選択肢に抗えない (さいしん)
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第1話 選択のプロローグ


淫フィニット セ〇リアを読んだので初投稿です。





 

 

「………………」

 

 カーテンの隙間から太陽の光が差し込む部屋で、俺は今日も目を覚ます。部屋の主を起こす為、ジリリリと鳴り続ける時計に触れる前に、自分の頬を抓ってみる。

 

「……痛い」

 

 その痛みが夢でない事を我が身に教えてくる。

 今日もまた、夢のような現実が始まってしまうんだ。

 

 喧しく鳴り続ける時計を止めてホウッとため息。目が覚めて頬を抓る。毎日毎朝、こんな事をもう何年も続けている。いつか自分の今が、全て夢なのだと教えてくれるのではないか……そんな淡い思いで欠かさず続けているのだが。

 

「今朝も夢じゃなかったか」

 

 そろそろ母親が呼びに来る頃だ。俺も気持ちを切り替えないといけない。今日も1日気を張って過ごさなくてはならないんだ。

 

「……よし」

 

 頬を何度か両手で叩き、心に活を入れた俺は机の上に置いてあるランドセルを背負って部屋を出た。階段を降りていくと、朝ごはんの良い香りが鼻をくすぐる。

 

「あら、おはよう旋焚玖!」

 

「おはよう旋焚玖。今日も1人で起きれて偉いなぁ」

 

「……―――ッ、オッハー!!」

 

 それは満面の笑み。

 自分でも引く程のにっこりスマイルで、両親へと元気に挨拶を返す俺。

 

「あらあら、今朝はずいぶんご機嫌さんねぇ」

 

「ははは、昨日はクールぶってたのになぁ」

 

「はは…あはは……………はぁ…」

 

 ハイテンションな挨拶を済ませた俺は、打って変わって曖昧な愛想笑いを浮かべながら食卓につく。

 

(……旋焚玖、か)

 

 この世界の両親から呼ばれる名前にも流石に慣れてしまった。

 『旋焚玖』と書いて『せんたく』と言う。

 

 それが俺の名前だ。

 由来は何なのか。何を意図して付けたのか。ぶっちゃけ洗濯なのか選択なのか。間違いなく俺は後者だと思う。

 

 ああ、俺のフルネームは『主車旋焚玖』。

 『おもぐるませんたく』だって? いいや『しゅしゃせんたく』だ。完全に取捨選択やんけ! アホか!

 

 言葉が話せるようになってから真っ先に母親に問いただしたが、何故かこの世界には『取捨選択』という四文字熟語が存在しなかったのだ。うぅ……意味分かんねぇ…。

 

「旋焚玖は今日何時に帰ってくるの?」

 

「んぐんぐ……んー、分かんない。一夏と遊んで帰るかも」

 

「そう? 遅くなるようだったら電話してね」

 

「ん、分かった」

 

 小学生の朝は早い。

 パパパッと飯を食って用意を済ませた俺は、忘れ物がないかのチェックをして玄関で靴を履く。

 

「行ってきます」

 

「あれ、旋焚玖、今日は頬っぺたに行ってきますのチューはいいの?」

 

「うぐっ……いや、それは…」

 

 ニヤニヤ顔を浮かべた母親が玄関まで見送りに来る。その後ろにはちゃっかり父親の姿もあった。

 

「あんなに昨日母さんにねだってたじゃないか。『ママぁ! 行ってきますのチューしてよぉ!』って地団駄まで踏んでなぁ?」

 

 おいマジでやめてください。

 息子の心を抉らないでください。

 

「き、昨日は昨日なんだよ! 行ってきまーす!」

 

 何をどう弁明すれば良いのか、まるで思いつかない俺は2人からの温かい目に耐えられず逃げるように外へと出るのだった。

 

「あっ……行っちゃったわね。昨日は久しぶりにママって呼んでくれたのに、あの子も反抗期なのかしら」

 

「小2で反抗期は早いだろ。きっと思春期なんだよ」

 

「あなたったら、思春期の方が早いわよ」

 

「ははは、それもそうか」

 

 

.

...

......

 

 

「おはよう」

 

「あ、おはよう旋焚玖くん!」

 

 何事もなく通学路を抜けて、何事もなく教室までたどり着けた。今日はなんだか穏やかな1日を過ごせそうな気がする。教室に入り、何人かに声を掛けられたが無難に対処できた。

 

「ふぅ……」

 

 席に着いた俺はランドセルから中身を取り出し机にしまっていく。穏やか……無難……とてもいい言葉だと思う。

 

 生前はそんな生活が当たり前だったから麻痺してたんだ。激情なんか早々要らない、吉良吉影みたいな生活が実は幸せの形なんじゃないかと、最近割と本気でそう思うようになってしまった。

 

「ため息なんかついて、どうしたんだよ?」

 

「ん…?」

 

 下を向いていたから気配に全然気付かなかった。顔を上げると、2年に上がってからよく話すようになったクラスメートで、俺と隣の席の一夏が手を挙げて声を掛けてきていた。

 

「よっ! おはよう、旋焚玖!」

 

「ああ、おは……―――ッ!?」

 

 瞬間、目の前にある全てが停止した。

 音、物、空気、人、何もかも一切合切が動かなくなる。目の前の一夏も、その後ろの机にランドセルを置こうとしている少女も、瞬きすらせず完全に停止している。

 

 時が止まった世界とでも言えばよいのだろうか。そして、この不可思議な世界を認識しているのは俺だけだ。そう、俺だけがこのSFな現象を知っているんだ。なのに俺も他の皆と同じで全く動けない。ホントまるで意味ないよね状態だ。全然嬉しくねぇよ。

 

 そんな俺の目の前に『恒例』の【アレ】が現れた。

 

 

 

【元気良くおはようと挨拶を返す】

【アンニュイな感じで頷くだけに留まる】

 

 

 

 RPGやら何やらのゲームをしてたらさ、所々で【選択肢】が出てくるだろ。まさに今の状況がそれなんだよ。しかもどちらかを選ぶまで、ずっとこのままなんだ。動けないの、俺も。どう足掻いても動けないの、マジで。

 

 こんな生活をもう8年も送っている。頭おかしなるで、ほんま。今朝だって何が【オッハー!!】だよ。朝からそんなテンション高い奴いたらウザいわ。ただもう一つの選択肢が【うるせぇ、クソ共】だったんだ。流石にそれは選べんだろ……。

 

 母さんに頬にキスをねだったのも本心じゃねぇからな。アホみたいな選択肢しか無かった中でそれが一番マシだったんだよ!

 

 んで、今回の選択肢は……うむ、無難な選択肢じゃないか。こういうのでいいんだよこういうので。変にクールぶってるって思われるのも癪だし、ここは【元気良くおはようと挨拶を返す】で決まりだな。

 

 どちらかを選ぶと【指の形】をした【マウスカーソル】的なヤツが浮かび上がる。完全に俺の脳内とリンクしてやがるけど、もういちいち考察するのも諦めたさ。カーソルに動けと念じ、【元気良くおはようと挨拶を返す】の上まで持っていく。

 

 ポチッとな。

 ピコンっ♪と効果音が鳴ったと同時に、景色の全てが元に戻る。

 

「おはよう、一夏!」

 

 選択したら最後、必ずその選択肢の内容に沿った行動を強制的に取らされる事になる。俺の意思なんかまるっきり無視だからな。今までそれのおかげで何度変な目で見られた事か……あぁ、思い出したくない。

 

 だから俺はひたすらに願う。

 意味不明な場面で意味不明な選択肢だけはやめてくれと。

 

「なんだよ、元気じゃんか! ほら、箒も挨拶しようぜ」

 

「わ、分かってる! 今しようとしてたところだ!」

 

 一夏の後ろの席に座る篠ノ之と目が合った。俺は一夏ほど、まだこの子とはあまり話した事がない。一夏も最近ちょこちょこ話すようになったらしい。

 

「お、おはよう、主車」

 

「……―――ッ!?」

 

 目に写る景色がモノクロに変わる。

 いやいやまたかよ!? 間隔短いって、さっき止まったばっかだろ!?

 

 【選択肢】はいつでもどこでも突然やってくる。ホントのホントに俺の意思なんて汲み取ってくれない。全てが止まった世界で、羅列された文字が浮かび上がった。

 

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 

 はい死んだ。

 この物語は早くも終了ですね。

 

 






思いつきで書いてはいけない(戒め)
出オチすぎるので続くかどうかは未定です。


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第2話 選択のタイミング


主車旋焚玖くんの自己紹介、というお話。



 

 前世の存在を信じているか?

 信じている、信じていないは人の思いによるものだ。俺は全く信じていなかった。だが、今の俺は前世の存在を知っている。信じてはいないが知っているんだ。

 

 死して再び魂が転生した者だけが知る不可思議。何の因果か、俺がそうなんだ。そう……俺は一度死んでいる。いや、死んだと思う……と言った方が良いのかもしれない。仕事の帰りに車に轢かれたんだ。そこで俺の意識は飛んだ。

 

 目が覚めたら病院でも死後(?)の世界でもなく、見知らぬ女性(まぁその人が母さんだった訳だが)の乳がドンと目の前にアップで迫っていたんだ。あれはホントにたまげたね、これが天国なのかと本気で思っ……いや、やめておこう。

 

 まぁ何だ。

 俺の前世は一言で表せば、超平凡だったと思う。山なし谷なしな人生。流れるまま流されるままに、見えない敷かれたレールを逸れる事なく歩むだけの人生だった。

 

 自分から進んで行動する事など数えるくらいしか無かったと思う。交友関係も狭くはないが広くもなく、浅くはないが親友と呼べる程深い関係になった奴はいなかった。学業も親から平均は取れと言われ続け、平均より少し上を取り続けた。大学も可もなく不可もなくなところに進学し、就活も特に滞ることなく中小企業へ行けた。

 

 自分が場の中心になる事など1度もなかった。

 それはこの先も変わらないだろう。自分はワイワイ騒いでいるグループの中心ではなく、その端に居るその他の1人的な立ち位置のままなんだろう。自分は決して主人公にはなれない、モブキャラなんだ。

 

 でもそれを苦に思った事はないし、そういう人生だと受け入れていた。ただ、車に轢かれ衝撃で身体が吹っ飛んだ時……薄れゆく意識の中で、走馬燈のように少しだけ思ったんだ。

 

 俺の人生って何だったんだろう、と。

 平坦平凡な人生だったけど、誰に迷惑を掛ける事なく生きてきたつもりだった。その結末がこれなのか……25にも満たず呆気なく死んでいく……俺は一体何のために生きてきたんだろう、と。

 

「モブキャラらしい最後なのかな……主人公ならどんな………」

 

 意識が暗闇に沈む直前、そんな事を呟いたっけ……。

 その結果が

 

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 

 望んでない!

 望んでねぇよ、こんな意味不明な世界! 確かに死ぬ間際は思っちゃったよ? 平凡な人生とか正直つまらんかった、とか思ったさ。ああ、思ったさ! でも極端すぎるだろ! 生まれ変わっただけでもお腹いっぱいなのに、なんでこんな事になってんの!? 劇的な毎日すぎて禿げるわ! 主にストレスと未知の恐怖で禿げるわ!

 

 うぅ……嘆いていても始まらねぇんだ。っていうか動いてくれねぇんだ。どっちかの【選択肢】を選ぶまでずっとこのままなんだ。今日もやっぱり穏やかな1日を送らせてはもらえそうにない。

 

 なら自分は抗うだけだよちくしょう…!

 どっちの【選択肢】が正しいのか……いや、この場合どっちもどうせ不正解なんだ、どっちの方がマシな展開に持っていけるかを考えるんだ俺…!

 

 今の俺の心境はまさに一休さん。

 脳内でポクポクを奏でながら小さい頭をフル回転させる。

 

……ッ、これだ…!

 

 

「おはよう、今日のパンツくれ」

 

「なっ…! き、貴様、いきなり何を言うか!?」

 

 顔を真っ赤にさせ、プルプル震える篠ノ之は、肩に掛けている謎の袋から竹刀を取り出し……へぁっ!? な、何で竹刀常備してんのこの子!?

 

「一夏から良い奴だと聞いていたのに……女子に向かって最低な男だな…!」

 

 うわっ、うわわ…!

 竹刀持っちゃったよこの子! 握られた竹刀の用途なんてめちゃくちゃ限られてるじゃないか! 殴るか切るか突くくらいしかないだろ!

 

 失敗は許されない。

 少しでも誘導をミスれば、待っているのは殴られる未来のみ…! ガクガク震えそうになる身体に活を入れる。絶対に震えるな、平常心を保つのだ俺よ!

 

「……フッ、まだまだ青いな篠ノ之よ」

 

「な、何だと…? というかそんなに話した事ないだろ」

 

 スルースルー。

 こういう時の処世術はもう何度もやってきた。相手の言葉を待ってちゃいけないんだ、自分が話しきってしまうのがベストなんだ。

 

「言葉遊びをしらないのか? 俺が言った言葉をゆっくり言ってみろ」

 

「バカか! どうして私がそんな卑猥な事を言わねばならんッ!」

 

 ひぇっ……竹刀を握る手に力が入ってます! ってかコイツまだ小2だろ、何で卑猥とかいう言葉知ってんの? お前の方がよっぽど卑猥だな!(心の中では強気)

 

「ふぅ……いいか篠ノ之。俺はお前にパンつくれと言った。パンツくれとは言ってないぞ?」

 

「ますます意味が分からんぞ!? お、おい一夏、コイツ頭おかしいんじゃないのか!?」

 

 小学生って割とひどい事でも平気で言うよね。別に傷ついてないからいいけど。俺強いもん。

 

「ん~~~……あっ、俺、分かった! こういう事だろ旋焚玖? パン、作れって事だろ!?」

 

 流石は我が友一夏。

 お前のおかげで何とか痛い目みずに回避できそうだ。篠ノ之も、あっという顔になったし。

 

「むぅ……パン作れ、か。紛らわしい言い方しおって。しかも挨拶に全然関係なかったし」

 

 ははは、それは俺が一番聞きたい。

 話の流れに沿った【選択肢】ばかりじゃないのがホントにキツいんだわ。何の脈略もない【選択肢】に塗れた時の絶望感……何度味わっても慣れねぇよぅ…。

 

「すまんすまん。昨日テレビでそんな事を言ってたのを観たんだ」

 

 観てないけど。

 

「テレビで観たなら仕方ないな! ほら、箒も竹刀しまえよ」

 

 一夏っていいヤツだなぁ。

 天然でフォローしてくれるし、これまでも何度か助けてもらってたりするし。

 

「わ、分かっている! 今しまおうとしてた!」

 

 ううむ、篠ノ之って何かずっとプンスカしてるなぁ……ま、別にだからと言って俺がどうこうする訳でもないし、いいんだけどね。あくまで篠ノ之は一夏の友達なんだ。友達の友達は……ってやつだな、うん。

 

「あ、そうだ旋焚玖。今日俺の家に遊びに来ないか?」

 

「一夏の?」

 

「ああ! たまには一緒にゲームでもしようぜ!」

 

「ゲームか……いいな、行こう」

 

「へへっ、そうこなくちゃな!」

 

 赤ん坊からやり直して幼稚園と小学校と。

 自分の精神年齢も、年相応まで落ちてきている錯覚に陥る今日この頃。まぁ別に悪い事ではないと思いたい。正直ゲーム自体にはあまり興味ないんだが、誘われたら付き合ってしまう流されやすい性格は中々直らないなぁ。

 

「でもいきなり行っていいのか?」

 

「大丈夫大丈夫! 千冬姉も歓迎してくれるさ!」

 

 千冬姉…?

 ふむ、一夏にはアネキがいるのか。俺は前世も含めて一人っ子だから、姉弟の居る感覚は分かんねぇけど、一夏の口振りからして仲は良好そうだ。2人で遊ぶのも何だし、一夏の姉ちゃんと3人で遊ぶのもアリだな。一夏の姉ちゃんも同じ小学生だろうし。

 

「……おい、主車」

 

「ん…どうした、篠ノ之?」

 

「千冬さんを怒らせるなよ」

 

「はぁ…?」

 

 さっきのやり取りを懸念してんのか?

 大丈夫、とは言えないが俺だって変な【選択肢】さえ出てこなけりゃ普通に接するっての。

 

「死にたくなければあの人を怒らせるな。いいな? 私は忠告はしたぞ?」

 

「え、なにそのマジトーンは」

 

 え、え、一夏の姉ちゃんなんだろ?

 高学年くらいの姉ちゃんじゃないの? アレなの? 小学生は小学生でもアラレちゃんみたいな怪力の持ち主なの?

 

「なぁ一夏、お前の姉ちゃんって何歳?」

 

「んーっと、確か17歳くらいだったと思う」

 

 随分年が離れてるんだな。

 高校生、か。確かに小学低学年からしたら、高校生なんてのは超がつく大人だもんな。大人が怒れば子供は怖がって当たり前だ、きっと篠ノ之もその感覚で大げさに言ってるんだろう。

 

「そうそう! 千冬姉の影響で俺も箒の道場に通うようになったんだ」

 

「ああ、剣術道場だっけか? 姉ちゃんは強いのか?」

 

「おう! この前も全国大会で優勝したんだぜ!? すげぇよ千冬姉は!」

 

 え、全国ナンバー1の剣術家なのでせうか?

 

「千冬さんな……この前もウチに来た道場破りの男をフルボッコにしてたよ、素手でな……」

 

 え、拳術家でもあるのでせうか?

 アカン……第6感がビンビンに反応しやがる。コイツの家に無策で行くのはあまりに危険だと、俺の経験が警報を鳴らしてくる…!

 

「あー、ちなみに一夏君や。君のお姉さんはどんな人なんだい?」

 

「えっと、んーと、そうだな……アレだ! 切れたナイフだな!」

 

「なんてことだ……」

 

 コイツの姉ちゃんは芸人だったのか……。

 いやそんな訳ねぇよ、多分触れれば切れるナイフのような雰囲気ってな感じを伝えたかったんだろうし、十分伝わったよ、うん。

 

「怒ったら怖い?」

 

「「 超怖い 」」

 

 あ、うん、2人してハモるレベルなんだな。

 

「まぁまぁ、確かに千冬姉も怒ったら怖いけど、別に怒らせなきゃいいだけだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 何より会ってもない人の事を悪く思うのは良くない。それこそ一夏にもコイツの姉ちゃんに対しても失礼極まりないってやつだ。

 

 変な【選択肢】だってさっき出たし、もう今日は出ないだろ、HAHAHA!

 

 

.

...

......

 

 

「ただいま、千冬姉!」

 

「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」

 

「お邪魔し……―――ッ!?」

 

 放課後までなりを潜めていたあの感覚がここでやってきた。わざわざ一夏の姉ちゃんと初対面したタイミングでやってきた。やめて、止まらないで、選択肢出てこないで。

 

 しかし現実は非情である。

 

 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 

 はい死んだ。

 この物語は早くも終了ですね。

 

 






原作開始まで辿り着けるのだろうか(不安)



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第3話 私を見透かした男

千冬さん勘違う、というお話。



「……ふむ、そろそろか」

 

 一夏たちはもう学校を出て、ウチに向かっている頃だろう。

 しかし何だな……アイツが友達を家に連れて来るとはな。

 

 アイツが小学校に上がる頃から両親は居なくなった。姉の弟贔屓と言われればそれまでだが、一夏は出来た男だ。まだ小学2年生なのに、現状2人で生きていく事の辛さを分かっているのだろう。

 

 小学生ならあって当然のワガママらしいワガママも言わず、あの歳で少しでも私の負担を減らそうと家事や洗濯まで進んでしようとする。普通の小学低学年なら友達と遊びたい盛りな筈なのに、それすら我慢して。

 

 そんなアイツが昨日、私に言ってきたんだ。

 

 

『千冬姉……あの、明日、友達家に呼んでもいい?』

 

 

 良いに決まっている。むしろ大歓迎だ。

 私もここの処、バイトやらIS学園の事やら剣術稽古などが重なり、碌にアイツの事を見れてやれていなかった。この機会に学校の話も聞いてやらんとな。

 

 それに一夏が家にまで連れてきたいと思う友達、か。

 

 アイツは普段幼い癖して、一丁前に私の心配ばかりしているからな。恥ずかしくてアイツには言わんが、それは私の台詞なんだ。親が消えてこれからも色々不自由な思いをさせてしまうだろう。だが、私だって一夏には幸せになってほしいんだ。

 

 その一つとして、良い友にも恵まれてほしいものだ。今日連れてくる奴がいい意味で一夏と竹馬の友になってくれると良いが……。

 

 

.

...

......

 

 

「ただいま、千冬姉!」

 

「ああ、おかえり一夏。お、友達を連れて来たのか?」

 

 わざわざ前日に私から確認を取っていた事を言う必要もあるまい。私は知らなかった風を装い、一夏の連れて来た少年へと挨拶する。

 

「……こんにちは、私は一夏の姉の千冬だ」

 

……っとと、イカンな、どうも……つい、いつもの癖でジロジロと見てしまった。自分でも時折嫌になる私の癖は、それがたとえ子供相手でも中々直ってはくれないらしい。

 

「ほら、旋焚玖! 学校で話した俺の姉ちゃんだ!」

 

 一夏に押される形で『せんたく』と呼ばれた少年が一歩前に出てくる。私とはっきり目が合った………が、何だその…見透かしたような…悲しげな眼は…?

 

 そして、私は初めて会った少年に、心をえぐられる事になる。

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

「……!?」

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を「よせ、一夏!」で、でも!」

 

「いいから、少し黙っていろ」

 

 胸ぐらを掴みかからんとする一夏を制止する。

 いや、私だってカチンと来たさ。相手が小学2年だからと言って、初対面で言っていい事と悪い事がある。普通ならゲンコツの一発でも喰らわすところだが、表面上に受け取る言葉ではないと、コイツの眼が雄弁に語っているから止めた。

 

「私が不細工だと?」

 

 別に私は自分の事を美人だ、などと思った事はない。いや、すまん、正直割と美人な部類に入ると思っているが……と、とにかく今はそんな事はどうでもいい。私が聞きたいのはそういう事じゃない。

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

「うぐっ……わ、分かったよ」

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 コイツ…!

 

「ど、どういう意味だよ旋焚玖?」

 

 一夏は何が何やら分からんといった感じだ。そりゃそうだ、コイツの言葉は、一夏にも気付かれていなかった私の本性を指しているのだから。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 敵……そうだ、私と一夏は親に捨てられた時から周りに敵しか居なくなった。家計を助けてやるなどと、甘い言葉で誑かそうとしてくる大人達、堕ちた私達の環境を嘲り笑ってくるクラスメイト……いつしか心から信頼出来る者など居なくなった。

 

 一夏を守るために強くなくては…!

 

 そう思えば思う程、私は周りの人間が全て敵に見えた。隙を見せれば奴らは下卑た眼で私を喰らおうとする。

 

 望んでもいない世間からの同情の目。一夏をしっかり育てていかねばならないという、見えないプレッシャー。慣れない家事に家計のやり繰り。学生でありながら、保護者としての対応。言い出してはキリのない敵の群れ。

 

 決して奴らに隙を見せるな。

 警戒心を怠るな。

 私は強い。剣術でもISでも私は誰よりも強いんだ。この力で一夏を敵から守るんだ。

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 言い返せなかった。

 少なからず自覚はあったんだ。一夏にすら時々恐れられていた事を。それ程までに私は周りを威嚇していたんだ。

 

 何も言い訳できない。いや、したところでコイツの眼で見据えられると何も隠せる気がしない……無為に取り繕っても嘘だと見透かされる気さえしてくる。

 

「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」

 

 相手が一夏と同い年である事など、この時には頭から完全に消えてしまっていた。そのかわりに、束すら気付いていない私の本当を、たった一瞬で見透かした男にぶつける。

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 込み上げてくる前に上を向いた。

 それでも涙が溢れ出す。

 

 信じろ。

 この男はそう言っているんだ。

 無為に敵を作るな、自分を信じてくれ。

 そう言っているんだ…!

 

「ち、千冬姉!? どうしたんだよ急に!?」

 

「き、気にするな、少し目にゴミが入っただけだから。それと……お前、名は?」

 

「主車旋焚玖です! いや、ホント! 俺、主車旋焚玖ッス!」

 

 旋焚玖、か。

 さっきまであれだけどっしり構えていたのに、急にソワソワしだしたが、まぁ気のせいだろう。

 

「一夏、いい友達を持ったな」

 

「あ、ああ! 旋焚玖も別に千冬姉の悪口を言った訳じゃないんだよな!?」

 

「当たり前だろ! 当たり前だろうが、あぁッ!?」

 

「な、何でそんな怒ってんの!?」

 

「うるせぇ! いいからゲームすんだろ!? あくしろよ!」

 

 ふふ、先程までとはまるで別人みたいだな。

 主車旋焚玖……面白い少年…いや、面白い男だ。

 

 一度、世界一の問題児に逢わせてみるのも良いかもな。

 

 




次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。


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第4話 見透かしてねぇよ、ねぇ


旋焚玖は全力で考える、というお話




 

 

【へぇ、お前の姉ちゃん弱そうだな!】

【へぇ、お前の姉ちゃんブサイクだな!】

 

 

 ふざけんなよ、マジで。

 なんだこのケンカ上等な選択肢は!? 相手初対面だぞ、オイ! いつもみたいな小学生相手じゃねぇんだぞ、マジで!

 

 学校でもトンデモ選択肢はこれまで何度もあった。旋焚玖がそれを今まで乗り越えてこられたのは、相手が小学生しかも低学年だったからだ。幼子を下に見るつもりは決してないが、アホな選択肢でも『勢い』と小学生じゃ分からない『難解な言葉』を駆使する事で、これまで凌いできたのだ。

 

 しかし、今回ばかりは違う。

 

……相手、高校生じゃん。その場のノリと勢いだけじゃ誤魔化せないじゃん。どうすんの、俺……どっち選んでも無礼なクソガキ確定じゃん。

 

 だがそれでも、どっちか選ばないとずっとこのままだ。時の止まった世界で、自分も動けないまま、意識だけが途切れず続く拷問世界に浸っていなければならない。

 

 前者を選ぶか、後者を選ぶか。

 剣術だか剣道だかの全国大会優勝者を弱いと蔑むか、どう見ても顔の偏差値トップ大学レベルな女性に不細工だと蔑むのか。

 

 結局、どっちも蔑むじゃないか……クソったれぇ(諦めの境地)

 

 

「へぇ……お前の姉ちゃん、不細工だな」

 

 

 悩んだ挙句、後者の選択肢を選んだ。理由などない。どれだけ考えても弁解出来るビジョンが浮かばなかったんだ。どっちを選んでも無礼者が確定するんだし、もうどうでもいいかなって……ああ、お姉さんが目を大きく見開いていらっしゃる。

 

 そりゃそうだ。

 連れてきた友達が開口一発目でブスときたら、唖然とするに決まっている。俺なんかもう、普通に泣きそう。一夏の姉ちゃんに対する罪悪感と、自分への理不尽な境遇で涙が出ちゃう。

 

「なッ!? お、お前! 千冬姉に何て事を―――」

 

 一夏が俺に掴みかかってくる。

 ああ、そりゃそうだ。自分の姉を悪く言われて怒らない弟なんていないよな。もう完全に詰みじゃね? 一夏との友情も終わったっぽくね? 

 

 しかし、意外にも俺は殴られなかった。

 一夏の姉ちゃんが止めたんだ。

 

「私が不細工だと?」

 

「……ッ!」

 

 言葉の淵に怒りは感じられない。

 かと言って、「何をバカな事を」と呆れられている感じもしない。

 

 彼女の言葉に含まれた感情を読み取れ、旋焚玖よ…!

 この世界に生まれてから今まで、ずっと人の眼、人の心を気にし続けてきたのは何の為だ…!

 

 

 この時の為だッ…!(無茶な選択肢から身を守る為)

 

 

 

「ああ、カッコ悪いなアンタ」

 

「お前ぇ!」

 

 やめて一夏くん! 

 拳を振り上げないで!

 

「黙ってろと言ったぞ、一夏!」

 

 よーしよしよしよし!

 ここまで言ったのに、また止めてくれた…って事は…つまり……?

 

「で、そこまで私を悪く言うには理由があるのだろう?」

 

 うッ……しゃぁッ!! オラァッ!!

 やっぱり何か勘違いしてくれてらっしゃる!! ここは乗るしかない、この流れに!

 

「その不細工な殺気が、だ」

 

「……!」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 驚いている、明らかに驚いてるぞ!

 

 殺気?

 んなモン感じられるワケねぇだろ!

 

 たまたま帰りの途中で、一夏から軽く家庭の事情を聞いていたのが功を奏した。聞いていて楽しい気分にはならない話だったが。

 

 一夏達は両親に捨てられたんだと。

 一夏が小学生に上がる前の事だったらしく、親の顔すら覚えてないから自分は悲しくはないと。ただ、そのせいで一夏の姉ちゃんが辛そうで、日常でもピリピリした雰囲気を纏う事が多くなったと。

 

「アンタの事情は知らん。だが、これまでさぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたんだろ?」

 

 そりゃそうだ。

 子供にはまだ難しい話だが、身寄りの無い学生が生きるとなると、苦労する事だらけだ。これまでこの姉ちゃんは、そんなモン達からずっと独りで一夏を守ってきたんだろう。

 

 全国大会で優勝したのも、もしかしたら周りの弊害から一夏を守る一心から付いてきた結果なのかもしれないな。あくまで勝手な俺の憶測だけど。

 

 よく考えてみれば、そんな人に【弱い】なんか禁句中の禁句じゃねぇか! え、選ばなくて良かったぁ……運も味方してるぜ、オイ!

 

 運も流れもきている、後は畳み掛けるだけだ!

 

「だがその相手は……アンタ自身が仕立てあげた敵だろう?」

 

「なんだと…?」

 

 うん、何だろ。

 自分でも何言ってるかよく分かんない。けど、それっぽい事は言えてると思う。達人は達人を知る…的な感じでいくのだ!

 

「アンタ自身の殺気が出会う者全てを敵にする。それに勝っても強いと言えんのか? 一夏が言ってたぞ? アンタは触れたら切れるナイフのように怖いって」

 

「……ッ、それ、は……」

 

 正確には『切れたナイフ』って言ってたけどな。それじゃ某芸人を思い出すから、この状況ではNGだ。……っとと、アホな事思ってる間に、どうやら佳境に入ったようだ。

 

 あとはこのまま流れに任せて「なら私はどうすれば…! どうすれば良いというのだ!?」へぁ?

 

 ちょっ……調子こいたぁぁぁッ!

 Yes or Noの疑問じゃねぇ、What的な疑問できやがったぁぁぁッ!

 

 やべぇよ、やべぇよ、どうすれば良いって聞かれてもどうすれば良いんだ!? えぇい、ちょっと俺が調子に乗ったらすーぐコレだ! 

 

 と、とにかく俺は既に無条件降伏している意を示すしかない!(錯乱)

 

 

「俺は一夏の友達だ。それは何があっても変わらない」

 

 

………ど、どうだ…?

 

 

「……ッ、あ、ああ、あぁぁ…!」

 

 

 この反応は……やったぜ。

 俺は成し遂げたんだ。

 

 俺の平穏は今日も守られたんだ。なんかやたらこの人から見られてる気がするけど……うん、気のせいだ、うん。一夏とゲームしてる時も、ぷち休憩してた時も、トイレを借りようとした時も視線を感じたけど気のせいに違いないんだ。 

 

 

.

...

......

 

 

「ふぅ……それじゃあ、そろそろ帰るわ」

 

「おっ、そうか?」

 

 ゲームをするなんて久々だったが、途中から自分の精神年齢も忘れるほど楽しんでしまったな。

 

「『無双OROCHI3』か……またやりたいな」

 

「ならまた来い。なぁ、一夏」

 

「えっ、あ、ハイ」

 

 う、後ろに居たのか……え、いや、なんか距離近くない? 後ろっていうか背後やんけ。いや言わないけどさ。言ったら確実に面倒な事になりそうだもん。

 

「おお、そりゃいいな! んじゃ今度はこの続きからしような!」

 

「おっ、そうだな」

 

 一夏の笑顔が眩しいぜ。

 でも、そんな一夏のスマイルが霞むほど、今の俺は変なプレッシャーを感じてるんだぜ。今はただ、早くおウチに帰りたいぜ。

 

「おい」

 

「な、なんでしょう…?」

 

「いや、私が通っている道場があるんだが……まぁ、一夏も最近通いだしてな」

 

 え、なに急に。

 話題振るの下手すぎだろこの姉ちゃん。いや、言わんけど。

 

「剣術をメインで教えてくれる道場でな……まぁ何だ。良かったらお前もどうだ? 武道は心身を成長させてくれるしな」

 

 ちょっと何言ってるか分かんない。葡萄にそんな効果ねぇよ、あったらみんな食ってるわ。

 

「おっ、そりゃいいな! 旋焚玖も来いよ!」

 

 行く訳ねぇだろバカ! 汗水垂らしてしんどい思いすんのは、前世でお腹いっぱいなんだよバカ! 分かったかバカ! バカアホ一夏!

 

「ふふ、お前も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろアホ! アホ女! 何を知った風な事言ってやがるケツの青い小娘が! お前さっき泣いてた事日記帳に書いてやるからな! なぁぁ~にが悲しくてビシバシ竹刀で叩かれにゃならんのかて! 俺はこの世界じゃ植物のように慎ましく平穏な……―――あ、ちょちょちょ、待ってくれ! 

 

 俺の意志とは無関係に景色がモノクロに変わりゆく。

 この状況でさらに【選択】の刻までくるのですか…?

 

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 ここで【強制イベント】かよぉぉぉッ!!

 

 

 ※【強制イベント】……それは言葉が違うだけで、内容は全く同じという、まるで選択する意味を成さないモノであり、稀によくある事だったりする。これを旋焚玖は【強制イベント】と呼び、忌み嫌っている。

 

 

「ありますねぇ!」

 

 

 旋焚玖の平穏はまだ遠い。

 

 





千冬姉からの好感度超上昇。


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第5話 私が見誤っていた男



箒さん勘違う、というお話。





 

 

「今日、アイツが来るのか」

 

 道場で一稽古を終えた私は、タオルで汗を拭いながら少し休憩に入る。

 

「主車旋焚玖……フン、私には関係ない」

 

 学校で何か騒がしい事が起こると、決まってその発端はコイツだ。クラスのムードメーカー的な存在だと言えば、確かに聞こえはいい。

 

 実際、主車はクラスの皆と分け隔てなく接しているし、一夏も主車の事を一緒に居て楽しい奴だと言って、最近はよく遊んでいるようだ。そのたびに私も一夏から誘われるのだが、ずっと断っている。

 

 私は主車があまり好きではない。

 

 普段は物静かで大人しいのに、急に訳の分からない事を言ってきたりするところが特に苦手だ。一夏の奴はそれが面白いと笑うが、私は揶揄われている気がして、正直笑えない。変な事を言ってきたと思ったら、学校では習っていない私達には難しい言葉も使いだしてくる。その行為がまるで主車から見下されているように感じてしまうんだ。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 だから、関係ない。

 コイツがここの道場へ来ようが、私には関係ない。私は入口で靴を脱ぐ一夏達を視界に入れないよう、稽古を再開するのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 主車が声を掛けてきた。

 無視する訳にもいかず、返事をする。ただ、どうしても気持ちが先行して、ぶっきらぼうな形で返してしまう。出来れば私に構わないでほしいのだが……。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 コイツは一夏と隅っこで、基本の型稽古を習ってたんじゃないのか? そんなに早く終わるような内容でもない筈だぞ。

 

 私はコイツに指導していた千冬さんを見てみる。

 

「……(コクッ)」

 

「む……」

 

 頷くって事は、どうやら千冬さんもOKを出したようだ。もしやコイツ、初心者じゃないのか……? 確かに普段の言動からして、只者ではない気はしていたが……そういう事ならやってやろうじゃないか。

 

「両者、構えッ!」

 

 千冬さんの号で私と主車が竹刀を構える。

……ふむ、構えは中々堂に入っているな。どちらにせよ、手を抜くつもりはない。本気でいかせてもらう…!

 

「始めッ!」

 

 小細工は好かん。

 真正面から最短最速でいくッ! 防げるものなら防いでみろッ!

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

「え?」

 

 当たった。

 素っ頓狂な声が出てしまうほど、それはそれは簡単に。

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 膝を突いて頭を摩っている、めちゃくちゃ高速で摩っている主車に一夏が駆け寄る。え、えぇ……あ、千冬さんが驚いた顔してる。え、ホントに大丈夫なのか?

 

「……もう1本だ」

 

 立ち上がった主車は静かにそう言った。

 むぅ……気でも抜いていたのか…?

 

 まぁいい。

 私のやる事は変わらん。

 コイツな何を思っていようが、全力でやってやる。

 

 再び千冬さんの号で私は地を蹴った。

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 膝を突いて脇腹を摩りまくっている主車に駆け寄る一夏。いや、ちょっと……えぇ~…? 千冬さんは……どうして無言なのだろうか……。

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 

.

...

......

 

 

「……小手ッ!!」

 

「いでぇッ!!」

 

 い、痛いって言ったぞコイツ。

 というかもう何回目だ? もういいんじゃないか…? 今まで全部一合で済んでたから、そんなに負担はないが、それでも流石に疲れてきたぞ……。

 

「……ふむ、もう十分だろ旋焚玖」

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 私も驚いた。

 あんなに何度も私に竹刀でヤラれたのに、何故ここまで笑顔で居られるんだ。一夏だって私と初めて手合わせした時は、目に見えて悔しがっていたのに。男の癖にプライドがないのか…!

 

「よし、では少し休憩して……そうだな、竹刀の素振りから始めようか」

 

 千冬が旋焚玖に素振り稽古の仕方を教える。

 前に進んで一振り、後ろに下がりながら一振り。この二振りを篠ノ之道場では1本として数えている。

 

「……という感じだ、分かったな?」

 

「千冬姉、俺も一緒にするんだよな?」

 

「ああ。だが旋焚玖はただでさえあれだけ試合をしたし、そもそも今日は初日なんだ。これを100本して今日は上がろう」

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 主車の言い方は、まるでその場から離れようとしていた私の耳へ、わざと届かせるような……挑発めいた物言いだった。

 

 これだから私はコイツの事が好きになれん。素人が1000本も出来る筈がないんだ。出来もしない嘘を平気で吐く奴は嫌いだ。

 

「ほう…!」

 

 いやだから……どうして千冬さんは、そんなに嬉しそうなんですか!? いつものしかめっ面は何処へやったんです!? 怖いから言わないけど!

 

「なら1000本してみせろ。一夏はどうする?」

 

「よ、よぉし…! 旋焚玖がするなら俺もやってやるぜ!」 

 

「言ったな一夏!? 絶対だからな! 最後まで一緒だからな!? なっ、なっ!」

 

「お、おう? 何か急に必死になったな」

 

「フッ……はしゃぎおって」 

 

「……ふん」

 

 私はとても嬉しそうに頷く千冬さんをスルーし、その場から離れる。

 

 どうせすぐに音を上げるに決まっている。その時こそコイツに言ってやる。剣術をナメるなって。遊び感覚でやるのなら、もう此処へ来るなって引導を渡してやる…!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 どうやら500を超えたところで一夏がギブアップしたらしい。私はアイツらから背を向けてずっと稽古をしていたので、見てはいなかった。だが、一夏が一本一本声に出しながら振っていたので何となくは把握できていた。

 

 主車の声は聞こえてこない。

 フン、やっぱりだ。どうせもう音を上げ……ッ!

 

「……!……!……!……!」

 

 隣りでゼヒゼヒ息をしている一夏には目もくれず、黙々と……いや、一心不乱に竹刀を振っている、だと…!? そんなバカな…! アイツは初心者じゃないのか!? 私だって初めての素振り稽古じゃ、あそこまで続かなかったのに…!

 

 自分の稽古を止めて、主車が行っている素振り稽古を見つめる。お世辞にもキレがあるとは言いにくいし、どちらかと言えば不格好な素振りだ。

 

「旋焚玖が気になるのか、篠ノ之」

 

「ッ……べ、別に…」

 

 それまで主車の様子を見ていた千冬さんが、不意に声を掛けてきた。

 

「フッ、まぁいい。アイツと手合わせして、お前はどう思った?」

 

「……弱すぎます。初めて手合わせした一夏の何倍も弱かったです」

 

「ククッ、手厳しいな」

 

 何がおかしいのか、千冬さんはクツクツ喉を鳴らして笑う。この人がこんな楽しそうに笑うなんて初めて見るんだけど、アイツのどこに千冬さんは気を許したんだろう。

 

「千冬さんは違うんですか?」

 

「いいや、同意見だ。実際、剣の才能は無さそうだ」

 

……才能、か。

 嫌いな言葉だ。

 

「で、いつまでお前はアイツを見てるつもりだ?」

 

「ふん、どうせもうすぐ音を上げるに決まってます。それまでは見てやりますよ」

 

「そうか」

 

 千冬さんと並んで、アイツの素振りを見続ける。

 500が600に、600が700に。アイツは無心で竹刀を振り続けている。

 

 そして……800本を迎えたところで異変が起きた。素振りを続けるアイツの表情に、苦悶の色が浮かび上がってきた。

 

「お、おい、旋焚玖…! お前ッ、手から血が出てるぞ!?」

 

「!?」

 

 手の皮が剥けたのか…!?

 いや、それだけじゃない、あの様子じゃマメを潰したな…!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 痛みを押し殺した顔で、それでも素振りをヤメようとしない主車に、一夏がヤメさせようと詰め寄る。そうだ、止めてやれ一夏! 私もそこまでする姿なんて求めていない!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 そんなバカな…!

 遊び感覚でするなとは確かに思ったけど、でもッ……ここまでする事じゃないだろう!?

 

 千冬さんはその場から動かない。

 ただ、静かに主車に問い掛けた。

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

「……!……!……!……!」

 

 千冬さんの問い掛けに、主車は頷かなかった。

 本気でコイツは1000本までやるつもりなんだ。

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 千冬さんと一夏の言葉を受け取り、アイツの表情にも俄然気合いが入ったように見えた。私は……。

 

 

.

...

......

 

 

「はぁッ…! はぁっ、はぁッ……!」

 

 素振り稽古を1000本終わらせた途端、ガクッと座り込んだ主車の元に一夏が駆け寄り、その後ろからゆっくりと千冬さんも歩み寄っていく。

 

「すげぇよ旋焚玖! ホントに1000本しちゃったぞ!?」

 

「大した根性を見せてくれる。そんなに手をボロボロにしてまでな」

 

「そ、そうだ! 誰か救急箱を「そこをどけ、一夏。私が手当する」へ……箒…?」

 

 身体が勝手に動いていた。

 主車への労わりの心があった訳じゃない。ただ、どうしてもコイツに聞きたい事があったんだ。

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

 そうだ。

 コイツは私や一夏の知らない事を、たくさん知ってる奴なんだ。普段、あれだけ難しい事をペラペラ話すコイツが、手がボロボロになる予想はつきませんでした、などとは言わせない…!

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

 千冬さんの言う通り、コイツには才能はないのかもしれない、とても不器用な男だ。だが自分の言った事を最後まで貫き通せる強さを持っている。才能なんて言葉が霞むくらい、心の強さを持つ男だったんだ。

 

「そんな事はない」

 

 謙遜か……私はこの男を見誤っていたんだな。

 

 主車旋焚玖……か。

 

 






次話はこの話の旋焚玖くん視点から始まります。



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第6話 見誤ってねぇよ、ねぇ

誰も分かってくれない、というお話。




 

 

「もうすぐ着くぜ」

 

「……ああ」

 

 気が重い。

 足が重い。

 何もかもが重い。

 

 

『ありますねぇ!』

 

 

 一夏の姉ちゃんから剣術道場へ誘われた時。あの時の一夏と一夏の姉ちゃんの嬉しそうな顔ったらさぁ……あんな顔されたら流石に撤回できないっす。もう完全に包囲網が完成された瞬間だった。完成させたのは俺なんだけど納得いかねぇよぅ……。

 

 まぁでも、いつまでも不貞腐れてる訳にもいかない。陰気は心にストレスを溜めるのだ。道場に通うのは既に決まってしまったんだ。ならもう受け入れて、楽しまないとやってらんねぇ!

 

「一夏はいつから通ってるんだ?」

 

「ホント最近だぜ? 千冬姉はもう何年も前からだけどな! 箒とも道場がきっかけで話すようになったんだ」

 

 篠ノ之か。

 個人的にあんまり顔を合わせたくないんだよなぁ。学校で毎朝【パンつくれ】って挨拶させられてるし。

 

「こんにちはー!」

 

「……こんにちは」

 

 あ、篠ノ之が居た。

 んで、目が合った。

 んで、露骨に嫌そうな顔された。いや、ホントごめん。俺だって毎朝セクハラチックな挨拶してくる奴が、実家の道場にまで来たらテンション下がるもん。ほんと、あのパンツな【選択肢】を恒例化するのヤメてくれませんかね。パンの起源やらパンの雑学で何とか凌いでるけど、そろそろパンネタも限界なんだって。

 

 篠ノ之には近づかないよう、隅っこの方で過ごしていよう。

 

 

.

...

......

 

 

「……そうだ、竹刀はこう……こうやって握ってだな」

 

「あ、ハイ」

 

 俺たちの指導を自ら買って出てくれた一夏の姉ちゃんに、今は竹刀の持ち方を教わっている。一夏の握りを見様見真似でしようとしたら、姉ちゃんに止められた。姉ちゃん曰く、基礎を疎かにするとケガの元なんだとか。

 

 そういう事で、わざわざ俺の指を1本1本握って導いてくれた。この肌寒い季節に、姉ちゃんの手のひらがじっとり汗ってるのはツッコまないでおこう。

 

「よし、基本の型も一通りは出来たな。では次は素振りを……―――」

 

 

……おぉう、姉ちゃんの言葉を遮ってまで【選択の刻】ですか。素振りって言ってたし、姉ちゃんは真っ当な提案だったと思うんだけど、何が気に入らないというのか。

 

 

【基本は分かったし、織斑千冬にケンカを売る】

【基本は分かったし、篠ノ之箒に手合わせを請う】

 

 

 俺が気に入らなかったのか(唖然)

 いやでも、こんなモン前者選ぶ奴いねぇだろ。【(仮)強制イベント】ってヤツっぽいな。

 

 当然、俺は後者を選ぶ。俺を嫌ってる篠ノ之には悪いが、軽く1回試合したら終わるだろうし、そこは我慢してもらってパパパッとやっちまおう。

 

「なぁ、篠ノ之」

 

「……なんだ」

 

 顔に気持ちが出てるなぁ。

 

「俺と1つ、手合わせをしないか?」

 

「なんだと?」

 

 というか、コレもしかして楽々イベントじゃね? 確かに剣道の経験は前世でもないけど、相手は小学2年生だろ?

 

……幼女じゃん。負ける要素ないじゃん。怖がる要素もないじゃん。

 

 いや、待てよ……勝ってしまったら篠ノ之が可哀想だし、手加減して負けてやるのが男の甲斐性ってヤツだな。そうかそうか、これは俺の器の大きさをアピールするためのイベントだったんだな…!

 

「両者、構えッ!」

 

 適当に捌いて、適当に負けよう。

 

「始めッ!」

 

 幼女の姿が消えたと思ったら

 

「……面ッ!!」

 

「へぶぅッ!!」

 

 雷に撃たれたかの衝撃が、脳天からつま先まで全身に響き渡った……そして、少し遅れてから。

 

 いだだだだだぁッ!?

 痛いッ、痛いぞ!? とてつもなく痛いッ! うわ、ようじょつよいとか言える余裕もねぇ痛さだぞオイ!?

 

「お、おいっ、旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 むりむり、絶対むり。

 幼女ナメてた。

 剣道ナメてた。

 竹刀ナメてた、竹刀でシバかれたらめちゃ痛い。

 

 なんだか心も身体も活を入れられた気分だ。武道は真剣に臨まないと、ケガする恐れがあるんだぞって。

 

 ッ……そうか…!

 それを俺に教える為に選択肢が出たんだな!? よし、分かったぜ! 俺も今からは真剣に稽古に打ち込むぜ! だから……―――。

 

 

【もう嫌だ、と織斑一夏に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 おいふざけんな。

 急に何だこの選択肢!? 俺にだってそれなりにプライドがあるわ! 

 

「……もう1本だ」

 

 泣きつくだァ? 

 そんなカッコ悪い真似しねぇよ!

 

 

「胴―――ッ!!」

 

「ぐへぁッ!!」

 

「旋焚玖!?」

 

 あ、やっぱりもういいわ。

 一夏に泣きついて抱き付こう。さっきからとっても心配してくれてるし。プライド? ないない、だって痛いもん。

 

 

【もう嫌だ、と織斑千冬に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 クソがぁぁぁッ! 一夏で来いよぉ!

 女子高生に抱き付ける訳ないだろ! 犯罪で捕まったらどうすんだ!!

 

「……もう1本だ」

 

「む……」

 

 バチコーン!!

 

 

【もう嫌だ、と篠ノ之箒に泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 やめろバカ! ロリコン容疑がプラスされるだろうが!

 

「……もう1本だ」

 

 

.

...

......

 

 

 もう十分だ、十分堪能したよ。

 一夏→姉ちゃん→篠ノ之ときて、もう1度一夏に戻ってくるかと思ったら【少し離れたところで稽古をしている人】ときたもんだ。結構居るんだよバカヤロウ…! 人気道場か! 無駄に繁栄させんなよぉ…!

 

 だが光明も見えた。

 俺の計算が正しかったら、さっきの選択肢で道場内の全員1周した筈…! もう次こそ一夏だろ、一夏に早く抱き付かせろよマジで。

 

 

【道場近くに建つ篠ノ之家に入り、篠ノ之箒の親族を見つけた上で泣きつく。むしろ抱き付く】

【クールに再戦を要求する】

 

 

 くそぉ……(諦めの境地)

 

「……もういっ「ふむ、もう十分だろ旋焚玖」…!」

 

 エンドレスループに打ちひしがれていた俺を救ってくれたのは、女神織斑千冬様だった。第三者の介入により選択肢が解除されるのを感じた。

 

「はいッ!! もう十分ですッ!!」

 

「うわビックリした!? めちゃくちゃ元気じゃねぇかお前!」

 

 当たり前だよなぁ?

 これ程嬉しい事はないぜ。流石は一夏の姉ちゃんだ、俺がもう少し若かったらデートに誘うところだったぜ(現8歳)

 

 なんにせよ、これで休憩できる。

 俺はぼんやり、姉ちゃんの説明を聞いていた。

 

「……―――これを100本して今日は上がろう」

 

 素振り100本か。

 さっきのに比べたらまだ……―――あぁ?

 

 

【1000本の間違いだろ、千冬さん】

【10000本の間違いだろ、千冬ちゃん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

「……1000本の間違いだろ、千冬さん」

 

 自分でも分かる。

 鼻声通り越して涙声になってるって、自分でも分かるんだ。

 

 俺の悲痛な想い……一夏の姉ちゃんに届け…!

 

「ほう…!」

 

 全然届いてねぇ!

 嬉しそうに頷いてんじゃねぇぞ、このショタコンが!

 

 

.

...

......

 

 

「だあぁぁぁッ! もうダメだっ、腕が痛ぇッ!」

 

 知ってた。

 一夏が先に離脱するのなんて分かってたさ。一緒にするって言ってくれた時は嬉しかったけど、同時に頭の中でアレが浮かんできたんだもん。

 

 

『マラソン大会、一緒に走ろうな!』

 

『うん!』

 

『うおぉぉぉッ!!』

 

『一緒に走るんじゃねぇのかよ!』

 

 

 こうなる事は薄々気付いていたさ。

 ここからは己との無慈悲な戦いしか待っていない事を……ッ、痛ぅ…!?

 

 ちょっとー!? 手がものっそ痛いんですけどー!? ぜってぇこれマメ潰れてるって! 腕の感覚? とっくにねぇよ! むしろいい感じで麻痺ってたのに、手の痛みで腕のだるさ加減まで戻ってきやがった…!

 

 おい、一夏! 

 友達が手から血出してるぞ! 早く助けてくれ!

 

「も、もういいだろ! 別にここでヤメたって誰も責めねぇよ!」

 

 それまで黙って見ていた一夏に動きあり。

 流石は一夏だ…! 

 熱い友情に感謝する…!

 

「止めるな一夏ッ!!」

 

「なっ!? 千冬姉!?」

 

「何を言ってるんですか、千冬さん!?」

 

 何を言ってるんですか、ショタコン!?

 

「私達に止めてほしいか? そうなら遠慮せず頷け」

 

 動かなーい!

 首が縦に動かなーい! あ、横には動く、全く意味がなーい!

 

「……そうか、なら私は最後まで見てやる」

 

 いや止めてくれよぉ!

 謎の信頼感やめろってマジでぇぇッ!!

 

「お、俺も見るぜ旋焚玖! いや、応援するぜ! ガンバレガンバレ旋焚玖!」

 

 ダメだこのアホ姉弟!

 し、篠ノ之! 常識を求めるお前ならきっと…!

 

「……………………」

 

 何だその期待に満ちた目は!? 

 あ、おい、何処行くの!?

 

 篠ノ之が道場から走って出て行っても、俺の素振りは止まる事はなかった。

 

 

.

...

......

 

 

 終わった……。

 俺はやったんだ……。

 1000本、やってやったぞこのヤロウ…!

 

 身体中痛い。

 腕が痛い。

 特にお手てが痛い。

 

 篠ノ之が消毒液の付いた脱脂綿でツンツンしてくる度に泣きそうになる。なるほどな、あの時道場を出て行ったのは、嫌いな俺のためにわざわざ救急箱を取りに行ってくれてたんだ。

 

 本当にコイツには申し訳ない気分になる。

 明日もいっぱいパンに纏わる豆知識を教えてやるからな。いや、小麦粉の話に派生させるのもありだな(パンツな選択は既に諦めている)

 

「どうしてこんな事をした? 竹刀も持った事のない奴がいきなり1000本も素振りをすれば、こうなるに決まっている…! お前なら分かっていた筈だぞ…!」

 

「俺は……自分が言った事は最後までしなきゃならないんだ……絶対に……」(悲壮感たっぷり)

 

「……そうか。お前は強いんだな」

 

「そんな事はない」

 

 いやホントに。

 全然そんな事ないから。

 ただただ選択肢が強すぎるの。ねぇ、分かる? 俺の意志なんて無関係なの。身体が勝手に動いちゃうの。ねぇ、分かって? だからそんなに持ち上げないでください、お願いします。

 

「だが、私は一夏や千冬さんのように甘くはないからな」

 

「……はぁ」

 

「まだまだ名前で呼ぶほど、気は許してないからな!」

 

 そう言って、篠ノ之は離れていく。

 後ろ足が弾んでるぞオイ、お前も俺を勘違うのか……また俺に変な期待を寄せる奴が増えちまったんだな……虚ろな瞳で篠ノ之の後ろ姿を眺めていると、ぬうっと知らん顔が横から入ってきた。

 

「強いな少年! 熱い心意気を見せてもらったぞ!」

 

 なんだこのおっさん!?

 

「「 柳韻さん!? 」」

 

「お、お父さん!」

 

 あ、篠ノ之のパパさんか。

 おっさんとか思ってすみませんでした。

 

「少年、名前はなんという?」

 

「……主車旋焚玖です」

 

 嫌な気配がする。

 この人からショタコンと同じ気配がする…!

 

「旋焚玖……うむ、良い名だ!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「率直に言おう。ワシの弟子にならんか?」

 

 ならぬ!

 

「なっ…! 柳韻さん、それは…!」

 

「何を言ってるんですか、お父さん!」

 

 え、そんなに焦る提案でもなくない? 俺はならないけど。篠ノ之も一夏も姉ちゃんも、この人の道場に通ってるんだから弟子って形に収まるんじゃないの? 俺はならないけど。

 

「いいか、よく聞けよ旋焚玖」

 

 一夏の姉ちゃんによる、とても分かりやすい説明が始まった。

 篠ノ之柳韻は剣術道場の当主であるが、本筋は剣術家ではなく柔術家である事。この道場に通っているのは皆、剣術の稽古をしている。故に、篠ノ之柳韻的には弟子は0人とも言えるモノらしい。

 

「0人って……誰も志願しなかったんですか?」

 

 俺も志願しないけど。

 

「いや、多くの者が志願した……が、皆途中でヤメていくんだ」

 

 なにそれ、不人気って事じゃん。

 人気でも俺は志願しないけど。

 

「……誰一人として、お父さんの過酷な稽古に付いていけなかったんだ」

 

 なにそれこわい。

 

「え、千冬姉も?」

 

「……まぁな」

 

 なにそれ超怖い。

 

「最近の若いモンは根性が足らん。その分、君は素晴らしい! どうだ、君も男なら少なからず興味はあるだろう?」

 

 ある訳ねぇだろハゲ!

 ショタコンとデジャブってんじゃねぇぞハゲ! フサフサな髪に脱毛剤振り掛けてやんぞハゲ!

 

 

【ありますねぇ!】

【ありますあります!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 主車旋焚玖、8歳。

 剣術ではなく篠ノ之流柔術を習う事を此処に決意ス。

 

 

.

...

......

 

 

 家に帰る頃には、もうすっかり日が落ちていた。

 俺も気分も落ちていた。

 

 篠ノ之柳韻の弟子になった事を両親に報告した時、2人が俺を自慢の息子だと喜んでくれた事だけが救いだった。

 

「……はぁ~…」

 

 そりゃあ、ため息も出るさ。

 

 この世界に生まれ落ちて8年。

 今までも大層無茶な選択肢はあったが、それでも肉体的に過酷なモノは無かった。それが最近はどうだ…? トントン拍子で俺の身体を責めてくるじゃねぇか。

 

 まるで俺を鍛えようとしているかのよう……に…?

 え、なに……そういう世界に俺は生まれたって事なの? 強くならないと生きていけない世界なの?

 

「……ハハッ、まさかな」

 

 ないない。

 平和が一番、ラブ&ピースってな。

 

 そもそも俺は、常に心の平穏を願って生きてる草食系なんだ。勝ち負けに拘ったり、頭を抱えるようなトラブルに巻き込まれるのを良しとする生き方なんて、まっぴらごめんだ。

 

 夜11時には床につき、必ず8時間は睡眠を取るようにしている。寝る前にあたたかいミルクを飲み、20分ほどのストレッチで身体をほぐしてから眠ると、ほとんど朝まで熟睡さ。

 

 そんな事言ってたら、もうこんな時間だ。

 ストレッチしてから眠……―――。

 

 

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

【寝る前に柳韻師匠から教わった事を反復しよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

【基本の型となる腕の捌き振りをしよう】

 

 

「…………………………」

 

 

【自分の部屋で静かに1000本しよう】

【両親の前で全裸になって100本しよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 旋焚玖の平穏はまだまだ遠い。

 

 




篠ノ之親子からの好感度急上昇。



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第7話 ウサ耳立てて聞き耳立てる

天災は聞いている、というお話。




 

 旋焚玖が篠ノ之道場に通いだして1年の月日が流れた。今日も今日とて柳韻さんから、修行という名の拷問を受けていたが、アイツはまるで涼しい顔で、むしろ機械のような表情を保ちつつ黙々と受けていた。

 

「……やはり私の眼に狂いはなかった」

 

 アイツは初見で私の心を全て見透かした男なんだ。武道が初心者というのは正直驚いたが、それでも……いや、それだからこそ私は旋焚玖という少年を尊敬している。

 

「どうしたね、千冬くん?」

 

「あっ、柳韻さん! 旋焚玖はもう帰りましたか?」

 

「ああ。元気良く走って帰っていったよ。この後の予定を聞いたら『今日の稽古の復習が待っています』だとさ。いやはや、さりげに言ってみせるところが彼らしい」

 

 それは、もうアイツの中で稽古が日常化している事に他ならない。普通の人間なら『練習』や『稽古』といえば気合いを入れるところだ。さぁ、今からやるぞ、と。頭と身体のスイッチを切り替えるものだ。

 

 だがそれは、『稽古』を無意識に非日常的なモノとして扱っているとも言える。わざわざスイッチを切り替えて、頭と身体に熱を滾らせないと出来ないモノだと言っているようなものだ。

 

 旋焚玖は違う。

 アイツはいちいち熱するような事はしない。スイッチを切り替えずとも身体が勝手に動くのだろう。それは武術と共生出来ている証拠だ。

 

「しかし、柳韻さんの修行に1年続きましたか、アイツめ……」

 

「千冬くんは半年で耐えられなかったのにな」

 

「うっ……わ、私はいいんです…! それで……実際のところ、柳韻さんから見て旋焚玖はどうですか?」

 

「……千冬くんとウチの長女がダイヤモンドなら、箒と一夏くんはエメラルドに値する才能を持っている。君たち4人と比較すれば、彼なんて道端にある石っころだな。それほど、技量面においては才能の欠片もない」

 

 旋焚玖には聞かせたくない辛辣な言葉だが、それに関しては私も同意見だと言わざるを得ない。

 

「実際、彼の習得スピードは凡才だ。千冬くんが1時間でマスター出来るモノでも、彼なら平気で3日は掛かってしまう……が」

 

 ニヤリと柳韻さんが口角を上げる。

 その後に続く言葉を、既に予測できた私も釣られて笑みを浮かべた。

 

「旋焚玖は止まらないのだ。どれだけ時間が掛かろうとも、必ず最後までやり遂げる。千冬くんも知っている事だろうが、武道の鍛錬は地味だ。柔術になると特にな。地味な割に内容は濃く、心身共かなり酷使される」

 

 にもかかわらず、旋焚玖は続けられる。嫌な顔一つせず、文句の一言もなく、淡々とこなしてしまう。これを強さと言わず何と言う?

 

「技量など後から幾らでも身に付く。ワシが惚れたのは彼の折れない心胆にこそある」

 

「同感です」

 

 フッ……練習好きのアイツの事だ。

 今頃、自宅へと向かいつつも、脳内では稽古の反復でもしているのだろうな。

 

 

 

【もしかしたら足下に埋蔵金が埋まっているかもしれないので、素手でアスファルトを掘ってみる】

【家まで逆立ち歩きで帰る】

 

 

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

「話は変わりますが、束は旋焚玖の事を知っているのでしょうか?」

 

 渋い顔をされた。この様子じゃ、もうずっと会話もしていないのだろう。

 篠ノ之家には箒の他にもう1人、長女と呼べる奴がいる。私と同い年で同じIS学園に通う幼馴染だ。自他共に認める天才だが、性格に問題がありすぎて天災と呼ばれてしまっている。

 

「……知らないだろう。あの子が道場へ顔を出さなくなって何年になるか……いや、その方が良いのかもしれん」

 

「そうですか? 旋焚玖と会えばアイツの人見知りな性格も、少しはマシになると思ったのですが」

 

「千冬くんはアレを人見知りと判断するのかね?」

 

 柳韻さんは苦笑いだ。

 私も人見知りと表現したが、アイツのアレはそんな範疇にもはや収まっていない。私の幼馴染は天才を自負しているからなのか、興味のないモノには恐ろしい程までに無関心を貫く。それがたとえ、血を分けた親子であっても。

 

「束と最後に話したのは……それすらもワシは覚えていないのだよ。箒や千冬くんから聞いている限り、楽しそうにやっているらしいが」

 

 寂しそうにフッと笑う。

 それほどまでに、2人の関係は冷えてしまっているのだ。

 

「……で、千冬くんは束に旋焚玖くんを会わせたいと?」

 

「ええ、まぁ」

 

「ワシは正直、賛成しかねるな」

 

「……理由を伺っても?」

 

「あの子は気に入った相手には一切の壁を無くす。この道場で言えば千冬くんと箒……あとは一夏くんくらいか」

 

 枠を世界に広げてもこの3人だけだろうが、と心の中で訂正しておく。

 

「柳韻さんは旋焚玖じゃ束の興味は引けないと?」

 

「さてなぁ……ワシは束じゃないんだ。正直、アレの考えている事は分からんのだよ」

 

 言葉を濁すという事は、柳韻さんも束が旋焚玖に対して、絶対に無関心を決め込むとは思っていないのだろう。

 

 それなら何故?

 

「いきなりだが、『好き』の反対は本当に『嫌い』で正解かね?」

 

「……聞いた事はあります。確か『無関心』でしたっけ?」

 

 『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』。

 何かの雑誌で読んだ記憶がある。

 

「よく知っておるな。なら『無関心』の反対はどうなる?」

 

 禅門答か…?

 柳韻さんが何を言いたいのか、伝わってこない。そもそも『好き』の反対が『無関心』であると表現するのなら『無関心』の反対も『好き』に収まって当然なのでは……?

 

「本当に『好き』だけか? 対象が人間ならどうなる? 『嫌い』な人間に関心を持たない保証は? もしも悪い印象を持って関心を持ってしまったら?」

 

「ッ……そういう事ですか…!」

 

 束が旋焚玖に興味を持ったとして、どうしてそこで良い意味に落ち着く? アイツは興味のない人間には冷酷なまでに無関心を貫く。言葉を替えれば、アイツからは何も相手に行動を起こさないという事だ。

 

 だが、悪い意味で興味を持ってしまったら? 旋焚玖に対して、もしも良くない感情を抱いてしまったら? 束は『嫌いな人間』には、一体どんな行動を起こすんだ……? 分からない……分からないからこそ、怖くなってきた。

 

「柳韻さん……私が浅慮でした。無理に束と旋焚玖を会わす事はヤメておきます」

 

「ふむ……旋焚玖と束が交わる運命であるなら、ワシらがお膳立てする必要はあるまい。1年も通っているのに、それでも出会っていないという事は、今はまだ2人は出会うべき時ではないのだろう」

 

 出会うべき時ではない…か。

 運命の存在など私は信じてはいないが、柳韻さんの言葉には重みがある。納得は出来ないが、理解は出来た。

 

 今はまだその時ではないのだな……。

 

 

(……ふーん、ちーちゃんがそこまで買ってる人間かぁ……へぇ…ほぉ~…?)

 

 

 話し込むあまり、千冬と柳韻は気付く事が出来なかった。

 渦中の人物が途中から聞いていた事を。

 

(洗濯?だっけ……会うだけ会ってみようかなぁ……でも、つまんなかったら…うーん…………あ、洗濯機に流しちゃおう♪)

 

 ウサ耳のカチューシャを揺らし、音もなく消えるのだった。

 

 




いい奴だったよなぁ、旋焚玖くんって。



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第8話 私を負かした男

束さん超勘違う、というお話。



 

 

「だあぁぁ…! と、とうちゃ~く…」

 

 逆立ち歩きでよたよた進んでいた俺は、やっと家に帰ってこれた。途中、商店街を通りに抜ける時、何人にも声を掛けられた。

 

「いよっ! 今日も頑張ってんなボウズ!」

 

「おぉ、あれが噂の逆立ち君か!」

 

「流石よねぇ、安定感があるわぁ」

 

 名物になってんじゃねぇよ!

 前から思ってたけど、この世界の奴らは異常光景に寛容すぎるだろ! どいつもこいつも適応能力Sか!

 

 やんややんやと商店街のおっちゃんおばちゃん連中から温かい声援を背に受け、旋焚玖は今宵も逞しく生きている。

 

「あれ……なんで灯りついてんの?」

 

 今夜は両親とも、親戚の家に行ってるとかで帰ってこないって聞いていたが……意外に早く用事が済んだのかな。

 

「ただいま~」

 

「あ、おかえり~」

 

 変なコスプレ女が家に居た。

 え、なにこの人? 父さんと母さんの知り合い? いやいや、ウチの両親はわりかしまともな部類に入っている筈だ。少なくとも、こんなイタイ格好してる女と交友関係はないだろ。

 

「勝手に上がらせてもらってるよ~」

 

 勝手に、とな?

 いや、まだ判断するには材料が少ない。もう少しコンタクトを取ってみてからでも遅くはないだろう。

 

 家に両親の気配がしないとなると、今この家には俺と目の前のコスプレイヤーしか居ないって事になる。まずは出来るだけ言葉を丁寧に伺おう。

 

「貴女様は父さんか母さんのお知り合い様でせうか? あと、どうやってこの家にお入りになられたのでせう?」

 

 キ○ガイだったら怖いからね。伊達に前世で社会人やってませんよ僕。キチ○イに対しては安易にタメ口を利いてはいけないのです。

 

「はぁ? 知り合いな訳ないじゃん。この家にはさっき鍵穴をパパパっとやってハイ終わりって感じで……―――」

 

 

【不法侵入ですよ不法侵入! 警察に通報してやるからなお前!】

【相手は泥棒だ。自ら正義の鉄槌を喰らわせてやる】

 

 

 おぉぉ……比較的まともな選択肢だぁ……。

 このバカ(選択肢)は基本、時と場合なんて考慮する気ないからな。

 

 前者が警察に電話する。

 後者がこの変態コスプレ泥棒女を俺が捕まえる。

 

 って感じか。常識的に考えて前者だろう。そっちの方が穏便に済みそうだし、この女も警察に電話するぞ!って言われたら、ビビッて逃げる可能性にも期待できる。

 

 だが、よく考えろ。安易に常識へ手を伸ばすのもいいが、俺の見た目でそれが通用するか? 小学3年生が『警察に通報しゅる~!』とか言っても、怖がられるとは思わねぇ。それに、警察沙汰を起こして両親に迷惑は掛けたくない。

 

 ここはこの女を軽くボコッて、正論カマして改心させた方が得策か。っていうか相手女だし楽勝じゃん。しかも今の俺ってば、めちゃくちゃ強くなってるし負ける要素皆無じゃん。

 

 ハッ……そ、そうか…!

 理不尽なまでにずっと俺を鍛えていたのは、こういう時を想定していたからだったんだな! 

 

 なら俺も存分に培ってきたモノを使ってやるぜ、と言いたいところだが、相手は女だしなぁ。イタイ服着た泥棒であっても、女に手を上げるのは些か抵抗がある。ここは軽く関節でもキメておくに留めよう。

 

 旋焚玖はけっこう慢心するタイプだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 世界は面白いモノと面白くないモノに二分化されている。面白いから興味対象になり、面白くないとその対象にはなりえない。私を嘱目させられないモノは、私が見ている世界に存在していないのも同じ。

 

 そんな事を昔ちーちゃんに言ったら呆れられたっけ。だけど、こればっかりはちーちゃんが相手でも譲る気はない。興味のないモノをわざわざ相手にするなんて、そんなの労力の無駄でしかない。束さんは無駄が嫌いなの、無駄だから嫌いなの、無駄無駄……。

 

 そんな私が好奇心をくすぐられた。

 ちーちゃんが熱く気に留めている人間が居たなんて初耳だった。そんなのいっくん以外にありえないと思ってたよ。

 

 私の中に眠る好奇の鬼を刺激したんだ。

 その洗濯?とやらには、ちゃんと責任取ってもらわないとね。

 

 それからの束の行動は早かった。

 アレをコレしてソレをナニして、旋焚玖との邂逅に至った今、束の出した結論は『無駄足』の一言に集約された。

 

 肉体はその年齢にしては確かにそれなりなモノとなっているが、だから何なの? 年齢を考慮されている時点で既に凡人の証拠だ。顔も並みときている。将来有望ないっくんとは程遠い。これも凡人の証拠にあたる。

 

 何より、コイツの前に立ってもビビビッてこない。

 ちーちゃんも、箒ちゃんも、いっくんにもあった。束さんをビビビッとさせる、あの何とも言えないワクワクさせてくれるような謎感覚が、コイツからはしない。

 

 はぁ……やっぱり無駄だったね。

 帰ろ帰ろ。洗濯機にコイツ流してか~えろっと。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

「は?」

 

 なんか呟いたと思ったら、なんかこっちに向かってきた。なんか手首を掴まれたから捻って外してやった。それでもまた掴もうとしてきたから、逆に掴み返してそのまま背中から投げてやった。

 

「おごっ!?」

 

 ざっこ。

 アイツに……えっと、誰だっけ? アレだよ、アレ。篠ノ之道場の当主に1年鍛えてもらってこんなモンなら、やってる意味なくない? いっくんや箒ちゃんだったら、もっと高みにいけてるよ?

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

「……………………」

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

「……………………」

 

 立ち上がったコイツは何も言わない。

 ただ、私の目を捉えて離さない。

 

 ふーん……何も言い返せない癖に目だけは睨んでみせて……それでまだ反抗してるつもりでいるんだ? なんてツマラナイ奴。こんな奴の為に貴重な時間を潰してしまった。

 

 なんだか……段々ムカムカしてきちゃった。

 こんなちっぽけな奴をどうしてちーちゃんは高く評価してるんだろう。いや違う、そもそもコイツがちーちゃんを勘違いさせた元凶なんだ。

 

 束さんに無駄足を踏ませた挙句、親友のちーちゃんまで誑かす極悪人め。束さんが成敗してやる! でも普通にヤッたら(物理で殴る)コイツなんてブチッと潰れちゃうし呆気なさすぎて面白くないなぁ……。

 

 そうだ、まずはメンタル面から潰そう♪

 束さんを睨んでいる小生意気な目が逸れたら『プププ、意志が弱いんでちゅね~』って嘲り嗤ってやろう♪

 

 そう考えたら楽しくなってきたかも!? 

 えへへ、にらめっこしましょ♪ 逸らすと死ぬよ♪ あっぷっぷー♥

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 熱く見つめ合う2人。

 無言で見つめ合い続ける2人。

 

 時計の針を刻む音だけが流れていた。

 時間は既に10時を超えている……って長いよ! もう3時間は経ってるよ!? なにこの子!? 何でずっと見てられるの!?

 

 そりゃあ互いに人間だもの。瞬きくらいはする。でもそれだけ。視線を束さんから絶対に外してこない。だから束さんだって外せない。外したら負けを認める事になっちゃうから。こんな凡人に負ける訳にはいかない。

 

 でも……。

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 コイツ…!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 勘違いも甚だしい。

 根性だけでは如何ともし難い世界がある。私だって別に精神力を全否定するつもりはないけど、それでも精神力や執念には限界がある。

 

 それをコイツに分からせてやる…!

 

 

.

...

......

 

 

 日付が変わった。

 私とコイツは、まだ視線を絡ませたままで居る。何も喋らず。一言も本当に何の会話も交わす事なく。

 

 初めて知った事がある。

 私は静寂な時が好きだと思っていたけど、誰かと相対してる状態で、どちらもずっと無言で居る時は苦手だったらしい。そもそも、そんな異常な状況なんて早々起こらない筈なんだけどね。

 

 まさかこの天才な束さんに、苦手なモノがあるなんて思いもしなかった。それを知れただけでも、収穫はあったと言える。コイツに会いに来た事が無駄足だったっていうのは否定してあげる。

 

 けど、それと今のこれは別だよ。

 もう私だって引くに引けない。正直、意地になっていると言ってもいい。私が先に折れたら、この凡人はこれからも勘違いしたまま……いや、もっと調子に乗るだろう。

 

 もしかしたら、ちーちゃんにも自慢するかもしれない。そうなれば、コイツへのちーちゃんの勘違いもより加速されてしまう。

 

 

『心の強さをまた証明してしまったな』(ドヤぁ)

 

『す、素敵だ…♥』

 

 

 ゆ、許さない!

 勘違いの連鎖…! 

 何としても私が此処で止めなきゃ…!

 

 でも、実際どうする?

 もう12時を回った。箒ちゃんと同じ小学3年生なら、この時間に起きてるのだってツラいんじゃないの?

 

 いや、待てよ?

 コイツは子供なんだ。もしかしたら、私が先に眠くなるのを期待してる…? 

 

 くふふ……くふふふ…!

 その期待には添えないなぁ!

 私は世界一多忙な篠ノ之博士だよ? 今までだって研究のために、数日を不眠不休で過ごした事なんていっぱいあるもんね!

 

 洗濯敗れたりッ!

 お前の狙いは見当外れだよ~! 

 

 そうと決まれば先に言葉で絶望させてやる。束さんを相手に、無駄な抵抗を思い知るがいいさ!

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

「………………?」

 

 ふん、白々しくポカンとしちゃってまぁ。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

 あはっ、あはは!

 青ざめてる!

 明らかに青ざめた顔になった!

 

 ほら、折れろ!

 矮小な根性なんか天才には無意味なんだよ!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

「(ブチッ)」

 

 こっ…コイツぅぅぅぅ~~~……!

 折れるどころか、挑発してきただってぇ…!

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

「…………………」

 

 ま、また黙りこくってぇ…!

 絶対負かしてやるんだから…!

 

 この時、束の頭にそれまで持っていた千冬云々の話が消去される。代わりに生まれたのは、目の前の少年を負かしてやりたいという純粋なる想い。誰よりも世界を冷めた目で見ている筈の束が、この時だけは誰よりも熱くなっていた。

 

 そしてもう一つ。

 束は知らなかった自分を知る事になる。

 

 

.

...

......

 

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

「…………………」

 

 落ちていた日が昇り、朝になった。

 コイツが平然としているのはもういい。

 

 どうして私がこんなにも消耗している…!

 ただ、無言で見つめ合っているだけじゃないか! どうしてこんなに体力が削られている…!? 納得できないよ!

 

 篠ノ之束は天才である。

 研究のためなら不眠不休など苦ではない。

 その言葉に偽りは無い。

 

 だが、彼女の言う研究とは詰まるところ趣味の域にある。人は好きな事をしている間は、どれだけ疲れていてもあまり気にならないモノだ。終わってからようやく、気付いてなかった疲れがどっと押し寄せる。だから休むのだ。

 

 旋焚玖と無言のまま対峙する。

 途中から束は、はっきりと自覚してしまった。この状況は苦手なモノだと。

 

 人は苦手だったり嫌いな事を行う時間は、長く感じてしまうモノだ。どうやら天才博士も、それに関しては例外といかなかったらしい。

 

 

 そんな筈ない…! 

 眠くなんてない…! 

 なのに眠い…! 

 しんどくない筈なのにしんどい…! 

 

 今、私は折れそうになっている。

 けどここで折れたら、私が我慢した時間が無駄になっちゃう! 絶対に折れてやるもんか! この私が徒労なんてあってなるものか!

 

 折れかけた心に活を入れ直している時、それは鳴った。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話…?

 誰から…?

 コイツは……そっちに見向きもしない。

 

 鳴り響くコール音から留守番電話サービスに繋がる。

 

 

「もしもし、旋焚玖? 母さんだけど~」

 

 コイツの母親か。

 そうだ…! コイツの親が帰ってきたらなし崩し的に勝負を無効に出来る! 早く帰ってこい! 小学3年生を家に1人で置いておくのはいけない事だと思う! もし犯罪にでも巻き込まれたらどうするの! 常識考えろよ常識!

 

「今日帰るって言ってたけど、父さんがどうしても観光したいって聞かないのよぉ。だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの」

 

 そんな……バカな………。

 

 母親からのメッセージはまだ続くが、頭に入ってこない。

 その時、私は見てしまったのだ。

 

 目の前の少年が薄く笑みを浮かべる瞬間を。

 

「フッ……あと35時間ってところだな」

 

「……ッ!?」

 

 コイツは言っている。

 私だけが35時間を生きられる存在だと思うなよって…! 私に出来る事は自分にも出来るって……コイツの眼がそう言っている…! 

 

 私に嘘のハッタリなんて効かない…! コイツは本気だ……小学生の癖に、小学生とは思えない程のスゴ味が……コイツからはやると言ったらやるスゴ味があるッ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 私が負けを認めると同時に目の前の少年は、両手を上げて涙を流してまで喜んだ。そこまで潔く喜ばれると、負けた私もそんなに悪い気はしないかも……ただ、なんだろうこの気持ち……よく分かんない感情が胸の中で渦を巻いている。

 

「ねぇ……」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「ちょ……え、ちょっと…!」

 

 ぽてりと倒れたコイツは、そのまま寝息を立て始めた。頬をツンツンしても揺さぶってみても、まるで起きる気配がない。それだけ、コイツも限界だったんだ。

 

「……心の強さ、か」

 

 そんな抽象的なモノにこの束さんが負けたなんてね。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 私はもう、この男を決して忘れる事は出来ないだろう。

 私に敗北の2文字を刻み付けた男なのだから。

 

 





再び旋焚玖くんの視点に戻ってから始まります。



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第9話 強い変態はタチが悪い


1人遊びは得意、というお話。




 

 

 

 さて、どうやってこのコスプレ女にキメてくれようか。

 正義の鉄槌を喰らわせてやるって言っても、やっぱり女性に手を上げるのは普通に抵抗がある。ここは予定通り、関節を取って地に伏せるのがベストか。

 

 あとは踏み込むタイミングだな。

 何かきっかけが欲しい。

 もっと言うと、このままこのコスプレ女には去ってほしい。っていうか、実は泥棒じゃなくてたまたま部屋を間違えて入ってしまったってオチであってほしい。

 

「ねぇ、洗濯機どこ?」

 

 やっぱり泥棒じゃないか!

 しかし……。

 

「あんな大きい物を盗みに来たのか……」

 

 家電製品目当てなら、わざわざウチじゃなくていいじゃないか! きょうび何処の家庭にも洗濯機くらい置いてあるわ!

 

 だがこれで見逃せなくなった。どうやって持ち運ぼうと思ってるのかは知らんが、洗濯機が無くなるのは普通に困る。近くにコインランドリー無いし。

 

 ってな訳で、ちょいと痛い目にあってもらうぜお嬢ちゃん!(結構ノリノリ)

 

 手首をガッとね!

 あ、普通に外された、こんちくしょう。もっかいだ! あ、なんか逆に掴まれた……瞬間、身体がフワッと宙に浮いた。

 

「おごっ!?」

 

 痛いッ!?

 え、何で背中から落とされてんの?

 咄嗟に受け身を取れた自分を褒めたい!って違うわ! え、なになに、何が起こったの? 何で俺が投げられてんの? え、投げられたの? 俺が? このコスプレ女に?

 

 いやいやいや!

 ちょっと待って。

 

 俺、強いんじゃないの?

 え、うそ、強くなってなかったの?

 

 

【自分の弱さを素直に認める】

【他の可能性を探る】

 

 

 弱くねぇよ!

 めちゃくちゃ鍛えられたわ!

 

 他の可能性……こ、コイツが実はめちゃくちゃ強いとか? そうだよ、絶対そうだ。だってコイツ変な格好してるもん、普通の神経してねぇよ、強いに決まってるよ(自己防衛)

 

 あ、何かゴミでも見る眼で見てきてらっしゃる。

 

「そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?」

 

 ひ、ひでぇ……初対面の子供に向かって、なんて暴言を吐くんだ……。子供だったら普通に泣いてるぞ、今の状況トラウマってレベルじゃねぇんだぞオイ?

 

 帰ってきたら変なコスプレヤーが泥棒よろしく居て、その上暴力ですか! 物理だけじゃ飽き足らず、言葉の暴力まで愉しむのですか!?

 

「は? なに、その目? 文句があるなら言ってみなよ」

 

 ありまくるわアホ!

 アンタいい歳コイてそんな格好恥ずかしくないんですかい!? ウサ耳カチューシャとか痛いんだよ! なんだそのエプロン、不思議の国のアリスってるつもりかよ、あぁん!? そういうのが許されるのは小学生までだよねー!

 

 

【……以上をはっきり言葉にして伝える】

【伝えて逆上されたら困るので、目で訴えて分かってもらう】

 

 

 何だこの選択肢!?

 そんなモンお前、当然………(冷静に思考中)……うん、下だよね。言葉の暴力はいけない事だと思うし、伝えちゃったら物理的暴力が返ってきそうだもんね。この変態女強いからね、強い人は怒らせちゃいけないからね。

 

 

.

...

......

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 ちょっと待って。ちょっと待ってよ、ねぇ? もうあれから何時間経ってると思ってんの? 何で俺たちずっと見つめ合ってんの?

 

 

 な・ん・で! 

 なぁぁぁんでお前まで無言で付き合ってんの、バカじゃないの!? 暇を持て余した変態かお前! 俺に構う暇あったら洗濯機見てこいよ! しっかり吟味してこいよ! 奥の扉開けて右手にあるわ!

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 あのねあのね、お前が何らかのアクション起こしてくれないと、俺もずっとこのままなの! ねぇ、分かる!? 分かってくれよぉ!

 

「ねぇ、お腹すいたんだけど?」

 

「…………………」

 

 違う! でも惜しい! 惜しいよ変態! お腹すいたなら、動けって! 台所にカップヌードルあるから! 俺に遠慮せず食べていいからさぁ!

 

「……ああ、そう…! とことんやりたいって訳なんだ? いいよ、本気で後悔させてやるんだから…!」

 

 ダメだこの変態!

 とことんって何!? 後悔なんざとっくにしてるわ! 何で耐久ゲームみたいになってんの、意味分かんないんだけどマジで!

 

 でも、ホントどうしよう。

 分かってもらう処か、盛大に勘違いされてんだけど。正直すっげぇ、暇なんだけど。

 

……もういいや、脳内しりとりでもして遊んでよ。

 

 

.

...

......

 

 

 ルノワール……ルーブル……ルナール……ルシフェル……えっと、他に『る』から始まり『る』で終わるヤツは……。

 

「私がお前より眠くなるとでも思ってる?」

 

 ルミノールだ!

 

「………………?」

 

 あ、やべ……この変態、何か言ったっぽい?

 途中から妙にしりとりが楽しくなってきちゃって、聞き逃しちゃった。もっかい言ってくれるかな。

 

「私はね、1日を35時間生きる女なんだよ……どう? 絶望した?」

 

「…………………」

 

 絶望した。

 聞くんじゃなかった。

 この変態……1日が24時間って事も知らないのか……マジでやべぇな、伊達に変な格好してねぇよ。

 

 

【思いきりバカにしてやる】

【やんわりと訂正する】

 

 

 きた!

 久々の選択肢きた、これで呪縛から解放されるぜ、ひゃっほい! ここは上だろ! バカにする事で変態を怒らせて、そんでもって行動を起こさせるという巧妙な……ハッ…! ちょっと待て…!

 

 怒らせる、だと…?

 この変態を?

 

 コイツ、すげぇ変態だけど強いんだぜ…? 安易に怒らせていいのか? もしかしたら、今度は背中から叩き落とされるだけじゃ済まないかも…?

 

 か、回避!

 出来るだけ刺激せず、穏便に訂正を心掛けるべし!

 

「……1日は24時間ですよ?」

 

 怒らないで?

 怒らないでよ?

 僕が言ったんじゃないよ? 

 選択肢が言えって言ったんだよ?

 

「ふ、ふーん? 随分余裕あるじゃん? やっとまともに口開いた言葉がそれだもんねぇ?」

 

 手は……出してこない?……よ、よし! 

 やった、俺は回避したんだ!(同時に呪縛も継続確定だが、本人は気付いていない模様)

 

 それが分かれば続きだ!

 今度は『ん』から始まるしりとりシリーズをしよう! まずは『ンジャメナ』からスタートだ、負けないぞ~!

 

 

.

...

......

 

 

……♪……♪……♪……。

 

「……くっ……はぁ…はぁ…!」

 

……♪……♪……♪……。

 

「はぁっ……はぁ……くぅ…!」

 

 あぁぁぁ~~~ッ、もう!

 さっきからハァハァうるさいよ! こっちは気分良くメドレーソングってんだよ、お前のせいで歌詞が飛んじゃっただろ! ホント役に立たねぇ変態だな!

 

……んんん?

 なんかコイツ、疲れてるっぽくね?

 変態の癖に案外だらしねぇなぁ。

 

 

 プルルルル…プルルルルル……。

 

 

 電話か。

 そういや母さん達、いつ帰ってくんだろ。

 

「……だからごめんね! 帰るのは明日の夜になりそうなの!」

 

 明日の夜かぁ…………………明日の夜!?(目から背けていた現実を直視)

 ちょっと待てオイ! 

 待て待て待てオイ! 今何時だ!? あぁっ、この変態から目を背けらんねぇから時計が見れねぇ!

 

 母さんが電話してくるって事は、今が明け方って事はないよな? 早くても7時か8時くらい……え、明日の夜まで帰ってこないの? ホントに? それまでずっとこの変態と一緒なの?

 

 しりとり辺りから上手く現実逃避出来ていた旋焚玖。母のお告げで現実世界に無事帰還。

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 もう嫌だぁぁぁぁ~~~~~ッ!! 何が悲しくて縛りしりとりしなきゃいけないんだよぉ! 何がメドレーソングじゃい! そんなに今時の歌知ってないわ! オッサンなめんな!

 

 頼むよ変態!

 もういいだろ、分かってくれよぉ!

 

「……~~~~ッ、あ~~~~ッ!! もうッ! 分かったよぉ! 私の負けだよ! これでいい!?」

 

 え、マジで!?

 あっ、身体が動く!? 

 

「……ッ、いぃぃぃやったぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ナイスなタイミングだぜ変態! 以心伝心じゃん! 

 もう変態なんて言わな……あぁ…?

 

 なんか身体が重い。

 背中にナニか乗ってんじゃないかってくらい、重い。ついでに瞼も重い。俺の意思とは無関係に身体が勝手に横たわる。

 

 あぁ、なるほど。

 俺が動けるようになったから、一気に来るのね、疲労が。今までは自重してくれてたのね、ありがとう……え、ありがとうなのか…? あぁ、思考が上手く纏まらない……まだ目の前に泥棒が居るのに……。

 

「主車旋焚玖……お前の事、確かに覚えたから」

 

 いやお前は結局なんなんだ……。

 そうツッこむ事も出来ず、俺は眠りにつくのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「……洗濯機、あるじゃん」

 

 あの1件から数時間後、意識が戻った俺は部屋の中の状況を確かめ歩いていた。特に変わった様子もないし、俺のパンツも洗濯機の中に入ったままだ。小3の癖にトランクスとか背伸びしてんじゃねぇよ、とか思われなかっただろうか。

 

 他にも別に盗られた形跡は無し……ホントに何だったんだろう、あの女。アイツの最後の捨て台詞……まるで俺を知っているようだった。

 

「……分からん!」

 

 知らん知らん!

 深く考えんのはヤメておこう!

 もう、どうせ2度会う事もないだろうし。

 

「はぁ……飯食べてシャワー浴びよ」

 

 今日は学校が休みだ。

 家でゴロゴロしていても、どうせ選択肢に無理やり鍛えさせられるのは目に見えている。シャワー浴びたら道場へ行こう。

 

 正直、割とショックだった。

 曲がりなりにも自分はこの1年間、本気で鍛えたつもりだった。そりゃあ強制的にではあるが、自分なりに一生懸命こなしてきたつもりだった。

 

「それがあのザマだもんなぁ……」

 

 変態女に軽くいなされてしまった。

 普通にショックだった。

 

 

『そんな弱さで鍛えてるつもり? そういうのってさぁ、無駄な努力っていうんだよ?』(ドヤぁ)

 

 

 思い出したら、くっそ腹立ってきた…!

 俺は変態に負けた挙句、変態に嗤われたんだ……。

 

「あの変態め……今度会ったらフルボッコにしてやる…!」

 

 

.

...

......

 

 

「「 あっ 」」

 

 

 事後当日に会っちゃった。

 道場行ったら会っちゃった。

 

 え、何でコイツがここに居んの!? アレか、ストーカーか!? 俺のストーカーが趣味なんか!?

 

「やぁやぁ、また会ったねぇ」

 

 う、うわ、こっちに来た! 

 変態が近づいてきた!

 千冬さん助けて!って居ない!? 一夏も居ないってか、誰も居ねぇ! せめて篠ノ之は居てくれよ! 居てくれたら背中の後ろに隠れられたのに!

 

「ウフフフ……自己紹介、まだだったよね~? 私は篠ノ之束さん! 以後……ヨロシクねぇ? ウフッ、ウフフフ…」

 

 なにその笑い方、怖いよ!

 

「し、篠ノ之さんのお姉様でしたか……」

 

 あんな厳格な篠ノ之の姉がコレとかウッソだろオイ! 自分の姉が泥棒が趣味とか悲しすぎるだろ! 後でアイツにお菓子奢って……―――。

 

 

【さっそくリベンジチャンスだ! ボコボコにしてやるぜ!】

【暴力はいけない。過去は水に流して、ユーモア溢れる小粋な挨拶から入る】

 

 

 ユーモア溢れる?

 小粋な挨拶?

 

 まるで見当付かないんだけど?

 

 だからと言って、上はまだ早いだろ。負けたばっかの相手に、即立ち向かうのは勇気とは言わん、ただの無謀だ。うむうむ、決して怖いからとかではないぞ!

 

 ここはひとまず平和的に、友好的にいこうじゃないか。

 篠ノ之の姉ちゃんって事は、これからも付き合いがあるだろうしね! しゃーなしよ、しゃーなし。

 

「お義姉さん……」

 

「え?」

 

 え?

 

「妹さんを僕にくださいッ!」

 

 はぁ~?

 な~に言ってんの俺。

 

 小粋かどうかは知らんが、まぁ掴みとしてはまずまずのネタではあるかな。姉ちゃんも本気に取る筈ないし、軽く笑って次に……―――。

 

「は?」(迫真)

 

「…………Oh」

 

 笑えない空気が、そこにはあった。

 

 






次話、箒ちゃんの転校まで飛びます。



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第10話 旋焚玖、フラれたってよ


箒ルート消滅(?)というお話。




 

 

 

 俺は自分の強さを今一度見直すために、道場へやって来たんだ。自分の強さを見直すために来たんだ。

 

「世の中には言っていい事と悪い事があるんだよ。そんな事も今まで習わなかったのかよ? おい、聞いてんのかよ?」

 

「アッ、ハイ、キイテマス」

 

 何で人生見つめ直させられてんの?

 なんで俺、正座させられてんの? 

 座禅じゃないよ、正座だよ?

 

「根性だけの凡人が、意地汚いんだよ下賤な盗人が」

 

 下賎な泥棒はお前じゃい!

 堪らえる俺の前に立つ、篠ノ之の姉ちゃんからの口撃はまだ続く。

 

「だいたい図々しいんだよお前。ちょっとは身の程を知れよ。いきなり売り物のショートケーキのイチゴに手を出すような事言ってんなよ」

 

 そんなの分かんねぇだろ!

 ずっとショーウィンドウに張り付いてたら、黒人のおっちゃんが来て、買ってくれるかもしれねぇだろ! 前世でそういうCM観たことあるぞ!

 

「お前のその矮小な電池の電力で、箒ちゃんの1億Wの電球輝かせられんのかよ」

 

 じ、自転車操業(意味違い)で何とか…。

 

「可愛い可愛い箒ちゃんを迎えに行けるISは何だ? 言ってみろよ! 天使すぎる箒ちゃんに似合うISは何だ? 言ってみろよッ!」

 

 あ、あいえす…?

 ああ、なんか凄い乗り物だっけ。

 そう考えたら凄いよな、前世じゃあ創作の世界にしか存在しなかったモンだ。女にしか乗れないらしいが、それでも超未来モンに変わりはない。

 

 そういやアレを作ったのって誰だっけ?

 何かテレビでちらっと聞いた覚えはあるんだが……ま、いいか関係ないし。 

 

 篠ノ之に似合うISは……あぁ、ISがよく分からんからイメージ出来ん。でも篠ノ之に似合いそうな色なら、なんとなく思い浮かぶな。

 

「赤だな」

 

「は? 赤?」

 

「篠ノ之には赤色が映えると思う」

 

 何となくだけどね。

 フェラーリ・レッドをブイブイ乗り回す篠ノ之……うむ、アリだな。

 

「赤……赤かぁ……ふむぅ…」

 

 お……ふむふむ言ってるし、正解だったんじゃね?

 ほら見ろ! 別に独力で正解出来るタマなんだよ、俺は!

 

 選択肢?

 要らない子ですねぇ。

 

「箒ちゃんと赤……いや紅…? って、そんな事今はいいんだよ! 束さんが言いたいのは、お前の言葉に責任持てるのかって事!」

 

 

【持てますねぇ】

【持てますねぇ】

 

 

 お、おい…?

 なんか言い方が緩くない? 

 これじゃ煽ってる風に聞こえないか?

 

「(ブチッ)ああ、そんな感じなんだ? 少し言い方が足りなかったみたいだから、もう一度言うよ? お前がさっき言った事(妹さんを云々)に責任持てるの? ねぇ、命懸けられるの?」

 

 や、やべぇ!

 コイツ、眼がマジだ!  

 今からでも遅くはない、全力で冗談だったと否定するぞ! 土下座だ土下座! 謝り倒したら命だけはお助けくださるだろう!

 

 

【懸けられますねぇ(煽り)】

【懸けられます…!(ガチ)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 言い方で意味合いが全然変わってくるぅ!!

 

「懸けられます…!」

 

「…………あっそ」

 

 それだけ言うと、篠ノ之の姉ちゃんは出て行った。

 どうやら俺は助かったらしい。

 

「……ふぅ、稽古するか…」

 

 旋焚玖は気付いていなかった。

 2人の会話をたまたま外で聞いていた少女の存在を。

 

(……しゅ、主車が私の事を…? 姉さんに直訴するくらい、私の事を…!?)

 

 とんでもない現場を見てしまった箒は、どんな顔をして旋焚玖と会えば良いのか分からず、その日は稽古を休み1日中部屋に引きこもるのだった。

 

 そして、次の日の朝。

 

「あっ、篠ノ之」

 

「……ッ!」

 

 ん?

 何かいつもと違うか…?

 

 

【おはよう、今日のパンツ何色?】

【おはよう、今日のパンツくれ】

 

 

 コイツは変わらんな。

 

「おはよう、今日のパンツくれ」

 

 今朝も恒例の挨拶をする。篠ノ之と出会ってもう1年以上経つが、この挨拶だけは毎朝欠かした事がないんだ。

 

 今日はアンパンマンの豆知識を教えてやろう。最近は小麦粉に含まれる栄養価だとか、小難しい話ばっかだったからな。これならいつも横で聞いてる一夏も退屈しないで済むだろうし。

 

 だが、その日はいつもと違った。

 顔を赤くさせた篠ノ之が竹刀を取り出す。え、取り出すの!? ちょっ、なんで振りかぶってんの!?

 

「ッ、だ、誰がやるかぁッ!!」

 

「ぬぇいッ!?」

 

 脳天に直撃するよりも早く、俺の両手が反射的にそれを防いだ。

 

「おぉ!? 真剣白刃取りじゃん! すげぇよ、旋焚玖!」

 

 お、おぉぉぉ……確かにすげぇよ、俺。

 アレコレ考える前に、シュババッと身体が動いてくれた。やっぱ俺って強くなってんじゃん! ひゃっほい! 

 

「っていうか、何すんのさ篠ノ之」

 

「そうだぞ、箒。いつもの事だろ?」

 

「そ、それはそうだが…! どうしてか、無性に恥ずかしくなったのだ!」

 

 ううむ、篠ノ之も思春期を迎えたのかなぁ。

 まぁよくよく考えたら、今までの方が異常だったか? 女子に毎朝パンツをねだる男子が居るらしい……こう聞くと普通にアウト案件だもんな、うん。

 

「今まではスルーしていたが、お前も普通に雑学を言えばいいだろう!? 何故いちいち私のぱ、ぱ、ぱ…!」

 

「何言い淀んでんだ? パンツだろ、へぶぅ!?」

 

 あ、一夏が篠ノ之にシバかれた。

 ははは、バカだなぁ一夏。女子にパンツなんて、気軽に言っていいワードじゃないんだぞう?

 

「そ、そうだ、それだ! そのやり取りをヤメろと私は言ってるんだ!」

 

「すまない篠ノ之……それは無理だ」

 

「何故だ!? 私は間違った事を言ってるか!? 言ってないだろう!?」

 

 うん、言ってないね。

 俺も言わなくて済むなら言わないよ。むしろ言いたくないよ、その為に俺は毎晩、篠ノ之に教える雑学を調べてるんだぜ? 結構だるいんだよ、あの作業。

 

「それでも俺は止められない。止められないんだ、篠ノ之……」

 

「クッ……お、お前まさか、実は……本当は欲しがってるとかじゃないだろうな…?」

 

 

【ここは無言を貫く】

【そ、そそそ、そんな訳ないじゃん! 篠ノ之のぱ、ぱぱぱっ、パンツなんか興味ないよ!】

 

 

 盛大にどもってんじゃねぇぞコラァッ!! 誰が選ぶかアホ! 欲しがってんのがバレバレじゃねぇか! 小娘のパンツなんか貰っても嬉しくねぇよ!

 

「……………………」

 

「な、何故黙っている…?」

 

(そんなに私のパンツを欲しているのか…? こ、コイツは私の事が好きなんだ、ならパンツを欲しがっても不思議ではない、のか…? 分からんッ、コイツの考えている事はまるで分からんッ!)

 

「もうパンツの話はいいだろ箒。それより旋焚玖! 今日も面白い話を聞かせてくれよ!」

 

 女の子のパンツに一切興味がないらしい一夏からの、ナイスすぎる助太刀が入った。解ける……解けるぞぉ…! 呪縛が解けるぞぉ!

 

「むぁぁぁかせろいッ!」

 

「うわビックリした!? 急に元気になるよな、お前って」

 

 何やら言い足りなさそうだった篠ノ之も、俺のアンパンマン講義に途中から笑みを零すようになった。良かった、機嫌が直ってくれて。

 

 それからも何だかんだで俺、一夏、篠ノ之の3人で居る事が多くなった。俺の望んでいた平穏には程遠い騒がしい毎日だが、楽しくないといえば嘘になる。

 

 これからも俺たち3人は、騒がしく共に過ごしていくのだろう……と思っていた。篠ノ之の転校が決まるまでは。

 

 

.

...

......

 

 

「わざわざ見送りなんていいのに……」

 

「そんな訳にいくか、なぁ旋焚玖」

 

「ああ」

 

 俺と一夏は駅のホームまで来ている。

 遠くへ引っ越してしまう篠ノ之を見送る為だ。

 

 本当に急だった。

 あんまり詳しくは聞いてないが、篠ノ之の姉ちゃんがある日突然、蒸発しちまったんだとか。その影響で篠ノ之も此処から引っ越す事になったらしい。

 

 千冬さん曰く、これからの篠ノ之は政府の重要人物保護プログラムにより、各地を転々とさせられるとかなんとか。っていうか、篠ノ之の姉ちゃんがISを作った張本人だったんだな……ただの変態キ○ガイじゃなかったのか……。

 

「……少しだけ、主車と2人で話がしたい。いいか、一夏?」

 

「ん? おう、いいぜ! ついでにジュース買ってきてやるよ!」

 

 一夏が走っていき、俺たちは2人になった。

 よく見ると、正面に立つ篠ノ之の頬がやや赤い。

 

「しゅ、主車……」

 

「お、おう…?」

 

 え、なにこのシチュエーション。

 照れた表情を浮かべる女子と2人きり。こんなんアレじゃん、絶対告白されるヤツじゃん。やべぇよやべぇよ、女の子から告白されるなんて、前世と合わせて何年振りだ?(実は初めて)

 

 問題はどうやって断るかだな。

 え、なに? 断るに決まってんじゃん。篠ノ之の年齢考えろよ、まだ小4だぞ? 受けたらロリコン容疑で捕まるわ。まぁでも、コイツはきっと将来美人になるだろう。

 

 む……そう考えたら惜しい気もする。ここはアレだな、篠ノ之に嫌われるような断り方は絶対NGだな。別に犯罪年齢じゃなくなった時の為に、とかじゃないよ。女の子を傷付けるのはいけない事だからね、うん。

 

「私は……わ、私は…」

 

 おぉう、俺までドキドキしてきた。

 ダメだ、にやけるな、カッコイイ表情を保つのだ!

 

「私はッ……お、お前の気持ちには応えられない…」

 

「ありが……………へぁ…?」

 

 今、なんかおかしくなかった?

 

「お前が私を好いてくれているのは嬉しい……だが、私には…す、好きな人がいるんだ…」

 

「…………………」

 

 え、何で俺がフラれてるみたいになってんの?

 っていうか、何で俺がコイツを好きな感じになってんの?

 

「私の為に命を懸けられる……そうお前が言ってくれた時は、本当に嬉しかった。私なんかの為にそこまで言ってくれるなんて……」

 

 き、聞いていたのか、アレを……。

 あ、でもなんか色々納得出来たわ、だからあれ以来パンツな挨拶で怒るようになったんだな。

 

「そ、そうか……まぁアレだ、気にすんなよ篠ノ之、俺も気にしないからさ」

 

 ごめん、結構テンション下がってる。俺が告白してフラれるならまだしも、なんだこれ? いや、別にいいんだけどさ? 何でフラれた俺がフォローしてんの? いや、そもそも何で俺がフラれてる感じになってんの?

 

「う、うむ……本当にすまない…」

 

 なんていうか、俺の方こそすまない。

 真面目な篠ノ之の事だ、きっとアレやコレや頭を悩ませてしまったに違いない。そう考えたらこの子は誠実ないい子なんだよな。

 

「あー、もう! この話はヤメだヤメ! あ~っと……篠ノ之はこれからも剣道続けんのか?」

 

「あ、ああ! これからも続けるつもりだ」

 

「そうかい。お前すっげぇ強いから、きっと全国大会にも出られるよ。その時は一夏と応援に行ってやるぜ」

 

「う、うむ!」

 

 気まずい空気は任せろ。

 こういう時の処世は心得ている。とにかくベラベラしゃべってりゃいいんだ。そうすりゃ……ほら、一夏も帰ってきたじゃん。

 

「「「 またな 」」」

 

 こうして篠ノ之は転校していった。

 それは同時に、柳韻師匠からの教えも途絶える事を意味していた。篠ノ之が居なくなって以来、俺を鍛えようとする【選択肢】も出てこなくなった。

 

 そんな環境に甘んじて、俺もとうとう自主的に稽古する事をヤメた。

 

 

.

...

......

 

 

「旋焚玖~! あなたに荷物が届いてるわよ~!」

 

「今取りに行くよ」

 

 今までなら休日は篠ノ之道場で汗を流していた。

 今の俺はそんな生活を強いられていない。篠ノ之家が居なくなっても引き続き道場は使える事になっている。だが俺にその気はない、休日はゴロゴロして過ごすだけ。

 

 別に変わったんじゃない、以前の俺に戻っただけだ。

 

 一夏とは相変わらず仲良く遊んではいるが、千冬さんとは中々会わなくなった。高校を卒業してからは、どうやら忙しい日々を過ごしているらしい。

 

 だが、そっちの方が俺にはありがたかった。千冬さんは決して何も言わなかったが、稽古をしなくなった俺を、時折寂しそうな目で見ていたのだから。

 

「重ッ!?」

 

 玄関に置いてあるダンボールを運ぼうとしたが、その重さに驚いてしまう。一体、何を、誰が俺に……。名前欄に記されていたのは篠ノ之柳韻……俺の師匠からの贈り物だった。

 

「これは……本? いやに分厚いな…それに何冊入ってんだ…?」

 

 タウンページなんて目じゃない、六法全書レベルな分厚さの本が、ぎっしり詰まっていた。

 

「……『篠ノ之流柔術』」

 

 もしかして皆伝書…ってヤツなのか?

 だけど、師匠には悪いが今の俺はもう……む?

 

 1冊目に便箋が貼ってあるのに気付いた。

 どうやら手紙のようだが……封を開け、中を見てみる。

 

 

『日々を無駄に過ごすな』

 

 

 短く、そう書いてあった。

 日々を無駄に……まるで今の俺を、どこからか見ているかのような言葉だった。だが、俺はそんな師匠や千冬さん達に期待される人間じゃない。

 

 師匠には悪いが、俺はもうのんびり過ごしたいんだ。すまんね、過酷とか苛烈とか、そういう暑苦しいのは求めてないのよ。

 

 この届いた荷物は全部物置にしまって……―――あぁ?

 

 

【読む事はないので手でビリビリに破って、足で踏んづけまくって、燃やしてしまう。その炎でイモを焼いて美味しくいただく】

【読むならマジだ。本気で取り組んでやる、逃げたりしない、俺はやってやる…!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 良心を責める選択肢はズルいぞ、反則だぞ!? くっそ、いつまでも俺が真人間だと思うなよ!? 俺だって、俺だって……ホントに嫌なモンは嫌だってよぉ……NOが言える日本人なんだからな!?

 

 

 

 その日の夜、街の商店街が俄かに湧いた。

 もう見る事が無くなって随分経つ、あの光景が再び帰ってきたのだ。

 

 

「……むっ…く……ぬぅ……」

 

 

 逆立ち歩きで進む、少年の姿が。

 

 





打ち切りエンドっぽい締め方ですが、まだ続きます。
次話から鈴ちゃんも参戦予定です。


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第11話 あたしを悩ませた男


鈴さん勘違う、というお話。



 

 

「おはよう、鈴!」

 

「おはよう、一夏!」

 

 あたしの頬が自然と緩む。

 

「おはよう、鈴」

 

「おはよう、変態」

 

 あたしの拳が自然と漲る。

 

「……お前はいつになったら俺の名前を呼んでくれるんだ」

 

「アンタがアホな事言わなくなったら「あ、パンツくれよ」それをヤメろって言ってんのよッ!!」

 

 前もって準備していた拳を放つも、簡単に捌かれてしまう。

 

「フッ……惜しかったな、鈴」

 

「ぐぬぬ…!」

 

 中国からこの小学校に転校してきたあたしに、最初に声を掛けてきた奴。日本で出来た初めての友達。何やらしたり顔で雑学を披露している物知りな奴。中国人のあたしを思っての事か、最近はもっぱら三国志の話をする気遣いの出来る奴。

 

……その気遣いを、どうして挨拶でも出来ないのかホント分かんない奴。その名は主車旋焚玖……にくめない、あたしの変な友達だ。

 

 

.

...

......

 

 

 転校なんて初めてなあたしは、柄にもなく緊張していた。

 ましてや、同じ中国ではなく外国だなんて、正直当初のあたしからしたらアウェー感ありまくりの場所だった。

 

教室に入って担任から紹介された時も、ドキドキしっぱなしだったと思う。空いているカドの席へ座るように言われたあたしは、周りの目に少しビクビクしながら座ったんだ。

 

 隣りの席は男子。出来れば女子の方が気楽だったのにな……と思っていたあたしに、ソイツは話しかけてきた。

 

 

『ようこーそ、にぽーんへ。かーんげいするーぜ、凰』(中国語)

 

 

 それは中国語だった。

 まさか日本の学校で日本語ではなく、中国語で話しかけられるとは夢にも思わなかったあたしは、目をパチクリさせてソイツを見た。

 

 なんかドヤ顔していた。

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 違う男子の言葉を受け、ますますドヤ顔になっていた。

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 見るからにしょんぼり顔になって俯かれてしまった。っていうか、しまったのはあたしの方だ。せっかく気を利かせて声を掛けてくれたのに、しかもわざわざ中国語で話しかけてくれたのに……あ、謝らないと…!

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

「気にするな」

 

 謝るあたしを手で制してくる。

 なによ、普通にいい奴じゃないの。こんないい奴に無遠慮な事言っちゃうなんて、ホントあたしってバカ…!

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 聞き間違いかしら?

 聞き間違いよねぇ、ないない、幻聴よ幻聴。

 

「えっと……じゃあ、あたしはアンタの事はせん「パンツくれ!」早口で言っても聞こえてんのよッ!!」

 

「ほぐぅッ!!」

 

 あたしの拳がコイツの頬にめり込んだ。

 あ……またやっちゃった。けど、あたし悪くないわよね? ね?

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 もう一人の男子が心配そうに駆け寄る。

 あたしもあたしで、拳を引っ込めるタイミングを見失ってしまった。

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」

 

「はぁ?」

 

 めり込ませたまま、なんか言ってる。

 しかも今度はパンツじゃなくてパンちゅって言ったわよね? なにこの変態、どれだけパンツ好きなのよ、引くわー。

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え?

 この変態が何言ってたか分かったの?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 ようやく拳を引っ込めるタイミングが出来た。

 

「……そうだよ」

 

「なんか間があったんだけど?」

 

「気のせいだ」

 

「ふーん……」

 

 確かに緊張が解れたのは間違いなかった。

 これがあたしと旋焚玖との出会い。

 

 

.

...

......

 

 

 あれから早くも数ヶ月が経ち、旋焚玖を含めてクラスの皆とも仲良くなれた。特にその中でも一番気が合ったのは一夏だった。一夏と一緒に居る時が一番楽しい。そう思っていたあたしの中で、1つの転機が訪れた。

 

 それはある日の事。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 ちっ……嫌な奴らに会っちゃった。

 昼休みも終わり、掃除をしていると他のクラスの男子達があたしに声を掛けてきた。と言っても、友好的なノリじゃない。別にイジメとまではいかないけど、普通にからかってくるのだ。

 

 鬱陶しい事この上ない。

 外国人ってだけで、まるで物珍しいモノを見る目でコイツらは接してくる。中国人だからって語尾にアルアル付けないわよ、ほんと腹立つわ…!

 

 コイツらも滅多には絡んでこないんだけど、今日は違う。一夏が体調不良で学校を休んでいるんだ。

 

 前に一度、今みたいな場面にたまたま一夏が遭遇して、その時にコイツらに向かって大立ち回りしてからは、なりを潜めていたんだけど……今日は一夏が居ない……コイツらからしたら、あたしをからかう絶好のチャンスって訳だ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

 うっっっっ…ざいわねぇ!

 でも我慢よ。

 変に反応したら、それだけコイツらは面白がって騒ぐんだ…!

 

 鈴は自制して反応しない。

 だが、その強気とも取れる少女の姿が、少年たちをますます付け上がらせるモノでもあった。1人の少年が鈴の髪を掴もうと手を伸ばす。

 

「……ッ、ちょっ、や、やめてよ!」

 

「いやだよ~ん!」

 

 もう少しであたしの髪が掴まれてしまう。

 その時だった。

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 現れたのは、いつも飄々とクラスでもおちゃらけて、何かとあたしにセクハラしてくる騒がしい変態……旋焚玖だった。でも、それよりも驚いたのは、あたしをからかっていた3人の反応だった。

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

「えぇ?」

 

 な、なにコイツらのこの驚きよう……ううん、なんか…ビビッてる…?

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 いや気にするでしょ!?

 なに真顔で捏造発言してくれてんのよ!?

 

「……で、お前らまだ懲りてなかったのか?」

 

 ちょっ、無視すんじゃないわ……ッ…な、なに、この……旋焚玖から感じるプレッシャーは…!

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

 威勢のよかった3人の腰が目に見えて引けている。あたしは何が何やらで、この状況を見守るしかなかった。

 

 そんなアイツらへ、旋焚玖が一歩前に出る。

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! 間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」

 

「ひぃぃッ……ふぎゃッ!」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 3人がモタモタしている間に、更に一歩、旋焚玖は歩を進める。そして、悲しそうな表情を浮かべて……拳を振るった。

 

 自分の顔に。

 

「えぇぇぇッ!? な、何してんのよアンタぁ!? 何で自分を叩いて……ッ、ちょっ、凄い血が出てるじゃない!」

 

「「「 ひぃぃ、またあんなに血が出てるぅ…」」」

 

 また!?

 またって何よ!?

 前にもこんな事があったの!?

 

 旋焚玖はあたし達の言葉に意を介さず、ダラダラ血を垂れ流しながら、口をモゴモゴさせ……何かを3人にも見えるようにペッと吐き出した。

 

 地面に吐き出されたソレは…?

 

「「「 ヒッ!! 」」」

 

「……これで2本目の奥歯だ、あァ…? すげぇ痛ェんだぞ……ホントのホントに痛いんだぞ、なァ……なァッ!!」

 

「「「 ひぃぃぃぃッ!! 」」」

 

 旋焚玖の一喝を受け、今度こそ3人は逃げるのだった。

 あたしは頭がこんがらがって、身動きが取れずにいた。

 

「…………………いたい」

 

「……ハッ…! ちょっ、アンタ、大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ」

 

「嘘よ! 痛いって言ってたじゃん!」

 

「言ってない」

 

「言ったわよ! ほら、涙目になってるじゃない!」

 

「涙目のルカ」

 

「こんな時にまで意味不明な事言ってんじゃないわよ!」

 

 その後はもう、てんわやんわだった。

 大急ぎで保健室にコイツを連れて行き、保健の先生に「またお前やったのか!?」とめちゃくちゃ怒られる旋焚玖。ああ、2本目とか言ってたもんね……。

 

 治療が終わった後、あたしはコイツに聞いてみた。どうしてあんな事をしたのか。

 

「一夏が言ってたわよ? アンタ、実はめちゃくちゃ強いんでしょ?」

 

「ん、まぁな」

 

「なら、どうして? どうして自分の顔なんて殴ったのよ?」

 

「……知らん」

 

「はぁ?」

 

「俺にも分からん! 以上ッ!」

 

「い、以上ってアンタ……」

 

 分かんない訳ないでしょ!

 自分でした行動なんだし、絶対コイツには理由があるに違いないわ…! 理由……コイツがわざわざ自分を傷つけてみせた理由……も、もしかして…!

 

「もしかして……あたしにこれ以上、アイツらの矛先を向けさせない、ため……?」

 

 お、驚いた顔してる……あたしが正解にたどり着かないと思ってたのね…!

 

「バカにしないでよ? あたしだってそれくらい分かるわ! そうなんでしょ!?」

 

「……そうだよ」

 

「なんか間があったんだけど?」

 

「気のせいだ」

 

「ふーん……」

 

 何か前にもこんなやり取りしたような……気のせいかしら。それともう1つ、気になっている事がある……それはコイツが言った事。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 こ、これってどういう意味…?

 そういう意味って事、なの…?

 

 コイツ、あたしの事が好きだったの…? 

 そんな素振り今まで全然……ハッ……! 素振り、あった…! コイツ、毎日毎日あたしにパンツくれって言ってくるじゃない! それってやっぱりあたしが好きだからなの!? そう考えるとしっくりきちゃうじゃない!

 

「おう、鈴、さっさと教室戻ろうぜ」

 

「え、ええ」

 

 聞くタイミング、逃しちゃった。

 あたしはどうしたら良いんだろう……あたしは……。

 

 

 あたしはこの日から、コイツの事をちゃんと旋焚玖って呼ぶようになった。

 

 

.

...

......

 

 

 旋焚玖があの言葉について触れる事はとうとうなかった。あたしもあたしで、自分から聞いたら負けたような気がして聞かなかった。

 

 旋焚玖とあたしと一夏。

 何だかんだ、あたし達は3人でよく居たと思う。それは中学に上がっても同じだった。新しい友達がそこに増えただけ。

 

 旋焚玖がバカやって、一夏がフォローして、あたしも皆も笑って。ずっとそんな日々がこれからも続くと思っていたけど……2年生の終わりに、あたしは中国へ帰る事になった。

 

「……旋焚玖、話があるの」

 

 中国に帰る前、あたしは旋焚玖を呼び出した。

 

 





これは告白ですね、間違いない。(ネタバレ)


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第12話 旋焚玖、またフラれたってよ

失恋はホロ苦い、というお話。




 

「……平和だ」

 

 5年生になった。

 当然だが、箒が転校しても時間は進む。友であるアイツが居なくなって寂しくないと言えば嘘になる。だが、その代わりといっちゃなんだが平穏が訪れた。

 

 パンツな挨拶をしなくて済むようになったのだ。

 これは俺にとって、地味にありがたい事だった。

 

「今日は皆さん、新しいお友達を紹介しまーす!」

 

 担任から見知らぬ少女が招かれる。

 ふむ……転校生か。

 

 何でも親の仕事の関係で、中国から日本にやって来たらしい。異国への転校は中々にキツいだろうに……そうだな、話す機会があれば優しく迎えてやろう。と思っていたら、俺の隣りの席をご指名ときた。早くもその機が訪れたか。

 

……うむ、やはり少しビクついている。不安な気持ちは分かるぜ…………あれ、いつものパターンじゃ、そろそろ【選択肢】が出る頃なんだが……ふむ、たまには自分で考えろっていう事か。

 

 まぁ、普通に歓迎の意を示してやるのが無難だろ。問題は相手が日本人じゃないってところだな。日本語が通じなきゃ意味が無い。

 

 フッ……だが俺に死角はない。なにせ前世の大学の語学で中国語を選択していたからな。しかも俺の発音は素晴らしいと、先生から太鼓判を押される程の語学スキラーさ。

 

 そうと決まれば早速。

 

「ペラペラペーラ、ペペラペラ」(『ようこそ日本へ。歓迎するぜ、凰』の意)

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、中国語も話せるのかよ!?」

 

「……フッ…」

 

 また一夏から羨望の眼差しを受けちまったぜ。普段はだいたい勝手に勘違された挙句、これまた勝手に評価が爆上がりするからな。今みたいに正当な評価をされたら俺だって普通に嬉しいぜ。 

 

「発音めちゃくちゃよ? あと、普通にあたし日本語話せるから」

 

「そ、そうか…………そうか…」

 

 別に気にしてねぇし。

 大学で習ってたって言っても、もう10年以上前の事だし。それなのに単語をちゃんと覚えていたって点を評価したいね、俺は。

 

「ご、ごめんなさい、あたし…!」

 

 おっと、いかんいかん! 

 転校生に気を遣わせるのは駄目だ、俺も慌てて手で制す。

 

「あ、あの、あたしの事は鈴でいいから!」

 

「分かった鈴。俺の名前は主車旋焚玖。好きに呼んでくれ」

 

 凰鈴音……鈴か。

 転校初日で色々気疲れもあるだろうに、それでも元気に振る舞える強い子だ。何となくコイツとは仲良くなれそうな気がする。篠ノ之とタイプは違うのに、ダブッて見えるのも仲良くなれそうだからだろう。

 

 

【ああ、あとパンツ何色?】

【ああ、あとパンツくれ】

 

 

 そこまでダブらせろとは言ってない。

 

「ええ! せんた「ああ、あとパンツくれ」……は?」

 

 そりゃあ、そんな顔にもなるわ。

 脈絡なさ過ぎて意味不明だもんよ。だが、それがいい。脈絡がないからいい。きっと鈴も聞き間違いだと思ってくれる可能性がある…!

 

 

【幻聴だと思われるのは癪なので、今一度ゆっくり言い直す】

【あえて早口で言ってみる】

 

 

 何で癪に思うんだよ!?

 聞かれたがりかお前!

 

 俺の口よ、今こそ超スピードだッ!

 廻転しろッ!!

 

「ほぐぅッ!!」

 

 早口で言っても、しっかり聞き取られてました。しかもパンチが飛んできました。暴力に訴えるところまで篠ノ之とダブってなくていいから。

 

「お、おい旋焚玖!? 大丈夫か!?」

 

 

【強がる】

【心配してくれている一夏に泣きつく、むしろ抱き付く】

 

 

 誰が抱き付くかアホ!

 強がる事が男の勲章よ!

 

「……こにょかぎりゃれた条件下で放ったパンちゅ(あ、噛んじゃった)……こうまで体重をにょせるとはにゃかにゃか…」(この限られた条件下で放ったパンチ……こうまで体重を乗せるとは中々…と言いたかった)

 

「はぁ?」

 

 いや、こっちが「はぁ?」なんだけど。

 いつまで俺のほっぺに拳メリ込ませてんの? 地味に痛いのが継続してんだけど。しゃべりにくいったらありゃしないんだけど。お前のせいで噛んだんだけど。

 

 限られた条件下で放たれたパンツとかまるで意味不明なんだけど。なにそれ、限定品ですか? ちょっと背伸びパンツなんですか?

 

「そ、そうか…! 分かったぜ、旋焚玖!」

 

 え、どんなパンツか分かったのか!?

 

「まだ緊張の解けていない転校生を怒らせた上で、敢えて殴らせる事によってリラックスさせるのが目的だったんだな!?」

 

「え、そうなの?」

 

 え、そうなの?

 いや、そうだな……それが一番無難っぽいな。いやはや流石は一夏だ、今日もフォローが冴えてるぜ。鈴も拳を引っ込めてくれたし。

 

「そうだよ」

 

 便乗する俺を見た鈴は少し訝しげだったが、とりあえずは納得してくれた。良かった良かった……いや良くはない、俺知ってるもん。どうせこれから毎朝、コイツにパンツな挨拶させられるに決まってるし。

 

 あぁ……夜な夜な雑学を仕込む作業がまたやってくるのか……ちくせぅ。

 

 これが俺と鈴との出会いだった。

 

 

.

...

......

 

 

 鈴がこの学校へ転校してきてから、もう随分と経つ。クラスの皆とも打ち解けられたようで何よりだ。俺だけいまだに名前で呼んでもらってないけど。変態呼ばわりされるのに慣れてしまった自分が嫌だ。

 

「……ん?」

 

 あれは……鈴…?

 それにアイツらは……。

 

 今は昼休み後の掃除の時間だ。あらかた掃除も終えて、不要なゴミ袋を片しに校庭を歩いていると、嫌なモンが目に入っちまった。

 

「おーい、リンリーン、リンリーン!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないアルヨ、今日は織斑は休みアルヨ」

 

 鈴が他のクラスの男子3人におちょくられていた。この時点でデジャブである。右頬の痛みと共に、嫌な記憶が蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

「おーい、男女~!」

 

「今日はナイト様は居ないのかぁ? ヒヒヒッ!」

 

「いないいない、今日は織斑休みだってよ」

 

 ん……?

 あれは篠ノ之と……なんだアイツら、違うクラスの奴か…? 

 

 校庭の花壇に水をやってたら、変なところに遭遇しちまった。どう見ても仲良さげな雰囲気じゃない。

 

 ふむ……どうやら篠ノ之がアホな男子共にからかわれているみたいだな。いつもなら、こういう時どこからともなく一夏が颯爽と現れるんだが、あいにく今日はアイツが休みときている。

 

 なら、今日に限ってはその役目を俺が務めさせてもらおうか…! こんな状況の篠ノ之には悪いが、実は結構テンションが上がってしまっている。篠ノ之流柔術を習ってはいるものの、その成果を俺はまだ味わえていないんだ。

 

 師匠に修行と称してボコられ、千冬さんに手解きと称してボコられ、キ〇ガイの方の篠ノ之に気まぐれでボコられ……いつもボコられてばかりの俺。たまには俺もボコる方に回りたい。

 

 そう考えたら、いい場面じゃないか。

 篠ノ之がちょっかい出されてるっていう口実もある。しかも相手は男3人ときている。故に俺の良心も傷まない、ひゃっほい!

 

 ぐふふ、どれだけ俺が強くなれたか……実験台になってもらうぜ、モブ共…!

 

 喧嘩漫画よろしくなノリで、拳をポキポキ鳴らしながら近づいていく。

 

「しゅ、主車……!?」

 

 俺が来るとは思わなかったのだろう。

 驚く篠ノ之を庇うように前に出た。当然、モブ共は憤る。

 

「なんだお前」

 

「新しいナイト様でちゅか~?」

 

「邪魔するならお前もやっちゃうよ? やっちゃうよ~?」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 モブの名に恥じぬ言動…! そんな素晴らしいかませっぷりを披露されちまったら、俺も俄然その気になってくるぜ…! 

 

 サンキュー、モッブ。

 お前たちはきっと、最初からかませ犬である事を強いられているんだ!

 

 

【手加減不要。両手両足バキ折って二度と歯向かえなくしてやる】

【弱者への不当な暴力は控えるべき。ここは威嚇して萎縮させるに留める】

 

 

 強いられているのは俺だった(再確認)

 殴らせろとは言ったが、そこまでは求めてねぇよ、ねぇ。極端すぎて引くわマジで。俺も引かれるわ、っていうかそんなんしたら大事になっちまうわ。

 

 たが、下の選択肢は割と好き。

 いかにも、こう……強者って感じじゃん? 別に俺も絶対に今すぐ殴りたいって訳じゃないし、拳を上げる機会だって生きてりゃまた来るだろう。

 

 迷う事なく下を選ぶ。

 

「はぁぁぁ……!」

 

 力いっぱい握りしめた拳で…!

 

「お、おい、なんだよ、やる気かテメェ!?」

 

 己の頬を穿つッ!!

 

「ぶへぁッ!?」

 

 え、痛いッ!?

 超痛いッ!?

 

「「「 何やってんの!? 」」」

 

 何やってんの!?

 

「お、おい、主車!? お前急に何して……おいっ、口から血が…!」

 

 驚いた篠ノ之が駆け寄ってくる。

 俺の方が驚いているけどな。

 

「うわっ、あんなに血がぁ…!」

 

「ああぁ……ひぃ…!」

 

「せ、先生呼んだ方がいいんじゃ…!」

 

 あぁ……威嚇ってそういう…。

 そりゃあ、コイツらまだ子供だもんな。こんな血を出されりゃ、普通にビビるわ。ん……んん…? 何か口の中がゴロゴロしてる……。

 

「(モゴモゴ……)ペッ…!」

 

 吐き出した異物の正体は奥歯だった。

 

「「「 うわぁ…!? は、歯だぁぁッ! 」」」(恐怖)

 

 うわぁ……歯だぁ…(ドン引き)

 そりゃ痛いし、血も出るわぁ……。

 

 ここで俺が引いてりゃただの殴り損……いや、殴られ損?だし、ちゃんと示しておかねぇとな。

 

「見たか、オイ…? 今度、篠ノ之に何か言ってみろ。そん時はテメェらにコレを喰らわしてやる……分かったかッ!!」

 

「「「 はいぃぃッ!! 」」」

 

「主車……」

 

 その時からだったか。

 篠ノ之が俺に向ける視線が変わったのは。

 

 

 

 

 

 

 あの時はてっきり、篠ノ之が俺のカッコ良さに惚れちまった、とか思ったモンだが、全くそんな事はなかったぜ。

 

「よぉよぉ、リンリンよぉ!」

 

「おめぇパンダみてぇな名前してんだし、笹食うんだろ?」

 

「食うアル。リンリンは笹を食うアルヨ」

 

……っと、思い出に浸ってる場合じゃねぇか。今日は一夏が休んでんだ。もしも何かあったら俺が行動を起こすしかない……けど……嫌だなぁ……。

 

 っていうか、アイツらも改心してくれよ。

 ターゲットを変えりゃいいって問題じゃねぇんだよぅ。分かってくれよぅ。

 

 俺の想いは伝わらず、1人の男が鈴の髪に手を伸ばす。だぁ、もうッ! 出るしかねぇッ!! 変な茶々入れんなよ、選択肢!

 

 

【俺のオカズに何してやがる】

【俺の女に何してやがる】

 

 

 唐突なド下ネタはマジでやめろや!

 いや、待て……まだ小5なら意味が通じない可能性も…? 

 

 ああ、ダメだ、それは希望的観測だ。この発達したネット社会でそれは望み薄だろ。現代における小学生の性知識習得率を見くびっちゃいけねぇ…! 俺たちの時代とは違うんだ…! 夜な夜な自販機でエロ本を購入するしかなかった……あの時代とは違うんだッ!!

 

 しかも鈴って耳年増っぽいし(偏見)

 

「……オイ、俺の女に何してやがる」

 

「え?」

 

 やめて!

 そんな目で俺を見ないで!

 

「「「 ゲェーッ!! せ、旋焚玖だぁッ!? 」」」

 

 分かってんじゃねぇか!

 勘違い野郎発言させやがって、テメェらのせいだぞコラァッ!!

 

「……って、誰がお前の女よ!?」

 

「気にするな」

 

 お願い、気にしないで。

 ホントごめん、キモい事言ってごめん。

 

「お、お前のダチって知らなかったんだよ!」

 

「そうだよ!」

 

「も、もうコイツはからかわないから! なっ、なっ!」

 

「ならさっさと立ち去れ…! 早くしろッ! (選択肢が出て)間に合わなくなってもしらんぞぉッ!!」 

 

 はよ!

 どっか行け!

 前回の二の舞だけは踏みたくねぇ!

 

 俺から背を向けた3人は脱兎の如く走り出す。そうだ、いいぞ! そのままひた進めいッ!

 

「ふぎゃッ!」

 

「あ、バカ!?」

 

「何やってんだお前!?」

 

 走り出した3人のうち1人が躓いてしまった。

 

 ふざけんな!

 やめろバカ!

 

 どうして俺をそんなに困らせ……―――あぁ(無情)

 

 

【2度目はない。手足折ってもまだ足りんッ!!】

【慈悲の心を持て。もう一度威力を教えてやればいいじゃないか】

 

 

 俺への慈悲は持ってくれないのか(諦め)

 左頬に拳が穿たれた。

 

 俺の左奥歯はどっかへ行ったが、鈴へのちょっかいも解消された。大きな代償と考えるな。小さな代償と考えろ。これ以上鈴が傷付けられないのなら、これほど安いモンはない……そう考えるんだぁ…………ちくせぅ。

 

 

.

...

......

 

 

 ただ、あの一件から嬉しい事もあった。鈴からあまり変態呼ばわりされなくなったんだ。それに加え、鈴が俺に送ってくる視線も変わったのだ。

 

 まぁその時点で正直デジャブを感じていたんだけど。中2の終わり際、中国への再転校を間近に控える鈴から屋上に呼ばれた時点で、それは確信に変わった。

 

「せ、旋焚玖……」

 

 夕日を背に、鈴と対面する。放課後の屋上に2人きり……普通に考えたら嫌でもテンションの上がるシチュエーションだ。普通に考えたらな。

 

 普段は快活な鈴が、今日ばかりはモジモジしていて可愛らしい。

 そんな少女とは対照的に、今から何を言われるか予想の付いている俺は、まるで緊張感の欠片もないアホみたいな顔で突っ立っている。

 

「旋焚玖……あ、あたし……あたしね…?」

 

 ハイハイ、強制的にフラれるのは初めてじゃないですよ~っと。鼻くそでもホジってやろうかマジで。そもそも強制的にフラれるって何だよ。そんな日本語ねぇよ、せめて俺の意志も尊重させてくれよ。何で俺の方から好き好き言ってるみたいな風潮になってんだよ。

 

「アンタの事……好きよ…」

 

「……ッ!?」

 

 伸びかけていた手が止まる。

 鼻くそホジホジしようとしていた手が止まるッ!

 

 え、ちょっ…マジで? マジっすか?

 いいんすか、マジで?

 

 あ、私?

 全然OKします。当たり前じゃないですか。

 

 ロリコン? 黙れ殺すぞ。小4(篠ノ之の時)と中2じゃ全然違うんだよ! 中2って言ったらもう大人なんだよ! 大人だね! 犯罪案件? 知るか、俺だってこんな可愛い奴に「しゅき♥」なんて上目遣いで言われたら嬉しいに決まってるだるるぉッ!? 嬉しくない訳ないだろ、やったー! 

 

 とうとう我が世に春が来た!

 この込み上げてくる幸せな気持ちは何だァ~?

 

 ンッン~~~♪ 歌でもひとつ歌いたいようなよォ~、新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝を迎えたようなよォ~~、すげぇ爽やかな気分になってンぜぇ? 今の俺っちはよォ~?

 

「アンタの事が好き……」

 

 よせやい、2度も言うない。

 へへっ、俺もちゃんと応えねぇとな!

 

「でも……」

 

 ん?

 

「あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!」

 

 そう言って、鈴は俺から逃げるように去っていった。

 

「……………フッ…フフフ…」

 

 鈴が出て行った扉を閉める。

 鍵も閉める。

 

 誰も居ない事を確認して、俺は大きく息を吸った。

 

「へぇぇぇぇあぁぁぁぁ~~~~ッ!! ぅぅぅぅううあぁぁぁあんまぁぁぁぁりだぁぁぁぁぁ~~~~ッ!!」

 

 俺は叫んだ。

 ここまで上げて落とされたのは本当に久しぶりだった。今まで溜まりに溜まったモノが何もかも爆発したような気がした。

 

「ぬおぉぉぉぉおおおおおんッ!!」

 

 正直鈴から「しゅき♥」って言われた瞬間、俺も速攻で好きになったのにぃぃぃぃッ!! 恋しちゃった瞬間なのにぃぃぃぃぃッ!!

 

「はぁっ……はぁっ…………はぁ……………帰ろ…」

 

 おウチへ帰ろう。

 今夜はあたたかいシチューだって、お母さんが言ってたもん。お父さんも居るもん。

 

 

 主車旋焚玖、14歳。

 割と不純な気持ちで恋した1秒後にあっさりフラれる。

 

 




次回、旋焚玖くん旅に出る。
傷心旅行かな?


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第13話 約束は守らなきゃ


主車家は仲良し家族、というお話。



 

 

 

「……よし、こんなモンか」

 

 目当てのモノを完成させ、額に流れる汗を拭い、小休止する事にした。

 

「お、よく出来てるじゃないか旋焚玖」

 

「ああ、これも父さんの教え方が上手いからだよ」

 

 俺の父さんは陶芸を生業としている。

 休みを利用して、俺もちょくちょく遊びでイロイロと作らせてもらっていた。

 

「しっかし、こんな物を作ってどうするんだ?」

 

「いつか使う日が来るかもだろ?」

 

「来ないと思うがねぇ」

 

「ま、念の為ってやつさ」

 

 しかし暑い。

 休憩してても、この暑さだけはどうにもならん。外から聞こえる蝉の鳴き声が余計に蒸し蒸しさせてくるのも厄介だ。

 

「……季節の移り変わりは早いな…」

 

 鈴が中国へ帰ってから、もう半年近くになるのか。

 この身体と同じで、精神的にもまだまだ若いつもりだが、時間の経過を早く感じてしまっているのも事実だったりする。

 

 今じゃもう俺も中3だ。

 2度目の中学最後の夏休みをしっかり満喫させてもらっている。高校受験もそろそろ本格的に考えなきゃいけない季節でもあるが……まぁ、どこでもいいや、あんま無理せず行こうと思う。

 

「……っと、そろそろ掲載されてんじゃねぇかな」

 

 取り出した携帯電話から、あるサイトへアクセスする。

 部活をしている者にとって、夏は暑くて熱い季節だ。中学高校問わず、サッカーにしろバスケにしろ野球にしろ、運動部に所属している学生が日々目指している大会……夏の全国大会がもうすぐ始まる。

 

 俺は終身名誉帰宅部だ。

 何の部にも所属していない俺は、本来なら夏の全国大会には縁のない人間なんだが、俺のダチが出ている可能性はある。

 

 

『篠ノ之はこれからも剣道続けんのか?』

 

『ああ、これからも続けるつもりだ』

 

『お前すっげぇ強いから、きっと全国大会にも出られるよ。その時は一夏と応援に行ってやるぜ』

 

『う、うむ!』

 

 

 篠ノ之を見送る直前、そんな話を俺たちはした。

 こんなのその場限りの社交辞令ってヤツだ。きっと篠ノ之も覚えてはないだろう。

 

 ただ、俺は何年経っても頭の片隅に残っていた。

 口約束でも約束は約束だ、俺はちゃんと守るぜ! なんて、そんな誠実っぷりからきている訳じゃない。ただ……その直前に篠ノ之からの貰ったプレゼント(謎失恋)がインパクト強すぎてな……ついでにコレも覚えちまってんだ。

 

 俺は剣道全国大会の出場選手覧に目を通す。

 理由はどうあれ、本当に篠ノ之が全国大会に出てたら応援に行くのも悪くない。いや、俺ひとりでは絶対行かんけど。一夏でも誘って行こうと思っている。

 

「篠ノ之……篠ノ之……………むぅ……今年も名前は無し、か……むむっ…!?」

 

 篠ノ之の名前は載ってなかった。

 だが、この名前は……?

 

 

『篠ノ木鳳季』

 

 

「しののぎ、ほうき……やけにクる名前じゃねぇか」

 

 篠ノ之が転校する前、千冬さんからチラッと聞いた事がある。これからの篠ノ之の生活は苦難が多くなると。今じゃ世界の関心の中心であるISを開発した、コイツの姉ちゃんが消えちまった。結果、嫌でもしわ寄せが篠ノ之にもきてしまう。篠ノ之束の妹というだけで、政府達が放っておいてくれないだろうと。

 

「……偽名か」

 

 確認する手立てはないが、十中八九、篠ノ之本人だろう。大会は3日後……そうと決まれば、さっそく一夏に電話だ! 

 

「……ってな訳でよ、3日後に篠ノ之の応援に行かないか?」

 

『おお、そりゃいいな! あ……でも、待ってくれ…3日後って……わ、悪ぃ、その日もうバイト入っちまってるわ…』

 

「む……バイトか…」

 

『ホントにすまん! でも、俺の分まで応援してきてくれよな!』

 

 バイトなら仕方ない。

 アイツの家庭の事情を知ってりゃ、そうそう休めとは言えんわな。千冬さんも相変わらず忙しそうだし……ってか、あの人なんの仕事に就いてんだろう。そういう話は一切俺たちの前ではしないんだよな。

 

 だがこれで、俺も篠ノ之の応援に行く事はなくなった。

 え? 行かねぇよ? 

 当たり前じゃん。俺ひとりで行ってどうすんの? こういうのは薄情って言わねぇから、むしろ空気が読めてるって言うから。

 

 全国大会の応援とはいえ、自分がフッた相手が1人で来てたらどう思うよ? 

 絶対気まずいって。気まずいだけならまだいいけど、「うわ、コイツひとりで来やがった。未練タラタラかよ」とか思われるかもしれねぇじゃん。

 

 いや、篠ノ之はそんな性格曲がった奴じゃないから多分思わないだろうけどさ。俺なら余裕で思うね! 俺が思うって事は可能性0%じゃないじゃん。万が一でもありうるなら、最初からやらない方が賢明なのさ。

 

 

【篠ノ之に会いにチャリで行く】

【篠ノ之に会いに新幹線で行く】

 

 

 俺は賢明だった。

 これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 もう俺が行くのは確定事項なのね。で、交通手段を選べってか。大会は確か大阪だったような……うん、ここでわざわざチャリ選ぶほど、まだそこまで肉体信仰してねぇから。一夏と2人でならチャリで行くのも楽しそうだが、あいにく今回は1人だ。

 

 ここは新幹線を選ぶのが無難だろう。

 いや、待てよ…? なんか閃いちゃったかもしんない。新幹線だろ…? 当然、交通費が掛かる……って事は…こ、これはもしかしたら……ワンチャン行かずに済む可能性がある…!

 

 月々のお小遣いを貯めていない俺だからこそ勝機があるッ! 待ってろ、母さん! 今から図々しくも金をせびりに息子が帰るぜ! そんな息子に母親が取って然るべき行動は何だ!

 

 

.

...

......

 

 

「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」

 

 ポンと出してくれました。

 違う、違うんだよ母さん! 

 違わないけど違うんだよ!

 

 断ってくれていいんだぜ!?

 

「遠くまで応援しに行くだなんて。旋焚玖が友達想いのいい子に育ってくれて、母さん嬉しいわ」

 

「あ、うん……」

 

 息子のワガママを笑顔で許す親の鑑。

 許すどころか褒めてまでくれる親の鑑。

 

 母さんがいい人すぎて涙がで、出ますよ……ホントに。

 

「ただいま~」

 

「……!」

 

 父さんが帰ってきた!

 諦めるのはまだ早い!

 

「父さ…「聞いてよ、パパ!」ッ!?」

 

 俺のターンを隙間縫って、母さんからの速攻が決まる。

 いやこんな俊敏な動きする人だっけ!?

 

「パパ、覚えてる? 篠ノ之さんのところの娘さんよ、ほら、ウチにも何度か遊びに来た箒ちゃん」

 

「ああ、一夏くんと一緒に遊びに来てたな」

 

「そうそう! その子がね、剣道の全国大会に出るんだって!」

 

「それは凄いじゃないか!」

 

 くっ、割り込めねぇ…!

 仲睦まじい両親の会話を邪魔できる程、俺の肝っ玉は太くない。

 

「それでね、旋焚玖ったらその子をどうしても1人で、1人で応援しに行きたいんだって! でもお金が掛かるからって、私に頭を下げて頼んできたのよ」

 

 何でちょっと脚色すんの!? わざわざ「1人」を2回言う必要なかったろ! それじゃまるで、俺が篠ノ之に惚れてるみたい聞こえるじゃないか!

 

「ハハハ! そうかそうか、旋焚玖! そういう事なら行ってこい!」

 

 そういう事って何だよ! 

 なにを分かったような顔してやがんだ!

 絶対それ勘違いしてるだろ!?

 

「パパは旋焚玖を応援してるぞ~」

 

「ママも旋焚玖を応援してるわ~」

 

 思った通りだ、ちくしょうッ!

 ソッチ方面に勘違いしてんじゃねぇよ!

 

 

【フッ……応援していてくれ】

【俺、実は……1度、篠ノ之にフラれてんだよね…】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 勘違いが勘違いを呼ぶ【上】は嫌だぁぁぁぁッ!! でも両親にフラれた事をカミングアウトはもっと嫌じゃぁぁぁぁッ!!

 

「フッ……応援していてくれ」(震え声)

 

「ヒューッ! カッコいいぞ、旋焚玖ぅ!」

 

「あらあら! 旋焚玖も一丁前な顔をするようになったわねぇ!」

 

 フッ……涙で前が見えねぇや。

 でも夕食はいつも通り美味しかったぜ。

 そんでもって、俺も腹を括った。決まったモンは仕方ねぇ、いつまでもウダウダ言ってらんねぇ…!

 

 

 俺は、篠ノ之に会いに行くッ!(諦めの境地)

 

 





今更箒ちゃんと会ってどうすんの?(真顔)


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第14話 訪れ…訪れな…訪れなかっ……訪れてしまった再会


再会はホロ苦い?というお話。




 

 

 

「人が多い……」

 

 でかい会場だが、流石は全国大会ともなると人でいっぱいだ。選手は勿論のこと、大会の関係者やら学校の関係者、それに選手の応援に来ている者も居るのだろう。

 

 何とか人の波に惑わされる事なく、俺は案内掲示を目安に篠ノ之の試合を探す。本来なら初戦から観戦した方が良いのだろうが、流石に早いっす。前日入りはしてないんで、途中からで申し訳ない。

 

 まぁ俺の知ってる篠ノ之の実力なら、初戦敗退なんて事はないだろうし平気平気。……と、言い訳してる内に篠ノ之の名前が電光掲示板に出た。記されているのは正確にはアイツの本名ではなく『篠ノ木鳳季』だが……まぁ本人だろうし顔見りゃ分かるか。

 

 

『まもなく、準々決勝を行います。両選手、前へ』

 

 

 おぉ、もうそんなところまでいってんのか。っていうか、そこまで篠ノ之も勝ち進んでるって事だよな? いやはや、やりますねぇ!

 

 俺も急いで観客席まで移動する。

 

「よしよし、ここからなら上から見渡せる。おっ……出てき……あ゛…!」

 

 お面のせいで顔がよく見えないでござる。

 

 最後に会ったのは小4の頃だったし、体格だけじゃ判断出来やしない。まぁアイツの剣筋は稽古場でもチラチラ見てたし、それで判断しよう。真面目な篠ノ之自身を体現したような剣筋だったからな、すぐに分かる筈だ。

 

 かつての道場に在った光景を思い浮かべていると、試合が始まった。俺も集中して見る事にする。と言ってもせっかくの友の晴れ舞台なんだだ、心の中で応援しながら観戦に興じよう。

 

「……?…………?……」

 

 試合は終始、篠ノ之(?)が有利に運んでいた。いや、有利どころか相手を圧倒していた。結局、そのまま苦も無く勝利を収めた……が………アイツ篠ノ之じゃなくね? 俺の記憶にある篠ノ之の姿とは、似ても似つかない。

 

 もう一度言うが、アイツは心根が真っすぐな女だ。それは剣筋にも現れていた。基本を重んじ、型を重んじ、まるで手本のような綺麗な剣道をしていた筈。だが、あれは何だ……?

 

 力に任せた振る舞いで相手を圧倒する。

 篠ノ之(?)の試合は武ではなく、暴に近いそれだった。

 

 結論、あれは別人です!

 たまたま篠ノ之の名前に似た別人でした、ハハハ! って笑えるか! 何が悲しくて県外まで赤の他人を応援しに来にゃならんのよ!?

 

 あっ、他人様がお面を外されるぞ!

 あんな傲慢な戦い方をしてる奴なんだ、どうせ不細工だぞ~! ほら、見せてみろよ不細工な顔をよぉ!

 

「…………………」

 

 お面を外したそのお顔は!?

 

「あらやだ可愛い……あ゛…? いや、あれ……篠ノ之じゃね?」

 

 えぇ、ウッソだろオイ…?

 基本に忠実だったアイツが、何をどうしたらあんな戦い方になるんだ……むっ、何やら沈痛な表情だな。どこかで見た事あるぞ、あんな顔した奴……。

 

 思い出した!

 一夏だ!

 一夏がテスト中にあんな顔してた! 後で聞いたら「腹がめちゃくちゃ痛かったんだ」って言ってたっけ。

 

「……そうか、そういう事なのか篠ノ之」

 

 そういう事情があるなら、確かにタラタラ試合ってる場合じゃないわな。さっさと終わらせるには圧倒するしかない。ダラダラしてウンコ漏れちゃったらシャレにならないもんな。

 

 これは声も掛けない方が良さそうだ。

 だが安心しろ、篠ノ之。次の準決勝までまだ時間はある! それまでに何とかすっきりさせるんだぜ!

 

 眉を八の字にして試合場から出る篠ノ之に対し、俺は心の中でエールを送った。準決勝に勝てれば、次はいよいよ決勝の舞台に上がれるんだ。すげぇよ、そうなりゃ篠ノ之が日本一だ!

 

 腹痛に負けるな、頑張れ篠ノ之ッ!

 

 

.

...

......

 

 

「……まだ……痛むのか……?」

 

 準決勝も同じ光景だった。

 篠ノ之が力で相手を圧倒する。負けた相手は悔しそうに頭を下げ、勝った篠ノ之はニコリともせず、頭を下げるやサッとその場から立ち去る。

 

「どうする……正露丸買ってきてやった方がいいのか…?」

 

 

【善は急げだ、薬局に走ろう!】

【本当に腹痛なのか? 女の子の日である可能性を見落とすな】

 

 

……なんという事だ…。

 初めて……初めて【選択肢】を有能だと思った。確かに腹痛だと決めつけるのは良くない、あの日の可能性だってある。もしそうなら、正露丸なんて渡したらいけねぇ、2重の意味でセクハラになっちまう。

 

 ただでさえフッた相手が1人で来て、篠ノ之に気まずい想いをさせちまうのに、その上整腸剤なんざ渡したら、もはや嫌がらせの領域じゃねぇか。

 

 ここは後者を選んで大人しくしていよう。

 がんばれ、篠ノ之! 負けるな、篠ノ之! あと1試合耐えれば、お前が日本一だ!

 

 

 

 結果、篠ノ之が優勝した。

 同じ決勝に上がってきた相手だというのに、篠ノ之は変わらず力で押さえ付けるような展開で、相手に何もさせず圧勝した。

 

「……とんでもねぇな」

 

 優勝が決まったのに、面を外した篠ノ之はやっぱり少しも笑みらしい笑みを浮かべる事なく、すたすた去って行ってしまった。それほどまでに、重いんだ。

 

 さて、俺はどうしようか。

 これから表彰式が行われるらしいし、それが終わって声を掛けるか? いや、別にもう声掛ける必要もなくね? 会いに来たって選択肢は既に終えてるんだからよ。このまま帰った方が、きっとアイツも俺に声を掛けられるより気が楽だろう。

 

 うむ、そうと決まればスタコラサッサだぜ!

 とうとう俺は篠ノ之には声を掛けず、会場を後にした。

 

「このまますぐに帰るのもなんだし、どうすっかな」

 

 大阪と言っても、会場は郊外にある。

 駅に行くには近くのバスに乗るのが一番手っ取り早いのだが、敢えてここは乗車拒否だ。ぶらぶら駅まで続く河川敷を歩いて行くのもオツだろう。

 

 道に転がっている小石を蹴りながら、のんびり行こうぜ~♪

 

 

.

...

......

 

 

「……………………なんでぇ?」

 

 お散歩気分で小石を蹴っていたら、道中に見覚えのある横顔が視界に入ってきた。草の上に座って、ぼんやり川を眺めている少女って……篠ノ之だぁ……いや貴女、表彰式はどうしたんです?

 

 どうする、向こうはまだこっちに気付いていない。このまま素通りするのも正直ありだと俺は思うんだ。何か浮かない顔してるし、絶対そっとしておいた方が良いと思うんだ。

 

 

【小石を篠ノ之に向かってシュゥーーーッ!!】

【気さくな感じで声を掛ける】

 

 

 やっぱり声を掛けるんじゃないか(憤怒)

 しかも周りに誰も居ない状況で。

 こんな事ならさっさと会場で声掛けておけばよかった(後悔)

 

「ヘイヘーイ! そこの彼女、ヘーイ!」

 

 気持ちが悪い!

 なんだそのノリ、ウェーイ系かお前!

 

「…………………」

 

 あらやだ、こっちを見向きもしない。

 そりゃそうか、こういうイタイのは無視に限るからな。ま、俺は諦めてくれないんだけど。

 

「ヘイヘイヘーイ! ヘーイ! ヘイヘーイ!」

 

 俺、うぜぇぇぇッ!

 これは鬱陶しいですよ! 

 イラッとくるノリしてますよ!

 

 あ、やめて篠ノ之…!

 そんな死んだような目でこっちを見ないで、俺だと気付かないで! へ、変顔したらバレないかな!?

 

「………?………お、お前は…! 主車!?」

 

 バレちゃった。

 あ、拘束とけた。

 

「よっ、篠ノ之。久しぶりだな」

 

 俺は何もしなかった。

 俺は今まさに、今日初めて篠ノ之に声を掛けたんだ。そう暗示しないとね、やってられないの。いちいち引きずってちゃ、まともに生きてけないの。

 

「主車……観に…きていた、のか…」

 

「まぁな」

 

 小4以来の再会なのに、篠ノ之からは久しぶり的な事は言ってくれない、か。やっぱり俺1人じゃ、来られても気まずいわなぁ……。

 

 ここで俺が黙ってしまったら、余計に篠ノ之が居辛くなっちまう。全国大会で優勝したのはマジなんだ、ここは褒めて褒めて褒めまくろう! そうすりゃ、篠ノ之もハッピー俺もハッピー!

 

「そうそう、試合観たぜ篠ノ之! お前ってば、すげ「さぞお前の目には私が無様に映っただろうな」ぇ~…え、えへへのへ…」

 

 すげぇに続く言葉なんか浮かばねぇよぅ。な、なんでそんなにテンション低くいんですか…? まだ、ポンポン痛いの…? しかも、無様ってアンタ……謙遜も度が過ぎると嫌味になりまっせ?

 

「お前1人……か?」

 

「ん? ああ、一夏も誘ったんだけどな、どうしても抜けらんねぇ用事があってよ」

 

「そうか……いや、その方が良かったのかもしれんな。もし一夏にまで、あんな……あんな醜い私を観られていたら…!」

 

 オイオイ、今度は不細工宣言か?

 どう見ても絶世の美女が何を世迷言を。流石に注意しておくか?

 

『えぇ~? 私ぃ、全然モテないですよぉ、可愛くないですしぃ』(クネクネしながら)

 

 顔の良い奴が決して言ってはいけないトップ10にこの台詞は入っていると思う。別にコレを聞いても俺たち男なら「フーン」で済ますかもが、女子はこういうの結構イラッてくるらしい。下手すりゃイジメに発展しかねないレベルの発言だ。

 

「ゴホンッ…! あのな、篠ノ之……ん?」

 

 俺の言葉を遮るように、近くで黒い車が止まった。止まるだけならまだしも、中から屈強な方たちがお出になられた。

 

「なッ……奴らはまさか…!」

 

 なにその意味深な呟き!? もっと具体的にたの……ひぇぇぇッ、明らかに僕たちの方へ向かって来てますよ、篠ノ之さん!?

 

 

 

 

 

 

 私は、中学3年生になって初めて全国大会に出場した。誰もが憧れる夢の舞台に私は立てたんだ……なのに、まるで心は沈んだままだ。

 

 初戦に勝ち、2回戦、3回戦と。結果だけをみれば私は順調に勝ち進んでいった。そして決勝も……私は勝ってしまった。武を知らない者が見たら、凄いと褒めるだろう。私を強いと、手放しで持て囃すだろう。

 

 だが……私は……私は…!

 

 私は表彰されるべきじゃない、表彰なんてされたくないッ! そう思ったら自然と足が会場の外へと向かっていた。目的地などない、何も考えず適当な場所で座って、ただぼんやりと川を眺めていた。

 

「ヘイヘーイ! そこの彼女、ヘーイ!」

 

 チッ……こんな時に変な奴が絡んできた。

 無視だ無視……すぐに消えるだろう。

 

「ヘイヘイヘーイ! ヘーイ! ヘイヘーイ!」

 

 やかましいな…!

 キッと睨み返した先に立っていたのは……かつて私に好意を抱いてくれていた友……主車だった。

 

「主車……観に…きていた、のか…」

 

「まぁな」

 

 私の心はますます陰鬱になる。

 コイツは私を見て、どう思ったのだろう。私にも分かっている…! あんなの、武じゃない! ただの暴力だ…! 私は感情任せにただ力を振るい、傲慢なまでに相手を叩き伏せ続けたのだから…!

 

 篠ノ之道場に通っていた頃は……その時私が目指していたモノは、決してそんなモノじゃなかった筈なのに……ッ! 

 

 いつからだろう、私が剣道を楽しいと感じなくなったのは。

 いつからだろう、私が剣道をストレスの捌け口に利用するようになったのは。

 

 主車……コイツには見破られている。

 私の知る主車という男はどんな男だった? 普段はクラスでも一番と言っていい程おちゃらけた奴だが、武に関しては誰よりも真摯だった。私よりも一夏よりも、千冬さんよりも…!

 

 武と共に生きるコイツが、今の私を見抜けない筈がない。きっと……コイツの目にはさぞ、醜悪に映った事だろう。はは……一夏が居ないだけ、まだマシと思えば少しは気が楽になる……訳がない…。

 

「ゴホンッ…! あのな、篠ノ之……ん?」

 

 私を見る主車の表情が険しくなる。

 そうだ、私を軽蔑してくれ……まだそっちの方が、私も…………主車…?

 

 なんだ、何処を見ている?

 主車の視線を追いかけると、不自然なまでに私達の近くに車が止められた。中から出てくるのは、見るからに一般人とは異なる男たちだった。

 

「なッ……奴らはまさか…!」

 

 強硬派の奴らか…!?

 

 

 私は主車たちと別れた時から、政府に監視されるようになった。重要人物保護プログラム……保護と言えば聞こえはいいが、何が保護だ、監視の間違いだろうに…! 

 

 そして、私は姉さんの妹というだけで政府の人間から何度も、何度も聴取をされた。それは中学3年になった今も続いている。その中でチラッと聞いた事があった。

 

 日本政府には穏健派と強硬派で大体が分かれられている、と。自分達穏健派は私に手荒い真似をするつもりはないが、強硬派は違う。強硬派は時として尋問という名の拷問さえ厭わない派閥なのだ、と。

 

 私は監視の目をすり抜けて出てきてしまっていたのか…! 政府の言葉が本当なら、この状況はまずいッ、何より無関係の主車を巻き込んでしまう…!

 

「……ターゲット発見。これより行動に移る」

 

 3人の男が逃げ場を妨げるように、私達へと接近してくる。

 

「くっ…! 嫌な予感、的中か…! 主車、逃げ……お、おい!?」

 

 何をしているお前!?

 何故、私の前に出る!? お前ほどの男なら、ソイツ達の脅威が分からん訳でもあるまいッ!

 

「……ターゲット以外は?」

 

「篠ノ之箒以外に用はないとの仰せだ」

 

「いや、この男から足が付くと厄介だ……消すぞ」

 

 や、やっぱり…!

 逃げて、逃げてくれ、主車!

 

 主車は私の想いを無視するように、3人の前に立ちはだかった。

 

「俺たちに何か用ですか…?」

 

「お前には関係ないが、自分の不運を呪うんだな」

 

 そう言って距離を詰めてくる男たち。

 そんな奴らに主車は一歩も引かなかった。

 

「ハッ……俺を知らねぇのか、アンタ達? 主車っツったら地元じゃ泣く子ももっと泣くで評判の野郎よ」

 

「……何を言っている?」

 

 しゅ、主車…?

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は飛天御剣流の使い手だしよ。テメェらみてぇな三下が楯突ける男じゃねェんだよ」

 

 

「「「………………」」」

 

 

「……………………」

 

 この超アホ……もう来年高校生なのに…!

 まるで変わっていない…!

 

 





これは惚れられませんわ(呆れ)


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第15話 武芸百般


すごいぞ旋焚玖強いぞ旋焚玖、というお話。



 

 

「……ターゲット以外は?」

 

「篠ノ之箒以外に用はないとの仰せだ」

 

「いや、この男から足が付くと厄介だ……消すぞ」

 

 なんか怖い事言ってる!? 篠ノ之は意味深なこと言い出すし、それが余計に恐怖を助長してんだけど!?

 え、なになに、そういう世界観なの!? 俺が鍛えられていたのって、やっぱりこういう事に巻き込まれるからだったの!?

 

 あれ、ちょっと待って! 前の人が持ってるの、もしかしてスタンガンですか!? バチバチいかれるアレなんですか!? いやいやいやいや! どうするどうする、やべぇよやべぇよ、マジで最大の危機じゃないのか、今って…!

 

 

【篠ノ之の後ろに隠れる(腑抜け)】

【あっ、UFOだ!(現実逃避)】

【はったりでこの場を切り抜ける(おすすめ)】

 

 

 3つに増えたのにまるで役に立ってねぇぞこの選択肢! その()は誰の感情なんだよオイッ! だが、よく考えろ……時間は止まってんだ、選択よりも自分で有効な手立てを考えるんだ。

 

 真ん中とかなんだこれ、こんなモンに引っかかる大人が居てたまるか。本音を言うと俺が一番選びたいのは上だが……流石に篠ノ之を盾にしたところで、状況が好転するとは思えねぇ……やっぱ一番下しかない、か。おすすめって書いてあるし。

 

 すげェはったりで頼むぜオイ…!

 それで切り抜けられたら言う事はねぇ、最高だ。無理だったとしても、次善策の用意に繋げてやる…!

 

 ふぅぅぅ………選ぶぜぇ……! 

 気合入れろよ、旋焚玖ッ!

 

 俺は一歩前に出る。

 

「ハッ……俺を知らねぇのか、アンタ達? 主車っツったら地元じゃ泣く子ももっと泣くで評判の野郎よ」

 

 泣く子がもっと泣くのか……もうこの時点でダメな気がする。

 

「俺の兄キは叉那陀夢止の頭だしよ。姉キはあの韻琴佗無眸詩の頭だしよ。親父は地上げやってんしよ。お袋は飛天御剣流の使い手だしよ。テメェらみてぇな三下が楯突ける男じゃねェんだよ」

 

 ダメだコイツ!

 やっぱり悪ノリしやがった!

 

 だが長い台詞だったのはありがたい…! おかげで自然にポケットに手を入れられた。わざわざ俺の戯言に付き合ってくれてありがとよ、俺の態勢も……整ったッ…!

 

 手のひらに握りしめたモノを地面に叩きつける。破裂したソレは辺り一面を煙で覆った。

 

「「「 !? 」」」

 

「なっ、主車……!?」

 

 この中で驚かないのは俺だけだ。

 持って来ておいて良かった…!

 

 思い出されるのは、つい最近交わした父さんとの会話。

 

 

『しっかし、こんな物を作ってどうするんだ?』

 

『いつか使う日が来るかもだろ?』

 

『来ないと思うがねぇ』

 

『ま、念の為ってやつさ』

 

 

 マジで来ちまったぞ、父さん。

 篠ノ之流柔術皆伝書にあった『煙幕玉を造れ』を初めて読んだ時「うひひ、煙幕とかどこの忍者ですかぁ? まじウケるんですけど、むぷぷ」とかバカにしてすいませんでした。

 

 『煙幕玉の製造方法』がびっしり書かれたページを見て「ヒィーッヒッヒ! も、もうダメだ、こんなの初見殺しすぎる、うひゃひゃひゃひゃッ!」とか爆笑してマジすいませんでした。

 

 造っておいて……持って来ておいて……本当に良かった…! ありがとう、師匠…! おかげで切り抜けられるッ!

 

「……ッ!」

 

 煙で何も見えないこの状況で、俺だけが動ける。この状況を作り出した俺だけが、誰よりも早くこの空間で動けるッ!

 

 視界が遮られた中で、目の前の男が何らかのアクションを起こすよりも先に、俺の手が男の右腕を掴めた。スタンガンを持つ腕を掴めた…!

 

 『その手に持つスタンガンを、そのまま男に当てて痺れさせるッ! あとはコイツの斜め後ろに立っていた男の側頭部を蹴り刈り、そのまま身体を回転させ、最後の男には後ろ回し蹴りを喰らわせるッ!

 

 俺の俺による華麗な立ち回りで痺れて動けない男が1人、蹲る男が2人。計、3人だ。そして余裕を持って篠ノ之とこの場から去る。』

 

 完璧だ、完璧すぎる作戦だ!

 (『』はあくまで旋焚玖の脳内シミュレーション)

 

 

 作・戦・開・始ッ!

 

 

 まずはスタンガンを男に当てるッ!

 オラ、痺れちまいなッ!

 

「あぎゃぁぁぁッ!!」

 

「「 !? 」」

 

 うぇいッ!?

 え、そういう感じなの!? スタンガンって「ビリビリしゅりゅ~」くらいじゃないの!? バチバチ言ってる! すっごいバチバチ言ってるよぉ! このヤロウ、どんな電力設定してやがった!?

 

 さっそく想定していない事が起こり、まだ零コンマレベルだが、それでも意識の切り替えに時間を掛けてしまったのは事実。このまま予定通り、次の標的を蹴りにいくのはまずい気がする…!

 

「ッ…動くんじゃねぇッ!! テメェらにも喰らわすぞッ!!」

 

 こんなのただの脅しだ。

 これこそただのはったりだ。

 

「「……ッ…!」」

 

 硬直した気配がする。

 さては、コイツらは持ってねぇな!?

 

 うだうだ考えている暇はない、すぐさま踵を返し、篠ノ之が居るであろう元へと駆けて手を伸ばす。

 

「……ッ!?」

 

(声を出すな! 逃げるぞ!)

(わ、分かった!)

 

 思わず手を握ってしまったが、こんな時にまで気遣っている余裕はない。煙幕の持続性なんてたかが知れている。アイツらが強張っている間に、俺と篠ノ之はこの場から急いで離れるのだった。

 

 

.

...

......

 

 

 安易に駅へ行くのは危険だと判断した俺たちは、町の方へは行かず住宅街に入って身を潜めていた。

 

「整備されてない空き家があるのはラッキーだったな。ボロっちぃが此処でやりすごそう」

 

「あ、ああ……」

 

 ようやく一息つける。

 だが、何が何やら俺にはさっぱりだ。軽い気持ちで篠ノ之の応援に来たら、まさかのコレだもんなぁ……そんなん考慮してへんよー。

 

 で、どうする?

 アイツらは俺ではなく篠ノ之を狙っていた。その理由は、篠ノ之本人に聞くのが一番手っ取り早いんだろうが……何となくなノリで聞いていいものか。聞いちまったら、これからも厄介事に関わっちまうんじゃ…?

 

 

【リア充チャンス! ここは根掘り葉掘り聞くべき!】

【篠ノ之が何も言わないなら、俺も何も聞かない】

 

 

 ハチャメチャが押し寄せてくる充実感は求めてない。

 篠ノ之には悪いが、俺からは何も聞かんぞうッ!

 

「アイツ達は……日本政府の者だ。強硬派の……」

 

 話し出しちゃった。

 しかも続きが気になる言い方をしよるわコイツぅ…!

 

「……強硬派って?」

 

 前世が平凡な人生だっただけに、スペクタクルすぎるこの状況は俺にとって毒だ。普遍的な平穏を望んではいるものの、今だけは好奇心に勝てる筈がなかった。

 吉良吉影だってサガには勝てなかったし、これは仕方ないと思うの。

 

 ぽつり、ぽつり…と話していく篠ノ之の言葉を、俺は黙って最後まで聞くのだった。

 

 

.

...

......

 

 

 全てを語り終えた後、篠ノ之は俺に頭を下げてくる。

 

「すまない、主車……私のせいで、お前まで巻き込んでしまった…!」

 

「気にするな」

 

 俺たちの地元を離れてから、篠ノ之がこれまでどんな日々を過ごしていたのか……それをも聞いてしまった今では、彼女に当たる事など、どうして出来ようか。

 

「それと……助けてくれて、その……ありがとう…」

 

「それも気にするな」

 

 あ、それに関してはもっと言ってもいいのよ? いや、別にお礼をもっと言ってほしいって事じゃなくて、もっと褒めてくれていいんですよ? 我を賞賛していいんですよ?

 

 だってさ、だってさ、実際俺って結構スゴい事したと思うの。

 いや、ちょっと待って……俺って実は……めちゃくちゃスゴい事したんじゃない? 落ち着いて振り返ったら、ホントにすごくない? いや、ヤバくね? 俺、なんかすごい組織の奴らを手玉に取ったんだぜ!?

 

 ヒューッ!

 俺、ヒューッ!

 

「お前は本当に変わらないな。覚えているか…?」

 

 あ、もう違う話にいっちゃう系?

 もうちょっと浸らせてほしかった。

 

「小学生の時、男子にイジメられていた私を助けてくれた時も……お前は同じ事を言ったんだぞ?」

 

「む……」

 

 ぶっちゃけあの時の会話は碌に覚えてない。だって、それより抜けた歯の部分が痛かったんだもん。

 

「フザけている時は人一倍饒舌なお前が、私や一夏が困っている時は、決まって多くは語らず助けてくれていたっけ……」

 

 な、なんか…しみじみ語るのヤメてくれません? ちょっと照れるんですけど……っていうか、心の中では常に饒舌ですよ、私。

 

「ど、どうすればいいんだ…」(ボソッ)

 

 ん?

 

「これ以上、主車に優しくされてしまったら……私……」(ボソッ)

 

 聞こえたー!

 本人はボソッと言ってるつもりらしいが、はっきり聞こえちゃったー! どうして頬を染めながらそういう意味深なコト呟いちゃうの!? アレなの? ここにきて俺に靡いてるって、そう捉えちゃっていいの? 

 

 そういう事なら私、大歓迎ですよ!

 中3はロリコンじゃねぇからな! それに見ろよ、この子の美人っぷりを! こんな美人に「しゅき♥」なんて言われたら(言われてない)OKするに決まってんだろ、即だよ即、即決だよ!

 

 これは今度こそ春が来たと思って……思うかアホ! 鈴にフラれてまだそんな経ってねぇんだよ、あの悲しみはまだ忘れちゃいねぇぞ! 上げて落とされるのってすげぇツラいんだぞ、すげぇツラいんだぞ!

 

 これ以上惑わされる前に別の話題に切り替えよう! えっとえっと、何か話題話題……。

 

「し、しかし驚いたぞ!」

 

 うわビックリした!

 急に大声出すなよ、俺が驚くわ!

 

「お前がさっき投げていたヤツだ、あれは煙幕というヤツなのか?」

 

 おっ、ナイス話題提供。ここはその話に乗ろう、いやぁ、いいの振ってくれたな。正直、この話は俺もめちゃくちゃしたかったんだ。

 

「ぬふふ……キミが言っているのはコレの事かね?」

 

 残りの一つを篠ノ之に見せる。

 

「煙幕玉だ。俺が造った」

 

「お前が…?」

 

「フッ……素焼きの陶器で玉を造り、内部には……フッ……特殊な火薬を仕込んであるんだ」

 

「そ、そうか……すごいド…ンンッ…! すごい誇らし気だな」

 

 コイツ今ドヤ顔って言いかけたぞ。

 別にドヤ顔言ってもいいのに、蔑称じゃないし。

 

「主車は……あれからもずっと鍛えていたんだな…」

 

「ん、まぁな」

 

 鍛えさせられているだけなんだけどね。

 身体がね、毎日ね、俺の意思に反して修行したがるの。

 

「主車は変わっていない……アホなところも、強いところも…! それに比べて私はどうだ…!」

 

「……篠ノ之…?」

 

 あ、あれ…?

 割と和やかな雰囲気になってたじゃん。

 それがまた、一気に重くなってきてんだけど。

 

「お前はあの状況でも機転を利かせてすぐに行動を起こした……私は……私は目の前が真っ白になって、まるで動けなかった…! 私が今まで鍛錬してきたのは何だったんだ!? 主車と違って私は全然強くなってなんかない…!」

 

 ふぉ、フォローした方がいいのか…?

 でもなんて声を掛けりゃ……やべぇ、浮かんでこねぇ…! そもそも優勝した奴が強くない訳ないだろ……くそ、マジで言葉が思いつかん…!

 

「お前も観ただろう! 私のッ……最低の試合っぷりを…! あんな…相手を見下すような、力を誇示するように剣を振るう私の醜い姿をッ!」

 

「……!」

 

 ああ……そういう事だったのか。

 やっと全てが解けた。

 やっと謎が解けた。

 だから篠ノ之はあんな悲痛な表情をしていたのか。試合の後も、川を眺めていた時も、俺に声を掛けられた時も……そして、今も…。

 

 変に勘違いしてたのは俺の方だったのか。いやでも、選択肢も悪いと思う。生理痛とか言われたら信じちゃうじゃん……まぁいいや、篠ノ之が落ち込んでる理由も分かったし、後は……―――!?

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

【外道な真似はしない。落ち込む篠ノ之に全力で発破をかけてこそ、真の男である】

 

 

「……………………」

 

 俺、もう外道でもいいかなって。

 何の見返りもなく、ひたすら強いられ続けた15年間……そろそろ報われたいかなって。

 

 そう思うんだ……。

 

 





旋焚玖くんの選択は?
あ、私は余裕で上です。



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第16話 青春白書


受け止めた結果、というお話。



 

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

【外道な真似はしない。落ち込む篠ノ之に全力で発破をかけてこそ、真の男である】

 

 

 むぅ……これは分岐点なのかもしれない。篠ノ之が落ち込んでいるのは確かだし、選択肢がここまで強気で言ってくるくらいなんだから、篠ノ之が既に俺を少なからず良いと思ってくれているのも、マジだと捉えて良いのかもしれない。

 

 俺の女……彼女かぁ……。

 こんな美人な子が恋人になってくれたらさぁ……俺もようやくこの世界に来て良かったと、思えるかもしんないんだよなぁ……ちなみに、今まで一度たりとも思った事はない。

 

 確かに優しい両親と巡り会えたし、仲の良い友達だって出来た。それでも嫌な事の方が圧倒的に多すぎるし大きすぎてさ、まったく釣り合ってないんだよ。

 

 この世界に生まれ落ちてから今まで『悲』を感じたのが90%くらいだとして、『嬉』はせいぜい3%くらいなんだよ。3パーて、昔の消費税かお前。バランスおかしいだろ、誰だよ「希望と絶望は差し引きゼロ」とか言った奴、嘘ツいてんじゃねぇよ、差し引かれてねぇぞオイ。

 

 いや、今が差し引かれる時なのかもしれない。

 篠ノ之は美人だ、とても美人だ。こんないい女を隣りに侍らせたら、きっと『嬉』も3パーから急上昇してくれるだろう。上がった分『悲』も下がってくれるだろうし。

 

 ああ、もう、俺には上の選択肢しか見えない。下の選択肢? 知るか! 外道? ゲス? おおいに結構だね! 心で何を思おうがバレなきゃいいんだよ!

 

 よぉぉし、選ぶぞぉ……ふーっ、ふーっ……俺は上を選んでやるぞぉ……ふぅぅ……選んでやるんだぁ……今日から篠ノ之は俺のマイハ……ん?

 

 もう一度、改めて読んでみる。

 

 

【篠ノ之は今、精神的に参っている。上手く言葉で誑かせばコイツは俺の女になる】

 

 

 『上手く言葉で誑かせば』恋人になれるんだよな? え、じゃあさ、上手く言葉で誑かせられなかった場合、どうなんの…? 前にフラれた時みたいな、気まずくなるだけで済むの? 済まないよね? 絶対、済まないよね、このパターンって。

 

 しかも誰が言葉考えんの?

 俺じゃないんでしょ? 選択肢なんでしょ? 選択肢が自称上手い言葉を俺に言わせるだけなんでしょ? え、そんなん無理じゃね? だってコイツ…………すっげぇバカなんだぜ? 

 

 あっっっっ……ぶねぇぇぇ…!

 もうちょっとで暗黒面に堕ちるところだったぜぇぇぇ…! やっぱり人間、ゲスな行動はしちゃイカンよ。目先の誘惑に囚われて、真っ当な人間をヤメるには早すぎる。まだ中学生だもん、俺の人生はまだまだこれからよ。

 

 ここは大人しく下を選ぼう。

 外道はイカンよ外道は。しっかり発破を掛けてやろうぜ!

 

「頑張れ頑張れ出来る出来る! 絶対出来る! 頑張れ! もっとやれるって! やれる! 気持ちの問題だ! 頑張れ頑張れ! そこだ! そこで諦めるな! 積極的にポジティブに頑張れ! がんば「お前に何が分かるッ!!」……ッ…」

 

 やっぱりバカじゃないか(呆れ)

 そういうノリで発破を掛けて良い場面じゃないから。そりゃあ、篠ノ之も途中でキレるわ。

 

 言わされた身としては、すぐにでも頭を下げて謝りたいところなんだが……まだ拘束が解けないでいる。なんでぇ?

 

「お前にも話しただろう! 私がこれまでどんな目に遭ってきたか! この数年だけで私がどれだけ転校させられたと思う!? 友達なんか出来やしない! 朝も帰りも警護と称して黒塗りの車が待ち構えてるんだぞ! その度にどんな視線を浴びてきたか、お前になど分かるまいッ!」

 

 め、めっちゃヒートアップしてらっしゃる。俺の身体が動かないって事は、ここは見に回るって事なのか…? まだ動くべき時ではないという事でいいんだな?

 

「政府から何度も何度も同じ事を聞かれる毎日! 私が姉さんの妹ってだけでだ! 父さん達とも連絡は取れないし、私は一人なんだぞ!? 楽しいと思えた日なんてないッ、好きだった剣道も今じゃストレスの捌け口になって……いつからか剣筋もおかしくなって……でもヤメられなくて……!」

 

「……………………」

 

「私の苦しみなどッ、お前には分からない! 分かる訳がないんだッ!」

 

 むぅ……掛ける言葉が見つからん。

 

「……で、不幸自慢は終わったか?」

 

「……なんだと?」

 

 なんだと?

 この状況でどうして煽る必要があるんですか?

 

「傷一つなく生きている奴なんていやしない。誰一人な…! 誰だって嫌な事と向き合って、それでも必死に生きている…! お前みたいに拗ねたりせず、必死で生きてんだよ!」

 

 いやいや、まぁ言ってる事(言わされている事)は分かるけどさ。篠ノ之の場合、嫌な事の度合いが大きすぎるだろ。あれ……なんかさっきも似たような事、思ったような気が……。

 

「う、うるさいッ! お前に何が……お前なんかに何が…!」

 

「そうやって悲劇のヒロイン振って、いつまで現実から逃げる気だ?」

 

「黙れ…!」

 

 黙りたい(切望)

 

「そんな弱い心してっから、剣道もブレるんだよ」

 

「黙れッ!」

 

 黙れない(諦め)

 

「ハッ……もういいだろ? ゴチャゴチャ言葉で語るのは柄じゃねぇだろ、俺も……お前も…!」

 

 めちゃくちゃ語ってたじゃん! 

 あ、おいッ、何で拳構えんの!?

 

「こっからは武でかかって来い、篠ノ之…! お前の溜まってるモン、全部まとめて俺が受け止めてやるよ」

 

 あ、身体が動く。

 いやここで俺に投げんなよ! やるなら最後までお前がやれよ! 何でこっから俺に任せんの!? 丸投げしていい時と悪い時があるだろ!?

 

 アレかお前! わざと篠ノ之を怒らせて、煽って、暴れさせて、発散させて、最後は「どうだ? こういうのもたまには悪くはないだろ?」的なセリフで締めるつもりだっただろ!? 

 

 そういう青春の1ページみてぇなノリ、ほんとキツいんだけど!? 中学生日記かお前! 何で俺の嫌がる方向に全力なんだよ! 【全力で発破をかける】ってそういう意味じゃねぇだろ!?

 

「主車……お前、まさかわざと私を怒らせて…?」

 

「……!」

 

 理解力MAXな篠ノ之の知性に感謝…!

 圧倒的多謝…ッ!

 

「まぁな」

 

 やった…!

 篠ノ之が意図を汲んでくれているなら、わざわざ戦う必要はないっしょ! 身体が動くって素晴らしい! 俺も拳下ろしちゃうもんねー! わーい!

 

「やはり、か。お前は無意味に人を傷付ける言動をするような男ではないからな。途中からもしや、とは思っていた」

 

 篠ノ之からの評価が高くて良かった。低かったら、間違いなく向かって来られてたよな……ここぞという時の誠実な振る舞い、超大事!

 

「ありがとう、主車。あんなに叫んだのは久しぶりだ。私には叫べる相手も居なかったからな」

 

「気にするな」

 

 フフフ、しかも感謝までされる始末でござる。

 篠ノ之も笑みを見せてくれたし、これで良いんだよ。なぁぁにが「武でかかって来い」だっての。言葉だけで俺たちは十分なんだよ。

 

「ん? どうして構えを解いたのだ?」

 

「……んん?」

 

「私の鬱憤を受け止めてくれるのだろう?」

 

「……んんん?」

 

 そう言って、篠ノ之は肩から掛けている竹刀袋に手を伸ばす。ちょっと待って……ちょっと待ってよ篠ノ之さん。もうソレは終わったんじゃないの? そういう感じだったじゃん、今!

 

「ふふっ……こんな気分で剣を振るのはいつ振りだろう…!」

 

 あ、アカン…!

 めちゃくちゃ、その気になってらっしゃる! ここで変にグズッたりでもしたら、「さっきの言葉は嘘だったのか!?」とかまで言われかねん…!

 

 クソッ、くそぅッ!

 結局こうなんのかよ! ああぁぁぁッ! もうっッ! 闘ってやる、闘ってやるよ! 

 

「いいぜ、言い出したのは俺だし。遠慮せずかかってきな…!」

 

 竹刀くらいなら無手のままでも何とかいけるだろ。手加減は出来ねぇけどな、全国大会優勝者に手ェ抜く余裕ねぇわ…!

 

「ああ、言われずとも…!」

 

 やる気満々な篠ノ之は、袋から取り出した得物を構えてみせた。

 

「……篠ノ之さん」

 

「むっ、なんだ…?」

 

「貴女がお持ちになられているソレは何でしょう?」

 

「木刀だが?」

 

 や、やる気じゃねぇ、コイツ俺を殺る気だ! 

 さも当たり前のように言いやがって! 何でお前が首傾げてんの!? 首傾げんのは俺だろこの場合! 

 

「中学に上がってから木刀に替えたんだ。それでもお前との差は縮まってる気はしない。だからこそ、本気で挑める…!」

 

 そこまでの評価は求めてない。

 性格だけを評価してくれよぉ! 武術的な方面で謎の信頼ヤメてくれよぉ! 木刀で殴られたら痛いだろぉ! 骨だって折れちゃうかもしんないだろぉ!

 

「篠ノ之流柔術の肝は武芸百般、だったな? 私はこの通り、コレを使わせてもらうんだ。お前も遠慮せず、武器を使え」

 

 当たり前じゃアホ!

 木刀女に誰が遠慮するか! 

 こうなりゃ、俺もマジでいかせてもらうかんな!

 

「そう言う事なら……」

 

 七色の道具が入ってるポケットから俺も得物を出す。

 

「俺はコレを使わせてもらう」

 

「それは……?」

 

「メリケン。カイザーナックルとも言うか。見たまんま、金属品だ。これで殴られたら痛ェじゃ済まねぇぞ? いいよな、そっちも木刀なんだしよ?」

 

 ドンキで買った。378円で。

 金属品だなんて嘘だ、中身はプラスチックのおもちゃだ。安いしハッタリ用で買っただけだし……コレで篠ノ之もビビッてくれねぇたら儲けモンなんだが……。

 

「……ッ……望むところだ…!」

 

 望まれちゃった。

 もう後には引けねぇ…!

 

 篠ノ之が構え、改めて俺も構えてみせた。

 

 

 

 

 

 

「……む…」

 

 主車の利き手は右の筈……それなのに何故、左拳にソレをハメる…? 普通は逆じゃないのか…? もしや、距離を縮める為の工夫…?

 

 メリケンとやらが攻撃力を高めたところで、木刀を持つ私の方が遥かに間合いは広い…! それに左構えの左拳にハメたからといって、そこまで間合いが縮まるとは思えん。

 

「どうした、篠ノ之…? 来ないのか?」

 

 既に主車は私の間合いに入っている。

 それは主車だって分かっている筈だ。それなのにコイツはまるで、自分の左手を打ってみろと言わんばかりだ。

 

……誘っているのか?

 何を狙っているのかは知らんがその誘い、乗ってやる…!

 

「はぁぁぁッ!」

 

 前へと進むと同時に左手めがけて振り下ろす。既のところで、主車の左手が後ろへ引かれる。やはりか…!

 そうするだろうと読んでいた。私はお前が後ろに手を引く事を読んでいた! 私が何の為に前へと進んだと思っている? 

 

 小手の間合いを面まで広げる為…! 

 今度は外さない、勝負だ主車ッ!

 

 

 

 

 

 

 ひぃぃぃぃッ!

 そんな気はしてたけど、マジで脳天に振り下ろしてきた!? こんなの喰らったら頭割れちゃう! マジで逝っちまうぅッ!

 

「……ッ!」

 

 振り下ろされた木刀に向かって、左拳を繰り出す。メリケンをハメたのは防御の為だッ…!

 

「なッ!?」

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 あばばばばッ!

 衝撃がメリケン(プラスチック製)を通って、俺の身体に伝ってくるぅぅッ! 電気が走ったみてぇにビリビリするぅぅぅ! でもここで止まれねぇッ!

 

「くぅッ…!」

 

 篠ノ之が後ろに下がった!? 

 チッ、いい勘してやがる! だが俺も止まれねぇ! 痺れる身体で下がる篠ノ之へと踏み込む…! 

 

 こんな奇襲2度は通じねぇッ、必ず一合で決めるッ! 

 狙うは篠ノ之の顎…ッ!

 

「―――ッ!!」

 

「~~ッ!?」

 

 躱された…ッ!? 

 半歩足りなかったか、手応えらしいモンがない……くそっ、ミスッたか…! それに……やっぱり378円ならこんなモンだよな。

 

 メリケンにヒビが入っていた。

 これじゃあもう、木刀は防げねぇや。もともと雀の涙ほどだったし、こうなるとは思っていた。

 だからこそ、一合で終わらせたかった……顎を狙ったのも脳を揺らしちまうつもりだったんだが、当てが外れちまった。

 

 どうする…?

 もう武器らしいモンは持ってねぇぞ。

 

「……あ、危なかった…! まさかその武器を攻撃でなく受けに使うなんてな。だが、私は避け……ッ!?」

 

 態勢を整えようとしたところで、篠ノ之の腰がガクッと落ちた。

 

「……?」

 

「くっ、な、どうして…! 足に力が入らない…ッ!」

 

 膝を突いたまま、立とうと藻掻くが、それでもやはり立てないでいる。

 

「……!」

 

 どうやら、良い感じに掠ってくれていたか。直撃させるよりも、思いがけず篠ノ之の脳を揺らせたらしい……ら、ラッキーすぎる…。

 

「まさか主車…! お前はこれを狙って…!?」

 

「…………………」

 

 どうしよう。

 たまたまだし、ここは素直にマグレだって言っておいた方が、俺への過信も少しは下がってくれるかな。

 

「そうなんだな!? 最初からお前はそこまで見越していたんだな!?」

 

 ぐっ……そんな目をキラキラさせて言うなよ! 違うって言える雰囲気じゃなくなっちゃったじゃないか! 正直に言ったらお前ガッカリしちゃうだろぉ!? いや、コイツの事だ、「隠しても私には分かる」とか言って勘違いを余計に増幅しかねん…!

 

「……まぁな」

 

「や、やはりか! くっ……どこまで高みに居るのだ、お前という男は!」

 

 負けたのに何やら嬉しそうに悔しがる篠ノ之さんの姿が見れて、僕もこれで良かったんだと思いました。

 

 

【フッ……これからは俺に勝つのを目標に剣を振るといい】

【お前が雑魚すぎるんだよ、バーカバーカ!】

 

 

 バカはお前だバカ!

 煽ったらまた最初からやり直す羽目になっちまうだろが! エンドレスループほど怖いもんはないからな!? それならまだ上の方がマシだ、もう勘違いされてんだし、このまま道を示す的なキャラでいこう!

 

「フッ……これからは俺に勝つのを目標に剣を振るといい」

 

「お前を?」

 

「ああ、俺を超えてみろ。明確な目標があれば、篠ノ之を取り巻く環境にも惑わされないだろう? お前の心が弱いなんて思わねぇよ。篠ノ之の剣道はもう曇ったりはしないさ」

 

「主車……」

 

 どうなんだオラァッ!

 グッときたかコラァッ!

 こういうの自分で考えて言うのって、すっげぇ恥ずかしいんだぞ! だからハイって言えこのヤロウ! むしろ感涙しろこのヤロウ!

 

「そう、だな……これからは主車を目標に……」

 

 うむうむ。

 今日みたいな事がまたあるかもしれないし、篠ノ之の場合はマジで強くなっておいて損はないと思うぞ。俺はどうせ強制だし。

 

「お前を想って鍛錬しようと思う…」(ボソッ)

 

「……………………」

 

 いや聞こえてるんだけど。

 なんかニュアンス変わってない?

 なんでわざわざ言い直すの? なんで言い直した時だけ声が小さくなるの? 俺はそれを聞いてどうすればいいんですか? 「え、なんだって?」って聞き返せばいいんですか?

 

 こういう時こそさぁ、選択肢が出てくれよなぁ。こういう時の対処法って、いまいち俺だけじゃ分かんないだよ。

 

 

【お前もしかして、アイツの事が好きなのか?(青春)】

【お前もしかして、俺の事が好きなのか?(純愛)】

 

 

 困らせろとは言っていない(真顔)

 

 下なんか選べるか!

 何が純愛だ、ウソつけ! 上げて落とされるのはもう……色々キツいんだよ! これでまた「違う」とか言われたどうすんだ!? 気まずい上に、俺は2度同じ女にフラれる事になるんだぞ!

 

 意味不明だが上を選ぼう。

 

「お前もしかして、アイツの事が好きなのか?」

 

「す、好き!?………待て、アイツだと…? おいアイツって誰だ?」

 

 それは俺も聞きたいけどスルーだスルー。

 どうせ選択肢に深い意味なんてないし、いつものアホアホなノリに決まってる。いちいち気にしてちゃあ、身が持たんわ。

 

「気にするな。それよりそろそろ此処を出よう」

 

「う、うむ……」(アイツというのはまさか……私が以前、主車に言った「私の好きな人」の事を言っているんじゃ……だ、だけど今の私は―――ッ…!)

 

「篠ノ之…? 出ないのか?」

 

「……いや、出るよ」(私は何を言おうとした……わざわざコイツの想いを断った私が今更……そんな虫のいい事なんて言える訳がない、恥を知れ篠ノ之箒…!)

 

 え、何でこの子自分にビンタしてんの?

 ああ、なるほど。まだ外にアイツらが居る可能性もゼロじゃないからな。確かに最後まで気を抜くモンじゃねぇや。

 

 

.

...

......

 

 

 危惧していた事も起こらず、無事俺たちは篠ノ之の身辺警護の者に保護された。篠ノ之が「勝手に出て行ってすいませんでした」と頭を下げ、向こうも向こうでめちゃくちゃ頭を下げて謝っていた。

 

 まぁ俺は別に保護なんちゃらの対象じゃないから、華麗にスルーされたけど。この感じは、どうやらここでお開きって事らしい。

 

「じゃあな。そろそろ俺も帰るわ」

 

「ああ……私達はまた、会えるかな?」

 

「そうだな…」

 

 どうなんだろうな。

 俺はまだ高校は決まってないが、篠ノ之はIS学園に進学する事が既に決まっているらしい。これで同じ高校って可能性は潰えた。だってIS学園って女子高だもん。俺が行ったら捕まっちまうな、HAHAHA!

 

「いつかまた会えるさ。その時はガキの頃みたいに一夏と3人で遊ぼうぜ。だからそんな泣きそうな顔してんなよ」

 

「だ、誰が泣きそうな顔をしているか!」

 

 してるんだよなぁ。

 まぁ、それ以上イジるつもりはないけど。

 

「またな、篠ノ之」

 

「ああ、またな……せ、旋焚玖…」

 

「あ? 今、お前……」

 

 俺が何か言うより早く、身辺警護の奴に連れられて、篠ノ之は行ってしまった。爆弾投下して行きやがった…! 何でよりによって、このタイミングで初めて名前で呼ぶんだ…! 

 

 思慮深い男に見えて、実は俺は単純なんだぞ! 

 そんな事されたら簡単に惚れちゃうだろ!

 それくらい単純なんだよぉ!

 

 でも、純情な感情を弄ばれた以外は何も起こらず篠ノ之と別れられた事に対して、俺は少なからずホッとしていた。

 

 篠ノ之へのパンツ口撃がいつ来るか、冷や冷やしてたんだ。会った時にはなかったし、別れ際には必ず来ると思っていたんだが……俺が備えていたせいかな、そこまで選択肢も単純じゃないって事か……アホには変わりないけど。

 

 もう此処に居ても仕方ない。

 お土産でも買って帰ろう!

 

 

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】

 

 

 やっぱりアホじゃないか!

 

 





鈴にも会いに行くのか(困惑)


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第17話 旋焚玖の叛逆


負けられない戦いがそこにはある、というお話。



 

 

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに泳いで行こう!】

【友との再会は素晴らしい。鈴にも会いに飛行機で行こう!】

 

 

 何言ってだコイツ。

 泳ぐ? 海を? 

 どれくらい? 

 学校のプール何往復分だ?

 

 却下に決まってんだろバカ! 

 ちゅぅぅぅ~~~~~ごくだぞ!? 

 

 真面目な話、泳いで行くのも可能ではあると思う。俺はそれだけの鍛錬を今までしてきたからな(ドヤぁ)

 ただそれは水着での話だ。でも海パン一丁で鈴に会いに行ったところでよ。

 

 

『お前に会いに泳いで来たぜ!』

 

『やっぱり変態じゃないの!(誤認)』

 

 

 埋もれかけていた変態のイメージがまた復活してしまう。それは普通に嫌だ。かと言って、服を着たまま中国まで泳いで行けるとは流石に思えねぇ。服を着たまま泳ぐ困難さを見くびっちゃいけねぇよ。

 

 とりあえず下だ下!

 上を選んだ時点で行くのが確定しちまうからな。少なくとも下を選んでおけば、まだ足掻ける。

 

 母さんと父さんが反対すれば万事解決、単純な話だ。大阪と中国じゃ色んな意味でスケールが違うからな、普通に考えたら反対するだろ。ウチの両親ナメんなよ、流石にそこらへんの常識は持ってるわ!

 

 

.

...

......

 

 

「あら、いいじゃない! 行ってきなさい、旋焚玖。ハイ、これお金ね」

 

 この前と全く同じ返事してんじゃねぇよ!

 なんだおま……ちくしょう、流石に心の中でも母さんをお前呼ばわりは出来ねぇ!

 

 母さんおかしくない!?

 何でそんなポンポンお金出せるの!? ウチって結構裕福な家庭なの!? 小金持ちだったりするの!?

 

 だ、ダメだ、金銭面でのアプローチは無駄に終わった……なら今度は倫理観で勝負だッ!

 

「いやいや、ちょっと待ってくださいなお母様。私の話を聞いてくださいな」

 

「あらあら、お母様呼びは初めてねぇ。今でも週に1回はママって呼んでくれるけどねぇ、うふふ」

 

 やめろぉ!

 それは俺の意思じゃないんだよぉ!

 

「まぁまぁ、それは置いておいてくださいな」

 

「え、ママ?」

 

「違うわ! なんだその聞き間違い!?」

 

 やりづれぇ!

 母さんみたいなタイプは苦手だ。自分のペースが掴みにくいったらありゃしねぇ! だけど今回ばかりは俺も引かんぞう!

 

「あのですね、母さん。俺が行きたいって言ってるのは中国なんですよ? 今日みたいに新幹線でぴゅ~っと行くのとは訳が違うんですよ?」

 

 中学3年生が一人で海外に行くなんて危険すぎるよな! それを言ってるんだよ俺はよぉ!

 

「旋焚玖はとてもしっかりしてるから大丈夫。それに空港まではちゃんと送ってあげるわ」

 

 それなら安心だな!

 いや安心してどうする!?

 

 ま、まだだ…! 

 まだ負けんよ…!

 

「ただいま~」

 

 と、父さんが帰ってきた!?

 まだ母さんも説得出来てないのに…!

 

「聞いてよ、パパ~!」

 

「ちょっ、母さん!?」

 

 またかよ!

 前と全く同じ流れじゃねぇか!

 

 玄関にパタパタ早歩きで向かう母さんの腕を掴……もうとして、ヤメた。そうだよ、前と同じ流れでいいんじゃないか。母さんが前と同じ事を言ってくれるのがいいんじゃないか!

 

「ねぇ、パパ。旋焚玖がね、今年中国に帰っちゃった鈴ちゃんに、どうしても会いに行きたいんだって」

 

 よし…!

 中々いい台詞で言ってくれた、母さん!

 

「なんだって? 旋焚玖は今日、箒ちゃんに会いに行ったばかりじゃないか。それなのに次は鈴ちゃんだって?」

 

 うっっっしゃぁぁぁッ!!

 そうだよ、父さん!

 そこはスルーしちゃいけないよな!? 倫理観作戦はまだ終わってねぇ!

 

「旋焚玖、どういう事なんだ? お前は箒ちゃんが好きで会いに行ったんだろう? それが済んだら次は鈴ちゃんに? それは人としておかしいんじゃないのか?」

 

 父さんが険しい顔で俺に詰め寄ってくる。

 いいよ、来いよ! 

 この際殴ってくれても構わんよ! いや殴ってくれ! それなら自然に「俺が間違ってた。この話は忘れてくれ」って言えるじゃん!

 

「旋焚玖ぅッ!!」

 

「おうよ!」

 

 既に歯は食い縛ってんぜ!…………あぁ? 

 何でぇ? どうして優しく肩に手を置くの?

 

「お前は今、人として最低な事をしようとしている」

 

 あ、なるほど。

 優しく諭してくれるんですね、分かります。

 

 そういや父さんが俺に手を上げた事なんて一回も無かったしな。周りがすぐ暴力に訴える奴ばっかで、俺もそっちに馴染んじゃってたわ。

 

「2人の女の子に言い寄るなんて最低だ」

 

 うんうん、流石は父さん。

 伊達に母さんを愛しちゃいねぇな!

 

「だが、それでも……!」

 

 ん?

 

「好きになってしまったんだろう? それなら旋焚玖の想いを一体誰が否定できる?」

 

 お前が否定するんだよ! 

 父親だろ!? 息子の二股になに理解示そうとしてんの!? 

 ついお前って言っちゃってゴメン! いやでも言うわ! だっておかしいもん! それにさそれにさ、何かちょっといいハナシ風に持っていこうとしてない!?

 

「そうね……恋は理屈じゃないものね…」

 

 ババァコラァッ!

 お前も拍車かけてんじゃねぇよ! あとババァ言ってごめんなさい! お前呼びは……もう謝らん!

 

「旋焚玖の目を見れば分かるさ。2人に惚れてしまった不義に苦悩しつつ、それでも2人を全力で愛そうと決意している瞳だ。パパには分かる」

 

 全然分かってねぇぞコイツ!

 なに満足気な顔してんだ、いい事言ったみたいな顔してんじゃねぇぞ!

 

「そうね。日本では一夫多妻なんて許されない事なのかもしれない。でもこれだけは忘れないで、旋焚玖。ママとパパは何があっても貴方の味方よ」

 

 一気に話飛躍させんなよ!

 何でもう結婚的な話になってんだよ!?

 

 そもそも俺と篠ノ之はそういう関係になってねぇよ! 鈴もなってねぇよ! むしろフラれてんだよ俺が! 俺がなぁぁぁッ!!

 

「ああ、一応聞いておくが、箒ちゃんとは付き合えたんだろう?」

 

 

【身体だけの関係に落ち着いた】

【初キッスはレモンの味がした】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!! 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ~~~~ッ!!

 

「初キッスはレモンの味がしたぁぁぁぁッ!!」

 

「ハハハ! こいつめ、大声で言うほど嬉しかったんだなぁ!」

 

「あらあら! 旋焚玖も大人になっていくのねぇ!」

 

 や゛め゛て゛く゛れ゛よ゛ぉぉぉぉ!

 

 ただでさえ親とそういう会話すんのは抵抗あんのに、嘘の報告させんなよぉぉぉッ! 何もしてねぇよぉ! 名前で呼ばれてキュン♥ってしちゃっただけだよぉぉぉッ!

 

「も、もういいだろこの話は」

 

「ハッハッハ! 照れるな照れるな!」

 

 や、やめろ!

 温かい目で頭撫ででくんじゃねぇよ! しまいにゃドツくぞ!? 今の俺はDV上等だぞコラァッ!!

 

 く、くそ…!

 完全に計算違いだった。

 まさかウチの両親が、ここまでトンデモ寛容力を持っていたとは……で、でも! 俺はまだッ……まだ諦めないッ! 

 

 涙で前がよく見えないが、それでも俺はまだ戦うんだ…!

 

「それは置いておいて。ちょっと私の話を聞いてくださいな、お父様」

 

「お父様かぁ! パパ呼びは今でもされ「もうそれはやったわ!」な、なんだよう……反抗期か?」

 

 この似たもの夫婦めが!

 

「あのですね、父さん。俺は確かに鈴に会いたいとは言ってますが、いきなり家に押し掛けられても迷惑だと思うんですよ」

 

 どうだオラァッ!

 俺の常識攻撃はよぉッ!

 まだ死んでねぇんだよ、俺の意思はよぉッ!

 

「確かに急に行くのは凰さんに迷惑が掛かってしまうな」

 

 そうだろうそうだろう!

 

「中国だし日帰りって訳にもいかないしねぇ」

 

 そうなんですよ!

 俺が行くだけで鈴の家族が困っちゃう! それはイカンでしょう、イカンよなぁ! ヒヒヒッ、これじゃあ行けないなぁ! だって鈴のご両親にも迷惑が掛かっちゃうんだもんなぁ!

 

「電話して聞いてみたらいいんじゃないかしら!」

 

 あ、おい待てい。

 それはずるいぞ、発達文明の力に頼るとか、そういうの俺の中ではノーカンだから。

 

「…………あ~、もしもし、凰さん? 主車です主車……ええ! ええ、そうです! いやぁ、お元気そうで何よりです、あっはっは!」

 

 の、ノーカン……。

 

 父さんが国際電話ってる。行動力早すぎだろ、少しは躊躇えよ。

 

「いえいえ、まだまだこれからですよ、なっはっは!」

 

 相手はきっと鈴の父親だろう、何やら仲良さげに話してる。

 

 くっそぅ……一夏もだけど、鈴も俺とは家族ぐるみで仲良かったもんな……それがここにきて弊害になるなんて、流石に想像だにしてなかったわ。

 

「ええ、ええ、そうなんですよぉ! で、どうでしょう? よろしければ、息子をそちらに行かせても……」

 

 断ってくれ親父さん!

 アンタの可愛い一人娘が俺に何かされるぞ!?

 

「本当ですか!? えぇっ、お泊りまでさせていただけるんですか!?」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「やったわね、旋焚玖! んもうっ、泣くほど喜んじゃって!」

 

 涙が止まらねぇ……いや、鈴に会いたくない訳じゃないんだ。こういう形で会うのが死ぬほど嫌なだけなんだ。

 

 だってよ……俺、鈴にフラれてんだぜ?

 篠ノ之の時とは違う。まだ篠ノ之には全国大会の応援っていう名目があった。だから俺もまだ耐えられた。

 

 今回はそういう名目っていうか言い訳が無いんだ。

 いや、確かに転校前に言ってたよ? 中国に来る事があったら真っ先に連絡寄こせって。中国でも引き続き店は開いてるからって(鈴の家は中華料理店を営んでいる)

 

 いやでも……それを理由にしてもキツいだろ、俺の場合。鈴からしたらフッた俺が一人で会いに来たらどう思う? 

 「うわ、コイツ一人で会いにきたよ、やべぇよやべぇよ」って引かれても不思議じゃないだろ……少なくとも未練たらたらマンだと思われちゃうじゃないか……………それはとっても辛いなって…。

 

「はい、はい、ああ、それもいいですね! 分かりました、では3日後に……はい、はぁい」

 

 電話が終わった。

 それは俺への死刑宣告に等しい。

 

「鈴ちゃんのお父さんが『どうせなら一夏くんも呼んで一緒においで』だってさ。お金の事は心配するな、父さん達が出すよ」

 

「!!!!」

 

 執行猶予だオラァッ!!

 

「一夏の家行ってくるッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

「一夏ぁ! 鈴に会いに行くぞ鈴に………ぁあ…?」

 

「お゛ぅ゛……ぜんだぐぅ……」

 

 何故、そんなダミ声なんだ…?

 何故、マスクを装着している…?

 何故、この真夏に厚着をしている…?

 

「……風邪、引いてんのか?」

 

「ゲホッゴホッ……インフルった…」

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「あ゛……ぜんだぐ…?」

 

 超スピードで近くのスーパーまで駆けていく。

 

「コレとコレとッ、あとコレもだオラァッ!!」

 

 目ぼしいモノを買って、即行で一夏の家に戻る。

 

「デコ出せオラァッ!! 冷えピタ貼ってろ!」

 

「あ゛~~~、ずまねぇ……」

 

「水分だ! ポカリってろ!」

 

「んぐんぐ……ぷへぇぁ~…」

 

「栄養だ! リンゴ食えお前このヤロウ!」

 

「シャクシャク……ンまい…」

 

 くそっ、他に俺に何が出来る…!?

 クソバカ一夏め、こんな時にインフルなりやがって…!

 

「で、医者から何て言われてる?」

 

「1週間あんせー」

 

 クソッたれぇ……(諦め)

 

 

.

...

......

 

 

 トボトボ帰宅。

 父さんと母さんに一夏の事を話す。

 

「……そうか、一夏くんはインフルエンザか…」

 

「う~ん……それなら無理強いできないわねぇ」

 

 ぐぬぬ……こういう時に、無理やりにでも連れていける精神を持てない自分が恨めしい。良心の呵責に負けるボク……ちくせぅ。

 

 

~♪~♪~♪~♪~♪

 

 

 で、電話……一体、誰から…?

 

「ひぃっ…!」

 

 い、嫌だ、出たくねぇ!

 間違いなく要件はアレだもん!

 でも出ないと余計に怒られる……ええい、ままよ!

 

「は、はい、もしもし…」

 

『ちょっとアンタ! さっきパパから聞いたわよ!? 急すぎてあたしもよく分かってないんだけど!? ちゃんと説明しなさいよね!』

 

 は、半年ぶりの電話なのに情緒もクソもねぇ……。

 

「いや、まぁ、アレなんですよ、その……まぁアレなんですよ」

 

『全っ然、伝わってこないわ』

 

 だろうね。

 ごめんね、ほんと。

 

『……一夏も、その…来るの?』

 

「あー……いや、それがアイツ今、風邪引いててさ……その、なんていうか、俺だけになりそう、です、はい……」

 

『そうなんだ……あっ、べ、別にアレよ? 今のは深い意味で言った訳じゃないんだから!』

 

「はぁ……」

 

 深い意味ってなんだろう。

 

『……アンタ1人で来んのよね?』

 

 うぐっ、やはり来たかこの話が…!

 

「あー、まぁ……あ、でもやっぱ俺だけじゃ気まずいよな!? この話は別に無かった事にしても」

 

 そうだよ!

 ここで鈴に断ってもらえれば!

 

『だ、誰もそんな事言ってないじゃない! いいから気にしないで来なさいよ! いいわね!? 今更来ないとか言ったらブン殴るわよ!?』

 

 鈴の気遣いが身に染みる。いい子すぎて涙がで、出ますよ……今回ばかりは違う意味でだけど。

 

「あーっと……じゃあ、お邪魔するわ」

 

『分かればいいのよ。ああ、あと今ウチに従妹も居るから。アンタが来た時に紹介す……ちょっ、何すんのよ乱!?』

 

 乱?

 

『くんな変態!』

 

 ブツッ……プーッ、プーッ、プーッ……。

 

 電話は既に切れていました。

 鈴より少し幼い女の子の声でした。

 

 見ず知らずの少女に電話口で変態と罵られて……なんていうか……その……下品なんですが……フフ……フフフ…………………勃たねぇよぉ……いっそ、そういう性的嗜好持ってりゃ良かったよぉ……普通にグサッときたよぅ…。

 

 

「…………行きたくねぇなぁ…」

 

 





乱も居るのか(困惑)


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第18話 鈴v.s.乱


論破に次ぐ論破、というお話。



 

 

 電話が切れた(切られた)後舞台は一旦中国に移る。

 

「いきなり何てコト言うのよ乱!? あぁもうッ! 勝手に電話も切っちゃうし!」

 

 乱。凰乱音。

 あたしより一つ下の従妹だ。

 幼い頃から家が近くって事もあり、日本へ行くまでは毎日のように一緒に遊んでいた。あたしも乱の事は妹のように思っていたし、乱もあたしの事を姉のように慕ってくれていた。

 

 中国に戻ってきてからは乱の家庭の事情もあって、あたし達と一緒に暮らしているのだけれど……数年会わないウチに乱は何て言うか、エラく生意気になったっていうか……なんだろ、呼び方も「鈴おねえちゃん」から「鈴姉」に変わったし。

 

 いや、ぶっちゃけそれは全然いいんだけど、なんかねぇ……妙にあたしにツンツンしてるっていうか……あれかしら、乱も14歳だし反抗期が来たのかしらね。

 

 まぁ乱があたしに何を思っているかは分かんないけど、あたしは乱の事を今でも可愛い妹分だと思っている。正直、たまに乱のツンツンっぷりにイラッとはくる事もあるけど、そこは怒らず我慢だ。それであたしまで乱に対抗しちゃったら、それこそ収拾がつかなくなっちゃうからね。

 

 だけど、流石に今回だけは怒らなくちゃいけない。人間、やって良い事と悪い事があるのだ。

 無理やりあたしから電話をぶんどり、その上、暴言を吐いて勝手に切るなんて、いくらなんでも度が過ぎる行為だ。しかも、ちょっと満足気な顔してるし! 何やりきった感出してんのよ!

 

「アンタ、どうしてあんなコト言ったの!?」

 

「だってさっきの男って、鈴姉にパンツくれって言った奴なんでしょ!? 変態じゃんか! アタシは間違ってない!」

 

「うぐっ……そ、それは…」

 

 あたしの失敗だった。

 日本から帰ってきて間もなくの事、乱から『日本でどんな人と友達になったの?』と聞かれた時に、つい軽い気持ちで旋焚玖の話もしてしまったんだ。

 

 『転校初日でパンツくれって言われちゃってさ~』なんて、ちょっとした面白話な感じで言ったつもりだったけど、こんな事になるとは思いもしなかったわ。

 

 ここは話したあたしがちゃんとフォローしておかないと…!

 

「ち、違うのよ乱。旋焚玖のアレはね、なんて言うか、その……儀式……そう! 儀式みたいなモノなのよ!」

 

「はぁッ!? 何を召喚すんの!? パンツ!? パンツを召喚する儀式って訳!? やっぱり変態じゃん!」

 

「ち、違ッ……えーっと、そうじゃなくて…! アイツのアレは日課っていうか!」

 

「日課ァッ!? ちょっと鈴姉! 初めて会った時だけじゃなくて毎日『パンツくれ』って言われてたの!?」

 

 や、藪蛇ったぁぁぁッ!

 毎日言われた事は教えてなかったんだっけ!? 

 

 まずい……非常にまずいわ…! 

 このままじゃ旋焚玖が来ても、乱が躍起になって追い返そうとするかもしれない…! あたしに似て手が早いこの子の事だ、きっと力で訴えるに決まってる…!

 

「だ、だからね? 違うのよ、乱。旋焚玖はね、とっても物知りなの!」

 

「はぁ……? それとパンツは全然関係ないじゃん」

 

「それが関係あるのよ! 旋焚玖はね、あたしや一夏にトリビア的なモノを教えてくれてたのよ!」

 

「いや、だからさ、それとパンツは関係ないでしょ?」

 

「違うのよ! パンツな挨拶をしてから、その流れで雑学をあたし達にね」

 

 あぁもうッ!

 自分で言ってて、あたしまで訳分かんなくなってきちゃったじゃない! パンツな挨拶って冷静に考えたら何よ! その流れってどんな流れよ!

 

「パンツな挨拶ってなに!? 旋焚玖って男は挨拶気分で『パンツくれ』って言ってくるの!? しかも流れ変わってるじゃん!」

 

 そ、そうね。

 乱の言う通りだわ。

 

「ソイツは物知りなんでしょ!? それで鈴姉は毎朝、ソイツから色んな事を教えてもらってたんでしょ!?」

 

「え、ええ、そうね」

 

「パンツな挨拶なくていいじゃんッ!!」

 

「うぐっ…!」

 

 ま、真っ向から論破されちゃったわ。

 清々しいまでに完敗……見事よ、乱…!

 

 正直なところ、反論材料はまだ残っている。

 でも、これは流石に……恥ずかしくて言えないわ。

 

『旋焚玖はあたしの事が好きなの! だからあたしのパンツが欲しいの!』

 

 い、言えないッ!

 絶対に言えないこんな事! 

 旋焚玖だって、勝手に自分の気持ちを言いふらされるのは嫌でしょうし…っていうか、言ったら言ったで「やっぱり変態じゃん!」って言われるのがオチだし。

 

 あれ…?

 そう考えたら、旋焚玖って変態よね。小学生の時ならまだしも、中3間近って時でも平気でアイツはあたしにパンツねだってきたし。

 

 う~ん……それなのに、嫌悪感が無いのはやっぱり……。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 身を挺して、あたしを守ってくれたアイツの姿を見ちゃったから……かな。不覚にもドキッてしちゃったし。恥ずかしいからアイツには絶対言わないけど。

 

「旋焚玖はね……ただの変態じゃない。カッコいい変態なのよ」

 

「鈴姉……頭大丈夫…?」

 

「デコ触ってんじゃないわよ! あたしは平熱よ! アイツの事はそうとしか言えないの!」

 

 後はまぁ、数年も同じ事を毎朝毎朝言われてたら、あたしも慣れちゃうっていうか、感覚が麻痺しちゃったっていうのもあるでしょうね。

 

「はあ~ぁ……でもアタシ、ショックだなぁ」

 

 一転して、乱がため息をついてみせた。

 さっきまであんなにギャーギャー騒いでたのに、そんな急に湿っぽくされたら、逆に不安になっちゃうじゃない。

 

「な、なにがよ?」

 

「そんな変態の名前を鈴姉ってば、たまに呟いてるんだもん」

 

「つ、呟いてないわよ!」

 

「いいや、アタシは何度も聞いてるね! 7:3の割合で『旋焚玖ぅ…』って鈴姉は言ってた!」

 

「そんな気色悪い呼び方してないわよ! だいたい何よ、その7:3って!」

 

 意味不明な比率なんか出しちゃって! そんなので、あたしがずっと大人しく論破されっぱなしと思わない事ね!

 

「……『ぐすっ……一夏ぁ…』」(迫真の物真似)

 

「!!?」

 

「これが7の正体だよ! ついでに昨日の鈴姉は7の方だったね!」

 

「ぐっ…ぐぬぬ…!」

 

 まさかそれまで聞かれていたなんて…!

 流石に昨日の事くらいはあたしも覚えている。昨日の今日で身に覚えがないって言うのは厳しい…! っていうか、何で聞いてるのよ!? 誰も居ないからあたしだって……ポソッと呟くくらいは……あ、あるでしょ! 

 

 そのボソッとを何で聞いてんのよぉ!

 

「週5ペースで聞いてるよ」

 

「ほぼ毎日じゃない!」

 

 毎回それに気付かないって、あたしもどうなのよ!? 

 アレか、気配を消す達人かこの子は! 

 っていうか、あたしもほとんど毎日、一夏と旋焚玖の名前を呟いてたって訳…? 日本から離れてまだ半年なのに、無意識のウチに呼んじゃうって……あたし、そんなに弱かったの…?

 

「ねぇ、鈴姉。7が本命として、3は何なの? どうしてたまに変態の名前まで呼んでるの?」 

 

 くっ……言いにくい事をズバッと聞いてくるわねぇ…! 色々あるのよ! 乙女には……い、色々あるのよ! 

 旋焚玖の事は親友として好きだと思ってるの! そう思わせてよ! そう思わないとあたしは…!

 

「ねぇ、鈴姉ってもしかして……気が多いの?」

 

「ほぐぅッ…!」

 

 

『気が多い』……あれこれと気を引かれるものが多い。移り気である。(広辞苑参照)

 

 

 乱の言葉が突き刺さる。

 ボディにガツンと突き刺さる。まるでリバーブローを受けた気分だ。

 

 でも、まだよ…!

 あたしの精神はそんなヤワじゃない…! いくらボディを攻められても、意識は保ってられるんだから!

 

「……鈴姉って一途じゃなかったんだね」

 

「ぐはッ……」

 

 乙女として、出来れば言われたくなかった言葉。あたしの中だけで留めておきたかった疑惑の言葉。乱から放たれた真っ直ぐすぎる言葉は、弱ったあたしの意識を刈り取るには十分な威力だった。

 

「強くなったわね、乱……アンタの勝ちよ……」

 

「はぁ? え、ちょっ……鈴姉…? うわっ、な、何で倒れるの!? 勝ちってなにさー!?」

 

 あたしの意識よ、さようなら(現実逃避)

 

 

 

 

 

 

「……鈴姉、寝ちゃった…? いや、気絶?」

 

 だけどこれでハッキリした。

 アタシの敵はずっと織斑一夏だけだと思っていた。カッコ良くて凛々しかった鈴姉を腑抜けにした織斑一夏だけだと…! 主車旋焚玖はただの変態で、捨てておいて良しと思っていたけどダメだ。

 

 コイツも鈴姉を腑抜けさせている要因の1人って事が分かった。主車旋焚玖もアタシの敵だ! っていうか変態だし、普通に敵だ! 変態の癖に鈴姉から『カッコいい』とか思われてるなんて絶対におかしい! なにか洗脳みたいな事をやったに違いないんだ!

 

 見敵必殺。

 覚悟してなさい、主車旋焚玖。

 アホみたいな顔して中国に来るがいいわ。でもその時がアンタの最期、アタシが正義の鉄槌を喰らわせてやるんだから!

 

 





乱音ちゃんは良い子。


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第19話 2人の出会いはロマンス


泣かせた少女、というお話。



 

 

 

「退屈しないで済んだ。君のおかげだ」

 

「いえいえ、自分も楽しかったです」

 

 機内で仲良くなった人とバイバイして、鈴から言われた場所へと向かう。そこで待ってりゃ、鈴が直々に迎えに来てくれるんだと。

 

 しかし何事もなくて良かった。

 俺は無事、中国に来れたぞ。

 

 飛行機内での俺はツイていたと言っても良い。

 だって、隣りの席の人がいい人だったもん。

 

 

.

...

......

 

 

 母さんに空港まで送ってもらった俺は、そのままトラブル(選択肢)に遭う事もなく、目的の飛行機に乗れた。

 

「席、席……おっ、ここか」

 

 やった。

 窓側じゃん。

 これで外の景色が楽しめる。後は非常識な奴が隣りに座らなければ、快適な空の旅を楽しめそうだ。乗り物っていうのは、電車だろうが飛行機だろうが、隣りに座る他人で内容が決まるのだ。

 

「隣り、いいですか」

 

「あ、はい」

 

 そんな事を思っていたら、タイミング良く隣りの席に座られた。

 眼光の鋭い女性である。どうやら俺と同じく1人らしいが、この感じは常識人ですね、間違いない。ただ、怒ったら怖そうだから俺も大人しくしておこう。

 

 

【空の旅におしゃべりは付き物。まずは年齢と体重を聞いてみよう!】

【暇だし何らかの勝負を仕掛ける】

 

 

 これは非常識ですね、間違いない。

 空港で大人しくしていたのは、この時の為の布石だったのか……要らぬ気遣い、嬉しくないです。

 

 年齢と体重を初対面の女性に聞く……普通に無しだと思います。そういうのを子供のシャレで済ませてくれる様な気配がこの女性からはしないのです。

 

 なら、下か…?

 でも勝負ってなに?

 【何らかの】ってのがまた曖昧だ。

 だが、こういう系はこれまで何度も見てきた。故に俺の経験が教えてくれる。このパターンは【勝負】さえ成り立っていれば、内容は俺が考えていいパターンの方が比較的多い。

 

 比較的、だからもちろん過信は禁物だが、さて…?

 

 下の選択肢を選んだ瞬間、口が開くのを許された。

 やったぜ。

 

「しりとり」

 

「……………………」

 

 真っ直ぐ見てないでください、こっちを見てください。

 

「しりとり」

 

「……?」

 

 え、私に言ってるの?みたいな顔ですね、分かります。そして分かってください。何も言わず何も考えず付き合ってください。一回だけ、一回だけでいいですから!

 

「しりとり」

 

「えぇ…? えっと……え、しりとり…? えーっと……り、リス…? で、いいのかしら…?」

 

 勝負、成立也ッ!!

 

「スリランカ」

 

「えぇ…? ホントにするの? まぁ別にいいけど。えっと……か、か…」

 

 こうして勝負は成り立ち、ついでに俺の勝利で終えた。まぁ自分、しりとりには結構自信ありますから。密かに世界チャンプレベルを自負していますから。

 

 ま、これで選択肢の条件もクリア出来たし、後はのんびり外の景色でも楽しんで「……もう1回よ」……ぅえい?

 

「まだ勝負は終わっていない。もう1度だ」

 

 何か悔しそうな顔して睨んできてるぅぅぅッ! 怖ッ、眼光キュピーンってなってますよ!? しかも口調が何だか尖ってますよ!? 

 

 そっちがもしかして素なんでせうか…?

 

 いやいや、この展開は想定外だぞ。流石にリベンジられるとは予想だにしてなかった。もうアレだな、ここは適当に負けてさっさと切り上げた方が良さそうだ。

 

「手を抜いたら怒るぞ」

 

……怒るのか。マジな目して大の大人が子供に怒るのか。

 でも怒られるのは嫌だなぁ……機内だし、みんなに見られるし。そういう注目のされ方ってホント嫌いなんだよ。普通に恥ずかしいし。

 

 結果、中国に着くまでずっと挑まれ続ける私でした。

 景色、見たかったなぁ……。

 

 

.

...

......

 

 

「……いい人……だし、変な人だな!」

 

 名前も結局互いに言ってないし……っとと、回想ってる間に目的地に到着したな。鈴から写メで送られてきた、この噴水の前で待ってりゃいいんだっけか。

 

 周りを軽くキョロってみるが、鈴らしき女の子の姿は見当たらない。むっ……鈴からメール?

 

『ごめん、旋焚玖。従妹の乱がどうしても1人で迎えに行きたいって、もう家出ちゃったの。もうすぐ着くと思うから、あたしっぽい子見たら声掛けてあげて』

 

 鈴っぽい子ってなんだよ。しかも従妹の乱って、アレだろ、俺を変態呼ばわりした子だろ……その子がわざわざ1人でぇ…? 何の為にぃ…? 

 

 俺にナニかする為に決まってるんだよなぁ……む、まだメールは途中だったか。

 

『追伸 大丈夫よ、旋焚玖。乱も「絶対何もしないから」って言ってたわ!(*^^)v』

 

 単純か!

 なんだそのバレバレの嘘台詞!? いやお前結構頭キレるタイプだったろ!? 何でそこだけ簡単に信じちゃうの!? その台詞はやべぇって! 絶対何かする奴が言う台詞じゃねぇか! トップだよトップ、殿堂入りしてるわ!

 

 むしろ、どうして自信満々にvサイン付きの顔文字まで送ってこられるのか……もしかして、俺も信じていいんですか…? 

 

 そうだよ、鈴が大丈夫って言ってんだ。

 アイツの言葉は信じるに足りる……けど、ちゃんと大人しくして待っておこうね。やっぱり人間、第一印象って大事だと思うの。ただでさえ変態呼ばわりされちゃってるのに、その上挙動不審だったら目も当てられないよ。

 

 

【待ってる間、暇なのでアカペラってる。ガチで】

【待ってる間、暇なのでスクワットってる。ガチで】

 

 

 クソったれぇ……(諦め)

 

 

 

 

 

 

「……もしもし、鈴姉…?」

 

『どうしたの、乱? もう旋焚玖とは会えた?』

 

 会えたという表現は違うと思う。

 

「えっとね、待ち合わせの場所には着いたよ」

 

『そう? なら旋焚玖も居るでしょ?』

 

 もしかしたら居るんじゃないかなとは思う。

 

「……なんかね、うぉぉぉ~ってね? スクワットしてる人なら居る。なんかね、めっちゃ速いの」

 

『あ、それ旋焚玖だわ』

 

「えぇぇぇッ!? 嫌なんだけど!? アレに近づくとか嫌なんだけど!? 話しかけるとか無理なんだけど!?」

 

 どうしてあの奇行者が主車旋焚玖だって、鈴姉には分かるのさ!? 見てもない癖に! きっと適当に言ってるんだ! そうに違いないんだ!

 

『なによ乱、アンタもしかしてビビッてんの? ならやっぱりあたしが…』

 

「だ、誰があんな変質者にビビるかい! いいよ、話し掛けてやるよ! ジョートーだよッ!」

 

『はぁい、それじゃ家で待ってるわね~』

 

 電話、切れちゃった。

 もう1度、アレを視界に入れてみる。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 うわぁ……すんごい叫んでる。

 えぇ……アタシがアレに声を掛けなきゃいけないの…? つい鈴姉には強がっちゃったけど、ハードすぎない? 

 

 だって、アレよ?

 道行く人たち、皆に2度見されてるんだよ? 流石に周りの目を気にするでしょ、普通の神経してたら! 何で一心不乱なのよ!? 何がアンタをそこまでさせるのよ!?

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

「うぅ……」

 

 ま、負けないもん!

 それでもアタシは負けない!

 こんな変質者に怯んでたまるもんですか!

 

 一歩ずつ、一歩ずつ、着実に歩を進めていく。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

「……ッ…!?」

 

 うわっ、目が合った…!

 変質者は危ないから目を合わせちゃいけないってママが言ってたっけ!? そんな金言を思い出すよりも早く、本能がアタシの目をアレから逸らさせた。

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~~~ッ!!」

 

「ひぃっ…!?」

 

 咆哮が急にダミった!?

 思わず視線を戻してしまう。

 また目が合って……………え、何か……えぇ? 

 な、泣きそうな目してない…? 気のせい? むしろ何かをアタシに訴えかけてきているような……そんな気がするんだけど、ううん、これはきっと気のせいじゃない。

 

 どうしてそんな悲しそうな目で……悲しそうな目で……スクワットしてんの?

 

「えーっと……あの「うおぉぉぉッ!!」アナタってもしかして「うおぉぉぉッ!!」やかましいのよこの変態ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 あ、言っちゃった。

 まだコイツが主車旋焚玖かどうか、確認する前に言っちゃった。いやでも、言うでしょ今のは。そんなにアタシ悪くないでしょ、今のは。

 

 でも、静かになってくれたわ。

 しかもスクワットも止まったし。

 これでちゃんと確認出来るわね。でも、コイツと知り合いとは思われたくないし……あ、そうだ、電話でも1回変態呼びしてるし、それで通じるでしょ。

 

「あーっと……一応、聞くけどさ。アンタが変態よね?」

 

「……ぐすっ…」

 

「ふぇっ!?」

 

 な、泣いたぁー!?

 





なーかした!なーかした!
一夏と千冬姉に言ってやろー!


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第20話 バブみ


感じるんですよね?というお話。



 

 

「ペラペラやべぇ、ペペラペラ」

 

「なんだあれペペペラペ、ペラペーラ」

 

「ペペラペペーラ頭おかしい」

 

 これがアウェーの洗礼なのか。

 日本に居た俺は、大海を知らないただの井の中でイキっている蛙に過ぎなかったんだ。それを今、強く痛感させられている…!

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 雄叫びと共に全力でスクワット。

 自分で言うのもなんだが、超スピードだと思う。地元ではありふれた光景さ。そう地元ではな……ここは見知らぬ土地なんだ、俺を知らない異国なんだ…! その事実が俺に現実を叩きつけてくる。俺が今までどれだけ温室に居たのかを自覚させてくる。

 

 小学生時代、学校で俺を変な目で見てくる奴は居なかった。何故なら小学1年生からずっとこんな感じだったからだ。小学生男子ってのはアホしてナンボなところがある。それが低学年だったら尚更だ。

 学年が上がる度、違うクラスから同じクラスになった奴は最初に「なんだコイツ!?」となるも、既に他のクラスメイトが受け入れているので、自然と初見な奴らも時間と共に俺を受け入れるようになる。

 

 そのまま地元の公立中学に上がれば、当然大半の連中が同じ小学校の奴だ。結果、中学も特に変な扱いはされていない。長く居れば、俺でも受け入れられるのだ。それは学校以外でも同じだった。

 

 こちとらガキの頃から何年も、逆立ち歩きで地元を徘徊し続けていたんだ。今更、咆哮&スクワットくらいのコンボじゃ、地元の人間であれば誰も驚かない。

 

「おっ、また主車んトコの息子がやってるぞ!」

 

「あらあら、旋焚玖くんは今日も元気ねぇ!」

 

 そういうキャラを確立してきたんだ。

 だから誰も俺を変な目で見てこない。俺がこういう奴だと知っているから。

 

 しかし、しかし…!

 何度も言うが、此処は地元じゃないんだ。地元どころか日本ですらない、中国なんだ…! 誰も俺を知らないんだ! そんな中で超高速スクワットを叫びながら敢行していたらどうなる!?

 

 冒頭の反応に決まってるだろ!

 何を言っているのか、さっぱりだったらまだ良かった。

 だが、俺の語感センスは素晴らしいからな。中国語なんて前世の大学で習ったきりなのに、それでもまだ記憶に幾つか残っている程、俺は凄いからな。それが今回ばかりは徒になった。俺の凄まじさが徒になってしまったんだ。

 

 ところどころ、聞き取れてしまうんだ。

 不運にもマイナス系ばかり聞き取れてしまうんだ。それが俺のメンタルにグサグサくる。ホームとアウェイの違いを痛感してしまう。

 

 っていうか……もう帰りたい。日本に帰りたい。

 何で俺がこんな目に遭ってんの? よくよく考えたら……いや、軽く考えてもおかしくない? 親に二股を勘違いされて、それも熱く承諾されて、わざわざ遠い遠い中国まで気まずい鈴に会いに来て? それでコレですか? しかも会った事もないガキに、電話で変態呼ばわりされる始末ですよ? 

 

 これはアレですか?

 もしかして篠ノ之との再会を結構楽しんだ反動ですか? 飴と鞭ってるんですか? でも、ちょっと鞭が痛いです。ホームでイチビってただけの俺の精神力が、キツすぎるアウェイの洗礼で挫けそう……ううん、もう挫けた。だって泣きそうだもん。いい歳こいて俺、何やってんだろって……。

 

 あ、鈴っぽい子だ。

 声……掛けらんねぇや。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 あ、目ェ逸らされた。

 そんな事したらホントに泣くぞ? いよいよ泣くぞ? いいのか? お前のイトコの姉ちゃんに(友達として)好きって言われた男が泣いちゃうぞ! それでもいいのかよ! おい、こっち見ろよ! マジで泣くぞ!?

 

「う゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~~~ッ!!」

 

「ひぃっ…!?」

 

 よ、よし!

 見たな! こっちを見たな! 後は意思の疎通を図るんだ、俺を止められるのはお前しかいねぇ!

 

「えーっと……あの「うおぉぉぉッ!!」…」

 

 うるせぇ!

 

「アナタってもしかして「うおぉぉぉッ!!」…」

 

 うるせぇ!

 

「やかましいのよこの変態ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 解放された。

 それついては多大なる感謝を。

 

「あーっと……一応、聞くけどさ。アンタが変態よね?」

 

 でもな?

 お兄ちゃん、もうダメだわ。

 会った事もない年下の女子に、恐々しく、それでもやっぱり変態呼ばわりされちゃった事で涙腺がK.O.されちゃいました。

 

 頬を伝う涙を止めらんない。

 今回ばかりは、いつもみたく気丈に振る舞えない。俺のメンタルはボトボトダ。

 

「ちょっ、ちょっと、なに泣いて…!? ああ、もうッ! こ、こっちに来なさい!」

 

 年下の女子に、俺を変態呼ばわりした女の子に手を引かれる。反抗する気力もなく、俺は鈴っぽい子に黙って連れられるのだった。

 

 

.

...

......

 

 

「とりあえず、此処でいいでしょ。ほら、アンタも座んなさいよ」

 

「あ、ああ…」

 

 鈴っぽい子に連れられたのは公園だった。

 聞けば、この近くに鈴の家もあるらしい。だが、今の状態で会いに行くのはちょっとアレだから…という事で此処で少し落ち着こう、と。

 

 鈴っぽい子に倣って俺もベンチに腰掛ける。流石にもう泣いてはいない?

 

「……アンタが主車旋焚玖、で合ってるのよね?」

 

「ああ」

 

「そっか……」(や、やりにくい……イメージしてたヤツと違うんだもん。鈴姉からパンツをねだる変態だし、傲慢なヤツを想像してたのに……すっごいシュンってしてるんだもん)

 

「えっと……あ、アタシは凰乱音だから。えっと、まぁ……乱でいいわ」(変にあだ名で呼ぶな、とか言ってまた泣かれてもアレだし。癪だけど許したげる)

 

 

【分かった、鈴っぽい子】

【分かった、乱音】

 

 

 分かってないんだよなぁ。

 

「……分かった、乱音」

 

「分かってないじゃん!」

 

「ごめんなさい」

 

「べ、別に頭まで下げなくてもいいから! まぁ、好きに呼びなさいよ」(わ、分かんない……どういうヤツなのよ)

 

「名前も互いに分かったし。ねぇ、どうして噴水の前であんな事してたの?」

 

 そりゃあ聞いてくるよな。

 乱の言葉に悪意や皮肉は感じられない、純粋に疑問として思っているのだろう。でも、俺がそれに答えられるのは一言のみ。

 

「分からない」

 

「……はぁ?」

 

 視線を険しくされても、これだけは俺も譲れないんだ。この類の問いに対して、俺は今までずっと『分からない』『知らない』『存じ上げない』で通してきたんだ。

 バカ正直に【選択肢】の存在を明かしたところで一体誰が信じる? 信じる訳がない。それどころか本気でサイコパス扱いされてしまうだろう。それだけは絶対に嫌だ。

 

 だから俺はこう答えるしかない。

 

「俺にも分からないんだ」

 

「………………ッ」(そんな訳ないじゃん、嘘つき……って言いたいけど、そんな捨てられた子犬みたいな目で見られたら言えないじゃない…! んもうッ、本気で調子狂っちゃう!)

 

「そう。でもね? ああいう事はしちゃダメだよ? やっぱり、その、ね? みんなも驚いちゃうし」(んもぉぉぉッ! 何でアタシが優しく諭してんのよ!? アタシはコイツを追い返しに来ただけなのにぃぃぃ~~~ッ!)

 

 うぅ……気を遣われてるのがビンビンに伝わってくる。しかも、俺がヘコんでいるのを考慮してか、まるでまだ何も知らない幼子に接するかの様に説いてくる。乱さんのその雄大な優しさが俺を更にヘコませる。

 

「そうだな。これからはヤメておくよ」

 

「ええ、そうした方がいいわよ、きっと。あんなのもしイケメンがしてても多分みんな引いちゃうと思うし」

 

 

【俺はイケメンだから大丈夫だ!】

【俺はナニメンなんだ?】

 

 

 ナニメンって言葉が存在していた事に驚きを隠せない。

 えぇ……でも聞くの? あんまり聞きたくないんだけど。イケメンを例に出してる時点で既に除外されてるし、あとはフツメンかブサメンくらいしか残ってないじゃん。

 

「俺はナニメンなんだ?」

 

「え? アンタは……そうね、フツメンね。可もなく不可もなく……うん、見事なフツメンだわ」

 

 見事なフツメンってなんだよ。

 でもブサメンって言われなくて良かった。イケメンってのは一夏みたいな奴を言うんだ。俺だってそれくらいは分かっている。

 

 だが待ってほしい。

 フツメンの中でもランクがあると思うんだ。上・中・下的なクラスに分かれてる筈なんだ。

 自分で言うのもなんだが、俺はフツメン(上位)に位置していると思う。だって篠ノ之みたいな美女に名前で呼ばれたし。鈴にも(友達として)好きって言われたし。2回も言われたし。

 

 別に追及する気はないけど。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【○レンジャーで言えばどのくらいだ?】

 

 

 追及しねぇって言っただろ!

 変な聞き方してんじゃねぇよ!

 

「○レンジャーで言えばどのくらいだ?」

 

「……ミドレンジャーね」

 

 別に居なくても困らねぇヤツじゃねぇか!

 いや、乱さんも真面目に答えなくていいんですよ!?

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【おでんで言えばどのくらいだ?】

 

 

 いやもういいだろ? 

 もう十分だ、十分堪能したよ!

 

「おでんで言えばどのくらいだ?」

 

「……コンニャクね」

 

「コンニャク? それっておでんの中でも主役級じゃないか?」

 

 もしかして乱さん的には、割と俺の顔は評価高かったりするのかな?

 

「ええ、そうね。おでんの顔とも言えるわ。そのくせ、あまり美味しくないでしょ? アンタの顔はそんな感じなの」

 

「ぐ、ぐぬぬ…!」

 

 どんな感じがまるで伝わってこねぇ! ミドレンジャーでコンニャクな顔なんて分かるか! やっぱり俺は真ん中でいい、ただのフツメンでいい、フツメンがいい、フツメン最高!

 

「……なんか……やっと元気になったみたいね」(よく分かんないヤツだけど、辛気臭い顔されてるより、よっぽどいいわ)

 

「ああ、おかげさんでな」

 

「それじゃあ、鈴姉のところに戻……あれ…?」(いやいや、おかしくない? ちょっと待ってよ。何でアタシ普通にコイツと仲良くしゃべってんの? アタシはコイツをブン殴ってやる為に迎えに行ったんじゃないの? だってコイツは鈴姉のパンツを欲しがる変態なんだよ!?)

 

 隣りの乱さんが何故かプルプル震えていらっしゃる。

 この子の案内無しじゃ、俺も鈴の家には行けないし……えっと、どうしよう…?

 

「ねぇ……どうして、鈴姉のパンツをほしがるの?」(もっと強く言いたいのに言えない……だって泣かれたら困るもん。理由は分かんないけど、なんか困るもん!)

 

 ああ、やっぱりそれが『変態』たる所以だったか。だが、それこそ本当にアレなんだ。

 

「分からないんだ」

 

「ッ、あ、アンタねぇ…! いい加減に……ッ…くっ、くぅぅぅ…!」(だからその目はヤメてってば! 何でそんな目で言うのよ! アタシの良心に訴えるなんて反則だぁ! もう追及できないじゃんかぁ!!)

 

「あ、あのね……えっと、ああ~……もう旋焚玖って呼ぶわよ? 呼び捨てだけどいいよね?」

 

 

【いい訳ねぇだろクルァァァッ!! ブチ殺すぞクソアマぁッ!!】

【旋ちゃんの方がいい】

 

 

 なんだお前コラァッ!! 

 さっきからコラァッ!! 

 絶好調かお前! 初めての外国でハシャいでんのか!? 勝手にテンション上げてんじゃねぇぞコラァッ!!

 

「旋ちゃんの方がいい」

 

「は、はぁッ!? アンタ調子に乗るのも「す、すまん。忘れてくれ」~~~ッ!! 分かったよぉ! だからその目でアタシを見んなぁ!」

 

 目?

 その目って……何か俺の目、おかしいのか? 今までそういう指摘は誰にもされた事ないからよく分からんぞ…?

 

「んもうッ! 話を戻すわよ、せ、旋ちゃん…!」

 

「お、おうよ!」

 

 年下の少女から『旋ちゃん』呼ばわり……なんか……やべぇ。

 

「あのね、せ、旋ちゃん。アタシが怒ってるのは、日本で鈴姉にパンツをくれって毎日旋ちゃんが言ってたって聞いたからなの。それは本当なの?」(鈴姉を誑かせてる云々はひとまず置いておこう。まずはこっちだよね、これだけは言っておかないと…!)

 

「……本当です」

 

 何か先生に怒られてるみたいだ。

 

「そっか……でもね、旋ちゃん? それっていけない事なんじゃないかな?」(な、なんか優しい口調になっちゃうんだけど……旋ちゃんって呼んでから余計に……うぅ~~~!! なんなのよ、この気持ちはぁぁぁ~~~ッ!!)

 

「……いけないこと、だと思う」

 

 やべぇコレ先生じゃねぇわ。

 この感じ……前世の幼き頃、何度か経験したアレだ。母さんに優しく怒られているアレにすっげぇ似てる。

 

「そうね、いけない事だよね。じゃあ、もう言っちゃダメだよ?」

 

 

【分かったよ、乱ママ】

【分かったよ、乱たん】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 うわぁぁぁあぁぁぁぁああぁあぁぁぁぁッ!! ふざっっっっけんなよマジでぇぇッ!! 久々だぞ、オイ!? こんな戦慄選択、マジでひっっっさしぶりだぞ、あ゛ァッ!?

 

 ちょっとは相手考えろよ!

 中2だぞオイ! オイッ!! どっちもダメだって! 上も下もキモいって! せっかく、打ち解けかけてくれてっぽいのに、全部! ずぇぇぇぇんぶッ! 台無しになっちゃうて!

 

 ダメだ、どうせどっちか選ばねぇと始まらねぇんだ。言って即行オドケてみせよう! それしかねぇ!

 

「分かったよ、乱ママ……な、なぁーんちゃっ「はぁぁぁぁぁッ!? だ、誰がアンタのママよ!? バカじゃないの!? アンタほんとにバカじゃないの!? 死ね変態! 変態変態へんたぁぁぁいッ!!」……Oh…」

 

 思ってた以上に食いつかれるのが早かったです。おとぼけ作戦実行できませんでした。

 

「フンッ!!」

 

 乱ママ……じゃねぇや、乱は鼻を鳴らして、そのままスタスタ行っちゃった。そりゃそうだ。殴られなかっただけ俺は幸運だった。

 だけど残された俺はどうすっかな……流石にあんな顔真っ赤にして怒らせちまったのに、それでまだあの子の背中を追いかけるのも気が引ける。

 でも1人じゃ鈴の家どこか分かんねぇし……鈴に電話して迎えに来てもらった方がいいかな……ん?

 

「何してんのよ!」

 

 うぇい?

 

「アンタ1人じゃ道分かんないでしょ!? 早く来なさいよバカ旋ちゃん!」

 

「お、おっす!」

 

 ゆ、許された…?

 寛大な御心に感謝するッ……凰乱音…! もう絶対…! 俺はアンタを困らせたりはしねぇッ…!

 

 

【これから毎日ママと呼ぼうぜ?】

【これから定期的にママと呼ぼうぜ?】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 





これがバブみちゃんですか(困惑)


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第21話 乱v.s.鈴


何の話?、というお話。




 

 

 

「ただいまぁ!」

 

「……お邪魔します」

 

 中華料理『鈴』の看板が立てられている店へと、乱に続いて入っていく。凰家は下で店を開いて、上で生活をしているらしい。日本に居た頃と同じスタイルでやっているんだな。ただ今日はお店は閉めているんだとか。

 

 これはアレか? 

 日本から来た俺のために、わざわざ店を閉めての歓迎パーティーが始まるのではなかろうか…!

 

「いや、ただの定休日だから」

 

「あ、鈴姉! ただいま!」

 

 呆れた顔して出迎えてくれたのは半年ぶりに会う友達。

 

「ええ、おかえり乱。それと……久しぶりね、旋焚玖」

 

「ああ、久しぶりだな鈴」

 

 何で俺が考えてる事が分かったんだろ。

 

「アンタは表情に出る時と出ない時の差が激しいからね。さっきのは妙にウキウキしてるのがバレバレだったわよ? そういうトコ、全然変わってないのねぇ」

 

「む……」

 

 しみじみ言われるとやけに恥ずかしい。

 だが、鈴の接し方はとてもありがたい。電話でも少し話に出ちまったけど、何か適当に話してないと気まずいんだよ、やっぱり。用心するのは下手にあの時の事(旋焚玖おフラれイベント)を思い出すような話題は避ける事だな。

 

 

【お前はもっと可愛くなった】

【成長した俺の超モナカを魅せつける】

 

 

 避けるツってんだろコラァッ!!

 【上】はあかんだろ、なんだそのセリフ!? 

 未練タラタラじゃねぇか! 確実だ! 確実にあの日の光景が浮かんじゃうだろぉ! 分かってんの!? 1度フッた男から【可愛い♥】なんて言われても女の子は嬉しくないの! キモいだけなの!

 

「……ッ、オラァァッ!!」

 

「ちょぉッ!? なに上脱いでんの!?」

 

 上だけだから!

 プールの授業で散々見てるし勘弁して!

 

「俺の鍛え上げられた腹筋(超モナカ)を見ろッ!!」

 

「うわっ……これは…確かにまた凄くなったわね…!」

 

 フッ……最後に見せたのは中2の夏だったか。なんだかんだ修業ってヤツは嘘をつかんからな。俺の肉体はまだまだ進化を遂げられるってな…! これに関してはちょっと自分でも誇っていたりするんだぁ~♪

 

「何してるの、バカ旋ちゃん!」

 

「うぇい!?」

 

 ビターンな音と共に背中に衝撃が走る。

 し、しまった……乱ママ…じゃねぇ、乱も居るんだった。正直、完全に気ぃ抜いてた。いや、だってさ……勘違い以外で「凄いわ!」的な目を向けられるのって、やっぱり嬉しいじゃん……ちょっとだけ浸っちゃうのも無理ないと思うんだ。

 

「そういう事もしちゃダメ! また変態って呼ばれちゃうよ!?」

 

「あ、ああ……そうだな。俺が悪かったよ」

 

 やべぇ……この子にはホントに頭が上がりそうにないぞ…? どうしても、母さんに怒られてる気分になっちまうんだもん。この世界じゃ俺が初めて出会うタイプだ、マジやべぇ。

 

「ん! 分かればいいよ! 物分かりはいいんだよね、旋ちゃんは」(今までちゃんと注意する子がいなかったのかな? しょうがないから、アタシが教えてあげるしかないかぁ)

 

 俺は物分かりいいよ、俺はな。

 

「ふーん…? 何かよく分かんないけど、確執は取れたみたいね、乱?」(旋焚玖のことを旋ちゃんって呼んでるのが気になるけど)

 

「ん~……なんかね、怒る気分じゃなくなったっていうか。思ってた感じと違うっていうか」(変態っていうか、旋ちゃんって超絶バカなだけな気がするんだもん。意気込んでた分、余計に拍子抜けしちゃったよ)

 

 呆れられてるんですね、分かりますよ。

 年上の男が泣いた上に、年下の女の子にママと呼ぶ。普通ならドン引き案件ですわ。それでも許してくれた乱さん。

 

 総評、この子はとてもいい子である。

 そんな子に対して、これから【定期的に】……両親をママパパ呼びが週1スパンだから、多分同じ週1だと思うが、それでもなぁ…。

 

 この子を【乱ママ】と呼ばなきゃいけないのがツライです、とってもいい子だから…。

 

「それなら良かったわ。でもごめんね、旋焚玖。あたしがアンタの話を考えなしで乱に話しちゃってさ」

 

「気にするな」

 

 この感じじゃ俺をフッた話まではしてなさそうだし。パンツな挨拶に関しては完全に俺に落ち度があるし、わざわざ謝ってくれた鈴に申し訳ない気持ちすら湧いてくるわ。

 

 

【俺をフッた話はしてないか?】

【あの日の事は話してないか?】

 

 

 自分で蒸し返していくスタイル。

 好きじゃないし嫌いだよ。

 

「あの日の事は話してないか?」

 

 明確に示さない事で、【上】とは違うやつを思い出してもらえる可能性…! 俺はそれに賭けるッ!

 

「…ッ、ば、バカ! 言う訳ないじゃない!」(な、何でアンタから言ってくるのよ!? ずっと意識しないようにしてたのに!)

 

 鈴の頬に薄っすらと赤らみが浮かぶ。可愛い。

 うん、知ってた。だって鈴って頭いいし空気読める子だもん。あの日とかボカしても正直意味ないかなって思ってたさ。ああ、分かってたさ。

 

 だから、これだけは言わせてくれ。

 

「すまん」

 

「あ、謝るなら言わないでよぉ…!」(んもぉぉッ! どうしてあたしがアタフタしなくちゃいけないのよぉ! で、でもこんなの意識するなって方が無理でしょ!?)

 

「むむっ! また鈴姉を困らせたな!?」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「むー……でも、反省してるみたいだし、許してあげる!」

 

「……ホッ…」

 

 いや待て俺。何でそこでホッとしてんの? 

 まるで母さんに怒られずに済んだ的な、そんな感情が芽生えてきてないか? いやいや……えぇ…? それがマジなら、非常にマズいのではないでしょうか。

 年下にママを感じる……いや、ママを感じるってなんだよ。母性だ母性。そう、母性を感じてしまう病に罹ってしまった…?

 

「……何かさ、アンタの乱への態度…おかしくない?」(なんていうか……上手く言えないけど、あたしと話す時と違うような気がする……正直、もやもやする…)

 

 き、気付かれた!?

 いやだ、こんな訳分かんねぇ感情だけはバレたくねぇッ!

 

「……おかしくない」

 

「今、間があったわよ? いつものアンタなら即答してる筈よねぇ?」

 

 さ、流石鈴…! 

 相変わらずキレてやがる…! だがこればっかりは、俺だって簡単に引くわけにはいかねぇ…!

 

「そんな事はない」

 

「……ふーん…」

 

 じ、ジロジロ見られてます。

 明らかに疑いの目で見られてます。でも、いくら疑われようが頭の中までは覗けまい…! 何が何でも誤魔化し押し切ってやる…!

 

「聞くつもりはなかったけど気が変わったわ。アンタと乱、此処に来る前なにしてたの?」

 

 泣きベソかいて、年下の乱に慰められて、彼女をママと呼びました。

 なーんて……ぜっっっったいに、言わねぇぇぇッ!! 言っちゃならねぇッ! 改めてみりゃ、ドン引きどころか軽く犯罪案件やんけ! 

 鈴は数少ない俺の親友なんだぞ!? 俺はコイツとこれからも仲良くやっていきたいんだよぉ! こんなの話したら嫌われちゃうよぉ! もう絶交レベルだよぉ!

 

「……あたしに言えないの?」

 

「言えない」

 

「ッ……あぁ、そうッ!」(なによ! いつもだったら聞かなくても話してくる癖に! どうしてコレに限っては話してくれないのよ!)

 

「乱……!」

 

「な、なぁに?」(うわわ……鈴姉が怖いよぅ)

 

 マズい…!

 まずいまずいまずいッ! 俺が幾ら拒否ったところで乱が話しちまったら最後だ…! 最後っていうか最期だ…! 

 

 た、頼む乱様神様仏様!

 言わないでくださいぃぃぃッ!!

 

「旋焚玖と何があったの? 乱はいい子だから教えてくれるわよねぇ?」

 

「ヒェッ……う、う~んとね……ん…?」

 

 お、お願いです乱様ぁぁぁッ!!

 

「……ッ!!?」(こ、子犬ぅぅぅぅッ!? 雨に濡れた子犬の目ェェェ!! 耳を垂らして子犬がくぅーんくぅーんって泣いてるぅぅぅッ!!)

 

「……旋ちゃんが言わないなら、アタシも言わない」

 

 うおおおおぉぉぉぉッ!!

 アンタ、やっぱりいい人だ!

 

「はぁッ!? アンタまであたしに隠す気!? そんなに言えない事してたの!?」

 

 し、してました。

 反省してるんで、ホント、すいません。だから乱に突っかかるのはヤメていただけないでしょうか? 私をボコッていいですから。

 

「……ッ、鈴姉こそ、さっきから何なの?」(そこまでキレられるとアタシもイラッてしてきたんだけど…!)

 

 あ、あかん…!

 乱までヒートアップしてきてる!? このまま傍観してるのはマズい気がする、何とか割って入れるか…!?

 

「何がよ?」

 

「旋ちゃんは鈴姉にとって3なんでしょ? じゃあ別にアタシと旋ちゃんが何してようがいいじゃん!」

 

 2人の間に入り込もうとしていた足が止まる。いや、止まるだろ。

 3ってなに…? 何で唐突に数字? めちゃくちゃ気になるんだけど。俺って数字でいう3なの? どういう意味で?

 

「そ、それは……べ、別に今はそれと関係ないでしょ!」(せ、旋焚玖の前でそれはしないでよ!)

 

 なんだ、関係ないのか。

 

「関係あるじゃん! だからそんなにイライラしてるんでしょ!?」

 

 関係あるの!? 

 いや、そもそも2人してさっきから何の話してんの!? まだ俺の話だよな!? 何でそれで俺がついていけなくなってんの!?

 

 っていうか、今こそお前の出番だろ【選択肢】ィッ!! なんでこういう時はウンともスンとも言ってくれないの!? お前ならこの空気をブチ壊せるだろォ!?

 

「うるさいわねぇ! アンタが勝手に3って決めてんじゃないわよ! もしかしたら4かもしれないでしょ!?」

 

 4!?

 3じゃなくて4の可能性もあるの!? 

 え、ま、まだ俺の話だよな? 俺が3か4って表現されてる、で間違いないよな? え、合ってんの? ほんとに俺の話で合ってる…?

 

「4……? って事は4:6になったって認めるんだね、鈴姉!」

 

 4:6!?

 ここにきて割合!? なんのだよ!? 

 クソッ、なんの比率なんだよ、流石に気になりすぎるぞオイ! 気になるし不安だぞ!? お前ら俺の話してるんだよな!? 日本語で話してくれてるのにまるで分かんねぇよ!

 

「どうなの、鈴姉!? ハッキリしないと旋ちゃんに言っちゃうよ!?」

 

 やっぱり俺の話か!?

 

「あたしにだって分かんないのよ! 5:5になるかもしれない…! もしかしたら6:4になるかもしれない…!」

 

 確率変動!?

 お前らもう俺の話してねぇだろ!?

 

「でも……分かんないの! こんなに旋焚玖と早く会うなんて思わなかったんだもん!」

 

 やっぱり俺の話!?

 

「……そうだね、鈴姉。でも、いつかは0か10にしなきゃいけない日がくると思う。でないと鈴姉が苦しいままだもん」

 

「ええ、分かってるわ……ありがと、乱」

 

「えへへっ! アタシは鈴姉の妹分だからね!」

 

「んもう、調子いいんだから」

 

 

 俺、途中から何もしゃべってねぇや。

 完全に2人の意識からも消えちまってんじゃねぇかな。楽しそうにキャッキャおしゃべりしてるし。別にいいけど。2人が険悪なままより全然いいや。

 

 俺はこのまま空気になってりゃいいんだ。俺の存在なんて、やっぱ所詮こんなモンよ。

 

 

【叫んで存在をアピールする】

【静かに控えておく】

 

 

 俺は……。

 

 

「ウ゛ェェェェェーーーイッ!!」

 

「「!!?」」

 

 この後、2人に怒られました。

 でも気付いてもらえて嬉しかったです。

 

 





中国編の主役は乱ちゃんだったのか…(困惑)



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第22話 鈴の葛藤、乱の応援


良心と両親、というお話。



 

 

『あたしにはもう好きな人がいて……旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの……ごめん……だからアンタの気持ちには応えられないッ…!』

 

 中国に帰る直前、あたしは旋焚玖にそう言った。

 あの時の、旋焚玖が悲しげに頷いてみせた表情を……あたしはいまだに忘れられないでいる。

 

 旋焚玖に自分の気持ちを打ち明けた…ううん、押し付けた事への後悔はない。そうしないと、あの時のあたしは旋焚玖に揺らいでしまいそうだったから。日本に来て、あたしが初めて好きになった人は旋焚玖じゃなかった。

 

 一夏。

 気さくに話しかけてくれて、一緒にバカやって、男子にイジめられていたあたしをカッコ良く助けてくれた。その時に惚れてしまったんだ。あたしは一夏が好きなんだって、自然とそう思うようになった。

 

 なのに……!

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 一夏が休みの時、チャンスだと言わんばかりにあたしに絡んできていた男子を追い払った男がいた。ずっと、バカでアホで変態な奴だと思っていた旋焚玖だった。いきなり出てきて、やっぱりアホな事を言った。こんな時までフザけるな、って思った。

 

 でもその後、一夏とは全然違うやり方であたしは守られてしまった。自分で自分を殴っておいて涙目になっているアイツは、変に強がっていた。

 そんな旋焚玖を見て、あたしはどうして笑えようか。男子たちがあたしに、これ以上手出しさせない為に、わざわざ自分を傷付けたアイツをどうして笑える?

 

 実際、あれ以来、あたしが男子たちから揶揄われる事はなくなった。

 

 

『俺の女に何してやがる』

 

 

 最初はフザけるなって思った言葉なのに。

 今では思い出すだけでドキドキしてしまう。あたしはあの日を境に旋焚玖も意識するようになってしまった。

 

 ただの騒がしいバカ。

 そんな印象を抱いていたあたしだけど、旋焚玖を観察していたら気づいてしまった事がある。旋焚玖はバカな時と静かな時の差がとてつもなく激しい奴だった。

 

 バカな時はホントにバカだ。世界一バカなんじゃないかって思うくらいアホな言動を突っ走る。でもアイツが多く語らない時は違った。

 なにかで困っている奴が居たら、アイツは何も言わずさり気に手伝ったり、時には引き受けたり、助けたりもしていた。

 

 そんな時、決まって旋焚玖は言うんだ。『気にするな』って。一度、気づいてしまったら、もうダメだった。旋焚玖の魅力に惹かれる気持ちが、日に日に増していくのを感じた。

 

 あたしは一夏を好きになったのに。

 誰かを好きになるって気持ちは、そんなにコロコロ変えていいものじゃないと思う。そんな思いが、旋焚玖への想いに蓋をさせたがる。

 

 

『旋焚玖は友達としての好きでしか見れないの』

 

 

 あたしは嘘をついた。

 そう断言しないと、旋焚玖を好きになってしまうから。このままじゃ2人に心を寄せる事になってしまうから。そんなのは駄目…! 

 だから……あたしの勝手な理由で、あの日、旋焚玖に伝えたのに…! 旋焚玖を悲しませてまで友達だって、言い聞かせた筈なのに…!

 

 

「旋ちゃん、正座だよ!」

 

「は、はい…」

 

 プリプリ頬を膨らませる乱の前で、旋焚玖は大人しく正座してる……うん、来ちゃったのよね、ホントに……こんな早く会うなんて思ってもなかった。それに……。

 

「これからはもう、いきなり大きな声を出しちゃダメだよ?」

 

「ああ、そうだな…」

 

「ん! 分かればいいの!」

 

「いや、おい…」

 

 あたしってこんなに嫉妬心が強い女だったんだ……。

 

「おぉ~! 旋ちゃんの髪ってサラサラだね!」

 

「そ、そうか…」

 

 旋焚玖は戸惑いながらも、乱に頭を撫でられる事を拒まないでいる。旋焚玖があんなに戸惑っているところなんて、日本では見た事がなかった。旋焚玖の新たな一面を簡単に引き出してしまう乱に、あたしは嫉妬してしまっている。

 髪を撫でている事に対してじゃない、旋焚玖にあんな表情をさせている事に対して、あたしは……ッ…~~~ッ!!

 

 乱がこの前言っていたっけ。

 あたしが一夏と旋焚玖の名前を呟くのは7:3だって。本当に……? こんなにもイライラしちゃっているのに…?

 

 分からない。

 もうどっちがどっちなのか、分かんなくなってきてる…! 

 せめて一夏が此処に居てくれたら、2人を比較……うぅ…比較って嫌な言葉よね。なんだか旋焚玖と一夏を天秤に掛けるみたいで……いや、実際そうなんだけど……乙女としては抵抗あるのよ…!

 

「鈴姉も旋ちゃんの髪触ってみる~?」

 

「え!? あ、あたしも…!?」

 

 くぅぅぅ……なに豪快にキョドってんのよぉ…! 

 クールになれ、あたし! 変に意識しちゃダメよ…! あたしが1人で気まずい思いをするのはいい。でも旋焚玖までそれに巻き込んじゃダメなの!

 

 普段のあたしを思い出せ。

 普段のあたしなら、こういう時どうするの? 特に気にすることなく「うわ、ホント! アンタの髪ってサラサラなのねぇ!」って感じで撫でてあげる筈よ…!

 

 すぅぅぅ……ふぅぅぅ……!

 そうよ、自然な感じで……しょうがないわねぇって、少し気怠い感じを醸し出しながらいきましょう!

 

「しょ、しょうがな…―――」

 

「俺は鈴に撫でてほしい」

 

「―――ッ、な、なぁッ……!」

 

 なななっ、何で今…!

 どうして今! そういう事を言うのよ!? アンタそういう事言うキャラじゃないでしょ!? なのに! どうしてッ! こ、このタイミングで…! 

 あたしが一歩踏み出そうとしていた、その隙間を縫うような絶妙なタイミングでぇッ! そんな事言うのよぉッ!

 

「な、撫でる訳ないじゃない! バカぁッ!!」

 

 真っ赤になってる顔を見られたくなくて。あたしが意識している事を旋焚玖にバレるのが恥ずかしくて。

 

 あたしはその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「あ、鈴姉!?」

 

 何だかプンスカプンな感じで、鈴は2階へと駆け上がって行ってしまった。いや、俺のせいなんだろうけど……どっちが良かったと思う?

 

 

【俺は鈴に撫でてほしい】

【俺は鈴にナデナデされたい】

 

 

 女子に頭を撫でてもらうのをねだってる時点で、もうキモいのは確定してる。後はどっちがマシかって事だよ、言葉のチョイス的な意味で。

 ううむ……まだナデナデの方が冗談っぽくなったかなぁ……いや、でも『ナデナデ』って。15の男が言ってもキモさが倍率ドンするだけだろ。

 

「むぅ……鈴姉、行っちゃったね」

 

「怒らないのか?」

 

 鈴スキーな乱の事だし、まぁた怒られるのも覚悟していたんだが、乱からはそんな気配は感じられない。

 

「怒んないよ。今のは別に変な言葉じゃなかったもん」

 

「変態っぽくなかった?」

 

「だいじょーぶ!」

 

 そうか……乱がそう言うんなら間違いなさそうだ。あ、ついでにこっちの判定もお願いしようかな。

 

「ちなみに『ナデナデされたい』だったら?」

 

「キモーーーい! それはダメだよ旋ちゃん! うんにゃ、よくそっちを言わなかったね! 褒めたげるー!」

 

 やったぜ。

 俺の選択は間違ってなかったんだぜ。いつも通り【選択肢】が間違ってたんだぜ。でもそれはそれ、これはこれだ。鈴にちゃんと謝りに行かねぇとな。

 

 いや、謝ったらまた変に気まずくなるんじゃ……それも嫌だなぁ。中国まで来て気まずい空気を自分から作っていくのは避けたい。かと言って、このまま放置するのも違う気がするし……うむむむ…。

 

「あのね、旋ちゃん。鈴姉は別に怒ってないよ」

 

「……む…?」

 

「鈴姉は今ね、ちょっと気疲れしてるんだ。だから、なんていうか……精神的にマイッてるんだよね」

 

 精神的に?

 そういや、俺が来た時は少し元気がなかったようにも思える。鈴にしては大人しい声で迎えてくれたもんな。

 てっきりそれは、気まずさからきてるモンだと思ってたんだが……違うのか?

 

「……旋ちゃんなら言ってもいいかな。あのね…? 実はちょっと前からね、鈴姉のパパとママからね……離婚の話が出てきてるの」

 

「……なんだって?」

 

 あの仲が良かった親父さんとお袋さんが? 少なくとも俺が見てた限りじゃ、険悪な感じは無かったけど……ってそうか、他人が居る前じゃ見せんわな。子供じゃあるまいし、2人とも良識のある立派な大人だ。

 

 っていうか、正直聞きたくなかった。

 他人様の家庭内事情って聞かない方がいいんだよ、暗い内容だったら尚更な。乱も別に言わなくていいのによ、かえって鈴に気ぃ遣っちまうじゃねぇか。まぁ自然体で接するけどさ。

 

「アタシが今、鈴姉の家に居るのもね? アタシのママが少しでも鈴姉の傍に居てやれって。一番ツラいのは鈴姉だからって」

 

 えっと……結論から言うと、だ。

 もしかして俺……最悪のタイミングで来てしまった? 

 

「アタシもね、何とか鈴姉のパパとママを仲直りさせようって頑張ったんだけど、無理だったの…」

 

 何で親父さんも電話の時に断らなかったんだよ、そんな時期に俺が来ても迷惑なだけで……いや、鈴の親父さんもお袋さんも気遣いのできる人だったっけな。きっと、父さんの言葉を無下に出来なかったんだろう。

 

 や、やべぇ…!

 そう考えたら、余計に顔合わせ辛いぞ…? まだ親父さん達とは会ってないけど、絶対これから会うじゃん…! ポーカーフェイスだ、自然体でやり過ごすのだ俺よ。そういうのは得意だろ…!

 

 俺は何も聞かなかった。

 俺は何も知らないテイで普通に過ごして、普通に日本に帰ろう。うん、それが一番だ。

 

「でも……もしかしたら…」

 

 ん?

 

「もしかしたら、旋ちゃんなら……旋ちゃんなら…! あの2人を止められるかもしれない…!」

 

 何言ってだコイツ(『ん』抜き言葉。旋焚玖が素になった時、たまに出る語法)

 

 全く以て、意味不明なんだけど? 

 何故そう思うのか。初めて会ってから、まだ数時間しか経ってないのに、どれだけお前が俺の事を知ってるって言うんだ?

 

「奇抜な行動をしてみせる旋ちゃんなら…! 常識に囚われない旋ちゃんなら! 行動力の塊な旋ちゃんだから! アタシはお願いするんだよぅ!」

 

 それほど俺にお詳しかったとは、お見逸れしました。もはや完敗の域です。

 だからってOKする訳ねぇだろバカ! 他人様の家庭問題に土足で関わったらダメなんだよバカ! 分かってんのかバカ! おいバカ! バカママ!

 

 

【「がんばれ♥ がんばれ♥」って言ってくれたら引き受けよう】

【女の言葉には黙って頷く。それが真のダンディズムってやつだ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 コイツが一番バカだった!

 お前ホント何考えてんの!? 乱にいったい何を求めてんの!? 

 

「がんばれ、がんばれ…って、言ってくれたら引き受けよう」

 

「……旋ちゃん…?」

 

 乱さんが変な生き物と遭遇したような目で俺を見てきます。でも、それでいいのです。幻滅されようが、何を思われようが、俺は絶対に引き受けたくないのです。

 

「語尾に♥を付けるのを怠るな」

 

 すかさず倍プッシュだ。

 これを言うのは年頃の女の子はキツいだろ? っていうか、普通にキモいだろ? こんな変態に、そんな重要な頼み事はしてはいけない。

 

「なるほど、旋ちゃんを応援すればいいんだね! 分かった!」

 

 あら純粋無垢。

 意味合いが違うんですよ、乱さん…! でも貴女は分からなくていいのです、だから言わないで…!

 

「がんばれがんばれ~! じゃないや、えーっと……♥な感じだから、んーっと…」

 

 そんなこと言わなくていいから(良心)

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 い、言わせてしまった。

 穢れ無き少女に言わせてしまった。

 

「……ああ、分かった」

 

 良心の呵責がやべぇ。

 それでも言わせてしまったのは事実なんだ。乗り気じゃねぇけど、俺も出来る限り何とかしてみる、か。

 

 

【その前にもう一回言ってもらう】

【今度は自分も言ってみる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:がんばれ♥ がんばれ♥



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第23話 夫婦喧嘩


旋焚玖たちは覗き見る、というお話。



 

 

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 しかし厄介なモンを引き受けちまったな。鈴がまだ日本に居た頃、俺もよく親父さんとお袋さんとは交流があった。一夏たちと一緒に、鈴の家に飯食いに行った事も何度もあるし、逆に鈴の家族が俺の家で飯を食った事だってある。

 

「がんばれ♥ がんばれ♥」

 

 鈴の家は商店街の中にあったから、道場からの帰り(逆立ち歩き)には、よく俺もご両親からは声を掛けてもらったもんだ。たまにそのまま夕食をご馳走してくれた事もあったし。

 

「がーんばれ♥ がーんばれ♥」

 

 そんな訳で、家族間交流でいくと織斑姉弟を除いたら、凰家が一番多かったと思う。それだけ俺も親父さんやお袋さんとは交流を持っていたと自負しているが……いや、しているからこそ、まだ信じられないんだ。

 

 あの仲の良かった2人が「がんばれ旋ちゃん♥ がんばれ旋ちゃん♥」だぁぁッ、もう!

 

「さっきからうるさいっす、乱さん!」

 

 連呼してんじゃねぇよ! 

 なにちょっとハマッてんの!? なに楽しそうにいろんな言い方試しちゃってんの!? そういう無垢なノリで言う台詞じゃないって多分!  

 

「ぶー! 旋ちゃんがもう1回って言ったんじゃん!」

 

 そんなに言えとは言っていない。

 おかげでこちとら罪悪感がうなぎ昇りってます。

 で、何の話してたんだっけ……ああ、そうそう、だからね、乱の言葉は信じるけど、それでもやっぱりこの目で2人を見るまでは、まだ何とも言えないってのが本音なんだよ。

 

「親父さんとお袋さんは家に居るのか?」

 

「んーっとね、おばさんは居ると思うよ~……って、おばさん! ただいまぁ!」

 

 乱が俺の後ろにブンブン手を振る。

 それに倣って俺も振り向いた。

 

「うふふ、おかえり乱ちゃん。それに旋焚玖くんも元気そうね。遠いところからよく来てくれたわ」

 

「お久しぶりです、お袋さん。すみません、俺のワガママで……ご迷惑をお掛けします」

 

 半年ぶりに会うお袋さんに頭を下げる。

 せめて最低限、これくらいはしておかないといけない。正直、土下座したかったけど、それをやってしまったら俺が離婚の話を知ってるって、お袋さんにバレちゃう可能性もあるからな。

 

「なぁに、改まって。全然気にしなくていいってば。それに鈴も旋焚玖くんが来てくれて喜んでるでしょうし……あら、鈴は…?」

 

 バカ!って叫んで上に行っちゃってます。

 さて、何て言えばいいかな。

 

「えっとね、えっとね……鈴姉なら忘れ物したって、自分の部屋に戻ったばかりなの!」

 

 おお、中々やるな乱。

 下手に誤魔化すより、そっちの方がよっぽどいいわ。

 

「そう? なら貴女達も上がりなさいな。後で鈴の部屋に美味しいお茶、持って行ってあげるわ」

 

 ま、遅かれ早かれ、鈴とはこの後も絶対に顔合わす事になるんだ。乱もついて来てくれる事だし、変な空気になる事もそうそうないだろ。

 

「それじゃあ、お言葉に―――」

 

 と、俺たちも2階に上がろうとしたところで、店の扉が開かれる。外から入ってきたのは鈴の親父さんだった。

 

「あ、おじさん! おかえり!」

 

「おかえりなさい、パパ」

 

 む……普通にお袋さんは出迎えたな。っとと、俺も挨拶しておかないと。

 

「おかえりなさい、親父さん。お久しぶりです」

 

「おお、旋焚玖くん! 来たか来たか! 元気そうで何よりだ、あっはっは!」

 

 豪快に笑ってみせる親父さんも元気そうだ。

 それで言うとお袋さんだって同じに見えるが。

 

「あのね、パパ。これから旋焚玖くんと乱ちゃんは鈴の部屋に行くそうだから、お茶を用意してあげようと思うの」

 

「そうかそうか! なら俺はママのお茶に合う絶品の団子でも作ってやろうじゃないか!」

 

「うふふ、そうね。私もパパに負けないお茶を淹れるわ」

 

 んんん?

 夫婦仲は普通に良好に見えるが……いや、まぁ俺が居るからってのもあるか。確かに他人の前で露骨に態度に表すような人たちじゃないしなぁ……でも、これだと乱の思い過ごしって可能性もまだ無きにしも非ず…?

 

「うん! じゃあ、アタシと旋ちゃんは2階に上がってるね!」

 

 乱が俺の腕をぐいぐい引っ張っていく。

 いや、別にいいんだけど。

 この子誰にでもこんな感じなのか? 中2って言えば思春期やら何やらで難しい年頃だと思うんだが、異性への肉体的コミュニケーションにあんまり抵抗がない子なのかな。別にいいんだけど。

 

 乱に連れられる形で階段を上がって行く。

 上に着いたところで、乱が止まってこっちを振り向いた。え、なに…?

 

「静かに……旋ちゃんもアレを見たら、離婚の話を信じるよ」

 

「む……」

 

 どうやら乱も、俺が半信半疑である事に気付いていたらしい。実際のところ、親父さんとお袋さんが2人きりになった時、どんな感じになるのか。それを一緒に覗き見ようって事らしい。

 

 俺と乱は2階まで上がりはしたものの、こっそり1階近くまで降りていく。気配を消すのは任せろー。親父さんとお袋さんの様子を階段のカドからこっそり拝見。ここからなら2人がこっちを見ない限りバレはしないだろう。

 

「ペラペーラ、ペラペ」

 

「ペペペラ、ペラーリ」

 

 Oh……中国語だ。

 そりゃそうか、2人が日本語話してくれてたのは、俺が居たからだもんな。しかしこれは困った、俺の並み外れた語感センスでも完全翻訳は無理だぞ。

 

「アタシが通訳したげるから安心していいよ」

 

「頼む」

 

 乱の有能っぷりがハンパねぇ。

 ここからは乱の翻訳付きでお送りします、の前に……な、なんか親父さんとお袋さん……ガンくれあってません…?

 

「……なんだ?」

 

「……なにが?」

 

「なに見てんだよ」

 

「アンタこそなに見てんのよ」

 

 え、怖ッ…!

 2人とも怖ッ!

 さっきまでの感じはいずこへ!? 

 

 くっ……これは確かに険悪な感じがビンビンだ…! やっぱり2人は離婚を考えるほど仲が悪くなっているのか…! 

 

「お前が先に見たんだろ」

 

「アンタよ」

 

 えっと……すごく見つめ合ってる。まるでメンチの切り合いみたいだ……街の不良かな?

 

「おまえだろうが」

 

「アンタよ」

 

「おまえだよ」

 

「アンタよ」

 

 近い近い!

 デコをグリグリし合ってるって! 

 2人ともやる事が若いなオイ!?

 

「おまえだ!」

 

「アンタよ!」 

 

「俺か!?」

 

「私よ!……あっ…!」

 

 勝ち誇った顔になる親父さん。

 悔しそうに顔を歪めるお袋さん。

 

 え、なにこれは……?

 

(……おい、乱…?)

(なによ、翻訳に忙しいんだから声掛けないでって)

 

 いやいや、その翻訳にツッコみたいんだって。

 

(オイ、あの2人、仲良さげじゃないか?)

(はぁッ? ちゃんと聞いてたの? めっちゃ口喧嘩してたじゃん)

 

 口喧嘩っていうか……んっと、口喧嘩…なのか? 

 いや、でもなぁ…? 

 何か思ってたのと違うんだけど……。確かに此処は日本じゃないからなぁ……お国柄っていうか、中国じゃこういうのが夫婦喧嘩の主流になってるのかな?

 

「もう話し掛けないで。私はこれからあの子達に美味しいお茶を淹れてあげるの。アンタの団子が霞むくらい美味し~いお茶をね」

 

「ハハッ、無茶言うなよ。どうしてそんな無茶を言うんだ?」

 

「あ゛?」

 

 あ゛ってお袋さん……貴女そんな濁点な話し方しないでしょ…!

 

「なんだァ?」

 

 お、親父さんも…!

 そんな好戦的な伺い方しない人でしょ!?

 

(お、おい乱…! やっぱり仲悪いぞこの2人!)

(だからそう言ってるじゃん! 離婚の危機なんだってば!)

 

 マジか……あんな温厚な2人がここまで険悪になっちまうなんて……やべぇ、こんなのどうやって解消させろって言うんだ…? 今更ながら、すげぇ痛惜の波が押し寄せてきやがる……選択肢と共に在る事を…!

 

 俺がどれだけ歯痒い想いに苦念していようが、2人の口論はヒートアップしていくばかりだ。

 

「せいぜい覚悟してなさい。アンタからたんまり慰謝料ふんだくってやるんだから」

 

「ふん。なら俺はその倍額請求してやるからな」

 

「はぁ!? 何でアンタも慰謝料貰おうとしてんのよ!?」

 

「当たり前だよなぁ? 優秀な弁護士雇ってやるから、お前こそ覚悟してるんだな」

 

「なら私はアンタの倍優秀な弁護士雇ってやるんだから」

 

「はぁ!? それは反則だろ!? 正々堂々こいよ!」

 

「アンタに言われたくないわよ!」

 

(……おい、乱…?)

(なによ、翻訳に忙しいんだから声掛けないでって)

(やっぱりこの2人、仲良くないか?)

(はぁッ? ちゃんと聞いてた!? 2人共、超怒ってるじゃん!)

 

「これだけは言っておくけどね、鈴は私が連れて行くから」

 

「寝言は寝て言え。鈴は俺の娘だ」

 

 む……なんか雰囲気変わったか…?

 どうやら2人が一番揉めているのは鈴の親権についてのようだ。親にとってはそこはやはり譲れない部分なのだろう。だが、それだけ2人は鈴の事を大事に想っているとも言えるな。

 

「私の娘よ。去年の誕生日の時だって『ママとパパ、どっちの方が好き?』って聞いたらママって言ってくれたんだから!」

 

 ふぅむ……お袋さんの方が実は一歩リードしているのか。

 

「一昨年はパパって言っただろ!」

 

 む?

 

「一昨々年はママって言ったわ!」

 

 えぇ…?

 

「その前はパパだったぞ!」

 

「その前はママだったわよ!」

 

 隔年じゃねぇか!

 アンタら多分それ、鈴に気ぃ遣われてんぞ!?

 

(あのね、鈴姉が言ってたの。どっちも好きって言ったら、2人共余計に対抗心燃やすから、もう交互に言うようにしてんだって)

 

 やっぱりじゃねぇか!

 今年はどうなんだオイ!? あ、まだアイツの誕生日じゃねぇや。いや、このままじゃ2人共嫌いってアイツの性格なら言いそうでもある。

 

「もう話しかけないでちょうだい。アンタのせいで折角の美味しいお茶がマズくなっちゃうわ」

 

「それは元からだろ」

 

「あ゛ァ?」

 

「やんのか?」

 

 ま、またギスギスしてきた…!

 この2人の状態を俺が止めるの? 

 修復しろって? 

 え、どうやって…?

 

 しかも短期決戦なんだろ? いや、長期とか無理だから。そんな長いこと滞在してられるか、ここは中国だっての。日本じゃないんだっての!

 

「お茶淹れる前に少し運動するのもありねぇ」

 

「ハッ…! 返り討ちにしてやるよ」

 

 おいおいおいおい!?

 何で2人して腕捲りし始めてんの!? なに、そういう流れなの!? 拳で語る的な感じになってんの!? 2人とも格闘経験ないだろ!?

 

(おじさんもおばさんも中国人で料理人だよ? カンフーの達人に決まってるじゃん)

 

 嘘つけ、なんだその誤認識!? 

 アレか!? 外国から見た日本レベルか! 忍者とか存在してねぇし、ハラキリもしねぇから! 俺だって中国人はみんな酔拳が使えるとか思ってねぇから!

 

(中国人と料理人がセットなの。ここ大事!)

(えぇ……マジなんですか、乱さん…?)

 

 あ、アカン…!

 んな事言ってたら、もう臨戦態勢ってるぞ!? 

 どうするどうする…!

 俺はまだ見守っていていいのか!? これも2人の日常茶飯事の域なのか!?

 

 夫婦仲の修復なんざ内容が内容なだけに、しっかり作戦を練って実行する予定だったのに…! もしかしてそんな猶予もなかったりするんじゃないのか…!?

 

 

【主車旋焚玖こそが最強。2人に武威を示してやる】

【修復するなら今しかない。かねてから隠しておいたあの手を使うッ!】

 

 

 あの手の内容を言えよぉ!

 

 





あの手がいいよあの手が(ネタバレ)


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第24話 ミソは劇的


円満が一番、というお話。



 

 

 

【主車旋焚玖こそが最強。2人に武威を示してやる】

【修復するなら今しかない。かねてから隠しておいたあの手を使うッ!】

 

 

 【上】なんて選べる訳ねぇだろバカ! 

 武威を示すってアレだろ!? 篠ノ之の時みたいな感じなんだろ!? 無理に決まってんだろ、相手見ろバカ! 鈴の親父さんとお袋さんだぞバカ! 2人に手ェ出せる訳ねぇだろクソバカ!

 

 じゃあもう【下】しかねぇじゃねぇか! 

 でもあの手って何だよ!? すっげぇ怖いよ! 【修復するなら今しかない】ってのには賛同できても、後半がまるで賛同出来ねぇよ! ホントに色々怖いんだけど!? なんで一番重要な部分をボカすの!? 【かねてから隠しておいた】ってなに!? なんで勿体ぶるの!? 

 

 行動するのは俺なんだぞオイ! 分かってんのかオイ! 俺が勿体ぶるのは分かるよ! 俺が主体なんだからな! でも俺に勿体ぶるのが分かんねぇって言ってんの! どうして動作主が分かってないんだよ、おかしいだろ!

 

 この15年間、今みたいに幾度となく不条理な選択肢っぷりにプリプリしてきたが……いや、してきたからこそ俺は知っている、知ってしまっているんだ。そんな誰しもが思う当たり前な事をどれだけ声高に謳っても、まるで意味がないという事をな…………ちくせぅ。

 

………………よし、来いやオラァッ!! 俺が学んだ事はそれだけじゃねぇぞ! なにより切り替えが大事なんだよオラァッ!! ウダウダ言っても始まんねぇんだよ、ドンと掛かって来いこのヤロウッ!!

 

 

 旋焚玖は【下】を選んだ!

 

 

 む……ッ、この感じ……連続選択か!?

 

 

【劇的に鈴を人質に取って参戦する】

【劇的に乱を人質に取って参戦する】

 

 なんでぇ?

 ちょっと何言ってるか分かんない。

 誰が誰を人質にすんの? 

 俺が? 鈴か乱を? 

 劇的ってなに? 

 

【劇的】……劇を見ているような強い緊張や感動を覚えたり、変化に富んだりしているさま。ドラマチック(広辞苑参照)

 

…………………なんでぇ? 劇的に参戦ってなんでぇ? 武威を示すのが嫌だから【下】を選んだのに、どうして狡い手段が上乗せされてるんです?

 

 くぅぅぅ……シンプルに武威ってた方が良かったのかよ、くそぅ…! 鈴か乱を人質に取って2人の前に出るとか……んぁ? ちょっと待て。鈴は分かるけど、乱は全く関係ないよな。 

 

 

『乱は俺のモンだ!』

 

『『 は?(疑問) 』』

 

 

 ってなる事は容易に想像できる。しかし、その効果は……ふむぅ。親父さんとお袋さんが放ってるバチバチな雰囲気を緩められる可能性がある、か。それもあり…か? 

 

 ああ、やっぱダメだ。

 それじゃあ、冷戦状態に戻るだけで根本的な解決になってない。長期的な目で見るなら全然ありだと思うが、そんな猶予は俺にはない。土地的な意味で。っていうか、この状況でおフザけなんてしたら、また乱に怒られちゃうよ。それはいかん。

 

 いや、でもなぁ……だってさぁ…。

 

 

『鈴は俺のモンだ!』

 

『『『 は?(威圧) 』』』

 

 

 うわぁ………想像しただけでやだなぁ…キレる子1人増えるしなぁ……鈴を人質に取って3人に勝てるのか、俺…? いや違う違う、勝つ負けるの方向で考えちゃダメなんだ。テーマはアレだ、その状況を利用して『家族の絆を取り戻す』だ。うん、これでいこう。これで……いけるのか…?

 

 くっ、弱気になるな、旋焚玖…!

 やるぞ、やるぞ、やるぞ…! 

 俺は……やれるッ!!

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なにしてんだろ、あたし…」

 

 気まずい雰囲気にはならないって決めていたのに、あたしの方から部屋に逃げちゃうなんて。これじゃあアイツの事、意識してますって言ってるようなモンじゃない。

 

 でも、どうしよう。

 これからまた1階に行くの…?

 それこそ気まずいんだけど。

 

 やぁやぁ、どうもどうも。みたいなノリで行けって言うの? こういう時の旋焚玖なら、何も言わないでスルーしてくれるでしょうけど、乱も居るのよねぇ。

 

 

『ねぇねぇ鈴姉! どうして2階に行っちゃったの~? あ、なんか顔赤いよ!? どうしてどうして?』

 

 

 くっ……あの子なら素で言ってきそうだわ。あたしだって正直、旋焚玖の前でそんな事を指摘されて、平然で居られる自信はない。いやいや、ホントにそうなったらどうすんのよ? また2階に逃げるの? それでまた頃合いを見て1階に戻って、乱にツッコまれて……って、ループしてるじゃない! 羞恥のループとか嫌よ!

 

「でも戻らないと……ん?」

 

 何かドタドタ聞こえてくる。足音? 

 乱か旋焚玖か? そんな疑問を抱いたのと同時に部屋のドアが勢い良く開かれた。

 

「鈴ッ!」

 

「せ、旋焚玖? どうしたのよ、っていうかレディの部屋にノックもなしで「来いお前!」はぁッ!? ちょっ、なに、何でそんなに迫っ…きゃぁッ! どこ触って「つべこべ言わずに来いホイ!」にゃぁぁぁッ!?」

 

 意味分かんない!

 何であたし、旋焚玖にお姫様だっこされてんのよぉ!? あ、あたし、最近よく乱とケーキ食べて、もしかしたらちょっと体重が……って違うわよぉ! そうじゃないでしょうがぁッ!

 

「いきなり何してんのよアンタぁッ!? この変態ッ! おろしなさいよ、おーろーせー!」

 

 ジタバタしてみせるが、まるで解けない。変なとこ……は触られてないけど、それでもダメでしょ!? なになになに!? 全然展開についていけてないってば! どこ行くの!? ちょっ、そっちは1階じゃ…!

 

 ママとパパの声が微かに聞こえてくる!? や、やだっ、こんなのパパ達に見られたら恥ずかしくて死んじゃう! まさか、さっき『バカ』って言った報復のつもり!? 

 

 

 

 

 

 

「まだまだジタバタっぷりが甘いな鈴!」

 

 変に煽んなよバカ! 

 万が一落としちまったら鈴にケガさせちゃうだろぉ! ただでさえこっちは慣れねぇ姫さん抱っこに注意向けてんだから、これ以上余計な負担掛けさせんなバカ!

 

 このまま階段を降りて……へぁ?

 

「しっかり掴まってろよ」

 

 おいバカやめろ。どうして階段の前で立ち止まる必要がある? おいホントにやめろ。どうして足に力を入れる必要がある? お姫様抱っこで【劇的】は成立しただろ? もう劇的はクリアしたんだろ!?

 

「は? ちょっ、嘘!? うにゃぁぁぁ~~ッ!!」

 

 ぬわぁぁぁぁぁッ!?

 と、飛んだぁぁぁぁッ!? 

 劇的に俺が飛んだぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁあ!!?

 

「うにゃんッ!!」

 

「……ッ!」

 

 足が……足がジーンだ。ジーンで済んでくれた身体に感謝…! 腰が……腰がズーンだ。ズーンで済んでくれた身体に感謝…! 腕が……腕がぼぅぅぅんだ。ぼぅぅぅんで済んでくれた鈴の体重に感謝を…!

 

「あんたァ……今、変なこと考えなかった…?」

 

「…………………」

 

 気のせいだって言わせろ、そこで無言はやめろ。っていうかそろそろ俺を解放しろ……あ、いや、さっきのはやっぱ無しで。まだ対策できてないから、もうちょっと勝手してて。

 

 ともかく、着地成功也。

 今にも取っ組み合いを始めようとしていた親父さんとお袋さんの動きも、俺たちの劇的すぎる登場で止まった。目を点にしてこっちを見ている。乱は……うむ、ポカーンだな。驚きすぎで目の焦点が……お、戻ってきたか…? 

 

「せ、旋焚玖くん…? どうしたんだいきなり…! 今、2階からジャンプしてきたのか…!?」

 

「やだわ、旋焚玖くん…! なんか凄い感じね!? 鈴をお姫様抱っこして登場するなんて……なんていうか、凄いわね!」

 

 お、おぉ…?

 親父さんとお袋さんには意外と好評っぽいぞ…? やはり数々のアクションスターを輩出してきた国だけあって、どうやら今のスタントっぷりが2人にはウケたらしい……フッ……。

 

「なにドヤ顔してんのよ! さっさとおろしなさい、よッ!!」

 

「……ッ!」

 

 危ねッ!?

 顔面に向かってくる鈴のパンチを、咄嗟に首をいなして無効化させる。おぉ、今の達人っぽいな! 今度俺もしてみたい!(現実逃避)

 

「ぐぬっ…中々やるじゃない…! でもいいの!? こんな事したら乱に怒られるわよ!? また正座させられたいの!?」

 

 そういう言い方はやめろって!(現実帰還) 

 なんか変に誤解されちゃうだろぉ!

 俺だって下ろしたいの! でも下ろさせてくれないの! 俺に出来る事と言えば、乱が怒りだす前に目で訴える事くらいか……。

 

 

(後でちゃんと鈴に謝るから許して)

(危険な真似した事は後で叱るとして、旋ちゃんには何か意図があるんだね?)

(流石にここで正座は勘弁してほしいかなって)

(旋ちゃんに頼んだのはアタシだもんね。アタシに手伝える事は?)

(親父さんとお袋さんの前で乱に怒られるのは羞恥がヤバいかなって)

(分かった。手伝ってほしい時はサイン送るんだね? しっかり見てるよ!)

 

 

 よし、伝わったな!(伝わってない)

 

「アンタ達に鈴は渡さねぇ!」(言い終わった瞬間、身体に自由が戻る)

 

 捨て台詞やめろや!

 デカすぎる置き土産残して行くんじゃねぇよ!

 

 あぁッ、親父さんとお袋さんの目が点々に進化してる! ら、乱は……え、なんで『そうきたかぁ』みたいな顔してんの?

 

「はあああぁぁぁッ!?」

 

 うぇい!? 

 鈴のキーンな声が俺の鼓膜に襲い掛かった。

 

 み、耳元で叫ぶなよぉ……いや、そりゃ叫ぶか。だが言っちまったモンは仕方ねぇ、いまさら誤魔化しに走っても、この場を困惑させて終わるに過ぎない…! それじゃ本当に、俺はただフザけただけになっちまうだろが…!

 

 こっからもう強引にいくっきゃねぇ…!

 

「い、いきなり何言い出すのよ旋焚玖!? あと下ろしなさいってばぁ!」

 

 鈴を下ろしたら流れが変わってしまいそうな気がする…! すまん、鈴…! もうちょい辛抱してくれ!

 

「今は気にするな。あとお前は下ろさない」

 

「気にするに決まってんでしょうが! おーろーせー! パパとママが見てるってば!」

 

 ちょっ、ジタバタすんなコラァッ!!

 変なとこ触っちまうだろがコラァッ!! そんな事したら乱に怒られるだろコラァツ!! 

 

「ダメだ、絶対に下ろさない」

 

「なんでよ!?」

 

「鈴を悲しませる2人に渡す訳にはいかない」

 

「「「!?」」」

 

 どうだオラァッ!!

 端的だが的確に突っついたぞコラァッ!! お姫様だっこな状態にも理由がある感じで言えたぞいやっふぅッ!! 

 

 このまま畳み掛けてやるッ!

 

「親父さんもお袋さんも立派な大人なんだ。今の俺の言葉の意味が分からないとは言わせない」

 

「それは……しかし…」

 

「旋焚玖くん……でもね、私達はもう…」

 

 反応はいまいち…か。

 

 チッ……これで上手く収まってくれたら儲けモンだったが、やっぱり簡単にはいかねぇか。これくらいで収まるなら苦労しないもんな。きっと乱も同じような事、2人に言ってきただろうし。

 

「旋焚玖……アンタ……」

 

 鈴も俺の意図が伝わったようで、大人しくなってくれた……が、こっからどうする…? どういう切り口で攻めれば2人を説得させられ……あ、なんか乱と目が合った。

 

(むむっ! 旋ちゃんからのサインだ! アタシも乗っ掛かればいいんだね!)

 

「旋ちゃんの言う通りだよ! おじさんとおばさんが離婚しちゃったら、一番ツラいのは鈴姉なんだよ!? どうしてそれを分かってくれないの!? どうして鈴姉を悲しませるの!?」

 

「ら、乱……」(アンタが旋焚玖に話したのね……あたしのために…)

 

 いいぞ、もっと言え乱!

 ナイスすぎる援護射撃だ! 

 

 親父さん達の反応は……?

 

「い、いや……鈴の事はおじさん達もだね…」

 

「そ、そうよ。おばさん達も鈴の事は大好きで…」

 

 まだダメか…!

 だが、さっきよりかは確実に効いてるぞ! もっとだ、乱! 熱い言葉で2人をK.O.しちまえ! 俺よりもお前の方が適任だ! 

 

 俺の出番はもう終わりなんだ!(願望)

 

「喧嘩ばかりしてるおばさん達の言葉なんて信じらんないもん!」

 

「「 うっ……」」

 

 そうだそうだ!

 もっと言ってやれ!

 

「アタシも旋ちゃんの味方だからね!」

 

 ん?

 

「2人が離婚するなら鈴姉は旋ちゃんが日本に連れて帰るって言ってたもん!」

 

 そこまで言えとは言ってない。

 

「せ、旋焚玖!? アンタ本気なの!?」

 

 言ってない。

 

「旋焚玖くん!? 君、正気か!? ウチの娘を誘拐する気なのか!?」

 

 言ってない。

 

「そ、そんなのダメよ旋焚玖くん! いくら旋焚玖くんでもおばさん怒るわよ!?」

 

 言ってないツってんだろコラァァァッ!! なんでお前ら全員、乱の言葉信じてんの!? アレか!? 今までの奇行のツケか!? 俺ならマジでしかねないとか思われちゃってんのか!?

 

 

【鈴だけじゃねぇ! 乱も連れて帰るッ!!】

【むしろ全員連れて帰るぞッ!!】

 

 

 このバカぁッ!!

 途中で消えた癖に、ここで出てくんなよバカ! 一家招待してどうすんだよアホか! 欲張りセットかこのヤロウ!!

 

「鈴だけじゃねぇ! 乱も連れて帰るッ!!」

 

「はぁぁぁぁッ!? ちょっ、乱まで巻き込む気!?」

 

 全員よりマシだろ!!(届かぬ想い)

 

「そうだよ! アタシも鈴姉と一緒に行っちゃうんだからね! そうなったらアタシのママもパパもすっごい怒るんだから! それでもいいの!? おじさんとおばさんが離婚するせいで、いっぱい怒られちゃうんだから! それでもいいの!?」

 

 マシンガン援護だ!

 もうこの流れに乗っちまうしかねぇ! 絶対ここで決着つけてやる! そうでないと、マジで鈴と乱を拉致る事になっちまうんだよぉ!

 

「夫婦仲が悪くなる。そりゃあ何年も一緒に居ればそういう事もあるでしょう。そんな夫婦、世の中いくらでも存在しています。それでも離婚に踏み切らない夫婦は娘や息子を愛しているからです」

 

 って前世で母さんが言ってた。

 

「鈴を本当に愛しているのなら、これ以上鈴をアナタ達の感情で傷付けないでください、お願いします…!」

 

 んでもって俺のアドリブだ!

 どうだオラァッ!!

 前世の母さんと俺のツープラトンだぞオラァッ!! 時空を超えた合体技だ、効かねぇとは言わせねぇぞコラァッ!! 

 

 これでまだうんたら言ったら武威るぞ!? 武威っちゃうぞ!? 俺の奥歯が被害を被るんだぞ!? あの痛みをまた味わえって言うのかアンタ達はぁッ!!

 

「……ぐうの音も出んな……なぁ、ママ…」

 

「そう…ね……娘と同年代の子たちに、ここまで言葉をブツけられちゃうなんて、ね……」

 

 き、きた?

 きたの?

 きたって思ってよろしいか!?

 

「ま、ママ……パパ…! あ、あたし、離婚してほしくない! あたしが好きなのは、仲のいいママとパパなんだもん!」

 

 そうだな、鈴も遠慮する事なんてないんだ。思いの丈をブチ撒けちまえ。俺にお姫様抱っこされっぱなしのままだけど。

 

「……もう1度、ゆっくり話し合おうか…ママ」

 

「そうね。これからは私とパパと……そして鈴の3人で話し合いましょうか」

 

「ママ…! パパ…! うんッ!」

 

 やっと鈴も笑顔を見せてくれた。

 鈴の家に着いてから、ようやくだ。鈴の眩しい笑顔が見れただけでも、頑張った甲斐があったってなモンだな。

 

 いやでも、もっとお礼くれてもいいのよ? そんな可愛い笑顔だけで満足できるほど、自分聖人じゃないですから。労力に見合ってないモノはプリプリしますよ? 心の中でだけど。

 

 ま、でもアレだな。この場ですぐに離婚解消宣言は貰えなかったが、これで光明も見えたんじゃないか…? こっからはホントのホントに、他人の俺が立ち入っていい領域じゃない。

 

 今後、どうなるかは鈴と……これからもこの家に居るであろう乱次第だろう。

 

「旋焚玖……」

 

「ん?」

 

「ありがとね……その、また助けてくれて……あたし、なんて言ったらいいか…」

 

「気にするな」

 

 いや、気にしていいのよ?

 何だったら俺に惚れちゃってもいいのよ? あ、俺? 全然OKです。遠距離でも大丈夫です。むしろそれくらいのご褒美あってもいいと思います。絶対に言わんけど。

 

「ふふっ……アンタはいつもそれね。あ、あと……そろそろ下ろしてもらってもいい? その……もう、ね? 話も終わったし、ね?」

 

 照れた表情で上目遣いってくる鈴の破壊力がヤバいです。普通に可愛いです。あれ…? これって今告ったら、案外鈴も「しゅき♥」って言ってくれるんじゃね? それだけの事、俺したんじゃね? 絶対に言わんけど。

 

 

【嫌だ、まだ鈴を離したくない!】

【へいパス、乱ッ!】

 

 

 最後にオチつけるのヤメてくれよぉ!

 投げるけど! 優しく投げるから怒らないでね!

 

「にゃあッ!?」

 

「うにゃあッ!?」

 

 このあと、めちゃくちゃ正座させられました。

 これがご褒美なのですか……ちくせぅ。

 

 





これ以上は蛇足(断言)
なので中国編終了。

そろそろなぁ、原作に入らないとなぁ(使命感)



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第25話 旋焚玖の献身


メールっていいな、というお話。



 

 

 

「……これくらいにしておくか」

 

 英語の参考書を閉じ、一息つく。

 あれだけ暑かった夏も過ぎ、あっという間に2月を迎えた。寒い夜は母さんが淹れてくれるココアが、また一段と美味い。

 

「明日の準備もしておこう」

 

 明日は高校の入試日だ。

 受けるのは結局、一夏と同じ私立の藍越学園にした。絶対そこに進学したいという訳でもないけど、一夏が居るならそれが俺の進学理由でいい。将来何の職業に就きたいかはまだ決めかねてるし。

 

 そのまま藍越大学に上がって、就職先も世話してもらうのもありだと思う。学費が安くて、就職ケアもしっかり。これが藍越の売りだし。

 それか父さんの陶芸を本格的に継ぐのも一興だと思う。陶芸家を隠れ蓑にしている達人は多いからな。比古清十郎とか……あと………比古清十郎とか。

 

 

 ピロリン♪

 

 

「ん……メールか…?」

 

 携帯がメールの受信を知らせてくる。

 どうやら誰からか送られてきたらしい。

 

『明日は受験だね! 旋ちゃん٩(ˊᗜˋ*)وガンバレガンバレ♥ P.S. 会場で迷子にならないようにね( ̄m ̄〃)ぷぷっ!』

 

 メールの送り主は乱だった。

 夏、中国から日本に帰る直前、俺たちは互いの連絡先を交換した。それ以来、乱とはちょこちょこメールのやり取りをするようになったのだ。

 しかしアレだな、迷子の心配をするあたり、やっぱり乱はおかん気質なんだな。

 

「ありがとう、乱ママ……っと、送信」

 

 うし、これでママ呼びのノルマも達成。

 寝る前に入試会場の確認だけしておこうかな。1人で行く予定だし、乱の言う通り本番で迷子になるなんてシャレにならんからな。

 

 

【1人じゃ心細いし、やっぱり一夏を誘って一緒に行く】

【子供じゃあるまいし、試験会場でどうせ会うだろ】

 

 

 ふむぅ……別に【上】でも【下】でもいいけど……まぁ普通に【下】かな。今から電話してあれこれ話すのも面倒だし。

 

 うし、場所もチェック完了。

 受験票、筆記用具、その他諸々もちゃんとカバンに入れたな。あとは明日に備えて寝るだけだ!

 

『旋ちゃんの変態!o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!』

 

 ふひひ、遠距離じゃ正座は強要できんよなぁ?

 メールで怒られても怖くないもんね。

 

 今夜もいい夢が見れそうだ。

 おやすみなさい。

 

 

.

...

......

 

 

「試験時間になりました。それでは開始してください」

 

 試験官の合図で会場の皆がテスト用紙に手を付ける。俺もその中の一人なのだが……。俺の前の席は、とうとう空席のまま試験が始まってしまった。俺と一夏は受験番号が続く形で一桁だけが違っている。

 

 つまり、この空席は一夏の席なのだ。

 何やってんだ、アイツ…? まさか体調不良…? それとも何かしらの事件にでも巻き込まれた、とか…?

 

 ダメだ、今は試験に集中しねぇと…!

 いまだに姿を見せない一夏は心配だが、とりあえず俺も切り替えて英語の問題にとりかかった。

 

 

 

「…………繋がらない、か」

 

 1教科目が終わり休憩時間になってから、廊下に出て一夏に電話を掛けてみるも出ない。流石に今回ばかりは千冬さんにも電話してみたが、千冬さんも仕事中なのだろう、やはり出てはくれなかった。

 

 俺もすぐまた2教科目の試験が始まってしまう。それでもメールだけは入れておこう。それくらいしか、今の俺に出来る事はないし。あとは帰りに一夏の家に寄ってみるか。

 

 

.

...

......

 

 

 結局、試験が終わるまで一夏が現れる事はなく、電話も掛かってくる事はなかった。それは千冬さんも同じだった。まさかの寝坊とかないよな? 流石に人生かけた試験日に渾身のボケを披露する奴ではない……と思いたい。

 

 まぁ何にせよ、一夏の家に行こう。

 荷物をまとめて会場の出口に移動する。それが地味に面倒なんだよ。めちゃくちゃ広いからな、ここの会場。

 今日も藍越学園だけの貸し切りじゃないし。違う高校もこの会場内の別場所で試験を実施していたりする。ほら……出口に近くなるほど、だんだん男子より女子の方が増えてきただろ。

 

 違う高校ってのは女子高なんだ。多分世界一有名な女子高で、篠ノ之が通う事になっているアレだ、IS学園だな。

 

「まさか一夏の奴……」

 

 

 藍越学園とIS学園って名前が似てるぜ! でも俺が間違う訳ないんだぜ! こっちが藍越学園だぜ! とか思ってたらIS学園の方だったぜ! やっちゃったぜ!

 

 

 みたいな事になってたりするんじゃ…! 

 あ、アイツならありえ……ねぇよ。ボケるにしても捨て身すぎるわ、渾身の上いってんじゃねぇか。ないない、むしろそれだったらステーキ奢ってやるわ、松坂牛たらふく食わせてやんよ、HAHAHA!

 

 

 ピロリン♪

 

 

 む……千冬さんからのメールだ…! 

 ようやく連絡が取れたか!?

 

『一夏は少しトラブルに巻き込まれてしまって、入試を受けられる状況ではなくなった(´・ω・`) しかし別にケガなどはしていないから安心しろ(`・ω・´)ノ 数日中には家にも帰れるが、それまで連絡はつかないと思ってくれ(・ω・;)スマヌ…』

 

 相変わらずメールだと可愛い千冬さんである。

 ま、そこは今は置いておくとして。やっぱり一夏はトラブルに巻き込まれていたのか……ケガがないってのは安心材料だが、家にも帰って来れないってのが心配だ……うむむ、千冬さんのメールからして内容までは教えてくれなさそうだし。

 

 何も分からん状態で唸ってても仕方ない。

 アイツが帰ってきた時に聞けばいいか。

 

 

.

...

......

 

 

「旋焚玖~! ご飯よ~!」

 

「はーい!」

 

 それは入試が終わった次の日の事だった。

 母さんも父さんも一夏の事を心配していたが、それでも今は連絡を待つしかない。

 

「母さん、お茶ちょうだい」

 

「はぁい」

 

 食卓についた俺は、ぼんやりテレビに流れるニュースを見ながら、母さんから受け取ったコップに口をつける。

 

『たった今、緊急速報が入りました。ISに初の男性起動者が現れたとの事です』

 

「んぐんぐ……んぐ…?」

 

 男性起動者とな?

 すんなり言葉が頭に入ってこない。あんま興味ないってのもあるけど。

 

「へぇ~……男性起動者ですって」

 

「おぉ、それは良い事なんじゃないか?」

 

 母さんは普段通りのんびりした反応だ。だが父さんは少し嬉しそうだった。気持ちは何となく分かるけどな。この世界はいわゆるアレだもん、ISが使える女スゲーな世界だもんな。当然、IS使えない男ヨエーな世界でもある訳で。

 

「これで少しは女尊男卑な風潮も治まってくれるといいな」

 

「そうねぇ」

 

 その風潮とやらは大人の方が割を食っているらしい。子供の間じゃ、そんなに関係あるモノでもないからな。好きな奴は好き、嫌いな奴は嫌い。そこには女尊も男尊も関係ない。

 

 高校になったら……どうなんだろうか。俺? 元から変人扱いされてるので大丈夫。特に変わんねぇよ。

 

「しかし母さんの淹れたお茶はンまいな、んぐんぐ…」

 

『ISを起動させたのは、あのブリュンヒルデの親族でもある―――』

 

「んぐ…?」

 

『織斑一夏さんとの事です』

 

「ぶぅぅぅぅぅ―――ッ!!」

 

 ンまいお茶、吐いちゃった。

 いやいや、何やってんのアイツ!?

 

 

 ピロリン♪

 

 

 誰だよこんな時に……あ、一夏から!?

 

『会場間違えてIS起動させちまった(。´Д⊂)モウダメダァ…』

 

 うわはははッ!

 す、すまん一夏、笑っちゃダメなんだろうけど……いや、笑っちまうだろ流石に! マジで渾身ったのかよ!? だははは! や、やりやがるぜ一夏のヤロウ! 選択肢にも出来ねぇ事を平然とやってのけやがって、いひひひひッ!

 

 しかも顔文字送ってくるくらいだから、割と余裕あんじゃねぇか。あー……いや、これはまだ実感してない可能性もあるな。

 

「今、家に居るのか?……っと、送信」

 

『家だよ(。´Д⊂) 千冬姉も居ないし孤独だよ(。´Д⊂)クゥゥ…』

 

 おお、もう……これは相当キテるかもしれんな。仕方ない、今からでも顔見に行ってやるか。まだ飯食ってないけど。あ、飯でも誘ってやればいいか。

 

 

【賭けは賭けだ。傷心の一夏に松坂牛をたらふく奢ってやる】

【そんな大金は持ってない! 仕方ないから身体で支払ってやる】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 これはきっと罰なんだぁ!

 一夏を笑った罰が当たったんだぁ! 苦しむ友を笑った罰に違いないんだぁ! 早すぎる因果応報なんだぁ!

 

「お母様ァッ!! 唐突ですがお金を貸してくださいぃぃッ!!」

 

 刮目せよッ!

 これが主車旋焚玖の土下座っぷりよぉッ!! 

 誰が【下】なんざ選ぶかバカ! 絶対そういう意味だろ!? 俺知ってんだぜ!? 実は肉体労働的な意味でした、みたいな期待してたまるか! 【下】選ぶくらいなら俺は土下座るわ! 当たり前だろぉッ!

 

「おおっ! 見事な土下座っぷりだな旋焚玖!」

 

「あ、あらあら……急にどうしたの旋焚玖?」

 

「傷ついた一夏に肉を奢ってやりたいんです! 松坂牛をたらふく食わせてやりたいんですッ!!」

 

「確かに一夏くんは今、とても心細いだろうしなぁ。家にもう居るんだろ? いいんじゃないか、ママ」

 

 父さんの熱い援護が光る。

 

「ええ、そうね。それじゃあ、いっぱい食べてきなさい」

 

 おぉ……ウチの両親の優しさはホンマ……五大陸に響き渡るでぇ。いやホント、すいません、俺が勝手に賭けちゃったせいで……いや、俺のせい…か? 心の中で思っただけで別に俺のせいじゃないような……いや、やっぱ俺のせいか……ごめんなさい。

 

「い、行ってきます」

 

 くそっ!

 今から行くぞ一夏ぁッ!! 

 腹ペコのまま待ってろやぁッ!!

 

 

.

...

......

 

 

 ダッシュで一夏の家に着いたはいいが……うわぁ……いかにもSPって感じの人が何人も家の前に居るよぅ……やっぱり映画とかみたいに黒服にサングラスなんだな。夜でもサングラスなんだな。

 

 どうしよう……このまま普通に家に入れさせてもらえんのかな。悩んでも仕方ないし……と、とりあえず近づいてみよう。

 

「……なにか?」

 

「えっと……一夏の友人なんですけど、入っていいですか?」

 

「身元の確認が取れないと許可できません」

 

 Oh……やべぇ……一夏の立場、マジやべぇ……。これは笑えねぇわ……どうなっちまうんだよアイツこれから。

 しかし身元の確認なら余裕だ。一夏に電話すりゃ済むだけの話だし。

 

 携帯取り出しコールっと。

 

「……あ、一夏? うん、俺だけど。今お前の家の前まで来てんだ……うん、そうそう……んで、俺がお前のダチって事を証明できないと入っちゃいけないんだってよ」

 

 そんな事話してたら家の扉が開かれた。

 

「よっ、一夏。元気そう……じゃないな、うん」

 

「き、来てくれたのか……すまねぇ……すまねぇ……」

 

 うおぉぉ……消沈っぷりがハンパねぇ……やっぱ笑えねぇわ。

 

「飯でも食いに行こうぜ。今夜は俺の奢りだ。ンまい肉でも食ったら元気も出るさ」

 

「い、いいのかよ? 奢りなんて」

 

「気にするな。そら、行こう」

 

「お、おう!」

 

 一夏と家から出ようとしたところで、SPっぽい人達に立ち塞がれる。え、なんで? 

 

「無用な外出は許可できません」

 

「む?」

 

「織斑一夏様は世界初のIS男性起動者です。万が一の事を考え、外出はお控えください」

 

 ま、マジか…?

 そんなレベルなのか……一夏がやったのって、それ程やべぇ事なんか…? こっそり一夏の顔を窺ってみる。

 

「(^p^)」

 

「うわっはははははは!」

 

 あ、笑っちまった。

 いやでもその顔は笑うだろ。なんだよその顔、イケメンが台無しじゃねぇか。SPっぽい人らは……あ、露骨に違うトコ見てやがる。察するの早いな、流石はSPっぽい人達。

 

 でもマイッたぞ。

 外出が出来ねぇなら食いに行けねぇじゃん。ま、でも俺は選択肢な行動を取った訳だし、結果的に無理ならアホの選択肢も納得してくれんだろ。異議も無さそうだしな。

 

 

【邪魔する黒服どもをハッ倒して食いに行く】

【精肉店まで自分で買いに走る】

 

 

 異議申し立て、出ちゃった。

 やっぱりダチの不幸を笑っちゃいけねぇよ。【下】だ【下】。精肉店なら商店街にあるだろ。

 

「一夏、お前料理は得意だったよな?」

 

「んぁ? あ、ああ、まぁな」

 

「肉焼けるな?」

 

「おう、焼けるぜ」

 

「白米はあるな?」

 

「おう、あるぜ」

 

 うし、それだけ聞けば十分だ。

 

「松阪牛を買ってきてやる。お前は焼き焼きセットを準備しとけ!」

 

「お、おう! 分かったぜ!」

 

 これなら文句ねぇだろ!?

 どけオラ! 俺はンまい肉を買いに行くんだよぉ!

 

 

【逆立ち歩きで買いに行く(片道)】

【バク転で買いに行く(往復)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

.

...

......

 

 

「オラァッ!! 味わって食えこのヤロウ!」

 

「俺が焼いてるんだよなぁ」

 

 うるせぇ!

 こちとらバク転しまくりーので、まだ視界がぐわんぐわんってんだよ! 身体は平気です! 日々強い身体に鍛えられてますよ、私!

 

「んで、実際何がどうなったんだ?」

 

 まだ一夏がISを起動させちまったって事しか聞いてないからな。一体何がどうなってそうなったんだよ?

 

「ああ、それがな……(色々説明中)……って事なんだ」

 

「なんてことだ……」

 

 俺があの時(入試の日)想像したのと、ほとんど同じ行動取ってやがったコイツ…! いや、なんで置かれてるISを勝手に触るんだよ? あ、いや、でも触るかな……触ってみたくなる気持ちは分からないでもないか。男の俺らからしたら無縁な物だもんな。

 

 で、好奇心で触れたら起動しちゃって。

 政府の人間にそのまま連れて行かれた、と。

 

「ああ。経緯を説明させられて、男の俺がISを起動させた事の凄さをめちゃくちゃ説明されて、もうめちゃくちゃ説明されて」

 

 そ、そんなに説明されたのか。

 

「それでまぁ、『君を保護するにはこれしかない』って政府の人に言われて、IS学園の入学書を渡されたんだ」

 

 保護する(女子高へ強制ご招待)って事か。

 それはキツいな。

 

「尋問とかはされなかったのか?」

 

「ああ……初めはそんな雰囲気だったんだけど、俺の名前を確認してからは態度が一変してさ」

 

 千冬さんの影響か?

 ISのトップに君臨してる人の弟だもんな、そりゃあ下手な扱いも出来んわな。それに関してはラッキーだったんじゃないか?

 冷静に考えりゃ、これが一般人ならやべぇところだったろ。唯一の男性起動者って事で、モルモット的なアレやコレやを実行されてもおかしくないよな? 

 だってそれくらい凄いんだろ? ISを起動させたってのは。実際、黒服が家の周りに常備されるくらいなんだし。

 

「あと俺が起動させたからって事で、全国的に実施するって言ってたな」

 

「なにを?」

 

「他の男もISが反応するかどうかの調査だってさ。俺らの中学でも調査するってよ」

 

「ふーん」

 

 そりゃそうか。

 アレだな、意外とボコボコ起動させられる男が続出したりしてな。そうなったら、あっという間に共学の出来上がりだ。ついでに女尊な世間も終わって良い事尽くしだな。

 

「せめて旋焚玖も起動させてくれたらなぁ。心強いのになぁ」

 

「おっ、そうだな」

 

 ハハハ、ないわー。

 

 

 

 

.

...

......

 

 

 

 

「は、反応しました! か、確保してください~~~っ!!」

 

 

 へぁぁぁあああああッ!?

 

 





当たり前だよなぁ?
なお原作にはまだ突入しない模様。



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第26話 スマブラ(序)


運命に抗えってな!というお話。



 

 

「よぉ! 緊張するな旋焚玖ぅ! YO! YO!」

 

「テンション爆上がりだな、弾」

 

 弾。

 五反田弾。

 一夏達とは違って、弾は中学からの友達だ。気付いたらよくツルんでた。俺(の選択肢)のアホにも笑って付き合ってくれるいい奴だ。

 

 弾と俺が今、向かってるのは……ああ、あの建物か…?

 

 そう。この間、一夏が言っていたアレだ。

 一夏がISを起動した事で、全国的に調査が行われるっていうアレだ。他の男もISを起動させられる可能性を探るってヤツ。主催は当然、世界の頂点っぽいポジションに立っちゃった日本政府。

 

 んでもって、俺たちの地元は比較的IS学園にも近いという事で、IS学園の教師も何人か、この調査に派遣されてるとかなんとか。すんげぇどうでもいい。パパパッとやって、ハイ終わりって感じでさっさと済ませたい。この後、一夏の家でゲームする約束してるし。

 

「よぉよぉ! IS起動させちまったらどうする!? ヤバくね!? 可愛い子ちゃんだらけの学園にひゃっほいだぜ!?」

 

 テンションたけー。

 可愛い子ちゃんとか久々に聞いたわ。まぁ弾は一夏に一緒に会いに行った時も、めちゃくちゃ羨ましがってたもんな。

 

『とうとうハーレム王になるつもりかこのヤロウ!』

 

『とうとうってなんだよ!? 全く意味分かんねぇぞ、弾』

 

 漢泣きする弾に詰め寄られて、一夏の奴は困惑してたなぁ。俺は何も言わんかったけど。中学の俺たち3人にはそれぞれ役割があったからな。

 一夏が女にモテまくる役。俺が奇行に走りまくる役。弾が俺たちのフォローに奮戦しまくる役。うーんこの……弾には足を向けて寝れねぇやなぁ。

 

 まぁでも、それとこれとは話が別だ。ダチだからこそ、現実と幻想の区別はつけてもらおう。

 

「無理無理、俺らが触っても反応なんてしねぇよ」

 

「馬鹿野郎お前俺は反応させるぞお前!」

 

 

.

...

......

 

 

「はい、終わりー。次のひとー」

 

 ウェーイ!ってな感じでISに弾が触るも、やっぱりというか何というか、無反応だった。受付の人も機械的になってるし。まぁ退屈な作業ではあるわな、気分的にはベルトコンベアでバイトしてるようなモンかね。

 

「知ってた……へへっ、正直分かってたさ。俺みたいなモブが栄光を掴める筈なんてないってな……へへへ…」

 

 弾…………泣くなよ。

 お前のそんな姿を見ちまうと、なんだか俺までもらい泣き……する訳ねぇだろ、どけオラ、さっさと一夏の家に遊びに行こうぜ。

 

「旋焚玖……あとはお前に託したぜ…!」

 

 何言ってだコイツ。

 何故かハイタッチを求められたので、自分も合わせました。受付の人が「はやくしろよ」と視線で訴えてきてます。すいません、すぐ触って退散しますんで……―――んぁ?

 

 

【触ったらマズい気がする。ここは触れたフリして済ませよう】

【覚悟は出来た。俺はISに……触れるッ…!】

 

 

 え?

 ちょっと待って。

 え? ちょっと待ってよ。

 

 え、触ったらマズいの? 

 反応させちゃうの…? 

 どうして【上】も【下】も意味深なの? 待って待って待ってよ。なんかおかしくない? 【上】も【下】も俺が触ったら反応する、みたいな感じになってない? え、そうなの? そういう未来が待ってるの?

 

 俺の脳裏に一夏との会話が横切る。

 

『尋問とかはされなかったのか?』

 

『ああ……初めはそんな雰囲気だったんだけど、俺の名前を確認してからは態度が一変してさ』

 

……よし、触ったらダメだ。いつもの選択肢のおフザけとも考えられるが、念には念を…ってヤツだ。下手に触れてマジで反応させちまったら、一般人の俺に待ってるのは地獄だ。

 

「…………………」

 

 ISの前に立って、受付の人の顔を密かに窺う。その表情からは「どうせ反応なんてする訳ない」といった感情がありありと見えた。こちらを視界に収めてはいるが、見てはいない。だって反応しないと思っているから。

 

 それが俺にはありがたい…!

 

 ISに触れるか触れないかのところで、俺はさっと手を引っ込めた。恐ろしく速い貫手、オレでなきゃ見逃しちゃうね(ただ腕を伸ばして引っ込めただけ)

 

「はい、次のひとー」

 

 やったぜ。

 さぁ帰ろ帰ろ。

 

「ま、待ってください」

 

 へぁ?

 受付の人とは違う女の人から、ちょっと待ったコールだ。

 

「……なんですか?」

 

「あ、あの、ちゃんと触らないとダメですよぅ」

 

 む……メガネ掛けてるし、真面目な人なんだな。ちゃんとチェックされてたとは……この人がもしかしたらIS学園の教師なのかな。

 

 

【触るのはマズい。触れたフリに徹する】

【もう諦めて触る】

 

 

 ちょっと待て!

 さっきより語意が強くなってんぞ!? もう反応すんの確定みたいな感じじゃねぇか! そうなの!? ホントにそうなんか!?

 どうする…! 冷静に判断しろよ、俺。仮にだ。仮に俺がISを起動させた場合のメリットは何だ? よく考えろ、判断するのはメリットとデメリットを照らし合わせてからでも遅くない。

 

 メリット。

 一夏と同じ高校に行ける。

 篠ノ之と同じ高校に行ける。

 ISを起動させた男って事で、もしかしたらフツメンの俺でも彼女がいっぱいできるかもしれない。

 

 デメリット。

 政府から尋問される。

 政府から監視される。

 両親にも迷惑が掛かる。

 ほぼ女子高に放り込まれる。

 今後、IS関連のナニかに必ず属する事になる。

 後ろ盾のない俺は下手したらモルモットになる可能性。

 

 一瞬でもこれだけ浮かんだ。

 もっと時間を掛けりゃメリットデメリットも、まだまだ多く浮かんでくるだろうけど……それでもメリットの数がデメリットを上回る気がしない。

 

……絶対に触れてなるものか…!

 

「すいません、ちゃんと触ります」

 

「はい、お願いします」

 

 今度はガチだ。

 

 恐ろしく速い貫手ッ!

 オレでなきゃッ!

 

「触ります」

 

 見逃しちゃうねぇぇぇッ!!

 

「ッ……!」

 

「なっ…!?」(み、見えませんでしたぁ…! 残像が陽炎のように残ってるような……そんな気さえしますぅ…!)

 

 ハッハッハァーッ!

 どうだオイ、伊達に達人してねぇぜ!

 

「触りましたよ? 反応しないんで帰りますね」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ~っ!」

 

 メガネな人から腕にむぎゅっと纏わりつかれた。

 やべぇ。乳がやわい。やべぇ。

 

「……なんですか?」

 

「ちゃ、ちゃんと触ってくださいよぅ!」(この子、何か知ってます…! そうでないと、あんなにISの前で警戒なんてしません! それに、あの速さ……只者じゃないですぅ!)

 

「俺が触ってないのが見えたんですか?」

 

 見えたの?

 見えてないよな?

 見えてないから、そんな言い方してるんだよな?

 

「い、いえ……見えませんでしたけど、でも…」

 

 勝機ッ!

 タメ口になるけど、許してね!

 

「見えてないなら言うなよ。俺を否定していいのは見えた奴だけだ」

 

「う、うぅ~~……でもぉ…」

 

 うおぉぉ……目がウルウルしてらっしゃるぅ……くっそ、罪悪感がやべぇ…! 腕に当たる乳の感触もやべぇ…! 襲い掛かる良心の呵責…! でもこればっかりはダメなんだ、許してくださいメガネの人。

 

 後は腕を解いて―――。

 

「いや、見えるようにゆっくり触ればいいだけだろ。フザけてないでさっさとしろよ旋焚玖」

 

 あ、そっかぁ……って、弾ンンン!? 

 何て正論吐きやがる!? 俺がどうして威圧感めいたキャラってたのか分かってんのか!? その正論からメガネさんの意識を遠ざけるためだろが!

 

「そ、そうですよぅ! ゆっくり! ゆっくり私にも見えるように触ってくださいぃぃ~っ!!」

 

「ちょっ、待って! 一旦待って! ちょっとだけでいいですから!」

 

 あ、アカン!

 完全に流れが変わった! しょぼんってたメガネの人も俄然やる気になっちゃったしぃぃぃッ! ぬあぁぁぁッ、乳の感触がやべぇぇぇッ!

 

「はやくしろよ旋焚玖! お姉さんに迷惑かけんなよ!」

 

 だ、弾まで加わりやがった!?

 でもお前ら2人なんかに負ける訳ねぇだろ!

 

「あ、貴女も手伝ってくださいっ!」

 

「は、はぁ…」

 

 やる気のない受付の人まで!?

 

「3人に勝てる訳ないだろ!」

 

「馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」

 

 とはいえ今ここで強引に振り払ったら、常識的な行動を取ってる弾までケガさせちまう。メガネの人たちも巻き込まれるだろう。それがまた俺の良心を責めてきやがる…!

 

「ちょっ、やめ、どこ触ってんでぃ!? どこ触ってんでぇ!?」

 

「お前の腕だよ! 旋焚玖どうしたんだ!? いつものアレ(奇行)か!?」

 

 うるせぇ!

 ぶっちゃけ普段の奇行よりひどいのも自覚してるわ! だがそれくらい俺は人生の岐路ってんだよぉ!

 

「離せや弾! お前男の腕触って喜んでんじゃねぇよお前!」

 

「何言ってんだお前!? すいませんお姉さん方! コイツたまにこんな感じになるんです! もうお前ッ、マジで触れって!」

 

「やめろォ! ナイ……あ…」

 

 指先が触れちゃった。

 瞬間、キンッと金属音が頭に響く。

 

 無機質だったISに光が灯った。灯ってしまった。

 

「やっぱり…! は、反応しました! か、確保してください~~~っ!!」

 

 へぁぁぁあああああッ!?

 か、か、確保ォ!?

 

 

『尋問とかはされなかったのか?』

 

『ああ……初めはそんな雰囲気だったんだけど、俺の名前を確認してからは態度が一変してさ』

 

 

 尋問……政府からの尋問…!

 絶対痛いコトされる…!

 

 

【フザけるな! 俺は抗うぞオイ!】

【触れてしまったモンは仕方ない。俺はこの結果を受け入れるよ】

 

 

 【上】だコラァッ!!

 簡単に受け入れてたまっかよ! 

 叛逆上等だオラァッ!!

 

「……お、おい旋焚玖、お前、マジか!? 反応してんじゃんIS!」

 

 託されちまったよ、お前によぉ!

 後で弾は顔面にウンコぶつけるとして。今はこっちだ。

 

「メガネの人」

 

「わ、私ですか…?」

 

「俺は……ISを起動させたんですか?」

 

「はいっ、起動させました!」(これで千冬先輩の弟さんも心細くなくなりますね!)

 

 うむむ……嬉しそうだ。

 女の立場からしたら、ヨエー男が起動させない方が都合いいだろって勝手に思っていたが……なるほど、この人はいい人だ。

 

 それとこれとは話が別だけどな。

 

「俺はこれからどうなりますか?」

 

「えっと、それは……」(き、機密事項にあたるので、ここでは言えません…)

 

 言い淀んだ。

 淀みやがった…!

 つまり淀んだ事をするつもりなんだな!? 公に出来ねぇ事を俺にするつもりなんだな!? 一夏には出来なかった事をッ! 俺で存分に試すつもりなんだなァッ!?

 

「ん…? オイオイ……」

 

 奥の部屋からドタドタ黒服連中が現れた。

 どうやら本気で政府ってヤツらは、俺をモルモりたいらしい。

 

「お、大人しくしてください! 何もしませんから!」

 

 この乳メガネ…!

 一番信用しちゃならねぇ台詞じゃねぇか!

 

「ほら、こっちへ来なさい」

 

 黒服の1人が近づいてきては、俺へと無造作に腕を伸ばしてくる。いやいや、ヤメてくださいって。穏便に済むならそれに越した事はない。けど捕まりたくもない。

 

「む…」

 

「すいません無理です」

 

 とりあえずスッと横に避けた。

 

「いいから来なさい」

 

「すいません嫌です」

 

 再び伸びてくる腕。

 普通に嫌なので、やっぱり避ける。すいません、ほんと。

 

「……私達に手荒な真似をさせる気か?」

 

 黒服の声が低くなる。

 それに釣られたのか、後方に居た他の連中も前へと出てきた。いやもうする気ですよね? 臨戦態勢に入ってますよね? それに捕まったら、手荒いどころじゃないコトするんですよね?

 

「やだなぁ、もう。そんな訳ないじゃないですかぁ」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべて、今度は俺から黒服に腕を伸ばした。ビビッたと思ってくれたか、簡単に掴ませてくれた。ならお礼に……。

 

 投げ飛ばすしかないだろう…ッ!

 

「ぐへッ!?」

 

「「「「!!?」」」」

 

「ちょっ、お、おい旋焚玖!? 何やってんだよ!?」

 

「離れてろ弾。これからちょいと荒っぽくなるからよ…!」

 

 もう弾に構っている余裕はない。

 俺が何も知らねぇ子供だったらさ、IS動かせりゃ当然ウキウキしちゃうだろうが。あいにく夢より先に現実が視えちまっててな…! おいそれと付いて行く訳にはいかねぇんだよッ!

 

「な、何をしているですか!? 大人しく「黙れ乳」ひ、ひどいですぅ…」

 

 ごめん、マジでもう余裕ないの。

 たかだか4人程度に負ける気はしねぇけどな…!

 

「仕事で来ているアンタ達に恨みはねェ…」

 

 ようやく分かった。

 俺が(強制)毎日毎日(強制)死に物狂いで(強制)修行(強制)し続けていた(強制)理由が。

 

「だがこっちも人生が懸かってんだ」

 

 この日を抗う為だった…!

 

「ケガしてェ奴からかかって来いッ!!」

 

 

 それは覚悟を決めた男の咆哮だった。

 旋焚玖の鼓動に呼応するかのように、別の部屋からも黒服たちが集まりだした。パッと見ただけでも20は優に超えている。

 

 圧倒的な数と対峙する旋焚玖。

 彼の表情はどこまでも穏やかで、笑みすら浮かべていた。

 

「フッ……」

 

 

 

 そんなに来いとは言っていない。

 

 

 




黒服:20人に勝てる訳ないだろ!

旋焚玖:馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!(反骨)


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第27話 スマブラ(結)

おれはちょうつよい、というお話。



 

 

「「「「………………」」」」

 

「……フッ…」

 

(黒服さんがいっぱいです。こっちは1人ですよ? しかも中坊ですよ中坊)

 

 残した笑みは決して消さない。

 それは虚勢か、はたまた自信か。

 

(どっちもだよチクショウ…! ぶっちゃけ、この数にはビビッてるけど、あの時とは……篠ノ之を助けた時の俺とは違う…!)

 

 あの時、旋焚玖はあくまで巻き込まれた側だった。目の前に突如現れた非日常に対し、覚悟する暇さえなかった。状況が飲み込めない状態で、とにかく箒と逃げる事を最優先せざるを得なかった。

 

 しかし、今は違う。

 

(もう巻き込まれた側に居られねぇ…! とうとう俺自身が渦中になっちまった。ならもうウダウダ悩んでられねぇ…! 覚悟を決める時は今なんだ…!)

 

 対峙している1人の少年と黒服を纏う数の暴力。両者共、このまま延々と睨み合いしているだけに留まる筈がない。少しのきっかけで、静から動へと場が早変わりするのは目に見えている。

 

 問題はどちらが先に動くのか。

 

「……ッ!」

 

(この数だ、受け身に回っちまったらその瞬間終わっちまう! ビビるな竦むな、動け動け動けェ―――ッ!!)

 

 地を蹴り前に出たのは旋焚玖。

 猛然と黒の壁へと駆けていく。20を相手に後手に回ったなら最後、主導権など到底握れるモノではない。ならばいっそ前へ。決してやぶれかぶれではなく本気で勝つ為に…!

 

 箒と共に受けた襲撃事件以来、外出する前は必ず皆伝書に羅列されている実践道具(旋焚玖は七色の道具と呼んでいる)の吟味に余念を無くした事が生きる。胸ポケットに潜ませていたモノを、一番先頭に立つ黒服の足元へ叩きつけるように投げた。

 

 

 パァンッ!!

 

 

 短くも甲高い破裂音が響いた。

 旋焚玖が投げたモノは、以前使った煙玉ではなくただの癇癪玉だ。花火に部類されるモノで、大きな音を立てて遊ぶ、謂わば子供のおもちゃである。

 

 自ら改造もしていないただのおもちゃで、黒服達の鼓膜破壊を狙う筈もない。旋焚玖が欲しかったのは数瞬の隙。先頭に立つ者の目線を、一瞬でも足下へ追いやる事だけが目的だった。

 

「ッ!? な、なんだ…!? 一体なにを…」

 

(そりゃ見ちまうわな確かめちまうわな、本能でよぉッ! だがこれで火蓋を切るのは俺だッ…!)

 

 既に駆けた勢いは十分。

 両膝を折り畳むようにして跳び上がる。

 先頭の黒服が旋焚玖の方へ視界を戻した時にはもう遅い。鋭く突き出した両脚の裏で、胸板を強く蹴られ、後方へと吹き飛された。旋焚玖の狙い通り、後ろに居た者も巻き込みながら。

 

(一喜一憂するのは後だ…!)

 

 蹴りを喰らわせた反動を利用して、後方へバク宙する事で着地にも成功。と同時に膝を折り、力を溜めて素早く前へと再び駆け上がる…! 頭にあるのは自分から最も近い位置に倒れている男の元へ辿り着く事のみ。

 

 相手は20で旋焚玖は1人。ご丁寧にタイマンな空間を20回も作る余裕は今の旋焚玖には無い。時間は限られているのだ。

 ならば一気に数を減らすしかない。旋焚玖が見い出した勝機はそこだった。そしてその狙いを成功させやすいのが先手と…運が良くて次の手まで、と考えての行動だった。

 

「取り囲め!!」

 

「押さえつけろ!」

 

 政府に雇われた者達が、流石にいつまでも固まっている筈もなく。ドロップキックに巻き込まれずに済んだ黒服達が、旋焚玖へと一斉に襲い掛かっていく。まるで黒い壁が四方から押し迫ってくるようだった。

 

 だがそんな彼らを前にして、旋焚玖は再度笑ってみせた。この笑みに虚勢は含まれない。自分に壁が迫りきるよりも早く、目指した場所へと辿り着けたのだから。

 

(やっっっ……たぁ! やったよぅ! やっぱり一喜一憂しちゃうわいな! うへへ、ごめんね黒服のおっちゃん、ちっとグルグルに付き合ってもらうぜ)

 

 旋焚玖は倒れている黒服の両足首を、脇の下に挟み込んむように抱え上げた。

 

「せぇの……ッ、根性入れなおしてやるッ!」

 

 

【篠ノ之流金剛大旋風】―――ッ!!(なんかすごいジャイアントスイング)

 

「あがっ!」

 

「ぐほっ!」

 

「おぐっ!」

 

 振り回した相手の平衡感覚を失わせる事は目的では非ず。疾く力強く廻転させられた男は旋焚玖の武器と化し、四方から迫り来る黒服たちを薙ぎ払った。

 

(グルグルグルグル―――ッと! 俺自身、目が回らねぇのはアレか!? この前のバク転買い出しがここで活きたのか…!)

 

 一旦は旋焚玖を取り囲めた筈の黒服たちだったが、今では旋焚玖を中心にしつつ、後ろへと強制的に下がらせられた。前に出てしまうと旋焚玖が振り回すアレにブチ当たってしまうのだ。

 ペチッと当たるくらい大丈夫だろ? とんでもない、アレで殴られた者は蹲ってしまっている。それほどバカげた威力を誇っていた。

 

 だがいつまでも廻転し続けられる筈がない。旋焚玖が疲れて止まった時こそ、黒服達は一斉に飛び掛かるつもりだ。それを旋焚玖も承知しているからこそ、男を振り回しながら部屋の隅々まで目を凝らす。

 

(ある筈だろ、無いとは言わせねぇぞ! 置いてあるとしたら壁壁壁! 際際際ァッ! あ、あ、あれあれッ! アレだよッ!)

 

 旋焚玖が外出時に持ち運べる七色の道具は、基本的にポケットサイズな物のみとなっている。それより大きいと物理的に無理なのだ。物は試しと背中にフライパンを入れてみたが、普通に痛くてすぐに取った。やはり漫画のようにはいかないらしい。

 

 現状を打破できる武器を見つけた旋焚玖は、不自然に思われないように廻転しながら、少しずつそちらへと距離を縮めていく。

 黒服達は無理に攻めてこない。出口に近づくならまだしも、旋焚玖が進んでいるのは真逆の方向。彼らからすれば、より捕まえやすくなったとさえ言える。

 

「……ッ!」

 

 黒服達から見て、自ら壁際に追い込まれる形を作った旋焚玖は、そこでやっと男を投げ捨てる。その乱雑っぷりから、男たちは旋焚玖がようやく諦めたのだと思った。1人の男が代表して前に出る。

 

「逃げる方向を誤ったな少年。さぁ、今度こそ大人しく付いてきなさい」

 

 背後には壁で窓も付いていない。

 前にはまだまだ無傷の黒服が立ち塞がっている。出口とは対極の位置に立つ旋焚玖にもはや逃げ場は残されていない。

 

(嫌です。この人たちは、もしかしたら篠ノ之が言っていた穏健派の連中かもしれんが、それでも嫌なものは嫌なのです。んで、もう一言加えると……)

 

「誤ったんじゃねェ……これが俺の狙いだ…!」

 

「なっ!?」

 

「「「!!?」」」

 

「施設内に必ず複数設置されてあるモノといえばなーんだ? うへへ、赤いモノはなーんだ!?」

 

 答えは既に旋焚玖の手に。

 赤くて旋焚玖が日頃から持っておきたい物の一つ。大きすぎて物理的にポケットには入れられない七色の道具の一つ!

 

「お、おいッ、旋焚玖!? それ消火器だろ!? マジでシャレじゃ済まされねぇぞ!?」

 

「うははは! 気にするな弾! うひゃひゃひゃひゃッ!」

 

「き、気にするなの意味が分かんないですぅ…」

 

 入口の方まで弾と一緒に下がっているメガネの人から控えめにツッコミが入るが、旋焚玖は何が面白いのかゲラゲラ笑っている。非日常を受け入れた反動か。はたまた自分の狙いが悉く成功した事への悦楽か。

 

「使えるモンは何でも使う。汚ェ手なら尚更だ。それが俺の師の教えなんでな…!」

 

 ピンを指で弾き、あとは噴出させるだけで良い。位置関係もとことん理想的なそれだ。後ろを一切気にせず、前に向かってただ噴射させれば良いだけなのだから。

 

 ここに居る全員が認めるしかなかった。

 今、この場を掌握しているのは、紛れもなくあの少年であると。抗う術も無し、最悪逃げられる可能性もある。

 

 流れは完全に旋焚玖にあった。

 

 

 

 

 

 

 やべぇ…!

 やべぇ……やべぇ、俺……メチャ強ェ…! まだ半分以上残ってるが、負ける気がしない。消火器捨てて、強引に肉弾戦仕掛けても、案外普通に勝てるんじゃねぇかってレベルに達してね、俺……? 

 

 うはっ、うわははは!!

 そうかそうか! そうかよ! 俺はそこまでの域に達してたんか! むしろそうでなくちゃ困るわ、毎日アホみてぇなシゴき受けてんだからなぁッ! 

 

 このまま無双して悠々と帰ってやるッ!

 俺はそれが出来る漢になったんだ! うはは、まずは身体に無害っぽい粉を存分に喰らうがいいわ!

 

「喰ら―――」

 

「……ほう? それで、誰がその後始末をするんだ? お前か旋焚玖…?」

 

 とても聞き覚えのある声がしゅるぅ……っていうか、視界に既に入っているぅ……ど、どうして此処に居るんですか……?

 

「ゲェーッ!! 一夏の姉ちゃんだァーッ!!」

 

 ありがとう弾。

 お前のそのアホみたいなリアクションのおかげで、俺も無駄にテンパらずに済む。んでんで……何でこの人が此処に居るの? 此処で働いている的な感じなの?

 

「……俺の邪魔をする気ですか、千冬さん」

 

「さて、どうだろうな…」(ふっ、ふふふ…! 流石は旋焚玖だ。私が現れても眉一つ動かさんか……)

 

 ヒェッ……な、なんか薄ら笑ってるよぅ…!

 いきなり現れて冷笑るのはマズいですよ千冬さん! とっても怖いっす! ボス臭ハンパないっす! メールでの可愛い千冬さんに戻ってくださいよぅ!

 

 千冬さんは無関係だと思っていいのか? たまたま道を歩いていて、たまたま騒動を嗅ぎつけ、たまたま俺と居合わせた、なんて事はないだろう。千冬さんはブリュンヒルデだ……此処に来たって事はISの関係者ってのが妥当か。案外、学園で教鞭振るってたりするのかもしれない。

 

「千冬さん……俺はこれからどうなるんですか?」

 

「一夏から聞いているだろう? それと同じ事をするだけだ」

 

 同じ?

 同じじゃないだろ!

 一夏には出来なかった事をするんだろぉ!? イタイ事とかするんだろぉ!? 権力に物言わせて一般人を泣かせる気なんだろぉ!

 

「一夏と違って俺にはブリュンヒルデの姉が居ない」

 

 後ろ盾がないんだよぉ!

 怖い人たちにイジメられちゃうよぉ!

 

「……そうだな。だから私もお前と共に付いて行く。それなら問題なかろう?」

 

「む……」

 

 目を光らせてくれるという訳か。

 取調室的な場所で政府の怖い人たちから、尋問は既に拷問に変わってるんだぜ! みたいな事を言わせないように。

 

「それとも……このまま、まだ抗ってみせるか? 私は別に止めんぞ?」

 

「……いいんですか? コレ、使いますよ?」

 

 手に持つ消火器を見せる。こっちはもう吹っ切れちまってんだ。暴れていいのなら暴れさせてもらう。逃げられるのであれば逃げさせてもらう。たとえ相手に千冬さんが加わろうとも、だ…! 

 

「好きにしろ。ただし……」

 

 な、なんだよぅ?

 そんな威圧感出してきてもビビらないぞぅ!

 

「噴射した瞬間、私の拳が顔面にメリ込むと思え」

 

 ハッ…!

 なんだよ、気ィ張って損したわ! んなモン、カウンターで迎え撃ちゃいいだけだ。逆にアンタの脳みそ揺らしてやるよッ!

 

「五反田弾の顔面にな」

 

「ファッ!?」

 

「……弾に?…………ぶほっ」

 

 だ、弾さんスゲー顔になってんぜ!? その顔はヤメろ! 一夏といい顔芸はやってんの!? あひっ、あひゃひゃひゃ! って笑えねぇぞオイ! 弾の顔見ちゃ笑っちまうから見ねぇぞオイ!

 

「俺を脅すのか?」

 

「ああ、脅す。これはスポーツではないからな」

 

 Oh……流石は俺のプチ姉弟子。

 見事なまでに武術家な台詞だ。使えるモノは何でも使う。それが師匠の教え。人質のきく相手には躊躇わず使え。それも師匠の教えだ。俺が千冬さんの立場でも、きっと同じ事を言ってのけただろう。

 

「……降参。良心の呵責には勝てないです」

 

「フッ……スマンな、こんな真似をして」

 

「気にしないでください、千冬さんに落ち度はありませんよ」

 

 

【しかしこのままだと少し癪なので、ちょいと軽くだけ噴射してみる。意外と噴射は楽しかったりする】

【既に負けを認めたのだ。大人しく従うのが漢の矜持である】

 

 

 ほう……好奇心を上手く突っついてきよるわ。確かに一回どんなモンか、使ってみたい気もしないでもない。ちょっとだけならいいかな? ほんのちょっとだけ、ぴゅぴゅっと出すだけで、別に攻撃とかそういうアレじゃなくて。

 むしろそれくらい許されてもいいと思う。これからの俺の処遇を考えたらさ。大丈夫大丈夫、平気平気。掃除なら俺が、あと一夏も呼んで一緒にするから。

 

 っていうか頭が高ェんだよテメェら、あァん? 俺様は世界で2人目のIS起動者なんだぜ、おう? おうコラ? 消火器ぐらい気分で出しても怒られない身分になっちまったんだぜ? おう? おうお~う?(現実逃避) 

 

 

 ぷしゃぁぁぁぁぁぁッ!!

 

 

「ひょわぁぁぁぁッ!?」(現実帰還)

 

 め、めちゃくちゃ出ちゃったぁぁぁぁッ!?

 

「な、何をしている旋焚玖!? 五反田の顔面がどうなってもいいのか!?」

 

 ち、違うんです千冬さん!

 軽く握っただけで、こんなに出るとは思わなかったんですぅ!

 

「い、嫌だぁ! 死にたくない! 死にたくなぁぁぁい!!」

 

「違うぞ弾! そんなつもりじゃないんだ! なんか勝手に出ちゃうんだよぉ!」

 

「さっさと離さんかバカ者! 握ってたら出るに決まっているだろうが!」

 

「違うんですって! なんか凄いんですって、反動がなんかヤバいんですってぇぇぇッ!! 暴れんな、暴れんなよッ! ひゃぁぁッ、すいません黒服の皆さん! ホントもうすいません、調子に乗ってすいませんんんんッ!!」

 

 

.

...

......

 

 

 結局、弾が千冬さんに殴られる事はなかった。かわりに俺が千冬さんから熱いゲンコツを喰らって、喰らって喰らって喰らいまくって、一応の決着がついたのだった。とりあえず、今日のところは俺も自宅に帰っていいとの事で……。

 

「そんな訳ないだろうが。今から検査だ、説明だ、と色々あるんだからな」

 

「……はい」

 

 

 一夏に続いて世界で2人目の男性IS搭乗者の誕生である。

 

 




生身でも強い旋焚玖くん。
これはISでも無双しちゃいますね(ネタバレ)


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第28話 旋焚玖、成り上がるってよ


良識ある大人はお優しい、というお話。



 

 

 

「主車旋焚玖くん。好奇心で聞く事を許してくれ。率直に今、君はどんな気分なんだ?」

 

 どんな気分……?

 見るからに権力の上に立ってます的なおっちゃんと今、対面しているこの状況についてか? そもそもISを起動させてしまった事にか? いかにも研究員してますって白衣着た連中に、検査と称して身体中を隅々までアレコレされた事にか? 注射がちょっとチクッとしたわ! 千冬さんが見てたし何でもない風を装ったけどな!

 

「気分はまぁ……正直、まだ実感がないと言えばいいですかね。自分も聞かせてください、これから俺はどうなるんすか? おためごかしは要りません。誤魔化し無しでお願いします」

 

 おっちゃんが俺の後ろに控える千冬さんに視線をやった。おそらく、色々と話してしまって良いのか、の確認だろう。

 

「ふむ……どうやら思っていたより聡い子らしい。分かった、それも含めて説明させてもらおう。男性である君がISを起動させた事で、君の将来にレールが敷かれたのだ」

 

 何の?

 決まっている、ISに携わるモノ全てだ。俺の高校も大学も、就職先も全てIS関連である事が決まったんだ。ただそれでも理想図だと思う。

 

「それは分かっています。俺が聞きたいのはそんな曖昧な部分じゃないんです」

 

 俺はそんな確認がしたくて、大人しくしているのではない。一般人の俺が、今後どんな扱いを世界から受けるのかを聞いているんだ。

 

「千冬さんが居る前で聞くのもアレですけど……俺と一夏は違うんですよね?」

 

「旋焚玖……」

 

 あらやだ、千冬さんらしからぬ悲し気な呟き。でもごめん、そこだけは今のうちにはっきりさせておいてほしい。今聞いておくのと、IS学園に入学してから、アレやコレやと待遇の違いとかを見せられるのとでは、俺のメンタルへの影響の仕方が変わってくるんだ。

 

「言いにくい事をズバッと聞いてくれる。だが、問われたらこちらも答えるしかあるまい」

 

 そうそうズバッと言ってくれ。

 変に気を遣われるより、そっちの方が俺もありがたいわ。

 

「男性でISを唯一起動させた2人。だが……君が察する通り、君達の立場はまるで違うモノになる事が予想されている。何故なら……」

 

「俺は平凡な家庭の人間で、一夏はブリュンヒルデの弟だから……でしょう?」

 

「……ッ」

 

 千冬さんが背後で身体を強張らせた気配がする。だから俺もちゃんと言っておく。

 

「安心してください、千冬さん。俺と一夏は親友です。これからも。何があっても。それだけは絶対に変わりませんよ、俺たちは」

 

「……旋焚玖」

 

 あらやだ、千冬さんらしからぬ嬉しそうな呟き。だがこれは俺の本心だ。俺の言葉に嘘はない。立場が変わろうが周りの反応が変わろうが、俺と一夏はダチなんだ。俺たちの関係は誰にも壊させねぇよ。

 

「ふむ……ある程度、覚悟は出来ているみたいだな。なら、ざっと羅列していこう。君と織斑君の置かれた環境の違いを―――」

 

 おう、ドンと来いッ!

 

 

.

...

......

 

 

「……―――とまぁ、だいたいこんなところか」

 

「……なるほどざわーるど…」

 

 そんなに羅列しろとは言っていない。

 いやまぁ分かってたけどさ、改めて第三者から言葉にされるとヘコんじゃうね。メンタルの強さに定評のある俺でも結構Oh…ってなっちゃった。主に世間の視線的な部分で。ま、別にいいけど。だいたい想像ついてたし。

 

「とりあえずアレですか? モルモッターになりたくなければ、しっかりISの技量を身に付けろ、と。要約すればこんなところですか」

 

「だいぶ端折っているが、概ねその通りだな。ああ、あと刺客にも気を付けるように」

 

 それはついでみたいなノリで言っちゃダメな案件だろ!? 身の危険的な意味でいくと、それってすごい重要な話だろぉ!

 

「まぁ君ならそちらの方面に関しては、さほど心配してはいないがね」

 

「む……」

 

「いやはや、君の身体検査の結果は私も目を通させてもらったが……一流の科学者たちが目を丸くしていたよ。ハハッ、彼らの言葉を借りれば、君の筋密度は常軌を逸しているらしいぞ?」

 

 え、えへへ……あざーっす(恍惚)

 褒められるのは素直に嬉しいです。

 

「先程もSP達を相手取り、大立ち回りを披露したそうじゃないか。君に投げられた者が言っていたぞ? 何をされたかまるで分からなかった、とな。普段、どんな鍛え方をしているんだい?」

 

 言っても信じてもらえないもん。

 でも、強いて言うなら。

 

「うまい食事と適度な運動」

 

「ほう」

 

「ふむ」

 

 後は―――。

 

「想像上のカマキリとかと闘わされる事……ですかね」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 微妙な静寂が部屋を包み込む。

 嘘じゃないもん、ホントだもん。

 

「ハッハッハ! なるほどなるほど、企業秘密ってヤツか。強くなる秘訣なんてそうそう簡単に明かしたくないよなぁ!」

 

 ホントの事だもん。

 嘘なんてついてないもん。

 

「ふふ……私は信じているぞ。旋焚玖は頑張り屋さんだもんな」

 

 生温かい目して言ってんじゃねぇよ! 頑張り屋さんとか言うなよ! 幼児扱いかコラァッ!! いやオイ、なに手ェ伸ばして……あ、引っ込めた。

 

「………………チッ」(すぐにバレる嘘をつく見栄っぱりな旋焚玖の頭をナデてやりたい……が、人前では出来んのが口惜しい…)

 

 ヒェッ……急に不機嫌になるのヤメてくれませんかね…。

 

「さて……説明も一段落済んだ事だし、移動しよう。君のIS適性を測定して、今日は終わりだ」

 

「適性……? 筆記試験的なヤツですか?」

 

 当然だが、ISの知識を俺に求められても何も答えられる自信ねぇぞ。

 ISとは何か? とか聞かれても、なんかスゴいヤツとしか書けねぇぞ? 風刺きかせていいなら女尊男卑の根源って書くけど。いや書かないけど。

 

 ただでさえ女子高への入学が決まってんのに、そんな事まで書いちまった日には余計フルボッコにされるわ。

 

「試験用のISで慣らし運転をしてから、簡単な実技試験だ。分かりやすく言うと模擬戦だな」

 

 千冬さんが教えてくれた。

 え、模擬戦って、誰かと戦う的なアレですか? 私、素人ですよ?

 

「あくまで適正値を出すためだ。別に勝ち負けを競うものではないさ」

 

 気負う必要はないと、肩をポンッと叩いてくれた。あらやだ、今日の千冬さん、とっても優しい。んでもって、2人に連れられる形で地下まで降りて、何やら広い空間に到着と。どうやら此処で模擬戦とやらを行うらしい。

 

「む……」

 

 既に誰か居るぞ……あ、乳メガネだ。

 

「紹介しよう。山田真耶くんだ。私と同じIS学園の教員だ」

 

 さらっと言ったけど、千冬さんも教師ってたんですね。一夏はまだ知らんのかな。後でアイツにも聞いてみよう。

 

「主車旋焚玖です……えっと……主車旋焚玖です」

 

 いきなり紹介されても知らんわい。

 何話していいか分かんねぇよ。教師って事はこれから学園でもお世話になる可能性が高いんだし、乳は見ないでおこう。せめて自発的なセクハラは控えておかないとだ。

 

「先程もお会いしてますし、そう緊張しないで大丈夫ですよー」

 

 ああ、そうだった。

 途中からこの人、空気になってたっけな。っていうか、よくよく考えたらこの乳メガネが諸悪の権化じゃね? 俺でなきゃ見逃しちゃう貫手を、この人が見破ったのがきっかけだし。いや別に怒ってないですよ、ハハハ。

 

「山田先生がお前の模擬戦の相手をする。の前に、まずはコレに乗らないとだな」

 

 千冬さんたちに誘われるがまま、置かれてあるISに俺も近寄る。しかし改めて近くで見るとデカいな……中々に圧倒されるサイズだ。前世にはこんな乗り物無かったし、実際マジで乗るとなるとドキドキしちまうな。

 

「このISは訓練用でIS学園にも配備されてある通称【打鉄】です」

 

 黙れ乳メガネ。

 

「まずは乗ってみろ。初期化も最適化も必要ない」

 

 専門用語はヤメてください。

 とりあえず、言われた通りに足を突っ込んでみる……おぉッ…!?

 

 カシュンカシュンと小気味の良い音で俺に纏わりついてきた…! 中々に鬱陶しいな!?

 

「ククッ、違和感などすぐに無くなるさ」

 

 ま、マジっすか?

 買ったばかりの靴みたいな感じなんですけど、いずれ馴染むモンなんか?

 

「よし、では好きに動いてみろ」

 

「はい…………む?………むむ…?」

 

 動かない。

 

「えっと……主車くん?」

 

 黙れ乳メガネ。

 動かねぇんだよ乳メガネ。見りゃ分かんだろ乳メガネ。

 

「……おい、どうした?」

 

「むむむぅ…………むんッ!」

 

 あ、動いた。

 人差し指がクイッて動いた。

 

「……お、織斑先生…」

 

「ふむ……これはアレだな…」

 

 

 

 

 この光景は当然モニター室でも通して見られている訳で。その部屋には先程、旋焚玖に説明を行った者や研究員を始め、他にも政府関係者が揃っている。

 

「……動かんな」

 

「人差し指は動いたらしいですよ?」

 

「それは動いたと言っていいのかしら」

 

 それぞれが何と言っていいのか分からない、といった空気である。当然、この中には女性も多く居るのだが、そんな彼女達ですら「これだから男はダメなんだ」とバカにするのも気が引ける程だったらしい。

 

「て、適正値が出ました!」

 

 そんな空気を壊すように、1人の研究員が声を張った。

 

「いや、それはいくらなんでも早くないか? まだ主車くんはクイクイしてるだけなんだぞ?」

 

「ですが、その……実際、出ちゃいましたし……結果は、見ての通りです…」

 

 旋焚玖の適正値が表示されているディスプレイに皆が集まる。

 

「……これは…」

 

「なんてことだ……」

 

「あの子……IS学園でやっていけるの…?」

 

 政府の人間であれば、誰しもが理解している。ISを起動させてしまった男性に、これから降り掛かるであろう理想と現実を。故にこの時ばかりは、此処に居る皆が旋焚玖に同情したという。

 

 

 

 

『あー、主車くん。適正値が出たが……どうする?』

 

 マイクを通して、さっきのおっちゃんの声が聞こえてきた。どうするって何が? 俺まだ何もしてないんだけど。

 

「結果は?」

 

 俺の代わりに千冬さんが聞いてくれた。

 

『……「E」だそうだ』

 

 Eって言われても分かんないんだけど。

 IS素人の俺には目安が知りたいところだ。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【パワプロで言えばどのくらいだ?】

 

 

 お前その聞き方好きだよな。

 ま、いいけど。パワプロのメーターで言ってくれたら俺も理解しやすい。ここは千冬さんに聞いてみよう。

 

「パワプロで言えばどのくらいだ?」

 

「……Gだな」

 

 ウンコじゃねぇか! それって最低レベルって事だろぉ!? え、そんな感じなの!? 嘘つけよ! あ、でも、そんな感じで合ってるのか。全然動かせてねぇもん、俺。

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【クラウドで言えばどのくらいだ?】

 

 

 何でまた聞き直すんだよ。もう俺はウンコって分かったから聞かなくていいじゃん……結構テンション下がってんだぜ、俺…? いいもん、今度は乳メガネに聞いてやるもん。

 

 オラ、アホな質問に戸惑いやがれ! 

 

「クラウドで言えばどのくらいだ?」

 

「……バスターソードですね」

 

 割とあっさり答えやがった…!

 

「でも、それも初期武器レベルって事ですよね…?」

 

 言葉が違うだけで最低能力値って事には変わらないんだよな、ふへ……ふへへ……ふへへへへ……ふぇぇぇぇぇ……ッ。

 

 うへぇぁ……やっぱ俺ってそんなモンだよなぁ……勘違いしちゃいかんよ、俺は俺だもんなぁ……でもさ、こんなんだけどさ? 何だかんだ言ってさ? IS起動させちゃった訳じゃん? 世界でたった2人な訳じゃん? そんなのさ……期待っていうか、妄想しちゃうじゃん、男だったらやっぱさ?

 

 学園でさ? クールなやれやれ系気取っちゃってさ? でもってカッコ良くIS乗り回してさ、ブイブイ言わせてさ、女たちにキャーキャー言われちゃうとかさ? ちょっとだけ……ほんのちょっぴり……じゃない。

 

 ホントはめちゃくちゃ期待してたのにぃぃぃぃッ!! なんなんだよもぉぉぉぉッ!! もう嫌だぁ! IS学園なんか行きたくないよぉ! こんなんで言っても笑われちゃうよぉぉぉぉ!

 

「だ、大丈夫ですよ、主車くん!」

 

 へぁぁ……?

 

「バスターソードは確かに初期装備の武器ですし、パワプロのGも初期能力です」

 

 そら見たことか!

 やっぱりダメダメなんじゃねぇか!

 

「主車くんは大きな勘違いをしています。ここから上がれないとは言っていませんよ。私も織斑先生も…!」

 

「む……」

 

「山田先生の言う通りだ。むしろ私はこの結果も予想出来ていた」(篠ノ之道場で初めてコイツの武を見た時の事を思い出す。まるで才能の欠片も見当たらなかった……だが、旋焚玖はそこから這い上がれる男なのだ。私はそれを知っている…!)

 

 そ、そうなの?

 

「たった1人でここまで強くなれたお前だ。それはISでも変わらん。私はそう確信している」

 

「千冬さん…!」

 

「そうです! 私も精一杯サポートしますから! 一緒に頑張りましょう!」

 

「ち……山田先生…!」

 

 これは紛れもない教育者の鑑。本気でそう言ってくれているのが、熱い教師魂がジンジンに伝わってくる…! もうこの人を悪く思ってはいけない。むしろ今まで貶してすいませんでした。

 

「俺……頑張ります…!」

 

 そうだ。

 俺にはそれしかねぇんだ。

 頑張って道を切り拓くしかねぇんだ…! バスターソードがなんだ! 俺はアルテマウェポンになるぞオイ!

 

「ちなみに一夏の適正はどれくらいだったんですか?」

 

「ん? アイツはBだったな」

 

「……クラウドのリミット技で言うと?」

 

「メテオレインですね!」

 

 一夏しゅごい……。

 

「さぁ、気合も入っただろう? 慣らし運転の続きだ。まずは歩けるようになれ」

 

「ういっす! なんかコツとか教えてくださいよ!」

 

 俺も負けてらんねぇからな!

 いつまでもウダウダしてるのは性に合わねぇってよ!

 

「そうだな……こう…ガションガションって感じでだな」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「山田先生! お願いしますッ!」

 

「は、はい! お任せあれですッ!」

 

「あ、お、おい……冗談で言ったんだが……」

 

  

 

 旋焚玖の成り上がり物語が今、始まる予感。

 

 

 





【悲報】千冬姉渾身のギャグ、スベる。



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第29話 団欒プラス1そして1


家族は無問題、というお話。



 

 

 

 織斑一夏に続き、2人目の男性IS起動者が日本国内に現る。一夏の報道が全世界に流されてから数日、またもや世界に衝撃のニュースが走った。

 今回に関しては、一夏の時のような仰々しい記者会見は開かれなかった。その代わり貴重な2人目が誕生した奇跡の瞬間を、臨場感溢れる映像で大々的に報じられたのだった。

 

 

「昨日の午後3時過ぎ。国内でまた新たに、男性起動者が発見されたとの事です。まずは映像をご覧ください」

 

 

『3人に勝てる訳ないだろ!』(顔にモザイク)

 

『馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!』

 

 

「何かを感じ取ったのでしょうか。この少年はISに触れる事を頑なに拒絶しています」

 

 

『離せやピー!(モザイク音) お前男の腕触って喜んでんじゃねぇよお前!』

 

『何言ってんだお前!? すいませんお姉さん方! コイツたまにこんな感じになるんです! もうお前ッ、マジで触れって!』(顔にモザイク)

 

『やめろォ! ナイ……あ…』

 

 

「友人らしい男子の説得もあってか、ようやく少年もISに触れ……そして見事に起動させたのです。ですがこの少年はこの後、驚くべき行動に出ます」

 

 次の映像に切り替わる。

 それは、黒服を纏う屈強な男達の前で勇ましく吠える旋焚玖のシーンだった。

 

 

『ケガしてェ奴からかかって来いッ!!』

 

 

 以下、黒服達を相手取る旋焚玖の無双シーンが流れ続ける。

 

「このように少年は保護を打診する日本政府を一蹴しています。一体、何が彼をここまでさせるのでしょうか」

 

 以下、黒服達を相手取る旋焚玖の無双シーンが流れ続ける。

 

「2人の男性IS起動者が誕生したという事実を踏まえ、かつて世界に旋風を巻き起こしたブリュンヒルデ…織斑千冬さんから、そして記者会見を行う予定のない2人目のIS起動者本人から、声明文が届いていますので読み上げさせていただきます」

 

 

『2人目の起動者とは家族同然の付き合いをしている。私の弟はもちろん、2人目の両親に少しでも手を出してみろ。生まれてきた事を後悔させてやる』

 

『俺が気に入らねェ奴はいつでもかかって来い。叩き潰してやるよ』

 

 

「……い、以上になります」

 

 といった内容がニュース番組として、日本だけに留まらず、全世界に放送されるのであった。

 

 

 

 

『……い、以上になります』

 

 うわぁ……これはひどい。

 ひどいっていうか、ひどぅい……。

 昨日の検査が終わってから改めて次の日。まぁ今日なんだけど、主車家が全員集合しているのだ。つっても俺と父さんと母さんの3人だけなんだけどね。あと千冬さんが、IS学園から入学の説明という名目で来ている。

 

 色々と経緯だとか、これからの事だとかを千冬さんから説明を受けている途中で、このニュースが流れた訳だ。俺もとうとう全国……いや世界デビューを果たしちまったよ、ハハハ。

 

「凄いわぁ……旋焚玖、とってもカッコいいわぁ……」

 

 お、おい、何巻き戻してんだ母さん。っていうか、録画してたのかよ…! え、なんだよ、もう1回観るの!? あ、途中で止まった…?

 

 

『ケガしてェ奴からかかって来いッ!!』

 

 

 そこがお気にか!?

 

「やぁぁん! 息子が威風堂々すぎて母さん鼻が高いわぁ! 千冬ちゃんもそう思うでしょう!?」

 

「はい!」

 

「ぶほっ」

 

 はい!じゃねぇよ! ちょっと笑っちまったじゃねぇか! なんだその小気味いい返事、体育会系か! 千冬さんそういうキャラだっけ!? っていうか、改めて映像で振り返られてる俺の気持ちも考えろよ! 

 

 分かるだろ!? こういうのって冷めてから観せられたらキツいんだよぉ! と、父さんからも何か言ってくれよ! そもそも俺は大変なモンに巻き込まれちまったんだぜ!?

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

 ダメだこのバカ親父!

 母さんと同じ思考回路してやがる!

 

「……しかし良かったのかい、千冬ちゃん。私と母さんを守る為とはいえ、ブリュンヒルデの君があんな声明文を公表してしまって」

 

 いきなり真面目に戻るのヤメてくれませんかね…。いや、いいんだけど。そのままのノリでいってくださいな父さん。

 

「気にしないでください、お義父さん」

 

 ん?

 

「私が勝手にした事です。お義母さんもお義父さんも、傷付けさせやしませんよ」

 

 漢字がちょっと違う気がするんですけど、私の気のせいでしょうか。読み方は同じなので確認のしようが御座いません。ここは全力でスルーするのが吉ですね。

 

「うふふ、千冬ちゃんは優しいのね。本当にありがとう」

 

「そ、そんな! こちらこそ、ありがとうございます!」

 

 ありがとうの意味が良く分かんないっす、千冬さん。アンタほんとテンション高いな、何かいい事でもあったんか。

 

「で、旋焚玖はどうしてあんな声明文を出したんだ?」

 

「指が勝手に動いた」

 

「お義父さん、旋焚玖の気持ちを汲んでやってください。旋焚玖もアナタ達を守る為、わざと煽って自分にヘイトを向けさせたんです。私にはバレバレだ、そうなんだろう?」

 

「旋焚玖……あなたって子は…」

 

「指が勝手に動いた」

 

「照れんでもいいさ。お前は父さん達の自慢の息子だよ」

 

 うん、まぁ……もうそれでいいかな。

 何も言うまい。自慢の息子な俺でいよう。

 へへ……声明文なんて美味しい場面で【選択肢】が大人しくしてくれる筈なかったんだぜ。

 

 

【俺は必ず未来を勝ち取る。これは世界への宣戦布告だ…!】

【声明文:いつもの浮浪者のおっさん(60歳)と先日メールくれた汚れ好きの土方のにいちゃん(45歳)とわし(53歳)の3人で―――以下全文略】

 

 

 一体ナニを全世界に垂れ流すつもりなのかと。世界中から変態糞土方呼ばわりされるくらいなら俺は世界に喧嘩売ってやるわ。あ? やんのか? かかって来いよ。

 

 まぁでも、これで母さん達に被害が出ないならそれで良し。俺はしゃーない、切り替えていこう。どうせ俺強いから平気だもん。

 

 そんなこんなで、千冬さんからの説明は続く。

 

 

.

...

......

 

 

「私からの説明は以上です。IS学園の入学まであまり時間はありません。旋焚玖は昨日渡した参考書をしっかり読んでおくように」

 

 参考書……?

 ああ、あのアホみたいに太い、太ぉい本ね。あの太さが読む気失くさせるんですが。自由自在の方がまた薄いってレベルだぞ。

 

「なんなら一夏と一緒に勉強すればいいんじゃないか?」

 

 おお、それは名案だ。

 嫌な事でも2人ならってヤツだな!

 

「ちなみに一夏には話したんですか?」

 

 俺がIS起動させた事だったり。

 千冬さんがIS学園で教師やってる事だったり。

 

「ああ。どちらもどうせすぐ知る事になるからな。昨日のうちに話しておいた。案の定、たまげていたがな」

 

 そりゃそうだ。

 俺がアイツの立場だったら死ぬほど嬉しいもん。たった1人で女子高に放り込まれるのと、2人で一緒にってのは全然違うもんな。

 

「それじゃあ一夏の家にお邪魔します。千冬さんは?」

 

「私はこれから学園に戻らねばならん」

 

 という訳で俺と千冬さんは一緒に家から出た。千冬さんはそのままIS学園に。俺は一夏の家まで……真っ黒なリムジンで、黒服の人に送られてしまいました。やべぇ、今の俺……超VIPだぁ……ちょっとだけ気分が良くなりました!

 

 んで、一夏の家に到着。

 チャイムを鳴らすと、中からドタドタ走ってくる音が外まで聞こえてくる。うわぁ……テンション上がってそうな気配がビンビンだぁ…。

 

「イエーッ! 旋焚玖、イエーッ!」

 

 喜色満面な一夏くんがお出迎え。

 

「お、おう。一夏……テンション高いなお前」

 

「フゥーッ! 当たり前だよなぁッ! フゥゥゥーッ!」

 

 うわぁ……これはウザいテンションですよ。爽やかなイケメンスマイルがまたウザさを際立たせてやがるぜ。

 

「いやいや! 俺、マジで心細かったんだって! 女子高に男子1人とか何の拷問だよってな!」

 

「まぁな」

 

「だろ!? でも旋焚玖が居てくれりゃあ百人力だぜ!」

 

「フッ……そうかい」

 

 女だらけの高校に男子2人だもんな。

 ある意味一蓮托生みたいなモンだ。だからこそ、1人じゃ全く勉強する気になれんコイツも一緒に倒そうや。

 

 一夏の部屋に入って、さっそくカバンの中から、千冬さんに渡されたISの参考書を取り出す。

 

「ほれ、一夏。1人じゃ流石にダルくてよ。一緒に勉強すっぞ」

 

「ん? なんだそれ?」

 

「あ? ISの参考書だろ。お前も貰ってるって千冬さんから聞いたぞ」

 

「あ………ああ、それな!」

 

 おい、何で目が泳ぐ?

 もう読み終わったとかいうオチか?

 

「古い電話帳と間違えて捨てちまった」

 

 何言ってだコイツ。

 

「……読み終わったのか?」

 

「読み終わってない」

 

「どれくらい読んだんだ?」

 

「ひ、必読って文字だけ」

 

「死ねコラァッ!! 面白くねぇんだよコラァッ!!」

 

 一夏の頬に手を伸ばし、少し強めに引っ張る。当たり前だよなぁ? むしろ捩じ切らねぇだけありがたいだろぉ?

 

「いへぇっ!? ほっぺたツネるなよ!? いへぇぇって!」

 

「うるせぇこのバカ! お前千冬さんにチクってやるからな! 覚悟しろお前!」

 

 むしろ鞭打くらい喰らわせてもいいレベルなんだからな! 頬っぺたツネツネと千冬さんのお説教だけとか、それでも軽いくらいなんだからな!

 

「や、やめてくれ旋焚玖! 千冬姉にバレたら殺されちまうよ!」

 

「分かってんじゃねぇかバカ! なら土下座しろバカ! 再発行してもらえバカ! 叫んだら喉渇いたぞバカ! コーラいれてこいバカ!」

 

「お、おう!」

 

 一夏をパシらせている間に、千冬さんにメールを打つ。

 

「えっと……一夏が参考書をエロ本と間違えて捨てたらしいですよ……っと、送信」

 

 嘘は言ってない。

 間違えて捨てたのは本当だからな。帰ってきた大魔神に今夜はたっぷり灸を据えてもらうがいい。

 

 ピロリン♪

 

 お、返ってきた。

 

『∑(#`皿´ノ)ノ』

 

 顔文字だけで返ってきた。

 それだけ千冬さんもビックリってんだろう。

 

 ま、無いモンはしゃーない。

 今日のところは一緒に読むとするか。

 

「おまたせ! アイスティーしかなかったんだけどいいかな?」

 

「……まぁいいか。ほれ、読むぞ。最低限の知識くらい入れておかねぇと、入学したらバカにされるだろうが」

 

「それもそうか……俺が軽率だった」

 

 簡単に納得するなら捨てんなよ。言わんけど。

 

「んじゃボチボチ読んでいくぞー」

 

「おーう」

 

「交互に音読なー」

 

「おーう」

 

「飽きたらゲームすんぞー」

 

「おう!」

 

 

 俺たちの春は、すぐそこまで来ている。

 

《 第一部・完 》

 

 






ああ、やっと…原作前が終わったんやなって……。


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第30話 いってらっしゃい!


行ってくるぜ、というお話。



 

 

 

「じゃ、行ってきます」

 

 まぁ、あっという間よ。

 一夏がISを起動させ、俺も起動させ、政府の人間に検査され、千冬さんから説明を受けて、一夏と一緒にゲームして、参考書を読んで。気付いたらもう入学式だ。時間が経つのがホント早い。ここ1カ月はマジで早かった。

 

 今朝は新しい門出。

 今日からは俺も家に帰って来ず、寮に住む事は知っている。わざわざ母さんと父さんも玄関まで見送りにきてくれた。

 

「行ってらっしゃい、旋焚玖。ツラくなったらいつでも帰っておいで」

 

「元気でやるんだぞ。100人くらい彼女作って歴史に名を刻んでこい」

 

 100人?

 フッ……桁が1つ少ないんじゃないか、父さんよぉ?(夢見る少年) 

 まぁいい。今日から俺は華の高校生だ。行ってくるぜ母さん、父さんッ!

 

 勢い良く扉を開く。

 春の心地よい風が、俺の頬を優しく撫でてくる。

 

 そして……響き渡る野太い声。

 声。声。声。漢。漢。漢。見渡す限り漢ばっかり。厳つい顔した野郎ばっかり。

 あのね、僕ね、ここ1カ月でたくさんのお友達が増えたの。そんでね、みんなね、今日は早朝にもかかわらず、僕の門出を見送りに、わざわざおウチまで来てくれていました。わーいやったー。

 

 

「「「 ご苦労様ですッ!! 」」」

 

 

 ドアの前にはズラリと屈強なお兄様たち。腕を後ろ手に組み、足は肩幅程度に開き、俺の目は見ないようにドスの利いた声で元気よく挨拶だ…………出所かな?

 

「……ああ」

 

 自宅から出てきただけなんですけど。別に服役喰らってた訳じゃないんですけど……ああ、今日から通うIS学園が監獄だって事かね? うまく風刺がきいてるなぁ。

 

「旋焚玖の兄貴! いよいよッスね!」

 

「ああ」

 

 早朝から族のマトイ羽織ってらっしゃる……うん、とても気合いが入ってますね。うん、いいと思いますよ。喧嘩上等の刺繍、カッコいいと思いますよ、うん……うん…………どうしてこうなった…。

 

 

 

 

 

 

 あのニュースが流れてから、俺はソッコー身バレした。元々ISに関係なく、地元じゃ変態的修行僧的な意味で、俺の存在は知れ渡っていたのだ。それが余計に拍車をかける事になってなぁ……くすん…。

 

 あのニュースの次の日だ。

 黒服の監視付ではあったものの、道場に行く途中で絡まれてしまいました。ヤンキーよろしくな格好をした兄ちゃんたち数人に囲まれてしまったのです。

 

「テメェIS起動させたくらいで調子コイてんじゃねぇぞ」

 

 えぇ……怖ぁぁ~……。

 

「気に入らねェ奴はいつでもかかって来い、ツったよなァ? オラ、来てやったぜ、ツラ貸せや」

 

 ホントに来いとは言っていない。

 マジで来るとは思っていない。でも来ちゃった……どうしよう。あ、黒服の人たちがこっちに近づいてきて……―――。

 

 

【売られた喧嘩は買う。ボコボコにしてやる】

【平謝りして、有り金を全部渡して許してもらう】

 

 

 ハハッ!

 あははははッ!

 あーっはっはっは! 

 あはははは……はぁぁぁん!

 

「誰に口キイてんだコラァッ!!」

 

「ぐべらッ!?」

 

 熱い拳を喰らったヤンキー1が吹き飛ぶ。

 誰の拳? 俺のだよぉ……ふぇぇぇ…。

 

「コイツらは俺の客だ。手出し無用でお願いします」

 

 俺の言葉に黒服さん達が強く頷く。

 頷かないでぇ、納得しないでよぅ。

 

 ヤンキー君たちをペチッと追い払う。ペチペチしてたら全員気を失ってしまったので、普通にその日は道場へ行って鍛錬して帰りました。こんなバイオレンスイベントは今日だけだ。明日からはまた穏やかな日常が待っているさ。

 

 そう考えていた時期が

 

「おう、テメェ喧嘩上等なんだって?」

 

 俺にもありました。

 昨日の今日でまた、今度は別のお兄ちゃんたちに絡まれちゃいました。

 

「けひひ、見ろよこのガキ。ビビッて青ざめげぶぁッ!?」

 

 この時、僕の中で何かがプッツンしちゃいました。プッツンしないと精神が崩壊しそうな気配がしたのです。僕がここでプッツンを受け入れたのは英断だと思っています。

 

「……喧嘩しに来たんだろうが。ボケッとしてんじゃねぇぞ」

 

 んで、誰が青ざめただァ…?

 もういい、いちいち悩んで悔やんで、後のこと考えんのもアホらしくなってきた。現実はやっぱ甘くねぇんだ、もう覚悟キメてやる。これも俺が決めた道だ。変態糞土方より俺はコッチの道を選んだんだ。

 

 ぐっばい、平穏。

 ようこそ、バイオレンス…!

 

「テメェら全員俺の経験値にしてやる」

 

「上等だコラァッ!!」

 

「やっちまえッ!!」

 

 うるせぇ!

 怖い顔しても怖くねぇぞ!

 

 

 

 

 

 

 とまぁ、それから毎日ですよ。ホント毎日ね。いやいや、どれだけ湧いてくんだってよ。お前ら一体、今まで日本のどこに生息してたんだよってね。少なくとも地元じゃバリバリのツッパリ君なんて、全然見てなかったわい。

 

 女が強くなって男が弱くなった時代? そんな事は全くなかった。むしろ、女尊男卑な風潮のせいで燻っている、ヤンチャな人種がわんさか潜んでいたのだ。

 

 このまま女尊男卑に飲まれるのか……そう落ち込んでいた彼らの前に、無双な映像と挑発的な声明文の登場だ。女優遇社会への憤りを、やりきれない想いをブツけられる相手が俺って訳だったらしい。

 

 俺も俺で来る奴拒まず、片っ端からボッコボッコしてたら……いつの間にか慕われてしまいました……なんでぇ? 

 

「フッ……」

 

「どうしたんですかい、兄貴…?」

 

「気にするな」

 

 そう考えたら、この1か月間の俺ってリア充だったなぁ。鍛錬して喧嘩して勉強して鍛錬して喧嘩してゲームして鍛錬して喧嘩して勉強して。とっても充実した毎日を過ごせたよぉ……うへへぇぁ。

 

 強面な方々から「兄貴ー! 兄貴ー!」とモテモテな毎日だった……ちっとも嬉しくねぇよぉ。

 

「さ、流石は旋焚玖の兄貴だ……これから男にとっちゃ最悪の地獄に行くってのに、堂々としてるぜ…!」

 

 地獄とか言うなよ怖いだろぉ!

 ただの女子校だ! それ以下でもそれ以上でもないの! それに一夏も居るし篠ノ之も居るから、俺がボッチになる心配はないの!

 

 すたすた駅まで歩いていく。

 その後ろをゾロゾロとオールスターヤンキーズが付いて来る。大名行列かな?

 

「……見送りは此処まででいい」

 

「「「 押忍ッ!! 」」」

 

「兄貴! 俺ら、兄貴の武運を祈ってますぜ! あと健康と幸運も祈ってますぜ!」

 

 そこまで祈ってくれるのか。

 へへっ、俺もこの人達の心意気には応えねぇとな。

 

「女もISも関係ねェ。一番強ェのは……俺だ」(ドヤぁ)

 

「「「「 ヒューーーッ!! 」」」」(ものごっつ低音)

 

 野太い声を背に、俺は電車に乗り込む。

 短くも濃密なバイオレンスよ、さようなら。アンタ達のおかげでまた1つ、俺は成長できた。あえてもう一度言おう、さようなら。今一度、念を押しておこう。マジでさようなら暴力な日々よ。

 

 そしてウェルカム……うぇぇぇぇるかむ、ラブコメ…!

 

 電車に乗った、今この瞬間から!

 ホントのホントに俺は華の高校生になったのだ! IS学園での俺は、一夏とキャッキャして篠ノ之とウフフして、可愛い女の子たちにキャーキャー言われて! クソ理不尽だった15年間をバラ色に変えてやるんだ! 

 

 

.

...

......

 

 

「きゃぁぁぁぁッ!!」

 

「ひゃぁぁぁぁッ!!」

 

 IS学園に着いた俺。

 今日から俺は、ここで3年間お世話になるって訳だ。同じIS学園の生徒から、早くも悲鳴が巻き起こる。黄色い悲鳴が巻き起こっている(自己暗示)

 

「ひいッ!? こっちに来るー!?」

 

 俺が進めば進むほど道が出来る。人混みが苦手な俺にはありがたい。だって、とってもスムーズに登校できるんだもん。俺が視線を向けるだけで道が開くんだもん。

 

 えへへ…………おウチ帰りたいなぁ。

 

 

【早急にメンタルケアが必要だ。職員室に行って千冬さんに泣きつこう】

【耐えるのだ。耐えたる先にこそ光が見えるのだ】

 

 

………職員室、行こうかなぁ…。

 

 む、ダメだぞ俺。

 弱気になるな。逃げないって決めたじゃないか。むしろこんなのは予想の範疇だ。それに教室に行ったら一夏も居る筈だ。千冬さんが言ってたもんな、俺と一夏は同じクラスだって。もしかしたら篠ノ之も居るかもしれないし。

 

 旋焚玖、男の意地で【下】を選ぶ。

 

「………………」

 

 それはそうと、一旦立ち止まってポケットをまさぐる。

 

(な、何か出そうとしてるわ……!)

(ナイフよ! ナイフで私達を切り刻むつもりよ!)

 

 んな訳ねぇだろ、切り裂きジャックかよ。余裕で聞こえてくるヒソヒソ話に心の中でツっこみつつ、取り出した携帯でポチポチっとな。

 

『今日入学式なんだけどさ、やっていける自信ないかも』

 

 そんなメールを送らせてもらう。

 んじゃ、ソッコー返ってきた。

 

『( >ω<)ヾ('∀`♡)ヨチヨチ。大丈夫だよ、旋ちゃん! がんばれ♥ がんばれ♥』

 

 うん。

 すげぇ回復した。

 ラストエリクサーすぎる。

 日頃はったりを強いられる俺が唯一、気兼ねなく弱音を吐ける相手。遠い異国の地であろうとも、乱ママの偉大っぷりは健在なのだ。

 

 よし、行こ……んぁ? 

 何かまたメール着た。乱ママからの追伸かな?

 

『乱にばっかメールしてんじゃないわよバカ! ツラい時はあたしにも送ってきなさいよアホ! いまさら遠慮してんじゃないわよバカアホ!』

 

 ふおぉぉ……ふおぉぉぉぉぉッ!!

 

 サンキュー鈴…!

 お前の熱い優しさは、いつも俺を奮い立たせてくれるぜ! そうだ! 女の反応が何だ! 視線が何だ! ヒソヒソが何だ! そんなもん怖くないやい! 

 

 

 その後、旋焚玖は堂々と自分の教室まで突き進むのであった。

 

 





ほんとのほんとに原作突入だ!


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第31話 旋焚玖、試されるってよ


原作の主人公は誰だ言ってみろよ、というお話。



 

 

 

「1年1組……ここか…」

 

 長く険しい道のりだった。

 乱ママと鈴のエールを受けてなお、厳しい道中だったと言わざるを得ない過酷さだった。

 

 クラスの案内掲示板に辿り着いた時。掲示板の前にはめちゃくちゃ女子生徒で溢れ返っていた。これは中々見えんなぁ…とか思っていたのに、俺の存在に気付くと一斉に散っていく女子生徒たち。

 おかげで、難なく俺の名前がくっきりはっきり見れたんだぜ。見えすぎて逆に涙が滲んできたくらいさ。だが、それが頬を伝う事は無かった。何故なら俺の名前が載ってあるクラス(1組)に篠ノ之の名前もあったんだ! 

 

 やったよぅ! 一夏だけじゃなく篠ノ之も居るんだよぅ! 俺がボッチにならない確率が2倍にアップしたんだよぅ! ひゃっほい! 乱ママと鈴の優しさに救われ、一夏と篠ノ之の安心感に救われ、俺は辿り着けたんだ…!

 

「…………ふぅぅ~…」

 

 1組の扉は軽く隙間が開いている。そのせいかキャッキャキャッキャと、女子の楽しそうな声が外まで漏れている。よ、よし…! 入るぞ…! 勢い良く入るのはダメだ、かと言ってこっそり入るのもダメだと思う。

 

 自然だ。

 自然体で行こう。

 まるで自分の部屋に入るが如く、だ。何より、教室に入ってしまえば一夏が居る! 篠ノ之も居る! 俺の青春はここからだ!

 

 気合を入れた旋焚玖。入れ込みすぎたか3秒前の事を忘れ、けっこう豪快な音を立てて扉を開いてしまう失態。

 

「「「!!?」」」

 

「………………」

 

 や、やらかした……和やかにおしゃべりを楽しんでいたっぽいのに、一瞬で音が消えた。先程まで在ったであろう賑やかな雰囲気が無と化し……ふぇぇ…みんなが俺を見てくるよぅ……知らない子たちが見てくるよぅ……くっ、負けるな…! 

 

 そ、そうだ一夏! 

 一夏はどこだ!?

 篠ノ之は!? 篠ノ之は何処に!?

 

「………………」

 

「「「………………」」」

 

 一夏がいにゃい……なんでぇ…?

 なんで一夏居ないの? なんでぇ?

 

 篠ノ之、どこぉ?

 やべぇ、女が全部同じ顔に見えてわがんね。

 

 自然と顔が下を向き……そうになったところでグッと堪らえる! 顔を上げろ、俺! 1人でも負けるな、まずは自分の席を………ん?

 

 なんか……全員、下向いてね…? さっきまでガン見されてたのに。あ、いや、違う。ほとんどが下向いてるけど、2人だけは俺をジッと見てる。

 

 1人はクルクル金髪の……金髪!? 外国人も居るのか!? ああ、いや、それもそうか。此処は世界一な人気を誇る学園だったな。

 流石はグローバルなコミュニケーション学園だけあるぜ。しかし美人だなぁ……めちゃくちゃこっち見てるけど…っていうか、軽くガンくれてきてね? 別にいいけど。美人だし、超美人だし。

 んで、もう1人俺を見ているショートヘアの……むぁ? あれ、篠ノ之……か…? 髪が短くなってないか…? いや、もしかしたら他人の空似……む…携帯が震える。また誰かからメールが送られてきたらしい……あ、一夏からだ!

 

 

『(´つω・)ポンポン痛い。ギリギリに着きそう』

 

 

 死ねウンコたれ。

 

 なにがポンポンだバカ! 甘えんなバカ! 正露丸飲んでオムツ履いて来いバカ! 俺の苦しみを分かるのはおま……ん…? また何か視線を感じる……この感じ、2人どころじゃねぇ、もっと大勢に見られている気がする。

 

「「「「(じぃぃぃ~~~)」」」」

 

 携帯を閉じて再び顔を上げてみる。

 

「「「「(サッ…!)」」」」

 

 えぇ……?

 全員…じゃなくて金髪と篠ノ之(仮)以外、さっきと同じように顔を伏せている。いやいや、お前ら絶対今、俺のこと見てただろ。なんだよ、何で俺が顔を上げると顔を伏せるんだよ。

 

 気のせい……なのか…? 

 俺が気を張りすぎているだけなのかもしれねぇ。もっと言えば、単に俺の自意識過剰って事も考えられるし……ううむ。と、とりあえず自分の席を探すか。どうやら黒板に貼ってある紙に記されてあるっぽいし。

 

 それを見ようと思ったら、必然的にクラスの連中から背を向ける事になる訳で。背を向けた瞬間、またもや一気に視線を感じる訳で。

 

「「「「(じぃぃぃ~~~)」」」

 

「……………………」

 

 いやだから…!

 絶対見られてるって…!

 なんか凄いプレッシャー感じるもん、明らかに視線が俺の背に集中してるって。っていうかサイレント・フィールドをまずやめろや! 

 お前らさっきまでアホほど騒いでただろぉ! 30人くらい居て何で誰も再開しないの!? 授業中でもこんな静寂ねぇわ! こんなシーンとしてる中で、席番探さねぇといけない俺の気持ちも考えろよ!

 

「「「「(じぃぃぃ~~~)」」」

 

「……~~~~ッ!!(バッ!)」

 

「「「「(サッ…!)」」」」

 

 ぐぬぬ……振り向いた瞬間、またコイツら顔を下げやがった…! 絶対だ、今度は気のせいじゃない! コイツら一体なんなんだ…! 一体何がしたいんだ、俺に何をどうしてほしいんだ…!

 

 

【クラスの視線なんか知った事ではない。大人しく自分の席に着こう】

【俺は今、試されている。ここで引いたら漢が廃る…!】

 

 

 え、試されてんの俺!?

 何を試されてるんですか、全然分かりません。アレですか、反射神経でも見極めようとしてるんですか? 

 それとも反骨心ですか? 主車旋焚玖という存在は、巨大な波(女の子たちからの視線)を前にしてどう立ち回るのか……それを試しているって事なのか…!? おぉ、何か自分で言っててそれっぽい感じがするな。中らずと雖も遠からずってところだろう。

 

……いいぜ、乗ってやる。俺はもう昔の俺じゃない。流されたまま生きていた前世の俺は既にいない。ただただ平穏だけを望んでいた幼年期の俺も既にいない。今の俺がそう簡単に障害から逃げると思うなよ…!

 

 もう一度、黒板の方を向く。

 その瞬間、やはり背に感じるのは無数の視線。まるで視線の弾丸だ。だが俺はのまれねぇぞ、今度は振り向くスピードを少し上げてやる…!

 

「(バッ!!)」

 

「「「「(サッ…!)」」」」(篠ノ之っぽい子と金髪は除く)

 

……中々やるじゃない(アイン)

 だが今のは、ほんの肩慣らしってところだ。

 

 今度の俺はもっと疾いぜ…!

 

 再び顔を伏せたクラスメイト達から背を向けていく。だが先程とは違い、ゆったりとした捻転だ。それは次への予備動作。己の正面が黒板へ向くまでの、謂わば加速準備である。

 

 自分の眼が黒板を正面で捉える。すなわち完全に少女たちから背を向けたのだ。刹那、軸足の親指にあらん限り力を込めて…!

 

「……ッ!」

 

 重心は既に乗せ終わっている。後は止まらず廻転させるだけだッ! 猛れ、己が肉体を暴風と化せ―――ッ!!

 

 

 旋焚玖は、とても疾く振り向いた!

 

 

「(シュババッ!!)」

 

「「「(ッ、ササッ…!)」」」

 

「はうっ…!?」

 

 一斉に少女たちが顔を伏せる中、1人だけタイミングが遅れた者が居た。それを見逃すほど、今の俺が優しいと思うなよ…ッ!

 

「お前ェェェェッ!!」

 

 ビシッと指差しこんにちは!

 

「ひうぅッ!?」

 

「お前だお前! 今更、顔下げても無駄無駄ァッ!!」

 

 お前呼びじゃダメだ、弱い。自分じゃないと逃げられる可能性がある。だが甘かったな、俺の背後にゃ座席表があるんだぜ? そこに座ってるお前の名前なんざ、これで確認出来るんだよぉッ! 苗字で呼んでやる、もう言い逃れできねぇからな!

 

 えっと、あそこの席だから…………むぁ?

 

 

『布仏本音』

 

 

 やべぇ……!

 よ、読めねぇ…!

 

 ぬ、ぬの…?

 ぬの、ほとけ…? そんなバカな。

 

 ふ、ふぶつ…?

 ふほとけ…? いや、絶対違うって。そんな言いにくい苗字があってたまるか。名前は読める。きっと『ほんね』だろ。

 クソが! 名前が読めても意味ねぇんだよ! 唐突な名前呼びが許されるのはイケメンまでだよねー!

 

 くそっ、名指し作戦は失敗だ!

 こうなったら…!

 

 ソイツが座る席の前まで歩み寄る。

 

「む…!」

 

 そこで驚愕の事実に俺は目を丸くせざるを得なかった。コイツ……制服を改造してやがる…! 不自然なまでに袖を伸ばして……学ランでいう長ランのつもりか、いやボンタンを意識してるのかもしれねぇ……。

 お嬢様学校だと思っていたがとんでもねぇ。こんな学校でも不良は居るんだな。まぁいい、不良の方が俺もやりやすい。

 

「おい」

 

「な、なぁにぃ?」

 

「お前さっき俺のことチラチラ見てただろ?」

 

「見てないもん」

 

「ウソつけ絶対見てたゾ」

 

「なんで見る必要なんかあるんですか?」(プチ強気)

 

「あ、そっかぁ……」

 

 そうだよ。

 そもそも何でコイツら俺の事見てたの? もっと言うと、何で俺が近付いただけで、みんな悲鳴あげて逃げたの? 俺、不審者じゃないよ? れっきとしたここの学生ですよ? 

 男っていうだけでこんな扱いはおかしいんじゃないですか? 物珍しさに見られるのは百歩譲るとして、逃げられる謂れはないぞ。男だからって怖がられる理由にはならんだろ。

 

 

【理由を篠ノ之に聞いてみる】

【理由を金髪に聞いてみる】

 

 

 篠ノ之……あ、やっぱあのショートヘアの子は篠ノ之だ。冷静にちゃんと見たら篠ノ之だった。髪型だけで随分印象ってのは変わるモンだなぁ。俺が知ってる篠ノ之は、ずっと長いポニーテールだったし、パッと見じゃ分かんねぇよ。

 

「篠ノ之、俺ってなんでこんな怖がられてんの?」

 

「ふぇっ!? わ、私か!?」(い、いきなりにも程があるぞ! まだ再会の挨拶すらしていないし、私にだって心の準備とか色々あるんだ…! しかもこの状況で私に振るか普通!? そんなの予測出来る訳ないだろう…!)

 

 あ、久しぶり。

 夏以来だけど元気してたか? あ、声に出してねぇや、ハハハ。まぁいいや、それはひとまず置いておいて、知ってるなら教えてくれねぇかな。コイツらってアレか? 一夏でも同じ反応すんのかな?

 

「……~~~ッ、わ、分かった。言う、言うから」(そんなに見つめるな…! 夏に会った時、私はコイツの名前を初めて呼んで……それ以来なんだぞ……く、か、顔が赤くなりそうだ…! ええい、心頭滅却! 自然に接するのだ、篠ノ之箒!)

 

「せ……主車(あぁ~…つい苗字で呼んでしまう弱い私…)、お前も自分が報道された時の映像は観ているだろう?」

 

「む…?」

 

 ニュース?

 もしかしてアレか、ISを起動させた時のニュースか? 1ヶ月前の事なのに、あんま覚えてねぇや。この1ヶ月間がアホほど濃すぎたせいかな。

 

「お前はな、その映像でたくさんの男たちを相手にだな、その……まぁ、なんだ、暴れていたよな?」

 

「……むぅ」

 

 そんなに暴れていないと思う。

 

「それに続いてお前が公表した声明文だ」

 

「声明文……ああ、アレか」

 

 俺、何て言ったんだっけ…?

 やったぜ。投稿者、変態糞土方…だっけ?

 

「覚えていないのか? 『俺が気に入らねェ奴はいつでもかかって来い。叩き潰してやるよ』と、お前は公式で言ってみせたんだぞ」

 

「……ああ、そんな感じのヤツだったか。しかし、よく覚えてるな篠ノ之」

 

「た、たまたまだ! 勘違いするなよ!? 何となく覚えていただけだからな!」(あぁぁ……素直に言えない私…)

 

 何も言ってねぇ。

 だが、篠ノ之の言葉でだいたい理解出来た。俺……怖がられて当然じゃね? 聞いてたらただの暴れん坊将軍じゃねぇか。ホントよく入学を許してくれたな此処も。PTA的な人達から反発とかなかったのか? 『由緒正しきIS学園に、あんな野蛮人の入学なんて許してはいけないザマス!』みたいなさ。

 

「それに加えて、だ」

 

「……む?」

 

 ま、まだあるの?

 

「お前、この1ヶ月何をしていた?」

 

「何をって言われてもだな」

 

 色々だぞ?

 そんな一言で説明出来ねぇだろ。

 

「外に出た時、お前は何をしていた?」

 

 家の外で…?

 それだったら、だいたい……。

 

「……喧嘩かな」

 

「「「(ビクッ!!)」」」

 

 売られたのを買っていただけです。

 僕から喧嘩をふっかけた事は一度もありません!

 

「はぁ……お前が喧嘩に明け暮れているって噂も既に流れているんだ。初日にもかかわらず、私も耳にしたくらいだ。黒服達に対し暴れ、世界に向けて挑発し、喧嘩三昧の日々を送っている。そんな男が女子高に来たらどう思う?」

 

「……すごく…怖いです」

 

「……うむ、そうだな。怖がるだろうし、何かされるのではないかって、やはり気になってジロジロ見てしまうだろうな」(ちゃんとお前を知っている私はそんな事ないけどな! 恥ずかしいから言えないけどな!)

 

 そうか。

 改めて客観的に説明されると、俺ってやべぇんだな。割とDQNじゃねぇか。ハハッ……乾いた笑いしか出ねぇよぅ。

 

「……俺、怖いか?」

 

 気付いたらみんな、伏せていた顔が上がっていた。俺を何とも言えない目で見ている。でも、そんな彼女達に問うた訳ではなかった。自然と……本当に無意識のウチに勝手に呟いてしまっただけなんだ。答えなど、期待していなかった。

 

 

「ダチを怖がるバカがいるかよッ!」

 

 

「「「!!?」」」

 

 俺を含め、全員が声のした方を振り向く。教室の扉は俺が開けたままだった。そして、そこに立っていたのは……――。

 

「待たせたな!」

 

 

 腹痛を乗り越えた一夏だった!

 

 





まるで意味が分からない(困惑)

あ、次話から原作冒頭に移ります。


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第32話 自己紹介


避けては通れぬ、というお話。



 

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあ朝のホームルームをはじめますよー」

 

 黒板の前でにっこりと微笑む乳メガネ……じゃなかった、えっとアレだ。副担任の山田先生だ。しかしなんだな、乳メガネは流石にセクハラチックなあだ名だし、張遼の方がいいのかもしれない。三國無双的な意味で。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

「「「………………」」」

 

 誰かなんか反応してやれよ。

 俺? 言わねぇよ。これ以上、変に目立ってたまるか。ただ別に、クラスの女子連中が薄情だから反応を見せないって訳ではなさそうだけどね。女ばっかの学園に異端な男が2人も居るんだ。その現実を頭の中で整理するのに忙しいんだろう。

 

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順にいきましょう」

 

 出席番号の順番。

 名前の順ってヤツだな。席もその順番に合わせて指定されている。一夏とは微妙に席が離れているが、それでも俺に不安はない。何故なら俺の前の席が篠ノ之だからだ。主車って苗字に初めての感謝を。

 

 しかし自己紹介か。どういう風に言えば良いのだろう。既にクラスメイトと溝を作る事に邁進してしまってる俺だしなぁ……むむむ、ここから皆と打ち解けてクラスに馴染めるんかなぁ……あ、次は一夏の番か……ん…?

 

「……えー……えっと…」

 

 顔、引きつってんぞ。

 気持ちは痛いほど分かる。話した事もない見知らぬ女子たちから、視線を一斉に向けられたら誰だってそうなる。流石の一夏もたじろぐわな。頑張れ一夏、表情に出すんじゃない。男は虚勢を張ってなんぼな生き物なのだ(達観)

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 そう言って頭を下げて、再び顔を上げた一夏は、またまた顔を引きつらせていた。フッ……分かるぜ同志。そしてご愁傷様だ親友。

 お前は先程、世にもオイシイ登場っぷりを披露しちまったんだ。DQNなクソ不良に怯えていた女子の好奇心をくすぐるには十分すぎる。女たちは、期待に満ちた視線を送り続けている。

 

 うへへ、理解しろ一夏よ。

 女共の関心はッ…! 

 既に俺からお前に移ってるんだぜ! 

 

 そんな形式ばった挨拶だけで乗り越えられると思う事なかれ。座っている俺でも分かるくらい、空気感が教室内にもう出来ちまってんだよ。「もっと色々話せ」ってな。「そんな自己紹介じゃ満足できない」ってな。

 

「……えっと、ですね、その…」(お、おい旋焚玖! これ以上何を言えばいいんだ!? もう俺は終わったつもりなんだけど!?)

 

 目は口ほどに物を言うってヤツか。

 一夏とのアイコンタクトが成功しちまったよ。なら俺も為になるようなアドバイスを送ってやりたいが……正直、俺にもわがんね。

 

(教えてくれ旋焚玖! こういう時は何を喋ればいいんだ!?)

 

(俺に聞かれても分かんねぇって)

 

 分かってたら教えちゃるわい。

 

(そこを何とか頼むよ! 俺じゃ思いつかねぇんだって! 何でもいいから言ってくれ)

 

(だから知らねぇって。うんこちんこ言ってりゃウケんじゃないか?)

 

(対象が違うだろ!? それがウケんのは男子小学生までだって!)

 

(あ、一夏…!)

 

(なんだ!? 何か思いつい―――)

 

 

 パァンッ!

 

 

「イデッ……!?」

 

 後頭部を叩かれ、頭を抑えて唸る一夏。後ろに千冬さんが立ってるぞ~って言おうとしたんだが、間に合わなかったか。

 

「無言のまま、いつまで立ってるつもりだ馬鹿者。山田先生が困っているだろうが」

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

 山田先生と入れ替わるように教壇に立つ。

 俺も会うのは久しぶりだ。最後に千冬さんと会ったのは、一夏が参考書をエロ本と間違えた日だったか。あれ……エロ本だっけ? まぁいいか。あの日の夜、羅刹と化して帰ってきた千冬さんを宥めて以来かな。ともあれ、元気そうで何よりだ。

 

「諸君、私がこのクラスの担任である織斑千冬だ。1年という短い期間だが、君たちにはしっかり励んでもらうつもりだ。よろしく頼む」

 

 端的ながらも何という男前な挨拶だろうか。

 とても堂々としていらっしゃる。それに一夏の自己紹介も有耶無耶にしてしまう好プレイときたモンだ。自然な流れで一夏も着席したし、流石は千冬さんだぜ。

 

「「「「………………」」」」

 

 むぁ?

 な、なんだ?

 クラスの熱気が急に上がってきてるような……いや、それだけじゃねぇ、なんか皆の目がキラキラハートになってるような…?

 

「きゃぁぁぁぁッ♥ 千冬様ぁッ、モノホンの千冬様よぉッ♥」

 

 そんな黄色い声援が響いたと思ったら、それを皮切りに1人、また1人とイスをガタッと鳴らし立ち上がって、千冬さんへのラブコールが始まった。

 

「くぁぁぁっこいぃぃ!! 写真の3000倍カッコいいですぅぅぅッ♥」

 

 対魔忍かな?

 

「お姉様に憧れてこの学園に来たんですぅぅぅッ♥ 何処から来たかは秘密ですぅぅぅッ♥ あえて秘密なんですぅぅぅッ♥」

 

「私、千冬様のためなら死ねますぅッ♥ むしろもう死んじゃうッ♥ 千冬様と目が合っただけで死んじゃいますぅぅぅッ♥」

 

 サイクロプス先生織斑千冬(女は死ぬ)。

 うむ、嫌すぎる二つ名だな。

 

 興奮冷めやらぬってな感じでキャーキャー騒ぐ女子達に対し、千冬さんは眉をひそめて鬱陶しそうな表情を浮かべているが「そんなお顔も素敵ぃぃぃッ♥ しゅてきぃぃぃぃッ♥」と、むしろヒートアップしちゃった。

 

 

【千冬さんへの激熱ウェーイ祭りッ! 参加せずにはいられないッ!】

【暇だし前の席の篠ノ之とおしゃべりする】

【暇だし後ろの席の金髪美人をナンパする】

 

 

 俺が参加したら静かになるに決まってるだろバカ! ナンパもしねぇよバカ! こんな状況でナンパするとか、頭おかしい奴だって思われるだろぉ!

 

 んでも暇なのはホントだし、篠ノ之に小さく声を掛けてみよう。こういう時、ダチと席が近いっていいな!

 

「おい……おい、篠ノ之…」

 

「む……な、なんだ、せ……主車…」

 

「千冬さんってスゴい人気なんだな」

 

「う、うむ。なにせブリュンヒルデだからな。世界中の女子の憧れの的らしいぞ」

 

 ま、マジか。

 そんなレベルなのか千冬さんって。正直……とっても羨ましいです。俺も一度でいいから、好意的な意味でキャーキャー言われてみたいなぁ。

 

「……なんだ、その顔は? もしや千冬さんが羨ましいのか…?」

 

「……別に」

 

「む……少し間があったぞ?」(わ、私が代わりにキャーキャー言ってやろうか? などと冗談めかして言えたらなぁ……)

 

「気にするな」

 

 困った時は魔法の一言『気にするな』。

 今日も今日とてお世話になります。

 

「静かにしろッ!」

 

 千冬さんの一喝で、ピタッとウェーイ祭りも中断される。俺と篠ノ之のコソコソ話も中断される。後ろを向いていたせいで、ちょっとビクッてなった篠ノ之が可愛いと思いました。

 

「まだ全員、自己紹介は終わっていないのだろう、山田君」

 

「あ、は、はいっ! では、気を取り直して、次の人から順次いきましょう!」

 

 そして再開される自己紹介。

 どんどん俺の番に近付いてくる。どうしよう…? 一夏のを参考に、とか思ってた結果がアレだったし、あ、次は篠ノ之だ。篠ノ之のも参考にすればいいか。

 

「篠ノ之箒、以上です」

 

 すっと立って一言。

 すっと座って終わり。

 

……恐ろしく速い自己紹介、オレでなきゃ聞き逃しちゃうね(そんな事はない)

 

「え、えっと……」

 

 他の女子連中はポカーンだ。

 山田先生もあわあわ困っている。

 その隣りに立つ千冬さんはヤレヤレと言った表情だが、やり直しをさせないって事はそういう事なのだろう。千冬さんも篠ノ之の事情は知っている筈だ。本人がIS関係で騒がれたくないっていう意図を汲み取ったんだろうな。

 

「で、では次は主車くんですね!」

 

 そして俺の番か。

 結局、何も思い付かなかったな。

 

 

【篠ノ之はまだ甘い。俺が本当の超スピードを魅せてやる】

【篠ノ之はまだ甘い。俺が適切な自己紹介を披露してやる。5分くらい披露してやる】

 

 

 長いわアホか!

 どんだけ自己主張激しい奴なんだって思われちゃうだろ! 

 

旋焚玖はゆっくり息を吸い、静かに立ち上がる。それだけで座っている女子生徒はたじろぐのだが、今の旋焚玖は気にも留めない。もはや彼女たちの反応は意識の外にあった。それは少年が極限まで集中しているに他ならない。

 

……―――俺の自己紹介は閃光より迅いぜッ!!

 

「主車旋焚玖です、よろしくお願いします」(僅か0.2秒)

 

 篠ノ之よりも迅く座ってやる。

 ふへへ、どうだ、これが本場の超スピードよ!

 

「……ほう」(恐ろしく速い自己紹介、私でなきゃ聞き逃してしまうな…!)

 

「え、えぇ……えっと……えぇ…?」

 

 他の女子連中は超ポカーンだ。

 山田先生もあわあわあわ困っている。この人困ってばっかだな、HAHAHA! 

 だが、その隣りに立つ千冬さんは特に動く気配がない。さっき「ほう」とか言ってたし、俺の超閃光を聞き逃さなかったか……流石だな…! そして、千冬さんがやり直しを要求しないって事はそういう事なのだ。

 

 フッ……皆にも聞き取れるよう、ゆっくり言えとは言われてないからな。正攻法で俺に勝てると思うなよ? 避けられない学園イベントの緒戦、まずは俺の勝ちで締めさせてもらおうかッ!

 

「あのー……主車くん…?」

 

「なんでしょうか」

 

「みんなにも聞き取れるように、もう一度ゆっくりお願いしますね」

 

「アッハイ」

 

 チッ…!

 この乳メガネ、正論でカウンターとはやりやがる…!

 

 仕方ない、仕切り直しだ。

 普通に言って、普通に終わろう。

 

「主車旋焚玖です、よろしくお願いします」

 

「ふむ……ついでに趣味の1つくらいは言っておけ」

 

 裏切ったな千冬さん!?

 一夏にはそんな事言わなかったくせに!

 

 

【三度の飯より女が好き】

【三度の飯より喧嘩が好き】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「三度の飯より喧嘩好きィッ!!」(豪胆)

 

「「「ひゃぁぁぁぁッ!!」」」

 

 

 へへっ、さっそくキャーキャー言われちまったぜ。俺って奴ァ、まったく……罪な男だぜ、へへ……へへへ…。

 

 





次話もちゃんと原作の流れを汲むゾ。


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第33話 屋上、授業、そして金髪


2つのイベント1つの導入、というお話。



 

 

 

「いい天気だ」

 

 あの後、俺の自己紹介が済んでからちょうどチャイムが鳴り、続きは明日のホームルームで、という事になった。後ろの金髪がプリプリ頬を膨らませていたが、ラストを飾りたかったのだろうか。

 

 そんで1時間目の授業は軽いオリエンテーションに終始した。今後1年間の流れだったり、IS学園の規則だったり、まぁ色々だ。2時間目からは普通に授業を行うらしい。IS学園は英語やら数学だけでなく、他の高校にはないISの授業があるからな。そういう意味では下手な私立よりもカツカツな授業スケジュールなのは仕方ないか。

 

「改めて、久しぶりだな主車、一夏」

 

 休み時間を利用して、俺と一夏と篠ノ之は屋上まで来ていた。というか、避難してきた。だって1時間目の授業が終わった途端、廊下には珍しいもの見たさに、学年問わずわんさか生徒が集まってきたのだ。クラスの連中も相変わらずチラチラ見てくるし。

 

 この空間に居辛いのは一夏も同じだったらしく「外の空気でも吸いに行こうぜ」と、俺と篠ノ之を誘ってきたのだ。廊下に出ても人の目は教室と変わらんし、結局俺たちは屋上まで上がってきて、今に至ると。

 

「ああ、久しぶり、箒! 俺が箒と会うのは6年ぶりかぁ。元気してたか?」

 

「まぁ、ぼちぼちだな。一夏も元気そうで何よりだ。主車とは……まぁ、夏に一度会ってるから、な…」

 

 何故、髪の毛先をいじりながら俺をチラチラ見てくるのか。

 ま、いいや。俺と篠ノ之だと、だいたい半年ぶりってところか。それでも最初は篠ノ之だと気付かんかったもん。

 やっぱ髪型だけで、だいぶ印象ってのは変わるもんなんだな。ケツまで伸びていた後ろ髪が、今じゃ肩に付くくらいか。そう思ったら、かなりばっさり切ったんだな。

 

「おっ、そうだ! 旋焚玖から聞いたぜ。剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう!」

 

「う、うむ、ありがとう。だがあの大会は、私も反省すべき点が多く見つかってな。いや、主車が見つけてくれてな」

 

「え、そうなの?」

 

 え、そうだっけ?

 あ、そうだったか…? 如何せん、あの日は衝撃的な事が多すぎてな。拉致られそうになった篠ノ之を助けたりとか、その篠ノ之と喧嘩したりとか。あ、喧嘩した理由がそれだったような。何となく思い出してきた。

 

「……まぁな。だがもう大丈夫なんだろう?」

 

「ああ! 今はまた、剣を振るうのが楽しいんだ!」

 

「そうか」

 

 あらやだ、いい笑顔。

 なんか少し、明るくなったか?

 

「しっかし、箒を見て驚いたぜ」

 

「む…? 何がだ?」

 

「いや、だってさ。髪、めちゃくちゃ短くなってるじゃん」

 

 一夏もやっぱりそこに目が行くか。地元に篠ノ之が居た時は、ずっと長いポニーテールを維持していたもんな。夏に会った時もそれは同じだったし。それがいきなりこうもばっさりいくかね。

 

 ぐふふ、おう?

 失恋でもしたのか? おうお~う?

 

「う、うむ……少しばかり思うところがあってな」

 

「なんだよ、失恋でもしたのか?」

 

 ひぇっ……流石は一夏、斬り込み隊長以上にブッ込んでいく男だぜ。しかしコイツめ、6年会わないうちに篠ノ之の性格を忘れたか。

 篠ノ之相手にそういうデリケートな話は、軽々しくしない方が吉だろうが。お前、白羽取りできねぇだろ。

 篠ノ之が背中に背負ってるのは、多分竹刀じゃなくて木刀だぞ。言っておくが、今回は俺は助けんからな。シバかれても自業自得である! 木刀だったら助けてやらんでもない!

 

 さぁ、一夏の問い掛けに対し篠ノ之よ、どう出る…?

 

「……失恋とはなんだ? 何をもってして失恋と定義するのだ?」

 

「へ?」

 

「……ふむ」

 

 誰だコイツ。

 なんか篠ノ之らしからぬ、哲学的っぽいこと言い出したぞ…! まるで牽制を喰らった気分だ。この反応は流石に予想外すぎるもん。

 

「そりゃあアレだろ。好きな子にフラれるのが失恋じゃないか?」

 

 シンプルに俺もそう思う。

 別に難しく考える必要なくないか?

 

「確かにそれも真理の1つではあると思う」(旋焚玖……私はお前を一度……くぅ…)

 

 ホントに誰だコイツ。真理の1つとか言い出したぞ。ここにきてまさかの篠ノ之偽物説浮上か? 髪も短いし。

 

 いやちょっと待て、なんだその目。

 何で俺をチラチラ見てくんだよ。今お前絶対アレだろ、俺をフッた事思い出してんだろ……そのせいで俺も思い出しちゃったよぅ……くぅぅ…ほろ苦い思い出だぜぇ…。

 

「1つっていうか、それだけじゃないのか?」

 

 くぅぅ~っている俺の代わりに、ガンガン一夏が聞いてくれる。こういう時のコイツの頼もしさは異常だ。素面の俺じゃ聞けない事も平然と聞いてくれるし。

 

「私はそれだけじゃないと思っている。恋する気持ちに終止符が打たれるのは、何もフラれる事だけが原因じゃないからな。それでも恋を失っているのだから失恋と形容できるだろう」

 

 意味深すぎる。

 何でそう気になる言い方してくんの? 

 よし、俺の代わりに聞くんだ一夏! お前ならまだまだ踏み込めるだろ!

 

「よく分かんねぇぞ? そのフラれる以外の原因ってなんなんだ?」

 

 すげぇぜ一夏!

 お前って奴はホントに、かゆいところまで手を伸ばしてくれるな!

 

「それは……」(旋焚玖……)

 

 な、何で俺を見るんですか…?

 

「ち、違う人に恋心が芽生えてしまった……という事も…あ、あったりするかもしれないだろう!」(くぅぅ……ここで強く断言できないのが私の弱さだ…!)

 

「あぁ~、そういうのもあるかもな」

 

 一夏は今の言葉で納得したらしい。

 一方、俺は混乱の極みに陥っていた。

 

 いや、だってさ……明らかに俺を見つめて言ったよね? 篠ノ之さん、俺と眼を合わせてから言ってのけたよね? 

 頬を赤く染めて! 彼女は言いました! 違う人に恋心が芽生えてしまったと! 彼女はそう言いました! 確かに言いました! 一夏が証人です!

 

 それはそういう事だと捉えてよろしいのか!? 今度こそ俺の事が「しゅき♥」なんだと思ってもよろしいのか!? 俺にもやっと…! やっとやっとやっと春がきたと喜んでよろしいのか!? ラブコメ爆進ロードの開幕を宣言してもよろしいか!? よもや偽物ってオチとかないだろうな!?

 

 いやいや冷静に考えよう、冷静にだ、落ち着け俺ひゃっほい、冷静な判断が必要な場面だいやっふぅ! もう惚れてるって! 篠ノ之俺にホの字だって! 俺は冷静だ、十分落ち着いているヒーハー!

 

 

【思い切って告っちまおう! いけるいける! だーいじょうぶだって!】

【あの時の悲しみを繰り返すつもりか? 慟哭の波に飲まれる覚悟はあるのか? また苗字呼びに戻っている事を忘れるな】

 

 

…………ッ、ぶねぇぇぇ…!

 サンキュー【下】。お前の言葉が無ければ、俺はまた目先に揺蕩う幻の女神に手を伸ばすところだった(詩人)

 篠ノ之…そして、鈴。俺はもうこの2人にフラれたくない。フラれたくないんだよぉ! あの時喰らった感情に比べりゃ、地獄の鍛錬なんざお遊戯に等しいんだよぉ!

 

 

「そろそろ2時間目も始まる。教室に戻ろう」

 

「おっ、そうだな、戻ろうぜ。遅れたら千冬姉にポカられちまう」

 

「う、うむ……」(旋焚玖…? いや、何も言うまい。むしろ今の言葉で、旋焚玖に気付いてほしいなどと願ってしまった私の浅はかさに苛立ちさえ覚えてしまう…!)

 

 切り替えていく(宣言)

 

 2時間目からは本格的なISの授業だ! 前世でも習ったことのない授業だし、ちょっぴり興味は唆られていたりする。

 

「なんて名前の授業だっけか?」

 

「えっと……なんだっけ、箒?」

 

「お前らなぁ……IS基礎理論だろう」

 

 おうおう、名前からして全く面白くなさそうだな!

 

 

.

...

......

 

 

「―――であるからして、ISの基本的な運用は現時点で国家の認証が必要であり……」

 

 すらすらと教科書を読んでいく山田先生。

 やっぱり面白くないじゃないか! いやまぁ、すごい重要な話ってのは分かるけどさ。IS操縦者ってアレなんだろ、今じゃ国の顔とまで言われる存在だって話だし。

 

 ヒエラルキーのトップもしくは上位に食い込む存在ってよ、改めて考えたらやべぇな。っていうか、ホントにやべぇ学園に来ちまったんだな、俺。

 

「織斑くん、主車くん、何か分からないところはありますか?」

 

 あらかじめ一夏とプチ予習してたってのもあって、全く理解出来ないって事は今のところない。100%理解出来ているか、と問われたら微妙だけどな。

 あんなアホ分厚い本、全部頭に叩き込める訳ねぇだろっての。でも読まない訳にもいかないし……そこで俺と一夏が取った手段は―――。

 

 

 

 

 

 

 それは約1ヶ月前の事。

 俺たちは千冬さんに貰った参考書に目を通していた。

 

「なぁ、旋焚玖……これ無理だゾ」

 

「……ううむ」

 

 俺たちはISに関して普通にド素人だ。

 1ミリたりとも知識はない。参考書に書かれてあるモノ全てが初見である。1つ1つ1文1文を読んで、あーでもないこーでもないなんて2人で言ってたら、あっという間に入学式を迎えちまう。

 

「全てを網羅するのは諦めよう。代わりに重要そうな部分だけはちゃんと読んでおこう」

 

「どれが重要かすら分かんないゾ」

 

 何でそんなアホっぽい感じになってんだよ。早くも現実逃避ってんじゃねぇよ。俺だって正直分かんねぇわい。

 

「太文字だ、一夏」

 

「太文字?」

 

「ああ。社会や理科の教科書を思い出せ。重要な単語は細字でなく太文字だったろ。ISの参考書でもそれは一緒な筈だ」

 

 入学式まではとりあえず、太く書かれた語句とそれに関する文章だけは、しっかり目を通しておこう。それ以上、無理に詰め込もうとしたらパンクするわ。

 

 これが本当の取捨選択ってな。

 おい聞いてるかアホ選択肢。

 

「なるほど、分かったぜ旋焚玖! なら、まずは一気に太文字だけチェックをして、その後そこの文章を交互に読んでいくってのはどうだ?」

 

「いい案だ、それでいこう」

 

 マーカーペンで線でも引きながらチェックしていこうかな。

 

「あ、あったぜ! さっそく太いのが見つかったぜ!」

 

「おう」

 

「あぁッ!? 次のページにもあるぜ!? 太いのが!」

 

 わざわざ倒置法活用させなくていいから。

 

「旋焚玖、次のページ見ろよ見ろよ! 太いのが多いぜぇ!」

 

「そ、そうだな」

 

「うわぁぁッ!! ふ、太いのがっ、多すぎるぅッ!!」

 

「なんだお前さっきからコラァッ!! 徹夜明けかコラァッ!!」

 

 戻ってきやがれこのヤロウッ!! 現実から目を逸らすなよ! 俺だってソッチの世界に逃げれるもんなら逃げてぇんだぞコラァッ!! どうせ逃がしてくれねぇんだよ、分かってんだよ、ならさっさとやるしねぇだろがァッ!!

 

 

 バチコーンッ!!

 

 

「へぶっ!?……あ、あれ…? 俺、何してたんだっけ…」

 

「おう、戻って来たか」

 

「あ、ああ……すまん、トリップしちまってたわ」

 

「気にするな」

 

 気持ちは分かる。

 

「……改めて見ると、すげぇ量だよな」

 

「ああ」

 

 余裕で途方に暮れるレベルだ。

 なによりモチベーションが上がってくれない。俺も一夏も希望してIS学園に入学する訳じゃないからな。俺たちは強制的に放り込まれる身だ。そんなんで、どうして熱心に勉強する気になれるよ?

 

「望んでない高校の勉強か……や、やる気出ねぇ…」

 

 やっぱ一夏も同じ事を思っていたか。

 しかしそれはマズい。

 俺だってやる気ねぇのに、一夏までやる気起こしてくれなかったら、それこそソッコー絶対ゲームに逃げちまう。それだけは何とか避けたい……ツっても、一夏のモチベーションを上げるのは簡単だけどな。赤子のほっぺをプニプニするくらい簡単だ。

 

 ほら、見とけよ見とけよ~。

 

「お前、千冬さんがバカにされてもいいのか?」

 

「はぁ? 何で千冬姉がそこで出てくんだよ」

 

「千冬さんはIS学園の教師なんだろが。弟が全く勉強せずに入学でもしてみろ。他の教師に嫌味の一つくらい言われるだろうよ」

 

 オホホ、織斑先生の弟さんはお馬鹿ザマスねぇ! こんな初歩的な事すら学んでこられなかったのですか、オホホホ! ブリュンヒルデの弟さんは勉強が不得意ザーマスゥ! ザーマスザーマスぅ! ってな。

 

「なっ…! 俺のせいで千冬姉がそんな事を言われちまうのか!?」

 

「ああ、言われるな。もうそっからはアレだ、他の教師も交ざってのザーマス祭りだ。ワッショイ感覚で千冬さんが胴上げされちまうぜ?」

 

「ど、胴上げまで…!? 音頭は何だよ!? ま、まさか…!」

 

「まぁ……ザーマスだろうな」

 

「なんてことだ……」

 

 想像したらシュールだなぁ。

 ザーマスザーマス言われながら、山田先生とかに胴上げされる千冬さんかぁ……やばすぎる光景だな。そんなん見せられたら、明日死ぬとしても笑っちまう自信あるわ。

 

「お、俺、頑張って勉強するよ! もう逃げたりしないぜ!」

 

「ああ、そうしろ」

 

 よし、一夏のモチベは上がったと。

 後は俺だが……ううむ、俺はどうやってやる気を起こそうか。

 

 

【いつものように乱にメールで甘える】

【たまには千冬さんにメールで甘えてみる】

 

 

 ぽちぽちぽち……。

 

 

『o(=・ェ・=o))))チフユサーン!』

 

 

―――送信。

 

 

 ピロリン♪

 

 

『ε=ε=ヘ(。≧O≦)ノ セ、センタクー!』

 

 

「…………充電、完了だ…ッ!」

 

 相変わらずメールだと超可愛い千冬さん。

 こんなの癒されるに決まってるし、頑張ろうって思えるに決まっている。実際に対峙した時の千冬さんじゃあ、億兆%こんな対応は無いだろう。そもそも俺がそんな風にならないし。

 

 ちなみに普段はクールビューティーな千冬さんが、メールでは顔文字を使うのにも、ちゃんと理由があったりする。っていうか、俺のアドバイスだったりする。

 小学生の時の話だが、千冬さんは一夏から「切れたナイフ」と例えられたのが割とショックだったらしく、どうすればもう少し温厚になれるだろうか、と俺に聞いてきたのだ。

 いきなり性格なんて変えられる筈もなし、とりあえずメールで顔文字を使って、千冬さんも茶目っ気を出してみようって言ったんだ。でも千冬さん曰く、いきなり一夏や知り合いに、顔文字付きのメールを送るのは恥ずかしいとの事で、まずは俺が練習相手になったんだが、未だに顔文字付きのメール相手は俺のみらしい。

 

 いやはや、月日も流れ、もう高校生になっちゃったよ俺。千冬さんとのメールは、嫌いじゃないからいいけど。リアルで会うと俺も千冬さんも、基本そんなに話さない方だからな。メールの方が何故か話が弾むっていうね。千冬さんはどうか知らんけど、俺はそんなよく分かんない関係が結構好きだったりする。

 

 ともあれ、俺のモチベも上がったし、いっちょやってやるか…!

 

 

 

 

 

 

「織斑くん、主車くん、何か分からないところはありますか?」

 

「今のところはなんとか」

 

「自分もまだなんとか」

 

 よしよし。

 太文字予習作戦のおかげだ。あくまで『なんとか』レベルだけどな。それ以上を求められても知らん。

 

「では先に進みますが、分からないところがあれば、お二人とも遠慮せずに聞いてくださいね!」

 

 両手を前にフンスッなポーズを披露してみせる山田先生。これは中々にあざといですぞ。言わんけど。

 でも実際受けてみて、少しホッとしている。内容が面白い面白くないかは置いておくとしても、授業自体はまだ何とか乗り越えられそうだからだ。

 もうそろそろチャイムも鳴りそうだし、次の休み時間はどうしようかな。どうせ教室に居てもまた見世物になるだけだし、一夏と篠ノ之を誘ってまた屋上でダベるのも一興か。

 

「旋焚玖ー、自販機見に行ってみようぜー」

 

 チャイムが鳴って、さっそく一夏が俺の席までやって来た。

 いや、見に行ってどうすんだよ。ま、教室から出られるなら何でもいいか。多分、一夏もただ教室に居たくないってだけだろうし。

 

「……何か面白い飲み物でも売ってるかもしれないしな。良かったら篠ノ之もどうだ?」

 

「う、うむ! 付き合ってやろう!」

 

 あらやだ、いい笑顔。

 俺と篠ノ之が席から離れようとした時。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 む……?

 

「へ?」

 

 俺もだけど一夏だって、まさか俺たち以外から声を掛けられると思ってなかったのだろう。俺と篠ノ之が何か言うよりも早く、一夏が素っ頓狂な声で返事する形になった。

 

 振り向いた先には、金髪美人さん。っていうか、俺の後ろの席の子だ。名前は……あ、自己紹介が中断されたからわがんね。だが雰囲気からして、何処ぞの貴族だって言われても違和感はない。それほど高貴なオーラがプンプンである。よろしくて、とか言ってるし。

 

「聞いてます? お返事は?」

 

「あ、ああ。聞いてるけど……どういう用件だ?」

 

 よし一夏。

 そのまま頑張れ。

 既に嫌な予感がする俺は空気と化す。

 

「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

「「「………………」」」

 

 コイツやべぇ。

 

 ついでに一夏と篠ノ之の様子を窺ってみる。

 2人ともこの一言で、コイツがどんな人物なのか察したのだろう。めんどくせぇって顔になってんぞ。

 

 俺?

 俺は空気です。

 だから俺には触れないで(切実)

 

「あなたも黙ってないで何か言ったらどうですの? わたくしは、あなたにも言ってますのよ?」

 

 

 触れられちゃった(絶望)

 

 





暴れんな、選択肢暴れんなよ。


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第34話 一言コミュニケーション


がむばるセシリアさん、というお話。



 

 

 

 俺たちの前にいきなり現れた(後ろから声を掛けただけ)謎の金髪美少女(自己紹介していないだけ)、その正体は一体…!

 

 縦ロールに整えた長い金髪に、透き通ったブルーの瞳が特徴的である。縦ロールの時点でもう、お嬢様な気配がプンプンだ。前例ならいくらでもあるし、お蝶夫人とか。あと……お蝶夫人とか。

 

 仰々しく手を腰に当ててる様とかもね、なんか貴族っぽいし。実際、いいところの出なのかもしれない。美人だし。

 ただ懸念すべきポイントは、身分でも外見でもない。この子がアレかどうかってところだ。いわゆる女尊男卑ってる子なのかどうか。それ次第でこっちも接し方とか考えなきゃいかんのよなぁ。

 

「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

 ひぇっ……なんだその芝居掛かった口調…! 

 コイツやべぇぞ、調子コイてオホホホ笑いとかする系だぞ。絵に描いたようなアレだ、性格の悪い貴族さんな匂いがするよぅ。

 

 い、一夏、何とかしてくれ…! 

 俺が(選択肢)動く前に! この女が俺に何か言う前に! 何とか追い返すんだ! それが出来るのはお前しかいねぇッ…!

 

「あなたも黙ってないで何か言ったらどうですの? わたくしは、あなたにも言ってますのよ?」

 

 ああ、無慈悲。

 時間も止まっちゃったよー。

 

 

【こんな輩とは語り合うに値しない。漢らしい返事をするだけに終始する】

【この御方は名族である! 下賤な身の自分が、どうして同じ目線で語れようか。即刻跪き、奴隷として忠誠を誓うのだ! 気に入られれば、性奴隷に格上げされる可能性もあるぞ! 美しい彼女の性奴隷に、なりたくはないかァーッ!!】

 

 

 なんだコラァァァァッ!!

 【下】コラァァァッ!!

 無駄になげぇぞコラァッ!! ウキウキかお前! 高校入学でテンション上げてんじゃねぇぞコラァッ!! こんな美人の奴隷なんて俺が選ぶわけ……え、選ぶわけねぇよなぁ?

 

 まぁ待て。

 そんなに焦る事もあるまい。ちょっと考えてみようよ。アレだ、仮にだ。あくまで仮の話ではあるが、もし俺が【下】を選んだら、どんな未来になるかね。別に考える必要ないんだけどね、たまにはね、念には念をっていうしね。

 

 【下】を選ぶと、俺はどんな未来が待っている…?

 それは奴隷から性奴隷へ成り上がる道。

 それは果てしない性なる栄光へのロード…! それは何と芳醇で魅惑的な未来……~~~ッ、な訳ねぇんだ! バーカバーカ! 俺の強靭な精神力をエロで釣ろうなんて100年甘いぜ! 試しに、ほんの試しに、【下】なんてハナから選ぶ気なかったけど、敢えて考えてみた結果、俺は【上】を選ぶぜ!

 

「あ゛ァ!?」

 

「ヒッ……な、なんですの!? レディに向かってそのお返事は!?」

 

 漢らしいお返事らしいです。

 僕は違うと思うけど(名推理)

 

「悪いな。俺も、多分旋焚玖も、君が誰か知らないんだよ」

 

 今日も一夏の名フォローが光る!

 サンキュー、イッチ! そのままお前が金髪の相手をするんだぜ! お前だけがするんだぜ! 

 

 言われた本人はというと、一夏の言葉が癇に障ったのか、吊り目を細めて、ますます俺たちを見下すような口調で続けた。

 

「わたくしを知らない…? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして! 入試主席の! このわたくしを!?」

 

 すっげぇアクセントってる、はっきり分かんだね。

 そんなに「わたくしはしゅごいのぉぉッ♥」アピールしたいのか。っていうか、イギリスって紳士・淑女の国じゃなかったのかよ。全然そんな事ないじゃないか。今んところコイツの良い部分って顔だけだぞ。

 

「代表候補生……」

 

 一夏が呟く。

 フッ……言ってやれ、一夏。

 俺たちの勉強の成果を披露してやりな!

 

「つまり国の中枢を担う存在である国家代表IS操縦者の、その候補生として選出された有望な存在……で合っているな?」

 

 オルコット本人ではなく篠ノ之に確認するあたり、一夏もコイツに苦手意識を持っているらしい。

 

「ああ、合ってるぞ」

 

「やったぜ! その語句は旋焚玖と予習したヤツだからな、バッチリさ!」

 

「勉強は嘘をつかない」(至言)

 

「旋焚玖……ああ、そうだな!」

 

 パチンッと小気味いいハイタッチを交わす。まぁ代表候補生って単語自体は、勉強してなくても何となく想像付くモンだが、そこは言わないお約束だ。

 

「そう! まさにエリートなる存在なのですわ!」

 

 チッ……俺たちのアホなノリに疎外感喰らってりゃいいものの、普通にまた入ってきやがった。

 

「本来ならわたくしのような選ばれた存在とは、クラスを同じくする事だけでも奇跡…! まさに奇跡! そしてなんたる幸運! その素晴らしさをもう少し理解していただけるかしら?」

 

 その演劇みてぇなノリやめてくんねぇかな。笑っちゃいそうになるから。

 

「そうか。それはラッキーだ」

 

「……馬鹿にしてますの?」

 

 一夏のは素なんだよなぁ。

 

「そこのあなたは理解していますわよねぇ?」

 

「あ゛ァ!?」

 

「ひゃっ……な、なんなんですの! 先程からあなたは!?」

 

 漢らしい返事。

 

「ふ、ふん…! これだから男は嫌ですわ。あなたのような、力を振りかざしていい気になっている野蛮な輩は特に…!」

 

 ISを振りかざしていい気になっているエセ貴族が何か言ってんよー。

 

「大体、あなたも何ですか。代表候補生という誰でも知っている単語如きで、あのようにはしゃぐなどと……まるで知的さが感じられませんわね。1人目の起動者も期待外れですわ」

 

 さっきから香ばしすぎんだろコイツ。

 何でこんなケンカ売ってきてんの?

 

「……別に君に評価されなくてもいいよ」

 

 煽り耐性あんなぁ、一夏。

 内心けっこうピキピキきてるのは伝わってくるけどね。俺? 普通にイラッときてますよー。選択肢のせいで、今コイツに何か言おうとしても「あ゛ァん」的な事しか言えないから黙ってるけど。

 

「ふん。まぁでも? わたくしは優秀ですし、優しいですから。泣いて頼まれたらISの事でも教えて差し上げてもよくってよ。な・に・せ! 入試で唯一教官を倒したエリート中のエルィィィートですから」

 

 巻き舌ったぞコイツ。

 マジでどんだけ自己主張激しいんだよ、母国じゃ誰も褒めてくれなかったんか?

 

「入試って、あれか? ISを動かして戦ったアレ?」

 

 俺は戦ってないけどな。

 

「それ以外に入試などありませんわ」

 

 俺は動かすのが入試だったけどな。

 

「あれ? 俺も倒したぞ、教官」

 

「は……?」

 

 ま、マジか、一夏…!

 お前、いきなりそんなレベルに達してんのか…………超しゅごい…。

 

「わ、わたくしだけと聞きましたが…?」

 

 やーいやーい、一夏だって倒してるもんね~! さっきまでの威勢はどこいったよ、おう? おうお~う?

 

「女子ではってオチじゃないのか?」

 

 そうだそうだ、言ってやれ一夏!

 

「つ、つまり……わたくしだけではない、と…? くっ、あ、あなたはどうなのですか!? あなたも教官を倒したと言いますの!?」

 

「あ゛ァん!?」

 

「ひうっ……な、なんなんですの本当に! あなたさっきからわたくしにそれしか言ってないですわよ!?」

 

 それについてはホントにすまん。

 だから俺に話しかけなくていいよ。

 

「旋焚玖はどうだったんだ?」

 

 まぁ聞いてくるよねー、自然な流れよねー。

 人差し指しか動かせなかった、なんて言いたくない。一夏と篠ノ之には平気で言えるけど、この金髪には言いたくない。100億%バカにされるに決まってるし。「ほら見たことか」とマウント取ってくるのが目に見えてるわい。オホホ笑いも披露されること間違い無しだ。

 

「フッ……」

 

 そういう時はただ薄笑みを浮かべるに限る。

 どう捉えようが、それは自由だ。でも後で一夏と篠ノ之にはちゃんと言っておこう。

 

「な……そ、その笑みは…!」(ま、まさかこの人も教官を倒したというのですか…!? そんな馬鹿な事ある筈ありませんわ! ですが彼の自信に満ちた、いえ、挑発的な笑みは敗者のそれではない…!)

 

 うひひ、せいぜい悩むがいい。

 出口の見えない螺旋で彷徨いな…!(吟遊詩人)

 

「あ、あなた達、わたくしに嘘を―――」

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 

 全く納得のいっていないオルコットは話を続けようとするが、そこに割って入る3時間目開始のチャイムさん。い~い音色だ、タイミングもいい。

 

「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことですわね! よろしくて!?」

 

「何言ってんだよ、お前の席旋焚玖の後ろだろ」

 

「ッ……!?」

 

 あ、オルコットの顔がピキッと固まった。

 

 やーいやーい、一夏にツッコまれてやんの~。ねぇねぇ、どんな気分なの? チミはどこの席に着こうとしてたの? ねぇねぇ、気まずい感情ってどんな感じなの~?

 

「……~~~ッ、あ、あなた何をニヤニヤして―――」

 

 あ、バカ、俺に声掛けるな!

 

「あ゛ァ゛ッ!?」

 

「ぴっ……んもう! びっくりするからソレはやめてくださいまし!」

 

 それに関してだけは心の底から謝罪を。

 あと、びっくりするからって理由が可愛いなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 さぁ、気を取り直して3時間目の授業だ。

 さっきまでの授業と違って、教壇には千冬さんが立っている。

 

「えー、授業に入る前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけなくてな」

 

 教室が俄かにざわめく。

 

「他校でいうクラスの委員長みたいなモノではある。それだと何となくイメージがつくんじゃないか? ちなみに1度決まると1年間変更はないと思え」

 

 俗に言うクラス長か。

 ただ、クラス対抗戦ってのがよく分からん。多分、このざわつきもそれが気になっての事だろう。

 

「クラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。簡単に言えば、各クラスの代表者同士がそれぞれ模擬戦を行う、といったモノだ」

 

 ふむふむ、俺が出たら公開処刑ですね分かります。

 

「自薦・他薦は問わない、誰かいないか?」

 

 千冬さんが皆に問いかける。

 さて、誰が推薦されるかな、まぁ予想できるけど。

 

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

 

「へ!?」

 

「私もそれがいいと思います!」

 

「私も織斑くんを推薦します!」

 

「ちょっ!?」

 

 当たり前だよなぁ?

 そこは一夏、劇的ネームバリューってヤツだ諦めろ。ダメ押しに俺もお前を推薦してやる。でもバレたら何か言ってきそうだし……あ、そうだ。

 

 あーあー、ンンっ、ンンンっ…!

 アーアー(裏声)

 よし、こんな感じか。

 

「ワ、ワタシモオリ―――」(女っぽい声)

 

「き、気色の悪い声を出すな主車…!」(小声)

 

 ソッコー遮られちゃった。

 小さすぎて篠ノ之にしか聞こえなかったらしい。ひでぇよ篠ノ之、俺のセクシーボイスを気色悪いと申すのか……うん、キモいな確かにキショいわ。

 

「では候補者は織斑一夏、と。他にはいないか?」

 

「ま、待ってくれ! 別に俺じゃなくても……あっ…!」

 

 うげっ、こっち見てきやがった…!

 

(せ、旋焚玖! 推薦してもいいか!?)

 

 やっぱりね!

 嫌に決まってんだろバカ! 

 ぜぇぇぇぇッたいに嫌だ! 

 ただのクラス長ならまだしも、対抗戦だァ!? 観衆の前で「動けませーん!」って言えってのか!? そんな羞恥プレイ死んでもお断りだい!

 

(別にいいぞ)

 

(ほ、ホントか!?)

 

(ああ、お前が「嫌だから押し付けたい」って気持ちを1mm足りとも持っていないと言えるならな…!)

 

(ッ……そ、それは…!)

 

 うわははは!

 すまんな、一夏よ!

 俺もマジで嫌なんだ、悪いがお前の良心をツンツンさせてもらうぜ!

 

(自分がされて嫌な事をお前は親友の俺にするのか…? 俺に……するのかよ…?)

 

(ぐっ……旋焚玖の言う通りだ、もう少しで俺はダチを売っちまうとこだったぜ…!)

 

 フッ……口上戦で俺に勝てる奴なんざ居ねぇよ。

 口先の魔術師は伊達じゃない。

 

(安心しろ、一夏。お前がクラス代表になったら、俺も全力でサポートする)

 

 これはマジ。

 それくらいは流石にな。

 

「さて、他はどうだ? いないなら無投票当選だぞ」

 

 一夏も腹を括ったか、素直にイスに座り直す。

 頑張れ一夏、お前がナンバー1だ。

 

「お待ちくださいッ! 納得がいきませんわ!」

 

 バーンと机を叩いて立ち上がり、ちょっと待ったコールを掛けたのは、俺の後ろの席に座っている奴……セシリア・オルコットだった。

 

「そのような選出は認められません! クラス代表といえば、クラスの顔ですのよ!? でしたら当然、実力トップがなるべきでしょう!?」

 

 なんだよ、ちゃんと筋の通った正論も言えるんじゃないか。ただのマウンターじゃなかったってこった。そこに関しては俺の見誤りだったか。

 

「いいですか!? もう1度言いますわ! クラスの代表はクラスで最も実力ある者がなるべきです! それなら入学試験主席の私がなって必然ですわ!」

 

 そうだそうだ!

 ハハッ、一夏の瞳もランランと輝いているぜ! オルコットの発言は的外れではなく王道を唱えているし、一夏もクラス代表にならなくて済むんなら、それに越したことはないだろう。

 

「ですのに! あなた達という人は、まったく!」

 

 ん?

 なんか……嫌な予感…。

 

「ただ男性起動者が物珍しいからという理由だけで極東の猿に……―――」

 

 じ、時間が……止まった、だと…?

 

 

【雑魚はスッこんでろ。俺がクラスの代表だ…!】

【このままオルコットを喋らせるとマズい気がする。何とか遮るんだ! 窓の外を指差して「UFOだ!」とか言ってみるんだ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「な、なんですのいきなり立ち上がって!?」

 

 うるせぇ黙ってろ!

 窓際の席で良かった! 

 いや良くねぇよ! 

 クソッ、いいよ、言えばいいんだろ!

 

「UFOだ!」

 

 窓の外を指差し叫ぶ。

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

 ふたたび時間が止まった。

 いや、止まってない。

 止まってないけど止まったの。空気が止まったの。

 

「……で、あるからして。実力から行けば、わたくしがクラス代表になるのは必然なのです!」

 

 この女、何もなかったように再開しやがった! スルー力抜群かチクショウ! ただ俺が恥かいただけじゃねぇか! やっぱり変な奴だってみんなに再認識されただけかよぉ!

 

 もういいもん!

 勝手に自爆しろアホ! クルクル! なにが縦ロールだ、このコロネが! てめぇ絶対ボッチになるからな! それ以上言ったらマジで反感喰らうだけだかんな! 俺はもう知らん!

 

「それを、物珍しいからという理由で極東の猿に……―――」

 

 

【雑魚はスッこんでろ。俺がクラスの代表だ…!】

【オルコットをボッチにはさせないッ! 俺のドゥドゥドゥペーイを聴けェッ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:(´3`)ぬっとぅる~♪(ヤケ)



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第35話 矛先


クラス代表の行方、というお話。




 

 

「……―――ご清聴ありがとうございました」

 

 やりきったぜぇ……えぇ、オイ? 2分近くもドゥドゥドゥペーイったぜぇ……アホらしすぎて途中から泣きそうになったが、そこは漢の意地よな。唖然としていたクラスの連中が、途中から生暖かい目に変わった時は違う意味で挫けそうになったが、そこも漢の意地よな。

 

 俺の俺によるオルコットのためのドゥドゥドゥペーイ…! ここに完遂を宣言するッ! だからもうお前は爆弾発言しなくていいから(切実)

 

「す、すげぇぜ旋焚玖! お前、そんな特技まで隠し持ってたのかよ!?」

 

 一夏の純粋な反応が、羞恥に耐えきった俺の心を癒してくれる。ドン引きされるより褒められた方がまだ救われるわ。

 おい、マジで空気読めよオルコット。何の為に俺が2分もドゥドゥったのかをよ? 恥を忍んでちゃんと(´3`)ぬっとぅる~♪もしてみせたのかをよぉ…!

 

 

 パチパチパチパチ…。

 

 

 一夏の言葉に続いて、拍手の音が教室に響く。手を叩いてみせたのは、まさかの千冬さんだった。

 

「……ふむ、いいパフォーマンスだったな」(本来ならゲンコツの1つでも落とすところだが、旋焚玖のアレには意味があった。咄嗟に奇抜な行動を取る事で、代表候補生としてあるまじき発言を唱えようとしたオルコットを守ってみせたか……今回は目を瞑ってやるとしよう)

 

 パチパチパチパチ!

 

「見事なドゥドゥドゥペーイでしたよ、主車くん!」

 

 お、おう……そういや山田先生はFF7好きだっけな。「青春を思い出しました~」とか言ってるし。千冬さん以上に力強い拍手を送ってくれてるし。

 

「ち、千冬様や山田先生が拍手してるよ…?」

 

「もしかして主車くんって怖い人じゃないのかな?」

 

「違う意味で怖いけどね」

 

 それは言わんでくれ。

 だが1人、また1人と拍手の数が増えていく。いや、何の拍手なの!? ちょ、もういいだろ!? その謎の拍手はいいって! 恥ずかしさが込み上げてくるだろぉ!

 

 

しかし、一番この空気に困っていたのは旋焚玖ではなくセシリアだった。クラスの皆が旋焚玖に拍手を送る中、その後ろで彼女は立ったままなのだ。途中で意味不明なノリで自分の発言を遮られ、さらには座る機会まで見失ってしまった。

 

旋焚玖がドゥドゥドゥペーイっている時も、セシリアだけが立ったまま拝聴する形になってしまった。傍から見れば、熱烈なファンである。とても意味不明である。自分はクラス代表の推薦に異議を申していただけなのに、どうしてこんな状況になっているのかと。自分はいつイスに座れば不自然じゃなくなるのかと。

 

(……って、誰が座るもんですか! わたくしはまだ、何も言えていませんわ! それも全部この男のせい…! この男が余計な茶々を入れてくるせいで…!)

 

 む……オルコットから熱い視線を感じる。

 そうか、分かってくれたのか。それなら俺のアホ行動も、無駄にならなくて済んだってなもんだ。

 

 まったく……犠牲なくして勝利なし、とはよく言ったもんだぜ。決して代償は小さくなかったが、それでもオルコットがボッチにならずに済んだのなら安いもんさ。

 そう思え、俺。そう強く思うんだ。今までずっとそうやって俺はメンタルを守ってきたんだからな。へへ、IS学園でもそれは変わらないんだぜ……くぅぅ…。

 

 役目を終えた俺はクールに座るぜ。

 

「お待ちなさいな! なに満足気な顔して座ろうとしてますの!?」

 

 うぇいッ!?

 座ろうと思ったら、オルコットからちょっと待ったコールが掛かったでござる。

 

「あなたって人は、先程から本当に何ですの!? わたくしを脅かすような返事をして! 挙句の果てにはわたくしの邪魔まで! 言いたい事があるなら堂々と言えばよろしいでしょう!? それすら出来ない癖に横やりを入れてくるだなんて、恥を知りなさいな!」

 

 ふぇぇ……全然これっぽっちも分かってもらえてなかったよぅ。世知辛いなぁ。しかも矛先が俺だけに向いちゃったよぅ。世知辛いなぁ。

 

「大体、偉そうに喧嘩が趣味だと言い切るその神経もおかしいですわ! あなたに分かりますか!? IS技術の修練のために来ていますのに、あなたみたいな勘違いした男と同じクラスに編入させられたわたくしの気持ちが!」

 

 勘違いしてないもん。

 勘違いさせてる側だもん。

 

「どうせ邪な気持ちで此処に居るのでしょう!? あなたみたいな野蛮人が崇高な思いでISを学びに来るとは思えませんわ!」

 

 耳がいたーい!

 

 邪な気持ち120%で入学した俺の耳が壊れちゃうぅッ! フツメンの俺でもこれでモテモテに!とか思っちゃってすいませぬぅぅぅ!!

 

 そこまで言っても俺が反論しない事で味を占めたか、オルコットは猛る気持ちを抑えようとせず、っていうかますますエンジンが暖まってきたのだろうか、怒涛の剣幕で言葉を荒げる。

 

 オルコットのオルコットによる俺のための言葉が、ダイヤモンドダストの如く俺の心をグサグサしてくる。うぅ……ごめんよぅ、ISが反応しただけのただのキチガイが入学しちゃってごめんよぅ…。

 

「いいですか!? あなたのような―――」

 

「誰にも推薦されてない奴がなに必死になってんだよ。旋焚玖に当たってカッコ悪ィ」

 

 い、一夏…!

 オルコットの口撃に立ち上がったのは、俺ではなく我が友一夏だった!

 

「あっ、あっ、あなたねぇ! わたくしを侮辱しますの!?」

 

 痛い処を突かれた自覚があるのか、まるで怒髪天をつくと言わんばかりに、オルコットが顔を真っ赤にして怒りを示している。

 

「そっちが先に旋焚玖を侮辱したんだろ!」

 

 しかし一夏も引かずに応戦だ!

 

 や、やめて!

 俺のために争わないで! 

 

「~~~ッ、決闘ですわ!」

 

「おう、いいぜ。四の五の言うより分かりやすい。俺が勝ったら旋焚玖に謝ってもらうからな」

 

 一夏がいい奴すぎて涙がで、出ますよ…。

 

「ふん。そんな事ありえませんがいいでしょう。あなたもいいですわね?」

 

「……?」

 

 え、何でそこで俺に振るの?

 

「わたくしはクラス代表に立候補しますわ。ついでにあなたを推薦してあげます。3人のうち、勝ったものがクラス代表ですわ!」

 

 ふっっっっっざけんなぁぁぁッ!!

 

 何トチ狂ってた事ホザいてやがんだこのクソコロネが! 俺がお前らに勝てる訳ねぇだろ! 分かる!? ボロ雑巾な未来しか見えねぇだろうが! お前代表候補生なんだろ!? そんな奴が素人イジめて何が楽しいんだよぉ! みんなの前で無様な姿を披露しろってのかよぅ!

 

「あー、言い忘れていたが。主車は政府の命令により、既にクラス代表者から除外されている」

 

「なっ…! 政府の命令で…!? ど、どうしてですか!?」

 

「主車の技量は1年の貴様らとでは差がありすぎるからな。政府の上層部が危険と判断した」

 

 おぉ……おぉぉ…!

 政府の優しさに感謝を…! 超感謝を…!

 っていうか、多分そう采配してくれたのって、あの人だよな。俺を取り調べしたしたあのおっちゃんだ。あの日も何かえらく心配してくれたし。

 

「……という訳だ、すまんなオルコット」

 

「そんな……」(差がありすぎる…ですって…!? そんなバカな…! 代表候補生のわたくしでも勝てないと…!? 嘘ですわ、そんな事ありえませんわ! ですが…もしも本当だとすれば…?)

 

 え、何でそんな顔してんの……あ、コイツ、もしかして千冬さんの言葉を逆の意味で捉えてるんじゃ…! あ、あかん! それはそれでめんどくせぇって! バレた時に色々めんどくさい事になりそうだって!

 

「織斑先生」

 

「む……なんだ、主車」

 

「観衆なし、結果も問わない。非公式として扱ってくれるのなら、オルコットと闘ってもいいですよ」

 

 とりあえず、今はまだみんなにバレなきゃいいかなぁって。それに俺をフルボッコにすりゃあ、オルコットの溜飲も下がってくれるだろう。

 

「なんですって!?」(わ、わたくしを気遣っているとでも言うつもりですか!? わたくしが負けるところを皆さんに見せはしないと!? なんたる傲慢…! なんたる不遜…!)

 

 ひぇっ……すっごい睨んでくるよぅ。

 勘違いが加速してるよぅ。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い……いえ、奴隷にしますからね!」

 

 

【え、性奴隷?】

【奴隷になったら、どんな事をしてくれるのか聞いてみる】

 

 

 なに言ってんのお前!?

 バカじゃないのお前!?

 なんでそんな事を聞く必要があるんですか!

 

 

「………ちなみに、奴隷になったらお前は俺に何をさせる気だ」

 

「え!? そ、そうですわね……え、えっと……そうですわね…」

 

 困らせてんじゃねぇかバカ!

 オルコットも勢いで言っちゃっただけだろぉ! お前知ってて出したろ! 何でわざわざ掘り下げたんだよぉ!

 

「と、とにかく! わたくしに負けた時に「実は手を抜いていた」などと、言い訳は通じませんからね! 織斑さんも、そのおつもりで!」

 

「分かった」

 

「……ああ」

 

 観衆なしの俺と違って、ギャラリーの前で決闘するのが決まった一夏も、決意を漲らせた表情で頷く。俺は問題外として、一夏は実際どうなんだろうか。教官を倒したって言ってたくらいだし、自信ありってところか?

 

 ただ、俺も一夏もISの試合とかはネットで観たからな。正直、あの映像を観ちまったら、女尊男卑な風潮が蔓延していても仕方ないと思う。

 それだけ圧倒的なんだ。ISを使える女は強い、ISを使えない男は弱い。あんなモン観ちまったら、その論調が間違いだとは強く言えないだろう。

 

 ISを使っていたら…の話だがな。今回の決闘もあくまでISを使った模擬せ……模擬戦、とは言っていない…? 純粋な決闘なら……あー、やめやめ、変な事を考えるのはヤメよう。

 

「さて、話はまとまったな。それでは織斑とオルコットは1週間後、第三アリーナで。主車とオルコットは10日後、私と山田君が立ち会う。詳細はまた後日伝えよう。それぞれしっかり用意しておくように。それでは授業を始める」

 

(1週間あれば基礎くらいは学べる筈だ、入試の時も1発で動いたし、何とかなる…!)

 

(10日か……手ェ抜くなって言われちまったし、やれる事はやっておこうか…!)

 

(お2人とも覚悟してなさい…! 特に主車旋焚玖…! あなただけは必ずフルボッコにして差し上げますわ…!)

 

 

 三者三様、想いを胸に授業に臨むのだった。

 

 





観衆なし(意味深)


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第36話 俺の城


犯人は美樹本、というお話。



 

 

 

「予習してて良かったな」

 

「ああ」

 

 放課後、俺と一夏は教室でまったり…というかぐったりしている。

 こんなに1日が長く感じたのは久しぶりだ。英語やら数学やらは置いておくとして、問題はIS関連の授業だ。重要っぽい部分だけでも目を通しておいて、本当に良かったと思う。何も勉強してなかったら、意味不明すぎて嫌になっていただろう。

 

 それより俺は休み時間がキツかった。

 3時間目の授業……つまり、あのクラス代表の話が上がった授業だな。その授業が終わってから、ヤツがまた出しゃばってきたんだ。

 

「では、3時間目の授業はこれで終了だ」

 

 千冬さんが締めた後、すーぐ出てきやがった。

 

 

【セシリアに話しかけてみよう】

【オルコットに話しかけてみよう】

 

 

 同一人物なんだよなぁ。

 別に話すこともないし、むしろオルコットだって俺に話しかけられてさ、良い気はしないだろうが。ちっ……真後ろの席だし、途中で誰かが遮ってくれるのも期待できねぇんだよなぁ。

 

 後ろを振り返る。

 オルコットと目が合う。あ、ちょっと嫌な顔された。ごめんね。

 

「オルコット」

 

「……なんですの?」(あんな事がありましたのに、それでも普通に話しかけてきますのね……一体、何を言ってくるつもりでしょう……)

 

 

【イギリスの飯が世界一不味いって本当か?】

【呼んでみただけ】

 

 

 うぜぇぇぇぇッ!!

 

 どっちもうぜぇぇぇぇッ!! っていうか【上】コラァッ!! なに俺に国辱モンの発言させようとしてんの!? さっきオルコットがソレをしそうになったから止めたんだろぉ! 明らかにケンカ売ってんじゃねぇかバカ! まだ【下】の方がマシだバカ!

 

「呼んでみただけだ」

 

「はぁ!? あ、ちょっ…!?」

 

 よし言った! 

 

 ソッコー反転してオルコットに背を向ける。すまないオルコット…! それがきっと双方にとっての最善なんだ! こんな俺(選択肢)でごめんよぉ!

 

「な、な、な……!」(なんなんですの、この人は~~~~ッ…! くっ、ここで変に喰い付いたら、わたくしが必死だと周りに思われてしまう…? ダメですわ! そんなのわたくしのプライドが許しませんわ!)

 

セシリア・オルコットは何事も無かったかの様に、次の授業で使う教科書を机に出した。旋焚玖の言葉などまるで気にも留めていない、自分はそんな事よりも予習の方が大事なんだと……そう装っているだけだった。内心めちゃくちゃ気にしてしまうオルコットだった。

 

 そして4時間目の授業後。

 

 

【イギリスの飯って世界一不味くね?】

【オセロット(ネコ科)について軽く説明する】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「いいかオルコット。オセロットは主に南アメリカの熱帯雨林に生息している哺乳綱食肉目ネコ科だが、実はメキシコにも居たりするんだぜ」

 

「は、はぁ……どうしてそんな説明をわたくしに?」

 

 名前が似てるからだと思うんですけど(名推理)

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「(サッ…!)」

 

「あ、ちょっ…!?」

 

 すかさず反転、背を向けーる!

 すまない、オルコット…! それがきっと双方にとっての最善なんだ! こんな俺(選択肢)でごめんよぉ!

 

 そして5時間目の授業後。

 

 

【イギリスの飯は世界一不味い】

【セシリア(小惑星)について軽く説明する】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 

 

 

 

 

「ぽへー」

 

「旋焚玖、疲れてんなぁ」

 

 当たり前だよなぁ?

 そりゃあお前、机の上でぐったりパンダってるのも無理ねぇだろ? 今日1日、最後の最後までオルコットに話しかけさせられたっての。話しかけさせられたっていうか、イミフな一口説明ばかりさせられたっていうか。

 

 その度になんだかんだ最後まで聞いてくれた、オルコットの律儀っぷりに感謝を。まぁ律儀っていうか、変に途中で遮ったら俺がキレるんじゃないか、とか思われてそうだが……いや、ホントすまんねオルコット。

 

「ああ、主車くん、織斑くん。まだ教室に居たんですね、良かったです」

 

 んぁ?

 

 顔を上げたら、山田先生と千冬さんが書類を片手に立っていた。2人とも鍵っぽいモン持ってんな、っていうか鍵だな。

 

「えっとですね、こちらが織斑くんの寮の部屋の鍵と部屋番号のメモになります。学園寮は相部屋が基本的なのですが、織斑くんは1人で使えますのでご安心ください」

 

 おお、何かホテルのキーみたいに豪華だなぁ……あれ、何か含みある言い方してない? てっきり俺と一夏がルームシェアするって思ってたんだけど、俺たちは別々の部屋なの? まぁそっちの方がいいか、1人の方が色々とナニ出来るし。

 

 事前に俺も一夏も、今日から寮生活だってのは聞いてたし混乱はない。

 

「1人部屋かぁ……旋焚玖、後で部屋の見せ合いっこしようぜ!」

 

「おっ、そうだな」

 

 見せ合いも何も、寮の部屋なんて何処も同じだろうが。ま、暇だしどっちかの部屋でダベるとしよう。

 

「……主車、お前の部屋の鍵はコレだ」

 

「あ、はい…………ん…?」

 

 なんか……普通の鍵なんですけど。

 一夏が貰ったのが『キー』なら、俺が千冬さんから貰ったのは『ザ・鍵』って感じなんだけど。

 

「どうせ織斑にもすぐにバレるからな。今、言っておくぞ」

 

 嫌な……いや、悲しい予感がする。

 

「あー、何と言うかだな……主車は学園寮には住めない」

 

「……む」

 

 やっぱりねぇぇぇぇッ!!

 悪い方の予感って絶対外れないよねぇぇぇぇッ!!

 

「なっ…!? ど、どういう事だよ千冬姉!?」

 

「織斑先生だ」

 

「イデッ!? いいや、痛くないね! ちゃんと説明してくれないと俺は千冬姉って呼び続けるぜ!?」

 

 当人の俺よりも一夏の方が千冬さんに食って掛かる。いやはや、一夏の優しさはアジア大陸に涙の雨を降らすなぁ。その必死な姿が俺を気丈に振る舞わせてくれるぜ…! いやホント、どういう事なの? 俺も聞きたい、っていうか俺が一番聞きたいわ!

 

「落ち着け織斑。これはな……学園アンケートで決まった事なんだ」

 

「えっとですね、お2人が学園寮に住むにあたり、生徒が『賛成』か『反対』かのアンケート調査を新1年生含むIS学園全体で行いまして……」

 

 山田先生が言いにくそうに目を伏せる。

 おぉもう……その仕草だけで結果が伝わってくるよぅ。

 

「俺に対しては『反対』意見が多かったんですね?」

 

「……ああ。おそらくだが、報道時の声明文と……まぁ、ここ1カ月間に流れた主車の噂が起因しての事だろう」

 

 自業自得じゃねぇかクソッタレ!

 

「そ、そんな…! どうにかならないのかよ、千冬姉!」

 

「こればかりは私でも覆すのは無理だ。対象が全生徒となればな」

 

「そうですか、分かりました」

 

「せ、旋焚玖!? お前ッ、辛くないのかよ!?」

 

「気にしてないさ」

 

 嘘だよぉ! 

 とっても気にしてるよぉ!

 とてつもなく辛いよぉぉぉぉぉッ!! 俺も女の子と同じ寮に住みたかったよぉぉぉッ!! 何かの間違いで女の子と相部屋とか、そういうのも実は期待してたのにぃぃぃぃッ!! ふぇぇぇぇ……ッ! きっと罰が当たったんだぁ……邪なことばかり考えてる俺に天罰が下されたんだぁ……のもんはぁぁん…。

 

「……で、だ。主車の住む場所は……まぁ、見た方が早いな」

 

 いや濁すなよ!

 余計に気になるだろぉ!

 もう分かってるよ! 濁した時点で良いトコじゃないんだろぉ! それならさっさと宣告してくれた方がマシだよぉ!

 

 

【車で言えばどのくらいだ?】

【3匹のこぶたで言えばどのくらいだ?】

 

 

 車で言われても分かんねぇよ!

 

「3匹のこぶたで言えばどのくらいでしょう?」

 

「む…そうだな、次男だな」

 

 木造建築じゃねぇか!

 オオカミに体当たりされたらどうすんだよ!? 俺が喰われちまってもいいのかよ!? せめて三男のレンガにしてくれよぉ!

 

「だ、大丈夫か、旋焚玖?」

 

「大丈夫だ、どんな場所でも住めば都さ」

 

 そうだよ、こんな事くらいでヘコたれてたまるか。どんな時でもポジティブだ。生きていく上で、ポジティブシンキングはとても大事なのだ。

 考えてもみろ、女の子だらけの学園領内で俺だけ1人暮らしなんだぜ? しかも学園寮じゃないときた。いずれ此処に通う女子たちも、俺の溢れんばかりの魅力に気付くだろう。

 

 気付かずにはいられないッ! 

 俺の魅力にッ!(念押し)

 

 そうなったらお前、アレだ、もう、毎日連れ込んでニャンニャン(死語)出来るって事じゃん? 寮内じゃないし、誰にもバレないって事じゃん?

 

 いけるやん!(自己奮起)

 木造建築いけるやん!(自己暗示)

 

「旋焚玖……お前って強いよな、本当に」

 

「フッ……」

 

 俺の下世話な心情っぷりは誰にも覗かせねぇ。困った時は、いつもの不敵な笑みを浮かべるに限る。これで15年やって来たんだ、これからもよろしくな、顔筋!

 

 それからは一夏が山田先生に。

 俺が千冬さんに案内される形で、校舎から出るのであった。

 

 

 

 

 

 

「……ここが俺の城か」

 

 校舎から出て、運動場を真っ直ぐ進み、雑木林的な所を抜けたところで、ポツンと建てられた木造ハウスを発見。どんなボロ屋かと思いきや、とんでもない。中々どうして、かなりしっかり建てられてるんじゃないか?

 

「どうだ、感想は?」

 

「そうですね、なんていうか……雪山のペンションみたいな外見してますね」

 

「ふむ……言われてみれば確かに」

 

「よし、決めた。この家を『ペンション・シュプール』と名付けよう」

 

「……殺人事件が起きそうな名前だな」

 

 かまいたちの夜的な意味で?

 ああ、そうだ、これも一応千冬さんに聞いておこうかな。

 

「クラス代表の件ですけど、政府から俺への処置ってマジなんですか?」

 

「ああ。生身の強さは既に超Sクラスであっても、ISに関しては……まぁ…まだアレすぎるからな」

 

 弱すぎる以前の問題ですよねー。

 

「別に政府も多くは求めていない。国家代表になれとも、代表候補生を倒してみせろなどと求めていない。まずは人並みに……そうだな、歩けるようになろうな」

 

「……ういっす。俺が検査の時にお願いした特例の方はどうなってますか?」

 

 特例って言っても、そんな無理難題を強請った訳じゃない。

 アリーナの使用時間を俺だけ無制限に、つまりコンビニ化してくれってお願いしたんだ。むしろ俺からしたらそれくらい当然だろ、IS技能が成長しなかったらモルモットにされる未来が待ってんだからよ。

 

「それに関しては許可が下りた。正式に今日から使えるぞ」

 

 やったぜ。

 

「あと少しだけ聞きたい事があるんですけど」

 

「ん…? ああ、言ってみろ」

 

「オルコットは俺と一夏に『決闘』を吹っ掛けましたが……ISで、とは言ってませんよね?」

 

 単なる確認であって、深い意味はないよ?

 一応ね、一応聞いておこうかなぁって。

 

「……確かに言ってはいない、が。ISでの戦いが自然な流れではあるだろうな」

 

 そりゃそうだ。

 だってここ、IS学園だもの。

 

「そうですね、自然な流れですね。ただ、アイツは決闘だと言った。模擬戦ではなく、決闘だと言った」

 

「旋焚玖……? お前、何を考えている?」

 

「ISでの模擬戦ならISの使用が当然義務となる。だが決闘であれば、ISの使用は義務ではなく、あくまで権利。使う使わないは本人の意思によるもの。そうでしょう?」

 

「はぁ……聡いお前が、よもや生身で戦おうなどと慢心している訳ではあるまい?」

 

「まさか」

 

 そんな無謀な事はしたくない。

 ただ、手を抜くなってオルコットから言われちまったからな。手を抜いてオルコットの奴隷になるのも愉しそうだが、今回ばかりはお預けだ。

 この10日間は俺もアイツに勝つ為に本気で動く。IS技術うんちっちな俺が、たったの10日でアイツに勝つにはどうしたら良いか。それを探る中での質問だ。

 

「……私の考えを言えば、お前の言う通りだ。決闘とは己が全てを懸けて臨むモノ。少なくとも柳韻さんからはそう教わっている。決闘と模擬戦は全くの別物だ。あくまで私の考えではあるがな」

 

 流石は姉弟子。

 俺と全く同じ考えで嬉しいぜ。

 

「俺も全てを使っていいですね? ISでも篠ノ之流柔術でも」

 

「……屍(かばね)だけは使うな。それなら許可しよう」

 

 屍とは篠ノ之流が使う毒の隠語である。

 いや、使わんよ? 流石にクラスメイトに使うモンじゃなからな。そこまで俺も外道じゃないもん。しかし、これで俺の戦闘スタイルは格段に広がったと言える。

 

 純粋なIS戦が出来れば、それに越した事はないんだけど……きっとオルコットはそのつもりだろうし。すまんなオルコット。10日だけじゃ無理だ。恨むんなら俺の才能の無さを恨んでくれ。

 

 





力の無さを恨みな(エルク)


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第37話 初日の夜はあたたかい


3人はどういう集まりなんだっけ?というお話。



 

 

 

 これから3年間、俺がお世話になる部屋の設備等々の説明を終えた千冬さんは、会議があるとかで学園に戻っていった。1人になった俺は改めて部屋の探索をする。千冬さんの説明を受けている時も思ったが、夢の女子寮生活は叶わなかったとしても、これはこれで良いと本心から思えるようになっていた。

 

「普通のベッドに普通のテーブル。普通のキッチンに普通の家具。なんだよ、ちゃんと一式揃えてくれてんだな」

 

 家具0も覚悟していたが、どうやら俺に人権はまだ残っていたらしい。何より嬉しいのは風呂がちゃんと設置されてあるって事だ。しかもバスタブ付きだぜ? アレかな、何も無かったら俺が暴れだすとか思われてたりして…? フフフ、そんな事でいちいち暴れませんよ、僕の意思はね!

 

 部屋の広さも十分、というか自宅の俺の部屋より余裕で広い。1人じゃ持て余すスペースだ。ぐふふ、学園ぐるみで俺に彼女を作れと。お泊りしちゃう関係な子をたくさん作れと。そう言っている訳だね、うひひ。

 

 しかし腹減った。

 時計を見れば、もういい時間じゃないか。

 

 俺はテーブルの上に置いてあるメニューに手を伸ばす。

 

 千冬さんは、食事に関しては寮の食堂を利用しても良い、と言ってくれたが……なぁ? 行きにくさMAXだろ。寮に住んでほしくない男ナンバーワンの俺が、寮に出現したらイカンでしょ。流石の俺でもこればっかりは「住んではないからセーフ」ツって、トンチを利かすつもりはない。女から嫌な目で見られたくないし。

 

 ってな訳で食堂に電話だ。

 なんでも寮内食堂はデリバリーサービスもやってるんだとか。テイクアウトだって出来るらしい。食堂で食べずに部屋で静かに食べたい子だっているし、そういう子たちの為の配慮だろう。良かった、俺もそれのおかげで救われるわ。

 

「……あ、もしもし? デリバリー頼みたいんですけど」

 

『ああ、主車くんね? 話は既に聞いてるよ』

 

 おお、スムーズだな。

 こういうのって地味に嬉しい。

 

「えっと……ミックスグリル&ハンバーグセットとフライドポテトとコーラで」

 

『……はい、注文承ったよ。アンタの部屋は少し距離があるから、だいたい15分くらい見てくれると助かるよ』

 

「はーい」

 

 んじゃ、待ってる間も有効活用しないとな。

 さっそく、カバンからアレを取り出す。わざわざ自宅から持ってきたアレだ。漢の必需品! とても分厚く太い本。太ぉい本! 全部持ってくるのは量的に無理だったから、厳選に厳選を重ねた俺のお気に入りだけだ! 1人暮らしだから気兼ねなく本棚に飾れるぜ!

 

 刮目せよ!

 漢らしく、俺は堂々と飾ってやるぜ! 篠ノ之流柔術皆伝書をな! 厳選した結果、全巻持ってくるしかなかったんだぜ! とても重かったし量がハンパなかったんだぜ。そのせいでエロ本持ってこれなかったんだぜ……ちくせぅ。

 

 

 

 

 

 

 一通り荷物の整理が終わったところで、部屋の扉が叩かれる。い~ぃタイミングだ。音もいい。

 

「はーい」

 

「よっ、旋焚玖!」

 

「……えと、その…来てしまった」

 

 外に立っていたのは食堂のおばちゃんではなく、一夏と篠ノ之の2人だった。

 

「どうしたんだ、お前ら」

 

「たまたま食堂で注文してる時に、旋焚玖の話を聞いてな。俺たちがお前の商品を預かってきたんだ」

 

「寮内食堂はテイクアウトも可能だから……その、私も食堂で食べるより、主車と3人で食べる方が落ち着くから…なんというか…まぁ、来てしまったんだ」

 

 2人共、わざわざ1人寂しく飯をカッ喰らう俺を心配して来てくれたのか。まったく……いいダチを持ったぜ、マジで。

 

「ありがとよ、一夏、篠ノ之。ほら、上がれよ。此処が俺の城だぜ」

 

 いつまでも玄関で話している必要もなし。

 俺は2人を歓迎した。

 

「おぉ…! めちゃくちゃ広いじゃないか!」

 

「……これは…思っていたより、ちゃんと設備が整っているのだな。良かった……」

 

 食卓についてからもキョロキョロしまくる一夏と、どこか安堵の表情をみせる篠ノ之。いやいや、どんな部屋を想像してたんだよ。もしかしてタコ部屋とか思われてたんかな。

 

「いやぁ、良かったな箒!」

 

「な、なにがだ?」

 

「お前、旋焚玖の事めちゃくちゃ心配してただろ」

 

 え、そうなの?

 美人な女の子に心配されるとか、超嬉しいんだけど。

 

「なぁっ……! そ、そんな事ない!」(ぬあぁぁ……ここで当然だ、と言えないのが私なんだぁ……)

 

 そんな事ないのかぁ。

 

「嘘つけよ。お前、山田先生に食って掛かってたろ」

 

「そ、それは…!」(これはもしや…! 私への好感度が上がる予感…! い、いいぞ一夏! もっと言ってくれ! 私だけじゃアピールできないかわりに、お前が私をアピールするんだ!)

 

「俺が山田先生に寮を案内されている時に箒と会ったんだ。そこで旋焚玖だけ寮には住めない事を箒も知ってな。『IS学園はそんなあからさまな差別をするんですか!?』って声を荒げただろ」

 

「篠ノ之……お前…」

 

「と、当然の事を言ったまでだ!」(ふぉぉぉッ! ありがとう一夏! 私は最高の友を持ったよ…!)

 

 俺の中で篠ノ之株が急上昇。

 篠ノ之が反論したところで何も変わらない。そんな事は分かっているし、どうでもいいんだ。彼女の気持ちこそが嬉しいんじゃないか。篠ノ之に対して、何か出来る事はないかな。

 

 

【熱い抱擁で感謝の気持ちを伝える。抱擁の相手はもちろん篠ノ之】

【熱い抱擁で感謝の気持ちを伝える。抱擁の相手は虚を突いて一夏】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 肉体的じゃねぇよバカ!

 調子ブッこいて抱擁なんかカマしてみろや! せっかく、ちょっと好感度高いかも?みたいな感じになってきてんのに、一気に落ちるだろぉ! 落ちちゃうだろぉ! 一度落ちた好感度をまた上げるキツさを見くびってんじゃねぇぞ!

 

「篠ノ之ォ!!」

 

「え、俺一夏だけど」

 

「うるせぇ! じっとしてろお前!!」

 

「ちょっ、なんだよ旋焚玖!? うわぁ!?」

 

「お、おい、主車…!?」(な、なにを!?)

 

 俺からの熱い抱擁、受け取れ篠ノ之ォッ!!(相手は一夏)

 

「ありがとよ、篠ノ之! お前のその言葉だけで俺は救われる!」

 

「い、いや……私は別に…」(何故か旋焚玖が一夏を抱きしめている。ぎゅっと抱きしめている。もし2人きりだったら、旋焚玖は照れずに私を抱きしめてくれただろうか……なんてな。私と旋焚玖の仲はまだ全然進展していないのだから……まずは一夏を追い越さねば抱擁も受けられないという事か…!)

 

 

この時篠ノ之箒、一夏を恋のライバルであると認識するに至る。

 

 

 な、なんか篠ノ之さん、拳を握りしめていやしませんか? いや、アレだぞ? 俺、そっちの趣味はないからな!? 俺こう見えて女の子大好きだから! 篠ノ之とかもう、超好きだから!

 

 言えない葛藤の代わりに、抱きしめた一夏の背中をバシバシ叩く。

 バッシバシ叩く! クソつまんねぇ骨格しやがってこのヤロウ!! 女と違ってゴツゴツじゃねぇか! まるで嬉しくねぇよ! 

 

「そ、そうか! 箒に抱き付いたらセクハラになっちまうもんな! そこで俺を通して感謝の気持ち(抱擁)を箒に伝えてるんだな!」

 

 そうだよチクショウ!

 今夜も一夏のフォローが光るぜぇ! 光りまくってるぜぇ! 

 

 ぬわぁぁぁんッ! 篠ノ之に抱き付いてみたいよぉ! ぜったい柔らかいし、良いにほひ(匂い)するに決まってるんだもんよぉ! 

 

「よし、箒! 俺はどうすればいい!?」

 

「な、なにがだ?」

 

「今の俺は旋焚玖にとっての箒なんだぜ? お前の代わりに俺が旋焚玖に何でもしてやるよ!」

 

 やめろバカ!

 じっとしてろバカ!

 

「そ、そんな事を言われても分かるか!」(わ、私だったら…! 私だったら……うぅ~…私も旋焚玖に抱きしめられてみたい……でも今日はいいんだ。多分、恥ずかしくて突き飛ばしてしまうだろうしな)

 

「何もないのか? ならとりあえず、俺からも抱きしめ返すぜ!」

 

 ぎゅっ♥って擬音が聞こえました。

 

「ぎゃぁぁぁぁッ!! やめろこのヤロウ! 俺にそんな趣味はねェッ!!」

 

「ハハハ! 俺たち、ズッ友だよなぁ!」

 

「ズッ友だから放せコラァッ!!」

 

「なんだよぅ♪ お前が放せばいいだけだろぉ♪」

 

 謎の上機嫌やめろコラァッ!!

 俺からは放せないんだよぉ!(強制力) お前が放れてくれねぇと放れられないだろぉ!

 

「ふふ……まったくお前らは……本当に変わってないな」(またこうやって笑える日が来るなんて思っていなかった。行きたくもない決められた進学に曇る心。それでも今、私が笑顔になれるのは、お前達が居てくれるからだ、旋焚玖、一夏…)

 

 

 不安と緊張でいっぱいだった入学初日。

 だが少年たちは、孤独じゃないと気付かされる。

 

 今夜だけはISの事を忘れよう。

 3人はその後も思い出話に華を咲かせ、賑やかな夜を楽しむのだった。

 

 





優しい世界(*´ω`*)


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第38話 あだ名


命名者は・・・というお話。




 

 

 

 入学式から夜も明け、今日は2日目だ。

 心なしか昨日よりかは、クラスの俺に対する視線も少しは和らいでいる様な気がする。しかしなんだな、俺は俺で昨日より気を緩めているせいか、改めて教室内の空気感ってヤツを身に受けている状態だ。

 

 なんていうかね、教室全体がね、とってもいい匂いなの。なんかね、全体的に甘いの。誰だよ女子校は香水プンプンで臭いとか言った奴。いい香りしかしねぇよ、ひゃっほぅ! IS学園に来て初めての良い事である! ここ1ヶ月はムサい野郎に囲まれてたからなぁ……その分、癒され効果も倍率ドンだぜ、むひひ。

 

 とか何とか思ってたら、1時間目の授業が終わりました。まぁ授業内容を要約すると、ISはブラジャーなんだってさ。なんか山田先生がそう言ってました。うん、やっぱりあの人は乳メガネでいいかなぁって思いました。

 

 そんでもって、変わったのは俺への視線だけじゃなかった。

 

「ねえねえ、織斑くん!」

 

「はいはーい、しつもんしつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ? 放課後ヒマ? 夜ヒマ?」

 

 授業が終わるやいなや、クラスの大半の女子生徒が一夏の席へと詰めかける。なんか我先にって感じだ。昨日の入学式と同じ学園寮での生活を経た結果ってヤツか。きっと昨日みんな(オルコットを除く)が大人しかったのは、様子見だったんだろう。

 

「いや、一斉に聞かれても分かんないって!」

 

 フッ……まだまだ甘いな一夏よ。

 俺なら余裕で聞き分けられるぜ? 

 

 アレくらいの人数から一斉に声を掛けられて、正確に判別出来るのは歴史上でも俺か聖徳太子かってな。ハハハ、どうだ? 俺は凄いだろう? 誰も俺ンとこには寄ってこないけど、俺は聖徳太子並みにスゲェ男なんだぜ?(守られるメンタル)

 

「…………………」

 

 俺もあんな風に声掛けられてみたいなぁ……。

 なんてな。こうなる事は入学する前から分かってたし、今の教室には俺以外にもボッチが居るもんね! 

 うへへ、前の篠ノ之もボッチなう! 後ろのオルコットもボッチなう! 真ん中の俺はボッチッチ! もうアレだな、3人でボッチ同盟組むのも良いな!

 

 休み時間は15分もある。一夏が女子達に捕まっている以上、ずっと無言で居るのも暇を持て余してしょーがない。俺も篠ノ之かオルコットに声を掛けてみようか?

 

「旋ちゃん、旋ちゃん」

 

「……む」

 

 そう呼んでトテトテ俺の方にやって来たのは、昨日俺が絡んだ苗字が難しい不良だった。さっき授業の前に自己紹介で名乗ってたな。のほとけほんね、だったか。布仏でのほとけって読むらしい。

 

「えへー、しののんも一緒におしゃべりしようよ~」

 

 しののん?

 ああ、もしかして篠ノ之の事か?

 

「う、うむ」(や、やった…! これで旋焚玖とも自然に話せるぞ!)

 

「篠ノ之の知り合いか?」

 

「ああ、寮の部屋が同じなんだ。本音はあだ名を付けるのが趣味なんだとか」(『しののん』というのは少しアレな気がするが、あだ名で呼んでくれる友達が出来たのは素直に嬉しかったりする)

 

 なるほど。

 だから俺の事も『旋ちゃん』ってか。

 

「そうなのだ~。これからは旋ちゃんって呼んでもい~い?」

 

 

【いいよ】

【だめだい】

 

 

 いや、別にいいんだけどね。

 だた何となく、選択肢が出てくるのも分かると言えば分かる。既に俺を旋ちゃんって呼ぶ子がいるし。別にかぶっても良いんだけど……なんか違うんだよなぁ。

 

「だめだい」

 

 深い意味はないけどね。

 何となくよ、何となく。

 

「ふぇ~? ダメなの? どぉしてどぉして~?」

 

 

【俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ】

【旋ちゃん呼びは乱ママだけのモンなんだい!】

 

 

 深い意味はねぇツっただろが!

 そこまで特別感持ってねぇよ!

 

 【上】は無駄に意味深だし【下】なんてマザコンじゃねぇか! 絶対にツっこまれるって! 乱ママって誰?って聞かれるって! 言えないって! デュフフ、年下の女の子ぉ…とか開き直れるメンタル持ってねぇから!

 

「……俺をそう呼んでいいのは世界でたった1人だけだ」

 

 誰かは聞かないでね。

 

「ほうほーう、もう誰かが『旋ちゃん』って呼んでるんだね~」

 

「まぁな」

 

 誰かは聞かないでね!(念押し)

 

「……ちなみに誰から呼ばれているんだ?」(少なくとも私は聞いたことがない。私の記憶が正しければ、コイツの両親も旋焚玖と呼んでいた筈だ。気になる……旋ちゃんだと? とても仲が良さそうじゃないか!)

 

 聞かれちゃった。

 でも言いたくないでござる。

 名前を言うのは簡単だ。「乱って子に呼ばれている」とだけ言えばいい。ただ、次に繋がるのは高確率で「乱ってどんな子?」的な内容に広がっていくだろう。そうなればアホの【選択肢】が、高確率でアホな【選択肢】を捻出してくるに決まっている。

 

「……秘密だ」

 

「む……」

 

 言ったら、年下の女の子をママ呼びしてる変態だってのがバレちゃうよぉ! 入学2日目でそれは普通に嫌じゃい! 絶対に教えぬぅ!

 

「秘密なのか?」(どうして隠す必要があると言うのだ! そんな秘匿案件でもあるまい!?)

 

「秘密だ」

 

「どうしてだ?」

 

 な、なんだよ、どうしてそんなに食いついてくんだよぅ。

 

「どうしてもだ」

 

「むぅ……分かった。ならこれ以上は聞かない」(くっ…! き、気になる…! 私の知る旋焚玖は聞いてない事までペラペラ包み隠さず話す男だ。それだけに余計に気になってしまう! だがしつこく聞いて嫌われるのはヤダ)

 

 な、何か鬼気迫るモンがあったが……どうやら乗り越えられたようだ。正直、そこまで気になられるとは思ってなかったから焦ったぁ…。

 しかし篠ノ乃は何でそこまでグイグイきたんかね。アレかな、変態の気配でも察知したとか? 質実剛健な奴だし、そういうのにうるさそうだしなぁ。

 

「じゃあじゃあ~、違うあだ名を~……むむむ~、思いつかないよ~」

 

 布仏が、ぬわーんってな感じで揺れている。

 主車旋焚玖だもんな。あんまりあだ名を付けやすい名前ではないと自分でも思う。

 

 

【布仏のかわりに篠ノ乃に決めてもらう】

【布仏のかわりにオルコットに決めてもらう】

 

 

「オルコット」

 

「な、なんですの? わたくしは今、次の授業の予習で忙しいのですが」

 

 嘘だゾ。

 お前さっきしゃべってる俺らのことチラチラ見てただろ。予習で忙しいなら、どうして見る必要なんかあるんですか? ないよなぁ? 当たり前だよなぁ? 

 

 ボッチ道を進む必要など無し!

 お前もおしゃべりしようぜ!

 

「俺のあだ名を決めてくれ」

 

「は、はぁ!? どうしてわたくしがそのような事を!」(き、昨日からこの人の積極性は一体なんなんですの!? どうしてわたくしに声を掛けてきますの!? そんな気軽に話すような仲でもありませんわよね!? むしろ昨日の流れからして、わたくし達は険悪な仲になっている筈ではありませんの!?)

 

 何となくなんだよなぁ。

 別に嫌なら断ってくれてもいいけどね。話し掛けるなって言われたら俺は話し掛けないし、オルコットがホントに予習に集中したいって言うなら、それ以上は言わんよ。

 

 

【挑発してその気にさせてやる】

【だだをこねて甘える】

 

 

 【上】一択だコラァッ!!

 俺を甘えん坊キャラにしようとしても無駄だぜ! 俺が甘えんのは乱ママだけなんだよ!

 

「おやおや、イギリスの代表候補性様はあだ名も付けられないと申すか」

 

「な、なんですって…?」

 

 うわ、明らかに頬がピクったぞ。

 オルコットさん……もしや煽り耐性0説ですか? この時点でもう濃厚レベルに入っていると思うんですが。

 

 一応、もうひと押ししてみよう。

 

「ああ、いや忘れてくれ。どうやら荷が重かったらしい」

 

「なぁッ…! わ、わたくしにはあだ名を付ける能力が無いと仰りますの!?」

 

 オルコット煽り耐性0説確定。

 

「まぁまぁ、予習の続きに勤しんでくれよ」

 

「このセシリア・オルコットに! 入試主席のわたくしに! 予習など不要に決まっていますでしょうッ!! いいですわ、あだ名を付けて差し上げますわ!」

 

 予習の必要がないとな。

 つまり、そこから導き出される答えは?

 

「……1人ぼっちは寂しいもん「お、お黙りなさいなぁぁぁぁッ!!」失言だったな、すまん…」

 

「い、いえ……わたくしも大声を出して申し訳ありません」(くっ…! 真面目に謝罪されると対応に困りますわ…! 主車旋焚玖……やはり厄介な男ですわ!)

 

 つい心の声が漏れてしまった。

 いかんいかん、そういうのは心の中だけで留めておかないと。それが処世術の1つだ。

 

「で、俺のあだ名で何か良いモンはあるか?」

 

「……そうですわね、出来れば数日時間を頂きたいのですが」

 

 真面目か!

 

「そんな本格的じゃなくていいよ~」

 

「そうだな、こういうのは思い付きで良いと思うぞ」(私なら旋焚玖に何て付けるだろうか……むぅ……案外難しいかもしれん)

 

 ま、篠ノ乃の言う通りだろう。

 あだ名ってのは変に吟味するモンじゃないと思う。

 

「主車旋焚玖……ふむ…………『チョイス』というのは如何でしょう?」

 

 お前それ『選択』じゃねぇか!

 

「いやいや、オルコットさん。流石にそれで呼ばれるのは抵抗あるっていうか…」

 

 チョイス~、おーいチョイス~とか呼ばれんの?

 普通に嫌なんだけど。

 

「ふんふむ……チョイス…ちょいす……ちょいす~…? よし! 今日から『ちょいす~』って呼ぶよ~!」

 

 ま、マジか…?

 オルコットの言葉にティンときたのか、布仏も満面の笑みでバンザーイってるし決まってしまったっぽいのか? ひらがな読みでも結構キツいんだけど。

 

「ふふん。光栄に思う事ですわ。わたくしにあだ名を付けられる栄誉を!」

 

「あ、うん…………うん……」

 

 お前もなに満足気な顔してんだよ。

 優雅にやったった感出してんじゃねぇぞ、全然イケてねぇんだからな? これから俺は布仏に『ちょいす~』って呼ばれる宿命を背負わされたんだからな? お前のせいで背負わされたんだからな。

 

 分かってんのか、おう? 

 おうコラ。

 

「しののんは何か思いついた~?」

 

 そ、そうだ!

 まだワンチャン残ってるじゃないか! 篠ノ之がナイスなあだ名さえ言ってくれりゃいいんだ! 琴線に触れるあだ名を、いっちょ頼むぜい!

 

「そ、そうだな……センタック…というのはどうだろう?」

 

「おぉ~、それもいいね~」

 

「ふむ……中々ですわね」

 

「……………………」

 

 コイツらの感性やべぇ。

 嫌な予感がする俺は、とりあえず『センタック』で画像検索…………お風呂ポンプと給油ポンプがヒットしました。

 

「俺の事は『ちょいす~』と呼んでくれ!」

 

「ほーい」

 

「ふふふん。流石はわたくしですわ」

 

 そんな事はない。

 

「むぅ……」

 

 そう頬を膨らませてくれるな篠ノ之よ。後でちゃんとポンプな画像見せてやるから。それで俺の気持ちも分かってくれい。

 

「しののん、ちょいす~、で、あとは……」

 

 布仏がオルコットを見る。

 まだコイツのあだ名が決まってなかったか。もうウンコとかでいいんじゃね。

 

 

【ウンコ】

【ウンコはイカンでしょ。せめてうんちで】

 

 

 真に受けてんじゃねぇよバカ!

 そういう気遣い要らねぇよバカ! なにが【せめて】だ! それならもっと違うヤツ出せよ! なにちょっとフォローしてやった感出してんの!? お前のアホな気遣い全然意味ねぇからな! 

 

「うんち」

 

「はぁぁぁッ!? い、今なんと仰いました!? あ、あ、あなた、このわたくしに向かって何てコトを言いましたの!?」

 

「ただの便所宣言だゴルァッ!! 生理現象だオラァッ!!」

 

「ぴゃっ!? そ、それならさっさとお行きなさいな!! レディに聞こえる様に言うなんて下品にも程がありますわ!」

 

 ごもっとも!

 だが、うんち呼ばわりされるよりゃマシだろがい!

 

「一夏ァッ!!」

 

「な、なんだ!?」

 

 一夏の周りを囲んでいた女子連中がビクッとなる。

 知るか! 

 散れオラ!

 

「連れション行くぞゴラァッ!!」

 

「お、おうよ!」(た、助かったぜ! 何でもかんでも聞いてこられて困ってたんだ、サンキュー旋焚玖!)

 

 

 入学2日目。

 旋焚玖は今日も逞しく生きている。

 

 





話が進まないんだよなぁ、選択肢のせいでよぉ!



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第39話 壁も溝も不要


絶対壁壊すマン、というお話。



 

 

 

「……という訳で、ISにも意識に似たようなものがあります。ですので、ISは道具として扱うのではなく、パートナーとして認識する事が大事なのです」

 

 引き続きISの授業の真っ最中である。

 クラスの女子連中はどうか知らんが、少なくとも俺と一夏はISに関して言えば、知識もそんなに持っていないズブの素人だ。故に山田先生の基礎の基礎からしっかり丁寧に…的な授業の進行具合は普通にありがたい。闇雲にひたすら参考書を読むのと、人から教わるのとじゃ全然違うって事だな。

 

「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間が掛かる」

 

「へ?」

 

「予備機がない。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

「専用機……?」

 

 首を傾げる一夏に、千冬さんが眉を潜める。

 バカ、一夏…! 専用機の部分は一緒に勉強したぞ! 俺でも何となく覚えてるわ! っていうか忘れててもそこは覚えてるフリしとけって! 千冬さんとか、バカ正直に首傾げちゃイカン相手だろうが!

 

「……貴様、予習してきた筈だよなァ?」

 

「ひぇっ……え、えっと、えっと…!」(た、助けてくれ旋焚玖! 専用機ってなんだっけ!? 薄らとしか覚えてねぇから説明できねぇよ!)

 

 あのアホアホマン…!

 せめて眼だけ向けろよ! 顔ごと俺の方見てんじゃねぇよ! 思いきり千冬さんもこっち見てきてんじゃねぇか! 

 

「…………………」

 

 いや千冬さん、こっち向いてる一夏越しに俺を見てくるのヤメてもらえません!? 一夏のスタンドみたいで笑いそうになるだろ! 

 

 あーもう、黙ってるって事は伝えていいんだな!?

 

(一言だけなら許可してやる)

 

 ひぇっ……俺の心を読まないでくださいよぅ。

 しかし教えていいのか。千冬さんって厳しいのか甘いのか、よく分からん時があるな。まぁ許可も下りたし、それなら遠慮なく教えてやるとしよう。

 

(なんか凄い奴だけが乗れる凄いヤツだ!)

 

(な、なるほど…! 助かったぜ旋焚玖!)

 

 俺だって全部を覚えてる訳じゃないからアレだけど、だいたいこんな感じで合ってると思う。後はそれを高校生らしい言葉で補えば十分だろ。

 

「なんか凄い奴だけが乗れる凄いヤツだ!」

 

「小学生か!」

 

「へぶっ!?」

 

 完コピしてんじゃねぇよバカ!

 俺への信頼度マックスかお前! 

 

 いやいや、何でそのまま言ってイケると思ったんだお前。そこが聞きたいわ。しかもちょっと胸張って言ったろ。そりゃ千冬さんもドツくわ。

 

「……教科書の6ページを音読しろ、織斑」

 

「は、はい……えっと…『現在世界中にあるIS467機、その全てのコアは篠ノ之博士が作成したもので―――』」

 

 ISの心臓部であるコアってヤツは、篠ノ之の姉ちゃんしか作れないと。んで、全世界でもISは467機しかなくて、各国家やら企業やらにコアが割り振られて、研究などがされているらしい。

 

「本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になったという訳だ。理解できたな?」

 

「な、なんとなく……じゃあ、旋焚玖も専用機が貰えるって事だよな?」

 

「あー…いや…」

 

 一夏の言葉に千冬さんの表情が曇る。

 ハハッ、俺が貰える訳ないんだよなぁ。ちなみにその話はもう千冬さんから聞いているから、別に今更落ち込んだりはしないけどね。

 

 データ収集なら1人で事足りる。

 なら他に需要があるとすれば、企業のアピールがメインになってくるのだが。いわゆるスポンサーって言えばいいのか。

 ただまぁ……なんだ。俺が1ヶ月前に受けたISの試験結果(指をクイクイって動かしたアレ)を踏まえて、ISに携わる全企業が今回は俺へのスポンサー打診を見送ったらしい。

 

 大変賢明な判断であり、先見の明があると言えよう(自虐心)

 

「主車には用意されていない」

 

「な、何でだよ!? ま、まさか…! また寄ってたかって旋焚玖を傷つける気かよ!?」

 

 き、傷ついてねぇし! 

 いやホント全然ヘーキだし。

 ヘコんでねぇし。だって俺強ェもん。

 

 むしろそういう表現されると、意識しちゃって泣きそうになっちゃうからヤメてくれ。いいのかよ? 15歳の男の子が女子校で「うぇぇ~んッ!」って泣いちゃうぞ? ほら泣くぞ? 俺に泣いてほしくなかったら、そういう風には言わないことだな!

 

 

【ここで一夏に泣きついたら念願の黄色い声をゲットだぜ!】

【ここで多くは語るまい。お茶をにごす感じでいこう】

 

 

 そういう黄色い声は求めてねぇよバカ! 俺が欲しいのは「しゅてきぃぃぃッ♥」とか「カッコいぃぃぃんッ♥」とか「しゅきぃぃぃぃッ♥」みたいなキャーキャーなんだよ! 「うほっ♥ いい抱擁ォ…♥」みたいなキャーキャーとか寒気しかしねぇわ!

 

「落ち着け一夏。俺ほどの男(IS適正値:E)になると専用機なんざ不要だ。既に千冬さんにも言ってある」

 

 まさにどっちの意味にも取れる風な言い方だ。どう受け取るかは個人の好きにしてくれ。昨日の夜はISの話をしなかったし、後で一夏と篠ノ之には、ちゃんと俺がIS技量ウンチだって事は言っておこう。

 

「そ、そうなのか? なら良いけどよ」

 

 どうやら納得してくれたようだ。

 まぁアレだ。今の俺が専用機を与えられたところで、何の意味もないからな。まずは人並み程度に動かせるようになって、適正値もCくらいまで上がったら企業も再び名乗り出るらしい。そう政府のおっちゃんが言ってた。

 

「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……?」

 

 女子の1人がおずおずと千冬さんに質問する。話題が切り替わった瞬間である。まぁ、篠ノ之なんて珍しい苗字だし、ここはIS学園だしな。バレない方がおかしいレベルだ。

 

 千冬さんが篠ノ之をチラッと見る。俺は真後ろの席だから、今コイツがどんな表情を浮かべているのかまでは流石に分からない。

 

「はぁ……いずれ分かる事だしな。確かに篠ノ之はアイツの妹だ」

 

 遅いか早いかの違いだし、篠ノ之も偽名を用いていないって事はそういう事なのだろう。どうせ知られるのなら、入学したてのこのタイミングが案外ベストなのかもしれない。

 

「ええええーっ! しゅ、しゅごいぃぃッ!! このクラス有名人の身内が2人も居るよ!」

 

「ねぇねぇっ! 篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」

 

「篠ノ之さんも天才だったり!? 今度ISの操縦教えて教えて!」

 

 授業中にもかかわらず、篠ノ之の席にわらわら女子が群がる。篠ノ之の席って事は、つまり俺の席も少なからず巻き込まれる訳で。しかし一夏だけでなく、篠ノ之まで女子にキャーキャー言われている訳で。

 

 それはとっても羨ましいかなぁって。

 俺だけ、なんか疎外感喰らうかなぁって……ん…? 篠ノ之の後ろ姿がプルプル震えている。これは……キレだす予感がプンプンだ…! 

 

 篠ノ之からしたら、あのキチガイうさぎのせいで、人生狂わされちまったと言っても過言じゃないしな。俺が篠ノ之の立場だったら普通にブッコロ案件だわ。

 

 しかしこのまま放っておくと、間違いなく篠ノ之は声を荒げて、クラスに気まずい雰囲気が流れるだろう。もしかしたら腫れ物扱いされてしまうかもしれない。

 

 

【自分も篠ノ之に群がる1人でありたい】

【今の心情を素直にブチ撒ける】

 

 

 キレるツってんだろ! 何で俺まで一緒に群がんの!? バカじゃないの!? そんな事したら篠ノ之に嫌われるだろバカ! 篠ノ之に嫌われるくらいなら俺は【下】を選び……たくないよぉ! 

 

 今の心情ってアレだろぉ!? キャーキャー言われて羨ましいなぁってヤツの事を指してんだろぉ!? 

 嫌だよ言いたくないよ! キモいよ! 絶対キモがられるよ! 怖い上にキモいとか、そんなのダメだよ! もうボッチ商店街の入口まで来ちゃってるから! それ言っちゃったら中へ歓迎されちゃうよぉ!

 

 篠ノ之に嫌われるか、クラスの皆にキモがられるか……これは究極の二択だぜぇ……久々に背筋が凍るぜぇ…………ん…? いや、待てよ…?

 

 

 その時、旋焚玖に電流走る。

 

 

「しゅごいぃぃぃぃッ!!」(野太い声)

 

「「「!!?」」」

 

 篠ノ之がキレるよりも早く、バーンと机を叩き、力強くそう叫ぶ。誰に向かって? 驚いてこっちを見てる、篠ノ之に群がったモブ女共にだよぉッ!! 散れオラッ!! 俺に群がらせろコラァッ!! 

 

 どかねぇってんなら―――ッ!!

 

「しゅごいよなぁぁぁぁぁッ!?」(重低音)

 

「「「 ひぃぃッ!? 」」」

 

 迫り来る謎の威圧感を前にし、蜘蛛の子を散らすように席に駆け戻る少女たち。ごめんよー、ちょっとだけ覇気っちゃったよー(強者の狂言)

 

 呆然とする篠ノ之の肩をポンと叩いて、再び席に座る。はい、俺の群がりこれで完了! キモがられるくらいなら怖がられよう。篠ノ之に嫌われるくらいならもっと怖がられよう! それが俺の判断だ…!

 

「……ほう」(斬新な手で篠ノ之を救ってみせたか。昨日のオルコットの件といい、旋焚玖の優しさは東洋一の神秘だな)

 

「主車……」(わ、私を気遣ってくれたのか…? 旋焚玖が何もしなかったら、私は感情のままに声を荒げていただろう。『あの人は関係ない!』って。きっとそれは私とクラスの間に不和を生じさせるモノだったに違いない。それに気付いて……?)

 

 千冬さんと篠ノ之から、何やら熱い視線を感じる。これはもしや期待してもよろしいのかもしれない。俺の意図に気付いてくれた可能性…!

 

「ンンッ…! 私と篠ノ之博士は確かに姉妹だが、それだけの関係だ。もう何年も会ってないし、ISに関しては私も皆と同じ素人に過ぎない。出来れば、その……私の事はただの一クラスメイトとして…その……接してほしい…」

 

 だんだん篠ノ之の声は小さくなっていった。それでも俺の耳には、はっきり聞こえたぜ。最後まで言い切るのに、篠ノ之も相当な勇気を振り絞った筈だ。

 

 彼女の勇気に報いるにはどうすればいい? あと、俺のさっきのアホ言動を皆の記憶から薄めるにはどうすればいい?

 

 この流れに乗ればいい…!

 先導するのはこの俺だ…!

 

「当たり前だよなぁ? なぁ、一夏よ」

 

「おう! 言われるまでもないぜ!」

 

「なぁ、布仏よ」

 

「モチのロンだよ~」

 

「なぁ、オルコットよ」

 

「わ、わたくしにまで振りますの? まぁ、答えは当然イエスですけれど。優秀な身内が居るから何だと言うのです? そんなコトでわたくしは、接し方をいちいち変えたりしませんわ」

 

 これはイギリスの誇れるエリート。

 やっぱりイギリス人女性って淑女なんだよね。特にオルコットは美人だし気品もあるし、美人だし代表候補生として相応しい人格者だよね。

 

「権威に媚びる下賎な輩など、私のクラスには居ない。そうだろう?」

 

「「「 は、はいッ! 」」」

 

「フッ……では授業の続きだ」

 

 最後は千冬さんが締めて授業が再開された。

 いいとこ持っていくなぁ、千冬さん。まぁいいけど。篠ノ之もクラスとの間に変な壁が出来ないで済んだし。俺のアレも有耶無耶になったと思うし……なってるよな…? なっている! なっているに決まってるんだ!

 

 

 

 

 

 

「安心しましたわ。まさかこのわたくしに、このエルィィィトなわたくしに、よもや訓練機で対戦しようとは思ってなかったでしょうけど」

 

 あれはイギリスの驕れるエルィィィト。

 昼休み、俺の席までやって来る一夏の前にわざわざ立ちはだかって、これまた仰々しく腰に手を当てる昨日からお馴染みのポーズを取ってみせているオルコットさん。

 

 アレかな。

 俺と一夏と接する時だけエルィィィトになるのかな。

 

「まあ? 一応? 勝負は見えていますけど? 見えていますけど? 流石にフェアではありませんものね」

 

「なんでだ?」

 

 なんか一夏にクドクド言ってる。

 そんでもってそれが終わったら、次は俺に絡んでくる未来が容易に見える。意味合いはどうあれ「センヨウキナドフヨウラ!」発言をした俺を、オルコットが放っておく筈がない。

 

 一夏には悪いが先に食堂に逃げておこう。

 

 

【クラスの皆を誘って食堂に行こう!】

【断られまくる未来しか見えないので、少数精鋭で行こう!】

 

 

 うるせぇッ!!

 断られるかどうかなんてまだ分かんないだろ! 意外に俺のことを「まぁ……アリナシで言えばアリかなぁ……」って思ってくれてる子だって居るかもしれないだろ! まぁ選ぶのは【下】だけどね。現実と理想を混同しちゃイカンよ。

 

「篠ノ之、飯行こうぜ」

 

「う、うむ!」

 

「布仏、飯行こうぜ」

 

「いいよ~」

 

「一夏、オルコット、飯行こうぜ」

 

「おう!」

 

「はぁぁぁッ!?」

 

 1組最強のペンタゴンで食堂にイクゾー!

 

 






どうして原作に入ってからの方が展開が遅いんですかねぇ(自問自答)
ロースピード学園バトル(?)ラブコメかな(納得)


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第40話 ぷんぷん


プンプンですわ、というお話。



 

 

 

「おっ、空いてんじゃ~ん!」

 

「こっちも空いてんぞぉ~」

 

 食堂に着いた俺たち最強5人衆は、食券を使って思い思いに昼食セットを買った。そのままちょうど5人分の席が空いてたテーブルへと到着。何ともスムーズに着いてしまったもんだ。昼休みだし、食堂も混んでるかと思いきや……いや、混んでるんだけどね。

 

 ただ、一定の距離を保って俺たちのグループに誰も近付いて来ないのだ。正確に言えば少し違うけどね。何度も言うが、ここは99%女子校である。そんな中に男が2人交じっていれば、どうしても関心がいってしまうのも無理はない。それに一夏は千冬さんの弟だし、なによりイケメンだ。

 

 当然そんな一夏に話しかけようと、それこそ学年問わず女達が近寄っては来るんだ。だが、俺がチラッと見ただけで「ひぃッ」と黄色い悲鳴(メンタル防壁)を上げて引き返していくのだ。ただのチラ見をガンくれと勘違いしないでほすぃ……。

 

 まぁ、そんな感じでテーブルに着けましたとさ。誰も気にする素振りを見せないので、俺も何も言わず焼肉定食が乗ったトレイをテーブルの上に静かに置く。その隣りでオルコットが、ガシャンッと音を立ててトレイを置いた。

 

「びっくりしたぁ……せっしぃ、どうしたの~? プンプンしてるの~?」

 

 オルコットの正面に座る布仏が、のんびりした口調でそう窺う。

 

「当たり前でしょう! まったく……どうしてわたくしが、アナタ達とお食事を共にしなくてはならないんですの……まったく…ブツブツ……」

 

 どうやらオルコットは、布仏が聞いた通りプンプンらしい。

 

 

【本当にプンプンなのか本人の口からちゃんと確かめる】

【触らぬ神に何とやら。ここはスルーするのが吉である】

 

 

 お前それ、オルコットにプンプン言わせたいだけだろ。だが気持ちは分かる。正直、めちゃくちゃ分かる。分かるっていうか分かるぅ↑↑(超分かるの意)

 いやはや、たまに……ホントにたまにだけど、絶妙なところで変にお前と通じ合う時があるよなぁ。

 

「プンプンなのか、オルコット」

 

「そうですわ!」(あなたまで確認する必要などないでしょうに)

 

「そうですわ、じゃなくて。プンプンなのかと聞いている」

 

「な、何ですの? だからさっきからわたくしも、そう言っていますでしょう」(本当になんですの…? この人の言いたい事がさっぱり分かりませんわ)

 

「言ってないだろッ!!」

 

「ぴっ!? んもうッ! いきなり大きな声はビックリするからダメですわ!」

 

 ビックリするからダメなのか。

 それはスマンかった。

 

 だが、俺は聞いてない。

 聞いていないんだよオルコット…!

 

「さぁッ! プンプンなのか! プンプンじゃないのか! ハッキリ言葉に出して言ってもらおうッ! ダービィー!!」

 

「くっ…! あ、あなたというお人は…!」(ば、バカにして! ダービィーって誰ですの! あなたはわたくしが恥ずかしがって『プンプン』と言えないとお思いなのですね!? 『プンプン』くらいなんですの! わたくしは誇り高きイギリスの代表候補生ですわ)

 

「…………………」(プライドの高そうなコイツがプンプンと言えるのか?)

 

「…………………」(プンプンかぁ……素で言えって言われたら結構ハズいかもなぁ)

 

「…………………」(プンプンって響き、可愛いから好き~)

 

 篠ノ之も一夏も布仏も、オルコットが言うのを見守っている。箸に手をつけず見守っている。俺は……腹減ってるし食べようかな。

 

 箸を手に取り、ンまそうなお肉を掴もうとした瞬間。

 

「(ブチッ)プンプンですわぁぁぁッ!!」(わたくしからなに目を切っていますの!? わたくしのプンプンよりお肉ですか!?)

 

「「「!!?」」」

 

「何故か昼食をご一緒している事もプンプンしてますしッ! な・に・よ・りッ! 言い出したアナタがどうしてわたくしよりお肉に興味を注いでいますの!? それが一番プンプンですわぁぁぁッ!!」

 

 お、思った以上にプンプンしてた。

 

「す、すまん、腹が減ってな。あと美味そうだし」

 

「きぃぃぃッ!! あなたって人は…! わたくしのプンプンに感想くらい言ったらどうですの!? それが礼儀ではなくて!?」(わ、わたくしは本当にこういう怒り方をしたかったのでしょうか? でも、せっかく言わされたのですから感想を求めるのは当たり前ですわ! あ、当たり前…ですわよね?)

 

「む……」

 

 感想か……ここで「きゃわいい♥」と素直に心情を吐露してしまえば、待っているのはセクハラ男爵というあだ名である。軽い気持ちで女子に外見的な褒め方をしてはいけない。

 

「見事なプンプンだったと思う。なぁ一夏」

 

「おっ、そうだな。なぁ箒」

 

「む……そうだな。なぁ本音」(わ、私も今度、旋焚玖にプンプンって言ってみようかな……みんなの前では恥ずかしいし、2人きりの時に言ってみよう…! 言え……ないだろなぁ、照れちゃうんだろうなぁ……くぅぅ…)

 

「お見事だよ~」

 

「何ですのその取って付けたような感想は!? あ、あなた達という人は…! またわたくしをそうやって困らせて…! 先程のように!」

 

 先程?

 先程……ああ、アレね? 

 食堂に行く前のアレの事ね。

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁッ!? どうしてわたくしまでご一緒する流れになっていますの!?」

 

 篠ノ之、布仏、一夏と快諾に次ぐ快諾だったが、オルコットだけは流れに身を任せてくれなかった。いや、でもこの流れはオルコットも誘うだろ。逆に誘わない方が気まずい空気になるとは思わんかね。

 

「来ないのか?」

 

「当たり前でしょう! わたくしとアナタは決闘を約していますのよ! 本来なら険悪な状態であるべきなのです! それがどうして仲良くお昼ご飯を食べるのですか! おかしいでしょう!? わたくし、何か間違っていますか!?」

 

 あ、そういや何かそんな感じだったっけ。昨日から休み時間の度に、オルコットに話し掛けていたから(強制)普通にダチ感覚でいたわ。

 

 確かにそうだよな。しっかり思い返してみれば、割とケンカ売られたっけか。まぁでも……もうダチでいいんじゃね? 実際、俺が此処に来てから一番しゃべってんのって一夏と篠ノ之を除いたらオルコットが圧倒的である! これはもうダチである!

 

 けどオルコットが拒否するなら、俺もこれ以上は何も言わんよ。少し寂しい気もするが、他の3人と行こう。

 

 

【「黙ってついてこい」男らしく手を掴んで引っ張っていく】

【オルコットが来ないなら、俺は飯なんていらない】

 

 

 アホの【選択肢】から不屈の闘志を感じる。

 何が何でもオルコットと飯を食わせたいのか。だが【上】はいけない。手を掴むだァ? そんな事したらセクハラで退学待ったなしだぜ。

 

 【下】もなぁ……飯は普通に食べたいよなぁ。だってお腹すくじゃん。まぁ【上】が論外の時点で【下】を選ぶしかないんだけどね。それにまだ希望も残っているさ。

 俺が【下】を言い放つ事で、オルコットの良心はチクチクされるだろう。結果、なんだかんだ付いて来てくれる可能性がある。何より一夏達からの援護射撃が十分に期待できるからな。

 

「オルコットが来ないなら、俺は飯なんていらない」

 

「な、なんですの、それは……ふ、ふんっ! そんなこと知りませんわ! 勝手にすればいいのです!」(そこまでしてわたくしとご飯に行きたがる意味が分かりませんわ! 少し可哀想な気もしますが……それでも、この人のペースに巻き込まれるのはマズい気がします!)

 

 ちっ……良心の呵責作戦は失敗か。

 やはり一夏達の援護が必要らしい。

 

 頼むぜ、刎頸の友よ…!

 

「旋焚玖だけにツラい思いはさせねぇ! それなら俺も飯抜きに付き合うぜ!」

 

「(むっ…! 一夏には負けられん!)わ、私も付き合ってやる!」

 

 いや違うって。違う違う、違うだろ。

 そういう援護は求めてないから。

 っていうか、援護になってないから。

 

 どうして一夏も篠ノ之も飯を食わん方向でいってんの? そこはオルコットを説得する方向にいくんじゃないの? あれ、普通そうだよな? え、俺が間違ってたりする? 実は俺がおかしいの?

 

「ふぇぇぇ~……ご飯食べないとお腹すいちゃうよ~」

 

「うっ…!」

 

 オルコットがたじろいだ!

 そ、そうだ布仏! それだよそれ! そういうのがいいんだよ!

 

「せっしぃも行こうよ~、ちゃんとお昼は食べたいよ~」

 

「~~~~ッ、わ、分かりましたわ、んもう! 行けばいいのでしょう、行けば!」

 

「わーい!」

 

 伏兵布仏のおかげで俺たちの勝ちだ。

 

「やったぜ」(どやぁ)

 

「成し遂げたぜ」(どやぁ)

 

「フッ……私たちの勝利か」(どやぁ)

 

「そこのアホトリオ! アナタ達が勝ち誇った顔しないでくれます!?」(どう見ても、わたくしが行くのは布仏さんの影響でしょう! 何故トンチンカンに終始したアナタ達がドヤ顔していますの!?)

 

 

 

 

 

 

「いいですか! あくまでわたくしは、仕方なくテーブルをご一緒しているだけに過ぎませんわ! 積極的にアナタ達の会話に入るつもりはございませんからね! よろしくて!?」

 

 話し掛けるなオーラを放ちながら、オルコットは食事に手を付ける。

 

 むぅ……これ以上なにか言ったら、またプンプンされちゃいそうだ。ここは大人しくオルコットの意思を尊重した方が良いだろう。一夏たちも「分かった」と頷いてるし。

 

 んじゃあ、一旦オルコットはいないモンだと仮定してだな。俺達まで黙々と飯を食うのも違うし、何か話題話題……。

 

「そういやさあ」

 

 お、どうやら一夏から話題を振ってくれるらしい。いいぜ、一夏。思わずオルコットも参加したくなるような、楽しい会話を繰り広げてやろうぜ。

 

「箒、ISのことを俺と旋焚玖に教えてくれないか? このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」

 

 いやいや……え? え、その話すんの? おもいっきりオルコットいるのに、その話して大丈夫なのか? 本人的に気まずいんじゃね?  

 

「………むぐむぐ」(主車さんは変人確定ですけれど、織斑さんも割とおかしい人でしたのね。ここでその話題はどう考えても違うと思いますわ。けれどわたくしは空気です、空気に徹するのです)

 

 なんか大丈夫っぽいな、むぐむぐ言ってるし。布仏は…?

 

「うまうま」

 

 うむ、実にンまそうに食いよるわ。

 

「くだらない挑発に乗るからだ、馬鹿め。と言いたいところだが、気持ちも分かる。主車が侮辱されたのだからな」

 

 あ、篠ノ之さんも気にせず話に乗るんですね。主車って奴を侮辱したまさに張本人がいるけど、そこのところは大丈夫? 何を隠そう主車は俺なんだけどね。俺は大丈夫だけど、やっぱりオルコットが気まずくならないか?

 

「……むぐ…むぐむぐ…」(ぶ、侮辱などわたくしは……むぅ……冷静に振り返ってみますと、悪意あるお言葉だったのかもしれませんわね……)

 

 まだ大丈夫っぽいな、むぐむぐ言ってるし。布仏は…?

 

「うまうま」

 

 うむうむ、見ているこちらまで食欲がそそられるな。

 

「だろ? だからさ、今日の放課後からでも―――」

 

「ねぇ。君って噂のコでしょ?」

 

 なんか来た。

 布仏見てたらなんか来た。

 んで、一夏に話し掛けている。リボンの色が篠ノ之たちと違うところを見ると、同じ1年ではなさそうだ。

 

「代表候補生のコと勝負するって聞いたけど、ほんと?」

 

「はい、そうですけど」

 

 流石は女子校。

 昨日の今日で、もう上級生にまで噂が広まってんのか。っていうか、その代表候補生が目の前に座ってんだけど、気付いてないっぽい。え、気付かないモンなの? オルコットって有名なんだろ?

 

 千冬さんも授業で言ってたし。専用機乗りは世界でもかなり数が限られているって。オルコットはその限られた中の1人なんだろ? そんなオルコットを見ても気付かないとか、コイツとんだハーミットモグリじゃねぇか。

 

 気になってオルコットをチラ見してみる。

 

「むぐむぐ…! むぐむぐむぐ…!」(上級生ともあろうお方が、わたくしを知らないですって!? とんだハーミットモグリですわ! プンプンですわ! でも今のわたくしは空気に徹するのです! 激昂しては思う壷ですわ!)

 

 勢いのあるむぐむぐだぁ……これはオルコットさんもプンプンしてますよ、間違いない。

 

「でも君、素人だよね? IS稼働時間いくつくらい?」

 

「いくつって……20分くらいだと思いますけど」

 

 まだまだ甘いな一夏よ。

 俺は検査の時に3時間は稼働させたぜ?(動いたとは言っていない)

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がモノをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ? だったら軽く300時間はやってるわよ」

 

 はぇ~……すっごいやってる。

 少なくとも俺の100倍以上って事だもんな。

 

「でさ、私が教えてあげよっか? ISについて」

 

 ずずいっと一夏に身を寄せていくモグリ先輩。

 あー、これアレか。純粋な厚意じゃないパターンのヤツか。まぁ俺を一切見ようとしない時点でそんな気はしていたが、目的は織斑ブランドとのお近づきってところか。

 

 さぁどうする。

 一夏はそういう下心に気付きにくい性格だし、ここは俺がいっちょ一肌脱いでやるか。適当に嫉妬した振りでもしてギャーギャー言えば、モグリもドン引きして帰っていくだろ。

 

「嫌です」

 

「結構です。私が教える事になっていますので」

 

 NOと言える日本人!?

 いやいやいや、待て待て。嫌ですって、どうした一夏。あと何気に篠ノ之も便乗したし……モグリの下心を読んだのかな?

 

 まさかここまできっぱり断られるとは思っていなかったのだろう。モグリも「うそ~ん」みたいな顔になってるし。あ、キリッとなった。どうやら立ち直ったみたいだ。

 

「どうしてかしら? 君は素人だし、あなたも1年でしょ? 私の方がうまく教えられると思うなぁ」

 

 よし、そろそろ俺がカッコ良く引導を渡してやろうか! 今までの沈黙はこの時のための布石よッ!

 

「まだ分かりませんの?」

 

「え?」

 

 へぁ?

 

「あなたは先程から織斑さんばかり。同じ男性起動者の主車さんには一切目もくれず。どうしてそんな輩に教えを請いたいと思うのです? 織斑さんと篠ノ之さんは、彼と親しい間柄なのですよ?」

 

 これはイギリスの輝くエリート!

 じゃねぇよ! なにオイシイとこ持っていってんだ!? お前の沈黙も布石だったのかよ!?

 

「な…!」

 

「はぁ……まったく、3年生ともあろうお人が、ずいぶん幼稚な真似をしますのね。同じ女尊男卑な者として嘆かわしいですわ」

 

 ああ、オルコットも女尊男卑なんだっけ。でも確かにこのモグリとは全然違うなぁ。俺にも一夏にも平等にケンカ売ってくるし。そういう意味では、よっぽど漢っぽくて気持ちがいい奴だ。

 

「あ、あなたねぇ…! さっきから黙って聞いていれば何様のつもりかしら?」

 

 む……オルコットの眼がキラリと光った…?

 

「うふふ、別に? た・だ・の……ええ、ただの織斑さんと主車さんの決闘相手なだけですわ」

 

「な!? そ、それって、代表候補生の……?」

 

「イギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ。以後、お見知りおきを……」(オーホッホッホ! 言ってやりましたわぁ! とても気持ちがいいですわぁ! ずっと耐えていて良かったですわぁッ!!)

 

 お、お馴染みのポーズだ!

 淑女にだけ許されたポーズだ! 

 

 こ、コイツ、ホントはこれが言いたっただけか! それくらい自分を知らない事にプンプンしてたんだな!? なんだよ、もしや俺の事を想って!?とか、ちょっと舞い上がっちまったじゃねぇか!

 

「文句がお有りなら、勝負してもよろしくてよ? ここはIS学園なのですから…!」

 

「あ、あはは……ま、またの機会にしておくわ」

 

 ぴゅ~っと去っていくモグリ先輩。

 グッバイ、モグリ。もう俺たちの前に現れる事はないだろう。

 

「ありがとう、オルコット。私たちじゃあ、あそこまで強く言えなかったと思う」(最悪、姉さんの名前を出す事も考えたが……オルコットのおかげで出さずに済んだな)

 

「ふふん。エリートとして当然の事をしたまでですわ!」(まぁ実際、主車さんに対するあの3年生のあからさまな無視には、少なからず思うところもありましたしね。ほんの少し、本当にちょっぴりだけですけどね!)

 

「へへっ、なんだよ、オルコットさんも旋焚玖が好きなんだな」(ダチ的な意味で)

 

 ま、マジでぇぇぇぇッ!?

 一夏くん、それマジっすか!?

 

「はぁぁぁぁぁッ!? このわたくしが!? こんな人を!? 好きになんてなる訳ないでしょう! ありえませんわ! あぁぁぁるぃえませんわぁぁぁぁッ!!」

 

 2回言うなよぅ。

 舌を巻いて言うなよぅ。

 分かってるよぅ。

 

「一夏」

 

「どうした箒?」

 

「言っていい事と悪い事があるだろ」(これがきっかけで、オルコットが旋焚玖を意識してしまったらどうするんだバカ一夏!!)

 

「え、お、おう……すまん…」

 

 えぇ……何で篠ノ之がキレるの? 上げて落とされた俺がキレるとこじゃね? ああ、アレかな、オルコットの気持ちも考えろよ的なヤツかな?

 

「ねぇねぇ、ちょいす~」

 

「……む?」

 

「さっきから全然しゃべってないよ~? お腹いたいの~?」

 

 腹痛キャラは一夏だけで十分だ。

 布仏もしゃべぇってねぇだろ。なんかずっとニコニコしてたけど。俺は俺で心の中でべしゃり暮らしってるから、別に話さなくても満足なんだよね。

 

「変な人ですわね。急に勢い良く話しだしたり、今みたいにずっと寡黙を保っていたり……」

 

「気にするな」

 

 毎度おなじみ、困った時の気にするな!

 

「はぁ……まぁいいですわ。わたくしはもう食べ終わりましたし、一足先に教室に戻らさせていただきますわ」

 

 そう言って、オルコットが席を立つ。

 

 

【明日は2人で食べようぜ!】

【もういっかいプンプンって言ってくれ!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 






旋焚玖:プンプン言ってくれ!

セシリア:お黙りなさい、変態!

選択肢:やったぜ。



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第41話 箒の勝利宣言


にっこりな幼馴染、というお話。



 

 

 

「3年も武から遠ざかっていれば仕方ないとはいえ……むぅ」

 

「はぁっ…はぁっ……お、俺もここまで…ふぅっ…弱くなってるとは思わなかったよ…」

 

 時間は放課後、場所は剣道場……ではなく、俺の城『ペンション・シュプール』前に広がるプチ鍛錬場(仮)だ。

 

 本当はアリーナでISの練習がしたかったんだが、一夏の専用機はまだ届いていないし、俺は俺でそもそも専用機が無い。アリーナの無限使用の特例は貰ってはいるものの、訓練機の無限使用の許可までは貰えてないのが仇になったか。

 俺が訓練機を好きに使用できるのは、あくまで正規のアリーナ使用時間外って訳だな。放課後に使用するには、学園から貸し出し許可を貰わないとダメなんだと。一応申請しには行ってみたが、既に他の生徒からの予約で埋まっており、早くても2週間後との事だった。

 

 残されているのはIS座学くらいだが、今日はまだ初日である。ISがスポーツの延長線上にあるのなら、身体能力の如何だって幾ばくかは含まれる筈だ。修行漬けの俺はともかく、一夏は中学の3年間ひたすらバイトな日々を過ごしていた。今の自分がどれくらいなのか試してみたいと、篠ノ之と剣道で手合わせする事になった。

 

 ただ、学園の剣道場を利用すると、どうしてもギャラリー満載な未来しか見えない。だが、俺の城前の空き地ならウザったいギャラリーも無しで、思うがままに練習が出来る。ってな訳で俺から一夏と篠ノ之を誘い……まぁ今に至る。篠ノ之の真っすぐな性格上、手加減など出来る筈もなく本気で一夏と試合ったのだが……結果は見ての通りだ、篠ノ之にメコメコにされた一夏が大の字で項垂れている。

 

「くっそぅ、身体がイメージ通りに動いてくれねぇ」

 

 一夏も3年の空白の大きさを実感したらしい。

 人体構造の理不尽さというか何というか。長い年月を掛けないと中々強くなってくれない癖に、弱くなるのはあっという間だもんな。

 

 ただ、一夏は俺から見ても才能の塊だ。柳韻師匠から皆伝を受けた身になった今なら余計にそう思う。きっと一夏なら短期間で強さも取り戻せるさ。

 

 しかし一夏がオルコットと試合うのは来週だ。流石に普通に間に合わん。付け焼き刃で何とかするしかないが、ISがない状態で何をさせればいいのやら。

 オルコットに屍は使うなって千冬さんから言われちまったし。下剤でも飲ませて腹ピーピーにさせんのが一番楽なんだが……それが使えないとなると……ううむ。

 

「一夏の心配をしているようだが……お前にもそんな余裕はないんじゃないのか?」

 

「む……?」

 

 面具を外し、タオルで額の汗を拭いながら篠ノ之が近付いてきた。一夏の息切れ加減を見るに、少し休憩を挟むらしい。

 

「正直に話せ、主車。ISの適性検査……結果は芳しくなかったのではないか?」

 

「……どうしてそう思う?」

 

 少なくとも、あの結果を知っているのは政府の人間と千冬さん、山田先生くらいだ。千冬さん達が篠ノ之に教えるとも思えないし、何より今日の授業であった専用機の話の時にハッタリをカマしたばっかだぞ。

 

「そうだぜ、箒。旋焚玖が言ってたじゃんか。『俺ほどの男になると専用機なんざ不要だ』ってさ」

 

 うむ、一夏は素直に文言通りに受け取ったらしい。つまり『俺のIS技量は凄いから、専用機がなくても大丈夫』といった意味で。っていうか、クラスの全員がそう受け取って当然だと思っていたが……ふむぅ…?

 

「ああ、言ってたな。だが、あの言葉……ハッタリなのだろう?」

 

 うげ、そこまでバレてんのか?

 まさか見破られるとは思ってなかった。マジで何でバレたんだろ。現に俺と一番付き合いの長い一夏でさえ騙せていたのに。

 

「去年の夏……私を黒服たちから助けてくれた事を覚えているか?」

 

 忘れられっかよ。

 思えばあの日から、俺の人生が激闘乱舞に突入したんだからな。

 

「え、何だ、俺の知らない話か?」

 

「そうだな、一夏には話しておこう。実はな……」

 

 篠ノ之があの日の事を一夏にも教える。

 アレだよアレ。俺が篠ノ之の応援に行ったあの日だよ。まだ1年も経ってねぇってのに、随分昔の事に感じちまうわ。あの日を境に、修行の密度もアホみてぇに殺人級に跳ね上がったし、鈴の家には行くわ、そこで年下のママは出来るわ、IS動かしちまうわ、ケンカ三昧の日々を送るわで……やべぇ、俺、まじリア充(げっそり)

 

「……という事があってな。主車が政府の奴らから助けてくれたんだ。私を主車が助けてくれたんだ」

 

「お、おう、何で2回言ったんだ今…? でも、すげぇぜ旋焚玖! 流石だな!」

 

「どうという事はない」

 

 うわははは! 

 そうだろうそうだろう、俺は凄いんだぜ! さぁさぁ我を称えよ! 称えて讃えよ!

 

「黒服の男たちに言い放った主車と、教室での主車の雰囲気が何となくダブって見えてな。もしや、はったりでは……と思ったんだ」

 

 言い放った…?

 何言ったんだっけ、俺。

 

 あー、アレか。

 俺の兄キも姉キも族の頭で~みたいなヤツか。そんなこともあったな。まぁ一夏と篠ノ之にはいずれ明かすつもりだったし、ここで言っちまってもいいか。

 

「よく気付いたな、篠ノ之。お前の言う通り、俺のIS技量は悪い意味でやべぇ。ぶっちゃけ指先だけ何とか動かせるってレベルだ。適性値も『E』らしい」

 

「そうなのか!? だ、大丈夫なのかよ、旋焚玖!? お前もオルコットと試合するんだろ!?」

 

「俺は俺で色々やるさ。まずは自分の事に集中しな。一夏は俺より3日も先にオルコットと闘るんだぜ? しかも俺と違って、お前は観衆ありだ。生半可な気持ちで挑めば、いい笑い者になっちまうぞ」

 

「……それもそうだな。旋焚玖の言う通りだ、今は俺に出来る事をするよ」

 

 俺も今夜からアリーナで練習するつもりだし。まずは歩けるようにならんと。せめて腕の一本は動かせるようにならんと、それこそお話にならねぇってばよ。

 

「しっかし、箒もすげぇよな。旋焚玖のはったりに気付くなんてさ。俺、全然分かんなかったもん」

 

「そ、そうか? うふふ、そうかそうか…」(か、勝った…! 一夏に勝ったぞ! これは私の方がリードしているって事だよな!?)

 

 えぇ……何で篠ノ之ニヤついてんの? 

 まさかたった1度見抜いたくらいで、俺のハッタリを攻略できたとでも? 仮にそう思っているのなら甘いぜ。教室のアレはハッタリ四天王の中でも最弱よ。

 

「ううむ……今の俺に出来る事ってなんだ?」

 

「……ふむ」

 

 自分の専用機がどんなモンかも分からないってなると、戦術のイメージも浮かびようがないか。どんな武器が備わっているのかも分からないんだし、アレコレ勝手に想像したところでなぁ。

 

 せめてオルコットの戦術が分かれば……お? いや、そうだよ、それだ。彼を知り己を知れば百戦殆うからずってな。自分の戦術をイメージ出来なくても、オルコットの戦術を知る事は出来る。そこからイメージも繋げられる可能性が出てくるだろう。

 

「よし、一夏。お前はこのまま篠ノ之と手合わせを続けてろ。まずは実戦感覚を取り戻すんだ。それだって無駄じゃない筈だ」

 

「お、おう! でも旋焚玖はどうするんだ?」

 

「敵情視察」

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、学園寮の前まで到着。学園寮という名の女子寮なだけあって、当然入口前でも女子生徒がちらほら居る。んでもってチラチラorガン見されている。

 

 フッ……もうその視線には慣れたよ(強者の余裕)

 

 しかし困ったな。ついつい初歩的な事忘れちまってた。俺、入ったらダメじゃん。何のためのシュプールだって話になるじゃん。

 だが、ここで一夏たちの元へ戻るのも癪だ。っていうか嫌だ。「敵情視察」(ドヤぁ)とか言って、ソッコー帰ってくるとかギャグすぎんだろ。顔赤くなるわ。

 

 

【ここは学園寮に入るべき。俺には入る理由があるのだ】

【入らずとも此処から呼べば良いだけだ。中島くんのノリでいこう】

 

 

 中島くんって誰?

 

 

「磯野ぉぉぉぉッ!! 野球しよぉぉぉぜぇぇぇぇぇッ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 中島くんだこれぇぇぇぇッ!!

 

「…………………」

 

「「「……………………」」」

 

 オルコットは出て来てくれなかった。

 磯野さんも出て来てくれなかった。

 

 






(速報)IS学園に磯野はいない。


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第42話 ルームメイトとお友達


ドゥドゥドゥペーイが惹き起こしたモノ、というお話。




 

 

 

「……ふぅ。これくらいにしておきましょうか」

 

 今日の授業で習ったところの復習は終わりですわ。

 と言っても、まだ入学してから2日しか経っていないですもの。IS関連は勿論のこと、他の科目も大して進んでいる訳ではありません。復習といってもノートと教科書に目を通すくらいで、まだまだ十分ですわね。

 

 さて、紅茶でも淹れましょうか。

 本日は……そうですわね、アッサムな気分ですわ。

 

「んーっ……いい香りですわ」

 

 自室でのんびり、されど優雅に紅茶のひとときを嗜む。これこそ、まさに淑女の嗜好。このセシリア・オルコットが一日の中で最も癒される時間と言えましょう。しかし優雅なだけでは居られません。

 

 わたくしは淑女であり、エリート。

 そう、エリートなのです! 真のエリートは時間を惜しみ、努力を惜しまぬもの! イギリス本場な紅茶でテンションも上がりましたわ! さっそくアリーナに行ってISの調整をしましょう! 

 

「お、オルコットさん、居る!?」

 

「オルコットさ~ん!」

 

「なんですの、騒々しい」

 

 同居人の相川さんと、もう1人は……確か鷹月さん、でしたか。この2人が忙しなく扉を開けて入ってきましたわ。まったく……どうしてこのわたくしが他生徒とルームシェアをしなくちゃいけないんですの? 学園の規則とはいえプンプンしちゃいますわ。

 

「あのねあのね! 大変なの!」

 

「頼れるのはオルコットさんだけなの!」

 

 どうやらお困りのご様子ですわね。

 頼れるのはわたくしだけ、ときましたか。ふふふ、エルィィィトに相応しいお言葉ですわね! そこまで言われれば仕方ありませんわ、話くらいは聞いて差し上げましょう。

 

「お2人とも、少しは落ち着きなさいな。それで……何がありましたの?」

 

「えっとね、学園寮の前でね、主車くんがね!」

 

 あ、もう嫌な予感しかしませんわ。

 

「磯野さんを野球に誘っているの!」

 

 そして意味不明ですわ。

 磯野さんって誰ですの。

 

「でも磯野さんなんて子は、このIS学園にいなくて…!」

 

「ああ、なるほど。それは主車さんのアレですわね、奇行ですわね」

 

「さ、流石はオルコットさん! 主車くんの意味不明な行動に動じないだなんて!」

 

「ふふん、わたくしはエリートですから」

 

 しかし出会ってまだ2日ですのに、もう主車さんの奇行に慣れてしまっているってどうなのでしょうか。それだけあの男は変人なのですわ、常に変人なのですわ、絶え間なく変人なのですわ!

 

「それでね、オルコットさんに何とかしてほしいなって」

 

「寮の入口付近に居るから、その……みんな主車くんを怖がっちゃって」

 

 なるほど、確かに絵は浮かんできましたわ。

 ですが1つだけ、というか最重要事項が残っていますわ!

 

「それをどうしてわたくしに言ってきますの?」

 

 わたくしでなければならない理由などありませんわ! 邪魔なら邪魔だと言えばよろしいだけでしょうに! それが嫌ならスルーすればよいでしょう! 主車さんは無闇に手を出してくる人ではございませんわ!

 

「え、だって……ねぇ、清香」

 

「うんうん。オルコットさん、主車くんと仲良しじゃん」

 

「はぁぁぁぁッ!? ど、どこをどう見れば、そういう判断になりますの!?」

 

 今日一番のプンプンですわ!

 わたくしが、主車さんと仲良し!? 寝言は寝て言えですわ! 理由を言いなさいな、理由を! 根拠を伴わない言動は狂言にして虚言ッ! あ、今の、とってもカッコいい言葉だった気がしますわ。いつか使いましょう。

 

「えー、だってオルコットさん、休み時間になると主車くんとおしゃべりしてるし」

 

 異議あり! ですわ!

 

「それは主車さんから話し掛けてきますから、仕方なくですわ」

 

「お昼ご飯も一緒に食べてたよね」

 

 うぐっ……そ、それも異議あり! ですわ!

 

「無理やり主車さんが誘ってくるから、仕方なくですわ」

 

「主車くんのあだ名もオルコットさんが付けてたよね。それってもう友達じゃん」

 

 ぐ、ぐぬぬ…!

 それを言われてしまいますと……くっ、わたくしとした事が上手く反論できない…!

 

「まぁまぁお待ちくださいな、お2人とも。別にわたくしがわざわざ出張る必要はないでしょう? 相川さんも鷹月さんも同じクラスメイトなのですから、あなた達が主車さんにお声を掛ければ済むじゃありませんか」

 

「えっ!? あー、いやぁ、そ、それは、まだちょっと…」

 

「あ、あはは……まだ、声を掛けるには勇気が足りないかなぁって…」

 

「はぁ……一体あなた達は主車さんをどういう風に見てますの? あの人は確かに変な人ですが、そこまで怖がる必要もないでしょうに」

 

 むしろわたくしには、アホアホしい振る舞いを、あろうことかIS学園で堂々としてみせる主車さんが新鮮に思えたりしますわ。

 イギリスに居た頃、わたくしの周りの男といえば、とてもつまらない人ばかりでしたもの。下心丸出しで言い寄ってくる者、媚び諂ってくる者など……はぁ、思い出しただけでもため息が出てしまいますわ。

 

「というか、わたくし以外にも居るでしょう? 篠ノ之さんや織斑さんに言えばいいではありませんか」

 

「その2人が見当たらないんだよ~」

 

「では、布仏さんは?」

 

「本音の姿も見えないの」

 

 ふむ……でしたら後は、織斑先生か山田先生に伝えるのがベストでしょうか。むっ……何やら相川さんから意味深な視線を感じますわ…! 

 

「……なんですの相川さん、その眼は。言いたい事があるならハッキリ言いなさいな」

 

「あ、いや、えっと……怒らない?」

 

「ええ、もちろん。わたくしを短気な女性だと勘違いされては困りますわ」

 

 わたくしが厳しく接するのは、あくまで弱々しい男だけですわ。同じ女性には慎ましやかに。それがわたくしのモットーですってよ。

 

「えっとね、そこまで頑なに行きたがらないって事は……オルコットさんも、実は主車くんを怖がってる説! なぁーんちゃって―――」

 

「風穴あけますわよあなたァッ!!」

 

「ひゃっ!? や、やっぱり怒ったぁ! 結構ガチめに怒ったぁ!」

 

 相川さんが慌てて隣りの鷹月さんの背中に隠れる。出てきなさいな、このッ! 言っていい事と悪い事がありましてよ!? 今のは明らかに悪い事ですわ!

 

「お、落ち着いてオルコットさん! 怒らないって言ったでしょ!」

 

「おどきなさい、鷹月さん! わたくしは別に怒っていませんわ!」

 

 怒ってないから隠れてないで出てきないさい! 誰があんな人を怖がるもんですか! 相川さんの今の発言はわたくしへの侮辱! ですがこれからも同じ部屋を共にするパートナーでもありますし、ここはデコピン1発で許して差し上げますわ!

 

「シュッシュッ…! 早く出てきなさい、相川さん。わたくしは何もしませんわ、シュッシュッ…!」

 

「う、嘘だぁ! おもいきりデコピンの素振りしてるじゃん! シュッシュッとか言ってるじゃん! もうシャドーボクシングなノリじゃん!」

 

「ま、まぁまぁ……オルコットさんも清香を許してあげて、ね? ここで怒ったらそれこそ図星だって思われちゃうよ、ね? 一旦、落ち着こ?」

 

「むむむ……」

 

 確かに鷹月さんの言う通りですわね。

 それにわたくしも怒らないと言った手前、ここで簡単に怒るのは淑女として如何なものでしょうか。相川さんも悪気があって言った訳では無さそうですし、ここは寛大な心を持って許してこそエリートですわね。

 

「(何故か言わなきゃいけない気がする…!)なにがむむむだ!」

 

「ちょっ!?」

 

「や、やはりケンカ売ってますのね!? いいですわ、買って差し上げますわ!! おどきなさい、鷹月さんッ!」

 

「うん、どくね。今のは清香が悪い」

 

「そ、そんなぁぁぁ!? せめてデコピンだけでお願い! それ以上したら泣いちゃうよ!?」

 

「オホホホッ! 安心なさいな、1発で仕留めて差し上げますわ! 喰らいなさい、このッ……えいっ!」

 

 

 ぺちんっ

 

 

「あうっ…! 痛ったぁ~…く、ない?」

 

 目を『><』な感じにして、ギュッと瞑って待っていた相川さん。きっと強い衝撃が来ると思っていたのでしょう。どこか拍子抜けといったご様子ですが当然ですわ。

 

「ルームメイトの相川さんに本気で手を上げる訳がないでしょう」

 

 ふふ、相川さんと鷹月さんから尊敬の眼差しを感じますわ! そうですわ、そういう視線こそ、わたくしが求めていたもの! エルィィィトかつエレガントなセシリア・オルコットに相応しいのです!

 

「お、オルコットさん…! いや、オルコットの姉貴!」

 

「誰が姉貴ですか!?」

 

 全然エレガントじゃないですわ!

 

「そうだよ、清香。せめてセシリアの姉貴って呼ばないと失礼だよ」

 

「あ、そっかぁ」

 

「どこに納得する部分がありますの!? ちょっとお待ちなさいな、普通でいいですから、普通に呼び合いましょう」

 

 わたくしの努力もありまして、お二人からは普通にセシリアと呼ばれる事になりました。わたくしも苗字ではなく清香さん、静寐さんと呼ぶ事に。日本の文化は難しいですわね、まったく…!

 

「はぁ……もう怒り疲れましたわ。どうせアリーナに行く予定でしたし、まだ主車さんが居るなら、訳を聞いてみますわ」

 

「やったね!」

 

「成し遂げたね!」

 

 嬉しそうにハイタッチを交わす清香さんと静寐さん。

 それは良いのですが。

 

「……その掛け合いって日本で流行ってますの? 何やら主車さんと織斑さんも、同じような事を言っていたような…」

 

「それ以上いけない」(良心)

 

「え、清香さん?」

 

「そんな事気にしなくていいから」(良心)

 

「な、なんですの、静寐さんまで」

 

 そんな迫真な表情をされては、逆に気になってしまいますわね。まぁそれは今は置いておきましょうか。

 

「では、行ってきますわ。あなた達はどうされますの?」

 

 と言っても、わたくしの目的は主車さんではなくアリーナです。あくまで主車さんの奇行は通過点に過ぎませんわ!

 

「そうだね、まだ怖いけど……よし、セシリアだけに任せるのも気が引けるし、私も付いて行くよ!」

 

「本音も怖い人じゃないって言ってたし……そうだね、私も勇気を出して話し掛けてみようかな」

 

 そこまで意気込む程の人ではありませんのに。ニュースの映像やら噂で、何かと暴力的なイメージが付き纏っているようですが、わたくしから見ればただの変な人ですわ。それ以上でもそれ以下でもありませんわ!

 

 

 

 

 

 

 清香さんと静寐さんと共に、学園寮の入口までやって来た。確かに主車さんが居ますわ。しかも、まるで誰も通さないと言わんばかりの立ち塞ぎっぷり……これは確かに他の生徒が怖がるかもしれませんわね。

 

「ちょっと主車さん」

 

「おぉ…! おぉぉぉッ!」

 

 な、なんですの、そのお喜びようは。

 まぁ、このエリートかつエレガントなわたくしの尊い魅力を前にしてしまうと、殿方であれば嬉しくなってしまうのも仕方ありませんわね。

 

「待ってたぜ、磯野!」

 

「誰が磯野ですか!?」

 

「セシリアまさかの磯野説」

 

「なに言ってますの清香さん!?」

 

 主車旋焚玖…! 

 

 昨日からアナタという人は…!

 そうやってわたくしの心を容易に掻き乱して! いい気になってますのね!? なっていますのでしょう!? いいですわ……そっちがその気でしたら、わたくしにも考えがございましてよ! 

 

「わたくしに会いに来られたと?」

 

「ああ、少し聞きたい事があってな」

 

「……いいでしょう」

 

 で・す・が!

 わたくしが簡単に答えると思ったら大間違いですからね! つまらない質問であれば、そのまま無視して行ってやりますわ!

 

 





セシリアと1組の仲は良好なんだ(*´ω`*)


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第43話 vs.セシリア


思いがけぬ勝負、というお話。



 

 

 

「わたくしに会いに来られたと?」

 

「ああ、少し聞きたい事があってな」

 

 や、やっと身体に自由が戻った。

 しかしオルコットが来てくれて本当に助かった。まさか【磯野呼び】を延々ループさせられるとは思ってなかったわ。それでも寮に侵入して心身的フルボッコにされるより、視線的フルボッコの方がマシだし、俺の選択は間違ってなかった筈である。

 

「……いいでしょう」

 

 それに、だ。

 いちいち磯野呼びに深くツっこんでこないのもありがたい。好奇心よりも効率を選んでくれる。こういうところがオルコットの美点である! 

 

 それに他の生徒とも仲良くなれたみたいだし、俺のドゥドゥドゥペーイはやっぱり無駄じゃなかったんだ…! それが何よりも嬉しいぜ…!(羞恥に耐えた的な意味で)

 

「えっと……し、しつも~ん! あ、私は相川清香! あの、セシリアとは同じ部屋でさ!」

 

 見覚えがある顔だって事は同じクラスだな。

 相川清香……よし、覚えたぜ!

 

 

【誰だてめェ…? まずは名乗れ】

【「オルコットをよろしく頼む」と土下座する】

 

 

 相川清香だよ!

 今まさに名乗ったろ! 脳みそニワトリってんじゃねぇぞコラァッ!! 言っとくけど俺だって普通に友達がほしいんだからな! 変な印象と悪い印象はベツモノなの! ご飯とスイーツくらいベツモノなの! 

 

「オルコットをよろしく頼むぅぅぅ―――ッ!!」

 

「「「!!?」」」

 

 目の前広がる地面。

 なのにとっても分かるよー、ビックリしているのが分かるよー。でへへ、変な人だと思ってくれて構わんよー、悪人扱いされるよりマシなんだよーう。

 

「ちょっ!? しゅ、主車さん!? 一体なにをなさっているのですか!?」

 

「オルコットも目に焼き付けるがいいッ! これがジャパニーズDO・GE・ZAでいッ!」

 

「こ、これが噂に名高いドゲ……ハッ…!? ま、またそうやって! あなたはわたくしを混乱させるおつもりですわね!? ほら、もう立ちなさいな!」

 

 無理やり腕を引っ張ってオルコットが俺を立たせる。言っている事はよく分からんが、感謝するオルコット…!

 

「あ、あはは……主車くんって、やっぱり変わってるんだね」

 

「そうだね、思ってた人とは違うかも……ちょっと違う意味で怖いけど」

 

「……気にするな」

 

 及第点である!

 身も蓋もないレベルで怖がられるよりも、ドン引きされるよりも、じゃっかん引かれているくらいが良いのである! それ以上求めはしないのである! 俺って超謙虚(メンタル処世術)

 

「それで、何か質問があるのか?」

 

「う、うん! えっとね、主車くんはセシリアに用事があったんだよね?」

 

「ああ」

 

「じゃあさ、どうして寮に入ってこなかったの?」

 

「それは私も思った。セシリアが磯野さんだとしても、叫ぶよりも早いよね。あ、ちなみに私は鷹月静寐。同じクラスだから、よろしくね主車くん」

 

「一応言っておきますけれど、わたくしは磯野ではありませんからね? そういう意味でスルーしていますからね?」

 

 ふむ……確かに当然の疑問だ。

 しかし、俺はあの【選択肢】が出なくても、学園寮に入りはしなかっただろう。それだけ、あのアンケートが心の楔になってるってこったな。

 寮に住んで欲しくないナンバー1の男が寮に入ったらイカンでしょ。入口に立つくらいは許してくれ。

 

 別に嘘をつく必要もなし。

 虚勢を張る必要もなし。

 

 俺は素直に理由を説明した。

 

「……学園アンケート、ですか…確かにありましたわね」

 

「あ~……あれかぁ、ごめんね、主車くん! 私、反対に丸しちゃった」

 

「わ、私も反対に丸しちゃった。その、ケンカが大好きって噂だったし」

 

「気にするな。俺も気にしていない」

 

「…………………」(……本当にそうでしょうか? その不敵な笑み……それは偽りではなくって…?)

 

 別に今更どうこう言うつもりはない。

 まだ2日目だけど、ペンション・シュプールだって住み心地は悪くないしな。むしろ広くて快適さ。

 それに鷹月の言うように、俺は世間的にはわざわざ声明文でも世界にケンカ売るような危険人物だし。華の女子高生がそんな奴と寮を共にしたいって思う方が不自然だっての。

 

「わたくしは反対に丸しませんでしたわ!」(寮に住めない事を気にしていないですって? 織斑さんは住めて、自分は住めないのに? そんな筈ありませんわ! あなたのそういう大人ぶった態度……何故だか気に入りませんわ!)

 

 それは意外だ。

 自らを女尊男卑だと宣言しているオルコットが、賛成に丸をしたとな?

 

「反対を大反対に書き直して提出しましたもの! オーッホッホッホッホ!!」(さぁ、主車さん…! あなたのそのお顔は偽りでしょう!? 本当は気にしていますのでしょう!? さぁ、表情を曇らせてみなさいな! 無駄な強がりなど剥がして差し上げますわ!)

 

 

【何だとクソアマぁッ!! ブチコロがすぞクルァァァァッ!!】

【素直に泣く。(´;ω;`)な顔で泣く】

 

 

 暴言はよくない。

 というか、ここでキレたら図星なのがバレちゃうじゃないか! それは嫌だ。なら泣いてやる! 泣いて泣いて最後に笑うのは俺だ! 

 

 魅せてやるぜ、オルコット…! 

 これが俺の実力だッ!!

 

「(´;ω;`)」

 

「はぁッ!? ちょっ、ちょ、ちょ、主車さん!?」

 

「(´;ω;`)」

 

「うわっ!? 泣ーかした、泣ーかした!」

 

「何て事を言うのセシリア! 今のは普通にダメでしょ!?」

 

「えぇぇぇッ!? だ、だって、そんな、こんな感じになるとは思いもしませんでしたもの!」

 

「何言ってんのさ! 流石に私もさっきのはどうかと思うよ!」

 

「(´;ω;`)」

 

「うっ……ううぅ…!」(た、確かにこんな反応は、わたくしの見たかったモノではありませんわ! わたくしはただ、主車さんがアワアワするところが見たいと思っただけで、泣かせるつもりなどなかったのですから! 言葉の刃で心を傷つける……そんなの淑女じゃありませんわ!)

 

「す、すみません、主車さん! 今のは、その、冗談! そう、冗談ですわ! わたくしも普通に反対に丸しただけですから!」

 

「……フッ…なんてな」

 

 俺の……勝ちだ…!

 誰に? 決まってるだろ、アホの選択肢にじゃい!

 

「なっ……!? あ、あなた…! あなた、その笑みは……まさか…!」 

 

「涙は女だけの専売特許か? 誰がそう決めた?」

 

「きぃぃぃぃッ!! あなたって人は! またわたくしを弄びましたのね!?」

 

「どう捉えてもらっても構わん。だが、そろそろ俺も本題に入らせてもらおう」

 

 や~~~っと、当初の目的を果たせるか。

 たった一言オルコットに質問するだけなのに、何でこんなに時間が掛かるのか……コレガワカラナイ。いや分かってるけど。だいたいアホのせいだし。

 

 さて、気持ちを切り替えよう。後はどういう風に聞くか、だな。俺が知りたいのはオルコットの戦術だし、シンプルに近距離型か遠距離型か~?みたいな感じで聞いてみるか?

 だが、少しあからさまな気もする。どんな武器を使っているのか聞いて、そこから想像に任せた方が良いか?

 

 ううむ……変にトンチ利かして、そんなに使っていない武器を教えられても厄介だ。ここはド直球勝負。素直に戦術を聞こう。

 

「オルコット、お前のISはどんな戦術が得意なんだ?」

 

「……言いたくありませんわ(プイッ)」

 

 ぐっ……コイツ、明らかに機嫌が悪くなってやがる…! 顔をプイッてしやがった。心なしか『プイッ』って声まで聞こえた気さえしたぞ。

 でも今更謝るのも違うだろ、そもそも何て謝るんだよ。嘘泣きしてごめんってか? 嘘じゃないもん、涙は流したもん。じゃあ、えっと……涙は流したけど、悲しみで流さず、オルコットを騙す為に涙を流してごめん……って長いわ!

 

 そもそも俺が謝るのって根本的におかしくね? オルコットが先に挑発してきたんだし、俺はそれに乗った形じゃねぇか。むしろナイスなカウンターだって褒められてもおかしくね? 少なくとも千冬さんと師匠なら褒めてくれるな、間違いない。

 

 

【言わねぇなら吐かせればいい。指の1、2本折ればいいだろ】

【ここは簡単な勝負で決めるべきである】

 

 

 怖いよ!

 唐突すぎるリョナ嗜好とかマジでビビるからヤメろ!

 

「なら、俺と簡単な勝負しないか?」

 

「勝負…ですって?」

 

 お、食いついた。

 流石はエリートを自負しているだけあって、負けん気も人一倍だな。勝負と言われれば無視できねぇらしい。

 

「俺が勝ったら教えてくれ。負けたらそのまま退散するよ」

 

「……いいでしょう。望むところですわ…! して、勝負内容は?」

 

「そうだな、俺も……それに見たところオルコットも用事を控えている身だろうし、時間が掛からん簡単なモンがいいな」

 

 さて、なにかあるかな。

 適当に勝負するつもりはない。オルコットの戦術を聞き出すために来てるんだし、当然俺は勝ちに行くつもりだが……変に俺から提案して、アレコレ言われるのも避けたい。ここはオルコットに提案させるか?

 

「じゃあさ、じゃあさ! じゃんけんでいいんじゃない?」

 

 提案者はオルコットではなく相川だった。

 ふむ、悪くない。だが、一つ問題があったりする。

 

「オルコットはじゃんけんを知っているか?」

 

「ば、バカにしないでくださいまし! イギリスでもありますわ!」

 

 問題はオルコットが知っている事ではない。

 俺が普通にじゃんけんに臨めば、100%勝ってしまうってところにある。だって指の動きが視えるもん(ドヤぁ)

 

 ただ、それは如何なものか。

 それにオルコットの様子を見る限り……。

 

「いいでしょう。わたくしは運もエリートである事をお見せして差し上げますわ!」

 

 やっぱ運勝負である事を信じて疑っていないな。

 さて、どうしよう。目を瞑ってオルコットと同じ立場で臨むか、普通に視て勝ちを掻っ攫うか。

 

【視えるのは後天的鍛錬によるモノである。何を引け目に感じる事がある?】

【これは運勝負では無し。駆け引き(アドリブ)の妙をお魅せしよう…!】

 

 ほう……これは中々良い選択肢、というよりも後押し系だな。何も出てこなかったら、多分なんだかんだで【下】に近い事をやってただろうし。

 良い機会だ。俺って男が実は頭脳派だって事をオルコットに刻んでやるのも一興。主車旋焚玖の神算、とくと御覧じよッ!

 

「……用意はいいか?」

 

「いつでもよろしくてよ?」

 

 フッ……音頭は俺が取れと?

 既にそこは俺の術中だ、喰らえオルコットッ!

 

「さーいしょは―――ッ!!」

 

「!?」

 

 同時に手を出す。

 

 セシリア……『グー』

 旋焚玖………『パー』

 

「やったぁぁぁッ! 俺の勝ちだぁぁぁッ!」

 

「お、お待ちなさいッ! い、今のは無しですわ!」

 

「何故だ?」

 

「何故って……だって、あなた『最初は』って言ったではありませんか!」

 

 ああ、言った。

 確かに言った。

 

 だが、それのどこに問題があると言うのかね?

 

「『最初は』しか言ってない。『最初はグー』と言って俺が『パー』を出したのなら非難も受け入れよう。が、俺は言ってない、『グー』まで言ってないんだよオルコット…!」

 

「ぐっ、ぐぬぬ…! で、ですが、『最初は』って言われたら、まずは『グー』を出し合うと思うではありませんか!」

 

「ほう、それがイギリス式か」

 

「『日本と仲良くなろう大辞典』に載っていたモノですわよ!」

 

 え、なにそれは。

 うさん臭さマックスなんだけど。

 え、そんな辞典があるの? 書店で売ってんの? 数ある本の中からわざわざこれを手に取って「ああ^~ずっとこれが欲しかったのですわぁ♥」って頬ずりして買ったの?

 

「日本国外籍の代表候補生、そして専用機持ちは必然的に『日本』と関わり合う事が多くなりますからね。限られた立場の留学生は事前に渡され、必読とされているのですわ」

 

 チッ、自分で買いに行った訳じゃねぇのか。

 

「なら、仕切り直しだ」

 

「ええ、仕切り直しですわ。ただし、もうあなたに音頭は任せられません。わたくしが仕切らせていただきますわ!」

 

 まぁしゃーない。

 切り替えていこう。

 

 

【油断するな、オルコットがどんな音頭を奏でるか聞いておく必要がある】

【音頭の前に「来週もまた観てくださいね」という台詞を付け足してもらう】

 

 

 お前それサザエさんじゃねぇか!

 磯野に寄せていくのやめろコラァッ!! サブリミナルでも狙ってんのかコラァッ!! 美人と話してんのにカツオの顔がダブッて見えてくるとか何の嫌がらせだコラァッ!!

 

「……どんな音頭でいくつもりだ?」

 

「む……そうですわね、普通でいいでしょう。『じゃんけん、ほい』でよろしいでしょう?」

 

 

【「じゃんけん、ぽんっ」でいこう】

【「じゃんけん、ぽいっ」でいこう】

 

 

 謎のこだわりやめろ。

 と、言いたいところだが……まぁ、分かる。オルコットの奏でる『ぽんっ』も『ぽいっ』も可愛いに決まっているからな。まさに約束された勝利。どちらを選んだところで、俺の穢れた心は癒されるが……あえて言うなら『ぽいっ』だな。

 

 『ぽんっ』は昼休みに堪能した『ぷんぷん』なる発音に近いモノがある。正直、あまり新鮮な感動は味わえないだろう。故に俺は【下】を選ぶのだ!

 

「『じゃんけん、ぽいっ』でいこう」

 

「そうですか? なら、そうしましょう」

 

 

【一度、リハーサルしておいた方が良くないか?】

【一回だけ『ぽい~』って言ってみてくれ。出来れば甘えた感じで言ってくれ】

 

 

 流石に自重しろや!

 【下】は普通にダメだって、アウトだって! 超キモい余裕でキモい! 承諾してくれるほど、まだ好感度も上がってないし! 【上】だ【上】。そっちなら俺もフォローできる。

 

「一度、リハーサルしておいた方が良くないか?」

 

「はぁ? リハーサルも何も、普通に言うだけでしょう?」

 

「『じゃんけん』と『ぽいっ』の間隔がどれくらいか知っておきたい。それほど、俺はこの勝負に懸けてんだ」

 

「むぅ……それは確かに一理ありますわね」

 

 万里ない。

 オルコットが素直な良い子で助かるぅ↑↑(超助かるの意)

 

「では……ンンッ……じゃんけん…ぽいっ!」

 

 可愛い。

 

 

【相川に感想を聞いてみる】

【鷹月に感想を聞いてみる】

 

 

 お前マジでふざけんな!

 どうしたお前マジで! 何がお前をそうさせてんの!? ここ、そんなに引っ張るところじゃないだろ!? さっさと勝負させろよ! 普通に俺、はやく済ませて一夏たちと練習したいんだけど!? 何でじゃんけんでそんなに引っ張んの!?

 

「……相川」

 

「な、なにかな?」

 

 ほら見ろ、急に振られてビクッてしてるじゃん! まだまだ壁があるんだって! このタイミングで声掛けても良い仲になってないんだって!

 

「オルコットのじゃんけん音頭……感想を言ってくれ」

 

「へ!? え、えっと……そうだね、えっと……うん、そうだね………えっと……そうだね」

 

 俺もソーナノ(意味不明)

 

「よし、闘るぞオルコット!」

 

「は、はいですわ!」(清香さんへのアレは何だったのでしょう……ハッ…いけませんわ、セシリア…! きっと先程の問いかけも主車さんの策…! わたくしの精神を乱す策に違いありませんわ! 集中なさい、セシリア・オルコット!)

 

「奏でるがいい、凄絶にな!」

 

「(な、何ですのそのカッコいい台詞は!? くっ、惑わされてはいけません!)じゃんけん…ぽいっ!」

 

 セシリア……『グー』

 旋焚玖………『チョキ』

 

「や、やりましたわ! わたくしの勝ちで―――」

 

 目先の形に囚われる事勿れ。

 勝負はここからだ、オルコット…!

 

 旋焚玖の『鋏み』がセシリアの『岩』に襲い掛かる。

 

「え、ちょっ、何をしますの!?」

 

 セシリアの最大の失敗は、旋焚玖に抗議を唱えてしまい、己の手を引っ込めなかった事である。そんな隙を見逃す筈も無し。セシリアの『岩』は旋焚玖の『鋏み』に悠々と挟まれてしまった。

 

「3秒耐えてみせろ。そしたらお前の勝ちだ」

 

「はぁぁぁッ!? そ、そんなルール知りま「学べ代表候補生…! これが日本に伝わる本当のじゃんけんだ…!」な、なんですって…!?」

 

 かかったな良い子が!

 

 3秒あれば十分…! 万力が込められた人差し指と中指で、オルコットの『岩』つまり『グー』を無理やり『パー』へと開かせる。

 

「んにっ!? に゛、に゛、に゛、に゛ぃぃぃ~~~ッ……あ、ダメっ、開いちゃうぅッ!」

 

 言い方ァ!!

 なんかエロいなコラァッ!! 俺にそういう攻撃はメチャ効くぞコラァッ!! だが時既に遅しだクソがぁッ!!

 

 セシリア……『パー』

 旋焚玖………『チョキ』

 

「やったぁぁぁッ! 今度こそ俺の勝ちだぁぁぁッ!」

 

「い、異議ありですわ! そういうルールなら最初からそう言うべきですわ! あなたはそれを怠りました! なのに土壇場になってそんな事を言うなんて、不公平としか思えませんわ!」

 

 これは熱い正論。

 正論で来られたら勝てないって、それ一番言われてるから。

 

「なら、仕切り直しだ」

 

「ええ、仕切り直しですわ。今度こそ、正々堂々な勝負を期待していますわよ…! 清香さん、静寐さん、音頭をお願いしますわ!」(喰らいなさい、今度はわたくしの番ですわよ!)

 

 正々堂々、出し抜いてやるか?

 

「「 じゃ~んけ~ん 」」

 

 いや、よそう。

 たまには運に身を任せてみるのもアリかもしれない。

 

「「 ぽいっ! 」」

 

 オルコットの腕から下を視界に収めないようにして手を出した。

 

 旋焚玖………『パー』

 セシリア……『フレミング』

 

「……なんだ、それは?」

 

「グー・チョキ・パーに勝つ、最強の手ですわ!」

 

 オルコットの差し出した手は、小指と薬指が折りたたまれ、中指と人差し指と親指を広げた状態になっている。確かに一見、グーにもチョキにもパーにも見える。

 

「あ、うん、そうか…」

 

 あ、やべ、つい素になっちまった…!

 ま、まだ立て直せるか?

 

「え、ええ、そうなのですわ…」(あ、あれ……? もしかして、わたくし……やってしまったパターンでしょうか…?)

 

「そうか……そうだな、すごい手だな」

 

 ああ、もうダメだ。

 こっからテンション上げても不自然すぎる。俺の判断ミスだなこれは。躊躇わずにソッコーでテンション爆上げすべきだった。

 

「ええ……そうですわね、すごいですわね」(うぅ……なにやら気まずいですわね…)

 

 「それって1人あいこな状態じゃね?」とか、ツっこむのも億劫になるくらい気まずいんですけど。何とも言えん空気、こういう微妙な空気感こそ耐え難いんですけど。相川と鷹月はあらぬ方向を向いてるし……いい勘してやがる。

 

「あーっと……俺の負けだな」

 

「あ、ハイ……わたくしの勝ちですわね」

 

「えっと……あ、俺、そろそろ塾の時間だし、行かなきゃ」

 

「そ、そうですか? では、引き止めるのも悪いですわね」

 

「あっと……ばいばい」

 

「え? あ、ハイ。えっと…ばいばい、ですわ」

 

 すまぬ、一夏。

 俺、オルコットに勝てなかったよ。

 

 






熱い勝負だった(満足)



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第44話 結果の報告


報告の結果、というお話。



 

 

 

「ぬわぁぁぁん! ぜんぜん勝てねぇよぉぉぉん!」

 

 どうやら俺が居ない間も、しっかり篠ノ之と練習していたようだ。シュプールに近づくにつれて、一夏のアホな泣き言が聞こえてくる。フッ……お前のそのアホっぷりが、負けた俺の心を癒してくれるぜ。

 

「ぐぬぬ……箒さん、ちょっと強くなりすぎてませんかね? この負けっぷりは俺が弱くなっただけじゃないと思うんだが……あ、旋焚玖! おかえり!」

 

「主車……帰ったか」

 

「ああ、ただいま」

 

 遠目から見ていたが、確かに一夏の言う通り篠ノ之のキレが増しているように思える。去年の夏からここまで伸びてくるか。『剣を振るのが楽しい』と言ってたが、どうやらそれは本当らしい。気持ちだけで一気に成長してみせるとか……しゅごい才能だぁ(羨望)

 

「主車も帰ってきたし、休憩しよう一夏。それで、敵情視察とやらは上手くいったのか?」

 

 敵情視察。

 戦術を調べてくるとは言ってない(予防線)

 

 だが、しっかり報告だけはしておこう。

 

「ああ。オルコットはルームメイトとも良い関係を築けていたぞ」

 

「へぇ~、確かにルームメイトとは学校以外で一緒に居る事が多くなるだろうし、早めに仲良くなっておく方がいいよな! なぁ、箒!」

 

「え、あ、ああ、そうだな……え?」(な、何かおかしくないか? その情報って要るのだろうか。でも一夏もツっこまないし……むぅ…?)

 

 篠ノ之がポカンとしてる。

 安心しろ、お前のその反応は正常だ。

 

 でも続けちゃう。

 報告しねぇと俺は何の為にあんな時間を過ごしたか分かんねぇからな。すまねぇが、もう少しだけ付き合ってもらうぜ。

 

「しかも更に、クラスメイトの1人とも友達になれたらしい」

 

「それはすごいな! 俺たちも早くクラスメイトと打ち解けないとな! なぁ、箒!」

 

「う、うむ…? そうだな、私も努力しよう……いや、えぇ…?」(何かがおかしい……だが、楽しそうに話してるし……むぅ…)

 

「ああ、あとオルコットはフレミングの使い手だ」

 

「ふ、フレミングの使い手!?」

 

「それがオルコットの武器か」(IS的な意味で)

 

「ああ、オルコットの武器だ」(じゃんけん的な意味で)

 

「どんな武器なんだ?」

 

「こんな武器だ」

 

 一夏たちに分かりやすいよう、オルコット直伝フレミングを披露する。グーにもチョキにもパーにも勝てる最強の手だ。

 

「……その手をいつ使うんだ?」

 

「じゃんけんで使うんだ」

 

「……そろそろ、私だって怒るぞ?」(好きな男だからって甘々な私じゃないぞ! メリハリを大切にしたいんだ!)

 

「ごめんなさい。ISについては分かりませんでした」

 

 以上が報告になります。

 最後まで付き合わせて申し訳ございませんでした。でも篠ノ之さんが完全にピキる前に言えて良かったです。

 

 

【怒ってみろよ。あァん? 怒ってみろよォッ!!】

【一体どんな怒り方をするのだ?】

 

 

 いやもう謝ったじゃん!

 

 もう俺謝ったから、頭下げて謝ったから! お前ワンテンポ遅いって! もう次の話に進む感じだっただろ! せめて一つ手前で出せよ! 俺が謝る前に出すだろ普通! 何年この仕事やってんだお前!

 

 なぁオイ見ろって。

 謝ってさ、篠ノ之に頭下げてさ? 顔上げた瞬間【上】の台詞言うとか、もうやべぇだろ。完全にキチってるじゃねぇか。【下】も意味不明だし。怒り方を聞いてどうすんの? じゃんけんの時も思ったけど、そんなに掘り下げるところじゃないって絶対。

 

「……一体どんな怒り方をするのだ?」

 

「は? な、何を急に……ハッ…!」(こ、これはもしや……試されている…!? 確かに布石はあった…! 食堂でのあの一件…! わ、私もアレを言えるかどうか……そういう事なんだな!? いや待てよ……あっ、あぁぁッ! そ、そうか! 全てを今、私は理解した! 旋焚玖が長々とISに関係ない話をしていたのは、最初から私を怒らせる為だったんだ! 私に例のアレを言わせる為だったんだ! つまり旋焚玖はそれほど私に言って欲しいんだ!)

 

 そこで篠ノ之がハッとなった理由がまるで分からない。俺の台詞に深い意味なんてないですよ、種も仕掛けもございません。

 

「……すぅぅ……ふぅぅぅ……」(い、言ってやる…! 言ってやるぞ。女は度胸…! 引くべきところでは引き、攻めるべきところでは攻める。今は攻める時なんだ…! それなのに恥ずかしい気持ちが消えてくれないッ……せ、せめて…!)

 

 どうして篠ノ之さんは、さっきから精神統一をしているのでしょうか。それは彼女が今なお握って放さない愛刀で、俺を殺る為だと思うんですが(迷推理)

 謝っておいて、その返し刀で怒り方を改めて聞くとか、挑発以外の何モンでもないよね。ああ……篠ノ之がキレる理由も説明がついてしまった(迷推理?)

 

「一夏ァッ!!」

 

「うわビックリした!? ど、どうした箒!?」

 

「耳を塞いで後ろを向け!」

 

「はぁ? なんでだよ、理由を言ってくれなきゃ俺だって」

 

「何も聞かずに頼む一夏! 一生のお願いだ!」

 

「一生のお願いなら仕方ないな!」

 

 篠ノ之の言葉に何の疑問も持たない一夏くん、お耳を塞いでクルリンパ!……いよいよやべぇ。

 

 何故篠ノ之は一夏に懇願してみせた?

 決まっている。

 犯行を目撃されたくないからだろぉ!!(名推理)

 

「ふぅぅぅ……そこを動くなよ、主車…!」

 

 ひっ……木刀片手にジリジリと篠ノ之がにじり寄ってくる…! このまま不動でいいのか、俺…!?

 

 

【いい訳がない。先手を打つに限る】

【逆上されると厄介だ。落ち着いてカウンターを狙おう】

 

 

 どっちがいいんだ!?

 わ、分からねぇ…! 殺られる前に殺るのが鉄則とはいえ、下手に俺から動くのもマズい気がする。ここは【下】だ!

 

「……来るなら来い」

 

「ああ、言ってやるとも…!」

 

 俺と篠ノ之の距離がほぼゼロになる。

 いや近くね!? そんな距離でエモノ振れねぇだ…あ、ちょっ、なに!? 何で耳元に顔寄せてきてんの!?

 

「わ、私だって怒ったら……プンプンしちゃうんだからな? だからその……えっと…プンプンしちゃうぞ? 私だってプンプンできるんだからな」(ささやきー)

 

「…………なるほどな」

 

 篠ノ之の意図が全然分かんねぇぇぇぇッ!! 

 

 何アピールだお前!? 

 プンプンできるってなんだ!? それを受けて俺はなんて応えりゃいいんだよ!? よく分かんねぇけど、多分それって耳元で囁いたらダメなヤツだって! そもそも俺は囁かれただけでも勘違うぞぉ! しかも一夏に聞かせず俺にだけ言うとか、もうコイツ俺のこと好きだろ! 違うの!? 違うかったらお前もうビッチな! 好きでもない男にそんな事を囁いてはいけない!(超戒め)

 

 

【うるせぇビッチ(カウンター)】

【可愛い(カウンター)】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「可愛い」

 

「ほ、本当か!?」(や、やったぁ! 旋焚玖が私の事を可愛いって…! これって、期待してもいいのか!?)

 

 

【うそです】

【本当かなぁ】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

「本当かなぁ」

 

「な、何で曖昧な感じなんだ!?」(ぐっ……がっつきすぎか!? いやでも、気になるじゃないか! いやでも……ここはお淑やかに引いた方が…? くぅぅぅ……!)

 

 

【一夏の方が可愛い!】

【オルコットの方が可愛い!】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 ってオイ!! 調子コイてんじゃねぇぞオイ!! 度が過ぎてんぞコラァッ!! 俺がいつまでもあ゛ーあ゛ーで済ますと思ってんじゃねぇぞ! 流石にツっこむわ! ツっこんでも意味ないけどツっこませろクソバカ!

 

 ここでオルコットの名前出すとか普通に無しだろバカ! ガチっぽくなっちまうだろバカ! そんな根性ないわバカ! 

 

 まぁでも、一夏の名を出しゃ冗談に捉えてくれんだろ(鼻ホジー)

 

「一夏の方が可愛い!」

 

「は?」

 

「あ、いや……え…?」

 

「は?」

 

「えっと……え…あれ……?」

 

「は?」

 

 ちょーこわい。

 

 そんなにキレられるとは正直思ってなかった。美人に迫られてるのに全然ドキドキしない。心臓バクバクしてる。このバクバク要因にトキメキは一切含まれていません。というか、このままじゃホントに撲殺される未来を迎えてしまう可能性すら出てきた。

 

 そ、それだけは回避だ! 

 面舵いっぱいだ!

 

 素面で言うのは抵抗あるが、ええい、言っちまえ!

 

「冗談だ。篠ノ之の方が可愛い」(精一杯のキメ顔)

 

 フツメンなりに頑張ってみました。

 顔の筋肉を総動員すれば俺だって55点くらいの顔にはなると思います。だからキモいと蔑まないでね。

 

「ほ、本当か? 一夏よりもか?」

 

「一夏よりもだ」

 

「そ、そうか! そうかぁ…!」

 

 何故そこでガッツポーズなのか。一夏と比較したらIS学園の全生徒が可愛いと思うんですが、性別的な意味で。だが妙に嬉しそうだし、このまま触れないでおこう。

 

「もーいーかいっ?」

 

 律儀にずっと耳を塞いで、背を向けている一夏からのもーいーかいコールだ。

 

 

【まーだだよっ】

【もーいいよっ】

 

 

 うるせぇバカ!

 一夏の真似してんなバカ! 

 お前が言っても可愛くねぇんだよバカ! 

 

 

 

 

 

 

「一つ思ったんだけどさ」

 

「どうした?」

 

 報告も一通り終わって、今度は俺と手合わせするか、みたいな話になってたんだが、途中で一夏が何かを思いついたらしい。

 

「オルコットさんの試合の映像とかって観れたりしないのかなってさ。ほら、俺の家でもネットでISの試合観ただろ?」

 

 それは完全に盲点だった。

 専用機持ちの代表候補生なら、試合をしていてもおかしくない。むしろ宣伝的な意味で、イギリスが公式でアップしている可能性だって十分考えられる。

 

 やっとまともな対策に移れそうだ。

 





ああ、やっと……ISメインな話が出来るんやなって(現44話)


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第45話 傾向と対策


敵を知るには何とやら、というお話。



 

 

 

「これで見えるか?」

 

「ああ」

 

「大丈夫だ」

 

 一夏と篠ノ之にも見えるよう、テーブルの上にノートパソコンを置く。このパソコンはシュプールに元から備え付けられているモンだが……これはいただけない。いずれ俺のパソコンを持って来なきゃならんな(オカズ的な意味で)

 

 オルコットの試合の映像……探すとすれば世界的に有名なサイトが有効だな。世界で一番利用されてる動画サイトって言えば『あなたちゅ~ぶ』だろう。一夏の家でISの試合を観たのもこのサイトを利用してだった。

 

「えーっと……セシリア、オルコット…と。これでヒットするか?」

 

 オルコットの名前をタタタターンと打ち込む。テンポ良いタイピング音って何か好き……お、一番上にイギリス公式チャンネルが出てきた。さっそくページを開いてみると『イギリス代表候補生 模擬戦』なタイトルの動画を発見した。

 

「お、これじゃないか旋焚玖!?」

 

「ふむ……案外、容易に見つかるモノなんだな」

 

 俺も一夏も篠ノ之もISに疎いから、こういう考えに至らなかったってだけで、別に驚く事でもないのかもしれない。

 よくよく考えればISツったら、世界で最も熱く有名なスポーツだもんな。同じスポーツ枠にあるサッカーやら野球やらの映像がバンバン上がってて、ISの映像が無い訳がないってな。

 

 

【本当にこの動画を開いていいのか? ここはじっくり考えた方が得策だ】

【観る前にコーラとポップコーンを用意しよう!】

 

 

 いや開けよ。

 ワンクリックで済むじゃねぇか。ここで吟味する意味が1ミリ足りとも分かんねぇよ。

 

 アレだな。

 これは思いつき系選択肢ってヤツだな。特にあってもなくても展開に困らんヤツだ。いやまぁ、ぶっちゃけこういう選択肢は結構好きだったりするけど(デレ期)

 

「その前に……コーラとポップコーンだな」

 

「……どういう事だ、主車。お前、まさか映画気分で観るつもりか?」

 

 あらやだ、篠ノ之さんがちょっとムッとしてる。プチおこ、プチぷんってヤツだな。真面目な篠ノ之からしたら、いい加減だと思われても仕方ないわな。

 

 だぁが、俺を誰だと思っている。口八丁で今まで生き抜いてきた男だぜ? 既に切り抜ける論策は出来ておるわ!

 

「今から気を張り詰めてどうする? 闘う前に疲れちまうだけだ」

 

「む……」

 

「ふーん……そういうモンなんか?」

 

「そういうモンさ。張り詰めた空気を纏うのは、オルコットとの試合だけでいい」

 

 どやぁ……すげぇそれっぽい事言ってるぜぇ? 思わず納得しちゃうだろ? 何よりこの俺が言ってんだぜ? 俺はどういう男だ? 

 普段の奇行っぷりでつい忘れられがちだが、俺クソ強ェから。みんなも忘れないでくれよな、マジで。

 

「ふむ……なるほど。私をいとも簡単に負かしてみせた主車が言うくらいだからな。きっとそうなのだろう」

 

 信頼と実績による相乗効果。

 やっぱ強ェって正義だわ。

 

 と、いう訳で。

 

「一夏ァッ!!」

 

「お、おう!?」

 

「冷蔵庫に入ったコーラは俺が取ってくる。一夏はこの部屋のどこかにあるポップコーンを持ってこい」

 

「分かったぜ!」

 

「???」(いや、どこかって……でも一夏は当たり前のように頷いている。それなら私もツっこむ訳にはいかん)

 

「かねてから隠しておいたポップコーンを持ってこい」

 

「?????」(いや隠す必要ないだろ! なんだその言い回しは!? ポップコーンを隠してどうするというのだ!? カロリー気にする女子か! さ、流石の一夏もこれには―――)

 

「おう!」

 

「!?」(えぇぇぇ……小気味よい返事…だと…? くっ……ならば私も平然としているぞ! きっといちいち驚いていたらダメなのだ! どっしり構えてこそ旋焚玖の彼女になれるのだ!)

 

 なんか篠ノ之が百面相してる。

 まぁいいや。俺もコーラ取ってこよーっと。

 

 

 

 

「持ってきたぞ~」

 

「……オイ、一夏。どうして、あの棚に入っているって分かったんだ?」(一夏は迷わず真ん中の棚を開けた。迷わず開けた。最初からそこにポップコーンが置いてある事を聞いていたのか?)

 

「え、そんなの、旋焚玖の顔見りゃ分かるだろ」

 

「んなっ…!」(わ、分かって当然だと言うのか!(言ってる)自分の方が私より旋焚玖を理解していると言っているのか!(言ってない)その誇らしげな顔は、先ほどハッタリを見抜いた私への当て付けか!(いたって普通の顔))

 

 キンキンに冷えたコーラ瓶3本持ってきたら、なんか篠ノ之がまた百面相してる。コイツ表情豊かになったなぁ。小学校の時は、基本プンスカしてる篠ノ之しか見てなかったし、とても新鮮である!

 

「お、瓶コーラじゃん! 珍しいな!」

 

 そこは流石、天下のIS学園ってところだな。

 売店の品揃えっぷりでも、しっかり世界一を誇っているらしい。

 

「しかし栓抜きがないようだが…?」

 

「ああ、探してみたんだけど、どうやら栓抜きは備え付けられてないみたいでな」

 

「むぅ……では飲めないじゃないか」

 

「へへっ、何言ってんだ箒。旋焚玖がいるから問題ないって! な、旋焚玖!」

 

「……さて、な」

 

 い~い信頼だ。ノリもいい。

 一夏の言葉通り、俺の握力は既に花山の域に達しているからな。瓶の栓をちぎり開ける事など造作もない事よ(どやぁ)

 

「あ、そうだ! 久しぶりにアレやって見せてくれよ! こう、シュパッて切るやつ!」

 

 身振り手振りでおねだりとはテンション高いな。一夏も男の子だし、そういうのに燃えるタチなんだろう。篠ノ之も無言ではあるが、何やら期待をした目で俺を見てきている。

 

 だぁがだがだが、そういうリクエストは俺も嫌いじゃないぜ? むしろドンドン来いってなもんだ。

 

 ふふふ、ここで変に待ってました的な雰囲気を出してはいけない。あくまで一夏の頼みだから仕方なくってな感じでいくのだ。そっちの方が大物っぽいよな!

 

「めんどくせぇが……まぁ他ならぬ一夏の頼みだしな。まったく……本来なら見せびらかすモンでもないんだが……ンまったく…しょうがねぇなぁ」

 

「おう!」(なんか嬉しそうだなぁ)

 

「………………」(これは私にも分かる。まんざらでもない感が隠しきれてない……だが、それがいい)

 

 手刀で瓶の頭をスパパッとな!

 

「ヒューッ! 旋焚玖、ヒューッ!!」

 

「す、すごいな主車…! こうも見事に切れるモノなのか…!」

 

 一夏のアホっぽいリアクションは毎度お馴染みだから置いておくとして。あの篠ノ之からキラキラした瞳で見られるのは悪くない気分だ。

 

 どや? 俺ってすげぇだろ? 

 ただアホアホしてるだけじゃねぇってな!

 

「んじゃオルコットの映像を観ようか」

 

「おう!」

 

「うむ!」

 

 お、おう……?

 そんなに元気モリモリなお返事しなくてもいいぞ? ううむ、どうやら先ほどのスパパッぷりが、ロマンを解する2人の心を燃え上がらせたらしい。

 

 しかし、これは悪くない傾向だと言えよう。何がきっかけであれ、モチベーションが上がるのは良いことだしな。

 

「俺も旋焚玖に負けてらんねぇ! オルコットさんに勝ってみせる! さぁ、早く観せてくれ!」

 

 いい気迫だぜ、一夏よ。

 

 

 

 

 

 

「これ無理だゾ」

 

「お、おい一夏!? おまえ顔が死んでるぞ!?」

 

「ブフッ」

 

 いや笑うだろ。

 さっきまでの威勢の良さが跡形もなく吹き飛んでんじゃねぇか。いやまぁ、一夏の気持ちも全然分かるけどさ。

 

 代表候補生の候補生って言葉のせいか、少し……いや、かなり俺も一夏も侮っていたフシがあった。なんか候補生って言われたら、まだまだアマチュアな感じがするだろ? 

 

 だが、映像内のオルコットは、全くそんな事はなかった。対戦相手を全く寄せ付けていない。相手が訓練機とはいえ、ここまで圧倒しちまうモンなのか。これは俺も改めて認識を変えねぇとダメだな、マジで。

 

「オルコットさん…すっげぇ撃ってるゾ……ビーム…」

 

「うわはははは! お前その感じで言うの笑うからヤメろ!」

 

 倒置してしまうほど、一夏の目にもオルコットが脅威的に映ったらしい。

 

「ま、まぁ、なんだ、早めにオルコットの戦術が分かって良かったじゃないか! 今からなら対策だって練られるし! そうだろ、主車!」

 

「おっ、そうだな」

 

 篠ノ之からの熱い気遣い。

 これで立ち上がらないと男じゃねぇぜ。

 

「そ、そうだよな! そのための映像…あとそのためのシークバー…?」

 

 なに言ってだコイツ(ン抜き言葉)

 しかし、自らもう1度オルコットの試合映像を再生させるあたり、オルコットの凄さを目にしても、完全にヘコたれたって訳じゃなさそうだ。

 

 フッ……そうでなきゃな。

 

「対策…………まるで思いつかないゾ」

 

「うわはははは!」

 

 だからその顔でその口調やめろツってんだろ!

 

「主車、お前もコイツと戦うんだぞ? 笑っている余裕なんてないだろう。ISに疎い私でもオルコットの強さは分かる。遠距離からのレーザー狙撃に、四方から飛んでくるビーム兵器。正直、私も一夏と同じでどう対処すべきか……何か弱点でもあれば…」

 

「弱点ならもう見つけた」

 

「「 なに!? 」」

 

 

【うそだよ】

【もう1度言う】

 

 

 嘘じゃねぇよ!

 ここで嘘つくほど空気読めねぇ男じゃねぇわ!

 

「弱点ならもう見つけた」

 

「す、すげぇぜ旋焚玖!」

 

「フッ……流石だな、主車」

 

 

【でも教えない】

【もう1度言う】

 

 

 このバカぁ!!

 

 2回言ったらもういいだろ!

 こういうのは2回言うから面白いんだよ! 3回4回は辟易させちまうだけなんだよぉ! っていうか一夏たちに「どれだけ見つけた自慢したがってんだってコイツ」とか思われちゃうだろぉ! そういう勘違いされるの普通に嫌なんだけど!? 【上】なんてただの意地悪じゃねぇか! そっちの方が嫌だよぉ!

 

「弱点ならもう見つけた」

 

 ツっこめ!

 お前らのツっこみがこの連鎖を止めるんだ!

 

「イエーッ! 旋焚玖、イエーッ!!」

 

 ダメだ!

 一夏の懐がデカすぎる! 

 頼れるのはやはり篠ノ之だけということか…!

 

「……そろそろ怒るぞ」

 

 篠ノ之…!

 やっぱり俺はお前が居なきゃダメなんだよぉ!(告白)

 

 

【プンプンしてくれたら話してやる】

【もう1度言う】

 

 

 プンプンだ!

 プンプン言ってくれるだけで終わる簡単なお仕事だぜ!

 

「プンプンしてくれたら話してやる」

 

「な、なんだと!?」(それほど私のプンプンを気に入ってくれたのか!? よ、よし、恥ずかしいがオルコットの弱点を知るためには仕方ないな! うむ、仕方ないからまた耳元で囁いてやろうではないか!)

 

「ん? 分かったぜ、プンプン!」

 

「!?」

 

「よっしゃぁッ! サンキュー一夏! いいプンプンだったぜ!」

 

「!!?」(なっ……高評価だと!? 私のプンプンと全然反応が違うではないか!)

 

 いい仕事してくれますねぇ一夏くん! なにより早い!

 出来れば篠ノ之にまた甘ぁぁぁ~~~く囁いてほしかったが、高望みしちゃいけねぇよなぁ、いけねぇよ。

 

「……………………」(そうか……一夏よ…お前はあくまで私の恋路に立ち塞がるつもりなんだな……やはり強敵だ…!)

 

 何で篠ノ之は一夏を睨んでるんだろう。まぁ女からしたら、男のプンプンなんてキモいだけだしな。

 

「それで、オルコットさんの弱点って何なんだ?」

 

 弱点と言えるモノかどうかは分からんが、とりあえず俺が観ていて気になったのはコレだ。一夏たちにも分かるように、もう1度最初から、今度はオルコットがファンネル的なヤツも含め、レーザー的なモノを撃っているシーンだけを観ていく。

 

「あっ…! もしかしてオルコットさん、レーザーを撃ってる時はその場から動いてないんじゃないのか!?」

 

「……確かに、動いてないな。主車はオルコットが動かない理由を何だと推測する?」

 

「ただの横着か、はたまた余裕か……。或いは、動きながら射撃を行う技量がなくて棒立ちにならざるを得ない、か。後者は希望的観測だがな」

 

 何にせよ、だ。

 オルコットの戦術が遠距離射撃型って事が分かっただけで十分だ。これで少なくとも、イメージ無しに稽古する事もなくなった訳だし。

 

「オルコットがレーザーを放ってくる以上、それを如何に避けて接近戦に持ち込むか。そこが勝利の分かれ目になるだろうよ」

 

「え、でもさ、もし俺のISの武器が、オルコットさんと同じようなライフルとかだったらどうするんだ?」

 

「俺たちみてぇなド素人が撃って、代表候補生に当たると思うか?」

 

「……絶対無理だゾ」

 

「うわはははは! って笑わすなツってんだろ!」

 

 話が進まねぇだろが!

 

「もしも一夏のISが近距離型の武器じゃなかったら、この試合だけはその武器を捨てて肉弾戦で挑んだ方が俺は良いと思う」

 

「なるほどなぁ……じゃあ、旋焚玖もオルコットさんと戦う時は、接近戦狙いで行くつもりなのか?」

 

「そうだな、俺はそれよりも……まずは1歩くらい歩けるようになりたいな」

 

「「 あっ……」」

 

 2人揃って察してんじゃねぇぞ!

 いいもんいいもん、俺には俺の闘い方があるもん! 

 

「しかしあのレーザーを掻い潜るのは至難の業だぞ。私とただ手合わせしているだけじゃ厳しいんじゃないのか?」

 

「そうだな……んじゃ、俺と篠ノ之が同時に攻撃しようか」

 

「なにそれこわい」

 

「んで、一夏はそれをひたすら避けろ。外に出てさっそくやるぞ」

 

「絶対嫌だゾ」

 

「ブフフッ……このッ、つべこべ言わずに来いホイ! 篠ノ之、手伝ってくれ」

 

「ああ」

 

 この期に及んで俺をなおも笑わそうとする奴に慈悲はなし! っていうか、それくらいしねぇとマジでオルコットにフルボッコにされて終わっちまうだろうが! 篠ノ之も頷いてくれて、俺が一夏の肩を掴むと反対側の肩を掴んだ。

 

「オルコットの試合っぷりを観ちまったら、もう身体のキレを戻してから~、なんてウダウダやってる時間は無ェ。無様に負けてぇならヤメておくけどよ」

 

 専用機も届いてねぇ、訓練機も貸し出してくれねぇなら、これくらいしかねぇだろ。座学で伸びるタイプじゃねぇしな、俺も一夏も。

 

「……そうだな、それくらいやらないとダメだよな……よし、もう泣き言は言わねぇ! 旋焚玖、箒、頼むッ!」

 

「当然だ」

 

「うむ!」

 

 一夏は俺の無観客試合とは違うからな。ダチを笑い者にさせる趣味はない。笑われるのは俺だけで十分だ。

 お……なんか今の言葉、ちょっとカッコ良かったんじゃないか? いつか言ってみよう。

 

 

 

 

 

 

「ああああもうやだあああああ!!!!」

 

「聞こえねぇぜ一夏ァッ!!」

 

「私にも聞こえんッ!!」

 

 俺たちは日が暮れるまで稽古に励むのだった。

 

 





Q.稽古描写をどうして省いたの?

A.横道に逸れ過ぎて書く元気が残らなかった


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第46話 ISと


仲良くなろう、というお話。



 

 

 『主車旋焚玖のアリーナ公式使用時間外無制限使用を、特例として日本政府の名の下に許可する。ただしその間の事象に政府は一切関与せず。全てに於いて自己責任とする』

 

 一夏たちとの稽古も済んで、夜飯も食って。IS学園生がアリーナを利用できる時間も終わり……やっと俺だけの時間がきた。

 

 オルコットと試合うのは一夏だけじゃない。その後で俺も闘ることになってんだ。だが俺と一夏は、ISの適正値が決定的に違いすぎる。一夏は入試の時も、特に違和感なくISを動かせられたらしいが、俺は逆に違和感しかなかったからな。

 

 オルコットとの試合を想定して~、とか言えるレベルじゃねぇからな、マジで。試合があろうがなかろうが、ぶっちゃけ関係ねぇもん俺の場合。

 

 とにかく動けるようになろう。

 歩けるようになろう。

 走れるようになろう。

 

 話はそれからだ。

 

 という訳で俺は今、アリーナの格納庫までやってきている。この中に訓練機が仕舞われているのだ。訓練機の【打鉄】と【ラファール・リヴァイヴ】。千冬さんは両方とも試してみろって言ってくれた。

 

 入試の時は【打鉄】だったし、今日は【リヴァイヴ】を使ってみるのも一興なのだが、俺は【リヴァイヴ】達をスルーして、一直線に【打鉄】達の前までやって来た。

 

 当たり前だよなァ? 

 

 千冬さんは俺に、もう1つ良い事を教えてくれた。列を成して置かれてある【打鉄】達。その先頭にある【打鉄】こそ、俺が入試で使用した【打鉄】なのだ。

 

 もう1度言おう。

 俺は【リヴァイヴ】ではなく【打鉄】をこれから使っていくつもりだ。っていうか、コイツを使っていくつもりだ。

 

 当たり前だよなァ?

 リベンジさせろコラ。

 

 

 

 

 

 

 アリーナの中央まで、えっちらおっちら【打鉄】を運んできた。

 

 あとは装着するだけだが、今日は動かせるような気がする。適当ヌカしているつもりはない。それなりに根拠もあるのだ。パソコン理論である。

 パソコン使っててさ、急に動作が重くなったり動かなくなったりする事ってあるじゃん? そういう時ってさ、一旦消して1日くらい放置してさ。次の日にでも起動させてみたらさ、案外何事もなかったかのように動いたりするじゃん?

 

 さっそく【打鉄】を装着する。かしゅんかしゅんと俺の身体に纏われていく。

 

 俺がISを纏うのは今日で2回目だ。

 1回目の検査日……あれで指先しか動かなかったのは、何かの間違いだった可能性! あると思います。あれから1ヶ月以上も放置してたし、普通に動く可能性! あると思います。

 

「………………まぁ知ってた」

 

 『ISに身体を委ねろ』という千冬さんの言葉通り、俺も委ねているつもりなんだが、全然動く気配がない。人差し指と中指と……あ、薬指も動いたか?

 

 一旦、外す。

 だって動いてくれないんだもん。んで、持ってきていた参考書とノートを取り出して、もう1度目を通す。

 

 だが参考書も、基本的にISを動かしているものと想定して書かれているからなぁ……なんかこう、コツみたいなのが知りたいんだよ。山田先生は『ISは女の子にとってのブラジャーみたいなものです!(えっへん)』とか授業で言ってたけど、分かる訳ないんだよなぁ。

 

 むしろそのせいで、余計に動かせる自信がなくなったわ。やっぱ男がISなんて動かせる訳ないんだよなぁ……じゃあ何で一夏はスムーズに動かせられるのか、コレガワカラナイ。

 

「……………………」

 

 携帯取り出しっと。

 

「……あ、もしもし、一夏?」

 

『おう、どしたー?』

 

「お前ブラジャーしてるっけ?」

 

『してないぜ?』

 

「つけた事は?」

 

『物心ついてからは1回もないぞ』

 

「ガキの頃につけたのか?」

 

 とんだ変態少年がいたもんだな!

 

『いや、なんか幼い頃の記憶がないんだよ』

 

「ふーん…? まぁそういうモンか。あい分かった、ありがとう。まだ夜は寒い、暖かくして寝ろよ」

 

『おう、旋焚玖もな!』

 

 ううむ……もしかして、と思ったけど違ったか。仮に一夏がつけてたら、ISはブラジャー必須説が成り立ったんだが。いや成り立っても俺は絶対つけないけど。真っ平らだし、つける必要性がねぇよ。ノーブラだノーブラ。

 

 

【鈴にもノーブラかメールで聞いてみよう】

【鈴にもノーブラか電話で聞いてみよう】

 

 

 あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!

 

 悪意ある人選やめろコラァッ!! それを聞いてどうすんの!? それを聞かせて俺をどうしたいの!? やーめろって! ただのセクハラじゃねぇかバカ! まごうことなきセクハラだよ! セクハラだし暴言だよ! 明らかにちっぱいをバカにする発言だぞコラァッ!!

 

「……くそったれぇ…」(諦めの境地)

 

 怖いからせめてメールにしよう。

 顔文字も付けないでおこう。

 ここはもう真面目に聞いてる風を装うしかない。

 

 えっと……『鈴はブラジャーつけてるか?』…と、送信。さて、後は鈴が何て返してくるかシミュレーションしつつ『ピリリリリッ!!』ひゃぁぁッ!? で、電話が掛かってきたよぅ!

 

 ま、まずい!

 ここは陽気なノリで鈴の出鼻を挫くんだ!

 

「も、もすもすひねもすぅ?」

 

『ブッ殺すわよあんたァッ!!』

 

「ごめんなさい」

 

 出鼻を挫かれちゃった。

 開幕怒声には勝てなかったよ。しかし鈴もキレて電話を掛けてくるって事は、自分のちっぱいっぷりを気にしてるんだな。もし俺に乳があれば、ぜひ分けてやりたいとこだぜ。

 

『あんたァ……マジで殺すわよぉ…』

 

 ヒェッ……遠い中国から俺の頭ン中を読まないでくれませんかね…。

 

「すまない、鈴。ISの事でかなり行き詰まっててな」

 

『はぁ~? まぁいいわ、アンタが無意味にこんなメール送ってくる訳ないしね。しょうがないから聞いてあげるわ。でもいい? 他の男からだったら絶交レベルなんだからね! アンタだから許してあげるんだからね! そこんとこ頭に叩き込んでおきなさいよね!』

 

 うおぉぉ……鈴との熱い絆を感じる…! 鈴パパ達の離婚阻止イベントの効果がここで発揮してくれたか! よ、良かったぁ……。

 

 俺は自分のIS適正値が低い事を…っていうか、全然動かせられねぇ事だったり、イギリス代表候補生の専用機持ちと試合する事だったり、全てを鈴に打ち明けた。一夏や篠ノ之と同じく、俺が気にせず何でも話せる数少ないダチだ。

 

『ふーん……で、副担任がISはブラジャーみたいなモンだって言ったのね?』

 

「ああ。でも俺にそんな感覚なんて分かんねぇからさ。鈴に聞くしかなかったんだ」

 

『ふ、ふーん……? あたしにしか聞けないって訳なのね。ふふっ、しょうがないわねぇ』

 

 な、何かご機嫌さんになってくれたみたいだ。不機嫌より全然ありがたいので、そのままな感じでいてくだせぇ。

 

『っていうかさぁ、ブラジャーとかは置いておいてさ。ISにアンタを理解してもらう方が大切なんじゃないの?』

 

 理解とな?

 

『ISにも意識に似たようなものがあるらしいわよ。ISは道具じゃなくてパートナーだって、授業でもう習ってんじゃないの?』

 

 ああ、何かそんな事も言ってたような気がする。意識、か。つまりISにも心っぽいモンが在ると思えばいいのかな。

 

「つまり、ISと仲良くなればいいって事か?」

 

『ん……まぁ、そういう事なのかしらね』

 

 ふーむふむふむ。

 確かにそういう考えを持って接してはなかったな。これは素晴らしいアドバイスが聞けたと言えよう。流石は鈴だな!

 

「ありがとう、鈴。何となく分かったような気がする」

 

『そう? ま、気楽にやんなさいよ。素人がバリバリ動かせる方がありえないんだからね? もし今のアンタを笑う奴がいたら、あたしがブッ飛ばしてやるわ』

 

 鈴の熱い優しさに涙がで、出ますよ……いや、ホントに。いいダチを持ったモンだマジで。

 

『えっと……だからね? その…アンタの練習っぷりとかね、その、なに? ちゃんと学校で友達が出来てるのかとかね? けっこう気になってんのよ』

 

「そうなのか……まぁダチは……まぁ……まだまだこれからだな。まぁ一夏が居てくれてるだけで、かなり心強いけどな」

 

 そうそう、まだ慌てるような時間じゃない。

 だって入学2日目だもん。これからだよ、これから。

 

『まぁ一夏と一緒なら大丈夫だとは思うんだけど……じゃなくて! いや、だからさ、なんていうの? あたしってほら? 優しいじゃない?』

 

「ああ、優しいな」

 

『で、でしょ? ホント困ってんのよ、優しすぎてさ、アホなアンタがさ? 一夏と違って超アホなアンタがよ? 女ばっかの高校で、しかもIS学園だなんてさ、無事にやっていけてるのか気になっちゃうのよね、ホント優しすぎて困っちゃうわ』

 

「む……」

 

 これは鈴の熱い自画自賛。

 そして俺に何を言って欲しいのか、全然わがんね。

 

『ッ……だーかーらーッ! あ、あんたアレなんでしょ!? 乱と毎日メールってんでしょ!? その日あった事とか! 去年からずっとメル友ってるって乱から聞いてんだからね!』

 

「……ああ、まぁそうだな」

 

 いや、そうだけど。

 だって送ってこいって乱ママが言うんだもん。俺がアホアホしい事してないか、ちゃんと見ておく人が必要だって。でも日本と中国じゃ距離がありすぎるから、せめて毎日メールで報告しなきゃダメだって。

 

『だから! 昨日も言ったでしょ!? あたしにもしてきなさいって言ってんの!』

 

「メールを送ればいいのか?」

 

『……で、電話の方がいいわね。だってほら、アレよ! 乱と同じだと間違えちゃうかもしれないじゃない! あたし達、名前も似てるし!』

 

「……そういうモンか?」

 

『そういうモンよ! いいわね!? じゃないと優しすぎるあたしは全然寝れないの! あんたのせいで睡眠時間削られてんの! それはダメでしょ!?』

 

 それはダメだな。

 

「ちなみに昨日は何時間くらい寝たんだ?」

 

『そうね、7時間くらいかしらね』

 

 健康的なんだよなぁ。

 ツっこんだらプリプリしそうだから言わないけど。

 

「じゃあ、明日から電話する」

 

『わ、分かればいいのよ! じゃあ、アンタもISの稽古がんばんなさい! あたしも頑張ってるからね!』

 

「ああ、ありがとう。それじゃあ、また明日な」

 

「うん! また明日!」

 

 あ、電話切っちゃった。

 途中から何でそんなにISに詳しいのか聞こうとしてたのに。

 ま、いいか。また明日にでも聞いてみよう。

 

 鈴から良いアドバイスを貰えた。

 後はそれを実行に移すのみだ。

 

 改めて【打鉄】と向き合ってみる。

 ISに俺を理解してもらうのが大切、か。

 

「……………………」

 

 意識に似たモンがある、か。

 だが意識って言われても、いまいちピンとこねぇし、ISってのはもう感情を持っているモンだと思った方がいいのかもしれない。しゃべらないだけで、実は人間の言葉もちゃんと分かってたりしてな。

 

 

【脅してみる】

【可愛がってみる】

 

 

 あ、そういう【選択肢】でくんの?

 確かに色々やってみるのもこの際アリだな。

 

 よし、脅してみよう!

 力に物を言わせて【打鉄】をビビらせてやろう。

 

「おう? おうコラ。俺が優しいウチに動かねぇと……スプラッターにしちまうぞ」

 

 よし、改めて装着!

 

「あ、あれ……? 何か妙に重たい気が……こんな重かったっけ…?」

 

 余裕で動かんし。

 指先は動かせるけど。

 

 い、一旦外そう。

 

「……ううむ」

 

 ISにも感情があるってマジかもしれん。

 よし、今度は可愛がってみよう。

 

「よーしよしよしよし! よしよしよしよし! よーしよし! よしよしよしよーしよしよしおし!」

 

 【打鉄】に近付いた俺は全身をヨシヨシしてやる。

 そしてもう一度、装着!

 

「むっ……さっきより軽くなってる…? いや、元に戻ったと言った方がいいか」

 

 これは気のせいじゃないような…?

 明らかにってレベルではないから何とも言えんが……むむぅ…?

 

 

【媚びてみる】

【バカにする】

 

 

「……いやぁ、流石は名高い【打鉄】さんでさぁ! この乗り心地! この肌触り! 素晴らしいの一言に尽きますよぉ! あっしのような下賤が、アナタ様のようなリーダーに! そう! 【打鉄】の中でもリーダー的存在なアナタ様に触れられるなんて、もう感動で打ち震えてしまいます~~~っ!」

 

 あ、軽くなった。

 この軽さは流石に分かる。

 

「……うわコイツ、ちょれー…ッ、ぬぁぁぁッ!? お、重―――ッ!!」

 

 ぜ、絶対コイツ感情あるぞ!

 間違いなくある! しかも子供っぽい性格してやがる! 

 

「って重てぇツってんだろ! テメェどんだけ重くッ…あががが…!?」

 

 重い重い重いいぃぃぃッ!!

 この俺が重く感じるって相当な重さになってんぞコラァッ!! 重すぎて膝が勝手に突きそうだ……指先すらも動かねぇようになってるし…! 

 

 このッ…クソポンコツがァ…!

 

 

【全力で謝る】

【全力で抗う】

 

 

 【下】だコラァッ!!

 

「テメェあんま調子ノッてんじゃねぇぞ…! そっちがその気なら俺だってもう容赦しねぇ……容赦しねぇぞコラァッ!!」

 

 ISに身体を預ける?

 知るか! どっちが上かハッキリさせてやる! いつまでも俺が制御に甘んじてると思うなよコラァッ!!

 

「ぬっ…! ぬぐぐぐ…! これが俺の力だ…ッ!」

 

 これまで持っていた、ISに動いてもらうという考えを完全消去する。今持つべき意思は俺が動かすという事。元々動かないモノを自分が動かすという強い意思…! 動かないなら力づくで動かせばいいだけだ…!

 

 ISと乗り手はお互いの対話で分かり合うという。だが俺は上品に言葉で分かり合うより、男らしく身体でブツかり合う方が性に合ってる…!

 

「テメェもISなら俺の全力を全力で理解しやがれ…! 心ではなく身体で理解しやがれ…!」

 

 俺がどんな男かその身に刻め―――ッ!!

 

 

 

 

 

 

「ッ……ふぅぅぅ……中々やる…」

 

 まさに一進一退の攻防だった。

 俺の意地と【打鉄】の意地がブツかり合った結果、ついにどちらも折れることはなかった。

 

 流石は訓練機のリーダー的存在だ。もしかしたらナメてたのは俺の方かもしれない。1日やそこらで簡単に動かせられるなんて、思い上がりも甚だしかったか。

 

「ISは道具にあらずパートナー、か」

 

 肉体言語だけじゃダメかも分からんね。ケンカ好きな兄ちゃん達相手なら、それで何とかやっていけたんだが、やっぱ同じようにはいかんね。

 

 他の方法で【打鉄】と仲良くなるには……ううむ…あ、そうだ、あだ名でもつけてみるか。俺も布仏にあだ名を介してダチっぽい関係になったし。

 

「おい【打鉄】。お前今日からたけしな!……ッ、ぬあぁぁぁッ!? 急に重くなるんじゃねぇよ! ちょっ、おまえ何だこのッ…今日一番の重さは……ッ、スーパーたけしかこのヤロウ!」

 

 【打鉄】との相互理解の道は中々に険しい。

 

 

 

 

 

 

「また明日な」

 

 今日のIS稽古はここでおしまい。

 鈴の言う通り、根を詰めすぎるのは良くない。俺はたけしを格納庫に仕舞って、アリーナから出る。

 

 帰ってシャワーでも浴びよう。

 そのあとは毎晩恒例のアレが待っている。

 【選択肢】主催のアレだ。政府のおっちゃんと千冬さんにも1度言ったアレだ。想像上のナニかと闘らされる謎組手が待っているのだ。とても嫌なのである。今日くらい楽な相手が良いのである。

 

「はぁぁぁ……ただいまぁ」

 

 シュプールのドアを開けた。

 

「お帰りなさい。ご飯にします? お風呂にします? それともわ・た・し?」

 

 家に帰ってきたら、見知らぬ女が裸エプロンで居たでござる。これは変態ですね、間違いない。変態だし明らかなハニトラですね、間違いない。というか不法侵入ですよ不法侵入! 

 

 キチガイうさぎに続いて、生涯2度目の被不法侵入ですよ被不法侵入! 俺の危機管理能力を見くびってんじゃねぇぞ、お前千冬さんに通報してやるからな! そのまま変態アピールしとけ変態!

 

 

【目には目を歯には歯を、変態には変態を。こっちも上を脱いで応戦だ!】

【今夜はたまたまブラジャーしてないから恥ずかしい。ここは下を脱いで応戦だ!】

 

 

「いつもノーブラだコラァッ!!」

 

 上の服を床に叩きつける。

 

「あらやだ、噂に違わぬ変態さんね」

 

 お前もその仲間に入れてやるってんだよ!(ヤザン)

 

 変態糞侵入者に俺が優しく接すると思うなよ。美人だろうが犯罪は犯罪だ。何が狙いか知らねぇが、絶対に逃がす訳にはいかない。

 

 逃がしちまったら、一夏も被害に遭う可能性がある。優しいアイツがハニトラを見抜けるとは思えない。ならこの変態が2度とこんな事をしないよう、正義の鉄槌を喰らわせてやるしかない。

 

 ボコッて顔にうんこ書いてやる(正義の鉄槌)

 

 





今度こそISメインの話が書けた(満足)


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第47話 vs.学園最強

二転三転、というお話。



 

 

 

「………………………」

 

「ん~? もしかして警戒されちゃってるのかな?」

 

 見知らぬ痴女が部屋に入り込んでたら、当たり前すぎるんだよなぁ。

 しかしこの女……この状況を、いや上半身裸の俺を楽しそうな笑顔で眺めているだと? やっぱり変態じゃないか。

 それに全体的に余裕を感じさせる態度。しかも嫌味ではなく、どこか初対面の俺を落ち着かせる雰囲気まである。

 

 厄介だ。

 

 初めて不法侵入されたあの頃の俺とは違う。あの時の俺は、まだ篠ノ之道場に通いだして1年しか経っていなかった。武をかじった程度のガキで、相手の力量を測れるほどではなかった。

 

 今は違う。

 だから感じてしまう。

 この涼しげな顔をした女が纏う異質な雰囲気を。

 

 思い出すのは、ISを起動させてから入学するまで喧嘩させられまくった日々の事。自称ケンカ大好きなわんぱくお兄さん達ばかりだったが、中にはただの不良じゃない奴も紛れ込んでいた。ナニかをやっている者だ。それは空手だったり柔道だったり。

 

 この女から兄ちゃん達と同じ気配がする。

 まったくもって嬉しくねぇ事に、兄ちゃん達よりも気配が濃く出てやがる。確実にこの女は何らかの武を身に付けている、上のレベルで。

 

 非常に厄介だ。

 軽くペチッてしてペチペチッてして、ペンでキュッキュってうんこ書いて、正義の鉄槌を成し遂げる予定だったが……事はそう単純にはいってくれなさそうだ。

 

 ちっ……武闘派変態女とか新しすぎんぞオイ。新しいし怖いわ。武に物言わせてハニトラ仕掛けてくるとか、俺たち男にとって最恐すぎんだろ。一旦、ここは穏便に話すだけに留めた方が吉なんじゃないか…?

 

 

【ナニかあったら怖いし、そうしよう】

【次に狙われるのは一夏だ。友を危険に曝すつもりか】

 

 

 む……確かに俺の次は一夏だろう。武から3年も遠ざかっている一夏が、この女に襲われて勝てるか?

 

 

『アナタがパパになるのよ!』

 

『やだ! 小生やだ!』

 

『暴れんな、暴れんなよ…!』

 

『旋焚玖助けて!』

 

 

 うーんこの、これはとてもひどい悪夢ですね。

 

 脱童貞したと思ったら三段跳びでパパになっちゃった! とかIS起動させてない男でも普通にシャレになってないんだよなぁ。それが一夏なら、もっとやべぇ事になるのは想像するに難くない。

 

 やはりこの女はここで仕留めるに限る…!

 

「……! へぇ……か弱い女性に、遠慮なく殺気ブツけてくるんだ?」(あらら……ケンカしに来た訳じゃないんだけどなぁ……でも、言わない♪ 織斑先生をして世界一だと言わせるアナタの実力……肌で感じるのも一興ね…!)

 

 言葉とは裏腹に浮かべた笑みは崩さない、か。

 その余裕、気に入らねぇな…! 美人なのも気に入らねぇ…! こんな出会いでなかったら余裕で惚れてるわ! 

 

 つまりだ、お前のせいで俺の出会いが1つ潰れちまった事にもなるんだよ。許せる訳ねぇよなぁ、純情な感情を弄びやがって!

 

「……む」

 

 凄まじいな。

 常人の倍はあろうかとも言える女の間合いが見えてしまった。その脅威が俺の足を竦ませる……が、ンなこと知るか、行っちまえ…!

 

 何の工夫もなしにズカズカ入り込む。

 かつてキチガイうさぎにやったのと同じく、無造作に女の腕を掴んだ。女は待ってましたと俺が握る手を返し、そのまま床へと投げ落としにかかった。

 

「ッ……あ、あれれ?」(うっそでしょ!? な、なんでっ、タイミングはバッチリだったのに…!?)

 

「なのに投げれない」

 

 この女は強者だ。

 腕を切り返される事など最初から予測済みだ。なら切り返される前から、重心の切り返しを済ませていればよい。ただそれだけの事だ(どやぁ)

 

「一体、どういうマジックかしら?」(彼の両足がまるで地面とくっついていた錯覚すら覚えたわ……なるほど、垣間見せたわね…!)

 

「縛り上げた後に教えてやる」

 

「あらやだ、緊縛趣味まで持ってるの? やっぱり変態さんなのねぇ」

 

「お前に言われたくねぇよ痴女が!」

 

 離れかけていた間合いを縮める為に1歩踏み込む。同時に女も1歩だけ下がってみせる。この距離感を保つつもりか? させねぇ! 

 

 女がバックステップしてみせれば、当然エプロンがヒラリと舞う。いつまでも進んで引いてを繰り返している訳にもいかない。展開を起こすには、それを掴むしかないだろう!

 

「やんっ……んも~う、女性の衣装を掴むなんて男性としてどうなのかしらん?」

 

 あ、簡単に掴めちゃった(極限集中)

 

「ハッ……その余裕、いつまでもつか見ものだな…!」

 

 イヤッッホォォォオオォオウッ!!

 

 イエスッ! イエスイエスイエスッ!! イエェェェェェエエエエエスッ!! ひゃっほぉぉぉぉい! やっほやっほやっほっほぉーい!  

 

 俺、IS学園に来て本当に良かったよぉぉぉぉッ!! ありがとう一夏、これも全てお前のおかげだ! 俺が日本を支配したら総理大臣にしてやるからな!

 

 何よりこれは偶発的なものである。男女間における格闘時にありがちな事故である。決してやましい気持ちで捲る訳ではないのである。そして悲しいかな、戦闘中に相手から目を放す事などあってはならないのである。私は武術家ゆえに、この女の裸体を凝視する義務があるのだ。

 

「……………………」

 

 だからおっぱい見せろコラァッ!!

 

 裾を掴んだ手に力が入る。

 

「……なら、こうしちゃう♪」

 

「む…!」

 

 俺が捲るよりも早く、女はエプロンのヒモを自ら解いた。やっぱり痴女じゃないか! ありがとう!

 

「じゃーん♪ 水着でした~!」

 

 は?(本気の殺意)

 

「んふふ、もしかして期待しちゃってたの?」

 

 何だこのアバズレ。

 穢れ無き少年の純情な感情を弄んで、どうして笑っていられるんだ?

 

 

【美人のおっぱいが見れなくて咽び泣く】

【変態になりきれない弱き者を蔑む】

 

 

 乳が見れねぇくらいで誰が泣くかアホ!

 

 ああ、蔑んでやるよ! 

 思いきり蔑んでやる!

 

 誰だか知らんがテメェ覚悟しろよ!

 

「やぁねぇ、そんなにジッと見つめられちゃったら、お姉さん困っちゃうわ」

 

「はんっ……勘違いも程々にしとけよ、腰抜けが」

 

「……どういう意味かしら?」

 

 いやんいやんと上機嫌でケツをプリプリ、腰をくねくねしていた女の動きが止まった。声のトーンも下がったって事は……俺の言葉の意味が、何となく伝わったみたいだな。

 

 俺を見据える女の視線が初めて鋭くなった。だから何だ? こちとら普通に煮え切ってんだよ、今の俺が簡単に目を逸らす雑魚だと思うなよ。

 

 心は熱く頭は冷静に。

 頭が冷静なだけに、ビキニを着た女と上半身裸の男が睨み合ってるこの状況がシュールすぎてたまらん。だが、引かない。心は熱いままだ。

 

「中途半端なんだよお前。エプロンの下に水着だァ? ビビッてる証拠じゃねぇか」

 

「そ、それは―――」

 

「ビビッちまうのはまだ良い。だが中途半端なのが一番いただけねぇ。裸エプロンに抵抗があるなら最初から服だけ着てりゃいいんだ」

 

「うぐっ……い、言ってくれるじゃない」(ず、図星すぎて上手く反論ができにゃい)

 

「変に水着なんて着るからややこしい事になる。それでプライドを守ったつもりかよ? 随分ちっぽけな自尊心だな、ええオイ?」

 

「なんですって…! アナタ私にケンカ売ってるの?」

 

 最初に売ったのはテメェだろが!

 上げて落とされた俺の気持ちも考えろよ!(ナマ乳的な意味で)

 

「馬鹿言ってやがる。着ないなら着ない、着るならちゃんと着る。裸エプロンに徹しきれなかったお前は既に負けてんだよ! 俺にケンカを売られる価値すら無ェ!」

 

「……ッ!?」(くぅぅぅ! く゛や゛し゛ぃぃぃぃッ!! 言い返したいのに言い返せないよぉぉぉぉ!!)

 

 テメェこんなモンで終わらせねぇぞ。

 2度とフザけた真似できないよう性根を叩き潰してやる。

 

「乳も出せねぇくせに、経験豊富を装いやがってこの処女ビッチが」

 

「(ムカッチーン…!)本当に随分な事を言ってくれるじゃない…! 偉そうに人のことを処女扱いしてるけど、そういうアナタは経験豊富だとでもいうの? とてもそんな風には見えないけど…!」

 

 てンめぇぇぇ! 

 

 今、顔見て言いやがったな!? 俺の顔で非童貞とか都市伝説だってか!? そう言ってんだな!? いいぜ、ジョートーだよ…! この俺に口上戦で勝てると思うなよ!

 

「フッ……モノを知らねェってのは悲しいねェ」

 

「な、なによ…?」(この静かな威圧感は何…!? 織斑先生とは違う迫力…!)

 

「もういい歳だしよ、高校入ったらおとなしくしてよーと思ってたのによ。俺を知らねぇか……旋焚玖ったら地元じゃヤンデレもツンデるで評判のモテモテ野郎よ」

 

 何かこんな感じのハッタリを何処かでも言ったような気がしないこともない。

 

「俺の兄キは性病に罹りまくりだしよ。姉キは性病を撒き散らしてるしよ。お袋は売れっ子のエロ漫画家だしよ。親父はネカマが趣味だしよ。裸エプロン如きで怖じけづくテメェとは格が違うんだよ」

 

「な、なんてことなの……」(表情、雰囲気、瞳……! 全てに於いてまったく嘘を感じさせない…! 堂々たる彼の姿が私を信じさせる! それだけの凄みがあるわッ…! でも…!)

 

「あなた、ひとりっ子でしょ」

 

「そうだよ」

 

 あ、しまった。

 つい、いつものノリで頷いちゃった。

 

 あっと……無かった事にならないかな。

 

「ンンッ……どうしてそう思う?」

 

「アナタの事なら私、何でも知っているもの」

 

「……なんだと?」

 

「(さぁ、今度は私の番よ!)主車旋焚玖、15歳。誕生日は11月11日」

 

 ハッ……ただのプロフィールじゃねぇか。構えて損したわ。そんなデータ的なモンでドヤ顔してんじゃねぇよ。

 

「8歳の時、初めて篠ノ之道場に」

 

「……む?」

 

「そこで篠ノ之柳韻氏から剣道ではなく、篠ノ之流柔術を指南される事に。それからというものの、基本的に道場から自宅までは逆立ちで。中学からは指立てに移行。既に皆伝書も頂いている。男尊女卑の風潮にありながら、地元では女性からも常に生暖かい目で見守られている」(どやぁ)

 

 ヒェッ……初対面がドヤ顔でそこそこ深い個人情報を言うって普通に怖い。な、なんだこの女、一体何者なんだ…! ただの何ちゃって変態じゃなかったのか…!

 

「まだあるわよ? アナタ、小・中学の通知表に『とても優しくクラスの頼れるお兄さんです。ただ時折、前触れなく奇行に走るのが先生はとても心配です』とコメントされ続けたらしいじゃない。昨日のドゥドゥドゥペーイも奇行になるのかしらね?」(どどやぁ)

 

 な、何でそこまで知ってんだ!?

 

 

【これはストーカーですね、間違いない(ネガティブ)】

【これは純愛ですね、間違いない(ポジティブ)】

 

 

 ポジティブすぎィ!!

 

 いやいやこれが純愛ってお前……アレか? 俺の事が好きすぎて~、と思えって? 確かに好きな相手の事は何でも知りたくなるモンだが……いやでも、知りすぎじゃね? 過去の事までがっつり知ってるとか、普通にストーカーだと思うんですけど(名推理)

 

「……ストーカーがご趣味かな?」

 

「ふふっ、どうかしらねぇ」(うふふっ、流れが私に傾いたわね! 私を処女ビッチ呼ばわりした罪は重いわよぉ…! このままマウント取り続けちゃうんだから!)

 

 何故そこで濁すのか……クソッ、どっちか分かんねぇ反応しやがって…! コイツ、ちゃんと躱し方を心得てやがる。

 

 うむむ……俺に似たタイプって訳か。

 道理でやり辛い筈だ、いまいち攻め切れないのも頷ける。

 

 

【純愛なのか確かめる】

【純愛なので確かめない】

 

 

 ポジティブ押し付けるのヤメろや!

 

 それに確かめないってお前アレだろ!? この女は俺に惚れているデュフフって決めつけるって事だろぉ! 【下】選んだら、どうせそれ関連の【選択肢】出してくるんだろぉ! 分かってんだよバカ! バーカ!

 

 俺は確かめるぞおい!

 勝手に断定して苦しむより、聞いた苦しんだ方が絶対マシだ! もしかしたらマジに惚れられている可能性だってあるかもしれない!(ほのかな期待) 

 

「お前もしかして、俺の事が好きなのか?」

 

「は?」

 

「あっ……」

 

 思ってた以上にキツい反応が返ってきました。1ミリ足りともそんな事はないという感情が、とてもよく伝わってきました。じゃあもうこの人は、ただのストーカーという事でいいです。ここからはもうホントのホントに手加減はやめます。

 

 全身全霊を懸けて、この女を排除してやるッ!

 

「急に変な事を言ってごめんなさい」

 

 ペコリと頭を下げる。

 

「えっ? あ、ええ、別に構わないわ。そういう事もあるわよ」(あれほど張り詰めていた氣が霧散した…? 負けを認めたって事でいいのかしら…)

 

「あと……そろそろお互い、ちゃんと服を着ませんか? 俺の負けです。もうアナタを変に疑ったりはしませんよ。俺に用があるなら話をしてくれませんか?」

 

「……そうね、そうしましょうか」(なぁーんだ、思ったより簡単に負けを認めちゃうのね。背中を向けて隙を見せても、襲ってくる気配もなし……ちょっぴり残念かも)

 

「ちゃんと着替え持ってきてたんですね~」

 

 会話は絶対に途切れさせない。

 

「あはは、流石にこの格好で外は出歩けないわよ~」

 

「そうですよね~…あ、千冬さん、助けてください犯されそうです」

 

「は?」

 

 振り向いた時にはもう遅い。

 

「け、携帯電話!? いつの間にッ…!」

 

 うへへ、何のために俺が頭を下げたと思っている。何のために闘気を消したと思っている。そして、何のために服を着る提案をしたと思っている。女なら着替えるとき十中八九、男から背を向けるからだろうが…!

 

 あとは通話のマイクボタンをポチッとな。

 

『30秒で行く。ブツッ……プーッ、プーッ…』

 

 ドスを利かせた千冬さんの頼もしすぎる声が、静寂な部屋に響いた。つまりこの女の耳にも入った訳で。

 

「ちょっ……い、今の声って…!」

 

「確認してる余裕あんのかよ? あの人はマジで30秒で来れる人だぜ? アンタまだビキニのまんまじゃねぇか」

 

「~~~~ッ!!」(ま、まずいッ! まずいまずいまずいわ! 織斑先生に悪ノリは通じにゃいぃぃぃ!! 男子2人だと尚更ッ……ここは戦略的撤退よ!)

 

 事のデカさに気づいたか、服を手にもって扉へと猛ダッシュするビキニな敗北者。うわははは! 待てよこいつぅ~♪(勝者の余裕)

 

「どこへ行こうというのかね?」

 

「!?」(一瞬で私の前に立ち塞がった!? は、疾いってレベルじゃないでしょ!? どうする、相手している余裕はない! ホントにない! せ、説得して味方につけるしかない!)

 

「き、聞いて主車くん!」

 

「聞かぬ!」

 

「お願いだから! 私ね、実は生徒会長なの!」

 

 嘘つけアホ!

 テメェ此処をどこだと思ってんだ、神聖な学び舎だぞ!? 

 

「そんなエロいビキニ着た生徒会長が居てたまるか!」

 

 お嬢様学校ナメんなよ!

 

「うぐっ! ご、ごもっとも…! でもね、これはね、なんていうか…そう! お茶目なお姉さんっぷりを披露したかったっていうか!」

 

「お茶目にも限度というものがある……なァ、更識よ」

 

「ヒェッ……お、織斑先生…」

 

 世界最強を誇るガーディアンフォースのご到来だ。

 

「悪ふざけをするのは個人の自由だが、行動には常に責任が伴う。お前ほどの生徒が、まさか理解していないとは言わさんぞ」

 

「は、はいぃぃ……うにゅっ…」

 

 抵抗しても無駄だという事を分かっているのだろう。大人しく千冬さんに首根っこを掴まれていた。にゃんこみたいな扱いされてんな。

 

「すまないな、主車。コイツの説明はまた明日にでもさせてくれ」

 

「それは全然構いませんけど、何処へ連れて行くんですか?」

 

「布仏姉の部屋だ」

 

「!!?!!?!?!?」(はい死んだ! 私死んだよ! 死刑宣告されちゃった、ふえぇぇぇ……)

 

 へぇ、布仏に姉ちゃんが居たのか。何やらビキニなにゃんこがすっごい顔してるけど、親しくもねぇ他人を庇ってやるほど俺は優しくない。力の無さを悔いるが良い(イーガ)

 

 

【犯罪者に慈悲は無し。そのまま見送る】

【ここで優しさを見せる事で、後に良い関係になれるか・も♥(熊)】

 

 

 これは…!

 なんという的確で冷静な判断なんだ!(大賛辞)

 

 怒りで視野が狭くなっていたが、おかげで目が覚めた。そうだよ、最終的に庇ってやるのがモテ男なんだよ! うへへ、いい仕事してくれますねぇ、選択肢さん! 熊ってのが少し気になるが、ここは【下】一択だろ! 

 

 素人目には【下】が甘い言葉に見えるだろう? だがな、ここであえて釣られるのが通なんだよ。玄人にしか分からない、これは未来を見据えた選択なのさ!

 

「クマー!!」

 

「「!!?」」

 

 

 は?

 

 




これはモテない男(断言)



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第48話 友の出陣

実は心配性?というお話。



 

 

「クマッ、クマー!」

 

「ど、どうしたの主車くん!?」

 

「ふむ……」

 

 これはクマった。

 クマったしコマった(極上のダジャレ)

 

 クマしか言えねぇや。

 いつもの奇行的選択肢だったか……俺もまだまだ読みが甘めぇな。だが焦る必要は全くない。だって千冬さんが居るからな!

 

「……なるほど。お前は更識すら庇ってみせるんだな」

 

「え?」

 

 約束された勝利。

 

「分らんか、更識よ? 主車はな、お前の件を不問にすると言っている」

 

「全く分からないんですけど……」(だってクマしか言ってないじゃない。これが噂に名高い主車くんの突発的奇行ってヤツよね? どうして織斑先生はそう判断したのかしら…?)

 

 俺からは何も言うまい。

 言ってもどうせクマしか出てこねぇし。

 

 俺は沈黙を選ぶ代わりに全てを千冬さんに託した。

 

「私に助けを求めておきながら、犯人であるお前を許したくなった。だが、それを言うには私を呼んだ手前、どうしても抵抗がある」

 

「……だから、代わりにクマーって叫んだ…ですか?」(確かに辻褄は合っているわ……でも、本当にそうなの? 織斑先生は主車くんを良い目で見すぎなんじゃないかしら。私はただの奇行だと思うんだけど……)

 

「根拠もある。現にコイツは昨日もコレ(奇行)で、オルコットと篠ノ之を救っている。行動は奇怪であれ、もしそれがなかったらオルコットも篠ノ之もクラスで浮いた存在になっていただろう」

 

「それは……」(確かに本音ちゃんも同じような事を言ってたわ……そういう事なの…? 主車くんの行動には意味がある、と?)

 

「今すぐ理解しろとは言わん。だが、コイツはこういう男だ」(篠ノ之とは違って、オルコットも更識も他人同然だというのに、コイツには関係ないのだろう。まったく……旋焚玖の優しさは天井知らずだな)

 

「織斑先生……」

 

「クマァ……」

 

「フッ……さて、では帰るぞ更識。コイツもオルコットとの決闘を来週に控えた身だ。チョッカイを掛けたければ、その後にしろ」

 

 パーフェクト。(クエスター)

 

 伊達に母さんをお義母さんと呼んでない。千冬さんは一夏と並んで、一番付き合いが長いからな。色々と分かってくれてホントに助かるぜ。千冬さんが居てくれるおかげで、俺も安心してクマクマできるんだ!

 

……クマクマってなんだよ(哲学)

 

 

 

 

 

 

「……たく……旋焚玖…!」

 

「む……」

 

「どうしたんだ、ボーッとして」

 

「いや、少しクマった思い出に浸っていただけだ」

 

「ふーん、そか」

 

 一夏の呼びかけで意識が現実に戻ってくる。

 

 謎のビキニ女襲撃から約1週間が経った。今日は待ちに待っていない、一夏とオルコットとの対決の日である。

 俺と一夏と篠ノ之は今、第3アリーナのAピットで待機しているところなんだが……アレが来ないんだよ、アレが。今からオルコットとの試合だってのに、まぁぁぁだ一夏の専用機が届いてない状況なのだ。

 

「お、織斑くん織斑くん織斑くんっ!」

 

 3回だよ3回。

 Aピットに駆け足でやって来たのは、1組の副担任やーまだ先生(ドカベン)

 

 

【どうしてそこで一夏の名前しか呼ばないのか問い詰める】

【俺の名をいってみろ!】

 

 

 一夏の専用機が届いたからなんだよなぁ(名推理)

 

「俺の名をいってみろ!」

 

「ふぇっ!? え、えーっと……ジャギ様?」

 

 やりますねぇ!

 

 IS検査の時も思ったが、やーまだ先生の隠れ男の子な趣味っぷりが意外にハンパねぇ。FF7やら北斗の拳やらいい趣味してんねぇ、道理でねぇ! 伊達にメガネはしてねぇな、きっと視力低下の原因はゲームとマンガだ。

 

「織斑、お前の専用機が届いた。すぐ準備に取り掛かれ。アリーナの使用時間は限られているんでな」

 

 千冬さんも入ってきた。

 教室で見せるキリッとした表情ではあるが、何やら違和感が……なんだろう。

 

「こちらが織斑くんの専用IS【白式】です!」

 

 やーまだ先生に案内された場所にソレが居た。

 名前の通り真っ白なISだ。しかし、誰が名付けたかは知らねぇが、白いから【白式】って安直すぎだろ。俺の【たけし】の方がよっぽどオシャレだぜ。

 

「これが……俺の専用機……」

 

 装甲を解放して待ち構えている【白式】へと、一夏が歩を進める。

 

「すぐに装着しろ。時間がないから初期化と最適化は実戦でやれ。出来なければ負けるだけだ、分かったな?」

 

「あ、ああ、分かった」

 

 いや分かってないだろ。

 聞き逃せない単語が出てきたっての。千冬さんの言葉でいくと、今の【白式】はまだ初期化と最適化が済んでない状態って事でいいんだよな?

 

 それってアレだろ、訓練機と同じ状態って事だよな? 

 

「待て待て、ちょっと待ってください織斑先生」

 

「む……」

 

 それはイカンでしょ。

 この1週間、毎日【たけし】と戯れている俺ですら、ようやく右腕を飼い馴らせたくらいだっての。

 

「【初期化】と【最適化】をしないと満足に動かせないんじゃないですか?」

 

「それはそうだが、それでもアリーナを使える時間は限られている。この後も既に予約でいっぱいだ。無理でも何でもやってもらう」

 

 さらっと言いおってからに!

 一夏はアンタの弟だろ! 一夏が無様に負けて、笑われても良いって言うのかよ! 冷徹に言い放つ千冬さんを俺は見損なった! 見損なったぜ!

 

 と、付き合いの短い奴なら思うだろう。

 だが、ガキの頃から千冬さんを知っている俺が見逃す筈はない。千冬さんの表情に僅かな陰りが見えた原因はこれだったか…!

 

 言われるがまま【白式】に背中を預ける一夏を横目に、携帯を取り出しポチポチポチ……っと。

 

 

『ちなみに千冬さんの本音は?』

 

 

 ほい、送信。

 

 

『(´つω・`)超心配だ。延期させてくれないIS学園きらいヽ(`Д´)ノ』

 

 

 あらやだ、とっても弟想い。

 ま、そんな事だろうとは思ってたけどな。

 

 どうする、もう俺が無理やり止めるか?

 一夏を気絶でもさせちまえば…!

 

「こいつ……動くぞ!」

 

 おっ、現実逃避か?

 アムロの真似しても動かないモンは動かないぞ。俺が優しく気絶させてやるから安心しな。

 

「ふむ……問題なく動くな? 気分は悪くないか?」

 

「大丈夫だ、千冬姉。いけるさ」

 

 あれ?

 何か普通に動かしてるんですけど。ISを纏った両腕を苦もなくガチョガチョさせてるんですけど。

 

「こいつ……動かしてるぞ!」

 

「ああ、動かしてるな」

 

 篠ノ之が当たり前だと頷く。

 あ、そうか。そうだった。つい忘れてたわ。ISには適性値があるんだったな。Eの俺と同じ目線で語っちゃいけねぇよ。

 現にガチョってる一夏の表情も気負いなく、むしろ勇ましい。これはマジで動かせていると判断していいな。

 

 いやいや、待て待て。

 ここで楽観視するのは良くない。少し疑うくらいがちょうど良い筈だ。もしかしたらヤセ我慢している可能性だってある。一夏は変に勘が鋭いところがあるし。俺たちを心配させまいと、無理して動かしている可能性だって零じゃない。

 

「一夏、本当に動かせてんのか? 無理してないか?」

 

「ん? 大丈夫だって旋焚玖! ほら、この通りちゃんと動かせてんぜ」

 

 一夏は俺たちに見せるよう、ブンブン手を振ってみる。だが、実は腕だけしか動かせないかもしれない。不安は取り除いておかないとな。

 

 少しでも不自然だったら、俺はお前を行かせるつもりはない。

 

「ちょっと飛び跳ねてみろ」

 

「おう!」

 

 あぁ^~一夏がぴょんぴょんしてるんじゃぁ^~(安堵)

 

 しかし単純な動作には変わりない。

 機敏な動きはどうだ?

 

「ちょっとDaisuke踊ってみろ」

 

「Daisuke☆ テレテレテッテーン、テレレレレッテーン」

 

「「「!!?」」」

 

(ち、千冬さん! 一夏がおかしくなりましたよ!?)

(まぁ……旋焚玖と居る時のコイツはだいたいこんなノリだな)

(織斑くん、凄いDaisukeです…!)

 

 なんとキレのあるDaisukeを披露して魅せやがる…! これはマジでちゃんと動けるみたいだな!

 

「……本当に大丈夫そうだな」

 

「おう! 心配してくれてサンキューな!」

 

 一夏の意識がアリーナへと向かっていくのが分かる。

 俺たちは邪魔にならないよう後ろに下がった。

 

「旋焚玖、箒……俺、ずっと気になってた事があるんだ」

 

 ピット・ゲートに進みながら、そんな事を一夏が呟いた。

 もしかしたら、やっぱり一夏も不安なのかもしれない。これから代表候補生と試合う訳だからな。しかもぶっつけ本番で、観衆ありな状況で。俺だったら普通に逃げ出してるわ。

 

「言ってみな」

 

「オルコットさんと俺ってさ……なんで闘うんだっけ?」

 

「とうとう言ってしまったか、一夏よ」(私も言おう言おうとは思いつつ、言ってしまったら空気読めてない気がして、あえて今まで言わなかった事を。このタイミングで言ってしまったか)

 

「ふむ……」

 

 オルコットが入学初日に、俺を侮辱したからだと思うんですけど(マジレス)

 なお次の日から毎日、俺たちと一緒に昼食をとっている模様。割と笑顔で俺たちとも普通に話すようになっている模様。

 

 俺はもちろんのこと、一夏だって完全にわだかまりも消えてるんだよなぁ。だが、それをそのまま言っても、モチベーションは上がらんだろ。むしろ下がる可能性すらあるわ。

 

「その答えはきっとアリーナの中にある。己で答えを見つけてこい」

 

「それもそうだな…! よし、行ってくる!」

 

 何か意味深な感じで返答してみたら、気分良く出撃していきました。

 

 頑張れ、一夏。

 ズブのド素人が代表候補生に食らいついてみせな…!

 




なお試合は原作通りな模様(ガチ予告)


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第49話 向こう側の景色


ドゥドゥドゥペーイがさらに惹き起こしたもの、というお話。



 

 

 

 一夏が旋焚玖たちに自慢のDaisukeを披露している頃、反対側のピットでは、一夏との試合を控えるセシリアが静かに佇んでいた。彼女の専用機【ブルー・ティアーズ】は、まだ纏っていない。セシリアは瞳を閉じ、ただただ集中力を高めている。

 

 セシリアの応援のため、観客席ではなくピットまで駆けつけてきたルームメイトの清香と、同じく親しくなった静寐も、どこか優雅にさえ思えてしまうセシリアの様子に目を丸くさせるのだった。

 

「セシリア……すっごい集中してるね」

 

「うん。私たちが入ってきた事も、きっと気付いていないよ」

 

 目を瞑っていても、誰かが入ってきたら流石に気付きますわ。この声は清香さんと静寐さんですわね。

 

 どうしましょう、目を開けるタイミングを逃してしまいましたわ。まぁ適当なところで目を開けましょうか。集中していて今気付きましたわ~とか言えば、お二人も納得するでしょうし。

 

「どうする、清香? 邪魔しちゃ悪いし、やっぱり観客席に戻る?」

 

「んー……そうですなぁ…」

 

 むむぅ、と悩んでみせる快活少女な相川清香。

 そう、清香は快活なのである。元気っ子でありノリが良いとも言える。更に言うと、セシリアと旋焚玖のじゃんけん勝負に立ち合って以来、旋焚玖ともよく話すようになった数少ない1人である。

 

「……頬っぺたプニプニしたら気付くと思う?」

 

 気付きますわ。

 というか気付いてますわ。

 ですがここは、清香さんか静寐さんにプニプニされてから、目を開けるのが自然な流れと言えるでしょうね。

 

「いやぁ、流石に気付くでしょ」

 

 いいアシストですわ、静寐さん。

 あとは流れに沿って、目を開けましょう。

 

「甘い! 甘いよ、静寐! セシリアくらいの凄さになると、そんな程度じゃ集中力は途切れないね! ルームメイトの私には分かる!」

 

 途切れます(断言)

 

 ですが……正直うむむぅ、ですわ。

 本当に目を開けてしまって良いものか、少し悩みますわね。清香さんの期待をあっさり裏切ってしまうのも……うむむぅ…ですわ。

 

「私は気付くと思うけどなぁ……それじゃあ、プニプニしてみる?」

 

「ツンツンからしてみようよ!」

 

 プニプニとツンツンの違いが分かりませんわ。強弱の違い、と捉えてよろしいのでしょうか。

 

「つんつん……つんつん…」

 

「………………」

 

 つ、ツンツンされてますわね。

 確かにこれはツンツンですわ。右の頬がくすぐったいですわ。今、わたくしの頬をツンツンしているのは静寐さんですわね。

 

「ホントに目を開けないね。清香の言った通り、すっごく集中してるよ」

 

「でしょ? じゃあ、今度は私がプニプニしてみよう!」

 

 つ、次は清香さんの番ですか。

 静寐さんのツンツンは、指というより爪の先で軽く突っつくという感じでしたわ。そこから予測するに、きっとプニプニは指で軽く突っついてくるという感じに違いありませんわね。

 

「プニプニ! プニプニ!」

 

「ふもももも!?」

 

 強すぎィ!!

 

 ちょっ、ちょっとぉ!? 

 全然プニプニしてませんわよ!?

 

「おぉ~、セシリアの頬っぺた超やわ~い。もっとプニプニしてやる~!」

 

「んもうっ、清香さん! 趣旨が変わってましてよ!」

 

「あははは! ぷんぷんセシリアが目を開けたよ~!」

 

 薄々そんな気はしていましたわ!

 きっと清香さんは、わたくしがタイミングを見計らっている事に気付いていたのですわ。それでも最初から指摘しないところが彼女らしいですわ、まったく…!

 

 ですが、わざわざピットにまでお二人が来てくれた事に関しましては、素直に嬉しいですわ。織斑さんのピットにも、主車さんと篠ノ之さんが行っていると聞いてますし。これで3対3のイーブンですわ!(意味不明)

 

「でもさ、私たちが入ってきた時のセシリア、すっごい真剣な表情だったよね」

 

「あ、静寐も? 私もそう見えた。なになに、実は少し緊張してたりしちゃってたり~?」

 

 このこのっ、と清香さんが私の頬をプニプニしてくる。なるほど、これが本当のプニプニなのですわね…って、今はそんな事どうでもいいですわ!

 

「ええ、緊張していますわ」

 

「え!?」

 

 驚いたように声を上げる静寐さんの隣りで、清香さんも両目をパチクリさせてわたくしを見てきます。他の人ならいざ知らず、このお二人に本心を隠すつもりはありませんわ。

 

「い、意外だね。セシリアの事だから『わたくしが緊張!? このエルィィィトかつエルェェェガントゥ!ヘァー!なわたくしになんと無礼な!』って言うと思っ…ふににっ、なにふるの~!?」

 

 うるさいですわ!

 何がトゥ!ヘァー!ですか!

 

 まったく似ていない物真似ほど、イラッとくるモノはありませんわ! そんな事をする清香さんの頬っぺたなど、むにむに引っ張って差し上げますわ!

 

「(割と似てたと思うけど黙っておこう)まぁまぁ、セシリア。それくらいにしてあげてよ。でもさ、どうして緊張してるの? だって相手は織斑くんだよ? いや、織斑くんをバカにしてる訳じゃなくてね」

 

 静寐さんが何を言いたいのかは分かりますわ。そしてきっと、清香さんも同じ事を思っているのでしょう。代表候補生であり、さらには専用機まで持っているわたくしが一素人を警戒するなんて、そっちの方がおかしいと普通ならそう思いますわよね。

 

「あなた達はわたくしと織斑さんのどちらが勝つと思っていますか?」

 

「え、セシリアっしょ」

 

「普通にセシリアだよね」

 

 勝って当たり前だと言わんばかりに即答されましたわ。ですが、これはこの2人だけの意見ではない筈です。IS学園に通っている者でしたら、きっと皆が清香さんたちと同じ反応をするのでしょう。

 

「わたくしが勝っても誰も驚きませんし、称賛もされませんわ。だって当然だと思われていますもの」

 

 わたくしが織斑さんを圧倒してみせたところで、それでも観衆からの反応は当然の一言で片づけられてしまうでしょう。専用機持ちの代表候補生と、かたや1カ月前に起動させただけの初心者の試合ですものね。

 

「逆に言ってしまえば、わたくしに苦戦は許されないのです。ましてや負ける事など絶対にあってはならない…! 少なからず不安と……プレッシャーは掛かっていますわ」

 

 いいえ、違いますわね。

 わたくしは油断しないように、気を引き締めているのですわ!

 

 ここで無駄に弱気になるのは愚の骨頂!

 華麗に勝ってみせると奮起してこそエリートなのですから!

 

「あー、何となく分かるかも。野球とかサッカーとかでもさ、強豪校が無名の高校に負ける事ってよくあるもん」

 

「伊達にスポーツ観戦してないね、清香。でもさ、不安だったら別に試合しなくて良いんじゃない? っていうか、何で織斑くん達とセシリアは試合する事になったんだっけ?」

 

「それは……その、わたくしが……むぅ…」

 

 入学初日に主車さんを悪く言って、それに織斑さんが怒って、わたくしも熱くなってしまい、つい決闘を申し出て……あれよあれよと今に至ってしまいましたとさ、ですわ。

 

「それはね静寐、セシリアが主車くんをバカにして織斑くんをキレさせたからだよ! 原因はセシリアなのだ!」

 

「うぐっ……はっきりと言わないでくださいまし」

 

 それが他の男であれば、わたくしも悪びれる気など一切起こらないのですが、主車さんと織斑さんは何というか……どうしても今までとは違う感じになってしまいますの! 

 

 それもこれも絶対にアレのせいですわ!

 入学式の次の日のアレです!

 

 昼食を食堂で無理やり一緒させられた時に、ハーミットモグリ先輩をわたくしが華麗に退治したあの一件以来、何故か織斑さんや篠ノ之さんとも普通に話すようになってしまいまして。

 

 主車さんはその前から変わらず、ずっとわたくしに話し掛けてきてましたし。あの人の積極性というかブレなさだけは正直凄いと思いますわ。

 

「あー……あったね、そんな事も。セシリアと主車くん達…っていうか、おもに主車くんと仲良いから忘れちゃってたわ」

 

「な、仲良くなんてありませんわ!」

 

「えー? 休み時間のたびにおしゃべりしてるし、お昼だって毎日一緒に食べてるじゃん」

 

「それは織斑さんや篠ノ之さん達もでしょう!? それにあなた達だって最近は一緒ではありませんか!」

 

 まったく!

 根拠もなく、わたくしと主車さんが一番仲良しみたいな言い方はヤメていただきたいですわ! プンプンしちゃいますわね!

 

「えー? だってセシリアと主車くん、授業中に手紙交換してるじゃん。仲良しじゃん」

 

 うぐっ…! 

 そ、それは…!

 

「結構頻繁にやり取りしてるよね。仲良しだよね」

 

「ま、待ってくださいお二人方! 違います、違いますの! それは主車さんが渡してくるから、仕方なくわたくしも返しているだけであって! そう! 仕方なくですわ! あくまで淑女の嗜みなのです! 殿方からのお手紙は、ちゃんと返事をしないと淑女とは言えないのです! 本当に主車さんも困ったお人ですわ!」(けっこう早口)

 

「ふーん。それで、主車くんと手紙でどんなお話してるの?」

 

「別に話題とかはないですわ。そうですわね、しりとり勝負をしたりお絵描き勝負をしたり、たまに主車さんが書いた迷路をわたくしが解いたりで……あ、そうそう、最近はわたくしがクイズを出したりもしてますわね!」

 

「仲良しじゃん!」

 

「そうだよ! 最後の方とか、ちょっと嬉しそうに語ったよね! そうそう、とか言って聞いてない事まで言い出したよこの子ったら!」

 

「ま、まぁ……新鮮ではあるかもしれませんわね、おほほほ…」

 

 織斑さんはともかく、主車さんにどんな感情を抱いていいのか、正直分かりませんもの。織斑さんのような友達想いな人はイギリスにも居ましたが、主車さんのような変人はイギリスには居ませんでしたもの。

 

 このわたくしが、まるで距離感が掴めない……いやな人ですわ!

 

「あれ? ちょっと待って。今思ったんだけどさ。もう織斑くん達と試合する必要なくない? だって、セシリアも主車くんに謝ってるんでしょ?」

 

「………謝ってませんわ」

 

 そうなのです。

 実はわたくしはまだ、正式に主車さんに謝罪が出来ていなかったりするのです。

 

「えぇ!? なんで!? あんなにしゃべってるのに!?」

 

 だからですわ!

 かえってタイミングを逃したと言いますか、あの人と居ると謝る雰囲気が作れないと言いますか……よく分かりませんけれど、わたくしはきっかけが欲しいんです! そう! 謝っても不自然ではないきっかけが!

 

 そして、それがようやく訪れたのです!

 待ちに待った試合ですわ!

 

「試合の後なら、ちゃんと謝罪できると思いますの。ですから、まずはこの試合の後、織斑さんに。そして3日後の試合で主車さんに謝罪しますわ」

 

「だいじょーぶ? ちゃんと謝れる? その時は私と静寐も一緒に付いて行ってあげよっか?」

 

「子供ですか! 1人でもちゃんと謝れますわ!」

 

 まったく、わたくしを何歳だと思っていますのかしら! というか、わたくしを誰だと思ってますの! イギリス代表候補生にして、世界でも限られた存在である専用機持ち! IS学園入学試験主席のセシリア・オルコットですわよ!

 

 わたくしがどれだけ凄いか、この試合でお2人にも見せて差し上げますわ!

 

「清香さんも静寐さんも目に焼き付けておきなさい!」

 

「え、謝るところを?」

 

「あ、やっぱり付いて来てほしいんだ?」

 

「ちーがーいーまーすー! 今から戦うわたくしの勇姿ですわ!」

 

 んもうっ! 

 清香さん達のせいで、せっかく張り詰めていた空気が台無しですわ!

 

 ですが、独り静かにピットで待機しているより、実のある時間を過ごせたと言えるでしょう。いい意味でリラックス出来ましたわ…! 

 

「……では、行ってきますわね」

 

 わたくしは【ブルー・ティアーズ】を纏い、ピット・ゲートに進む。

 

「うん! ファイトだよ、セシリア!」

 

「がんばれ~!」

 

 ゲートが開放されると同時に、勢い良くアリーナへと向かう。

 

「セシリア・オルコット……出ますッ!」

 

 

 織斑さん、覚悟してくださいな。

 今日のわたくしは……少し強いですわよ!

 

 





選択肢:話が進んでねぇんだよなぁ? そういうとこやぞ作者。


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第50話 一夏v.s.セシリア 前半戦


大人しく観戦、というお話。



 

 

 

「行ってくる!」

 

 俺たちに見送られる形で、一夏はゲートから勢い良く飛び出して行った。バビューンってな感じで行った。アリーナに入ってからも、地上に着地するのではなく普通に空を飛んでいる。

 

 一夏しゅごい……。

 

 

【俺も乱入するぜ!】

【今の心情を篠ノ之に打ち明ける】

 

 

 右腕しか動かないんだよなぁ。

 マジレスすると、俺がこの試合に加わろうって思ったら、まず最初にえっちらおっちら【たけし】を運ぶことから始めなきゃいけないもんなぁ。

 

「篠ノ之」

 

「む、どうした?」

 

「一夏しゅごい」

 

 せめて凄いと言わせてくれ。

 

「は?」(な、なにを急に…? まだアリーナに出て行っただけだぞ)

 

「一夏ってしゅごい」

 

 2回言わなくていいから。

 言ってもいいけど凄いと言わせてくれ。篠ノ之にキモいとか思われたら泣いちゃう自信あるんだけど? そこんとこ、アホの選択肢はどう思ってんの?

 

「……ハッ…」(違う…! 旋焚玖にとって、動かせた時点で凄いんだ…! 旋焚玖はまだ右腕しか動かせられないって言ってたし……もしや一夏と自分を比較して…? そういえば、心なしかしょんぼりした顔になっている……ここは励ましてやれば好感度が上がるのでは!?)

 

「だ、大丈夫だ主車! 焦る必要なんてないぞ!」

 

 いや焦るだろ。

 俺の恋愛脳的には割と瀬戸際だぞ。

 

「別に一夏と自分を比べなくていいじゃないか。お前はお前の速度で動かしていけばいんだ」

 

 あ、身体動く。

 

「……篠ノ之」

 

 フッ……なるほどな。

 

 俺は自ら勝手に『しゅごい』という言葉に、囚われていただけだった。篠ノ之は俺の言動なんかより、俺の気持ち(IS的な)を汲み取って、そして元気づけてくれているんだ。

 

 そんな優しさ魅せられたら惚れるに決まってんだろ! 童貞ナメんなこの美人! 短い髪型でも似合う大和撫子め! この正統派ヒロインが! 

 

「ちなみに俺の『しゅごい』はどう思った?」

 

 確認ッ…!

 せざるを得ない…!

 

 これで『かわいい♥』的な返答が来たら告白チャンスだ!

 

「ん? ああ、それは気色悪いから控えておいた方がいいぞ」(好きな男でもキショいのはキショいからな。それに他の女が聞いたら、旋焚玖を気持ち悪いと思うかもしれないし。旋焚玖が嫌われるのは私だって嫌だ)

 

「アッハイ」

 

 これは罰ですね、分かります。

 

 分かります? 

 罰なんだよ、これはな。

 友の試合にまるで関係ない、しかもアホほど邪な期待を抱いてしまった俺への罰なんだよ! すまねぇ、一夏。俺が悪かったよ。篠ノ之に言われて目が覚めたぜ。今からは集中してお前を応援するよ!

 

 モニターに目を向けると、ちょうど一夏もオルコットと対峙していた。

 

「来ましたわね、織斑さん」

 

「ああ、来たぜ」

 

 オルコットの手には、映像で観たレーザーライフルが握られている。

 

「本日はいい試合をしましょう」(今日のわたくしは、相手が誰であれ油断しませんわよ。勝つのはわたくしですわ…!)

 

「おう。でも、その前に一つ聞かせてくれ。俺とオルコットさんって、何で試合するんだっけ?」

 

 本人に聞けとは言っていない。

 

 いや確かにさっき『答えはアリーナの中にある』的なことは言ったけどさ。まさか決闘を吹っ掛けてきた張本人に聞くとは思わんかった。流石は一夏だぜ、俺に出来ねぇ事を平然とやってのけやがる。

 

「それは……」(織斑さん自身も忘れてしまうほど、わたくし達の間にあった確執が解消されているのは喜ばしい事だと言っていいのでしょう。ですがソレはソレ。コレはコレです)

 

 む……困惑するかと思いきや、妙に落ち着いているな。というか、今日のオルコットは何だろう……映像で観たのと、どこか雰囲気が違うような…?

 

「……知りたければわたくしに勝つ事ですわ」

 

「その言い方だと、オルコットさんは知っているみたいだな?」

 

「勿論ですわ。ですが…! わたくしに負けた時点でアナタの求める答えを闇に葬りますわ!」(ちゃんと説明して謝りますけどね! さぁ、いきますわよ織斑さん…! ハンデ無し手加減無し。勝負ですわ…!)

 

「まずは、挨拶代わりですわ!」

 

 それまで銃口を下に向けていたライフルを慣れた動作で構えたオルコットは、一拍すら置かずにレーザーをブッ放した。

 

「ぐおっ!?」

 

 当たる寸前、両腕を前に出すことで直撃を防いでみせた一夏だが、威力に押される形で吹き飛ばされてしまった。それよりも気になるのは、一夏の痛みを堪えた表情だ。

 

「織斑先生、ISを纏っていても痛みは感じるんですか?」

 

「当然だ。神経情報として脳に伝わるからな」

 

 痛覚が生きてるのなら、他の感覚も遮断されているって事はないだろう。むふふ、これは良い事を聞いてしまったぜよ。

 

「しかし、何をしているんだ一夏の奴…! 何故オルコットのように最初から武器を出さない!? 出していたら、さっきの攻撃だって防げたかもしれないのに…!」

 

 オルコットは一夏と対峙した時から、既にライフルを握っていたんだ。それなのに、一夏はそこでも武器を出さなかった。

 仮定の話をしたところで仕方ないが、武器を出していれば、篠ノ之の言うように防げた可能性はあった。

 

「装備、装備は!?」

 

 ちょうどモニターに、慌てて装備を確認している一夏の姿が映る。

 いやはや、これは一夏くんの怠慢ですよ怠慢! 今になってようやく武器を探すとかありえないですよ! 隣りに立つ篠ノ之さんもプンプンですよ!

 

「あの馬鹿者! そういうのはピットに居る時に確認するものだろう!」

 

 そうだそうだ!

 お前ピットで何してたんだ!

 

「織斑くんはその……飛び跳ねたり、踊ってたりしてましたからね」

 

 緊張感無さすぎィ!!

 

 試合前に飛んで跳ねて踊ってただァ!? 

 バカヤロウ! それってぜんぶ…………俺のせいじゃねぇか!! 

 

 うわぁぁぁッ、ごめん一夏! 俺の心配性っぷりが逆に足引っ張っちまったって事か!? あとフォロー気味に言ってくれてありがとう山田先生! その言葉が無かったらドヤ顔で「慢心、環境の違い…」とか言っちゃうところだった…!

 

 心の中で平謝りしてたら、一夏の右腕から片刃のブレードが顕現した。どうやら、アレが一夏の武器らしい。

 

 そして、その武器を目にしたオルコットは、眉をこれでもかというくらいに顰めて指を指した。あれだけ撃ち続けていた射撃を中断してまで、主張したい事があるらしい。というか、何だかんだで避けてた一夏……やっぱりしゅごい。

 

「織斑さんッ! あなたッ、遠距離射撃型のわたくしに、近距離格闘装備で挑むおつもりですか!?」(全ギレ)

 

「これしか武器が無かったんだよ!」(全ギレ)

 

「そうですか!」(納得)

 

「そうだよ!」(全ギレ)

 

 非常に勢いがあって、非常に楽しそうである。俺もあの愉快な掛け合いに交ざりたいなぁ。なんとか俺も【たけし】と仲良くならんとなぁ。今夜から違うアプローチしてみようかな。

 

 

【一緒に映画を観よう】

【恋バナをしよう】

 

 

 ISに恋バナをしゃべりかける男とか、普通に怖すぎるんだよなぁ。

 誰も居ないアリーナのど真ん中で? 夜中の11時過ぎに? ISに? 『俺さぁ、実は惚れっぽくてさ~、デヘヘ……どう思う、たけすィ?』とか言うの? 

 

 それもう怪談だぞ。

 まぁでも、【上】の選択肢は悪くない。映画鑑賞は感性を高める効果があるからな。強情な【たけし】もこれを機に、色んな感情を育んでもらいたいもんだ。『日本統一』シリーズでも今度持っていくか。

 

「いいですわ、わたくしも出し惜しみはしません! さぁ、踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと【ブルー・ティアーズ】の奏でる円舞曲で! 凄絶に!」

 

 おっ、元親か?

 

「おっ、なんか今の、旋焚玖っぽかったな!」(第43話参照)

 

「なっ…!?」(わたくし風にアレンジしたのにどうしてバレますの!? い、いけませんわ、パクったとか思われるのは嫌ですわ! 恥ずかしいですわ! 指摘される前に墜としますッ!)

 

 ライフルを構えるオルコットから、映像でも観たファンネル的なヤツが4機、解き放たれた。見て分かる通り、単純にオルコットの攻め手の数が1から5に増えた。いきなり5倍とか、普通に絶望するレベルだな。

 

 しかしこれはマズい。オルコットがこんなに早くファンネルを出してくるなんて、一夏も想定してなかった筈だ。映像では佳境に入ってから出してたし。一夏も見るからに焦りの表情が浮かんでいる。

 

「くっ……! や、やべぇッ…!」(【白式】の反応に俺が追いつけていないッ…! その上さらに攻撃の手を増やされたら、いよいよマズいぞ…!)

 

 

 

 

 

 

 不安が的中してしまった。

 何とか回避し、ブレードで防御し続けていられたさっきまでとは違い、ファンネルが追加されてから明らかに一夏の被弾が多くなってきている。

 

 ファンネルから放たれるレーザーを避けても、そこにオルコットのライフルがズドンだ。ライフルのレーザーを避けてもまた然り。今の一夏は完全にドツボに嵌っている状態か。

 

 実際、オルコットの技術も戦術もかなり厄介だ。俺ならとっくの前に墜とされてた自信あるわ。素人の俺から見て、一夏はだいぶ健闘してると思うんだが、それでもこのままじゃいずれ…。

 

「しゅ、主車…! このままじゃ一夏は…」

 

「……そうだな」

 

 何より今の一夏は、完全にオルコットの強い意思に飲まれている。

 ど素人の俺たちが、技術面で代表候補生のオルコットに対抗するなんて不可能だ。だからこそ、せめてハートだけは負けないようにしようって言ってたんだが……テンパってて、それを見失っちまっているようだ。

 

 

【今こそ乱入する時である!】

【臆病者はアドバイスに徹する】

 

 

 おい、この出たがり! というか出したがり! 動かねぇツってんのに、頑なに俺を乱入させようとするのヤメろって! なんだ【下】は挑発のつもりか? 甘ェぜ、俺は余裕で下を選べる男なんだよ! 

 

 それともなにか? もしかして生身で行けってか? それはもう行けじゃなくて逝けだからな? レーザーとか当たったら多分死んじゃうから。そこまで人間やめてないからな、マジで。

 

「織斑先生」

 

「なんだ?」

 

「一夏にアドバイスしてやりたいんですけど」

 

 確かISには通信機能が付いていた筈だ。

 俺の俺による一夏のための熱いアドバイスを届けてやるぜ。

 

「……ダメだ」

 

「む……何故です?」

 

「2人の試合が公平さに欠ける事になる。教師として許可は出来ん」

 

 なるほど、確かに公平さに欠ける。それに千冬さんはIS学園の教師だ。どうしても一夏絡みになれば、身内贔屓と揶揄されてしまう恐れがある難しい立場にある人だ。表立って許可出来る訳がないか。

 

 だからこそ、俺が居る。

 今こそ、俺の存在理由を発揮する時である! 

 

「おかしな事を言うものだな、織斑先生。この試合は既に公平さなど皆無だろう? バリバリ代表候補生で専用機持ちのオルコットと、ズブの素人の一夏だぞ」

 

 そこはまぁ、オルコットの決闘申し出をソッコー許諾した一夏の責任だ、と言われてしまえばそれまでだが。本命はこっちだ。

 

「しかも一夏のISは初期設定のままときている! 公平さを謳うなら、時間が掛かろうが無理にでも『最適化』を済ませるべきだった筈! 違いますか!」

 

「むむむ」

 

 

【千冬さんを困らせるのは偲びない。ここは大人しく乱入しよう】

【なにがむむむだ!】

 

 

「なにがむむむだ!」(即選択)

 

「むっ…! 主車! 今の私とお前は教師と生徒だ! その生意気な発言は流石に見過ごせんぞ!」

 

「ごめんなさい!」

 

「えっ、あ、うむ……分かればいいんだ」(そんなに早く頭を下げるとは思ってなかった。まだまだ私も旋焚玖を理解しきれていないという事か)

 

 ソッコー【下】を選んだけど、アホの選択肢の言うことも一理ある。いや、乱入の部分じゃなくてね。

 俺が言ったのは超がつくほどの正論だと自負しているが、それでもダメなものはダメなんだ。これ以上、俺が一夏の機体云々を主張したところで、千冬さんを困らせるだけである。きっと、やりきれない想いをしているのは、千冬さんも同じだろうし。

 

 ってな訳でプランBだ!

 

「観客席に行ってきます」

 

「……行ってどうする?」

 

「一夏の応援です」

 

 今もアリーナの観客席では、キャーキャー多くの生徒が応援している。そこに俺も交ざってキャーキャー応援するだけだ。

 

 何の問題もあるまい?

 

「……はぁ………あまり露骨な行動は取るなよ?」

 

「おまかせあれ!」(玄)

 

 うし、千冬さんの許可は得られた。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「なぁに、篠ノ之も見てな。浮き足立ってる一夏に活を入れてやるだけさ」

 

「う、うむ……そうだな。ハートだけは負けないようにしようって修行の時に言い合っていたものな」

 

 そういう事だ。

 俺の狙いはそれだけじゃないがね…!

 

 待ってろ、一夏。

 もうしばらく耐えてくれ…!

 

 






旋焚玖:男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!

箒:....φ(・д・。*)メモメモ…。







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第51話 旋焚玖、応援するってよ


親友の応援は尊い、というお話。



 

 

 

「「「「………………」」」」

 

 観客席に着いた途端これである。

 いやいや、お前らさっきまであんなに騒いでたじゃん。「いけいけー!」やら「そこだー!」やらキャッキャ言ってたじゃん。

 

 それがなんで無音になるんですか。

 

「…………………」

 

「「「「………………」」」」

 

 無観客試合かよ。

 オルコットと一夏の声しかしてねぇよ。というか俺を見てんなよ、試合観ろよ。『うわ、出たぁ…』みたいな顔で見られても、俺だって困るわ。

 

 中には見知った顔もチラホラ居る。

 同じ1組の奴らだ。

 何て言うか、苦笑いしてるな。俺だってもう入学して一週間は経っているし、1組の何人かとは挨拶くらいなら交わすようになっていたりする。

 ただ、裏を返せばまだ挨拶のみな友好レベルである。この状況で俺に話し掛けてくれるとまではいかないらしい。

 

 悲しいけどしゃーないね。

 

 

【何見てんだクルァァァッ!!】

【秘伝『ニコポ』を披露する時は今…!】

 

 

 嘘乙。

 

 そんなチート能力が備わってる訳ないだろ! この間は性的欲求に駆られクマーっちまった俺だが、流石にそれにはクマらないぜ! 悲しいが根拠もある! 

 

 だって俺、モテてないもん。

 むしろフラれまくりの人生さ(哀愁)

 

 だが【上】も選びたくないし、それなら【下】を試してみる価値はあるやもしれん。

 過去を振り返ってみれば、俺は今まであまり日常において【ニコッ】としてこなかったんじゃないのか。思えば俺が笑みを浮かべる時は、常に虚勢のためだった。

 

 フッ……はったりのために『ニヤリ』とするのも飽いた。俺も青春謳歌な歳になった事だし、そろそろ『ニコッ』を取り入れる時期なのかもしれない。労せずモテれるならそれに越した事はないのである。

 

 

「……(ニコッ)」

 

「「「「 ヒッ!? 」」」」

 

 

 まぁ知ってた。

 世界の誰よりも知ってた。だから悲しくない。むしろ誇りに思おう。名実共に俺はニコヒの使い手になれた訳だからな。女に怖れられるチート能力さ。

 

 へへっ、嬉しくないぜ。

 

「わ、嗤ってるわ……」

 

 笑ってるんだよなぁ。

 

「きっと私たちを嬲る未来を想像してもう嗤ってるのよ…!」

 

 どSの化身かな?

 

 いやいやいやいや。1組では結構受け入れられてきた感があったから油断してたわ。学園全体で言えば、まだまだそういう認識なのね? 

 

 っていうかさぁ……お前らホント、俺をどんなヤツだと思ってんの!? 嬲るとか女子高生が言っちゃイカンでしょ! ちょっと興奮しちゃうだろぉ!

 

 だがまぁ、今回に関してはギャーギャー騒がれるより、静かになってくれた方が俺も任務(応援)を遂行しやすい。むしろもう、黙っててくれた方が良いまである。

 

 

【一言でもしゃべったらブッ転がすぞ】

【一言でもしゃべったらブッ殺すぞ】

 

 

 日本語って凄いよねぇ。

 

 一文字欠けるだけで全然意味が変わってくるんだもんねぇ。本当に日本語って奥が深いよねぇ。侘び寂び、感じるよねぇ(現実逃避)

 

 あ、【上】選びます(投げやり)

 

「一言でもしゃべったらブッ転がすぞ」

 

「「「「!!?」」」」

 

 そうそう、もうそのまま黙ってろ。少しの間の辛抱だ。オメェらは草食動物らしく、ライオンと遭遇したインパラごっごに耽ってりゃいいんだ。

 

 言葉の意味は頭で分からずとも、お前らの肉体は、細胞は既に理解を示している。身の危機を前にした細胞に抗うな。そのまま怖気づいていろ。まぁ何が言いたいかというと。

 

 俺にブッ転がさせるな…!

 

「ちょいす~ちょいす~、ぶっころがすってなーにー?」

 

 あらやだ布仏さん。

 君も居たのね。

 

 一夏と篠ノ之を除いたら、オルコットの次に俺と話せるダチである。剣呑な雰囲気なにするものぞ、普段のようにのんびりしたノリで俺の前までトコトコやって来た。

 

 やって来ちゃった。

 細胞に抗いやがったなコイツめ!

 

 しかし問題は口を開いたという事実。

 もう俺では覆せん。

 

 すまんな、布仏。

 あとでコーラ奢ってやるからな。

 

 だからお前が見本になるんだよ!

 

 苦もせず布仏を組み伏せられた。だって無抵抗だもん。布仏はいちいち反応がのんびりしてるので俺もやりやすい。地面に横たわっても「ふえ~?」とか言ってるし。

 

 そういう意味では第一声が布仏で良かった、実に簡単じゃないか。

 

「こんとんじょのいこー」

 

「あ~~~れ~~~~」

 

 愉快なノリでゴロゴロ転がっていく布仏。

 あまり引かれずに済んだかな?

 

「……ああなりたくなかったら口を閉じてろ」

 

「「「「…………………」」」」

 

 よし、これで俺も決着の見極めに集中できる。

 

 

 

 

 

 

「この【ブルー・ティアーズ】を前にして、初見でこうまで耐えたのはアナタが初めてですわ。初心者でありながらお見事と言えるでしょう」(初の男性起動者は伊達ではなかった、という事でしょうか)

 

「……そりゃどうも」(くそっ、【白式】のシールドエネルギーの残りは僅か…! 褒められても嬉しくない…! 俺はただ逃げ回ってるだけなんだから!)

 

 機体を激しく損傷させている者に、全く無傷の者が賞賛を送る。

 褒め称えるセシリアに皮肉の意はなく、それを一夏も分かってはいるが、それでも手も足も出ないという動かぬ現実を前に唇を噛むしかなかった。

 

「修練を積めば、きっと良いIS操縦者になれますわ。ですが……今日はわたくしの勝ちです…!」

 

 それまで浮かべていた笑みを消し、セシリアが勝負を決めに掛かる。右腕を横に翳し、彼女の命令を受けたビット4機が、レーザーを放ちながら多角的直線機動をもって一夏へと迫った。

 

「くっ……!」(ダメだッ、これを避けてもオルコットさんのライフルで撃たれるッ! 分かっていても避けられないんだ! くそっ、くそっ…! 本当に何も出来ないまま俺は負けるのか……)

 

「フィナーレと参りましょう!」(わたくしの集中力が極限まで高まっているのを感じますわ。ギャラリーの歓声すら耳に入ってこない程に……これまで何度か経験してきた必勝の感覚…!)

 

 レーザーを回避しながら、一夏は敗北の足音を。

 ライフルの照準を合わせながら、セシリアは勝利の足音を。

 

 そして、もう1人。

 その足音を聞き逃さんとする者在り。

 

 集中しているセシリアはその者の存在に気付かない。

 

「…………………」(既に装甲を失っている【白式】の左足。そこを撃てれば、わたくしの勝ちが決まる…! そして、今日のわたくしは外す気がしませんわ! 清香さんと静寐さんからエールを貰いましたもの!)

 

 照準……完了…ッ!

 

「左足、いただきますわ!」

 

 定まった狙いに向け、引き金を―――ッ!!

 

 

「一夏ァッ!!」

 

「ぴっ!?」

 

 

 突如響いた雷鳴轟音。

 

 もともと旋焚玖の声で驚く事に定評のあるセシリア。それはここでも例外ではなく。定まった筈の照準は当然の如く擦れを成し、ライフルから放たれたレーザーは、あらぬ方向へ光って消えるのだった。

 

 まるで狙っていたと言わんばかりな絶妙すぎるタイミング。流石にピットでも真耶と千冬による審議が行われる。

 

「お、織斑先生……今のって…」

 

「主車はただ織斑の名前を叫んだに過ぎん……が、1度きりだ。2度は認められんし、それは主車自身が一番分かっている筈だろう」

 

 審議の結果、情状酌量。

 

 

 

 

 

 

 うわははははは!

 

 俺が日々を無為に過ごしていると思うなよ! 思う事なかれ! オルコットが俺の俺による声でビクッとするのは織り込み済み、むしろこの為の布石だったって訳よ!

 

 名目は一夏の応援でも、狙いはオルコットに狙撃ミスさせる事。だが、これが使えるのはこの1回限りだろう。おそらく今ので、少なくとも千冬さんにはバレた筈。千冬さんも気付いてしまった以上、教師として止めざるを得ないからな。

 

 だからもう、さっきみたいな暴声は使えない。

 しかしこのままじゃ、ただ一夏が墜とされるのを先延ばししただけになる。それじゃあ意味がない。一夏は結局、なにも出来ずに負けたと烙印を押されてしまう。

 

 ダチを笑い者にさせる趣味はねぇ……オルコットには悪いが、一夏のポテンシャルを目覚めさせてもらう。

 

「せ、旋焚玖…? お前、ピットに居たんじゃ」

 

「気にするな。そして、思い出せ」

 

 旋焚玖は無造作に拳を振るってみせた。

 しかし、拳の軌道を視界に収められた者は、千冬を除くと零。箒ですら視ることの叶わぬ疾さ。旋焚玖の声に驚いて狙いを外してしまい、少しプリプリしているセシリアにも。彼女と対峙している一夏にも。

 

「俺の拳は視えたか?」

 

「いや、視えなかった」

 

 かわりに一夏は落ち着きを取り戻す。セシリアの技量の前に浮き足立ち、失っていた平常心の帰還。何より、旋焚玖と箒との修行を思い出せた事が少年の中では大きかった。それこそが旋焚玖の目的でもあり、応援であった。

 

「ちなみにレーザーは?」

 

「……視える」

 

「んじゃ余裕だろ。俺の拳より遅ェんだからよ」(一夏専用謎理論)

 

「ああ…そうだな。避けられる……避けてみせるさッ!」

 

 この試合初めて、一夏の瞳に闘志の炎が宿った。

 俺の応援完遂っと。

 

「待たせてすまない、オルコットさん。さぁ、再開しよう!」

 

「それはこの際いいですわ。聞き捨てならない事を聞きましたから…!」(潔く負けを認めるのも男性の矜持な筈…! この期に及んで強がりは減点ですわよ、織斑さんッ…!)

 

 4機のビットがレーザーを放ち一夏を襲う。

 それを潜り抜けるも、オルコットの本命はライフルによる狙撃。先ほどからずっと一夏が喰らい続けていた、一度足りとも回避できていない【ブルー・ティアーズ】十八番の戦術一手。

 

「これで終わりですわッ!」(回避できる筈がないッ! 主車さんとお話しただけで避けられるようになるですって? そんな夢物語ありえませんわッ!)

 

 喰らえば試合が終わる一手。

 オルコットから放たれる光の一閃を――。

 

「……ッ…! くおぉぉぉッ!」(避けるったら避ける! 旋焚玖が余裕って言ったんだ! 俺を信じて言ったんだ! これに応えなきゃ男じゃねぇッ!!)

 

 初めて避けてみせた。