ありふれた日常へ永劫破壊 (シオウ)
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プロローグ

初投稿です。


 例えば、己の一生がすべて定められていたとしたらどうだろう。

 

 

 神座万象シリーズの登場人物であるカール・クラフト・メルクリウスのセリフの一つだがこのセリフをどう思うだろうか。

 

 

 もしも将来自分がどういう人間になるか、それが予めわかっていれば、あなたは何をするだろうか。例えばもし自衛官になる定めを持っていることがわかっていれば、おそらく身体を鍛えるか……武術を習うなりするのではないだろうか。

 

 

 もしくは将来仕事で失敗する未来がわかっていたら、活力のある人間ならその未来を回避するために備えるだろうし、仮にその未来が避けられなくても、備えるために努力したことはそうそう自分を裏切らない。人生破滅レベルの失敗でもなければ、失敗を明日の経験に変えることもできるだろう。

 

 

 だがもしも、己の未来が誰もが忌避するだろう形になるとしたら。それが避けられない未来で努力でどうこうなるものではないかもしれない場合はどうか。……長々と語ったが結論を言ってしまおう。

 

 

 藤澤 蓮弥(ふじさわれんや)は十七歳の誕生日に()()()になる運命を背負わされている。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

 

 それでは、藤澤蓮弥にとってどうなのかというと、なんともいいがたい気分だった。学校での生活は蓮弥なりに居心地がいいと思っているし、今でしか味わえない貴重な時間を謳歌できるなら悪くないと答えるだろう。

 

 

 しかし、蓮弥にとって、月曜日に限らず次の日の朝は、とある理由で少しずつ憂鬱になっていくのだ。

 

 

 始業チャイムがなる少し前に登校すると、蓮弥以外の大半の生徒はすでに来ているようだった。どうやら蓮弥は最後の方だったらしい。すると蓮弥に気付いたのか、幼馴染が挨拶を交わしてくる。

 

「蓮弥、おはよう。今日もぎりぎりね」

「おはよう雫。お前は相変わらずオカンだな」

 

 オカンってどういう意味と聞いてくる幼馴染の言葉をスルーして席に付く。

 

 

 幼馴染の名前は八重樫雫。彼女の実家が営んでいる剣術道場に蓮弥が入門していたころからの付き合いだ。

 

 

 身長は蓮弥より少し低い百七十二センチという女子にしては高い身長と凛とした容姿。剣道の試合で負けなしという剣道美少女で、切れ長の目は鋭いが柔らかさも感じられ、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。いかにもお姉さまと慕う義妹がたくさんできそうな人物である。いや、実際にファンクラブがあるということを()()()()()知っていた。

 

「毎度毎度、遅刻ギリギリにくるけど何をやっているのよ? 別に徹夜して遊んでいるわけでもあるまいし」

「ほっとけ、これは俺の性分なんだよ」

 

 蓮弥と雫は幼馴染関係だが、プライベートではともかく、あまり学校では仲がいいアピールはしたくない。なぜなら彼女は他の者曰く、二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女の一人……らしい。

 

 

 そんな彼女とあまり親しくしていると周りの男達の視線がうざいついでに蓮弥は過去一度とんでもないことに巻き込まれたことがあり、そんなことが起これば雫には悪いが勘弁してくれと思っても仕方ないと思う。特にあのクラスメイトを見れば……

 

 

 蓮弥が登校してきてまもなく、もうすぐチャイムが鳴るというタイミングで扉が開き、一人の男子生徒が入ってきた。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。入ってきた生徒をバカにしているのは檜山大介を筆頭に斎藤、近藤、中野。とある理由で入ってきた生徒をいびっている小悪党四人組である。

 

 

 入ってきてそうそうオタク扱いされて笑われている生徒は南雲ハジメ。周りの野郎が騒いでいる通りオタクとして通っている同級生だ。

 

 

 とはいえ世間一般でいうオタクという外見的に嫌悪される要素は彼にはない。身だしなみは最低限整っているし、コミュニケーションを積極的にとるタイプではないができなくはない。ではなぜ彼がオタク呼ばわりされて嘲笑を受けているのか、その理由は彼女にある。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒が南雲のもとに歩み寄った。そう、彼女こそ蓮弥の幼馴染である八重樫雫と同様、二大女神と呼ばれている美少女の一人、白崎香織である。

 

 

 周りの野郎どもは面倒見がいい彼女が、周囲から居眠りの多い不真面目な生徒だと思われている南雲を気にかけていることが気に入らないというわけだ。

 

(まあ、どう見ても面倒見がいいという理由であいつに関わっていないが)

 

 先入観を持たず客観的に物事をとらえればわかるだろう。香織の態度はあからさまなのだから。蓮弥からしたらそっとしといてやれよと思っているが、思っているだけで言わない。なぜなら十中八九、言うと奴が絡んでくるから。

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 雫とついてきたその他2名の男子生徒がハジメの周りに集まる。

 

 

 その中でも些か臭いセリフで白崎に声を掛けた男がその問題の奴こと天之河光輝である。いかにも勇者っぽい名前の奴は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。なにより彼の特徴は思い込みの激しい正義感だろう。ちなみにもう一人は坂上龍太郎、基本脳筋の光輝の取り巻きである。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

 ハジメの挨拶からいつもの光輝がズレた正義感をかまし、それに対して香織が無自覚に爆弾を落とし、雫がやれやれと諫めるコントが始まった。いつもは観客に回ってコントを見ているのだが、今日は側で見ていた蓮弥にも飛び火した。

 

「それに、藤澤も藤澤だ。いつもぎりぎりに来ているがもう少ししっかりしたらどうだ。雫だっていつまでもお前を構ってばかりはいられないんだから」

 

 うっとうしいのがこちらにきたと思ったが仕方がない。今の蓮弥の席は彼らがたむろしている南雲の席の右下に位置するのだから。

 

「そりゃ、悪かったな。次から気を付けるよ」

 

 蓮弥が適当に返事をしてやり過ごすと、その適当な返事に気を悪くしたのか光輝が追及してくる。

 

「お前はいつもいい加減なんだよ。だから剣道も中途半端でやめるんだ。もう少し物事を真剣にやってみたらどうだ」

 

 そう同じ道場にいた蓮弥の元同門の言葉に雫が止めに入った。

 

「光輝。ちょっといい加減にしなさいッ。だいたい蓮弥は別にいい加減なんかじゃ……」

「雫、その辺にしとけ。もうすぐ授業始まるぞ」

 

 ちょうどいいタイミングで始業チャイムがなり難を逃れる。光輝は納得いっていない顔をしているが、流石にチャイムが鳴っている中で続ける気はないらしい。しぶしぶ自分の席に戻っていく。

 

 

 教師が教室に入り、いつも通り朝の連絡事項を伝える。そして、いつものようにハジメが授業開始そうそう夢の世界に旅立ち、それが当然のように授業が開始された。

 

 

 そんなハジメを見て香織が微笑み、雫が苦笑いし、男子達は舌打ちをし、女子達は軽蔑の視線を向ける。

 

 

 そう、それが藤澤蓮弥にとってごくごくありふれた日常であり……もうすぐ終わってしまう日常の風景だった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 突然だが、藤澤蓮弥には前世の記憶がある。

 

 

 前世の記憶を取り戻し始めたのは丁度物心のついたころ。最初は頭の中でテレビを流されているようで、内容をなかなか理解できなかったが、年齢を重ねるごとに蓮弥は少しずつ内容を理解できるようになっていた。

 

 

 前世の記憶なんてものを割とあっさり理解できた理由は、魔王の生まれ変わりだの、賢者の転生だのに関わりのない、ありふれた日常を生きる普通の一般人の生活風景だったからだ。その頃は余分に人生経験を積んだくらいにしか思っていなかった。

 

 

 蓮弥が生まれた家はごくごく普通の一般家庭だった。父親は不自由ない生活を送るには十分な稼ぎを得ていたし、母親は専業主婦をしている、料理上手の優しい母親に恵まれた。こうやって家族三人平和に日常を送っていくんだろうなと蓮弥が漠然と考えていた小学校低学年時に、最後の前世の記憶が蘇った。

 

 

 ──目を覚ましたら白い空間にいたこと。

 

 ──神を名乗る存在。

 

 ──突然告げられた神様のミスによる死。

 

 ──()()()()()()()転生特典と強制的な異世界転生。

 

 ──そして与えられた転生特典は十七歳の誕生日に発現することを。

 

 

 そう、その段階になって蓮弥は、ようやく自分の置かれた状況を理解したのである。押し付けられた転生特典についても。

 

 

 蓮弥に与えられた転生特典はDies_iraeの【聖遺物】とそれを操るための魔術【 永劫破壊(エイヴィヒカイト) 】だった。

 

 

 簡単に言えば、永劫破壊(エイヴィヒカイト)とは、人を超人を超えた魔人にするための術式だ。人を殺せば殺すほどその術者は霊的にも肉体的にも強化されていき、成長度合いによっては単体で戦略兵器クラスの戦闘力を手にすることもできる、戦う上ではこの上ない魔術(兵器)である。

 

 

 だが蓮弥が手に入れる予定の力は、この二十一世紀の平和な日本では、いかようにも使い道がない、全く無駄な能力だった。 そしてこの能力の厄介なところは二つある。

 

 

 一つは、取得難易度が非常に高く、この魔術を習得する上でまず超人であることが前提であると言われていることだ。凡人が習得しようとしても契約した聖遺物に憑り殺される末路が待っている。

 

 

 前世でも今世でも特別秀でた才能がなかった蓮弥は紛れもなく凡人であり、とてもその魔術を習得できる最低ラインを満たしているとは思えなかった。この魔術で重要なのは肉体的な超越より、霊的、つまり魂の超越が重要であることを踏まえてもだ。

 

 

 もう一つの問題はこの魔術を習得した者は不死身に近い肉体と超能力を得る代わりに、魂の回収のために()()()()()()()()に駆られるようになるという点である。

 

 

 原作での描写的に、超常の力を抑えて生きていけば殺人衝動を抑えられるというものでもないのは明らかだ。生きているだけで燃料()は消耗するものだし、そもそも省エネやらなんやらが問題になるのは、ある程度まとまった数の燃料が蓄えられていることが前提になってくるであろう。

 

 

 Dies_iraeの主人公、藤井蓮が聖遺物を安定して使えるようになるまでには連続殺人事件という世間を騒がせるほどの犠牲者が必要だった。

 

 

 つまり藤澤蓮弥の人生とは、生まれた時から詰んでいたのである。謎の変死を遂げるか、慢性的に襲いかかる殺人衝動のまま人殺しになりながら生きるのかの二択しかないとはどう考えてもありふれた、普通の人生を生きられるはずがなかった。

 

 

 もちろん蓮弥とて理不尽に思いながらも、最初はどうにかしようと凡人なりに奮闘した。劇中で超人と呼ばれている人達は一握りを除いてバカしかいないとお墨付きだったので、まずは頭より身体を鍛えることにしたのである。

 

 

 仮にも特典付きで転生した身だ。もしかしたら自分で気づかない内に、人並み外れた才能があるかもしれない。それに一縷の望みを託すために、親に頼み込み八重樫流道場の門を叩いた。

 

 

 それから蓮弥は彼なりに必死に努力したといえるだろう。凡人でも努力を重ねれば必ず報われると、そして精神を鍛えればひょっとしたら聖遺物がもたらす殺人衝動にも耐えられるのではないかと。竹刀を振るたびに魂を込めるように一心不乱にただひたすら竹刀を振り続けた。その頃に後の幼馴染になる八重樫雫と出会う。

 

 

 初対面で竹刀を持って対峙したとき、相手は幼いながらも強いと聞いていたので気合いを入れて試合に臨んだ後、泣かれたのは流石にショックだった。その時は、適当なゆるキャラのキーホルダーをあげて許してもらったのはいい思い出だった。

 

 

 必死で竹刀を振り続けていた成果が出たのか、同年代でも指折りの実力者になることができたが、やっぱり彼は凡人だったのである。そのことを思い知ったのは、彼より後に八重樫流道場に入門してきた天之河光輝の存在によってだった。

 

 

 彼は入門時から、すでに突出した才能の片鱗をのぞかせていた。一を教えれば十を学ぶという具合に入門して間もなくどんどん成長を遂げていく。

 

 

 そして半年もするころには先に入門していたにも関わらず、蓮弥ではかなわなくなっていた。別に悔しかったわけではない。前世のことを合わせるといい大人が子供に負けたからと目くじらを立てたりしない。

 

 

 では何を思い知らされたかというと彼のキャラにあった。光り輝くという名前の通り、小学生の癖に無駄にキラキラして見える容姿にオーラ、恵まれた才能、そしてこの時すでに片鱗を覗かせていた彼の()()()()()

 

 

 蓮弥はその姿を見て真面目に自分以外の転生系主人公かと思ったものだ。それが天然ものであると知ったとき思ったのだ。将来的に何かに振り切れれば、いかにも()()()()()と。

 

 

 蓮弥は別に剣道で一番を目指していたわけではない。蓮弥は()()()存在になりたかったのだ。謂わば天之河光輝の才能に負けたのではなくキャラの濃さに負けたのである。

 

 

 それを自覚して以降、道場での稽古に力が入らなくなった。もともとこのやり方では芽が出ないと見限り始めていた蓮弥は本物を見つけたことで、あっさりと道場を辞めてしまった。

 

 

 それからも蓮弥はなんとかしようとしたものの、やはり凡人だったのだろう。大人の知識がある分何事も平均以上にはできたが、求めているレベルには遠く及ばず、結局大した対策も打てぬまま約束の日の間近まできてしまった。

 

 

 ここまでくると良くいえば覚悟を決め、悪くいえば現実逃避の末に開き直った。案外あっさり習得できるかもしれない。しかしその時自分は人殺しになる。

 

 

 だから覚悟を決めていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そうこうしている内に昼休みを迎えた。蓮弥は母親が用意してくれた弁当を開き、静かに食べ始める。まるでもう二度と食べられない最後の晩餐を食べるかのように……

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

 

 蓮弥が声のした方向を見ると、珍しいことにいつも昼休みを迎えるとすぐいなくなっているハジメが香織につかまっていた。どうやら寝ぼけて逃げ損ねたようだった。

 

 

 そして朝の光景の焼き回しが始まる。

 

「本当にいつもいつも悪いわね、邪魔しちゃって」

 

 蓮弥が視線を向けると雫が弁当を持って目の前に来ていた。

 

「まあ、今に始まったわけじゃないしな。……それよりも雫は毎回振り回されて大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。正直、光輝のあれは手に負えないけど。それより蓮弥……なにかあった?」

 

 雫が質問してくる。さすが幼馴染といったところか、どうやら蓮弥の顔にわかりやすく出ていたらしい。

 

「なにかあったかと言われれば特に何もないんだけどな」

 

 蓮弥は当然何事もないかのように答える。

 

「母さんの弁当は相変わらずおいしいし。……言っとくけどやらんぞ」

「いらないわよ。……‥おいしいというところは否定しないけど。……まあ、なんでもないならいいわ」

 

 突然質問してきて突然切り上げられた。蓮弥はわけがわからんとこの会話を忘れることにした。そうこうしている内に香織による本日二発目の無自覚爆弾が投下された。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

 先ほどまで蓮弥と会話していた雫は思わず吹き出している。光輝がいつものごとく気障なセリフを吐いて、それを香織が一刀両断したらしい。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 その後も、彼らは他愛もない話で盛り上がっていた。南雲ハジメの顔には正直勘弁してくれと書いてあったが、それでもいいじゃないかと蓮弥はしみじみと思う。これから彼らは今後少なくとも一年はこのメンバーでこうして過ごすことになるのだろう。蓮弥一人を置いて。

 

 

 蓮弥とて未練がないわけではなかった。だが彼は決めていた。もしうまくいっても殺人鬼になる身の上である以上、知り合いを巻き込むわけにはいかないと。

 

 

 幸い蓮弥はこの日のために遠くに行くための資金を用意していた。家族に残していくメッセージも決めてある。あとはそれをもって静かに行方をくらまそう。それまではこの最後の平和を満喫するのだ。そう思いながら蓮弥は母親が作った弁当を食べ終えた。

 

 

 さて、もしここがDies_iraeの世界ならここいらで糞うざいナレーションが語られるのだろう。

「では一つ、皆様私の歌劇を御観覧あれ」

「その筋書きは、ありきたりだが」

「役者が良い。至高と信ずる」

「ゆえに面白くなると思うよ」

「さあ、今宵の恐怖劇を始めよう」

 

 藤澤蓮弥はもう一つ勘違いしていた。

 神様がわざわざ蓮弥のようなどこにでもいる凡人をどうしてこの世界に送り込んだのか。神様なんて名乗っているくらいの超越者がたかが一人の人間にいやがらせするために呪いの装備付きで異世界に送るわけがないと。いつから、この世界が、ありふれた、何の変哲もない、平凡な世界だと勘違いしていたのだと。

 

 蓮弥の目の前で光があふれだす。その光に飲み込まれる際に、神を名乗るものがにやりと笑った。




蓮弥が聖遺物を使い始めるのはまだまだ先です。


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第1章
異世界召喚


勢いがあるうちに投稿


 蓮弥が目を開くとそこは美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物。いかにも神殿のような場所にクラスメイトと共に立っていた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 と派手な刺繍の入った服をきた聖職者が蓮弥たちに語りかけてきた。蓮弥はそっと息を吐き、成り行きを見守ることにした。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 現在、場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。天之河光輝率いる四人組と先生は前、蓮弥は一番後ろであり、となりの席はオタク少年、南雲ハジメだ。

 

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドばかりだ。蓮弥がこれはハニトラ要員なんだろうなと捻くれた考えを抱いている中、イシュタルと名乗った男が説明を開始した。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そうして胡散臭い聖職者が語りだす内容は以下のようだった。

 

 

 ──この世界はトータスという異世界である。

 

 ──そして今この世界の人類は魔人族とやらと戦争をしている。

 

 ──なぜか知らないが魔人族の戦力が増大した。

 

 ──人類やばいと困っていたところ、神が増援を異世界から召喚してくれたから戦え。

 

 

 思いっきり要約するとこんな感じである。イシュタルはエヒト様とやらの神託を聞いた時のことを思い出したのか恍惚としている。

 

 

 そんな自分勝手な神を信仰している以上、見た目同様どうやら信用してはいけない類の人物らしい。蓮弥はそっと警戒レベルを上げた。

 

 

 前世の記憶なんてものがあるおかげで、周りよりは精神年齢が高く、冷静な判断ができる蓮弥は早速周りを見渡した。となりの席のハジメが現状のまずさに気づいているのか顔をわずかにしかめている。

 そんな中、猛然と抗議を行う人もいた。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師である。本人は威厳ある教師を目指していると言うが、残念ながら低身長に童顔、生徒のためにあくせくする姿に微笑ましいものを感じはすれど威厳があるとは言い難い。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

 

「そ、そんな……」

 

 いくつか予想を立てていたパターンの内の一つになったことに蓮弥は内心ため息を吐く。そして最悪じゃなかったんだと思い気を取り直す。

 

 

 周りのみんなの動揺が激しい。それはそうだろうなと蓮弥は他人事のように思う。いきなり知らないところに連れてこられたと思ったら、帰れないと宣告されたのだから。

 

 だが、やはりと言うべきか。こう言う時に動く男がいる。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 混乱する周辺、絶望が蔓延していく仲間たち、そんな中立ち上がる勇者。勇者は語る、よく知りもしない世界の人たちのために世界を救おうと。俺たちには力があるからきっと大丈夫だと、根拠のない自信に溢れている。誰かを救いたいという想い自体は悪い物ではないのかもしれないが、蓮弥はその姿にどこか危うい物を感じていた。

 

 

 蓮弥が勇者の行動を客観的に観察していると、その影響が周りに現れ始め、絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

 

 龍太郎が賛同する。その言葉に多分にノリが含まれているような気がするのは蓮弥の気のせいではないだろう。

 

「…………今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

 

 一瞬蓮弥の方を見て、蓮弥が思ってたより冷静だったことを確認した後、少し悩んで彼らの保護者である雫も賛同する。

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 そして最後の一人である香織が賛同した時点でもう流れは決定してしまった。先生が懸命にダメだと訴えているがまるで聞いてはいない。

 

 

 蓮弥が隣を見るとハジメがなんとなくイシュタルの方を見ていた。どうやらイシュタルは光輝がこの集団の中心だと見抜いたらしく、彼の反応を観察しているようだった。その目を見て蓮弥は警戒心を大きくするのだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 こうして、蓮弥達は異世界にて戦争に参加することが決まってしまった。これからハイリヒ王国という場所に移動するらしく、光輝を先頭にクラス一同を部屋の外に引き連れて歩きだした。

 

 

 その途中で、聖教教会の権力の高さを確認したり、晩餐会で香織がこの国の王子に露骨にアピールされたりした後、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。

 

 

 蓮弥は与えられた部屋に入り、天蓋付きのベッドに寝転んだ。今後のことを考えようと思考を巡らせようとしたところ、部屋に誰か訪ねてきた。

 

「蓮弥……私だけど少しいいかしら」

 

 声を聞くと雫だったので蓮弥はドアを開けて部屋に招き入れた。こんな夜更けに女一人で男の部屋に訪れるのはどうかと思ったが、本人は気にしていないらしく蓮弥に対して遠慮なく話を切り出した。

 

「今日の話だけど、蓮弥の意見が聞きたくて……」

「今日の話ってのは、なんのことだ? この世界から元の世界に帰る方法はないという話か? それとも……戦争に参加するということか?」

 

 蓮弥がそう聞くと、後者の方で雫が反応する。この反応からするとどうやら気づいているようだった。

 

「イシュタルさんは、戦争の相手は魔人族といってだけどそれってやっぱり……」

「ああ……人殺しだろうな」

 

 そう、きっぱり言い切って蓮弥はあの場で感じた見解を話すことにする。

 

「そもそも、聖教教会とやらが信用できるかというと……問題外だな。どう見ても子供ばかりの集団が呼び出されたにも関わらず、俺たちが世界を救うということを疑いもしていない。あれはエヒト神とやらが召喚した存在なら神の使いに違いないと信じきっている目だ。教会のトップがあれじゃ信者は全員狂信者だと思って行動した方が良さそうだ。……つまりこのままだと俺たちは全員、人殺しをさせられる」

 

 蓮弥達異世界から召喚された者達が戸惑っているところを観察していたイシュタルの顔が思い浮かぶ。まるでなぜエヒト神に選ばれて喜ばないのか理解できないという顔をしていた。きっと根本から蓮弥達とは感性が違うのだろう。

 

「じゃあ、……やっぱりあの時、光輝を止めるべきだったかしら。……帰る方法がエヒト神にあるならそれしかないと思っていたんだけど」

 

「いや、あの場ではあれが最善の行動だっただろうな」

 

 珍しく不安顔の幼馴染に蓮弥は自分の考えを伝える。

 

「確かにこのままだと人殺しをさせられるのは目に見えているが、同時に現状は最悪の事態じゃない」

 

 そう、この手のテンプレに詳しそうなハジメ辺りなら気づいてるだろうけど蓮弥の考えの中ではまだ最悪の部類ではなかった。

 

「あの場でもし、強気な態度で戦争参加を断固拒否していたら、俺たちは最悪()()使()()ではなくなっていたかもしれないということだ。連中にとって俺たちは世界を救ってくれる神の使徒だからこそ価値がある。もし奴らにとって俺たちが神の使徒にふさわしくないと判断されたら……最悪あの場でこの国から追い出されてた可能性がある」

 

 今日ハイリヒ王国の王族に会ったとき、彼らは()()()イシュタルを迎えていたことを蓮弥は思い出す。それは一国の国主より聖教教会の方が権力が強いということの証明である。もし聖教教会にそっぽを向かれたらエヒト神を信仰している者たちすべてから総スカンを喰らうかもしれない。……本当は即処刑こそ最悪なのだが、わざわざ怖がらせる必要はないだろう。

 

「もし、この世界のことを何も知らない俺たちがこの国の庇護を失ったら、どこぞで野垂れ死ぬしか道はない。そういう意味では天之河がわかりやすく協力を申し出たのは、今回に限ってはよかったと思う」

 

 光輝が蓮弥達異世界からの召喚者の中心人物であることを見破っているのならば色々扱いやすいと、これからも国賓待遇で迎えてくれるだろう。今の蓮弥達には必要不可欠な事だった。

 

「だから安心しろよ雫……。お前の判断は間違っていない。まあ、この調子であの天之河を暴走させとくのは良くないけど」

 

「うん」

 

 雫はようやく安心したという顔をした。

 クラスでもまとめ役、光輝の唯一のストッパーであり、生来の性格からトラブルを放っておけないスーパー苦労人気質な雫は色々貯めやすい。今回の出来事は流石に許容範囲を超えたのだろう。

 どうしても不安なことがあると蓮弥に相談してくるのは昔からだった。

 

「今後俺たちがやることは、この世界を知ることと強くなることだ。お前はクラスメイトが暴走しないよう面倒を見てくれ。みんなの保護者なんだから得意だろ」

 

「なにが保護者よ。……まったく、勝手に人を保護者にしないでよね」

 

 そう軽く言い合う雫の様子を観察すると、どうやら調子は元に戻ったようだ。これなら明日からもうまくやれるだろう。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(やっと終わったか、長い一日だったな)

 

 雫が帰った後、ベッドに身を預ける。流石に疲れたのですぐに寝てしまいたい。おそらく他の生徒たちはもう夢の中だろうが、蓮弥には寝るわけにはいかない理由があった。

 

(いよいよ、この日が来てしまったな)

 

 この世界と元の世界の暦が同じかどうかまだわからないが、仮に同じだとすると今夜0時に蓮弥は十七歳の誕生日を迎えることになる。

 

 

 本当は今頃どこか遠くで一人寂しく迎えていたはずだったのになぁと蓮弥は人生ままならないものだと感じていた。いや、ある意味遠くに来ていることは間違いないのだが。

 

 

 今夜、転生の際の神らしきものとの約定通り、蓮弥は聖遺物と永劫破壊(エイヴィヒカイト)を授かるはずだ。蓮弥とて覚悟はしてきたがやはり少し緊張していた。だが、同時に蓮弥の精神は昨日よりかは安定していた。

 

 

 これから与えられるであろう力に対してふさわしい世界にきたこと。蓮弥は確かに凡人だった。しかしここまできて習得もせずここで変死することはないだろうとも感じていた。

 

 

 そしてなにより、最悪ここでは人を殺してもいいのだと蓮弥は内心ほくそ笑む。

 

 

 雫にはあえて人殺しの成否についての答えをはぐらかしたが、蓮弥の答えはすでに決まっていた。

 

 

 蓮弥には前世の記憶が目覚めた時から考えていたことがあった。仮にもし永劫破壊(エイヴィヒカイト)の習得が滞りなく行われた場合、どのような行動を取るのが自分にとって都合がいいのかと。

 原作主人公の描写から、少なくとも初めのうちは自力で抑えるのが困難であることは予想できる。となると考えるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 無差別殺人鬼になるつもりがないなら相手は選ばないといけない。原作ヒロインの内の一人である櫻井螢がそうだったように。

 現代日本ではどうしても倫理が引っかかるから最悪、人を殺しても問題がないところにいこうと思っていた。たびたび黒円卓の吸血鬼が戦場を渡り歩いていたように。

 

 

 しかしそれがこの世界に来て考える必要がなくなった。ここでどれだけ人を殺しても、元の世界で罪に問われることはない。ましてや魔人族とやらを殺せば賞賛される可能性すらある。

 

 

 ならばこの世界で、少なくともしばらく日常生活が送れるくらいまで安定するだけの()()をもって元の世界に帰還できればベストではないかと蓮弥は密かに考える。

 

 

 何千何万回悩んだことである。蓮弥はすでに形だけだが人を殺す覚悟を決めていた。あとは実践あるのみだがそればかりは今後次第だろう。

 

 

 色々考えている内に付けていた腕時計を確認するともう間も無く0時を迎える。どうなるかはわからないがやれるだけやってやると再度決意を新たにし、その時を迎えた。




実は翌日が誕生日だった主人公


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ステータスと武器

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 

 集まった生徒達に手のひら大の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。騎士団長自ら指導とはなんともVIP待遇である。

 

 

 メルド団長本人は、むしろ面倒な雑事を部下に押し付ける理由ができて助かったと豪快に笑っていたが。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方でメルド団長は説明を続けた。このプレートに血を垂らすことで所有者登録を行うこと。所持者のステータスをゲームのように表示してくれる便利なアーティファクトであるが、原理は不明であることなど。

 

 

 説明はほどほどに各自、ステータスプレートに血を擦り付け表示されるステータスを確認していった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥はステータスプレートに表示される数字を確認した。

 =====================

 藤澤蓮弥 17歳 男 レベル:1

 天職:■■■

 筋力:40

 体力:20

 耐性:18

 敏捷:38

 魔力:10

 魔耐:10

 技能:■■■■・剣術・縮地・言語理解

 =====================

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 どうやら某最期の幻想などのRPGみたいに敵を倒すと自動でレベルが上がるわけではないようだ。メルド団長の説明は続く。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 その例でいくと蓮弥は魔力が低いので成長率が低いということだろうか。大器晩成型という可能性もあるから最初から希望を捨てることはないと思うが。蓮弥は少し自分に言い聞かせる。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 その説明を聞き、蓮弥は問題の天職の部分に目を向ける。

 

(これはどういうことなんだ?)

 

 天職の部分が黒く塗りつぶされて読めない。

 これは天職が無いとこういう表示がされるのか、それとも他にない例外なのか。技能欄にも読めないところがあることに疑問が生じる。

 

 

 メルド団長に聞いてみたが過去に例がない事象だと蓮弥に説明した。ただ、技能が天職:剣士のものと類似してるのでそちらの方向で伸ばす方針で行くとのこと。

 

 

 蓮弥が周りを見渡すとハジメが冷や汗をかきながら周りを見渡している。ひょっとして良くないステータスだったのか。自分のステータスを確認した雫が蓮弥に声をかけてきた。

 

「蓮弥のステータスはどんな感じだったの? 私はこうだけど」

 

 見ると天職は戦闘系天職である剣士と書かれており、他と比較して敏捷の値が抜けて高い、身軽さ重視の雫らしいともいえるステータスであった。

 

「なるほど、まあ雫らしいステータスだな。天職はてっきり忍者か侍かと思ってたけど」

「? ……侍はまあ……‥分かるとしてなんで忍者なのよ?」

 

 雫は蓮弥の返答に疑問があるようである。なるほど、どうやら()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんとなくそう思っただけだよ、特に深い意味はないから気にしないでくれ」

 

 とりあえず蓮弥は適当にはぐらかすことにした。知らないなら自分がいうことではない。雫はイマイチ納得いかないという顔をしていたが話題が蓮弥の天職欄にいく。

 

「なんで蓮弥の天職は見えなくなってるのよ? ……バグった?」

「お前の口からバグったなんて言葉がでたことに少し驚いたが……俺にわかるわけないだろう。他に例がないらしいし」

 

 そうこうしている内に全員の確認が終了したらしい。その中でもきわめて目立つステータスを持っている人間が数人いた。その中の一人は言わずもがな勇者くんである。

 

 =====================

 天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 天職:勇者

 筋力:100

 体力:100

 耐性:100

 敏捷:100

 魔力:100

 魔耐:100

 技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 =====================

 

 といった具合で、まさに勇者らしい並外れたステータスを誇っていた。俗に言うチート能力とはこれのことを言うのではないだろうか。

 本人も、メルド団長に褒められてまんざらでもなさそうだった。

 

 

 一方、逆の意味で目立っていたのはこれも案の定、一人だけ挙動がおかしかった南雲ハジメだった。

 

 =====================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 天職:錬成師

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:10

 魔耐:10

 技能:錬成・言語理解

 =====================

 

 ステータスの全数値がこの世界の住人の平均値しかないのはもちろん、生徒の中ではただ一人の非戦闘職持ち。

 

 

 このステータスを見てメルド団長も困り顔だった、例の小悪党四人組もここぞとばかりにハジメをいじり始める。どうやらこの世界でもハジメの受難は続くようだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 全員のステータスの確認を終えた後、メルド団長が言っていたように各自の天職にあった装備を選ぶために国の宝物庫に足を運んでいた。

 

 

 宝物庫に入って見ると、いかにもファンタジーの世界でしかお目にかかれないような杖やら剣やらが区画ごとに並べられて保管されていた。

 

 

 その光景にはみなテンションが上がったらしく、天職とステータスの件で気落ちしていたハジメも顔を明るくしていた。

 

 

 蓮弥は天職不明ながらもメルド団長により剣士相当の訓練を行うと宣言されていたので、他の戦士系天職持ちとともに武器の保管区画に来ていた。蓮弥のとなりには同じく武器を見に来た雫が歩いている。

 

「流石に圧巻だな。無駄に装飾が多い武器とかあるのが気になるが」

 

 蓮弥が一振りの剣に注目する。柄の部分を見ると無駄に宝石が散りばめられていた。

 

「たぶんメルド団長が言ってたアーティファクトというやつなんじゃないかしら。ほら、こういう宝石ってRPGだと一つ一つに違う能力があったり、つけ外しができたりするじゃない」

 

 雫が言ったことは確かに、RPGの定番といっていい設定だろう。だが蓮弥がそれよりも気になったのは……

 

「お前って、意外とこういうネタわかるのな。てっきりこういうのには興味ないかと思ってた」

「正直私自身はあんまり興味はないんだけど……香織がね」

 

 そう言って雫は光輝と一緒にいつつも、チラチラとハジメの方を気にしてる香織を見ていった。

 

「ああ、なるほど。南雲の趣味を理解するための勉強に付き合わされてるわけか。相変わらずオカンは大変だな」

 

 オカン言うなと抗議してくる雫を軽く流し、蓮弥は武器探しを再開する。雫も探し始め、剣に類するものを取ってみたり軽く振ってみたりしているがイマイチ反応が良くない。

 

「メルド団長曰く、ここらにあるものはどれも一級の装備から国宝のアーティファクトまで揃ってるらしいけど……気に入らないみたいだな」

「悪くはないと思うんだけど、やっぱり刀じゃないとしっくりこないと言うか……」

 

 なるほどと納得する。

 八重樫流は古流剣術であり、当たり前だが得物は刀を用いる。

 

 

 蓮弥はとある理由で()()()()()()()()()()()()()()()()()今は気にしなくてもいいだろうと考えた。

 要するに雫が本領を発揮できる武器がここにはなさそうだということだ。

 

 

 そうしていると光輝の周りがまた騒がしくなる。先導していたメルド団長が驚いた表情で光輝の方を見ている。

 蓮弥が光輝の方を見てみると、この宝物庫の中でもひときわ異彩を放つ一本の西洋剣を持っており、その剣は薄く光っているように見えた。

 

「これは驚いた。これはハイリヒ王国の国宝の聖剣でな。大昔の偉大な冒険家以外誰も鞘から引き抜くことができなかったんだ。いやー、まさか伝説の聖剣に選ばれるとは流石だな。本当に頼もしいやつだよ、お前は」

 

 メルド団長に褒められて光輝もまんざらではなさそうに照れている。

 周りの奴らは流石とか、こいつなら当然だろ、という雰囲気を出している。

 

 

 結局昨夜は午前0時を過ぎても、なにも起こらなかった。この世界の暦が蓮弥達の世界とずれているのか。それともなにか条件があるのか。判断はつかないが、それならそれで武器をまじめに選ばないといけない。

 

(そういえばDies_irae主人公、藤井蓮もこういう場所で聖遺物にであったんだったか)

 

 区画ごとに綺麗に整備されているからか、立札さえあれば美術館みたいだし。

 

 そう思ってた瞬間だった。

 

 

 

 ミツケタ

 

 

 

「っ!」

「どうかしたの?」

「どこからか声が聞こえてこなかったか? もちろんここにいる連中以外で」

「? 特に聞こえなかったけど」

 

 どうやら雫には聞こえなかったらしい。周囲を探すと閉じられた扉があったので扉を開き中に入る。

 

「ちょっと!? 勝手に入っちゃダメでしょ」

 

 申し訳ないが説教はスルーする。そして奥へ進んでいき、それを見つけた。

 

 それは木製の十字架だった。見上げるほどの大きさのそれはいかにも古ぼけた姿をしているが意外と形がしっかりしている。

 

「なにこれ? 十字架? なんでこんなものがここにあるの?」

「さあな、聖教教会とやらが使ってるのかもな」

 

 けれど本当は予想していた。藤澤蓮弥が手に入れるべきもの。つまりこれが聖遺物なのではないかと。

 

 

 近くで見てみると端の方に血がついているのがわかる。まるで磔にされたような跡だった。Dies_iraeではこういうシチュエーションでヒロインの一人である黄昏の女神ことマリィに出会ったわけだが。

 

 

 正直、浮ついていたのは否定できない。姿形の見窄らしさとは反比例するかのような存在感。……だがこちらに向かってきたのは金髪巨乳の美少女ではなく、……もっとドロドロした、得体のしれないナニカだった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 得体のしれないモノが通り抜ける不快感に蓮弥は意識が遠のく中思った。やっぱり主人公みたいにはいかないなと。




聖遺物らしきものと出会った主人公


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訓練と異変

まだ序盤も序盤なのにお気に入り800件超えてびびってます。
神座シリーズまじぱねぇ
というわけで投稿です。


 蓮弥が宝物庫で倒れてから二週間が経過した。

 

 

 あの後、倒れた蓮弥をメルド団長が医務室に運んだらしい。そこで蓮弥はなぜかメルド団長の謝罪を受けていた。

 

 

 メルド団長の話によると、あの部屋は王国の技術を持ってしても利用方法がわからないアーティファクトを保管している部屋であり、本来は簡単に開かないように施錠されてなければならなかったにもかかわらず、当番が鍵を閉め忘れたせいで開いてしまったらしい。

 

 

 管理の不備ということで頭を下げられて蓮弥は若干居心地が悪かったので、とりあえず体調はなんともないということで引き下がってもらった。もともと勝手に入った蓮弥が悪いのだし、いつまでも罪悪感を感じられるといたたまれない。

 

 

 そして、蓮弥が倒れたからといって特に予定の変更もなく、この世界を知るための座学と戦うための訓練に皆が明け暮れていた。

 

 

 そして今、蓮弥はこの国の図書館に来ていた。

 

(やっぱりそう簡単には見つからないよな)

 

 あの日、宝物庫で見たあの十字架らしきものについて調べるためである。一応メルド団長に聞いてみたのだがさっぱりわからないらしい。

 

 

 あの部屋にあるのは用途が不明なものだけではなく、出自がわからないものも多数あり、誰がどんな目的で作ったかもわからない物もあるそうだ。あの十字架もその一つである。

 

 

 よって、この世界の情報を仕入れるという目的と並行して、そちらの情報も探してはいるのだが、この世界の情報と違ってめぼしい成果は上がっていない。

 

 

 その代わりこの世界の情報についてはかなり集まったと思う。この世界には亜人族という者たちがいて、基本的に被差別種族であるが故にハルツェナ樹海に引きこもって出てこないこと。魔人族についてはやはりというべきか情報が少なく、制限されている疑いがあること。他にも古い書物にのっていたが世界には反逆者と呼ばれるものが作ったと言われている七つの大迷宮が存在すること。

 

 これまで得た知識を整理していると、そこに最近ではおなじみとなった存在がここに入ってきた。

 

「よう、南雲。今日も頑張ってるな」

「おはよう藤澤くん。……なにしろ僕にはこれしかできないからね」

 

 そう言って苦笑いしつつ、隣の席に座った南雲ハジメが、少し大きめの本を読みだした。今日は〝北大陸魔物大図鑑〟とやらを読んでいるらしい。

 

 情報収集を兼ねて、図書館に通い始めてからハジメと会う頻度が増えていた。ハジメも最初は彼なりに訓練に真面目に参加していたようだが、なかなか思うように能力値が上がらないことに見切りをつけたのか、最近はもっぱら情報面で役に立とうとしているようである。

 

「いや、ある意味錬成師は貴重だと思うぞ。現代知識がある分、この世界にはないものとか作れたりするかもしれないし」

 

 例えば銃とか、と言いかけたところで蓮弥は口を噤む。この世界にきてわかったことの一つが、この世界の文明レベルは蓮弥たちの世界で言う中世時代であるらしく、魔法がある代わりにまだ炸薬を使った銃などの兵器類が開発されていないようなのだ。もしハジメがこの先、銃の量産に成功しようものなら今後この世界での戦争事情が一変してしまうと蓮弥は考えていた。

 

「残念ながらまだレベルが低いみたいで大したものが作れないんだよね。今後も頑張って伸ばしていくつもりだけど……まともな物が作れるようになるまでにはどれくらい時間がかかるのやら」

 

 少し肩を落としてハジメは答える。だがしかし彼の顔には思ったより悲壮感はなかった。蓮弥は少し深く話をすることを決める。

 

「なあ、南雲。お前って将来の夢とか決まってたりするのか。曖昧なものじゃなくて割とガチな将来設計的なものが」

「? どうしたの突然」

 

 ハジメか不思議そうに聞いてくる。それに対して蓮弥はこの世界に来る前から思ってたことを語る。

 

「いや、この世界に来る前の話だけどな。お前白崎に構われているせいで、いじめみたいなのにあってたじゃないか……」

 

 ハジメが顔をひきつらせる。当然だろう。誰も「お前、いじめられてるよな」と面と向かって言われていい気がする奴はいない。ハジメには悪いが蓮弥は気にせず話を進める。

 

 

「おまけに天之河みたいなうざいやつも絡んでくるし……。だけど学校生活を送っているお前を見ても、いじめられているやつ特有の悲壮感がなかった。それは、誰になんと言われようと自分がやるべきことがわかっているからじゃないかと思ってな」

 

 そう、南雲ハジメは客観的に見ていじめられている。およそクラスで特別親しい友人もいないようだし、小悪党四人組みたいに直接絡んでこなくてもハジメに悪印象を持っているクラスメイトは多い。それでもハジメはそれに対して煩わしさを感じてスルーする態度は見せていたものの、彼らに対して卑屈にはなっていなかった。

 

 

 そう言われたハジメは少し照れたのか頬をかく。

 

「別にそこまで大したことじゃないけどね。うちの両親がゲーム会社運営とか少女漫画家をやっててね……」

 

 ハジメ曰く、両親の影響を受けて漫画や小説、ゲームや映画というものが好きになったこと。将来はそれらに関わる仕事をすることを目標に両親の手伝いをしており、そのおかげで相応の技術を持つことが出来たこと。そのせいで学校生活をほぼ犠牲にすることになったが後悔はしていないこと。

 

 

 それを聞いてようやく蓮弥は納得がいった。

 なんのことはない、光輝を含めたあのクラスの中で、ハジメが一番将来を見据えて行動していただけなのだ。南雲ハジメは自分の限界を弁えている。将来に必要なこと(ついでに趣味)と学校生活を天秤にかけて自分の将来と趣味を取ったということだ。

 

 

 つまり自分を知り、自分の願いに全力をかけているハジメにとって小悪党四人組も光輝もいい意味で眼中にないのである。まあ、そっとしておいてほしいとは思っているのだろうが。

 

 

 蓮弥はこの世界に来た時のことを思い出す。ハジメは光輝の戦争参加宣言でにわかに沸き立つクラスメイトを見ていい顔をしていなかったし、きっとこの世界で戦うことの意味がわかっているのだろう。さらに自分の才能が大したことがないことがわかっても、それに腐らず自分にできることをやろうとする気概もある。

 

「そうか、……なんか悪いな。俺は正直、お前がそこまで深く考えているやつだとは思わなかった」

「そう言われると買い被りすぎだって、結局のところ趣味を優先しているだけで、一般的に見てだらしないのは確かだしさ」

 

 それもあるのだろうがそれでもこいつは他のやつより一歩進んでいるのは確かだ。このまま腐らず進んでいけば大物になりそうである。

 

 

 それにしてもと蓮弥は疑問に思う。

 なぜハジメだけステータスが異常に低いのだろうかと。正直、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……

 

 ドクン! 

 

「蓮弥、ここにいるの?」

 

 少し頭痛を感じたがすぐに収まる。入口の方を見ると、雫が扉の前で立っていた。どうやら自主訓練の時間がきたらしい。

 

「じゃあな南雲、そろそろ雫と訓練の時間だから先に行くな」

「うん。じゃあまた」

 

 蓮弥は本を戻し横で図鑑を読み始めたハジメを背に、図書室を後にした。図書館で感じた違和感など忘れて。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「──はぁ!」

 

 気合を込め、目の前で木刀を構える雫に、正面から同じく木刀を振り下ろす。それを軽く身を翻して躱すと返す刀で横薙ぎに木刀を切り返してくる。

 

「──っ!」

 

 なんとか受け止めることに成功したが、すでに自分たちの世界の常識を超えた膂力で振るわれる重さの乗った一撃に体勢を崩される。

 そしてそれを見逃す雫ではもちろんなく、雫は容赦なく追撃する。不恰好にそれを避けるもそこから後に続かず、蓮弥はあっさり木刀を弾かれて、首元に木刀の刃を突きつけられた。

 

「はい、また私の勝ちね」

 

 雫が勝ち誇ったように言った。いや、実際に負け越しているわけだが。

 

「やっぱりだけど蓮弥。あなた感覚が鈍っているわよね。昔道場にいた頃ならこれくらい躱してたと思うけど」

「そうは言うけど、俺が道場行ってた頃っていつの話だよ」

 

 同じ剣士ということで蓮弥は雫と共に訓練を受けていた。ちなみに蓮弥の現在のステータスはこうである。

 

 ======================

 藤澤蓮弥 17歳 男 レベル:4

 天職:■■■

 筋力:65

 体力:40

 耐性:40

 敏捷:70

 魔力:20

 魔耐:20

 技能:■■■■・■■■■・剣術・縮地・言語理解

 ======================

 

 相変わらず天職は謎のまま、技能は解明されるどころか、不明箇所が増える始末。あとは各ステータスが1.5倍から2倍くらいに上がったところか。

 

 正直ここに連れてこられたメンバーの中では伸び率は平均的であり、目の前の雫なんかはすでに3桁に届くものもある。

 

 まあそれでもこの男の成長には敵わないのだが。

 

「やあ雫、それに藤澤も。なかなか頑張ってるみたいだね」

「こんにちは雫ちゃん、藤澤くん。怪我はしてないよね?」

 

 噂をすればいつものイケメンスマイルでこの世界の勇者、天之河光輝が雫(とついでに蓮弥)に話しかけてきた。ちなみに香織も一緒である。

 ちなみに普通に雫と一緒に稽古しているわけだが、(光輝視点で)頑張っている奴には刺々しく当たらない。光輝にとっては雫は出来の悪いクラスメイトに構ってあげてる優しい奴で、蓮弥はそれになんとか食らい付いているクラスメイトという立場だからだろう。

 

「ひょっとしてもう訓練の時間かしら」

「ああ、もうすぐ始まるから呼びにきたんだ」

 

 そして蓮弥と雫は光輝と香織、それと途中で合流した龍太郎と訓練所に向かう。そしてふと思ったので香織にだけ聞こえるように話しかける。

 

「そういえば白崎。今日の朝図書室に来てたみたいだけど()()になにか用だったのか」

 

 蓮弥はあえてハジメの名前を強調して言った。そして香織はわかりやすく動揺し始める。

 

「えっ! いや……別に……特に用事はないよ、うん」

 

 用事もないのに、隠れてなにをやっていたのか逆に気になってくるが、あえて問い詰めない。薮蛇は勘弁だ。

 

「なんの話よ。図書室でなにかあったの」

 

 話が聞こえていたのか雫が参加してくる。チラチラ光輝が参加したそうに見てくるが、蓮弥は気づかないふりをする。

 

「別に、……白崎の見る目は確かだったな、という話をしてただけだよ」

「なっ!?」

 

 香織が動揺し、雫が怪しげに蓮弥を見つめるが話はそこから続かなかった。

 

 

 なぜなら蓮弥達は途中である光景を目撃したからだ。それは小悪党四人組がハジメをリンチしている現場だった。

 

「何やってるの!?」

 

 香織が血相を変えて小悪党四人組に問いかける。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

 

 その言葉を無視して、香織はハジメに回復魔法をかけ始める。

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

「いや、それは……」

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 三人に責められ流石にここはまずいと思ったのか苦笑いしながら退散していく。その後は雫と香織に心配されつつもなんとか立ち上がるハジメ。自分の幼馴染二人に気にかけられる様子が気に入らないのか光輝がまたしても空気が読めない発言をかます。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

 

 この状況においてでさえ独善さを感じさせるセリフに蓮弥は呆れた。相変わらずこの勇者の頭の中は愉快なお花畑が広がっているらしい。

 

 

 あの小悪党四人組の()()もそうだが、素質はあれど、現状中途半端なところをぶらぶらしている光輝も話にならない。もしハジメのような()()()()が失われたらどうするつもりなのか。

 

 

 ドクン! 

 

 

(……まただ)

 頭痛と共に蓮弥の思考に変なものが流れていた。

 

「蓮弥、どうしたの? ちょっと顔色悪いわよ」

 

 雫が心配して聞いてくる。

 

「いや、なんでもない。ちょっと疲れただけだ」

 

 適当にはぐらかしつつ俺は訓練所の方に足を進めた。




蓮弥の厨二力がどんどん膨れ上がっていくだと!!?


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月下の誓い

【オルクス大迷宮】

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 わかりやすく言うならRPGに定番のダンジョンという認識でいい。

 ここでは階層ごとにモンスターのレベルが安定しているため新兵の訓練にも利用されている。他にも生活で利用する魔石も良質なものが取れるということから冒険者も広く活用している。

 藤澤蓮弥含む地球勇者パーティもいよいよこの大迷宮の攻略に移ることになったのである。

 蓮弥達はメルド団長率いる騎士団員複数名と共に、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達のための宿場町ホルアドに到着した。蓮弥達は早速王国直営の宿屋に案内され、そこに泊まることになった。

 

 ここから全ては始まる。

 この先何が待ち受けているのかは、遥か高みから見下ろす存在のみが知っているのかも知れない。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥はベッドに腰を下ろして気を緩める。思えば無駄に豪華な部屋で過ごしてきたせいで、こういう普通の部屋がやけに落ち着くような気がする。それは自分と共にこの相部屋の住人となった南雲ハジメも同じ感想だったようだ。

 

「いよいよ、明日だね」

「ああ、そうだな……。なあ、本当に南雲、いやハジメも今回の迷宮に参加するのか? 普通鍛治職人は前線で戦うジョブじゃないだろ」

 

 蓮弥は少しハジメに気を遣い語りかけた。ちなみに以前の図書室で意気投合した二人は互いに名前で呼び合うようになっていた。

 

「まあ、蓮弥の意見はもっともなんだけど、決まってしまったしね。幸い明日は二十層までで僕がいてもカバーできるってメルド団長が言ってたし」

 

 そういうハジメの顔には、そういう気遣いするなら置いていってくれればいいのにと顔に出ていた。

 

 

 しばらく本を読んだりして過ごしていると、扉をノックする音が響いた。世間一般的に十分深夜にあたる時間。怪しげな深夜の訪問者に、蓮弥は少し警戒するが、聞こえてきた声を聞いて不要だと判断する。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 ハジメは一瞬硬直した後、慌てて扉に向かっていく。そして、鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの白崎香織が立っていた。

 

「……なんでやねん」

「えっ?」

 

 その姿を見てしばらく呆然としていたハジメが唐突に関西弁でツッコミを入れていた。どうやら相当混乱しているらしい。

 

「あ~いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

 その言葉を聞いて、蓮弥は香織の目的を邪推する。深夜遅くに男子の部屋に青少年の目に毒な格好で訪れる。一応明日は命の危険もあるだろうし、種の繁栄の本能的に()()()()()()()()()()()()

 

「唐突だが、ハジメ。俺はなぜか知らないが、急に外の空気を吸いたくなったから外に出るな」

 

 蓮弥はあえてハジメに硬い口調で語りかける。この状況で邪魔するのは無粋というものだ。

 

「えっ! いや! ちょっ……蓮弥!」

 

 ハジメが焦ったような声で蓮弥に返す。

 焦りが加速する中、目は裏切り者と訴えているが蓮弥は気づかないふりをする。

 

「そうだな……適当に時間を潰してくるからしばらくは戻ってこない。……二時間くらいでいいか?」

 

 割と生々しい時間設定を真剣な口調で言ってやると、ハジメは顔を赤くして声も出ないようだ。一方の香織の方はキョトンとしており無自覚らしい。いや、予想してたけど。

 

 そして蓮弥は呆然と立ち尽くすハジメをおいて、外に出かけていった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(さて、時間を潰すといったが何をしたものか)

 

 蓮弥は歩きながらこれからどうするか考える。

 あれから例の聖遺物らしきものについて調べてみたが結局何もわからなかった。いくら召喚された神の使いとはいえ、国の宝物庫の迷宮攻略に必要がないものを見せてくれとは頼めず、あれを見たのはあの時が最初で最後だった。いつもながら結局いくら抗おうと流れに任せるしかない自分に軽く嫌気がさしてくる。

 

 

 蓮弥が夜道をしばらく歩いていると、広場のようなところに出たところでそれを見つける。それは真剣な表情で月下の中で、ただ一心に剣を振り続ける八重樫雫だった。

 

 

 蓮弥はしばらくじっと見つめていた。その凛々しい横顔は義妹達に騒がれるのも納得できるほどであり、同時に孤高の美しさというものも感じる。蓮弥はこの幼馴染が二大女神だと騒がれる理由がわかったような気がした。

 

 

 しばらく見ていると、どうやらこちらに気づいたらしい。気づかれたのなら仕方ないと、蓮弥はしばらく見惚れてた自分に言い訳し、雫に声をかける。

 

「明日から、大迷宮に行くっていうのに精が出るな。あんまり根を詰めすぎると明日に響くぞ」

「別にそんなに長くするつもりはないわよ。これでも自己管理はちゃんとできてるつもりだし」

 

 流石は未だ負けなしの剣道美少女。いらぬ心配だったようである。

 しかしこのまま続けるつもりはないらしく蓮弥に近づいてくる。

 

「お前、こんな時間に何してるんだよ。いくらお前が強くても女一人で夜歩くのは危険だろ」

 

 ここは現代日本ではない。聞くところによると隣国であるヘルシャー帝国では亜人族を労働力や愛玩目的で奴隷としているという。そういう制度が当たり前にある世界のため、人族とはいえあまり不用心にしていていい世界ではない。

 

「ちゃんと警戒してたから大丈夫よ。ちょっと眠れなくてね……それより蓮弥こそ、一体なんで出てきたのよ。あんたならとっくに寝てるかと思っていたのに」

「いや、お前なら薄々察してるだろ。夜中にも関わらず白崎がハジメ目当てに尋ねてきてな。馬に蹴られて死にたくはないから逃げてきたというわけだ」

 

 それを聞いて雫は納得したようだ。そしてやはり親友の恋路が気になるのか聞いてくる。

 

「それで、どうだった? ……香織はうまくいきそう?」

「どうかな。ハジメが覚悟を決めれば今夜にも大人の階段を登るかもしれない……と言いたいところだが、ハジメの奴は自己評価低いからな。多分何もなしで終わるんじゃないか」

 

 うまくいけばいいとは思ってはいるが、基本ヘタレなハジメと未だ無自覚な香織だと関係を進めるには一歩足りないと蓮弥は思う。何かあいつらが強烈に意識するようなイベントでも起これば話は別だが。

 

「そう……まあそんなものよね」

 

 そうポツリとこぼした雫は今度は蓮弥をじっと見つめはじめた。一体なんなのだろう。

 

「ねえ、蓮弥の方はどうなのよ」

「なんの話だ?」

 

 恋愛話の続きかとも思ったがあいにく蓮弥にはそんな色っぽい話とは縁がなかった。

 

「ここ最近、様子が変だったじゃない。なんというか……まるで遠くに行ってしまいそうな気配があったというか……あんたは隠してたかもしれないけど茉莉ちゃんからも相談を受けてたんだから」

 

 ちなみに茉莉というのは蓮弥の実妹である。基本しっかりしているがたまに抜けたところがある妹を思い出し蓮弥は少し切なくなった。

 

「いや、そんな深い事情はないんだ。ちょっと自分探しの旅に出たいとは思っていたけれど。まあ、あれだ。思春期特有のもんだと思ってくれ」

「なにその思春期特有のものって言い方。まるで自分が一度思春期を通過した大人みたいな言い草ね」

 

 そんなつもりはなかったのだが、どうやら雫はそう受け取ったらしい。

 

「そういえば昔もあんな雰囲気だった時期があったわね。……ねえ、蓮弥は私の実家の道場に入ってきた時のことを覚えてる?」

 

 雫は昔の話を切り出してきた。蓮弥にとっては少し黒歴史だったのだが、止めるのも悪いと思い、うなずく。

 

「私はね。昔言ったかもしれないけど、あの時好きで剣道をやってたわけじゃないのよ。たまたま上手くいっただけでその剣には何も乗ってはいなかった。……だから蓮弥の剣を見た時は驚いたわ」

 

 雫は懐かしそうに昔を語る。まるでその時感じた思いを大切にするかのように。

 

「確かに蓮弥には才能がなかったかもしれない。けど朝誰よりも早く来て一人竹刀を振り続けるあなたの姿に、幼かった私でも感じるものがあった。……いまも上手く言葉にはできないのだけれども、魂が宿っていたというか。とにかくその時はただすごいと思った」

 

 雫は語る。その時の蓮弥の姿に感銘をうけたこと。同時に疑問を持ったこと。なぜ蓮弥はあれほど真剣に剣を振るうのか。それが気になって蓮弥と話すようになったこと。才能がないにも関わらずどんどん強くなる蓮弥を尊敬していたこと。突然道場をやめて淋しさを覚えたこと。ただただ、雫は蓮弥に感じたことを語った。

 

「だから今でも思ってる。きっと蓮弥が本気になれば、なんだってできるんだって。だから何に悩んでいるのかは知らないけど……きっと蓮弥なら大丈夫よ。必ず上手くいく……」

 

 どうやらこの幼馴染は、実情は知らずとも蓮弥の悩みが、思春期特有のものというような軽いものではないことに薄々気づいていたようだった。

 

 

 蓮弥からしたら過大評価も甚だしい。あの時はとにかく自分の置かれた状況をなんとかしようと必死だっただけで、雫の言うそんな高貴なものが剣に宿っていたとは思えない。まるで厨二病を良い意味で誤認されてしまった感じだ。少し恥ずかしい。

 

「あっ! そうだ!」

 

 突然雫は声をあげ、自身のポケットの中身を探り出す。中々目的の物が見つからないのか確かここにあったはずなどと呟いている。

 

「あった! 蓮弥、悪いけど少し目を閉じていてくれない?」

 

 急にそんなことを言い出す雫。よくわからないがとりあえず害はないだろうと思い、蓮弥はおとなしく目を閉じる。

 なにやら首もとでごそごそ気配がする。目を閉じているせいか目の前の雫から女の子特有の良い匂いがしてきて落ち着かない。

 

 

 しばらく待っていると、もういいとの雫の声が聞こえてきたので蓮弥は目を開けてみる。首元を見てみると、銀細工の十字架が首にかかっていた。

 

「はい、少し遅くなったけど。十七歳の誕生日おめでとう。本当はもっと前に茉莉ちゃんに渡すよう頼まれていたんだけど、今回の件があって結局、今日になっちゃった」

 

 蓮弥は突然のことで動揺する、よりによってなぜ十字架なのかという戸惑いもあったが。

 

「別に俺はクリスチャンでもなんでもないんだけどな」

「知ってるわよ。どちらかと言うとあんたは神様嫌いでしょうに。私も十字架はどうかと思ったけど、持っているだけでどんな危機も乗り越えられる一生もののラッキーアイテムという触れ込みらしいわよ。まあお守りだと思ってもらっときなさい」

 

 なるほど、どうやら妹は通販で目について買ってみたはいいが、思ったより好みじゃなくて処分方法に困っていたところ、蓮弥にこれを押し付けるつもりだったらしい。蓮弥は通販でよくわからない怪しい物を買う悪癖がある妹を思う。それにしても今度はどこで手に入れたのだろうか? 占いでも一生使えるラッキーアイテムとか聞いたことがない。胡散臭すぎる。

 

 

 とりあえず貰っておいて礼も言わないのはあれかと思い、蓮弥は感謝の言葉を口にする。

 

「まあ、ありがとな。一生身につけているかはともかく、こんな状況だしお守りだと思って持っておくよ」

 

「まあ、それだけだと不安だし。もちろん私も守ってあげるわよ」

 

 今度は茶化すようにいってきた。ひょっとしたら少し恥ずかしかったのかもしれない。だがここで守ってくれとは言いづらい。せっかくだし宣言してみる。

 

「まあ、お前にそこまで言われちゃあ、少しは頑張るよ。最低でもお前を守れるくらいには強くなってやるから」

「うん、期待してる」

 

 

 

 月下の下、誓いは行われた。

 

 一人の少女は未だはっきり自覚していない大好きな少年を守るために。

 

 一人の少年はそんな少女の役に立とうと非才ながらも努力することを密かに誓う。

 

 一人の少女は今は自分より弱い少年がいつか自分の横に並び立つ日を夢見て。

 

 そして一人の少年はそんな少女の祈りに答えるために改めて覚悟を決める。

 

 全ての物語が動き出す、前日の話。




雫とのやりとりはもちろんdiesでのあのシーンのオマージュ


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オルクス大迷宮

お気に入り1000件達成。
これは間違いなく神座からブースト受けてますね。
それでは投稿します。


 現在、蓮弥達はオルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。

 

 

 蓮弥の中では、大迷宮の入口はそのまま洞窟の入口のようなイメージだったのだが、流石に国民が生活の一部として利用している空間といったところか。入場ゲートのような入口があり、制服をきた職員らしき女性が笑顔で受付対応している。

 

 

 話を聞く限り、ここでステータスプレートをチェックし、人の出入りを記録することで、死亡者数を正確に把握しているらしい。つまり何日も音沙汰なく出てこなかったものは死亡扱いされるというわけだ。

 

 

 蓮弥達はメルドを先頭にカルガモの親子のように大迷宮に入っていった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 オルクス大迷宮は緑光石という発光する特殊な鉱物の鉱脈を掘って出来ているため、松明などの明かりがなくても視界は問題ない。

 

 

 通路は縦横5m以上あるが、大人数での戦闘を考慮すると決して広いとはいいがたい。よって迷宮の攻略は基本的に縦に隊列を組み、各人が前後左右を警戒しながら進んでいくのがセオリーらしい。

 ちなみに蓮弥は隊列の中でも中頃、ポジションでいうなら遊撃担当といったところか。

 

 

 やがて、天上の高さが7・8mほどあるドーム状の開けた空間に出る。

 壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出し、物珍しげに辺りを見回していた一行の前に立ち塞がった。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 他のメンバーは交代で前に出てもらうからな、気を緩めずしっかり準備しておけ!」

 

 指名された光輝達が了解と威勢よく返事を行う。いざ戦闘か、と皆が身構える中、メルドが光輝に対して言った。

 

「では光輝、あの魔物の名前と特徴がわかるか?」

「えっ!?  ……いや……あの……」

「……じゃあ、ハジメ! お前はわかるか?」

 

 突然のメルドの質問に光輝は動揺する。考えてはいるようだが、いつまでたっても答えは出ない。光輝が答えられないと見るや、メルドは隊列を振り返り、ハジメに質問をぶつける。それに対して、ハジメは冷静に滞りなく答える。

 

「はい、あれはラットマンという魔物です。特徴は素早い動き。ですが筋力も耐久も低いので冷静に対処すればみんななら怖い魔物ではありません」

「ハジメの言った通りだ! お前たちなら落ち着いて対処すればとるに足らない魔物だ! 恐れずにいけ!」

 

 ハジメの答えに満足そうに頷いたメルドは、光輝達に指示を飛ばす。光輝は面食らったような顔をしていた。その結果に蓮弥はしてやったりと内心ほくそ笑む。

 

 

 きっかけはハジメが小悪党四人組にリンチ紛いのことをされていた時である。あの時光輝はハジメに対して、本なんか読む暇があればその時間を訓練に当てたらどうだといった趣旨の言葉をハジメに言っていた。

 

 

 それに対して内心腹を立てていた蓮弥は大迷宮へ出発する前にハジメを引き連れ、メルドに光輝が情報を軽視するような発言をしていたことを告げた。そしてハジメが自分の出来ることを探すために、魔物やこの世界について学んでいること、今回の大迷宮攻略のどこかでそれを活かす機会を与えて欲しいということを進言したのである。

 

 

 メルドが試しにハジメにいくつかの魔物に対して質問を投げかけたところ、ハジメは全て淀みなく答えてみせた。どうやらハジメにとってリアルファンタジーなモンスターは、オタク知識に該当するらしく結構楽しんで覚えたようだ。

 

 

 その結果に素直に感心したメルドは、今回の大迷宮攻略に対してハジメに知識を披露する場を設けたのである。

 メルドは国の軍隊を率いる立場にある人間だ。当然、一つの情報が時に戦況を左右することや、隊員の生存率に関わることを骨身に沁みて理解している。メルドはこの機会に少し脳筋思考になっている者たちに、情報の重要性を理解してほしかった。

 

 

 光輝達が無事ラットマンを倒し終わった後──メルドにやりすぎだと注意されていた──次の列の番が回ってきた。蓮弥達の列である。

 

 

 ラットマンは同胞が過剰戦力で駆逐されたのを警戒したのか、自身最大の武器を使って一行を翻弄する行動に出た。複数体でそれぞれが各自補うように動くので、勇者一行はラットマンを捉えられないでいた。そんな中、しばらくラットマンの動きを観察していた蓮弥が動き始めた。

 

 

 先頭列のチームから一歩前に出て行く。当然一人孤立する形で飛び出した獲物をラットマンは逃さず。己の同胞の仇に対して牙を剥いた。その行為に対して生徒は危ないと止めようとするが、メルド筆頭に護衛騎士はいつでも手を出せるようにはしているものの、観察を決め込んだ。

 

(確かに動きは早いけど。最近目で追いきれなくなってきた雫の剣よりかは遅い!)

 

 蓮弥が足を一歩踏み出す。

 

 目の前に迫っていたラットマンの一体を正面から袈裟斬りにする。

 

 続けて右側から迫るラットマンを体を九十度横にずらし、弧を描くように切り上げる。

 

 その勢いで身体を反転させ、背後に迫っていた最後の一体を真っ二つにする。

 

 

 その間、数秒の出来事である。

 蓮弥はなんとかなったと息を吐き、周りの状況を確認すると他の前列のメンバーが固まっていた。

 

 

 余談ではあるが、ラットマンは第一層で一番最初に出てくる魔物である。某RPG風にいえばスライムに相当するだろうか。確かに動きは早いが、動きが単調で読みやすいため。あらかじめ訓練を受けた者にとって難敵とは言い難い。

 

 

 だが、最近雑魚モンスター筆頭だったゴブリンが見直されているように何事にも例外はある。

 それは、目の前で同胞が圧倒的な力で壊滅させられるのを見せられると、警戒モードに入るのである。こうなってくるともともと素早い魔物が仲間と徒党を組んで襲ってくるため、ラットマンの討伐難易度は少し上がる。

 

 

 魔物の討伐に慣れてない新米冒険者が、ラットマン目掛けて過剰な攻撃を行った結果警戒させ、思わぬ傷を負って帰ってくるのは初心者にはよくあることだった。

 

 

 とはいえ、レベルが高ければやっぱりなんとでもできるし、こちらも数がいれば初心者でも対処できるだろう。ただ初心者が初見で三体同時に相手取って無傷で倒すというのはそうお目にかかれない。

 

 

 蓮弥はメルドの方を見ると、面白いものを見つけたような顔で笑っていた。もしかしたら帰った後の訓練の強化とか考えているのかも知れない。

 蓮弥はやっぱり目立つのはやめようとおとなしく列に戻った。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そうして、一行は順調に迷宮を進んでいった。その後もハジメは、引き続きメルドに解説役にさせられ、いつの間にか、最後尾から最前列手前まで前に出ることになった。ハジメの解説は新しい魔物が出るたびに続けられ、それに対して的確な答えを出していくハジメにメルドも満足そうに笑っていた。

 

 

 最初はハジメの解説を聞き流していた生徒も、魔物の弱点や、魔物に対して使ってはいけない属性の魔法の注意が混ざるようになると、自分達がいかに情報を疎かにしていたのか気がつくものが増え始める。

 

 

 クラスでも良識者である柔道部の永山重吾が引き入るパーティなどは、素直にハジメに感心していた。もっとも小悪党四人組や光輝なんかは良い顔をしていなかったが。

 

 

 さて、ハジメも前線一歩手前にいる以上、戦闘に参加しなくてはいけなくなる。

 

「よしハジメ、やってみろ!」

 

 メルドがハジメの名前を呼び、群から溢れた()()の魔物を一匹けしかける。

 

 そいつの特徴は群れでの素早い連携攻撃にある。単体としてはそれほど脅威になる魔物ではない。だが、基本ステータスの低いハジメにとってはなかなか強敵だった。

 香織が緊張した目でハジメを見ていた。もし怪我を負ったらすぐに治療するために準備しているようだった。

 

 しかし、大半の人間の予想に反して、ハジメは冷静だった。

 

 一度両手を合わせると、床に手をつき、お得意の錬成魔法を発動させた。

 

 飛びかかる魔物が、目の前に出てきた壁に阻まれる。

 

 弾かれた魔物が、体制を立て直そうとするも、弾かれた方向に再び壁が出現した。

 

 それを何度か、繰り返す内に逃げ場を失った魔物がハジメの錬成魔法に完全に囚われる。

 

 

 一切身動きが取れなくなったことを確認したハジメが剣を取り出し、魔物を串刺しにして仕留めた。

 

「よし、下がっていいぞ。ちゃんと魔力回復薬を飲んでおくようにな」

 

 メルドの言葉で事が無事に終わったことを知ったハジメは、ホッと一息付き、支給されている魔力回復薬を口にした。

 

 

 蓮弥はちらりとメルドが率いる騎士団の様子を伺ってみた。

 騎士団の隊員達は皆意外なものを見たような目をしていた。まるで今まで考えたことのない画期的な戦術を見つけたような様子だった。

 

 

 実際、錬成師=鍛治師という認識が定着しているトータスの住人たちは、まさか錬成魔法を戦闘に使うなど考えもしなかったのだろう。

 

 

 しかし、蓮弥達異世界からきた者達にとってその先入観はなかった。特に蓮弥などは錬成と聞いたらまずフルメタルなアルケミストを思い浮かべた。

 

 

 そこで図書室で仲良くなったハジメと一緒に錬成の活用方法を考えたのである。鉱物が錬成できるなら地面とかも錬成できるはず。水などの液体はどうなのか。錬成の練度を上げるために使えそうなオタク知識はないかなど、片っ端から試してみたのだ。

 

 

 ハジメは最初、そういうのに興味がなさそうな蓮弥が実は意外とこういう分野が得意なのだとわかり喜んでいたが、それが錬成の精度を高める為に味を知ってみたらどうかとか言い出したあたりで嫌そうな顔をした。

 どうやらハジメは現実に二次元を持ち込むのは忌避するタイプらしく、あとで黒歴史になるからとそれらを導入するのを拒否していた。

 

 

 しかし、例の事情からいつか厨二病にどっぷりつからなければ強くなれない力を授かる予定だった蓮弥は、すでに厨二を貫く覚悟を決めており、錬成のレベルをあげる為にやれることはやっておこうと無理やり押し切った。実際味を知ったことで錬成の精度が少し上がった時は微妙そうな顔をしたハジメだったが、効果があるならと渋々試してみることにした。

 

 

 その結果、錬成の精度と魔力のステータスが他よりも少しだけ上がった。

 魔力を使い切るつもりで戦えば魔物一体仕留められるくらいにはなったのだ。ちなみにやる前に両手を合わせるのは蓮弥が指示した。

 

 蓮弥はメルドに近づき話しかける。

 

「どうでした? ()()()()()()()()()()は?」

「……今のまま一匹仕留めるだけで魔力が尽きるレベルでは話にならないが……今後ステータスが伸びていけば、なかなか面白い戦い方ができるようになるかもな」

 

 どうやら本気で感心しているらしい。

 実は魔物の知識について進言した際に、蓮弥はハジメには内緒でもう一つ頼みごとをしていた。それはハジメを非戦闘職という先入観を捨てて見てやってほしいということだった。

 

 

 ここまできてようやく蓮弥がなにか仕掛けていたことに気づいたハジメはこちらを見る。だが蓮弥は逆方向を向くよう示唆してやった。

 

 

 ハジメが反対方向を見ると、香織が満面の笑みでハジメを見守っていた。どうやら先ほどの会話が聞こえたらしく、ハジメの力が評価されたことを我が事のように喜んでいる。

 

 

 雫はこちらに対して、やってくれたなという突然サプライズを食らったような顔をしたが、すぐに香織をハジメのことでからかい始めた。

 

 

 そう、雫が気づいたように、他にも聡い生徒や騎士達は気づいたのではないだろうか。まずは魔物の知識という、軽視していたものが想像より大切なものだったことを認識させた。次に錬成師のできることが、一般的な認識より多いことを見せつけることで連想させたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 もちろんステータスが低いという弱点はあるが、それは訓練次第でどうとでもなると蓮弥は予想していた。これで賢いやつらはハジメを非戦闘職の無能ではなく、やり方次第では戦力になり得る人材だと考えるようになるだろう。

 

 

 やっぱり努力しているやつは認められるべきだと思う。特に、ハジメみたいな()()()()を持った人間は。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そしてようやく目的の二十層までやってきた。

 この層の奥まで行くことが本日の目標である。

 

 

 先頭を行く光輝達やメルドが立ち止まった。先頭の光輝達が戦闘態勢に入る。どうやら魔物が出たようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は褐色となり、二本足で立ち上がる。カメレオンのような擬態能力があるらしい。

 

「南雲君!」

「あれはロックマウント! 擬態するゴリラみたいな魔物! 腕力が強いから掴まれないように気をつけて!」

「ありがと!」

 

 ここまでくると、雫を始めとした一部の生徒はメルドが何か言う前にハジメに情報提供を要請するようになっていた。ハジメは雫の要請を受け、即座に情報を展開する。

 繰り返すごとにやり取りがスムーズになり、皆の動きも連動してよくなっていく。

 

 無駄が少なくなってきているおかげか、今のところ大きな怪我を負ったものはいない。戦闘は何かに触発された勇者がいつも以上に過剰に気合を入れた一撃で派手に魔物を薙ぎ払って終了させた。

 香織達に向かってキラリと光るイケメンスマイルを披露していたが、狭いところで大技を使ったことでメルドに怒られ、皆に慰められていた。

 

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 

 そこには青色に発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。どうやら緑光石とは違う鉱石らしい。香織を含め女子達はその美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 どうやら宝石の原石のようだ。

 装飾品として非常に人気のある者らしく、求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ3に入るとか。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、蓮弥にも雫にもバレバレだったが。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 警告するメルドを無視して、檜山は聞こえないふりをしてヒョイヒョイと鉱石の場所にたどり着く。どうやらいいカッコがしたいのは光輝だけではなかったらしい。

 

 

 メルドは、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人が罠を見つけるための道具「フェアスコープ」で鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 しかし、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。それはあの日、蓮弥達をこの世界に飛ばした悪夢の再来だった。




原作主人公無双。一人理解者がいれば環境改善も容易い。なお気に入らないやつはますます気に入らなくなった模様。


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最悪の結末

今年最後の更新です。


 部屋の中に光が満ち、蓮弥達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。そしてすぐに収まり、どこかの床に叩きつけられる。

 

 

 ほとんどのクラスメイトは尻餅をついていたが、メルドや騎士団員達、光輝などの一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

 

 転移した場所は、巨大な石造りの橋の上。

 ざっと100mはあるだろうか。天井も高く20mを超え、橋の下は全く何も見えない深淵の如き闇が広がっている。まさに、落ちれば奈落の底まで一直線だろう。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 メルドの指示に、生徒達は動揺しつつも動き出す。

 そして、蓮弥は内心焦っていた。こういうダンジョンの転移系トラップはいくつかパターンがある。単にランダムで飛ばされる嫌がらせ目的のものという可能性もあるが、それなら全員固まっているのはおかしい。

 

 

 となると最悪のパターンか。蓮弥は冷や汗を流す。これが嫌がらせではない場合、もっとも定番の仕掛けといえばなにか。

 

 

 その答えは目の前に迫っていた。

 階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現した。更に、通路側にも魔法陣は現れ、そちらからは一体の巨大な魔物が、威圧感を醸し出しながら出現を終える。

 

 

 そう、ダンジョントラップの定番の一つ……それが……モンスターハウスである。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルドの呻く様な呟きが皆の間にやけに明瞭に響いた。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

「南雲!」

「ごめん、わからない。けど明らかに二十層やそこらで出てくる魔物じゃないと思う」

 

 光輝達とは違う前線のパーティリーダーである永山が、すかさず南雲にを言葉をかけるが、今まで淀まず問に答えていたハジメが初めて答えに詰まる。

 

 

 当たり前の話だが、ハジメはあの短期間でこの世界の全ての魔物を記憶したわけではない。しかし、二十層や少し先の階層で出てくる魔物までは覚えていたので、逆説的にそれ以上深度が深い階層の魔物であることは明白だった。

 

 

 背後だけに構っていられない。目の前の小さな複数の魔法陣からも次々魔物が出現している。見た目は骸骨が剣を携えた姿、数はどんどん増え続け、すでに百に迫ろうとしている。

 

(あの骸骨もやばいけど、やっぱり危険度は後ろの奴の方が上か!)

 

 蓮弥は改めて後ろの魔物に注目する。

 骸骨兵士の魔法陣よりさらに大きな魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が現れていた。もっとも近い既知の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

 

 

 メルドの言うベヒモスという単語に注目する。こちらと同じかはしらないが、物語の終盤に出てきて主人公を苦しめる魔物の名前と同じだった。あれの威圧感とメルドの焦りから、あながち間違ってはいないことに舌打ちしたくなる。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

 全員の身体が竦む。

 逆にメルドは正気に返ったのか、騎士団メンバーに素早く指示を飛ばす。あるものはベヒモスの足止めのために、あるものは目の前の骸骨兵士を退け、道を切り開くために。

 

 

 流石というべきか、蓮弥達が混乱で動けない中、正気に返った騎士達の行動は素早かった。

 

 

 しかし、ここで勇者の悪い癖が出る。

 撤退を指示するメルドの命令を拒否して、前線で共に戦うと言いだしたのだ。メルドは今のお前達では無理だと強い口調で言い聞かせようとするが、義憤に燃える光輝は聞く耳を持たない。

 

 

 そんなことは当然、ベヒモスの知ったことではなく、その巨体を揺らしながらこちらに向けて突進してくる。おそらくあれに跳ねられるのは元の世界で大型トラックに跳ねられるようなものだろう。全員轢殺して然るべき威圧だった。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!」」」

 

 2m四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。

 

 

 一回使い切り、しかも一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現。

 

 

 純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

 

 それでもなんとか立ち上がり脱出を図ろうとするが、目の前の魔物がそれを許さない。

 蓮弥達は当然しらないが、目の前の骸骨兵士はトラウムソルジャーといい、大迷宮三十八階層に現れる魔物だ。後ろのベヒモスほどではないが、今まで蓮弥達が戦ってきた魔物とは一線を画する。

 

「蓮弥! これ、どうすればいいと思う?」

 

 雫が不安そうに聞いてきたので、蓮弥は倒れた生徒を助け起こしつつ、今までの知識で役に立つものがないか全力で考え始めた。

 

「この手のモンスターハウスは時間をかければかけるほど状況がまずくなる。だから攻略するなら目の前の骸骨をまとめて吹き飛ばして道を切り開き、一気に出口まで進むしかないが……」

 

 それができる人間は限られている。

 そして、その限られた人間の一人である光輝は未だに現状が見えていない。

 

「くそ、もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前達もだ、早く行け!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……!」

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 雫が光輝を説得しようとするが、聞いていない。いつもの悪い癖だ。自分が正しいと微塵も疑っていない。おそらく光輝の頭の中には、自分が力を発揮してベヒモスを撃退し、全員救助して引き返す光景が根拠もなく展開されているのだろう。

 完全に自分の力を過信してしまっている。メルドは戦闘素人の光輝達にまずは自信をつけさせようと、褒めて伸ばす方針を訓練にて取っていたが、今回それが裏目に出てしまっていた。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

 いつものノリで乗っかってくる龍太郎の言葉に、更にやる気を見せる光輝。状況が悪化していく様、雫は思わず舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 

 

 そして、蓮弥と同じ結論に至ったのだろう。なけなしの錬成で周囲のサポートをしていたハジメが、光輝達に飛び込んでくる。

 

「天之河くん!」

「なっ、南雲!?」

「南雲くん!?」

 

 驚く一同にハジメは必死の形相でまくし立てる。

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて南雲は……」

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げてここから撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮って、ハジメは普段の様子から考えられない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 

 

 いつも苦笑いしながら物事を流す、普段の大人しいイメージとは違うハジメの様子に周囲が固まる。

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!」

 

 光輝の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 

 

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ、混乱の最中にあるクラスメイト達がいた。

 

 

 当然の話だが、今まで戦闘などしたことがない現代の若者が今までの訓練だけで一人前に戦えるわけがない。皆今までの効率のいい戦い方を忘れがむしゃらに戦うために、思うように魔物を倒せず敵の増援に押しつぶされそうになる。各自のスペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は……しかし正気に返ることはなかった。

 

「……うるさい! 弱いお前に指図されるつもりはない。あいつを倒した後、俺がみんなを救えばいい! お前は後ろに下がっていろ!」

「なっ!?」

 

 その言葉に勢いよくまくし立てていたハジメが流石に唖然とする。

 

 

 本来なら流石の光輝でも、クラスメイトの危機に正気に立ち返り、この場の危機を脱するため、行動を開始しただろう。

 しかし、それを指示した人間が悪かった。いやハジメは悪くない。だが今回ハジメは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 おそらくだが光輝の無意識の中で、自分では答えられないメルドの問いに対して、淀みなく答えるハジメがいつも以上に気に触ったのだろう。戦闘でも思わぬ錬成の使い方に騎士達が関心を示していた。

 

 

 そして何より、光輝の幼馴染である香織が、ハジメが評価されるたびに満面の笑みを浮かべる。その状況に光輝の普段以上に溜め込んだストレスが、この最悪のタイミングで爆発したのだ。

 

「下がれぇ──!」

 

 メルドの叫びと共に、遂に障壁が砕け散った。

 

 

 暴風のように荒れ狂う衝撃波が彼らを襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……

 

 

 舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 

 

 そこには、倒れ伏した団長と騎士の三人が呻き声をあげる光景が広がっていた。どうやら衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。光輝達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ

 

 

 またハジメに助けられたことで益々ヒートアップする光輝。もはや誰に何を言われても止まらないことは明白だった。

 

 

 その光景を見て光輝が当てにならないと判断した蓮弥は自分が使える()()()()()()()()をここで切る覚悟を決めた。

 

「おい雫……それと坂上! 少しだけ時間を稼げるか?」

「なにか手があるの?」

 

 雫も光輝が役に立たないことを知り、蓮弥の意見に耳を傾ける。

 

「ああ!」

「わかった! なんとかしてみせる。龍太郎もいいわね」

「……流石にしょうがねぇな。なんとかするしかないだろ!」

「ちょっ!」

 

 思わず抗議の声を上げかける光輝を流石にスルーして雫と龍太郎がベヒモスに突貫する。

 

「白崎! お前はメルド団長の治療を!」

「うん! わかった」

 

 蓮弥の指示に従う香織は、既にメルドの前で錬成壁を作っているハジメに向かって走っていった。これで一応後ろは大丈夫か。

 蓮弥は自身のアーティファクトに付いている魔石の順序を入れ替えはじめた。

 

 

 蓮弥の使うアーティファクトは雫と共に見つけた柄の部分に無駄に宝石が散りばめられていたものだった。その時は宝石だと思っていたがどうやら魔石の類だったらしく、うまく並び替えてやれば切れ味が増したり属性付与ができる特殊なものだった。だがパズル性が高く、組み合わせ次第ではもとより能力が低下するということで誰も手に取らなかったのだが、蓮弥は面白そうだと手にした。

 

 

 そして訓練期間中に色々試して偶然発見した組み合わせがあった。

 その組み合わせにした時、魔力感知が得意ではない蓮弥がはっきりわかるほどの魔力が刀身に集まりだし、発光しだしたのだ。刀身は高熱を発し、明らかに膨らんでいるように見えた。その時は咄嗟に魔石を外したことで難を逃れたが、そのままにしてればどうなるのか。このあとすぐ知ることになる。

 

「今だ! 二人とも下がれ──!」

 

 蓮弥が叫ぶとその声に反応した二人が即座に離脱した。ギリギリだったようで二人共ボロボロだった。

 

 

 二人が撤退したことを確認すると。蓮弥は己の主装備であるそのアーティファクトを躊躇なくベヒモスめがけて投擲した。

 

 

 剣がベヒモスに飛来する。そしてそのタイミングで刀身に集まっていた膨大な魔力が臨界点を超えた結果。

 

 

 

 

 そのアーティファクトは轟音を響かせながら、ベヒモス相手に炸裂した!! 

 

 

 

 発せられた膨大な熱量がベヒモスの皮膚を焼いていく。光が辺り一面を覆い隠し、その衝撃は直撃したわけでもないのにベヒモスが暴れてもビクともしていなかった橋にヒビを入れた

 

 

 そのあまりの爆音と衝撃に後方の生徒が呆気に取られる中。

 前衛を務めた二人が帰還する。

 

「すげぇ威力だ。……これなら流石にやったよな」

「だといいけどね」

 

 背後では、治療が終わったのか、メルドが起き上がろうとしている。光輝は目の前の光景に呆然と立ち尽くしていた。どうやら色々な感情がせめぎ合って動けないでいるようだった。

 

 そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる! その先には……

 

 

 

 ……多少のダメージは負ったものの、今だ顕在のベヒモスがいた。

 

 

 

「ちっ!」

 

 舌打ちする蓮弥はすかさず光輝の方へ歩きだし、今だ立ち尽くす光輝の横面を思いっきり殴り飛ばした。

 

「ちょっ! 蓮弥!?」

 

 突然の行動に雫が動揺するが構っている暇がなかった。そのまま倒れている光輝が何か言う前に掴み起こし、詰め寄った。

 

「別にお前が勝手に死ぬのは構わないけどな! お前の癇癪に俺たちを巻き込むなよ!! 仮にも勇者なら、守るべきものをちゃんとみやがれ──!!!」

 

 耳元で大声で叫んでやる。

 頬の鋭い痛みとその怒声で光輝はようやく正気に戻ったらしい。生徒達を見た後、黙ってこちらに頷いた。

 

「ボケッとするな! 逃げろ!」

 

 どうやら今の一撃で怒りに火がついたらしい。ベヒモスがツノを赤く発光させて身構えた。ダメージが抜け次第突撃してくるのは目に見えていた。

 

 

 蓮弥も失った主装備の代わりである短刀を構え、撤退の準備を始める。あの一撃であの程度のダメージ量。二度と同じ手段を使えない以上、現状倒す方法はなかった。

 

 

 メルドはどうやらここを死地と定めたらしい。前線で食い止め生徒達だけでも逃すつもりのようだ。

 

 

 そんな中ハジメはある提案をしていた。

 危険はあるが、うまくいけば全員助かる方法を。

 

「……やれるんだな?」

「やります」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルドは「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

 

 そして、ダメージから回復したベヒモスが飛び上がりこちらに頭を向けて突進してくる。それをメルドが簡易の魔法を使い光輝達を連れて撤退する。そして頭部がめり込んだベヒモス相手に、ハジメの唯一にして最大の武器が炸裂する。

 

「──錬成!!」

 

 そして錬成した橋を使いベヒモスを拘束する。

 ベヒモスは抵抗するが、蓮弥が与えたダメージはまだ残っているらしい。最初の頃よりもパワーが落ちているように感じた。

 

 

 たった一人でベヒモスを食い止めるハジメを香織が助けたそうにしていたが、メルドが諌める。ここで香織が残ったらハジメの苦労が水泡に帰すからだ。

 

 

 そして階段までの道を開くために、骸骨兵士相手に苦戦していたメンバーも、一人力が有り余っている光輝が無双することで切り開かれていく。

 

 

 後はハジメを助けるだけだと香織が言うが、殆どのメンバーは言われる前にハジメを援護するための準備を整えていた。

 

 

 今回の大迷宮でのハジメの貢献は大きい。今もなおベヒモスを一人で食い止めるハジメを見て、大抵の生徒は考えを改めていた。今後、彼を無能とみなす輩は少なくなるだろう。

 勝算が見え、少し余裕を取り戻したメルドは思った。今回の経験を得た彼らはいいパーティになると……

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ハジメが撤退し始めた光景を見て、蓮弥は作戦の成功を確信する。

 この調子でいけば、ベヒモスが追いつくより先に逃げ切れるだろう。

 

 だがしかし、イレギュラーは起きるものだ。ハジメを援護しているはずの魔法の一つが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 逸れた魔法はハジメの足元に直撃する。

 

 驚愕の表情を浮かべるハジメ。

 

 まさかの事態に焦るメルド。

 

 悲壮な顔を浮かべる香織。

 

 誰もが最悪の事態を想定したが、その時に動いた者がいた。蓮弥である。

 

 

 蓮弥は偶然魔法の一つがハジメに向かっているのに気づいた瞬間、縮地を発動してハジメに向かっていった。

 

 

 考えてはいなかった。直感でこのままではまずいことになると思い、身体が動いたのだ。万が一彼が死ぬことになったら()()()()()()と思ったから。

 

 

 縋るように手を伸ばすハジメ……

 

 そしてその伸ばされた手を蓮弥は……

 

 

 

 

 …………しっかり掴み取った。

 

 

 

 蓮弥が向かっていた時は肝を冷やした雫も安堵した。後はもう一度縮地を発動し、ハジメを抱えて戻ってくるだけだからだ。おそらく誰かが焦りでミスをしたのだろう。こんな状況だ、十分にあり得る。

 

 一瞬よぎった悲劇の予感。

 

 しかし、それも蓮弥のファインプレーで最悪の事態は防がれた。

 

 皆の間に安堵が走る。これで無事に全員で帰還できる。

 

 

 

 …………そのはずだった。

 

 

「がっ!!」

 

 

 

 ……ありえないことが……起きていた……

 

 

 今まさに縮地を発動しようとしていた蓮弥に対し()()()()()()()()()()、直撃した。

 

 

 再び、そして今度は蓮弥を巻き込んで体勢が崩れる。後方で暴れるベヒモスと足元に着弾した魔法の影響で足場が崩壊する。

 

 

 蓮弥が体勢を立て直した時にはすでに遅く。蓮弥とハジメは空中に投げ出されていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(あーあ、失敗した。何やってんだろな俺)

 

 空中に投げ出されながら蓮弥は考える。別に勇者と違って誰かれ助ける聖人君子ではなかったはずだ。途中妙な思考が挟まれたような気がするが、今はどうでもよかった。

 

 

 極限状態だからだろうか。スローモーションにみえる世界で雫と目が合う。初めてあった時のような必死の泣き顔で、こちらに手を伸ばしていた。

 

 

(泣くなよ……らしくない)

 

 

 このままだと本気で後を追いそうだと感じた蓮弥は行動に移した。

 

 

 首にかかっている、彼女が()()()()()()()()()()()()()アイテムだと称した十字架を、雫に見えるように握りしめる。

 

 

 そして彼女が()()()()()()()()()()()()()を目に込め訴える。

 

 

 

(必ず生きて戻る!)

 

 

 

 死んでたまるか。

 必ず生きてお前のところに帰ってくる。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その想いが幼馴染の少女に届けばいいと祈りながら、蓮弥は奈落の底に落ちていった。




奈落に落ちてしまった蓮弥とハジメ。
彼らの運命やいかに!

では皆さん、来年もよろしくお願いします。


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残された者達

あけましておめでとうとございます。
今年もよろしくお願いします。


 響き渡り、奈落の底に消えていくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちていく石橋。

 

 そして……

 

 瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えていく蓮弥とハジメ。

 

 

 その光景を、世界が止まったかのように、クラスメイトはただ見ていることしかできなかった。

 

 

 雫の隣で香織が悲鳴をあげる。

 

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

 

 飛び出そうとする香織を()()()()()必死に羽交い締めにする。

 

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲と藤澤はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 蓮弥の名前が出てきた際にピクリと雫が反応する。

 

 

 それは、光輝なりに精一杯の言葉だったのだろう。しかし、今この場にいる()()の少女には聞かせるべき言葉ではなかった。

 

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 その普段からは考えられない香織の言葉に龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかりだった。

 

 

 その時、雫が香織に静かに歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。

 そのまま香織を抱きかかえ、側にいたメルドにその身を預けた。

 

「……」

「雫?」

 

 突然のもう一人の幼馴染の行動に光輝が動揺したように言う。

 ここにいる他のクラスメイトも、メルド含む騎士達も何もいえない。ただひたすら彼女の行動を見ているしかなかった。

 

 

 この工程は雫にとって必要なことだった。

 もちろんこのままだと心も体も壊してしまう香織を気遣った面もある。だが、雫の真意はそこにはなかった。

 

 

 この優しい壊れそうな少女に、これからやることを見せるわけにはいかなかっただけである。

 

 

 無言で俯く雫。

 流石に様子がおかしいことに気づいた光輝が雫に近づく。

 

「……してやるッ」

「雫?」

 

 光輝がいつものように雫の肩に触れようとする。

 

 そしてそれは起こった。

 

 

 

 

「────殺してやるッッ!!」

 

 

 

 

 その言葉と共に光輝が数メートル弾けとんだ。彼女の体から薄っすら魔力らしきものが立ち上がってそれの影響を受けたようだった。

 

 

 明らかに異常な現象。つまり暴走しているのは香織だけではなかった。

 

 

「──答えろッ!!」

「──蓮弥に魔法を撃ったのは誰だッ!!」

 

 雫は剣気と殺気と憎悪が乗ったどす黒い意志を、味方であるはずのクラスメイトに叩きつけた。

 

 

 最初の一発は誤射だろうと思う。誰がやったかはわからないが、魔法の操作を誤ったのだろうと。だが誰もが再び誤射を起こさないよう気をつけていたはずの環境でおこった二発目は……誰かの悪意があるとしか思えなかった。

 

 

 誰も答えられない。

 クラスメイトは普段頼れる雫の豹変に……

 騎士達はもともと争いのない平和な世界で生きていたとは思えない剣気と殺気に怯んでいたからだ。

 

 

 メルドですら、近づけもしなかった。

 今の雫は、何か得たいの知れないモノを纏っている修羅だった。

 

 

 初めて向けられる人からの殺気に、それも仲間であるはずのクラスメイトの殺気に当てられて誰も動けない。中には引きつけを起こし倒れるものも出始めた。

 

 

 このままではまずいと誰もが思ったが、ここで空気を読まない勇者が動いた。

 

「落ち着け雫。南雲達が死んで悲しいのはわかる! だけどこの中にわざと南雲達に攻撃した奴がいるわけないじゃないか! 俺たちは仲間なんだ! これ以上仲間を失うわけにはいかない。今は脱出することだけを考えるんだ。じゃないと懸命に南雲を助けようとした()()の勇気が無駄になってしまう」

 

 雫は無言で剣に手をかける。これを光輝(ナニカ)に向けて全力で振るえば、耳障りな騒音が止まるだろうか。

 

 

 だが雫が行動を起こす前、耳障りな騒音の中に蓮弥の名前が出ると、雫の脳裏に蓮弥の最後の場面が蘇る。

 

 

 

 雫の殺気が…………止まった。

 

 

 

 理由はわからないが、雫の殺気が止まったことを確認したメルドはこの機会を逃すものかと、尻込みしている生徒達に発破をかけ、なんとかオルクス大迷宮から帰還を果たした。

 

 

 その間、クラスメイトはもちろん、幼馴染の光輝すらも雫に近寄ろうとしなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 八重樫雫にとって、藤澤蓮弥は不思議な存在だった。

 

 

 きっかけは祖父が開いている道場。雫を連れた祖父は蓮弥の剣をよく見るようにと雫に言った。祖父の意図がわからず、言われたからという理由でとりあえず観察することにする。

 

 

 そこで雫は、美しい(恐ろしい)ものを見た。

 

 

 正直、未熟な雫の目から見ても、蓮弥に剣の才能があるように感じなかった。だが、その雫の目からみても、彼の剣は誰よりも本気(異質)だった。

 

 

 一振り一振りに全霊をかけているような。()()()()()()()()()()()()()、そんな様子に綺麗だとも怖いとも感じた。

 

 

 思えば祖父は、才能はあれどいまいち本気で剣に打ち込んでいない雫が、彼を見て刺激を受けてくれることを望んだのだろう。雫は彼のことが気になった。

 

 

 彼の剣に対する原動力はなんなのか。

 気になった雫は一度試合を申し込んだことがある。

 だがその時の雫は恥ずかしながら、彼の気に圧倒されて泣いてしまったのだ。

 

 

 その時蓮弥はあの気を放った張本人とは思えないほど動揺した。まるで近所の子供を泣かせてしまったおじさんのような慌てようだった。そんな彼が、差し出したのは一つのキーホルダー。猫だかリスだかわからないデフォルメされたかわいいマスコットが付いた何の変哲もないものだった。

 

 

 だが、剣道をやらされ、雫が好きな可愛いものを遠ざけられていた当時の雫はそのかわいいマスコットに惹かれ、すぐに泣き止んで機嫌を直したのだ。

 

(我ながらチョロインだったな)

 

 その時のことを思い出した雫は、親友が想い人と仲良くなるために覚えた言葉を心の中で思い返したものだ。そして今もそのキーホルダーは大事にしまってある。

 

 

 だがそのすぐ後、もう一人の幼馴染である光輝が入門してきたのをキッカケに、蓮弥に近づけなくなってしまった。光輝はその当時から今のような歪の片鱗を見せており、雫が蓮弥の元に行くことを嫌がったこともあるが、光輝のカリスマに惹かれた女の子達が巻き起こすトラブルを、当時から備わっていた世話焼きの性格と苦労人気質から放って置けなくなってしまったのだ。

 

 

 その後、光輝との試合で負けたのを境に、彼は道場を辞めてしまう。光輝なんかは中途半端だとか逃げたとか言っていたが、雫はそうは思わなかった。去り際の彼の目はまるで望んでいたものはここでは手に入らないと悟ったようだった。

 

 

 その後中学も別になり、蓮弥との繋がりが無くなったと割と本気で落ち込んだ雫だったが、思わぬところで繋がりがあることが発覚する。蓮弥と雫の母親同士が幼馴染の親友だったのだ。その縁もあり、雫は蓮弥と学校が別にも関わらず順調に関係を深めることができた。

 

 

 そんな蓮弥だが、中学時代は突拍子もなく何かを始めては、ある程度できるようになるとやめるということを繰り返していた。ある程度は付き合っていた雫だったが、エスカレートして危ないことに手をだし始めると流石の雫も堪忍袋の尾が切れ、それらの行動をやめないと蓮弥の中学校に無理やり転校して常時見張ると脅してやめさせた。今となってはいい思い出だ。

 

 

 そして高校が一緒になり、幼馴染だがそれ以上の関係には一歩届かないという微妙な関係に収まったのだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 雫達は大迷宮に潜る前に世話になったホルアドの町の宿に泊まっていた。そこで雫は隣で眠る親友の顔を見る。

 あの時、香織を気絶させたが、何時間も眠るほど強くやったわけではない。家で習得した技だ、失敗したりはしない。

 

 

 となるとやはり精神的なものかと雫は考える。彼女のことを思えばこのまま目を覚まさない方がいいのではないかと考えもした。

 

 

 それに香織は気づいていないかもしれない。クラスメイトの中に悪意を持って蓮弥達を攻撃したものがいるということに。

 

 

 そのことを考えただけで、再び殺意と憎悪に飲まれそうになる。

 実を言うと雫は犯人に()()()()()()をつけていたが、決定的な証拠はないと自分に言い聞かせて殺意を鎮めるということを繰り返していた。もっとも当人を観ると抑えられる自信はなかったが。

 

 

 今雫は大迷宮攻略の際についた破損などを調べるという建前で、武器を没収されていた。それだけでなく部屋には剣士である雫が武器として使えそうなものはなくなったし、気配を探って見るとドアのすぐそばにメルドの部下が護衛についている。

 

 

 ようは雫や香織が()()()()()()()()()()()()()見張りを立てているのである。二人は貴重な戦力だ。高々()()()()()()()のために失われるわけにはいかないという上層部の思惑もあるかもしれない。

 

 

 それに今や雫も少し特殊な事情があった。雫は自身のステータスプレートを確認する。大迷宮に入る前と比較して、それ相応にステータスは上がっていたが一番目立つのは技能欄に一つスキルが増えたことだった。

 

【魔力操作】

 

 本来なら魔物しか持ち得ないはずのスキルをなぜか雫は身につけていた。場合によっては厄ネタになりかねないそれをメルドは上層部に……報告しなかった。

 

 

 ホルアドに帰ってきたあとメルドは雫に忠告していた。

 そのスキルは普段は必ず隠すこと。もし体に異常が起きたら必ず報告してほしいこと。

 

 

 場合によっては教会の意向に逆らうようなメルドの行動に雫は素直に感謝していた。

 

 

 雫はベットに横になりつつ自分を修羅から呼び戻したキッカケを思い出す。もちろん光輝の言葉に説得されたわけじゃない。

 

 

 あの時、雫は耳障りな騒音を掻き鳴らす光輝(ナニカ)殺す(壊す)つもりだった。相手が誰かも理解していないし関係ない。邪魔するものは全て斬り捨てる、それだけの思考で行動に移した。

 

 

 ではなにがキッカケになったのか……それは落ちる蓮弥の最後の行動にあった。

 

 

 十字架を握り締め、自分の目を見つめながら落ちていく蓮弥を思い返す。あの時の蓮弥の目は、絶望に染まった目でも、助けを求める悲痛な目でもなかった。強い決意を込めたかつて幼い頃見た本気の目だったのだ。

 

 

 蓮弥の行動に対して、雫は彼が伝えたかったメッセージを正確に受け取っていた。

 

 

(必ず生きて戻る)

 

 

 そのメッセージが、色々振り切れそうな雫の心をかろうじて繋ぎとめていた。もし彼のメッセージがなければ、今頃雫は人を斬り殺す殺人鬼になっているか、文字通り蓮弥の後を追っていたかもしれない。

 

 

 再び隣の親友を見つめる。

 もし、雫の予想通りの人物が、あの事件を起こした犯人なら目的には見当がつく。()()()()()()()()。もし今殺してしまったら蓮弥の仇討ちになってしまう。雫の中でまだ蓮弥は死んでいない。だからまだ討つべき仇はいないのだ。

 

 

 けれどその犯人は既に人を二人も殺している。それが原因で理性のタガが外れているかもしれない。もし、その人物が蓮弥にとどまらず親友にまで手を出すようなら。

 

 

 その時は殺す! 

 

 

 雫は静かに殺意を漲らせる。その時が来た時迷わないように……

 




雫強化その1、とりあえず持たせとけ魔力操作。この世界での特権階級へのパスポート。穏やかな心を持って純粋な怒りによって目覚めたみたいに見えますが、一応理由はあります。


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奈落で足掻く者

 奈落の底に落ちてしまった蓮弥とハジメ。

 

 これより彼らが挑むのは魑魅魍魎が棲みつく蠱毒の壺。

 

 一人は新たな自分に変生し、

 

 一人は己の魂の器を手に入れる。

 

 高みにて、それはいつでも見守っている。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 水の滴り落ちる音が聞こえる。流れる水は冷たく、吹き抜ける冷風の中、蓮弥は意識を覚醒させた。

 

「ここは……いったい……どこなんだ……痛ッ!」

 

 身体を打ち付けたのか、全身が痛い。動ける範囲で確認したところどうやら骨までは折れてないようだ。

 

「そうか……俺は確かハジメを助けようとして……」

 

 ここに落ちる前の光景を思い出す。

 

 

 落ちようとするハジメ。

 

 

 握った手の感触。

 

 

 そして……身体を襲った衝撃。

 

「あそこから落ちて生き残ったのか……そうだ! ハジメは?」

 

 ここに一緒に落ちてきたはずのハジメを探す。周りを見回してみてもそれらしい人影はなかった。

 

 

 蓮弥は服を乾かした後、この周辺の探索を開始する。ただし周囲には気を配る。ここがあの橋よりさらに深いところにあるのなら、ベヒモスクラス以上の魔物がいるかもしれない。

 

 

 周辺を一通り探してもハジメの気配がないので、次は川沿いを探索する。蓮弥が落ちた状況からして、もしかしたら川沿いに流されている可能性があるからだ。

 

 

 中学生時代、まだ蓮弥が色々足掻いていた頃、蓮弥は様々なことをやっていた。いつか海外に行かざるを得なくなるかもしれないと考え、英語に限らない外国語の簡単な会話術を習得した。コンピュータのハッキングについて学んでもみた。

 

 

 正直この状況ではほとんど役に立たないスキルなのが残念だが、今ここで役に立っているスキルがある、サバイバル術である。

 

 

 もともと人里離れた場所に隠れる必要があることを想定して習得した。とはいえその当時蓮弥は中学生、出来たことといえばボーイスカウトの真似事くらいで本格的なサバイバル術は流石に学べなかった。割と危険な地域に行ってみようとしたのだが、妹経由かはわからないが、雫が辞めないと転校して常時見張ると脅してきたので断念した。

 

 

 とはいえそのサバイバル術も当たり前の話だが、異世界での遭難などを想定しているわけもなく、装備もほとんど落ちた際に消失した。ではなにが助かったのかというと……

 

(わずかだけど携帯食があるのはありがたい)

 

 もし大迷宮内で自分だけはぐれた場合を想定して、懐深くに数日分の携帯食を準備していた。大迷宮へはあらかじめ食料は持ち込みと聞いて思いつき、実行したのである。

 

 

 蓮弥の中学生時代のそれらの行動は、家族や他人からみた場合、まさに厨二病真っ盛りといった奇行ばかりだったが、少しは役に立ったので報われたのだと言える。とはいえ準備は多いわけではない。最悪の場合、魔物の死骸を食らって生きる覚悟も必要だろう。せめて余裕があるうちにハジメと合流したい。

 

 

 蓮弥は探索を続行する。見たところ通路幅は十メートルから二十メートル。今までの迷宮より明らかに巨大だった。こんな場所でも緑光石は含まれているらしく、視界の心配をしなくてもいいことが幸いだった。

 

 

 しばらく川沿いを探索していたが、ハジメは見つからなかった。代わりに川沿いの先に小さな影をみつける。

 

 

 その魔物は敢えて言うならウサギに近いだろうか。ただし蓮弥が知っているウサギと比較して、身体中に線があるのに加えて、足が異様に太い。

 

(ウサギだよな……なんか身体中に赤黒い線があってキモいけど……でも多分上層の魔物より……はるかにやばい……)

 

 どうやら水を飲んでいるらしく、こちらに気づいてはいない。

 蓮弥は魔物に気づかれないように慎重に移動することにする。しかし、ウサギの魔物がピクリと反応する。

 

 

 気づかれたか! 

 蓮弥は身構える! 

 

 

 しかし、どうやら違ったらしい。物陰からもう一体魔物が出てきた。見た目キツネだろうか。尻尾が三本あり、ウサギと同じく身体中に黒い線が走っている。

 

 

 そのキツネが……ウサギに向けて炎を吐いた! 

 

 

「っ!?」

 

 ある程度距離があるはずなのに感じる熱。通った場所にあった水が一瞬で蒸発して湯気になっている。当然ウサギはそれに巻き込まれ、黒焦げになった死体を……晒さなかった。

 

 

 ウサギはその発達した後脚で炎が直撃する寸前で跳躍! そのまま()()()跳ねることでキツネへ向かって急接近したのだ! 

 

 

 キツネも負けじと炎を吐き続けるが、空中を足場にして立体起動を行うウサギを捉えられず、そのままウサギの踵落としで頭蓋を粉砕された。

 

「……まじかよ……」

 

 その戦闘は今までみた戦闘とは一線を画していた。

 使う技の威力、それに対する判断の速さと動き、地上の魔物とは比べものにならなかった。

 

 

 このまま戦っても絶対勝てない。それを確信した蓮弥はウサギが食事に夢中になっているうちに通り抜けようとする。

 

 

 だが次の瞬間……ウサギが突然視界から消えた……

 

「……な!?」

 

 どこかに飛び跳ねて消えたのではなく攫われた。空中からなにかがウサギに襲いかかったのだ。

 

 蓮弥は周りを見渡す。どこかにウサギを連れ去った奴がいるはずだと。注意深く探る。早く見つけないと……次は自分の番かもしれないのだから……

 

 

 そして、蓮弥が上を向いた時、それを見つけた。

 

 

 それは天井に逆さ吊りになっていた。

 全長は四メートルくらいか、上層で見たベヒモスよりかは小柄だろう。

 見た目は蝙蝠に似ているだろうか。

 

 

 だが、そのやばさはベヒモスとは比べものにならないだろう。

 なぜなら、キツネが放った炎、レーザーに近いそれを撃った後に避ける反射神経と脚力があるウサギが、抵抗することもできずに捕まっているのだから。

 

 

 ウサギはその鋭い牙で刺し貫かれていた。だがしかし、深々と牙が突き刺さっているにもかかわらず、不思議と血は一滴も垂れていなかった。

 

 

 その理由はすぐにわかった。ウサギがみるみる乾いたように萎んでいく。身体の体液を一滴残らず吸い尽くす勢いで行われたその行為は、もう吸うものがなくなったのだろうか……うさぎが骨と皮だけになったところで終わる。

 

 

 その巨大蝙蝠は骨と皮だけになった残りカスを捨てると、そのままどこかに飛んでいった。

 

(なんだこれ……ここは怪獣のテーマパークかよ……)

 

 蓮弥はあれに見つからなかった幸運に感謝する。でなければ今頃そこらに打ち捨てられた残りカスのように、蓮弥も横たわっていただろう。蓮弥はとにかく音を鳴らさないように先へ進んでいった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 いったいどれくらいたっただろう。

 あれから蓮弥はかなりの距離を歩いていた。ただこの場所では時間を確認する方法がないためどれくらい経ったのかは既にわからなくなっていた。

 

 

 携帯食は数日前に使い切ったので一週間くらいは経過していると思う。その間、蓮弥は本当に慎重に立ち回った。幾度か魔物同士での争いに遭遇したが、蓮弥は絶対に巻き込まれないことを優先に慎重に行動した。

 

 

 携帯食を使い切り、幾度か空腹を感じた頃、いよいよ覚悟を決めるかと思ったが、なぜか魔物同士の戦いに決着が着く頃には()()()()()()()()

 

 

 それでも途中で動けなくなる危険を考えて無理に一度魔物の肉を指の先ほど食べてみたことがあるが、たったそれだけで全身激痛が走ったためやめた。腹はなぜか減らない。むしろ魔物の肉を食べたときのほうが飢えが大きくなった気がする。

 

 

 蓮弥は結構渡り歩いた。幾度か下に降りるらしき場所を発見したので下に慎重に降りたりしたが、相変わらずハジメの痕跡は見当たらなかった。

 実はハジメは蓮弥が落ちた場所の少し離れたところに錬成により穴を作り、そこに立て籠もっていたのだが、そんなことを蓮弥が知る由もなかった。

 

 

 これはいよいよハジメについて最悪の覚悟をしなければならないかと思った時、それらは現れた。

 

 

 片方は全長五メートル以上の見た目獅子のような魔物。蓮弥が知るそれとは違い、息をするたびに火を吐き出し、尻尾は蛇のようになっており、背中に羽が生えていた。もう片方は見た目は虎。尻尾は3本あり、手足が氷に覆われている。

 

 

 その二体の怪獣の戦いが始まった。

 

 二体が同時にブレスを放つ

 

 全てを焼き尽くす業火と万象を凍らせる吹雪は空中で相殺される。

 

 獅子がその羽を広げ空を駆け、地を這う魔獣はそれに目掛け、凍てつく風を吐く! 

 

 しかし、その攻撃は空を飛ぶ百獣の王には届いておらず、翻弄される。

 

 このまま襲いかかり終わりかと思ったその時、突如獅子の全身が張り裂けた。

 

 その直後きぃぃぃんという嫌な音が周囲に鳴り響いた。蓮弥は咄嗟に耳を塞いで対処する。

 

 天空に浮かぶ獅子が落下し、その喉元に氷を纏った獣が深々と牙を突き立てる。

 

 

 戦いは終わった。どうやら獅子と虎、二体の王者対決は虎の勝利で幕を閉じたらしい。

 

 

 だが、勝者の栄光はそれまでだった。おそらく天空の魔獣が落ちてきたのはこいつのせいだったのだろう。油断している戦いの勝者の身体に、みたことのある巨大蝙蝠が牙を立てた。

 

 

 しばらく抵抗していたが、すぐに身体中から水分がきえ、ミイラになって打ち捨てられた。そして倒れ伏すライオンにも牙を突き立てる。

 

(……またあいつか……)

 

 蓮弥はその魔物を今までも幾度か目にする機会があった。時に普通に狩りを、時に自分が勝てなさそうな魔物がいた場合、他の自分が勝てそうな魔物を補助し、その魔物が勝ったところで、その勝者を狩っていくという漁夫の利を得る形で獲物を狩るそいつはどうやら頭もいいらしい。

 

 

 この時蓮弥はミスをした。今までなんとかなってきたという事実があった。しかし時に上手くやれているという認識は油断を生み、油断は自身を蝕む猛毒になる。

 

 

 足下の石がほんの少しだけ音を立てた。

 

 

 他の魔物なら見逃したかもしれない。しかし、暗闇で音を頼りに生きる蝙蝠には十分だった。

 

 

 その紅い目が……ギョロリと蓮弥の方を向いた。

 

「ひっ!!」

 

 思わず声が出てしまう。その声が決定的だったのか、巨大吸血蝙蝠が自身の体より巨大な翼を広げた。

 

「っ! くそ!!」

 

 蓮弥は走り出す。見つかった以上、ここで立ち尽くしてはいられない。こいつを観察して明るいところが苦手だとわかっていたので緑光石が多く含まれていた場所まで後退しようとする。

 

 

 しかし、あの素早いウサギを捉えた蝙蝠が見逃すはずもなく……蓮弥の右肩に牙が突き刺さった。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ミチミチと肉に牙が深々と突き刺さる激痛に蓮弥は悲鳴をあげる。そのまま蝙蝠は蓮弥を咥えたまま飛行を開始する。

 

「くそ! くそ! くそぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 蓮弥はなけなしの気力を振り絞り左手で、唯一の待っていた武器である短刀を握り、蝙蝠の腹に突き刺した。

 

「ギギ!?」

 

 流石に不意をつかれたのか、蝙蝠は蓮弥を落としてしまう。そこは階層を下る坂道だったようで、蓮弥はゴロゴロ下まで転がり落ちた。

 

「ぐっ! 」

 

 打ち付けられた際に体を痛めたのか全身が痛い。

 だが一番重症なのは右腕だろう。深く骨を砕くまで食い込んだ牙は神経まで抉ったのか肩から先の感覚がない。腕は肩口でかろうじて繋がっている状態だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 蓮弥は叫び逃走した。ひょっとしたら叫び声に魔物が引き寄せられるかもしれないが今の蓮弥にそれを気にする余裕がなかった。アドレナリンが大量に吹き出しているためか、痛みがないのが幸いだった。とはいえ少しでも気を抜くと動かなくなると蓮弥の本能は察していた。

 

 

 逃走する蓮弥を蝙蝠は追撃しなかった。どうやら思わぬ反撃を受けて警戒しているようだ。だがしかし逃すつもりはないらしい。時に逃げる先に現れて蓮弥を威嚇してくる。その度に蓮弥は進路を変えざるを得なかった。

 

 

 しばらく逃げ回っているうちに蓮弥に知性が戻ってきた。そして気づく。

 

(こいつ……明らかに俺を誘導してやがる)

 

 この魔物はこの階層を縄張りにする魔物と比較して単純な力は弱い部類に入っている。だが、この魔物には知恵があった。

 

 

 勝てない魔物が相手なら油断している隙を突く、それも通じないなら別の魔物の援護をして漁夫の利を得る。逃したくない獲物は勝てる場所まで誘き寄せる。その習性がこの魔物の危険度をあげていた。

 

 

 蓮弥は気づいていた。進めば進むほど薄暗くなっていくことに。明らかに奴が得意なフィールドに誘い込まれていることに蓮弥は気づいていたが、現状の蓮弥にはその状況を好転させる手段がない。

 

 

 追い立てられるように少し広い場所に出る。緑光石がほとんどないためか、他より薄暗いところだった。上を見上げると逆さ吊りになった蝙蝠が唯一赤く光る目を輝かせていた。そしてそいつは口を開き……

 

「ぎぃっ!! がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 蓮弥の体が、前触れもなく弾けた! 

 

 鼓膜が破れたのか音が消える。

 

 かろうじて繋がっていた腕は千切れ落ち、そのまま体も地面に吸い込まれるように倒れていく。

 

 

 ここの地面は液状化した土でできているらしく、体が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沈みこんでいく。これは陸に住む生き物は、例外なく足を取られる場所なのだろう。しかし、空を自在に滑空する蝙蝠には何ら影響がない。

 

 

 おそらく蝙蝠の必勝パターンなのだろう。獲物を自身の有利なエリアに誘導し、おそらく指向性の超音波攻撃だろうか。それを獲物に浴びせることで動きを麻痺させる。

 

 

 そして、ここで蓮弥はなぜ、いつでも殺せるはずの自分をわざわざ生かした状態でこの場所に連れてきたのか理解する。

 

 

 それは赤く光る四つの目だった。見ると蓮弥を追い立てた化物蝙蝠より一回り小さい個体が二体いるように見えた。つまり……

 

(俺は……生き餌……てことかよ……)

 

 おそらく子供でまだ狩りができないのだろう。だからここに生きた獲物を連れてきて食べさせるのだ。

 

 

 この状況、藤澤蓮弥にとって完全に詰みだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(ちくしょう……なんでこんなことになったんだろうな)

 

 平凡な人生だった筈だ。押し付けられた転生特典を思い出してからは、そのありふれた日々がいつか終わると思っていたから、自分なりに大切にしていた。

 

 

 前世でもそうだ。思い出せないこともあるが、自分なりに懸命に生きていた筈だったのだ。

 

 

 いつも理不尽に奪われる。

 

 

 まだ、それが事故や災害など一般的に起きうるものだったのならまだ納得していただろう。

 

 だけど……

 

(ふざけんなよちくしょう!! こんなところで終わってたまるか)

 

 蓮弥は、あの日雫と見た十字架を思い出す。

 

 もしあれが俺の聖遺物()なのだとしたら、今こそそれが必要な時だろう。

 

 

 蓮弥は残った腕で首に下がっていたお守りを握りしめた。

 

 

 生きたい! 生きたい!! 生きたい!!! 

 

 

 まだやりたいことがあった! 共に過ごしたい人達がいた!

 

 

 そして……果たさなければならない……約束があった……

 

 

(誰でもいい……なんでもいい……俺に……この状況を乗り越える力を与えろ!!!)

 

 

 

 

── 了承しました ──

 




吸血鬼(コウモリ)と足引きBBA(Bad Battle Area)
次回、聖遺物発動!


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活動位階

ようやく聖遺物発動です。

注意。
主人公はDies irae本編で出てきた既存の聖遺物を使うわけではありません。よってこの作品独自の設定が多数入ることになりますが、そのことはご了承下さい。


 ……なるほど……ようやくですか……

 

 ……少し予定が狂いましたが誤差の範囲でしょう……

 

 ……さて、●●●が好きなフレーズで始めましょうか……

 

 ……もっとも、私に自罰の趣味はありませんが……

 

 ……さあ、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めよう……

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 小さい蝙蝠が襲いかかり、牙を突き立てようとする光景を見ながら蓮弥は()()()()()()()()()()()

 

 

 蝙蝠の攻撃により失われ、何もないはずのその腕により、地面は爆発したように弾け飛び、蓮弥にまとわりつく泥ごと蓮弥の体を吹き飛ばした。

 

 

 吹き飛んだ先で素早く起き上がり状況を確認する。前方十メートル先くらいに獲物が消えて動揺する蝙蝠を視界に入れる。どうやらこちらを完全に見失っているらしい。

 

 

 その隙に蓮弥は意識を集中する。何かから流れてくる強大な力を形にするために、意思を固める。

 

 

 そして蓮弥は、力のある言葉を口にする。

 

 

「──Assiah(活動)──」

 

 

 蓮弥は無くした右腕から洪水のように何かが溢れ出す感覚を感じた。視線を千切れて無くなったはずの右腕に向ける。

 

 

 そこに、巨大な鉤爪があった。全体的に色は白っぽく手の甲に十字架が埋まっている。形は歪だがどうやらある程度変形させられるらしい。蓮弥は試しに軽く右腕を振るってみると、少し鈍いが思い通りに動くようだった。

 

 

 少し時間が経つうちに、今まで薄ぼんやりとしか見えなかった視界が灯りをつけたようにはっきり見えるようになった。巨大蝙蝠の攻撃で破れた鼓膜も復活したらしい。蓮弥の世界に音が戻ってきた。

 

 

 完全にぶっつけ本番だが、相手がこちらを見失っている好機を逃す手はない。逃げてもどうせ追われるだけだ。ならここでこいつらとの決着をつける。

 

 

 蓮弥は大きく右腕を振り上げる。そして伸ばせるだけ伸ばし、獲物を見失って戸惑っている小さい蝙蝠の一匹に対して、その巨大な右腕を勢いよく叩きつけた。

 

 

 爆音とともに泥が弾け飛ぶ

 

 

 不意をつかれた蝙蝠が降ってくる巨腕の攻撃を避けることも出来ず、その巨大な右腕の質量を利用した攻撃の前に潰れ、肉片を撒き散らしながら絶命した。

 

 

 そこでようやく攻撃されていると気づいた巨大蝙蝠が警戒態勢に入るが、小さい方はまだ動いていない。

 

 

 その隙を逃さず蓮弥は今度は鉤爪を立てる。

 

 

 まだ蓮弥に気づいていないもう一匹の小さい蝙蝠目掛けて右腕を振るう。

 

 

 空気を切り裂く。音速に達しているのかもしれないその攻撃を当然小蝙蝠は避けられるはずもなく、その身を巨大な鉤爪にて掻き潰された。

 

 

 立て続けの攻撃で子供? を潰された巨大蝙蝠が蓮弥目掛けて真っ直ぐ突進してくる。

 

 

 最初出会った時から目で追えなかったその動きも今ならハッキリと把握することができる。突進による攻撃を受ける前に再び右腕を地面に叩きつけることで飛び跳ねて避ける。

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」

 

 振り返りざま隙を晒している巨大蝙蝠に対して右腕を振るった。

 

 

 おそらく視認できていないはずの蓮弥の右腕の攻撃だったが、相手はもともと視覚に頼る生物ではないためか、当たる寸前にその攻撃を察知し、天井まで飛んで避けられた。

 

 

 蓮弥は相手の動向を注視する。この攻防でおそらくこちらの危険度が想像以上に危険なものだと判断されたに違いない。この魔物は勝てない敵には慎重に行動する性質がある。場合によっては逃げられるかもしれない。

 

 

 その選択肢を蓮弥は取らせるつもりがなかった。今後この魔物に不意打ちを狙われたら確実にやられる。何が何でもこいつはここで倒す。

 

 

 そして蝙蝠が口を開いたことに気づいた蓮弥は右腕を再び叩きつけ、その反動を利用して横に跳ねた。

 

 

 一瞬遅れて蓮弥のいたところが爆音と共に弾け飛ぶ。

 おそらく例の指向性の超音波攻撃だろう。見えないというのは厄介だ。

 どうやら敵はこのホームグラウンドで蓮弥を仕留めるつもりのようだ。目から敵意が消えていない、徹底抗戦の構えだった。

 

(このままじゃジリ貧だな……)

 

 蓮弥は己の不利を悟る。

 この空間の天井は二十メートル以上あり、魔物はそこに逆さ吊りになりながら蓮弥目掛けて超音波攻撃を乱射してくる。

 

 

 右腕はある程度大きくなり、長さも伸ばせるようだがそれでも最大十メートル強。相手を攻撃するためにはどうしても飛び上がり近づかなくではならない。

 

 

 だが飛び上がれば相手にとっていい的でしかないし、相手は空を自由に動ける。空中戦は分が悪いとしか言えない。

 

(せめてこちらにも遠距離攻撃があれば)

 

 最悪石でもぶつけようかと思っていた矢先、蓮弥の右腕に変化が起きる。

 

 

 蓮弥の意思に反応したのか、蓮弥の不定形の右腕がぐにゃぐにゃ変形し始める。

 

 

 それは細長い筒だった。大きさはコンパクトになったがその分重量感が増したように思う。使い方がなんとなくわかる。これは……大砲だ。

 

 

 天井に張り付く蝙蝠に照準を合わせる。相手に動きがないのが幸いした。未だ使い慣れていない武器を使うのに、動き回る的ほどやっかいなものはない。

 

 

 銃口にエネルギーが溜まっていくのを感じる。一撃で撃ち落とすつもりで勝負する。そのまま攻撃しても空気の振動で避けられるかもしれない。つまり狙うのは攻撃する直前。

 

「くらいやがれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 音で敵を察知する蝙蝠にわざと位置を知らせるように叫び、意識をこちらに誘導する。敵が攻撃のために貯めを行うが、こちらはとっくに準備ができている。

 

 

 攻撃の予備動作のために動けない相手に向けてエネルギーの砲弾を叩き込んだ。

 

「キィィィィィ!?」

 

 不可視かつ無音の砲弾が直撃する。

 

 流石にこれは堪らなかったのか、巨大蝙蝠が天井から地面に落ちてくる。

 

 その隙を逃さない。

 

 蓮弥は腕を鉤爪に戻し、落ちてくる相手に向けて振るう。

 

 

 落ちてきた巨大蝙蝠は抵抗することも出来ず、その巨腕に巻き込こまれ、その身を引き裂かれた。

 

 

 蓮弥は右腕を引き戻し、相手を観察する。相手は全身血まみれで虫の息だった。このままほっといても死ぬかもしれないが……

 

「悪く思うなよ……俺は生きたいから……お前を殺す」

 

 右腕で、蝙蝠を握りしめる。そして確実にトドメを刺すためにその体を握り潰した。

 

 

 肉が弾ける感覚と共に、このフロアの支配者であった闇の狩人はその命を終わらせた。

 

「ハァ……ハァ……ハァ」

 

 肩で息をする蓮弥。周りを警戒し、他にも同族ないし異種族の魔物がいないか確認する。もしここで襲われたら正直まずいとわかっていたからだ。

 

 

 しばらく周辺を警戒し、どうやらここにはこの蝙蝠の魔物以外いないと認識した途端、緊張が解け、蓮弥の意識は闇に落ちていった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥はどこかの丘の十字架に磔にされていた。

 

「……ここは?」

 

 横を見ると同じような十字架が並んでいる。体を揺すってみるが動かない。

 

 

 突然の光景に蓮弥が混乱しつつも、自分の足元を確認する。そこには複数の人が立ち尽くしていた。皆こちらに批難の眼差しを向けているような気がする。

 

「なんだ……これ?」

 

 これは夢なのか、だが夢にしてはリアルだと感じた。乾いた風の匂いも、手足の痛みも現実と同じ感覚を蓮弥に与えていた。

 

 

 そのうち下で集まっている人達に変化が起きる。一人の人が石の槍を取り出したのだ。

 

「おいおい……嘘だろ!?」

 

 蓮弥は抵抗するもののまるで体が動かせない。このままでは殺される。だが蓮弥の抵抗虚しく、その槍は脇腹目掛けて突き出される。

 

 

 その槍が届く直前。丘の下の離れた場所に、腰まで届く綺麗な銀髪をなびかせた女の子がこちらをじっと見ていたのが印象に残った。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして蓮弥は意識を覚醒させる。一体どれくらいの時間が流れたのか。蓮弥の体はほとんど液状化した土に埋まっていた。

 

 

 蓮弥は体を揺すり、なんとか体を起こす。

 

 

 そしてその勢いで右腕を確認する。他の傷は治っていたが、右腕はやはりなかった……いや、あった。

 

 

 意識を集中すると巨腕の鉤爪はそのままあることがわかった。自分の意思で動かすことはできるが、この形状では細かい作業はできないだろう。

 

「これは……永劫破壊(エイヴィヒカイト)を習得したということで……いいんだよな」

 

 そこで、自分の状態を確認できる便利な物があったことを思い出した。

 

 蓮弥は左手でステータスプレートを取り出し、確認してみる。

 

 ======================

 藤澤蓮弥 17歳 男 レベル:??? 

 天職:超越者

 筋力:1800

 体力:1700

 耐性:1650

 敏捷:1400

 魔力:1800

 魔耐:1800

 技能:永劫破壊[+活動]・魔力操作・剣術・縮地[+爆縮地]・言語理解

 ======================

 

 トータス基準でなかなか非常識な数値になっていた。人類最強格のメルド団長の約五倍以上のパラメータ。これだけで無双できそうだった。レベルが見えなくなったのも、もはやプレートで測りきれなくなったからだろう。

 

 

 見れなかった天職も技能も解放されていた。

 

 

(なんとか活動位階までいけたのか)

 

 

 永劫破壊(エイヴィヒカイト)には四つ位階(レベル)がある。

 

 Assiah(活動)

 Yetzirah(形成)

 Briah(創造)

 Atziluth(流出)

 

 そのうち蓮弥は活動……つまりレベル1である。

 この位階は術者の魂と融合した聖遺物の特性・機能を、限定的に使用できる状態であり、身体能力は常人より遥かに高くなっているものの、聖遺物の力を扱い切れているとは言えず、能力の暴走の危険性が高い。

 

 

 技能には魔力操作が追加されていた。

 もっとも魔力操作は現状この世界の魔法にもスキルにも縁がないため死にスキルだが……ひょっとしたら大砲にした時に撃ち出したエネルギー砲が魔力操作による代物なのかもしれない。

 

 

 天職は……今は考えないようにする。

 考えても答えが出ないだろうし、このまま位階が上がって行けばいずれわかることだろう。

 

(だけど有り難い。これでなんとか乗り切れそうだ)

 

 蓮弥は少し安堵する。なにしろ魑魅魍魎が跋扈するこの奈落の底にて、蓮弥は武器一つ持っていなかったのだ。魔物からしたらいいカモでしかない。それでも蓮弥は奇跡的にここまでこれたが、ここが限界だろう。

 

 

 聖遺物というおそらくこの世界のアーティファクトと比較しても、格が違うマジックウェポンの力を活動位階とはいえ、限定的にでも使えるだけで生存率が変わる。押し付けられた力というのが不気味かつ気に入らないが、ここでは贅沢はいえない。使えるものは使わせてもらおう。

 

 

 だけどこの時、蓮弥は大事なことを忘れていた。最大の危機を乗り越えたことで気が緩んだのは責められないことかもしれないが、それが蓮弥に危機をもたらすことになる。

 

 

 活動位階は暴走の危険が高いこと。そして永劫破壊(エイヴィヒカイト)()()()()()()()()()()()()()()()を完全に失念していたのである。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ドクン

 

 

 蓮弥は今重大な問題を抱えていた。

 

 

 魔物は問題ない。例の蝙蝠クラスの強敵もいたが、やはり聖遺物の力は強力であり、大抵鉤爪と大砲で倒すことができた。

 

 

 問題は……聖遺物を使うようになって頻繁に感じるような飢餓感である。最初どうしても我慢できず、まずいとわかっていても倒した魔物は残らず食べていた。慣れない内は体にダメージがいって()()()()()()()()()()()()()()()慣れてきたら蓮弥に良くも悪くも何も影響を及ぼさないようになっていた。

 

 

 ドクン……ドクン

 

 

 おそらく熱もあるだろう。意識が朦朧としている。だけど休むわけにはいかない。ここで倒れたら二度と起き上がれなくなる気がする。

 

 

 時々記憶が飛ぶ時があり、その時は周辺の魔物を皆殺しにしていた。魔物の死骸を喰らうが飢餓感は消えない。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 違う、違う、違う!! 

 欲しいのは■だ。 それも魔物の低品質の■ではない。どこかにないか……この飢えを満たす極上の■は……

 

 

 今までは魔物を片っ端から喰らうことで足りない■の質を数で補ってきたが限界が近い。

 

 

 ドクン……ドクン……ドクン

 

 

 もはや殺した魔物の肉を食うことをやめていた。たいして意味がないことに気づいたのだ。魔物の■を喰らうのみでいい。

 

 

 途中開きっぱなしになっていた巨大な両開きの扉を見つけたが、無視した。ここに飢えを満たす物がなかったからだ。

 

 

 足りない足りない足りない足りない

 

 

 こんなものでは満足できない。もっと生きのいい■を寄越せ。

 

 

 しばらく飢えを凌ぐことしか考えられ無くなっていた■■はそれを見つけた。

 

 

 数は二、サイズは大きいのと小さいのだ。一つは白髪、片方の腕がなかった。もう一つは金髪、どうやら少女のようだ。

 

 

 片方には見覚えがあった。以前から目を付けていた■だった。この奈落で見失っていたが、前よりも一層輝き(旨味)が増していた。

 

 

 片方は見覚えがなかった。こちらも熟成された肉のように芳醇な香りを漂わせていた。

 

 

 見つけた!! 

 

 

 今まで喰らってきたものとは比較にならない極上の餌を……

 

 

 強い意志で支えられている()()()()を……

 

 

 以前から目にかけていた魂が、より洗練された上にデザートまでつけてきたのだ。

 

 

 そんな極上の魂(ごちそう)を前に、■■のなけなしの理性が……弾け飛んだ。




活動位階
右腕から出るエネルギーの塊を自分の意思で操作できる。見た目のイメージはD.Gray-man主人公アレンウォーカーのイノセンス『十字架(クロス)』

主人公が色々アレなので、次回ハジメ視点です。


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暴走する使徒

ハジメ視点です。


 蓮弥がうまく魔物をやり過ごし、共に落ちた友人を探していた頃。南雲ハジメは極限状態による絶体絶命の危機に陥ってた。

 

 

 奈落の底に落ちて、すぐハジメは魔物に襲われた。それは鋭い爪をもった熊のような魔物だ。その魔物と出会い、ハジメは命からがら逃げ出した。だが、彼の努力虚しくその魔物の一撃により彼は左腕を失う大怪我を負うことになる。恐慌状態になりながらも、蓮弥と共に鍛えた錬成魔法により必死で壁に穴を作り、そこに逃げ込むことに成功した。

 

 

 ハジメの試練はそこで終わらなかった。助かったと思ったのも束の間、今度は極限の飢餓と無くした腕の幻肢痛が襲ったのである。唯一の幸運はそこに神結晶という神話級の伝説のアイテムがあり、そこから滴り落ちる神水を啜ることでなんとか命を繋ぐことができたことだった。

 

 

 光の届かない洞窟で過ごすこと十日。ハジメの精神は徐々に蝕まれていった。

 

 

 何故自分がこんな目に会うんだ。

 何故こんなに苦しまねばならない。

 何故誰も助けてくれないのか。

 何故クラスメイトは裏切ったのか。

 

 

 極限の中、彼は変わる。強くなる。だけどそれと引き換えに、彼の素晴らしいところが消えていく。

 例えば白崎香織曰く、弱くても他人のために頭を下げられる本当の強さ。

 

 なんだそれは? そんなものがこの奈落でなんの役に立つと言うのか。

 

 強さにかける男の想いは狂気だ。

 

 だからこそこんな惨めな状況に甘んじるしかない己の弱さを、彼は心の底から恥じて、憎んでいた。

 

 (香織)の想いなど、(ハジメ)にとって知ったことではない。

 

 だから捨てる。そんなクソの役にも立たないものは捨てる。今必要なのは力だ。頭を下げるのではなく、相手の頭蓋を踏み潰してでも生きてやるという狂気だ。

 

 自分の生存を脅かす者は全て敵。

 

 そして敵は必ず殺し、喰らう。

 

 

 こうして、後に魔王と呼ばれることになる少年は奈落(蠱毒)()にて誕生した。その時の少年の心には、自分を守ると言ってくれた誰かの笑顔も、ただ一人、自分を助けるために手を差しのべてくれた誰かの手の温もりも。

 

 

 残ってなどいなかった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ハジメ……どうかした?」

 

 ハジメは次の階層に挑む前の装備の点検と補充をしていた。もうすぐ百層に届こうかという頃、五十層で出会った相棒の吸血姫ユエがハジメに問いかけた。ユエの目からみて彼が何か物思いに耽っているように見えたからだ。

 

「いや……ちょっと昔のことを思い出してな……」

 

 ハジメは相棒の心配そうな声に平気だと答える。

 頭を撫でてやると、ん……と気持ちよさそうに目を細める。

 しばらくその感触を堪能したユエがさらにハジメに問いかける。

 

「何を思い出してたの?」

「ちょっとここに落ちる前のことをな」

 

 ハジメはここに落ちた当初より少しだけ心に余裕があった。

 最大の要因は隣の相棒であることは明白だが、思い出したことがあるのだ。それはこの奈落で、もしかしたら自分は一人ではないかもしれないということを。

 

「それって……ハジメを助けようとして一緒に落ちた人のこと?」

 

 ユエはハジメにある程度の事情は聞いていた。その話の中に、ハジメを助けようとして一緒に落ちた人物、藤澤蓮弥の事も含まれていた。

 

「クラス一の落ちこぼれだった俺が生きているんだ。ひょっとしたら今もしぶとく生き残ってるかもしれないと思ってな」

 

 実際厳しい条件だとは思っていた。ハジメより優秀だったとはいえ、奈落の魔物からしたら、その差などあってないようなものだからだ。ハジメが生き残れたのは幾重にも重なった偶然による産物が大きかったからだと自覚していた。もし何か一つでもかけていたらハジメは今ここにいなかっただろう。それでもハジメは不思議なことにあの友人なら案外普通に生きているのではないかと漠然とした予感があった。

 

 

 もちろんわざわざ探してやるほどの余裕はハジメにはない。今のハジメは自分と隣の相棒を守るので精一杯だ。だからもし、再び会うことが叶ったなら、共にここから脱出する仲間になれるのでは。その希望は少しだけ持っていた。

 

「よし、準備完了だ。……いくぞ、ユエ」

「ん……」

 

 二人は立ち上がり歩き始める。

 全ては生き残りたいがために。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ハジメとユエは奈落では基本的に無双していた。

 魔物の肉と神水によって、崩壊と再生を繰り返したハジメのステータスはここに落ちた当初とは比較にならないほど向上していた。加えて自身唯一の武器である錬成魔法を用いて作り上げた多数の近代兵器は高レベルの魔法にも劣らない。

 

 

 加えて奈落で出会った吸血姫は、魔力操作と想像構成により無詠唱で全属性の上級魔法を使いこなす天才だった。その力は大迷宮攻略の際、一時期ハジメの出番がなかったほどである。そんな既に常識の規格を超えている二人に敵はいなくなりつつあった。

 

 

 だが二人はこのあと、この奈落で出会ったことのない類の敵と遭遇することになる。

 

 

 ハジメは大迷宮に挑む際は気配探知を絶やさないようにしている。それはこの大迷宮にて鍛えられたが故に相当な精度になっており、通ってきた道に取りこぼしはないはずだった。

 

 

 なのにも関わらず、ついさっき魔物を全滅させてきたはずの後方からいきなり弾けるような爆音が発生した。

 

「……ッ!」

 

 ハジメは急いで振り返り、ここで手に入れたもう一つの相棒『ドンナー』を構える。もちろん既にユエも構えている。

 

 

 油断していたはずはなかった。なかったにも関わらず、それはハジメの気配探知の範囲を飛び越えるように、いきなり目の前に現れた。

 

「ッ!?」

 

 それは白い霞のようなもので覆われた何かだった。四つ足で行動しているが何の魔物なのか見当もつかない。特徴といえば巨大な右腕だろうか。

 

 

 その魔物は接近するやいなや……その巨大な右腕をハジメ達に叩きつけた。

 

 

 すぐさまユエを抱えて空力と縮地を発動させ、空中に退避する。その魔物が振り下ろした地面が爆発したかのように吹き飛びクレーターを残す。直撃していればタダではすまない威力だった。

 

 

 だがハジメはそれを見ても冷静だった。これでやられるならこの奈落で生き残れなかったし、この程度で今更驚愕しない。ハジメは右腕で構えたドンナーの引き金を引いた。

 

 

 数多の魔物を絶命させてきた相棒であるドンナーから放たれた弾丸は、全て現れた魔物に吸い込まれるように命中し、魔物を吹き飛ばす。

 

「“緋槍”」

 

 続けてユエが炎を円錐状にした槍を投擲し追撃を行う。

 

 ユエが無詠唱で放った魔法は魔物に命中し、魔物を巻き込み炎上する。

 

 ハジメとユエの完璧なコンビネーションによる連携攻撃。これで並みの魔物なら戦いは終わっているのだが……

 

「ちっ、無傷か……」

 

 ハジメはこの魔物に対する警戒レベルを上げる。並みの魔物なら終わっているということは、これで生き残るこの魔物は並みの魔物ではないということだ。しかも無傷となると、ユエと出会って以降、最大級の強敵だったサソリクラスのやばいやつかもしれない。

 

「"凍獄"」

 

 続けてユエは氷の地獄を展開する。

 炎が効かないなら氷で攻める。全属性に適正があり、かつ無詠唱で魔法が使えるユエだがらこその展開の速さ。

 

「グルゥゥゥァァァァァァァ!!!!」

 

 だが敵の魔物は並みではない。迫る氷結の地獄を咆哮で粉砕する。

 魔法を防いだ後、更に右腕を巨大にして振り下ろす。

 

 ハジメはまたも空力で避け、今度は雷纏を発動した状態で放つレールガンを叩き込む。魔物に命中するが、仰け反りはするがダメージはない。

 

「"凍柩"」

 

 ユエは再び氷属性の魔法を使う。先ほどの凍獄よりかは範囲が狭いが単体を凍結するならこれの方が早い。さきほど回避されたからこその判断だった。しかしこの魔法に対して魔物は避けず魔法を無効にする。

 

 

 その後も攻防は続く。ハジメはドンナーによる射撃を続けているが、全弾命中しているにも関わらず効いている様子がない。

 ユエは魔法を使いわけていた。そして魔物の法則を発見する。

 

「ん……多分、()()()()()()()()()()()()()()()()

「そうだろうな。俺のドンナーによる攻撃とユエの単体魔法は避けもしないくせに広範囲の魔法は抵抗して防いでやがる」

 

 

 この魔物の回避行動には法則があった。

 例えば同じ炎属性上級魔法でも、貫通力が高い単体攻撃魔法である"緋槍"より、巨大な炎球による広範囲攻撃魔法である"蒼天"の方が効果があるようである。敵はあくまで単騎にも関わらずこれは奇妙な話である。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ここでハジメは大技を切ることを決める。ハジメは手製の焼夷手榴弾を大量に用意し、それを魔物に向けて投擲する。

 

 

 それを取るに足らないと思ったのか、手榴弾を無視して接近しようとするもハジメのドンナーで押し返される。

 

「"嵐帝"」

 

 ここでユエが竜巻を発生させる風魔法を行使する。広範囲攻撃魔法ではあるが、この魔物にこの魔法では攻撃の威力が低いので効果が薄いだろう。だがこの魔法は()()()()()()()()()魔法ともいえる。

 そんな常時超高密度の空気が渦巻く中で摂氏3000度の熱を発する焼夷手榴弾を投げ込めばどうなるか。

 

 

 空力と縮地にて後方に退避したハジメとユエは衝撃に備える。

 

 

 そして、空間全てを燃やし尽くすような熱量と爆風が魔物を中心に炸裂した。焼夷手榴弾はある程度熱が加わるとタール状になるフラム鉱石というものでできている。それをもろにかぶった魔物はそれが燃え尽きるまでユエの嵐帝により常時空気が集められ続ける空間で()()に渡って三千度の業火に焼かれ続ける。

 

 

 戦争で使ったらまず禁止されるであろう悪魔のコンボである。

 今まで発想はあったが、そこまでしなければならない魔物がいなかったので日の目を見ることがなかったのである。

 

「流石にノーダメージではないだろうけど」

 

 ハジメは構えを解かない。相手の死体を確認するまでは絶対に油断しない。それはこの大迷宮で学んだ教訓だ。

 

 

 数分後、炎の渦を解除したその中心に魔物はいた。流石にノーダメージではなかった。白い霞のせいで分かりにくいが、相手から漂う焦げた匂いで対象が全身焼き焦がされていることはわかる。とはいえふらついてはいるが魔物は未だに健在だった。

 

「おいおい、流石にタフすぎるだろ……」

「んっ……」

 

 ここにきて流石のハジメも呆れた。死んではいないかもしれないとは思っていたが、想定よりダメージが低い。

 

 

 これは長期戦になるかもなとハジメは遭遇したのが準備を整えた直後でよかったと思う。

 

 

 そう、ハジメには余裕があった。確かに相手のタフネスと攻撃力は驚異だろう。だが基本相手の攻撃手段は近接攻撃オンリーな上に、攻撃自体は単調で読みやすい。

 

 

 これなら避けるのは容易い上にハジメのドンナーでダメージを与えられなくとも牽制はできる。このまま回避と牽制によって距離を稼ぎ、ユエの範囲攻撃で削っていけば勝利は硬いだろう。ハジメもユエもそう思っていた。

 

 

 ……次の瞬間までは

 

 ドクンッ

 

「グルゥゥゥォォォォォォォォォンン!!!!」

 

「なっ!?」

 

 目前の光景に流石のハジメも驚愕していた。今まであった魔物は数いれど、()()()()()()()()魔物は流石にいなかった。

 

 

 そう、魔物は進化していた。

 右腕だけが異様に大きいバランスの悪い形から、両手両足均等になるように整えられたその姿はまるで最適な力の使い方を学習したように。更に背中から筒状のなにかが飛び出していた。魔物から発せられる威圧感も増し、咆哮だけで空間が揺れているかのようだ。

 

 

 それだけでは終わらない。全身焼き焦がされていたはずの魔物が目の前で逆再生するかのように回復している。

 白い霞を纏っているせいでわかりづらいが間違いない。その現象はハジメもユエもよく知っている現象だった。

 

「自動……」

「……再生」

 

 ハジメとユエは呆然と呟く。

 

 そしてそれを見たハジメの決断は早かった。

 

「ユエ、掴まれ!!」

「んっ!」

 

 ハジメは撤退を開始する。ハジメの主義からしたら遺憾ではあるがこれは仕方ない。あの超火力でも倒せなかった化物が、目の前で進化した上に自動再生まで備えたというなら勝ち目はない。正確には現状の装備では殺しきれない。

 

 

 生き残るために、時になりふり構わず逃げなければならない時があることを、ハジメは身を持って知っている。あの時爪熊から必死で逃げた時のように。

 

 

 ハジメは空力と縮地、その他使えるスキル全てを使い撤退する。

 幸い相手は追ってこない。このまま撒いてしまって気配遮断でやり過ごす。そしてあいつの対策をしっかり取った上で再戦する。一時の屈辱は受けてやる。これは負けではない、戦略的撤退だ。最後に勝てばそれでいい。

 

 

 ハジメは内心歯噛みし、全力で逃走する。

 だが、その時ハジメは強烈な悪寒を感じる。

 

 

 後ろを振り返ると、魔物の背中の砲身が光っていた。まるでエネルギーを砲身に集めるかのように。

 

「クソォォォッッ!」

 

 ハジメは無理な体勢で横に向けて全力で離脱する。

 

 その直後それは起こった。

 

 まるで太陽が爆発したかのような衝撃がハジメを襲う。

 ハジメがいた場所に、直径十メートル以上のエネルギー砲が通り抜けていた。その砲撃は大迷宮の壁を貫通し、大穴を開けていた。

 

 衝撃を受けたハジメはユエを抱えて転がり続ける。

 壁に直撃することで止まったが、同時に動きも止まってしまう。

 

 そこでハジメは見た。

 こちらに接近してくる魔物の姿を。

 

「ハジメ!!」

 相棒の吸血姫は叫びながらハジメの盾になろうとするが間に合わない。

 

 ここまでか。

 ハジメが覚悟を決めかけた時、その魔物と初めて目が合った。

 

「グォ……ガッ……ガガッ……ハ…………ジ…………」

 

 その魔物が、ハジメの目の前で停止した。正直その魔物の行動は意味がわからなかったが、このチャンスは逃さない。ハジメは背中に下げていた装備を急ぎ展開する。

 

 電磁加速式対物ライフル『シュラーゲン』

 

 現状のハジメが持つ最強の武装である。ハジメが“纏雷”を使いシュラーゲンが紅いスパークを起こす。その威力はドンナーの十倍、通常の対物ライフルの百倍。それを魔物の脳天に突きつけ引き金を引く。

 

「くらいやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が魔物の脳天に突き刺さる。

 そのまま魔物をはるか後方に吹き飛ばし、沈黙させる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 肩で息をするハジメ。

 

 ハジメが用いる最大火力によるゼロ距離砲撃。

 

 これで終わらなければ、もう打つ手がない。

 

 その祈りが通じたのか、魔物から威圧感が消えていた。纏っていた白い霞も消えていく。

 

 そしてハジメに最後の衝撃が襲う。

 

「おい……嘘だろ……」

 

 驚愕しすぎてシュラーゲンを思わず落としてしまう。ハジメにとってそれは見たことがあるものだった。

 

 足は二本、腕は一本。

 左右こそ違うが、ハジメと似たような姿をしていた。

 正体は人間だった。

 しかも……

 

「…………蓮弥?」

 

 それはハジメにとってユエ以外どうでもいいと考える中、ただ一人例外で味方かも知れないと思っていたクラスメイト。

 

 藤澤蓮弥だった。

 




なんとか切り抜けたハジメ達。
次回はハジメによる楽しい楽しい拷m、もとい尋問タイム。
と言いたいところですが次回は幕間、勇者サイドです。


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幕間 孤高の剣鬼と目覚める狂姫

というわけで勇者サイド。

最初は苦労人メルド団長視点


 時間は少し遡る。

 

 王国騎士団団長メルド・ロギンスはあの日、ハジメと蓮弥が奈落の底に落ちた日、勇者一同と共に宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って王国へと帰還した。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる状態ではなかったし、勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。

 

 

 メルドは王国に帰還した後、ハジメと蓮弥という()()()勇者の同胞が死亡したと王国と教会に報告した。

 

 

 メルドは正確に報告した。途中の訓練の様子、未知のトラップによる強制転移、そして、二人の勇敢な()()の奮闘によって残りの者たちが生きながらえたと。

 

 

 メルドはせめて伝えたかったのだ。今回の迷宮探索で死んだのは無能と天職不明ではなく、立派で、尊敬できる人物だったのだと。

 

 

 だが、メルドの必死の訴えも虚しく、王国と教会の反応は残酷だった。もちろん、公の場で発言したのではない、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあった。だがやれ死んだのが無能や天職不明でよかっただの、神の使徒でありながら、何の役にも立たたない者など死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していたのだ。

 

 

 メルドは悔しかった。そして恐れてもいた。

 このままだとなにか事件が起こる予感があったからだ。

 

 

 そして、それは起こってしまった。死人二人を貶していた者たちが突如謎の昏倒を起こすという事件が発生したのである。

 

 

 もちろん騒ぎになったが、犯人はわからず昏倒させた方法も不明。意識が戻った者達は皆一様に首を切り落とされたと恐怖に染まった顔で言った。以降そのもの達は勇者の話題を出すことが亡くなったことだけが幸いだろう。

 

 

 メルドは犯人を知っている。その生徒の名前は八重樫雫。

 

 

 メルドは彼女の犯行を目撃している。それは最近よく目撃する、雫がただひたすらに、一人で剣を振るっている現場に死んだ二人を貶すものが現れた時だった。

 

 

 その人物がなんの前触れもなく倒れたのである。その人物が医務室へ運ばれた時、雫がメルドに謝罪してきたのだ。

 

 

 メルド団長の客人を()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 確かにその人物はメルドの客で、装備の発注に関する打ち合わせがあったのだが……そんなことはどうでもよかった。斬ったとはどういうことかと聞いた時、雫が世間話をするように言ったのだ。

 

「確かに私が斬りました。ただしイメージの中で……それを殺気と剣気を乗せてぶつけただけです。八重樫流裏奥義……首飛ばしの颶風。フフフ……今まで使えなかったのですが()()()()()()()()()()()()()()

 

 未だ聞いても信じられなかった。あの時側にいたのだ。いくら魔力操作で直接魔力を操れるようになったとはいえ、あれだけ近くにいれば魔力を使ってわからないわけがなかった。

 

 

 つまり彼女は本当に剣気と殺気だけで相手の首を切り落としたのだ。

 実際倒れたものの中には薄っすらだが首に傷ができているものもいたという。

 

 

 メルドは恐ろしかった。

 この後予定している例の魔法を放った犯人探しで犯人が判明した場合、本当に神の使徒同士の殺し合いになるのではないかと。

 

 

 メルドは絶対にあの時の経緯を明らかにするべきだと考えていた。

 

 

 仮に一度目は誤射だとしても、二度目は絶対に()()で行われたと確信していたからだ。ベヒモスを狙った魔法が逸れたのと()()()()()撃たれた魔法を見間違えはしない。生徒の中に仲間の背中を平気で撃つ者がいる。仲間の命を預かる以上、絶対に見逃せなかった。

 

 

 王国や教会に止められようと断固実行する覚悟を持ったメルドだったが……それは思わぬ決着を見せる。

 

 

 檜山大介が自白したのだ。彼は未だ目を覚まさない香織を除いた関係者全員の前で、土下座での謝罪を行った。

 

 

 曰くトラップに引っかかったのは、メルド団長の忠告を聞かなかった自分の責任だと、一発目はわからないが、二発目は大した力もないのに活躍する南雲に嫉妬して魔が差してしまった。自分がやってしまった事を心の底から後悔していると。

 

 

 皆の前、特に()()()()()()()()行われた悲痛な謝罪に責めるつもりだった生徒はなにも言えないようだった。一発目はわからないと言ったことが本当なら、ひょっとしたら自分も共犯になるのではないかと怖くて言えなかったのだろう。

 

 

 そしてこの男の言葉で檜山の処遇は決定した。光輝である。

 

 

 光輝は言った。よく勇気を出して罪を告白したと。やってしまった罪は消えないが償うことはできる。死んでしまった二人のためにも、罪を背負った檜山が今以上に努力して世界を救うことに貢献できれば、きっと二人も許してくれると。

 

 

 それを聞いた檜山は涙を流しながらただひたすらに謝り続けた。その姿を見た光輝が許すと宣言してしまったことで、彼を責めることが誰にもできなくなってしまった。雫が目の前で行われる()()()()を視界にすら入れようとしなかったのが印象的だった。

 

 

 とはいえ完全にお咎めなしとはいかず、檜山はしばらくの謹慎処分。聖教教会の罪人更生プログラムを受けるという処分で落ち着いた。世界を救う勇者の中に殺人者がいることをよしとしなかった教会の思惑が隠れていたのは明白だった。

 

 

 メルドは檜山も問題だが、やはり雫のことが気になっていた。最近誰も寄せ付けず一人でいることが多い。幼馴染の勇者は話しかけているようだが最近意図的に無視しているようだった。いや、眼中にないと言い換えた方が適切かもしれない。他の生徒達も今の雫の触れれば切れそうな雰囲気に少し距離を置いているようだった。

 

 

 その一方で雫はメルドには対人戦の訓練を要求するようになっていた。理由を聞いたら()()()()()()()()()()と返された。正直今の雫に訓練をおこなわせたくはないが、いずれ必要になると言うのは本当だったため断る理由がなかったのだ。

 

 

 それは今もメルドが悩んでいることだった。きっと彼女はその時が来たら()()()()()()。そしてそれは勇者に必要なことでもあった。だがこんな形で教えてもいいのか。

 

 ハイリヒ王国騎士団団長メルド・ロギンスに悩みは尽きない。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ハイリヒ王国王宮内。

 召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は未だに眠る親友を見つめていた。

 

 

 あの日から一度も香織は目を覚ましていない。

 

 

 医者の診断では、体に異常はないらしく、おそらく精神的ショックから心を守るための防衛措置だろうとのことだった。

 だから自然と目を覚ますのを待つしかないとも。

 

 

 とはいえあれから五日、()()()()()()()()()()()()()()()()()雫も流石に心配になってくる。

 

 

 その時、不意に、握り締めていた香織の手がピクッと動いた。

 

「……香織?」

 

 雫はそっと呼びかける。閉じられていた香織の瞼が震え始め、香織はゆっくり目を覚ました。

 

「……雫ちゃん?」

「ええ……そうよ香織……体は平気?」

 

 目覚めた親友を見て、雫は愛おしげにゆっくり笑みを浮かべる。五日ぶりに見せる表情だった。

 

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 香織は五日前に何が起きたのか思い出したのだろう。徐々に焦燥に駆られていった。

 

「それで……あ…………………………南雲くんは?」

「…………」

 

 雫は無言で見つめる。香織はその目を見て、あの日の出来事が現実だったのだと悟る。

 

「……嘘だよ、ね。そうでしょ? 雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね? ね、ね? そうでしょ? ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰ってきたんだよね? 南雲くんは……訓練かな? 訓練所にいるよね? うん……私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ……だから、離して? 雫ちゃん」

 

 現実逃避するように、次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を……雫はあえて強く握りしめた。

 

「痛ッ……雫ちゃん?」

 

 その痛みで恐慌に駆られそうだった香織は少し冷静になったようだ。

 雫は未だに静かに香織を見つめていた。瞳の奥に……抑えきれない激情を宿しながら。

 

「いい……香織。よく聞いて……()()()()()蓮弥と南雲くんはいないわ」

 

 正直、今取り乱されてもそれを抑える余裕が雫にはなかった。今香織が爆発すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから目を見続ける。それで察してほしいと。

 

 

 香織はその目を見続ける。そしてハジメはいないのだと悟る。そして目の前の親友が同じ思いを抱えているという事実が……香織を落ち着かせた。

 

「……そっか……()()いないんだね」

「そうよ……()()()()()

 

 同じ言葉を執拗に繰り返す。それは雫と香織が同じ想いを抱いている証拠に他ならなかった。だけど震える体だけはどうにもならない。雫は香織をそっと抱きしめる。まるでお互い冷え切った体を温めあってなんとか生きているかのように。

 

 

 しばらく抱き合っていただろうか。香織は雫からそっと体を離し、再び雫の目を見る。

 

「ねぇ……雫ちゃん……ひとつだけ教えて……」

「……なに?」

「あの時南雲君達に向けて……魔法を撃ったのは……誰?」

 

 瞳から光が消えていく香織を見て、雫は少しだけ顔を歪ませる。気づいていないかもしれないと願望を抱いていたがそう上手くはいかないらしい。

 

 

 雫は一旦席を外して、扉に鍵を念入りにかけた。

 今からする話に邪魔者はいらない。

 

 

 そして香織に説明を始める。檜山大介が自白したこと。魔が差してやった……今は後悔していると涙ながらに謝罪したこと。それを光輝が皆の前で許してしまったこと。

 

 

 香織はただ無言でそれらを聴き続けた。一言一句逃さぬようにひたすら聴き続けた。

 

「そうなんだ……光輝君の中では……()()()()()()()()()()

「香織……」

「ねぇ……雫ちゃん……なんで檜山君は……」

 

 こんなことをしたのだろう……いや違う。そのセリフと今の香織の表情が一致しない。先ほどのセリフの後はこれが正解だろう。

 

()()()()()()()()()

 

「殺す理由がないからよ……蓮弥達はまだ死んでない……なにも奪われていないのに何かを奪うことはできない」

 

 逆を言えば殺す理由ができれば躊躇わないと言外に言っていた。今雫は意図的に檜山を視界に入れていない。雫にとって檜山を殺すハードルは()()()()()()()()というほど……低かった。

 

 

 幸い檜山も雫には一切近づかないようにしているため、()()()()()()()()()()()()()()はまだ起きていない。もし雫が檜山を認識していたら、颶風によって首はとっくになくなっている。

 

「ねぇ……雫ちゃん……」

「なに?」

「今日は……一緒に寝てくれる?」

 

 香織は雫に甘えるように言ってくる。それはただ眠いからだろうか。それとも香織は気づいたのかもしれない。眠り続けた香織とは逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 雫はしょうがないとそっと微笑み、親友の願いを叶えてやることにする。

 

「いいわよ……今夜だけね」

 

 扉がなにやらドンドン鳴っている気がするが、二人は気にしていなかった。

 

 

 二人はお互い抱き合いながらまどろみに落ちる。

 

 

 お互いの傷を舐めて癒すかのように。

 

 

 香織が目をさましたことが皆に知れ渡ったのは翌日の話だった。




雫強化その2 とりあえず使わせとけ変態剣術
一応注意ですが、この世界は神座世界ではありません。よって原作キャラの子孫とかそういうわけではないのでご容赦を。
斬りたい斬りたいと常時考えてる狂人ほどではなくても、それ系統の技が使えるようになってる辺り雫は相当ヤバイです。むしろ関係ない生徒は胃が痛いと思う。

あとキマシ空間にKY勇者と脳筋はいりません。
次回はベヒモス復讐編


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幕間 悪夢に抗う者たち

今回も勇者サイドです。
あと独自設定多数です。


 蓮弥が、奈落にて聖遺物に振り回されている頃

 

 

 光輝達勇者一行は、再び【オルクス大迷宮】にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、檜山不在の小悪党組、それに永山が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 

 

 理由は簡単である。ハジメと蓮弥の死に動揺して再起不能になるメンバーが多発したからだ。メンバーは二人の死によってこの世界が、元の世界より死が遥かに近いところにあることを実感したのである。

 

 

 それに聖教教会関係者はいい顔をしなかった。彼らにとって戦わない神の使徒などなんの役にも立たない。直接的な言葉は使わないが、毎日のようにやんわり復帰を促していた。

 

 

 しかし、それに愛子先生が猛然と抗議した。彼女はハジメと蓮弥の死に責任を感じていた。彼女は作農師という天職の都合上そこにはいなかったわけだが。そんなことは慰めにもならない。

 

 

 それに愛子は知っていた。自分以外にも戦いに参加することに反対していた生徒がいたことを……もちろん蓮弥だった。

 

 

 蓮弥は訓練の合間に各地へ出発前の愛子と話していたのだ。そして雫にも語ったことを愛子にも説明した。戦争参加がいいとは思ってはいないけど、自分達が神の使徒にふさわしくないと判断されて彼らの庇護を失うことは現状避けなければならないこと、自分達はこの世界について学ばなければいけないと。

 

 

 愛子はこの世界について何も知らなかった自分達が、この世界のどこかに追放されてた可能性があるというところで、ひょっとしたら自分がそのキッカケになったかもしれないという事実を知り、顔を青くしていた。だが蓮弥は言ってくれた、先生の立場なら当然だと。

 

 

 そこで頼まれたのは情報収集である。図書館で手に入る知識は限定的だし、百聞は一見にしかずとも言う。作農師という天職上、各地を自由に旅できる愛子に情報を集めて欲しいと願ったのだ。特に不足している魔人族関係、それと亜人族のことや反逆者の噂についても。

 

 

 愛子はそれに気合をいれて了承した。生徒達が命掛けで自分達の世界へ帰るために頑張っているのに、一人だけ元の世界への帰還とは関係ないことをやっていると思っていたのだ。そんな自分にも出来ることがあると熱血教師魂に火がついた。

 

 

 それから愛子は各地を回りつつ情報を収集していた。しかし、その情報を蓮弥に伝えることはできなかった。

 

 

 愛子は聖教教会のやり方に激怒して言ったのだ。これ以上戦えない生徒を無理やり戦わせるなと。かつて愛子は蓮弥に聖教教会から追放されるかもしれないと顔を青くしていたが、あの時とは状況が違うことを知っていた。生徒達がこの世界に適合し、ある程度戦えるようになったことは勿論だが、愛子は自分の天職の価値を知ったのである。

 

 

 愛子はもし今後強引に生徒を戦いに駆り出すようなら今後自分は一切彼らに協力しない覚悟で訴えた。

 

 

 それが功を成して愛子の訴えは認められた。彼女との関係を悪化させることを教会は良しとしなかったのである。結果、現在迷宮攻略は二人の死を前にしても戦うことのできた少数にて行われていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「……………………」

 

 そんな一同は60階層で止まっていた。眼前に広がる奈落に続きそうな深い闇が広がる谷。次の階層へ行くには崖にかかった吊り橋を進まなければならない。それ自体は問題ない……だが皆やはり思い出してしまうのだろう……あの時の悪夢を。特に、雫と香織は、奈落へと続いているかのような崖下の闇をジッと見つめたまま動かなかった。

 

「ねぇ……雫ちゃん……大丈夫だよね」

「大丈夫よ……私も覚悟はできているから」

 

 それはこの先へと進む覚悟。そして何があろうとその死が確定するまでは二人の生存を信じる覚悟。そして二人の死が決まった時、然るべき報いを受けさせる覚悟。

 

 

 そこには複雑に絡み合った。同じ立場の二人にしかわからないことが決意があった。

 

 

 もちろん普段から空気が読めない光輝がそんなことを理解できるわけもなく。先ほどの会話で香織が不安になっていると思ったのだろう。

 

「……香織、心配しなくても大丈夫だ。俺が傍にいる。俺は死んだりしない。もう誰も死なせはしない。香織を悲しませたりしないと約束するよ」

 

 そのカッコいいだけのセリフを……香織は無視した。例の下手人を無罪放免にした事実を知り、最近香織は光輝のこういうところにうんざりしていた。

 

 

 自分は決して許さないであろう()()()を彼は簡単に許した。その自分との価値観の違いに香織は、光輝とは分かり合えないとわかってしまった。

 

 

 だが勇者は止まらない。まさか無視されているとは心にも思わず、今度はきっと死んだ二人を思って心ここにあらずなのだろうと思った。

 

「香織……君の優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、南雲も藤澤もそれを望んでる。……雫も香織に言ってくれ。()()()()()()()()()()()()香織にも出来ると」

 

 一向に聞く耳を持とうとしない香織に光輝は雫に援軍を頼んだ。一応光輝も雫が二人、特に藤澤の死に悲しんでいることは知っていた。だが表面上いつもと変わらず一層訓練に励むようになったことで、もうそれは乗り越えたのだと勝手に判断していた。

 

 そしてそれは逆鱗だった。

 

「? うわぁぁぁ!!」

 

 光輝が突然首を抑えて叫び出した。だが叫んだ後首をペタペタ触り出した。まるで首がついていることを確認するかのように。

 

 

 雫はその様子を見た後、光輝から視線を外しメルド団長に向き合った。

 

「メルド団長……先に進みましょう。どうやらここで足を止める生徒はいないようです」

 

 雫は冷ややかに小悪党三人に視線を流し言った。雫は知っていた、彼らが隠れて自分なら魔法を避けただの、自分ならうまく助けただの言っていることを。

 

 

 ちなみに檜山はここにいない。光輝に許されたとはいえ、好感度が上がるわけもなく、小悪党組以外からは腫れ物扱いされていた。そして雫に近づかないため、そして香織を手に入れるため、彼の()()()からの命令を実行していた。

 

 

 そんな冷ややかな目を向ける雫に小悪党は萎縮する。他の生徒も何も言えない。クラスのムードメーカーである鈴ですら、最近の雫は怖すぎて近づけないでいた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 そんな不穏なパーティの様子とは裏腹に一行の進行は順調だった。そしてとうとう歴代最高到達階層である六十五層にたどり着いた。その階層でも順調に進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。

 

 

 その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

 

 雫と香織の顔色が変わった。まるで長年探した怨敵の一人にあったような顔だった。

 

「皆、気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 蘇る悪夢、そして万が一にもあの悲劇を再現することの無いように備えた。

 

 

 だが、光輝がその言葉に不満そうに言葉を返した。

 

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ。もう負けはしない。必ず勝ってみせます」

「へっ、その通りだぜ。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇ。ここらでリベンジマッチだ」

「……そうね……精算するにはいい機会だわ」

 

 その言葉と共に雫と香織がまるでステップを踏むかのような足取りで前へ飛び出す。

 慌てて光輝とメルド団長が止めようとするが二人はスルーする。

 

「ねぇ、雫ちゃん……()()試してみてもいい?」

「ダメって言っても聞かないんでしょう。わかったわ……なら私が足止めしてあげる……あんまり準備に手間取ると勢いで殺しちゃうかも知れないけど」

 

 ベヒモスの前に躍り出た雫はあの日以降常時鍛えている【魔力操作】にて流れるように武装強化と身体強化を行うと…… 光輝達の視界から、消えた。

 

 

 当然ベヒモスの視界からも消え、ベヒモスは突然消えた獲物に動揺するが、次の瞬間、角が断ち切られたことを知る。

 

「グゥルガァアア!?」

 

 切られた方向に攻撃するもそこにすでに雫はいない。そしてまたベヒモスは死角から切られていた。

 

 

 八重樫流の歩法 『早馳風(はやち)』。簡単に言えば相手の死角に移動する技だが、もちろんただ移動しているわけではない。行動するたびに剣気と殺気、視線誘導などを駆使して相手に死角を作り、そこに入り込んでいる。

 

 

 ちなみに本来は八重樫家の家業用の暗殺術であり、この世界に来るまで雫には使えなかった技だが、あの事件以降使いこなせるようになっていた。

 

 

 そして常に意識して、それこそ寝る間も惜しんで鍛え上げた【魔力操作】による身体強化と武装強化、魔力値の急上昇、そして縮地系スキルを行使すればどうなるのか。

 

 

 それは剣戟の嵐だった。

 

 

 ベヒモスの体には只々傷が増えていく。魔力による全方向の威圧も軽々と流される。

 

 

 死角に移り斬る。移り斬る。斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

 

 

 ベヒモスは常に超高速で移動する雫を追いきれず、翻弄されるばかりだった。

 

「雫ちゃん!!」

 

 準備ができた香織が雫に対して叫ぶ。その言葉を聞き、雫は一足飛びで香織のところまで戻ってくる。香織の()()は話には聞いている。もし巻き込まれたら洒落にならない。

 

落ちろ、落ちろ、落ちろ。ここは奈落の底、ここに神はいない。絶望の中で命を呪え『堕天』

 

 治癒師である香織の魔法が()()()()に対してかけられる。聞いたこともない詠唱、なぜならこれは完全に香織のオリジナル。香織が執念で作りあげたそれの効果は、かけられて間もなく発揮された。

 

「ギィアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 ベヒモスが魂からくるような悲鳴をあげる。

 

 その場で崩れ落ち、暴れながらもがき苦しむ。

 

 ベヒモスの全身が黒い斑点で覆われていく。特に雫に切られたところはひどく、肉が溶け落ちた。

 

 

 香織がやったのは細胞の超活性化。いわば過剰回復呪文といったところか。花に水をやりすぎると枯れるように、相手を過剰なまでに回復させ、生体組織を破壊するという治癒師の香織にしかできない恐るべき()()()()である。この魔法の恐ろしいところは、これによって負わされた傷には回復魔法が効かなくなる為、患部を抉り取るしかないという、非常に高い殺傷力を持つという点である。

 

 

 この世界の人たちは回復呪文=味方に使うものという認識であり敵に使うことを想定していない。加えて本来治癒師の天職を持つ人たちは個人差こそあれ、ほとんどは相手の痛みを自分の痛みのように感じ、それを癒してあげたいと考える心優しい人が多い。

 

 

 そんな人から回復不能で全身が腐り落ちる魔法という発想は普通出てこない。香織が長い眠りから目覚めてから狂気と憎悪で作りあげたおぞましい魔法である。

 

 

 相手が怨敵だったこともあり使用許可を出した雫だが、想像以上のエグさに雫は沈黙する。香織も流石にやりすぎたかと苦笑いを浮かべている。

 

 

 雫は今なお生きながら体が腐っていくいう極限の苦しみの中にいるベヒモスの首を切り落として楽にしてやる。そして香織の方にジト目を向ける。

 

「雫ちゃん……これは流石にまずいかなぁ……」

 

 どうやら香織もこれはやばいという自覚はあるらしい。

 

「……これっきりにしときなさい。でないと南雲くんが戻ってきた時に嫌われても知らないわよ」

「そんな〜」

 

 香織はがっくりと項垂れる。幸い欠点はあった。一つは魔法陣の準備に非常に時間がかかること。次に使用する魔力が膨大であること。治癒師が使うということもあり、あまり効率が良いとは言えない魔法だった。二度と使う機会がないことを祈るばかりである。

 

 項垂れてた香織が雫に目を向ける。

 

「雫ちゃん……私達やっとここまできたんだね」

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん……雫ちゃん、もっと先へ行けば南雲くんも……藤澤くんも」

「さあ、どうかしら? よく考えたら蓮弥は大人しく奈落の底で待つタイプじゃなかったわね。早く行かないと案外二人揃って勝手に脱出しちゃうかも」

 

 雫はあえて軽い調子で言う。雫のその言葉に香織は……そうだといいねとはにかみながら返す。

 

 怨敵を倒し先へ進む二人、彼女らの悪夢は……まだ晴れていない。




その他一行「( ゚д゚)ポカーン」
というわけで雫と香織の独壇場でした。

雫の使った技の元ネタは早馳風・御言の伊吹。
宗次郎のそれは無尽の刃が世界を埋め尽くして死角攻撃を行うという意味不明な技だったが、雫の使ったのは単に死角を作って入るだけの技。

香織のオリジナル魔法の元ネタはもちろんマホイミ。回復術者に使わせたい魔法No1、たぶん。

次回は主人公視点に戻ります。


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奈落の底での再会

お気に入り2000件突破。
これからも頑張ります。


 そして蓮弥は目を覚ました。

 

 

 どこかの丘だろうか、周りを見ると十字架が何本も建てられている。自分の状況を確認すると十字架に固定されているようだった。

 

「なんだ……これ?」

 

 意識がはっきりしない。足元に視線を向けると人がいることに気づく。変わった衣装をきた人が何人も足元に集まり、蓮弥を見上げていた。

 

「※※※※※!」

 

「※※※、※※※※※!!」

 

 何を言っているのかわからない、だが敵意を向けてきているのはわかった。内一人が槍を持ち出し……蓮弥の脇腹を突き刺した。

 

「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 蓮弥はあまりの激痛に叫びをあげる。脇腹からは血が滝のように湧き出てきた。まるで命そのものが流れているかのようだ。

 

 ヨコセ

 

 モットタマシイヲヨコセ

 

 

 蓮弥の頭の中に映像が流れてくる。この十字架のために命を落としたもの達の記録を。頭が割れそうになるほどの苦痛と脇腹の痛みを抱えつつも蓮弥はそれを見つける。

 

 

 それは丘の下……質素な服装に身を包み……右手に短刀を、左手に重そうな布袋をもった。銀色の髪と碧眼の……綺麗な女の子だった。

 

 

 それを認識した時、再び蓮弥は別のところに立っていた。見たところ崩れた教会だろうか……割れたステンドガラスがのこっており、天井がないためか月の光を反射している。

 

 

 そこで再び銀髪碧眼の少女を見つける。先ほどとは立場が逆になっていた。その少女は十字架に磔になっており、脇腹からは血を流しその血は下の杯に貯められている。

 

 女の子はおもむろに顔を上げるとこちらを見る。

 

「……気をつけて……」

 

「気をつけて? 何を……? 君はいったい……」

 

「少しだけなら手を貸せます。だからしばらくは大丈夫だと思いますが、繋がりが薄いからこれ以上はできません。あなたが助かるためには……」

 

 私を見つけて……

 

 私を見て……

 

 

 その言葉と共に光が溢れ出す。

 蓮弥は咄嗟に手を伸ばす。

 

 ちょっと待ってくれ、まだ聞きたいことが。

 

 蓮弥は光に飲み込まれ、この世界から退出した。

 

 残ったのは未だに血を流し続け、自罰し続ける少女のみだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「うっ、ここは……」

 

 藤澤蓮弥は目を覚ました。どうやら縦横五メートルくらいの空間にいるらしい。そこで蓮弥は違和感を感じた。

 

 

 まずは異様に視点が低い……下を向くとすぐそこに地面が見えた。次に体が動かせない。色々やってみたが首から下が指一本動かせなくなっている。

 

 

 寝惚けていた意識が覚醒して原因がはっきりした。蓮弥は……首から上を残して…………地面に埋まっていた。

 

「…………はぁ!?」

 

 わけがわからない。一体なにが起きたらこうなるのか。蓮弥は意識を失う前のことを思い出す。確か熱があったせいで朦朧としててそれで……

 

 

 そこまで考えたところで第三者がこちらに話しかけてきた。

 

「どうやら目を覚ましたようだな。散々暴れまわった気分はどうだ?」

 

 なんとか動く首を上に向けて声の主を確認する。それは同年代くらいの少年だろうか。髪は白髪……身長は多分同じくらいだろう。自分とは逆に左腕のない少年はこちらを冷ややかな目で見下ろしていた。

 

 

 蓮弥はこの場所に自分以外の人がいることに驚いたが、よくよく考えてみれば、正体など一人しかいないことに気づく。見た目は変わったが声は同じだ。口調こそ違うが間違いない。

 

「お前……ひょっとして、ハジメ……なのか?」

 

 蓮弥の質問に白髪の少年は答えた。

 

「確かに俺は南雲ハジメだが……そんなことはどうでもいい。質問するのはこっちだ……お前は……何者だ?」

 

 蓮弥に向けて銃らしきものを突きつけて尋問するハジメ。それに対して蓮弥が答える。

 

「いや、俺だよ……藤澤蓮弥だ……というか意味がわからない。一体今どうなって……」

 

 ドパンッ! 

 ドパンッ! 

 ドパンッ! 

 

 発砲音が三発! 狭い洞窟に響き渡る! 

 いきなり発砲されたことに驚き、蓮弥は言葉を中断する。

 

「勝手に喋ってんじゃねぇッ、質問してんのはこっちだ……お前は質問されたことだけ答えろや……」

 

 有無を言わさない脅迫だった。その迫力にお前こそ誰だよと蓮弥は言いたかった。見た目の変化といい、どうやら友人はこの奈落でたいそう揉まれてすごしてきたらしい。

 

 

 とにかく今逆らうのは得策ではないと判断した蓮弥は動く首を縦にコクコクと頷く。

 

「初めに言っとくぞ。今から俺に敵意を向けたり、嘘をついたり、俺が気に入らない返事をした場合、この部屋の仕掛けを作動させる。……今この部屋はありったけの焼夷手榴弾で囲んである。ユエの魔法と組み合わせて数時間、三千度の業火でお前を燃やし続ける仕組みだ。だから抵抗はするなよ」

 

 なにそれひどい! 

 蓮弥は思わず突っ込みたくなったが、我慢する。そんな地獄の業火みたいなことされたら確実に灰も残らないだろう。

 

「まず質問だ……お前はなんで俺達を襲った?」

 

 最初の質問から意味がわからない。襲った? ハジメを? 意味がわからないので沈黙する。

 

「追加ルールだ……俺の質問に十秒以内に答えなければ……その時も燃やす」

 

「ちょっと待てッ、いや待ってください……襲った? 俺が? 正直全く身に覚えがない」

 

 正直にそう答える。こうなると燃やされないことを祈るしかない。

 

「ユエ……どう思う?」

「明らかに理性がなかったっぽい……暴走?」

 

 そこで蓮弥はこの部屋にもう一人いることに初めて気がつく。どうやら後ろにいるらしいが、首を回せないので顔を見ることはできない。声からして少女だろうか。

 

「じゃあなんで暴走した?」

 

 暴走した理由を聞かれた。暴走した記憶がないのにわかるはずがない。いや、まてよ……

 

「なあ、一ついいか……暴走している時の俺はどうなってた?」

 

 勝手に質問したことにハジメはピクっと反応したが、質問に答えないと話が進まないと思ったのか素直に答えてくれる。

 

「白い霞を纏った獣みたいなやつだ」

 

 なるほど……蓮弥は一応納得した。

 どうやら聖遺物が暴走したらしい。活動位階は不安定だとわかっていたはずなのに調子に乗りすぎたか。正直生きていたのが奇跡だろう。

 

 だがしかし、正直に言っても信じてもらえるかわからない。とりあえず蓮弥はここにきてから起こったことを正直に答えることにする。

 

「ここに落ちてきてからずっと魔物で飢えを満たしてたんだが、熱が出てきてな。いつのまにかへんな鉤爪みたいな腕が生えてきて、それ使って魔物を倒してきたんだが、だんだん意識が朦朧としてきて……そこから覚えていない」

 

 肝心なところはぼかしたが嘘は言っていない。ハジメは後ろにいるらしき少女と相談し始めた。

 

「魔物肉を食ったことによる副作用か……あり得ない話ではないか」

「むしろ魔物の肉を食べて……まずい以外にデメリットがないのは不自然」

 

 ユエと呼ばれた少女が同意する。どうやら彼らなりの理屈に嵌めようとしているようだ。

 

「だよな。……だんだん不安になってきたんだが、俺は大丈夫だよな。体調悪くなったり意識が朦朧としたことはないはず……俺が特別なのか、それとも蓮弥が例外なのか……俺と蓮弥の違いはなんだ?」

 

「私が定期的に血を吸ってるから、とか」

「可能性はあるけど、サンプルが少なすぎて判断できないな」

 

 血を吸ってるとか物騒な話が聞こえたんだが……いったい後ろになにがいるのか気になる。声は可愛らしい少女だが、見た目チュパカブラとかはやめてほしい。蓮弥は後ろに吸血UMAがいるかもしれないと思って軽く身震いした。

 

「まあ、それはいい。じゃあ最後の質問だ」

 

 ハジメが一旦言葉を区切る。おそらくこれが一番聞きたいこと。

 

「……お前は俺の……敵か?」

「いや、それはない。お前は友達だからな。敵になったりはしない」

 

 最後の質問にはノータイムで答える。確かに聖遺物のせいで妙な思考になった時もあったが、好ましい友人だと思っている。たとえ見た目が変わろうが性格が変わろうがそれは変わらない。

 

 

 真っ直ぐ目を見る。ハジメも見返してきた。まるで逸らしたら負けのような空気が流れる。しばらく見つめあって先に折れたのは……ハジメだった。

 

「ちっ、もういい。男と見つめ合う趣味なんてないし。……それにしても一度襲いかかっといて、友達とは随分都合がいいんだな」

 

「それは正直悪かった。けどなんとなくもう大丈夫な気がする。根拠は示せないが」

 

 おそらく聖遺物との霊的なリンクが安定したのか、襲いかかるような飢餓感は無くなっていた。もっともまた無計画に使えばどうなるかわからないが。

 

「それより、そろそろここから出してくれないか。流石に全身が痒くなってきた」

 

 俺が出してくれるように言うと二人? は目を合わせているのかこちらから目を離す。

 

 

 しばらくそのままの状態で待機していたが、ようやく決めたのかハジメが床に手をついた。

 

「言っとくが……俺は敵になる奴には容赦しない……必ず殺す。次暴走して襲いかかってきたら命はないと思っとけ」

 

 その言葉とともにハジメは錬成を行使する。そして蓮弥が地面から勢いよく飛び出す……黒髭危機一髪のように。そしてそのまま蓮弥は低い天井に激突するのだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 蓮弥が思わぬダメージを負った後、蓮弥とハジメはお互いに今まであったことを説明した。

 

 

 蓮弥は先ほどの説明の詳細を。そしてハジメはこの奈落に落ちた後のことを語った。奈落に落ちた後、左腕を魔物に食われたこと。必死に錬成を使い逃げ隠れたこと。ポーション石(ハジメ命名)を見つけたことで魔物肉を食べてもなんとか生きられるようになったこと。生きるために戦う決断をしたこと。五十層にあった両扉の奥でユエに出会ったこと。

 

「そうか……すまなかったな。もし俺がお前を助け出せてたらこんなことにはならなかったのに」

 

「そりゃ、お互い様だろ。お前だって俺を助けようとしなかったらこんな奈落の底まで落ちなかったんだから……」

 

「別に後悔してないんだ、気にすんな。むしろ雫が上で無茶やっていないか不安だな」

 

 蓮弥は上に残して来た幼馴染について思う。多分メッセージは届いたと思うから最悪の事態にはなっていないだろうが。何かとんでもないことをやってなければいいのだけど。

 

「まあ、上の事情は今は置いておく。まずは俺達が生き残るのが先決だ」

 

 そうして蓮弥達の前に魔物が出現する。全身黒い狼とプテラノドンのような飛んでいる魔物だ。

 

 ハジメは銃を……蓮弥は右腕の鉤爪を構える。

 まずはハジメが空中に飛んでいる恐竜もどきを銃にて撃ち落とす。

 地上では狼が炎を纏って突っ込んでくるが蓮弥が右腕で叩き潰した。

 

「マジで銃を作るとはな。ハジメならいつかやるとは思ってたが」

 

「こいつはドンナー……まあ、この奈落でのもう一つの相棒といったところかな」

 

 喋りながらも現れる魔物を殲滅していく。

 蓮弥も右腕を大砲に変化させ、虎視眈々と漁夫の利を狙っていた蝙蝠タイプの魔物を撃ち落とす。

 

「お前こそなんだよその右腕……何を食えばそんなヘンテコな腕が生えてくんだよ……」

 

 どうやらハジメ達はこの右腕を魔物を食べたことによる恩恵だと思っているらしい。勘違いしているが訂正する必要もないためそのままにしている。

 

 ちなみにハジメとステータスプレートを確認しあったが。永劫破壊(エイヴィヒカイト)関連のスキルは相変わらず塗り潰されて見えないみたいだった。蓮弥はハジメのステータスを見て、山ほど付いているハジメのスキルに驚愕していたが。

 

「"凍獄"」

 

 お互いの実力を確認しあったところで、ここにいるもう一人の人物が動いた、ユエである。どうやら前線で魔物を殲滅していくハジメと蓮弥に触発されたらしい。地上の魔物が氷漬けになる。

 

「詠唱破棄でこの威力……すごいな……しかも全属性の魔法が使えるんだろ……今までの階層なら敵なしだな」

 

「けど蓮弥には効かなかった……残念」

 

 そうして次の魔法を用意して放つ。魔物が凍りつき、業火で燃え、雷撃で消し炭になる光景を見て蓮弥は自分がよく生きのこったなと思い、二度と戦うことがないよう祈った。

 

 

 こうして蓮弥達は大迷宮を攻略していった。隙あらば、蓮弥の目も気にせずイチャイチャしだすハジメとユエに、蓮弥が内心砂糖を吐きそうになりつつも一行は順調に進んでいく。

 

 

 そしてとうとうそこにたどり着いた。それは巨大な扉だった。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ

 

「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」

 

 ハジメとユエが万感の思いで口にする。ようやくゴールらしきものにたどり着いたのだ、無理もない。

 

「だけど油断するなよ二人共……こういうダンジョンの最深部には、今までの敵とは比べものにならないボスがいるのが典型だからな」

 

「上等だッ、なにが来ようとも全部踏み越えて進むだけだ」

 

 ハジメが気合十分で威勢を放つ。となりのユエもやる気十分だったようだ。

 

 そして、三人が揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた時、それは起こる。

 

「なっ!」

「……!」

「これは!?」

 

 ハジメと蓮弥の足元に魔法陣が出現する。忘れもしない、蓮弥達をこの世界に連れて来た忌々しい魔法陣だ。

 

(ここで転移!? まさか分断か!!?)

 

 蓮弥はそう判断するが転移は始まる。

 ハジメは咄嗟にユエを抱きしめ、蓮弥に手を差し出す。

 蓮弥も手を出すが、奈落に落ちる前とは違い……その手は届かなかった。

 

 ここで二組は分断される。ハジメ達はそこでヒュドラを模している神話の怪物のような魔物と戦うことになる。死闘の末に、ハジメが片方の目を失うことを代償になんとか勝利を手にすることに成功する。

 

 

 しかし、ここではそれは語らない。ここではもう一つの物語の方を語らせてもらうとしよう。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ──さあ、プロローグの終わりだ──

 

 ──ここで君の価値を……証明してほしい──

 

 それはここが見どころだとモニターの前で姿勢を正し、優雅に観戦の準備に入ったのだった。




ハジメ達はおよそ原作と同じなので省略。
次回、特別ゲスト登場!?


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形成位階

オルクス大迷宮編もいよいよ佳境、ボス戦です。


「ここは……」

 

 転移が終わった後、蓮弥はすかさず周囲を警戒する。それは広い空間だった。天井幅共に二十メートル以上、大き目の体育館くらいはあるだろうか。視界は薄暗い、どうやら緑光石が少ないようだ。

 

 

 蓮弥はハジメ達と分断されたことを把握する。もしあそこが本当にゴールだったのだとしたら、転移したここには今までになかったような試練が用意されているのがテンプレだろう。

 

 

 蓮弥が慎重に進んでいき、丁度真ん中あたりにきたところで、突然今までまったく感知できなかった気配が膨れ上がるように現れた。

 

「っ!」

 

 それは紅だった。

 

 そこら中に紅い光が、蓮弥を囲むように現れた。もしそれが全部敵だったとしたら百や二百では済まない数だ。

 

 

 蓮弥は右腕を構える。隠れるところがない上に囲まれている。典型的な四面楚歌、油断していい状況ではなかった。しかし、警戒しつつ進んではいるものの、下に落ちていた石を軽く蹴り飛ばしてしまう。それが開戦のゴングになった。

 

 

 まずは周りの紅い光の内のいくつかが、蓮弥に向かって襲いかかって来た。蓮弥は右腕を振り回してそれに対処する。何かをまとめて潰す感触に蓮弥は眉をひそめるが、そのまま床に叩きつけた。

 

 

 続けて蓮弥の死角になる位置から紅い光が襲いかかってくる。それを感知していた蓮弥は体を回転させた勢いで纏めて薙ぎ払う。そこでようやく目が慣れて来たのか、それの正体に気がついた。

 

 

 バスケットボールほどの大きさの黒い球体には、よく見ると紅い血のような斑紋がついており、そこから生える複数の針金のような長いものが、小刻みに震えている。

 

「……蜘蛛か?」

 

 蓮弥は腕を振り上げ纏めて数体挽き潰す。それは紅い目を不気味に光らせる、蜘蛛型の魔物だった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥が戦闘を始めて十分以上は経過していた。その間に蓮弥が潰した蜘蛛は百匹以上、かなり潰したと思ったが数が減る様子がない。これはもしかすると千匹以上いるかもしれないと蓮弥が長期戦を覚悟していたその時、蜘蛛の攻撃パターンが変化した。

 

 

 周りの蜘蛛が粘液状の何かを一斉に射出したのだ。放たれたなんらかの液体を蓮弥は受けずに避ける。そしてすぐ避けて正解だと悟った。その液体が触れた地面がドロリと溶けているのがわかる。

 

(溶解液……もしくは毒か……)

 

 馬鹿の一つ覚えみたいに特攻していた蜘蛛は、今度は近づくことなく遠距離から毒液を放ち始めた。どうやら近接攻撃では効果が薄いと判断したらしい。蓮弥は右腕を大砲に変化させ、周りの蜘蛛を撃ち落としつつ走り回る。同じ箇所にとどまっていても只の的だ。

 

(どこだ? どこにいる?)

 

 蓮弥とて闇雲に戦っていたわけではない。蓮弥は気がついていた。一見無謀に突撃してくる蜘蛛だが、やけに統率が取れていることに。毒液散布も周りが一斉に行ってきた。となると考えられるのは一つ。どこかにこいつらを統率する親玉がいる。

 

 

 周りの蜘蛛を倒してもキリがない。ならば統率をとる親を潰せばいいと考え、探し回るがそれらしい個体がいない。

 

(おかしい。周りをどれだけ探しても、それらしい個体がいない)

 

 この見た目がほぼ変わらない蜘蛛の中のどれか一匹が、ボス蜘蛛であると言われれば蓮弥は周りを残らず殲滅するしかない。しかしアリやハチの女王しかり、群れのボスはやはりなにか特徴があるものだ。統率をとる以上、この中にはいるはずで、しかも全体を見渡せる位置にいる。

 

 

 そこで蜘蛛の生態を考えた蓮弥は、まだ確認していない箇所があることに気がつく。突撃するにしろ毒液を放つにしろ包囲網を狭めず一定の距離をとってくるので意識しなかった死角。

 

「俺の真上か!」

 

 大砲に変えた腕を上に向け、砲撃を放つ。轟音が鳴り響き、蜘蛛が攻撃を中断する。

 

 

 そして、それは現れた。

 

 全長は五メートル以上。

 

 八つの紅く光る目。

 

 それは胴体に小蜘蛛より複雑な赤い斑紋が、体の半分を覆うように広がる巨大な大蜘蛛だった。

 

(ロート)蜘蛛(シュピーネ)……てか。洒落が効きすぎだろ……)

 

 蓮弥はその(ロート)蜘蛛(シュピーネ)に対して大砲を連射する。

 だが直撃したにも関わらず効いている様子はなかった。 見つかった以上隠れるのはやめたのかこちらに向けて落ちてくる。間近で見てわかるような異様なデカさだ。威圧スキルがあるのかおぞましい圧力も感じる。

 

(こいつは……やばいッ)

 

 蓮弥は悟る。今まであってきた魔物とは格が違うと。ひょっとしたら降りてきたのは蓮弥を観察して取るに足らないと判断したからかもしれない。

 

 

 すると今まで近づいてこなかった小蜘蛛がカサカサ、わらわら寄ってくる。まるでリングの周りを囲む観客のように。赤蜘蛛がその巨体に見合わない速度で接近して、鋭い前足の一つを叩きつける。

 

 

 それをかろうじてよけた蓮弥が今度は鉤爪状にした右腕を叩きつける。だがダメージらしいダメージは与えられなかった。

 

 

 このままではまずい。蓮弥は焦り始める。もしこれがハジメなら、他に武器はいくらでも作れるのかもしれないが、奈落に落ちた蓮弥にはこれしか武器がない。数で圧倒的に負けている上に、ボスに太刀打ちできないのであればこのまま嬲り殺しになる未来しかない。

 

 

 今度は赤蜘蛛が魔法陣を展開した。途端に地面が鋭く隆起して襲いかかってくる。土魔法だ

 

(その上魔法まで使ってくるのかよッ)

 

 蓮弥も魔法が使えないわけではないが適正がある魔法がないため大したものは使えない。相手の戦力は強大、こちらの武器は通じず、相手にはまだまだ武器がある。この期に及んで蓮弥の取れる手段は……一つしかなかった。

 

(到達するしかないッ……『形成』に!)

 

 永劫破壊(エイヴィヒカイト)第二位階『形成』

 術者の魂と融合した聖遺物の武器具現化ができるようになる位階である。人と魔術武装の霊的融合が成されることにより、この位階に入ったものは人の範疇から外れた超人となる。

 

 

 内包する魂の質と絶対量に相当する五感の超進化。百の魂を持てば百人分の生命力を有する単独のレギオン。文字通りの一騎当千の力を手に入れることができる。

 

(だけど都合よく至れるのか……ここで)

 

 蓮弥はもちろん形成に至るために色々試してみてはいた。活動位階は不安定な位階であり、また暴走する危険がある以上、聖遺物の力が安定して使える形成を取得しようとするのは当然だった。だが未だに成功の兆しはない。相変わらず聖遺物とリンクしている感覚が曖昧だった。

 

「だけどやるしかないだろッ」

 

 覚悟を決める。ここで至れなければ死ぬしかない。蓮弥はイメージする。雫と見たあの宝物庫の十字架を。もしあれがそうならそこに繋がるイメージを持てばいけるかもしれない。

 

 

 親蜘蛛と一緒に迫ってきている子蜘蛛を蹴散らしつつそれに願う。

 

 頼むッ、力を貸してくれッ

 

 聖遺物は…………蓮弥の想いに応えなかった……

 

 

 ドクン

 

 …………どこを見てるのですか? 

 

「えっ……」

 

 その声に気づいたとき、蓮弥は身動きが取れなくなっていた。

 

「なっ!? しまっ……」

 

 気がついた時には遅かった。蓮弥は空中に吊り上げられる。おそらく今まで何らかの魔法で隠蔽されていたのか。罠にはまった蓮弥を相手に隠す必要がないと判断したのかはしらないが、それは部屋中に張り巡らせられていた。

 

 

 恐らく小蜘蛛が突撃した時から仕掛けられていたのだろう。そして準備ができたら()()()()()()()()()()()()()()()逃げ回らせ、獲物に絡みつかせたのだ。

 

 それは自然界最強のナノ繊維であり、同じ重量であれば鋼鉄よりも頑丈で、ケブラー繊維の10倍以上の強度を誇る蜘蛛最大の武器。

 

 蜘蛛の糸に蓮弥は絡め取られていた。

 

「くそッッ」

 

 今更抵抗したところで遅い。おそらくこれはそういうものなのだろう。赤蜘蛛は蓮弥と共にゆっくり天井に登る。

 

 そして蓮弥は見た、周りにも捕らえられたであろう獲物らしきものがいるということを。蓮弥達がそこそこ苦戦した魔物もいくらか捕らえられていた。どうやらまだ生きているらしく、もぞもぞ動いている。

 

 

 蜘蛛は生きた餌しか食べない。おそらく彼らは保存食なのだろう。そして、今夜のディナーはついさっき捕らえた新鮮な獲物らしい。捕らえられた蜘蛛の巣に向かっておぞましい数の蜘蛛が登ってくる。蓮弥の背筋が凍る。このままあれに生きたまま貪り食われるのか。

 

(くそッ、 ……ここで終わりか)

 

 小蜘蛛の大群がすぐそばまで迫ってきている……体は動かせない。

 

 

 

 だから今でも思ってる。きっと蓮弥が本気になれば、なんだってできるんだって。

 

 

 

 走馬灯だろうか。雫とのあの夜のことを思いだす。

 

 違う……俺はそんなやつじゃない。

 

 結局一人ではなにもできない中途半端野郎だった。

 

 

 

 これはお守りだと思ってもらっときなさい。

 

 

 

 その言葉を思い出したのか。蓮弥は蜘蛛の大群に飲み込まれる寸前に、動かない体の代わりに()()()()()()で下げられた十字架を握りしめた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして蓮弥は再びここに呼び出される。

 

 崩れた教会、そこに磔にされた女の子。

 

 そこで蓮弥はようやく自分がとんだ勘違いをしていたことを理解した。

 

 

 こっちを見て

 

 

 彼女はそう言った。だからイメージすればいいのかと瞑想していたが、()()()()()()()()()()()

 それでは力を貸してくれないはずである。そっぽをむいて見当違いの方向に祈りを向けていたのだから。

 

「この十字架が……聖遺物?」

 

 首から下がった十字架を見る。雫に誕生日だと言われて貰ったものだ。

 事前にそれらしいものを見たことと、蓮がマリィに出会った時とそっくりだったことで、Dies_iraeの原作に惑わされていた。

 

「やっとこっちを見てくれました」

 

 彼女が薄く微笑む。どうやら待たせてしまったらしい。

 

 蓮弥は改めて彼女を見て、大事な事を聞いていなかったことを思い出す。

 

「待たせてしまってごめん。俺は藤澤蓮弥……君の名前を聞かせてほしい」

 

 その言葉に少し迷った挙句、蓮弥に答えた。

 

「あなたが付けて。私の真名はあなたに相応しくありません」

 

 そうして以前、彼女に出会った時のことを思い出す。

 

 十字架に磔にされたもの。

 それを見上げる彼女。

 右手には短刀、左手には()()()()()()()()

 

 正体は察することができる。でもだからこそ、蓮弥は彼女の要望に応えることにする。

 

「なら……ユナでどうだ?」

 

 察した正体から連想したなんとも捻りのない名前だが、彼女は気に入ったのか微笑み頷く。

 

「ユナ……俺はここから生きて帰りたい。その為には力が必要だ。君のことに気づかなかった間抜けだけど……君の力を俺に貸して欲しい」

 

 その言葉に彼女は目を閉じ答える。

 

『あなたに祝福あれ』

 

 光が溢れ出し、蓮弥は再び戦場に舞い戻る。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 気がついた時には周りにへばりついていた蜘蛛が弾け飛んでいた。蓮弥が首元を見ると十字架が光っている。その光る十字架を蓮弥は()()()()()()で握り、想いを形にする。

 

「──Yetzirah(形成)──」

「──この魂に、憐れみを(キリエ・エレイソン)──」

 

 蓮弥に絡みついていた蜘蛛の糸が切断される。そして蓮弥はそれを手にする。

 

 

 それは、鍔の部分が十字架になっている剣だった。長さは太刀と呼ばれる刀と同じくらいあるだろうか。今までの活動形態とは違い握っているだけで凄まじい存在感と力を感じる。

 

 

 蓮弥は武装を振り上げ、赤蜘蛛の背中部分目掛けて斬りかかる。活動では何発叩き込んでも傷一つ負わなかった硬い外骨格を豆腐を切るかのように斬り裂いた。

 

 

 蜘蛛の巣から逃れた獲物が、自分に斬りかかったことに気づいた赤蜘蛛が堪らず蜘蛛の巣から落下する。

 

「逃すかッ」

 

 そのまま落下する赤蜘蛛を蓮弥は追撃する。たがその攻撃は群がってきた小蜘蛛に防がれる。

 

 

 親蜘蛛を攻撃されたことによる危機感か。それとも赤蜘蛛が指示を出したのか、どうやら数の差で押しつぶすつもりらしい。今まで待機していた蜘蛛も含めて蓮弥に一斉に襲いかかってきた。

 

 

 視界全てが蜘蛛で覆われる程の物量を向けられても蓮弥に焦りはない。形成位階に到達したことで増した膂力を使って剣を振り抜くだけで数十匹がまとめて消し飛んだ。

 

 とはいえ、数が数だけに斬っても斬っても数が減らない。

 

(数が鬱陶しいな……まとめて葬れればいいんだが)

 

 その思いに応えたのか蓮弥の頭の中に声が広がる。

 

『──術式展開──』

『──聖術(マギア)1章1節(1:1)……"聖炎"』

 

 その詠唱と共に刀身が青白い炎を纏いだす。突然の現象に少し驚くも聞き覚えのある声だったこともありそのまま剣を構え、蜘蛛の群れに向け、横薙ぎに振り抜く。

 

 刀身から炎が吹き出す。

 

 そのまま蜘蛛の集団に対して放射状に進み……進行方向状の蜘蛛をまとめて焼き尽くした。

 

(……すげぇ)

 

 その炎は止まらず燃え広がり、蜘蛛を数百匹消し炭にした後止まった。

 

 

 炎を纏った剣を振りながら周りの蜘蛛を殲滅していく。そうしてあらかた殲滅が終わったころ背筋に怖気が走る。

 

 

 赤蜘蛛は小蜘蛛がやられている間も行動せず力をためていた。

 口元に膨大な魔力が溜まっていく。

 

 

 蓮弥はそこから離脱しようとして、足元に蜘蛛の糸が絡み付いていることに気づく。すぐに炎で焼ききるも赤蜘蛛にとって十分な隙だった。

 

「ギィアァァァァァァ!!!」

 

 咆哮と共にブレスが放たれる。勝負を決めにきたようだ。

 

『──聖術(マギア)7章3節(7:3)……"聖壁"』

 

 再び声が頭の中に流れ、目の前に障壁が展開される。

 

 放たれるブレス

 

 それは数十秒照射され続けた。

 

 余りの熱量にまるで空間が軋むかのように感じられるほどだった。

 

 

 そして放射が終わる。そこにはなにも残っていない。蜘蛛が勝利を確信したのか、心做し笑っているように見えたのは錯覚か。だが、蓮弥は赤蜘蛛の攻撃が終わった直後、蜘蛛の頭上に飛び上がっていた。

 

「お前の敗因を教えてやる……」

 

 剣に纏っていた炎が収束し、ビームサーベルのように伸びる。

 

「……顔の差だよ……蜘蛛の美醜なんてわからんけど」

 

 その一言と共に剣を振り下ろし、呆然と佇む赤蜘蛛を……真っ二つに両断した。

 




ヒュドラ「やーい、お前のレギオン千匹ぽっち〜(笑)」
赤蜘蛛「」

というわけで、お茶の間の代表格シュピーネさん登場回でした。
……一応嘘はついていない。
茶化してはいますが、ちゃんとハジメが戦ったヒュドラと同格の化物であるという設定。実は糸に魔力遮断物質が含まれていて純粋な筋力でしか破れないとか。当時のハジメが苦手な数による面制圧ができる点からハジメ達が戦っていたらヒュドラより苦戦した可能性あり。

あと気づいた方もいるかもしれませんが、宝物庫にあった十字架はブラフ。ただの呪いのアイテムです。なまじマリィとの出会いにそっくりだったため主人公は勘違いした感じです。

本物の聖遺物は、かの者が処刑された時に使われた聖十字架の欠片を煮溶かして精錬したもの。なんでその当時に金属の十字架なんだよというツッコミは無しで。石槍であるはずの聖槍もあの世界だとキンキラキンだし。

そして本格登場したオリジナルヒロイン、ユナ。
正体はわかる人にはわかるはず。

次回、第1章エピローグ




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旅立ち

第1章オルクス大迷宮編完結


 蓮弥は体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。

 

 

 まるで温かいお湯に包まれているような居心地のいい感触。現代に生きるものならば誰もが「あと五分」と言い出し、出るのを拒否するような感覚。

 

 

 久しく感じていなかった。その心地いい感触に微睡みの中にいる蓮弥は二度寝を決め込む。ひょっとしたら学校に遅刻するかもしれないが構わなかった。今この感触を手離す選択肢は蓮弥にはなかった。

 

 

 このまま眠ることを決めた蓮弥はさっそく邪魔されないようにスマホのアラームを切るために手を伸ばして……体を包んでいるものを遥かに上回る心地いい感触の何かを掴んでいた。

 

「……ぁん……」

 

 なんというか、触っているだけで手のひらから幸せが溢れてくるような感触だった。それは暖かく弾力があり、軽く手を動かしてみると指がどこまでも沈んでいくような極上の感触を与えてくる。

 

「ぁ……ぁん……ふぁ……」

 

 手の動きが止まらない。一生触ってても飽きないだろう確信がある。ああ、このまま寝てしまおう。

 

 

 そうして蓮弥はそれを触っている内に柔らかいそれの中にある少し固いものを擦った。

 

「ひゃん!」

 

 甲高い声が響き流石に蓮弥はおかしいと思った。

 そして寝る前のことを思い出す。確か蜘蛛を真っ二つにした後、元の扉の前に転移してそれで……

 

 

 ここで蓮弥は完全に意識を覚醒させ状況を確認する。

 

 

 眼前に綺麗な銀髪に碧い瞳の綺麗な女の子がいた。

 

 なぜか全裸であり、蓮弥はその彼女の非常に豊かな胸を片手で……がっつり掴んでいることを把握する。

 

「……」

「……」

 

「…………」

「…………」

 

「……………………」

「……………………」

 

 無言の時間が続く。蓮弥はその女の子と見つめ合っていた。このままでは話が進まないと、蓮弥は話しかけた。

 

「あの…………ユナ……だよな」

「はい……おはようございます……ご主人様(マスター)

 

 とりあえず話す必要がある。蓮弥は二度寝を諦めた。このまま寝落ちする度胸がなかったともいえる。どうしたものかと蓮弥は考えはじめた。

 

 

 ちなみにまだ手はそのままだった。どこかで幼馴染の剣道美少女がいつまで掴んでいるのよ! いい加減離しなさい! と叱責する声が聞こえ、少し首筋が冷やっとしたのは気のせいだと思いたい。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 とりあえず身支度を整えた蓮弥は目の前にいる少女ユナに向き直り、ようやく冴えてきた頭で眠る前のことを思い出す。

 

 

 赤蜘蛛を倒した蓮弥は、現れた転移の魔法陣で元の扉の前に戻ってくることに成功。そこでは巨大なヒュドラみたいな魔物の死体と横たわるハジメの姿があった。必死にハジメに呼びかけるユエに事情を聞き、ここではまずいとハジメを抱えて扉の中に入ったのだ。

 

 

 中は広大な空間に住み心地の良さそうな住居が広がっており、一通り危険がないことを確認して、ベッドルームの一つに抱えたハジメを背負って運び、ベッドに寝かせた。その後はユエが付きっ切りで看病すると言い出し。できることが何もない蓮弥は別のベッドルームを借りて、疲労のせいで倒れこむようにして眠ったのだ。そして起きたところで冒頭に至る。

 

「それで、ユナ。なんで横に寝てたんだ?」

 

 まずはそのことをはっきりさせたい蓮弥。もちろんシーツを被せてユナの体は隠してある。

 

「私はご主人様(マスター)聖遺物(もの)です」

「いや、だからって……もういい」

 

 この話題をこれ以上続けるのは危険な気がした。今後やめてもらえばいいだけの話だからだ。

 

「まあ、服は後で用意するとして、とりあえず自己紹介か」

 

 まともに会話したのが戦闘中なこともあり、自己紹介も簡単なものしかしていなかったことに思い至った。

 

「改めて挨拶だな。俺は藤澤蓮弥。たぶん君の契約者ということになる」

 

 蓮弥は右手の甲を見る。無くしたはずの右腕の甲には、首から下げられていたはずの十字架が埋め込まれていた。外そうとして外れるものではなさそうなのでこのまま一生つけて回ることになりそうだ。

 

 

 蓮弥はまさか本当に一生持つ羽目になるとは思わなかったと思いつつ話を進める。

 

「君のことも聞かせてほしい。君は……聖遺物に宿る霊……という認識でいいんだよな」

 

 Dies_iraeにおいて聖遺物に意思があることはそう珍しいことではない。ヴィルヘルムの持つ聖遺物である闇の賜物がいい例だろうか。だが他にも所縁のものに超級の魂が宿ることで聖遺物と呼ばれるに値する格を持つパターンもある。Dies_iraeのメインヒロインであるマリィがそれだろう。

 

 蓮弥はユナを後者だと判断した。今の蓮弥にはなんとなくしか感じ取れないが、およそ常人ではありえない魂を持っているのがわかる。ひょっとしたら本当に彼女はマリィクラスかもしれない。

 

 

 だが、その問いに対してユナは曖昧な態度をとった。

 

「はい、おそらく……そうだと思います。あの……」

 

 ユナが、言いにくそうに蓮弥に向けて話し出した。

 

「実は、私……」

 

 ユナと話したところ、どうやら記憶が一部以外消えているということだった。知識はあるが、個人の経験などの思い出がほとんどないらしい。覚えているのは自分の名前がユナであること、自分が聖遺物であること、蓮弥が自分のご主人様であることだけだという。

 

「そうか……」

 

 蓮弥はそう呟いた。もっと気の利いたことが言えたらいいのだが、記憶喪失の女の子の相手をした経験がある人間は極めてレアケースだろうし、それを想定しているわけもない。

 

 

 蓮弥が困った顔をしていることに気づいたユナが言う。

 

「けど、ご主人様(マスター)のことは信用できる気がします。なんとなくですが」

 

 どうやら起きた直後にセクハラ行為を働いたにも関わらず、好感度は悪くないらしい。少し安心した蓮弥は気になっていることを訂正する。

 

「なら俺のことは蓮弥でいい。ご主人様だと体裁が悪すぎるからな」

 

 銀髪碧眼の巨乳美少女にご主人様と呼ばせる若い男とか間違いなく事案である。いや、案外この世界では馴染むのかもしれないが。

 

「はい、なら蓮弥と呼びます」

 

 納得してくれたらしくふわりと笑みを浮かべるユナ。蓮弥は思わず見惚れてしまった。間近で見ると益々綺麗な子だと思う。

 

 

 漂う妙な空気にこの後どうするか考えてたところ、何かに感電したような叫び声が隣から聞こえてきた。

 

 

 すわ敵襲か!? と慌ててとなりの部屋に突入すると、そこには素っ裸の金髪美少女(ユエ)に抱きつかれ、その頭を撫でているハジメの姿があった。

 

「……」

 

 とりあえず蓮弥は「お邪魔しました」とだけ言い、そっと音を立てずにドアを閉めた。まったく朝からけしからん奴だと蓮弥は思った。つい数分前まで自分もほぼ同じ様相だったことは、完全に棚に上げていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 しばらくして合流したハジメとユエにまず最初に聞かれたのは、となりにいる少女は誰だということだった。

 

 

 知らない場所に知らない人物。ハジメもユエも警戒しているようだった。もっともユエは、ユナの圧倒的な胸囲の戦闘力に慄き、自分と比較して威嚇しているようだったが。

 

 

 蓮弥は彼女のことをどうやって説明するか迷った。迷った末に転移された所に安置されていたアーティファクトの精霊みたいなもんだと説明した。馬鹿正直に聖遺物だの永劫破壊(エイヴィヒカイト)だの説明しても混乱させるだけだし、ハジメが痛々しいものを見る目を向けるのが目に浮かぶからだ。撃退するのは容易いが別に好き好んで病人扱いされたいわけではない。

 

 

 目の前でユナを武装に"形成"した後は信じてくれたようで、この空間の探索を行うことになった。

 

 

 その後、まるで高級ホテルのような設備に驚いたりしながら探索を行った。そして、三階の奥の部屋に入った時、部屋の奥で謎の魔法陣と服を着た骸骨を見つけ、その魔法陣の中央から骸骨と同じ服を着た青年が現れた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ」

 

 そのオスカー曰く、この世界で起こっている他種族同士の戦争は初めから神の遊戯として作られたものであり、反逆者と呼ばれる人達はそんな神を殺し、世界を解放せんがために立ち上がったこと。

 

 

 だが神への反逆を知ったその神の策略により、真実を知らない周りの人間達を巧みに煽動し、逆に彼らは反逆者として追い詰められた。

 

 

 七人の反逆者……いや"解放者”は散り散りとなりながらも各地で迷宮を作り上げ、その攻略者に自身の神代の魔法を授けるという手段を取ることで、未来への希望を残したこと。

 

 

 その話の後に蓮弥達に神代魔法の一つ"生成魔法"を残し、その魔法をできれば正しいことのために使って欲しいと残し、メッセージは終了した。

 

 

 その話を聞きハジメは興味がなさそうだった。おそらくこの世界の事情など知ったことはないと思っているのだろう。ユエはハジメが興味がないのであればそれでいいと考えているようだった。

 

 

 そして蓮弥だが、彼は……複雑な感情を感じていた。ギュッと手を握りこむ。神の都合に振り回されるもの同士なにか思うことがあったのかもしれない。蓮弥は彼らが他人のように思えなかった。

 

 

 そんな蓮弥の手をユナがそっと包み込む。まるで労わるように。蓮弥は何でもないとユナに言った。不思議と蓮弥のもやもやは消えていた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 その後、オスカーの骸を畑の肥料……もとい墓を作って埋葬した後、探索を続行し、ついに脱出方法を見つけることに成功する。

 

 

 だがここでハジメの提案により、しばらくこの場所に留まることに決める。目標は七つの大迷宮走破。しかし、大迷宮攻略はそう簡単に行かない。ここは拠点とするなら最高の場所であり、ここで可能な限り準備を行いたいとハジメは言った。

 

 

 蓮弥としても習得したばかりの"形成"を使いこなす必要があると考え、その提案に了承する。一瞬幼馴染の顔が浮かんだが、あいつなら大丈夫だと軽く考えていた。その幼馴染が想像より大変なことになっていることを蓮弥は知らない。

 

 

 それから怒涛のように二ヶ月が過ぎていった。ハジメと蓮弥がお互いのオタク知識を出し合い装備や乗り物や、その他テンションに任せて色々作ったり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、それをリア充爆発しろと思いながらユナと共に"形成"の使い方を学んだり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、蓮弥がここの快適空間でリラックスしたり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、もうすぐ二ヶ月が経とうとした頃、流石に幼馴染のことが気になった蓮弥が、滅茶苦茶怒るであろう幼馴染のためにお土産として、昔若気の至りと厨二病を駆使して学んだ刀の作り方を思い出しながら、ハジメと共に徹夜明けのテンションで雫用の刀をノリノリで作ったり、ハジメとユエがイチャイチャしたり、その事についにブチギレた蓮弥がいい加減にしろやリア充ぅぅー!! とハジメとリアルファイトしたりと色々あった。

 ちなみにリアルファイトは手加減したとはいえ、両者有効打無しの引き分けだった。

 

(明らかにハジメとユエはイチャイチャしすぎだろ)

 

 非リア充の妬みである。ちなみに蓮弥にもユナという美少女が側にいる。当然、蓮弥も気にならないといえば嘘になるが、彼女は記憶をなくした純真無垢な女の子だった。それなりに仲良くなったとは思うがまだ所有者と道具という関係からは抜け出せてないように思う。

 せめて聖遺物の中で出会ったもっと凛としてた彼女ならと思いはしたがどうにもならないものはどうにもならない。

 

 

 ちなみに蓮弥は、夜な夜な隣で艶声や嬌声が聞こえてくるたび、理性を総動員してユナに襲いかからないよう注意していたりする。どうしてもダメな時は聖遺物の中にユナを戻してなんとかした。

 

 

 そして出発の日が訪れた。蓮弥のステータスは以下の通りである。

 

 ====================

 藤澤蓮弥 17歳 男 レベル:??? 

 天職:超越者

 筋力:13000

 体力:12100

 耐性:13000

 敏捷:12000

 魔力:12500

 魔耐:12500

 技能:永劫破壊[+活動][+形成]・吸魂・聖術・霊的装甲・超身体能力[+形成]・五感超強化[+形成]・超直感[+形成]・魂魄形成・生成魔法・言語理解

 ====================

 

 活動の頃と比べてもパラメータが文字通り桁違いである。

 永劫破壊(エイヴィヒカイト)は、位階が一段階上がればその力は桁違いに跳ね上がるため、下の位階の者は上の位階の者に勝つことはまずありえないという。活動は形成には勝てない。形成と創造は条件次第では渡り合えるが堅実なタイプならまず勝てない。そして流出に到達すればそれ以下は塵芥に等しい。

 

 

 技能は今まであったのが纏められ、新しい技能になったりしているが、今まで使えていたスキルが使えなくなったりはしなかった。魔力操作が聖術に変わっているが、これは赤蜘蛛の時に使った魔法である。この世界の魔法体系とは別の力であり、蓮弥はユナのサポートによって使うことができる。ちなみにユナだけでも問題なく使えた。なぜ使えるのかはわからないそうだが。

 

 

 ハジメにいくつか作ってもらったものもある。一つは移動手段であるバイク「ヴァナルガンド」。基本的にはハジメのバイクである、シュタイフと同じではあるが、ハジメにしか使えない装備を外し、ユナの協力の元、聖術で使えそうなものを生成魔法を利用して付与している。

 

 

 あとは服装である。

 これはやっぱりあれしかないだろうとノリノリで黒円卓の軍服を用意した。そこにマキナのような軍帽を被れば完成である。

 

 

 裁縫担当のユエに、色々オーダーを出す蓮弥を痛々しいものを見る目でハジメが見てきたが、白髪に眼帯に義手、くっ、静まれ俺の左腕!! と言って撃退した。伊達に厨二を極めなければ強くならない力を使ってはいない。蓮弥の厨二耐性はハジメより遥かに高かった。

 

 

 その後、ハジメは丸一日部屋から出てこなかったが、ユエが慰めにいったので放置した。リア充爆発しろ。

 

 

 ちなみにユナはゴスロリ風ファッション。蓮弥もハジメもゴスロリに詳しくなかったのであくまで"風"なのがポイント。色々考えたが彼女の綺麗な銀髪が冴えるようにと考えたら自然にそうなった。

 狙ったわけではないがユエとは反対色になった感じだ。

 

 

 ちなみに蓮弥達のと同様にユエが作ったわけだが、露出度は低いが強調されたその胸部を親の仇のように見ていたのが印象的だった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして、とうとう蓮弥達が外へ出る時がきた。

 

 三階の魔法陣を起動させながら、代表してハジメが皆に語りかけるような声で告げる。

 

「俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

「ん……」

「だろうな」

 

 戦争事情を一変させる銃を始めとした兵器群。ハジメが生成した人によってはどんなことをしてでも欲しがるであろうアーティファクト群。もしバレたらただではすまないだろう。

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「ん……」

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」

「ん……」

「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

「今更……」

「敵ならたとえ神でも踏み越えて進む……だろ」

 

 蓮弥がハジメにそう答えるとハジメはニヤリと笑った。当然だと言うような顔だった。

 

「俺がユエを、ユエが俺を守る。それで俺達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えよう」

 

 ハジメの言葉に、ユエはまるで抱きしめるように、両手を胸の前でギュッと握り締めた。そして、無表情を崩し花が咲くような笑みを浮かべた

 

 

 おかしい、チーム全体での出発前の決起だったはずなのに、いつのまにかハジメとユエが二人の世界を作り出していた。桃色空間を避けるためではないが蓮弥も隣のユナを見る。

 

「ユナ、俺は……旅の果てで神との戦いは避けられないと思っている。そんな予感が消えない。あるいは俺がこの力を手にしたのも()()()()()()かもしれない。……君はそれでもいいのか?」

 

 ただひたすら聖十字架の中で、かつて犯してしまった罪を償うために血を流し、自らを戒め続けた罰姫。今は記憶がないので問題にはなっていないが、いずれそれも解決しなければならない時がくるかもしれない。

 

 

 蓮弥は彼女の正体を察していた。そして彼女が生前犯したであろう罪のことも。だから異世界とはいえ、神への反逆になるであろうこれからの旅は酷かもしれない。

 

「……はい」

 

 ユナはその問いに笑顔で言った。……言ってくれた。

 

 その言葉に安心する。これから様々な困難があるだろう。中には今の自分であっても命を落としかねない危険があるかもしれない。だけどきっと二人でなら乗り越えていける。

 

 

 元の世界に戻ったら彼女に見せたいものがいっぱいあった。彼女が贖罪に費やした二千年の間に、世界には素晴らしいものがたくさんできたのだと。

 

 彼女と共に必ず地球に帰還する。

 

 蓮弥は彼女の笑顔を見て、決意を固めた。

 




というわけで第1章無事完結。
当初ではここまで書けるかも疑問だったのですが、皆さまの応援のお陰でやってこれました。

まだまだ蓮弥とユナの旅はこれからです。Dies_irae原作でいうならシュピーネ戦が終わったぐらいのところ。ここから少しずつありふれ原作からずれていくような感じです。

主人公のステータスはハジメより若干強いくらいで現状落ち着いています。まだまだ伸びしろはあるので経験値をためればレベルが上がっていくことでしょう。

次回は幕間。雫と愉快な仲間達の話


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幕間 帝国と勇者達

勇者サイドです。


 蓮弥が顔の差でロート・シュピーネを両断した頃。

 

 

 勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。彼らが今いるところは人類未到達の領域である。当然一から手探りで攻略しなければならず攻略速度は落ちていた。魔物達も強くなってきており、一旦体制を立て直すべきとの結論が出たのだ。雫と香織はいい顔をしなかったが。

 

 

 もっとも、休養だけなら宿場町ホルアドでもよかった。だがヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来ることになったとなれば、王宮に帰って来ざるを得なかったのだ。

 

 

 もともと帝国は勇者達の存在を認めてはいなかった。当然であろう。帝国は一人の名を馳せた傭兵が建国した国であり、そのため国是として完全実力主義を掲げているのだ。そんな自分達を差し置いて人類代表だと認められるわけないのは明白だった。

 

 

 だが、勇者一行が迷宮攻略にて前人未到の領域に踏み込んだことで興味が出てきたから会いたいときたのである。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そんなわけで王宮に戻った光輝達。そんな彼等に近づく影があった。十歳位の金髪碧眼の美少年である。光輝と似た雰囲気を持つが、ずっとやんちゃそうだ。その正体はハイリヒ王国王子ランデル・S・B・ハイリヒである。ランデル殿下は、思わず犬耳とブンブンと振られた尻尾を幻視してしまいそうな雰囲気で駆け寄ってくると大声で叫んだ。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 どうやらランデル殿下は香織以外目に入っていないらしい。

 実は香織は召喚された翌日からランデル殿下にアプローチをかけられていた。最初はかわいい弟のように対応していたが例の事件もあり、かつ最近その行動が煩わしく感じてきた光輝と雰囲気が似ているので香織としてはあまり会いたい相手ではなくなっていた。

 

「お久しぶりでございます。ランデル殿下」

 

 相手は王族、失礼の無いように意図的に固い態度で香織は挨拶する。

 臣下にやられるような態度を取られて一瞬ひるんだランデル殿下だったが挫けず、それでも精一杯男らしい表情を作って香織にアプローチをかける。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

「お気持ちだけ受け取らせていただきます」

 

 今もなお、香織以外に労いの言葉もないランデルの姿に、光輝の姿を重ねてしまいそうな自分を香織は諌める。相手は十歳の子供、この世界で生きてるなら十分成長可能だ。

 

 

 その香織の必要最低限の会話にまたランデル殿下がひるみそうになるがランデル殿下は負けなかった。

 

「なあ香織! 香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「はぁ……」

 

 戦わせるために呼び出した側が何を言っているのだろうか。思わず声が出てしまったが香織は話を聞くことにする。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

「いえ、私の天職は治癒師ですので」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

 ランデル殿下は香織と離れたくない一心で精一杯のアプローチをする。だが香織はハジメが待っている大迷宮に行くなといっているようなものだと感じ、だんだん煩わしくなってくる。

 

「結構です。前線以外に興味はありませんから……」

 

 取りつく島もない、香織の態度は頑なだった。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

 その言葉をきっかけになにやら光輝にランデル殿下が敵意を持ち始めたが、興味が全くない香織はランデル殿下の関心が光輝に移った時点で後ろに引っ込んだ。となりの雫は香織に同情の眼差しを向けた。

 

 

 そこへ涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? 光輝さんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかし」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

 逃げるように去っていく殿下。どうやら姉には敵わないらしい。ハイリヒ王国王女リリアーナはため息をついた。

 

「香織、光輝さん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

 彼女の謝罪と共にこの場は無事に収められた。

 これから数日間、帝国の使者が来るまで足止めされる。

 香織は正直早く大迷宮に戻りたくて仕方がなかった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 それから三日後、遂に帝国の使者が訪れた。

 

 現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢揃いし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 そうして彼が前に出る。一応彼が勇者だからだ。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 疑いの目を持つ使者にあの時の説明をしなければならないのかと光輝は珍しく戸惑いをみせる。

 

 

 あの日、雫と香織がベヒモス相手に戦闘を始めた時、彼らはなにもできず、ただ呆然と見ているしかなかった。雫の動きは光輝の目からしても追いきれないものであり、そのベヒモスを翻弄する動きに、光輝達はどう動いていいかわからなかったのだ。

 

 

 挙句の果てには、香織が使った例の魔法である。その時はなにをしたのかわからなかったが、突然ベヒモスが尋常じゃないほど苦しみだしたことで、どうやら香織がとんでもないことをしたのは皆にもわかった。こちらまで届いてくる肉の腐敗臭がその魔法のおぞましさを伝えるようであり、そんなエグい魔法を使ったにも関わらず香織が平然としていることは生徒達にとって衝撃的だったのだ。

 

 

 あとでメルド団長になにをしたのか説明するように言われた際、香織が笑顔でそのエグい魔法の仕組みを話し、それを聞いたクラスメイトが引いたのは言うまでもない。

 

 

 その幼馴染達の所業をどう説明しようと光輝が悩んでいるのを見て使者の一人が提案した。

 

「いや、ここは手っ取り早く進めましょう。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

 イシュタルを伺う光輝、イシュタルは勇者を認めさせるチャンスだと思ったのか快く許可を出す。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

「待ってください」

 

 だが、そこで待ったをかける者がいた。雫である。

 

「申し訳ありませんがその模擬戦、私がやってもよろしいでしょうか」

「なに……?」

 

 その言葉に使者は面をくらった。

「……私は勇者の力が見たいのですが」

「私達がどれほどのものか知りたいのでしょう。光輝は()()()私を上回っています。ですがこの場では()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に光輝が反発した。どうやら負けると思われていると思ったのだろう。

 

「なにをいっているんだ雫。心配しなくても俺は負けない。雫は俺を信じて後ろで待っていてくれたらいいんだ」

「悪いけど光輝……今回は私に任せて」

 

 そして今度は使者と護衛に向き直った。

 

「お願いします。けして落胆はさせませんので」

 

 その言葉を聞き使者は少し悩んだようだが、雫の提案に了承する。

 かくして雫と帝国の護衛との模擬戦が決定した。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 雫の対戦相手は、何とも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 

 

 刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。()()()構えらしい構えもとっていなかった。

 

 

 光輝は幼馴染が舐められていると思い怒りを覚えていたが、雫は全く油断していなかった。そして自分の懸念が当たっていたことを知る。

 

 

 雫とて本来こんなことをしたくはない。普段だったら光輝に任せていただろう。だが雫は一刻も早く大迷宮に戻りたかった。雫の懸念通りなら、おそらく光輝は負ける。もしここで光輝が負けたら聖教教会の威光がどうだので大迷宮攻略に支障が出るかもしれない。だからこそこんな面倒なことを引き受けたのだ。

 

 

 雫は馴染みになった魔力操作による強化を済ませたあと、合図も宣言もなく相手に対して切りかかった。

 

 

 そのことに光輝達は面食らうがどうやら対戦相手の心配は不要らしい。

 その迷いなく振り切る一撃に護衛は感心したように雫を見た後、雫の攻撃を余裕をもっていなす。

 

 

 そこから雫の攻撃は続く。その勇者パーティ随一の速度でもって連続で斬りかかるが、相手はそれを巧みに避け続ける。

 

「なるほど……並みの戦士なら相手にならない身体能力、技の冴えも上々、覚悟も決まっているが……少し動きに違和感があるな、ふむ……得物が合ってないのか」

 

 雫は内心舌打ちした。僅か数合の打ち合いでこちらの現状解決できない問題を指摘された。それだけで目の前の相手がどれだけ手練れかがわかる。

 

「なるほど、攻めはわかった。……なら守りはどうかな? そら……今度はこちらから行くぞ」

 

 そして、護衛から殺気が放たれる。

 

 一瞬で間合いを詰めると雫に剣で斬りかかった。

 それを危なげなく躱した雫だが反撃はできなかった。相手の不規則で軌道を読みづらいムチのような攻撃に防勢に立たされていたからだ。

 

 

 だが雫に焦りはなかった。もともと実戦経験では遥か格上の相手。想定していたことだと攻撃を受け流しながら雫は静かに機を待つ。

 

 

 その雫の姿勢に護衛はニヤリと笑うと、もう一手踏み込むことに決める。

 

「穿て、“風撃”」

 

 呟くような声で唱えられた詠唱は小さな風の礫を発生させ、雫の足場を打ち据えた。

 

「っ!!」

 

 雫は思わずできた窪みに足を引っ掛け体勢を崩す。仮に自分に向けられたものだったら反応できていただろう。だからこそ、それを見越した護衛が足元を崩したのだ。

 

 

 その瞬間、冷徹な眼光で雫を見据える護衛の剣が途轍もない圧力を持って振り下ろされた。

 

 

 光輝はその様子に飛び出す寸前だった。途中から護衛の攻撃に殺気が混ざっていると気づいたのだ。

 

 

 光輝は周りの都合など気にせず雫を助けようとするがその必要はなかった。体勢を崩した段階で雫は()()()体勢を正さなかった。必勝を確信したものには油断が生まれる。雫が待ち望んだ好機だった。

 

 護衛の視界から目の前の雫が消えた。

 

「!!」

 

 流石に度肝を抜かれたのか一瞬行動が止まる。

 

 八重樫流早馳風(はやち)

 

 相手の油断とこちらが放った剣気と殺気を利用し、雫は護衛の死角に入り込んだのである。

 

 

 雫は容赦なく護衛に向かって剣を振り下ろす。

 

 それを護衛は……かなり無茶な動きで避けた。

 

 護衛にとってこれは完全な賭けだった。護衛の持つ膨大な戦歴と鍛え抜かれた感覚を総動員してギリギリ躱したのである。

 

 

 そして、雫と護衛は距離を取り再び対峙する。仕切り直しの形だ。

 

「今のは肝が冷えたぞ……一体どうやった?」

「申し訳ありませんが教えることはできません。……そろそろご満足していただけましたか? ……()()()()()()()()

 

 雫の言葉に光輝達は疑問を浮かべる。

 

 

 だがその言葉を聞いた護衛は一瞬虚をつかれた顔をした後、突然高笑いを始めた。そして剣を収め、右の耳にしていたイヤリングを取った。

 

 

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

 

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

 その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

 そうこの男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態に周りが騒がしくなる中、ガハルドはくっくっくと笑いながら雫に問いかける。

 

「一つ聞きたい……一体いつ気がついた?」

 

 その問いに対し雫は剣を収めながら言った。

 

「気づいていたわけではありませんよ……ヘルシャー帝国は完全実力至上主義の国だと聞いています……その皇帝は帝国最強の実力の持ち主だとも。そんな人なら話題の勇者を人伝ではなく直接見に来るんじゃないかと思いました。あとはあなたの実力を体験してカマをかけただけです」

 

「なるほどなるほど。武技だけでなく、頭も回るか……ますます気に入った。……ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、お前の言う通りどうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

 

 

 光輝達はわけがわからなかった。完全な置いてけぼりである。

 

 

 そしてガハルドは再び雫に振り返り言った。

 

「其方、名は何という?」

「……雫。八重樫雫です」

 

「そうか……雫、此度の試合、実に見事だった。もし勇者全員がお前と同じ境地にあるのなら、こちらもお前たちを人類の代表だと認めざるを得ないであろう。もっとも……お前がわざわざ出てきたということは()()()()()()()()()()()()()

 

 ちらりと光輝を見るガハルド。どうやら雫の目論見はお見通しらしい。

 そして、再び雫に向き直った。

 

「勇者と戦えなかったのは残念だが、お前と会えたことが一番の収穫よ。……雫よ、単刀直入に言う……お前のことが気に入った、俺の愛人になれ!」

 

 突然の告白に観戦していた生徒が驚愕する。特に女子は興味深げに雫とガハルドを交互に見ていた。

 だが雫はきっぱり言う。

 

「お断りします。あいにく今私は、一人の男のことで頭がいっぱいで他に目移りしている余裕なんてないんですよ」

 

 その言葉を聞きガハルドは再び光輝を見るが、しばらくして、ないなと結論づけた。

 

「……そいつは強いのか」

「誰よりも強くなって帰ってくる……そう信じています」

 

 迷いない雫のその言葉にガハルドは笑みを浮かべる。

 

「なるほど、なら此度は引いてやる。だが諦めたわけではない。もしその気になったらいつでも帝国にくるがいい。お前ならいつでも歓迎する」

 

 そう言って翻す帝国皇帝。流石に皇帝だけあって余裕のある立ち振る舞いだった。そしてガハルドは通りすがりに光輝を見て鼻で笑ったことで光輝はこの男とは絶対に馬が合わないと感じ、暫く不機嫌だった。

 

 雫は久しぶりにため息をついた。




香織の塩対応と雫の割り込みでした。

次回から第2章が始まります。


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第2章
大峡谷とかわいそウサギ


第2章始まります。


 オルクス大迷宮の脱出用魔法陣の光に包まれる蓮弥達。

 

 光が収まる。そこには、蓮弥達は数ヶ月、ユエは三百年、そしてユナにとっては初めての地上の空が…………広がっていなかった。

 

「なんでやねん」

 

 隣のハジメが思わず関西弁でツッコミを入れていた。

 

「いや、反逆者の部屋への直通ルートが隠されてないわけないだろ」

「た、確かに。それもそうか」

 

 どうやら期待で頭が回っていないらしい。まあ何だかんだ相当楽しみにしていただろうから仕方ないのかもしれないが。

 

 

 気を落ち着かせた蓮弥達は改めて前へ進む。トラップもあったようだが、蓮弥達が付けているオルクスの指輪のおかげか問題なく進めていた。

 

 

 ちなみにオルクスの指輪と宝物庫は蓮弥にも与えられていた。多分オスカーの部屋の前の怪物を倒したパーティ単位で与えられているのだろう。初回に入った人にしか証が行き渡らないなら後続に意志が伝わらない。そう考えると当たり前だった。宝物庫は単純にボス攻略の報酬というわけだ。

 

 

 順調に進んでいると、光を見つけた。ここにいる誰もが求めた光だ。万感の想いを抱いているのか、ハジメとユエが見つめ合い、ニッと笑い、駆け出した。まるで遊園地に我先にと駆け込んで行く子供みたいだ。

 

 

 蓮弥はやれやれと若干親のような境地で彼らを見送る。そして少し後に、自分もユナと共に光の中に飛び込んだ。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

【ライセン大峡谷】

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だった。断崖の下は魔力が拡散するせいでろくに魔法が使えず、その上多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。そこに落とされた罪人に、生き残る術はない。

 

 

 そんな地獄の谷底にある洞窟の入口に、蓮弥達は立っていた。そこは例え地獄の底だと言われる場所であろうと、確かに地上だった。青い空と白い雲が浮かび、燦々と地上を太陽が照らしている。その光景には、流石の蓮弥でも感じるものがあった。

 

「出られたんだよな……俺達……」

「ああ……」

 

 ハジメは空を見上げながらポツリと呟く。

 蓮弥はそれに頷くように答える。

 

「……戻って来たんだな……」

「……んっ」

 

 今度はユエが答える。そのことにだんだん実感が湧いてきたのか。ハジメとユエは太陽に手を伸ばすように叫んだ。

 

「よっしゃぁああ──!! 戻ってきたぞぉぉぉぉっ!!」

「んっ──!!」

 

 ハジメとユエが抱き合いながらくるくる回る。そこには明るい笑い声が響いていた。

 

 

「知りませんでした。……異世界でも空は……青いのですね」

 

 隣にいるユナの顔にほのかな微笑みが浮かぶ。記憶を失っているはずだがなんらかの感慨を受けているようだった。記憶は無くとも体は覚えているというやつかもしれない。そんなユナの表情を見て蓮弥がそっと微笑んだ。

 

 

 しばらく笑い合っているハジメ達を見守っていたが、この状況に無粋な横槍を入れる者たちが現れた。魔物が集まってきたのである。

 

「全く無粋だな」

 

 蓮弥がやれやれと肩を竦める。普段はリア充死ねと思っている蓮弥だったが、流石にここでは空気を読む。もう少し彼らを自分の世界に浸らせてあげてもいいだろう。

 

「ユナ……行けるか」

「……はい」

 

 その答えとともにユナが薄く光り、蓮弥の右手に戻っていく。迫りくる魔物に対して右手を構え、詠唱と共に武器を顕現させる。

 

「──Yetzirah(形成)──」

 

 右手から溢れるようにして出現した十字架の剣を握りしめる。永劫破壊(エイヴィヒカイト)の武装形態でいうなら一見武装具現型みたいだが、おそらく人器融合型だろう。武装具現型なら素体の聖遺物が形成されるはずだが、これは剣の形をしている。おそらくシュライバーみたいに一見武装具現型に見えるタイプなのだろう。普段は右手と融合しているので間違いないだろう。

 

 

 武器を構え、止まりそうなほど遅いテンポで襲いかかってくる魔物を一刀のもと斬り捨てる。抵抗なく切り裂かれ絶命した魔物を放置して、背後から迫る魔物を蹴り上げて頭を粉砕する。形成位階に到達したことで身体能力はもちろん。五感も以前とは比較にならないほど鋭くなった。目は遥か彼方を見通し、耳はどんな小さな音も聞き逃さない。

 

 

 薄々察してはいたが、どうやらここの魔物は奈落の底の魔物より弱いらしい、正直言ってこのレベルなら、例え大群で襲いかかってきても蓮弥一人で余裕で対処できるだろう。蓮弥はハジメ達を庇うように魔物を静かに殲滅していった。

 

 

 しばらく魔物相手に身体能力を試していたが、感覚がおかしいところはどこにもない。問題なしといって大丈夫そうだった。

 

 

 そこで蓮弥は次に魔法攻撃を試そうと考え、ここが魔力が拡散してしまうライセン大峡谷であることを思い出す。もしかしたら影響が出るかもしれない。

 

「ユナ……術式補助頼めるか?」

 

 蓮弥からの問いに対し、ユナは詠唱でもって答えた。

 

聖術(マギア) 4章1節(4:1)……"雷光"

 

 雷を纏った刀身を振りかぶり、蓮弥は襲い掛かる魔物に対して雷を叩きつけた。

 

 轟音と共に打ち出された雷は複数の魔物を巻き込み焼き払う。見た目オルクスで試し撃ちした時と威力が変わっていないように思う。どうやら問題なく使用できているようだ。

 

 ユナが宿る聖遺物『罰姫・逆神の十字架(ゴルゴタ・プロドスィア)』。ユナの経歴からしてその由来となったものは、相当な代物だろう。おそらく聖槍とギロチンに格で負けてはいない。

 

 

 その聖遺物に宿るユナだが、記憶はないものの、聖術(マギア)と呼ばれるここトータスとは違う体系の魔法の知識を持っていた。ユナ曰く聖術とは、もともと悪魔などを払う力であり、本来魔法という呼び方は適さないらしい。だが神の奇跡の具現であるかと言われると少し違うらしく、人々の祈りによって育まれた人類の意思の結晶だという。

 

 

 当然ユナも知識はあれど、使った記憶はないためオルクスにて色々試した結果、戦闘中に蓮弥を術的にサポートできるようになった。最初できなかったあたり、ひょっとしたら赤蜘蛛の時、蓮弥をサポートしてくれたのは記憶を無くしていないユナだったのかもしれない。となるとなぜ今記憶がないのか不明だが、旅の中で明らかにしていきたい。

 

 

 あとはユナ自身を形成している際に、彼女だけでも聖術が使えることを確認した。Dies_iraeで言う活動と形成の余技みたいなものだろうと蓮弥は考えている。ユナを形成している間は活動で戦うことになるので蓮弥自身の戦闘力が下がる欠点があるが、場合によって使い分ければいいだろう。

 

 

 そうして蓮弥が自身の戦闘スペックを確認しながら戦っているうちに、周辺の魔物が全滅していた。辺りは斬り裂かれたり、丸焼けになった魔物の死体に塗れていた。

 

 

 蓮弥は再びユナを形成しなおし、ハジメの方を見てみると、なんとまだイチャイチャしていた。

 

 

 流石にイラッときた蓮弥はそろそろ正気に戻ってもらうことにする。

 

「いい加減にしろ、このバカップルども」

 

 容赦なくハジメに拳骨を落とす。

 

「痛ッ、何しやがる」

 

 スペックが化物クラスになったハジメも蓮弥からの攻撃は普通に痛いらしく文句を言ってくるが、蓮弥は無言で魔物の死体の山を指差す。ハジメは沈黙した。本当に気がついていなかったようだ。恋は盲目というやつかもしれない。流石に蓮弥がいなければ対処しただろうとは思う。それくらい信頼してくれていると思うようにした。

 

 ハジメは気を取り直して今後の方針を決める。

 

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする? ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だ。せっかくだし、樹海側に向けて探索でもしながら進むか?」

「……なぜ、樹海側?」

「いや、峡谷抜けて、いきなり砂漠横断とか嫌だろ? 樹海側なら、町にも近そうだし」

「……確かに」

「それとも……」

 

 ハジメが蓮弥に振り返る。

 

「二組で別れて探索するって手もあるが、どうする蓮弥?」

 ハジメが聞いてくる。たしかに二組で別れることのメリットはある。大迷宮は全部で7つあり、世界中に散らばって存在している。順番に攻略しようとするとどれだけ時間がかかるかわからない。二組に別れれば単純に攻略の効率は倍になるかもしれないが……

 

「いや、やめとこう。いくら俺たちが強くなったとはいえ、まだ異世界トータスは未知数。まして挑むのは大迷宮。わざわざ数を減らす必要はない。二兎を追う者は一兎をも得ずともいうしな」

 

 逆に言えば、まとまって行動するならそれだけ堅実に大迷宮を攻略できるかも知れないということだ。オルクス大迷宮深部で分断されたように試練の内容次第では意味がないかもしれないし、単純に数がいればいいというものでもないが、頼れる人が多いということはそれだけ生存率も上がる。どうしてもそうする必要があるなら別だが、逆に明確に別れる理由がないなら別れなくてもいいだろう。

 

 

 ハジメも納得したようで、バイクの準備を始める。

 

「ユナはどうする?」

 

 後ろに乗るか、それとも蓮弥の中に戻るか聞いてみるが、ユナは即答する。

 

「私、乗ってみたいです」

 

 まあ、ハジメが作っている時も興味津々で見ていたからわかってはいたが。ユナを形成してる状態だと武装にするのに少し手間が発生するが、それくらい許容範囲だと思い直す。ユナみたいな美少女を後ろに乗せて走るのは悪い気分ではない。

 

 

 ちなみにハジメが二輪と同時に作成した四輪で移動するという案もあったのだが、蓮弥が却下した。この広い世界を元の世界の道路交通法やら警察やらを気にせず、自由に走れるという魅力に抗えなかったからだ。

 

 

 蓮弥は例の事情によって遠くに行く手段を欲しており、その為に高校生でも取れるバイクの免許を高校生になってすぐに取ったわけだが、すっかりバイクでの旅に魅了されていた。暇を見つけてはバイクで気ままに旅をするといやなことを忘れられたし、バイク特有の風を切る爽快感がたまらなかった。ちなみに買い物に行く際、無理やり雫が後ろに乗ってくるということが度々発生していたので、ヘルメットは二つ用意していた。

 

 

 蓮弥はハジメのバイク作成の手伝いも行った。ハジメも魔力駆動であるが故に備わっていないエンジン音などを、わざわざ再現しようとするロマンは持ち合わせていたらしく、蓮弥がバイク知識を提供し、試行錯誤の末、駆動音をオンオフ機能付きで再現した時は思わずがっしり握手をかわした。

 

 

 バイクで並走しながらもハジメは、たまに現れる魔物相手に改良した新ドンナーと義手を手に入れたことで扱えるようになった新装備シュラークの性能テストをしていた。魔力で駆動する義手を持っているため動作に支障があるんじゃないかと心配したが無用な心配だったようだ。

 

 

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖である。そのため脇道などはほとんどなく、道なりに進めば迷うことなく樹海に到着するだろう。迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快にバイクを走らせていく。ハジメが組み込んだ車体底部の錬成機構が谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適である。正直地球に持って帰りたいくらいだ。

 

 

 暫くバイクを走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。突き出した崖を回り込むと双頭のティラノサウルスと形容するべき魔物が足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女を追いかけていた。

 

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

 

 どうやら兎人族の少女であるらしい。でもなんでこんなところにいるのか。ハジメはバイクを止めて胡乱な眼差しで今にも喰われそうなウサミミ少女を見ている。

 

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

「いや、たしか普通にハルツィナ樹海に住んでいる種族だったはずだが……」

 

 ハジメの疑問に蓮弥は以前王国の図書館で調べた情報を思い出す。

 

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 確か昔の処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

 

 大昔にはこのライセン大峡谷に罪人を突き落とすという処刑方法がとられていたらしいが……

 

 

 色々言いつつもハジメはさほど興味がないらしい。どう見ても見捨てる気満々だった。

 

 

 そんな呑気な蓮弥達をウサミミ少女の方が発見したらしい。双頭ティラノに吹き飛ばされ岩陰に落ちたあと、必死に四つん這いになりながら逃げ出し、その格好のままハジメの方を凝視している。

 

 そして蓮弥達の方向に向かってくると必死に泣き叫んだ。

 

()()()()()()()()()〜〜だずげでぐだざ〜い」

 

 びぇぇぇんと泣きながらウサミミ少女がこちらに向かってくる。

 

「やっとみつけた?」

 

 蓮弥はその言葉に疑問を浮かべた。まるで蓮弥達がここに来ることがわかっていたようなセリフだ。

 

 だがしかし、ハジメはやっぱり動じない。そのまま見捨てようとバイクのエンジンを動かす。

 

 そのハジメの様子に助ける気がないことを悟ったのかウサミミ少女がさらに必死に泣き叫ぶ。

 

「まっでぇ~、みすでないでぐだざ~い! おねがいですぅ~!!」

 

 その言葉に蓮弥はやれやれと動きだす。蓮弥達がここにくることがわかっていたようなセリフに少し警戒していた蓮弥だったが、流石に見た目は愛らしいウサミミ少女が目の前で恐竜に喰われるところを見るのは精神衛生上良くなかった。

 

「……」

 

 だが蓮弥が動く前に後ろの席に座っていたユナが動いた。どうやら当たり前の感性で可哀想だと思ったらしい。間違いなくこのパーティで一番の良心は彼女だった。それに魔法主体で肉弾戦はできないが強力な聖術を操るユナは能力的にユエに負けていない。

 

 

 ユナが"雷光"を発動し、恐竜もどきの頭上に雷が降り注ぐ。

 

 そのまま恐竜もどきに直撃し、一撃で絶命させる。そしてその余波はそのままウサミミ少女まで広がり……

 

「あ……」

 

 余波の雷がウサミミ少女に直撃した。

 

「あばばばばばばばば!?」

 

 余波で弱まっているとはいえ感電したようで、恐竜もどきが倒れた後、こちらに吹き飛んできた。ぴくぴくしているので生きていはいるようだ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 皆一斉にユナを無言で見つめる。ユナはその惨状を目にし……

 

「……失敗しました」

 

 とポツリとこぼすのだった。

 

 

 なんともしまらない結果に終わったが、問題は解決した。そう判断したのだろう。ハジメはバイクを動かして移動する準備に入る。蓮弥から見ても、清々しいほどガン無視だった。

 

 

 そんな中がばっとウサミミ少女が起き上がり、一番近くにいたハジメの足にすがりついた。まるで「逃がすかぁ~!」と言わんばかりの勢いできつく抱きしめるウサミミ少女。電撃を食らったにも関わらずなかなかの打たれ強さだ。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいます!! 取り敢えず私の仲間も助けあばばばばば!?」

 

 突然抱きつき、突然なにか意味のわからないことを言い出したウサギに対し、ハジメは無言でウサミミ少女にとって、本日二発目の電撃を容赦なく浴びせる。

 

 

 蓮弥は面倒なことに巻き込まれそうだと感じていた。




シア登場。まさかのユナからの一撃で既に大ダメージです。打たれ強いので復活しますが。

次回、蓮弥童貞卒業(怪士的な意味で)


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二つの初体験

童貞卒業です。
原作通りですが一応グロ注意です。
あと少しだけあとがきにお知らせありです。


「ビリビリしたお詫びに私の家族も助けてください!」

 

 開口そうそう、助けられたことを棚に上げ、図々しくもそう願い出るシアと名乗るウサミミ少女。

 

 

 どうやらハジメにビリビリを食らったことで、魔物から助けてくれたのがハジメだと誤認したようだ。シアはハジメの足にすがりついて懇願している。……別に鬱陶しい態度に対して軍帽を深く被ったり、咄嗟にユナを背中に隠したりはしていない。

 

「アババババババアバババババババ!?」

 

 本日三発目の電撃が、ウサミミ少女を襲う。

 今度は先ほどよりもちょっとだけ強めだった。どうやらハジメもこの大峡谷での魔力の使い方がわかってきたらしい。その死体(死んでない)に対し、ユエが蹴りを入れていた。

 

「に、にがじませんよ~」

 

 ゾンビの如く起き上がりハジメの脚にしがみつくシアに驚愕したのか、ハジメは電撃を止めていた。

 

「お、お前、ゾンビみたいな奴だな。三回も電撃食らっといて……つーか、ちょっと怖ぇんだけど……」

「……不気味」

「うぅ~何ですかッ、その物言いは。さっきから、ビリビリとか足蹴とか、ちょっと酷すぎると思います。 お詫びに家族を助けて下さい!」

 

 そんなハジメの様子に蓮弥は、まるでガンバ! とでも言うようなサムズアップを行い、ユナを後ろに乗せてバイクを動かそうとする。

 

「ちょっ!? おま、蓮弥。ふざけんな。元はと言えばお前んとこのユナが助けたりするからこんなことに……てかいい加減にしろうざウサギ。離せ、鼻水をなすりつけるな」

 

「いいじゃないですか〜そんなけちけちしないで。もしお願い聞いてくれるならなんでも一つ言うこと聞いてあげますよ」

 

 このままだと置いていかれると判断したのか、ハジメ相手に色仕掛けを仕掛けるが、鼻水まみれの顔にボロボロの姿で台無しだった。

 

「俺にはユエがいるからいらん」

 

 はっきり断るハジメにいやんいやんと体をくねらせるユエ。

 そのユエの突き抜けた美貌を見てぐぬぬと唸ったウサミミ少女はユエに対抗して地雷を踏み抜いた。

 

「で、でも胸なら私が勝ってます。そっちの銀髪の女の子はともかく、そちらの金髪の女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

 身近にユナという圧倒的な胸囲の戦闘力の持ち主がいることから、地味に気にしていたユエの動きが止まる。前髪で表情を隠したままユラリとバイクから降りた。

 

 小便は済ませたか? 

 神様にお祈りは? 

 部屋のスミでガタガタ震えて

 命ごいをする心の準備はOK? 

 

 一歩一歩歩くたびに圧力が増していくユエに、流石にまずいと思ったのか周りに助けを求めるが蓮弥とハジメは目をそらした。ユナはなぜユエが怒っているのかわからないようだ。

 

 ユナのその態度にさらに怒りが増したユエが、ウサミミ少女に近づく。

 

「“嵐帝”」

 

 アッ────!! 

 

 大峡谷に哀れな犠牲者の悲鳴が響き渡った。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います。実は……」

 

 シアの話はこうだった。

 

 彼女らハウリア族は、亜人国「フェアベルゲン」にある樹海の奥の集落に暮らしていた。彼らは亜人族の中でも立場が低いらしく、他の亜人族からは格下だと見られている。

 

 

 そんなハウリア族にある日、シアという異端児が生まれた。

 本来亜人族に備わっていないはずの魔力を持ち、固有魔法「未来視」まで持っていたその女の子は、ハウリア族の手によって秘匿されながら育っていった。

 

 

 だけど隠し事はいつまでも続かず、些細なことでバレてしまい、追われるようにして一族総出で北の山脈に向かわざるを得なかった。

 

 

 しかし不幸は連続し、樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだのだがモンスターに襲われ、必死に逃げて今に至るというわけである。

 

「お願いです。私たちを助けてください」

 

「断る」

 

 迷わぬ即答。ハジメは先ほどのシアの話を聞いてなお、助ける気は無いらしい。

 

 

 その言葉にシアは唖然とした表情をしている。

 そのあとも必死にシアはハジメに頼むが、ハジメは取り合わず、メリットがないと断り続けていた。

 

 

 どうやらシアの未来視にハジメ達が助けてくれる未来が見えたらしくそれを頼りにきたようだった。

 

 泣きながらすがりだしたシアに流石に不憫だと思った蓮弥は()()()()()()()()()、ため息をつきながら助け舟をだしてやることにする。

 

「いや、メリットはあるぞ、ハジメ」

「……なに?」

 

 その時、シアは初めて蓮弥の存在に気づいたというような反応を返した。これは別に蓮弥が影の薄さランキング生涯世界二位とかではなく、ちゃんと理由が存在する。

 

 

 実は蓮弥の被る軍帽。黒円卓リスペクトの品というだけではなく、ちょっとした仕掛けが施されている。軍帽を深く被り、魔力を通すことで被っている人間を周囲から目立たなくすることができるのだ。気配遮断スキルとは微妙に違い、気配を消すのでなく気配を周りに溶け込ませるという感じだろうか。

 

 

 この先、旅を続ける内に否が応でも目立ってしまうだろうと予測した蓮弥が、それにより巻き込まれるゴタゴタを少しでも回避するために、ハジメやユエに内緒でしれっとユナに聖術付与してもらい作ったものだった。声を発すると効果がなくなるという欠点はあるものの。使い勝手は良さそうだと蓮弥は思っていた。その証拠に早速女難によるトラブルをハジメに押し付……もとい回避することができた。

 

「忘れたのか? 樹海は亜人族以外では確実に迷うという話。ここでハウリア族に恩を売っておけば、人族を嫌っている他の亜人族と交渉なんて面倒なことをする必要がなくなる」

 

「あー」

 

 それでも悩むハジメ。どうやら樹海案内人を手に入れるメリットとハウリア族護衛にかかる負担というデメリットを計算しているらしい。

 

 悩むハジメに、迷いを断ち切るようにユエは告げた。

 

「……大丈夫、私達は最強」

 

「ユエ……」

 

 ハジメはその言葉で迷いを断ち切ったのか、シアに宣言する。

 

「そうだな。おい、喜べ残念ウサギ。お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」

 

 ヤクザのような言い分で、蓮弥一行とシア達ハウリア族との契約は成立した。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 改めて互いに自己紹介をした後、シアはハジメのバイクの後ろに乗っていくことになった。

 

 道中シアがハジメとユエが魔力の直接操作ができると知り、同胞を見つけた気分になったり、ユエとの対応の違いに嘆いたりしたが、無事魔物に追われていたシアの父親カムを始めとした同胞を助けることができたのであった。

 

 

 ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。当然、数多の魔物が絶好の獲物だと、こぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいない。例外なく、兎人族に触れることすらできない。銃声により頭部を粉砕されるか、十字架の剣に斬り捨てられるかのどちらかだった。

 

 

 そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。シアが不安そうに聞いてくる。

 

「帝国兵はまだいるでしょうか?」

「どうだろうな、流石に全滅したと思って帰ったんじゃないか」

 

 シアの質問にハジメが遠くを見ながら答えた。

 

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさんや蓮弥さんは……どうするのですか?」

「? どうするって何が?」

 

 ハジメはピンときてないようだが、蓮弥にはシアがなにを言いたいのか理解できた。

 

「それは、人族と敵対できるのかということか?」

 

 それは蓮弥が長年悩んできたことだった。その時が来てみないことにはわからないと思っていたが、いよいよその時が訪れる。

 

 なぜなら登りきったそこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~。こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。

 

 目の前の帝国兵を蓮弥は観察する。シア達兎人族を完全に獲物としてしか見ていないのは明白であり、下卑た笑みを浮かべ、舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。どうやら手加減してやる必要のない人種であり、()()()()()丁度いい相手だった。

 

「ハジメ……」

「……なんだよ」

()()()()()()()()()()。色々確認しないといけない」

「……わかった」

 

 それだけで通じたのかハジメはそれ以降何も言わない。

 

「蓮弥……私は必要ですか?」

「大丈夫だよユナ……君はそこにいてくれ」

 

 蓮弥とハジメは前に出る。

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、漸く蓮弥達に気づいた。

 

「あぁ? お前ら誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 横暴な態度で男は蓮弥達に命令する。威圧もなにも出していないがやはり目の前の相手の危険度に気づかないマヌケらしい。

 

「断る。こいつらは今は俺達のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

「そういうことだ。現状こいつらの所有権は俺たちにある。それにも関わらず横暴を働くようなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらう」

 

 蓮弥は極めて冷静に応対した。これは最後通告だ。殺人鬼になる気は無い以上、こちらにも事を行う為の大義が必要だ。

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

 

 ハジメの言葉に対して小隊長は表情を消した。

 たがハジメの後ろを見てニヤニヤ笑いだす。おそらく後ろにいたユエとユナに気づいたのだろう。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇらが唯の世間知らずの糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。てめぇらの四肢を切り落とした後、後ろの嬢ちゃん達を目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

「隊長〜。俺はあっちの銀髪巨乳ちゃんが好みっす〜。俺がヤッてもいいっすか〜」

 

 軽い調子で隊員の一人がユナに狙いを定める。

 蓮弥はとりあえず、あいつが最初でいいかと目標を定める。

 

「つまり敵ってことでいいよな?」

 

 ハジメも最後通告を行う。

 そして……

 

 ドパンッ!! 

 

 惨劇の幕が上がった。

 

 

 その一発の銃弾を受けた小隊長の脳髄が吹き飛ぶ。おそらく何が起きたのかもわからずに死んだのだろう。間違いなくトータスの歴史上初の銃火器による犠牲者第一号である。

 むしろ一番最初で幸せだったのかもしれない。少なくともこのあとの恐怖を感じずに死ねたのだから。

 

 

 どうやら帝国兵たちは、今だになにが起こったのかわからないらしい。確かにこの世界に銃なんてものが無い以上、彼らの目にはいきなり隊長の頭が吹き飛んだように見えるのだろう。

 

 

 だからハジメがこの世界にはなき近代兵器を駆使するなら、蓮弥は彼らにもわかりやすい、もっとも原始的な方法で事を行うと決める。

 

 

 そのまま蓮弥は一瞬でユナに下衆な目を向けた男の前に移動し、動揺する男の頭を掴み、その人外の握力で……男の頭を握り潰した。

 

 ぐしゃぁ……

 

 ハジメの銃声とは違う鈍い音が周りに響く。蓮弥の手に男の頭蓋が砕ける感触と脳漿が弾ける感触が残る。一番初めにやるなら素手でと決めていた。一番感触が残るし、一番覚悟を決められる。

 

 

 人を殺したにも関わらず、蓮弥の心に乱れはない。()()()想定内だ。そして、この段階でようやくなにが起きているのか悟ったのか、帝国兵達が迅速に戦闘態勢に入る。

 

「詠唱を始めろッ、奴らを殺せ!!」

 

 後衛が魔法の詠唱を始めたので、蓮弥はそこらの石を拾い、後衛の頭に向けて投擲する。人の頭を潰すのに銃弾なんか必要ない、小石で十分だ。

 

 

 蓮弥が投擲するたびに音速の数倍の速度で飛ぶ小石が、後衛の頭を順番に潰していく。恐怖に駆られて逃げ出そうとした兵士達が、ハジメの投げた破片手榴弾で全身ミンチになる。

 

 

 未知の道具を使うハジメの方が怖いか、それとも原始的ながらも理解不能の力でたんたんと屠り続ける蓮弥が怖いか。きっと帝国兵達にとってどっちも変わらないだろう。そしてとうとう最後の一人がハジメの尋問に答えた後、一発の銃声と共に……その生涯を終えた。

 

 

 そこで蓮弥はもう一度覚悟を決める。後ろでハジメとシアが何か話しているが今はどうでもいい。

 

 

 正直殺しはできると思っていた。これでもここに来る前から散々、それこそ夢に出てくるほどイメージしてきた事だったからだ。よって蓮弥が本当に確かめたかった事は別にある。こればかりは想像することすらできなかった。

 

 

 すなわち、永劫破壊(エイヴィヒカイト)にて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 実はDies irae原作ではこの描写がほとんどない。藤井蓮は結局、彼にとっての刹那以外の魂を取り込む必要なんてなかったのだから。

 

 

 他の描写はベイやマレウス、シュライバーのようなやべぇやつらのやべぇやつのものしかなかった。蓮弥としては螢やベアトリスといった常識人に近い人物のそういうシーンがあればと思ってしまう。作中登場人物は気軽に、時には使い捨てみたいに使っているが、他者の魂を常人が一つ抱え込むだけで心身ともに破綻するという記述もあった。

 

 

 蓮弥は惨劇の跡で()()()()()()()()()()()()()()ソレの一つに対して覚悟を決め、技能:吸魂を……発動した。

 

「………………ッ!!」

 

 しばらく何ともなかったが、突然蓮弥の中でナニカが膨れ上がる。

 

「ぐっ!」

 

 破裂しそうだ。まるで人間の中に人間を無理やり詰め込むような感触。気持ち悪い、吐き気がする。

 

 

 

 

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいナニカがナニカが俺に俺に侵入くる当たり前じゃないか苦しい人間の中に苦しい人間を詰められる訳がない痛いなんで痛い痛いどうして痛いただ俺は職務を全うしてただけなのに苦しい苦しいこの化物めいやだいやだ破裂する死にたくない壊れる破裂する壊れるあああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 ふいに、手が暖かい何かに包み込まれた気がした。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 肩で息をする蓮弥の手が……ユナの両手で包み込まれていた。

 

「大丈夫……大丈夫ですよ……蓮弥……」

 

 大丈夫、大丈夫と優しく蓮弥に語りかけるユナ。全身冷え切った蓮弥に、その包み込まれている手から熱が広がっていく。

 

 体に感じていた不快感は……消えていた。

 

「…………ユナ……ありがとう。……もう大丈夫だ」

 

 そして名残惜しいと思いつつも、そっと手を離す蓮弥。そして改めて残りの魂に向き直る。

 

 

 ユナのおかげか、あるいは蓮弥の魂に他者の魂への耐性ができたのか、今度はすんなり受け入れることができる気がする。

 

 

 同時に実感する。今まで奈落でも無意識に魔物に対して吸魂を使っていたのだろうが、人間を取り込むほうがはるかに効率がいい。

 

(これが、魂を燃料に変える感覚か)

 

 今度は彼らの亡骸に向き直る。別に殺したことに後悔はないし、罪の意識もないが、これは日本人としての礼儀だと思ったから……

 

「いただきます……」

 

 蓮弥はそこで少しだけ黙祷を捧げ、残りの魂をいただいた。




司狼とかマレウスから聖遺物強奪する際に数千単位の魂を一気に継承したはずなんだけど平然としてましたよね。やっぱり神座世界の住人は半端ないです。

お知らせ
前から少しずつコメントでも現れるようになったのでここで宣言しますが現状、オリヒロと雫以外にヒロインを増やす予定はありません。それに伴い目次にある注意のヒロインが増えるかもしれないというコメントを修正しました。それを期待して本作を見て下さっている方には申し訳ありません。これからの展開次第ではヒロイン追加の可能性もゼロではありませんが、その際はタグの追加などで対応させていただきます。


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森の聖域

今回オリジナル色強めです。


 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据え一行はそれなりに早いペースで進んでいた。

 

 今ハジメはユエとシアに挟まれながら運転している。いや大物になるとは思ったが早速ハーレムを作るとは。蓮弥が友人のモテ具合に戦慄していると、それに気づいたわけではないのだろうが、ハジメが話しかけてくる。

 

「なぁ蓮弥……お前……もう平気なのか?」

「ん? なんだよ急に……」

 

 ちなみに会話する時はエンジン音をオフにしている。走り心地といい、本気で持って帰りたいものである。

 

「いやな……俺は何も感じなかったけど……お前のような反応が普通なんだろうなって思ってな」

 

 そこで、蓮弥はようやく帝国兵との戦いのことを言っているのだと気づく。どうやら初めての殺人に蓮弥が参っていると思っているらしい。

 

 そこは見くびらないでほしいと言いたい蓮弥だったが、魂を取り込んだなんてことを知らないハジメには、殺人に参っているようにしか見えないかと考え直す。

 

「心配かけて悪いな。たぶん次からは平気だ」

 

 あれから三十人分の魂を取り込んだがやっぱり何事もなく平然と受け入れられた。あとは蓮弥の許容量を超えなければ大丈夫だろうと結論は出ている。

 

「ならいいけどな」

 

 ハジメは奈落の底に落ちて変わった。生きるために必要な機能以外の全てを削ぎ落としユエと出会う前は自分が生き残る為なら何をしてもいいというところまで思考が堕ちていたという。そんな彼をユエが変えたわけだが、蓮弥が全く影響していなかったわけではなかった。

 

 

 あの日あの時、ベヒモスに追われ、魔法で突き飛ばされた時ハジメは絶望していた。そんな中ただ一人蓮弥は落ちようとしているハジメを助けるために手を伸ばして助けようとした。その後結局一緒に落ちたり、一度襲われたりもしたが、その蓮弥の行動にハジメは救われたのだ。もっとも蓮弥にそれを言ったら申し訳なさそうにするだろうが。

 

「あの、あの! みなさんのこと、教えてくれませんか?」

 

 シアがこんなことを言い始めた。話を聞いてみるとずっとはみだしものだと思っていた自分に仲間がいるかも知れないと、谷底で会った時から気になっていたのだという。

 

 蓮弥達は道中やることもないし話してやることにした。その結果

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~」

 

 と蓮弥達の境遇を聞きシアが号泣したり、

 

「えっ! ユナさんってアーティファクトなんですか!?」

 

 とユナの存在に驚愕したりした。リアルにエルフみたいなのもいると聞いているが、やはりアーティファクトが人間の姿を取るということは聞いたことがないらしい。本当は全然違うのだが別に訂正する気はなかった。ユナを物扱いするなら話は別だが、シアの様子を見たところその心配はなさそうだ。

 

 

 それからシアが一行についていく宣言をしたりして、それをハジメが即答で断ったりすることがあったが、一行は無事【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。

 

「それでは、皆様。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆様を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

 シアの父親のカムが、一行の代表であるハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。

 

 

 蓮弥達はその大樹が大迷宮の入口だと睨んでいた。もし樹海が大迷宮ならばそこら中に奈落レベルの魔物が潜んでいることになり、樹海が亜人族が住めない魔境になっているはずだからである。

 

 

 そして一行は気配遮断を行い──できない蓮弥は軍帽の機能を使い、ユナを自分の中に戻した──カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 道中魔物に襲われるも、このメンバー相手には力不足だった。

 ある魔物はハジメの義手のギミックの試運転のための犠牲に、ある魔物はユエの放つ風の刃でバラバラになった。ハウリア族の少年にとってハジメはヒーローみたいなものらしく、目をキラキラさせてハジメを見ている。……一応蓮弥も『活動』の大砲を用いて倒したりしているのだが、見えなくしている上に地味なため目立ってはいない。

 

 

 また道中で虎の亜人族に見つかり、場に緊張が走る場面もあったがハジメが威圧と共に警告して解決。その後、大樹に行くには一定の周期を待たなくてはならないことがわかり──ハジメがハウリア族に説明を求めたが一族全体が残念であることがわかっただけだった──仕方なく一行は次の周期が訪れる10日後まで、亜人国フェアベルゲンに滞在することになったのだ。

 

 

 そしてその10日間、ハジメはハウリア族が今後生きていけるようにするための訓練を、ユエはシアに魔法を使う訓練を行うことになった。

 そして、蓮弥はというと……

 

「ああ……暇だ……」

 

 暇を持て余していた。

 最初からなにもしていなかったわけではない。当初蓮弥はハジメと一緒になってハウリア族の訓練に参加していたのだ。だがしかし、温厚な種族という限度を超えたハウリア族の体たらくにハジメがブチギレ、ハー○マン軍曹ばりの汚い言葉を使ってスパルタ訓練をやり始めた段階で撤退した。

 

 

 ユエの方はユエの方で、なにやらシアがこの旅についてくるかこないかの真剣勝負みたいなことをやっていたので入れなかった。フェアベルゲンを散策しようにも表向き許されたとはいえ、基本よそ者扱いで敬遠されているため居心地が悪い。

 

「さて、どうしたものか」

 

 このままでは自分だけなにもしていないニートになってしまう。

 

「あの……蓮弥、少しいいですか?」

「ん? どうしたユナ……」

 

 そこには控えめな様子で蓮弥の裾を引っ張ってくるユナの姿があった。

 

「もし時間があるなら、少し行きたい場所があるのですが……いいですか?」

「行きたい場所?」

 

 行きたい場所というのが気になるので蓮弥は付き合ってやることにする。……暇だったし。

 

 

 というわけで蓮弥とユナは二人で樹海まで来ていた。ハウリア族の誰かを借りようかと思ったがユナが必要ないと言ってきた。なんでも木々が道を教えてくれるらしい。

 

 

 どうやらユナは触れたものの情報や思考なんかを読み取る能力があるらしくそれを応用すれば迷うことなく進むことができるようである。

 蓮弥はその能力を聞いて思い浮かぶものがあった。Dies iraeの怪しい神父枠であるヴァレリア・トリファが生まれつき持っていた能力『霊的感応能力』である。「石がラジオに、人が本に見える」というほどに強力な力を持っていたが故に、彼は人生を狂わされたわけだが、どうやら彼女は幸いにもオンとオフを完璧に切り替えられるらしく、普段はいらない情報は取り入れないようにしているらしい。

 

 

 ……正直ユナの能力を使えばハウリア族いらないんじゃ……とか思ったりしたが、とりあえずハジメにはしばらく黙っていようと思った蓮弥だった。

 

 

 そんなユナの先導の元歩くこと数十分。ようやく目的地にたどり着いた。どうやら洞窟らしい。

 

「というか今更だけど勝手に入っていいのか?」

 

 一応亜人族の領地なんだし後で問題にならなければいいが。

 

「問題ありません。入ってもいいと言っているので。渡したいものがあるそうです」

 

 ユナがそういうならと蓮弥は洞窟の中に入る。

 やはりというべきか、魔物が巣を張っていたが問題なく倒す……だが。

 

(ここの魔物……明らかに樹海にいる魔物とはレベルが違うんだが)

 

 まさかここが大迷宮とかいうオチはないだろうな、と蓮弥が軽い気持ちで来るべきではなかったかと思い始めた。迷路のようになっている道をユナのナビによって進んでいる内に、なにやら他より広い空間にでてくる。どう考えてもボス部屋である。

 

「ユナ……」

 

 蓮弥はユナに戻るよう促す。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 見た目は木でできたゴーレムだろうか全長十メートルくらいのそれが地面から生えて来るように現れた。どうやら渡したいものとやらは簡単にはくれないらしい。

 

「──Yetzirah(形成)──」

 

 ユナを武装として形成し、現れた剣を敵に向けて構える。

 そして、相手はこちらを認識したのだろう。

 再び地が唸りをあげるような叫び声をあげる。するとその声に引かれるようにしてやつよりは小さいトレントもどきが大量に出現する。

 

「まずは小手調べってことか」

『術式補助に入ります。蓮弥ッ、指示を!!』

 

 一斉にトレントもどきが襲いかかってくる。

 蓮弥はその攻撃を避け、トレントもどきを一体を袈裟斬りにする。

 

 倒れた同胞を顧みることなく突撃してくるのこりのトレントもどき。

 次々斬り伏せていくが、減る様子がない。この手の数で攻める相手にはやはり剣は効果が薄いのか。

 

「わかってたけどラチがあかないな。……ユナッ」

 

聖術(マギア) 5章1節(5:1)……"聖風"

 

 刀身に風が纏わりつく。それをさらに圧縮する形で集め、トレントもどきに向かって刃状にして放つ。

 

 それはトレントもどきを纏めて蹴散らし、樹木ゴーレムに向かっていき、直撃した。

 

 奈落の魔物でも百匹くらいまとめて倒せる攻撃だったんだが効果はどうだろうか。

 

 一応期待してみたが、樹木ゴーレムは傷を負ってはいなかった。

 

「予想以上に硬い、それなら……‥」

 

 なら直接斬ればいいと考えた蓮弥は、ゴーレムにその身体能力でもって近づく。

 

 気づいたようでその太い巨腕をあげて防御態勢に入るが、遅い。

 

 もう一度、今度は鋭く刃状に"聖風"を纏い、相手の巨腕を斬り落とす。

 

「なっ!!」

 

 そして今度は蓮弥が驚愕した。

 

 斬り落とした腕が瞬きする間もなく再生したからだ。

 

 そしてその事に対応できずに蓮弥はその巨腕に殴られ、吹き飛ばされた。

 

「っ!!」

 

 そのまま壁に激突する。

 

「……これはなかなか厄介だな」

 

 攻撃は霊的装甲で防御したのでダメージ自体はなかったが、あの再生力は驚嘆に値する。恐ろしく頑丈な上に吸血姫(ユエ)以上の回復力。

 

(だけどそういう類のやつは、決まったルールで倒せることが多い)

 

 五行思想などがそうだろうか。昔ながらの神秘というものは原始的なルールで対応できるというのが典型。

 

(この密室空間でやりたくはなかったけど……燃やすか)

 

聖術(マギア)1章1節(1 : 1)……"聖炎"

 

 今度は風ではなく炎を纏う。木を制するなら火を。五行思想の基本ルールだ。

 

 再びトレントもどきの大群が襲ってくるが、意に介さず突破する。

 そして樹木ゴーレムに肉薄し、連撃を浴びせる。

 

 今度は食らってはたまらないと判断したのか、その巨体に見合わぬ速度で巨腕を振るい対抗してくる。

 

聖術(マギア)2章1節(2 : 1)……"謐水"

 

 蓮弥は相手の足元にむけて()()()圧縮された水を放つ。別に剣に纏わせなくては使えないとはいっていない。

 

 ゴーレムはできた穴に足を捕らわれて体勢を崩す。

 

 蓮弥はその隙を逃さず、ゴーレムに刃を深々と突き刺し、炎を直接中に注ぎこんだ。

 

 

 炎上するゴーレム。流石に再生することはできないのかそのまま土へと返っていった。

 

「ごほ、ごほ、ごほ。なんとかなったか」

 

 視界が煙で充満する。流石に聖遺物の使徒が一酸化炭素中毒で死なないとは思うが、煙たいものは煙たい。

 

 蓮弥はさっさとこの煙が充満した空間を抜ける事にした。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そしてしばらく歩いていくとそこに辿りついた。

 

 

 それは神秘的な光景だった。

 

 

 緑光石がこの空間に満ちる濃い魔力に反応しているためか、他の空間よりかは断然に明るい。よく見るとそこら中に鉱石があるためか、宝石のように光っている場所もある。奈落に落ちるきっかけになったグランツ鉱石もあるようだった。

 

 

 だが、そんなものはこれに比べたら些細なものだった。

 それは、この空間の中心に浮かんでいた。それから滴り落ちる水は下に溜まり巨大な泉になっている。

 

「これはまさか神結晶か!?」

 

 神結晶はこのトータスですでに失われた伝説の鉱物と言われており、蓮弥はハイリヒ王国の図書館でそれの存在を知ったが、実は馴染みがないものではない。なぜならハジメがポーション石と名付け確保していたからだ。神水がとれなくなってからもハジメは命の恩人ならぬ命の恩石として大事にとっている。だから蓮弥が驚いたのは神結晶の存在ではなく、その大きさだった。

 

 

 ハジメが手に入れた神結晶は大きさ約三十cmほどの石だったが、目の前に浮かんでいるクリスタル型のそれは直径五メートルを超えている。もし下に広がる泉が丸ごと神水だとしたらとてつもない量だ。これだけで世界中の病に苦しむ人全員に渡してもおつりがくるはずだ。

 

 

 神結晶は空間の魔力が何千年という時間をかけて結晶化したものであるという。ならばこの結晶は一体何万年クラスの代物なのか。

 

 

 横を見ると、いつのまにか形成していたユナがそれを見上げている。

 なにか意思疎通を図っているのか時々頷いているようだった。

 

 

 そしてしばらくすると神結晶の一部がひび割れ、そのかけらがこちらに飛んでくる。拳大のそれを拾い上げた。ユナのように感応するまでもなく意味はわかる。

 

「使えってことか」

 

 まだ神水は滴り落ちている。しばらくは使えそうだった。

 

「ありがとうございます」

 

 ユナがお礼を言っている。どうやら対話を終えたらしい。

 

「こいつはなんて言ってたんだ?」

「世界に危機が迫っている。それを止めて欲しいと」

 

 ユナはそこで一泊置いた。

 

「あとは彼に救いをとも言っていました」

「 ……誰のことだ?」

「わかりません」

 

 どうやらそこまでは教えてもらえなかったらしい。そこで蓮弥はこの巨大神結晶の処遇をどうするか考える。

 

 

 間違いなく言えるが、亜人族を含め、誰もこれの存在には気づいていないだろう。神水は不老不死の秘薬ともいわれる伝説のアイテムである。もしこいつの存在を公開した場合、こいつを巡って戦争が起きてもおかしくない。ハジメは魔物の肉と神水を使って今の規格外の力を手に入れた。これだけの量の神水があればハジメクラスの化物を大量に生み出すことができる。様々な利用価値を含め、存在を知った者は放っては置かないだろう。

 

 

 考えた結果、こいつはこのまま放置することにした。公開することのデメリットが大きすぎるからだ。

 

 

 そして蓮弥はユナと共に外へ出た。おそらくこの洞窟には真っ当な手段ではたどり着けないのだろうが、念のため入口を隠すことも忘れずに行う。これで当分見つかることもないだろう。

 

 

 蓮弥とユナはフェアベルゲンに帰還した。

 できればあれが誰にも見つからないよう祈りながら。




神結晶おかわり。
知っている人は知っているかもしれませんが、ハジメが使っている神結晶は人工物が元ですが、これは正真正銘の天然物。ある意味土着神といってもいいかもしれない代物。


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ブルックの町へ

しばらく原作沿いが続きます。流石に大幅カットするので、大迷宮までそんなに話数はかからないはず。


 蓮弥達が巨大神結晶のある洞窟から戻ってきた時、ハウリア族はその全てが変わっていた。

 

「ヒャッハ────!!!!」

「汚物は消毒だぁ────!!!!」

「大将首だ!! 大将首だろう!? なあ 大将首だろうおまえ。首置いてけ!! なあ!!! 」

「へっ! 汚ねえ花火だ……」

 

「……」

 

 おかしい。ほんの数時間前まで彼らは文字通り虫も殺せないほど温厚な種族だったはずだ。それがなぜ少し目を離しただけで魔物相手に無双する世紀末救世主伝説に出てくるモヒカンや島津の首切りマシーンや野菜王子みたいなキャラになるのだろう。

 

「……蓮弥……彼らは一体どうしたのですか?」

 

 どうやらユナにも同じものが見えているらしい。かつて出会ったハウリア族と比較して戸惑っているようだ。

 

 

 これは何事かと思い、彼らの側で見つけたハジメに問いただすも逆にこちらが驚かれた。

 

「蓮弥ッ、お前いったい()()()もどこで何やってたんだ!?」

 

 ……どうやらお互いに話し合わなければならないらしい。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 まずはハジメの話を聞くことにする。

 ハウリア族のことについてだが、どうやら鍛錬の賜物らしい。

 

 

 蓮弥はハジメがブチギレたところまで知っていたが、あの後ハー○マン式のスパルタ訓練を行った結果、タガが外れてあんな感じになったらしい。そこでもう一度彼らを見る蓮弥。彼らは帝国では愛玩奴隷として人気があるらしいが、このざまを見ると価値は大暴落だろう。

 

 

 次は蓮弥の話になった。ユナと共に洞窟に迷い込んだこと。洞窟を抜けた先に拳大の神結晶があったこと。蓮弥とユナの体感時間では数時間で出たはずなのにいつのまにか十日たっていたこと。ただし、蓮弥は意図的に巨大神結晶のことは話さなかった。ひょっとしたらハジメが手に入れようと動くかもしれなかったからだ。あれは人が手を出していい代物じゃない。

 

 

 話を聞いたハジメは割と素直に納得していた。このファンタジーワールドならなんでもありだと思ったらしい。オルクス大迷宮を乗り越えた二人である。すでにその程度で動揺するような浅い経験を蓮弥もハジメもしていない。

 

 

 話しているタイミングで修行が終わったらしいユエとシアが合流した。蓮弥の姿を確認すると二人に文句を言われた。蓮弥達を心配していたらしくシアには泣かれそうになった。言葉にはしなかったが、ユエも同じような気持ちみたいだったので蓮弥は素直に謝った。

 

 

 そのあとシアがハジメの魔改造によって生まれ変わった家族達の様子に卒倒しそうになったり、ハジメ達の旅についてくる発言をしたりした。もっともその際……

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

 

 と若干噛みぎみな愛の告白をシアがハジメにするという展開があった。ユエという本命がいるにもかかわらず香織に次いでシアまでとは……どうやら蓮弥は友人に対する認識を改めなければならないと感じていた。

 

「……いいか、ユナ。あれを天然誑しっていうんだぞ、覚えておけ」

「ハジメ……不誠実なのはいけないと思います」

 

 蓮弥とユナが揃ってハジメに対してジト目を向ける。

 

「おい、こらお前ら。勝手なこと言ってんじゃねぇ。というか俺はユエ一筋だからな。 ……ユエもなんとか言ってやってくれ」

 

 ハジメは最愛の吸血姫にバトンを渡す。まだまだ長い付き合いだとは言えない二人だったが、培ってきた絆はそこらの恋人たちにも負けない自負がハジメにはあった。彼女ならハジメの意図を察してびしっと言ってくれるに違いないと期待するハジメ。

 

 そんなハジメに話を振られたユエだったが、その顔は苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情であり、心底不本意そうにハジメに告げた。

 

「……………………………………ハジメ、シアを連れて行こう」

「なん、だと……」

 

 信じていた恋人の裏切りにあったような表情でハジメはポツリと零した。まさかの恋人から援護射撃を受けたハジメはどうしたらいいのかわからず呆然としていた。もちろんユエは事情を説明する。

 

 

 どうやらハジメはユエとシアが旅の同行を認めるかどうかで賭けをしていたことを知らなかったらしく、今日ついにシアがユエに傷をつけることに成功し、ユエはシアの旅の同行を認めるようハジメを説得しなければならなかったというわけである。なおシアは身体強化に特化しており、それに関しては化物クラスらしい。

 

 

 蓮弥としては、ついてくる力があるなら別に構わないと思っていた。大迷宮は難関だ。足手まといならともかく、何かに特化した能力持ちなら活躍する機会はあるかもしれない。

 

 

 そして霧も晴れた当日、大迷宮があるとされる大樹の下に向かうことになった。途中完全武装した熊人族が襲いかかってきたが、ハジメによってスパルタ兵なみの魔改造を受けたハウリア族の前では敵ではなかった。

 

 

 ……うん、本当に以前の原型も残っていない。熊人族の方達もなにが起きているのかわからない顔していたし、シアも年少の男の子の変わりようにメソメソ泣いていたくらいだ。まあ、流石に相手を虐殺しようとした時は止めたし、ハジメも謝っていたが。

 

 

 そしてそんなトラブルがありつつも一行は目的地である大樹の下にたどり着いたのだが……結論から言うと真の大迷宮には入れなかった。

 

 

 “四つの証”

 “再生の力”

 “紡がれた絆の道標”

 “全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

 

 大迷宮の入口と思しきところにあった印に、オルクスの指輪をはめた際に出てきたメッセージである。どうやら少なくとも4つの大迷宮を攻略するに加えて、その中の再生の力とやらを手に入れなくてはならないらしい。

 

 

 これは仕方ないと、一行は先に別の大迷宮を回ることになった。だがその前に装備を整えるためと、いい加減まともな食事にありつくために、近くにあるブルックの町によっていくことになったのだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 RPGのNPCみたいに先程から訪れる人々に同じ質問を門番が繰り返していた。蓮弥やハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

「後は装備も整えたい」

 

 ちなみに蓮弥もハジメもステータスプレートの中身はいじってある。もしいじっていなければ各パラメータ一万越えの化物が二人いることになってしまう。一人だけなら壊れたと言い訳できるかもしれないが二人だと言い訳に苦労してしまうと蓮弥がステータスをいじることを提案した。

 

「確かに、拝見させてもらった。後ろの二人のプレートは?」

 

 ここで門番は後ろに控えていたユエとシアに注意を移す。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目でユエとシアを交互に見ている。ユエは精巧なビスクドールと見紛う程の美少女だし、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女だ。つまり、門番の男は二人に見惚れて正気を失っているのだ。ちなみに二人に負けない美少女であるユナは聖遺物に戻ってもらっている。

 

「道中魔物の襲撃にあったせいでな、こっちの子のは失くしちまったんだ。こっちの兎人族は……わかるだろ?」

 

 そのハジメの言葉で門番は納得したのか、なるほどと頷いた。この町に入るにあたって、出たり消えたりできるユナと違ってどうしても目立つシアは、ハジメの奴隷という扱いで入ることになった。兎人族は奴隷として人気であり、ましてやシアは紛うことなき美少女。誰かが所有権を主張しないと人攫いが相次いでブルックの町が血の海に沈んでしまう、主に人攫いの血で。

 

「なるほど、随分な綺麗どころを手に入れたな。まあいい、通っていいぞ」

 

 

 その後、門番から換金所やギルドの場所の情報を得て、蓮弥達は門をくぐりブルックの町へと入っていく。

 

「なかなか活気がある町だな」

「ん……」

「なんというか、周りに人がいるってだけで安心できるよな」

「……」

 

 町中は、それなりに活気があった。蓮弥達が、かつてオルクス大迷宮に潜るために泊まった近郊の町ホルアドほどではないが、露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

 

 こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるものだ。蓮弥やハジメはもちろん、町なんてものを訪れるのが三百年ぶりのユエも楽しげに目元を和らげている。しかし、シアだけは首輪の件で納得していないのか先程からぷるぷると震えて、涙目でハジメを睨んでいたが。

 

「……シア、お前いつまでそうやってるんだよ」

 

 ハジメがうじうじするシアの態度に我慢できなくなったらしい。

 

「この首輪、まるで奴隷みたいなものじゃないですか」

「仕方ないだろ。兎人族は奴隷として人気なんだから」

 

 ハジメの言葉にまだ納得していないシア。そこに町の影でしれっと形成したユナが慰めに入る。

 

「シア、ものは考えようです。これはハジメがシアのために送った贈り物だと思えばいいのです。シアは可愛いですし、ハジメも不安なのですよ」

 

「そ、そうですかね……えへへ」

 

 ユナの言葉を聞いたシアが、照れたように頬を赤らめイヤンイヤンし始めた。ユエが冷めた表情でシアを見ている。

 

「……シア、調子に乗らない……ユナも甘やかさない」

 

 ユエがダメ出しした。シアはユエの体罰をくらい悶絶した。

 

 その後、一行はこの町のギルドへ向かった。ゲームでいうならギルドという場所は、酒場が兼用になっていたりしてとても騒がしい場所、という勝手なイメージが蓮弥の中にあったのだが、イメージとは違いとても綺麗にされている場所だった。左手には飲食店街があるみたいだが、酒を飲んでいる客は一人もいない。どうやら酒場とは別扱いのようだった。

 

 

 ギルドのカウンターには恰幅のいい、人の良さそうなおばちゃん──キャサリンというらしい──が座っていた。隣のハジメなんかは美人の受け付けなんかを想像したのかもしれないが、あいにく精神年齢なら三十を超えている身なのでその辺の現実は知っているつもりだ。

 

 

 そのおばちゃんに魔物の素材の換金とやたら出来のいいマップを貰った後、一行はマサカの宿というところで宿を取ることになったのだが。ここで問題が起きる。

 

 

 部屋が二人部屋と三人部屋しかなかったのだ。男二人に女三人なのだからなんの問題もないように見えるが、ユエがこう主張した。

 

「……私とハジメで二人部屋。シアと蓮弥とユナで、三人部屋を使うといい……それで完璧!」

 

 それは明らかに二人部屋でナニするからお前ら邪魔だと暗に伝えていた。当然反発するものが現れる。

 

「ちょっ、何でですか! ユエさんだけハジメさんと同じ部屋なんてずるいですぅ。……それなら私もハジメさんと同じ部屋がいいです!」

 

 シアも負けておらず公衆の面前で堂々とハジメと同衾希望であることを公言する。なんというかハジメに対する周りの男たちの殺気がどんどん高まっていくような気がする。受け付けの子は顔を赤くして何やら考えに耽っているようだった。

 

 

 ユエとシアの剣呑とした空気が周りに広がり始める。このままじゃまずいと思った蓮弥はさっさと行動することにした。

 

「なあ、君……」

「は、はひっ!」

「……‥三人部屋と二人部屋ね。割り当ては俺とこの子の二人とあの三人で」

「わ、わかりました」

 

 二人がもめている間に部屋を決めてしまう。シアを蓮弥達の部屋に入れても隣のハジメ達の部屋に突撃する様子が思い浮かぶからだ。蓮弥の決定にユエだけは文句がありそうな目で見てくるが、最終的にハジメがそれでいいと受け入れたことでこの話の決着はついたのだった。

 

 




次回はユナ視点予定


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ガールズトーク

いうほどトークしてないかもしれませんが、そんな感じの話です。


 突然だがユナは記憶喪失である。

 

 現在のユナの中に思い出は、蓮弥達と過ごしたオルクス大迷宮での二ヶ月と外に出てからの僅かな期間しか存在しない。

 

 もちろん、オルクス大迷宮での二ヶ月で何も思い出さなかったわけではない。思い出したこともいくつかあった。

 

 ユナは何者かを裏切ってしまった。相手のことは思い出せないのに後悔の念だけが残っている。だからこそあの十字架の中で自罰を続けてきたのだろう。それは思い出した。

 

 だけどそれはユナにとっていい記憶とは言えなかった。流れ出した血の分だけ、ユナの心は空洞のままだ。

 

 彼女は探している。自分の記憶を、そして居場所を。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 あれから無事宿を取ることができた一行だったが、やはりハジメ達の部屋で一悶着あったらしい。いったい彼女達とハジメは何をしようとしているのだろうか。そのことを蓮弥に問いただしても明確な答えが帰ってこない。

 

 

 今日は一日物資の補給などに時間を当てるらしい。生きるために特に物資を必要としないユナには必要がないものだが、彼らには重要なものだとわかる。思い出した数少ない記憶に残る、誰かとの旅を思い返す。

 

 

「ユナ、悪いけどユエやシアと買い物に行ってきてくれないか」

「……買い物ですか?」

 

 突然の蓮弥の提案にユナは疑問を浮かべる。蓮弥曰く、これからハジメと一緒に作りたいものがあるからしばらく構ってあげられない。だったらこの機会に女子だけで交流を深めてはどうかと言うことだった。

 

 

 そういえば蓮弥がハジメと一緒になって何かを考えていたことがあったことを思い出すユナ。また面白いものを作る予定があるのだろう。何かはよくわからないが、ドリルはロマンだのなんだの言っていたような気がする。

 

 

 いずれにせよいい機会だと思ったユナは、ユエやシアと買い物に行くことに決めたのだった。

 

「……ユエさん、ユナさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」

「はい、私は構いません」

「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」

「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう」

 

 女子三人組は、町に出てきていた。

 蓮弥達の用事が、数時間で終わるということなので計画的に動かなければならない。とりあえずの目標は、食料品関係とシアの衣服、それと薬関係だ。あとは珍しい物とか興味があるものなら持たされたお金の範囲なら買っていいと蓮弥に言われている。

 

 

 町の中は、ユナが見たことのない数の人で溢れかえっていた。露店の店主が客に向かって元気に呼び込みをし、それを受けた主婦や冒険者らしき人々は店主と激しく交渉をする。

 

 

 飲食関係の露店も始まっているようで、肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。……とてもおいしそうである。

 

「……」

「ユナ? どうかした?」

 

 露店の前で動かなくなったユナを心配したユエが話しかける。ユナははっとして慌てた感じで答えた。

 

「っ! いえ! なんでもありません……ただいい匂いがしたもので」

 

 そう言いつつ目を離さないユナ。実は彼女、意外と健啖家であるらしい。オルクス大迷宮で過ごしていた二ヶ月間でも蓮弥やハジメ並みに食べていた。生存には必要ないが、嗜好品として楽しむことはできる。それで体型も変わらないのだからダイエットに苦しむ女性の敵といってもいいかもしれない。

 

「ああ、たしかにいい匂いがしますもんね。買っていきましょうか」

「……少しならよし」

 

 根を張ったように動かなくなったユナに対して、ユエやシアは仕方ないというように行動する。どうやらユナのことを妹かなにかのように思っているらしい。もっともユナの方も二人を妹みたいに思っているのだが。

 

 

 買い食いをしつつ、女子三人組は目的地に向かって進んでいく。

 

 突然だが当然三人は目立つ。とてもとても目立つ。

 

 一人はビスクドールと見まごうほどの金髪の美少女、見た目とは裏腹に隠しきれない気品と色香を振り撒いており、周りの男達がどぎまぎしてしまう。白を基調とした服装も彼女によく似合い、彼女の品格をより一層高める効果を生んでいた。

 

 

 もう一人は神聖なオーラを放つ銀髪美少女。彼女に負けない容姿に黒を基調としたどこかの制服みたいなジャケットにミニスカートとブーツという露出は少ないコーデだが、盛り上がる胸囲が彼女の発育の良さを際立たせている。金髪の美少女とは違うどこか儚さを感じさせる雰囲気も男性の視線を釘付けにする。

 

 

 最後の一人は兎人族の少女。黒服の少女より青がかった白髪。露出度が高いからか二人とは違う健康的な美を感じさせる体付きが眩しい。およそセックスアピールという意味でいえば三人の中で断トツであり、その首にかかっている首輪がなければ人攫いがひっきりなしに襲いかかってくるだろう。

 

 

 そんな三人が揃っているのだ。当然周りの視線は釘付けだった。地球で言えばアイドルが町なかで堂々と歩いているようなものだろうか。もっとも彼女達はそんな視線を無視していたが。だが何者にも例外というものは存在する。

 

「へい、彼女達。僕とお茶しないかい」

 

 ユナが声の方向を見るといかにもチャラい、何か勘違いしちゃった系の男子がそこにいた。後ろを見ると彼の取り巻きだろうか、数人の男達が薄く笑いながら近づいてくる。

 

 

 最初は無視していたユナ達だったが通り道を塞いでいるので先に進めない。仕方なく代表としてユエが前に出る。

 

「何かよう?」

 

 声に抑揚がない。明らかに私、あなた達になんの興味もありません感を全開にしていた。だがそれに気づいてか、それとも気づかずかキザ男が前に出る。

 

「君たちはとてもついてる。この僕、新進気鋭の黒ランク冒険者、天職:剣士、華剣のギーシュに見初められたのだから」

 

 いちいち態度が芝居がかっていて鬱陶しい。普段そういうことを気にしないユナも顔をしかめざるを得なかった。

 

「何かよう?」

 

 再び同じ質問を繰り返すユエ。ただし声色が明らかに冷たくなっている。

 

「ふっ、照れなくてもいいよ。さあ共に行こう。僕が最高の時間を提供してあげるよ」

 

 どうやら人の話を聞かない類らしい。ユエが影で魔法を構築し始めるのがわかった。

 

「君たちのことはうわさには聞いていた。聞けば連れの男たちは二人とも青ランクだそうじゃないか。そんな底辺の雑魚に君たちのような華は似合わない。さあ、僕のもとにぐほぉ!?」

 

 めんどくさくなったユエが風の魔法で吹き飛ばす。そしてユナとシアに目配せを行う。

 

「こういう男には、こうするに限る」

 

 倒れ伏す男の股間の剣に、風の弾丸を叩きこんだ。

 

 アッ──!! 

 

「なるほど。勉強になりました」

 

 こうしてユナに間違った知識が伝わっていくわけである。そしてユエの股間スマッシャーとしての伝説が始まった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ギルドの受付のキャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。その中で三人は、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だった。

 

 

 その店は、流石はキャサリンさんがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 

 ただ、そこには……

 

「あら~ん、いらっしゃい♥ 可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 ユナが今まで出会ったことがない生物がいた。身長は二メートル以上、全身が筋肉の鎧に覆われており、髪の毛はピンク色のリボンで妙な形にまとめられている。

 

 

 ユナは新手の魔物かと警戒体勢に入る。隣を見るとユエとシアは硬直していた。シアは白目をむきかけていて、ユエはなにやら覚悟を決めた目をしている。

 

 

 とうとう我慢しきれなかったユエが「人間?」とこぼした時、怪物が咆哮をあげる。

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

 

 ユエは涙目で後ずさり、シアが腰を抜かしてヘタリ込む。

 そんな二人を守るべくユナが前に出る。

 

「すみませんでした」

 

 冷静に考えてみるとこんな街中に魔物がいるはずもなく、相手の容姿を侮辱するのは失礼だ。いきなり吠えたのはどうかと思ったがユナは謝罪を入れる。すると彼? は笑顔を取り戻し接客に勤しむ。

 

「いいのよ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

 

「兎人族の彼女の服を見立てて貰いたいのですが、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 ユエは震えながら警戒し、シアはユエの服を掴んでへたり込んでいるため、仕方なくユナがシアの服を見立ててほしい旨を伝える。彼? は「任せてぇ~ん」と言うやいなや、シアを担いで店の奥へと入っていってしまった。その時のユナとユエを見つめるシアは出荷されていく養豚場の豚のような目をしていた。

 

 

 結論から言うと店長のクリスタベルさんは見立ては見事だった。シアに合う衣装だけでなく、ユエやユナの質の良い髪に我慢できなくなったのか、色々髪をアレンジする方法も教えてくれた。その頃には三人組はすっかりクリスタベルさんと仲良くなっていた。人は見かけによらないのである。

 

 

 そして帰り道、ユナは前々から二人に聞いてみたいことを聞いてみることにした。

 

「ユエ……それにシアも、夜中ハジメの部屋でなにをしているのですか?」

 

「ぶっほッ!?」

「……ほう」

 

 思わず吹き出したシアに興味深げにユナを見るユエ。やっぱりまずいことだったのだろうか。

 

「ナニをやっているかといいますか……まだ何もしてもらっていないといいますか……」

 

 シアがなにやらゴニョゴニョ言い始めた。そんなシアをユエは厳しい目で見つめる。

 

「シアには無理……」

「無理じゃないですぅ〜。いつかチャンスがあったらハジメさんと……」

 

 またトリップする兎にユエが軽くキックをかます。それに痛がるシアを見てユナは根本的なことを確認し直すことにする。

 

「お二人はハジメのことが好きなんですよね」

「勿論!」

「は、はい」

 

 即答と若干噛んだ答えだったが二人に迷いはないようだった。

 

「どう言うところを好きになったんですか?」

 

 特にシアのそれは気になっていた。ユナの視点から見てみたらハジメのシアに対する扱いは良いとは言い難かったからだ。

 

「そりゃ〜私の危機を颯爽と助けてくれたり〜仲間のことを何だかんだ考えてくれてたり〜あとは世界一可愛いといってくれたり……」

 

 シアがクネクネしながらハジメの良いところをつらつら淀みなく言い始める。世界一可愛いの下りでユエが調子に乗るなと突っ込んでいたが。あとシアの危機を救ったのは正確にはユナなのだがそれは突っ込まない方がいいだろう。別に真実を知ったからといって彼女の恋が冷めるとは言わないが、世の中知る必要がないこともあるのである。

 

「私はハジメの全てが好き。ハジメとは出会うべくして出会った……」

 

 それはハジメとの出会いは運命だと信じて疑わないユエの姿があった。そのセリフには流石のシアもなにも言えないようだった。悔しそうにはしていたが。

 

「……ユナはどう? 蓮弥のこと好き?」

「そうですよ! ユナさんこそ蓮弥さんとはどうなんですか? すごく仲が良いじゃないですか」

 

 今度はユナが質問を受けるターンらしい。ユエもシアもやはりこの手の話題は気になるようで好奇心が顔に出ている。それに対してユナは困った顔をする。

 

「私は……まだわかりません……」

 

 確かに優しい人だとは思う。記憶がないユナに対しても親切に対応してくれたことには感謝している。それにユナは彼からある程度事情を聞いていた。自分に前世の記憶があること、神様を名乗るものにいずれユナと出会うことになると言われたこと。蓮弥は今まで誰にも話さず、自分だけで抱えてきたものをユナには正直に話していた。

 そう考えると誰かに仕組まれたとはいえ、蓮弥とユナは出会うべくして出会ったと言える。

 

(けれど……)

 

 ユナには記憶がない。けれど誰かを裏切ってしまったということだけは感覚でわかっていた。だからこそ思う。彼と親しくなるとまた自分は裏切ってしまうのではないかと……

 

 

 ユナは思考が暗くなっていることを感じ、気を改める。今この場で暗い顔は合わないだろう。そこで話題をずらすことにする。

 

「お二人から見て、蓮弥はどういう印象なのですか?」

 

 自分の気持ちがわからないということもあり、客観的意見を求めるユナ。

 

「そうですね〜。いい人だと思いますよ。私たちにも親切だし物腰も丁寧だし。ただハジメさんがインパクトがありすぎていまいちパッとしないといいますか……」

 

 それはユナが蓮弥に頼まれて作成したあの軍帽も関係するのだろう。どういう理由かは知らないがどうやら面倒ごと、特に女性同士のあれこれなどには関わりたくないらしく、シアの時にもハジメに対応を押し付けていた。理由を聞いたら、昔色々あったんだよと遠い目で言っていたので、話に聞いた幼馴染さん関係で何かあったのだろうとユナは推測している。

 

「私は、正直初対面は最悪だった。今はいい人だと思っているけど」

 

 それを聞いて仕方がないと思うユナ。まだ自分が眠っているころ。蓮弥は聖遺物の力を暴走させたことがあるらしく、その際二人に多大な迷惑をかけたと聞いている。実際は迷惑どころか命の危機だったわけだが、それは置いておく。

 

「何より……ハジメが信頼してる。……少し悔しいけど私では間に入れない空気になることがある」

 

 ユエがいうのは別に怪しい雰囲気のことではない。オルクス大迷宮の奈落に落とされた男同士にしかわからないことがあるというだけの話だ。それには流石にユエも入れないのだろう。いやが応にも男と女が別の生き物だと思い知らされる。

 

 

 とりあえず聞きたいと思ったことは聞けたと思ったユナは最後にそもそもの本題を再度切り出す。

 

 

「私のことは今はいいのです。それより二人はハジメと仲良くなにをしているんですか?」

 

 しかしやはり返事は返ってこない。シアは恥ずかしがっているようだし、ユエはなにやら考えている。

 

「……蓮弥に聞けばいい」

「聞いても教えてくれませんでした……」

 

 困った顔をしていた蓮弥を思い出す。やはり答えにくいことなのだろうか? 

 

「大丈夫……秘策がある」

 

 ユエの目が、きらりと光ったような気がした。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 その日の夜、蓮弥は困惑していた。

 

「ユナ……どうしたんだ? ……その格好……」

 

 用事が終わり自分の部屋に戻ってきた蓮弥をユナは迎えてくれたのだが、彼女は一言で言えば、エロい格好をしていた。着ている服は蓮弥のシャツ一枚という際どい姿。俗に言う彼シャツというやつだろうか。

 

「今日ユエから教えてもらいました。これを着れば、蓮弥がユエとハジメが夜になにをやっているのか教えてくれると」

「いや、そのだな……」

 

 あのエロ吸血姫、ユナになにを仕込んでいるんだ。蓮弥は悪態をつくも、正直に言えば目の前の光景は素晴らしかった。

 

 

 輝く銀糸がシーツまで垂れ下がり、シャツ一枚という格好が下をギリギリ隠して見えるか見えないか絶妙なアングルを醸し出している。それにおそらくユエなら問題ないのだろうが、ユナの豊かな胸だとちゃんとボタンを閉めていないシャツでは前が開いてしまって……はっきり言うなら隠すべき場所がチラチラ見えてしまっている。

 

「あの……ユナ……ちょっと前を締めてくれるとありがたいんだが……」

「どうしてですか?」

 

 やばい、どうしようこれ。もう我慢しなくてもいいかな。

 

 

 蓮弥が手をそっとユナに伸ばす。

 あと数センチで届くというところで、蓮弥は視線を感じた。

 

「……」

 

 無言でドアのところに近づき開く、そこには……この宿の受付の女の子がいた。

 

「……なにをしている」

 

 あえて冷たい声を意識して問いかける。宿の娘が出歯亀とはいいのだろうか。

 

「いあ、あの……お隣のユエさんが今夜ここにくればいいものが見れるかもしれないと言っていまして……その……」

 

 すみませんでしたーと脱兎のごとく逃げる宿の娘に蓮弥はそっとため息を吐く。まあ今回は助かったと蓮弥は部屋にもどり、ユナに男の前でそんな格好してはいけないと説教することに決めたのだった。

 

 




次回、ライセン大迷宮突入


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ライセン大迷宮

 ライセン大峡谷

 

 

 蓮弥達は再びこの世の地獄、罪人達にとっての処刑場と恐れられている場所へ訪れていた。目的はもちろんこの大峡谷にあるとされる大迷宮攻略のためである。大迷宮捜索のためこの谷に降りてきて早数時間。その間にこの大峡谷には、魔物の死体で溢れかえることになった。

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

 シアが魔物相手にハジメが作成した新兵器である大槌型アーティファクト『ドリュッケン』を振りおろす。それだけで魔物の大半は地面にこびりついて落ちない頑固なシミに早変わりしていく。圧殺とはこのことを言うのだと思わせる力技の極致だった。

 

 

「……邪魔」

聖術(マギア)1章2節(1 : 2)……"聖焔"

 

 こちらはユエとユナの魔法組だった。

 大峡谷は魔力分解作用があるせいで魔法が使えないとされるエリアだが、ユエはそんなものは関係ないと言わんばかりに魔力にものを言わせて魔法を発動させ魔物を屠っていく。

 

 

 ユナもほぼ同様だが、こちらはもっと酷い。魔力にものを言わせているのはユエと同じだが、()()()()()()()()()()()()()。今も広範囲放射型火炎魔法にて魔物をまとめて黒焦げの炭に変えていく。おそらくユエ以上に魔力を込めて撃っているのだろう。大峡谷の原則を軽く無視していた。

 

 

「うぜぇ」

「全くだな、どこからこんなわらわら出てくるんだか」

 

 

 続けてこちらは射撃組。ハジメはドンナーに雷纏を使ったレールガンにて魔物の頭を正確に撃ち抜いていく。蓮弥は活動の大砲を利用して魔物を纏めて吹き飛ばしていた。

 

 

 そんな風に魔物を大虐殺しながら大峡谷を進むこと早三日、一行は未だにライセン大峡谷にある大迷宮の入口を見つけられずにいた。

 

 

 蓮弥達はハジメ謹製のテントに篭りながら少しうんざりしていた。大峡谷にあるかもしれないという曖昧な情報だけでこの広い谷を走り回っているのだ。ある意味一本道だったオルクス大迷宮とは違った苦労があった。もしやこれも大迷宮の試練なのかもしれない。

 

 

 蓮弥が長丁場になることを覚悟してすぐ、シアから吉報が届けられた。入口らしきところを見つけたという。

 

 

 “おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪ ”

 

 

「……なあ、蓮弥……」

「……なんだ……ハジメ……」

「……もしかして……ここがそうなのか?」

「……たぶんな……ミレディという解放者の名前が入ってるし」

 

 色々台無しだった。あまりのチャラい文字に思わず気が抜けてしまいそうになる。なんというか、ものすごく頭が悪そうだった。

 

「これでいいのか大迷宮……」

「ん…………頭悪そう」

 

 ハジメとユエも若干脱力しながらそう零していた。オルクス大迷宮をイメージしていた分、そのギャップがすごいのだろう。蓮弥も同じ気持ちだったのでよくわかる。

 

 

 一方、今回大迷宮攻略初参加のシアは自分が発見したとあってやる気十分だった。

 

 

「いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って。見つかってよかったですぅ」

 

 シアは能天気にそういった。そしてペタペタメッセージの書かれた石版を触っている。

 

 

「おいシア、あんまり迂闊に触ると危ないぞ!」

「う〜ん、入口なんて見当たりませんね〜どこかに隠れてい、ふきゃ!?」

 

 

 蓮弥の警告も虚しく、シアは触っていた窪みの奥の壁の向こうに消えてしまった。忍者屋敷の仕掛けのようなものがあるらしい。

 

 

「「「……」」」

 

 三人は沈黙する。まるでアトラクションの入口のような仕掛けにどう対応すればいいか一瞬悩んでしまった。

 

 

 結局シアが入ってしまった以上、蓮弥達が入らないという選択肢はない。三人はなんともいえない雰囲気の中、二つ目の大迷宮に挑戦するのであった。

 

 

 中に入った瞬間、矢が飛んでくるトラップが動き三人を襲ったが、それを難なく対処する。この程度のトラップで死にはしない。

 シアもなんとか矢に刺さることなく無事だった。もっとも別の意味で大丈夫ではなかったわけだが……

 

「うぅ、ぐすっ、ひくっ」

 

 人としての尊厳を貶められたシアはシクシク泣いている。蓮弥は可哀想すぎて言葉もでない。

 

 

 しばらく泣いていたシアだったが、目の前の石版に気づく。

 

 

 “ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? チビってたりして、ニヤニヤ”

 “それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ”

 

 

 それは挑戦者をいかに煽るかを追求しているかのような文章だった。シアの顔から表情が消える。

 

 

 無言でドリュッケンを取り出したシアは、石版に対し渾身の一撃を叩き込んだ。今まで最高の威力を発揮したような気がするその一撃に石版は粉微塵になる。

 

 

 砕けた石板の跡、一仕事やりきったシアは地面を見てみるとなにやら文章がかいてあった。そこには……

 

 “ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!! ”

 

「ムキィ──!!」

 

 シアは金切り声をあげながらドリュッケンを滅茶苦茶に振り回し始めた。

 

「これは前途多難だな……」

 

 蓮弥はこれからの受難を思い、そっと息を吐いた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 シアが気の済むまで石板を破壊し尽くした後、一行は広大な空間に出ていた。そこはまるで子供が適当にレゴブロックを繋げて作ったかのような構成であり、規則もなく滅茶苦茶な空間であった。

 

「こりゃ、ある意味迷宮らしいと言えばらしい場所だな」

「……ん、迷いそう」

「ふん、この迷宮を作ったやつはぜ〜ったい腹の底から腐ったヤツですぅ。この迷宮のめちゃくちゃ具合がいい証拠ですぅ」

「はあ……シア。気持ちはわかるが落ち着いとけ。おそらくここで挑戦者を怒らせるのもトラップの内だろうしな」

 

 蓮弥はシアに忠告する。深読みするならたとえどんな環境にさらされても、常に冷静さを保てるかを試されていると見るべきだが……石版文字を見るに個人的趣味という線も否定できない。

 

 

 とりあえず一同は考えても仕方ないとハジメの固有魔法を応用したマーキングをつけながら先に進んでいくことにする。

 

 

 一行は注意しながら進んでいく。ハジメは魔眼石で周囲に魔法がないか確認する。蓮弥は聖遺物の使徒になったことによる超人化した第六感を働かせる。聖遺物の使徒の仕様上、身を守ることに関しては攻撃に出るときほど勘が働かないのだがないよりはマシだろう。

 

 

 だが自分は警戒できても他人のまではわからない。ハジメが早速何か踏んでしまった。ガコンッという音と共に足場が沈む。

 

 

 その瞬間、刃が滑る音と共に左右のブロックの間からノコギリ状の刃が飛び出してくる。あたれば常人ならただでは済まないだろう。

 

「回避ッ」

 

 ハジメが咄嗟に周囲に叫ぶ。ハジメは仰け反りながら避け、ユエはかがんで避ける。蓮弥は軽いステップで避け、シアは慌てつつもギリギリ避けることに成功する。

 

 

聖術(マギア)7章1節(7 : 1)……"聖盾"

 

 聖遺物に戻っているユナが魔法障壁を展開する。それは頭上のギロチンを防ぎ、その間に蓮弥達は離脱する。一度目のトラップを避けて少し気が緩んだタイミングで襲いかかるギロチン。なかなか挑戦者の心理をついたいやらしいトラップだった。それに完全に不意をつかれた形になるハジメ達は冷や汗を流す。ハジメが感知できなかった。というのも……

 

 

「……完全な物理トラップか。マジでタチが悪いな。魔眼石じゃあ、感知できないわけだ……最後のあれは正直やばかった。……蓮弥、助かった」

「……グッジョブ」

「はぅ~、し、死ぬかと思いましたぁ~。蓮弥さん、ありがとうごさいますぅ〜」

 

 ハジメとユエ、それにシアが礼を言ってきたが筋違いだ。

 

「それは後でユナに言ってくれ。気づいたのはユナだ」

 

 正直に言うなら霊的装甲がある蓮弥は、傷一つ負わなかっただろう。だが他はそうはいかない。特にハジメのような蓮弥に匹敵するスペックも、ユエのような自動再生もないシアは危なかったかもしれない。

 

「とりあえず解放者は容赦なく俺たちを殺しに来ている。用心するに越したことはない……慎重に進むぞ」

 

 蓮弥の一言で先へ進む一同。シアがまた残念な扱いをされて涙目になっていたがしっかりしてもらいたい。特にここではシアの身体強化が重要になるのだから。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥達はトラップに注意しながら慎重に先へ進んでいった。幸いまだ魔物が出現していない。

 

「……蓮弥、どう思う?」

「魔物がいない件についてか……」

「ああ……」

 

 ハジメも疑問に思っていたらしい。このまま出て来なければありがたいが……

 

「楽観はしないほうがいいだろうな。魔物がトラップに引っかかると台無しだからここらにはいないだけかもしれない。モンスターハウスみたいな四面楚歌の即死トラップがないとも限らないからな」

 

「……なんか懐かしいな、それ」

 

 ハジメは奈落に落ちるキッカケになったトラップを思い出したのかそう呟く。蓮弥も思い出す。それはもう遠い昔のようだった。

 

 

 そうこう話しているうちに三つの分かれ道に遭遇した。看板があり、『↑出口 異世界→』と書かれていた。

 

「「……」」

 

 蓮弥とハジメは沈黙する。前から思っていたが、この世界の住人は所々日本人にしかわからないネタを取り入れている気がする。

 

 

 出口に用はないし、本当に異世界に通じているなら興味はあるが、間違いなく罠なので蓮弥とハジメは何も書かれていない階下へと続く階段がある一番左の通路を選んだ。

 

「うぅ~、何だか嫌な予感がしますぅ。こう、私のウサミミにビンビンと来るんですよぉ」

 

「おいバカやめろ。それはフラグだ」

 

 ハジメが注意するも時すでに遅し、フラグは丁寧に回収され、ガコンという音と共に階段の段差が消えて滑り台のようになる。

 

「おい、やっぱりか!?」

「!? ……フラグウサギッ!」

「昔のコントかよ!」

「わ、私のせいじゃないですよ〜」

 

 タールのような潤滑液が流れてきてそのまま滑りだしてしまう。このまま下に落ち続けてもろくなことにはならないだろう。

 

「ハジメ、俺のことはいいから二人のサポート頼む」

「わかった」

 

 ハジメは二人を抱えて蓮弥の後ろに回る。蓮弥は活動による巨大鉤爪を展開し、その爪を引っ掛けて強引に止まろうとする。

 

 

 壁をガリガリ削りながら勢いを殺していき、出口間近で止まることに成功する。

 

「ふぅ、なんとかなったか」

 

 蓮弥はため息をついた。下を見てみると棘山になっていた。このまま落ちていたら串刺しになっていただろう。

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「なあ……上から音がしないか?」

「ああ……嫌な予感が止まらねーな」

「……これはまずい」

「あわわわわ」

 

 蓮弥達は一斉に上を向く、そこには狭い通路いっぱいに勢いよく流れてくる激流だった。

 

「やばいッ、飛ぶぞッ、お前ら!」

 

 蓮弥が空中に身を投げ出す。続けて三人が空中に身を躍らせた直後、水が勢いよく出口から下へ吹き出していった。あのまま通路に残っていたら激流で押し潰されていた。

 

 

 とはいえピンチは変わりない。ハジメはユエのサポートを受けて、左腕の義手に仕込んであったアンカーを天井に突き刺し反対側の横穴まで渡る。蓮弥はというと……

 

聖術(マギア)5章2節(5 : 2)……"舞空"

 

 流石ユナである。言わずとも対応してくれた。

 蓮弥の体が浮き上がり、ゆっくりとハジメ達のいる反対側の横穴に渡ることができた。

 

「い……生きてる……助かりました……」

「さ、流石にちょっと焦ったぜ」

「……ちょっと一息いれるか」

 

 シアとハジメが呟く。ユエはなにも言わないがこくこくと頷いていた。

 蓮弥が休憩を提案し、目の前を見るとどこかで見たような石版が立ててあった。

 

 “焦ってやんの〜〜ダッサ〜〜〜〜イ! このくらいで疲れるようじゃ先が思いやられるわね。ププー! ”

 

 イラッ……

 

 ハジメ達の間に不穏な空気が流れる。蓮弥も石版の文字を見なかったことにし、深呼吸する。

 

 

 この大迷宮。イライラしたら完全に製作者の思うツボである。

 出来るだけ気分を落ち着かせて蓮弥達は更に慎重に先へ進んだ。

 

 

 この後もトラップと煽り文句の連続だった。

 天井ごと潰されそうになったり、典型的な岩が転がるトラップに遭遇したりもした。

 

 

 蓮弥達とて抵抗したのだ。破壊可能なトラップは正面から粉砕したり、超遠回りだが全員行ける道と近道だが一人置いていかなければならない道を選択する際、遠回りの道を選び、その壁をシアのドリュッケンドリルモードで削岩して近道に無理やり入ったりしたのだ。

 

 

 だけど敵は更に策士だった。

 破壊したトラップの後に、明らかにやばい粘性の液体みたいなものが付着するようになったり、近道は結局近道じゃなかったり。蓮弥達のストレスゲージがどんどん溜まっていくばかりだった。

 

 

 多数決を迫られるエリアで一人だけ〇×判定が逆になっていたときなんかイライラも相まってあやうくパーティが壊滅しかけた。

 

 

 そしてついに中々仰々しい通路が現れた。奥にはいかにも立派な扉が開いていた。一行はついにゴールかと気分が軽くなる。思わず皆顔を見合わせ頷き合い、同時に駆け出した。

 

 

 扉の奥は光で溢れている。

 

 皆足取りが軽い。

 

 やっと報われる。

 

 そう思った一行に待っていたものは…………ライセン大迷宮の入口だった。

 

「「「「……」」」」

 

 蓮弥達は目を疑った。何度も目をこすり確かめたが、その光景は大迷宮に入ったばかりのものにあまりにもそっくりだった。

 

 

 ダメ押しに入った時にはなかったこんな石版が立っていた。

 

 

 "は〜い、残念でした〜〜。ここはお察しの通りスタート地点で〜す。苦労して苦労してたどり着いたところがスタート地点だったわけだけど、ねぇねぇ今どんな気持ちー? ちなみに引き返しても無駄で〜す。この迷宮は一定時間ごとにランダムに仕組みが変わっちゃうのだ〜〜。あ、あとマーキングの類も消しちゃうので無駄な努力ご苦労様ってことで。じゃあ〜引き続きミレディたんのドキワク大迷宮をお楽しみ下さ〜〜い。m9(^Д^)プギャー"

 

 

 ブチブチブチブチ

 

 一行の間になってはいけない音が広がる。

 

「……くくく」

「フヒヒ、フヒヒヒヒ」

「………………」

 

 ハジメが俯きながら静かに笑う。シアなんかは不気味な声をあげながらドリュッケンを軋むほど強く握りしめる。ユエはいつもより沈黙が重い。

 

 

 ブチギレる皆を見て一人冷静になった蓮弥も手を顔につき天を仰いだ。

 

 

 ダメだ、攻略できる気がしない。

 

 

 皆が諦めかけたその時、蓮弥達一行最後の一人が動いた。

 

「……ユナ?」

 

 自身を形成し、目を閉じて例の石版に手をつくユナ。

 蓮弥達は突然のユナの行動に各自奇行をやめ、注目する。

 

 

 そしてユナの中で何か終わったのか手を離しそっと目を開ける。

 

「……解析完了。大迷宮のシステム、把握しました」

 

 その一言と共に、蓮弥達の反撃が始まる。




魔法で比較すると、技のユエに対して力のユナな感じ。
存在で比較すると、ユエはチートでユナは仕様外のバグです。

次回は製作者が想定してないバグキャラ無双の予定


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想定外の進撃

 そこから先の攻略は劇的に変化した。

 

「シア、そこにトラップがあるので踏まないように。蓮弥はあそこの壁にある矢の射出口を破壊してください」

「おう、わかった」

 

 シアが地面のトラップを避け、蓮弥が壁のトラップを右腕で粉々にする。

 

「ハジメ、ここを通りすぎると周りからトリモチや粘液が多数吹き出します。出現する前に辺り一面吹き飛ばしてください」

「ヒャッハァァァァァァ!!」

 

 ハジメが新兵器である十二連回転弾倉付きロケット&ミサイルランチャー『オルカン』を今までの鬱憤を晴らすがごとく乱射して未起動の罠をまとめて吹き飛ばす。

 

 

「天井が落ちてきますが私が対処するので慌てないで下さい」

聖術(マギア)3章4節(3 : 4)……"聖柱"

 

 ユナが発動した土魔法により、落ちてくる天井が支えられる。

 その隙に一行は先へ進む。

 

「ここで止まってください。ここに罠と罠の隙間にできた抜け道があります。ユエ、水の刃で慎重にここを切断してください」

「ん……わかった」

 

もしかしたら製作者も知らないかもしれない、画面外の抜け道的な通路を通り抜けることで先にあった仕掛け全てをスルーする。

 

「シア、そのゴーレムはフェイクです。それを操る本体は……あそこです。あれを思う存分粉微塵にしてください」

「わかりました。殺ルで〜すぅ」

 

 シアが笑顔でありながら、全ての憎しみを込めて丹念に丹念に、ゴーレムを砂になるまで叩き潰す。

 

 

 一行は今までの苦労がなんだったのかというくらい順調に進んでいた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「……解析完了。大迷宮のシステム、把握しました」

 

 ユナは触れたものの思念や記憶を読み取る固有魔法『霊的感応能力』を所持している。以前蓮弥も例の巨大神結晶のところに行く際にお世話になったユナの技能だ。

 

 

 創作物には作者の想いが宿るとはよく聞くが、それは大迷宮も同じらしい。読み取るのに時間がかかったようだが、凝った仕掛けがあればあるほど思念や思考は多くなり、読み取れる情報も多くなる。オルクス大迷宮はその構造がある意味シンプルだった為にあまり役に立たなかったが、ここライセン大迷宮では、ユナの技能が思いっきり役に立っていた。

 

 

 今ユナにはどこにどのトラップがあってどうやって作動するか完全に把握できていた。もしくは頭の中に大迷宮の設計図が入っているといってもいい。まさか製作者も大迷宮のシステムに介入してソースコードを覗き見るハッカーがいるなんて思ってなかったに違いない。

 ちなみに聞いてみたが挑戦者に対する試練二割、警告三割、遊び心五割の構成で罠が作られているらしい。それを聞いて一同の殺意が増し、破壊活動がより過激になったのはいうまでもない。

 

「いやー、ユナさんまじパネェですぅ。これでこの大迷宮なんて怖くもなんともないですぅ」

 

 シアが例の石版にむかって、運営ザマァと中指を立てながら言っていた。

 

「本当に助かった。この大迷宮にはマジでストレスしか湧かなかったからな。ユナがいなかったら攻略の目処も立たなかったかもしれん」

 

 ハジメがしみじみ言う。その顔は運営の意図を粉々にするほどの破壊活動を繰り返したお陰でだいぶスッキリしている様子だった。

 

「油断しないでください。まだ攻略は終わっていません。もうすぐ最深部に着くはずですからそこまでは気を緩めないようにしてください」

 

 

 蓮弥もかねがね同意だった。まだ終わっていないのだ。オルクス大迷宮でも最後の試練があったように気を抜かないほうがいいだろう。

 

 

 そこでただ一人だんまりだったユエが疑問をぶつける。

 

「……ユナ、さっきから気になってたけど、どうやって魔法を使っているの?」

 

 この大迷宮で一番割りを食っているのはユエだ。魔法特化の彼女は魔力分解作用のあるこの大迷宮ではろくに魔法を使えない。一応ハジメが用意した超水鉄砲でカバーしていたが、ユナがなんの負担もなく魔法を使っているのが気になるのだろう。

 

 

 そういえば大峡谷でもユナは普通に魔法を使っていたことを思い出す。ひょっとしたらユナの魔法、厳密には聖術というやつは分解作用の影響を受けていないのだろうか。

 

 

 ユナに聞いてみたが彼女は首を横に振った。

 

「いえ、この大迷宮での魔力分解作用の影響を受けてはいますよ。けれどユエもわかっている通り、この環境でも魔法を使う方法はあります。魔力を圧縮して使えばいいんですよ」

「……それは無理、十倍に圧縮しても数秒維持するのが限界……」

「なら、百倍の魔力を圧縮して使えばいいではありませんか」

 

 ユナが語る方法とは完全な力押しだった。十倍でダメなら百倍の魔力を込めて使えばいい。たしかに言うだけなら簡単だが……

 

「おい、まて。そんなことしたら直ぐに魔力が枯渇しちまうだろ?」

「いえ、この程度ならまだまだ大丈夫ですよ」

 

 ハジメが当たり前の疑問を出す。ユエほどではないがハジメもこのエリアの影響を受けていた。魔力量一万を超える彼でもその理屈だと数回ぐらいしか魔法を使えない計算になる。それでも大迷宮攻略から何度もユナは魔法行使を行なっているが一度も枯渇している様子はない。それはつまり……

 

「マジか、どんだけ魔力あるんだよ」

「……魔力怪獣」

 

 そういうことである。いつか機会があったらステータスプレートを手に入れようと蓮弥は決めた。とんでもない数字がでてきそうだ。

 後に一行はユナのステータスを見て納得することになる。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 数時間後、ユナの案内によって大迷宮最深部前に到着した。あれから順調にトラップを避け続けることができ、ふりだしに戻るも踏むことはなかった。ユナがいなければ一週間くらいかかったかもしれない。

 

 

 その部屋はゴーレム騎士が何体も並んでおり目の前にはオルクス大迷宮でも見たような仰々しい扉が佇んでいた。

 

 

「ここって一度入口に戻された部屋じゃねーか」

「大丈夫です?」

 

 ハジメとシアが言うが、ユナは自信を持って答える。

 

「大丈夫です。この部屋にたどり着くまでの順路によってあの扉の先が変わります。正しい順路で到達しないと入口に戻される仕組みです」

「なるほど。なにか条件があってそれを満たさないとふりだしに戻るが発動するわけか」

 

 蓮弥はループを繰り返してユナのいう警告と試練の部屋を網羅することが条件じゃないかと予想する。

 

 

 部屋に入ると似たような部屋で遭遇したゴーレムと同じく動き出す。前回はダミーは無視して本体を狙ったわけだが、今回も同じ方法でいけるか。

 

「ダメです。ここに本体はいません。……というより」

 

 ユナの声が淀み出す。予想外のことがあったようだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。このままだと入口に戻されるかもしれません」

「っ! それはどういうことだ?」

 

 蓮弥の問いにユナは若干焦って答える。

 

「何者かが大迷宮に直接介入しています。そうでないと説明できません」

 

 それはおかしい。つまり何千年も前に作られた大迷宮を改造できるやつがいることになる。それはつまり……

 

「蓮弥ッ、考えるのは後だ。ユナの話が本当ならその改造とやらが終わる前に突破しないとまずいんだろ」

「冗談じゃないですぅ。このまま入口に戻されてはたまりませんよ」

「……強行突破」

 

 皆が構える。あまり時間はないようだから急いだ方がいい。

 ユナも武装に変わり、蓮弥は構える。

 

「くるぞッ」

 

 ハジメの声と共にゴーレム騎士が一斉に襲いかかってくる。四方八方どころではない。どういう仕組みか、天井を走ってこちらに向かってくる。

 

「明らかに重力が仕事してないぞ。どうなってやがる」

「重力さんのストライキですぅ」

「……キモい」

 

 ハジメとシアが対処しつつも驚愕していた。ユエは壁にわらわらついているそれに何か嫌なものを連想してのか気持ち悪そうにしている。

 

 

「お前ら急ぐぞ」

聖術(マギア)4章2節(4 : 2)……"白雷"

 

 電撃の斬撃によりまとめてゴーレムを吹き飛ばしながら蓮弥は先に進む。この大迷宮では魔法が使えない前提だからか強度自体たいしたことがない。十分強行突破できるはずだ。

 

 シアがドリュッケンを振り回し、ゴーレムを鉄くずに変えていく。時々洩らしているものに対してはユエがシアのサポートをする形で対応している。何だかんだいいコンビになりつつある二人である。

 

 

 ハジメもオルカンを用いてまとめて爆撃している。だが四方八方から襲ってくるゴーレムに思うように進まない。

 

 

 そうしているうちに奥の扉が閉まり始めた。どうやら改造が終わりつつあるらしい。

 

「クソッ、間に合わないか」

 

 蓮弥も纏めて吹き飛ばすがギリギリ間に合わないかもしれない。

 

『蓮弥、私を扉に突き刺してください。』

 

 ユナが念話で語りかけてくる。何か策があるらしい。

 

「ユナ、いくぞッ」

 

 蓮弥は振りかぶり、人外の膂力にて扉に刀をぶん投げた。

聖術(マギア)5章1節(5 : 1)……"風突"

 

 ユナのマギアにより貫通力が増した刀がゴーレムの壁を突き破り、扉に刺さる。

 

聖術(マギア)9章2節(9 : 2)……"断魔"

 

 刀から回路が広がっていく。まるで侵食しているみたいだ。

 

『魔力で改竄を妨害しています。長くは持ちませんので急いでください』

 

「わかったッ、ハジメ急げッ」

 

 蓮弥はユナの元に最速で到達する。ハジメ達は苦戦しているようだ。

 

「ちっ、キリがねえ。……シア、アレ使え」

 

「っ! わかりました」

 

 シアが魔力を集中し出す。これは若干溜めのいる技だったからだ。

 当然シアが無防備になるわけだが、ハジメとユエが近づけさせない。

 そしてシアの準備が完了する。

 

「轟天! 爆砕!!」

 

 気合の掛け声と共にドリュッケンを振りかぶる。オスカーの部屋にてハジメと蓮弥が研究し、ユナの聖術付与によって完成した込めた魔力分だけ質量が増す特殊合金により、その大きさが十倍以上に膨れ上がったドリュッケンを構え、振り下ろす。

 

「ギガントクラァァァッシュ!!」

 

 その巨大質量はそれだけで武器であり、正面にいるゴーレム騎士を数十体まとめて押しつぶした。その衝撃で潰されなかったゴーレムも周囲に吹き飛ばされる。道ができた。

 

「ハジメさん、ユエさん、捕まってください。縮む勢いで飛びます」

 

 その言葉と共にハジメとユエがシアの腰に捕まる。シアが魔力を閉じる。急激に膨らんだ質量が魔力減少により勢いよく縮む。その反動でドリュッケンの先まで飛んでいく三人。

 

 そしてユナを回収した蓮弥と共に閉じかけた扉をくぐり抜けることに成功した。

 

「なんとか突破できたな」

「ん……シアは頑張った」

「あ、ありがとうこざいますぅ」

 

 シアがヘトヘトになりながら答える。あれは魔力の消耗が大きい。今のシアでは無理しても一日ニ回が限度だろう。

 

「それで、ここはどこなんだろうな」

「周りの石が全部浮いてるぞ。天空の城じゃあるまいし」

 

 周りを見回すハジメ、蓮弥も周りを見回すが何もない。

 その時、

「っ!」

 

 シアがハジメとユエを抱えて飛び上がり、その場を離脱する。ハジメ達がいたところに隕石のようなものが降り注ぎ、その一部が方向変換して蓮弥を襲う。

 

聖術(マギア)7章3節(7 : 3)……"聖壁"

 

 ユナがシールドを展開して防ぐ。蓮弥自身は大丈夫でも足場を吹き飛ばされるところだった。

 

 

 どうやらシアが未来視で回避したらしい。大技プラス未来視で魔力が枯渇したのかへばっていたので蓮弥は自分の神結晶から抽出した神水を飲ませてやる。ここでシアに倒れられるわけにはいかない。

 

 

 そしてそれは出現する。

 

「おいおい、マジかよ」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

「ここまで来ると巨大ロボだな」

 

 それは宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

 蓮弥達は警戒する。明らかに他とは一線を画する。

 

 だがそこで聞こえてきたのは気が抜けるような挨拶だった。

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「「……は?」」」」

 

 ライセン大迷宮最後の試練が始まる。




シアの技の元ネタは鉄槌の騎士。シアの最強装備を考えたら中ハンマー。

おまけ
地味に苛立っていたユナによりライセン大迷宮の設計図が流出して十年後、もしミレディがまだ大迷宮にいたら。

ミレディ「ふふふ、今日も楽しく挑戦者の観察をしようかな〜。さあ、今日のお客様は……」

ムッムッホァイ

ミレディ「!!?(突然どこともしれない場所から吹き飛んできた変態に驚くミレディ)」

?「キ○ン流奥義!!」

ミレディ「!!!!?(目の前で変態が分身してミレディゴーレムをボコボコにし始めたのを驚きながら見るしかないミレディ)」

NKT……
\デレデレデェェェェン!!/

攻略法が研究され尽くしてタイムアタックに命をかける変態が出没するようになる。


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解放者ミレディ・ライセン

ライセン大迷宮編最終局面

独自解釈と独自設定ありです。


「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 ……巨大ゴーレムがミレディ・ライセンを名乗っているんだが。

 確かオスカーの手記では死んだと書いてあったはず。蓮弥はハジメに確認を取ろうとするが、ハジメは軽く現実逃避しているようだった。ゴーレムのほうを見つめているが動かない。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

 

 イラァ

 

 またハジメたちから苛立ちが立ち上ってくる。せっかく発散したのにこのままではすぐに許容範囲を超えるだろう。蓮弥は対応することにする。

 

「ミレディ・ライセンというのはこの大迷宮の製作者のミレディか」

 

「あったりまえじゃん。それ以外にいないよ〜。まったく、ちょっと考えればわかると思うのだけれどね」

 

 なるほど、この人を馬鹿にするような言動、どうやら本物らしい。

 

「オスカーの手記では人間とあるんだがな」

 

 そして蓮弥は視てみることにする。

 

「そうか、魂をゴーレムに定着させてるんだな」

 

「ちょちょちょ、君さぁ、物分かりよすぎじゃない!? 久しぶりの会話に内心、狂喜乱舞している私がネタばらしする前に喋られるとミレディさんの役目かなくなってしまうのだけれど」

 

 目の前で巨大ゴーレムがしくしくと嘘泣きを始める。うざい。

 

 蓮弥はイラァとする感情を抑える。ここで感情的になったら負けだと自分に言い聞かす。

 

「魂を定着? どういう意味だ」

「ああ、言ってなかったな。実はユナと出会ってから人の魂が見えるようになってな。あのゴーレムに人の魂が内蔵されているのが見える。大方、死ぬ前にゴーレムに定着することで死を免れたというところか」

 

 蓮弥の視界には確かにゴーレムに内蔵されている魂が見えていた。見た目十代の金髪の少女だろうか。それがあんなごついゴーレムに入っているとかギャップが半端ない。

 

「それも神代魔法の効果か、本当になんでもありだな」

 

「えっ、いや、ちょ、ちょっとまって。見える!? ミレディたんの魂が見えるって言った!? ということはラーくんの大迷宮攻略者?」

 

 ラーくんというのが誰かはわからないが結構意外だったらしい。

 

「ラーくんというのはしらない。ただオスカーの大迷宮は攻略してる。そこであんたのことが書いてあったんだ」

 

 見えるかどうかわからないが蓮弥はオスカーの指輪を提示する。どうやら確認したようでなにやら納得している。

 

「ふーん、なるほど。オーちゃんの方の大迷宮攻略者か。ということは目的は神代魔法かな?」

「ああ、その通りだ。つべこべ言わずさっさと寄越せや」

 

 ハジメがヤクザの取り立てみたいな表情でゴーレムに言う。ハジメはまだ相当苛立っているようだ。

 

「おおう、人生の先輩になんたる言い草。……それは何のために? ひょっとしてあのクソ野郎を殺してくれるのかな? オーちゃんの大迷宮攻略者なら私達の事情は聞いてるよね」

 

「神なんてもんはしらん。いいからさっさと寄越せや」

 

「ぶー。態度悪いなぁ。そんな悪い子には神代魔法あーげない」

 

 不貞腐れたようにいうゴーレム。そしてその一言でハジメの戦闘スイッチが入ったようだ。もともとこうなるとわかっていた蓮弥も構える。

 

「ならお前をぶちのめして奪うだけだが一つ聞きたい。お前の神代魔法はなんだ? 話の内容から察するに魂を操る魔法はお前のじゃないんだろ?」

 

 確かにラーくんとやらの大迷宮が魂に関する神代魔法だというニュアンスに聞こえた。ならミレディの神代魔法はそれとは別だろう。

 

「それが知りたければ答えなさい」

 

 ミレディの声色が変わる。どうやらシリアスモードに入ったらしい。

 

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

 嘘偽りは許さないという雰囲気だった。オスカーの手記によると彼女は解放者達のリーダーだったようだ。魂を定着させてまで生き続けるということは結構責任感はあるのかもしれない。

 

 その問いに対して、代表してハジメが真面目に答える。

 

「俺達の目的は故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

「……」

 

 ミレディは沈黙している。どうやらハジメの言葉を吟味しているらしい。しばらくすると納得いったようで「そっか」と呟いた。

 

「もういいか、じゃあいい「次の質問」おい」

 

 ハジメのセリフを遮ってミレディは今度はこちらを向いてきた。

 

「君たちの仲間にもう一人、銀髪の女の子がいるよね。彼女はなに?」

 

 ユナのことを言っているようだった。ならと蓮弥が前に出る。

 

「質問の意図がわからないな。一体なにが聞きたい?」

 

「この大迷宮は当然そう簡単に干渉できないように作ってある。なのにこの大迷宮の構造をあっさり解析した。おまけに魔力分解作用を無視するような異常な魔力」

 

「はっきりいって人間じゃないよね。もしかしたらあのクソ野郎の関係者だったりするのかな」

 

 なるほど、どうやらあまりに異常すぎて神の手先と疑っているらしい。ならそれは検討はずれだ。

 

「俺たちがお前に言えることは一つだけだ。彼女は俺達の仲間。それ以上でも以下でもない」

 

 蓮弥の強い言葉にミレディは沈黙する。そしてしばらくすると納得したのか、軽薄な雰囲気が戻る。

 

「そっか、どっちみちやることは変わらないか。なら戦争だ〜。神代魔法を手にするなら見事、私を倒してみよ〜」

 

「やるぞハジメ。どのみちこいつを倒さない限りここから出られないようだしな」

 

 見ると出口がなくなっていた。神の関係者である疑いがある以上、逃すつもりはないらしい。

 

「めんどうだけどそのようだな。なら早速……死ねや」

 

 ハジメがオルカンをミレディに向けて放つ。ミサイル群はまっすぐミレディの元に飛び、命中した。

 

 

 凄絶な爆音が空間全体を振動させながら響き渡る。もうもうと立ちこめる爆煙。

 

「やってはいないだろうな。油断するな」

 

 この程度で大迷宮の最後の試練がクリアーなわけがない。案の定モーニングスターが勢いよく飛び出してきた。

 

 それを躱す一同。

 

 ライセン大迷宮での最終戦が始まった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が一斉に動き出した。通路での攻撃のようにこちらに向けて落ちてきた。

 

『蓮弥、気をつけて下さい』

「ああ、大丈夫。ミレディの使う神代魔法の謎も解けてきた。ネタがわかれば対策はできる」

『いえ、そのことでは……』

「大丈夫だよ。ユナが協力してくれるならどんな相手だろうと敵じゃない」

 

 ユナの心配は神代魔法のことではなかったか。蓮弥は疑問を持つがユナに安心させるように鼓舞の意味を込めて強く言う。

 

 

 大量のゴーレム騎士が襲いかかってくるが一体ずつ丁寧に壊していく。こいつらは再生することがわかっているので倒したゴーレムを一箇所に纏め……

 

聖術(マギア)2章5節(2 : 5)……"氷葬"

 

 氷の聖術にて固めてしまう。これなら動くことはできない。

 

「うーん、やっぱり魔法使えてるね〜。どれどれ……げぇ、力技かよ。この魔力分解エリアで力技とかまじ引くわ〜」

 

 喋りつつもミレディは攻撃をやめない。どうやらハジメ達より蓮弥の方が厄介だと思ったのか、ゴーレムの半数を蓮弥に向けてくる。

 

「クソッ、鬱陶しいな」

 

 蓮弥は剣を横薙ぎに振ることで数体まとめて斬り捨てるも、数十秒で復活してしまう。凍らせて動きを止めようにも単純にこの数では自身の手数が足りない。

 

 

 蓮弥は考える。ゴーレムの攻撃は無視してミレディを攻撃した方がいいかもしれないと。蓮弥はゴーレムの攻撃を持ち前の霊的装甲で受けつつ、ミレディに肉薄する。

 

「蓮弥ッ、ミレディの核は心臓にある」

「わかった」

 

 ハジメの言葉通りミレディの心臓目掛けて突撃する蓮弥。聖遺物の使徒としての力もあり、亜音速でミレディに迫る。だが、ここは一枚相手が上手だった。

 

 

「油断大敵だよ〜」

「なっ!?」

 

 蓮弥の周りのゴーレムがまるで蓮弥に吸い寄せられるかのように集まってくる。攻撃するでもなく、体を大きく広げた上での行動、明らかに蓮弥の動きを阻害するための行動。

 

 

 ミレディゴーレムが騎士ゴーレムに雁字搦めになっている蓮弥に向けて拳を叩き込もうとする。ハジメ達が妨害しようとするも、残りの騎士ゴーレムと浮遊ブロックに妨げられている。

 

聖術(マギア)7章3節(7 : 3)……"聖壁"

 

 ユナが正面に障壁を張るもすぐに消える。

 

『えっ!?』

「そうなんども魔法をつかわせないよ〜」

 

 3000倍。

 ミレディがユナの聖術に対して集中させた魔力分解フィールドの密度である。長い時間できないという欠点があるが、流石にこの密度だと魔法なんか一瞬も持たない。

 

 

 蓮弥は剣を構えて防御に集中する。避けられない以上、防ぐしかない。

 

『ダメです、蓮弥ッ、避けて』

 

 ユナが焦ったように警告するも、時すでに遅し。蓮弥はミレディの攻撃をまともに受け止め、そのまま抵抗できず弾丸のように……軽く吹き飛ばされた。

 

「ガッ、ハァッ!?」

 

 蓮弥の体がブロックを貫きながら跳ね回る。そしてこの空間の果てらしきブロックの塊まで叩きつけられ、吐血する。

 

「蓮弥ッ」

 

 ハジメの声が遠くに、聞こえる。

 

 痛い、痛い、痛い。

 

 この激痛はいつかの巨大蝙蝠と戦った時以来の衝撃だった。まるで骨という骨がバラバラになったような感触。

 

 いや、実際バラバラになっているかもしれない。なぜなら先ほど一撃で指一本動かせなくなった。

 

 つまりこれは……

 

(俺の……霊的装甲を……突き抜けた……のか)

 

「君さ〜」

 

 ミレディが構える。もちろん標的は蓮弥だ。

 

「なんか防御に自信があるっぽかったけど〜そのせいで隙だらけだったよ。これでも私強いんだよ〜あんまり気を抜いてると……」

 

「死んじゃうよ〜」

 

 蓮弥目掛けてモーニングスターが発射される。ハジメ達が助けようとするが間に合わない。そのまま蓮弥はモーニングスターの影に見えなくなった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥はどこかを漂っていた。

 周りに色がない、白黒テレビを見ているかのようだ。途中ノイズが流れているのは相当古いからか。

 

 

 そこにいたのは少女だった。

 

 目に光のない少女。

 

 ただ言われるがまま家の課せられた勤めを果たすだけの機械。

 

 だがその機械に意思が投入される。

 

 

「子供が笑えねぇ世界に、なんの価値がある?」

「あんただって、笑って生きたいだろ?」

 

 

 機械に意思が投入される。

 

 

「ミレディたん、お帰り~~。ちっこいのに毎日おつかれさまぁ~」

 

 

「手を取り合うことは‥‥罪かしら?」

「‥‥罪、なんかじゃ、ないっ」

「ええ。人は‥‥あいつの、玩具なんかじゃ‥‥ない」

 

 

 

 そして機械に意思が産まれ、意志を持つ。

 

 

「廃棄処分? やれるもんなら、やってみればぁ?」

 

 

 そして出会う。

 

 

「私と一緒に‥‥世界を変えてみない?」

 

「地獄の底だろうと付き合うよ」

 

 

 そこから7つの光が集まる。それに惹かれて多くの仲間が集う。

 

 運命に導かれた解放者たち。

 

 やれる。私たちは勝てる。

 

 

 

 そう確信していたのに……

 

 

 世界は彼らに「反逆者」の烙印を与えた。

 

 一人、また一人倒れていく仲間。

 

 そしてとうとう最初の七つが残る。

 

 

「ッ!」

 蓮弥の頭に情報が流れ込んでくる。

 

 生成魔法

 重力魔法

 空間魔法

 再生魔法

 魂魄魔法

 昇華魔法

 変成魔法

 

 そしてその七つが揃った時、至る神の御業「概念魔法」

 

 

 一人生き残った少女が叫ぶ。

 

 

 許さないッ

 

 ここで終わりなんて認めないッッ

 

 このまま消えてたまるかッッ!! 

 

 

 だから少女は待つと決めた。

 たとえ何百年でも何千年でも何万年でも。

 自分たちが歩いた道が確かに、未来に続くのだと信じて。

 

 

 

 その願いを叶えるためには二つの要素が必要だった。

 

 

 一つは仲間達と集めた七つの光(神代魔法)

 

 

 ゴーレムのボディを作るために生成魔法(オスカー)

 

 ゴーレムを自由に操るために重力魔法(ミレディ)

 

 広大な空間を作り出す機能のために空間魔法(ナイズ)

 

 何度倒されても復活する機能のために再生魔法(メイル)

 

 足りない力を底上げするために昇華魔法(リューティリス)

 

 ゴーレムに魂を定着させるために魂魄魔法(ラウス)

 

 そして魂を定着するために必要だった、ミレディ本体に組み込まれている生体部品()のために変成魔法(ヴァンドゥル)

 

 

 彼らの想いを、我らがリーダーに託すかのように全て組み込まれていた。

 

 

 そしてもう一つ、何より重要な要素……

 

 

 極限の意志が必要だった。

 

 

 そもそも極限の意志とはなんなのか。前述の条件と違いふわりとした概念だった。

 

 

 だけど蓮弥はその概念をすぐに理解した。

 

 

「渇き」から生じた望み。

 

 求めても得られずに高まった願望。

 

 わずかの淀みも許されない狂気の祈り。

 

 蓮弥が知る概念でそれのことを……こう呼ぶのだ。

 

 

 

 

 ──『渇望』と

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(馬鹿か、俺は)

 

 いつから自分が強者になったと思っていた。

 

 いつから霊的装甲なんてものに慢心していた。

 

 決して自分が特別になったわけではなかったというのに。

 

 強い。ふざけた言動で誤魔化しているが、ミレディ・ライセンは()()だ。

 

 今までトータスで出会ったもの達の中でも別格。

 文字通り()()()が違う。

 

 執念が違う。

 溜め込んだ呪いの量が違う。

 そして、「渇望」の深度が違う。

 

 考えれば当たり前だ。

 

 自分以外全滅という絶望的状況。

 

 そんな中、誰も訪れない大迷宮でたった一人、何千年も、来るかもわからない自身らの意志を継ぐ者が現れるまで待つなんて、正気で出来るわけがない。

 

 

 蓮弥(神座)の理屈で当てはめるなら間違いなく格上。

 

 

 勝てない。蓮弥は心が折れかけていた。

 

 蓮弥は神座万象シリーズの愛好者だった。だからラインハルトの圧倒的な存在感も、メルクリウスの脚本家としての凄さや、やることの規模の大きさも、そして藤井蓮の力や後世にかける想いも余さず知っている。だがそれは知識上で知っているだけなのだ。はっきり言ってしまえば、蓮弥にとって彼らは所詮画面上の登場人物であり、蓮弥自身の目や、耳や、全身で彼らの凄さを体感したわけではない。

 

 けれどミレディ・ライセンは違う。彼女は間違いなく目の前にいるし、ユナの能力によって彼女の魂の想いがダイレクトに伝わってくる。知らなかったのだ。本物の超越者がここまで凄まじいことに。彼女と比較して自分が益々凡人に思えてくる。いっそハジメのように精神的に振り切れてしまえばいいと考えてしまう。中途半端な理性など邪魔なだけだ。

 

 俺では勝てない。

 なら、いっそこのまま……

 

(蓮弥、まだ終わってはいません)

 

(ユナ?)

 

 完全に諦めかけた蓮弥は目を開ける。淡い海のような空間で、ユナが自分に向かって微笑みかける。

 

(確かに、彼女は強いです。触れなくても感じます。神への怒り、挑むことすらできなかった無力感、そしてそれでも諦めないと叫ぶ強い意志。一人では勝てないかもしれない。……それでもあなたは一人じゃありません)

 

(ユナ……)

 

 蓮弥は思い出す。きっとまだ戦っているであろう親友のことを。まだ自分の帰還を信じているかもしれない幼馴染のことを、そしていっしょに地球へ帰ると誓った目の前の少女のことを。

 

(……そうだな。ハジメはきっとまだ戦っている。なら自分だけ寝てるわけにはいかないな)

 

 まだ畏怖の念はある。ミレディとの格の差が埋まったわけでもない。きっと自分が強くなったわけでもない。けれど目の前の女の子に対して意地を見せたいと思うくらいには蓮弥も男だったから……

 

 だからこそ蓮弥はあらためてユナに向き合う。

 

(だから、もう一度俺と一緒に戦ってほしい)

 

 ユナは蓮弥に向けて、微笑みかけた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして蓮弥は意識は戻ってくる。気づけば瓦礫の中に埋まっていた。

 

 戦闘音が消えてないからまだ継戦中らしい。

 

 手を見ると、武装がなくなっている。それならもう一度再構成しないと。

 

 もっと最適な形に、もっと相応しい物に。

 

『──Yetzirah(形成)──』

 

 

 人は特定の出会いによって、激しく価値観が揺さぶられる時がある。

 

 

 例えば、赤騎士が黄金に魅せられたように。

 例えば、水銀が黄昏に出会い、恋に落ちたように。

 

 

 必ずしも相手が立派な人とは限らないし、それが自身にとって本当にいいこととは限らない。だがそれはかならず大きな変化を促す。

 

 

 藤澤蓮弥にとって、ミレディ・ライセンとは画面越しでも知識上でもない。実際に出会った本物の超越者だった。

 

 

 故にそれは起こる。

 

 

 蓮弥の背中から十字架が現れる。

 蓮弥と繋がれた十字架が4つ、蓮弥の周りで浮かび始める。

 今までとは違い、人器融合型に相応しい、より聖遺物と密接した新形態。

 

 

 それを伴い、蓮弥は戦場へと復帰した。

 

「蓮弥さんッ」

「ん……」

 

 蓮弥が戻って来たことを知ったシアとユエがゴーレムを抑えつつ安堵する。どうやら心配かけてしまったらしい。

 

 だが、この男は違うらしい。

 

「おせぇんだよ、このバカ。何サボってやがったんだ。いいからとっととあいつに向けて特攻してこいや」

 

 ハジメは傍若無人に蓮弥に言う。その声に心配の色は全くない。おそらく信用してくれてたのだ。蓮弥がここで死ぬわけがないと。

 なら答えないといけない。

 

「……悪かったな。もう大丈夫だ」

 

 あらためてミレディに向き合う蓮弥。

 

「あれあれ〜死に損ないが戻ってきたよ〜。いいのかな? いいのかな? 次やれば今度こそ死んじゃうよ〜」

 

「悪かったな。だけど、あんたの一発で目が覚めた」

 

 そして蓮弥は背中の十字架を構える。軽く確認してみたが、蓮弥の意思通りに動く。

 

「ならいくよ〜。そりゃ〜」

 

 巨大ゴーレムがモーニングスターを振り回す。その攻撃に対して、蓮弥は受け止める選択をとる。先ほどの焼き回しの光景だが、結果は違った。

 

 十字架によって弾かれたモーニングスター。

 そして、迎撃したものとは別の十字架を束ね、相手に向けて放物線状に放ち、叩きつける。

 

 巨大ゴーレムは致命打こそ受けていないようだが、想像以上の攻撃力に軽く後ろに吹き飛ばされた。

 

「うわ〜マジか〜。アレ受け止めただけでなく。このボディを吹き飛ばすとか……びっくり人間?」

 

「あんたにだけは言われたくないな」

 

 蓮弥が軽口を返す。巨大ゴーレムに魂を定着させるような奴にびっくり人間とは言われたくない。

 

「それじゃあ、これならどうかな〜」

 

 ミレディが騎士ゴーレムを操作する。驚くことにこちらに全数を向けてきた。

 

「舐めんなッ」

 

 当然ハジメ達の方が薄くなるのでその隙にミレディに攻撃しようとするが……

 

「……君たちは少し待ってようか……"禍天"」

 

「なっ!?」

「……!!?」

「ふぎゃ!!」

 

 突然声の調子を変えたミレディが手をかざしただけでハジメ達がブロックに叩き潰される。今もめり込み続けており、ハジメ達は身動きが取れないようだった。

 

「なるほど……さっきの一撃で確信がついたよ。どういう理屈かはわからないけど、あなたの使う術理は伝わった。全て理解できたわけじゃないけど……あなたはこの世界で唯一真の意味で異端だ。私が理解できた範疇でもその力、我々の世界(トータス)の魔法の深奥に匹敵するッ!!」

 

 ミレディの圧力が増していく。今までのふざけた態度が改められ、声だけで膝をついてしまいそうになる。なるほど、どうやらこちらが相手の術理を見通したのと引き換えに、あちらにもこちらの術理が伝わってしまったらしい。

 

 

 来る。今までのぬけたような力じゃない。おそらくこれが、ミレディ・ライセンの本気。

 

 

「本来ここまでするつもりはなかったけど事情が変わった。その力が魔法の深奥に匹敵するなら、使い方を誤ればこの世界を滅ぼしかねない。あなたには悪いのだけれど放置するわけにはいかない。神を滅ぼしても世界が終われば意味がないからね。それでも……」

 

 ミレディが両手を広げ構える。それだけで圧力が増す、空間まで震えているようだ。蓮弥は折れそうな膝に力を入れ踏みとどまる。

 

「それでもこの先に進むというのなら……ミレディ・ライセンが告げる。汝が意志を、ここで示せ!」

 

 放射状に見えない何かが広がる。おそらく斥力か何かか、抵抗することもできず蓮弥達はまとめて吹き飛ばされる。蓮弥は端のブロックで着地できたが、即ハジメ達の方を確認する。彼らはブロックに抑えつけられていた。あの体勢ではまともに受け身も取れないだろう。だが意外なことに身動きは取れないようだがハジメ達は怪我一つなく無事だった。どうやら蓮弥だけが目的らしい。

 

 

 開戦のゴングはなかった。もともと戦闘中だ。そんなものは必要ない。

 

 ミレディのゴーレムが一斉に襲い掛かってくる。見れば薄く魔力のようなものを纏っている。

 

 蓮弥は十字剣を振るうことで数体を細切れにする。続いて背中に迫っていた数体を振り返りもせず背中の十字剣で裁断する。単純に考えて手数は4倍、いままでよりはるかに効率よく敵を倒せる。

 

 迫るゴーレムが剣を振りかぶる。それを蓮弥はステップを踏むことで避ける。あの時の二の舞は避ける。が……

 

「嘘だろ!?」

 

 振り下ろした剣によりブロックがきれいに切断された。剣先からなにか飛び出したのがわかる。今までとは比較にならない攻撃力だ。

 

『おそらく重力の剣です。あれに巻き込まれたらまずいですよ蓮弥。それに……』

「ああ、わかってる。こいつら、全員俺用に変わってる」

 

 纏っているオーラがおそらく霊的装甲破りになっている。つまりこいつらの攻撃はもう受けられない。

 

 

 四方八方から襲い掛かってくるゴーレム達を背中の十字剣を回転させることでまとめて斬り飛ばす。蓮弥は奮闘しているが周りのゴーレムには再生機能もある。一向に数が減らない。

 

「なら……行くぞッ、ユナ」

『同時発動、聖術(マギア) 1章1節(1 : 1), 4章1節(4 : 1), 5章1節(5 : 1), 2章4節(2 : 4)

 

 それぞれ刃に炎、雷、風、氷を纏う。今まで一刀しかなかったため装填できる聖術は一つだけだったが、数が増えた以上、当然装填数も増えている。

 

 蓮弥は自身を軸に回転させるようにして囲みつつあったゴーレムを攻撃する。

 

 燃え、砕かれ、切断され、そして氷漬けになる。

 

 複数の刃による協奏曲。

 

 粉みじんになった後氷漬けにされたゴーレムは今の一撃だけで半数が壊滅する。そのままミレディ本体に向けて、四属性複合攻撃を撃ち放つ。

 

「”絶禍”」

 

 だがまっすぐ向かった攻撃はミレディに命中することなく消滅する。

 

「駄目だね。全然だめだ。この程度の力なら奴に利用されるしかない。それだったら悪いけど、やっぱりここで消えてもらう」

 

 ミレディの力がさらに増した。大技を切る気でいるのがわかる。だがそんなことをさせるわけがない。聖術が効かないなら直接斬るしかない、飛び上がろうとするが……

 

「"禍天"」

 

「ぐうぅッッ」

 

 警戒していた魔法がここで飛んできた。なんとか潰されずに済んでいるがうごけない。まわりを見回すとゴーレムだけでなく壊れたブロックの残骸が襲い掛かってくる。すべて重力魔法による加速と謎のオーラによる蓮弥対策が施されている。

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 丹田に力を入れ、気合で重力の縛りを突破する。そのまま剣を振るう。

 

 振るう振るう振るう。

 

 ひたすら四刀にて重力による質力爆撃を迎撃する。剣の速度は音速を超え、すでに蓮弥の周りは剣戟の結界になっている。飛んできたものがそれこそ粒子レベルにまで破壊される。だが相手の準備は無情にも整ってしまう。

 

「これで終わりだ。黒天きゅ!?」

 

 ミレディが大きく後ろに吹き飛ばされる。同時に蓮弥に対する攻撃が一瞬やむ。蓮弥は振り返るとそこにはシューラゲンを構えたハジメがいた。

 

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞッッッ!!」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 時間は少し遡る。

 

「……すごい」

 

 ユエが呆然としたように言う。重力の縛りは続いているが、それがなくてもハジメたちは現在の蓮弥達の戦闘に介入できなかった。

 

「ふぇぇぇ、ほとんど見えないんですけどぉ」

 

 シアが泣き言を言っているが無理もない。現在蓮弥達の攻防は高速で行われている。ハジメとて瞬光を使わなければ見切れない速度域だ。

 

「……ざけんな」

「ハジメ?」

 

 ハジメは呟く。これではまるで自分たちがおまけみたいじゃないか。それに何より……

 

「ざけんなぁぁぁぁ!!!」

 

 ハジメが重力の縛りを引きちぎる。体が薄く光っている。固有スキル”限界突破”を発動しその力で破壊したのだ。

 

 シュラーゲンを構え、完全にこちらを眼中に入れていないミレディの顔面目掛けてフルパワーでぶっ放した。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ハジメの叫びに蓮弥とミレディが止まる。

 

「さっきから俺を無視しやがって、てめぇ。俺達は眼中にないってか、ああ?」

 

「悪いけど今君に構ってる暇は「黙れや」ッ」

 

 シュラーゲンを放つハジメ。今度はミレディもガードする。

 

「それに蓮弥が世界を破壊するだぁ。わざわざ破壊する価値がこの時代遅れの糞ド田舎世界にあるとでも思ってんのか。自惚れんのも大概にしとけやボケがッ」

 

 流石にミレディも自分の故郷を時代遅れの糞ド田舎呼ばわりされたことに唖然としているのか何もしゃべらない。

 

「いいかよく聞け。こいつはな……バカなんだよ。わざわざ落ちそうな落ちこぼれを助けようとして、奈落の底まで落ちてくるようなバカだ。そんなやつが世界を壊そうとするような考えを起こすわけがねぇ。それでも、もし万が一こいつがおかしくなるようなら……」

 

 ハジメはぐっと胸を叩き、堂々と答える。

 

「俺がぶん殴ってでも止めてやる。なんか文句あるかあぁぁ!!」

 

「ハジメ……」

 

 蓮弥は何もいえない。そしてその物言いにしばらく沈黙していたミレディだったが少し経つと小さく笑いだす。

 

「フフフフフフ……アハハハハ、なるほどなるほど。よくわかったよ。けど、試練は試練だよ~この一撃、止められるかな~」

 

 ミレディから圧力が消える。口調も前のふざけた口調に戻る。だが目の前にある脅威は何も解決していない。

 

「ハジメ、ここは任せとけ」

「……なんか対策があんのか?」

 

 ハジメは目の前にある暗黒を見て言う。見た感じブラックホールだ。

 

「いや、ただバカはバカなりのやり方でやろうと思ってな」

 

 蓮弥は背中の四本の剣を束ね、一つの大剣に変える。

 

「いけるな。ユナ」

『はい、いけます。蓮弥』

 

 あれだけ勝てないと思っていた相手を前にして、今蓮弥は負ける気がしなかった。力を集める。術式補助はいらない。ただ今のありったけをこの一撃に込める。

 

「いくよ。”黒天窮”」

 

 ミレディから特大の暗黒球が放たれる。それを蓮弥は真っ向から斬りつけた。

 

「ああああああああああああああああああぁぁぁぁ」

 

 こんなところで終わってたまるか。自分を信じて次の攻防に備えている親友のためにも、そして共に戦う少女のためにも。今蓮弥は過去最高にユナとシンクロしているのがわかった。

 

 

 そしてしばらくのせめぎ合いの後、暗黒球は一刀の元切り裂かれた。

 

「……おみごと」

 

 ミレディが感嘆の声を上げるが攻撃はまだ終わっていない。

 

 

「ユエ、シア。ここで仕掛けるぞ」

「このまま、畳み掛けますよ〜」

「ん……やれる」

 

 重力の縛りから解放されたユエとシアに声をかけるハジメ。ここが勝負所と判断したのだろう。残りのゴーレムが襲いかかってくるもシアの背後に迫るゴーレムをユエが撃ち落とし、シアがその攻撃力を利用して、ミレディに確実にダメージを与える。そんなミレディの攻撃をハジメが防ぎ、その隙に蓮弥が十字架を叩きつける。

 

 

 ハジメが瞬光を発動させて、ミレディに向けて疾走する。落ちてくるブロックはシアが破壊し、操作された細かい破片はユエと蓮弥が粉々にする。

 

「"破断"!」

 

 ユエが放った水のレーザーがミレディのボディの各所にダメージを与えるが、大したダメージを負っていない。

 

「こんなの何度やっても一緒だよぉ~、すぐに直しちゃうしぃ~」

 

 すっかり調子を戻したミレディが言うが、すでに詰みに入っていた。

 

「いや、悪いけどチェックメイト」

「その通りだ」

 

 ユエの言葉を受け、ハジメがシュラーゲンのゼロ距離砲撃によりミレディをブロックまでふきとばす。このままでは対して意味はないが、ユエが追撃で魔法を発動する。

 

「凍って! “凍柩”!」

 

 ユエが氷の柩に対象を閉じ込める魔法にて、ミレディをブロックに固定した。

 

 その結果にミレディは驚愕する。

 

「なっ!? 何で君が上級魔法を!?」

「水を使って魔力消費量を減らした、それに……十倍の魔力でダメなら百倍に圧縮して使えばいい」

「ちょ、君までそんな無茶苦茶なぁ!?」

 

 ユエが一瞬こちらを見る。視線から察するにどうやらユナに対抗してこっそり練習していたらしい。もちろん魔力をほぼ全て使い切るが、神結晶の魔力にてすぐに回復する。

 

 

 そんな中、相棒がミレディを拘束することを信じて疑わなかったハジメが新兵器の展開を終える。武装の中に搭載されている黒い杭がスパークしながら高速回転している。

 

 

 ドリルは浪漫だと語る蓮弥と丸太は最強装備と言うハジメが共に構想し、作成したドリルと杭打ち機を掛け合わせた浪漫兵器『パイルバンカー』。浪漫兵器と銘打っているが、威力は折り紙付きだ。

 

「存分に食らって逝け」

 

 ミレディの核めがけ、凄まじい衝撃音と共にパイルバンカーが作動し、漆黒の杭がミレディ・ゴーレムの絶対防壁に突き立つ。

 

 

 だがこの環境故か、十分な威力を発揮できず。途中で杭は静止してしまう。

 

「ハ、ハハ。どうやら少しばかり威力が足りなかったようだねぇ。だけど、まぁ君たちは頑張ったよぉ? 四分の三くらいは貫けたんじゃないかなぁ?」

 

「何勘違いしてるんだ」

「えっ」

「まだ俺たちの攻撃は終了してないぜ」

 

 ハジメの言葉にあっけにとられていたミレディはそれを見た。蓮弥が大剣のままの十字剣に、再びギガントモードに変化させたドリュッケンを構えたシアを乗せその場で回転し、シアをハンマー投げの要領でミレディに向かって射出するところを。

 

「パイルバンカーがわからなくても、この理屈くらいはわかるだろミレディ・ライセン」

 

 すなわち

 

「杭を打ち込むのは、ハンマーに限るってな」

 

「あぁあああああ!!」

 

 ハジメの宣言と同時に、遠心力の勢いをプラスしたシアのドリュッケンが、黒い杭に突き刺さる。

 

 ギガントモードの極大の威力を前に、僅かの抵抗も許さず。

 

 ミレディの核は砕け散った。

 




蓮弥の聖遺物の新形態の元ネタ:東京喰種の主人公、金木研の十字架赫子。もしくはフィナー蓮。
以前のように一本だけ出して戦うことも可能。というより見た目結構異形なので必要がなければ一本で戦うつもり。

我らがシュピーネさんが100年、足引きBBAで300年。数千年単位で大迷宮という孤独の中、魔法を維持し続けていたミレディが弱いわけがなかった。エヒトに挑む前、全ての神代魔法を集めた時の全盛期ミレディは大隊長クラスで想定しています。もっとも本編では長年維持してきたことによる消耗で大きく弱体化していますが。

ちなみにミレディの思考が流れてきたのはユナの能力です。


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繋がる希望

お知らせです。
コメントにも主人公の覚醒回なのに薄味すぎて味がしないとか、蓮弥簡単に折れすぎじゃねとの指摘がありまして、読み直したところ確かにそう感じたので前話を大幅加筆修正しています。おかげで初の1万字越え。具体的にはミレディ相手に蓮弥が折れたところと再起。そして後半のミレディ戦。現状蓮弥ができることのお披露目とちょっとだけミレディが本気だします。一応結末は同じなので今話が読めないわけじゃないのですができれば前話を読んでから今話を読むことをお勧めします。


「どうやら終わったみたいだな」

 

 辺りにもうもうと粉塵が舞い、地面には放射状のヒビが幾筋も刻まれている。あたりに散らばるブロックの一つに胸部から漆黒の杭を生やした巨大なゴーレムが横たわっていた。

 

「やりました、ハジメさん。私、やりましたよー」

 

「ああ、良くやったシア。見直したぞ」

「……ん、頑張った」

 

 シアがへたり込みながらも歓喜に震えていた。魔力を使い果たし、疲労困憊の筈だがその顔には喜色が広がっていた。

 

 

 今回シアが切り札になると予想した蓮弥だったが、見事その役割を果たした感じになった。肝心のシアは普段適当に扱われているハジメからの優しい態度に目を丸くしながら頬をつねったり、ユエから優しく抱きしめられながら労われて感涙していた。

 

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

 

 

 蓮弥達が振り返ると、ミレディゴーレムの目の光が戻っていた。蓮弥が視てみるが、()()()()()が薄くなっている。もう長くは持たないだろう。実際警戒するハジメ達にその旨を伝えると、ミレディは最後の力を振り絞るように語り始める。

 

「今回の試練はクリア。君達の勝ちだよ。けどこれだけは忠告させてほしい。今回手に入る神代魔法が目当てのものでなくても、必ず七つ全ての神代魔法を集めること。それが君達の望みに必ず必要になる」

 

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

「あと得られる神代魔法についても教えてくれ。ハルツィナ樹海の時みたいに空振りは避けたいからな」

 

「よくばりだなぁ……わかった……一度しか言わないから良く聞いて」

 

 ミレディ・ライセンは語る。

 

 砂漠の中央にある大火山 "忍耐の試練" "グリューエン大火山""

 得られる神代魔法は空間魔法

 

 西の海の沖合周辺にある "狂気の試練" "メルジーネ海底遺跡"

 得られる神代魔法は再生魔法

 

 教会総本山 "意志の試練" "神山"

 得られる神代魔法は魂魄魔法

 

 東の樹海にある大樹ウーア・アルト "絆の試練" "ハルツィナ樹海"

 得られる神代魔法は昇華魔法

 

 南の果てのシュネー雪原 "鏡の試練" "氷結洞窟"

 得られる神代魔法は変成魔法

 

 

「以上だよ……頑張ってね」

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

 今までのミレディ・ライセンとは違い、今にも消えてしまいそうな儚さを感じる。蓮弥はとりあえず空気を読んで黙っていることにする。

 

「……戦うよ。君が君である限り……必ず……君は、神殺しを為す……それに……」

 

 ミレディが蓮弥に意識を向けたのを感じる。

 

「そっち側にも……色々事情があるらしいしさ……」

 

 蓮弥が一瞬の接触により、ミレディから様々な知識を得たように、ミレディにも永劫破壊(エイヴィヒカイト)以外にも何か伝わったのかもしれない。

 

 

 ミレディゴーレムの光が失われつつある。どうやら限界らしい。

 蓮弥は空気を読んで黙っている。

 

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

 オスカーと同じ言葉をハジメ達に贈り、“解放者”の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。まるで昇天したように。

 

「行ってしまったんですかね」

「そうだな。ミレディは()()()()()()()()()

 

 シアの呟きに答えを返す蓮弥。

 しんみりとした空気を出すユエとシア。

 何か言いたげな目で蓮弥を見るハジメ。

 

 

 そんなしんみりした空気の中、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気が付く。気を取り直して、ブロックの一つに四人で跳び乗ると、足場の浮遊ブロックが動き出し、光る壁まで蓮弥達を運んでいく。どうやらミレディ・ライセンの住居に案内してくれるらしい。浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

 くぐり抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。

 

「「……」」

「……蓮弥、お前知ってただろ?」

「まぁな」

 

 魂のリンクが消えただけで本体が無事なことがわかっていた。蓮弥をジト目で睨むユエとシア。空気を読んだだけなんだけどな。

 

 

 相変わらずふざけた態度で煽るミレディに対して、先ほどまでのしんみり空間の後ということもあり、ユエとシアの怒りのボルテージがぐんぐん上昇していく。

 

 

 そのうちミレディとユエ、シアが追いかけっこを始めたので蓮弥とハジメは勝手に周辺を探索することにする。蓮弥はユナを形成し、調査を行う。

 

 

「あそこに色々なものを貯めている保管庫がありそうですよハジメ」

「だってさ、ハジメ」

「ナイスだ、ユナ」

 

 その言葉を聞いたハジメが早速保管庫に入り込もうとする。

 

「ちょ!? 君ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ。神代魔法はあげるからさ」

「ちっ」

 

 ハジメが舌打ちして一旦物色行為をやめる。お宝を手に入れて肝心な神代魔法が手に入らなければ本末転倒だからだ。

 

「ならさっさと神代魔法よこせや」

「ねぇ、さっきから顔と言動が強盗のそれなんだけど気づいて「ああん!?」……はいはい、わかりましたよ〜」

 

 どうやらハジメはミレディ相手に遠慮する気はないらしい。まあ、この大迷宮にて受けた心的ストレスも多分に含まれているのだろう。

 

 

 展開された魔法陣の中に入る蓮弥達。今回は、試練をクリアしたことをミレディ本人が知っているからなのか、オルクス大迷宮の時のような記憶を探るプロセスは無かった。直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていく感触に経験済みの蓮弥とハジメとユエはともかく、シアは初めての経験にビクンッと体を跳ねさせていた。

 

 ものの数秒で刻み込みは終了し、無事ミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れる。

 

「やっぱり重力魔法か」

 

 ブロックが明らかに重力を無視した動きをしていたのはこの魔法のおかげだったらしい。重力というとひょっとしたら星の力とかも使えるのかも知れない。蓮弥が神代魔法の()()()にあるものに思考を巡らせる。

 

「うーん。眼帯白髪くんとウサギちゃんは適正無いね。かわいそうになるくらい。金髪ちゃんはばっちりで黒髪くんと銀髪ちゃんは……わかんない」

 

 まあ、仕様が違うから多少は仕方ないかもしれない。だが無事に習得できたならよしとしよう。

 

 

 そこでハジメが貰えるものを貰ったということで、再び保管庫の物色を再開する。どうやら受けたストレス分思い存分に貰っていくつもりらしい。

 

 

「こらこら、早速物色しないの〜まったく、やってることが強盗なんだけど」

「ミレディ・ライセン」

 

 そこで蓮弥が呼びかける。少し聞きたいことがあったからだ。

 

「ふむふむ、何かな若人よ。言っとくけどスリーサイズとか教えないからね」

「いや、悪いけど興味がない。ぶっちゃけ俺はあんたの本当の姿を知ってるけど、貧乳には興味がないしあんたじゃ勃たない、悪いな」

「おいこらまて、ぶち殺すぞ」

 

 ミレディが割とドスの効いた声を出して構えてきたので、蓮弥はすぐに降参する。()()()()()()()()()()()、万が一本気モードになられると困るからだ。ちなみにだが蓮弥は大艦巨砲主義である。相棒も幼馴染も巨乳なところでお察しな感じだ。

 

「神代魔法七つ全て集めた後の話だ」

 

 ぴくっとミレディが反応する。どうやら質問が意外だったらしい。

 

「その様子だとやっぱり伝わってるみたいだね。なんかいやな感じがすると思ったらやっぱり頭の中覗いたな〜君。えっちぃ〜」

「だからあんたには興味がないと何度も……そんなことはどうでもいい。世界を渡るにはそれが必要なんだな」

「そだね。まあ、それだけじゃダメだけど」

 

 あっさり白状するミレディ。どうやら蓮弥には隠す必要がないと判断したのだろう。もっともそれを知らないハジメに教える気があるかは微妙だが。

 

「渇望が必要なんだろ。世界を歪めるほどの」

「渇望? 奇妙な言い方するけど……たしかにしっくりくるかもね。それで、聞きたいのはそれだけ?」

「いや、神代魔法の出所が知りたくてな」

 

 無機物に干渉する魔法『生成魔法』、星の力に干渉する魔法『重力魔法』、境界に干渉する魔法『空間魔法』、時に干渉する魔法『再生魔法』、生物の魂に干渉する魔法『魂魄魔法』、存在するものの情報に干渉する魔法『昇華魔法』、そして、有機物に干渉する魔法『変成魔法』。考えてみればおおよそこれら全て、永劫破壊(エイヴィヒカイト)に備わっているものだった。

 

 

 この世界が神座世界に関係あるかはわからないが、少なくとも蓮弥をここに送り込んだものはいるわけで。なんとなくエヒトとやらではないのは感覚でわかる。つまり、神代魔法のルーツを辿れば蓮弥を送り込んだ神なるものの正体がわかるかもしれない。

 

「うーん。ミレディたんの時代でも希少だったからルーツはわからないな〜。少なくとも君の使う術式とは別のものだよ」

「そうか、悪かったな」

「およ、殊勝な態度じゃないか。いや〜感心感心。あっちの若いのにも見習ってほしいよ〜」

 

 ちなみにハジメとユエ、シアは保管庫を探るのに夢中になっている。特にハジメは宝物庫の中身で何が作れるのか早速考えているようだ。

 

「あんたの過去が見えてな、それをみれば多少は態度も変わるさ。……ところで神代魔法の先についてはハジメに言っても?」

「一応神代魔法を手に入れていけばわかることではあるし、それを知ることも試練の一つだからできれば黙っててほしいな〜」

「わかった。……そうだ……ほら、これお前にやるよ」

 

 蓮弥はポケットの中身をポンとミレディに渡す。

 

「なになにプレゼント? ミレディちゃん安い女じゃないから並みのプレゼントじゃよろこば!!?」

 

 正体に気づいたらしいミレディが驚愕しているのがわかる。

 

「こ、こ、これ、もしかして神結晶!? こんなものどこで手に入れたのさ!?」

 

 そう、蓮弥が渡したものは、ハルツィア樹海の例の場所で手に入れた拳大の神結晶だった。

 

「ちょっと寄り道してな。間違いなく天然の神結晶だ。ありがたく受け取れ」

「ねぇいいの? 本当にいいの? これミレディたんの時代でも神話扱いされてた伝説の鉱物なんだけど」

「とれるだけ神水は取らせてもらったし、どうやって使おうか迷ってたんだが、あんたにやるよ。だってあんた……相当無理してるだろ」

 

 蓮弥のその一言に沈黙するミレディ。

 

「…………どうしてわかったの?」

「もともと弱ってたのは知ってたからな。もっとも気づいたのはユナだけど」

「弱っているのにあんな無茶をやったせいでガタガタです。このまま放っておけば消えてしまいますよ」

 

 

 魂の格はすさまじいのに未だ形成どまりの蓮弥でも勝てたのだ。おそらく長年の維持で疲弊していたのだろう。多分全盛期はあんなものではなかったはずだ。

 

「やっとお前の願いは叶ったんだ。消えるのはまだ早い。それの魔力を使えば無茶やらなきゃもう少しとどまれるだろ」

「そっか。……正直すごく助かる。ありがとう」

 

 こいつに素直にお礼を言われるとは思わなかった。美少女の姿なら絵になっただろうに、にこちゃんマークのゴーレムなのが残念だ。

 

「それにしても神結晶か……なつかしいな。昔オーくんが人工的に作ったことがあってさ。その時はすごくびっくりして思わず投げ捨てちゃったんだよね。今はオーくんの大迷宮になっているところの奈落の底に。あれから数千年経つけど、あれどうなったのかな~」

「それって……いや、きっとあなたの希望に繋がってるよ」

「そうだといいね~」

 

 何か感慨に耽っているミレディの横で、蓮弥とユナは顔を見合わせて笑い合う。思わぬところで繋がっていたことに運命を感じた。

 

 

 その一言と共に話は中断され、保管庫を漁るハジメ達を止めることにする。

 

「こらこら、これ以上渡せないよ。そこにあるものは迷宮の修繕とか維持管理とかに必要なものなんだから」

「ハジメ、その辺にしてやれ。いくらなんでも全部持っていくのは可哀想すぎる」

「甘いぞ、蓮弥。こいつにされた仕打ちを忘れたのか。こんな大迷宮むしろ維持とかする必要がないだろ。これは後続のやつらのためでもある」

 

 どうやらハジメの中ではまだミレディは人類の敵のカテゴリにあるらしい。蓮弥のように過去を見たわけでもないし、言動を考えればミレディの自業自得とも取れる。そこでミレディは最後の手段を取る。

 

「はぁ~、初めての攻略者がこんなキワモノだなんて……もぅ、いいや。君達を強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

 ミレディは、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。ガコンと音がする。

 

「蓮弥、……下に落ちます」

「だろうな」

 

 ここまでくると何が来るか予想できる。一種のお約束だ。

 

 ボッシュート。

 

 そんな声が聞こえそうな感じに、蓮弥達は水に流されていったのであった。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「ほう、これは面白い」

 

 それはトータスであってトータスでない場所。神の地である神域にて見ていた。長年探していた失われたと思っていた器が見つかった時も歓喜に震えたが、こちらは昔の賢者だった時の好奇心を揺さぶられた。

 

「フレイヤよ。こちらへ」

「ここに、主様」

 

 そこで一人の女性が姿をあらわす。それはこの世の美を結集したかのような存在だった。容姿だけではなく、備わっているもの全てが神域の技によって作られたとわかる。

 

「あの銀髪の少女を我の前に連れてこい。あの者の有り様。もしかしたら我の問題をもっとよりよく解決できるかもしれん」

 

 現れつつあるイレギュラーはまだいい。現状放置して問題ないレベルだし、うまくやれば面白いおもちゃになるかもしれない。だがあの銀髪の少女は今の状況を解決する糸口になる可能性がある。

 

 

 なぜなら彼女は、肉体なしの魂単体で現世に干渉しているのだから。

 

「了解しました、主様。いい報告を期待していてください」

 

 そして、神の使徒フレイヤはユナを手に入れるため、動き始める。

 

 




第二章完結。

今章のテーマはオリヒロであるユナを知ってもらおうでした。だから彼女の出番多めでしたがいかがでしたでしょうか。彼女を気に入ってもらえれば幸いです。

さて次回三章ですがエピローグを見てもわかるようにいよいよ奴の介入が入ります。奴からしたらユナは肉体に頼らず魂単体で活動しているように見えるのでとても魅力的なのでしょう。よってこの章から原作とズレていくことになります。

ですが第三章から更新速度が低下します。今回反省したのですが早く書く代わりに薄味になっていないか現在書き貯めているものもチェックしたいので。あと個人的にFGOのバレンタインや某王国心3をやりたゲフンゲフン。

流石に1か月更新が止まることはないとは思いますが、長く停滞するようなら活動報告とかであげるようにします。

では。


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第3章
ブルック再び


ぼちぼち更新を再開します。
まずはこの章の導入です。

三行でわかるあらすじ
異世界に転移した蓮弥達
旅の中でミレディ・ライセン撃破し、ついでに神結晶あげる
そしてユナに目をつける謎の人物が彼らに刺客を放つ


 それは息を潜めて機会をうかがっていた。

 

 

 自分には使命がある。絶対にミスをするわけにはいかない。

 

 

 上弦の月が時折雲に隠れながらも健気に夜の闇を照らす。今もまた、風にさらわれた雲の上から顔を覗かせその輝きを魅せていた。その光は、地上のとある建物を照らし出す。その建物の中にターゲットが潜んでいた。

 

 

 正直に言えば隣の彼らにも興味が引かれる。だが現状では優先度が低いとそれは自らを諌めた。この任務は確実に成功させなければならない。余計な手間を取る時間はない。

 

 

 それはあの方より頂いた技能を用いて上空より彼らの住む部屋まで降りていき、中の様子を覗き見ていた。チャンスは多くはない。確実に達成してみせる。それは神より授かったスペックを最大限に引き出して任務に当たっていた。

 

「やっぱり暗い。もう少し明るくしないと……」

「こうか?」

「そうそう、この角度なら……それにしても静かなのが気になるわ。もう少し嬌声が聞こえるかと思ったのに……」

「魔法を使えば遮音くらいは出来るだろ?」

「はっ!? その手があったかッ、くぅう、小賢しいッ。でも私は諦めない。その痴態だけでもこの眼に焼き付け………………」

 

 そこで自称任務にあたっていたマサカの宿の看板娘ソーナは固まる。

 ここは三階。自分はロープで降りているからいいが、普通他人の声が聞こえるはずがない場所である。

 

 

 ソーナは一瞬で滝のような汗を流すと、ギギギという油を差し忘れた機械の様にぎこちない動きで振り返った。そこには……

 

 空中に仁王立ちする薄ら寒い笑みを浮かべたハジメがいた。

 

 

 そのあと少女の悲鳴と何かを締め付けるような音が聞こえてきた。別にいかがわしいことをしていない蓮弥はまたかと最近増えたやりとりにそっとため息をつく。

 

「まったく、なにやってるんだろうな」

 

 隣で眠るユナが起きていないことを確認した蓮弥は、自身ももう寝てしまうことに決めたのだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 カラン、カラン

 

 そんな音を立てて冒険者ギルド:ブルック支部の扉は開く。そこに入ってきたのはここ数日ですっかり有名人になってしまった。蓮弥達五人だった。ギルド内の冒険者ともすっかり顔馴染みになり、ユエ、シア、ユナに見惚れ、ハジメと蓮弥に羨望の眼差しを向ける。

 

 

 蓮弥達がブルックに滞在して一週間。美少女三人を手に入れようと動く輩との騒ぎは日常茶飯事になってしまっていた。ハジメは適当にあいてにしていたし、蓮弥も無理矢理襲ってくる輩にはデコピン一発で壁まで吹き飛ばして対処していた。あまりにも面倒なのでひどいところではユナを聖遺物に戻し、例の軍帽を使う機会が格段に増えた。それ故、心なしかハジメの負担が増えてしまったのは仕方がないことである。

 

 

 そのためハジメとユエのコンビは“スマッシュ・ラヴァーズ”とこの町で賞賛され、同時に恐れられている。

 

「おや、今日は五人揃い踏みだね。何かようかい?」

 

 ちなみに別に蓮弥とハジメは全てにおいて行動を共にしているわけではない。二人はオルクス大迷宮を出る前にどうしても目的が合わない時は別れて行動することもありだと決めていた。自分達なら別れてもやっていける自信はあったし、無理矢理相手の都合に合わせる必要はない。

 

 

 蓮弥とユナの二人でブルックの町をぶらぶら歩いていたこともある。そこでユナの好奇心を満たすものを探したり、一緒に食事したり、何でこんなものがここにあるんだよといいたくなるような珍しいものを買ったりしていた。完全にデートであり、二人の仲は順調に進展しているようだった。

 

 

 逆に別れる理由がなければ共に行動しており、今回はこの町を出るということで世話になったキャサリンに挨拶に来たわけである。

 

「ああ。明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったし、一応挨拶しにきたんだ。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「勘弁してくれよ。宿屋の変態といい、服飾店の変態といい、ユエとシアに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、“お姉さま”とか連呼しながら二人をストーキングする変態どもといい、決闘を申し込んでくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

「ハジメは特に被害受けてたもんな。まあ変態が多いことは否定しないが」

「何故か蓮弥はあまり巻き込まれないんだよな。お前……なんかチート使ってるんじゃねーだろうな」

「さあ、身に覚えはないな」

 

 いけしゃあしゃあと誤魔化す蓮弥。

 

「まあまあ、それもこの町の味ってもんだよ。それで、あんた達次はどこへ行くんだい?」

「やな味だなそれ。……行き先はフューレンだ」

 

 

 そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなすキャサリン。早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

 

 

 フューレンとは、中立商業都市のことだ。蓮弥達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。

 

 

 ミレディ・ライセンからの情報により、どこにどんな神代魔法があるか把握できたので、ハジメ達の悲願である地球帰還を果たすために一番当たりっぽい空間魔法を習得することが目的になる。正確には蓮弥はそれではダメだと知っているのだが、ミレディとの約束もあるので黙っていた。どの道手に入れなければならないのなら順番としては悪くないということもあった。

 

 

 その次はハルツィナ樹海の大迷宮攻略に必須である再生魔法を習得するため、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】を攻略する予定だ。

 

 

 神山と雪原洞窟は教会と魔人族の巣窟という関わったら面倒になること間違いなしのところなので他の神代魔法を手に入れて戦力を充実させてから挑むことに決めたのだった。

 

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。依頼を受けた冒険者がちょっとトラブルにあってね。ちょうど空きが後二人分になったからちょうどいいんじゃないか。……どうだい? 受けるかい?」

 

 ステータスプレートがないユエ、シア、ユナは冒険者登録を行っていなかったのでハジメと蓮弥でちょうどぴったりになる。話を聞くと同伴もありだというので蓮弥達はその依頼を受けつつフューレンを目指すことになった。ギルドを出るとき何かあったら時にとキャサリンに手紙を貰ったのだが、彼女は何者なのだろうか。

 

 

 そして翌日早朝。

 

 最後の日に起こった騒動もブルックの町民達とのいい思い出にしながら、正面門にやって来た蓮弥達を迎えたのは商隊のまとめ役と他の護衛依頼を受けた冒険者達だった。どうやら蓮弥達が最後のようで、まとめ役らしき人物と十四人の冒険者が、やって来た蓮弥達を見て一斉にざわついた。

 

「お、おい、まさかあれって“スマ・ラヴ”か!?」

「マジかよッ、あれがコカンスマッシャーと決闘クラッシャーか。ぜひお近づきになりたいぜ」

「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」

「お前……いったい何を見てきたんだよ」

「スマ・ラブほど目立たないけど、デコピン一発で相手を空中で三回転させるというあのデコピン使いもいるぞ」

「まじかよ、てことは隣にいるのは銀髪の天使ユナちゃんか。ぜひお近づきになりたいぜ」

「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」

「だからお前……何者なんだよ」

 

 ユエとシア、それにユナの登場に喜びを表にする者、股間を両手で隠し涙目になる者、何度か修羅場を潜り抜けてきたような感想を述べる者と反応は様々だ。蓮弥はデコピン使いとかダサいなとか考えていた。もっと他になかったのだろうか。

 

「君達が最後の護衛かね?」

「ああ、これが依頼書だ」

 

 ハジメは、懐から取り出した依頼書を見せる。それを確認して、まとめ役の男は納得したように頷き、自己紹介を始めた。

 

「私の名はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。君達のランクは未だ青だそうだが、キャサリンさんからは大変優秀な冒険者と聞いている。道中の護衛は期待させてもらうよ」

「……もっとユンケル? ……商隊のリーダーって大変なんだな……」

 

 おそらくハジメは某栄養ドリンクを思い出したのか、商隊のリーダーに同情しているようだった。余談だが、締め切り間近の母親に付き合わされ、よく利用していたハジメの目は珍しく優しい。

 

「まぁ、期待は裏切らないと思うぞ。俺はハジメだ。こっちはユエとシア」

「俺は蓮弥だ。こちらは相棒のユナ」

「それは頼もしいな……ところで、この兎人族……売るつもりはないかね? それなりの値段を付けさせてもらうが」

 

 ハジメをシアの主人であると見抜き、交渉に移るユンケル。

 どうやらシアの美貌に商人の血が騒いだらしい。

 

 

 何かハジメ攻略の糸口はないか探していたユンケルだったが、ハジメの神を敵にしても売らないという一言で黙らざるを得なかった。神に対する不敬は異端者扱いされる可能性もあり、そんな覚悟がある相手に交渉は無理だと悟ったのだ。

 

 

 そんな出来事があったが、一行はフューレン目指して出発したのだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ブルックの町を出発して三日が経過した。

 

 道程は半分を過ぎた計算になる。その間一行は特に問題なく進むことができていた。途中食事当番であるシアの料理目当てに冒険者がハイエナの如く群がったり、そこで調子に乗った男達がハジメによって胃洗浄(物理)されていたりしたが問題なかった。

 

 

 今はユエと何か約束したのか、シアに対して優しくすることにしたらしいハジメがユエとシアに両側から交互に食べさせてもらったりしている。

 

「あれがハーレムっていうんだな。まじリスペクトだぜ」

「爆発しろ〜爆発しろ〜」

「ちくしょう。俺もやってほしいぜ。横入りしてやろうかな」

「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」

「まじで死にそうだからやめとけ……」

 

 冒険者達は互いを慰めてあって寂しさを紛らわしていた。そんななか蓮弥はというと。

 

「あいつ、いつか刺されるんじゃないだろうな」

 

 少し距離を取っていた。今までも桃色空間が発生することがあったがシアの参入で空間の範囲が広くなった気がする。

 

 

 これが覇道か、とそんな砂糖を吐きそうな光景をじっと見ていたユナがこちらを向いた。

 

「蓮弥……あーん」

 

 見ると自分のスプーンをこちらに向けている。

 

「ユ、ユナ!? どうしたんだ突然……」

「蓮弥が羨ましいと感じているようだったので。……何か間違っていましたか?」

 

 いや間違っていませんけど。蓮弥は答えそうになったがなんとか我慢した。突然の行為に驚いたが差し出されたスプーンをこのままにすることはできない。

 

 

 なにやらこちらにも視線を感じ始めたが蓮弥は覚悟を決めてスプーンを口に運ぶ。

 

 

「なんだよ。やっぱりあっちもそうなんじゃねぇか」

「爆発しろ〜爆発しろ〜」

「ちくしょう。俺も銀髪の天使ユナちゃんにやってほしいぜ。横入りしてやろうかな」

「辞めろッ、その瞬間に死ぬぞッ」

「お前……そういえばこの依頼受けてからそれしか言ってねぇな」

 

 ちょっとカオスはあったかもしれないが、一行は順調に旅をしていた。

 

 

 それから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。

 

 最初にそれに気がついたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「敵襲ですッ、数は百以上。森の中から来ます!」

 

 そのシアの言葉に冒険者達の間で動揺が広がった。百以上の襲撃など滅多におこることではないからだ。この人数だと押し切られるかもしれない。冒険者達の間に緊張が走った。

 

 

 だが緊張が走っているのは冒険者達だけである。蓮弥達は余裕の表情でどうするか相談していた。

 

「どうする蓮弥。今回は誰が担当する?」

「そうだな。ライセン大峡谷の時はハジメにほぼ任せていたから今回は俺が……」

「待って、私に任せてほしい」

 

 ユエが志願する。どうやら試したいことがあるらしい。

 

「ならユエに任せるぞ。あんたらもそれでいいか?」

「ちょっと待て。君たちだけでやるのか?」

「正確にはユエだがな。まあ任しとけ」

 

 ハジメの言葉に半信半疑の冒険者達。ユエは上に出て準備を始めていた。

 

彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、“雷龍”

 

 天より現れた光る龍が魔物の群れを飲み込む。その光景を呆然として見ているしかない冒険者達。

 

 

 蓮弥も今までに見たことがない魔法に軽く驚いていた。

 

「……バ○ウ・ザ○ルガかよ」

「いや、たしかに似てるけどよ……ユエ、なんだあの魔法は? 俺も見たことがないんだが」

「作ってみた。詠唱はハジメとの出会いと未来の暗示」

 

 えっへんと胸を張り答えるユエ。

 どうやらライセン大迷宮ではあまり活躍できなかったことと、自分を遥かに超える魔力量を持つことが判明したユナに対抗してシアと共に研究していたらしい。神代魔法を組み合わせているようで、上級に分類されながら最上級クラスの破壊力があるようだった。

 

「ちなみにユナはあれ……できるか?」

 

「残念ですけど、今の蓮弥だと使うのは難しいです」

 

 

 ユナ単独でも聖術は使えるが、あくまで蓮弥の聖遺物という括りのため、蓮弥のレベルを超える魔法行使はできない。現状だとユナはあまり高ランクの聖術が使えないようだった。できないとは言わなかったので似たようなものは聖術にもあるのかもしれない。これは蓮弥の能力向上に期待である。

 

(もっとも、なかなかあげられる機会はないんだけどな)

 

 おそらくマリィと同じく、一人で数百万人に匹敵する魂の比重を持つユナがいることで魂不足で暴走することに悩まされることはなくなった蓮弥だったが、魂を集めることに意味がなくなったわけではない。

 

 

 水銀曰く、質が量を圧倒するとは言っていないということで、数が多いことにも意味はある。現状蓮弥はユナの力を十全に引き出せてはいない。魂のレベルが離れすぎていてうまく使えないのだ。だから他の魂を呼び水に使う事でユナの力を引き出すという方向で今は考えていた。

 

 

 そのためにある程度魂を集める必要があるわけだが、なかなかその機会に恵まれない。蓮弥とて殺人衝動に駆られているわけでもないのに無差別大量殺人鬼になるつもりはないし、そうやって集めた魂は弱いものが多い。こればかりは流れに任せるしかないと蓮弥は諦めていた。それに強くなる方法はもう一つある。むしろこちらが本命と言うべきか。単純に蓮弥の魂のレベルの向上。つまり創造位階に到達する事である。

 

 

 創造に到達すればさらに強さは跳ね上がり、ユナから引き出せる力も大きくなるだろう。それに創造に達すれば他にも利点があった。それは必殺技の習得。この位階に到達したものは各個人の渇望に沿った異界の創造ができるようになり、これができることで聖遺物の使徒は真に一騎当千と言えるようになる。

 

 

 とはいえ簡単ではない。この位階に到達するには渇望と呼ばれるほど強い相念が必要であり、その壁は低くない。

 

(俺の渇望か……)

 

 意識しなかったといえば嘘になるが、そんな大層なものが自分にあるとは思えなかった。聖遺物の使徒になれたとはいえ、蓮弥はやはり凡人だった。内側に狂気を抱えているわけでも苦しい過去があったわけでもない。平和な日常を生きる一般人だったのだ。

 

 

 蓮弥は悩んでいるとユナがいつかのように手を握ってくれる。

 

「大丈夫。蓮弥ならきっとうまくいきます。……それが蓮弥にとっていいことかはわかりませんが……」

「ユナ、君は何か感じているのか?」

 

 ユナには霊的感応能力が備わっている。直接繋がっている蓮弥のことをひょっとしたら蓮弥本人でも気づいていないことを知ってしまっている可能性があった。

 

 

 だが、ユナは蓮弥のその問いに答えず、困ったように笑うだけだった。

 




そろそろ蓮弥の渇望が出始める章でもあります。創造まで行くかは不明ですが。その為にはオリジナル詠唱作成という強敵を倒さなくてはならない


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商業都市フューレン

ほぼ原作と同じなのでサクサクいきます。


 ユエが冒険者達と商隊の人達を驚愕させて以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。

 

 

 蓮弥達はゲートの順番を待っており、ハジメはユエとシアと共に屋根の上でイチャイチャしていて、蓮弥は馬車を降りて待っていた。

 

 

「やはり彼女を売る気はありませんかな」

「くどいな。いくら積まれても渡さねぇよ」

 

 

 見ると商隊のリーダーユンケルさんがハジメ相手に交渉していた。どうやらシアを諦めきれないらしい。

 

「それなら貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。特にお二方が持つ“宝物庫”は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな。二つあることですし、どちらか一方で構いませんので」

 

 今度は蓮弥に対しても言ってくる。やはり商人なら宝物庫は垂涎ものの代物らしい。シアと違って二つあることから手に入れられる可能性が高いと思ったのか、旅の途中頻繁に交渉にきていた。

 

「何度言われようと、何一つ譲る気はない。諦めな」

 

 ハジメがきっぱり断る。そのことに焦れたのか彼は少し踏み越えてしまう。

 

「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょうなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」

「それは、宣戦布告と受け取っていいのか?」

 

 いつのまにか移動したハジメが殺気まじりで警告していた。銃口を突きつけ引き金に指をかけている。ハジメがあと数グラム指に力を込めるだけで目の前の商人の人生が終わる。

 

「まあまあ落ち着けよ」

 

 蓮弥がユンケルの肩を組むように隣に佇んでいた。こちらは殺気はないがユンケルの肩を掴む手が少し食い込んでいる。

 

「ひっ!」

「あんたは悪い人じゃないし、多分優秀な商人なんだろうな。なら商売する上で一番大事なことは何かわかっているだろう。……引き際をわきまえることだよ。どんな珍しいものを手に入れても死んだら意味がないしな。……あんた気づいてるか? 今少しだけ……死線(デッドライン)を踏み越えたぞ。……あんたも死ぬより辛い目にはあいたくないだろ?」

 

 

 殺気は無い。だが感情を感じさせない声と態度が逆に不気味に映ったのだろう。ユンケルは静かに震えていた。まるで剥き出しの魂を鷲掴みにされたかのように。

 

「優秀な商人のあんたなら、引き際をわきまえて、二度とこの話題を出さないと信じるよ。もちろん仲間内に話を広めるのもおすすめしない。取引先が謎の失踪を遂げたら……困るよな?」

 

 

 コクコクと頷くユンケル。なら話は終わりだとハジメにも銃を下げさせる蓮弥。

 

「……私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……この話は二度としないと約束しましょう」

 

 その言葉にハジメはちっと舌打ちした後、しぶしぶ銃を下ろした。わかってくれればいいのである。蓮弥とてむやみやたらに殺すつもりはないのだから。

 

 

 ようやく順番が回ってきたようで入門の許可が下りた。ユンケルは手続きがあるようでここで別れることになった。これにて依頼完了だった。

 

「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなたは普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「……ホント、商魂逞しいな」

 

 どうやらあれだけ脅されても商魂は失われなかったようだ。なかなかの胆力である。

 

 

 6日という時間をかけてようやく到着したフューレン。

 早速入口でユエとシアとユナに視線が集まる。どうやらここでも一波乱ありそうだと蓮弥はため息を吐いた。

 

 

 中立商業都市フューレン

 

 高さ二十メートル、長さ五十キロメートルの外壁で囲まれた大陸一の商業都市だ。あらゆる業種が、この都市で日々しのぎを削り合っており、夢を叶え成功を収める者もいれば、あっさり無一文となって悄然と出て行く者も多くいる。観光で訪れる者や取引に訪れる者など出入りの激しさでも大陸一と言えるだろう。

 

 

 そんな町で蓮弥達は冒険者ギルドを訪れていた。何をするにも情報が必要なので、ガイドマップを貰おうと訪れたのだ。

 

 

 そこで蓮弥達はリシーと言う案内人に責任の所在がはっきりしている宿を要求していた。この町でもし暴動に巻き込まれた際、責任を押し付けられるのはめんどうだからだ。

 

 

 そんな時、案内人と交渉しているといきなり面倒が歩いてやってきた。体重百キロは超えてそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。そのブタ男がユエとシアとユナを欲望に濁った瞳で凝視していた。

 

 

 蓮弥は舌打ちしたくなった。記憶がないユナに色々なものを見せてやりたいという思いで戦闘以外では極力ユナを形成することにしている蓮弥だったが、これなら宿に着くまでは聖遺物に戻したほうがよかったかもしれない。もっともユエやシアを隠せない以上、結局この豚には絡まれただろうが。

 

「お、おい、ガキ。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪と銀髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

 どうやら一番厳つい見た目をしているハジメをリーダーだと思ったらしい豚がぶひぶひ鳴いていた。

 そして当然イラついたハジメから威圧が放たれ、目の前の豚は粗相をしでかして床にへたり込んだ。周りの人間も威圧を受けたのかぎょっとハジメのほうを凝視している。

 その様子を見て蓮弥は席を立ち上がり移動しようとし、ハジメも同感だったようでユエとシアに声をかけ、場所を変えようとするが、大衆の前で恥をかかされた豚は護衛らしき男を金切り声をあげて呼び出した。

 

「レガニド、あのガキどもを殺せ。私を殺そうとした愚か者だ。報酬は弾む。ただし女は傷つけるな。あれは私のものだ」

 

「殺しはまずいんで半殺しにしときますぜ」

 

 そのセリフを聞き、ニヤリとこちらに向き直る。どうやらすでに報酬を勘定しているらしい。

 

「おう、坊主ども。わりぃな。俺の金のためにちょっと半殺しになってくれや。なに、殺しはしねぇよ。まぁ、嬢ちゃん達の方は……諦めてくれ」

 

 周りの声から察するに黒ランクの相当優秀な冒険者らしい。だけどこちらの危険度がわからないあたりは一流には遠そうだ。

 

 

 ハジメではうっかり殺してしまうかもしれないので蓮弥が適当にあしらおうかと思っていたらユエが待ったをかけた。

 

「まって、ハジメ、蓮弥。あいつの相手は私達三人がする」

「ユエ、それは私もですか?」

「そうですよ。ユエさんなら一人で十分だと思いますけど」

 

 ユナとシアの疑問にユエが答えるまえにレガニドが爆笑する。

 

「おいおい嬢ちゃん達が相手するだってなんの冗談だ」

 

 どうやら相手は相当油断しているようだ。完全に舐めきっていた。

 

「ここで私達が戦えることを証明したら今後行動しやすくなる」

「なるほどですぅ、私達が高ランクの冒険者をボコボコにしたら……」

「今後私達を狙う人がいなくなるということですね」

 

 ユエの答えに対して、シアとユナは納得する。どうやら三人がやる気になっているようなので蓮弥とハジメは完全に高みの見物モードだ。

 

「そういうことで、今からあなたを半殺しにするので報酬は諦めるですぅ」

 

「ハハハ、冗談はそこまでにしておきな嬢ちゃん達。もっとも夜の相手ならしてやッ!?」

 

 突然頬をかすめた衝撃にレガニドが警戒する。どうやら少し気合を入れたらしい。

 

「腰の長剣抜かなくていいんですか? 下手すると死んじゃいますよ」

「ハッ、兎人族ごときが大きくでたなッ、ぼっちゃんッ、多少の傷は勘弁してくださいよ」

 

 亜人最弱の愛玩奴隷に侮辱されたと怒りをあらわにするレガニド。通常魔力を持たない兎人族より先ほど攻撃を行ったであろうユエ、もしくはユナを警戒しているようでシアには意識を払っていない。これは大怪我するパターンである。暴走トラック相手によそ見をするようなものだろう。

 

 

 シアはドリュッケンを腰だめに構え一気に踏み込み、次の瞬間にはレガニドの眼前に出現した。

 

「ッ!?」

「やぁッ」

 

 シアの出現に咄嗟に構えたはいいが、完全に遅かった。レガニドは衝撃を殺しきれず壁まで吹き飛ばされる。蓮弥は内心相手に十字を切った。

 

 

 レガニドはなんとか立ち上がったが、腕が片方ひしゃげていた。そこにユエの追撃が襲う。

 

舞い散る花よ 風に抱かれて砕け散れ “風花”

 

 空気の砲弾でサンドバッグになったレガニドは空中でボコられた挙句、床に叩きつけられた。もうぐちゃぐちゃである。

 

 

 レガニドは訳がわからないような顔をしていた。実際客観的に見たならともかく、主観的にはいつのまにか空中でボコボコにされたと思ったら、これまたいつのまにか地面に寝ていたのだから。

 

 

 だが、今度はわかりやすい絶望が空中に浮かんでいた。

 

聖術(マギア)1章1節(1 : 1)……"聖炎"

 

 それは炎球だった。直径五メートル以上ある単純な魔力の塊。ユエが先ほど使ったような魔力制御が行き渡った繊細で芸術的な構造の魔法ではないが、単純故に誰にでもその脅威がわかる。

 

 

 その炎球に襲われる末路を想像したのか、シアとユエの攻撃で限界だったのかレガニドが気絶した。それを確認した後、ユナが炎球を消す。もともと脅し用であり直撃させるつもりはなかった。

 

 

 その後豚がぶひぶひハジメに言っていたが、煩わしくなったハジメが蹴り飛ばした。

 

 

 そのあとギルド職員に事情聴取を取りたいと言ってきた。めんどくさい事態になってきたとため息を蓮弥は吐くのだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 その後、ギルド職員に連れられ支部長室へと案内された。どうやら途中で出したキャサリンから貰った手紙が効いたらしい。本当に彼女は何者なのだろうか。

 

 

 蓮弥達が応接室に案内されてから、きっかり十分後、遂に、扉がノックされた。ハジメが返事をしてから一拍置いて扉が開かれる。そこから現れたのは、金髪をオールバックにした鋭い目付きの三十代後半くらいの男性と先ほどの蓮弥達をここまで案内したドットという職員だった。

 

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、蓮弥君、ユエ君、シア君、ユナ君……でいいかな?」

 

 

 そこから支部長イルワとの話が始まる。そしてキャサリンの正体が明らかになる。どうやら長年本部のギルドマスターの秘書をやっており、どうやら彼は彼女の教え子らしい。

 

 

 想像以上に大物だったキャサリンのお陰で身分証明が完了し、このまま事なきを得るかと思ったが、そう簡単にはいかなかった。イルワより、今回の件を不問にする代わりに一つ依頼を受けてほしいと言ってきたのだ。そう言われると断れない蓮弥達はしぶしぶ依頼を受けることになった。

 

 

 依頼の内容は人探し、なんでも北の山脈で魔物の調査依頼を受けていた冒険者パーティが行方不明になったらしく、その中に飛び入りで参加していた伯爵の三男を探してほしいということだった。その冒険者パーティはかなりの手練れらしく、誰も帰ってこない以上並みの冒険者を派遣しても同じことを繰り返すだけ。現在この依頼を受けられる人材がいないと困っていたところ、蓮弥達が現れたとのことだ。

 

 

 最初は寄り道をしている余裕がないからと断ろうとした蓮弥達だったが、今後のフューレンという大都市のギルド支部長であるイルワが蓮弥達の後ろ盾になるという報酬を差し出されたことで話が変わってくる。金もほどほどでいいし、この世界で成り上がる気がないハジメと蓮弥にとってギルドランクもさほど意味がない。だが人脈というものは意外とバカにできないものであり、同時になかなか得られるものではない。

 

 

 ハジメと蓮弥はそれプラス、教会と揉めた時にイルワの権限で出来る限りの便宜を図るという条件とユエ、シア、ユナのステータスプレートを用意するという条件でその依頼を受けることになったのだった。

 

 

 それに一ギルドの長が蓮弥達に頭を下げてまで必死に頼んでいたのもあった。息子が行方不明になった伯爵とイルワは友人であり、今回の依頼を友人の息子に勧めたのは自分だという。冒険者という職業を諦めさせるために行かせたのだが、こんなことになって責任を感じているらしい。蓮弥達の秘密も守ってくれるということなので、ハジメほど非情になっていない蓮弥はハジメが受けなくても自分が受ければいいと思うぐらいには絆されていた。

 

 

 こうして一行は寄り道に北の山脈に向かうことが決定した。

 



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思わぬ再会

やっと先生との再会。あとここで表紙のハジメ関連の注意書きが意味を持ちだします。


 蓮弥達は広大な平原の真ん中を、北に向かって爆走していた。特に整備されている道路というわけではないが、ハジメ先生謹製のバイクは荒れ果てた土地だろうと錬成機構によりスムーズに走ることができる。コンクリートで整備されていない、ほぼ自然なままの大地を後ろにユナを乗せて蓮弥はバイクでの旅を満喫していた。前にも思ったがこのバイクは現実に持ち帰りたいものである。

 

 

 ノンストップでこの世界基準ではありえない速度で移動した結果、蓮弥達はウィル一行が引き受けた調査依頼の範囲である北の山脈地帯に一番近い町まで後一日ほどの場所まで来ていた。このまま休憩を挟まず一気に進み、おそらく日が沈む頃に到着するだろう。

 

 

 その町で一泊して明朝から捜索を始めるつもりだ。遭難救助は時間との戦いである。時間が経てば経つほど生存率が下がっていく。イルワに持っていく報告が吉報、凶報、どちらの方が恩を売れるのか考えるまでもない。それを理解しているハジメも珍しくやる気になっていた。

 

 

「……なるほど」

 

 どうやら隣でハジメがユエに急ぐ理由を説明したようでユエはハジメが珍しくやる気になっていることに納得したようである。もっともやる気になっている理由はハジメ、蓮弥共にそれだけではないのだが。

 

「何か他にも楽しみがあるのではないですか?」

「やっぱりわかるか」

 

 ユナが蓮弥に尋ねる。ユナにはハジメと蓮弥がいつもよりテンションが少し高いことに気づいていた。

 

「これからいくところは水源が豊かなお陰でこの世界随一の稲作地帯らしいからな。米が食えるということでハジメはテンション上げているんだろうさ。もちろん俺もな」

 

「米?」

 

 多分パンが主食の国出身のユナにはどうやらあまり馴染みがないらしい。

 

「俺たち日本人の主食だよ。ユナにとってはパンみたいなものかな。こちらに来てから食べてないからな。楽しみにしてるんだよ」

 

「なるほど、それほど神聖な食べ物なのですね。……興味深いです」

 

 思った以上に捉えられてしまった。ユナからしたらそうなるよなと蓮弥は納得する。まああながち誤解でもないだろうしそのままにしておく。

 

 

 こうして蓮弥達は湖畔の町ウルに向かっていったのだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 しばらくして到着した蓮弥達は、宿を取り早速例の米料理を食べに行くことにした。捜索は明日からの予定だし、腹ごしらえは大事だという結論が全会一致で可決された。

 

 

 住民に話を聞くと米料理が食べたいなら水妖精の宿が一番であるという情報と、どうやらカレーや丼、チャーハンっぽい料理も出していることを知り、日本人二人の期待がどんどん膨れ上がっていく。

 

 

 そしてその高いテンションのまま水妖精の宿のレストランに到着する。中に入ると奥の席に案内された。その際王都よりある集団が来ておりVIPルームにいるため揉めないように注意してほしいと店員に言われた。どうやらこの店の常連となっているらしく、詳細はわからないがどうやら相当大物がきているらしい。

 

 

 そんなこと関係ないとばかりに蓮弥達は奥に入っていく。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます? ハジメさん」

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら蓮弥の部屋に行ったらいいじゃねぇか」

「んまっ! 聞きました? ユエさん。ハジメさんが冷たいこと言いますぅ」

「……ハジメ……メッ!」

「へいへい」

 

 どうやら相変わらず桃色空間を形成しており、シアが居辛い環境になっているらしい。でもそのうち創造まで進化してシアも取り込まれると思うけどな、と蓮弥はこれからおきるだろうことにむしろ自分の居場所がなくなるのではと内心懸念していた。

 

「それに蓮弥さんとユナさんの邪魔するわけにもいきませんしぃ」

「……そっちはそっちで激しい?」

 

 シアとユエがユナに対して聞いている。

 

「蓮弥は優しくしてくれます」

「言っとくけど、別に変な意味じゃないからな」

 

 なんどか危ない場面があったような気もするが、一応蓮弥とユナの間にまだそういうことは起きていない。

 

「……時間の問題」

「ですですぅ」

 

 やっぱり異世界であろうと女子は自分が絡まない他人の恋話には目がないらしい。時々ユナに何かいらん知恵を入れているエロ吸血姫とか要注意だ。

 

 

 そうやって席についた一行は何を頼もうかメニューを見ている際にそれは起こった。

 

 シャァァァ!! 

 

 隣のカーテンが引かれた。存外に大きく響いたその音に、思わず蓮弥達はギョッとして思わず止まってしまった。

 

 そしてこの世界で久しく呼ばれていない呼ばれ方で呼ばれる。

 

「南雲君! 藤澤君!」

 

 呼ばれた苗字に学生の頃の癖で反射的に返事しそうになる自分を抑え、呼ばれた声の方向を見ると。

 

 信じられないものを見るような目でこちらを見る畑山愛子先生の姿があった。

 

「あぁ? …………先生?」

「……………………なるほど」

 

 ハジメは呆然と、蓮弥は納得したように呟く。どうやら王都からきているVIPとは愛子達一行だったらしい。後ろを見ると同じく信じられないようなものを見るような目を向ける見覚えのあるクラスメイト達がそこにいた。

 

 

 突然の再会だったが、いつかこの日がくるだろうなと思っていた蓮弥は冷静だった。たとえ側にいる騎士が不審人物を見るような目で睨みつけていても。とっさに食事中なので外していた認識阻害の軍帽を深く被りそうになろうとも冷静といったら冷静なのだ。

 

 

 だが、ハジメはこの事態をなかったことにするつもりらしい。

 

「いえ、人違いです。では」

「へ?」

 

 席を立ち上がろうとするハジメ。愛子はあっけに取られた顔をしている。流石に愛子が哀れだと思った蓮弥はハジメを止める。

 

「いやハジメ。俺たちもここに滞在する以上、逃げられないと思うぞ…………諦めて覚悟を決めろ」

「…………チッ」

 

 蓮弥の言葉に冷静になったらしい。凄くめんどくさそうな顔を隠しもせず席に着席する。その間一行の女子達はハジメ達と愛子を交互に見て何やら考えているようだった。

 

「あー、なんというか……久しぶりだな先生。元気そうで何よりだ」

「藤澤君……本当に? 本当に生きて……」

 

 愛子先生が、感動して涙目になっている。どうやら感動しすぎて言葉が出てこないようだ。こういうことは逃げると逆に騒ぎが大きくなるものだ。もしハジメが逃げようとしていたら愛子は必死に問い詰めていただろう。堂々としていた方がイニシアチブを取れることもある。

 

 

 だが流石にこれは予想できなかった。

 

「本当に。本当に良かった」

 

 そういって蓮弥とハジメに抱きついてきたのだ。その愛子の行動に固まる蓮弥とハジメ。

 

 

 愛子のすすり泣く声がレストランに響き渡る。幾人かいた客達も噂の“豊穣の女神”が男二人に寄りかかって泣いている姿に、「すわっ、女神に男が!?」「修羅場きたー」と愉快な勘違いと共に好奇心に目を輝かせている。生徒や護衛騎士達もぞろぞろと奥からやって来た。

 

 蓮弥とハジメは身動き一つ取れなかった。流石に泣きだす愛子の姿にどうしていいのか内心パニックになっていた。心なしか後ろの目が痛いような気がする。

 

 

 しばらくそうしていたがとうとう我慢できなくなったのかユエが行動する。

 

「離れて……ハジメが困っている」

 

 そう見知らぬ美少女に言われて自分の姿を顧みたのか、すみませんと謝りながらハジメと蓮弥から離れる。生徒とはいえ公衆の面前で男に、それも二人に抱きついて泣きだす自分の姿を想像して恥ずかしくなったのか顔を赤くしている。その姿に騎士達が僅かに殺気立つ。

 

「すいません、取り乱しました。改めて、南雲君と藤澤君ですよね?」

 

 その言葉にようやく覚悟を決めたハジメが答えた。

 

「ああ。久しぶりだな、先生」

「やっぱり、やっぱりそうなんですね……生きていたんですね……」

 

 再び泣きそうになる愛子に蓮弥がフォローを入れる。

 

「まあ、色々あったけど生きてるよ。心配かけてすまなかったな先生」

 

 その言葉にまた何もいえなくなった愛子。

 

 そして完全に調子を取り戻したハジメが先生達を無視してメニューに目を通し、店員を呼びマイペースに注文していく。まあ、蓮弥もよそ見して頼んでいたが。

 

 

 まるで昨日別れて今日出会ったという雰囲気を醸し出し始めたハジメ達にようやく落ち着いた愛子がハジメに追及を開始する。

 

「南雲君、まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、こちらの女性達はどちら様ですか?」

 

 愛子の言い分は、その場の全員の気持ちを代弁していたので、漸くハジメが四ヶ月前に亡くなったと聞いた愛子の教え子であると察した騎士達や、愛子の背後に控える生徒達も、皆一様に「うんうん」と頷き、ハジメの回答を待った。ちなみに蓮弥はさりげなく視線から外れていた。

 

「依頼のせいで一日以上ノンストップでここまで来たんだ。腹減ってるんだから、飯くらいじっくり食わせてくれ。それと、こいつらは……」

 

 ハジメが答えようとするが、ユエとシアが告白する。

 

「……ユエ」

「シアです」

「ハジメの女」

「ハジメさんの女ですぅ!」

「お、女?」

 

 愛子が若干どもりながら「えっ? えっ?」とハジメと二人の美少女を交互に見る。上手く情報を処理出来ていないらしい。後ろの生徒達も困惑したように顔を見合わせている。いや、男子生徒は「まさか!」と言った表情でユエとシアを忙しなく交互に見ている。徐々に、その美貌に見蕩れ顔を赤く染めながら。

 

 そしてまだ返事をしていないユナの方を向く愛子。蓮弥はユナの目を見る。大丈夫、自分とユナは一心同体。きっと自分の視線の意図を読み取って無難な言葉でまとめてくれる筈だ。蓮弥は期待した。

 

 だが期待はあっさり裏切られる。

 

「私は蓮弥の聖遺物(道具)です」

「ど、道具!?」

 

 さらに燃料を追加したユナを愛子はぎょっとした目で見ていた。後ろの生徒達も道具という響きにいかがわしいものを感じたのか衝撃を受けていた。特に若干一名が過剰にショックを受けていたように見える。

 

 

 蓮弥は天を仰ぎたくなった。

 

(ひょっとしてユナ、怒ってるのか? )

 

 蓮弥はユナが普段しないような言動をとったことからそう判断し、そっとユナの目を覗き見ると、ユナはそっと蓮弥から視線を逸らした。

 

(まじか……)

 

 蓮弥が困っている横で、ハジメもユエとシアが燃料をぶち込み続けるため収拾がつかないようだ。だんだん愛子の気配が変わっていく。

 

「南雲君……藤澤君」

「「はい」」

 

 思わず返事してしまった蓮弥とハジメ。なにか得体の知れない気配を感じる。そして愛子が爆発した。

 

「南雲君ッ、ファーストキスを奪った挙句、ふ、二股なんてッ、藤澤君に至っては道具って……いったい二人ともどんな悪い遊びを……もしそうなら……許しません。ええ、先生は絶対許しませんよ。お説教です。そこに直りなさい、南雲君、藤澤君」

 

 どうやらまともに食事にありつけるのはまだ先らしい。蓮弥とハジメは揃ってため息を吐いた。

 

 

 



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先生との面談

途中で愛子視点が入ります。


 散々、愛子が吠えた後、他の客の目もあるからとVIP席の方へ案内された蓮弥達。そこで、愛子や園部優花達生徒から怒涛の質問を投げかけられつつも、ハジメは、目の前の今日限りというニルシッシル(異世界版カレー)に夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。

 

 なにを言っても超頑張ったしか言わないハジメに愛子のボルテージが上がっていく。

 

 ハジメがはぐらかす理由はわかるが適当すぎる。このままではまずいと思った蓮弥がフォローすることにした。

 

(……ユナ)

 

 ユナに頼みごとをする。ちょっとご機嫌斜めだったユナだが空気はちゃんと読んでくれた。

 

聖術(マギア)8章1節(8 : 1)……"心意"

 

 ユナに頼んだのは所謂テレパシー。あまり長距離に対応していないし、魔力のノイズが激しい戦場とかでは使えないが、少し内緒話をするには向いている。ハジメの念話のようなものである。

 

 蓮弥は愛子に向けて心の中で語りかける。

 

(動揺せず聞いてくれ先生)

 

 愛子は頭に直接聴こえてくる声に一瞬ビクッと反応したが、聞き覚えのある声だったこともあり、すぐに冷静になる。

 

(聖教教会の騎士の前では話せないことがある。今夜先生の部屋を訪ねるから、その時に話すということで今は納得してほしい)

 

 その言葉に愛子は蓮弥の方を向き、僅かにコクンと首を縦に振った。聖教教会の騎士の前で話せないということで内容を察してくれたらしい。

 

 

 当然その間にも話は進んでいる。ハジメのやる気のない態度にとうとう近衛騎士の隊長が切れた。

 

「おい、お前ッ、愛子が質問しているのだぞッ、真面目に答えろ!」

「食事中だぞ? 行儀よくしろよ」

 

 近衛騎士の怒りにもどこ吹く風のハジメ。完全に煽っている形になり、侮辱されたデビッドは顔が真っ赤だった。そして……

 

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」

 

 その言葉で空気が一変する。旅に出て初めて受けた差別発言にシアは傷つき、愛子はデビットに非難の眼差しを向ける。蓮弥が見る限り他の聖教教会の騎士も大体同じ反応だった。どうやら亜人差別は教会中枢に近いほど根深いらしい。

 

 

 そこで近衛騎士に対してキレたのがユエだ。ユエはシアのことを特に可愛がっているためその彼女を侮辱する言葉に軽く殺気まで纏っている。そこからさらにエスカレートしていき、とうとう近衛騎士が剣を抜くというまで事態は発展する。そしてユエに対する敵意をこの男が見逃すはずがない。

 

 ドパンッ!! 

 

 乾いた破裂音が“水妖精の宿”全体に響きわたり、同時に、今にも飛び出しそうだったデビッドの頭部が弾かれたように後方へ吹き飛んだ。蓮弥が確認したところ、血は流れていない。非殺傷弾を使ったらしい。どうやらここで殺しはまずいという認識はあるらしい。

 

 

 ハジメが何かをしたという認識を持った周りの騎士が一斉に剣に手をかけるがハジメが威圧することで事態は強制的に終了する。そしてハジメは騎士達と愛子達に向けて宣言する。

 

「俺は、あんたらに興味がない。関わりたいとも、関わって欲しいとも思わない。いちいち、今までの事とかこれからの事を報告するつもりもない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。あとは互いに不干渉でいこう。あんたらが、どこで何をしようと勝手だが、俺の邪魔だけはしないでくれ。今みたいに、敵意をもたれちゃ……つい殺っちまいそうになる」

 

 

 その後もハジメのアーティファクトについて、騎士が提供を申し出るがハジメは宣言通り頑なに相手をしなかった。騎士達もハジメから発せられる威圧にすっかり怯んだようで暴力に訴えようとはしなかった。

 

 

 そしてハジメ達が二階へ上がると、後に残ったのはハジメのあまりの殺気に怯える騎士達と愛子達地球組だけだった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りについた頃、しかし、愛子はそわそわしながらも寝ずに起きていた。蓮弥が訪ねてくると言っていたからである。

 

 

 よくよく考えてみると夜中に生徒を個室に連れ込むみたいな状況に教師としてどうなのかと愛子はいまさら思っていた。ほんのちょっぴり期待が滲んでいるのは愛子とて若い女性なので仕方ないだろう。

 

 

 コンコン

 

 

 部屋の窓にノックの音が響き渡る。愛子は若干どもりながらも返事を返し、鍵を開き蓮弥を招き入れる。蓮弥は昼間の軍服とは違い、白いシャツに黒のスラックスのラフな格好だった。

 

 

 そこで愛子は思い出す。基本一匹狼気質で、特定の人物以外とはあまり関わらないスタンスを取っていた蓮弥だったが、ルックスが光輝にも負けていないのと、何事にも冷静に対応する少し大人びた態度によって、クラス内外に彼の隠れファンがちらほらいるという噂があったことを。しかも自分達のパーティーにも明らかに彼を気にしている子もいる。

 

 

 蓮弥の少し色気を感じるような格好と、夜中故に控えめの明かりなどの状況がまるで夜這いのようだと愛子の脳裏をよぎったがすぐに打ち消す。生徒相手に何を考えているのだと軽く頭を振った。

 

 

「……なあ、先生。さっきから大丈夫か? 都合が悪いなら日を改めるけど……」

「だ、大丈夫です。ええ、本当に。ドンとこいです!」

 

 愛子はあきらかに大丈夫じゃなかったが、虚勢を張る。生徒相手に少しいかがわしい妄想をしてたとは思われたくはない。蓮弥は釈然としない様子だったが話を進めてきた。

 

「最初に言っとくが俺もハジメもみんなの元に戻るつもりはない、正確には戻れない。そのことは今からする話の内容で理解してもらえると思う。どうか落ちついて聞いてくれ」

 

 そう言って蓮弥は、オスカーから聞いた“解放者”と狂った神の遊戯の物語。そしてミレディ達解放者がどんな思いで後を託すに至ったのかを語り始めた。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 狂った神。

 

 それによって弄ばれる人々。

 

 抗わんと立ち上がった解放者たち。

 

 そして志半ばで敗北し、自分たちの意志を後の世代に託すために作られたのが大迷宮であること。

 

 愛子はこの世界の真実を聞かされ呆然としていているようだった。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。

 

「藤澤君達は、もしかして、その“狂った神”をどうにかしようと……旅を?」

「いや、俺もハジメもそこまでは考えてはいない。俺個人としては戦いは避けられないと思ってるけど、あくまで俺たちの帰還を優先するつもりだ」

 

 愛子もこの世界のことより生徒達のことを優先している自覚はあるようで何も言えない様子だった。

 

「アテはあるんですか?」

「ああ、一般的に大迷宮と呼ばれている場所の奥に真の大迷宮と呼べるものが存在している。俺とハジメはそこに落ちたわけだが、そこを攻略すれば神代魔法と呼ばれる強力な魔法が得られる。それを七つ集めれば帰れる可能性はあるはずだ」

 

 ミレディ・ライセンの記憶を覗き見てしまった蓮弥は七つの神代魔法の先にあるものを知っている。ミレディの意向により、ハジメ達には知らせていないがうまく使えば世界を渡ることもできるだろうと蓮弥は踏んでいた。

 

「ただし現状の勇者パーティでは攻略は難しいと思う。オルクス大迷宮の奥の魔物は表層とは格が違う。昼間のハジメの威圧で怯むようじゃ死ぬだけだ」

 

 

 蓮弥は七つの大迷宮には実は推奨攻略順序があると踏んでいる。再生魔法必須のハルツィナ樹海はもちろん。ライセン大迷宮と比較してオルクス大迷宮の難易度は高すぎた。おそらくだが、あそこは他の大迷宮を攻略した後、最後に挑むのが正解なのではないか。その予想が正しければ蓮弥とハジメは初っ端からラスダンを攻略したということになる。

 

「そうですか……」

 

 暫く、沈黙が続く。静寂が部屋に満ちた。愛子は蓮弥が語った内容を吟味しているようだ。愛子の頭の巡りは悪くない。きっと伝えたいことが伝わったと蓮弥は思っていた。

 

 そして愛子がそっと口を開く。

 

「藤澤君達の事情はわかりました。南雲君のアーティファクトといい、その知識といい、確かに私達の元に戻れば問題が起きる可能性があると先生も思います。……しかしその上でいいます。一度だけでいいので南雲君と共に戻ってきてくれませんか?」

 

「……」

 

 蓮弥は黙って続きを促す。蓮弥達の事情を知った上でそういうなら何か事情があるのだろう。

 

「八重樫さんと白崎さんのことです」

「雫と白崎?」

 

 あの奈落の穴で別れた幼馴染の名前が出てきて蓮弥は思わず反応する。

 

「白崎さんも八重樫さんもあなた達の生存を信じています。今も必死で大迷宮を攻略していますが……正直痛々しくて見ていられません。まるで限界まで張り詰めた弦のように。何かをきっかけに壊れてしまうんじゃないかと不安になってしまいます」

 

 その愛子のセリフに蓮弥は自分の認識が甘かったことをようやく悟った。心配しているかもしれないとは思っていたが、まさかそこまで追い詰められていたとは。そこで蓮弥はもう一つ気になっていたことを聞いてみる。

 

「……先生、檜山のやつはどうなった」

「っ!」

 

 その言葉にビクッと反応する愛子。その様子から察するにどうやら蓮弥達を落とした犯人が檜山であることまで突き止めているらしい。

 

「…………それを聞いて……藤澤君はどうしますか?」

「別に何も」

 

 愛子の恐る恐るといった雰囲気で絞り出すように言ったセリフにあっけらかんと蓮弥が答える。その反応に意外なものを見る目つきで蓮弥を見る愛子。

 

「なんだよ? 先生は俺たちが復讐するかもとか思ってたのか?」

「えっと……それは……」

 

 言いにくいことなのだろう。先生としては生徒同士憎み合うことなんてして欲しくない。けど檜山がやった所業。蓮弥達が受けた苦痛を思えば恨んでいないほうが不自然だろう。そんな二律背反の悩みを持つ愛子を安心させるように柔らかい口調で蓮弥は言う。

 

「安心していいよ、先生。俺もハジメも檜山のことなんざなんとも思ってない。眼中にないといったほうが正しいかな。先生達が檜山のことを知ってるなら多分雫が目をつけているだろうし滅多なことはしないだろう……もし、先生が俺たちに何かできることはないかとか考えているんなら……どこかのタイミングで、ハジメと話をしてやってほしい」

「南雲君とですか?」

「俺はどちらかと言うと運が良かった方なんだ。なんだかんだ奈落の底でもうまくやってこれたからな。見ての通り五体満足で済んだ」

 

 だが、と蓮弥は声を少しだけ低くして続きを語る。

 

「見た目通りハジメが生き残るために失ったものも切り捨てたものも多い。ユエと出会ってなんとか人としての部分を残すことができてるけど非常に危うい。だからこそ先生から寂しい生き方にむかって行っているハジメに思い出させてやってほしい……人を慈しむ感情を……」

 

 その言葉に愛子は昼間のハジメの態度を思い出したのかもしれない。神妙な声で聞いてくる。

 

「……藤澤君ではダメだったんですか?」

「俺もユエほどじゃないだろうけど、あいつの懐の深いところに入れてるとは思う。けどある意味、俺はあいつとは同じ穴の貉だからな。うまく言ってやれない。それに……」

 

 蓮弥は少し意地悪そうに笑う。

 

「非行に走る生徒を、真っ当な道に戻してやるのは先生の仕事だろ。畑山()()

 

 先生の部分を強調して言う蓮弥。そうだ、きっとハジメに教えてやれると言う意味ではこの人しかいないだろう。それはこの世界で変わってしまったハジメしか知らないユエにも不可能なこと。

 

「……全く。普段は真面目に言わないのに、都合のいい時ばかり先生呼ばわりするんですね?」

「だって事実だろ」

 

 少しおどけて言って見せると愛子がクスッと笑みを浮かべる。どうやら少し調子を取り戻したらしい。

 

「わかりました。南雲君のことは先生に任せてください。けど……」

「わかった。どこかのタイミングで雫達のところに顔を出すよ。ハジメも白崎の名前を出せば顔見せぐらいする気になるだろうし」

 

 蓮弥はそのセリフを最後に部屋を出て行く。今後愛子がどう行動するかわからないがきっと悪いことにはならないだろうと蓮弥は思ったのだった。



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北の山脈にて出会うもの

 夜明け。

 

 月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、蓮弥一行はすっかり旅支度を終えて、“水妖精の宿”の直ぐ外にいた。

 

 

 ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。地球での72時間の壁を考えるなら絶望的な時間経過だが万が一ということも考えられる。急ぐに越したことはない。

 

 

 表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。すると蓮弥達はその北門の傍に複数の人の気配を感じた。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 

 朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒六人の姿だった。

 

「……何となく想像つくけど一応聞こう……何してんの?」

 

 ハジメが少し凄んで見せるが、ある種の使命感に燃えている熱血教師モードの愛子には通じていないようだった。毅然とした態度でハジメと正面から向き合う。ばらけて駄弁っていた生徒達、園部優花、菅原妙子、宮崎奈々、玉井淳史、相川昇、仁村明人も愛子の傍に寄ってくる。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」

「な、なぜですか?」

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

 確かにその問題があったかと蓮弥は思っていた。当然蓮弥達はハジメ謹製のバイクで向かう予定だが、おそらく愛子達は馬による移動だろう。

 

「ちょっと、そんな言い方ないでしょ? 南雲が私達のことよく思ってないからって、愛ちゃん先生にまで当たらないでよ」

 

 ハジメの物言いにカチンと来たのか愛ちゃん大好き娘、親衛隊の実質的リーダー園部優花が食ってかかる。

 

 そこでハジメは宝物庫から魔力駆動二輪を取り出し、突き放すようにして言う。

 

「理解したか? お前等の事は昨日も言ったが心底どうでもいい。だから、八つ当たりをする理由もない。そのままの意味で、移動速度が違うと言っているんだ」

 

 案の定、ハジメがバイクを出すと皆ギョッとした顔を向ける。この世界でバイクという近代のマシンを見るとは思わなかったのだろう。蓮弥もバイクを取り出し準備にかかる。

 

 

 そこへ、クラスの中でもバイク好きの相川が若干興奮したようにハジメに尋ねた。

 

「こ、これも昨日の銃みたいに南雲が作ったのか?」

「まぁな。それじゃあ俺らは……「よくぞ聞いてくれた」あん?」

 

 ハジメの言葉を遮って蓮弥が語り始める。

 

「まずは排気量だがこれは魔力量によって自由自在。どの速度からでも出される適切な加速が乗り手に爽快感を与えてくれる。ガソリンではなく魔力駆動によって動くから環境にも優しい。ハンドル操作は手動でもできるが、魔力による思念操作も可能になっているから居眠りでもしない限り取り回しに苦労することはまずない。タイヤは奈落で出会った魔物の弾力性に富んだ素材をふんだんに使い、各種サスペンション機構は鉱石とゴム系素材をうまく合成して防振機能を持たせているからシートに使われている素材も相まってどんな環境でも振動はほぼ伝わらない。そもそも錬成機構によってどんな悪路も整地されるから問題にならないわけだが……」

 

 蓮弥の語りは止まらない。流石のハジメもあっけにとられてしまい呆然と蓮弥を見るしかない。

 

「……以上、これが練成師南雲ハジメ先生の練成魔法による創作物の一つだ」

 

 蓮弥の長い語りが終わった後、皆一斉にハジメを見る。神の使徒として呼ばれた生徒達は装備品を揃えるために国お抱えの練成師と交流することが多々ある。だからこそ彼らは正直侮っていた。作れるといってもせいぜい性能のいい剣とかの武器や、鍋などの生活雑貨品くらいだと思っていたところに、何百個の部品を組み合わせて作るような高度な技術を使った工芸品が出てくるとは思わなかったのである。

 

 

 バイク好きの相川はもちろん、現代日本に生きるものとしてバイクがそう簡単に作れるものではないことくらいは興味がなくてもわかる。もしハジメが奈落に落ちなかったら、日本には当たり前にあるがこの世界にはないあれやこれを作ってくれたかもしれない。銃の存在もあり勇者パーティがあの日失ったものは大きいと認めざるを得なかった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そんなハジメに対する視線が驚きと賞賛の目に変わったことを悟ったハジメはむず痒くなりそうな思いを隠すために蓮弥を睨んだ。この世界に来てハジメは変わってしまったし多くのものを削ぎ落とした。しかし今までのハジメが全てなくなったわけではない。

 

 

 地球にいたころ、ゲーム会社を運営している父親によってゲームクリエイターとしての技術はもちろん、設計図面の引き方や電子工作など、ものづくりの基本的な技術は叩き込まれている。

 

 

 練成師の練成魔法とはつまるところ物質を自由に操れる()()の魔法であり、物を作る際には術者のセンスが問われることになる。

 

 

 もちろんハジメはまだ高校生。魔力という応用性が高すぎるエネルギー、そしてオルクス大迷宮で手に入れた生成魔法によるゴリ押しもあっただろう。だが曲がりなりにも自分がこだわって作った逸品を賞賛されるのは悪い気分ではなかった。

 

 

 アドバイスを貰ったとはいえ、自分が作ったわけでもないのにドヤ顔する蓮弥に少しイラッとするが、蓮弥がなぜこんなことを言い出したのかを考えれば何もいえなくなる。

 

(気ぃ使わせちまったんだろうな)

 

 

 思えば奈落に落ちる前も蓮弥がやたらとハジメを持ち上げていたことを思い出す。

 

 

 宣言した通り、愛子達が何をしようと興味がないということに嘘はない。だが逆に興味がないのなら必要以上に煽るような言い方をする必要もない。通りすがりの他人にケンカ腰で話す奴はいない。奈落に落ちる前の無力だった頃の自分を知る者達。近くに自分を慕ってくれているユエやシアがいたこともあって、おそらく無意識に気を張っていたのだろう。ユエやシアに弱い自分を見られたくないから。

 

 

 そこまで考えてハジメは急に気が抜けた。今の自分の態度は教師である愛子の前ということもあり、まんま反抗期のスレたガキそのものであることを客観視したハジメはなんだかバカバカしくなったのである。

 

 

 同じ方向に行くというなら、ついでに連れていってやってもいいだろう。そのかわり自分の命は自分で守らせる。そこまで責任は持たない。

 

 

 相棒の吸血姫はいままで彼らに対し冷たい態度を取っていたが、現在彼らがハジメを賞賛していることもあって機嫌がよくなっている。なら文句もでないだろう。

 

 

 ハジメは無言で二輪を宝物庫にしまい、代わりに魔力駆動四輪を取り出した。また驚愕する彼らに言い放つ。

 

「気が変わった。行きたいやつは乗れ。その代わり行った先で命の保証はしねぇからそのつもりでいろ」

 

 急に態度を変えたハジメに愛子は喜びの表情を浮かべた。昨日は蓮弥に事情説明を任せたハジメだったが、蓮弥は何を愛子に話したのかは聞いていない。だが余計なことを吹き込んだのはハジメにもわかった。なぜなら愛子の目が不良生徒の更生に燃える熱血教師の目をしていたからだ。

 

 

 蓮弥の行動には感謝しているが、あとで締める。ハジメは密かに決意した。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 さて蓮弥が現状ハジメに締め上げられることもなく、一行は順調に進んでいた。ちなみに魔力駆動四輪の中は操縦するハジメはもちろん、レディファーストということで女子達が乗っていた。入りきらなかった男子は荷台の上である。もっともバイクに備わっている機能は当然四輪にも備わっているので乗り心地は悪くなさそうだ。蓮弥は定員オーバーということもあり普通にバイクでの移動だった。相川が運転させて欲しそうな目を蓮弥に向けていたが無視した。異世界での数少ない楽しみをそう簡単には渡さない。

 

 

 蓮弥が運転席を覗き込むと意外なことに運転席のハジメの隣にはユエではなく愛子が座っていた。聖遺物の使徒としての超強化された聴力をすませてみると、どうやら昨日蓮弥と話した内容を今度はハジメにもしているらしい。ハジメも少しだけ気が変わったのか、とりあえず邪険にすることなくオルクス大迷宮を落ちた後の話をしていた。

 

 

 頑張れ先生。

 蓮弥は内心エールを送る。彼女なら自分にできないことをやってくれると信じて。蓮弥は北の山脈目指してアクセルを回した。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 北の山脈地帯

 

 標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。だが考えようによっては上手くやれば年中実りを得ることができるということであり、ウルの町が潤うわけだと蓮弥は思っていた。

 

 

 そんな麓に四輪を止めると、蓮弥は暫く見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。後ろのユナの方を見てもこの美しい光景に見入っているのがわかる。彼女にこの景色を見せてあげられただけでも来た甲斐があるというものだった。

 

 

 ハジメはミレディ・ライセンの宝物庫からパクった……もとい譲り受けた感応石を練成して作った無人偵察機を飛ばしていた。これに加え、ハジメの義眼に組み込んだ遠透石を組み合わせれば無人偵察機の視界を共有できるという探しものにはうってつけのアーティファクトだった。

 

 

 それを頼りに一行はハイペースで山道を進んだ。だが、人間をやめているハジメと蓮弥や、膨大な魔力によっていくらでもなんとかなる女子3人とは違い、愛子達常人にはこのペースは辛かった。

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

「……ひゅぅーひゅぅー」

「ゲホゲホ、南雲達は化け物か……」

 

 死屍累々といった有様である。仕方なしにハジメが休憩を宣言する。どの道川沿いを調べるつもりだったからだ。

 

 

 川へと向かうハジメ、ユエ、シアを生徒達は恨めしそうに見つめる。川まで連れて行って欲しそうな目で見ているがハジメは気づいていない。そんな彼らにユナが近づく。

 

「皆さん、そこに集まってください。……聖術(マギア) 8章2節(8:2)……"効昇"

 

 ユナが使ったのは身体強化聖術である。蓮弥やハジメに使ってもあまり意味がないのと弱い生物にユナが本気でかけると破裂してしまう──魔物にて検証──という欠点があるものの、軽くかければ体力増幅などの効果がある。

 

「あれ? 体が少し軽くなったような……」

「体力を増幅しました。……もう少しなので皆さん頑張ってください」

 

 ユナが笑顔と共に言うと愛子達の顔が赤く染まる。特に男子3人の反応がすごい。

 

「まじかよ……」

「……天使か(結婚したい)」

「いや、女神だろ(結婚しよ)」

 

 とりあえず蓮弥は男子3人、特に後半の二人を藪の中に投げ捨てる。当然文句が返ってくる。

 

「何するんだよッ」

「ユナのそれは一時的だ。効果が切れると反動で動けなくなるぞ。そうなる前に早く移動しろ」

 

 蓮弥は急かすようにして愛子達を追い立てる。愛子達はここで動けなくなったら今度こそハジメに置いていかれると思ったのか急いで行動する。

 

「ありがとうございます。ユナさん」

 

 愛子が代表してユナにお礼を言う。それを大したことではないと笑顔で受け取るユナ。そのユナに対し、蓮弥は優しく頭を撫でてやるのだった。

 

 

 川に行った一行を追いかけるとどうやらユエが手がかりを見つけたらしい。どうやら盾や鞄が川上から流れてきたようだ。

 

 

 手掛かりを辿って行くとだんだん周りが荒れていく。まるで巨大生物が暴れまわったようだ。その様子に愛子達は表情を険しくしていく。最悪の想像をしているらしい。

 

「ユナ……」

 

 例によってユナに探ってもらうことにする。何か手掛かりがわかるかもしれない。

 

「……とても苦しんでいます。けど……」

「けど?」

 

 ユナがいい淀む。何かあったのだろうか。

 

「……いえ、今は置いておきます。……こちらに人が向かった記憶が残っています」

 

 そうしてユナの案内に沿って進んでいく。ハジメ達もユナの霊的感応能力にはライセン大迷宮で大変世話になったので誰一人疑っていない。

 

 

 そうして辿っていく内にひときわ立派な滝を見つける。

 

「あの奥です」

「おいおい、マジかよ。この気配は人間だ。まさか生き残ってるとは思わなかった」

 

 近づいたことによりハジメにも気配察知にてわかったのだろう。驚愕している。蓮弥の眼で視てもそれが人間の魂であることがわかる。

 

「ユエ、頼む」

「……ん」

 

 すぐにユエが魔法により滝を真っ二つに割る。またまた驚いた愛子達を置いて蓮弥は滝の奥に入る。視ると奥に人が倒れているのがわかる。どうやら二十歳くらいの青年らしい。相当衰弱しているようだったので蓮弥は自分の持つ神水を飲ませてやる。青がかった顔色が血色を取り戻していく。しばらくすると青年が意識を取り戻す。

 

「あれ? ここは……」

「悪いが質問させてほしい。あんたはウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男の」

「君たちは一体? どうしてここに……」

 

 どうやら混乱しているらしい。仕方ないとはいえ答えてもらわないと話が出て進まない。

 

「フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た。もう一度聞くぞ、あんたはウィル・クデタか……」

 

 ようやく話が飲み込めたらしい。もうだめだと思っていたところに現れた助けに青年の眼に光が戻る。

 

「は、はい。私がウィル・クデタです。……まさか助けがくるとは思いませんでした。もうここで死ぬとばかり……」

 

 青年、ウィルを落ち着かせ話を聞く。話はこうだった。

 

 

 ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、魔物の群れに襲われたのだそうだ。犠牲を出しつつも逃げていた際に後ろの魔物の群れを超える脅威が現れたのだそうだ。

 

 

 それは漆黒の竜だったらしい。その黒竜のブレスにより川まで吹き飛ばされ、ウィルは運良く滝の中の洞窟に逃げ込むことに成功し、九死に一生を得たというわけだ。

 

 

 話していく内に感情が入り泣き出すウィル。自分よりもずっと優秀だった冒険者の先輩が死んだのに自分だけ生き残ったことを責めているようだった。

 

 

 周りの人間が何と言っていいかわからないといった悲痛な顔をしている中、後ろで控えていたハジメが前に出て、ウィルの胸倉を掴み無理やり立たせる。

 

「生きたいと願うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んでなにが悪いんだ? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しい」

「だ、だが……私は……」

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」

 

 おそらくハジメは彼の姿を自分と重ねているのだろう。そのことがわかった生徒達や愛子は罰が悪そうな顔をする。蓮弥の想像でしかないが、おそらく教会の上層部は死んだのが無能でよかったとか言っていたのだろうとか思っていた。

 

「蓮弥!? 何か近づいてきます」

「ああ、俺も感知した」

 

 滝壺の外に出るとそれは存在していた。

 

 漆黒の竜。まさにファンタジーの世界にしかいない幻想上の生き物。この世界にもいるらしいということは知識でしっていたが、実際に出会うとは思わなかった。

 

 

 こいつは一筋縄ではいかないと悟った蓮弥はユナを聖遺物に戻し武装を展開した。




基本ハジメのことは上げていく方針の蓮弥。
そしてユナは基本天使です。
さて、そろそろ話が動くかな。


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漆黒の竜

独自設定ありです。


 その竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。

 

 蓮弥は構える。この敵から感じる圧力は()()()()()()。いや、個体としてのレベルならこちらの方が上かもしれない。

 

 竜が口を開き力を貯める。おそらく竜のブレス攻撃。撃たせたら蓮弥達はともかく、後ろにいる愛子達は跡形も残らない。後ろでハジメが盾を出すのを確認した蓮弥は、一足飛びで竜に近づき、その顎を蹴り上げ、顔の向きを強制的に変えさせる。

 

 

 直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが空中に向かって放たれた。予想した通り、その攻撃力は冒険者のパーティを跡形もなく消し去って余りあるものだった。とはいえ……

 

(別に倒せない敵じゃない)

 

 ハジメが後ろの愛子達を守りに入ったところを見ると助けるつもりではあるらしい。もっともウィルに死なれたらここまでの苦労が水の泡と思っているのかもしれないが。

 

「“禍天”」

 

 蓮弥に追撃する形で、ユエがライセン大迷宮で入手した重力魔法を発動する。竜の頭上に暗黒の球体が出現し、竜の巨体を地面に叩きつけた。

 

「グゥルァアアア!?」

 

 豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は重力による凄絶な圧力をかけられ地面に陥没させていく。だが……

 

「グゥルァアアアァァァァァァ!!」

 

 咆哮と共に重力魔法の影響が弾け飛ぶ。見ると益々目の前の漆黒の竜の圧力が増していた。

 

「ん……強敵」

「どう見ても()()()()()()()()()。……シア。気合い入れていけ。今までの魔物とは格が違う」

「はいッ」

 

 そうしている内に体勢が整った竜が火炎弾を連射してくる。数多の火炎球が非戦闘員のウィル目掛けて撃ち放たれる。

 

 それをハジメが宝物庫から取り出した二メートル程の柩型の大盾でガードする。

 

 その隙にシアが飛び出し、ドリュッケンを脳天に叩き込む。シアのドリュッケンはハジメにより重力魔法を付与されている。そのためにトンまで重さを加えられるようになったそれは、単純に振り回すだけで圧殺する凶器だ。

 

 

 思わぬダメージを受けた竜がお返しとばかりにシアに向けて勢いよく回転させた尻尾を叩きつけようとするも、ハジメの精密射撃により尻尾をレールガンの連射により叩き落される。

 

「ありがとうございます。ハジメさん」

「油断するなといっただろう。それにしても……」

 

 ユエの重力魔法にシアのハンマーを受けたにしてはダメージが低いと思う蓮弥。どうやら頑丈さに定評があるらしい。なら……

 

「一気に畳み掛ける。蓮弥ッ、こいつらの防御は任せる」

 

 ハジメが一方的に言ってきた後、すぐに飛び出していく。そもそも愛子達を守って戦うのは自分らしくないと思ったのだろう。攻守交代だ。

 

「わかったッ、言っても聞かないだろうから好きにやれ。……おっと」

 

 そうしている内にまたもやブレスの準備をする竜。ハジメはドンナー、シュラークによるレールガンの連射による攻撃を行うが意に介していない。

 

「"天杓"」

 

 ユエが空中に6つの雷球を円周上に展開させ、竜の周りを強力な雷撃で覆い尽くす。これには多少ダメージを受けた気配があるが、行動を止めない。頑なにウィル相手に殺気を漲らせ続ける。

 

 ウィルはまさに蛇に睨まれたカエルのように固まってしまっている。今まで出会った魔物との格の違いに慄いている愛子達も同様だった。

 

 膨大な力が貯まった。恐らく威力は赤蜘蛛の最後のブレス以上だろう。

 

聖術(マギア)7章5節(7 : 5)……"五光聖門"

 

 前方に輝く壁を五重に展開する。

 

 その直後放たれるブレス。

 

「ぐっ、これは……」

 

 想像より強力だった。

 

 膨大な熱量を持ったブレスは受けただけで五重障壁の内二枚を砕き割る。三枚目が受け止めているが、このままだと自分はともかく、後ろの愛子達の命の保証ができない。

 

 

 しかし、恐れることはない。蓮弥は一人で戦っているわけではないのだから。

 

「いい加減……」

 

 ハジメがシュラーゲンを抜き放ち、銃口を竜の顎門に向ける。

 

「無視してんじゃねぇぇぇぇ!!」

 

 そのまま遠慮なくぶっ放す。

 

 かつて暴走した蓮弥にも使った……いや、よりパワーアップした一撃が竜の頭を吹き飛ばす。撃たれる前にブレスを向けて威力を相殺しようとしたのだろう。致命傷は避けたようだが牙がいくつか吹き飛んでいる。

 

 

 ハジメはどうやら無視されたのが気に触ったらしい。ハジメの連撃は止まらない。首が仰け反り、がら空きになった腹部に左腕の義手のギミックである振動破砕による拳を叩き込んだ。これには流石の鱗の防御も役に立たず、竜は盛大に吐血する。

 

 

 流石に竜はハジメを脅威とみなしたらしく、ハジメに向けて炎弾を連射するが、空力により浮かび上がり、縮地で高速移動するハジメを捉えられない。

 

 

 ならば自分も空中に移動しようと羽を広げ、空中に飛び出そうとするが、時にユエの禍天で、時にシアのドリュッケンの一撃で叩き落とされる。こうなればワンサイドゲームだ。

 

 撃つ、打つ、殴る、潰す、打ち上げる、また叩き落とす。三人により、ついさっきまで恐怖の象徴だった竜がなす術なく蹂躙されていく光景に後ろの愛子達は開いた口が塞がらなかった。

 

 

「すげぇ……」

 

 練成師としてのハジメを賞賛してばかりのクラスメイトは、今度は戦闘力という意味でも頭一つ抜けていることを思い知ることになった。正直な話、勇者である光輝ですら周りの少女たちに追い付いていない。唯一混じって戦えそうなのは、色々外れかけている雫だけだろう。

 

 しかし

 

「なっ!」

 

 

 流石のハジメも驚愕した。目の前の竜が逆再生するようにもとに戻っていく。

 

「おいおい、まさか自動再生も持ってるのかよ。流石にチートすぎるだろう」

 

 ハジメが呆れたように言うが、ユエがそれに対して疑問を持つ

 

「……竜種に自動再生が備わっているなんて聞いたこともない」

 

 それこそ500年前に滅びたとされている伝説の竜人族ですら持っていないだろう。ハジメはどうしたものかと考える。そこでユナが蓮弥に語りかける。

 

『蓮弥、()()は操られています』

「なに? ……ひょっとして先生が車中で話してたやつか」

 

 車中で移動中、先生はハジメに自分たちがここにきた理由を語った。なんでも一緒に同行していた清水利幸が行方不明になったという。その清水は闇術師という天職を持っており確か洗脳魔法も使えたはずだと、昔ハイリヒ王国の図書館で調べた情報を思い出す蓮弥。もしクラスメイトの清水が関わっているのだとしたら……

 

『いえ、確かに彼女の脳、つまり肉体を操っている術者もいますが、問題は彼女の魂を操っている術者の方です。彼女を操っている二人の術者の内、魂を操っている方の術者が彼女を狂暴かつ強力にしています。このままでは彼女が持ちません』

「……ユナは俺にどうしてほしい?」

 

 言葉からしてどうやらあの竜を倒すことには反対らしい。ではどうすればいいのか。

 

『肉体と魂の両方を支配された彼女に、まっとうに攻撃していても目覚めさせることはできません。肉体と魂、順番に攻撃して揺さぶりをかけます。その攻撃の際に、術者の影響を断ち切ることができれば……』

「なら……」

 

 ちょうどいいと蓮弥は背中から生える四本の十字架の剣を構える。永劫破壊(エイヴィヒカイト)による攻撃は物理かつ魂への同時攻撃である。蓮弥なら攻撃するだけでユナの条件を満たすことができる。しかし、ユナは苦い口調で否定する。

 

『いえ、それはいけません。永劫破壊(エイヴィヒカイト)による攻撃は()()()()()()。彼女はすでに肉体と魂ともに限界が近い。蓮弥のそれだと彼女を殺してしまいます』

「ならどうする? 相手は手加減して勝てるほど甘い相手じゃないぞ」

 

 相手はその謎の術者とやらからバックアップを受けているらしく、時間がたつにつれ気配が強力になっているのがわかる。現状ハジメと連携をとれば殺せるレベルでとどまっているが、これ以上強化されるようなら後ろの愛子達を庇いながら戦うことも難しくなっている。いくら相手が操られているらしいからといって自分たちが全滅したのでは意味がない。

 

 

『私が魂に直接作用する術式を蓮弥に付与します。だから他の誰かに物理による攻撃を担当してもらえればいいと考えています』

「なるほど……」

 

 それなら善は急げだ。蓮弥はすぐさまハジメに協力を要請する。

 

「ハジメッ、ユナが言うには相手は普通にやっても倒せないらしい。ユナが特殊な術で攻撃するために、まずはお前にでかい一撃を頼みたい」

 

 この状況でハジメに相手を助けたいといっても聞いてもらえないのでこういう言い方をする。蓮弥とてユナに言われなければ助けようとは思わないだろう。

 

「! わかった。一撃でかいのを当てたらいいんだな」

 

 ハジメが宝物庫からパイルバンカーを取り出す。ハジメの装備の中でも特に貫通力に特化した武装だ……正直こちらとしては助けるつもりなのにあんなものを取り出されては不安になってしまう。最悪神水を使う覚悟もしておく蓮弥。

 

聖術(マギア)10章2節(10 : 2)……"絶魂"

 

 蓮弥の拳になにやら半透明のナニカが纏わりついてくる。絶魂とかいう物騒な名前が出てきたが大丈夫なのだろうか。

 

『本来は取り憑いた悪霊を強制的に引き剥がす禁術なのですがたぶん大丈夫です』

 

 ちなみにユナには未だ記憶がないし、オルクス大迷宮でもこの聖術は使ったことがない、しかも昔聞いたが10章は禁術扱いの聖術だそうだ。相手が不安になってくる。だが現状は蓮弥の内心よりシリアスだった。傷がある程度回復した竜が再びブレスを放とうと力を貯め始めた。さきほどよりも強力なものを放つつもりなのか、集まる魔力の量が尋常ではない。

 

「ユエ!」

「……“禍天”」

 

 ハジメの呼びかけによりユエが再び重力魔法を発動させる。竜が地に叩きつけられるが、耐性がついてきたのか動き辛そうにしているが完全に動きを封じこめられてはいない。ユエの魔力とて無限ではない。おそらくこれがラストチャンスだろう。

 

「シア!」

「はい!」

 

 ドリュッケンをギガントフォルムにしたシアがショットシェルを撃った時の衝撃も併せて竜の頭をぶん殴った。

 

 

 これにはさすがに竜も堪えたらしく頭が地面に軽く埋まる。これで頭を下に、臀部を上にあげる形になった。フューレンを訪れる際に世話になった旅商人のユンケルが面白い話を言っていた。竜の尻を蹴り飛ばすと。

 

 

 竜とは竜人族を指す。彼等はその全身を覆うウロコで鉄壁の防御力を誇るが、目や口内を除けば唯一尻穴の付近にウロコがなく弱点となっている。防御力の高さ故に、眠りが深く、一度眠ると余程のことがない限り起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆がいたというバカ話の教訓だ。だがそれが事実ならこれで終わりのはずだ。

 

 

 愛子達は今からハジメがやることを想像し、顔を引きつらせているがこちらは至って真剣である。蓮弥はハジメの攻撃が成功することを見越して準備に入る。

 

 

 そして遂に、ハジメのパイルバンカーが黒竜の臀部にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。……ユナ曰く、彼女らしいが気にしないほうがいいだろう。

 

 “アッ──────なのじゃああああ──────!!! ”

 

 くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫? を上げた。肉体への強烈な攻撃が竜の意識を一時的に覚醒させ、魂を乱れさせる。その隙を蓮弥は見逃さない。

 

「これで……終わりだッ」

 

 今度はのけ反った竜の心臓辺りを目掛けて、蓮弥は拳を叩きこんだ。

 

 ”おほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ──────!!! ”

 

 今度は何やら嬌声じみた声が聞こえた気がするが気のせいだろう。何しろ魂を直接攻撃したのだ。生物の根源。肉体という鎧に守られていない剥き出しのウィークポイント。想像するしかないが、相当な激痛であるはずなのだ。けして嬌声などが飛んでくるわけがないのである。

 

 

 だが蓮弥の現実逃避むなしく妙な声は竜から聞こえてくるようだ。周りを見てみると皆首をかしげているあたりどうやら蓮弥の耳がおかしくなったわけではないらしい。

 

 “お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~、アヘェェ”

 

 なにやら目の前の竜がお尻をピクピクさせて興奮しきった声を発している。全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。

 

 

 どうやら、ただの竜退治とはいかないようだった。蓮弥はそっと軍帽を深く被りなおした。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 それは遥か上空により様子をうかがっていた。

 

 主が呼び出した異世界の勇者の一人がなにやら主好みのおもしろいことを企んでいたようなので、その企みの一つであるあの竜人族の傀儡を"昇華魔法"と"再生魔法"にて支援、強化して例のアンノウンとイレギュラーにぶつけてみたが、成果はなかなかだった。あの程度で倒せるとは思っていなかったが、まさか魂魄魔法の真似ごとまでできるとは思わなかった。

 

「やはりあの少女は面白い。主が注目するだけのことはある」

 

 だが視たところ彼女を使()()しているらしい少年は凡庸らしい。あれでは彼女の性能を引き出せないだろう。

 

「ならばやはりあの少女は主が有効に活用するべきだ」

 

 だが油断はしない。あの少年は凡庸なれど、銀髪の少女の力は侮れない。隣のイレギュラーのこともある。現状あのイレギュラーを排除する許可はまだ下りていない。ならばなんとかして分断できればいいのだが。

 

「なら、あの愚者を利用しましょうか。うまくいけば主の邪魔者を消せるかもしれません」

 

 主を差し置いて神とあがめられ始めている人間を疎ましく思う。それは主にだけ許された呼び名でありあの程度のものが受けていいものではない。

 

 

 主の邪魔者の排除と主の悲願を同時に達成できるかもしれない状況にほくそ笑む。自分は他の個体とは生まれたコンセプトが違うが関係ない。この任務を果たせば()()()などとは誰も呼べないだろう。

 

 

 様々な思いを抱き、神の使徒『フレイヤ』は行動を開始した。

 



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変態のち魔物、時々天使

 “ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~、ハァハァ、アヒン”

 

 目の前の竜が苦しんでいるのか、喘いでいるのかわからない念波らしきものを放っている。正直きもい。蓮弥は軍帽を被り魔力を念入りに通す。

 

 

 この時点で普通の魔物ではないのは明らかだった。蓮弥はユナが途中から竜を彼女と呼んでいたことから知っていたが、当然他のメンバーは知る由もない。

 

「お前……まさか、竜人族なのか?」

 

 "うむ、いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからはやくお尻のそれを抜いて欲しいのじゃ。もう少しで魔力が切れそうなのじゃ。もし今元に戻ったら妾、昇天してしまうのじゃ、はぁ、はぁ”

 

 なにやらはぁはぁやりながら頭の中に直接語り掛ける自称竜人族。そして経緯を語り始める。

 

 

 要約するとこうだった。

 北の地の隠れ里に住んでいた竜人族は、いろいろあって異世界人を調査することに決めた。

 その調査する役目を負ったのはいいが、途中洞窟で竜の姿で爆睡してしまう。

 自分が爆睡している中、丸一日もかけて謎の闇術師に洗脳され、目撃者を消すよう命令されて今に至ると。

 要約して蓮弥は、竜人族も残念なんだなと思わずにはいられなかった。

 

 

 黒竜は自分なりの理由を話すがそれに対して静かに怒りを覚えている男がいた。

 

「……ふざけるな、操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 

 彼の怒りはもっともだった。いくら操られていたとはいえ、亡くした命は帰らない。残されたものが黒竜を恨むのは道理といえるだろう。それについては黒竜も理解しているらしく反論しようとはしない。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

 

 

 “……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない”

 

「私が、保証します。彼女は嘘を言っていません」

 

 戦いが終わったことで、形成したユナが彼女の言葉を保証する。蓮弥やハジメたちであればそれで十分だが、他の人物はユナが霊的感応能力という固有魔法を有していることなど知らない。よってユエがさらに補足を入れる。

 

「竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は“己の誇りにかけて”と言った。なら、きっと嘘じゃない」

 “ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの? ”

 

 どうやらユエの言葉に興味を示したらしい黒竜がユエを見てうれしそうにする。

 

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

 “何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつての吸血姫か。確か名は……”

 

 

 どうやら、この黒竜はユエと同等以上に生きているらしい。しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いというわけではないようだ。

 

 

「ユエ……それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

 

 

 ユエが、薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をする。彼女の態度からして、どうやら竜人族は尊敬していた種族なのであろう。蓮弥からみてもそれがよくわかった。

 

 

 そして話は続き罪を償う意思はあるが今しばらく猶予を与えてほしいという黒竜。どうやら自分を操っているやつは相当な数の魔物を使役しているらしく、放置すればどこかで多大な犠牲が出てしまうと懸念しているらしい。だがそんなことはハジメの知ったことではなく……

 

「いや、お前の都合なんざ知ったことじゃないし。散々面倒かけてくれたんだ。詫びとして死ね」

 

 安定のハジメさんである。

 

「ハジメ、少し待て」

「あん?」

 

 ここで蓮弥が待ったをかけた。正直に言えばユナの頼みがなければ目の前の竜人族の生死にはさほど興味がない蓮弥だったがまだ聞かなければならないことがある。

 

「お前に聞きたいことがある。お前は操られていたといったな。だけどお前の話では術者は一人しか出てこない。……ユナが言うにはもう一人、お前の魂を支配し、お前を強化していたものがいるはずだ。そのことを話してもらいたい」

 

 “もう一人の術者じゃと? ……いや、正直わからぬ。確かに妙に力がみなぎっているとは感じていたが、闇術師の力じゃと思っておったのじゃがな“

 

 どうやら黒竜は把握していないらしい。これは気づかなかった黒竜が間抜けなのか、それとも竜人族相手に隠し通した術者が優秀なのか、蓮弥は何となく後者だと判断した。

 

「蓮弥、確かなのか?」

「ああ、ユナが言うんだから間違いない。しかもこいつの強化と再生はその術者がやっていたらしいから、おそらくこいつを洗脳したという闇術師よりやばいやつだと思う」

「なら、なおさらここで生かすわけにはいかねぇな。そんな得体のしれないやつが後ろにいるなら後々迷惑を被るかもしれないし」

 

 “待つのじゃー! た、確かにその術者とやらに身に覚えがないが、流石に意識があるときに操られる間抜けではないつもりじゃ。 頼む! 詫びなら必ずする! 事が終われば好きにしてくれて構わん! だから、今しばらくの猶予を! 後生じゃ! ”

 

 黒竜が必死に頼み込む、その言葉を受け、ユナとユエが動いた

 

「もし彼女が再び操られれば私がわかります」

「ハジメ、……自分に課した大切なルールに妥協すれば、人はそれだけ壊れていく。この黒竜は殺意をもっていなかった。襲われたとはいえ、殺意を持っていない相手を殺すことは本当にルールに反しない?」

 

 基本ユエに甘いハジメがここまで言われては流石に引き下がらずにいられなかった。言葉の節々に殺したくないというユエの意思も見え隠れしている。今回のケースはハジメの課した、敵は殺すという戒律の範疇かは微妙なところだろう。どうやら丸く収まりそうな気配に蓮弥はそっと息を吐いた。ユナの手前、ハジメを説得する必要があるかもしれないと思っていたからだ。

 

 

 そうこうしている間にどうやら限界が近いらしい黒竜が尻の杭を抜いてくれと若干焦った口調で念話を送ってきた。その願いをハジメは彼らしい乱暴な扱いで抜いていく。その間、黒竜がなにやら快楽で喘いているように見えたのは気のせいだと思いたい。再び軍帽の機能を使うか迷う蓮弥だった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」

 

 黒竜改め、ティオが曰く、自分を洗脳した闇術師は山に大量の魔物を使役しているらしい。しかも話を聞いていく内にその術者がどうやら自分たちと同じ異世界出身者の一人、そして今現在行方不明になっている清水幸利である可能性が高いらしい。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。信じたくないのだろう、その気持ちは想像することしかできない。

 

 

 だが、もしその情報が本当なら緊急を要する事態であることは間違いない。ハジメは空中に飛ばしていた無人探査機で探しているらしく遠い目をしている。そしてハジメは驚くような報告を入れてきた。

 

「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだ」

 

 ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。

 

「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

 

 愛子がすべきことを必死に整理している。だが、現状では対処が()()()。消耗している人数が多い。どうしても大半は一旦町に戻って態勢を立て直す必要があるだろう。

 

「あの、ハジメ殿なら何とか出来るのでは……」

 

 ウィルの一言で皆が希望を持つがハジメは取り合わない。

 

「俺の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ。保護対象連れて戦争なんてしてられるか。いいからお前等も、さっさと町に戻って報告しとけよ」

 

 ハジメのあまりにもバッサリとした言い草に何か言いたげな顔をする生徒たちとウィル、そんな中、愛子は思い詰めた表情でハジメに尋ねる。

 

「南雲君、黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

「ん? いや、さっきから群れをチェックしているんだが、それらしき人影はないな」

 

 そこで愛子がここに残って黒いローブの男が現在の行方不明の清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。どうやら生徒だとしたら放っては置けないと判断したらしい。

 

 

 しかし、現状数万の魔物がいるというのに愛子を残すなどできるはずがない。生徒が説得するが愛子はなかなか首を縦に振らない。だから蓮弥が諭してやる。

 

「先生、先生の思いは立派だとは思う。だけど戦うことのできない先生が残っても正直足手まといだ。……だから先生は帰るべきだよ」

「わかってはいるんです。でも……」

 

 蓮弥達の仕事は、あくまでもウィルの保護にある。当然ここに止まれば任務は達成できないし、護衛対象を危険に晒してしまうことになる。それに町に報告しなければ危険を知らせることができない。それだと万が一残ったとしても魔物を全滅させられなければ町は被害を受けてしまう。

 

 

 だがそれは、魔物を相手にできるのがハジメ一人であればの話である。

 

「……ハジメ、お前はウィルや愛子先生達を連れて先に町に戻れ。……俺が残って魔物を食い止める」

 

 その結論に至るわけである。蓮弥が魔物を食い止め、町に戻ったハジメが備えれば大抵のことは解決できるだろう。その言葉に愛子は動揺する。

 

「そんな、藤澤くん一人残って戦うなんて無茶です。それなら私も……」

「言ったはずだよな先生。先生が残っても足手まといだ。物事には適材適所がある。ならこの場には戦える人材が残るべきだ。……もし犯人が清水だったら先生のところに引きずってでも連れてきてやる。その清水をどうにかするのが、先生の仕事だろ」

「……わかりました。藤澤くんも必ず無事に帰ってきてください」

「わかったよ。そういうわけでハジメ。先生達の引率は任せるな。こっちは魔物の大群引き受けてやるんだからそれくらいしてくれよ」

「まったく……」

 

 ハジメかしょうがないという態度を取る。

 

 

「お前、結構先生に甘いよな……わかった。もともとこいつを連れて行くのが依頼だし、それは達成しといてやる。だからせいぜい頑張れよ」

 

 軽口を叩くようなセリフを言うハジメだが、なんだかんだ心配してくれているのがわかる。だからここはあえて厨二っぽく言ってやることにする。

 

「ああ。時間を稼ぐのはいいが──別に、アレらを倒してしまっても構わないんだろう?」

「お前……カッコつけるのはいいけど……それ死亡フラグだからな」

 

 もちろん死亡フラグにするつもりは毛頭ない。

 

 

 こうして一行は、蓮弥とユナを残し、急ぎウルの町に戻ったのだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 蓮弥は聖術を使い飛んで移動し、魔物の軍勢を迎え撃つ準備にかかる。目の前で行われるのはまるで百鬼夜行。地獄の大行進といっていいような光景だった。あれらが気づかず町に到着していたら、町など跡形も残らないだろう。

 

「こうして見ると圧巻の光景だな。……ユナ、準備はどうだ?」

『私はいつでもいけます。けれど蓮弥、気を付けてください。どこかでティオを操っていた黒幕がみているかもしれません』

「ああ、そうだろうな」

 

 蓮弥はティオの魂を縛っていた術者の狙いを考えてみた。ウィルを狙っていたにしては過剰だし、仮に蓮弥達を狙っていたにしては中途半端だったように思う。そこから敵の狙いは敵情視察だったのではないかと推測していた。おそらくハジメか蓮弥、あるいはその両方の戦力分析が目的だろうか。なんにせよこの状況なら仕掛けてくる可能性がある。

 

「だからこそ俺達が前に出たんだ。うまく釣れてくれればいいが……」

 

 相手は魂を操る術を持っていることがわかっている。だから現状魂への攻撃に抵抗力がある蓮弥が釣りをすべきだと思ったのだ。一応ハジメたちにはユナに本来悪霊除けが目的に使われるソウルプロテクトと呼ばれる術をかけてもらっている。あまり強力な術ではないらしいがもしそれに反応があればユナが気づく、おそらく問題はない。

 

『蓮弥、まもなく魔物の第一波が射程圏に入ります』

「ならまずは先制攻撃だな」

 

 

 

聖術(マギア)1章2節(1 : 2)……"聖焔"

 

 聖炎より広範囲に広がる術を剣の一本に装填する。さらにユナが続ける。

 

聖術(マギア)5章4節(5 : 4)……"聖嵐"

 

 同じく広範囲の風の聖術を別の剣に装填する。火は風により燃え上がる。

 

「じゃあ、まずはッ、これでも食らっとけ!」

 

 魔物の群れにそれを投擲したことで開戦のゴングが鳴った。

 

 

 

 蓮弥の投擲した聖術は互いに干渉し合い、一気に膨れ上がり大爆発を引き起こす。

 

 前方に走る魔物の一角が発生した膨大な熱量により骨まで焼き尽くされ丸ごと消し飛んだ。

 

 突然の事態に魔物が急停止するが何体か停止が間に合わず、広がる炎の渦に飲み込まれていく。

 

 蓮弥は一気に地上まで下りる。

 

 今度は風をまとった一閃を魔物の一団に振りぬいた。

 

 圧縮した風の刃が魔物を薙ぎ払っていく。当然その後に生き残っている魔物はいない。

 

 開始数秒、魔物の一団は数を数百体減らしていた。

 

 これで数百体かと思うと気が遠くなりそうになるが、まだまだ始まったばかりだ。正直に言えば魔物のレベルは奈落に比べても大したことがない。このレベルなら無双ゲーだが……

 

『蓮弥……』

「わかってるよ。ミレディの時の二の舞にはならない」

 

 蓮弥は油断しない。少なくとも敵らしき人物に敵を強化できるものがいることはわかっている。この魔物全てがいきなり段違いに強くなる可能性も考慮に入れるべきだろう。

 

 蓮弥は疾走を開始する。それだけでソニックブームが起き、魔物の視界から消える。

 

 動く際に4本の十字剣を左右に振ることも忘れない。

 

 これだけで魔物はなます切りになり絶命していく。

 

 そこでようやく蓮弥の存在に気が付いた魔物の一団が蓮弥に向けて炎や雷などのブレス攻撃を行う。

 

 数々の魔物の攻撃が蓮弥を襲うが気にせず、蓮弥は疾走を続ける。

 

 迫りくる雷を躱し、炎を剣で斬り落とす。そもそも大体の攻撃は疾走する蓮弥をとらえられない。

 

(よし、なんとかなりそうだな)

 

 相手の戦力分析を終えたことで警戒しつつも、蓮弥はここで初めて術者を見つけるために周りを観察するのに意識を割く。現状蓮弥の周りにクラスメイトらしき姿も別の人物も見当たらない。空にも魔物はいるのでそれのどれかに乗っているのかもしれない。

 

 

 その間も蓮弥の攻撃は止まらない。蓮弥の背中に生える十字剣がまるで手足のように動き、周りの魔物を蹂躙していく。魔物も抵抗するが、まるで暴風のように暴れ回る剣戟の嵐の前になす術なく斬り裂かれるだけだった。

 

 

 

 しばらく無双ゲーを続けていた蓮弥だったが、ここで戦況が変わる。

 

「見つけたッ」

 

 上空を飛ぶ魔物の内の1体に乗る黒ローブの姿が見える。あれがクラスメイトの清水なのかはわからないが無関係ではありえない。

 

 蓮弥はすぐさまユナの飛行術式により虚空を疾走する。

 

「ひっ!?」

 

 なにかにおびえたような声を出す目の前の人物、蓮弥は乗っている魔物の背に着地する。

 

「お前、クラスメイトの清水で合ってるか?」

「お、お前は藤澤ッ。な、なんで死んだはずのお前がここにいるんだよ!?」

 

 混乱の極みにいるためかどもりながら答える清水らしき人物。

 

「なんで……なんで邪魔するんだよッ。これから……これから俺は勇者になるんだ。偉業を成し遂げるんだよッ。俺が主人公なんだ……モブの分際で、邪魔をするなぁぁ!!」

 

 清水らしき人物が魔物に指示を出したのか。一斉に蓮弥の方に突撃してくる。

 

聖術(マギア)7章2節(7 : 2)……"聖円"

 

「えっ!」

 

 周りを円形の結界が包み込み魔物の攻撃を防ぐ。盾や壁ほど防御力はないが、これで邪魔は入らない。

 

「さて、別に勇者になるだの偉業になるだのどうでもいいんだ。先生が心配してるからな、引きずってでも連れていくぞ」

 

「い、嫌だ。くるなぁ!!」

 

 目の前の清水が抵抗するが関係ない。気絶させて終わりだ。

 

『蓮弥!』

 

 ユナの叫びによりこちらに高速で飛来するものに気づく。結界を貫き迫るそれを蓮弥は剣を重ねて防御する。

 

「くっ……」

 

 だが想像以上に強力だったそれを受けきれず。蓮弥は地上に叩き落される。

 

 とっさに受け身を取り構える蓮弥。上空を見るとそこにそれは存在した。

 

 それはどこかで見たような整った容姿。神が設計したと言われても信じるような神々しさ。

 

 白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っており、ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。

 

「はじめましてアンノウン。私の名はフレイヤ。我らが主の命により、それをいただきにまいりました」

 

 神の使徒と聖遺物の使徒のファーストコンタクトはここに行われた。

 




次回ついに決着、か?


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使徒と使徒

Ω Ewigkeitを聴きながら執筆しました。


「はじめましてアンノウン。私の名はフレイヤ。我らが主の命により、それをいただきにまいりました」

 

 いきなり現れたフレイヤと名乗る女はこちらに語りかけてくる。蓮弥は警戒する。どう考えても只者ではない。

 

「意味がわからないな。いきなり現れてなんのようだ?」

 

 蓮弥はフレイヤの目的を探る。それとはなんのことか。

 

「あなたが連れている人型アーティファクトのことですよ。主は彼女のありように大変興味を示しておられます。よってそれを提供しなさい。それだけで主の役に立てるのだから大変名誉なことでしょう」

 

 話の内容から察するに狙いはユナらしい。まるで自分が言うのだから喜んで差し出すのが道理だというような態度だ。しかも明らかにユナをアーティファクトという道具扱いしているのも癇に触る。

 

「主というやつは交渉もできない程度の低いやつらしいな。それじゃまるで強盗だぞ。まあ、もっとも何を持ち出そうが渡す気はないけどな」

 

 

 挑発してみるが無表情無反応だ。まるで古い機械と話している気分だ。フレイヤは銀色の魔力を纏い始める。

 

「あなたに拒否権はありません。主が望んだということはそれはもう主のものなのです。それに、主が興味を示したのはその少女のみ。あなたに関しては何も命ぜられてはおりません。……渡す気がないのなら、渡したくなるようにするまで」

 

 

 相手も戦闘状態に入ったことを悟る蓮弥。この中でただ一人ついていけない清水が狼狽えているのが見える。

 

 

 それを察したのかフレイヤは清水の方に顔を向ける。

 

「あなたはあなたの成すべきことをなさい。主はあなたの行動にとても期待されております。せいぜい主を落胆させないよう努めなさい」

 

 その言葉に清水はフレイヤが味方だと判断したようでわかりやすいくらい調子に乗る。

 

「や、やっぱり俺が主人公なんだ。主人公のピンチに颯爽と現れる美少女ヒロインなんてテンプレだし。やれる、俺ならやれるぞ、はは、今に見てろよ」

 

 清水が町に向けて進軍を再開する。させるかとばかりに蓮弥は剣に纏わせていた雷を清水に向けて放つ。

 

 

 激しい轟音と共に清水に向かうが、間に割り込んだフレイヤに掻き消された。やっぱりあの程度の攻撃では効かないらしい。

 

 

 どうやら本腰いれないとダメのようだ。魔物の群れはハジメに期待するしかない。いや……

 

「お前をさっさと倒して、魔物を食い止める!!」

 

 異世界にて使徒と呼ばれるもの同士の戦いが始まった。

 

 

 蓮弥はユナの術にて、フレイヤは背中に生える羽にて自在に空を滑空する。どちらもすでに亜音速領域に突入しており、並みの人間ではまともに戦闘を見ることすらできないだろう。

 

 

 蓮弥は剣を振るう。唐竹、逆風、袈裟斬りと攻撃を繋げる。これを両方の剣、そして4つの背中の十字剣によって行う。

 

 隙間のない連続攻撃だったが、フレイヤは両手にした大剣にて余裕をもってさばく。

 

「抵抗は無意味です。私は可能な限りそれを無傷で回収したい。早く渡したほうが身のためですよ」

「それはこっちのセリフだな。とっとと帰って主とやらに伝えとけ。うっとうしいから関わるなってな」

「意見の相違ですね。では、遠慮はしません」

 

 フレイヤが光の羽を飛ばしてくる。四方八方に飛び散るそれは、こんな状況でもなければ美しいといえたかもしれないが、当然風情を楽しむ状況ではない。

 

 

 蓮弥は上下左右飛び回り避ける。避けきれないものに対しては剣により斬り落とす。

 

 お返しとばかりに風の刃を幾重にも放つが、同じく大剣にて切り伏せられる。

 

「なるほど、どうやらあなたに”分解”は通用しないようですね。それに当たった攻撃に対してダメージを受けていない。大した装甲性能です」

 

 周りを見回すと、細かい粒子の粒が光に反射してキラキラ光っている。どうやら当たった物質を分解する能力があるらしい。だがこちらにあたっても効かないし、向こうの攻撃は霊的装甲によって防御できる。もちろん過信はしないが鎧が機能しているのとしていないのでは取る行動も変わってくる。例えば……

 

「はぁッ」

 

 相手が気合とともに両手の大剣を振り下ろす。それを蓮弥は両手の剣を消し、素手で掴む。

 

「っ!」

 

 そして一瞬できた隙に両手の剣を握って固定し、そのまま腰の十字剣で相手を山脈まで吹き飛ばす。

 

 フレイヤは山脈の一部を削りながら叩きつけられる。そこそこの手ごたえを蓮弥は感じていたが。

 

「無駄です。私にこの程度の攻撃は通用しません」

 

 相手を見るとまるで逆再生するように傷が癒えていくのがわかる。おそらく自動再生の類だろう。

 

「しかしわかりました。あなたはなにか特殊なフィールドで自身を覆っているのですね。なら、これならいかがです」

 

「”蒼天”」

 

 フレイヤがいきなり、直径10m規模の蒼き炎の球を展開させてこちらに放つ。

 

 放たれる炎球。その巨大な熱量の塊は存在しているだけで周りの森を発火させるほどの火力だった。

 

聖術(マギア)2章4節(2 : 4)……"崩雨"

 

 ユナによって装填された聖術で炎球を水の津波によって消し去る。ついでに森に着火した火も消すのを忘れない。

 

「がッ!?」

 

 だがそれがいけなかったのか、背後から衝撃を受ける。蓮弥が振り返ると無数の炎の槍が襲い掛かってきた。

 

「これは……”緋槍”かッ」

 

 数は数十はくだらないだろう炎の槍が一斉に襲い掛かってくる。蓮弥は飛び回り避けるが、避けた槍は方向を変えて戻ってくる。

 

 蓮弥は刃に風の術式を装填してもらい。体を回転させる。2本+4本の剣がまるで風車のようになり周りの炎の槍を一つ残らず撃ち落とした。

 

「ユナ、今のどう思う?」

『彼女は魔法陣も詠唱も行ってはいませんでした。おそらく、ユエと同一の能力かと』

 

 

 やはりかとフレイヤを見る。炎球に対処している間も彼女から目を離してはいなかったが、魔法陣を構築する様子も詠唱を行っている様子もなかった。ユエは魔力操作のスキルだけでなく、想像構成というスキルによって魔法陣なしで魔法を使えるのだという。つまり相手も同じスキル持ちであるということだ。

 

 

 そしてそこまで考えてようやく蓮弥は彼女に対して感じていた違和感の正体を知る。白を基調としたドレス甲冑を纏っている彼女は魔力光の色も銀色だ。なのに彼女の容姿はそれとはミスマッチだ。輝く金色の髪に、紅い双眼。どこかでみたことがあると思っていたが身近にいたのだ。同じ髪と目の色をした吸血姫が。

 

 

 そう思うと顔立ちがそっくりだった。彼女の見た目年齢は十代後半といったところだが仮にユエが十二歳で成長が止まらずこの年まで成長していたらなるほど、こうなるだろうという容姿だった。

 

 

「魔法も大したダメージを受けない。魔力的にも防御が働いている。いや……魂の障壁……なるほど、面白い仕組みです。なら今度はこれを……”魂装”」

 

 フレイヤがそう呟くと銀の羽を振り乱してこちらに突っ込んでくる。

 

 蓮弥は迎撃を選択する。幾度か聖術による攻撃も試してみたのだが、例の分解能力に阻まれて有効打を与えられなかったのだ。なら直接斬り刻む。

 

 そこからは高速の乱撃戦だった。蓮弥は背中の四刀と両手の剣を用いて、相手は両手の大剣を用いてクロスレンジで斬りあう。

 

 

 当然蓮弥の方が手数が上なのだが、戦闘経験値の差でそれを補われてしまっている。永劫破壊(エイヴィヒカイト)による圧倒的なスペックも相手には通用しない。おそらくステータス上にほとんど差はないのだろう。そして厳然な実力差がない以上、戦術や技巧というものは常に有効だ。

 

「まずは一撃」

「なっ」

 

 相手が銀翼を用いて、蓮弥の四刀を抑えた。そしてその勢いのまま袈裟斬りで蓮弥を攻撃するフレイヤ。

 

 剣での防御が間に合わず地面にたたきつけられる蓮弥。そして……

 

「やはりそうでしたか。あなたの鎧は物理的な防御と霊的な防御を相互作用させることで効果を高めているのですね。なら”魂魄魔法”による魂への攻撃を可能にしてしまえばあなたに攻撃は有効になる。……一つ、あなたを追い詰めましたよ」

 

 戦っている最中もこちらを探っているような印象を受けた。どうやら未知の術理に対してはやはり警戒するようだ。相手の解析能力の高さに蓮弥は焦りを覚える。

 

 

 現状蓮弥の戦闘スタイルは、十字剣による近接戦闘とユナの聖術だ。だが奴には聖術が分解能力か魔力無効化かはわからないがあまり効いているようには見えない。なまじ攻撃が通ったとしても自動再生で回復されてしまう。剣による攻撃も通らないことはないが、聖術と変わりない。

 

 

 なら魔力切れを狙ってみればいいかと思うが、どうやらどこからか魔力の供給を受けているようで魔力切れの傾向が見えない。今までは相手の攻撃もこちらに有効打を与えられなかったからこそ拮抗していたが相手の攻撃がこちらに通ってしまうようになるとジリ貧になってしまうかもしれない。

 

 

(せめてこっちにも一撃必殺能力があればいいんだけどな)

 

 Diesirae主人公藤井蓮は彼の能力である時間停止にばかり注意が向きがちだが、聖遺物としての能力として首を聖遺物にて斬り落とせば問答無用で即死するという必殺性能がある。これゆえに不死身の魔人相手に戦ってこれたともいえるが、蓮弥の聖遺物にはそのような能力の傾向がない。間違いなく格としては負けていないし物が物だけにそれらしい能力があってもおかしくはないはずだが、少なくとも現状では現れてはいない。

 

『わかりました、蓮弥』

 

 ここで待ちに待ったユナからの吉報が返ってきた。ジリ貧が目に見えてきた現状を打破するために、いったん術式補助を止めて相手を探ることに注視してもらったのだ。

 

『相手の胸に魔力の供給を受けている核らしきものが存在します。それを破壊できれば魔力の供給は止まるはずです』

 

「なら、相手の不死性もなくなるってことか」

 

 方針が見えたところで再度構える。ここからは紛れもなく死闘になるだろう。戦闘開始から既に数時間が経過している。あまり長い時間をかけると町に魔物の軍勢による被害が出るかもしれない。

 

 

 そう考えたのがいけないのかフレイヤは清水が去っていた方向を見る。

 

「どうやらあちらが気になるご様子。ならその不安を晴らして差し上げましょう。"天ノ加護"、"神移"」

 

 邪魔する隙も無く何らかの魔法行使を行うフレイヤ。そしてその効果はすぐに判明した。

 

「お前、まさか……」

「あの術者の能力を昇華魔法によって限界以上に高めました。これならあの程度の術者に使役されている魔物でもそれなりに強くなるはず。そして空間魔法によって町の方に転移させました。あと数十分もあれば町を襲い出すでしょう。いくらあなたの仲間のイレギュラーといえど対処できるとは思えませんが」

「お前ッ……」

 

 怒りが溢れてくる。こいつは関係ない人を巻き込むことに躊躇がない。

 

「お前、エヒト神とやらの使いなんだろ。あそこには聖教教会の教徒もたくさんいるはずだ、そいつらを巻き込んでいいのかよ」

「構いません。彼らは所詮主の所有物。多少減ったところで主は何もお困りになりませんので。それに……豊穣の女神でしたか、主を差し置いて神を名乗ることの愚かさをその身でたっぷり思い知ってもらわなければなりません」

 

 とんだ糞野郎だ。蓮弥はこの世界の神エヒトをなじった。それにフレイヤの言うことが確かならこの魔物の軍勢は愛子を狙っているという。なら手段を選んでいる余裕はない。ここで切り札の一つを切ることを決める。

 

 

「ユナ、6節以降の聖術を使うぞ」

『蓮弥、ですがあれは……』

 

 ユナの使う聖術は章にて属性を、節にてレベルを表している。高いレベルになればなるほど効果は高くなるが反面負担も大きくなる。現状、どうしても蓮弥経由で聖術を使う以上、今の蓮弥の能力では5節までが限界でそれ以上の力を行使すると魂になんらかの悪影響を受けるかもしれないと言われていた。

 

「短時間のつもりだし、それにオルクス大迷宮で試した時とは状況が違う。最悪使()()()()つもりでやる」

 

 使い潰すというのは取り込んだ魂のことである。ここで倒した数千体の魔物はもちろん。あの時取り込んだ帝国兵の分も使えば少しは耐えられるはずというのが蓮弥の考えだった。

 

『……わかりました。……できれば無茶はしないでください』

「わかった」

 

 それが無理とわかっていつつもそう答える蓮弥。そしてユナが聖術を行使する。

 

聖術(マギア)8章7節(8 : 7)……"界神昇華"

 

 蓮弥は体に光を纏う。力が溢れてくるのと同時に体の何かが磨り減っているのがわかる。魂のすり減りが思ったより激しい。これは長く持たないだろう。

 

「いくぞぉぉッ!!」

 

 蓮弥が爆発したような勢いで飛び出した。

 

「ッ!!」

 

 フレイヤはいきなり強大な力を放ち始めた蓮弥を警戒していたようだったが、まるで対応できていない。その勢いで首を跳ね飛ばさんと剣を振るう。

 

 

 流石にそれは避けたかったのか首を逸らすことでなんとか回避したフレイヤだが、背中の羽が片方斬り落ちてしまう。

 

「くぅうううっ、はぁぁ!!」

 

 攻撃を受け苦悶の表情を浮かべたフレイヤだったが、すぐに大剣を蓮弥に向けて振るう。だが今の蓮弥にそんなものは通用しない。

 

「落ちろッ!」

 

 そのままフレイヤの背中に一瞬で移動し、蹴り飛ばす。

 

 フレイヤが体勢を立て直そうとするがそれより早く斬りかかる。

 

 右の剣が、左の剣が、背中の剣が、切る斬るキル。

 

 致命傷を避けることはできているがフレイヤは防戦に回る。

 

「まだこれだけの力があるとは……」

 

 再度フレイヤを追撃しようとするが空を切る。まるで瞬間移動したような感じだった。

 

「上かッ」

 

 蓮弥はすぐに上に構えるとフレイヤが術式を構築していた。

 

アクセス──マスター

 

 それは自分ではない。偉大なる主の御力を借りた魔法。その力はまさに神の領域にある。

 

神罰執行、我が主の名の下にありとあらゆる敵を叩き潰す力を行使せん。"大天撃"

 

 その膨大な魔力を空中から地上に向ける。この方角はまさか……

 

「避けても構いませんが、その場合、町の者の命は保証できませんよ」

「くそったれッ、ユナッ」

 

聖術(マギア)7章5節(7 : 5)……"五光聖門"

 

 ティオの時にも使った多重障壁を展開する。

 

 放たれる砲撃。

 

 その光は極大の圧力を伴い、こちらに迫ってくる。

 

 蓮弥は多重障壁で受け止めるも、一撃で三枚破られた。

 

「やばいッ、このままじゃ持たない」

 

 蓮弥は仕方なく界神昇華の強化倍率を上げる。界神昇華は魔力を込めた分だけ強化倍率が上がり、それに伴い術の威力も向上する。しかしその分負担も大きくなる。魂のすり減りが激しくなる。

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉッッ!!」

 

 永遠に続くかと思われたその砲撃が終わる。消耗が激しいが幸いダメージはない。このままいける。

 

『蓮弥!!』

 

 グシャ

 

 腹部の方で嫌な音が聞こえる。蓮弥が視線を下に逸らすと腹部に大剣が飛び出していた。

 

「ガッ、ぐっ、ごぷッ」

 

 口から盛大に吐血する。急なことに意識が追いつかない。追いつかないまま体の力が抜けていく。

 

「愚かですね。あの町の人間など見捨てて良ければまだ勝機はあったかもしれませんのに」

 

 全く理解できない。そんな思いが込められた声が後ろから聞こえてくる。

 

 腹部から刃が引き抜かれ、蓮弥は地面に墜落した。

 

『蓮弥ッ、”快癒”』

 

 ユナが焦って詠唱なしで回復術をかけ続けるが焼け石に水だった。どうやら魂レベルで腹に穴をあけられたらしい。

 

 流れ出す、血も肉も魂も。

 

「あっけない終わりでしたね。まあ当然のこと。私は他の個体より特別に強化されています。どんな相手だろうと負けることはあり得ません。さて……」

 

 蓮弥は地を這いずる。間違いなくこのままだとまずい。

 

「どうしましょう。先の様子ではあなたとそれは霊的に深く融合しているようなので取り出すのが非常に手間なのですが。……試しにむりやり引き剥がしてみましょうか」

 

 フレイアの足音がすぐそばまで来ている。そして蓮弥の背後で止まったかと思えば、手を蓮弥の傷口に差し込んだ。

 

「ぐぅぅ、ぎぃぃ」

 

 思っていたより痛みはなかったが何か得体のしれない感触を感じる。まるで魂を直接つかまれているような……

 

「では試してみましょう。魂魄魔法”魂魄剥離”」

 

 そのセリフが聞こえた瞬間、蓮弥の意識が花火がはじけるようが如く、広がって爆発した。

 

「ガァ、アァァァァッ、グァアァァァァァァ!」

『きゃあああああぁああぁぁぁぁぁぁ!』

 

 激痛。

 

 痛み、痛み、痛み。ただひたすら痛みが波のように押し寄せてくるイメージだった。

 

「やはりこれでは引き剥がせませんか。仕方ありません。一度”神域”まで連れて帰るしかありませんね」

 

 

 まずい。

 まずい。

 まずい。

 

 今までもそれなりの危機はあったがこれはその中でもとびきりまずい。間違いなく神域とやらに連れていかれたら終わりだ。おそらくユナと無理やり引き剥がされるだろう。聖遺物を失った使徒の運命は死だけである。ユナだって何をされるかわからない。だから立ち上がって戦わないと……

 

「無駄な抵抗はやめなさい。見苦しいだけですよ人間。少し変わった力があったところで所詮人間。神の使徒に敵うわけないでしょう」

 

 そんなことはない。立ってそれを証明しなければ……

 

 だけど…………

 

 

 だけど、今の自分に何ができるというのだろう

 

 

 何ができるの? 

 

 

 何もできない。今の俺にはそんな力は残されていない

 

 

 本当に? 

 

 

 その通りだ

 

 

 それは嘘ですね

 

 

 嘘じゃない、この状況を覆す手段なんて持ち合わせてはいない

 

 

 

 いいえ、嘘です──だってあなたは──

 

 

 

 

 

──自分の奥底に渇望()を隠しているではありませんか──

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 本当はまだ少し早いのですが──こんなところで死なれては困ります

 

 

 ドクン

 

 

 なので、少しだけ──本当に少しだけ力を引き出してあげましょう

 

 

 ドクン

 

 

 ただし気を付けてください──

 

 

 ドクン

 

 

 これの扱いを間違えれば──

 

 

 ドクン

 

 

 死ぬだけでは──すみませんよ──

 

 

 ! 待て!! お前は!? 

 

 

 

 

 

では──

 

 

 

 

 

 それはキーボードをピアノを弾くかのように軽やかに操作し、速やかに入力を済ませる

 そしてモニターの中の彼の顔を一度見て、口元に笑みを浮かべながら──

 

 

 

 

 

最後のキー(Enter)を──────押下した

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「なっ!!?」

 

 フレイヤは驚愕した。

 

 死に体だったはずの体から、いきなり強大な魔力が吹き荒れたのだ。

 

 とっさに防御するものの勢いを殺せず、そのまま数十メートル先まで吹き飛ばされる。

 

 そしてフレイヤは目撃する。この世界で異端となる化物の誕生を────

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 

 別に彼は()()()()()から力を供給されているわけではない────

 

 

「■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■」

 

 永劫破壊(エイヴィヒカイト)の使徒の戦力は魂の数で決まるといってもいいが、現状彼はそれほど魂を蓄えてはいない。しかし本来、彼はそれを必要としない────

 

 

「■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■」

 

 

 なぜなら、彼自身に強大な渇望()()()()()()()()()()。考えれば当たり前だろう。なぜ永劫破壊(エイヴィヒカイト)の使徒がただの凡夫だと思っていたのだ────

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 

 だが現状、彼自身にもその渇望の正体がわかっていない。わかっていないからこそ祈りの詠唱は霞んで聞こえない。ならその力はどういった形で顕現するのだろうか────

 

 

「■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■」

 

 その答えは、目の前の哀れな生贄の前で現れようとしていた。

 

 

Briah(創造)──」

 

「■■■■■■■■」

 

 

 この異世界にて真の意味で異端の化物が誕生する。そしてそれは、世界中に轟けとばかりに────限りない産声の叫びを上げる。

 

「アアアアアアァァァァァァ!!!!」

 

 異世界に、無形の異界が出現した。

 

 




そして戦いは、延長戦へ


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Re:暴走する使徒

 出現したものはまさに異形の怪物だった。

 

 

 全身から無数の十字剣を生やしている姿は完全ではないから白い霞みがかっている。だが全身から放たれる圧力は異常の一言。咆哮だけで周りの大気が震え、森が自然発火する。

 

 

 その影響はこの近辺にとどまらない。

 

 少ならず魔力を持つもの(人族)

 

 魔力を持たずとも野生の勘を持つもの(亜人族)

 

 魔力の扱いに優れたもの(魔人族)

 

 何一つ例外なしに今この世界に起きている異常を伝える。

 

 

 それは人間たちの王国に混乱を招き

 

 森の動物たちをざわつかせ

 

 西の海は荒れ出し

 

 氷の大地に亀裂を入れる。

 

 そして厳密にはこの世界に存在しないはずの神域にまでその覇道は轟く。

 

「なんだ……なんなんだ……こいつは?」

 

 目の前に佇む怪物を前に、フレイヤは動けないでいた。

 

 

 フレイヤという使徒は他の姉妹達とは生まれが少し違う。三百年前、ついに見つけたはずの理想的な器を見失い、嘆いた主がその器の因子を利用し、失われた器を再現しようという試みの元、生まれた個体だった。

 

 

 目前にあった長年の悲願である器を失ったことによる消失感の赴くままに創成された使徒フレイヤは、エヒト神の苦労にたがわない能力を所持して生まれた。ステータスでいうなら全パラメータ最低2万を超えているだろう数値。他にも器候補だった彼女が所持していたスキルをも再現できたまさに傑作といっていい出来栄えだった。

 

 

 

 その自分が震えている。本能が激しく警鐘を鳴らす。

 

 あれはダメだ。どうにもならない。

 

 使徒フレイヤはようやく自分が凡庸の皮を被ったとんでもない眠れる竜を起こしたのだと気づいた。

 

 

 威圧感がさらに増大する。制御が行き届いている力の方が強いとは限らない。確かに制御が行き届いた力の方が扱いやすくはあるだろう。しかし暴走しているということは限界を意識しないということだ。後先を考えないということでもある。

 

 

 もともと強大な力を持ったものが後先考えなく力を極限まで引き出せばどうなるか。

 

「殺ス……」

 

 それは単なる殺意の表明、だったにも拘わらずその一言が信じられない圧力となってフレイヤを襲う。フレイヤは本能的に今の自分にできる限りの防御魔法を展開する。

 

 直感といっていい。全力で身を守らないとやばい。普通の生まれとは違うとはいえ、生物の持つ本能がその行動をとらせた。そしてそれは正解だったとすぐに知ることになる。

 

「ガッ!!??」

 

 腹部が爆発した。

 

 気づけば使徒フレイヤは後方に超音速で吹き飛んでいた。

 

 山脈を貫通する。貫通する。貫通する。

 

 山三つにトンネルを作ったところでようやく停止する。もし防御魔法を使っていなければ使徒である自分でも粉々になっていたであろう力。

 

 

「落チロ!!」

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

 怪物の攻撃は終わらない。

 

 超音速で吹き飛んだ使徒相手に先回りしてその拳を叩きこんだのだ。

 

 フレイヤの体が冗談みたいに軽く吹き飛ぶ。

 

 フレイヤは好き放題されながらも防御と回復に全魔力を注ぐ。それでなければ耐えられないと悟ったからだ。

 

 

 そこから先はシンプルな蹂躙劇だった。

 

 怪物がフレイヤを殴る──山脈を砕きながら吹き飛ぶ。

 

 怪物がフレイヤを叩き落とす──大地に巨大クレータを作る。

 

 怪物がフレイヤを上空に蹴り上げる──雲が跡形もなく消える。

 

 

 なんの理もない。そもそも彼が自身の渇望を理解していない以上、明確なルールとして展開されたわけではない。よってこの創造はまだ未完成。顕現したのはただ力。目の前の敵を跡形もなく滅ぼすための力。それこそが今の彼のすべてだった。

 

 

 その光景を神の視点で見るものがいれば、まるで一地方を台、フレイヤを玉としたピンボールだった。彼女が吹き飛ぶたびに地図単位で地形が変わっていく。彼女が防御術式と回復術式に全力を注いでいなければとっくに終わっていただろう。幸いだったのはこの地域が基本的に人族にとってほとんどが未開発領域だったことか。奇跡的に人的被害はなかった。

 

「オオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」

 

 止まらない。怪物は変わらず、技術などない、ただの暴力をぶつける。

 

「あぁあぁぁ!! ……調子に乗るな。この化物がぁぁぁぁぁ!!」

 

 彼女は優れたスペックを持って生まれた。いずれこの身を主にささげることになるが、もともとそのために生まれてきたのだ。彼女は自分の境遇に満足していた……自分に致命的な欠陥が見つかるまでは……

 

 

 

 彼女は、他者の魂への抵抗力が極端に低く、主を受け入れたら肉体が崩壊を始めるという事実が判明してしまったのだ。そこで彼女の存在価値は消滅する。

 

 

 主はすっかり自分に対して興味をなくし、他の個体には失敗作呼ばわりされる始末。そしてようやく自分に役目が回ってきたのだ。その機会におめおめ逃げ帰るわけにはいかない。

 

 

 一瞬の隙を付き、発動した単距離移動魔法を使用する。転移した先で無数の魔法陣を展開する。

 

アクセス──マスター。森羅万象の奇跡を持ちて、目の前の敵を撃ち滅ぼさん。されば神意をもって此処に主の聖印を顕現せしめる。……森羅天墜

 

 

 空を、天を覆いつくさんばかりに増幅した魔法陣から無数の魔法が飛び出す。発動した魔法はどれも最上級以上、しかも神代魔法すらも絡め、相生、相克を繰り返したその魔法は国一つを跡形もなく滅ぼしかねない神域の大魔法。生け捕りが条件であった以上、本気を出せなかった彼女がその制約を破った自身の取りえる最強の攻撃手段。命中すればあるいは主でさえ無事ではいられないかもしれない。だが……

 

「……消エロ」

 

 無数の十字架を束ねた塔のようなサイズの巨大な刃を一振りしただけで掻き消された。

 

「なっ!! ……ばかな……」

 

 あり得ない。自分が全霊をかけて行使した神の奇跡に等しい大魔法、それがなぜこうもたやすく消されるのか。

 

 

 当然目の前の怪物にとってフレイヤの葛藤など考慮する必要がない。今度はこちらの番といわんばかりに巨大な刃を分解し、こちら向けて一斉に射出した。

 

「くっ!! ああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 フレイヤが自身に向けて数十枚の魔法障壁を重ね掛けする。自分が放った先ほどの大魔法でも短時間なら防げるだろう障壁。さらに分裂した十字架が障壁ごと覆い隠すように襲い掛かる。

 

 耐えている間に魔法の構築に入る、これが間に合えば……

 

 だが……

 

 怪物が十字架を変形させ砲身を作る。怪物のおぞましい魔力が収束していく。

 

 フレイヤはまずいと思いつつも数千数万にまで分裂した十字架の刃が逃げることを許さない。

 

 そして閃光は世界を覆う。

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 砲撃が放たれる。まるで世界を焼き尽くさんとする砲撃がたった一人の使徒を滅ぼすために使用される。

 

 そして砲撃はフレイヤに迫り……

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 時間は少し遡る。

 

 蓮弥と別れたハジメ一行はウルの町へと無事帰還した。当初はウルの町の危機を放っておいて、ウィルを連れてフューレンの町へすぐに移動するつもりだったが、愛子による説教にて踏みとどまった。

 

 

 愛子は蓮弥に頼まれたことを覚えていた。だからこそ今日一日、ずっとハジメの行動を観察していたのだ。そして思った。蓮弥の懸念が正しかったのだと。今の南雲ハジメには現代地球で生きるために必要なものが欠落している。そしてそれはおそらくオルクス大迷宮の奈落で生き残るためにそぎ落とした部分なのだろう。しかし、先生として、大人として、このまま進んだら取返しのつかないことになるかもしれない生徒を放ってはおけなかった。

 

 

 だからこそ説得した。上っ面の言葉ではない。真摯な想いを込めて。

 

 

「……先生は、この先何があっても、俺の先生か?」

「当然です」

 

 即答する。別に生徒の未来を決定するつもりはない。だが生徒が悩んで決断したことなら受け入れる覚悟があった。

 

 

 その本気の覚悟に、ハジメがとうとう折れたのだ。

 

 

 そしてハジメは対策を練ろうと動きだしたのだが事態は急変する。

 

 いきなり魔物の気配が急接近したのだ。

 

 

 どう考えても数時間以上は到着が先だったにも関わらず、なぜかはわからないがあと数十分の距離まで移動してしまっている。

 

 これにはさすがのハジメも焦った。これでは住人を避難している余裕はないし。十分な準備ができるとはいいがたい。何より、魔物の気配の数がハジメが観測した時とほぼ変わっていない。つまり蓮弥の防衛ラインを魔物の軍勢がほぼ素通りしたということだ。つまり蓮弥の身に魔物に構っていられない異常事態が発生したということである。

 

「ちっ、仕方ねぇ。……おい、ド変態ドラゴン。喜べ、贖罪のチャンスをくれてやる。こっちの準備ができるまで、あの魔物の群れを体張って止めてこいや」

 

「あふん、なんという無茶振り。ハァ、ハァ、流石、ご主人様の一人じゃ、ぱなぃのぉ。……じゃが現実問題、たとえ妾が命を投げ出したとしても、あれ全てを止めるのは無理じゃ」

 

「ちっ、使えねぇな。……ゴミがッ」

 

「ああ、ひどい扱いなのに感じてしまう。これが愛の鞭というやつなのか……」

 

 勝手に納得してビクンビクン言い出したティオを無視する。そしてユエとシアに向き直る。

 

「悪いが緊急事態だ。これから魔物を迎撃する」

「ん……」

「はい、正直しんどいですが、やってやりますよ~」

 

 ユエはまだ余裕がありそうだが、シアは割と空元気だ。一度負担の大きいギガントフォームを使っているので魔力をごっそり持っていかれている。だがそうもいっていられない。

 

 ハジメは両手をパンと合わせた後、床に手をついた。

 

 愛子達が訝しむ中、町を覆うように壁が錬成される。錬成魔法によって防壁を作ったのだ。

 

 高さは十メートル強。飛行タイプでもない限り、一足飛びでは越せない高さだ。なぜかやたらと手合わせを含めてこの手の錬成を鍛えることを勧めてくる蓮弥の異様な情熱に根負けして鍛えていた技能だが、まさかここで役に立つとは思わなかった。ちなみに奈落に落ちる前にも勧められていたが、ハジメが機械の義手を付けるようになってさらに蓮弥の勧める勢いが増したのは言うまでもない。鬱陶しく思っていたハジメだが、手合わせ錬成するとなぜか錬成精度がわずかに上がるので文句も言い辛かった。

 

 

 いきなりの行動に驚愕する愛子達を放置し、宝物庫から試験管三本取り出しユエ、シア、ティオに渡す。

 

「蓮弥から分けてもらった分の神水だ。まさか早速使うことになるとは思わなかったが……オラ、ド変態。てめぇにもくれてやるからありがたく思え」

 

「ハァハァ、もはや竜扱いすらなくただの変態扱いとは……。ハァハァ、ありがとうございますじゃ」

 

 これで一応準備は整った。万全とはいかないがこれでなんとか戦えるはずだ。そして町の住人を避難させる余裕がない分、混乱を避けるためにある策を打つ。

 

 

 ハジメは愛子を脇に抱えて壁に上り、拡声器を錬成する。

 

 えっ、えっという感じに戸惑っている愛子や、急に愛子を抱きかかえて壁を上りだしたハジメに対し、殺意をみなぎらせる近衛騎士を無視して町中に広がるように声を滾らせた。

 

「聞け! ウルの町の民達よ。今、この町に魔物の群れが押し寄せてきている。もう数十分もすればこの町に押し寄せてくるだろう」

 

 その言葉にどよどよと町に住人が騒ぎ出す。いきなり何を言っているのかと疑うもの。もし本当ならやばいと怖気づくもの、無視して普段通りの生活を送るもの、様々だ。

 

 ハジメは今度は少しだけ威圧を交えて声を放つ。

 

「これは冗談でもなんでもない。この町に危機が迫っている。だが、心配しなくてもいい。我々の勝利は確定している」

 

 ハジメは宝物庫から一個のベレー帽を取り出し、ぽすっと愛子に被せる。急なことに驚く愛子()

 

「なぜなら、私達には女神が付いているからだ! そう、皆も知っている“豊穣の女神”愛子様だ!」

 

 その言葉に、皆が口々に愛子様? 豊穣の女神様? とざわつき始めた。隣で帽子の位置を直していた愛子がぎょっとする。

 

 

「我らの傍に愛子様がいる限り、敗北はありえない! 愛子様こそ! 我ら人類の味方にして“豊穣”と“勝利”をもたらす、天が遣わした現人神である! 私は、愛子様の剣にして盾、彼女の皆を守りたいという思いに応えやって来た! 見よ! これが、愛子様により教え導かれた私の力である!」

 

 偵察のためか先行していた飛行タイプの魔物に向けてシュラーゲンを撃ち放つ。撃った弾丸は魔物に命中し、無駄に派手なエフェクトと轟音により爆散する。こけおどしも兼ねた、汚ねぇ花火を打ち上げるための弾だった。

 

 

 人々が本当に接近していた魔物に驚き、それを難なく迎撃したハジメを見た後、隣の愛子の姿を確認して目を見開く。それはなにか尊いものを見つけたような目だった。

 

 

「愛子様、万歳!」

 

 ハジメが、最後の締めに愛子を讃える言葉を張り上げた。すると、次の瞬間……

 

 

「「「「「「愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳! 愛子様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳! 女神様、万歳!」」」」」」

 

「「「「「「万歳ァァィ! 万歳ァァィ! おおおぉぉォッ、万ッ、歳ァァァァィ!!」」」」」」

 

 ウルの町に女神が誕生した。いきなり事前説明もしていなかったにも関わらず、あっさり町の住人たちがいくら愛子の姿があったとはいえ、即信じたのには訳がある。それは現在愛子が被っている帽子型アーティファクトの能力である。その効果は、蓮弥がハジメたちに内緒で作った軍帽とは逆といっていいだろうか。その帽子を被った人間の存在感を増幅させることができる。被った人物が向けられている思念を増幅させるので、アイドルならより輝かしく、裏の住人ならよりおぞましく、そして神が被ればより神々しく見えるようになる。よって今の愛子は住民からは本物の女神のように見えるだろう。

 

 

 もともと蓮弥が軍帽を作る際にハジメに怪しまれないように逆の効果の帽子を作ることで実験していた際に生まれたアーティファクトだったがこの場では効果は抜群だった。

 

 

 もともと豊穣の女神として一定の知名度があったからこそのこの熱狂ぶり。突然隣で訳も分からず現人神にされた愛子が顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。その瞳は真っ直ぐにハジメに向けられた。

 

「ど・う・い・う・こ・と・で・す・か! 一体なんのためにこんなことを……」

「時間がないんだ。大混乱にするわけにはいかないだろ。……そろそろくるぞ」

「もう、もう、もう!!」

 

 愛子が可愛く怒るが無視する。魔物の群れが見えてくる。

 

「ユエ、シア、ド変態。いくぞ」

「ん……」

「はいですぅ」

「うっ、我慢我慢。わかったのじゃ」

 

 ウルの町にとっていきなりわけもわからず始まった運命をかけて戦いは此処に始まった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 しばらく魔物を順調に倒していたハジメだったが、ここで準備不足が祟りはじめる。

 

(ちっ、やべぇな。このままじゃいくらか町に行っちまう)

 

 何しろハジメにしても想定外の戦闘だ。数時間あれば用意できた装備も今回はない。ユエ、シア、ティオも善戦しているがやはり魔物を抑えきれない。準備不足もあるが……

 

(魔物が想定以上に強えぇ。ひょっとしたらド変態の時と同じか)

 

 ハジメは上空を警戒する。もし魔物を操っている人物がいるとしたら戦場を見渡せる上空にいるだろうという考えからだったが清水らしき影もそれ以外も見当たらない。

 

 

 だがこのままでは自分たちが死ぬことはないだろうが魔物が町に入り込んでしまう。そうなると犠牲は避けられない。やるといった以上、最上の結果を目指したいところだが……

 

(こういう時に蓮弥はなにやってるんだ)

 

 足止めしていたはずの蓮弥を素通りしての魔物の進軍。ハジメは蓮弥がこの程度の魔物にやられたとはこれっぽちも思っていなかったが、同時に素通りさせたということはよほどの事態が起きたとも思っている。

 

 

 そしてとうとう均衡が破られる。戦闘スタイルの都合上、多数の殲滅を苦手とするシアが押し込まれ始めたのだ。

 

 ハジメが犠牲を覚悟したその時。

 

 

 

 

 

 まるで空が落ちてきたと錯覚するような強大な気配が突如出現した。

 

 

「!!?」

 

 

 それはハジメだけでなく周りの人物全員が感知していた。魔力の扱いに慣れたユエ、シア、ティオはもちろん。異世界出身のクラスメイトや戦闘とは無縁の一般人に至るまで。なにか異質なものが現れたと理解できずとも感じていた。

 

 

「なんじゃ……これは……」

 

 ティオが呆然としたように呟く。長く生きていた分衝撃も大きいのだろう。目の前にいる約六万体の魔物を全て足しても霞んで見えるような強大な魔力が突然現れたのだから。魔物も進軍を止め、停止していた。

 

 

 そして突如、遠くに位置している山から轟音が響き渡る

 

「きゃあああ、なんですかこれぇぇ」

 

 シアが突然の衝撃音にハジメの元まで撤退する。腰を抜かさなかっただけ成長したほうだ。

 

 

 衝撃は続く。目の前で山が欠ける。衝撃の余波で魔物が吹き飛ぶ。途中強大な魔力とは別の反応も感知するがその気配から放たれたなかなかシャレにならない魔力が込められた攻撃は突如消える。そして異質な気配がさらに自身の気配を増大させた後……

 

 

 光と轟音と共に……山脈の一部が丸ごと消し飛んだ。

 

「……なんだよ、これ……一体なにが起きてるんだよ!?」

 

 

 町の住民に恐怖が広がり始める。魔物の軍勢の奥に得体のしれない存在がいる。そして眼に見える範囲で起こったその現象にせっかく抑えた市民たちが混乱を起こしそうだった。

 

 

 だがこの中で別の意味で驚愕している人物が二人いた。ハジメとユエ。彼らは他のものとは違い、この気配に覚えがあったのだ。

 

「ハジメッ、これ……」

「おいおいおいおい、まじかよ。まさかあいつ、こんなタイミングで……」

 

 最悪だ。もしハジメの予想通りなら、魔物の群れと戦っている場合ではなくなる。

 

 そこからのハジメの行動は早かった。

 

「先生!」

 

 魔物が停止していることをいいことに愛子の元まで飛び出すハジメ。

 

「ななな、南雲君。いいいいったい何が起きたのですか」

 

 何かはわからずとも何か異常事態が起きたことは伝わったようだ。体がかすかにふるえている。

 

 ハジメは再びベレー帽を愛子に被せる。

 

「これ被って町のみんなを強制的に避難させてくれ。できるだけ遠くに」

「南雲君はどうするんですか?」

 

 その質問はハジメを心配してのものだろう。不安で瞳が揺れている。

 

「俺は……約束しちまったからな。おかしくなったら止めてやるって……急いでくれよ先生。ここで死なれたら寝目覚め悪いからな」

 

 そうして戦場に戻っていくハジメ。

 

「南雲君!!」

 

 名前を呼ぶしかない愛子はせめて、祈った。ここにはいない蓮弥も含めて、彼らが無事に帰ってきてくれることを。

 

 

 戦場に戻ったハジメはユエ達と合流する。

 

「これはいったい何が起きたのじゃ。こんなおぞましい気配は今まで感じたことがない」

「なんか、その場で立ってるだけでピリピリしてきます」

 

 ティオとシアは明確に脅威を感じているようで落ち着きがない。

 

「いいか。お前ら。詳細はあとで教えてやるが結論を言うと……蓮弥が暴走した。もしかしたらここまでくるかもしれない」

「暴走って……」

 

 シアが呟く。いまいち状況がわからないのだろう。

 

「以前も一度だけ暴走したあいつに遭遇したことがある。……はっきりいって暴走したあいつと対峙するくらいなら単身で魔物六万体と戦うほうがましなくらいだ」

 

「そ、そんなになんですか!?」

「しかも……たぶん私たちが戦った時より強い……」

 

 ハジメは思い出す。ユエと出会って以降、邪魔する奴は踏み越えて進むという戒律の元、進んできたハジメがなす術なく撤退を選択しなければならなかった唯一の戦い。あの頃より強くなっている自信はある。だがそれは蓮弥とて同じ。間違いなく一筋縄ではいかない。

 

 

 隣のユエを見ると頷いてきた。

 

「大丈夫。私たちは強くなってる。それにシアやティオもいる。……必ず止められる」

「……勿論だユエ。前回大丈夫とか言ったくせにこれだからな。体に覚えるまで弾丸をぶち込んでやる」

 

 

 ハジメは覚悟を決める。体に覚えるまで弾丸をぶち込むというあたりでどこかの変態が羨ましそうな目を向けたが無視した。

 

 事件の終わりは近い。

 

 

 



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事件の終わり

大騒動の決着です。


(何だよ、これは……何なんだよ、これは!!)

 

 清水幸利はオタク少年である。だからこそ異世界に召喚された時は自分の時代がきたと思っていた。散々脳内でイメージしてきた無双する自分、惚れる美少女ヒロイン、そしてその先に待つ栄光。

 

 

 だが現実は違った。確かにチート能力を得たことは得たがそれは一緒に召喚された周りのクラスメイトも同じだった。そしてクラス一のモテ男はよりによって勇者という主人公ジョブを手に入れ、能力もチートオブチートと言っていい性能だった。

 

 

 これでは今までと変わらない。

 

 違う。これは違う。

 

 あんな奴より自分のほうが上手くやれる。

 

 

 根拠のない自信、膨れ上がる自尊心、自分こそが勇者にふさわしい。そんな考えが彼の心を徐々に蝕んでいった。

 

 

 そんな時に転機が訪れた。初のダンジョン攻略で死者が出たのだ。

 そこで思い知る。自分が決して特別な存在などではなく、ましてご都合主義な展開などもなく、ふと気を抜けば次の瞬間には確かに“死ぬ”存在なのだと。

 

 

 そこで一度折れて引きこもっていた清水だったが、誰にも合わず、引きこもる生活は彼の歪んだ妄想を育てる温床だった。そこで自身の天職"闇術師"の可能性を見い出したのだ。邪な方向に。

 

 

 そこから魔人族の方からこちらにスカウトが来たり、天使と見まごう美少女が助けに来てくれたりと清水の増長は止まらなかった。

 

 

 俺は特別なんだ。死んだあいつらは間抜けと雑魚のくせにカッコつけるバカだったんだ。そう思うようになっていた。

 

 

 この作戦に成功した時に得られる賞賛と栄光。そしてついに出会ったメインヒロインとのロマンス。これからのことに思いを馳せている間に全ては終わる。そう思っていたのに。

 

 

「あ、あ、あ」

 

 清水の目の前に怪物がいた。全身から十字架のような剣を生やした白い霞掛かった怪物が。

 

 

 それは本当に突然現れたのだ。飛行タイプの魔物に乗っていた清水は突然吹き飛ばされ地に落とされた。幸い他の魔物に助けを求めて事なきを得たが、自分の栄光を邪魔された清水は不機嫌だった。

 

 

 どこのどいつだ。自分に逆らったら愚かさを教えてやる。なぜかは知らないが急に湧いてきた力によってさらに気分はハイになっていく。

 

 

 だがそれもそこまでだった。

 

「■■■■■■■!!」

 

 ソレが叫ぶだけで弱い魔物は全身から血を吹き出して破裂する。右腕を振るうだけで数百体の魔物が跡形もなく消える。回転して十字架を振り回した時には冗談みたいな暴力の蹂躙劇に悪夢を見ているようだった。

 

「くそ、くそ、くそ、なんなんだあいつは!?」

 

 こうなったら。清水は降りていく。魔物は怯えているがなぜか自分はなんともない。やはり特別なんだと思い直す。なら今からやることも上手くいくはずだ。

 

 

 清水は眼下にいる魔物を洗脳するつもりだった。あのレベルの魔物を使役することができれば自分は無敵だ。気に入らない奴は全部壊すことができる。そして欲しいものは全て手に入れるのだ。クラスメイトからの賞賛も、クラスの二大女神の身も心も、そして全てを手に入れて気にくわない勇者を這い蹲らせるのだ。

 

「だから、俺の……奴隷になれよぉぉぉ」

 

 清水は魔物に向かって洗脳魔法をかける。使ってみてやはり魔法のレベルが上がっていることを確信する。今ならあの竜だって一発で洗脳できるという確かな手応え、これならいける。

 

 

 そう思ったのだが……

 

「なんでだよ。なんで効かないんだよ! くそッ、くそッ、くそッ、お前まで俺をバカにしやがって、畜生なら畜生らしく、人間様の奴隷やってたらいいんだよ」

 

 再度洗脳魔法を行使する清水。だが相手は意に介してさえいない。

 

 

 そして、怪物がようやく清水に気づき。清水に対してほんの少しだけ、敵意を向けた。

 

 

 ドクン

 

 

 その瞬間駆け巡る清水幸利にとって糞みたいな人生の数々。得るはずだった栄光。だがこの先にはそんなものはない。あるのはたった一つだけ。それは圧倒的な…………死の恐怖。

 

 

 死

 死死

 死死死

 死死死死

 死死死死死

 

 

 

 

 

 

 

 

 死死死死死死死死死死死

 死死死死死死死死死死死

 死死死死死死死死死死死

 死死死死死死死死死死死

 死死死死死死死死死死死

 

 

 

「うわああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 クラスメイトが死んだ時、一度折れた彼だったが、結局それは他人事だったのだ。だからこそわずかな期間で立ち直ることができた。だけど今回は違う。今度は自分の番。

 

 

 清水幸利は死に物狂いで引き返し全力で走った。そばにいた魔物に人生で最高のチカラを発揮し従わせ、魔物を死ぬまで全力で走らせた。

 

 

 清水という男が抱えていた憎しみと怒りと嫉妬と欲望とその他の様々な負の感情が魂の底から根こそぎ吹き飛んだ。彼の頭には魔人族との契約とか得られる栄光のことなど欠片も残っていない。あるのはただ一つ。

 

(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)

 

 圧倒的な死の恐怖は魂の底まで刷り込まれてしまった。彼はきっと自分に残された最後の力で安全な町まで避難できるだろう。だが彼はもう二度と表舞台には立てない。刷り込まれた死の恐怖で魔法も使えなくなるだろう。

 

 

 何もできない。

 

 

 ただ怪物の恐怖に怯えながら、ひたすらどこかで引きこもっていることになる。

 

 

 彼にとって幸運だったのは、彼と契約し、そして最後には彼を裏切るつもりだった魔人族が、怪物の出現で清水どころではなくなってしまったことだろう。巻き込まれはしなかったが、自分の手に負えない明らかな異常事態を前に、素直に撤退したのだ。

 

 

 全てが終わった後、誰かが彼に気づいて拾ってくれれば故郷に帰還できるかもしれないが、一瞬で髪は白髪に染まり、見た目が年齢不相応に老けこんでしまった。ステータスプレートもいつのまにか無くした以上、彼を彼だと判断するのは困難だと言える。唯一彼に気づくとすれば、皮肉にも今日彼が殺そうとした、一人の熱血教師だけだろう。彼女に見つかることを祈るしかない。

 

 

 こうして異世界から召喚された勇者一行の一人、清水幸利の物語は、結局良くも悪くも何者にも影響を与えることもなく、誰に知られることもなく、彼の望んだものとはあまりにもかけ離れた結末で幕を閉じたのだった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 擬似創造という状態になった蓮弥だったが、今回は意識がなくなったというわけではなかった。前回の時とはそこが違う。だが……

 

(くそッ、まずいッ。創造の展開が止まらない!)

 

 一度発動し、使徒フレイヤを撃退したまでは良かった。だが蓮弥は未だ力を放出し続けていた。何度も止めようとしたが自分で自分の創造を閉じることができない。

 

(ユナ、ユナ聞こえるか?)

 

 ユナに問いかける。だが返事がない。どうやら蓮弥との繋がりが一時的に途切れる形になったようだった。

 

 

 蓮弥は魔物の群れに向かって疾走した。

 

 

 永劫破壊(エイヴィヒカイト)の第三位階である”創造”は自身の渇望に則った異界を展開する聖遺物の使徒にとって必殺技といえる領域にある異能だ。

 

 

 その創造は主に覇道と求道の二種類に分類される。覇道が〜したいという周りの環境などの外に向く力に対し、求道は〜になりたいといった体の内側に作用する。例えば炎の創造があるとしてそれが覇道なら空間全てを覆い尽くす炎になるし、求道であれば自身が炎の肉体に変成する。

 

 

 今回の発動は正確には完全な創造ではないが、現状発現している能力は覇道だと感じた蓮弥はその創造の特性を利用しようと思った。覇道型の創造は多数同時に影響を与えられる反面、その創造内に許容限界を超える魂が入ってしまった場合、弱体化ないし壊れるという欠点がある。もしかしたらそれで止まるかもしれない。

 

 

 蓮弥は魔物の群れに向かう。途中人らしき影を見たが自分を抑えるので精いっぱいでたいして気にしている余裕がなかった。

 

(頼む。止まってくれ)

 

 今の蓮弥には祈ることしかできなかった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥を相手取る覚悟を決めていたハジメの方でも変化が起きていた。

 

「ぶぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉん!!!!」

「くそッ、おとなしくしてればいいものをッ」

 

 今まで活動を停止していた魔物たちが動き始めたのだ。まるで群れのボスが何かから解放されたかのように進軍を再開する。ただしその様相はこれまでと変わっていた。

 

 

 魔物はこぞって前に出る。そこに今まであった連携はない。しかし連携がなくなったとはいえ今までの脅威が消えたわけではない。むしろ進行方向にあるものに脇目も振らずに無我夢中に突進している様は今までの軍勢と比較して勢いが違った。

 

 

 我先にと他の魔物を踏みつぶし、時には同族すら潰して進む様はまさに凶将百鬼夜行。この魔物は後ろに現れた得体のしれない気配から全力で逃げているだけなのだが進行方向にいるハジメたちからしたらたまったものではない。

 

「うぜぇ、まとめて死んどけや!」

 

 ドゥルルルルルルルルル!!! 

 ドゥルルルルルルルルル!!! 

 

 もともと魔物用に用意していた機関銃の連射により前線がことごとくミンチにする。

 

「このままでは突破されてしますぅ」

「させない……"雷龍"」

 

 シアの泣き言にユエが雷龍を発動させて纏めて吹き飛ばす。

 

「このまま先に進ませるわけにはいかないのでのぉ」

 

 ティオの両手から黒いブレスが放たれる。魔物が一瞬で炭化する。

 

「こうなったらやけくそですぅ。うりゃあぁぁぁぁ!!」

 

 ギガントフォームを発動させ纏めて叩き潰す。

 

 各々魔物を倒し続けるが勢いが止まらない。

 

 

 そしてついに拮抗が崩れる。性質上、多数相手が他より不向きなシアの方から突破するものが現れたのだ。

 

 

 皆各々迎撃するので精一杯だ。これは犠牲が出るかと思ったその時、それは空から飛来した。

 

「■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 叫び声共に魔物が細切れになる。そこには……

 

「蓮弥……」

 

 以前見たものとは違うが明らかに暴走している蓮弥がそこにはいた。初めて見ることになるシアとティオは警戒を露わにする。だが蓮弥はハジメたちには見向きもせず周りの魔物を殲滅し始めた。

 

 

 単純に背中の剣を振り回すだけで数百体規模で魔物が絶命していく。まるで人型の台風だ。巻き込まれたらタダでは済まない。ハジメ達は巻き込まれないように細心の注意を払う。

 

 

 蓮弥の介入により、魔物の迎撃は程なくして終了した。完全に殲滅したわけではないが残った魔物は町とは反対方向に向かっていた。追いかける必要はない。そしてその余裕もなかった。

 

 ハジメは魔物を殲滅して佇む蓮弥を警戒する。今のところ動きはないが何が起こるかわからない。

 

 蓮弥がこちらを見回す。ユエ、シア、ティオと見た後最後にハジメを視界に移す。

 

 ドクン

 

 殺意の放流がハジメを襲う。

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 蓮弥はハジメに向かって襲いかかる。

 

「ぐぅ、らああああ」

 

 とっさに金剛+盾の組み合わせで受け止めるが、盾は一瞬で壊れてしまう。だがその一瞬でとっさに体勢を落とし、暴走する蓮弥を勢いのまま、後方にぶん投げる。

 

 自分の勢いもプラスされ、そのまま勢いよく壁まで激突する蓮弥。

 

「くそッ、反応してからじゃ間に合わねえ」

 

 ハジメはオルカンとシュラーゲンを取り出す。自由に攻撃させては駄目だ。やるなら継ぎ目のない波状攻撃。

 

「"蒼龍"」

 

 まずはユエが仕掛ける、蒼い龍を象った炎の波が蓮弥を襲う。その炎を剣の一振りで掻き消す。

 

「吹き荒べ頂の風、燃え盛れ紅蓮の奔流……"嵐焔風塵"」

 

 ティオが放ったF4クラスの炎の竜巻が蓮弥を襲う。あらかじめユエから範囲攻撃が有効と聞かされていたことによる選択。

 

 

 炎の竜巻は直撃するが、蓮弥が竜巻とは逆回転に回転することで相殺され、お返しとばかりにティオに無数の十字の刃を叩きつける。

 

 

 その行動を予知によって把握していたシアが真っ先に反応し、ティオを抱えて離脱する。数瞬前にティオが立っていた大地が爆音を上げ吹き飛ぶ。

 

「すまぬ。助かった」

「いえ、私はフォローに専念します」

 

 以前、ハジメたちが蓮弥と戦った時、単体攻撃が一切効かなかった経験から今回シアには周りのフォローに入ってもらうことになった。それにこの中では予知を含めてぎりぎり蓮弥の速度についてこれるのは唯一彼女だけだからである。

 

「……前より強くなってる。……けど」

「攻撃になんか違和感があるな……」

 

 この表現が適切かどうかはわからないが、まるで脊髄反射で動く体を無理やり意思の力で止めているかのような違和感。

 

 

「……まさか意識が残ってるのか」

 

 ハジメは疑問を浮かべるが当然蓮弥からの返事はない。

 

「まあ、意識があってもやることは同じだ。……これはお前対策で作った弾丸だ。たっぷり味わえ……ユエ!」

「"禍天"」

 

 重力魔法で押しつぶすが、蓮弥は気にも留めていない。だが、一瞬動けなくなれば十分だ。ハジメはオルカンにより一発のミサイルを放つ。

 

「お前ら、ここから離れんぞ」

「ん……」

「はい!」

「うむ……」

 

 ハジメの言葉に一斉に離脱する。離脱したタイミングで蓮弥に命中するミサイル。

 

 

 こいつには焼夷手榴弾数十発分の可燃物質が、付与された重力魔法により無理やり圧縮されて詰められている。コストとパフォーマンスが合わないためあまり多量に作れないが、威力は絶大。ハジメの弱点であった範囲攻撃を補う一発。

 

 

 着弾したミサイルは大爆発を起こし、轟音と共に蓮弥から半径十数メートルを跡形もなく吹き飛ばす。幸い、山の方面だったからよかったものの、町中でやっていたら災害復興しなければならなかっただろう。

 

 

 だが……災害クラスの爆炎をまともに受けたにも関わらず、炎の中からほぼ無傷の蓮弥が現れる。

 

「……ほとんど効いてねぇな。……相変わらずでたらめな防御力だ」

 

 この戦いが終わったら今までごまかされていた防御力の秘密を絶対聞き出すことを決意するハジメ。なにか根本的に対策の方向が違う気がするのだ。かつてミレディは、蓮弥に対して単体攻撃でダメージを通した。なら何か弱点があるはずだ。迷惑料として絶対喋らせる。

 

「とはいえまずいの。このままだと限界を迎えるのは妾たちじゃ」

 

 ティオの発言はもっともだった。ろくにダメージが与えられない以上、ジリ貧だ。未だに誰一人欠けていないのは、おそらく蓮弥が何とか止めようと踏ん張っているからだろう。

 

 

 ハジメの推測通り、意識が残っている蓮弥はなんとか創造を閉じようとしていた。体が勝手に動いてハジメたちを攻撃してしまう時もなんとか踏みとどまって致命傷は避けている。だが自分では止められない。このままだと蓮弥自身も危ない。

 

 よってそれを止めるのは……彼の相棒の役割だった。

 

聖術(マギア)9章6節(9 : 6)……"悪鬼甲縛"

 

 蓮弥の影から闇色の鎖が4本飛び出し、四肢を拘束する。まるで自分で自分を拘束しているようだった。

 

『……ジメ……ハジメ、聞こえ……ますか?』

「その声、ユナか!? 一体何があったんだ?」

 

 突然頭の中に響いてきた声に反応するハジメ。その声の主、ユナは今度は全員に聞こえるよう話を続ける。

 

『予想以上の強敵の出現に蓮弥が限界を超える力を行使しました。現在、蓮弥は力の流出を自分で止められないようです。そこで皆さんにお願いがあります。……いまから蓮弥の霊的装甲を一時的に解除します。その隙に一斉に攻撃を叩き込んでください』

「……いいんだな?」

 

 ハジメは確認する。それが蓮弥を止める唯一の方法なのかと。

 

『はい。蓮弥へのダメージは私がなんとかします。今はとりあえず外側からの干渉で力を閉じないといけません』

 

「わかった。……聞いてたなお前ら、思いっきりいくぞ!」

「…………ん」

「…………わかりました」

「まあ、仕方ないかのぉ。このシチュエーション、本当は逆なら良かったのじゃが……」

 

 最初はユナの頼みに戸惑っていたユエとシアが覚悟を決める。ティオは相変わらずだったが。

 

聖術(マギア)9章4節(9 : 4)……"闇弱"

 

 鎖で拘束された蓮弥を闇のオーラが包み込む。そしてパキンと何かが外れる音が響いた。どうやら霊的装甲とやらが外れたと判断したハジメたちが総攻撃を開始する。

 

「"雷龍"」

「■■■■■■■■■■」

 

 まずはユエの出した電撃の龍による攻撃で容赦なく蓮弥の全身が雷撃で焼かれる。抵抗する蓮弥だったが、四肢を縛る鎖もあってうまく動けていない。

 

「やぁぁぁぁぁ!!」

 

 気合いと共にドリュッケンを頭に振り落とす。思いっきり殴られた蓮弥は地面に沈み込む。

 

「では……ゆくぞ!」

 

 ティオが貯めていたドラゴンブレスを蓮弥に放つ。それが直撃し大炎上を起こす。これにより完全に動きが停止する。

 

「全く、世話がやける奴だな。……いつまでも寝ぼけてないで……さっさと戻ってこい」

 

 ハジメがシュラーゲンを蓮弥に向け、引き金を引く。

 

 その弾丸は蓮弥に命中し貫通する。そして……

 

 蓮弥が纏っていた白い霞が晴れていく。どうやら体にダメージは残っていないようだ。防御力と同じく、神水いらずのデタラメな回復力だ。

 

「…………どうだ? 目覚めた気分は?」

「…………最悪だな。……悪い、また迷惑かけちまって」

 

 蓮弥は言葉を返す。最悪の事態にならなくて済んだことを確認した後、蓮弥は意識を手放した。

 




最近綺麗になるのが流行ってる清水くんですが、本作品ではこのような形に。クラスメイト犠牲者第一号になることもなく、愛子がハジメを意識するキッカケを作ることもなく、まさに世界に何も影響を与えず退場した形になります。小物で全周回かませ確定ではありますが、主人公の覚醒に必要不可欠なシュピーネさんとは大違いです。


幸い生きているので愛子先生に保護されて無事帰れたら覚醒ワンチャン。もっともヒッキーニートになる可能性が高いですが……

次回は教師と生徒のお話


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先生と生徒

 蓮弥はまどろみから目を覚ました。最近このフレーズが多くなっている気がする。周りを見るとちょうど日が暮れそうになるころだった。そして腹部に重みを感じる。そちらのほうに注意を向けると……

 

「ユナ?」

 

 ユナが可愛らしく蓮弥の眠るベッドに上半身を預けるように眠っていた。すやすやと眠る顔が愛らしいと思う。蓮弥は思わず彼女の頭をそっと撫でる。サラサラの質の良い髪は夕日を浴びてキラキラ輝いている。

 

「ん……ふわぁ……おはようございます。蓮弥」

「ああ、おはよう。ユナ」

 

 ユナは起き抜けの顔でそっと微笑む。その儚い雰囲気も相まってどこか名画のようなワンシーンだ。

 

「……あれからどのくらい経ったんだ?」

 

 ユナに問いを投げる。蓮弥は体感で結構な時間が経っているんじゃないかと予想していた。そうなるとハジメたちがどうなったのかも気になる。

 

「蓮弥が倒れてから二日目の夕方ですね。ハジメは先にフューレンに帰るとのことです」

「そうか……」

 

 まあ、もともとウィルの捜索が目的だったのだ。イルワを早く安心させてあげることを考えたら、当然の行動だと蓮弥は納得する。

 

「あとハジメから伝言があります。『だいたいの事情はユナから聞いた。俺は先にウィルを送り届けにフューレンに戻る。俺にさんざん迷惑かけたことと先生に色々吹き込んだ罰として、じっくり説教されてから追い付いてこい』、だそうです」

 

「……なるほど」

 

 どうやら愛子に色々吹き込んだことがばれたらしい。どうしたものかと悩んでいると扉がノックされ、部屋に誰かが入ってくる。

 

「失礼します、ユナさん。藤澤くんの様子は……」

 

 入ってきた愛子は起きている蓮弥を見て固まる。そして下を向いて沈黙してしまう。

 

「あー、先生おはよう、いやもう夕方だからこんばんわ、かな」

 

 なんといっていいかわからない蓮弥は何とか話を続けようとする。すると目に涙を溜めた愛子がきっと睨みつけてきた。その怒っているのか喜んでいるのか色々ない交ぜになったその顔を見て、えらいものを押し付けられたと蓮弥は心の中でそっとため息を吐いた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥が起きて数時間後、すっかり外は暗くなっていた。

 

 そしてその間、蓮弥はずっっっっっっっっっっっっと愛子の説教を正座で受けていた。どうやら意趣返しかどうか知らないが、蓮弥が魔物を食い止めるために相当無茶を働いたとハジメが吹き込んだらしい。しかもやっかいなことに、所々心配しただの、無事でよかっただの混ぜられるとこちらもなんて返したらいいかわからなくなる。正座は苦にもならないが、蓮弥の心は結構まいっていた。

 

 

「……だいたいあなたはですね……」

「わかったわかった。もうしないし反省してる。それより先生に話したいことがある」

「なんですか? 今の先生は簡単にはぐらかされな……」

「実は山脈の道中で黒いローブを被った人物を見かけた」

「!?」

 

 流石にこの話題は無視することはできないだろうと持ち掛けた話だった。

 

「まさか……その人はどこに?」

「悪い先生。途中で会ったんだが魔物相手に手いっぱいだったんだ。まんまと逃げられた……多分清水だと思う」

「そうですか……」

 

 行方不明だった生徒の手がかりが見つかった喜びと悲しみが同時に来たような顔をする愛子。そう、なぜなら……

 

「それじゃあ、やっぱり今回の事件の犯人は……」

「……ほぼ間違いなく清水だろうな」

 

 そう、今回魔物を率いてウルの町を襲おうと企てた犯人はクラスメイトの清水幸利ということになってしまうからだ。

 

「そんな、清水君。どうして……」

 

 どうしてそんな無差別に人を襲うようなことをしたのだろう。今回、たまたま蓮弥達が立ち寄ったからこそ事なきを得たが、もし何か少しでも歯車が違っていれば、例えば蓮弥達の到着が一日遅かっただけでウルの町は終わっていたのだ。これはすでに内々だけで片付けられる問題ではない。

 

「あのさ、先生。……落ち着いて聞いてくれ」

 

 そこで蓮弥は使徒フレイヤの言っていたことを話す。どうやら豊穣の女神として名が売れ出した愛子はどこかの勢力にとって邪魔だったらしい。そこで愛子を亡き者にするために今回の計画が企てられた可能性があることを。

 

「そんな……私のせいで……」

 

 愛子は呆然と声を漏らす。そんなこと想像もしていなかったのだろう。清水が愛子を殺そうとしたこと。何故自分がという感情。もしかして自分が道を誤らせたのかという疑念。自分が大人しくしておけばこんなことにはならなかったのではという後悔。おそらく今愛子の頭の中にはいろいろな感情がせめぎ合っているに違いない。

 

「いいか、先生。辛いかもしれないけど聞いてくれ」

 

 下を向いてどこまでも暗闇の底に落ちていきそうな様子の愛子の頬を掴み、無理やり上を向かせる。愛子の瞳は、涙でいっぱいだった。

 

「確かに今回、清水が主犯であった可能性は高い。実際魔物を率いていたのは間違いないし。それは擁護できないことかもしれない。けど……本当に先生を殺そうとしたのが清水の意思かは、まだ可能性の話でしかない」

「えっ」

 

 蓮弥の言葉に思わず言葉を漏らす愛子。

 

「まだ清水は見つかっていないし。清水から直接話を聞いたわけでもない。……それにもっと怪しい奴が裏で動いていたことがわかっている以上、清水もただ利用されていたという可能性は十分あり得る」

 

 フレイヤは清水のことを完全に見下しているようだった。とても同等の契約関係にあったとは思えない。蓮弥はフレイヤ、もしくは他の誰かの聞き心地のいい言葉に清水が騙されてしまった可能性は高いと思っていた。もともとクラスでも目立つほうではないし。いくら力を得たからといって、自分一人でこんな大それたことができるとは思えない。あの勇者も同様だが、力を得たからといって本人の格が上がるわけじゃない。

 

「先生はまだ事情もしらない、話も聞いていない、ひょっとしたら今も騙されたことで清水が苦しんでいるかもしれない。それなのにここであきらめるのか?」

「…………いいえ」

「自分がいなければ、こんなことにならなかったと絶望して全て投げ出すのか?」

「いいえ!!」

 

 愛子の言葉に力が戻る。

 

「確かに辛いかもしれないけど……俺達の先生は愛子先生だけなんだ。……頼むからここであんたは折れないでほしい」

「藤澤君……」

 

 愛子が強い口調で宣言する。その目には光が戻っていた。

 

「私はここで投げ出したりしません。清水君に会うまで、清水君と話をするまで。私は、みんなの先生だから……」

「……良かった」

 

 蓮弥はほっとして愛子に微笑みかける。

 

 

 

 そこで愛子はようやく今の状況を客観視した。目の前には自分の生徒である蓮弥。起きたばかりということもあり白いシャツとスラックスというあの晩にあった格好だった。そして彼は俯いていた自分の顔を上げるために頬を掴んでいる。蓮弥は慈愛顔で微笑み、自分は涙目で顔を赤くしている。そしてそばにいたはずのユナは空気を読んだのか、いつのまにか消えていた。

 

 

 これはひょっとするとまずいのでは……

 愛子が今の状況を理解し、顔を赤くしつつも何とかしようと回っていない頭を回そうと必死になっているその時。

 

「愛ちゃん。藤澤君、どうだっ……た……の……」

「愛子、いったいいつまでかかっ…………」

 

 目を覚ましたという報告を受けるも、なかなか降りてこない愛子を心配した親衛隊の園部 優花と護衛騎士隊隊長デビットが代表で呼びに来たのだ。

 

 

 ちなみに今の蓮弥と愛子の体勢だが、マジでキスする五秒前に見えなくもない。

 

「あ……あ……あ」

「き、き、き……」

 

 

 優花が何を想像したのか、顔を真っ赤に染めるのに対して、デビットは優花とは違う意味で顔を真っ赤に染めていく。

 

「じゃ、話は終わりな先生」

 

 蓮弥はまずいことになると思い、逃げようとするが一歩遅かった。

 

「愛ちゃん!!? なななな何してるの!!? そんなうらやまじゃなくてそんな如何わしいこと。教師と生徒なのに」

「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 目を離した隙に愛子に襲い掛かろうなど万死に値するぞぉぉぉぉぉ!!!」

 

「え、え、ちょちょちょ。待ってください園部さん、デビットさん。誤解、誤解なんです。ほら藤澤君もなにかいって……ちょっと逃げようとしないでくださーい」

 

 なかなかカオスな空間になっていた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 園部 優花が藤澤 蓮弥と出会ったのは学校ではない。中学生の頃、彼女の実家が経営する洋食店『ウィステリア』でのことだった。

 

 

 それは放課後、夕食時には少し早いような微妙な時間。優花が学業を終え、家業の手伝いをするために店に出た時、制服姿の男子が店にいたのだ。その男子が注文のためにベルを鳴らす。当然店に出ていた優花が注文を受けたのだが注文は一つ。

 

 

 オリジナルブレンド、ブラックで。

 

 

 この注文に優香は少し顔をしかめそうになる。確かにこの店のコーヒーはおいしい。父が豆からこだわった逸品で常連客にも好評の一品だった。

 

 

 しかしこだわりの逸品ということはある意味玄人向けということでもある。独特の酸味がわからない人にとってはただの苦いだけの飲み物だ。優花だって実家が洋食屋でなければ飲んでいなかったであろう飲み物を、どう見ても同い年の中学生が砂糖とミルクなしで飲めるとは思えない。

 

 

 優花は頼まれていないがコーヒーと共に砂糖とミルクを置く。必要になると思ったからだ。だが彼はその優花の行為に対して嫌な顔一つせずコーヒーを楽しみ始めた。

 

 

 それはとても自然な光景で、格好つけているとか、そういうものではないということがわかってしまう。優花はしばらくしてコーヒーを飲み終えた彼がレジで勘定を払う際にいてもたってもいられなくて謝罪した。こうなると自分の行為はお客様を怒らせてもおかしくない余計なおせっかいだったからだ。だが彼は全く気にしてないと言い、うまかったからまた来ると帰っていった。

 

 

 それからしばらく彼が来ない日が続き、今の高校に入学するころになると、記憶もおぼろげになっており、優花は彼のことをすっかり忘れてしまっていた。だが受験勉強から解放され、高校の入学式を終えた後、優花が久しぶりに店に出てみるとしばらく見ていなかった彼が来ていたのだ。

 

 

 どうやら彼も受験勉強やらその他で来る暇がなかったらしい。その時、着ていた制服で同じ高校の生徒になったことを知った。

 

 

 それから週三くらいで彼が店に来る日々が続くことになる。その日々の中で実家経営ということもあり、暇な時には世間話に興じるくらいの仲になれたのは幸運だった。

 

 

 その頃の彼の印象は、コーヒーを飲む姿が似合う高校生だった。別に老けているわけではなく、雰囲気が同年代とは思えないのだ。大人っぽいと言っていいかもしれない。いつの間にか彼が来ている時にはちらちら彼を見てしまう。彼はコーヒーを飲んでいる時には読書をしていた。読む本は雑誌やら話題の書籍など様々だった。

 

 

 その頃の高校での恋バナになると、必ず出てくる人物に天之河光輝という生徒がいた。同じクラスの女子生徒たちは、かっこいいと熱を上げている人間が多数だったが、自分はあまり好みではなかった。店の常連が結構かっこいい渋いおじ様だったりすることもあるのか、彼が妙に子供っぽく見えたのだ。その点蓮弥は普段の様子からもコーヒーを飲む姿が似合うくらいには精神的にも大人っぽさが見えており、容姿も光輝に負けていないと確信できる。

 

 

 学校でこそなかなか縁がないが、彼とウィステリアで頻繁に会う日々が半年にもなると、だいぶ好きになっている自覚があり、思い切って告白してみようかと考えていたときに転機が訪れる。彼がこの店に女子同伴で訪れたのだ。

 

 

 しかも連れてきた女子が八重樫雫だったので驚いてしまった。八重樫雫といえば例の天之河光輝の取り巻きの一人であり、彼女個人でも男子にも女子にも人気のあるということで極めて目立つ生徒だったから。

 

 

 優花がそれとなく話を盗み聞きしているとどうやら彼らは幼馴染であり、彼の隠れ家であるこの店が、とうとう彼女に見つかってしまったという感じだった。話しているだけで仲の良さが伝わってくる。

 

 

 そしていつの間にか彼女も常連になっていた。彼女もブラックを嗜み、コーヒーを飲むその姿は、ちょっと悔しくなるほどかっこよかった。

 

 

 それから特に関係に進展もないままに異世界まで来てしまい、今に至る。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 なんとかカオス空間から抜け出した蓮弥は夕食を終え、部屋に戻ろうとした時に話声が聞こえた。

 

「ほら、優花っち。今がチャンスなんだからアピールしてきなよ」

「いや、無理だから。本当に勘弁してよ奈々」

「そんなこと言ってたらいつまで経っても先になんか進まないんだから。雫っちがいない今がチャンスだよ」

 

 どうやら話の流れから、蓮弥に用があるらしいとわかったので話かけようか少し迷う蓮弥。

 

「そんなこと言って、もし部屋を訪ねてユナさんが出てきたらどうするのよ。あんな超美人に出てこられたら、すぐ逃げる自信あるよ私」

「あー、確かにちょっとあの人は洒落にならないくらい綺麗だよね。藤澤君の側にいるところを見た時、女神かと思ったもん」

「そう、だから今度ユナさんがいなさそうな時を狙って……」

「何か俺に用なのか園部?」

「ふぁあ!?」

 

 どうやらユナがいないときに蓮弥の元を訪れたいようだが、基本的にユナがそばにいないということがないし、今もユナは聖遺物に戻って蓮弥の中にいる。そのため用があるならと蓮弥は話しかけた。

 

「ふふふふじさんッ!?」

「藤澤な。富士山じゃないぞ園部」

 

 緊張をほぐすために冗談を交えてみる。それが効いたのかどうかわからないが少しだけ落ち着いたようだった。

 

「じゃあ、あとは頑張ってね優花っち」

「えっ、ちょっと奈々!?」

 

 共にいた宮崎奈々は足早にこの場を去っていく。

 

「それで、なにか用事か?」

「えーと、そのー、あのー」

 

 どうやらまだ緊張しているのか言葉が出てこないようだ。蓮弥は静かに待ってやる。ここでせかすのはマナー違反だ。

 

「あの私、オルクス大迷宮で罠にはまった時助けてもらったじゃない。だからお礼が言いたくて……」

「なんだそんなことか。こっちは忘れてたくらいだから、感謝されると申し訳なく思えてくるな」

 

 そういえば蓮弥がベヒモスの対処方法を考えた時、転んだ女子生徒を一人助けた記憶がある。その時はよく見ていなかったのでわからなかったが、それが優花だったという話だ。

 

「それでも助けられたのは事実だから。本当にありがとう」

 

 頭を下げてくる優花。蓮弥はちょうどいいかと蓮弥達が落ちた後どうなったのか聞いてみようと思った。

 

「あの後、大変だったんだろ。先生から聞いたけどしばらく部屋から出れない生徒が出てたとか」

「……藤澤君に向かって大変だったなんて本当は口が裂けてもいえないけど、確かにあの時はみんなおかしくなりそうだった。……犯人がクラスメイトだったことも含めて」

 

 檜山のことはやはり引っかかるのか少し表情を暗くする。

 

「檜山君とはそれっきり会わなくなったんだけど、私もなかなか外に出れなくてね。すぐに動けたのは雫を含めて数人くらいだったかな」

 

 幼馴染の名前が出てきたので蓮弥は聞いてみることにする。先生の話だとひどいことになっているらしい。

 

「……先生から聞いたけど、ひどい状態らしいな」

「……ちょっと痛々しかった。抜き身の刀っていうのかな……。けどそれでも私は少しだけ羨ましかった。私は引きこもることしかできないのに、彼女は藤澤君が生きていると信じて行動してるってわかったから」

「結果的に園部もこうして行動できているんだからすごいと思うぞ。本当に心が折れたやつはきっと自分では出られないだろうし」

「それは……私にも意地があったというか、なんというか……」

 

 急にごにょごにょ言い出した優花に少し疑問に思う蓮弥だったが、あえて無視して話を進める。

 

「今回は依頼でここにきたわけだけどそれが終われば一度、雫たちに会いにいくつもりだ。もちろんハジメも引きずってな」

「うん。そうしてあげて。きっと待ってると思うから」

 

 話は終わりだという雰囲気になる。だから最後に蓮弥はこう足した。

 

「そうだ園部。もしお前が助けられたことに恩を感じてるんだったら一つ頼みがある」

「何? 私にできることならなんでも言って」

 

 聞き方によっては危険なセリフかもしれないがあえてスルーする。

 

「俺とハジメは俺達のやり方で元の世界に帰る方法を探している。もし帰る方法が見つかって、全員無事に帰れたらその時はお前の店でコーヒーでもおごってくれよ」

「えっ」

 

 なぜか意外なことを言われたというような返しをされた。

 

「いやウィステリアのコーヒーだよ。こう見えて結構お気に入りなんだ」

 

 あの日町から去る前に飲んでから行こうと思っていたくらいには、とは流石に言わない。

 

「だから今度行った時一杯おごってくれ。それでちゃらだ。……もちろんお前が出迎えてくれよ」

 

 暗に一緒に生きて帰るぞと言っているのだと気づいた優花の顔が明るくなる。

 

「もちろん。最高の一杯をごちそうするわ」

 

 そうして今度こそ話は終わったかと思ったが最後に蓮弥が付け足す。実はこれも前から言いたかったことだった。

 

「あとそれと……もちろんおごってもらう時は一人でくるつもりだけど。もし今後別の日に雫が来るようなら砂糖とミルクを、俺が最初に来た時みたいにそっと付けてやってくれ。あいつ実は結構無理してブラック飲んでるし」

「えっ……ふふふ、わかったわ」

 

 あの八重樫雫の意外な弱点も驚いたけど、最初の来店時の行動を覚えていただけでなく、その行為を気遣いだと解釈してくれていたということがわかり、うれしくなる優花。

 

 

 やっぱりちょっと諦められそうにない。ライバルは強敵だらけだけど、自分なりに頑張ろうと決意を新たにする。

 

 

 明日よりハジメたちに合流するために蓮弥は出発する。彼らにはこれからも厳しい旅が続くが、蓮弥に帰った時の楽しみが一つ増えたのであった。

 

 

 




蓮弥の転生特典? 
コーヒーをブラックで楽しめる。

未だブラックが苦手な作者としてはちょっと憧れるものがあります。

以前コメントで蓮弥とハジメは一緒に行動しているのにハジメばかりモテるのはなんでなん? 主人公魅力なさすぎない? みたいなコメントをもらったので魔王様と相談したところ、自分にはユエがいるしハーレムは正直間に合ってるとのお言葉をいただいたので今回の話を書きました。

とはいえ、多分二人では蓮弥に追い付けないので最終的にあまりいい扱いにならないとは思います。立場上、先生の出番はあるかもしれませんが。


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フューレンでの大騒動

蓮弥のボーナスステージとユナのステータス公開の回です。


 蓮弥はフューレンに向かっている時、一人物思いに耽っていた。

 

(俺の創造……)

 

 使徒フレイヤに追い詰められて発動したそれは確かに絶大な力を齎した。だが不安定だろうと発動したということは……

 

(俺に渇望が……あるってことだよな)

 

 でなければ創造位階には到達しない。蓮弥自身に身に覚えがないというのが一番怖い。渇望を自覚していないだけか、それとも他の要因があるのか。

 

(それと、今回の戦いで確信した。……俺は、誰かに見られてる)

 

 あの時の声。それがこの世界に呼び出したエヒトって奴の声なのか、それとももっと()()()()()なのか。考えたところで答えてくれるわけではないが、後者だとなんとなく思う。

 

 

 そこで蓮弥は久しぶりに転生した時のことを思い出す。確か……

 

「あれ?」

 

 そこで思考が止まる。

 

 神と名乗る存在にあった……筈だ。

 

 そこで永劫破壊(エイヴィヒカイト)を無理やり押し付けられた……と思う。

 

 そこまで考えて蓮弥は自分が転生した時の記憶が実はひどく曖昧であることを知る。神にあったはずなのにどんな姿でどんな声をしていたのか思い出せない。いや、そもそも本当に神とやらと会っているのか。

 

 

 もし、そう思い込んでいるとしたら……

 

「いや、前世の記憶は確かにある」

 

 前世の名前は思い出せないが、普通に大学を出て、普通に就職して生活していた。それに間違いはないはずだ。

 

(待て。そもそもなんで名前が思い出せないんだ? 異世界転生ものはそういう設定が多いからとスルーしてたけど、それは本当にスルーしていいことなのか? )

 

 名前という自身のアイデンティティの基盤が消失しているのに他の記憶は都合よく残っているなんてことあるのか? いや、そもそも……

 

「本当に、他に忘れていることはないのか?」

 

 思わず口に出す蓮弥。普通に生活していたとはどんな生活だ? 友人は? 恋人は? もしくは気の合う同僚や気にくわない上司とか、そういう存在は一人もいなかったのか? いや100歩譲っていなかったとしても、じゃあ転生直前の記憶は? 

 

(俺は神に出会う前に、何をしていた?)

 

 そこで蓮弥はその辺りの記憶がすっぽり抜け落ちていることに気づく。

 

 蓮弥はぞっとする。まるで得体の知れない何かが我が物顔で居座っているのに今更気づいたような……

 

 

「やめよう」

 

 蓮弥は強引に思考を断ち切る。今考えても答えは出ないし精神衛生上よろしくない。それよりもっと直近で対処しなければならないことがある。

 

(やっぱり、あいつに逃げられたのは痛い)

 

 そう、使徒フレイヤに極大の砲撃をぶつける中、突如気配が消えたのだ。全くノーダメージではないだろうがおそらく倒せてはいない。主というやつが回収したのか、それともフレイヤが保険を立てていたのか、どっちにしろ……

 

「また、襲ってくる……」

 

 あいつの目的がユナである以上、また敵対するのは間違いない。現状無茶をすればなんとか均衡するというレベル。だが、これでは確実とは言えない。創造が当てにできない以上、他の手段で強くなるしかない。

 

 

 一応、蓮弥も神代魔法を習得してはいた。いたのだが使っても大して力にならない。術的なサポートはユナがしてくれる聖術の方が相性がいいようだし、使ってもあまり旨味がないのだ。

 

 

 その辺、神代魔法を入手するたびに強化を行えるハジメはすごいと思う。まだ二個でこれなのだ。全部揃えばDiesの大隊長クラスを超えるかも知れない。

 

 

 となると蓮弥が取れる手段はたった一つ。

 

「魂を集めるしかないか」

 

 聖遺物の使徒がもっとも単純に強くなろうとすれば必然魂の補給に視点がいく。ユナの力を引き出しきれない以上、ユナほどの質は期待できなくても、ほどほどに使いやすい魂の燃料は重要だ。Dies原作登場人物も、中には例外はいたが基本的には所有する魂の質と量を高めようとしていた。

 

「けど……」

 

 そうそう殺してもいい、都合のいい相手なんていないものだ。無差別殺人をする気がない以上、どうしても相手を選ぶ必要がある。相手を選ぶこと自体は悪くないはずだが大迷宮攻略ばかりしていると、どうしても相手が魔物ばかりになってしまう。大迷宮に基本、人はいないからだ。

 

 

 一瞬ミレディを取り込めばよかったかと考えたが、すぐに考えを改める。格上の魂を取り込むのは、内側から体を乗っ取られる危険がある。それにあの過去を見てしまうとそういうことに利用するのは気が引けた。

 

 

 蓮弥はチラリとバイクの後部座席に目を向ける。そこには誰も乗ってはいない。

 

 

 ユナは現在聖遺物に戻っている。流石に使徒との戦闘は疲れたのだろう。しばらく休ませてほしいと言って来たので休ませてやることにしたのだ。

 

 

 ユナにこれ以上負担はかけたくないし、それなら自身が強くなるしかない。けどその方法が……

 

 

 思考が堂々巡りになりつつも蓮弥はフューレンを目指す。待っていた機会がすぐに訪れるとはこの時、思ってはいなかった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 蓮弥がフューレンに到着した時、何か騒がしいと感じた。もちろん最初に来た時同様、非常に活気がある町であるが、そのことではない。感覚でしかないが、目に見えないところが騒がしいというのか、ざわざわしたものを感じる。

 

 

 目が覚めたらしいユナを伴い、まずはハジメと合流することにする。ここのギルド長であるイルワのところに行けば会えるはずと思って移動していたのだが、その前に普通にハジメと合流できてしまった。様子を見るとなにやら焦っているように見える。

 

「……クソが、害虫の分際であちこち点在しやがって、一か所に固まっていればまとめて焼却処分できたものを……」

 

 なにやら物騒なことを呟いているハジメに声をかけるか一瞬戸惑う蓮弥だったが、放っておくわけにもいかない。

 

「おい、ハジメ。合流早々だけど、なにかあったのか?」

 

 その言葉でようやく蓮弥がいることに気づいたらしいハジメはいいところにきたとばかりに近づいてくる。

 

「おお、やっと来たか、ちょうどよかった。蓮弥、お前も害虫駆除を手伝え!」

「……まずは事情説明からな」

 

 

 ハジメの話はこうである。

 いい加減自分の扱いが悪いとハジメに抗議するシアに対し、なんと恋人のはずのユエがシアに対してまさかの援護を行い、なし崩し的にシアとデートすることになった。だがデート中、下水道にて弱った海人族の少女を見つけてしまい、いくら大迷宮攻略のためにエリセンまでいくとはいえ、危険な旅に幼い少女を連れていくわけにもいかず、やむなく保安署に預けたまではいいが、どっかの犯罪組織にさらわれてしまう。その一派を成り行きで潰したところ、どうやら巨大な裏組織の末端だったらしく海人族の少女ミュウだけでなく、ユエ、シア、ティオをさらう計画まで立てていたらしいことが発覚。ユエを狙った時点でハジメが許すわけもなく、現在しらみつぶしに組織を潰していっている最中とのこと。

 

「害虫どもはあちこち点在してやがって単純に手が足りねえ、だから手伝ってくれ」

「……一応事情はわかった。問答無用で殺すかどうかは、見てから決めるからとりあえず案内してくれ」

 

 いくらハジメからの情報とはいえ、又聞きの情報だけでサーチ&デストロイするわけにはいかない。特にハジメはユエが関わると少し沸点が下がる傾向があるので注意が必要だった。

 

 

 だが、結論から言うと、そんなことを気にする必要がある相手ではなかった。蓮弥は訪れたアジトを観察する。

 

 

 いかにもな男たちの後ろで、裸に剥かれた女性が幾人も倒れている。亜人もいれば人間も混ざっている。蓮弥と近い年齢の少女もいれば、まだ幼い少女もいた。だが彼女達に一つだけ共通点があった。皆顔に生気がない。蓮弥が視てみると魂の気配が非常に希薄であり、完全に壊されていることがわかってしまう。さらに周りを観察するとなにやら注射器やら、あきらかに非合法の薬品の瓶やらが転がっている。

 

「……薬漬けってわけか……」

「なんだてめぇら、ここがフリートホーフのアジトだとしってぶべら」

 

 蓮弥が活動の大砲を向け、何やらしゃべっている男の上半身を吹き飛ばす。残りの構成員からしたら手をかざしただけで上半身が消えているように見えるだろう。

 

「なるほど、理解した。どうやら手加減が必要ない外道らしいな」

「だろう? だからとっとと潰して回るぞ」

 

 ハジメもドンナーを抜き放ち、弾丸を次々お見舞いしていく。

 

 数分もするとそこで生きている人間はいなかった。いや正確にはいたが……

 

「これは……もう無理だな」

 

 神水なら可能性はあるかもしれないが全員分はない。聖遺物の中のユナにも聞いてみるが悲しそうに首を横に振る。中には四肢がないものもいた。薬の副作用で長く生きられないことが予想されるし、現在進行形で麻薬と魔薬のせいで魂が悲鳴をあげているのが伝わる。蓮弥はせめて苦しまないようにとどめを刺してやる。……胸糞悪い怒りを感じた。

 

 

 同時に辺りに漂っていた魂を残らず喰らう。取り込んだ魂を管理してくれているユナに、被害者の少女達にはできるだけ救いのある形に、外道には容赦はいらないと言っておく。いままでさんざん少女たちの命を食らって私腹を肥やしてきたのだろう。なら次はこいつらの番である。せいぜいぼろ雑巾になって擦り切れるまで魂を使い潰してやる。そう思い蓮弥はハジメを伴い、次のアジトへ向かった。

 

 

 その後は一方的な蹂躙劇だった。どうやら他の場所も似たような惨状だったらしく、ユエ達も外道どもには一切容赦しなかった。もちろん死んだやつらの魂は残らず回収した。どうやって魂を集めようかと考えていた時に巡ってきたチャンスである。結果的にいい資源になりそうなので貰っていくことにする。そして最終的にオークションに掛けられていたミュウを無事保護した後、ユエの雷龍により跡形もなくフューレンの暗部は炎の中に消えたのであった。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員百七十名、行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」

「カッとなったので計画的にやった。反省も後悔もない」

「はぁ~~~~~~~~~」

 

 冒険者ギルドの応接室で、報告書片手に隣のハジメを睨んでいるイルワだったが、ハジメはどこ吹く風という雰囲気で、助け出した海人族の少女ミュウとおかしおいしいと言いながら出されたお菓子を食べている。その様子にイルワは脱力した。

 

 

「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」

「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」

「あ~ん」

 

 どうやら蓮弥が知らないことも色々やっていたらしい、シアを見ると少し目が泳いでいた。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」

 

 その雰囲気には哀愁が漂っている。まるでこれからデスマーチに挑むサラリーマンのようだと前世で就業経験のある蓮弥は思った。

 

 

 結局蓮弥達、主にハジメがフューレン支部長の懐刀になるということで収まった。ハジメの名前を抑止力に使うことにしたのだ。

 

 

 少し意外だったのはハジメのほうから名前を使うように言ってきたことである。その際蓮弥の方をみて少しバツが悪そうな顔をしたあたりからどうやら先生が蓮弥の願いをかなえてくれたのだと予想がついた。本当に良い先生である。

 

 

「それはそうと話は変わるが、蓮弥君、ユナさん。改めて、ウィルを助け出してくれてありがとう。ハジメ君に聞いたが、一人殿として残って魔物の軍勢を食い止めてくれたそうじゃないか。その中には神代から封じられていた伝説の怪物も混じっていたかもしれないと聞く。君がいなかったら、もしかしたらここにも影響が出ていたかもしれない。あらためてお礼を言わせてもらう」

 

 頭を下げるイルワに今度は蓮弥がバツの悪そうな顔をする番だった。ちらりとハジメを見るとふんと意趣返しが成功したと顔に書いてあった。蓮弥としてはただ暴れただけなのに、しかも神代から封じられていた伝説の怪物はおそらく自分のことである。

 

「頭を上げてください。あくまで依頼でやっただけなので」

「君たちには約束通り、私による後ろ盾とハジメ君同様の冒険者ランク金を授けるとしよう。……あとはこれを……」

 

 イルワは薄い金属板を差し出してくる。成功報酬の一つだったステータスプレートだ。

 

「これはユナ君の分だ。他の人のステータスはすでに見せてもらった。いやー、後ろ盾を必要とするわけだと思ったよ。ひょっとして彼女もなかなかすごいのかい?」

「それは私も気になるですぅ。一体どんなステータスなんでしょうね」

「……少なくとも魔力は怪獣」

「ライセン大迷宮で無双してたスキルとかも気になるな」

 

 シア、ユエ、ハジメも興味を示す。ティオは空気を読んで放置プレイを楽しんでいる。そしてそのユナはというと……

 

「………………」

「ユナ?」

「……はい」

 

 どうやら軽く眠ってたらしい。ユナは起きて蓮弥の方を見る。

 

 ユナは蓮弥の指示通り、少量の血をステータスプレートに付ける。そしてほどなく情報が表示される。

 

 ================================

 ユナ 2005歳 女 レベル:??? 

 天職:■■神 罰姫・逆神の十字架(ゴルゴタ・プロドスィア)

 筋力:50 [+最大330000]

 体力:90 [+最大330000]

 耐性:60 [+最大330000]

 敏捷:70 [+最大330000]

 魔力:1,250,000(弱体化中)

 魔耐:1,250,000(弱体化中)

 

 技能:■■・霊的感応・十二使徒・神殺し・聖術[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+魔素操作]・高速魔力回復[+魔素集束][+魔素生成]・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+耐久変換][+俊敏変換]・生成魔法・重力魔法・言語理解 備考:魂魄衰弱

 ================================

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 船を漕いでいるユナとよくわかっていないミュウはともかく、それ以外の誰も何も言わない。蓮弥はいち早く正気に戻ると、急いでステータスプレートを弄る。ユナは蓮弥のプレートを弄れるようなのでまさかとは思ったが蓮弥もユナのプレートを弄れるらしい。ありがたい。

 

 そして何事もなかったように机に戻す。

 

 ================================

 

 ユナ 17歳 女 レベル:??? 

 天職:■■■

 筋力:50

 体力:90

 耐性:60

 敏捷:70

 魔力:125000

 魔耐:125000

 

 技能:霊的感応・聖術[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+魔素操作]・高速魔力回復[+魔素集束][+魔素生成]・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+耐久変換][+俊敏変換]・生成魔法・重力魔法・言語理解 備考:魂魄衰弱

 

 ================================

 

「……よし」

 

『ちょっとまて(ください)(のじゃ)!!』

 

 再起動したハジメたちが騒ぎ出す。全くどうしたというのか。

 

「いやー流石の魔力量だな。俺も驚いたよ」

 

 蓮弥は冷や汗を流しながら白々しくそう言う。だが周囲の勢いは止まらない。

 

 まず初めにイルワが目頭を押さえながら恐る恐る聞いてくる。

 

「気のせいかな。天職に神と書いてあったような……」

「気のせいですね。よく見てください。これは天職不明という意味ですよ」

 

 次にシアが騒ぎ出す。

 

「パラメータ最大値33万って……私の五十倍以上ですぅ!? ひょっとして私、ユナさんに本気で殴られたら跡形も残らないんじゃ……」

「何言ってんだ。ユナのこんな華奢な体でそんなことできるわけないだろ」

 

 次にユエがぽつりと呟く。

 

「魔力値125万……弱体化中とあった……」

「一桁間違えてるけどすごい魔力だよな。これでライセン大迷宮でも魔法が使えた理由がわかったな」

 

 次にティオが嫌なところを突いてくる。

「神殺しとかいうスキルもあったのぅ。しかも妾よりも遥かに長く生きとるようじゃし」

「うるせぇド変態。おとなしく放置プレイを楽しんでろ」

「あひん」

 

 最後にハジメが地球人らしい疑問をぶつける。

「十二使徒に神殺し……えっ、もしかしてユナって世界一有名な聖人の関係者なんじゃ……」

「たぶんお前疲れてるんだよ。さあ、もう話も終わったしそろそろミュウちゃんのこととか話そうぜ。ミュウちゃんも退屈してるだろうし……」

 

 蓮弥は有無を言わさずステータスプレートをしまう。今後見せるときがあるとすれば大幅にいじることを決意する。

 

 

 結局ミュウちゃんはハジメが父親としてエリセンまで連れていくことになった。十代で父親とはもう地球にいたころの面影とか微塵も残ってはいまい。

 

 

 だがこの時、蓮弥はユナに起こっていることを……ユナのステータスプレートにもっと気を配るべきだったのだ。

 

 

 そのことをまもなく……後悔することになる。

 




ユナのステータスは漫画でこんなやつどうやって倒すんだ? と作者が思った絶望の数値を参考にしています。わかる人にはわかるはず。もっとも有名であろう53万と最後まで迷いましたが、あちらはすぐにインフレの波に飲まれましたので。

次回は物語の転機です。


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無茶の代償

物語の転機です。


「パパ~」

 

 とてとてとミュウが走ってハジメの元に駆け寄っていく。目の保養になることこの上ない。

 

「よしよしミュウ。さあ、これから買い物に行くぞ」

「は~い」

 

 ハジメが完全にまんざらでもない態度でミュウを相手にしている。その姿は完全に子煩悩の父親そのものだった。

 

 

 ミュウを連れていくということで改めて出発の準備を行うことになった。ミュウがいることで必要になるものが増えるし、今の内にミュウの前でやってはいけない行動とかを決めておこうということになったのだ。というのも……

 

「お前のことをいってるんだぞこの駄竜。今のうちにお前の変態を治しておかないとミュウに変態が移るからな」

「ハァハァ、すでにもうたまらんのじゃがご主人よ」

「……ハジメ。お前の態度もいけないと思うぞ。色々と」

 

 蓮弥はハジメにまずはその態度を改めろと言ってやりたい。というのも蓮弥からしたらいつの間にか同行することになっていたティオだが、恐ろしいことについ数時間前まで蓮弥のこともご主人様と言っていたのだ。どうやらティオに対して行った魂への直接攻撃を覚えていたらしい。ちらちらともう一度やってほしそうな顔をたびたび向けてきた。

 

 

 注目されている状態では例の軍帽も役に立たないので蓮弥は非常に困った。このままだとハジメともども変態の世話をさせられると思った蓮弥は逆の発想を行った。

 

 

 ハジメは素の態度がもうティオへのご褒美にしかなっていない。なら蓮弥は逆に紳士的な対応でできるだけティオに対して優しく接したのである。聞けば竜人族とは英知と武力を兼ね備えた一族らしいのでそれ相応の対応をしたのだ。

 

 

 それが功をなした。いつまで経っても望む対応をしてくれない。紳士的に接するのをやめろとも言えないティオはすっかり蓮弥への興味を失い、いまやご主人様はハジメ一人だ。ハジメは蓮弥を恨みがましい目で見ていたが無視した。普段の態度を改めないハジメが悪いのである。

 

「というか本気で態度を改めたほうがいいぞ。お前も両親の影響でがっつりオタクになったと聞いたからわかるだろうけど、あの年頃は親の影響を受けやすい。……いやだぞ。あの子が将来、敵とみなした相手を進んでスプラッタにするのを見るのは……」

「うっ、でもなぁ~」

 

 親の影響をがっつり受けたハジメが痛いところを突かれたという顔をする。

 

「今更昔に戻れとは言わないけど、せめてあの子の見てる前では自重したほうがいいぞ」

「わかったよ」

 

 ミュウのためなら自重できるらしい。これは予想以上にミュウが与える影響は大きいかもしれない。そしてそのミュウはというと……

 

「うっうっ、ミュウちゃんのお父様は亡くなっているんですか。かわいそうにぃぃ。わかります。お父様がいなくなったその気持ち」

 

 彼女の境遇を聞いたシアに抱きしめられていた。ミュウは少し苦しそうだ。

 

「そうか、シアの父上もなくなっておったのか」

「……いや、シアの父親は生きてる」

 

 ティオが声のトーンを落として言うがすぐにユエが否定する。だがその言葉が聞こえていたらしいシアが急に無表情になる。

 

「……いえ、死にました。あの優しかった父様はもう死んだも同然ですぅ。……誰かさんのせいで……」

 

 くるっとハジメの方を見るが、ハジメもくるっと顔を反らす。

 

 

 シアからしたらユエとの修行を終えて帰ってきたらヒャッハー共の統領になってたんだからその気持ちもわかる。

 

 

「あの時は本当に驚いたよな、ユナ……ユナ?」

 

 隣に座っているユナの方を見るがまだ眠そうにぼーとしている。あの日から疲れているとは言っていたが、あれからそこそこ時間が経っているのに改善されているようには見えない。

 

「本当に大丈夫なのか。聖遺物に戻ったほうがいいんじゃないか」

「…………大丈夫です」

 

 それだけ言うがどう見ても大丈夫ではない。

 

「やっぱりおかしいぞ。熱でもあるんじゃ……」

「蓮弥……私は……」

 

 

 

 何が言いたかったのか、蓮弥は聞くことができなかった。

 

 

 

 なぜならユナが……その一言を放った直後……蓮弥に向けて倒れこんできたからだ。

 

 

 

「ユナ!? おい、どうした? しっかりしろッ、ユナ!!」

 

 ミュウとじゃれていた他のメンバーもユナの異常に気付いて集まってくる。

 

 ユナを視ると時々存在がぶれているのか、気配が消えそうになったり急に増えたりめちゃくちゃになっていた。姿も半透明になっている時がある。

 

「ユナさん! どうしたんですか!?」

「ハジメ……神水……」

「おう……蓮弥ッ」

 

 ハジメがユエの言葉を受け、宝物庫から神水を出す。一行の命の危機を幾度も救ってきた万能薬。それを蓮弥に手渡す。

 

「ユナ、神水だ。飲めるか?」

 

 ユナは苦しそうにしているが、少しずつ神水を口に含み、飲んでいく。……だが

 

「……効いてないのか……」

 

 今まで神水を飲んだものは飲んで間もなく効果が表れた。だが、ユナは相変わらず苦しそうにしている。

 

 

 どうするどうする。蓮弥の頭の中でその言葉がループする。

 

「とりあえず、まずは休息じゃ。宿にいったん戻るぞ」

 

 この中ではユナを除けば年長のティオが普段の変態性を他所にやり、的確に行動を指示する。

 

 一行の旅に暗雲が立ち込めた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ユナを宿のベッドに寝かせる。だが、ベッドに寝かせても一向に回復しない。

 

「……」

 

 蓮弥は沈黙する。周りの空気も重くなる。このままではいけないと思いつつも神水が効かない以上、一行にはどうすることもできない。この町に神水以上の薬はないし、ユナを治せる医者がいるとも思えない。

 

「少しいいかの」

 

 雰囲気が重くなる中、言葉を切ったのはティオだった。

 

「妾は一行に加わったばかりじゃし、最初の出会いが出会いじゃったからのぉ、まだ深く立ち入るのは早いと思っておったのじゃが……あえて聞こう……ユナは何者じゃ?」

 

 その言葉に周りに言葉はない。

 

「……私たちはアーティファクトの精霊だと、蓮弥さんから聞いています」

 

 代表してシアが答える。それに対してティオが言う。

 

「アーティファクトの精霊のぉ……妾達、竜人族は長きに渡って世界の中立者として世界を見守ってきた。もちろん世界の全てを知っておるなどと傲慢なことは言わんが、アーティファクトの精霊などというものは妾でも聞いたことがない」

 

 それは500年以上生きる賢者の実感の籠った言葉だった。説得力が違う。

 

 今度は一斉に蓮弥の方を見る。ユナがこうなっている以上、答えられるのは相棒である蓮弥だけだ。

 

「……別に嘘を言ったわけじゃない。単にそれ以外ふさわしい言葉がなくてな。……わかった。正直に話すよ。俺が使う力のことも含めて」

 

 そして蓮弥は話を始めた。もちろん転生云々はさらに話をややこしくしてしまうからそれを除いて。

 

「……俺達の住んでいた地球という世界には、表向き魔法というものはないことになっている。俺もハジメも当然そんなものがあるとは信じていなかったし、ここにくるまではクラスメイトだって信じているやつはいなかっただろう……だけど俺達の世界にもそういうものは存在していた。それが聖遺物……一般的には聖人に関する遺物のことを指すが、この場合は人々から膨大な想念を浴び意志と力を得た器物を指す」

 

「想念?」

 

 ユエが疑問を持つ。

 

「信仰心や怨念、なんでもいいんだ。特に強い念を長い時間かけて集めた器物はやがて強い呪いを帯びるようになる……そうだな。例えば戦争中に何百人も何千人も人を殺した剣があったとする。その剣は殺した人間の数だけ魂、想念を蓄えることになる。それが一定ラインを超えると意思を持ち超常の力を発揮するようになる。それこそ並みのアーティファクトなんか比較にならない力をな。そんな聖遺物を使うための複合魔術「永劫破壊(エイヴィヒカイト)」。それが俺の力の源泉だ」

 

 黙っては話を聞いている一行。

 そこでハジメが沈黙を破る。

 

「……その力をどこで手に入れたかはあえて聞かねぇ。だけどそこからユナの正体にどう繋がる?」

「言っただろ。魂を集めるってな。聖遺物は徳の高い逸品から呪いの武器まで様々なものがあるけど一つ共通している特徴がある……それは魂を喰らうということだ。ユナは俺が使う聖遺物に一番初めに宿った魂だ」

 

「まて、魂じゃと? まさか……」

 

 蓮弥の説明にティオが反応する。少しだけ蓮弥に非難を向けているようだ。

 

「そうだ。聖遺物は魂を喰らえば喰らうほど強くなる。もちろん術者である俺も喰らった数だけ強くなる。俺の耐久力の源である霊的装甲もそうだな。百人喰らえば百人分の生命力と防御力が手に入る……外道の術であることはわかってる。だけどこの世界で生きていくには仕方ないと割り切ってる……非難は避けられないとは思うけどな」

「別に構わねぇよそんなこと。俺だってさんざん自分のために人を殺してきてんだ。生きるために喰らう。それが基本だろ。俺も奈落で魔物相手にやってきたことだ、今更人間単位でそれをやってたってどうとも思わねぇよ」

 

 ハジメは奈落の底で魔物を喰らい、その血肉を糧とし、スキルを取り込んでここまできた。もしそれしか手段がないのなら、あるいは奈落に落ちた直後のハジメなら、人間も喰らっていたかもしれない。

 

「すまんのぉ、別にお主を非難しようとは思っておらんかったのじゃ。その永劫破壊(エイヴィヒカイト)とやらを作ったものを考えておった。そうか……聖遺物とな……けどそれであそこまでの力を出せるものなのか? この世界にも想念とやらが宿ったものはいくらでもあろうが、ユナのステータスはそれでは説明がつかんじゃろ」

 

 蓮弥はこの世界に来て出会った宝物庫の十字架を思い出す。ひょっとしたらこの世界にも扱う術がないだけで聖遺物と呼べるだけの代物は他にもあるのかもしれない。

 

「ユナはちょっと特別でな。聖遺物が想念を宿した器物とは言ったが、ユナの場合は俺たちの世界で正しい意味で聖遺物を名乗れる代物だ。ハジメにしかわからないとは思うが、俺達の世界で一番有名な聖人の処刑に関わった聖十字架といえばわかるんじゃないか」

「やっぱりそうか……バチカンとかにばれたらやばいやつだよな、それ。下手すりゃ二十憶人だか三十憶人だかの信徒をまるごと敵に回すんじゃないか?」

 

 その規模に異世界トータスの住人は驚く。この世界にも聖教教会という今は敵に近い組織があるが、それとは規模が違う。それだけの想念が集まっているならユナのようなステータスもありえるかも知れないと納得する。もっとも地球の組織はこの世界ほど神に頼ってはいないのでそこまでになるかは疑問だが。

 

 そこまで話して言い出したティオが話をまとめようとするが……

 

「結論からいうと……すまんな蓮弥よ。そのような存在を治療する方法など見当もつかぬ」

「そうだよな……」

 

 結局ユナを治す方法がわからないのでは意味がない。神水も効かない、この中で一番知識があるであろうティオもお手上げ……蓮弥達には打つ手がなかった。

 

「せめて魂とやらを研究しているものでもおればのぉ。大昔には人を延命させるために()()()()()()()宿()()()延命を図る術を研究しているものがいると聞いたことが「それだ(ですぅ)!!」ひゃん、お、お主ら急にどうしたのじゃ!?」

 

 なぜ思い浮かばなかったのか。いるじゃないか。この世界で魂をゴーレムに宿して生き延びていた人物が。しかもその人物はティオより遥かに長い時間を過ごしており、都合のいいことに永劫破壊(エイヴィヒカイト)についても多少知識を持ってくれている。

 

 

 こうなれば善は急げだ。

 

「ユナ、苦しいかもしれないけど、一度聖遺物に戻すぞ」

 

 聞こえているかわからないがそうユナに言った後、ユナの実体化を解き、聖遺物に戻す。

 

「ハジメ、悪いけど。今から全力で行ってくる。お前たちは出発準備をやっててくれ」

「まてよ。それはいいがどうやって移動するんだ? ここからだと相当距離があるぞ」

「だから言っただろ、全力で移動するって。本気で走れば新幹線より速い」

 

 蓮弥は早速準備する。今から全力で移動すれば半日もあれば到着するはず。

 

「待つのじゃ蓮弥よ、一体どこに行く気じゃ?」

 

 他のメンバーが納得している中、唯一事の流れがわからないティオが言う。

 

「決まってるだろ。この世界でゴーレムに魂を定着させて生きてる人物……ミレディ・ライセンのところだ」

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 半日後、蓮弥はライセン大峡谷にいた。あれから休まず走ってきた。聖遺物の使徒の戦闘は基本音速領域に達する。まっすぐ走るだけなら時速300㎞オーバーなど簡単に出せる。苦しんでるユナを思えば、この程度の距離止まらず走るなんて、たいしたことではなかった。

 

 

 そこにはかつてみた看板があった。

 

 “おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪ ”

 

 あれから一月も経ってはいない。まさかまたここにくることになるとは思わなかった。蓮弥は扉の仕掛けをくぐり中に入る。ユナが倒れている以上、正直あのトラップ群を抜ける自信はない。もしまたトラップが襲ってくるならミレディには悪いが力ずくで突破するつもりだった。

 

 

 だがその悩みは杞憂だったようだ。蓮弥がつけているライセンの指輪が光り、目の前にミレディのいる場所につながるであろう扉が現れた。どうやら一度クリアーしたものはトラップの洗礼を回避できる仕組みになっているらしい。オスカーのところでもそうだったからもしかしてと思ったがありがたい。

 

 

 そうして扉を潜り、ミレディを探す。ミレディはすぐに見つかった。どうやら渡した神結晶でなにやら作業をしているらしい。

 

 

 ミレディも蓮弥が来たのに気付いたのか。こちらを振り向く。

 

「おやおや~蓮炭じゃないか~。なになにもうミレディたんが恋しくなっちゃった? それともまさかミレディたんの宝物庫を漁りにきたんじゃないだろうね~」

 

 相変わらずの態度だがこちらにはそのテンションに合わせる余裕がない。すぐに蓮弥は横抱きにユナを形成する。

 

「頼むッ、助けてくれッ、あんたしか頼れる人がいない!!」

 

 蓮弥は必死だった。現状頼れる最後の人物。彼女で駄目なら自分たちに打つ手はない。

 

「……わかった。彼女を奥の部屋に連れてきて」

 

 ミレディが蓮弥の腕に抱えられているユナを見ると真面目モードに変わり奥へ蓮弥を案内する。どうやらミレディもふざけていい状況ではないと察したらしい。

 

 

 そこは以前立ち入らなかった部屋だった。棚を見ると七人の男女が移った写真のようなものが見えた。見覚えのある顔もいるのでそれが何を指しているのか明白だった。

 

「ここに彼女を寝かして……」

 

 蓮弥はゆっくりユナを寝台に寝かせる。一度聖遺物に戻っても変わらない。相変わらず苦しんでいる。

 

 ミレディが手をかざす。何やら調べているようだ。

 

「これは……ひどいね。魂がガタガタになってる。前の私よりもひどいかも……神水は試したんだよね?」

「ああ、だけど効果がなかった」

「神水でも駄目だとなると……ちょっと待っていなさい」

 

 ミレディは焦燥に駆られている蓮弥を見抜いてか、普段から考えられないような落ち着いた声で蓮弥に言い聞かせる。

 

 すぐにミレディは戻ってくる。手には蓮弥が渡した神結晶が抱えられている。

 

「魂魄魔法で見た結果を簡単に言うと、彼女は魂魄が不安定になってる。だから安定した純度の高い魔力を注いでやれば……」

 

 ミレディが神結晶を掲げると光を放ち、その光がゆっくりユナに吸い込まれていく。しばらくそうしているとユナの顔色がよくなり、呼吸も安定してきた。

 

「とりあえず、応急処置はこれで終わり。これならすぐどうこうならないと思う」

「そうか……よかった」

 

 蓮弥はユナの手をそっと握る。倒れた時は生きた心地がしなかった。

 

「安心するのはまだ早いよ。こうなった原因を探さないと……何か心当たりはある?」

 

 ミレディの問いに蓮弥は考えるが、心当たりは一つしかない。

 

「この前北の山脈で神の使徒とやらと戦った。その際ちょっと俺が無茶してな。それから眠そうにするようになって……」

 

 神の使徒という言葉に少し反応したようだ。外見はにこちゃんマークのゴーレムだからわかりづらいが。

 

「なるほど、北の山脈の方面で強大な魔力を感知したから何事かと思ったけど、あれ君だったんだね……なるほど」

 

 しばらくミレディは考えていたようだがすぐに顔を上げる。

 

「これは私の推測だけど、あなたは糞人形と戦っていた時に無理やり力を引き出した。あの時感知した力は今の君の力と釣り合うとは思えない。そして足りない力はどこからか補うしかない。君の使う力のことを考えると間違いなく魂を相当削られるはず。にも拘わらず、君は大した影響を受けていない。なら考えられる可能性は一つ」

 

「ユナが……俺が負うはずだった代償を……代わりに払った?」

「そう考えるのが自然だね」

 

 あの時、疑似創造を発動した時、間違いなく蓮弥は制御が効いていなかった。体から力を引っ張りだされる感触はあったのだ。あの規模の力を引き出したなら何らかの代償があってもおかしくない。あとは創造を止める際にハジメの力を借りたが、その時のダメージはどこに消えた? 答えは一つだった。

 

「俺が、全ての原因かよ……」

 

 蓮弥は己の浅はかさと弱さを呪いたくなった。もっとユナに気を使っていれば倒れる前に解決できたかもしれない。自分の渇望を制御できていればあんな暴走じみた力を使うこともなかった。いや、そもそも自分がもっと強ければ……

 

 

 考え出すと嫌な考えが止まらない。

 負のスパイラル。

 どこまでも落ちていきそうな……

 

「ミレディちゃ~ん、チョ~~ップ」

「!!?」

 

 突如蓮弥の頭に割とシャレにならない衝撃が襲う。小さいゴーレムの腕で殴られたとは思えない重さ、あと霊的装甲を突き抜けているのは例の対蓮弥用の攻撃だろう。痛みに悶絶しながら蓮弥はミレディの顔を伺う。

 

「はい、そこまで。私の経験上そうやってうじうじしてても何も解決しないから。正直うざいだけだよ」

 

 うざいとかお前に言われたくない。そう心で反論するくらいには余裕が戻っていた。それを確認したミレディは話を続ける。

 

「魂魄魔法で調べてみたけど、今この子は深い眠りに落ちてる。そもそもこの子の魂の力を考えると、君の力程度なら楽に支えられるはず。けどそうならなかったのはそうだな〜、例えるなら今までのこの子は魂の表層だけで活動してたっていえばいいかな。まるで本来の力を発揮してなかったわけだけど、表層の力では支えきれない力が急に降ってきたから潰れそうになってしまった。眠そうにしていたというのは魂が君の力に耐えられるようになるために、意識が奥に潜りつつあったからだと思うよ」

 

 眠そうなだけでなくぼーとしていることも多くなっていた。つまり……

 

「ユナの魂は、本来の力を取り戻すために奥深くに眠りについたということか」

「たぶんね。まあ奥から戻ってくる前に魂魄の外装が崩れそうになったから倒れたわけだけど、それを神結晶の魔力で修復したということだね」

「すまないな。あげた神結晶に頼ることになっちまって」

「いやいや、天然ものの神結晶ってすごいんだね。内包されている量もさることながら、魔力の純度が人工物とは比較にならない。今使った分引いてもまだまだたっぷり残ってるから気にしなくていいよ~」

 

 神水は神結晶の魔力の余剰分がにじみ出したものである。うまく使えれば神結晶本体の魔力の方が優れているのは当然か。ミレディは話を戻す。

 

「さて肝心の起こしてあげる方法だけど、こればっかりはミレディちゃんの専門外だね。残念ながら私では手を出せないよ」

「自然に目覚めるのを待つのは?」

「それだといつ目覚めるかわからないと思う。明日目覚めるかもしれないし、もしかしたら千年後なんてこともありえるかも」

 

 つまり現状こちらからできることはないわけだ。歯がゆい思いを感じる蓮弥。いつもユナは蓮弥の力になってくれた。そんなユナの危機に自分は何もできないなんて。

 

 

 そこまで考えて蓮弥は急いで上を向く。そこにはチョップ寸前のミレディがいた。チッといって手を引っ込めるミレディ。

 

「だから今からあなたが取れる選択肢を教える。一つはこのまま何もせず待つということ。現状彼女は安定しているから突然消えるということはまずないと思う。見たところ武装としてなら問題なく彼女の力を使えると思うし」

 

 蓮弥は形成してみる。手に十字剣が現れる。どうやら形成は問題なく使えるらしい。イメージとしてはDiesiraeの螢ルートでマキナに蓮とのリンクを絶たれたマリィと同じということだろうか。武装として展開できるが彼女とは話もできないし会えない。

 

「問題ないみたいだね。ただし、この選択だといつ目覚めるかわからない。さっきも言ったけど明日目覚めるかもしれないし、この子の底なしの魔力を考えたら千年かかるなんて可能性もあるかもしれない」

 

 いや、その選択は取れない。この世界で生きていくにはユナの力が必要だし、何より……そんなに長い間会えないなんて考えたくもない。蓮弥は彼女の存在が自分の中で想像以上に大きくなっていたことをいまさら自覚する。

 

「ならもう一つの選択肢だね。もう一つは……」

 

 ミレディの示唆する選択肢に蓮弥は……

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 再び半日後、蓮弥はフューレンの町に戻ってきていた。

 

 宿に戻ると出発準備を終えたハジメが待っていてくれた。他のメンバーも同様に心配してくれていたことがわかる。

 

「それで……どうなった?」

 

 ハジメが聞いてくる。もしユナが治ったなら蓮弥は皆を安心させるために彼女を連れ立って現れただろう。だが、今蓮弥の傍に彼女はいない。だが蓮弥の顔には悲壮感もない。だとしたらなんらかの手がかりを見つけたということ。

 

「そのことだがハジメ、それにみんなに相談がある……今後の旅についての重要な話だ」

 

 そして蓮弥はハジメたちに話す。自分の選択と決意を。

 




蓮弥が選んだ選択とは?

その答えの前に次回は雫視点です。


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魔人族の襲来、そして

雫視点になります。


 一方勇者一行。

 

 

 彼らは現在、前人未到の八十九層まで来ており、あの日二人の犠牲者を出してしまった日から、勇者一行は各々が確かな成長を遂げていた。

 

 

「万象切り裂く光 吹きすさぶ断絶の風 舞い散る百花の如く渦巻き 光嵐となりて敵を刻め! “天翔裂破”!」

 

 自分を中心に光の刃を無数に放ち、蝙蝠型の魔物をまとめて吹き飛ばす光輝。

 

「刹那の嵐よ 見えざる盾よ 荒れ狂え 吹き抜けろ 渦巻いて 全てを阻め “爆嵐壁”!」

 

 結界師である谷口鈴が攻性防御魔法と呼ぶべき空気の壁にて蝙蝠の群れによる攻撃を受け止め、そのまま蝙蝠を爆殺する。

 

 

 そして光輝の合図で一斉に攻撃魔法を放つ後衛6人。

 

 

 巨大な火球が着弾と同時に大爆発を起こし、真空刃を伴った竜巻が周囲の魔物を巻き上げ切り刻みながら戦場を蹂躙する。足元から猛烈な勢いで射出された石の槍が魔物達を下方から串刺しにし、同時に氷柱の豪雨が上方より魔物の肉体に穴を穿っていく。

 

 

 その後再び光輝の合図によって、前衛組が魔物に向かっていき個別に撃破する。その勢いはすべての魔物を数分で全滅させるほどすさまじかった。

 

 

 戦闘の終了と共に、光輝達は油断なく周囲を索敵しつつ互いの健闘をたたえ合う。皆の顔には数ヵ月前まで戦闘とは無縁の人生を送っていたとは思えない自信に満ち溢れていた。

 

 

「ふぅ、次で九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」

「そうだな。今まで誰も到達したことのない階層でこの余裕。正直何が来たって負ける気がしねぇ。それこそ魔人族が来てもな!」

 

 光輝の発言に龍太郎が豪快に笑いそんなことを言いながら、光輝と拳を突き合わせて不敵に笑い合う。勇者パーティの中でも()()()()()を除き、もっともステータスの伸びが著しい二人である。少しばかり調子づいているが仕方のないことだろう。

 

「治療……終わったから……」

「あ、ああ。ありがとう……白崎」

「…………」

 

 香織が治癒師としての()()を遂行し、前線で怪我を負った近藤 礼一の治療を行う。その顔に表情はない。無表情のまま次の怪我人の元に向かう。まさに義務感だけで治療したという雰囲気だった。それでも治癒師としての技能が極まっている香織なので完璧に治療できてはいたが……

 

 

 最近香織が笑わなくなった。そのことはクラスメイト全員が認識していたが、何も言えないでいた。原因は明らかだし仕方ないと思っていた。なぜなら……

 

「……」

 

 同じく前線で戦い、近藤礼一と同程度の怪我を負っていたにも関わらず完全に無視された男。少し前に前線に復帰した檜山 大介がいるからだった。

 

 

 檜山大介。クラスメイトでありながら、南雲ハジメと藤澤蓮弥が奈落に落ちるきっかけを作ったとされた生徒である。そのため教会により罪人更生プログラムを受けていたのだが、少し前にそれが終わったところで前線復帰させることを教会上層部が勝手に決めてしまったのだ。教会からしてみれば勇者が人殺しをしたというネガティブなイメージを消したり、わざわざ更生プログラムを受けさせるなどの手間をかけたのだから、せめて戦ってもらわないと割に合わないという見解だった。

 

 

 檜山の復帰をメルド団長から聞いたクラスメイト一同はまず耳がおかしくなったと疑い、それが聞き間違いでないことを知ると上層部の正気を疑った。このパーティには約二人、檜山が原因で豹変したといってもいい生徒、八重樫雫と白崎香織がいる。パンパンに詰まった火薬庫に火種を投げ入れるかのような蛮行。正直この知らせを受けたクラスメイトはいつ二人が爆発するか気が気じゃなかった。クラスのまとめ役である雫が機能していないので、なれないクラスのまとめ役をやっているムードメーカーである谷口鈴などはこの頃からストレスで胃薬を服用しているくらいだ。

 

 

 だが意外にも惨劇は起きなかった。メルドが事前に相当苦労して言い聞かせたこともある上に、香織や雫とて中間管理職にいるメルドにどうこうできる問題ではないことも分かっていたからだ。よって二人は檜山を存在しないものとして行動していた。だから香織も彼を治療しない。仮に治療してしまうとうっかり治癒魔法を()()()()()()()()かもしれないからだ。クラスメイトも檜山が腐ったトマトペーストになるところを見ずにすんでほっとしていた。

 

 

 もっとも、光輝が香織に対して、檜山も仲間なのにどうして治療してあげないんだ、といった趣旨の仲間を思う言葉(ガソリン)をかけた時は、同じく治癒師である辻 綾子が必死かつ泣きそうな顔をしながら飛んできて檜山を治療するといったヒヤリもあったわけだが。どうやら光輝の中ではすでに檜山は罪を償って更生した仲間という認識らしい。ひょっとしたら檜山が悪意を持って二人を奈落に落としたというのも内心納得していないのかもしれない。

 

 

 ではもう一人の爆弾。八重樫