ボールはともだち! ~One For Ball~ (HDアロー)
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ヒワダの少女と火矢の鳥
一話 「ガンテツの孫」


 チエという少女の事を知っているだろうか。

 彼女はポケットモンスター金銀に登場するキャラクターである。

 

 え、そんなキャラクター知らない?

 そりゃそうだよね。

 私ですら、当の本人ですら、名前知らなかったもん。

 分かりやすく言えば、ガンテツの孫娘だ。

 

 ガンテツと言えばわかる人も多いだろう。

 ぼんぐりという木の実から、特殊なボールを作ってくれる人だ。

 だからこそ私は、現状に不満を垂れ流していた。

 

「バカなの? ねえ、バカなの?」

 

 恨みを込めてボールを叩く。

 チクショウ、生まれた時点で人生詰んでるじゃん!

 

 ……詳しく言おう。

 おじいちゃん――ガンテツはぼんぐりという木の実からボールを作っている。

 おじいちゃんの作るボールはどれも一級品で、一般には『ガンテツボール』と呼ばれている。

 

『モンスターボールなんて一般トレーナー用の量産品。わしのボールはトレーナーに実力が伴わなければ使いこなせない』

 

 とはおじいちゃんの言だ。

 楽器とかそういう類のものの、プロが使う最高品質の最高級品だと思ってくれればいい。

 

 まあ、そこは別にいい。

 むしろ世界一の職人の血を引いていることに誇りすら覚える。

 問題は父親との組み合わせである。

 父はシルフカンパニーでモンスターボールを開発している。

 だからこそ言いたい。

 

 バカなの? 死ぬの?

 

 よく考えて欲しい。

 おじいちゃんは量より質を優先する『ザ・職人』だ。

 それなのに息子は質よりも量を選んだ。

 なら孫をどう育てる?

 

 カツーンと、綺麗な音を叩きだす。

 これが答えだ。

 

 若干三歳の女の子に、この爺さんはトンカチを与えやがった。

 第一声が『叩いてみろ』だったときは戦慄したよね。

 私は世界で唯一の職人から、年中指導を受けることになった。

 おかげで若干七歳にしてノウハウを知り尽くしてしまったよ。

 

「流行んないよ! 今更手作りボールなんて!」

 

 よく考えて欲しい。

 モンスターボールも、世代を追うごとに進化していっている。

 クイックボールやダークボールがいい例だ。

 これらはガンテツボールに全く劣っていない。

 当然だ。

 何故ならガンテツの血を引く父親が、開発に携わっているのだから。

 

 まして、それらの優れたボールが大量生産されたとすれば?

 手製のボールに需要がなくなることなんて目に見えているだろう。

 

 今はまだ、狂信者たちによる需要のおかげで最低限の利益をあげられている。

 だがこの先、絶対に価格崩壊が起きる。

 ボール職人は今後、確実になくなる職業であった。

 

「お父さんはー? お父さんでー? ふざけんなァ!」

 

 カツーンと綺麗な音を叩きだす。

 

 おじいちゃんの指導が厳しかったら、うちの会社に来てもいいからね? じゃねぇんだよっ!

 何さも当然のようにシルフカンパニーに来いって言ってるんだよ。

 入れるわけねーだろ! うがー!

 

 シルフカンパニーは世界最大手の企業だ。

 モンスターボールを発明した会社だよ?

 その功績は数えしれない。

 父の発言を現代語訳するとこうなる。

 

G〇gole(ゴゴール)においでよ』

 

 ざっけんじゃねえ!

 こちとら一般人だっていうの!

 そんな天才が集まる場所に就職できるわけがねえだろが!

 

 ……旅に出てトレーナーになればいい?

 ハッハー。これがそう簡単には行かないんだな。

 

 まず私がいる場所を把握しよう。

 この街はヒワダタウンといい、ジョウト地方でも南端に位置する。

 分からない人は日本でいう、和歌山の辺りだと認識してくれればいい。

 

 ここから他の街へ行こうとするでしょ?

 道路は東西に伸びているから、必然どちらかに進むことになる。

 

 まず西に行った場合を考えてみよう。

 こちらへ進んで行けばコガネシティに着く。

 コガネシティは日本で言う大阪みたいなものだ。

 たしかにここに辿り着くことができれば、独り立ちも可能だろう。

 だがしかし、そこに至るまでに『ウバメの森』というダンジョンを抜ける必要がある。

 

 昔、おじいちゃんについてウバメの森に入ったことがある。

 だからこそ言える。あれは化け物だ。

 和歌山全土を飲み込むほどの森だと言えば、その規模が分かるだろうか。

 おまけに道という道もない。

 あんな森を抜けることができるのは、せいぜいが修験者くらいだろう。

 少なくともか弱い幼女七歳が抜けることのできる森じゃない。

 

 ならばと東に行った場合を想定してみよう。

 こちらの先にはキキョウシティがある。

 あるにはあるが、むしろこちらの方が絶望的だ。

 

 まず第一に、繋がりの洞窟を抜ける必要がある。

 その名前の通り洞窟だ。

 一度覗いたことはあるが、どこまでも広がる暗闇があるだけだった。

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いていたよ……。

 

 ヒワダ方面からつながりの洞窟を抜けるならば、右、左、右と進めば抜けられるはずだ。……ゲーム通りならね。

 だがしかし、ウバメの事を考えればこちらも複雑になっているかもしれない。

 原作知識がどこまで通用するか分からないのだ。

 下手に乗り込んで『遭難しました』じゃお話にならない。

 

 ……よしんばそこを抜けたとしよう。

 それでもまだ問題は続く。

 先にも言ったようにヒワダは日本で言う和歌山に位置する。それも南端だ。

 それに対してキキョウシティは奈良県だ。それも北部の。

 そこを歩いて行く? 冗談でしょ?

 

 つまり私の現状はこうなる。

 

 一つ、このままではボール職人になってしまう。

 二つ、父親のおかげでボール職人は死ぬ。

 三つ、この状況を打破する手段はない。

 

「ははっ……」

 

 渇いた笑みをこぼす。

 なにわろてんねん。

 いや、笑うしかないじゃん?

 

「うぅ、折角ポケモンの世界に来たんだからもっとポケモンと触れ合いたかった……」

 

 具体的にはエルフーンとかチルタリスとか。

 あの子たちをもふもふしたかったよぅ……。

 なんでこの街は虫ポケモンしかいないんだよ!

 キャタピーとかビードルとかどこに需要があるのさ!

 

 ……そんなことを考えながら、ボールに一打一打を叩き込む。

 ん? 今作ってるボール?

 スピードボールですが何か。

 

「……ふぅ」

 

 あとは開閉スイッチを取り付けるだけだ。

 いやー、見せつけちゃったなー才能。

 これならおじいちゃんも文句ないだろう。

 

 ……こんな才能持ってても仕方ないんだよっ!!

 

 先にも言った通り、三歳から鍛えられた私の腕前は既に職人レベルだ。

 恥ずかしいからそんなこと、人前では絶対に言わないが。

 こういう職業で大切なのは臆病な自尊心と貪欲な学習姿勢だ。

 大なり小なり自信を持つことに、間違いはないだろう。

 

「おやっさん! 来たぞー!」

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

「おう、チエちゃん! 今日も元気だねー。おじいちゃん呼んでくれるかな?」

 

 ノックもせずに入ってきたのは、いわゆる常連さんだった。

 こういう唐突なイベントにびくびくしていた時期もあったが、慣れというのは恐ろしいものである。

 いつの間にか気にならなくなってしまった。

 

 どうやらおじいちゃんに用事があるようだが、あいにく留守だ。

 さすがに本人の前で不満を垂れ流すほど子供じゃないよ。肉体は七歳だけど。

 私は彼に、祖父が留守だという旨を伝える。

 

「ごめんなさい! おじいちゃん今、ぼんぐりを取りに行っているの!」

 

「あー、そういう時期か」

 

 言ってから、ふと思った。

 ふつう逆じゃね?

 

 なんでボール職人のおじいちゃんが材料集めに向かって、ただの子供が店番をしているんだ?

 ……深く考えないことにしよう。

 

「おや? そのボールはチエちゃんが作ったのかい?」

 

「うん! 一生懸命カツーンってやったの!」

 

 常連さんはボールをまじまじと見つめてそういった。

 やめい。

 恥ずかしいじゃないか。

 美術とか図工の時間に、友達に描きかけの絵を見られるくらい恥ずかしい。

 

「ちょっと手にとって見せてもらってもいいかな?」

 

「え? まぁ、べつに問題ないですけど……」

 

 やめてぇ!

 恥ずか死するから!

 

「……チエちゃん、本当に腕が上がったね。もうおじいちゃんを抜いたんじゃないかい?」

 

「わ、私なんてまだまだですよ!」

 

「……そうかなぁ?」

 

 常連さんは傷をつけないように、丁寧に机に置きなおした。

 その顔は、酷く曇っていた。

 

(え? 何? そんなに出来悪かったの!? 結構自信あったのに……)

 

 おじいちゃんを超えたと言われて、文面そのまま受け取るほど阿呆じゃない。

 お世辞、社交辞令、決まり文句。

 普通に考えてそういったところだろう。

 

 ただまぁ、そんな顔するほどひどいか? とは思う。

 

 丹精込めて作った自慢の一品だったのに。

 精一杯心を込めて作ったのに。

 あ、それが原因か。

 恨み言吐きながら作ってたわ。

 

「また明日寄らせてもらうよ。これお土産の『ロメの実』だよ。おじいちゃんと分けてね」

 

「おじさんありがとう!」

 

「ははっ、おじいちゃんによろしくね」

 

 そういって常連さんはまた出て行った。

 別に名前を覚えていないわけじゃない。ないったらない。

 

 それにしても『ロメの実』か。

 最初食べた時は衝撃だったな……。

 

 見た目も名前もメロンなのに、味は渋いと苦いを足して二で割ったようなものと来た。

 いや、おいしいにはおいしいんだけどさ。

 メロンを期待しながら食べた時の残念感と言ったら……。

 あれだ、海外旅行してきた人の、お土産のチョコレート並みのがっかり感があった。

 

 さて、おじいちゃんが帰って来るまでサボってしまおう。

 先に倉庫の在庫確認だけしておきますかね。

 確認も何も、在庫が減っているからおじいちゃんが取りに行ったわけだが……。

 それでもやらないとそわそわしてしまうのだ。

 これがッ、社畜精神……ッ!

 

 ――この時、私は気付かなかった。

 

 私が在庫を確認しに倉庫に入ったとき、一匹のポケモンが忍び込んでいたことに。

 そのポケモンが、事件を起こすことに。




シルフの例えが具体的すぎたので修正。


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二話 「犯人は素早いぞ!」

「ガンテツさん! いるか!?」

 

 倉庫の確認を終えた私が、作業部屋でだらけていると不意に人が入ってきた。

 誰だ、我が眠りを妨げるものは。

 

「いらっしゃいませ……」

 

 眠い目をこすりながら接客に赴く。

 サービス業舐めてんのか? とか聞こえてきそうだけど、よく考えてみて欲しい。

 今の私は七歳だ。

 つまりこっちの方が需要がある、多分。

 

「チエちゃん! ガンテツさんはいるか?」

 

「おじいちゃんは今出かけていますよー?」

 

「マジかよ……、こんな時に何やってんだよガンテツさん!」

 

 何って、素材集めだよ。

 という説明もめんどくさいのであくびで流す。

 何を怒っているのか知らないけどさ、のんびり行きましょうや。

 

「とにかく、ガンテツさんが戻ってきたら伝えてくれ!」

 

「伝言ですか? 分かりました」

 

「この街に泥棒ポケモンが現れたんだ! 急いで捕獲の用意を頼む!」

 

 そういうと男は、せわしなく駆け抜けていった。

 

(……泥棒ポケモン?)

 

 必死に該当するポケモンを思い浮かべるが、候補が多すぎる。

 例えばニャースなんかは丸くて光るものを集める習性があるし、ヤミカラスも光るものを拾ってくる習性がある。

 そして奪い合いになるらしい。

 ゴミ捨て場の争い勃発だ。

 

 まあ予想がつかないとは言ったが、想定できないというわけじゃない。

 泥棒できるポケモンということは、それなりに俊敏性があるというわけだ。

 そこから有効なボールを考えて行こう。

 ……あるね、確かな効果を持つボールが。

 

 スピードボール。

 しろぼんぐりから作られる、ガンテツ特製のボールだ。

 その名前の通り、相手の素早さが高いほど真価を発揮するボールだ。

 

 このように、おじいちゃんのボールは一風変わった特徴を有している。

 だからおじいちゃんは自分のボールを上級者向けと称するのだ。

 

 さて、私がサボり始める前に作っていたボールを覚えているだろうか?

 そう、スピードボールである。

 なんという完璧なタイミング。

 しゃしゃっと開閉スイッチを取り付けて完成させると、ボール片手に家を出た。

 

「おおう、陽射しがつらい……」

 

 よく考えてみれば、殆どボール作り漬けの毎日だった。

 外に出て遊ぶということも、殆どなかった。

 友達がいない?

 違いますー、ヒワダタウンに子供が少ないだけですー。

 断じて私がボッチというわけではない……はず!

 

「日焼けする前にさっさと捕まえてしまおう……」

 

 そうして私は、目撃証言を聞いて回った。

 東から西まで、走り回った。

 泥棒されたという品について、尋ねて回った。

 そして一つの結論に至った。

 

「……まさか、ね」

 

 目撃証言を辿っていくと、東から西に向かって移動していったことが分かった。

 

 問題です。

 ヒワダタウンの西側にある建物と言えば?

 

「……うちじゃん」

 

 ナンテコッタイ。

 わざわざ外に出る必要なんてなかったのだ。

 そしてむざむざ無人にしてしまったよ。

 これだとうちも被害に遭っているかもしれない。

 

 ちなみに証言によると、泥棒にあった品物はどれも食料品らしい。

 折角もらったロメの実、食べられていたらどうしようか。

 胸中をそんな心配が襲ったが、どうやら杞憂だったようだ。

 そこに! ロメの実は! 確かにあったのだ!

 

「んー、ということはうちじゃないところに行ったのかな?」

 

 すっと靴を脱いで作業部屋に戻り、横になる。

 いやー、落ち着くわ。

 って違う!

 泥棒ポケモンを捕まえに行くんじゃないのか?

 

(って思ったけどまた家から出るのもめんどくさいな……)

 

 よし、ここはもう他の人に任せてしまおう。

 村人! キミに決めた!

 

(結局、泥棒ポケモンって何だったんだろうね?)

 

 唯一もやもやするのはその正体がわからなかったこと。

 個人的には泥棒ポケモンと言えばグランブルなのだが、これは多分漫画の影響だろう。

 それにあっちはボール泥棒だったし、食料泥棒とは一致しない。

 

(食料泥棒……ね。よっぽど食いしん坊だったのかな?)

 

 背筋に冷たいものが走った。

 

(勝手に俊敏なポケモンだと予測してたけど、もしかして動けるデブタイプなのでは!?)

 

 一度不安を覚えると、その疑念はなかなか拭えない。

 払っても払っても、その嫌な予感が襲い掛かってくる。

 

(……。ヘビーボールも作っとこうか)

 

 倉庫の鍵を取り出し、倉庫へと向かった。

 いくらぼんぐりの在庫が少ないと言えど、各二十個ずつくらいはあった。

 サクッと作ってしまおう。

 

 そう思い、倉庫に手を掛ける。

 鍵を外し、扉を引いて開ける。

 昔ながらの建物特有の、木の軋む音が嫌に耳に残った。

 そしてそこには、絶望があった。

 

「……ぇ」

 

 消え入りそうな声が零れた。

 そこにあったのはぼんぐり……の、残骸だった。

 あちこちに食い荒らされた跡があり、様々な色が床に壁に飛び散っていた。

 そしてその、スプラトゥーンな床に鎮座するポケモン。

 そのポケモンは――

 

「お前かー!」

 

 ――ゴンベであった。

 

 ゴンベ、大食いポケモン。

 その素早さ種族値、脅威の五。

 ツボツボやナマコブシと並んで堂々の最下位である。

 もう一度言おう、最下位である!

 

「誰だよ! 『泥棒ポケモンっていうことは俊敏なポケモンだ』キリッ、とか言ってたのは!」

 

 はい、私でした。すみません。

 

 ゴンベは食べ終わって満足したのかぐうすか寝ている。

 私がこれだけ騒いでもいっこうに起きる気配がない。

 

「チエちゃん! 大丈夫か?!」

 

「チエちゃんどうしたの!?」

 

 が、村人たちは違ったようで、私の悲鳴に駆けつけてくれた。

 サンキューフォックス。もうだめかと思ったよ~。

 

「な! これが泥棒ポケモンの正体か!」

 

 私同様、村のみんなも驚いた。

 そりゃこんな丸っこいのが動き回っていたとは考えないわな。

 

「チエちゃん、ポケモンを捕まえるボールはあるかい?」

 

「え、いや、その……あるにはあるんですけど……」

 

 言えない。

 唯一使えるボールがスピードボールなんて言えない!

 ゴンベ相手にスピードボールとか笑われちゃう。

 

「すぐに持ってきてくれ!」

 

「えぇ……」

 

 嘘でしょ!?

 こんな公衆の面前で? 公開処刑されるの? 私?

 

「早く! あのポケモンが逃げてしまう前に!」

 

 いやあれ絶対逃げないって! これだけ騒いで起きないとか半端ないって!

 あいつ半端ないって。この体形で俊敏に動くんやもん。

 そんなん出来ひんやん、普通! そんなのできる?

 言っといてや、できるんやったら。

 

 そんな私の抵抗空しく、スピードボールは奪われてしまった。

 ああっ!

 チエちゃんのスピードボールだからね!

 

「スピードボールか……致し方あるまい。この一投に、全力を注ぐ」

 

 男はうおおおおと叫びながらボールを放った。

 何だコイツ、ボール持ったら人格変わるタイプの人間か?

 

 そのスピードボールは弧を描くことなく真一文字に空を飛び、ゴンベを飲み込んだ。

 村人たちが息を飲んだ。

 が、ゴンベはボールからすぐに飛び出してしまった。

 

「くっ、ダメか」

 

 村人の間に、諦めのムードが漂った。

 ほらー、だから言ったじゃん。

 スピードボールでゴンベに挑むとか無謀なんだよ。

 

 まあ、ぐっすりと眠っていることだし放っておこうよ。

 多分しばらく起きないと思うよ。

 

 そう思い、倉庫を後にしようとした時だった。

 ……野次馬たちの声を聞いた。

 

「ガンテツさんがいてくれたらなあ」

 

「バカ、ガンテツさんとはいえぼんぐりがなければ何もできねえよ」

 

「それもそうか。ガンテツさんと言えども、ぼんぐりがなければただの人か」

 

「アハハハハ」

 

 ぶちり、と。

 何かが切れる音を聞いた。

 それは私の中で暴れまわり、ついには閉じ込められなくなった。

 

「……さい」

 

 小さく呟いた。

 

「え? 何ィ?」

 

 おじいちゃんを嗤った若者が、口元に嘲笑を浮かべて私に問う。

 

「訂正してくださいと言ったんです。ぼんぐりがなければただの人だと言ったことを」

 

「何? 怒っちゃった? でも本当の事だよね? チエちゃ――」

 

「私は訂正しろと言ったんです」

 

「……ッ!!」

 

 木々が、風が、舞い散る木の葉が。

 私の気迫に感応する。

 ざわめき、吹き抜け、弾け散る。

 私の意思に、若者がたじろぐ。

 

「そ、それなら証明してみろよ! お前の爺さんの偉大さってやつを」

 

 できるわけないだろうけどな、と。

 若者はそう付け加えた。

 

 あまり、ウチを甘く見るなよ?

 

「……分かりました。おじいちゃんが、職人ガンテツが。如何に偉大だったかを証明してみせます」

 

 だからその時は。

 

「きっちりと謝ってもらいますよ」



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三話 「フレンドボール・改」

「……分かりました。おじいちゃんが、職人ガンテツが。如何に偉大だったかを証明してみせます。だからその時は、きっちりと謝ってもらいますよ」

 

 ここに、私の挑戦が始まった。

 勝利条件は一つ。

 『ぼんぐりを使わずにガンテツボールを再現すること』

 

 家に戻り、扉を閉める。

 瞳を閉じて、無形の位をとる。

 大きく息を吸い込み、一息で吐き出した。

 

「成し遂げてみせる」

 

 いちいち外殻を作るのはめんどくさいので、先ほどのスピードボールを流用する。

 捕獲に失敗したボールを使い回せるのか。

 その質問は半分イエスで半分ノーだ。

 すなわち、再利用は可能で再使用は不可能なのだ。

 

 開閉スイッチを取り外し、ボールの口を開く。

 そうして私は、内側に仕込まれたキャプチャーネットを取り外した。

 このキャプチャーネットと呼ばれるものが、ボールの性能を大きく左右する。

 

 ボールから逃げなくさせるには、二つの手段がある。

 一つは破れないような頑丈なものを用意する方法だ。

 

 スピードボールの時はしろぼんぐりの果汁に浸したネットを使った。

 このネットには、動けば動く程絡みつくという特性がある。

 それゆえに『素早いポケモン程捕まえやすい』という効果が生まれたのだ。

 

 だがそれでは、捕獲性能を上げるうえで限界があった。

 故に、シルフカンパニーは様々な工夫を凝らしている。

 そうして出来た、もう一つの手段。

 それは、逃げる気を起こさせなくするというものだった。

 

「ロメの実……。いける……、かな?」

 

 ボールの中は快適という設定を、聞いたことがあるかもしれない。

 ずっとボールの中で暮らしていたいと思えるほどの誘惑。

 それもまた捕獲率を上げる要因の一つである。

 ロメの実を見つけた時、私はこっちの方向性で行くことを決めた。

 

 ロメの実には、特攻の努力値を下げる代わりに懐き度を上げるという効果がある。

 少なくとも、ポケモンを堕落させる効果があることがうかがえる。

 人間で言う、人をダメにするソファ的な奴だ。

 これを主軸に構想を練っていく。

 

(甘いミツ、香るキノコ、満腹お香……)

 

 部屋を物色して使えそうなアイテムを見繕う。

 見つかったのはせいぜい、上に挙げた三種類くらいだった。

 

(香るキノコと満腹お香はどちらかだけにしておきたい)

 

 ニオイにニオイをぶつけても失敗するイメージしかない。

 それなら最初から、片方に絞る。

 

 ゴンベと親和性が高いのは満腹お香だ。

 カビゴンに持たせることでゴンベが生まれてくるという、この一族のために作られたアイテムと言っても過言ではない。

 

 ゴンベもカビゴンも、一日に自分の体重と同じだけ食べる。

 ゴンベは百キロ、カビゴンは四百キロだ。

 その点で考えても満腹お香は優秀だ。

 

 だいぶイメージができてきたね。

 

 私に蓄積されたノウハウが告げる。

 これは絶対上手くいく、と。

 

「お待たせしました」

 

 再び倉庫の前に、私は立った。

 村人たちの顔色を窺う。

 

 心配そうにする者。

 憐れむ者。

 見下す者。

 

 誰も私を信じていなかった。

 それでも私は、私の作品を信じていた。

 

「はんっ。何がお爺さんの偉大さを証明するだ。ただ修繕しただけじゃねえか!」

 

 おじいちゃんを馬鹿にした若者がそう嘲る。

 そういえば見た目もボールエフェクトも変えてなかった。

 これじゃ確かに修理しただけに見えても仕方ないな。

 

「ただのスピードボール……そう思っていますか?」

 

「あ? 実際そうだろ」

 

「ふふっ。なら、試してみますか?」

 

 あなた自身の手で。

 そう私が問いかけると、若者は少し上擦った声で応えた。

 

「おう! なら試させてもらおうじゃないか! どうせ無理だろうけどな!」

 

 若者は大きく振りかぶると、弓なりの弧を描いてゴンベに当たった。

 また、村の人たちが息を飲んだ様子が分かった。

 私もまた、天に祈った。

 

 ボールが一度、ぐらりと揺れる。

 

(お願いします)

 

 両手を胸の前で突き合わせる。

 瞳を閉じ、願いを込める。

 ボールが再び、ぐらりと揺れる。

 

(おじいちゃんの正しさを証明するために)

 

 心臓が力強く血液を送り出す。

 跳ねるような鈍い音が、耳を裏側から叩きつける。

 口から心臓が出そうになる感覚を、必死にこらえる。

 

(どうか、どうかこの願いを、聞き届けてください!)

 

 ボールが三度揺れる。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして鳴り渡る。

 

 捕獲完了を告げる、カチリという勝利の音色が。

 

「うおおおおぉぉぉ!」

 

「やったね! チエちゃん!」

 

「流石はガンテツさんの一族だ!」

 

 取り囲んでいた村人たちが、一斉に私を褒めた。

 私はというと、張っていた気が解けたというか、全身から力が抜け落ちていっていた。

 だけどまだ、ここで力尽きるわけにはいかない。

 

「さあ、訂正してください。おじいちゃんを凡人呼ばわりしたことを!」

 

「お、おれは悪くねぇ! 言ったのはこいつだ!」

 

「はぁ!? お前だろ!」

 

 煩い、どっちも同罪だ。

 おとなしく私の前に跪け。

 恐れ、慄き、そして傅け。

 

「そ、そもそもボールの性能が良かったっていう証拠がどこにあるってんだ! たまたま、たまたま奇跡の一回を俺が引き起こしたかもしれねえだろ! そうだ、お前がすごいんじゃない! 俺がすごいんだ!」

 

「あんたたち、いい加減に――」

 

 この期に及んで喚く子供たちを、近くの大人が叱りつけようとする。

 周りから見れば、中学生が小学一年生をいじめているような構図だ。

 庇いに入るのも分かる。

 しかし私は転生者。

 中学生のわるあがきくらい、真正面から切り伏せて見せますよ。

 

 そういう意図を込めて、私はその大人を制止した。

 右手を挙げて、首を振る。

 大人は納得いかなそうな顔をしていたが、私の目を見て引き下がった。

 よろしい。

 

 私はゴンベのいたところに向かうと、ボールを拾い上げた。

 そしてそれを、若者の方に投げつける。

 

「確認してみなよ。それがスピードボールじゃないっていうことを」

 

 若者は最初、それを拒んだ。

 直感したんだろう。

 ここで開いてしまえば、己の敗北を認めることになると。

 

 ならば開かなければいい。

 開かなければ、ボールに特殊な効果はなかったと言い張ることができる。

 一種のシュレディンガーの猫*1だ。

 ……そんな一手を許すと思ったか?

 

「逃げるの?」

 

 どこまでも冷たい声で、私は問い掛けた。

 その瞬間、若者は足を止めた。

 まるで影に縛られたように。

 まるで凍り付いたかのように。

 

 しまいに観念したのか、ついにボールからポケモンを繰り出した。

 スピードボールから、スピードボールのエフェクトを伴って、カビゴンが現れる。

 

 もう一度言おう。

 カビゴンが、現れたのだ。

 

「うわああああああ!」

 

 突然現れた巨体に、町のみんなが恐怖した。

 私も恐怖した。自らの才能に。

 

「はぇ?」

 

 ナンテコッタイ。

 いや、違うな。

 

 アイエエエエ! カビゴン!? カビゴンナンデ!?

 

 あ……ありのまま、今起こったことを話すよ!

 私はゴンベを捕獲したと思っていたらいつの間にかカビゴンになっていた。

 な……何を言っているのか分からないと思うけれど私にも何が起きたか分からなかった。

 

「チ、チエちゃん! これは一体!?」

 

 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん!

 

 いや、そろそろ落ち着こうよ私。

 

 現状を把握しよう。

 

 一つ、私はゴンベを捕まえるためのボールを作っていた。

 二つ、何故か捕獲したゴンベはカビゴンになっていた。

 

 異常だ。間違えた、以上だ。

 

 一つ一つ紐解いていこう。

 何故ゴンベはカビゴンに進化した?

 考えられる原因は二つ。

 満腹お香の場合と、懐き度が十分に上がっていた場合だ。

 

 このうち、あり得るとすれば満腹お香だろうか。

 ガンテツボールの中の一つ、『フレンドボール』でさえ懐き度を二百にするのが限界だ。

 そして懐き進化をするためには、二百二十の懐き度が必要となる。

 

(私の作品がフレンドボールを超える可能性なんて……)

 

 シナプスが弾けた。

 有りうる、と。

 

(私が使った木の実はロメの実、フレンドボールに使われる木の実はみどぼんぐり!)

 

 二つの効果を脳内で比較する。

 

 ロメの実の詳細がこう。

 

 『とても高価でなかなか目にすることができない木の実。とてもおいしい』

 『硬さ:硬い』

 『味:渋い、苦い』

 『色:緑』

 

 次にみどぼんぐりの詳細がこう。

 

 『みどりのぼんぐり。不思議と香ばしい香りがする』

 『硬さ:硬い』

 『味:苦い』

 『色:緑』

 

 ……似ている。

 加えてロメの実には、懐き度を上げるという効果がある。

 それらが偶然噛み合ったのだとしたら……?

 

 間違いない。

 私は、ガンテツボールを超える作品を作り上げてしまったのだ!

 私……、恐ろしい子……っ!

 

「コホン、それでは解説させていただきます。そのボールの特徴は、内部に編み込まれたキャプチャーネットにあります」

 

「キャプチャーネット……?」

 

 私がウキウキしながら話し出すと、観衆の一人が疑問の声を上げた。

 そうか、そこから説明しなければいけないのか。

 

「ポケモンに空のボールを当てると、強い光を放ちます。それは皆さんも知っている事でしょう」

 

 私がそう言えば、聴衆たちはみな一様に頷いていた。

 ちょっと楽しくなってきたぞ。

 

「その際、ボールの内部に仕込まれた網がポケモンを包み込み、捕獲を試みます。この網のことをキャプチャーネットと言います」

 

 こんな風のね、と言って、食いちぎられたスピードボールのネットを見せる。

 観客たちがざわめきだす。

 

「今回、このネットに細工を仕込みました。ベースとなる木の実にロメの実を採用。これにより通常のフレンドボールよりも、さらに懐きやすいボールとなっております。まあしかし、ロメの実は渋くて苦いという欠点がありました。それを補う隠し味が、これです」

 

 これですとは言ったけれど持ってなかったや。

 急いで家の中に戻り甘いミツを持ってくる。

 

「これです!」

 

「甘いミツ……?」

 

「はい。これによりロメの実が持つ苦みや渋みといったものを打ち消すことに成功しています。また、シンオウ地方では甘いミツを木に塗ることでゴンベが寄ってきたという逸話もあり、ゴンベを捕獲するために一役買ってくれていることがうかがえます」

 

 私の一言一言に、人々を伝うざわめきが大きくなっていく。

 

「そして仕上げに、ネットにこのお香の香りを付与しました」

 

 私が取り出したのは満腹お香だ。

 こちらは先にも述べた通り、カビゴン一族のためのアイテムだ。

 

「このお香には満腹中枢を刺激するニオイが閉じ込められています。つまり、ゴンベにとってこれ以上ないほど快適な空間が、そのボールの中には広がっているということです。故にそのボールは、ただのスピードボールにあらず。名づけるならそう――」

 

 大仰な身振りと共に天高く声を上げる。

 私に降り注ぐ光が、一層強くなった気がした。

 

「フレンドボール・ゴンベエディション!」

 

「うおおおおおおお!」

 

 私の宣言に、町のみんなが盛り上がった。

 何だよお前ら、ノリいいじゃないか。

 

「さあ、ボールの効果も確認できたでしょ。早く謝ってよ」

 

「うぐぎぎ、ごめんなさい」

 

「ごめんなさい……?」

 

「ガンテツさんの事を馬鹿にして誠に申し訳ございませんでしたァ!!」

 

 若者たちは涙目になりながら走り去っていった。

 

 ふぅ、悪は滅びた。

 

 こうしてヒワダタウン泥棒ポケモン事件は、ガンテツの孫娘チエの活躍によって解決したのだった。

 

「ふう、すっかり遅くなってしまったわい」

 

 店番を任せたチエは大丈夫だろうか?

 少しだけそんな不安を覚えたが、すぐにそれを否定した。

 

(あの子は大人びた子じゃ。きっと村のみんなとも仲良くやっておる)

 

 わしがチエに店番を任せた裏には、ある思惑があった。

 それは、チエが村のみんなと仲良くなってくれるようにといったものである。

 

 チエは確かにボール職人として優秀だ。

 いや、優秀という言葉すら生ぬるい。

 ……神童、そんな言葉こそふさわしい。

 既にわしの実力を上回ろうとし始めておる。

 だが、それだけではだめなのじゃ。

 

 人の心を知らなければ、人と触れ合わなければ、本当の意味での職人にはなれない。

 

 これはわしの座右の銘のようなものであった。

 だからチエに知ってほしかった。

 そう、他の人と触れ合うということを。

 

 そんな思いを抱きながら、職人ガンテツは我が家に帰ってきた。

 窓からは光が零れていて、人がいることが窺い知れる。

 わしはようやく愛しい孫と再会できることを喜び、扉を開いた。

 

「わははー! 飲め飲めー!」

 

「ちょっ! チエちゃん、待っ」

 

「わははははー」

 

 わしは最初、自分の目と耳を疑った。

 目をこすり、再び開いて、それが現実なんだとようやく認識する。

 

「……どんだけ仲良くなっとるんじゃ」

 

 

 

 ガンテツがチエの作ったボールの話を聞き、戦慄するのは……少し先の話。

*1
箱の中に猫を入れてランダム時間経過後に毒ガスを発生する装置を入れる。しばらくした後猫は生きているか死んでいるかという問題で、箱を開けるまでは生きている状態と死んでいる状態が併存しているという考えの事。今回の場合、ただのスピードボールという可能性と、ただのスピードボールでないという状態が重なっている。




チエちゃんが注いでいるのはもちろんジュースです。ミックスオレとかサイコソーダとかその辺。
カビゴンはおじいちゃんを煽った人が引き受けました。食費に苦しんでるらしいです(満腹お香のおかげでギリギリ賄えてるレベル)。


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四話 「打倒! ボールカプセル」

「チエちゃん、私悔しいよ」

 

 ヒワダという田舎に似つかわしくない、とても美麗な女性が来ていました。

 白のワンピースに、特徴的な髪形をした少女。

 アサギシティのジムリーダーを任されている彼女の名前は、ミカンと言いました。

 

「どうしたのー? ミカンお姉ちゃん?」

 

 私は小首をかしげてきょとんと問い掛けます。

 ミカンさんが私をぎゅっと抱きしめました。

 

「おう、ミカンやないか!」

 

「ガンテツさん!」

 

 この世界に来てから知ったことだが、ミカンさんはおじいちゃんと仲が良かったらしい。

 そうだよね、鋼タイプって重いポケモンが多いもんね。

 効果もエフェクトもヘビーボールがよく似合う。

 

「あ……その、お邪魔しております……」

 

「わっはっは。そう硬くならんでもええ。それで、今日はどないしたんや?」

 

「あと……その……」

 

 ミカンさんはとても内気な女性だ。

 その性格はおじいちゃんにも適用されるようで、このようにオドオドするのはいつもの事だった。

 それにしても今日は一層言い淀んでいる。

 何か言いづらい事でもあるのだろうか。

 

「ミカンお姉ちゃん、折角来たんだからヒワダを見て回ろうよ! ヤドンの井戸くらいしかないけど!」

 

「ふぇ! あ、……うん。そうだね」

 

 すみませんガンテツさん、また来ます、と。

 ミカンさんはそうおじいちゃんに告げて、私と一緒に町へ出た。

 

「ミカンお姉ちゃん、どうしたの? おじいちゃんに言いづらい事でもあったの?」

 

「本当にチエちゃんは……」

 

 どうやら私の推測は正しかったらしい。

 ミカンさんの死角になる位置で、小さくガッツポーズをとる。

 が、年相応の対応をするためにポカンとした顔をする。

 何のことか分かりませんよーって顔だ。

 

「チエちゃんは私がコンテストに出てるの知ってるよね?」

 

「うん! ネールちゃんと一緒に出てるよね!」

 

 ネールちゃんというのはハガネールの事だ。なお雄である。

 この辺は多分ゲームと同じだと思う。

 あっちでもシンオウ地方のコンテストに出ていることが確認できたはず……。

 それだけミカンさんにとってハガネールは大切なパートナーなのだ。

 

 ……大切なパートナーなのだが、HGSSでは普通に主人公相手に交換に出す。

 いいのかそれで。

 

「うん。この前もシンオウ地方のコンテストに出てきたんだけどね……。負けたんだよ」

 

 ミカンさんがそう零した。

 少し意外だった。

 

 ミカンさんはジムリーダーだ。

 勝負という字は、勝利と敗北からなっている。

 勝利を掴むこともあれば、敗北の苦汁をなめることもある。

 それを知っていて、負けを負けと受け止めることが出来る。

 それが彼女の強さだと思っていた。

 

「納得、いってないんですか?」

 

「……うん」

 

 これは結構重傷だぞ。

 鉄壁ガードの女の子な彼女がここまで傷つくとは。

 一体何があったんだ?

 

「コンディションも、ダンスも、演技も。きっと私の方が上だった」

 

「……採点競技の難しいところですね」

 

 スケートや体操なんかを想像してほしい。

 たしかに、結構厳密な審査基準があるらしいよ?

 けれども『なんでこっちの方が点数が高いんだろう?』なんて思ったこと、きっとあるはずだ。

 演技者と観客の間に審査員が挟まれる競技は、アピールがそのまま得点に繋がらない場合があるのだ。

 

「ううん。そうじゃないの……そうじゃ、ないんだよ」

 

 ふるふると、小さく首を振ったミカンさん。

 次いで体を震わせたミカンさん。

 地面に顔を向け、その頬を涙で濡らした。

 

「シンオウ地方でね、ボールカプセルっていう道具が発売されたらしいの……! モンスターボールにセットして、エフェクトを演出する道具なんだけど……」

 

 私はなんとなく察した。

 察してしまった。

 

「私、そんなの知らなくて! いつも通りに参加して! だけど全然注目を集められなくて……ッ!」

 

 ミカンさんが、悔しさを吐き出す。

 胸中を晒け出す。

 

「……最低だよね。折角ガンテツさんが作ってくれたボールに、私、ケチをつけるところだったの」

 

「ミカンさん……」

 

「ごめんね! この悔しさを糧に、もう一度挑戦してくるよ!」

 

 そう言って、ミカンさんは走り出そうとしてしまった。

 その手を、私は掴み取った。

 ミカンさんは驚いた様子だったが、驚くことはない。

 こういう時に大切なのは線の動きではなく、点の動きなのだ。

 『あひるの空』でもそう言ってた。

 

 そして私はこう応える。

 

「分かりました。その注文、おじいちゃんに代わって私が引き受けます」

 

 だから私はそう答えた。

 

 思考の止まりかけたミカンさんを、勢いそのまま畳み込む。

 ポケットからボールを取り出すと、私はそれを見せた。

 

 ……そもそもボールのエフェクトは、どこで決定しているのか。

 それは外殻の内側、つまりボールの内部に仕掛けがある。

 

「分かりますか? この模様」

 

「……正六角形?」

 

 私が作ったヘビーボールを分解し、ミカンさんに見せる。

 ボールを覗き込んだ彼女は不思議そうに聞いてきた。

 そう、正六角形なのだ。

 金槌一本でこれを表現するのにどれだけ苦労したことか……。

 って違う、今そんな話はどうでもいいのさ。

 

「はい、正六角形です。どこかで見覚え有りませんか?」

 

「……もしかして、ヘビーボールのエフェクト?」

 

 正解だ。

 ボールの内側に刻まれた模様がそのままボールのエフェクトになる。

 ヘビーボールなんかだと、六角形を無数にちりばめることでメタルな感じを表しているのだ。

 正六角形と鋼が結びつかない人は『武装錬金』を見るといいよ。

 

「ここに細工を仕掛けます。ミカンお姉ちゃんは、私を信じてくれますか?」

 

 私はボール作りに精通しているとはいえ、まだまだ子供だ。

 おじいちゃんに頼むことと比較すれば、不安や懸念はあるだろう。

 それでも私に任せてくれるか、そう問いかける。

 

「当然だよ! チエちゃん、お願い!」

 

「……分かりました。全力でネールちゃんを目立たせて見せます!」

 

 ミカンさんは間髪入れずにそう答えた。

 

 だから私も、応えたい。

 

 これで応えられなきゃ嘘だ。

 

 やってやる……!

 

 私ミカンは、この地に再び舞い降りた。

 かつて敗北し、リベンジを誓ったこの場所に。

 今度は負けない。

 チエちゃんがこれだけ手伝ってくれたんだ。

 負けられない、負けるわけにはいかない。

 

『エントリーナンバー四番! ミカンさんです!』

 

 シャキーン! というポーズを取った。

 ダメだ、恥ずかしい。

 すぐに顔が赤くなってしまった。

 

「あらミカンさん。また負けに来たのかしら? ボールカプセルも持たずに!」

 

 隣のおばさんが、悪役のように私を嘲る。

 流し目で確認して、すぐに視線を外した。

 暗に、あなたなんて眼中にないという意思表明である。

 

「んまぁ!」

 

 笑いたければ今のうちに笑えばいい。

 最後に笑うのは、私達だ。

 

 シンオウ地方のコンテストは、三段階の審査がある。

 第一部がビジュアル審査、第二部がダンス審査、そして第三部が演技審査だ。

 前回はその全てで、ボールエフェクトにオーディエンスの目が奪われ、そしてやられた。

 ……今回は、私たちが掻っ攫う番だ。

 

『これよりビジュアル審査に移ります! それではみなさん、エントリーポケモンを繰り出してください!』

 

 進行役に促されて、一斉にボールからポケモンを繰り出した。

 私を除いた三者が三様の、オリジナルのボールエフェクトを見せつけた。

 私のボールエフェクトはヘビーボールのそれと同じ。

 

 ただし、()()()()()という条件が付くが。

 

 チエちゃんの言葉が反響する。

 

『そのヘビーボールは二度咲きます。ボールカプセルなんてお遊びだと、証明してきてください!』

 

 一度弾けたエフェクトが、再び収束する。

 

(見ている? チエちゃん)

 

 寄り添い、綯われ、龍となる。

 白銀の龍は空へ飛び立ち、去って行った。

 

『ウオオオォォ!!』

 

 あとに残ったのは、観客たちの圧倒的な熱量だけ。

 鼓膜を破らんばかりの声量が、会場を内側から飲み下す。

 

(確かに、二度花開いたよ)

 

 私はコレを見ているであろう彼女に、心からの感謝を送ったんだ。

 私、頑張るからね!

 

 私はテレビでスーパーコンテストの中継を、食い入るように見ていた。

 想定通りの挙動をしてくれることはミカンさんと確認済みだが、やはり本番というのは緊張する。

 ミカンさんの足を引っ張らずに済むだろうか。

 

 手に汗を握る。

 固唾を飲む。

 液晶が私を、ほのかに照らしていた。

 

(来た……ッ!)

 

 コンテストがビジュアル審査に移行する。

 ここだ。

 ここで観客の心をつかみ取る!

 

 ミカンさんの手から、ネールちゃんが繰り出される。

 ここまでは普段と同じだ。

 メタリックな六角形が四方八方に弾け散る。

 ここからだ!

 

 他の参加者たちのボールエフェクトが切れ始めたタイミングで、私の仕掛けが動き出す。

 第二段階のエフェクトが、その姿が顕現する。

 

 一度は弾けた六角形が、集い、寄り添い、結び合う。

 やがて流線を描き、龍となる。

 ただの鉄が白銀となり、白銀となった龍が、天へと昇る。

 

 会場に、静寂が満ちた。

 誰もが見惚れ、心を奪われた。

 

 きっかけは何だったか。

 誰かが声を発したのがそれだったか。

 

 小さな波紋が重なり合い、弾け合い。

 会場を熱気が包み込んだ。

 

『うおおおおおお!』

 

『何だ今の!?』

 

『スゲー!』

 

 テレビ越しにも伝わるこの迫力。

 私はどうやら、ミカンさんの力になれたらしい。

 自身の小さな手のひらを、私はぎゅっと握りしめた。

 

 ……種明かしをすれば、アレは三つの仕掛けによってできている。

 一度は離れ離れになった六角形を、再度集める仕掛け。

 龍を成す仕掛け。

 鉄から白銀に変化させる仕掛けだ。

 

 一つ目の仕掛け、これはボール内部に薄い鉄板を仕込むことで細工の余地を作った。

 ボールの内側に張るタイプのボールカプセル、そう考えてもらえば分かりやすいだろう。

 

 もっとも、中身はシールなんていう量産品ではない。

 職人が全力を捧げた至高の一品だ。

 ボールカプセルでは再現不可能な仕掛けを、仕込んである。

 本来外側に弾けるように出来ている仕組みを『裏返し』て貼り付ける。

 外殻が開いてからわずかに時間差を置いて作動し始めるため、傍目にはさも一度弾けたエフェクトが再び集まるように見えるのだ。

 

 二つ目、龍を成す仕掛け。これはエフェクトに指向性を持たせる技術を流用した。

 この技術は既に、リピートボールなどで採用されている。

 お父さんが年末に自慢していたからよく覚えているよ。

 罫書き針で特殊な線を引くと、エフェクトの弾ける方向をある程度指定できるのだ。

 これを上昇気流を模して描き込むことで、今回の登り龍を可能としたのだ。

 

 三つ目、色の変わる仕掛け。これは花火を参考にした。

 花火大会の打ち上げ花火で、色が変わる物を見たことがあると思う。

 アレは内部の顔料と外部の顔料に、それぞれ別のものを使うことで作り上げられている。

 そこから着想を得て、鉄板の一部に強い金属光沢を放つものを組み込んだ。

 それにより本来ヘビーボールが持つ鉄っぽいエフェクトから、白銀のエフェクトへの書き換えを可能としたのだ。

 

「何にしても、上手くいってよかった」

 

 あとはミカンさんが実力を出し切ってくれればそれで終わりだ。

 そして私は彼女の実力を知っている。

 だから安心して見られる。

 

 予想通りその後、彼女は他三人を歯牙にもかけずに勝利を収めた。

 圧勝だった。

 

「……うん」

 

 それを成し遂げたんだという実感の元、右の手のひらを見た。

 女の子らしくない、金槌で硬くなったボロボロの肌がそこにはあった。

 それを私はもう一度、ぎゅっと握りしめたんだ。

 




その後コンテストスレで謎のボールに関する議論がなされたとか。


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五話 「チエボールっ!」

 ガンテツボールは万能である。

 

 これは誰もが納得できるだろう。

 

 力量差のレベルボール。

 素早さのスピードボール。

 重量のヘビーボール。

 対水のルアーボール。

 懐き度のフレンドボール。

 異性のラブラブボール。

 

 どれもこれも非常に有用だ。

 これらを的確に使い分けるだけで、大概のポケモンはどうにかなるだろう。

 ……え? ムーンボール?

 いえ、知らない子ですね。

 

「だけどそれじゃあ先がない」

 

 フレンドボールを除くすべてのボールには共通点がある。

 それは効果が相手依存であるという物だ。

 

「ガンテツボールには、()()()がない」

 

 例えばダークボールは暗ければ効果がある。

 クイックボールは一ターン目なら効果がある。

 タイマーボールは時間経過で効果がある。

 どれもこれも、相手に依存しないボールだ。

 

 ガンテツボールを十全に使うのなら、上記の六種類をそろえておく必要がある。

 相手によって使い分けなければいけないのだから当然だ。

 それに対し、シルフ製のボールであれば、自分に合うボールを一種類だけ持っておけばいい。

 どんな相手でも高い効果が期待できるからだ。

 

 一応フレンドボールはどんなポケモンにも効果はあるが、捕獲率自体には変動はない。

 またよく似た効果を持つゴージャスボールという物がシルフから出されているため、これは死んだも同然だ。

 

 必然、ガンテツボールはめんどくさいという評価が付けられる。

 いや、もしかすると既に付けられているのかもしれない。

 

(とにかく、シルフ製のボールに負けないオリジナルのボールを作らないと)

 

 そうしなければ、この先の競争を生き抜けない。

 私はボール作りが好きだ。

 この職業を辞めたくない。

 だから私は、今日も真新しいボールの開発に励む。

 

「でもなぁ……」

 

 出来上がったボールを見て、ため息をついた。

 私は感覚的にそれに気づいていた。

 このボールではダメだ。

 

 私の部屋には、既に失敗作となったボールが無数に転がっていた。

 その原因は私も分かっている。

 

 効果を発揮する条件が特殊過ぎるのだ。

 

 例えば一つ前のボールは、性格が『意地っ張り』のポケモンに多分効く。

 だがしかし、普通は性格なんて捕まえてから確認するものだ。

 どんなポケモンにでも効果を出そうと思えば、二十五種類も用意する必要がある。

 まったくもって無意味だ。

 

 例えば二つ前のボールは、多分『大きい』ほど効果があるというボールのはずだ。

 だが大きいポケモンは、大体体重もある。

 わざわざこのボールを使わずとも、ヘビーボールを持ち歩けばいい。

 こちらもまったくもって無意味だった。

 

 他にも『特定のタイプに効くボール』や『特定の特性に効くボール』などが床には転がっている。

 だがしかし、そのすべてが失敗作と没にした作品の山だった。

 

「効果が重ね合わさったらなあ……」

 

 没になった作品には、『すべてのタイプに効果のあるボール』を目指したものがあった。

 しかしこれも結局、ダメだったのだ。

 お互いがお互いの性能を打ち消し合い、効果が薄まってしまったのだ。

 結局出来上がったのは、モンスターボール以上スーパーボール以下という絶妙に要らない作品。

 おまけに製作にかかる費用はハイパーボール以上と来た。採用できるわけがなかった。

 

「いや、できるにはできるんだけどさ」

 

 ならばと、『炎タイプ』で『穏やか』のポケモンに有効なボールはどうだと試したことはあった。

 確かに効果は相乗された。されたのだが、よく考えて欲しい。

 ただの『炎タイプ』から、『炎タイプ』かつ『穏やか』と条件が絞られたのだ。

 これを全てのポケモン用に用意するとなれば、実に四百五十通りを持ち歩かなければいけない。

 もともとの汎用性という観点からかけ離れてしまっているのだ。

 

「はー、シルフカンパニーはどうやってるんだろう」

 

 さすがはポケモン界のG〇gole(ゴゴール)だけある。

 私たちに出来ないことを平然とやってのけるッ!

 はい。現実逃避はこのあたりにしておきましょうね。

 

「またアイデア練るところから始めるかー」

 

 部屋を出て、おじいちゃんを探す。

 案の定作業部屋にいた。

 

「おじいちゃん、ちょっと散歩してくる」

 

「おう! あんまり遅くならんようにな!」

 

 カビゴン事件以来、私は町に出ることが多くなった。

 ちなみにあのカビゴンは捕獲した若者に押し付けた。

 おじいちゃんを馬鹿にした罰だ。

 それで勘弁してやろう。

 

 一応補足しておけば、四百キロの食料は用意しなくても大丈夫らしい。

 どうやら私が用いた満腹お香がいい具合に効果を発揮しているらしく、ギリギリ賄えるラインだそうだ。

 ふふん。存分にたかるといいぞよカビゴンよ。

 

「んー、とはいってもなー」

 

 出歩いたくらいでポンとアイデアを思いつくくらいなら、そもそもこんなに悩んでいない。

 適当な木の根元に腰を掛けて空を仰いだ。

 

(そういえば、上を向くと前頭葉と頭蓋骨の間にスキマが出来て考えがまとまるんだっけ)

 

 詳しくは覚えていないが、そんな効果があったはずだ。

 前世の数学の時間に、よくそうやって閃けーって祈ってた覚えがあるよ。

 

 ぼけーっと、去り行く雲を見つめて過去を振り返る。

 思えば私は、ずっと走り続けていた。

 

 三歳でボール作りを始め、七歳まで。

 ずっとずっと、金槌を振るい続けてきた。

 だから今の私がある。

 だから今、壁にぶつかっている。

 

 立ち止まることは簡単だ。

 足を止めれば停滞する。

 停滞すれば壁にぶつかることもない。

 壁にぶつからなければ苦しむこともない。

 

 ……なんてね。

 

 この程度で立ち止まるわけがない。

 私はボール作りが好きだ。

 好きだから続けられる。

 だから精一杯足搔いてみよう。

 やり直した人生だ。

 やりたいことやって、それでだめならその時悔いればいい。

 

「さてと。戻ろうか、それとも進もうか」

 

 普段ならここまで来たら折り返していた。

 だけど今日は、なんとなく、もう少しだけ先まで行ってみようと思ったんだ。

 

 それっぽい曲を口ずさみながら、私は意気揚々と歩きだした。

 歩いているうちに、繋がりの洞窟の前まで来てしまった。

 さすがにここを抜けようとは思わない。

 帰ろう。

 そう思って振り返る途中、視界に奇妙なものが映った。

 

「ん? 何このぼんぐり。水色じゃん」

 

 ぼんぐりには七種類の色がある。

 すなわち赤、青、黄、緑、桃、白、黒である。

 その中に、水色は含まれていないし、私も今まで見たことなかった。

 

「もしかしてめちゃくちゃ貴重なぼんぐり!?」

 

 私は今までの悩みを全て置き去りにしてぼんぐりに駆け寄った。

 七歳児には絶妙に届かない場所にあった。

 

「ぐぬぬ、仕方ない。スリングショットでも作るか」

 

 この世界にきて私の器用さは驚くほど上がった。

 簡易パチンコくらい、数分で作れる。

 

 適当に枝を折り、つたで巻き付けY字に整える。

 それを接着剤で固定してゴムを取り付ければほら完成だ。

 洞窟付近に転がっている石を拾いセットする。

 ぼんぐりの上部を目指し、ゴムの部分を引っ張る。

 

「行っけー!」

 

 私の掛け声とともに射出された小石がぼんぐりを捉える。

 

 その一瞬、その一瞬前のことである。

 朱色の物体が横切り、水色ぼんぐりを掻っ攫って行った。

 結果として小石は空を切り、木を通り過ぎて虚しく散っていった。

 

 ……私はその原因となったポケモンを睨んだ。

 

「お、お前ええええ!」

 

 私からぼんぐりを横取りしていった相手は、ついばんでいった相手は。

 珍しいぼんぐりを食らい満足そうにしているその鳥は。

 炎のような模様を纏う鳥ポケモン。

 ファイアローだった。

 

「お前だけは許さない! 喰らえ! チエボール・FC!」

 

 つまり先ほどの、『炎タイプ』で『穏やか』のポケモンに有効なボールだ。

 人生万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。

 私が失敗作と称したこいつにも出番はあったみたいだよ。

 

 だけど私の一投は、空しく空を切った。

 私の肩では捉えられないと言わんばかりに、ファイアローは飛び回る。

 

「……ふふふ。私を煽ったこと、後悔するがいい」

 

 落ちたボールを拾い、そう呟いた。

 先ほど作った簡易パチンコにセットして、解き放つ!

 

「喰らえぇぇぇ!」

 

 私の放った一撃は、スリングショットを介した一投は、確かにファイアローを捉えた。

 急いで回避しようとするが間に合わず、その伸びた黒いしっぽにぶち当たる。

 

 ぐらり、ぐらりとボールが揺れる。

 タイミングよくAボタンとBボタンを押すと捕獲率あがるんだよ、知ってた?

 まあ嘘なんだけど。

 そんなノイズを思考に流している間にもボールは揺れ続け、やがて捕獲の成功を告げた。

 

「ファイアロー、ゲットだぜ!」

 

 なんてね。

 

 日も暮れて、星の瞬く頃。

 家の外では虫達がコロコロと鳴き、その音色が妙に心に沁み入った。

 

 私は、考えていた。

 考えて考えて、アイデアを片っ端からノートに記していった。

 

「どうして汎用性を持たせることばかりに意識を割いてたんだろ」

 

 逆だったのだ。

 私が目指すべき場所は、汎用型ではなく、特定の一点特化型。

 フルカスタマイズサービスだったのだ。

 

 スポーツをやっている人は、有名選手モデルのラケットという物を見たことがあるかもしれない。

 それらはその選手が『自分に合うように』『オーダーメイド』したものなのだ。

 いつの世代でも、そういった商品は必ず需要がある。

 

 シルフは汎用性を突き詰めた。

 なぜわざわざ相手の土俵に合わせようとしていたのか。

 

 筆が止まらない。

 次々にアイデアが浮かび上がる。

 それらを一つ一つ、残さずメモしていく。

 

「……オーダーメイドボール。うーん、名前が長いな」

 

 ガンテツの作ったボールは、ガンテツボールと呼ばれるようになった。

 ならば私も、それを踏襲しようじゃないか。

 決めた。このボールの名前は――

 

「チエボールっ! シリーズ・O!」




サブタイトルは没タイトルの名残。

一応補足
フレンドボール:初期懐き度を200にする
ゴージャスボール:懐き度が上がる際に+1する

チエボール・FC→Fire/Calm(炎/穏やか)

使うかどうかわからない裏設定的な何か
水色ぼんぐり:ウイングボール(スカイバトルに参加できるポケモンが捕まえやすくなる)を作れる


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六話 「私を差し置いて隠居とか許さん」

日間七位!?
ピックアップ2評価値9.99!?(二位)
レビュー!?

あと、えと。
あ、ありがとうございます!!
これからもよろしくお願いします!!!


12/30 ピックアップ2一位到達(瞬間最高10.10)


 一刀一刀、丁寧に模様を刻んでいく。

 汗が目に入るのが鬱陶しい。

 それでも拭うことすら煩わしく、それを知らん振りした。

 どこまでも深く、意識が潜り込んでいた。

 

「出来た……」

 

 作り上げたのはチエボール・FCを改良した新フォルム。

 チエボール・アローエディションだ。

 その名前の通り、ファイアローをモチーフとしている。

 燃え盛るような炎のデザインと、大空への飛翔をイメージしたエフェクトで構成した。

 

 キャプチャーネットにはマトマの実の果汁を使用している。

 マトマの実には食べるとポカポカ温まるという効果があるのだ。

 名前はどう考えてもトマトなのに、その効果はハバネロだったりする。

 なおトマトの方は体温を下げる効果があるから注意されたし。

 

 ボールの内部には、ところどころに熱い岩を細かく砕いたものを、ペンキに溶いて絵を描いてある。

 これによりエフェクトに色が付くと同時に、内部を暖かく保てる。

 ヤヤコマなんかは、寒いときにはトレーナーと一緒にベッドで寝るっていうしね。

 これによりファイアローにとって最高の環境が用意できたというわけですよ。

 

「おいで、アロー!」

 

 私が呼び掛けると、ファイアローがとことこと歩いてきた。

 いや飛んでこんのかいという突っ込みは置いておく。

 一度ボールに入れて、またボールから出す。

 ぱたぱたと私の周りを飛んでいる。

 どうやら気に入ってくれたようだ。

 

「戻って、アロー」

 

 ボールにファイアローを戻した。

 この数日で本当によく懐いたものだと思う。

 やっぱりボールは偉大だ。

 

「チエ、もうええんか?」

 

「あ! おじいちゃん!」

 

 私はあの後、おじいちゃんに事情を話した。

 ファイアローを捕まえたこと。

 ファイアローを育てたいこと。

 最悪喧嘩してでも育てるつもりだったけど、案外すんなりと許してもらえた。

 

 それから今日まで、私は自室と作業部屋を行き来してボールの練度を上げまくった。

 そして今日、ようやく納得いく出来のものが仕上がったというわけである。

 おじいちゃんは私がファイアローのためのボールを作っていることを知っていた。

 だから私にもういいのかと聞いてきたのだ。

 

「うん。できたよ! ほら! アロー専用のボール!」

 

 渾身の一作を見せる。

 とはいっても外側だけ見せたところで、内部に凝らした意匠を知ることはできないのだが。

 それでも私が本気を出した作品だ。

 そこには確かに、私の魂が込められていた。

 

「……いい出来じゃな」

 

「本当!?」

 

 私は身を乗り出した。

 多分今、世界中の誰よりも目を輝かせていると思う。

 

 私はおじいちゃんの事が好きだ。家族としても、職人としても。

 そして今、憧れの職人から、世界一の職人から、いい作品だと褒めてもらえたのだ。

 嬉しくないわけがない。

 

「本当だとも。チエ、お前はもう立派なボール職人だ」

 

「え、いやいや。私なんてまだまだだよ!」

 

 私が美辞麗句を否定すれば、おじいちゃんは険しい顔をした。

 なんだ、何が不満だったんだ。

 

「チエ、上を見ることは大切だ。だがしかし、己の力量をきちんと知ることも忘れてはならん」

 

「おじいちゃん?」

 

 諭すような、包み込むような。

 優しい声でおじいちゃんは告げる。

 

「お前は気付いとらんようじゃが、お前は既にわしを超えておる」

 

「そんなことないと思うけど……」

 

「聞いたよ。お前に店番を任せていた間に起こった出来事を」

 

 おじいちゃんは柔らかく笑いながら語り掛ける。

 私は少し、顔が熱くなった。

 

(あああ! なんか本人に伝わるって考えたら恥ずかしいなぁ!?)

 

 ――おじいちゃんが、職人ガンテツが。如何に偉大だったかを証明してみせます。

 こんな恥ずかしいセリフが本人の耳に入ってるってことでしょ?

 手で顔を仰ぎ、必死に熱を取り払う。

 拭わなかった汗が、上手い具合に放熱を促してくれていた。

 

「フレンドボール・改、じゃったな。ぼんぐりでない木の実を使うという発想はわしにもあった」

 

「うん」

 

 私が思いついたことを、職人ガンテツが気づかない筈がない。

 既に通った道だろうということは予想していた。

 

「だがな、できんかったんだよ。ぼんぐりを超える効果を持つ作品を作ることが」

 

「……え?」

 

 おじいちゃんの衝撃発言に、思考が揺すられる。

 おじいちゃんが、ボールの改良を諦めていた?

 

「少し前までお前がしていたように、色々なボールを作ろうと試みたこともあった。じゃがしかし、いつも決まって辿り着く答えがあった」

 

 おじいちゃんは七つのボールを列挙する。

 いわゆるガンテツボールなるものだ。

 それらのボールが、最高の出来だったと。

 いや、ムーンボールを最高傑作に含めるのはどうかと思うよ。

 あんなのただのオシャレボールじゃん。

 

「わしは結局、それらを超える作品を作れなんだんだよ。チエよ」

 

 私はおじいちゃんの言葉を黙って受け止めた。

 軽々しい言葉を使うべきではないと思ったからだ。

 多分今は、大事な場面だ。

 ふざけたいけど、ふざけていい場面ではないんだ。

 

「まして、特定の一匹のためだけのボールなんて発想、この年になっても思いつかんかったわ。いかに効果の高いボールを作るか、それだけを考えておった」

 

 おじいちゃんが、どこか遠いところを見つめる。

 遠い遠い場所、きっと大昔の出来事だ。

 慈しむような、懐かしむような眼で。

 その口元には、確かな微笑みが浮かべられていた。

 

「でも、でもさ」

 

 そこでようやく、私は口を開いた。

 

「私にとって、おじいちゃんはいつまでも尊敬する職人で、ボールに向き合う姿勢はずっと見習いたいと思うんだ。だから」

 

 無邪気な笑顔を、これでもかという程に見せつける。

 ニシシと笑う。

 楽しそうに、嬉しそうに。

 

「だからずっと、私の師匠様で居てよ!」

 

 おじいちゃんが目を見開いた。

 放っておけば、ポトリと零れ落ちてしまいそうだ。

 そんな驚いた表情をした後、おじいちゃんはまた笑顔に戻った。

 

「そうじゃな……。確かにそうじゃ。わしにもまだ、成長の余地が残っておったというわけじゃ。わしもまだまだ負けちゃおれんな!」

 

 そうした会話の後、私たちは二人で笑いあった。

 ひとしきり笑った後、おじいちゃんはまた作業部屋に戻っていった。

 自室の椅子に腰を掛け、一息つく。

 

(危ねえええ!!)

 

 一連の会話を思い返す。

 あの発言も、あの発言も、どれもこれも。

 

(完全に私に後を継がせようとしてたよね!)

 

 間一髪である。

 とっさに機転を働かせた私に拍手を送りたいね。

 

「いや、最終的にヒワダでスローライフも一考の余地ありだけどさー、今じゃあないんだよね」

 

 乱雑な走り書きで作り上げられた『チエボール・シリーズO』の草案。

 その中にはプレートや彗星の欠片といった、貴重なアイテムも記されていた。

 ここに籠っているだけでは、満足に集めることもできない。

 

 まずは世界を旅する。

 そして色々なアイテムを手に入れる。

 それらを組み合わせて、唯一無二のボールを作り上げる。

 なんて素敵なことだろう。

 

「だからおじいちゃんにはさ、まだまだ現役でいてもらわないと困るっていうかさ」

 

 というかぶっちゃけ、私を差し置いて隠居とか許さん。

 私だってもふもふに囲まれてのんびり過ごしたいんだ。

 一人だけ余生を悠々と過ごそうとするな。

 

「アロー、行ける?」

 

 ボールに問い掛ける。

 ボールがわずかに熱を帯びた気がした。

 

「うん、行こっか」

 

 私はおじいちゃんの後を追って作業部屋に向かった。

 ここから私の冒険を始めよう。

 

 作業部屋の扉を開く。

 勢いよく、音を立てて。

 おじいちゃんの顔をじっと見つめる。

 一呼吸おいて、宣言した。

 

「おじいちゃん! あのさ! 私、旅に出る!」

 

「ダメじゃ!」

 

 あっれー?




この話が投稿される頃、私はバイトをしているでしょう。


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終話 「羽ばたけ」

 あれれー? おっかしいぞー?

 今の流れは完全に行ってこいって感じじゃなかった?

 何が気にくわないのさ。

 

「お前はまだ七歳じゃろ! 何を言うとるんじゃ!」

 

「三歳児に金槌を持たせた人が何言ってんの!?」

 

 いまさら過ぎる。

 それに私は前世込みなら既に成人している年齢だ。

 年齢差は理由にならない。

 

「ダメなものは駄目じゃ!」

 

「ケチ! 頑固! 偏屈! ジジイ!」

 

「じじっ……!」

 

 ファイアローの事を打ち明けるとき、口喧嘩に発展することは想定していたんだ。

 当然戦いの準備はしてきているし、ナイフは研いできている。

 

「お父さんだってヒワダを出て行ったじゃんか! どうして私はヒワダに残り続けないといけないのさ! 私だって外の世界が見たい!」

 

「しかしじゃな……」

 

「ここに居るだけじゃ見えてこない世界がある! 知らない世界がある! ここに引き籠っていたら、私はきっと後悔する!」

 

 おじいちゃんの発言が停滞する。

 用意しておいた言葉ではあるが、私の本心でもあるんだ。

 自分の気持ちを、真正面からぶつけてやる。

 

「私は羽ばたきたいんだよ、おじいちゃん。いつかその翼が疲れてしまったときには、ここに戻ってきてその羽を休めるよ。それじゃ、ダメなの?」

 

 私はおじいちゃんが好きだ。

 できれば喧嘩別れという形はとりたくない。

 だけど一生この鳥籠で飼われるのも嫌だ。

 どちらかを選べと言われれば、私はきっと別れを選ぶだろう。

 だから、私の思いを受け入れて欲しい。

 

 わし、ガンテツには孫がおる。

 無邪気で溌溂で朗らかで。

 目に入れても痛くないというのは、きっとこういうことを言うんだろう。

 そんな孫が、わしの元を離れたいと言って来た。

 ふぅと一息ついて、過去を振り返る。

 

 ……思えばチエは、昔から変わった子じゃった。

 

 幼児の頃から成長速度が異常じゃった。

 あっという間にハイハイを覚え、すぐに二足歩行を覚えた。

 この時からこの子は天才じゃった。

 

 ──天才が神童に変わったのは、きっとこの子が三歳の頃。

 

 この子はその性格とうって変わり、まったく世話のかからない子だった。

 わしがボールを作っておると、いつも大人しくそれを見ていた。

 文句を言うでもなく、ぐずるでもなく、ただただボールを作るさまを見ておった。

 

 ボール作りに興味があるのかと思い、金槌を持たせてみた。

 三歳には重すぎたのか、それを両手で必死に抱えておった。

 それはもう、大事そうに。

 わしがボールを押さえておくから叩いてみなさいと言った。

 するとどうだ。

 この上なく澄んだ綺麗な金属音が、部屋にこだますじゃないか。

 この子の才能は、ボール作りにおいても秀でていた。

 

 それからもう四年。

 この子の才能は天井知らずに伸び続けた。

 四年、たった四年だ。

 たった四年で、この子はわしの領域にその足を踏み入れていた。

 わしは少しだけ、この子の才能に嫉妬した。

 けれどそれ以上に嬉しかった。

 自分を超える才能を持つものが、ボール職人を引き継いでくれることが。

 

 わしはこの子の才能を伸ばすことを優先すると決めた。

 第一段階として、この子に人との触れ合いを教えてみた。

 

 チエは接客も上手じゃった。

 だがしょせん、客と店員の関係だ。

 だれもチエの心に踏み込むことはせなんだし、チエ自身それを許さんかった。

 それじゃあダメなのだ。

 

 おいしい料理は、誰かのために作ることでできる。

 外国語を学ぶ近道は、その国の人を好きになることである。

 ものづくりは、誰かの役に立って初めて意味を成す。

 わしらは常に、そういう世界に生きている。

 その事を、チエもまた知らなければいけなかった。

 

 じゃから店番をチエに任せて、一人にしてみた。

 少しずつ町の人と触れ合っていければいい、そう思っていたからだ。

 帰ってきたわしは驚愕したわい。

 あの子はたった一日で、町の人と打ち解け合っておったのだ。

 この子には、人と仲良くなる才能もあった。

 

 そしてそれ以上に驚愕したことが一つ。

 それはチエが作ったという『フレンドボール・改』じゃった。

 目からうろこじゃった。

 わしはずっと、木の実の果汁だけを使うことに囚われておった。

 じゃから木の実の風味を、甘いミツで緩和するという発想など浮かびもせんかった。

 

 そして何より、このボールを作り上げるに至った経緯。

 わしがバカにされたからという理由で、作ったと聞いた。

 この子には、最初から備わっていたのだ。

 誰かを思う気持ちが、人を思う心が。

 

 わしはこの子の才能に恐怖した。

 それと同時に、この子の行く先を見たいと思った。

 わしもいい歳だ。

 この子に後を継がせ、経験を積ませよう。

 そう思い、意を決したときの事じゃった。 

 

『私にとっておじいちゃんはいつまでも尊敬する職人で、ボールに向き合う姿勢はずっと見習いたいと思うんだ。だから、だからずっと、私の師匠様で居てよ!』

 

 チエはわしにそういった。

 嬉しそうにはにかみながら。

 照れくさそうに笑いながら。

 

 わしは自分を恥じた。

 情けないところを見せてしまった。

 わしはわし自身の才能に見切りをつけてしまっていた。

 だというのに、チエはわしの事を師匠と呼んでくれた。

 

 わしは思い返した。

 

 この子が見てきた背中は。

 わしが背負ってきたものは。

 果たして、わしの全てを乗せておったかと。

 

 否だ、断じて否だ!

 

(まだまだ教え切れていないことがある!)

 

 もう一度実力を伸ばそう。

 きっかけはチエがくれたんだ。

 ならばあとは、続くこの道を進み続ければいい。

 この子より早く、この子より先を。

 

 そう思っていたのに、この子は旅に出たいと言った。

 わしの背中を追う必要は無い、そういうことなのだろうか。

 少し、心が寂しくなった。

 そして、気づいてしまった。

 

(この子の才能を抑圧しているのは、わし自身なのではないか)

 

 この子の行く末を、見たかったのではないのか。

 この子の成長速度がわしより速いことを知っていたのではないのか。

 ならばあとは、背中を押してやれ。

 それがわしに出来る、最後の道しるべだ。

 

「チエ……」

 

 わしは、チエに声を掛けた。

 チエの肩が、びくりと震えた。

 怖がっているのだ、わしに否定されることを。

 恐れているのだ、わしと不仲になることを。

 

 ここに至るまでに、数々の葛藤があったのだろう。

 その笑顔の裏側で、きっと悩み続けていたのだろう。

 それでも歩み続けるために、進み続けるために。

 恐れる自分を否定して、傷つくことを覚悟して、それでも前に進むことを選んだのだ。

 

「これを持って行きなさい」

 

「……これは? って、え?」

 

 わしは懐から、一枚の巻物を取り出しチエに与えた。

 そこにはガンテツボールの極意が記されている。

 しかしきっと、チエが驚いたのはそこではない。

 

「いいの? ヒワダを出ても」

 

「そうじゃな。行ってくるとええ。行って、世界を見てくるがええ」

 

 チエが泣きそうな顔をする。

 困ったものじゃ。

 いつも笑顔なのに、こんな時だけ泣きおって。

 

「ほら、笑いなさい。笑顔の方が、お前にはよう似合うとる」

 

 わしがそういうと、チエはわんわんと泣き出した。

 まったく、本当に困った子じゃ。

 こんなんじゃ旅に出てからもどうなることやら。

 

(まあ、この子に至っては心配いらんじゃろ)

 

 この子は聡い子だ。

 きっとなんやかんや、上手くやっていくだろう。

 むしろわしの方が忙しくなるかもしれんな。

 

「いつでも帰ってくるがええ。わしはいつでも待っとるからな」

 

 そんなことがあり、私の旅立つ日がやってきた。

 お隣さんの使わなくなった旧型のパソコンを改造し、携帯できるように小型化した。

 そのために機能を大幅に削ぎ落すことになったが、道具預かりシステムさえあれば後はどうにでもなる。

 愛用の金槌やキャプチャーネット、その他ボール作りに必要なアイテムを収納していく。

 

「おいで、アロー。おじいちゃんに挨拶しに行こう」

 

 ボールからファイアローを出す。

 アローは私の後ろをとことことついてきた。

 いや、だから飛べよ。

 

 おじいちゃんはいつも通り作業部屋にいた。

 

「行くのか」

 

「おじいちゃん……」

 

 部屋の扉を開けると同時に、おじいちゃんがそう言った。

 いつもなら、私が扉を開けたところで気付かない。

 集中を欠いている証拠だ。

 だけど、敢えてそれは指摘しなかった。

 

「うん、行ってきます」

 

「ああ、行ってこい」

 

 それ以上の言葉は、いらなかった。

 

「さて、どこへ向かおうか」

 

 ファイアローの背中に乗り、そんなことを呟いた。

 

 無計画な旅路。

 でも、それでいい。

 誰のものでもない、私だけの道を築き上げるんだ。

 

「かの偉人は言いました。『私がこの世に生れてきたのは、私でなければできない仕事が何かひとつこの世にあるからなのだ』と」

 

 私は口角を上げた。

 上等だ、やってやろうじゃないか。

 

「私にしかできないこと、私しか成しえないこと、きっと成し遂げてみせる」

 

 さしあたりここに、様式美として、一つ宣誓を打ち立てようと思う。

 

「気が付けばガンテツの孫でした。オリジナルのボールでひと財産築こうと思います!」

 

 ……なんてね。




取り敢えず一章終了です。
明日は更新無しの次話は2019年1月1日AM10:00

良いお年を。


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コガネの子どもと黒い影
一話 「教えテレビの中の人」


明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


 ファイアローのアローと旅立って数時間。

 眼下にはジョウトで一番の大都会、コガネシティが広がっていた。

 夜になる頃には街明かりで彩られるのだろうか。

 少しだけ見てみたい気もする。

 

「うーん、急ぐ旅でもないしなぁ……アロー、寄って行こっか?」

 

 アローがこちらを向いて一声鳴く。

 こらこら、わき見運転するんじゃない。

 しっかり前を向きなさい。

 

 そんな理不尽な!? という顔をするアローを放っておいて考える。

 コガネシティって何があったっけ?

 

 空から眺めながら思い出していく。

 リニア、ラジオ塔、GTS、ゲームコーナー、ジム、百貨店。

 ……まともなものが無いな!?

 

 リニア、どこへ行く気だ、というか完成してるの? 論外。

 ラジオ塔、見学手続きが必要。興味もない、論外。

 GTS、手持ちが一匹だと利用できないね。論外。

 ゲームコーナー、幼女が立ち入る場所じゃない。論外。

 ジム、バッジ集めてないからいらない。論外。

 

 かろうじて時間を潰すなら百貨店だけど、逆に時間を食いすぎるからなー。

 翌日も翌々日も入り浸るようなことになったら目も当てられない。

 ここもできれば見なかったことにしたいなぁ……。

 

 ふとさらに先を見渡せば、自然公園が広がっていた。

 モンスターボールの形に刈りそろえられた芝が特徴的な公園だ。

 それなんて鶴舞公園。

 

「んん?」

 

 そこから少し西側に、大きなドーム状の建物が立っていた。

 あの建物は……そうそう、ポケスロンドームだ。

 ポケスロン、ポケスロンねぇ……。

 

「アロー、あのドームに寄って行こ?」

 

 アローにそう声を掛ける。

 アローは一声鳴くと、降下していった。

 よしよし、前だけ見ていていい子だぞー。

 あとでボンドリンクをあげるからね。

 

 降りた先には、水色の巨大な建物があった。

 これがかの有名なポケスロンドームですか。

 

 そんなことを考えていると、事案が発生した。

 

「やぁ! よいこのトレーナーさん! こーんにーちはー!」

 

「こ、こんにちは……?」

 

「元気がないぞ! それ、こーんにーちはー!」

 

 だ、誰なんだこのおっさん。

 

 冷静になるんだ私。素数を数えるのだ。

 真実はいつも一つってじっちゃんの名にかけて言ってたでしょ。

 ステイクールだぜ。

 ここは一度状況を確認しよう。

 

 ドームを見るのに夢中になっていた私は、背後から近寄るタンクトップの存在に気付かなかった。

 そしてその男に絡まれている……と。

 いや、本当に誰だよ。

 

「教えテレビからこんにちは、ハジメお兄さんでーす!」

 

「……あー、あの人」

 

 ぼんやりと思い出してきた。

 たしかファイアレッドリーフグリーンに出てくるチュートリアルお兄さんだ。

 なんでこんなところに?

 

「ハジメ兄さん! もうすぐ試合だよ!」

 

 目の前のタンクトップを呼ぶ声が聞こえて私は振り返った。

 そして目を見開くことになった。

 

「増えた……だと……?」

 

 そこにはつい先ほどまで私の前に立っていたハジメお兄さんがいた。

 そんな馬鹿なと思いもう一度前を向くと、そこにもハジメお兄さんが。

 どうなってんの?

 

「む、そうか。今行くぞ! すまない少女よ。また後でだ! この後ポケスロンに出場しないといけないのでな!」

 

「あー、ポケスロンの選手さんでしたか」

 

 停止した思考で、何とかそんな風に返した。

 もうどうにでもなーれ。

 

「うむ。加えて言えば前回大会のチャンピオンでもあるんだ! しかも今回は新メンバーを加えての参加だからな! 良かったら応援してくれたまえ!」

 

「兄さん急いで!」

 

「おう、そう急かすな! それではな、少女Aよ!」

 

「誰が少女Aか」

 

 私の突っ込みも聞かずにハジメお兄さんズは去っていった。

 ……ふぅ。

 ああいう無駄にテンションの高い人を前にすると、どうにもローテンションになる傾向があるなぁ。

 逆に考えるか、釣り合いが取れているんだと。

 

「さて、折角だから見学して行こっか、アロー?」

 

 手に持ったボールが、わずかに熱を帯びた気がした。

 

「見間違えじゃなかった」

 

 私の前にいるのは二人のハジメお兄さん。

 一人は選手として参加していて、一人は司会として会場入りしていた。

 一体いつから人間は影分身を使えるようになったんだ。

 私も覚えたい。

 

『おお! 教えテレビのお兄さんことハジメ選手! ブレイクブロックを圧倒的な得点で一位です! 二位との差は歴然!』

 

 会場が沸き立つ。

 どうやら人気選手のようだ。

 ……タンクトップのどこがいいんだろう。

 

『続く競技はプッシュサークルだ! 次もハジメ選手が圧倒するのか!? それとも他の選手が巻き返すのか!』

 

 第一種目が終わった後、続けて第二種目が行われた。

 他のポケモンを押しのけてサークルの中に入るスポーツ。

 あれだ、Wii Partyのスポットライトに入るゲーム。

 あれと同じような競技だよ。

 

 こっちはブレイクブロックと違って乱戦になる。

 だから一位は集中放火されるだろうね。

 これにはさすがのチャンピオンも対応に困るんじゃないかな?

 

(……あれ?)

 

 何かがおかしかった。

 戦況は私の読み通りだった。

 現時点でトップのハジメさんのポケモンを、他の三人で押し出そうとする展開。

 事実得点の低いサークルでは、ハジメさんのポケモンは押し出されている。

 

(どうして高得点のサークルでは、ただの一度も押し負けていないの?)

 

 そのポケモン、ケンタロスに注目する。

 他の三人のポケモンが息をそろえて突進する。

 それを躱すでもなく、押し負けるでもなく、ケンタロスは弾き返した。

 パワータイプのポケモン三匹を相手に、押し返したのだ。

 

『強い! 強いぞケンタロス! ハジメ選手の新メンバーにして新エース! 怒涛の連続高得点だ! 他の選手は為す術無しか!?』

 

 何か、何かあと少しの切っ掛けで、その違和感をひも解けそうだったのに。

 それが叶うことはなかった。

 隣の客席から、司会のケジメは兄だからって優遇し過ぎだよなという声が聞こえた。

 あの二人、双子だったのか。それでこんなところまで来ていたのね。

 そんな思考に飲み込まれ、私は結局違和感の正体を掴めなかった。

 

『そこまでッ! 強い、強すぎるぞハジメ選手! もはやだれにも止められない!!』

 

 爽やかな笑顔を見せるハジメ兄さんとは対照的に、他三人の表情は浮かなかった。

 誰も彼もが苦悶の色を浮かべ、絶望に飲まれている。

 

(……勝ったな、風呂でも行ってくるか)

 

 まあ風呂には行かないんですが。

 負けフラグ立てとけばどんでん返しないかなーって。

 逆転を、私は、望んでいるんだ!

 

『最後の競技はスマッシュゴールです! このゲームは逆転の可能性を大きく秘めているぞ!』

 

 頬杖をついてぼんやりと試合を眺める。

 ダメっぽいですね。

 既に他の選手の心が折れている。

 それどころかケンタロスの勢いは増してきている。

 

(うーん、どうにも何か違和感があるんだけどなぁ……)

 

 ここからだと遠すぎてよく分かんないや。

 近くに行けば分かるのかもしれないけれど、そこまでして知りたいほどでもない。

 ハジメさんは既に一桁多く得点を重ねている。

 もはや試合がひっくり返ることもないだろう。

 

 あれだ、『段違いなんてモンじゃねぇ、桁が違う』ってやつだ。

 

(ん?)

 

 今まで順調に得点を重ねていたケンタロスが暴れ出す。

 徐々に、徐々に。

 前に、後ろに、激しくロデオドライブする。

 

『ケンタロスの様子がおかしいぞ! ハジメ選手! 急いでボールに戻してください!!』

 

 言われるまでもない、そういった様子で。

 ハジメお兄さんが、必死にケンタロスを戻そうとしているのが分かる。

 だがしかし、そこからリターンレーザーは放たれない。

 それに気づけたのは、私が長くボールと向き合ってきたから。

 

(ボールの故障だ!)

 

 そう気づいた時には、体が動いていた。

 ベルトに付けたボールを下から弾き上げ、ほぼ垂直に投げ上げる。

 

「行くよ! アロー!」

 

 ファイアローに鉤爪で支えてもらい、私は会場に向けて飛び立った。

 

 惨憺たる状況だった。

 

 トレーナーに攻撃をするケンタロス。

 

 それを守りに入るポケモン達。

 

 数で立ち向かえど、それを単騎で撃破する。

 

 ケンタロスが、その猛威を振るう。

 

「アロー! 鬼火!」

 

 言いながら、私は飛び降りた。

 私の周囲を、黒い炎が追い越していった。

 それらはケンタロスを焼き焦がし火傷にした。

 

『き、君! 危ないから下がりなさい!』

 

「危ない? この状況が既に危険なんだよ!」

 

 フィールドを駆け、ハジメお兄さんの元へと走り出す。

 短い手足が煩わしい。

 一挙手一投足が遅い。

 もっと早く、もっと前へ。

 

「ボール!」

 

 息せき切りながら、ようやく私はハジメ兄さんの前に立った。

 私の掛けた言葉の意味を理解できていないのか、ハジメさんはもたつくばかりだ。

 

「ケンタロスのボールを、早く渡しなさい!」

 

「わ、分かった!」

 

 そこまで言って、ようやくハジメさんは動いた。

 ボールを受け取るや否や、私はそれを砕いた。

 

「何を!?」

 

「黙ってなさい!」

 

 リターンレーザーが壊れているということは、内部の基盤がどこか壊れているということだ。

 膨大なプログラムからバグを取り除く。

 莫大な書類から誤字を修正する。

 それ同等の労力がボールの修理には求められる。

 

(そんな事してたら日が暮れてしまう!)

 

 ならどうするか。

 重要なデータだけを空っぽのボールに移植する。

 エラーの無いプログラムの参照データだけを書き換える。

 誤字脱字の無い書類の表紙だけを取り換える。

 少なくともゼロから直すよりよっぽど早い。

 

 手元からシルフ製のモンスターボールを取り出すと、いつもの要領で分解していく。

 内蔵されたチップを取り外し、入れ替える。

 親の情報や出会った場所、出会ったレベル。

 そういったデータが記録されているチップだ。

 

(よし! あとは開閉スイッチを取り付けて……)

 

 わずかに途切れた集中力が、現実世界を映し出す。

 そこには私に向かってくるケンタロスが映っていた。

 

 色彩を忘れたたかのように、世界が色あせていく。

 一秒先が、引き延ばされていく。

 

「危ない!」

 

 ハジメさんが私を庇う様に飛び出した。

 その動きは、酷く緩慢に見える。

 

 その時私は。

 その雄姿を目に焼き付けるでもなく。

 呆然と成り行きを見届けるのでもなく。

 再びボールに意識を戻した。

 

「ぴょえぇぇぇ!」

 

 世界が色を取り戻した。

 そんな気がした。

 時が、正確に刻まれ始める。

 

「ナイスだよ、アロー!」

 

 ファイアローがケンタロスに強風を叩き込む。

 強制的に退かせる技『吹き飛ばし』だ。

 それを受けてなおケンタロスは私たちに歩み寄る。

 力強く、大地を踏みしめて。

 

(それだけの時間があれば、十分なんだよっ!)

 

 開閉スイッチを取り付け終えた私は、ボールをケンタロスに向ける。

 

「大人しく……、引っ込んでろォ!」

 

 次の瞬間、鋭い光が走った。

 それは吸い寄せられるようにケンタロスの元へ向かい、ケンタロスを吸い寄せた。

 強い光をまき散らしボールが口を開く。

 私の手元から零れ落ちたボールは、少しの土煙を巻き上げて地面についた。

 

 フィールドに静寂が満ちた。

 誰一人として、音を立てる者はいなかった。

 

「……はぁ、はぁ。間に、合った」

 

 地面に手をつき、腰をついた。

 額から粒のような汗が流れ落ちる。

 

(うおぉぉぉ、死ぬかと思ったよぅ!!)

 

 心臓がバクバクと鳴っている。

 手が震える。

 上手く力が入らない。

 

「うおおおぉぉ!」

 

 次の瞬間、会場が沸き上がった。

 お前らこれがどれだけギリギリの勝負だったか分かってないだろ。

 

(お父さんがシルフの社員じゃなかったら詰んでたんだぞ!)

 

 私に継承された技術は、ガンテツボールのものだけではない。

 シルフ製のボール理論も、基本的なところは頭に詰め込まれている。

 流石に公開しても問題ない部分だけであるが、それだけあれば十分だ。

 その知識の有無が、天王山だ。

 

 私はそれを知っていた。

 だから移植が可能だった。

 

 もし私がボール理論を知らなければ、ケンタロスは今も暴れまわり、フィールドを破壊しつくしただろう。

 その過程で、ここに居るトレーナーも負傷したに違いない。

 親であるはずのハジメさんを含めて、だ。

 

「た、助かったよ。えっと……」

 

「……少女Aって呼べば?」

 

 ハジメさんが私に声を掛けてきた。

 一難退け、少し余裕のできた私はちょっと意地悪な返しをした。

 ハジメさんは困ったように笑い、謝罪した。

 

「先ほどはすまなかった。それと同時に感謝する。名前を教えてはくれないかい?」

 

「……チエ」

 

 私は小さく呟いた。

 するとタンクトップ弟の方が、私にマイクを渡してきた。

 えぇ、こんな大勢の前で自己紹介するの?

 

(あ、宣伝できるって考えれば儲けものか)

 

 私は老後に備えてお金を集めなければいけないんだ。

 すべては快適なスローライフのために、もふもふライフのために!

 そう考えればここで売名できるというのは悪い話ではない。

 

『私の名前はチエ! 偉大なるボール職人ガンテツの孫娘! 縁があったらよろしく!』

 

 マイク片手に、もう片方の手を振る。

 とことこと歩いてきたアローも、その翼を広げてアピールする。

 

(プラス収支だと考えよう)

 

 そうじゃなきゃやってられない。

 そうじゃなきゃ、ただ無駄にモンスターボールを消費しただけだ。

 

(あ、でもボール代は後で請求しよ)

 

 こうしてポケスロンロデオ事件(私命名)は幕を閉じた。

 盛大な歓声と共に……。

 

 その後私は、人混みをかき分けてポケスロンを練り歩いた。

 ボンドリンクを買って、アローにあげた。

 それだけで終わったわ、私のポケスロン旅。

 

 とはいえ既に日は暮れ始め、コガネシティがいい感じに彩られ始めている。

 そろそろ一度戻ろう。

 そしてコガネの夜景を目に焼き付けようぞ。

 

 ポケスロンドームと自然公園を繋ぐゲートをくぐるその途中。

 私は一度、人通りの少ない場所に移動した。

 そして立ち止まり、声を掛けた。

 

「出てきたらどう?」



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二話 「カンチガイ」

 俺はシャドーという組織の一員だ。

 ポケモンの心を閉ざし、戦闘マシーンにする。

 そしてそれらのポケモンは、ダークポケモンと呼ばれている。

 俺はそんな研究を推し進めている組織の構成員だった。

 

 今日は俺たちにとって、華々しい一日になる予定だった。

 ポケスロンという、ジョウトで今最も脚光を浴びている競技でダークポケモンの強さを知らしめる。

 その後派手に登場し、我々シャドーの存在を喧伝する。

 その手筈だったんだ……ッ!

 

 すべてが順調だった。

 

 前回の優勝者というやつに声を掛けダークポケモンを渡す。

 最初は渋っていたが、ダークポケモンの強さを見せたら目の色変えやがった。

 そうだ、それでいい。

 俺はハジメとかいう男に、ダークケンタロスを与えた。

 ボールのリターンレーザーに、仕掛けを施したうえで。

 

 その後も事は、恙無く運んだ。

 予定通りケンタロスは活躍を重ね、圧倒的強さを見せつける。

 もう少し、あと少しだ。

 ほんの僅かなフラストレーションで怒りが爆発し、ハイパー状態に陥る。

 その時が、ダークポケモンの神髄を見せつけるときだ。

 

 ……計画が狂い始めたのは、あの幼女が飛び込んできてから。

 折角用意してもらった細工済みのボールを破壊したかと思えば、ほんの数十秒で直しちまいやがった。

 聞けばガンテツの孫だという。

 ふざけんなよ、なんだそりゃ。

 

 とにかく、こいつは危険だ。

 野放しにしておけば確実に計画に支障をきたす。

 折を見て闇に葬ってしまおう。

 

 日も傾き始め、宵闇が迫りくる。

 薄暗くなり始めるこの時間帯。

 暗順応が追い付くまでのゴールデンタイム。

 そのタイミングで好機が訪れた。

 

(ターゲットが人気の無い所に移った!)

 

 今だと思った。

 呼吸を殺そうと、息を大きく飲み込んだ時だった。

 あいつが声を発したのは。

 

「出てきたらどう?」

 

 ……血の気が引いていく。

 そんな錯覚を、覚えた。

 

 ポケスロン会場で大活躍をした私。

 飛び入りで売名を行い、順風満帆なスタートダッシュを切った私。

 そんな私の前に、一人のコスプレイヤーがいた。

 

(誰だよお前ッ! いや! 出ておいでとは言ったよ?! でもまさか、本当に出て来るとは思わないじゃん!?)

 

 気分的には老デウスに出会った時のルディの気分だ。

 意味はなく、なんとなくやってみたかっただけ。

 誰も居ないことを確認して、安心して、一人中二病乙と笑う。

 そうしたかっただけだ。

 

 なのに、戦隊ヒーローみたいな奴が、そこにいた。

 

「……はじめまして、だよね? 何の用かしら?」

 

 私はつとめて冷静に、内心を見破られないように。

 表情筋が引きつりそうになるのを必死に抑えてそう問いかけた。

 

 目の前の女が何の用かしらと声を掛けてきた。

 何の用だと? 白々しい。

 それを知らない奴が俺に気付くはずがないだろ!

 笑いを堪えたようなその面が動かぬ証拠だ!

 

「何の用だと? 惚けるな。今回、本来我々が名乗りを上げるはずだったのだ!」

 

「ああ、私が売名しちゃったから遠吠えしに来たのね。ねえねえ、今どんな気持ち?」

 

「く、ふっ、フザケルナァ!!」

 

 ぶっ潰す!

 

 何この人、沸点めちゃくちゃ低い。

 カルシウム力が足りないよ。

 

 そんなに私が名前を売ったことが嫌だったのかな。

 あれは私の勇気に対する見返りみたいなものじゃん。

 悔しかったのなら行動に移せばよかったのに人に当たるなんて、男って勝手ね。

 

 男がポケモンを繰り出す。

 炎タイプのポケモン、マグマラシだ。

 

「アロー、お願い!」

 

 私もファイアローを繰り出した。

 

(んん? もしかして人生初のポケモンバトルなのでは?)

 

 私の初めて、こんな奴にとられちゃった。

 悔しい、でも……何アホなこと考えてるんだろ。

 勝負に集中しよう。

 

(炎タイプか、鬼火が入らないのが厄介ね)

 

 ただまあ、それならそれなりにやりようはある。

 

「ファイアロー! ビルドアップ!」

 

 ビルドアップは防御と攻撃の能力を引き上げる技だ。

 これを駆使するポケモンは、筋トレ型と言われる。

 主に聞くのは筋トレアローや筋トレランド、筋トレマッシブーンあたりか。

 ちなみにビルドアップとドレインパンチの両方を覚えたポケモンはなぜかビルドレと呼ばれ、筋トレとは別のくくりにされる。何故だ。

 

 まあ要するに、相手の火力を削れないならこちらの耐久をあげちゃえばいいじゃないという話だ。

 ただまあ、今回に至っては失着であったと認めざるを得ないだろう。

 理由はまぁ、相手を見誤ったことにある。

 

「マグマラシ! ダークラッシュ!」

 

 マグマラシが放った技は、ポケモンコロシアム及びダークルギアでのみ登場する技。

 ダークポケモンのみが有するダーク技。

 

「あ、シャドーの人か」

 

 私は小さく呟いた。

 

「あ、シャドーの人か」

 

 目の前の少女が、小さく呟いた。

 

(今、何と言った……?)

 

 聞き間違いか?

 いや、そんなはずは……。

 俺が実は難聴系主人公だったとか、そういうオチでなければ。

 少女は確かに、俺の事をシャドーの人間だと言った。

 

(コイツ……どこまで知っていやがる!?)

 

 心臓を握り締められた。

 そんな錯覚を覚える。

 背筋を伝う汗が、やけに冷たく感じられる。

 

 シャドーは今まで水面下で活動してきた。

 今日という一日を夢見て、ずっとずっと日陰で生きてきたんだ。

 だというのに、この少女は何故!

 

「どこでそれを知ったァ!」

 

 その不安、その悪寒、その恐怖を振り払うように。

 俺は大きく叫んだ。

 

 この少女は危険だ。

 必ず始末しなければいけない!

 

 うおっ、びっくりした。

 急に叫ばないでおくれ。

 それともこれがいわゆる怯み狙いとか言うやつなのか?

 運命力に頼るのはあり得ませんぞ。

 

(それにしてもダークラッシュか……。これは早期決着に切り替えたほうがいいかな?)

 

 仕様がダークルギアのものならば問題はない。

 問題なのは、コロシアムの設定を引き継いでいる場合だ。

 そしてその可能性は極めて高い。

 

 これらのゲームには特別な状態異常、『リバース状態』と『ハイパー状態』という物がある。

 リバース状態は自傷していくだけなので特に危険はないが、ハイパー状態は注意が必要だ。

 この状態ではダークラッシュ以外の指示を受け付けなくなったり、トレーナーに攻撃したりする。

 先ほどのケンタロスの暴走具合から察するに、ハイパー状態になる可能性が高いと考えていいだろう。

 

 そしてハイパー状態には、特筆すべき点がある。

 それは『ダークラッシュの急所率が上がる』という物だ。

 

 この状態であればほぼ確実に技が急所に当たる。

 事実RTAではハイパー化したアリゲイツが『俺TUEEE!』する様子が見られる。

 急所に当たった攻撃は、防御側の引き上げた防御力を無効化する。

 どれだけビルドアップを積んでも一撃の前に敗れてしまうということだ。

 

「アロー、行くよ」

 

 ファイアローが掛け声とともに駆け出す。

 翼をはためかせ、走り出す。

 勇猛果敢なる翼の証、ブレイブバードだ。

 

「はっ、マグマラシ!」

 

 突撃するアローをマグマラシが迎撃する。

 二体が衝突し、撃力が生じる。

 空気が弾け、暴風が吹き荒れる。

 

「今! かまいたち!」

 

 弾けた空気で生じた風の刃。

 それを利用し、溜め無しでかまいたちを放つ。

 拡散した波動が収束し、マグマラシに襲い掛かる。

 一刀一刀の風の刃が、八つ裂いていく。

 

「そんなバカな!?」

 

 その猛攻に耐えることもできず、マグマラシは倒れ伏した。

 私バトルセンスありありじゃね?

 喰いタン後付けしちゃう?

 

 さて、シャドーの……なんていう名前だったっけか。

 全然覚えてないや。

 前世の記憶っていうのは曖昧なもんだね。

 まあとにかく、シャドーの人間を退治したわけだ。

 あたいったら最強ね。

 

 あとは丁重にお引き取り願うだけだ。

 

「心を閉ざし、戦闘マシーンにする計画。確か、ダークポケモンって言ったかしら?」

 

「お前……、どこでそれを」

 

「……さて、どこででしょうねぇ?」

 

 薄ら笑いを浮かべる。

 本心を隠すように。

 仮面を貼り付けるように。

 

(やっべぇ、ミスった! この情報一般人が知りえない情報じゃん。新世界の神みたいに原作知識とチエが知りうる知識を使い分けないと!)

 

 いやもう手遅れの気がする。

 もう、何でこうなるの!?

 折角いい感じに旅立てたっていうのに……。

 初日から大波乱だよ!

 そんな人生お呼びでないよ!

 

「く、くふふ」

 

 目の前の男が笑い始める。

 何だコイツ気持ち悪い。

 ついにイカれちまったよ。

 

「お前がどこでその情報を知ったのかは分からん。だがしかし! さすがにこれの事は知らんだろ!」

 

 そう言って、男は腕まくりをした。

 引き上げられた袖から、メカニックな腕が顔をのぞかせる。

 

「あ、スナッチマシンじゃん」

 

 ……。

 

 私のその不用意な発言が、場の空気を凍り付かせた。

 ……そんな気がした。

 

(ガッデム! だから原作知識と使い分けろって言ってんだよぉぉぉぉ!)

 

 あのドヤ顔見た!?

 絶対あれ出来たばっかりの新作だよ!

 それを知ってる私って何者だよってなってるよ! 絶対!

 ほら、錆びついたブリキみたいになっちゃってるじゃん。

 

「えぇい! そこまで知っているのなら分かるだろう! この機械の恐ろしさが!」

 

 スナッチマシンにボールが握られる。

 スナッチは日本語で強奪。

 ポケモンにおける禁忌。

 ヒトのポケモンを盗ったら泥棒を破るための装置。

 それがスナッチマシーンだ。

 

「お前のそのファイアロー! 我々が貰い受ける!」

 

 ボールの口が開き、キャプチャーネットが飛び出す。

 眩いほどの光量を携えて。

 

 スナッチマシンから放たれたボールが、ファイアローを飲み込んだ。

 



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三話 「snatch」

「お前のそのファイアロー! 我々が貰い受ける!」

 

 シャドーの人がそう言って、ファイアローにボールを投げる。

 まばゆい光をまとい、キャプチャーネットがファイアローを飲み込む。

 そして、ただの一度も揺れることなくファイアローが弾け出てきた。

 

 ……。

 

(気まずい、すっごく気まずい)

 

 我々が貰い受ける! キリッ!

 恥ずかしいぃぃぃ!

 穴があったら入りたいってやつだね!

 なんか自分の事のように恥ずかしくなってきたよ……。

 

「え、ええい! 何度でもトライしてやる!」

 

 シャドーがボールを投げつける。

 そのいくつかは確かにファイアローを捉え、しかしその度に食い破られた。

 何度繰り返しても結果は同じ。

 決してファイアローが捕まることはなかった。

 

「ぐおおお! 何故だぁぁぁ!」

 

 やめてそれ……、本当にこっちまで恥ずかしくなってくるから。

 もういいや、種明かししてしまおう。

 

「スナッチマシンの効果を知っていながら、どうしてアローをさげなかったと思う?」

 

 私は問う。

 男は答えない。

 

 そろそろタイムリミットだ。

 答えを出してしまおう。

 

「正解は、ファイアローが私の元を離れないと確信していたからよ」

 

「……ありえない。理論上、どんな相手にだって通用するはずなんだ……」

 

「理論上……ねぇ」

 

 理論なんて、脆く儚いものだ。

 どれだけ緻密に練り上げ、繊細に築き上げたものも、たった一つの反例で崩れ去る。

 

「スナッチマシンだけでなく、ボールの方も自作すべきだったね」

 

 いわゆるスナッチボールという物は、性能自体は元になったボールが基準になる。

 シルフ製のボールを流用している限り、私のボールを上回ることはできない。

 

 チエボール・アローエディションは、アロー専用に組み上げた最高傑作だ。

 快適さで言えば、一等地の最高級ホテルのスイートルームみたいなものだ。

 対し、モンスターボールはその辺の安宿、あるいはカプセルホテル。

 どうあがいてもそちらに靡くはずがない。

 

「ま、それでも私と同等の力量が必要になるから、要するに不可能ってことなんだけどね」

 

 さて、もう日も暮れた。

 時間切れだ。

 

 小型のパソコンから防犯ブザーを取り出す。

 さあ、お前の罪を数えろ。

 幼女に手を出すということがどういうことか、身をもって思い知るがいい。

 

「ちょ、まっ」

 

「ばいばい」

 

 男が私の手を抑えるがもう遅い。

 防犯ブザーの栓を引っこ抜く。

 けたたましい音が鳴り渡る。

 

「助けてください! 変な人に襲われているんです!」

 

「お、おまっ!」

 

 シャドーが急いで私の口を押えようとするが、それは悪手だ。

 ゲートの前にお巡りさんがいるのは既に確認済みだ。

 ものの数秒でここまで駆けつけて来るぞ。

 

「誰かー! 誰かー!」

 

「こっちだ!」

 

 そうして狙い通り、お巡りさんがやってきた。

 そこにあるのは幼女を抑え込む戦隊もののコスプレをした変態の姿。

 当然一発アウトだ。

 

「……詳しい話は署で聞かせてもらおうか……」

 

「ち、ちがっ! 俺は無実だ!」

 

「ひぐっ、ぐすっ」

 

「こ、この野郎!!」

 

 野郎じゃないですー、一万歩譲ってもアマですー。

 ふはは、悪は滅びる運命にあるのだ。

 スナッチマシンもろとも闇の炎に抱かれて消えな!

 ドワーフの誓い第七番、愛と正義は必ず勝つ!

 

 私の手元には、スナッチマシンがある。

 お巡りさんの隙を見て、小型パソコンに格納した。

 シャドーが抗議をあげそうだったので肘鉄で意識を刈り取った。

 我ながらいい仕事をしたと思う。

 そんなこんなで手にした戦利品を眺め、物思いに耽る。

 

「よくよく考えると、私と一番噛み合わない機械なんだよなぁ」

 

 スナッチマシンは、ボールを不正改竄することでスナッチボールに書き換える。

 人のポケモンをとれないのは、親の存在するポケモン相手に効果を発揮しないようなブロックルーチンが設定されているから。

 そのブロックルーチンを無理やり破るシステム。

 それがスナッチマシンの正体だ。

 

(誰かシルフに関わりの深い人間が、開発に携わっている?)

 

 この仕組みを解明している人間は本当にごく一部だ。

 そもそもガンテツボールをはじめとする手製ボールは、ある種のオーパーツだ。

 何故そうなっているのか分からないが、結果はそうなっている。

 そんなブラックボックスが手作りボールだった。

 

 その仕組みを解明し、理論体系ををまとめ、機械による生産を可能にしたシルフ。

 普通に考えて、シルフの人間が情報を流しているという線が濃厚だ。

 あそこスパイ天国だし。

 

 あるいはシルフ並みの研究施設と頭脳を有しているのかもしれないが、そこは今は分からない。

 ただまぁ最悪を想定しておいて悪いことはない。

 少なくとも楽観視し、重要なことを見落とすよりましだ。

 

「私のボールに効かないとはいえ気に入らないなぁ、気に入らないよね」

 

 スナッチマシーンで使われるボールは、父が発明しているものなんだ。

 あまり顔を見せない父だが、大切な家族だ。

 父の作ったボールが悪用される。

 何とも不快なものだ。

 

「封印するべきか、壊すべきか」

 

 娘として壊したいという思い。

 技術者として、解析したいという思い。

 職人として、認めるわけにはいかないという思い。

 

 それぞれが上手く噛み合わず、どうすればいいか悩んでいた。

 

「まあいいや、こういう問題は後回しにしよう」

 

 ゲートの人に、ハジメさんに手紙を渡すように頼んでコガネシティに向かった。

 手紙の内容はダークポケモンについての事と、リライブの事についてだ。

 オーレ地方のアゲトビレッジに向かうといいと記しておいたので、手紙を受け取り次第向かってくれるだろう。

 道中のトレーナーを総スルーし、コガネシティ入りする。

 

「わぁ」

 

 ゲートをくぐった私を待っていたのは、一言で言えば感動であった。

 

 街灯や街明かりが、夜だというのに街を煌々と照らしている。

 まるで錦の御旗をはためかせたような光景に、言葉が浮かばなかった。

 言葉で表すことが、もったいなかった。

 

「コガネシティ、豪華絢爛、金ぴか賑やか華やかな街。賑わいの大型都市……ね」

 

 看板に書かれた説明をそのまま読み上げる。

 何とも上手いこと言ったものだ。

 たしかにこれほど明るい夜を迎える町はそうそうないだろう。

 

「きれいなんだけど、流石に見て回るだけの体力もないや」

 

 今日はもうセンターに向かって寝てしまおう。

 今日一日でいろいろ起き過ぎなんだよね、まったく。

 

 ……?

 

「今、誰かに後をつけられていたような……?」

 

 違和感を覚え振り返るが、そこには煌々と輝く街並みが続くだけ。

 何かがあるわけでもない。

 誰かがいるわけでもない。

 

「……気のせい、かな?」

 

 夜の風が私を攫って行った。

 いやに肌寒く、周囲の気温が下がったような気さえする。

 

「いやいや、ホラーダメなんだって私」

 

 下手をすればもちもちの木で気絶できる自信すらある。

 人間の思い込みというのは恐ろしいのだ。

 こんな場所、さっさと後にしてしまおう。

 

 足が先を急ぐ。

 その場から逃げるように、小走りになりながら進む。

 心臓がバクバクする。

 呼吸が荒くなり、肺が苦しくなる。

 

(あと少しでセンターだ!)

 

 私はセンターに駆け込んだ。

 ジョーイさんがぎょっとした様子で私を見ている。

 そんな表情ですら安心でき、私は泣き出してしまった。

 怖かった、怖かったよぅ……。

 

 そんなこんなでセンターの宿泊施設を借りた私だが、どうにも気味が悪い。

 先ほどから鳥肌が止まらないし、未だに監視されているような気もする。

 

(大丈夫、プラシーボだプラシーボ。気のせい気のせい)

 

 自分に言い聞かせる。

 エルフーンが一匹、エルフーンが二匹と数えているうちに眠ってしまうさ。

 

 あ、エルフーン可愛い。

 早く会いたいな。

 

 ……七十を超えたあたりで数えることに飽きてやめた。

 エルフーンって単語長いんだよね。

 なんかいい感じのニックネームを考えておこう。

 

 どんな名前にしようか。

 こういう名前だと可愛らしいし、ああいう名前だと柔らかそうだ。

 ああ、でもこういうのも捨てがたい……。

 ……そうしてまだ見ぬ出会いに夢を馳せているうちに、私の意識は闇に飲まれていった。

 

 おやすみ。



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四話 「前世の恨み」

5年ぶりくらいに風邪ひきました、死んじゃう。
二章書き終えてた私を褒めてあげたい。
(三章手付かず)


 コガネのセンターで一晩を明かし、迎えた翌朝。

 空一面には青が塗られ、雲一つない快晴が広がっていた。

 

「う……ぅん」

 

 今日はいい一日になりそうだなと思いながら伸びをする。

 天を仰げばポッポが空を飛び、公園を見ればオタチが野を駆けている。

 そんなありふれた一コマが、無性に美しく思えた。

 

「あー、見つけたで! あんたやろ!」

 

「……いえ、人違いです」

 

「まだなんも言うてへんやん!?」

 

 ほら見ろそれ見ろ。

 何気ない日常なんていう物のは、ささやかな平穏なんていう物は。

 その気の無い無遠慮で、こうも簡単に崩れ去るんだ。

 

 私は一瞥したピンク髪の女性から目を離した。

 この人苦手なんだよなぁ。

 

「あんたやろ? 昨日ポケスロンで大活躍した子!」

 

「ポケスロン……? いえ、知らない子ですね……」

 

「嘘つけ!?」

 

 あー、あー、聞こえなーい!

 ムズカシイニホンゴ、ワカラナーイ!

 

 というかそもそもあなた初対面でしょ。

 なにそんななれなれしく話しかけてきてんのさ。

 まったく、これだからコガネの人間は。

 

「うちはアカネっちゅうんや。よろしくな」

 

「知っています。コガネシティのジムリーダー。キャッチコピーはダイナマイトプリティギャル。管理するバッジはレギュラーバッジ、エースポケモンはミルタンク。負けると大泣きする」

 

「待てぃ! 詳しすぎるやろ! あと何で最後の知っとんねん」

 

A secret makes a woman woman.(女は秘密を着飾って美しくなる)

 

「誰がブスや!」

 

 ふぇぇ、だれもそんなこと、いってないんだよぅ。

 ただ秘密ですって言いたかっただけなのに。

 まったく、言葉というのは難しいね。

 

「まあええわ、手間省けたし。それより一つ頼み事聞いてくれへんか」

 

 アカネがそんな風に話すのを見て私は、コガネの人ってジェスチャーもうるさいんだなって思った。

 口は回るし、目は口以上にものを語るし、ジェスチャーは騒がしい。

 歩く騒音公害だ。

 

「あ、すいません。話聞いてませんでした」

 

「なんで!?」

 

「考え事していたので」

 

 今の今まで会話しとったやんとか言いながらも、アカネはもう一度話し始めた。

 ふむふむ、頼み事とな?

 ならば私の答えは一つだ。

 

「お断りします」

 

「えー! ええやん! なんで嫌なん?」

 

「そんな……、アカネさんを傷つけるようなこと言えません!」

 

「その言葉で既に傷ついとるわ!」

 

 理由を言うまでここを動かんからな。

 そういった様子でアカネは立ちはだかる。

 

「理由を言うまでここを動かんからな」

 

「あ、口にした」

 

「思考読むなや!」

 

 はぁ、話が遅々として進まない。

 いつからここは鉄道スレになってしまったのか。

 

 さて、理由か。

 あるにはあるんだけどな、素直に言うのもどうかという内容だ。

 どう伝えたものかな……。

 

「前世の恨み……?」

 

「私前世で何仕出かしたんや!?」

 

 ほら、微妙に食い違う。

 お前は覚えていないかもしれない。

 でも私たちは決して忘れない。

 お前に倒された、何百万ものマグマラシ達のことを!

 

 いや、なんかアカネはワンリキー(きんにく♀)がいれば余裕とかいう人いるけどさ、絶対嘘でしょ、それ。

 普通ジムに挑む前に倒せるトレーナー全員倒して行くでしょ。

 そうしてレベルを上げて、意気揚々と挑み、そこに待ち受けるのはミルタンク。

 

 馬鹿げた火力の転がる。

 その時点では高水準の耐久力。

 それを強化するミルク飲み。

 特に男子なんかだと『メスなんてカッコ悪い』という理由で雄縛りしている場合が多く、皆一様にメロメロの犠牲になったと聞く。

 これらのコンボを前に、数多のマグマラシ使いが敗れ去った。

 

 そして詰みの二文字を予知したトレーナーたちは、一つの情報を共有する。

 『コガネシティにはワンリキーを交換してくれる人がいる』

 その情報に踊らされた人たちは、その人物を血眼になって探した。

 そしてようやく見つければ、その人はスリープと交換してくれるという。

 

 近くの道路へ赴き、足を動かし捜査する。

 十四レベルのスリープをどうにか捕まえ、きんにく♀と交換する。

 交換して得たきんにく♀と共に、今度こそとアカネに立ち向かう。

 そこに待っているのは、ミルタンクのふみつけ。

 

(……あれは絶望だったな)

 

 レベルを上げようにも近くのトレーナーは全員撃破済み。

 ふみつけで即死するきんにく。

 実力で敵わないことを悟ったPlayerたちは、煙幕を駆使した運ゲーによるPrayerとなった。

 その過程でも何匹のマグマラシが死んだことやら。

 

(とにかく、アカネだけは許しておけない!)

 

 つい最近マグマラシを倒した気もするが気のせいだ。

 気のせいったら気のせいだ。

 

「はぁ、話くらい聞いてあげますよ」

 

「お、そうかそうか! いやぁ、おおきになぁ!」

 

「うざ、あ、つい本音が」

 

「あんたもうちょい本音と建て前使い分けや?」

 

 私もアカネも、やれやれと言った様子だ。

 待て待て、なんでお前もそんなしょうがないなぁみたいな顔してんだよ。

 それこっちのセリフ。

 

「まぁええわ。それで頼み事なんやけどな、町で悪さをしとるポケモンがおるんや」

 

「悪さ? それは例えば挑戦者たちを転がるで蹴散らしていくようなポケモンだったりします?」

 

「誰が悪いミルタンクや!」

 

 誰もミルタンクなんて言ってないじゃないですか。

 それなのにその結論に至るってことはそういう自覚があるんじゃないですかね。

 

「まったく、あんたに合わせとったら話が進まへん!」

 

「いやそれ私のセリフです」

 

 そうして二人でため息をついた。

 はぁ、やれやれだぜ。

 

「話戻すで。で、悪いポケモンなんやけど、どうやらゲンガーっぽいんや」

 

「ゲンガーですか。それで、その子は何を仕出かしたんですか?」

 

「そうやなぁ……。例えばある男の子はゲンガーに追いかけられて転んだ。ある女の子はゲンガーを見てから三日三晩熱にうなされたらしい」

 

「へぇ……」

 

 話を聞きながら、私はどうにも胡散臭いなと思い始めていた。

 ゲンガーは影に入り込むことができる。

 故にゲンガーが本気で悪さをするつもりならば、人前に姿を出すわけがない。

 だから私は問いかける。

 

「それ、本当にゲンガーが悪いんですか?」

 

「どうやろな。ポケモンはまだまだ分からんことが多いし、もしかすると無関係かもしれん。せやけど――」

 

 アカネがこう続ける。

 

「町のみんなが不安になっとるのは、まぎれもない真実なんや。せやったら、それを解決するのがウチの仕事や」

 

 あんたもそう思わんか?

 そうアカネが私に問い掛けてきた。

 

(……ジムリーダーとしての、在り方……か)

 

 思えば私は、この人物をゲームの中のキャラクターとしてしか知らない。

 わがままで、自由気ままで、傍若無人で……。

 おんなじ要素しかなかったわ。

 とにかく、私は目の前の人の事を、架空の存在としてしか知らない。

 だが目の前の存在は、今確かに生きている。

 

(今回くらい、話を聞いてあげてもいいかもね)

 

 言ってしまえば、私は彼女に対して偏見を抱いていた。

 だが今の言動を見る限り、私が描いていた人物像とは微妙に食い違う。

 ならば一切合切のフィルターを排し、この両の目で真実を見極める。

 それくらいしてもいいかもしれない。

 

「分かりました。しかし私が協力できるのはゲンガー捕獲までです」

 

「ほんまか! おおきに!」

 

「で、いくら払えますか?」

 

 二人の間に、沈黙が訪れた。

 

「え? お金かかるん?」

 

「当たり前でしょう。私は別にボランティアじゃないんです。取るところはきっちり取りますよ」

 

「ポケスロンのやつは?」

 

「あれは私がやりたいからやったんです。一方今回は、望まない仕事を押し付けられているんです。そりゃ金取りますよ」

 

 そういうとアカネはぐぬぬと唸っていた。

 ケチ臭いなぁ。

 ジムリーダーなら結構な収入あるでしょうに。

 数十万単位でポンと出せないの?

 

「これでどうや!」

 

「……この話はなかったということに」

 

 アカネが提示した金額は三千円。

 やっす。

 バカにしているのか。

 

「ちょ、ちょい待ち! ウチも上から叱られてんねん! このままじゃヤバいんやって!」

 

「はぁ、だったらここは値切ろうとする場面じゃないでしょう。押すときは押さないと、後でしわ寄せが来ますよ?」

 

「う、ぐぎぎ。せやったらこれでどうや!」

 

 そういってアカネは五万円を提示した。

 前に出した三千円はきっちりと財布に戻しているあたり底が見える。

 

「もう一声」

 

「……これが限界や! これ以上は出せへん!」

 

 そういってアカネはさらに三万円上乗せした。

 本当にこのあたりが限界なのだろう。

 

(ちょうど旅費稼ぎたかったし、いい機会かな)

 

 今後の予定を概算し、損得勘定をする。

 余裕でプラスだな。

 

「分かりました。私の名前に掛けてゲンガーを捕獲することを誓います」

 

「そこはおじいちゃんの名前に掛けへんのか」

 

「ガンテツの名はそんなに軽いものじゃないんですよ」

 

 そう言って私は両手でほっぺたを叩いた。

 よし、気合入った。



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五話 「一人歩き、ダメ。ゼッタイ」

 アカネの依頼でゲンガーを捕獲することになって早三十分。

 私は重大な事実を見落としていた。

 

(やば、ゲンガーの居場所分かんないんですけどー)

 

 加えて言えばゲンガーの出現頻度も聞いていない。

 もしこの先ゲンガーが現れなければ、私はコガネに永住しなければいけないの……?

 それは勘弁。

 

 どうすっかなーと私が悩んでいると、幼い女の子を見かけた。

 こんな都会で幼女が一人歩きとか危ないなぁ。

 うん? なんかブーメランが飛んできた気がするぞ?

 

「こんにちは、どうしたの?」

 

「あ、えっと、こんにちは……」

 

 取り敢えず放っておけなかったから私は声を掛けた。

 おどおどしててかわいい。

 アカネとは大違いだ。

 あの人にもこんな無垢な時期が……なかったんだろうな。

 

「お父さんかお母さんはどうしたの? 女の子が一人で歩いていると危ないよ?」

 

「え? あれ? あなたは……?」

 

 キコエナーイ!

 私はアレだ。

 見た目は子供頭脳は大人だから大丈夫なのだ。

 

「まぁまぁ。何か探しているの? 手伝おっか?」

 

「あ……あの、えと……」

 

 その幼い瞳に、迷いが生じたのを私は見逃さなかった。

 相談したいけど、できない理由がある。

 そういったところだろう。

 

「大丈夫、誰にもナイショだから」

 

「本当?」

 

「うん、本当本当!」

 

 私がそういうと、私の影が揺らめいた。

 ぐにゃりと形を変えたかと思えば、次いでそのポケモンが姿を現す。

 そのポケモンは、ゲンガーだった。

 

(くっ、私の影に潜んでいたのか! 私をあざ笑っていたんだな)

 

 こいつ自分の影に潜んでいることも気づいてねーよハッハーワロスとか言ってたに違いない!

 くそう、無性に悔しい!

 思えば昨日感じた視線と寒気。

 あれがゲンガーだったんだ!

 ビビって損した!

 今ならナッパのビビらせやがってをメソッド演技できる気がする!

 

 私がアローのボールに手をかけ、繰り出そうとした時だった。

 

「あー! ゲンガーちゃん! どこ行ってたの? 捜してたんだよ!?」

 

「……え?」

 

 あれ?

 どういうこと?

 ゲンガーに町の人が困っていたんじゃないの?

 

(いや、違うのか)

 

 思い返されるのは先ほどの葛藤。

 相談したいけど、できない。

 私が誰にも言わないと言えば、打ち明けてくれそうだった点。

 そこまで分かれば後はなんとなくわかる。

 

「ねぇ、そのゲンガーあなたのポケモン?」

 

「……すみません! ゲンガーは悪い子じゃないんです許して下さい!」

 

「いや、誰も責めてないから」

 

 別に咎めるつもりはない。

 

 おそらく、事の真相はこうだ。

 ゲンガーは悪くなかった。

 

 男の子が転んだのは、単にびっくりしたから。

 女の子が風邪を引いたのは、きっとゲンガーの持つ室温が五度下がるという体質のせいだろう。

 そして彼女はゲンガーが悪くないということを知っている。

 だから現状の悪評に耐えられず、困っている。

 

「ほら、そう怯えないでよ。怒鳴ったりしないからさ」

 

「本当?」

 

「うん、本当本当」

 

 ゲンガーを抱きしめながら、幼女は私と顔を合わせた。

 徐々に緊張が解けていく様子を見るに、ある程度信頼を得たんだと思う。

 幼女は少しずつ、私に真相を打ち明け始めた。

 

「ゲンガーちゃんね、本当は何も悪い事してないの」

 

「うん」

 

「でもね、町の人たちが、みんなしてゲンガーちゃんを悪者扱いして……、私、苦しくて……ッ!」

 

「……うん」

 

 私はやさしく幼女の頭を撫でた。

 多分傍から見れば、泣きじゃくる妹をあやす姉の図だ。

 

「……一つだけ、お願い事聞いてくれないかな?」

 

「……お願い事?」

 

「うん。町の人たち、ゲンガーを見て怖がっているでしょう? だから外を出歩くときはボールにしまって欲しいの? どうかな?」

 

「……それは、その……」

 

 ここにきて、再び女の子の顔が曇り出した。

 やば、どこか知らないけど地雷踏み抜いたかな?

 

「ごめんなさい。ゲンガーちゃん、ボールに入りたくないらしくて……」

 

「……相手の嫌がることをしたくない、と?」

 

「ごめんなさい」

 

 なるほどなー。

 そういえばいたね。

 ボールが苦手っていうポケモンも。

 

 サトシが連れているピカチュウなんかがいい例だ。

 このゲンガーもボールの中に居たくない。

 これは私の出番みたいだね。

 

「おっけー。それならこのボール試してみてよ」

 

「……これは?」

 

「ふっふっふ。私特製、チエボール・シリーズOだよ!」

 

 なかでもこれは、ゴーストタイプとおとなしいポケモンに効くボールだ。

 さしものボール嫌いでも手のひらを返さずにはいられないね!

 

「ゲンガー、一度だけ試してみてくれる?」

 

 私がそう問いかければ、ゲンガーはフルフルと首を振った。

 試してくれたら納得してくれると思うんだけどなー。

 

「一回だけでいいからさー」

 

「あの、そうじゃないんです」

 

「ん?」

 

 説得めんどくさいなぁと思っていると、幼女が話しかけてきた。

 どういうこと?

 

「ゲンガーちゃん、私を一人にするのが不安みたいで……」

 

「? 昨日の夜私についてきたみたいだけど?」

 

「えと、それは……私、実は迷子癖があって……」

 

「ゲンガーは見張っていても見失ってしまう、と」

 

 なるほどね。

 そりゃゲンガーも危なっかしくてボールに入っていられないわけだ。

 ボールからだと外の世界が良く分からないからね。

 気付いた時にはウバメの森に迷い込んでいた、そんなことになってしまえばゲンガーにはどうしようもない。

 

 さて、どうしたもんかなー。

 

「あの、ごめんなさい。親切にしていただいたのに、無理ばかり言ってしまって」

 

 幼女が私を見てそう言う。

 

「でもやっぱり、私とゲンガーちゃんの問題だから、きっと何とかしてみせます」

 

 幼女が笑う。

 私が安心できるように、自分を奮い立たせるために。

 その顔に仮面をかぶり、不安や恐怖に蓋をする。

 

 だというのなら。

 そうだと言うのであれば。

 

(その不安を拭ってあげるのが、私の仕事でしょう?)

 

 だから私は笑う。

 作り物なんかじゃない。

 目の前の壁をぶち破る。

 そんな未来を迎えるための笑顔だ。

 

「大丈夫。無理なんかじゃないよ」

 

 ぽんぽんと、幼女の頭を触る。

 幼女は私を上目遣いで視認する。

 その瞳には、不安と期待が揺れていた。

 

「私、こう見えて凄いんだ。だから安心してよ」

 

 条件を確認しよう。

 要するに、ゲンガーがボールの中に居ても安心できる環境を用意してあげればいいんだ。

 それならば外殻の一部に透明素材を使用すれば……。

 

(本当に、それで満足するの?)

 

 ここでいう満足とは、ゲンガーを指したものではない。

 私自身が、それで納得できるのかという事である、

 

 たしかにそれで、ゲンガーはボールに収まるだろう。

 だがしかし、はたしてそれで。

 私はアカネの依頼を達成したと言えるだろうか?

 

(アカネの依頼は、町の人がゲンガーを見なくて済むようにという物だった)

 

 なら透明素材を使うという選択は悪手だ。

 ゲンガーから外が見えるということは、外からもボールの中が見えることを意味する。

 そうなればこの幼女は苛められるかもしれない。

 いや、きっと悪口、陰口を言われるだろう。

 そんな未来が視えていながら、看過するというのか?

 

(そんなの、認められるわけがない!)

 

 相手が満足する品を提供する。

 満足というのは、満ち足りるということだ。

 そこに妥協の精神は許さない。

 それが私の矜持だ。

 

(全身全霊を、この一球に込めろ!)

 

 大きく息を吸い、それを一息で吐き出す。

 思考の海に、深く深く潜り込んでいく。

 周囲の音が消え去り、色を失った世界で。

 少しずつボールを構築していく。

 

 外殻の透明素材に、光の粘土を付与する。

 薄く、薄く伸ばした半透明状のその粘土は、そのボールをマジックミラーにする。

 これによりボールの中からは外が見えるが、外からは内側が分からない。

 明暗と反射率と透過率を駆使した科学の勝利だ。

 科学の力ってすげー。

 

(これで、最低限の問題を解決)

 

 ゲンガーからは外が視認でき、外からはゲンガーを捕捉できない。

 問題は確かに解決した。

 だが、まだまだ改良できる点はある。

 

 一秒が引き延ばされていく。

 外の世界が酷く緩慢に感じられ、私だけが動くことを許されている。

 そんな錯覚を覚える。

 

(次に、ゲンガーからこの幼女に意思を伝達する手段を確保する)

 

 さて、どうやって実現したものか。

 何かなかったかな、適した方法。

 記憶の海に意識を落とし、掬い上げる。

 

(アローに語り掛けた時に感じる、ボールの熱量)

 

 あれをアローが私の問いかけに反応しているのだとすれば、これは大きな突破口になる。

 ポケモンの心理状況に左右されるボール……か。

 これを再現できればどうにかできそうな気がする。

 

 アローのボールに仕込んだのは、主にマトマの実と熱い岩。

 これはファイアローの炎タイプに起因したものだ。

 なら同様に、ゲンガーのタイプに特化した道具を与えてあげれば。

 

(とはいったもののなぁ、手持ちで使えそうなアイテムなんてないぞ)

 

 パッと浮かんだのは呪いのお札や霊界の布。

 だがそんなもの、持ち合わせているわけがなかった。

 

(どうする? 毒タイプの方面から攻めるか? いやでも……)

 

 毒タイプに関連するアイテムと言えば毒毒玉、黒いヘドロ、ベトベタフード。

 毒タイプに影響がないとはいえ、この幼女に悪影響がないことを保証できるわけじゃない。

 使用者を危険に晒す可能性のある道具を使うわけにはいかなかった。

 

 その時、確かに白黒になっていた世界の一部が色付いた。

 そこに意識を向けてみればフラワーショップコガネの文字。

 

(フラワーショップ、肥料、植物……あっ)

 

 それだと直感した。

 どうしてタイプの概念に縛られていたのか。

 技の効果を増幅できれば問題ないというのに。

 

 私が携帯パソコンから取り出したのは光苔というアイテム。

 本来の用途は水タイプの技を受ければ特防が上がるという代物。

 だがしかし、今回は違う特性を利用する。

 

(光苔には光エネルギーを増幅する性質がある。それにゲンガーの怪しい光を掛け合わせれば……!)

 

 要するに、ゲンガーはこの幼女に語り掛ける際に怪しい光を放てばコンタクトを取れるということだ。

 これでボールの内側から外側への干渉が可能となる……!

 

(最後に、そうだね。内側にも開閉スイッチを付けるとか……?)

 

 どうしてもゲンガーが外に出たいときに、自分から出られないと不都合だろう。

 ならば内側からも開閉できるようにする。

 

 それらの仕掛けを、ボールに施していく。

 手を止めることなく、せわしなく動かしていく。

 そしてやがて、一つの形として整った。

 

「出来、た……っと」

 

 周囲の音が消え去り、色を失った世界で。

 雑音から始まり、徐々に鮮明な音を耳が拾う。

 セピア調から始まり、少しずつ彩られた世界が姿を見せる。

 緩慢とした時の流れが、正常な時を刻みだす。

 

「どう? ゲンガー、このボールは?」

 

 私はそのボールの仕掛けを説明した。

 一通り説明を終えた後、ゲンガーは私からボールを受け取った。

 そしてまじまじとボールを見た後、自ら開閉スイッチに触れた。

 

 キャプチャーネットが飛び出し、ゲンガーを光が包み込む。

 

 ぐらり、ぐらりとボールは揺れる。

 時々発光するのを鑑みるに、どうやら怪しい光増幅器はきちんと動作しているようだ。

 カチリという音が鳴った後、すぐにボールからゲンガーが現れた。

 その信じられないと言った表情が可笑しくて、私は笑ってゲンガーに問いかけた。

 

「どうかな? そのボールは?」

 

 ゲンガーは私をしばらく見つめた後、大きく笑った。

 その大きな口に、キレイな白い歯を見せて。

 子供の様に無邪気に、乙女のように無垢に。

 嬉しそうに、笑ったんだ。

 

「依頼達成、だね」

 

「ほ、ホンマに捕まえたんか。この一時間で」

 

「はい」

 

 私は幼女と共に、コガネジムに来ていた。

 理由はアカネに捕獲達成を知らせるためだ。

 

「というわけでお代はよ」

 

「……なぁ、もうちょい安ならん?」

 

「ならないです。信用無くしますよ、そういうの」

 

「ぐぬぬ」

 

 というわけで、無事達成報告も終え解散しようという話になった時だった。

 最初に会った時の弱気はどこへ行ったのやら。

 とっくに元気になった幼女が私に提案をしてきた。

 

「そうだ! これからお兄ちゃんが帰ってくるの! お姉ちゃんもおいでよ!」

 

「うーん、お兄さんに悪いんじゃない?」

 

 別に急ぐ旅ではないが、あまりここに長居するのもなぁ。

 適当に理由を付けて別れよう。

 

「へーきへーき! お兄ちゃん、あまりそういうの気にしないし! それに、有名人だからきっとビックリするよ!」

 

「へぇ、お兄さん有名なんだ」

 

 そう話す幼女は、とても楽しそうだ。

 これほどまでに好かれているお兄さんは、さぞかし幸せだろうなぁ。

 そんなことを考えていたが、続く発言に思考が飛んだ。

 

「うん! マサキっていうんだけどね?」

 

 目を見開いた。

 そうだ、ここはあの人の故郷だ。

 だとすればこの幼女は。

 

「ポケモンマニアで有名なんだ!」

 

「違うそっちじゃないよ!」

 

 ポケモン預かりシステムを開発した天才。

 岬の小屋に住む、ボックスシステムの生みの親。

 天才マサキ。

 この幼女は、その天才の妹だ。



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六話 「まぁ、ジョウトやからな」

「いやー、本当にありがとうございます!」

 

「いえ、こちらこそ。ボックスシステムの生みの親であるマサキさんにお会いできて光栄です」

 

 マサキ妹とゲンガー事件を解決した後、私は彼と話をしていた。

 コガネ空港に向かいながら。

 

 行き先はホウエン地方。

 あそこは神だ。

 チルットやモンメンが現れるからね。

 待っててね、私のもふもふライフ!

 

「わいも光栄ですわ。まさか話題急上昇中のチエはんとお近づきになれるとは」

 

 妹にも感謝せなあかんなぁと、マサキは笑っている。

 待って話題になってるってどういうこと?

 私がそうマサキに聞くと、マサキはこう答えた。

 

「あれ? チエはん知らんのでっか? いや、意外と本人は知らんもんなんかもしれませんね。わいもボックス作ったとき何騒がれとるんか知りませんでしたし……っと、これこれ。これですわ」

 

 マサキが取り出したのは、ジョウトでよく売られている新聞。

 彼の大雑把な性格が表れているというか、その紙面は皴が出来ていた。

 読みづらそうだなと思いながら顔を寄せる。

 そこには一面を堂々と飾る、私の姿があった。

 

「なにこれ!?」

 

 記事の中身を要約するとこうだ。

 昨日昼過ぎに行われたポケスロンでケンタロスが暴走するという事故が発生。

 誰の手にも負えない危険な状況に飛び込んだ英雄。

 あっという間に場を鎮静し去っていった。

 なるほど、大体あってる。あってるけどさ……。

 

(なんでこんな神聖視されたような文章になってんの!?)

 

 いちいち言い回しがキザでうざったい。

 それも新聞の一面を飾って書かれているのだ。

 歪んでいます、おかしい、なにかが、新聞紙の。

 いやトリックルームは関係ないんだ。

 そこで私は、ふと思った。

 

(もう誰もバトレボの話分かる人いないんだなぁ……)

 

 あの時代はよかったなぁ……。

 って違う。

 現実逃避してた!

 

「ガンテツのお孫さんでっしゃろ? チエはん」

 

「あってるけど凄く否定したい……」

 

 いやね、確かに売名したいとは思ったよ?

 でもここまで脚色されると一周回って吐き気がするわ。

 なんだ『天使のように純粋で、そして恋のように甘い*1』って。

 それコーヒーからコーヒー豆と熱湯を抜いたやつだろ。

 ただの砂糖じゃないか。

 だれが余分三姉妹だ。

 

「まぁそんなもんですわ、記事なんてもんは。嘘にならない目を引く言い回し。それが神髄なんですよ」

 

「なるほど」

 

 とりあえず、こんな着飾った言葉なんて一見の価値もない。

 私は新聞をマサキに返すと、再びコガネ空港に向けて歩き出した。

 

「そういえばチエはんはポケギア持ってはるんですか?」

 

「ポケギアですか……持ってないですね」

 

 こちとらずっとヒワダに居たんだ。

 おじいちゃんのがあれば大抵事足りた。

 

「そうですか! だったらこれをどうぞ! 先日の学会で頂いたんですけど、わいは既にもっとるんで!」

 

「え、いやさすがに悪いですよ!」

 

「ええからええから! お近づきの印にってやつですわ!」

 

 そういってマサキは、丁寧に私の腕に取り付けた。

 ……くれるっていうなら貰っておこうか。

 

「あ、これわいの電話番号やさかい、なんかあったら連絡してや」

 

「ありがとうございます」

 

 マサキは影こそ薄いが、まごうことなき天才だ。

 研究者の界隈では絶大な発言権を有するだろう。

 そんな人と連絡先を交換できるのは大きい、はず。

 影こそ薄いが。

 

「チエはんは今までポケギアなくて困らへんかったんですか?」

 

「そうですね、私はずっとヒワダにいたので」

 

「いや、友達とかと連絡取れんと困ったんとちゃいます?」

 

「ともだ、ち……?」

 

 ……いやいや。

 ヒワダタウンに子供が少ないだけ。

 断じて私がボッチというわけではない……はず!

 そうだよね?

 ボール(だけ)が友達とかいう悲しいお話じゃないよね?

 

 うわっ、私の連絡先、少なすぎ……?

 

「ああ! チエはん! 見えてきたで! あれがコガネ空港や!」

 

「え、うわぁ! おっきいですね!」

 

 私の目の前には、コガネ空港が広がっていた。

 はて、なんかここ数分間の記憶が飛んでいる気がする……。

 なんか重大な事実に気付いてしまった気がしたんだけどなぁ。

 何だったか。

 もしかしたら世界の真理に近づきすぎて記憶が封印されたのかもね。

 ははっ、それはないか。

 

「あ、ほらマサキさん! ワタッコですよ!」

 

「まぁジョウト地方やからな!」

 

 空を仰げば、風に吹かれてたゆたうワタッコたちの群れ。

 この子たちを見ていたら、小さな悩みなんてどこ吹く風。

 そんな気になってこない?

 なってこない?

 

「あ、ほらマサキさん! ヤンヤンマですよ!」

 

「まぁジョウト地方やからな!」

 

 そこから少し視線を落とせば、宙を漂うヤンヤンマが。

 一見場違いに思えるポケモンだが、実は飛行機とは因縁が深い。

 飛行機の車輪を格納するというデザインは、確かトンボをモチーフにしていたはずだ。

 飛行機とトンボ。

 そこはかとなく風情を感じる組み合わせである。

 

「あ、ほらマサキさん! バンギラスですよ!」

 

「まぁジョウト地方やか……バンギラス!?」

 

 先ほどまで鼻高々に相槌を打っていたマサキさんが、急に声を荒げた。

 どうした、バンギラスもジョウトのポケモンのはずだが。

 そんなことを考えていた時、バンギラスのあたりから悲鳴が上がった。

 

「た、助けてくれー!」

 

 突如周囲に砂嵐が巻き起こる。

 そしてそれに、巻き込まれたトレーナーが一人。

 

「アロー! とんぼ返り!」

 

 ボールからアローを繰り出すと、砂嵐に巻き込まれていたトレーナーを回収してきてもらった。

 よーし、いい子だぞ。

 あとで焼き鳥あげるからね。

 

「た、助かった。すまないお嬢ちゃん!」

 

「いえ、困ったときはお互い様ですよ」

 

 ところで私は今困っている。

 だから助けておくれ。

 何に困っているかって?

 やだなぁ、分かりきったことを言わせないでよ。

 

(このままだと飛行機が欠便する!!)

 

 もうコガネはいっぱいいっぱいだ。

 たった二日でいろいろ起こり過ぎなんだよ!

 こんな事件ばっかりの街はこりごりだ!

 私は別の地方に移るぞ!

 

「バンギラスって初めて見たんですけど、凄い砂嵐なんですね」

 

「アホ言うてる場合か! あれが普通なわけないやろ!」

 

 私の感想に、マサキがそう突っ込んだ。

 さすがはコガネ生まれだ。

 突っ込みはお手の物ってところだね。

 というわけで私は持ち主に聞いてみた。

 

「そうなんですか?」

 

「い、いや。ついさっきまではサナギラスだったんだ。それが突然進化して……」

 

 ほほう?

 突然進化とな?

 

「マサキさん、もしかしてこれは」

 

「ああ、せやろな。急激に増えた力を持て余しとる」

 

「つまり――」

 

 私とマサキさんの発言がシンクロした。

 

『暴走状態』

 

 ええ、まじかよ。

 なにそれ厄介過ぎるんですけど

 

「バンギラスのボールは?」

 

「既にやってみたがダメみたいだ。バンギラスまで届く前にリターンレーザーが途切れちまう!」

 

 こんな風になと言って、トレーナーが実演した。

 確かに吹き荒れる砂によって光が急速に減衰し、拡散してしまっている。

 

「ふぅ、また問題ごとかぁ」

 

 私はひとり、小さく呟いた。

 誰にも聞こえないくらい、小さな声で。

 弱気な発言は聞かれたくない。

 でも、堪えておくこともできず、結果として小さく零した。

 

「せや! チエはん! 確かボールはリターンレーザーを照射するだけやなしに、捕獲時のようにぶつけてもボールに戻せるんでっしゃろ? 直接放り込んだら……」

 

「いえ、それは絶望的です。試してみますか?」

 

 そういって私は、チエボール・ヌルを手渡した。

 これは製作過程でできた完全な失敗作。

 捕獲倍率ゼロを誇る驚異の一品だ。

 もっとも今回は親のいるポケモンということもあり、他のボールには収まらないので問題はない。

 

 受け取ったマサキが力いっぱい放り投げる。

 しかし相手は光さえ遮る砂嵐を纏ったモンスターだ。

 その一投もやはり、バンギラスを捉えることなく暴風に飲まれた。

 

「これは……やめといたほうがええな」

 

「ええ、それが賢明だと思います」

 

 捕獲に使用したボールならば、当てさえすれば確実に戻せる。

 だがもしここで迂闊に投げてしまい、風に奪われてしまったら?

 このバンギラスの暴走を止めるのは絶望的になると言っても過言ではないだろう。

 

「さて、勝利条件を確認しますか。この砂嵐を乗り越えて、ボールに格納する」

 

 うわお。

 それなんてムリゲー。

 

「アホ言うとる場合やないで! はよ逃げるんや! これはどうしようもない!」

 

「……どうしようも、ない?」

 

 今、自分は何を考えていた?

 ムリゲー?

 

 ……冗談。

 そんなはずない。

 だって世界には、ボールには。

 無限の可能性が秘められているんだから。

 

「まだ、分かんないじゃないですか」

 

「やる前から見えとることもあるやろ! どう考えてもボールに戻すことは不可能や!」

 

「それを可能にするのが、私達職人の仕事です!」

 

 そう私は吠えた。

 自らを鼓舞するように。

 奮い立たせるように。

 

(考えろ、何か手はあるはず)

 

 経験を呼び戻せ。

 体験を呼び寄せろ。

 私には何ができて、どうすれば解決できる。

 

「いくら職人の仕事いうたってこんな砂嵐やと……。それこそ鋼ポケモンでもおらな無理や」

 

「鋼タイプ……?」

 

 なんだ、何かが引っかかったぞ。

 あと少しで、たどり着けそうな気がする。

 

(なんだ? ミカンさんかな? いや、ミカンさんはアサギシティだ。呼んでも間に合わない。なら何だったんだ?)

 

 閃け。

 答えはきっと、すぐそこまで来ている。

 

(ネール、ヘビーボール、コンテスト、ボールエフェクト……)

 

 あと少し、あと少しなんだ。

 すぐそこまで来ている気がする。

 

 唇に人差し指を当てる。

 なんだ、何が答えなんだ?

 

 しばしの逡巡。

 そしてようやくたどり着く。

 唯一無二の、最適解に。

 

 稲妻が迸った。

 その衝動に駆られ、私は状況を打破すべく動き出した。

 

「捕獲、開始します!」

*1
シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴールはコーヒーを次のように評した。『それは悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、そして恋のように甘い』



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終話 「まるで詰将棋だな」

そういえばコガネ弁は適当です。私自身関西の人じゃないので。
刀狩りの張と同じく正しい関西弁より分かりやすいエセ関西弁採用ですのでご理解お願いします。


「捕獲、開始します!」

 

 突如現れた暴走バンギラス。

 私に与えられた勝利条件は一つ。

 (とお)すもの()き砂壁に風穴を開け、ボールに格納すること。

 

 私はゲンガーの時に使った光の粘土の余りを取り出すと、そこに二種類の果汁を加えていった。

 

「捕獲言うとる場合か! はよせな逃げられんくなるで!」

 

「そんな事すれば、多くの人が被害を受けます。ここで対処すべきなんです」

 

「ああ! もう! なんで職人いうのはこうも頑固なんや!」

 

 ごめん。

 でも別に付き合わなくてもいいんだよ?

 最悪、バンギラスのボールさえあればどうにかなるから。

 そうマサキに打ち明けると、また怒られた。

 

「アホ! ここであんさん見捨てて逃げたら寝覚め悪うてしゃあないわ! こうなったら一蓮托生や!」

 

「……そっか」

 

 家族以外で、ここまで私の事を思ってくれる人はいないかもしれない。

 そう考えるとやっぱり、この縁は大事にしたいなと思う。

 

 だから私は小さく呟いた。

 

「大丈夫。きっと上手くいくから」

 

 その言葉は、誰に向けたものだっただろうか。

 いや、本当は分かっている。

 自分の心を偽るための、虚勢であることなんて。

 怖くて怖くて仕方がないんだ。

 

 誰かのために傷つきたいなんて高尚なものじゃない。

 自分が自分の為に、飛行機を飛ばしてもらうために動いているだけ。

 自分本位の身勝手な行動。

 

(それでも)

 

 その自分勝手に起こした行動さえ。

 結果として誰かの役に立つというのならば。

 

(それもまぁ、悪くないんじゃないかな)

 

 さて、仕上げに入ろうか。

 

 ポケットからボールを取り出すと、そこに粘土をコーティングしていく。

 出来るだけ薄く、出来る限り球状に。

 空気抵抗を少なくするために。

 少しでも飛距離の損失を減らすために。

 

「ちょい待ちぃやチエはん! それさっき言うてた失敗作ちゃいます?」

 

「良く分かりましたね。驚異の捕獲率ゼロを誇るチエボール・ヌルです」

 

「何淡々と受け答えとんねん! 捕獲するんでっしゃろ!? 失敗作使ってどうするっちゅうねん!」

 

「まぁまぁ、見ててくださいよ。この一球で王手ですから」

 

 なんかアレだね。

 自分より焦っている人を見ると逆に落ち着くやつ。

 いやー、マサキがいてくれて助かったよ。

 

 さて、と。

 詰めの一手を用意しますか。

 

「すみません、バンギラスのボールをお借りしてもよろしいですか?」

 

「本来私が対処すべきなんだが……、君は解決できるのか?」

 

「……任せてください」

 

 歩み寄ったトレーナーから、バンギラスのボールを受け取った。

 ぶっちゃけこの人が締めてくれてもいいんだけどね、チャンスが一瞬しかないんだよ。

 

 もしも唖然としている間に棒に振ったなんてことになれば。

 そうなってしまったならば、目も当てられない。

 不要なリスクは負う必要がない。

 

 それにしても……。

 

(風が、強くなってきたね)

 

 この期に及んで砂嵐は勢いを増してきている。

 これで仕留めなければ、後はない。

 

 瞳を閉じ、呼気を一つ。

 刮目し、この一幕に意識を集中させる。

 

「後悔しない……」

 

 砂嵐が、私の髪を打ち上げる。

 衣服の中に砂が入り込んで気持ち悪いや。

 この戦いが終わったらシャワー浴びないと。

 

 私は笑った。

 回想は負けフラグだ。

 ここからは前だけ見よう。

 

 ……さて、と。

 

「行く!」

 

 預かりシステムからスナッチマシンを取り出す。

 ポケスロンでの一件の後、シャドーの一員から譲り受けたものだ。

 ……譲り受けたものだ!

 

「無茶や! さっき見てたやろ! 砂嵐も強くなってきた! 無理や!」

 

「無理かどうかは……、私が決める!」

 

 光の粘土をコーティングしたチエボール・ヌルを、バンギラス目掛けて放り投げた。

 決して砂に負けることなく一直線にバンギラスに向かっていく。

 

 そしてそのボールが、バンギラスを捉えた。

 キャプチャーネットが飛び出し、強い光がバンギラスを飲み込む。

 支配を逃れた砂嵐が吹き止み、急に重力を思い出したかのように地に吸い寄せられる。

 

 ……ほんの一瞬だけ。

 

「アカン! やっぱり無理やったんや!」

 

 次の瞬間には、バンギラスはボールから抜け出していた。

 当然だ。

 絶対に捕獲が成功しないことこそが、チエボール・ヌルの真骨頂なのだから。

 

 今一度砂が巻き上がろうとする。

 再びあの強さの砂嵐になってしまえば手遅れ。

 そう思ったのであろうマサキが私の腕を取り、走り出そうとする。

 それを振り払い、私はこう言い放った。

 

「何勘違いしてるんですか?」

 

 モーゼが海を割るように、私とバンギラスの間の砂が裂けていく。

 砂の切れ間から太陽が顔をのぞかせ、私を照らす。

 砂塵という闇を切り払い、光指す道となる。

 極光の下、成し遂げたアローの下。

 私は言葉を紡ぎ出す。

 

「まだ私のターンは、終了してないですよ?」

 

 両手でボールを構え、前に突き出す。

 狙いを定めて、次の一手を打つ。

 

「最初の一手はただの王手。そしてこれで――」

 

 トレーナーから譲り受けたボールからリターンレーザーが迸る。

 

「――チェックメイトだ!」

 

 赤い閃光が、引き裂かれた砂の間を駆け巡る。

 そしてその光は確かにバンギラスを捉え、収納した。

 巻き上がり始めた砂が再び重力に飲まれる。

 一連の流れを見届けた後、私は一言。

 

「捕獲……、完了です!」

 

 そう宣言した。

 

「待ってくれ! 一体どういうことやねん」

 

「どう、とは?」

 

「一体何がどうなってバンギラスがボールに収まったかや!」

 

 あの後私たちは空港の隅で待機していた。

 今はアローたちがバンギラスの起こした砂を撤去しているところだ。

 

「そうですねぇ……どこから話しましょうか」

 

「最初からや!」

 

「私が生まれたのは、七年前の事でした」

 

「そこまで戻れとは言うとらん!」

 

 コガネの人は突っ込んでくれるから嬉しいな。

 アカネもなんだかんだ面白かったし。

 ボケ甲斐があるっていう物だ。

 とはいえ脱線させすぎるのはよくないと学んだからね。

 適度に話を戻そう。

 

「きっかけは、シンオウ地方の商品でした」

 

「シンオウ地方?」

 

「はい、ご存じですか? シンオウ地方にはボールカプセルという物があるんですよ」

 

 私は軽く、それの説明をした。

 ボールにかぶせるものであること。

 そこにシールを張り付けて、好きなボールエフェクトを生み出せること。

 

「まず最初の一球は、これを元に考えました」

 

「あぁ、それでチエはんは光の粘土をつこうたんか、なるほどな。……せやけどそれは砂嵐の影響を受けへん理由にはならん。せやろ?」

 

「ええ、確かに光の粘土だけでは何の意味もありません。ですが私は、光の粘土にこれらの木の実を加えました」

 

 そう言って取り出したのは、二種類の果実。

 すなわち、バコウの実と、ヨロギの実だ。

 

「こちらのバコウの実には飛行技の威力を半減する効果が、ヨロギの実には岩技を半減する効果があります」

 

「ちょい待ち。チエはん、あんたまさか、木の実の効果で砂嵐を無効化した言うんとちゃうやろな?」

 

「木の実の効果だけでは無理ですよ。光の粘土には、光の壁やリフレクター、オーロラベールの効力を強化する効果があります。これにより、強固な対砂暴風壁をボールに纏わせたんです」

 

 粘土だけでも、木の実だけでも作りえなかった。

 これらが揃っていたからこそできた芸当だ。

 

「ま、まあなんとなく理屈は分かったわ。せやけど二球目から考えるに、別にバンギラスを逃がしたわけでもなかったんやろ? せやったら最初の一投にはブロックルーチンがかかってたはずや。なんで一瞬でもボールに収まったんや?」

 

「ああ、それはこの装置のおかげですね」

 

 そう言って私はマサキにスナッチマシンを見せた。

 効果を説明したら、案の定驚いていた。

 

「人のポケモンを奪える装置やて!?」

 

「声が大きいです。まぁ、これは私が闇に葬るのでしばらくは問題ないでしょう」

 

 しばらくすれば二号機が開発されるのだろうが、その時はその時だ。

 現状打てる手は特にない。

 

「と、このマシーンでスナッチボールに改竄し、バンギラスを一瞬でも閉じ込める。その間砂嵐はバンギラスの制御下を抜け出しますからね。そこをアローに吹き飛ばしで活路を切り開いてもらいました」

 

「そうやそれもや。君のファイアローは指示を出される前に吹き飛ばしを使ったようやけど、あれはどういうことなんや?」

 

「あぁ、簡単ですよ。予め指示を出しておいただけです」

 

 その発言に、マサキの目が見開かれた。

 

「ちょ、ちょい待ち? もしそれが本当やとしたら、チエはんは一体どのタイミングで読み切った言うんや?」

 

「読み、切る……? そうですね、難しいですが、しいて言うのなら――」

 

 実際には、私の肩が足りずにスナッチボールが届かない可能性があった。

 バンギラスがボールを避ける可能性もあった。

 だからこそあの時点では王手で、勝利が確定したのは一投目のボールが当たった瞬間だ。

 だが、こと読みに限っていうのであれば。

 

「捕獲開始しますと、宣言する前ですかね」

 

 その後無事飛行機は出港し始めた。

 私もそろそろ行かなければならない。

 

「じゃあね、マサキ。また連絡するよ」

 

「いつでも待っとるさかい、気軽にかけてな」

 

「うん、またね」

 

「ああ、また今度や」

 

 そんな会話をして、私はゲートをくぐった。

 ホウエン行きのチケットを見せ、飛行機に搭乗する。

 そうしてしばらくすると、飛行機が出発した。

 

「次はどんな出会いが待っているんだろう」

 

 雲を眼下に見据え、私はアローのボールに問いかける。

 

「明日はもっと楽しくなるよね、ファイアロー?」

 

 ……へけっ!




つこうた。


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流星の民と継承者
一話 「継承者」


 (そら)に星が瞬いている。

 (から)っぽの心で仰ぎ見れば、一筋の流星が尾を引いて。

 そんな情景を表す言葉も、虚空(こくう)に忘れてきて。

 心に巣食う(むな)しさだけが顔を覗かせる。 

 

 ……小さいころから、空を見上げるようにしてる。

 不安がいっぱいで押しつぶされそうなときも。

 悲しくて寂しくて心が折れそうなときも。

 絶対、涙を流さないように。

 

 今だってそうだ。

 私は弱い人間だ。

 たとえ少なくない犠牲を出しても。

 たとえ悪だと謗られようとも。

 それでも成し遂げると言っておきながら。

 胸が締め付けられてしまう。

 

「シガナ、あなたがいてくれたのなら……、私はきっと」

 

 それだけで、たったそれだけの事で。

 私は強くあれただろうに。

 

「会いたい、会いたいよぉ……シガナ……」

 

 私はあなたになれない。

 あなたのように強くもなければ、特別な力も持っていない。

 平凡で凡百で凡庸で。

 だからこそ私は、『何者にもなれなかった』まがい物だ。

 

「大きすぎるよ、その背中は、その期待は。私には……、私なんかには……」

 

 流星の民。

 龍神様の伝承を、次の世代に語り継ぐ一族。

 

 継承者。

 終末の神話に、龍神様を呼び寄せる英雄。

 

 そんな役割を忘れ去り、自由に生きていけたのならば。

 そんなIFばかり浮かんでは消えていく。

 

「……想像力が、足りないよ」

 

 くよくよしてても始まらない。

 そろそろまた、歩き出そうか。

 

「何者にもなれなかった私は、流星の民の継承者以外の者にもなれはしない」

 

 名は体を表すという。

 ああ、なんて残酷(幸福)なんだろう。

 この心に浮かぶ悲しい思い出も、あなたを思うこの心も。

 私が私である限り、決して失せることは無いのだ。

 

「あと少し。あと少しで、すべてを終わらせることができる。いつかすべては終わり、私も舞台から降りることができる。だから今は、あと少しだけ」

 

 私は私で在れればいい。

 だから私の名前を、胸の内に刻みつけよう。

 この思いを、無くしてしまわないように。

 この感情を、失ってしまわないように。

 

 ヒガナ。

 

 それが私の名前だ。

 

「おー、ここがホウエンか!」

 

 コガネ空港からはるばるやって来ました私。

 ガンテツの孫娘のチエである。

 ここが豊かな縁の地か!

 

「うん、ぶっちゃけ違いが分かんないや」

 

 小京都やら合掌造りやら。

 それくらいの変化がなければ違いなんて分かんないよね。

 ヒワダ育ちの私としては、コガネもカナズミも都会だなぁっていう感想しか出てこない。

 

 あれだ。

 ベトベターとベトベトン。カラカラとガラガラ。

 これらの違いを述べよって言われても困るっていう感じのやつだ。

 

 もちろん、ポケモンに堪能な人であればすぐに答えられるだろう。

 だがしかし、ライトユーザーはそうはいかない。

 実際に見比べながらならともかく、どちらか一枚の写真だけ見せられて違いを述べよと言われても、分かりませんとしか答えようがない。

 実際前世の私も子供の頃は違いを分かってなかったし。

 

 あ、でも待って。

 微妙にこっちの方が暖かいかもしれない。

 アローもこの気候は気に入るんじゃないかな?

 

「おいで、アロー」

 

 聞きなれた鳴き声と共に、火矢の鳥が現れた。

 ファイアロー。

 ヒワダで出会い、私と旅を共にするパートナーだ。

 

 ボールから飛び出したアローは、いつものようにとことこと歩いて寄ってきた。

 うん、知ってた。

 だけど敢えて突っ込ませてもらおう。

 いや飛べよ。

 

「お天気もいいし、暖かいし、一緒に歩こっか?」

 

 私がそう問いかけると、アローは一鳴き。

 うん、断固として飛ばないのね。

 飛行能力失っても知らないからね?

 

 そんなやり取りをした少しあと。

 私とアローはポケモンセンター入りを果たしていた。

 

 アカネに絡まれて、ゲンガーを捕まえて、バンギラスを捕まえて。

 信じられる?

 これ全部、今日の出来事なんだよ。

 どれだけコガネは魔境なんだよって話だよね。

 

 飛び立つ判断をした私にいいねをあげたい。

 しかもかの有名なホウエン地方にである。

 二大もふもふを保有する、あのホウエンである。

 グッジョブ私。

 

 そんなノイズを思考に流しながらも、同時進行でこれからの事も考える。

 

(モンメンとチルット。この子たちを捕まえたら……次はシンオウ地方かな)

 

 私の目的の一つは、他の追随を許さない、究極のオーダーメイドボールで一儲けすることだ。

 そしてそのためには、シンオウ地方の地下通路で取れる材料が必須だ。

 

 まだ見ぬ土地に思いをはせて、空を見る。

 

 都会の(そら)には、星が無かった。

 けれども、(から)っぽの心で仰ぎ見れば、一筋の流星が尾を引いて。

 そんな情景を表す言葉も、虚空(こくう)に忘れてきて。

 心に巣食う(むな)しさだけが顔を覗かせる。

 

(ホームシック……なのかな?)

 

 思えば前世の大学生だって、この病を抱えているものは一定数いた。

 前世含めて成人しているとはいえ、私がそうであっても不思議ではない。

 

(ああ、この切なさは忘れてしまおう)

 

 寝て起きたら、すべて消え失せてしまっているさ。

 だから今は、この疲労に身を委ねてしまおう。

 

 幽霊の影におびえ眠れなかった昨日とは違い、その日の私は、泥に飲まれるように眠った。

 深く深く、夢すら見ないほどの深度で。

 夜の闇と共に、私の意識は暗い所に引き込まれていった。 

 

 次の日の朝。

 日が空高く上った頃に、私たちはセンターを後にした。

 思った以上に疲労がたまっていたようで、昼前まで眠ってしまったのは予想外。

 寂しさはいくらか解消したものの、それでもしこりのように心に残っていた。

 

 虚しさを紛らわそうとアローを出すと、私たちは歩き出した。

 トウカの森に向かって、モンメンとの出会いを求めて。

 ウバメの森と違い、通り抜ける必要はない。

 森の入り口付近で探せばいいさと。

 

 日の下を歩いているうちに、いくらか気も晴れてきて。

 少しずつ楽しくなってきた。

 なんだっけ。

 朝日を浴びるとセロトニンが出来るとかそんなのあったよね。

 覚えてないけど、幸せホルモンがどうとかだった気がする。

 あれだ、最高にハイってやつだ。

 

 さて。

 時は満ちた。

 神の国は近づいた。

 あとはその手に掴み取れ。

 

「今回! ついに! モンメンが!」

 

 さあ、今こそもふもふライフを満喫する時。

 

「出ませんでしたー!!」

 

 なんでや!

 いや、なんとなくそんな気はしてたけどさ。

 

(自然エネルギーが拡散した後じゃないと出ないとかだったっけ?)

 

 なんかそんな設定があった気がする。

 そして私の知る限り、超古代ポケモンが蘇ったというニュースは聞いていない。

 つまりどれだけ探しても、今はモンメンと出会えないというわけだ。

 チエちゃんショック!

 

「ぐぬぬ、せめてチルットだけでも捕まえて帰る」

 

 でなければ、何のためにここに来たのか分からなくなる。

 あれ、ちょっと待ってよ?

 

(エルフーンが出たのがBW、つまりアメリカ。それ以降のモデルがフランス、次いでハワイ……)

 

 その間に発売されたリメイクはORASのみ。

 つまり、ここで捕まえる事が出来なければ海外に出向かなければいけない……?

 

(いやいや、アローもヒワダにいたし。その辺に生息してるでしょ)

 

 ただしその場合、原作知識というモノが使えなくなる。

 具体的な生息地を自分で調べる必要が出てくる。

 えー、めんどくさいんですけど。

 

 え? 海外に行けばいい?

 いやいや、国際便は十二歳以下使用不可だし。

 後五年も待ってられないし。

 

(まじか☆マジカ。これかなり長期旅になるんじゃ……)

 

 まぁホウエンの次はシンオウを訪ねようと思っていたし、問題はないんだけど……。

 なんていうか、アレだ。

 お預けをくらっている犬の気分。

 それを理解できた気がする。

 いまなら誰よりも上手に犬を演じられる気がする。

 わんわんっ!

 

「しょうがない。アロー、帰ろっか」

 

 アローは一鳴きすると、私の腰からボールを取り出して自分から入っていった。

 おうおう、私に運べというのか。

 まあいいけどね。

 どちらにせよ歩く距離は一緒だし。

 ……寂しくなんてないんだからね!

 

 

 

 帰りの道は、やっぱり寂しく思えた。

 池に掛けられた橋の上で足を止め、ふと西を見れば日が沈みかけている。

 夕日に照らされた水面が、オレンジに輝くのが切なかった。

 暖色のそれが、少しだけ冷たく思えた。

 

 夜風が水面を揺らしていく。

 まだ陽は差しているというのに、風は夜のものというのもおかしなことだ。

 

 あと少しすれば夜の帳が下り、あたりを青く染めるのだろう。

 この切なさは、きっと夕日に混じるそれが呼び起こしているに違いない。

 旅に出て三日だというのにこの有様で、一体いつまで旅を続けられることやら。

 

(……まぁ、疲れたらヒワダに戻ればいっか)

 

 私には帰る場所がある。

 私の帰りを待ってくれている人がいる。

 そう考えればほら。

 この胸に巣食う心細さも、幾分ましになる気がしない?

 

 そんな思いと共に天を仰いだ。

 見上げた空には、一足先に夜が訪れていて。

 私の考えをあざ笑っているようだった。

 

「……帰ろう」

 

 昼間と比べて随分と冷え切ったこの道に。

 私の呟きが消えて行った。



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二話 「ワザを捕らえ……れない!」

今日も今日とて19:00をお知らせしまーす。


『それで寂しなってワイに電話かけてきたんか』

 

「そうそう。なんか面白い話して」

 

 夜が明けてすぐ、マサキに電話を掛けた。

 ポケギアを通して聞こえる声はどこか眠そうだ。

 徹夜でもしたんだろうなぁ。

 だから天才は早死にするんだ。

 

『わざわざわいに掛けんでもお爺さんとかおったやろ』

 

「うん、電話番号知らないよね」

 

『チエはん……』

 

 まあ分かっていたとしてもおじいちゃんに掛けるつもりはないけれど。

 電話も、迷惑も。

 この旅自体が私のわがままだ。

 なのに寂しいからといって、おじいちゃんの時間を取らせるなんてどうしてできようか。

 

『面白い話言うてもな、そんなポンポン出て来るもんちゃうで』

 

「あなたにはコガネ人としてのプライドはないんですか!?」

 

『コガネの人全員がそうやっちゅうのは偏見や』

 

 そうなのか。

 いやでもたしかに。

 もしコガネの人全員が面白い話を持っているなら芸人なんていらないか。

 そういえば青空ピッピ・プリン師匠*1とかはいるのだろうか。

 たしかジョウト出身だったと思うけど。

 むぅ、ボール作りばかりしていたせいで世間に疎すぎるんだよな。

 

「あ、そういえば青空ピッピ・プリン師匠といえばさ」

 

『何の話や!?』

 

 あ、頭の中で考えてたことそのまま話してしまった。

 むぅ、ボックス開発をした天才なら思考をトレースして欲しいものだ。

 

「あ、そういえばボックスと言えばさ、どうやってデータとして保管してるの?」

 

『青空ピッピ・プリンの話どこ行った!?』

 

「いつまで昔の話してるのさ。時間は待ってくれないんだよ?」

 

 ポケギアの向こうでマサキが呻いている。

 なんか納得いかんとか言ってる。

 考えるな、感じろ。

 

『あぁ、もうええわ。ボックスの話やったか? 簡単な話やで。フーリエ変換してパワースペクトル求めるだけや。まあエイリアシングやノイズなんかを上手く処理してやる必要はあるんやけどな――』

 

「ごめん日本語で話して」

 

『……日本語なんやけどなぁ』

 

 嘘つけ。

 そんな単語聞いたことないぞ。

 百歩譲って日本語だったとして、私が分からなければ意味ないだろうに。

 まったく、これだから天才は。

 

『せやなぁ、分かりやすう言えば、簡単な問題に置き換えるって事やな』

 

「その過程で複雑になってる気がするんだけど」

 

『せやけどそうせんな解けへん問題もあるんや。急がば回れってやつでっせ』

 

「そんなもんかね」

 

 個人的には意味がない気がするけどね。

 数学者の心は分からん。

 

「まぁ分からないことが分かったよ」

 

『それで、そんなこと知ってどうするつもりやったんや? なんかや困りごとでもあったんか?』

 

「うーん……、新しいボールの切っ掛けになればいいなって思ったんだけどね。これはお父さんに任せた方が良さげかな」

 

『新しいボール?』

 

 お、気になっちゃう?

 気になっちゃうよね?

 しょうがないにゃあ。教えてしんぜよう。

 

「モンスターボールってさ、言っちゃえば『ポケモンを捕まえるため』にあるわけじゃん?」

 

『どっかの誰かさんは本来の用途から外れて行っとる気もするけどな』

 

「今はそんな話してないんだよ」

 

 今いい所なんだから、話の腰を折らないでよね。

 ポケギアの向こうから『チエはんがそれ言うか』とか聞こえた。

 ……。

 こほんと一つ、咳払いをして本題を切り出す。

 

「例えばさ、ポケモンの()()()()()()ボールが出来たら? 癒しの波動を捕獲して、病院もフレンドリィショップもない田舎に持ち込めば?」

 

『そ、そんなこと可能なんか?』

 

 何かとぶつかるようなノイズと共に、マサキがそう叫んだ。

 おおよそ向こうでポケギアに食い付いたとかその辺りだろうか。

 

「さぁ? 理論を聞いた上で、可能なら実装したかったなーってだけだし。でも、でもさ――」

 

 まだ見ぬ未来に思いをはせる。

 いつかそんな日が来れば。

 ボールに今とは違う需要が生まれるならば。

 

「――それってきっと、素敵なことだと思わない?」

 

 少なくとも私は嬉しい。

 そしてそれは、きっと誰かの役に立つ。

 誰かの役に立つならば、それはもう立派なモノづくりだ。

 そしてそれが、私達職人の在り方。

 

 でも、時には理想に追いつかない事もある。

 資材の足りない時代があった。

 時代の追い付いていない技術があった。

 技術がなく、資材を持て余した時代があった。

 

 どれかが噛み合わないだけで、実現が先延ばしになった問題なんて山のようにある。

 今回の場合、私には知識が足りなかった。

 私が前世で、数学を極めていれば違ったのだろうか。

 今更悔やんだって、仕方のないことだが。

 

『……どんなプログラムをお望みや?』

 

 だけど、私の空論には。

 決定的な見落としがあった。

 

「……え?」

 

『言うてみぃ。わいに出来る事やったら力になったるわ』

 

 私は、一人じゃなかった。

 私の足りない部分を、補ってくれる人がいた。

 でも素直に喜ぶのも恥ずかしくて。

 それを表に出したくなくて。

 私はつい、ひねくれたことを言ってしまった。

 

「こんだけ傍若無人な態度取ってくる相手に協力って……、マサキってマゾなの?」

 

『ちゃうわ。っていうか、そういう自覚はあったんやな。安心や』

 

「だったらなんで? マサキに何のメリットがあるの?」

 

『メリットデメリットちゃうねん。ただな、わいも思っただけや』

 

 私の歪んだ問いかけに、彼は真っ直ぐ受け応える。

 

『ボールに新たな可能性が生み出され、その恩恵をみんなで分かち合えたなら、それは確かに素敵なことやんなって』

 

 口にすると恥ずかしいな、と。

 そう言って笑うマサキ。

 ……小手先でどうにかしようとしている自分が、バカみたいだ。

 

「……じゃあ、お願いしてもいい?」

 

『おう、任しとき!』

 

「まず――」

 

「おぅふ、今日も行動が昼間からになってしまった」

 

 あの後マサキと色々談義しているうちに、すっかり日も高くなってしまった。

 どうしてそんなに遅くなってしまったんですか?

 まじめにやってきたからよ!

 ……懐かしいCMだね。

 

 閑話休題。

 話し合いをしていく上で、当然様々な問題点が挙がってきたのだ。

 シルフ製のボールと違い、ガンテツボールやチエボールには基盤というモノが存在しない。

 いくらマサキが的確なプログラムを書いたとしても、私のボールに適用する手段がなければ無意味。

 

 しかしそれを解決する手段は、以外にも手近なところにあった。

 そう、ボールの情報を書き換える機械。

 シャドーから譲り受けたニューテクノロジー。

 名を、スナッチマシンと言った。

 

 つまり作戦はこうだ。

 技に対して反応するボールを私が作り、捕獲対象をポケモンから技に改竄するプログラムをマサキが組む。

 結果として技を捕らえるボールが出来る、はずである。

 ……現状は、机上論であるが。

 

(まぁマサキはきっとどうにかしてくれるでしょ。なんて言ったって天才だし)

 

 そう、マサキについては心配していないのだ。

 むしろ問題は私。

 どうやって技を検知すればいいのやら。

 

(技に影響を与えるアイテムは色々あるんだけどね)

 

 ジュエル、半減実、メトロノーム、etc……。

 だがどれも、上手くいく気がしなかった。

 

 ジュエルや半減実は言わずもがな。

 恒例の汎用性がないシリーズの問題点が浮上する。

 それがチエボールの特色でしょ? 何の問題があるの?

 そういう意見があるかもしれない。

 

(致命的なんだよなぁ)

 

 相手が出す技を見極めて、ボールを選び、技に投げる?

 ムリムリ。

 絶対的に時間が足りない。

 

 構えを見ただけで相手の出そうとしている技が分かるとか、ボールの早投げができるとか。

 そういった特殊な能力がある人間にしか取り扱えない。

 私にそんな能力はない。

 スナッチマシンは世に出したくない。

 よってこの方法は選べないということになる。

 

(メトロノームに至ってはどうやって扱えばいいと……)

 

 そもそもこれは、一つ前に使用した技を記憶。

 同じ技だった場合威力に補正を掛ける。

 違う場合には倍率を元に戻すというだけの仕組みだ。

 仮に組み込めたとしても思い通りの挙動はしてくれない。

 

「あー、なんかいいアイテムないかな」

 

 そう呟いた時だった。

 空は晴れているというのに、私の顔に雨が落ちた。

 狐の嫁入りという奴だろうか。

 地方によっては狐雨だとか、天気雨と呼ばれるアレ。

 

 右手で頬をこすり、雨を拭った。

 水気を帯びた手の甲を見て、空を見て。

 見比べて、気づいた。

 

(脱出ボタンがあるじゃん)

 

 雨と言えば脱出トノ*2だ。

 技を受けたら後続と交代するアイテム。

 どうして忘れていたんだろうか。

 いや、時代の流れか。

 

 五世代で一世を風靡したニョロトノとキングドラによる雨パーティ。

 それが六世代では天候が永続でなくなり、湿った岩採用が主流となり、七世代ではついにペリッパーまで特性あめふらしを獲得し、いわゆるトノグドラは化石となった。

 トノトプスにトノスター?

 あいつらは元々化石じゃん。二つの意味で。

 

 どちらにせよ突破口は見いだせた。

 後はそれを、どうやって使うかだ。

 

(開閉スイッチの辺りに仕掛けを埋め込めばワンチャンある?)

 

 技に当たる。

 トリガーが起動。

 ボール開く。

 技捕まえる。

 

 完璧じゃん!

 

 ……あっ。

 

「脱出ボタンって、どこで入手するの?」

 

 ……。

 詰んだわ。

 

 冷たい風が、吹き抜けていった。

*1
ポケットモンスターSPECIALに出てくる漫才師。

*2
脱出ボタンを持ったニョロトノのこと。



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三話 「流星の民」

センター試験お疲れ様でした。
ゆっくりしていってね!!!


 諦観という考え方がある。

 意味は、物事には必ず因果が存在するという事。

 上手くいかなかったのならば、なぜ上手くいかなかったのかを考えよというものだ。

 

 諦めるという字がある。

 意味は、仕方がないと割り切るだとか、断念するとかである。

 語源は諦観である。

 

 つまり何が言いたいかと言うとだ。

 

「私が技を捕らえられないのはどう考えても脱出ボタンが希少なのが悪い」

 

 こういう時にね、諦めるという言葉を使うんですよ。

 ほら、何が悪いか分かってるじゃないですか。

 これは断じて挫折や妥協じゃない。

 諦観に基づいた正しい対応だ。

 

 おい誰だ、『私が技を捕らえられないのはどう考えても脱出ボタンが希少なのが悪い』。略して『私が悪い』とか言ってるのは。

 

 違いますー、脱出ボタンのせいですー。

 

「なんかアレだね。コガネにいたときは厄介ごとが付いて回ったけれど、ホウエンに着いてからは厄が付いてる気がするよ……」

 

 どこに行けば私は穏やかに過ごせるのだろうか。

 スローライフは程遠そうだ。

 

「だめだ、チルットちゃんを捕まえて愛でよう」

 

 そのくらいしないとこの荒んだ心は癒せない。

 私の渇きを癒しておくれ。

 

 そんなことを考えていた時が私にもありました。

 ホウエンはそこまで私に優しくないみたいだ。

 

 陥没した地面。

 おそらくかつて降り注いだ隕石痕だろう。

 それらは小さなものから大きなものまで様々だ。

 だがしかし、それらすべてに近寄りがたい神聖さがあった。

 

 生きとし生けるものに活力を与えるような。

 そんなスポットだというのに。

 そこにはスバメ一匹いやしなかった。

 

「ねぇ、おかしくない?」

 

 モンメンがいないのは分かる。

 でもチルットまでいないのはどういうこっちゃ。

 何? いじめ? いじめなの?

 世界レベルで仕込まれた壮絶ないじめなの?

 

 えー、どうしよう。

 チルットって流星の滝内部には出現しないよね。

 一応確認しとく?

 

 そんなことを考えていた時だった。

 私の上を飛竜が飛んでいったのは。

 

 え?

 ボーマンダ?

 なんでボーマンダがここに?

 

 私が呆然と見上げていると、不意に視線を下ろしたそいつと目があった。

 んー? 心なしかこちらに向かってきているような……。

 

「気のせいじゃないね!?」

 

 急いでボールからアローを繰り出す。

 アローの背に飛び乗り、そのまま飛翔してもらった。

 ようやく思い出したか。

 そう、お前の本来の在り方は飛翔だという事を。

 

 私とアローが飛び立った場所に火柱が立つ。

 ボーマンダの放った大文字だ。

 いやいや、そんなの当たったら死んじゃうから。

 

「アロー! 次が来る!」

 

 私たちのいた場所に水流が迸る。

 ボーマンダの放ったハイドロポンプだ。

 いやいや、ここから叩き落されたら死んじゃうから。

 

「上は洪水、下は大火事、これマ~ンダ! 言ってる場合じゃねぇ!」

 

 私の頭上を再び水流が駆け抜ける。

 だから危ないって。

 

「ん、ちょっと待ってよ? もしかしてポケモンがいないのって、このボーマンダが暴れているから?」

 

 たった一匹の外来種が生態系を狂わせた。

 そんな話はよくあることだ。

 逆にこのポケモンがいることで、本来ここに生息しているポケモンが追い出されているのだとしたら?

 

「……試してみる価値、あるかもね」

 

 ハイドロポンプを避けながら旋回し、ボーマンダと向き合う。

 よし、やるぞ。

 

「アロー、鬼火!」

 

 黒い炎が走り出し、ボーマンダを焼き焦がす。

 ポケモンバトルに限った話であれば、特殊型に火傷が入ったところでうまみは無い。

 だが捕獲を試みるのであれば話は別だ。

 状態異常にすればポケモンは捕まえやすくなる。

 そうお得な掲示板が言ってた。

 

「さて、逃げるよアロー」

 

 ん? 戦わないのかって?

 やだよ、誰が好き好んで死地に赴くっていうのさ。

 安全に事を運べるならそれが一番だよ。

 同程度の見返りに対してローリスクとハイリスクがあるならばローリスクを選べ。

 人力制御工学*1でそう言ってた。

 

 私を抱えているとはいえ、そこはファイアロー。

 ボーマンダとの距離をじりじりと離す。

 さすがは矢を冠する鳥だ。

 

 けれど距離が開き過ぎて、タゲが外れるのはいただけない。

 大きな円を描くように飛ぶことで、絶妙な距離感を保つ。

 

 そうしてどれだけ経っただろうか。

 ほんの少しだったような気もするし、随分長い間飛んだような気もする。

 徐々にボーマンダの体力が削られて、果ては地面に落下した。

 これが火傷のスリップダメージで、恐ろしさだ。

 

「知は力なり、上手くいったものだよね」

 

 アローをボーマンダの近くに浮揚させ、私はちょんと飛び降りた。

 ボーマンダが私を睨みつける。

 おお、こわ。

 背後に回り込んでおこう。

 

 さて、同じボールでもポケモンの種類によって捕まえやすかったり、なかなか捕まらなかったりすると思う。

 その理由を説明しよう。

 実は、種族ごとに設定された被捕獲率というものがある。

 この数値はポッポなどは非常に高く、その一方でミュウツーなどは極めて低く設定されている。

 そしてそれはゲームの中だけでなく、この世界でも通用する。

 

 ここでひとつ、豆知識。

 バンギラスやカイリュー、ガブリアスなど、世代を代表する強ポケ達の被捕獲率。

 こいつらと、ピジョットやムクホーク、ケンホロウなどの序盤鳥最終進化の被捕獲率。

 実はこれ、同じ値だったりする。

 つまり、ファイアローの捕まえやすさと、ボーマンダの捕まえやすさは同じなのだ。

 

 そして目の前のボーマンダはほぼ瀕死。

 ただのスピードボールでもほぼ確実に捕まえられる。

 

 ……そう。

 ただの、スピードボールでも。

 

 自分の思考に、頭を殴られた気がした。

 

(……まさかスピードボールを下に見る日が来るとは)

 

 まずいなぁ、私の中でインフレが起き始めてる。

 いつの日かガンテツボールを作ることすらしなくなりそうだ。

 それは何というか、さみしいな。

 

「まぁ、反省会は後ですればいっか。とりあえず、今はこの子を捕まえてしまおう」

 

 小型パソコンからスピードボールを取り出す。

 私手製、チエちゃんじるしのスピードボールだ。

 

(昔は、これ一個作るのにも必死だったのにな)

 

 もちろん昔と言えど、たった数年前の事である。

 それでも私が必死になって、実力が上振れして、そうしてようやく形になった頃。

 偶然上手くいったことに、喜んでいた頃。

 そんな時期が、私にもあった。

 

 それがいつからだったか。

 偶然は必然となり。

 必然はいつからか当然となっていた。

 かつての奇跡は、今やありふれた一コマに埋没した。

 

 熱量は失っていないつもりだ。

 だけど、かつて感じた情動に。

 心揺さぶる喜びに。

 今、何も感じなくなっているのもまた事実。

 成長と共に失っていったそれらが、私の心にヒビを入れた。

 

 ギャリリという、耳障りな音がした。

 奥歯が擦れ合い、軋む事で生まれた音。

 それ程までに強く歯を食いしばっているというのに、どこかそれは他人事のように思えた。

 

 そんな悲しみを振り払うように、私はボールを放り投げた。

 緩やかな弧を描き、ボールはボーマンダに当たる。

 そして見慣れたエフェクトが飛び散って。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 一瞬捕獲に失敗したのかと錯覚した。

 だがすぐに、そうではないということに気付く。

 この拒絶するようなエフェクトは。

 ブロックルーチンが発動した証だ。

 

 それはつまり、捕獲済みのポケモンである証拠。

 

(トレーナー付き!? 野生のボーマンダじゃなかったの!?)

 

 私が驚いていると、さらに驚くことが起きた。

 そう。

 空から女の子が降ってきたのである。

 親方! 空から女の子が!

 

「あちゃー、手痛くやられちゃって。こりゃまいったね」

 

 うん、ふざけてる場合じゃないね。

 こういう時は初手謝罪安定だ。

 そう思いその女性を見て、またしても驚いた。

 

 赤を基調とした服。

 顔を覆うようにかぶっているフード。

 胸元に描かれた、火山を模したMの文字。

 

「マグマ団……?」

 

「お? マグマ団の事知ってるの? いやー博識だね。感心感心」

 

 うん、いや、知っているんだけどね。

 私、悪の組織との遭遇率高くない?

 ああ、私のスローライフが遠のいていく。

 

「あー、いや。気のせいでした。私は何も見てないですし聞いてないです。それでは」

 

「あはは、君面白いね。うちの子をこんな目に合わせておいて、『はいそうですか』と逃がすと思う?」

 

「その甘さが命取り! あとで悔い改めることね!」

 

「逃がさないって言ってるの!」

 

 えー。

 見逃してあげる私カッケーってやりたかったんじゃないの?

 違うの? あ、そうですか。

 でもなー、私としてはあまり関わりたくないんだよな。

 

「まぁまぁ、そう言わずにここは穏便に……」

 

「いきなり袖の下って……、ていうかあんた本当に子ども?」

 

「見た目は」

 

 そう言いながら私はチエボール・シリーズOを握らせた。

 受け取ったマグマ団が色々な角度から確認する。

 

「これは……?」

 

「相手が炎タイプのポケモンの時に捕獲率が上がるボールです。非売品ですよ?」

 

 要するに、アローを捕まえた時と同じようなボール。

 世界中探してもどこにもない貴重品だ。

 それで手を打ってくれ。

 

「へぇ……、面白いじゃん。どこで手に入れたの?」

 

「それは秘密で……うわ!?」

 

 突如私たちがいた地面に亀裂が走った。

 まるで鋭い刃物で切り裂いたような痕跡。

 その裂け目から飛来した方向を予想し、そちらに顔を向ける。

 そこにいたのはせいれいポケモンフライゴンと、それにまたがる男だった。

 

 一瞬援軍かと疑った。

 しかし続く彼らの言葉がそれを否定する。

 

「見つけたぞ! これ以上馬鹿な真似はよすんだ」

 

「馬鹿な真似、ねぇ。私には、この道しか残されていないんだよ」

 

 うーん、敵対? しているっぽいよね。

 いや、どちらかと言うと味方の暴走を食い止める感じ?

 まあどちらにせよ、フライゴンにまたがる男は敵の敵みたいだ。

 つまり味方換算でいいよね? ダメ?

 

 そんなことを考えている私に、男が声を掛けてきた。

 かなり切羽詰まった様子で、早口に。

 

「そこのお前はヒガナの協力者なのか!?」

 

「……ヒガナ?」

 

「……違うのか?」

 

 言われて私は、マグマ団の女性を見る。

 先のフライゴンの攻撃――おそらくソニックブームだろう。

 それの反動で生じた風のせいか。

 フードは捲れ、その顔が現れていた。

 

 やや褐色の肌。

 おかっぱの黒髪。

 整った顔立ちに、どこか歪さを覚えるその口元。

 ああ、この人はマグマ団の下っ端じゃなかったのか。

 

「はいはい、私がヒガナですよっと。ついでに言えば、その子は関係ないね。偶然居合わせた、不幸な被災者だよ」

 

「庇っているのではなかろうな?」

 

「嘘なんてついてないよ。龍神様に誓ってね」

 

「……そうか、ならばそこの少女よ、すぐに立ち去ると良い。ここから先は我々――」

 

 彼らは、龍神様の逸話を語り継ぐ民。

 遥か三千年も昔から、この地を見守り続けたドラゴン使い。

 流星の滝に住まう守り人。

 

「――流星の民の問題だ」

*1
カービィボウルというゲームを攻略するための理論の事。



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四話 「想像力が足りないよ」

You guys need some imagination.


 あーなるほど。

 流星の民、流星の民ね。

 

 ヒガナの格好を見る。

 やはりマグマ団の服装だ。

 ということは先ほどのバカなことはやめろというのは、グラカイ*1復活のことを指していたのかな?

 そのうち超古代戦争が起こるということか。

 

 うん。厄介なことになる前に退散してしまおう。

 どうやらホウエンは理想郷ではなく戦闘狂だったようだ。

 聞いて天国見て地獄ってやつだね。

 適当にボールを捌いて旅費を稼いだらシンオウに向かおう。

 今度こそ本気を出して生きていくんだ!

 

 そう思い、アローを呼び寄せた時だった。

 彼女の、ヒガナの横顔が映ったのは。

 そこには悲痛というか、悲壮というか。

 見ていて胸が苦しくなるような何かがあった。

 

 ゲーム内での彼女の立ち位置が思い返される。

 

 世界の終わりを誰よりも早く知り。

 必要な犠牲と、そうでない犠牲を割り切って。

 怒りの矛先が自分に向かうことすら厭わずに。

 ただ世界を救うためだけに生き、それでもなお何者にもなれなかった女性。

 報われることの無い存在。

 

 それは憐れみだったのか。

 持たざる者に対する、慈悲のつもりだったのか。

 私の口は、自分でも驚くような言葉を紡いでいた。

 

「力、貸そっか?」

 

 なんでそんなことを言ったんだろう。

 ついさっきまで、厄介ごとなんてごめんだと思っていたのに。

 散々コガネで体験し、もうお腹いっぱいだったのに。

 私はどうして、そんなことを言ったんだろう。

 

 分からない。

 分からないけれど、何故か彼女を放っておけなかった。

 

「あははっ。本当に君、面白いね!」

 

「よく言われる」

 

「うんうん。そうだろうね!」

 

 ヒガナは笑う。

 楽しそうに、愉しそうに。

 彼女が背負っているものから逆算するに、胸中は不安でいっぱいだろう。

 だというのに、強くあろうとする姿が、ただただありのままに振舞うその様が。

 私の目には、酷く苦しく見えた。

 

「で、どうする?」

 

「あぁうん。いいや、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「……そう?」

 

「うん。これは、私が成し遂げなきゃいけないんだ。他の誰でもない、私自身が」

 

 そう言うと、ヒガナの顔から徐々に笑みが消えて行った。

 代わりに顔を覗かせたのは、狂気を抱いた鋭い眼。

 

「それより、早く逃げた方がいいよ。あれであいつは実力者だからね、眼中に無いうちに逃げなよ」

 

「ヒガナさんはどうするの?」

 

「私? 心配してくれているのかな? でもダメなんだ。あいつの狙いは私だからね、ここで退いても何も変わらない」

 

「……ふーん?」

 

 そう返しながら私は、アローに木の実を持たせた。

 そこまで言うなら仕方ないよね。

 

「アロー、自然の恵み」

 

「なっ、フライゴン! 避けろ!」

 

「ちょ、何してんのさ!?」

 

 ファイアローの自然の恵みが、フライゴンに襲い掛かる。

 ヤチェの実の効力を持ったそれは、氷となってフライゴンを強襲した。

 ちっ、外したか。

 

「あー、これは失敗しちゃったなー。誰か助けてくれる人はいないかなー?」

 

 そう言いながら私はヒガナに視線を送った。

 助けてくれてもいいんだよ?

 

「もしかして、私を助ける為に?」

 

「……どうだろうね? 私にも良く分かんないや」

 

 しいて言うならヒガナが困っていたからだけど、私はそんなに善人だっただろうか?

 いや、むしろアカネに対する態度が私のデフォルトの気がする。

 なら、どうしてなんだろうね。

 

「分かんないけど、なんか他人事に思えないんだ」

 

 放っておけないんだと、そう言って私はアローをそばに待機させた。

 ヒガナの方を見る。

 まだ躊躇しているようだった。

 

「誰かの力を借りるのが嫌ならさ、それでいいよ。そのかわり、困ってる私を助けてくれると嬉しいな」

 

「……はぁ。君、やっぱり子供じゃないでしょ」

 

「チエちゃん七歳。難しいこと分かんない」

 

 勘のいいやつめ。

 私の方こそ知っているんだぞ。

 あなたの名前の由来、彼岸花。

 その花言葉に『転生』が含まれることを。

 絶対RSからORASに転生してるでしょ!

 いや全部私の憶測なんだけどね?

 

「さて、来るよ」

 

「はぁ、君はめちゃくちゃだよ」

 

「ありがと」

 

「褒めてないよ……」

 

 そう言ってヒガナはオンバーンを繰り出した。

 チルタリスじゃなくてよかった。

 あのもふもふを見て理性を保てる気がしないし。

 

 さて、ということでアローにはもう一仕事頑張ってもらおう。

 空中に浮揚させ、それを私は下から仰ぎ見る。

 

 え?

 あの男みたいにアローに飛び乗らないのかって?

 ははは、ご冗談を。

 さっきのマンダとの戦いを見たでしょう?

 渦中に身を委ねていたら命がいくつあっても足りないよ。

 

 と言うわけで、行けアロー!

 忌まわしき記憶と共に!

 

「そこの少女よ、貴殿はヒガナを味方するということで相違ないか?」

 

「総意だよ」

 

「そうか」

 

「いや今よく言葉で通じ合えたね」

 

 ね、それ私も思った。

 でも意外と通じるもんだよ。

 

 日本語や中国語にはアクセントの他にイントネーションがあるからね。

 音から得られる情報量は意外とバカにならないんだ。

 

「悪く思わんでくれよ……フライゴン、鋼の翼!」

 

「アロー!」

 

 フライゴンの鋼の翼を、アローで打ち返す。

 当然こちらも鋼の翼を使用してだ。

 羽同士がぶつかったというのに、あたりには金属音が反響した。

 

「アロー、とんぼ返り!」

 

「逃がすなフライゴン! ソニックブーム!」

 

 鍔迫(つばぜ)り合いのような攻防から逃げ出すように、アローにとんぼ返りを指示した。

 そうはさせまいと言わんばかりに、フライゴンが追い打ちをかける。

 勘違いしないで欲しいね。

 お前の相手は、私一人じゃないんだよ?

 

「オンバーン、爆音波!」

 

 ソニックブームの正体は衝撃波、つまり波だ。

 一方で爆音波の正体も波。

 波を波で飲み込む。

 

「ぬう、フライゴン! 霧払いだ!」

 

「え、ちょ」

 

 男がそういえば、暴風が吹き荒れた。

 その風に爆音波は飲み込まれ、無効化された。

 

(いやいやいや! 霧払いで爆音波を阻止するってどういうこと!?)

 

 考えられる理由は一つだろう。

 フライゴンのレベルが、圧倒的に上である。

 純粋な力量差、ということだろう。

 

「いやー、入ったと思ったけどワンテンポ遅れたよ。ごめんね」

 

「あ、そうですか」

 

 え?

 今のタイミングで遅れてたの?

 完璧なタイミングだと思ってたんだけど。

 ……やっぱり私、トレーナーとしての才能無いかもしれない。

 

「でも次は決める。もう一度頼めるかな?」

 

「……いいですよ」

 

 私はほっぺたを叩いた。

 何弱気になってるんだ。

 私を必要としてくれる人がそこにいるんだぞ。

 ならそれに応えろ。

 

「……フライゴン、鋼の翼だ」

 

「アロー、もう一度!」

 

 迫りくる鋼鉄の刃を、同じ刃で返す。

 意図は読めないが同じ展開にしてくれるなら好都合だ。

 そう思っていた。

 けれどもここで、実戦経験の差が現れた。

 気づいたヒガナが注意する。

 

「駄目! それはフェイントだよ!」

 

「え?」

 

 見ればフライゴンは攻撃をキャンセルし、次のモーションに入ろうとしている。

 しまった、そういうこともできるのか。

 その先に見えるのは、勝利を確信し、笑みを浮かべるフライゴン使い。

 彼は高らかに宣言する。

 

「もう遅い。翼をもがれ、地に堕ちるがいい。大文字!」

 

 ファイアローを、フライゴンの大文字が飲み込んだ。

 うおお! あぶねー!

 これアローに乗ってたら即死だったよ。

 アロー一人に行かせて良かった……。

 

「知っているか? 鋼は炎に弱いのだ」

 

 トレーナースクールで習う教養だがな、と。

 男がそう嘲る。

 

 そうか。

 なら私も嘲笑えばいいのかな?

 

「知っていますか?」

 

 私が声を上げた時、炎が引き裂かれた。

 飛び散る火の粉をものともせず、ファイアローは優雅に舞い踊る。

 水は炎に強いです、炎は鋼に強いです。

 タイプです、相性です。

 そんな常識より、個々のポケモンの性質を学べ。

 

「ファイアローの羽は火を通さないんですよ。そのため昔は、消防士の服にも使われていたらしいですよ?」

 

「なんだと……、フライゴン! ストーンエッジ!」

 

 もう遅い。

 勝利の道は開かれた。

 

「アロー、アクロバット!」

 

 後出しにもかかわらず、アローの攻撃が先に決まった。

 どてっぱらに受け、フライゴンがよろめく。

 あらら、これで倒せるかと思ったのだけど。

 いかんせんレベルに差があり過ぎたみたいだ。

 まあいい。どちらにせよ私たちの勝ちだ。

 

「いいねえ! グッときたよ! グッドポイントだよ!」

 

 そう、私の役割は一瞬でも隙を作ること。

 あとはヒガナに任せればいい。

 

「いくよ、龍の波動!」

 

 オンバーンから放たれたその攻撃が、フライゴンを貫いた。

 え? ヤバくない?

 あの男の人どうするの? 墜落するよ?

 

 そう私は案じたが、どうやら心配無用だったらしい。

 男は地面に叩きつけられるより早く次のポケモンを繰り出した。

 こちらもまた、オンバーンだった。

 

「……貴殿、なかなかに実力者だな」

 

「そりゃどうも」

 

 空高くまで飛んでから、男が私に投げ掛ける。

 当然私は見上げる形になり、男は私を下に見る形になる。

 うん? 喧嘩売ってるのか?

 

「私一人では荷が重い、か。……この場は諦めよう。だがヒガナよ、今一度考えなおすのだ」

 

 男は私から視線を外すと、ヒガナに向き直った。

 そうして先の発言をし、こう続けた。

 

「超古代ポケモンを蘇らせれば、多くの者が被害に遭う。不要な犠牲を出す。その事が分からないわけではなかろう」

 

「勝手なことを言うよね。こっちはずっと、考え続けてきたんだ。どうすれば一番多くの幸せを守ることができるのか、何が必要な犠牲で、何が不要な犠牲なのかを。想像力を働かせ、力と知恵を持つ者の宿命として、ね……」

 

「……お前が考え直す事、心から望んでおく」

 

 そう言って男は、オンバーンと共に去って行った。

 勝ったッ! 第三部完!

 

 私の方目掛けてヒガナが歩み寄ってくる。

 お疲れ。

 

「ふぅ、助かったよ。えーと、名前、なんて言ったっけ?」

 

「チエ、特別にチエって呼んでいいよ」

 

「あはは、なら特別じゃない呼び方がどういうものなのか気になるね! とにかく助かったよ、チエちゃん。また会えるといいね」

 

 そう言って彼女はボーマンダをボールに戻した。

 オンバーンもボールに戻し、チルタリスを繰り出す。

 くそう、チルットすら捕まえられない私への当てつけか。

 

「それじゃ、私急ぐからこのへんでドロンしますよっと!」

 

「あい待った」

 

「あだだ、……何するのさ」

 

 ようやくわかったんだよ。

 どうしてあなたを放っておけなかったのか。

 ヒガナは少しだけ、私に似ているんだ。

 

 期待と希望を押し付けられ。

 それでも自分が凡人であることを、誰よりも知っていて。

 弱音を吐くこともできず、誰かに縋ることもできない。

 

 人と触れ合うことができないわけじゃない。

 必要とあれば、人の輪に加わることもできる。

 けれど自らの内には、何人たりとも踏み込ませない。

 自分の弱さが露出してしまうから。

 人の前では、強くありたいから。

 

 そうして上辺だけの関係を構築し。

 いざという時に信頼できる仲間の一人もいない。

 孤独感は強まる一方で。

 いつも心に寂しさを抱え。

 ますます心を閉ざしていく。

 そんな悪循環。

 

(なら、どうする? 無理にでも踏み込む?)

 

 大きなお世話かもしれない。

 嫌われるかもしれない。

 でも、だからどうした。

 もともと、巡り合うことの無かった運命なんだ。

 むしろ他人だからこそ、踏み込める一歩があるかもしれない。

 

 それなら、なんて言葉を掛ける?

 彼女の抱えるものを一部でも背負い。

 それでいて分かってあげられるような。

 そんな言葉は、どこにある?

 

 いろいろと考えて、私が放ったのは。

 至極単純な、無遠慮な言葉だった。

 

「……想像力が、足りないよ」

 

「何をッ!」

 

 目を見開いたのはヒガナ。

 力と知恵を持ちえなかった彼女は、常に想像力を働かせてきた。

 必要な犠牲と不要な犠牲に線引きをして、最少の犠牲に留める方法を模索してきた。

 だからこそ、その言葉には過剰に反応する。

 

「……何でもないよ。引き留めてごめんなさい」

 

 そう言って私はアローに掴まった。

 失敗した。

 そんな自覚があった。

 

 もっとオブラートに言うべきだった。

 これじゃ単に、彼女を傷つけただけじゃないか。

 何もわかっていない。

 

 アローが羽ばたきだす。

 申し訳のなさが、心の中にあった。

 

「待って!」

 

「あだだ」

 

 今度はヒガナが私を引き留めた。

 待って! 体が千切れるから!

 待つ、待つからむしろ待って!

 

 アローに声を掛けて地に足を付ける。

 死ぬかと思った。

 思わず右手で心臓を掴む。

 けたたましい心音が、手のひらに伝わってきた。

 

「チエちゃん、君は一体、何を言っているの? いや、何を知っているの?」

 

「……そうですね。例えば、例えばの話ですよ? 龍神様の持つエネルギーが、長い年月とともに摩耗していたら? 本来の力を引き出すだけの余力が残っていなかったら?」

 

「そんな、こと……。いや、それより」

 

 驚いた表情をした後に、何かに気付いたヒガナ。

 そうだろうね。

 この時点で隕石がホウエンに向かっていることを知っているのは、流星の民だけだ。

 私の知りえない情報。

 だからこそヒガナは問いかける。

 

「チエちゃんは、どこでそれを知ったの?」

 

「……この世界にとっての現実は、ある人たちにとってのファンタジー」

 

 そういうことだよ、と。

 私はそう呟いて。

 彼女の手をやさしく退け、飛び去った。

*1
グラードンとカイオーガ。




実はこの『ボールはともだち!』
最初期の構想ではヒガナに継承者の立場を奪われた流星の民のお話でした。

誰よりもドラゴンタイプについて詳しく、誰よりも行動力があり、流星の民みんなから次期継承者を期待されて。
しかし、主人公だけがパートナーとなるドラゴンポケモンを見つけられなかった。

周りの同い年が次々と相棒を見つけ、トレーナーとしての力量を上げていく中、主人公はひとり取り残されることに。
かつての期待は、いつからか失望となり。
誰も主人公に見向きもしなくなりました。

そんなとき、流星の民が使うボールを作っているボール職人と出会います。
そしてドラゴンタイプ専用のボールを作り出しました。
しかしなお。
それでもなお、パートナーとなるポケモンを捕獲することはできなかった。

主人公には驚くほどドラゴン使いとしての才能がなかった。
あったのはただ、ボールに対する才能だけ。
望んだ才能は手に入らず、要りもしないボールの才能がさらに主人公を追い詰める。

かつて夢見たドラゴン使いという目標に蓋をして、何年か経った後。
一人の女性が訪ねてくる。
自分と同じく、無才の凡人でありながら。
継承者に選ばれた幼馴染。
それがヒガナだった。

ヒガナは主人公の作るボールの事を知っていた。
これから起こることを知っていた。
だから協力してくれと頼む。
しかし、主人公が頷くことは決してなかった。

「なんで、ヒガナなんだよ! 同じ無能なのに、同じ凡才なのにッ! 何が違ったんだよッ!!」

それは主人公の叫びだった。
決してかなうことのない、願いだった。

人の心境なんて知りもしないヒガナが嫌いでした。
そんなことを口にする自分が嫌いでした。
何もかもが嫌になって、逃げだして。
それでも追いかけてくれたのは、ヒガナでした。

ヒガナの優しさに触れ、思いに触れ。
やがて心は一つになります。
そうしてレックウザの捕獲に乗り出し、様々な苦難がありながらも捕獲に成功。
隕石を砕いてハッピーエンド。

設定考えてるうちにミカンの話とかゴンベの話とか思いついてぽしゃった。後悔してるから公開してる。

この作品からそこまで読めていた人がいるならこう言いたいですね。
「想像力があり過ぎだよ」


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五話 「店主はスランプ」

ブクマ2500超えたらしいです。
本当にありがとうございます。


 カイナシティ――人とポケモン、そして自然の行き交う港。

 海に隣接した町は穏やかな潮風に吹かれ、晴れ渡る空にはキャモメが群れをなして空で踊る。

 その街の、さらに南西にあるカイナ市場。

 ホウエンでもトップクラスに賑わうそこに、今回密着する人物はいた。

 

 『まぼろし』と呼ばれている、一人の少女である。

 

 彼女は少し前にこの市場に来たばかりである。

 当然立地のいい場所を借りることもできず、人目につかない場所で細々とボールを売っている。

 だというのに、その市場には噂が流れていた。

 見たことも無いデザインのボールを取り扱う店がある、と。

 

 だがしかし、市場を探せど見当たらない。

 故に人々はその店をこう呼んだ。

 『幻の店舗』と。

 

 しかし妙である。

 何故噂になるほどの店が見つからなかったのか。

 それには二つの理由があった。

 

 まず一つ、人目につかない場所であったこと。

 まぼろしが市場に赴いた時点で、好立地は既に取られていた。

 また、高い場所代を払うだけの余裕もなく、そのため安価で人通りの無い場所を借り、ひっそりと経営していたのだ。

 それも、ただビーチパラソルを置いただけの簡易的な店舗だ。

 当然、店の存在に気付く絶対数が少ない。

 それが雲隠れした、一つ目の理由であった。

 

 そして二つ目、というより、こちらが主な原因か。

 それは完全受注制という商売方法にあった。

 

 彼女が取り扱っているものはオリジナルのボール。

 それも、その手で一つ一つ、丁寧に作り上げた逸品だ。

 当然、一日に受注できる量には限りがある。

 ……ものにもよるが、二桁作れることは稀。

 それほどまでにそのボールは貴重で希少だった。

 

 彼女が半日でも店を開いていたのは、ほんの一日二日だけ。

 それ以降は約三十分。

 それが彼女の経営時間。

 一日の内、たったの三十分。

 それこそが幻の店舗が幻の店舗たる理由だった。

 

 そして、そんな人々の心を掴んで離さない、幻の店舗の主が。

 人知れず苦悩していることに、気づく者はいなかった。

 

 パラソルを閉じ、店をたたむ。

 空を見れば太陽は低い位置にある。

 今日もまたその傘は、日除けとして活躍することはなかった。

 

 パラソルをパソコンに収納し、ポケギアで時刻を確認する。

 開店から二十分と経っていない。

 だからと言ってこれ以上予約を受け付けても納期が間に合わない。

 これが私の活動限界だった。

 

 日を避けるために、近くの路地に忍び込んだ。

 建物と建物に挟まれたその場所は少しひんやりとして、私の空回りする思いを冷却するようだった。

 壁に寄りかかり、顔を上げる。

 建物と建物の隙間に、雲がかかり。

 そのまた雲の切れ目から、わずかだけ青い空が浮かんでいた。

 

(作れない……)

 

 ヒガナと遭遇してから早五日。

 私は、そんな悩みを抱えていた。

 いや、ヒガナと遭遇してからという表現は、少し違うか。

 正確に言えば、自分の上達を認識してから。

 ガンテツボールを見下していることに気づいてから。

 私は以前のように、前のめりの姿勢でボールと向き合えなくなっていた。

 

 もちろん、技術が衰えたわけではない。

 むしろ器用さは少しずつ上がり続け、ボールの質は上がってきている。

 裏返して言えば、それだけだ。

 だからこそ、苦悩する。

 

(アローと出会った時の、あの閃きはどこへ行ったの? 新しいものへの憧れは、どこに置いてきたの……?)

 

 頭上の雲が風に流されて、空の青は建物の奥へと去って行った。

 

 『新しいボールが作れない』

 

 それが私の、悩みの種だった。

 

 だけど私の細胞が、血肉が。

 ボールを作りたいと叫ぶ。

 作りたい、だけど作れない。

 その事が、酷く苦しかった。

 

 だから私は、昔のボールで誤魔化した。

 見た目と、エフェクトを変えただけの嗜好品。

 コンテストぐらいしか使い道のない、娯楽用品。

 ミカンに作ったもののバージョン違い。

 そんなもので、渇きを誤魔化していた。

 

 そんなだから、ボールを作っていても、ノイズばかりが走っていた。

 前のように、深く意識が入り込んでいく感覚はない。

 小手先の器用さで、コンディションに嘘を吐き続けてきた。

 

(昔は、新しいボールを思いつくたびにわくわくした。一見不可能に思えるギミックでも、実現しようと思えた)

 

 閃きの切っ掛けになれば。

 そんな思いで、かつてメモしたノートを見る。

 プレートや彗星の欠片。

 未所持のアイテムを使ったボールばかりが書かれていて、現状実現できる新しいボールは無かった。

 

 ノートを閉じる。

 それもまた、この五日で何度となく繰り返した行為だった。

 

 五日前までは、作りたいボールがたくさんあった。

 あった、はずなんだ。

 なのにどうしてだろう。

 

(今は、どんなボールを作りたかったのかすらわからない……)

 

 私の作るボールが、ガンテツボールを無価値にする。

 自分が生み出すことで、滅びゆく技術がある。

 その事に気付いてしまったから。

 私は、何をしたいのか分からなくなってしまった。

 

 私のボールには需要がある。

 その事は連日訪れる人々からも推し量れる。

 だが私は、ずっと考えていた。

 『私の技術は、ガンテツボールという技術を「過去の遺産」に押しのけてまで存在すべきなのか』と。

 

(こんなとき、弱音を吐ける友人の一人でもいたら……、違っていたのかな?)

 

 お爺ちゃんやマサキは違う。

 彼らには、弱い所を見せたくない。

 見栄を張っていたい。

 子供に見られたくない。

 そんな思いが先に来る。

 

 そうではなく、もっと弱音を打ち明けられるような人。

 そんな人に、そばにいて欲しかった。

 

(無いものをねだっても、仕方がない……か。今日の分を済ませてしまおう)

 

 私は今、造船所の隅っこに場所を借り、そこでボールを作っている。

 あっちでもこっちでも場所代がいるなぁと思っていたが、そこは相手も職人。

 私の作ったボールを見るやタダで場所を貸してくれた。

 やっぱり持つべきは技術と若さだね。

 

 注文されたボールの作成シミュレーションを脳内で行いながら、伸びをした。

 路地を抜け、造船所でボールを作ろう。

 そう思い、壁を離れ、歩き出した。

 その時だった。

 

「騒ぐな、大人しくしろ」

 

 私の背中に、何かが付きつけられた。

 円筒状の、硬いものだ。

 声の主は、それにぐっと力を込めた。

 前に歩けということか。

 

 少し歩き、路地を抜けた先。

 人気の無い路地裏で。

 再び陽が顔を覗かせたタイミングで。

 私は素早く左手を回し、相手の手を掴み取った。

 

「何してるんですか? ヒガナさん」

 

「ありゃ? もうバレちゃった?」

 

 振り返った先にいたのは、アクア団の格好をしたヒガナさんだった。

 水鉄砲片手に参ったとジェスチャーし、いたずらがバレた子供のような顔をしている。

 ようなと表現した理由は分かるでしょう?

 子供にはない、暗い暗い陰りがあったんだよ。

 

「いやー、驚いたよ。まさかあのボール、君の手作りだったなんてね! なんてシンクロニティ! そう思わない?」

 

「そうですね。で、どうしてここに?」

 

 私個人としては、ヒガナには酷いことを言ったつもりだった。

 言ってしまえば、頑張ってる人に頑張れというような行為だ。

 ヒガナがどう受け取ったかは知らないが、大なり小なり傷ついただろう。

 それなのに、どうして私のもとに?

 

「いやはや、前の姿とこの姿。見比べて分からない?」

 

「そうですねぇ、海の家でアルバイトでもしてるんですか?」

 

「海の家? あはは、上手いこと言うね!」

 

 いやいや、似てないでしょ。

 規模が違いすぎる。

 海底洞窟を海の家って呼べるのは、世界広しと言えどあなたくらいですよ。

 

「ははっ、というかやっぱり、その事も知ってるんだね。私がしようとしていることも?」

 

「……まぁ、なんとなくは」

 

「へぇ……? それで、チエちゃんはどうするつもりなのかな?」

 

 潮風が私達を包み込む。

 髪が風になびいている。

 表通りを行き交う人たちの、種々雑多な足音が、画面の向こうの出来事のように気にならなくなる。

 

「……どうしようもないですよ。所詮私は部外者ですし」

 

「ふぅん? 私を泳がせておいても問題ないっていう判断なのかな?」

 

「半分イエスで半分ノーですね」

 

 私は続ける。

 

「正直、私自身も被害を被りそうだし、控えて欲しいなっていうのはあります。でも、成功しても失敗しても、ちゃんとケアしてくれているんでしょう?」

 

 ヒガナは多分、そんな人物だ。

 少なくとも私がゲームから受けた印象はそうだ。

 

 彼女はまかり間違っても、人の生活を軽く見たりなんかしていない。

 理由はまあ、次にあげる事例かな。

 どちらも彼女の、未来での行動を示したものだ。

 

 彼女は人々からキーストーンを奪った。

 そんなことせずに、事情を説明して借りればよかっただろう。

 だが、そうはしなかった。

 巨大隕石に怯えて暮らす事。

 あとで返ってくるキーストーンを思う事。

 どちらの方が精神的な負担になるか考え、彼女は選択した。

 

 彼女は空間転移装置(通信ケーブル)を破壊した。

 そんなことせずに、彼女のプランを説明すればよかっただろう。

 だが、そうはしなかった。

 彼女にとってそれは不要なもので、またいらない犠牲を産む可能性のある、不穏因子に過ぎなかった。

 それがより危険を減らす方法だと信じていたからこそ、それを選択した。

 

 たしかに、これらは未来の話である。

 しかし、そこから彼女という人物像が見えてくると思う。

 きっと、超古代ポケモンが蘇っても被害は出さない。

 そんな風に下準備をしているはず。

 

 そもそもの話である。

 先にあげた二つの事例は、彼女にとって想定外の出来事である。

 レックウザが降臨するまでの時間、超古代ポケモンが蘇っていれば、誰一人にも気付かれることなく隕石を破壊できていた、……かもしれない。

 もっともレックウザには隕石を砕くだけの力は残っていなかったのだから、そんなことが起きれば詰みだったわけだが。

 今回に至ってはそんなこともないだろう。

 予め、レックウザに力が不足している可能性を、私が示唆しているのだから。

 

 そういう意図を込めて、私はヒガナの目を見た。

 しばらく私の目を見た後に、ヒガナはやれやれと言った様子でため息をついた。

 

「……簡単に言ってくれるよね」

 

「簡単じゃないことは分かってますよ。それでも、ヒガナさんは止まらないんでしょ?」

 

「……本当に、心が見透かされてるみたいだよ」

 

 そう言った後に、ヒガナはこう続けた。

 

「なら、私がここに来た意味も分かるよね」

 

 先ほどの気の抜けた表情とは打って変わって、眉をしかめて目尻を上げ、黒目の半分ほどを瞼に隠し、強く強く、意志の込められた瞳で私に問い掛ける。

 そんな彼女を見て、私は瞼を閉じた。

 少し微笑み、そして続ける。

 

「ごめん、何の話?」

 

「……ぇー」

 

 ……私達に吹き付ける潮風が、少し冷たくなった気がした。

 

(いや分かるわけないじゃん!? 何そんな分かって当然だよね? みたいな雰囲気で話しかけてきてんの? 私が知ってることなんてせいぜい原作にあった出来事くらいだよ。原作にない事例……それこそヒガナがガンテツの孫に抱いている印象なんか知ってるはずないじゃん。うん、私は悪くないね!)

 

「いや、ちょっと待ってね? チエちゃんはどこからどこまで知ってるのかな?」

 

「ヒガナさんがアクア団とマグマ団を利用している事、その目的はレックウザを呼び出す事、呼び出したレックウザで隕石を砕こうとしている事、レックウザが弱っている可能性がある事」

 

「うん。どうしてそこまで分かってて答えにたどり着かないかな!?」

 

 えー、だって人の心とか知らんし。

 私には見聞色の覇気も覚りの瞳もないのだ。

 言葉にしてもらわなければ分かんないよ。

 

「はぁ、もういいや。今日はさ、お願いがあってきたんだ」

 

 私達の頭上を、キャモメの群れが飛んでいった。

 その羽が日を隠しては、また隙間から私たちを陽に照らす。

 舞い散る羽根が、陽の光を照らし返していた。

 そんな神々しさの中心に立ったヒガナが、神妙な面持ちでこう言った。

 

「世界を救うために、力を貸してほしい」

 

 ……ようやく得心がいった。

 つまりはこういうことか。

 レックウザが弱っているのは想定外だったから、レックウザを元気づけるだけのボールを作ってくれ。

 そういうことだね?

 

 なんだ。

 そういう事なら、こんな真剣な顔して言わなくていいのに。

 

(……いや、違うのか。人の力を借りる。それは彼女にとって、重大な意味を持っているんだ)

 

 何者にもなれなかった彼女は、伝承者としての使命を果たすことに心血を注いでいた。

 誰にも縋らず、自分一人だけの力で。

 彼女はそうして、ようやく認められると思っていたんだろう。

 そうしなければ認められないと、勘違いしていたんだろう。

 そんな彼女が、自分から歩み寄った。

 

 なら、応えてあげるが世の情けってやつだろう。

 

「分かりました。でも今日はちょっと注文入ってるんで、明日からですね」

 

「いいの? というより……、出来るの!?」

 

「分かりませんよ、出来るかどうかなんて。大事なのは、やるかやらないかです」

 

 本音を言えば、出来るイメージはない。

 新しいボールを作る。

 息をするように出来ていた今までがおかしかったんだ。

 そんなの、誰にでも出来る事じゃない。

 

 それこそ、父のような天才が集まって、話し合い、ようやく出来る事なんだ。

 小娘一人で成し遂げようなんて烏滸がましい。

 それでも、やらなきゃいけない時ってのはある。

 そしてそれは、きっと今もそうだ。

 

「いや、軽い感じで言ってるけどさ、危険なことなんだよ? もっと悩んだり、あるいはきっぱり断ってくれても……」

 

「私が断ったら、一人で行くつもりなんでしょう?」

 

「……」

 

 ヒガナは何も返さない。

 微動だにしない。

 沈黙は肯定とみなす。

 

「放っておけるわけないじゃないですか、そんなの」

 

 たとえ私が不調でも。

 困っている人がいるなら助けになる。

 だってそれは、私の存在証明なのだから。



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六話 「自然エネルギー」

 今日も空には青が広がっていて。

 サンサンと降り注ぐ太陽が暖かかった。

 

 カイナ市場の店の、受注分を捌いて早三日。

 もう三日も経っていた。

 だがしかし、いや、やはりと言うべきか。

 進捗は、全然ダメだった。

 

(実際レックウザをメガシンカさせるとして、それに必要なエネルギーってどれくらいなの? 普通のアイテムで再現できるものなの?)

 

 結局のところ、問題はそこだった。

 造船所の片隅で、机に向かい、脳を回転させる。

 

(例えばメガシンカに必要なアイテム。これはメガストーンとキーストーンの二つが最低条件。ただ、メガストーンそのものにあるエネルギーはせいぜいが質量同等のもの。ポケモンの真価を発揮するには遠く及ばないはず……)

 

 そもそも、メガシンカというシステム自体が曖昧なのだ。

 なんだ絆の力って。

 愛の力みたいに言うなよ。それ何次元にあるんですか? って言いたくなっちゃうじゃん。

 大体捕まえたばっかりのポケモンでも出来るくせに、何が絆だよ。

 

 っと、口が悪くなってる。

 落ち着けー。怒りや焦りは思考を鈍らせる。

 平常心平常心。

 

(……となるとやっぱり、メガストーンはエネルギーの受信装置。問題はそのエネルギーがどこから来ているのかという事)

 

 絆っていうけどさ、なら赤い糸を持たせたポケモンは皆メガシンカできるのかって話だよ。

 上位互換と思しき運命の力をもってしても、それを成すだけのエネルギーには届かないのだ。

 どう考えても『メガシンカ、絆の力仮説』は迷信に思えて仕方がない。

 

(というかレックウザに必要なのは祈りだったっけ。なんでそこで微妙に仕様を変えてくるのさ)

 

 不満を垂れ流しつつ右手を見れば、ペンが右に左に飛び回っていた。

 ペン回しというやつだ。

 

 無意識でこれだけの事が出来る。

 だが一方で、意識しても出来ないことがある。

 どれだけ器用になっても、小手先だけじゃどうにもできないこともあるということか。

 

(というかさ、メガシンカについて研究している人が少なすぎるんだよ。史上初のメガシンカが三千年前だよ? なんで今の今までそのメカニズムの基礎理論すら解明されてないの?)

 

 それが分かっていたならば、少しはやりようがあったかもしれないというのに。

 

 人工降雪機、人工ダイヤモンド、人工芝。

 これらが人の手で作ることができるのは、それらの構造が解明されているからだ。

 仕組みが分かっているから再現できる。

 

 前世で散々話題になっていた人工知能。

 それが実現できなかったのは、知能の仕組みが解明されていなかったからだ。

 シナプスの存在に辿り着いたところで、人の持つ直感の仕組みが分からない。

 ヒトが因果関係をどのように分析するかが分からない。

 だから結局、いつまでも再現できなかった。

 

 今回だってそうだ。

 メガシンカの仕組みがはっきりしていたならば、手の打ちようはきっとあった。

 だが現実問題としてメガシンカは『なんかよう分からんができる』程度の曖昧なものであり、それが私のフラストレーションを加速させる。

 

(はぁ、メガシンカの仕組みから調べる? いや、そんな時間は残されていない)

 

 ヒガナが言うに、今週中にグラードン及びカイオーガが復活するとのことだ。

 おいおい、二匹とも復活させるつもりなのかよ。

 大丈夫なの? それ。

 

 まあ原作だと主人公がすぐに捕まえたせいでレックウザの目に留まらなかったわけだし、それくらいしないとレックウザは呼び起こせないのかもしれない。

 だけどさぁ、ここで呼び出せなくてもどうにかなることを知っている身としては? 何故そんな早まったことを? なんて思わずにはいられない。

 

 そんな時だった。

 空に雨雲が現れたのは。

 先ほどまでの快晴が嘘のよう。

 けたたましい雷の音とともに、雨風が吹き荒れる。

 

 急な出来事に、造船所の内部はパニックに陥っていた。

 普段は持ち場についている職員が、足音を立てて交錯する。

 ただそれだけの事で。

 カイナシティでも類を見ない天災だということが分かった。

 

 そしてこの災害に、私は心当たりがあった。

 

(……もしかって、始まっちゃった?)

 

 知識では知っていても、実際に体験したことはなかった。

 だがしかし、吹き荒れる雨が、叩きつける風が。

 それが何かを、雄弁に語っている。

 

 ゲンシカイオーガが持つ特性。

 すべての生物が生まれたその母なる恵み。

 ああそうか、これが。

 

「これが、始まりの海……!」

 

 ヤバイヤバイヤバイ!

 まだボールできてないよ!

 構想のこの字すらできてないよ!?

 どうすんのこれ!?

 

 いや、最悪原作主人公に任せるとかもありだけどさ。

 それは……ね?

 職人としてのプライドが許さないというか。

 出来ると大見得切ったからには成し遂げたいというか。

 仕事を放り投げたくないというか。

 

「ええい! 考えろ! 絞り出せ! できるできる、やれるやれる!」

 

 先ほど怒りや焦りは思考を鈍らせると言ったな。

 あれは嘘だ。

 人間、真価を発揮するのは窮地に追い込まれたときだ!

 今こそメガ真価の時!

 ダメだ! 思考にノイズが掛かってる!

 

 意識が潜って行かない。

 浅い所を泳いでいる。

 前のような没入感がない。

 潜り方を忘れてしまっていた。

 

 スポーツ選手は、一日休むと勘を取り戻すのに三日かかるという。

 私の場合は?

 約一週間サボった私の勘。

 それが取り戻されるのは、一体いつ?

 

 ガリッと、嫌な音がした。

 何の音かと思って見て見れば、口に添えていた右親指の腹が切れている。

 犬歯で噛み切ったということか。

 赤色の液体がだまになり。

 自重に耐えられずしたたり落ちる。

 口内には、鉄の味が残っていた。

 

(悔やんでも仕方ない。それより手遅れになる前にボールを……)

 

 徐々に、思考が加速していく感じがする。

 少しずつ感覚が、戻ってきている気はする。

 

 だがしかし、だがしかしだ。

 ポケスロン会場や、ゲンガーの時のように。

 時間がゆっくりに感じられたり、世界がモノクロになったりはしない。

 そんな思考をするだけのノイズが残っている。

 

(何か、何かきっかけがあれば……!)

 

 そんな時だった。

 もう何日も使っていなかったポケギアが。

 連絡を入れに来る相手もおらず、空気とかしていたその機器が。

 ようやく出番かと言うように鳴り響いたのは。

 

 右手に持っていたペンをはじき、通話ボタンを押し込んだ。

 着信を知らせる音が止み、向こう側から声がする。

 

『もしもしチエはん? コーディングからバグチェックまで一通りできたで、捕獲対象を技に書き換えるプログラム。まあ取り切れてないバグもあるやろけどあとは――』

 

「マサキ? ごめんちょっと今手を離せなくて……」

 

『――なんや、忙しかったんかいな。というか凄い嵐やな。台風でも来とったっけ?』

 

「ごめん、後でかけ直すから切るね!」

 

 そう言って電話を切ろうとする。

 通話終了ボタンに、右手を伸ばす。

 が、そこで思いとどまる。

 

(右親指、血が流れたままだった)

 

 このまま触れば、折角マサキから貰ったポケギアが、血染めになってしまう。

 最初こそいいかもしれないが、酸化して黒くなったらおしまいだ。

 どす黒いポケギアとか趣味悪すぎでしょ。

 

 普通であれば親指で押すところを、指を開いて人差し指で押そうとする。

 そのわずかな時間の差だった。

 その差が、マサキに発言する時間を与えた。

 

『あとそうや! 言うの忘れるところやったわ。これ作っとるときに思いついたんやけどな? 特性の捕獲いうのも面白いと思うんや』

 

「は?」

 

 私はその時、最も間抜けな声を上げたと思う。

 

『原理としては技も特性も同じようなもんやからな。またできそうやったら声掛けてくれや! いつでも力になるさかい。ほなまたな』

 

 マサキがそう言うと、ポケギアの交信が途絶えた。

 いつの間にか造船所からは人がいなくなっており、大嵐とガレージが争う中。

 ツーツーという、ポケギアの音が反響していた。

 

「特性の、捕獲……?」

 

 キタ。

 この感覚だ。

 思考が加速していく。

 一秒が少しずつ遅くなり。

 世界から不要な色が抜け落ちる。

 

 ゾーンに入るトリガーとなったのは。

 ゲンシカイキしたポケモンだけが持つ、固有の特性。

 そしてその原理。

 

(そうだ……自然エネルギーだ! メガストーンが出来た理由は、ゲンシカイキに必要な自然エネルギー!)

 

 なら特性を捕獲してそれをレックウザに食わせたら……。

 

(駄目だ! マサキはそういうプログラムを組むこともできると言っただけ。まだスナッチマシンには搭載されていない!)

 

 技用のプログラムを組むのに、約一週間かかった。

 いくら雛形プログラムがあるといっても、特徴の分析やパラメータ調整など、どうあがいても時間がかかる部分というのは存在する。

 今から頼んだところで、絶対に間に合わない。

 

 ならどうする?

 技? 技なのか?

 断崖の剣や根源の波動を捕獲する?

 それでどうするっていうんだ?

 

 レックウザが、その技を受けてエネルギーに変換できるなら、それもまたありだ。

 だがしかし、普通に考えてそれはありえない。

 じゃあレックウザに自然の力を打ったらメガシンカするんですかって話になる。

 

(技もダメ、特性もダメ。でも、自然エネルギーはかなり近い所にある気がする……!)

 

 どうにかこれを、上手いこと使えないものか。

 

(エネルギー、エネルギー)

 

 何か閃きそうな気がする。

 あと少しの刺激で記憶が活発化され、大事なことを思い出せる気がする。

 頭の中をくすぐられているような、気持ち悪さだけが渦巻いている。

 

(うえぇ、気持ち悪い)

 

 いつもなら自然に入れていた、ゾーン状態。

 しばらくサボっていたせいで、その状態に脳が追い付いていない。

 なんか、ずっと前にもこんなことがあった気がする。

 ……そうだ。

 前世の、徹夜でバトルしてた時。

 あの時も、こんな感じで吐き気がして……。

 

(……なんの、バトルをしていたんだっけ)

 

 ピースが、カチリとハマる音がした。

 ああ、そうだ。その手があった。

 どうしてそんなこと、忘れていたんだろう。

 

 私は小道具入れから接着剤を取り出すと、右手の傷口に塗り付けた。

 さすがにそろそろ止血したい。

 ん? 接着剤で止血はヤバい?

 大丈夫大丈夫。

 水で剥がれる安心安全の奴だから。

 

 止血もそこそこに、私はポケギアの電源を入れた。

 私の知ってる連絡先なんて一人だけだ。

 マサキがそのアイテムを持っていなければ、また一から考え直すことになる。

 持っていますようにと祈りながら、私は電話がつながるのを待った。

 

『もしもしチエはん? もう大丈夫なんか?』

 

「んーにゃ、むしろさらに切羽詰まってる。でさ、物は相談なんだけどさ」

 

 ポケギアを握る手に力が入る。

 手汗が馬鹿みたいに噴き出している。

 渇いた唇に舌を当て、少しだけ乾燥を誤魔化す。

 息を飲んで、一言。

 

「――って、持ってない?」



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七話 「チエボール・リビルドC」

 その日の天気は大いに荒れた。

 すべての始まりである終焉の雨と。

 すべてを終わらせる恵みの日照りと。

 二つの気象がぶつかり合い、地形すら歪みかねない大恐慌。

 

 その場に居合わせた誰かが言った。

 

「なんて酷い天災なんだ」

 

 また別の誰かが言った。

 

「天災なんて言葉で、この惨状を表せるものか」

 

 そうだ。

 それを天災と呼ぶには、あまりにも暴力的だった。

 考えてみて欲しい。

 先ほどまで砂漠だった場所が、海に飲まれる程の大雨のことを。

 先ほどまで海溝だった場所が、断崖の地に変わる程の日照りのことを。

 

 そんなまさに『超常現象』を体現した、超古代ポケモン。

 そう、それほどまでの力を持ったポケモンが。

 ルネシティという辺境の地に。

 ()()も現れていた。

 

 一体は日照りの神――ゲンシグラードン。

 それを形容する言葉があるとすれば、大怪獣だろうか。

 鋭い爪、尖った牙。

 体のあちこちには棘のようなものが付いていて。

 全身に迸る紋様にはドロドロのマグマが(うごめ)いていた。

 

 また一体は雷雨の神――ゲンシカイオーガ。

 それを表現する手段があるとすれば、海竜神だろうか。

 獰猛な眼、天をも掴むような大きなヒレ。

 体の隅々に刻まれた紋様には、透き通るような海が流れていた。

 

 彼らが暴れれば、星が一つ滅びる。

 

 それは覆しようのない真実だ。

 

 その現実を前に、一人の男が祈りを捧げた。

 その男は、後にも先にも名を残さぬ、ただの一般人だった。

 膝を折り、手を合わせ。

 天を仰ぐ様子は、まるで神に許しを乞うかのよう。

 終末論が正しければ、終焉を迎える日に人々は、きっと誰もがそうするのだろう。

 

 それの後を追うように。

 一人、また一人と天に祈りを捧げ始める。

 けれどもそこにあるのは覆しようのない絶対で。

 もはやその破滅は不可避であった。

 

 二匹を止める術はない。

 止められる者すらいない。

 誰もが知っていた。

 そんな常識的な真実なんて。

 

 ……そうだね。

 

 だからこそ言わせてもらおう。

 故にこそ、問い掛けよう。

 

 この非現実的な現状において、君たちの持つ常識に、如何ほどの価値があるのかと。

 

「お、おい。見ろよ」

 

 それを言ったのは、誰だったか。

 

「これは一体……」

 

 いや、誰が言ったかなんて関係ないか。

 

「奇跡、奇跡だ」

 

 彼らもまた、名も無き登場人物の一人にすぎないのだから。

 

「もしかして、もしかすると」

 

 それでも、彼らがいたからこそ、この物語は終わらない。

 バッドエンドで終わったりなんかしない。

 彼らが全員生き延びてこそ、ハッピーエンドなのだから。

 

 空に切れ目が走る。

 天を遮る暗雲ではなく。

 偽りの太陽であるエネルギーでもなく。

 人々の心に安らぎを与える、命の光がその地を照らす。

 

 この二匹を止めると言うのなら、そいつは同じく超常的存在でなければならない。

 

 そして、それはこのポケモンをおいて他にない。

 

 裂空の覇者にして天空を司る神。

 その名は、――レックウザ。

 

「間に合った!」

 

 ルネシティの上空から、女性の声がした。

 流星の民の末裔にして最後の継承者。

 この天災を蘇らせた張本人。

 そう、ヒガナであった。

 

 この二匹を引き合わせておいて、今の今まで何をしていたのか。

 なんてことはない。

 ただレックウザを呼び出していただけだ。

 それが彼女の使命。

 彼女が彼女である必要性だった。

 

 彼女が二匹を同時に呼び出したのには理由がある。

 どちらか一体であれば、確実に環境が崩れる。

 だがしかし、近しい場所に正反対のエネルギーを置けば?

 その点を中心として、お互いがお互いのエネルギーを打ち消し合う。

 ホウエンがこの災害に飲まれながら、それでもなお原型を留めていた裏には、そんな理由があった。

 

「さて、後はどこかにいるはずのチエちゃんと合流して……」

 

 空の高い位置から、地上を見下ろす。

 この異常気象だというのに、家を飛び出した町民達が、レックウザを奉っている。

 膝を折り、手を天にかざし、祈りを捧げている。

 

 だがその中に。

 良く見知った幼女の姿はなかった。

 

(……あれ?)

 

 不安と焦りが胸中を占める。

 眼球が右に左に泳ぎ回り。

 ぐるぐると回る世界の中心で、彼女の姿を探す。

 だがやはり、彼女はいなかった。

 

「そんな、まさか……」

 

 いやな予感がよぎる。

 それは想像していた、限りなく悪いパターン。

 その可能性をヒガナは、絶望に打ちひしがれた声で絞り出した。

 

「間に、合わなかったの……?」

 

 渇いた喉を、溜まった唾液が下って行った。

 どうして他人を頼ってしまったんだろう。

 ヒガナの心の内は、そんなものだった。

 

(そうだ、他人なんて不可視なパラメータ。最初から、外すべきだったんだ。想像しておきながら、想定から外した……! だからこんな予想外の事に陥ったんだ!)

 

 彼女の感情を支配していたのは、抑えきれないほどの怒り。

 ただしそれは外部ではなく、己の内に向いていた。

 それは彼女が自己嫌悪するのに、十分なものだった。

 

 ギリギリという、奥歯の擦れる音をBGMに。

 絞り出すように。

 締め付けられた心の内を零すように。

 ヒガナは、弱々しく問いかけた。

 

「ねぇ……、レックウザ? あなたなら、できるよね? メガシンカ」

 

 ヒガナは自らが捕まる、もえぎ色の背中に問いかけた。

 彼女と出会わなければ、考えもしなかった可能性。

 レックウザのもつエネルギーが減衰している。

 その可能性が、あくまで可能性の話でなかったら?

 

「チカラが足りないなんて、そんなの嘘だよね……? さぁ、その真の姿を見せてよ、真の力を見せてよ……。この終焉を、止めて見せてよ……ッ!」

 

 ――そうだ。

 ――あくまで最悪の場合の想定だ。

 ――その筈だ。

 ――きっと真実味を帯びた、虚構なんでしょう?

 ――だから、だからさ。

 

 そんな思いと共に、ヒガナは叫ぶ。

 

「してよ! メガシンカ……、しなさいよッ!!」

 

 しかし何も変わらない。

 変えようがない。

 

 結果を呼び出す原因が存在しないのだ。

 因果律が成り立たないのだ。

 彼女がどれだけ叫んでも、どれだけ嘆いても。

 残酷な真実は変わらない。

 

「……そん、な。こんな、こんなことって……。それなら……、私の、私のやって、きたことは……? 全部、全部無駄だったって言うの……?」

 

 ぽっかりと、穴が開いた気がした。

 吹き荒れる風が、突き抜けていくようだ。

 そう、ヒガナは感じた。

 

 言い知れぬ虚無感に苛まれ。

 ヒガナは嗚咽を零した。

 とうの昔に、限界点なんて通り過ぎていた。

 表面張力で耐えていた感情という器から。

 堰を切ったように、様々な思いが溢れかえった。

 

 悲しかった、苦しかった。

 こんな時、どうしていたんだっけ……。

 ヒガナは振り返る。

 自らの過去に立ち返る。

 

 ……小さいころから、空を見上げるようにしていた。

 不安がいっぱいで押しつぶされそうなときも。

 悲しくて寂しくて心が折れそうなときも。

 絶対、涙を流さないように。

 

 だけど、だけれども。

 いざ空に立ってみれば。

 見下ろす事しかできなくなってしまっては。

 もはやその涙を、留める術はない。

 

「ねぇ、教えてよ。たった、たった一つの願いすら、私は星に届けられないの? 私の賭した一生は、全て無駄だったっていうの……ッ」

 

 ヒガナの瞳に溜まった雫は。

 レックウザを掴むその両の手に。

 ぽつり、ぽつりと、零れ落ちて行った。

 顔は涙でぐしゃぐしゃに歪み、悲痛の色を浮かべている。

 

 晴れ渡るこの地が、闇に飲まれてしまったかのような。

 

 そんな絶望を覚えた。

 

 そんな暗闇の中で。

 

 一人の幼女の声がした。

 

「力、貸そっか?」

 

 ハッとしてヒガナは空を見た。

 ギラギラと輝く太陽に。

 小さな黒い影が浮かんでいた。

 

 炎を通さないという羽根が宙に舞い。

 日に照らされて煌めいている。

 

 ――あぁ、もう。まったく。

 

 旧友と再会したときのように。

 嬉しさと、困惑を兼ね備えるように。

 ヒガナは笑みを零した。

 

(遅いんだよ)

 

 そこにいたのは、ヒガナがただ一人頼った友人。

 ボール職人のチエだった。

 

(間に合った……間に合ってる?)

 

 空から見下ろすルネシティには、古代ポケモン達が集結していた。

 そんなB級映画みたいな……。

 

(もっともB級映画みたいなのは状況だけで、光景はどんな映画よりも幻想的だけれど)

 

 この情景を目に焼き付けようと、私は誓った。

 いつかこの経験が、大きな財産になる。

 そんな予感がした。

 

 アローに指示を出し、少しずつ降下しヒガナのもとに寄る。

 やってくれたねと言った様子で、ヒガナはふてくされていた。

 いやごめんって。

 私だって決戦がこんなに早いとは思ってなかったんだよ。

 

 だけどヒガナは文句を言わなかった。

 その代わりに出てきたのは、信頼と、僅かばかりの皮肉だった。

 

「や、待ってたよ。てっきり待たせてると思ったけどね」

 

「やぁ、焦ったよ。何が今週中なのさ、早すぎるんだよ」

 

「それもそっか。で、ここに居るってことは、出来たってことでいいんだよね?」

 

 ヒガナが流し目で薄っすら笑う。

 笑うほどの余裕も、既にないだろうに。

 その横顔に、私は気付いたことがあった。

 

(涙跡……)

 

 ヒガナの目尻に、雫の伝った跡があった。

 私がじっと見ていることに気付いたのか、顔を隠してしまった。

 両手で顔をこすり、涙跡を消してまた私と向き合う。

 

「目、赤いままだよ」

 

「……うっさい」

 

 泣いてなんかない。

 そんな様子の彼女がおかしくて。

 私はつい、意地悪な返しをしてしまった。

 今度は顔をそむけたまま、向き合ってくれなくなってしまった。

 

「さて、こんなことやってる場合じゃないでしょ? 私も、ヒガナさんも」

 

 そう言って私は、ヒガナにボールを渡した。

 今回のために用意した、オリジナルボールだ。

 

「……これは?」

 

「新作です。このためだけに用意した、自信作――」

 

 後にも先にも、使うことはないであろう。

 汎用性なんて、どこか遠くに捨ててきた。

 従来のボールに喧嘩を売る。

 冒涜の一手。

 

「――チエボール・リビルドC!」




原作主人公「待ってろよ、レックウザ!」
(レックウザのいない空の柱にて)


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八話 「彼女はともだち!」

・はじめに
 前話の前書き、申し訳ございませんでした。正直な話、昨日の段階では、書いてるの俺なんだからいつやめても自由じゃんって思っていました。すみませんでした。書いているのが私でも、作っているのは私一人じゃないと痛感しました。こんな情けない私ですが、もしまだこの作品とお付き合い頂けたなら、非常に嬉しく思います。
 申し訳ございませんでした。今後ともよろしくお願いします。


 一体彼女はどうするつもりなんだろう。

 ヒガナはそう考えていた。

 

『合図があったらそのボールをレックウザに使ってください』

 

 ボールを渡すとき、彼女は言っていた。

 だが、その合図が何なのか。

 それを聞く前に彼女は行ってしまった。

 グラードンとカイオーガの相対する、その中心地に。

 

 心配していないと言えば嘘になる。

 だがしかし、もしも彼女が失敗したならば、もはや世界に未来はない。

 ならば信じ、託すしかあるまい。

 

 彼女は下で、二匹の古代ポケモンを相手に立ち回っている。

 ひたすら逃げに徹した戦法。

 ヘイトを稼ぎつつも、町の人に被害を出さない。

 一体彼女には何が見えているのか。

 ヒガナは不安でたまらなかった。

 

(あれ……、これってもしかして)

 

 ヒガナは気付いた。

 チエが何をしようとしているかに。

 それはヒガナが、遥か高みから、盤面を俯瞰していたから。

 彼女が空とともにあったから。

 

 チエは少し、また少しと、グラードンとカイオーガを引き寄せる。

 もはやお互い、体がぶつかり始めている。

 それでも争い合わないのは、チエのヘイト管理が上手いからだろう。

 そうして十分以上に引き寄せて、チエは高度を上げた。

 

 陸、海、空。

 三つの空間の狭間で。

 彼女は一人踊る。

 

 その様子を見て。

 確信を得たヒガナは驚いた。

 

「捕獲するつもりなの!?」

 

 そんな手札を切れるはずがない。

 そう思っていた。

 

 けれども彼女は戸惑いも見せず。

 その腕を振り払い、ボールを二つ投げた。

 そしてそれらは的確に、二匹の超古代ポケモンを捉える。

 

 ボールが口を開く。

 そこから、極大の光が弾け飛ぶ。

 目もくらむような輝き。

 

(これが、合図!!)

 

 その事に気付いたヒガナはレックウザにボールを使った。

 こちらからも同様、眩い光が弾け散る。

 目と鼻の先にある光源だ。

 今度こそ、目を開いていられなくなった。

 

 思わず顔を背け、両腕で目を守り。

 光が収まるのを、ひたすら待った。

 瞼を貫くほどの光量が、今もなお生み出されている。

 

 そうしてどれだけ、顔を隠していただろうか。

 いくら何でも長すぎる。

 ヒガナはそう思い、手をのけ、世界を見た。

 

 光量を抑えるために絞られた虹彩。

 その小さな黒目には、信じられない光景が映し出されていた。

 

「これは……!?」

 

(あぁあぁぁぁ! 上手くいってくださいぃぃぃ!!)

 

 両手にチエボール・リビルドCを携えつつも、内心ではそう祈っていた。

 組み上げたら、それが正常に動作することを願う。

 誰だってそうだし、私だってそうだ。

 ついでに言えば、金銀かなんかの攻略本で、開発スタッフもそうやって言ってた。

 

 さて、大見得切って出てきたはいいが、上手くいく確証なんてどこにもなかった。

 ぶっつけ本番ってやつだ。

 ん? 今までもそうだったか。

 じゃあ焦る必要ないじゃん。

 ふぅ、焦って損した。

 

(よし、やるか)

 

 グラードンとカイオーガの頭上を取り、両腕をクロスした。

 右手と左手、ひとつづつボールを握り。

 アローの浮揚による揺れすら計算に含み、腕を振り払う。

 二つのボールが放られて、二匹の超古代ポケモンを捕捉した。

 次の瞬間、目を開いてられないほどの光が溢れ出す。

 

 え? ナニコレ。

 こんなに強く光るものなの?

 

(とりあえず、ヒガナに合図を出さないと!)

 

 そう思い、さらに上空に視線を送った。

 そこにはレックウザにボールを当てるヒガナの姿があった。

 え、合図出す前に行動してるじゃん。

 まあ、タイミング的にはドンピシャなんだけどさ。

 これが以心伝心ってやつか。

 

 次の瞬間には、レックウザからも光が弾け出した。

 上からと下からと。

 両方から光に照らされて。

 私は包み込まれていく。

 

 暖かいエネルギーが、光源から光源に移り行くのが分かった。

 

(うん、思ったより上手くいきそうだね)

 

 初めての挑戦にしては上手くいった。

 あのスランプ状態からにしては上出来だ。

 

(やっぱり、常に向上心を持ってないとだめだね)

 

 かつての奇跡が必然になったとしても。

 ――ガンテツボールを極めても。

 それまでの不可能に可能性が出て来るだけで。

 ――ボールの未来は続いて行く。

 

 どこまで行っても終わりはない。

 だから私たちは歩み続ける。

 故に一生勉強なのだ。

 

「マサキに新品、返さないとなぁ……」

 

 ポケットから取り出したのは、今回のボールを作るうえで分解した機械のパーツ。

 使わなかった、余り物だ。

 

 私がこのボールに組み込んだのは、ゲームの世界になかったもの。

 ゲームの世界にはあらず、しかしポケモンの世界に存在するオーパーツ。

 

 

 

「『()()()()()()()()()』、こういうのも存在してるんだね」

 

 

 

 気付きのきっかけは青空ピッピ・プリン師匠だった。

 そう、ジョウト地方出身という、ポケモン世界のお笑い芸人だ。

 

 彼らの存在は、ポケットモンスターSPECIALで確認できる。

 だがしかし、他の媒体では?

 少なくとも、ゲームで彼らを見たことなんてない。

 おそらく、ポケスペ限定のレアキャラなんだろう。

 

 だがマサキに通じた。

 

 あの時マサキは、『青空ピッピ・プリンの話どこ行った』と言った。

 『青空ピッピ・プリンってなんやったんや』では無くだ。

 マサキは確かに、知っていた。

 単語が表す人物を知っていたのだ。

 

 分かり辛ければ、ポプテピピックに置き換えてみればいい。

 ポプテピを知らなければ『ポプテピピックってなんやねん』ってなるでしょ?

 知っていれば『ポプテピの話どこ行った』ってなるでしょ?

 つまりそういうことだ。

 この世界に、二人は存在している。

 

 断っておくと、彼らの存在自体はさほど重要ではない。

 大切なのは、ポケモンの世界が複数ある事。

 そしてそのあり方は、媒体によって様々であるという事だ。

 それこそが真理に至る道。

 

 分かりやすく言えば、トレーナーの年齢制限などが挙げられるだろうか。

 ノベライズ版のポケモン、『ポケットモンスターThe Animation』では十歳未満はボールを持ってはいけないという法律があるらしい。しかしゲームでは、普通に園児やら双子ちゃんという明らかな子供もボールを持っている。

 要するに、ポケモンという世界は、媒体によって設定が異なるのだ。

 共通する設定もあれば、特有の設定もある。

 

 さて、ポケスペ時空の人物が存在していることが分かったわけだが、この世界はポケスペとは違う。

 ポケスペのヘビーボールはリングマに有効らしいからね。

 仕様が決定的に異なっている。

 

 ポケスペ時空ではないが、ポケスペ時空の人物は存在している。

 だというのならば。

 あの媒体の道具が紛れている可能性も、十分あったわけだ。

 

「ポケモンカード……、そんなのもあったね」

 

 そう。

 今回のボールの元ネタはポケモンカード。

 故にチエボール・リビルドC。

 rebuild(再構築)C(カード)だ。

 

 『エネルギーつけかえ』の効果は単純明快。

 その名の通り、ポケモンに付いているエネルギーを一つ、別のポケモンに付け替えるものだ。

 

 ここで注目すべきは『付いている』エネルギーという点だ。

 つまり生きていく上で必要な分とは別の、余剰分だけを移動できる。

 今回で言えば、ゲンシカイキに要した自然エネルギー。

 これをレックウザに()()()()()

 

 『エネルギーつけかえ』の処理を正確に書けばこうだ。

 

 【一】、移動元のポケモンにエネルギーが余っているか判定。

 【二】、余っている場合、付け替え先のポケモンを指定。

 【三】、エネルギーを移動する。

 

 どれも装置に内蔵されているシステムだ。

 科学の力ってすげー。

 

 興味深い点は、対象を二匹選ぶ必要があるということか。

 エネルギーの移動元、移動先の二体だ。

 私はコレを、受信側と送信側に分け、ボールを二種類用意した。

 すなわち、ヒガナに渡した受信側と、私が放った送信側だ。

 

 そう、今回のボールは二種類で一セット。

 加えて、()()()()()()()

 故に初めての挑戦。

 故に始まりの試練。

 

 本来ならば、一度ですべてのエネルギーを移す事なんて不可能だ。

 一口に自然と言ってもその在り方は様々で、またその量も膨大。

 たった一回で移し終えるはずがない。

 なら移し終えるまで繰り返せばいい、そうでしょ?

 その仕組みを説明しよう。

 

 そうだなぁ……、うん。

 通信という観点から捉えてみると分かりやすいかもしれない。

 【二】で二種類のボール間に通信路を確保。

 そして【三】で受信側に送る。

 そう、ボール間の送受信は可能なのだ。

 

 逆説的に、受信側から送信側に送ることも可能である。

 送信されたエネルギーを検知し次第、受信側のボールは送信元に前述の処理を再要請する。

 するとどうなるか。

 

 エネルギーを送り、余りはないかを問い合わせ、余っていたら再び送り、再度余剰分の確認をする……そんな無限ループの完成だ。

 それこそがこのボールの本質。

 それこそがこのボールの神髄。

 

 元は机上の空論。

 だが実現してしまえば既存の理論だ。

 

(実際問題、商用利用したら利権関係で厄介なことになりそうだけどね)

 

 そもそもがグラカイ専用に作ったボールだ。

 後にも先にも使うことはない。

 だからこそ使えた。

 

(そうなると、リビルドCは全般的に非売品かぁ)

 

 面白そうな装置は色々あるのに残念だ。

 いっそ開発元と提携結ぶか?

 いやでも私のノウハウは渡したくない。

 うん、これからも個人的に利用させてもらおう。

 

「さて、そろそろ吸い終わる頃かな?」

 

 見れば先ほどまでのまばゆい光はどこへやら。

 淡く薄い光が古代ポケモンを包んでいる。

 そこにある影はゲンシカイキしたものではなく、ただのグラードンとカイオーガだった。

 

 一方でレックウザのエネルギーはとんでもないことになっている。

 上ではヒガナが『――オーラっ! すごいっ!』ってはしゃいでいる。

 ヒガナが楽しそうで何よりです。

 

「おっと、その二つは預かっておくよ」

 

 アローが滑空し、グラードンとカイオーガのすぐそばを通る。

 その際に私は手を伸ばし、それらを手中に収めた。

 すなわち、紅色の珠と藍色の珠だ。

 

 やることは単純だ。

 もう一度眠りにつけと、珠を以て命令するだけ。

 それだけで二匹は眠りにつき、すべてが元通りになる。

 

 問題は、珠を使用する必要があるという事だ。

 

(ポケスペみたいに肉体が滅んだらどうしよう……)

 

 ほら、三銃士の……なんて言ったっけ、名前――。

 確か――サキ。

 あいつも珠なんて取り込むべきではないって言ってたし。

 ん? 取り込まなければいいのか。

 強く精神を持てば珠に支配されることはないとも言ってたし……。

 

(……やるか)

 

 右手に紅色の珠を。

 左手に藍色の珠を。

 

 雑念はいらない。

 世界から色が抜け落ちて。

 時間の流れが緩慢になっていく。

 波一つない精神状態で、指示を出す。

 

(紅色の珠、藍色の珠を以て命ず。今一度眠りにつけ)

 

 抑揚も何もない、平坦な指示。

 だがしかし、自然エネルギーを吸い取られ、暴れるだけの力を無くした彼らは、大人しくその命令に従った。

 他方私の額には、大粒の汗が浮き出ていた。

 

「ハァ、ハァッ……! きっつ、たった一回でこの反動って、マジか……!」

 

 これアオギリやマツブサはどうするつもりだったんだ?

 いや、違ったか。

 二つの珠が近くにあるっていうだけで反発するんだったか。

 二体同時に指示したからこその、この反動?

 

(分かんないけど、これまだ終わってないんだよなぁ……)

 

 二つの宝玉をパソコンにしまい、アローに身を委ねて天を仰いだ。

 膨大なエネルギーを持ったレックウザがそこにはいた。

 そう、まだ始まっていないのだ。

 

「お膳立てはしたよ、ヒガナさん。……あとは、あなた次第です」

 

 遠い、遠いところで、黒髪の彼女が。

 おかっぱで褐色の彼女が。

 優しく微笑んだ。

 そんな気がした。

 

(あ、やば。意識が飛ぶ……)

 

 久しぶりのゾーンに加え、超古代ポケモンに指示まで出したんだ。

 精神的な疲労は、平時のそれとは比べ物にならない。

 ああ、でもいいや。

 ヒガナなら、きっと上手くやるだろう。

 

(何者でもない? そりゃそうだよ。……まだ何も、成し遂げてないんだから)

 

 だからこれから、継承者にでも英雄にでもなってくればいい。

 誇れ、何も持って生まれぬ故に、何者にでもなれることを。

 ヒガナなら、きっとできるから。

 

「あとは……まかせ、た」

 

「っくしゅ」

 

 あ、寝落ちしてた。

 うえ、気持ち悪っ。

 自分のくしゃみが顔にかかったんですけど。

 

(んー、星空が見えるな)

 

 はて、お外でお昼寝なんて趣味、私にはなかったはずだが。

 何があったんだっけ?

 

 そんなことを考えながら、上体を起こした。

 海面を囲う岩肌に作られた白い街。

 民家の明かりだろうか。

 ぽつぽつと光が零れている。

 

 また海面を見れば、星空が映されている。

 まるで星々に囲まれているようで。

 どこまでも幻想的な景色が一面に広がっていた。

 

「ああ、そっか。グラカイレックの邂逅(かいこう)に立ち会ったんだった。……ん?」

 

 ポケットに違和感を感じ、手を突っ込んだ。

 薄く四角い、ざらりとした繊維の触感が伝わってくる。

 取り出してみればハーバーメール。

 裏返して見れば差出人はヒガナとなっている。

 

『やっと全てを終わらせることが出来たよ。チエちゃんがいてくれてよかった。流星の民の末裔として、継承者として、役割を終えた私は何者なんだろうね? ……なんてね。これでようやく、私はヒガナという存在になれたんだと思う。本当に、感謝するよ。

 今度は、一度終わった物語を、もう一度始められるか試してみようと思うよ。またどこかで会えるといいね。それじゃね。

 ヒガナより』

 

 読み終えて、私は微笑んだ。

 そうだね。私は私で、ヒガナはヒガナだ。

 それ以外の何者でもないけれど、たった一つの存在だ。

 天上天下唯我独尊。

 みんな違ってみんないいんだ。

 

「あれ、もう一枚あるじゃん」

 

 取り出した紙をしまおうとして、もう一枚便箋があることに気付いた。

 さては気付かないなら気付かないでいいやとか思っていたな?

 その甘さが命取りだ。

 職人の用心深さをなめんな。

 

『追伸。

 天気研究所近くの滝の上、茂みの中に私の秘密基地があります。そこに『りゅうのきば』を加工した首飾りを置いてきました。流星の民が、親しい相手に送る物です。もしチエちゃんも私の事を友達だと思ってくれるなら、受け取ってくれると幸いです』

 

 読み終えて、手紙をしまった。

 パソコンではなく、内ポケットの中にだ。

 なんとなく、データ化することが嫌だった。

 

 友達だと思ってくれているかだって?

 そんなの、当たり前だよ。

 

「私達は、共に戦い抜いた戦友で、こことは違う世界を知っている親友で、世界を危機にさらした悪友だよ。そうでしょ?」

 

 虚空に向かって、一人呟いた。

 

 (そら)には星が瞬いていた。

 いつかのように、彼女と出会う前のように。

 (から)っぽの心で仰ぎ見れば、一筋の流星が尾を引いて。

 そんな情景を表す言葉も、虚空(こくう)に忘れてきて。

 心に巣食う(むな)しさだけが、ますます募る。 

 

 ……小さいころから、空を見上げるようにしてる。

 不安がいっぱいで押しつぶされそうなときも。

 悲しくて寂しくて心が折れそうなときも。

 絶対、涙を流さないように。

 

 チエちゃんは、どうなんだろう。

 そういう事って、あるんだろうか。

 ふと、そんなことを思った。

 

 次いで感じたのは、どうしようもない不安。

 龍の牙は受け取ってもらえただろうか。

 それとも、友達だと思っていたのは私だけだろうか。

 

 正直言えば、答えを知ってしまうのは怖い。

 そこに龍の牙が残っていたとき、私は立ち直れるだろうか。

 そんな恐怖が、私の足を竦ませる。

 

 だけど、答えを知っておきたい。

 絶望が顔を覗かせても、希望があるなら縋らずにはいられない。

 そんな二律背反。そんな葛藤。

 

 三日ぶりの秘密基地。

 心臓が早鐘を打つ。

 脈が鼓膜を裏から叩き。

 飲み下したそばから唾液が溜まる。

 

 茂みを分け入り、基地に入った。

 そこで私は、在ってはならないものを目にした。

 

「なん、で……」

 

 目から雫が零れ落ちる。

 ああ、折角、堪えていたのに。

 これじゃまるで無意味じゃん。

 ねえ、どうして? どうしてここに居るの?

 

「やぁ、龍の牙かと思った? 残念、チエちゃんでした!」

 

 喉から音が、零れそうだった。

 それが恥ずかしくて、口に手をあて制圧する。

 出て来るなと、押さえつける。

 

「まったく、ヒガナも酷いよね。一方的にさよなら突き付けるなんてさ」

 

「それ、は……、ごめん」

 

「よし、許す。それよりもさ、友達とあったら、やることがあるでしょ!」

 

「やる、こと……?」

 

 そんなこと言ったって、私、今まで友達なんていなかったし。

 そんな作法的なこと言われても……。

 

「はぁ、これだからヒガナは。……想像力が足りないよっ」

 

「なぁっ!」

 

 言ったなこんにゃろう!

 絶対に答えてみせる。

 えーと、友達と出会ったらやることでしょ?

 ……何だろう。

 

「ん」

 

 短くチエちゃんが、声を発した。

 見ればレコードを突き出している。

 

「友達とあったら、レコードを混ぜるんだよ。そうして次に会ったとき、またレコードを見せっこして、どんな旅をしてきた、どんな出会いがあった。そんな話をするんだよ」

 

 だから、と。

 再度チエちゃんがレコードを差し出した。

 

「……早くしてよ、私も、初めてなんだから。と、友達と、レコード混ぜるの。焦らされると、恥ずかしい」

 

 そう言った彼女の顔は、湯気でも出そうなほどに赤くなっていた。

 きっと、私もそうなんだろう。

 ああ、くそ。

 折角優位取るチャンスだったっていうのに。

 これじゃ笑えないじゃん。

 

「ん、レコード交換、しよっか」

 

「……ん」

 

 それが私の、初めての友達。

 普通の子とは、ちょっと違う。

 それでも、かけがえのない。

 

(自慢の、友達だよ)

 

 彼岸花の花言葉。

 『悲しい思い出』、『思うはあなた一人』、『独立』。

 全部嫌いで、全部大切だった。

 

 シガナの事は、絶対に忘れない。

 すべてを終えた今でも、心に刻みつけたままだ。

 

 そんな嫌いで大切なものだらけの花言葉に。

 私を表す象徴に。

 一つ、大好きでかけがえのないものが増えました。

 

「『また会う日を楽しみに』してるよ」




【問】数学でいい感じのことを述べろ。

【解答】
(証明)
『ヒガナ』=『ともだち』  ――(1)
『ボール』=『ともだち』  ――(2)

(1),(2)から『ともだち』を消去して以下の式を得る。
『ヒガナ』=『ボール』

しかし、ヒガナは有機物、ボールは無機物であり、この二つが等号で結ばれることはない。
矛盾が生じたのは『ともだち』を消去したからである。
故に『ともだち』は消去してはいけないことが示された。
したがって数学はロマンチックである。(証明終)


ホウエン地方で友達といえばレコードですよね。
友達と混ぜて、流行語をルビーサファイアから変えて、兄に怒られて(ヒンバスの位置的な問題で)。
ヒンバスのチェック、全マスでやった覚えがあります。


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九話 「摩天楼」

ヒガナ≠ボールの証明突っ込まれまして、三時間くらい真面目に自然演繹で証明しようと思ったんですけど無理でした(というか履修したのが一年前でもう覚えてなかった)。『友達である』の否定を導けたら最後まで導出できるのですが、背理法使っても導けない不思議。何故だ。

やっぱりヒガナはボールかもしれないです。


 ヒガナとお別れの時が来た。

 早い段階で勘を取り戻せたのは、彼女のおかげである。

 感謝の意もそれなりに抱くというものだ。

 手を差し伸べたら、タッチされた。

 むー、握手じゃないのか。

 

「またね、チエちゃん」

 

「うん、またね」

 

 そう言ってヒガナはチルタリスを繰り出した。

 その柔らかそうな体毛を掴みながら、飛び去って行く。

 あれ? 何か大事なことを忘れているような……。

 

 そう考えている間にも、ヒガナはどんどん小さくなっていく。

 チルタリスの、綿のような羽根が雲に紛れ、やがて姿が見えなくなっていく。

 綿の、ような……羽毛?

 

「……やらかしたぁぁぁ!!」

 

 ヤバい!

 折角ホウエンに来たのにチルットもモンメンも捕まえてない!

 一体私は何の為にここまで来たんだァ!

 隕石壊しに来ただけとかシャレにならんぞ!

 

(しかもグラードンとカイオーガの自然エネルギー、全部レックウザに注いじゃったし!)

 

 ホウエン地方にモンメンが出現するためには、この二体が持つ自然エネルギーの発散が必要条件であった。

 だというのに私は、あろうことか収束させてしまった。

 たった一匹、レックウザの為に。

 

(ああ! 一生の不覚!)

 

 すっかり頭から抜け落ちてたじゃん!

 いやでもあれ以外の方法はなかったし……。

 必要経費と割り切って……。

 

「ぐへぇ」

 

 ダメだ、ショックが大きすぎる。

 エルフーンと戯れられない……。

 そんな、私は一体、この先どうやって生きて行けば。

 

「……そうだ、流星の滝行こう」

 

 もうヒガナのボーマンダもいないことだし、チルットが復活している可能性もある。

 いやもう、これでダメだったらどうしよう。

 もう一回スランプになる気がする……。

 

 いやいや、弱気になるな。

 信じる者は救われる!

 救われる……はずだ!

 

 陥没した大地。

 降り注いだ隕石痕だろうそれらは、小さなものから大きなものまで様々だった。

 それらすべてに共通していることと言えば、どこか近寄りがたい神聖さが漂っていることだろう。

 そんな流星の滝前にある道路には。

 やはりというかなんというか。

 スバメ一匹いやしなかった。

 

「ジーザス! 神は死に(たま)われたか!」

 

 いや、私別にキリスト教じゃないけどさ。

 そもそもユダヤ人じゃないから救済対象から外れてるし。

 はぁ、他の地方で捕まえるか……。

 萎えぽよ。

 

「旅人よ、この地に何用か……ム? 貴殿はヒガナと共にいた……」

 

「……あー! フライゴンの人!」

 

 私の前には、前に戦ったフライゴン使いがいた。

 ヒガナと初めて会ったときに戦ったあの人だ。

 

「どうしてここに……って思いましたけど流星の民ですか。ヒガナとも知り合いみたいですし」

 

「そうだ。ヒガナの行いを頭ごなしに否定した、愚かなる末裔の一人だ」

 

 男がそう、ぽつぽつと語り出した。

 歯切れの悪い様子で。

 言いづらそうに。

 

「ヒガナは、成し遂げたのだなぁ」

 

 そう言って男は、視線を私から外した。

 遠い、遠い所を見ていた。

 

「大嵐が吹き荒れて、熱波が押し寄せた時、私は後悔したよ。どうしてあの時、無理にでもヒガナを、止めなかったのかと」

 

 選ぶように。

 慎重に、鈍重に。

 言葉を紡いでいく。

 

「だが少しして、空の柱に光が落ちた。私は確信したよ。ヒガナが、龍神様を、降臨させたことを」

 

 結局、ヒガナこそが正統なる伝承者だったのだと思い知ったよ。

 そう、男は語り出した。

 

「正直言って、実力は私の方が上だった。私の方が、相応しいと思っていた。ヒガナが選ばれたときに、どうしてあいつがと思った」

 

 気持ちを吐露するように。

 言葉に力がこもる。

 落ち着いた声ではあるが、感情が乗っている。

 

「だが、間違いだった。私は伝承者の器ではなかった。ヒガナこそがその人だった」

 

 一転、木枯らしのような声で朗々と続ける。

 哀愁と諦念。

 その二つが、言葉の節々から感じられた。

 

「長く語ってすまなかった。どうにも年を取るとな、独り言を聞いてほしくなるものだ」

 

「いえ。それより、気持ちに整理はつきましたか?」

 

「そうだな。随分とすっきりした気がするよ。視界が澄み渡るようだ」

 

 私はそれに、この空模様と同じですねと返した。

 男は違いないと返した。

 

「さて、長話に付き合わせてすまなかったな。して少女よ、この辺境の地に何用か。ヒガナはおらぬぞ?」

 

「用ですか……。本当はチルットを捕まえたかったんですけどね、いないようなので帰ります」

 

「チルット? チルットを捕獲したいのか?」

 

「え? は……いいえ。嘘です失礼しました」

 

 私はその場を立ち去ることにした。

 理由? 簡単だよ。

 男の顔が笑っていたからだよ。

 これは好都合みたいな顔してやがった。

 絶対厄介ごとに違いない。

 

「はー、折角チルタリスを捕まえるチャンスだったのになぁ! いやー、忙しいなら仕方ないなぁ!」

 

「よし、話を聞こう!」

 

 ハッ!

 今、私は何を。

 甘言に惑わされるな。

 これは悪魔の誘惑だ。

 

「うむ。ヒガナが空の柱から龍神様を連れだしただろう? その結果、空の王者代理を名乗る輩が現れてな」

 

「あの、なんか嫌な予感が」

 

「そうだ。貴殿には空の柱へ赴き、そのチルタリスを連れだしてほしい」

 

 ほらぁ!

 絶対めんどくさいことになるって思ったもん!

 知ってた、知ってたもん!

 だというのに、ああ。

 もふもふという誘惑が、私を突き動かす!

 

「ぐ、うぬぬ、が。いやいや、私関係ないじゃないですか。誰が好き好んでそんな危険な場所へ……」

 

「うん? 私は確かに問うたはずだが? 『貴殿はヒガナを味方するということで相違ないか』とな」

 

「くっ」

 

「貴殿は何と答えたかなぁ? ヒガナがしでかしたことだ。無関係とは言えんよなぁ?」

 

 こいつ性格悪い!

 嫌い、嫌い!

 正論突き付ける奴、最低だと思います!

 ……正論、なんだよなぁ。

 

 はぁ、こういう時はポジティブに考えよう。

 デメリットばかりに目を向けず、メリットを探す。

 それもまた大事なことだ。

 

「空の柱には、流星の民以外立ち入れないのでは?」

 

「龍神様のいない今、もはや封印の意味はない。もうずっと解かれたままだ」

 

「へぇ……」

 

 空の柱なら貴重なアイテムがあるかもしれない。

 うん、行く理由が一つできたぞ。

 いやでもなぁ、動機としては弱いよなぁ。

 どうせシンオウ地方で採掘するし……。

 

 うんうん唸る私を見かねて、男が口を開いた。

 

「ではこうしよう。貴殿がこれを引き受けてくれるというなら、このチルタリスナイトとキーストーンを与えよう。それでどうだ?」

 

「行ってきまーす!」

 

 誘惑には勝てなかったよ。

 

 Skyscraper(スカイスクレイパー)という言葉がある。

 直訳すると、空を擦るもの。

 つまり摩天楼(まてんろう)の事だ。

 いやほんと、この訳語を考えた人は天才だと思う。

 なんだ摩天楼って、かっこよすぎるでしょ。

 

 話が逸れたね。

 つまり摩天楼というのは、天を摩擦する楼閣、とてつもなく高い建物の事を意味する。

 この空の柱だってそうだ。

 

「ひゃー。これ一体何階建てよ」

 

 空を仰いだ。

 どこまでも続く城壁が、消失点*1へと延びている。

 空気の層に阻まれて、実際に頂上が消失しているのがまた面白い。

 

「そして地面は砂地と。砂上の楼閣とは一体」

 

 これもまた、ポケモンの恩恵によるものなのだろうか。

 一体どうやってこんな不安定な足場にこれほど巨大な建造物を。

 実はこれ海底の方まで伸びてるんじゃない?

 はは、そんなわけないよね。

 

 もともとチルットは捕まえる予定もあったし、ボールの準備も万全。

 あとは野生ポケモンとの戦闘をいかに回避するかだ。

 アローの力量なんて、空の柱に住まうポケモンからしたら無いも同然だろう。

 戦闘は極力避けたい。

 

「うーん、出てくる野生ポケモン全部捕まえながら行くっていうプランAは無理かな」

 

 ポケスペの空の柱が、確か五十層だったはずだ。

 この空の柱はその何倍もありそうだが、ここでは五十層と仮定しよう。

 一層辺り五匹ポケモンがいるとしても、二百五十個のボールが必要になる。

 そんなにたくさんボールを持ってないし、仮に持っていても逃がすのが面倒だ。

 あと修繕がめんどくさい。

 

「しょうがない、プランBしかないね。行くよ、アロー」

 

 空の柱に現れるポケモンで、一番早いポケモンはゴルバットだ。

 そしてファイアローは、ゴルバットよりも余裕で早い。

 ならもう、取る手段は決まっているよね?

 

「GO! アロー!」

 

 三十六計逃げるに如かずだ。

 駆け抜けろ、極限の一瞬を。

 

 アローの背中に乗って、振り落とされないようにしがみ付く。

 アローが羽ばたくたび、ぐんぐんと加速していく。

 慣性が体にかかり、後ろに引っ張られる。

 が、それも最初の加速時だけだ。

 

 アローが最高速度に近づくにつれ、加速的な運動から等速運動に変わる。

 物体にかかる力は、質量と加速度で決まる。

 つまり、等速運動をしている物体には力が加わっていないということだ*2

 やがて最高速になり、景色が次々と後ろに流れゆく。

 

「……アロー、あなたこんなに早く飛べたのね」

 

 いつも歩いているから、てっきり飛ぶのが苦手なのかと思ったよ。

 やるときはやる子なんだね。

 私と一緒じゃん。

 

 去り行く景色に別れを告げて。

 私達はひたすら天を目指す。

 そうして、どれほど経っただろうか。

 不意に階段から、光が差した。

 

「出口だ!」

 

 私達は、ようやく空の柱の頂に辿り着いた。

 風は強く吹き荒れて。

 肌を刺す冷気は凍てつくようだった。

 当然か、それだけ標高の高い場所なんだ。

 

 アローに指示を出し、頂上に降ろしてもらう。

 うぅ、寒い。

 早く終わらせて帰ろう。

 

「さてと、チルタリスちゃんはどこかなー」

 

 大まかな縄張りすら聞いていないが、王者代行を名乗るのならばそれなりの高度にいるはず。

 頂上から順に探していけば、どこかですれ違うでしょ。

 そう思い、歩き始めた時だった。

 

「~♪」

 

 澄み渡るような、ハミングが聞こえた。

 聞いたものを、無条件に惹きつける。

 美しい音色だった。

 

 音の鳴る方へ、足を向ける。

 物陰から、その姿を見る。

 

 白い雲のような、ふんわりとした羽。

 青空のように、清く澄んだ体。

 そして何より、醸し出している王者の風格。

 

「ああ、ようやく出会えた」

 

 ハミングポケモン、チルタリス。

 その日私は、それに魅入られた。

*1
遠近法のかかった平行線が集中する点のこと。水平線の点バージョンと思って貰えれば。

*2
正確には空気抵抗や摩擦と、推進力が釣り合っている状態。




ボール厳選に飽き足らず生息地厳選まで手を出した模様。


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終話 「空はどこまでも」

ホウエン編ラスト


 チルタリス、ハミングポケモン。

 図鑑No.334。

 コガネエレブーズだ。

 

 ちなみにこれに111を足すと445になるわけだが、111はシンオウ地方のガブリアスの図鑑番号、445は全国図鑑のガブリアスの番号だ。

 ここテストに出ますからね。

 しっかり覚えておくように。

 

「さて、予習復習を終えたら、次は実習だね。行くよ、アロー!」

 

 小声でアローと打ち合わせする。

 作戦はこうだ。

 

 アローに正面から突っ込ませる。

 私裏を取る。

 予測不可能回避不可能なボールを投げつける。

 つよい。

 

 というわけで任せたからね、アロー。

 武運を祈るよ。

 

 物陰に隠れて、こそこそと裏取りしていく。

 オーケー、やれ、アロー!

 骨は拾ってやる!

 

「ぴょえぇぇぇ!」

 

 チルタリスが、アローの存在に気付いた。

 注意が逸れたこの隙に、死角をついて走り出す。

 よし、完全に後ろを取った。

 ここから無音で投げられたら避けようもあるまい。

 いくじぇい!

 

 サイドスローで放り投げる。

 貧弱な幼女の肩だ。

 オーバースローやスリークォーターよりよっぽど飛距離が伸びる。

 

 ジャストなタイミングで、アローが鬼火を放つ。

 お前本当によくできた相棒だな。

 あとで砂肝あげるよ。

 

 確実に当たる。

 当たりさえすれば、捕まえられる。

 そんな自信があった。

 いや、その表現は間違いか。

 

 そんな慢心があった。

 

 不可視の一投のはずだった。

 不可避の一球のはずだった。

 

 だというのにチルタリスは振り返り。

 耳をつんざく爆音ではじき落した。

 

(ハイパーボイス!? いや、それよりも、何故気付けた!?)

 

 つい先ほどまで、意識はアローに向いていたはずだ。

 だというのに、何故ボールに気付ける?

 そんな野生の勘みたいなこと……。

 

(ああ! 野生でしたね!)

 

 そんなん考慮しとらんよ。

 そう嘆く間もなく、チルタリスと目が合った。

 ご、ごきげんよう。

 

「~♪」

 

「うえぇぇぇ! 殴ってきた!?」

 

 ボールを一つその場に置いて、物陰から飛び出した。

 

 先ほどまで隠れていた場所を、チルタリスが物理で殴る。

 柱が砕け、砂埃が上がる。

 私が転がり込んだ先にも、柱の残骸が飛来してきた。

 だけど足を止めるわけにはいかない。

 砂煙に紛れて、私はアローと合流した。

 

(あっれー? 鬼火入ってたよね? なんでそんな火力出るの?)

 

 火傷になったポケモンは、攻撃力が半減する。

 半減でこの威力って……チルタリスにそんな火力あったっけ?

 いやない。

 だとするならば、これは。

 

「もしかして、からげんき?」

 

 からげんきは、状態異常の時に威力が倍になる技だ。

 加えてこの技には、火傷による攻撃力低下が適用されない。

 うん、この推測で間違いあるまい。

 

「遠投しようとすればハイパーボイス。近寄ろうとすればからげんき。こりゃまいったね」

 

 まぁ、それならそれでやりようはあるわけだが。

 

 早い話が、速さが足りないというだけだ。

 それならば、球速を上げる手段さえあればどうにでもなる。

 具体的に言えば、アローを捕まえるときに使ったスリングショット。

 あれと同じことだ。

 

 だが今回は、もっと優れた射出要員が居る。

 

「アロー、分かるね?」

 

 アローにボールを持たせた。

 そうだ。

 それ持って突っ込んで来い。

 ほかに手段はないんだ。

 

 アローがマジっすかという顔をした。

 まじまじ。

 ほら、お前の勇気を振り絞る時だ。

 

「アロー、ブレイブバード!」

 

 大丈夫大丈夫。

 やれるやれる!

 お前はやるときはやる子だ!

 だから。

 

「もっと熱くなれよぉぉ!」

 

 アローの目に、炎が宿る。

 意志という名の、燃え盛る灯だ。

 

 え、まじで?

 よく今のでやる気になったね。

 炎タイプだから通ずるところがあった?

 ちょっとこの子のこと理解できないや。

 

 次の瞬間、アローが飛び出した。

 矢の如く、空気を切り裂き走り出す。

 

 チルタリスが、それを迎え撃つ。

 もう一回からげんきか。

 まともに受けたら、アローはひとたまりもないだろうね。

 

「まともに受けたら、ね?」

 

 二匹が衝突した途端、持たせたボールが起動した。

 先ほどまでの勢いが嘘のように、お互いがピタリと動きを止めて、極大の光が弾け飛ぶ。

 

 アローはすぐさま退避する。

 しかし、それを知らないチルタリスには回避できない。

 その極光に目を焼かれるがいい!

 

 チルタリスが、瞳を閉じた。

 今だ!

 私は本命のボールを投げた。

 

「ぴょえぇぇぇ!」

 

 それにあわせて、アローが鳴き声を放つ。

 本当に最高だな!

 

(さぁさぁチルタリスさん! 視覚と聴覚を塞がれて、流石にもうどうしようもないでしょう?)

 

 おとなしく捕まってください。

 私にはもう、油断も驕りもない。

 今度こそチェックメイトだ。

 

 

 

 ――そもそもの話、第六感というのは五感とは別物だ。

 そして野生の勘は、第六感に含まれる。

 つまりどういうことか。

 

 目も耳も機能していないというのに。

 振り返ったチルタリスは大声をあげた。

 ハイパーボイスが、打ち出されたボールを叩き落す。

 

 迫りくる危険を察知し、勘で叩き落としたのだ。

 そしてそれは、しかしそれは。

 私の予想通りでしかなかった。

 

「言ったでしょ、チェックメイトってね」

 

 いや、口には出してなかったか。

 どちらにせよ、私の勝利に揺らぎはない。

 王手とは違う、討ち取ったという報告だ。

 追う手とは違い、逃げ道はない。

 

 チルタリスを、今度こそキャプチャーネットが飲み込む。

 

「一球目が当たったとき、キャプチャーネットが飛び出さなかったことに疑問を抱くべきだったね」

 

 ネタ晴らしすると、私が今回使ったボールは合計四つだ。

 一つ一つ、内訳を明かそう。

 

 まず一つ目、捕獲用のボール。

 これは最初に投げて、弾かれた奴だ。

 できればコイツで仕留めたかった。

 

 二つ目、物陰に置いてきたボール。

 これはチエボール・リビルドCの受信側だ。

 次に述べる三球目からエネルギーを受け取ることが役割。

 

 三つ目、アローに持たせた送信側。

 アローとチルタリスの衝突によって弾けた運動エネルギー。

 これを二つ目のボールに付け替えた。

 

 もうわかっただろうか。

 強い光が弾けたのは、捕獲用ではなくリビルドCを使ったから。

 その際に運動エネルギーを二つ目のボールに付け替えた。

 すると二つ目は、物理法則に従って弾け飛ぶ。

 

 チルタリスが叩き落としたのは、こっちのボール。私が仕掛けた囮だ。

 

 本命というのは、この四球目のこと。

 

「そのキャプチャーネットはヒガナのチルタリスの羽根で編んであるからね。そう簡単に抗えると思わないでね」

 

 チルタリスはもともと、雲の中に住まう生き物だ。

 その羽は白い雲に、体は青い空に擬態する。

 つまり、最も安心できる空間が雲の中なのだ。

 

 そしてボールの内部には、疑似的な雲海を作り出している。

 チルタリスは今頃、身を隠していると思っているだろうね。

 ボールの中だなんて夢にも思うまい。

 

 一度、二度とボールが揺れ。

 カチャリという音が鳴った。

 

「や、やった? 本当に捕まえたの?」

 

 震える手を抑え、ボールを拾い上げる。

 開閉スイッチの明滅は、止んでいた。

 それはつまり、捕獲の完了を意味している。

 

「やったー! ついに、ついに念願のもふもふが!」

 

 早速ボールから出そう!

 今すぐ出そう!

 ひゃっはー! もふらせろー!

 

「出てきて! チルル!」

 

 ニックネームも決めてるもんね!

 夢にまで見たご対面だ。

 

「私の思いを受け止めて!」

 

 そう叫びながら、チルルにダイブした――

 

「ぴちょんぷすっ!?」

 

 のち、クロスカウンターを受けました。

 

 ああ、そういえば。

 捕獲したからってすぐに言うこと聞くわけじゃなかったね。

 アローがすぐ懐いたから、てっきり忘れてたよ。

 

「も、戻って、チルル」

 

 また今度、仲良くなるところからリスタートだね。

 

 ここに空の柱の物語は、幕を下ろした。

 

 豊かな(ホウ)縁の(エン)地方。

 カントーやジョウトと比べ、比較的南に位置するその土地は、人とポケモンと、そして自然の巡る地方だ。

 ここにきて、私はかけがえのない縁を結んだ。

 

 一人はヒガナ。

 流星の民の末裔で、私の友達。

 この広い世界で、奇跡的に巡り合い。

 偶然友達になった。

 

 お別れはしたが、もう会えないわけじゃない。

 旅を続けている限り、きっとまた巡り合える。

 なんとなく、そんな気がする。

 だって私たちは、同じ空の下にいるんだから。

 

 それと、チルタリス。

 空の柱にいた、私の新しい仲間だ。

 今は八つ当たりの威力が馬鹿げたことになっているけど、いつか恩返しでこの威力を出したいです。

 

 あとは、フライゴンの人とか、カイナ市場でボールを買いに来てくれたお客さんたちとか。

 そういえば、名実ともに幻の店舗にしちゃったね。

 いまだに足を運んでいる人がいるならごめんなさいだ。

 もうそこでボール売りの少女をするつもりは無いから早く諦めてください。

 

「本当に、いろんなことがあったね」

 

 何気なしに、空を仰いだ。

 到着二日目とは違い、空は青々と煌めいていて。

 もはやそこに、心苦しさのような窮屈さは無かった。

 

「出会いがあった。苦悩があった。喜びがあった」

 

 太陽を掴めるような気がして。

 手を伸ばし、握り締めた。

 今はまだ、その光は遥か遠い。

 だけど、いつかこの手で掴み取るんだ。

 

「もう立ち止まらない。歩み続けるんだ」

 

 掲げた握りこぶしを、ゆっくりと戻した。

 悩みも不安も、全部拭い去って。

 一歩ずつでも、進み続けよう。

 彼女がそうだったように。

 

「次はシンオウ地方だよ。どんな出会いが待ってるかな?」

 

 太陽の位置から逆算し、方角に当たりを付ける。

 空は、どこまでも続いていた。




次章は骨組みだけしかできてないんでちょっと期間空くかもしれません、というか空くと思います。一章分書き終えてから投稿するタイプなんで。
必ず書くんでブクマ残しておいてもらえると嬉しいです。またね。


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ハクタイの森と多重世界
零話 「それは私の選択」


天才的()な英訳思いついたので副題つけました。
日本語に訳したら『ボールのために在る者』です。
『ボールに生きる者』とかでも可。
そんなわけで『ボルとも!』が7:00をお知らせします。

ブクマ3000越しました、ありがとうこざいます。


 多世界解釈というモノがある。

 漢字が連なっていて難しい気もするが、一言で言えばパラレルワールドのようなものだ。

 些細な偶然が起こる度に、何かが起こった世界と、何も起こらなかった世界に分かれている。

 そんな話だ。

 

 一つ具体例をあげてみようか。

 あなたはキリキザン使いだ。

 目の前にはシャンデラ。

 シャンデラが火炎放射を打ってくるならば、あなたは不意打ちを打てば勝てる。

 だがしかし、不意打ちに合わせて身代わりなんて使われようものなら、次のターンにどうあがいてもやられる。

 それを読んで追い討ちを選べば、相手が火炎放射を選んだ時に敗北する。

 要約すると、以下のような力関係になる。

 

 火炎放射<不意打ち<身代わり<追い討ち<火炎放射……。

 

 この時、あなたは不意打ちを選ぶだろうか?

 それとも追い討ちを選ぶだろうか。

 

 ……相手の心理まで読めば、一度は追い討ちを挟みたくなるかもしれない。

 身代わりに追い打ちを合わせられても、その場で負けが決まるわけじゃないからね。

 確かに、身代わりがあるなら打ちたくなるだろう。

 

 だけど、そもそもの話だ。

 相手が『身代わりを持っているという確証はどこにもない』のだ。

 あくまで最悪の想定。

 そんな不確かな存在に怯えて、日和った行動をとるだろうか。

 

 私?

 私は、そうだね。

 分からない、かな?

 

 単純な理屈だけではなく、その場の空気だとか、相手の様子だとか。

 データじゃ測定しきれない部分から、好き嫌いという直感を経て、その場その場で対応すると思う。

 要するに、そこには二つの分岐世界が存在するわけだ。

 

 一つは『偶然不意打ちを選んだ世界』。

 もう一つは『偶然追い討ちを選んだ世界』。

 そのほんの僅かな選択の違いが、その後の勝敗を左右する。

 勝利した世界と、敗北した世界に分岐していく。

 

 何が言いたいのかというとだ。

 

「失敗した。あの時間()あの空間(場所)に、もう一度……ッ」

 

 ハクタイシティの、ディアルガとパルキアを祀る祭壇で。

 私は、願った。人生のやり直しを。

 

 空は夕日に焼けていて。

 私の影を、どこまでも長く伸ばしていた。

 

 喉が締め付けられた。

 声が、出て来なくなった。

 それでも叫ばずにはいられなかった。

 張り裂けてでも、声を張り上げた。

 

 それは昨日の話。それは私の選択。

 やり直したいと願った、私の物語。

 

 ハクタイ空港に着いてすぐ。

 私はハクタイの森にやってきていた。

 理由? 言わなくても分かるでしょ!

 

「モンメンはいねがぁ!」

 

 あれは秋田だったか。

 間違っちゃった。てへぺろ。

 そんな時もあるよ、ドンマイ私。

 それよりもさ、直面してる問題をどうにかしようよ、ね?

 

「迷った」

 

 そう、迷ったのである。

 ハクタイの森でである。

 

「最悪アローに乗って帰ればいいやとか、浅い考えだったなぁ。もうどっちに進んでいるのかすら分かんないや」

 

 進んでいるのか、戻っているのか。

 それすらわからない。

 

「ついでに言えばモンメンもいないし……、ホント最悪」

 

 途中で広い道から外れたのは失敗だった。

 もはや道と呼んでいいのか分からないほど森は生い茂り、地面から盛り上がった根っこが歩く邪魔する。

 

「あ、あそこ(ひら)けてるじゃん。もういいや、アローに乗って帰ろっと」

 

 今回の調査で我々は、何の成果も得られませんでした!

 嘘である。

 モンメンもエルフーンもいないということが分かったのだ。

 それは大きな進歩である。

 

 茂みを避けて、木々をかき分け、日の下に出る。

 木漏れ日は浴びていたが、サンサンと降り注ぐ太陽は久々だ。

 活力が湧いてくるね。

 

「わぁ! 旅人さん!?」

 

「うん?」

 

 振り返ればそこに、古びた洋館があった。

 レンガ造りの壁にはツタが生えていて。

 屋根は色あせ、時間の流れを匂わせる。

 今にでも黒い霧が沸き上がり、魔女が飛び出してきそうだと、私は思った。

 

 その館の窓から、女の子が身を乗り出している。

 私と同い年くらいだろうか。

 無邪気で無垢を思わせる、幼い子供だった。

 

 その女の子は窓から身を引くと、奥へと消えてしまった。

 何だったんだと思ったが、すぐに理解した。

 カチャリという音がして、館の扉が開かれたのだ。

 そしてそこからは、先ほどの女の子が現れた。

 

「こんにちは! 今お時間ありますか?」

 

「え? ええ。はい」

 

「良かった! 私、ずっと外の世界に憧れてて……、でも留守番をしなくちゃいけなくて。良かったら、お話を聞かせていただけませんか?」

 

「えー、うーん」

 

 ぐいぐいくる子だなと思いながら、私は思慮を巡らせる。

 話すことがめんどくさいとかじゃない。

 問題はここが、ハクタイの森にある館だということだ。

 

(えー、これ絶対森の洋館だよね。いやいや、私ホラーダメなんだって。この子じゃないの? 例の女の子。あ、今のは別に例と霊をかけたわけじゃないんだけどね? つまり森の洋館に現れる、幽霊なんじゃないかなって思うわけですよ)

 

 改めて女の子を見る。

 扉に触れている手。地についている足。

 森を吹き抜ける風に揺れる髪。

 

 これらの事が、幽霊にできるだろうか。

 いや、無理だと思う。

 実体がない事には実現不可能だろう。

 ということは……幽霊ではない?

 

(時系列ってどんな感じだったっけ? あんまり詳しくないんだけど。まだ幽霊になる前ってこと?)

 

 そう考えるのが妥当か。

 なら別にいいかな? 

 

「いいよ。と言っても、旅立って日も浅いしすぐに終わっちゃうと思うけどね」

 

「本当!? ありがとう! どうぞあがって!」

 

「あ、うん。おじゃまします」

 

 屋敷の一室の、客間だろうか。

 外観のボロさからは想像できないほどに手入れされた部屋。

 ふかふかの絨毯に、緻密に細工の刻まれた綺麗な椅子。

 黒檀で作られたと思しき机は、これまたオシャレなシャンデリアに照らされて輝いている。

 今までの暮らしからは想像もできない豪華なお部屋。

 そこで私は、これまでの話をした。

 

 ヒワダにはヤドンの井戸と呼ばれる場所がある事。

 コガネにはポケスロンドームや空港がある事。

 流星の滝にある、クレーターの事。

 夜のルネシティの、星に包まれたような情景の事。

 空の柱という、とても高い建物の事。

 

 それをその子は、楽しそうに聞いていた。

 時に相槌を打ち、時に語りを促し。

 興味津々といった様子で目を輝かす。

 

 思えば、年の近い子と話すのはマサキの妹以来だ。

 マサキの妹とも、話した時間はわずかだ。

 おしゃべりするのが、楽しかった。

 楽しい時間というのは、あっという間に過ぎる。

 つい先ほどまで日が差していた気がするのに、今は月明りが夜を告げ始めている。

 

「すっかり遅くなっちゃったね。今日は楽しかったよ」

 

「あっ、あの!」

 

 椅子から立ち上がろうとしたら、女の子が声を上げた。

 意を決したように。

 

「きょ、今日はもう……遅いでしょ? だから、あのさ……。泊っていかない?」

 

「うーん、ありがたいけど、親御さんに迷惑掛かっちゃうでしょ? そんな迷惑かけられないよ」

 

「ち、違うの。実は、お父さん帰ってこなくて、寂しくて……。一緒にいてくれると嬉しいんだけど……」

 

 どんどん小さくなっていく声で、その子は最後にこう言った。

 

「だめ、かな……?」

 

 そんな風に言われたら、断れるわけないじゃん。

 困ってる人がいたら、放っておけるわけないじゃん。

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「ほ、本当に……?」

 

 緊張からか、女の子の顔が強張る。

 少しでもほぐすことができれば。

 そんな思いから、私は微笑みかけた。

 女の子は、顔を下に向けた後、震える声でこう言った。

 

「……あり、がと」

 

 それから私は、館を案内してもらった。

 トイレがどこにあるだとか、客室がどこにあるだとか、寝室がどこにあるだとか。

 そして最後に、食堂にやってきた。

 そこには、作り立ての料理が並んでいた。

 

「あれ? この屋敷、あなた以外にも誰か住んでいるの?」

 

「うん!」

 

「へー、お礼言いに行かなきゃね。あとで案内してくれる?」

 

「うーん……、それは難しいかな。恥ずかしがり屋さんで、人前に顔を出さないから」

 

 そう言う彼女に、私はそっかと返した。

 我ながら軽いな、一宿一飯の恩義とは。

 まぁ、それはこの子の寂しさを緩和することで許してもらおう。

 

(あれ? 他に人がいるなら別に私がいなくても寂しくないんじゃ……?)

 

 誰かがいるのは間違いないのだ。

 この子はずっと私と一緒にいた。

 つまり、これらを作った人物がいるはずなのだ。

 

(あー、恥ずかしがり屋さんだから一緒に寝ることもできないとか? 極度の上がり症とかならあり得るのかな?)

 

 結局私は、その違和感を思考の隅に追いやった。

 何か事情があるんだろう。

 無遠慮に踏み込むのは良くない。

 

 久しぶりの誰かとの食事は楽しかった。

 最近はコ食*1ばっかりしてたからね。

 やっぱり賑やかな食卓というのはいいものだ。

 

 その後私たちは、二階にあるテレビの部屋に向かった。

 

「そういえば、森の中にあるのに電気通ってるんだね」

 

「あはは……、森の中と言っても、ハクタイシティに近い所にあるから」

 

「へー、もっと深い所にあるのかと思ってたよ」

 

 結構歩いたつもりだったのだが、どうやらぐるぐるしているだけだったようだ。

 でないと、ハクタイシティの近くに存在するはずがない。

 だって私は、ハクタイ空港から真っすぐ向かってきたのだから。

 

「それより、ほら! 始まったよ! スーパーコンテスト!」

 

「そっか、シンオウと言えばスーパーコンテストがあったね」

 

 それから私たちは、お話をしながらコンテストに夢中になった。

 ミカンさんはいなかったが、なかなかにハイレベルなものだったと思う。

 いやコンテストとか詳しくないんだけどさ。

 あれだ、いいものはいいってやつだ。

 そこに理屈はいらないんだよ。

 

「んー、いい勝負だった。っと、もうこんな時間なんだね。そろそろ寝よっか?」

 

「……うん。寝室、だよね。こっち、だよ」

 

 良い子は寝る時間になった。

 やんわりとそのことを指摘すると、明らかに女の子の顔が曇った。

 そんなに寝るのが寂しいのだろうか。

 

(んー、でも確かに。私もこれくらいの時は寝るのがもったいないって思ってたっけ)

 

 寝たら寝た分だけ、楽しい時間が減っていくようで。

 出来る限り起きていようと頑張っていた気がする。

 今? 今は寝られるときには寝るですよ。

 いつ忙しくなるか分からないし。

 

 そんな感じで納得し、一緒に部屋を出た。

 カーペットの敷かれた、長い廊下を並んで歩く。

 手と手を取り合い、歩幅を合わせ。

 

 女の子の足取りが、どんどん重くなる。

 私は何を言うでもなく、そのペースに合わせた。

 

 だけど、部屋まであと少しというところで、完全に足が止まった。

 

 明日の朝、早起きしてまたお話しよ?

 そう言おうとした。

 だけど、それよりも早く、女の子が口を開いた。

 

「ごめんチエちゃん。やっぱり、嘘つけないや」

 

「う、そ……?」

 

 心当たりはなかった。

 騙されている自覚もなかった。

 なんだ? 何の話をしているんだ?

 

「私はさ、もう、死んでるんだ」

 

「……え?」

 

 私は自分の手を見た。

 確かに手を繋いでいる。

 触れているという感覚もある。

 間違いなく実体はそこにある。

 

「はは、そういう冗談は言っちゃだめだよ? 生きたくても、生きられなかった人もいるんだから」

 

「違うの!」

 

 軽くたしなめようとした私に、その子が反発した。

 大きく声を出した後、小さく呟いた。

 

「違う、違うんだよ。冗談じゃなくて、本当に、死んでるんだ」

 

「……それじゃあ、この手はどう説明するの? 確かに触れてるよね?」

 

「ううん。それはチエちゃんが、そう思い込んでるだけだよ。この家に住んでるムウマージの幻覚で、そう思いこまされてるだけ」

 

「はい?」

 

 ムウマージ?

 ムウマージが、何だって?

 

「ムウマージはね、幻を見せることができるんだ。私はここに居るけど、魂だけなんだ。チエちゃんが見えてるのは、気のせいなんだよ」

 

「……仮にそれが本当だとして、生きているって言ったわけじゃないよね? じゃあ、嘘って、いったい何のことなの?」

 

「私、私は……」

 

 下を向く彼女の手が、私の手をぎゅっと握りしめた。

 この感覚が幻なんて、本当にあり得るのだろうか。

 

「チエちゃんに、私と同じになってもらおうとしていたんだ」

 

 背筋に冷たいものが走った。

 指先から、冷えていく気がした。

 この子は、何を言っている?

 

「どうして死んじゃったのか、もう思い出せない。ただ、気づいたらここに居て、物に触ることも出来なくて、誰とも話すことも出来なくて、他にいるのはムウマージだけで。あの子は優しかったけど、でもどこか距離感があったの。人と会うの、すっごい久しぶりだった。嬉しかった。昔みたいに、誰かとお話しできることが。ずっとこうしたいと思っちゃった。そうしたらね、ムウマージがこう言ったんだ」

 

 女の子が、窓から屋敷の外を見る。

 憧れるように、懐かしむように。

 月明りに照らされた横顔は、私の心を締めあげた。

 

「日付が変わるまでチエちゃんをこの屋敷に留めておけば、私と同じ幽霊にしてくれるって。そうしたら、ずっと一緒に居られるって」

 

 彼女が顔を向けた。

 その目には、涙が浮かんでいた。

 

「本当は最後までだますつもりだった! でも、やっぱり無理だった! チエちゃんにまで、こんな寂しい思いをしてほしくない、苦しんでほしくない! だから!」

 

 彼女が私に抱き着いた。

 不意の出来事に、私は困惑した。

 

「お願い! ムウマージがあなたを呪い殺す前に、早く逃げて!」

 

 だけど、確かに言えることがあった。

 それは、彼女が震えていたということだ。

 それだけで、勇気を振り絞っていることが分かる。

 

 もう二度と、人と会えないかもしれない。

 ずっと独りで居なければいけないかもしれない。

 生きることも死ぬことも許されないかもしれない。

 

 それでもなお、彼女は私の身を案じてくれた。

 それは、私が彼女の友達になったから。

 だというのなら、私の行動も決まっている。

 

「日付が変わるまでは、大丈夫なんだね?」

 

 私は手を回し、その背中を優しく撫でた。

 びくっとした彼女だが、小さく頷いた。

 なら大丈夫だ。時間は十分にある。

 

「元凶のムウマージをやっつけよう! そうすれば、日付が変わっても大丈夫なはず!」

 

 一体どうやって私を幽霊にするつもりかは知らないけれど、つまり無力化してしまえばいいんだ。そうすれば、少なくとも死ぬことはない。この子にこれ以上罪悪感を持たせなくて済む。これが最善だ。最善だけど、問題もある。

 時間は十分にあると言っても、それは正攻法の場合だ。いつものように、ボールで解決しようとすれば、ボールを作る時間が必要になる。間に合うとは思うが、出来なかった場合のリスクが大きすぎる。リスク管理もまた、大切な能力だ。

 

 そうなると、ムウマージを倒すしかあるまい。

 瀕死にして、能力を使うだけの余力を奪い取る。

 それが最善択だ。

 

「でも……」

 

「大丈夫、任せといて!」

 

 女の子の意見も打ち切って、私は続けた。

 今の私には、強力な仲間がいるからね。

 さあ、出番だよ。

 

「出ておいで、チルル!」

 

 ボールから、綿のような青龍が現れる。

 中国名では七夕を、英語名では歌姫*2を冠する青い鳥。

 私の新メンバー、チルタリスだ。

 

 うーん、エコーボイスとかで探るのが手っ取り早い気がするけど、ゴーストタイプには無効なんだよね。

 うん?

 ならフェアリータイプにすればいいんじゃね?

 さすがは私。脳の作りが違うね。

 

「行くよチルル! メガシンカ!」

 

 左手首に付けたキーストーンに、右手を添える。

 たしかこんな感じだったはず。

 見様見真似のそれは、しかし発動しなかった。

 

(あ、あれ? メガシンカは?)

 

 なんでできないの?

 え? 偽物とかそういうオチ?

 いや、感覚で分かる。

 これは本物だ。

 だとしたら、なんで。

 

(メガシンカには、やっぱり絆が必要……?)

 

 チルルは私に懐いていない。

 だからか?

 だから、メガシンカができないの?

 

「チエちゃん! やっぱりいいよ。それより、早く逃げて」

 

「あ、あー。こほん。ちょ、ちょっと待って! 今別の策を考えるから!」

 

 しまった。隣に人がいることを忘れていた。

 せめて誰も居ないところで実験しておくべきだった。

 ミスったなぁ。

 

 とと、そんな事考えてる場合じゃない。

 次の一手を考えないと。

 

(そもそもゴーストだから見えないって何? そんなことあるわけが……、いや、逆か?)

 

 てっきり、ゴーストタイプだから見えないのかと思っていた。幽霊には実体がないとか、そんな感じで。でも実際、ゴーストポケモンにも接触技のダメージは入る。ということは、見えない理由は別にある。

 

(魂だけの存在を知覚できている……逆に、実体そのものを知覚できなくしている?)

 

 視覚に干渉してきているんだ。

 なくはない。

 なら、対処法はある。

 

「チルル、白い霧」

 

 白い霧、能力変化を下げられなくするフィールドを生み出す技。

 実はこれ、氷タイプの技だ。

 ゴーストだろうと関係ない。

 

「さて、霧があると光が乱反射するよね。視覚に干渉するのも、演算が間に合わないでしょう?」

 

 チルルにゴッドバードの待機をさせて、機会を窺う。

 すなわち、ムウマージの姿を捕らえることができる瞬間だ。

 その一瞬を、虎視眈々と狙い続ける。

 そしてそれは、すぐに訪れた。

 霧の中で、黒い影が動く。

 

「そこ! ゴッドバード!」

 

 勝負は一瞬。

 空の柱でも、トップクラスの実力を持っていたのだ。

 そこらの洋館で引きこもり、生存戦略から逃げ出したムウマージなど敵ではない。

 一撃、ただの一撃の下、勝敗は決した。

 

「これで大丈夫! だから――」

 

 私は振り返った。

 そこにいた女の子は。

 今日一日で仲良くなったその女の子は。

 体が、薄れかけていた。

 

「やっぱり、こうなっちゃうよね」

 

「……なん、で?」

 

 彼女が自分の手を見ながら、そう言った。

 半透明になったその手を見ながらである。

 

「私の体は、ムウマージが作ってるんだもん。でも、もうその元気もないみたい」

 

 私はもう一度振り返った。

 そこには、地に伏せたムウマージの姿。

 私が倒したのだから当たり前だ。

 そのつもりで、一撃を放ったのだから。

 だというのならば……。

 

「……私の、せいなの?」

 

 思えば最初から、彼女はムウマージを倒すことに反対だった。

 だけど、私が聞く耳を持たなかった。

 私が倒したから。

 だから、一緒にいられなくなった?

 

「チエちゃんのせいじゃないよ。むしろ、ありがとう。今なら私を縛り付ける力もない。成仏するチャンスをくれてありがとう」

 

「成仏って……」

 

「ムウマージがね、私の魂をこの世に縛り付けてたんだ。だから、私はこの家から離れられなかった。でも、ようやく天国に行けるよ。だから、ありがとう。私の事なんて忘れて、生きて」

 

 叫んだ。

 嫌だった。

 別れたくなかった。

 消えゆく手を、両手で包んだ。

 

「何を言ってるの! 友達の事、忘れられるわけがないじゃん!」

 

「……本当に? 私がいなくなっても、言葉が伝わらなくなっても、友達でいてくれる?」

 

「当たり前だよ!」

 

「……ありがとう。もう、大丈夫。それだけで、十分だよ」

 

 先ほどまでそこにあった腕が、消失した。

 包んでいた両手が空を切る。

 最期に。

 完全に消え去る直前に。

 女の子が零した。

 

「チエちゃんに出会えてよかった。ありがとう」

 

 姿が、完全に見えなくなった。

 気配が、キッパリと断たれた。

 

「……ばか」

 

 私のその言葉は、誰にも届かなかった。

*1
孤食(子供一人の食事)、固食(好き嫌い)、個食(家族で食べるものが違う(ピザorラーメン的な))、子食(子供だけの食事)、小食(お前の読みは小食(しょうしょく)だろ)、戸食(外食)、粉食(パンや麺類)、濃食(濃い味スキー)、虚食(朝は食べない)の九つの事。筆者が習ったときは四つだったはずなのにいつの間に九つに増えたし。

*2
正確には独唱曲や詠唱(aria)。




少しの期間だけ(2/1~2/2)改行を大幅に減らしてたんですけど、そんなことしたら文章として成立しなかったのでまた戻しました。だってこの作品、構造が川柳とかに近いんだもん……(体言止めが多かったり、5音や7音を好んで使用してたり、接続助詞の次に句点が来たり、倒置法多用していたり……etc)。言っちゃえば全部、係り受けの解釈を狭める(orリズムを重視する)ためにやってることなんですけど、そのせいで改行を取っ払うと日本語として変な感じに……。要するにこのくらいの改行量を前提に作ってるからこれがベストな形だと判断しました。
改行多いと目が滑るとか聞きますけど、そもそも頭空っぽで読んで面白いを目指してるしそれでいいかなって。
全話に(改)が付きましたが、内容に変化は無いです。せいぜい格助詞と副助詞を一部差し換えたり、見つけた誤字を修正した程度。
流石に全文書き直す余力は無いです。改行多いって思ってる人は許して!

本当はアンケートで決めようと思ったんですけど、匿名でアンケート取る方法が無いことに気付きました。解散。


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一話 「きんのたま!」

【ムウマージから女の子を解放した】
【新ルートが開拓されました】

   【零話】      【新ルート】
―――――――――一日目―――――――――
(朝)      ハクタイ空港
(昼) ハクタイの森 | ポケモンセンター
(夕)  森の洋館  | ポケモンセンター
(夜)  森の洋館  | ポケモンセンター
―――――――――二日目―――――――――
(朝)   ぬるぽ  |  【NEW!】←一話今ここ
(昼)   ぬるぽ  |   ???
(夕) ハクタイシティ|   ???
(夜)   ???  |   ???


 ハクタイシティに着いて『二日目』。

 私は探検セットを貰い、地下通路に向かっていた。

 本当はハクタイの森にモンメンを探しに行くつもりだったのだが、『昨日一日ポケモンセンターで過ごして』考えが変わった。

 

 仮にモンメンがいたとして、太陽の石が無ければ微妙じゃね?

 

 モンメンてあれでしょ。

 頭とお尻に申し訳程度に綿が付いてるレベルでしょ?

 それじゃあ私は満たされない。

 当然、早々にエルフーンに進化させたいわけだ。

 

 しかしその時、確実に太陽の石は手に入らない。

 物欲センサーが働くからね。

 アメリカの大企業かなんかは、暗号にそれを取り入れようとしてモンハンを解析したらしい。

 それくらいバカにできないものなのだ、物欲センサーと言う代物は。

 欲しいものは往々にして手に入らないものなのだ。

 

 そこで私は閃いた。

 先に太陽の石を手に入れる。

 その後でモンメンを探しに行く。

 すると生殺しにされずに済む。

 

 そういうわけで私は、偶然にも。

 【ハクタイの森に向かうよりも先に地下通路に向かうことにした】のだった。

 

 もしかすると、【昨日そのままハクタイの森に向かった】可能性もあるだろう。

 そんな無数の可能性が、世界には溢れている。

 その際生じる小さな差異が、未来を無限に枝分かれさせる。

 だけどそれを私たちは観測できない。

 多世界解釈というやつだ。

 

 生きていくしかないのだ。

 どれだけ理不尽であったとしても。

 どれだけ不条理であったとしても。

 自らの選択を噛み締めて、悔いてでも進むしかないのだ。

 

 だけど、そうだね。

 もしもあの時間()あの空間(場所)に戻れるならば。

 私はきっとやり直すだろう。

 こんな未来を、私は望んだんじゃない。

 

 私は走る。

 そいつから逃げるために。

 すぐそこに、絶望が近づいているのが分かる。

 

 岩壁が続くこの道を。

 わずかな灯りを当てにして、一心不乱に駆け抜ける。

 逃げるんだ。

 逃げなくちゃいけない。

 

 そいつは、すぐそこにいる。

 

「それはおじさんの金の玉!」

 

「来るな! この変態!」

 

 そう。金の玉おじさんだ。

 さっさと逮捕されろ!

 なんでこんな歩く公然わいせつ罪が許されてるんだよ。

 警察は仕事しろ。

 

 右に、左に、また右に。

 幾重にも枝分かれするその道を、直感に任せて走り抜く。

 

 肺が苦しい。

 張り裂けそうだ。

 

 足が重い。

 引きつりそうだ。

 

「もう、無理……」

 

 そこで私は、振り返った。

 追ってくる様子はない。

 足音もしない。

 

 肩で顔の汗を拭った。

 乱れた呼吸を整える。

 変態が寄ってくる気配はない。

 いや、気配とか読めないんだけどね?

 

「ふぅ、まいたかな……?」

 

 どうにか逃げ切れたようだ。

 いや本当に、何を思ってあの変態を作ったんだ。

 小学生男子はあれでキャッキャ出来るんでしょ?

 私には絶対無理だ。

 分かり合えない生き物だよ。

 

 回れ右して、また歩き出す。

 いや、歩き出そうとした。

 振り返ればそこに、奴はいた。

 

「おじさんの金の玉だからね!!」

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 地下通路に悲鳴が響き渡った。

 

 酷い目に遭った。

 私のたから入れ*1には、金ぴかに光る玉が入っている。

 小ボケを挟む癖のある私をもってしても、『エロ同人誌みたいに!』なんて戯言を言う余裕すらなかった。

 本当に、終わったと思ったよ。

 

 ……これ、しばらく夢に出て来るんじゃなかろうか。

 逆に考えよう。

 ほら、おじいちゃんの家にいた時にも差し入れしてくれた人とかいるじゃん。

 あれと同じだと考えよう、うん。

 

 気を取り直して、探検セットに含まれるレーダーを取り出した。

 近くの岩壁を示している。

 あそこに道具が埋まっているのかな?

 多分そうだよね。

 

 同じく探検セットから、ハンマーとピッケルを取り出した。

 まずはハンマーで大まかに削っていく。

 お、こんごうダマ見っけ。

 ここからはピッケルを使って……あっ。

 

 あと少しで掘り出せそうというところで、壁が崩れてしまった。

 そっか、ゲームの時は壁の強度が視覚化されていたけど、こっちだとわからないんだ。

 その辺は感覚を覚えるしかないか。

 もう一回レーダーを使って……。

 

(このレーダー、どうやって実装してるんだろう?)

 

 どこかしらに何かしらのセンサーを取り付けているのだろうけれど、一体どんなセンサーを使っているのやら。

 

(気になったけど、どうせ分かんないからいいや)

 

 分からないことを考えたって仕方ない。

 そう、金の玉で喜ぶ男子の気持ちが分からないように、世界には分からないことが溢れているのだ。

 だというのに、人の一生は驚くほど短い。

 すべてを知ることなんてできないのだから、知るべきことと知らなくていいことを取捨選択しなければいけない。

 レーダーとか知らんし。

 必要になったら調べるよ。

 

 というわけで、今度は慎重に掘り返していくよ。

 お、プレート出た! ラッキー!

 あっ、こっちは要石(かなめいし)じゃん!

 今度はジュエル!?

 最高じゃんこの環境!

 わたしもうここで生きていく!

 

「って違う!」

 

 私の目的は何だ!

 もふもふとスローライフすることだろ!

 手段を目的にしてどうする!

 

 なんてことを考えていられたのも、最初の内だけ。

 気が付けばへとへとになるまで、無我夢中で化石を掘り続けた。

 けれど、結局太陽の石は出なかった。

 ふっ、やはりね。

 

「とはいえさすがにこれ以上は足腰が持たない。また明日以降に持ち越しだね」

 

 そうして、潜ってきた場所に戻ろうとした。

 戻ろうとして、異変に気付いた。

 先ほどまで無機質だったこの通路に、花弁が舞い散っていた。

 これは一体……あっ。

 

 花びらトラップとかありましたね!! すっかり忘れてたよ!

 

「チルル、霧払い!」

 

 マイクを使え?

 いやいや、舞い散る花びらを吹き飛ばすとかどんな肺活量なのさ。

 私はマサラ人でもフタバ人でもないんだ。

 普通にチルルに任せます。

 

「もしかしてトラップって、あちこちにある?」

 

 そう思い、私はレーダーを起動する。

 地面は輝いていた。

 それはもう、太陽に照らされた夏の海のようにキラキラと。

 いや誰だよこれ仕掛けたの。

 ……全部回収してしまおう。

 

「あれ? 結構時間たったと思ったけど、夕暮れまでまだ時間あるね」

 

 トラップを回収しおえた私は、地表に上がってきていた。

 そして抱いた感想が、今口にした言葉そのまま。

 へとへとになるまで採掘してたのになぁ。

 思ったよりも高い位置に日はあった。

 

 体の節々は痛むけど、まあ子供の体だし。

 明日には治ってるでしょ。

 ならまあ、別に急いでセンターに戻る必要もないかな?

 折角だし、街巡りでもしてみようか。

 

「そうだ! あのディアパルが混ざった感じの石像! あれを見てこよう!」

 

 そうと決まれば善は急げだ。

 先ほどまでの疲労はどこへやら。

 私はルンルンとそちらに足を運んだ。

 

 

 

 像の前に立つ。

 思ったより時間が経ってしまっていた。

 茜さす陽に影が伸びている。

 

 石像には、説明のプレートが打たれている。

 ところどころ欠けているが、なんとなく分かる。

 特に意味はないが、私は一つ一つを読み上げた。

 

「生み出されしディアルガ。私たちに時間を与える。笑っていても、涙を流していても、同じ時間が流れていく。それはディアルガのおかげだ」

 

「生み出されしパルキア。いくつかの空間を作り出す。生きていても、そうでなくても、同じ空間に辿り着く。それはパルキアのおかげだ」

 

 こんなに立派な石像だったんだなと、私は仰ぎ見た。

 神々しさというのだろうか。

 雨風に晒される青空にあるというのに、朽ちないその姿は圧巻の一言だった。

 壮大で荘厳な雰囲気が滲み出ている。

 

 私の口から、音が零れた。

 言葉にもならなかったが、言葉にするなら感嘆の声というやつだろうか。

 その時だった。

 奇妙なことが起きた。

 

「何……これ」

 

 石像が輝き始める。

 かと思えば、時間が、空間が歪み始めた。

 まるで違う世界と融合するように。

 世界がうねりを上げて、混ざり合う。

 

 乗り物酔いにあったかのような吐き気を覚えて、ふらふらと立ち上がる。

 立ち上がり、前を見た。

 その先には、見紛うこともない。

 

「……私?」

 

 私がいた。

*1
地下通路で手に入れたバッグにしまえる道具を保管しておく袋。決してチエちゃんの宝箱とかではない。




ここを一話とする。
最後に出てきたドッペルゲンガーはゼロ話のチエちゃん。
前話がちょっと長かったのは無理に詰め込んででもゼロ話にしたかったからです。

   【零話】      【新ルート】
―――――――――一日目―――――――――
(朝)      ハクタイ空港
(昼) ハクタイの森 | ポケモンセンター
(夕)  森の洋館  | ポケモンセンター
(夜)  森の洋館  | ポケモンセンター
―――――――――二日目―――――――――
(朝)   ぬるぽ  |   地下通路
(昼)   ぬるぽ  |   地下通路
(夕)   ハクタイシティ(石像前)
(夜)   ???  |   ???


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二話 「暁に運命は巡り合う」

もともと考えてたサブタイトルが知らない歌詞の一部だった。あるあるだと思います。聞いたことない曲と被ってもアウトだよね? というわけでちょいと中二風味に。

   【零話】      【新ルート】
―――――――――一日目―――――――――
(朝)      ハクタイ空港
(昼) ハクタイの森 | ポケモンセンター
(夕)  森の洋館  | ポケモンセンター
(夜)  森の洋館  | ポケモンセンター
―――――――――二日目―――――――――
(朝)   ぬるぽ  |   地下通路
(昼)   ぬるぽ  |   地下通路
(夕)   ハクタイシティ(石像前)←今ここ
(夜)   ???  |   ???


 昔から夕方というのは、境界が曖昧になる時刻だと言われている。

 昼の世界と夜の世界。

 二つの世界が入り混じるタイミング。

 今も昔もそう語られている。

 

 有名なところだと、『羅生門』がそれを使っている。あの作品の始まりは現実的な世界だというのに、いつの間にかドロドロの醜い世界に入れ替わっている。そういった異なる世界のハザマに存在する時間が夕暮れ時なのだ。

 つまり、今現在である。

 

「えっと? あなたは私……だよね?」

 

「……ハハッ、こんな幻想まで見るようになったか。私ももうおしまいかな」

 

 山際が、赤く煌めく頃。

 空に夜が訪れ始める頃。

 私の前に現れたのは。

 西日に照らされ、影を落とした私でした。

 

「うん、幻想じゃないからね。私は私だよ?」

 

「幻想と酔っ払いはみんなそう言うよ」

 

 何だコイツ。私のくせに随分ひねくれてるな。

 見た目が似ているだけか?

 試してみるか。

 

「私がチルタリス軸を使っていた時のパーティは?」

 

 私が少し驚いた。

 いや、その言い方だと誤解を生みかねないか。

 訂正しよう。

 やさぐれた私が驚いた。

 

「チルクラゲヒートムポリ2」

 

「残り二枠は?」

 

「鋼枠とガブリアス」

 

「あれ? もしかして本当に私?」

 

 それは私が、オメガルビーで使っていたガチパだった。

 私オリジナルの、私だけのパーティ。

 

「いいえ。確信したわ。あなたは私とは違う」

 

「んー?」

 

「私の幻想なら、私の知識を有している方が自然だわ。そこに考えが至らないことが、私でない何よりの証拠よ」

 

「いやいや、それなら思考回路をトレースできていない時点で知識を有していることに矛盾が生じるんじゃない?」

 

 私も彼女も、押し黙った。

 私から見れば彼女は、私が生み出した存在。

 彼女から見れば私は彼女が生み出した存在。

 創作上のキャラクターは、作者の知性を超えられない。

 どちらが本体だったとしても、私以上の頭脳は持っていないのだ。

 私が証明できないことは、私にも証明できない。

 

 けれど、沈黙を破ったのはやさぐれた私だった。

 

「いいや。あなたが偽物なら、あなたを倒して私が本物だと証明する。あなたが私なら、大嫌いな私を倒すいい機会じゃん。というわけで、やられてよ」

 

「やだこの私、脳筋」

 

「トートロジー*1って呼んで欲しいわね」

 

 そう言って目の前の私が、ボールに手をかけた。

 ワンテンポ遅れて、私が後追いする。

 写し鏡のように、私と彼女がボールを投げた。

 

 私が繰り出したのはチルル。

 手持ちがアローとチルルだけなのだから当然だ。

 そしてそれは、目の前の彼女も同じである。

 

「チルタリスミラー。珍しい対面ね」

 

「そうだね」

 

 私対私。

 チルル対チルル。

 鏡合わせのように、私たちは向き合って。

 それから、小さな戦争を始めました。

 

 まず、彼女がチルタリスに指示を出す。

 ドラゴンの持つ神気を波動にし、放出する。

 チルルはそれを、同等の波動をぶつけることで相殺した。

 衝突し、弾けた空気が吹き抜けていく。

 

「チルルの能力は同等。でも、トレーナーの実力はどうだろうね?」

 

「愚問だね。ミュウも言ってる。『本物は本物だ。技を使わず力で戦えば、本物はコピーに負けない』」

 

「なら、この勝負は私の勝ちだね」

 

「言ってなさい」

 

 次は私から仕掛けた。

 でも、無策に攻めても意味がない。

 何をやってもオウム返しされる。

 それならば、先手を打つことで有利になる技から展開すればいい。

 

「チルル、歌う」

 

 要するに、状態が同等であるから均衡するのだ。

 ならば、こちらが有利になる状況を作ればいい。

 それを分かっていたように、彼女は指示を出す。

 

「騒ぐ」

 

 そう、彼女のチルタリスが騒ぎ出したのだ。

 騒いでいる状態では、ポケモンは眠り状態にならない。

 私の、チルルの歌声は無力化された。

 

「でも、騒ぐは隙を作る技でもあるよね。チルル、この隙に龍の舞」

 

 一度騒ぎ始めれば、しばらくは指示を聞かなくなる。

 その間は隙だらけだ。

 その隙をついて、バフをかける。

 

「問題ないわ。先に押し切ってしまえば」

 

「チルル、羽休め」

 

 とは言え、騒ぐの威力はバカにならない。

 悠長に舞い続けることはできない。

 折を見て、回復を挟む必要がある。

 

「さて、今度はそっちに隙が出来たんじゃない? チルル、追い風」

 

 私が回復に専念している間に、彼女のチルタリスは騒ぐことをやめていた。

 彼女達を風がサポートし始める。

 盤面は、それほどこちらに傾いていなかった。

 いや、どちらかと言えば、私が不利か?

 

 流れを断ち切る。

 そんな一手が必要だ。

 

「ねぇ、出し惜しみはやめようよ。持てる力全てを以て、ぶつかってきなよ」

 

 そう言って私は、袖を捲った。

 晒された左手首から、キーストーンの埋め込まれた腕輪が現れる。

 流星の民に貰った、新たなる可能性。

 

「行くよ! チルル! メガシンカ!」

 

 右手を添えて、大きく叫んだ。

 正直、ちょっぴりワクワクしてる。

 結局ホウエンでは、メガシンカを見る前に気を失ったし、まだ見たことがない。

 まさに初体験というやつだ。

 

 だけど、私がそれを見ることは叶わなかった。

 

「何も……起きない?」

 

 そう、反応しなかった。

 チルタリスナイトも、キーストーンも。

 手首を捻り、腕輪を確認する。

 きちんとキーストーンは嵌っている、チルタリスナイトも持たせている、なのに何故……。

 

「まだ試していなかったのね。やっぱりあなたは、私なんかじゃない。チルル、ムーンフォース」

 

 やさぐれた私が指示を出す。

 ムーンフォースがチルルを捉え、弾き飛ばした。

 とっさの出来事に、対応できなかった。

 だって、そんな、なんで。

 

「どうしてムーンフォースなんて採用しているのか、そう考えてる?」

 

 私の考えを読むように、彼女が言った。

 そうだ。

 メガシンカすればフェアリースキンが手に入る。

 そうなればハイパーボイスの方が使い勝手がいい。

 敢えてムーンフォースを使う理由は一体……。

 

「私はね、既にメガシンカを試したんだよ。でも、出来なかった。フェアリースキンは、手に入らなかった」

 

 彼女は言う。

 噛み締めるように、食い縛るように。

 彼女は言う。彼女は言う。

 だから私は言う。

 

「ふぅん。妥協したんだ」

 

「ッ! うるさい! 私に何が分かる!」

 

「なんだ、私って認めてるんじゃん」

 

「黙ってよ! 口を開かないで!」

 

 叫びながら、彼女は頭を振る。

 分かることと、納得することは別物だ。

 頭で理解できていても、心で認められない。

 人はそれを、駄々をこねるという。

 

 やさぐれた私が、私をムーンフォースで狙い打つ。

 私は一歩後ずさった。

 一歩しか動けなかったのではない。

 それだけで十分だったのだ。

 

 スライドするように、私の体が移動する。

 ムーンフォースの射線から逃れる。

 

「移動トラップってね」

 

「あぁ……そういうこと。あなたは、モンメンを探さずに、地下通路に向かった私なのね」

 

「んー? ということは、やさぐれた私はモンメンを探しに行った私っていう事?」

 

「……そういう事みたいだね。どういった因果かは分からないけれど、きっとこの像が原因でしょうね」

 

 やさぐれた私が像を睨みつけた。

 私もそれを、流し目で確認した。

 ディアルガとパルキアを融合させたかのような石像。

 時間、空間。

 この像には、何かしらの力が働いているということか。

 

「その様子だと、モンメンは見つからなかったんだね? でも、それだけじゃないでしょう? それだけのことで、私は自分に当たったりしない。八つ当たりなんかしない」

 

 彼女に向き直りながら、私は続ける。

 同じく視線を戻した彼女と、視線が交差する。

 私は私の目を見て、まっすぐに問い掛けた。

 

「教えてよ。何があったの?」

 

 彼女が、口を開けた。

 けれどそれは、言葉にならず。

 言おうとしたり、やめようとしたり。

 閉じて、開いて、また閉じて。

 結局彼女は首を振り、私を見据えてこう言った。

 

「やめた。あなたに伝えたところで、同じことを繰り返すだけだもん。ならせめて、同じことを繰り返させない。私が因果を断ち切ってやる。それが私の贖罪」

 

「分かんないじゃん、繰り返すかなんて。蝶の羽ばたきが世界を大きく変えることもある。あなたも知っているはずよ」

 

「そうね。でも、分かっているでしょう? 私は誰よりも私を信用していて、誰よりも私を信頼していない。だからあなたには任せられない」

 

 そう言って彼女が、手を空に翳した。

 その分だけ影が伸び、私の足元に暗がりを広げる。

 その影をかき消すように、月の力を充満させる。

 ムーンフォースだ。

 チルルの残存HPを刈り取ろうとしているのだ。

 

 チルルに注意を促そうとした。

 躱して反撃。

 それができると思っていた。

 けれどチルルの体力は大きく削れている。

 そんな俊敏な動き、出来るわけもなかった。

 

「バイバイ。たった一つでも、あの子の報われる世界がある事を祈ってるよ」

 

 彼女のチルタリスが、ムーンフォースを放った。

 十全に力を蓄えた、威力に重きを置いた一撃だ。

 延長線上にはチルルがいて、でもチルルには避けようがなくて。

 気づけば私は、間に飛び込んでいた。

 ボールに手を伸ばし、繰り出す。

 

「お願いアロー、守る!」

 

 更に間に挟まれたアローが、必死にその攻撃を耐え凌ぐ。

 障壁に光が屈折し、ムーンフォースが私達を避けて弾けた。

 眩い光が、夕暮れの世界を飲み込む。

 やがて光が収まったとき、両サイドには光が走った跡が刻まれていた。

 

 私とアローが一息ついた。

 いまだに心臓が、バクバクと鳴り響いている。

 それは私が、生きている証だ。

 逸る心臓を抑え、私はチルルと向き合った。

 

「ごめんチルル。仲良くなりたいなんて口で言っておきながら、何も行動を示さなかったね。怖かったんだ、拒絶されることが。恐かったんだ、あなたの強さが。こんな私、信用できなくて当然だよね」

 

 チルルに手を差し伸べる。

 チルルのそのつぶらな瞳に、私が映りこむ。

 

「だからここから」

 

 私は語り掛ける。

 熱く、強く、穏やかに。

 私はチルルに語り掛ける。

 

「だからここから始めよう。――私たちの物語を」

 

 繋がった。

 そんな感覚があった。

 

 先ほどまで倒れていたチルタリスが、産声を上げて立ち上がる。

 それは挑戦者の叫び。

 それは魂の雄叫び。

 力を振り絞り、今一度立ち上がる。

 

「……それで、どうするつもり? 気持ちだけでは、どうしようもない事だってある。あなただって知っているでしょう?」

 

 彼女が言う。

 そうだね、間違っちゃいないよ。

 でもそれだけが、真理じゃない。

 大切なことは、その裏側にある。

 

「そうだね。でも、出来ない理由が気持ちの問題だったってこともある。教えてあげるよ、あなた達が持っていないものを。見せてあげるよ、私たちが持っているものを! 行くよ、チルル!」

 

 今度こそ、二人で。

 

 掛け声とともに、左手を天に掲げる。

 夕日に照らされて、キーストーンが煌めく。

 体を捻り、拳を顔の前まで引き下ろし、右手を左手首に添える。

 その瞬間、魂に熱が走った。

 チルルとの間に、身を焼くような繋がりができる。

 

「進化を超えろ! メガシンカァ!!」

 

 心臓が脈打つ。

 チルルと、心が結ばれる。

 シンクロ状態に潜っていく。

 

 チルルをエネルギーの球体が包み込む。

 一度収束し、弾けるとともに真価を示す。

 これが、メガシンカ!

 

「そんな……、なんで。だって私たちは、メガシンカが出来なくて……」

 

「私が、そう簡単に諦めるなぁ!」

 

 右手を突き出す。

 チルルが私を、追い抜いていく。

 

「恩返し!」

 

 メガシンカしたチルルの一撃が、相手のチルタリスを蹂躙する。

 耐えきることも出来ず、切り返すことも出来ず、やがていつしか倒れ伏す。

 やさぐれた私が膝を突く。

 膝を突き、呆然と虚空を見つめていた。

 彼女の前に立ち、問いかける。

 

「教えてよ。何が私の心を折ったの?」

 

 私はさらに一歩、歩み寄った。

 心ここに在らずといった様子で、彼女が無機質に答える。

 

「……ハクタイの森にモンメンはいなかった。それだけだよ」

 

 嘘だ。

 いや、それは正確ではないか。

 真実を話していない。

 でも、それを看過するほど私は甘くない。

 故に私は問い掛ける。

 

「私はその程度で挫けたりしない。確かにショックではあるけれど、やり直しがきくことでやさぐれたりしない」

 

 膝を突いた私の視線に合わせるように、私も座る。私の隣に。

 太陽は山に隠れていて、その輝きだけが、縋るように空に指をかけている。

 もうすぐ、夜が来る。

 その前に、聞いておかないと。

 

「じゃないと、夜しか寝れないじゃん」

 

 私が冗談めかしてそう笑った。

 私につられて、彼女も少し笑った。

 

「そりゃ死活問題だね。分かったよ、話す。私がハクタイの森で見てきたことを、経験してきたことを」

 

 そうして私は、私にすべてを打ち明けた。

 世界が夜に飲まれるまで。

 ぽつぽつ、ぽつぽつと。

*1
数理論理の世界で、仮定の真偽に関わらず結果が真になる命題の事を指す。



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三話 「失伝技術(ロストテクノロジー)

   【零話】      【新ルート】
―――――――――一日目―――――――――
(朝)      ハクタイ空港
(昼) ハクタイの森 | ポケモンセンター
(夕)  森の洋館  | ポケモンセンター
(夜)  森の洋館  | ポケモンセンター
―――――――――二日目―――――――――
(朝)   ぬるぽ  |   地下通路
(昼)   ぬるぽ  |   地下通路
(夕)   ハクタイシティ(石像前)
(夜)   ???  |   ???←今ここ


 陽が暮れるとともに、世界が切り離された。

 先ほどまでいた私はいなくなり、私だけがここに居た。

 ムーンフォースの弾けた跡はきれいさっぱり消えていて、いっそ夢幻(ゆめまぼろし)の類だったのではないかという疑念すら沸き上がる。

 

 それでも私は、聞き届けなければいけない。

 彼女の思いを。

 叶えなければいけない。

 彼女の願いを。

 

「ということで、もう一仕事しますか」

 

 草原にブルーシートを広げると、そこにアイテムを取り出していった。

 今回は地下通路のおかげで資源が豊富だ。

 切れる札が大幅に増えた。

 よし、やるぞ。

 

 しばらくアイテムと睨めっこして、私はある程度方針を固めた。

 今回はこいつを主軸にしよう。

 地下通路で掘り当てた要石(かなめいし)

 百八の魂を繋ぎ止めるという、霊と親和性のあるアイテムだ。

 

 それを足で挟んで固定して、ノミで加工していく。

 幸いにも今日は、月が明るく輝いている。

 夜目もそれなりに効く方だし、夜空の下でも十分作業できる。

 

 私は加工を続ける。

 球状に、カプセル状に。

 モンスターボールのように。

 丁寧に削りだしていく。

 

(ただのボールでは、今回の事件は解決できない)

 

 現代のボールは、内側と外側が明確に切り分けられている。

 私がコガネシティでゲンガーに作ったボールだってそうだ。

 ボールの内側から外界に干渉できるなら、私が手を加える必要もなかった。

 できないからこそ、私が工夫を凝らす必要があった。

 

 そのせいで、実は結構な不都合が生じている。

 仮に市販品のボールでムウマージを捕まえたとする。

 そしてその間、たとえどれだけ早くボールから繰り出したとしても、そこには必ず『ムウマージが女の子をつなぎとめて置けない時間』が出来てしまう。

 その子が魂だけの存在になる時間を、どうしても回避できない。

 

 そうなったとき、その女の子を救えるか。

 分からない、そんな事。

 だから私は、考えなければならない。

 より確実に女の子を救う手段を。

 向こうの私を鎖から放つ方法を。

 

(やるからには、全員救ってみせる)

 

 ムウマージは女の子を現世に繋ぎ止めておきたい。

 女の子は、人として生きることを望んでいる。

 やさぐれた私は、やり直したがっている。

 みんなの願いをまとめて叶える。

 それが私の決心だ。

 

 切り口はある。

 私の世界と、やさぐれた私の世界。

 相互不干渉が絶対の、時間と空間。

 それが巡り合わせたのだ。

 どうしてボールには不可能と言えようか。

 

 とどのつまり、境界を曖昧にしてしまえばいいのだ。

 どちらが内側で、どちらが外側か。

 その線引きを取り払う。

 

 分かりやすく言えば軒下だ。

 あれは室内から見れば外側だが、敷地の外から見れば内側にあたる。

 だと言うのなら、あれは内側とみるべきか外側とみるべきか。

 曖昧だ、曖昧なのである。

 

 同じことを、ボールで再現する。

 そのために用いるのが、この要石だ。

 

(着想は既にある。あとは生み出すだけ)

 

 ミカルゲというポケモンがいる。

 彼は要石に囚われているが、同時に現世にも存在している。

 内にも外にもいる存在。

 要石は内側だろうか、外側だろうか。

 そう、曖昧なのだ。

 

 要石の内に居ても外に存在できる。

 そうすれば、ムウマージがボールに居ても女の子は現世に居られる。

 ムウマージの干渉力はそのままなのだから当たり前だ。

 そしてそれこそが、私の狙い。

 

(ボールの中ではなく、()()()()()に捕獲する)

 

 それはつまり、キャプチャーネットを使わないということを意味する。

 現代のボール理論をぶち壊せ。

 先入観を打ち捨てろ。

 さもなくば先はないと思え。

 

「さて、こんなものかな」

 

 最後に、やすりをかけて仕上げる。

 水で濡らし、艶を出す。

 やるからには全力でだ。

 

 乾かし、開閉スイッチを取り付ける。

 おー、ぴったりだ。

 もうね、手がボールの形を覚えてるんだよ。

 

「さて、行こうか。森の洋館に」

 

 煌々と輝く月明りの下。

 私達は森に向けて歩き出した。

 

 森を歩いて、数分で館に辿り着いた。

 私の話だと随分と歩いたような印象を持ったが、どうやらそんな事は無かったみたいだ。

 まさかモンメンを探して道に迷ったなんてことはないだろうし、行きはスルーしたけど帰りには立ち寄ったとかそんな感じだろう。

 ……え、迷ってないよね?

 信じるよ? やさぐれた私よ。

 

 館の前に立ち、一呼吸。

 レンガの壁にはツタが生え、屋根は色あせ、時間の流れを匂わせる。

 今にでも黒い霧が沸き上がり、魔女が飛び出してきそうだと私は思った。

 

(あー、嫌だなぁ。なんでこんなホラー現場に立ち寄ったんだよ、私は。恨むぞー)

 

 とは言っても、もはや後の祭りだ。

 知ってしまった以上、それを放っておくことなんてできやしない。

 私には、それを解決するだけの能力が与えられたのだから。

 向き合うことが、私の天命だ。

 

 コン、コン、コン。

 館の扉を三度叩く。

 幼女が寝ていたらそれまでだけど、幽霊なら睡眠がいらないかもしれない。

 もし反応が無ければ、また明日来ればいいだけだ。

 そう思っての行動は、思いのほか効果があった。

 

「はい。どちら様ですか?」

 

 扉の向こうから、女の子の声がする。

 私と同い年くらいだろうか。

 無邪気で、無垢な、幼い声だ。

 

 私は今一度気を引き締めた。

 失敗は許されない。

 この思いは、届けなければいけないのだ。

 

「夜分遅くに申し訳ございません。私、ジョウトから来たチエと申します。お恥ずかしいのですが、実は道に迷ってしまいまして……。よろしければ一晩、泊めていただけないでしょうか?」

 

「旅人さん……?」

 

「そうですね、旅人です」

 

「分かりました! どうぞ!」

 

 扉の向こうから聞こえる声が、弾みだした。

 声質から、嬉しさが滲み出している。

 それが私の緊張を、一層強くした。

 

「ありがとうございます。ですが、その、持ち合わせがなくて……、どうお礼すればいいか……」

 

「ならこういうのはどう? 旅人さんが見てきた外の世界、それをお話してくれない?」

 

「……そんなことでよろしいのですか?」

 

「うん! 私、ずっとこの家から出たことが無くて……だから、どんなものより価値がある事なんだ!」

 

 そういう事ならと。

 私は微笑んでそれを引き受けた。

 よし、第一関門は突破だ。

 

 あとはひたすら、私の行動をなぞるだけ。

 屋敷の豪華な一室で、私は私に聞いた通りの行動を模倣した。

 信頼を得るために、ムウマージのもとに案内してもらうために。 

 

 これまでの旅の事を、面白おかしく語り出す。

 

 ヒワダにはヤドンの井戸と呼ばれる場所がある事。

 コガネにはポケスロンドームや空港がある事。

 流星の滝にある、クレーターの事。

 夜のルネシティの、星に包まれたような情景の事。

 空の柱という、とても高い建物の事。

 

 そうして月も高くなり、天窓から垂直に光が差し込む頃。

 そろそろ寝ようという話になった。

 

 カーペットの敷かれた、長い廊下を並んで歩く。

 手と手を取り合い、歩幅を合わせ。

 

 女の子の足取りが、どんどん重くなる。

 私は何を言うでもなく、そのペースに合わせた。

 

 そして聞いていた通り、部屋の前で彼女の足が止まった。

 幼女が、真実を打ち明ける。

 

「ごめんチエちゃん。やっぱり、嘘つけないや」

 

 本当に、優しい子だったんだろう。

 自分が嫌だと思う事を、人にはしない。

 そんな単純で、けれど誰にでも出来るわけではないことを、目の前の幼女はできるのだ。

 

 彼女の震える肩に、私は手を置いた。

 一瞬びくっとした後、震えが引いていく。

 私は、やさしく語り掛けた。

 

「大丈夫。何も言わなくていいよ」

 

 女の子の頭を撫でた。

 

「全部分かってるから。その上で私は、ここに来たんだから」

 

 あなたの思いも、私の願いも。

 すべて聞き届ける。

 そのために、私はここに居る。

 

 バッドエンドで終わった世界があるというのなら、私にハッピーエンドを迎える選択が取れるというのなら。

 全力で足搔いて、もがいて、掴み取ってやる。

 

「チルル! 白い霧!」

 

 私が取ったという、ムウマージ対策。

 それを伝授された私が活用する。

 

 白い霧の奥に、暗い影が現れる。

 聞いた通りだった。

 さすがは私、頭が回る。

 

 だけど、歴史を辿るのはここまでだ。

 ここまでは向こうの私の選択。

 そしてここからが、私の選択だ。

 

(……出来るか?)

 

 そんな不安を、頭を振って否定した。

 最後の最後に、やさぐれた私は私を信じた。

 なら私が、私を信じられなくてどうする。

 

 構える、呼気を整える。

 大丈夫、やれる。

 不安や悩みは全て、置き去りにしろ。

 

「捕らえろ! チエボール・リヴァイブテクノロジー!」

 

 石でできたそのボールが、ムウマージを捉える。

 大気が渦を巻き、ムウマージを引き寄せる。

 館のカーペットか巻き上がり、窓が音を立てて軋む。

 シャンデリアから明かりが落ちる。

 

 ゲンシカイキしたそのボール。

 それは失われた技術の再現。

 今は無き太古の文明の復元。

 

 かつてアニポケで、『げきとつ! ちょうこだいポケモン』という内容が放送されたことがある。

 太古の昔、ポケモンは銅鐸やスプーンなんかでゲットができていたのだ。

 キャプチャーネットも無しに、捕獲が可能だった時期があったのだ。

 

 しかし、それはおかしい。

 もう一度、ボールの仕組みを思い返そう。

 

 ボールは主に、三つのパーツから構成されている。

 一つ、外殻。いわゆるボール本体部分。

 二つ、開閉スイッチ。これによりポケモンの出し入れが可能となる。

 三つ、キャプチャーネット。ポケモンを捕獲するためのギミック。

 そして、これらはどれか一つでも欠けた時点でボールとして効果を失う。

 

 だがしかし、昔のボールにはキャプチャーネットが無かった。

 だというのならば、どこかに仕掛けがあるはずなのだ。

 

「例えば外殻そのものが、キャプチャーネットの役割を兼任しているとすれば?」

 

 その発想が、全ての切っ掛けだ。

 ロストテクノロジーを蘇らせたボール。

 故にリヴァイブテクノロジー。

 

 要石からできたボールが、ムウマージを捕まえようとする。

 ムウマージは、それを必死に拒む。

 だけど、近代のボールすら知らないあなたが、ゲンシカイキしたボールの能力に抗えるとでも?

 ……いや、違うのか。

 

(出来る出来ないじゃなく、やらなければ女の子が消える。だからこそ、必死に抗っているんだね)

 

 現代のボールは、前述の通り世界と完全に二分する。

 そうなれば、幼女を繋ぎ止められない。

 またひとりぼっちになる。

 

 ……そんな不安、抱く必要ないんだよ?

 

「分かるよ、ムウマージ。あなたも、一人でさみしかったんだよね。いろんな人と会いたかったんだよね。でも、ニンゲンのあなたに対する態度は二つに一つだった。(のろ)いを恐れるか、(まじな)いを求めるか」

 

 人間なんて、理解の外にいる生物だよね。

 そんな中、唯一分かり合えたその子があなたにとってどれだけ大事な存在か。

 そんな事、考えなくても分かる。

 

「だから死んだ魂に働きかけてまで、繋ぎ止めておいたんでしょ? でも、姿を現したままでは外を出歩けない。ボールに入れば彼女を成仏させてしまう。だから抗ったんだよね」

 

 でも、と。

 私は切り出す。

 

「安心して、大丈夫だから。あなたの願いも、彼女の想いも、私は踏みにじったりしない」

 

 ムウマージが、横目でこちらを見た。

 目を逸らさず、見つめ返す。

 何かが琴線に触れたのか。

 ムウマージはやがて、おとなしくボールに収まった。

 吸引が収まり、館に静けさが舞い戻る。

 

 手汗を握り締め、私は振り返った。

 そこには、ちゃんと幼女がいた。

 消えることなく、失せることなく。

 その場に、とどまり続けていた、

 

(あぁ、何とかなった)

 

 リヴァイブテクノロジーを回収し、女の子に手渡した。

 受け取った彼女に、私はこう続ける。

 

「見たでしょ? ムウマージは、ずっとあなたを思っていたんだよ。ずっとあなたと、友達になりたかったんだよ」

 

「でも、ずっと私を閉じ込めて」

 

「寂しかったんだよ。ヒトがムウマージに抱く感情は複雑だからね。きっと今まで、いろんな目に遭ったんだと思う。そんな中、あなただけがムウマージと一緒にいられたんじゃないかな? でも、あなたがここからいなくなれば、ムウマージはまた独りぼっち。あなたが人前に出ることは、ムウマージが人に見つかる危険性をはらんでいる。そうするしか、無かったんだよ」

 

 だからと言って、彼女がムウマージを許すかは別物だ。

 ムウマージのおかげで、彼女は死んでも死にきれず、さまよい続けることになったのだ。

 孤独に、寂しく。

 もし、ムウマージを許せず、死を望むのならそれも彼女の権利だ。

 

「でも、さ。分かるでしょ? 独りぼっちのさみしさが。誰とも触れ合えない苦しさが」

 

「……うん」

 

 私の言葉に、女の子が頷く。

 小さく零れた言葉にはしかし、重みがあった。

 上辺だけではない、質量を持った言霊。

 

 それを敢えて、軽い言葉でぶち壊した。

 

「じゃあさ、二人で旅に出るといいよ」

 

「……え?」

 

 女の子が、その目をパチクリとさせた。

 私は微笑み、言葉を続ける。

 

「そうでしょ? あなたは外の世界を見たいけど、ムウマージがいない所には行けなかった。ムウマージはあなたと一緒に居たいけど、人前に姿を現せなかった。なら、もう全て問題は解決してるよね?」

 

 ムウマージはボールの中にいるのだ。

 もう人目に付くこともない、不注意が無ければ。

 もはや彼女たちを縛るものは無い。

 

「二人で一緒に、また始めてきたらいいよ。紡いでくればいいよ、二人だけの物語を。何度でも、何度でも」

 

 諦めない限り、そこに道は続いて行くのだから。

 取り返しのつかないことでない限り、何度だってやり直せるのだから。

 

 そうして幼女は、大粒の涙を零した。

 喉から声を絞り出す。

 

「あり、が……。ありがとう、ございます!」

 

 そんな彼女の背中に手を回し、私はポンポンとさすった。

 顔をあげれば天窓から、丸い丸いお月様が光を注いでいた。

 ほのかに、優しく、朗らかに。

 包み込むように、そっと。

 

 ――ねえ、やさぐれた私?

 ――私は、あなたの失敗を拭い去れたと思うよ。

 ――だから、ね。

 ――あなたも、もう一度私を始めてくれていいんだよ。

 

『ありがとう』

 

 ……そんな声が、聞こえた気がした。




ムウマージ→女の子と一緒に居たい、人前に出るためにはボールに入らないといけない。

女の子→人と交流したい。実体を保つためにはムウマージが必要。

モンスターボール(従来)→ボールの内と外を切り分ける。ボールに入れればムウマージの能力が切れて幼女が消滅する。

リヴァイブテクノロジー→ボール自体がキャプチャーネットになっている。内外の概念が無いねん。ボールに居ながら幼女の実体を作り出すことができる。

話がややこしい。反省。


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終話 「あるいは私の選択」


   【零話】       【本編】
―――――――――一日目―――――――――
(朝)      ハクタイ空港
(昼) ハクタイの森 | ポケモンセンター
(夕)  森の洋館  | ポケモンセンター
(夜)  森の洋館  | ポケモンセンター
―――――――――二日目―――――――――
(朝)   ぬるぽ  |   地下通路
(昼)   ぬるぽ  |   地下通路
(夕)   ハクタイシティ(石像前)
(夜)   〃←今ここ|   森の洋館



 陽が暮れるとともに、世界が切り離された。

 先ほどまでいた私はいなくなり、私だけがここに居た。

 ムーンフォースの弾けた跡は、きれいさっぱり消えていて。

 白日夢だったのではないかという疑念すら沸き上がる。

 

(本当に、夢幻(ゆめまぼろし)だったんじゃないかな)

 

 東の空に、丸い丸い月が昇り出している。

 先ほどまでの激しさも、私の思いも。

 全部まがい物だったんじゃないか。

 そんな思いが沸いて出る。

 

(でも、それでいっか。夢でも、夢でなかったとしても。きっと私なら、あの子を救ってくれる)

 

 多世界解釈というモノがある。

 漢字が連なっていて難しい気もするが、一言で言えばパラレルワールドのようなものだ。

 些細な偶然が起こる度に、何かが起こった世界と、何も起こらなかった世界に分かれていく。

 そんな話だ。

 

(私が観測できなくても、どこか別の世界であの子は、きっと幸せになってくれている)

 

 私が全力で解決すると言ったのだ。

 だから、もう大丈夫。それだけで十分だ。

 ここではない別の世界で、あの子は自由になっている。

 

 だから、後悔なんて……。

 

「あぁ、くそっ」

 

 空を見上げた。

 ヒガナがそうしていたという様に、私も。

 涙が、零れ落ちないように。

 

 けれども、私の意図とは裏腹に。

 涙という雫は、際限なく滴り落ちる。

 

「ふふっ、全然効果ないじゃん」

 

 拭い、振り払った。

 けれど涙は、次から次へと溢れ出す。

 拭えど拭えど底は無い。

 悲しみに飲まれ、哀しみに苛まれ。

 いつしかついに、蓋をした本音までが零れた。

 

「悔しいなぁ……」

 

 分かっている。これは私の選択だ。

 選んだ結果、偶然辛い未来を引き当てただけ。

 向こうの私は、偶然幸運な道を引いただけ。

 それを妬んだところで仕方がない。

 仕方のない、事なんだ。

 

 だけど、思わずにはいられない。

 

 どうして私は、あの子を救えなかったのだろう。

 何故あの子を救うのは私ではなかったのだろう。

 運命を呪わずには、いられなかった。

 

「何が違ったんだろうね。私と、あなた」

 

 向こうの私もチルルを持っていた。

 キーストーンもチルタリスナイトも持っていた。

 アローもいた。

 つまり、ホウエンまでは同じような旅をしていたはずなのだ。

 

 ということはだ。

 シンオウ以降の、本の些細な行動の違い。

 その差が、私たちの未来を切り分けた。

 そう考える以外あるまい。

 

 悔しくて、苦しくて。

 吐き出すように天を呪った。

 

 

「確かにやり直したいと願ったよ。だけど、こんなの……、こんなのって、あんまりだよ……!」

 

 

 あの日、あの子を天に昇らせて。

 それから今まで、どこをどう歩いたのかも覚えていない。

 けれど気づけばここに居て、私は縋るように神に祈った。

 時間の神と空間の神を祀ったこの像だ。

 何かしらの奇跡が起きれば。

 そんなことを、私は確かに望んだ。

 けれど、こんな結末なんて求めていない。

 

「どうしてッ! どうして私じゃないの! 私には、あの子を救う資格がないというの!」

 

 確かに別の世界であの子は救われただろう。

 他ならぬ、チエという少女の手で。

 だけどそれは、私の手ではない。

 

「どうしてッ。どうして……」

 

 そんな残酷な優しさ、要らなかった。

 どうしてそんな中途半端に、神は願いを叶えたのだろう。

 

「……いっそこの世界の観測を、そのものを、無かったことにすれば」

 

 そんな考えが、頭に浮かんだ。

 そしてそれは、どうしようもなく名案に思えた。

 

「ははっ、そうだ。私が死ねば、少なくともチエという存在からこの世界は消える」

 

 どこか別の世界で、私が生きているのならそれでいいだろう。

 私が何人もいたら、私の価値が薄れてしまう。

 逆に、私が一人いなくなったところで、世界は変わらず周り続ける。

 

「そうだ、それがいい。それが――」

 

 ふらふらと、足が動き出す。

 先にあるのは、テンガン山。

 たしか渓谷があったはずだ。

 そこから身投げして……。

 

『私が、そう簡単に諦めるなぁ!』

 

 音を立てて振り返った。

 遠心力を持った私の腕は空を切り。

 声の主を探し、辺りを見回す。

 

「幻、聴……?」

 

 それは確かに、私の声だった。

 つい先ほど、自分に言われたばかりの言葉。

 たったそれだけの言葉が、耳にこびりつき、心を掴み、決して離さなかった。

 

「は、ははっ」

 

 今、自分は何を考えていた?

 身投げ? バカなの? 死ぬの?

 私はそんなに、往生際のいい人間じゃないだろう?

 

「そうだ……、そうだよ。私は図々しいんだ。この程度の事で、挫ける人間じゃない」

 

 いつの間にか、涙は止まっていた。

 そうだ、それでいい。

 泣いてる暇なんてないだろう?

 そんな暇があるなら、走り出せ。

 

「そうだよ、誰かに任せて、それで満足なんて、そんなの私じゃない! 他の誰でもない! 私は私のやり方で、あの子を救ってみせる!」

 

 幸い、ポケモンには時間を操る者が存在している。

 一体はセレビィ。

 ウバメの森に現れるという、時渡りポケモン。

 もう一体はディアルガ。

 槍の柱に眠ると言われる、時間ポケモン。

 

 この二体のうち、どちらかさえ捕まえられれば可能性はある。

 

「かの偉人は言いました。『私がこの世に生れてきたのは、私でなければできない仕事が何かひとつこの世にあるからなのだ』と」

 

 あの日と同じように。

 ヒワダを発った日と同じように。

 私は口角を上げた。

 

 上等だ、やってやろうじゃないか。

 

「そういえば……」

 

 ヒワダを発つときに、おじいちゃんから渡されたものがあった。

 その事を思い出し、預かりボックスを調べた。お守りのようなものだと思っていたけれど、今思えば別のもののようにも思える。そう、あれは……ポケスペ版ガンテツが肌身離さず持ち歩いているという――。

 

「『特殊玉作成秘伝の書』……」

 

 渡された巻物のタイトルを読み上げて、そして私は(わら)った。

 これだ。これがあれば、まだやりようはある。

 ()()()()()()()()()

 

「おー、書いてある書いてある」

 

 巻物を開く。

 そこにはガンテツボールの作り方が載っていた。

 左から右へ、紙を送る。

 

 ヘビーボール、ルアーボール、レベルボール、スピードボール……。

 それぞれのボールの作り方から特徴まで、所狭しと刻み込まれている。

 

「そして、書の最後には……」

 

 胸が高鳴る……いや、躍動する。

 記載されたその項目を見て、私は笑った。

 

「あはは、何がガンテツボールを超える物が作れなかったさ。ちゃんとあるじゃん、最高傑作と呼ぶべき代物がさ!」

 

 最後の最後に記されたその項目。

 そこに示された究極のボール。

 

「GSボール。時をとらえるモンスターボール……ッ!」

 

 ――どうやら神は、私を見捨てていないらしい。




※闇堕ちはしないです。


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番外編 「アーマーボール」

前回の更新が2月、今回の更新が3月だから実質一月しか空いてない()
ごめんなさい、意外と就活が忙しかったんです。
そしてまだ就活続きます、許してください。


 神はいる。そう思った。

 

 その話をする前に、彼女の話をしましょう。

 彼女は最強、いや、最高のポケモンだったわ。

 

 彼女より強いポケモンがいた。彼女に勝てるポケモンがいた。彼女に負けないポケモンがいた。けれど、決まって頂点に立つのは彼女だった。

 多くのトレーナーが彼女に勝利を求め、努力の果てに力を得て、彼女はいつも期待に応えてきた。

 それでも、悲しき事かな。盛者必衰、栄枯盛衰。かつて栄えたポケモンも、一線級で戦えなくなる時が来る。彼女自身、それを知っていたでしょう。知ってなお渦中に身を投じ、怒りに任せて地を揺るがし、戦い続けた王者の名は――

 

 ――ガブリアス、頂点に君臨したポケモンよ。

 

 某日、ハクタイシティ。

 私は再び石像の前にやってきていた。

 森の洋館の亡霊を無事救ったことの報告をしようと思ったからだ。

 そこで私は思わぬ邂逅を果たすことになる。

 

「生み出されしディア……、私たちに時間を与える。生み出されしパル……、いくつかの空間を作り出す。……もしかして、ディアルガとパルキアの事かしら。うん、カンナギに伝わる昔話とも一致する。という事は神話のポケモン達は、ドラゴンタイプ?」

 

 石像の前に立ち独り言をつぶやく女性は、このシンオウの頂点に立つトレーナー。

 チャンピオン、シロナだった。

 

(うわ、めんどくさいことになりそう。あとでまた来ようかな)

 

 私の直感がシロナと関わらない方がいいと言っていた。私は虫の知らせを信じている派閥だ、特性とかじゃなくて本当の意味で。だからこれも回避すべき出来事なんだと思う。ただ、実際に回避できるかどうかは別問題というだけで。

 

「あら、そこのあなた。何か用かしら?」

 

 私の視線を感じ取ったのか、シロナが不意に私の方を向いた。何というか頂点に立つようなトレーナーたちの感覚器官は異様に発達している気がする。ヒガナしかり、シロナしかり。

 

「すみませんじろじろ見てしまって。悪気は無かったんです、許してくれるんですか! ありがとうございました! それでは!」

「……あなた話聞かない子って言われない?」

 

 失敬な。

 せいぜいアカネとマサキとヒガナくらいからしか言われてないよ。……ん? それってほぼ全員なのでは?

 

「心当たりがあるようね」

「……いえ、初耳ですね」

「おまけに嘘を吐くのが下手」

「くっ、殺せ」

 

 気が付けばシロナは目の前に立っていた。

 20メートルは距離があったと思ったのに、一体いつの間に。

 速報、シロナはマッハポケモンだった。

 

「ふふ、ごめんなさいねからかってしまって」

「まったくです。私の堪忍袋が危うく切れるところでしたよ」

「切れたらどうなるのかしらね?」

「シロナさんの年齢が暴露されます」

「分かったわ悪かったわ。謝るから許して」

 

 効いてる効いてる。

 話は聞かないが効果抜群を突くことはできるんだぞ。

 さあ、反撃の狼煙をあげろ。

 

「えー、折角なんですからもう少しお話ししましょうよ。無敗のチャンピオンさん!」

「……っ!」

 

 その一言を放った瞬間、シロナの顔が曇った。

 ほほぅ、年齢の事がそこまできついか。

 私はシロナの年齢なんて知らないけれど、ある程度の推定要素はそろっている。例えば長い間無敗のチャンピオンとして君臨している事、対象となるアカギがプラチナ時空において27歳だったことなんかがいい例だ。もっともクロツグが子持ちであるからあまり当てにはならないかもしれないけれど。

 そんなことを考えていると、不意に寂寥の音がした。

 

「その名前で呼ばれるのも、そろそろ最後かしらね」

 

 私はまっすぐシロナを見た。そこには苦虫を噛み潰したような表情が浮かんでいた。いや、沈んでいたというべきだろうか。どちらにせよ、そこには苦悶の色が広がっていた。

 

「次の防衛戦……来週にあるのだけれど、それを最後に、勝ち負けを問わずに、チャンピオンの座は明け渡すつもりよ」

 

 負けるつもりは毛頭ないけれどね、と続ける彼女。

 浮かべた笑みは硬く険しく。

 まるで喜色と正反対に位置するものだった。

 

「どういう、ことですか?」

 

 私はつい、そう問いかけた。

 ホウエンの大災害の3年後がプラチナ時空だったはず。つまりシロナは後3年は頂点に立ち続けるはずだ。まだまだ現役で居続けるはずなのだ。

 

「ごめんなさいね、不安にさせてしまうようなことを言ってしまって。申し訳ないけれど、聞かなかったことにしてくれる?」

「それは難しい提案ですね」

「ほら、アイス買ってあげるから、ね?」

「食べ物で釣ろうとしないでください」

 

 というかあなたが食べたいだけでしょうに。

 

「ほら、いい子だから、ね?」

「子供じゃない、もう7歳だもん」

「……まだ7歳っていうのよ」

「……そりゃあシロナさんと比べたらまだ7歳ですけれど」

 

 ……。

 私達の間に沈黙が訪れた。

 あれだ、OLが学生時代に思いをはせる様子を目撃してしまった幼女の図が完成してしまった。

 気まずい。

 

「ところでチャンピオンを辞めるってどういうことですか?」

「その話ここで蒸し返すの!?」

「話を聞かないことに定評があるので」

 

 その後しばらく、再度沈黙が訪れた。

 だが今度は先ほどと状況が違う。

 今回は、シロナが質問に答える番だ。

 

 会話には三つの役割が存在する。すなわち話し手、聞き手、答え手の三役だ。一つ前の会話は私が話し手でシロナが聞き手、今回はシロナが答え手で私が聞き手だ。さあ、洗いざらい話してもらおうか。あなたが話すまで私は無限に待ってみせる。

 そんな場の空気を察したのか、観念したようにシロナは口を開いた。

 

「……誰にも、秘密よ?」

 

 シロナがボールに手をかける。チャンピオンだというのに、そのボールはモンスターボールだ。こういったところにも、彼女の本質が見え隠れする。

 シロナの手持ちはガチパで有名過ぎ、もう一方の側面はしばしば陰に隠れがちだ。それはすなわち、入手条件が厳しいという事だ。

 例えばミカルゲは友達がいなければ入手できなかったし、ロズレイドやトゲキッスは光の石が必要だし、ルカリオとミロカロスにはそれぞれ懐き度と美しさが必要になる。手間のかかるポケモンが多いそのパーティからは、彼女のポケモンに対する愛情が窺い知れる。

 

 シロナがボールを放り投げる。

 ボールエフェクトを切り裂き現れたのは、レートの王者。

 

「ガブリアス……」

 

 身長はたしか2メートルくらい、体重は草結びの威力が80のポケモン。

 纏うは王者の風格。

 背びれに切れ込みは無く、メスであることが伺い知れる。

 

「ええ、そうよ。私とずっと戦い続けてくれた、最高のパートナー。ベストフレンド。ううん、そんなことを言う資格、私にはないかもしれないけれど――」

 

 シロナがガブリアスの肌を撫でた。

 柔和な白い肌と、武骨な青い肌が、この上なく綺麗なコントラストを生み出している。

 私はしばらく、その様子に見とれていた。

 頂点というものは、こうも美しいものなのか。

 

「――予兆が見え始めたのは去年の事。無茶をし過ぎたのよね。相手は誰も彼も、素早いポケモンでパーティを組んでいたの。あの時は流石に負けを覚悟したわ。だって、私のパーティで一番足の速いこの子ですら、全然追いつけなかったんだもの」

 

 そういってシロナがやさしく微笑んだ。

 ガブリアスは目を逸らす代わりに、瞳を閉じてそれを拒む。

 気恥ずかしい過去に、蓋をするかのように。

 

「でも、負けなかった」

 

 シロナが続ける。

 

「最後に立っていたのは、この子だった」

 

 彼女は続ける。彼女は続ける。

 

「自分よりも素早い敵の喉を喰らい、捉えられない相手を切り裂いて、屍の上にこの子は立っていた。誰もが歓声を送ってくれた。この子の勝利を喜んでくれた。でもね、私はずっと、後悔し続けた」

 

 シロナがガブリアスに手を回し、向きを変えさせる。

 ガブリアスも渋々といった様子ではあったが大人しく従った。

 彼女が、私にそれを見せた。

 

「……っ!」

 

 私は気付いた。気付いてしまった。

 堂々たる雄姿の土台が、如何に不安定なものであったかを。

 

「飛節軟腫。つまり、くるぶしの辺りが腫れる病気なの」

「……もしかして、療養のために?」

 

 問いかけながら、私は考えていた。

 そうだ、ここはゲームの世界とは違う。

 最初から5世代以降のポケモンが存在している世界なのだ。

 

 DPt時代のポケモンにおける素早さラインは大きく4つ。

 キノガッサより遅いポケモン、ガブリアスよりも遅いポケモン、ガブリアスよりも速いポケモン、スカーフキノガッサと同等以上の速さを持つポケモンだ。

 ガブリアスが6世代において17シーズン連続で使用率1位という偉業を打ち立てられたのも、この100族を微妙に上回る102という絶妙な素早さ種族値にあるといっていいだろう。

 だがしかし、時代は変わった。

 

 すいすいや砂掻き、葉緑素に加速といった素早さの上がる特性。ばらまかれる先制技や龍の舞。メガシンカによる素早さ上昇。カプ・コケコやゲッコウガという高速アタッカーまでがスカーフを持ち始めるという環境。

 激戦区と呼ばれた100族や70族から、求められる素早さラインは徐々に引き上げられていった。

 そんな時代に生きるガブリアスが勝ち続けることは、許されなかった。

 

「確かに、それもあるわ。現に一部のトレーナーにはこの子の不調も知られていてね。もうガブリアスをバトルに出すなんて苦行を強いるなという声もぽつぽつと届いているのよ」

 

 儚げな表情を浮かべながら、シロナは言う。

 私は、何かを口にしようとしたが、結局どれも言葉にならなかった。

 

 そんな声気にするな?

 あるいはそうするのが一番いい?

 どれもこれも、歯が浮くような言葉ばかりで、私は掛けるべき言葉が分からなかった。

 

「でも、一番はそうじゃないの。許せないのよ、ガブリアスの無茶を止められなかった私を、この子より、勝ちを優先してしまった私を。私は許せないのよ」

 

 沈黙を貫いていたガブリアスの瞳が、わずかに開かれる。

 切れ長の瞳には、悲壮が灯っている。

 

「もう、この子に無茶はさせられない。これは私の、トレーナーとしてのケジメよ。ポケモンと共に生きるものとしての責任よ。だから……」

「本当に、本当にそう思ってるんですか?」

 

 悩んだ挙句、口を突いて出たのはそんな言葉だった。

 

「今まで一緒に戦ってきたんでしょう? ずっと支え合ってきたんでしょう? それなのに、本当にそれでいいと思ってるんですか!」

「……えぇ」

「嘘ですっ! だったらどうして最初から棄権しないんですか、どうして戦いの場にガブリアスを連れて行こうとしてるんですか! 本当は、本当は――」

 

 強く叫ぶ。

 届け、届け。

 今一度、彼女の心に熱源を。

 

「本当はッ、戦い続けることが一番の幸せだって気付いているくせに!」

「――ッ!」

「あなたは嘘吐きだ! それも、誰も幸せにできない、悪質な嘘! 自分の感情に蓋をして、相手の思いも気に掛けないで、本当にそれでいいと思っているんですか!」

 

 言いたいことを言いきって。

 二つ三つと呼吸して。

 わずかに頭は冷えた。

 冷えた頭で、冷静に意見を発した。

 

「……私は確かに、嘘を吐くのが下手です。何かを隠すことも、感情に蓋をすることもできない。でも、何かを言い訳にして、何かを諦めてしまうぐらいなら、私は嘘を吐けない方がよっぽどマシです」

 

 私はシロナを見た。

 会った時のように、じっと。

 シロナはしばらく、口を開いたり閉じたりしていた。

 そして最後に、彼女はこう言った。

 

「そうね。棄権するのが一番いいわ。この子を戦場に送ろうとするのは、私のエゴ」

「ッ、違う! そうじゃなくて!」

「ありがとう。あなたに会えてよかったわ」

「~~ッ! 話を聞かないのはどっちですか!」

 

 立ち去ろうとするシロナの手を、私は気付けば掴んでいた。

 ああ、いっつもこうだ。

 関わりたくない関わりたくないなんて口ばっかりで、いっつも首を突っ込んでいる。

 だけど、乗り掛かった舟だ。

 こうなったら、最期まで付き合ってあげるよ。

 

「もし、ガブリアスが戦える手段があるとしたら、どうしますか?」

「え……?」

 

 シロナにポケモンリーグで待っているように言いつけて、私はハクタイシティにて青空の下ボール作りを開始した。最初はシロナも見ていると言ったが企業秘密と言って追い返した。秘密なら青空の下で製作しようとするなよっていう話だよね、私もそう思う。

 だけどシロナの驚く顔が見たかった。これは職人としての性みたいなものなんだ、許して。

 

 さて、真面目にやりますか。

 結局のところ症状はスポーツ選手が起こす腱鞘炎のようなものだ。治療には時間が掛かるが、応急処置を施すことはできる。テーピングとかアイシングとか、その辺だ。

 ただしこれは公式戦に置いて持ち物扱いにされてしまう。公式の場におけるポケモンバトルでは持ち物は一つまでしか持たせられない。いくらガブリアスといえど、手ぶらは流石に舐めプが過ぎる。そのことが分かっているからこそシロナさんも一度は諦めたんだろう。

 ちなみにシロナガブの持ち物は気合の襷。一見テーピングに使えそうだが襷掛けにしなければ効果はないらしい。

 

「いやー前々から思ってたんだよね。なんでこの仕様の穴を誰も指摘しないんだろうって」

 

 ポケモンに持たせられるアイテムは一つまでだ。

 だがしかし、前提条件としてポケモンはボールに収まっている。

 なら本来、公式ルールブックには『ボールを含めて二つまでのアイテムの所持を認める』と記載するべきなのだ。

 そしてリーグ側の見落としは、まさにそこにある*1

 

「自身が入っているボールは持ち物としてカウントしない、そういうことだよね?」

 

 この前、ブロムヘキサーΣという特撮が放映されていた。色々な乗り物が合体して、人型ロボになって怪人と戦うやつだ。その回はロボットが強化される回で、兜部分に新しい乗り物が追加されるというものだった。

 それを見て閃いたんだよね。

 

「装備するタイプのボール、アーマーボール」

 

 仕掛けとしてはこうだ。

 

 一、ボールからポケモンが飛び出す。

 二、ボールが変形して装備品になる。

 三、ボールに使用したアイテムの効果が付与される。

 

「今回付与するのは氷柱のプレートによるアイシング効果だけど、こっちはもはや問題ないね。むしろ技術的な問題点は変形方法と装備部位の指定方法」

 

 そして机上論だけであればそれは既にできている。

 変形方法、これはミカンの時に使った内側のボールカプセルの技術を応用する。展開図から作成し、それを折りたたむことでボールの形に整形。リターンレーザーの射出信号を変形機能のスイッチに接続することで、ボールの出入りと装備の脱着を連動させるという腹積もりだ。

 部位の指定方法はキャプチャーネットに仕掛けを施す。装備部位となる部分用の物と、ボールの出し入れ用の二重構造にするのだ。ボールから出るときには前者のキャプチャーネットが指定部位を捉え、ボールに収まるときは後者のネットがポケモンを包む。

 

「あとはこれらのギミックをいかに仕込むか」

 

 周囲から、雑音が取り払われていく。

 吹き抜ける風が気にならなくなり、世界から色が抜け落ちる。

 

 設計図を脳内演算で作り出し、並行処理で実装する。

 パーツの衝突が起こりそうになる度に即時図面修正、間髪入れずに形にしていく。

 

「ふぅ……」

 

 ある程度形になって、一息つく。

 いや、デカ過ぎだろ。

 通常のボールの1.2倍くらいの大きさがあるぞ。

 

「まあ、ボールのサイズに指定なんてないんだけどさ。シルフカンパニー製のボール規格が普及してそれに倣ってるだけで」

 

 作ろうと思えば子供の手に収まるボールだとか、AZのような巨人用のボールだって作ることはできる。これもそういうことにしてしまおうか……。

 

(いや、高々20%程度の縮小くらいやってやる)

 

 これは何というか統一感的な問題だ。B5サイズのプリントの中にA4サイズのプリント混ぜられた時に感じる苛立ちみたいなもの。日本社会に生きた人ならきっと理解してくれるだろう。

 衝突を回避するために増築した部分のデザインを洗練し、より最適なモノへと落とし込む。

 だが、10%程削減した時点で限界が見えてきた。

 

「いや無理。いや、やろうと思えばやれるけどそうしたら装備品としての性能が落ちる。それはなんか違う」

 

 このボールに付与した効果は氷柱のプレートによるアイシング効果。

 このプレートが邪魔だ。

 ただ効果を埋め込むだけならまだしも、ギミックと両立しようとするとどうしようも……。

 あ、そうか。

 

「やってることはアローエディションの逆じゃん。ってことは氷柱のプレートじゃなく、冷たい岩にすればよくない?」

 

 アーマー展開したときに腫瘍部分だけ冷たい岩が接していればいいんだ。

 逆にボール形状では冷却効果が発動しないようにする。

 ガブはもともと熱帯地方のポケモンだからね、ボールの中自体は冷却しないように調整したい。

 という事はだ、ここはこうしてここをこうすれば……。

 レッグアーマーモデルのボールの完成だ。

 

「出来た……、理論上は」

 

 あとは、理論の証明だ。

 

 ポケモンリーグは、定期的に開かれるポケモン界の大会だ。

 各地方ごとにリーグは設立されていて、ジムバッジを集めたものは四天王に挑むことが許される。

 そして彼らを倒した先に、彼女は君臨し続けている。

 

「いよいよ今日だね、ガブリアス」

 

 その日のガブリアスは、気が立っていた。

 これが最期の戦いだからか、落ち着きなく、暴れまくっていた。

 

「……やっぱり棄権しましょう? 無理することは無いわ。頼みの綱も、間に合わなか……ッ」

「ガルルゥ」

 

 近づけたシロナの手を、ガブリアスが拒絶した。

 腕に着いた鎌のような羽で、その手を払いのける。

 ずっと戦いの中に身を置き続けてきた。戦いはガブリアスにとって血であり肉であった。それを放棄することは、自らを捨てる事と同じだ。だから彼女は、それを拒む。

 

「……ごめんね、あなたを自由に羽ばたかせることも、籠に閉じ込めておくこともできない半端モノで」

「ガルルァ!」

 

 ガブリアスが吼えた。

 シロナに向かって、ずっと共に歩んできたパートナーに向かって。

 ここまで明確な拒絶にあてられたのはいつ以来だったか。

 そんなことを、考えていた時だった。

 遥か彼方から、一条の光が駆け抜けてきた。

 

「ストーップ! アロー、ストップ! 止まってぇぇ!」

 

 情けない声と共に、彗星が飛来する。

 

「いたた、アローのばかぁ」

 

 その正体は一週間前、ハクタイシティで出会った少女。

 ガブリアスに再び戦う道があるとのたまった少女。

 こちらに気付き、笑みを浮かべる少女。

 

「や、お二人さん。おまたせ!」

 

 ヒワダタウンのチエという少女だった。

 

「ガルルァ!」

「こら、ガブリアス! 彼女はあなたのためを思って……」

「ありゃ? 随分と荒れてるね。どうしたの? ガーチョンプ」

 

 暴れまわるガブリアスの前に立ち、必死になだめようとする。ガブリアスの逆鱗の恐ろしさは、私自身が良く知っている。この間合いが、逆鱗の一歩外。ギリギリの境界線。

 その境界線を、チエという少女は軽々と押し進んだ。

 

「チエちゃん! 下がって!」

 

 ガブリアスの逆鱗が、チエちゃんに襲い掛かる。

 今日のガブリアスは荒れている。

 その事を言い忘れていた。

 その爪が的確に幼女を捉えようとしたとき。

 白い綿毛が現れた。

 

「ナイスチルル。さて、ガブリアス君? ガブリアスちゃん? 背びれに切れ目が無いからガブリアスちゃんだよね。ちょっとお話しよっか」

 

 あの白い体毛は、メガチルタリス。

 という事は、この子もメガシンカの使い手!

 

「怖いんでしょ、負けることが。不安なんでしょ、シロナとの記録に傷が入ることが」

「ガルラァ!」

 

 ガブリアスの攻撃を、チルタリスが受け止める。

 メガチルタリスもまた、ガブリアスに強いポケモンの一匹であった。

 チルタリスを相手にしても埒が明かないことに気付いたガブリアスが、チエちゃんの方から仕留めるように動き出した。

 

「チエちゃ――」

「ふざけるなァ!」

 

 そのガブリアスの爪を、チエちゃんが受け止めた。

 いや、よく見ると受け止めているのは彼女自身ではない。

 彼女が握りしめている、硬い石だ。

 

「しっかりしなさいよ! あなた、自分を誰だと思ってるの、ガブリアスなのよ!」

 

 彼女がそういった時だった。

 ガブリアスの目に、再び理性が戻り始めた。

 しばらく肩で息をした後、ガブリアスは手を引っ込め、冷静さを取り戻した。

 

「あなたはまだ舞える。あなたは最も美しいポケモン。分かった?」

「……ガウッ」

 

 チエちゃんは取り出したボールを見せてガブリアスにそう投げかけた。

 先ほどまでささくれ立っていたガブリアスをなだめ、コミュニケーションをとれる。

 

「チエちゃん、あなたは一体……」

 

 ガブリアスをボールに収める動作はまるで幻想的で、浮ついた気持ちでそんなことを問い掛けた。

 彼女は笑い、こう答えた。

 

「通りすがりのボール職人だよ、覚えといて」

 

 ガブリアスの入ったボールをこちらに渡し、彼女は再び空に飛び立っていった。

 

「通りすがりの……ボール職人」

 

 渡されたボールは、奇妙な幾何学模様が魔方陣のように刻み込まれた、見たこともない形をしていた。

 

『ついにやってまいりましたシンオウリーグもついに最終決戦! 勝つのは二度目のチャレンジャーか! はたまたチャンピオンが連続防衛記録を更新するのか!』

 

 何度となく立ってきたこのフィールドが、まるで真新しいものに感じた。

 フィールドの顔というか、表情というか。

 まるで見覚えがなく、足が震え出しそうになる。

 

「またお会い出来ましたね、シロナさん。今度こそ勝たせてもらいますよ」

「そうね、久しぶり。でも、ごめんなさい。私はまだ、負けるわけにはいかないの」

 

 私の前に立つのは、かつて私たちが苦しめられた相手。

 ガブリアスですら追いつけないほどのスピードで翻弄してきた相手。

 だが、今回はガブリアスの状態が万全じゃない。

 今度こそ、負けてしまう可能性もある。

 

 ガブリアスのボールを構える。

 相手の速さについて行けるとしたらあなただけ。

 もしだめなら、その時は負けだ。

 

「行きなさい! ガブリアス!」

「行け! ライボルト、メガシンカだ!」

 

 彼の腕に嵌められたメガバングルと、ライボルトの持つライボルトナイトが共鳴する。

 エネルギー球を引き裂いて現れたのは、前回私たちを散々苦しめたメガライボルトだった。

 会場からどよめきが上がる。

 ただしメガシンカしたライボルトにではなく――()()()()()()()()()だが。

 

『こ、これは一体!? シロナ選手の繰り出したガブリアスに、ボールが飛びついたぞ!?』

 

 右足と、左足のそれぞれにボールが絡みつく。

 あの複雑な幾何学模様に切れ目が走り、光が駆け抜け、展開されてレッグアーマーのような物を構築していく。

 

『なんなんだあのボールは!? 見たことのないギミックを兼ね備えているようだぞ!』

 

「くっ、新たな力をつけてきたという事ですか! でも関係ありません! ライボルト、目覚めるパワー!」

「ガブリアス、避けなさい!」

 

 そう指示したガブリアスは、今までよりもはるかに早く動き出した。

 マッハポケモンの分類に恥じないほどに素早く、ライボルトのもとに飛び込んだ。

 

「! ガブリアス、ドラゴンクロー!」

「なっ、ライボルト!」

 

 信じ難いスピードを以て駆け抜けたガブリアス。

 その膨大な運動エネルギーを持った一撃を前に、ライボルトは儚く散った。

 

『なんということだァ! シロナ選手のガブリアス、以前よりはるかに早くなっております! これがあのアーマーの力なのか!?』

 

「ラ、ライボルトが一撃で……?」

 

 会場のどよめきが大きくなる。

 対戦相手の心も大きく乱れているようだ。

 

「戻れ、ライボルト。行け! オンバーン! 最速のドラゴンが誰かを教えてやれ!」

「ガブリアス!」

「オンバーン!」

「「龍星群!!」」

 

 二匹のドラゴンが、流星の雨を降り注がせた。

 

「空中機動できるオンバーン! 地面を平面移動するしかないガブリアス! どちらが先に倒れますかね!?」

 

 オンバーンが流星群を避ける。

 そして避けた先に、影が落ちた。

 

「……何か、勘違いしているわね?」

 

 ガブリアスには翼がある。

 その翼は飾りでも、敵を引き裂くためでもなく。

 上に立つために存在している。

 

「飛べるわよ、ガブリアスも」

 

 オンバーンが最後に見たのものは。

 自らに迫りくる王者の、彗星のような尻尾だった。

 

「跪きなさいッ! ドラゴンダイブ!」

 

 その一撃を以て、オンバーンは地に向かって弾け飛んだ。

 土煙を巻き上げたその場所に、王者が舞い降りる。

 そこに在ったのは、陽に照らせれて悠々と立ち続けるガブリアスと、一撃で粉砕され、土を付けられたオンバーンだった。

 

「オンバーン!? くそ、頼んだぞ! ゲッコウガ、冷凍ビーム!」

「蹂躙しなさい! 逆鱗!」

 

 勢いよく飛び出したガブリアス。

 ゲッコウガの放った冷凍ビームは、まるで見当違いの場所を凍らせて。

 今度もまた、ガブリアスの一撃のもとに蹴散らされた。

 

『さ、3タテ劇場だァ!! 強い、強いぞガブリアス! 勝者、チャンピオンシロナ!』

 

 会場に歓声が響き渡った。

 それは私とガブリアスの、新たな幕開けだった。

 

 身をやつし、それでも戦い続けた、一匹の英雄がいた。

 青い体に、赤のライン。

 額に大きな星のマークを描くそのポケモンの名前はガブリアス。

 頂点に君臨するポケモンだ。

 

 そのポケモンを頂点たらしめた、一人の少女がいた。

 彼女の技量は、神懸かっていた。

 彼女の作り出したアーマーボール。

 これにより私たちは、さらに長い間頂点に立ち続けることになる。

 それを成し遂げた少女の名は。

 

「ヒワダタウンのチエ。通りすがりのボール職人……ね」

 

 神はいる。そう思った。

*1
ない。普通ボールが特殊効果を発動するなんて思わないから。




驚いたこと
・シロナガブがメスであること
・メガガブの鎌の部分はガブリアスにとっての羽であること

ガブの事を彼って書いてたらこっそり誤字報告ください。


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ヒスイ地方に降り立つ少女
一話 「ヒスイ地方」


初投稿です。よろしくお願いします。


 私がミオシティを訪れたのは、シンオウ地方をひと月ほどかけて巡り終えてからだった。

 そろそろ故郷のヒワダに顔を見せようと思い、港町へと寄ったのだ。

 

「船が、出ていない?」

 

 船乗り場についた私が見たのは、私と同じように途方に暮れる乗船客と思われる人たちだった。

 具体的に言うと、ミュウツーの逆襲で「船は出せません!」って言われてるシーン。

 あの光景が目の前に広がっていた。

 

「嵐でも来てるんですか?」

 

 受付は人でごった返していたので、近くにいた気の優しそうなトレーナーさんに声をかけてみる。

 

「いや、どうやら船乗りたちが一斉に寝込んだらしいんだ。なんでも『ダーク……が、こっちを見て……』とうなされているらしいぞ」

「へ、へぇ……」

 

 ……表情筋が、強張った。

 

「お嬢ちゃん⁉ 顔が真っ青だけど大丈夫かい⁉」

「だ、大丈夫です」

 

 頭を両手で抱える。

 あかん。これあれじゃん。

 

(まさかのダークライイベントが発生してた‼)

 

 しかも悪夢の対象が船乗り全員ってどういうこと⁉

 どうしてこうドンピシャのタイミングでそんな大事件が起きてるかな⁉

 

 はあ。

 

「お、お嬢ちゃん⁉ どこに行くつもりだい⁉」

 

 ボールからファイアローのアローを呼び出すと、私は上にまたがり飛行ゴーグルを装着した。

 いやさ、私も、なんで私が……と思うよ?

 でもさ。

 

「ちょっと、人助けに」

 

 困ってる人がいると、放っておけないよ。

 

「子供の君に何ができる! 戻ってきなさい!」

「まあ、そりゃあ私の体は子供だけど」

 

 前世の記憶がある転生者だし、それに――

 

「――それ以前に、私はボール職人なので」

 

 ヒワダタウンのチエ。

 ボール職人ガンテツの血を引く孫娘とは私のことだ。

 

 

 ミオシティからまっすぐ北上すると、孤島が見えて来た。だから私は、てっきりそれが三日月島だと思ったのだ。

 

(間違ったあああああ‼)

 

 やらかした。完全にやらかした。

 ダークライが目の前にいるんですけど⁉

 これ完全に新月島だよね⁉

 どうして私はいつもこうなんだ‼

 

 いや、ダークライがいただけなら問題は無かったんだ。

 

 ダークライは悪夢を見せるポケモンとして有名だが、同時にそれが本人にとって不本意であることも有名だ。

 だからミオシティで困っている人がいるって伝えられれば、それで解決すると思ったんだ。

 

 だから私は、とっさに声をかけたんだ。

 

「待って! 話せばわかるって! ねえ! 話し合おうよおおおお!」

 

 その結果、ダークライの放つダークホール相手に弾幕ごっこを行う状況に陥っていた。なんでぇ?

 

「……もう! そっちがその気なら」

 

 私はポシェットからボールを取り出した。

 悪タイプ相手に効果を発揮するオリジナルボール。

 チエボール・ダークエディションだ。

 

「捕獲します!」

 

 立ち止まり、振り返り、標的をしっかりと捉えてボールを投げた。

 指からボールが離れるその瞬間、私は確信した。

 これは捕獲クリティカルだ。

 確実にゲットできる。

 

「……え?」

 

 確信が破られたのは、まさにボールがダークライにぶつかる寸前だった。

 突如ダークライと私の間に謎の空間が表れて、そのスキマにチエボールが吸い込まれていったのだ。

 

 何この技⁉ 亜空切断⁉

 まさかの映画館ダークライ⁉

 なんでアラモスタウンから新月島に出張ってきてるの⁉

 

 チリチリとしたものが、脳の内側を刺激する。

 

 待って?

 これって本当に亜空切断?

 

(違う、もっと、別のどこかで見た覚えが)

 

 どこだっけ、私はどこでこれを見たんだっけ?

 

 確か、確か……!

 

「あ……」

 

 気づいた。ときには手遅れだった。

 私の足元で、目の前に広がる異空間と同質のものが咢を開いていた。

 

(ポケダンに出てくる時空ホール……っ!)

 

 え、ちょ、それはまずい。

 ちょっと、ダークライさん?

 やめ、痛くしないで……っ。

 

「あああああああああああああ」

 

 私は、私の悲鳴と共に虚空にかき消えた。

 

 

 ……誰かの声が聞こえる。

 潮の香りがする。

 

「生きていますか?」

「ううっ……ここは?」

 

 体の節々が痛む。

 だから仕方なく、どうにかまぶただけを開けてみる。

 そこに、ポケモンがいた。

 

「ヒノアラシに、ミジュマルに、モクロー……?」

 

 いやどういう組み合わせ?

 まだ夢でも見てるんだろうか。

 

「人が倒れていたから驚きましたが……よかった。生きていますね」

 

 その後ろに、人が立っている。

 ということはこの子たちのトレーナーかな?

 ……わからん。

 この組み合わせのポケモンを手持ちに入れてるトレーナーis誰。

 私は誰に対してこういう心象を抱いているのさ。

 さあ、その顔を見せてもらおうか。

 

「……いや、誰?」

 

 そこに、知らないおっさんがいた。

 白衣は着ているけれど、珍妙な頭巾をかぶっている。

 博士なのか火事場泥棒なのか。

 十中八九後者だろう。

 

「それはこちらのセリフです。何とも言えない不思議な格好をしています」

「それはこちらのセリフです」

 

 なんなのその衣装。

 何世紀も前の住人なの?

 ちょっと私には理解できないファッションセンス。

 時代を遡りすぎじゃない……?

 

 ん?

 時代を、遡る?

 

(ちょ、ちょっと待って?)

 

 ゆっくりと、何があったのかを思い出してきた。

 

(そうだ。私はダークライと対峙して、時空ホールに飲み込まれて……)

 

 ということは、まさか……。

 

「おっとソーリー。ボクはラベン。ポケモンの研究をしているのです。ところでキミのお名前は?」

「チエです。ボール職人をしています」

「オーウ! ボール職人! すごいです! でも、どうして砂浜に倒れていたんです?」

「それは――」

 

 どうしよう。

 事情を説明するべきかな?

 いやでも――

 

「あ」

 

 私が短い間思考を巡らせた時だった。

 ラベンと名乗った自称博士が連れていた3匹のポケモンが一目散に逃げ出した。

 

「オー! かわいいポケモンたち! どうして逃げ出したりするのです?」

 

 この人、本当に博士なのかなぁ?

 あんまりポケモンに詳しくなさそう。

 やっぱり火事場泥棒説が濃厚かも。

 

「そうだ! あなたボール職人と言っていましたね! いっしょに逃げたポケモンを捕まえるのを手伝ってください!」

「えー」

 

 うわ、やらかした。

 こんなことになるんだったらボール職人なんて名乗るんじゃなかった。

 

 

 この人本当にポケモン博士かな?

 さっきから一向にボールを当てられる気配がないんだけど?

 

「あの、どうしてそんなに離れたところから狙ってるんです?」

「だって怖いじゃないですか。もし近づいて襲われたらと思うと……」

 

 はあ。見てらんないなあ。

 私がお手本を見せてあげますか。

 

 いくよ、アロー……。

 

「……あれ?」

 

 ベルトにつけたボールを取ろうと、回した手が空を掴んだ。

 あ、あれ?

 確かアローのボールをここに……!

 

「な、ない⁉」

 

 アローだけじゃない!

 チルタリスのチルルも、というより、新月島まで持っていたはずのボールが一切合切なくなってる⁉

 

「オー。チエさんどうしたんです?」

「せっかく頑張って作ったチエボールシリーズが……」

「チエボールシリーズ? ポケモンボールの一種ですか?」

「欧米か」

 

 モンスターボールって言って。

 海外ではPoke Ballだけども。

 

「まあ、その、はい。どうやら漂流した際に手持ちのボールを全部なくしちゃったみたいで……。幸いにして工具は残っているんですけど」

 

 あと、わずかなクラフト素材。

 でもボールを作るには素材が足りない。

 

「オー! でしたらこれを使ってください! ボクにはボールを当てる才能がないので」

「は、はあ。ありがとうございます。……ん?」

 

 私は自称博士からボールを受け取った。

 目算50個くらい。

 やっぱり火事場泥棒してない?

 そんなにポンっとボール渡してくる人いる?

 

 じゃなくて……。

 

「これは?」

「モンスターボールですが? どこかおかしいですかな?」

「モンスターボール? これが……?」

 

 そのボールは、奇妙なつくりをしていた。

 ぼんぐり……?

 モンスターボールなのに?

 いや、それより。

 

(なにこのつくり)

 

 ぼんぐりが使われてるのは間違いないけれど、おそらく石材も併用されている。

 しかも開閉スイッチのところに変な拘束具が取り付けられてるし、上の方には小さな穴が開いている。

 

 私はボール職人ガンテツの孫娘として、3歳のころからボールづくりに取り組んできた。当然、ボールの歴史も勉強している。

 その歴史に、こんなボールは記されていない。

 

 ドユコト。

 

「チエさん⁉ 何をするんです!」

 

 私はポシェットから工具を取り出すと、受け取ったモンスターボールのひとつを解体した。

 ふたを開けて見て、確信する。

 

「……やっぱり、無い」

 

 かつて私は、特殊なボールを作り出した。

 アニポケに着想を得た、ボールの中にではなくボール自体に封印する、チエボール・リヴァイヴテクノロジー。

 そのボールには、ポケモンを捕獲するキャプチャーネットが仕込まれていない。

 

 そして、この世界のモンスターボールにも。

 

「チエさん?」

 

 それはつまり、私が歩んできた史実とは別の歴史をこの世界が歩んできた証明である。

 つまりここは、過去の世界ではなく、並行時空。

 

「……なんでもありません」

 

 もう二度と、おじいちゃんのもとに帰れないかも。

 そんな不安が、脳裏をよぎる。

 

 でも、今はそれより。

 

「捕獲、開始します」

 

 私はポシェットの中身を探り、ボールの改造に着手するのだった。

 



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