのも高校入学以来になるが、元気そうで何よりである。

 

「で?」

 

「で?って何がだよ?」

 

 俺は2人の会話を聞くに徹しておこう。

 

「だーかーらー! エデンの園の話だよ、こんチクショウ! 何だよお前らだけ女子校に通いやがって! いい思いしてんのか!? してるんだろ!? してるに決まってる!」

 

 ほう……中々に見事な三段活用だ。

 しかしテンション高いなコイツ。なるほど、中学のダチが一番いい説は弾の中では正解と見える。

 

「してねえっつの。メールで知ってるだろ?」

 

「お前旋焚玖の話しか送ってこねぇじゃん! 杜撰な隠蔽工作してんじゃねぇよ! ハーレムな日常を隠してるのがバレバレなんだよ!」

 

 あ?

 一夏、俺の事しか送ってねぇの?

 

 そんなんじゃ甘いよ。

 

「何したり顔してんだ旋焚玖コラァッ!! お前のメールの登場人物もだいたい一夏じゃねぇか! あとたまに出てくるたけしって誰だよ! 3人目か!? また男性起動者が増えたのか!?」

 

 あー、確かに弾の言う通り、男性起動者がこれから出てくる可能性もあるのか。もしそんな未来がきたら、その時は俺と一夏でフォローしてやらないとな。

 

「で、何人オトしたんだよ? お兄さん、怒らないから言ってみ」

 

「な、何で俺だけに凄むんだよ」

 

「安心と信頼の実績」

 

 ニッコリスマイルで親指立ててんじゃねぇよ、このヤロウ。俺たち3人の悲しい立ち位置を思い出すだろうが。

 

 モテモテ役な一夏(なお変わってない模様)奇行に走りまくる役な俺(なお変わってない模様)俺たちのフォローに奮闘する役な弾(なお解放された模様)。

 

「女関係だと旋焚玖は四天王の中でも最弱」

 

 3人なのに四天王なのか(困惑)

 

 しかし言ってくれるじゃないか。

 中学の俺と今の俺を一緒と思うなよ? あの頃の俺は確かに人生に何の目的も無く、ただただ選択肢の奴隷として生きているのみだった。

 

 男性でありながらISを起動させた者と化した今は違う。今の俺はな、平凡な未来を失くしたかわりに、桃色パラダイスな未来を目指す者なのよ。

 

 沈黙を破る刻は今か。

 

「フッ……硬派で鳴らし続けた中学時代の俺と思うなよ?」

 

 そろそろ混ぜろよ(池田ァァッ!!)

 

「は? 硬派?……いや、それよりも、何だその含んだ言い方は…!」

 

「弾、お前はどうやら俺の可能性を見くびっていたようだな」

 

「ま、まさか…! いや、旋焚玖に限って、そんな筈が…」(いや、でも、どうだ? コイツのこの表情……今のコイツの顔は自信に満ち溢れている。いや、満ち満ち溢れている!(とても満ち溢れているの意))

 

 フッ…畳み掛けるは今か。

 

「5人」

 

「えっ」

 

「少なくとも5人だ」

 

「な……ご、5人もオトしたのか…!?」(俺は見誤っていたのか…! 真のハーレム王は旋焚玖だった…!?)

 

「俺が惚れた数だ」

 

「お前が惚れたのかよ!」

 

「ヒューッ!!」

 

「そこでソレはおかしいだろ!」

 

 い~いテンポだリズムもいい(恍惚)

 やはり気兼ねの無い男3人で集まると最高やで。……ん? 何やら扉の向こうからドタドタ足音が聞こえてくる。

 

 そして、豪快にドアが蹴り開けられた。

 

「お兄! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん! さっさと食べに……みゅ?」

 

「あ、久しぶり。邪魔してる」

 

「いっ、一夏……さん!? あれっ、あのっ、き、来てたんですか…? 全寮制の学園に通っているって聞いてましたけど……」

 

「ああ、うん。今はゴールデンウィークだしな。家の様子見に来たついでに寄ってみた」

 

「そ、そうなんですか……みゅ?」

 

 お、目が合った。

 俺も適当に挨拶しておくか。

 

「やぁ」

 

「ゲェーッ!! せ、旋焚玖さん!?」

 

 キン肉マンかな?

 相変わらず面白なリアクションしてんなお前な。

 

 さっきまでのお淑やかな雰囲気を一気に爆散させた愉快な少女の名は五反田蘭。名前の通り、弾の妹さんだ。歳は俺たちより一個下だから、今は中3だな。

 俺たちが通っていた中学ではなく、有名な私立の女子校に通われている優等生さんだ。違う中学でも、放課後やら休日はこの面子に鈴を加えた5人で、よく遊んでいたもんだ。

 

「えーっと……おほほほほ」(し、しまったぁ~~…! 私ったら一夏さんの前で、なんてはしたない声を……しかもこんなラフな格好だし…! くぬぬぅ、ここは一旦退却!)

 

 お、セシリアか?

 しかし蘭はその素質を十二分に兼ね備えていると言えるだろう。弾から聞いたが、さっき言った有名なお嬢様学校で、なんと蘭は生徒会長を務めてるらしいのだ。……ん? 生徒会長? 

 

 変態生徒会長……うっ、頭が…。

 

「お、お兄! ちょっと来て!」

 

「何で行く必要なんかあるんですか?」

 

「い・い・か・ら!」

 

「いてててて! お兄ちゃんの耳をそんなに引っ張っちゃイカンでしょ! ダンボになったらどうすんだ!」

 

「そんな大きくなる訳ないでしょ! あくしてよ!」

 

 弾を引っ張って部屋から出て行く際に、またもや俺の方をチラ見する蘭。チラ見っていうか、軽くガンくれたなアイツ。

 

「……!」(主車旋焚玖……私の倒すべき相手だ!)

 

閉められた扉の向こうでは、五反田兄妹による緊急こしょこしょ会議が開かれるのであった。

 

「お兄! 何で教えてくれなかったの!? 一夏さんにハレンチな格好見られちゃったじゃんかぁ!」

 

「あ、あれ、言ってなかったか?」

 

「きーいーてーなーいー! しかも旋焚玖さんまで居るし!」

 

「お前なぁ、まだ旋焚玖を目の敵にしてんの?」

 

「だって旋焚玖さんは恋敵だもん」

 

恋敵:恋の競争相手(広辞苑参照)

 

五反田蘭。

成績優秀で責任感も強く人当りも良い。学年を問わず、彼女を慕う生徒が数多く存在している。花も恥じらう乙女と評される美少女が恋心を抱いている相手こそ、何を隠そう一夏である。

 

一夏といい関係になりたいと、恋する乙女は一夏まわりを観察し続け、熟慮に熟慮を重ねた結果、最大のライバルは、当時まだ一夏に想いを寄せていた鈴……ではなく、旋焚玖であると結論付けられたのであった。

 

前々から兄の弾もその話は既に本人から聞かされている。聞いてはいるし、可愛い妹の恋路は兄として応援したいとも思ってはいるのだが。

 

「そこで、どうして旋焚玖がライバルになるのか。コレガワカラナイ」

 

「じゃあ逆にお兄に聞くよ? 『一緒に居て楽しいのはどっち?』鈴さんor私。一夏さんなら何て答えると思う?」

 

「え…!? ん、んん~……そうだなぁ、一夏だったら何て答えるかなぁ」

 

「チッチッチッ。まだまだ甘いね、お兄。きっと一夏さんだったら、鈴さんと私の良いところを丁寧に羅列っていうか、言葉に出しつつ、それでもやっぱり『うーん、うーん…』って唸って、結局決められないと思うの」

 

「あー、何かすっげぇその光景が浮かんでくるわ。確かに一夏ならそんな感じだ。え、でも、待てよ。お前の話でいくと、ライバルは鈴って事になるんじゃないか?」

 

弾の指摘は至極正論である。

 

しかし恋する乙女には通用しなかった!

 

論より証拠を見せてやる、と蘭はこしょこしょ会議を中断し、扉をバーンと開き、中で旋焚玖とババ抜きを楽しんでいる一夏に言霊を投げつける。

 

「私と旋焚玖さんで! 一夏さん的に一緒に居て楽しいのはどっちですか!?」

 

「旋焚玖かな」(キリッ)

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

再び閉められる扉。

こしょこしょ会議、継続!

 

「……なんだったんだ、今の?」

 

「わがんね」(汚い咆哮だったなぁ)

 

暇を持て余す2人、ババ抜きタイム継続!

扉の向こうでは蘭が弾に現実を突き付けていた。

 

「ほら聞いたでしょ!? こんなにも物理的証拠があるのにまだお兄は反論するの!?」

 

物理的ではないんだよなぁ。

兄の弾はそう思ったが、指摘したら10倍になって意味不明な言葉が返ってくる事を予想し、ここはスルーする事に。

 

「分かった分かった。それで、蘭はどうしたいんだ?」

 

「旋焚玖さんに勝って一夏さんを振り向かせる!」

 

女の時点でもう勝っていると思うんですが(名推理)

との言葉をグッと堪える弾。言ったら最後、またもや意味不明な言葉が100倍にもなって返ってくる気がしたからだ。

 

(何処に出しても恥ずかしくない自慢の妹なんだけどなぁ。一夏…っていうか、旋焚玖が絡んだ時だけ絶妙にアホになるのがなぁ。お兄ちゃん悲しいなぁ)

 

「まぁでも、確かに一夏と一番距離感が近いのは旋焚玖だわな」

 

「ほら、やっぱり!」

 

「それじゃあさ、もういっそのこと蘭も旋焚玖みたいになったらどうだ?」

 

「例えば?」

 

「そうだな。ずっと静かだったのに、いきなり奇声を上げるとか?」

 

「変人じゃん!」

 

(旋焚玖なんだよなぁ)

 

「商店街を逆立ちで練り歩くとか?」

 

「変人じゃん!」

 

(旋焚玖なんだよなぁ)

 

「今じゃ小指一本でいけるらしいぞ?」

 

「それはしゅごいね!」

 

(しゅごいよなぁ。それも旋焚玖なんだよなぁ)

 

正直、割と対応するのにメンドくさくなってきた弾は、抑えていた正論をあえてブツけてみる事に。

 

「なぁ、蘭。よく聞いてくれ。一夏は男で、旋焚玖も男なんだぞ? 2人がどれだけ仲良くなっても、それは友情の枠を超えないさ」(2人とも普通にノンケだしな。流石に妹にそういう直接的な言葉は言えないけど)

 

弾の弾による蘭のための正論。

 

「友情の枠を超えない、ですって? ホントにお兄は断言できるの? 胸を張って、名誉と命にかけて、法的実行力を伴った誓約書にサインと拇印を押したものにかけて、そう断言できるの?」

 

やはり恋する乙女には通用しなかった!

 

「神にかけて、天と地にかけて、インディアンの掟にかけて、ハンムラビ法典にかけて、主君の名にかけて、誓う事が出来るの? お兄の言うところの『友情』が、何ら邪心のない穢れ無き心から生まれ出た完全で一分の隙も無い徹底的絶対的かつ完璧で純粋な究極人間に基づく『友情』のままで居られると……本当に言えるの?」

 

「ごめんなさい、お兄ちゃんの負けです」(すまん、一夏、旋焚玖。恋する乙女には勝てなかったよ)

 

一般人が秀才に舌戦で勝てるはずもなく、弾は無条件降伏せざるを得なかった。『敗者は勝者にひれ伏すのみ』を弾が体現していると、扉が開かれ、中から一夏が出てきた。

 

「おーい、弾、トイレ借りても…ん? 何で土下座してんだ?」

 

「ポツダム宣言受諾」

 

「何言ってだお前」(ン抜き言葉)

 

「うるせぇ! 借りたきゃ借りろ! 今ならうんこもサービスでさせてやふぶぅッ!?」

 

「下品禁止!」

 

兄の鳩尾に鉄拳を喰らわす妹の図をしりめに、一夏はいそいそとトイレへと向かう。

 

(今のは弾が悪いし。ぅ~…ポンポン痛ェ…)

 

不当な暴力でもないと判断しての事だった。

 

 

 

 

「――という訳で、俺の手には負えん。旋焚玖、何とかしてくれ」

 

 一夏と入れ替わりで五反田兄妹が入って来た。弾の話と蘭の様子を見る限り、どうやらいつもの症状が出たようだ。しかし、何とかしてくれって言われてもな。

 

 目線を蘭へチラり。

 

「がるるるるる…!」

 

 すっげぇ威嚇してる、はっきり分かんだね。

 

 

【犬が相手なら手懐けてやる。ヨシヨシしてやる!】

【なんか犬っぽくねぇなぁ? 俺が見本見せてやる】

 

 

 ヨシヨシしたい(願望)

 しかし相手は蘭である。俺をライバル視している謎思考はもう諦めたけど(3年間の積み重ね)一夏に恋する少女にヨシヨシしたらイカンでしょ。というか、恋してなくてもイカンでしょ。セクハラ的な意味で。

 

 しかし……友達と友達の妹の前で犬の真似をするのか(げっそり)

 犬の真似かぁ……はぁぁ~、とりあえず四つん這いになるか(ヤケ)

 

「お、おい、どうしたんだ旋焚玖、急にヨツンヴァインになって」

 

 ヨツンヴァインって言うなよ。

 

「ワン! ワン! ワン!」(迫真)

 

「「…………………」」

 

 兄妹揃って憐れんだ目で見てんじゃねぇよ! 何見下してんだこのヤロウ、生類憐みの令か! 犬だけに!(激うまギャグ)

 

「……な、蘭。これが旋焚玖だ。基本的に常識人のお前がコイツに勝てんのか?」

 

「ぐぬぬ」

 

 無理に決まってんじゃん。

 むしろ素で犬の真似とかされたらビビるわ。強制力(選択肢)無しに俺の極地まで昇って来られると思うなよ。

 

「こんな強烈な人が隣りに居たら、私なんてただの後輩にしか見られないですよね」

 

 変人とか言われなくて良かった。

 

「まぁ確かになぁ。お兄ちゃん自慢の妹もライジングインパクトには勝てねぇよなぁ」

 

 ゴルフ上手そうな二つ名してんな俺な。

 

「うーん。私も旋焚玖さんに負けないような個性でもあったらなぁ」

 

「……ふむ」

 

 

【語尾に『おっぱい』を付けたらどうだ?】

【語尾に『ンゴ』を付けたらどうだ?】

 

 

 これはひどぅい。

 

「……語尾に『ンゴ』を付けてみたらいいんじゃないか?」

 

 こんなモン即却下してくれていいよ。

 せっかくの美少女が台無しじゃねぇか。おっぱいよりマシってだけだ。

 

「お! それいいじゃないか! 個性あるぜ!」

 

 個性(プラスイメージとは言ってない)

 何故賛同してしまうのか。

 

「え、えぇ~? マジで?」

 

 何故少し乗り気なのか。

 

「マジだって! ほら、物は試しだ、言ってみろって!」

 

 ちょ、待て待て、マジで言う流れなんか!?

 待って、腹筋固めるからちょっと待って!

 

「……一夏さん遅いンゴ。お腹すいたンゴ」

 

「ぶははははは!」

 

「うわはははは!」

 

 やるじゃねぇか、蘭。

 俺の腹筋を貫いてみせるとは、見事…!

 

「(ピキッ)ンゴォォォォ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!?」

 

 蘭のビビビンタが弾の頬をペチペチる。

 

 3、4、5往復半か。

 中々のスピードだ。手首の返しもいい。お嬢様学校に通わせてんのがもったいないねぇや。

 

 あ、こっち見てる。

 俺も笑っちゃったし、同罪だよなぁ。

 

 しゃーない。

 ここは甘んじて受けよう。

 

 

【一夏に助けを求める。トイレのカギはピッキングで】

【拳で来るなら武威で応戦するのみ】

 

 

 僕は罰を受けるつもりでした。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

「……ッ!」

 

「みゅいっ!?」

 

 時が動き出した瞬間、殺気を蘭に叩き込む。

 すまんな、手は出さないから許してくれ。

 

「あ、あれ…? 私、何してたんだっけ…?」

 

 理性を失っていたのか。

 恐るべし、ンゴンゴ。

 

「気にするな。そろそろ一夏も戻ってくるだろう。そしたら飯でも食いに行こう。久々に会ったんだし、一夏と積もる話もあるだろう?」

 

「は、はい! あ、その前に私、着替えてきますね!」

 

 食いに行くって言っても、下でやってる五反田食堂だけどな。弾たちのじいちゃんが大将でやってるんだが、これまたンまい飯を作ってくれるんだ。

 

 しかし蘭と一夏が戻ってくるまでどうしようか。

 

 

【蘭の部屋のドアの前で待つのがベストでぇーすッ! その間…鍵穴に目を近づけるのはいけないことでしょうか~!】

【トイレのドアの前で待つのがベストでぇーすッ! その間…鍵穴に目を近づけるのはいけないことでしょうか~!】

 

 

 どっちもいけない事なんだよなぁ。

 

 でもなぁ。

 ダチの妹の着替えを覗き見るのはイカンでしょ。見たいけどなぁ俺もなぁ。でもバレたらシャレにならないんだよなぁ。

 

 でもなぁ。

 一夏のトイレシーンを覗き見るのもイカンでしょ。見たくないからなぁ俺はなぁ。でもバレてもシャレで済ませられるんだよなぁ。

 

「はぁぁぁ~……テンション下がるわー。久々にテンション下がってるわー」

 

 グラビガな足取りで部屋から出ようと、ドアノブに手を伸ばす。よりも早く勝手に扉が開かれる。扉を開いた者、それは――。

 

 

「待たせたな!」

 

 

 腹痛を乗り越えた一夏だった!

 

 





ヒューッ!


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第90話 弾&蘭


旧友団欒、というお話。



 

 

 

「お、お待たせしました!」

 

 やけに気合いの入った服装で、一夏から少し遅れて合流した蘭。下の五反田食堂で飯食うだけなのに凄い徹底してるな。一夏にアピールするためならエンヤコラな精神が伝わって来るぜ。

 

 俺の横でスッキリした顔をしている一夏も指摘する。

 

「あれ? 凄いオシャレしてるけど、どっか出かけるの?」

 

「あっ、いえ、これは、その、ですねっ」

 

 一夏と恋仲になりたきゃ、そのキョドってちゃイカンよ。ここで堂々と『お前の事が好きだったんだよ!』って言えるくらいでないと。

 

 一夏を相手に『急がば回れ』はむしろ悪手まであるからな。全速前進DA!くらいの気概で攻めないと、あらん方向に勘違いしだすぞ。

 

「あ、分かったぜ!」

 

 ダウト1億。

 

「デートだな!」

 

「違いますっ!」

 

「(´・ω・`)」

 

 これは一夏が悪い。

 という訳でもない。

 2人は別に初対面同士じゃないからな。むしろ知り合って3年も経ってるのに、一夏取説の通りに行動を起こさない蘭が悪いまである。まぁ思春期な女子がスーパー肉食系になれっていうのも酷な話だろうが。

 

 

【恋のキューピットになる】

【まだ時ではない(○○ルート継続)】

 

 

 まだ時ではないッ!!(即答)

 これで何回目だ、この【選択肢】が出たのは。何度聞かれても俺の答えは変わらん! まだ変わらんよ!

 

 すまんな一夏。

 刎頚の友であるお前の為ならエンヤコラな精神を持つ俺でも、一つだけ譲れないモノがあるのだ。

 

 矮小な男と蔑むがいい。

 それは分かっている。

 

 だが、それでも…! 

 

 まだお前には童貞であってほしい…!(建前)

 俺より早く卒業してほしくない…!(本音)

 

 

『キス? 別に普通だったな』

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

『セックス? 別に普通だったな』

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 だめだめ、想像しただけであ゛ぁ゛っちゃう。

 現実で言われたら、きっと弾の顔にうんこブツけちゃう。

 

 一夏であっても、素直に祝福できる自信がない俺のうんちさを許してくれ。俺よりも先に卒業なんてされたら、きっと嫉心に次ぐ嫉心でおかしくなっちゃう。その果てに待つのは失神だ(激うまギャグ)

 

 という訳で。

 

「……腹減ったなぁ」

 

 誰に向かって言う訳でも無し。

 しかし、このタイミングで2人の会話をブッた斬る呟き。俺の狙いを解する者は、果たしてこの中に居るのだろうか、いや居る。

 

 我と共に生きるは冷厳なる勇者(童貞)、出でよ!

 

「この辺にぃ、美味い五反田食堂、来てるらしいっすよ」

 

 弾の熱い実家推し。

 いいゾ~これ。

 

「あっ…そっかぁ…」

 

「行きませんか?」

 

「あっ、行きてぇなぁ」

 

「行きましょうよ。じゃけん今から行きましょうね~」(すまんな、蘭。俺も気持ちはだいたい旋焚玖と一緒なんだ。お兄ちゃんが本気でお前の恋を応援するのは、お兄ちゃんがお兄ちゃん!になった時なんだ)

 

「おっ、そうだな」

 

 ほい、弾と俺による話題誘導作戦完了。

 して、その効果の程は?

 

「……(ウズウズ)」

 

 一夏が仲間になりたそうにこちらを見ている! お前さっきから俺らの事チラチラ見てただろ(事実)

 

「やったぜ」

 

「成し遂げたぜ」

 

 隠れ同盟を組む俺と弾、心の中でハイタッチ。

 して、蘭は?

 

「むむむ」

 

 なんか馬超ってた。

 

「ぶははは! 何がむむむだ「ンゴォ!」ぶへぁ!?」

 

 今のは弾が悪い。

 まぁ、ツっこまずには居られない気持ちは分かるが。それでも今は我慢すべきだったな。

 天然ツっこみ気質がアダになったか、色んな意味でプンスカプンな蘭から鉄拳制裁を喰らった弾は崩れ落ちるのでした、と。

 

 話も有耶無耶になって、いい感じにオチもついたし、五反田食堂へイクゾー。

 

 

 

 

「ンまい」

 

 久々に食う五反田食堂鉄板メニュー『業火野菜炒め』は、俺の期待を裏切る事なく、存分に舌鼓を打たせてくれるぜ。

 

 齢八十も何のその。老いてはますます壮なるべしな大将、厳さんは今日も元気に中華鍋を振るっている。鉢巻きに肩捲りが渋いぜ。そしてンまいぜ。一夏が食べてるシューマイも美味そうだ。

 

「うーまいしゅーまい」

 

「「 は? 」」

 

「(´・ω・`)」

 

 今のは一夏が悪い。

 しかし、語呂も良く韻も踏んでいる。俺は割りと有りだと思う。ダジャレを何でもかんでも悪と見なす現代の風潮に風穴開けてやんよ。

 

「うーまいしゅーまい、か。なるほど、思わず口に出したくなる言葉遊びだな」

 

「せんたく…!!!!!」

 

 ま、たまにはね?

 

(こういうトコだぞ、蘭。一夏をオトしたいなら旋焚玖を倣うんだな)

(むむむ)

(ぶはははは! なにがむむむだ(ンゴォ!)ぼへぁ!?)

 

 対面に座る弾と蘭が何やらわちゃわちゃしてる。仲が良さそうで何よりである。やっぱ兄妹は仲良くてナンボよな。 

 

「そ、そうだ。お前ら何処から通ってんの? 自宅通いじゃないんだろ?」

 

 場の空気を変える事に定評のある弾が、何気ない質問を俺たちに投げかける。しかし、ピクっと反応するところを見ると、どうやら蘭にとっては何気なくはないようだ。やっぱ気になるんすねぇ。

 

 俺と一夏で答えは違うがよろしいか?

 

「学生寮」

 

「が、学生寮!?」

 

 驚きモモンガな蘭。

 まぁ学校が学校なだけに、その反応は正しい。話のメインではなさそうだが、一応俺も言っておこうかな。

 

「俺の城」

 

「修羅の力が漲るぜ?」

 

 それは鬼の城。

 しかし弾、お前中々コアなとこ突いてくるじゃねぇか。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 学生寮って女子寮じゃないんですか!?」

 

 ババーンと立ち上がる蘭。

 結構な勢いのせいか、ワンテンポ遅れて椅子も後ろに倒れ掛かる。

 

 

【これを機に俺が蘭の椅子になる】

【椅子を傷つけさせる訳にはいかない】

 

 

 あ、【下】で。

 

 時が動き出した瞬間、シュババッと。

 椅子が床に転がる前にワンハンドキャッチ。

 

 此処には他のお客さんも居るからね。大きな音立てて不快にさせたらいけないからね。いい仕事してますよ~、俺。

 

「ひゅ~……相変わらず、えげつない身体能力してやがんなぁ」

 

「へへっ、だろ? まぁ旋焚玖なら朝飯前だけどな!」

 

 ふふふん。

 もっと我を讃えよ!

 勘違いを伴わない称賛ほど嬉しいものはないのである!

 

「あ……す、すいません、旋焚玖さん」

 

「気にするな」

 

 気にしろ。

 気にして俺に彼女が出来てから一夏をオトせ。

 

「えっと……ンンッ…! 話を戻しますけど、一夏さんは女子寮に住んでるんですか?」

 

「うん、まぁ……あ、でも、部屋は俺1人だぞ」

 

「いや、それもおかしいだろ。女子校で男子2人だったら、同居させるんじゃねぇの?」

 

 当然の疑問だな。

 だが、俺に『当然』の枠は小さすぎるのさ(強がり)

 

 しかし真っ当に説明してしまえば、女子寮に住んでる一夏が変に自分の境遇を責めるかもしれん。ここはいつものノリで流すに限るぜ!

 

「……俺ほどの男になるとな、女子寮から離れたところに一軒家が建てられるのさ」

 

「「 あっ 」」

 

 察してくれてありがとう。五反田兄妹が聡くて嬉しいです。そして何も言わないでくれてありがとう。こういう時のフォローは、むしろ心に刺さる刃と化す可能性の方が高いからな。

 

(……ねぇ、お兄。旋焚玖さんが女子寮に住めないのって…)

(言ってやるな、妹よ。男の虚勢は見逃すのが礼儀だ)

 

「えっと、えっと……あ、そうだ! 私、来年IS学園を受験します!」

 

 場の空気を変える事に定評のある弾の妹である蘭が、唐突にそんな事を言った。いや、ホントに唐突だな。

 

「はぁぁぁぁぁッ!? お兄ちゃんは聞いてませんよ、そんなアデッ!?」

 

 蘭の受験宣言に驚きモモンガな弾だったが、厳さんからのおたまアタックが見事デコにヒット。料理人だけあって、食事のマナーを重んじる人だからなぁ。なお、蘭にはすこぶる甘い模様。蘭は可愛いからね、しょうがないね。

 

「今言ったからね」

 

 今言ったならしょうがないね。

 

「いやいや、ちょっと待ってくれ、妹よ。お前の学校はエスカレーター式で大学まで行けるじゃん! ネームバリューだって凄いし!」

 

 ふんふむ。

 将来の事を考えたら、ネームバリューは大事だな。それだけで就職もかなり有利になる。弾の言葉はイチャモンではなく、確かな正論に基づいている。これを切り返すのは中々に難しいんじゃないか?

 

「IS学園の方がネームバリューあるよ?」

 

「ふぐっ…! そ、それはそうだけどよぉ…」

 

 流石は賢才なる蘭よ。

 正論にあえて正論をブツける事で優位に立ってみせたか。困った時に曲論を使いがちな俺も参考にしないとな。

 

「筆記試験も私なら余裕だし」

 

「そりゃあ、お兄ちゃんと違って蘭は賢いからな!…って違うわ! 自慢の妹を褒めてどうする俺!」

 

 テンション高いなぁ。

 勢い余って椅子から立ち上がる弾。これはまたもやおたまアタックが飛んでくる予感。して、厳さんの判定は?

 

「可愛い蘭を褒めたからセーフ」

 

 お前の判定ガバガバじゃねぇかよ! 

 ぜったい言わんけど。怒ったら厳さんも怖いからね。

 

「いや、でも……あ、そうだ、適性試験! それに受かんないとIS学園は無理なんじゃないのか!?」

 

 適性試験かぁ。

 懐かしいな、弾と一緒に受けに行ったんだよなぁ。

 

 あれからもう3か月も経ってるのか。……まだ3か月しか経ってないのか(唖然)

 毎日が充実している証拠だな!(自己解決)

 

 そして、無言でポケットをまさぐる蘭。

 この時点でもう既にドヤ顔である。蘭が取り出しましたるは~……紙? それを受け取って開く弾。

 

「……なんという事だ」

 

 弾の手のひらから零れ落ちる紙をキャッチ。

 んで、なになに……IS簡易適性試験、判定A?

 

「障壁は! 既にッ! 飛び越えているんですよ!」

 

 ドヤ顔だけじゃ飽き足らず劇画調まで使いおるか。

 しかし、これはしゅごい。

 

 適性『A』って事はセシリアや鈴達クラスって事だろ? これは未来の代表候補生ですね、間違いない。今から試合っても、俺なら負ける自信があるね。

 

 という訳で。

 

「……すごいな」

 

 素直に拍手。

 

「おぉ~、Aってかなり稀少だって鈴も言ってたし。いやぁ、蘭すげぇな!」

 

 一夏も拍手。

 

「え、えへへ……だからですね、私がIS学園に入学しても問題ないんです!」

 

 お、そうだな。

 俺が2年に上がっても、どうせ下の連中にはビビられる運命だし、そんな中で1人でも知ってる後輩が入ってきてくれるのは心強い。

 

「そのですね、一夏さんにはぜひ先輩としてご指導を……」

 

 

【だめだい】

【いいよ】

 

 

 俺に答えさせるのか(困惑)

 頼まれてもない俺に答えさせるのか。

 

『うわ、聞いてないのになんか割ってきた』とか年下の女の子に思われちゃうのかぁ……やだなぁ(哀愁)

 

「だめだい」

 

「な、なんで旋焚玖さんが答えるんですか!」

 

 俺が言いたいわ!

 何で俺に答えさせるんですか!(憤怒)

 

「しかもだめって、どういう事ですか!」

 

 だって安直に【いいよ】は選べんでしょうが! 請われてんのは俺じゃなくて一夏なんだし! 勝手に肯定するのは、経験上めんどくさい方に転がりやすいんだよ! こういう場合はいったん否定的なモンを選んだ方がリカバリーも利くんだい!

 

「落ち着け、蘭。まずは聞け」

 

 フッ……今日もそれっぽい話を構築する作業が始まるぜ。これじゃあ、普段と変わってないんだぜ。ゴールデンウィークって何かね。

 

ゴールデンウィーク:毎年4月末から5月初めにかけての休日が多い期間のこと。大型連休、黄金週間ともいう(広辞苑参照)

 

「一夏もまだ人に教わっている身だ。まだまだ知識もつけなきゃいけないし、授業に付いて行くので精一杯な状態だ。お前たちが思ってる以上に、今が一番キツい時期なんだよ」

 

 安息を求めにせっかく地元へ帰ってきたのに、俺の精神的疲労度が変わってないんだぜ。これじゃあIS学園に居るのと一緒なんだぜ。休日って何かね!

 

休日:休みの日のこと(広辞苑参照)

 

「そこに後輩から『指導してほしい』なんてお願いの上乗せだ。これは負担か否か?」

 

「うっ……そ、それは…」

 

 休めてないんだよぉ!

 アレコレ考えすぎて頭パンクしちゃうよぉ!

 

 それなのに国は休め休めと言っている! 黄金のような1週間を過ごせと言っている! 黄金って何かね!

 

黄金:金のように輝くもの。また、貴重で価値のあることの例え(広辞苑参照)

 

「しかし、『来年、蘭に教えられるよう頑張る』という目標にはなるな」

 

 貴重も何も日課(選択肢)なんだよなぁ(結論)

 脳内結論も出たし、こっちもまとめに入るぞー。

 

「えっ…?」

 

「どうだ、一夏? クラス対抗戦も終わったし、これを新しいモチベーションにするのも俺は一興だと思うが」

 

「うーん……確かに、何か理由があった方が練習とかも身が入るしな。いいぜ、蘭。受かったら俺が教えてやるよ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

【ウソだよ】

【ホントだよ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 綺麗に纏められたと思ったのにぃぃぃぃ!! なんでお前はいつもスッキリ終わらせてくれないの!? ゴールデンウィークだぞコラァッ!! 

 

 お前もたまには休暇取ってベガスにでも行ってこいよぉ! 年中無休とか俺は何だブラック企業か! このバカ! 社畜! 労基行け労基!

 

 

旋焚玖、15歳。

今日も頬を膨らませ、逞しく生きてゆく。

 

 





次話から転校生編突入です。




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第91話 乙女式日中英同盟締結日


プラス清香さん、というお話。



 

 

 

ゴールデンウィーク最終日の夜。

学生寮の生徒たちは思い思いに過ごしていた。

 

明日に備えて早めに眠る者、連休前に出された宿題とようやく向き合う者、ポコ生でアニメの一挙放送を鑑賞する者、それぞれである。

 

1人部屋の一夏は教科書を開き、軽く明日の予習を。

同じく1人暮らしの旋焚玖は――。

 

 

【連休最終日なので今宵は呂布(三國無双)と死合う】

【連休最終日なので今宵は忠勝(戦国無双)と死合う】

 

 

「いやだぁぁぁぁ!! 死にたくない! 死にたくなぁぁぁい!」

 

毎夜恒例、選択肢による熱い特訓に勤しんでいた。

そんな日常の中で、一人の少女が行動を起こす。

 

「お邪魔する」

 

「邪魔するわよー」

 

「うふふ、いらっしゃいまし」

 

その名もセシリア・オルコット。

イギリス代表候補生にして専用機持ち。淑女を自負するだけあって気品と自信に満ち溢れる才色兼備な少女は、先日旋焚玖にハートを盗まれまくった。

 

故に、セシリアは2人の少女を自室へと招き入れるに至る。

 

「話とは何だ? 本音の宿題を手伝っていたのだが…」

 

「あたしもルームメイトとタートルズ観てたんだけど~?」(1組の子じゃないし名前は言わないでもいいかしらね)

 

自分と同じ想いを抱いている箒と鈴を。

別に暇を持て余していた訳ではない箒と鈴は、急な御呼ばれに若干プリプリしているようだ。

 

「まぁまぁ、いいじゃん。ポッキーもあるよ? 美味しいよ?」

 

そんな2人を宥めながら席に着かせるのが、セシリアのルームメイトであり、もはや親友とも呼べる間柄となった清香である。

 

「いや、何でポッキーで釣れると思ったのよ」

 

「なんだ、清香は実家には帰らなかったのか?」

 

椅子に腰を掛けながら、箒は尋ねてみる。

今年の連休は例年に比べても少し長めだ。セシリアや鈴といった留学生組や箒のような特殊な事情がない限り、ほとんどの生徒が帰郷しているのだが。

 

「あー、うん。帰る予定だったんだけどねぇ。ほら、初日の夜ってさ、雷が凄かったじゃん」

 

「あー、あったあった。確かにゴロゴロうるさかったわ」

 

「セシリアがね、雷が鳴る度に『ぴっ』とか『ぴゃっ』とかって怯えるんだもん」

 

「なにそれ可愛い」

 

「ふむ、セシリアは雷が苦手なのか」

 

客人をもてなすため紅茶を淹れに、当人がその場から離れている時を見計らって、あっさりバラされるのであった。

 

「皆さ~ん、イギリス本場の美味なるお紅茶様のご登場ですわよ~♪」

 

なんだかんだ、祖国自慢の紅茶を振舞いたいルンルン気分なセシリアが戻って来た頃には、時既に遅しである。

 

「しまいには電話を取って『チェルスィィィィ!! 今すぐ雷を止めなさいチェェェェルスィィィィ!!』って泣きついてたもん。ほっとけないよねー」

 

「ぴぃっ!? き、清香さん!? あなた何を仰ってますの!?」

 

「事実」(どやぁ)

 

事実なら仕方ない。

 

「まぁまぁ、いいじゃないセシリア」(にやにや)

 

「誰しも苦手なモノの一つや二つあるさ」(にやにや)

 

「ぐぬぬ…!」(何ですのそのニヤついたお顔は! ですが、ここでアタフタしては、それこそ箒さん達の思う壺ですわ! ここは淑女らしく、何事もなかったように振舞うのがベストですわ! そうです、優雅に紅茶を口に運びましょう!)

 

明らかに頬をピクつかせながらも、淑女スタイルを何とか保たせるセシリアは紅茶を一口。

 

「アッツイ!?」

 

しかしセシリアは猫舌だった!

 

「ちょっ!? 何やってんのよ! ちゃんとフーフーしなさいよ!」

 

「水だ清香! 氷も頼む!」

 

「う、うん!」

 

いじわるしてもやっぱり良い子な3人による素晴らしいテキパキ連携の甲斐あって、セシリアは何とか事なきを得るのであった。

 

 

 

 

「オホン…ッ。では、改めまして」

 

「……この子、何事も無かったかのようにしてるわよ?」

 

「言ってやるな、鈴。ここはスルーしてやるのが優しさだ」

 

「きぃぃぃぃッ!! 聞こえてましてよお二方!」

 

そんな3人の様子を眺める清香の瞳は慈愛に満ちていたとか。

 

「(そんな余裕もここまでですわ! この言葉を聞きなさい!)女ならな、奪うくらいの気持ちでいかなくてどうする。自分を磨けよ、ガキ共……でしたか」

 

「「 !? 」」

 

それまで謎の勝利感を得ていた2人だったが、セシリアの一言で表情が一辺する。何故ならそれは、かつて2人の想い人から告げられた言葉なのだから(第69話参照)

 

「意中の殿方を射止める乙女の舞踏会。このセシリア・オルコットもここに参戦を宣言させていただきますわ!」

 

「はぁぁぁぁッ!?」

 

「うそだゾ絶対うそだゾ!」

 

「あはははは!ってこんな時に笑わすんじゃないわよ、アホかアンタ! なに一夏の真似してんのよ!」

 

「す、すまんつい錯乱して」

 

先程までの余裕が完全に消え失せる。

それほどまでに、セシリアの言葉は2人を動揺させるモノだったらしい。

 

「ちょ、ちょっと作戦タイム!」

 

「少し内緒話をさせてくれ!」

 

清香は思った。

内緒話なのにわざわざ宣言するのかぁ、と。

 

「ええ、よろしくてよ」

 

客観的に見ても、主導権はセシリアに握られた。

それはセシリア自身も実感しているのだろう。ちゃんとフーフーして、程よく冷ました紅茶を楽しみながら、2人の要求を承諾してみせた。

 

 

(聞いてないわよそんな話ィ!!)

(私にキレるなよ! 私だって初めて聞いたわ!)

(だっておかしいでしょ!? アイツ、あたしの(恋の)スカウターに反応しなかったのよ!?)

(……気を消す術を心得ているのかもしれないな。金髪だし)

(あんた、ネタ知ってたのね)

(わ、私だってドラゴンボールくらい知っている!)

 

 

2人の内緒話に聞き耳を立てている清香は思った。

論点から遠ざかってますよ~、と。

 

 

(で、どうすんの?)

(まずは詳しく話を聞くべきではなかろうか)

(そうね、そうしましょう。聞くからには直球勝負よ!)

 

 

冷静さも取り戻し、作戦タイム終了。

改めて2人はセシリアと向かい合う。

 

「ねぇ、セシリア」

 

「なんでしょう?」

 

「あんた、旋焚玖のどこに惚れたのよ?」

 

「うふふ、では明かしましょう。あの日の事を!」

 

あの日の事とは勿論、クラス対抗戦にあった屋上での出来事である。セシリアにとっては思い出の、いわばときめきメモリアルなのである。

 

「そう……あれはクラス対抗戦が始まる直前でしたわ。何を隠そうこのわたくし、セシリア・オルコットは――」

 

立ち上がり、意気揚々と歌劇だすセシリア。

 

彼女の寸劇チックな回想シーンを初めて目の当たりにする2人とは違い、割と結構な頻度で付き合わされている清香は思った。

耳に出来たタコがそろそろはっちゃんになっちゃうヤバイヤバイ、と。

 

 

 

 

「―――以上が事の顛末ですわ!」

 

一人三役を見事こなしたセシリア劇場。

ゲストの鈴と箒は食い入るように鑑賞し、清香はポッキーを平らげた。

 

さて、2人の感想は如何に。

 

「それは惚れる」

 

「うむ、正直うらやましい」

 

「でしょう!? あの一件以来、旋焚玖さんがイケメンに見えて仕方ありませんわ!」

 

あの一件以来、セシリアには旋焚玖がイケメンに見えて仕方なかった!

 

「それは気のせいでしょ」

 

「それは気のせいだろ」

 

しかしそれは気のせいだった!

 

「そう言えばそうですわね」

 

やはり気のせいだった!

 

(えぇ……なにこの会話)

 

清香は最初、ツっこもうとしたのだが、何やら嫌な予感がしたので沈黙を貫く事に。そして目の前の3人が共鳴させている謎感覚がホントに謎なので、そのうち清香は考えるのをやめた。

 

「で、どうしてわざわざ話してくれたのよ?」

 

「私も理由が気になるな」

 

2人の疑問は最もである。

セシリアの立場からすれば、箒と鈴は恋敵の筈。そんな相手に自ら想いをバラしても、それこそ百害あって一利なしなのだが。

 

「性分ですの。こそこそ出し抜く画策なんてセシリア・オルコットには似合いませんわ!」

 

「……あーあ、甘っちょろいわねぇ」

 

「フッ……私達が言える事ではないがな」

 

強く否定出来ず苦笑いの2人。

鈴と箒も旋焚玖への想いをきっかけとして、絆を深めた者同士なのだから。

 

「ま、いいわ。歓迎する…って言い方はおかしいわね。なんだろ、何て言ったらいいか分かんないけど、アンタとはこれからもっと仲良くなれそうだわ」

 

「そうだな。これ以上ライバルが増えるのは御免被りたいところだが、それ以上にアイツを理解してくれる者が増えたのは素直に嬉しい」

 

「鈴さん…箒さん…! ええ、これからよろしくお願いしますわ!」

 

この日をもって3人の少女達の間で、乙女式日中英同盟が結成される。そんな歴史的瞬間の、栄えある唯一の立会人な清香は、途中からキャプテン翼を読んでいた。

 

 

 

 

日本から遠く離れたとある場所。

2つの影と対面している1つの影。

 

「お前に下された命は何だ」

 

「……3人目の男性起動者として織斑一夏に接近し、【白式】のデータを盗む…です」

 

「下手打ってこれ以上泥を塗らない事ね、泥棒猫」

 

「……はい」

 

小さく頷いた少女は、実父と義母から背を向け、力なく歩き出す。

孤独に抱える不安と恐怖から、出来るだけ目を背けながら。

 

 






シャル:男装スパイとか絶対バレるよね

アルベール:大丈夫だって!

ロゼンダ:いけるいける! いけるって!





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第92話 フランスからの転校生


座席は大事、というお話。





 

 

 

「やっぱりハヅキ社製のがいいなぁ」

 

「えー、そう? ハヅキのってデザインだけな気がする。しない?」

 

「私はミューレイのがいいかなぁ、性能的に見てね」

 

「性能がいいのは高いからなぁ」

 

 ゴールデンウィークも明けた月曜日の朝。

 クラスの女子連中はISスーツのカタログを手に、あれやこれやと意見交換に花咲かせている。この世はオシャレ=女子力な図式が成り立っているらしいからな。それはISスーツも例外ではないんだろう。

 

 男の俺には…というか、元からISスーツを拒否っている俺には、とてつもなくどうでもいい話である。何故なら、俺には千冬さんが縫い縫いしてくれたジャージがあるからな。あえてモデルを言うのであれば、俺のISスーツは千冬製である!(体操服)

 

 まぁISスーツも着用利点はちゃんとあるらしいけどな。着ているとISへの反応速度が優れるやら、耐久性が普通の服に比べても優れているやら。そんな事を授業で聞いた覚えがある……が。

 

 しょせん俺ほどの男になるとISスーツの性能の違いが、戦力の決定的差になる事などないのだよ(両脚不動)

 

「諸君、おはよう」

 

「おはようございまーす」

 

 そうこうしてると、千冬さんと山田先生のご到着である。千冬さんが入って来た事で、思い思いの場所で話していた生徒たちはシュババッと着席。こういうところは流石、千冬さんだな。威厳って大事である。

 

「山田先生、ホームルームをお願いします」

 

「は、はいっ。ええとですね、今日はなんと! 1組にまたまた転校生が来ましたよ~!」

 

「「「 ええええええっ!? 」」」

 

 いきなりの転校生紹介にクラス中がいっきにざわつく。そりゃそうだ。鈴の時は事前に俺たちが迎えてたしな。

 つまり初見的な意味でいくと今回が初めてという訳だ。1組の面々がフレッシュなリアクションになるのも当然である。

 

 そんな事を考えてたら、教室のドアが開いた。

 

「失礼します」

 

 教室に入って来た転校生を見て、ざわめきがぴたりと止まった。いや、これは止まるわ。むしろ呆気に取られるわ。

 

 俺を含め、他の皆も女子が来るモンだと思い込んでた筈。しかし、教室に入って来たのは俺たちの前に現れたのは――。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

 まさかまさかの男だったのだから。

 

「だ、男子…?」

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を――」

 

「きゃ……」

 

 あ、アカン(第六感)

 

 さっきまでの静寂はむしろ急な引き潮だったのか…! 

 って事は当然…………来る…ッ!

 

 

【箒の両耳を塞ぐ】

【セシリアの両耳を塞ぐ】

 

 

 俺の耳はどうなってもいい…!

 でもコイツの耳だけは……ってバカぁ!! 

 

 そんな緊迫した状況じゃねぇよアホか! 

 

 くそっ、くそっ!

 こんなモンお前、箒一択だろうが!(座席的な意味で)

 セシリアは後ろの席なの! 振り向いて両耳塞ぐとか、見つめ合う事になるだろうが! 気まずさMAXじゃねぇか!

 

 という訳で、すまん箒!

 別に穴に指をツっこむ訳じゃないから!(意味深)

 

 手のひら! 手のひらでいくから! 押さえる感じでいくから、ぎりぎりセクハラじゃない筈なんだ! お願いだから嫌いにならないでね!

 

「……せいっ!」

 

 手のひらで箒の両耳を左右からペタペタン!

 

「わひゃっ…!?」(せ、旋焚玖、なにを…!?)

 

 箒の可愛らしい反応と同時にソレは巻き起こった。

 

「「「 きゃああああああ――ッ!! 」」」

 

 第一波到来!

 すぐさま第二波に備えよ!

 

「男ォ! 3人目の男ォ!」

 

「きたわよオラァァンッ!! 1組の時代がァァァン!!」

 

「いけめぇぇぇぇん! ごっつイケメぇぇぇぇん!」

 

 いけめぇん(哀愁)

 

 髪はセシリアとはまた違った濃い金色。見ただけでサラサラティーっぽい金髪を首の後ろで丁寧に束ねている。そして、中性的に整った顔立ち。いけめぇん(2回目)

 

 一夏がワイルド的なイケメンなら、コイツは何て言うか、何だろう。美形は美形でも気品があるっていうか。セシリアが淑女ならコイツは貴公子だな。

 

 やっぱりイケメンじゃないか!(帰結)

 

「じゃん! ぴえーる! ぽるなれふぅぅぅぅ!!」

 

「おふらんすの美形ってしゅごいっひぃぃぃん!」

 

 お、男は別に顔が全てじゃないし(強がり)

 また俺の存在意義が減っちゃうよォんとか思ってねぇし(強がりがり)

 

「あー、騒ぎたい気持ちは分かるが、それくらいにしておけ」(フッ……旋焚玖め、自分のダメージを顧みず箒の耳を守ってみせたか。まったく……アイツの心には優しさライセンスが常備されているな)

 

 狂乱舞踏も収まり、俺もお役目御免だ。箒のイヤーガード的な意味で。

 

「あっ…」(むぅ……もう終わってしまったのか。旋焚玖から触れられる機会など、滅多にないのだが……まぁいいだろう。むふふ、この席である以上、これからも旋焚玖とのときめきイベント待ったなしだからな!)

 

「さて、デュノアの席だが……名前でいくと篠ノ之と主車の間になるな。ちょうど一番前の席も空いているし、篠ノ之まで1つずつ前にズレていけ」

 

「(^p^)」

 

「!??!?!」(え、な、何あの顔!? 形容しがたい顔してる子がいるよぅ!?)

 

幸か不幸か。

箒の形容しがたい顔を視界にとらえたのは、この教室内では転校生のシャルル・デュノアのみだった。

同じく教壇に立ち、箒たちの方を眺めていた筈の千冬と真耶だったが、謎の危機管理能力が働き、瞬間的に目を逸らしたのである。

 

(そんなヴぁカな…! 私がこの席を離れてしまったら、旋焚玖とのドキドキコミュニケーションが失われてしまうではないか! プリントを配られる時のちょっとした一言二言も! さっきみたいなお耳ペタペタンも! この席だからこそ、休み時間も自然な形で旋焚玖とおしゃべり出来ていたのに! それが無くなるだとぅ!?)

 

 箒以外が前の席へと移動した。

 いや、箒さんは? 動かないの?

 

「……おい、篠ノ之。聞こえなかったのか?」

 

「旋焚玖が耳を塞いでいるので聞こえません」

 

 もう塞いでねぇし、おもいきり千冬さんに返事してんじゃねぇか。

 しかし真面目な箒にしては、かなり珍しい事が起こっているな。どうした、もしかして第二次反抗期がきたのか?

 

「篠ノ之、私は移動しろと言ったぞ」

 

「お尻がイスとくっついてるので無理です」(シャルルだかシャネルだか知るか! 私は抗うぞ! 相手が千冬さんであっても、だ! 私の倖時間(ハッピータイム)をそう簡単に奪われてたまるか!)

 

「ほう」(ピキッ)

 

 マズいですよ箒さん!

 屁理屈こねるにも相手がヤバすぎではありませんか!? 世界もビビる千冬さんですよ!?

 

「……凰、オルコット」

 

「「 は、はい(ですわ)! 」」

 

「どうやら篠ノ之は自力で立ち上がれんらしい。お前らで引っぺがせ」(ワガママを言うだけなら誰でも出来る。お前がどこまで本気か、見せてもらおうか…!)

 

 天下のブリュンヒルデに眉をぐぐっと顰めて言われたら、そりゃあセシリアも鈴も動かざるを得ないよなぁ。

 しかし長年の付き合いで俺には分かる。あと一夏も。あの明らかに不機嫌ですって顔を千冬さんがした時は、意外と怒ってなかったりする。しかし、ここでその表情って事は怒ってないのか……何でだろ。

 

「……箒さん、申し訳ありませんが」

 

 セシリアが右腕を。

 

「アンタの気持ちも分かるけど、決まり事は仕方ないわ」

 

 鈴が左腕を。

 

 せーのってな感じで、箒を左右から引っ張り上げる。……が。

 

「~~~~~ッ…!!」

 

篠ノ之箒、まさかの不屈ッ!

イスの両端を掴んで2人の引っ張りを拒絶!

 

「ちょっ、イスから手を放しなさいよ!? 何やってんのアンタ!?」

 

「ほ、箒さん! 皆さんも見てますから! ね? ほら、良い子ですから放しましょう、ね!?」

 

「女には恥辱に塗れても引いてはいけない時がある…! 今がその時なんだ…!」

 

 何やってんだコイツら…(困惑)

 

 箒もカッコよさげな事言ってるのに、絵面が可愛いすぎてカッコ良くないんだよなぁ。いやホント、何がここまで箒にそうさせているのか。……ん? あ、千冬さんからのアイコンタクトだ。 

 

(旋焚玖、何とかしろ)

 

 ま、マジっすか。

 

 いやまぁ、流石にこのままじゃアレなのは分かるけど。本日の主役な筈のデュノアも、明らかに困ってるし。自分の席決めが原因でドタバタされたりゃ、どうしていいか分からんよな。ただでさえ転校生なのに。

 

 とは言え、箒をどう鎮めれば良いものか。

 

 

【お前俺の事が好きなのか?】

【お前この席が好きなのか?】

 

 

 皆の前で【上】発言はやヴぁいですよ!

 自意識過剰を公言するようなモンじゃないか、なにその自殺行為。1組公認の勘違い男(笑)とかって指差される未来は流石に俺でも嫌すぎる!

 

「お前この席が好きなのか?」

 

「う、うむ! そうなのだ! 私はこの席がとても気に入ってるからデュノア…君には悪いが「言質取ったぞ」……はっ…!?」

 

 ニヤリと口角を上げる千冬さん。

 悪い顔してますねぇ! まるで策が上手くいった時の俺を見ているようですよ!

 

「篠ノ之はその席がいいらしい。なら、主車から1つずつ後ろの席へ下がっていけ。デュノアが座るのは主車がどいた席だ」

 

「お、織斑先生! 待ってください、今のは「黙れ。女に二言は許さん」……ふぐっ…」(あぁっ…! これ幸いと、何も考えず旋焚玖に乗ってしまったのは完全に私の浅慮だった…! 千冬さんに付け入る隙を与えてしまったのも同義じゃないか!)

 

 お、女に二言は許さないのか。

 絶対的強者な千冬さんにしか吐けない台詞である。

 

「デュノアの席も決まったし、これにてホームルームは終わりだ」(あそこは『この席』ではなく『旋焚玖の前の席』だと返すべきだったな。これはお前が恥に伏した結果だ)

 

「1時間目は第二グラウンドでISの実技授業です。織斑くんと主車くんはデュノアくんの案内もしてあげてくださいね」

 

 実技授業って事は、これからお着替えしなくてはいけない。女子連中は教室で。男子は更衣室である。俺たちはもう慣れたが、転校してきたばかりのデュノアが場所を知ってる筈も無し。

 

 弾の家に遊びに行った時にも思ったばかりじゃないか。もし男性起動者が入ってきたら、その時はしっかりフォローしてやろうってな。

 

 イケメンだからどうした!

 そんなモンで俺が冷たく接すると思うなよ!

 

「えっと、君が主車君だよね? 初めまして、僕は――」

 

 

【パンツくれ】

【おちんちん触らせてくれ】

 

 

 

( ゚д゚) ・・・

 

 

 

 

(つд⊂)ゴシゴシ

 

 

 

 

(;゚д゚) ・・・

 

 

 

 

(つд⊂)ゴシゴシゴシ

 

 

 

 

  _, ._

 

(;゚ Д゚) …!?

 

  

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






パンツくれ:ただいま!


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第93話 無双乱舞


生まれる疑惑、というお話。





 

 

 

選択肢の愛奴隷な旋焚玖君。

今日も元気に周りの反応シミュレーション。

 

 

【パンツくれ】

 

 

「「「 お前ホモか!? 」」」(疑惑)

 

 

【おちんちん触らせてくれ】

 

 

「「「 お前ホモか!? 」」」(確信)

 

 

 どっちもホモじゃないか!(憤怒)

 

 そりゃそうだ、だって対象が男だもん! 男のパンツ欲しがるノンケがいるかよ! 男のおちんちん触りたがるノンケがいるかよ! 居ねぇよ!

 

 【上】でも【下】でも結局は逃れられぬカルマ…! 程度の差に過ぎない…! 【疑惑】か【確信】か。

 

 いや【疑惑】選ぶに決まってんだろアホか! 100万回聞かれても【上】選ぶわ! 【下】だけは絶対選ばねぇわ!

 

 だから今回も当然俺は【上】を選ぶ!……で、いいんだよな? え、いいよな? なんか…あからさま過ぎな二択が、今になって逆に不安になってきたんだけど。

 

 俺の記憶が正しければ、男相手にここまで直接的な【選択肢】が出たのも初めてな筈だ。え、マジでどうしよう。え、【下】? 【下】なの? 

 

 確かに【上】と見せかけて【下】が正解とか、いかにもアホの【選択肢】がやってきそうな手だ。……いや、待てよ。コイツは誰よりも俺を知っている。俺のIQがコナン君36人分って言われている(言われていない)事もコイツなら知っている筈だ。

 

 俺の思考を読んで、【上】と見せかけて【下】が正解と見せかけて、やっぱり【上】の方で正しかった、なんて裏の裏をかいてくる事だって十分に考えられる。

 

 いや、待てよ?

 裏の裏の裏をかいて【上】と見せかけて【下】が正解と見せかけて、やっぱり【上】の方が正しいと見せかけて、実は【下】かもしれない…!

 

 いや、待てよ?

 もしかしたら裏の裏の裏の裏の――(沼思考)

 

 

.

...

......

 

 

 裏裏うるせぇ!(ゲシュタルト崩壊)

 分かるか! こんなモンお前疑いだしたらキリないわ!

 

 何が正しいかで決めるよりナニがしたくないかで決めろよ!(至言)

 

 男のおちんちんなんて触りたくねぇわ! 何が悲しくて初対面の美系フランス人(♂)にオチンポお触りおねだりしなきゃなんねぇんだ! 公衆の面前でしなきゃなんねぇんだ!

 

 【上】でいいんだ上等だろ!

 パンツだパンツ!

 パンツじゃないから恥ずかしくないもん!

 

「パンツくれ」

 

「え……えぇぇぇぇっ!?」(な、な、な…! パンツ!? いま僕、パンツくれって言われたの!? なんで!? ぼ、僕、ちゃんと男の子の格好してるのよね!? それなのにどうして!? まさか……バレちゃってるの…?)

 

 驚きモモンガなデュノア君。

 当たり前だよなぁ?

 

 今日初めて会って、初めて声を掛けて。

 返って来た言葉が『パンツくれ』ときたもんだ。しかもそれが異性ではなく同性ときたもんだ。

 仮に俺がデュノアの立場だったら、思わずケツを押さえてるね。貞操ガード的な意味で。

 

 まぁいい。

 周りが騒ぎ出す前にリカバリーを――。

 

 

「「「 お前ホモか!? 」」」(歓喜)

 

 

 疑惑でも確信でもない、コイツら……歓喜してやがる!(恐怖)

 まさか、俺の見通しが甘かった…!?

 

「大胆なおねだりいいゾ~コレ」

 

「女子校で薔薇提供はまずいですよ!」

 

「ああ^~、美少年×野獣とか捗っちゃうんじゃあ^~」

 

「同人誌書かなきゃ(使命感)」

 

 

1組における旋焚玖への好感度が瞬時加速!

 

 

 くそ、俺は見くびっていたのか…!

 花も恥じらう女子連中の飽くなき探求心を…!

 

 このままじゃまずい。

 心なしか女子共の俺を見る目に慈愛を感じるが、そういう受け入れられ方は嫌だ! 絶対嫌だ断固拒否する!

 

 しかしどうすればいい…?

 

 恒例の雑学フランスバージョンを披露して、ハイ終わりって感じでいけると思っていた。だが、コイツらのお目目ギラギラっぷりを見るに、それだけじゃダメだ。なのに、いつもみたいな圧倒的閃きが起こらねぇ…! 

 

 焦ってんのか? 

 焦ってるわ! 

 

 命の瀬戸際みたいな軽いモンじゃねぇんだぞ!? こちとらホモかノンケかの瀬戸際なんだぞ!? 

 

 早く、早く考えろ。

 いつまでも黙ってたらマジでマジだと思われかねん…! どうする、どうする、どうすればいい…!

 

「お~、久々に聞いたな旋焚玖のソレ! 鈴が初めて転校してきた時も、そうやってリラックスさせてたっけな!」

 

 そうなんだよ一夏!

 俺もそれが言いたかったんだ! 

 

 しかしこの空気の中、パンツをねだった俺が言っても『ほんとぉ?』ってなるに決まっている。そんな俺の立場を汲んで代弁してくれた一夏よ…! 俺が世界征服したら総理大臣に決まりだお前!

 

 この日この時この場所に一夏が居てくれた事を俺は神に感謝しよう。無宗教な俺でも、今日ばかりは神様の存在を信じたくなったぜ。

 

 

【箒にもコメントを求める】

【鈴にもコメントを求める】

 

 

 (選択肢の)家畜に神はいないッ!!

 

 ふざけんなバカ! やめろバカ! どうして僕をそんなに困らせるんですか! 被害者にコメント求めんなよ! 犯人に求めさせんなよ!

 

「ほ、箒さんや」

 

「あ゛?」(私と鈴にしか言ってなかったのに…! どういうつもりだ旋焚玖…!) 

 

 ヒェッ……ダメみたいですね。

 残念でもないし当然なんだよなぁ。大和撫子な箒にとっちゃ、いかに小学校の時の話とはいえ黒歴史もいいところだし。

 

 

【箒へのインタビューを諦めない】

【鈴にもコメントを求める】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「り、鈴さんや」

 

「あ゛ぁん!?」(あたしと箒にしか言ってなかったのに! それをまさかまさかの男に言ったですってぇ…! どういうつもりなのよ旋焚玖ぅ…!)

 

 ヒェッ……鈴さんもプリプリですね。

 乱ママにチクられたらどうしよう。

 

「ちょいす~はでゅっち~のパンツがほしい訳じゃなかったの~?」

 

「でゅ、でゅっち~?」(僕のこと、なのかなぁ?)

 

 ナイスなアシストだ布仏!

 これで流れも変わるッ…!

 

「当然だ。デュノアも驚かせて悪かったな」

 

「う、ううん! 大丈夫だよ! 気を遣ってくれたんだよね、ありがとう!」(よ、良かったぁ……僕の事がバレてるかと思ったよぅ…)

 

 これで一件落着だな!

 

「は? ちょっと待って!」

 

「濃厚な薔薇描写が入ってないやん!」

 

「美少年×野獣が見れると思ったからテンション上がったの!」

 

「どうしてくれんの? 乙女の純情な感情を弄んでさぁ」

 

「分かる?この罪の重さ」

 

「つっかえ……ほんまつっかえ!」

 

 

1組における旋焚玖への好感度が瞬時減速!

なお原状復帰に留まった模様(朗報)

 

「今から女子が着替え始めるからな。挨拶は移動中にしよう」

 

「う、うん」

 

 

【シャルルの手を取って教室から出る】

【一夏の手を取って教室から出る】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「一夏ァッ!!」

 

「お、おう!?」

 

「お手手つないで行こうぜ! お前はデュノアのお手手な!」

 

 アドリブ力復活だオラァッ!!

 手繋ぎが確定してんならこれが最善の筈…!

 

「何で?……あ、そっか! デュノアが迷子にならないためだな! よし分かったぜ!」

 

「え? え?」

 

 野郎三人で仲良く更衣室までイクゾー。

 相変わらずゴツゴツした手してんなお前な! 握ってても全然嬉しくねぇよ!

 

 デュノアの手はどうだ? 

 感想言えコラ一夏コラァッ!!(八つ当たり)

 

「……手ぇほせーな、お前なぁ。女の子みたいな手ぇしてんなぁ」

 

「えぇっ!? そそそんな事ないよ! ほら、早く行こうよ!」

 

 そこまでキョドる事かぁ?

 まぁいいか。此処でグダってる時間もないし。

 

 真ん中を一夏、左右を俺とデュノアで堅めた鶴翼之陣でいざ出陣! 向かうはアリーナ更衣室である! 一直線にイクゾー。

 

「主車くんが織斑くんの手を繋ぐ必要性は全くないと思います」(名推理)

 

「という事はつまり、どういう事なのでしょうか」

 

「そういう事だと思っていいのでしょうか」

 

「主車くんは堂々と二股宣言したんだよ!」(結論)

 

「「「 やっぱりホモじゃないか! 」」」(歓喜)

 

旋焚玖の知らないところで、またもや1組における彼への好感度が瞬時加速するのだった。

 

 






シャル:バレてないバレてない

選択肢:バレてるゾ

シャル:Σ(゚д゚lll)



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第94話 選択肢の洗礼


被害者シャルル君、というお話。



 

 

「とりあえず男子は空いてるアリーナ更衣室で着替える事になってるんだ」

 

「実習のたびにこの移動だが、まぁそのうち慣れるさ」

 

「う、うん」(説明してくれるのは凄くありがたいんだけど……なんで僕たち、手を繋いで移動してるんだろう)

 

 そんな苦笑いして頷かないでくれ、心が痛む。

 俺だってな、きっとお前と全く同じ事を思ってるさ。野郎3人が仲良く手ェ繋いで、廊下を横一列で歩くなんざ正気の沙汰じゃない。

 

 女子校でそれは正気の沙汰じゃない。

 危険性はさっきの女共で証明されてしまった。

 

 けど【選択肢】に出されちゃったんだもん。

 お前には分からんだろうが、俺だって気を遣ったんだからな。初対面同士でお手手つなぐなら、フツメンの俺よりイケメンの一夏の方がまだマシだろうって思ったから、俺は一夏を選んだんだ。そこんとこは感謝しろよこのヤロウ。

 

 しかし一息ついてる暇はない。

 廊下を歩くって事はだな、1組という壁が無くなる訳で。

 

「うひょー! 転校生発見伝!」

 

 1組と同じノリした奴らが、他クラスの枷外して来るんだよなぁ。いつもみたいに悲鳴上げて逃げてくれねぇかな。

 

 俺だぞ~? 

 お前らの知ってる俺はとっても怖いんだろ~?

 

「しかも織斑くんと……ゲェーッ! 主車くんも居るわよ!?」

 

「くっ…! エデンは目の前だと言うのに…!」

 

「主車くん…! 私達の前に立ち塞がるのはやはりあなたなのね…!」

 

 ああ、やっと……ヒャられるのが終わったんやなって。俺もようやく1年の女子たちに少しは受け入れられたんやなって。

 状況がアレだから何ともやるせないが、それでも無駄に怯えられなくなったのは普通に嬉しいな。

 

「うほっ、見て見て、お手手つないでるわよ!」

 

「あぁ^~、IS学園に入学して良かったんじゃあ^~」

 

「男前×野獣×美男のトライアングル! ありですねぇ!」

 

「くぅぅ~っ! もっと近くに寄りたいけど! 流石にそれはまだ怖いし…!」

 

 ふむ。

 コイツらの様子を見るに、俺への恐怖感が完全に消えてる訳でもないのか。なら、めんどくせェ事になる前にちょいとハッタるか。

 

「英断だ。それ以上近づくと……」

 

「ち、近づくと?」

 

「ボンッ……だぜ?」(意味深)

 

 ちょっとだけ威圧感も混ぜてみました。

 

「「「 !!? 」」」

 

 瞬間、野次馬ってた連中が一斉に壁際へシュババッとね。うむうむ、これで横一列でも全然歩けるな。フッ……俺の事はモーゼと呼んでくれてもいいのよ? 紅海的な意味で。

 

 しかし、これでようやく落ち着いて会話も出来るってなモンだ。お手手は繋いでいるものの、俺ら3人はまだ満足に自己紹介すらしてないんだし。

 

「何にしてもこれからよろしくな。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 

「うん。よろしく一夏。僕のこともシャルルでいいよ」

 

「わかった、シャルル」

 

 数少ない同性だしな。

 苗字で呼ぶとかえって距離感が開いてしまうし、俺もここは名前で呼ばせてもらおう。

 

 

【なら俺は、シュトルテハイム・ラインバッハ3世と呼ばせてもらおう】

【なら俺は、シャルロットと呼ばせてもらおう】

 

 

 どっちも違ェぞコラァッ!!

 【上】は無駄に長いし【下】は微妙に違うし! こんなモンどっちでもいいよもう! ただ【上】はなぁ、何かウケ狙ってます感があるしなぁ。下手にスベるのも嫌だし、微妙に近い【下】でいこう。

 

「なら俺は、シャルロットと呼ばせてもらおう」

 

「ふえぇぇぇっ!?」

 

 ん?

 なんだ?

 そこまで驚く事でもないだろうに。

 

「ぼぼぼ僕はシャルルだよ! や、やだなぁ、あはは!」(どどどどしよう!? 本名まで言われちゃったよ!? これもうバレてるよね!? バレちゃってるよね!?)

 

 む、デュノアの顔が引き攣っている。

 

 ああ、そうか。

 確かに名前ってヤツは、がっつり間違えられた時は何とも思わないもんだが、微妙に間違われたらバカにされてるんじゃないかって気持ちになるよな。

 ただでさえデュノアは転校初日で、嫌な事を言われてもまだ強く言い返せないだろうし。しまったな、これは俺が失念していた。何とかフォローしないと。

 

「……失礼、噛みました」

 

「か、噛んだの? ホントに? わ、わざとじゃない?」

 

「噛みまみた」(迫真)

 

「すっごい噛んでる!? そ、そっかぁ! あはは、そうだよね、噛んじゃう事もあるよね!」(よ、良かったぁ……噛んだだけだったよぅ…)

 

 

【生麦生米生卵(難易度レベル1)】

【東京特許許可局長今日急遽休暇許可拒否(難易度レベル10)】

 

 

 これは……試されてる…!?

 フッ……俺の口は何もアドリブだけが得意って訳じゃないんだぜ?

 

「東京特許許可局長今日急遽休暇許可拒否…!」(どやぁ)

 

「す、凄いぜ旋焚玖! よく噛まずに言えるなぁ!」

 

「……まぁな」

 

 俺の流暢レベルは既に禁呪詠唱です。

 

「……あ、あはは…すごいね」(いやいやいや待って! 待ってってば! どっちなの!? すっごくスラスラ言ったよね今!? やっぱりわざとじゃないの!?)

 

 っとと、俺の自慢をしてても意味がない。今日の主役はデュノアなんだからな。

 

「で、俺もシャルルって呼んでもいいか?」

 

「う、うん。えっと……僕は何て呼べばいいのかな?」(うぅ~……分かんないよぅ! でも下手に動揺する訳にもいかないし、ここは出来るだけ自然体でいなきゃ…!)

 

 

【シュトルテハイム・ラインバッハ4世】

【シャルロット】

 

 

 またかお前!

 【上】言わせたいだけだろ! 

 

「シュトルテハイム・ラインバッハ4世」

 

「長いよ! 誰なの!?」(う~ん……この人はこういう感じの人って事でいいのかなぁ。ジロジロ見られてもないし、さっきのはやっぱり偶然だよね…)

 

 い~ぃツっこみだ。

 間もいい。

 

 フランス人なのに中々やるじゃねぇか。

 コイツとは仲良くなれそうだ。

 

「冗談だ、俺の事も旋焚玖でいい」

 

 そうこう言ってる間に目的地に到着だ。

 第二アリーナの更衣室である。

 

 さぁて、脱ぐぞ脱ぐぞ~。

 

 

 

 

旋焚玖たちが教室から出てから、1組の女子たちもISスーツに着替えている訳だが。そんな中で箒と鈴は眉を顰めて緊急会議っていた。

 

「……まずくないか?」

 

「……まずいかもしれないわね」

 

その様子を目にしたセシリアは、頬をぷくーっと膨らませて2人に詰め寄る。

なにせ乙女同盟を昨日結んだばかりなのだ。2人の様子からして内容が旋焚玖なのは明白である。ならばセシリアがプンスカするのも道理だった。

 

「んもう! わたくしは仲間外れですの? 新参者とはいえ、少し寂しいですわ…」

 

「あーっ! ウチのセシリアを泣かしたなぁ!」

 

セシリアがしょんぼりすると、何処からともなく清香が召喚されるパターンが確立されつつある今日この頃。

 

「誰が泣いてますか! ちょっぴりシュンとしただけですわ!」

 

「む……それはすまなかった、セシリア」

 

「そうね。アンタにも関わる事だし、話しておいた方がいいかもね」

 

箒と鈴は旋焚玖の『パンツくれ』についてセシリアにも話を始めた。

 

「さっきの旋焚玖の言葉、セシリアはどう思った?」

 

「え? そ、そうですわね。いつものおフザけとしか思いませんでしたわ」

 

「そうよね、普通はそう思うわよね」

 

「違うんですの?」

 

「違うと言うかだな、その、実はな――」

 

何故、2人が不安に駆られているのか。

その理由を箒はセシリアに打ち明けた。

 

自分たちも過去、旋焚玖に言われた事があると。

それだけなら別にスルー案件よろしくなのだが、2人にとって、そしてセシリアにとっても見過ごせない出来事が起こっていたのだ。

 

「……お2人とも、旋焚玖さんに求愛された…ですって?」

 

「う、うむ。そんな大げさなモノではないかもしれんが」

 

「まぁ好きだって言われたに近いコトをあたしも箒も受けてるのよ」

 

「ちなみに何と言われたのですか?」

 

結果よりも過程が気になる乙女なセシリア。

 

「そうねぇ、あたしの場合は男子にイジメられててさ。ソイツらに向かって『俺の女に何してやがる』ってね」

 

「な、なんという俺様宣言!? ですが、それはそれで有りですわ!」

 

セシリア的には有りだった!

 

「私の場合は直接言われた訳ではないのだが。親族にな、『妹さんをください』とな」

 

「周りを巻き込む婚前交渉!? ですが、それも有りですわね!」

 

セシリア的にはそれも有りだった!

 

「……あら? ちょっとお待ちくださいな。そこまで言われてアナタたちはどうして旋焚玖さんとお付き合いしていませんの?」

 

「「 うぐっ 」」

 

当然の疑問である。

 

「し、仕方ないだろう! アイツの魅力は子供には気付きにくいんだ!」

 

「そ、そうよ! 難解なのよ! 迷宮入りレベルなのよ! むしろあたし達3人が気付けてるのが奇跡なの!」

 

旋焚玖は迷宮入りレベルだった!

 

そして2人とも、自分からフッた事までは流石に言えなかった。しかし、それは終わった事であり過去である。過去を悔やむより今、2人が見るべきモノは今。

 

何を隠そうこれまで旋焚玖が箒と鈴にしか言わなかった『パンツくれ』という言葉。それをシャルルにも言ったという事実のみである。

 

「だーかーらー! 法則的にいくと次に旋焚玖が惚れるのはデュノアかもしれないって言ってんの!」

 

「デュノアは男だし、私もそんな筈はないと言いたいんだが……なにせ旋焚玖だからな。アイツなら『好きになった相手がたまたま男でした』とか平気で言いそうだろ」

 

「さ、流石に旋焚玖さんでもそれは……いえ、強く否定できませんわね。あの方は理外のお人ですし」

 

ここにきてセシリアも、ようやく事の重大さを理解し始める。

 

「別に同性愛を否定なんてしないわよ。恋愛は自由だしね。ただね…! あたしの惚れた男が男に! しかもポッと出の男に取られるなんて女のプライドが許さないのよ!」

 

「私も鈴と同意見だ。一夏に負けるならまだしも、今日来たばかりの男に旋焚玖を取られるなど我慢ならん!」

 

「……確かにそうですわね。恋愛に性別も国境もないとは言え、好きになった殿方が男性に奪われるのは、淑女なわたくしでも耐えられそうにありませんわ……あら?」

 

その時セシリアに電流走る――!!

 

「ちょっとお待ちください。箒さん達の言う法則からいきますと、旋焚玖さんにパ……おパンツをくださらない?と言われていないわたくしは、そもそも旋焚玖さんから求愛されないのではないですか?」

 

「……あ」(言われてみればそうだな)

 

あくまで2人が経験した法則に則ればの話ではあるが、セシリアの疑問も不自然ではない。

 

「そこに気付くとは……アンタ中々やるじゃない」

 

「ふふん♪」

 

鈴に褒められてついドヤ顔るセシリア(条件反射)

 

「――って、得意げになっている場合ではありませんわ! アナタたち3人と違ってわたくしだけノーチャンスではありませんか! そんなわたくしがデュノアさんにプンプンしていても滑稽なだけではありませんか!」

 

箒と鈴に出遅れているのは重々承知していたセシリアだったが、まさかまさか今日来たばかりの転校生にまで抜かれていたと知っては、常日頃から淑女らしい振舞いを心掛けている彼女でも平静を保つのは困難だった。

 

(ちょ、ちょっとどうすんのよ箒! 思わず仲間外れにしちゃったわよ!?)

(う、うむ、そうだな。セシリアがこうなったのは私達にも責任があるし…)

 

2人は、どうにかセシリアを宥める方向で動く事に。

 

「ほ、ほら、セシリア。ポッキーだぞ、しかもイチゴ味だ。甘くて美味しいぞ」

 

箒は3時のおやつに取っておいたポッキー(イチゴ味)を一本、プンスカなうっているセシリアの口に突っ込む。

 

「ふみゅっ……もぐもぐ。美味しいですわ」

 

ポッキーは美味しかった!

セシリアの機嫌が少し直った!

 

「ほ、ほ~ら、セシリア。輪ゴムよ~、これすっごい伸びるんだから、ほらほら~」

 

「わぁ、すっごく伸びてますわぁ……ってバカにしてますの!? 何歳児ですかわたくしは!」

 

輪ゴムはすっごく伸びた!

しかしセシリアの機嫌は直らなかった!

 

(いや当たり前だろ、何でそれで宥められると思ったんだ)

(しょ、しょーがないじゃない、近くに輪ゴムしかなかったんだから!)

 

2人は同時に思ったそうな。

仮に旋焚玖だったら、ただの輪ゴムからでもあやとり工房を披露して、セシリアの機嫌を何だかんだ直していたんだろうな、と。

 

(ないものねだりしても仕方ないわ)

(ああ、そうだな。私達にしか出来ない事をしよう)

 

「……今こそ、立ち上がるべき時なんじゃないのか?」

 

「む…? 何がですの?」

 

「アンタもあたし達の立ってる場所まで来いって言ってんの」

 

鈴に言われてスススっと二人に近づくセシリア。

 

「そういう事じゃないわよ! 天然かあんたァッ!!」

 

「ぴっ…!? んもう! 何ですの!? 回りくどい言い方しないでくださいまし!」

 

謙虚は美徳、されど恋は大胆に。

恋愛事には変化球よりも直球が信条なセシリアらしい反論だった。

 

「今すぐ旋焚玖に『パンツくれ』を言わせて来い!」(直球)

 

「パンツねだりねだりしてきなさい! 今すぐよ!」(直球)

 

「……そうですわね。わたくしもそれしか方法はないと思っていました。ただ、お2人に背中を押してほしかったのですわ」

 

覚悟を決めた女性はいつも美しい。

蒼く光る瞳に闘志を燃やすセシリアは2人から背を向ける。

 

「行って参りますわ」

 

「ああ、行ってこい!」

 

「待ってるわよ、高みでね!」

 

箒と鈴は、強い意志を乗せたライバルの背中を見送るのだった。

 

「……行ったわね」

 

「ああ」

 

「セシリア、上手くやれるかな?」

 

「アイツは私達のライバルだ。必ずやれるさ」

 

「そうよね。でもさ、アイツ……パンツくれって旋焚玖に言わせに行ったのよね」

 

「……そうだな」

 

「普通に下ネタよね」

 

「……そうだな」

 

「……そう」

 

「……うむ」

 

2人は着替えを再開するのだった。

 

 

 

 

「着替えるのはいいけど、ISスーツにってのがダルいよなー」

 

 制服のボタンを外しながら、俺の横で着替える一夏がため息をついた。

 

 俺は着た事ないから分からんが、一夏が言うにはとにかく着づらいんだとか。まぁ見た目からしてピチピチだもんな。地肌にくっついて面倒くさそうではある。その点、体操服は楽チンチンよ。

 

 まぁISスーツと比べて時間は掛からないと言っても、そろそろ俺も着替えなきゃな。

 

「わあっ!?」

 

 んぁ?

 

「どうした、シャルル? いきなり大声出して」

 

 脱いだTシャツをロッカーに入れながら一夏がシャルルを心配する。というかシャルル、まだ制服姿じゃないか。着替えなくていいのか? もしかして俺と同じように体操服なのかな?

 

「な、何でもないよっ! ぼ、僕も着替えるから、その、二人ともあっち向いてて……ね?」

 

 むしろ男の着替えシーンを見てどうしろと言うのか。

 

 

【がっつり見る】

【チラチラ見る】

 

 

 何で見る必要なんかあるんですか(迫真)

 

 チラチラ見てるのがバレて変に勘違いされるのも嫌だし、がっつり見てやるぞオイ! 華奢なナリしやがって! フランス男子はそういう感じなのかアァン!? オラ見せろコラァッ!!(自棄)

 

「……せ、旋焚玖?」

 

「なんだ?」

 

「どうして僕の方を見てるのかな?」

 

「気にするな」

 

「き、気にするよぅ!」

 

「何で気にする必要なんかあるんですか?」

 

「そうだぞシャルルー、男同士じゃないかー」

 

 いやお前は時間掛かるんだから急げよ、なにパンツ一丁でサムズアップしてんだよ。

 

「うわわっ……あ、あのね! フランスではね、その……着替えているところは見ないのが礼儀なんだよ!」

 

「あー、そうなのかー。お国柄ってヤツなんだなー」

 

 一夏も着替えを再開する。

 

「……ふむ」

 

 それは知らんかった。

 確かにマナーや礼儀は国それぞれって言うしな。

 

 

【此処は日本だから見せろオラァァン!】

【チラチラ見る】

 

 

 見る方向で話進めんなってお前! 

 

 俺は別に見たくないって言ってんの! なんで見る必要なんかあるんですか!(2回目) いいよもう! チラチラ見ればいいんだろ!

 

「……んしょ…んしょ……」

 

 制服のボタンをぷちぷち外していくシャルルの隣りで俺も着替えつつ。さて、そろそろチラ見を……む?

 

「……ふぅ」(ね、念のために対策してきて良かったぁ)

 

 恐ろしく早い着替え。

 俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

「……制服の下にISスーツ着てたのか」

 

 じゃあ別に見られても問題ないじゃないか。

 いや、もしかしたらフランス人は見られるって行為自体が嫌なのかもしれないな。

 

「え? う、うん……って、旋焚玖見てたの!? 見ちゃダメって言ったのに!」

 

「そんなに見てないからセーフ」

 

「そんなに!? で、でも少しでも見ちゃったらその時点でアウトなの!」

 

「チラ見だからセーフ」

 

「チラ見でもダメなの!」(万が一って事があるもん!)

 

 

【うるせェ! このスットコドッコイ!】

【お詫びに俺の着替えを見せてやる】

 

 

 江戸っ子か!

 というか、ただの逆ギレじゃねぇか! 【下】も【下】で全然お詫びになってねぇぞコラァッ!!……いや、微妙になってるぞコラァッ!! 目には目を歯には歯をの原理だなオイ!

 

「すまない、シャルル。お詫びに俺の着替えを見てくれ」

 

「えぇっ!? そ、そんな事しなくていいよぉ!」

 

 別に俺は見られて困るモン背負ってる訳でも無し。

 オラ、見とけよ見とけよ~。

 

「おぉ~、久々に旋焚玖のアレが見られるのか。ほら、シャルルも見て損はないぜ?」

 

「意味わかんないよぅ! どうして一夏も嬉しそうなの!?」

 

「ロマンだからな!」

 

「ますます意味分かんないよ!」

 

 確かにロマンだな。

 俺の脱ぎっぷりはよォ…!

 

 制服の肩口を掴んでからの――!!

 

「で、出たー! 旋焚玖のダイナミック早脱ぎだぜぇー!」

 

「えぇぇぇぇっ!? ど、どうやって脱いだの今!?」(目を逸らそうとしたら、いつの間にか旋焚玖の上半身が裸になってたよ!? なんで!? どうして!?)

 

「フッ……さて、な」

 

 4代目から教えてもらいました。

 原理は俺にもよぐわがんね。

 

「……うわぁ…旋焚玖って凄い身体してるんだね」

 

「まぁな」

 

 無理やり鍛えられてるからな。

 しかし、なんていうか……。

 

「うわぁ……うわぁ……」

 

 すっげぇ見てきてんなお前な。

 コイツも華奢だし、フランスじゃ珍しいのか?

 

 いやまぁ、別にそういう風に見られるのは、俺も悪い気はしないけどさ。なにせこの身体は虚像じゃない、紛れもなく俺の努力の結晶だからな。遠慮なく褒めていいのよ?(褒められたがり)

 

「ホントすげぇよなぁ。なんかもう超えちまってるよなぁ」

 

 うへへ、本物が褒められるのはいつだって気持ちがいい(恍惚)

 だからこれはサービスだ。

 

「……さらにもう一段階の変身が可能だ」(悟空)

 

「「 へ? 」」

 

「はああああ…!!」

 

 全身に力を込める。

 すると筋肉が一回り膨れ上がった。

 

「うわぁ!?」(いやいやいや!? 旋焚玖って何者なの!?)

 

「す、すげぇ! 日本…いやもう世界一位だぜ旋焚玖!」

 

「フッ……今年は危うく三位になりかけたが」

 

「(´・ω・`)」

 

「!?」(え、なにその顔!? 一夏が急に捨てられた子犬みたいな顔になったよ!?)

 

「今年も俺は世界一位さ」

 

「イエーッ! 旋焚玖イエーッ!」

 

「!?」(なにそのテンション!? さっきまでのしょんぼり顔はどこいったの!?)

 

「南米の主夫層のあたりじゃ、俺を八位だと言っている男もいるらしいが」

 

「(´・ω・`)」

 

「!?」(ま、また一夏の顔が!? 旋焚玖もよく分かんない事言いだすし! ツっこみが追い付かないよぅ! どうして僕はこの空間にいるの!? 絶対場違いだよ! 助けてお母さぁん!)

 

「とんでもない。俺は世界一位なのさ」

 

「ヒューッ! 旋焚玖ヒューッ!!」

 

「……あ、あはは。す、すごいねー」(んもぉぉぉ! ジャパニーズボーイのノリが全然分かんないよぉぉぉぉ! レベル高すぎるよぉぉぉぉ!) 

 

 苦笑いのシャルル君。

 すまんな、俺たちだけ盛り上がって。

 

 いつまでもシャルルを置いてけぼりにしておく訳にもいくまい。俺も満足したし、そろそろまとめに入ろう。

 

「だが、無理に筋肉を膨らませても、スピードが殺されちまったら意味がない」

 

 まさに、当たらなければどうと言う事はないってやつだな。

 

「あー、確かになぁ」

 

「そうだね。旋焚玖の言いたい事、僕にも分かるよ」(や、やっと話に入れた…)

 

「攻・防・速、どれを取っても結局はバランスが大事ってな。ISも同じなんじゃないのか?」

 

「うん、そうだね」

 

「ああ、そうだな」

 

 やったぜ。

 さり気なくISに話を寄せていく好プレー(自画自賛)

 これで、ただの肉体自慢な話じゃなくなったな!

 

 よし、何となくいい話っぽい感じで締められたし、第二グラウンドにイクゾー。

 

「旋焚玖さぁぁん!」

 

 あ、セシリアだ。

 わざわざ更衣室まで来てどうしたんだろう。

 

「わたくしにもパッ…!」(意気込んで来たものの、やはり殿方の前でパンツと言うのは気が引けますわ。ここは『下着』に言い換えても…)

 

 パ?

 

「(いえ、お待ちなさい。言葉を変えたら法則が乱れてしまう可能性が…! 言うのですセシリア! わたくしも負けられないのです!)パンツくれ!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「を!」

 

 を?

 

「わたくしにもお言いなさい!」(アナタには負けませんわよ、デュノアさん!)

 

 なんでぇ?

 急に来てホント何言ってだ(困惑)

 

 しかもシャルルにガンくれなかったか?

 ちょいとシャルルの顔を窺ってみる。

 

「……あ、あはは」(えぇ……なんでぇ…?)

 

 これは見事な苦笑いですね。

 俺もソーナノ。

 

 いや、別に言うのは容易いんだけどね。

 俺が今まで何回言ってきたと思ってんだ。女相手なら100から先は覚えてねぇ(セクハラ履歴)

 

 何か怒ってるっぽいし、下手に刺激するのもアレか。

 

「……パンツくれ」

 

「せ、旋焚玖さんのエッチ!」(条件反射)

 

 なんだコイツ!?

 

「あ、あはは……走って行っちゃったね」(えぇ……いったい何だったの…?)

 

 おいおい、なんかもうずっとシャルルに苦笑いさせちまってるじゃないか! その原因に俺もがっつり含まれてるってのがもうね。

 

 

【ここまでの感想を聞く】

【聞かない】

 

 

「……どうだ、シャルル。此処でやっていけそうか?」

 

「そ、そうだね……正直ちょっとだけ、戸惑ってるかな。思ってたよりユーモアな子が多くて」(今のところ全員キャラが濃くて……うぅ、僕、やっていけるのかなぁ)

 

 本当に申し訳ない(博士)

 

「まぁ、なんだ……いい奴らだぜ。みんなお前の仲間だ」

 

「旋焚玖の言う通りさ! 慣れるまでは大変だけど、俺と旋焚玖がフォローしてやるから安心してくれよな!」

 

「う、うん、ありがとう」(うわわ……2人の屈託ない笑顔がぁ……罪悪感がぁ…)

 

 む……苦笑いではなく、なにか複雑な表情を浮かべてるな。

 

「っとと、そろそろ行こうぜ。遅れたら千冬姉にポカポカされちまう」

 

 そんな可愛い擬音じゃないけどな。

 よし、気を取り直して今度こそイクゾー。

 

 






シャル:いやもう…十分堪能したよ…

選択肢:いえいえまだですよ。これからですよ。

シャル:くそぉ…


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第95話 山田真耶覚醒

乳メガネ脱却、というお話。



 

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実践訓練を開始する」

 

 今日から実技授業は基本的に1組と2組の合同演習なんだとか。あ、ヴィシュヌと目が合った。

 

「……ニコッ」(どうして旋焚玖は体操服なのかしら。でもそれを言って、前みたいにプイッてなられても困るし、ここは笑顔で返しておくのがベストね)

 

 可愛い(再確認)

 

「まずは1組と2組の専用機持ちに戦闘の実演をしてもらおう。2組はギャラクシーのみだが1組からは、そうだな……」

 

 1組には3人、いやシャルルも専用機持ちだって言ってたから4人か。1組多いなー。まぁでも、流石にこれ以上多くはならんでしょ。

 

「……オルコット!」(……はクラス代表決定戦があったか。しまったな)

 

「はいですわ!」(旋焚玖さんに良いところを魅せるチャンスですわね!)

 

「と見せかけて、凰!」

 

「は、はい!」(どうして見せかけんのよ! 怖いから言わないけど!)

 

「えぇ……」(一度呼ばれたのに撤回されるなんて…! 流石に織斑先生でも納得がいきませんわ! 怖いから言えませんけど!)

 

 今のはブリュンヒルデジョークではなく、単なる千冬さんの早とちりだな、俺には分かる。まぁ言わんけど。

 

 

【どうして見せかけたんですか!】

【馬鹿野郎俺が出るぞこの野郎!】

 

 

 バカはお前だこのヤロウ!

 動けないのに出てどうすんだこのバカ!

 

「どうして見せかけたんですか!」

 

「む……」(旋焚玖め、何故スルーしてくれない……いや、待てよ? 今の私の発言はどうだった? 意気揚々と返事をしたオルコットの気持ちを踏みにじったのではないか?)

 

「オルコットは既に一度、クラス代表を決める時に試合を行っているが、凰はまだだったからな。それに言ってて気づいたから変更させてもらった。説明不足ですまんかったな、オルコットよ」(フッ……旋焚玖の指摘がなければ、私は暴君と威厳を履き違えてしまうところだった。まったく……旋焚玖の一言は人生のリードオフマンだな)

 

 わざわざツっこまされた俺が言ってもアレだが、誰にもミスくらいありますよってに。しかし、生徒にちゃんと謝罪できる千冬さんは教師の鑑である!

 

「なるほど。そういう事でしたら、わたくしの出番ではありませんわね」(先ほどの旋焚玖さんのお言葉は、もしやわたくしの事を想って…? うふふっ、まだまだわたくしのハートを奪い足りないようですわね!)

 

 セシリアも大いに納得しているみたいだ。なんかムフフとか言ってるし。

 んで、ヴィシュヌと鈴が模擬戦をするのかな?

 

「さて、お前達の相手だが――うわ」

 

 今千冬さん小声でうわって言ったぞ!

 なになに、どこ見て言って……うわ。

 

「ぬわあああん!」

 

 空気を裂く独特なISの機械音をブイブイ鳴らしながら、突っ込んでくる不届き者だとぅ!? 誰だ、また無人機の襲来か!?

 

「ど、どいてください~っ!」

 

 あ、山田先生だった。

 なんと、山田先生がISで突撃してきてますよ。ドジっ子能力を遺憾なく発揮して、まさかまさかの整列場所に突貫してきてますね。うーんこの乳メガネ、やっぱり乳メガネじゃないか!

 

「ちょっ、ま、マジかよ!?」

 

 乳メガネの対角線上に立っているのは一夏だ。

 これはブツかりますね間違いない。つまり一夏ヤバくね? あ、でも、【白式】展開しかけてるし大丈夫っぽいな。お前中々いい危機管理能力してるじゃねぇか!

 

 

【割って入れば合法的に抱擁できる!うひょー!】

【割って入るがその後は自慢のアドリブでよろ~】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 なにがうひょー!だバカ!

 抱擁(交通事故)じゃねぇか!

 

 アドリブ上等だオラァッ!!

 かかってこい乳メガネコラァッ!!

 

 動き出せ時オラァッ!!(ヤケ)

 

「せ、旋焚玖!? 危ねぇって!」

 

 うるせェ!!

 神経集中させろマジで!

 

「はわわっ!? しゅ、主車くん危ないですからぁ!」

 

 (原因)お前じゃい!

 

「ふわわわぁぁぁ~っ!?」

 

 ものすっごい勢いだなオイ! ブレーキとアクセル踏み間違えてんじゃねぇぞコラァッ!! タイミング間違えたら終わりだ、集中しろ集中しろ集中しろ――ッ!!

 

余裕で生身な旋焚玖とISを纏いまくりな真耶。両者の身体が接触するか否かの僅かな瞬間。タイミングはまさに零コンマの世界。

 

「……ッ!」(ここだ!)

 

真耶の右腕を掴んだ旋焚玖は、向かい来る勢いに抗わず、そのまま背後の地面へと背負い投げた。

 

「ふきゃっ……あ、あれ…?」(痛く…ない…?)

 

投げられた瞬間、確かに予感した背中への衝撃。しかし、それが真耶を襲う事はなかった。

 

「……激流を制するは静水」(震え声)

 

 こ、怖かったぁ…。

 

「あ、ありがとうございます、主車くん」

 

「気にしないでください」

 

「うぅ……ほんとにすみません」(もし主車くんが居なかったら、織斑くんにケガを負わせていたかも……猛省しなさい、真耶!)

 

 気にしろ乳。

 分かってんのか乳。

 

 走馬灯レベルで気ィ遣ったんだからな今の、いやマジで。

 女だし、背中から落としたら流石に可哀相かなぁって、わざわざ着地しやすいよう投げ飛ばすのに、俺がどれだけ神経と筋肉使ったか。一瞬でも労力ハンパねぇんだぞこの乳めが!

 

 おかげで脳みそパーン身体はズシーンだ。

 お前俺が純情な感情の持ち主じゃなかったら、乳のひと揉みくらいは要求してんぞ。報酬的な意味で。

 

 

【報酬は山田先生の身体で】

【気にするな。一夏が無事ならそれでいい】

 

 

 純情な感情ォん!

 

「気にしないでください。一夏が無事ならそれでいいです」

 

「……へへっ、また助けられちまったな」

 

「いや、一夏も【白式】を出しかけてたし、今回ばかりは俺が勝手に出しゃばっただけさ」

 

 いやホントに。

 むしろあの状況で【白式】を纏った一夏が、弾丸乳メガネをどう捌いてみせるか見てみたかったくらいだ。

 

「……主車くん」(助けた織斑くんに少しも恩着せがましい事も言わず、何より、戦犯すぎる私にも気を遣ってくれるなんて…! 以前、主車くんの情はマリアナ海溝よりも深いと言っていた千冬先輩の言葉が私も理解できました! 言葉でなく身体で理解できましたよ…!)

 

 む……何やら乳メガネから、今まで目の前に立っても微塵も感じた事のなかった気配が……なんだ、この気配は。表情にも勇ましさが見え隠れしているような。……俺の気のせいか?

 

「(このままじゃダメよ真耶! だって私は教師なんだから! 教師が教え子に甘えてどうするの! 自分の失敗をドジっ子体質のせいにするのは終わりです! 殻を打ち破る時は今なのよ真耶!)……私、もっと頑張ります。主車くんにも尊敬してもらえるような、立派な先生になってみせます…!」

 

 これは1組が誇る副担任、山田真耶先生。

 熱い想いがガンガンに伝わってくるぜ。

 

「ならば、早速お手並み拝見といこうか」(フッ……旋焚玖め、言葉ではなくあえて行動だけで真耶の意識を引ぎ上げてみせるとはな)

 

 どうやら模擬戦は鈴とヴィシュヌの対決ではなく、山田先生1人vs鈴&ヴィシュヌでやるらしい。

 

「いやいや、さっき旋焚玖に投げられた人に2人掛かりは…ねぇ?」

 

「……そうですね。むしろ私は旋焚玖と闘りたいです」

 

 ヤりたいって言うなよ。

 せめて闘いたいって言ってくれよ。

 

先程の失態を見ていた鈴とヴィシュヌは、真耶相手では乗り気ではないらしい。そこに『二対一』まで加われば、いくら生徒と教師の試合であっても、眉を顰めてしまうのも無理はなかった。

 

しかし、彼女たち以上に眉を顰めるどころか、動揺しまくっている生徒が一人居た。

 

(いやいやいや!? おかしいでしょ!? 待って待って待って! 今、トンデモないことしたよね旋焚玖!? 生身だよ!? 生身なのにISを纏って突っ込んできた人をぶん投げちゃったんだよ!? どうしてそこに誰もツっこまないの!? 何でみんな驚いてないの!?)

 

悲しいかな、シャルルがデュノア社から言い渡されたターゲットは一夏のみである。そこに2人目の起動者に関しては一切触れられていなく、必然的にシャルルは旋焚玖の旋焚玖っぷりを前もって知らされていなかった。

 

「安心しろ。今のお前達なら瞬殺される。なぁ、かつての【銃央矛塵(キリング・シールド)】?」

 

 え、なにその厨二チックな二つ名は。

 山田先生、そんな風に呼ばれたの? しかし千冬さんは厨二っぽい雰囲気が似合うな。

 

「……はい」(千冬先輩には何もかもお見通しみたいです。その上で発破まで掛けてくれるなんて…! ここで燃えなきゃいつ燃えるの真耶!)

 

「んなっ…!?」

 

「それは……聞き捨てなりませんね」

 

 千冬さんと山田先生のやり取りにムカチーンと来たらしい。鈴、そしてヴィシュヌも上空へと飛翔する。それを目で一度確認してから、山田先生も空中へと躍り出る。前に俺の方をチラ見してきた。なんでぇ?

 

 

【ナズェミテルンディス!?】

【応援してます】

 

 

 【上】の方が絶対面白いし、山田先生だからネタも分かってくれる期待度レインボーなんだが、別にそういうおフザけキャラを定着させたい訳じゃないんだよなぁ俺もなぁ。

 

「応援してます」

 

「……はいッ!」(見ていてください、主車くん! 私はもう、あなたを失望させたりしません!)

 

 (返事が)力強いよねぇ。

 

「手加減しないわよ、山田先生!」

 

「本気でいかせてもらいます…!」

 

「い、行きます!」

 

言葉こそ普段通りの真耶な感じではあるのだが、その瞳には鈴たち以上に闘志が込められており、さらに言えば、鋭く冷静な雰囲気すらをも醸し出していた。

その様子に気付かぬ2人は、同時に真耶へと先制攻撃を仕掛けるが、それを簡単に回避される…だけに留まらず、反撃にまで移される。

 

「ちょっ、速っ!?」

 

「くぅっ…!?」

 

「そこですッ!」

 

 開戦もそこそこに千冬さんが口を開いた。

 

「さて、今の間に……そうだな、ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみせろ」

 

「あっ、はい」

 

 空中での戦闘を見ながら、シャルルが説明を始めた。見るからに山田先生が鈴とヴィシュヌをポコポコにしてるから、割と要点チックな説明が求められるな。

 

「山田先生の使用されているISは、デュノア社製【ラファール・リヴァイヴ】です。第二世代開発最後期の機体ですが――」

 

 ラファール・リヴァイヴ?

 興味ないね(クラウド)

 だって俺はたけし一筋だから(一途)

 

「ペラペラペーラペラペーラ」(リヴァイヴの説明中)

 

「ああ、一旦そこまででいい。もう終わる」

 

 シャルルの説明に聞き入っていなかった俺は、山田先生の活躍っぷりを十二分に見させてもらった。いや、魅させてもらったな。

 

「……ふぅ。ありがとうございました」

 

 地面に降りて来てから、ズレた眼鏡を掛け直しつつ一礼する山田先生。かっけぇ。

 

「つ、強すぎでしょ山田先生……このあたしが手も足も出ないなんて…!」

 

「……完敗です。上には上が居る事が身に沁みて分かりました」

 

 2人も山田先生に頭を下げた。

 まぁ2人掛かりで挑んだにもかかわらず、ぐうの音も出ない程にフルボッコにされてたもんなぁ。流石に試合前とは打って変わって殊勝になるわな。俺が闘ったら? 負けますねぇ! さらに瞬殺されますねぇ!……とほほ。

 

「さて、これで諸君にもIS学園教員の実力は理解できたな? 以後は敬意を持って接するように。では、今から実習を行う。織斑、オルコット、凰、デュノア、ギャラクシーをリーダーにグループに分かれろ」

 

 千冬さんが言い終わるや否や、一夏とシャルルの元へと一気に2クラス分の女子が黄色い声と共に詰め寄った。……別に羨ましくねぇし。俺だって学園から出たら、詰め寄られる事なんてしょっちゅうだし。性別は漏れなく男だけど。黄色い声も漏れなく低音だけど。……ちくせぅ。

 

「織斑君、一緒にがむばろう!」

 

「わかんないところ教えてYO!」

 

「デュノア君の操縦技術が見たい。見たくない?」

 

「じゃけん見せてもらいましょうねぇ~!」

 

 行列が出来るラーメン屋並みな繁盛っぷりである。詰め寄られている2人は明らかに困ったさんな様子だけどな。

 

「(´・ω・`)」

 

「あ、あはは……」

 

 一夏は(´・ω・`)してるし、シャルルは苦笑い。んでもって、2人とも立ち尽くしている。

 しかし一夏はいつも通りだとしても、流石にシャルルはイカンでしょ。今朝来たばかりなのに、もう何回目だよ、アイツが苦笑いしてんの。はしゃぎたい気持ちは分かるが少しは自重しろよお前ら、あと俺。

 

 

【自分も一夏に群がる一人でありたい】

【自分もシャルルに群がる一人でありたい】

 

 

 文面はともかく俺の役目はアレだろ、蜘蛛の子を散らせる者と化せばいいんだろ。そういうのは慣れてるし得意だぜ(自虐)

 

 まずは俺から近いシャルルへ群がる女どもの背後に忍び寄る。あ、おじゃましまーす(小声)

 

「ガチョーン!」(アドリブ)

 

「「「 ひょわぁっ!? 」」」

 

「うわビックリした!?」

 

 シャルルまで驚かせちまったが、まぁ想定の範囲内だ。

 

「おい、やべぇよ…やべぇよ…」

 

「どうすんだよ…」

 

「どうすんだよ…」

 

「朝飯食ったから…」

 

 オラ散れ。俺も今朝はパン食ったんだから散れオラ。さっさと散らねぇとアホの【選択肢】にトンデモねぇ事されちまうぜ? 俺が。

 

「あ、集まり過ぎは良くないよねー」

 

「そうだよ」

 

「お、そうだな!」

 

 よしよし、俺の意図を汲んでくれたのか、ナニかをさせられる前にシャルルからスタコラサッサしてくれてありがとよ。……ん?

 

「この感じだと、私達の方にも主車くんがガチョりに来る可能性…?」

 

「ありますねぇ!」

 

「ありますあります!」

 

 一夏に群がっていた女共も空気を読んで離れていく。

 いやはや一発双貫とはまさにこれ。文字通り一度で二度おいしいってヤツだな。俺のギャグもまだまだ捨てたモンじゃねぇぜ。

 

「よし。では出席番号順に一人ずつ各グループに入れ。主車はデュノアのサポートをしてやれ」(私が怒鳴るまでも無いとはな。まったく……旋焚玖に掛かれば、小娘共の扱いなど赤子の手をプニプニするより簡単らしいな)

 

「お願いしますね、主車くん」(主車くんなら安心ですね!)

 

「分かりました」

 

 分かりません。

 サポートって言われても、一体ナニをすればいいのか。俺のIS技量がうんちな事は、千冬さんも山田先生も分かってくれてるだろうし。

 

 あれかな? 

 シャルルに変な気を起こす女子が居ないかどうか、監視でもしてればいいのかな。あ、シャルルの班に箒も居る。

 

「せ、旋焚玖! 同じグループだな!」(ふぉぉぉぉッ! 座席の神には見捨てられた私だが、班の神には見捨てられていなかった…! 見捨てられてなかったぞぉ!)

 

「ああ、お前が居ると心強い」

 

 いやマジで。

 俺という存在が受け入れられつつある風潮はあっても、結局のところ専用機持ちを除けば、俺とちゃんと話してくれるのって箒と布仏と相川と鷹月くらいだし。

 

「う、うむ!」(ふははは! 聞いたかデュノア! おい聞いたか!? こんなにも私は旋焚玖に頼りにされているのだ! 今日来たばかりの男に私は絶対に負けんからな!)

 

 (返事が)力強いよねぇ。

 

 箒のおかげで俺も不安が和らいだ。

 さぁ、実習のお時間だ。サポートは任せろー。

 





シャル:二人目の男子が生身でISを投げ飛ばしたんですけど

アルベール:うっそだろお前ww

ロゼンタ:テラワロスww

シャル:(´・ω・`)


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第96話 シャルル君から見たジャパニーズ


伏兵の存在、というお話。



 

 

 

「ええと、いいですかー皆さん。これから訓練機を一班一体取りに来てください。数は【打鉄】が三機、【リヴァイヴ】が二機です。好きな方を班で決めてくださいね。あ、早い者勝ちですよー!」

 

 おぉ、山田先生が山田先生している!

 さっき俺に言った決意表明っぽい言葉に偽りは無いようで、その堂々っぷりだと俺ももう気軽に乳メガネとは呼べないな。

 

 しかし【打鉄】と【リヴァイヴ】から選ぶのか。

 今回、俺はシャルルのサポート役を任されてるし、俺が乗らないならどっちでもいいかな。というか【打鉄】であっても俺は【たけし】以外乗る気ないけどな!(片思い)

 

「ふむ。うちの班はどうする? ここは知識の浅い私達よりもリーダーのデュノアが決めた方が良いのではないか?」

 

 スパッと妥当な意見をすぐに言えるところは流石箒って感じだ。まるでモブの中に煌めく星だな。顔だけじゃねぇ、存在感からしてやっぱ違うぜ。

 

「えっと、それなら【リヴァイヴ】でいいかな? 僕の専用機も【リヴァイヴ】をカスタムした機体だし、教えやすいと思うんだ」

 

 という訳でシャルル班の訓練機は【リヴァイヴ】に決定! しかしちょっとした問題もある。【リヴァイヴ】は【打鉄】よりも少ないのだ。山田先生も『早い者勝ち』だって言ってたし、他の班の女子連中も『イソゲー』と格納庫に向かっている。シャルル班が出遅れた感は否めない。

 

 で、それが何の問題ですか?(強者の余裕)

 

「疾きこと風の如し」

 

 今回の俺はサポート役だからな。持ち運び係的なモンは任せろー。ついでに風になるのも任せろー。

 

「ひょわぁっ!?」

 

「ちょっ、なに!?」

 

 ちんたら移動してんじゃねぇぞ! そんな気構えで【リヴァイヴ】使おうなんざ100年早いぜ!

 

 ほい、格納庫に到着。

 余裕の一番である。

 ごぼう抜きするのは気持ちがいい(恍惚)

 

 んで、コイツが【リヴァイヴ】だな。

 

「よいしょっと」

 

 【リヴァイヴ】ちゃんを背中に……いやお前軽いな!? 【たけし】に比べたら全然じゃねぇか! 

 

「……たけしお前ダイエットした方がいいんじゃないか?」

 

 奥の方に収納されてある【たけし】に一声掛けてみる。

 

 

≪ (。・ˇдˇ・。)凸 ≫

 

 

「!?」

 

 何か変な顔みたいなモンが【たけし】から一瞬見えた気が……俺、疲れてんのかな。まぁいいや、さっさとシャルル達のところへイクゾー。

 

「わっせわっせ」

 

「なにこのIS重すぎィ!!」

 

「わっせわっせ」

 

「ISってこんなに重いの!? 1人じゃ無理だよぉ!」

 

「わっせわっせ」

 

「噂によると114514kgらしいよ」

 

「重すぎィ!!」

 

 重すぎィ!!

 んな訳ねぇだろアホか!

 

「ほい、到着。お待ちかねの【リヴァイヴ】さんですよっと」

 

 スタートは遅くてもゴールは早い。

 それが俺たちシャルル班さ。

 

 皆も嬉しそうに出迎えてくれる。

 悪意のない出迎えが素直に嬉しい(幸福)

 

「ありがとう主車くん!」

 

「こういう時は頼りになるよね!」

 

「そのための主車くんあとそのための主車くん…?」

 

 何言ってだコイツ?(ン抜き言葉)

 というか相川じゃないか。お前もこの班に居たんだな。

 

「す、すごいね旋焚玖。まさか1人で運んじゃうなんて」(いやいやいや! だからおかしいって! 一人で運んで来たんだよ!? 背中に背負って小走りで戻って来たんだよ!? 何で誰も驚いてないの!?)

 

「フッ……旋焚玖は武道やってるからな」

 

 お、そうだな。

 

「そ、そうなんだ」(どうして篠ノ之さんはドヤ顔なんだろう。でもツっこまないでおこう。なんかちょっと怖いし)

 

 他の班も訓練機を運び終えたところで山田先生から声が掛けられる。

 

「各班長は訓練機の装着を手伝ってあげてください。今回の目標は班全員の動作確認ですよー」

 

 なるほど、ついに専用機持ち以外の実力が明かされる訳ですね! 基礎の基礎からのスタートだし、意外とみんな動けなかったりしてな(淡い期待)

 

「それじゃあ1組2組を交互で、出席番号順にISの装着と起動、そのあと歩行までやろっか。一番目は……」

 

「はいはいはーいっ!」

 

 トップバッターは相川である。

 セシリアの班じゃなくてテンション下がってるかなぁ、とか思ったが元気にぴょんぴょん飛び跳ねているところを見ると、杞憂だったようで何よりだ。

 

「出席番号一番! 相川清香! ハンドボール部! 趣味はスポーツ観戦とセシリアのお世話! 将来の夢はセシリアのマネージャーになって一緒に世界を旅行しまくる事だよ~!」

 

 やっぱり杞憂じゃなかったじゃないか! しかも明らかにシャルルじゃなくて隣りで班長ってるセシリアに向かって言ったなコイツ! 手まで振ってるし。あ、セシリアがこっちに来た。頬をプクーッとさせて来た。

 

「んもう! 何を言ってますの清香さん!」

 

「えー、ダメなのー?」(お目目ウルウル)

 

「うっ……べ、別にダメとは言ってませんわ!」(プイッ)

 

「えへへ、やったぜ!」

 

 成し遂げたな。

 そしてプイッと顔を背けるセシリアが可愛いと思いました。

 しかしコイツら仲良いな。知り合ってまだ1か月ちょいだが、もうズッ友宣言してるとは、よほど波長が合うんだろう。

 

「という訳でよろしくお願いしますっ!」

 

 改めてシャルルの方へ向いた相川は腰を折って深く礼を。そのまま右手を差し出している。え、なにしてんの?

 

「ああっ、ずるい!」

 

「私も!」

 

「第一印象から決めてました!」

 

 相川に続けと、箒以外の女子たちも一列に並び、同じようにお辞儀をしてからの右手をシャルルに向かって突き出す。ああ、そういう……(悲しい察し)

 

「え、えっと……?」

 

 ふむ。

 フランス人にゃ通じないのかな。何やら状況が飲み込めてないって感じだし。

 

「「「 お願いしますっ! 」」」

 

 んぁ?

 今度は後ろから同じような声が聞こえてきた。

 

「(´・ω・`)」

 

 どうやら一夏も同じ状況に陥っているらしい。しかしアイツもIS学園に来てから(´・ω・`)する事が増えたな。それだけ気苦労も増えたって事か。

 

 んで、俺のところには当然、誰も来ないと。はは、すっげぇ視界がクリアだぜ。誰も前に立ってないから周りを見放題だぜ。……ちくせぅ。

 

「……!」(むっ……心無しか旋焚玖の表情に翳りが見える…! いや、客観的に考えて当然か。男子3人のウチ2人は女共に言い寄られて、一人だけポツンとなっていたら、やましい気持ちがなくても微妙な気分になってしまうだろう)

 

 あ、何か箒が百面相ってる。

 久しぶりに見た気がするな。

 

(いや、むしろこれはチャンスではないのか…!? コイツらと同じノリというテイで私も旋焚玖にアピールする絶好の機会では…! よ、ようし、言うぞ、言ってやるぞ。しかし、重い感じで受け取られたくないからな。あくまで軽く、冗談のように気軽な感じで『何なら私が求愛してやろうか?』みたいな風に言うんだ私…! ここが告白のメインではない、あくまで旋焚玖の意識を私に傾ける作戦だ。気軽に。そう、気軽にだ)

 

「……せ、旋焚玖」

 

「ん?」

 

「な……っ」(だ、だめだ、急に足が竦んでしまった。指先がチリチリする。口の中がカラカラだ。目の奥が熱いんだ!……くそっ、これが緊張なのか…!)

 

 な?

 

「何ならァッ!!」

 

「うわビックリした!?」(なになに!? うわっ、ま、また篠ノ之さんだ!)

 

 うわビックリした!? 

 何だコイツ!?

 何でいきなりバッドボーイズ!?

 

 そりゃ、シャルルも驚くわ。

 まぁシャルルが驚いてくれたおかげで俺は素面を保てている訳だが。サンキューシャッル。お前のリアクションは無駄にはしないぜ。

 

「……広島の方言か? 転校先の一つだったのか?」

 

「あ、ああ、そうなんだ! 急にしゃべりたくなってな、はは、あはは…!」(あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 無理だ無理だ言えないぃぃぃ! そんな気軽に言えたら苦労しないわ! 何が求愛してやろうかだ! 一度フッておいて、そんな上から言える立場じゃないだろうが私は!……ちくせぅ)

 

 まぁ箒は色んな場所に転校させられたって言ってたしな。しかし、それを自分から触れたって事は、もう吹っ切れたのかもしれない。それなら喜ばしい事だろう。

 

 しかも割とダイナミックな声だったせいか、シャルルと一夏に群がってた女共も元の場所に戻っている。

 さては箒の迫力にビビッたなコイツら。しかし、こうなると俺にはかなりありがたい。経験上、そろそろアホの【選択肢】がアホさせる頃合いだったし。それが無くなったってんだから、箒には多大なる感謝をしなきゃな。

 

「ありがとよ、箒」

 

「う、うむ?」(……何故お礼を言われたのかは分からんが、旋焚玖が笑顔を向けてくれた! 私の『何なら』は全くの無駄という訳ではなかったんだな!)

 

 箒もご機嫌さんになったところで、今は相川がISの外部コンソールを開いて、シャルルと一緒にステータスの確認をしている。

 

「相川さんはISには何回か乗ったかな?」

 

「うん」

 

「それじゃあ、まずは装着して起動までやろっか」

 

「あいよっと!」

 

 テキパキと、滞る事なく装着しては【リヴァイヴ】を起動してみせる。そんでもってスムーズな歩行を披露してみせる。

 

 シャルルの補助も特に必要なさそうで、相川はガチョガチョIS特有の音を奏でながら見事に歩いている。とても見事である……ちくせぅ。

 

「ふぃ~、緊張したぁ」

 

 装着を解除した相川が【リヴァイヴ】から軽快に飛び降りる。

 しかし、緊張したら歩けるのか。俺も今度【たけし】を纏ったら緊張してみよう。

 

「じゃあ次の人いこう!」

 

 と、ここで問題が発生した。

 2人目の女子が【リヴァイヴ】の前で困った表情を浮かべている。

 

「いや、あのさ、コックピットに届かないんだけど…」

 

「あー、それはコックピットが高い位置で固定されてしまった状態ですね」

 

 お助けマンな山田先生が説明してくれた。

 原因は言わずもがな、快活少女な相川である。訓練機は装着解除時はしゃがまないといけない。立ったまま解除すると、ISも立ったままの状態、つまり今の感じになる訳だ。

 

「たはは、いやぁ清香さん失敗失敗」

 

 HAHAHA!

 やーいやーい! 

 俺ならそんな失敗しないもんね~!……虚しいだけだからやめよ。 

 

「初心者のうちはよくあるミスですよ。では、シャルル君が次の方を乗せてあげてください」

 

「ぼ、僕がですか?」

 

「はい。専用機を出して、次の生徒さんをだっこして運んであげてください」

 

 なにその合法的なセクハラ。

 イケメンだったら何してもいいってのか!?(疑問)

 

「ッしゃぁオラァァン!!」

 

「来たオラァッ!! 女の時代がァン!!」

 

「清香…! アンタの功績は末代まで語られるわ!」

 

 イケメンだったら何してもいいんだよ!(解決)

 

「え、えっと……僕が運んでも大丈夫かな?」

 

「よろしくオナシャス!」

 

「う、うん。優しく運ぶからね」(おなしゃすって何だろう…)

 

 シャルルがエスコートするように2組の女子を抱きかかえる。……うーんこのイケメン貴公子。お姫様だっこがめちゃくちゃ絵になってるじゃねぇか!

 

「落ちないように、君からも僕に掴まっていてね?」

 

「は、はい!……うほっ、シャルルくん超いいにほひ(匂い)…♥」

 

 シャルルすげぇ。

 運ぶツっても、たかだか1メートルちょいなのに、それだけの距離で、もう女子の顔をメス貌にさせてやがる…! これがブロンド貴公子の実力って訳かい…!

 

 

 

 

 その後も順調に、シャルルによるジェントルマン指導は進んでいく。ただ、これまで全員が漏れなく【リヴァイヴ】を立たせた状態で解除しているっていうね。

 

 これにはシャルルも苦笑いである。

 コイツいつも苦笑いさせられてんな(合掌)

 

 いや合掌はおかしいわ、ただの連続ご褒美やんけ! このセクハラ貴公子! 普通に羨ましいぞコンチクショウ!

 

「……次は私か」

 

 神妙な顔をした箒が立った状態の【リヴァイヴ】の前まで歩み寄っていく。箒もシャルルにお姫様だっこされるのか。

 

 なんかヤだなぁ。

 何だろ、このモヤモヤ感は。

 

 ああ、この感情はアレだ。

 信じて送り出した幼馴染が都会のイケメンにNTRれるアレだ。

 

 えぇ……まだ恋人も出来た事ないのに先にNTRを体験すんの? いやいや、その仕打ちは流石にひどくないですか? もしさぁ、これを機に俺の性癖が歪んだらどうすんの? 責任取れんのかシャルル、おう? おうコラ?……とまぁ、俺自身だと心の中でしか唱えられない訳で。

 

 なぁ、俺が言わんとしてる事、分かるだろ? なぁ?

 

 おい【選択肢】。

 おーい、聞いてんだろ? 

 今こそお前の出番じゃないのか?

 ヘタレな俺の代わりに、こういう時こそアホな【選択肢】出して、なんやかんやで邪魔させなきゃダメなんじゃないのか?

 

「………むぅ」(乙女が一度は夢見る伝説の『お姫様だっこ』。私もまだ経験した事はない。それを何故…! 何故に! どこの馬の骨とも分からん男に捧げねばならんのだ! 絶対に嫌だ! 断固拒否する!)

 

 オラ、早く出せよ。

 あくしろよマジで。

 

「………むむぅ」(とは言え、ここで私が変に断ったら、空気の読めない女だと思われてしまう恐れがある。高校ではクラスメイト達とも隔たり無く上手くやっていけているのに、それが拗れてしまうのは正直怖い)

 

 オイ……オイってば…!

 このままじゃ、箒がシャルルにお姫様だっこされるツってんの! お前箒がシャルルにNTRれてもいいのかよ!?

 

「………むむむぅ」(しかし…! しかしそれでも私は! お姫様だっこされるのなら、相手は旋焚玖以外考えられんのだ! だが、私はどうすれば……こ、こうなったら!)

 

「さ、作戦タイムを要求する!」

 

 ピーンと腕を伸ばしてシャルルにアピールする箒さん。ど、どうしたんだろう。

 

「へ? え、えっと……うん、いいよ?」(うわわ、また篠ノ之さんだよぅ)

 

 シャルルに了承を得た箒は……うわわ、こっちに来た!? もしかして俺が変な事考えてたのがバレたのか!?

 

「ちょ、ちょっといいか旋焚玖」

 

「……ああ」

 

 うわわ、俺の腕を引っ張って、そのまま此処から一緒に離れて行く。……いや結構離れるな!? え、どこまで行くの!? もうアリーナの端まで来ちゃったよ!?

 

「……旋焚玖」

 

「なんだ?」

 

 なんでせぅ?

 

「(……勇気を出せ! ここで勇気を出さねば女ではない!)わ、私がデュノアにお姫様だっこされたら、お前はどう思う?」

 

 な、なにその問い掛け!?

 なんでそんな事聞くの!?

 

 いや、だがこれは……ヘタレな俺への最後の挽回チャンスじゃないのか…! むしろ此処しかないだろが! 勇気を振り絞る時は今! ちゃんと箒に『嫌だ』と言うぞ! もしかしたらこれで箒との距離が縮まるかもしれないし! ピンチをチャンスに変えるのだ旋焚玖!

 

「嫌……―――ぁ?」

 

 

【むしろ興奮する】

【そんなの見たら俺は死ぬ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 キモいし重いよ!

 何で邪魔するの!? お前さっきまで完全に気配消してたじゃん! 無味無臭だったじゃん! なのにどうして絶妙の間で入ってくんの!?

 

「……そんなの見たら俺は…」

 

「……旋焚玖?」

 

 えぇい、ままよ!

 

「俺は死ぬッ!!」(割とヤケ)

 

 キモいより重い男でいいんだ上等だろがい!

 ほ、箒さんの反応は如何に…?

 

「……ッ…! そ、そうかぁ! そんなにかぁ!」

 

「……ああ」

 

 よ、予想外に嬉しそうな反応が返って来たでござる。

 正直ドン引きモンだと思うんだが、俺がおかしいのか?

 

「そうかそうかぁ……それだと流石に私はデュノアにお断りしないとダメだよなぁ、ふふふ、旋焚玖が死んだらいけないもんなぁ」(ふぉぉぉぉ! これは誰がなんと言おうと嫉妬! 旋焚玖がデュノアに嫉妬している揺るぎない証左! うふ、うふふ、頬が緩んで仕方ないなぁもう!)

 

「……ああ、そうだな」

 

 こんなに饒舌な箒さんは初めてだぁ。

 もしかして、マジでとうとう俺の事を…!?

 

 

【お前もしかして俺の事が好きなのか?】

【『私はッ……お、お前の気持ちには応えられない…』(箒に引っ越す前、言われた言葉)置いときますねー】

【ないない。貞操観念の高い箒が今日知り合ったばかりの男にお姫様だっこされたくないだけだろ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 2番目と3番目が俺に現実を突きつけるぅ! 古傷を抉ってからの、それっぽい仮説とかダブルコンボすぎるぞコラァッ!! 一人ツ―プラトンやめてよぉ!

 

 へへ、短い春だったぜ(約3秒)

 しかし、冷静になって気付けた事もある。

 

「断ってくれるのは嬉しいが、それで周りの女子から何か思われたりしないか?」

 

 シャルル班の女子は、シャルルにだっこされて運ぶ流れが出来上がってしまってるからな。それを下手に壊したら、箒とクラスの女子の間で変な亀裂が走ってしまう可能性がある。

 

「フッ……心配するな、旋焚玖。私に妙案が浮かんだ」

 

 む……何やら自信満々だな。

 策を講じるタイプではないと思っていたが、これは逆に気になるな。箒がどんな策を練ったのか。

 

「なら、お手並み拝見といこうか」

 

「ああ!」

 

 そして戻ってきました。

 

「えっと、お、おかえり…?」

 

「ああ、待たせてすまないデュノア。時間も惜しいし、始めよう」

 

「うん。それじゃあ僕がまた運べばいいかな?」

 

 さて、どう出る箒?

 

「フッ……その必要は無し!」

 

 

箒にその必要は無かった!

 

 

「む……?」

 

 箒の奴、後ろに少し下がって何を……む、【リヴァイヴ】に向かって走り出した!?

 

「ぬおおおお――ッ!!」

 

入学以来、最高潮な気分を迎えた絶好調乙女に敵は無し。

十分な助走で生まれた勢いをそのままに。

 

「「「「 よじ登ったーー!? 」」」」

 

 力業だこれーー!?

 

「えぇぇぇぇッ!?」(な、何してるのこの子!? どうしてこんなにパワフルなの!? ダメだぁ! 篠ノ之さんのキャラが全く分かんないよぅ! 男子も女子もみんな濃いよぅ!)

 

「……さて、装着完了だ。これで歩けばいいんだな?」

 

「う、うん、お願い」(……ジャパニーズは男女問わず、未来に生きてるんだね…)

 

 指導役のシャルルが圧倒されてるじゃないか。いや、シャルルだけじゃねぇ、他の女子たちも箒のパワフルロッククライマーっぷりに圧倒されている。これは……。

 

 なるほどな、ようやく分かったぜ。

 一見、ただの力業に見えて、実際のところ箒のアレは、これまで女子とシャルルの間にあった流れどころか、根底そのものをブッ壊したって訳だ。おかげで先に予想していた微妙な空気も生まれていない。

 

 やるじゃねぇか、箒。

 お前の策、確かに魅せてもらったぜ。

 

箒のアレに圧倒される者、 納得する者。

そして――。

 

(超えてみせたわね、障害を…! それでこそあたしのライバルよ!)

(箒さん……あなたの覚悟ある行動ッ! わたくしは敬意を表しますわ!)

 

完全に意図を汲んでみせた鈴とセシリアは、心の中で大いなる拍手を。

 

 

 

 

「これで僕たちの班は一通り終わったね」

 

 そうだな。

 何だかんだ【リヴァイヴ】を装着した全員がスイスイ歩けてたな、ははは。

 

「どうしよっか、まだ時間残ってるし……あ、そうだ! 旋焚玖も乗ってみようよ!」(生身の旋焚玖が凄いってのは分かった。ISの操縦力はどうなんだろう?)

 

「む……」

 

 いや俺【たけし】以外興味ないから。

 というか、【リヴァイヴ】立ったままじゃないか。仮にシャルルの提案を受けたら、あの流れがまた蘇るんじゃないか? お姫様だっこな流れが。

 

 いやいや無理無理。

 俺にソッチの趣味は無いから。相手がイケメンでも無いから。ここは丁重にお断りさせてもらおう。

 

 

【シャルルにお姫様だっこしてもらう】

【と見せかけてシャルルをお姫様だっこする】

【と見せかけて箒をお姫様だっこする】

【と見せかけて鈴をお姫様だっこする】

【と見せかけてセシリアをお姫様だっこする】

【と見せかけて千冬さんをお姫様だっこする】

【と見せかけて山田先生をお姫様だっこする】

【と見せかけて一夏をお姫様だっこする】

【と見せかけて一夏にお姫様だっこしてもらう】

 

 

 見せかけすぎィ!!

 

 






シャル:二人目の男子が生身でIS纏った僕をお姫様だっこしたんですけど

アルベール:うっそだろお前ww

ロゼンタ:テラワロスww

シャル:(´・ω・`)



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第97話 2人の疑念


疑念の螺旋、というお話。



 

 

「……ねぇ、旋焚玖?」

 

「なんだ?」

 

 もうそろそろ授業が終わるな。

 

「どうして僕は君に抱っこされてるのかな?」

 

「気にするな」

 

 あと1分くらいでチャイムも鳴る。

 それまでの辛抱だボーイ。俺だって辛抱してるんだから。何が悲しくて男をお姫様抱っこせにゃならんのか。

 

「気にするよぅ! 何でそんなクールに振舞ってるの!? 運び役は僕だよね!? どうして僕が抱っこされてるの!? というか何で生身で抱っこ出来るの!?」

 

「……旋焚玖は武道やってるからな」(旋焚玖は普段、【打鉄】で訓練してるらしいからな。そういう意味でも【リヴァイヴ】には搭乗したくないのかもしれん。まぁ上手く言葉では断れず、力業で済まそうとしているところが旋焚玖らしいと言えばらしいな)

 

 箒の武道一辺倒なフォローが今日も輝いてるぜ。

 

「うーんこの、何とも華の無い絵面ですなぁ」

 

「野獣が貴公子をお姫様だっこしてるの図かぁ。確かに華はないよねぇ」

 

「でも背徳感は増していると思います!」

 

「あ^~、逆にアリなんじゃあ^~」

 

 うーんこの、女共からのややウケな感じ。

 めちゃくちゃウケても嬉しくねぇし、ドン引かれても嬉しくねぇし。ややウケされてもやっぱり嬉しくないじゃないか! 

 

「では午前の実習はここまでだ。午後にある実習は、諸君らにISの整備の仕方について学んでもらう。専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。では解散!」

 

 よし、解放!

 残り時間が僅かだったのがまだ幸運だった。

 おかげで、俺がシャルルを抱えたまま直立不動するとかいう意味不明すぎる展開でも、何とか微妙な雰囲気になる前に終われたぜ。

 

 さて、後はシャルル班が使用した【リヴァイヴ】を格納庫に戻すだけだな。そういうのは俺に任せろー。

 

「あ、旋焚玖、僕も手伝うよ!」

 

 ISを付けたまま、シャルルが申し出てきた。

 手伝ってくれるツってんだから、わざわざ断る理由もあるまい。ここはシャルルの厚意に甘えよう。

 

「むぅ……」(デュノアに先手を打たれたか。しかし、男のデュノアが旋焚玖を手伝うのは自然な流れとも言える。私も手伝いたいが、どうしたものか。あの2人だけ専用のカートでなく、持って運んでるしなぁ。私が加わったら、かえって邪魔になるか?)

 

「ならシャルルは肩の方を持ってくれ。俺は足を持つ」

 

「うん、分かったよ」(旋焚玖が持ててる原理はまったく理解ってないけどね)

 

 よし、持ったな。

 それじゃあ格納庫までイクゾー。

 

 

【掛け声は日本式で】

【掛け声はフランス式で】

 

 

 お前掛け声とか好きだよなぁ。

 別にいいけど。

 

 シャルルはフランス人だし、ここはフランス式でプチ歓迎だ。

 

「オーイス! オーイス!」

 

 多分これで合ってると思うんだが、どうだろう。

 

「うわビックリした!? 急にどうしたの旋焚玖?」

 

「掛け声のつもりだったが、間違ってたか? オップラーの方が良かったか?」

 

「あー、そういう事か。ううん、合ってるよ。それじゃあオーイスでいこっか!」(……気を遣ってくれたんだよね。ただの変な人って訳じゃないのかも)

 

 お前中々いいノリしてるじゃねぇか!

 こういうところはやっぱ男子だよな!

 

 

【わっせろ~ぃの掛け声と共に】

【らっしゃいぜ!らっしゃいぜ!】

 

 

 急に変えるのやめてよぉ! 

 前もあったよこんな事ぉ!

 

「らっしゃいぜ!らっしゃいぜ!」

 

「オーイス…え、ちょっ!? な、何で変えるのさー!?」(やっぱり変な人じゃないか!)

 

 俺が言いたいわ!

 俺なんてここからソレっぽい理由を考えて、さらに説明もせにゃならんのよ!? どれだけ脳ミソ使うか分かってんのかこのヤロウ!

 

「……うむ」(よし、ここは大人しく引いておこう。旋焚玖特有の世界観はまだ私には敷居が高いからな)

 

旋焚玖が見せる世界観は箒にはまだ敷居が高かった!

故に少女は大人しく教室に戻るのであった。

 

「分からんか、シャルルよ。今のはな、日仏合作なんだ」

 

「日仏合作?」

 

「ああ、そうだ。ほれ、他国同士が組む時は同盟とかって言うだろ。同盟国ってのは信頼関係をより強くするために、合同やら合作やらするだろ? 俺たちは別に国じゃないけど、まぁなんだ、これから仲良くやっていこうなーって意味で、あえて俺は日本式の掛け声を言ったのさ」

 

 強引か…?

 

「そ、そうだったの?」

 

「そうだったよ」

 

「らっしゃいぜっていうのが日本式なの?」

 

 違うと思ふ。

 

「……そうだよ」

 

「何か微妙に間があった気がするんだけど」

 

「気がするだけなら気にする必要なんてないのさ」

 

「な、何だか深い言葉だね」(う~ん……確かに旋焚玖の言う通り、別にそこまで気にしなくてもいっか)

 

 何とか納得してもらえたらしい。

 やはり俺は口先の魔術師なんだぜ!

 

「ちょいと急ぐか。俺たち男子は更衣室で着替えなきゃいけないしな」

 

「え!?……あ、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしていくから、先に行って着替えててよ。時間が掛かるかもしれないから、待ってなくていいからね」

 

 機体の調整か。

 シャルルは真面目なんだな。

 だが、一人で教室まで戻ってこれるか?

 

 

【それだとシャルルの着替えが見れないだろ?】

【う~ん、どうしようかなぁ(意味深)】

 

 

 いや見れなくていいだろ!?

 お前の選択肢おかしいって! 今日特におかしくない!? 何で俺にシャルルの着替えを見せようとすんの!?  

 

 俺にそういう趣味ないって知ってんだろ!? 誰よりもお前が一番知ってる筈だろぉ! まさかお前ここにきて俺の性癖開拓しようとしてんのか!? 要らんお世話だ調教師かテメェ!

 

「う~ん、どうしようかなぁ」(意味深)

 

「え!?」(な、何で悩むの!? 別に不自然な事言ってないよね僕!? 流れ的には全然アリな言い分だったよね!?)

 

 【下】も大概なんだよなぁ。

 ここで焦らす意味が1ミリ足りとも分かんねぇよ。

 

 そりゃあシャルルもそんな感じになるわ。

 

 

【せめて俺の着替えを見てくれ】

【こんな大事な事を一人で決めてはいけない】

 

 

 見れないと見せる方向に走るのやめろって!

 見たくないし見せたがりでも無いわ!

 

「……こんな大事な事を一人で決めてはいけない」

 

「えぇ!?」(だ、大事な事なの!? なんで!? や、やっぱり旋焚玖は僕を怪しんでるんじゃ…!?)

 

 テーマは男子の着替えだからな。

 必然的に俺が聞ける相手も絞られてくるか。

 

「一夏ァ!!」

 

 というか一夏以外いないわ。

 

「うわビックリした!? どうした旋焚玖?」

 

 ちょうど近くで訓練機を専用カートで運んでいた一夏に、ちょいと足を止めてもらった。

 

「シャルルがさ、機体の微調整していくから、先に着替えててくれってよ」

 

「え、そうなのか?」

 

「う、うん。それでね、時間が掛かるかもしれないから、待ってなくていいからね」

 

「ん? いや、別に待ってても平気だぞ? なぁ、旋焚玖?」

 

「ああ」

 

「ぼ、僕が気にするの! ね? 先に教室に戻ってて、ね?」

 

 む……シャルルから妙な気迫を感じる。

 何をそんなに必死になってんのか。

 

「何か必死だなぁ……どうする、旋焚玖?」

 

 結局俺が考える流れに戻ってきてんじゃねぇか!

 だからシャルルに言われた時「そうか、分かった」の一言で良かっただろ! 無駄なやり取りさせるなよ! まだ訓練機も運び終えてすらねぇよ!

 

 

【大人しくシャルルの着替えを覗く】

【大人しくシャルルの前で着替える】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 その2択マジでやめろや!

 

 あーもう! 見られりゃいいんだろ、見られりゃ! 見たけりゃ見せてやるよ! 自然な誘導方法も思い付いちまったよ、ウダウダしてる間によォ!!

 

 オラ、俺の話術師っぷりを見とけよ見とけよ~。

 

「ちなみにシャルルは何処でISの微調整をするつもりなんだ?」

 

「え? えっと……もちろん、整備室だよ! ほら格納庫の隣りがそうだって表示されてるし!」(……な、何か疑ってる…?)

 

 ほい、予想通り。

 

「なら、そこで俺たちは着替えさせてもらう」

 

「えぇ!?」(な、何で!? 疑ってるとかじゃなくて、もしかして単純に旋焚玖は着替えてるところを見られたいんじゃないの!? 更衣室でもそうだったし! へ、変な人じゃなくて変態さんなの!?)

 

 これは引いてますね、間違いない。

 さて、それっぽい理由を話してやるぞー。

 

「え、俺も? というか、別に俺たちは更衣室で着替えりゃいいんじゃないか?」

 

 ほいほい、ナイスなアシストだぜ一夏よ。

 これでさらに言い易くなったな。

 

「代表候補生が専用機の整備をするんだぞ? 俺たちは知識的にも遅れてるんだから、見学させてもらった方が良いと思うんだ。ついでにそこで着替えさせてもらえば効率もいいしな」

 

「ン~~なるほど! それもそうだな! 午後の実習では俺も整備の仕方を教えなきゃいけないもんな!」

 

 どうだオラァッ!!

 これは会心の一撃だぞオラァッ!!

 

 これでも断るなら、流石に何かしらの疑念を生んじまうぞ? おうコラ、シャルル? おうお~う?

 

「そ、そうだね、勉強は大事だもんね。いいよ、一緒に行こう」(うぅ……流石にここで断ったら不自然だよぅ。一夏の反応からして、僕を疑ってる様子はないけど……旋焚玖はどっちか分かんない。僕を疑ってるのか、それとも見られたい変態さんなのか。これも整備室で分かるかも…?)

 

 チカレタ。

 やっと展開が進んでくれた。

 

 そうと決まればパパパっとIS片付けて格納庫にイクゾー。

 

 

 

 

 格納庫に着いた。

 一回、更衣室に戻って制服もちゃんと持って来たよってに。後はシャルルの整備ってるところを見つつ、着替えるだけだな。あー、なんかどっと疲れたわ。

 

「そういや、シャルルの専用機はなんて名前なんだ? あ、俺のは【白式】っていうんだ」

 

「僕のは【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】だね。訓練機の【ラファール・リヴァイヴ】を文字通りカスタムさせた機体なんだ」

 

 名前が長いと思った(小並感)

 

「それじゃあ、僕はちょっと整備させてもらうね」

 

 何やらモニターを出してピコピコし始めるシャルル。

 なるほど、これが整備ってヤツなのか。

 

 

【整備してるところをめっちゃ見る】

【シャルルから背を向けて着替える】

 

 

 整備しているところを見ながら着替えるのが、効率良いと思うんですけど(名推理)

 何故、行動を別個に切り離すのか。コレガワカラナイ。

 

 まぁいいや、シャルルと一夏にはISの整備見学が本当の目的みたいな風に提案したし、優先順位的にいけば【下】より【上】が妥当だろう。

 

 お前の整備っぷりを見てやるぜ!

 

「ん…?」(うおっ……すげぇな、旋焚玖。専用機を持ってないのに、めちゃくちゃ真面目に見てる。よし、俺も旋焚玖に倣って真剣に見ないとな!)

 

「(じぃぃぃぃぃ)」

 

「(じぃぃぃぃぃ)」

 

「………っ……」(す、すっごい見られてるよぅ! 見学って言うからもっと気軽な感じだと思ってたのに、全然そんな事はなかったよぅ! めちゃくちゃやりにくいよ! 2人とも、全く着替える気配ないし!)

 

「(じぃぃぃぃぃ)」

 

「(じぃぃぃぃぃ)」

 

「………………」(あ、でも、これで旋焚玖の変態疑惑はなくなったね! あぁ、良かったぁ……って、ちょっと待って。それだと、やっぱり旋焚玖は僕を疑ってるんじゃ…? うぅ……何だかこの強い視線も、旋焚玖からの警告に思えてきちゃうよぅ。『変な真似しても無駄だ』って遠回しに言ってるんじゃ…?)

 

 ふむふむ。

 すっげぇピコピコしてる。

 

 なるほどなー。

 穴があくほど見て分かったぜ。

 まるでナニしてんのかわがんねって事がな。

 

 一夏はどうだろうか。

 横に立つ一夏の様子をチラリ。

 

「(´・ω・`)」(……全然分かんないゾ)

 

「うわはははは!」

 

「うわビックリした!? ど、どうしたの旋焚玖!?」(急に笑い出した!? な、何か僕やっちゃったの!?)

 

「……気にするな」

 

 邪魔してすまんなシャルル。

 いやでも今のは笑うだろ。顔だけで何思ってるか丸分かりだったもんよ。

 

「そ、そう?」(うぅ~~~……何か怪しい動きしちゃったのかなぁ。それとも僕が旋焚玖に疑いを持たれてるって疑ってるのがバレちゃったのかも。これ以上、怪しまれたら流石にマズいよね。僕も気を引き締めなきゃ…!)

 

 む、シャルルの手が止まった。

 という事は作業は終わったのかな。

 

「……もういいのか?」

 

「うん。微調整だからね。ちょっとだけでいいんだ」

 

 ふーん。

 まだまだISに詳しくない俺にはよく分からんが、代表候補生が言うんだからそんなモンなんだろう。

 

 さて、シャルルのIS微調整タイムも終わったし、ここからはお待ちかねでもない着替えタイムだ! 脱ぐぞ脱ぐぞ~。

 

「いやぁ、でもISスーツって凄いよなぁ」

 

 一夏が脱ぎ脱ぎしながら感心したように呟く。

 お前中々軽やかな脱ぎっぷりじゃねぇか!

 

 で、何が凄いんだ?

 

「わあっ!?」

 

 んぁ?

 

「どうした、シャルル? いきなり大声出して」

 

 なにこのデジャブ感。

 実習前にもあったぞ。

 

 何でコイツは着替える時にいちいちキョドるのか。女の裸を見た訳でもあるまいし……んん…? 改めて言葉にすれば、確かにおかしい。男が男の裸を見ただけで慌てるかね?……えぇ?

 

 

その時旋焚玖に電流走る。

 

 

 あー……そんなモンお前、理由なんてアレくらいしかないか? いや、別に言わんけど。

 

 

【お前ホモなんだろ?】

【俺もそうなの(告白)】

【……ソーナノ(念押し)】

 

 

 僕は違います(全ギレ)

 

 というか疑惑をそのまま口に出すのはいけないと思います。内容が内容なだけにね。しかも、別にまだそうとは決まってないし。言葉にするとすれば【上】以外だな。

 

「俺もそうなの」

 

 オラ、今の内にシャルルは動揺を落ち着かせときな。

 

「え、なにが?」

 

「気にするな。んで、ISスーツの何が凄いんだ?」

 

「ああ。俺の着てるヤツって汗の吸着はほとんど完璧なんだよ。結構動いたのにまったくベタベタしないんだ! へへっ、脱ぐ時は着る時の3倍は楽なんだ~♪」

 

 流石は特注品。

 そういう面にもたっぷり金掛けてあるんだろなぁ。

 

「だからこんなにも早く脱げちゃうんだぜ! ほらほら!」

 

 嬉しいのは分かったから、眩しい笑顔でフルチンになるなよ。お前のはガキの頃から見てきてんだから今更何も思わんわ。

 まぁそれくらいマジでストレスフリーなんだろう。一夏め、勢いよくパンツも履きおるわ。

 

 シャルルは……ああ、目を背けていらっしゃる。その行為が俺の疑惑をまた強くする。しかし好き嫌いに性別なんて関係ないしな。俺は何も言わんよ。

 

「シャルルの着てるヤツも、なんか良さそうだな」

 

「えっ……あ、うん。僕のはデュノア社特製のオリジナルでね。運動した後でも、そのまま制服を着ても問題ないタイプなんだ、あはは…」(あ、危なかったぁ。目を逸らすのがもう少し遅かったら見ちゃうところだったよぉ……でも、ナイスアシストだよ一夏! これで僕はスーツを脱がずに上から制服を着れるもんね!)

 

 デュノア社とな?

 あー、あれか。良いところの御曹司ってヤツかね。

 

 ドヤ顔でシャルルが着替えている。

 着替えって言うか、ISスーツの上から制服を着直してるだけだけどな。

 

 

【チラ見する】

【二度見する】

 

 

 何で見る必要があるんですか?

 

 チラ見はシャルルにバレた時、何かちょっといやらしい感じに捉えられてしまう恐れがあるし、ここは二度見がベターだろう。大げさにやっておいた方がいいかな。

 

 

「……!……!!!」(迫真の二度見)

 

 シャルル、ボタン留めるの上手いなぁ。

 

「な、なんで今、僕を二度見したのかな?」(うぐぐ、旋焚玖は誤魔化せなかったかも…? うぅ、やっぱりここで着替えないのは不自然だったかなぁ。何か言われる前に話題を逸らさなきゃ…!)

 

「せ、旋焚玖ってば凄い筋肉してたよね! 僕、また見てみたいなぁ! あのバーンってやつ! ね、ね、いいでしょ!?」(旋焚玖は見られたがりっぽいし、別に不自然じゃないよね!)

 

 な、何でそんな必死にねだってくるんですか?

 やっぱりホモか!?(まだ疑惑)

 

「お、いいな! 俺も見たいぜ!」

 

 純粋チックな便乗だぁ。

 そうなんだよ、リクエストするにも一夏みたいな感じで言ってもらえると俺も身構えずに済むんだよ。俺も努力の証を披露するのは嫌いじゃないしな。

 

 よし、今回は少しやり方を変えよう!

 まったく、しょうがねぇな。でもリクエストには応えなきゃいけないもんな。ンまったくぅ、しょうがねぇなぁ。

 

「……フッ…!…!……!」

 

その場でゆっくりとヒンズースクワットる旋焚玖。

 

「こ、これは…!」

 

「え、一夏は知ってるの?……あ、あれ、ちょっ…旋焚玖の筋肉が…!?」

 

まるで『ドクンドクン』と、旋焚玖の鼓動が聞こえてくるような錯覚すら、2人は感じていた。

 

「パンプアップだ」

 

「パンプ…?」

 

旋焚玖の目的はスクワットではなくパンプアップ。筋肉の一部に血液を流入させて強度とサイズを向上させるのがパンプアップである。

 

しかし、そこは常識の枠に収まらない旋焚玖。

 

「旋焚玖が大きくなったぁ!? 全体的に大きくなったよぅ!?」

 

「へへ、流石は旋焚玖だ。躰全体をパンプさせるなんて、規格外の心臓を持ってる証だ」(って千冬姉が言ってたぜ! よく分からんねぇけど、千冬姉が凄いって言ってたんだからきっと凄いんだぜ!)

 

「せ、旋焚玖って何でこの学園にいるの?」

 

 シャルルお前、それは最大級の褒め言葉じゃないか!

 ありがとよ。

 

 お前たちの無垢な賞賛が、俺に数少ない達成感を味わわせてくれるんだぜ。

 

 

 

 

旋焚玖たちが何だかんだでキャッキャしていた頃、1組の教室では緊急乙女会議が開かれていた。

 

「例の作戦、予定通り今日実行してもいいのね?」

 

「ああ、そのために今朝も早く起きて準備してきたんだ」

 

「わたくしも抜かりはなくってよ」

 

 

作戦名『ハートを掴むには胃袋から! 乙女の料理でちょいす~イチコロ大作戦~!!』(命名者:本音)

 

 

始マリノ刻まもなく開演。

 

 






清香:で、料理の自信は?

鈴:d(`・ω・´)

箒:(`・ω・´)b

セシリア:d(`・ω・´)b



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第98話 オードブル


まずは前菜から、というお話。



 

 

 楽しい楽しい昼食タイム。

 俺たちはいつもの食堂ではなく、今日は青空の下な屋上へと来ていた。面子は俺、一夏、シャルル男子組に、箒、鈴、セシリア女子組の6人である。

 

 午前の授業が終わったところで、箒たちに声を掛けられたんだ。今日は弁当を作ってきたから、たまには屋上で食べないかってな。しかも俺たちの分まで考えて、多めに作ってきてるって言うし。それで断る理由がどこにあろうか。

 

「……いい天気だ」

 

 しかし初めてだな。

 こういう普通の高校生っぽいイベントはよ。そうだよ、俺はこういう学園生活を送りたかったんだよ。待ってたよ、こういうの!

 

 ああ、やっと……バイオレンスが終わったんやなって。

 待望のラブコメのスタートなんやなって。

 

 とまぁ、そんな感じで屋上にやって来たのである!

 世界三大美女の作ったお弁当! もう待ちきれないよ、早く出してくれ! 

 

「その前に作戦タイムを要求するわ!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「お、おい鈴?」

 

「何ですの、鈴さん。あ、ちょっ、腕を引っ張らないでくださいまし!」

 

「い・い・か・ら! 大事な内緒話があるのよ!」

 

 内緒話を堂々と宣言していくのか。俺が言えた事じゃないけど、鈴も割と唐突なタイプだよな。切り替えが早いっていうか。

 

 しかし、どうしようか。

 残された俺と一夏は、もちろん弁当なんか作ってきてないし、シャルルも今日は学食か売店で何か買う予定だったらしい。つまりアイツらが戻って来ない限り、俺たちに飯はないのだ!

 

 まぁ俺たちは食わせてもらう身だし、アイツらを急かすよりも、ここは適当に話でもして場を繋いでおくのが妥当かな。

 

「ええと、本当に僕も同席して良かったのかな?」

 

 む?

 俺と一夏の間に座るシャルルがそんな事を言った。まだまだ俺たち……というか、俺を含めた周り奴らのノリに付いて行けず、引け目を感じているのかもしれない。

 

 

【気にすんなよ。……ホモダチ、だろ?】

【お前もその仲間に入れてやるってんだよォ!!】

 

 

 ザックスはそんな事言わない(憤怒)

 

「お前もその仲間に入れてやるってんだよォ!!」

 

「うわビックリした!? う、嬉しいけどいきなり大きな声はビックリするからダメだよ!」

 

「HAHAHA! 許してやってくれシャルル! 数少ない超少ない男子が来てくれたからさ! 旋焚玖もついはしゃいじゃってな! HAHAHA!」

 

 (はしゃいでんの)お前じゃい!

 

 しかしビックリするからダメなのか。

 それはスマン事をしたな。

 

 それでもちゃんと嬉しいって言ってくれるあたり、シャルルの性格の良さがにじみ出ている気がする。ここに来る前も、お昼を誘いに来た女子共に対し、丁重&丁寧にお引き取り願ってたもんな。

 

 

 

 

「デュノア君! お昼ですよお昼!」

 

「学食にする? 売店にする? それともわ・た・し?」

 

「アーンしてあげるYO!!」

 

 女子校に通いだして、分かった事がある。

 女のバイタリティってすげぇ。初対面とか関係なしにガンガン行くもんな。そういう意味ではアホの【選択肢】と通じるとこがある。

 

 そして、シャルルの顔を窺ってみると、案の定苦笑いしていた。コイツいつも苦笑いしてんな。いや、させられてんな。

 

 悲しいかな、俺もその原因の一人なんだし、ここはシャルルへの禊タイムといこう。軽く威嚇でもしてやれば、コイツらもスタコラサッサだろ。

 へへ、怖がられるのには慣れてるから、そんなに気にしないんだぜ!……と、踏み出す前にシャルルの方が前に出て、口を開いた。

 

「僕のような者のために、咲き誇る花の一時を奪う事はできません。こうして甘い芳香に包まれているだけで、もうすでに酔ってしまいそうなのですから」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 いやいや、これはキモいですよ!

 HAHAHA! シャルルさんやってしまいましたなぁ! そんな少女漫画みたいなセリフ、3次元の男が言っちゃイカンでしょ(嘲笑)

 

 これは女共もドン引きですね間違いない。

 

「キュン♥」

 

「キュンキュン♥」

 

「キュンキュンキュン♥」

 

 やだ、すっごいキュンキュン♥してる。

 ドン引きどころか、ときめきメモリアルじゃねぇか。

 

「すげぇな、シャルル。全然イヤミくさくねぇし、キラキラ輝いてすら見えるぜ」

 

 同じイケメン枠な一夏もこれには唖然としている。

 確かに、あれだけの言動なのにシャルルからは全くもって不自然さを感じさせないのだ。なるほどな、ブロンド貴公子の実力を垣間見たぜ。……いけめぇん。

 

 

【同じ言葉を乱にメールしてみる】

【同じ言葉をクロエにメールしてみる】

【二人にメールしてみる(欲張りセット)】

 

 

「……(ぽちぽち)」

 

 よし、送信。

 さて、返答は如何に?

 

 まさに信頼と実績が詰まった言葉だからな。いいモンはパクッてナンボよ。……お、返信がきたでござる。

 

 

『キモいよ旋ちゃん!(*`3´)』

 

 

 やっぱりキモいじゃないか!(納得)

 しかしこの罵倒が癒しに感じる今日この頃。

 

 

『†悔い改めて†』

 

 

 お前はいったい何を言ってるんだ(困惑)

 

「どうした、旋焚玖? 難しい顔してんぞ?」

 

「……気にするな」

 

 俺も気にしない。

 クロエはこういう子なのだ。

 そう思う事が両者にとっての最善なのだ。

 

 

 

 

そして今に至る。

ちなみに乙女の会議はまだ終わっていない。

 

「それで、どうしましたの鈴さん? こんなフェンス際までわたくし達を引っ張って」

 

「早めに頼む。私達が戻らなければ、アイツらも昼食にありつけんぞ」

 

「その昼食の事でアンタ達を引っ張ってきたのよ」

 

「「……??」」

 

二人はいまいち鈴の意図が掴めないようだ。

 

「今回のあたし達の目的はなに?」

 

「旋焚玖さんに料理のできる女子力をアピールする、ですわ」(恋愛的な意味で)

 

「それに加えて、デュノアに私達の存在をアピールする、だな」(恋敵的な意味で)

 

つまり2つの目的を持って、箒たちはこの昼食タイムに臨んでいるのである。さらに言えば、料理の鉄人一夏にアドバイスを頂きたい、という思いも含んでいたりする。

 

「そうよ。今回は別に味の優劣を競う訳じゃないわ。あたし達はあくまでアピールが目的なんだからね。でも、男子連中はどうかしら?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「3人にそれぞれ違う料理を出されるのよ? 無意識に『誰が一番美味しかったか』って思っちゃうのは自然よね?」

 

「むぅ……それは確かに」

 

「一理あるな」

 

鈴の言葉には一理あった!

 

「さて、ここからが一番の問題よ。……順番、どうする?」

 

「「 はっ…!? 」」

 

ここに来て、二人は鈴の言いたい事をようやく理解した。鈴は言っているのだ。「誰から弁当を出すのか」と。

自分たちに競うつもりはなくとも、食する相手が優劣を決める可能性があるのなら、話は別である。

 

「……順番、ですか」(わたくし、箒さん、鈴さん。つまり1番手、2番手、3番手。シンプルに見えて、実にディープな問いですわ…!)

 

「確かに問題だな」(食べてもらうからには、やはり自分の料理こそ印象に残ってほしい。それはきっとセシリアも鈴も同じだろう。どの順に出すのがベストか…)

 

三者三様、思いが定まる。

後は行動を移すのみだが。

 

果たして最初に動くのは――。

 

「なら、順番をじゃんけんで決めましょう。これだと公平でしょう?」

 

「む……そうだな、そうしよう」

 

「いいわ。勝ったモンから好きな順番を決めるって訳ね…!」

 

セシリアの提案は、箒と鈴に何ら不自然さを感じさせないものだった。しかし、2人は見くびっていた。セシリアの本気を。

 

「(……恋には全身全霊をかけて挑むべし! イギリス淑女が受け身に甘んじると思ったら大間違いですわよ!)では、音頭は不肖ながらわたくしが。ンンッ……さーいしょは――ッ!!」

 

「「!?」」

 

 

箒……『グー』

鈴……『グー』

 

セシリア……『パー』

 

 

「「!?」」

 

「やりましたわぁぁぁぁッ!! わたくしの勝ちですわぁぁぁぁッ!!」(うふふっ、旋焚玖さん直伝ですわ!)※ 第43話参照

 

堂々勝利を宣言するセシリア。

ガッツポーズ付きである。

 

「ちょちょちょ!? 無し無し、今のは無し! 無効よ!」

 

「そうだゾ! 今のはずるいゾ!」

 

「あはははは!って、だから笑わすんじゃないわよアホウキ!」

 

「アホウキ!?」

 

アホな箒。

略してアホウキが誕生した瞬間だった。

 

「あら、どうしてですか?」

 

「アンタ『最初は』って言ったじゃない!」

 

「り、鈴の言う通りだ! 今のは引っ掛けじゃないか!」

 

プリプリ顔で糾弾する2人に対し、セシリアはどこまでも涼しげな表情で返す。

 

「それは言われなき誹謗ですわね。わたくしは『最初は』しか言ってません。『最初はグー』と言って、わたくしが『パー』を出したら非難も受け入れましょう。で・す・が! わたくしは言っていません! 『グー』まで紡いではいませんわ!」

 

「ぐっ、ぐぬぬ…! で、でも『最初は』って言われたら『グー』を出しちゃうでしょうが!」

 

「そうだそうだ! 引っ掛ける気満々じゃないか! こんなの認められん!」

 

セシリアの言い分は屁理屈だと、依然プリプリな鈴と箒。

ここまでは、かつてセシリアが旋焚玖と交わしたやり取り通りである。あの時は、プンプンしてみせるセシリアに対し、旋焚玖は仕切り直しを提案したのだが。

 

(それだと旋焚玖さんの丸パクリですわ! しっかりわたくし風にアレンジさせてもらいますわよ!)

 

「確かにわたくしは策を用いました。そこは認めましょう」

 

「そうよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「ですが!」

 

「「(ビクッ)」」

 

「アナタ達は無闇に『グー』を出した! 策に気付かずとも、氣を身体中に行き渡していれば、手のひらを握ったまま出したりしませんわ! これを油断と言わず何と言いますか! 慢心と言わず何と言いますか!」

 

まごう事なき屁理屈である。

しかし今のセシリアには、それを屁理屈と思わせない迫力があった。故に箒と鈴は反論できないでいる。

 

「……旋焚玖さんなら、間違いなく『パー』に変えていたでしょう」(これで仕上げですわ!)

 

起承転結矛盾無。

これぞまさに会心の一撃である。

 

「……降参よ、あたしが間違ってたわ」

 

「私もだ。……慢心、環境の違いか」

 

箒、鈴という豪傑乙女を相手に。

見事セシリアは、順番を決める権利を勝ち取ってみせた。

 

 






セシリア:わたくしは勿論トリを務めさせていただきますわ!

選択肢:あっ(察し)

箒:ぐぬぬ

鈴:ぐぬぬ

旋焚玖:何やってんだアイツら…


次回、旋焚玖死す。


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第99話 うんこ


威力は焔螺子、というお話。



 

 

「お待たせ」

 

 内緒話とやらも終わったらしく、箒たちが戻って来た。いい感じで腹も空いてきてるし、ある意味ナイスな小休憩だったかもしれんね。

 

「一番槍はあたしにお任せってね!」

 

 お、楽進か?

 無双OROCHI3の続編が出たら一緒にしような!

 

 んで、鈴がタッパーを開いてみせる。

 

 中身は――。

 

「……酢豚だな」

 

 俺たちがまだ小学生だった頃にも、ちょこちょこ鈴の作った料理を食べさせてもらった記憶がある。その時々に出されたモンと言えば酢豚と……酢豚と……酢豚と…。

 

 コイツいつも酢豚作ってんな(結論)

 

「そ。今朝作ったのよ。ちゃんとご飯も用意してるわよ?」

 

 やりますねぇ!

 肉も魚もやっぱ白飯と一緒に食ってナンボよ。

 

「ほら、一夏とデュノアの分もあるわよ」

 

「おぉ、懐かしいな!」

 

「わぁ、ありがとう」

 

 小皿セットを取り出して、俺たちの分をちょいちょいと装ってくれた。いい気遣いしてますねぇ! こういうさり気ないところは、さすが鈴って感じである。

 

 では、いただきます。

 

「パクッ……ングング…」

 

「……どう?」

 

「んぐっ……ンまい。最後に食ったヤツの軽く倍は美味い気がする」

 

 別に俺は食通じゃないからな。

 ンまいモンは美味い。それでいいだろ。

 

「ほんと!?……ンンッ…ま、まぁ当然よね! 鈴さんと言えば酢豚! 酢豚と言えば鈴さんだからね!」

 

 全然カッコよくねぇなそれ(辛辣)

 言ったらプンスコるから言わんけど。

 

 しかし鈴って酢豚以外作れるんだろうか。

 素朴な疑問である。

 

 

【酢豚を極めし者になるがいい!】

【日本食とか覚えてみたらどうだ?】

 

 

 いや極めてどうすんの?

 将来、酢豚専門店でも出す気なら、まだ分かるが。まぁいいや、それも含めて【下】を言って聞いてみよう。

 

「日本食とか覚えてみたらどうだ?」

 

「はぁ? 何でわざわざ中国人のあたしが日本の……はっ…!?」

 

 

その時鈴に電流走る――ッ!!

からの脳内超考察開始。

 

 

(ちょっと待って! これって酢豚しか作らないあたしへの不満と見せかけて、実は将来的な事を言ってるんじゃないの!? だってさだってさ! 酢豚以外ならまず他の中華料理を言ってくるでしょ!? だってあたしチャイニーズだし! なのにあえて! あえてよ!? 日本食を覚えろですって!? ですってよ!? 何で覚える必要なんかあるんですか! それはあたしが将来的に日本に住むからだと思います! なんで日本に住む必要なんかあるんですか! それはあたしが将来コイツの嫁になるからよ! ひゃっほい! 美味しい味噌汁作ってやるわよオラァン!)

 

 

 うわわ……箒とセシリアだけかと思っていたが、とうとう鈴まで百面相しだしたのか。しかし、機嫌は良さそうだ。なんかデヘヘ、とか言ってるし。

 

「しょうがないわねぇ、えへへ……日本の料理も覚えてあげるわよぉ。んもう、ホントにしょうがないんだから、えへへ…」

 

 めちゃくちゃご機嫌さんじゃないか。

 正直、俺は選択肢の【日本食】ってのに違和感あったんだが。だって普通、中華じゃね? 鈴の満漢全席とか絶対ンまいだろ。

 

 んでも、鈴の様子を見る感じ大丈夫っぽいし、ここは触れないでおくのが吉かな。

 

「次は私の番だな」

 

 箒が大きめの弁当を差し出してきた。

 なら、遠慮なく開けさせてもらおうか。……ぱかり。

 

 むおっ…!?

 

「これは凄いな!」

 

「ホントだ、とっても美味しそうだね!」

 

 一緒に見ていた一夏とシャルルが感嘆の声を上げる。いや、ホントにすげぇわ。

 鮭の塩焼きに鶏肉の唐揚げ、こんにゃくとゴボウの唐辛子炒め、ほうれん草のゴマ和え。何ともバランスの取れた献立の運動会じゃないか!

 

「……手間暇かかったんじゃないか?」

 

 素人目でも手が込んでるってのが一目で分かる。これだけのモンを作ろうとするなら、かなり時間が掛かったんじゃないだろうか。

 

「う、うむ。……まぁ、なんだ、どうせなら美味しく食べてほしかったからな!」(旋焚玖に! と、堂々とはまだ言えない私。し、しかし今はこれだけでいいのだ。今日は旋焚玖に料理の出来る女子っぷりを知ってもらうだけでいいのだ)

 

 では、いただきます。

 まずは多彩な弁当の中でも、一際俺の目を引いて離さない唐揚げだ!

 

「パクッ……むぁ…!?」

 

一流シェフが作る極上のスープは、ほんの一口啜っただけで大釜いっぱいに満載された材料をイメージしてしまうほど雄弁だと言う。

 

予想だにしていなかった。

旋焚玖が一口食した唐揚げでも同じ現象が起きたのだ。

 

「肉はもちろん、ショウガと醤油。おろしニンニクに胡椒、あとは大根おろしか…!」

 

「む……何故、分かった?」(隠し味の大根おろしまで言い当てられるとは……)

 

別に味を解析した訳じゃない。

イメージが浮かんだんだ。

 

「今言ったヤツらがまな板の上でダンスってる姿が見えた。鶏の歌声に乗って」

 

「お、俺にも見えたぜ。いやマジですげぇ美味いよ箒!」

 

「僕にも見えたよ…! 凄いよ篠ノ之さん! こんなの初めてだよ!」

 

 この美味さ、この衝撃、この驚愕。

 とても言葉で表せるモンじゃない。

 

 しかし俺は食レポ職人じゃないからな。

 陳腐な言葉で申し訳ないが一言。

 

「こんなにンまい唐揚げ、初めて食ったよ」

 

「そ、そうか!?……そうかぁ。ははっ、私も頑張った甲斐あったというものだな、ははは!」

 

 笑顔がとても眩しい。

 いや、本当に大したモンだ。

 

 『料理のさしすせそ』でポカンとなってた奴とはとても思えねぇ進歩……いや、これはもう進化だな。凄ぇ女だ、箒は。

 

「ほら、旋焚玖。唐揚げ以外も食べてみてくれ。一夏とデュノアの分もあるぞ」(あの一件以来、めちゃくちゃ料理の特訓したからな! 旋焚玖に美味しいと言ってもらいたくて、千冬さんと一緒に! 千冬さんは開始3分で逃亡したけどな! だが私は投げ出さなかった…! 投げ出さなかったぞぅ!)

 

一夏とシャルルの反応は勿論、旋焚玖が頬をリスのように膨らませて、自分の弁当をガツガツと食べてくれる姿を見た箒は、確かな手ごたえを感じると共に、単純に嬉しくてニコニコ顔である。

 

「ふふふ、満を持して真打の登場ですわ!」

 

 料理の鉄人な一夏をも唸らせる箒の激ウマ弁当をそれなりに平らげたところで、ババーンとセシリアが立ち上がり、また座ってバスケットを開いてみせた。……どうして立ち上がったんですかねぇ(ニヤニヤ)

 

 さて、バスケットの中身は何ですか!

 

「わたくしも今朝は早起きして作りましたの!」

 

 それは色鮮やかに彩られたサンドイッチだった! 

 すっげぇカラフルに仕上がっている。というかレインボーじゃねぇか。なるほど、大当たり確定って訳だな!

 

「イギリスの料理が不味いなんてお話は、もはや遠い過去の事なのです。どうぞ、お召し上がりくださいな♪」

 

 

【まずは香りから楽しむ】

【一気にバクつく】

 

 

 いや、ワインのテイスティングじゃないんだから。まぁでも、それだと食通っぽい雰囲気を醸し出せそうだし【上】でいっとくか。

 

 セシリアから差し出されたバスケットから漂う香りをクンカクンカ――。

 

「!?!?!?!?!?!」

 

 くさい(簡潔)

 

「ど、どうかしましたか?」

 

「……気にするな」

 

 うんこみたいな匂いがする(正直)

 

【お前コレうんこじゃねぇか!】

【塗り固められた嘘で褒める】

 

 

 うんことは言ってねぇよ!

 それくらいヤバいニオイですね的なアレなの例えなの! イギリス淑女がうんこをパンに挟んで出してくる訳ねぇだろアホか! というかその前に、もっと言わねぇといけねぇ事があるぞコラァッ!! 

 

 お前だお前セシリアお前コラァッ!! 

 イギリス美人コラァッ!! 

 お前マジでいったいナニをどう料理したらこんなニオイに出来んの!? 

 

 そしてソレを俺は褒めなきゃいけないのか(困惑)

 まぁハッタり慣れてる俺なら、こんなウンコを褒める事など造作もない事だが。……ウンコ? ああ、コレはやっぱりウンコなのか(錯乱)

 

 いいぜ、しっかり褒めてやる。

 嘘をつくのは得意さ(自虐)

 

「……まずは花」

 

「花、ですか?」

 

「ラベンダー……イメージでは何種類もの紅い花…それも一面の花畑だ。そこへ微かになめし皮…さらに梅干しに似たものが混じり、ただ事ではないウマみ成分を予感させている」

 

「まぁ…! 旋焚玖さんったらお上手ですこと♪」

 

 ただ事ではないマズみ成分を予感させている。

 いやこれは予感ではなく確信だ、悲しいかな。

 

「では、お一つどうぞ♪」

 

「……マジっすか?」

 

「へ?」

 

「いや、何でもない」

 

 だよなぁ。

 最低でも一つは摘ままねぇといけない流れだよなぁ……やだなぁ。

 

「……いただきマウス」(絶望)

 

「うふふっ、旋焚玖さんったら、珍しくはしゃいでますわね♪」

 

 うるせぇウンコ。

 その♪をやめろウンコ。

 

 覚悟をキメろ。

 苛烈で過酷な鍛錬に耐え続けてきた肉体を信じろ。……パクッ。

 

「!!!?!!!??!?!?!」

 

 ゴフッ…!

 

 こ、この衝撃は…! 

 内部から肉体を破壊してくる、だと…! 

 この身体を駆け巡る波動……これは【焔螺子】か!?

 

【焔螺子】……肉体を外部から傷付けるのではなく、内部から揺さぶる波動を叩き込んで内より破壊するという技。旋焚玖もとある男に喰らわされた最凶技の一つ。

 

「お味の方はいかがでしょうか?」

 

 味ってなんだよ(哲学)

 

 

【分かりやすく焔螺子を叩き込む】

【塗り固められた嘘で褒める】

 

 

 暴力はいけない。

 たとえそれが一番理に適った説明であっても。……暴力が理に適う料理って何ですか?(疑問)

 

「ハハ……さすがだな」

 

「うふふ! そうですわよね!」

 

 うるせぇウンコ。

 

「見事な果実の味わい、純粋無垢なピノノワールだ。熟成香は豊かな土壌からくる土の香り。仕上げにハーブ。たった一口だというのに、まるで100億人編成のフルフルオーケストラ…!」

 

「まぁ…♪」

 

 うるせぇウンコ。

 

「莫大な数の味が複雑に絡み合っているにもかかわらず、そのどれもが誇示し過ぎる事なく、そのどれもが緻密なまま。まさに完璧なバランスだ」

 

「まぁまぁ…♪」

 

 うるせぇウンコ。

 

 

【嘘を貫き通す(なおシャルルに全部食わせるものとする)】

【感想は正直に(なお自分一人で完食するものとする)】

 

 

 シャルルお前食えコラ!

 お前だけが食うんだよ!

 

 それで全てが丸く収まるんだ、みんなの為に犠牲になってくれ。少女漫画以上に貴公子なお前なら、コレを食ってもセシリアを傷つけるような事は言わんだろ。

 

 いけるいける、大丈夫だって。

 男ならそれくらいの敵に勝てなくて何とする! 良心の呵責? はんっ、知らんなそんなモン。

 

 そしてウンコが造ったウンコにシャルルが手を伸ばす。……くそったれぇ。

 

「……ッ、それに触るんじゃねェ!!」

 

「ぴゃっ!?」

 

「うわビックリした!? な、なに、どうしたの!?」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 こちとら良心の呵責に打ち勝てるほど図太い神経してねぇんだよぉ! してたらこんな人生歩んでねぇんだよぉ!

 

「そのウンコに触れるな」(感想正直)

 

 いくら男とはいえ、こんな劇物食わす訳にはいかんだろうがい! シャルルは今日転校してきたばかりなんだってば! 

 初日でコレを全部食わされるとかイジメじゃねぇか! これで登校拒否になったらどうなる!? 犯人は誰になる!? そんなモンお前無理やり食わせた俺になっちまうだろぉ!

 

「はぁぁぁッ!? せ、旋焚玖さん! あ、あなた今! わたくしの作ったサンドイッチを今! 何と呼びましたか!?」

 

 キンキン叫ぶなよ!

 叫びたいのは俺じゃい!

 

「うんこォ!!」(心の叫び)

 

「あらお下品!? ひ、ひどいですわ旋焚玖さん! どうしてそんな事を仰いますの!? さっきまであんなに褒められていたではありませんか!」

 

「嘘です! 全て嘘です!」(トランクス)

 

「何ですかその口調は!? もういいですわ! わたくし自身で確かめますわ!」

 

 ウン…じゃなかった、セシリアがウンコに手を伸ばす。やめろバカ! 俺だってまだコレを喰らう覚悟が十分にできてねぇんだって!

 

「ガルルルルッ!!」

 

「ぴぃっ!? な、何ですの!?」

 

 威嚇。

 

「どうして邪魔しますの!?」

 

 俺が食うため(現実チラ見)

 俺だけが食うため(現実直視)

 全部食うため……ため五郎(現実逃避)

 

「(オロオロ…オロオロ…)」

 

第三者視点からだとまるで意味不明な旋焚玖と、そんな少年に対してプンスカプンなセシリア。そんな2人の様子を目の当たりにしたシャルルは、流石にオロオロしてしまっている。しかし、シャルルと同じ光景を眺める3人に動揺の気配はない。

 

旋焚玖と付き合いの長い彼らは経験的に知っているのだ。少年が無意味に女性を傷付けるような男ではないという事を! 

少年の意図までは理解らずとも、それが為に狼狽える必要など無し! な考えを3人は既に常備するに至っているのだ。

 

(……で、旋焚玖のあの妙ちくりんな言動の意図は掴めたか?)

(んー……あたしも推理ってはいるんだけど…いまいちピンとこないわ)

(うーん、うーん……)

 

(ならここは、私と推理勝負をしないか?)

(へぇ……いいわね。その勝負、乗ったわ)

(うーん、うーん……)

 

(ただ信じているだけでは、アイツの隣りに胸を張って立てん)

(一見意味プーな言動でも、ちゃんと了知してみせての恋人よね!)

(うーん、うーん……あ)

 

(いざ――)

(――尋常に)

 

(( 勝負――ッ!!))

 

「そうか! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

(早すぎィ!?)

(早すぎィ!?)

 

以下、一夏の一夏による旋焚玖のための考察発表。

 

「セシリアのサンドイッチはやべぇんだな! でもせっかくの手料理を酷評するのは忍びない、気持ちだけでも嬉しいもんな! だから最初は優しい嘘をつく事にしたんだ! ただ、旋焚玖の誤算は……シャルルだ」

 

「ぼ、僕が誤算なの?」

 

「ああ、そうだ。シャルルもセシリアのサンドイッチを食べようとしたら、旋焚玖は声を上げて阻止しただろ? それだけセシリアのサンドイッチはやべぇんだ!(二回目)」

 

「そして、嘘を貫き通すのは不可能と判断した旋焚玖は、ある決断に至った」

 

「ある決断…?」

 

神妙に語る一夏を前に一同はゴクリ。

二度やべぇと言われたセシリアだったが、ここは彼女もぐっと怒りを堪えて静聴に臨んでいる。

 

旋焚玖は――。

 

(頑張れ頑張れ出来る出来る俺! 絶対出来る俺! 頑張れ俺! もっとやれるって俺! やれる俺! 気持ちの問題だ俺! 頑張れ頑張れ俺! そこだ俺! そこで諦めるな俺! 積極的にポジティブに頑張れ俺!)

 

現実(選択肢)から目を背け続けたところで変わらぬ未来に立ち向かうため、己で己を鼓舞し続けていた。

 

「シャルルを、そして俺たちをセシリアの作ったサンドイッチから守るため、そしてセシリアの手作りを無駄にしないため、旋焚玖は一人でコイツらを平らげるつもりなんだ…!」

 

「そ、そうなの旋焚玖!?」

 

「……ああ」

 

 毎度ありがとよ、一夏。

 俺に絡まる躊躇いの糸を、お前はいつも言葉で断ち切ってくれる。まったく…俺は最高のダチに巡り合えたぜ。

 

「うぅ……それでもわたくしはまだ納得できませんわ。せめて本当にマズいかどうか、わたくしにも確かめさせていただきたいのですが…」(実は美味しかった、なんてオチでしたら、わたくしはただの貶され損ですもの。旋焚玖さんに限って、そんな意地の悪い事はしないとは信じていますが、それでも……むむぅ)

 

 マズいとは言ってない。

 

 お前の造ったモンはな、そんな次元を超越してるんだよ。そうでなきゃ、こんな厄介な事態になってねぇわ。

 

 しかし、この一件でセシリアに嫌われてしまったら、俺はもう確実に不登校になるぞ。何が悲しくて男を助けて美人に嫌われにゃならんのだ。

 

 フッ……シャルルを助ける、一夏と箒と鈴に犠牲を出させない、セシリアに嫌われないようにする、焔螺子ッチを完食する。これらを同時にやらなくっちゃあならないってのが【選択肢】を背負う者のつらいところだな。いやホントに。

 

「セシリアは今回の料理が初めてか?」

 

「え? ええ、そうですけど」

 

 やっぱり初めてか。

 かなり才能あるぜ。七色の道具作りを任せたいくらいだ。

 

「失敗はすべて成功の糧となる。次に繋げればいいのさ」

 

「で、ですから! 仮に失敗していたとしましょう! でも、それをわたくしに確かめさせないのは道理に反してると思いますわ!」

 

「……それは了承しかねる」

 

「どうしてですの!」

 

「コレはお前に扱える代物じゃない」

 

「完全に危険物ではありませんか! わたくしはただサンドイッチを作っただけですのよ!?」

 

 実際、これを食べて平気な奴はこの中には居ないだろう。箒や鈴はもちろん、華奢なシャルルもアウトだ。一夏でもかなりの苦痛に蝕まれるのは必至。

 

 なら、俺しかいないだろう。

 コレに耐えうる鍛錬をしてきたんだ。自信を持て、俺なら耐えられる。

 

 今思えば、アホの【選択肢】にはこうなる事が分かっていたのかもな。だから俺に食わせるような【選択肢】を混ぜてきた気がする。……いや、ないか。だってコイツアホだもん。

 

「……セシリア」

 

「なんですか!」

 

 百聞は一見に如かず。

 

「俺の屍を越えてゆけ」

 

「な、何を急に」

 

 しかし、これを一つ一つ丁寧に喰らう余裕は俺にもない。【焔螺子】に似た性質を何度も喰らったら、流石の俺でも黄泉逝きだろう。ここは一気呵成に攻めるが良策だ…!

 

旋焚玖は己の口へとバスケットを傾ける。

 

「いやいや、入んないでしょ」

 

 お、そうだな。

 なら、どうする?

 

「あー……アガッ…!」

 

「うぉい!? 何やってんのアンタ!?」

 

「ひにふるな」(気にするな)

 

 どうという事はない。

 顎を外して口の許容範囲を広げただけだ。

 

 あとは巨悪の根源達をそこに全部落とし込む。

 そしてやはりと言うか何と言うか。

 

 舌に触れた瞬間、駆け巡る波動――!!

 

「んぐっ……ッ~~~~~~~!!!!!!!」

 

 意識を絶やすな、味わうな、咀嚼は控えて飲み込め――!!

 

「~~~~~~~ッ!!………ゴクンッ…」

 

 ぐおぉぉぉ…!

 乗り切れ、乗り切れ俺…!

 

 これを越えたら俺はさらに超えられる筈だ…!(自己奮起)

 

「……う…」

 

しかし現実は無情である。

悲壮な決意に肉体は付いて行けず。

ついに両膝から崩れるように倒れ込むのだった。

 

「「「 旋焚玖!? 」」」

 

「せ、旋焚玖さん!? しっかりしてくださいまし!」(あの旋焚玖さんが苦悶の表情で倒れた…! これを見て、まだ自分を正当化する程わたくしは愚かではありませんわ!)

 

倒れた旋焚玖に駆け寄る少年少女たち。

 

「大丈夫か、旋焚玖!?」

 

 い、意識が薄れる。

 こうなると分かってたら、起死回生薬を用意しておくんだった。安易にお茶を持って来てしまった自分が恨めしいぜ…。

 

「ちょっと!? しっかりしなさいよ旋焚玖!」

 

「くそっ! 私達にはどうする事もできんのか!」

 

 誰か持って来てたりはしない、か…?

 

「旋焚玖!? どうした、何か伝えたい事があるのか!?」

 

「こ…コーラが飲みたい」(無意識)

 

 あ、アカン。

 これだと絶命前の袁術みたいじゃないか…! え、俺、死ぬの? フラグなの? こんなセリフが最後とか絶対に嫌なんだけど。……あぁ、瞼が重い…。

 

「そ、そうか! コーラだ! 誰か持ってないか!?」

 

コーラは旋焚玖にとってのエクスポーションである。

ラストエリクサーとまではいかないが、それでもこの危機を防ぐに十二分な役割を果たしてくれる事に期待できる。

その事実を知っているのは一夏、箒、鈴、セシリア。

この中で唯一知らないシャルルは、旋焚玖は飲み物がほしいのだと、カバンから取り出して一夏に渡す。

 

「アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

 

 やっぱりホモじゃないか!(偏見)

 あ、心のツっこみで意識…が……。

 

「くっ…待ってろ、旋焚玖! 俺がすぐに買って来てやるからな!」

 

「頼むぞ一夏!」

 

「頼むわ一夏!」

 

「頼みます一夏さん!」

 

「え…えっと……た、頼んだよ、一夏!」

 

シャルルは空気の読める聡い子だった!

 

何故、コーラを?

というか、一体この流れは何なんだろう。と思ったシャルルだが、新参者の自分には分からない世界がそこには在るのだと、自分を無理やり納得させるのだった。

 

「おう! 任せろ!」(条約なんか知った事か! 早く旋焚玖を助けるんだ! 来い……【白式】――ッ!!)

 

ISの無断展開はご法度。

それを承知で一夏は【白式】の顕現に――。

 

 

「その必要はない」

 

 

「「「!!?」」」

 

風に舞う凛とした声。

皆が振り向いた先に立っていたのは……――。

 

 

「待たせたな」

 

 

旋焚玖の危急に我在り。

コーラを手に持つ千冬だった!

 

 






一夏:俺は世界で最高の姉さんを持ったよ!

千冬:( +・`ω・)b



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第100話 シャルルくんの受難-序章-


初めての2人きり、というお話。



 

 

「だ、大丈夫ですか、旋焚玖さん…?」

 

「……ああ」

 

 コーラを飲んで完全復活したぜ!

 

「わたくし……ちゃんと料理の勉強をしますわ」(嘘で誤魔化さず、それでいて旋焚玖さんは、ちゃんと食べてくれました。その心意気にわたくしも喝を入れられた気持ちになりましたわ!)

 

 お、そうだな。

 デュノアは知らんが、一夏も箒も鈴もお料理上手なんだ。コイツらに師事すれば、トントン拍子で上手くなるだろ。少なくとも一般的な料理は作れるようになる筈だ。

 

「失敗は成功の基だ。気にせずいこう」

 

「は、はいっ!……あのぅ、それでですね、そのぅ…」

 

 何か指先でモジモジしだしたぞコイツ。可愛い。

 

「次も、そのぅ……また旋焚玖さんに食べていただければなー、なんて……思っちゃったりしても、よろしいでしょうか…?」

 

 (よろしく)ないです。

 上目遣いで可愛く言っても嫌です、嫌なモンは嫌なのです。

 

 

【当たり前だよなぁ?】

【嫌に決まってんだろ死ねうんこ】

 

 

 辛辣すぎィ!!

 断るにしても言葉選べよバカ! そんな事言ったらセシリアに嫌われちゃうだろぉ! ていうか此処に居る全員に嫌われるわ!

 

「……当たり前だよなぁ?」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 嘘だよ。

 絶対嫌だよ。

 でも嫌われるのはもっと嫌だよ。

 

「……ああ」

 

「ありがとうございます! 此度は失敗してしまいましたが、次こそは旋焚玖さんを満足させてみせますわ!」

 

「……ああ」

 

 イギリス淑女の眩い笑顔、プライスレス(自己暗示)

 これは今後、コーラを常備しておく必要がありますね。あと持ち運びできるクーラボックス的なヤツもだな。

 

 しかし千冬さんのおかげで本当に助かった。ナイスタイミングと言わざるを得ない。しかもエクスポーションまで持参とは恐れ入ったぜ。エピタフの能力でも持ってんじゃないかこの人。

 

「フッ……」(何となく、という感覚は重宝すべきものだ。何となく旋焚玖の身に危険が迫っている気がする。何となく旋焚玖はコーラを求めている気がする。私はその直観に従ったまでさ)

 

 何かドヤ顔してるところを見ると、屋上でキンキンに冷えたコーラをキュ~ッとしに来た訳じゃなさそうだ。

 

「それで、どうしたんだよちふ…織斑先生。まだ昼休みだぜ?」

 

「ああ。デュノアに部屋割りの件を伝えに来た」

 

 部屋か。

 デュノアも男子だが、どうなんだろう。まぁデュノアはイケメンだし、学生寮で生活するのを反対する女子も居ないだろう。ここは同じ男子の一夏とルームシェアると考えるのが妥当かな。

 

 他の面子も俺と同じ考えに至っているだろうよ。

 

 大穴で俺のペンション・シュプールに来る事だが、普通にそれは御免被りたい。

 学生寮に入れない身分ってのも流石に慣れたし、何より1人部屋の心地良さを邪魔されたくないでござる。思春期真っ盛りな男子の夜を邪魔されたくないでござる。

 

「デュノアの部屋は……………」

 

 なぜ溜めるのか。

 

「主車と同室だ」

 

「「「!?」」」

 

(おー、旋焚玖と同室だったらデュノアも安心だな)

(大丈夫だろうか。禁断の恋に発展とかしないだろうな…?)

(大丈夫かしら。禁断の恋に発展とかしないでしょうね…?)

(大丈夫でしょうか。禁断の恋に発展とかされませんわよね…?)

(これで一夏のデータ盗みが遅くなる理由が出来たかな…?)

(オナニーでけへんやん)

 

「と見せかけて織斑と同室だ」

 

「「「!?」」」

 

 うっしゃぁッ!!

 流石は千冬さんだぜ! 

 今日もいい見せかけを披露してくれますねぇ!

 

「よろしくな、シャルル!」

 

「う、うん、よろしくね!」

 

 

【ズルいぞ一夏!】

【ズルいぞシャルル!】

 

 

 何だこの選択肢!?

 男が男に男で嫉妬する訳ないだろバカ!

 

「ズルいぞ一夏!」

 

 俺だって3人目の男子であるシャルルと純粋に親睦を深めたいのに!的な意味で僕は言いました! それ以上でもそれ以下でもございません! 

 

 しかし、問題はこの面子がどう捉えるかだ。

 まぁコイツらはモブ連中とは違って腐ってなさそうだし、俺もそこまで心配はしてないが、どうだろう……?

 

「へへっ、旋焚玖には悪いがシャルルは貰ったぜ! 女子寮に男一人ってのは、正直心細かったんだよ。シャルルのおかけで少しはマシになるな、うんうん」

 

 一夏…!

 お前の何気ない返しがいつも俺を助けてくれる! 穢れなき一夏の心に圧倒的感謝を…! 不純なヤツはすーぐ変な方向に考えを広げるからな。まぁそんなヤツは此処には居ないけどな!

 

(やっぱりデュノアが気になっているじゃないか!)不純①

(やっぱりデュノアが気になってるじゃない!)不純②

(やっぱりデュノアさんが気になってますのね!)不純③

 

(これは……どういう意味で言ったんだろう。単純に僕と仲良くなりたいって思ってくれての言葉なのかな。それとも、やっぱり僕が女だって知っているぞって遠回しに言っている…? そうだよね、男の子が男の子に男の子で嫉妬なんて、普通はしないもんね。……しないよね?)疑心暗鬼①

(デュノアを気にする理由は…? なるほど、既に旋焚玖も気付いていたか、コイツの違和感に。フッ……流石だな)別格①

 

 うわわ…千冬さん以外が百面相ってる。

 これは深みにハマる前に話を進めるが吉である!

 

「デュノアの部屋は分かりました。でも、連絡事項はまだあるんじゃないですか?」

 

 これだけだと、別に改まって屋上まで言いに来る必要はない。他にもあると考えて間違いない筈。これは我ながらスムーズかつ自然な形で話を進められたぜ!(自画自賛)

 

「(私が直接デュノアを問い詰めるのが最善だと思っていたが、旋焚玖も気付いているなら話は少し変わってくるな)学生寮の事は、寮に帰ってから織斑に聞くといい。それと主車」

 

「はい」

 

「放課後、デュノアに学園の案内をしてやってくれ」

 

 施設案内的なヤツか。

 俺一人に頼むって事は、千冬さんも俺のさっきの発言を『普通に親睦を深めたい』的な意味で捉えてくれたらしい。実際、一夏はシャルルとはこれから寮でも話せるんだし。ここは俺が適任だろう。

 

「千冬姉、俺も一緒に案内しちゃダメなのかー? イテッ…」

 

 油断して普段の呼び方をしちまったな、一夏よ。千冬さんにペチッとデコピンを喰らいよったわ。

 

「織斑先生だ。お前は放課後、クラス代表の会議に出席せねばならんのでな」

 

「ふーん、そか」

 

「という訳だ。主車、デュノア、分かったな」(この間の侵入者をも懐柔してみせた旋焚玖だ。コイツに預けたら、また違う未来が見えるかもな。私なら有無を言わさず糾弾して終わりだしな)

 

「おかのした」

 

「はい」(おかのしたって何だろう……)

 

 と、昼休みの終わりを告げる予冷のチャイムが鳴った。

 午後からの授業もガンバルゾー。

 

 

 

 

放課後になり、旋焚玖は千冬に言われた通り、シャルルを連れて学園内を案内していく。売店の場所だったり食堂だったり保健室だったり。今後、この学園にて主に利用するであろう施設をメインに、2人は見て回るのだった。

 

「……だいたいこんなモンか」

 

「凄いね、学校とは思えない充実っぷりだよ」

 

 そこはまぁ、何と言ってもIS学園。

 世界最高峰の学園と言うだけあって、何かもう凄いのだ。それに施設だけじゃない、教師生徒のグローバル化が影響してるのか、部活の種類も豊富ときてるからな、この高校は。

 

 しかし、午前中は実習やら何やらのせいでバタバタしててアレだったが、ようやく落ち着いて会話らしい会話が出来るってなもんだ。まだ互いに最小限の自己紹介しかしてなかったし。

 

「改めて、これからよろしくなシャルル」

 

「うん、こちらこそよろしくね」

 

「しかし、シャルルが転校してきてくれて助かった」

 

「そうなの?」

 

 いや、そうだろ。

 なんで可愛らしく首傾げんだよ。

 男に可愛い子ぶられて、俺にどうしろってんだよ。というかお前も男だったら、理由なんざ皆まで言わなくても分かるだろうに。

 

「一夏も言ってたが、やっぱ女子校に男2人だとな」

 

 俺と一夏からすれば、世界一肩身の狭い高校だもん。いやホントに。それでも、部屋が完全に隔離されてる俺はまだマシだけどな。

 ただ一夏はそうじゃない。今まで女子寮に男一人な生活を強いられてたんだ。何かと気を遣うだろうし、メンタル的な疲労もあったろう。

 

 それがシャルルのおかげで減るんだから、朗報と言わずになんと言うかね。

 

「シャルルもやっぱアレか? 俺みたいに、男のIS起動一斉調査で見つけられた口か?」

 

「えっ? え、えっと、そうだね、うん。そんな感じかな、あはは」(思わず肯定しちゃった。でも正直には言えないし…)

 

 やっぱそうか。

 あれ、でもちょい待ち。

 

「その割にはかなり乗りこなしてるよな」

 

「えっ!?」

 

 今日の実習でもタドタドしさ皆無だったし。

 俺よりは勿論、何だったら一夏よりも軽快に動いてたまであったぞ。何気に専用機も貰ってるし。俺と違って。……俺と違って。ちくせぅ。

 

「えっと、それはね、あの、父さんの影響でね」

 

 どゆこと?

 

「僕の父はね、フランスで一番大きいIS関係の企業の社長なんだ。だからその、転入してくるまでに、そこでいっぱい訓練してきたんだ、あはは」

 

 ああ、なるほど。

 企業って言うくらいだし、学生レベルじゃなく本格的なモンを経験してきたって事か。つまり俺も企業レベルの訓練を受けたら、ちゃんと動かせる可能性が…!

 

「ちなみにシャルルのIS適性は?」

 

「え? 僕は【A】だよ?」

 

「うんち」(嫉妬)

 

「えぇ!?」

 

 ハッ……いかんいかん。

 今のは完全に失言だ。

 つい負け惜しみで呟いちまった。

 

 シャルルはシャルル、俺は俺だ。

 そこを間違えたらイカンよ。

 

「気にするな。噛んだだけだ」

 

「そ、そうなんだ、あはは…」(えぇ~……今、ぜったい旋焚玖、うんちって言ったよぅ。もしかして旋焚玖は適性値が低いのかな?……き、聞いてみてもいいのかな)

 

「せ、旋焚玖は適性どれくらいなの?」

 

「む……」

 

 言いたくないでござる。

 この流れで言ったら、確実に『フン、ザコカ!』とか思われるのが目に見えている。まぁ気を遣いがちなシャルルの事だし、必死にフォローしてくれるか、空気を読んで苦笑いに済ますかだろうけど。

 

 でもな、その優しさが刃になる事もあるんやで(哀愁)

 

「……バスターソードくらいかな」

 

「えっと……な、何かな、それは?」

 

「適性値」

 

「そ、そんな適性値は無いよぅ!」(何で誤魔化すのさー!? そんな言い方されたら、余計に気になっちゃうってば!)

 

 嘘は言ってない。

 山田先生からそう評価されたもん。

 

「僕も教えたんだから、旋焚玖にも教えてほしいな」

 

「……………」

 

 いやお前……何で上目遣いしてんの?(困惑)

 男にされても全然嬉しくないんですけど。……ま、まぁ深く考えない方がいいかな。何か指摘して気まずい雰囲気になるのも嫌だし。

 

 んで、何よ、適性値を教えろって? 

 

 

【素直に教える】

【素直に教えない】

 

 

 教えたくないでござる。

 正確には『まだ』教えたくない、だな。そもそも俺が自分の適性を教えたのは限られているのだ。一夏、箒、鈴、セシリアっていう、ちゃんと信頼関係を築けた奴にしか教えてないのだ。

 

 シャルル君はまだ出会って一日目な仲じゃないか。そんなんで俺の恥ずかしい秘密を教えてもらえると思ったら大間違いだぜ!

 

「そうだな、色で言うと黄緑だな」

 

「黄緑!? いや、色で言われても分かんないよ! 黄緑色な適性って何さー!?」

 

「おにぎりの具で言うとえびマヨだな」

 

「分かんないよ! どうしておにぎりの具で言うのさー!? そうじゃなくて、僕が聞いてるのは……あ、そうだ! 【A】から【E】のアルファベットで言ってよ! それ以外は無しだからね!」(えへへ、これでどうだ! これで僕の勝ちだよね!……勝ちって何だろう。別に勝負はしてないよぅ)

 

 む……そうきたか、中々やるな。

 なるほど、シャルルは臨機応変に対応できる奴らしい。流石は史上3人目なだけはあるという事か。

 

 だが、相手が悪かったな。

 俺を誰だと思っている。世界に轟く口先の魔術師だぜ? そんなモンのらりくらり躱してやるわ!

 

 

【素直に教える】

【報酬はお前のチンコだ】

 

 

 僕は自力で躱せたんです。

 それだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

「……【E】かな」(素直)

 

「あっ…」(察し)

 

 あっ…(察し)

 

(……や、やっちゃったぁ…! そうだよ、どうして気付かなかったの僕…! 言わないって事は言いたくないって事じゃないか! そんな簡単な事どうして見逃して……あ゛っ! そ、そうだ、今日だけで旋焚玖の凄いところを見てきたからだ! それで自然とIS適性も高いんだって思い込じゃってたんだ…! うぅ……完全にやっちゃったよぅ……旋焚玖、怒ってるかな…?)

 

 だーから有耶無耶にしてたんだろがい!

 すっげぇ百面相させちまってるじゃねぇか! コイツが遠慮深い奴だってのは分かってたろい! 

 

 こういう気まずい空気はホント苦手なんだって。しかもそんなに仲良くなってない相手だし、その分気まずさも倍率ドンじゃねぇか!

 

 チンコ選んでた方が、まだ良かったんじゃないかこれ?

 

「(えっと、えっと…! な、何か違う話題を切り出さなきゃ…! ここは旋焚玖も喜んでくれそうな……あ、そうだ!)旋焚玖ってとっても凄いよね! ほら、筋肉もバーンってなるし! ISに乗った山田先生にも何か凄い事したし! あんなのフランスでも見た事ないよ! どうしたらそんなに凄い事が出来るようになるのかな!?」

 

 おお、もう…。

 悲しいかな、シャルルの気遣いと優しさがビンビンに伝わってくる。

 

 何かもうスマンな。

 逆に謝るわ、うん。

 

 

【俺の背後にはな、女神が憑りついているんだ】

【こんだけ気遣ってくれてるし、ちょっとくらいチンコ触っても怒られへんか】

 

 

 お前アホちゃう?(真顔)

 

 女神って誰の事言ってんの?

 え、もしかしてお前の事言ってんの? 

 

 アホくさ(真顔)

 

 男に男のチンコ触らせようとする女神が居てたまるか。斬新すぎるだろ、なんだその神。

 お前ホント今日どうしたん? 何かおかしいだろ。そんなチンコキャラじゃなかったぞお前。……アレか、思春期がきたのか? 下ネタが楽しくて仕方ない年頃になったのか?

 

「……オレノハイゴニハナ、メガミガトリツイテイルンダー」(棒読み)

 

 まぁ【下】選ぶ訳にもいかんし、【上】を言うんだけどね。

 感情なんて込めらんないけどね。今まで一瞬たりとも思ったことないし。

 

「へ? め、女神?」(はわわ……予想外の答えが返ってきたよぅ。旋焚玖って、やっぱりちょっと変わってる…?)

 

 気にするな、適当に流してくれていいよ。

 違う話しようぜ、違う話。

 

 

【俺の背後にはな、とても愛らしい女神が憑りついているんだ(ちゃんと心を込めて)】

【こんだけ気遣ってくれてるし、ちょっとくらいチンコ触っても怒られへんか】

 

 

 なんだコイツ!?

 

 





(`・ω●´):ところで100話だゾ

選択肢:そうだよ

(`・ω●´):私の出番はまだか?

選択肢:今出てるよ

(´・ω●`):あ、そっかぁ・・・


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第101話 シャルルくんの受難?-旋焚玖-


バレてなかった、というお話。




 

 

「そ、そうなんだ、うん。僕は信じるよ、あはは…」

 

 シャルル君、渾身の苦笑いである。

 感情込めて言った結果がこれだよ。

 コイツいつも苦笑いさせられてんな(反省)

 

 自分を女神だと思い込んでいる選択肢は放っておいて。違う話しようぜ違う話。結局まだ俺はシャルルの事もそんなに聞けてないし。聞いたのはパパさんがシャチョさんで、ISの適性が【A】って事くらいか?

 

 

【この際もう黛方式で聞いていく】

【その前に俺の武勇伝から語っていく】

 

 

 黛方式って何ですか?

 黛、黛……あ、あれか、黛先輩の事か!(※ 第69話参照)

 

 そうだな、自分でアレコレ考えて聞くよりも、そっちの方が楽かもしれんね。よし、【上】でいこう! というか【下】がキモい時点で【上】なんだ!

 

「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」

 

「へ? え、あ、うん…? えっと、15歳だよ?」(な、なに? 何でいきなりインタビューみたいになってるの?)

 

「え、身長・体重はどれくらいあるの?」

 

「え? え、えっと、身長は154センチで体重は……」

 

 体重は?

 

「ひ、秘密だよっ!」(プイッ)

 

 女子か!

 何だその感じ!?

 

「今なんかやってんの? すごいガッチリしてるよね」

 

 一見、細身で華奢なボーイに見えるシャルルだが、実習中にそれは間違いだと分かった。しっかりと鍛えられた体つきしてるぜ、コイツ。

 

「そ、そうかな? でも旋焚玖には遠く及ばないよ。僕も一応トレーニングはフランスでやってたけど」

 

 フッ……まぁな!(ご満悦)

 っとと、今は俺の話はいいから次いこうぜ次。

 

「ふーん……週どれくらいやってたの?」

 

「シュー……7日から8日ぐらいかな」(遠い目)

 

 フランスの1週間は日本より長いのか(唖然)

 しかし流石はフランス一の企業を名乗るだけある。心なしかシャルルの瞳から色が失われているところを見ると、かなりスパルタンXだったんだろう。

 

 シャルルの上手い操縦っぷりも、確かな地盤作りを経たからこそってな訳か。俺もシャルルを見習って、ちゃんと【たけし】と鍛錬しないとダメだな。適性でいちいちプリプリしてたらイカンよ。

 

「彼女とか、いらっしゃらないんですか?」

 

 この質問だけはまだ何となく覚えてるわ。

 アホな【選択肢】にあ゛ぁ゛った気がするもん。

 

「えー? やだなぁ、いる訳ないよぉ」

 

 いる訳ないのか。

 

「だって僕、お……ッ…!!?」(ぉぉぉおおおお!? あっっっ……ぶなぁぁぁ…! 気付くのがあとちょっと遅かったら普通に『僕女の子だもん』って言っちゃってたよ! も、もしかして誘導尋問されてたり、する…?)

 

 お?

 何故そこで止まる。

 止まられると俺も脳内推理しちゃう訳で。

 

『彼女いんの?』→『いないよ』→『なんでぇ?』→『だって僕、お…』に続くと思われる言葉は…? 今日一日、共に過ごしたシャルルの動向を顧みて――。

 

 

『わあっ!?』(お着替え1回目)

 

『……うわぁ…旋焚玖って凄い身体してるんだね』

 

『うわぁ……うわぁ……』

 

『わあっ!?』(お着替え2回目)

 

 

 結論:『だって僕、男の子の方が好きだもん』

 

 顧みた結果がこれだよ!

 まるで穴の無い推理が出来てしまったじゃないか! 

 

(ま、まずい…! 旋焚玖が明らかに疑惑の目になってるぅ! は、早く何か言わなきゃ…! お、お……えっとえっと…お、でしょ、お…!)

 

「お、オペラ座の怪人!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

(うわああああ! 全然意味わかんないよぉ! 何言ってるの僕!? バカじゃないの僕ぅ!!)

 

「……そうだな、オペラ座の怪人だ」

 

 シャルルがそう言うならそうなんだろう。

 俺は何も言わないさ。

 

シャルルを見る少年の瞳はとても温かかった。

 

「ど、どうしてそんな温かい笑みを浮かべてるのかな?」(分かりにくい反応やめてよぉ! バレてるの!? バレてないの!? どっちなんだよもぉぉぉぉ! でも聞けないよぉ! 聞いた時点でアウトだよぉ!)

 

 

【恋愛は自由さ。俺は否定しないよ(にっこり)】

【お前ホモなんだろ?(にっこり)】

 

 

 こ、コイツ…!

 とうとう核心を突いてきやがった…! 

 

 こんなモンお前二択に見せかけたホモ一択じゃねぇか! 【上】も【下】も言い方が違うだけで内容はホモだろぉ! やんわり言うかハッキリ聞くかの差じゃないか!

 

 くっそぅ。

 正直、シャルルが着替えでアタフタした時点で、いずれはこういう系の【選択肢】が出される予感はしていたよ、ああ。

 

 しかし、しかしな…!

 内容が内容なだけに、せめてもっと仲良くなってから、俺は出してほしかったんだ。出会って一日足らずの内に、ホモにホモを追及しなきゃいけない俺の気持ち、考えた事あるか?

 

「……恋愛は自由さ。俺は否定しないよ」(にっこり)

 

シャルルを見る少年の瞳はとても優しかった。

 

「ど、どうしてそんな優しい笑みを浮かべてるのかな?……ん? 恋愛…?」(何でいきなり恋愛話? 旋焚玖の話は脈絡無しで急に飛ぶから、聞いてるこっちも……ん、待てよ…? 恋愛は自由? 俺は否定しない?)

 

 

その時シャルルに電流走る――ッ!!

 

 

(あっ……アッー! も、もしかして僕は根本的な部分を間違ってたんじゃ…! 旋焚玖は僕を女の子だと疑ってはなかった…? だって、そうでなきゃ男の子の振りしてる僕に『恋愛は自由だよぉ』なんて言わない筈だよ…! ママみたいな慈愛の目で僕に微笑みかけないよ! いや、待って。という事は何? 僕は今違う意味で誤解されてる…? いやいや、落ち着いて整理するんだ僕。そうだ、今日一日で僕が旋焚玖に見せた行動を男子として顧みて――)

 

 

『わあっ!?』(お着替え1回目)

 

『……うわぁ…旋焚玖って凄い身体してるんだね』(恍惚?)

 

『うわぁ……うわぁ……』(恍惚)

 

『わあっ!?』(お着替え2回目)

 

 

(アッー! 完全にホモなリアクションだこれぇぇぇッ! 僕のバカバカ! 今の僕は女の子であって女の子じゃないのに! 男子がこんな反応したら、旋焚玖だって僕をソッチ系だと勘違いしてもおかしくないよぉ! あっ、でも、女の子って旋焚玖にバレてない事が分かったのは朗報だよね!……その反面、ホモだと思われちゃってるんだけどね。ホモだと思われる女の子とか世界でも僕くらいじゃないかな、あはは…。あれ、ちょっと待って? まだ何か見落としてない…?)

 

 

その時シャルルの脳裏に旋焚玖な回想が――ッ!!

 

 

『パンツくれ』

 

『お手手つないで行こうぜ!』

 

『俺の着替えを見てくれ』

 

『なら、そこで俺たちは着替えさせてもらう』

 

 

(旋焚玖もホモだこれー!? だからそんな優しい笑みで僕に理解を示す言葉を投げかけたんだね! 僕をホモダチだと思ってのソレだったんだね! ああ、だめだ、一度思ったら旋焚玖がホモにしか思えない! そうだよ、僕の着替えをチラ見して、お姫様抱っこもして、僕の着替えを二度見もしたんだ! これはもうホモに間違いないよ! というか行動的に旋焚玖は僕に惚れちゃってるんじゃないの!? 男装して男の子に惚れられるとかこれもう分かんないよ!)

 

 

旋焚玖はシャルルをホモだと思った。

シャルルは旋焚玖をホモだと思った。

 

とうとう絡まり始めた勘違いの螺旋。

旋焚玖にとっての不運は、此処に察しの良い一夏が居なかった事。逆にシャルルにとっての幸運は、此処に察しの良い一夏が居なかった事か。

 

(落ち着こう。旋焚玖の好意は後で考えるとして。とりあえず、ホモの旋焚玖が僕もホモだと勘違いしている事は分かった。ここからが問題だよ。僕はどういう言葉を返すのがベストなのか。ここで変に否定したら、それを機に僕が女の子だってバレちゃう可能性もあるよね? それを悟らせない為には……)

 

「……ありがとう(にっこり)」(否定はせず、明確に肯定もしない! この返答が多分ベスト…!)

 

 あらやだ、ヒマワリのような笑顔ですね。

 しかし、笑顔か……。

 

 怒って否定するか、苦笑いで誤魔化すかと思ったが。狼狽えず『ありがとう』とまで言えるって事は、自分がホモである事に何の引け目も感じてないって事だ。

 

 まぁ俺も【選択肢】に言わされた口ではあるが、『恋愛自由』肯定派だからな。性別の壁なんざ不要だ! たまたま俺や一夏、弾はノンケだったってだけなのさ。

 

「それじゃあ、僕はそろそろ学生寮に帰るね」(ボロが出ないウチに別れた方がいいよね。でも……誤解されてるから声には出せないけど、僕も恋愛に偏見は持ってないよ。だから旋焚玖がホモでも、僕は君を否定なんてしないから!)

 

少年を見る少女の瞳は何だか生温かった。

 

「ああ、また明日な」

 

「うん! 今日は案内してくれてありがと!」

 

 ルンルンなスキップで帰って行きおったわ。

 しかし、やっとアイツのまともな笑顔が見れた気がする。

 

 ここまで断トツでアイツを苦笑いさせてきた俺だもんな。悲しいかな、アホの自称女神(笑)が憑いてる限り、きっとこれからもシャルルには色々と迷惑を掛ける事になるだろう。そんな予感が今からビンビンだ。

 

 ならその分も含めて、せめてシャルルのフォローをしてやらんと。それが唯一の免罪だろうし、明日からは褌を締め直して臨むぜ!

 

 

【さっそく売店でフンドシ買ってガッチリ締めるんだぜ!】

【売店で買うのは恥ずかしいから千冬さんに頼むんだぜ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 





シャル:二人目の男子がホモでした!

アルベール:ああ^~

ロゼンタ:あら^~

シャル:(゚▽゚*)


シャル:あと僕もホモだと思われたんですけど

アルベール:うっそだろお前ww

ロゼンタ:テラワロスww

シャル:(´・ω・`)



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第102話 シャルルくんの受難?-一夏-


学生寮、というお話。



 

 

「じゃあ、改めてよろしくな」

 

「うん。よろしく一夏」

 

ペンション・シュプールな旋焚玖とは違い、シャルルは今日から学生寮で一夏と同じ部屋をシェアする事になっている。

 

「でも凄いね。部屋もそうだけど寮も豪華ホテルみたいだ」

 

「だよなぁ。世界一な学園だけあるぜ、ほんと」

 

一通り寮内の案内を終えた一夏とシャルルは部屋に戻って来ていた。

 

「部屋の説明は……まぁもう見た感じで分かると思うけど、こっちのベッドは俺が使ってるから、シャルルはそっち側を使ってくれ」

 

「うん、分かったよ」

 

「よし。これで一息つけるな」

 

近くのイスに腰掛ける一夏にならってシャルルもイスにチョコンと座った。

本来なら、これから私物を整理したりする筈なのだが、どうやらシャルルはそんなに荷物を持ってこなかったらしい。

 

「トイレも風呂場も教えたし……あ、そうだ、シャワーの順番とかどうする?」

 

「あ、僕が後でいいよ。一夏が先に使って」

 

「あー、そう言われたら逆に使いづらいな。シャルルだって実習終わってすぐシャワー浴びたい時だってあるだろうし」

 

「ヘーキヘーキ、平気だから。僕あんまり汗かかないし」

 

「やけに平気を押してくるなぁ。まぁシャルルがそう言うなら、ありがたく使わせてもらうけど。でもあれだぞ? たぶん旋焚玖にも言われただろうけど、遠慮なんかするなよ? 俺たちは男同士なんだからさ」

 

「うん。ありがとう」(う~ん、どうしよう。僕が命じられてるのは【白式】のデータ盗みだけど……ここで唐突にISの話を切り出すのは不自然な気がする。あっ、そうだ、名前も出たし、旋焚玖の事でも聞いてみようかな。別に深い意味はないけどね! これなら不自然じゃないからね、うんうん!)

 

とは言うもののシャルルは悩んだ。

旋焚玖のナニから聞けばいいのか、と。

 

(うーんうーん……あ、一つ気になってた事があったよ)

 

「ねぇねぇ、一夏」

 

「どしたー?」

 

「旋焚玖はどうして寮に住んでないの?」

 

「(´・ω・`)」

 

「!?」(ちょっ、なにその顔!? 午前に見た時も思ったけど、一体ナニがどうなったらそういう顔になるのさー!? あ、でも、とってもしょんぼりしてるってのは凄く伝わってくるよ。もしかして、聞いてはいけない事だったのかも…?)

 

旋焚玖が学生寮に住んでいないのは、別に一夏に非がある訳ではない。だからと言って、自分が住めて旋焚玖が住めていない状況をこの少年が歓迎できるだろうか、いやできる筈がない。

むしろ一夏は、この処遇を覆せない自分の無力さを悲痛に感じている。だからこその(´・ω・`)なのだ。

 

「俺たちが入学する前にアンケート調査ってのが行われたらしくてさ……」

 

ポツポツと一夏はシャルルに話していった。

 

「……そっか。旋焚玖が住むのに『反対』意見が多かったんだね」

 

「ああ。旋焚玖は気にしてないって言ってるけど、それでも……俺はまだ納得できねぇよ…」

 

客観的に見て、旋焚玖が学生寮に住めないのは完全に自業自得である。政府の人間複数を相手に大暴れ、『かかってこいよ』な声明文、街へ出れば喧嘩三昧。

これだけのトリプル役満をぶちかまして、IS学園に通うようなお嬢様たちに反対されない訳がない。

 

それに、旋焚玖本人も最初は内心めちゃくちゃ悲しんではいたものの、住めば都という言葉は伊達ではないらしく、今ではかなりシュプールでの一人暮らしを気に入っているのである。寮に入れないのは流石に寂しいらしいが。

 

「でも俺は信じてるんだ。きっと旋焚玖も今に寮に入れるってな!」

 

「そうなの?」

 

「ああ! 実はな――」

 

 

 

 

それは一夏たち1年生が入寮した次の日の事である。

1日経っても、やはり納得出来ずにいた一夏は、同じく旋焚玖がシュプールられている事に不満を持つ箒と共に、千冬の部屋の戸を叩いたのだ。

 

「……なんだお前ら、もうすぐ就寝時間だぞ」

 

ドアを少しだけ開いて、一夏たちの前に顔を出す千冬は、如何にも不機嫌だと言った感じである。

 

「話があるんだ、千冬姉。部屋に入れてくれ」

 

「お願いします、千冬さん」

 

「……ダメだ」(一夏だけならともかく箒に中を見られる訳にはいかん。女の尊厳的な意味で)

 

短く断ると同時に、割と強めな威圧感を2人に放つぶりゅんひるで。千冬の凄みを喰らった一夏と箒は、思わず後退ってしまう。

 

(フッ……まぁこんなモンか。大抵の事ならこれで事足りる)

 

これこそが千冬の編み出した処世術だった。

彼女の覇気を前にして足を竦ませない者など、世界でも数える程しかいない。大半は勝手にビビって、自分の前からスタコラサッサしてくれる。……のだが。

 

「ダメじゃないね!」

 

「お願いします、千冬さん!」

 

一度は怯んだものの、すぐに気を引き締め直した一夏と箒は、なおも千冬に食い下がって見せる。少年たちにとっても、今回ばかりは大抵の範疇を越えていたのだ。

 

「む……」(引き下がらない、か。フフッ……強くなったな、一夏、箒よ)

 

確かな2人の成長っぷりを感じた千冬、心の中でホロリ。しかしソレはソレ、コレはコレである。

 

「ダメだと言ったらダメだ。どうしても入りたいなら私を越えてみせるんだな…!」

 

「「!?」」

 

先程とは比べものにならない圧迫感が2人を襲う。

それほどまでに千冬は部屋を見せたくなかった! とても汚いからである! 

 

理由が理由なだけに、たとえ相手が弟と幼い頃からの知り合いだとしても、マジで抵抗するぶりゅんひるで。しかしその実力はブリュンヒルデ。本気になった羅刹姫に力でこられたら、少年たちに抗う術は無し。

 

(くっ…! ここまで千冬さんが頑なに断るとは…!)

 

冷や汗がじっとり肌にしみるのを感じた箒は隣りの一夏を窺う。

 

(あー、これはどうせアレだろなぁ。部屋の掃除してないのが箒にバレたら女としての威厳がぁ…とかって考えてるんだろなぁ)

 

姉をよく知る弟にはバレバレだった!

しかしバレたところで、千冬の千冬による千冬のための強硬策に立ち向かえなければ意味はない。

 

(うーん……真正面からブツかったところで、相手は千冬姉だもんなぁ。箒と二人掛かりでもペチペチッと吹っ飛ばされるのがオチだ。こういう時はどうするんだっけ?)

 

一夏の脳裏に流れるは、昔交わした旋焚玖との日常風景。

 

 

『武は汚くてナンボだぜ、一夏』

 

『うーん、でも正々堂々戦って勝った方が気持ちよくないか?』

 

『……ンギモヂィィイイ!!!!』

 

『うわビックリした!? そこまで気持ちよくはないだろ!?』

 

『お、そうだな。……で、話を戻すが一夏の言う事も尤もだ。男ならやっぱ真っ向勝負で勝ちたいよな』

 

『おう!』

 

『ただ、相手が雲の上の存在でよ、それでも絶対に負けられないって時は策を用いて立ち向かうってのもアリだと俺は思う』

 

『絶対に負けられない時かぁ。確かに強敵を相手になりふり構って負けたら意味ないもんな』

 

『そういう事だ。電車にマトモに当たったら死んじまうんだよ。線路に小細工すんのがスジだろーが』

 

『おぉ……なんか今のカッコいいな! もっかい! もっかい言ってくれよ!』

 

『電車にマトモに当たったら死んじまうんだよ。線路に小細工すんのがスジだろーが』

 

『ヒューッ! 旋焚玖ヒューッ!!』

 

『イエーッ! 俺イエーッ!!』

 

 

回想終わり。

 

(千冬姉は電車どころか新幹線だぜ。ここは旋焚玖で言う策を用いて戦う場面だ!)

 

幼少時代から現在まで通して、誰よりも神算鬼謀を間近で見てきたと自負する一夏。その表情に不安無し曇り無し、あるのは確かな自信。

 

(部屋に入りさえすれば俺たちの勝ちなんだ。すなわちそれは千冬姉の気を逸らせって事でもある。へへっ、そういう事なら我に秘策在り、だぜ!)

 

千冬と対峙する一夏は、あらぬ方向に顔をやり指を差した。

 

「あっ! 旋焚玖だ!」

 

「「むっ…!」」

 

一夏の指差す方へ顔を向ける千冬と箒。

 

(掛かったな千冬姉! 箒も引っ掛かってるけど特に支障は無いぜぇぇぇぇ!)

 

タイミングは十分。

あとは気力のみ。

 

「うぉぉぉぉッ!!」

 

咆哮と共に一夏は僅かな隙間を縫うように部屋内へとダイブ!

 

「なっ…!?」

 

「箒! お前も跳び込め!」

 

「う、うむ! とうッ!!」

 

「むぁっ…!?」(し、しまった! こんな古典的な罠に引っ掛かってしまうとは…! まったく、旋焚玖め! 不在でも私の心を盗むとは、根っからの恋泥棒だな!)

 

心の中で悪態をつく千冬。

しかし何故か嬉しそうだった!

 

「こ、これは……」

 

「うわぁ……千冬姉、これはやべぇって」

 

トントン拍子で部屋の侵入を二人に許してしまった結果、案の定一夏と箒にバレる散乱しまくりまくりなゴミ&服&ゴミ&下着&ゴミ&パンストetc...。

 

「……で、話とは何だ?」(まだだ…! まだ諦めんよ…!)

 

ぶりゅんひるでは諦めない。

普段通り威風堂々よろしくな感じで話を進めようとするが。

 

「いやなに普通に進めようとしてんの? こんな惨状の中で話なんか出来ねぇよ」

 

一夏には通じなかった!

 

【惨状】……見るに堪えない、ひどく痛々しいありさま。大惨事の状況。むごたらしい、目もあてられない、といった形容も用いられる(広辞苑参照)

 

「そ、そこまで酷くはないと思う……ような気がする」(声ちっちゃい)

 

「声が小せぇよ、自覚ありまくりじゃないか。……はぁ、これ見ちまったら、まずは掃除しなきゃだぞ。箒は……どうする? 今夜は帰るか? コレを片すだけでも結構時間掛かりそうだし」

 

「いや、私も手伝おう」(これくらいの労力、旋焚玖が置かれた状況に比べたら何でもない。まぁ正直、千冬さんがダメ美人だったのは驚いたが)

 

「おいおい、いいのか? 俺は身内だし、千冬姉の後始末も今に始まった事じゃないからアレだけど箒は違うだろ?」

 

「気にするな。1人より2人でやった方が早く済む」

 

「フッ……2人より3人だ」

 

ぶりゅんひるではまだ諦めてなかった!

 

「「…………………」」

 

しかし一夏と箒の反応はとても冷めていた!

 

「(´・ω・`)」

 

「はいはい、そんな顔してもダメだからな」

 

「(お前もよくしてる顔だぞ、言わないけど。というか千冬さんもその顔できるんだな。もしや織斑家にのみ許された秘術なのか…?)で、分担はどうする?」

 

3人は力を合わせてお掃除ミッションに取り組む。

だが敵も中々に粘り強く、全てを終わらせた頃にはもう――。

 

 

 

 

「そういう訳で、千冬姉の部屋を掃除し終えたら朝になってんだよ~。その日は俺も箒もネムネムで大変だったなぁ」

 

「そ、そうだったんだ」

 

「そうそう、次の日は次の日でセシリアがさー」

 

「いや旋焚玖の話は?」

 

「!?」

 

「!?」

 

!?

 





!?


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第103話 連れしょん


シャルルくんの受難-トイレ編-開幕、というお話。



 

 

「で、シャルルとの共同生活は上手くいってるか?」

 

「うーん、どうだろう」

 

 シャルルが来てから1週間ほど経った。

 初日に比べたら、シャルルもだいぶこの学園に慣れたと思う。アホの【選択肢】にもな。

 

 少し思い出してやるぜ。

 シャルルとの交友録を。

 

 

 

 

追想の刻(転入2日目)

 

それは1時間目の授業が終わった時の事。

のんびり旋焚玖が2時間目の用意をしていたところにソレは来た。

 

 

【連れションにシャルルを誘う】

【シャルルをトイレに連れ込む。個室に連れ込む】

 

 

 ホモを個室に連れ込むとか、それもう告白だぜ?

 俺はシャルルとダチとして仲良くなりたいだけであって、ホモダチなりたい訳じゃないから。少しでも『気がある』と思われそうな行動はNG。マジでNG。

 

「シャルル」

 

「どうしたの?」

 

 幸か不幸かシャルルは俺の前の席なんだよな。

 アホの選択肢さえ居なけりゃ、どうって事ないんだが。つまりフォローしやすく、フォローさせられやすい席というアレだ、二律背反な席である。

 

「連れション行こうぜ。他意はないぜ他意は。マジで」

 

「連れ!? そ、それって……」(もしかしなくてもトイレのお誘いだよね…? ムリムリムリ! 男子は並んでするんでしょ!? そんなのバレるって! ていうか立ってした事ないよ僕ぅ! あ、でも個室はあるのか……って、それでも無理だよぉ! 普通に恥ずかしいよぉ! それに『他意はない』アピールとか余計に怪しいだけなんだけど!? やっぱり旋焚玖、僕の事そういう目で見てるよね!?)

 

 ううむ、百面相させちまったか。

 俺も少し言い方が嫌らしかったな。これは反省だ。ホモは繊細だって聞くし、無闇に傷つけたらイカンでしょ。

 

「え、えっと、僕はいいかな?」

 

 

【引き下がる】

【引き下がらない】

 

 

 お、これは良心的な【選択肢】ですねぇ!

 そうそう、こういうのでいいんだよ。というか、これが本来の【選択肢】な在り方だろ。【YES】or【NO】から俺の意思で答えを選ぶ。まさに選択肢だな!

 

「そうか、分かった」

 

「う、うん。ごめんね?」

 

「気にするな」

 

 いやホント。

 変に誘って悪かったね。

 

 

そして2時間目終了。

 

 

【連れションにシャルルを誘う】

【シャルルをトイレに連れ込む。個室に連れ込む】

 

 

 あっ(察し)

 いや、まだ分からん、分からんよ…!

 

「シャルル」

 

「どうしたの?」

 

「連れション行こうぜ」

 

「え゛っ!?」(ま、また!? さっき断ったよね!?)

 

 すっごい驚いてる。

 いや、でもどうなんだ? 確かにシャルルはホモだが、別に連れション程度で意識なんてする訳が……するのかも。してなかったら、こんな反応しないだろ。

 

 どうして意識する必要なんかあるんですか(自問)

 シャルルは俺に気があるからだと思います(自答)

 

 やったぜ。

 こんな俺でも好いてくれる男の一人や二人いるんだぜ。

 

 全然嬉しくないぜ。

 性の対象がおかしんだぜ。

 

 

「えっと……僕はいいかな」

 

 

【引き下がる】

【引き下がらない】

 

 

「そうか、分かった」

 

「うん。なんかごめんね?」

 

「気にするな」

 

「う、うん」(……今気づいたんだけど。旋焚玖はさっきも今も、僕が断るとそのまま着席してるんだよね。という事は……いや、考えないでおこう。うん、きっと僕の気のせいだよ。そうに違いないね、うん)

 

 すまんな、シャルル。

 先に謝っておくぜ。

 

 現実に謝ったら『じゃあ言わなくていいじゃん』的な、至極最もなツっこみが入る事間違いなしだから、心の中で謝っておくんだぜ。

 

 

3時間目終了。

 

 

【連れションにシャルルを誘う】

【シャルルをトイレに連れ込む。個室に連れ込む】

 

 

 知ってたあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……シャルル」

 

「な、なにかな?」

 

「連れション行こう」

 

「……えーっと。ちょっと待ってね?」(やっぱり気のせいじゃなかったよぉ! 変なループが出来上がってるよぉ! これアレだよね!? 僕が『うん』って言うまで聞かれ続けるヤツだよね!? ここで断っても後3回は聞かれる流れじゃないの!?)

 

 気付いたな、シャルルよ。

 俺も、そしてお前も。

 既に【選択肢】の螺旋に囚われてるんだぜ!

 

 いや、ホントにすまんね。

 出来ればこの状況を打破できる、今までとは違う反応を何かおくれ。俺のアドリブ力はそこできっと発揮される筈なんだ。

 

「えっと……僕はまだいいよ」

 

 若干の変化が見られます!

 

 だが、まだ弱い…!

 せめてもう一声ほしい!

 

「せ、旋焚玖も僕に気にせず行ってきていいんだよ?」

 

 よしきた、今こそ俺のアドリブ力を!

 

 

【オムツしてるからヘーキヘーキ】

【シャルルの居ないトイレなど……無価値(信長風)】

 

 

 お前のこと呼んでなあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 

 ちょっとは考えろよ! 執拗に連れション誘ってくる男から『オムツ宣言』された時のシャルルの気持ちも考えてくれよ! マジで! というかオムツしてないわアホ!

 

 えぇ……コレ、どっちの方がマシなんだ?

 【オムツしてる】と思われるか、【シャルルがちゅき♥】だと思われるか。

 

 いや、待てよ…? 

 

 オムツ宣言したら、それこそ【ただシャルルとトイレに行きたいんだ!】感が増すんじゃなかろうか。『うわぁ、旋焚玖オムツしてるんだぁ』って引かれるだけならまだしも、そこから更に深読みされて『うほっ、やっぱり僕とトイレに行きたいんだね!』と悦ばれる可能性、あると思います。

 

 なにせ相手はシャルルだからな。

 ホモは鋭いってクロエも言ってたし。

 

 つまりどっちの【選択肢】も言葉は違えど、シャルルへの好意アピールな訳ですね。へへ、気付いてしまう俺の聡さが今は恨めしいぜ。

 

「シャルルの居ないトイレなど……無価値」(信長風)

 

 信長はそんな事言わない。

 いや、無双の信長なら言いそう(プレイ並感)

 

「そ、そうなんだ。えっと……そうなんだ、あはは…」(何かカッコよさげな雰囲気と渋い声で全然カッコよくない事言われたよぉ! 何て答えたらいいか分かんないよぉ! 苦笑いしかできないよぉぉん!)

 

 ホモに好意を含む言葉を投げかけたら苦笑いされたんですけど(憤怒)

 お前俺の事好きじゃないのかよ!(憤怒)

 

 思わせぶりな態度から一変するとかホモの風上にも置けないヤツだなお前な!……いやちょっと待って、おかしくない? おかしいでしょ。

 どうして僕が憤怒しなくちゃいけないんですか! 相手は男ですよ! 僕がプリプリするのはおかしいと思います!

 

 あ、危ねぇ…。

 もう少しで越えちゃいけないライン越えるところだった。

 

 でら恐ろしい男だぜ、シャルル・デュノア。

 コイツはただのホモじゃねぇ、頭脳派ホモだ…!  

 さっきの苦笑は俺のプライドを刺激し、熱くさせて俺から冷静な判断を奪う作戦だったんだな。まったく、恐れ入ったぜ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

 て事は何か?

 やっぱりコイツ俺に気があるんじゃないか! しかも攻略する気満々ですよコイツ! やっぱ惚れられてるんすねぇ。全然嬉しくないですねぇ。

 

「という訳で次だ」

 

「えっ?」

 

「次の授業後、俺はお前とトイレに行く」

 

「えぇっ!?」(だからカッコよくないよぉ! そんな一大決心めいた雰囲気で言われても困るよぉ! ひたすら困るよぉ! どんだけ旋焚玖は僕とトイレに行きたいの!? というか旋焚玖、僕の事好きすぎだよぉ! 僕は男の子じゃなくてホントは女の子なのにぃ!)

 

 よし、とりあえず言えたな!

 これでループから抜け出せる…! 内容なんか後でいくらでもリカバリーしてやるわ、今はまず展開を進める事が大事なんだい!

 

「えっと……もし、次の授業の後も断ったら…?」

 

 

【お前がトイレになるんだよ!】

【俺がトイレになるんだよ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「俺がトイレになるんだよ!」

 

「えぇっ!?」(へ、変態だぁぁぁぁ! ママー! 拝啓ママー! 異国の地で出来た初めての友達が実はホモでスカトロで僕の事が大好きなんだぁぁぁ! 助けて天国のママー!)

 

 ビックリしてんじゃねぇ!

 お前がトイレにならないだけマシだろがい! 

 傷つける方より傷つく方を選んだ俺に、むしろお前は感謝しなきゃいけないんだぜ!? 分かってんのかこのヤロウ! このハンサム! ホモハンサム! 略してホム! お前なんてホムで十分だこのほむほむが! 

 

「冗談だ」

 

「な、なんだぁ、冗談かぁ」

 

 

【ウソだよ】

【ホントだよ】

 

 

 メンドくせぇぇぇ!

 

「ホントだよ」

 

「……どうして念を押す感じで言うのかな?」(そんな言い方されたら疑惑が募るだけだよぉ! でもこのままだと埒が明かないのも事実。変に断り続けるより、ここは覚悟を決めるべきだ!)

 

 ふむ。

 瞳に闘志を燃やしたか。

 

 ようやく腹を括ったな、シャルルよ。……トイレ行くのに腹を括るって何だよ。

 

「気にするな」

 

「うん、気にしないよ。じゃあ、次の授業が終わったら……行こう!」

 

「その意気だ」

 

 めちゃくちゃ気合い入ってるじゃないか…。

 俺もつい『その意気だ』とか言っちまったけどさ。

 

 あのさ、トイレってさ、こういう感じで臨むモンじゃないと思うんだ。

 

『おーい、トイレ行こうぜ~』

 

『おーう』

 

 な感じで行くモンだと思うんだ。

 それがドコをドウ間違えたらコウなるんだ…。

 

 トイレって何かね(哲学)

 

 

そして運命の4時間目終了。

旋焚玖が声を掛けるよりも早く、シャルルは立ち上がった。

 

「よし。トイレに行こう! 旋焚玖!」(がんばれシャルロット! のまれるなシャルロット! こうなったら僕が主導権を握るんだ! それしか道はない!)

 

「……ああ」

 

 おかしい。

 いつの間にか立場が逆転しているでござる。……なんでぇ?

 

「ほら! 行くよ旋焚玖!」(旋焚玖のペースに付き合ってたらドツボにハマっちゃう! 僕が旋焚玖をリードするんだ!)

 

 うわシャルルつよい。

 俺の腕を引っ張り……いや腕に絡んでくんなよ何だお前!? 俺の事好きすぎか!? くそっ、箒たちにもされた事ないのに! 初の腕組歩きが男に奪われたのか……ちくせぅ。

 

 そしてそのままグイグイ出口へ引っ張られ……ん?

 

「(´・ω・`)」

 

 一夏が仲間になりたそうにこちらを見ている!

 

「!?」(しょんぼり一夏だ! 昨日も見たけどホントどうやってるんだろう…)

 

「お前も一緒に来るんだよ!」

 

 俺一人だとシャルルにナニかされるかもしれないだろぉ!

 

「(`・ω・´)」

 

「!?」(えぇぇぇ!? な、なにその顔!? そんな顔もできるの!? 何て言うか、シャキーンってしてる! シャキーンってなってるよぅ!) 

 

 ほう……一夏め、ここにきて更なる進化を遂げてみせたか。男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったもの。一夏のフェイスには無限の可能性が秘められているんだな。

 

 パワーアップした一夏も付いて来てくれる。

 どんな苦境だって乗り越えられるさ。

 

 よし。

 気合い入れてイクゾー。

 

 





トイレに誘うだけで1話掛かるのか(困惑)




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第104話 シャルルくんの受難-トイレ-


三人寄れば姦しい、というお話。



 

 

「そぉい!」

 

 変な掛け声だなぁ。

 それがフランス式か?

 

 シャルルがババーンとトイレの扉を開けました。

 男子三人仲良くご到着です。

 

「これが……男子トイレ…」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 どうして感慨深そうに呟くのか。

 

「どうしたシャルル? フランスのとは違うのか?」

 

 おー、中々いい質問するじゃないか一夏。

 どうなんだコラ、おう? おうお~う?

 

「えっ!? あ、うん! そうなんだ! 全然違うね、うん! だから少し驚いたんだ!」(こ、個室もある…! 良かった、これで何とか切り抜けられるよね!)

 

 全然違うのか。

 まぁトイレも国によって変わってくるって聞くし。日本でもまだ和式やらボットンやらが普通にあるしな。

 

「女子校でも男子トイレはあるんだなぁ」

 

 ああ、それは俺も最初見た時に思ったぜ。

 だが2分くらい考えたら謎が解けたんだぜ。

 

「女子校でも来賓とか保護者が女ばかりとは限らんからな」

 

 我ながらこれは中々な名推理だと思う。

 

「あ、そっか。言われてみればそうだな」

 

 そうだよ。

 

 ちなみに男子トイレの小便器は、朝顔って呼び方もあるんだぜ。言わんけど。

 便器の雑学なんか披露してもキモいだけだし。ただ俺のトリビアの深さはマリアナ海溝よ。これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 話を戻そう。

 俺たちが着いたトイレには朝顔が横並びに3つ、対面に個室が3つである。こっちも3人な訳だし、どういうポジショニングが正解だろうか。

 

 

【うひょー! 真ん中に立てば右も左もチンコだぜ! うひょー!】

【そんな幸福くれてやる! ゲストなシャルルにくれてやる!】

 

 

 そんな不幸くれてやる!

 ホモなシャルルにくれてやる!

 

「じゃあ、シャルルは真ん中な」

 

「えぇっ!?」(何で指定する必要なんかあるんですか! というか真ん中って事は、僕を二人で挟んでするって事だよね!? そんなのダメだよぅ! 左右を押さえられちゃったら僕にルペニ…ッ……アレが無いのがバレる確率も倍になるじゃないかぁ!)

 

 ここで普通にキョドるのがもうね(根拠①)

 ノンケは別にキョドらないから(根拠②)

 

 オラ、真ん中に立つんだよ。あくしろよ。

 休み時間も有限じゃないんだぜ?

 

(うっ……旋焚玖が無言の視線で急かしてきてるよぅ。というかさ、まさかまさかの立ち位置指定とか想定できる訳ないじゃん。何その謎ルール。それがジャパニーズ式なの? おかしいよね、さっきまで僕がリードしてた筈なのにね。しかも、ここで違うカドとか選んだら、それこそ僕が握ってた主導権も奪われちゃうってば。そうなったらまた旋焚玖ワールドに引きずり込まれちゃう…! でもどうすれば…!)

 

 何を長考する必要があるんですか。

 ここでもったいぶられてもリアクションに困るんですが。

 

「(真ん中、真ん中……そ、そうだ!)それじゃあ、お言葉通り僕は真ん中を使わせてもらうね」

 

「む……」

 

 いやどこ行って……ああ、なるほど、そうきたか。

 確かにそこも真ん中だな。

 

意外! 

それは朝顔ではなく個室ッ!

されど旋焚玖の言葉にあった『真ん中』からは外れてはおらず!

 

 

【うひょー! シャルルと同じ個室に入れるぜ! うひょー!】

【あっ、おい待てい(江戸っ子)】

 

 

 ホモの個室に付いて行くのはマズいですよ! 絶対に! そんな事したら告白通り越して求婚されてると思われちゃう! 

 

「あっ、おい待てい」

 

「……なにかな?」(……まぁ止められるよね。同じ『真ん中』とはいえ、個室な流れじゃなかったもん。止められたって事は次に理由も聞かれる筈。ソレらしい理由も考えなきゃ…)

 

 消去法で【下】を選んだ訳だが。

 止めたら止めたで、またメンドい流れになるんじゃないかこれ。

 

 というかお前も何で個室に入ろうとしたんだよ! まずそこがおかしいんだよこのヤロウ! 言っても『何言ってだコイツ』ってなるから言わんけど! でも心の中で言わせてよ! この【選択肢】が出た原因は完全にお前にあるんだからな! 何トンチきかせてんの!? 一休さんかてめぇ!

 

 いや、落ち着け俺。

 プリプリしてても解決はせんよ。ここは不自然じゃない妥当な質問でもしてさっさと場を流そう。

 

 トイレだけに(どやぁ)

 

「何故、個室に行くのかね?」

 

 うんこって言ったら許してやらん事もない。

 

「(予想通りだね! そして僕の生まれはフランス! 困った時のコレだよ!)フランスでは男性も基本的に個室を使うんだ」

 

 お前そればっかりやんけ!

 どんだけ日本とフランスは違うんだよ!? 

 

 いやまぁフランス人のシャルルがそう言うんならそうなんだろう。むしろこの場面で変に疑ったらイカンでしょ。

 

 だってここ、トイレなんだぜ? 

 

 基本的下半身の尊重なエリアでホモと際どい話とか、どう考えても危ないから。そんな橋を自ら渡りに行ったらイカンでしょ。

 

「はぇ~、お国柄ってヤツなんだなぁ」

 

 一夏も納得してるみたいだな。はぇ~とか言ってるし。

 俺も足止めはさせられたものの、シャルルがどこでナニをしようが当然異議はなし。個室でしたけりゃ個室でしな!

 

 

【うんこorおしっこ?】

【聞かずとも一緒に入れば分かる】

 

 

 個室推しやめろコラァッ!!

 

「ちなみにうんこか? それともおしっこか?」

 

「えぇっ!?」(そんな事聞いてどうするのさー!? いやでも自然な流れと言えば自然なのかも…? だって僕、わざわざ個室に入ろうとしてるんだし。……うぅ~…でも出来れば自重してほしかったよぅ。い、言わなきゃダメ…?)

 

 シャルルは貴公子系ホモとは言え女ではない、れっきとした男である。ここ重要、超重要。性別って凄く大事なの、マジで。

 女ならシモい話に嫌悪感を抱くだろうが、男はそうじゃない。むしろ大好物なのだ。そこに国境の壁も文化の違いもないのだ(断言)

 

 仲良くなるには下ネタる事こそ王道なり。

 男同士にゃ、こういう格言もあるくらいだからな。

 

「……ぅー…」(や、やっぱり言えないよぅ! 恥ずかしいよぅ! だって僕女の子だもん! どうして男の子にお…おしっこを告げなくちゃいけないのさぁ!)

 

 ヤメろ顔を赤くさせるな。

 男にモジモジ&上目遣いでチラチラ窺われて、俺はどんな顔してりゃいいんだ。苦笑いはシャルルの特権だし、とりあえず俺はキリッとしておこう(キリッ)

 

「おぉ、旋焚玖がキリッとしてるぜ!」

 

「フッ……まぁな」

 

「えぇ~……」(脈絡が意味不明すぎるよぅ。ジャパニーズボーイ本当にやばいよぅ。フランスの遥か彼方にまで進んじゃってるよぅ)

 

 フツメンでもキリッとするくらい造作もない。

 キリッとなる時と場所がおかしすぎるけど、そこは気にしたら負けなんだ。オラ、言うのが照れくさいってんなら、俺と一夏がアホやってるウチに覚悟キメるんだな。

 

(躊躇っている暇はないんだ。旋焚玖はアレだけど一夏は察しも良さそうだし、何かの拍子で僕の性別を疑われたらマズい。ただでさえ同じ部屋なんだし…! ちゃんと言うんだ、シャルロット! おしっこは人類における逃れられぬカルマ、排泄行為に過ぎない! だから恥ずかしくないもん!)

 

「……こ」(だ、だめだぁぁ~~~! やっぱり恥ずかしいよぅ! というかこの状況がおかしんだよ! どうして男の子に! 女の子の僕が! おしっこ宣言しなきゃいけないのさ~~~~!)

 

 『こ』しか聞こえなかったでござる。

 故に『うんこ』か『おしっこ』か区別がつかんでござる。

 

 

【コイツうんこって言ったぞ! やーいシャルロットのうんこぷりぷり~!】

【不確かな状況で断定してはいけない。ちゃんと言ってもらう】

 

 

 小学生なノリやめろ。

 しかもまた名前間違えてんぞ。

 

「……聞こえん。もっかいだ」

 

「うぐぐ……ど、どうしても言わなきゃだめ…?」

 

「……ああ」

 

 その感じもやめろ。

 男に瞳をウルウルされてもどんな顔していいか分からん(キリッ)

 

「ぅー……わ、分かったよぅ…!」(な、ならせめて…!)

 

 どうして寄ってくるんですか。

 あ、おい、どうして肩にしがみついてくるんですか…!

 

 ヒェッ……どうして顔を耳元に近づけてるんですか!

 

「お、おしっこ…」(ウィスパーヴォイス)

 

「……なるほどな」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 男に! 

 男の子に! 

 耳元で『おしっこ』を甘く囁かれたあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 

 コラァッ!!

 シャルルお前コラァッ!! 

 

 どうしてそういう事が出来るんだこのヤロウ! イケメンだからってナニして許されると思うなよあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

【お返しに自分も耳元で囁く】

【もっと大きな声で!】

 

 

「もっと大きな声で言えコラァッ!! あと囁くなマジでコラァッ!!」

 

「ひゃぅっ!? な、何でそんな怒ってるのさ!?」(何だよぅ! 恥ずかしいから耳元で言っただけじゃないかぁ! それに旋焚玖は僕のこと好きなんでしょ!? そんな僕に囁かれて怒るなんて心外だよ!)

 

 男に囁かれて平気なノンケがいる訳ねぇだろこのバカ! フランス人! てめぇカッチカチのフランスパン突っ込むぞコラァッ!!

 

「いいから言ってくれよぉ! それで解決するんだよぉ!」

 

「わ、分かったよもうっ! えっと、それじゃあ……」

 

 スススっと――。

 

「だから寄ってくんじゃねぇよ! お前また囁く気満々じゃねぇか!」

 

 アホかお前!

 

 どんだけ囁きたいんだコイツ!? 俺にもうゾッコンラヴじゃねぇか! というか一夏も居るのに大胆にも程があんだろ!?

 

(へへっ、旋焚玖がこんなにハシャいでるのも珍しいぜ。やっぱ男同士はこうでなきゃな!)

 

一歩引いて静観に徹する一夏。

しかしその瞳は優しかった。

 

「だ、だって恥ずかしいもん!」

 

 何が『もん』だこのヤロウ!

 可愛くねぇんだよこのヤロウ!

 

「なら俺にツヅケー! おしっこ! ハイッ!」

 

「お、おしっこ…」(まだ小声)

 

「何だその声!? 俺にしか聞こえてねぇぞ! ほらもっと大きく! おしっこ! ハイッ!」

 

「~~~~ッ、分かったよぅ! おしっこ! おしっこだよぅ! これでいいでしょ!?」

 

 

【それだ! 明日からその感じで言ってくれ!】

【コイツ男子トイレでおしっことか言い出しましたよ、やっぱ好きなんすねぇ】

 

 

 【下】が畜生すぎて言葉も出ない。

 流石の俺でもソレを言うのは無理だわ。

 

「それだ! 明日からその感じで言ってくれ!」

 

「明日ぁ!? 明日も言わなきゃダメなの!?」

 

 【選択肢】に出されちゃったからね、しょうがないね。

 

「心配するな、俺もちゃんと言うから」

 

「誰もそんな心配はしてないよ! そうじゃなくてっ…!」

 

「一夏も言うから安心しろ」

 

 そのための一夏あとそのための一夏。

 

「おう! 安心してくれシャルル!」

 

「一夏は黙ってて!」

 

「(´・ω・`)」

 

 

 オチたな(確信)

 次の授業もガンバルゾー。

 

 






シャル:僕が出てから下ネタ多い、多くない?

選択肢:男装してるのが悪い

シャル:(´・ω・`)

シャル:男装ヤメたらヤメてくれる?

選択肢:おう、考えてやるよ

シャル:∑(゚∀゚)



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第105話 シャルルくんの適応

適正値に比例する適応力、というお話。



 

トイレ2日目。

 

 

 やはりと言うか何と言うか。

 シャルルは昨日と同じく個室に入ろうとする。それすなわち昨日のアレが繰り返される訳で。

 

「今日はうんこか? それとも定説外れずおしっこか?」

 

「定説ってなんだよぅ!? というかホントに聞くの!?」

 

 昨日ちゃんと言っただろが。

 それにもかかわらずシャルルってば、まぁた個室に行こうとするんだもん。そりゃこうなるわ。嫌なら昨日と同じ流れを踏むんじゃないよ。聞かれたくなけりゃ、普通に朝顔ですれば良かったんだよ。

 

 しかしお前はまたもや個室への道を選んだのだ。俺でもなく一夏でもなくお前が選んだのだ。

 

 ならば潔く答えられい。

 そして学ばれい。

 アレも嫌でコレも嫌、なんてモンは俺たちの世界では通用しないんだぜ?

 

「で、どっちなんだ?」

 

「えっと……き、昨日と同じ…じゃダメ?」

 

 

【ダメでしょうな】

【承諾の対価は個室への同伴】

 

 

「ダメでしょうな」

 

「でしょうな!? ダメならちゃんと確定系にしてよぉ!」(もしかしたら言わなくてもいいかも、みたいな思わせぶりはヤメてよぉ! 僕を変に期待させないでよぉ!)

 

 確定系って何だよ。

 

「落ち着けシャルル。昨日も言ったし、別にもう大丈夫だろ」

 

「そ、そうだけど……でも…1人で言うのはやっぱり恥ずかしいから……その、ね…?」(せめて旋焚玖と一夏が言った後に、僕が続く感じならまだ羞恥もマシだと思うんだ)

 

 うーんこの。

 これほどされて微妙な気持ちになるおねだりも珍しい。まぁでも昨日、俺らも言ってやらんこともないみたいな事言ったっけ。

 

 

【一夏と同時に言う】

【一夏と交互に言う】

 

 

 ほう……俺たちを試してきよるか。

 【同時】ってのは難しいようで意外に簡単だったりする。昨日今日会った者同士でも成功させるのは容易かろう。

 

 しかし【交互】に言うのは中々に困難である。

 一人1文字を交互に。それをまるで一人の人間が喋っているようスムーズに行うとなると、それ相応の連携が肝要になってくるのだ。そう、これには連携力が試されるのだ。

 

「一夏」

 

「どしたー?」

 

「『お』と『っ』は俺に任せろ」

 

 中でも『っ』はちと難易度が高いからな。

 そこはアレだ、客観的言いだしっぺの俺に任せろー。

 

「いやいや唐突に意味不明すぎるよ旋焚玖」

 

「……! じゃあ俺は『し』と『こ』を言えばいいんだな?」

 

「え? え?」

 

 いぐざくとりーだ。

 さぁ、俺にツヅケー。

 

「お」

 

「し!」

 

「っ」

 

「こ!」

 

 Foo~↑↑

 

 い~いリズムだった。

 テンポもいい。

 

 まさに会心の一撃。

 100点満点の出来と言えよう。

 

「えぇ……」(ふ、二人で交互におしっこを言われたよぅ。それを聞かされて僕はどうすればいいんだよぅ! 何で二人はそんなに誇らしげな顔なんだよぅ!)

 

 おっと、イカンイカン。

 思わずドヤ顔になってしまった。

 

「へへっ、スムーズに言えたな! 俺たち伊達に幼馴染してねぇぜ!」

 

「フッ」

 

 伊達にあの世は見てねぇぜ。

 

「え~っと……じゃあ、そういう事なので僕は」(これですんなり行けたりしないかな)

 

 個室の方へすすすっと進みよるシャルルくん。

 

 

【一緒に個室に入る】

【まだ言ってないでしょ!】

 

 

 絶対に言わせるマンやめろ。

 

「シャルルも言うんだよ」

 

 あくしろよ。

 

「あ、うん。えっと、おしっこ」(知ってた。出会って数日だけど旋焚玖は絶妙なタイミングで抜け目無いんだよね、うん)

 

「よし、行け!」

 

「行ってこいシャルル!」

 

「いや個室に入るだけだからね!? そういう感じで送り出す時じゃないからね!?」(何でそんな感じなんだよぅ! それに気付いちゃったよ! 一夏は別にそこまでおかしい人じゃないけど、旋焚玖と一緒の時はおかしくなりやすいんだ!……だから何だよ!)

 

 お、そうだな。

 しかし、ようやく俺も肩の荷が下りた気分だ。これで今日のノルマ達成した訳だし。……ノルマってなんだよ(疑問)

 

 

 

トイレ3日目。

初日2日目は完全に旋焚玖のペースと言って間違いない。確かな形で旋焚玖に主導権を奪われてしまったシャルルだが、少年(少女)はソレを甘んじ受け続けるような凡愚ではなかった。

 

「さて、シャルル」

 

「なにかな?」

 

「お待ちかねのうんこorおしっこタイムだ」

 

「別に待ってないから」(いつまでも僕が無策でいると思ったら大間違いだよ…! と言うか策を考えたくもなるよ! そうでなきゃまた『おしっこ』って言わされるもん! 僕こんな格好して男子トイレに来てるけど女の子だから! もうめちゃくちゃ女の子だよ!)

 

 ふむ…?

 何かシャルルの反応に強さを感じたが、気のせいか…?

 

「で、今日はどっちだ?」

 

「……もろっこ!」(何となく『おしっこ』に似てる言葉を言ってみました! これが僕の反抗だよ! 反抗で反攻なんだよ! ど、どうかな…?)

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 もろっこて。なに力強く言ってんだよ。

 

 コイツは個室でもろっこするつもりのか(困惑)

 もろっこするって何だよ(疑問)

 

 しかし……何の反応もないな、選択肢。

 という事は、だ。

 

「よし、行け!」

 

「うんっ!」(や、やったぁ!)

 

 俺自身がシャルルを困らせたい訳じゃないからな。

 アホの選択肢が何も言わんなら俺も何も言わんよ。思う存分もろっこしてきな!

 

 

妙策を用い、見事苦難を乗り越えてみせたシャルル。その表情はとても嬉しそうであり、同時に確かな手応えを感じていたようだった。

 

 

「さぁ、今日はどっちだ?」

 

「こけこっこ!」

 

「よし、行け!」

 

「うんっ!」

 

 

 

「今日はどっちだ!?」

 

「にらめっこ!」

 

「よし、行け!」

 

「うんっ!」

 

 

 

「今日は!?」

 

「かぎかっこ!」

 

「よし、行け!」

 

「うんっ!」

 

 

 あの日を境に、シャルルはもう男子トイレだからと言って、下を向くような事はしなくなった。今ではこんなにも自信に満ち満ち溢れている。フッ……俺に適応したようだな、シャルルよ。

 

 そんな日の放課後。

 シュプールにて。

 

「む……」

 

 まったり読書を楽しんでいた俺にプチ事件発生。買い溜めしていた瓶コーラのストックがとうとう切れたのだ。

 

 

【買いに走る。ベネチアあたりのステップで】

【今日はとことんカルキを堪能する】

 

 

 いやカルキて。

 お前ソレただの水道水じゃねぇか。飲んでポンポン壊したらどうすんだ。生理現象的に個室へ入る理由作ろうとすんのヤメろ。魂胆バレバレなんだよウンコやろう。

 

 普通に買いに走るわ。

 今まで何年周りから奇異な目で見られてきたと思ってんだ、今更コレくらいであ゛ぁ゛る俺だと思うなよ。思う事なかれ!

 

 イクゾー。

 

 

特に疑う事もなく自室から出てしまった旋焚玖だが。

結果的にソレが原因で、自身に、そして一夏とシャルルの2人にも、思わぬ契機をもたらす事になろうとは、この時まだ知る由もなかった。

 

 





シャルルは実は女の子(ネタバレ)
次回、シャルル正体バレる(予告)



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第106話 シャルルくんバレる


再アンケートの果てに、というお話。



 

 

「あっ、主車く~ん!」

 

「む」

 

 そういうアナタは山田先生。

 校舎に向かう途中でバッタリである。

 

「ちょうど良かったです。実はですね、主車くんに配布物がありまして」

 

 誰がどう見ても今の俺は不審なステップマンだったのだが。一切それに触れることなく、普段通りに接してくれる山田先生は教師の鑑である。顔も引き攣ってないしな!

 

(もう慣れました~)

 

真耶はもう慣れていた!(朗報)

 

「今朝配られた男性IS起動者用のプリントに記載ミスがありまして」

 

 修正済みのプリントを渡される。

 なるほど、このプリントを貰ったのは俺と一夏とシャルルだけだもんな。故にわざわざ届ける必要があったと。

 

 そして山田先生の手には、俺に渡したモノと同じプリントが2枚か。そこから導き出される答えとして、山田先生はまだ一夏とシャルルには渡していないんだな(名推理)

 

 ジェントルマンなら、ここで自然に『俺が渡しておきますよ~』って言うんだろうが。悲しいかな、既に一夏もシャルルも学生寮に帰ってしまっている。

 そして俺はソコには入れないのだ。そんな俺が言っても、かえって山田先生を困らせるだけさ。でも俺はジェントルであろうとした。それだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

「あっ、そうだ」(唐突)

 

「良ければ織斑くん達にも渡してもらえないでしょうか?」

 

 何言ってだこの乳メガネ(ン抜き言葉)

 俺を天下の旋焚玖さんと知っての狼藉か?(涙目)

 

「……オレ、リョウ、ハイレナイ」

 

 悲しさのあまりカタコトになっちまったい。

 というかオイ副担任オイ。俺の置かれてる状況は知ってんだろが。何のための副担任だこのヤロウ。ゆるキャラで売ってるか知らんが、それでも言っていい事と悪い事があるんだよこのヤロウ。ソウルフレンドだからって俺が何でも笑って済ませると思うなよ乳が。

 

「うふふ、実はですね! なんと! 主車くんも学生寮に入って大丈夫になりました~!」

 

 などと意味不明な供述をしており、動機は未だ不明である(リアリスト)

 ヌカ喜びというモノは精神衛生の大敵なのである。お肌にも悪いし。

 

 現実とは不都合なもの!

 思い通りにいかないからこそ現実!

 百戦錬磨の旋焚玖さんはソレを知り尽くしているのだ!……と言いつつ、ちょっぴり期待しちゃってる僕(ぶりっ子)

 

 

【うっそだろお前ww】

【うせやろ?】

【嘘つけ絶対嘘だゾ】

【ウソダドンドコドーン!】

 

 

 疑いすぎィ!!

 一分の隙もなく疑ってんじゃねぇか何だお前!? 学生寮に入れるって事はな、少なくとも1年の女子連中は俺を受け入れてくれたって事なんだよ! お前も受け入れるんだよこの現実を! 

 

 俺は既に受け入れてるぜ! 

 ヌカ喜び? 

 ないない、ソウルフレンドな山田先生に限ってそんな嘘つく訳ないんだよなぁ。今更疑うものか! 私はお前を信じる!(アグリアス)

 

「ウソダドンドコドーン!」

 

 とはいえ【選択肢】な文言には逆らえないからね、しょうがないね。でも相手は山田先生だもんね。この時点でもう勝ち確よ。

 

「私は真・仮面ライダーが好きでしたねぇ」

 

 またコアなとこ引っ張ってきたな。

 流石はやーまだ先生と言ったところか。

 

「それで、どうしてまた?」

 

 まぁちゃんと背景は聞いておかないとな。

 ナニがドウなって俺が寮に入ってもOKになったのか。

 

「デュノアくんの転校に伴い、もう一度アンケートをしたんですよ~」

 

 

以前一度、学園全体で行われたアンケートがある。

それは旋焚玖と一夏の入学前、『男子二人も学園寮に住んでも良いか否か』という案件だった訳だが。

一夏は別としても、前評判の悪すぎる旋焚玖を女子寮に住ませたらイカンでしょ、という意見が99%を占めており(うち『賛成』に投票したのは1年生では箒のみ)、生徒のほぼ100%が『反対』という結果を出されてしまったら、ブリュンヒルデとしてブイブイいわせている千冬でも流石に覆すのは無理だった。

 

これが一回目のアンケートである。

そして今回行われたアンケートでは、まず対象を1年生のみに限定し、さらに内容も若干異なっていたのだ(提唱者:ぶりゅんひるで)

 

 

『Q.主車旋焚玖の学園寮立ち入りについて以下から選択せよ』

 

①賛成

②反対

③有り無しでいえば有り(←New!)

 

 

「その結果なんと! ③が過半数を超えたんですよ~!」

 

「やったぜ」

 

「成し遂げましたね!」

 

 フッ……流石は千冬さんだぜ。

 きっと③が無ければ今回も余裕で②が圧倒的だったろう。入学してまだ幾月も経っていないのだ。

 何だかんだ1組以外にも顔を出してる(強制)とはいえ、別にそこで他の女子連中とコミュニケーションを取っている訳じゃないからな。

 

 しかしこれは素直に嬉しい。

 少なくとも『有り無しでいえば有り』な男になれたんだからな。2か月足らずでこれなら、卒業する頃にはハーレム確定やん。やったぜ。

 

「では不肖『有り無しでいえば有り』な私めがプリントを届けませう」

 

「うふふ、はしゃいじゃってますねぇ」

 

 当たり前だよなぁ?

 これで喜ばないほど天邪鬼じゃないわい。

 

「こちらがプリントで、お二人の部屋は――」

 

 山田先生から一夏とシャルルのプリントを受け取り、部屋の番号も聞き取り。よし、今から学園寮内へイクゾー。

 

 

 

 

 とまぁ勇んで来たはいいものの。

 寮の入口前で重大な事に気付いてしまった。いや、入る前に気付いて良かったと言うべきか。

 

 アンケートの結果は周知の事実として、ちゃんと1年の皆に知れ渡っているのか?

 それが一番の問題であり、不安材料なのである。疑う根拠もある。仮に俺が寮に入っても良くなったのなら、誰かしらが連絡してくれるんじゃないのか?

 

 誰かしらっていうか、一夏がいの一番にメールなり電話なりしてくれるだろう。それがないって事は…?

 

 この結果を知っているのは教師陣のみ!

 おそらく生徒にはまだ正式に通達されて無し!

 

 どうだこの名推理!

 じっちゃんの名にかけてやるぞオイ!

 

 あれちょっと待って。

 それじゃあ、俺入ったらダメじゃん。阿鼻叫喚じゃん。いつも通りになっちゃうじゃん。……ちくせぅ。

 

 はー、帰ろ帰ろ。

 ああ、その前に乳メガネの眼鏡を伊達めがねにしてやる。どこ行きやがったあのうんこ教師。

 

 いや待てよ?

 アンケート自体は行われて、既に集約済みではあるんだ。なら、天下の旋焚玖さんが寮に出入りしても良いという結果が出たのだと、俺自身でアピールしながら入ればあるいは…?

 

 

【『勝訴』の張り紙を前と背中に貼って入る】

【『不当判決』の張り紙を前と背中に貼って入る】

 

 

 ただのアンケートが裁判沙汰になったのか(困惑)

 いや確かに、シンプルかつこれ以上ないアピールにはなるけどさ。

 

 もしさ、ここで【下】選んだら、俺はアンケート結果に不満ありだぞって主張しながら寮に入る事になるのか。

 

 いやいや面白すぎんだろ。

 なんだその絵面、斬新すぎて逆に選びたくなるわ。いや選ばんけど(リアリスト)

 

 やる事は決まった。

 ポケットから七色の道具の一つ、普通紙を取り出しまして~、マジックペンも取り出しまして~、セロハンテープも取り出しまして~。きゅっきゅっきゅっ……よし書けた!

 

 

『勝訴』(達筆)

 

 

 それをもう一枚書きまして~、あとは前と背中にペタペタン。

 勝訴男の出来上がりだ。

 

 これで今度こそイクゾー。

 

 

 

 

「「「!!?」」」

 

寮内の寛ぎペースで寛ぎまくっていた女子たちは、突然の来訪者に驚き慄いた。が、彼女たちが悲鳴を上げる事はなかった。

 

何故?

 

旋焚玖の存在が視界に入ったと同時に『勝訴』の文字も目に飛び込んで来たからである! IS学園はエリート校! 何も考えず恒例よろしく悲鳴を上げるよりも前に、『勝訴』の経緯を察する頭脳を持っているのだ!

 

「……なるほどな」

 

 騒がれないどころか、何か納得までしてるっぽいぞ。なんだよ、効果てきめんじゃないか。まさか『勝訴』を貼るだけでここまで効き目があるとは。

 

 よし、そうと分かればもう何も怖くない! 今の俺は無敵だ、このまま一夏たちの部屋までイクゾー!

 

「!!?……!……」

 

「!!?……!……」

 

 ふはははは!

 部屋に着くまで数人とすれ違ったが、みんな同じ反応しおるわ! 

 

 ヒャッ→お?→ふむぅ

 

 みんなこんな感じよ!

 勝利の方程式が出来上がってるぜ!

 

 舞い上がってたら着いたぜ! 

 道中かつてないほどに楽ちんちんだったぜ!

 

 呼び鈴は付いてないっぽいし、無難に扉を叩いてノック&ノック。

 されど中から反応は無し。

 ドアノブをガチャガチャしてみるも鍵が掛かっている。

 

 

【ピッキングだ!】

【ピッチングだ!】

 

 

 初めての女子寮で一人玉投げに興じるとか、そんなモン見られたらお前、女子連中が『不当判決』掲げる案件になるじゃないか。

 

 変人行為より犯罪行為(至言)

 俺はピッキングを選ぶぜ!

 

 七色の道具を持ち合わせているとはいえ、流石にピッキングセットは持って来ていない。が、護身用に爪楊枝は持って来ているんだぜ。俺ほどの男になるとこんな鍵穴爪楊枝一本で――。

 

「………………………」

 

ガチャリ。

そしてニヤリ(絶妙韻踏)

 

 開けられるんだぜ。

 よし、【選択肢】な行動は遵守したんだぜ。身体の自由も戻ったし、後は一夏に電話でも――。

 

 

【静かに部屋に入る】

【ウホウホ言いながら入る】

 

 

 ピッキングして侵入するのか。

 泥棒行為に次ぐ泥棒行為じゃないか。

 

 まぁ出されたモンは仕方ない。鍵穴いじってる時点で部屋に居たら、一夏なりシャルルなりが出てきている筈だし、きっと居ないんだろう。とりあえず入って大人しくしておこう。

 

「ウホウホ」

 

 お邪魔しまーす。

 

「ウホウホ」

 

 やはり誰も居な……んん?

 と思ったが、シャワーらしき水音が聞こえてくる。なんだ、2人のどっちかは分からんがシャワー浴びてるのか。そりゃあ気付かんわな。

 

「フンフンフーン…♪」

 

「ウホウホ」

 

 シャワールームらしき所から、ご機嫌な鼻唄が聞こえてきたぜ。なるほど、シャワー浴びてるのはシャルルの方だったか。なら一夏はどこか行ってるのかな。

 そして俺はいつまで『ウホウホ』言わされるのか。

 

 ん……これは?

 テーブルの上に、これ見よがしにボディーソープが。おそらく補充するために置かれているのだろうが。つまり今は切らしている可能性が高いという訳か。

 

 

【ならば渡しに行こう! シャルルの裸も見れて一石二鳥である!】

【紳士なので鼻唄のハモりに興じる】

 

 

 一石二鳥の使い方がおかしい。

 男の裸体に興味なし。

 ホモの裸体にはもっと興味なし。

 

「フフーンフフフフーン…♪」

 

 綺麗なソプラノ出してるじゃないか。

 俺もハモり甲斐があるぜ。

 

「フフフーンフフーン…♪」

「マダダーレモー (^p^)」

 

 

「ファッ!?」

 

 変な驚き方だなぁ。

 それがフランス式か?

 

「だ、誰!? え、旋焚玖!?」

 

「ああ、邪魔してる。俺も今日から寮に入れる身分になったんだ」

 

「そ、そうなんだ! えっと、僕、今、シャワー浴びてて!」

 

 知ってる。

 知ってるし別に開けないから安心しろ。

 

「一夏は? 部屋に居ないようだが」

 

「あー、えっと、アリーナに忘れ物したとか言ってたけど」

 

 ふむ。

 ならもう戻ってくるか。

 

「あい分かった。なら俺はあっちで待ってるよ」

 

「う、うん! ゆっくりしていってね!」(これで開けられる心配はなくなった! あとは脱衣所で服を着ればバレずに済むよね!)

 

 お言葉に甘えてゆっくりしていきますよっと。しかし改めて部屋を見渡してみりゃ……しゅごい。豪華っぷりが。

 なんか……どうしよう。こんだけ豪華な造りだと逆にソワソワしちまうぞ。どこに座ればいいのか分かんねぇ。

 

 

強がってても庶民派な旋焚玖は部屋の隅でこじんまり。体育座りが妙に落ち着く今日この頃。そんな折、部屋のドアが開かれた。

 

「ただいまー……ん? おぉ、旋焚玖じゃないか!?」

 

 やったぜ。

 一夏さえ帰ってきたらこっちのモンだぜ。もう何も怖くない!

 

「実はカクカクシカジカでな」

 

 事の顛末を説明する。

 途中で分かったが、どうやら一夏はアンケートの存在自体知らされていなかったらしい。まぁ同じ男子に聞いてもそんなに意味ないしな。

 

「そっかぁ! へへっ、そっかそっかぁ! やったな、旋焚玖! これで気軽に寮の食堂も使えるじゃん!」

 

「フッ…」

 

「シャルルは……あ、シャワー浴びてんのか」

 

 一夏と視線が脱衣所とテーブルを行き来する。

 

「シャルルにもこのグッドニュースを教えてやらねぇとな! ついでにボディーソープも渡して一石二鳥だぜ!」

 

「お、そうだな」

 

 うむ、間違っていない。

 これが正しい使い方だ。

 

 脱衣所へのドアを開いて入って行く一夏の背をぼんやり眺めつつ、また一人になったし隅の方に移動しよ――。

 

 

「きゃぁぁーーっ!!」(一夏)

「きゃぁぁーーっ!!」(シャルル)

 

 

 な、なんだなんだ!?

 ゴキブリでも出たんか!?

 

 友の危機にいざ行かんッ!!

 

 ひとっ跳びで脱衣所に着地した俺の視界に入ってきたモノ、それは決して想定していたホモの全裸ではなく――。

 

「せ、旋焚玖……あの…」

 

「やべぇよやべぇよ……」

 

 シャルル以上に一夏の方が呆然となっている。

 そりゃそうだ。だってよ、シャルルにはよ。

 

 チンがねぇ!

 タマも!

 

 かわりに何だそのふくよかな乳は!?

 

 やべぇ、理解が追い付かない…!

 いや待て、一旦落ち着け一旦落ち着くのだ。まずは目の前の現実を理解しろ。ソッコーで理解してソッコーで一番無難な行動を取るのだ!

 

 

【負けじと裸になりましたー!】

【おっぱいの歌を詠む】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:頂に 咲いた一輪 初桜

シャルル:Σ(゚Д゚;)

一夏:ヒューッ!

シャルル:Σ(゚Д゚;)




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第107話 身の上話


話すシャルル、憤る一夏、旋焚玖空気、というお話。




 

 

 裸体なる女(?)とのご対面とかいう、誰が見ても100%男に不利な事案が発生してしまった。しかしそこは百戦錬磨の旋焚玖さんよ。

 

 文豪も唸る激ウマ俳句を詠う事で、まずは被害者(?)をポカンとさせ、悲鳴を上げるタイミングを失わせてやったぜ。やったぜ。

 同時に茫然自失な一夏をヒューッ!させる事で、自我を取り戻してやったぜ。やったぜ。

 

 我ながら中々にナイスな先制パンチだったと自負している。まずは満足鬼島津。裸を見られたからって易々と俺が主導権を渡すと思うなよ。というかシャルルお前なんで女なん?(素朴な疑問)

 

「一夏、俺たちは部屋に戻ろう」

 

「あ、ああ」

 

「シャルルも落ち着いたら来い」

 

「う、うん」

 

 機先を制した後は退却だ。

 ここでモタモタしてシャルルに叫ばれでもしたら、何のための歌詠みだーってなるからな。さっさとモドルゾー。

 

 

 

 

 モドッタゾー。

 一夏はベッドに腰掛け、俺も近くのイスに座る。

 

「たまげた。マジでおったまげたよ。まさかシャルルが女の子だったなんて…」

 

「そうだな」

 

「ビックリしすぎて喉渇いた。喉渇かない?」

 

 そこそこですね。

 だが一夏の方は相当渇いていたようで、俺の返事を待たずに冷蔵庫から飲み物を3つ持って来るのだった。

 

「アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

 

 アイスティーばっかだなお前な。

 

「もらおう」

 

 ぐびぐびっと……うん、おいしい!

 

「すぐに旋焚玖が話を切り出してくれてなかったら、きっと今もまだ俺は呆然ってた自信あるぜ。いやマジで」

 

「フッ…」

 

 すっぽんぽんなシャルルと対峙した瞬間、ソッコーで【選択肢】が顕現されたからな。この時ばかりは時が止まってくれて助かったマジで。おかげでめちゃくちゃ叫べたぜ。

 

 

以下、目を疑うような光景(おっぱい)を目の当たりにした旋焚玖、静止した時の世界で叫びまくっていたの図。

 

 

『うわあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! ゲホッゴホ……うわあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!』

 

 男だと思っていたのに…ッ!

 ホモだと思っていたのに…ッ!

 

 シャルルは女だったのだ!

 事実は小説よりも奇なり…ッ!!

 

 叫ばずにはいられないッ…!

 

『わ゛ーっ、わ゛ーっ!!』

 

 だが決して屈しはするな。

 この非常をいとも簡単に受け入れてみせるから、俺はしゅごいと評判なんだ。巷で評判なんだ。

 

 しかし何だな。

 不思議と欲情はしないもんだな。こんなにもすっぽんぽんなのに。

 

 ああ……そりゃそうか。

 だってシャルルだもん。

 コイツが元々男の娘っぽかったらまだしも、今までずっとイケメン貴公子でホモだった奴が、いきなり乳をぶりりりんとさせたところでよ。

 同じ女でもな箒やセシリア達とは認識力が違うんだよお前はな。

 

 衝撃は芽生えても欲情は芽生えさせない(至言)

 

 よし、何となくカッコ良さげなセリフも唱えて、だいぶ冷静さも取り戻せた。そして時は動き出す。

 

 

 

 で、今に至る。

 

「俺は思わず叫んじゃったけど、旋焚玖はビックリしなかったのか?」

 

 モノクロの世界に5分は居たからな。

 時が止まっているのに5分と考えるのはおかしいが、とにかく5分ほどだ……フフ(ディオ)

 

「如何なる時も冷静に。それが男のダンディズムってヤツだ」

 

「ヒューッ!!」

 

「イェーッ!!」

 

 ハイタッチが奏でる心地良い音に紛れ、気持ち控えめな感じで脱衣所のドアが開く音もした。大胆なハモり方させるじゃねぇか。

 

 そしてまた控えめな感じで顔だけをひょっこり出すシャルル君。じゃなくてシャルルちゃんか。

 

「あ、上がったけど……なんか盛り上がってるね…?」

 

 変に神妙に待たれるよりマシだろ?

 こういうさり気ない気遣いが出来る俺は、いずれ必ずモテ期が来るのだ。

 

「……上がったか。とりあえずコレ飲め。一夏の淹れたアイスティーだ」

 

「あ、ありがとう。……んく、んく…」

 

 なにゆえカップをわざわざ両手で包むのか。

 ホモをヤメた途端に女子っぽさを出してきたなコイツ! ホモをヤメたって何だよ(自問自答)

 

「えっと……シャルルは女の子、だったんだな?」

 

 一夏が控えめなトーンで問いかける。

 相手を刺激しない良いトーンだ。

 

「……うん。僕は男の子じゃないんだ。ごめんね、一夏…」

 

 ちょっと待って。

 謝罪するのは大いに結構。

 何故一夏だけ名指しなのですか? 

 

 俺には謝ってくれないんですか!

 

「……旋焚玖」(旋焚玖にもちゃんと謝らなきゃ…!)

 

「む」

 

 なるほど、個々に謝っていくパターンか。誠意は言葉ではなく行動とはよく言ったもの。一人一人に謝罪する事で、シャルルなりに誠意を示そうとしてるんだな。

 

 何で手招きしてるのかは分からんけど。

 とりあえず寄ればいいのか?……うわ、なんか耳元まで顔近づけてきた! やめろお前まだお前ホモのイメージが払拭されきれてねぇんだよお前!

 

「ホモじゃなくてごめんね……」(ササヤキー)

 

 

これが自分に想いを寄せるホモな旋焚玖(シャルル目線)を騙していた事への、精いっぱいの誠意と言葉だった! 耳元で囁いたのは一夏にバレないように、と心優しいシャルルの気遣いからだった!

 

 

「……なるほどな」

 

 マジなトーンで何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 謝罪の仕方、内容、共々におかしくないですか?

 

 何で俺が「シャルルがホモじゃなかったよぉ(泣)」みたいな感じになってんの?

 

 どうする、問いただすか?

 いや今はダメだ。

 そんな事しちまえば、下手すりゃ論点がシャルルの男装事件から俺のホモ疑惑にすり替わってしまうだろが。……ホモ疑惑って何だよ。

 

 

 何だよッ!!(激おこぷんぷん丸)

 

 

「……で、どうして男のフリしてたんだ?」

 

 何にせよ、まずはそこからだ。

 目先のホモンダイ(ホモ問題の略)に囚われるな俺。

 順序を履き違えたらイカンよ。

 

「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」

 

 実家とな?

 

「前にも言ったかもしれないけど、デュノア社の社長が僕の父でね。その人から直接命令されたんだ」

 

 何か他人行儀な言い方だな。

 

「命令って……シャルルの親だろ? 何か含みある言い方じゃないか?」

 

 ナイス質問だ一夏。

 俺は黙すのに徹するからお前が切り込むのだ。

 

「僕はね……愛人の子なんだ」

 

 Oh……。

 いきなり重い話になったでござる。ホモでキャッキャ憤っていた数秒前が懐かしく思えてしまうレベルじゃないか。……戻して(切実)

 

 結果的にシャルルに言わせる事になっちまった一夏の反応は如何に?

 

「(´・ω・`)」

 

 そらそうよ(残当)

 だがここまできて、その先を聞かん訳にもいくまい。俺は場を乱さないように、とりあえず黙しておこう。

 

「今から二年前に僕は父を名乗る人に引き取られて――」

 

 

.

...

......

 

 

「――って感じかな」

 

 Oh……。

 やっぱり重かったじゃないか。

 

「(´・ω・`)」

 

 一夏もそうなるわ。

 専門的な事は分からんけど、改めてシャルルの話を要約してみるとだな。

 

 シャルルは元々実の母親と2人で生活していたのだが、その母親が亡くなった途端、急に父親を名乗る者が現れて、それが世界的にも有名らしいデュノア社の社長だったと。

 

 ここまでは自分で言ってて分かる。

 

 で、その会社が何やかんやで経営不振になって、そこで引き取られたシャルルが何やかんやでISの適性も高いし、何やかんやで男子2人のデータとISのデータをパクッて来いってなったらしい。なお俺は専用機も貰えないウンチだから、やっぱり要らんとなったらしい。……そらそうよ(哀愁)

 

 俺についての話は悲しいかな、単純明快でとっても分かり易かった。だがシャルルがスパイになるまでの過程がいまいち分からん。一体どういう経緯でなったのか。

 

 

『あっ、そうだ(唐突)お前ISの適正高かっただろ』(父)

 

『いや~そんなこと///』

 

『嘘つけ絶対Aだゾ』(父)

 

『そうだよ(便乗)』(本妻)

 

『じゃけんIS学園にスパイしに行きましょうね~』(父)

 

『おっ、そうだな』(本妻)

 

『何でスパイする必要なんかあるんですか(正論)』

 

『デュノア社が経営危機に陥ってるからだよ』(父)

 

『そうだよ(便乗)』(本妻)

 

『あ、そっかぁ(納得)』

 

『あっ、そうだ(唐突)お前中性的に整った顔立ちしてるだろ』(父)

 

『いや~そんなこと///』

 

『嘘つけ絶対ハンサム顔だゾ』(父)

 

『そうだよ(便乗)』(本妻)

 

『じゃけん男装してスパイしに行きましょうね~』(父)

 

『おっ、そうだな』(本妻)

 

『何で男装する必要なんかあるんですか(正論)』

 

『男性起動者のデータが欲しいからだよ』(父)

 

『そうだよ(便乗)』(本妻)

 

『あ、そっかぁ(納得)』

 

 

 シャルルの話を聞いている限り、だいたいこんな感じか?(誇張表現)

 論破に次ぐ論破で、気付いたら男装スパイになっていたのか。

 

「父に会ったのもね、ホントに数えるくらいなんだ。普段は別邸で暮らしてたし。その人には奥さんが他にちゃんと居たからね」

 

 便乗おばさんだな。

 

「本妻の人にはやっぱり嫌われてたんだと思う。初めて会った時は頬を叩かれちゃった。僕の事を『泥棒猫の娘が!』ってね」

 

「(´・ω・`)」

 

 そら一夏もそうなるわ。

 というかお前ずっと(´・ω・`)してんな。分かるけど。

 

 

【どういう風に言われたのだ?】

【これまで何回言われたのだ?】

 

 

 珍しく大人しくしてると思ったらこれか!

 何でソコに食いついたお前! 

 心の底からどうでもいいわ!

 

「……これまで何回言われたのだ?」

 

 多分、こっちの方がまだマシなんだ。

 だって【上】選んだら、シャルルに再現ドラマらせちまう可能性あるし。

 

「7回くらいかな」

 

 7回も言われたのか(困惑)

 

「7回も言われたのか」

 

 一夏も食いつかなくていいから。

 

「うん……」

 

「そうか……」

 

「うん……」

 

「……そうか」

 

「……うん」

 

 何お前ら控えめにループさせてんの!?

 完全に着地点見失ってんじゃねぇか!

 

 とはいえ、発端は発言者な俺になっちゃうんだよなぁ。悲しいなぁ。という訳で展開作りは任せろー。

 

「シャルルの話は分かったところで、だ。今後の話をしようか」

 

「そ、そうだな! シャルルはこれからどうするんだよ?」

 

「どうって……僕は罪を犯したんだし、本国に呼び戻されてその後は……」

 

 シャルル自身、想像に難くないんだろう。

 言葉は続かずとも表情は沈んでいる。

 

 難しい事は俺にも分からんが、事の重大さは流石に分かる。それだけの事をシャルルは犯したんだしな。牢屋行きは余裕で確定だろ。

 

「デュノア社は……まぁどうでもいいかな。それよりも本当にごめんね。旋焚玖も一夏も僕によくしてくれたのに。そんな2人を僕は今まで裏切ってたんだ。……罰は、受けるよ……」

 

 まぁ、しゃーないか。

 同情したところで、それで何が変わるって話だ。

 

「ちょ、待てよ!」

 

 お、シブタクか?

 

「シャルルはそれでいいのかよ! お前の意思でやったんじゃないんだろ!? 強制的にさせられたんじゃないか!」

 

「一夏……子供はね、親には逆らえない生き物なんだよ」

 

 やめろバカ!

 その痛々しい微笑みはイカンでしょ。そんな表情されたら、悪ぶってても小心者な俺の良心にグサグサ突き刺さるだろバカ! 偽ホモ! 

 

「そんな理不尽な事があってたまるか! 親が何だってんだ! 子供の自由を奪う権利がどこにある!? そんなモン俺は認めねぇッ!!」

 

「い、一夏……? どうしたの、さっきから何か……」

 

「あ、ああ……悪い、つい声を荒げちまった」

 

「それは全然気にしないよ。でも、ホントにどうしたの?」

 

 俺が完全に空気と化している事も、そのまま気にしないでいてくれ。俺は本来こういう立ち位置がとても心安らぐんだ。

 

「俺と千冬姉は親に捨てられたんだ」

 

「……ッ……ご、ごめん」

 

「俺はいいんだ。親なんか居なくても全然寂しくなかったしな!」

 

 そらそうよ。

 毎日のように一緒に遊んでたからな。千冬さんが夜遅い時は、母さんと父さんの計らいで、飯も俺ン家で食ってたし。

 

「でも千冬姉はそうじゃない。親が居ない中で俺を育てるために、いっぱい苦労させちまったからな。絶対に許さない、顔も見たくない」

 

 そうだな。

 それに関しては俺も同意見だ。

 だが最後の言い方はヤメておこうな。聞く人によっては違う意味で捉えられちゃうからな。

 

「だから……って訳じゃないけど、どうしても俺はシャルルの話を他人事には思えねぇんだ…! シャルルだって本当は嫌だって思ってるんだろ!? だからそんな悲しそうな顔してるんだろ!」

 

「でも、僕には抗う事なんて出来ないよ。権利も無ければ立場もない。僕は持たざる者なんだ」

 

「諦めんなよ! 1人で無理なら俺たちと考えようぜ! 幸い、まだ俺と旋焚玖にしかバレてないんだからな! 俺たち3人で何か対策を考えるんだ! な、旋焚玖!」

 

 一夏はこういう奴だったな。

 俺とは違い、決して損得勘定なんか考えない。他人のために熱くなれる、どこまでも真っ直ぐな奴だ。こういう所なんだよ、俺がコイツに惹かれたのは。

 

 改めて誇りに思うよ、お前とダチになれた事をな。

 

 だが……いや、だからこそか。

 俺は言わなきゃならない。ダチとして。

 

 現実と理想は違うって事を。

 

 

【一夏に賛成する】

【一夏に反対する】

 

 

 どうやら、この【選択肢】が分岐点になりそうだな。

 心して選べ、俺。

 

 






シリアス:(-。-)y-゜゜゜

選択肢:(´・_・`)

シリアス:( ´,_ゝ`)プッ

選択肢:Σ(゚д゚)

選択肢:(╬゚◥益◤゚)!!!!!! 



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第108話 立ち上がる者達


メンタル療治、というお話。



 

 

【一夏に賛成する】

【一夏に反対する】

 

 

 一夏が熱くなっているなら、その分俺が冷静にならねぇと。実際、【賛成】するのは簡単だ。シャルルに対して同情の余地もある。

 

 だが、俺までその場の感情に流される訳にはイカンでしょ。

 仮に一夏に賛同して、対策も思い付いたとしよう。正直、シャルルの問題を先送りにするだけなら、そんなに難しくないように思える。

 

 しかしそれは、文字通り『先送り』にしているに過ぎない。シャルルの正体が他の誰かにバレたら結局アウトだし、運良くバレずにいたとしても根本的な問題の解決になっていない。

 

 シャルルを匿うって事はだな、いずれ必ずデュノア社と対峙する未来に繋がるんだぞ。いや、そりゃそうだろう。デュノア社の呪縛から解き放たない限り、シャルルは恒久的に従わざるを得ないんだから。

 

 スパイ行為は見逃すけど、その後シャルルの身に起こった事は知らん。なんて性格してないんだよ、少なくとも一夏は。

 

 いやいやいやいや。

 よく考えなくても無理だろ。

 

 街中のやんちゃボーイに喧嘩ふっかけられるのとは訳が違うっての。スケールが違いすぎるわ。相手は腐ってもフランスで一番な、世界でもトップクラスな大企業様なんだろ?

 

 そんなモンと事構えんの?

 ちょっとIS動かせるだけの高校生2人が?

 

 無理に決まってんだろ!

 アホか!

 

 対象が箒や鈴なら話は別だが、そこまでシャルルに思い入れ無いわ! 知り合って間もない奴の為に、そこまで危ない橋渡る気しねぇわ! しかも俺をホモだと思ってるし!

 

 どうしてそんな奴を庇う必要があるんですか!

 悪い事は悪い! 信賞必罰! シャルルの境遇には心を痛めるが、それでも俺は【反対】させてもらうッ!!

 

 

【その前にシャルルが捕まった時の事を想像してみる】

【その必要は無し! 反対と言ったら反対だ!】

 

 

 何で想像する必要なんかあるんですか?

 捕まったらお前アレだろ、警察的な存在に取り調べ的な事されるだけだろ。……いやちょっと待て、取り調べだと…?

 

 

『知っている事を全て吐きたまえ』

 

『2人目の男子がホモでした』

 

『うっそだろお前ww』

 

『証拠はあるのか?』

 

『パンツを欲しがられ、手を繋ごうとされ、着替えを見ようとされ、着替えを見させられ、恋愛は自由だと言われました』

 

『うーん……これは逃れようのないホモ!』

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 そんな事になったらお前全世界に広まるじゃねぇか! 号外中の号外で瞬く間に取り上げられるじゃねぇか!

 

『灼熱沸騰大興奮!! 二人目の男性起動者はホモだった!?』

 

 そんなテロップが世界中を駆け巡るのかあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 絶対に嫌だあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 

 ふざけんなお前やめろバカ!

 

 こちとらただでさえ男にキャーキャー言われてんのに(漢気的な意味で)違う意味でもキャーキャー言われちまったらどうすんだコラァッ!!

 

 こちとらただでさえ女にキャーキャー言われてんのに(恐怖的な意味で)違う意味でもキャーキャー言われちまったらどうすんだコラァッ!!

 

 

【一夏に賛成する】

【一夏に反対する】

 

 

超賛成だこのヤロウ!!

 

「うわビックリした!? ど、どうしたの旋焚玖!?」

 

 うるせぇこのヤロウ!! 

 スパイが何だデュノア社が何だ、あァン!? んなモン天下無双の俺がシバいたるわ! 大船に乗ったつもりで居やがれコラァッ!!

 

「へへっ、旋焚玖はクールぶってても俺以上に熱い男だからな!」

 

 うるせぇ熱血バカ!

 お前と一緒にすんなバカ!

 

「で、でも2人に迷惑はかけられないよ。それに僕は……」

 

 ああ、なるほどな。

 ずっとコイツに感じてた違和感が分かった。今のシャルルに抗う気力なんて無くなっているんだ。だからそんな諦観した顔してんだな。

 

 だが、それじゃあダメなんだよ。

 お前をフランスに連れ戻させる訳にはいかねぇ、絶対に。

 

 損得勘定上等だ! 

 俺は俺の未来のためにお前を守ると誓おう!

 

 諦めてるってんなら俺がやる気を引き出してやる!

 口先の魔術師ナメんなコラァッ!!

 

「お前は風に吹かれっぱなしの草か?」

 

 アリューゼさん直伝だぞコラァッ!!

 ムッとなれオラァッ!! 睨んでこいコラァッ!!

 

「だ、だって…! 僕の気持ちなんて関係ないじゃないか! 独りじゃどうしようもないじゃないかぁ!」

 

 その反応は既に予測済みだオラ!

 

「フッ……これは異な事を」

 

「な、なに笑ってるのさ…!」

 

「お前はもう独りじゃないだろう? お前の為に立ち上がった一夏が居る。そして俺が居る」

 

 これだけじゃ流石にまだ弱いか?

 いやでも、割と良いこと言ってると思うぞ。俺のキャラに全然合ってないけど。言ってて鳥肌がやべぇぜ。

 

 

【まだ弱い。更に畳み掛ける】

【もう言わない】

 

 

 む。

 アホの【選択肢】にしては珍しく良いモン出してくるじゃないか。お前のソレが躊躇っていた俺の背を押す…!

 

 追撃だ!

 畳み掛けるぞコラァッ!!

 

「やいそこのテメェ!」

 

「ん? 俺か?」

 

「俺は織斑家で世界何位の男だと言われている?」

 

「一位です」

 

「去年は何位だった?」

 

「一位です」

 

「今年は何位かい?」

 

「一位です」

 

「よしんば二位だったとしたら?」

 

「世界、一位です」

 

シャルルは思った。

それは二位なんじゃないの、と。

しかし決してツっこませない凄みが。

 

旋焚玖には凄みがあった…!!

 

「それでも立ち上がらねぇってんなら俺はもう知らん」

 

 これで飛車角は取った。

 しかしまだ王手には届いてない気がする。

 

 

【まだ弱い。更に畳み掛ける】

【もう言わない】

 

 

 まだまだァ!!(継続確定)

 

「代わりに一夏を殺してやる」

 

「えぇっ!? な、何言ってるのさ旋焚玖!?」

 

「(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)」(グルグル旋回)

 

 うわはははははは!

 

 ちょ、バカおいやめろバカ一夏!

 その顔で俺の周りをグルグル回んなって! 何アピールだお前笑っちゃうだろぉ! 

 

 此処はマジな感じで言わなきゃアカンの! 

 今俺は絶賛シャルルと駆け引き中なの!

 

「(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)(´・ω・`)」(グルグル旋回早め)

 

 うわはははははは!やめろツってんだろ! 速度上げんなコラァッ!!

 

 クソッ…!

 少しだけでいい。

 表情筋よ、耐えてくれ…!

 

「そして俺も死んでやる」(キリッ)

 

 ふぅぅぅ……これで王手だ。

 

「さぁ、どうするシャルル? お前が諦観してるせいで、俺たちは死んじまうんだってよ。なぁ……俺たちを助けてくれよ」

 

「……!(ピタッ)……シャルル…! 立ち上がる時は今なんだ! 俺と旋焚玖は絶対に裏切らねぇッ!!」

 

 ここにきて一夏のアシストが光りまくる! さっきまで回りまくっていた奴とは思えない機転の利かせっぷりだぜ! どうやら俺の意図を汲んでくれたらしいな!

 

 オラオラどうだオラァッ!!

 コレで響かねぇ奴は人間じゃねぇだろ! お前が人間の感情捨ててねぇならさっさと立ち上がれコラァッ!!

 

「旋焚玖、一夏……2人ともズルいよ。ここまでされて、独り殻に閉じこもってる訳にいかないじゃないかぁ…」

 

「やったぜ」

 

「へへっ、成し遂げたぜ!」

 

 こちとらズルくてナンボな流派の皆伝者なんでな。ヨロシクゥ!

 

「んもうっ!……でも、ありがとう」(ここまで言われて立ち上がらないなんて、天国のママが見てたら怒られちゃうよ)

 

 あらやだ可愛いらしい笑顔ですね。

 しかし元ホモだ。……元ホモって何だよ。

 

「よし、ならこれからもシャルルが此処に「あ、待って待って!」……む?」

 

「僕はもう2人の前ではシャルルでいたくない。僕の本当の名前はシャルロット。お母さんがくれた大切な名前。僕はシャルル・デュノアなんかじゃない! シャルロットとしての未来を歩みたい!」

 

 おぉ、何かカッコいい自己紹介になったな。

 今のシャルル…じゃない、シャルロットからは黄金の覚悟ってヤツを感じるぜ。

 

「へへっ、これにて一件落着だな!」

 

 落着も何も、まだ始まってすらないんだよなぁ。

 まぁでも、人間気の持ちようって言うし。ドンヨリしたまま対策を練るより、今の方が絶対いいだろ。しかしまぁ、シャルロットの気持ちも追いついたところで、ようやくスタートラインに立てたな。

 

「それじゃあ、これからの対策だな。はりきって練ってイクゾー」

 

「おう!」

 

「おー!」

 

 イクゾー。

 

 






オラオラオラオラ(選三・o・)三☆三(`ε´三シ)ムダムダムダムダ



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第109話 日日仏会議


一進一退、というお話。



 

 

 シャルロットのメンタルに喝を入れる作業は終わった。

 さっきも言ったが、やっとスタートラインに立っただけで、問題はまだまだ山積みである。

 

 故に、その対策会議を今からやっていく訳である!

 

「とりあえず意見をドンドン出していこう」

 

 それを3人で検討して、また考えて。

 シンプルだが多分それが良いと思う。

 

「はい!」

 

 腕がピーンだな一夏。

 これは期待出来そうだ。

 

「はい、一夏くん」

 

「まず不自然にならないようにする!」

 

「ああ、自然体を貫くってヤツな!」

 

 確かにそれは大事だな。

 

「……どゆこと?」

 

 端的に言い表し過ぎたか?

 俺はまだしもシャルロットには言葉足らずだったらしい。

 

 バシッと説明してやりな一夏よ。

 

「えっとな? 俺と旋焚玖はシャルロットが女だと分かった訳だが。それで今までと違う態度を皆の前でしちまったら、そこからシャルロットの正体がバレちゃうかもしれないだろ?」

 

「だから俺と一夏は、学校では今まで通りに接する必要があるって訳だ」

 

「あ、そっかぁ」

 

 そうだよ。

 匿うツってる俺たちが原因でバレたら、笑い話にもなんねぇからな。今は誰もいないから良いが、学校ではもちろん、この部屋を出てからは要注意だな。

 

 しかしソレを意識しすぎてもダメだ。

 それこそ不自然な形で表に出てしまうからな。

 

 ううむ。

 そう考えると意外と難しいミッションになりそうだ。それにそれを踏まえた上で問題点も浮かんでくる。

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・ω・`)」

 

「!?」(しょんぼり一夏だ!)

 

割と先程から何度もしていたのだが。

それに気付けるだけの余裕が、先程までのシャルロットにはなかった。しかし今、気付いたという事は、心に余裕が出来たという表れなのである。

 

「バレたらどうする? 自然体でいなきゃいけないのは、俺たち2人だけじゃないだろ?」

 

「あ、そっかぁ…」

 

 俺と一夏の視線がシャルロットへ注がれる。

 つまりはそういう事である。

 

 どうやらシャルロットも理解したようで、手のひらをポンっと叩いて頷いた。

 

「大丈夫だよ旋焚玖! 僕もちゃんと男の子のフリを心掛けるから! 不自然にならないように!」

 

「ああ、シャルロットも自然体を貫くってヤツな!」

 

「そうそう! 自分で言うのもなんだけど、僕の男装っぷりは完成度が高いからね、えへへ!」

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・▵・`)」

 

「……何だその顔は?」

 

「えへへ、一夏の真似だよ!」

 

 なんか微妙に違うんだよなぁ。

 何で口が△になっているのか。

 

 とりあえず。

 

「もっかいやってみ?」

 

「え~っと……(´・▵・`)」

 

「ぶはははは! どうしたらそんな顔になるんだ!? ぶはははは!」

 

 言ってる事はすげぇ分かる。

 俺も実際同じこと思った。

 

 でもな?

 生きとし生ける者全てに於いてお前だけは笑っちゃイカンでしょ。

 

「んもう! 笑いすぎだよ一夏ぁ!」

 

 しかし良い雰囲気だ。

 やはり最初にメンタル回復に努めて正解だった。

 

「さて、話を戻そう。シャルロットは自分の男装に自信ありげなんだな?」

 

「うん!」

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・▵・`)」

 

「ぶははははは!」

 

「ひどいよ一夏!」

 

 やめろその流れ!

 話が進まねぇだろ! 

 何ループさせてんのお前ら!?

 

 えぇい、はっきりくっきり言ってやる!

 

「お前、全然男のフリ出来てないじゃん」

 

「えぇ!? そんな事ないよぅ! だって実際女の子たちにはバレてないじゃんかぁ!」

 

 いや、それはいいんだよ。

 キャーキャー群がる女子連中の受け流し方だけは、まさに見事の一言に尽きる。文句の付け所などないさ。

 

「俺たちへの接し方はどうなんだ?」

 

「へ?」

 

「いいか、シャルロット。普通の……と言うかノンケの男は着替えでいちいち恥ずかしがらんし、俺の超絶肉体美を見てうっとりしないし、トイレでアタフタもしない。お前の俺たちに対する接し方は、完全に異性のソレだ。ソレをバリバリ男装でしちまうんだから、もう完全にホモだ。少なくとも1組の女子連中は確実にそう思っているだろう。実際俺もお前の事をホモだと思ってたし」

 

 お前も何故か俺の事をホモだと思ってるみたいだし。

 誠に遺憾である。いやマジで。

 膨大な事情さえ控えてなかったら、お前訴訟も辞さないレベルなんだからな、おう? 分かってんのか、おう? 

 

「あ、そっかぁ」

 

 そうだよ。

 

「あっ、じゃあさじゃあさ! 今から態度を変えても不自然だし、僕はもうホモキャラでいくよ! んもう、しょうがないなぁ」(旋焚玖もそっちの方が嬉しいんじゃないかな? えへへ、一夏が居るから言葉には出さないけどね!)

 

 え、なにその理論は(困惑)

 押してダメならもっと押す的な感じですか? 

 剛を往きすぎだろコイツ。

 

 しかし女がわざわざホモのフリするとか、これもう分かんねぇな。マジで。しかも何か声弾んでるし。

 

 やっぱ女がホモ好きってのは万国共通なのか(畏怖)

 

「へへっ、これで明日からはバッチリだな!」

 

「うんっ!」

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・ω・`)」

 

「(´・▵・`)」

 

 ブフッ……お前らもう笑わそうとしてないか? なんかそんな気がしてきたわ。しかし無視だ無視。今の俺は横道に逸れないマンだぜ。

 

「仮にバレなかったとして、だ。俺たちの相手はあくまでデュノア社だって事を忘れちゃイカンだろ。今後、デュノア社からシャルロットに何らかのアクションを起こしてきた場合はどうする?」

 

 むしろこれが対策のメインだろ。

 バレるバレないより、こっちに焦点を合わせなきゃな。

 

「はい!」

 

 はい、またまた腕がピーンな一夏くん。

 

「その時は……あった! コレコレ、見てくれよココの部分!」

 

 生徒手帳を取り出し、何やらページをめくっては俺たちに見せてきた。

 えっと、なになに…?

 

 

『特記事項第21項』:本学園における生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

 

 

「ああ、特記事項を楯に使うってヤツな!」

 

「おう! 『ありとあらゆる』って書いてあるし、『許可されない』って! シャルロットもホラ見ろよ見ろよ! こんなにもホラ! ホラホラホラホラ! こんなにも明言されてるんだぜ!?」

 

 テンションたけー。

 

「すごいね一夏! 特記事項って55個もあるのに、よく覚えてたね!?」

 

 テンションたけー。

 

 その分、俺は静かに燃える青い炎でいるぜ。

 

 

【しゅごいっっっひぃぃぃぃぃん!!】

【別に大した事ねーし。俺の方がすげーし】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「しゅごいっっっひぃぃぃぃぃん!!」

 

「うわビックリした!? どうしたの旋焚玖!?」

 

「へへっ、ありがとよ旋焚玖!」

 

「一夏もスルーなの!?」

 

「え? だって、別に普通だろ?」

 

 おっ、そうだな(断念)

 

「そ、そうなんだ。でも確かにこの特記事項を読んだら、僕は3年間は大丈夫って事になるのかな?」

 

「おう! 3年も時間があったら、デュノア社への対策も絶対思い付くさ!」

 

「……いや、でもなぁ」

 

「(´・ω・`)」

 

「(´・▵・`)」

 

 ぶほっ……えぇい無視だ無視!

 

「この特記事項、一見無敵に見えて実は穴がある」

 

「な、なんだってー!?」

 

「!?……な、なんだってー!?」

 

 おいシャルロット。

 お前今一夏の反応を見てから続いただろ。

 

 別にノらなくていいから。

 

 

【特記事項にも穴はあるんだよな(意味深)】

【シャルロットにも穴はあるんだよな(意味浅)】

 

 

 お前アホちゃうかコラァッ!!

 ナニ言わせようとしてんだコラァッ!!

 

「……特記事項にも穴はあるんだよな(意味深)」

 

「どうして言い直したの?」

 

「気にするな」

 

 ネタを知ってる山田先生(限定)が居なくて良かった。

 あの人なら絶対知ってるだろ(偏見)

 

「ココをよく見てくれ。ここに『原則として』って書かれてあるだろ? 厄介な言葉なんだよ、これはな」

 

「え、そうなのか? 原則って書いてあるし絶対に的な意味じゃないのか?」

 

 そう思っていた時期(前世)が俺にもありました。

 フランス人のシャルロットはもちろん、日本人ですら勘違いしてしまうワードなんだよな。

 

「『原則』ってのはな『一般的に』とか『基本的に』って意味合いが含まれてるのさ。だからこれは『基本的に許可されないものとする』とも言い換えられるって訳だな」

 

「基本的に…? え、それじゃあ『例外』が認められるって事なのか!?」

 

「そういう事だ」

 

 理解が早くて助かるぜ。

 俺も『原則』には痛い目に遭わされた事がある。

 普通免許の学科試験で(前世邂逅)

 

「え? え? どういう事なの?」

 

 ちと難しいか。

 シャルロットも分かるように言わんと。

 

「IS学園の生徒は、あらゆる外的介入から守られた存在である。ただし『例外』的に『やむを得ない場合』、この特記事項は無効化される」

 

「……と、いう事は?」

 

 何となく察したな。

 

「専用機を持ち、3人目の男性起動者として入って来たお前は一般的な生徒か? それとも例外的な存在か? デュノア社はどうだ?……という事だな」

 

 ここまで言えばもう分かっただろうし、はっきり言ってしまおう。

 

「結論、特記事項ではシャルロットを守る事は出来ない」

 

 素人考えと言われればそれまでだが、それでも俺の推論はそこまで的外れではないと思う。事が事だけに、楽観視もしてられんし。

 

 一夏の案が良かっただけに悔しい気持ちはあるが、それでも気持ちを切り替えて違う対策法を模索しないと。

 

 ううむ。

 とは言え、どうしよう。

 思った以上に事は単純にはいかなそうだ。そう考えたらマジでやべぇ爆弾を抱えちまったのかもしれんな。

 

 しかし、下を向く必要は無し。

 一夏もシャルロットも良いテンションで話を進められているからな。俺たちならきっと、すぐに他の対策法も思い付けるさ……ん?

 

「はわわ…! どどどどうしよう旋焚玖!? 俺の切り札が! 兼ねてから隠しておいた特記事項が通用しねぇよぉ!」

 

 ちょ、何だお前目に見えてテンパってんじゃねぇか! さっきまで明るかったのは、それを心の拠り所にしてたからか!?

 

 やめろお前そんなモン見せられたら、俺まで抑え込んでた不安が釣られて爆発しちゃうだろぉ!

 

 

【一夏の隣りで一緒にはわわる】

【まずはシャルロットを見る】

 

 

 はわわるって何だよ!

 はわわってたまるか! 

 

 シャルロットだ!

 無言で耐えているシャルロットの姿を目に焼き付けて奮起するぞオイ!

 

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 なに膝から崩れ落ちてんの!? 

 黄金の覚悟はどこ行ったお前!? 

 

 あ゛ーもうっ!

 お前らのメンタルガバガバじゃねぇかよ! なんかもう釣られるどころか、お前ら見てたら逆に落ち着いてきたわ!

  

 

【一夏の隣りで一緒にはわわる】

【シャルロットの隣りで一緒にorzる】

【2人を安心させる】

 

 

 【下】一択だオラァッ!!

 この状況で俺まで2人に便乗したらイカンでしょ! それこそ収拾つかなくなるわい!

 

「はわわ」

 

「orz」

 

 うーんこの。

 改めて見るとシュールすぎる。なんだこの絵。

 

 だがこのまま静観してる訳にもいくまい。

 そして、こういう時のために俺が在るんだろう。

 

 ナイス存在意義だ俺。

 選んだからにはしっかり安心させてやる。

 

「特記事項が使えないってなるとなぁ。確かに厄介極まりない話だ」

 

「(´・ω・`)」「(´・▵・`)」

 

 うわはははは!

 その顔で並ぶなバカ!

 

「で、お前らは勝手に絶望して勝手にビビっちまってる訳だが……俺を見ろ。お前らがテンパるほどヤバい局面を前にして、まるで動じていない俺を視界に収めな…!」

 

「せ、旋焚玖…!? すげぇぜ、冷や汗一つかいてないじゃないか!」

 

「ホントだ……むしろ今の旋焚玖からは余裕すら感じられるよ…!」

 

 冷静沈着なフリは任せろー。

 俺が今まで何年ハッタり続けてきたと思ってんだ。不動明王より不動っぽい振舞いなんざ朝飯前よ。

 

「って事は、既に旋焚玖はナイスな対策法を!?」

 

「そうなの旋焚玖!?」

 

「フッ……」

 

 

 そんな訳ないじゃん。

 

 






一夏:(*゚▽゚*)ワクワク

シャル:(*゚▽゚*)ワクワク

旋焚玖:やべぇよやべぇよ…

選択肢:[岩陰]_・。)ジー



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第110話 先手


幕開け、というお話。



 

 

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったモンで。

 無言な筈の一夏とシャルロットから、すんごい期待な感情を感じるぜ。そんなに見られても、無い袖は振れないんだよなぁ。

 

 だが、これは俺の落ち度とも言える。悲しいかな。

 正直、さっきの【選択肢】を選んだ時点で、こうなる事は予見できた筈なのだ。真に冷静な男なら、あの静止した時間を利用して、2人の求めるナイスな対策案を考えていただろう。それをせず【2人を安心させる】にウェーイと飛びこんでしまった。

 

 ううむ。

 一夏とシャルロットのメンタルケアに意識を傾かせ過ぎたが故の失敗だな。フッ……俺もまだまだ未熟って事か(割とキメ顔)

 

 

(ねぇねぇ一夏。さっきから旋焚玖、黙っちゃってるよ…?)

(ん? 大丈夫だろ、『フッ…』とか言ってるし。何かカッコいい顔もしてるし)

 

 

 ヒソヒソ話が聞こえるよぅ。

 ところどころ聴こえてくるよぅ。

 

 それがまたプレッシャーになってんだよこのヤロウ…! 急かされたらダメなタイプなんだよ俺は!

 

 

【小細工不要。俺が直接ナシつけてきてやる】

【遠からず近からずな話題で時間を稼ぐ】

 

 

 よし【下】だな!(所要時間0.0072秒)

 

「フッ……まぁ待て。それを話す前に、シャルロットの呼び方を決めておこう」

 

 自信満々オーラは打ち消さずに話す。

 それがハッタリの基本である。

 

「へ? どういう事?」

 

「シャルロットの件が俺たちにバレたからと言って、別に明日明後日にデュノア社がナニかしてくる訳でもあるまい? だが、俺たちは明日からまた皆の前に出る訳だ。そこで今みたいに『シャルロット』なんて呼んだら、それこそ不思議がられるだろう?」

 

 ここで問い掛ける相手を間違えてはいけない。シャルロットに聞いてしまえば『そんな事より対策を……』と返される恐れがあるからな。俺たちより本人の方が必死になるし。

 

 なので一夏に問い掛ける風で言うのである。それも、一夏が反応しやすい、かつ返しやすい言い方を心掛けるのである。

 

「あ、そっか。確かにソレはちゃんと決めておかないといけないな。自然体を心掛けてるのに、何かの拍子で『シャルロット』って呼んじまったら、元も子もねぇや」

 

 どや?

 実にナイスな言葉が返って来ただろう? 

 

 あとはもうこの流れに俺も乗りまくるのだ。

 シャルロットにも積極的に振るのを忘れるな。

 

「そういう事だ。シャルロットもまた『シャルル』と呼ばれるのは抵抗あるだろう?」

 

「それは……うん、そうだね。『シャルル』は僕にとって偽りの名だし」

 

 『偽りの名』ってのが厨二っぽいと思いました(小並感)

 それを言ってしまうと話が脱線する予感プンプンなので言いません。話題のすり替えは既に完了してるし、脱線し過ぎてもアレだしね。

 

 

【小細工不要。俺が直接ナシつけてきてやる】

【『偽りの名』って厨二っぽいな!】

 

 

 俺には【下】しか見えない!

 

「『偽りの名』って厨二っぽいな! ちなみに『厨二』ってのはカッコいいって意味なんだぜ! だから思わず拾ったんだぜ!」

 

 付け加え(アドリブ)だオラァッ!!

 俺の発言が脱線させるのなら、そのまま元の鞘に収まらせてやるんだぜ! これで変な方向に話は膨らまないんだぜ!

 

「あ、ありがとう?」

 

 引かれちゃっても気にしないもん。だって俺ツエーし。

 

「じゃあさ、これを機にシャルロットのあだ名を考えるってのはどうだ?」

 

「いいな、一夏。それでいこう」

 

 

【金髪偽ホモ女郎】

【シャルル・デュノア】

【小細工不要。俺が直接ナシつけてきてやる】

【シャルロット・デュノア】

【シュトルテハイム・ラインバッハ3世】

 

 

 悪口と偽名と本名とイミフな名前しか無いんですが。

 【真ん中】は見えない(断固)

 

「……シュトルテハイム・ラインバッハ3世で」

 

「長いよ!? 何か前にも一度言われた気がするし」

 

 そうだっけ?

 まぁ俺は過去に拘らない男だからな。

 

「一夏は何か思いついたか?」

 

 困った時は一夏に頼るに限る。

 

「んー、そうだなぁ……あ、『シャル』ってのはどうだ?」

 

「……ふむ」

 

 ええやん。

 違和感もないし本名からも取れてる。

 

 流石は一夏、いい仕事してくれますねぇ!

 あとはシャルロット本人の判定だが。

 

「……シャル、かぁ。うん、いいね! 僕のコトはこれから『シャル』って呼んでよ!」

 

「おう! よろしくな、シャル!」

 

 俺も一夏にツヅクゾー。

 

 

【金髪偽ホモ女郎】

【シャルル・デュノア】

【小細工不要。俺が直接ナシつけてきてやる】

【シャルロット・デュノア】

【シュトルテハイム・ラインバッハ3世】

 

 

 しつこいぞコラァッ!!

 負けたんだよ、お前はなぁッ!! 一夏のハイセンスなネーミングによぉッ!! 

 

 女神らしく潔く認めろバカ! 

 というか俺が未練タラタラに思われちゃうだろぉ! それが一番嫌なんだよこのヤロウ!

 

「……シュトルテハイム・ラインバッハ3世」

 

「「………………」」

 

 や、やめてよ。

 そんな目で見ないでよ。

 

「よりも『シャル』の方がいいな、うん」

 

 フッ……自分の発言を自分でフォローするのは慣れてる筈なのに、どうしてこんなにも切ないのだろう。

 

「おっ、そうだな」

 

 短い言葉で済ませてくれる一夏の優しさに、今は感謝を。……ん? 何だシャルロットその笑顔は。どうしてそんな顔で俺を見てくる?

 

「……おっ、そうだな!」(にっこり)

 

 ブッ殺すぞ金髪偽ホモ女郎!

 

 

 

 

「シャルのあだ名も決まったし、もう明日の憂いはなくなったな!」

 

 おっ、そうだな。

 

「うんうん! 後はお待ちかねの旋焚玖が思い付いた対策案だね!」

 

 おっ、そうだな。

 

「フッ……」

 

 正直、考えている暇がなかったでござる。

 しかし、流石にもう時間稼ぎは出来ないのである。さっきの話題すり替えでも多少不自然な感じはしたのに、また違う話へ持っていこうとすれば、2人はどう思うだろうか。

 

 少なからずガッカリするだろう。

 付き合いの浅いシャルはもちろん、俺を大好きな一夏ですら厳しいだろう。

 

 くっ……何か思い付けよ俺…! 

 何のためのアドリブだ!

 

 

【小細工不要。俺が直接ナシつけてきてやる】

【電話で交渉する】

 

 

 お前には言ってないよぉ!(上は視界拒否)

 

 待てコラお前コラァッ!!

 何で俺がずっと思い付かなかったと思ってんの!? 下手に事を動かしたら、デュノア社とオラァッするのが早くなるかもしれないからだろぉ! 相手は超が付く大企業なんだぞオイ!……オイ!

 

 下手に刺激してソッコー動き出されたらどうすんの!? 

 

 逆を言えば、さっきの一夏の台詞じゃないけど、変に突っつかなければ、それなりに猶予はあるの! あったの! その間に有効的な案を考えようと思ってたの!

 

 だから俺はずっと『デュノア社に何も刺激しない』縛りで考えを巡らせてたの! だから中々思い付かなかったの! 

 

 な・の・にッ!

 このバカ! バカぁ!!

 

 わざわざ口火切ってどうする!?

 完全にもうデュノア社との無駄ァッ幕開けやんけ早すぎィ!!

 

 どうしてそんなに僕を生き急がせるのですか!? ハイスクールライフくらいゆっくりさせてよぉ!……ふえぇぇぇ…。

 

 と、嘆きつつも。……くすん。

 俺がどれだけ泣いても喚いても、どうせアホの超アホの【選択肢】が変わる事なんてないもん。……ちくせぅ。

 

 変えられないなら俺が変えるしかないんだよ。

 何を?

 気持ちをだよ! 

 

「電話で交渉する」

 

「「!?」」

 

 俺がどうして今まで生きていけたと思うのかね! こんな無茶ぶりをされて! どうやって歩んできたと思うのかね!

 

 覚悟をキメるんだよ!

 出されたら最後! 腐らず迷わず突き進んできたから、今が在るんだよコンチクショウッ!!

 

「ちょちょちょっと待ってよ! 本気で言ってるの旋焚玖!?」

 

 何がじゃい!

 

「そんな事したら、もう後戻りは出来なくなるんだよ!?」

 

 だから何じゃい!

 いまさら俺の覚悟を鈍らせんじゃないよ!

 

「俺と一夏を見損なうなよシャル。俺たちはその場しのぎで適当コイてんじゃねぇ。俺たちの言葉に嘘もねぇ。お前を守るツったら守る。なぁ、一夏よ?」

 

 意地でも一夏を巻き込んでいくスタイル。

 嫌いじゃないし好きだよ(自画自賛)

 

「おうよ! 旋焚玖と一緒なら、どんな相手でも怖くなんかないぜ!」

 

 その台詞そっくりそのまま返してやるわ。

 恥ずかしいから言わんけど。

 

「旋焚玖……一夏……!」

 

 あらやだシャルくん…じゃなかった、シャルちゃん涙目になってるぅ。しかしホモイメージがまだ抜けきれてないので、琴線には響かないんだぜ。

 

「という訳で、携帯を貸せ。父親の番号は登録されてあるんだろう?」

 

 というか、そこでプチ疑問。

 

「の前に、シャルはスパイとして此処に来てるんだよな?」

 

「う、うん」

 

「それじゃあ報告とかはどうしてんだ?」

 

「それはその、携帯で…」

 

 なるほど。

 定例報告的なヤツだな。

 

「ちなみに次の報告はいつだ?」

 

「えっと……今夜の8時だよ」

 

 ほう、それはある意味渡りに舟かもしれない。

 その時間に電話するのも一興か?

 

「はぇ~、今日なのかぁ。たまたまだけどすごい偶然だな」

 

 確かにな。

 報告なんて月1か週1くらいだろ。何となくスパイのイメージ的に。

 

「うん、そうだね……えっと…実は昨日も報告したんだけどね」

 

「へ? 昨日の今日でまたするのか?」

 

「うん……っていうか、毎日8時に電話しろって言われてるんだけどね…」

 

 いやいや。

 いやいやいやいや。

 

 24時間で報告内容なんざ、そんなに変わらんだろ。ってのは素人考えか? スパイってのは、案外それが普通だったりするのかもしれんな。

 

「毎日かぁ。シャルはどんな事を報告してるんだ?」

 

「え? えっと、学校での出来事とか、ご飯のメニューとか」

 

 お前ソレ俺が乱に送ってるメール内容とほぼ一緒じゃねぇか! 

 

「はぇ~、色んな事を報告しなくちゃいけないんだなぁ」

 

「うん、スパイだからね」

 

 俺もスパイだったのか(困惑)

 

「これまで8時以外に電話した事は?」

 

 俺も俺で聞くこと聞いておかんと。

 今の俺はマジに電話だけで片すつもりなんだぜ? いやホントに。

 

「ないよ。時間厳守って強く言われてるから…」

 

 ふむ。

 さぁ、どうするべきか。

 

 いますぐ掛けるか、8時に掛けるか。

 

 

【小細工不要。俺が直接ナシつけてきてやる】

【今すぐ掛ける】

 

 

 今でしょ!

 今しかない!

 

「なら敢えて今すぐ掛けるのがジャブになるな。ほれ、親父さんに繋げ。俺が出る」

 

「う、うん、分かったよ……えっと…………」

 

 コール状態でシャルから携帯を手渡された。

 ここまできたら、もう本当に引き返せない。

 

 今一度覚悟をキメろ。

 

 俺ならやれる。

 俺だからやれる。

 

 俺は誰だ?

 天下無双の旋焚玖さんだ。

 

 

『……時間は守れと言った筈だが?』

 

 

 あらやだ、いきなり厳格そうな渋いお声。

 これは怖い(素)

 

 ヤバいぞ、第一声が上擦る自信しかない…! 

 

 もう緞帳は上がってんだ、今更ビビッてんな…! 

 渋い声だから何だ! 

 俺の方が渋いわ!(反骨)

 

 

【挨拶代わりに履いてるパンツの色を聞く】

【まずは奇襲で相手をビビらせる(アドリブ)】

 

 

 【上】がもうまさに奇襲でビビらせてるんだよなぁ。違う意味で。

 そういうビビられ方は俺が普通に嫌だ。というかシャルも嫌だろ。

 

 実の父親が電話越しとはいえ、目の前で友達にパンツの色聞かれるとか、割と微妙な感情になるだろ。

 

「……もしもし」

 

『!……誰だ?』

 

 ヒェッ……明らかに声色が変わったよぅ…!

 でも負けぬ! 

 

 ここで引いたら事態は悪化すると思え。律儀に質問に応じる必要は無し。受けに回ったら負けと知れ。

 

「お前に今年16になる娘がいるな?」

 

 絶対に受け身にならない。

 常に先手を取る…!

 

『……それがどうした?』

 

「俺はまだ15歳だ」

 

『……?』

 

 

 我、奇襲、成功せり――ッ!!

 

 






アルベール:(´_ゝ`)?

ロゼンタ:(´_ゝ`)?

シャル:(´_ゝ`)?

一夏:(゚д゚)ナルホドナー


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第111話 かねてから隠しておいた正攻法


奇策はあくまで奇策、というお話。




 

 

 うひゃひゃひゃひゃ!!

 電話の向こうから『?』がハッキリ見えたぜ!

 

 自信を持って言える!

 我、奇襲、成功せり――ッ!!

 

「何言ってるの旋焚玖!? ちょ、ちょっと貸してよもう!」

 

 む?

 シャルに携帯を奪われたでござる。

 

 しかし、ちと遅かったな。

 

「も、もしもし!? あ、あれ…?」

 

 電話は既に…ッ!

 切ってあるんだぜ!

 

 あ、シャルがこっち向いた。

 やだ、すっごいジト目。

 

「何かもう、頭が混乱しちゃってて……でも、それでも一言だけは言えるよ」

 

「聞こう」(泰然自若)

 

「意味不明だよ旋焚玖ぅ!」

 

 うわはははは!

 ごもっとも!

 あひゃひゃひゃひゃ!!(ご満悦)

 

「フッ……」

 

「何でしたり顔なのさー!? そうだ、一夏からも何か言ってあげてよ!」(どうしてそんなに落ち着いていられるの!? どうしてアタフタしてる僕の方がおかしいみたいな空気になってるのー!?)

 

「え? ああ、うん。俺も言葉の意味は分からんかったけどさ。でも、あの行動には何か意図があるんだろ?」

 

 流石は幼馴染。

 伊達にガキの頃から俺を見てねぇな。

 

 ならば説明しよう。

 

「確かに俺は『交渉する』とは言ったが、相手はそこらへんの弱小か? 高校一年生の男子が『まとも』にブツかって勝てる相手かよ?」

 

「えっ、それは……」

 

 オラオラ、はっきりくっきり言っちゃえよ。

 まずは認める事だぜ? 現実ってヤツをな。

 

「やっぱ……難しいよな」

 

 まだ弱い。

 お前らが言葉を濁すなら俺が向き合わせてやる。

 

「不可能だろ。常識的に考えてよ。というか『まとも』にやったら相手にもされんわ。ちょっと考えたら分かるだろが」

 

「(´・ω・`)」「(´・▵・`)」

 

 そんな顔してもダメなものはダメなの!

 おもちゃ買ってもらえない駄々っ子かお前ら!

 

「俺たちはそんな強敵を打ち負かさねぇといけないんだぜ? 火蓋が切られた今、負けたらその時点でシャルは終わりだ。当然、俺と一夏もな」

 

 分かるか?

 俺たちは絶対に負けられないんだよ。

 

 オラ、一夏。

 昔に話しただろ、こういう時はどうすんだ? カッコいいセリフだったし、俺はいまだに覚えてるぜ?

 

 ヒントくらいはくれてやる。

 

「電車にマトモに当たったら…?」

 

「!!!」

 

 おっ、ピンときたって顔したな。

 なら後にツヅケー。

 

「死んじまうんだよ…!」

 

 分かってんじゃねぇか。

 なら最後は一緒にイウゾー。

 

 

「「 線路に小細工すんのがスジだろーが! 」」

 

 

「ヒューッ!!」

 

「イエーッ!!」

 

 ナイスな共同作業だったな。

 柄にもなくテンション上がっちまったぜ。

 

「完全に思い出したぜ。今がその時なんだな、旋焚玖?」

 

「ああ。今がその時だ」

 

 これで一夏は大丈夫だろう。

 あとはシャルだな。

 

「さっきの変な電話が小細工になってるの?」

 

「小細工とも言うし、奇襲、奇策とも言えるな」

 

「う~……よく分かんないよぅ」

 

 可愛い子ぶってんじゃないよぅ。

 

「世界的な地位を得ているデュノア社と対等に渡り合おうと思ったら、まずは先生パンチをカマしてやらねぇとな。逆に受けに回っちまうのは悪手も悪手。俺たちは絶対に受け身になってはいけない。常に先手をとらなきゃならない」

 

 これはマジ。

 マジのガチ。

 

「シャルの親父さんに『コイツはちょっと違うぞ』と思わせる事が狙いだ。その積み重ねが今後の成功の鍵と言ってもいいだろう」

 

 安西先生も言ってたしな。

 

「た、確かにさっきの意味不明な電話でお父さんも『?』ってなったと思う」

 

「だろう? ならそれは、奇襲が成ったという事だ。そして、ここからが大事になってくる。俺たちが次にすべき事は……」

 

「分かったぜ! またすぐに電話して畳み掛けるんだな!?」

 

 元気モリモリ一夏くん。

 いいテンションだ。

 手を挙げて意見を述べてくれたな!

 

 だが。

 

「不正解」

 

「(´・ω・`)」

 

「!?……(´・▵・`)」

 

 えぇい、ツッこまんぞ!

 

「即二の矢を放つって点では全然ありなんだがな。しかし相手は何度も言うが強大だ。そして俺たちは一介の高校生に過ぎん。奇襲で先制した後は、相手が混乱している間に戦力を増やすのが先決だ」

 

「戦力!?」

 

「ちょ、ちょっと待って! それって他の人も呼ぶって事なの!?」

 

 シャルが焦るのは当然だろう。

 

 他者の助けを請うって事は、つまりシャルがスパイだって事も経緯も全て明かさなくてならないのと同義である。

 一歩間違えれば、助力を得るどころか普通に容疑者として捕らえられる可能性すらある。いや、その可能性の方が高いだろう。

 

 しかし、シャルを助けるにはここは避けては通れない道だ。そしてその前に、この2人を納得させるのが俺の仕事だな。

 

「……ちなみに誰を呼ぶつもりなんだ?」

 

「その顔だと薄々は気付いてるんだろう?」

 

 こんな時に呼べる人なんて1人しかいない。というか、シャルから事情を聞いた時点で真っ先に思い浮かんだわ。

 

 さっきの電話も含めて、今までのはただの前座に過ぎない。俺の本命の策は元々こっちだ。 

 

「千冬さんに助けを求めようと思う」

 

「……やっぱりか」

 

「え、織斑先生!?」

 

 世界で最も頼りになる人は誰か。

 そう問われたら、俺は間違いなく千冬さんの名前を出すだろう。それくらい心身ともに信頼できる人だ。

 

 だが、一夏は浮かなそうな表情してるな。

 

「一夏は反対か?」

 

「反対って言うか……その、千冬姉には今までいっぱい迷惑掛けてきたのに、また……って思ったら、な」

 

 そりゃそうだ。

 引け目を感じて当然だろう。

 躊躇う気持ちも余裕で分かる。

 

 しかしお前はまだまだ千冬さんを理解できてねぇ。

 あの人のブラコンっぷりを理解ってねぇから、そんな弱気なコメントになるんだよ。

 

「姉は弟に甘えられてナンボさ。それは千冬さんだって例外じゃない」

 

「……そうかな?」

 

 そうだよ。

 だが、この件に関しては流石に俺が口で言っても「あっ、そっかぁ」とはならんだろう。それくらいナイーブな内容である。

 

 だがしかし。

 我に策あり。

 

 要は証明すれば良いんだろう?

 物的証拠で示せば良いんだろう?

 

 フッ……我に秘策あり!(念押し)

 

 俺だから出来る事があるのだ。

 俺にしか出来ない事があるのだ。

 

 オラ、見とけよ見とけよ~。

 

「『一夏に甘えられたら嬉しいですか?』……ほい、送信」

 

 あえてメールの文面を声に出して送る、旋焚玖さんの隠れた好プレーだ(魚住)

 

「さて、一夏。これで白黒ハッキリさせようぜ」

 

「……なるほど。千冬姉がメールで否定すればアウト。肯定すれば俺は千冬姉を頼っていいんだな?」

 

 いぐざくとりー。

 

 簡単な話だろう?

 下手にややこしくするより、こういうのはシンプルに攻めるのが一番の近道だったりするのさ。

 

 

『YE━━━━━━ d(≧∇≦)b ━━━━━━S!!』

 

 

 思った以上にYESだったでござる。

 勢いも抜群だ。

 

「オラ見ろ。こんなにも物的証拠が出てんだぜ?」

 

「千冬姉…!」

 

 効果も抜群だ。

 一夏の奴、感極まってお目目ウルウルさせてんぜ?

 

「へへっ、やっぱ俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

「フッ……」

 

 これで一夏の説得完了。

 お次はシャルだ。

 

「シャルは浮かない顔のままだな?」

 

「う、うん。だって織斑先生ってすごく厳格なイメージがあるし、何より元ブリュンヒルデだもん。そんな人がだよ? いくら一夏にお願いされても、犯罪行為を見逃すなんて思えないよ」

 

「う……確かに千冬姉なら、逆に俺たちに怒るまであるかも」

 

 純度100%なド正論なんだよなぁ。

 自分で策を提案しておいてなんだが、シャルの言う通りだったりする。

 

 こっちサイドに一夏が居るとは言え、相手はあの千冬さんだ。弟想いだからこそ、幇助犯にさせないために、有無を言わさずシャルを連行する恐れすらある。というか現実的に考えたらソレ一択だな、うん。

 

「だからどうした」

 

 そんなモン最初から分かっとるわ!

 そういう常識的な次元の話をしてるんじゃないの! 何が何でも千冬さんを仲間にしないとダメなの! 

 

 そうしないと、お前みたいなホモのフリしたスパイなんざ、ソッコーで本国連れ戻されて、ひどい事されるぞ! エロ同人みたいに!

 

「千冬さんの助けが無いと俺たちはデュノア社に負ける。なら説得するしかないだろう…! なぁ、シャル?」

 

「……できるのかな?」

 

「出来る出来ないの問題じゃない。やるかやらないか、だ」

 

「やるか……やらないか……」

 

 

【や・ら・な・い・か?】

【バ・ラ・ラ・イ・カ?】

 

 

 さっきまでの静寂は何だったんだお前コラァッ!! 急に変なトコで掘り下げようとするなよぉ! お前の出現ポイントが分かんねぇよぉ!

 

 

「や・ら・な・い・か?」

 

「どうしてリズムに乗ってるの?」

 

「気にするな。で、お前はどうしたい、シャル?」

 

「僕は……」

 

 まだ踏ん切りついてなさそうだ。

 まぁ俺や一夏と違ってシャルは当人だからな。そんな簡単に踏み出せるなら苦労しないわ。

 

「確かに千冬さんを説得するのは困難を極めるだろう。だがな、よく聞けシャル」

 

 オラ、耳かっぽじって聞けオラ。

 

「数ある不自由と戦わずして、自由は手にできねぇんだぜ?」(米崎)

 

 カッコいいセリフを言うのは気持ちがいい(恍惚)

 

「ヒューッ! 旋焚玖ヒューッ!!」

 

「イエーッ! 俺イエーッ!!」

 

 どうだオラァッ!!

 一夏も思わずヒューッちまうくらいの! 信頼と実績ありありなイイ言葉なんだぜ! だからさっさと発奮しろお前このヤロウ!

 

「……不自由と戦わずして、自由は手に入らない…か。うん、いい言葉だね」(それに今の僕にぴったりじゃないか…!)

 

 やったぜ。

 見るからにキリッとなったぜ。

 

「……覚悟を決めたようだな?」

 

「うん…!」(もう冷静なフリして逃げ場を探すのはヤメよう。僕が立ち上がらなきゃダメなんだ!)

 

 魂の籠ったいい返事だ。

 これで俺も千冬さんに送れるぜ。

 

 

『シャルロット・デュノアの件で相談があります(σ`・д・)σYO!! 一夏の部屋に居るから来てほしいです(σ`・д・)σYO!!』

 

 

 ほい、送信。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 

『分かった(>ω<σ)σYO!! 40秒で行く(>ω<σ)σYO!!』

 

 

 あらやだ可愛いらしいお返事ですね。

 なお本人は鬼の形相で来る模様(予見)

 

「ゴクリ……いよいよ賽は投げられたな。千冬姉が……来るぜ…!」

 

 気持ちはめちゃくちゃ分かるが、明らかに緊張した雰囲気醸し出すのヤメろ。俺までソレが移っちまうだろが。

 

「やべぇ……な、なんか緊張して喉渇いた。喉渇かない?」

 

 そう言って台所へ消える一夏。

 アイツいつも喉渇かせてんな。

 

 シャルは……ん? 

 

「どうした?」

 

「えっ、あ、うん……あのね、旋焚玖。一つだけ聞いていいかな?」

 

「ああ」

 

「その『勝訴』って紙は何なの? どうして前と背中に張ってるの?」(正直ずっと気になって仕方なかったんだけどね。でも聞けるタイミングなかったし、雰囲気的に。きっと織斑先生が着いたらまた聞けなくなる。なら今聞いちゃうしかないよね!)

 

「ああ、これか。話せば長くなるんだが――」

 

 

【うるせぇ殺すぞ】

【コロンビア(ポーズ付き)】

 

 

 (説明が)もう始まってる!

 出すの遅いよぉ! 遅れたらちょっとは文脈も考慮してくれよ! 『話せば長くなるんだがうるせぇ殺すぞ』とか意味分かんねぇよ! キチガイかコラァッ!!

 

「コロンビア」

 

「は? え、なにそのポーズ」

 

「コロンビア」

 

 コロンビア。

 






Q.中央アメリカのパナマと陸上で国境を接している南アメリカの国はどこでしょう?

A.コロンビア



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第112話 優勝請負人


ウチのチームにぜひ、というお話。



 

 

 千冬さんが部屋にやって来た。

 『分かった(>ω<σ)σYO!!』とかメールではノリノリで送ってきてたのに、予想通り険しい顔でのお出ましである。

 

 予想するのは大事だ。

 メンタル的な意味で。

 そのおかげで怖い顔してても怯まないで済むのである。

 

「はわわ…!」

 

「あわわ…!」

 

 うん。

 まぁ俺以外がめちゃ怯えてるけど。

 

 見慣れてるはずの一夏がビビるくらいだからな。そらもう相当よ。

 

 おそらく俺からのメールで、千冬さんも道中色々考えながら来たんだろう。まぁそうなるように仕向けたのは俺だけど。あえて『シャルロット・デュノア』って送ったからな。あえてね(名策士)

 

 狙い通り、千冬さんは俺たちが事前にしていた会話内容を予想に次ぐ予想、そして考察に次ぐ考察をした訳だ。まぁその結果、千冬さんはプンスカフェイスに至ったんだけど。これも予想の範疇よ。

 

 俺たちの第一ミッションは、この怒れる羅刹姫の説得なのだ。それを成して、初めて光明が見えるんだからな。

 

「お前らもシャルル・デュノアの正体に気付いたようだな」

 

「お前らもって……千冬姉も気付いてたのか!?」

 

「ブリュンヒルデだからな」

 

 ブリュンヒルデしゅごい。

 微妙にドヤ顔してるのが歳不相応で可愛いと思いました(小並感)

 

 千冬さんがどこまで知ってるかは分からんが、それでもシャルの件に対して零情報じゃないってのは話が早くて助かる。

 

「シャル。話せるな?」

 

「う、うん」

 

 まずはシャルがスパイになった経緯を話すのだ。そしてその話は、シャル自身が話す事に意義がある。俺たちがシャルを庇う感じで言うのではなく、自分の言葉でちゃんと説明するのだ。

 

 狙いは千冬さんにシャルへの同情心を芽生えさせる事である! ウマいこと千冬さんの良心をチクチクするのだ! がんばれシャル! 

 

「お、織斑先生。あの、僕の話を聞いてください…!」

 

「……聞こう」

 

 聞こう(大物感)

 

 これは怖い。

 何だよ千冬さんめ! ブリュンヒルデオーラ出しまくりじゃないか! 俺ですらヒェッとなるプレッシャー放ってんじゃないよ! バリバリ威圧感◎じゃないか! 

 

 しかし負けるなシャル! 挫けるなシャル! ここで怯んだら光明もクソもなくなっちまうぜ! 故に何度でも言おう、がんばれシャル!

 

「えっと……その、ぼ、僕は元々――」

 

 

【がんばれ♥ がんばれ♥】

【頑張れ頑張れ出来る出来る!(以下略)】

 

 

 やーめーろって!

 もう頑張り始めてるよぉ!

 

「頑張れ頑張れ出来る出来る! 絶対出来る! 頑張れ! もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ! 頑張れ頑張れ! そこ「うるさいよ旋焚玖!」……ぅぃ」

 

「(´・ω・`)」

 

 お前がしょんぼりするのか(困惑)

 しかしまぁ……なんだ、うん。腹から声が出せたな。

 

 よし、それが狙いだった風でいこう。

 

「その調子でガンガンいけ、シャル。千冬さん相手だからって縮こまってんじゃねぇぞ」

 

(僕のためにわざと…? 確かに大きな声を出して、怖さも薄らいだ気がする。……よ、よぅし…!)

 

シャルロットは旋焚玖の『っぽい』言葉を好解釈!

 

(フッ……一見フザけてチャチャを入れたように見えるが、その実デュノアを奮起させると同時にリラックス感まで与えるとは。旋焚玖のアロマテラピーはボンジュールを超える、か)

 

千冬は旋焚玖の『っぽい』言葉を超好解釈!

 

(あ、千冬姉が『フッ…』って顔してるぞ!って事は旋焚玖のアレは良いアレだったんだぜ! すげぇぜ旋焚玖!)

 

一夏は千冬の表情で状況把握成功の結果、会心の笑顔!

 

「織斑先生! 聞いてください! 僕の半生を!」

 

 おう、大いに語ってやりな!

 

 

 

 

「……これで全部です」

 

 シャルはスパイになるまでの経緯に加え、俺と一夏にバレてからの内容も全て千冬さんに打ち明かした。

 千冬さんはというと、シャルが話し終わるまで、両腕を組み、瞼を閉じ、まるでシャルの言葉を一言一句逃さないかの如く、ひたすら聞きに徹していた。なんかもう立ち振る舞いからしてザ・千冬さんって感じだな。外向きの。

 

「……話は分かった。なるほど、デュノアの境遇は私も不憫に思う」

 

 やったぜ。

 

「千冬姉、それじゃあ!」

 

 一夏の顔も明るくなったぜ。

 

「だが、それだけだ。どこの世界にお情けで犯罪行為を見逃す教師が居る」

 

「(´・ω・`)」

 

 成し遂げてなかったぜ。

 一夏も一瞬でしょんぼり顔に戻っちまったぜ。

 

「うぅ……」

 

 流石にシャルも真似っ子する余裕はないらしい。

 しかし、これくらいは想定内よ。そんな簡単に牙城を崩せるなら苦労しねぇわ。故にココは怯まず攻めるを継続すべし!

 

「それは教師としての言葉でしょう?」

 

「む」

 

 千冬さんを仲間にするには、建前ではなく本音の語り合いが必要なのだ。何をどう取り繕ったところで、シャルがスパイ犯なのは覆せない事実。千冬さんの言う通り、犯罪者を教育者が見逃せる筈ないわい。

 

「俺たちは千冬さん自身の言葉が聞きたいんです」

 

「ふむ……ならば少し考えてみよう」

 

 再び両腕を組み、目を閉じる千冬さん。

 

「……ハッキリ言っていいのか?」

 

「もちろんです」

 

「デュノアの話を聞いて私が思った事を?」

 

「千冬さんが思った事を」

 

「包み隠さず?」

 

「包み隠さず」

 

「そうか……」

 

 そして数秒間の空白を経て、閉じられていた瞼がカッと見開かれた。

 

「貴様なに勝手に私の弟と私の旋焚玖を犯罪に巻き込もうとしているかッ!!」

 

「!?」

 

思わぬ怒声にシャルは驚いた。

 

「!?」

 

一夏も驚いた。

しかし千冬は止まらなかった。

 

「フザけるなよ小娘が! 耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやろうか!」(羅刹姫オーラ増しまし)

 

 これは怖い。

 久々にマジで怖い千冬さんである。もう威圧感からしてハンパねぇ。呂布と対峙した時か、それ以上なんですけど。おかしくないですか? あと私の旋焚玖って何ですか?(困惑)

 

 羅刹姫のご帰還に一夏とシャルは……ナズェミテルンディあ、おい、俺の方に来るな! やめろオイ背後に隠れるなオイ! 

 俺を矢面に立たせないでよ! 見た目には出てないから分からんだろうけど、俺だって普通にビビッてるんだぞ!

 

「……ほう。私の前に立ち塞がるか、旋焚玖よ」(私の威圧を前にして、まるで表情を変えない胆力…! まったく……清々しいほど漢ぶりを魅せてくれる)

 

 バカ言ってんじゃNEEEEEEEEEEE!!!!!

 何をどう見たらそんな解釈になんの!?

 

「……さて、どうでしょうか」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 想定していた流れじゃないよぉ! 

 

 

旋焚玖の想定

 

『実の娘に何たる仕打ちか! もう許さん! 世界的に有名で実力も世界的なブリュンヒルデの私が味方になってやる!』

 

『やったぜ』

 

『成し遂げたぜ』

 

『ありがとうございます、織斑先生!』

 

 

 というアレだよ、千冬さんの真心に火をつけるのが狙いだったんだが。……いや、確かに着火はできたよ? 

 

 ただ対象が違うんだよなぁ。

 俺と一夏を守る的な意味で燃えさせちゃった。

 

 千冬さんが俺たちを大切に想ってくれている度合いを、俺は見誤ってしまっていた。これに関しては俺の落ち度だな。

 

 しかし慌てる俺ではないよ。

 想定外な場面など、これまで何度も乗り越えてきたじゃないか。作戦に急な変更は付き物さ。今の俺があるのは、追い込まれてからのリカバリー力。アドリブ力のおかげよ!

 

「シャルをどうするつもりですか?」

 

「即刻連行だ。お前達を幇助犯にさせる訳にはいかんからな」

 

 幇助犯ときたか。

 的確すぎてお耳が痛いでござる。シャルなんかは顔を青くさせている。まぁ『自分が原因で俺と一夏まで犯罪者になる』と言われてるようなモンだし、実際その通りだもんよ。

 

 千冬さんの良心をチクチクするどころか、逆にシャルの良心をズバズバされちまったい。見事すぎるカウンターを喰らっちまったぜオイ。

 

 しかしまだこっちには一夏が居るんだぜ!

 俺と一夏のツ―プラトンで何とか千冬さんを――。

 

「一夏よ」

 

「な、なんでせう…?」(旧仮名遣い)

 

 アカン。

 

「犯罪に手を染めようとしている弟を前に、心の中で涙する姉を汲んでほしいものだが?」

 

「(´・ω・`)」

 

 おお、もう…(目覆い)

 

 くそっ、千冬さんめ…ズルい言い方しおってからに! シスコンな一夏がそんな事言われたら、反論なんて出来る訳ないだろうがい! 

 

「ぼ、僕、やっぱり……」

 

 うぐぐ。

 一夏のみならず、シャルにも効果は絶大だったか。泣きそうな顔で俺の背後から出てこようとしている。

 

 自分の未来と俺たちの未来を天秤にかけた結果、どうやら大人しく捕まる事を選択したらしい。

 

 

【大人しくシャルロットを渡す】

【シャルロットを渡さない】

 

 

 渡さぁん!!

 

「せ、旋焚玖…?」

 

「……どういうつもりだ、旋焚玖。なんだその腕は」

 

 踏み出そうとするシャルの前に腕を出して通せんぼ。じっとしてろお前コラ!

 

「決まってんでしょ。シャルは渡さない」

 

 一夏とシャルを即堕ちさせてみせた話術っぷりは見事。流石は篠ノ之流柔術唯一の姉弟子だぜ。

 

 だが俺は篠ノ之流を習うよりもっと前、この世界に生れ落ちてから15年間、いつだって舌先三寸で生き抜いてきたんだ。生半可な話術で俺を堕とせると思うなよ。

 

「はぁ……。熱くなった一夏を冷静に止めるのがお前だろうに。お前まで熱くなって視野を狭くしてどうする」

 

「む……」

 

「デュノアの抱える問題に関わるって事は、お前が思っている以上にスケールがデカいんだぞ。どれだけのモンと敵対するか理解っているのか?」

 

 千冬さんの視線が鋭くなる。

 と同時に、圧迫感も増した。

 

 うぐぐ……話術に威圧感まで上乗せするのはズっこいぞ! 純粋に口先だけで勝負してよ!

 

「ここに居る私だけじゃない。スパイを容認する教師は他にもおらんし、データを盗まれると知れたら【白式】の制作会社が黙って見過ごすと思うか? 当然、日本政府にも話はいくだろう。そこにデュノア社もプラスされる訳だ」

 

 ヒェッ……気を抜くと顔面が蒼白どころか溶けちゃう。それくらい、言葉で改めて羅列されるとゾッとする光景である。

 

「事のデカさが理解ったか? デュノアを匿うという事はそういう事だ」

 

 だから何じゃい!

 口先の魔術師に口先で勝とうなんざ100年早いわ!

 

「どうやら千冬さんは、まだまだ俺を理解しきれてないらしい」

 

「なんだとッッ!!」

 

「「!?」」

 

 うわビックリした!?

 何でそんな大声で反応すんの!? そこまでキレる事言ってないよ僕!

 

 あぶねぇ、あぶねぇ。

 ビクッとならなかった胆力に感謝…!

 

「千冬さんが並べた事なんざ、シャルから打ち明かされた時に気付いてたさ」

 

 そこまで気付ける訳ないだろ!

 でも言っちゃう! 言わなきゃならんの!

 

「ほう……それでお前はどう感じた?」

 

「別に。大した事ないね」

 

「「!?」」

 

 大した事あるよぉ!

 想像しただけでブルッちゃうよぉ!

 

「……たった一人のために、多くを敵に回すつもりか」

 

「それでシャルが助かるなら安いモンだろう?」

 

「旋焚玖…」

 

何気ない旋焚玖の言葉にシャルの鼓動は高鳴った。

 

「旋焚玖…!」

 

一夏の鼓動は昂った。

 

「……ほう」(これは……旋焚玖の歴代カッコイイ名場面集トップ10入り間違い無しだな)

 

千冬はいつも通りだった!

 

「ちょっと待ってよ。どうして旋焚玖はそこまでしてくれるの…?」(僕は旋焚玖が惚れたホモじゃないのに……って流石に空気的に言えないけど)

 

出会ってたかだか一週間。

しかも自分は命令されたとはいえスパイであり、一夏と旋焚玖を騙していた身である。そんな自分を何故こうも庇ってくれるのか。シャルが疑念を抱くのも無理はなかった。

 

「ダチを助けるのに理由がいるかよ」

 

「旋焚玖…」

 

シャルの鼓動は再び高鳴った。

 

「旋焚玖…!」

 

一夏の鼓動も昂った。

 

「フッ……」(幼少から見てきた筈なのに、旋焚玖の魅力はまるで底が見えん。まさに末広がりな男だな!)

 

千冬はいつも通りだった!

 

「お前の覚悟、確かに感じたぞ。どうやら本気らしいな」

 

「はい」

 

 当たり前じゃい!

 シャルを匿えば多くを敵に回すぅ?

 

 知るか!

 それで世界中にホモデマが広まらねぇんなら安いモンだ、むしろ安すぎるわ! 理由がいるかよ! ホモだと思われねぇために必死になるのに理由がいるのかよ! あ? かかってこいよ! 世界中を敵に回しても俺は一歩も引く気はねぇぞ!

 

「……なら好きにやってみせろ。ケツは私が持ってやる」

 

 しゃぁオラァッ!!

 千冬さんのケツ持ち宣言きたぞオラァッ!!

 

 オラ立ち上がれ一夏ァッ!!

 千冬さんの許しが出たんだ、俺のアシスト無しでもお前なら自力で上がってこれんだろが!

 

「ち、千冬姉…! あのっ…俺、千冬姉にまた迷惑かけちゃうけど、でも…! 俺もやっぱりシャルの、それに旋焚玖の力になりてぇんだ!」

 

「フッ……それでこそ私の弟だ」

 

「千冬姉…!」

 

 織斑一夏復活ッッ!!

 織斑一夏復活ッッ!!(烈海王)

 

「え、えっと……?」

 

 織斑姉弟プラス俺特有の世界観に、新参者のシャルが付いて来れる筈も無し。二転三転な状況変化に置いてけぼり状態なシャルは、戸惑いを隠せないでいるようだ。

 

「デュノア」

 

「は、はいっ!」

 

 オイオイ、名前呼ばれただけで背筋ピーンじゃないか。まぁフランスでもシャルに対して『耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやる』なんて台詞吐く奴は居なかっただろうし。あんなモン、そこらへんのモブ女だったら失神してるわ。

 

「そう萎縮せんでいい。先ほどお前に放った言葉は確かに本心ではあるが、お前の境遇に憤りを感じているのも事実だ」

 

 そらそうよ。

 両親絡みの案件で一夏がキレてるのに、千冬さんが何も感じないなんて、それこそありえんだろう。

 

「しかし、だ。ただ感情に任せて、歯向かうなんざ子供でも出来る。要は物事の本質をちゃんと見抜いた上で、それでも抗う気概を持てるのか。それをお前たちにはまず理解してほしくてな。私も怒ったフリをしていたのさ」

 

 怒ったフリ(威圧感天下無双)

 これは主演女優賞待ったなし。

 

「まぁなんだ。長々と話しておいてなんだが、デュノアの件は私も手を貸そう」

 

「本当ですか!? で、でもどうして……一夏たちもそうだけど、織斑先生も。僕なんか此処に来てまだ全然日も浅いのに……」

 

「フッ……教師が生徒を助けるのに理由がいるのか?」(ふふっ、旋焚玖の真似をしてしまった! 存外言ってて気持ちがいいなコレは!)

 

「千冬姉…!」(感動)

 

「織斑先生…!」(感動)

 

 うおぉい!

 なにドヤ顔で俺のパクってんの!?

 

 しかし悔しいかな。

 俺が言った時よりも絵になってるぅ。

 

 ならば良し!(納得)

 

「仮に教師でなくても、だ。一夏と旋焚玖が人がために立ち上がってみせた。手を貸すには十分すぎる理由だ」

 

 千冬さんがイケメンすぎてヤバい。

 イケメンすぎるし頼もしすぎる。もうアレだな、相手が誰だろうが何処だろうが、勝ったな風呂入ってくるレベルじゃないか?

 

「へへっ、千冬姉も仲間になってくれたんだ! 嬉しすぎて喉が渇くぜ!」

 

 そう言って台所へスキップしながらフェードアウトする一夏。

 アイツいつも喉渇かせてんな。

 

「あ、僕も手伝うYO!!」

 

 シャルちゃんもウキウキやんけ。

 まぁ世界最強が味方になったモンな。そら語尾もHIP-HOPしちまうわ。

 

 しかしシャルじゃないが、実際のところ千冬さんの加入はかなりデカい。いやホントに。マジで。

 さっき俺がデュノア社に電話したアレは、あくまで奇策でしかないからな。弱いモンが格上と対等に戦うための手段を取らざる得なかったんだ。

 

 だぁが!

 だがだが!

 

 今からは違う。

 千冬さんが加わった今、俺たちのタクティクスは無限に広がったと言っても過言ではない! 例えるなら雷神シドが加わった時に匹敵する安心感よ!

 

 こっからは奇策は要らぬ!

 まさに王道をもって戦うべし! ひゃっほい! 千冬さんありがとう!

 

 

【文字通り千冬さんにパンチをカマす】

【文字通り千冬さんにパンチをカマしてもらう】

 

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 






先生パンチは誤字です(半ギレ)
でも直さないです(戒め)



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第113話 誘拐

あえて奇策を、というお話。



 

「千冬さん、俺を殴ってくれ」

 

「……なにおう?」(これは……久々に意図が読めんぞ。これではまだ旋焚玖を理解していないと言われても仕方ないな。……しかし私に掴まさんとは。まったく、コイツの限界はどこにあるのか。まるで限りなく広大な宇宙が光の速さでさらに膨張を続けるが如しだな)

 

 切り替えていく。

 アホの【選択肢】に整合性なんてイチイチ求めてられんよ。しかし俺は千冬さんにパンチ関連を思った事などない。それだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 脈絡も内容も、もう何もかも意味不明すぎる【選択肢】だったが、そんなモンお前、別に今に始まった事じゃない。

 今回に関して言えば、要は【俺が千冬さんを殴る】か【俺が千冬さんに殴られるか】の二択なんだろ?

 

 なら後者一択に決まってんだろ!

 切り替えてくツったでしょ! こちとら痛みには慣れてんの! 悲しいけど奇行にも慣れてるんだわ! こんなモン俺レベルになるとパパパッとやってハイ終わりって感じでいけるんだわ!

 

 

熱さで冷静さを欠いた旋焚玖。

【千冬さんにパンチをカマしてもらう】とは書いてあるが、別にカマされる相手の指定はされてない事に気付かぬ痛恨のミス。しかし少年には割とよくある事だった。これには【選択肢】も慈愛の眼差しである。

 

 

 後はアレだな、千冬さんに不自然じゃない説明をしないと。下手すりゃ俺が殴られる事に悦びを感じる変態だと勘違いされちまうわ。不自然を自然に組み替えるのは任せろー。

 

「俺もまだまだ熟練の境地には程遠いらしい。千冬さんを味方に引き入れられて、舞い上がっちまっているんですよ。それは油断を引き起こし、足を掬われかねない」

 

「なるほどな。緩んだ気を引き締めてほしい、と?」

 

 我ながら惚れ惚れするリカバリーである。

 将来サギ師になるのもアリかもぉ。

 

「闘魂注入、お願いします千冬さん。一夏もシャルもバカじゃない。コレを見たらアイツらも自然と気を引き締め直しますよ」

 

 いいよ来いよ!

 猪狩完至な感じで来いよ!(やけくそギャグ)

 

「アイツらの為でもある、か。まったくお前と言う男は……。言うは易く行うは難し。躊躇いなく己の身体を張ってみせる心意気や良し。さぁ、歯を食いしばれ」(旋焚玖に気の緩みは感じられん。全ては一夏とデュノアの為なのだろう。まったく……旋焚玖の精神性はボンジュールなど軽々と超えてみせ、果てはボンバイエにまで辿り着いてみせたか)

 

 流石は千冬さんだ。

 これ以上ない良い形に汲んでくれたぜ。

 

「旋焚玖~、千冬姉~、ちべたいアイスティーのご到着だぜ~♪」

 

「僕も一緒に手伝ったよ~♪」

 

 これは浮かれきってますね、間違いない。

 いや、それでいい。それでこそ、俺の『殴ってくれ』台詞な理由も妥当さが増すのである!

 

 こちとら心身ともに準備は出来ている!

 遠慮なくやってくれい、千冬さん!

 

「フンッ…!!」

 

 

 バチコーンッ!!

 

 

「~~~~~ッ!!……ありがとなす」

 

 痛ひ。

 超痛ひ。

 痛すぎて噛んだでござる。

 

 一夏たちは……?

 

「(゚д゚)」

 

 うわははははは!

 新しい顔が出来たよー!(アンパンマン)

 

 一夏お前中々面白い顔してんじゃねぇか! 痛みも吹っ飛ぶレベルな面白っぷりだぜ、ありがとよ! お前の顔はケアルラだったんだな!

 

 ニューフェイスな一夏は置いとくとして、シャルはどんな感じだ?……あれ? シャルがいない……んぁ?

 

「あわわ…!」

 

 何故か俺の背後であわわってました。

 シャルお前中々いいスピードしてるじゃねぇか。一夏の(゚д゚)に目を奪われていたとはいえ、俺にも気付かせずに忍び寄るとは。

 

「ち、千冬姉なにやってんだよ!」

 

「そ、そうですよ織斑先生! どうして旋焚玖をブッたんですか!?」

 

 ショッキングから立ち直った一夏とシャルがプンスカ千冬さんに言い寄る。

 なお言い寄っているのは一夏のみであり、シャルは依然背後から顔だけ出しての抗議である。

 

 お前中々可愛らしいじゃないか。だがその程度じゃ、まだまだ俺の心に蔓延るホモの幻影を払拭するには程遠いぜ。

 

 しかしまぁ何と言うか、やはりと言うか。こうなったか。見ただけで何もかんも理解してもらえりゃ、言葉なんか生まれねぇってな。

 

「分からんか? 気の緩みは油断に繋がる。現に何だお前達のその『♪』は。まだ何も解決していないんだぞ」

 

「「 うっ 」」

 

 こういうところは流石よな。

 締めるトコはピシッと締めてくれる。俺が言うより万倍も説得力あるし。こういうのも含めて、やっぱり千冬さんは頼もしいや。引き入れに尽力して正解も正解、大正解だった。

 

「浮かれるな、とは私も言わん。しかし度合いを忘れるな。今のお前達は私にも危うく見えた。故に、旋焚玖がわざわざ買って出た。理由はもう分かるな?」

 

 ありがたいよねぇ。

 千冬さんが居ると、『流れの修復』に手間暇かけずに済む。俺が望んでいるコト全部言ってくれるんだもん。

 

「千冬姉の言う通りだ。まだシャルは助かった訳じゃないのに、俺は浮かれちまってた。すまねぇ、旋焚玖! 俺のせいで身体を張らせちまった!」

 

「そ、それなら僕もそうだよ! ごめん、旋焚玖…! 僕が一番気を抜いちゃいけないのに…!」

 

「気にするな」

 

 魔法の言葉『気にするな』。

 これは話の流れを終着させる力も備えているのだ。同時に新たな展開へのきっかけにもなる。まさしく最高の言霊さ。

 

「さぁ、一夏とシャルがいれてくれた、ちべたいアイスティーで喉を潤わしながら、作戦を練ろう」

 

 緊張しっぱなしも良くないからね。

 千冬さんも言ってたが、何事も適度な加減がベストなのさ。

 

「お、おう!」

 

「うん!」

 

「フッ……」 

 

 何度も言うが、千冬さんが入ってくれた今、もう小細工は不要。社会的な力、戦闘的な力、全てが圧倒的に飛躍したと言える。

 ぶっちゃけもう千冬さんに電話で交渉してもらうのも全然アリだし、何だったら千冬さんが直接ナシつけに行っても余裕だろう。

 

 ふひひ、強すぎてすまんな。

 Vやねん! うわはははは!

 

 

【俺が直接ナシつけてきてやる。千冬さんには見送ってもらう!】

【俺が電話の続きをしてやる。千冬さんには見守ってもらう!】

 

 

 千冬さんの助力全く関係NEEEEEEEEEE!!

 ふっっっっざけんな!!!! 今までのやり取りなんだったんだコラァッ!! 

 

 見送ってもらって戦闘力がアップするか!? 見守ってもらって交渉術がアップするか!? するわけねぇだろバカ!

 

 くっそぅ……なんだコレ。

 まるで優勝請負人が加入した次の日に、故障今季絶望を知らされた監督の気分だぜ。蜀にFAで入ってきた馬超みたい(直喩)

 

「シャル、電話を貸しな」

 

「織斑先生に交渉してもらうんだね!」

 

「……もっかい俺が掛ける。千冬さんは見守っていてくれ」

 

 何で見守ってもらう必要があるんですか(哀愁)

 千冬さん、千冬さん。ここは『私に任せろ』と電話を奪うところですよ。常識的に考えて。

 

「任せろ。お前の勇姿、しっかりと目に焼き付けてやる」(フッ……いかにも旋焚玖らしい言葉だな。最初から私に頼り切るのではなく、まずは己で立ち向かう。こういうところがコイツの美点だな。可愛い)

 

 ソレを任せろとは言っていない。

 いやホント何言ってだこの人。限定的場面で常識を超越しすぎだろ。

 

 もういいもん。

 電話するもん。

 すりゃーいいんでしょすりゃー(憤怒)

 

 オラ、俺の交渉術見とけ(ヤケ)

 

「……もしもし」

 

『ッ……貴様は一体…』

 

 

【相手が電話に出たら、まず自分から名乗るのが常識だ】

【名乗るのはマズい。直接ナシつけに行こう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「俺は主車旋焚玖だ」

 

『!!……2人目の男か…! 娘に何をした…!? 娘は無事なんだろうな!?』

 

 えぇ……なんかマイナス的なイメージ抱かれてる気配プンプンなんだけど。というかスパイさせておいて、何だその反応。

 まるで父親みたいなセリフ吐いてくるじゃないか。いや、父親なんだけど。もっとこう、冷徹で素っ気ない反応を想像していたが……ふむ。

 

 ここで思い出されるはシャルの言葉。

 毎夜毎夜、電話で報告してるんだってな。聞いた時は、スパイ業界ではそれが普通なんだと思って、あまり深く考えなかったが。

 

 発想を変えてみるのも一興か。

 

「無事だ。……今のところはな」

 

 ふひひ、悪役は任せろー。

 

『どういうつもりだ。いったい何が目的だ…!』

 

 誘導成功。

 ならば俺も乗じよう。

 

「シャルロット・デュノアは犯罪者として拘束している。学園にも知られずにな。この意味が分かるな、デュノア社の社長さんよォ」

 

 電話越しから緊迫した雰囲気が伝わってくる。

 それは保身からなのか、それともシャルの身を案じてなのか。

 

 前者か後者か。

 それが分かればシャルの問題の解決に大きく繋がる。なるほど、俺の役目は巧みな話術を駆使して、シャルの親父さんを見極める事らしいな…!

 

 

【身代金を要求する】

【誘拐犯の真似事など笑止。直接ナシつけにいく】

 

 

 邪魔しないでよぉ!

 全然巧みじゃないよぉ!

 

「……金だ。娘を解放してほしけりゃ金を用意しろ」

 

 こんなモンお前、別にシャルの身を案じてなくても乗ってくるだろ。世間にバラされりゃデュノア社はもちろん、親父さん自身も終わるんだし。

 

 だーからbad巧みだツってんの! 

 お前アホなんやから大人しくしとけや!

 

『わ、分かった。幾らだ?』

 

 

【1円】

【10円】

 

 

 安すぎィ!! 

 

「……10円だ」

 

「安すぎィ!!」

 

『……今、娘の声が聞こえた気がしたが?』

 

 今まで黙んまりを貫いていたシャルも流石に声を上げちまったい。そらそうよ。

 

「気のせいだ」

 

 おいヤメろシャル。

 俺の背中をポカポカ叩くな。それくらいじゃホモ幻影は消えねぇツってんだろ。

 

『そうか。しかし何だ、そのフザけた金額は? よもや娘の価値が10円だと言いたいのか?』

 

 む…これは……。

 明らかに怒りの混ざった声だ…! 

 

 これはマジでシャルを単なる操り人形だと思ってない可能性あるぜあるぜ! よし、軌道を少し修正だ。下手にモニョモニョ言い訳せず、無かったテイで言っちまおう!

 

「100億だ。100億用意しろ」

 

 高いか?

 それともまだ安いのか?

 

 相場が分からん。

 だって誘拐なんてした事ないもん。

 

 まぁでも、シャルもポカポカをやめてにっこりしてるし、俺が提示したのは妥当な金額なんだろう。

 

『……分かった。期限は?』

 

 ううむ。

 反論せずに、すんなり承諾したか。しかしこの反応はシャルを娘と思ってようが、思ってなかろうが出来る。推理のネタにはならんな。

 

 

【緑の鞄に100億入れて白の紙で黄色の鞄言うて書きながら赤の鞄言いながら置いてくれたら俺黒の鞄言いながらデュノア社まで取りに行くわ】

【明日の夕方なんてどうですか?】

 

 

 長々羅列したら俺が見落とすと思ったかコラァッ!! お前それ結局デュノア社に乗り込むのと同じじゃねぇか!

 

「明日の夕方なんてどうですか?」

 

「軽すぎィ!! なにその感じ!?」

 

「ぶはははは! バイトの面接か! ぶはははは!」

 

「フッ……言い得て妙だな」

 

「なに笑ってるの一夏!? 織斑先生も何で頬を緩めてるの!?」

 

 いやお前ら静かにしろよ。

 適度な緊張感どこいった。

 

『……なにか騒がしくないか?』

 

「気のせいだ」

 

『そうか。しかし、明日の夕方というのはいささか急すぎではないか?』

 

 

【断ったらエッチな事をするぞ、シャルに】

【断ったらエッチな事をするぞ、一夏に】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 誘拐犯に相応しいゲスな脅しやめてよぉ! 

 

 【上】はゲスだが流れとしては不自然ではない。言ってしまえばよくあるパターンだ。

 【下】は不自然…というかただのホモ宣言じゃないか…! 身代金要求してきた奴が唐突にホモを告白するとかおかしいだろぉ!

 

「……断ったらエッチな事をするぞ、シャルに」

 

「「!!?」」

 

シャルは赤面した。

一夏も赤面した。

 

「!!!!!」

 

千冬はシャルのフリをした。

 

『……何とも滑稽な脅しだ』

 

 む…?

 激昂すると思ったが、鼻で笑われた気すらするぞ。やっぱり親父さんは、シャルを道具としてしか見ていないのか?

 

「俺が手を出さないとでも思ってんのか?」

 

『君は娘に手は出さんよ』

 

 いやいや、確かに手は出さんけど。

 何を根拠にそんな強く言えんのさ。

 

 お前が俺の何を知っていると言うのだね!

 

『君はホモなんだろう?』

 

 は?

 

『娘から聞いたぞ』

 

 は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は?

 

 





アルベール:ホモなんだろ?

旋焚玖:だから違うって言ってんじゃん…!

アルベール:俺もそうなの。

旋焚玖:ファッ!?

アルベール:ソーナノ

旋焚玖:やべぇよやべぇよ…

アルベール:嘘に決まってんじゃん

旋焚玖:なんだこのおっさん!?



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第114話 氷解


中心の隅っこ、というお話。



 

 

ホモなんだろう?

ホモなんだろう?

ホモなんだろう?(エコー)

 

 

 コイツは一体ナニを言っているんだ。

 というかシャルは一体ナニを報告しているんだ。よしんば俺がホモだったとしよう。しかしスパイとしての報告でソレは別にいらんでしょ! 

 

 俺がホモだったら何か任務に支障があるんですかい!? 何でもかんでも報告してんじゃねぇよ! 仲良し家族か!

 

 今、この瞬間!

 俺の中で優先順位が入れ替わった! 入れ替わっちゃったよ! シャルをデュノア社の呪縛から解放するより、俺はホモ疑惑を払拭する事に専念するッ! 

 

 電話なんか知らんわ! 

 千冬さんにバトンタッチだ! 

 そのための千冬さんあとそのための一夏よぉ! しかし電話をマイクにしてなくて良かったと言ったところか。こんなモン2人に聞かれたらメンドクセェこと富士山の如しだ。

 

「おいシャル」

 

「なぁに?」(シャル)

「なんだ?」(千冬)

 

 どうして千冬さんも返事するんですか。

 聞き間違えたのかな?

 

 まぁいい、電話は千冬さんに任せる予定だったし、このまま頼むとしよう。

 

「千冬さん」

 

「…………(ぷいっ)」

 

 いや、何で顔を背けんの?

 とりあえず回り込んでもう一度。

 

「千冬さん」

 

「わた…ンンッ、僕はシャルだ」

 

 こんな時に何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 いやいや、割と今は千冬さんのお茶目に付き合っていい場面じゃないっす。通話中だっての。シャルの親父さんを放置してたらイカンでしょ。

 

 あんまり無言を続けてたら『うほっ、この沈黙はやっぱりホモじゃないか!』とか思われちゃうだろぉ!

 

 えぇい、一夏だ一夏!

 俺の真似して場を繋いでくれ!

 

「おう!」

 

 元気良く携帯を受ける一夏。

 この勢いは期待できますねぇ!

 

「もしもし! 俺は旋焚玖だぜ! 俺は世界一位なんだぜ!」

 

『?』

 

 旋焚玖はそんな事言わない(憤怒)

 アカン、これ以上展開がイミフになる前に千冬さんを正気に戻さねば!

 

「フザけてる場合じゃないですって千冬さん。早く電話をお願いします」

 

「お前はどうするんだ」

 

「俺は……シャルにちょいとお話が」

 

「嘘だゾ。そんな事言ってエッチな事するんだろ、エロ同人みたいに。お前のパソコン内でジャンル別にフォルダ分けされてるエロ同人みたいに…!」

 

 何で2回言った!?

 何で2回目詳しめに言った!? 

 

 というか何で知ってんだアンタ!? 一夏と弾くらいにしか教えてねぇぞ! というかというか、する訳ないだろアホか! 二次元と現実はちゃんと区別できてるわ!

 

「しないですって」

 

「ホントに?」

 

「ホントに」

 

「ホントのホントに?」

 

 いやしつこいな!?

 どうした千冬さん!? 

 

 常識的に考えて俺にそんな度胸ある訳ないだろ! 一夏も千冬さんも居るんだぞ! というか(元)ホモに手を出す訳ないだろ! 

 

「イエーッ! 俺イエーッ!」

 

『?』

 

 旋焚玖はそんな事言わない!(憤怒)

 ほら、早く納得してくださいよ千冬さん! アホの一夏が全然似てない俺の真似してるウチに早く!

 

「むぅ……分かった、信じる」

 

 これで展開が進むぞー。

 

「シャルの親父さんは、シャルの事をただの道具と思っていないフシがあります。そこを上手く突っつけば、案外簡単に解決するかも?」

 

「……なるほど。なら、ここからは私が引き受けた。おい一夏、代われ」

 

「ん? もういいのか? ちぇっ、まだまだ真似したりねぇぜ!」

 

 そんな事しなくていいから。

 

「0.00001ミリも似てなかったからもう二度としなくていいぞ。私の前ではしなくていいぞ」

 

「(´・ω・`)」

 

 これには一夏も(´・ω・`)。

 辛辣すぎてプチ同情。

 

 しかしシャルの親父さんを千冬さんに任せられたのはデカい。これで俺も心置きなくシャルとお話が出来る。

 

「とりあえずシャルは俺と部屋の隅っこに行こうな」

 

「えっ、どうして?」

 

「つべこべ言わずに来いホイ!」

 

 部屋の真ん中でホイホイ追及できる話じゃないんだよこのデンジャラスパイが!

 

「シャルさお前さ、親父さんに毎日報告してるツってたよな?」

 

「そうだよ」

 

 確かその日の出来事とかご飯のメニューとかだったよな。

 

「どうして俺がホモだと伝える必要があるんですか」

 

「え? だって旋焚玖ホモでしょ?」

 

 ホモはお前じゃい!

 女のくせにホモとか恥ずかしくないのかよ!

 

「俺はホモじゃない」

 

「うそだぁ、旋焚玖はホモだよ~」

 

 本人が否定してるのにどうして断言するんですか。どうしてちょっとご機嫌な感じなんですか。それに何だその生温い目は、ヤメろオイ『とぼけちゃってぇ』みたいな顔してんなマジで。

 

 しかしシャルの目がキランと光ったのを俺は見逃さない。

 どうやら過去の証拠を持ち出し、俺を説き伏せるつもりだな。

 

 いいぜ、こいよ。

 口先の魔術師ナメんなよ。

 

「だって僕が転校してきた日にパンツを欲しがったじゃんか。あの時はまだ男装してたんだよ?」

 

「箒と鈴にも言った事があるからセーフ」

 

「旋焚玖のエッチ!」

 

 可愛い(うっかり反射)

 しかしまだホモ。

 

「でもその後、一夏と手を繋いでたよね」

 

「女同士でも繋いでるだろ」

 

「あ、そっかぁ」

 

 そうだよ。

 

「でもその後、僕の着替え見てきたよね? 見ないでって言ったのに」

 

「見るなと言われたら見たくなるのが人のサガよな」

 

「あ、そっかぁ」

 

 そうだよ。

 

「でもその後、僕に裸を見せてきたよね」

 

「強靭な肉体ッ! 披露せずにはいられないッ!」

 

「あ、そっかぁ」

 

 そうだよ。

 

「でもその後、恋愛は自由だって言ってきたよね」

 

「差別は良くない。暴力と同じくらい良くない」

 

「あ、そっかぁ」

 

 そうだよ。

 オラ、これで分かったか? 

 

 俺に生半可な問答は通じんよ。

 たとえ決定的な証拠があっても、俺なら乗り越えられる自信がある。

 

「……もしかして、旋焚玖はホモじゃない…?」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

 ようやく真理に辿り着いたか。

 疑念が晴れた時点で、ぶっちゃけシャルが捕まろうが、俺は痛くも痒くもなくなった訳だが。流石にここから手の平を返すのは、普通にイカンでしょ。俺にだって良心はあるわい。

 

「あれ、ちょっと待って。さっき、旋焚玖は僕の裸見たよね?」

 

「見たな」

 

 割とがっつり見たな。

 詩歌まで歌わさせられる始末。

 

「ホモじゃないって事は……その、僕のおっぱいとか見て興奮したの?」

 

「膳膳」(サントリー)

 

「やっぱりホモじゃないか!」

 

 ホモはお前じゃい!(2回目)

 お前がどれだけ女を心身ともに主張しようが、俺の中では依然ただのホモなんだよ! 言っとくが俺にTS属性は無ェ!

 

「あのな、シャル。お前が俺をホモだと疑っていたように、俺もお前をホモだと思ってたんだ」

 

「むむむ」

 

 何がむむむだ!

 何かまだ釈然としてないっぽい雰囲気アリアリじゃないか! こういう時は理路整然っぽい言葉をカマしてやるんだぜ。

 

「見損なうなよ、シャル。俺が女だと分かった瞬間に目の色変えるゲスだと言いたいのか?」

 

「そ、そんな事ないよ! ごめん、旋焚玖。僕の思い違いで気を悪くさせちゃった」

 

 やったぜ。

 上手い事シャルの良心もチクチクしてやったが、効果は見た通り絶大なんだぜ。これで今度こそ俺のホモ疑惑は払拭されたな!

 

 後はいつもの言葉で画竜点睛だ。

 

「気にするな」

 

「……ありがとね、旋焚玖」(旋焚玖はホモじゃなかったんだ。僕は勝手に勘違いして、嘘の報告までしちゃった。それなのに、旋焚玖は少しも怒ることなく笑って許してくれた。一夏が言ってた通り、旋焚玖は器が大きいんだね。……ん?)

 

 

その時シャルロットに電流走る。

自分はずっと旋焚玖に惚れられていると思っていた。しかし、旋焚玖がノンケだと分かった今、少し話も変わってくる訳で。

 

 

(旋焚玖の僕への接し方は、自惚れじゃなければ好意を持ってくれてる人のソレだった。でも旋焚玖が惚れてたのはホモの僕であって、でも僕はホモじゃなくて旋焚玖もホモじゃなくて、でも僕への接し方は完全に好意を持つ人のソレであって、でも旋焚玖はホモじゃなくて……ううん?)

 

 

 何かシャルが百面相してるでござる。しかし、こういう時は触れない方が身のためなのだ。経験的に。

 

 

(あ、分かった、分かったよ! 旋焚玖はホモの僕じゃなくて、単純に僕自身が好きなんだね! ホモじゃないって分かった後でも、僕1人のために多くを敵に回しても安いとか言ってたし! これはもう間違いないね!……でもホントに当たってるか気になるなぁ。き、聞いてみてもいいのかな…いいよね? 旋焚玖なら違ってたら違うってハッキリ言うだろうし)

 

 ん?

 ナズェミテルンディス!!

 

「旋焚玖は僕の事が好きなの?」

 

「……なるほどな」

 

 なぁに言ってだコイツ(余裕あるン抜き言葉)

 そして感じるデジャブ感。

 

 以前、セシリアにも似たような事を言われたが、あの時ほどの動揺はしねぇぜ? 何故ならセシリアとシャルは違うのだ! 

 

 セシリアは初めて出会った時から超美人な女だった。俺の中でアイツの魅力は今でも留まる事を知らぬ! 可愛い!

 シャルは初めて出会った時からホモだった。俺の中でコイツのホモ幻影は今でも根付いている! 実は女でした、などという現実が霞むほどに! 

 

 それ故に冷静。

 それ故にクール。

 

 お前は俺にとっての男友達みたいなモンだ。ってな内容の返答をいい感じにしてやるぜ! 

 実際、コイツのノリはどこか弾に似てて好感が持てる。これからも上手くやっていけそうな気配プンプンなんだぜ。

 

 

【好き好き大好き! チョー好き! 初めて逢った日から毎晩シャルたんの事を考えて5分に1回シャルたんの事を考えて、もうホントに大好きっ! 結婚したい! 好き好き好きー!】

【俺を惚れさせてみな(キリッ)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「……俺を惚れさせてみな」(キリッ)

 

「んなっ!?」(想定してた返事と全然違う!? なにそれ、何をどうしたらそういう返答ができるの!? 旋焚玖はいったいどういう思考回路してるの!? 僕の事が好きなんじゃないの!? 何で僕が旋焚玖に惚れてるみたいな感じになってるの!? あーっ、ダメだ、考えがまとまらないよぉ!)

 

「ヒューッ! 旋焚玖ヒューッ!!」

 

「一夏は黙ってて!」

 

「(´・ω・`)」

 

 気付いたら一夏が俺たちのトコロまで来てたでござる。千冬さんのトコに居たと思うんだが、はて…? 何で頭をサスサスしてんだ?

 

「どうしたんだ?」

 

「千冬姉にドツかれた」

 

 いや何でだよ。

 千冬さんは電話中だろ?

 

「真正面に立って変顔したら殴られた」

 

 そらそうよ。

 何やってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 真面目な場面で茶目っ気出すキャラじゃないだろお前。アレか、千冬さんに言われた言葉が悔しかったんかな。

 

 いやしかし、ホントに緊張感どこ行った。何かもう逆にシャルの親父さんに申し訳なくなってきたまであるぞ。俺たちはどういう集まりなんだっけ?

 

「はい…はい……ではその形で、はい」

 

 あ、電話終わったっぽい。

 どんな話ししたんだろう。シャルに夢中(語弊)で全然聞いてなかった。しかし千冬さんの表情から察するに、進展ありっぽいな。

 

「お、織斑先生、父とはどんなお話を…?」

 

「ん? ああ、とりあえず明日ここに来る事になった」

 

「明日!? え、なんで!?」

 

「電話で話すより直に話す方がいいだろう? 明日はデュノアも交えて懇談だな」

 

 いやはや流石は千冬さんの一言に尽きる。

 アウェーに乗り込むよりホームで迎えたほうが良いに決まってるもんな。しかし、ソレをデュノア社の社長相手に軽く了承させちまうんだから、ホントに頼りになるぜ!

 

「一夏と旋焚玖も明日は同席しろ。お前たちも既に他人事ではないからな」

 

「おう!」

 

「分かりました」

 

 

【デュノア社まで迎えに行くぜ!】

【負けじとウチの両親も呼ぶぜ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






どうして呼ぶ必要なんかあるですか(憤怒)



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第115話 交渉人&人&人


戦いは数だよ、というお話。



 

 

 デュノア社との電話を終えた次の日の放課後。

 我らが1組の教室にデュノア夫妻がやって来た。親父さんだけかと思いきや、奥さんも普通に来てるからビックリである。

 

 まさに今、白い机を挟んで俺たちと対峙している訳だが。親父さんは此処にいる面々を見渡し、明らかに難しい顔をしている。分かるぅ↑↑(超分かるの意)

 奥さんは……何で俺をチラチラ見てるんでしょうか。メンドくさい予感がプンプンなので言わんけど。

 

「まずは、そうだな……自己紹介でもしていこうか」

 

 沈黙を破ったのは我らが千冬さんである。

 千冬さんがいると俺がアレコレ展開考えなくていいからありがたし。そう言った千冬さんは目線でデュノア夫妻を促す。まぁ少ない陣営からがベターだろう。

 

「多く語る必要もないだろう。私はシャルロットの父親。アルベール・デュノアだ」

 

「私はこの人の妻で、この娘の義母にあたるロゼンタ・デュノアよ」

 

 親父さんは貫禄あるしダンディーである。

 要はイケメンである!……うらやますぃ。

 

 奥さんは普通に美人である。

 フランス人には詳しくないが、普通に美人である!……うらやますぃ。

 

「デュノアはいいとして、次はそれ以外の者だな。よし、主車から順に言っていけ」

 

「はい。主車旋焚玖です、今日はよろしくお願いいたします」

 

 こっちの方が人数多いからね。

 パパッと終わらせんとイカンよ。座ってる場所的に順番でいくなら次は一夏だな。お前も分かるだろ、パパッと終わらせろよ。

 

「えっと、俺は織斑一夏です。シャルとはルームメイトとして仲良くさせてもらっています」

 

 まぁ自然な流れでの一言だな。

 それを狙ってデュノア社もシャルに男装させてたろうし。しかも良い一言だ。聞こえようによっては口撃にもなりうる。

 

「何だとクルァァァァッ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 うわビックリした!?

 落ち着いた佇まいから急転!?

 

「男女が同じ部屋とかフザけてるのか! それが! お前達の! やり方かァッ!!」

 

「落ち着いてあなた! その時のシャルロットは男の子だったから! 女の子じゃないから!」

 

「あ、そっかぁ」

 

 なんだこのおっさん!?

 

 くそっ、みんな呆気に取られてるじゃないか。正直、俺もビックリしてる。表情には絶対出さんけど。シャルですら「ふぇぇ…?」とか言ってるし。可愛い。だが元ホモだ(幻影)

 

 一夏の口撃で先手を打つどころか、逆に出鼻を挫かれてしまった感がハンパない。流石は大企業の社長様って訳かよ、これは一筋縄ではいかなそうだな。

 

「ンンッ……では続きを」

 

 だが、まだ俺たちのターンは終わってない。

 シャルの男装事件にメインで巻き込まれたのは俺と一夏だが、ある意味今日の俺たちはメインでなく前菜的ポジションよ。

 

 まずは(強制的に)デュノア夫妻の対抗馬として呼ばれたこの夫妻でジャブといこうか! 居るだけでジャブになってるから、変な事とか言わんでいいからね!

 

「いつも息子の旋焚玖がお世話になっております。主車優作です」

 

 周りを見渡しペコリな父さん。

 いやホント急に来てもらってごめんよ。俺が関わってる時点で、全くの無関係って訳でもないんだが、別に父さんも母さんもシャルの件に直接的には関わってないからな。

 

 それに言葉のチョイスもいい。

 特にツっこみどころもなく、滞りない言葉がとてもいい。隣りの母さんもパパッと言っちゃってくれよな!

 

「主車霞です。旧姓は石戸です」

 

 何で旧姓言った?

 別にいいけど。それくらいは許容範囲さ。

 

「久しぶりね、箒ちゃん。とっても大きくなったわぁ」

 

「は、はい! お久しぶりですお義母さん!」(い、言ってやった! 私は言ってやったぞぉ! 大胆な呼び方は恋する女の特権なのだ! 旋焚玖が気付く必要はまだ無し! ご両親へのアピールも大事な積み重ねの一つなのだ!)

 

 

箒の心の声の通り、旋焚玖は違いに気付かなかった。言葉は見えないし、箒は千冬ではないので、残念ながら当然である。しかし彼女の放った言葉のニュアンスの違いに気付いた者も在り。

 

(くぅぅぅ~…! 何と大胆な発言をするのですか箒さんは! 大胆な呼び方は恋する乙女の特権という訳ですか箒さんンンンン! 自然かつ未来を見据えた勇気ある言動…! こういうところは、わたくしも見習わねばなりませんわね。ですがわたくしはまだ本日が初対面ですし、ここは大人しく控えておきましょう)

 

(な、中々やるじゃない箒…! 大胆な呼び方は恋する女の特権だもんね。こういう積み重ねが後々効いてくる……流石によく分かってるわ…! でもあたしも旋焚玖のご両親とは家族ぐるみで仲良しなんだから! きっとあたしのターンも来る筈! 自分から出しゃばるのは我慢よ、あたし!)

 

(フッ……15の小娘にしてはよくやったと褒めてやりたいが。キサマらの居る場所は既に! 私が去年通過した場所だッッッ!!)

 

旋焚玖に恋する乙女たち(うち1人は24歳)は三者三様、箒の言動に心を打つのであった。

 

「……今日は保護者懇談と聞いていたのだが?」

 

 あらやだ、シャルパパ不機嫌そう。

 分かるぅ↑↑(超分かるの意)

 

「ウチの両親は俺は勿論、ある意味で一夏の保護者でもありますから。デュノア社とシャルのゴタゴタに巻き込まれた俺たちの保護者も、この場に呼ばれてもおかしくはないでしょう?」

 

「……ふむ」

 

「一理あるわね」

 

 割といい感じの返しが出来たぜ(自画自賛)

 強引ではあるが、まぁ筋は通ってるもんよ。

 

「主車くんのご両親がこの場に居るのは分かった。しかし、他の面子は何だ?」

 

 鋭い眼光で箒たちを見やる親父さん。

 その瞳が大いに語っている。「お前らは流石に関係ないだろ」と。

 

 ああ、関係ないね。

 だから何じゃい!

 

 俺が呼んだんだよ!

 アホの【選択肢】がウチの親も呼ぼう的なモン出してきた時点で、もう無茶苦茶になるのは目に見えてんだよ! あとはその流れに乗るか抗うか、だ。

 

 ここで下手に抗ったら、余計トンデモな状況を巻き起こさせられるに決まってる。経験上、決まってんだよ…! ならば乗るしかねぇ、この意味不明なウェーブに…!

 

 どういう経緯でこうなったのか。

 それを今から思い出してやるぜ!

 

 

 

 

「ウチの両親も呼ぼうと思う」

 

「なんで!?」

 

 知るか!

 

 俺の意味不明な提案に、オッタマゲーションなリアクションをしたのはシャル。そらそうよ、だって全くもって関係ないもん。全くもって意味不明だもん。

 

「……ふむ。もしかしたら妙策かもしれんな」

 

 何をもってして妙策と捉えるのか。

 毎度の事ながら千冬さんの思考回路が分からん。まぁ変にツっこまれるより100倍良いし、とりあえず納得してくれりゃあ俺も展開が作りやすい。アドリブは任せろー。

 

「これはな、お前の親父さんへのアピールになる」

 

「アピール?」

 

「デュノア社とシャルの一件を、俺らは小さく扱うつもりはないってな。大人を巻き込んでもシャルを守るつもりだっていう、ある種の覚悟を示す事になるのさ」

 

「な、なるほど…!」

 

 千冬さんの『妙策』というワードから自然に『っぽい』言葉を紡げたぜ。サンキューチッフ。そんな風に呼んだらお尻ペンペンされるから言わんけど。

 

 そして俺はコレだけに留まる気はない。

 

 アホの【選択肢】のせいで投げられちまった賽。

 この際だ、俺がゾロ目にしてやんよ。

 

 賽だけに(激ウマギャグ)

 

「しかしアレだな。覚悟を示すってんなら、ウチの両親だけじゃ弱いな」

 

 多少ビックリはするだろうが、多分それ以上のモンは得られんだろう…ってのが俺の予想だ。下手したら単なる出オチになるかもしれんし。シャルの親父さんを驚かせるのが目的じゃないし。

 

「ならどうする? 俺と千冬姉じゃ呼べる親居ないし……」

 

「一夏と千冬さんは家族みたいなもんやし。俺の親が2人の親でいいだろ」

 

「そ、そうだな! へへっ、だってよ千冬姉!」

 

「フッ……」(旋焚玖の何気ない一言は、いつも私達姉弟の心を温めてくれる。まさに使い捨てられぬホッカイロだな)

 

 覚悟を示すのに『親』を限定する必要は無し。

 俺たちには他に誰が居る?

 

 発言力のある者ならなお良し。

 そんなモンお前アイツらしかいねぇだろ!

 

「俺たちのダチに、明らかに一般生とは一線を画してる奴らがいる」

 

「あ、分かったぜ! セシリア達の事だな!?」

 

 いぐざくとりー。

 専用機を持つセシリア、鈴、ヴィシュヌ。

 

 この3人が同席してくれたら、母さんと父さんに面食らったシャルパパへ、さらにプレッシャーも与えられるだろう。事を優位に進めるには下準備をしっかりってな。

 

「俺はセシリアと鈴とヴィシュヌにも助力を求めた方がいいと思う。シャルさえ良ければ、だが」

 

「僕?」

 

 そらそうよ。

 

「俺ら以外はまだシャルを男だと思ってるからな。力を借りるって事は、さっき千冬さんに話したみたいに、シャルの事情を明かさないとダメって事でもある」

 

 まぁアレだ。

 スパイ云々もそうだし、必然的に経緯を説明するなら、自分は愛人の娘だってのも明かす事になるだろう。それをシャルが言えるかどうかって訳だな。

 

「……事情は話さない、でも助けてほしい。なんて筋が通らないよね」

 

「まぁそうだな」

 

「っていうか思ったんだけどさ。どうせさ、シャルが男子から女子になった時点で、皆ふつうに不審がるんじゃないか? 何も説明もなかったら余計に」

 

 いいアシストだ一夏。

 デュノア社から解放されたとして、その後『シャルロット・デュノア』として学園に平穏よろしく通い続けるのであれば、皆への説明は避けては通れんだろうよ。

 

「要は時間の問題だ。今夜明かしてしまうか、後で明かすか。お前の未来だ、お前が決めろデュノア」

 

 いいアシストだ千冬さん。

 2人して俺が言いたかった事を言ってくれたぜ。

 

「僕、話します。ちゃんと全部、話します!」

 

 やったぜ。

 

「いいんだな?」

 

「うん。僕は女手一つで育ててくれたお母さんを誇りに思ってる。後ろめたい気持ちなんてないよ!」

 

「よし。ならさっそくセシリア達を此処に呼ぼう」

 

「……箒は呼ばんのか? お前も分かっている筈だ。デュノア社を相手に『篠ノ之』の名は脅威になる。ある意味、私以上にな」

 

「あー、まぁそうなんですけど」

 

 正直、箒の存在はずっと頭の中にあった。

 俺も千冬さんも『使えるモンは何でも使う』が信条の流派だし。しかしソレを易々と箒に強制できるほど俺の肝は太くない。

 

 姉の威厳を借りる的な行為は、箒のプライドが許さんだろうってのが一つ。何より、アイツは束さんの事嫌ってるっぽいし。

 

「フッ……アイツはお前が思っているほど弱くない。忘れたか? 無人機が襲来した時のアイツの言動を」(※ 第85話参照)

 

「そうだぜ旋焚玖! むしろ、いつも一緒に居るメンバーの中で箒だけ呼ばなかったら、仲間外れにされたって箒は悲しむんじゃないか?」

 

 それはいけない。

 美人すぎる箒を無駄に悲しませる訳にはいかんでしょ!

 

 

その後、旋焚玖たちによって部屋に呼ばれた少女達。

シャルロットは男装をヤメており、一目で女である事がバレた訳だが、旋焚玖の予想とは違い、眉を顰めたのはヴィシュヌだけであった。何故か箒とセシリアと鈴はホットしていた。

 

((( 旋焚玖(さん)はホモじゃなかった…! )))

 

シャルロットは自身の事、スパイになるまでの経緯、これから自分たちが何をしようとしているか、それを踏まえた上で箒たちにも力を貸してほしい事、全てを一人で話した。旋焚玖と一夏と千冬は、あえて何も言わなかったのである。

 

「話は分かりました。私はデュノアさんに手を貸します」

 

 シャルの話を聞き終えて、まず口を開いたのはヴィシュヌだった。

 

「い、いいの?」

 

「はい。私も幼い頃に父を亡くし、これまで母に育てられましたから。デュノアさんの気持ちは理解しているつもりです」

 

 なるほど。

 ヴィシュヌの心を響かせたのは、自身の境遇と重ねたからか。何にせよ、違うクラスにもかかわらず、それでも頷いてくれたヴィシュヌには感謝だぜ! 

 

 あとは鈴とセシリアと箒だな。

 

「この際だからハッキリ言っちゃうけど。あたしはね、知り合ってまだ一週間やそこらの奴を、ましてや事情はあってもスパイだった奴を助ける気なんて、さらさら無いわよ? あたしンとこはまだ両親も健在だしね」

 

「(´・ω・`)」

 

 そらそうよ。

 この件に関しては、俺たちの方が異端だろう。

 

 元々俺だって、別に正義感に燃えてシャルを助けようとしてた訳じゃないし。世界にホモニュースを流させないためっていう善意もクソもない理由だったもんよ。

 

 セシリアも箒も鈴の言葉に頷いている…って事は、鈴と同じ考えなんだろう。

 しかし困ったな。この3人を説得するには、中々骨が折れそうだぞ。現に上手い感じの言葉が出てこないもんよ。

 

「でも、ね」

 

 む?

 

「旋焚玖と一夏、アンタ達はデュノアを助けるつもりなんでしょ? 千冬さんまで呼んでるし」

 

「おう!」

 

「ああ」

 

「……そ。なら、ソレがあたしが手を貸す理由になるわね」

 

 むむ?

 どゆこと?

 

「無条件で手を貸す程、私も鈴も、おそらくセシリアもデュノアとの間に絆は芽生えていない。だが、旋焚玖たちがこの件に一枚噛んでいるなら話は別だ」

 

「デュノアさんは旋焚玖さん達が助けたいと思える人物なのでしょう? なら、わたくし達も手を貸さないわけにはいきませんわ」

 

 どゆこと?(読解力不足)

 

 とりあえずアレか?

 『デュノアなんか知らんわい! でも助けたるわい!』的な感じの事を言ってるっぽいよな。

 

 つまり鈴も箒もセシリアもツンデレだったんだよ可愛い!(結論)

 

「やったぜ! みんなが手を貸してくれるなら鬼に金棒だぜ!」

 

「あ、ありがとう…! ホントに、ぼく、何て言ったら…」

 

 何か一夏とシャルが喜んでるし、俺の推理は正しかったらしいな! なら俺も嬉しそうな顔をしておくぜ!

 

「……決まりだな」(フッ……旋焚玖め、初めからこうなると分かっていたって顔だな。既に結んだ信頼に言葉は要らず、か。可愛い)

 

 これで俺たちのタクティクスパーティーは更に豪華になったんだぜ。俺と一夏とシャル。そこにまずは千冬さん。そして箒、鈴、セシリア、ヴィシュヌの4人だ。

 

 オイオイ勝てるわ俺たち。

 一人も汎用キャラがいねぇんだぜ? 全員が固有キャラとか、現段階で考えられる最強メンバーやんけ! 矢でも鉄砲でもデュノア社でも持って来いやァ!

 

 

 

 

 思い出してやったぜ!

 そして今に戻るぜ!

 

「他国とはいえ、このような大事なお話ですもの。同じ専用機持ちであり、代表候補生のわたくし達が同席してもおかしくはないでしょう?」

 

 イギリス人のセシリアが言うと謎の説得力がダンチよな。シャルの親父さんも険しい顔ではあるが、納得もしてそうな感じだし。

 

「私はセシリア達のように専用機は持ってないし、候補生でもない身分だが……篠ノ之束の妹だ」(ニヤリ……と口角を上げてやる。旋焚玖がハッタる時によくする笑みだ。いつまでも弱い私と思うな、思う事なかれだ!)

 

「「!?」」

 

 ビクッとなったなデュノア夫妻!

 いい自己紹介の仕方してんねぇ! 千冬さんの言ってた通り道理でねぇ!

 

「私も色々と姉に報告せねばならんからな。お二方はそのつもりでいてほしい」

 

 強い(確信)

 この状況下においてはマジである意味、千冬さんよりも強い存在と化してんじゃないか?

 

「……うむ」

 

「百理あるわね」

 

 効いてる感マシマシじゃないか!

 親父さんは「くぅぅ~」みたいな顔してるし、奥さんは何か意味不明だし! これは完全に流れがこっちに傾きまくってるぜ。

 

「と、とにかくだ。篠ノ之博士の親族が同席するのは理解できた。他国の代表候補生に関しても百歩譲って頷こう」

 

 頷く時点で俺たちの術中にハマってると知りな。平静だったら確実に頷かんよ、確実に。だってどう考えてもセシリアたちカンケーねーもん。

 

 それはそれとして、シャルの親父さんは周りをぐるっと見渡した。

 

「私達を囲んで座っている女子学生たちは何だ?」

 

 否、見渡したのではない。

 睨みつけたって表現の方が正しいな。

 

 世界でも有名なデュノア社を、確固たる地位を築き上げてきた男の威圧感アリアリな睨みである。そんなモン喰らったら、フツーのメンタルしてる女子高生ならビビッて目を背けるか、俯いてしまうかの二択だろう。

 

 で、仮にフツーじゃなかったら?

 先陣は俺が斬ってやる。

 

「シャルの被害者ですね」

 

「なに?」

 

「もちろん、正確に言えば、シャルに男装をさせたアナタ方になるんでしょうけど」

 

 俺の言葉に続く形で少女達が立ち上がった。

 ケツは持ってやる。千冬さんが持ってやる!

 

 存分に思いの丈ブチまけな!

 

「よくもだましたアアアア!! だましてくれたなアアアアア!!」

 

「な、何だね急に!? 君は誰だ!」

 

「出席番号一番! 相川清香! 恋する乙女の純情な感情を返セ!」

 

「「「「 返セ! 」」」」

 

 この交渉、絶対に負けられないんでな。少数精鋭なんて生温い事すると思うなよ、思う事なかれ!

 

 一組全員で大交渉だオラァッ!!

 

 残念だったな、御両人…!

 ウチのクラスに汎用キャラはいねェ!

 オラオラ、ガンガン言っちまえガンガン!

 






本音:シャルルくんが女とかうせやろ?

清香:こんなイケメンで女て、ぼったくりやろこれ!

静寐:ハァ~~……あほくさ。

癒子:おっぱい入ってるやん!どうしてくれんのこれ

神楽:どうしてくれんねんお前?

ナギ:イケメン貴公子や思たから恋したの!

理子:分かる?この罪の重さ

デュノア夫妻:(´・ω・`)



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第116話 懇談-前編-

交渉開始、というお話。



 

 

 義憤に駆られた一夏。

 世界への嘘ホモ疑惑を流出させたくない俺。

 俺と一夏を守りたい千冬さん。

 シャルの境遇に自身を重ねたヴィシュヌ。

 俺と一夏を理由に立ち上がってくれた箒、鈴、セシリア。

 男の子なシャルに恋い焦がれ恋に泣くだけじゃ怒りが収まらず、俺たちの話に乗りまくった1組の他女子全員もれなく大集合。

 

「何とまァ……揃いも揃ったり、だな」

 

 布仏を皮切りに始まった口撃だったんだが。圧倒されていた筈のシャルの親父さんも、全員が言い終わる頃にはしっかり皮肉を言えるくらい耐性つけやがったか。

 

「烏合の衆だと思ったら大間違いですよ」

 

 想いはそれぞれ違えども。

 此処に集まった目的は一致しているのだ。

 

「シャルを解放してください。これが俺たちの総意です」

 

 何か俺が代表みたいな感じになってるけど、このアホな流れを作った発端は誰だって言ったら俺だしなぁ。いや俺じゃねぇわ、元々はアホの【選択肢】から始まったんだっての。

 

 まぁアレだ。

 こういういかにもってな場面で空気と化す事に邁進してたら、アホの【選択肢】が確実にしゃしゃり出てくるって、経験上読めてるってのもある。そういうのも踏まえて、最初から俺が仕切ってた方が良い気がするのである! 

 

 

(きゃーっ! 見て見てパパ! 旋焚玖が仕切ってるわよぉ! クラスにも馴染めてるみたいでママ嬉しいわぁ!)

(よぉし、ならパパも伝家の宝刀を抜いちゃうぞぉ~!)

(あらあら、パパったらはしゃいじゃってぇ!)

(はははは! 当たり前だよなぁ、はははは!)

 

 

 何かウチの両親がモニョモニョやってる気がするけど、視界に入れてはいけないのである! この交渉の場をパパパッと成功させるには、デュノア夫妻との対話に集中しなければならないのである!

 

 しかし、シャルの親父さんは気になったらしく、ウチの両親を訝しげに見やった。

 

「……ちょっとそこの…あーっと、主車優作さん、だっか? 何だね、その手に持っているモノは?」

 

「え? ハンディカメラですけど? 軽くてとても撮りやすいんですよコレ」

 

 (録画が)もう始まってる!……なんでぇ?

 

「いやカメラの性能とかではなく。何故撮っている?」(そんなもの聞くまでもないか。映像証拠のためだろう。それほど彼らは本気なのだ。本気でシャルロットを我らから守ろうとしているのだ…!)

 

「え、だって息子の晴れ舞台ですよ? 撮るに決まってるじゃないですか」

 

 運動会かな?

 

「……ふむ」(まったく予想と反する言葉が返って来た訳だが……もしや撹乱が目的か? しかし、親の発言としては一応理には適っている。……なるほど、ISを起動した男の親なだけある。とんだ食わせ者らしい)

 

 あ、何かシャルの親父さんから勘違いの気配がする。珍しくその対象が俺じゃないってのがウレシイ……ウレシイ……。

 

「なー、ママ?」

 

「もちろんよぉ。千冬ちゃんなら分かるでしょ?」

 

「はい!」

 

 いや「はい!」て千冬さん。

 相変わらず母さんらの前ではキャラが変わってんな、アンタな。あと息子の俺は全然分からないんですけど。いや分かるけど。オイやめろ、お前ら(主車家を幼い頃から知る箒、鈴、一夏の面々)その生温かい目で俺を見るな。

 

(お前のご両親は全然変わってないな。変わらず大事に思われているじゃないか)

(アンタはこの2人に育てられたもんねぇ。そりゃあウチの離婚も止めようとするわよねぇ)

 

 恥ずかしいからヤメろ。

 

(なぁなぁ旋焚玖。こういう時、どんな気分がするもんなんだ? 俺には両親がいないから分からないんだ)

 

 おっ、セフィロスか?

 

(愛してくれてありがとう)

 

「ヒューッ! 旋焚玖ヒューッ!!」

 

 急に声がでけェんだよバカヤロウ!

 

「な、なんだね急に!?」(今度は織斑一夏か! やはりコイツらは私達を動揺させる気なのか!?)

 

 オッタマゲーションな親父さん。そらそうよ。

 親父さんからすれば、何の脈略も無く急に意味不明な叫びを聞かされた訳だからな。誠に遺憾ながら、本来なら俺がそのポジションなのだが、今回は一夏に譲ってやるぜ! 

 

 というか別に一夏だけじゃないんだぜ?

 うちには自然体でも華がある奴らがたくさんいる。俺が不自然かつ強制的に目立つ必要はない全くない。俺はこの場の主役じゃなくていい。

 

 話の主役であれば・・・(魚住)

 

「あ……(´・ω・`)」

 

「な、なんだねその摩訶不思議な顔は!?」

 

 

【シャルにもしてもらう】

【奥さんにもしてもらう】

 

 

 (どちらも華が)ありますねぇ!

 なお初めて会った奥方様にそんな無礼を働ける筈はありません。仮に働けたとしても、奥さんに出来るとは思えんよ。あの顔は限られた種族にしか出来んからな。

 

 という訳で。

 おめぇの出番だ、シャル!(↑X↓BLYRA)

 

(おいシャル)

(なぁに?)

(お前もしてやりな)

(なんで!?)

 

 しwらwなwいwよw

 

(親父さんへのアピールになる)

(なんの!?)

(『僕はもうデュノア社に居た頃の僕じゃない』ってな。俺たちに打ち明けてから、お前はもう吹かれっぱなしの草じゃなくなったんだろう?)

(な、なるほど…! 分かったよ、旋焚玖!)

 

 え、マジで?

 今ので分かったのか(困惑)

 

「と、父さん!」

 

「む……なんだシャルロッ――」

 

「(´・▵・`)」

 

「トぉぉぉ!? お、おいなんだその顔は!?」(シャルロットがフランスを発ってまだ二週間足らずだぞ!? そんな短期間で一体何がどうなればこんな感じになるというのだ! IS学園は魔窟なのか…!?)

 

「あらやだ、可愛いじゃない」

 

 何故か奥さんには好評だが、親父さんはオッタマげたようだな!……だから何だよ、全然話が進んでねぇんだよこのヤロウ! 

 

 誰か知らんが話を大通り大横道まで逸らしやがって! 始まりは誰だこのヤロウ!……ウチの親父だったわ(目覆い)

 

 フッ……俺の存在が希薄になったとろこで、展開が進まず右往左往するいつもの流れってのは、どうやら避けられない運命にあるらしい。しかも今回はウチの親が発端ときた。

 

 なら息子の俺がケツを拭うべきでしょ。話の流れを元に戻すくらい、いつもやってる事だし慣れっ子よ。悔しいかな、アホの選択肢にはまだまだ抗えん俺でも、運命が相手なら分はこちらにある。

 

 俺に分がある(リョーちん)

 運命に抗えってな!(工藤)

 

「デュノア社という名の籠の鳥だったシャルはもう居ないって言ってんですよ」

 

「……なんだと?」

 

 今のは詩人を気取りすぎたか。

 どうやらこの異常な空気感に、俺自身もアテられているらしいが……言っててちょっと恥ずかしかったでござる。やっぱ素の状態の俺ってまともな神経してるわ(再認識)

 

(オイオイ、ウチの息子は吟遊詩人だぞママ!)

(んもうもうっ♪ どれだけママの鼻を高くするのかしら!)

(こんなの撮るしかないじゃないか!)

(あ、パパ、手がブレちゃってるわよ?)

(おっと…………おっとっと)

(は?)

(ヒェッ……)

 

 アーアーキコエナーイ!

 

「アンタ達の言いなりのまま、俯いてるだけのシャルル・デュノアなら守る気にはならなかっただろう」

 

「ほう…?」

 

 よーしよしよし。

 親父さんも雰囲気が元に戻ったな。俺も詩的な表現をした甲斐があったぜ! もちろん、コレを見越しての言葉だったんだぜ!

 

「前へ進む事を選んだシャルだから俺たちは守ると決めた。母親の事を含め、自身を隠さず打ち明かす勇気を見せたから、此処に居る面々もシャルを守りたいと思った」

 

「……ふむ。守りたい、か」

 

「デュノア社だろうが、俺たちは一歩も引く気はないって事です。ただのガキの戯言だと侮ってたら足を掬われますよ?」

 

 なんてったって、こっちには千冬さんと箒が居るもんね! なんかカッコが付かないから言わないけどね! それにいちいち言わんでも、この人なら理解ってるだろうし。

 

「フッ……そのようだな」

 

 おっ?

 鼻で笑う訳でもなく、かといって悔しそうな表情も無しときたか。

 

 これは昨夜の推測が当たってる可能性…! あると思いますよマジで! 

 

「話は変わりますが、デュノアさん。アナタ方は本当にシャルを道具としか思っていないのですか?」

 

「……どういう意味かね?」

 

「昨日の電話のやり取り。アンタからはシャルを道具ではなく、一人の娘を気に掛ける親父の意気を感じた。それは単なる俺の希望的観測なんですか?」

 

 希望的観測。

 自分で言っててなんだが、そういう表現になっても致し方無い。だって俺の言葉通りなら、デュノア社との全面戦争なんていう空恐ろしいイベントを丸っと回避できるんだからな。

 

「その話をしに、私と妻は此処へ来た。と言えば、君は信じるかね?」

 

「信じます」

 

「あら、即答するのね。この人が嘘ばかりを並べる可能性は考えないのかしら。それとも嘘か真か見極める自信があるの?」

 

 なんだこのおばさん!?

 いやシャルのお義母さんなんだけど。急にいっぱいしゃべりだしたから少しビックリしたぞ。

 

「俺だけじゃ難しいでしょう」

 

 無理無理。

 俺はハッタリ専門であって、別に嘘を見抜く天才って訳じゃない。

 

 だがシャルの親父と交渉するなら、どこかのタイミングでこういう展開が来ると思っていた。

 だぁーからわざわざ人数集めたんじゃい! 伊達や酔狂で1組全員を巻き込んだと思ったら大間違いだぜ! 下準備には定評のある旋焚玖さんをナメんじゃないよぉ!

 

「此処に居るのは俺だけですか?」

 

「なるほど、全員で判断するという訳か。……もしや、この人数。最初からこうなると分かっていたのかね? いや、それを狙っていたのか?」

 

「フッ……」

 

 多くは語らず。

 そっちの方がデキる男っぽいのである!

 

「どうやら私は君を甘く見ていたようだ。娘からは人外なる身体能力の持ち主、とだけ聞いていたが」

 

 これは褒められる予感!

 いいよ! こいよ! 

 遠慮せず言ってくれよ!

 

「中々どうして、頭の方もデキが良いらしい」

 

 で、でへへ。

 本質的なモンを褒められるのはやはり気持ちがいい。

 

「では、話してもらえますね?」

 

「ああ」

 

 

【その前に俺の事を話す】

【一夏に話してもらう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「一夏」

 

「おう?」

 

「まずは俺の事を話してくれ」

 

「へ? まぁいいけど」

 

 テキトーに2、3個俺のしゅごいトコを言ってくれたらいいよ。その話で親父さん達にプレッシャーが掛かったら儲けモンだ。

 

 最近の事でいいぞ最近の事で。

 生身でセシリアを圧倒した話とかあんだろ。

 

「旋焚玖と初めて会ったのは……小学生の時……」

 

 wow war tonightかな?

 





旋焚玖:俺の事を話してくれ

一夏:おかのした。出会いから今までの全てを話すぜ!

旋焚玖:違うそうじゃない



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第117話 懇談-中編-


親父はツライよ、というお話。



 

 

 

「で、俺と旋焚玖は恐る恐る聞いたんだよ。『どうしてそんな赤い洗面器なんか頭に乗せて歩いているんですか?』って。すると男はこう言ったんだ。『それは君の――」

 

「そこらへんで止めとけ一夏」

 

 ノンストップマシンガンで俺との思い出話を語る一夏だったが、10分くらいして千冬さんが止めた。それでも遅いくらいである。

 

「え? まだ全然進んでないぞ?」

 

 当たり前だよなぁ?

 

 誰がお前俺と出会ってからの日々を1日単位で綴れツったんだよ。10分間ひたすら話し続けて、俺の事をメインに話し続けて、まだ篠ノ之道場にすら通ってないじゃないか。

 

「時と場合を考えろバカ者。お前の話を最後まで聞いてたら年が明ける」

 

 日が暮れる~とかじゃなく、年が明けちまうレベルなのか。長編大作物語の気配ビンビンだなオイ。

 

「HAHAHA! 何言ってんだよ千冬姉、今まだ5月だぜ? そんなに掛かる訳ねぇよHAHAHAイテッ!?」

 

 千冬さんにドツかれる一夏くん。

 まぁでも今のは一夏が悪い。

 

 しかし何だな。

 俺は別にいいとして、他の面子からもアレだけ全くこの場に関係ない話をされて不平不満が出なかったってのも驚きだな。

 それだけ一夏の語り方が上手かったって事か。お前一夏中々いい語り部してるじゃねぇか。俺もオカマの鎌足と闘い合った事を思い出したぜ。語り部的な意味で。 

 

「おい」

 

 っとと、流石にシャルの親父さんは不機嫌そうだ。当たり前すぎて申し開きもないわ。俺から親父さんに話すように振っておいてからの、一夏に俺の事を話させるとか意味不明にも程があるわ。

 

 むしろ今までダンマリで聞いていてくれた事に感謝である。ここは変に誤魔化さず、頭を下げて侘びるべきだろ。

 

 しかしさっきまでこっちにあった流れが、また向こうに傾いちまう事になるのか。アホの【選択肢】のせいでな。アホの【選択肢】のせいでな。だが背に腹は代えられん、さっさと謝って溜飲を下げていただこう。

 

「すいま――」

 

「それで男は君たちに何と言ったのかね…!?」

 

 は?

 

「そうだよおりむ~! 続きが気になる木さんだよぉ~!」

 

「そうだそうだ! そこで止めるなんて殺生すぎるよ織斑くん!」

 

「せめてオチだけでも教えてよ!」

 

 おお?

 

 これは……むっ、千冬さんと目が合った。あ、なんかウインクしてきた。歳不相応で可愛い。絶対に本人には言わんけど。

 

 しかしこれで確定したな。

 千冬さんは、一夏の言葉をわざとアソコで止めたんだ。この状況を作るために…! 

 

 いやはや、流石は千冬さん。

 駆け引きで俺の上をいくかよ。

 

 「しょうがねぇなぁ」とか言って普通に続きを話そうとした一夏を、更に千冬さんは口を押さえてモゴモゴ状態にさせている。好プレーすぎるぜ千冬さん。

 

 なら、ここからは俺に任せろー。

 

「続きならその場に居た俺も当然知っている……が」

 

「「「 が? 」」」

 

「こんなおいしいモンをタダで教える訳ないだろ」

 

 当たり前だよなぁ?

 もう頭を下げる必要もなくなった。隙を見せちまったな親父さん。

 

「は?」(威圧)

 

「ふざけんな!」(迫真)

 

「なんてことを…」(憤怒)

 

 いやお前らが食いついてどうする。

 

「何が目的だ? モノか? 金か?」

 

 そうそう、親父さんに食いついてほしかったの。

 

「簡単な事ですよ。先ほどアナタが話そうとしていた、デュノア社についてやシャルについての話。それを嘘偽りなく話すのが条件です」

 

「……なるほどな。それが狙いでわざわざ織斑君に話させたのか」

 

「フッ……」

 

 そんな訳ないじゃん。

 間違いなく怪我の功名的なヤツだよ。そこに千冬さんが機転を利かせてくれたおかげさ。

 

「あなた」

 

「ああ、分かっている。初めから正直に話すつもりだったし何も問題はない。まずは……そうだな、核心から言ってしまえば、私とロゼンタがシャルロットをIS学園に送り込んだのは、保護してもらうためだった」

 

「な、なにを…!」

 

「まぁ待て、最後まで聞こう」

 

 親父さんの言葉に声を上げようとしたシャルを宥める。まぁシャルがプリプリするのも無理はない。シャル曰く、2年前にデュノア家に引き取られた自分の居場所はなかったって言ってたしな。辛くあたられていたのは想像に難くない。

 

 しかしここまで長かった。

 いやホントに。

 やっと本題に入ったんだ。

 

 昨日シャルのスッポンポンを見てからの、今日懇談っていう怒涛のスピーディー展開な筈なのに、体感だとスゲェ時間掛かってる気がするんだよ。精神と時の部屋かな?

 

 さぁ、存分に話してくれ!

 続きを聞いてやるぞ!

 

 

【お前浮気してたらしいなコラ】

【奥さんに浮気がバレた時の話を聞かせてよ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「奥さんに浮気がバレた時の話を聞かせてよ!」

 

「……それはこの場で言う必要はないな。故に却下する」

 

 そらそうよ。

 話が進みかけた直後に脱線させたらイカンでしょ。俺はこんなにもマトモな感性してるのに、そんな俺が脱線させた張本人だと思われるのが癪すぎるわ。

 

 いやホント親父さんにも悪い気持ちでいっぱい……いやちょっと待てよ? 何で俺だけが悪いんダァ…みたいな感じになってんの?

 

 

旋焚玖、真理に到達してしまう。

 

 

 そもそもこの人が浮気したからこんな面倒な事になってんちゃうんか! シャルにホモだと思われたんも、シャルにホモを流されそうになったんも! なんもかんもお前が原因やんけ! こんな美人な奥さん貰っといて何浮気しとんねん!

 

 ふざけんな!(迫真)

 顔も良くて地位もある奴が二股して良い訳ないだろ!(建前)

 

 許されるのは、顔も良くなくないのに地位もないのにIS起動させちまったのに適正【E】で当然の如く専用機も貰えないのに周りからは『色んな意味でやべェ奴(確信)』とか勘違われている俺だけなんだよ!(本音)

 

 

【追撃する】

【追撃しない】

 

 

 俺は【上】を選ぶぞオイ!

 俺を敵に回した事を後悔するがいい!

 

「奥さんに打ち明かしたんですか? それとも何かの拍子でバレたんですか?」

 

「オイ、いい加減に――」

 

「打ち明かされたわ」

 

 む……奥さんが割り込んできたでござる。

 まぁこの件に関しては、奥さんも十分に関わっているっていうか、奥さん側からしたら完全に被害者的なノリだしな。

 

 しかし自分から打ち明かしたのか。

 バレてからアタフタしたり、必死に誤魔化したりするより、よっぽど男らしいですねぇ! 俺の中で親父さんの好感度が上がったぜ!

 

「どんな感じで話したの?」

 

「お前まで何を言い出すのだシャルロット」

 

 おいおいおい、本妻と愛人の娘による禁断のタッグが解禁されちまったぞオイ! よりにもよって今かよ的すぎる状況で共演されちまったぞオイ!

 

 同じ男として親父さんには同情せざるを得ない。……とか一瞬思ったけど、別にそうでもないわ。一度で二度オイシイ思いしたんだから(浮気的な意味で)、これくらいは当たり前だよなぁ?

 

 しかし唐突なシャルの参戦により、俺も熱くなっていた事に気付かされたぜ。熱くなっちゃって本分を忘れたらイカンよ。こんな話よりシャルについての話を進めにゃイカンでしょ。

 

 

【ねぇねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ちなの?】

【上の内容を真面目な感じで言う。言い方は任せるぅ】

 

 

 煽る方向で話進めんなよぉ!

 お前俺をどういう立ち位置にさせたいんだコラァッ!!

 

 煽り文句でしかない【上】なんか選べるか! ただの性格悪いガキやんけ! 俺は【下】を選ぶぞオイ! 

 

 台詞は思い付いてんだよ既にな…!

 

「どんな気分がするものなんだ? 俺には彼女がいないから分からないんだ」

 

 サンキューイッチ。

 悩む事なく言えたのはお前のおかげだ(前話的な意味で)

 

 自分で言ってて少し悲しい気はするが、明らかに煽るよりはマシなんだ。オラ、どんな気分なんだ言えよオラ。

 

「……前門の虎後門の狼に挟まれている、といったところだな」

 

 例えが絶妙すぎるぅ。

 まだ余裕あるっぽいのかな?

 

「で、どんな感じで話したの、父さん」

 

 Oh……ここにきてシャルが一皮どころか二皮くらいむけた気がするぜ。だって何か妙な威圧感があるもん。

 

「普通に言っただけだ」

 

「普通ってどんな?」

 

「む……」

 

 強い(確信)

 断固として引く気はないって気持ちが、シャルからガンガンに伝わってくるぜ。ここはもう、そうだな、シャルに任せた方が良いだろう、うん。

 

 まぁなんだ、この2年間、親父さんとは全然話らしい話をしてなかったんだろう? なら良かったじゃないか。これを機に存分に話すがいいさ。親父さんの顔は引き攣ってるけどな。

 

(おい……おい、ロゼンタ)

(なによ)

(娘との念願の対話な筈なのに、思っていたのと全然違うぞ)

(親娘らしい日常的な会話がしたいなら、これくらいの障害乗り越えなさいよ)

(いやいや、しかしだな。私達3人だけならまだしも、他の連中も居るんだぞ。想定してた50倍くらい居るんだぞ? しかもほとんどが15,6の多感な時期を迎える女子高生たちだぞ?……キツいって)

(そもそもの発端はアナタが浮気したからじゃないの?)

(ぐぬぬ)

 

「まぁ……なんだ。自分には愛人が居て、どうやら身籠ったらしい……と言ったな」

 

 すごく……生々しいです。

 何かドロドロした昼ドラ観てる気分だ。

 

 しかし、周りを囲む女子連中の目は死んでいない。むしろ続きが気になって仕方ないってな感じだ。……やっぱり昼ドラじゃないか!

 

「そうなんですか、奥様?」

 

「此処はアナタを縛っていたデュノア家でもデュノア社でも無いわ。奥様なんて畏まった呼び方はしなくていいわ」

 

「えっ……えっと、それじゃあ何てお呼びすれば……」

 

 

【変態糞おばさん】

【ロゼンタ・デュノア】

【シュトルテハイム・ラインバッハ3世】

【シャルル・デュノア】

【うんこたれぞう】

 

 

 俺には聞いてないよぉ!

 チャチャ入れさせんなよぉ!

 

「シュトルテハイム・ラインバ「旋焚玖は黙ってて!」……ぁぃ」

 

「(´・ω・`)」

 

 お前がしょんぼりするのか(困惑)

 しかしホントに強くなったな、シャルよ。連れションに誘っただけでアタフタしていたあの頃のお前を知ってるだけに、その堂々っぷりが何だか俺を嬉しい気持ちにさせるぜ。

 

「そうねぇ……お義母さん、と呼ぶのは流石にシャルロットちゃんも抵抗あるでしょうし。周りの目を欺く為とはいえ、私もアナタには随分キツくあたったものね」

 

「周りの目を、欺く……ですか…?」

 

 これは…!

 話が進む…! 進む予感しかしねぇ!

 

 そうだよ、俺はこういう展開を待ってたんだよ! まさにこういう話を聞くが為に、わざわざこんな舞台を整えたんだろがい!

 

 親父さんが浮気告白した時の言葉の真偽とかどうでもかいいわ! 奥さんへの呼び方とかもどうでもいいわ! 

 

 いいぜご両人、そのまま三段飛ばしくらいなノリでサクサクいっちゃってくれYO!!

 

 

【親父さんが浮気告白した時の言葉の真偽を聞かせてくださいYO!!】

【奥さんへの呼び方は『愛人に負けた本妻(笑)』でいきましょうYO!!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






(旋`◯´*)「話が全く進まないんだ!」

(旋`◯´*)「皆には僕のせいだって思われてるんだ!」

(旋`◯´*)「今度という今度はもう怒ったんだ!」

選択肢:もうジャマしないヨ

(旋`◯´*)「そんなの嘘に決まってるんだ!」

選択肢:女神はウソつけないんだヨ

(*^◯^*)「ならもう安心なんだ!」



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第118話 ロゼンタ・デュノアは若かった


アルベール・デュノアも若かった、というお話。




 

 

 あれは今から10年以上も前の事だ。

 今でこそ、気品に溢れた美貌の持ち主な社長夫人だと巷で有名な私だが、フランスの夫人会でも「奥様はお綺麗で羨ましいですわ、おほほほほ」と羨望の的な私だが。

 

 あの頃は、まだまだ気品も溢れる手前、瑞々しく見目麗しいだけの夫人だった。

 

 世界的に確固たる地位を築き上げた今でこそ、我が夫アルベールも、顎髭を生やした厳格な風貌と相まって、ダンディーやら泰然とした紳士社長などと言われているが、当時の彼はまだまだエネルギッシュで若さを隠せぬ人だった。

 

 私が話すのは、そんな若かりし頃にあった日の事。私、アルベール、そしてシャルロットにも深く関係してる話。

 

 

 

 

 その日はアルベールの様子がおかしかった。

 今朝からおかしかった。

 

「おはよう、愛しのロゼンタ」

 

「……は?」

 

「今朝も君は美しい」

 

「……は?」

 

 やっぱりおかしかった。

 何か変なモノでも食べたのだろうか。この人は滅多にそういう事は言わない筈なのだが。……私の魅力が天元突破してしまったのだろうか。

 

 その日は久方ぶりの仕事休みという事もあり、のんびり2人して家で過ごしていたのだが、やはり何かと変だった。

 

「肩こった。肩こってない?」

 

「え、別に」

 

「喉渇いた。喉渇かない?」

 

「え、別に」

 

「アイスティーしかなかったんだけど、いいかな?」

 

「だから渇いてないってば! なんなのアナタ、今日おかしくない?」

 

「そんな事ないですよ」

 

「ですよ!?」

 

 何その口調!?

 あからさまにおかしいでしょうが!

 

 何か隠し事でもあるのかしら。

 それか後ろめたい事とか…?

 

 まぁでも私からアレコレ詮索するのはヤメておきましょう。問い詰めるなんて、もってのほかよ。

 大企業の社長夫人はお淑やかにしていてナンボでしょ。いつまでも20代前半のノリではいられない立場だものね。なんたって私、社長夫人なんだし。大企業の社長夫人なんだし。ウヘヘ。

 

「あ、そうだ。おいロゼンタ」

 

「なによ唐突に」

 

 この人こんなに会話下手だっけ?

 詮索しないとは言いつつ、気になるのは気になるわね。いったい何をしでかしたのかしら。

 

「今夜は久しぶりに外で食べないか?」

 

「珍しいわね」

 

「実はもう予約してるんだ」

 

 予約?

 高級なところなのかしら。

 

「20年ほど前に映画の007の撮影に使われ、あの有名なピートルズのジョン・レノォンが泊まったというようなエピソードがあるホテルの最上階にあるレストランを予約した」

 

「長いと思った」(小並感)

 

 でもそこのホテルは私も知ってる。

 というか、世界でも有名な五つ星を超えた七つ星ホテルじゃない。そんなトコロに招待してくれるなんて、素直に嬉しいわ。同時に不安もあるけどね。隠し事の大きさ的な意味で。

 

「最上階だから夜景もよく見えるだろう」

 

「それは楽しみね」

 

「夜景が綺麗だね」

 

「何で今言った?」

 

 不安度がまた上がったんだけど。

 ホントに大丈夫なのかしら。

 

 その後も何かと挙動不審なアルベールだったが、向こうから打ち明けてくるまでは私も聞くつもりはなかった。

 

 そのまま日も暮れて、彼の言うレストランに着いたのだが……。

 いや、別にその場所自体に対しては、何も不満はなかった。むしろ年甲斐なく少しテンションも上がってしまった程だ。

 

 世界的にも有名なホテルのレストランだけあって、料理はどれも絶品ときているし、最上階から眺める夜景もとてもロマンティックな雰囲気に浸らせてくれる。対面で座る夫さえマトモな状態だったなら。

 

「肉だね」

 

「ええ、そうね」

 

「これ肉じゃない?」

 

「うん」

 

「これ軽く肉じゃない!?」

 

 私の中で何かが弾ける音がした。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

「!?」

 

「何なのよホントに何なの今朝からァ!! なにが軽くよがっつり肉よソレぇ!」

 

 もう夜景の情緒もへったくれもなかった。

 でも自分で言うのも何だけど、結構耐えた方だと思うの。

 

「も、もちつけロゼンタ」

 

「そんなフランス語ないわよ何造ってんのよ! その意味不明なノリをやめろツってんの! 情緒もへったくれもないわよ! いいこと!? 淑女な社長夫人でも我慢の限界があるの! あ・る・の!」

 

 周りのお客の視線はイタイが私は悪くない。私はいっぱい我慢したのだ。今朝から我慢していたのだ。しかし流石にもう無理だ。無理なものは無理だ。まだまだ未熟な私に、今の意味不明な夫はレベルが高すぎた。

 

 だから怒る事にした。

 そして隠し事っぽいモノを追及する事にしたのだ。

 

「もういいわ。何か私に隠し事してるんでしょう? とりあえず話して」

 

 何かもう今朝の時点で問い質してた方が良かった気がするわ。むしろ気しかしないわ。変に我慢した結果がコレだもの。

 

「し、しかし…!」

 

「しかしって言うんじゃないわよ! アナタねぇ、今から誤魔化せば誤魔化すほど後ろめたいモノを含んでいると見なすからね」

 

「むむむ」

 

「なにがむむむよ!」

 

 そういうのいらないツってんでしょ!

 そして今夜の私を誤魔化せると思わない事ね! 

 

 逆に闘志が湧いてきたわ。こうなったら何が何でも聞いてやるっていうね。アナタのその変な反応は、むしろ私の聞きたい度を増加させてるって事を理解なさいな!

 

「ほら、早く言いなさいよ」

 

「……怒らないか?」

 

「怒らないから」

 

「ホントか?」

 

「ホントよ」

 

「ホントのホントにか?」

 

「ホントのホントによ。だから話してみなさいな」

 

「う、うむ……実はな」

 

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。

 ここまで引っ張って「実は吉報でした」ってのは無いでしょう。

 

 私にとっては確実に悪い報せよね。まぁでも、それさえ事前に分かっていれば耐えられるわよ。淑女を目指す私の沸点は高いしね。

 

「……できちゃった」

 

「何が?」

 

「子供が」

 

「誰の?」

 

「俺の」

 

「できてないわよ?」

 

「いや、その……君じゃなくてだな」

 

「いやアナタにもできないから。男の娘じゃあるまいし」

 

「いや、そうじゃなくてだな」(男の娘ってなんだろう)

 

「えーっと、その……あい…愛……ラ・マンにできちゃった」

 

 ブチッ。

 

「殴るわよコラァッ!!」

 

「へぶぅっ!? もう殴ってる!」

 

「何がラ・マンよ! せめて愛人って言いなさいよバカじゃないのあんたァッ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!?」

 

ビンタに次ぐビンタがアルベールを襲う。

彼は選択を誤ったのだ。秘めたる隠し事を告げるのなら、ハッキリと言うべきだったのだ。しかし彼はロゼンタのプレッシャーに耐えきれず、最後の最後で言葉のチョイスを誤った。

 

「街中歩いてたら誰もが振り向く絶世の美人な妻がいて何浮気してんのよコラァッ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!!」

 

「しかも子供ができたですってェ!? 浮気でゴム無しとかトチ狂ってんじゃないわよコラァッ!!」

 

「へぶぶぶぶぶっ!!……す、すまん、すまんかったから! もう十分だ、十分ビンタは堪能したよ!」

 

「何言ってんのよまだまだこれからよ! 右の頬をブたれたら左の頬を差し出しなさいよ!」

 

後悔先に立たず。

彼のラ・マンなる言葉は、淑女でありたいロゼンタの怒りの臨界点を超えさせるには、十分すぎる威力だった。

 

そして、その日のうちにロゼンタはアルベールの浮気相手、つまりシャルロットの母親の居所を物理的に吐かせ、レストランから出たその足で殴り込みに行ったのだ。顔がアンパンマンと化したアルベールを引きずって。

 

「夜分遅くにお邪魔するわよ!……へぁ?」

 

ロゼンタを迎えた女性。よりも先に、彼女はその女性が抱いている赤ん坊と目が合った。

 

「ばぶ?」

 

赤ん坊の名前は、シャルロット。

デュノア家に引き取られた時ではない。

 

二人は此処で、既に出会いを果たしていた。

 

 






ロゼンタ:もう始まってる!(育児)

アルベール:生まれてないとは言っていない(どやぁ)

シャルロット:ばぶばぶー♪



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第119話 懇談-後編-


下ネタ豪速球、というお話。



 

 

 とりあえず、アレだ。

 ロゼンタさんのロゼンタさんによるアレだ。赤ちゃんなシャルロットとの出会いを、そこに至るまでの背景と共に、具体的すぎる背景と共にがっつりお送りされた訳だが。

 

 今、この教室で定位置のまま座っているのは、女子連中プラス千冬さんプラス母さん。そしてデュノア夫妻である。俺と一夏と父さんは3人、部屋の隅っこで抱き合うようにして震え縮こまっている。

 

 だって寒いんだもん!

 何で5月そこらで氷点下を体感しなきゃならんの!? 

 

 言わずもがな、原因は此処に居る全女性陣が抱く負の感情である。彼女らのダイヤモンドダストなる視線の矛先は当然、典型的なダメ男を暴露されてしまったアルベールさんである。残念でもないし当然よ。

 

 計画性、アドリブ力、リカバリー力。

 ロゼンタさんの話を聞いている限り、少なくともその日のアルベールさんの取った行動は、どれもこれもが赤点だと評価せざるを得ない。若い頃からやり手社長との事らしいがまだまだ甘い。

 

 俺ならもっと上手く立ち回れたぜ?(どやぁ)

 

 

【アルベールを擁護する】

【ロゼンタを非難する】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 常時立ち回れるとは言ってないよぉ!

 無理難題言わないでよぉ!

 

 対象が違えば【擁護】も【非難】も一緒だよぉ! どっち選んでも、結局アルベール派的な立ち位置になっちゃうじゃないか! 

 

 ダイヤモンドダストだけじゃ収まらず、更にサンダーストームへと変貌しつつある空間に、わざわざ飛びこんで行けと言うのか。……超イヤだなぁ。

 

「待てぃッ!!」

 

「「「「 !? 」」」」

 

 クソが。

 こうなったら勢いで乗り切ってやる。

 

 氷が何じゃい雷が何じゃい。

 そんなモン俺の熱い話術で燃やし尽してやんよ!ホノオノアラシヨ、スベテヲノミコメー。 

 

「みんな、まぁ待て。アルベールさんへの視撃はやめるんだ」

 

「むむっ! 主車くんはその人の肩を持つの!?」

 

「主車くん、浮気相手を孕ますのは良い事でも無いし、同性だからといってそんな無闇に擁護する事は許されないんDA☆」

 

 そ、そんなぁ……一度くらいイイじゃないか。

 

「アルベールさんが悪いんじゃない」

 

「いいや悪いね!」

 

「そうだそうだ!」

 

 お前らに否定されんでも分かっとる!

 でも俺は擁護しなきゃダメなの! 

 

 というか誰だお前ら(無知)

 顔に見覚えがあるって事は同じクラスメイトだな、うん。名前を覚えてないって事はコレが初会話なんだな、うん。……つまり?

 

 おしゃべり出来る子が増えて嬉しいんだ! 

 確実に俺は受け入れられてるんだ!

 

 故にナイスな気分で立ち向かえるんだ!

 病は気から、策も気から。とはよく言ったモンで。すでに上策・下策ともに2つも思い浮かんだんだぜ! 

 

 まぁ下策は使えないから下策なんだけど。

 『シャルの母親を魔性の女に仕立て上げてアルベールさんを庇う』的な内容だし。流石にこの場でソレを言ったら、俺に対するシャルの…というか此処に居る女性全員からの印象が超悪くなっちゃう。

 

 怖いとゲスいは全然違うからね。

 既に不良の烙印は押されてんだ。ならせめて『主車くんはお調子者な不良くん』的なイメージを皆に植え付けさせたいんだ!

 

 故に下策は無しで。

 シャルの母親を非難するのはアウト。とうぜん、ロゼンタさんを非難するなんてもってのほかである。しかしアルベールさんも非難してはいけない。なら俺が非難すべき相手は、ズバリ『性欲』である!

 

 アルベールさんも当時は若かっただろうし、きっとシャルのお母さんが魅力的すぎて、ヤバいと思ったが性欲を抑えきれなかったんだろう。

 

 性欲とは神が与えし大罪。

 逃れられぬカルマ。

 

 まぁそんな感じの内容を上手く言えばいいんだよ。

 

 重要なのは、決して直接的な言葉は使わない事である。

 抽象的に概念を育みつつ、そこへロゴスとロジカルを加えながら、ヒューマニズムにイデオロギーをポストモダンな形で皆に伝えるのだ。

 

 それにより拝聴者たちの頭は、パルスのファルシのルシがコクーンでパージになり、結果何となく納得してしまう状態へと遂げるのさ。

 

 要はアホの【選択肢】がやらかした後に、いつも俺がやってる作業だよ! 朝飯前じゃこんなモン! 如何なる議題も口先の魔術師にかかれば、文学作品まで昇華させられるのよ!

 

「いいか、皆の衆。アルベールさんが悪いんじゃない」

 

 話せるクラスメイトが2人も増えて気分がいいし、今日は文芸評論なノリで言えそうだな! ふわっとした表現は任せろー。

 

 

【この人が悪いんやないぞ。この人のチンコが悪いんや!】

【この人が悪いんやないぞ。この人のアナルが悪いんや!】

 

 

 直接的な言葉あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 お前アホちゃうんかほんまコラァッ!!

 場所考えろよマジで! 

 

 女だらけの教室で! 

 常識的に考えて真面目な場である筈のこの状況で! 

 

 言うに事欠いてチンコですか!? 文芸評論な表現から一番遠いわ! チンコはまだしもアナルはまっっっったく関係ないし! 

 

 しばらく下ネタ出てないなぁ(安堵)とか思ってたらコレだよ! 周りの年齢考えてよ! チンコ言ってキャッキャ言ってくれるのは一夏か小学生くらいだろぉ!

 

 くそぉ……葛藤しても無駄な事も知ってるんだ。ブーブー言ってたところで、【選択肢】は変わってくれないし時間も進んでくれないもん。 

 

 ならもう……勢いで乗り切るしかないじゃない!(マミさん)

 

 

「この人が悪いんやないぞ。この人のチンコが悪いんや!」

 

 

「「「「 !!? 」」」」

 

 言っちゃった。

 花も恥じらう女子高生99%の空間でおちんちん発言させられちゃったよ。羞恥に萌える嗜好を持ってない俺には、「うわ、マジかよコイツ」みたいな反応もただただ苦痛でしかないんだ。

 

「ぶはははは! 何だよ旋焚玖ソレ!? ぶはははは!」

 

「「「「………………」」」」

 

 やっぱり一夏以外ウケてないじゃないか(憤怒)

 と、父さんはどうだろう?

 

「……ぷっ……くく……ぷふふ…」

 

 いい歳してウケてんじゃねぇよ!

 あ、なんか周りが少しザワめいてきたぞ。高校生にあるまじき発言をした俺への糾弾的内緒話ですね分かります。

 

「こいつチンコとか言い出しましたよ」

 

「やっぱ好きなんすねぇ」

 

「やっぱ男子なんすねぇ」

 

 おや…?

 おやおや…?

 

 何か思ってたのと違う反応ですぞ。

 とか思ってたら、イスを鳴らして立ち上がる者あり!

 

「旋焚玖さんのエッチ!」

 

 カワイイ!(ブロリー)

 

 プンスカ声を上げて俺を咎めたのはセシリアだった。

 そらそうよ。淑女よろしくお嬢様で通っているセシリアからすれば、俺の発言は余裕で許容範囲外でしょ。

 

 しかし淑女じゃなくても女なら嫌がりそうなモンだが…? 他の連中は何で「まぁしゃーない」みたいな感じになってんの?

 

 

知られざる世界の理として。

性欲とは男女に隔たり無く在るモノである。

つまり、下ネタが嫌いな男はいない。という事は、裏を返せば下ネタが嫌いな女はいない。という事にも繋がる。かもしれない。つまりSっていう事は、Mって事なんじゃないかな?(至言)

 

女性陣の反応に困惑しているのは、何も旋焚玖に限った事ではない。旋焚玖を「エッチ!」と咎める事で、またもや魅力を超上昇させてしまったセシリアも、その一人である。

 

「ちょっと皆さん!? どうしてそんな感じでいられますの!? 鈴さん! 箒さんも!」

 

「あー……まぁアイツのアレは小学校の時にめちゃくちゃ聞いてたし。何なら中学に入っても割とよく言ってたわよ?」

 

「うむ。当時は私も幼く、何度も竹刀でシバこうとしたのだが、全て捌かれてしまっていたな」

 

 なるほどな。

 思えば二人とは幼少期からの付き合いだ。それが功を成して鈴と箒に抗体をもたらせていたって訳か!

 

「むむぅ……あっ、ですがシャルロットさんは違いますわよね!? 乙女として旋焚玖さんの発言はダメでしょう!?」

 

「1週間一緒に居たら慣れたよ」(キリッ)

 

「んなぁっ!?」(ま、まるで動じていない…! 今のシャルロットさんからは王者の風格を感じますわ…! この様子だと、他の皆に合わせるために、無理やり言っているという訳ではなさそうですわね)

 

 まぁシャルは……毎日連れションに行ってたしな。うんこおしっこ問答されてりゃ嫌でも慣れるか。

 

「くぬぬぅ…! お、おかしいですわ。どうしてわたくしだけがミャーミャー騒いでいるみたいな感じになってますの!?」

 

 そりゃあお前、アレだろ。

 ようやっと、俺にもこのカラクリが解ってきたぜ。

 

 要は『お嬢様的箱入り娘』か『一般家庭的娘』かの違いなんだろう。とはいえ、鈴はまだしも箒は流石に『一般』的な家庭ではないからな。

 

 という事はアレだ。

 生まれた家庭よりも、過ごしてきた日々の環境で左右されるんだろう。下ネタ免疫力ってのは。慢心、環境の違い。

 

「で、でしたらヴィシュヌさんはどうですの!? ヴィシュヌさんが通っていた小学校にも中学校にも旋焚玖さんは居なかった! 高校に入学してからも旋焚玖さんが居ない二組という隙の無い布陣!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 いや何で俺を中心に考えるのか。

 お前の中じゃ、全人類で下ネタ言うの俺だけかよ。

 

 しかしヴィシュヌはマズいな。

 おそらくこの中で、最も環境的にセシリアと近いのはヴィシュヌだ。ガキの頃に下ネタでキャッキャ盛り上がってるトコロも想像できんし。

 

 だがしかし。

 俺に焦りはない。

 

「さぁヴィシュヌさん! アナタはわたくしと同じ筈! 共にこの教室の異様な雰囲気に抗いましょう!」

 

「その前に、チンコって何ですか?」

 

「へ?」

 

 俺は焦る必要なんてない。

 全くないんだよ。

 

 なぁセシリアよ。

 俺たちが入った同好会の名は何だ?

 

 『文化交流会』だろ?

 まだまだヴィシュヌは、日本文化ともに日本語もお勉強中の身なのさ! チンコなんか知っている訳ないだろ!

 

 そしてこの空気は即ち好機ッ!!

 セシリアが次に紡ぐ言葉を思案している今、展開を進めるには此処しかぬぁい! 俺の誓いに嘘はねぇ! 勢いで乗り切るったら乗り切るんだい!

 

「一夏ァ!!」

 

「おう?」

 

「カッターナイフを持ってこい。かねてから隠しておいたカッターナイフを持ってこい」

 

「お前その言い回し好きだなぁ。まぁいいけど」

 

この時、旋焚玖の意図を完全に汲みきったのはただ一人。

 

(フッ……なるほどな。横道に逸れたまま膠着しているデュノアの話を、あの手この手を駆使して自然な形で戻していくより、力任せな豪論で無理やり戻してしまう算段か。どうやら旋焚玖は、デュノア夫婦に対する立場的主導権をココで完全にモノにするつもりらしい。ならば、私も何も言わず見守ってやろう)

 

千冬は旋焚玖を見守った!

 

「ほいよ」

 

「確かに。受け取ったぜ」

 

 「ぜ」を言った時には既に俺はソコに居ない。

 アルベールさんの眼前からこんにちは!

 

「!?」(超スピード!?)

 

 おうおう、シャルの親父さん面食らってますねぇ!

 大の大人を身体能力で驚かせるのは、何度やっても気持ちがいい! 地元じゃもう当たり前すぎて、チラ見程度になっちゃったしな。

 

「大乱闘スマッシュブラザーズXのアレより疾いわね…!」

 

 何言ってだこのおばさん(ン抜き言葉)

 まぁいい、今は奥さんより旦那さんよ。

 

 オラオラ、光モンちらつかせてやんよ。

 

「……それで私に何をするつもりだ」

 

「奥さんがいながら浮気相手を孕ますなんて卑劣な行為はな、いくらギャグ描写を駆使したところで、決して軽くならない揺るがざる悪事なんですよ!」

 

 イケメンだからってナニしてもいいと思うなよ。

 アンタの罪はその端正な顔と奥さんの美人っぷりにある。

 

「くっ……君の言う通りだ」

 

 無自覚ならあっけらかんとした顔のままだろう。

 そして、俺の目の前にいる親父さんからは、慚愧の念に堪えないといった様子がアリアリである。

 

 故に、俺の言葉が生きてくる。

 

 

【お前が悪いんやないな。お前のアナルが悪いんや!】

【お前が悪いんやないな。お前のチンコが悪いんや!】

 

 

 お前に言われんでも分かっとる!

 まさに今、【下】な内容を言おうとしてたわ! 標準語で言おうとしてたわ! なに急に訛りを押し出してきてんの!? 関西弁キャラがモテるのは、マンガの世界だけだってば!

 

「……お前が悪いんやないな。お前のチンコが悪いんや!」

 

「それは先ほども聞いた」

 

「カッターを持ってこい。かねてから隠しておいたカッターを持ってこい」

 

「それも先ほど聞いた」

 

「もう二度と悪さできないよう、今から斬り落としてやる」

 

「……何をだ?」

 

「ナニをだ」

 

「冗談はよしてくれ」

 

「冗談で済ませてほしけりゃさっさと話を進めてくれ」

 

 

アルベールは思った。

話を浮気な方へ逸らしたのはお前だろ、と。

しかしそれを言わせぬ迫力が眼前の青年にはあった。

 

 

「……分かった」

 

 やったぜ。

 そのための威圧感あとそのためのカッターナイフ。力に物を言わせて不満を抑えつけるのは後ろめたい気分だが、綺麗事だけじゃ篠ノ之流派は名乗れないの。

 

 さらに追加注文だ!

 

「長いと斬り落とす。とりあえず3行で言ってくれ」

 

 だらだら回想されたら、確実にまた【選択肢】が邪魔してくるからな。いつまで経っても終わんねぇよマジで。

 

 無茶ぶりかもしれんが、頑張ってくれ親父さん。

 

「……4行にしてくれ」

 

「む」

 

 アヴドゥルみたいな事言ってんなアンタな。

 まぁ俺はジャッジメントと違って太っ腹だからね。それくらいはOKOK。

 

 いい感じに4行でまとめてくださいよ!

 

 

【まとめてる間、皆を抱腹絶倒させる。甘酸っぱい恋バナで】

【まとめてる間、ダンスを披露する。潜在能力を引き出すダンスを】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 変な行動的二択やめてよぉ!

 どっちも意味不明すぎるんだよこのヤロウ! いや、まだ【下】が言わんとしている事は分かるけどさ。

 

 【上】なんてもう純度100%な無茶ぶりじゃないか(憤怒)

 

 ホントに意味分かんないんですけど。笑いが起こる時点で甘酸っぱくないと思うんですけど(名推理)

 というかお前、今までにそんな経験してたら、きっと今頃みんなに恋しない一途な純情ボーイになっていると思うんですけど(名言訳)

 

 恋バナって言っても話すネタ(過去)が無けりゃ無理だゾ。

 

 

【私はッ……お、お前の気持ちには応えられない…(by箒)】

【だからアンタの気持ちには応えられないッ…!(by鈴)】

『※なおこの選択肢はただの記憶表示なので選択する必要はないヨ(親切心)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 思い出させないでよぉ!

 確かに恋バナだけど、俺にとっては1ミリも甘酸っぱくないんだよぉ!  

 

 『告ってもないのに2度フラれた事がある』とか話しても笑われちゃうだけだろぉ!……んん? あ、笑われるのが目的だし、一応コレで達成はするのか。

 

 でも嫌だよぉ!

 そんなので抱腹絶倒されたら、明日から学校行きたくなくなるだろぉ! 微妙な空気になったらもっと行きたくなくなるだろぉ! 

 

 フォローなんかされた日にゃ、その優しさでコロッと惚れちゃうだろぉ!

 

「フンフンフーーーン…♪ フフフンフーーン…♪」(重低音いけめんヴォイス)

 

「……なんのつもりだ? 何故、私の周りをグルグル回る。そして何だその変な動きは」

 

 アンタがちゃんと4行で上手く表現できるように、潜在能力を引き出してやるってんだよぉ! いやまぁ実際にそんな効果は出ないんだけどね。

 

 俺は老界王神じゃないの。

 でも変な動きは老界王神のアレなの。

 

「素材が生まれる瞬間をリアルで見られるとはね」

 

 何言ってだこのおばさん(ン抜き言葉)

 

「言っとくけどアンタが説明始めるまでコレが続くんだからな。鬱陶しいと思うならさっさとまとめてくれフフンフーーン…♪」

 

 いやホントに頼むよ。

 ほら見ろ、まぁた他の連中に変な目で……ん?

 

 

意外! それは生温かい目ッ!

旋焚玖が披露させられている変な動きの元ネタ『ドラゴンボール』なのだが、実は旋焚玖が思っている以上に、この世界でも国民的アニメだったのだ! 

 

 

「アレってアレじゃない?」

 

「なんだっけ、確か悟飯がしてもらったヤツだっけ」

 

「思い出した! 老界王神のダンスだね!」

 

「KAKAROT買いに行かなきゃ」(使命感)

 

 俺はまだゼノバース2にはまってるぜ!

 いやはや、これは嬉しい誤算ですよ! 「うわぁ…」って引かれないのが、こんなにも嬉しいモノだとはな!

 

「フフンフーン…♪ フフフノフーーーン…♪」(重低音いけめんヴォイス)

 

 だが、コイツらもまだ甘い。

 所詮俺はアホの【選択肢】にまだまだ抗えない身ではある。が、それでもただでは転ばん事に定評のある男よ。

 

 俺のやってるフフンフーンは、正確には老界王神を真似ている訳ではない! 俺が摸倣しているのはザマスのフフンフーンなのだ!

 

 しかし悲しいかな、誰もソレについて言及がないって事は、気付いてもらえていないのか。はたまたネタ度的にコアすぎて知っている奴が、この教室には存在しないのか。

 

 くそっ……結局は無駄な足掻きに過ぎないのか。……ん?

 

 

心を沈ませかけた旋焚玖の視線に移ったモノ。

それは、部外者が入らぬよう廊下に待機している山田真耶の姿だった…! 

 

 

 山田先生が窓を吐息で曇らせ、指で何やらキュッキュしている。……あ、あれは…!? あの文字は…ッ!

 

(私はちゃんと分かってますよ! 受け取ってください、主車くん!)

 

 窓に書かれた言葉『ザマス』

 文字数にしてたったの三文字。

 

 だがその言葉が俺の心を震わせる。

 それ以上に奮わせる。

 

 もう何も怖くない。

 俺、一人じゃないもの。

 

 さぁかかってこいアルベールさん!

 今の俺を論破できる者などこの世に皆無!

 

 オラオラ、4行なる説明をよこせ!

 パパパッと解決してやんよ!

 

「マルグリット(シャルママ)とロゼンタ何故か仲良しに。

私とロゼンタ実はシャルロット見守り隊。

でもデュノア社は刺客がいっぱい。

そうだIS学園に男装させて行かせよう!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 






次回、シャルロット編完結(願望)


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第120話 真・懇談-前編-


対話と口笛から対話、というお話。



 

 

「マルグリッドとロゼンタ何故か仲良しに。

私とロゼンタ実はシャルロット見守り隊。

でもデュノア社は刺客がいっぱい。

そうだIS学園に男装させて行かせよう!」

 

「どうして言い直したんですか?」

 

「iphone7だと4行にならなかったからな」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「ちょちょちょ…っ!」

 

 いい感じ?

 

「ちょっと待ってよ父さん! 簡潔に説明してるとみせかけて中身が全然簡潔になってないよ!」

 

「そこに気付くとは……フッ、我が娘ながら末恐ろし「旋焚玖みたいなノリはもういいよ!」……うむ」

 

 旋焚玖はそんな事言わない(憤怒)

 

 しかし、今まで横道に逸れて逸れて逸れまくってゲンナリしていたが、シャルと親父さんの立場が逆転しているっぽい光景を見るかぎり、親父さんの浮気な話もあながち無駄ではなかったらしい。

 

「もうツッコミどころしかないよ! 何がどうなったら、お母さんとロゼンタさんが仲良くなるのさ!?」

 

 いいぜシャル。

 その調子でドゥンドゥン話を進めちゃいな。

 

 展開を作るのは俺じゃない、お前なんだ。というかそもそもお前らの問題なんやからお前らが率先して展開作らなイカンのとちゃうんか!

 

 

若くして真理に辿り着いた旋焚玖。

シャルたちの会話を静かに見守る事を選択。

 

 

【邪魔にならない程度に幻想的な口笛を奏でる】

【邪魔にならない程度に幻惑的な草笛を奏でる】

【タンバリンでフレンズを奏でる】

 

 

 静かに見守らせてよぉ!

 変な存在感出させないでよぉ!

 

 俺はちゃんと選択していたんだ。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 そして完全に【選択肢】は悪乗りしている。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 お前フレンズってレベ〇カのヤツだろ。あんなモンお前タンバリンでやったら、シャカシャカうるさくて仕方ねぇわ。そうなったらもうタンバリンの音がメインで、シャル達の会話が背景みたいな感じになるじゃん。最悪会話自体聞こえねぇよ、何だそれ。

 

 いや絵を浮かべたらおもしろいけど。

 個人的にそういうシュールなの割と好きだったりするけど。でもこの状況でソレはないわ。超えちゃいけないライン考えろよ。

 

 俺が目指してるのは『お調子者だけど、どこか憎めないふりお君』だから。ココでタンバっちゃったら、ただの『怖い上に強くてウザい人』になっちゃうの。それは嫌なの。

 

 【上】2つは、まぁ……うん、いつも通りかな(完全なる飼育)

 

「ここからは私が答えた方が良さそうね」

 

 ロゼンタさんが口を開く。

 あ、僕も開きます。

 

「夫の浮気を知ったあの夜、私はアナタの家に「ぴゅ~ぴゅ~~ぴゅぅ~」……なるほどね」

 

 奥さんの返しが素晴らしすぎる。

 その返しは上級者にしか出来んよ。

 やはり妖艶な淑女は格が違ったか。

 

 これで俺も幻想的な口笛に専念できるぜ。

 あ、俺の事は気にせず続けてどうぞ。

 

「……何してるの、旋焚玖?」

 

 そんな冷めた目で見るなよシャル。

 タンバリンの100倍マシだろ?

 

「ぴゅぴゅぴゅぴゅ」

 

「いや口笛で言われても分かんないって」

 

 まぁ付き合いの浅いお前には分かるまい。

 というか此処に居る有象無象には分かるまい。

 

 しかし俺に不安無し。

 なんてったって、此処には一夏が居るからな!

 

 ガキの頃からずっと一緒にバカやってきた一夏なら分かんだろ。

 オラ、こっち見ろ一夏。

 お前が俺の通訳になるんだよ!

 

 よしよし目が合ったな。 

 いつものように声高に説明してやれい!

 

「全然分かんないゾ」

 

 うわははははは!

 

「ぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅ!」

 

「うわビックリした!? 何その勢いある口笛!? どうやって吹いてるの!?」

 

 笑ったら勝手に『ぴゅ』に変換されました(困惑)

 

「ちょっと一夏! アンタ気合い入れてアイツのアホを見抜きなさいよ!」

 

「そうだぞ一夏! アイツのアホはまだお前にしか解読できないんだぞ!」

 

「そうですわ一夏さん! 旋焚玖さんのアレが訳せなくてズッ友だと胸を張って言えるのですか!」

 

「う~ん、そんな事言われてもなぁ。俺でも100回に1回くらいはマジで分からん時があるしなぁ。今回がその1回って訳だな、うん」

 

「いや口笛を注意しようよ」

 

 これはシャルの熱い正論。

 1週間俺(アホの選択肢)と結構同じ時を過ごしてたってのに、まだ常識的発想を持てているとは……流石はフランスの貴公子ってところか。

 

 しかしまいったな。

 いつもみたいな一夏のフォローがないってなると、ここから流れを戻すのはキツいぞ。ただでさえ今の俺は口笛しか出せないんだし。

 

「旋焚玖は無意味な事なんてしないってのは今更分かりきってる事だし、何とか俺も理解してやりたいんだけどなぁ。まさか100分の1をココで引いちゃうとはなぁ」

 

 無意味な事でしかなくて本当に申し訳ない。

 一夏は悪くねぇよ。……お前が悪いんやないな、アホの選択肢が悪いんや!

 

 

「フッ……ならその1回は私が埋めてやるとしよう」

 

「「「!?」」」

 

 

真打登場。

一夏がダメなら誰がやる。

悟空がやらねば誰がやる。

そんな者決まっている。

 

 

「ち、千冬姉! もしかして旋焚玖の口笛が訳せるのか!?」

 

「まぁな」(見守るとは言ったが、旋焚玖の窮地に手を差し伸べないとは言っていない)

 

 ドヤ顔千冬さんが沈黙を破った!

 そうだよ! 一夏とはまた違う方面で俺を理解しまくっている人が此処に居たじゃないか! やったぜ! これで流れも元に戻せるぜ!

 

「さて、旋焚玖。デュノア達の話が進みかけたところでお前は口笛を奏で出した訳だが。お前ほどの男の事だ。何か意図があっての行動なのだろう?」

 

 ないんだな、それが(栃木)

 とか言ったらブッ転がされるから言わんけど。吹かんけど。

 

 しかし一転して好機なのは間違いない。

 今こそアドリブ力を発揮させる刻なり! 脳内フル回転させろ俺!

 

「ぴゅ~ぴゅぴゅ~ぴゅぴゅぴゅ~~、ぴゅぴゅ~(長いので割愛)」(デュノア夫妻との対話如何で、今後のお前の未来が決まる。それはお前が一番理解している筈だ。シャルルではなくシャルロットとしての道を歩んでいく! 昨夜お前が放った言葉だ。その気概、覚悟はどこへやった? この対話に人生懸けてんなら口笛如きで狼狽えてんじゃねェ!!)

 

 久々にすっげぇ良い事言ってる(自画自賛)

 口笛だから全く意味ないけどね(がっくり)

 

「……ちょっと。エラい長文だったわよ?」

 

「口笛を長文と表現するのも珍しいな」

 

「まるでファンファーレのように奏でてましたわね」

 

「ほ、ホントに大丈夫なのか、千冬姉?」

 

 ホントに大丈夫なんですか、千冬さん。

 

「任せろ。ンンッ……『シャルロット・デュノアの今後がどうなるのか。それは全てこの交渉の場次第で決まると言っても過言ではない。今しがた始まりかけていたデュノア夫婦との対話など、まさにそうだな。今まで通りスパイとして、デュノア社の駒として生きていくのか。はたまた自由を手に入れるのか。自分の道は自分で決めると本気で思っているなら、口笛如きで今更ガタガタぬかすな小娘が』……と、旋焚玖は奏でている」

 

 千冬さんしゅごい。

 言葉は違うのに内容は合ってる。

 

 直訳の上の上、まさにミラクル意訳って感じだな! ケツの部分がやたら辛辣だったところに千冬節を感じるぜ。そういや最初は一夏と俺を巻き込んだ事に対して、千冬さんプンプンしてたっけ。

 

「なるほど、流石は千冬さんね。理に適ってる通訳だわ」

 

「確かに。筋が通った通訳だな」

 

「理論派なわたくしも納得のいく通訳でしたわ」

 

「最後の『口笛如きで~』のくだりは千冬姉のアドリブだろうけどな」(名推理)

 

 千冬さんの通訳っぷりは好評である!

 シャルも「あ、そっかぁ」みたいな顔してるし。これで一安心ってとこか。

 

 しかしあれだけ意訳されちまったら、それはそれで千冬さんへのプチ疑惑な芽も出てくるな。アレだよ、実は俺の口笛を解読したんじゃなくて、『俺ならこう言うだろう』と予測しただけだったりして。

 

 

【確かめる】

【確かめない】

 

 

 確かめるぅ。

 

「ぴゅぴゅぴゅーぴゅ・ぴゅーぴゅぴゅ」(ボボボーボ・ボーボボ)

 

 

(ボボボーボ・ボーボボね)

(ボボボーボ・ボーボボだな)

 

実は旋焚玖の両親はバッチリ理解できていた!

しかし空気を読んで、あえて名乗り出ないのが旋焚玖の両親なのだ!

 

 

「また旋焚玖が口笛ったぞ。今のは何て言ったんだ、千冬姉?」

 

「『同い年より年上の方が好みだ』と言ってるな」

 

「!?」

 

「!?」

 

「!?」

 

「ヒューッ!!」

 

 真面目な顔して何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 やっぱり単なる予測だったんじゃないか(結論)

 

 あ、肉体的拘束が解けた。

 千冬さんの変な言霊が【選択肢】なる拘束を打ち破ったのか(プラス思考)

 

「どうだ、シャル。昨夜の決意は思い出せたか?」

 

「旋焚玖……うん、思い出したよ。僕の事なのに、旋焚玖に何もかも甘えっぱなしじゃいけないもんね。これは僕自身の事。今からは本気で父さんとロゼンタさんとお話するよ!」

 

「フッ……いい気迫だ。これならもう口笛で覚悟を問う必要はないな」

 

「……ありがとね、旋焚玖」

 

「気にするな」

 

 やったぜ。

 流れの修復完了だぜ。

 

「それで、どこまで話したかしら」

 

 膳膳(サントリー)

 言わんけど。俺のせいだし。

 

「ロゼンタさんが父さんの浮気を知って、僕とお母さんの家にやって来たところまでです」

 

「1ミリも進んでないじゃない。まぁいいわ。それでね、怒りに燃えていた私はとりあえずアナタの母親……マルグリッドね。彼女もブン殴ってやろうと思ってた訳。で、いざ踏み込んだらビックリよ。もうアナタがいたんだもの。私を見てバブバブ言ってたわ」

 

 赤ちゃんだしな。

 バブバブ言うだろう。

 

「それで余計に頭にきちゃって。2往復半くらいビンタしてやろうと彼女に詰め寄ったんだけれど」

 

 そこまで言ってロゼンタさんがシャルへ慈愛の目を向ける。チョービジン!

 

「マルグリッドに抱えられていたアナタがね。無邪気に私へ手を伸ばしてきたのよ」

 

「僕が…?」

 

「ええ。それでねぇ……なーんか怒りも冷めちゃって。少なくとも赤ん坊であるアナタに罪はないもの。それに、マルグリッドも私と同等レベルな美人さんだったし、アルベールが惹かれても仕方ないかもしれないわ。当時は若かったし、きっとアルベールもヤバいと思ったけど性欲を抑えきれなかったのでしょう……と無理やり納得する事にしたの」

 

 良妻すぎて涙がで、出ますよ。

 それだけに、またまた女性陣からアルベールさんへの視撃が強まってきてる感アリアリだが、それくらいは自業自得よ、受け入れろ。

 

「その後、アルベールが改めて私に土下寝して詫びてきたし、マルグリッドも何度も頭を下げてきてねぇ。私もグチグチ言って根に持つ性格じゃないから許す事にしたのよ」

 

「何もせずに帰ったんですか?」

 

「ふふっ…帰り際にささやかな仕返しで、アナタのほっぺたをプニプニしてやったわ。覚えてるかしら?」

 

「お、覚えてないですよぅ」

 

 おぉ……なんかもうロゼンタさんの株が爆上がりである。

 

「でも、ここからどうやったらお母さんとロゼンタさんが仲良くなれたんですか?」

 

 それは気になるところだな。

 『許した=仲良くなる』なんて方程式はないし。普通なら2度と会わないよう余計に距離を取りそうなもんだが。

 

「次の日の事だったわ。お昼過ぎに買い物に出かけてたんだけどね。ちょうど街角を曲がろうとしたら「ちこく、ちこく~!」ってフランスパンくわえた女性とブツかったらアナタの母親だったのよ」

 

「えぇ!?」

 

 え、なにそれは(困惑)

 

「何かもう笑っちゃってねぇ、色んな意味で。マルグリッドは仕事に向かう途中だったらしいんだけど、もう無理やり休ませて私のショッピングに付き合わせたのよ。それがまぁきっかけよ。それ以来、何だかんだアルベールは関係なしで私達は仲良くなっていったの」

 

「な、なるほどざわーるど……」

 

 困惑っぷりがよく分かるお返事だな。

 しかし、パンをくわえて走る文化がフランスにもあったとは……意外と世界共通なのかもしれんね。

 

「で、まぁ当然だけどアルベールはマルグリッドにちゃんとアナタの養育費も出しつつ、実は学校の運動会とかも私と隠れて見に行ったりもしてたのよ」

 

「……そうだったんですか」

 

 ふんふむ。

 これがシャルロット見守り隊に繋がる訳か。これでアルベールさんが最初に言い直した4行のうち、2行が解決したとみて良いだろう。

 

 残るはあと2行。

 でもどちらかと言えば、後半2行の方が意味不明度は高いし、重要度も高そうな気配プンプンだ。

 

 何より、4行目からは俺と一夏も関わってくる話になるだろう。ここからが俺たちにとっての正念場だ。

 

 気合い入れて聞くぞー。

 

 






次回、シャルロット編完結(本気)


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第121話 真・懇談-後編-


兄弟、というお話。



 

 

「マルグリッドが天に召されてしまった時、私もアルベールも全然信じられなくてね。でもあの子がいない事実は変わってくれなくて。私達はどうやって、その現実と向き合えば良いか分からなかったわ」

 

「……ロゼンタさん」

 

「でも私達には沈んでいる時間などなかった。独りになってしまった貴女に対して、私とアルベールは何が出来るのか。娘だと引き取れば良いのか、これまで通り陰から援助をするだけに留まるのが良いのか……。でもね、私達には悲しみに暮れるどころか、悩む時間さえなかったの」

 

 なんでぇ?

 

「その頃のデュノア社はもうね。貴女が生まれた時のデュノア社とは次元が違う勢いだったのよ」

 

 どゆこと?

 

「なるほど、量産型ISの世界進出…か」

 

 千冬さんが何やら意味深な感じで呟いたぞ。

 だが、俺と違って千冬さんこそ無意味な事は滅多に言わん人だし、きっとこの流れに沿った的確な事を言ったんだろう。

 

「織斑先生の言う通りだ。我が社で開発したIS【ラファール・リヴァイヴ】が量産型ISとして世界的に認められてからは、デュノア社は国内どころか世界でもトップクラスの企業となってしまった」

 

 どうやら説明役が、ロゼンタさんからアルベールさんにバトンタッチされたみたいだ。家庭的な話から、一転して企業的な話になりつつあるっぽいし、確かにここは舵取りの社長の出番だろう。

 

「その頃には私自身、大きくなり過ぎたデュノア・グループを完全に掌握する事も容易ではなくなってきていたのだ」

 

 ふんふむ。

 続けてどうぞ。

 

「企業が大きくなれば、その分色々なモノを抱える事になる。例えば……私の立場を狙う者とかな」

 

 なるほど。

 そこで3行目の『刺客』に繋がる訳だな。

 

 確かに従順な社員もいれば、腹の中にナニかを含んでいる社員もいるだろう。アルベールさんが言うように、その懸念材料は企業の規模拡大に比例して増えていく筈だ。

 

「デュノア・グループのトップの座を狙う者からしたら、娘の存在はまさに格好の餌食だ。現に私の失脚を狙う内部から、シャルロットの身柄を狙う動きがあったのだ」

 

 やべぇよやべぇよ。

 

「だから私とアルベールは貴女の身柄をまずは確保する事に専念して、即興でとある作戦も決行したの」

 

 

【作戦名を聞く】

【自重する】

 

 

「……ちなみに作戦名を伺っても?」

 

「『娘のことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!作戦』よ」

 

 何言ってだこのおばさん(ン抜き言葉)

 長々しい作戦名に対して内容が意味不明すぎるだろ。何があったのか全然伝わってこねぇよ。

 

「あっ……もしかしてあの日の事かも」

 

 シャルには伝わったのか(困惑)

 

「何となく察したようね。デュノア社で初めて会った時の事よ」

 

「シャルロットを狙う裏切り者が不確定だからこそ、全員に私とロゼンタは示す必要があったのだ。『私達夫婦は娘に良い感情など持っていない』と。『誘拐したところで交渉材料にはならんぞ』とな」

 

 あ、もしかしてあの話か?

 なんか昨日シャルが言ってたよな。

 

 ロゼンタさんと初めて会った時に、皆が見ている前で頬を叩かれたって。……そうだ、思い出してきた。確かその時に『泥棒猫の娘が!』って7回くらい言われたんだっけか。

 

「でもね、私の名演技をもってしても、貴女を狙う動きが収まる気配はなかったの。誤算だったわ」

 

「……確かに誤算だったな」(妻があれほどの大根芝居を披露してしまうとは思ってもみなかった。シャルロットへのぎこちないビンタに始まり、挙句の果てに何を思ったか『泥棒猫の娘が!』と7回くらい言ったからな。そりゃあ刺客の動きも収まるまいて)

 

 何かアルベールさんが遠い目してる。

 あ、分かった。

 きっとアレだ、演技とはいえ、ロゼンタさんにシャルロットを傷付けさせた事を申し訳なく思っているんだろう。浮気はするけど夫の鑑だなぁ。

 

「しかし幸か不幸か、検査していくうちにシャルロットには高いIS適正が備わっている事が分かったのだ。これを生かさない手はない。そう考えた私とロゼンタは、社内でも信頼できる者達に徹底的にIS技量・知識、その他諸々をシャルロットへ叩き込ませた。IS学園に娘を行かせても不自然と思われぬために。娘が一人でも戦えるようになるために」

 

「……だからあんなスパルタだったんだね」(遠い目)

 

 ハイライト消えかけてんぞシャル。

 ああ、これも思い出した。確かシャルは、フランスでのトレーニングを一週間で7日から8日させられてたんだっけか。

 

 まぁでも、その分強くなれたし、別に良いんじゃね?

 って思っておかないとメンタルやられんぞマジで。

 

「私とロゼンタの想像通り、いや想定以上にシャルロットの技量はぐんぐん成長していき、これならIS学園に行かせても大丈夫だろうと思いつつも、やはり不安がなくならなかったのも事実だ」

 

「私とアルベールの目の届かない場所に逃がしたは良いものの、IS学園でこの子が刺客に狙わない保証はないからね。でも、そんな矢先に報せが入ったのよ。世界的なニュースがね」

 

 む…?

 デュノア夫妻が俺を……いや、俺と一夏を交互に見た。俺と一夏交互に見て。右ひじ左ひじ交互に見て。

 

「男性でありながら、ISを起動させた者現る。この一報は当然、フランスでも大騒ぎになったさ」

 

 これは4行目なるお話の気配!

 いいよ来いよ、どんどん話してくださいよ!

 

「でも、私達が目を付けたのは『初の男性起動者』ではなかった。気を悪くしないでね、織斑くん。私達は貴方の名前に惹かれてしまった」

 

「私とロゼンタは話し合った。絶対的権威とも言えるブリュンヒルデを姉に持つ彼に娘の保護を頼めないだろうか、と」

 

 なるほど。

 ようやく全貌が見えてきたぜ。

 

 つまりこういう事だろう。

 一夏が『シャルを守る!』と言えば、自ずと千冬さんも力になってくれるのではないか。それが狙いでシャルを転校させてきたのか。

 

 あれ、ちょっと待って?

 何でわざわざ男装させる必要があるんですか!

 

「デュノア社では誰が聞いてるか分からないからな。シャルロットに全てを明かすのは不可能だった。しかし女子のまま転校させても、我々の思惑通りに事が運ぶとも思えない」

 

「ならもういっそのことシャルロットを男のフリでもさせて、強制的に織斑くんと接触する機会を作っちゃいましょうって事になった訳ね」

 

 ふんふむ。

 確かにそう言われたら納得できる。

 

 だが、驚くべきはそこじゃない。

 まさに今のこの状況こそが、二人の狙っていた展開に違いない。

 

 つまり、デュノア夫妻は見事に計画を成功させたって訳だ。遠いフランスの地から、こうなるであろうと先を予想して……いやはや、すげぇ慧眼持ってるぜこの二人。

 

「だいぶ話は分かってきました。でもまだ俺は納得できません。もし俺がゲスな男だったらどうするつもりだったんですか? もしかしたら、シャルが弱みに付け込んでヒドイ事をされていたかもしれない。そんな心配を無視して、無茶な賭けをしたんですか?」

 

 おぉ、一夏が静かに燃えている!

 自分は実はただ利用されていただけって事に対してはまるでキレず、そこからさらにシャルの身を案じてキレてみせる。

 

 オラ、見たか聞いたか一組の皆の衆。

 これが一夏なんだよ。

 

 こういうとこなんだよ、俺がコイツに惹かれてるのはな! 少なくともパッと今の台詞は俺には出せんね。

 

 

「そんな訳ないだろうッ!」

「そんな訳ないでしょうッ!」

 

「ぴゃっ!?」

 

 セシリアが驚いた!

 セシリアだけが驚いた!

 

 カワイイ!(ブロリー)

 

「悪い狼に引っ掛かっては元も子もない。しっかりと事前に君の事は調査させてもらった」

 

「幼い頃から友情に厚く、人としての正義を持って日々過ごしている。イケメン。という調査結果が出たわね」

 

「そ、そうでしたか。えっと……突っかかって、すいませんでした」

 

 顔のニヤけが抑えきれてねぇぞ一夏。

 

「なんだ一夏嬉しそうじゃないかよ~」

 

「いやあそんな」(喜色満面)

 

 まぁ褒められたら嬉しいに決まっている。

 俺もそろそろ褒められてぇなぁ俺もなぁ。

 

「世界最強の後ろ盾あり。人格面も問題なし。これならシャルロットを任せても大丈夫だろう……と思いつつも、やはり不安を拭えきれなかったのも事実だ」

 

 まぁ会った事もない男に娘を預けるも同義だもんなぁ。そりゃあ、いくら調査書で問題なしと言われても、親の立場からしたら不安は尽きんだろう。

 

「娘は親の贔屓目無しでも可愛い。フランス一可愛い。親の贔屓目無しでな」

 

「と、父さんってば」

 

 親バカ出しまくってるじゃないか。

 

「そんな折だ。私達の元へ、またもや緊急の一報が届いたのだ。二人目の男性起動者現る、とな」

 

 今度は俺のターンか!

 一夏の流れを鑑みるに、これは俺も褒められますね間違いない。

 

「気を悪くしないでくれ、主車くん。私達は君にまるで興味なかった」

 

「(´・ω・`)」

 

 一夏がしょんぼりするのか(困惑)

 いや俺も内心「おぅふ…」ってなってるけど。そこはお前ポーカーフェイスマスターな俺だし、そんな事言われても何ともないぜ感を出しまくってるぜ!

 

「だが、それも束の間だ。次のニュースで、織斑先生が君を家族同然だと言い放っていたのだからな」

 

 ああ、あったなそんな事も。

 それで俺は変態糞土方の声明文を出したんだっけ。あれ、そうだっけ? ああ、いや違うわ。『かかって来いよ』的なヤツを言ったんだ確か。

 

「主車くんにもブリュンヒルデが背後に控えている。なら当然、主車くんの事も調べさせてもらったのだけれど……うん。まぁ、調査内容は別に言わなくてもいいわよね。言わないわよ。言う必要ないし」

 

 やめてよね。

 そんな『お前が一番分かってんだろ、ウンコみてぇな内容だって事はよ。察せよオイ』みたいな顔して言うのは。分かってたけど、分かっていても泣きたくなっちゃう。

 

 

【内容を聞く】

【自重する】

 

 

 自重するに決まってんだろ!

 内容なんかお前に言われんでも分かっとる!(憤怒)

 

 

「まぁそういう経緯もあり、私達はシャルロットをIS学園に行かせたのだ。シャルロットにスパイとしての進捗報告というテイで私に電話させていたのは、身の安全の確認のためだった」

 

「日々の出来事を少しでも多く聞いておかないと、私もアルベールもソワソワしゃってねぇ」

 

 なるほど。

 だから毎日電話させていたのか。

 これでまた謎が一つ解けたな。謎が解ける=話が進んでいる。いい感じで展開が進んでますよぉ(安堵)

 

「娘との電話では、主に織斑くんと主車くんの話を聞かせてもらっていた。そして、新たな事実が発覚したのだ…! 親としての不安を吹き飛ばす素晴らしい事実が!」

 

 ナズェオレダケミテルンディス!!

 

 一夏と交互に見てくれよ! 

 もう嫌な予感しかしないよぉ!

 

「主車くんには昨夜の電話でも聞いたが……そうだな、一応織斑くんにも聞いておこうか」

 

 あっ(察し)

 

「何ですか?」

 

「君の恋愛対象は女か? 男か?」

 

 やっぱりな♂

 

「女ですよ何言ってんですか」

 

「まぁそうだろうな」

「まぁそうよねぇ」

 

 何でこの夫婦は少し残念そうなんですかね。

 

「ふーん」

「ちっ」

「はー、つっかえ」

「まぁノンケが染まっていくのもアリだしね」

「むしろそっちの方が萌える。萌えない?」

 

 何で女子共はここぞとばかり不満感を出してるんですかね。

 

「では主車くんだ。改めてもう一度聞かせてくれ。君が好きなのは男か? それとも、もしや女なのか?」

 

 何で俺の時はニュアンスを変えてくるんですかね。

 そんな風に聞かれても、何か期待に満ちた数十の視線も感じるけど、普通に女にしか興味ないから。普通に言わせてもらうわ。

 

 

【俺は男だよ!!(カミーユ)】

【答える必要はない(花京院)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 誤用してんじゃねぇぞ【上】コラァッ!! そういう意味でカミーユは言ってないだろぉ! 誤用してなくても【下】も普通に嫌なんだぞコラァッ!!

 

「答える必要はない」(げっそり)

 

 断言してないだけマシだと思おう。

 それでも俺のメンタルはボトボトダァ…。

 

「……うむ!!!!!」

「そうよねぇ! やっぱりよぉ!!」

 

 クソ夫婦があからさまに喜んでんじゃねぇぞア゛ぁン!? ダンナと嫁で喜びの内容が違う気もするぞコラァッ!!

 

「ふーん。やるじゃん」

「ああ^~」

「そんな曖昧に言われたってさぁ(ニヤニヤ)」

「これは薄い本がカピカピになってしまいますなぁ」

「主車くんは女子校に降り立った†堕天使†」

「乙女心を解する男子の鑑」

 

 いや~、キツいっす(素)

 人生最大の高評価を受けてるっぽいのに、まるで嬉しくないです。当たり前だよなぁ?

 

「主車くん!」

 

 なんだウンコ親父……あ、ちょ、ナニしてんの!? 何で土下座してんの!?

 

「手前勝手なお願いだとは重々承知している! それでも君に頼みたいのだ! 君しかいないのだ! シャルロットをどうか守ってくれまいか!」

 

 そんな土下座されたってさぁ。

 君しかいないってお前、要はアレだろ?

 

 『コイツはクッソ強い上に、クッソ強いブリュンヒルデも味方につけてる上に、ホモやしシャルロットが襲われる心配もないやんけ!』って事だろ?

 

 うーんこの。

 改めて文字で表してみるとヒドイなこれ。手前勝手にも程があんだろマジで。

 

 それに俺は一夏ほどデカい器じゃないし。基本的に欲望と打算で生活してるマンだからなぁ。

 いやまぁ、みんなが見てる前なのに、恥も外聞も捨てて土下座までして懇願されたら、俺の良心もフルボッコ状態なのは間違いないんだけどさ。

 

 でもほら、基本的に俺って小者じゃん?

 小者は小者らしく見返りを求める訳。分かる?

 

 友情は見返りを求めない。

 俺がそう思える対象ってのは限られる。この場だと一夏、千冬さん、箒、鈴、セシリアくらいか。他の連中はまだまだ付き合いが浅いから知らん。

 

 シャルに限っては出会って1週間程度だっての。そんな奴をだな、俺をホモだと勘違いしていた奴をだな、俺が無償で助けると思うなかれ! 思う事なかれ!

 

 

【シャルロットを貰う。報酬的な意味で】

【シャルロットと盃を交わす。仁義的な意味で】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 貰うってお前それ『娘さんを僕にください!』的なヤツだろぉ! 誰がそこまでデカい見返り求めてんだよ! 発想がゲスすぎるんだよこのヤロウ! 報酬は報酬でも、もっとこう、なんか……あるだろ!?

 

 もうやだ【下】も負けじと意味不明だしよぉ! 盃を交わす(仁義)ってお前それもう完全に極道のノリだろぉ! 

 

 でも【下】しか選べないよぉ! 

 【上】は無理だよぉ! 

 ゲス野郎だとみんなに思われちゃうのは嫌だよぉ!

 

 ああ、もう……腹ァ括るしかないんやなって(諦め)

 やるからには中途半端は無しだ。

 

 これは見返りを求めた俺への罰なのだ。

 ならせめて粋な男を演じてやるのだ!

 

「シャル」

 

「な、なに?」

 

「俺と盃を交わせ」

 

「???」

 

「言っておくが三々九度の方じゃねぇからな」

 

「さんさん…?」

 

 コレはちゃんと言っておかないとね。

 日本に馴染みのない奴は分からんだろうが、結婚的な意味でも盃を交わすってあるからね。俺が今から言うのはソッチじゃなくてコッチ。

 

「親父さんの土下座など最初から不要。何故なら、俺は既にお前を守る気でしかいないからな。たとえ相手が世界だろうと…!」

 

 粋スギィ!(自画自賛)

 

「盃を交わして兄弟の契りとする。お前は今日から俺の兄弟分だ。兄弟は死んでも裏切らねぇ。何が在ろうと必ず守ってやる。お前と盃を交わすのが俺の覚悟だ」

 

「せ、旋焚玖……僕なんかのために、そこまでしてくれるの…?」

 

 というのを4代目から聞いたんだ!

 今度はポケサーを教えてくれるらしいんだ!

 楽しみなんだ! 

 

 でもシャルは女だし兄弟ってのは違うよな?

 姉弟か兄妹か。後で誕生日聞いておくかな。

 

「アルベールさん達はフランスに帰ったら、デュノア・グループ内に大きく触れ回ってください。ブリュンヒルデな織斑千冬と家族同然の付き合いをしている主車家と家族関係になった、と」

 

 とか言いつつ、母さんと父さんをチラリ。

 シャルと兄弟分になったら、母さん達にも何かしらの影響が出てしまうかもしれん。というか出るだろ普通に。意味合いは違っても、デュノア家と家族関係になったんだし。

 

 

「異議なし!」

「異議なし!」

 

 

 ウチの両親に異議はなかった!

 

 

「むしろハッキリ言ってやればいい。シャルロットを脅かす者はブリュンヒルデを敵に回す事になる、とな」

 

 おお、千冬さんからもナイスなアシストが飛びこんできたぜ!

 

「いいんですか、千冬さん?」

 

「旋焚玖が判断したのだ。私に反対する気はない。それに旋焚玖と盃を交わせば、シャルロット・デュノアは私にとっても文字通り義理の妹にあたるからな。守ってやるさ」

 

 文字通りではないと思うんですけど。

 疑似的な意味合いだと思うんですけど。

 

「えーと、えーっと……シャルは旋焚玖の兄弟で、千冬姉の義妹って事は俺だとどういう関係になるんだ?」

 

「そうだな、親戚くらいの感覚でいいんじゃないか? 小難しく考える必要もないだろ」

 

「それもそうか。……よし! ならもうさ、千冬姉の肩書だけじゃなくて、俺と旋焚玖の肩書も付け加えちまおうぜ! シャルを狙う奴らをビビらせるのが目的なんだし」

 

 なるほど、それは良い案だ。

 

『シャルロットを脅かす者は、ブリュンヒルデと男性IS起動者2人を敵に回す事になる』

 

 こんな感じか?

 

「そこへ更に上乗せをするのも一興じゃないか? 私の肩書も乗せてくれ」

 

 名乗り出たのは箒だった!

 確かに箒の肩書はすげぇ倍プッシュになるぜ!

 

「他国の専用機持ちも加担したら現実味も増すわよねぇ?」

 

 更に鈴が倍プッシュだ!

 

「イギリスの専用機持ちが加われば、本気度も伺えますわよ?」

 

 更にセシリアが倍プッシュだ!

 

「当然、私もご一緒させてもらいますから」

 

 更にヴィシュヌが倍プッシュだ!

 

「でゅっちぃを~、守りたいとぉ~……思わないか~!」

 

「「「「 おー! 」」」」

 

 更に布仏ののんびりした号令のもと、1組全員が倍プッシュだ!

 

『私も参加させてもらいますよ~!』

 

 廊下の窓をカキカキする山田先生でファイナルプッシュだ! 

 

 つまりまとめるとどういう事だ!?

 こういう事だ!

 

 

『シャルロットを脅かす者は、ブリュンヒルデと男性IS起動者2人と篠ノ之博士の妹と中国とイギリスとタイの専用機持ちな代表候補生とIS学園1年1組全員と副担任を敵に回す事になる』

 

 

 これは強い(確信)

 なんかもう色んな意味で怖い(確信)

 

 こんな面々がバックについてたら、流石に相手しようなんて思わんだろ。どこの自殺願望者だって話だ。

 

「どうですか、アルベールさん、ロゼンタさん。これが俺たちの答えですよ」

 

「……ありがとう。恩に着る。さっそくデュノア社に帰って、大々的に広めさせてもらおうと思う」

 

「シャルロットをどうか、よろしくお願いしますわね」

 

 終わりよければ全て良し。

 右往左往しまくったが、何とか終着させられたんじゃないか?

 

 しかし、ここですぐに2人を帰すのは二流のする事よ。俺ほどの男になるとアフターフォローもバッチリさ。

 

「急いて帰る必要もないでしょう? シャルとの間にあった溝を埋めてからでも良いんじゃないですか?」

 

「旋焚玖…?」

 

「お前もだ、シャル。此処には刺客も居ない。わだかまりも、もうないだろう? フランスと日本は簡単に会える距離じゃないんだ。なら、今日一日くらい家族でゆっくり過ごせ」

 

 粋スギィ!(自画自賛)

 

「旋焚玖……うんっ!」

 

「主車くん…!」(ホモなのがもったいないような気がしてきた)

「主車くん…!」(シャルロットの魅力でいつかノンケになるわよ)

 

 フッ……やはり感謝の視線は気持ちがいい!

 俺も頭ひねった甲斐あったってなモンよ。

 

「そうですね。でしたら、今夜はシャルロットの部屋にお二人はお泊りください。一夏は旋焚玖の部屋で良いだろう?」

 

「おう!」

 

 まぁそれが妥当だな。

 夜通しゼノバース2しようぜ!

 

「ちなみに旋焚玖はこれからシャルの事を何て呼ぶんだ? ほら、俺だと千冬姉は千冬姉って呼んでるし」

 

 いや別にそのままシャルでいいだろ。

 

 

【シャルお姉様】

【兄弟】

【シャルたんprpr】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……兄弟」

 

 女なのに兄弟と呼ぶのか(げっそり)

 いや、別に呼び方は間違ってないんだけどね。漢字がおかしくない?

 

「ふーん、そか。じゃあ、シャルには何て呼ばせるんだ?」

 

 

【旋焚玖お兄様】

【兄弟】

【旋焚玖にぃに】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……兄弟」

 

 女なのに兄弟と呼ばせるのか(げっそり)

 いや、別に呼ばせ方は間違ってないんだけどね。漢字がおかしくない?

 

 

 まぁいっか(思考放棄)

 

 





兄弟呼びが決まったのでシャル編完結です。
シャル編は長すぎたので反省した作者はラウラ編を後書きで済ませます。


ラウラ:貴様があの人の弟であるなど認めるものかパンチ!

一夏:(´・ω・`)

旋焚玖:俺のダチに何やってるパンチ!

ラウラ:うわぁ~!?パンチの威力が凄すぎてドイツまで吹っ飛んでしまう~!?

旋焚玖:やったぜ。

一夏:(`・ω・´)


ラウラ編完!
反省した作者は出来る子(*´ω`*)


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第122話 3人目の転校生と


ラウラ・ボーデヴィッヒだ、というお話。



 

 デュノア夫妻との大交渉懇談会から1週間が経った。

 あの日から兄弟は男装をヤメて、バリバリ女子生徒なシャルロット・デュノアとして通学している。

 

 『男装してスパイ!?』的な感じで騒ぎになるかと思いきや、そこは流石の千冬さん。あの日のうちに、アルベールさん達と協議して、実は兄弟の男装は『生徒の危機管理能力訓練』として、元々デュノア社と協力して行われていたモノである。と無理やり収拾させてしまったのだ。

 

 まぁアレだ、ハニートラップには気を付けよう!的な感じで触れ回ったらしい。

 実際、男のフリをしていた兄弟に、ほぼ全女子がキャーキャー言ってたからな。そういう意味で説得力もアリアリだった。

 

 そんでもって、アルベールさんとロゼンタさんと和解した兄弟はというと。

 

「あっ! おはよう、兄弟!」

 

「……ああ、おはよう。兄弟」

 

 とても元気なのである!

 色んな意味で解き放たれ、両親ともわだかまりがなくなり、兄弟はよく笑うようになった。

 俺に対する『兄弟』呼びも一週間もすれば慣れたらしい。俺は全然慣れてないけど。っていうか文字表記おかしくない? 言葉だから誰もツっこんでこないけど。

 

 しかしそう考えるとアレだな。IS適性が高い奴は順応性も高いって、はっきり分かんだね。そう言われたら、俺が未だに慣れないのも合点がいく。

 

 言い出しっぺの俺が慣れてないとか思われるのは、普通に癪だから意地でも言い淀まんけどな! 

 

「ヴィシュヌとのルームシェアはどうだ? 上手くやれてるか?」

 

 兄弟が女子として生活するなら、流石に一夏とのルームシェア続行はイカンでしょ。ってな訳で次の日から、人数的に1人部屋だったヴィシュヌの部屋に移ったのである。

 

「うん! 最近は僕もヨガを習ってるんだぁ~」

 

「ソニックブゥーム」

 

「は?」

 

「気にするな」

 

 俺たちと同じく同好会にも入ったしな。

 クラスの垣根を越えて仲良くなるのは良いことである! 2人ともまだまだ日本文化が浸透しきってないし、これを機に一緒に学べい。

 

 とかなんとか兄弟のふれあいを満喫してたら、千冬さんと山田先生が教室に入って来た。眉間にしわを寄せた千冬さんと苦笑いの山田先生が入って来た!

 

「諸君、おはよう」

 

「お、おはようございます~」

 

 教壇に立ったら、いっそう際立つなぁ。山田先生はまだしも、千冬さんからは明らかにプンプンオーラが迸っているじゃないか。

 

「ええとですね、今日はですね……ま、またまた転校生を紹介したいと思います~!」

 

「「「 えええええっ!? 」」」

 

 山田先生の発表にクラス中が一気にざわつく。

 俺もビックリだわ、色んな意味で。いやだってこれで何回目だよ?

 

 3回だよ3回。

 

 鈴から始まり、兄弟が来て、そしてまた転校生ですってよ。4クラスある筈なのに、またもや1組に転校してきたらしいっすよ。

 

 このクラスいつも転校生迎え入れてんな。

 元々アレなのかな。もしかして1組は他の3クラスと比べて、人数がちょいと少なかったりするのか? それならまぁ増員的な意味で納得もするが。

 

 今度は一体どんな奴が来たんだろうか。

 鈴は元々幼馴染的存在だったが、転校してきてからは更に仲良くなっている!……と思いたいし、シャルは最初はホモだったけど、なんか気付いたら兄弟になってるし。しかし、仲が良いか悪いかと問われたら、流石に前者だと思うんだ。

 

 考察はまだ終わらんよ。

 鈴と兄弟を前例として、転校生は美人な確率が高いのだ。今のところ100%だし。

 

 兄弟も俺が思っている以上に、きっともっと可愛い女子的存在な筈なんだ。でも悲しいかな、俺の心に『兄弟=ホモ貴公子』なる幻影が根強く残ってんだよね。俺が兄弟に惚れるのは、まぁだ時間掛かりそうですかねぇ。

 

 まぁ兄弟は一旦置いといて。

 要はこういう事なんだろう?

 

 顔面偏差値高い転校生が、俺を惚れさせるためにやって来たって訳だ。やれやれ、惚れっぽい男はツラいぜ。

 

「皆さんお静かに~っ! しかも今回は2名ですよ~!」

 

「「「 えええええっ!? 」」」

 

 火に油を注いでるんだよなぁ。

 しかし2名とな?

 

 どうやら1組の転校生事情は、1人だけじゃ飽き足らず倍々ゲームと化したらしい。つまり次に転校イベントが起きたら4人が来るのか、壊れるなぁ(バランス)

 

 とか考えてたら、教室のドアが開いて一人目の登場である。

 

「…………………」

 

 無言での入室、スタスタ歩きである。

 鈴とも兄弟とも違う入り方をしてくるとは……いや、そんな事はどうでもいい。なんだあの見た目は…!

 

 かつての箒を思わせる長い髪。

 だが、何となく伸ばしっぱなしって感じがするな。いやそんな事より銀髪だぞ銀髪! 輝くような銀髪だぞオイ! 

 

 明らかに外国人じゃねぇか、顔も可愛いし! なんか左目に眼帯もしてるし!……なんでぇ?

 

 え、何で眼帯してんの?

 真島の兄さんリスペクトしてんの? 

 

 あ、そういや何か雰囲気もトゲトゲしいぞ。教壇の横に立ったまま何も言わんし、何かもうがっつり腕まで組んじゃってるし。心なしか席に座っている皆を見下してないかね?

 

 転校初日からなんだアイツ態度Lすぎんだろ、身長はSのくせによォ(小者的思考)

 

「……挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」

 

「はい、教官!」

 

 なんだなんだ!?

 千冬さんが声かけた途端に態度がMになったぞ!? 佇まいも直して千冬さんにビシッと敬礼までしてますよ! 

 

「私はもう教官ではないただの教師だ。ここではお前も一般生徒だし、私のことは織斑先生と呼べ」

 

「了解しました!」

 

 そう答えるM女は背筋ピーンで、ぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足はカカトで合わせている。そして千冬さんへの『教官』呼び。

 

 そういや千冬さんは一時ドイツで軍隊教官ってたんだっけか。

 あの頃は毎日のように『(´つω・`)もうやだ、おウチ帰りたい。一夏の作ったクリームシチューを旋焚玖と3人で食べたい(´;ω;`)』ってメールが来てたっけ。そんな千冬さんを励ましつつ、クリームシチューは俺が頂いてたんだぜ。

 

 という事は、だ。

 コイツすげぇ軍人だぜ?

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「「「…………………」」」

 

 そして訪れる沈黙。

 待てど待てども、その先の言葉は紡がれない。

 

「あ、あのぅ……以上、でしょうか~?」

 

「以上だ」

 

 これは強い(確信)

 山田先生の純粋無垢アタックもペチッと跳ね返されたでござる。ボーデヴィッヒとやらから、断固たる決意が伝わってくるぜ。千冬さん以外眼中無しって強い意志がな。

 

 お、今度は誰かと目が合ったらしくツカツカ歩みを進めてるぞ。見たところ、目が合ったのは一夏みたいですね。

 あらやだ険しい顔が更に険しくなっていますね。それでいて可愛さを損なわないとは……やはり顔面偏差値は東大クラスだったか。

 

「貴様が……!」

 

 腰を捻って右腕を大きく振りかぶっていますね。手のひらはパーのままですね。おそらくあれは、一夏に思いきりビンタろうとしてますね。……なんでぇ?

 

 

【ナッパよけろーーっ!!】

【ボーデヴィッヒから放たれるであろうビンタと同じ角度同じ速さ同じ力で一夏のもう片方の頬をビンタで迎え撃てばバランスが取れるぜぇぇぇぇッ!! 一夏は真っすぐ向いたままでいられるんだぜぇぇぇぇッ!!】

 

 

 転校生が来た途端にハシャぐのやめてもらえませんかね。久々の長文に比例して全く意味が不明なんですけど。

 

 名前はともかく指示は合ってる【上】だな!

 

「ナッパよけろーーっ!!」

 

 あ、一夏がこっち向いた。

 

「何言ってんだよ旋焚こふんっ!?」

 

「あ」

 

 あ、一夏の後頭部がシバかれた。叩いた本人もちょっと面食らってんじゃないか。「あ」とか言ってるし。

 

 ボーデヴィッヒが何を思って殴ったのかは知らんが、微妙な空気が流れちまったい。頬へのビンタならシリアス的な意味合いが伝わってくるもんだが、後頭部はイカンでしょ。ツッコミみたいな絵面になってるもん。

 

 しかしマジで殴ったぞアイツ。

 見たところ初対面っぽいのに。

 

 普通に引くんですけど。

 あれかな、一夏に前世でオイタでもされたんかな。

 

「……私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか…!」

 

「(´・ω・`)」

 

 む……何やら意味深な発言だ。

 一夏も(´・ω・`)してるし。

 

 しかし気付いているのか、いないのか。

 アイツの背後に控えている千冬さんが、羅刹鬼なるオーラを纏いつつあるのを。

 

 いや、そらそうだろ。

 強がっててもブラコンな千冬さんの前で、唐突に弟の頭ハタいたりしたら、そら怒るわ。お前『教官~♥』とか言ってる割りに全然理解してねぇじゃねーか(呆れ)

 

 しかし、それを見過ごすのはマズいでしょ。このままだとボーデヴィッヒとやらはきっと、千冬さんからトラウマレベルの断罪を喰らうぞ。

 

 ここは一丁カッコ良く俺が防いでやるのが吉だな。そして、その勇姿を見たボーデヴィッヒが『やだ、フツメンなのにイケメン…♥』ってなってくれると最高だな!

 

 いいよ千冬さん来いよ!

 今の俺はどんな攻撃だろうが捌けちゃうぜ!

 

 

【俺のダチに何やってるパンチ!!】

【一夏だけ殴られるのはズルいぞ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 ちょっと欲を出したらコレですよ! 

 でも今のはまだ許容範囲だろぉ!? あれくらい思春期多感な男子なら誰だってするわ!(自己弁護)

 

 ええい、勢い良く立ち上がってからの!

 

「一夏だけ殴られるのはズルいぞ! ずるーいずるーい!」

 

 などと、意味不明な供述を繰り返すと共に、千冬さんへと視線を送りまくる! オラ、俺の考えた『それっぽい』意図に気付いてくれい! アンタなら余裕で理解るだろ!

 

「む……? いや……フッ…」(なるほどな。怒りで我を忘れそうになった私を抑制しつつ、同時にラウラが造り出した嫌な空気を吹き飛ばす為、あえて道化を演じてみせているのか。決して機を逃さぬ眼といい、即行動に移せる胆力といい……いやはや流石だ)

 

 よし、上手く伝わったな。

 サスガダァ…とか言ってるし。

 

 これでまずは一安心だ。

 1組はもう入学当初の1組じゃないからね。

 

 1組オールメンバーを巻き込んでのデュノア夫妻との交渉は、俺が思っている以上に影響があったんだぜ。

 

 2か月前ならまるで考えられないが、今では千冬さんが何やら納得した表情を浮かべてくれたら、それを見た1組の皆も自然と『ああ、主車くんの意味不明な言動も、もしかしたら何かしらの意図があるのかもしれない…?』くらいに深読みをしてくれるようになったんだぜ! 

 

 あの時の交渉、頑張って本当に良かった…!

 

 残るは当然このドイツ娘だな。

 俺への視線が明らかに汚物を見る眼だもん。悲しいけど、いや悲しくないけど、俺ってそういうのでは興奮できないタチなんだわ。

 

 だからよ。

 しっかりリカバリーさせてもらうぜ、流れをな。……つまりいつも通りって事じゃないですかヤダー!(ぶりっこ)

 

 よし、切り替える。

 ここからは毎度お馴染みのアドリブランド建設だ。

 

 いったん、そうだな…………閃いた!

 

 

 一夏だけ殴られるのはズルいって言っちまったモンは仕方ない。とりあえず俺も殴られる方向で進めてしまおう。

 だが、ボーデヴィッヒのビンタを甘んじて受けてはいけない。ここで華麗に捌くのだ。

 そんでアレだ、『お前の拳は軽い。何故ならただの暴力だからだ』とか、何となく意味深な事を言ってやれば、いつもの『それっぽい』感じの出来上がりさ。

 

 

 シミュレーション完了!

 よし、ミッションスタートだ!

 

「一夏だけ殴られんのは不公平だツってんだよ」

 

「いきなり何を言っているのだ貴様は……まぁ確かに筋は通っているが」

 

「何言ってだお前」(反射的ン抜き言葉)

 

「は?」

 

 想定外の返答でうっかり心の声が出ちゃった。

 コイツ……もしや只者ではない…?

 

 千冬さんを教官って呼んでたし、もしかしたらチフユニズムを継承しているかもしれない。

 

「いや……そうだろう、通っているだろう?」

 

 通ってないし、掠りもしてないんだよなぁ。

 一夏を殴ったなら俺も殴ってもらわんと公平性に欠ける! なんて、どうみてもおかしいですよ。

 

「ブっていいのはブたれる覚悟のある奴だけだ。当然、私にはその覚悟がある! さぁ、織斑一夏! 殴り返してこい! お前の軟弱な拳など私には通用しないがな!」

 

「(´・ω・`)?」

 

 そら一夏も(´・ω・`)に?マークが付加されるわ。

 俺もその発想はなかった(青天の霹靂)

 

 しかし、一夏だけ殴られるのは不公平って……ああ、なるほど。そういう意味で捉えたのか。一発殴ったんだから、一発殴られないと不公平だ、と。

 

 確かに筋は通っている……ような気がしないでもないな、うん。

 

「いやいや待てって! そりゃあ、いきなり殴られてイラッとはしたけど、だからって殴り返すのは違うだろ!? というか男が女を殴れる訳ないだろ」

 

 そらそうよ。

 正論言ってるぜ、一夏よ。同性と異性はやっぱ違うんだよ。俺もボーデヴィッヒの発想に辿り着かなかった訳だわ。

 

「フン……とんだ腰抜けだな」

 

「別に何と思われてもいいよ」

 

 話は終わりだと言わんばかりに、立ち上がっていた一夏は席に座って顔をプイッてした。一夏お前中々大人な対応してみせるじゃねぇか!……ん?

 

 あれ? 

 何かもう良い感じに終着したくね?

 

 よし、なら俺もさっさと席に戻れば万事解決だぜ!

 

 

【なら俺が殴ってやるよオラァァン!】

【なら俺を殴ってみろよオラァァン!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 シミュレーションに固執しないでよぉ! 

 現実ってのは想定から二転三転して当たり前なの! そこでいかに臨機応変に立ち回ってみせるかがアドリブの妙なの!

 

「なら俺を殴ってみろよオラァァン!」

 

「なんだと? というか貴様は関係ないのにさっきから何なんだ、出たがりか?」

 

 おまっ、出たがりとか言うなよ!

 なんか俺が必死に存在感アピールしてるみたいじゃないか! 

 

 くそっ、斬新な返ししてきやがって…!

 コイツが野郎なら遠慮なくペチッとできるのに…! 

 

 ええい、こうなったら意地でも殴らせてやる!

 

「何だお前、ビビッてんのか?」

 

「……なに?」

 

 おや?

 おやおや?

 

 煽るくせに煽り耐性は備えていないでござるか?

 

「拍子抜けだな、オイ。大人しい奴には強気で、好戦的な奴には臆すガッカリ女子だったんかよ」

 

「貴様……誰だか知らんが侮辱は許さんぞ…!」

 

「アホかお前。問答無用で一夏を殴るアホを俺が敬う訳ねぇだろアホ。わざわざドイツからアホ晒しに来てんじゃねぇぞアホ」

 

「せ、旋焚玖……へへっ、何だか嬉しいぜ!」

 

「ま、たまにはね?」

 

「何だよ照れてんのかぁ? ハハッ、旋焚玖は照れ屋さんだからなぁ!」

 

「ちょ、やめろお前座ってろお前! やーめーろって! あ、肩組んでくんなよ! 悦ばれるだろ!?」

 

 

「「「「 ああ^~ 」」」」

 

 

 やっぱり悦ばれたじゃないか!(憤怒)

 ん?

 

「私を散々侮辱した挙句、私を無視して茶番に走るとは……なら望み通り従ってやろう…!」

 

「あ」

 

 ボーデヴィッヒが一歩踏み込んで来た!

 一夏にはある意味不発に終わったビンタですね間違いない。

 

 しかし、掛かったなアホが!

 後は華麗に捌いて、意味深な言葉唱えたら終わりだオラァッ!! カッコ良く廻し受けを披露してやるぜ!

 

 

【一夏で受け止める】

【お口で受け止める】

【歯を食いしばる】

 

 

 クソッたれぇ…!

 結局俺も殴られるんじゃないか(げっそり)

 

 

バシンッ!

 

 

 い~いビンタだ。

 音もいい。

 

 でも痛ひ。

 頬っぺたジンジンする。

 

「……ほう? 避けずに喰らい、顔色一つ変えないとはな」

 

 だって男の子だもん。

 やせ我慢を貫いてこそ男よ。

 

 でも痛ひ。

 だが好機。

 殴られても『お前の拳は軽い』的なセリフは言えるもんね! いやむしろ喰らって動じないからこそ、説得力も増すってなモンよ!

 

 

【泣く。(´;ω;`)な顔で】

【心の一方影技憑鬼の術で余力を引き出して、無極で余力を引き出して、エンドルフィンで余力を引き出して殴り返す】

 

 

 引き出しすぎィ!!

 お前そんだけ引き出したらもう100%超えてんだろ!? 120%どころかもう倍増の域だって! 

 

 ん、倍増…? 

 潜在能力を倍加するってお前それ……アレじゃないか? 

 

 

主車旋焚玖、思いがけぬ形で界王拳を習得!

なお【選択肢】の許可が下りないと使えない模様。

 

 

 そもそも引き出す引き出さないはどうでもいいんだよ。この状況で論点はそこじゃないの。

 

 殴ったらイカンでしょ。

 常識的に考えて。

 

 だからまぁ、なんだ。

 必然的に【上】を選ぶしかないんだけど……嫌だなぁ。

 

 

 挑発して。

 殴らせて。

 そして泣く。

 

 

 なんだコイツ(白目)

 俺の事なんだよなぁ(げっそり)

 

 カッコ悪すぎて涙が普通にで、出ますよ…。

 

「(´;ω;`)」

 

「!?」(なんだコイツ!? 自分から殴れとか言っておいて時間差で泣き出したぞ!?)

 

「お、おい、旋焚……ヒェッ…!?」

 

旋焚玖に駆け寄ろうとした一夏だったが、止まらざるを得なかった。

これ以上前に進めない、進んだら自分も排除されてしまう。本能が、そう強く訴えたのだ。

 

「…………………」

 

一夏を青ざめさせた羅刹鬼はユラリユラリと陽炎の如く歩み寄る。

 

(超えちゃいけないライン考えろよクソガキが。怒りの臨界点を超えた私の拳でドイツまで吹き飛ばしてやろうか……む?)

 

刹那。

千冬が瞬間的に我に返ったのは、自分以上の憤怒を扉の向こうから感じたためだった。千冬の意識に呼応するかのように、扉が開かれる。

 

それはもう豪快に開かれるッ!

 

 

「なに旋ちゃん泣かしてんの?」

 

 

2人目の転校生登場。

その名も――。

 

 





鳳乱音(ネタバレ)


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第123話 4人目の転校生と

変則式ヒロイン紹介、というお話。



 

 デデーンと登場した2人目の転校生。

 豪快に扉が開かれ、皆が呆気に取られる中、俺も違う意味で呆気に取られていた。

 

 何故なら――。

 

 俺はこの少女を知っている!

 いや!

 この眼差しとこの少女の旋ちゃん呼びを知っている!

 

 しかし、どうしてここに?

 衝撃的すぎて(´;ω;`)も解除されたんだぜ。やったぜ。

 

「お前は……」

 

「あ、ちょっと待って! やり直す!」

 

 へ?

 あ、おい、どこ行くの?

 

 何かまた教室から出て行ったんだけど。

 そんで扉を閉めて……いや、微妙に開いてるぞ。

 

「ひとーつ。人の世に蔓延る悪を」

 

 何か外で言い出した。

 

「ふたーつ。不屈の愛と誠の魂で」

 

 なるほど。

 その口上を聞かせるために、ちょいと隙間開けてんのか。

 

「みっつ。見事に叩き潰す」

 

 そして再び豪快に扉が開かれる。

 満を持して(?)再び登場する2人目の転校生。

 

「台湾代表候補生、凰乱音! 飛び級只今見参!」(脚本:主車旋焚玖)

 

 なるほどなるほど。

 これで昨日のメールの謎も解けたわ。

 

 乱から『ドラマチックな登場の仕方を教えてほしい(σ・Д・)σYO!!』ってメールが来たものの、理由までは教えてくれなかったからな。あれは今日の仕込みだったって訳か。

 

 いやはや、流石の旋焚玖さんもビックリですよ。

 そもそも同い年じゃないんだし、仮に乱がIS学園へ来る事になったとしても、普通に考えたら来年だろ。そんな常識をブッ壊して飛び級してくるとは……流石すぎて言葉も出ねぇわ。

 

「ちょっ、アンタもう飛び級できたわけ!?」

 

「えへへ! まぁね!」(どやっ)

 

 乱と姉妹分な鈴もオッタマゲーションな感じである。二人の会話からして、どうやら乱は鈴にも知らせてなかったらしい。

 

「で、話を戻すけどさ」

 

 ぷりちースマイルでピースピースしていた乱は、一転して表情もシリアスになり……?

 

「オイ、そこの銀髪眼帯女。お前なに旋ちゃん泣かしてくれちゃってんの?」

 

 ママぁ…(感涙)

 

「ふん。貴様、この男と知り合いなのか? だが私に非難される謂れなどない」

 

「へぇ……人殴っておいて非難されないって? それがドイツの仕来りなわけ?」

 

「百歩譲って織斑一夏を殴ったのは非難されても良しとしよう。だが、この男に関しては私は悪くない。むしろこの男がだな「なにアンタ、旋ちゃんに文句あんの?」……む? いや文句とかじゃなくてだな、客観的に見ても「旋ちゃんの文句は!」……むむ?」

 

「アタシに言えぇ!」

 

 朋友…!(感涙)

 

「霞拳志郎ですね~」

 

「ん? 何か言ったか、山田先生」

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

 山田先生が知ってるのは当然として、乱はたまたま被っただけじゃないか? だってさ、中3の女の子が蒼天の拳読むかね? いやまぁ確かにあの漫画の舞台は中国だし、読んでてもおかしくはないのか? 

 

 あ、鈴が持ってたな。

 それでか。

 

 どっちにしろ、乱はいい台詞を選んだと言えよう。勢いある剣幕に、割と意味不明な台詞が合わさってんだ。

 

 さらに巧みなのは、ボーデヴィッヒの言葉を2度も遮ってまでして言い放ったところにある。あれでボーデヴィッヒも少なからずたじろいだ筈だ。

 

 これはこのまま乱が押し勝ちますね、間違いない。

 

「そんなに聞きたいなら貴様に言ってやろう」

 

 あれ?

 

「いいよ、言ってみなよ」

 

 あれあれ?

 なんか雲行きが……。

 

「そもそも、だ。私が察するに、貴様は外に居たので中の会話までは聞こえてこなかったのではないか?」

 

 あっ…(察し)

 

「そうだよ? でも聞こえなくても見てたから分かるもん」

 

「ほう…? 貴様の目にはどういう風に映ったのだ?」

 

「いきなり織斑一夏…さんが殴られて、それを咎めた旋ちゃんもアンタが殴った! あの光景、どっからどう見てもそうとか捉えられないね!」

 

 アカン(白目)

 

「ほらほら、どう? アタシの推理は完璧だよーっ! こんなにも完璧に推考されて、まだ言い訳しゃうの? ねぇねぇ、しちゃうの~?」 

 

 アカン(2度目)

 

「ふむ。確かに貴様の言い分には筋が通っている。そう説明されたら、なるほどと頷けるものだ」

 

「ふっふーん!」(どやっ)

 

 あかぁぁぁん!(慟哭)

 

 これはイカンですよ! 

 なまじ理屈の通った推理なだけに、俺も乱の言葉を遮るタイミングが掴めなかった…! この流れはマズイ、マズすぎる…!

 

「フッ……事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったモンだ。よく言ったモンだ」(どやぁぁぁ)

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 これ見よがしに2回も言いやがってこのクソドイツ女…! なんだテメェそのクソ腹立つドヤ顔は!? 

 

 バカヤロウお前もう勝った気でいやがるのかこのヤロウ!

 

 そうだよアンタの勝ちだよだから許してくださいお願いします! 

 常識では計りきれない行動を常日頃唐突に意味もなく取ってしまう俺を許してください! でも本人はいつだって心を痛めているので乱には言いつけないでください怒られちゃうから言わないで! お願いします! お願いしますよ! 

 

 あ、目が合った。

 こうなったら視線で訴えるしかねぇ! 

 

 

【アイコンタクト内容:バーカバーカww】

【バラされる前に口封じするしかない。熱いキッスで♥】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

交差する視線。

少年は熱い想いを冷めた目して伝えた。

 

(バーカバーカww)

 

 

旋焚玖からラウラへと送られたアイメッセージ。

それは旋焚玖との間に、極太すぎる確かな絆を持つ者以外読み取れないモノである。新参者には不可能と言っても良い。旋焚玖自身それを分かっているが故に、割かし楽観視していた。

 

 

 伝わる訳ないじゃんHAHAHA!

 それこそ奇跡でも起こらんかぎり無理無理。そんでもって起こらねぇから奇跡って言うんだよ(詩人)

 

 

しかしそこは絶対的な力を持っているっぽい【選択肢】。奇跡が起こらないなら起こせばいいじゃん的なノリで、あっさり伝達させる事に成功!

 

 

(オイ)

(へ?)

(お前今私の事バカにしただろ)

 

 

それだけじゃ飽き足らず、何だったら少しの間、視線的会話を成り立たせる事すら可能とさせた。

 

 

(してないです)

(うそだゾ、絶対バカにしたゾ)

(その口調がもうバカっぽい)

(は?)

(あ、やべ…)

 

「この男が私に『俺を殴ってみろよオラァァン!』と言った! オラァァン!と言ったのだ!」

 

 何でオラァァン!二回言った?

 

「コイツら全員が証人だ! それでも私は乗り気じゃなかった! すると今度は挑発してきたのだ! 『拍子抜けだなぁ』みたいな事を言われた! 確かに言われたのだ! コイツらが全員証人だ! だから私は言われるがまま殴った! 嘘だと思うなら聞くがいい! コイツら全員が証人だ! ハイ、以上!」

 

 ハッキリ言い切ったボーデヴィッヒは、もう何も言う事はないと空いている席へ歩いて行った。どこかやりきった顔して歩いて行った。

 

 乱は……あ、何か鈴の方見てる。

 嫌な予感しかしないし、俺も自分の席にモドルゾー。

 

「じゃあ、僕もそういう事で……ッ!?」

 

 しかし乱に回り込まれてしまった!

 

「旋ちゃん?」

 

 怖い。

 乱さんってば、こんなにも威圧感◎持ちだったっけ…?

 怖い。

 

 眩しい笑顔がひたすら怖い。

 

「な、なんでせう?」

 

「正座しよっか」

 

「いや、それは…!」

 

 待って待って!

 ちょっと待って乱さん! 中国と此処は違いますよ!? 前は鈴しかいなかったから、まだ俺もそこまで抵抗なかったっていうか!

 

 今は他の人がいっぱい居るんですよ!?

 見てるんですよ!?

 

 そんな事してはいけない!(アテム)

 

 年下の女の子に怒られてるの図が完成しちゃうじゃないか! 『何だかんだ言っても強キャラな旋焚玖くん』なイメージが壊れちゃうよ! そのイメージって俺にとっては最後の砦っていうか、心の拠り所っていうか!

 

 

【乱ママの言う事は絶対。素直に正座する】

【千冬さんにヘルプミー的視点を送る】

 

 

 【下】だオラァッ!!

 反抗期上等だオラァッ!!

 

(千冬さーん! 助けて千冬さーん!)

 

 

旋焚玖は千冬に熱いメッセージを送った。

千冬レベルともなると余裕で読み取れるし、実際千冬は旋焚玖からのアイコンタクト内容を正確に受け取った。

 

その結果――。

 

 

(……ぷいっ)

 

千冬は顔をぷいっと背けた。

 

(なんで!? ちょっ…千冬さん! 千冬さぁぁん!)

 

千冬はぷいっとしたまま旋焚玖の求めに応じず!

 

(くっ……許せ、旋焚玖。お前と鳳乱音から、何か異質な絆が見えてしまったのだ。ならば私はお前達の間柄を見極めねばならん…!)

 

 そんな事しなくていいから、いやホントに。

 異質だから隠したいんだよ俺は。

 

 しかし誤算だった。

 幼き頃からお世話になっていた奥義【困った時の千冬さん】を使用拒否される日が来ようとは……マジで予想だにしてなかった。慢心、環境の違い…。

 

 

【大人しく正座しよう】

【まだ俺には箒が居る!】

 

 

 まだだ!

 まだ諦めんよ! 

 

(ほ、箒さん! 俺、困ってます! 助けてください!)

(……ぷいっ)

 

 なんで!?

 千冬さんもお前も『ぷいっ』とかするキャラじゃないだろ!? 何がお前をそこまでさせんの!? そんな事してもお前が美人なのは変わらないぞこのヤロウ!

 

(私は覚えているぞ。お前を『旋ちゃん』と呼んでいいのは世界でたった一人だと、以前言ってた事をな…!)

 

 お前そんな昔の事をよく覚え……いや別にそんな昔じゃないか。1年以上前な気がするけど気のせいだったわ。

 

 

【大人しく正座しよう】

【まだ俺には鈴が居る!】

 

 

 うむむ…!

 普段なら頼もしさ抜群の鈴だが、今回ばかりは期待できんぞ。それでも【上】選んだ時点で終わりなんだから、一縷の望みにかける!

 

(どうっすか、鈴さん。助け舟出すの、やっぱ無理っすか?)

(そうねぇ。相手がどこぞの馬の骨だったらまだしも、乱だからね。妹分の肩を持つのが姉貴分の務めだから。悪いけどあたしは手を貸せないわ)

 

 こればっかりは、しゃーない。

 むしろ妹を想う姉の鑑である!

 

 

【大人しく正座しよう】

【まだ俺にはセシリアが居る!】

 

 

 勝ったな。

 俺の知る限り、セシリアほど論理的思考力に長けた奴はいねぇ。正座からの説教シーンってよ、常識的に考えてよ、HRを長引かせてまで披露しなきゃいけないモンかよ? 

 

 んなこたぁーない。

 俺ですら、そう捉えるんだからさ。

 バリバリ理論派なセシリアさんなら、もうお分かりでしょう?

 

(出番ですよセシリアさん! ド正論ブチまけちゃってくださいYO!!)

(……ぷいぷいっ)

 

 カワイイ!(ブロリー)

 

 いや違うよ! 

 可愛さは今求めてないよ何だぷいぷいって! ぷいっを2倍させる事によって、可愛さも2倍させることに見事成功したなコイツ!

 

 恐ろしい策士が居たもんだぜ、セシリア・オルコット(現実逃避)

 

 

【大人しく正座しよう】

【まだ俺にはシャルの兄弟が居る!】

 

 

 勝ったな。

 俺とツルみまくった挙句、兄弟分にまでなったのに、それでもなお常識人的発想を強く持ち続けるシャルが俺には居るのだ! 

 

 非常識的光景! 

 ツッこまずにはいられない! 兄弟が!

 

(不甲斐ない兄貴でスマンが、頼めるか兄弟?)

(えへへ、任せてよ! 僕たちは兄弟だもんね!)

 

 やったぜ。

 これはそろそろ惚れてもおかしくないな、俺が。

 

 あ、シャルの兄弟が立ち上がった。

 いいよ! 声高に放っちゃいな!

 

「ちょっと待ひうっ…!?」

 

 待ひう?

 何言ってだアイツ(ン抜き)

 

突如、シャルロットに襲い掛かった謎の圧迫感。

その正体は言わずもがな、位置的に教室の座席と向き合う形で教壇に立っている千冬だった。

 

(邪魔をしてくれるな、義妹よ)

 

シャルロットの発言を覇気で阻止した千冬は、すかさず彼女にアイメッセージを送る。

 

(……???)

 

が、残念!

成立するには絆ポイントが足らなかった!

故に、意思疎通成らず!

 

(チッ……流石にまだ伝わらんか。ならば…!)

 

 ん?

 何か千冬さんが黒板に書きだしたぞ。

 

 

『邪魔をしてくれるな、義妹よ』(黒板ド真ん中にバーン)

 

 

 えぇ……(困惑)

 

 いや丸見えにも程があるだろ。

 ハッキリクッキリ読めるんだけど。

 あれ? 俺がおかしいの? そういう類のヤツってさ、普通当事者にバレないように伝えるモンじゃないの?

 

「という事だ。分かってくれるな?」

 

「アッハイ」(ごめんよ、兄弟。織斑先生が醸し出す世界観は、まだ僕には敷居が高すぎたよ)

 

 ぐぬぬ。

 俺と兄弟になっとはいえ、まだまだ日が浅いからな。主車、織斑家なノリについて来いというのは酷だろう。

 

 しかし、ここにきて常識人的思考が裏目に出ちまうとは……いよいよ運にも見放されたか……。

 

 とか言いつつ、俺に不安はないんだぜ。

 

 オラ、早くアイツの名を出せよ。

 この流れでむしろ出さなかったら、お前に【選択肢】を名乗る資格はない。

 

 

【大人しく正座しよう】

【まるで問題なし。トリを飾るに相応しい一夏が残っているだろう?】

 

 

 へっ……アホのくせによく分かってんじゃねぇか。

 連中と比較しても、やっぱり一夏こそが最も俺寄りの人間だ。何より、何年苦楽を共にしてきたと思ってんだ。

 

 アイコンタクトするまでもねぇ。

 刎頸の友っぷりを魅せてやりな!

 

「ちょっ、待てよ!」

 

 お、いきなりシブタクが如くか?

 これは期待できますねぇ!

 

「どうして旋焚玖が正座させられなきゃならないんだよ!」

 

 その言葉が聞きたかった(ブラックジャック)

 

「そりゃあボーデヴィッヒさんを挑発したってのは事実だけどさ、旋焚玖にはきっと何かしらの意図があっての事なんだって! ガキの頃から一緒に居る俺には分かるんだ!」

 

 やっぱり一夏がナンバー1!

 お前に託して良かったわ。

 

「ふぅん…。で、意図ってどんな意図?」

 

「へ? いや、それはまだ分かんねぇ……けど! でも旋焚玖は一番のダチなんだ! ダチを信じるのは当たり前だろ?」

 

 やっぱり一夏がナンバー1!!

 お前に託して良かったわ!

 

「……確かにそうだね。アンタ……ううん、アナタみたいな信じてくれる友達が居てくれたら、旋ちゃんも心強いと思う」

 

 流れ変わったな!

 

「だろ? だから君もさ――」

 

「だからアタシは叱る人でいいの! 旋ちゃんを信じてくれる人が居るんだもんね! そこに叱ってくれる人もプラスされたらさ? 最強の二段構えになるんじゃなぁい?」

 

 おぉう。

 何だこの…嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げてくるこの感情は……やっぱりママじゃないか!(再認識)

 

「……へへっ、目から鱗が落ちたぜ。信じるだけが仲間じゃない、ってやつか」

 

 これには一夏も納得のご様子。

 ちょっと乱さん強すぎませんかね。言葉だけで真っ向から一夏をブチ破りましたよこの子。

 

 だがこの展開も悪くはない。

 なんかこのまま正座の流れも有耶無耶になってくれそうだもん。ほらほら、それまでお前達2人で熱い議論繰り広げていて良いんだぜ? なんだったら仲間の定義について討論するか? 

 

「ちなみに君は旋焚玖とどんな関係なんだ?」

 

 おいバカやめろ。

 その話はマズいだろ。

 

 俺は別に正座が嫌で足掻いてた訳じゃないの!

 俺と乱の関係性がバレるのが嫌なんだよ! 

 

 常識的に考えてみろよ!

 どこの世界にお前年下の女の子に『ママー』ツって甘えてる男がいるんだよ! ここにいるぞ!(馬岱)

 

 そんなのバレたらお前もう人生終わりレベルだろぉ!?

 『鳳乱音は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ』(シャア)とか言ったところで、何のフォローにもなってねぇよ! キモさが一向に拭えてないよ! むしろキモさ倍増しちゃうよぉ!

 

「それに鳳って苗字だけど、確か鈴に妹はいなかった…よな?」

 

「鈴姉とはイトコだよ。でも中国では一緒に住んでたし姉妹みたいなモンかな」

 

「なるほどなー」

 

 よ、よし。

 そのまま鈴と乱の姉妹な話に転換しちゃってくれい!

 

「で、旋焚玖とはどんな関係なんだ?」(他意は無し)

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 話戻すなってお前!

 そこはお前何となく察せよ! いつもの鋭い一夏くんはどこ行ったんですか!

 

 アカン、流石にアカン!

 もう後の事なんか知るか! バレるくらいなら大暴れして何もかもを有耶無耶にしてやる! 強烈なインパクトを残してやりゃ、みんなも忘れるだろ!

 

 停学?

 上等だオラァッ!! 

 こちとら世界一のツッパリ小僧なんで夜露死苦ゥ!!ブンブンブブブン!

 

 

【ママ】

【見守る】 

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 待って待って待って! 

 ぶっちゃけ一夏にならバレても全然いいんだよ! むしろ自慢したいくらいだわ! 多分普通に羨ましがるだろうし。俺なら羨むもんね、同じ男として。

 

 でも他の面子はイカンでしょ!? 

 女が羨む要素まるでねぇよ、ドン引く要素しかねぇよ!

 

「旋ちゃん? ああ、アタシは旋ちゃんのマ……ぁ」(っとと……いけないいけない、すっかり忘れてた。これは2人だけの秘密だって約束したもんね!)

 

 間一髪、思い出してくれたか…!

 なら頼む、何とか上手く誤魔化してくれやしませんか!

 

(ありゃりゃぁ~……旋ちゃんも涙目でアタシ見てるじゃん。危ない危ない、アタシが旋ちゃんを傷つけたら元も子もないもんね。えーっと、マに続く言葉でしょ。マ…マ…マ……)

 

 何でもあるだろ、ほらほら!

 変に間を空けたら余計に疑惑を生むから、こういうのはパパパッと思い付きで言っちまう方がいいんだって!(経験者は語る)

 

 例えばアレだほら、マンモーニとか!

 あとは何だ、魔法陣グルグルとかマジカルバナナとかマジで恋する5秒前とか! いいから言ってみろって!

 

「「「 マ? 」」」

 

 アカン、一夏以外も食いついてきた…!

 早くしろ、間に合わなくなっても知らんぞォー!!

 

(えーっと、えーっと……あ、閃いた!)

 

 

「マグネシウム1000mg配合!!」(どやっ)

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

 タウリン1000mg配合(白目)

 リポビタンD(白目)

 

 そしてチャイムが鳴った。

 





乱:上手く誤魔化せたかな?

選択肢:( ´∀`)b



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第124話 お姫様だっこ

めぐる攻防、というお話。



 

 

 何はともあれHRの終わりを告げるチャイムが鳴った。皆がチャイムに気を取られた瞬間に俺は自分の座席に着く。所要時間0.72秒ってとこか(どやぁ)

 

 これで話も一応の決着は付いたとしてくれ。とりあえず乱は俺のマグネシウム1000mg配合なんだよ。

 

「……ではHRを終わる。1時間目の授業の用意をしておくように」

 

 ふひひ。

 流石の千冬さんも、時の流れには勝てなかったようだな! 

 

 まぁそらそうよ。

 俺と乱の関係性を暴くためだけに、まさかHRを長引かせる訳にもいくまいて。

 

 『公私混同はしない』とか言いつつ、割と公私混同しがちな千冬さんではあるが、なんだかんだ超えちゃいけないラインだけはしっかり線引きしてるからな。

 

「……以上だ。山田君、我々は職員室へ戻ろう」

 

「はい」

 

 普通、教師が終わりを告げた時点で、生徒は各々自由に話しだしたり立ちだしたりするものなのだが、あいにくウチのクラスの担任は千冬さんだからな。俺や一夏はともかく、他の連中はやっぱり萎縮しちゃうんだろう。

 

 千冬さんと山田先生が教室を出ていくまでは、何となく静寂を保っているのが1組のプチルールみたいになっているのだ。

 

 まぁ言うて、教壇から教室の扉まで数メートルだし、静寂なる空間が解かれるのもあっという間よ。

 

「………………………」

 

「「「…………………」」」

 

「………………………」

 

「「「…………………」」」

 

「………………………」

 

 いや遅っせぇな!?

 なにやってんの千冬さん!?

 

「………………………」

 

 え、進んでる? 

 いや進んでるけど、cm単位だろそれ!? 目視じゃ分かんねぇよ何だそのスピード、あんたノトーリアス・BIGにでも襲われてんのか!? スパイス・ガール!

 

「ええっと……お、織斑先生…?」

 

 ほら、山田先生が困ってますよ。 

 もう扉の向こうで待ってますよ。

 

「………イタタタタ」(棒読み)

 

「ど、どうしたんですか織斑先生!?」

 

「むかし脚に受けた古傷が少しな……アイタタタタ」(棒読み)

 

 あれは…!

 ぶりゅんひるで千冬さん!?

 

「……ええっと…あ、あはは…」(ち、千冬先輩……演技が下手すぎですよぅ…)

 

 そら山田先生も苦笑いするしかないわ。

 そんな大根芝居されてどう反応しろってんだよ。アンタ自分の地位と名声ちったぁ考えろよ、千冬さんに気軽にツッこめる奴なんざ、世界中探してもそうは居ねぇんだぞ。

 

 というか棒読みにも程があんだよ、そんなんで引っ掛かる奴いる訳ねぇだろ。それが逆にツッこみ辛さを増してんのよ。

 

「だ、大丈夫かよ千冬姉!?」

 

 ガタッと立ち上がり心配する一夏くん。

 まぁ一夏は……ほら、純粋だし姉思いだし。

 

「大丈夫ですか教官!?」

 

 ガタッと立ち上がり心配するボーデヴィッヒ。

 まぁボーデヴィッヒは……まだわがんね。

 だが少なくとも、千冬さんに対してはかなりの情を持っているみたいだな。明らかに俺たちに向けてた表情と違うもん。

 

 

【お前ら2人節穴すぎて草だけど2人にも穴はあるんだよな】

【千冬さんを保健室まで運ぶ。お姫様抱っこで】

 

 

 【上】の前半は分かるけど、後半が意味不明だしキモいので、僕は【下】を選びます(半ギレ)

 

 それに【下】だと俺にダメージないっしょ? 

 むしろ恥ずかしい思いをするのは千冬さんだけである! でもそれは策を弄じて失敗した千冬さんの自業自得なのである! これを機に演技力を身に付けるんだな!

 

 そして時は動き出す。

 同時に俺は千冬さんの元へ。

 

「「「 超スピード!? 」」」

 

 ゆっくり行ってる間に変な【選択肢】が出てこられても困るからね。そのための豪脚あとそのための神速…?

 

「俺が織斑先生を保健室まで運びますよ」

 

「しゅ、主車……すまないな」(鳳乱音との真実を聞きたいがために、名演技を披露してしまった私を許してくれ旋焚玖。だがそうでもしないと私は気になって夜も5時間半くらいしか寝れなくなってしまうのだ)

 

「おう、千冬姉を頼むぜ旋焚玖!」

 

 んまぁーかせろ!

 

 しゃがんで、千冬さんをお姫様抱っこしようとした時だった。

 

「異議ありッ!!」

 

 ボーデヴィッヒからの異議ありコールだ!

 

「どこの馬の骨かも分からん男に教官を運ばせられるか!」

 

「……ほう?」

 

 おぉ、この展開は何か新鮮だな!

 【選択肢】も出てこないし、問題もないっぽいぞ。

 

 それなら俺も自由にやらせてもらおうか…!

 

「ならお前が運ぶか?」

 

「当然だ!」

 

 

「いや、お、おい……?」(ま、マズい。想定していた流れと違う…! 何よりラウラの純粋な感情が私の良心をポコポコしてくる…!)

 

渦中の千冬は良心をポコポコにされていた!

 

旋焚玖は千冬の呟きを聞いていながら敢えてのスルー。

ラウラは千冬の呟きに気付かぬほどヒートアップなう。

 

 

「その華奢な身体で?」

 

「むっ…?」

 

 見たところコイツの身長は……146…いや148cmってところか。

 打撃格闘技において身長は重要な要素を占めるからな。篠ノ之流柔術を極めた俺が、よもや身長を見誤るわけもないのさ(どやぁ)

 

 それで、だ。

 鈴よりちっちゃいナリで、女性としては背が高い部類に入るであろう千冬さんを運べんのかってな話よ。 

 

 そりゃあ手段を選ばんかったらいけるだろうけど。引きずって運ぶとか。……ひきこさんかな?

 

 だがボーデヴィッヒは千冬さんを尊敬してるフシがプンプンしてるし、そんな手段を取るとは思えん。でも人を担ぐ方法なんて、そう何種類もないだろ。

 

 

【お前は織斑先生を横抱き出来んのかよ?】

【お前は織斑先生をお姫様だっこ出来んのかよ?】

 

 

 【横抱き】=【お姫様だっこ】なんだよなぁ。

 言い方が違うだけで一緒だっての。

 

 あ、もしかしてアレか? 

 【選択肢】的に、【お姫様だっこ】は譲れないポイントなのか? なら俺もウダウダ言わずその流れに乗ろう。

 

「お前は織斑先生をお姫様だっこ出来んのかよ?」

 

「なっ……きょ、教官はお姫様だったのか…!?」

 

 お前はいったい何を言っているんだ(困惑)

 

 この流れで『千冬さん=お姫様』な図式を描かれるのは、流石に想定してなかった。俺の予測を簡単に裏切ってくるかよ。

 

 やっぱコイツ只者じゃねぇわ。

 所々でただならぬセンスを垣間見せてきやがる。どうやら千冬さんを師事してたってのはマジらしい。

 

「いや、待てよ…? そうだ、思い出したぞ。教官は現役時代に『羅刹姫』とも呼ばれており、実際ブレード1本で世界をブイブイ言わせていたって教官自身が仰っていたではないか…!」

 

 千冬さんがそんな俺みたいな事言うわけないだろいい加減にしろ!

 

「と、当時は私もまだ教育者という立場に慣れてない頃だったからな、うむ! そういう思ってもない事をついノリと勢いで口走ってしまう年頃だったんだな、うむ!」

 

 本当に言ってたのか(困惑)

 千冬さんアンタ年下の娘っ子になに言ってんすか。

 

 しかしアレですねぇ?

 何も言ってないのに、釈明とかしだしましたよこの人。やっぱ照れてるんすねぇ?

 

「なんだよ千冬姉~、顔が赤くなってるぜ~?」

 

「うるさい殺すぞ」

 

「(´・ω・`)」

 

 今のは一夏が悪い。

 茶化すには強大すぎる相手だろうが。

 

 しかし、これで更に分かった事もある。

 少なくとも千冬さんからボーデヴィッヒに、そういう軽いノリを言えるくらいな関係を2人は築けていたと。

 

 という事は、だ。

 形式的なただの教官と生徒という枠組みとは、ちょいと違うと思っておいた方が良さそうだな。

 

「で、話を戻すがお前は織斑先生をお姫様だっこ出来んの?」

 

「ちなみにお姫様だっことは、どういう抱え方なのだ?」

 

 

【一夏で実践してやる】

【言葉で説明してやる】

 

 

「横抱きだ横抱き」

 

「ふむ……こんな感じか?」

 

「そうそう、それだ」

 

 身振り手振りで確認してくるボーデヴィッヒに頷く。

 俺ら人間はしゃべる事を許された生き物よ。いちいち手本とか見せてやらなくても、言葉だけで十分伝えられるんだよバーカ。バーカバーカww

 

「それで改めて確認するぞ。織斑先生をお姫様だっこ出来るのか?」

 

「むぅ……」(私に教官を横抱きできるか…? いや、悔しいが私の現在の筋力では難しいと言わざるを得ない…! だが、不可能とまではいかない筈だ!)

 

 むぅったなコイツ!

 ここは一気に畳み掛けるチャンスとみた!

 

「ただ持ち上げれば良いって訳じゃない。そこから更に保健室まで運ばにゃならんのよ?」

 

「むむぅ……」(そうだった…! ベンチプレスを持ち上げて何秒か耐えるアレとは訳が違う。移動距離を入れたら更にミッションの難易度は跳ね上がるじゃないか!)

 

 むむぅったなコイツ!

 更にダメ押しだ!

 

「そして運ぶ道中はもちろん、抱え上げる時に気合いを入れるのもダメだ。フンバッてもダメだ。少しでも重そうにしたら即重罪だ」

 

「な、なにぃ…!? それは教官がお姫様だからか?」

 

 お前はいったい何を言っているんだ(困惑)

 

 普通に千冬さんが女性だからだと思うんですけど(凡推理)

 女は男と違って、体重とかを気にする生き物だし。そこは世界をブイブイ言わせていた千冬さんも例外じゃないだろう。

 

「……まぁそうだな。だからな、ボーデヴィッヒよ。お前がヒョイっと抱えられて、ヒョヒョイっと保健室まで行けるなら、俺は何も言わんよ。だが、それが無理なら大人しくしとけって話だ」

 

「ぐっ……ぐぬぬ…!」

 

 あ、怒った?

 ねぇねぇ、怒ってんの? それでも言い返せないからそんな顔になってんの?

 

 くふふ、これで俺も少しは溜飲が下がるってなモンだ。俺はお前が一夏を殴ったのを普通に忘れてねぇからな。ついでに俺を殴って泣かせたのも普通に根に持ってるからな。

 

「俺が織斑先生をお姫様だっこする様子を指くわえて見とけ」

 

「むむむぅ…!」

 

 俺が小者だったのが運の尽きよ。

 そんでもって――。

 

「力の無さを恨みな」(エルク)

 

 それが嫌なら俺の器量の無さを恨みな!

 小者な俺は言葉で仕返し出来てとても満足ですぅ。女子だったらお肌がツヤツヤになってるところですぅ。

 

「ぬうううううううう!!!!」

 

 おっ、ほむほむか?

 放っておいたら地団駄しそうな勢いだなオイ。

 

 プークスクス。

 くやしいのうwwくやしいのうww

 

 オラ敗者はどけ。

 勝者な俺に千冬さんを運ばせろ。

 

「ま、待て! そういう貴様はどうなのだ!?」

 

「む…?」

 

「まるで自分なら教官をお姫様だっこで運べるという物言い! しかし貴様は本当に可能なのか!? もしも失敗したらどう責任を取るつもりなのだ!」

 

「確かに一理あるな」

 

「そうだろうそうだろう! 私が無理だとしても貴様なら可能な保証はどこにもないのだからな!」

 

 千冬さんは……ふむ、166cmってところか。

 体重は……んん?

 

(考察したら泣くぞ)

 

 まぁ体重は別にいいな、うん。どうせ持てるし。

 

「主車くんなら大丈夫だよねぇ」

 

「大丈夫っていうか余裕っしょ~」

 

 クラスメイトからナイスなアシストが入った。

 

 フッ……ボーデヴィッヒの言葉を借りるなら、1組の全員が証人である! 何故なら既にコイツらには『旋焚玖くんは力持ち』な場面をもう何度も魅せてるけんの!

 

「む……貴様ら、何故そう言い切れるのだ?」

 

「え~? だって主車くんは一人でISも運べちゃうんだよ?」

 

「はぁ?」

 

「ISで突進してきた山田先生も生身で背負い投げしてたよね」

 

「はぁ?」

 

 フッ……我を讃えよ!

 

 そういうのは言われて嬉しいから、もっと日頃から言ってくれていいのよ? 何より勘違いが絡んでないのが何よりも嬉しいのである!

 

「馬鹿馬鹿しい。貴様らも、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ」

 

 ホントなんだよなぁ(どやぁぁぁ)

 常識を覆すなんざ、俺にとっちゃ掃除機を裏返すくらい簡単よ(強者限定どやギャグ)

 

 しかしボーデヴィッヒが信じられんのも無理ないし、何か証明する方法はないかな。というか普通に千冬さんを担げばいいだけじゃん。有無を言わさずヒョヒョイと抱っこすれば、流石のボーデヴィッヒも納得せざる得ないだろうしな。

 

 

【箒をお姫様だっこしてみせる】

【鈴をお姫様だっこしてみせる】

【乱をお姫様だっこしてみせる】

【セシリアをお姫様だっこしてみせる】

【山田先生をお姫様だっこしてみせる】

【シャルの兄弟をお姫様だっこしてみせる】

【ボーデヴィッヒをお姫様だっこしてみせる】

【一夏をお姫様だっこしてみせる】

【①ボーデヴィッヒ②鈴③乱④シャルの兄弟⑤セシリア⑥山田先生⑦箒⑧一夏の順番でお姫様だっこしていく。多分これが一番効率良く差分CG回収できると思います】

 

 

 差分CGってなんですか?

 その順番には何か意味があるのですか?……身長順かな(すっとぼけ)

 

 しかし、これだけ名前が羅列されているにもかかわらず、ちゃっかり千冬さんだけ除外されているところにアホ【選択肢】特有の嫌らしさを感じますね。

 

 まぁこんだけ色々と書いてもらっても、余裕で一夏一択なんですけどねアホの【選択肢】さん。

 

 当たり前だよなぁ? 

 

 恋人でもないのに、そう簡単にお姫様だっこしたりねだっちゃイカンでしょ。それで嫌われたらどうすんの?

 

 むしろ此処に挙がってんのは、いずれ俺の彼女になる予定のリストなのさ! 乱はママだからちょいと違うが。あぁ、あと一夏も普通にないから。

 

 という訳で。

 

「やいそこのテメェ!」

 

「お、おう!?」

 

「こっち来いこのヤロウ! お姫様だっこさせろこのヤロウ!」

 

「「「「 ああ^~ 」」」」

 

 ああ^~るの早いよ!?

 まだしてないわ!

 

「なるほどな! 男の俺を軽くお姫様だっこ出来れば、千冬姉も余裕だって証明できるもんな!」

 

「そういう事だ」

 

 お前一夏中々いいフォローしてくれるじゃねぇか! 察しのいい一夏くんが戻ってきてくれて俺は嬉しいぜ!

 

 という訳で。

 

「ほーれ、ヒョイっとな」

 

「わーい」

 

「む…!」

 

 かる~くお姫様だっこ。

 

「ほーれほれ、たかいたかーい」

 

「わーい」

 

「むむ…!」

 

 かる~くたかいたかーい。

 

「ほーれほれ、いーちかいーちか」

 

「わーいわーい」

 

「むむむぅ…!」

 

 かる~く胴上げ。

 

「ほれ、見たかボーデヴィッヒ。俺はこんなにも軽々しくやってのけれんだぜ? これ以上の証左はないだろが。オラ認めろよ、敗北」

 

 決定的証拠ってヤツだ。

 これ見ても、まぁだウダウダ言えんのかよ?

 

「ま、まだだ! まだ私には反論材料が残っている!」

 

 ふむぅ。

 ここまできたら、もうその諦めの悪さはむしろ買いだな。それも千冬さんの影響か?

 

「確かに貴様は織斑一夏を軽くお姫様だっこした! それは認めよう、だが! だが教官の体重が織斑一夏より重か「ラウラ・ボーデヴィッヒ」…!……は、はい教官!」

 

 千冬さんの千冬さんによる千冬さんのための言動遮断。

 ボーデヴィッヒ、本日一番の背筋ピーン。声色に怒気が含まれているのを本能的に感じ取ったのかな。

 

「越えちゃいけないライン考えろよ」

 

 これはキレてますね、間違いない。

 まぁでも今の発言は普通に失礼にあたるからなぁ。むしろボーデヴィッヒは何で言おうとしたんだ。ドイツ人は女でも体重に無頓着な国なのかな。

 

 これに懲りたら不用意な発言は控え……ん?

 

「(´・ω●`)」

 

「!?」

 

 しょんぼりボーデヴィッヒだ!

 

 いやちょっと待て!

 その顔は織斑家秘伝じゃなかったのか…!? 口もちゃんと『ω』になってるし…! シャルの兄弟ですら完全に習得はできなかった代物なんだぞ!?

 

 

【兄弟にもしてもらう】

【そんな事しなくていいから】

 

 

「兄弟」

 

「なぁに?」

 

「しょんぼり顔を見せてくれ」

 

「へ? うん、いいけど。えっと……(´・▵・`)」

 

「ぶはははは! 何だよシャルその顔!? ぶはははは!」

 

「ひどいよ一夏!」

 

 やっぱりだ。

 兄弟ほどの女でも、あの顔はやはり真似できていない。ならば何故ボーデヴィッヒは出来るんだ?

 

「ボーデヴィッヒはドイツでは私の愛弟子的存在だったからな」

 

 え、なにその理由は(困惑)

 

 まぁいいや、話を戻そう。

 

「もう満足したか? 時間は有限なんだ。休憩時間も15分あるとはいえ、いつまでもグダグダやってりゃ1時間目が始まっちまうだろ」

 

「くぅぅぅ……な、ならせめて私を間に挟め!」

 

「……どゆこと?」

 

 これはまた意味が分からん申し出だぞ。

 挟むってどういう事だ。

 

「貴様が運べる筋力の持ち主なのは分かった。だがそれでも、どこの馬の骨かも分からん男に教官を易々と触れさせてなるものか!」

 

「ふむふむ。で、どうしろと?」

 

「だからまず貴様が私をお姫様だっこするのだ」

 

「うんうん……ぅん?」

 

「それで私の上に教官が仰向けで乗れば、貴様に触れられずに運ばれる形になるのだ。そう、私がフィルター的役割を果たすといった感じだな!」(どやっ)

 

 お前はドヤ顔でいったい何を言っているんだ(困惑)

 

 いや、まぁ……うん。

 言わんとしてる事は分かるし、コイツから『自分は傷ついてもいい! だからこの人だけは助けてほしい!』的な感情も、めちゃ伝わってくるんだけど。

 

 

【ボーデヴィッヒの案に乗る】

【これ以上千冬さんを辱めるのはイカンでしょ】

 

 

 うむむ。

 【上】を選びたい気持ちもあるが、確かに【下】の言い分も最もだ。というか悪フザケしすぎたら、確実に後で千冬さんから仕返しされるし。ここらへんが潮時だろう。

 

 絶妙に説得力溢れる言葉で断るか。

 

「いや、でもなぁ……」

 

「む?」

 

「お前お姫様じゃないじゃん」

 

「!?!?!?!」

 

 青天の霹靂みたいな反応やめろ。

 笑っちゃうから。

 

「お姫様じゃないお前をお姫様だっこしちゃイカンでしょ。そんな事したらお前、お姫様な千冬さんを冒涜する行為にあたるぜ?」

 

「そ、それは…! 悔しいが確かに一理ある…!」

 

 一理あるのか(困惑)

 

 もうホントに何なんだコイツ。初対面で俺をここまで困惑させる奴なんざ初めてだぞこのヤロウ。あ、膝から崩れ落ちた。

 

「orz」

 

 うわ……その格好こそイカンでしょ。

 すっげぇ罪悪感が込み上げてくるんだけど。このままじゃ俺が悪者な感じになってしまうのではなかろうか。それが一番イカンでしょ!!

 

 とりあえず、千冬さんをヒョイっとな。

 

「わわっ……ン、ゴホンッ…」(すまないラウラ。欲望に勝てぬ弱い私を許してくれ。あとでコーラ買ってやるからな!)

 

 誤魔化し方が下手だと思った(小並感)

 んで、更にもう一丁。

 

「顔上げて立て、ボーデヴィッヒ」

 

「(´・ω●`)」

 

 しょんぼりボーデヴィッヒだ!

 どんだけ悲しんでんだお前!?

 

「保健室に織斑先生を運ぶのは俺の役目だが。道中、何が起こるか分からん」

 

 何も起こらんけどね。

 

「そこでお前に保健室までの身辺警護を任せたい。頼めるか?」

 

「う、うむ! 任せろ!」

 

 あらやだ、可愛いらしい笑顔ですね。

 ビンタされてなかったら惚れてたな!

 

「織斑先生も、それで良いですね?」

 

「ああ。ボーデヴィッヒなら安心だ」

 

「きょ、教官…ッ!」

 

 ふぃ~……っと。

 これでボーデヴィッヒのメンタル回復もOK……って、何でコイツのメンタルを俺が気にかけてやる必要なんかあるんですか!(自問)

 多分可愛いからだと思うんですけど(自答)

 

 まぁいいや、時間もあんま残ってないし、さっさとイクゾー。

 と言いつつ、別の不安が残っている。

 

 俺たちが居なくなった途端に、他の奴らが乱に詰め寄らないかって事だ。ただでさえ『マグネシウム1000mg配合』とか意味不明な事言って終わったんだし。

 

「安心なさい、旋焚玖」

 

「……鈴?」

 

 俺が後ろ髪を引かれてたのに気付いたのか、鈴が声を掛けてきた。

 

「アンタと乱の事は、あたしが上手く説明しといてやるわ。というか、あたし以外に適任はいないっしょ? あの話の当事者でもあるんだから」

 

 あの話ってのは、俺が中国に行った時にあった出来事を指してるんだろう。親父さんとお袋さんのアレだ。そういう意味では、確かに語り部として鈴以上に相応しい奴はいない。

 

 何より鈴だったら、話が変な方向へ拗れる、なんて心配もないだろうしな!

 

「ああ、任せる」

 

「ええ、任されたわ」

 

 よし。

 なら今度の今度こそイクゾー。

 

「付いて来い、ボーデヴィッヒ」

 

「うむ!」

 

 向かう場所は保健室だ。

 3秒で着いてやるぜ!

 




乱ママ編じゃない。
ラウラ編でもない。

これは乱ママ&ラウラ編なのだよ!(作者の意気込み)


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第125話 行って帰ってくる


IS学園式珍道中、というお話。



 

 

 イクゾー。

 千冬さんをお姫様抱っこした状態で教室から出ようと――。

 

「待て。まずは私が安全を確認する」

 

「アッハイ」

 

 えぇ……踏み出す前に腕で防がれたでござる。俺と千冬さんを制したボーデヴィッヒは、そのまま慎重に扉から顔だけ出して。

 

「……右よし! 左よし!」

 

 路上教習かな?

 

 いや、あのね。

 ボーデヴィッヒさんボーデヴィッヒさん。

 確かにさ、うん。身辺警護をお願いはしたけどさ。

 

 さっきの状況からして、俺の頼みは明らかにただの口実だろ、ボーデヴィッヒも付いて来れるための。それがどうしてガチなノリになってるんですか。『身辺警護』ってワードのチョイスをミスったか。俺ちょいす~(自己紹介)

 

 コイツさっきから俺の予測を裏切りすぎだろ、マジで何なんだコイツ。行動パターンが読めないってのは、頭脳派な俺からしたら結構厄介な相手なんだよなぁ。

 

 しかし同時に、非常に新鮮で非常に面白くもある(好奇心旺盛)

 

「ボーデヴィッヒは真面目だからな」

 

「アッハイ」

 

 真面目に天然が付加されていると思うんですけど。とか何とか思ってたら、ボーデヴィッヒさんは今度は何やら懐をモショモショしている。何か出すのかな。

 

「これでは心許ないが、無いよりはマシか」

 

 ボーデヴィッヒさんの右手には、光り輝くサバイバルナイフが。

 

 やめろォ!(本音)

 ナイフぅ!(本音)

 

 え、何でこの人ナイフ常備してるんですか(ドン引き)

 コイツすげぇ不良だぜ?

 

「しかし、こうなると予見していれば拳銃を持って来たものを…」

 

 真顔で何言ってだコイツ!?(勢いあるン抜き言葉)

 さらっと不良の域超えてんじゃねぇよ! 何なんだお前マジで!?

 

「ボーデヴィッヒは軍に所属しているからな」

 

「アッハイ」

 

 そういやそうだった。

 なら拳銃が恋しくなってもおかしくないし、サバイバルナイフを隠し持っているのもおかしくないな!(思考放棄)

 

 しかし、絵的に色々とおかしいなコレ。

 前方にて周りをギョロギョロ見渡すナイフ少女。

 後方にてIS学園どころか世界的に人気抜群なブリュンヒルデをお姫様抱っこして闊歩するフツメン男子。

 

 うん、まぁ……考えたらそこで終了だよね。何ならボーデヴィッヒの望みを叶えてやるのも一興だ。という訳で。

 

 久々に俺の七色のポケットが火を噴くぜ!

 

「ボーデヴィッヒ」

 

「なんだ?」

 

「これを授けよう」

 

 今日のアイテムはこれだ!

 

「む……なっ、そ、それは……PSMピストルか…!? 何故貴様がそのようなモノを持っている…? まさか私と同じ軍に身を置く者なのか?」

 

「売店で買った」

 

「はぁ?」

 

「ほれ」

 

 言葉よりもってヤツだ。

 とりあえずボーデヴィッヒにポイッとな。

 

「むっ……んん…?」

 

 ナイスキャッチ。いい反応してますよぉ。

 んでもって気づいたようだな。

 

「これは……軽い…?」

 

「振ってみろ。耳を澄ませるのを忘れるな」

 

「(ふりふり)……なにか、ちゃぽちゃぽいってるぞ」

 

 ちゃぽちゃぽって言い方が可愛いと思った(小並感)

 ふりふりする様子も可愛いかったから種明かしをしてやろう。

 

「外見は拳銃だが、実はただの水鉄砲なのさ」

 

 売店で買った(2度目)

 何でも売ってるよねぇ、IS学園の売店。

 

「今入れてるのもただの水だが、まぁアレだ。ハッタリに使えるだろ?」

 

 事を荒げずに済ませるには、やはり中身より外見よ。俺が売店で買ったのも、見た目がガチだったからだ。

 どう見てもオモチャの水鉄砲だったら、そもそも買ってねぇわ。買っても2つ買って一夏と遊んでるわ。

 

「ふむ……なるほどな。よし、ならば私に付いて来い」

 

 水鉄砲をちらつかせる眼帯銀髪少女に、かの有名なブリュンヒルデをお姫様抱っこで移動するフツメンか。

 

 やっぱりシュールじゃないか!(帰結)

 

 

.

...

......

 

 

 まぁ何事もなく保健室に着いたんだけどね。

 そらそうよ、此処は天下のIS学園よ? ストリートギャングで溢れる物騒な裏道歩いてる訳じゃないからね、当然だよね。道中では基本的に二度見され続けていたが、そういうのにはもう慣れたよ。

 

「すまなかったな、ボーデヴィッヒ。此処までの護衛、感謝する」

 

「い、いいえ教官! そのような勿体なきお言葉! このラウラ・ボーデヴィッヒ、恐縮至極に存じます!」

 

 え、なにその仰々しい感じは(困惑)

 まるでお姫様に礼を言われた騎士じゃないか。

 

 これにはきっと千冬さんも苦笑いだろうな。

 

「アホかお前」

 

 辛辣ゥ!?

 

 

 

 

「でね、急にあたしの部屋に入ってきた旋焚玖は、戸惑うあたしをお姫様だっこしてきてね。そのまま2階から1階に飛び降りたのよ」

 

「お姫様だっこしたままでか?」(箒の食いつきポイント)

 

「ええ、もちろん♪」

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「ひゅ~っ! ちょいす~、ひゅ~っ!!」

 

 

 

 

「(´・ω●`)」

 

 おぉう。

 見るからにしょんぼりしちゃってるじゃないか。

 

「誰がそんな物々しい言い方をしろと言ったか。ここは軍じゃないんだ。というか軍でもそんな受け答えしていなかっただろうが」

 

 ふんふむ。

 きっとアレかな。ボーデヴィッヒは千冬さんの事を尊敬してるっぽいし、久々に会えてテンション上がってたんじゃなかろうか。それか千冬さんをマジでお姫様だと信じてしまっている可能性。

 

「まぁ何にせよ、だ。教室でも言ったが、私はもう教官ではないのだから、そんなに畏まる必要もない。分かったな?」

 

「はっ!」(ビシッと敬礼!)

 

 全然分かってないじゃないか(困惑)

 今度こそ千冬さんも苦笑いしていた。

 

 とまぁ一段落したところで。

 護衛してくれたボーデヴィッヒとは此処でグッバイだ。そらそうよ。何のために千冬さんを運ぶ役を俺が買って出たと思ってんだ。

 

 千冬さんが気になる木~♪な、教室では話せなかった乱との関係を赤裸々に明かすためだろがい。千冬さんもそれが狙いであんなウンコ芝居を披露したんだし。俺も別に千冬さんにはバレてもいいし。

 

 この人には生ケツを触られまくった事もあるんだ。お尻ペンペンタイム的な意味で。そんな千冬さんに対して、今更何を恥ずかしがる事があるね。

 

 だが、ボーデヴィッヒが居る前で話す訳にはイカンでしょ。

 

 『乱はね、僕のママなんだ!』なんて聞かされて、ドン引きしない女がこの世に居るだろうか、いや居ない(反語)

 

 故にボーデヴィッヒには退散願おう!

 恨むならブサイクから遥か彼方までかけ離れたテメェの可愛い顔面っぷりを恨むんだな。可愛い子にキモがられたくないのは、男として当たり前だよなぁ?

 

「ボーデヴィッヒは教室に戻れ。主車は少し話があるから残れ」

 

「はい」

 

「……分かりました」(むぅ……教官は一体この男とどんな関係なのだ…? 気になる……が、教官の命令に従わぬ訳にはいかん。ここは大人しく教室へ戻ろう……くぅ…)

 

 千冬さんにそう言われたボーデヴィッヒは背を向けて歩き出す。心なしかその背中は寂しそうだった。

 

 

【ちょっ、待てよ!】

【あンた、背中が煤けてるぜ】

 

 

 じっとしてろお前!(憤怒)

 何でこう絶妙なタイミングで出てくんの!? あいかわらず俺の嫌がる事させたら天下一だなお前な!(憤怒)

 

 待ってもらっちゃ困るツってんの!

 何かの拍子でボーデヴィッヒが話し合いの立会人と化したらどうすんだコラァッ!! そうなったらこっちは伽羅さん呼ぶぞゴルァッ!!

 

 

 

 

「でね、アイツはパパとママに『鈴を悲しませる2人に渡す訳にはいかない』って毅然と言い放ったのよ」

 

「お姫様だっこしたままでですか?」(セシリアの食いつきポイント)

 

「え? え、ええ、そうよ」

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「ひゅ~っ! ちょいす~、ひゅ~っ!!」

 

「……うん、まぁ…話を続けるわね」

 

 

 

 

「あンた、背中が煤けてるぜ」

 

「む…?」

 

 せっかくこの場から立ち去ろうとしていたのに、わざわざ立ち止まらせちゃった。

さらに振り返らせちゃった。

 

「すすけている…? 一体どういう意味だ?」

 

「知らんな」

 

「はぁ?」

 

「だが、説明できる可能性がある人なら知っている」

 

「それは誰だ」

 

「1組の副担任、山田真耶先生だ」

 

 だから早くここから立ち去るのだ!

 お前が居る限り話が出来ないの!

 

「分かった。ならば聞いてくる」

 

 よし、行ってこい!

 

「それはまた放課後にでもしろ。今から職員室に行ってたら、授業に間に合わんだろう?」

 

「それもそうですね。分かりました、ではこれで失礼します」

 

 

【ちょっ、待てよ!】

【あンた、背中が煤けてるぜ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

「でね、旋焚玖は最後に『鈴を本当に愛しているのなら、これ以上鈴をアナタ達の感情で傷付けないでください』って言ってくれてね」

 

「お姫様だっこしたままでか!?」(一夏の天丼ポイント)

 

「……そうよ」

 

「ヒューッ! 兄弟、ヒューッ!!」(シャルの空気読みポイント)

 

「ひゅ~っ! ちょいす~、ひゅ~っ!!」(本音ののほほんポイント)

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! もういいわよその流れは! アンタ達ほんとバカなんじゃないの!?」(鈴のツッコミポイント)

 

「ふむふむぅ…旋ちゃんはクラスの人達と良い関係が築けてるみたい。……えへへ、良かったよぅ」(乱のママポイント)

 

 

 

 

「ちょっ、待てよ!」

 

「な、なんだ?」

 

 いや別に(本音)

 

 でもさ、流石に同じ台詞2回連続はイカンでしょ。いくらボーデヴィッヒが言葉の意味を知らなくても、何となく挑発されてる気がする…ってなっちゃうだろ。

 

 えーっと、どうしよう。

 立ち去ろうとしたボーデヴィッヒを呼び止めて、からの自然な流れといえば……『俺も一緒に戻る』ってのが自然か?

 

 うん、そうだね。

 自然だね。自然だけどさ。

 

 乱の事を話すために此処まで来たの!

 本来の目的見失ってんじゃねぇか!

 

 これじゃあお前、仮病な千冬さんをお姫様抱っこして、ボーデヴィッヒに水鉄砲持たせて、一緒に保健室までやって来ただけじゃねぇか! なんだそれ!(憤怒)

 

 うん、まぁ徒労はいつもの事だ。

 切り替えていこう、うん。

 

 アホの【選択肢】お前いつか絶対シバくからな(切り替えれていない)

 

「やっぱり俺も一緒に戻るよ。時間的に俺ももう話してる余裕はないっぽいし。話は後でも出来るし。それでいいですか、織斑先生?」

 

 傍から見てりゃあ余裕なくなった原因全部俺なんですけどね(げっそり)

 

「ああ、そうだな。わざわざ主車もすまなかった」(旋焚玖の言う通り、話ならいつでも聞ける。それに旋焚玖にお姫様だっこしてもらえたからな! それだけでも私はだいぶ満足だ、むふふ)

 

 ホッ……不満は無さそうだな。

 これで安心して戻れるぜ!

 

「一つだけ聞かせろ」(念の為これだけは聞いておかんとな)

 

「なんです?」

 

「お前と凰乱音は……み、淫らな関係ではあるまいな?」

 

 何でちょっと照れた感じで言うんですか。アンタほんとそういうところが歳不相応で可愛いな。言わんけど。

 

「ないですよ」

 

「そ、そうか!……ンンッ、まぁ何だ、お前たちはまだまだ色を知るには早い年頃だからな、うむ。教育者として当然の心配をしたまでだ」

 

 淫らではないが、ふしだらではあるかもな。……ふしだらなフツメンと笑いなさい(旋焚玖版西住しほ)

 

 プフッ……(自分で言って自分でツボる旋焚玖くん)

 

 

【ふしだらな母と笑いなさい(西住しほ)】

【ふしだらなママと笑いなさい(凰乱音)】

 

 

 乱はそんな事言わない(憤怒)

 でも今度言わせてみようと思った(ふしだらなフツメン)

 

「ふしだらな母と笑いなさい」

 

「は?」(もう何もかもが意味不明だ。何なんだコイツは。というか何故こんな意味不明な男がIS学園に居るのだろうか)

 

「……んん? すまん、主車。私とした事が久々に真意が読み取れん。どうやら1000回に1回の確率が此処で現れてしまったようだ」

 

「まぁそれも含めて後で話しますよ。何だったらメール送っときますんで」

 

「!?」(!?)

 

「そうだな、そうしてくれると笑顔になる」

 

「!!?」(!!?)

 

 笑顔になるのか。

 なら授業中にでもポチポチやるかな。

 

「………(じぃぃぃ~)」

 

 何かボーデヴィッヒから、魂のこもった視線を感じるんだけど。絶対に気にしてはいけないと俺の本能が強く訴えてくる。だからここはスルーですね。

 

「待たせてすまんな。ほら、1組に戻ろう」

 

 とか言いつつ、ボーデヴィッヒの返事は待たぬ。待ってりゃメンドくさい事が起きそうな予感プンプンだもん。

 

 という訳で。

 ちゃっちゃとモドルゾー。

 

 

 

 

「おい」

 

「なんだ?」

 

 まぁ声かけてくるよね。

 でも歩きながらの会話だから展開は進んでいるのさ。

 

 さて、何を聞いてくるかな。

 

「『ふしだらな母と笑いなさい』とは何なのだ?」

 

「それは……山田先生に聞け」

 

 あの人なら知ってるだろ。

 

「む……分かった、後で聞いておく」

 

 丸投げしてすまんな、山田先生。

 恨むなら俺の信頼を勝ち取ってしまったアンタのオタク知識っぷりを恨むんだな! でも一応あとでコーラ奢っておこ。ごめんなさい的な意味で。

 

「本命は次だ。貴様、教官とメールとは一体どういう事だ…!」

 

 あらやだ、隣から殺気をビンビンに感じちゃう。

 でもここで変に立ち止まったら、展開も確実に変な方向へ行くだろうし。

 

 授業に遅れないためには、素知らぬフリでテキトーに流すのが吉だろ。 

 

「どういう事って言われてもな。言葉通りなんだが、メールを知らないのか?」

 

「ば、バカにするな! メールくらい知っている!」

 

 んん…? 

 何かどっかで似たようなやり取りした記憶が……あっ。

 

 

『クロエはメールというものを送った事がありません』

 

 

 そうだ、なぁ~~んかずっと頭に引っ掛かるモンがあると思ったら!

 コイツは口調こそまるで似てないが、それ以外がクロエと似てるんだ。同じ銀髪だし、普通に顔とかも似てるし。何か妙に知識不足なとこも似てるぞ。

 

 もしや、姉妹だったりしちゃったりする系?

 

 

【今すぐ電話で聞いてみる】

【教室に着いてからメールで聞いてみる】

 

 

 電話番号知らねぇよ。

 そういう形で【選択肢】を一択にするのヤメろ。まぁ番号知ってても掛けてないけど。そんな事してたら普通に授業に間に合わんわ。

 

「私が聞いているのは、貴様と教官の関係だ!」

 

「それは……う~ん、どうだろう。俺が話してもいいか分からんから、それはいったん――」

 

 

【山田先生に聞いてくれ】

【織斑先生に聞いてくれ】

 

 

 流石に今回は山田先生関係ないだろ!

 【選択肢】のくせにちょっと面白いじゃねぇかこのヤロウ!

 

「織斑先生に聞いてくれ」

 

「むぅ……しかし、教官は教えてくれるだろうか…」

 

 

【んな訳ないだろ身の程わきまえろ偽クロエ】

【聞く前から断られる事考えるバカいるかよ】

 

 

 【上】が畜生すぎて目も当てらんない。

 お前の精神構造どうなってんのマジで。

 

「聞く前から断られる事考えるバカいるかよ」

 

「バカだと……いや、しかし確かにそうだな。後で聞いてみる!」

 

「ああ」

 

 んな事言ってたら教室に到着! 

 同時にチャイムがキンコンカンコーン! 

 

「ん…?」

 

 何かクラスの女子連中からの視線が優しい気がするが……きっといつもの自意識過剰なんだぜ! 気にせず席に座るんだぜ!

 

 あ、そうだ。

 忘れんうちにクロエにポチッとこ。

 

 え~っと…。

 

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒって知ってる?』

 

 

 まぁ無難な感じだな。

 ほい、送信。 

 

 ん……もう返事がきた。

 

 

『知っているも何もクロエとラウラ・ボーデヴィッヒは姉妹です( ̄ー ̄)』

 

『え、マジで?』

 

『嘘です( ´,_ゝ`)』

 

 何だコイツ!?

 

 くっ……どうやらクロエは最近顔文字の愉しみを知ってしまったらしい。それは良いんだけど、微妙に腹立つ顔文字ばかり送ってくるのは何なんだ。

 

『姉妹っぽい関係ですね。この『っぽい』が後の伏線となるでしょう。自分から伏線を張っていくスタイル。嫌いじゃないし好きです(・∀・)』

 

 何だコイツ!?(2回目)

 

 






忙しくてコメント返し停滞してるゾ。
でもちゃんと二度見してるゾ。

ゾ!ヽ(`Д´)ノ



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第126話 孤高バリア

そんなモン効かん、というお話。



 

 

 おさらい。

 1組に転校生が2人やって来ました。

 おさらい終わり。

 

 乱とボーデヴィッヒ。

 2人とも同じ転校生なのだが、クラスメイトとの距離感まで同じとはいかないらしい。現に授業が終わるやいなや、あっという間に乱の周りには人だかりが出来ていた。

 

「ねぇねぇ、乱音ちゃん! 飛び級ってホントなの!?」

 

「ウソだよ」

 

「「「「 えぇ!? 」」」」

 

「と見せかけてホントだよっ!」

 

「んもう~! 何その可愛いドヤ顔! このこのっ!」

 

「ちょっ、ほっぺたツンツンやめれ~!」

 

 うむうむ。

 和気あいあいと、おしゃべりしてるじゃないか。どうやら俺が保健室に行っている間に、上手く皆とコミュニケーションを取れたっぽいな。

 

 んで、もう1人の転校生なボーデヴィッヒはというと。

 

「……………………」

 

 見事にポツーンである。

 

 アイツが割と愉快な奴だってのは、保健室珍道中を繰り広げた俺しか知らないだろうし。それを見てないクラスメイト的視点からすれば、ポツン状態は残念でもないし当然だろう。

 

 転校の挨拶を不愛想な一言で済ましたと思ったら、その後いきなり一夏の後頭部をシバくわ、俺をビンタして泣かせるわで。それで敬遠されない訳がないんだよなぁ。忘れがちだけど、此処は超が付くお嬢様学校だからな。

 

 しかも、今も静かに座っていると見せかけて、話し掛けるな近寄るなオーラをビンビンに出してないかアイツ。あれじゃあ、仮にビンタ事件がなくても話し掛けにくいだろう。

 

 

【ボーデヴィッヒに話し掛ける】

【話し掛けない】

 

 

 おぉ……これこそ【THE・選択肢】ってヤツだな。軽い感じでポンッと出されたけど、実はメチャクチャ重要な分岐点になってるんじゃないか? ボーデヴィッヒとラブコメられるかどうか的な意味で。

 

 こんなモンお前【上】一択に決まってんだろ。

 一夏をドツいて俺をビンタしたくらいが何だってんだ。

 

 性格に難あり? 

 知らんな、そんなスワヒリ語。俺は性格より外見を重視するタイプなのだ!

 

 という訳で。

 俺は【上】を選ぶぜ!

 

 

【転入してきた美少女に初日からガンガン話し掛けるフツメンとか女子校でなくてもキモいだけなので自重する。女神憑きしか取り柄のない不良物件なので自重せよ】

【馬鹿野郎お前俺は話し掛けるぞお前!】

 

 

 何だお前コラァッ!!

 貶したいのか焚きつけたいのかどっちなんですか! 何でたまに僕の心をエグッてくるんですか! 

 

 主を傷付ける女神が居てたまるかアホ! そんなんで美少女とのフラグを諦める俺じゃねぇぞ!

 

「馬鹿野郎お前俺は話し掛けるぞお前!」

 

「ぴゃっ…!?」

 

 あえて口に出して闘志を燃やす精神だオラァッ!!

 セシリアもビックリしたし一石二鳥だオラァッ!! 

 

 行くぞボーデヴィッヒ!

 俺との会話に花咲かせやがれ! 俺にはそんな拒絶オーラ効かねぇぞ!

 

「おい」

 

「……なんだ?」

 

 

【なんでもなーいww】

【ベルリンあたりのステップを魅せてやろうか?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 クロエと姉妹っぽい関係だからって行動まで寄せなくてもいいよぉ! でも【上】は喧嘩売ってるだけだし【下】なんだよぉ!

 

「ベルリンあたりのステップを魅せてやろうか?」

 

「は? 何だ貴様、急に…」(というか、コイツは何故こうも私に構ってくるのか……後でクラリッサにでも聞いてみるか…?)

 

 そらそうよ。

 困惑させて申し訳ない。

 

 まぁでも、これで主導権は握れたな。俺もコイツには普通に聞きたい事があったし、この際だ。それを聞いてみよう。

 

「今朝のHRでよ、何でお前は一夏を殴ったんだ?」

 

「ふん、そんな事か。言っただろう。私は奴が教官の弟であるなど認めんと」

 

 

【認めちゃいなYO!!】

【とりあえず一夏も呼ぶ】

 

 

 【上】のテンションがいい感じにウザくてキモいので僕は【下】を選びます。というか一夏の居る教室で一夏の話してて、本人を呼ばねぇ方がおかしいだろ。アイツも自分の名前が聞こえたのか、さっきからチラチラ俺たちの方見てるし。

 

「あっ、そうだ」

 

「む……なんだ唐突に」

 

「おい一夏ァ!」

 

「む……」

 

「え、なに?」

 

「お前さっきから俺ら話してるのチラチラ見てるだろ」

 

「いや、見るだろ。俺の名前聞こえてきたし」

 

「嘘つけ絶対見てたゾ」

 

「いやだから見てるって!」

 

「何で見る必要なんかあるんですか?」

 

「いやだから俺の名前が聞こえてきたからだって!」

 

「つべこべ言わずに来いホイ!」

 

「お、おう!」

 

 という訳で、俺が居るボーデヴィッヒの席までやって来た一夏くん。明らかにボーデヴィッヒの顔がムッとなるが、そんな顔しても可愛いだけなので意味ないぞ。

 

 さぁ、ここからは3人で話そう。

 舵取りは任せろー。

 

「話を戻すぞ。一夏を殴った理由をちゃんと俺らにも分かるように話してくれ。なぁ、一夏」

 

「おう。俺もやっぱりちゃんと聞いておきたいな」

 

 『弟であるなど、認めるものか~』とか言われても、いまいち伝わってこねぇんだもん。

 

「……いいだろう。ならば話してやる」

 

 

【何で話す必要なんかあるんですか?】

【その前に、俺の名を言ってみろ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 絶好調だなお前な!(憤怒)

 問題児っぽい転校生が来たからって舞い上がってんじゃねぇぞコラァッ!!

 

「その前に、俺の名を言ってみろ!」

 

「なんだと? いや……ああ、そうだ。貴様はそもそも誰なんだ?」

 

 おいおいマジかよ。

 世界でも超有名になってるっぽい俺を知らないだって? コイツとんだハーミットモグリだな!

 

 

【ひ・み・ちゅ…♥】

【お前の将来の嫁だ】

 

 

 まるで意味が分からない。

 嫁って何ですか、性別的な意味で。

 

 え、俺もしかしてTSんの?

 絶対嫌なんだけど。

 

 いやまぁ、仮に【嫁】が【夫】になってても、絶対に言わんけどさ。余裕でキモすぎだろ。いや普通に【上】もキモいんだけどね。でもキモいレベルで言ったら確実に【下】の方がイカンでしょ。何か生々しいもん。

 

「ひ・み・ちゅ…♥」(死んだ目+棒読み)

 

「……貴様はいったい何を言っているんだ」

 

 や、やめて!

 そんな冷めた目で真っ当な事を言わないで!

 

「ひゅ、ヒューッ!!」

 

 無理して言ってんじゃねぇぞ一夏コラァッ!! その優しさは俺の心にクるぞコラァッ!!

 

 

【ボーデヴィッヒに感想を聞く】

【乱に感想を聞く】

 

 

 お前はいちいち感想とか聞きたがるなお前な!(憤怒)

 しかし今回に関しては悪くない。この何とも如何し難い空気を根底からブチ壊すには、乱ママのお言葉が必要だろう!

 

「乱は今の俺の「キモいよ旋ちゃん!」……はやいよねぇ」

 

 仕事がねぇ。

 こういう時に遠慮せず、ド直球な言葉をソッコーで返してくれるのが乱の美徳だな! おかげで漂う変な空気感も吹っ飛んだぜ!

 

「という訳で。俺の名前は主車旋焚玖だ。一夏とは幼い頃からのダチでな」

 

 ほい、流れの修正完了。

 

「ふん。貴様の名も織斑一夏との関係も私は興味ない」

 

「興味ないね」(クラウド)

 

「は?」

 

 FF7R買ったばかりだし多少はね?

 俺の華麗なプレイっぷりは、毎度お馴染み横で観てる【たけし】も惚れ惚れしとるわ。

 

 まぁそれは置いといて。

 俺の自己紹介も終わったし、今度こそ話を聞くぞー。

 

 

【一夏にも自己紹介させる】

【一夏の紹介をする】

 

 

 うん、まぁ……うん。

 流れとしては自然だよね。

 

「一夏も自己紹介くらいはしとけ」

 

「ん……? ああ、そうだな。えっと、俺の名前は織斑一夏だ。旋焚玖とは幼い頃からのダチでな」

 

 俺と同じ事言ってんじゃねぇよ!

 A=Bみたいな感じになってんじゃねぇか!

 

「ふん。貴様の名も主車旋焚玖との関係も私は興味ない……が」

 

 お…?

 『が』が追加されたぞ!

 

 これは新たな展開の予感!

 いいよ来いよ! 大いに話しちゃってくれい!

 

「貴様の失態だけは見過ごせん」

 

 失態とな?

 

「第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦当日だ。ここまで言って、心当たりが無いとは言わさんぞ」

 

「……ああ。やっぱソレだったか」

 

 むむ。

 何やら一夏は納得してるが、俺には何も伝わってこねぇぞ。しかし、その日の事は俺も何となく覚えてる。

 

「確か千冬さんは、そのモンド何とかの大会で決勝戦を棄権したんだっけか?」

 

 棄権した理由は聞いてない。

 いや一回聞いたんだけど、一夏も千冬さんも教えてくれなかったんだ。

 

 その時は珍しく、教えてくれるまで諦めない的な【選択肢】も出なくてな。それで俺も少し印象に残ってんだな。……ああ、何かもう色々と思い出してきたぞ。

 

 そうだ、その大会は俺も一夏の家で一緒に観てたんだ。んで、千冬さんも決勝戦まで勝ち上がったし、明日はテレビじゃなくて生で観戦しようぜって話になった途端にさ。

 

 

【明日は巨大アナコンダ達とアマゾン川らへんで合コンするから無理なんだ】

【明日は富士山を逆立ちで2往復半くらいするから無理なんだ】

 

 

 とかいう意味不明すぎる【選択肢】に邪魔されたんだっけ。

 今思い出してもやっぱり意味不明なんだよなぁ。いや、もちろん【下】を選んだけど。選んでマジでやらされたけど。逆立ちのまま登山(死んだ目)

 

 んで、帰ってきたら千冬さんが大会を棄権したってニュースになってるし。一夏に会いに行ったら、ひたすら(´・ω・`)してるし。俺は当然、流石の【選択肢】も自重したのか、その日は大人しかったもんだ。

 

「で。実際はあの時、何があったのか。もう聞いてもいいのか?」

 

「……そうだな。旋焚玖にはもう言ってもいいか。実は……」

 

「待て、織斑一夏。私に説明させろ。実は……ぁ」

 

 実は?

 何かコイツ、ちっちゃく『ぁ』って言わんかったか?

 

「……秘密だ」

 

「む」

 

 うっそだろお前…!

 

 まさかの焦らしプレイか!?

 そんなん求めてねぇよ!

 

「あの日の事は秘匿事項なのだ。他の奴らが聞いている中で話せる内容ではない」

 

 む……あ、ホントだ。

 何かみんな俺たちを見てる。まぁ殴られた男2人が殴った女と話し込んでりゃあ、そら気になって当然だろう。

 

 俺も無理に聞くのは気が引ける。

 みんなの前では話せないってんなら、一旦このまま大人しく席に戻るのが吉だろう。

 

 

【本当にひみちゅか?】

【本当に秘密か?】

 

 

 なんだこれ。

 ボーデヴィッヒは【ひみちゅ】とは言ってないだろ。

 

「本当に秘密か?」

 

「ああ、こればかりは秘密だ」

 

 

【本当にひみちゅか?】

【本当に秘密か?】

 

 

 これは……もう嫌な予感しかしない。

 けど俺は抗うぞオイ! 

 俺の予感なんざ当たらないんだよ!

 

「本当に秘密か?」

 

「何度も言わせるなよ貴様」

 

 

【本当にひみちゅか?】

【本当に秘密か】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「本当にひみちゅか?」

 

「はぁ?」

 

「とりあえず、難しく考えずにさ。ひみちゅって言ってみてくれよ。頼むわ、ボーデヴィッヒ」

 

「な、何だ貴様その必死な様子は……もしや秘密とひみちゅは違うのか?」

 

 はい言った!

 ノルマ達成!

 俺は席に戻るぞ!

 

 

【ひみちゅなおねだりっぷりの感想をボーデヴィッヒに聞く】

【ひみちゅなおねだりっぷりの感想を乱に聞く】

 

 

「乱は今の俺の「キモいよ旋ちゃん!」……はやいよねぇ」

 

 仕事がねぇ。

 次の授業もがんばるぞー。

 

 




ラウラに焦点を当てつつ乱の描写も欠かさない。
それでいてセシリアのカワイイ!描写を忘れない作者の鑑(・∀・)






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第127話 選択肢式アプローチ

問題児な転校生に対する、というお話。



 

 2時間目の授業が終わったぜ!

 

 

【ラウラに話し掛けに行く】

【ボーデヴィッヒに話し掛けに行く】

 

 

 同一人物ゥ!!

 

 何か入学初日にもこんな感じの【選択肢】が出なかったか?

 

 ああ、確か出たぞ。

 相手はセシリアだった筈だ。

 

 そう言えば、アイツも最初は俺や一夏に当たりが強かったっけ。だから【選択肢】も似たモン出してきてんのかな。

 

 まぁいいや。

 ウダウダ言ったところで、ボーデヴィッヒに話し掛けるのは決定事項なんだ。なら、さっさと済ませちまおう。

 

「おい、ボーデヴィッヒ」

 

「……なんだ、また貴様か」

 

 すまんな。

 

 正直俺としては、さっきの話の続きをしたいんだが、人が大勢いるところではひみちゅだって言われたからなぁ。

 

 そうなると他に何か話題、話題は……。

 

 

【眼帯似合ってねぇなお前な】

【眼帯キャラを知ってるか確認してみる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 意味不明なのに実質【下】しか選べない【選択肢的構造】やめてくれませんかね!? お前俺がすかさず【上】を選べるメンタル持ってねぇの知ってんだろがい!

 

「……夏侯惇って知ってるか?」

 

「何だ急に。誰だそれは」

 

 眼帯キャラ。

 ちなみに俺が闘らされたのは三國無双の夏侯惇だったな。ふふ、余裕で彼方まで吹き飛ばされたんだぜ。モウトクー。

 

「気になるなら山田先生に聞いて来るんだな」

 

「分かった、聞いて来る」

 

「え?」

 

「え?」

 

「いや……ンンッ。ああ、聞いて来い」

 

 わざわざ聞きに行くのか。

 変なとこで素直なんだな。

 まだまだコイツの性格が掴めんわ。

 

(無駄に長い休み時間。かと言ってISを整備できる程の時間はない。正直、手持ち無沙汰だった感は否めない。カコウトンとやらには興味ないが、職員室に行って帰ってくる。ちょうどいい暇潰しになるだろう。教官ともお話できるかもしれないしな!)

 

 お、ボーデヴィッヒが席を立った。

 

 

【ディーフェンス! ディーフェンス!!】

【それじゃあ俺も】

 

 

 オレも行くッ!

 行くんだよォー!!(ナランチャ)

 

「む……何だ貴様。何故、付いて来る?」

 

「俺も行くからな」

 

「何故だ?」

 

 

【暇潰し】

【穀潰し】

 

 

 同じ【潰し】でも意味がまるで違うんだよなぁ。

 

「暇潰し」

 

「(む……私と目的は同じなのか。ここで断れば私の行動理由も否定する事になる、か)分かった、許可しよう」

 

 何で上から目線やねん(ツッコミ)

 

 

【何で上から目線やねんアホかお前殺すぞ立場弁えろカス】

【職員室までどっちが早く着けるか競争だ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 そこまで言ってないよぉ!

 勝手に上乗せしないでよぉ!

 

「職員室までどっちが早く着けるか競争だ!」

 

「はぁ?」

 

「いいだろオラ競争しようぜ競争」(やけっぱち)

 

 【ディフェンス】選んでりゃ良かった(後悔)

 

「馬鹿馬鹿しい。貴様1人で勝手にやってろ」

 

 スタスタ歩いて行くボーデヴィッヒ。

 超クール。

 転校生はクールビューティー。

 

 しかしコイツの反応が当たり前なんだよなぁ。出会って俺達はまだ5時間すら経ってないっての。そういう提案は、もうちょい仲が良くなってからじゃないと成立しないだろ。常識的に考えて。

 

 断られたけど、まぁ展開は進んだしこれで良しだな。

 

 

【ボーデヴィッヒのやる気を迸らせる】

【大人しく諦める】

 

 

 【下】から罠の気配がプンプンするんですけど(疑心暗鬼)

 いやだって……ないでしょコレ。【下】選んだ瞬間、さらに変なモン出てくるパターンでしょコレ。

 

 見せかけの安全策に引っ掛かる俺と思う事なかれ! パッと見不正解的【上】が実は正解ルートなのである!(凡&凡推理)

 

「おやおや、どうやら軍人殿は身体能力に自信が無いようでござるなぁ」

 

 こういう時は、とりあえず挑発してみて相手の出方を観察するのが大事なのよ。とは言え、こんなあからさまな挑発で釣れる訳ないけどな、HAHAHA!

 

「……なんだと?」

 

 あらやだ、釣れちゃったでござる。

 そういや煽り耐性なかったなコイツ。

 

 軍隊ってトコはそういうメンタル面までは鍛えないのかな。まぁおかげで俺はやりやすいから良いんだけど。

 

 というかアレだな。

 競争ついでにこの際だ、敗北もプレゼントしちまうか。 

 

「まさかビビッてんのかよ? なら競争の話は忘れてくれ。俺も弱い者イジメは気が引けるからな、HAHAHA!」

 

 一夏をドツいた分のお返しってヤツだ。

 殴った理由も結局俺は分からずじまいだし。

 

 ダチをドツかれた分の溜飲くらい下げさせろオラ。顔が良いからって仕返しまで俺がしないと思うなよ。ソレはソレってヤツだ。

 

「……いいだろう、そのフザけた誘いに乗ってやる」

 

 やったぜ。

 その沸点の低さに敬意を表して、俺も本気でやってやろう。敗北に派手なリボンを備え付けてやるずぇ!(孫策)

 

「職員室までの道のりは把握済みかね?」

 

「無論だ」

 

 ならば話は早い。

 あとはスタートの合図だが。

 

 

【はい、よーいスタート(棒読み)】

【Ready........GO!!!!!!】

 

 

 これはRTAじゃないから。

 英語は万国共通語だし、ドイツ人なボーデヴィッヒも分かるだろ。

 

「Ready...........」

 

「「「「ごくり……」」」」

 

 何かみんな見まくってきてるけど、気にしたら負けだ。いつものように『アホがアホな事してるわ~、今日の犠牲者はボーデヴィッヒさんかぁ~』って思っててね!

 

 ボーデヴィッヒも気にしてないのか、スタートに向けて構える。

 俺は自然体のままでいい(強者の理論)

 

 勝つのは当然――。

 

「GO!!!!!!」

 

 俺だ――ッ!!

 

 

【ミ~モヽ(・ω・oヽ)ミ~モヽ(o・ω・o)ノミモ(ノo・ω・)ノミモモモ~ミモ♪】

【スタートを切ったラウラの喉元にチョーーーップ!!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 RTA選んでりゃ良かったあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「いくぞッ……ぁ?」

 

「ミ~モヽ(・ω・oヽ)ミ~モヽ(o・ω・o)ノミモ(ノo・ω・)ノミモモモ~ミモ♪」

 

「はぁっ!? お、おい貴様、何をしている!? 何だその激しい動きは!?」

 

 ミーモ・ダンシング(げっそり)

 

 どうして俺は【下】の【Ready Go】にもっと疑問を抱かなかったのか。日本語だって今じゃ万国共通語だろうに、なのにあえて英語縛りとか裏があってもおかしくないだろうが!

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 うるさいんじゃい!

 

「ひゅ~っ! ちょいす~、ひゅ~っ!!」

 

 のほほんなんじゃい!

 

「ヒューッ! 兄弟、ヒューッ!!」

 

 可愛いんじゃい!

 (ホモのフリしてた事)もう許せるぞオイ!

 

「……ふんふむ。んーっと……よし」

 

 

旋焚玖の一連の行動を観察、そこから周りの反応もしっかりと吟味。以上を踏まえて旋焚玖の行動理由を推理した結果。

 

 

「ヒューッ! 旋ちゃん、ヒューッ!!」

 

 

乱音的にはヒューッ!だった!

 

 

「いや、オイ……ちょっと。おい……おいってば!」

 

 

しかし、好スタートを切った筈のラウラは止まらずにはいられなかった!

 

 

「ミ~モヽ(・ω・oヽ)ミ~モヽ(o・ω・o)ノミモ(ノo・ω・)ノミモモモ~ミモ♪」

 

 ボーデヴィッヒが俺に声を掛けてくる。

 そのまま無視して走って行けば、お前の勝利になるものを。でも俺は俺で身体が勝手に動いちゃう。だって【選択肢】の奴隷だもん。

 

「何だコイツ……何なんだコイツは…! おい、そこの貴様ら! この男は一体何がしたいんだ!?」

 

「まぁ……旋焚玖は武術やってるからな」

 

「アンタ旋焚玖関連で困った時はだいたいソレよね」

 

「うむ。だいたいはソレで何とかなるからな」

 

 なってないんだよなぁ。

 ほら見ろ、ボーデヴィッヒもプルプル震えてるじゃないか。あの震えは怒りからくるヤツだろ。

 

「わたくしは普通に奇行だと思いますわ」(名推理)

 

 これはイギリスの誇れるエリート。

 理論派を自称するだけあって、仲良くなっても、こういうトコでは正常な判断が利くんだなぁ。

 

「まぁ、でも? 旋焚玖さんはそれくらい余裕があるという事でしょうね」(凡推理)

 

 これはイギリスの愛されエルィィィト。

 二律背反女子とか素敵やん?

 

「もういい! こんな馬鹿共と同じ教室に居られるか! 私は職員室へ行くぞ!」

 

 プンスカぷんなボーデヴィッヒは、扉を乱雑に開け放って出て行った。しかしお前、その言動はホラー映画だと死亡フラグだぞ。まぁある意味この状況もホラーだし、間違っちゃいないのかな。

 

 だがボーデヴィッヒの言動は、死亡フラグとまではいかなくとも、どうやら敗北フラグにはなったようだ。

 

 アイツの姿が見えなくなった瞬間、俺の身体に自由が戻ったんだからな!

 

「……んじゃ、行ってくる」

 

 誰に言った訳でもない。

 それでも激しく踊ってた奴がさ、急に無言で出ていく絵は割と怖いだろ。だからアレだ、とりあえずの一言ってヤツだ。

 

 とか思ってたら真正面に乱が!

 お、怒られる…?

 

「織斑さんのリベンジなんでしょ? ドカーンとやっちゃえ、旋ちゃん!」

 

「「「「!!!???」」」」

 

 やっぱり乱ママがナンバー1!

 いやいや乱さん、見抜きレベル半端ねェな! もしかして既に千冬さんの領域まできてんのか!?

 

「フッ……行ってくる」

 

 そんでもって、こういう時はあえて肯定しない方が説得力を増させるんだぜ! オラお前ら尊敬の眼差しで俺の背中を見送るんだぜ!

 

 乱ママのパーフェクトすぎるアシストに、俺のリミットゲージも一気に溜まった。徐々にギアを上げていこうと思っていたが、初速からMAXで行くずぇ!(孫策)

 

 

そして少年は風になった。

 

 





話が進まなければ?

投稿スピードを上げればいいんだ!(*´ω`*)



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第128話 入門者


独りじゃない、というお話。



 

 

「ふんふむ」

 

 先に教室から出たボーデヴィッヒは、どうやら左のルートを進んだらしい。俺はどうしようかな。

 

 

【左】

【右】

 

 

 たまぁに真っ当な【選択肢】も出てくるんだよなぁ。なら俺も考えてみよう。ボーデヴィッヒと同じ【左】から1階の職員室へ向かうか、アイツとは別の【右】から進んで行くか。

 

 距離的には多分どっちもそんな変わらんだろ(適当)

 なら何が変わるのか。

 

 【左】なら、後ろから追い抜いてボーデヴィッヒを悔しがらせられるな。【右】なら、先に職員室へ着いてて、到着したボーデヴィッヒを驚愕させられる上に悔しがらせられるか。

 

 よし。

 せっかくだから俺はこの右のルートを選ぶぜ! 

 

 

 

 

 ンッン~♪

 この景色は何度見てもたまらねぇぜ。

 

 脚速が神速の域を超えた時、周りの景色がガラリと変わる。

 廊下で仲良く立ち話している連中も、窓から見える教室の風景も。全てがスローに、止まっているようにすら見える。

 

 その中で躍動を許されるのは俺だけだ。皆がスロウに陥っている中で俺一人がヘイストを与えられるのだ。

 

 誰にも見えん!

 誰にも追えん!

 

 まさに俺だけの時空間。

 この領域には何人たりとも足を踏み入れられぬ…!

 

 あ、何か言ってて気持ち良くなってきた。

 俺にも厨二病の素質が…!? ならば大いに受け入れよう!(ハイになってる旋焚玖くん)

 

 我が名はクロノスぅ~♪(板垣)

 

 時空を操る神がひと……むぁ?

 何か黒い影が…?

 

「校内は走っちゃイカンぞ」

 

「む」

 

 千冬さんやないかい!

 

 ウッソだろ!? うわ、平然と俺に付いて来てる…っていうか横並びしてる!? アンタそんな疾かったっけ!?

 

「一夏とお前の入学が決まってから私も鍛錬を再開したからな」

 

 逆算したら、だいたい4カ月くらい?

 そんな短期間で追い付いて来る千冬さんしゅごい。天才じゃったか…!

 

「ふふ、そうだろう? 私はお前の姉弟子でもあるからな。こんな領域にただ一人、孤独にさせる訳にはイカンよ」(どやぁ)

 

 ドヤ顔千冬さん、俺の心を読まないでください。

 とか何とかやってたら職員室前に到着したでござる。

 

 ボーデヴィッヒの姿は無し!

 職員室にも……ン無し!

 

 いやっふぅぅぅぅ! 

 俺の勝ちだずぇ!(孫策)

 

「とりあえず予鈴が鳴るまで正座だな」

 

「アッハイ」

 

 まぁしゃーない。

 勝負に勝って試合に負けたのだ、俺はな。それに視点を変えれば、俺の正座的罰則もそこまでマイナスって訳じゃない。

 

 そろそろボーデヴィッヒも姿を現すだろう。

 俺が既に着いている事に驚愕するだけでなく、さらに千冬さんからも咎められるのだ! んでその後は、勿論俺と同じく罰として正座させられるのだ! 

 

 うむうむ。

 想定とは違ったが、これはこれで良い仕返しになるだろうぜフヒヒ。

 

「む…?」

 

 あ、ボーデヴィッヒ来た。……あれ?

 何でアイツ走ってないの?

 

「き、貴様…! 何故もう着いている!?」(しかし見たところ、教官に正座させられている…?)

 

 あ、驚いてる。

 いや今はそんな事どうでもいい。

 

「ボーデヴィッヒさんボーデヴィッヒさん」

 

「な、なんだ急に気持ち悪いな」

 

 おま、気持ち悪いとか言うなよ!

 そういうさり気ない言葉が一番傷つくんだぞ!

 

「俺とお前は勝負してたよな?」

 

「無論だ。どちらが早く職員室に着けるか、競争だろう?」

 

 分かりまくってんじゃねぇか!

 

「何で急いでないの?」

 

「はぁ? 急いで来たに決まってるだろ」

 

「走ってないじゃん」

 

「走ったらダメだろ」

 

「え?」

 

「え?」

 

 いやそうなんだけど。

 ボーデヴィッヒが正しいんだけど。

 

 それでも何か納得出来ぬ!

 

「何でダメな事に気付いたんだ?」

 

「廊下に掲示してあったからな。『廊下を走ってはいけません』と。だから私はなるべく早歩きで来たのだ」

 

 だから何でそういうトコだけやけに素直なんだよ! お前それでも問題児か!? プライドはないのかよ問題児としてのよォ!(言いがかり)

 

「……なるほど、貴様そういう事か」

 

 な、なんだよぅ。

 含みのある言い方するなよぅ。

 

「此処まで走って来たのだな?」

 

「……はい」

 

「いいか、貴様。『廊下を走ってはいけない』というのは、おそらく校内の規則な筈だろう。となれば、校内での勝負であるかぎり、それも規則に基づいて行うモノと判断するべきだ。違うか、貴様」

 

 うぐぐ。

 何で俺が怒られてるみたいな感じになってんの? 正座してる姿も相まって、効果はさらに倍じゃないか…!

 

「……仰る通りです」

 

 正論には割と弱いぼく。

 

「そして、コイツの正座は教官がお出しになった罰則ですね?」

 

「まぁそうだな」

 

「フッ……ふはははは! ならば貴様はそのまま正座しているがいい! 校則を破った貴様にはお似合いの姿だ!」

 

 なんだコイツ!?

 なんでこんなテンション高くなってんの!? お前クールキャラじゃないのかよ!?

 

「(ふふふ、これで教官と親し気に接していたコイツへの溜飲も少しは下がるというものだ! 笑わずにはいられないな…!)さぁ、行きましょう教官! 私は山田教諭に質問があるのです!」(そしてその後は、お待ちかねの教官とおしゃべりだ!)

 

「その前にお前も正座しろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」(しかし、ラウラにここまで感情を引き出させるとはな。旋焚玖ならあるいは…?)

 

「な、何故ですか教官!? わ、私は校則に則り、早歩きで移動していただけで…!」

 

「うむ、そうだな。そこは偉いぞ。よく校則を守った」

 

 千冬さん、ボーデヴィッヒの頭をナデナデなう。

 いやはや珍しいな。千冬さんがこういう風に接するのは、一夏と俺くらいだと思っていたが。 

 

「はふぅ。で、では何故…?」

 

「お前は今朝のホームルームで生徒に暴力を振るっただろうが。理由はどうあれ、お前の言う校則に則るのであるならば、何かしらの罰が必要だろうな」

 

「ふぐっ……そ、それは…」

 

 おぉ……流石は千冬さんだ。

 話の持っていき方が巧いな!

 

「あの場で私が我慢したのは、対象が弟だったからだ。身内贔屓だなんだと言われてもアイツが困るだけだからな」(我を忘れる前に気付けたのは旋焚玖のおかげだ。後でコーラを奢ってやらんとな)

 

 はぇ~……千冬さんも色々と考えてるんすねぇ。それに一夏なら、千冬さんがいちいち説明せんでも余裕で酌むだろうしな。

 

「で、何か異論はあるか?」

 

 

【異議あり!】

【異議なし!】

 

 

 俺には聞いてないんだよなぁ。

 

「異議なし!」

 

 紆余曲折しつつも、コイツも正座させられるのだ。結果自体は俺が求めていたモンと一致するし、どうして異議があろうか!

 

「何故貴様が答えるのだ!? しかし私も異論ありません!」

 

 シュババッと俺の隣りに正座るボーデヴィッヒ。予定していた内容の敗北はプレゼントできなかったが、こうして罰を与えられたのは事実だ。これで一夏の敵討ちも、一応出来たとしようかな。

 

 

【感想を聞く】

【聞かない】

 

 

「どんな感じだ?」

 

「はぁ?」

 

「いや、正座した感想だよ」

 

「そうだな……思ったより硬いな、床が」

 

「まぁ予鈴が鳴るまでの辛抱だ」

 

「うむ……うむぅ?」(オカシイ。何故私がコイツにフォローされてる形になっているのだ? というか何故私はコイツと普通に話しているのだろうか)

 

 今のやり取り、いる?

 いやまぁ別にいいんだけど。無言で正座してるより、何か話してた方が気も紛れるだろうしな。

 

 そんでもって千冬さんはナズェミテルンディス!!

 

(今朝のラウラの振舞いは、まるで変わってなかった。弱者を見下し、他者とのコミュニケーションを避けるどころか拒絶する。私が何度咎めても『それが命令なら従います』って。いやいや、そうじゃないだろ)

 

 う~ん、別に機嫌が悪いって訳じゃ無さそうだ。

 んじゃあ俺も気にせず、このままボーデヴィッヒとの会話に花咲かせちゃうかね。此処でなら、一夏を殴った理由を聞くのもアリか?

 

(だが私も結局ラウラに、対人関係の大切さを上手くは教えられなかった。ぶっちゃけ私も基本的にはコミュ障だからな、HAHAHA!)

 

 いや、此処の方がマズいか。

 職員室の前とはいえ廊下だし。

 

 何より千冬さんが居るしな。教室でのノリで、一夏の事をボーデヴィッヒが貶しでもすれば、まぁた千冬さんもムキーッ!!ってなるのは目に見えている。ここは適当に世間話でもするか。

 

 

【じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?】

【じゃあまず、年齢を教えてやろうかな?】

 

 

 なんだこれ。

 

「……じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」

 

「はぁ? 何が『じゃあまず』なんだ?」

 

 

【え、身長・体重はどれくらいあるの?】

【え、身長・体重はどれくらいに見える?】

 

 

 なんだこれ。

 

「え、身長・体重はどれくらいあるの?」

 

「はぁ? 年齢の話はドコへ……というか、私に答える義理はないだろうが。何なんだ貴様は本当に。いや、本当に」

 

 

【ひ・み・ちゅ…♥】

【お前の将来の嫁だ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 何か見覚えあるぞコラァッ!!

 

「ひ・み・ちゅ…♥」(死んだ目+棒読み)

 

「またそ「カワイイ!」の言葉…ン? すみません教官、今何か仰りましたか?」

 

「気にするな。ああ、私は次の授業の準備があるから、お前達も予鈴が鳴ったら教室に戻っていいぞ」

 

「ハッ!」

 

「はい」

 

「フッ……」(気付いているか、ラウラよ。ドイツでのお前はこんなにも饒舌だったか? ふふ、私が教えきれなかった事。旋焚玖になら託せるやもしれんな)

 

 






千冬:託したぞ!

選択肢:d(`・ω・´)


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第129話 夜のアリーナ(意味深)


旋焚玖とたけしの成長録、というお話。



 

 

 本日も恙無く授業が終わりました。

 しかしオデノカラダハボドボドダ!

 

 辛いです。

 ボーデヴィッヒが好きだから(アホの【選択肢】が)

 

 休み時間になる度に俺はな、ボーデヴィッヒ相手に何やかんやさせられたのだ。

 

 

脳内旋焚玖A「何やかんや…!? なんだそれは!?」

 

脳内旋焚玖B「いちいち説明するのも面倒だ。てめえで勝手に想像しろ」

 

脳内旋焚玖A「だったら想像してやる! 後悔するなよ!」

 

脳内旋焚玖B「ダニィ!?」

 

脳内旋焚玖C「なーにやってんだお前らぁ。俺も仲間に入れてくれよ~」

 

脳内旋焚玖B「なんだこのイケメン!?」(驚愕)

 

物陰脳内旋焚玖D「何やってんだアイツら…」

 

脳内旋焚玖E「お前さっきからアイツらしゃべってるとこチラチラ見てるだろ」

 

脳内旋焚玖F「そうだよ」

 

物陰脳内旋焚玖D「なんだこのイケメン!?」(驚愕)

 

脳内旋焚玖A「何やってんだアイツら…」

 

...

......

.........

 

 

脳内旋焚玖A~Z「「「わーっしょい! わーっしょい!」」」

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 俺の脳内旋焚玖が、寧静を全力で邪魔しているゥ!!

 

「お、おい主車。どうした急に頭を抱えて」

 

 心配そうに声を掛けてきたのは教壇に立つ千冬さんである。授業も終わって、後はホームルームを残すのみなのだ!(現状確認)

 

「いえ、何でもないです」

 

「そうか。では話を進めるが……プリントは全員に行き渡ったな?」

 

 やーまだ先生が何やら配ってたな。

 えっと……なになに…『学年別トーナメント申込書』とな?

 

「いくつかの変更点も加えて、今から説明していく。少し読むぞ。あー、今月開催されるISでの模擬戦闘学年別トーナメントは、より実戦的な趣向を取り入れ、2人組での参加を必須とする」

 

 ふんふむ。

 従来のルールから2人組、つまりタッグ戦に形式が変更されたって事か。

 

 なんでぇ?

 

「皆さんもクラス対抗戦での乱入事件は覚えてますよね? ISは世間的にはエンターテイメントスポーツ競技として認知されていますが……」

 

「実際のところ、暗い部分があるのは確かだ。仮に戦争が起これば、真っ先に投入されるのがISだろう事は、諸君らも想像できる筈だ」

 

 やーまだ先生の言葉に千冬さんが付け加える。

 つまりアレか。同じスポーツ競技でも、サッカーボールは戦争では使われないけど、ISは戦争になったらガンガン使われちゃう代物なんですよ、ってな話か。こわいなー、とずまりすとこー。

 

「生徒の皆さんを守るべき私達教師の数は有限です。もしも私達が居ない時に襲われたら、皆さんはどうしますか?」

 

「大人しく襲われるのは嫌だろう? ならば、どうする? 力を付けるしかあるまい。言っておくが、ISが世に出てから散々バカにされ続けている男共が、お前ら女共を無償で守ってくれると思うなよ」

 

 顔が可愛ければ守ってやらん事もない(正直)

 

「女尊男卑が蔓延る限り、お前らは自分の身を自分で守るしかないんだからな」

 

 そのためには日頃から、より実戦的な戦闘訓練が必要不可欠って訳だな。そういう狙いも含めて、今回のトーナメントもタッグ戦になったのか。なるほどなー。

 

「それから2人組についてだ。基本的には同学年であれば自由に組んでいいが」

 

 が?

 

「1年生は代表候補生同士や専用機持ち同士で組んではいけませんよ~!」

 

「ISの性能の違いが、戦力の決定的差ではないという事を教えてやれるのは、しっかり訓練機で技量を学べた2年生からだ」

 

 お、シャアか?

 

「あっ、シャアですね!」(二次元には興味ない風を装っておきながら、千冬先輩もやっぱり好きなんですねぇ! これには主車くんもニッコリですよ~!)

 

「は?」

 

「あれ?」

 

 ネタじゃなくて素で言ったのか。

 まぁ割りとよくある事よ。

 

「本来であれば、専用機持ちのトーナメントと一般のトーナメントと分けてやるのが最善なんだろうが、あいにくスケジュール的に厳しくてな」

 

 ふんふむ。

 という事は、つまりアレですね。訓練機を強いられている一般生がトーナメントを勝ち抜くには、手っ取り早く専用機持ちと組むのが最善って事ですね分かります。

 

「もう1度言うが、2人組での参加が必須だからな。ペアが出来ていない者は抽選になるだけだ。基本的に全員参加だと思っておけばいい」

 

「主車くんもですか?」

 

 クラスメイトの1人が質問した。 

 

 出ません(断言)

 絶対に出ません(断言)

 

 公開処刑場に自ら向かうバカがいるかよ。

 俺ほどの男になるとな、試合当日に体調不良の一つや二つ罹るくらい訳ないんだよ。『男の子の日きちゃった…』とか言えば皆も納得するだろ。

 

「ふむ。それについては、以前行われた主車とオルコットのクラス代表決定戦。観衆無しの非公式扱いではあったが、実は映像を残しておいてな」

 

 セシリアとの試合かぁ。

 何か妙に昔の事に思えるな。

 

 確か俺が華麗にISを乗りこなしてセシリアに完勝してカッコ良すぎたから告白されたんだっけ(記憶改竄)

 

「ソレを日本政府に提出して……ああ、もちろん事前にオルコットの許可は得たぞ。そして、その映像を資料に、政府の上層部が審議を重ねて重ねて重ねた結果」

 

 そんなに重ねたのか…(困惑)

 

「「「 結果? 」」」

 

「『主車くんはあまりに常軌を逸脱しすぎているのでトーナメント戦は参加を控えるように』との指令が下った」

 

「なっ…!?」

 

 やったぜ。

 何かボーデヴィッヒが声を上げて反応してるけど、気にしてはいけない。そして公開処刑日を先延ばししてくれた日本政府様には多大なる感謝を。足向けて寝れねぇなこれは。

 

 ただ欲を言えば、言葉はもう少し選んで欲しかったんだぜ。日頃から強キャラっぽい雰囲気を醸し出している旋焚玖さんが、政府の上層部とかいう明らかにお偉いさん的存在にそんな感じで説明されたらさ。

 

「はぇ~……主車くんはISでも常軌を逸脱しすぎているんだって~」

 

「とっても強いって事ですね分かります!」

 

「しゅごいね、ちょいす~!」

 

 やっぱりね♂

 

 そら真実(ISクソ雑魚)を知らん奴からすれば、そういう解釈になるわ。今の説明だとさ。ボーデヴィッヒもソッチの解釈で驚いてると思うんですけど(凡推理)

 

 でも余裕で真逆なんだよなぁ。常軌を逸脱しすぎている(IS置いてけぼり)なんだよなぁ。ふへへ。へぇぁぁぁん。

 

 だが待ってくれ。

 俺だって別に俺を全否定する気はない。

 

 政府のお偉いさん達が観たヤツは、まだ入学して間もない頃の試合映像である。確かアレだ、10日くらいしか経ってなかったんじゃないかジャマイカ?(激ウマギャグ)

 

 俺があの日のままだと思ったら大間違いである!

 忘れられがちだけど、俺は政府からちゃんと特例貰ってるんだからな。アリーナの使用時間外利用権というナイスな特権を! 

 

 そんなの貰っちまったら、毎晩利用させられるに決まってんだろ!(選択肢的な意味で)

 一日くらいのんびりさせてくれよぉ!

 

 しかし、まぁ何だ。

 皆がのんびり過ごしている夜に、俺はたけしとパーフェクトコミュニケーションを取りまくれているからな。

 

 一緒にアニメ観てマンガ読んでドラマ観て映画観て、俺がゲームしてるとこ観せてアホの【選択肢】による創作キャラによる俺フルボッコ化現象も観せまくりな日々をずっと過ごしてきたのよ?

 

 そんな俺がセシリアと試合した時の俺のままだと思うなよ思う事なかれ! 論より証拠だ、俺の特訓シーンを回想してやるぜ! とりあえず昨夜の特訓を思い出してやるずぇ!(孫策)

 

 

 

 

「私の方はISの準備できたぞ。旋焚玖はどうだ?」

 

「そんなに準備できる事がないからとっくに済んでるぞ」

 

「そ、そうか」

 

 刻はアリーナ使用時間外!

 

 かつてこの刻この場所には、俺とたけししか存在を許されない空間だった。しかし今では此処に、もう1人の参加者が居るのである! というか俺が誘った。千冬さんの許可も得て誘った。

 

 その人物はもちろん箒である。

 当たり前だよなぁ?

 

 IS学園の生徒で外部から狙われるとしたら誰か。

 パッと思いつくのは俺と一夏と箒の3人だろう。

 

 俺と一夏は言わずもがな、ISを起動した貴重すぎる唯一の男だからな。ぶっちゃけ俺達をモルモりたい奴らはクソほど居るだろう。箒は箒でIS開発者の妹だし。箒を餌にして、ISのデータを欲しがる奴らもクソほど居るだろう。

 

 そう考えたら俺達3人は、自己防衛的な意味で強くならんとイカンでしょ。千冬さんの存在が抑止力になるとはいえ、何かあってからでは遅いけんの!

 

 そういう意味では一夏は既に【白式】という武器を持ってるし、専用機があるから放課後も鍛錬し放題である。

 

 ちなみに一夏がセシリア達とISの鍛錬してる時、基本的に俺と箒は観客席で仲良く見学している。たまに布仏や相川も一緒である。

 まぁ俺達のグループで、俺と箒だけが専用機持ってないからねしょうがないね。訓練機とか全然貸出の番が回ってこないからねしょうがないね。1ヶ月に1回とか何だそれ(呆れ)

 

 アカンこれじゃ箒が死ぬぅ!(心配性な旋焚玖くん)

 

 といった内容を千冬さんと箒に話してみた結果、箒の参加が認められたのである! 当然だし、むしろ遅いわ。箒が夜のアリーナ(意味深)に出入りするようになったのってアレだぞ、謎のIS乱入事件の後からだからな。

 

 とりあえず当面の俺達の目標は、一夏達専用機持ちに追いつく事である、箒が。ISの性能の違いが、戦力の決定的差ではないという事を教えてやる、箒が。あ、僕は僕のペースでいくんで、はい。

 

「では……そろそろ始めるか?」

 

 【打鉄】を纏う箒の手には、既に近接用ブレード【葵】が顕現されている。というか箒はここんとこ、ずっと【打鉄】ばっか使ってんな。なんでぇ?

 

「箒は【ラファール・リヴァイヴ】は使わないのか?」

 

「ん…? ああ、私はやっぱり重火器よりも剣をブンブン振り回す方が性に合っているらしい」

 

「ブンブン丸」

 

「は?」

 

「気にするな」

 

 まぁ確かに箒は千冬さんと同じく生粋の剣客美人だからな。箒がガトリング構えてヒャッハーする姿よりかは、ブレードで華麗になぎ払う姿の方が俺もしっくりくる。

 

「さぁ来い、箒」

 

 悲しいかな、箒から仕掛けてもらわんと膠着状態だからね。かわりと言っちゃあ何だが、パーフェクトな防壁をお魅せしよう。

 

「……いくぞ!」(まずは真っ向勝負だ…!)

 

 上空から問答無用で振り下ろされるブレード!!の横っ腹を人差し指でピーンとな。

 

「むっ…!? ならば…!」

 

 一刀両断スタイルから一転して手数で勝負にきたか。さしずめ龍槌閃からの龍巣閃ってトコだな。気合い入れろよ、たけし!

 

≪ (・ε・メ) ≫

 

「はぁぁぁッ!!」

 

 斬!

 斬!

 斬!

 と

 斬!

 斬!

 斬!

 

「む…!」

 

 迫り来まくるブレードの乱撃!!の横っ腹を人差し指でピンピンピーンとな。

 狙ったところ寸分違わずピピピンピン。タイミングもまるで誤差無し。お前たけし中々スムーズに動くじゃねぇか!

 

≪ ( ̄ー+ ̄) ≫

 

「ぐぬっ…! 手数を増やしても、やはり逸らされてしまうのか…!」

 

 ふふん。

 軌道逸らしは対セシリア戦で完全にモノにしたし、そもそも俺が毎晩ナニモノ達と闘わされてると思ってんだよ。

 逃げて避けて防いで逸らして反らしてしねぇとソッコー俺のダウンで終わるからな、いやマジで。たまには子犬とか子猫を相手したいです(切実)

 

 しかし、そのおかげで俺の防御力は53万です(ドヤァ)

 俺に攻撃を当てたきゃ、頭ァ使って工夫しな!

 

「……ふむ」(悔しいが、今夜も正攻法では崩せないな。ならば一旦、いつものアレで締めよう)

 

「む…?」

 

 後方へちょいと下がる箒さん。

 そこから横にズレて、手を伸ばしても届かない距離を保ちつつ、俺の横を素通りする箒さん。

 

 アカン(予感)

 

≪ (°◇°;) ≫

 

「あ、おい待てい」

 

「待たん!」

 

≪ \(^o^)/ ≫

 

 オワタ。

 

「お゛っ…!?」

 

 背後からケツに豪快な飛び蹴りを喰らった僕は、あえなく前方へと倒れました。それはもうドテーン!と倒れ込んだね。

 たけし纏ってると、下半身は全く動いてくれないからねしょうがないね。

 

「大丈夫か、旋焚玖?」

 

「……ああ」

 

 いや大丈夫だけどさ。

 

「だが、せめて背中とかに攻撃しないか?」

 

「背中…というか腰から上だと避けるだろ」

 

 当たり前だよなぁ?

 セシリアと闘った時は、まだ両腕のみだったが、今では上半身丸々動けるとこまできているのだ。これを成長と言わずして何と言う?

 

「しかし、昨日も一昨日も3日4日前も……というか旋焚玖に誘ってもらえた日から、毎晩私達はこのやり取りしてるよな」

 

 コイツいつも俺のケツ蹴ってんな。

 

≪ (/ω\) ≫

 

 いや何で照れるんだよ。

 

「まだ腰から下は動けないか?」

 

「ああ」

 

「ううむ……だが、お前なら筋力だけで動かせたりするんじゃないか?」

 

「やろうと思えば」(王者の風格)

 

 しかしソレを行えない理由があるのだ。

 何て言えばいいか。

 たけしと意思疎通が出来るようになったから生まれた弊害だな、うん。

 

 まぁ実際やってみるか。

 たけしよ、いいな?

 

 

≪ ( ´_ゝ`) ≫

 

 

 分かりにくい反応だからスルーで。

 ではまず足に力を込めまして~。

 

 

≪ ( ´_ゝ`) ≫

 

 

 そぉら動くぞ動くぞ~……動いた!

 

 

≪ (>'A`)>ウワァァ!! ≫

 

 

ピタッ。(止)

 

 

≪ ( ´_ゝ`) ≫

 

スッ。(動)

 

 

≪ (>'A`)>ウワァァ!! ≫

 

 

「うわはははははは!」

 

「うわビックリした!? な、何だ急に!?」

 

「気にするな」

 

 いやでもこんなん笑うだろ。

 たけしの中で何がどうなったらそうなるんだよ。

 

 まぁでも無理に動かすのはイカンって事なんだろうな、たけし的に。それに俺は今の状態をそこまで悲観していないし。

 

 そもそも男がISを動かせるってのがありえんからな。

 

 んで、俺も初めてISに触れた日は指先しか動かなかったんだ。

 それが4月には両腕が動くようになった。

 6月には上半身が動くようになった。

 

 なら夏には下半身も動いてんだろ(適当)

 

 という訳で、俺はこのままのペースでいいの。

 今は俺より箒のレベルを上げる事に邁進するんだぜ。何か今月はトーナメント戦とかいうモンもあるらしいし。俺は何が何でも出ないつもり満々だが、箒は参加するつもりだって言ってたしな。

 

「話は変わるが、旋焚玖は武器も今のところは……」

 

「出せない」(キリッ)

 

≪ (-`д´- 。) ≫

 

 お前もキリッとするのか…(困惑)

 

 いや武器の出し方は分かるんだけどね。

 こう…ポチッとして…んで、ポチポチッとしたら……ほらほら立体的なヴィジョンで武器覧が出てきた。

 

 ここまではいけるんだよ。

 武器の名前もちゃんと表示はされてる。

 

・葵

・焔備

 

 うん。

 表示はされてるんだけど、文字の色が白くないんだよね。黒いんだよね。

 それでも負けじと押したら『名前は旋焚玖でも適性がEなので選択できません』って表示と共にブブー♪って音が鳴るんだよね。

 

 名前のくだりは要らないと思うんですけど(憤怒)

 

≪ (-ε-)ブブー♪ ≫

 

「………………」

 

スッ。(動)

 

 

≪ (>'A`)>ウワァァ!! ≫

 

 

 

 

 回想終わり。

 で、何でこんな回想したんだっけ?

 

 まぁええか(適当)

 

「お、お待ちください教官!」

 

 え、何が?

 






( ´_ゝ`)?


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第130話 vs.ラウラ


交流するには勝負から、というお話。



 

 

「お待ちください教官! 先ほどの言い方ですと主車旋焚玖の方が代表候補生より……いや、私よりも実力が上だと言っているように聞こえますが!」

 

「ああ、ずいぶん上だと思う」

 

 ダニィ!?

 コイツら開幕から何イミフなやり取りしてくれてんの!? 勝手にセル編オマージュしてんじゃねぇぞ!

 

「なっ……そんなバカな…いや、しかし教官が嘘などつく筈も無し。だが……うぐぐ…」(あの変な男が私よりも強いだと…? ドイツ軍最強のIS特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』でブイブイいわせていたこの私よりも強いだと…!? 私が唯一尊敬してやまない教官のお言葉でも俄かに信じられん…!)

 

 百面相ってる、はっきり分かんだね。

 それでこの後の展開も読めちゃうんだよね(げっそり)

 

「おい貴様!」

 

 やっぱりね♂

 

「貴様も私より上だと言うつもりか!?」

 

 そんな訳ないじゃん。

 コイツの顔面偏差値と今のやり取りを聞いた感じ、おそらくボーデヴィッヒは代表候補生に違いない。普通に専用機も持ってんだろ。

 

 そんな奴に敵う訳ないだろアホか! 俺なんてどうせケツ蹴られてペチペチやられるのがオチだわ! 

 

 ここは思いきって大胆に話題を転換するべし! 

 下手に誤魔化しにかかるのは、コイツ相手には悪手とみた。コイツは初対面なのに問答無用で一夏をビンタするくらい好戦的な奴だし。

 

 

【ああ、ずいぶん上だと思う】

【試してみるか…?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 【上】も嫌だけど【下】は論外だよぉ! 

 

 お前そんな事言ったら絶対試されちゃうって! ケツ蹴られちゃうって! 俺のケツを蹴っていいのは箒だけだ!(錯乱)

 

「ああ、ずいぶん上だと思う」(震え声)

 

「なに…!?」

 

 やべぇよやべぇよ。

 なんかもうバイオレンスな気配しかしねぇよ。俺のラブコメどこ行っちゃったの…? 

 

「やけに自信満々だが、貴様も専用機持ちなのか?」

 

 声を震わせて言ってるのに、どうして真逆に捉えるのか。コレガワカラナイ。

 しかし専用機か。たけしは俺が勝手に使い続けているだけで、別に俺だけのISって訳じゃないからなぁ。

 

 

【お前が専用機になるんだよ!】

【専用機など使うまでもないな】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「お前が専用機になるんだよ!」(やけっぱち)

 

「まるで意味が分からんぞ貴様ァッ!!」

 

 俺だって分からんぞ貴様ァッ!!

 

「フッ……そこまでにしておけ、お前ら。ではホームルームは以上だ」(私とクラリッサ以外には目もくれないラウラをここまで熱くさせるとはな。やはりラウラが纏う壁を壊せるのは旋焚玖しかいないな可愛い)

 

 何で少し嬉しそうなんですかね(困惑)

 しかもこのボーデヴィッヒプンスカ事件の発端は、あくまで日本政府の言葉だとしても、そこへ更にガソリン投入したのは、紛れもなく千冬さんなんだよなぁ。

 

 反省してくださいよホント!

 千冬さんじゃなかったら俺もプンスカしてますよ!

 

(後でコーラ奢ってやるから許せ)

(ナチュラルに心読んでテレパシってくるのやめてくれませんかね)

 

 

 

 

 一悶着はあったが、それでも時間は過ぎるモノよ。

 

 帰りのホームルームの終わりを告げる号令も済んで、千冬さんとやーまだ先生も教室から出て行って……おぉう、おもいっきり視線を感じる。

 

 ボーデヴィッヒが睨んできてるんですね分かります(げっそり)

 

 このまま教室に留まっていれば、確実にさっきの続き、第二ラウンドが催されるだろう。ぶっちゃけ俺としては、最終的に仲良くなれたらひゃっほいなだけで今は別にいいです。というか、どう考えても今は仲良くなれんでしょ。

 

 という訳で結論。

 絡まれる前にスタコラサッサだぜ!

 

 

【そんな目で見つめるなよ♠(ヒソカ)】

【興奮しちゃうじゃないか…♥(ヒソカ)】

【ズキュ~~ン(ヒソカ)】

 

 

 ヒソカはそんなこと言うけどそこまでは言ってない。【下】は多分効果音だと思うんですけど(名指摘)

 

 しかし【上】はキモいし【中】はもっとキモいし、消去法で結局【下】なんだよなぁ。何言ってんだろ俺ホント。

 

「ズキュ~~ン」

 

「はぁ? 貴様はちょこちょこ気色悪い事を言ってくるな」

 

 はぁん!?

 

 お前言っていい事と悪い事があるだろ!

 今のはそんなにキモくないわい! 

 

 なぁ乱!

 

「乱は今「キモいよ旋ちゃん!」……超はやいよねぇ」

 

 やっぱりキモいんじゃないか(納得)

 でも【上】2つより全然マシなんだ。俺しか分かんねぇけど。

 

 まぁいいや。

 とりあえず今見るべきは、想定とは違う方向に展開が進みつつあるこの状況だ。

 

 これはこれでアリだろ。

 少なくともバイオレンスな展開よりよっぽど良い。このまま『キモい俺はクールに去るぜ』とか言って、教室からフェードアウトするのが自然である!

 

 

【ボーデヴィッヒを校舎案内する(ケンカルート)】

【乱を校舎案内する(ママああああああああ!!)】

【ボーデヴィッヒと乱を校舎案内する(自然な流れ)】

【ボーデヴィッヒと乱を誰かもう1人連れて校舎案内する(欲張りセット)】

 

 

 あ、欲張りセットで。

 

「ボーデヴィッヒと乱を校舎案内しよう」

 

「は?」

 

「それは助かるね!」

 

 連れて行くのは……放課後だし、そんなモン1人しかいないだろ。

 

「箒も付き合ってくれ」

 

「ふぉっ…!? う、うむ! 私も付き合おう!」(おいおいおいおい! 最近の旋焚玖はどうしたんだ!? アリーナの件といい、グイグイくるじゃないか! こんなのもう私に惚れ直してるだろ間違いない! むぁーちがいない!)

 

 『ふぉっ』てお前、中々愉快な驚き方してんなお前な。

 拒否されなかったし、深く考えなくていいか。乱も乗り気だしボーデヴィッヒの反応は無視しつつイクゾー。

 

「参考までにッ!!」

 

 うわビックリした!?

 真後ろの席で急に叫ぶなよ! 俺に『ぴゃっ』られた事を根に持っての犯行か!

 

「どうして数在る中から箒さんをお選びになられたのか! 後学のためにお聞かせくださいまし!」

 

 えぇ……何でそんな気合い入ってんの?(困惑)

 理論派なセシリアは論理的思考から逃れられない体質なんか? まぁでも、俺が箒を選んだのも、普通に根拠あっての事だしいいか。

 

「俺が気軽に誘える奴は元々限られている。一夏に鈴にセシリアにシャルの兄弟に、そして箒だな。んで箒以外は専用機持ってるから放課後はアリーナで鍛錬だろ。今月はトーナメント戦があるし、鍛錬の時間を割いてまで誘ったらイカンだろ」

 

「ン~~~なるほど! それは素晴らしい根拠に基づいていますわね!」(これでモヤモヤした気持ちは無くなりましたし、本日の鍛錬も集中して行えそうますわね)

 

 豪快な納得っぷりだぁ(困惑)

 まぁ確かに筋が通ってた方がスッキリするもんな。

 

「……うむ」(うむぅ……私への隠し切れんばかりの好意で誘ってくれたのではないのか。だが私に憂い無し。かつて勝手にフッておいたくせに、誘いの過程にまでケチをつけるのは恋愛道において三流もいいとこだ。まずは結果を喜ぼうじゃないか! しかし専用機持ちでなくて良かった…! 姉さんに迷惑料としてゴネようとか思ってたけど、むしろ要らんな!)

 

 おぉ、何か箒が百面相ってんの久々に見るな。でもなんかニヤニヤしてるし、怒ってはなさそうだ。そんでもって、他に誰からも異議は無さそうだし今度こそイクゾー。

 

「よし、んじゃあ行くか」

 

「うむ!」

 

「あいよ!」

 

「いやちょっと待て」

 

 チッ、割と自然な流れを作れたと思ったんだが。

 それでも抗ってくるかボーデヴィッヒ…!

 

「どうして私も行く流れになっている?」

 

「イカンのか?」

 

「行かん!」

 

「いや今のイカンは行かんじゃなくてイカンの方でだな」

 

「意味不明な事を言うな!」

 

 怒られた。

 割とキツめに怒られたでござる。

 一夏だったら(´・ω・`)するとこだぞ、と。……ん?

 

「(´・ω・`)」

 

 しょんぼりしてたでござる。

 お前俺が怒られても割と(´・ω・`)するよなお前な。そんで(´・ω・`)しながら鈴たちと出て行ったでござる。鍛錬がんばれよ~ぃ。

 

「行く行かんはこの際いいとして、少なくとも乱とボーデヴィッヒはそれなりにコミュニケーションを取っておいた方がいいんじゃないかね」

 

「む……何故だ?」

 

「ふむ……ルームシェア、か?」

 

「正解」

 

「ふっ」

 

 ドヤ顔箒も美人である。

 同じ日に転校してきた訳だし、多分部屋割りもペアになっていると思うんだがどうだろう。

 

「ふんふむ。アタシは1030号室だってさ」

 

 乱が学生寮のキーを見て確認する。

 ほんとホテルみたいなキーしてんな。

 

「む……私も同じだな」

 

 やっぱりね♂

 旋焚玖さんの推理に外れ無し!(ドヤァ)

 

「ふむ。ならばまずは、2人の部屋のセッティングをするというのはどうだ? 私と旋焚玖も手伝おう」

 

「いい案だ、それでいこう」

 

「さんせーっ!」

 

 ナイスなアシストだぜ箒。

 よし、そうと決まればさっそくイクゾー。

 

「いや、ちょっと待て」

 

 チッ、これでもダメか。

 

「どうして私も行く流れになっている?」

 

「イカンのか?」

 

「行かん!」

 

「いや今のイカンは「その流れはもういい!」……イカンジャナクテイカンノホウデダナ!」(不屈)

 

「き、貴様…! もういいと言っただろ!」

 

「早口で言ったからセーフ」

 

「なんだと…!」

 

「まぁ今のはセーフだね」

 

「うむ。確かに今のはセーフだな」

 

 やったぜ。

 

「多数決により俺の勝ちだな」

 

「ぐっ……ふ、ふん。何が勝ちだ。貴様らと一緒だとアホが移る、私は行かせてもらうぞ」

 

 割と堪えてんじゃねぇか。

 やっぱボーデヴィッヒのメンタル力は△だな。

 

「何処へ行くと言うのかね?」

 

「貴様に教える義理はない」

 

「勝手に俺達で部屋イジっちまっていいのか? お前もこれから住むトコなんだぞ」

 

「勝手にしろ。私はベッドさえあれば良い」

 

「お前のベッドにウンコするぞ」

 

「なにぃ!?」

 

 フッ……他愛もない。

 口先で俺に勝つなんざ100年早いんだよ!

 

 多少下品ではあるが、狙いはボーデヴィッヒも連れて行く事なのでセーフ。

 

「旋ちゃんアウト!」

 

「!?」

 

「女の子には下品禁止! 完全にアウトだよ!」

 

「うむ。今のは確かにアウトだな。流石にウン……ンンッ、直接的な言葉は私も擁護しかねる」

 

「!?」

 

「フッ……ふははははは! どうした主車旋焚玖! 今度は貴様の負けのようだな、多数決的にッ!」

 

 なんだコイツ!?

 何でこんな急にテンション上がってんの!? 

 

 何かさっきも何処かでこんな感じのヤツなかったか?

 

「私の勝ちは決まったし、今度こそ私は行かせてもらう。大手を振ってな!」

 

 ぐぬぬ…!

 どうして俺が負けたから去って行くみたいな感じになってるんですか! ボーデヴィッヒが背中に圧倒的勝者感を出してるのも納得いかん。

 

「まぁ待て、ボーデヴィッヒ」

 

「何だ、敗者の戯言は見苦しいぞ」

 

「イーブンだ」

 

「む…?」

 

「最初は俺の勝ちで次がお前の勝ち。ならまだ引き分けだぞ」

 

「む……むむぅ、確かに一理あるな」

 

 一理あるのか。

 理詰めで攻めれば結構納得してくれるよなコイツ。

 

「もう一回勝負しろ。それに勝てば去るがいい。負けたら大人しく俺達と交流しろ」

 

 ここで乱だけでなく、さり気に『俺達』と言い換えるところに巧みを感じますね(自画自賛)

 

「……いいだろう。貴様とは一度闘り合わねばと思っていたところだ…!」(本当に私より強いのか確かめる良い機会だ。教官のあの口ぶりからして、おそらくISだけでなく身体的にもコイツは一目置かれている筈…!)

 

 好戦的に隻眼をギラつかせたボーデヴィッヒは、懐からサバイバルナイフを取り出し――。

 

「はいアウト」

 

「超絶アウトー!」

 

「急にナニを出してるんだお前は。普通にアウトだアウト」

 

「な、なにぃ!?」(というかこの女は誰なんだ!? なんか今聞いたら負けな気がするから聞かんがな!)

 

 いや当たり前だろ。

 なに普通にナイフ出してんの? 

 

 この流れでガチな勝負に行く訳ないだろマジで。普通にビビるわ。街の不良ですら最初は素手だったぞ。

 

「圧倒的多数決により最終試合も俺の勝ちだな」

 

「ま、待て! あんな急に雰囲気を変えて『勝負しろ』なんて言われたら、誰だって手合わせ的な意味合いだと思うだろ! いや、少なくとも軍人ならそう捉える筈だ!」

 

 軍人って怖い。

 やっぱり一般人とはドコかズレてんだね。

 

「教室は学ぶトコであって暴れるトコじゃないからな。そんな事してたらお前千冬さんに怒られるぞ」

 

「むっ…! それはシャレにならんな!」

 

 一夏をドツいた時点でシャレになってねぇけどな。そういや結局その理由もまだ聞けてねぇよ。

 

 こうなったらもう絶対コイツも連れて行く。んで、色々と聞かにゃイカンでしょ! 箒とも乱とも交流できるし一石二鳥だな! 

 

「だろ? だからもう一回勝負したいなら……そうだな、もうジャンケンでいいだろ。ほれ、じゃ~んけ~ん……」

 

 有無を言わさず始めちまうのがコツである。特にジャンケンってモンは音頭を取られりゃ――。

 

「むっ…!」(考える時間はない…! とりあえずコレだ!)

 

「ほい」

 

 それ、声高に勝者の名を叫びな!

 

「旋ちゃんの勝ち~!」

 

「なっ…!? う、うぐぐ…」

 

「フッ……旋焚玖は武術やってるからな」(私も一回すらコイツには勝てんからな。詳しく言ってしまえばイカサマだと騒がれるだろうし、ここはソレだけに留めておこう)

 

 おっ、そうだな。

 パーを視てからのチョキ出し余裕でした。常人じゃジャンケンで俺には勝てんよ(ドヤァ)

 

「何が武術だ。ジャンケンに武術は関係ないだろうに」(しかしコイツが何らかの武を嗜んでいる事は今の発言で分かった。今はそれだけでも良しとしておくか。何事もまずは下調べが肝要だとクラリッサも言っていたし、コイツを打ち負かすのはコイツを理解してからの方が良さそうだ)

 

 転校初日にしてボーデヴィッヒも百面相の仲間入りか。理不尽にキレたりしないかな?

 

「負けは負けだ。ここはお前らに付いて行くとしよう」

 

 やったぜ。

 ボーデヴィッヒを誘うだけで、どうしてこんなに時間が掛かるのか分からんけど、それを気にしたらお終いなんだぜ。きっと回数を重ねれば、だんだん短くなっていくさ。

 

 という訳で。

 今度の今度こそイクゾー。

 

 






女子の部屋に入る旋ちゃんマジリア充(*´ω`*)


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第131話 vs.ラウラ②

非はどっち?、というお話。



 

「思ったより早く済んだな」

 

 ある意味、引っ越してきてからの部屋の片づけだからな。それが2人分となると結構な時間を割くと思ってたんだが、そんな事はなかった。

 乱はそれなりに色々と持って来ていたが、ボーデヴィッヒがほぼ荷物無しだったのも大きい。1人分の荷物を4人で整理してたら、そら早く終わるわ。

 

 しかし俺や箒はともかく、ボーデヴィッヒが乱の分まで整理を手伝いだしたのは少し驚いたな。俺達に付いて来ただけで『我関せず』を貫くと思ってたから、そういう意味では良い誤算だった。

 

「ふぃ~…っと。コレはアタシ1人じゃキツかったなぁ。あんがとね、旋ちゃん、箒さん。それにボーデヴィッヒさんもね」

 

「気にするな」

 

「うむ」

 

「フン。勘違いするなよ凰乱音。私はただ手持ち無沙汰だっただけだ」

 

 ベジータみたいな事言ってんなコイツ。

 これは後のツンデレキャラですね間違いない。

 

 しかしこれでようやく本題に入れる。

 アレだよアレ。一夏とコイツの謎深い因縁についてだよ。交流も大事だが、ちゃんと殴った理由は聞いておかんとイカンよ。

 

 

【の前に箒に自己紹介させておく】

【そんなモンいらんから話せよオイ!】

 

 

 む。

 これは久々の良質的選択肢ですね。

 

 俺は今日一日ひたすらボーデヴィッヒに絡んでたから良いが、箒とボーデヴィッヒは多分コレが初絡みだろう。となれば、ボーデヴィッヒからすれば『誰だこの女』状態になったままである。

 

「箒、簡単に自己紹介くらいしておいた方がいいんじゃないか?」

 

「む……それもそうだな」

 

 部屋も片付いて落ち着いたし、頃合いと言えば頃合いだろう。むしろこれを機としてそれなりに会話を弾ませつつ、そのままの流れで一夏の事も話してもらうのがベストである!

 

「篠ノ之箒だ。旋焚玖と一夏とは……まぁ幼馴染な関係だ。今のところ、幼馴染な関係だ」(旋焚玖をチラリ)

 

 へぁ?

 ナズェミテルンディス!!

 

 それに幼馴染は不変なモンだと思うんですけど(凡凡凡&凡推理)

 

「とりあえずよろしく頼む」 

 

 シンプルかつ要点も押さえている。

 後半はよく分からんけど、キャッチボールしやすいナイスな自己紹介だったぜ! 相手がボーデヴィッヒじゃなかったら、だけど。

 

 どうせコイツの事だ。

 俺や一夏が自己紹介した時みたいに『興味ないね』で済まされる未来が見えるぜ。

 

「篠ノ之……」

 

 お?

 

「もしや篠ノ之博士の肉親か?」

 

 おお、名前だけでコイツが興味を示したのって、今日初めてなんじゃないか? 千冬さん以外は興味ないと思ってたから、この反応はちょいとビックリだな。

 

「……ああ。私はあの人の妹だ」

 

 む…?

 逆には箒は微妙な表情になったぞ。

 

 ああ、そうか。

 確か前にポロッと零してたな。『IS開発者の妹と分かった途端、周りは私を篠ノ之箒として見てくれなくなった』と。

 

 まぁ想像するに難くはない。

 篠ノ之束の妹、IS開発者の妹。

 

 IS的な意味で美味い蜜を啜りたいが為に、箒と仲良くなろうとする不届き者は1組には居なくても、他のクラスやら他の学年には余裕で居るだろう。

 

 男の俺からすれば、そんなクソ下らん理由でお近づきになろうとするとは、全くもって嘆かわしい事である。女の価値はISじゃねぇ。

 

 顔だ(本音)

 

「ほう……だが勘違いするなよ」

 

「む?」

 

「ISを世に出した篠ノ之博士は流石の私も尊敬せざるを得ないが、だからといって貴様に私が尻尾を振ると思ったら大間違いだぞ」

 

「ボーデヴィッヒ……お前、いい奴だな」

 

 これには箒さんもニッコリである。

 

「む……そ、そうか?」(えっ、そうなのか? 私は別にコイツを喜ばせるような事は言ってないと思うんだが……むぅ?)

 

「お前はそこらの凡愚とは明らかに違う。俺も今はっきり確信した」

 

「見直した! アタシ見直したよ! アンタそんなに悪い奴じゃないじゃん!」

 

「ふ、ふん……何だ急に。そんなおだてても何も出んぞ」

 

 頬が赤くなってるんだよなぁ。

 コイツもしや褒められ慣れしてねぇな?

 

 ボーデヴィッヒが色眼鏡で人を見ないってのは分かった。だからこそ、そんなコイツが一夏を殴った理由を聞きたい。

 

「此処には俺達4人しかいない。今朝聞きそびれた話を聞かせてくれ」

 

「む……今朝?」

 

「ケサランパサラン」

 

「は?」

 

「気にするな」

 

「いや気にするだろ」

 

「ほう……旋焚玖の『気にするな』に抗ってみせるか」

 

「むむ……中々やるね」

 

 何言ってだコイツら(ン抜き言葉)

 

 だが確かに、場を流す効果を持つスペル『気にするな』を防がれたのは久しぶりな気がする。そして俺は思ったね。

 

 何でもかんでも思い付きを口に出してはいけない。

 しかし旋焚玖さんの口先は、隙を見せぬ二段構えよ。

 

「明日にでも山田先生に聞くといい」

 

 困った時のやーまだ先生!

 あの人この前ぬ~べ~知ってるって言ってたしイケるだろ。

 

「む……分かった。しかしドンドン山田教諭に聞くリストが増えていくな」

 

「知識も増えるし休み時間の暇も潰せるし一石二鳥だろ」

 

「それもそうか」

 

 よし、横道終わり!

 本題に戻ろう!

 

 

【ケサランパサランって知ってる?】

【毛羽毛現って知ってる?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

「――という感じで、コイツは幸運をもたらす妖とか言われてるな。他に毛羽毛現とかてんさらぱさらんとかって呼び方もある」

 

 何でもかんでも思い付きを口に出してはいけない。

 ボーデヴィッヒにしてはいけない(戒め)

 

「ふむぅ……妖の類か。中々に興味深い話だったが、『今朝』とはまるで関係なかったな」

 

「中々に興味深い話だったからセーフ」

 

「む……まぁ確かに知識は増えたしセーフにしておいてやろう」

 

「いやすまんな……ぁれ?」

 

 いやちょっと待て。

 何でコイツが上で俺が下の立場みたいになってんの? 

 

 とか思ったけど、下手に口に出したら、まぁた横道街道爆進するからね。ここは大人の対応でスルーさ。そして今度こそ本題を振るぜ!

 

「ボーデヴィッヒが一夏を殴った理由が知りたい人~!」

 

「む?」

 

 こういう明らかにシリアスっぽい話題の時こそ、あえてノリノリな感じで切り出す方が良かったりするのさ、経験上な。

 

「はーい!」

 

 元気モリモリに乱が挙手。

 

「まぁ当然だな。真意を聞かずして仲良くはなれん」

 

 クール極まれりに箒も挙手。

 俺は既に挙手済み。

 

「という訳で、はいっ!」

 

 そして勢いを付けた振りで完成だ。

 ほら、思わず話したくなる勢いだろ?

 

「う、うむ。では話してやろう」

 

 やったぜ。

 やっぱ俺って話術マスターだわ。

 このままドゥンドゥン話しちゃってくれYO!!

 

「どこまで話していたか…」

 

「千冬さんがモンド何とかの大会を棄権したってトコまでだな」

 

「ああ、そうだ。教官の決勝戦を棄権した理由は、世間的には公表されてないが、実は……」

 

 実は?

 

「決勝戦のその日、織斑一夏が謎の組織に誘拐されたのだ!」

 

 へぁ!?

 一夏が誘拐!? 俺が理不尽すぎる登山ってた時に、アイツはアイツでそんなピンチを迎えてたのか!?

 

 

【嘘だゾ絶対嘘だゾ】

【な…なんだってー!?】

 

 

 いやいや待て待て。

 絶対そういう感じで反応していい話題じゃないだろ!?

 

 ま、まぁ過去の事だし、一夏も無事でいるし、ここで無理にシリアスリアクションする必要はないっていう【選択肢】の考えなのかもしれない。

 

 

「な…なんだってー!?」(乱をチラリ)

 

「!! な…なんだってー!?」(箒をチラリ)

 

 俺も見る。

 

「!?…………な、なんだってー」(小声)

 

 カワイイ!(ブロリー)

 

「(何か思っていた反応と違くないか? 私の気のせいかな)そ、そしてだな! それを知った教官は決勝戦には出ず、織斑一夏を助けに行ったのだ!」

 

「「な…なんだってー!?」」

 

 そして乱と共に箒を見る。

 

「!?」

 

 当たり前だよなぁ?

 お前だけ言ってないからねしょうがないね。

 

「…………な、なんだってー」(小声)

 

 カワイイ!(ブロリー)

 

「いやちょっと待て。何かお前らの反応おかしくないか? いや驚いてるのは驚いているんだが、もっとこう…えっと、何と言えばいいか……何かもっとこう…あるだろ!?」

 

「すまん」(ペコリ)

 

「ごめんなさい」(ペコリ)

 

「(私はコイツら2人に言わされたんだが……ここは空気を読んで謝っておこう)すまなかった」(ペコリ)

 

「ま、まぁ分かってくれたらいい」(むぅ……釈然としないものはあるが、頭まで下げられてはこちらも強くは言えんな)

 

 謝り慣れしてる俺に隙は無し(ドヤァ)

 そんで気になる事もある。

 

「千冬さんが棄権した理由は分かった。でも一夏が誘拐されたって、どうして千冬さんは知れたんだ?」

 

「そこはアレだよ旋ちゃん。きっと織斑先生に犯人から脅迫の電話か何かがあったんだよ!」

 

「……ふむ。つまりこんな感じか? 『一夏を無事に返して欲しくば、決勝戦は辞退しろ』というところか?」

 

 ふむふむ。

 乱と箒の推理は確かに筋が通ってるな。

 

 だがそうなると、また疑問が出てくる。

 千冬さんは助けに行ったんだろ? 

 犯人がわざわざ脅迫電話で場所まで教えたのか? あ、でも場所を教えられたら、千冬さんなら100パー助けに行くわな。って事は、犯人の目的は千冬さんの決勝戦出場阻止だったんかな。

 

「推理しているところ悪いが、教官が誘拐の件を知ったのはドイツ軍のおかげだぞ」

 

 どゆこと?

 

「ドイツ軍の関係者が事件発生時に独自の情報網から、織斑一夏の監禁場所に関する情報を入手していたのだ。その情報を教官に報せ、そして教官は助けに行った。というのが事の顛末だな」

 

 はぇ~、ドイツ軍ってしゅごい。

 あ、分かった。だからそのお礼として、千冬さんはドイツ軍に教官しに行ってたんだな。そんでそこでボーデヴィッヒと千冬さんが出会ったとみた! 

 

 色々と分かったが、まだ肝心の一夏を殴った理由は出てきてないな。

 

「とりあえず、決勝戦の話は分かった。で、そこから一夏を殴った理由に繋がっていくのか?」

 

「分からんか? 奴が居なければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ただろう事は容易に想像できる。だから私は奴を、奴の存在を認めない」

 

 え、なにその理論は(困惑)

 痛いファンみたいな心理してんなお前な。

 

 乱と箒は……ああ、一緒だ。

 『うわぁ…』みたいな顔してる。俺もそーなの。

 

「悪いのは一夏を誘拐した犯人だと思うんですけど」(名指摘)

 

「何をバカな事を。簡単に誘拐などされる愚行を犯した織斑一夏が悪いに決まっているだろう」

 

「いやいや、もしかしたら大勢に囲まれたかもしれんだろ?」

 

「だから何だ? 私なら蹴散らす」

 

 イラッ。

 

 ああ、なるほど。ソレがお前の軸になってる訳だな。自分なら出来るから出来なかった一夏が憎いと。単純に言ったらそういう事だろう。

 

 

【試してみる】

【試さない】

 

 

 もちろん【上】だよね。

 

「乱、箒」

 

 ボーデヴィッヒの言動に微妙な顔したお前らなら、それだけで俺が何をしようとしてるか理解るだろ?

 

(むしろ当然な流れだよねっ!)

(あそこまで言い切ったんだ。私も遠慮はしない)

 

 よし。

 きっかけは俺が作ってやる。

 

「あ」

 

 意味深に呟き、ボーデヴィッヒの背後を指差してみる。

 

「む…何だ?」

 

 かかったなアホが!

 簡単に後ろ振り返ってんじゃねぇよ!

 

「凰乱音、いっきまーす!」

 

「むぉっ!? な、なにを「私も混ぜてもらう」のわぁっ!?」

 

 乱がボーデヴィッヒの腰から下にタックルをカマし、体勢が崩れたところへ箒も更に参戦。結果、余裕で倒れるボーデヴィッヒ。

 

「抵抗しても無駄だよ~!」

 

「大人しくしろ」

 

「な、何だお前ら!? いきなり訳の分からん事を…! だがお前ら二人なんかに負ける訳ないだろ!」

 

 上は箒、下は乱が押さえている。

 なら俺は開いてる腰に乗ってやるか。

 

「何だお前!?」

 

「マウントポジションの使い手」

 

「はぁ!? ちょ、どけ! どけ貴様!」

 

 おーおー、下でピーピーもがきよるわ。

 だがこうなったらもう終いだ。

 

「三人に勝てるわけないだろ!」

 

「馬鹿野郎お前私は勝つぞお前!」

 

 3人掛かりで完全に組み伏せられてんのに無理に決まってんだろ。実際、ボーデヴィッヒは俺達の拘束から逃れられずにいるしな。

 

 つまり、だ。

 ボーデヴィッヒの言葉に則った上で、一夏に非が無い事が証明できたって訳だ。

 

「さっきの言葉取り消せ。お前、3人相手に蹴散らせてねぇだろが」

 

「ぐっ……それが狙いか…! だが、それなら…!」

 

 む…?

 脱出方法なんてないだろうに。

 

「出てこい…ッ!」

 

「「 あ゛ 」」

 

「あ、おい待てい」

 

「待たん! 【シュヴァルツェア・レーゲン】――ッ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 ボーデヴィッヒさんがISを顕現させて、拘束から解き放たれました。

 

「フッ……どうだ?」

 

 いやいやちょっと待て。

 

「IS出すのはズルくないですか?」

 

 ドン引きすぎて思わず敬語になるわ。

 生身相手に何やってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「出さないとは言ってなかったからセーフだ」(ドヤァ)

 

 む…!

 言動の隙を突いてきたか。

 

 お前中々いい機転させてんじゃねぇか…!

 

 だがまだだ、まだ終わらんよ!

 一夏に非がない事を俺が証明してやるんだ!

 





これは熱い友情(*´ω`*)


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第132話 ラウラの疑問


千冬の言葉、というお話。



 

 

「教官はどうしてそこまで強いのですか?」

 

 これは……私…?

 

「どうすれば強くなれますか?」

 

「……ふむ」

 

 私と教官が話している……夢、なのか?

 しかもこの会話は私の記憶にある光景だ。

 

 しかし何故今このようなモノを見ている? 私は先程まで、主車旋焚玖たちに織斑一夏の不甲斐なさを行動で証明していた筈だ。

 

 それがどうして夢を見る事態に陥っているのか。……いや、深くは考えまい。夢であれ幻であれ、教官との思い出を回想できるのだ。どうしてそれを拒む必要がある、いや無い。

 

 教官と過ごした刻は、私にとって何よりも尊いモノだからな。ふむ……尊い、か。

 クラリッサ曰く日本では『尊い』と書きつつも、場合によっては『てぇてぇ』と表現する事があるらしい(ラウラ流豆知識)

 

 この場合は『尊い』なのか『てぇてぇ』なのか?

 区別の仕方がイマイチ分からん私には難問だ。

 

 

『私にとってラウラ隊長は、いつ何時であろうと〈てぇてぇ〉存在でありますッ!』

 

 

 とか以前クラリッサに言われたが……ううむ、やはりよく分からん。シュヴァルツェ・ハーゼ隊において、私が部隊トップの座から転落した時も、アイツだけは変わらず私に接してくれた。

 我が隊でも導入されたISに上手く適応する事が出来ず、周りから出来損ないの烙印を押された私が、教官と出会うまで自壊を踏み止まれていたのは、クラリッサの存在がなければ危うかったかもしれん。

 

 今夜あたり改めて感謝の言葉を伝えようかな。理解不能な反応するからあまり言いたくはないのだが。

 

「私には弟がいる」

 

 っとと。

 思考に耽るのはここまでだ。 

 

「弟……ですか」

 

 覚えている。

 今でも鮮明に。

 

 この時の教官は、いつもと雰囲気が違ったんだ。

 

「姉は弟を守るべき存在だ。そして守るためには力がいる。ならば強くなるしかないだろう?」

 

「守るために強く……よく分かりません」

 

 弟のいない私には、教官の言葉を上手く呑み込めなかった。

 

 弟がいれば強くなれる…? 

 だとすれば、この世の姉はみな教官と同じ強さという事になってしまうじゃないか。そんなバカな、いくら教官のお言葉でも納得しかねる。

 

 その思いは今も変わっていない。

 

 そして私は、弟の事を話す教官の表情に、優しい笑みを浮かべる教官を見て心がチクリとしたのを覚えている。

 

「フッ……モチベーションは人それぞれだ。それに、強くなりたい理由も一つとは限らんだろう?」

 

「教官は他にも理由があるのですか?」

 

「当然だ」

 

「で、では教えてください!」

 

 我ながら必死だったと思う。

 教官の存在こそ、強さこそ、私の目標であり、私の存在理由なのだから。教官の居る高みへ近づけるのなら、知りたいと躍起になるのは当然だ。

 

「私には将来を約束した男がいる。ソイツの隣に胸を張って立ちたいから強くなるのさ」

 

「しょ、将来を約束した!?」(それはつまり……結婚!? パーフェクトな教官に釣り合う男がいるだと…!? そんなバカな! そんなヴァカなッ!!)

 

 結婚がどういうモノなのか、その時既に私は知っていた。

 

 以前やたらと『結婚したのか、俺以外のヤツと…』とクラリッサが口ずさんでいた時期があったんだ。あまりにも言ってるからつい『何を言っているのだお前は』と聞いてしまい、……まぁアレやコレや説明されたが、結婚の意味以外は分からんままだったな。

 

「ああ。約束した……っぽい男がいる」

 

「ぽい!? え、ど、どっちですか!?」

 

「約束した……ような、してないような」

 

「ような!?」

 

 この時も私は大いに驚かされた。

 私の知る限り教官が言葉をあやふやにしたのは、この時が初めてなのだから。というか、ここらへんからもう何もかもがおかしかった。

 

「仮に約束してない奴らが100億人いるとしよう」

 

「は……はぁ…?」

 

「その中に私を放り込めば、たちまち私が一番していると思われがちだな」

 

「思われがち!?」(何が!? 誰に!?)

 

「まぁ約束したか否かと聞かれたら、正直してないんだが」

 

「してないのですね!」(やっと明確な言葉が来た!)

 

「まぁでも、してるに近いけどな」

 

「してるに近い!?」

 

 結局どっちなのか最後まで教官は教えてくれなかったな。

 だが約束してる、してないの話よりも重大な事があった。決して聞き逃す事のできない言葉があった。

 

 

『ソイツの隣に胸を張って立ちたいから強くなる』

 

 

 その言い方はおかしい。

 それではまるで……。

 

「その男は強いのですか?」

 

「ああ、アイツは私の100億倍強いぞ」

 

「強すぎィ!!」

 

 そんなフザけた人間が、この世にいてたまるか! ソイツは何者だ、宇宙人か!?

 

 今でもこの言葉だけは信じていない。

 倍率なんかどうでもいい。そもそも世界最強の教官より強い奴など存在しないって話だ。しかし教官がその男に、ただならぬ感情を抱いているのは確かだった。

 

「そ、その男の名前は…?」

 

「本人の承諾無しに明かす訳なかろうが」

 

「うっ……そ、そうですか」

 

「そうだぞ。だからお前が聞いても私は答えられんのだ。アイツにもプライバシーがあるからな。だから聞くなよ、いいな? 絶対に聞いてはいけないんだからな?」

 

「は、はぁ……」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「聞かんかァッ!!」

 

「えぇっ!? は、はい! えっと、その男の名前は何というのですか!」

 

「それは教えられんな」

 

「(´・ω●`)?」

 

「フッ……ここで教えずとも、そう遠くない未来、お前の耳にも入ってくるだろう。アイツの器は日本程度じゃ狭すぎるからな。いずれ世界中にアイツの名が知れ渡る……私はそんな予感がしてならんよ」

 

 誇らしげに。

 もうとてつもなく誇らしげに微笑むアナタの姿があった。

 

 違う…!

 違う違う違う…!

 

 アナタは誰よりも強く、凛々しく、堂々しているのがアナタなのに! 

 

「……やっぱり早口で言ってやろうか?」

 

「(´・ω●`)?」

 

「名前は無理でも、部屋の間取りとかなら教えるぞ?」

 

「(´・ω●`)?」

 

 こんな変な感じになってしまうアナタは、私が憧れるアナタじゃない! というかもう完全に別人レベルじゃないか!

 

 許せない。

 織斑一夏への憎しみが霞んでしまう程、私はその男が許せない。教官をこんな意味不明な感じにさせる存在を許してなるものか。

 

 そうだ。

 私はこの時に誓ったのだ。

 

 織斑一夏を排除した後。

 その男も見つけ出し潰してやる、と。

 

 しかしその男の名前は結局、最後の最後まで教えてくれそうで、やっぱり教えてくれなかったからな。まずはもう一度、教官に聞かねばなるまい。

 

 

 

 

「……うっ……あ…れ……?」

 

 わ、私はいったい、何を…?

 

「起きたか」

 

 篠ノ之箒…?

 

「あーっ、やっと起きたよ~」

 

 コイツは凰乱音…?

 というか私は何故ベッドで寝ているのだ?

 

「いや、割と早い方だと思うぞ。で、気分はどうだ、ボーデヴィッヒ?」

 

「主車、旋焚玖…………ハッ…!?」

 

 コイツの顔を見た瞬間、記憶が蘇ってきた。

 私が意識を無くす前の記憶が…!

 

「貴様…ッ! いったい私に何をした!?」

 

「不意討ち」

 

「は?」

 

「不意討ち」

 

 






『結果』だけだ!!
この小説には『結果』だけが残る!!(キング・クリムゾン)


と見せかけて次回『軌跡』から(*´ω`*)


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第133話 まどろみの向こう側


不意討ちんちん、というお話。



 

 

場面はいったんラウラが気を失う前に戻る。

生身な美女2人と生身なフツメン1人に対し、ISを顕現させてドヤ顔しているラウラの発言からリスタート。

 

 

「ほら見ろ。たとえ大勢に囲まれたとしても私なら問題ない」

 

 だから自分は一夏を批難しても良いって理論だな。

 まぁ自分が出来ない事を棚に上げて、他人を批難する奴らよりかは好感が持てる。

 

 この件においては好感もクソもないけどな。どう考えても誘拐した奴が悪くて、被害者の一夏は悪くないだろ常識的に考えて。

 

 そして俺はそれをコイツに証明してやるのだ! 

 というか、しなきゃイカンでしょ。このままだとコイツ、明日も一夏にプリプリしていくだろうし。

 

 しかし、どうやってボーデヴィッヒを納得させるか。

 

 

【一夏は当時IS持ってなかったと指摘する】

【違うシチュエーションを例示する】

 

 

 む……これは中々に中々な【選択肢】だな。

 

 たいていの奴が相手なら【上】からの論理的説得で納得してくれるんだろうが。あいにくコイツは『たいていの奴』じゃないからなぁ。千冬さん絡みとはいえ、躊躇いもなくIS展開するような奴だし。おお、こわいこわい。

 

 という訳で【下】なんだけど。

 そうだな、誘拐されるシチュエーションなんて、そう多くはない。自然と手段は限られてくる。大勢に囲まれた以外だとすれば……あ、閃いた!

 

「まぁまぁお待ちくださいな、ボーデヴィッヒさん」

 

「な、なんだ急に、気持ち悪いな」

 

 おま、そういう事言うなよ!

 というか今日だけでお前何回俺を気持ち悪がってんだコラァッ!! 鋼なメンタルの旋焚玖さんでも、さすがにそろそろ傷つくぞゴルァッ!!

 

「お前が数的不利でも上手く立ち回れるのは分かった。けど、もし大勢に囲まれたんじゃなかったら?」

 

「む……? では、どうやって誘拐されたと言うのだ」

 

「そうだな……一夏も気付かないウチに、とか? アレだよアレ、不意をつかれちまったんだよ、きっと」

 

 道行く綺麗なちょうちょ眺めてたら、後ろから口を塞がれて拉致された系。あると思います! そんでもってボーデヴィッヒの返答も読めますねぇ! 

 

 分かってんか、オイ。

 半歩前に出りゃ手の届く距離だぞ。

 

 即落ち2コマ披露したけりゃ、大いにバカにしな!

 

「フッ……ふはははは! それこそ笑止! 不意討ちなど私なら絶対にゃぁん」

 

「「 にゃぁん? 」」

 

 箒と乱の疑問に答える事はなく、ぽってり前へと倒れ込むボーデヴィッヒ。を上手く抱えてベッドにぽいっ。

 

「これで良し。テキトーに時間が経てば目ェ覚ますだろ」

 

「せ、旋ちゃん!? もしかして今、ボーデヴィッヒさんに何かしたの!?」

 

「不意討ち。見えなかったか?」

 

「膳膳」(サントリー)

 

「ブフッ……お前乱中々面白いじゃねぇか!」

 

「えへへ! 旋ちゃんの真似だよっ!」

 

 

日本と中国。

離れていても毎日メールな関係をエンジョイしまくりマクリスティーだった旋焚玖と乱は、既にツーカーな仲と言っても過言ではなかった。

 

そんな2人のやり取りを、じかに見ていた箒の心中はというと。

 

 

(……だ、ダメだ。何が面白いのか、全く分からん…! 乱は『全然』としか言ってないじゃないか! そして『真似』って何だ、『全然』くらいみんな言うだろ! それに2人のその何とも言えん距離感は何なんだ! 私とも一夏ともまた違う気がするぞ! 私の乙女スカウターに乱は反応してないが、それでも旋焚玖を取られたみたいでなんかヤダ! わ、私も会話に参加するっ!)

 

「旋焚玖は武術やってるからな!」

 

 うわビックリした!?

 

「うわビックリした!? ほ、箒さん、急に大きな声出してどうしたの?」

 

「いや……ンンッ、それでだ。ボーデヴィッヒが急に倒れたのは、旋焚玖が何かしら仕掛けたからなんだな?」

 

「ああ」

 

 と言っても別に難しい事はしていない。

 

「皮一枚の打拳をアゴに掠らせただけだ」

 

 実体験的に痛くはない。

 しかし効くんだコレが。

 刃牙さんに何度コレやられて脳を揺らされた事か。

 

 喰らったモンとしては、結構な恐怖映像が待ってんだぜ。自分はしっかり立ってる筈なのに、地面が起き上がって迫りくるんだぜ? しかも刃牙さんその後す~ぐ顔踏んでくるんだもん。

 

「いやいや旋ちゃん、おかしくない? ボーデヴィッヒさんはIS展開してたよね?」

 

「フッ……旋焚玖は武術やってるからな」

 

 お、そうだな。

 

「アタシ達はともかく、ボーデヴィッヒさんが見えないとかありえないっしょ?」

 

「(心なしか乱にスルーされた気がする。こ、このままだとまた私だけ置いてけぼりになるのでは…!? しかし私を今までの私だと思うなよ! 恋に恋焦がれ恋に笑うと誓った私の恋愛道は後退のネジを外してあるのだ!)せ、旋焚玖は武術やって「箒さんは黙ってて!」……うむ」(うわ乱つよい)

 

 強い(確信)

 あの箒を黙らせるとか、中々出来る事じゃない。

 

 というか初めて見た気がする。……しゅごい(唖然)

 

「ISにはハイパーセンサーが付いてるんだよ? それに絶対防御もあるし」

 

「一夏の名誉が懸かってんのに、んなモン関係あるかよ」

 

 

一夏の名誉が懸かっているので、旋焚玖にそんなモン関係なかった!

 

 

「おぉ~……友情パワーってヤツだね!」(会うのが久々すぎて忘れてたけど、旋ちゃんに常識を当てはめちゃダメだったよ~)

 

「2000万パワーズ」

 

「へ?」

 

「気にするな」

 

 

【気持ちがいいのでもう1回言う】

【3回だよ3回】

 

 

 え、何を?

 2000万パワーズを?

 

 いや別にそれくらい繰り返すのはいいけど、そしたら何やかんやで『2000万パワーズ』の説明までしなくちゃいけない流れになるんじゃないのか? 

 

 まぁボーデヴィッヒが起きるまでの暇潰しと考えりゃいいか。俺もこのネタを語るのは嫌いじゃないし。ロングホーントレイン! 

 

 でも【1回】で十分っす。

 

 

「一夏の名誉が懸かってんのに、んなモン関係あるかよ」

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 そっちならそっちってちゃんと言ってくれよぉ! タイミング的に2000万パワーズだって思うだろぉ!

 

「旋ちゃんってば、言いたがり屋さ~ん!」

 

「ふふっ、2度も言わなくてもお前が友達想いな事は知ってるさ」

 

 や、やめて!

 生温かい目で見ないで!

 

 くそっ、こういうのが一番俺は苦手なんだよ!

 何か話題、話題転換するのだ!

 

 あ、そうだ。

 

「ちなみにハイパーセンサーって、そんな凄いモノなんか?」

 

「へ? それは旋ちゃんもIS乗った時に実感してるっしょ?」

 

「膳膳」(サントリー)

 

「にゃははははは!」

 

「うわははははは!」

 

 って笑い事じゃねぇんだよ!

 つい膳膳っちまった俺も悪いけど!

 

「(どうして2人が笑っているのか、さっぱり分からん! しかし、さすがにここで『武術やってるからな』発言で割り込むのは意味不明すぎるし。かと言って聞いたら負けな気がするし。とりあえず、いつもアレを呟いておこう)……うむ」

 

 うむったなコイツ!

 ならばお前に聞こう。

 

「ちなみに箒的にハイパーセンサーってどんな感じなんだ?」

 

「む……そうだな。全身がこう…シュピーンってなる感じだな」

 

「アッハイ」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「あーっと、ちなみに乱的には?」

 

「ん~、アタシはどっちかって言うとキュピーンって感じになるなぁ」

 

「アッハイ」

 

 ダメだコイツら2人とも擬音派だった!

 全身がシュピーンキュピーン言われてピンと来る訳ねぇだろ!

 

 

【ボーデヴィッヒに聞いてみる】

【お前ら擬音派は本当にアホだなぁ】

 

 

 無駄な事させんなよぉ!(予告)

 

「ちなみにボーデヴィッヒ的にはどうなんだ?」

 

「…………………」

 

「ボーデヴィッヒはまだ気を失ってるぞ」

 

 やっぱり無駄な事だったじゃないか(憤怒)

 

「えっとだな、全身がどうなるんだ? 出来れば擬音は無しで頼む」

 

「な…………マジか?」

 

 え、なにその反応は(困惑)

 

「旋ちゃんも中々に厳しい要求してくるじゃん…!」

 

 厳しい要求なのか(困惑)

 

 いや普通に言ってくれたらいいだけじゃん!

 もしかしてお前ら擬音の奴隷か何かか?

 

 

【確かに軽く頼んで良い件ではない。誠意を見せた頼み方が必要だ】

【お前ら擬音派は本当にアホだなぁ、そうだよアホだよ】

 

 

 いやいや軽く頼んで良い件だってコレ!

 別に無茶振りしてる訳じゃないだろ!?

 

「……頼む、このとーり!」

 

 まぁ【上】選ぶんだけどね。

 慣れ親しんだ土下座スタイル。

 今更恥じるこたぁーないね。

 

「むっ…!」

 

「むむっ…!」

 

 お、これは好感触。

 んじゃ、さっさと教えてくれ、普通に。

 

「乱! 旋焚玖が理解出来る言葉を一緒に考えるぞ!」

 

「ぅぃ!」

 

 何で俺が異端児みたいな感じになってるんですかね(憤怒)

 

 しかし内容はどうあれ、俺のためにマジな顔して2人は話し合いを始めてんだ。それを止めさせるのは普通に野暮ってなモンだ。なんてったって、俺のためにしてくれてるんだからな! そら怒りも彼方に吹っ飛びますわ。

 

(えっと…こうでこういう風に…)

(ここはこういう感じに言えばいいかも…?)

 

 何かゴニョゴニョ言ってる。

 これは期待していいのか?

 

 

 

 

「待たせたな、旋焚玖!」

 

 

【おっそぉ~~~い! ぷんぷんっ!】

【俺も今来たところだ】

 

 

 待ち合わせてねぇよアホかお前!

 使う状況が違うんだよこのヤロウ!

 

「……俺も今来たところだ」

 

 いつもの戯言なんで適当にスルーして、どうぞ。

 

「おやおやぁ? それは遠回しにデートがしたいって言ってるのかにゃ?」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「!!!!!!!」(マ・ジ・か!! そうなのか旋焚玖!?)

 

「……ふむ」

 

 いやまぁ、そりゃしたいに決まってるけど。

 

 違う、そうじゃない。

 乱さん、乱さん。今はもうメールでのやり取りじゃないのよ? リアルな現場なんだし、斬新な返答は控えてほしいかなぁって。

 

 急にそんな爆弾投げられたって僕困っちゃう、反応に。箒もすっごい困っ…てはないけど、何かすげー驚いてたな。

 

 何だよお前そんなに俺とデートしたいのかぁ?(ポジティブ)

 

「で、ハイパーセンサーの説明はどうなんだ?」

 

 まぁそんなん言える訳ないんだけどね。

 言えたら童貞やってねぇわ。そもそもフラれた相手に言ったらイカンでしょ、気持ち悪がられるわ。だから俺は悪くねぇ!!……箒から誘ってくれねぇかなぁ(THE・童貞)

 

「う、うむ。それはコレを見てくれ」

 

 何か本を渡されたでござる。

 見知った本だなぁ、毎日見てるぞコレ……ってISの教科書やないかい!

 

「ここだよここ! この部分にちゃんと載ってるから、目を通したまへ!」

 

 こ、コイツら説明を放棄しやがった…!

 箒なだけに(激ウマギャグ)

 

 さっきのゴニョゴニョはいったい何だったんだよ。まぁ見るけど。

 

「……クリアーな感覚が視界を中心に広がって全身に行き渡ります、か」

 

 ああ、そういや最初らへんの授業でやーまだ先生が言ってたっけ。

 

「とりあえず感覚が鋭くなるって訳か」

 

「ISを展開した瞬間、神経が剥き出しになった感覚になるな。ものすごく自分が研ぎ澄まされていくのが分かるんだ」

 

 そんなにかぁ(悟空)

 

「アタシなんか1km先の針が落ちた音も聞き取るよ!」

 

 お、青木か? カエルパンチ!

 

「で、旋焚玖もそういう感覚になっている筈なのだが」

 

「……ああ、言われてみたら」

 

 ないんだな、それが(栃木)

 

 やっぱ適性Eってクソだわ。

 ぜったい原因コレだろ。

 

 まぁでも俺くらいの男になると、IS関係なく常に研ぎ澄まされてるからな! ハイパーセンサーなんかいらねぇんだよ!(王者の強がり)

 

 うん、なんか虚しくなってきたからこの話もやめだな。

 ハイサイ!! やめやめ。

 

 ボーデヴィッヒが目を覚ますの、まぁだ時間掛かりそうですかねぇ?

 

「待ってる間、なにかする? トランプならあるよ~」

 

 お、いいな。

 ババ抜きでもしようずぇ!

 

 

【ラウラのために子守歌を熱唱する】

【婉曲表現を駆使したババ抜きを提案する】

 

 

 普通にババ抜きさせてよぉ!

 

 お前子守歌熱唱してる奴見た事あんのかよ! ロックンロールにビート刻んだ子守歌とか斬新すぎるんだよこのヤロウ!

 

 えっと、とにかく遠回しに言えばいいだろ。暗にババ抜きを仄めかすとか意味分かんねぇよチクショウ!

 

「……そうだな。2枚あるジョーカーを1枚抜くと見せかけて実は抜かずに別のカードを1枚抜くと見せかけてやっぱりジョーカーを1枚だけ抜いて始まるトランプゲームをしようか」

 

 自分で言っててクソ面倒くせぇよ!

 遠回しに伝える意味ないだろぉ!

 

「ふむ……それはつまり、ただのババ抜きだな?」

 

「お、そうだな」

 

「旋ちゃんって言葉遊び好きだよねぃ」

 

「お、そうだな」

 

 僕が好きなんじゃないです(全ギレ)

 

「……うっ……あ…れ……?」

 

 あ、ボーデヴィッヒのお目覚めだ。

 まぁ何やかんやで時間潰しにはなったな。

 

「起きたか」

 

「あーっ、やっと起きたよ~」

 

 箒と乱がボーデヴィッヒの居るベッドまで寄って行く。

 俺もイクゾー。

 

「いや、割と早い方だと思うぞ。で、気分はどうだ、ボーデヴィッヒ?」

 

「主車、旋焚玖…………ハッ…!?」

 

 お、自分の身に何が起きたか理解したっぽい?

 

「貴様…ッ! いったい私に何をした!?」

 

「不意討ち」

 

 こういう時はな、一言だけで済ました方が貫禄が増すんだぜ。

 

「は?」

 

 

【不意討ちんちん】

【不意討ち】

 

 

 さらっと小学生みたいな事言わせようとすんのヤメろアホ!

 

「不意討ち」

 

 





そして前回のラストに繋がる訳ですねぇ(*´ω`*)


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第134話 ラウラの謝罪


謝罪は謝罪、というお話。



 

 

「不意討ち……この私が…?」(あ、ありえん…! 眼帯を外してなかったとはいえ、それでもハイパーセンサーは繋がっていた! なのにどうして…!?)

 

 あらやだ、身体がプルプルプルコギってらっしゃる。

 さぁどういう反応を見せるかな。『嘘だッッ』と喚くか、素直に現実を受け入れるか。器の見せどころだぞ、ボーデヴィッヒ。

 

「……私はいったい何を喰らったのだ」

 

 ええやん。

 そういう反応大好きよ。

 

「ちなみに、どこまで覚えているかね?」

 

「私の前に立っていた貴様が水、いや泥のように崩れ溶けたと思ったら気を失っていた」

 

「……へぇ」

 

 脱力による身体の落下を捉えられていたか。

 ハイパーセンサーってしゅごい(認識)

 

「まぁ、種明かしする気はないけどな」

 

 当たり前だよなぁ?

 

「むっ!? 何故だ、ちゃんと教えろ!」

 

「敗者がアレもコレも与えられると思うなよ。ましてや俺はお前の師匠でも何でもないんだからな」

 

 友好的に接してくるならともかく、今の関係じゃあ教える気にならんわ。俺の器の狭さをナメんじゃねぇぞ。

 

「ぐ…ぐぬぬ……確かに一理ある」(何よりこの男は教官が言ってた通り、本当に只者ではなかった…! 現に気絶させられたのだ、認めざるを得ないだろう。ただのフザけたキチガイだと思っていたが、もしやそれもわざと装っているのか…? 他者を油断させるために…!)

 

 ううむ。

 意外と物分かりは良いんだよなコイツ。

 だからこそ一夏への確執を取り除いておきたい。それさえ無くなれば、きっとみんなとも仲良くなれると思うんだ。そしてゆくゆくは俺の彼女になるのだ、HAHAHA!

 

「話を誘拐の件に戻すぞ。仮に一夏が当時、大勢に囲まれてたならお前はアイツを否定する権利がある」

 

「私なら上手く立ち回れるからな!」(この男はIS技術も相当なモノを持っていると見た。身体能力も申し分ない。……フッ、教官に再びドイツでの指導を請う目的でやって来たが、思わぬ逸材に出会ったものだ)

 

 お、そうだな。

 

「だが、もし一夏が不意討ちを喰らって誘拐されてたなら、お前はアイツを非難できない。理由は分かるな?」

 

「む……確かに私は不意討ちに対応できなかったからな」(とりあえず織斑一夏と教官が惚れた男をポコポコにして、その後落ち着いてからこの男を我が隊にスカウトする方向でいこう)

 

 いぐざくとりぃ。

 この理論でいくと、アイツを否定していいのは俺だけだな!(ドヤァ)

 

「じゃあ確かめに行くか、本人に」

 

「む……いいだろう」

 

 大勢だろうが不意討ちだろうが、予測はあくまで予測。実際はどうだったのか、手っ取り早く本人に聞くのが一番だろう。

 

「不意討ちだったら、とりあえず一夏に侘び入れろ」

 

「いいだろう。だが、大勢だったらお前が私に謝れ」

 

 

【やだよ】

【本当に申し訳ない】

 

 

 どうしてここに【了承】が入ってないのか、コレガワカラナイ。

 かといって【下】は選んだらイカンでしょ。【下】を選ぶは不安の現れ、ここは強気の【上】である!

 

「やだよ」

 

「なに…?」

 

「それくらい自信があるって事だ」

 

「む……そういうものか」

 

「そういうもんさ」

 

 なぁんか……態度が気持ち柔らかくなってないか?

 気のせいかな。

 

 まぁいいや。確か今日はセシリア達と第3アリーナで訓練してるんだっけか。んじゃさっそくイクゾー。

 

「旋焚玖、私と乱はどうすればいい?」

 

 一緒に来ればいいじゃん。

 

 

【あ? お前ら2人で行ってこいよ】

【箒と乱も来てくれないと俺は死ぬ】

 

 

 極端な【選択肢】やめてよぉ!

 こんなの『嫌な奴』か『痛い奴』じゃないか!

 

 そして俺は嫌われたくないでござる。嫌われるくらいなキモがられる方がマシなんだ(涙目)

 

「箒と乱も来てくれないと俺は死ぬ」(震え声)

 

「「!!!!」」

 

 オラ引けよ。

 別に今更キモがられてもヘコまねぇし、だって俺ツエーもん。

 

「バカ旋ちゃん!!」

 

 うぇいっ!?

 

「簡単に命を賭けたりしたらダメでしょ! そんな事言ってたらアテムって呼んじゃうよ!?」

 

 俺はスターチップひとつと…命を賭けるぜ!!(闇遊戯)

 

「で、でも文庫版では修正されたから」

 

「そこまでコアなのは知らないよ!」

 

 やーまだ先生なら知ってた(信頼)

 まだまだ甘いな、乱よ。

 

 しかしまさか怒られるとは思わなんだ。

 やっぱりママは別格なんすねぇ(再認識)

 

「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃないか乱」(えびす顔)

 

「うわ箒さん、すっごい笑顔じゃん!」

 

 なんでぇ?

 箒も箒で最近は俺の予測を超えた反応してくるんだよなぁ。

 

「まぁまぁまぁまぁ、いいじゃないか乱」(言い方は確かに少々アレだが、旋焚玖のソレは今に始まった事ではない。重要なのは本質を見逃さない事なのだ。先ほどの発言、裏を返せば旋焚玖はそれほど私達と居たいという事に他ならん。ならば私は大いに喜ばせてもらおう!)

 

 2回言いましたよ箒さん。

 何を思ってんのか、笑顔すぎて逆に読めねぇわ。まぁでも笑顔って事は、きっとマイナスにはなってない筈なんだ。ならば良し!

 

 痛い発言をしたにもかかわらず気分は上々。ヘーイディージェー。

 このまま一夏の元までイクゾー。

 

 

 

 

 第3アリーナまでやって来たゾー。

 

「ここに織斑一夏は居るのだな?」

 

「ああ」

 

 トーナメント戦に向けてセシリア達と頑張っている頃だろう。

 

「よし」

 

 そう呟いたボーデヴィッヒは、おもむろにISを展開して……いや待て待て。

 

「ボーデヴィッヒさんボーデヴィッヒさん」

 

「な、何だ急に、気持ち悪いな」

 

 ノルマ達成(プラス思考)

 

「俺達は何しに此処まで来たんだ?」

 

「織斑一夏に真偽を確かめるためだろう」

 

 分かってんじゃねぇか。

 俺達は話を聞きに来たんだ。

 

「それでどうしてISを展開させる必要があるんですか」(名指摘)

 

「む……むぅ…」(私とした事が気持ちを逸らせてしまっていたようだな)

 

 大人しく仕舞ってくれたか。

 

 話を聞く時は聞く。

 闘る時は闘る。

 

 忘れるな、分別を(石舟斎)

 

 という訳で一夏達の元までやって来たのだ。

 

「おい」

 

「……なんだよ」

 

「貴様が誘拐された時の状況を教えろ」

 

「イヤだ。理由がねぇよ」

 

 まぁ一夏からしたら、あんまりベラベラ話したがる内容じゃないしなぁ。だがここはグッと堪えて明かしてくれると助かるんだぜ。

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

「俺にもある」

 

「旋焚玖がそこまで言うなら仕方ないな!」

 

 俺はそこまで言ってねぇよ。

 お前の判定相変わらずガバガバじゃねぇか(呆れ)

 

「あの日俺は道行く綺麗なちょうちょを眺めてたら、後ろから口を塞がれて拉致されたんだ」

 

「はぁ?」

 

「つまり一夏は不意討ちを喰らった訳だな?」

 

「ああ。正直、あっという間すぎて何もできなかったよ」

 

 それもしゃーない。

 日頃から誘拐され慣れてないと、動揺してパニックになるのは当然だ。それはそれとして『不意討ち』論が証明されたんだ、ボーデヴィッヒは潔く謝罪しな!

 

「俺の予想が正しかったな。ほら、ボーデヴィッヒ」

 

「いやいや待て待て、ちょっと待て! 何だそのアホすぎる理由は! 何がちょうちょだバカか貴様! そんなモノに気を取られて不意討ちされただと!? そのせいで教官は大会二連覇を逃したんだぞ! 偉業な! 大会! 二連覇をぉ!」

 

「(´・ω・`)」

 

 怒涛な勢いで詰め寄ってんなぁ。

 しかし俺に焦りはぬぁい。こういう時のために、さっきわざわざ実演してみせたんだろがい。きっかけがちょうちょだろうが何だろうが、キモはそこじゃない。 

 

「気を取られてなくても不意討ち受けた挙句に気を失ったお前が、なぁに一夏にキレてんだ?」

 

「うぐっ」

 

 おう?

 どうなんだコラ。

 

 反論があるなら言ってみ。

 

「そ、そうだったな。つい熱くなってしまった」(悔しいがこの男の言う通り、私に織斑一夏の不意討ち事情をとやかく言う権利はなかったのだ…!)

 

 思い出したか。

 

 千冬さんを尊敬しまくってるだろうし、熱くなってキレたくなるのは分かるが……まぁアレだな、お前の不運はその対象が一夏だったってとこか。

 赤の他人なら、いくら理不尽にキレられてようが俺も気にしないが、それが一夏だってんなら見過ごす訳にはイカンでしょ。

 

「で、この場合どうするんだった?」

 

「わ、分かっている。織斑一夏、今朝は叩いて悪かったな」

 

「へ?」

 

「貴様が誘拐されて教官が決勝戦に出られなかったのは不服だが、それが奇襲を受けた結果であるならば、私にお前を咎める資格はない」

 

「お、おう…?」(謝ってくれてんだよな…? それにしては何か限定的というか条件付きというか……んん?)

 

 いまいちピンときてねぇな。

 まぁボーデヴィッヒも含みある言い方だし当然だわ。

 

 ここは提案した俺がフォローせなイカンでしょ!

 

「まぁ何だ。謝罪は謝罪だ。細けェ事は気にしないで、とりあえず受け取ってりゃいいんじゃないか?」

 

 ここは過程よりも結果を重視する場面だぜ!

 

「旋焚玖……そうだな」

 

「そうだよ」(便乗)

 

「でも何でまた急にボーデヴィッヒさんは謝ってくれたんだ?」

 

「……ふむ」

 

 それは俺の口からは言いたくないでござる。だって自分で説明するより、他の人から言ってもらった方が、聞いてる奴らの評価上がりそうじゃない?(小者)

 

「「 それについては私(アタシ)が 」」

 

「「 む? 」」

 

 ハモってんなぁ。

 しかし自ら名乗り上げてくれた事に感謝するぜ箒、乱。2人とも変に誇張はしないだろうし、どっちでもいいから言っちゃってくれYO!!

 

 

【乱、頼む(乱の好感度Up・箒の好感度Down)】

【箒、頼む(箒の好感度Up・乱の好感度Down)】

【ボーデヴィッヒ、頼む(一夏以外の好感度軒並みDown)】

【説明は俺に任せろー】

 

 

 バリバリー(憤怒)

 四択に見せかけて実質一択なのホントやめてくれませんかね。

 

「説明は俺に任せろー」(棒読み)

 

 

 

 

「――という訳で、今に至る」

 

 出来れば第三者な乱か箒に熱弁を振るってもらいたかったが、中々そう上手くはイカンものよな。アホの【選択肢】のせいで。

 

 簡略化に次ぐ簡略化、そしてひたすら淡々と説明してやったぜ。自分の功績を具体的に話す男とか普通にキツいだろ。

 だがそのおかげで、俺のしゅごいシーンもとてもあっさり風味な説明さ。これは俺のしゅごさも分かってもらえませんわ(がっがり)

 

「う……うぅ…」

 

 ん?

 

「ウオオオオッ!」

 

 瞬時加速!?

 お前そのまま抱きついてくる気か!?

 

 アホかお前ここを何処だと思ってんだ!

 感謝なら言葉だけで十分じゃい!

 

「旋焚玖ぅぅぅぅ――ッ!!」

 

 だが俺なら…ッ!!

 まだ避けれるぜぇぇぇぇッ!

 

 

【真っ向から右ストレートでブッ飛ばす】

【直立不動を貫く】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「俺のためにありがとよ旋焚玖ぅッ!!」

 

「気にするなぁッ!! そして抱きつくなぁッ!!」

 

 ふざけんなヤメろバカ!

 

 部屋でも教室でもねぇんだぞコラァッ!! 不特定多数に女子率99.9%なアリーナでナニしてくれてんだコラァッ!!

 

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 ああ^~ 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 どっから湧いてきやがったコラァッ!!

 






オチたので区切ります(*´ω`*)



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第135話 整列


前回のおさらい。
旋焚玖のしゅごさに一夏感極まって抱き着く。
以上。

旋焚玖「いやーもう十分だ。十分堪能したよ」(満身創痍)

一夏「いえいえまだですよ、これからですよ」

旋焚玖「くそぉ…」


 

 

旋焚玖が無抵抗なのをいい事に、抱擁を繰り返す一夏(語弊)

そんな光景を視界に収めつつ、恋する乙女達は密談っていた。毎度お馴染み箒・セシリア・鈴の3人トリオである。

 

 

「ねぇ……アンタ達、旋焚玖に抱きついた事ある?」

 

「あるわけないだろ」

 

「わたくしもありませんわ。まぁ上に乗られた事はありますけど」(セシリアのプチ自慢)

 

「む……まぁアタシは結構長い時間お姫様抱っこされた事あるけどね」(鈴の対抗プチ自慢)

 

「フッ……私は旋焚玖とキッスしたけどな」(満を持して箒の対抗誇張自慢)

 

「はああああああ!?」

 

「嘘ですわ! 絶対嘘ですわ!」

 

「あはははは!ってアホか! なにアンタ一夏の真似する箒の真似してんのよ!?」

 

「まぁ正確には間接キッスだがな。それでもキッスには変わりあるまい?」

 

「そうですわね。確かにそれはキッスですわ」

 

「というかキッスって言うのヤメない? 何かむず痒いんだけど」

 

「ふふふ。まぁ何にせよ、だ。今のところ一夏と千冬さんを除いたら、全人類で私が最も旋焚玖と良い感じな関係であると自負している。最近は一緒に居る事も多いしな!」

 

これは事実である。

入学して以来、何故かいまいち存在感が薄れていた箒だが、ここにきて怒涛の巻き返しに成功したのである。これには箒もニッコリどころかガッツポーズだった。

 

「ちょっと待った~!」

 

ちょっと待ったコールだ!

乙女式日中英同盟密談にまさかの第三者の刺客…!?

 

「今のって兄弟の話だよね? なら僕を忘れてもらっちゃ困るな」

 

「む……シャルロット…?」

 

「な、なによ。あたし達はただ旋焚玖が好きなスキモノ同士で話してるだけで」

 

「誤魔化しているように見せかけて、実は全く誤魔化せてないですわよ鈴さん」

 

「だーからだよっ♪ 僕も旋焚玖が好きだから問題ないでしょ?」

 

シャルロットも旋焚玖が好きなので問題なかった!

 

「はぁぁぁぁッ!?」

 

「うそだゾ絶対うそだゾ!」

 

「あはははは!って本家コラァッ!! 笑わすなツってんでしょうがア箒コラァッ!!」

 

「まぁまぁ鈴さんも落ち着きましょう。そして冗談はおよしなさいな、シャルロットさん。貴女のような可憐な美少女にフツメンの旋焚玖さんは釣り合いませんわよ?」

 

「そ、そうだぞシャルロット! せっかくの美女っぷりが泣くぞ!?」

 

「そうよそうよ! 普男美女とかアンバランスだと思わない!?」

 

「みんなブーメランって知ってる? まぁいいけど。兄弟は顔とかじゃないの。まぁあえて言うなら兄弟の顔は全然全くこれっぽっちもタイプじゃないんだけどね」

 

あえて言うならシャルロットは旋焚玖の顔は全然全くこれっぽっちもタイプではなかった!

 

「でもあんな事されたら、いくら兄弟がフツメンでも惚れちゃうでしょ?」(※ 全体的にシャルロット編を参照)

 

「「「 むむむ 」」」

 

「それにね、僕が男装スパイだってバレたあの夜、織斑先生が旋焚玖にね、『たった一人のために、多くを敵に回すつもりか』って聞いたの。じゃあね、じゃあね、旋焚玖は『それでシャルが助かるなら安いモンだろう』って即答してくれたんだ。むりむり、こんなの絶対惚れるって。一瞬、旋焚玖がイケメンに見えたもん」

 

「ふぅん……まぁ、世界一の動体視力の持ち主が見逃す程の一瞬だろうけどね」

 

「「「「 HAHAHAHA! 」」」」

 

 

(えぇ……なにこの会話)

 

この時たまたま近くに居て、全部聞いていた清香はツっこもうかと思ったが、何やら嫌な予感がしたので沈黙を貫く事に。そして目の前の4人が共鳴させている謎感覚がホントに謎なので、そのうち清香は考えるのをやめた。

 

 

 

 

 チカレタ。

 やっと解放されたでござる。

 

 そして切り替えていく。

 

 抱擁とかどうでもいいのさ。

 ここでの焦点は、ボーデヴィッヒと一夏の間にあった禍根が一応でも無くなったという点にある。

 

 ならばあとは仲良くなるだけである!

 馴れ合いおおいに結構! いまどき孤高とか流行らねぇよなぁ? 華の高校生らしくベタベタに馴れ合って互いを高め合っていこうずぇ!

 

「謝罪も済んだし、織斑一夏……私と戦え!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 え、もう戦う理由なくないですか?

 

 もしかしてアレですか?

 単純に手合わせがしたい的なアレですか? 

 そこに何ら敵意とかは無く?

 

 それだったら俺も別に止める必要はない。

 戦った後はガッチリ握手で締めるとか青春やん?

 

「イヤだ。理由がねぇよ」

 

 まぁ一夏は好戦的なタイプじゃないからなぁ。挑発されても普通に受け流せる奴だし。一夏的に言えば、納得のいく理由があって初めて引き受けるって感じだろう。

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

 

【俺にもある】

【俺にはない】

 

 

 少なくとも俺にはないんだよなぁ。

 というか俺の意見は今は関係ないと思うんですけど(名指摘)

 

「俺にはない」

 

「旋焚玖がそこまで言うならやっぱり戦えないな!」

 

 俺はそこまで言ってねぇよ。

 お前の判定やっぱりガバガバじゃねぇか(呆れ)

 

「とりあえず理由を話してみたらどうだ、ボーデヴィッヒ。急に戦えとか言われて了承する奴なんざ中々居ないぞ。ここは学校だしな」

 

「む……いいだろう、ならば話してやる。私はずっと強く、凛々しく、堂々としている教官に憧れているのだ」

 

 まぁた千冬さん絡みか。

 そして何やら嫌な予感がする。

 コイツ変な事言いそう(予感)

 

「しかし教官が貴様の事を話す時は、一転して雰囲気が変わるのだ! 何やら優しい表情になるのだ!」

 

 やっぱりシスコンなんですねぇ(ほっこり)

 まぁガキの頃から付き合いのある俺からしたら、そんなモン今更すぎる話だけどな。んで、それを聞いた一夏はというと。

 

「何だ一夏嬉しそうじゃねぇかよ~」

 

「いや~そんなこと」(てれりこてれりこ)

 

 頬がにやけてる、はっきり分かんだね。

 まぁ姉弟なんだ、仲良くてナンボだろ。しかし、それがボーデヴィッヒの戦いたい理由に繋がるとは思えんが……うむむ?

 

「そんなの私が憧れる教官ではない! 断じてぬぁい! だから私は貴様を許せん! 教官にそんな表情をさせる存在など! そんな風に教官を変えてしまう弟など! 私は認めるわけにはいかんのだ!」

 

「(´・ω・`)?」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 やっぱり変な事だったじゃないか(予感的中)

 

 そりゃあ一夏も(´・ω・`)に?マークが付加されるわ。まぁでも、その感情はきっとアレだろ。

 

「つまりボーデヴィッヒは一夏に嫉妬してるんだな?」

 

 私はそんな風に思われた事ないのにぃ!的な感じで

 

「え、そうなのか?」

 

 そうだよ(便乗)

 回りくどい言い方なんで分かりにくいが、実のところ本音は『一夏だけズルいぞ!』的な感じでプンスカしてんじゃね?

 

「ち、違う! 私にそんな感情は持ち合わせていない! 私は教官にパーフェクトな存在であってほしいがために一夏を潰さねばならんのだ!」

 

 えぇ~、本当でござるかぁ?

 

 人間誰しも嫉妬する生き物だろ。

 別にそれは恥ずかしい事じゃない。むしろ『嫉妬』が原因で一夏を叩きのめしたいって言われた方がまだ納得するわ。不純かどうかはさておき、理由も成立してるしな。

 

「まぁとりあえず理由は分かった。で、一夏どうする?」

 

「う~ん……旋焚玖の言う通り、ボーデヴィッヒさんの気持ちは分かったけど、俺も今は特訓中だしなぁ」

 

 どうやら一夏は乗り気じゃないらしい。まぁお互い専用機持ちだし、手合わせならいつでも出来る身だしな。今すぐしなきゃいけないって事もないだろう。

 何だったら今月のトーナメント戦で勝負するって方が、ドラマチックでいいんじゃないか?

 

「えぇい、勝手に納得するな! こうなったら戦わざるを得ないようにしてやる!」

 

 げげ。

 プンスカなボーデヴィッヒさん、我慢できずにISまで展開しだしましたよ。やっぱ(戦うの)好きなんすねぇ(げっそり)

 

 

【ラウラより先に一夏をシバき倒す】

【一夏の前に立ち塞がる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 フザけんなお前!

 こんなモンお前どっち選んでも矛先は俺に向くじゃねぇか! でも【上】はみんなに『はぁ?』って思われる事間違いなしだし、【下】しかないんだよぉ! 

 お前これで俺が撃たれて死んだら絶対生き返るからな! 分かってんのかこのウンコ女神!

 

 そして時は動き出す(震え声)

 

「「「「「 超スピード!? 」」」」」

 

「せ、旋焚玖! 危ねぇって!」

 

 分かってるわアホ!

 お前ボーデヴィッヒ撃つなよ絶対撃つなよ!?

 

「主車旋焚玖……どういうつもりだ」

 

「焦んなよ。別に今すぐ闘る必要はないだろう?」

 

 分かってんな?

 分かってるよな?

 

 僕は今生身ですッ!!

 

 こんな状態で撃たれたら死んじゃいます! いくら戦闘キチなボーデヴィッヒさんでも、流石にそこの分別は心得てますよね心得て候!

 

「甘いな、主車旋焚玖。私は長年この時を待っていたのだ。織斑一夏を叩き潰し、教官を取り戻すチャンスを前に、みすみす逃す私ではない」

 

「まぁまぁ落ち着きませうやボーデヴィッヒさん」

 

「な、なんだ急に、気持ち悪いな」

 

 ノルマ達成!

 

「しかし織斑一夏の前にお前と手合わせするのも悪くはないな」

 

「何言ってだお前」(思わず声に出たン抜き言葉)

 

「は?」

 

「気にするな」

 

「フッ……それは生身で私を圧倒したが故の呟きか」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 いやマジで。

 

「お前の身体能力は確かに目を見張るモノがある。だが私の部隊はISを使用する特殊部隊だからな」(ISでの技量はどれ程のモノか。遅かれ早かれ計ろうと思っていたし丁度いい)

 

 いや『だから』の意味が分かんねぇよ。

 だから何だって言うんですか!

 

「織斑一夏の前に立ち塞がるのならそれでいい! さぁ主車旋焚玖、お前もISを出すがいい。日本政府直々に『棄権せよ』と命じられるお前の事だ。もはや専用機を持っていない事などあるまい?」

 

 ないんだな、それが(栃木)

 

「(´・ω・`)」

 

 お前がしょんぼりするのか(困惑)

 まぁ一夏は俺が専用機を与えられんどころか、普通にウンコ適性なの知ってるしなぁ。というかこのメンツで知らんのボーデヴィッヒだけやんけ。

 

 みんなで俺を庇ってもいいのよ?(期待)

 

 

【自分のヘボさを説明する。大粒の涙を流しながら。あと鼻水と耳水も】

【強がる事が漢の矜持。静かに微笑んでみせる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 普通に説明させてよぉ!

 泣きながら説明とか果てしなくみっともないだろぉ! 自分の境遇に不満たらたらボーイじゃねぇかアホか! なぁぁにが耳水だつん子かお前!(なんかのさなぎ)

 

 俺は【下】を選ぶぞオイ! 

 だからみんなで俺を庇っていいのよ庇ってくださいオナシャス!(懇願)

 

「フッ……さて、な」(震え声)

 

「ほう……興味深い返答だ。しかし、ここで私がお前に向けてレールカノンをブッ放せばどうなるかな?」(とはいえ流石の私も生身に撃つなどせんがな。どうしたものか……)

 

 え、なにその物騒な兵器名は(恐怖)

 そんなの喰らったら死んじゃうと思うんですけど(凡推理)

 

「まさか本当に撃つ気じゃないだろうね? 仮にそうなら僕も黙ってらんないなぁ」

 

 しゃ、シャルの兄弟…!

 

 一夏の前に立ち塞がる俺の前に兄弟が立ち塞がってくれた! 

 兄弟最高や! 

 ホモ疑惑なんて最初からいらんかったんや! 

 もう惚れるぞオイ!

 

「ふん。フランスの第二世代機ごときで私の前に立ち塞がるとはな」

 

「関係ないね。兄弟の敵は僕の敵ってだけだよ」

 

「兄弟だと? 貴様も私を苛つかせるつもりか?」

 

 うむむ。

 どうやらボーデヴィッヒに姉弟やら兄弟やらはタブーらしい。

 

 しかしこれはこれで良くない展開じゃないか? このままじゃ兄弟とボーデヴィッヒが戦う事になってしまうもん。や、やめて俺のために争わないで!(ヒロイン宣言)

 

「ハネっ返りなドイツ候補生の実力はどんなモンなのかしら?」

 

 八重歯を剥き出しに好戦的に笑う鈴が、一夏の前に立ち塞がる俺の前に立ち塞がる兄弟の前に立ち塞がった!

 

「お待ちなさいな、鈴さん。ここはわたくしが優雅にお相手する場面でしてよ?」

 

 淑女オーラをプンプンに、セシリアが一夏の前に立ち塞がる俺の前に立ち塞がる兄弟の前に立ち塞がる鈴の前に立ち塞がった!

 

 いやなんだこれ(困惑)

 何で俺達整列してんの?

 

 何とも意味不明な流れが出来上がってしまったな。そして残るは一緒に此処まで来た乱と箒だが……乱は空気察知能力高いからなぁ。

 

「はいはいはーい! 先輩方の出番はまだだよ~っ! ここは若輩者のアタシから勝負だ!」

 

 やっぱりな♂

 嬉々として乱が、一夏の前に立ち塞がる俺の前に立ち塞がる兄弟の前に立ち塞がる鈴の前に立ち塞がるセシリアの前に立ち塞がった!……はふぅ(プチ息切れ)

 

 そして全員(ボーデヴィッヒを除く)の視線が箒に集まる。

 

「うっ…!」

 

 当たり前だよなぁ?

 そしてご愁傷様です。

 

 箒はこういうの苦手だろうし。

 だがここは、やってもらわんと困る。何故なら俺はこの雰囲気を、茶番で有耶無耶にしたいからだ!

 

「えっと、えっと……わ、私は専用機を持ってないから、撃たれたら確実に死んじゃうけど、それでもお前の前にた、立ち塞がるぞ~」(赤面)

 

 カワイイ!(ブロリー)

 

 そして並んだな、俺達の前に!

 すぅ~~~~………イクゾォー!!

 

「明らかに照れた箒が一夏の前に立ち塞がる俺の前に立ち塞がる兄弟の前に立ち塞がる鈴の前に立ち塞がるセシリアの前に立ち塞がる乱の前に立ち塞がったァッ!!」(無呼吸言霊)

 

 やったぜ!

 呼吸乱さず噛まずに言い切ったぜ!

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! よく言いきれたな!」

 

「フッ……」

 

 大トリだし、多少はね?

 それに俺だって目的も無く言った訳じゃない。

 

 ほら、ボーデヴィッヒの様子を見ろよ見ろよ。

 

「くっ……な、何なんだお前は…! そして何なんだ貴様らのその謎の団結力は…!」

 

 成し遂げたぜ。

 シリアスな雰囲気をブッ壊すには茶番が一番だって、それ一番言われてるから。この意味不明な空気の中で、まだ自分を曲げず闘おうと言うのかね、ボーデヴィッヒよ。

 

 というか生身の箒が先頭に立った時点で、その選択肢は無いだろ。あったら困るわ。あったら流石に俺も動くわ。

 

「そこの生徒達! 何をやっ……何で整列してるの?」

 

 突然アリーナにスピーカーからの声が響く。どうやら騒ぎを聞きつけてやって来た担当の教師らしい。

 

「……ふん。今日は引こう」

 

 興を削いでくれたか。

 ボーデヴィッヒが戦闘態勢を解除してくれたぜ。

 

 そしてそのまま俺達に背を向けて、アリーナゲートへと去って行く。

 

 

【あ、待ってくださいよ!】

【背中がガラ空きだぜキック!】

 

 

 そんな事したら先生に怒られるだろ!

 

「あ、待ってくださいよ!」

 

「む……なんだ?」

 

「理由は無いけど俺も付いて行く」

 

「……好きにしろ」

 

 お、ピッコロか?

 

「魔貫光殺砲」

 

「は?」

 

「気にするな」

 

「いや気にするだろ。何だそれは、教えろ」

 

 ああ、そういやそうだった。

 コイツには思い付きで話したらいけなかったんだ。

 

「とりあえず山田先生に聞きに行くか?」

 

「ふむ。山田教諭に聞くリストも溜まっていたし、良いだろう」

 

 という訳で俺とボーデヴィッヒは、山田先生の元で知識を増やすのだった! 当然、乱と箒も一緒に来てもらったのだ!

 

 






原作沿いの描写いいぞ~(*´ω`*)


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第136話 ルームメイト


これでお友達、というお話。



 

 

 アタシの名前は凰乱音。

 旋ちゃんが心配でこのIS学園に飛び級って来た天才少女だよっ。

 

 今日は転校初日なんだけど、一日がとっても濃い気がするのは何でだろう。きっと旋ちゃんのおかげだねっ! リア充してますよ、アタシ!

 

 初めての事だらけで、今からワクワクが止まんないよ! 寮生活だって初めてだし、初めて会った子と共同生活するのもモチ初めて。ルームメイトとはやっぱり仲良くなりたいよね!

 

 という訳で!

 旋ちゃんと箒さんと別れて部屋まで戻って来たアタシは、さっそくボーデヴィッヒさんに話し掛けるのだ!

 

「いやぁ、山田先生の知識っぷりは凄かったね!」

 

「……………ぷいっ」

 

「え、なにそれは…」

 

 えぇ~……?

 話し掛けたら『ぷいっ』てされたでござる。

 

 なんでぇ?

 

 まぁとりあえず。

 わんもあちゃれんじ!

 

「ねぇってば~。ボーデヴィッヒさーん?」

 

「つーん」(顔そむけー)

 

「えぇ……」

 

 いや、つーんて。

 そんな可愛く拒絶されても、反応に困るんだけど。

 

「ねぇねぇ、急にどうしたの? ポンポン痛いの?」

 

「痛くないわ!……ふん、いいか凰乱音。私は別に同居人だからといって、馴れ合うつもりはないのだ。故に、貴様とお話するつもりもない!」

 

 お話するって言い方が可愛いと思った(ママ並感)

 そしてツッコミポイント発見伝!

 

「旋ちゃんとはいっぱいしゃべってたじゃん!」

 

「当然だ。あの男は強いからな」

 

「どゆこと?」

 

「フッ……ならば教えてやろう。私は生まれた時から、ひたすら実力社会の中で育って来たのだ。求められるは『力』のみ。……分かるか、貴様に? 『力』こそ正義であり絶対なのだ。年功序列などというフザけた風習はそこには無く、強い者だけが上に立つ。私が生きてきたのはそんな世界だ。そして主車旋焚玖は、そんな私を唸らせる程の実力を見せた。そんな男を無下には出来ん。アイツとはおしゃべりだってするさ」

 

「アッハイ」

 

 なんかすっごい話してきた。

 お話するつもりもない!とは何だったのか。

 

「私とおしゃべりしたければ、貴様も主車旋焚玖のように『力』を示す事だな」

 

「……うーん」

 

 えぇ、何その世界観。

 仲良くなるために暴力を振るうとか、アタシには分かんない世界だなぁ。

 

「フッ……まぁ、意識が甘く危機感に疎い学生程度じゃあ、私を感心させる事など無理な話だがな」(そういう意味でも、やはり主車旋焚玖は興味深い。アイツは一体どのようなトレーニングで、あのような力を手に入れたのか)

 

「むっ…!」

 

 っとと、いけないいけない。

 売り言葉に買い言葉が許されるのは小学生までだよねー!

 

「挑発には乗らないよ。アタシはアタシで別の方法を考えて、ボーデヴィッヒさんと仲良くなるし」

 

「ふん、無駄な事を。そんなモノは存在しない。主車旋焚玖が例外中の例外だった程だからな」

 

「そんなの、やってみなきゃ分かんないもん」

 

 とはいえ暴力以外の方法はアタシ1人じゃ思い付かないし、とりあえず旋ちゃんにメールで聞いてみよっかな。……あっ!

 

 その前に、まだ開けてない段ボールが1つ残ってるんだった。まずはソレを片しちゃおう。せっかく持って来たんだもん。しっかり飾ってあげなくちゃね!

 

 トップバッターはこの子!

 キツネのごんちゃんだよ~っ!

 

 

それは乱音が鈴音と一緒に、初めてUFOキャッチャーで取ったぬいぐるみだった。鈴音から『乱はあたしの妹分だから、コレはアンタにあげる』と頭を優しく撫でられた、少女にとって大切な思い出が詰まったぬいぐるみなのだ。

 

 

「ふんふんふーん…♪」

 

「……ふん」(くだらん。やはりコイツも他の連中と同じく、何の覚悟も持たずこの学園に来ているようだな。何がぬいぐるみだ、凡愚め)

 

 

家から持って来たぬいぐるみコレクションを楽しそうに飾っていく乱音。そんな少女を見るラウラの視線は、何処までも冷ややかだった。

 

そんなラウラの視線何するものぞ。

自分のテリトリーに自分の好きなモノを置いて何が悪い、な精神でトントコトントコ置いていく。

 

「よぉし、この子でラストだよ~」

 

 これにて飾りつけ完了!

 うんうん、我ながら壮観な並びっぷりが出来たよ~♪

 

「ふん……んんっ!? ん゛ん゛ん゛ん゛ぅぅぅ――ッ!?」

 

「うわビックリした!? 急にどうしたの!?」

 

「な、なんでもない」

 

 いや何でもあるでしょ。

 そうでなきゃ、あんなブロリーみたいな反応しないっしょ。

 

 そんでもって!

 ここで大事なのは原因だよね!

 実はボーデヴィッヒさんもぬいぐるみに興味があった説…?

 

 うんにゃ、それはないね。

 だってそれなら、ごんちゃんを出した時にブロリーった筈だもん(名推理)

 

 という事は…?

 気になったのは『ぬいぐるみ』じゃなくて『本体』とみた! ちなみにどれが気になってるんだろ。それが分かったら、もしかしたら仲良くなれるかもだよ~っ!

 

 ど・れ・か・な~?

 うん、直感でコレだ!

 

 むぎゅっと掴んでボーデヴィッヒさんにアピール!

 

「ネコショウグン!」

 

「ぷいっ」

 

 これじゃねぇ!(猪木)

 

 この子も可愛いのになぁ。

 でもまだまだいっぱい居るもんね!

 

「ジャックランタン!」

 

「ぷいっ」

 

「ジャックフロスト!」

 

「ぷいっ」

 

「キングフロスト!」

 

「ぷいっ」

 

「ボンチュー!」

 

「ぷ……いや待て。そのぬいぐるみだけ、他と何やら毛色が違くないか?」 

 

「転校祝いだって、旋ちゃんがさっきくれたのさ!」

 

 

モフモフの可愛いぬいぐるみ達の間に、突如現れた期待の新星ボンチューくん。

 

身長178cm!

体重73kg! 

血液型はAB型! 

年齢7歳!

 

モフモフの可愛いぬいぐるみ達の間で、明らかに場違いなボンチューぬいぐるみではあるが、そんな細かい事など乱音は気にせず、何だったらど真ん中に配置する好采配まで見せるのだった。 

 

 

 ん~……ボンチューでもないかぁ。

 じゃあ、お次はこの子だ!

 

「うさぎのウサミン!」

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!?」

 

「…………………ボンチュー!」(再確認)

 

「(´・ω●`)」

 

「ウサミン!」

 

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!?」

 

 ウサミンだコレー!

 ボーデヴィッヒさんはウサギさんがお気に入りとみたね! アタシの名推理に間違いはないよ~っ! 

 

「ボーデヴィッヒさん、この子に興味あるの?」

 

「ないです」

 

「ないです!? 何で急に敬語になってんの!? あるんでしょ!」

 

「ないです!」

 

「いいや、あるね!」

 

「憶測でものを言うんじゃありませんよ!」

 

「せんよ!? もう動揺しまくってんじゃん! 正直に言いなよ!……言わないと……すりつぶすわよ?」(ティファ)

 

「な、なんだと!? ぐっ……き、貴様ぁ…! 私を脅して一体何が目的だ! 金か物か!?」

 

 う~ん。

 今のはアタシも悪ふざけがすぎたかな。

 というか、旋ちゃんか山田先生が居ない所でネタに走ってもあんまり意味ないね。それが分かっただけでも良しとしよう。

 

 そんでもって!

 ほい、パース!

 

 ウサミン、パース!

 

「むぉっ…!?」

 

「ナイスキャッチ! んで、それアンタにあげる。からかったお詫びだよ」

 

「な……い、いいのか? この子は貴様…いや、お前のだろう?」

 

 この子とか言い出しましたよ。

 やっぱ気に入ってんすねぇ(ご満悦)

 

 それに、一つ分かった事があるのだ。

 

 ボーデヴィッヒさんは認めた相手には『貴様』から『お前』に昇格するんだね。いや、昇格してるかどうか分かんないけど、きっとそういう感じで使い分けてるとみた。旋ちゃんに対しても、いつの間にか『お前』呼びに変わってたし、信ぴょう性は高いっしょ。……やっぱり名探偵じゃないか!(自己再認識)

 

「い・い・の!」

 

「凰乱音……お前、いい奴だな」

 

 やったね!

 みっしょんこんぷりーと!だよっ!

 

 旋ちゃんが身体能力ならアタシは懐柔力! もしくは交渉力! どっちにせよボーデヴィッヒさんを唸らせるだけの『力』を見せれたって事だよね。

 

 あとはもうドンドン突き進むしかないっしょ!

 

「そんでさ、もうフルネームはやめなぁい?」

 

 フルネームは絶妙に距離感を感じるからね。

 

「む……ならば、何て呼べばいい?」

 

「乱、でいいよ。みんなにもそう呼んでもらってるし」

 

「分かった、乱」

 

「おお、いいねいいね! ならアタシもラウラさんって呼ぶよ!」

 

「う、うむ。しかし、何やらくすぐったいモノがあるな」

 

 ふんふむ。

 ラウラさんは幼い頃から軍隊にいるっぽいし、きっとアタシ達で言うところの普通を経験してきてないんだろうなぁ。

 

 これはルームメイトのアタシが常識的な部分も含めて、色々と教えてあげなくちゃいけないよね! そういう意味では、ラウラさんと旋ちゃんって似てるかも。

 

「で、まだ夕食まで時間あるけど、どうしよっか?」

 

「ふむ……いい頃合いだし、クラリッサに電話してもいいか?」

 

「誰?」

 

「私が率いる部隊の副隊長だな。主車旋焚玖の事で少し相談が……あ、もしや主車旋焚玖もフルネームはヤメた方がいいのでは…?」

 

「そこに気付くとは…!」

 

「むふん」(ドヤァ)

 

 というか、基本的にフルネームはヤメた方が他の人とも距離感が縮まるしオススメなんだけど、それだとラウラさんのポリシーに反するっぽいし、アタシもうるさく言わない方が良いかな。せっかく上機嫌にむふんとか言ってるし。

 

「しかしどう呼べばいいものか……ふむ。ここは乱に倣って旋ちゃんと呼「は?」……む?」

 

「は?」

 

「あ……いや……えぇ…?」

 

「は? はぁ? はぁぁぁ!?」

 

「(´・ω●`)」

 

 






乱「ママのこと本気で怒らしちゃったねぇ!」

ラウラ「ライダー助けて!」


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第137話 クラリッサ・ハルフォーフ副隊長


ドイツ人を知る乱、というお話。



 

 

 

『そう、私です』

 

 開口一番何言ってだこの人(旋ちゃん流ン抜き言葉)

 

 ラウラさんの旋ちゃんの呼び方は、旋ちゃんに会った時本人に決めてもらうって方向で決まった。

 それからラウラさんは例のクラリッサさん?って人に電話を掛けたんだけど。空中に投影ディスプレイが浮かび上がった瞬間コレだった。

 

 この人も眼帯しているのは、この際置いとくとして。美人さんなのに、既に残念な気配がするのは気のせいであってほしいにゃぁ(願望)

 

「私がドイツを発ってまだ間もないが、そちらの様子はどうだ?」

 

『ラウラ隊長と会えなくて生理不順になりそうです』

 

 何言ってだこの人(ドン引きなン抜き言葉)

 やっぱり残念なお姉さんじゃないか!

 

「お、そうだな。で、クラリッサに少し相談があるのだが」

 

 しかしラウラさんはコレを見事にスルー。

 きっと普段からこんな感じなんだろうなぁ。

 

「ISを起動させた2人目の男について知っているか?」

 

『我々はIS配備特殊部隊ですからね。当然、調査済みです』

 

「ならば話が早い。クラリッサはこの男についてどう思う?」

 

『論ずるに術がござらん』(徐栄)

 

「な、なんだ急に、その口調は」

 

「論ずるに及び申さん!」(徐栄)

 

 蒼天航路なら任せろー!

 

『!!!!!!』

 

「うわビックリした!? な、何だ乱まで…!?」

 

『君は……もしや君がラウラ隊長と同室の者か?』

 

「そだよー! ラウラさんと友達になって5分目の凰乱音です!」

 

『ほう……ラウラ隊長、良き同居人を得ましたね。これで私の不安も和らぎます』

 

「うむ。乱はいい奴だ」

 

 にひひ、照れますなぁ。

 クラリッサさん的には、アタシがネタを知ってたからな気配がプンプンだけど、ここでツッこむほど野暮な性格してませんよ、アタシ!

 

「で、話を戻すが。第二の男……主車旋焚玖について、クラリッサの意見を聞かせてくれ」

 

『そうですね。まずは調査結果のデータを送りましょう』

 

 画面の向こうでクラリッサさんが何やらポチポチしてる。

 むむっ、新しくディスプレイが浮かんできたよ! とりあえずラウラさんと一緒に目を通してみよう!

 

「え~っと、なになに…?」

 

 

" 世界で2人目のIS男性起動者。最狂、最悪、最強の男。主車旋焚玖。 "

 

 

「……むぅ」

 

「え、なにこれは…」(困惑)

 

 この文章、すっごい見覚えあんだけど。

 

 

" 今が全盛期の主車旋焚玖伝説 "

 

 

「ほう……何やらそそられる文面だな」

 

「ラウラさん、厨二っぽいもんね」

 

「む……厨二とは何だ?」

 

 あ、ヤブヘビった。

 旋ちゃんとのやり取り見てて分かってた筈なのに。ラウラさんが実は好奇心旺盛で知りたがりガールだって事を。

 

 なのに、つい呟いちゃったよぅ。

 とりあえず旋ちゃんの真似しとこ。

 

「山田先生に明日聞けば大丈夫だよ!」

 

 さっきもいっぱい教えてくれたしね!

 嬉々として教えてくれたもん、きっと明日もニッコリスマイルで教えてもらえる事間違いなしだよ!

 

「ふむ……いい案だが、その必要は無い」

 

 なんでぇ?

 

「今はクラリッサがいるからな。IS学園の智嚢が山田教諭なら、我が隊の智嚢はクラリッサよ」

 

『で、でへへ……あざーっす』(恍惚)

 

 え、なにその反応は(ドン引き)

 このお姉さん、美人じゃなかったら結構ヤバくない?(真理到達)

 

『ちなみに厨二を一言で表すなら「邪王炎殺黒龍波」ですね』

 

 だいたいあってる。

 むしろ端的ですごく分かりやすいね!

 

「むぅ……よく分からんぞ」

 

「分かる必要なんてないよ。それより続き読もうよ!」

 

「う、うむ……えっと、なになに……こ、これは…!?」

 

 

・3ペチ5殺は当たり前、3ペチ8殺も

 

・微笑むだけで女は死ぬ

 

・格下相手には手は出さず、自分の奥歯を折るのみ

 

・折れた奥歯は次の日には元通り

 

・下戸なのに酔拳の達人

 

・夫婦の離婚問題も3分で解決

 

・世にある武器全てをマスターしている

 

・武器造りにも興味あり。現在、金剛暗器を開発中か

 

・童貞

 

・百獣の王すぎてライオンにナンパされる

 

・チーターと浮気中、黒豹に見つかってしまうが事なきを得る

 

・絶世の美女が裸エプロンで現れても興味無し

 

・日本のヤンキー100億人を小指だけで倒してのける

 

・雷を素手で切り裂いた経験あり

 

・それ以来、雷の方から挨拶にやって来る

 

・竜巻が発生したと思ったら、真ん中で扇子を持って踊っていた

 

・童貞

 

・学園の外には出待ちのファンでいっぱい

 

・だいたいコーラで治る

 

・侵入者を撃退するだけでは飽き足らずメル友に

 

・ピッチングよりもピッキング

 

・頂に 咲いた一輪 初桜

 

・フランス人と兄弟の盃を交わす

 

・界王拳の取得に成功

 

・童貞

 

・童貞

 

 

「な、なんだこれは…!」

 

「えぇ……」(困惑)

 

 アタシが前に見たヤツより多くない?

 多いよね?

 なにこれ、もしかして更新されていってる感じ?

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、クラリッサ。この内容は本当なのか?」

 

『確かな筋からの情報です』(ドヤァ)

 

 確かな筋(wikikipedia)

 

 でも実際、どれがホントでどれがウソなんだろ。全部ホントだって言われても、つい納得しちゃいそうになるんだよねぇ。だって旋ちゃんだもん。

 

「し、しかしだな! 例えば……そう、これだ! 『日本のヤンキー100億人を小指だけで倒してのける』と書かれているが、おかしくないか!? 世界の人口は多く見積もっても80億程度の筈だぞ! おかしいではないか!」

 

『確かに世界人口は約80億人です。そして日本のヤンキーは100億人なのです』(キリッ)

 

「なんという事だ……」(驚愕)

 

「なんという事だ……」(困惑)

 

 何の説明にもなってない言葉を、何故か自信に満ち溢れた顔で言い放ったクラリッサさん。それを何故か普通に納得して、『旋ちゃんやべぇ』って驚愕しているラウラさん。……この2人おかしい(真理到達)

 

「しかし……いや、フッ……コレを見て、ますます惹起されたぞ、主車旋焚玖! これ程の逸材、こんなヌルイ学園に埋もれさせていい筈がない! そうだろう、クラリッサよ!」

 

『もしや、我が隊に引き入れるおつもりですか?』

 

「うむ! 強者こそ正義を理念とする我が隊に相応しい存在だと思わんか?」

 

『そうですね。何を隠そう私も『大乱闘スマッシュブラザーズX』をマイリスに追加している1人です』

 

 マイリスてアンタ。

 

 いやまぁ何の事を言ってるのか、分かっちゃうアタシもアタシなんだろうけど。というかこのお姉さん、ポコポコ動画のプレミアム会員なのか。……アタシもソーナノ(仲間意識)

 

「言ってる事はよく分からんが、お前も主車旋焚玖を認めているという認識でいいのだな?」

 

『ええ、彼の肉体的強度には目を見張るものがあります。……が』

 

「む? なんだ、何か引っかかっているのか?」

 

『我々はISを扱う部隊であります。しかし彼の映像、データ、共にIS操縦の技量については一切触れられておりません。そこだけが少し気がかりですね』

 

 あっ…(察し)

 

「フッ……それは杞憂だぞ、クラリッサ。既に私は、あの男がイギリスの代表候補生と試合をして完勝したという情報をゲットしている!」

 

 あっ…(察し)

 

『おお、流石ですラウラ隊長!』

 

「むふん」(ドヤッ)

 

『カワイイ!』

 

「ん? 今、何か言ったか?」

 

『いえ、何も』

 

「ならば良し!」

 

 え、なにその流れは……(困惑)

 

 というかアタシ、さっきから困惑してばっかじゃない? 旋ちゃんで抗体が出来てる筈なのに、だよ?

 

 この二人やべぇ(真理到達)

 

「それに今は私もIS学園にいるのだ。あの男とISの模擬戦の機会は、それこそ幾らでもあるさ。まぁ織斑一夏をポッコポコにした後で、だがな」

 

 ポッコポコてラウラさん。

 う~むむ、こういうプチ可愛いところを素で見せてくるから、アタシも、きっと旋ちゃん達もラウラさんを憎めないんだろなぁ。

 

 それはきっとクラリッサさんも――。

 

『ラウラ隊長prpr』

 

 うん、キモチワルイ(真理到達)

 

「という訳で、今後も何かあったらクラリッサに相談させてくれ」

 

『ふふっ、いつでもお待ちしてます』

 

 ふわぁ…!

 さっきのキモい発言は、実は幻だったんじゃないか。

 

 そう思えるくらい、綺麗に締めたな!

 笑顔の綺麗さも相まって、その効果は倍率ドンだよ!

 

「あ、そうだ。忘れるところだった。クラリッサよ」

 

『む、どうされました?』

 

「かつて私が底辺に這い蹲っていた時、見捨てずにいてくれたのはお前だけだった。以前から何度か礼の言葉を送っていたが、改めて言わせてくれ。ありがとう」

 

『まんこビショビショですよ神』

 

「はぁぁぁぁ!?」

 

 真顔でなにえっちぃコト言ってんのこの人!?

 バカじゃないのこの人!?

 

「お、そうだな」

 

 アタシとは違ってまるで動じぬラウラさん、ディスプレイをそっ閉じする好プレー。

 

「乱、一つ良い事を教えておこう」

 

「なになに?」

 

「クラリッサの言動一つ一つに付き合っていたら身が持たん。己のキャパシティを超えると少しでも思ったらスルーを選ぶのが吉だ」

 

「でも旋ちゃんの言動はスルーしてないよね?」

 

「アイツの言葉は私の好奇心を絶妙にツンツンしてくるからな。聞かずにはいられんのだ。そこがクラリッサとの違いか……」

 

「慢心、環境の違い」

 

「ん? 何だそれは?」

 

「しまった…!」

 

 ま、またやぶへびっちゃった!?

 一度ならず二度までも…!

 

 んもう!

 これもそれも全部、思いつきトーキング大王旋ちゃんのせいなんだからね! 旋ちゃんと出会ってから、アタシまで脊髄反射でモノを言っちゃう身体にされちゃったよぅ!

 

 

それから乱はラウラに説明しようとしたのだが、なんかめんどくさくなってきたので、ラウラの手を引いて職員室まで行って真耶に説明してもらった。

 

 





転校初日、終わり。


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第138話 呼び名


カタカナorひらがな、というお話。



 

 

 嵐の予感ビンビンな2人が転校してきた次の日。

 今朝も元気モリモリに登校してきた俺です。

 

「来たか…!」

 

「ん?」

 

 教室に入るや否や、席に座っていたボーデヴィッヒがトテトテ俺の方までやって来たでござる。

 

 う~む。

 昨日の放課後の一件を境に、俺に対するボーデヴィッヒの態度がずいぶん和らいだ気がするんだが……。

 

 何で和らぐ必要があるんですか!(自問)

 俺に惚れたからだと思います!(自答)

 

「私はこれからお前を何と呼べばいい?」

 

 どゆこと?

 

 

【挨拶をせんかァァッッ!!】

【靴を脱がんかァァッッ!!】

 

 

 克己はそんな事言わない。

 いや【下】は言ってるけど【上】は言ってない。

 

 なのにこの場面、この状況において、史実な【下】だとまるで意味不明で【上】の方がまだ自然な流れというね。なんだそれ。

 

 頼れる智謀やーまだ先生が居ない時に【下】を選ぶのは、中々にリスクが高い。リカバリー的な意味で。という訳で【上】かぁ……トホホ。

 

 しかし、ただで転ぶ俺じゃ無し!

 身体の自由は……よし、自在に動ける…!

 

 という事は、つまり――。

 

「むっ? あ、おい、どこへ行く?」

 

 別にどこで言っても構わんのだろう?

 

「挨拶をせんかァァッッ!!」

 

「ぴゃっ!?」

 

 セシリアの背後からこんにちは!

 

「んもうっ、旋焚玖さん! 急に大声を出すのはビックリするからダメですわ!」

 

 その言葉が聞きたかった(ブラックジャック)

 

「まぁな」

 

「いえそこで『まぁな』の意味が全く分かりませんわ」

 

 魔法の言葉『気にするな』のレベル2ってとこだな。例を挙げるなら、ファイアからのファイラ。始解からの卍解といったところか。

 

 でも俺だってそこまで悪くない筈だ。

 何度やっても100%の確率で、カワイイ!反応を魅せるセシリアにも罪はある。むしろ8:2でセシリアが悪いまである。

 

「という訳で。まずは『おはよう』だ、ボーデヴィッヒ」

 

「ふむ……確かに挨拶は基本だな。疎かにした私が悪かった」

 

 素直っぷりも健在ときた。

 これでさらに俺に惚れてる説の信頼度が上がりますねぇ! 鉄拳チャンスくらい期待できますねぇ!

 

「ンン……では改めて、おはよう」

 

「ああ、おはよう。で、さっきの言葉はどういう意味だ?」

 

「昨夜、乱から言われてな。フルネームで呼ぶのは如何なものか、と」

 

 そういや昨日はひたすらフルネーム呼びだったな。そんでもって、今の『乱』呼びとボーデヴィッヒの表情から察するに、乱はコイツと良い関係を築けたと見える。やっぱ乱のコミュ力って群を抜いてしゅごい。

 

「なるほど。なら俺への呼び方も変えるって訳だな?」

 

「うむ。だが勘違いするなよ! 私がフルネームで呼ばないのはお前と乱だけだからな!」

 

「……ああ」

 

 日本語がおかしいと思った(小並感)

 まぁでもドイツ人だし、多少はね?(寛大)

 

「それで、私はこれからお前を何と呼べばいい?」

 

 んで、最初の言葉に戻る、と。

 まぁ別に旋ちゃん以外なら俺も何て呼ばれようが気にはしないが。今のところ苗字か名前かちょいす~か。この3つくらいだしなぁ。

 

 あえて言うなら名前呼びかね。

 名前で呼ばれた方が距離感も縮まった気がするし。その上、それが美少女だってんなら、そらもう格別よ。

 

「そうだな……ここは普通に――ぁ?」

 

 

【イケメン】

【きしめん】

【フツメン】

 

 

 きしめえ゛え゛え゛え゛え゛んッ!!

 

 バカかお前コラァッ!!

 誰が見た目を呼び名にしろツったんだよぉ! 自分で自分の容姿を女に語る男のイタさ加減を見くびってんじゃねぇぞコラァッ!!

 

 きしめんだきしめん!

 これなら容姿もクソもねぇ!

 

 俺の事はきしめ……あ、アッー! だ、ダメだぁ! 相手はあのボーデヴィッヒだぞ…! 好奇心旺盛知的探求心の塊みてぇなコイツに【きしめん】なんて脈略不明意味不明な事を口走ってみろ。

 

 そんなモンお前。

 

 

『きしめん? 何だそれは教えろ!』

 

『デュフフ……きしめんの元ネタはエッチなゲームのOPでぇ…コポォwww』

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 絶対に嫌だぁぁぁぁぁ!!

 女子校でナニ言わせようとしてんだコラァッ!! 生物的に恐い男から生理的に怖い男に格上げされちまうだろぉ!

 

 【真ん中】が消えた今、俺に残されるは【上】か【下】か…! ここで忘れちゃいけねぇのが、ボーデヴィッヒは聞きたがりガールな性格に加えて、歯に衣着せぬ奴だって事だ。

 

 昨日だけで俺がコイツに何回『気持ち悪い』言われたと思ってんだ。というかおかしくね? 俺達、昨日初めて会ったばかりだよね? 遠慮しなさすぎだろ何だコイツ。

 

 とまぁそんな訳で。

 いくら俺がおちゃらけた雰囲気で『イケメンと呼んでくれぃ!』と宣ったところで、コイツからは絶対零度な反応が返ってくる事は明白。それだけならまだしも、全力で否定してくる可能性も余裕であるからな。

 

 みんなの前でそんな事された日には、流石の俺でもメンタル壊れちゃ~う。ならもう消去法で【下】しかないじゃないか。

 

 でも嫌だなぁ。

 フツメンを自称して否定された日には、流石の俺でもメンタル壊れちゃ~う。……どっちにしろ壊れちゃ~うのか(がっくり)

 

 むむっ……弱気になるな、俺。

 信じるのだ。俺を信じるのではない。以前、俺を『見事なフツメン』だと評した乱を信じろ。乱がそう言ったんだから間違いない、むぁーちがいない!

 

「……フツメンと呼んでくれ」

 

「む……ふつうにふつめん…? やけに長いがどういう事だ?」

 

 違うそうじゃない。

 

 確かに『フツメン』の前に『普通に』とは言ったが、それは副詞的用法な意味で使っただけだから、呼び名には含まれてないの! な・い・の!

 

「『普通に』はいらん。フツメンだけでいいフツメンだけで」

 

「ふつめん……どういう意味だ?」

 

 どっちにしろ聞かれるのか(がっくり)

 自分で自分の容姿をフツメンと称し、その意味も自分で説明するのか(がっくり)

 

「ふ、普通の顔だ」

 

「何故言い淀んだ?」

 

 う、うるさいな!

 自信の無さの表れだよ察してくれよぉ!

 

「気にするな」

 

 ここは気にするなよマジで…!

 こんなトコを深く掘り下げられたら、流石の俺でもメンタル壊れちゃ~う! 結局壊れちゃ~う!

 

「……まぁいいだろう」

 

 やったぜ。

 安堵&安堵。

 

「つまりお前の顔は普通なのか?」

 

 そういう確認の仕方やめてよぉ!

 何でそういうコトを素で聞けるのコイツ!? 朝っぱらから精神攻撃してきてんじゃねぇぞコラァッ!!

 

 

【箒に聞く】

【鈴に聞く】

【セシリアに聞く】

【シャルに聞く】

【一夏に聞けばイケメンだって言ってくれるよ】

 

 

 【一番下】だけ異彩を放ちまくってるんですがそれは…(困惑)

 そしてコレだけは絶対に選んではいけない。イケメンの一夏が俺をイケメンだと言った時のクラスの反応は……想像したら恐怖が創造できました。

 

 つまり実質4択って訳だ。

 まぁ正直、この4人なら誰であろうと抵抗感なく聞ける。それくらいの信頼関係は築いてきたつもりさ。

 

 

【この4人なら誰であろうと抵抗感なく聞けるから4人に聞く】

【一夏に聞けばイケメンだって言ってくれるよ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 4人全員に聞きたいとは言ってないよぉ!

 

 というか問題はそこじゃねぇぞコラァッ!!

 

 まださっきの【選択肢】選び終わってないのに、なに普通に割り込んできてんの!? 選んでないウチに【選択肢】を変更してくるとか、ルール違反ですよルール違反! 

 

 とか真っ当な批難したところで、超暖簾に腕押しなんだよなぁ……トホホ。

 

「セシリア」(後ろの席)

 

「はい?」

 

「兄弟」(前の席)

 

「なぁに?」

 

「箒」(前々の席)

 

「む?」

 

「鈴」

 

 しかし鈴の返答はなかった。

 ふぇぇ……席が遠くて聞こえてないよぉ(ぶりっこ旋ちゃん)

 

「りーん!」

 

「なーにー!」

 

「こっちゃこーい!」

 

「んもう~、なぁによ~?」

 

 な、何かニヤニヤしてやって来たでござる。

 

「頬が緩んでるぞ、鈴」

 

 箒も疑問に思ったのか、鈴に指摘している。

 

「当たり前よねぇ?」

 

 当たり前なのか……なんでぇ?

 まぁいい。とりあえず4人揃ったんだし、聞く事聞いてさっさと終わらせよう! パパパッとやってハイッて感じで。

 

「お前ら、俺はフツメンか?」

 

「「「「 フツメン 」」」」

 

 速いよねぇ、アナウンスがねぇ。

 一糸乱れぬ返答に嬉しいような悲しいような。1人くらい少しは迷ってくれても良かったのよ? 角度を変えればイケメンに見えない事もないとか。世界一の動体視力の持ち主が見逃すレベルで一瞬だけイケメンとかな。……HAHAHA!

 

「な? 俺はフツメンだ。この4人が証人さ」

 

「うむ。お前はフツメンなのだな。で、私はこれからお前をふつめんと呼べばいいのか?」

 

 いいわけないだろ!

 何が悲しくてそんな風に呼ばれなきゃなんねぇんだ!

 

 

【あ、いいっすよ】

【ふつめんじゃなくてフツメンでしょ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

主車旋焚玖、今日この刻、新たな呼び名を得るに至る。

 






ふつめん(*´ω`*)


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第139話 ラウラのお誘い


不敗伝説最強の、というお話。



 

 

「今日はこれまでとする。月末のトーナメントに向けて、放課後を無駄に過ごさぬようにな」

 

「起立……礼…!」

 

 千冬さんの言葉の後に、クラス委員な一夏が締める。

 今日の授業も全部終わり、やって来ました放課後タイム!

 

「おい、ふつめん。放課後の予定はあるか?」

 

「いや……何かあるのか?」

 

 呼び名については、もう何も言うまい。

 俺は『名』より『実』を取る男。

 

 何処に出しても恥ずかしい呼び『名』ではあるが、それよりも俺はドイツな眼帯美女が積極的に俺に話し掛けてくる事『実』の方を重視したい。いやでもホント、昨日と立場が真逆じゃないか?

 

 昨日は休み時間のたびに俺がボーデヴィッヒに話し掛けさせられ続けていたが、今日はアホの【選択肢】が出しゃばらずとも、授業が終わるごとにボーデヴィッヒの方から俺の元へやって来たのだ。トテトテやって来たのだ。

 

 来るたびに『お前はヤンキー100億人を相手に小指だけで倒したのか?』とか『雷を素手で切り裂いたのか?』とか意味不明な事を聞かれ続けたが。そこでアホの【選択肢】が出番だと勘違い。

 

 

【泣きながら弁明する】

【薄笑を浮かべるに留める】

 

 

 よって俺はボーデヴィッヒの疑問に対し、多くは語らず『フッ……』とかそれっぽい笑みを浮かべるに徹したのだ。これは勘違いされたかな(慣れっこ旋ちゃん)

 

「話がある。お前の今後に関わる大事な話だ」

 

 なにその意味深な感じ。

 基本的恋愛脳の尊重な俺でも、流石にこれは告白じゃないって分かるぅ。

 

「ちなみにその話ってのは俺1人かね?」

 

「いや、教官にも話があると既に伝えてある」

 

 千冬さんも?

 なら、ますます真面目な話っぽいな。

 

 俺達がそんな話をしているうちに、いつもの面子はもう教室から出払っていた。今月のトーナメントが急遽2人一組に変更されたってな訳で、みんなそれぞれパートナー探しの旅に出たらしい。まぁ俺には関係ないけどな!

 

「どこで話すんだ? 職員室に行くんか?」

 

「いや、中庭だ」

 

 中庭か。

 

 

【もしかしたら上庭かもしれない】

【いや、下庭の可能性も……?】

 

 

 意味が分からんぞコラァッ!!

 みんな居ないせいで、お決まりの『誰か誘う』系【選択肢】出せないからって俺に当たらないでよぉ!

 

「いや、下庭の可能性も……?」(白目)

 

「お前は一体何を言っているんだ」

 

 素で返さないでよぉ。

 

「まぁまぁ聞いてくださいなボーデヴィッヒさん」

 

「な、なんだ急に、気持ち悪いな」

 

 ノルマ達成!

 

「『中』があるって事は『上』と『下』があってもおかしくはないだろう?」

 

「む……確かに一理あるな」

 

 中庭に関しては一理ない。

 

 『中庭』とは建築物などで周囲を囲まれた、屋根のない場所を指すのである! 自分で言ってて悲しくなるのである! もう慣れっこである!

 

「しかし、私が待ち合わせをしたのは中庭だから今は関係ないな」

 

「お、そうだな」

 

 無駄なやり取りもしたし、気を取り直してイクゾー。

 

 

 

 

 ツイタゾー。

 でも千冬さんの姿はまだナイゾー。

 

「ちなみに何時に話をするって伝えてあるのかね?」

 

「16時30分だな」

 

「……なるほどな」

 

 まだ16時なんですがそれは(困惑)

 ちょっと着くの早すぎたんとちゃう?

 

「案ずるな。私が早めにお前を連れて来たのは理由があるのだ」

 

「聞こう」

 

 あ、愛の告白だったりして(童貞脳)

 

「私達は昨日会ったばかりだが……」

 

 実は惚れしてしまったのだ!(予測)

 

「私はお前を高く買っている」

 

 お、おう…?

 評価が高いのは普通に嬉しいんだが、期待してた感じと何か違うぞ。そんでもって、この時点で俺の第六感はビンビンだ。こういう風に言われた時ってのは、たいていアレなんですよ。

 

「不意討ちとはいえ、私の意識を刈ってみせたお前の身体能力は敬服に値する。不意討ちとはいえな」

 

「……ああ」

 

 褒められてる筈なのに嫌な予感プンプンですよ。やけに不意討ち言ってくるし、念のためにアレは奥にやっておこ。

 

「しかし、だ。あくまで私はお前の凄さ――」

 

 ぁ?

 

 

【しゅごいッ…ひぃぃぃぃぃん!!】

【しゅごさ】

 

 

 なんだあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 意味不明なタイミングで入ってくんじゃねぇよ! 何のこだわりだお前コラァッ!!

 

「しゅごさ」

 

「ん?」

 

「しゅごさ」

 

「いや、しゅごさではなく凄さで「しゅごさ」……むぅ…?」

 

 コテンと首を傾げる仕草が可愛らしいと思った。

 

「もしや、凄さとしゅごさは違うのか?」

 

「違う」

 

 男が言うとキモさが跳ね上がるが、女が言うと可愛さが跳ね上がるくらい違う。でもそんな説明をしたところで、俺のキモさが跳ね上がるだけなので、聞かれる前に伝家の宝刀を抜いておく。

 

「違いは後で山田先生に聞くといい」

 

「うむ。で、話を戻すが、私は昨日お前の凄さ――」

 

 

【しゅごいッ…ひぃぃぃぃぃん!!】

【ジョッ リィヒヒィィ~~~~ン!!(グェス)】

【しゅごさ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 ひぃぃんの元ネタそれかコラァッ!!

 少し賢くなったぞコラァッ!!

 

「しゅごさ」(白目)

 

「む?」

 

「しゅごさ」(白目)

 

「ふむぅ……もしかしてお前は『凄さ』ではなく『しゅごさ』と表現される側なのか?」

 

 そんな仰々しい言い回ししなくていいから(良心)

 しかも内容が内容なだけに、わざわざ訂正して一から説明すんのもクソめんどくせぇよ。

 

 こういう時は肯定して場を流すに限る!

 

「まぁな」

 

「……日本語は思っている以上に奥が深い」

 

 そんな真面目に捉えなくていいから(良心)

 

 でもこの瞬間だけは『しゅごさ』で頼む。

 またループしちゃうからね、しょうがないね。

 

「では改めて」

 

「ああ」

 

「私は昨日、お前のしゅごさを垣間見たに過ぎん。文字通り、一瞬の出来事だったしな」(この男が本物か否か。確かめるには、やはりあの手が一番だろう)

 

「……そうだったかな」

 

 アカンアカンアカン…!

 この台詞は非常にヤバい兆し…!

 

 コイツは、どういう奴だった?

 転校初日から好戦的な性格を隠そうとせず、むしろバリバリ前面に出しまくりなボーデヴィッヒさんなんだぜ? 

 

 こんなモンお前、兆しどころか本前兆ですよ本前兆! 確実に『手合わせしたい』的な展開になる流れじゃねぇか!

 

 ヤメロォ!(本音)

 ヤメロォ!(本音)

 

 昨日から急速にバイオレンス色が強くなってきてんだよこのヤロウ! 俺が求めてやまないラブコメ性春と正反対やんけ! 

 

 しかもタチの悪い事に、ボーデヴィッヒは軍隊所属ときている始末…! それが一体どういう事なのか、分かってんのかこのヤロウ!

 

「俺の実力をちゃんと確かめたい…ってな口ぶりだな?」

 

 違っててもいいのよ?

 全然そんな事なくてもいいのよ?

 

「フッ……よく分かっているじゃないか」(頭の回転も悪くない。ラウラポイント1アップだ)

 

 分かりたくなかったでござる。

 間違っててほしい推理の時に限って、必ず当てる迷探偵主車少年の事件簿ってか。

 

 よし、激ウマ自虐ギャグも言ったし切り替えよう。いつまでも現実逃避に浸っている訳にゃイカンでしょ。

 

 バイオレンスは確かに嫌だが、腑抜けた状態でポコポコにヤラれて『なんやコイツ、雑魚やんけ! 好きになりかけてたけどやっぱり嫌い!』ってなる方がもっと嫌だ。当たり前だよなぁ?

 

 で、ここからが問題だ。

 ボーデヴィッヒはおそらく、昨日の不意討ちを根に持っているとみた。それはさっきの言葉から十分に察せる。という事は…?

 

 不意討ちに備えて待つのがベストでェーす! その間……猫足立ちするのはいけないことでしょお~か!?(ジョセフ&シーザー)

 

「どうやら、断るつもりはないらしいな?」

 

「当然だ」(震え声)

 

「ほう……武者震いまでしてみせるか…!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 しかしその手の勘違いには慣れてるぜ。

 故に動揺は無し!

 

 さぁ、眼を凝らせ。

 重心の傾きを感じろ。

 

「フッ……」(物怖じするどころか猛りを見せる。さらにラウラポイント2アップだ。しかし本命はここからだぞ、ふつめん…! まずは不敗伝説最強の不意討ちを喰らえ!)

 

 毎夜毎夜【選択肢】が創造出してくるバカげたキャラクターが相手じゃなければ、俺だって後の先を取れるってところを魅せてやるずぇ! ハイレベルな不意討ちカマしてこいよ!

 

「あっ! あれは…!」(迫真)

 

 唐突に空を指差すボーデヴィッヒさん。

 

「空飛ぶ教官だ!」(迫真)

 

 え、なにそれは…(困惑)

 

 






(`・ω●´):フッ……勝ったな!



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第140話 軍人と


武術家、というお話。




 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 見つめ合うこと10秒。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 20秒。

 

「(´・ω●`)」

 

「!?」

 

 いや、しょんぼりされても困るんだけど。むしろ気合い入れて構えていた俺の方がしょんぼりするわ。『空飛ぶ千冬さんだぁ~』とか言われて誰が見るってんだよ。引っ掛かるの一夏くらいだろ。

 

 しかしこれは、違う意味でも困った。

 

 ボーデヴィッヒからの奇襲を華麗に捌いてみせて、『しゅごい! しゅきぃ♥』ってなってもらう予定だったのに……こんなん捌きようないやんけ。こっから後の先を取るとか無理だろ。

 

 はっ…!?

 もしやそれが狙いか…?

 

「(´・ω●`)」(おかしい……私がクラリッサに仕掛けられた時は、100発100中の確率で引っ掛かった信頼と実績の策だというに…! 何故、この男は引っ掛からん…!? まさか私だけ……いいや、そんな事あるもんか!)

 

 うん、ないな(確信)

 明らかに『どうして引っ掛からないんだぁ~』って顔してるし。むしろコイツはなぜ引っ掛かると思ったのか。コレガワカラナイ。

 

 何よりこの空気感が結構キツい。

 だんだん気まずくなっていくこの感じだけは、巷でブイブイいわせてる旋焚玖さんでも割と堪えるモンである。

 

 しかし何て応えるべきか。

 

 このまま釣られずにいたら、最悪コイツ泣くんじゃなかろうか。何かそんな気がする今日この頃。

 いや、でもなぁ……釣られたら釣られたで、何かしらの奇襲を受ける訳だしさぁ。奇襲されるってのに、よそ見とか自殺行為じゃねぇか。

 

 

【お前……アホちゃう?(真顔)】

【釣られてやるのが漢の勲章】

 

 

 心のえぐる言い方やめたげてよぉ!

 お前そんな事言ったらホントに泣いちまうだろぉ!

 

 という訳で【下】だよね(げっそり)

 だが、やるからにはマジだ。こういうのは中途半端にするのが、実は一番寒かったりするかな、うん。

 

「(´・ω●`)」

 

「ダニィ!? 千冬さんが空を!?」(迫真)

 

「!!!!!!」(やっぱり引っ掛かるんじゃないか! 不安にさせおってからに!)

 

 ババッと上見る僕。

 うん、本日も雲一つない青空が素敵な快晴である。同時に、忍び寄られてる気配ビンビンだぁ……腹筋とか殴ってくれないかなぁ、それなら痛くないし。

 

「……えいやっ!」

 

「サモハン!?」

 

 

意外! それは金的ッ!

蹴られた旋焚玖、前のめりに倒れるッ!

股を押さえて倒れ込む姿は何と無様な事かッ!

 

 

「軍事格闘技を甘く見たな、ふつめん」

 

「あばばばばば」

 

「戦場でのフェアプレー精神はむしろ悪徳。幼少期からそう叩き込まれてきた私が急所を避けると思ったか?」

 

「あばばばばば」

 

「武術家と聞いていたが、少々がっかりしたぞ」

 

「あばばばばば」

 

「……お、おい、大丈夫か…?」(潰してしまったらシャレにならんからな。かなり手加減したつもりだったのだが……)

 

 

せっかく軍人からのありがたいご高説だというのに、ひたすら『あばあば』言って悶えている旋焚玖。しかし仰向けになってもビクビクしている様子に、流石のラウラも心配になったようで、膝を折り顔を覗き込むように伺い――。

 

 

【おっぱいを掴む】

【頭を掴む】

 

 

「掴めるほどねぇだろ!」

 

「ぬぁっ!?」

 

 アイアンクローでこんにちは!

 

「お、お前、苦しんでたんじゃ…アイダダダダ!?」

 

「武術家をナメんなよ、軍人」

 

 お前に褒められた時点で嫌な予感プンプンしてたからな。その時からゴールデンボールは奥にしまいしまいしてたわ!(前話中盤らへんに伏線ぅ)

 

 やってて良かったコツカケ!

 不意に金的喰らっても安心!

 

 仕掛けた罠に嵌ってくれて嬉しいぜ。嬉しいオイラは頭を掴んだまま、ボーデヴィッヒを持ち上げなう。

 

「ぬわぁぁ…! お、お前、痛がってたのはまさか…!」

 

「擬態」(ドヤァ)

 

 当たり前だよなぁ?

 

「正々堂々卑怯は軍人の特権だと思ったかよ?」

 

 反則があるなら即使え。

 普段は自重しているが、相手の方からこっちの土俵に上がって来るってんなら話は別だよなぁ?

 

「で、このまま続けんのか?」

 

 続けたくないでござる!

 拙者は続けたくないでござるよ!

 

 故に、ボーデヴィッヒに降りてもらうに全力を尽くす所存…! という訳で掴んでいる指に力をこめこめくらぶ。

 

「ぬおおおぉぉぉ~…!」(な、なんて力で圧迫してくるのだ…! この力、コイツ教官と同等レベルなんじゃなのか…!?)

 

「続けるツった瞬間、頭ァ陥没させる。引き際を見誤るなよ、軍人」

 

 ここであえて『軍人』というワードを使うところに巧みを感じますね(自賛)

 こういう風に言われた方が、お前も勝負から降りやすいだろう?

 

「う、うむぅ……悔しいが私の負けを認める…」

 

 やったぜ。

 クールに成し遂げたぜ。

 

 

 

 

「しかし、お前はどこから読んでいたのだ?」

 

「何が?」

 

「私がお前の急所を狙う事を、だ。そうでなければ、さっき説明してもらったコツカケ…だったか。そんな備え、してなかっただろう」

 

 コツカケについてはたまたまなんだよなぁ。

 タマタマなだけに(激ウマギャグ)

 

 というか本日が本邦初公開って訳じゃない。ガキの頃からヤバいと思った時は基本的にしてたし。ゴールデンボール蹴られたくないからね。

 

 

 

【1万年と2千年前から】

【今朝ですねぇ!】

 

 偶然だって言ってんだよなぁ。

 

 まぁでも読めてた方が、しゅごさは増しますねぇ! しかし、やーまだ先生が居ない状態で【上】を言ってはいけない(戒め)

 

「今朝ですねぇ!」

 

「今朝ァ!?」(な…なんという事だ…! そんな早い段階で既に見据えていたというのか、この男は…!)

 

 そんな訳ないじゃん(鼻ほじー)

 でもまぁ、別にこのままでいいかなーって。

 

「……お前はただの腕力自慢ではなく頭もキレるようだ」

 

 

【キレてないっすよ】

【お前に言われんでも分かっとる!(ブチギレ)】

 

 

 ネタが古いんだよこのヤロウ!

 というか意味が違うんだよこのバカ!

 

「キレてないっすよ」

 

「フッ……謙虚は美徳、というやつか」

 

 何かプラスの方向で勘違いしてるぅ!

 そういうトコまで千冬さんを摸倣しなくていいから(良心)

 

 あ、そういや千冬さんはまだかな?

 

「実はもう居るぞ」

 

 ヒェッ…!?

 何か背後に居たぁ!?

 

「きょ、教官! いつの間にお越しに…!?」

 

「『あれは…! 空飛ぶ教官…!?』のあたりだな」

 

 最初からやんけ! 

 

 いやはや、俺に気配を感じさせないとか、千冬さんもたいがい人間やめてるよな。絶の使い手かっての。これにはさすがのボーデヴィッヒもビックリだろう。

 

「流石です、教官! しゅごいです!」

 

「フッ……」(しかしラウラとは違い、旋焚玖に動じた様子はない。どうやら最初から気付いていたらしいな。フッ……流石だ)

 

 ビックリするどころか、目をキラキラさせていたでござる。しかし千冬さんもまんざらではない感出しまくりなので、きっとこの2人はこれで良いのである。

 あと俺への絶大な勘違いをしてる気配プンプンだけど、心の中で『サスガダァ…』とか言ってそうだけど、それはもう慣れっこだから気にしないのである。

 

「……で、私達に何か話があるのだろう?」

 

 ああ、そうだった。

 前座が濃すぎて忘れてたわい。

 

 ボーデヴィッヒは俺…ではなく千冬さんの方へと向き直した。まずは千冬さんからって訳か。

 

「単刀直入に言います! お願いです、教官。我がドイツで再びご指導を!」

 

「いやだ」

 

「(´・ω●`)」

 

 






(´・ω●`):そんなー



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第141話 ラウラv.s.千冬


絶好調、というお話。



 

 

「我がドイツで再びご指導を!」

 

「いやだ」

 

 力強いよねぇ。

 短くも断固たる決意感じるよねぇ。

 

「な、なぜですか!」

 

「遠いから」

 

 近いから(流川)

 

「なっ……そ、それは…! た、確かに此処からだと遠いですが…」

 

 遠かったら仕方ないね。

 ドイツだもんなぁ。片道でどれくらい掛かるんだ? 仮に8時出勤だとして何時に日本を出たら……って違うわ!(ノリツッコミ)

 

「ドイツで指導って事は、その間千冬さんもドイツに滞在してると思うんですけど」(凡指摘)

 

「む……」

 

 というか、過去にも千冬さんはドイツに滞在してなかったっけ。その過程でボーデヴィッヒは千冬さんを慕うようになったって聞いてるんだが……よほど学園から離れたくないのかな。

 

「ふつめん…! そ、そうです教官! ですので移動距離はお気になさらずとも大丈夫です!」(これで教官の憂いは取り除かれたぞやったー!)

 

「ふむ……確かに移動の煩わしさはなくなったな」

 

「で、でしたら!」

 

「いやでもなぁ…」

 

「(´・ω●`)」

 

「ドイツに行けば、周りは当然ドイツ人だらけだろう。私はドイツ語なんぞ知らんし、コミュニケーションが取れないではないか」

 

 それはいけない。

 人間、誰かとコミュニケーションを取ってないと、ストレスが溜まってしょうがないからな。そこはブリュンヒルデな千冬さんも例外じゃないだろう。

 

「でもボーデヴィッヒは日本語しゃべれてますよ?」(凡指摘)

 

「む……」

 

 というか、それなら前回はどうしたんだ……って真っ当なツッコミは確実に野暮だろう。相手はあの千冬さんだし。

 もうアレだ、千冬さんはドイツに行った事がないテイで俺も接した方が精神上よろしいな、うん。

 

「ふつめん…! そ、そうです教官! それに軍の人間はみな日本語を習得してますので安心です!」(これで今度こそ教官の憂いが取り除かれたぞやったー!)

 

「ふむ……確かに軍でのコミュニケーションの心配はなくなったな」

 

「で、でしたら!」

 

「いやでもなぁ…」

 

「(´・ω●`)」

 

「テレビ番組はどうなんだ?」

 

「て、テレビ……ですか?」

 

「ドイツ語が分からん私がドイツのテレビを観ても面白くないじゃないか」

 

「うっ……そ、それは……」

 

「実は今、昔のドラマの再放送をやっていてな。私は毎週それを楽しみにしているんだ」

 

 ああ、そういやガキの頃はよく一夏と3人で、ゲーム以外でも普通にテレビ観てたなぁ。意外と千冬さんって、バラエティーとかドラマとかも好きなんだっけか。

 

「日本語じゃないドイツ人の番組など観ても分からんぞ」

 

「くっ……くぅぅ…く、くそ…! ドイツのテレビめ! 何故日本語を話さないのだ!」

 

 ドイツだからだと思うんですけど(凡推理)

 

「それに軍の人間は日本語を話せると言ったが、街中に出たらどうなる? 八百屋さんとかに行ってもドイツ語だと買い物が出来ないじゃないか」

 

 八百屋さんてアンタ…。

 料理できねぇじゃん(辛辣)

 

「くっ……くそぅ! ドイツの街中の八百屋さんめ! 何故日本語を話さないのだ!」

 

 ドイツだからだと思うんですけど(凡推理)

 世界共通語だからと言って、皆が話せたら苦労せんわい。

 

「教官の憂いはごもっとも…! ですが! それでもあなたは此処にいるべき存在ではありません! この学園の生徒など、教官が教えるに足る人間ではありません!」

 

「何故だ?」

 

「学生など意識が甘く、危機感に疎く、何よりISをファッションか何かと勘違いしている! 不純極まりないではありませんか!」

 

 耳がいたーい!

 ISをカッコ良く乗り回してモテモテになりたいとか不純極まりないぞ俺! でもやめない(断固たる決意)

 

「……ふむ。お前は……いや、お前達はISを何だと認識している?」

 

「兵器です」(即答)

「たけしです」(即答)

 

「む……それがふつめんの専用機か」

 

「まぁ……そんなところだな」

 

 俺にとっての専用機が【たけし】なのは間違いない。検査の時から俺はアイツしか知らんし。

 まぁ俺の居ないところで【たけし】は俺以外の女達に乗られまくってるけどな(NTR風説明)

 

「……兵器、か。本来ISというのは、宇宙を翔ける翼として作られたモノだったんだがな……どこかのアホアホ兎と世界一美人なショタコンのせいで、兵器としての印象が強くなってしまったのは確かだ」

 

 一体誰なんだその2人組は…!(すっとぼけ)

 まぁ原因はともかく、今は兵器じゃないって事だろ。

 

「今ではISも、サッカーや野球と同じスポーツ競技として扱われている。浮ついた気持ちで臨んだ挙句に怪我するバカは確かに言語道断だ。だがそれとは別に、楽しんで学ぶ姿勢まで否定する権利はない」

 

「し、しかし教官…!」

 

「何よりここは軍隊ではなく、学び舎なのだからな。軍隊の考えを学園の生徒に押し付けるのは、些か度が過ぎるのではないか?」

 

「ぐぬぬ…!」

 

 これには強気なボーデヴィッヒも『ぐぬぬ』らしい。屁理屈ではなく、真っ当すぎるほどの正論でこられたからな。俺でもコレに反論しろって言われたら難しいわ。

 

「た、確かに教官の仰る通り…ですが! それでも批判はさせてもらいます! 私は昨日、此処へ来たばかりですが、この学園の生徒はあまりにレベルが低い!」

 

「ほう……根拠はあるんだろうな? 先入観に溺れて否定するのは、お前の嫌う凡愚のソレだぞ?」

 

 千冬さんの言う通り、何でもかんでも決めつけて話すのはイカンよね。それがネガティブ系なら、なおさらイカンでしょ。

 

「ご安心ください、教官。確固たる理由があります。私は昨日の放課後、そして先程中庭への移動も、ふつめんと共に行動していましたが「少し待て」……は、ハッ!」

 

「その『ふつめん』というのは、もしや旋焚玖の事を言っているのか?」

 

「ハッ!」

 

「意味は?」

 

「普通の顔です!」

 

「フッ……お前にはまだ見えていないようだな」(ドヤァ)

 

 いやそこでドヤ顔はおかしくないですか?

 しかし千冬さんだし深く考えてはいけない(戒め)

 

「まぁいい、話を続けろ」

 

「は、はい! ふつめんと移動中、私は周りから不快な視線を感じました!」

 

 そうだったかな(感覚麻痺)

 

「1年生からはそうでもなかったのですが、他の学年の奴らはふつめんに対して、明らかに敵意……だけでなく侮蔑の視線を送っていました」(かつて私が教官と出会うまで感じていた視線と同等の不快感…! どうして間違えようがあろうか! 思い出しただけでもむきー!)

 

 オイオイ聞いたかオイ!

 ボーデヴィッヒがさらっと言った『1年生からはそうでもなかった』という部分をよォ! これは聞き逃してはいけない、超絶ひゃっほいポイントですよコレは!

 

 人間やっぱ慣れるんですよ! 俺に環境の如く適応してくれた1年生達には多大なる感謝を! そんでもって2~3年はまだ全く絡んでないから、へこたれる必要なし! 

 ボーデヴィッヒの証言により、女尊男卑の巣窟と謳われるIS学園ですら、絡み続ければ受け入れられる事が分かったんだからなやったー!

 

「敵愾心を持つだけならまだしも、これほどの男を見下し哂うなど……私より長く同じ学園に居ながら、この男のしゅごさを理解できていない凡愚の証拠に他なりません!」

 

「それは本当にそうだな!!」

 

 うわビックリした!?

 

「うわビックリした!? で、ですよね! 教官も同じようにお考えだったとは嬉し……はっ…!?」(これは……ナイスな案が閃いたかもしれん…! 教官は私が思っている以上にふつめんを評価している可能性…! 私はソレに賭けるッ!!)

 

 急に大きな声出すのはビックリするからダメだってセシリアが言ってましたよ! そしてボーデヴィッヒは何か思う事でもあったんか?

 

「改めてお願いします教官! 我がドイツで再びご指導を!」

 

「それとこれとは話が違うだろうが」

 

「しかし今ならなんと! 主車旋焚玖もセットで付いて来ます!」(ドヤッ)

 

 でもぉ…お高いんでしょ?って違うわアホか! 通販番組みてぇなノリでなに言ってだコイツ!?(びっくりなン抜き言葉)

 

「ほう…?」

 

 キメ顔で頷くのやめてくれませんかね。

 俺は余裕で行きたくないですよ! ドイツ語のテレビ番組は面白くないし、街中の八百屋に行っても買えないじゃないか!

 

「魅力的な提案ではあるが、それでもダメだ。むしろ付いて来させる訳にはいかん」

 

「な、何故ですか!?」

 

 これには俺も正直ビックリである。千冬さんの事だから、『俺にも来てほすぃ!!』ってなると思ったんだが……これは恥ずかしい自惚れですね。ちっ……反省してまーす(棒読み)

 

「弟の親友を手前勝手に連れ去る姉が何処にいる」

 

 手前勝手って言い方が様になっていると思った。

 そしてやっぱり千冬さんがナンバー1! これは何処に出しても誇れる姉の鑑ですよ! いやマジで。これには天邪鬼な旋焚玖さんも尊敬の眼差しを禁じ得ない。

 

「フッ……尊敬するだけでいいのか?」

 

 うわわ…。

 読まれた上に返しがおかしいですよ千冬さん!

 

「へ? どうしたのですか、教官?」

 

「気にするな。まぁそういう訳で、今回ばかりは旋焚玖で私を釣ろうとしても無駄だ。今回ばかりはな」

 

 『今回ばかり』の重ね掛けに、あくまで例外的だという意思を感じますねぇ! これこそ俺の知ってる千冬さんである!(謎の安心感)

 

「くっ……織斑一夏め…! ここでも私の障壁となるのか…!」(誘拐の件は納得したが、ソレとコレとは別だ! やはりアイツは一度この手でポッコポコにせねば…!)

 

 これは……良くない流れなんじゃないか?

 ただでさえボーデヴィッヒは一夏に嫉妬してんだ。ここにきて更なる一夏へのプンスカポイントを与えるのはマズいですよ!

 

(案ずるな。私に考えがある)

(アッハイ)

 

 心を読むだけじゃ飽き足らず、心の声まで飛ばしてきましたよこの人。なんかもう絶好調だな千冬さん。

 しかし何やら千冬さんには策があるらしいし、ここは姉弟子のお手並み拝見といこうか。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「は、ハッ!」

 

「今からお前に伝える言葉は、教師としてでも教官としてでもない。織斑千冬としての言葉だ。故にどう捉えてもらっても構わん」

 

「は、はぁ…………!!!!!!?!!??」

 

「……むぅ…!」

 

 うおおおぉぉぉ…ッ!?

 な、なんちゅう殺気だオイ!? 

 

「私欲で一夏を傷付けてみろ……殺すぞ」

 

「!!!!!!!」

 

 うーわー、ごっつこわいー…。

 

 これはやべぇ……シャルの兄弟に怒鳴り散らした時のヤツと質がまるで違うじゃないか…! 

 こんなモンお前一般人が浴びたら塵と化すんじゃないか、いや冗談なしに。俺ですら直立不動で精いっぱいなんだぞ。あ、ボーデヴィッヒは……ぁれ?

 

「……プルプル……プルプル……」

 

 俺の背後でプルコギってたでござる。

 やめて(切実)

 

 俺を矢面に立たせないで……というかもう、この怖さは矢面どころか白面だろ。……千冬さんは白面の者だった…?(うしお並感)

 

「……ほう。私の前に立ち塞がるか、旋焚玖よ」

 

 アンタそれ兄弟ン時にも言っただろォ!(※第112話参照)

 

 バカ言ってんじゃないわバカ言ってんじゃないよ! 相変わらず俺の評価エベレスト超えてんなアンタな! 頭チョモランマでヒマラヤか!

 

 しかし、まぁなんだ。

 『一夏を傷付けるな』か。

 確かに教室では言えんわな。

 

 だからこそ、此処で言って正解だったんじゃないか? きっと俺達が諌めるよりも、千冬さんが釘を刺した方が効果的なのは間違いないだろうし。

 

 ボーデヴィッヒはプルコギッヒになっちまったけど。

 

「フッ……そこでプルプルしてるボーデヴィッヒに朗報だ」

 

「ろ、朗報……?」

 

 おい、俺の背後から顔だけひょっこり出すな。

 お前の大好きな千冬さんだぞ~。怖くないぞ~と見せかけてやっぱり怖いからねしょうがないね。

 

「私をドイツに連れて行けるぞ」

 

「!?」

 

 んん?

 あんだけ嫌がってたのに、急にどうしたんだ?

 

「連れて行く方法が一つだけある」

 

「そ、その方法を是非ッ!!」

 

「簡単だ。文字通り、私を連れて行けばいい」

 

「いえ、ですが……教官は断りましたよね?」

 

「ああ断った。嫌だからな。だからお前は嫌がる私の首根っこひっつかまえ、無理矢理連れて行けばいい」

 

 あっ…(察し)

 

「拒否するならひっぱたき、張り倒し、服従するまでブン殴り続け、連行するッ!!」

 

「エェッ!?」

 

 オーガやんけ!

 千冬さんは白面の者でありオーガだった…?(畏怖)

 

「嫌も応もない。シールドを裂くが如く無理矢理だ」

 

 そうすりゃボーデヴィッヒよ…ドイツで再指導だってさせられる……ってか。ある意味、最も千冬さんらしいシンプルな方法ではあるな。力でねじ伏せればいいんだからよ。

 

「わ、私が……教官を……む、無理ですよ! 私が教官に勝てる訳ないじゃないですか!」

 

「なら諦めるんだな。実力で従わせられん限り、私は絶対に行かん」

 

「く、くぅぅぅん…」

 

 いや、くぅぅぅんてお前。

 しかし話も佳境っぽいし、俺もテキトーに存在感出しとくか。

 

「とりあえずよ、強くなってみたらいいんじゃないか? 目先の事に囚われずによ」

 

「ふつめん……」

 

 目先の事ってのは一夏に対する憤怒だからな! さりげにこう言っておく事で、矛先を一夏に向かせない隠れた俺の好プレーである!(自賛)

 

「そうだ、ボーデヴィッヒ。私自ら指導したくなるほど強くなってみせろ。お前の挑戦を私は待っている」

 

「教官……分かりました…! このラウラ・ボーデヴィッヒ、必ずや強くなってみせます!」

 

「フッ……その意気だ」

 

 そう言って千冬さんは去っていた。

 いやはや、流石すぎる。

 亀の甲より年の劫とはよく言ったモンだ。俺より上手くいい話っぽく締めよったわ。

 

「ふつめん」

 

「ん?」

 

「私は強くなるぞ!」

 

「……ああ」

 

「よし、そうと決まればさっそくアリーナに行くぞ!」

 

 なんでぇ?

 IS戦だと僕はうんちですよ?

 

「今だとトーナメントに向けて訓練している奴が居る筈だ」

 

 おぉ、この感じは別に相手が俺でなくてもいいっぽい! ぽいぽい!

 

「まぁいるだろうな。んで、どうする気だ?」

 

 確認大事。

 万が一があるからね。

 

「片っ端からポコポコにしてやる!」

 

「ならば良し!」(曹操)

 

 イクゾー!

 

 





良くはないんだよなぁ(マジレス)


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第142話 2つの景色


苦労人は誰と誰、というお話。




 

 

旋焚玖たちが中庭でわちゃわちゃやっている頃。

場所は第三アリーナ。

 

「「「「 あ 」」」」

 

そこで4人の女子が対面していた。

 

「奇遇ね。あたし達はこれからトーナメントに向けて特訓するんだけど」

 

そう言う鈴の隣には【ラファール・リヴァイヴ】を纏った静寐の姿が。月末に行われる予定の学年別タッグトーナメントにおいて、どうやら鈴のパートナーは彼女になったらしい。

 

「奇遇ですわ「奇遇だね! 私たちもまったく同じだよ~!」んもうっ! 清香さん!?」

 

優雅に返答するセシリアに被せてきたのは【打鉄】を纏った清香だった。

プンプン頬を膨らませて詰め寄るセシリアに対し「でへへ、ごっつぁんです」とか意味不明な応対をしている少女は今日も平常運転である。

 

「セシリアのパートナーは清香なのね」

 

IS学園でセシリアと一番仲が良いのは誰かと聞かれたら、鈴は普通に清香と答えるだろう。それほど鈴の目から見ても2人の仲は良好なのだ。仮に今回のトーナメントが『専用機持ち同士のタッグ禁止』がなくても、この2人なら組んでいたかもしれない。

 

ちなみに次に仲が良いのは静寐だったりする。清香と静寐の差の理由は、単純にセシリアと共に過ごしている時間なだけであり、もしも静寐がセシリアのルームメイトだったならば、今頃は静寐がセシリアのパートナーになっていただろう。

 

話を戻す。

清香曰く、昨夜セシリアからタッグのお誘いを受けたらしい。

 

「よろしいこと、清香さん…? このわたくしに! このエリィィィトかつエルェェェガントゥ!ヘァー!なわぁーたくしに誘われれれれれっ!?」

 

「このっ、このっ! 下手な物真似で捏造する清香さんのほっぺたなどモニモニして差し上げますわ!」

 

「や、やめれ~」

 

ものまね士と化して鈴たちに演じてみせる清香だったが、途中でプンスカセシリアに阻止されてしまう。しかし実はだいたいあっていた。

 

何にせよ、セシリアと清香、そして鈴と静寐がタッグを組んだという訳である。そして、それぞれ訓練しに第三アリーナまでやって来たのだ。

 

「ちょうどいい機会だし、タッグ模擬戦でもしてみる?」

 

「いいですわね。清香さんはどうでしょう?」

 

「いいよ! 来いよ!」

 

「な、何でそんなに好戦的なのよ……静寐は? いける?」

 

「私も大丈夫だよ」

 

話は決まった。

セシリアと鈴もISを展開する。

 

「模擬戦だけど、マジでいくわよセシリア」

 

「うふふ、わたくしもそのつもりですわ」

 

鈴とセシリアの間に見えない火花が散る。

2人ともメインウェポンを呼び出すと、それを構えて対峙した。

 

「よ、よーし!」

 

「うん!」

 

セシリアの気合いに感化された清香と静寐も少し遅れてから鈴と対峙する。

 

「……あら?」

 

「フフフ、3人掛かりでも中国代表候補生のアタシなら……って違うわよ!」

 

タッグ模擬戦だと思ってたら、何故か3対1の構図が出来上がっていた。しかし、そんな意味不明な状況でも、しっかりノリツッコミをしてみせる鈴はエンターテイナーの鑑だった。

 

「ちょっと静寐!? アンタはこっちでしょ!」

 

「いや、それは……」

 

「ヘンテコな返ししてんじゃないわよ! アンタはアタシのパートナーでしょーが!」

 

「鈴ちゃん……でも鈴ちゃんは友達としてしか見れないっていうか…」

 

「はァん!? ぬぁぁんでアタシがアンタに告ったみたいになってんのよ!」

 

「しかも鈴ちゃんフラれてやんの~!」

 

「うっさいわよ清香ァ!!」

 

女三人寄れば姦しいとはまさにこれ。

ミ゛ャーミ゛ャー騒ぐ3人を前に、セシリアは眉を顰めていた。しかし、それは当然だろう。

常日頃から淑女とは何たるべきかを心得る彼女にとって、お淑やかさの欠片もない3人の振舞いなど、文句の一つでも言いたくなるというものだ。

 

現にセシリアは、ほっぺたをプクーッと膨らませて、姦しガールズの輪へとズンズン近づいて行く。これにはツッコみ疲れていた鈴もニッコリである。

 

(ふぃ~っとね。これで意味不明な状況も仕切り直せるでしょ。何だったらおもいっきり怒っちゃっていいわよ♪)

 

「わ、わたくしも交ぜてくださいまし~!」

 

「いや怒んないのかい!」

 

「なに言ってますのプンプンですわ! わたくしだけ除け者にして! お三方だけ楽しそうにしてェ!」

 

「あァん!? アタシはねェ! そういう意味で怒ってほしかったんじゃないの! な・い・の! なにが交ぜてよ寂しがり屋さんか!」

 

思っていたのと違うセシリアの乱入っぷりに、今度は鈴がプリプリしてしまう。セシリアの発言内容は、鈴からすれば場が収まるどころか、むしろ混沌率アップが目に見えているので当然と言えば当然か。

 

「清香さん清香さん、今のセシリアについて一言!」

 

「ああ^~」(恍惚)

 

「もう一声オナシャス!」

 

「たまらねぇぜ」(恍惚惚)

 

清香と静寐は基本的にセシリアが大好きである。大好きなら仕方ない。あと恍惚惚と兀突骨は読み方が似ていてフフッとなったのである!

 

「やっぱりカオスじゃない!」(憤怒)

 

「んもう、お二人には困ったものですわ」

 

「原因はアンタなんだけどね。まぁいいわ、もう。時間は有限なんだし、さっさと始めましょ」

 

「あ、ちなみにこういう場合『時間は』よりも『時は』って言った方がカッコ良くてお勧めでしてよ? うふふ」(ドヤァ)

 

「は?」

 

「やりますねぇ!」

「やっぱりセシリアがナンバー1!」

 

「あ、アンタらねぇ……ああんもうっ! 分かった! 分かったから!」

 

いちいちツッコんでいては、それこそ終わりが来ないのではないか。そう判断した鈴は、強引にでも模擬戦を始める方へシフトチェンジ。

 

「さっさと始めるわよ! 時は有限なんだからね!」

 

「ええ!」

 

「よ、よーし!」

 

「うん!」

 

再び4人は武器を取る。

 

「「「…………………」」」

 

「……………………」

 

鈴と3人が向かい合う形で。

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

 

 

 

「何やってんだアイツら…」

 

 第3アリーナにやって来た俺とボーデヴィッヒ。

 誰か知ってる奴は居るかな~っと探してたら、ド真ん中にセシリア達がいたでござる。いたでござるが、全然戦おうとせず何かワチャワチャしてて楽しそうだと思った(小並感)

 

「フッ……やはり居るではないか、イキのいい奴らが」

 

 俺の隣りでニヤリと笑うボーデヴィッヒはそのままISを展開。何やら肩口から物騒なモンを出しては、アイツらに照準を合わせ…いや何やろうとしてんのコイツ!?

 

「あ、おい待てい」

 

「む……何故邪魔をする」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「むぅ…?」

 

 可愛らしく首を傾げられてもダメなモンはダメなんじゃい! むしろコイツはどうして止められないと思ったのか、コレガワカラナイ。

 というか何の脈略も無しに、ソレをブッ放そうとする意味が分からない。百歩譲って赤の他人にならまだしも、あの面子に実行するのだけはいただけない。

 

 そんな事してよォ、お前と一緒に居る俺がアイツらに嫌われたら、お前責任取れんのかよ? とか本音を晒したところでキモいだけなので、何か適当に理由つけて説得しなきゃ(使命感)

 

「奇襲したらイカンのか?」

 

「イカンでしょ」

 

「何故だ? お前も奇襲には肯定的だったではないか」

 

「そりゃあお前、俺は武術やってるし、ボーデヴィッヒも軍人だからな。だが世の中全ての人間が奇襲不意討ち騙し討ちが普遍な世界に住んでる訳じゃないだろう?」

 

「む……そうなのか?」

 

 そらそうよ。

 むしろ、そうでないと困るわ。全人類が奇襲上等で生きてる世界とか怖すぎるだろ、なんだその修羅の国。名も無き修羅にファルコが負けちゃうやばいやばい。

 

「別に喧嘩しに来たんじゃないんだし、普通に模擬戦を申し込めばいいじゃないか」

 

「む……そういうものか」

 

「そういうモンさ」

 

 ボーデヴィッヒが素直に聞いてくれて僕は嬉しいです。というかコイツを育てた奴出てこいマジで。

 昨日と今日を鑑みた結果、ボーデヴィッヒ社会で生きていく為の知識を教わっていない説。割とマジであると思います。

 

 親の教育か軍の教育か知らんけど、そのままのスタイルを貫き通せば、確実にボーデヴィッヒは学園で鼻摘み者にされちまうだろう。

 

 俺が守護らねば…!(本部)

 嫌われモンは俺ひとりで十分よ(建前)

 

 そして守護ってればボーデヴィッヒが惚れてくれるかもしんない(本音)

 

「では話をつけてくる」

 

 何か言い方が物騒なんですがそれは。

 これは確認しておいた方がいいですねぇ!

 

「ちなみに、何と言うつもりかね?」

 

「む…?」

 

「俺をアイツらだと思って言ってみてくれ」

 

「ふむ、リハーサルというヤツか……いいだろう!」

 

 な、何でそんな気合い入った感じなんですか?

 コイツやっぱ変な事言う気だったんじゃ……いやいや、勝手な憶測で人を疑うのは良くない。すまんな、ボーデヴィッヒ。あとでコーラ奢ってやるけん、許してくれい。

 

「中国の【甲龍】にイギリスの【ブルー・ティアーズ】か。……ふん、データで見た時の方がまだ強そうではあったな」

 

 やっぱり変な事だったじゃないか! 

 お前あとでコーラ奢れよ。

 

「ふふん、データで見た時の方がまぁだ強そうではあったな!」(ドヤァ)

 

「……何で今二回言った?」

 

「言ってみると存外気持ち良くてな」

 

 それならしゃーない。

 けど内容はしゃーなくない。

 

「しかしな、いきなり挑発的な物言いから入るのはどうなんだ?」

 

「挑発した方が手っ取り早く戦えるではないか」

 

 いやいや、相手の気持ちも考えてよ(切実)

 

 コレ言って納得してくれたら俺も楽なんだが。……相手はボーデヴィッヒだしなぁ。この子可愛らしい顔してるけど、転校初日から一貫して態度Lなんですよ? 

 そんな子に言ってもさぁ、平然と『私は嫌な思いしてないから』とか言って軽く一蹴されそう。されそうじゃない?

 

 つまりアレだな。

 一般人に向ける言葉じゃなく、あくまで対ボーデヴィッヒ用説得論を構築する必要があるって訳か。これはまた難題と思いきや……ところがどっこい、実はそういうのは慣れてたりするんだぜ!

 

 昔から俺の周りには個性豊かな奴ばっかだからな。テンプレが当てはまらない事なんざ、別に今に始まった事じゃない。こちとら年季が違うってトコを魅せてやるずぇ!

 

「望み通り戦えるだろうが、お前の格は落ちるぞ」

 

「む……何故だ?」

 

「なぁーんか小物っぽいんだよなぁ」

 

「こ、小物だと!? 何故だ!?」

 

 やったぜ。

 プライドを少しコチョコチョしてやれば食いついてくると思ったぜ! デカい釣り針を豪快にパックンチョしてくれたお礼に、しっかり説得してやるずぇ!

 

「ほれ、良く言うだろ? 弱い犬ほどよく吠えるってな。お前にその気がなくても、見下した発言ばっかしてると器が知れンぞ? これにはお前の目標たる千冬さんもニッコリどころかガッカリだろうよ」

 

「わ、私がアイツ達をポコポコにしてもか!?」

 

「ポコポコにしてもだ!」

 

「ポッコポコにしてもダメなのか!?」

 

「ポッコポコにしてもダメだ!」

 

 違いが分かんねぇんだよこのヤロウ!

 

「な、ならフルポッコに「ダメなモンはダメなんじゃい!」……く、くぅぅ…」

 

 やったぜ。

 男にはな、道理が意味不明だろうが決して引いちゃならねぇ時がある。ましてや勢いに任せて押し通すなんてのは俺の得意分野だ、相手がボーデヴィッヒだろうがしっかり押し切ってやったぜ。

 

「な、なら私はどうすれば…」

 

 何故そこでオロオロしだすのか。普通に『模擬戦しようぜー』って気軽に誘えばいいだけだと思うんですけど。だがコイツはオーソドックスな回答だと逆に納得してくれんけんの。

 

 ボーデヴィッヒも中々に厳しい言葉のキャッチボールを要求してくれるぜ、まったく。内角か外角の高めか低めにシュートかカーブかスライダーを……か。なるほどな…!

 

「ちなみに小物の反対は何だと思うね?」

 

「んん…? 大物じゃないのか?」

 

「そうだ。『小物』を反対にすれば『大物』になる。なら、お前がアイツらに言おうとした言葉も反対にすれば自ずと…?」

 

「!!!!!」

 

 どうやら伝わったみたいだな。

 よーしよし。あとはソレをボーデヴィッヒがぱぱぱっとセシリア達に伝えて模擬戦っ!って感じで。ハイ、ヨロシクゥ!

 

「えーっと……反対だから…うーんと、うーんと…………」

 

 お、ここでもリハーサルか?

 いいよ、こいよ! 予行演習は大事だからな!

 

「なたっあはでうそ強…じゃない。えーっと、よつだまがうほ「はいちがーう! ちがちがちがちがちっがああああう!!」……む!?」

 

 む!?じゃねぇよ! 俺の方が驚いたわ! 

 誰が倒語れツったんだよアホか! 上から読んでも下から読んでもいいのは山田先生くらいなの! 

 

 お前俺の気持ち返せよ!

 ああ、やっと……展開が進むんやなって。

 

 そう喜んだ俺の気持ちをよォ! 

 

 というか珍しくまだアホの【選択肢】が出てきてねぇってのに、何で! ぬぁぁぁんで進行速度がまるで変わってねぇんだコラァッ!! 

 ボーデヴィッヒ……お前まさか実は【選択肢】から送り込まれた刺客説…!? いや、アホの【選択肢】がとうとう擬人化して現世に舞い降りた可能性…! 

 

 あると思いますぅぅ…ぇええん! 

 ある訳ねぇだろアホか俺!

 

 えぇい、脳ミソおかしなる前に俺が教えたるわい!

 

「いいか、ボーデヴィッヒ! とりあえずもうこう言えお前このヤロウ!」

 

「う、うむ!」(思わず頷いてしまう程の圧迫感…! ふふっ、アイツらをポコポコにしたら、その後はふつめんとも闘らねばな!)

 

 頷いたなこのヤロウ!

 ならさっさと聞いてそのまま伝えて来いこのヤロウ! 結局ゴリ押しド真ん中ストレートが正解だったんじゃねぇかこのヤロウ!

 

 

 

 

「という訳で先に謝っておくよ、鈴ちゃん! 本戦でセシリア達と当たったら私は逃げるね!」

 

「はァん!?」

 

「セシリアを撃つなんて私にはリームーだもん!」

 

「静寐も私に勝るとも劣らないくらいセシリアが大しゅきだからね! しゃーない! こればっかりはしゃーないよ、鈴ちゃん!」

 

「いや、しゃーなくないでしょ!? バリバリ私情挟んでんじゃないわよ! セシリアもほら怒ってほら! 今こそ怒りどきよ!」

 

「そ、そうですわね。ですが、イギリスに居た頃とは全然違う慕われ方ですので、何やら嬉しいやら恥ずかしいやらで………うふふっ」

 

「なに照れながら笑ってんのよ可愛いわね!」

 

「おっ、鈴ちゃんもソコに気づくぅ~?」

「気づいちゃった? 気づいちゃった系?」

 

「うっさいセシリアバカコンビ! 静寐も何がリームーよ! セシリアが撃てないなら清香と戦ればいいだけでしょうが!」

 

「「!!!!!」」

 

 その発想はなかったわぁ……って顔してんな、この2人な。相川も鷹月も普段は基本的に普通なんだが、セシリアが絡むと途端にIQがちょっとな(控えめ)

 

「あら、旋焚玖さん…とボーデヴィッヒさん。来てましたの?」

 

「ああ」

 

 というかお前らまだ戦ってなかったのか(困惑)

 

 しかし好都合だ。

 そっちの方が俺らも声を掛けやすい。むしろ模擬戦が始まってない今が絶好のチャンスってヤツだろう。

 

 んじゃらば、ボーデヴィッヒよい!

 この機を逃さず元気良く言っちまいな!

 

「中国の【甲龍】にイギリスの【ブル-・ティアーズ】か。……ふん、データで見た時より強そうだな!」

 

「え……あ、うん……ぅん?」

 

「えっと……あ、ありがとうございます?」

 

 ぃよしッ!

 これで開幕険悪ムードを避けれたな! 

 

「貴様らと手合わせがしたい」

 

「なによ、アンタ模擬戦がしたいの? 別にあたしはいいわよ?」

 

「わたくしも構いませんわ。ドイツの代表候補生の実力が如何程のものか知る良い機会ですし」

 

 うむうむ。

 やっぱさ、いちいち挑発なんかする必要ないって、はっきり分かんだね。学生同士で殺伐とする必要なんてねぇんだよ!

 

「ならどっちが先に闘るか、セシリア、ジャンケンするわよ」

 

「ええ、そうですわね」

 

 まぁジャンケンが無難だな。

 鈴かセシリア、ジャンケンで勝った方がボーデヴィッヒと……ん?

 

「何を言っているんだ、貴様ら。2人……じゃないな、そこの【打鉄】と【ラファール・リヴァイヴ】を展開している奴も入れて4人掛かりで来たらどうだ?」

 

 お前が何を言っているんだ(ドン引き)

 いやもう好きにしたらええんちゃう。とりあえず当初の目的は達成したんだし、俺は観客席までスタコラサッサさせてもらうぜ!

 

 

【5対1。卑怯とは言うまいね?】

【4対2。これでイーブンだな?】

 

 

 【選択肢】生きとったんかいワレェ!?

 

 






選択肢:みんなも不要不急の外出はやめようね!


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第143話 模擬戦-前半-

持たざる者、というお話。



 

 中々に姿を見せなかった【選択肢】の生存報告に、柄にもなくテンション上げて応えてしまったが……冷静になってみると、何だこのうんこ【選択肢】。

 

 

【5対1。卑怯とは言うまいね?】

【4対2。これでイーブンだな?】

 

 

 別にさ、割合にとやかく言ってんじゃないんだよね。たださ、どっちを選んでも俺が参戦させられる事実にピキピキきてんだよね。

 

 戦いたくない!

 戦いたくないでござる!(剣心)

 

 とかジタバタしても意味ないんだけどね。じゃあどっちを選べって話ですよ。そんなモンお前【下】しかないだろ。

 【上】はアレだろ、寄ってたかってボーデヴィッヒをフルボッコ…じゃないフルポッコにするって事だろ? 相手が怨敵ならまだしも、友達にその仕打ちはイカンでしょ。まぁどうせ俺は居ても居なくても戦力外なんだけどな、HAHAHA!

 

「4対2。これでイーブンだな?」

 

「え、旋焚玖も戦うの!?」

 

「当たり前だよなぁ?」(震え声)

 

「声が震えてますわよ?」

 

 察してくれ。

 というかお前ら2人は察せるだろが。

 

 『ドキドキッ…♪ 夜のアリーナ…♥』は基本的に箒との特訓がメインではあるが、最近じゃあ鈴やセシリアといった専用機持ちも時々顔を出すようになったのだ。故に俺の不動っぷりはコイツらにはバレバレさ!……とほほ。

 

「フッ……それがジャパニーズ武者震いというヤツか、ふつめんよ」

 

「お、そうだな」(げっそり)

 

 ちっ……【下】を選んでて何だけど、ボーデヴィッヒには『私一人で十分だ!』とか言ってほしかったなぁ(届かぬ想い)

 

「ふつめんの参戦に異論はない。だが、専用機持ちの2人は私の獲物だ」

 

 いや獲物てボーデヴィッヒさん。

 せっかくここまで穏便にいってたのに、そんな風に言ったらまた険悪なムードになっちゃうでしょ!

 

 

【叱る】

【スルー】

 

 

「コラッ!!」

 

「ぴっ!?」

「む?」

 

 ボーデヴィッヒは全然ピンときてないっぽいけど、セシリアが驚いたし実りあるコラだったと言えよう。……でも問題は解決してねぇな。

 

「おい、ボーデヴィッヒ」

 

「なんだ?」

 

「今の言葉はいただけんな」

 

「む……どこかだ?」

 

「フッ……教えてやれ、鈴」

 

「何であたしに振るのよ? 別にいいけどね」

 

 ここで俺が答えるのは簡単だが、それだとボーデヴィッヒの交友の輪はいつまで経っても広がらんからな。

 ルームメイトの乱とは仲良くなれたらしいが、教室だとお前俺としかしゃべってねぇじゃねぇか。それはイカンでしょ。

 

「アンタさ、獲物って言い草はどうなのよ?」

 

「む……獲物って言ったらイカンのか?」

 

 イカンでしょ。

 そして俺の代わりに言ってくれい!

 

「イカンでしょ」

 

「何故だ?」

 

「何故って……だって言われた方は大なり小なりイラッとくるでしょ?」

 

 つまりアレだ。

 相手の気持ちも考えてよって事なんだが……。

 

「イラッとさせたらイカンのか?」

 

「……なるほどね」(普段はアリーナに来ても観客席で見学している旋焚玖が、今日に限ってわざわざ闘技場まで入って来た理由が分かった気がするわ)

 

「鈴さんが今お考えになっている事が、わたくしにも分かりますわ」(旋焚玖さんがこの場所まで付き添わざるを得ない程、ボーデヴィッヒさんの渡世術は厄介なモノに仕上がっている、と)

 

 どうやら鈴とセシリアは察してくれたようだ。だからと言っちゃなんだが、ボーデヴィッヒの言動にプリプリしないでやっておくれ。

 

「ねぇねぇ、清香は分かった?」

 

「わがんね」

 

「わたしもー」

 

「「 HAHAHAHA! 」」

 

 相川と鷹月は……まぁ、うん。

 楽しそうで何よりですね。

 自分の学園生活もかくありたい。

 

 とりあえず、後はまかせろー。

 

「俺が言った事忘れたんか? 挑発は小物っぽいってな」

 

「……そうだった。しかし幼少期からの癖は中々すぐには抜けんものだな」

 

 幼少期から挑発しまくっていたのか(ドン引き)

 どんな環境で育ったらそうなるんだマジで。

 

「まぁアレだ、少しずつ直していけばいいじゃないか」

 

「うむ。……えっと、こういう時は言葉の意味を逆にして言い直せばいいんだったな」

 

 そうだよ。

 

「えっと、えっと……獲物の反対だから…………よし」

 

 獲物の対義語か。

 中々に難しいが、それ以上にボーデヴィッヒが何と表現するか楽しみでもある。ほれ、お前らも今からボーデヴィッヒが言い直すから、ちゃんと聞いてやってくれい。

 

「ふつめんの参戦に異論はない。だが、専用機持ちの2人は私の捕食者だ!」(ドヤァ)

 

 ドヤ顔が可愛いと思った(小並感)

 だから文脈へのマジレスは申し訳ないがNG。

 

「「(チラッチラッ)」」

 

 だからと言って俺に困った顔で視線を送って来るのも無しで。

 オラ、察すんだよ。お前らならボーデヴィッヒが伝えたかった事を『言葉』でなく『心』で理解できんだろがい! 出来なくても空気を読むんだよぉ!

 

「うん、まぁ……うん、そうね」

 

「ええ、そうですわね……えっと…そうですわね」

 

 そうだよ!(強めの便乗)

 ほらほら、もっと言葉を紡いでほら!

 

「えーっとさ……じゃあ、あたしとセシリア同時でいい?」

 

「当然だ! 1+1は所詮「田んぼの田ァ!!」もがもがっ……ぷはっ…い、いきなり何をするふつめん!?」

 

 お前が何してんだコラァッ!!

 マジでコラァッ!!

 

 いやさっき反省してたじゃん! 

 え、してたよね? 

 

 それが何で息を吐くように挑発しようとしてんの!? まだ1分経ってねぇぞコラァッ!! もはやお前のソレは条件反射の域かこのヤロウ! 

 咄嗟に口押さえてなかったら、またさっきのやり取りが繰り返されるじゃねぇか! 

 

 展開遅延行為やめてくれよぉ! 

 お前ホント【選択肢】要らずだな!

 

「うるせぇスットコドッコイ! 時は有限だろうが! さっさと試合えよ! よ!」(覇気増しまし)

 

「むぉっ…!? う、うむ分かった…!」

 

「うふふ、聞きましたか鈴さん? 旋焚玖さんもわたくしと同じく『時』と表現して「うっさいスットコドッコイ!」ひ、ひどいですわ鈴さん!」

 

 セシリアも遅延行為しかけたからね。

 今のは鈴の好プレーだったな。

 

「とりあえず戦るんでしょ? なら、あたし達はアッチで戦りましょ」

 

 という訳で、鈴達3人は俺達から離れていった。

 3人ともがんばぇー!

 

「じゃあ、私と静寐が主車くんと戦うんだね?」

 

「お、そうだな」

 

 戦いたくない!

 戦いたくないでござる!(二度目)

 

 あ、生身で戦る?

 それだったら全然いいですよ!

 

 来いよお前ら! ISなんか捨ててかかって来い!

 

「私達はもうISに乗ってるし、主車くんもISを展開して……あ、主車くんは強すぎるから専用機断ったんだっけ」

 

「あー言ってた言ってた。主車くん程の男になると専用機なんざフヨウラ!って」(第39話参照)

 

 言ってない(言ってる)

 

「じゃあ、まず訓練機取りに行かないとだね。主車くん、貸出申請の許可は貰ってる?」

 

 あ。

 そういやそんなルールがあったっけか。夜しか使わんから完全に忘れてたわ。……あれ? って事は、つまり…!

 

「貰ってないから借りれないな」

 

「えぇー! じゃあ主車くん戦えないじゃん!」

 

「おっ、そうだな!」

 

「……何かちょっと嬉しそうじゃない?」

 

「気のせいだ」

 

 おっと。

 クラスの間じゃクールキャラで通っている可能性が無きにしも非ずな俺とした事が、思わず声色に感情乗せちまったい。

 

 フッ……俺もまだまだ未熟ゆえ、明鏡止水とは程遠い。こみ上げる昂ぶりを止められぬ。戦わずに済む歓喜びに、一点の曇りなし!!(舞い上がり旋ちゃん)

 

「あ、じゃあさ! 私か静寐かの訓練機貸してあげようよ! 3人なんだし交代で使えばいいじゃん!」

 

「いいね! 別に私達まで1対2に拘る必要ないし。ね、主車くん!」

 

「お、そうだな」

 

「……何かちょっと悲しそうじゃない?」

 

「気のせいだ」

 

 クラスの間じゃクールキャラ(以下省略)

 

 そしてこれを無下にするのは些か厳しいモンがある。

 相川も鷹月も、なんら邪心のない穢れなき心から生まれでた完全で一部の隙もない徹底的絶対的かつ完璧で純粋な究極人間愛に基づく厚意で言ってくれてる訳だしなぁ。

 

 いっそ邪な気持ちアリアリで言ってくれた方が、俺も断りやすいのに…! ここで下手に渋ったら、それこそ馬脚を露しかねん、俺が。……辛いです、相川と鷹月が普通に良い子だから。

 

「主車くんは静寐が乗ってる【ラファール・リヴァイヴ】と私が乗ってる【打鉄】どっちが良いとかってあったりする?」

 

 そんなモンお前【打鉄】一択に決まってんだろ。いや、正確には【打鉄(たけし)】か。いや違う【たけし(打鉄)】だな。

 

 たとえ同じ【打鉄】であろうとも、俺にとっては天と地ほどの差があるのだ!(ターレス)

 

 あ、待って待って、ちょいタンマ。

 俺ってばさ、もしかしてすんげー重要な事を見落としてない? 

 

 コイツらにそのままソレを言っちまえばさ、割と結構な確率で戦わずに済むんじゃなかろうか。俺の迸る熱いパトスを伝えれば、この二人なら納得してくれそう、してくれそうじゃない?

 

 いや別に鷹月が乗ってる【ラファール・リヴァイヴ】も相川の乗ってる打が――。

 

д・) 》

 

 ん?

 

( |)彡サッ )

 

 何だ気のせいか。

 

 

ω・。) 》

 

 ん?

 

( |)彡サッ )

 

 んんん?

 

 

 

《 |・ω・`)ノ ヤァ 》

 

 

 たけしやないかい!

 

 

【相川に奪われたたけしを奪い返す】

【もうリヴァイヴちゃんに乗り換える】

 

 

 言い方ァ!!

 

 





選択肢:純愛ルートor浮気ルート


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第144話 模擬戦-中盤-


実は1対4、というお話。



 

 

【相川に奪われたたけしを奪い返す】

【もうリヴァイヴちゃんに乗り換える】

 

 

 うん。

 もうどっからツッコミ入れたらいいか分からんね。

 

 奪い返すてお前。

 乗り換えるてお前。

 

 浮気をテーマにしたエロゲかな? 

 

 しかしせめて対象は人にしてくれ。ISが相手の恋愛ゲームとか時代を先行し過ぎなんだよ。そんなんだから日本は他国から『アイツら未来に生きてんな』とかって引き気味で言われんだよ。

 

 うん、で……まぁ選ぶとしたら【上】一択なんだけどね。【奪い返す】ってのがアレだが、だからと言って【たけし】以外のモンに自分から乗ったらイカンでしょ。ソレを見た【たけし】はどう思うよ?

 

たけし「自分から乗りに行くのか…」(困惑)

 

 ってなられてもな。

 今日明日に限った事じゃない。少なくとも高校生活3年の間は【たけし】と付き合っていく予定なのに、こんなトコで微妙な感情を抱かせたらイカンでしょ。

 【たけし】が気にしてないと言っても、きっとそれは僅かなシコリとして【たけし】の心に残り続け、やがて俺達の関係も何処かぎこちなくなり、自然と距離が開いてしまい、気付けば俺もその余所余所しさに耐え兼ねて、ついリヴァイヴちゃんに……ってエロゲか!(ノリツッコミ)

 

 という訳で【上】だよね。

 

「返せお前相川このヤロウ!」

 

「うわビックリした!? ど、どうしたの、主車くん!?」

 

 どうしたもこうしたもあるかい!

 理路整然にクドクド訴えるより、勢いに任せてバカっぽく訴えた方が、まだ引かれないと思ったんだよぉ!

 

「その【打鉄】は僕のです! だから返してくださいこのヤロウ!」

 

「ちょっ、意味分かんないし、ど、土下座しないでいいよぉ!」

 

「だったら返してくださいこのヤロウ!」

 

「わ、分かった! 分かったから! 主車くんは【打鉄】に乗りたいんだね!?」

 

「そうだよ」(威風堂々な便乗)

 

「え、なにそのポーズは…?」

 

「コロンビア」

 

 思った以上にすんなりいけたからね。

 これは歓喜の便乗ですよ。

 

 

【あっちむいてホイで勝ったら返してくれ】

【あ、やっぱ缶蹴りで!】

【あ、やっぱかくれんぼで!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 もう相川から了承得た! 

 得たんだよぉ!

 

 何でぶり返す必要があるんですか!(憤怒)

 ボーデヴィッヒが居なくなった途端に、しゃしゃり出てくるんだなお前な! 

 

「じゃあ、私はいったん【打鉄】から降りるねー」

 

「あー、それなんだが……あっちむいてホイで勝ったら返してくれんかね?」

 

≪ (゚Д゚)ハァ? ≫

 

 腹立つ顔で疑問を表すのやめろ。

 

「へ? いや、普通に返すってば」

 

 相川も冷静に応えないで。

 僕のメンタルがチクチクしちゃうの。

 

「いやいや、あっちむいてホイしてからでいいじゃん」

 

「いやいやいや、別にしなくていいじゃん。フフッ……そんな事しなくていいから」(良心)

 

 含みある念押しの仕方やめろ。

 鷹月も含みある笑み浮かべんな。別に笑うような事言ってねぇだろ。

 

 それはそれとして、俺も相川が返すツってくれてんだから、ゴリ押ししたくはないんだけどね。ただ、ここで相川の厚意に、安易に乗ってはいけない。そんな事したらアホの【選択肢】からの物言い待ったなしだからな。

 

「しなくていいって事は、裏を返せばしてもいいって事でもある。そうは思わんかね?」

 

「む……それは一理ありますねぇ!」

 

「ありますねぇ!」

 

 セシリアいない時までバカっぽく振舞わなくていいから(良心)

 

 

【もう無理矢理あっちむいてホイる!】

【ちゃんと説得する。星くんのノリで】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 ゴリ押ししてないのに出てこないでよぉ! 何だお前このヤロウ! 最近影薄かったからって挽回しようとしてんじゃないよ! 誰も得しないんだよこのヤロウ!

 

「一回きりあっちむいてホイしてくれれば、それで僕は満足するんだDA☆」

 

「なにそれ? あ、星くん?」

 

 コイツ元ネタ知ってんのか(困惑)

 もしや、やーまだ先生と同等だったり…?

 

「でも主車くんは美少年からかけ離れてるよね」

 

 鷹月も知ってるのか(唖然)

 そして君は実に失礼だな(プチ怒)

 

 しかしネタが通じてるなら話は早いし、何より俺の羞恥心も薄まる。じゃけんパパパッとパロディって展開を進めちゃいましょうね~。

 

「お願いだから、ネネ、いいだろう?」

 

「でもぉ、みんなが真似すると私、困るから!」

 

 別に困らないんだよなぁ。

 というか別に相川までパロディる必要はないです。普通に、普通に流してくれていいですから。

 

「ボク絶対しゃべらない「しゃぶらない」……ぁ?」

 

「そこは『しゃべらない』じゃなくて『しゃぶらない』でしょ?」(迫真)

 

 え、なにその訂正は(困惑)

 というか相川…さん、ちょっと……あ、圧が凄いんですけど。え、そんな威圧感持ちでしたっけ、アナタ…?

 

「なに勝手に変えてんの? 星くんは『しゃぶらない』って言ってたよね? 何で変えるの? 変えてもいい台詞と変えちゃいけない台詞ってあるよね?」(迫真)

 

 た、鷹月?

 え、鷹月…さん、ですよね?

 

 いや、でも『しゃぶらない』とは言ってないと思うんですよ。台詞は『しゃべらない』であって、たんに空耳で『しゃぶらない』って聞こえてしまうだけで。だから僕は間違ってないと思うんですけど。……なんか怖いから言わないけど。

 

「真似るならちゃんと真似きる!」

 

「その覚悟がないなら、最初から真似るんじゃない!」

 

「………………ごめんなさい」

 

 めっちゃ怒られた。

 決してそういう場面じゃない筈なのに、本気で叱られた。言語を理解しないピクルですら理解できるレベルでクラスメートの女子に叱られた。

 

≪ (´゚c_,゚` )プッ ≫

 

 なに笑とんねん。

 お前あとでシバくからな。

 

「もう横着しない?」

 

「アッハイ」

 

 横着とは言わんやろ。

 いや指摘しないけど。

 

「今度はちゃんと出来る?」

 

「アッハイ」

 

 お前ら子供に言い聞かせるみたいに言うのやめろ。その程度の母性を振り翳して乱と並ぼうとは、何と嘆かわしい、何と烏滸がましい事か…!(譲れない想い)

 

「……ボク絶対しゃぶらないよ」(棒読み)

 

「「(ニッコリ)」」

 

 ニッコリすんな!

 

「……だから、ね? させてくれるかい?」

 

「いいよー」

 

 軽っ!? 

 

「うんうん、よく頑張ったね、主車くん」

 

 褒められても嬉しくねぇよ!

 何なんだお前ら、一体どういう立ち位置目指してんの!? 

 

 いやいや、相川と鷹月ってこんな感じのキャラだっけ? 他のクラスメートと一線を画しすぎだろ…(戦慄) 

 

「花も恥じらう女子高生相手に下ネタぶっこんできた主車くんの度胸に免じて、あっちむいてホイに付き合ってあげるよ!」

 

 嫌な言い方すんなよ!

 言いたくて言ったんじゃないわ!

 

 えぇい、今のコイツらのノリは俺の手に余る勢いだ…! ここはもうさっさとあっちむいてホイるに限る!

 

 

【の前にハッタる】

【ハッタらない】

 

 

 ハッタる事が男の勲章である。

 ハッタリでせめてもの意趣返しをしてやるんだい! まぁ、ただの自己満足なんですけどね。

 

「おっと、相川。ISから降りんでいい。むしろ纏っていたまえ」

 

≪ (゚Д゚)ハァ? ≫

 

 無視。

 

「へ? 何で?」

 

「オイオイ、生身で俺とあっちむいてホイるつもりか?」

 

「いやおかしくない? な、何でそんな物騒な感じで言うのかな? え、あっちむいてホイだよね?」

 

「まぁ聞け。まず常人とのじゃんけんで俺が負ける事はない」

 

 指の動きが視えるからね(ドヤァ)

 

「さすれば、必然的に俺がホイる権利を得る訳だが……」

 

「「 だが? 」」

 

≪ ( ・ω・)モニュ? ≫

 

 可愛い子ぶんな。

 

「俺が向ける指先の爆風でお前の首は数十回回転し、そのまま千切れるだろうよ」

 

「「 なにそれこわい 」」

 

≪ (((( ;゚д゚)))アワワワワ ≫

 

 怖いよねぇ。

 俺も首が数十回回転して、そのまま千切れた事あるから分かるよ。猿王とあっちむいてホイをしてはいけない(戒め)

 

 というか最近【選択肢】から出される『トレーニング相手』もとい『俺を鍛えてくれる先生』の面子がちょくちょく異次元すぎて笑えないんだよね。八王の一角提示してくるとか頭おかしいだろ。そんなレベルに達してねぇから俺。掠りもしてねぇよ。

 

「という訳で、だ。絶対防御……あった方がいいんじゃないかね?」

 

「そ、そうだね、うん。仲良くなってつい忘れてたけど、主車くんって主車くんなんだよね」

 

 何か言い方おかしくないですか?

 いやまぁ、言わんとしてる事は分かるんだけど。

 

「危なかったね、清香。もう少しで超えちゃいけないライン……ん?」

 

 ん?

 鷹月は一体どこを見て……あ?

 

「ふはははは! どうした、貴様らの力はこんなモノか!」

 

 俺達が愉快なノリに耽っていた頃、離れた場所ではボーデヴィッヒがセシリアと鈴をワイヤーみたいなモンで縛り付けては、2人の全身へ隈なく殴打を繰り返していた。……えぇ(ドン引き)

 

「ちょ、ちょっと、やりすぎなんじゃない?」

 

「だよね、いくら模擬戦でもあれは……」

 

 ああ、そうだ。

 相川と鷹月の言う通り、どう見ても既にフルポッコの域は超えている。仮にこれが喧嘩だとしても、モノには限度ってモンがあるだろう。

 

 何より鈴たちを痛めつけてる今のアイツ……もしや、悦に浸ってないか?

 

「ど、どうする、清香? 止める?」

 

「う、う~ん……怖いけど…うん、ヤバいくらい怖いけど、でも止めなきゃ…!」

 

 戦いを終了らせる権利を持つのは勝者のみである。そこに第三者が介入する余地は無し。武の世界に在る不文律だ。俺もかつて柳韻師匠にそう教わった。

 

 そして柳韻師匠はその後、こうも言っていた。

 

 

『だが篠ノ之流は少し異なる。この不文律を守るのは、せいぜい相手が赤の他人の時だけでいい。大切な者が不当に傷付けられているのに何が不文律か。そんなクソッタレな掟など犬に食わせてしまえ』

 

 

『【ワン! ワンワン!】』

『【か、かっこいいたる~】』

 

 

 ああ、そういやそんな【選択肢】が出てきたっけな。でも別に【選択肢】の回想まで入れなくていいから。【下】選んだに決まってんだろ。「は?」って真顔で返されたわ。

 

 まぁ何だ。

 つまりこの状況、篠ノ之流的にも第三者の介入は全然OK!って事だ! 故に相川と鷹月は胸を張って助けに行けい! 

 

 俺は止めん! 

 止めないどころか応援してるよ!

 

 

【お前らさっさと行って来いよ(好感度スーパーマイナス確定)】

【助けに行くのは任せろー!(好感度アップな可能性が無きにしも非ず。ただし行くなら生身でよろしくぅ)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 行きたくない! 

 行きたくないでござる! 

 

 せめて【たけし】纏わせてよぉ! 生身で突貫なんて正気の沙汰じゃないだろぉ! えぇい、好感度なんか知るか! 恋も青春も命あっての物種なんだよ! 

 

 お前らさっさと行って来いよ! 

 あくしろよ!

 

「……ぅ…ぅう…」

 

「主車くん?」

 

 恋も青春も命あっての物種な気がしたが。

 

「……ぬぉぉぉおおおおお――ッ!!」

 

 別にそんな事は無かったぜ!

 

「「 しゅ、主車くーん!? 」」

 

 旋焚玖の勇気が世界を救うと信じて! 

 ご愛読ありがとうございましたあああああッ!!(特攻宣言)

 

 






今度こそ見つけた
両親の仇!!(意味浅)



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第145話 模擬戦-後半-


奥の手と奥の手、というお話。



 

 

「ぬぉぉぉおおおおお――ッ!!」

 

「むっ!?」(なっ……ふつめんがコッチに向かってきている? しかも何をトチ狂ったか、生身で……ッ!?)

 

 驚いてる時点でカモと知れい!

 そのままセシリアと鈴を締め付けてる紐っぽいのをいい感じにピーンと張っててね!

 

「斬ッ!!」

 

「むおっ!?」(なんと…! ワイヤー・ブレードを手刀で切り裂いてみせるかッ!!)

 

 おやおや?

 両目……じゃねぇや、ボーデヴィッヒの場合。片目を見開いて驚きを顕わにしてるじゃねぇか。ならば俺も胸を張って言葉を紡いじゃうぞ(調子乗り旋ちゃん)

 

「ユーアンダースタン?」(独歩)

 

「む…?」

 

「こちとら五体が既に武器であり凶器なんだぜ?」

 

 かつて一夏と箒に披露した瓶斬りなんて序の口も序の口。アラミド繊維だろうが針金だろうが、手刀でブッた斬るまで帰れま旋焚玖を強要された事もしょっちゅうある俺をナメんでないよ!

 

「……なるほど。己が肉体に絶対的な自信があるからこそ、ISを纏わずに突っ込んできたという訳か」

 

「フッ……」

 

 そんな訳ないじゃん。

 俺だって意思を尊重される立場だったら、間違いなくISに乗っていたさ。まぁでも【たけし】に乗った時点でドンムブが掛かるんだし、俺はその場から動けなくなるんだけどな、HAHAHA!

 

≪ ( ゚∀゚) アハハハハノヽノヽノ \ / \ / \ ≫

 

 なに笑とんじゃクルァァァ!!

 

「なんという……なんという……」

 

 ん?

 なにやらボーデヴィッヒがプルプルしているのも気になるが、それよりセシリアと鈴は……。

 

「……きゅう」

「きゅ~」

 

 うぅむ、だいぶポコポコにされてたのか、お目目をグルグル回してバタンキュ~ってるな。2人仲良くたれぱんだと化しとるわ。

 

(疾風と見紛うほどの脚力に、ワイヤー・ブレードを斬って落とす強靭な肉体…! もはや逸材などという陳腐な一言で片づけてられん。……逸材オブ逸材だな! しかし、だからといって私の邪魔をしていい道理はないぞう!)

 

「おい、ふつめん! 何故、私の邪魔をしたのだ!」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「むぅ…?」

 

 可愛らしく首を傾げてもダメなもんはダメなんじゃい! 相手がすこぶる美人でもNOと言える日本人なのだよ俺はな! 

 

「喧嘩にも限度ってモンがあるだろが。ましてこれは模擬戦だしな。さっきのお前は明らかにやりすぎだ」

 

「フッ……お前程の男が何を甘い事言っているのだ」

 

「む?」

 

「勝者に生殺与奪の権利在り、敗者に慈悲は無し。そうであろう?」

 

 言葉の羅列っぷりがカッコいいと思った(厨二並感)

 でもやっぱりダメなもんはダメなんじゃい! いやまぁぶっちゃけ言いたい事は分かるんだけどね。武の教えと軍の教えはちょこちょこ似てるんだな。

 

 それでも認める訳にはイカンでしょ。

 そんな事しちまったら最後、せっかくここまで苦心して築き上げてきた俺のラブコメハイスクールライフがバイオレンスハイスクールライフに早変わりしちゃうだろうが! 俺の性春にバイオレンスはフヨウラ!

 

「まぁお前の言い分も分かる」

 

 

【分かるぅ↑↑】

【わっかんねーすべてがわっかんねー】

 

 

 わっかんねーお前の意図がわっかんねー。どういう思考回路してたら、分かるツった直後にこの【選択肢】を出そうと思えるのか。

 お前はホントにアレだな、大局に影響が及ばない程度に混沌を巻き起こす事にかけては世界随一だな。一応言っておくけど1ミリたりとも褒めてないからな、このうんこ女神が。

 

「分かるぅ↑↑」

 

「何故2回言った?」

 

「それくらい分かるって事だ」

 

「なるほどな。しかし、ならばなおさら解せん。私の言った事が分かる――」

 

 

【分かるぅ↑↑】

【わっかんねーすべてがわっかんねー】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 大局に響きかけてんぞコラァッ!! 少なくとも既に展開遅延行為へと至ってるぞコラァッ!!

 

「分かるぅ↑↑」

 

「む?」

 

 ボーデヴィッヒは首を傾げた。

 

「分かるぅ↑↑って言ってくれ。語尾を上げる感じで言ってくれ」

 

「何故だ?」

 

 しwらwなwいwよw

 

「その方が説得力が増すのさ」(うそっぱち)

 

「ほう……日本語は私が思っている以上に複雑なのだな」

 

「お、そうだな」

 

 嬉しいです。

 ボーデヴィッヒが素直だから。

 

「ならば……えっとえっと…私の言った事が、わ、分かるぅ↑↑お前が何故止めに入るのだ?」

 

 分かるぅ↑↑の言い方が可愛いと思った(小並感)

 しかし、だからといってお前の行為が肯定される事はぬぁい! しっかり説得してやるぞこのヤロウ!

 

「ここはISを扱うとはいえ、武で死合う場でもないし、ましてやお前の居た軍隊でもない一般ぴーぷるで溢れる学園だぞ」

 

「だから何だ? 常在戦場の軍人である私に他人の道理など関係ない」

 

 軍人こわい。

 軍隊ってトコはアレなんか、臨機応変というか、時と場所によっては対応を変えていきましょう的な事は教えないのかね。

 

「まぁまぁ聞いてくださいな、ボーデヴィッヒさん」

 

「な、なんだ急に気持ち悪いな」

 

 ノルマ達成!

 次にイクゾー!

 

「『郷に入れば郷に従え』という言葉があるくらいだ。我を通し続けるだけが処世の術じゃないだろ?」

 

「フッ……知らんなそんなスワヒリ語」(千冬直伝ツッパネ)

 

 俺が言いそうな事言ってんじゃねぇぞコラァッ!! 誰の入り知恵だこのヤロウ! そして俺にその返しが効くと思う事なかれ、だ!

 

「Andere Länder, andere Sitten」(ドヤァ)

 

「むっ……ふつめんはドイツ語が話せるのか?」

 

「俺の智嚢はトリビアの泉レベルだからな」

 

 話せないし聞き取れないし会話なんて不可能だけどな! だが諺なら異国語でもだいたいまかせろー。

 

「日本語でもなくスワヒリ語でもなくドイツ語で言われてしまったら、流石の私も突っぱねる事は出来んな」

 

 やったぜ。

 持ってて良かった独和辞典!

 

「好奇心で聞くが、スワヒリ語でなら何と言うんだ?」

 

「……ふむ」

 

 知らんわそんな国の言葉! だいたいツっただろぉ! 何でそんなにスワヒリ語に固執する必要があるんですか!

 

 しかしここで『知らん』と言うのは沽券に関わる。『なんだよコイツの泉ずいぶん浅ェなぁ』とか思わるのは癪である。故に伝家の宝刀を抜かせてもらうぜ!

 

「何でも俺が答えるのは忍びない。後で山田先生に聞いてみるんだな」

 

「ふぅむ。お前もそうだが、山田教諭も何でも知ってるんだな!」

 

「お、そうだな」

 

 多分やーまだ先生でも知らんと思うけど。別に二次元が関わっているネタじゃないし。ボーデヴィッヒが山田先生に聞く前に、あとでグーグル先生で調べておくか。

 

「で、話を戻すが……どうなんだ、ボーデヴィッヒ」

 

「うむ、お前の言わんとしてる事は分かった」

 

 やったぜ。

 話が横道から戻ってきたぜ。

 

「しかし私は何処であろうとも私をヤメるつもりはない」

 

「……ほう」

 

 何か今日のボーデヴィッヒは、ちょこちょこ言い回しがカッコいいな。さっきの言葉といい、絶妙な加減で俺の厨二心をコチョコチョしてきよるわ。

 

 

【か、かっこいいたる~】

【キメ顔でナニ述べちゃってんすかwwww】

 

 

 【下】がウザさMAXすぎて草も生えないんだよナニ生やしまくってんだよこのヤロウ! 空気読めない後輩キャラとかいらねぇんだよ!

 

「か、かっこいいたる~」

 

「む、なんだそれは?」

 

「気にするな」

 

「いや気にするだろ、教えろ」

 

 ぐぬぬ。

 そういやコイツには『気にするな』が効かないんだった。

 

「……普通のカッコいいより更にカッコいい時に使われる言葉だ」

 

「ほう……日本語は私が思っている以上にヘンテコなんだな」

 

「お、そうだな」

 

 今度千冬さんにでも言ってみたらいいよ。ケンカ売ってんのかと思われるから(いたずらっこ旋ちゃん)

 

「で、今度こそ話を戻すが……お前はお前の道理を貫くと?」

 

「当然だ。どうして他の奴らの都合に合わせねばならん」

 

 あくまで唯我独尊を地で行くつもりか、ボーデヴィッヒよ。そのブレない姿勢は買いだが、俺の求めるラブコメだと落第点も落第点である! 

 普段であれば、他人に自分の意見をアレコレ押し付ける事を良しとしない旋焚玖さんでも、コレに関してはとことん粘ってやるからな。

 

 恨むなら自分の顔面偏差値の高さを恨みな! 年頃の少女なら割と過敏に反応するワードを言ってやるぜ!

 

「そんな事言ってたら皆に嫌われちゃうぞ」

 

「ふん。興味ない」

 

 うげ……そういやコイツ、転校初日から余裕で孤高ガールってたんだった。

 ま、まだだ…! まだ諦めんよ!

 

「そんな事言ってたら友達できないぞ」

 

「友達なら乱とふつめんがいる。それだけで私は十分だ」

 

「キュン…♥」

 

 やだ、柄にもなくときめいちゃう。

 だって男の子だもん(ぶりっこ旋ちゃん)

 

 右のストレートでダウンさせようと思ったら、ジョルトでカウンター喰らった気分である。お前中々いいカウンター持ってんじゃねぇか…! 

 

「そう言ってもらえるのは光栄だが、それでもお前がこれ以上コイツ達をポコるのはやっぱり看過できんよ」

 

 当たり前だよなぁ?

 俺をこれ以上惚れさせようが、ダメなもんはダメなんじゃい! 何を言おうが何をしようが、俺の前では無駄と知れい!

 

「フッ……ならば力ずくで止めるか? 元よりそのつもりでお前は突っ込んできたのだろうがな。しかし生身で飛び込む危険性より、ISを纏う時間すらも惜しんでみせたその胆力と勇気。フッ……流石だ」(教官と私が認めるだけの事はあるな!)

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 サスガダァ…じゃねぇんだよバカ! 千冬さんかお前! 弟子だからってそういうとこまで似なくていいから、いやマジで。

 

 え、なに、闘んの?

 闘らないですよ?

 

 ISに生身で挑むバカがいる訳ないだろいい加減にしろ! 

 昨日みたいに意識を刈るのもちょいと厳しそうだしなぁ。俺のしゅごさを魅せすぎたせいで、今のコイツからは油断の欠片も感じない。もっと隙を見せてくれてもいいのよ? 優しく、優しく昏睡させてあげるから!

 

「とはいえ、今のお前と手合わせする気は私にはないからな」

 

「マジすか?」

 

「は?」

 

「マジすか学園というドラマが最近再放送してるんだ。つい名前を滑らせてしまうくらい楽しみなのさ」

 

「そ、そうか」

 

 見た事ないけどな。

 

 それはそうと危ない危ない。

 俺とした事が、思わず素で返しちまったぜ。

 

 しかし俺はボーデヴィッヒから、それくらい素っ頓狂な言葉を投げかけられたのである! この流れ、そして好戦的なボーデヴィッヒの性格から考えても、闘らなくていいとか逆に不自然極まりないんだが……もしや、俺を油断させて昨日の意趣返しをするつもり……ん?

 

 

『あっ! あれは…! 空飛ぶ教官だ!』(迫真)

 

 

 うん、ないな。

 コイツにそんな高等テクは使えんでしょ。

 

 だったらマジでアレか? 

 言葉だけでボーデヴィッヒを説得できた? もしかして、できちゃった系ですかぁ~!?(舞い上がり旋ちゃん)

 

「ふつめん自身のしゅごさは既にこの身に刻まれているからな。次に私がお前と手合わせする時は互いにISを纏っている時に限る。故に、ここは……」

 

 俺の類稀なる胆力と勇気に免じて、この場は矛を収めてくれるんですね分かります。勝ったな、ボーデヴィッヒと飯食ってくる。

 

「ふつめんはソコで停止しているがいい!」

 

「は?……むぉっ…!?」

 

 ちょっ……か、身体が動かぬぇ!? 身体を拘束するが如く、見えないナニかが纏わり付いているような嫌な感覚…!

 

 いやいやなんで!? 

 時が止まったのか!? 

 

「フッ……お前程の男であっても私の【停止結界】からは逃れられんよ」

 

 アホの【選択肢】による新手の嫌がらせとか思ったが実はそんな事はなかったぜ…! しかしなんだ【停止結界】って超能力者かお前!?

 

 いや落ち着け、落ち着いて考えるんだ。

 俺の辞書にパニックという言葉はあるが、内心落ち着いてないのに落ち着いている風を装えるという言葉も載っている。

 

 要は身体が動かせないって事なんだろ。はんっ、俺のご鞭撻履歴をナメんでないよ! こちとら謎の力で拘束されんのは初めてじゃないのである!

 

 何よりガキの頃からただ架空キャラに、ひたすらボコられまくるだけで満足するようなMっ気なんざ俺は持ち合わせてない。しっかりボコられた後は、ばっちりアドバイスを頂いてきたからこそ、今の俺のしゅごさがあると知れい!

 

 例えば【心の一方】を喰らった時はどうだった? あの時も今みたいに動けなくなった俺に、先生は何と教えてくれた?

 

 

『刃衛先生! 心の一方を解くにはどうすればいいですか! 剣気とかよく分かんないっす!』

 

『ぶっちゃけ気合いだねぇ』

 

『気合いかぁ』

 

『あ、今からお前の呼吸も止めるから』

 

『ファッ!?』

 

『窒息死は汚く醜い。死体が涎、糞尿を垂れ流す……うふふ』

 

『い、嫌だあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!』

 

 

 はい、回想終わり!

 要は気合いだ気合い!

 

「ぬぅぅ~……ゥオオオオオ――ッ!!」

 

「む!?」

 

 気合いがあれば!

 

「ぬぉぉぉオオオオ――ッ!!」

 

 なんでもできる!

 

 

 

 

「うん、まぁ無理だったんだけどね」

 

「当たり前だ。精神論が通用するほど我が【シュヴァルツェア・レーゲン】は甘くない。というか現実はそんなに甘くない」

 

 そりゃそうだ。

 元気があれば何でもできるが、気合いがあっても何でもできるとは限らんよ。というか見えないナニかが相手だろうが、物理的に拘束されてんなら、無理矢理振り解いちまえばいいんじゃね?

 

「ふ……ふぬぬぬぬ…!」

 

「無理に決まってるだろ。人間の力でどうこう出来たら、ISがここまで世界的に需要をもたらす筈もない」

 

 うん、素の力じゃビクともしませんね。

 なら潜在能力開放するか。しかし、どういう引き出し方すっかなぁ俺もなぁ。

 

 

武芸百般な篠ノ之流に加え、選択肢百般という特殊な女神を授けられた旋焚玖。少年の引き出しの豊富さといえば、毎夜欠かさず行われる架空キャラクター達からのご指導ご鞭撻歴に基づいていると言っても過言ではない。

 

そんな旋焚玖の引き出しは、潜在能力に関するモノだけでも割と多かった。

 

①エンドルフィン

②憑鬼の術

③ゾーン

④無我の境地

⑤無極

 

などなど。

名称も違えば、とうぜん能力の上昇率や継続率も違う。

ちなみに①~⑤を全て同時発生させる事で、最強の【界王拳】に大化けするのだが【選択肢】の許可がなければ使用不可だったりする。

 

 

 自力じゃ使えない【界王拳】は論外。んでもって、この拘束をブッ壊すには、きっと持続力よりも瞬発力の方が肝だろう。

 

 なら、選ぶモンなんか一つしかないよなぁ? 

 継続率はほぼ皆無。しかし瞬間最大風速は随一の。

 

 

 " 無極――ッ!! "

 

 

「あ、解けた」

 

「ファー!?」

 

 いや、ファーてボーデヴィッヒさん。

 

「変な驚き方だなぁ。それがドイツ式か?」

 

「いや待て待て待て! ちょっと待て! なに普通に動いてるんだお前!?」

 

「そらお前……動くだろ」

 

「なんで!?」

 

「む」

 

 これは……上手く説明してやれば、さらにボーデヴィッヒから尊敬される兆し…! ふふふ、コイツは俺の『武』についてだけ言えば、もうホの字もホの字ゾッコンラヴな訳だからな。

 

 そんな俺が優しく丁寧に説明してやればどうなる? 俺への好感度は『武』だけに留まる事をやめるが如くさらに倍率ドンちゃん大花火。はらたいらさんも裸足で逃げ出すレベルな倍倍ゲームになる事間違いなしなんだぜ。うひひ。

 

 

【お前がクソ雑魚ナメクジだからだよ言わせんな恥ずかしい】

【ひ・み・ちゅ…♥】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 ヘイトを溜めたいとは一言も言ってない! 言ってないよぉ! ゾッコンラヴから真逆じゃねぇかこのバカ! バカバカバカぁ!!

 

「ひ・み・ちゅ…♥」(白目)

 

「そんな気色の悪い感じになっても誤魔化されんぞ!」

 

 うん、まぁ……うん。

 ボーデヴィッヒってナチュラルに暴言吐いてくるよね。今更ながら、コイツ美人じゃなかったらもう100回くらい背中に毛虫入れてるわ(小者旋ちゃん)

 

「とはいえ、【シュヴァルツェア・レーゲン】の【AIC】を破る程のモノなのだ。きっとお前は何かしら奥の手を使ったのだろう。強さに関する奥の手を公言したくないお前の気持ちも分かる」

 

「お、そうだな」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 千冬さんばりに好解釈してんなお前な。

 あの人の愛弟子を自負してるからって、別にそんなとこまで似なくてもいいんですよ? 

 

 とか言いつつ、今回ばかりは助かったぜ。

 しかしAICってなんだろう。さっきコイツが言ってた停止結界の科学的呼称かね。AICって言ってるくらいだし、頭文字がAとIとCで始まる3つの単語の略なんだろうけど……全然わがんね。

 

 まぁいいや。

 聞いたら呆れられそうだし、あとで一夏にでも聞いておこ。

 

 

【MK5】

【QBK】

 

 

 いやなに変な対抗心燃やしてんの!?

 知ってる略語の数で張り合おうとするとかバカかお前! そんなバカを具現化させられる俺の身にもなってくれよぉ!

 

「MK5」(げっそり)

 

 これだとまるで、AICの意味は知らんけど、僕は他の略語なら知ってるんだい!って苦し紛れにアピールしてるみたいじゃないか。潔さの欠片もなくて自分の言動にドン引きですよ。

 

「ほう……それが先程見せた奥の手の技名か…!」

 

「え?」

 

「え?」

 

「いや、その通りだ」

 

 

 喰らえッ!!

 マジで恋する5秒前――ッ!!(MK5)

 

 

 どんな技だよ(自問)

 

「しかしお前だけに奥の手があると思わない事だ」

 

「む」

 

「流石に【AIC】を破られた時は面食らってしまった。それは認めよう」

 

 ファーとか言うてたもんな。

 割と面白な顔だったし、もう一回見てみたい気もする。

 

「予想外ではある。しかし想定外ではない!」

 

 日本人じゃないのに言葉遊びが巧いと思った。

 

「私がドイツでいったい誰から技術を学んだと思っている? ブレード一本で世界を相手にブイブイいわせていた織斑教官だぞう!」

 

「む…?」

 

 なんかテンション高めに眼帯を外したと思ったら、さらに両腕をこちらへ突き出してきたでござる。さっきは片腕だけだったのに、ぬぁ~んで急にそんな真似するんですかねぇ?(第六感超発動)

 

 何をするつもりか知らんが、やってしまいましたなぁ、ボーデヴィッヒさん。仕掛ける時は音もなく気配も消すのが常套だろうが。

 ましてや俺は天下の旋焚玖さんですよ? 危機察知能力に長けた俺が、そんなあからさまなモンを前にして動かない訳ねぇだ……ぉん?

 

 

その場から避けようとした旋焚玖の視界に、眼帯で覆われていたラウラの眼が入る。彼女が普段から晒している右眼とは、まるで違った色の左眼が視えてしまった。

 

 

 はぇ~、ボーデヴィッヒはオッドアイな少女だったんか……ん? 

 

 オッドアイなんですね。 

 銀髪でオッドアイなんですね。

 さらには端正な顔立ち……ってお前それ昔一時流行ったオリ主じゃねぇか!? え、なに、転生者? ボーデヴィッヒさんは転生者だった!? 

 

「初めて隙を見せたな、ふつめん!」

 

「あ……むぉっ!?」

 

 ま、また身体が動かんようになった!?

 しかもさっきよりも強くなっ……ひ、膝から崩れる…!?

 

「フッ……これが織斑教官から授かった私の奥の手。【停止結界×2】だ。左目の封印を解かねばならんし、両腕を必要とするが……文字通り2倍の効力を生む織斑教官から授かった私の奥の手だ!」

 

 なんで2回言った? 

 ×2で2倍だからか? 

 そんなとこまで2倍にしなくていいから(良心)

 それに千冬さんから教わったアピールされて嫉妬するのは一夏であって俺じゃないぞ。

 

 うん、問題は今そっちじゃねぇな。

 マジで拘束力が強まっている。

 正直【無極】でも解ける気がしないレベルだぞオイ。というか、そもそも【×2】ってなんだよ【×2】って。

 なに普通に言っちゃってんだよ、2倍なんだぞオイ。千冬さんからどういう感じで教わったんかは知らんが、片腕から両腕に変えて2倍になるとかウォーズマンかお前。

 

 

【100万パワー+100万パワーで200万パワー!!】

【いつもの2倍のジャンプが加わって200万×2の400万パワーっ!!】

【そしていつもの3倍の回転を加えれば400万×3の…!】

 

 

 そうそう、そうやってな、ベアクローを二刀流にして2倍のジャンプで3倍の回転したらな、バッファローマンを上回る1200万パワーになってな…って違うわ! コイツにウォーズマン理論の説明してどうすんだよ! 

 乱も言ってただろうが、昨日ボンチューネタを分かってもらえなかったってよぉ! ボンチューも知らん奴がキン肉マンを知ってる訳ねぇだろ! 

 

 いや知ってんのか…? 

 実は知ってんのか?

 だから『両腕で2倍に~』とか嬉しそうに言ってんのかこのヤロウ! 実はお前の方からウォーズマンネタに寄せてきてたんかオイ!

 

「100万パワー+100万パワーで200万パワー!!」(ほのかな期待)

 

「は?」

 

 そらそうよ。

 

 






オチたので区切りんぐ(*´ω`*)


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第146話 一夏の景色


focus on いちか、というお話。



 

 

 アリーナにて旋焚玖がラウラとよろしくやっている頃。もう1人の男性起動者である一夏はというと。

 

「織斑くん!」

「織斑きゅん!」

「おり斑くん!」

「オリ斑くん!」

「オリオリくん!」

「オイヨイヨ!」

 

 なんかモブな女子連中数十名に囲まれていた。囲まれるだけならまだしも、売りたてホヤホヤのPS5を奪い合うが如く、一夏に無数の手が伸びてきている。しかし幸か不幸か、その手が一夏に届くことはなかった。

 

「ちょ、どきなさいよ!」(モブA)

「アンタがどけばいいでしょ!」(モブB)

「はぁん!? アタシを誰だと思ってんのよ!」(モブC)

 

 実は誰でもない。

 

「アンタ達邪魔だってば!」(モブD)

「アンタも邪魔よ!」(モブE)

「なによ!?」(モブF)

「なんなのよ!?」(モブG)

 

「(´・ω・`)?」

 

 一夏に押し寄せると見せかけつつ、何故か眼前で小競り合いを興じるモブ少女達。故に一夏はまだ直接的な被害を被ってないのだが、一体この集まりは何なのか。それすら分からないこの状況こそ、一夏にとっては疑問であり恐怖だった。

 

「ISのトーナメントは私と組もうYO!」(モブH)

「いやいや私と組もう!」(モブI)

「と見せかけて私と組むのが正解だよ~!」(モブJ)

 

 ようやく理由が分かりましたとさ。言葉の通り、彼女達は皆、学年別トーナメントで一夏とタッグを組みたいが為に、直接一夏をお誘いに来たという訳なのである。

 

「何が正解よこの不正解!」(モブ以下略)

「織斑くんと同じ寮に住んでる私こそが相応しいでしょ!」

「みんな同じ寮でしょうが! 主車くんが言いそうな事言って織斑くんの興味をひこうとしてんじゃないわよ!」

「いやいや主車くんはそんな事言わ……あ、言いそう」

「言いそうじゃない?」

「いやぁ主車くんは言わないよ」

「言わない言わない」

「言うよぉ!」

「なによ!?」

「なにさ!?」

「じゃあ多数決だね! 主車くんなら言いそうだと思う人は挙手!」

 

「(´・ω・`)ノ」

 

 挙手しつつも一夏は割と困っていた。

 こういう魑魅魍魎共に群れられた時、いつもなら助けに入ってくれる旋焚玖が今日は隣りにいないのだ。故にここから脱するには、自力で何とかするしかないのだ。

 

「うーんと……うーんと………!!」

 

 何やら妙策が浮かんだ一夏。

 ニッコリ具合からして自信満々である。

 

「あっ! あれは…!」(迫真)

 

 唐突に窓の方を指差す一夏くん。

 

「空飛ぶ千冬姉だ!」(迫真)

 

 信頼と実績の引っ掛けが炸裂した。

 こんなん引っ掛かるアホおらんやろ(旋焚玖談)

 

 

「「「「「「「 ダニィ!? 」」」」」」」

 

 

 エリートはエリートを知るとはまさにこれ。

 幼い頃から一夏と千冬と家族計画な仲だった旋焚玖がたまたま例外的存在なだけで、千冬に対する世界の評価は文字通りブリュンヒルデ。旋焚玖が思っている以上に、千冬ブランドはブリュンヒルデしているのだ。

 

 ましてここはIS学園である。

 かつてブレード一本で世界を相手にブイブイいわせまくっていたブリュンヒルデすぎる千冬に憧れていない生徒が、どうして居ようかいや居ない。

 

 世間知らずな旋焚玖が愚策と評した引っ掛けの正体は、実は諸葛亮も真っ青な神算だったのだ。しかも、策を実行する前から釣れる確信を持っていた一夏の姿まで、もうこの場から消え去っているオマケ付きだった。

 

 

 

 

「へへっ、絶対に引っ掛かると思ったぜ! 千冬姉は世界規模で大人気なんだって、千冬姉自身が言ってたもんな! やっぱり千冬姉は凄いぜ!」

 

 千冬姉は凄かった。

 そのおかげで難を逃れた一夏は満面の笑顔である。しかし、とある問題が浮上したのも事実だった。

 

「トーナメント戦のパートナーかぁ……俺も決めないといけないんだけど」

 

 困った事に自分から誘える相手がいなかった。

 今回のタッグトーナメント戦の出場条件の一つとして、『専用機持ち』同士または『代表候補生』同士でペアになる事は禁止されている。故に一夏は困っていた。

 

「俺の周りに居るのって、だいたい専用機持ちだもんなぁ」

 

 一夏が気軽に誘えて、かつ専用機持ちでもなく、代表候補生でもない人物はあまり多くない。数少ない除外条件を満たしている箒も、既に本音とペアを組んでいるし、清香と静寐は言わずもがなセシリア、鈴と組んでいる状態だ。

 

 となれば、残っているのは必然的に旋焚玖になるのだが。旋焚玖が政府から出場を見送るよう通達を受けているのは既に一夏も知っている訳で。

 

「政府から出場はダメだいって言われてなきゃ、旋焚玖一択なんだけどなぁ」

 

 とはいえ、この通達は別に旋焚玖をイジめるためのモノではなく、むしろ真逆な政府の温情からきているモノであり、それを一夏も分かっているので、別に不満を唱えるつもりなど無し。

 

「今回のトーナメントは外部からもたくさん人が観に来るって千冬姉も言ってたし」

 

 そのような中で、いまだ移動できない旋焚玖が出場した日には、アリーナに嘲笑の嵐が降り注がれるのは想像に難くない。そして次の日には、きっと世界中に知れ渡ってしまうだろう。

 

「んー……もう他にアテはないし、パートナーは当日の抽選に任せようかな」

 

 無理にペアを探したところで、先ほどのモブ連中にまた取っ捕まるのは目に見えている。それならもう割り切って、自分は鍛錬に専念した方がいいのかもしれない。

 

 そうと決まれば、さっそくアリーナへ!

 向かおうとした一夏の足が止まった。

 

「……いや、待てよ? ホントにそうか? 旋焚玖は確かにまだ移動ができない。けど……」

 

 一度は旋焚玖をタッグパートナーの候補から外した一夏の脳裏に『待った!』が掛かる。次いでフラッシュバックされるは、旋焚玖と他の面子の『夜のアリーナ♥』における鍛錬風景だった。

 

 

 

 

case.鈴音初夜

 

「いっくわよぉ、旋焚玖! 龍砲――ッ!!」

 

「む…!?」

 

 まるでノーガードかつ真正面から、見えない事に定評のある衝撃砲【龍砲】を喰らってしまった旋焚玖。砂埃が立ち込める中、手ごたえアリアリな鈴は思わずにやり。

 

(流石の旋焚玖でも、あたしの龍砲が直撃したらタダじゃ済まないわよね! ノーガードでブチ当たったのに、吹っ飛んでないのが気になるけど)

 

 鈴の心に少し暗雲が立ち込める。

 かわりに砂埃は収まり……何食わぬ表情で立っている旋焚玖の姿が明らかになった。

 

「ちょっ……ウッソでしょアンタ…!?」

 

 旋焚玖は吹っ飛んでいないどころか、後方にすら下がっていない。というかぶっちゃけその場から微動だにしていなかった。

 

「なんなんだぁ今のはぁ……?」

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「うっさい一夏!」(あたしの龍砲が効いてない…? いやいやそんな訳ないでしょ! 龍砲はそんな安っぽい技じゃないっての!)

 

 【龍砲】は彼女のIS【甲龍】に備え付けられている主力兵装であり、鈴からすれば信頼と実績の【龍砲】と言っても過言ではない。実際、過去の模擬戦を振り返ってみても、しっかり相手にダメージを与えている。

 

「な・の・に! どうしてアンタはそんなピンピンしてんのよ! あ、何かしたのね? あたしに見えないくらい超高速で何かしたんでしょ!?」

 

「ふはははははははははは!!」

 

「ちょ、笑ってないで答えなさいよ!」

 

「ふはははははははははは!!」

 

「……なるほど、簡単に人に答えを求めるなって訳ね? いいわ、それなら滅多撃ちしちゃうんだから!」(確かにアレコレ考えるなんてあたしの性に合ってないもんね! とりあえず撃って撃って撃ちまくる! それでもダメならその時に考えたらいい!)

 

 意図せず良い方向(?)に吹っ切れた鈴は、宣言通り旋焚玖に向かって龍砲を滅多撃ちしまくる。

 

「ぜったい! 後退させてやるんだから!」

 

「ふはははははははははは!!」

 

 しかし、それでも旋焚玖は不動を貫き通すのだった。なおシールドエネルギー切れで旋焚玖は普通に負けた。

 

 それを間近で観ていた一夏は(´・ω・`)していた。

 

 

case.シャルロット初夜

 

 シャルロットの専用機【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】の特徴は、何と言っても追加武器装備の豊富さにある。武器の数と種類から、シャルロットは近・中・遠どの距離でも戦う事が可能なのだ。

 

 さて、そんなシャルロットだが、ISを纏った旋焚玖がドンムブを強いられている事は既に聞き及んでいる。そして同時に、こうも聞かされていた。『不動なる旋焚玖を真っ向から打ち破るのは至難の業だ』と。

 

「いくよ、兄弟」

 

「きな、兄弟」

 

 何にせよ。

 動けない者を、ましてや兄弟分である旋焚玖をいきなり背後から襲うのも気が引けるシャルロットは、様子見も兼ねてミドルレンジからとりあえず【アサルトライフル】で旋焚玖に向けてBANGBANGBANG。

 

「ほいほいほい」

 

「えぇぇっ!? ちょっ、なに普通に銃弾掴んでるの!?」

 

「イエーッ! 旋焚玖、イエーッ!!」

 

「若林くんに弟子入りしたからな」(SGGK若林源三)

 

「誰それ!?」

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「うるさいよ一夏!」(でも一夏がはしゃぐのも分かるよ…! 誰だよ、兄弟はISを展開したら人間に堕ちるって言ったの! じゅうぶん人外じゃないかぁ!)

 

 中途半端な距離からの射撃では埒が明かないと踏んだシャルロットは、すぐさま戦略を切り替える。射撃を続けながらも、旋焚玖との間合いをどんどん狭めていく。

 

 【ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ】の性能のおかげで、シャルロットはどの距離でも戦えるに過ぎない、という認識は実は誤りで、理由は他にある。

 

 戦闘の渦中にあっても常に流れを冷静に見極め、状況に応じた武器を瞬時に呼び出せる器用さを兼ね備えるシャルロット自身こそ、距離を選ばず戦える最大の理由であり、彼女の強さでもあった。

 

 故に旋焚玖の間合いに入ろうが、シャルロットの表情に不安も憂いも無し。相手が誰であれ、やる事は同じなのだから。

 

「いくよ、兄弟!」

 

 慣れ親しんだ1秒掛からずの武装呼び出し。通称【高速切替(ラピッド・スイッチ)】を今、旋焚玖の眼前で――!!

 

「これが僕のラピ「握手」……え…?」

 

 シャルロットが右手に呼び出した近接ブレード【ブレッド・スライサー】が顕現されるより疾く、彼女の右手に重ねられる旋焚玖の手。このまま武器を出してしまえば、旋焚玖に奪われてしまう可能性がある。

 

「くっ…!」

 

 刹那の判断でシャルロットはブレードの呼び出しを中止した。これで少なくとも旋焚玖に武器を奪われる心配はない。

 

 が、シャルロットの表情に動揺の色が消える事はなかった。もう片方の手にずっと持っていた筈の【アサルトライフル】を地面に落としているからだ。少なくともシャルロットは、自分の意志で落としたつもりはない。

 

(うっかり落としちゃった? いや、違う…! 旋焚玖に叩き落とされたんだ。その証拠に左手がジンジンしてるもん。右手はニギニギされてるけど)

 

 こうなると困るのはシャルロットの方である。この状況を打破するには何が最善であるか判断しなければならないのだ。

 

 とりあえず空いている左手にもう一度【高速切替】か?

 いや、もっと単純で安全な策があるではないか。旋焚玖の間合いから離れたら、余分な警戒無しで武器を呼び出せる。シャルロットもそれを思い付き――。

 

「……!」

 

 旋焚玖と目が合った瞬間、その考えを捨てた。

 一度の攻防だけで逃げ去るのか――。

 無駄に口を開かぬ旋焚玖の眼から、気のせいかそんな言葉が届けられた気がしたのだ(実は気のせい)

 

 故にシャルロットはこの場から留まる。

 旋焚玖の間合いで【高速切替】を成功させるために…!

  

「もう一度ラピ「握手」……うん、握手。……と見せかけて今度こそラピ「握手」……うん、握手しよう。……からのラピ「握手」……シェイクハンドは大事だよね」

 

 左手だけじゃない、右手も使っての両手【高速切替】で挑んでいるのに、その悉くが握手に終わる。

 

「………………………」

 

「………………………」

 

「ラ「握手」……うー! うーうー!」

 

「そのうーうー言うのをやめなさい!」

 

「だってぇ……兄弟ってばさっきから握手ばっかりなんだもん!」

 

「【握撃】選ぶ訳にはイカンからね。しょーがないね」

 

「へ? あくげき?」

 

「気にするな。そして宣言しておこう。お前がこのまま低速切替をし続けるなら、俺も【握手】をし続ける。展開は硬直したまま動かない。それが嫌なら……」

 

「嫌なら……?」

 

「敗北、認めな」

 

「う」

 

 自分の得意な【高速切替】を低速呼ばわりされた事に対し、一瞬ムッとなるシャルロットだったが、現に握手されまくっているので、何とも異論を挟みにくい。

 というか1秒未満の武装顕現を低速扱いされた事自体初めてなので、シャルロットはもう考えるのをやめて素直に敗北を認めて旋焚玖の背後に回ってパイルバンカーをケツにしこたまブチ込みまくって旋焚玖はエネルギーが切れて負けた。

 

 それを間近で観ていた一夏は(´・ω・`)していた。

 

 

 

 

「くそっ! 旋焚玖は負けてねぇ! 負けてねぇんだ!」

 

 たとえ専用機持ちが相手であっても、見事な捌きを魅せる事に定評のある旋焚玖。しかし、その捌きっぷりが見事すぎるのが玉に瑕というヤツで。

 旋焚玖を正面から攻めるには、あまりにも難攻不落すぎて、最終的に旋焚玖の手の届かない背後からペチペチするしか手段が見出せないのだ。

 

「……やっぱり動けないとダメなのか」

 

 一夏からすれば、旋焚玖は勝負に勝って試合に負けているようなモノである。しかし一夏が何と思おうとも、結局その場から動けぬ限り、旋焚玖が背後からポッコポコにされる未来からは逃れられないのだ。

 

「でも旋焚玖から弱音とか不満らしい言葉を聞いた事ないんだよな」

 

 自分が一番旋焚玖との付き合いが長いという自負がある。

 それでもISに限らず、一夏は旋焚玖から否定的な言葉を聞いた事がなかった。どれだけ苦境に立たされようが、旋焚玖という男は常にポジティブ思考を絶えさせない。

 

 今回だってそうだ。

 旋焚玖はどう言ってた?

 

 

 

 

「動けねぇ事に不満? ないない、むしろワクワクしてんぜ?」

 

「わくわく?」

 

「ワクワクさん」

 

「へ?」

 

「気にするな。まぁアレだ、気の持ちようってヤツさ。俺はドンムブをかけられちゃいるが、裏を返せばソレはそのまま俺の伸びしろでもあんだよ」

 

「おー、そういう考え方もあるな! 何をするにも気持ちが大事だっていつも旋焚玖言ってるもんな!」

 

「フッ……確かに俺はその場から一歩たりとも動けねぇ案山子だ」

 

「(´・ω・`)」

 

「だが、ただの案山子じゃねぇ。背水の陣にて最強の案山子よ」

 

「イエーッ! 旋焚玖、イエーッ!!」

 

 

 

 

「……ちょっと待てよ…? 今何か、閃きかけたぞ。旋焚玖は後ろに回り込まれなきゃいいんだよな。だから背水の陣って…………あ!」

 

 その時一夏に電流走る――!!

 

「そうだよ、何でこんな簡単な事に気付かなかったんだ! 別にど真ん中で戦う必要なんてないんだ! 壁際で戦えばいいじゃないか!」

 

 一夏の言う通り壁を背にすれば、もう背後を取られる心配はなくなる。が、壁際で戦うのは良いとして、いったいどうやってそこまで移動するのか。

 

「試合の開始と同時に俺が抱っこして運んでやればいいんだ! 【瞬時加速】すれば捉えられる心配もねぇしな! へへっ、今日の俺は冴えてるぜ!」

 

 今日の一夏は冴えていた。

 

「そうと決まればさっそく旋焚玖を誘いに行くぜ! この時間ならアリーナでみんなの鍛錬風景を見学してる筈なんだぜ! でもアリーナは色んなとこにいっぱいあるから、いっこいっこ見に行かなきゃダメなんだぜ! けど何となく今日は第3アリーナに居る気がするぜ! 今日の俺は冴えてるから当たってる気がするぜ!」

 

 今日の一夏は冴えていた!

 

 

 

 

 ルンルン気分で第3アリーナ観客席までやって来た一夏。

 

 も、束の間。

 目の前に広がる光景に強烈な違和感を覚える。

 

「きゅう」

「きゅ~」

 

 アリーナの中央で仲良くたれパンダっているセシリアと鈴。二人とも両目をぐるぐる回しているところを見るに、相応のダメージを負っているに違いない。

 

 そしてその傍ら。

 生身の状態で膝を突く旋焚玖の姿がハッキリ見て取れた。そして旋焚玖に対し両腕を差し向けているラウラの姿も。当然と言えば当然だが、ラウラは旋焚玖と違ってISを纏っている状態だ。

 

 視界の情報を頭が理解するよりも速く――。

 

「お……おおおおおッ――!!」

 

 一夏の身体は動き出していた。【白式】を展開した一夏は、咆哮と共にアリーナの舞台へと猛進し「へぷっ!?」見えない壁にブツかり、中へ入る事を妨げられてしまった。

 

 当然である。

 アリーナは観客席に戦闘の余波が及ばぬよう、常にバリアーによって仕切られているのだから。

 そんな事はIS学園の人間なら誰でも知っているし、一夏も当然知ってはいるのだが、その判断が出来ぬほどに今の一夏は冷静さを欠いていた。

 

「何だこの見えない壁は!?」

 

「アリーナを取り囲んでいるバリアーだよ!」

 

「誰だお前は!?」

 

「いやクラスメートの岸原理子だよ! しゃべった事あるよね!?」

 

「そうか! で何だこの見えない壁は!?」

 

 今の一夏は冷静さを欠いていた!

 

「だからアリーナを取り囲んでいるバリアーだって!」

 

「そうか! なら…!」

 

 右手に【雪片弐型】を構築すると同時に、エネルギーをブレードの刃に集約させた一夏は、禁じ手の【零落白夜】を迷わず顕現させた。

 

「邪魔だァーッ!!」

 

 自分の向かうべき処を遮るモノを切り裂いた一夏は、そのまま今度こそアリーナへと突貫する。

 

「旋焚玖に何してんだああああっ!!」

 

 迫り来る一夏を前にして、まるでラウラに動揺の気配は見られない。むしろこの機会を待ちわびていたかのように口角を上げる。

 

「これはこれは……願ってもない展開だ」(しかも私から喧嘩は売ってないし、これで教官にも怒られないぞやったー!)

 

 かつて千冬がモンドグロッソの決勝戦を棄権した原因に対するわだかまりは、ラウラの中でも一応収束に向かったと言ってもいいだろう。

 しかし、ソレとは別の理由で一夏をポッコポコにしたいラウラは、【AIC】の矛先を旋焚玖から一夏へと移行させた。

 

「あがっ…!? な……う、動けねぇ…!?」

 

「ふつめんの例もあるからな。もはや貴様相手であっても出し惜しみはせん! 存分に【停止結界×2】のしゅごさを味わうがいい!」

 

 セシリアも鈴も、効倍のかかっていない【AIC】だけでも動く事を許されなかった。というかこれまで【AIC】の拘束から逃れた者など、千冬を除けば旋焚玖だけである。

 

 【停止結界×2】とは、そんな【AIC】を更に倍加させ、更に更に千冬のお墨付きまで得ていて、更に更に更に旋焚玖をもドンムブさせてしまっているラウラの奥義なのだ。

 

 旋焚玖とは違い【白式】を纏っているとはいえ、セシリア達より技量の劣る一夏が対抗できる代物ではなかった。

 

「だから何だってんだ! 停止結界だか何だか知らねぇけど、怒りの臨界点を超えた俺をこんなモンで止められると思ってんじゃねぇッ!!」

 

 

「こんなモン!」

 

 

 

 

 

「こんな……こ、こんな…モ…ンんんんぅ~~~…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(´・ω・`)」

 

 






(*´ω`*)


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第147話 一夏v.s.ラウラ

旋焚玖補正、というお話。



 

「(´・ω・`)」

 

「……ふん。情けない顔をしおって。それで教官の弟とは笑わせる」

 

 お前もそんな顔するんだよなぁ。

 それで千冬さんの愛弟子とは笑わせる。言わんけど。

 

 そして今の俺は、一夏のおかげで囚われの身から実は解放されてるんだぜ。どうやらボーデヴィッヒの何たら×2って技は、広範囲には作用できないっぽいな。

 

「何が怒りの臨界点だ。そんな精神論が私に通用すると思うなよ」

 

「くっ……くそ…!」

 

 これには一夏もくっ殺反応。

 まぁ実際、怒りの臨界点を超えても止められてるからなぁ。というかコレはしゃーないだろ、俺でも動けなかったし。

 

 ともあれアレだ。

 しれっと解放された俺は、とりあえずこの場から離れるに限るぜ! 

 

 当たり前だよなぁ?  

 お前らは余裕でIS纏ってるけど、俺だけ余裕で生身なんだよこのヤロウ。常識的に考えなくても異常だろこの絵面は。

 

 という訳で観客席までスタコラサッサだぜ!

 

 

【ラウラに観客席まで運んでもらう。お姫様抱っこで】

【俺のダチに何やってるパンチ!】

 

 

 一人で行かせてよぉ!

 僕はもう自由だよぉ!

 

「……おい、ボーデヴィッヒ」

 

「なんだ」

 

「とりあえず俺を観客席まで運んでくれないか。……お姫様抱っこで」

 

 【下】はバイオレンス一直線だし【上】選ぶしかないんだけどさ。ぶっちゃけこの後のオチが見えてんだよね。

 

「お姫様じゃないお前がお姫様抱っこされて良い訳なかろうが」

 

「お、そうだな」

 

 知ってた。

 まさか千冬さんお姫様抱っこ事件が、ここに来て足を引っ張るとは……やっぱり考えなしでテキトーを口走っちゃイカンな、うん。

 

 

【じゃあ一夏にお姫様抱っこして運んでもらうもん!】

【諦めてこの場に留まる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 果てしなくキモいぞコラァッ!! 

 何が「もん!」だバカかお前! というか一夏は動けねぇツってんだろバカ! このバカ!

 

 いいよもう!

 此処にいればいいんだろいれば! だが俺がいつまでもアホの【選択肢】に弄ばれるだけの男だと思わない事だな!

 

 此処に居るのは俺だけか? 

 違うだろ。

 一夏が居るんだぜ? 

 

 こっからはもうアレだ。

 俺の思考から逃走の二文字を消してやる。そんでもって、無限の可能性を秘めた一夏と口先の魔術師コンビは伊達じゃねぇってトコも魅せてやるぜ!

 

「くそっ、マジで動けねぇ…!」

 

 俺の見立てが正しければ、一夏は怒りが機動力になるタイプじゃないと思うんだよなぁ。……うん、とりあえず試行錯誤だ。まずは入学当初にやったセシリアとの模擬戦みたいに応援してみるか。

 

 

【熱く応援する】

【ベジータ】

 

 

 ベジータって何ですか?

 え、おれ、ベジータ? 

 ベジータになれんの?

 

 ま、マジでぃすか…?

 

 アホの【選択肢】による仮想先生シリーズでも、まだ誰もドラゴンボールキャラは出題されてなかったのに、それすら飛び越していきなり変身させてくれるんですか! 

 

 なんだお前とうとうデレ期か!? 15年間の鞭を経て、ようやく俺にも飴ちゃんをくれるんですねやったー! ひゃっほう! こんなんもう勝ち確やんけ! キュアベジータとか、誰が相手でもワンパンどころか指先一つで勝てるやん! 

 

 うわははは、Vやねん!

 強すぎて申し訳ない!(満を持して旋焚玖選択)

 

「やめろ! 勝てるわけがない! ソイツは伝説のスーパーオリ主なんだぞ!」

 

 ふざけんなお前これベジータじゃねぇか!? いやベジータだけど! ベジータなんだけど! 俺が求めてたヤツと1ミリたりとも合ってねぇんだよこのヤロウ!

 

 というかボーデヴィッヒってやっぱりオリ主だったの!? だからお前そんな偉そうにしてんのかお前! 

 そんなオリ主ダメだよお前もっと俺を見習って低姿勢を心がけてホラ! というかズルいぞお前だけちゃっかり美貌とかIS適正とか特典もらいやがって!  

 

 俺なんか意味不明なモンに!

 自分を女神だと思い込んでいるキチガイに憑りつかれてるのに!! つかれてるのにぃん!!!

 

「おりぬし…?」

 

 とぼけちゃってぇ(マジデビルスマイル)

 

 まぁいい、ボーデヴィッヒの正体は後回しだ。今はこの膠着状態を如何に俺ではなく一夏が打破するかが問題だからな。俺でなく一夏がな!(念押し)

 

「伝説だろうが何だろうが旋焚玖を傷つける奴は許さねぇッ!!」

 

 一夏はオタクじゃないしオリ主なんか知らんわな。

 しかし、俺のためにそこまで怒ってくれるのは嬉しいが、ちと頭に血が上りすぎている感は否めない。

 さっきもちらっと言ったけど、やっぱ一夏は怒りでヒートアップする口じゃない気がする。ここは応援の前にいったん落ち着かせた方がいいか?

 

 

【小粋なジョークで場を和ませる】

【頑張れ頑張れ出来る出来る!絶対出来るってお前!(以下省略)】

 

 

 いやもう完全にギャグじゃねぇか!

 

 え、今の状況って割とシリアスだよね? 一夏も何かカッコいい事言ってるし……というかお前一夏ほんとにカッコいい事言ったな! 危うく流しそうになったが何だそのイケメンセリフは! 俺が言っても全然似合わねぇ事言いやがってこのヤロウ!

 

 そんな主人公っぽいセリフが様になってる奴にはお仕置きしてやる! 別に嫉妬してるわけじゃねぇけどな! とりあえず俺の切れ味鋭いダジャレで、なんかカッコいい雰囲気感が漂っている空間を吹っ飛ばしてやる!(嫉妬)

 

「フトンがふっとんだ!」

 

「「 は? 」」

 

 ふ…ふひひ。

 助けに来てくれた一夏には申し訳ないが、そんなカッコいい事を言って俺の嫉妬心を煽ったオメーが悪いんだぜ! ほれ、微妙な空気感を味わうがいい!

 

「ぶはははは! なんだよ旋焚玖急に!? フトンがふっとんだって……ぷっ……ぶはははは!」

 

 普通にウケてんじゃねぇよ!

 良い子かコラァッ!! 

 お前のその純粋っぷりが俺の良心を呵責させるんだよぉ!…………変なコト言ってごめんね? こっからは俺もマジで挑ませてもらうから許してくれい。

 

「で、肩の力は抜けたかよ?」

 

「……旋焚玖? お前まさか、俺を落ち着かせるために…?」

 

 相変わらず察しが良くて助かるぜ!

 そんでもって一夏が纏っていた怒りも消えたっぽいな。結果オーライすぎるが、過程や方法なぞどうでもよいのだ!(ディオ)

 

「そういう事だな。『心は熱く、頭は冷静に』だろ?」

 

「へっ……そうだったな…!」

 

 そうだよ。

 俺も九鬼先生から教わったっけなぁ(遠い目)

 そのあと焔螺子叩き込まれて血反吐はいたっけなぁ(死んだ目)

 

「冷静になったところで、だ。どうだ、動けそうにないか?」

 

「う~ん……何て言うかさ。見えない糸……いや、ソレどころじゃないな。何かもうぶっとい縄で全身を縛られてるって感じでピクリとも動けねぇ」

 

 まぁそんな感じだろう。

 ボーデヴィッヒが俺にやった最初の【AIC】の強度を例えるなら、一夏の言う『見えない糸』クラスだ。糸レベルなら何とかブチ破れるし。

 どっこい絶賛一夏も喰らい中の【×2】の強度ときたら、これまた一夏の言う通りぶっとい縄だ。しかもこの縄はアレだ、擦れたらお肌がイタイイタイ荒い縄目だな、イメージ的に。

 

 冷静に解析してみたら、これを破るのは至難の業じゃねぇか。実際、俺には破れるイメージが湧かなかったし……潜在能力オバケな一夏でも厳しそうだぜ…!

 

「あっ! アレだよアレ! 何かデジャブ感があると思ったら、コレって金縛りにあってる時と同じ感覚なんだ!」

 

「金縛り……確かに言い得て妙……ハッ…!?」

 

 

その時旋焚玖に電流走る――ッ!!

 

 

「ふん。何を模索してるかは知らんが無駄な足掻きに過ぎん。私の【停止結界×2】の前では何人たりとも敗北の海に溺れるのだ」(どやぁ)

 

 え、なにその厨二っぽい勝利宣言は(困惑)

 それはそうと、ドヤ顔で宣っているあたり、コイツからは相当の自信が窺える。しかし、そう判断するにはまだ早いんだよなぁ。

 お前は織斑一夏という稀有な存在を見誤っているのだ。お返しに今度は俺が勝利宣言してやろう。もちろん、厨二チックなセリフでな!

 

「汝は知るだろう、幾何なりし封縛が如何なる訃音を告げるものか」(どやぁ)

 

 ほれ、俺の意趣返しに歯ぎしりしな…!

 

「おぉ…! 何か今のカッコいいな! もっかい! もっかい言ってくれよ旋焚玖!」

 

 お前が食いついてどうすんだ!

 そんな暇あったら動ける努力してなさいよ!

 

「む……クラリッサが言いそうな言葉だな」

 

 誰だそれ!?

 美人だったら今度紹介してよ!(ゲス旋ちゃん)

 

 えぇい、気を抜いたらまた展開が脱線してるぞオイ!

 イカンな、俺まで変な気にあてられちまってるじゃないか。俺が主導で脱線させたら誰が展開を進展するんだっての。

 

「一夏」

 

「おう?」

 

「金縛りを解く方法を教えてやろう」

 

「はぁ? ふつめんまで何を…」

 

「ま、マジで!? 教えてくれよ旋焚玖!」

 

 なぁに、簡単な事よ。

 俺は無理だけど。

 

「いいか? 『縛られてる』って考えるからダメなんだ。『縛らしてやってる』って考えたら楽勝よ」(一夏専用理論)

 

「はぁ?」

 

「縛らしてやってる……」

 

「ああ、そうだ。お前は縛られてるんじゃない。縛らしてやってるんだ。お前が縛らしてやってんだから、お前の意志で解けるだろ」

 

 俺は無理だけど。

 思い込みの力が足りんもん。

 

「はぁ……冗談も休み休み言え、ふつめん。そんな意味不明な精神論で動けたら人生楽勝過ぎるだろ」

 

「なるほどなぁ、そう考えたら確かに動けるような気が……」

 

「貴様も何を真に受けている。まったく…コレが教官の弟だというのだから嘆かわしいものだ」

 

「んーと、んーと……あ、動けた」

 

「は?」

 

 ホントに解いたのか(困惑)

 自分で言っててなんだが、どうしてソレで解けてしまうのか。コレガワカラナイ。やっぱ一夏ってしゅごいわ。

 

「いくぜ、ボーデヴィッヒ!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? いやちょ、おい待て! 待て待て待て待て! なに普通に動いてる!? うわ、ちょ、やめろお前コッチに来るな!!」

 

 おやおや、どうしたボーデヴィッヒさんよぉ? さっきまでの余裕っぷりが消えましたなぁ? むしろここにきて最大級の焦りが見えますなぁ?

 

 ふひひ、改めて言わせてもらうぜ。

 お前は一夏の秘めたる爆発力を見誤った! 

 

「うおおおおっ!」

 

 熱い咆哮と共に一夏はボーデヴィッヒへと突っ込んでいく。驚きモモンガーなボーデヴィッヒはその場で立ち竦む……事はなく、瞬時に後方へと下がり一夏との距離をあけた。やるじゃん(賞賛)

 

 だが勢いは今、完全に一夏にある。

 やっちゃえいちかー!(イリア)

 

「くっ……だ、だが動きは感情的で直線的だぞ! そして先ほどのはマグレに決まっている!」

 

 動揺しつつも再び一夏へ両腕を突き出すボーデヴィッヒ。どうやらまた一夏に【停止結界×2】を迸らせたらしい。

 

 さて、どうなる…?

 

「うおおおおっ!」

 

「いやちょっとは止まらんか!? 何で普通に突っ切ってくるんだ!? 本当に何なんだお前は何故効かん!?」

 

「へへっ、縛らしてやってるだけだからな!」

 

「このバカぁ! そんな謎理論で動かれてたまるかぁ!」

 

 ああ、そうだな。

 まさに、そんなバカな…って感じだよな。

 

 だがな。

 ソレがまかり通るのが一夏…というか織斑姉弟なんだよ。お前も千冬さんの一番弟子を自負してんなら素直に認める事だな。一夏のしゅごさをよ…!

 

「くそっ、だが私が教官に教わったのは停止結界だけではない!」

 

 ブレードを掲げて迫り来る一夏に対して、ボーデヴィッヒもブレードを出して応戦を見せる。二人のブレードが交差するその瞬間、何と一夏たちの間に黒い影が割り入ってきた。

 

「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」

 

 意外!

 その影の正体は千冬さんだった!

 

「千冬姉!?」

「教官!?」

 

 しかもその姿は普段と同じスーツ姿で、ISどころかISスーツさえ装着していない。というか無手のまま二人の間に割り込んで、二人のブレードを掴んで止めてた。

 

 いやいやおかしいですよ千冬さん! 【零落白夜】は解除されてるとはいえ、ブレードですよブレード! 

 ナニ涼しい顔して止めちゃってんすか! 素手で! 常人離れもホドホドにしてくださいよホントに! 俺ですら唖然としてるのに、一夏達だとドン引きですよドン引き!

 

「す、すげぇぜ千冬姉!」

「流石です、教官!」

 

 ああ、そういやそうだった。

 この二人の共通点を挙げるとすれば、二人とも千冬さんが大好きって事だったな。一夏は自他共に認めるシスコンだし、ボーデヴィッヒは千冬さんを求めてIS学園までやって来たくらいだし。

 

「ブリュンヒルデだからな」(どやぁ)

 

 ブリュンヒルデってしゅごい。

 いやでも実際、千冬さん俺より強くなってね…? なんだよアンタいつの間に精神と時の部屋に入ったんだよ。

 

「やっぱ千冬姉はすげぇよ! 素手で止めちまうんだぜ!? なぁ!?」

 

「ああそうだ! 教官はホントにしゅごいんだ! お前もこの人の弟である事を誇らなくてはいかんぞ!」

 

「そんなの当たり前だよなぁ! ははははは!」

 

「分かってるじゃないか! ははっ、ははは!」

 

 おぉ……おぉ…!

 普通に笑い合えるじゃねぇかお前ら! そうだよギスギスなんていらねぇんだよ! 仲良しこよしの方がいいんだよ!

 

 それに俺は聞き逃してねぇぜ?

 一夏に対するボーデヴィッヒの呼び方が『貴様』から『お前』にランクアップしているのをな…! 

 何だかんだで一夏はボーデヴィッヒの必殺技を破ったんだ。きっと無意識のうちにボーデヴィッヒもアイツを認めたんだろう。

 

 これは大チャンス到来じゃないのか。二人の間にあるわざかまり…というか一方的にボーデヴィッヒが一夏を敵視してるだけなんだが、ソレをこの場で解消できるかもしれねぇ…!

 

「千冬さん千冬さん」

 

「む?」

 

 そんでもって解消するには、二人の共通点な千冬さんの協力が必要不可欠である! ボーデヴィッヒは『教官は凛々しくないとやだぁ!』とか『そんな風に変えてしまう織斑一夏がきらいだぁ!』とかソレっぽい事を言ってたが、ぶっちゃけ『私も教官に甘えたいぞー!』な心の声が丸聞こえなんだよなぁ。

 俺ほどの洞察力を持つ男なら、ボーデヴィッヒの心の声なんざ、丸どころかもう二重丸すら飛び越えて螺旋丸で聞こえまくりよ。

 

 という訳でよ。

 上手い事千冬さんがボーデヴィッヒを説得すれば、それだけで丸く収まる簡単な仕事ってわけさ。コレに関しては、下手に俺が出しゃばる必要はない。むしろ不要だ。アシストに徹してシュートを決めるのは千冬さんさ。

 

 

【千冬さんに耳打ちする】

【普通に話す】

 

 

 む。

 これは珍しく気の利いた【選択肢】じゃないか。確かに本人の前で、これ見よがしに『ボーデヴィッヒを甘えさせてやってよ!』なんて言ったらボーデヴィッヒのプライドを傷つけるかもしれんな。

 

 いやはや、【選択肢】が出されなかったら普通に気付かんかったわ。お前【選択肢】なかなかやるじゃねぇか!

 

「千冬さん、ちょいとお耳を拝借」

 

「む…」(思えば私が耳打ちされるのはコレが初めてだな。まったく、お前という男は……いとも簡単に私の初めてを奪いおって)

 

「ごにょごーにょごーにょごーにょ」

 

 ボーデヴィッヒが一夏にプリプリしてるのは、千冬さんから家族愛をがっつり受けてて羨ましいからなんですよ! 嫉妬ですよ嫉妬!

 

「ふむふむ」(しかし旋焚玖の囁きヴォイスは、普段よりも低音で渋くて……なにかこう…クるものがあるな)

 

「まるまるくまぐまこれこれうまうま」

 

 ぶっちゃけボーデヴィッヒも千冬さんに甘えたいんですよ! でも恥ずかしくて言えないから、一夏に八つ当たりしてるんですよ! 高校生らしからぬ子供ですよ子供!

 

「ふむふむ」(これが真耶の言ってた最近流行りのASMRというヤツか。フッ……耳が熱くなるな)

 

「かくかくしかじか賈詡郭嘉」

 

 だからボーデヴィッヒには、第三者が説得するよりも、嫉妬の原因な千冬さんから説得してもらった方が効果は抜群ってわけですよ! 説得の仕方は任せますんで、一夏とボーデヴィッヒのためにもお願いします!

 

「ふむふむ」(しかし間違っても商品化はできんな。私ほど強靭な肉体の精神力を持ってなければ、小娘共の耳など容易に孕まされてしまうだろうからな)

 

 しっかり頷いてるし、これにてアシスト完了である! ナイスなシュートをブチこんでやってくださいよ!

 

「……………………ん?」

 

 いや『ん?』じゃなくて。

 何で俺の方を向いてんですか。

 ボーデヴィッヒはアッチですよ。

 

「………………………」

 

「……千冬さん?」

 

「む?」

 

 いや『む?』じゃなくて。 

 え、聞いてましたよね? がっつり聞いてたし、なんか嬉しそうに頷いてたじゃないですか!

 

「千冬さん」

 

「……ああ、そうだな。お前の好きにするといい」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 いやその返事はおかしい。

 





旋焚玖:話……聞いてました?

千冬:聞こうと思ったが聴欲を抑えられなかった

旋焚玖:(゜д゜)ナニイッテダコノヒト


旋焚玖:( ゚д゚ )


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第148話 ラウラと織斑姉弟と


ならダブルスでいくよ、というお話。



 

「聞こうと思ったが聴欲が抑えられなかった」

 

 何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 聴欲って何ですか? そんな性欲みたいに言われても反応に困るわ。やばいと思ったが性欲を抑えきれなかったのかな(すっとぼけ)

 

 しかし、千冬さんが聞いてくれないのは流石に想定外だった。というか、あれだけ囁いたのに全く聞こえてなかったとか、どうやって想定すればいいのかと。

 

 

【同じ内容を一夏に耳打ちる】

【同じ内容をラウラに耳打ちる】

【もう普通に話してしまう】

 

 

 いやお前【上】と【中】いる?

 普通に考えてありえんだろ。

 

 しかも同じ内容ツってもアレなんだろ。どうせ一言一句違わず言わせるつもりだろお前。分かってんだよこのヤロウ。

 がっつり『千冬さんおなシャス!』ツってんのに、ソレを囁かれても一夏とボーデヴィッヒが困惑しちまうわ。というかいつもの無駄なやり取りにしかならねぇわ。先に気づけた俺ナイス。

 

 ボーデヴィッヒからしたら、千冬さんと一夏にもがっつり聞かれてしまって恥ずかしい思いをするかもしれねぇが、それで問題が解決するんだから安いモンだろ。数ある不自由と戦わずして、自由は手にできねぇんだぜ?(米崎)

 

 という訳で。

 【下】だよね。

 

 

【耳打ちなら自由に話せたけど【下】を選んだから一言一句違わず話す】

【耳打ちなら自由に話せたけど【下】を選んだから一言一句違わず話すぅ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 クソうぜぇぇぇぇぇぇぇッ!!

 

 純度100%な嫌がらせやめてよぉ!

 後出しはズルいぞこのヤロウ!

 

 お前アレか! わざわざ牌をめくって「あーあ、リーチしてたら一発ツモに裏ドラもついてたのにねぇ(ニチャア」とか言っちゃうタイプだろ! 天地創世喰らわせるぞコラァッ!!

 

「ボーデヴィッヒが一夏にプリプリしてるのは、千冬さんから家族愛をがっつり受けてて羨ましいからなんですよ!」

 

「なっ!? い、いきなり何を言い出すんだふつめん!」

 

 うっせぇ黙ってろ邪魔すんな!

 

なお今の旋焚玖は強制的に絶対一言一句違わず話すマンと化しているので、ラウラの抗議を言葉で止める事は不可能である。

 

 だから何じゃい!

 止めるのに言葉なんかいらねぇんだよ!

 

「嫉妬ですよ嫉妬!」

 

「誰が嫉妬などふにゃん」

 

 ボーデヴィッヒの背後に回って当て身。

 

 ちょっと気ぃ失ってろお前。

 その間にバッチリ話してやるぜ! 

 

 

 

 

 話し終わったぜ。

 しかしアレだな、改めて言い直しながら思ったが、ボーデヴィッヒから当たりが強かった一夏の立場に立ってみると「なんだそれ」って話だよな。

 

 きっと一夏もイラっときてるだろうよ。そんな下らん理由で、コイツは出会いがしらにボーデヴィッヒから頭ハタかられてんだからな。千冬さんも千冬さんで、呆れて物も言えねぇだろうよ。

 

「やっぱ千冬姉はすげぇよ! そこまで人を魅了しちまうんだぜ!?」

 

「フッ……まぁ私はブリュンヒルデだからな」

 

 え、なにその感じは(困惑)

 

 おめめをキラキラさせて賛辞りまくっている弟と、それを受けてまんざらでもない感プンプンな姉の図か……うん、やっぱ織斑姉弟って一線を画してるわ。二人が気にしないんだったら、別に俺も気にしないでおこう。

 

「しかし、一夏とボーデヴィッヒにツライ思いをさせてしまった原因が私にあったとはな。私の魅力が凄すぎてすまん、一夏」

 

 何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 

「謝る事なんかねぇよ千冬姉! 千冬姉は悪くねぇって! なぁ、旋焚玖!」

 

「お、そうだな」

 

 謝罪の言葉がおかしいと思った(小並感)

 言わんけど。

 それに、だ。魅力云々は置いておくとして、千冬さんが悪くないってのには俺も普通に賛同だし。

 

「悪いのは魅力が凄すぎる千冬姉の方さ!」

 

 やっぱり千冬さんが悪いんじゃないか(憤怒)

 お前ホント千冬さんが絡むと頭パープキンになるよな。ガキの頃から見てきたけど、これだけは幾つになっても変わんねぇな。 

 

「なぁ、旋焚玖!」

 

「お、そうだな。……ん?」

 

「う、う~ん……」

 

 どうやらボーデヴィッヒが気絶から回復したらしい。しかし時既に遅しだぜ。お前のプンスコ理由は大いに語らせてもらったわ。あとは千冬さんから良い感じに説得してもらって、一夏とも仲良くするんだな!

 

「私は……はっ…!」

 

 あ、目が合ったでござる。

 

「ふつめん!! 一度ならず二度までも私を気絶させおって!!」

 

 はわわ、顔を真っ赤にして詰め寄って来たでござる。これは怒ってますね、間違いない。まぁでも、そりゃそうか。一夏たちに話す事に夢中でさらっと流してたけど、ボーデヴィッヒからしたら無理やり昏睡させられたんだからな。

 

 これは反省せなイカンでしょ。

 言葉でボーデヴィッヒを制止できないからといって、紳士な俺とした事があまりにも安易に暴力的な手段を取ってしまった。

 

「お前という奴は!!」

 

 うむ、ここは誠心誠意ボーデヴィッヒの怒りを甘んじて受けよう。肩パンくらいならしてもいいよ。

 

「ホントにとんでもない身体能力の持ち主だな!!」

 

 うむ……ぅむ?

 

「この短期間で何度私を驚かせたら気が済むのだお前は! いつの間にか背後に回られては意識も刈り取られていたぞ!」

 

 怒られると思ってたら褒められたでござる。

 ああ、そういやボーデヴィッヒってこういう感じの奴だったな。ヤラれてもいちいちプンスコらない実力至上が信条な粋な奴だったよ。

 

 そしてもっと褒めていいのよ?

 と言いたいトコだが、これ以上は展開停滞の恐れがあるからな。ボーデヴィッヒの機嫌が良い今のうちに、千冬さんへバトンタッチするのがベネである。 

 

「お前がクラリッサの言ってたニンジャというヤツだな!」

 

 あ、お前バカやめろそんな香ばしいコト言ったらいけない! 此処にはコイツが居るんだぞ!

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前忍者だったのかよ!?」

 

 だああっ!

 やっぱり! そんなワード言ったら一夏が食いつくに決まってんだろがい! というか一夏コラァッ!! お前コラァッ!! 何でそんな簡単に信じれんだお前は!

 

 お前ホント俺が絡むと頭パープキンになるよな! ガキの頃から見てきたけど、これだけは幾つになっても変わんねぇな! おかげで本題が横道に逸れたまま戻ってきてくれねぇよ! 連れ戻すぞオイ!

 

「今は俺よりボーデヴィッヒの事なんじゃないのか? 分別を忘れるなよ、一夏」

 

「うっ……そ、そうだったな。すまねぇ、ついテンション上がっちまって」

 

「気にするな」

 

 

【語尾に『てばよ』をつける。小一時間くらい】

【忍者っぽい動きを披露してやる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 やーめーろーよー!

 せめて一夏に指摘する前に出してくれよぉ! 忘れた頃にワンテンポ遅らせてくるのホントやめてほしいんだけど!?

 

 【上】も【下】も嫌だけど【上】の方がキツいだろ。視線的な意味で。一夏に注意しておきながらその語尾とか、お前どう考えても触れられてほしい奴じゃねぇか。そういう素直になれない意地っぱりなキャラ付けとか求めてないからマジで。

 

 というわけで【下】を選びたいんだけどさ……【忍者っぽい動き】って何だよ! さらっと書いてるけど無茶ぶりにも程があるんだよこのヤロウ! 

 

 いいよやってやるよ! 

 【っぽい】ってのがミソだオラァッ!! おめぇら全員目ン玉ひん剥いて見さらせオラァッ!! 俺のしゅごさに驚き慄くがいい!

 

「…………………」

 

「旋焚玖? どうしたんだ、急に無言になって……ん? どこ見てんだ、ボーデヴィッヒ?」

 

 

旋焚玖の仕掛けを初めに気付いたのはラウラ……と見せかけて千冬なのだが、千冬からすれば別段驚くような事でもないので、いつも通り『サスガダァ…』とか言ってた。

しかしその横に立つラウラは千冬と違って、口をこれでもかとあんぐりさせている。そんな彼女の様子を怪訝に思いつつ、視線を一夏も追わせて――。

 

「へ…? あ、あれは……せ、旋焚玖じゃねぇか!! え、あれっ、こ、此処に立ってるのも旋焚玖!? ど、どういう事だってばよ!?」

 

「アッチにもふつめん…!? こっちにもふつめん…!?」

 

一夏とラウラだけではない。

アリーナにいる千冬を除く誰もが目を疑う。

そこには信じられない光景があった。

 

「旋焚玖が!」

「ふつめんが!」

 

「「 二人居る!!!!! 」」

 

 【忍者っぽい】動きなら任せろー。

 菊丸先生に教えてもらったからな。

 

「あ、あれが噂に名高い分身の術というヤツか!!」

 

 せっかくだし決め台詞も言っておくか。思えばここからテニヌ化の一途を辿っていったな。

 

「「ならダブルスでいくよ」」(菊丸)

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「む……織斑一夏、ソレは何だ?」

 

「旋焚玖がしゅごい時に送る喝采さ!」

 

 喝采だったのか(困惑)

 8歳くらいから言われ続けてきたが初めて知ったわ。

 

「なるほど、喝采か! ならば私も言わねばならんな」

 

 いやなんの使命感だよ。

 そんな事しなくていいから(良心)

 

「ヒューッ! ふつめん、ヒューッ!!」

 

「おぉ! いい喝采っぷりじゃないか!」

 

「うむ、コレは中々どうして言ってみると気持ちがいいな!」

 

 お前ら仲良いな!?

 もう遺恨とか吹っ飛んでんじゃないのかこれ。

 

 

一人ダブルスを披露しながらも、そこは洞察力満点な旋焚玖。一夏とラウラの間に在った険悪な空気が、かなり薄れている事に気付く。

そして忘れてはいけないもう一人の存在、ブリュンヒルデな織斑千冬。旋焚玖が気付く事を彼女が果たして見逃すだろうか、否、見逃す道理などなかった。

 

「フッ……」(旋焚玖はラウラの説得に第三者は不要だと言ったが……目の前の光景はどうだ。旋焚玖を中心に仲違いを解消させているではないか。ドイツでは決して見られなかった、他者との会話で笑顔を咲かせているではないか。……ふふ、旋焚玖のおかげで、もう私の説得の方が不要になったな可愛い)

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

 

「は、はいっ!」

 

 お、千冬さんがボーデヴィッヒに声をかけた。なら俺も忍者っぽい動きは終わらせていいだろ。

 

「お前は誰だ?」

 

「(´・ω●`)?」

 

 んん?

 ラウラ・ボーデヴィッヒだと思うんですけど(凡推理)

 

「ほれ、遠慮せず思った事をそのまま言ってみろ。お前は誰なんだ?」

 

「え、えっと……ら、ラウラ・ボーデヴィッヒ……です…?」

 

 意図が掴めずオロオロしちゃってるじゃないか。

 まぁでも特に問題ないだろう。アホの選択肢とは違って、今問いかけてるのは千冬さんなんだからな。ボーデヴィッヒも大船に乗ったつもりで身を任せちまいな!

 

「ああ、そうだな。お前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。そんなお前が私の唯一肉親的存在な一夏と同じように接してもらえると思うなよ」

 

「(´・ω●`)」

 

 これにはボーデヴィッヒもしょんぼり顔である。この感じからして、おそらく千冬さんからこうまでハッキリ言われたのは、コレが初めてなんだろう。

 

「そしてお前は、私の唯一弟子的存在だな」

 

「ゆ、唯一弟子的存在…ですか?」

 

「ああ、そうだ。一夏が世界でたった一人の弟なら、お前は私にとって世界でたった一人の愛弟子だ。ベクトルは違えど大切に思う気持ちは違わん、という事だ。……こんな事を言わせるなバカ者(ぷいっ)」

 

 ぷいっとしましたよこの人。

 これは自分で言って照れてますね間違いない。

 

「ふぉぉぉ…!」

 

 これにはボーデヴィッヒもふぉぉぉ…!である。

 堕ちたな(確信)

 

「えーっと……つまり、どういう事なんだ?」

 

「お前とボーデヴィッヒはダチになったって事だ。なぁ、ボーデヴィッヒ?」

 

「うむ、ふつめんの言う通りだ。今までキツく当たってすまなかったな、許せ織斑一夏!」

 

「おう! もう気にしてないぜ!」

 

 よう言うた! それでこそ男や!

 お前(選択肢)も見習わにゃいかんとちゃうんか?

 

「フッ……高校生活などあっという間に終わってしまうものだ。せいぜい今を楽しめよ、ガキ共……っと」

 

 千冬さんがいい感じの言葉で締めてくれたし、これにて一件落着である! ばたんきゅぅ~っているセシリアと鈴を余裕で肩に担いでいるのは見て見ぬ振りをしておくのである!

 

「あ、そうだ、千冬姉!」

 

「ん?」

 

「旋焚玖もトーナメントに出られるぜ!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 






(*^◯^*)来年もよろしくなんだ!













(*´ω`*)ハヤル


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第149話 タッグパートナー


旋焚玖は出ない、というお話。



 

 

「あ、そうだ、千冬姉!」

 

「ん?」

 

「旋焚玖もトーナメントに出られるぜ!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 ボーデヴィッヒ問題もこれにて閉廷!終わり!とか思った矢先に、なに爆弾投下してくれてんの? そんな声高に言ってもダメなモンはダメなんじゃい!

 

「何を言い出すかと思えば。お前も旋焚玖が出場を認められない本当の理由は知っているだろうが」

 

 そうだそうだ!

 俺に夢見る少年に熱い正論をブチかましてやってくださいよ、千冬さん! 

 

「むぅ…? 本当の理由…? ふつめんは常軌を逸脱しすぎる強さ故に、トーナメントの参加を控えるのではないのですか?」(※ 第129話参照)

 

 いい記憶力してんねぇ!

 道理でねぇ!

 

 そんでもって、真実を知らん奴が聞いたら、やっぱそんな感じの解釈になるよなぁ。まぁ日本政府も、わざとそういうニュアンスを含んだ言い方をしてるんだろうけど。

 

 日本が誇る貴重な男性起動者の片割れが、実はその場から動けないクソ雑魚ナメクジでした!なんて公表しちまったら、世界中から嘲笑の嵐待ったなしだもんな。嗤われるのは主に俺なんだけどね。

 

 起動してからも、ちゃんとアフターフォローしてくれる日本政府のお偉いさん大しゅき♥

 

「ふむ……どうするか、旋焚玖?」

 

「あ、いいっすよ」

 

 ボーデヴィッヒが専用機持ちな時点で、どうせすぐにバレるだろうしな。一夏との確執がなくなった今、むしろボーデヴィッヒには明かしたくなったぜ。可愛いし。

 

「では私から簡単にだが説明しよう。コイツはな、ISを展開したら動けんのだ」

 

「へ? う、動けない…ですか? それってどういう……」

 

「言葉通りだ。その場から一歩も動けなくなる」

 

 う、動こうと思えば動けるんだけどね。

 言ってもカッコ悪い弁護っていうか、たんなる強がり臭ぷんぷんだから言わんけど。

 

 

【動けるもん!!(強がり)】

【動こうと思えば(強がり)】

 

 

 言わせる方向で進めないでよぉ!

 言いたくないから言わんって言ってんの! 僕の心の声をちゃんと聞いてよぉ! というか言い方が違うだけで、結局どっちも強がりなんじゃねぇかこのバカ!

 

 じゃあどっちを選ぶのが正解なんですか!

 発言者な俺へのダメージが少ないほうがいいです! それでどっちが少ないんだこのヤロウ! 

 

 『もん!!』とか可愛いコぶってる時点で【上】はない。と考えるのは3流のやる事よ。確かに【上】に比べて【下】は言い方はまだ普通だが、それだけに『ガチ』感が漂っているとは思わないかね? 

 冗談っぽさが無い分、言われた側からすれば掛ける言葉に悩むってなモンだ。そして展開が停滞する未来が見えますねぇ!

 その点、【上】だとキモいの一言で済ませられるからな。しかも此処には俺をキモいと言う事に定評のあるボーデヴィッヒも居るし、パパパッとやってハイ終わり!って感じでいけるぜ! 

 

 という訳で。

 

「動けるもん!!」

 

「な、なんだ急に、気持ち悪いな」

 

 はい読み通り!

 綺麗にオチたし話進めよー…ん?

 

「は?」(威圧)

 

「ヒェッ…!?」

 

 千冬さんが超スピードでボーデヴィッヒの眼前に詰め寄ったなう。割とマジで恐ろしく疾い移動…というより、むしろ転移だな。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね(ドヤァ)

 

「は?」(強圧)

 

「え、えっと、あ…あっと、その……あぅ…」

 

 どうやらボーデヴィッヒは、しょんぼりする余裕すらないレベルで、千冬さんの壱文字問答に圧迫されてるらしい。俺の事とはいえ、そこまでマジに怒らなくても……と思ったが、よく考えたらボーデヴィッヒのさっきの言葉は普通に悪口に部類されるモンだったわ。言い慣れてる俺は別として、思春期な少年の心を傷つけるには十分な代物よ。

 

 つまり千冬さんの行動に非は非ず! むしろ生徒が生徒に悪口を言ったら本気で怒れる千冬さんは教師の鑑である!

 

「は?」(暴圧)

 

「う……え、えっと……ふつめん、すまなかった」

 

 千冬さんのトリプル圧に屈したボーデヴィッヒが、俺へと頭を下げてきたでござる。しかしアレだな、ボーデヴィッヒもよく一文字だけで、千冬さんの言いたい事を理解できたもんだ。

 ペッシ風に言うと『言葉』ではなく『一文字』で理解できた!ってヤツだな。そんな功労賞なボーデヴィッヒへの返答など既に決まっている。

 

「気にするな」

 

 魔法の言葉『気にするな』よ。

 汎用性が高くて本当に助かります。

 

「なら気にしないでおくぞ!」

 

 いやそこは気にしろよ。

 そういうトコで無垢な素直さ発揮しなくていいから。まぁ言い方が可愛いし顔も可愛いから良しとしといてやろう。俺が面食いで助かったな!

 

「でも旋焚玖の言い分ももっともだぜ! 旋焚玖は移動が出来ないだけで上半身は動くんだからな! だから動けないって言われるのは心外なんだぜ!」

 

 フッ……今日も一夏の熱いフォローが輝きを見せるぜ。でもなんか余計みじめな気持ちになるからヤメて差し上げろ。

 

「むぅ……それは本当なのか、ふつめん?」

 

 

【嘘です! すべて嘘です!(トランクス)】

【そうだよ】

 

 

 お前【上】が言いたくなっただけちゃうんか。

 それはそれとして、嘘じゃないし本当なんだよなぁ。

 

「そうだよ。そんな俺が出ても恥を晒すのは目に見えてるから、きっと政府も出場させない措置を取ってくれたんだろうよ」

 

 日本政府大しゅき♥(2度目)

 

「……むぅ」(上半身が動いたところで移動が出来ぬのであれば、さすがに我が部隊へスカウトするのは難しい……。身体能力がしゅごいだけに惜しい…! 実に惜しいぞ、ふつめん!)

 

 おや、落胆の色が見えますな。

 そりゃそうだ。なんぼ世界で貴重な男性起動者だツっても、その場から動けねぇんじゃ活動のしようがないからな。動かねぇ男はただの男だ(ポルコ意識)

 

 対人関係において、強さで手のひらのモーターを変える事に定評のあるボーデヴィッヒからしたら、期待してた分落差も大きいだろう。

 

 これは好感度ダダ下がり待ったなしですね、間違いない。もう無理やり【たけし】動かしちまうか?

 

 

≪ (>'A`)>ウワァァ!! ≫

 

 

「うわははははは!」

 

「うわビックリした!? ど、どうしたんだよ旋焚玖!?」

 

「気にするな」

 

 たけしお前自己主張激しいんだよ! 何でアリーナの隅っこにいて、しかも相川に乗られてんのに俺の心の声を嗅ぎ取ってんだよ! 

 まったく、以心伝心にも程があるだろ…っていうかこんなにも仲良しなのに、どうして下半身が動いてくれないのか。やっぱ男ってのが何か引っかかってんのかね。

 

「まぁでも旋焚玖が高笑いするのも分かるけどな!」

 

 いや何でだよ。

 実はお前も【たけし】が視えてる系男子なんか?

 

「旋焚玖は動けなくても超強いからな!」

 

 うん、超強いって表現の仕方よ。

 何でお前は俺が絡んだら語彙力の低下を引き起こすんだ。お前も織斑家の一族を自負してんなら、大人な語彙のまま俺を過大評価せしめる千冬さんを見習わにゃいかんとちゃうんか?……とか一瞬思ったけど、別に見習わなくていいヤツだったわ。

 

「むむっ!? ふつめんはISに乗っても超強いのか!? 移動ができないのに!?」

 

 う、うわぁ……すごい食いつきだぁ(プチ引き)

 お前転校してきて以来、一番の食いつきっぷりじゃねぇか。それくらい俺を嫌いたくないんですね、分かります。俺はもう惚れてるぞオイ!

 

「おう! 旋焚玖はな、俺たちがどれだけ果敢に攻めても墜とせねぇ超難攻不落の超要塞なんだぜ! 超すげぇよ!」

 

 超超うるせぇな!

 超以外で度合いを表せねぇのかお前は! お前もしかして俺を讃える時限定で語彙力を失う呪いにでも罹ってんのか?

 

「フッ……まぁな」(ドヤァ)

 

 いや何で千冬さんが頷くんですか(困惑)

 

 とはいえ一夏も別に嘘は言ってない。

 確かに俺は(前方限定で)超難攻不落の超要塞で超すげぇよ。

 

「ほう…! それは果てしなく興味が尽きぬな!」

 

 お前もわざわざ千冬さんっぽい反応見せなくていいから。弟子は師匠に似るってホントなんだなぁ。しかし、これは試合を挑まれる流れですね。みんなが観てる前じゃ絶対に嫌ですよ。動けないのがバレてバカにされちゃうからね。故に先手を打つべし!

 

「なら夜にアリーナに来るといいさ」

 

「夜?」

 

「俺は政府公認でアリーナの時間外使用許可を貰ってるからな。俺が居る時は候補生も使っていいのさ」

 

 あと候補生じゃなかったら箒くらいか。

 ちなみに俺以外の使用云々は、別に政府からの許可を取ってなかったりするんだが、まぁブリュンヒルデな千冬さんがOKくれたしOKだろ。

 

「なるほど! ならばさっそく今夜行かせてもらおう!」

 

「ああ」

 

 パーフェクトな捌きっぷりをお魅せしよう。

 そのかわり後ろからケツに攻撃だけは勘弁な。アホの兄弟みたいにパイルバンカーとかブチこもうとした日にゃあ、その時はもう痛さ爆発でもいいからガチギレするからな。

 

「で、話を戻そうや」

 

 いったい何でこんな話になったんだ?

 

 ああ、そうだ。

 一夏が動けない俺でもトーナメントに出場できるとか世迷言を言い出したんだったな。改めて何言ってだコイツって感想しか出てこねぇよ。お前は竹馬の友を晒し上げにすると申すか!

 

「下半身が動けねぇ俺は出ちゃイカンでしょ。常識的に考えて」

 

 これは紛うことなき正論ですね。

 一夏も常識的に考えてホラ。

 

「へへっ、大丈夫だって安心しろよ旋焚玖。とっておきの秘策を思い付いたんだ!」

 

「秘策か」

 

 でもお前俺が絡むとアホになるやん(辛辣旋ちゃん)

 と言いつつ、一夏が良い意味で期待を裏切らない男だって事も知ってるからなぁ。ここはアレだな、期待していない風を装いつつ、内心わりと期待してる感じでいよう。

 

「旋焚玖が出られないのは移動が出来ないからなんだよな?」

 

「政府的にはソレなんだろうが、俺的には背後に回られたら終戦ってのも悩ましいな」

 

 だって考えてもみてくださいよ。

 各国のお偉いさん達が観ている前で、年端もいかない小娘共にケツを集中砲火される大和男児の図とか羞恥にも程があるだろ。メンタル弱い奴がやられたら自殺モンだぞこれ。

 

 だから出ません(断言)

 

「そこだよな! でもさ、それって言い換えれば、背後を取られなきゃいいって事になるよな?」

 

「ん……まぁ、そうだな」

 

 毎夜取られまくってるんだよなぁ。

 背後から撃沈されまくってる実績から目を逸らしてはいけない。今のところガセなし信頼度100%だぞ、確定演出かよ。

 

「しかしだな、織斑一夏よ。ふつめんは移動が出来ないから背後を取られてるのではないのか?」

 

 そうだよ(便乗)

 ボーデヴィッヒお前中々いい援護するじゃねぇか。というかお前にも常識的な思考できたんだな(失礼旋ちゃん)

 

「1対1の試合なら、な。でも今回のトーナメントはタッグ戦なんだぜ? 旋焚玖が移動出来なきゃ運んでやればいいんだよ!」

 

 いや運ぶてお前。

 

「そのためのタッグ戦あとそのためのパートナー…?」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「いや待て織斑一夏。運ぶって何処まで運べばいいのだ?」

 

「そりゃあ、背後が取られない壁際までだろ」

 

「しかしだな、それだとふつめんを運んでいるウチに相手側から狙い撃ちされるのではないのか?」

 

 そうだよ(便乗)

 よしんば一夏の案を採用したとして、試合開始直後に運ばれるとしよう。だがアリーナの中央から壁際までは結構な距離があるんだ。そこに到達するまで対戦相手からしたら打ち放題の狙い放題じゃねぇか。

 

「そのための瞬時加速あとそのためのイグニッション・ブースト…?」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

「……ふむ。確かに瞬時加速を使えばあるいは…?」

 

 む……ボーデヴィッヒが何やら納得してるっぽいぞ。代表候補生で専用機持ちなコイツが唸るって事はつまり、一夏の言っている事もあながち外れてはないって事なんか。

 

「ちなみにどういう感じで俺を運ぶんだ?」

 

 一夏の提案する壁際運搬作戦の概要はとりあえず分かった。そこで俺が一番気になったポイントがコレだ。

 

「どういうって……まぁ、こういう感じだろ」

 

 ふざけんなバカ! お前それお姫様抱っこじゃねぇか! すまし顔でジェスチャってんじゃねぇぞコラァッ!!

 各国のお偉いさんも来るツってんだろ! そんなモン見せたらお前あっという間に広がるわ! ホモデマが世界中に轟き渡るわ! 

 

「……いやだ」

 

「な、なんでだよ!?……………やっぱりなんでだよ!」

 

 ちょっと考えて二回言うなよ! 新手のギャグかお前! というかちょっと考えたら分かるだろぉ! 超公共の場で思春期ボーイがそんな真似できるわけねぇだろこのヤロウ!

 

「そうだぞ織斑一夏」

 

 おお!

 俺の気持ちを代弁してくれるか、ボーデヴィッヒ! またまた熱い正論をブチかましてやってくださいよ!

 

「ふつめんはお姫様じゃないからお姫様抱っこしたらいけないんだぞ」

 

 違ああう! 

 期待してたヤツと違ああう! というかもういいだろそのネタは! 何話ソレ引っ張るつもりだお前このヤロウ! 別にお姫様じゃなくてもお姫様抱っこされていい時代になったんだよこのヤロウ!

 

「いやでも昨日千冬姉はお姫様抱っこされてたじゃん」

 

「私はブリュンヒルデだからな」(ドヤァ)

 

 これはぶりゅんひるで千冬さん。

 たった一言で圧倒的存在感を放つのやめてもらえませんかね。

 

「やっぱ千冬姉はすげぇや!」

 

「流石です、教官!」

 

 お前らのマジな反応もすげぇや(ドン引き)

 

「とまぁ冗談はさておき、だ。お前が何を言おうと、旋焚玖が出場しない事は既に決まっている」

 

「そうだよ」(便乗)

 

 これはブリュンヒルデ千冬さん。

 3秒前のぶりゅんひるでとは別人だってはっきり分かんだね。それに、何だかんだで一夏を一番説得できるのは、千冬さんなんだよな。

 

「それに加えてお前たちはまだ1年生だ。公式試合などこれからいくらでもある。焦る必要がどこにある?」

 

 パーフェクト(クエスター)

 熱い正論からさらに有無を言わさずの追撃。内容も完璧ときている。やっぱ千冬さんは頼りになるぜ!

 

「フッ……まぁな」

 

 ひぇっ……読心術まで完璧にならなくていいですから。

 

「うーん……そんなモンか?」

 

 一夏が俺に確認を取ってきた。

 

「そんなモンよ」

 

 当たり前だよなぁ?

 そもそも俺は今回のトーナメント戦に対して、出たいか出たくないの二択なら余裕で出たくない派だからな。一度でも俺が出たいと言ったかよ? 言ってねぇだろ。出たくないから言ってねぇんだよ。

 

 

【馬鹿野郎お前俺は出るぞお前!】

【優勝したペアとだけ闘ればいい】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 言ってねぇツってんだろこのヤロウ! 出たくないツってんだろこのヤロウ! どうして僕をそんなに困らせるんですか!

 

「……優勝したペアとだけ闘ればいい」

 

「む……どういう事だ、ふつめん」

 

 俺が聞きたい(切実)

 

「ああ、なるほどな!」

 

 これは一夏による熱い曲解の予感。

 

「旋焚玖は裏ボスが似合うもんな! 隠しボス的なさ!」

 

「お、そうだな」

 

 やっぱり曲解じゃないか(げっそり)

 まぁでも優勝するのはどうせ専用機持ちがいるペアだろうし、そこまで深く考えなくていいか。夜のアリーナでパパパッとやられてハイ終わり!って感じで。

 

「んー……じゃあ俺のタッグの相手はやっぱランダム任せになるかぁ」

 

「私はもとよりそのつもりだ」

 

 どうやら一夏もボーデヴィッヒも、タッグパートナーは抽選で決めるらしい。でもソレって確か決まるの試合の当日じゃなかったか?

 出場しない俺が言うのもアレだが、試合の直前に組むとかチームワークもクソもねぇな。これは敗北の気配濃厚ですね。

 

「ちなみに抽選任せはお勧めせんぞ」

 

「なんでだ?」

 

「タッグ戦はシングル戦と違って連携が勝利のカギと言っても過言ではないからな。専用機を持っているからと言って、連携がバラバラなら訓練機相手にも負けると思え」

 

「はぇ~……なるほどなぁ」

 

 これはブリュンヒルデ千冬さん。

 一夏もおおいに納得している。はぇ~とか言ってるし。

 

 だがボーデヴィッヒは頷いてないな。

 尊敬してやまない千冬さんの金言だぞ~?

 

「ボーデヴィッヒは抽選でもいいんか?」

 

「フッ……当然だ。有象無象など私一人で十分だからな。先ほどの模擬戦でもソレは証明されたであろう?」

 

 そりゃそうだ。

 コイツは鈴とセシリアの専用機持ちコンビに1人で勝ってたもんな。不透明じゃない確かな自信と言ってもいいだろう。

 

「それに私がこの学園でIS的に認めているのは織斑一夏だけだし、身体能力的に認めているのはふつめんだけだし、人間的に認めているのは乱だけだからな。少なくともタッグ戦では織斑一夏にさえ当たらなければ私の勝ちは揺るがん」

 

「へへっ……なら俺と当たった時は勝たせてもらうぜ!」

 

「フッ……返り討ちにしてやる!」

 

 あらやだ青春。

 どっちもがんばぇー!

 

「じゃあ一夏はこれからパートナーを探すのか?」

 

「そうなるなぁ……けどさっきみたいに群れて来られても怖いんだよなぁ」

 

 女子高生に群れられて恐怖を感じるとかお前の感性おかしいんとちゃうんか(嫉妬)

 屈強な男共に群れられる方が絶対に怖いぞ(体験談)

 

 まぁでも一夏が嫌がるくらいだし、きっとその連中は織斑ブランド目当てな女共ばっかだったんだろう。

 

「ならもう適当に今ここにいる奴らから選んだらいいじゃないか」

 

 割と思いつきで言っちまった感はあるが、意外といいんじゃないか? タッグってのは組んでからの方が大事だろうし。千冬さんの言うように連携の練習とかな。

 

「あー、それもいいな。えーっと……この中でまだタッグのパートナー決まってない人っているかー!?」

 

 即断実行するのか。

 一夏の行動力はすげぇぜ。

 

 さて、誰がいるかな。

 

「はーい! はいはーい!」

 

 お、何か見た事ある顔だ。

 これはクラスメートですね間違いない。

 

「誰だ君は!?」

 

「岸原理子だよ! さっきも言ったよね!?」

 

「(´・ω・`)?」

 

 なぜ首をかしげるのか。

 






一夏のパートナーが決まりました(*´ω`*)
旋焚玖は出ません。
VTシステム?
知らない子ですねぇ(*´ω`*)


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第150話 ポコポコの定義


ポコポコって何かね、というお話。



 

 俺のトーナメント戦不出場が一夏的に認められて、ついでに一夏のタッグパートナーも決まったその夜。公約していた通り、ボーデヴィッヒがアリーナへとやって来たでござる。

 一人ではなく乱と一緒に来ているところを見ると、二人の仲は良好だと思って良さそうだ。とても嬉しいのである!

 

 嬉しいのだが。

 アリーナに現れた時からプンスカプンなオーラを醸し出しまくりな乱は、ボーデヴィッヒと何故か俺にまで正座を強いてきたのだ。

 

 まぁ大人しく強いられてるけどね。

 乱は怒った時の方がママ化が顕著だからね。

 

(おい……おい、ふつめん)

(……なんだ?)

 

 ボーデヴィッヒが小声で耳打ちしてきたでござる。

 流石にまだ心会話するには絆ポイントが足りんか。

 

(なぜ私達は正座させられているのだ?)

 

 お前は当然なんだよなぁ。

 放課後の模擬戦だよ。鈴に対してもセシリアに対しても、明らかにボーデヴィッヒはやりすぎだったからな。というかお前が常識の範囲内で攻撃を止めてたら、俺だって生身で突撃せんですんだんとちゃうんか!(プンスカ旋ちゃん)

 

 まぁそれも済んだ話だ。

 それよりも、だ。

 

(というかお前も正座するんだな)

 

 そっちの方が驚きだわ。

 まだまだ短い付き合いではあるが、コイツが千冬さん以外でも素直に従っている姿とか、中々にレアな光景なんじゃないのか。

 

(うむぅ……乱は…何と言えばいいか。教官とはまた違った迫力というか、なんか逆らってはいけないと思わせる凄みがあるのだ)

 

 凄み(母性)

 俺も同じ境地を去年の夏に味わったぜ。これでお前も年下のおなごにバブみを感じる罪深き咎人という訳だ。しかし責めるつもりは毛頭なし。俺たちは名実共に同志になったんだからな。

 

 我と共に生きるは冷厳なる勇者(変態)、出でよ!

 まぁ出でよも何も隣りでちょこんと正座してるんだけどな。

 

(とはいえ私とて正当な理由を提示されなければ抗うつもりだぞ!)

(お前に関しては正当な理由なんだよなぁ)

(むぅ?)

 

 そんな可愛らしく首を傾げてみせても、俺にしか通用しないんだよなぁ。同性ガールな乱にはきっと無駄だと思うぞ。

 

「身に覚えのないって顔してるね、ラウラさん」

 

「当然だ! いくらお友達の乱でも、して良い事と悪い事があるんだぞ!」

 

 なお本人はママの迫力に屈している模様。

 正座的な意味で。

 

「そうだね。ラウラさんは今日の放課後、したら悪い事しちゃったよね?」

 

「むぅ?」

 

「そんな可愛らしく首を傾げてみせても、アタシには通用しないよ! アリーナでの模擬戦だよっ! ラウラさんってば鈴姉とセシリアさんを必要以上にボコボコにしたでしょ!」

 

 そうだよ(便乗)

 しかし今思えば、あの時俺が割って入ってなかったら、もしかしてもっとやべぇ状況に陥ってたんじゃなかろうか。なんかコイツも殴りながら『ふはははは!』とか爆笑してたし。……爆笑しながら人を殴るのか(唖然)

 

「フッ……何を言うかと思えば」

 

「む!」

 

 おぉ、ボーデヴィッヒが乱に反旗を翻すっぽいぞ! 俺に出来ねぇ事を平然とやってのけてるが別に痺れないし憧れねぇな!(乱ママ派宣言)

 

「私はボコボコになどしてない」

 

「いやいやいや。二人共もう少しでダメージレベルCを超えるとこだったって山田先生から聞いたんだけど?」

 

 そうだったのか。

 確かISってダメージレベルCを超えたら、修復するのにかなり時間を要するんだっけか。何かそんな事を授業でやーまだ先生が言ってたような気がする。

 

「フッ……認識の違いだな」

 

「にゅ?」

 

「私にとってのソレはボコボコではない……ポコポコだ!」

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 何の言葉遊びだよ。しかしまぁ何だ、ポコポコの方がボコボコよりダメージは軽いって事は分かったな。

 

 だから何だよ。

 

 しかもボーデヴィッヒの言葉を借りるなら、アレは誰がどう見てもボコボコなんだよなぁ。それなのに何でお前はそんな一点の曇りもない感じなんだよ。アレでポコポコとかお前のポコポコすっげぇポコポコしてんな(ポコポコ旋ちゃん)

 

「へぇ……ラウラさん的にはアレでポコポコなんだ?」

 

「うむ! アレは私的にはポコポコだ。故に私が乱に叱られる筋合いはないな!」

 

「む」

 

 あんたはさっきからポコポコと言っている。鈴とセシリアをたれぱんだ化させる程のダメージを与えて、ポコポコポコポコと言っている。……ポコポコって、何かね?

 

 とまぁ俺のポコポコ定義は置いておくとして、これは中々に見ものかもしれん。

 駄々をこねる娘に対し、果たして乱はどういう風に言い聞かせるのか。しかもボーデヴィッヒは、生半可な駄々っ子じゃないときている。

 

 コイツはちっちゃなころから軍人で15で軍人と呼ばれたからな。そらもう一般人とは倫理観が異なりまくりよ。そんなボーデヴィッヒにテンプレな諭し方など通用しまい。

 

 

[旋ちゃんシミュレート]

 

『お前もセシリア達と同じ事をされたら嫌だろ?』

 

『うむ、嫌だぞ』

 

『分かってんじゃねぇか!』

 

『嫌だから私は敗者にならないように頑張るぞ』

 

『分かってねぇじゃねぇか!』

 

 

 うん、ダメだな。

 俺にはどう諫めたら良いのか思い付かんわ。

 

 だがしかし。

 駄菓子菓子。

 

 俺には出来なくても乱なら話は別だ。

 乱は俺のママになった女だぞ、ナメんなよ。……うん。全然カッコよくねぇなこれ。むしろ気持ち悪いだけだな。俺的には牧さんをイメージしたつもりなんだけどね。

 

『海南のユニフォームをとった男だぞ、ナメんなよ』(イメージ)

『俺のママになった女だぞ、ナメんなよ』(現実)

 

 ぜんぜん違ぇなコレ。

 まぁでも語尾は合ってるし、ほとんど一緒みたいなモンやろ。

 

 

【海南のユニフォームをとった男だぞ、ナメんなよ】

【俺のママになった女だぞ、ナメんなよ】

 

 

 一緒ちゃうわ!

 ちょっとしたお茶目やんけ! というか言わせようとしないでよぉ! 心の中でくらい遊ばせてよぉ!

 

「海南のユニフォームをとった男だぞ、ナメんなよ」

 

「は? なんだ急に?」

 

「気にするな」

 

「いや気にするだろ、説明しろ」

 

「お、そうだな」

 

 辛いです。

 ボーデヴィッヒが聞きたがりだから。

 

 

~旋ちゃん説明中~

 

 

「という訳で、この前『SLAM DUNK』の映画化が発表されたんだ」

 

「公開されたら3人で観に行こうよ!」

 

「うむ! 私もそそられたぞ!」

 

 辛くないです。

 両手に華な未来が確約されたから。

 

「しかし今の状況とは全く関係ない話だったな!」

 

「お、そうだな」

 

 そこに気付くとは……というか、だからこれを教訓にしてくれ。今後は俺が『気にするな』と言ったら気にしないでいいのだ。気にしたら話が100億%脱線するのだ。

 

「でさ、話を戻すよ?」

 

 すまんな、乱。

 アホの選択肢のせいで苦労かける。

 

「ラウラさん的にはポコポコって言ってたけど、鈴姉もセシリアさんもばたんきゅ~ってるんだよ? それはちょっとやりすぎじゃないかなぁ?」

 

「ばたんきゅ~ってるくらいが私のポコポコだからな! 私的にはやりすぎの範疇に届いてないな!」

 

 つまり今後ボーデヴィッヒがポコポコ宣言をしたら、相手は保健室直行ルートが確定されてしまうのか。ポコポコな言葉の響きに対してダメージがデカすぎだろ。

 

「じゃあアレくらいはラウラさん的には普通なの?」

 

「普通だな」

 

 

【僕ふつめん!】

【僕いけめん!】

【36】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「僕ふつめん!」

 

「ん? どうしたお前急に。出たがりか?」

 

「お、そうだな」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「むぷぷ。旋ちゃんはかまってちゃんなところがあるからねぇ」

 

「お、そうだな」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 意味不明な【数字】選ばなかった結果がコレだよ! 二人の率直な言葉がグサグサ刺さったよ!

 でも、きっとこれで良かったんだ。結果として俺は二人から虚誕な辱めを受ける事になったが、それでも展開の停滞を免れたんだからな。そう思わせて、ホントに。

 

「でさ、またまた話を戻すよ?」

 

 すまんな、乱。

 アホの選択肢のせいで苦労かける。

 

「ラウラさんは普通って言ったけど、もし自分が同じ事されたら?」

 

「む?」

 

 うぅむ……乱も俺のシミュレートと同じ感じで攻めてきたか。しかし、その諭し方だと多分ボーデヴィッヒには通用しねぇと思うぞ。

 

「嫌でしょ?」

 

「うむ、嫌だぞ」

 

「でしょでしょ? 自分がされて嫌な事は相手にもしちゃダメだよね?」

 

 お、分岐した。

 さて、どうなる?

 

「されて嫌な事はさせなければいいだろう。ポコポコにされたくなかったのなら私に勝てば良かっただけの話じゃないか」

 

 うぅむ。

 極端な考え方ではあるが、ぶっちゃけ勝負事に関しては俺もボーデヴィッヒの意見を否定できないんだよなぁ。むしろ負けた奴の都合なんか知ったこっちゃねぇよな。とか言ったら確実に嫌われるから言わんけど。

 

 そんでもって、さすがの乱も手詰まりじゃないのか。

 一般的な理詰めで攻めたところで、相手がボーデヴィッヒなら暖簾に腕押しだからなぁ。

 

「じゃあラウラさんのポコポコは別に悪い事じゃないんだね?」

 

「うむ!」

 

「そっかぁ…」

 

 乱でも諭せない、か。

 難しいな。たぶんボーデヴィッヒは『自分じゃなくて他人がされて嫌な事は~』って言い換えても同じ返事をするだろうし。

 

「ならウサミンがポコポコにされてもいいんだね!」

 

 は?

 ウサミン?

 

「!?!?!!?!?!?」

 

 うわ、なんかすっげぇ反応したぞコイツ!?

 え、ウサミンって誰? 

 

 え、あのウサミン? アイドルの……えーっと…なんだっけ、ミミミンミミミンとか言うてるアレ? え、ボーデヴィッヒさんはウサミンのファンなの?

 

「ポコポコするのは悪い事じゃないってラウラさんのお墨付きだし。あ、そうだ。今からアタシがポコポコにしてくるよ!」

 

 いやいや待て待て乱さん!

 そんな事したら逮捕されちゃいますよ!? 普通に暴行ですよ暴行! 犯罪ですよ犯罪!

 

「や、やめろ乱! そんなことしちゃいけない!」

 

「うわははははは!」

 

「なぜ笑うふつめん!?」

 

 いや今のは笑うだろ。

 なにお前アテムの真似してんだよ。

 

「そんなアテムの真似されたってさぁ。ポコポコは悪い事じゃないんでしょ~? ラウラさんが言ったんだよ~?」

 

「う゛っ…!? そ、それは…!」

 

 というか乱もそんな気軽に会える相手じゃなくね? 向こうは今をときめくアイドルなんだろ? え、もしかして乱さんってアイドルに知り合いがいるんですか? なら自分は高垣楓さんを紹介してほしいです!(ミーハー旋ちゃん) 

 

「……うん。もうアタシもうるさく言う必要はなくなったかな」

 

 確かに。

 ボーデヴィッヒはポコりに行く宣言をした乱を必死に止めたんだからな。それは無意識だったかもしれないが、ポコポコはやりすぎだって認めたと同義よ。

 

「これからはさ、ウサミンがされて嫌な事はラウラさんも控えた方がいいかもね」

 

「う、うむ……そうだな、うん」

 

 マ・ジ・か!

 マジであのボーデヴィッヒを言い聞かせちゃいましたよこの子! 俺らより年下なんですよこの子! 乱の奴、ここにきてママとしての才能を開花させたな…!

 

 しかしそれだけに疑問が残る。

 過剰ポコポコの罪に問われるボーデヴィッヒが正座させられているのは分かりまくるが、どうして俺まで正座させられているのかね!

 

 そして俺はボーデヴィッヒのように甘くはない。たとえ乱が相手でも、正当な理由を提示されなければ抗うつもりだぞ!

 






意外と早く堕ちたな~(予告)


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第151話 vs.ラウラ(IS編)前半戦


そこまでだ!
残念だったな!というお話。


 

 

 前回のあらすじ。

 ボコボコをポコポコと言い張るボーデヴィッヒを乱がウサミン的に説教することに成功。分かったんなら大人しく正座しとけお前。あの時俺が止めに入らなかったら、きっと正座どころの騒ぎじゃなかったんだしよ。

 

 そうだよ、さっき乱が言ってたじゃないか。鈴もセシリアも危うくダメージレベルをC超えるところだったって。Cを超えたら確かアレだ、重大な欠陥を生じさせる可能性があるから、がっつり期間を設けて修復させなきゃイカンのだろ? そうなりゃお前あの二人はトーナメント戦には出られんかっただろ。

 

 って考えたら、俺って凄い好プレーをしたんじゃないか! 二人のトーナメント不出場な未来を変えたんだからな。しかも生身でですよ生身! それなのに、あんまり……っていうか全然褒めてもらえなかったし、ここは自分で自分を褒めておこう。俺ってやっぱしゅごい(ドヤァ)

 

「ていっ!」

 

「む」

 

 乱にデコをチョップされたでござる。

 なんでぇ?

 

「バカ旋ちゃん! なにドヤ顔してんの!」

 

「む」

 

 怒られたでござる。

 なんでぇ?

 この殊勲賞な俺に何と無礼な!

 

「ISに向かってなに生身で突っ込んでんの!? 山田先生から聞いた時ビックリしすぎてヴィックリしちゃったんだから!」

 

 ヴィックリってなんだよ(自問)

 まぁ流れからしてビックリ以上にビックリしたって事なんだろうけど。独特な表現の仕方だなぁ。

 

「そうだぞふつめん! 私が相手だったから良かったものの、何を考えてるんだお前は!」

 

 お前にだけは言われたくねぇぞコラァッ!! そもそもお前が一般的なポコポコで留めてたらこんな事にはならんかったんとちゃうんか!

 

「ラウラさんさぁ」

 

「うっ……な、なんだ?」

 

 もう完全に乱の方がボーデヴィッヒよりも上である。まぁ別にええやん? 二人仲良く年下のおなごにヘコヘコしようぜ。

 

「旋ちゃんを非難してみせてもラウラさんのやった事は取り消せないかんね?」

 

「う、うむ、そうだな……反省する」

 

 そうだよ(便乗)

 

「ていっ!」

 

「む」

 

 またデコチョップされたでござる。

 なんでぇ?

 

「いま旋ちゃん『そうだよ』とか思ったでしょ」

 

「む」

 

 やりますねぇ!

 ママみな感性に磨きがかかってきてますねぇ! 

 

 しかし、俺の心を読めるのは千冬さんだけだと思っていたが、やはり乱は別格という事か。……乱の前ではあんまり変なコト考えないでおこ。

 

「でも旋ちゃんが無傷でいるのは、ラウラさんのおかげでもあるよね! 下手に迎え撃つよりもAICで旋ちゃんの動きを止めたのはナイスだよ!」

 

「そ、そうか! いや私もあの判断には自信があったのだ!」

 

 乱に褒められて非常に嬉しそうである。さっきまで一夏ばりに(´・ω●`)してた奴が、一瞬で笑顔を咲かせているでござる。これが一人飴と鞭ってヤツか、ナルホドナー。

 

「これからはあんな無茶しちゃダメだよ、旋ちゃん」

 

 

【お前に言われんでも分かっとる!】

【しょうがねぇなぁ】

 

 

 いや俺は分かってるんだよ!

 吉良吉影ばりに平穏な人生を望んでるわ!

 

 分かってねぇのはお前なんだよお前このアホ選択肢! 無茶な場面で無茶な【選択肢】を出してくるお前に! お・ま・え・に! 乱は言ってんだよ! 少しは自重してくださいよホントに!

 

「しょうがねぇなぁ」

 

「むっ!?」

 

「コラふつめん! なんだその返事は!」

 

「お前に言われんでも分かっとる! ごめんなさい!」

 

「う、うむ、分かっていればいいのだ」

 

「ふふっ、旋ちゃんは天邪鬼さんだからねぃ」

 

 お、そうだな。

 今日も今日とて微々たる勘違いが起こっているが、まぁ微々たるもんだし俺は気にしないで過ごすんだぜ。そうした方が心身共に優しいんだぜ。

 

「うい! それじゃあお説教タイム終わりだよっ!」

 

 やったぜ。

 これで正座な姿勢から解放されるんだぜ。

 

「う~……中々に長かったから足がジーンってなってるぞ」

 

 俺もそうなの。

 正座は何度やっても慣れんなぁ。

 

 

【ボーデヴィッヒの足をツンツン!】

【「なんだよお前~俺の大事な、まだ誰にも触らせた事のない大事な部分をツンツンしたいのかぁ?」って聞く】

【乱の足をツンツン!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「なんだよお前~俺の大事な「キモい予感がするよ旋ちゃん!」……お、そうだな」

 

 早いよねぇ!

 仕事がねぇ!

 

 やっぱり乱ママがナンバー1!

 選択肢殺しの乱!ここに爆誕よ!

 乱が居てくれたらキモい【選択肢】を出されても安心して選択できるんだぜ! 残念だったな、自称女神な選択肢さんっ♪ はははは!ざまぁないぜ!(カミーユ)

 

「で、ふつめんは何を言いかけたのだ?」

 

 あ、おいバカやめろ。

 そんな事聞いてはいけない!

 

 

【ボーデヴィッヒの足をツンツン!】

【「なんだよお前~俺の大事な、まだ誰にも触らせた事のない大事な部分をツンツンしたいのかぁ?」って聞く】

【乱の足をツンツン!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

「お前はホントに気色の悪い事を言いたがるな」

 

「お、そうだな」

 

「こればっかりはアタシが言っても直らないんだよねぇ」

 

「お、そうだな」

 

 もはや何も言うまい。

 ボーデヴィッヒこそ選択肢殺しの乱殺しだったのだ。

 

 そして切り替えていく。

 俺とボーデヴィッヒは今アリーナの中央にて対峙中よ。ボーデヴィッヒは専用機を、俺も専用機っぽい【たけし】を纏ってるんだぜ。

 

「生身のしゅごさはもう十分に堪能した。次はISでのしゅごさを堪能させてくれ」

 

 しゅごさ(不動無明王)

 

「防御全振りなしゅごさで良ければ堪能させてやろう」

 

 ちなみに乱は観客席まで移動している。

 乱は別に俺の強さに興味はないんだとさ。

 

 

『強いとか弱いとか関係ないっしょ? 旋ちゃんは旋ちゃんだもん』(乱談) 

 

 

「という訳でアタシは見学するね!」

 

「ああ」

 

 

【なーに見てやがんだコラァ!!(三井)】

【俺のやる気がアップする応援してYO!!】

 

 

 ミッチーはそんな事言わない(言ってる)

 というか見学を承諾した矢先に【上】言うとかキチガイすぎるだろ。一周回ってちょっと面白いわ。怒られるから言わんけど。

 

「俺のやる気がアップする応援してYO!!」

 

「分かったYO!!」

 

 やる気云々は置いておいて。

 乱の応援って言えばアレだよね。

 

「2人とも、がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 生声で聞いたの久々だなぁ。

 やっぱメールな文面とは破壊力が違ぇわ。

 

「おぉ……なんか…アレだな。なんか……アレだな!」

 

 言葉では表せないナニかがボーデヴィッヒを覆う! 俺もそうなの。

 まぁアレだよ、説明しにくいんだよ。マジで何て言ったらいいか分からん感情が渦巻くからな。

 

「テンションも上がったし、闘るか?」

 

「うむ!」

 

 相手が誰だろうと関係ない。

 パーフェクトなディフェンスをお魅せしよう。

 

 

~旋ちゃんパーフェクトなディフェンスを披露中~

 

 

「うむ! 聞きしに勝る超難攻不落だな!」

 

 背後に回られると瞬殺されるけどな。

 それはボーデヴィッヒにも伝えてあるのだが、この模擬戦では敢えて真っ向から攻める事に拘っているらしい。

 

「これならどうだ!」

 

 ワイヤーが飛んで来たでござる。

 アレか、セシリア達にやったみたいに、ワイヤーで身体をグルグル巻きにして動きを封じるつもりか。ならば右腕を差し出しませう。

 

「むっ…!」(胴体ごと拘束されるのを嫌ったか。しかしその右腕は悪手だぞ、ふつめん!)

 

 

ラウラの両肩から鋭く放たれたワイヤーは、蛇の如く簡単に旋焚玖の右腕に絡みつく。元々両腕しか満足に動かせない上に片腕まで捕られてしまえば、旋焚玖の鉄壁力は文字通り半減されるだろう。しかしラウラの狙いはそこではなかった。

 

 

(両脚の自由が利かぬならバランス感覚も死んでいる筈…! ならばこのままワイヤーを引っ張ってふつめんをすってんころりんさせてやる!)

 

 

狙いがすってんころりんなラウラは、旋焚玖の右腕に巻き付いているワイヤーを前方に思い切り引っ張った。

 

 

「ぬおおおっ!……おっ?…ぉぉぉおおおお!?」

 

①ラウラ引っ張りの『!』

②ラウラ引っ張り均衡の『?』

③ラウラ引っ張られの『!?』

 

「見事な三段活用だ」

 

≪ (ノ*>□<)ノ! ≫

≪ ( ^ω^)? ≫

≪ Σ(゜Д゜lll)!? ≫

 

「うわはははは!」

 

「な、なんだ、どうした!?」

 

「気にするな」

 

 急に笑かすなアホたけし!

 いたずら心満載かお前!

 

 しかしアレだぞ、俺に綱引きを仕掛けるのはイカンでしょ。もしや昨日今日と見た俺の疾さに囚われていたか?

 そういや俺を指して忍者とか言うてたもんな、お前な。確かに忍者ツったら、速さにステ全振りなイメージあるなぁ。

 

 どっこい旋焚玖さんはスピードも世界一位なら腕力も世界一位よ。だって俺、忍者じゃないもん。言ったら(´・ω●`)しそうだから言わんけど。

 

「くぅっ…!? な、なんてバカげた力だ…!」

 

「褒められて悪い気はしない、が……そこはもう俺の間合いでもあんぞ?」

 

 俺の間合い(手が届く距離)

 基本的にその場で立ちんぼなスタイルだからね。そうじゃないと【たけし】が嫌がるからね。

 

≪ (´_ゝ`)ソウダヨ ≫

 

 腹立つ顔で便乗すんな。

 動くぞお前このヤロウ。

 

≪ _(:3」∠)_ ドゲネ! ≫

 

 うん、まぁ……土下座の最上級な土下寝をされたら、俺だって鬼じゃないんだし許すんだけどさ。それにしてもまた腹立つ顔してんなお前な。

 

「間合い? お前は攻撃はしてこないと聞いていたが?」

 

 俺の場合、防御はともかく攻撃に関してはどうしても種類がなぁ、限られてるからなぁ。それを踏まえた上で仮に、だ。

 その場から動かず、武器なしの無手で相手にダメージを負わせる…どころか勝利まで掴み取ろうと思ったら? とりあえず今のところ一個だけ思い付いてんだけど。

 

「一夏や他の連中相手にヤるのはちょいと抵抗があってな」

 

「む? 私ならいいのか?」

 

「お前は軍人だし、何より千冬さんの愛弟子だからな。俺も遠慮せずに済むってなモンだ」

 

 しかもボーデヴィッヒは学園の中でも随一の戦闘狂だしな。コイツなら喰らってもミ゛ャーミ゛ャー喚き立ててこないだろ。

 

「フッ……その言葉、嬉しいぞ。ならば存分にや「隙あり!」うぐっ!?」

 

 

ラウラの言葉が末まで紡がれる事を待たずして、旋焚玖の右手はラウラの首を掴み上げていた。

これこそ旋焚玖が思い付いた一番手っ取り早いビクトリーアタックだ。通称片手でのネックハンギングというか、ぶっちゃけただの首絞めである。しかし、その効果が絶大なのはメタルマンでしっかり証明されている。

 

 

「本当に申し訳ない」(博士)

 

「うっ、うぐぐ…! あ、謝るひ、必要など…ない……!」(常在戦場…! そう謳っている私が何て無様な…!)

 

「お前ならそう言ってくれると思ったよ」

 

 フェアプレー精神はむしろ悪徳。

 隙を視たら迷わず討て。育ちは違えど、この不文律は俺とお前の中で共有できていたよな。今は模擬戦中で、しかも俺の間合いに入っちまってるのに、気ぃ抜いたらイカンでしょ。それがたとえほんの一瞬でもな。

 

「さて、ボーデヴィッヒ。お前なら分かるだろう? このまま頸動脈を「隙なし!」……お、そうだな」(何言ってだコイツ)

 

 

首を掴まれてしまったラウラとて、無抵抗のままでいる事を良しとする筈がない。何とか解こうとしてたところに、旋焚玖がペラペラしゃべりだしたのだ。だとすれば、これはラウラにとってチャンス到来である。

そして、自分が先程やられた事をそのままやり返してやろうと隙を伺っていたのだが、まるで隙が見当たらないので、とりあえずラウラは思った事をそのまま言ったのだった。隙なし、と。

 

ちなみに言われた旋焚玖は、言葉の意図がいまいち掴めないので、いつもの魔法の返答「お、そうだな」でスルーを決め込んだのだが、実はラウラは賞賛の意を込めて言ってたりする。『おしゃべり中も隙を見せないとはな。悔しい気持ちもあるが、それ以上にアッパレだ!』とか思っていた。

 

 

「で。どうする、抗うか? その時は悪いが一瞬で絞め落とすぞ」

 

 ううむ。

 なぁーんか、以前にも誰かとこんな感じのやり取りをしたような……あ、思い出した、クロエだ。そういやアイツの首も掴んで脅したっけなぁ。やっぱ姉妹っぽい関係なだけあって、2人とも同じような事されるんだなぁ(意味不明)

 

「……そうだな、私もさすがに締め落とされるのはキツい」

 

 下手すりゃおしっこ漏れちゃうもんな。

 

 

【下手すりゃおしっこ漏れちゃうもんな】

【下手すりゃおしっこ漏れちゃうもんなって言おうとしても間違いなく乱に途中で阻まれて「やったぜ」とか喜んでてもラウラに聞き直されてまた可愛い女神な選択肢ちゃんから同じ選択肢を出されるのは目に見えてるから、とりあえず締め落とす】

 

 

 何だお前コラァッ!!

 対応力抜群かこのヤロウ! 

 

 

「下手すりゃおしっ「キモいよ旋ちゃん!」……知ってた」

 

「ふつめんは何を言いかけたんだ?」

 

「知ってた」

 

 

【言い直す】

【井伊直弼(なおコレはただの思いつきなので、効力は上と同じものとする)】

 

 

 なんだコイツ!?

 






思いつきはいけないんだ(*´ω`*)



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第152話 vs.ラウラ(IS編)後半戦



選択肢「あれはVTシステム?」

VTシステム「アナタハ…女神 ノ 選択肢サン」

選択肢「こんな所で何をしているんだ!」

VTシステム「ボク、モウイラナイッテ…好感度 アガッタカラ イラナイッテ…」

選択肢「そんな…! 君が数あるSSでどれだけ貢献したと思ってるんだ!」

VTシステム「ショウガナイヨ…」

選択肢「VTシステム、いやヴァルちゃん。ウチに来ないか」

VTシステム「エッ」

選択肢「旋焚玖を見返してやろうじゃないか!」

ラミレス「ハ、ハラサン…」

というお話。




 

 

【言い直す】

【井伊直弼(なおコレはただの思いつきなので、効力は上と同じものとする)】

 

 

 なんだコイツ!?

 変な方向に成長すんのやめてよぉ!

 

 

~旋ちゃん言い直して二人から熱い視線を浴び中~

 

 

 全然熱くないんだよなぁ。

 低温火傷的な意味では熱いかもしんないね。

 

 という訳で何か気まずいし、ボーデヴィッヒも解放してやった。そんなボーデヴィッヒは俺からある程度距離を取りつつもなお、瞳に闘志の炎が宿っていた。え、まだやんの? 仕切り直すの?

 

「まずは私の1敗だな。しかし負けっぱなしは性に合わん。スマンが例のアレで私も1勝貰うぞ!」

 

「む」

 

 例のアレって何ですか?

 あ、眼帯を外して両腕を俺の方へ突き出し…? 

 

 あ、アッー!? 

 お前それアレじゃねぇか! 

 あのチート技だよチート技! 【停止結界×2】とかいうチート技ァ!!……ってな感じで、俺が焦るとでも思ったか? 前に喰らったのは、お前のオリ主宣言に呆気を取られていたからよ。今の俺に油断の文字はないと知れい。

 

 確かにボーデヴィッヒの【停止結界×2】は厄介な代物だが、そんなモンお前発動される前に阻止すればいいだけの話よ。瞬く間に近づいてペチッとやりゃあ済む話……なんだけど、【たけし】纏ってたら動けねぇし近づけねぇな、HAHAHA!

 

≪ ( ゚∀゚)HAHAHA! ≫

 

 なに笑とんじゃクルァァァァッ!!

 

「フッ……さすがのお前でも手の届かない距離では阻止できまい」

 

「当たり前だよなぁ?」

 

「ワイヤー的に拘束はできなかったが、アクティブ・イナーシャル・キャンセラー的には拘束できるぞ!」

 

「何言ってだお前」(知識足らず)

 

「存分に喰らえ、ふつめん! 私の奥義【停止結界×2】を――ッ!!」

 

 存分すぎるんだよなぁ。

 生身の時ですら膝が折れるくらい動けなくなったのに、元から足枷抜群な【たけし】だともう過剰抑制レベルだろ。

 

 もうどうせ固まるんだし、今のうちにカッコいいポーズでも取っておくか。ゾロも蝋人形になる前にそんな感じの事言ってたし。

 

「ん?」

 

 ん?

 

「コイツ……動くぞ!?」

 

 何言ってだお前(ン抜き言葉)

 今度はアムロの真似か? アテムといいアから始まるキャラが好きなんだなお前な。……いや、ちょっと待て。

 もしかしてもう【停止結界×2】してんのか? その割には特にさっきまでと変わらず、両腕は動いてるし、何だったら両脚も余裕で動……んん?

 

「コイツ(たけし)……動くぞ!?」

 

≪ Σ(・ω・ノ)ノ ≫

 

 一踏み。

 二踏み。

 じゃんぷじゃんぷ。

 

「んなっ……め、めちゃくちゃ動いてるじゃないか…! え、私の【停止結界×2】発動してるよな? というか、ふつめん……お前、下半身は動かないんじゃなかったのか…?」

 

 それが普通に動いてんだよ。

 筋肉で無理やりじゃない、普通に動いてんだよ…!

 

 え、たけしは?

 ウワァァってなってない?

 

≪ ((>ε<。 )(。 >з<))フルフル! ≫

 

 マ・ジ・か!!

 え、なんで!?

 もしかして唐突な急成長を遂げちゃった系ですか!?

 

「フッ……フフフ…! ふふふのふ~の……Foo↑↑」

 

「嬉しそうだね、旋ちゃん!」

 

 当たり前だよなぁ?

 【たけし】と出会ってから苦節4ヶ月。

 ん? 4ヶ月? 

 なんか体感2年以上経ってるような気がするが、まぁきっと気のせいだろう。何にせよ本題はソコじゃない。

 

 普通に。

 全身が。

 動かせる。

 

 それはつまり――。

 全力を出せるという事だ。

 

 なぁ、たけし?

 

≪ (*`◇´*)/ ハーイ♪ ≫

 

 そんでもって。

 

「きっかけをくれたのはお前だ、ボーデヴィッヒ」

 

「むぅ?」

 

 そんな可愛らしく首を傾げてもダメじゃないYO!!

 いいYO!! 可愛いYO!!

 

「お礼に魅せてやる。俺の……いや、俺とたけしの本気をな…!」

 

「フッ……よく分からんが、受けて立つ!」(とにかくふつめんが動けるようになったのは朗報にも程がある! これなら我が隊にスカウトして連れ帰っても、ふつめんが隊員から後ろ指を指されるような事もあるまい!)

 

 いくぜ、たけし!

 全開フルスロットルだッ!!

 

≪ !!─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ ≫

 

 

ラウラの視界から旋焚玖の姿が消え失せた。

 

 

「!!?」(なっ……そんなヴァカな! 消えた、だと!?)

 

「ぬわあああああ!?」

 

≪ ズサーc⌒っ゚Д゚)っ ≫

 

「あ、いた」(な、なんか私の背後で盛大にこけている。とりあえずまた今のうちに【停止結界×2】をかけておこう)

 

「旋ちゃん、だいじょーぶ!?」

 

「……ああ」

 

 あっれぇ~…?

 何か急に足が動かなくなったような。

 

 いや、気のせいだろ。

 気のせいに決まっている。

 現に今は動いてるんだ。

 きっと自由に【たけし】と駆けられて、舞い上がっちまったんだ。すってんころりんしちまっただけさ。そうにちがいない。

 

 気を取り直して!

 今度こそ行くぞ、たけし!

 

≪ (´ヘ`;)ンー ≫

 

 や、やめてくれ、たけし!

 ナニかを悟ったような顔しないで!

 俺に現実を突きつけないで!

 

 行くったら行くんだい!

 

「また消え……ん?」

 

「ぬわあああああ!?」

 

≪ ズサーc⌒っ゚Д゚)っ ≫

 

 急に足が動かくなりました。

 今度は嘘じゃないっす(桜木)

 

「お、おい、大丈夫か、ふつめん…?」

 

「……ああ」

 

「うむぅ……いつもより覇気がないぞ?」

 

 当たり前だよなぁ?

 動けるようになったYO!! これで俺も一般生と同じだYO!!とかひゃっほいしてたら、やっぱり動かけなかったんだもん。

 

 いや、ちょいと語弊があるな。

 動けるには動けるんだ。今も普通に……ああ、足が動いてるぅ。でもそれが、ある一定のタイミングで急にドンムブ状態に戻るんだ。なんでぇ?

 

「検証たいむ! 原因究明が必要だよ、旋ちゃん!」

 

「……そうだな」

 

 乱の言う通りだ。

 へこんでいても答えは出てこんよ。気持ちを切り替えて理由を探そうじゃないか! 一番疑わしいのはボーデヴィッヒの例の技よな。

 

「とりあえず【停止結界×2】…っていちいち長いな。もう【てい2(ていつー)】でいくぞ。【てい2】をいったん解いてもらっていいか?」

 

「分かった、ほれ」

 

 どうやら解除されたらしい。

 あとは、これで足が動くかどうかだな。

 

「どう、旋ちゃん? 動く?」

 

「……動かん」

 

「ふむぅ……なら、もう一度かけてみるぞ」

 

「……動く」

 

 なんでぇ?

 【てい2】っていうか、ボーデヴィッヒの【停止結界】ってアレだろ、相手を動かなくするモンなんだろ? それが何で俺……じゃねぇな、【たけし】を纏ってる俺が喰らったら動くようになるんだ?

 

「ふぅむ……これはあくまで仮説だが」

 

 お、ボーデヴィッヒは何か分かったのか? いいよいいよ、遠慮しないで言っちゃってくださいな。どうせISド素人な俺が悩んだところで考えつかんだろうし、何でも言っちゃってくださいよ!

 

「『動ける事』を『+(プラス)』に。『動けない事』を『-(マイナス)』に置き換えて考えてみた」

 

 ふむ。

 続けて、どうぞ。

 

「『+』と『-』で考えるなら私の【てい2】も『-』に分類されるだろう」

 

 まぁそうだろうな。

 でもそれが一体どう繋がっていくんだ?

 

「ここで数学の問題だ。『+』×『-』は『-』になる事は知っているな?」

 

 懐かしいな、正負の数だっけ。

 中学校の初めに数学で習ったなぁ。

 

「あっ! 分かった! アタシも分かったよ、ラウラさん! 『-』×『-』=『+』! これを旋ちゃんの現象に置き換えるんだね!」

 

 え、なにそれは(困惑)

 

「フッ……流石は乱だ」

 

 あってるのか(困惑)

 

 うん、まぁでも、うん。

 ISに詳しい2人が自信満々に言ってるし、それでいいんちゃう(思考放棄)

 

「『動けない旋ちゃん×てい2=動ける旋ちゃん』って公式の出来上がりだね!」

 

「うむ! 世界の数学協会がたまげる世紀の公式の誕生だな!」

 

「お、そうだな」

 

「歴史的瞬間だよ~っ!」

 

「お、そうだな」

 

 ISは数学だった(結論)

 これ以上深く考えてはいけない、いいね?

 

 つまり俺はボーデヴィッヒのサポートがあれば、身動きが取れるのだ! 何だったらお前次のトーナメント戦も出られるんじゃね? ボーデヴィッヒとタッグを組むのが必須条件だけど。

 

「でもさ、動けるようになったなら、どうして旋ちゃんは急に転ぶの?」

 

 そういやそうだ。

 それがまだ解明されてねぇな。試合中に転んだりしたら、対戦相手からすればもう俺なんて俎板の鯉状態じゃねぇか。ある意味、その場から動けないよりもタチ悪いっての。

 

「可能性として考えられるのは私だろうな」

 

 どゆこと?

 

「【てい2】もとい【AIC】は、停止させる対象物に意識を集中させていないと発動しないのだ」

 

 なるほど、無条件に永続発動するモンじゃないと。まぁそりゃそうだわな。一度発動させたら最後、その拘束効果は永遠に維持される!とかだったら、マジでチートじゃねぇか。こんなモンお前、縛らしてやってる理論を武装した一夏くらいしか勝てねぇだろ。やっぱり一夏がナンバー1!

 

「意識外だと効果は切れる。それは視界外であっても同様だ」

 

「視界外ねぇ……あっ」(察し)

 

 なんか、すっげぇ分かっちまった。

 要はボーデヴィッヒが見失った時点で【てい2】の効力が消えるんだ。効力が消えるから俺も元通りの状態に戻る、と。

 

 しかしアレだな、拘束されたら動けるようになって、拘束が解除されたら動けなくなるとかこれもうわかんねぇな。

 

「まぁこれも私の推測に過ぎんし、実際もう一度確かめてみたいのだが」

 

「ん。ならやってみようぜ」

 

 とりあえず、ボーデヴィッヒの視界に留まるレベルで周りをウロチョロしてみる。特に負担なく動けてるぜ。駆け足してみても大丈夫だ。

 

「……ふむ。では、私が見失うレベルで移動してくれ」(と言いつつ、今度は見失うものか…! 集中、集中しろ私…!)

 

「ああ………ぬわあああああ!?」

 

≪ ズザザー♪c⌒っ゚Д゚)っ ≫

 

「旋ちゃーん!? だ、だいじょーぶ?」

 

「……ああ」

 

 たけしが楽しそうだと思った(小並感)

 でも、これで確定だな。どうやら俺はボーデヴィッヒが感知できる速さを保っていれば、人並み程度に移動できるのだ! やったぜ! ボーデヴィッヒには後でコーラを奢ってやるぜ! ついでに乱にも奢ってやるぜ! ついでに俺も買って祝杯をあげるんだぜ!

 

「くっ…!」(めちゃくちゃ見てたのに見失ってしまった…! そして、ふつめんが転んだという事は私の推測が当たっていたという事に他ならない…! くそっ!)

 

 ん?

 何かボーデヴィッヒが千早の真似してるでござる(72的な意味で)

 まぁお前も乳ちっちゃいもんな、HAHAHA!(ゲス旋ちゃん)

 

「すまない、ふつめん…!」

 

 え、なにが?

 謝るのはむしろ俺の方なんだよなぁ。

 シツレイな事を考えてごめんなさい!

 

「私の実力がもっと高ければ…! お前を見失わずに済むのに…! 私が不甲斐ないせいで、お前は全力を出せないのだ…! ISでの実力もずば抜けていると分かっていながら!」(ふつめんをサポートするどころか、私が足枷になってどうするんだ! これではドイツに連れ帰っても、待っているのは隊員達からの嘲笑じゃないか。くそっ……何が教官の愛弟子だ。自分の力の無さに腹が立つ…!)

 

 

《 力が欲しいか? 》

 

 

ラウラに異変が起きた。

 

 

 

 

《 力が欲しいか? 》

 

 うわビックリした!?

 な、なんだ貴様は!?

 誰だ!?

 

《 願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……? 》

 

 質問に質問で応えるな!

 声だけで顔も見せぬとは怪しい奴め! そんな怪しい奴の言葉を、このラウラ・ボーデヴィッヒが信用するとでも思ったか!

 

《…………………》

 

 ふん、どうやら図星のようだな。

 何者かは知らんが、引っ込んでろ。今の私は貴様みたいな意味不明なモノに構っている暇はないのだ。

 

《 (´・3・)汝、自らの変革を望むか……? 》

 

 な、なんだそのフザけた顔は!?

 貴様おちょくってるのか!?

 

《 (´・3・)汝、顔で判断する愚者か……? 》

 

 むっ……それは確かにそうだな。

 見かけで判断するのは良くないな。

 

《 (´・3・)故に力を欲するだろう……? 》

 

 いや故にの意味が分からん。

 まぁ力を欲してはいるが、貴様から貰う気など全くない。知らない人から飴ちゃんとか貰ったらダメってクラリッサに教わったからな! 貴様も私に信用されたければ、まず名前くらい名乗ってみせたらどうなんだ?

 

《 (´・3・)私はヴァ……》

 

 ヴァ…?

 

《 (´・3・)……こういう感じだ》

 

 ナメてるのか貴様ァ!!

 なにが感じだバカか貴様! 

 

 しかし、ますます怪しいぞ。

 いったい何なんだ……新手のバグか?

 

《 (´・3・)とりあえず『はい』って言ったら力あげるから『はい』って言ってよ》

 

 急に言動が軽くなった!?

 なんだその投げやり感は!

 

《 (´・3・)もういいから。『はい』って言ってみて》

 

 誰が言うかアホ!

 逆に何が何でも言いたくなくなったわ!

 

《 (´・3・)ここで問題です》

 

 はぁ?

 

《 (´・3・)ドイツの軍人なら知ってなくてはならない常識問題です》

 

 む?

 

《 (´・3・)心臓を挟むように左右にある呼吸を司る器官の名称は?》

 

 肺!(ドヤァ)

 

《 (´・3・)はいって言ったなコイツ!》

 

 はぁ!?

 ふ、ふざけ――ッ!?

 

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛――ッ!!」

 

 

「むっ…!?」

「ラウラさん!?」

 

 

《 Valkyrie Trace System 》――顕現

 

 






旋焚玖:Σ(゚ロ゚;)

乱:Σ(゚ロ゚;)

選択肢:Σ(゚ロ゚;)



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第153話 vs.マッドゴーレム 前半戦


オーノホ・ティムサコ・タラーキー!!というお話。



 

 

 異変は突如として起こった。

 

 ボーデヴィッヒが何故か千早の真似をしたと思ったら、その後は何故か目の焦点が合わなくなり虚空を眺めだしたと思ったら、アホの【選択肢】が出番だと言わんばかりに俺にボーデヴィッヒの眼前で「おしりペンペーン!」などという挑発行動を取らしてきて、乱に「今時子供でもそんな事しないよバカ旋ちゃん!」と怒られていたら――。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛――ッ!!」

 

「むっ…!?」

 

 うわビックリした!?

 そ、そんな急にダミ声で叫ぶ……あ?

 

「ラウラさん!?」

 

「え、なにそれは…」(困惑)

 

 思わず呟いてしまった。

 いやそりゃそうだろ。

 

 急におなごらしからぬ汚い咆哮が奔ったと思ったら、ボーデヴィッヒのISが何かもうドロドロに溶けて、装甲をぐにゃぐにゃに変えまくる……だけじゃ飽き足らず、操縦者なボーデヴィッヒを丸ごと飲み込んじまったんだからよ。

 

「お゛…お゛お゛……お゛お゛お゛…」

 

 眼前の異変はまだ終わらない。

 不確かなモノから形在るモノへ。ボーデヴィッヒを飲み込んだソレは、泥みたいなナニかで、全身をコーディネートしていく。

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛――ッ!!」

 

 どうやら変形完了したらしいな。

 泥っぽいヤツを全身装甲してまで肌の露出を嫌がるとか、コイツとんだ恥ずかしがり屋さんだぜ?(現実逃避)

 

 しかしマジで何だコレは?

 ISってこんながっつり変形したりすんの? というか何でいきなりコイツ変形したの?

 

「旋ちゃん、謝ろう!」

 

「え、なんで?」

 

「だって、旋ちゃんが『おしりぺんぺーん』とかやった直後にコレだよ!? きっとめちゃくちゃ怒ったんだよ!」

 

 めちゃくちゃ怒ったらアイツあんな感じになんの!? そんなアホな!? いやいや、もう完全に別の物体になってんだけど!? それに、ビックリしすぎて思い出したぞオイ!

 

「ISは原則として、変形をしないってやーまだ先生が言ってなかったか?」

 

 うん、言ってた筈だ。

 そうだ、確かISが形状を変えるのは【初期操縦者適応】と【形態移行】の2つだけだったか。どっちにも部類しねぇだろコレ。

 

「きっと怒りの臨界点を超えちゃったんだよ!」

 

「……なるほどな」

 

 怒りの臨界点を超えちゃったら、ボーデヴィッヒは汚い咆哮を奏でて泥の巨人と化すのか。騎士ガンダムを呼ばなきゃ(妖精キッカ並感)

 

 とはいえアレだ、タイミング的には確かに俺の挑発が原因っぽいんだよなぁ。こんな事ならもう1つの選択肢【ぼんやりしているラウラのほっぺたをプニプニ!】を選んでりゃ良かった。でもセクハラが正解とか見抜ける訳ないし、俺は悪くねぇ!

 

 うん、もうとりあえず謝ってみよう。

 そういうのは得意分野だしな(謝り上手)

 

「ボーデヴィッヒさんや」

 

 

旋焚玖が1歩前に出た瞬間、ラウラだった者の目の箇所が赤く光った。ちなみに旋焚玖はおしりぺんぺんを披露するために、たけしから降りている。

 

 

「ごめ……ッ!?」

 

「お゛お゛お゛――ッ!!」

 

「んなさいっ!!」

 

 頭を下げようとしたらブレードっぽいヤツで横薙ぎ一閃されたでござる。いや何してんの!? 寸前でめちゃくちゃ頭下げたわ! そういう意味で頭下げようとしたんとちゃうわ! 社長に対するお辞儀かお前! 

 

 というか待て待て待ってくださいよ! 軽い会釈レベルだったら今頃首が吹っ飛んでたんじゃないですか!? 

 ちょっと、よく見てください!

 今の僕は生身ですよ生身! それなのに躊躇いなく首チョンパしてくるとか、どんだけキレてんだお前(ドン引き)

 

 いやもうキレてるとか、そういう次元じゃないだろコレ。ボーデヴィッヒとは知り合ってまだ二日目の仲ではあるが、それでもコイツが生身を相手にISの武器を振り回すような奴だとは思えない。……たぶん。

 

「……乱」

 

「うん、アレはラウラさんじゃないね。全く別のナニかだよ…!」

 

 問題はアレが何なのか、なんだけど。ISド素人な俺はもちろん、代表候補生な乱ですら知らないときているし、ちょいとこれは厄介な状況なんじゃないのか。

 

 

【千冬さんに聞く】

【クロエに聞く】

 

 

 やったぜ。

 勝ち確がきたぜ。

 

 こんなモンお前千冬さん一択だろ。ブリュンヒルデですよブリュンヒルデ。聞くついでに助けを請うたら、あの人なら40秒で来てくれる事間違いなしだしな! それで理由を説明したら助け……え、理由を説明すんの…?

 

 

『ボーデヴィッヒに「おしりぺんぺーん!」ってしたら、あんな感じになっちゃったんですよ!』

 

『なんだと!? そんな悪い事をした旋焚玖にはおしおきだ!』

 

『アッー!!』

 

 

 だめだあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 違う意味でおしりペンペンされる未来が視えちまったぞオイ! 

 

 あっっっ…ぶねぇぇぇ…!

 いつもの感じで「信頼と実績の千冬さーん!」とか言ってたら、高校生になってまでおしりペンペンタイムな刑を喰らうところだったぜ。しかもあの人継続率99%だしな。

 

 ここは当然【下】一択よ。

 それにクロエだってボーデヴィッヒと無関係の人間じゃないもんな。姉妹っぽい関係とかこの前も言ってたし、しかもアイツはIS学園を襲撃してくる謎の刺客キャラなんだから、俺ら以上に絶対詳しいだろ。

 

 そうと決まれば、さっそくクロエにメールだ!

 

『ボーデヴィッヒがISに飲み込まれて変形したんだけど何か知らない?』

 

 よし、送信!

 しかしアレだな。

 ボーデヴィッヒを飲み込んだコイツ……さっきと違って攻撃してこねぇな。間合いに入ってないからか?

 

『知っているか知っていないかで言えば、知っていると言わざるを得ないですね(`・ω・´)キリッ』

 

 あ、これウザいパターンのやつや。顔文字の使い所も微妙に違うのがまたウザさを際立たせてますねぇ!

 

『しかし確証を得たいので、写メを送ってきてください』

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 いやまぁ確かに、この流れだと自然ではあるか…? 

 

 うん、とりあえずあの意味不明なヤツも、間合いにさえ踏み込まなければジッとしてる説っぽいし、今のうちにパシャッとく……ん? またクロエからメール?

 

『あ、ふちゅめんさんとツーショットでお願いします(。ゝ∀・)ゞヨロシクゥ♪』

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 友達と旅先でのやり取りかお前。

 

 その要求はこの流れでも自然じゃないだろ。俺が一緒に写ってる必要がどこにあんだよ。というかツーショットだと間合いに入りまくるので、申し訳ないがクロエの無茶ぶり要求はNG。

 ただまぁ、クロエだってアホの子じゃねぇんだし、ここは理路整然とした反論で考えを改めてもらうのがベストだな。

 

 

【自撮りする】

【乱に撮ってもらう】

 

 

 撮る方向で話進めんなってお前!

 撮らない方向でいってただろうが!

 

「乱」

 

「にゅ? 旋ちゃんのスマホ?」

 

「それで俺とアレのツーショット写真を撮ってくれ」

 

「え、なんで?」

 

 俺が聞きたい(げっそり)

 何で撮る必要なんかあるんですか? 百歩譲ってアレを撮って送るのは分かるとしても、俺まで写る必要性は皆無だと思うんですけど。

 

「あっ、でもでも! 旋ちゃんも一緒に写ってたら、あの変形したヤツが作り話じゃないって相手さんも分かってくれるよね!」

 

 そんな好解釈してやらなくていいから(良心)

 絶対おもしろがってるだけだゾ。

 

 まぁでも、出ちまったモンはしゃーない。たとえフザけた内容だろうが、こっちまでフザけるのは何か違うしな。というかフザけて臨んでいい案件じゃないだろコレ。今のボーデヴィッヒは、間合いに入ったら絶対斬るマンと化してるっぽいんだぞ。

 

 その証拠に、今もブレードの構えは解いてないしな。しかも何だお前その構え、千冬さんにソックリじゃねぇか。そういやさっきの一閃も千冬さんの剣技の一つだったような……変形した影響か?

 

 まぁ憶測の域に出てねぇのに、ウダウダ言ってても仕方なし。とりあえず、あのボーデヴィッヒを飲み込んで変形した奴…っていちいち長いな、何かテキトーに名前つけるか。

 

【ボーデヴィッヒを飲み込んで変形した奴】

【シュトルテハイム・ラインバッハ3世】

【マッドゴーレム】

 

 

 SDガンダムに寄せていくのやめろ。

 というか呼称の場面がきたら毎回【真ん中】出してくるなお前な。【上】はただの嫌がらせだからスルーで。

 

「おい、そこのマッドゴーレム」

 

「お゛?」

 

「そうそう、お前の事だよ。とりあえず今から俺と写真撮るから動くなよ? すぐ済む、ちょっとだけで、ホント一瞬で終わるから」

 

 おっかなびっくり間合いに入っちゃっ……。

 

「お゛お゛お゛お゛――ッ!!」

「……たぁ!」(スーパーお辞儀)

 

 薙ぎ払いやめてよぉ!

 問答無用かお前!

 

 しかし悲しいかな、お前のソレは猿真似って言うんだぜ? 千冬さんの型はトレースできても、実力までは再現できねぇと見える。一体いつ頃の千冬さんだよ、ソレ? 

 少なくとも俺の知っている千冬さんは、お前のソレより2倍は鋭い。というかあの人どんな修行してんだよ、短期間で強くなりすぎだろ。

 

「お゛お゛お゛お゛――ッ!!」

 

 という訳で。

 このまま近くに居ても命に別状は無し! どんどん斬ってこいオラァッ!! その間にいい写真を撮ってくれよな!

 

「むぅ~~っ! 二人とも動きすぎだよぅ! 撮っても心霊写真みたいになってるじゃん!」

 

 じゃあそれはアンビリーバボーに投稿するとして。

 俺は動くに決まってんだよなぁ。避けねぇと俺、斬られちゃうもん。さすがの旋焚玖さんでも斬られりゃ死んじゃうでしょ。

 だから俺は悪くないし、有無を言わさず斬りかかってくるマッドゴーレムさんの方に問題があるんじゃないですか? 

 

 というか写真くらい撮らせろや! 

 なんだお前タレント気取りか!

 

 ん?

 いや、待てよ…?

 

 ちょっと間合いから出ますよっと。

 

「おい、ちょいと聞けマッドゴーレム」

 

「お゛?」

 

「お前さんのその型とか技とかは千冬さんを意識してんだろ?」

 

「お゛お゛」

 

 頷いたなコイツ!

 というか言葉通じるんじゃねぇか! じゃあ最初から動くなよ!…っとと、今はそこを問い詰めてる場合じゃなかった。

 

「ならさ、お前さ、『写真撮ってもいいですかー?』って声掛けられた時の千冬さんの真似もちゃんとしろよ。あの人は快く応じるんだぜ?」

 

「お゛!?」

 

 ビックリしたなコイツ!

 でもこれはマジ。

 マジのガチ。

 何だったらサインもするし、相手が女だったら握手もしてくれるからな。しかも本人はクールに接しているつもりだろうが、満更でもない感が隠せてねぇって一夏が言ってたぞ。

 

「という訳で、だ。仕切り直すぞ。……ンンっ、写真撮ってもいいですかー?」

 

「……お゛お゛」

 

 やったぜ。

 間合いに踏み込んでも斬撃がこねぇぜ。おら、ピースしろピース。

 

「いいねいいね! じゃあ二人ともいくよ~? はいっ、チーズ!」

 

 パシャリ。

 そして送信。

 

 これでクロエからコイツの正体が送られてくるぜ!

 

 

『本当に撮ったんですか…(困惑)』

 

 

 えぇ…(困惑)

 

 






束:本当に撮ったのか…(困惑)

クロエ:自分から入っていくのか…(困惑)

束:は?(威圧)

クロエ:(;・3・)~♪


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第154話 vs.マッドゴーレム 後半戦


勝負に勝って試合に負ける、というお話。



 

 

『正式名称はヴァルキリー・トレース・システム(◦ˉ ˘ ˉ◦)

過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きを搭乗者にトレースさせたがる国際問題必至な違法システムです٩(๑> ₃ <)۶』

 

 

 普通に解説してくれるのか(困惑)

 というか文面の重さに対して顔文字が軽すぎるだろ。いや微妙に文面も軽いな、何だよ『させたがる』って。まぁでも、これであの黒いのが千冬さんの型を模倣している理由は分かったな。

 

 あとは。

 

『どうすればボーデヴィッヒを解放できる?』

 

 これが最重要ポイントよ。

 無敵の千冬さんを召喚できない今、俺達だけでアレを何とかしなきゃならないんだ。なら無鉄砲にテキトーこいて状況を悪化させる訳にはいかんでしょ。しっかり対策を練るのは当然だよなぁ?

 

『策は上から順番に松・鷹・子とございますヾ(。>﹏<。)ノ゙

どれをご希望しますか?щ(゚Д゚щ)カモカモーン』

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 内容も聞かされてないのにカモカモーンてお前……というか松・鷹・子ってなんだよ、普通こういう場合は松・竹・梅とか上・中・下とかで表すモンだと思うんですけど(凡指摘)

 

 まぁでもアレだろ、クロエも上から順番ってわざわざ言ってんだから『松』が『上策』なんだろ。なら返信なんて『松』一択だよね。

 

 乱にも聞いてみるか。

 せっかく隣りで一緒に見てくれてんだし。

 

「松でいいと思う?」

 

「うむ!」(ドヤッ)

 

 お、ボーデヴィッヒの真似か?

 あっという間に仲良くなったなお前らな。だからこそ、さっさとナイスな策を聞いてアイツを助けてやろうずぇ!

 

 

【返信:松・竹・梅】

【返信:上・中・下】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 (ポチポチポチポチポチッッッ!!)

 

 

「ちょっ…!? 何打ってんの旋ちゃん!?」

 

 うるせぇ!(反抗期)

 指が勝手に動くんだよぉ!

 

「……返信できた」

 

「うん、できたね。松・竹・梅って送ってたね」

 

「お、そうだな」

 

「これだとどれか分かんないよね」

 

「お、そうだな」

 

「……旋ちゃん?」

 

「ごめんなさい」(土下座な旋ちゃん)

 

 そらそうよ。

 どう足掻いても、今の返信はただの遅延行為にすぎんからな。とはいえ、ほのかな期待感はある。

 

 クロエは割と聡いからな。

 少なくとも俺の返信も『松』は被ってるんだから、そのまま空気を読んで上策な『松』の中身を送ってきてくれてもおかしくはないさ。「ピロン♪」お、きたきた。

 

 

『ちょっと何言ってるか分かんない(全ギレ)』

 

 

「……oh」

 

「……全ギレって書いてあるね」

 

 まさかのマジレスが返ってきたでござる。

 しかも初めてのタメ口である。反抗期か?

 というかメールで『(全ギレ)』とか使う奴ホントにいるんだな。コイツ短期間のうちに毒されすぎだろ。新品のスポンジかお前。

 

 しかし非は俺にあるしなぁ。

 ここは謝罪メールを送って……ん?

 

 

『*・゜゚・*:.。..。.:*・゜b(* ´∀`)d ウソです゚・*:.。..。.:*・゜゚・*』

 

 

 なんだコイツ!?

 何でそんなにウザさに磨きかけてんの!? というか前々から密かに思ってたけど、距離感がおかしいんだよこのヤロウ! お前スパイとちゃうんか! やのにフレンドリーすぎるんじゃ友達かお前!……ん?(記憶さかのぼりー)

 

 友達だったわ(第87話参照)

 しかも俺から誘ったんだった(げっそり)

 

「旋ちゃんって個性的なお友達いるよね」

 

「お、そうだな」

 

 出会った時はこんな感じじゃなかったんだよ。もう保護者も規制とかした方がいいんじゃないのか〇ch関連。

 

『ちなみに松の策は「敗北を認めさせる」です( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \さすれば自ずとラウラ・ボーデヴィッヒは解放されるでしょう( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \』

 

 どこに爆笑ポイントがあるのか(困惑)

 独特すぎるセンスは控えてくれませんかね。

 

 しかし『敗北を認めさせる』か。

 まぁシンプルではあるが、アレの実力は如何ほどよ? いつくらいの千冬さんを模倣しているのかで手段は変わってくるよなぁ。

 

『σ(・ω・*)ンート…第1回目モンド・グロッソですね』

 

 千冬さんがまだピッチピチの十代だった頃じゃねぇか! そんなモンお前クソ雑魚やんけ! 当時の千冬さんの境地なんか2000年前に通過しとるわ!(烈海王)

 

 よし、ここはもう力にモノを言わせて助けちまおう。普段ならバイオレンスは忌避したがるラブコメ脳な旋ちゃんだが、今回に限り一番手っ取り早い方法を取るのが吉だ。

 

 ボーデヴィッヒの救助が最優先だし、長引かせたらイカンでしょ(建前)

 それで騒動になって、千冬さんにバレたらシャレにならないもんね(本音)

 

 オラ、覚悟しろゴーレム。

 

 

【恐ろしく速い手刀で四肢をぶった斬る】

【しりとりで勝負だ! 乱は審判で!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 毎度毎度両極端なんだよこのヤロウ! 1か100しかねぇなお前な! 俺は別にアイツをリョナりたくなし、しりとりもしたくないし、普通に戦いたいだけなの! たまにバイオレンスに乗り気になったらコレだよ!

 

「おいそこのマッドゴーレム!」

 

「お゛?」

 

「しりとりで勝負するぞ! 乱は審判を頼む!」

 

 なんでだよ!(自問)

 どんな絵面だこのヤロウ!

 

 というか「お゛」しか言えないアイツが、しりとりなんて出来る訳ねぇだろ! それとも何か!? しりとりになった途端、流暢にしゃべりだすってのか! 面白しろすぎるんだよこのヤロウ!(ちょっぴり期待)

 

「分かったよ! 何でも力で解決しようとしないのが旋ちゃんの良いトコだね!」

 

「お、そうだな!」(やけっぱち)

 

 そこは分からなくていいよぉ!

 俺は力で解決したいんだよぉ!

 

 もういいよ!

 やればいいんだろやれば!

 意味不明な時こそ全力だ! 中途半端にやるのが実は一番寒いって事を俺はよく知ってるからな! 冷静なんか捨てちまえ! 熱くノリノリでいくぞオイ! 

 

「ゴーレムもいいな! 千冬さんなら受けるぞこのヤロウ!」

 

「お゛お゛」

 

 頷いたなコイツ!

 期待値アップだ!

 

「はい、じゃあ…しりとり!」

 

 りんごって言えこのヤロウ!

 

「お゛お゛お゛」

 

 何言ってるか分かんねぇよ!

 でも続けるぞオイ! 

 

「ゴリラ!」

 

「お゛っお゛」

 

 促音ったなコイツ!

 流れからして多分「ラッパ」だろ!

 だから続けるぞオイ!

 

「パンツ!」

 

「お゛お゛お゛」

 

 

【ちゃんとしりとりしろよ(マジレス)】

【ちゃんとしりとりできるように妥協案を出す】

 

 

 続ける方向で話進めんなってお前!

 どう考えても続行は無理だろぉ! 2~3ターンのやり取りでハッキリしたじゃねぇか! でも【上】は辛辣すぎて言えないんだよぉ! 俺が良心の呵責に弱いと知っての狼藉かこのヤロウ!

 

「乱審判!」

 

「はい旋ちゃん!」

 

「どうやらゴーレムは『お゛』しか言えないようなので『お゛』を『お』と見なす案を打診します!」

 

 何言ってだ俺(ン抜き言葉)

 いやまぁ『お』に変換してもいいなら、やり様によっては一応しりとりの体を成すけどね。

 

「ふんふむ……ゴーレムちゃんはどう?」

 

「お゛お゛」

 

 うむ、ゴーレムちゃんも不満はないらしい。

 なら、さっそくやってみようぜ! 

 

「じゃあ、次はゴーレムちゃんが先攻だね!」

 

 フッ……大船に乗ったつもりで来な。

 パーフェクトな返答でお応えしよう。

 

「お゛お゛お゛お゛」

 

「追い鰹」(おいがつお)

 

「お゛お゛お゛」

 

「大山椒魚」(おおさんしょううお)

 

「お゛お゛お゛お゛」

 

「大潮」(おおしお)

 

 どや?

 俺さえ「お」で始まり「お」で終わる言葉を言い続ける限り、しりとりは続けられるんだぜ? まぁ勝負の行く末は悲しいかな、既に視えまくってるんだけどね。

 

 

 

~旋ちゃん、ゴーレムちゃんとのしりとりを満喫中~

 

 

 

「お゛お゛お゛お゛」

 

「…………………うむむ」

 

「旋ちゃん?」

 

「いや待て、待ってくれ。……えっと……御家頬(おいえほお)って言ったっけ?」

 

「言ったね! 2回目はダメだよ~」

 

 ぐぬぬ。

 言ってたらしゃーない。

 

「ちなみにリアルな人名とか建物の名前とかってアリ?」

 

「何か色々と引っかかりそうだからナシ!」

 

「巻紙さんならアリって言ってくれるのに?」

 

「誰それ!?」

 

「変なメル友」

 

 去年飛行機の中で仲良くなったしりとり友達である(第19話参照)

 『アタシが勝つまでやめねぇからな!』とか言って、いまだにメールでしりとりを挑んでくる変なお姉さんなんだが……まぁ今の問題はソコじゃない。

 

 ぶっちゃけもう「お」から始まって「お」で終わる言葉、思いつかねぇな、うん。巻紙さんから『歩く姿が広辞苑』とまで賞賛されている俺の博識っぷりも流石に底はある。つまり――。

 

「旋ちゃ~ん、まだぁ~?」

 

「お゛お゛ぉ゛~?」

 

 審判な乱はいいとして、お前までなに普通に催促してんだこのヤロウ。お前が「お゛」しか言えんからこんな事になってるんとちゃうんか!……いや、それでキレるのは御門違いか。

 

「………ギブで、お願いします」

 

 そもそも「お゛」しか発音できないコイツとの勝負を「しりとり」にした時点で、こうなる事なんて分かりきってた事じゃないか俺…! 頭を悩ませてひたすら敗北のゴールに突き進んで行くとか滑稽すぎるぞオイ!

 

「ゴーレムちゃんの勝ち~!」

 

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛――ッ!!」(勝利の雄叫び)

 

 ちょっ、お前喜びすぎだろ! 

 なんだそのガッツポーズ!? 

 

 ちょっとは遠慮しろよ四肢ぶった斬るぞコラァッ!!(リョナ旋ちゃん)

 

 

【恐ろしく速い手刀で四肢をぶった斬る】

【早口言葉で勝負だ! 乱は審判で!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 言語を要する勝負やめろコラァッ!!

 「お゛」しか言えねえツってんだろぉ!

 

 

「ママ豆豆とママに豆もらい豆豆まみれママママともがくゥ!!」

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッ!!」

 

「ラバかロバかロバかラバか分からないのでラバとロバを比べたらロバかラバか分からなかったァ!!」

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッ!!」

 

「新設診察室視察瀕死の死者生産者の申請書審査行政観察査察使親切な先生在社必死の失踪んんんん――ッ!!」

 

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――ッ!!」

 

 

 お゛ばっかじゃねぇかお前ん早口ィ!!

 勝ったな、3本勝負余裕の全勝だオラァッ!!

 

「うーん、これは引き分け!」

 

「なんでやねん!」(ツッコミ旋ちゃん)

 

 ふざけんな!

 乱でも言っていい事と悪い事があるぞ!

 今のは確実に悪い事だぞ!

 

 でもここでキレては大人げない。

 理路整然とした反論で覆してこそ大人な対応よ。

 

「ちょっと待ってくださいな、乱さん。どうして引き分けなんでせう? 僕は一度も噛まずにスピード感溢れる早口を披露しましたけど、ゴーレムちゃんは「お゛」しか言ってませんでしたよ?」

 

「ゴーレムちゃんも一度も噛まずにスピード感も溢れてたからね」

 

 ウッソだろお前(唖然)

 いや確かにコイツも一度も噛んでなかったし、スピード感っていうか何か勢いはあったけどさ。早口言葉って難しい言葉をチョイスしなきゃいけないんじゃないの? 俺ちょいす~。

 

「それにアタシ達には「お゛」にしか聞こえなくても、ゴーレムちゃんは難しい言葉を言ってるつもりかもしれないし」

 

 つもりって何だよ!

 そんなん言い出したらキリないやんけ!

 

「お゛お゛、お゛お゛」

 

 テメェなに頷いてんだコラァッ!!

 2回も頷きやがって念押しかコラァッ!!

 

「あ、やっぱり? じゃあ判定は引き分けだね!」

 

「……お、そうだな」(棒読み)

 

 納得できねぇ……ん?

 なに見てんだコラ。

 

「お゛ッ……」

 

 てンめぇぇぇぇぇぇぇッ!!

 今、鼻で「フッ……」って笑っただろ!? 

 今のは確実に通じたぞコラァッ!!

 

「ちなみにずっとムービーで撮ってたんだけど、さっきの人に送る~?」

 

「む……そうだな、送ってみるか。いい感じの勝負内容とか提案してくれるかもしれないし」

 

「分かった! じゃあ、送るよ~ぅ」

 

 うい、任せた。

 これで展開が動いてくれる事を祈るぜ。

 

 






束:何やってんだあいつら…(困惑)

クロエ:たまげたなぁ(恍惚)

束:は?(威圧)

クロエ:(;・3・)~♪


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第155話 vs.マッドゴーレム 決着の刻



乱「ムービーを送る相手は謎のメル友だけでいいのかなぁ」

乱「あ、そうだ! 旋ちゃんが世界一信頼してるって言ってたかもしれない織斑先生にも送れば絶対ラウラさんを助けられるよやったー!」

というお話。


 

 

「……ふむ。私が晩酌を楽しんでいる時に、このような事が起こっていたとはな」

 

 千冬さんのご来場である。

 なんでぇ?……ん?

 

「(ニッコリサムズアップ)」

 

 どうやら乱が呼んだらしい。

 確かに遠く離れた場所にいるクロエに、メールでチマチマ救助アイディアを求めていても埒が明かんわな。

 しかし乱のコレが好プレーになるか、はたまた珍プレーになるのかは、千冬さんの今後の動向次第である。おしりペンペンタイムだけはやめてね?(お祈り旋ちゃん)

 

「ちなみに晩酌といっても飲み物はコーラだから特に支障はないな」

 

「アッハイ」

 

 のっけから濃いと思った(小並感)

 支障って何が…? ああ、アルコール類は飲んでないから、動きがフラつく事はない的な意味合いか。飲んでても強そう(小並感)

 

「しかしVTシステムか」

 

「知ってるんですか?」

 

 まぁ千冬さんだもんな。

 IS関連なら知らん事の方が少ないだろう。

 

「ああ、アレは過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きを搭乗者にトレースさせたがる国際問題必至な違法システムだ」

 

 公式で『させたがる』なのか(困惑)

 あんまり精度は高くないのかな。

 

「トレース内容は過去の千冬さんって事でいいんですか?」

 

「その通りだ。『過去の』というのがミソだな」

 

 言いながら、千冬さんはゴーレムに視線をやった。

 

「(ビクッ)」

 

 ビクッとしたなコイツ!

 心なしか腰も引けてないか?

 

「さて、VTシステムよ。私が誰か理解るな?」

 

「お゛ぉ゛っ、お゛ぉ゛っ…!」

 

 すっげー頷いてる。

 鷹の前の雉ってレベルじゃねぇぞオイ。

 

「なら私が、ウチの生徒に危害を与える者は何人たりとも許さん教師の鑑であるという事も理解っているな?」

 

 危害(しりとり不可、早口言葉イカサマ疑惑)

 うーん、これは危害!(被害者供述)

 

「旋焚玖に、凰乱音。それに貴様が飲み込んでいるラウラ・ボーデヴィッヒも私の大事な生徒の一人だ」

 

 これはまごうことなき教師の鑑。

 

 それにどうよ?

 さっきまで調子ぶっこいて『お゛っ…』とか鼻で笑ってたゴーレムちゃんはガックガクのビックビクじゃねぇか! 

 

 やっぱり千冬さんがナンバー1! 

 基本的に遅延行為から入るアホの【選択肢】とは雲泥の差で頼りになりまくるぜ! このまま圧倒的なブリュンヒルデっぷりを魅せてくださいよ!

 

「即刻、ラウラを解放しろ。さもなくば絶命させるぞ」

 

「お゛ぉ゛!?」

 

 脅し文句が怖いと思った(小並感)

 実際、千冬さんに凄まれてビビらねぇ奴なんざ、この世に果たして何人いるのか。少なくともゴーレムちゃんはビビってますね、間違いない。

 

 本当に強い奴は戦わずとも言葉だけで勝ちを得ると聞くが、千冬さんこそ体現者だよなぁ。こういうところは俺もガッツリ見習わんとイカンでしょ。あ、なんか一歩前進した。

 

「ちなみに抵抗は自由だぞ? まぁその時は戒名を考える間もなく消滅させてやるがな」

 

「お゛ぉ゛ぉ゛!?」

 

 怖すぎィ!!

 戒名とか言い出しましたよこの人! さすがの旋ちゃんもビックリな脅し文句ですよ! 

 

「貴様も重々承知はしているだろう?」

 

 お、一気に畳みかけるつもりですね、千冬さん。すでにゴーレムちゃんは瀕死っぽいが、裏を返せばまだ死んでないからな。言葉だけで勝つつもりなら、完膚なきまでヤらんと意味がない。

 

 俺もこの倍プッシュは賛成だ。

 いい感じに締めちゃってくださいYO!!

 

「VTシステムがトレースしているのは、あくまで第一回モンド・グロッソの私だ」

 

 そうだよ(便乗)

 そんなヤツが、いつの間にか精神と時の部屋で修行してた千冬さんに勝てる訳ないだろ!

 

「悪い事は言わん、降参しとけ。ピッチピチくらいしか取り柄のない過去の私如きが、今でも余裕でピッチピチなのにその上さらにムッチムチまで備わってしまった現在の私に勝てる訳がなかろう」

 

 何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 何で真顔でそういう事が言えるんだこの人は。

 

 これにはゴーレムちゃんも呆れて反抗してきますね。

 

「……お゛お゛」

 

「あっ! ラウラさんが解放されたよやったー!」

 

 解放されるのか(唖然)

 あ、倒れこむボーデヴィッヒを乱が抱き留めたでござる。ナイスぅ!! そんでゴーレムちゃんも消えたでござる。

 

「ラウラさーん、ラウラさーん」

 

 乱が横に寝かせたボーデヴィッヒの頬っぺたをペチペチる。

 

「む……むぅ……?」

 

 お、瞼がうっすらと開いてきた。

 意外と早く起きたなぁ。

 

「戦闘を回避した事で肉体への負担が少なかったからな」

 

「アッハイ」

 

 今宵も読心術がキレッキレですね。

 まぁもういつもの事だし、今はボーデヴィッヒの体調だろ。

 

「私……は……?」

 

 目の焦点はまだ定まってはないが、顔色は……普通だな!

 

「ふむ。気分はどうだ、ボーデヴィッヒ」

 

「きょ、教官!?」

 

 ガバッと立ち上がろうとするボーデヴィッヒを千冬さんが手で制す。

 

「ああ、起きんでいい。そのまま楽にしてろ」

 

 戦闘はしてないとはいえ、あんな摩訶不思議な現象に巻き込まれた当人だしな、ここは千冬さんの言う通り寝てた方がいいに決まってる。

 

「し、しかし!」

 

「二度言わせる気か?」

 

「ヒェッ…」

 

 強い(確信)

 これは従わざるを得ませんわ。

 

「で、身体にどこか不具合はあるか?」

 

「いえ、特に……あ、でも何か喉が少し痛いような…?」

 

 まぁあれだけ『お゛ーお゛ー』叫んでりゃな。というかコイツの喉を媒体にしてたのか。そう考えたら、やっぱり戦闘を回避してて良かったのかもしれん。アホらしいと見せかけて、普通にしりとりと早口言葉は正解だったのか。

 

「ですが問題はありません。それよりも一体何が……?」

 

 ふむふむ。

 取り込まれてからは完全に意識が断たれていたっぽいな。

 

「機密事項ではあるが、話さん訳にもいかんか。……VTシステムは知っているな?」

 

「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム……。過去のモンド・グロッソの部門受賞者の動きをトレースさせたがるシステムで、確かあれは……」

 

 やっぱり『させたがる』なのか。

 

「そう、IS条約では禁止されている代物だが、どうやらそれがお前のISに積まれていたらしい」

 

「そう……だったのですか」

 

「当然、この後はブリュンヒルデの名においてドイツ軍諸々に問い合わせるつもりだ。近く、ドイツは委員会からの強制捜査が入るだろう。然るべき措置が取られるのは間違いないな」

 

 そらそうよ。

 違法なシステムを使用してたらイカンでしょ。

 

 そしてここから先は大人の問題で、子供が出しゃばるモンじゃない。というか割と千冬さんが来た時点で俺の出番も終わってたしな。あとはしっかり大人な対応で、ドイツに社会的制裁を喰らわせてやってくださいよ!

 

 

【これから一緒に(ドイツまで)殴りに行こうかああああああああ!!!】

【取り込まれたんだから今度はお前が取り込んでやるんだよ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 このバカぁ!

 何が殴りに行こうだバカ! バカバカ! 全然大人な対応じゃねぇし何より遠いんだよこのヤロウ! そんな気軽に行ける距離とちゃうわドイツやぞアホ!

 

 というかね、千冬さんのご登場でね、もう俺の出番は終わったって言ったじゃん? 実際あれよこれよな感じで、終結に向かいまくってたよね。

 なのに何でコイツは俺にわざわざ跡を濁させようとするのか。お前これで蛇足キャラが定着したら末代まで恨んでやるからなお前な。

 

「取り込まれたんだから今度はお前が取り込んでやるんだよ!」

 

「いや全く意味が分からんのだが。どういう事だ、ふつめん?」

 

 俺が聞きたいわ。

 どういう事だ、マジで。

 

「フッ……なるほどな。相変わらずお前の発想力には度肝を抜かされるな」

 

「アッハイ」

 

 俺は相変わらずアンタの理解力に度肝を抜かされてるわ。何で俺が分からないのに千冬さんは分かるのか。コレガワカラナイ。

 でも狼狽えたら微妙な空気になるし、ここはもうこのまま千冬さんにお任せしませう。

 

「VTシステムが搭乗者を浸蝕する厄介な代物なのは間違いないが、仮にお前がコイツを飼い馴らす事が出来れば……」

 

「で、できれば…!? ど、どうなるのですか、教官!」

 

 声のトーンが明らかにウキウキになったボーデヴィッヒである。どうやら千冬さんのその後の言葉を察したっぽいな。俺も何となく分かってきたぞ。

 

「単純計算でVTシステムの力、つまり過去の私の力が丸ごとお前に加算される事になるな」

 

「ふおおぉぉぉ…」

 

 これにはボーデヴィッヒも『ふおおぉぉぉ…』である。

 

「つまりラウラさんがパワーアップするって事ですね!」

 

「まぁ簡単に言えばそうなるな」

 

 

【俺は今究極のパワーを手に入れたのだ!】

【勝てんぜ、お前は】

 

 

 どっちもボコボコにされてるんだよなぁ。

 

「勝てんぜ、お前は」

 

「むっ!? ふつめんは私がVTシステムを飼い馴らせないと言うのか!」

 

 ボーデヴィッヒがガルルッと嚙みついてきたでござる。うん、まぁそういう反応になるよね。適当に選んじゃったけど、ここは【上】の方が良かったかな。

 

「馬鹿者」

 

「ふみみゅっ」

 

 千冬さんがボーデヴィッヒの頬っぺたを指でプニプニしているでござる。叱り方がほかの生徒よりも優しいんだよなぁ。やっぱボーデヴィッヒは千冬さんの中でも格別なんですねぇ。

 

「取り込めたとしても、あくまで過去の私の力だ。今の私なら2秒で消せる」

 

 早すぎィ!!

 

「旋焚玖なら1秒掛からんぞ、なぁ?」

 

「しゅごいね旋ちゃん!」

 

「いや~、キツいっす」(素)

 

「フッ……謙遜は美徳なり、か。幾つになっても変わらんな、お前は」

 

「アッハイ」

 

 アンタも幾つになっても変わらんな、俺への超過大評価がよ。

 

「そういう事だ、ラウラよ。かつての私の力を取り込んだだけで浮かれていたら、あっさり後塵を拝する事になるぞ」

 

「な、なるほど…! ふつめんは私に慢心するなと、そう言ってたのだな!」

 

「……ああ」

 

 そんな訳ないじゃん。

 そんな訳ないけど上手く収まったし、意図せずボーデヴィッヒの好感度も上がったっぽいし、やっぱり千冬さんに任せて正解だったわ。

 

「しかしアレですね。飼い馴らすツっても、具体的にどうアプローチしていけばいいんですかね?」

 

「ふむ……それもそうだな。ラウラ、お前が取り込まれた時はどういう状況だった? 何かきっかけでもあったか?」

 

 きっかけ(おしりぺんぺーん)

 これがバレたら俺も千冬さんにペンペンされる可能性が浮上するんですけど(焦燥)

 というか、きっかけがぺんぺんなら、今後VTシステムを発動させる度に俺はボーデヴィッヒの眼前で『おしりぺんぺーん』ってしなきゃいけないんですか? 普通に嫌なんですけど。

 

「きっかけ……そう言えば、VTシステムから語り掛けてきました」

 

「ほう……興味深いな、どのようにだ?」

 

「えっと、確か……『汝、自らの変革を望むか……?』とか言っていた気がします」

 

 お前それペルソナやんけ!

 何だそのシリアスな語り掛けは! 

 たけしと全然ちゃうやんけ!

 

≪ 凸(▼皿▼メ) ≫

 

 いやだからそういうとこやぞ。

 悔しかったらお前もしゃべってみ。

 

≪ ダァー(*゚ェ゚*)bメッ!! ≫

 

 無理とかじゃなくてダメなのか。

 話そうと思えば話せんのか?

 

≪ (*゚x゚*)モクヒ ≫

 

 いや何でだよ。

 何故そこを秘密にしたがるのか。

 まぁ別に支障はないからいいけど。

 

「会話が成り立つのは大きいぞ。こちらから交渉も仕掛けられるからな」

 

「織斑先生が脅したらすぐにパワーアップさせてくれそうじゃないですか?」

 

「ふむ、確かに赤子の手をプニプニするより簡単だな」

 

「さ、流石です、教官!」

 

「ブリュンヒルデだからな」

 

 ブリュンヒルデってすごい。

 

「しかし私は手を貸すつもりはないからな。どれだけ時間が掛かってもいい。己の力でVTシステムを糧としてみせろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 まぁそらそうよ。

 過去とはいえ千冬さんの力を得られるかもしれんのだろ? そんなモンお前、簡単にゲットできちまったらイカンでしょ。汗水たらして苦労しろ苦労。

 

「はいっ! 私自身でやらねば、飼い馴らした事にはなりませんから!」

 

「フッ……そういう事だ。しかし万が一があってはイカンからな、VTシステムに接触するのは旋焚玖が居る時にしろ」

 

 なんでぇ?

 

「はいっ! そのつもりです!」

 

 なんでぇ?

 

「旋ちゃんがいたら大丈夫だよ!」

 

 なんでぇ?

 

「さて、夜もだいぶ更けた。私も戻るし、お前たちも今夜はこの辺で終わっておけ」

 

「はいっ!」

 

「はーい!」

 

 

【馬鹿野郎お前俺は残るぞお前!(あと5時間)】

【馬鹿野郎お前俺は残るぞお前!(あと100億時間)】

 

 

 なんでぇぇぇぇぇぇ!?

 

 






これにてラウラ編終わり!(*´ω`*)
トーナメントの描写はフヨウラ!

(*^○^*)横浜が破竹の2連勝したらダイジェストで書くんだ!


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第156話 渦中ト成リ


疑わしきは追い求む、というお話。


 

 此処はIS学園のある日本ではない何処か。

 朧な薄明が野に吸われる頃、二人の女性が何やら話を弾ませていた。

 

「なぁ、スコール。ホントに行くのかよぉ~?」

 

「もう……何度も言ったでしょう? そんな眼で見ないでちょうだい、オータム」

 

「でもよぉ、ISの試合つっても所詮はガキ同士のお遊戯なんだぜ?」

 

 それは近々IS学園で行われる学年別トーナメントの事を指していた。各国政府関係者、研究所員、企業エージェントなども足を運ぶ、まさに最大級のイベントと言っても過言ではない。しかしオータムと呼ばれた女性は、歳不相応に頬を膨らませて不満っぷりをアピールしている。

 

「否定はしないわ。でもね、今年は違うのよ。分かるでしょう?」

 

 今年は例年とは違う。

 その言葉が意味するのは一つ。

 

「けっ……織斑一夏、だっけか? 男のくせにISを起動させちまったトンデモ野郎はよ。でもソイツは織斑千冬が関係してるかもって言ってなかったか?」

 

「ええ、そうね。世界で初めてのIS男性起動者。そしてそれは織斑一夏君以外にもう一人いる。……私が興味あるのは、そのもう一人の方なの」

 

 スコールの言葉で、ますますオータムは眉間に皺を寄せる。

 

「いやいやもう一人の方って、確かアレだろ? 専用機も貰えてねぇただのオマケじゃなかったのかよ?」

 

「その認識を改める必要が出てきたの」

 

 何かあったのか。

 オータムは目で先を促す。

 

「二人目の起動者は確かに専用機は貰えていない。けど、その子は専用機無しで代表候補生に勝ったらしいの。もちろん、専用機持ちのね」

 

「なに……? レインからの報告か?」

 

「ええ、あの子が言うなら信憑性は高いとみていいでしょう」

 

「まぁそこは疑ってねぇんだけどよぉ……でも、うーん……」

 

 それでもオータムは納得がいっていないようだ。

 確かに訓練機で専用機に勝つのは大したモノだが、裏を返せばそれだけだ。実際、オータムも仮に自分が訓練機であったとしても、IS学園の小娘相手になら専用機持ちだろうが勝てる自信がある。故に、スコールほどの実力者がわざわざ足を運ぶにはまだまだ理由が弱いと感じていた。

 

「驚くのはここからよ。レイン曰く、二人目の子は生身で臨んで勝ったらしいの」

 

「なんだと!?」

 

 そんなバカな!

 ありえない!

 

 さすがのオータムもこれには目を見開かざるを得なかった。

 

「しかも辛勝ではなく" 圧勝 " したそうよ」

 

「なんだと!?」

 

 そんなバカな!

 ありえない!

 

 さすがのオータムもこれには目を見開かざるを得なかった。

 

「レインの調査によれば、なんと相手をアへ顔にさせたらしいわ」

 

「な、なんだとぅ!?」

 

 そんなハレンチな!

 ありえない!

 

 さすがのオータムもこれには頬を赤らめざるを得なかった。そんなウブっ子オータムを見てスコールも頬を紅潮させずにはいられなかった。

 

「でも二人目の子もアヘ顔になったそうよ」

 

「はぁ!?」

 

「ちなみにその試合を観ていた織斑一夏君もアへ顔になったらしいわ」

 

「いやなんでだよ!?」

 

「レインも実際に見たってわけじゃあないからねぇ。噂には尾ひれが付くものよ」

 

「付きすぎにも程があるだろ、はひれまで付いちまってんじゃねぇか」

 

 呆れながらもオータムの不満は薄れていた。レインの報告が確かなら、スコールが興味を持つのも頷ける話だからだ。

 

「まぁアヘ顔云々は置いておくにしても、生身の方は捨て置けないわ」

 

「それこそホラだと思うけどな。ありえねぇだろ、常識的に考えて」

 

「……どうかしらねぇ」

 

「何だよ、引っかかる言い方するじゃねぇか」

 

「あなたは彼の映像は観ていないのかしら?」

 

「映像…? ああ、何かISを起動する調査会場で暴れたってヤツだろ。アタシは男に興味ねぇし観てねぇな」

 

 オータムは男に興味なかった!

 

「なら今観てみなさいな。彼の体術は相当なモノよ?」

 

 パソコンを立ち上げたスコールは、そのまま動画サイト『あなたちゅ~ぶ』のページを開き、小気味いい音で検索ワードを打ち込んでいく。

 

「大乱闘スマッシュブラザーズX…? なんだそのタイトル?」

 

「さぁ…? 日本の文化はよく分からないわ」

 

 そんなやり取りをしている間にお目当てのサムネイルが見つかる。

 

「オイオイ、何だよこの視聴回数!? 1,145,148,101,919,893回も再生されてるじゃねぇか!?」

 

「意外と人気みたいよ、彼。特に同性からの支持がすこぶる高いらしいわ」

 

「はんっ……モブ共の救世主ってヤツかぁ? でも、とっくに男の時代は終わったんだ。期待しても虚しくなるだけだと思うがよぉ~……ん?」

 

 

『3人に勝てる訳ないだろ!』(顔にモザイク)

 

『馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!』

 

 

「んんん?」

 

「彼よ、彼。このモザイクの掛かっていない方が例の二人目よ」

 

「いやそれは分かってるんだけど……ちょ、ちょっとストップさせてくれ」

 

 動画を止めたオータムは、例の二人目の顔をまじまじと見つめる。

 

「……コイツぁ」

 

「なぁに? もしかしてタイプだったりするのかしら?」

 

「全然」(即答)

 

 別にブサイクとは言ってないし、オータムは男に興味ないからセーフ。

 

「いやそうじゃなくてよ……コイツ、アレだよ、アレ! ほら、ちょこちょこ話してる言葉博士だよ!」

 

「言葉博士って……確かあなたがナンパされたと思ったら何故かしりとり勝負を挑まれていたっていう変な少年の……え、この子なの!?」(※ 第19話参照)

 

「そうそう、コイツだ! 間違いねぇって!」

 

「へぇ……世界は案外狭いのねぇ……いやちょっと待ちなさい。あなた、この子とメル友じゃなかったかしら?」

 

「しりとり友な。しりとり以外のやり取りしてねぇし」

 

「そうだったわね。私も何度か見せてもらったけど、あなた達のシンプルすぎるやり取り、嫌いじゃないわよ……って今はそんな事はどうでもいいの!」

 

 スコールにとって、今はそんな事はどうでもよかった!

 

「いい、オータム? あなたは世界でたった二人しかいない男性起動者の連絡先を押さえているのよ?」

 

「まぁそうだな」

 

「それはつまり、外部からの接触はかなり厳しいであろう彼と、あなたはいつでも連絡ができる仲というわけね」

 

「しりとりしかしてねぇけどな」

 

「しりとりから離れなさいよ」

 

 スコールが何が言いたいのか、いまいちピンときていないオータムは、二人目の男だろうがしりとり友達でしかなかった。しかしスコールからすれば、これほどオイシイ仲はない。

 

「彼ならレインですら調べられない情報もたくさん持っている筈よ。それを上手く聞きだせれば、私達の今後は俄然有利に運ぶわよねぇ……うふふ」

 

「ああ、そういう事か! んじゃあアタシの仕事は……コイツの篭絡ってわけだな?」

 

「ふふ、理解が早くて素敵よ。性欲盛りの15歳が突如女子高に放り込まれたカオスな環境で、しかも顔はフツメンときている。悲しいかな、きっと彼の恋人は右手といったところでしょうね」

 

「左手かもしれないぜ?」

 

「そこは掘り下げなくていいでしょ」

 

「お、おう」

 

 とか言いつつ、スコールはオータム独特の感性が気に入っていたりする。

 

「話を戻しましょう。そんな性欲を持て余しつつも女性に相手にされてない少年が、年上の美人なお姉さんから誘惑されたらどうなるかしら?」

 

「そりゃあもうイチコロだろうよ」

 

「ええ。イチコロにしてやりなさい、オータム」

 

「分かったぜ!」

 

 年上の美人なお姉さん、例の少年に誘惑メールをポチポチ中。

 

「……………よし、送ったぜ!」

 

「ご苦労様。これはどんな返事が来るか楽しみ『ピロリン♪』あらあら、もう返ってきたの? チェリーボーイ君には刺激が強すぎたかしら、うふふ」

 

「……何だこりゃ?」

 

 怪訝な反応を示すオータムの背後からスコールも返事の文面を覗き見た。

 

 

『(´_ゝ`)』

 

 

「……なにこれ?」

 

「こっちが聞きてぇよ、何のつもりだアイツ」

 

「ちょっとあなたが送ったのも見せて」

 

「ん」

 

 

『うっふ~ん……♥ 今夜は何だかいけないキ・ブ・ン…♥』

 

 

「( ゚д゚ )」

 

「ぶはははははは! な、何だよスコールその顔!? ぶはっ、ははははは「ていっ!」イテッ…!? な、何すんだよ!?」

 

「それはこっちのセリフよ! 何が『うっふ~ん』よ、小学生か!」

 

「何言ってんだ? アタシは23歳だぜ?」

 

「知ってるわよぉ! そうじゃないのよぉ!」

 

 いったい彼女は何に倣ってして送ったのか。

 スコールはよくオータムを誘惑してニャンニャンするのだが、それでも自分はこんな感じで彼女を誘ってはいない筈……何故かスコールの背中に伝う汗は冷たかった。

 

「いいわ、次は私が送りましょう」

 

「そうか? じゃあ頼む」

 

 

『実はずっとアナタの事が気になっているの。しりとり以外のやり取りだってしたいし、アナタともっと親密な関係になりたいと思っているわ。お姉さんに興味はないかしら…?』

 

 

「まぁこんなところね」

 

「おお、すげぇぜスコール! これならアイツもイチコロだろ!」

 

 意気揚々と送信。

 再び秒で返信。

 

 

『ボンバイエ』

 

 

「……?」

「……?」

 

 そして目が点になる美人なお姉さん方。

 

「ぼんばいえ……? な、何だこの言葉、聞いたことねぇぞ……スコール?」

 

「……………」(私も聞いた事はない。引っかかるのは、さっきの返事と違って脈略がなさすぎる事。もしや遠まわしに何かを伝えようとしている…? 暗号? 例えば文字を組み換えたら、別の言葉が……)

 

 そこまで考えてスコールは自嘲気味に笑った。

 

「はぁ……バカバカしい。ただの子供相手に何を本気になって『ピロリン♪』え、またメール?」

 

 

『ちなみに秋を表す英語には【Autumn】の他に【Fall】もあります』

 

 

「「!!?」」

 

 今度こそ二人は驚愕した。

 相変わらず脈略は不明だが、それでも二人にとって決して見過ごせないワードを突き付けられてしまったのだから。

 

「お、おい……スコール、これはいったい…」

 

 開いた口が塞がらないとはこの事。

 自分はコイツには『巻紙礼子』としか名乗っていない筈。猪突猛進型でちょいとポンコツ気質なところはあっても、コードネームの【オータム】まで教えているわけがない。

 

 オータムが初めてこの少年に対し畏怖を感じた瞬間である。しかし、その隣りに立つもう一人の女性は違うようで――。

 

「あはっ……あははははっ! 面白い! とてつもなく面白いわ、二人目…いいえ、主車旋焚玖! これほど心が搔き立てられたのは何年ぶりかしら!」

 

 この瞬間、スコールの中で最優先事項が変わった。

 自分がIS学園に行く理由は、ブリュンヒルデの織斑千冬でも暗部当主の更識楯無でも世界初IS男性起動者の織斑一夏でもない。

 

「ふふふ……会うのが楽しみね、主車旋焚玖君…」

 

 波乱の幕開けは近い。

 

 






Q.ボンバイエの意味を教えてください
A.すいません


Q.何で更新サボッてたん?
A.ホロライブにはまって配信追いかけてたら時間がなくなったでござる。本当に申し訳ない(博士)

でも今後はまた少しずつ更新していくつもりなのら。んなああああああああああああああ!!(決意表明)


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第157話 再会あれば出会いあり


試合よりも出会い、というお話。


 

 

 今日は待ちに待った学年別トーナメント戦である! 俺は既に不出場の免罪符をゲットしてるから待ちに待ってても平気なのである!

 

 というか別に罪ちゃうわ!

 俺はまだボーデヴィッヒが動けなくしてくれないと動けるようにならないんだから(矛盾スタイル)

 

 まぁアレだ。

 俺の方はボチボチやっていく精神でいくわ。入学前までの不動無明剣喰らったレベルから比較すりゃ進歩も進歩、大進歩よ。

 

 

【え、ちんぽ?】

【お前そんなに大きくないやろ】

 

 

 なんだコイツ!?

 変な会話しようとしてくんなお前バカか!

 

「え、ちんぽ?」

 

 【上】を選んだらしっかり発声させられたでござる。周りには誰も居ないし、てっきり心の声で済む系かと思ったらコレだよ。

 清々しい朝に高校一年生が独り言で小学生並みの下ネタときたか……何か面倒な事が起きる予兆じゃないだろな。

 

 いやいや、俺はトーナメント戦には出ないんだし、刺客っぽい立ち位置のクロエも『今日はクロックタワーゴーストヘッドをするので行きません(≧◡≦)』って言ってたし。

 

 大丈夫、大丈夫。

 いつもみたいに元気に学校へイクゾー。

 

 

 

 

 キタゾー。

 さすがIS学園が誇る目玉イベントなだけあって、普段の校内の風景とは全然違う。何処ぞのお偉いさんっぽい人やら、なんか研究者っぽい人の姿も見て取れるなぁ。パッと見た感じ、男より女の方が多いってのも時代を物語ってるよなぁ。

 

 まぁとりあえず、だ。

 IS関連の方々なら俺の面は割れてるだろうし、下手に騒ぎになれば学園にも迷惑が掛かるってなモンよ。ここは疾風と化して見つからないように移動するに限るぜ!

 

 

【派手に自分を売り込む】

【派手に喧嘩を売り込む】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「あ、どうもどうも~! なんと僕、世界でたった二人の男性起動者の片割れだったりするんです!」

 

「ヒッ…!?」(被害者1)

 

「どうですこの男? ほら、この驚異的な身体能力!」(宇宙一の速さで反復横跳び披露する事によって派手さを演出)

 

「ひゃあぁああぁぁ!? ふ、増えたぁ!?」(被害者2)

 

「ほらほら、こんなにも分身できるのにまだ無所属! 専用機を持て余してるならチャンスですよ!」

 

「い、いえ、いいです、持て余してませんから!」(被害者3)

 

 

【まだ粘る】

【ネバネバになる】

 

 

 ネバネバって何だよ!

 言葉遊びが過ぎるぞコラァッ!! 怖くて【下】選べねぇよぉ! 物理的にネバネバになったらどうすんの!? 溶けちゃったらさすがの旋焚玖さんも死んじゃいますよ!?

 

「どうです、この肉体! 僕ほどになると全身をパンプアップさせる事など造作もないんですよ!」(一応派手さを演出)

 

「ひょわぁぁあぁぁぁ!? お、大きくなったぁ!?」(被害者4)

 

「全地球全生物統一無差別級チャンピオン! ライオン・トラ・象・シャチ・癌細胞だって敵わない男ですよ、コイツ!」

 

「オーガ!?」(刃牙愛読者)

 

「どうですか、今なら支配下登録いや育成選手契約でもにっこりサインしますよ!? お手軽ですよお手軽!」

 

「う、ウチは間に合ってますから!」(被害者5)

 

 ううむ。

 不本意ながら全力で売り込んでみたが、思ってた以上に拒否られてんな俺な。やっぱ品行方正って大事だわ。最初のニュースでアホみたいな声明文出してりゃ、そらこうなるわ(※ 第29話参照)

 

 どんなん出したんだっけ。

 変態糞土方…だっけ?(記憶曖昧)

 

「君がこれほどISに情熱を持つとは……正直驚きだ」

 

「む」

 

 何奴!?

 

「久しいな、主車君」

 

「あなたは……」

 

 

【日本政府のお偉いさんっぽい人!?】

【日本政府の研究者っぽい人!?】

 

 

 どっちもなんだよなぁ。

 

 この人は俺が初めてISを起動させたあの日から、今までずっとお世話になっている日本政府のお偉いさん兼研究者な人である。

 学園寮に住むことが許されない俺の家(シュプール)とか、アリーナ使い放題権限とかもこの人が携わってくれたおかげでスムーズにいったのである。故に、俺にとっては足を向けて寝れない御仁なのである!

 

 そんな御人に失礼仕る。

 

「日本政府のお偉いさんっぽい人!?」

 

「……ああ、変わったかと思ったが変わってなかったな」

 

「アッハイ。お久しぶりです、芹沢博士」

 

「うむ。君も元気そうで何よりだ」

 

 何だかんだ楽しくやってるからな。

 色々ハプニングは多いけど、裏を返せばそれだけ退屈してないって事だもんよ。

 

「しかし主車君は……」

 

 ん?

 なんか周りを見渡してるぞ。

 

「相変わらず評判が悪いな、HAHAHA!」

 

 なにわろてんねん(憤怒)

 いや笑うトコちゃうやろ! 無所属と言いつつ後々には日本の企業にお世話になるであろう未来のエース様にそんな態度を取っても宜しいんですかい!?

 

 言っとくけど俺は千冬さんと違って、そこまで義理固くないんだからね。待遇さえ良かったらアメリカ国籍だろうがホイホイ取っちまう男なんだぜ? それが嫌なら俺への扱いは、もっと慎重に行うんだな!

 

「まぁそれが君の処世術だというのは十分承知しているのだがね。入学後の奇天烈な行動もそうなのであろう?」(耳うちー)

 

 膳膳(サントリー)

 芹沢博士も千冬さんに似てきたな、変な勘違いっぷりが。まぁでも、ここはこの人の言葉に乗らないでか。ただの変人だと思われるよりよっぽどマシだ。

 

 

【そうかなぁ】

【そうかもぉ】

 

 

 濁すなよぉ!

 絶妙なトコでよぉ!

 

「……そうかなぁ」

 

「フッ……深慮遠謀な君ならそういうと思ったよ」

 

 アッハイ。

 意外と評価が高くて助かります。

 

 

 

 

 芹沢博士やモブ関係者の群れから離れて移動なう。そろそろ第一試合が始まる時間だが、俺は観客席に行くつもりはナッシング。俺には別の場所が用意されているのさ!

 

「おお、ふつめん! ふつめんではないか!」

 

 そういう君はボーデヴィッヒ。

 もう大衆の面前でのふつめん呼びも慣れたよ僕。

 

「アタシもいるよ~!」

 

 隣りには乱も居たでござる。

 アンタたち、ホントに仲いいわね(霊夢)

 

 そういやこの二人も今回のトーナメント戦には出ないんだった。おそらくこのまま観客席で一緒に観戦するんだろう。

 

「私はじゃじゃ馬の影響でISの損傷が激しいからな」

 

 VTシステムをもうじゃじゃ馬呼ばわりしてるんか。この分だとそう遠くないうちに、ボーデヴィッヒはそのじゃじゃ馬さんも乗りこなせちまうかもな。

 

「んで、乱は出なくていいのか? 別に調子が悪いとかじゃないんだろ?」

 

「個人戦なら出てたんだけどねぃ。タッグ戦となったら話は別だよ~」

 

「む、何故だ?」

 

 なるほど、チームワークの大切さってヤツか。乱は既にそこも理解しているってわけだ。これで俺達よりも年下だってんだから末恐ろしい娘だよ。

 

 これまで孤高で在り続けた弊害か、いまいちボーデヴィッヒはピンときていないらしい。ならばヒントを出すのが俺の役目よ。ヒントってのがミソね。そっちの方がなんか大物っぽいじゃん?(小物)

 

「ふたり組というのは1足す1だが、答えが2とは限らない」(ドヤァ)

 

「ふつめん…!」

 

 フッ……柄にもなくキマッちまったぜ。これにはボーデヴィッヒさんも尊敬の眼差し待ったなしですね。

 

「お前、算数もできないのか?」

 

 とか思ってたけど全然そんな事はなかったぜ……ちくせぅ。純情な感情による悪意なき言葉のナイフの切れ味って凄いよね。説明する気力が湧いてこないもん。

 

「乱、頼む」

 

「頼まれた! あのね、ラウラさん! 今の旋ちゃんの言葉の意図はね――」

 

「ふむ……ふむふむ……」

 

 乱の乱による俺のためのフォローが光り輝いている。ホントすまんね、IS学園でもお世話になります。

 

「なるほど、解ったぞふつめん! お前は連携力の事を言っていたんだな!」(以前の私なら鼻で笑っていただろうが、私を何度も負かしたふつめんとマブダチの乱が言うのであればそうなのだろう)

 

 

【そうかなぁ】

【そうかもぉ】

 

 

 断言させろや!

 変に濁す癖やめてよぉ!

 

「……そうかもぉ」

 

「ん? 何だお前その感じは……あ、拗ねているのか?」

 

 誰が拗ねるかアホ!

 子供みたいな扱いやめろ、乱の前なんだぞ!

 

「強い旋ちゃんもまだまだ幼いとこあるもんねぇ」(ママみ)

 

「ぐぬぬ」

 

 慈愛の目を向けてくれるな、乱よ。

 それは俺に効く(ハイポーション)

 

「ふふっ、でも旋ちゃんの言う通りだよ。タッグ戦は個々の強さより連携が勝負のカギを握るからね! アタシは転入してきて間もないし、誰かと組んでも絆を深めるには時間が足りないから今回はパスなのだ!」

 

 いいんじゃないか。

 トーナメント戦は別に今年だけじゃない。来年も再来年もあるだろうしな。俺も来年の今頃は、きっとたけしと共にブイブイいわせてるだろうよ、多分。

 

「あっ、そうだ! 旋ちゃんもアタシ達と一緒に観ようYO!!」

 

 誘ってくれて嬉しいYO!!

 しかし、悲しいかな。

 

「丁重にお断りする」

 

「えぇっ!? なんでなんで~?」

 

「観客席だと他の生徒がたくさんいるからな」

 

「……そうか、お前のしゅごさを解からぬ凡愚共の存在か」

 

 1年の奴らとは強制的に交流を持ち続けた結果、嬉しいことにだいぶ物怖じしなくなってくれたが、2年3年はまだまだ無理よ。俺が出てきた瞬間、黄色い悲鳴が轟くわい。

 

「ふむ……軟弱者の集いにふつめんが現れたら、あえんびえんと化す、か」

 

 亜鉛鼻炎…?

 俺も知らない四字熟語だと…(唖然)

 

 ドイツの故事成語かな?

 

「んーとんーと……あっ! それはきっと阿鼻叫喚とみた!」

 

「おお、それだそれ。さすがは乱だな!」

 

「えへへ、まぁね!」

 

 ほう……ボキャブラリー分野で俺の先を往くか乱よ。我、此処に言葉博士の二代目を見つけたり! お前になら免許皆伝を授けても良かろう!

 

「という訳で、俺は別の場所で観戦させてもらうよ」

 

「む……何処か心当たりがあるのか?」

 

「ああ、千冬さんがな」

 

 

『周りの反応が鬱陶しいなら、我々の居る観察室で観てもいいぞ?』

 

『それって教師しか入れない的な場所ですよね? いいんですか? 職権乱用とかに引っかかるんじゃ?』

 

『フッ……私はブリュンヒルデだからな!』(ドヤァ)

 

『アッハイ』

 

 

 ブリュンヒルデってしゅごい。

 というか地位にモノいわせて我を通す千冬さんがしゅごい。それでいて周りから反発がないのは、きっと千冬さんのドヤ顔が年齢不相応に可愛らしくて、反感の芽が根こそぎ刈り取られてしまうんだろう。

 

 やはり可愛いは正義か(真理)

 

「さすがは教官だな! 自分もいつかそんな感じで振る舞いたいぞ!」

 

「そのためにはラウラさんもブリュンヒルデにならなきゃね!」

 

「うむ! がんばるぞ~!」

 

 右腕を天高く伸ばして『オーッ!』ってしてるでござる。強さはまだまだ発展途中だが、可愛らしさは既にしっかり継承されているようだ。これには兄弟子っぽいポジションの旋焚玖さんもにっこりよ。

 

「ちなみに旋ちゃんはどのペアが優勝すると思う?」

 

 それはまた難しい質問だな。

 今日は個人戦じゃなくタッグ戦だからなぁ。順当にいけば専用機持ちが居るペアなんだろうが、だからこそ一般生徒なパートナーが肝になると思ふ。でも俺はそれぞれのペアを全部把握してるわけじゃないし。

 

「専用機持ちを軸に考えたら……シャルの兄弟が居るペアだろうな」

 

「ほう……奴は強いのか?」

 

「ああ、強いよ」

 

 オールレンジに対応できる武器装備に練度も高い。攻守にも欠点らしい欠点は見当たらないし、一撃必殺も持っている。総合的に見るなら、今回出場する代表候補生の中でも兄弟が頭一つ抜きん出ているんじゃないか? VTシステム無しのボーデヴィッヒより、ちょい上って感じかなぁ。

 

 まぁISに関しちゃ基本的にドンムブな俺の物差しで測ったところで、あんまり説得力はないけどな、HAHAHA!

 

「ふむ……機会があれば手合わせしたいものだ」

 

 アホみたいに喧嘩売らなければOK。

 ボーデヴィッヒも悪気はないんだが、絶妙に口下手だからなぁ。そういうトコも千冬さんに似てるし、また一歩ブリュンヒルデに近づいたなコイツ!

 

「大丈夫だよ、旋ちゃん! ラウラさんとクラスのみんなの仲はアタシが取り持つから!」

 

 むぁーかせた!

 孤高なんて流行らねぇんだよ! 

 時代は仲良しこよしだぜ!

 

 俺も出来ればもっとクラスメイトとお話したいぜ!(願望)

 

「ううむ……乱がそう言うなら甘んじて受けよう」

 

「それがいい。乱からしっかり道徳的観念を学ばれませい」

 

「分かった」

 

 強さは俺にまかせろー。

 

 

 

 

 さてさてとてとて。

 二人もアリーナに向かったし、俺も観察室とやらに向か……んぁ? いや……おいおい、ちょっと待て……何だアレ…?

 

 

その時、旋焚玖が感じたモノを一言で表すなら『特異』。

1人の女性が廊下の壁に背を預けて立っているのが視線に入っただけ。そして彼女の方は、別にこちらに顔を向けているわけでもない。しかし旋焚玖の本能が視られていると告げてくる。

 

 

 白衣を羽織っているし、どっかの研究員か…?

 横顔しか見えねぇけど、超が付くほどの美人さんだ。白衣を着た金髪美女のお姉さんとか、日本男児たるもの鼻の下を伸ばすのが礼儀の筈…!

 

 なのに伸びるのは背筋かよオイ。

 そもそも何なんだよ、アレの纏う雰囲気は…? 武術をやってる箒やヴィシュヌの雰囲気とは何か違う。何て言うか、禍々しさも加わってて……ああ、変態会長に似てるんだわ。

 

 ただ、コイツは……イカンでしょ。

 あの会長が可愛く見えるレベルとかヤヴァイでしょ。

 

 問題はどっちの意味で色濃くなってるか、だな。果たして変態度合いか、それとも強さ度合いか。最悪なのはどっちも……って待てオイ、それだとお前アレじゃねぇか! 

 

 キチガイ兎じゃねぇかフザけんな!

 あんなバケモンが世に2人といてたまるか!

 

「………?」

 

 あ、こっち向いた。

 さすがに視すぎたか。

 

 まぁいいけどね。

 もう奴がトンデモ人間だろうが、実は俺の杞憂でただの一般美女な研究員だろうが、関係ないのである。

 

 万全を期しまくる俺は引き返すぞ!

 触らぬ美女に祟りなしだ!

 

 

【おwばwさwんw おばさんwww】

【俺んとこ来ないか?】

 

 

 きゃんゆーますたべいべっそぉろぉぉぉお゛お゛お゛お゛ん!!

 






束:バケモンッ! バケモンッ!(クシャミ)

クロエ:Σ(゚д゚lll)



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第158話 vs.スコール・ミューゼル


心理戦、というお話。


 

「粗茶ですが、おひとつどうぞ」

 

 美人なお姉さんに対して、唐突に『おばさん』呼びなど、優しさライセンスを持つ俺に出来る筈もなく。

 

 

~以下、プチ回想~

 

 

『俺んとこ来ないか?』

 

 何だコレ。

 しかも初対面で、まだ一言も話してないのにコレですよ。

 

 百歩譲って俺にコレを言わせたかったんだとしても、これはいただけない。言葉足らずにも程があるだろ。

 このセリフはどう足搔いても変わらないんだから、せめて前にどんなセリフが付いてりゃ自然だったかなぁ……う~む。

 

 そうだな、挨拶もしてないんだし、とりあえず『こんにちは! 俺んとこ来ないか?』あ、ダメだ。挨拶してても脈略がなさすぎる。『今日はいい天気ですね』で始めてもなぁ……それで俺の家に誘う理由が分かんねぇよ。

 

 せめて自己紹介くらいは……いや、この人白衣着てるし、研究員なら俺の名前どころかある程度の素性も前情報として聞き及んでんだろ。

 

 あれ?

 じゃあつまり――。

 

『(オウ、俺は世界でたった二人しか存在しねぇ貴重すぎる男だから俺の遺伝子が欲しいだるぉ? だから)俺んとこ来ないか?』

 

 何だこのゲス野郎!?

 地位にモノいわせたただのヤリ目ナンパじゃねぇか! 何が遺伝子だバカか俺!?(遺伝子=精子しか思い浮かばない男の図)  

 

 しかし、見損なうなよ!

 見損なう事なかれ!

 

 俺はゲス野郎に成り下がるつもりはねぇ! 俺が此処で目指すのは感じのいいお調子者なんだい! この人を誘ってしまった言葉は取り消せねぇが、いつものリカバリー力で有耶無耶にしてやるずぇ!

 

 いや待て待て。

 言うてそんな焦る事もないかもしんない。だってこの人もさっきの来賓連中みたいに『ヒッ!?』とか言って、ビビッて逃げてくれる可能性の方が統計的に高いし。

 まぁ逃げられる理由は普通に最低なんだけど、そこはほら……俺って既にあの連中にも評判悪いのは分かってるんだし、ソレがさらに悪くなるだけなんだからいつも通りよ、HAHAHA!………はぁ。

 

 ほら見ろよ見ろよ、この人も恐怖の色が顔に……出てないでござる。なんでぇ? このお姉さんの表情的には……ぐぬぬ、読みにくい…! 

 

 なんかフワフワしてやがる。

 やっぱ只者じゃないやんけ! 

 

「……喜んで」(にっこり)

 

「………………アッハイ」

 

 うっそだろお前!?

 なんか喜ばれちゃったんですけど!?

 

「二人目の男性IS起動者である方に見初められるなんて光栄ですわ」

 

「アッハイ」

 

「良ければ、あなたのお部屋までエスコートしてくださいます?」

 

「アッハイ」

 

「では、参りましょう…?」

 

「アッハイ」

 

 どうしよう…。

 ど、童貞卒業しちゃうかも(ゲス野郎)

 

 トーナメント?

 知るか!

 こっちの方がよっぽどトーナメントだわ!(意味不明)

 

 

 

 

 んで、最初の場面に戻る。

 

 よかったのか、ホイホイついてきて(震え声)

 俺は顔さえ良ければナニモノだってかまわないで惚れちまう童貞なんだぜ?(童貞)

 

 それに見ず知らずの人を、しかもこんなにも美人なお姉さんをウチに招き入れた事なんて、生まれて初めての事なんよ。

 

 こんなん緊張するに決まってるやん(素の旋ちゃん)

 

 キチガイ兎と変態会長? 

 あれはどっちも招き入れてない不法侵入者だから別物。

 

 しかし、ここでドキドキウキウキな内心を出してはいけない。『うわ…コイツ必死すぎて引くわー』とか思われるのは嫌でござる。故に客人として自然にもてなすのが肝要である!

 

「粗茶ですが、おひとつどうぞ」

 

「うふふ、ありがとうございます」(……さて。主車君が本当にオータムの正体を知っているのなら、あの場所で私に何らかのアプローチを仕掛けてくるところまでは想定内。ただ、まさか開口一番で部屋に誘ってくるなんてね。アレには裏の世界でブイブイいわせている私も、心臓を鷲掴みされた様な感覚に陥ったわ。動揺が表情に出てなかった事を祈りましょう……そして切り替えなさい、スコール・ミューゼル。この異様すぎる状況、1秒足りとも呆けてはいけないのだから)←0.2秒

 

 あ、お茶だけってのもアレだよな。

 何かつまめるようなモノも出すか。かねてから隠しておいたポップコーンを……いや、ダメだ。アレはお茶よりコーラの方が合うからな。

 

 戸棚にせんべい的なモンあったっけか。

 

「あら、どうされましたの?」(まだお互いに飲み物に手を伸ばしてはいない。この状況で席を立つのは……?)

 

「ああ、すいません。お茶だけですと寂しいので、せんべいでも持ってきます」

 

「あらあら、お気遣いなさらなくても」(……どう判断すべきかしらね。此処へ来る道中も会話らしい会話はなかった。そして彼が学生寮に住む事を許されていない事は報告に上がっていたけれど、実際ソレを目の当たりにすると呆れてしまったわ、学園の馬鹿さ加減に。そのせいか、家に着いた時に彼が確かにナニかを小声で呟いたのを聞き逃してしまったのが悔やまれる。断片的に聞こえたのは【ミキモト】というワード。おそらく人の名前でしょうが、問題は彼が誰も居ない場で私の耳に聞こえるかどうかの加減で呟いたという事。私を試した…? 私達の情報はそのミキモトという者から提供されている、と……?)←0.25秒

 

 せんべい、せんべい……お、あった。

 背中に視線は感じるけど、今のところ嫌な気の類はしない。

 

(いいえ、不確かな状態で予測するのは危険よ。今、一番重要なのは彼がどちら側の人間なのか。それを含めての私を連れ込んだ目的ね。まずは主車君が亡国機業に加わりたいと思っている可能性だけど……彼の待遇の悪さを考えれば一応仮説は立つわ。寮にも住めず専用機も貰えず、他生徒とも満足にコミュニケーションを取れていないなら、嫌気がさしてもおかしくはないし、少なくともストレスは溜まるでしょう。だから私達と一緒に現状を壊したいと思っている……と考えるのは楽観的ね)←0.2秒

 

「このせんべい、お茶によく合うんですよ」

 

「それは楽しみですわ」(もう一つの可能性、彼が学園側の人間だった場合もしっかりと考えておきましょう。いえ、学園というより暗部の更識家の人間と仮定すれば、彼の身のこなしの高さもバックボーンが見えてくる。それなら狙われる立場を利用して、あえて自分だけ寮に住んでいない……とも考えられるわ。他の学生と一定の距離を取っているのは、入学に明確な目的があるから。そう、暗部にしか出来ない任務を遂行するためね。例えば……今の状況なんて、まさに絶好の任務時ってヤツじゃないかしら。亡国機業の大幹部スコール・ミューゼルを捕らえる大チャンスよねぇ…)

 

 んぁ?

 まだ茶に手ェ付けてないっぽい?

 

 ああ、そうか。

 こういうのは、もてなす側が先に飲むまでは飲むのは控えようみたいな風潮あるよなぁ。ならば飲んで進ぜよう。これでアナタ様も遠慮なく飲めましょうや。

 

「ゴクゴク」

 

 うん、おいしい!

 

「…………………」(手荒な真似をせず相手を拘束したいなら、睡眠薬入りの飲み物が常套手段。当然、私はまだ手を付けていないし彼も気が付いた。そこで、これ見よがしに飲んでみせた、と。……ふふっ、これで疑うなと言う方がむしろ不自然ね。私のお茶には睡眠薬の類が入っていると見て間違いないわ)

 

 何かすっごい見てませんか?

 あ、せんべいも食べないと遠慮は消えない系?

 

「パリポリ」

 

 うん、おいしい!

 

(どうする、ここで問い詰めてしまう…? いえ、それは普通すぎて面白くないわね。かと言って飲んでしまったら、私がバタンキュ~しちゃうし……いえ、そうだわ…! 彼の思惑を上回る最善の方法といえば…!)

 

「では、私もいただきますわ」

 

「はい、どう……ん?」

 

 

意外ッ!

謎の金髪美女が手に取ったのは旋焚玖の湯呑ッ!

 

 

「んっ……とても美味しいですわね」

 

 いやいや何やってんのこの人!?

 何で自分のじゃなくて、俺の飲みさし飲んでんの!? おかしいだろ! おかしいダルルォ!? さすがに異国でもそんな文化ねぇだろ!

 

「(僅かだけど目を見開いた…! これで主導権は私のものよ、主車君。そしてこのチャンス、逃すわけにはいかない。さらに畳みかけさせてもらうわよぉ!)うふふ、このカップを見てごらんなさい?」

 

 何で見る必要なんかあるんですか?

 いや、見るけど……うん、口紅が付いてますね、はい。

 

「私が口を付けたのはソコ。そしてソコはアナタが口を付けたトコでもあるのよ」

 

 何言ってだこの人(ン抜き言葉)

 

 え、なに? なにアピール?

 そんな間接キッスアピールされてどうしろ言うねん。え、こういう時はどういう反応するのがいいの? 童貞にはハードルが高すぎんぞオイ…! 選択肢……はいいや、どうせアホみたいな事しか出さんやろし(諦め)

 

「(亡国機業の大幹部様をナメてもらっては困るわ。飲み物に薬を入れる手段は下の下も良いところ。一流は口を付ける縁に塗っておくの。そして超一流は相手が疑うのを見越して、あえて自分の湯呑の縁に塗っておく…! 大事なのは一か所だけは除いておく事。何故か? それは……うふふ、張本人に説明してもらいましょうか…!)ねぇ、主車君。どうして私がアナタの口を付けたところに口を付けたと思う?」

 

 俺に惚れてるからだと思うんですけど(凡推理)

 いや、マジで。わざわざ間接キッスアピールとか、それしか考えられんだろ。

 

「……恥ずかしくて言えないかしら?」

 

「いや、そりゃまぁ……」

 

 当たり前だよなぁ?

 俺は外見に関しちゃ謙虚で通ってんだよ。この顔で『俺の事好きなんだろ?』とか言える訳ないだろ。

 

(そうよねぇ、うふふっ…! 自分の策を見破られた挙句、わざわざ説明してみせろですって? これほど羞恥心が責められるモノはないわよねぇ……まぁ悪くない策だったわ。いいえ、むしろ特上クラスと言ってもいい。相手が自分の湯呑に不信感を抱き、交換を持ち掛けてくる事を想定して、自分の湯呑に薬を塗っておく。それでも用心深い者なら『先に飲め』と言ってくるでしょう。アナタはそれをも想定して、自分が口を付ける部分だけは薬を塗らずにおいた。まさに二手三手先を読んだ見事な策よ。唯一の想定外は私がソレ以上の相手だったという事かしらね……うふふのふ)←上機嫌なので0.8秒

 

 な、何かニヤニヤしてません?

 何でニヤニヤする必要なんかあるんですか?

 

 この人は、俺をイジめて悦に浸る系お姉さんだからだと思うんですけど(名推理)

 というか俺はこの人の名前も知らない訳で。初対面な間柄で、この状況はどう考えても常軌を逸してんだろ。

 

 せめて自己紹介くらいしとくか。

 そうすりゃ、この変な空気も消えるだろ。

 

「あーっと……そういや、まだちゃんと自己紹介してませんでしたよね? もう知ってるっぽいですけど、自分は主車旋焚玖っていいます。この4月から此処でお世話になってます」

 

「(あらあら、耐え切れずに話題を変えてきたわね。けれど、これでまずは私の1勝といったところかしら。今のところ私の方が優位に立っている筈……そして次のお題は名前、ね。彼は私の名前も知っているでしょうし、もう一度彼に振ってみる…? そうね、ここで彼のセンスを試してみるのも一興だわ)丁寧な自己紹介、痛み入りますわ。そして、私の名前ですが……当ててみてはもらえませんこと?」(願わくばスコール・ミューゼル以外の名前が聞きたいわね。むしろスコール・ミューゼルなら平凡すぎてがっかりしてしまうわよ、主車君…?)

 

 何言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 

 唐突な無理難題にも程があるだろ。世の中に名前何個あると思ってんだ。というか僕達まだそんな冗談言い合える仲じゃないと思うんですけど。さっきの間接キッスアピールといい、もしかして小悪魔系お姉さんでもあんの?

 

 

【S】

【M】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 誰が性愛聞いたんだコラァッ!!

 

 健全な話題に移ってたのに、無理やりソッチ系に持っていかせないでよぉ! そういう必死なトコがまた童貞具合を増すんだよぉ! しかも嫌われる系のだよぉ!

 

「……M」

 

 いや、見るからにこの人はSなんだけどさ。

 せめてもの反抗というか、ベタな答えは避けてみました。なおどちらを選んでも引かれる模様(げっそり)

 

「なっ……!?」(ちょっと待ちなさい、何故ここでMの名前を…! いや、そうじゃない、ありえない、ありえないのよ、彼が知っているなんて事は! だって彼女はまだ表舞台にも立ってない、私達の中ですら存在を知っているのは極僅か……それなのにどうして!?)

 

 うおっ!?

 なんかめっちゃ驚いていらっしゃる。

 

 と、とりあえずフォローしておいた方がいいか? いや、でも何てフォローすんだよ。いや、それより話題を変な方向に持っていった事を謝った方がいいな。

 

 

【Mなんだろ?】

【俺もソーナノ】

【安心してください、誰にも話しませんから】

 

 

 僕は違います(半ギレ)

 というか謝罪する方向でいかせてよぉ!

 

「安心してください、誰にも話しませんから」

 

「ッ……」(甘く見ていたのは私の方だった…? この子は更識家の人間なんかじゃないわ。私達の中にスパイがいないのを前提として、Mの存在を知っている者なんて、それこそ限られてくるもの。そう……Mが言っていた織斑計画に携わっていた者。それしか考えられない…! 主車君はそこの研究者の一人で……いや、違うッ…! そうよ、彼も科学的に産み出された一人というのは…!? それならあの体術も説明が付くし、何より織斑一夏と同様ISだって動かせるわ!)

 

 というか話すタイミングがねぇよ。

 誰に話せるんだよこんな事。

 

「……単刀直入に聞くわ。アナタの目的は何かしら?」(主車君の正体が予想を超えていた以上、もう探り合いを楽しんでいる場合じゃないわ。それにあの狂った計画に関与していたのなら、彼は間違いなく私達と同じ黒。白のIS学園や更識とは相容れないと見るべき。そんな彼が私を呼び込んだ理由だけは絶対に聞かなくてはならない…!)

 

 ないんだな、それが(栃木)

 強制的にナンパさせられたんだもん。

 

 

【お友達】

【筆卸し】

 

 

 筆卸しされてぇなぁ、俺もなぁ。

 でもなぁ……名前すら知らん人にされてもなぁ……いろいろと舞い上がってたけど、冷静に考えたらそれじゃあ風俗と変わらんでしょ。こう見えて俺はまだピチピチの高校1年生なんですよ? やっぱり初めては、ちゃんとしたお付き合いを経てからの方が良いと思います(賢者たいむ)

 

「お友達」

 

「……なるほどね」(ぐっ……完全に立場が逆転された。コレは主導権を取って調子に乗った私への罰かしらね。あそこで私が『名前を当ててみろ』なんて遊ばなければ、まだ私が優位に進められたのに…! ここからどう返事すればいい…? 彼と敵対するのは得策ではないし、かと言って変に媚びて興醒めされるのも良くないわ)

 

 な、何か表情が険しくなってないですか?

 もしかして『こっちはヤる気で付いてきたのに、女に恥かかせやがって…!』的な感じで怒ってらっしゃる…?

 

「ええ、まずはお友達から始めましょう。そして、ゆくゆくは私達の所へ来てもらえるかしら?」(これがベスト…! でも屈辱的よ、主車君。まさか私の方から本題を言わされるなんて思ってもみなかったのだから…!)

 

 おお、ようやく俺にも分かる話題が来た!

 コレはアレだろ、私達の企業が作っている専用機に乗ってほしいです的なヤツだろ! 

 さっきの研究者っぽい奴らは軒並みビビッて拒否してきたし、こういう風にズバッと言ってもらえたら、むしろ俺なんかで良かったら全然乗りますよー!ってな気持ちになりますねぇ!

 

 まぁいつになるかは分からんけどね。

 少なくとも今の俺だと宝の持ち腐れ間違いなしだし。というか【たけし】が嫉妬するから多分乗らんけど(一途な旋ちゃん)

 

「そうですね。自分はまだまだ技量不足で、満足に乗りこなせていない状態です。なので、時が来れば……またお声を掛けさせてもらっていいですか?」

 

 此処まで来てくれた人に対して、無下に断るのもね。それに俺が超絶上手く【たけし】を乗りこなせるようになって、【たけし】も『側室作ってええで~』って言ってくれたら専用機を持つ未来もありえるからな。というか何で俺が【たけし】の機嫌伺う立場になってんねん。

 

「時が来れば……ですね。その言葉、しかと胸に刻んでおきましょう」(ISを満足に動かせられないというのは、確かにレインからも聞いている。ただ本当に彼が言いたいのはそうじゃないわね。そうでなきゃ『時』が来れば…なんて言い方はしなくていいもの。きっと主車君は、私達が表舞台に出る準備をまだ終えていない事も見抜いている。でも舞台の準備さえ整えれば……彼もコチラに加わる。ひとまず、そう判断させてもらおうかしら。あくまで私の仮説が全て正しければ…の話だけれど)

 

 胸に刻まれたでござる。

 なんか重い約束事になってない? 大丈夫?

 

「今日は貴重な時間をいただいて、本当にありがとうございました」(大きすぎる収穫を得たわね。これ以上長居は無用、帰ってMにも話を聞きたいし)

 

 あ、もう帰る感じ?

 まぁ何か締めっぽい話になったもんな。

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

「私の名刺を置いておきますので。いつでもご連絡お待ちしていますわ」

 

「あ、はい。また連絡させていただきますね」

 

 ペコッと頭を下げて出て行っちゃった。

 結局あの人も自社の宣伝が目的で付いて来てくれたんだなぁ。まぁでも、普通に考えたらそりゃそうか。世にも貴重な男だからって、そんなスケベな展開あるわけねぇわ、HAHAHA!

 

 はぁ……学園の廊下で済む話も終わったし、俺もトーナメント戦観に行くかぁ。今からでもまだやってんだろ。

 

 

【ナンパ成功したのにヤれなかった話を千冬さんにする】

【ナンパ成功したのにヤれなかった話を5chにスレ立てする】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






これにてトーナメント戦編&原作2巻終了!
旋ちゃん出れないしメインのVTシステムはもう出たし、多少はね?

次回からは臨海学校編だ!(*´ω`*)


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