TRICK 時遭し編 (꧁༽ད༒ཌ༼꧂)
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 照る斜陽、鳴り止まない声、ひぐらし。

 

 

 グチャリ。

 

 

 高い入道雲、枯れない青葉、厳かな境内。

 

 

 ザクッ、ザクッ。グチャッ。

 

 

 目眩く緋、空。

 

 

 グチュッ、グチュッ。

 

 

 夏、夏、果てしない夏。

 

 

 

 グチュリ。

 

 

 

 

 

 その者は神社の鳥居が見下す中で、顔を上げ、空を見た。

 いや、視線は空にある。しかしその目は、天空を映していない。

 

 その者は笑う。

 ひぐらしによる蝉時雨を裂くような、ケタケタ笑いを響かせる。

 

 

 玉石が太陽の光を反射させ、その者を照らす。

 真紅の塗れ、まだ暖かい血を滴らせるナイフを握っている。

 

 

 もう片方の手に握るは、腸。

 蜘蛛の巣のような毛細血管が巡る、腸。

 

 

 その者は腸とナイフを掲げ、落ち行く血を有り難く浴びた。

 さも、贄を捧げる祭司のように。

 

 

 

 

 光の無い目は、虚空に向く。

 

 

 照り続ける斜陽、鳴り止まないひぐらし。

 

 

 いつまでも高い入道雲、一向に枯れない青葉。

 

 

 見飽きた境内、真っ火な空。

 

 

 夏、夏、果てしない夏。

 

 

 

 あとどれだけ見れば良いのだろう。

 時計の針は動くのを辞めたのだろう。

 

 一体だれを信じれば良いのだろう。

 こんなものの為に生まれたのだろう。

 

 

 

 願わくは、この夏を、誰か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一九六三年、西ドイツのある町に住む十二歳の少女『ヘレーネ・マルカルド』は、交通事故に遭う。

 一命は取り留めたものの意識は戻らず、眠ったまま数日が経過した。

 

 

 ある日、彼女はとうとう目を覚ました。

 家族は喜び、目覚めたばかりの我が子に労いの声をかけた。

 

 

 しかしヘレーネは、両親の顔を見て怪訝な表情を浮かべ、言葉を理解しかねている様子。

 更に驚くべき事に、覚醒後のヘレーネは聞き慣れない言葉を喋り、振る舞いも別人のようになってしまった。

 

 

 暫くして、彼女の話す言葉は『イタリア語』であり、しかも特に訛りの強い地方の物だと判明する。勿論、ヘレーネも家族もそこに行った事はない。

 

 

 ヘレーネとは通訳を介し、会話が行われた。

 彼女は自身を『ロゼッタ・カステーロ』と名乗り、二児の子どもがいるイヴェンタ生まれのイタリア人だと説明した。

 すぐにイヴェンタの戸籍情報が調べられると、驚愕の事実が発覚する。

 

 

 

 ロゼッタ・カステーロはなんと、一九一七年に死去した三十歳の女性であり、実在の人物だった。

 過去の人物が四十六年後の世界に、一人の少女の人格として蘇ったのだ。

 以降、ヘレーネはヘレーネ自身の人格を無くし、ロゼッタとして生きたらしい。

 

 

 

 

 一説によれば、『魂は時間を超越出来る』とされている。

 ロゼッタも時間を超越し、死した少女の肉体へ転生したのだろうか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田ぁ! 平成終わる前には出てって貰うよぉッ!!」

 

 

 大きな『平成じぇねれーしょんず』と書かれた旗を掲げ、まるで百姓一揆のように一人の女性を追いかけ回す家族。

 女性は何とか追跡を回避し、自分の部屋に転がり込んだ。

 

 

「何ヶ月家賃払ってないんだい! 家族が餓死しちまうよ!!」

 

「さァ、アナたの罪を、かゾえてくダサい!」

 

 

 部屋の前に陣取る一家を、鍵をかけて締め出し、ホッと一安心。

 女性は持っていた荷物を部屋に投げ捨て、寒々しい居間にドカッと座り込んだ。

 

 

「……あれ? 鍵かかってなかった?」

 

 

 鍵を開ける事を忘れており、そのままドアノブを回した。

 しかしスムーズに扉は開き、お陰で部屋に逃げ込めた。

 

 つまり鍵をかけ忘れていたのでは。

 

 

 

 

 

「よぉ」

 

 

 鍵をかけ忘れたのではない。不法侵入者がいた。

 奥の座敷にあるカーテンの裏から、男が現れる。

 彼女にとって始めての事ではないのか、愕然とした訳ではなく、呆気が真っ先に現れていた。

 

 

「……『上田さん』ですか。勝手に入らないでくださいって何度も……」

 

「まぁ、そのお陰で籠城出来たんだ。逆に褒めて欲しいねぇ」

 

「てか、何処から入ったんですか?」

 

「窓だ」

 

 

 カーテンを開くと、分解された窓枠とガラスが目に入る。

 得意げに工具を見せ付ける上田に、当たり前だが女性は怒る。

 

 

「何やってんですか!? やけに寒いと思ったら……戻してくださいよ!」

 

「ちゃんと直すから安心しろ。天っ才物理学者に出来ん事はない」

 

「やってる事は泥棒のソレじゃないですか……」

 

 

 前髪をなぞる妙な仕草を見せながら、上田は女性の前に座る。

 寛いでいたのか、二人を挟むちゃぶ台の上には、湯気の立ったお茶が置いてある。

 

 

「それより『山田』。実は俺は物理学を極め……錬金術を編み出してしまった」

 

「意味が分かりませんよ」

 

「まぁ待て。それで作り出した物を特別に見してやる」

 

 

 彼が着ている……右半身が赤で左半身が青と言う変なベストのポケットから、マッチ箱を取り出した。

 古い旅館とかで無料で渡されるような、凡庸な物。

 

 

「良いか? これはマッチだ」

 

「……見れば分かります」

 

「ベストのポケットから、マッチ。ベストから、マッチ……ベストマッチ」

 

 

 真顔の山田。

 上田はお構いなしに、話を続ける。

 

 

「ただのマッチじゃない……どんだけ火を付けても、何度も使えるマッチだ」

 

 

 既に取り出していた一本のマッチを見せ付ける。

 何度も使えるマッチと豪語する彼だが、どう見ても普通のマッチだ。

 

 

 マッチ箱の側面を擦ると、頭薬が燃える。

 即座に上田はマッチを大きく振り、消火した。

 赤い頭薬は、炭化して黒くなっている。普通ではもう使えない。

 

 

「因みにマッチの赤い部分に、『リン』は使われていない。使われているのは、箱の擦る場所だけだ……リンと言えば、リンが初めて発見された経緯を知っているか?」

 

「……いえ」

 

「バケツ六十杯の小便で錬金術をしようとして偶然発見されたらしい。ウケるだろ?」

 

「良いから早く擦ってくださいよ」

 

「せっかちだなYOUは……見てろ、あっと驚くぞ?」

 

 

 黒く、炭化したハズのマッチで、もう一度擦った。

 

 

 

 

 

 マッチは再び、燃え出した。

 得意げに立て、ゆったり燃える火の向こうで嬉しそうに笑っている。

 

 

「どうだ? 凄いだろぉう? これさえあれば、一生火に困らないなぁ?」

 

「………………」

 

「ほれ? ほれ?」

 

「フッ!」

 

 

 突然山田は火に息を吹き、火を消した。

 彼女の息がダイレクトに上田の目に当たり、顔を背けさせる。

 

 

 その隙に彼の摘んでいたマッチを掠め取る。

 

 

 

 

 

 マッチの持ち手に、もう一つの炭化したマッチが逆さでくっ付けられていた。

 

 

「…………」

 

「マッチの火を消す振りをして、逆に付けた無事なマッチへひっくり返した」

 

「………………」

 

「先端を黒く塗れば、使用済みと思わせられる。そしてマッチを摘んでいるように見せて、片方を手の中に隠しておく……また手の込んだ事をしてからに……」

 

 

 トリックを見破られたと言うのに、上田は満足そうだ。

 

 

 

 

 彼はベストのポケットから、半分顔を出していた本を取り出した。

 

 

「こないだ、新刊を出した。題して、『上田次郎の新世界』!」

 

「……これがなんなんですか?」

 

「ベストのポケットから、ブック。ベストからブック……ベストセラー」

 

「ベストブックじゃないんですか」

 

「実は今回の本は、日本の風習に大きく関わった内容にした。祭りとか俗説とかだ」

 

 

 それは物理学の分野なのかと疑問になる山田だが、言わないでおく。

 

 

「するとこの本を読んだ……一人の女性が俺の研究室を一ヶ月前に訪ねてきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東京科学技術大学』

 

「エイサぁあぁイ、ハラマスコぉおぉイ!!」

 

「「「エイサぁあぁイ、ハラマスコぉおぉイ!!!!」」」

 

 

 

 彼の研究室を訪ねた女性は、五十路は迎えたと思われる人だった。

 しかしとても美しい人で、一見では若く見えるほどの女性だ。

 白髪の無い、綺麗な赤毛。それがまた、強い若々しさを感じる。

 

 品があり、丁寧ながらも、何処か素朴さが伺える女性。

 

 

「上田先生の本を拝読しました。とても良い本でした」

 

 

 丁重な、年相応の大人な物言いで、『上田次郎の新世界』を彼の前に差し出した。

 自分の本が美人に褒められ、上田は上機嫌だ。

 

 

「エイサぁああぁイ、ハラマスコ」

 

 

 

 

 外から聞こえる、部活の掛け声を邪魔に感じ、窓を閉める。

 それから振り返り、ニッコリと女性へ笑いかけた。

 

 

「いや、有り難う御座います。これでも僕は日本の様々な村を股にかけて来ましてね。一度、風説だとか迷信だとかを暴いてやりたいと思っていたんですよ! はっはっは!」

 

「先生の偉業は、予々聞いています。数々の事件を解決なさったとか」

 

「どれもこれも、他愛もないモノでしたよ。天っ才物理学者、上田次郎に解けない謎はありません!」

 

 

 高らかに豪語し、腕を掲げる。

 だが女性の表情にある、何処か暗い影は消えやしない。彼女は俯き気味の顔を上げ、本題を切り出した。

 

 

「……先生は、『祟り』を、信じておられますか?」

 

「……祟り?」

 

 

 彼にとっては何度も聞き、半ば新鮮味が無い言葉だった。

 言うのは上田自身、祟りや呪いと呼ばれる物に幾度となく対峙し、真相を暴いて来たからだ。

 

 

「私、実は岐阜から来ました」

 

「わざわざ岐阜から……?」

 

「……先生に、私がずっとずっと……追い掛けて来た謎を解いて貰いたいのです」

 

 

 彼女の依頼に、思わず上田は面食らった。

 

 

「待ってください。遠路はるばるお越しいただいた点は光栄ですがね、私も暇じゃ」

 

「……『どんと来い超常現象』」

 

 

 彼女は新世界の横に、もう一冊本を置く。上田の過去の作品だ。

 

 

「……」

 

「『どんと来い超常現象2』」

 

「…………」

 

「『なぜベストを尽くさないのか』」

 

「………………」

 

「『どんと来い超常現象2010』」

 

「……………………」

 

「『上田次郎の人生の勝利者たち』」

 

「…………………………」

 

「『どんと来い超常現象 V・I・P版』」

 

「………………………………」

 

「どれも良い作品でした」

 

 

 上田の作品全てを列挙された上に実物まで並べられ、断る意思を封殺された。

 目の前に出された六冊の本で黙らせた後に、ニッコリと微笑みながら女性は続ける。

 

 その笑顔はとても純真で、子供っぽい悪戯な笑みだ。

 

 

 

 

「……私は昔、『雛見沢村』と言う所に住んでいました。もう廃村になってしまいましたが……」

 

 

 懐かしむような、悲しんでいるような表情。

 

 

「……この村には、『オヤシロ様の祟り』と言うのがありました」

 

「オヤシロ様?」

 

「村の神様です。毎年、ある祭りの日に、誰かを殺して誰かを消すと言う……怖い神様です」

 

「とんだ疫病神ですな。そう言った伝承は何かしら後ろめたい事をカモフラージュする為に作られた物が殆どですよ」

 

「…………確かに全ては嘘っぱちでした」

 

 

 信じていると思いきや、何と依頼者本人からの否定。とうとう上田は意図が読めず、押し黙ってしまう。

 神妙な面持ちで彼女は続ける。

 

 

「……私はとっくの昔に、オヤシロ様の祟りの正体を明かしています。けれどそれは……結局、永遠に謎にされました。私だけ、謎を追っていたから……生き残れたのです」

 

「ちょっと、貴女、一体、何を仰って……?」

 

「上田先生……雛見沢村を調べて、私の明かした謎を暴露してください」

 

 

 見間違えだろうか。確かに上田には目の前の女性が……少女に見えてしまった。

 

 

 

 

「みんなの無念を晴らしたいんです……最後まで信じ切れなかった、私の贖罪です……!」

 

 

 

 

 彼女は膝の上で拳を握り、涙を零す。

 指にエンゲージリングは無く、独身のようだ。寂しげで、何処か垢抜けなさがチラリ伺えるのは、それだからだろうか。

 

 彼女の手は、疲れ切っているようにも。

 激情を晒す彼女は何処か、憐れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか売れない本を買ってくれたから懐いたんですか」

 

「そんなんじゃない! 依頼人を断るなど、天っ才物理学者上田次郎の沽券に関わる!」

 

 

 二人は車の中にいた。

 最早、動く化石とも言っても良い、上田の愛車トヨタ・パブリカで高速道路を走る。

 途中まで車を走って追い掛けていた山田の唯一のファンは、まだ若干バックミラーに写っていた。

 

 

 

「それで、その女の人が言った謎ってのは、何ですか?」

 

「その前に旧雛見沢村について調べてみた。ほれ」

 

 

 懐から取り出した紙を山田に投げ渡す。

 

 

「旧雛見沢村。一九八三年に廃村。ただ、廃村になった経緯に関しては謎が多い」

 

「……村民が全員死亡って、なかなかヤバくないですか?」

 

「確かにヤバいな。火山性ガスだとか。しかし依頼人は、それの正体は『寄生虫』と言う」

 

「…………その人の方がヤバいじゃないですか」

 

「その通り、ヤバい女性だった」

 

 

 上田は別の紙を見るように催促する。

 次のは古い診察用紙のコピー。コピーが下手なのか、ズレにズレまくっている。

 

 

「彼女の経歴について調べたら、何と十五歳から三年間を精神病院で過ごしていた。もっと調べたら、過去にクラスの男子を金属バットでボコボコにしたとか」

 

「ヤバいってレベルじゃないですよ!? 狂人ですか!? そんな人の依頼受けたんですか!?」

 

「仕方ないだろ……あんなに泣かれちゃ、断れるもんも断れん。形だけでも調査をしておかなければな」

 

 

 高速道路に乗って暫く経ったが、やっと山田は気が付いたように質問した。

 

 

「……で、私も行く意味は?」

 

「何言ってんだ、長年のコンビだろ? 何を水臭い……」

 

「……怖いんですか?」

 

「は? 何言ってんだお前。この天っ才物理学者上田次郎に怖い物はない!」

 

 

 彼に渡された旧雛見沢村のデータを見る。

 だが異様に、データが少なかった。少なかったばかりに、これが彼のチキンハートを揺さぶったのだろう。

 

 

 

 

「……死者二千人弱、村民全滅。二千人が犠牲になった事件なら、もっと知られても良いような……」

 

「明らかに隠されている。火山性ガスだと断定したなら、地質調査のデータもあって良いハズだが、それすらも無い。例え三十年近く前とは言え、残されなさ過ぎだ」

 

「つまり依頼人は何らかの事実を知っていて、我々に証拠と暴露を……と。見つかるとは思えませんけど」

 

「同意だ。流石に古過ぎる、まだ昭和の時代の話だ。ただ、俺のネームバリューで旧雛見沢村に世間の注目度を上げさせようってのが魂胆じゃないのか?」

 

「依頼人は事実ってのを話してくれた訳で?」

 

「いいや。彼女も旧雛見沢村に行くそうだから……先に待っていると」

 

「お目付けって事ですかね……あぁ。怖いってのは旧雛見沢村より、その人ですか」

 

「俺は何も怖くねぇ!!」

 

 

 車は走る。灰色の道路を、岐阜へ岐阜へと。

 バックミラーに写っていた山田のファンは、もう見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

TRICK

 

TRIC

 

ひぐらしのく頃に

 

『時遭し編』

 

TRICトリック




【PILOTFILM・TORITUKU】の作品化です。
TRICKを好きな方々に伝わるような表現を心掛けて行きます。


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公安部

 同じ頃、警視庁。

 

「あ、『矢部さん』。おはようございまっす」

 

「おう。おはようさん」

 

 

 公安部に現れた男『矢部』は、特徴的な髪型の刑事だった。

 部下である、少し不潔な見た目の男は自前のノートパソコンでアニメ鑑賞をしている。

 勿論、他の人に迷惑にならないよう、ヘッドフォン着用。

 

 

「なんや。なに見とんや? え?『秋葉』」

 

「へへ。来月、劇場版が公開されるので、おさらいしてるんです」

 

「お前なぁ、ここ仕事場やぞ。ワシら警察が仕事ほっぽってアニメ見とるなんざ知れたら、世間が許さへんで。ただでさえ風当たり強いのに」

 

「まぁ、そう言わないでくださいよ〜。これで終わりますから〜」

 

 

 窘めた矢部だが、気になったのかチラリと、パソコンの画面を見る。

 

 

「最近のアニメは綺麗やなぁ。『マジンガーZ』か?」

 

「全然違いますよぉ。『ラブライブサンシャイン』ってアニメなんです」

 

「どんなアニメや?」

 

「女子高生がアイドルユニット組んで、トップを目指すって奴ですね」

 

「ほぉ〜。『キャンディーズ』や『トライアングル』みたいな事やるんやな」

 

「ちょっと違うっすね」

 

「そんで……なんや、ぎょーさん女の子おるなぁ」

 

「どの子も萌えるんですけど……僕の推しはこの子ですねぇ」

 

「この茶色い髪のか?」

 

「『国木田ちゃん』でしてねぇ〜。ファンの間では、『ズラ丸』と」

 

 

 突然、矢部が秋葉を思い切りぶん殴る。

 異様に髪を撫で付けながら。

 

 

「お前、今、なんつった? え? ズラ丸?」

 

「違いますよ〜。方言っ子で、語尾に『ズラ』って」

 

 

 もう一発の拳骨。

 痛みに悶絶しながらも、推しを理解して貰おうと彼は頑張る。

 

 

「き、聞いてみてください。方言ですから」

 

「そこまで言うなら聞いたるわ」

 

 

 ヘッドフォンを取り、スピーカーで音声を聞かせる。

 

 

 

『現実を見るズラ』

 

 

 パソコンを持ち上げ、空いていた窓から投げ落とす。

 ここは五階。パソコンの命は無い。

 

 

「現実じゃボケェ!! アニメやからと許さんぞゴラァ!?」

 

「ああ……僕のマウス……」

 

「ホンマ不謹慎なアニメやで……あ、風が吹いてる」

 

 

 ピシャッと窓を閉め、何事も無かったかのような顔で振り返る。

 その目の前に立っていた人物を確認し、驚愕。

 

 

「よぉ! 兄ィ!」

 

「石原ぁ!?」

 

 

 オールバックに金髪、ややダボついたスーツの男。

 彼は数年前まで警視庁に所属し、矢部と共に現場を奔走した後輩刑事だ。

 その後は広島県警に異動し、たまに会うぐらいになっていたが、そんな彼が警視庁内に帰って来た。

 

 

「元気やったか、ええ? ひっさし振りやなぁ」

 

「兄ィも元気そうでなによりじゃ!」

 

「でもお前、広島勤務やったろ? なんで東京おるんや?」

 

「それがのぉ、兄ィ。広島の後、ワシは佐賀に行っとったけぇ」

 

「佐賀? フランシュシュの佐賀か?」

 

「ほうじゃほうじゃ! その、フランシュシュに、行方不明じゃった娘がおるって聞いての、調査しとったんじゃ……まぁ、人違いじゃったけぇの!」

 

「あそこフランシュシュとはなわ以外何もあらへんがな」

 

「兄ィ、エガちゃんも佐賀じゃけぇ」

 

 

 石原を知らない秋葉が、おずおずと横から質問する。

 

 

「矢部さん、この方は?」

 

「おお。こいつは昔、ワシと一緒に数多の事件をスパッ!……と、解決した後輩の石原や」

 

「ほんでのぉ、兄ィ。ワシが佐賀行っとった時な? 偶然、公安部のお偉いさんにおうたんじゃ」

 

 

 石原の『公安部のお偉いさん』の台詞に、ビビッと反応する矢部。

 

 

「公安部のお偉いさんやと? お前、ええコネおるやんけ〜」

 

「昔、警視庁にいたってのと、兄ィの事話したら是非会いたい言っての?」

 

「お前最高やな! ええ後輩持ったでオイオイ!」

 

 

 この方十年余り、警部補の役職に甘んじて来た。やっと巡り出したチャンスに、出世欲剥き出しの目。

 

 

「で、お偉いさんって誰や?」

 

「この方じゃけぇのぉ!」

 

「来とんのかい!?」

 

 

 急いで髪と襟を整え、へっぴり腰の秋葉を叩いて姿勢を正してやり、『お偉いさん』を待つ。

 警視監か警視長かと胸を高鳴らせる矢部だったが、ドアを開いて現れた人物に愕然とする。

 

 

 

 

「やぁやぁ、矢部くん!」

 

 

 高級スーツ、尊大な態度、大袈裟ながらも知的な表情。

 三人の前に現れたエリート風の男は、矢部の良く知っている人物だった。

 

 

「き、『菊池』!?」

 

「菊池……?」

 

「ち、ち……参事官殿。ごご、ご無沙汰しています……」

 

 

 菊池は矢部が所属する公安部の参事官、つまり警部補である矢部の上司に当たる。

 しかし数年前までは、異動した石原の後釜として、矢部の部下になっていた男だった。

 東大卒の『キャリア組』で、未来の警視総監。

 

 

「いやぁ、久しいねぇ。元気かね? 矢部くん」

 

「あ、は、はい。お陰様で……あ、あの、少し、失礼しますね」

 

 

 菊池に一言断ってから、得意げに立つ石原をしょっ引き、部屋の隅に連行する。

 

 

「なんであいつ連れてくんねん……! ちゅかなんで、あいつ佐賀におったんや!?」

 

「ワシもいけすかんが……兄ィの出世の為にな、紹介したけぇ!」

 

「いらん事しおって! ワシゃ、あいつにだけは出世させられたないわ!」

 

 

 矢部の部下時代から散見された鼻につく態度は、上司となってから更に強まった。出世すぐに一度ウザ過ぎて、山の中で一発殴ったほどだ。

 またプライドが無駄な所のみ高い矢部は、部下に出世させられるのが嫌だった。

 

 

「せやけど、兄ィ。なんかあのお偉いさん、大事な案件抱えとるみたいじゃけ」

 

「大事な案件?」

 

「その通り!!」

 

 

 いつの間にか後ろに立っていた菊池に、矢部と石原は飛び上がる。

 

 

「東大卒で、警視庁公安部参事官ならびに、未来の警視総監たる僕が! かつて僕の上司だったヨシミで、出世に響く仕事を与えてあげようと言う訳だよ!」

 

 

 相変わらずの態度に矢部も、一時期彼に弄られまくられた秋葉も嫌そうな顔をする。

 ここは矢部謙三、絶対に断ろうと考え、一歩彼の前に踏み出した。

 

 

「お言葉ですが参事官殿。僕らも、市民の皆様を守る公安の一員です。出世ではなく、市民を守る為に」

 

「受けてくれるのなら僕の計らいで、調査費はたっぷり用意する!」

 

「有り難う御座います菊池参事官殿。一生付いて行きます」

 

 

 鮮やかな手の平返し。金に弱い矢部謙三、関西出身、独身。

 

 

「……所で疑問なんですがね、なんで参事官殿が佐賀に?」

 

「兄ィ、その方な」

 

「アマゾンッ!!!!」

 

 

 佐賀にいた理由を代弁しようとした石原を、奇声と共に殴る菊池。

 余裕ぶった表情が一気に鬼の形相となり、思わず矢部も押し黙る。

 

 

「……まぁ、佐賀にいた理由は良いじゃあないか。受けるのなら、付いて来てくれたまえ」

 

「え? でも、佐賀」

 

 

 彼の言葉を封殺しようとする菊池だが、鼻をすんすん動かしながら、秋葉が近付く。

 

 

「なんだね?」

 

「いや。なぁ〜んか、同じ匂いがするんですよね」

 

「は? 馬鹿馬鹿しい。東大を出た現職参事官である僕が、君のような男と同じだなんて、烏滸がましいにも程が」

 

「すいません、上着脱いで貰えます?」

 

「超忍法ッ!!!!」

 

 

 再び奇声をあげ、秋葉を殴る。

 

 

「……さ。行こう」

 

「あ、はい」

 

 

 気を取り直して踵を返す菊池だが、背を向けた瞬間に矢部が上着をずり下ろしてやった。

 

 

「あ」

 

 

 

 高そうなシャツの背中には、赤毛の女の子の写真と文字が縫い付けられている。

 

 

『ゾンビィ一号ちゃん推し』

 

 

「参事官殿、これ、フランシュシュ」

 

「ファンガイアッ!!!!」

 

 

 菊池の鉄拳が飛ぶ、矢部の頭の上の何かが飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三回ノック。

 

 

「構わない、入りなさい」

 

 

 室内の男がそう声を張ると、「失礼します」の声と共に四人の男たちが入室する。

 

 

「菊池君、悪いな。こんな事を頼んでしまって」

 

「いえいえ、滅相も御座いません!」

 

「そこの三人は?」

 

「公安部の、僕の部下です。例の案件に参加したいとの事で」

 

「……質問だが、どうして四人とも鼻血を出しているんだい?」

 

 

 矢部、石原、秋葉、菊池の全員とも、ツーっと赤い筋を鼻の穴から垂らしていた。

 あの後、菊池は矢部の逆鱗に触れ、ちゃっかり彼に殴られた。

 

 

「えと、色々ありまして〜……」

 

「……まあ良い。さて、申し遅れた」

 

 

 男はスッと立ち上がり、四人を見据えながら名前を言う。

 老年に差し掛かってはいるが、とても若々しい男だった。

 

 

 

「一度は会った事はあるかな。『赤坂衛』……警視総監だ」

 

 

 

 赤坂警視総監。

 矢部らにとっては、雲の上の存在だ。彼らは今、総監の執務室にいる。

 菊池は兎も角、矢部ら三人はこれ以上ないほどに緊張していた。

 

 

「こ、公安部警部補の、矢部謙三です。こっちが部下の石原と、秋葉です」

 

「宜しく。そんなに緊張しないでくれたまえ。別に取って食う訳じゃあるまい」

 

 

 人懐っこい笑みを浮かべながら、赤坂は四人の前にやって来る。

 近付けばその体格の良さに驚いた。日本人離れした身長と骨格は、本人は「緊張するな」と言うが、強い威圧感を与えてしまう。

 大物を前に矢部は、執拗に何度も髪を撫で付けた。

 

 

「赤坂警視総監、例の案件について、僕からご説明をしましょうか?」

 

「いや、説明させてくれ」

 

 

 重大なポストの人物でありながらも、話し方は些かフランク。

 それでも警視庁の大物だ、神妙な顔で彼の説明を待つ。

 

 

 

「君たちは、『雛見沢村』はご存知だろうか?」

 

 

 矢部と石原は「雛見沢村?」と怪訝な表情だが、秋葉のみが知っていたようだ。

 

 

「確か三十年前、当時の国土交通大臣のお孫さんがそこで誘拐されたとか。公安部が極秘調査し、何とか救出したものの、犯人は不明だとか……」

 

「良く知っているね。国土交通大臣……当時は建設大臣だったか。その事件に、私は参加していた」

 

 

 懐かしむようで、何処か悲しげだ。

 歳をとり、少なくない皺が、ヒシヒシと悲壮感を漂わせている。

 

 

「……しかし、なんで三十年前の事件の話を?」

 

 

 矢部の質問で、我に帰ったかのように赤坂は表情を引き締めた。

 

 

「事件の際、雛見沢を訪れていた私は、ある少女に出会ったんだ。その少女に、僕の妻の死を予言されたんだ」

 

「え?」

 

「……尤も、大急ぎで東京に戻ったから、今も元気だけどね」

 

「え? ホンマに信じたんですか?」

 

「あの時は凄かった。時間を止められたかと思ったよ」

 

 

 彼は愛妻家で有名で、娘が生まれてからは子煩悩でも有名だ。娘が留学に行った際は、酷く気落ちしていたとか。

 それは昔から変わってないのかと少し呆れる矢部。

 

 

 話は続く。

 

 

「……その数ヶ月後だったか。雛見沢村は火山性ガスにより、壊滅した。公安部も手を引き、事件の犯人は闇の中になってしまった」

 

「でも、誘拐事件そのものは解決したんでしょ? 壊滅したのは驚きですが、今更調べるような事では……」

 

「………………」

 

 

 辛く、後悔を含めた目を見せた。

 下唇を噛み、何かを想起するような渋面。

 

 

 

 

「……平成になってから、旧雛見沢村を訪れた。確か……『プリキュア』が始まったから、二○○五年か」

 

「プリキュア?」

 

「『ふたりはプリキュア』っすね〜。時期的に多分、マックスハートっすね!」

 

 

 要らない秋葉の注釈を聞きながら、矢部と石原は取り敢えず頷いておく。

 絶対娘に見せていた流れだろうと、誰にも予測出来た。

 

 

「偶然、誘拐事件の時にお世話になった刑事さんに会ったんだ……十年前に亡くなられたが。その人は雛見沢村の壊滅について、ある事を教えてくれた」

 

 

 四人をジッと見て、続けた。

 

 

 

 

「……僕の妻の死を予言した少女は……神社で腹を裂かれて、惨殺されたらしい」

 

 

 既に話を聞いていた菊池を除く全員が、驚きを見せた。

 

 

「雛見沢村の災害は謎が多く、また多くの事件を有耶無耶にもした。洗い直す必要がある」

 

「ちょっと待ってください! 三十年前の殺人事件を調査しろ言うんですか!?」

 

 

 耐え切れず、矢部は声を荒げる。例え警視総監の命令とは言え、過去の事件の捜査は資料課の仕事であり、公安部がするのは御門違いだろう。

 そんな事は、元々公安部だった赤坂は良く知っているハズ。菊池は矢部の髪を掴んで黙らせた。

 

 

「……信じられない話だろうが、その少女は自分の『死』も予言していた。雛見沢村の災害の日は、その子の話に当て嵌まるんだよ」

 

「一体、誰なんですか?」

 

「……知りたかった。その後は公安部長、副総監となって……余裕が無かった。今、後悔しているよ……妻を助けた後に、また雛見沢に戻っていればと……」

 

「でももう、昭和の時代ですよ? どう調べろと……」

 

「これを見てくれ」

 

 

 一度赤坂は自身の机に行き、資料を取って矢部らに渡した。

 中身はどうやら、何かの出資報告書のようだが。

 

 

「ある『組織』の金の流れを調べた、昭和五十八年当時の記録だ。莫大な金が、何故か雛見沢村に流れているだろ?」

 

「なんなんですか、コレ?」

 

「……以前の公安部が追っていた組織の物だ。結局、これも分からず終い……自分のキャリアが嘆かわしいよ」

 

 

 悲観的になる赤坂だったが、急いで菊池は励ましの声をかけた。

 

 

「警視総監殿は幾多の現場に立ち会い、解決に導いて来たではありませんか! こいつらと比べたら、輝かしい功績ですよ!」

 

「一言多いねんお前」

 

 

 つい菊池にも言葉遣いが荒くなった矢部。

 呆然とする菊池を放り出し、矢部は一歩前に出た。

 

 

「何かがこの、雛見沢って所で陰謀を働いていた訳ですね? その何かが大臣の娘を誘拐し、一人の子供を殺害した……んで、災害で突然の壊滅……これは何か、匂いますねぇ」

 

「……これは完全に、私個人の頼みになる。調査費も、私のポケットマネーになるが……」

 

「分ぁかりました! 公安部警部補矢部謙三、引き受けます!」

 

 

 出世のチャンスの上に、金も出る。都会を走り回るよりも、田舎でのんびり出来る……そんな魂胆はあれど、矢部は真相究明の為に赤坂の依頼を受ける事とした。

 

 矢部の魂胆は兎も角、快諾した事で赤坂は嬉しそうに笑う。

 

 

「有り難う矢部君!……これほどの役職になってしまったら、様々な事が出来なくなってしまう。君たちの存在は、私にとっての助けだ」

 

「それワシらが暇って事じゃけぇの!」

 

 

 要らない事を言った石原に、矢部の鉄拳が飛ぶ。

 殴られた石原は「有り難う御座います!」と叫び、床に倒れた。

 

 

「矢部警部補も結構な歳と言うのに、パワフルですね。現場の人間はやはり違う!」

 

「矢部さん、毛根を犠牲に気力だけはありますから」

 

 

 爆弾発言の秋葉に、矢部の拳骨が飛ぶ。

 殴られた秋葉は「有り難う御座います!」と叫び、壁に当たって伸びる。

 

 

「しかし昨今は体罰に厳しい。部下を殴ってはならないよ」

 

「まぁ、暴力なんて底が浅い人間の証拠」

 

 

 傲慢な口調の菊池に、矢部のアッパーが飛ぶ。

 殴られた菊池は「有り難う御座います!」と叫び、背中から倒れて沈黙した。

 

 

「是非是非、この矢部謙三に任してください!」

 

 

 公安部の『リーグ・オブ・レジェンド』が結集し、即座に矢部らは旧雛見沢村に向かう事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車に向かう最中、矢部らは警視庁から出た瞬間に吹く風に身を縮め込めた。

 

 

「なんでこない風強いねんな!」

 

「日本海側に低気圧じゃけぇの!」

 

「どうして参事官の僕まで行かなきゃいけないんだ……」

 

「まぁまぁ、仲良くしましょ。へへへ!」

 

 

 駐車場まで来ると、菊池は勿体ぶった仕草でキーを取り出し、三人に見せつける。

 

 

「待ちたまえ。まさか君たち、あのチンケな中古車に乗ろうって訳じゃあるまいな?」

 

「別にええやんけ。もう一発殴ったろか?」

 

「矢部くん、僕は君の上司で……」

 

「警視総監からのお眼鏡が叶ったんなら、お前なんか怖ないわ」

 

 

 人や状況によって態度を即座に変えられる柔軟性。

 石原と秋葉を連れ、停めてあった昭和感バリバリの車に乗る。

 

 

「フンッ! 良いだろう! こっちはフォルクスワーゲンのオーダーメイド車で……」

 

 

 

 

 フロントガラスが粉々に砕けていた。

 上からノートパソコンが降ってきて、破壊したようだ。

 

 

 

 

「ほな、行こか」

 

「最近の高級車は開放感あるのぉ!」

 

「あれ、僕のマウス……」

 

 

 何事も無いように走り出す矢部車。

 その後ろを菊池は全力で追いかけて来る。




石原、ギンガレッド。
菊池、クワガライジャー。
黒澤ダイヤ、バスターイエロー。
役者は揃った。


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誰ソ彼

『ようこそ興宮』

 

『ムカデ人間おいてます』

 

『イオン』

 

 

 山田と上田は岐阜県近く、鹿骨市興宮に来ていた。

 旧雛見沢村とは、山一つ隔てた麓にある町。イオンが見えた。

 

 

「ここで休憩しよう」

 

「旧雛見沢村はまだ先ですか?」

 

「道路は閉鎖されているから、歩きだな……おおう!?」

 

 

 運転席のドアが取れ、上田は窓枠を担ぐ。

 本人は『次郎号ちゃん』と呼ぶパブリカを労わりながら、何とかドアを付けようと頑張っている。

 

 

「大丈夫かい、次郎号ちゃん……あぅ……ごめん……ごめんよぅ、ごめんよぅ、ごめん……」

 

「上田さん、お腹空きました」

 

「待ってくれ……嵌らない……」

 

 

 諦めた上田はドアごと担ぎ、山田と共に丁度良い飲食店を見つけた。

 店名は、『エンジェルモート』。軒先に、可愛らしいメイドの写真がある。

 

 

「メイド喫茶? ファミレス?……っぽいですね」

 

「何ともマニアックな」

 

「別の店にします?」

 

「ミニスカじゃなければ出るぞ」

 

「……入る気満々かよ!」

 

 

 ドアを傍らに置き、意気揚々と上田は入って行く。

 山田は呆れながらも、奢りならばと嬉々として付いて行く。

 

 

 

 

 

「ご注文お決まりでしたらお呼びください」

 

 

 ミニスカフリルメイド服を着た前期高齢者の女性が接客。

 

 

「ミニスカ……ミニスカ……ミニ、スカ……」

 

 

 手前に置かれた水を眺めながら、上田は自分を見失う。

 軒先の写真のメイド娘は『レジェンドメイド』だそうで、昔の人物らしい。

 

 

「上田さん、カレー頼んで良いですか?」

 

「……図々しいなYOUは」

 

「すいませ〜ん。『ごめんよぅカレー』くださ〜い」

 

「勝手に頼むな!」

 

 

 山田はカレー、上田はパンケーキを選ぶ。

 スプーンでがっつく彼女を見ながら、フォークでバターを突く。

 

 

「その様子じゃ、何も食ってないようだな」

 

「前に死ぬほど餃子と寿司食べさせられて以来ですね」

 

「ばっかな。四年も前だぞ」

 

「んで、上田さん」

 

 

 咀嚼し、嚥下してから、山田は辺りを見渡す。

 

 

「依頼人は来ないんですか?」

 

「それは明日の朝になるそうだ」

 

 

 旧雛見沢の下見も兼ね、一日早くここに来たらしい。

 廃墟とは言え、公的には立ち入り禁止の閉鎖状態。行政の許可を得ている為、いつでも上田らは旧雛見沢に向かえる。

 

 

「じゃあ今日は泊まりですね」

 

「許可は取ってある。運動がてら、旧雛見沢村を軽く見ておこうじゃないか」

 

「明日にしましょうよ」

 

「そう言うな。本当に火山性ガスが原因か確かめてやる」

 

「やけに気合い入ってますね」

 

「このパンケーキのせいだな。何事も上手く行きそうな気分だぜ。はっはっは!」

 

 

 どんな物を頼んだのかと、山田はカレーの片手間にメニューを見遣る。

 上田が頼んだのは、『パンケーキとの生活・Teaching Feeling』。何故かサンドウィッチとの二択を迫るような配置。

 

 

 

 

「パンケーキとの生活……てあし、いんぐ、ふえ〜るいん・ジー!」

 

「ティーチングフィーリング!」

 

 

 バカみたいなやり取りながらも、上田は懐かしそうに、噛みしめるように微笑む。

 

 

 

 

 

 お腹を満たした二人は、旧雛見沢村の資料でも探そうかと、興宮市役所に来ていた。

 市役所と図書館が一体になっている所が地方らしい。

 

 

「ようこそ〜、興宮へ〜!」

 

 

 入り口で複数の職員と、興宮のゆるキャラ『おっきー』が出迎えてくれた。

 熱の入った歓迎を受けながらも図書館に行き、ドアを担ぐ上田は老人の司書に話しかける。

 

 

「あの〜、お尋ねしたいのですが〜……」

 

「今日はグランドゴルフはお休みべ」

 

 

 お休みだと言う事を知らなかった老夫婦がクラブを持ちながら、上田らの後ろでショックを受けている。

 

 

「いやそうじゃなくてですね……資料を探してまして」

 

「なんのだべ?」

 

「旧雛見沢村についてなんですがね」

 

 

 雛見沢と言う地名を出した途端、老人の表情は険しくなる。

 突然の変貌に、上田は暫し押し黙った。

 

 

「……なんでぇ、調べるか?」

 

「……あ、あの。僕、こう言う本を出している者でしてねぇ」

 

 

 差し出したのは、『上田次郎の新世界』。

 なんと、クリアファイルまで付いている。

 

 

「………………」

 

「私は、どんな事象にも科学的根拠があると断言していましてね! 今回は消えた村の調査をしようかと、ここに資料を求めに来たのですが」

 

「悪い事は言わね。あの村にゃ関わるな」

 

 

 上田の本を手に取り、ポイっとソファの上に捨てる。

 それを呆然を見る彼に代わり、控えていた山田が質問した。

 

 

「関わるな……とは?」

 

「あの村に関わると、碌な事にゃならん」

 

「でももう、無くなった村じゃないですか」

 

「……出来ればさっさとダム計画復活して、沈めて欲しいもんだべ」

 

 

 老人は皺だらけの手を組み、落ち着きなさそうに黒目を動かす。

 見るからに動揺していると山田は気付き、質問を再度飛ばした。

 

 

「……何か知っているんですか?」

 

 

 言い辛そうな表情を浮かべた後、諦めたかのように彼は身を乗り出し、辺りを憚るように喋り出す。

 

 

 

 

「……あの村はな、呪われちょる……『オヤシロ様』の怒りに触れたんじゃ」

 

 

 

 

 

 聞く話では、旧雛見沢村は『オヤシロ様』と言うその地独特の神を信仰し、敬意と畏怖の対象だったそうだ。

 オヤシロ様は『古手神社』にて祀られ、滅びる前は毎年、お祭りも催されていたそうだ。

 

 

「わしは昔、村の小学校に本を持って行っちょったけ、知っとるべ……『綿流し』の日に起こる祟りを……しかもその数日後に、村が滅んだ事を……」

 

 

 旧雛見沢村では、綿流しと言う祭りがあった。

 だが不気味な事件が、綿流しの時に毎年起きていたらしい。

 

 

 依頼人が言っていた通りだ。「誰かが死に、誰かが消える」……『オヤシロ様の祟り』。

 

 

 

 上田と山田は、車の所まで戻っていた。

 

 

「こんなの、祟りにあやかった殺人ですよ」

 

「ああ。この手の話は、幾つかのシリアルキラーの特徴に合致している。かの有名な『アルバート・ハミルトン・フィッシュ』は満月の夜に犯行に及ぶ事から、『満月の狂人』と呼ばれていた。ある種の縁起と言う物を何かに見い出し、条件が整うと実行する……シリアルキラー、特に快楽殺人犯の分かりやすい習性だ」

 

「……上田、そのお守りはなんだ」

 

 

 ここに来るまでに買い漁ったお守りを、上田はスーツにぶら下げていた。

 全て、『悪霊退散』。

 

 

「大安売りされていたからな。ほら、旅の思い出に」

 

「ゆるキャラのお守りまで……この、おっきーってなんなんですか? 狐? 蝙蝠?」

 

「元々は旧雛見沢村のキャラクターらしい。その時は『ひっきー』と呼ばれていた」

 

「………………」

 

「ふっ。郷に入れば郷に従えだ……これで俺も、雛見沢村の村民。村民を襲う神様はいない」

 

「村民だからこそ狙われるんじゃないですか? 近いし」

 

「あ」

 

 

 即座におっきーのお守りを抜く上田。

 その横、本の入ったリュックを背負う山田。

 

 資料自体は幾つか借りれた。老人は渋々だが、司書としての仕事はしてくれたようだ。

 

 

「でも少ないですね。二冊しかないって……」

 

「まぁ、何も知らないよりかはマシだろ」

 

「……行くんですか?」

 

 

 車を停めていた場所は、山道の近く。

 この山道の先に、件の旧雛見沢村が、廃墟となって存在している。

 

 

 道の入り口には、なけなしの警告板と、遮蔽物。

 

 

「軽く見るだけだ。夜までには帰る」

 

「歩いて何分になりそうですか?」

 

「地図によれば……片道で一時間になりそうだな」

 

「マジか……やっぱ明日にしません?」

 

「はん! 臆病風に吹かれたか! 天っ才物理学者に怖いものは無いッ!!」

 

「じゃあお守り取れよ!」

 

 

 荷物と、お守りを満載した『次郎人形』を担ぎ、上田は歩き出した。

 看板を跨ぎ、先に先に意気揚々と進む彼だが、ある時に立ち止まり振り返る。

 

 

 

 山田は道の入り口で突っ立ったまま、進む上田を冷ややかに眺めていた。

 

 

「……来いッ!!」

 

「運ばれる牛の歌がありましたよね。わなわなわ〜な〜? わなわなわな」

 

「『ドナドナ』だッ! それは『CRAZY四角形』だろ!」

 

「えへ」

 

「ダウッ!!」

 

 

 山田の意地悪もあったものの、二人仲良く旧雛見沢村への道を歩き出した。

 陽は既に、西に傾いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

【卵の黄身は、緑色】

 

 

 

 

 

 

 

 夕焼けになる頃、矢部の車はまだ高速道路を走っていた。

 運転は石原にさせ、助手席は勿論、矢部。

 後部座席に菊池と秋葉を乗せている。

 

 流している車内BGMは、菊池のCDだ。

 

 

「なんやねんな、このラップ」

 

「フランシュシュの曲だ! 東大理三の人間なら聴くように、後輩に布教している!」

 

「首が取れたらとか、おっそろしい事言うとんなぁ。ゾンビ? ロブ・ゾンビか?」

 

「『ホワイト・ゾンビ』と比べるんじゃあないッ!!」

 

「よお知っとんな」

 

 

 頭上にある案内板を見ると、やっと『鹿骨市』の名前が表示された。

 

 

「兄ィ! 鹿骨市が見えて来たけぇ!」

 

「あと何キロや?」

 

「十キロやけぇの!」

 

「遠いなぁ〜ホンマ。金貰えへんならこんかったで、こんなど田舎!」

 

 

 高速道路は山間に張られ、長いトンネルにも何度も入った。

 トンネルに入る度に走行音で曲が聴こえづらくなり、菊池はイライラする。

 

 

「トンネルの少ない道は無かったのかね!」

 

「この辺はこの道しかないっすね」

 

「これだから郊外は嫌なんだ! 大体、参事官の僕が行く意味が分からない!」

 

「警視総監のお達しですから、仕方ないっすよ。何かあれば電話するように、番号も聞いていますから」

 

 

 秋葉は番号の書かれた紙を見せ、矢部に渡した。

 

 

「警視総監の電話番号確保や! これでコビ売れまくれるでぇ!」

 

「コビ売って、どないなるんけ?」

 

「そりゃ、昇進やろ! コビてコビて、コビウルオウダーや!」

 

「兄ィがマブシーッ!」

 

 

 はしゃぐ矢部だが、呆れたような表情の菊池。

 

 

「刑法第百九十七条! 公務員がその職務に関し、賄賂を収受し、またはその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する! こんなの東大理三を卒業し、六法全書を毎日読み返していた僕のような超絶エリートキャリア警官にとって、常識だ!」

 

「別に賄賂渡す訳やあらへんわ! コビ売るならなんの罪にもならんやろ!」

 

「上司として釘を刺しただけだ! 君ならやりかねん!」

 

「お前ここで降ろしたってもええんやぞ?」

 

 

 それからは矢部の野望、菊池の自慢話が飛び交い、比較的騒がしい車内となる。

 鼻歌交じりに運転していた石原だが、給油ランプの点滅に気が付く。

 

 

「兄ィの車、燃費悪いのぉ! もうスッカラカンじゃ!」

 

「流石、昭和の車ですねぇ。オーディオだけCD対応にしていますけど」

 

「ほれ見た事か! 僕の車の方が百倍良かった!」

 

「しゃあない。そこのサービスエリアに降りよか」

 

 

 車は曲がり、サービスエリアに到着。

 常設されたガソリンスタンドで給油している間、休憩となる。

 

 

「レギュラー満タンにしとった!」

 

「おう。お土産でも買うか」

 

 

 鹿骨市に近いこのサービスエリアでは、興宮の『おっきー』のグッズが販売されていた。

 

 

「おっきー? 狐か蝙蝠か分からんわ」

 

「矢部さん! 良いお守り買いました!」

 

「なんやなんや? え? 無病息災と……『星五確定』? なんの御利益やねん」

 

 

 だらだら観光する矢部一行。

 そんな彼らに興味を示した人物が、話しかけた。

 

 

 

 

「お勤め、ご苦労様ですぅ」

 

 

 

 交通機動隊の制服警官だ。

 

 

「おお? なんでワシらが刑事やと分かった?」

 

「あちらの金髪の方、警察手帳が胸ポケットから見えていましたので」

 

「胸ポケットに入れとんのか? 失くして、『古畑任三郎』みたいな事なってもしゃーないで!」

 

「それで、事件ですか?」

 

「事件ちゃうけどなぁ」

 

 

 秋葉が横槍を入れて説明する。

 

 

「僕たち、旧雛見沢村を調べる事になったんです! 何か、ご存知で?」

 

「旧雛見沢村……ああ、あそこか」

 

 

 警官の口調には、侮蔑が含まれていた。

 

 

「なんか知っとんのか?」

 

「いや、色々噂があるんで」

 

「噂? なんや噂って」

 

「刑事さん、ご存知ですかね?」

 

 

 矢部一行にとってこの警官の話は、信じられない物でもあり、興味を惹かれる物でもあった。

 

 

 

 

「……雛見沢村が無くなった時、他県の雛見沢出身の人間が発狂したって噂!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空は橙に染まっていた。

 森の中という事もあり、辺りはかなり暗くなっている。

 

 

「……遠い」

 

「いつかの、奥アマゾンのピラニア汁精力剤が欲しいなぁ? ええ? 持ってんだよ〜?」

 

「あるんなら飲ましてくださいよ!」

 

「三万円だぞ。これは、俺が夜を添い遂げる為に取っておくんだよ!」

 

「……使う予定あるのか?」

 

「……………………」

 

 

 RPGで貴重な回復アイテムを手に入れても、勿体無くてラスボス戦後も使わないタイプの上田、独身。

 哀愁を漂わせ始めた背中を眺めながら、彼女は必死に悪路を進む。

 

 

 途端に上田が立ち止まり、山田は少しぶつかる。

 

 

「どうしました?」

 

「見えて来たぞ」

 

 

 彼が指を差す先を見据える。

 

 

 

 雑草が伸び放題の、田畑と思わしき場所。

 形を保ちながらも所々崩落した、家々。

 三十年あまり人の気を寄せ付けなかっただけに、荒廃の具合は著しい。

 

 

 

 黄昏に染まる、退廃的な世界。

 そう。その場所こそが、『旧雛見沢村』。

 

 

 一夜にして住民が全滅し、地図から消えた、忌まわしき大地。

 

 

「……なんか、雰囲気ありますね」

 

「……に、日本海側に抜けた低気圧の影響で、レイリー散乱が著しいな。つまり、最も夕焼けが赤く見える、ジャストな条件って事だ!」

 

「はぁ」

 

「因みに夕焼けに強いノスタルジーを抱く理由として、夕方は行動を終わせる時間だからだ。祭りの後、物悲しくなるだろ? その思い出が、夕焼けと強くリンクして捉え」

 

「良いから行くぞ上田!」

 

 

 ダラダラ喋り倒し時間を間延びさせる上田を張り、二人は旧雛見沢村へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 振り返る山田。

 

 

「どうした?」

 

「いや……誰かいたような気がして……」

 

「や、止めなさい。オヤシロ様かもしれんだろ!」

 

「超常現象は信じないんじゃなかったのか……怖いなら帰ります?」

 

「俺は誰も殺してねぇ!」

 

「は?」

 

「じゃなくて、怖くねぇ!」

 

 

 何事もなく歩き出す、山田と上田。

 

 

 

 

 

 

 木々の隙間からこっそりと、人影が覗く。

 黄昏時は、誰ソ彼。




寝て起きればかなりの反響で、驚いております。
最後まで、よろしく〜ねっ。
おっきーひっきー。


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厄災と予兆

『あぶく銭』

 

『赤ラーク』

 

『おっぱい星人』

 

『かいしゃくちがい』

 

『プラマイゼロむしろマイ』

 

『戦車道』

 

『ゴンバ・ヂバサゼ・ボソゲ・バギゾパ・ダグバ』

 

『なにものだ比企谷八幡』

 

 

 畳の上に、習字作品が置かれていた。

 

 

 夕焼けが射し込む邸内、子供たちの楽しげな声が消える。

 がらんとなった家は寂しげで、この時間はいつもセンチメンタル。

 

 

 

 ここは長野県の、山中にある邸宅。

 山田の実家であり、今は母親の『里見』が一人で暮らしている。

 

 

「さっ。お夕飯の支度しましょ」

 

 

 畳にとっ散らかった習字の作品は後で片付けようと決め、遅くならない内にご飯を食べようと台所へ向かう。

 そこで、ガラガラと、引き戸が開く。来客だ。

 

 

「はーい?」

 

「お元気ですか? お母さん」

 

「……あら、『瀬田君』。議員のお仕事は? 年末は忙しいんじゃないの?」

 

「そこんとこは、上手く調整しますよ」

 

 

 彼女の元を訪ねたのは、瀬田と呼ばれる男性。

 昔は医師だったが、数年前に父親同様、長野県の市議会議員に立候補し、当選した。

 医師時代は回診の合間に良く来ていたが、最近は議員の仕事が忙しいらしく、なかなか見なくなっていた。

 

 

「……奈緒子は、帰って来てないんですか?」

 

「……ええ。相変わらず、東京住まい」

 

「記憶喪失なんて重傷だろうに……お母さんも歳になるんだし、帰って来るように言ったらどうです?」

 

「あの子だって子供じゃないんですから。それに記憶も、殆ど戻って来てるから」

 

 

 そうですか、と言わんばかりに顎を摩りながら頷く瀬田。

 

 

「……まぁ、生きていただけ幸せかもしれないですがね」

 

「それより瀬田君、何か用事があって来たんでしょ?」

 

「お母さんは勘が良いですね……ほら!」

 

 

 彼が持って来たのは、誰かの願書。

 里見は書道家として有名で、彼女に文字を書いてもらった人間は吉報に恵まれると専ら評判だ。

 全国の芸能人、政治人などが、こぞって里見に文字を書いて貰おうと詰めかけるほど。

 

 

 彼女に渡された願書も、地方の議員が次の選挙に勝つ為、名前を書いて欲しいと願っている物だった。

 差出人の名前は『マック怒鳴堂』議員。

 

 

「こないだ、偶然知り合いましてね。お母さんの知り合いって言ったら、是非頼んでくれって言われましてね」

 

「瀬田君、こう易々と引き受けられては困るわよ。あたしは、プロなんですから」

 

「そう言わずさぁ。結構、金払いの良い人っぽいですよ、お母さん」

 

「何年言わせるのよ。あたしは貴方の『お母さん』ではありません!」

 

 

 ピシャリと言い放ち、願書を突き返そうとする里見だが、ふと目に入った差出人の住所に気が移る。

 帰国子女なのか、下手な文字かつ、横文字表記。

 

 

 

『鹿骨市興宮……』

 

 

 

 

 少し考え込んだ後、再度話しかける。

 

 

「瀬田君? この、鹿骨市は?」

 

「あぁ。岐阜の辺りにある町ですね。昔は『ヤクザ』が仕切っていたとか何とか! まっ、今は潔白だそうですけど」

 

「………………」

 

「どうしました?」

 

「……いえ。聞かない場所だったから」

 

 

 願書を渡したのならばと、瀬田はそろそろ戻ろうかと考えた。

 

 

「じゃあ、お母さん! 前向きに検討してね!」

 

「はいはい」

 

「あと! 奈緒子に早く僕の事話してくださいね! お互い婚期逃しちゃいますよって!」

 

「全く……変わらないわねぇ貴方は……」

 

 

 出て行こうとする瀬田を呆れながら見送っていた里見だが、次には大慌てで話しかける。

 

 

「車! ガソリン入れなさいよ!」

 

「……え? なんで車で来たって分かったの?」

 

「お医者さんの時と違って、ここまで遠いでしょ? 車だってすぐ分かるわよ……じゃ、またね」

 

 

 手を振り見送る里見を、少し怪訝に思いながらも彼は去って行った。

 

 

 

 少し走らせた瀬田の車は道中、ガス欠で止まってしまい、レッカーを頼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 里見は願書を持ちながら、再び居間に立つ。

 居間には、子供たちの書いた作品が、床にバラバラ置かれている。

 

 

 そのバラバラに置かれた作品が重なって、部首を消したり加えたりし、偶然にも一つの文字を作り出していた。

 

 

『災』

 

「……災い」

 

 

 再び願書に書かれた、鹿骨市興宮の地名を見遣る。

 書いた人物はかなり、悪筆のようだ。鹿の字の中身が横に飛び抜け、『月』の字が四角になってしまった骨とぶつかっていた。

 

 

『禍』

 

「……禍々しい」

 

 

 災禍。

 彼女にとって、偶然とは思えなかった。

 そしてその二つで一つの、不吉な文字が示す先に……願書と、作品の先に、一人娘……奈緒子の写真がある。

 

 

「奈緒子……!」

 

 

 居ても立っても居られず、願書の封を取り、書いてあった電話番号に連絡した。

 

 

 

 

『スマイルください』

 

「えへへへ!……って、なにさせんじゃい!」

 

 

 電話口で里見は怒鳴り付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧雛見沢村に足を踏み入れた二人。

 道はあってないようなもので、雑草の茂る道無き道を突き進んだ。

 

 

「どうにも……火山性ガスとは思えん。三十年経ったとは言え、硫黄の気配がしないし……どう見ても火山は見当たらない」

 

「そもそもそんな危険な場所なら、私たちだけで許可出ないんじゃないですか?」

 

「火山性ガスの危険はない……いや。村人全員を全滅させた規模なら、もっと形跡があって良いものだが……」

 

 

 ブツブツと呟きながら、荒れ果てた家々を見て回る。

 駄菓子屋、村役場、学校、診療所……三十年前までは、実際に人がいたであろう廃墟の数々。

 

 

「もしかしたら私たち、誰かの遺体のあった場所に立っているのかもしれませんね」

 

「や、やめルルォ! 歩けなくなる!」

 

「あ!」

 

「おおう!? なんだ!?」

 

 

 山田が指差す方へ、ビビりながら視線を向かわせる。

 

 

 

 落ちる斜陽が、鳥居の後ろより赤く輝く。

 石造りであったそれは、コケに侵食され、醜くヒビ割れていた。

 二人の前で遥か上より見下ろし立ち、逆光による影を鬱々しく落としている。

 

 

『古手神社』。オヤシロ様を祀っていた、唯一の社。

 

 

「あれが古手神社じゃないですか? オヤシロ様を祀っているとかの」

 

「あ、ああ……地図によれば確かに、あれが古手神社だが……」

 

 

 地図から顔を上げれば、神社への急な階段を上がっている山田。

 

 

「行くのか、YOU!?」

 

「高台にありますので、見晴らし良さそうですし」

 

「お、怒られ……」

 

「逆に挨拶もしない人間こそ、呪われそうな気がしますよ」

 

 

 彼女に諭され、大急ぎで階段を賭ける上田。

 道が少し泥濘だった為、濡れた靴のまま転んで階段を滑り落ちる。

 

 

 

 

 

 階段は三十段。神社自体は山の斜面を切り開いた場所にあり、恐らくここが、この村で一番高い地点。

 

 

「なんで神社って……何処もかしこも高い所にあるんだ……」

 

「縄文時代に遡る。人間は死後、魂は海に還ると考えられていた為、古代人は海辺に祖先の霊を祀る場所を建てたんだ」

 

「なら、海辺にあるべきじゃないですか?」

 

「所がドッコイ。縄文時代は地球の気温が高かった。つまり、今より海の面積が広かったと言う訳だ。これを『縄文海進期』と言う」

 

「それで?」

 

「縄文海進期を抜けると、地球はまた冷えた。冷えれば氷河は増え、海の面積が低下する。結果、元々海が侵食しなかった場所が地理的に高くなり、海が干上がった場所が低い標高となる。海に住んでいたハズの『フタバスズキリュウ』や『アンモナイト』が何故か山の中で見つかるのは、そう言う背景だ」

 

 

 二人は鳥居を潜る。

 

 

「海がないハズの栃木や群馬に『貝塚』が存在する事から……縄文時代の日本は、今より海に沈んでいた訳だ」

 

「へぇ。今の神社って、そのまま縄文時代からの場所を変えずに建てたから高い場所にあるんですね」

 

「勉強になったろう?」

 

「じゃあ『厳島神社』って、海の中で建てたんですね!」

 

「あれは平安時代だ! また別だ!……まぁ。海辺に建てた理由は縄文人と同じなのかもな」

 

 

 明らかに物理学の世界ではない上田の薀蓄。

 数々の寒村を渡り歩き、そこのインチキ霊媒師を撃退して来たと言う彼だ。嫌でも民俗学に興味を持ってしまうのは……学者として、あるべき姿ではある。

 

 

 

 古手神社は、規模としては小さい。

 拝殿があり、手水舎がある。また枯れた森を経由した裏手には、神主の宿舎が伺える。

 

 

「神社って、廃墟になったら余計怖いですね」

 

「……やっぱ、やめないか?」

 

「ここまで来たならお参りしましょうよ」

 

「……なんでお前はそんな呑気なんだ!」

 

 

 昔は白かったであろう玉砂利は、鈍色に煤け、コケが生えている。

 それらから顔を覗かせる参道を進み、拝殿の前。手水舎の後ろにまた数段階段があり、その上が拝殿だ。

 

 

「ごご、五百円〜五百円〜……待て。五百円でオヤシロ様は許してくれるのか……?…………一万円……?」

 

「あれ? お賽銭はちまちま入っているんですね」

 

「覗くなタワけッ!!」

 

 

 雨風に晒され、腐食したお賽銭箱。中には確かに、五円玉がポツポツある。

 

 

「大方、廃墟マニアかなんかだろ。不謹慎な事しやがる! オヤシロ様に呪われちまえ!」

 

「なんでオヤシロ様側についてんだ」

 

 

 上田の態度に呆れながらも、山田はポケットからがま口を取り出し、小銭を抜く。

 

 

 

 一円玉。

 

 

「……ケチな奴め! オヤシロ様がキレるぞ!」

 

「何言ってんですか! 一円玉って凄いんですよ。世界で唯一、水に浮くお金!」

 

「せめて五円玉に……おおーい!」

 

 

 山田の手から放たれたアルミの塊は、小さなか細い音を立てて、賽銭箱に呑まれた。

 そのまま一回、手を叩く。

 

 

「二回叩け! それ以前に、叩く前に二回お辞儀しろ!」

 

「別に良いじゃないですか。気にしませんよ神様なんて」

 

「お辞儀をするのだッ!」

 

「うるさいなぁ……分かりましたよもう」

 

「恥を知れ! 祟られろ!」

 

 

 

 

 

 上田の声が、境内に轟く。

 途端、何かが倒れる音が木霊した。

 

 

「!?」

 

「うひゃう!?」

 

 

 瞬時に振り返る山田と、情けない悲鳴をあげる上田。

 後は、拝殿の向かって左手にある、小さな建物からだ。見るからに物置だろうか。

 

 

「……何か、落ちたんでしょうか?」

 

「おおお、おい……やめとけやめとけ……」

 

「……」

 

「おおーい!!」

 

 

 お守りまみれの次郎人形を掲げながら、ズンズン進む山田の後を追う。

 そこは祭具殿のようだ。

 

 

「鍵、開いてますね」

 

「やめなさい! 封印が解かれるぞ!」

 

「えい!」

 

「おおーーん!!!!」

 

 

 引き戸を開く。二重扉のようで、更にもう一度。

 

 

 

 中は、祭事に使うであろう、物の数々。

 お祭りの時に出す、簡易的な神楽殿の工具や、破れた扇子に鈴、霞んだ鏡。

 

 何十年も光を浴びていない部屋なのか、埃とその臭いが二人に飛びかかった。

 

 

「お、おい……怒られるぞ?」

 

「……倒れたのは、アレのようですね」

 

 

 山田が指差す。

 

 

 額縁が落ちていた。その上にある引っ掛けに立ててあったであろう物だ。

 二人は中に入り、額縁に近付く。

 入る際、長身の上田は頭をぶつけた。

 

 

 山田はしゃがみ、額縁を上げると、見事な文字で『古手梨花』と書かれた作品が飾られている。

 

 

「古手…………」

 

 

 下二つの文字に、顰めっ面の山田。

 

 

「なし、はな?」

 

「『リカ』だ!」

 

「それは上田さんの分野じゃないですか」

 

「そいつは『理科』だ!……いや、同じ読みだ! ツッコミにくいボケをかますんじゃない!」

 

 

 上田は自前の懐中電灯を取り出し、額縁が飾られていた箇所を照らす。

 

 

「……固定具が落ちているな。道中、泥濘んでいた辺り、雨上がりなんだろう。湿気で固定具が劣化して、ポロっと落ちたって訳か。ハッ! そんなもんだと思った!」

 

「ビビっていたのは何処のどいつだ……ん?」

 

 

 額縁の裏、書道作品との隙間に、劣化した紙が挟まっていた。

 便箋を折り畳んだ、普遍的な紙。

 

 

「なんだこれ?」

 

 

 山田はそれを抜き取り、パラっと開いた。

 皺と劣化、上田が言った通り幾度も雨に濡れて乾いてを繰り返して来たのか、中の文字は所々掠れ、断片的にしか読めない。

 

 

 

 

『   と  お     やま     の   き           ん      さん』

 

 

「……『遠山の金さん』」

 

「なにやってんだ?」

 

「遠山の金さんですよ」

 

「は?」

 

「この見事に咲いた遠山桜を! 忘れたとは言わせねぇ!」

 

「……大丈夫かYOU?」

 

 

 他の文字が読めないかと試行錯誤をする山田とは別に、上田は祭具殿内を見渡していた。

 

 

「さっき俺たちが入った印象からずっと誰も入って来ていないようだ。落ちたのは自然現象に過ぎんな」

 

「おうおう! この背中に咲いた桜吹雪! 散らせるものなら散らしてみろー!」

 

「シャラップ!!……ま。オヤシロ様なんて、恐るるに足りんな! はっはっ!」

 

 

 

 

 

 

 ドタドタドタ。

 何かが、何処かを蹴った。

 明らかに人為的な音。

 

 

「上田さん!? 誰か、いますよ!?」

 

「………………」

 

「……上田さん? 上田?」

 

 

 立ったまま気絶している。

 

 

「肝心な時に役に立たないんだから……!」

 

 

 彼から懐中電灯を引ったくり、音源に向かう。

 音は、簡易神楽殿の裏からだ。神輿がある。

 

 

「誰か? いるんですかー?」

 

 

 その更に奥に、仏像があった。片腕が欠損した、仏像。

 

 

「……ん?」

 

 

 仏像の前に、箱がある。丁度、日曜大工の工具を仕舞うような、古ぼけた箱。

 山田はそれに、手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 ドタ、バタ、ドドド!

 

 

「誰……!?」

 

 

 一際大きな音が鳴り、続いてみしりと何かが軋む音。

 

 

「え!? え!? ちょちょちょ!?」

 

 

 気が付き、振り向く山田だが、折れた神輿の柱が頭部目掛けて落っこちて来た。

 

 

「にゃあーっ!!」

 

 

 

 

 奇声をあげ、彼女も気を失ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢部一行は、サービスエリアで警官から聞いた噂を、反芻していた。

 

 

「旧雛見沢村が消えた途端、興宮のあちこちで発狂死が多発ぅ?」

 

 

 既に時刻は、夜に差し掛かろうとしていた。西日は落ち、東から黒くなる。

 既に高速道路を降り、鹿骨市までの下道を走っていた。

 

 

「しかも全員、村の出身者だそうですよ」

 

「それ、本当なんじゃろな!?」

 

「裏付けないんでアレですけど……」

 

 

 菊池が鼻で笑う。

 

 

「そ〜んな非科学的な! あくまで噂! 根拠のない情報は捜査の撹乱となる! これは警視庁はおろか、全警察官に言える常識中の常識、もはや基そ」

 

 

 助手席から乗り出し、矢部が彼をぶん殴る。

 

 

「じゃかましいねん! 次、グーやからな? グーやぞ? バッチングゥ〜!」

 

「矢部さんのグーって、『サムズアップのグー』なんですか?」

 

 

 ヘラヘラ笑う秋葉と、「前が見えねぇ」状態になっている菊池。

 運転しながら、石原が疑問を呈した。

 

 

「しかしそれがホンマじゃったら、暴動とか起きたんじゃろな?」

 

「それ含めて、市内の精神病院に当たろっか。まっ、ゆっくり行こうや」

 

 

 

 街灯が点在する、寂しい山道を抜けると、街の夜景が見えて来た。

 鹿骨市興宮に、矢部一行は到着。

 

 

 

 

「所要時間六時間じゃけ。わしゃ、疲れたけぇの!」

 

「お疲れ様ですぅ、先輩」

 

「ほんじゃ、今日はここまで! 風呂入って飯食って寝よ!」

 

「前が見えねぇ」

 

 

 車は街に、入って行く。

 これから起こる、『災禍』に巻き込まれる事も知らずに。




ひぐらし本編へ
2019年に入るのに、1983年へ行きましょう。
タイムマジーン!


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6月9日木曜日 鳴き出した

 照り付ける。

 

 風が吹く。

 

 川がせせらぐ。

 

 青葉が揺れる。

 

 雲が流れる。

 

 夕立が起きて、

 

 嘘のように止む。

 

 そして鳴き出す、

 

 ひぐらしたち。

 

 

 

 陽光。

 

 微風。

 

 清流。

 

 飛雲。

 

 驟雨(しゅうう)

 

 休止。

 

 出現。

 

 鳴蝉(めいせん)

 

 

 

 蒸し返す暑さの中を、風が駆け、心地良さを与える。

 

 風は葉をざわざわと鳴らし、大きな入道雲を呼び込んだ。

 

 黒い雲は雨を滝のように降らせて、飽きっぽく止めてしまう。

 

 濡れた草の隙間を光風が抜け、驚いて声をあげるは小さき者たち。

 

 

 光を浴び、短い命を、嘆くように。

 

 

 

 

 

 

 

 変わらない景色。

 

 変わらない音。

 

 変わらない感覚。

 

 変わらない運命。

 

 

 また、やって来た。

 

 ひぐらしがなく頃に、戻って来た。

 

 

 

 キキキキキ………………

 

 キキキキキキ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……う〜……」

 

 

 聴覚を支配するひぐらしの声に、叩き起こされる。

 薄く目を開け、一度二度瞬き。

 

 

「い……いたたたたた……」

 

 

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、上半身を何とか起こす。

 ぼんやり霞む思考だが、辺りに注意を向かわせる程度の意識はある。

 

 

 

「……あっつ!!」

 

 

 まず感じたのは、蒸し風呂のような暑さ。

 コートを羽織っていた為、急いで脱ぐ。

 

 

「なんだこれ……ペッ! ペッ! うぇ。木屑食べちゃった……きたなっ!」

 

 

 ゆっくり立ち上がった時、彼女は気が付いた。

 懐中電灯で視界を確保していたほど暗かったのに、祭具殿内は明るくなっていた。

 

 

「……え? 朝まで寝てた?……てか、あっつ! なに? 火事?」

 

 

 火の熱さと言うより、陽の暑さ。

 まるで夏のような。

 

 

「……あれ?」

 

 

 折れて自分の頭にぶつかったハズの柱は無く……綺麗な状態の神輿が堂々と立っていた。

 振り返ると、あの仏像。片腕がないのは相変わらずだが、手前に置いてあった木箱が無い。

 

 

「てか……なんか……」

 

 

 全体的に堂内が綺麗。

 古ぼけて埃っぽいのは変わらないが、もっと廃墟同然だったハズ。

 

 

「……上田〜?」

 

 

 上田を呼ぶも、返事無し。

 

 

「あのヤロー、まだ寝てんのか……」

 

 

 悪態つきながら立ち上がり、神輿と神楽殿を通り抜け、元の場所へ。

 

 

 

 上田はいない。

 更に言えば、落っこちていたハズの『古手梨花』の書道作品が、元通り飾られていた。

 

 

「……遠山の金さん」

 

 

 意味不明な事を呟き、それの前に行く。

 

 額縁は埃を被っているものの、傷一つ無く、比較的新しい。

 劣化で若干霞んでいた墨の字も、くっきり見える。

 

 

「……おかしい」

 

 

 そう言えば神楽殿も、木材の腐食もなく真新しい。

 数々の違和感に気付き、不安を抱いた彼女は急いで祭具殿を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い玉砂利に、こんこんと水を流す手水舎、繁る青葉の木々、そして荒廃とは程遠い、厳かで堂々とした拝殿。

 

 

「…………は?」

 

 

 それよりも彼女の目を奪ったのは、空。

 

 

 照り付ける陽光、心地良さを感じる風、高い空と入道雲。

 肌を焦がすような、何処か久々な感覚。

 そして喧しい、蝉時雨。

 

 

 

 

 

 年の瀬だったハズの世界は、夏に逆戻りしていた。

 

 

 

 

 

 

「……はああああああ!?」

 

 

 山田はこの頓珍漢な状況に、叫ぶしかなかった。

 蝉をも凌ぎ、蝉泣かし。

 

 

 

 

 

 

『鬼ヶ淵死守連合・雛見沢じぇねれ〜しょんず』

 

「ダムは〜ムダムダ〜!」

 

「「ムダムダ〜!」」

 

 

 山田の前を、『ダム建設反対』の旗を掲げた集団が通り過ぎて行く。

 彼女がいたのは神社を降りて少し歩いた先、駄菓子屋の前。

 

 

「……どーなってんだ……!?」

 

 

 ここはとっくに廃村になっている為、自分たち以外の人間がいる時点でおかしい。

 

 

「カンカン棒、食うかい?」

 

「……それ、チューチューじゃ?」

 

「なんでぇ、おんし。旅客かい」

 

 

 駄菓子屋の店主らしい老婆が、チューペットを差し出した。

 少し躊躇したが、がめつい山田はそれを受け取った。

 

 

「……ふぅぅうんっ!!」

 

「なにやっとるか」

 

「これ、真ん中折れないですよ!」

 

「はぁ? 折るもんのぅて、吸うもんやろ?」

 

「……アウっ! アウっ!」

 

「……先っぽ齧って、なにしとるんや?」

 

 

 見覚えのない、真ん中にくびれのないチューペット。

 そこを折って、切断面から飲むのが山田の知る物だが、くれたチューペットはくびれ無しのチューペット。

 

 

「貸してみ」

 

 

 店主はチューペットの端をポキッと折り、飲み口を作ってくれた。

 

 

「あ、ありがと、ございます」

 

「カンカン棒飲んだ事のーて?」

 

「……あのぉ、聞きたいんですけど」

 

「質問を質問で返すんかい」

 

「今って……いつですか?」

 

 

 山田の質問に、店主はキョトンとする。

 

 

「暑さで頭おかしなったか?」

 

「んな訳ないじゃないですか!」

 

「貧乳だし」

 

 

 コンプレックスを指摘され、少し絶句。

 店主はその間、怪訝に思いながらも教えてくれた。

 

 

 

 

「六月の九日。昭和五十八年やろ」

 

 

 衝撃に事実に、

 

 

「……マジか」

 

 

 現実味が持てず、えらく淡白な態度を取ってしまった。

 チューペットに口を付ける。

 

 

 

「はい、お会計」

 

「……え!? 商品だったんですか!?」

 

「十円」

 

「え、高い……」

 

 

 お金を寄せ集め、十円を払う。次は買えない。

 

 

 

 

 チューペットを手に持ち、腕にコートを掛け、茹る暑さに顔を顰めながら村を歩く山田。

 

 

「絶対おかしい……いや、おかしくない訳ないが……それより、上田どこ行った……」

 

 

 チューペットを啜ると、甘いイチゴ味。

 頰や首筋にそれを当てたり、汗を拭いながら、消えた相方を探す。

 村内の共用掲示板を発見し、ちらりと見た。

 

 

『六月十九日・綿流し……雛見沢村青年会』

 

『ダム建設に、あり〜べでるち……雛見沢じぇねれ〜しょんず』

 

 

 どれを見ても消えた村、『雛見沢村』の文字がある。

 間違いなく、ここは本物の雛見沢村……それも、村が消えた昭和五十八年の世界。

 

 

「……夢かなぁ」

 

 

 チューペットで顔をがしがし叩く。

 冷たい、痛い、暑い。

 

 

「ほっ! 目覚めよ! フランチェーン!」

 

 

 何度も何度も、現実を受け入れられずに顔を叩く。

 熱に浮かされているのか、変な言葉も添えて。

 

 

 

 

 

 

 丁度その頃、二人の子供が近くを歩いていた。

 

 

「んんん〜? ここじゃないのかぁ!?」

 

「一二九七?……一二九二? それとも全部……う、うん?」

 

「……これじゃあいつの行きそうな所巡ってるだけになるよな……やっぱ解くのかぁ」

 

「圭ちゃんが解きなよ! おじさん、お手上げ! 万歳!」

 

「くぅ……! 全く役に立たねぇ……!」

 

 

 学校制服姿の少年と少女。二人揃って一つのメモ紙を見ながらウンウン唸っている。

 

 

「この、二と三だけ……なんでカッコ?」

 

「ヒントなんて言ってたっけ?」

 

「……『私たちの言葉』」

 

「お手上げ。万歳」

 

「諦めるなよ!? くそっ! 俺しかいないのか……!?」

 

「駄菓子屋でカンカン棒買おっと」

 

「おい!? おーい!? 自由過ぎるだろ……くっそぉ……クールになれ! クールになるんだ……!」

 

 

 角を曲がった時、二人は奇怪な光景を目の当たりにする。

 

 

 

 

「フランチェーン! フランチェーン!」

 

 

 奇声をあげながら、掲示板の前にてチューペットで額を叩く、やけに厚着の女性の姿。

 不気味な光景に二人は真顔になり、思わず一歩後退る。

 

 

「……あれ、なに? チューチューで叩いてる……」

 

「え、怖い……」

 

「あ、あーゆーの、お前、得意だろ!?」

 

「さ、流石に本物の狂人は無理だって!」

 

「てか、フランチェーンってなんだよ」

 

「あの人でしょ。賞取った人」

 

「『アインシュタイン』だそれは!! お前が言いたいのは『フランケンシュタイン』だろ!!」

 

「……賞取ったってだけで良く分かったねぇ」

 

 

 チューペットを叩く女性へと、恐る恐る近付く。

 

 

「……知らない人かな。おじさんは知らない」

 

「お前が知らなかったら俺も知らねぇよ」

 

「……声かける? 無視する?」

 

「その二択なら、後者だ」

 

「こうしゃ? 学校に戻るの?」

 

「『校舎』じゃなくてなぁ……!」

 

 

 ボソボソ話し合いながら近付いたばかりに、女性は二人に気が付いた。

 女性は奇行を止め、二人は足を止める。

 

 

「………………」

 

「「………………」」

 

 

 目が合い、互いに気まずい。

 五秒間沈黙した後、少年は声をかけた。

 

 

「……ど、どうも。あ、暑いですね」

 

「……こんばんわ」

 

「昼ですよお姉さん」

 

 

 向こうは自分の行動を見られ、恥ずかしくなったようだ。

 イソイソと身支度を整え、その場を離れようとした。

 

 

 だが急ぎ過ぎて、腕にかけていたコートを地面に落としてしまう。

 

 

「あっ!」

 

 

 涼しげな風が吹き、コートはひらっと少し舞い、彼女より離れた。

 

 そのコートを、通りかかった自転車が踏み過ぎ去る。

 

 

「今年はぁ、巨人は負けたな」

 

「………………」

 

 

 野球の文句を言いながら、コートを踏んだ事に気付かず走り去って行く。

 白いコートの上に、茶色い線が出来た。

 

 

「………………」

 

 

 苛立たしげな表情で、腰を折り曲げコートを渋々拾おうとする。

 

 その時に溶けたチューペットの中身が、ドロっと溢れる。

 コートに、桃色の模様が出来た。

 

 

「………………」

 

「え、えと……さ、災難だったねぇ〜!……こんな日もある!」

 

「『魅音』、やめろ! 慰めになってない!」

 

 

 全てに諦めたような顔でドロドロになったコートを拾い、不機嫌そうに二人へ振り返る。

 女性とは、山田であった。

 

 

「……なんですか。星占いじゃ良いって出てたのに……」

 

「見ない顔だけど、村の人じゃないよね?」

 

「なんで普通に話せるんだお前……」

 

 

 まだ山田を危ない人として見ている少年。

 だが彼女は、一種の気の迷いでああなっていたものの、普通にまともな人だ。

 

 

「東京から来まして……」

 

「……え!? 東京!?」

 

 

 次に反応したのは、少年だった。

 

 

「ほぉ! 圭ちゃんと同じ!」

 

「あの、俺も東京からここに引っ越して来たんです」

 

「はぁ……」

 

 

 最近の子供はドライと聞いたがとよぎったが、ここはだいぶ過去の世界と思い出した。

 昭和の子供はフレンドリーなのかと。

 

 

「でも東京から、何しに? 旅行ですか?」

 

「『綿流し』にしては早過ぎるからなぁ……」

 

「えと……まぁ、あの……」

 

 

 暫し言い澱み、口から出まかせ。

 

 

 

 

「自分探し……?」

 

 

 山田は言わなきゃよかったと思ったし、二人も聞かなきゃよかったと思ってしまった。

 今二人には、山田が幸薄い女性にしか見えない。

 沈黙が厳しくなった山田から、質問をする。

 

 

「……そ、そう言う二人は?」

 

「あ、私たちは」

 

「……デート?」

 

 

 少女は一瞬、呆然とし、次に真っ赤になった。

 

 

「ででで、デートじゃ、デートじゃなくてぇ!……そ、その、えっと……でも、そう見え」

 

「いやいや……こいつと謎解きしてるんです」

 

「………………」

 

 

 恨みがましく睨む少女を無視し、少年は紙をペラっと山田に見せた。

 

 

 

『19「2」4037「3」1238』

 

 

 

 羅列された数字。二と三だけ、何故か括弧をされている。

 

 

「……なにこれ?」

 

「お宝探しです。この数字が、村のどっかを表しているみたいで……」

 

「足しても引いても、語呂合わせにもならないし……二と三が分からないんだわ」

 

「ヒントとかはありますか?」

 

「『私たちの言葉』って。これがさっぱり……」

 

 

 メモ紙を見て、ヒントを聞き、眉に皺を寄せていた山田。

 次に小声で何かを呟きながら、何かを数えるように指を折る。

 どうしましたか、と少年が聞く前に、彼女は思い付いたかのように、皺を離す。

 

 

「私たちの言葉。これって、日本語の事じゃないですか?」

 

「そりゃ、アメリカ語じゃないからね」

 

「アメリカ語ってなんなんだよ……」

 

「ヒントが言いたいのは、日本語の『特徴』ですよ。つまり、『五十音』です」

 

 

 まだパッとしないのか、二人は互いに小首を傾げた。

 山田はしゃがみ、砂の地面にチューペットの先で文字を書いて行く。

 二人もしゃがみ、注目する。

 

 

「あ、い、う、え、お、か、き……」

 

 

 つらつらと五十音を書き出して行き、『ん』まで到着する。

 

 

「この紙に書かれているのは、五十音順を数字にしたもの。数字を五十音に当てはめれば……」

 

「……あ! ああ!!」

 

 

 少年は声を上げる。

 

 

「19は……五十音で『て』!」

 

「……ああ! 成る程!『レナ』も考えたなぁ!」

 

 

 少女も理解したらしく、感心したように手を叩いた。

 

 

「括弧が付いているのは、それ単体の数字。その他は二桁で一つの数で……」

 

 

 山田は地面に書いた五十音表と数字を当てはめて行き、それをまた書き出して行く。

 

 

 

『19「2」4037「3」1238』

 

『19・2・40・37・3・12・38』

 

『て「い」りゆ「う」しよ』

 

 停留所。

 

 

 答えが判明し、二人は歓喜。

 

 

「停留所! この村で停留所は一つだけ!」

 

「村外れのだな!! お姉さん、凄いです!」

 

 

 

 あまり褒められ慣れていない山田は困ったように頭を掻き、照れ恥ずかしそうに笑う。

 

 

「えへへへへへ!」

 

「おおう……こ、個性的な笑い方」

 

 

 感動したりドン引きしたり、忙しない。

 役目は済んだと、山田は立ち上がり、上田探しを続行しようとした。

 そんな彼女の、何処かに行く気持ちを悟った少女は、立ち上がって握手を求める。

 

 

 

「私、『園崎魅音』! こっちは『前原圭一』! ねぇ、村を案内するから、付いてこない?」

 

 

 差し出された手を無下にする事が出来ず、おずおずと握る。

 それが彼女、魅音にとって了承の合図とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の上田次郎。

 彼は祭具殿から一歩も出ていなかった。

 

 

「……うはぁ!?」

 

 

 変な悲鳴をあげ、顔を上げた。

 彼が寝ていたのは、神楽殿の舞台の中。山田から死角となり、気付かれなかった。

 

 

「は!? 山田!? 山田ぁ!?」

 

 

 一緒に横たわっていた次郎人形と鞄を拾い上げ、舞台から飛び降りようとする。

 しかし長身の彼は天井に頭をぶつけ、足がもつれ、真っ逆さまに落っこちた。

 

 

「のぉん!?」

 

 

 盛大に顔をぶつける。

 開きっ放しの扉から陽光が、上田の顔へ差し掛かる。

 

 

「……朝か? と言うか……あつ!」

 

 

 蒸し返すような暑さに、上着とベストを脱ぐ。

 次郎人形と鞄をとそれらを抱えながら、大急ぎで祭具殿から出た。頭をぶつける。

 

 

 

 

 

 蝉の合唱と、青い葉。そして、綺麗な境内。

 廃墟となっていたハズの、冬だったハズの景色が、様変わりしていた。

 

 

「……? まだ、寝ているのか? はぁあ!」

 

 

 手を前に突き出し、謎の構えを取る。

 

 

「目覚めよ……その魂……!」

 

 

 両手を腰に当てて、目を開ける。

 景色は変わらない。暑いだけで、目も頭も覚めている。

 

 

「……ど、どうなってんだ!? これは……!?」

 

 

 事態の理解が追い付かず、辺りを頻りに見渡してひたすら混乱。

 取り敢えずいなくなった相方……山田を探そうと祭具殿に戻る。頭をぶつける。

 

 

「山田ぁ! 山田ぁ!? 山田奈緒子ぉ!?」

 

 

 祭具殿にはいない。

 自分より一足先に出て行ったのかと思い、また外に出る。頭をぶつける。

 

 

 

 

 

 

 

「祭具殿の鍵、忘れていたわ……」

 

 

 急いで神社への階段を駆け上がる、童女がいた。

 長めの紫の髪を靡かせ、テテテと走る少女。

 

 

 

 

 茹る暑さと、喧しい蝉時雨の中で、奇怪な声を聞いた。

 

 

「貧乳ー! 貧乳ーっ!!」

 

 

 思わず足を止める。

 最初は後ろの道からと思ったが、信じたくない事に、自分の神社から声はした。

 

 

「何処だ!? 貧乳ーーーっ!!!!」

 

「……ヤバい奴が参拝に来てる……」

 

 

 謎の危機を感じ、途中まで登った階段を降り始める。

 だが声の主は鳥居を抜けて、颯爽と彼女の視界に現れた。

 

 

「くそぅ! 肝心な時に役に立たない奴め……!」

 

 

 階段を駆け下り、大粒の汗を流しながら、巨漢がやって来る。

 びっくりした少女はつい足を止め、男との邂逅を許してしまった。

 

 

 

 

 

 視線を下げていた上田と、少女の目と目が合う。

 鳥居の下、晴天の青、入道雲が俯瞰している。

 蝉が鳴く中、顔を合わせた二人。

 

 

 暫く見つめ合い、上田の方から、いっせいので一人、話しかけた。

 

 

 

 

 

「君の名は……!?」

 

 

 

 

 

 全てが始まってしまう。




1983年は巨人が優勝します。


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雛見沢停留所

 山田は知り合った、村の住人である魅音と圭一に連れられ、雛見沢村を歩いていた。

 停留所までの道中にある、色々な場所を案内して貰う。

 

 

「この川を上っていったら、『鬼ヶ淵』って沼に付くよ。この村はその沼から流れる小川の谷間にあるって訳」

 

「殆ど自然ばっか……」

 

「お店とかそう言うのは、隣の興宮に集中してるからねぇ。でも長閑で良い村でしょ?」

 

「まだ来てそんなにだから分からないんですけど……」

 

 

 彼女の短所としては、会話を続ける努力をしない点だろう。

 思った事を隠さず言う気質なだけに、反感を買われるような事も多々あった。

 

 

「……良いですね。そんなに暑くないし。お婆さんになったら、ここに住んでみたい」

 

 

 逆に言えば、正直者。

 とんでもない状況に飛ばされたとは言え、今ある景色のお陰で落ち着けそうだ。

 山田にとって雛見沢村は、お気に入りの場所になりそうだった。

 その穏やかが、純粋な地元民の魅音を喜ばせた。

 

 

「山田さん、でしたっけ?」

 

「なんですか?」

 

 

 圭一がおずおずと聞いて来る。

 

 

「いやぁ。ずっと敬語ですから。俺ら、山田さんより歳下ですから、タメ口でも構いませんよ?」

 

「そうそう! それに山田さんは村にとってもお客様! ドーンと構えても良いって!」

 

「お前は構え過ぎなんだよ!」

 

「……ははは」

 

 

 山田は友達が少ない。いや、いなかった。

 言いたい事をガンガン言う性格な上、元から感情が希薄なタイプだった。

 父の死を経験し、それは更に強まる。学童期から上京まで、誰もいなかった。

 

 つまりは、人との距離の掴み方を知らない。だから敬語になっている。

 

 

 

 

「……あ」

 

 

 朗らかだった魅音の表情が、嫌悪に満ちる。

 山田と圭一が彼女の視線の先を見遣ると、その原因が理解出来た。

 

 

 

『鬼ヶ淵死守連合・雛見沢じぇねれ〜しょんず・ほえば〜』

 

『雛見沢を、愛してくれたあなたへ』

 

「ダムは〜、ムダムダ〜!」

 

「「ムダムダ〜!」」

 

 

 看板や旗を掲げ、十人程度の集団が、畑道を並んで歩いている。

 山田も最初に見た、ダム反対を謳う者たち。

 

 

「……あー……気持ちの良くないもの見せちゃった?」

 

「ダムの工事があるんですか?」

 

「雛見沢村を丸ごとダムにする計画があってさ……昔からあったけど、ここ数ヶ月で突然、話が進められてね。もしかしたら本当に村が無くなっちゃうかもってさ」

 

「俺もどちらかって言うと反対ですけどさぁ……デモで逮捕もされたりしてますし、やり過ぎな気もするんですよね」

 

 

 ダム建設云々の話を知らなかった山田は、参考程度に聞いていた。

 廃墟後もダムは建てられていなかったなと思い出す。

 

 

「……そりゃ、ダム作るにしても事故物件は嫌だわな」

 

 

 デモ集団が前方を通り抜けるまで、三人は暫し待つ。

 待っている間、山田は思い出したように、上田の事を二人に聞いた。

 

 

「そうだ。あの〜」

 

「ん? どしたの、山田さん?」

 

「人探しているんですけど。こう、背が高くて、もじゃもじゃ髪の、髭生えた性格悪そうな男の人見なかった?」

 

 

 魅音と圭一は首を傾げる。

 

 

「いや〜、私は……圭ちゃん見た?」

 

「俺も見てないな……お役に立てなくてすみませんね?」

 

「いえ、大丈夫です。そんなに優先してませんので」

 

 

 本心からそう思うが、やはり上田の事は心配だ。

 もしかしたら自分一人が、ここに飛ばされたのではと不安にもなる。

 

 

 集団の声が、一際大きく響いた。

 

 

「ダムは〜、ムダムダ〜!」

 

「「むだむだー!」」

 

 

 三人の後ろで、いつの間にか集まっていた幼児たちが真似した。

 それに呼応するように、集団も声を張る。

 

 

「「ムダムダー!」」

 

「「むだむだー!」」

 

「「ムダムダー!」」

 

「「むだむだー!」」

 

 

 シュプレヒコールに挟まれ、自分たちも言わねばなるまいと言う強迫観念にやられた山田は、意を決して叫んだ。

 

 

 

「む、ムラムラーっ!!」

 

「ムダムダですよ! 山田さん!」

 

 

 集団と幼児たちは白けた顔をして、離れて行った。

 

 

 

 

「ムラムラーっ!!」

 

「まだ言うんすか!?」

 

 

 奇妙な山彦が村に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 道なりに歩き、郊外に辿り着く。

 ひと気がなくなり、森に囲まれた場所。

 寂しくポツンと立つ、木漏れ日を浴びた待合小屋と赤錆びたバスストップ。

 

 バスストップの標識に、『雛見沢村前』。

 

 

「あそこが停留所です! よっし! 探すぜぇー!」

 

「ここに隠したんだなぁー? もしかして一番乗りだったり!?」

 

「流石は田舎……結構歩く……」

 

 

 まだまだ元気そうな二人を見ながら、疲労感を負う身体を引き摺る、自分の歳を自覚する。

 二人がお宝を探している間、時刻表を眺めた。

 

 

 

「……バス、六時間中に四本って……一日に、八本?」

 

「昔は村の中もバス来たけどね。まっ、利用する人いないから、ここだけになったみたいだけど」

 

「流石、田舎……」

 

「別にバスなくても良いよな! 歩いて街にいけるしさ!」

 

「……若者ってすげー」

 

 

 ベンチの下、屋根の上、近くの木の裏を探していた。

 そして見つかったのは、待合小屋の後ろの雑草の中。

 

 

「あった!」

 

 

 魅音がそこから、小物入れを取り出す。

 小物入れには名前シールが貼られ、『レナの宝物』とあった。

 

 

「間違いなくレナのもんだな。んで、これがここって事は……」

 

「おじさん達が一番乗りって事だねぇ! はっはっはっ! 勝った!」

 

「私が解いたんだけどな……ああ、成る程」

 

 

 山田はもう一度、時刻表を見る。

 

 

「ヒントのメモが数字だけだったのは、『バスの時刻表』を表現していたんですよ」

 

「え?」

 

「ほら、バスとか電車の時刻表って、数列だけで到着時間の何時何分を表しているじゃないですか。二桁の数字でゼロから五十九の間……六十に行かないから、五十音順にした方が都合が良かったんですね」

 

「ほ、ホントだ……レナすげぇ……!」

 

「山田さんも良く分かったねぇ……」

 

 

 謎解きの隠されたヒントは兎も角、小物入れが開かれた。

 魅音から聞いた宝探しのルールは、中身の宝物を持って学校に戻る事。

 

 

 

 箱を開けると、ボロボロのポスターが出て来た。

 機関銃を背負った、女子高生のピンナップ。

 

 

「……『星泉』……? え、『セーラー服と機関銃』?……この時代だったのか……」

 

「あはは! レナらしい!」

 

「だと思ったぜ……レナっぽいな」

 

「うん、レナだわこれは!」

 

 

 レナを知らない山田だが、二人の会話からして、かなりアクの強い人間ではないかと想像出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の名は……!?」

 

 

 暫し膠着状態の少女と上田だったが、もう一人の声で時間が流れ出す。

 

 

 

 

「『梨花』〜! 早くしなければ負けてしまうわよ〜!」

 

 

 ハッと気がつくと、階下で、梨花と呼ばれる少女と同い年ぐらいの少女がやって来ていた。

 ショートカットを、黒いカチューシャで固定している。

 

 

「あ……『沙都子』……」

 

「祭具殿の鍵を閉め忘れるなんて、梨花らしくないミスですわね。ほら、謎も解かない……と」

 

 

 見上げれば、見知った友達と、見知らぬデカい男。

 沙都子もつい足を止め、状況の把握に努めた。

 

 

「……えと……その、そちらの殿方は……?」

 

「あ、や、さ、沙都子ぉ〜!!」

 

 

 梨花は一目散に階段を下り、沙都子の後ろに隠れた。

 

 

「ちょ、ま、待ちなさい!」

 

「り、梨花!? どうなさいましたの!?」

 

「危ないおじさんが来たのです!」

 

「危ないおじさん……」

 

 

 変質者扱いされショックを受けている内に、沙都子が梨花の前へ立ち塞がり、キッと上田を睨む。

 

 

「子供に手を出すなんて、最低な方ですわね!!」

 

「いや、違う……私は通りすがりの物理学者で……」

 

「みぃ……今、むっつり学者って言ったのです……」

 

「物理ぃ!!」

 

 

 何とか弁明しようと階段を一段降りる。

 しかしズッコケ、階段をずり落ちた。

 

 

「ああああああ!!」

 

「きゃっ!」

 

 

 汚い物を避けるような感じで、滑り来る上田を回避した二人。

 そのまま上田は階段を滑り落ち、地面に倒れ伏す。

 

 

「………………」

 

「……もしかして……し、死んじゃいましたの……?」

 

「……ぷはぁ!?」

 

 

 起き上がり、フラつきながらも立ち上がった。

 

 

「不気味で頑丈な奴なのです……」

 

「い、家の電話から警察を呼びますわよ!!」

 

「ウェイトウェイト!? おじさんは怪しい人間じゃない!!」

 

「みぃ……自分と同じ格好の人形持っている人が怪しくない訳ないのです」

 

「腹を割って話そう!!」

 

 

 何とか必死に言葉を尽くし、通報だけは免れた。

 

 

 

 

 

「閉めて来たのです〜」

 

「何も盗られていなかったから良かったですけど、今度は徹底してくださいまし!」

 

「ごめんなのです、沙都子……」

 

「はぁ……兎に角、謎解きを続けますわよ」

 

 

 チラッと、後ろを見る。

 

 

 上田は神社を隈なく、観察していた。

 自分たちが見た、崩壊しかけの全てが、綺麗になっている。

 

 

「俺は……時を超えた……!?」

 

 

 物理を学び、物理を極めた人間にとって、この状況は信じられない。

 タイムトラベルはSFの創作であり、現実には絶対に出来ない。

 だがその、不可能な創作の現象を、今自分がリアルに体験している。上田は暫し、拝殿を眺めながら呆然と立つ。

 

 

「いやいやいや待て待て待て……『一般相対性理論』と『ブラックホール理論』を適用するんだ。時空は質量の高い物体により、歪められる……つまり、祭具殿の中に何らかの磁場が発生し……待て。そうなると俺は光速で移動した事になる……だが、持っていた荷物があると言う事は、荷物も同様のスピードで……そもそも、時空を歪めるほどの質量を持つ存在など、惑星以外になにがあるんだ……」

 

 

 ぶつぶつ呟き、時間移動の推理を展開しようとする。

 二人からは何を言っているのか不明だが、難しい事を考えているとは分かった。

 

 

「……学者の先生と言うのは、本当みたいですわね」

 

「頭の良い人はおかしい人が多いのです。『入江』みたいに」

 

「本物の変態と一緒にはしないでおきましょう」

 

 

 二人の視線に気付き、上田は取り敢えず問題を後回しにする事に決めた。

 

 

「あぁ、すまない! 良い神社だから見てしまったよぉ。あの柱から屋根まで、黄金数1.618に近い! 数学的にも、最も美しい構造と言える!」

 

「……ま、まぁ……お気に召されたのでしたら……」

 

「おじさんはねぇ、建築学にも詳しいんだ。『内藤多仲』に東京タワーの作り方を教えたのも、私なのだよ! はっはっは!」

 

「やっぱ危ないおじさんなのです」

 

 

 危ない事は言っていないようで言っているような、グレーゾーン。

 だが賢い学者とは思えたので、沙都子は謎を解いて貰おうと思案した。

 

 

「ええと……上田先生?」

 

「なんだね?」

 

「私たち、実は宝探しをしておりまして。宝の在り処を示したメモを持っているのですが……賢い先生なら、解いてくださいます?」

 

「はっ! まっかせなさぁ〜い。この天っ才物理学者、上田次郎にかかれば、どんな問題も立ち所にズババッと解決可能だ!」

 

「凄い自信なのです。これは期待出来るのです」

 

 

 早速沙都子は、メモを見せた。

 内容は魅音らのと同じ、『19「2」4037「3」1238』。

 

 たかが子供の遊びと舐めてかかっている上田だが、数列を見て顔を顰めた。

 

 

「これはなんだ?」

 

「この数字が、この村の何処かを表しているそうですわ」

 

「一と九じゃ、どうなっても二にならない……フィボナッチ数列ではないか……しかし、なんで二と三だけ……数式に置き換え、何処かに代入しろと言う事か? いや、二次方程式と三次方程式を、それぞれ適用しろと言う事か?」

 

「あの、上田先生? 多分、そこまで難しく……」

 

「なんだとぅ……虚数だと……!? 宝物は存在しないと言う事なのか……!?」

 

「ひ、ヒントがありまして……ヒントは、私たちの言葉で……」

 

「座標の可能性もあるのか! 直交座標を使おう!『デカルト』の力、お借りします!! 我思う故に我ありーッ!!」

 

「梨花……このお方、大丈夫ですの……?」

 

「だから言ったのです、危ないおじさんなのです」

 

 

 上田は結局、解けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の山田たちは、お宝を先に見つけたので、学校に戻る最中だった。

 

 

「へぇ〜。園崎さんは、お嬢様なんですか」

 

「あーあー、そう言う堅苦しいの無し無し。どう見てもおじさん、お嬢様って風じゃないし」

 

「妹さんはお淑やかなのになぁ」

 

「あ、言ったなぁ? これでも、書道に生け花、何でも出来るよ!」

 

「書道か……」

 

 

 そう言えば母親は書道家だったなと思い出す。

 元気にしているかなと、ふと考えた。

 

 

「……二人とも、中学生でしたっけ」

 

「あ、はい。俺が中二で、魅音が中三。まぁ、田舎の学校ですから、学年とかあまり意識しないですけどね!」

 

「本来なら先輩は敬うもんだぞ〜?」

 

 

 魅音が圭一をデコピンし、それに圭一は怒る。

 二人の和やかな様子を後ろで見ていた山田だが、その視線は時折、ある一点に注がれたりする。

 

 

 

「……中三……E? D?」

 

 

 魅音の胸だ。

 中学三年生と言えば思春期を迎え、子供から成人へと身体が出来上がる時期だ。

 いや、それにしたって、大きい。

 

 

「中三で……E……中三? なに食べてんだ……? やっぱお金持ちは、食べる物が違うのか……?」

 

 

 敗北感と羨望でカオスになる胸中。

 ぼんやりしている内に、学校に辿り着いた。田舎らしい、木造の一階建て。

 

 

 

「あれ? 梨花ちゃんと沙都子?」

 

「宝物はこっちが持っているし……あっはー、成る程! ギブアップ宣言だね!」

 

「『知恵先生』と……誰かいるな……」

 

 

 校庭に入り、俯き気味だった山田は顔を上げる。

 どんよりしていた表情は、カッと愕然模様に様変わり。

 

 

 

 

 視界の先、幼女二人に呆れた目を向けられながら、知恵先生と呼ばれる女性と会話する、上田次郎の姿。

 

 

「へぇ! 東京の学者さんなんですか!」

 

「えぇ! 今、壮大な計画がありましてね。下町でロケットを作り、宇宙へ出発する計画を立てております! 目指すは火星への有人着陸!」

 

「なかなか立派な夢ですね!」

 

「知恵留美子さん……でしたね。何とも知的な名前だぁ……是非、同じ教育者として、僕の本を読んで見てください……そして、感想を伺いたい所です」

 

 

 目からキラキラ星を出しながら、知恵を口説こうとしていた。

 

 

「あ。圭一たち帰って来たのですよ」

 

「……あちらも知らない方を連れて来ましたわね」

 

 

 二人の声を聞き、上田は誰か来たのかと振り返る。

 

 

 

 視線の先に、少年少女と並び立つ、山田奈緒子。

 二人はいっせいので叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだ上田ぁッ!!」

 

「貧乳ッ!?」

 

 

 山田に助走をつけて、殴られた。




『セーラー服と機関銃』は、『三毛猫ホームズ』と同じ作者さんです。

時系列について指摘される方が多いので先に述べておきますが、この作品は原作と、少しアレンジを加えております。
理由付けと展開も考えておりますので、どうかご理解をいただけたらなと思います。


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部活動

「上田教授はこの村へは何しに?」

 

「私ですか? いやぁ。物理学に飽き足らず、民俗学をも極めようと思いましてね! ここ雛見沢村の地質の調査も兼ねて、観察研究に来たんですよ!」

 

「知的好奇心の強い方で、感心します! 必ず本は読ませていただきますね」

 

「是非是非! 時間があればまた、伺いに上がりますよ!」

 

 

 知恵へ、目からキラキラ星をずっと放出しながら話す上田。

 山田に殴られた左頬は、焼いた餅のように膨れている。

 

 

「所で、そちらの女性の方は?」

 

「あぁ、こいつですか? こいつは私の、99.9人目の助手です」

 

「……私はアルコール除菌か!」

 

 

 美人に弱い上田はひたすら、知恵に良いところを見せようと、ベラベラ嘘を交えながら身の上を話す。

 雑に扱われ、しかも非科学的な状況にいるのに何も変わらない上田も含め、山田はブスッと不機嫌顔。

 

 

「この人が、山田さんの探していた人っすか?」

 

「……ええ。口と股間だけは立派な男です……」

 

「え? こ、股間……」

 

 

 何故かショックを受けながら、圭一は自身の股間を隠す。

 その間、山田とは初めて会った梨花と沙都子が挨拶をする。

 

 

「初めまして。私、『北条沙都子』と申し上げますわ」

 

「みぃ。僕は『古手梨花』なのです!」

 

 

 古手梨花、と言う名前に、山田は反応する。

 確か祭具殿で見た書道作品と、同じ名前だった。

 

 

「古手梨花って……もしかして、神社の?」

 

「よく知っているのです! 古手神社は僕の神社なのですよ〜。にぱー☆」

 

 

 無邪気で可愛い笑顔を見せた。

 すると将来の、場合によれば現役の巫女さんなのかと、山田は素直に関心を示す。

 

 自己紹介が終わった辺りで、魅音が意地悪な笑みを浮かべて横槍入れる。

 

 

「はいは〜い。それよりオヌシら、お宝は見つかりましたかのぉ〜?」

 

「うう〜……その様子では、私たちの負けのようですわね……」

 

「むっつり学者に関わったのが運の尽きなのです」

 

「物理だ!!」

 

 

 知恵と話し終わり、上田が乱入する。

 彼女は仕事に戻ったようだ。

 

 

「上田さんも解かされたんですか」

 

「バーチ・スウィンナートン=ダイアー予想を証明した時ほどの難問だったぜ……まぁ、この世のあらゆる公式を使えば、めちゃんこ楽に」

 

「公式とか計算はいりませんよ。あれ、五十音順を番号にしただけなんですから」

 

「……ワッツ?」

 

 

 山田の話を聞いた沙都子が、ジトっと圭一と魅音を睨む。

 

 

「……圭一さん、魅音さん……山田さんに解いて貰ったようですわね?」

 

「そ、そっちだって、その学者さんに解いて貰ってんじゃねーかよぉ!」

 

「とんだポンコツを頼ってしまったのは、僕らの落ち度なのです」

 

「そう! 答えを出せる人に頼るのも、宝探しの内!」

 

「誰だ! 俺をポンコツと言った奴は!?」

 

 

 口々に話し始める子供たちと、大人げなく突っかかる上田。

 これからどうするかを考える前に、もう一人の子供が手を振ってやって来た。

 

 

 

 

 

「みんな〜! お宝見つけられたかな? かな?」

 

 

 振り向くと、制服姿の、茶髪が印象的な少女が駆け寄って来ていた。

 お淑やかそうで、可愛いらしい、美少女とも表現して差し支えない子だ。

 

 

 上田も気が付き、振り返る。

 

 

「……おう?」

 

 

 彼の表情が曇った。

 

 

「どうしました、上田さん?」

 

「……あの子……」

 

「流石に中学生はマズイんじゃ……」

 

「そんなんじゃない!……いやな? 何処かで見た事が……」

 

「え? 何言ってんですか。ここ昭和五十八年ですよ?」

 

「…………いや待て。まさか……!」

 

 

 上田が結論に至る前に、少女はメンバーの元へ。

 見知らぬ二人を視認し、笑顔だった表情はキョトンと、不思議そうなものに変わる。

 

 

「ええと……魅ぃちゃん、こちらの方々は?」

 

「ああ。山田さんと上田さん。お宝探しを手伝ってくれたんだ。東京から来た学者さんだって!」

 

 

 コロコロ表情の良く変わる子で、次は好奇の篭った目を向けられた。

 

 

「ええ!? 大都会から!? あ〜果てしない〜♪……だねっ!」

 

「『クリスタルキング』……渋いな」

 

「『大都会』は一九七九年発表だったろ……この子らにとってはナウい曲だ……」

 

 

 少女は二人に向き直り、自己紹介をする。

 

 

 

 

 

「初めまして! 『竜宮レナ』って言います!」

 

「…………え?」

 

「レナって呼んでください!」

 

「…………竜宮……レ、ナ……」

 

 

 上田は確信に至り、笑顔で「ちょっと失礼するねぇ?」と断り、山田を連れてメンバーから離れた。

 

 

「なんですか、上田さん……!?」

 

「間違いない……! あの子だ……!」

 

「あの子って……レナちゃんって子?」

 

「名前はお前に教えていなかったな……」

 

「は?」

 

「二○一八年に、ここの調査を依頼した……『依頼人の名前』だよ……!」

 

 

 山田は驚き、もう一度レナを一瞥した。

 皆、怪訝な表情でこっちを見ていたので、笑顔で会釈してから背を向ける。

 

 

「あの子がですか……!? あの大人しそうな子が……!?」

 

「ああ……名前のイントネーションは妙だが……依頼人、『竜宮礼奈』……本にもサインしたから間違いないし……なにより、面影がある……!」

 

「……金属バットで男子を滅多打ちにした、あの?」

 

 

 

 

 もう一度レナを見るが、そんな事をしそうには見えない。

 手を組み、不思議そうに小首を傾げている。

 

 

 

 

「……上田さん。間違っているんじゃないですか?」

 

「そんな事はない! 天っ才物理学者上田次郎に、記憶違いなどあってならない!」

 

「……どう見てもバット持ちそうには……凶器より花が似合いそうですけど」

 

「兎に角だ! (うさぎ)(つの)だ!!……雛見沢村に災害が訪れた時、彼女だけが村の生存者の一人だった……もしかすれば、俺たちのこの状況の原因である可能性が高い……」

 

「……そう言えば私たち、タイムスキャットしたんでしたよね」

 

「スリットだ……!!……一先ず、あの子に注意を払っておくんだ。いいな? ドューユーアンダースタン?」

 

「ど、どおーゆぅーあんたぁー……スタローン? ロッキー?」

 

「………………」

 

 

 上田と山田は振り返り、笑顔で会釈しながら「お待たせ〜」と戻る。

 

 

「みぃ。なに話していたのですか?」

 

「いやぁ、なに。ついさっき君たちの先生と話していてね! 放課後で生徒たちの信頼も得ているから、是非遊び相手になってくれって言われたもんで、コイツに、お前もどうだと誘ったんだ」

 

「僕は上田を全然信用してないのですよ?」

 

「……………………」

 

 

 梨花の言葉で泣きそうになる上田に代わり、山田が話しかけた。

 

 

「お宝探しの他にも、何かしているんですか?」

 

 

 その質問に対し、魅音は誇らしげにニッコリ笑いながら、一歩前に出て答えた。

 

 

 

 

「『部活動』! みんなでゲームをして遊ぶんだ! そしておじさんが、部長って訳!」

 

 

 胸を張る魅音。

 何故か前のめりになる上田の爪先を、山田は踏ん付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が案内されたのは、校内の一室。

 昔懐かしい木を敷き詰めた床に、チョークの跡が見える黒板に学校机。

 この光景を見れば、強いノスタルジーがやって来る。

 

 ただ部屋の横に置かれた、ボードゲームやオモチャの入った段ボールが所々あり、教室と言うより子供部屋に近い。

 

 

「魅ぃちゃん圭一くんチームの勝ち! 答えは、停留所でした!」

 

「レナってスゲーな。あんな凝った暗号考えてさぁ!」

 

「まさか五十音順を数字にしただけとは……誰ですの。ザヒョーだとか言って山奥に入ろうとした方は」

 

「はっ! 私は未来ある若者の君たちを、試しただけだよ! メモを見た瞬間に謎は解けていたさ!」

 

「その割には汚い酔っ払いみたいにノリノリだったのです〜。僕は最初から信用していなかったですよ?」

 

「辛辣だなこの子……」

 

「梨花ちゃんに口で敵いっこないよ……そ〜れ〜よ〜り〜……もっ!」

 

 

 部屋に入るなり、魅音はロッカーからトランプを取り出した。

 使い古しで、くたびれている。

 

 

「今日はまだ時間あるし! 二人の歓迎会も兼ねて、部活恒例『ババ抜き大会』するよ!」

 

 

 魅音の提案に部活メンバーは手を挙げ、「賛成!」と声を揃える。

 何故か数人、意地悪そうな笑みを浮かべていた。

 何かあるなと、山田は察知する。

 

 

「今日は七人だからねぇ……うん! 最初四人、次三人でやろっかな」

 

「上田さんと山田さんは、それぞれのグループに入って貰いますわよ!」

 

「はぅ! 楽しくなって来たよぉ!」

 

「僕の実力、見せてやるのです!」

 

「……これはワンチャン、やっと俺も勝てるな……」

 

 

 二人の返答を待たずして、「やらなきゃ帰れまテン」な雰囲気に持ち込まれた。

 少し面倒臭そうな顔をする山田に対し、上田はノリノリだ。

 

 

「良いだろう! 俺にババ抜きで挑もうなんざ、片腹痛いぜ! 俺は昔ラスベガスで、『超高校級ギャンブラー』と勝負して、余裕で勝った事がある! お陰であっちじゃ、『上客』と呼ばれている!」

 

「……それ『カモ』って事だろ……」

 

「どうする? YOUから行くか?」

 

「……じゃあ上田さん、お先にどうぞ」

 

 

 上田が勝負に乗り、相手を志願したのは梨花と沙都子。

 彼のせいで宝探しを負けさせられたコンビだ。

 

 

「自信だけは立派な人ですわね……では、私がギャフンと言わせてあげますわ!」

 

「僕も憂さ晴らしするのです。にぱー☆」

 

「ふっ! その言葉、神に返しなさい!」

 

 

 三人は円なり、床に座る。

 魅音がディーラーとして、カードを配ってくれた。

 

 

「すっげぇ自信……東京の大学の先生らしいし、こりゃ梨花ちゃんも沙都子にとっても難敵だろ……」

 

「大学の先生ってカードゲームも研究するのかな? かな?」

 

「面白くなって来たね! じゃあ上田先生。負けたら罰ゲーム付きだけど良い?」

 

「罰ゲームでもなんでもどんとこ〜い! 今の俺はなぁ、負ける気がしねぇ!」

 

 

 

 

 

 ババ抜きが開始され、数分後には、上田は一人残りで負けた。

 

 

 

「をーほっほっほ! 私たちの勝ちですわよ!」

 

「おととい来やがれ!……なのです!」

 

「なん……だと……!?」

 

 

 呆然と、最後に残ったジョーカーを眺める上田。

 向こうでハイタッチする梨花と沙都子の小学生を前に、情け無く肩を落としている。

 

 

「まさか、共同でイカサ……いや。他の子供たちは二人の後ろにいた……俺のカードを教えるなんて、到底出来っこない……! 何故だ……何故だ……!?」

 

「上田先生の罰ゲームけって〜い!」

 

「……ひでぶッ!!」

 

 

 ショックで倒れる上田。

 大の大人のかっこ悪い姿を見ながら、山田はほとほと溜め息が止まらない。

 

 

 

 だがそんな山田も、やる事になるのだが。

 

 

「さぁて、次は山田さんだよ! 相手はこの常勝、園崎魅音!」

 

「レナも参加しますので……えっと。お手柔らかに?」

 

「きょ、今日こそ! 今日こそ俺はッ!! 今日から俺はッ!! 罰ゲームからッ!!」

 

「……やるんですか……」

 

 

 最初のグループ同様、床に座り、第二回戦開始。

 ニヤニヤと高みの見物に洒落込む、梨花と沙都子は山田と反対側の位置。

 傍らには茫然自失の上田。

 そして獲物を捉えたような眼光の、魅音。

 微笑むレナ。

 緊張気味の圭一。

 

 

 

 カードが配られ、手札の中から同じ絵柄を抜く。

 手に持って見ると、使い古され、ボロボロだ。

 

 

 

「ふっふっふ……只今二十連勝中の魅音様を止められるかなぁ?」

 

「今日こそは負けないよっ!」

 

「クール……俺は、クールだ……ミスター・クール……!」

 

「…………じゃあ始めますよ」

 

 

 山田から時計回りに、ババ抜きは始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 

「はい。一上がり」

 

「…………え?」

 

 

 山田奈緒子が最初に勝つという、番狂わせが起きた。

 場にいた全ての人間が、この異常事態に湧く。

 

 

「う、嘘だぁ……!? ま、まさか、山田さん……!? あの一戦で!?」

 

「はうぅ……山田さん、強過ぎですよ〜……お手柔らかにって言ったのに……」

 

「え? あれ? は? お?」

 

 

 驚く魅音、肩を落とすレナ、脳が停止している圭一と、反応は様々だった。

 後ろで見ていた沙都子と梨花が、手を叩いて賞賛している。

 

 

「これで私は罰ゲームから逃れられましたね」

 

「お、おい……山田……? どうやった……?」

 

「皆さん知っているようですので、言っても構いませんよね?」

 

 

 生き返った上田が質問する。

 彼女はキョトンとした顔で、真ん中に集められたカードたちを指差す。

 

 

「カードの裏。使い古しで傷だらけじゃないですか」

 

「……なに?」

 

 

 上田は匍匐前進で進み、カードを拾い上げた。

 確かにカードはくたびれ、無尽蔵に傷や皺がある。

 

 

「いたってアナログなやり方ですよ。『マーキング』と言って、こっそり付けた印で柄を当てるやり方です。この場合は、カードの傷や皺の付き方ですね」

 

「………………」

 

「まぁ、これの場合はマーキングよりも、マジシャンが的中マジックに使うカード『マークドデック』に近いですね。普通の人にとっては普通のカードに見えるけど……良く見ると裏面に、何の絵柄なのかを示す印がある特殊なカード。原理はそれと同じですので、後は分かりやすい傷のカードとジョーカーだけを覚えておけば……まずビリになる事はありませんから」

 

「……俺を先にさせたのは……まさかお前、俺を咬ませ犬に……!?」

 

「まぁ。まさか一上がりになるなんて思っていませんでしたけどね。えへへへへへへ!!」

 

 

 奇妙な山田の笑い声が響く。

 

 彼女の説明を聞き、魅音は降参と示すように天を仰いだ。

 

 

「ひぇ〜! まさか一発で見抜かれるなんて思わなかった! 圭ちゃんでも七回目までかかったのに!」

 

「レナでも一回で覚えられなかったのに!」

 

「お、おい! このカード、前使ったのと別のだろ!?」

 

「お馬鹿ですわね! 日替わりで変えなきゃ、誰だって勝てますわ!」

 

「凄いのです! 上田と違って、頭が回るのです!」

 

 

 山田の看破があったとは言え、勝負はまだ途中。

 数分後には魅音が抜け、最後の一騎打ちを制したのは、

 

 

 

 

 

「残念、圭一くん!」

 

「あああああああああああああ!!??」

 

 

 レナだった。

 よって二回戦のビリは、圭一。

 

 

 

「お前らズルイぞぉ!? 俺の知らないカード混ぜやがって! ノーカンッ! ノーカンッ!!」

 

「でも本当に初めての山田さんは勝ちましたわよ?」

 

「園崎家にはこんな言葉がある……『騙された奴の負け』……はい、バーツゲぇームっ!」

 

「……あべしッ!!」

 

 

 

 

 情け無く圭一は床に倒れ伏せた。

 負け組の上田と圭一は揃って、寝込んでいた。

 

 

「はぅ! 負けて落ち込む二人……親子みたいでかぁいいよぉ!」

 

「やられ役の敵みたいなのです」

 

「あー面白かった……それより山田さんって、なかなか観察眼の鋭い人と見たね! 東京で何かやっていたの?」

 

「……まぁ。これでも現役のマジシャンですけど」

 

「マジシャン……へぇ!『沢浩』とか『マギー司郎』とかの! 道理で!」

 

 

 山田がマジシャンと聞き、レナの目が輝いた。

 パッと近付き、山田の手を取る。

 

 

 

「あのあの! どんなマジックが出来るんですか!?」

 

「ど、ど、どんなと言われても……色々? カードにコインに、紐抜けにリングに……」

 

「……よぉし!」

 

 

 魅音が笑う。

 彼女が笑うと何かが起きる事は、山田には分かって来ていた。

 

 

 

 

「おじさん、興味出て来たよぉ! 山田さん! 是非、マジックを見して欲しいねぇ!」

 

 

 今日だけで色々こき使われるなと、彼女は静かに溜め息吐いた。

 

 

 仕方ないと考え直し、片手間に取り出したのはトランプカード。

 山田奈緒子のマジックショーが始まる。




沢浩はマギー司郎と『ミスターマリック』を育てた、名奇術師です。
映画『ロッキー』の脚本を書いたのは、主演のスタローン本人です。


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マジックショー

「あのカードはボロボロで、どの絵柄か分かっちゃいますので……このカードを使いますね」

 

「……お前。いつも持ち歩いているのか?」

 

「マジシャンですから……てか、仕事の後すぐに連れ出されたんですから、片付けられなかっただけです」

 

 

 寝転がりながら質問する上田を黙らし、箱から出したトランプの束を半分程度割る。

 使うのはその、割った片方の束。

 

 

「マークドデックやマーキングされたカードではない事を、確かめてください」

 

 

 カードは二十枚程度。

 差し出され、受け取った魅音は部活のメンバーらと共に、特殊なカードではないか確認する。

 

 

「ん〜……無いね。新品同様。これじゃババ抜きも真剣勝負になっちゃう」

 

「スベスベしてて、綺麗なカードですわ」

 

「裏にこっそり書いてある……と言うのもないですね」

 

「みぃ。普通のカードなのです」

 

 

 カードをもう一度束にして貰い、山田に返却する。

 突然のマジックショーに、しょげていた圭一も興味を示したようで、のっそりと立ち上がった。

 

 

「私はこの、何の変哲も無いカードで、この中の誰かが選んだ絵柄と数字を見ずに当てる事が出来ます」

 

 

 部室内がどよめく。

 

 

「どなかた、カードを選んでいただけませんか?」

 

「では、私が参りますわ」

 

 

 名乗り出たのは、沙都子。

 

 

「沙都子さんでしたね」

 

「はい」

 

 

 山田はまず。二十枚のカードを切る。

 独特な切り方で、カード一枚一枚を右手から左手に飛ばして移すようなもの。

 その映える切り方がまた、全員の目を奪った。

 

 

 カードを切り終わると、裏返しのままの束を、沙都子の前に突き出す。

 

 

「では、好きな段から一枚引いて……私に見せないようにして、カードの絵柄をみんなに見せてください」

 

 

 沙都子は山田の言う通り、適当に束を割って、中から一枚のカードを抜いた。

 

 

 後ろに集まっているメンバーへ、表面を見せる。

 図柄は、『ダイヤのエース』。

 

 

「確認しましたね。では、私に見せないように、束の上に置いてください」

 

 

 割ったカードを戻し、一番上に選んだカードを乗せた。

 勿論、沙都子は山田へは裏面しか見せていないし、協力者に成り得る可能性の高い上田は地面に倒れたまま、見る事が出来ない。

 

 

「戻しましたわ」

 

「もう一度、切ります」

 

 

 最初と同じ動作かつ、見事な手捌きでカードを切る。左手にあった束が、最初の右手に戻る。

 切り終わると一度ピタリと止まり、ゆっくり手元から沙都子の方へと、山田の視線が戻る。

 

 

「では次に、レナさん」

 

「え? レナですか?」

 

「これから、下から順番にカードを抜いて行きますが……沙都子さんが選んだカード、何枚目に出して欲しいですか?」

 

 

 山田の質問に、子どもたちは騒ついた。

 

 

「で、出来るの、そんな事が!?」

 

 

 魅音の驚きに合わせ、他のメンバーも口を開ける。

 

 

「本当かよ……」

 

「俄かには信じられませんわね……」

 

「興味深いのです」

 

 

 口々に懐疑と好奇の声をあげる中、レナは何枚目にしようかと、左手の指を折って選んでいる。

 数字が決まり、おずおずと指定した。

 

 

「えっとえっと……じゃあ、『八枚目』!」

 

「八枚目ですね。分かりました」

 

 

 山田の指が、カードの前方の裏に移る。

 それから慣れた手つきで、下から順番に一枚一枚カードを抜いて行く。

 

 

「一枚目……二枚目……三……四……」

 

 

 抜かれたカードは机の上を滑り、上手く停止。

 カウントダウンのように増えて行くカードを、固唾を飲んで見守る。

 

 

「五……六……七」

 

 

 七枚目を抜いた。

 カードとカードが当たり、僅かに弾かれた。

 

 七枚抜かれた後も、場所を変える事なしに同じく下から、八枚目を山田は引いた。

 

 

「沙都子さん」

 

「は、はい!」

 

 

 全員の注目が机の上から、山田の持つカードに集中する。

 

 

「貴女の選んだカードは……」

 

 

 裏のカードが、ぴらりとひっくり返された。

 

 

「これですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ダイヤのエース』。

 

 的中だ。

 

 

 

 

 

 

「せ、正解ですわ……」

 

 

 

 

 沙都子の宣言の後、場がワッと湧く。

 拍手と賞賛、興奮の声だ。

 

 

「うおおお!? す、すげぇ!? どうやったんすか、山田さん!?」

 

「下から七枚出したのに……え? ど、どう言う事ですの!?」

 

「うはぁ……こりゃおじさん、驚いた……」

 

「カードが動いたの!?……ど、どうやったのかな? かな!?」

 

「凄いのです! べりーまっちなのです!」

 

 

 予想以上の反響に、山田は思わず驚いた。

 

 

「うぉ……な、なんか……い、良いな……」

 

 

 数十年間、『売れないマジシャン』の看板を背負わせ続けられた彼女にとって、彼女らの声は素直に嬉しかった。

 山田のマジックに魅せられ、驚き、歓喜する。

 灰色な上京生活を送って来ただけに、報われた気がした。

 

 

 

「……これで金になればなぁ……」

 

「この、ゲス外道めッ!」

 

「んなぁー!?」

 

 

 ぽつりと零した山田の愚痴に、いつの間にか横にいた上田が頭を叩いて突っ込む。

 

 

「それで、どうやったんですか!?」

 

 

 圭一の質問に、山田は叩かれた頭をさすりながら、ネタばらし。

 

 

「誰でも出来る、簡単なマジックです。私のカードの切り方、覚えています?」

 

「確か……変わった切り方だったね。こう、手から手にピュンピュン飛ばすみたいな?」

 

 

 魅音の言った通りに、また山田は同じ切り方をしてみせた。

 

 

「これ、『オーバーハンドシャッフル』って言いましてね。切っているように見せて、実はこれ…………」

 

 

 山田は四枚だけカードを手に取り、そのオーバーハンドシャッフルをしてみせた。

 裏面ではなく、絵柄のある面……『ハートのクイーン』を上にする。

 

 

 

「……あ!?」

 

 

 不思議な事に、一番上のハートのクイーンが、一番下に来た。

 

 

「上から一枚一枚手に乗せて、順番を逆転させただけなんですよ」

 

 

 切ったカードをもう一度オーバーハンドシャッフルすると、元通りの順番になる。

 

 

「沙都子さんが選んだ一番上のカードを、これで一番下にする。これなら絵柄が分からずとも、選ばれたカードが必ず下にあるって、私が知る事が出来ます」

 

「でもでも! 最後、レナが言った枚数を下から出して行きましたよ!? 最初のカードがダイヤのエースだったら分かるけど……」

 

「それも、簡単ですよ」

 

 

 ハートのクイーンをもう一度下に戻した。

 

 カードの束を持つ手を上げ、全員に手の甲側が見えるようにする。

 少し指を動かすだけで、一番下のカードは後ろへズレた。

 

 

 

「下のカードだけ、私の方へスライドさせたんです。はみ出た分は手で隠しておいて……後は一番下を抜く振りをして、その一つ上のカードを言われた枚数分出すだけです。スライドさせて少し空間がありますので、それは容易です」

 

 

 三枚のカードを同じ要領で抜いて行くが、一番下にあったハズのハートのクイーンは、彼女の手の中に残ったまま。

 

 

「オーバーハンドシャッフル自体、日本じゃあまり見ない切り方で、怪しまれる可能性があります。ですので、最初のシャッフルで見せ付けておいて、『この人のシャッフルはこうなんだな』と思わせ、違和感を消しておくんです」

 

 

 解説が終わり、子どもたちへ顔を向ける。

 

 

 

 

「どうでした?」

 

「すげぇ……は、ハマりそう……」

 

 

 カードを手に取り、オーバーハンドシャッフルを辿々しく真似る圭一。

 彼だけではなく、全員が山田のマジックを、タネ明かしをしてなお讃えた。

 

 

「ほ、他はどんなマジックが出来るのでしょうか!?」

 

「マジックって、こうやるんだねぇ……」

 

「山田さんのマジック、もっと見たいです!」

 

 

 更に山田へマジックマジックとねだるメンバーたちに、タジタジになる。

 あまり求められる事に慣れていないからだ。

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと、待って待って……上田さん、落ち着かせてくださいよ!」

 

「チヤホヤされやがって……まぁ! 精々君は子どもの相手レベルが丁度良いって事だな! はっはっは!」

 

「……悔しいんですよね?」

 

「……いや全然? 全く? 悔しさの『く』の字もないよ!」

 

 

 上田の目から『羨ましいビーム』がダダ漏れだった事は、今更言うつもりはない。

 

 

 

 

 

 

「みぃ! 僕も、マジックを披露するのですよ!」

 

 

 暫く黙り込んだいたなと思っていた梨花が、手を上げて言い放った。

 その宣言には、全員が面食らう。

 

 

「…………にぱー☆」

 

 

 無邪気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立っていた山田のマジックとは違い、彼女のは床に座って行うようだ。

 山田と梨花が向かい合わせに座り、目と目を合わせる。

 

 

「……あの子も、何か出来るのか?」

 

「う、う〜ん? 梨花ちゃんがマジック出来るなんて、おじさん初耳なんだけど……」

 

「私もですわ。いつの間に覚えていたのでしょうか……?」

 

 

 部活メンバーにとっても、異質の事態らしい。

 怪訝な表情の山田の前でアヒル座りの梨花。ニコニコ笑い、考えを悟らせない。

 

 

「僕はカードを、見たり触ったりせずに、山田が何を選んだか当てられるのです!」

 

 

 そう言って、クルッと山田から背を向けた。

 

 彼女の前には、均等に並べられた十五枚のカード。

 クローバーの三、ダイヤのジャック、ハートの五、スペードのエース……などから、ジョーカーまで。

 全て無造作に山田が彼女の前で選んだ。しかし一切触らせていない為、梨花が何かしらの細工をする暇はない。

 

 

「みぃ。カードを一つ選んで、指を近付けるのです」

 

 

 それどころか、背を向けた彼女はカードすらも見れない。

 一体どうやって的中させるのかと、本職マジシャンの山田さえ唸らせる。

 

 

 

「……見てないですよね」

 

「僕は全く見れないのです! ここで天井のシミを数えるのです!」

 

「そ、そんな言葉、何処で覚えた!?」

 

 

 上田一人が何故か反応する。

 山田はそれを無視し、尚も彼女の背中を凝視していた。

 

 

「僕のマジックは凄いのです! 指差した瞬間に分かります! あまりの早さに驚くのですよ?」

 

 

 かなりの自信だ。

 山田は適当に選んだカード一枚へ指を、

 

 

 

 

 

 

「ハートの二っ!」

 

「はやっ!」

 

 

 差す前に答える梨花。

 宣言通り、早さに驚いた。

 

 

「みぃ?」

 

「まだ指さえ差してないんですけど」

 

「今のは場を和ます冗談なのです! 次は山田が、指を差してから言い当てるのです!」

 

 

 本当に大丈夫かと思いながら、山田は気を取り直して、選んだカードを指差した。

 

 

 

 

 

「クローバーの、四!」

 

 

 

 

 

 山田の指は、確かに『クローバーの四』を差していた。

 

 

「……え?」

 

「もう一度やってみるのです」

 

「え、えっと……」

 

「スペードの、エース!」

 

 

 

 

 梨花の言う通り、『スペードのエース』。

 

 

 

 一度ならず、二度も彼女は的中させてみせた。

 

 

 

「ど、どうしてだ!? 全く見てないのに!?」

 

「何故だ……カードの位置は、人間の視認域を超えている……!?」

 

 

 圭一のみならず、上田からも確認出来た。

 梨花は首すら動かしていないし、カードの位置はどう横目を使っても見えない場所。

 

 

 

「梨花ちゃんが覚醒した……」

 

「ど、どうやっているのですか、梨花!?」

 

「頭の後ろに目でもあるのかな?……かな? いや無いか」

 

 

 魅音らは梨花の横にいるが、トリックが分かっていないらしい。

 

 

 

 

「まだまだ行くのですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 それから彼女は三回行い、全て的中させた。

 全くカードを、見ずに。

 

 

 

「ばんなそかな」

 

 

 思考回路の焼け焦げた上田。

 

 

「………………」

 

「みぃ。どうでしたか? 僕のマジック!」

 

 

 クルッと元通り、山田と目を合わせて、「にぱー☆」と笑う。

 愕然とする周りの見物人だったが、梨花にとって意外だったのは、山田の表情は冷ややかなものと言う事。

 

 

 

 

 

「そこの段ボール、ですよね?」

 

 

 ピッと、横を指差した。

 

 

「指差すのはいけないのです! 二本は相手を差してるけど、残り三本は自分を差しているのですよ!」

 

「『武田鉄矢』は良いですから……ほら。あれ」

 

 

 この教室には、ボードゲームやオモチャの入った段ボールが、あちこちにある。

 山田が指差したのは、二人の横の、やや離れた位置にある段ボール。

 

 

 

 オモチャの入ったそこには、『手鏡』。やや箱から出て、鏡面が斜め下に傾いている。

 鏡面はバッチリ、カード全てを写していた。

 

 

「あれなら、貴女でも横目で見れますよね?」

 

 

 

 悔しがるか、看破された事を驚くのかと期待したが、彼女の表情は笑顔。

 

 

 

 

「…………そう言うことにしとくのです!」

 

「……なんじゃそりゃ」

 

 

 超能力じみた梨花の的中マジックは、何とも単純なトリックだった。

 タネが分かり、全員から「なあんだ」と声がかかるものの、やはり一度は欺かれたとあって、賞賛が投げかけられる。

 

 

「でも梨花ちゃん、凄いマジックだった! 相手が本職だからバレちゃったけどね、圭ちゃんだと絶対に見抜けなかったよ!」

 

「んな!?」

 

「……まぁ、そんな事だとは思った!」

 

「メチャクチャ驚いてただろお前」

 

「とっても良かったよ梨花ちゃん!」

 

「今度は私が協力しますわ! 入江先生を驚かせますわよ!!」

 

「ありがとなのです! にぱー☆」

 

 

 

 気付けば外は、日が落ち始めていた。

 橙に染まる空を、カラスが飛んで行く。

 

 

「……カラスは暑さに弱くてな、夏は空を飛ばない。本当にこの村は涼しいようだな」

 

「その間、カラスさんは何処にいるんですか?」

 

「森の中とかの、影でジッとしている。後は穴を見つけて、その中に入るとかだ。土の中は冷たいからなぁ……それと、鳥類は汗をかかないから口を開けて口内粘膜の蒸発で体温を逃すが、これは犬と同じ体温調整行動で、『パンティング』と言う……パンティー、ング……んふふ!」

 

 

 レナに蘊蓄を披露する上田。その間、魅音は手を叩いて全員を注目させ、部活終了を言い渡した。

 

 

 

 

「それじゃあ、今日はお開きにしよっか。上田先生と圭ちゃんの罰ゲームは、また明日!」

 

「くっそぉお……!!」

 

「……一体何をされるのか……穴に落とされるのか、裸吊りなのか……」

 

 

 座りっぱなしの梨花を沙都子は立たせた。

 

 

「では、私たちは先にお暇しますわ。山田さん、上田先生、また明日お会いしましょう!」

 

「みぃ。二人は退屈しないのです。特にむっつり上田」

 

「だ、誰がむっつり上田だ!?」

 

 

 二人やメンバーにお辞儀をし、バイバイ手を振って梨花と沙都子は帰って行く。

 

 

「上田先生と山田さんは、興宮に戻るんですか?」

 

「え? この村、旅館ないんですか?」

 

「あー、ないない。観光事業は全くなんですってさ」

 

「過疎ってんなぁ」

 

 

 帰り支度をする圭一は、宿泊施設がない事を忠告してくれた。

 確かにバスはおろか、電車も通っていない上に、道路と言ったインフラも最低限と言った感じだと山田は思い出す。

 

 

「仕方ない。暗くなる前に興宮まで戻るぞ」

 

「……戻るんですけど、戻ってないんですよね」

 

「……だったら野宿でもするのか。蚊に噛まれて死ぬぞ!!」

 

 

 魅音とレナが支度をする最中、一足早く済ませた圭一が、思い出したかのように話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば昨日、興宮の警官のおっちゃんに話しかけられたっけ…………あっ。二人とも、『鬼隠し』って知ってるか?」

 

「……!!」

 

「え……?」

 

 

 圭一の質問に、魅音とレナの顔色が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼殺し?」

 

「それは酒だ!」

 

 

 落日。




指差しの話は、『母に捧げるバラード』と言う曲です。
カラスは寒さにはめっぽう強く、−14度でも飛んでいた記録もあります。

竜宮レナと画像検索するだけで、可愛い画像とヤバい画像が見つかるから好きです。


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鬼隠し

 朗らかな表情だった魅音とレナの変貌に、質問者の圭一が戸惑った。

 

 

「どうしたんだよ魅音、レナ?」

 

「……それ。何処で誰に聞かされた?」

 

「昨日、父さんと興宮に買い物に行ってさ。偶然会ったおっちゃん警官に……名前は聞いてなかったなぁ」

 

「……『大石』か……」

 

「え? 知り合い?」

 

「……う、ううん。何でもない」

 

 

 圭一は奇妙に思いながらも、聞かされた内容を話す。

 

 

「何でもさ、村で年に一度、『神隠し』が起きる日があるとか! で、この村って、鬼の伝説があったろ? 鬼にとって食われるから、『鬼隠し』……なあ、この話、マジかなぁ!?」

 

 

「……そ、そんなのがあるのか……?」

 

 

 慄く上田を見て、レナの目がギラリと光る。

 

 

「……はぅう! 怖がる上田先生、かぁいいよぉ!」

 

「……可愛い? こんなイケてる学者が可愛い訳ないだろ」

 

「お待ち帰りぃ〜っ!!」

 

「のぉん!?」

 

 

 レナが上田に掴みかかった瞬間、二人が消失する。

 

 

「上田ぁ!?」

 

「……も、もう! 圭ちゃんは単純だなぁ! 神隠しとかある訳ないじゃん!」

 

「い、今、絶賛神隠し中ですけど!?」

 

「ん〜? そうなのか? お前も鬼に食われるぞ〜とか言われてさ」

 

「上田!? 上田何処だ!?」

 

『山田ぁー! ここだー! ヘルペスミー!』

 

「何処? 何処!?」

 

「うん。ただの、そのおっちゃんの悪ふざけだって……」

 

 

 消えた上田を探しながら話を聞いていた山田だが、『神隠しが起きる日』と聞き、思い出す。

 平成の興宮の司書が言っていた話だ。

 

 

 

「……それって……綿流しの日に起こるって奴じゃなかったですか?」

 

 

 

 

 魅音が絶句する。

 驚きで、彼女の小麦色の肌が蒼白したかのようにも見えた。

 

 

「綿流しって、十日後のか? え? そうなんですか、山田さん?」

 

 

 そんな魅音の様子を知らない圭一は、好奇心を晒して山田に聞く。

 

 

「そうですよね? 確か、誰かが消え……」

 

「も、もういいじゃんッ!!」

 

 

 机を手で叩きつけ、一気に二人を封殺する魅音。

 衝撃音が一度響き、静寂を呼び込んだ。

 

 

 笑顔であっけらかんとした彼女の見せた、強い感情。

 これには山田のみならず圭一も初めてのようで、身体をぶるり震わせ、萎縮していた。

 

 

「……み、魅音?」

 

「…………神隠しも鬼隠しも、そんな物はないよ。ただの悪い噂」

 

「……魅音さん?」

 

「……さ、さぁ、早く出よっか! 学校、閉められちゃうよ!」

 

 

 若干歪んだ、魅音の無理やりな笑み。

 山田も圭一も、明らかに何かを隠している彼女の気を認めた。

 同時に、これ以上の言及は許さないと言った、気迫も認めなければならなかった。

 

 

 

「うがぁぁ!!」

 

「うわぁ!? ど、どっから出て来た上田!?」

 

「ATフィールドを超えた……!」

 

「待たせてごめんね!……帰ろっ?」

 

 

 上田とレナが帰って来たとあり、四人は学校を出る事にした。

 不穏で、後ろ袖を引かれるような、気持ち悪さを抱えながら。

 

 

 

 

 

 

 

「あの、学校裏の建物はなんですか?」

 

「携行缶が置いてある倉庫かな。ガソリンの発電機とか使うだろうし」

 

「うわぁ、それ懐かしい」

 

「え? そう? 庭とかで花見する時とか、発電機用意するけどなー」

 

「庭あるのか……すげぇ」

 

 

 聞けば聞くほど驚かされる園崎家の事情に、山田は「すげぇ」としか言えなくなっていた。

 

 

「……な、なぁ、レナ……」

 

「圭一くん。また作って来ていい?」

 

「え? あ、お、おう。楽しみにしてるから!」

 

 

 二人のやり取りに、魅音が突っかかる。

 

 

「作る……え? つ、作るって、なになに!?」

 

「レナにお弁当作って貰ってんだ……って、言ってなかった?」

 

「き、聞いてないけど……そ、そ、そ、そうなんだ……へ、へへ、へぇ〜! う、羨ましいなぁ〜……」

 

「魅ぃちゃん、物凄くどもってない?」

 

 

 雰囲気は、また最初のような朗らかな空気に戻っていた。

 ただ、外野からは甘酸っぱさも伺えた。

 

 

「……あんのガキんちょ……モテモテしやがって……」

 

「上田さん。子供に嫉妬するなんてみっとも無いですよ」

 

「なんで俺には春が来ない……」

 

「…………巨根だから?」

 

「黙れッ! 殺すぞッ!!」

 

 

 宵の空にかかろうとする頃、三人は次々、道を別れて帰って行く。

 

 

「二人とも〜! 山田さんに上田先生〜! また明日〜!」

 

 

 最初はレナ。

 

 

「そんじゃ。俺、こっちなんで」

 

 

 次に圭一。

 場には魅音と、山田上田が並んで歩いている。

 

 

「……今更だけど、なんか、部活に巻き込んで悪かったね」

 

「いえ。私たちも楽しめましたし」

 

「明日はあの、クソガキ古手梨花を泣かしてやるのです。ニッパー★」

 

「上田さんも楽しかったって」

 

「それは良かった! ほら。この村ってさ、刺激が少ないからね。山田さんのマジックとか、受けると思うよ」

 

「ありがとうございます。また明日も何か、仕込んでおきますね」

 

「ナチュラルに無視されてる気がする……」

 

 

 暗くなりつつある道を歩き、現れた丁字路で、とうとう魅音とも別れた。

 

 

「それじゃ、また明日! 暇があったら放課後に遊ぼっか!」

 

 

 手を振り、屈託のない笑顔を見せてから、走って行ってしまった。

 二人は彼女の姿が見えなくなるまで、見送ってやる。

 

 

 

 

 

 ぽつんと、二人取り残された。

 ひぐらしの声が響く田舎道で、疲れ切ったように溜め息を同時に吐く。

 

 

「……上田さん。本当に何なんですか、これ」

 

「俺に質問するな……完全に物理法則を超えている……何が何なのか、全く分からん」

 

「……認めたくないですけど……超常現象?」

 

「よもや、こんなクソ田舎で体験するとは……」

 

 

 魅音とは逆の道を、二人揃って歩き出す。

 頭の中にあるのは、雛見沢村の『鬼隠し』。

 

 

「雛見沢村で、毎年綿流しの日になると……誰かが死んで、誰かが消えるって、興宮の司書さん言っていましたね」

 

「それに関しては、何者かの快楽殺人に過ぎんだろ。タイムスリット」

 

「スキャット!」

 

「スリットッ!!……したとは言え、祟りやら呪いやらはある証拠にはならない。時間移動ノットイコール祟りだ!……帰れるまでに殺されない事だな」

 

「どうやって帰れるんですかね……」

 

「泣いたら元の時代に帰れる漫画を知っているぞ」

 

「テンガーン! ネクロームッ!」

 

「……その目薬も持参か?」

 

「部室にあったんで頂戴して来ました」

 

「泥棒が!」

 

「明日返すんで泥棒じゃないです」

 

「……まぁ。こっちに来れたと言うことは、きっちり帰れるハズだ。手がかりは俺たちが目覚めた古手神社か……」

 

 

 常識を超越した状況ながらも、あまりに現実離れしている為に……或いは困惑するより前に子供らの相手をした事から、比較的二人は落ち着けていた。

 

 

 歩きながら、山田はふと思い出す。

 

 

「そう言えばあの司書さん……この年の綿流しの数日後に、村が滅びたって言っていましたね」

 

「とすると……あと十日少しで滅ぶと言う事か? 全く火山の気配を感じないのに?」

 

「ねぇ、上田さん」

 

「……なんだ?」

 

「……どうにかして、村を救えないでしょうか」

 

 

 その山田の提案には、上田が驚かされた。

 

 

「何を言ってんだYOU! 俺たちは、元の時代に帰らねばならないんだぞ」

 

「それは勿論、一番ですが……上田さんの依頼人……レナさんが言っていたらしいじゃないですか。雛見沢村崩壊の、明かした謎があったって」

 

「ああ……」

 

「……やっぱり、裏があるんですよ。鬼隠しの事を何故か隠したがってた魅音さんも……なんか胡散臭いですし」

 

「山田……お前……」

 

「雛見沢村の事件の真相をここで暴いて、現代で暴露すれば良いんですよ」

 

「考え方の次元が頭おかしい……」

 

 

 話を一通りすると、今度は寝床の話に移る。

 

 

「そう言えば、宿はどうするんですか?」

 

「ハッ! 安心しろ、金はある! 俺はクレジットを持たない人間だからな!」

 

「なら安心ですね。当分はここで生活出来る訳だ……これもちょっとした休暇と思えば」

 

「……あ」

 

「へ? おい、なんだその、不吉な『あ』は」

 

 

 財布を取り出した彼は、一万円、五千円、千円を取り出し、「ダミット!!」と頭を抱えた。

 

 

「しまった……! この時代、『お札の肖像画』が違うではないかッ!!」

 

「何言ってんですか? お札は、一万円が『ふくさわわさち』」

 

「『福沢諭吉』……」

 

「五千円が『おけくちひとは』」

 

「『樋口一葉』……!」

 

「千円が『やくちエイッ! セーッ!』」

 

「『野口英世』ッ!! 死んで侘びろ!!」

 

「……じゃないですか」

 

「金にがめつい癖に金の事を知らねぇ女だ……」

 

 

 呆れ果てながらも教えてやる。

 

 

「一九八三年当時は、一万円と五千円は『聖徳太子』、千円は『伊藤博文』……翌年になると一万円は今と同じ福沢諭吉となり、五千円は『新渡戸稲造』、千円は『夏目漱石』になる。新渡戸稲造と夏目漱石のは見た事あるだろ?」

 

「夏目漱石は知ってますよ。『我輩は坊っちゃんである』の人!」

 

「『我輩は猫である』ッ! スネ夫かっ!」

 

「ドラえもんの方だったか」

 

「……兎に角だ。この時代にとって、俺たちの金は先過ぎるんだ! 恐らく……肖像画でオモチャか偽札だと思われるだろうな……」

 

「はぁ!? じゃあ、小銭しか使えないのか!?」

 

「小銭の法律は知ってるか? 各種類二十倍までをお金として扱うってのだ。つまり一円玉から五百円まで、それぞれ二十枚しか出せないって事だ。一円玉二十枚、五円玉二十枚、五十円、百円、五百円で……最大一三,三二○円しか出せない。まぁ、そんなに小銭はないがな」

 

 

 小銭に崩そうにも、お札が使えない為に崩せない。

 どうにかして騙して使わせて貰うしかないだろうが、そんなすぐに方法は浮かばない。

 

 

 野宿確定だろうか。

 

 

「……コートもこれ、シミになっちゃうだろうな……川で洗うか」

 

「最悪だ……こうなりゃ」

 

 

 興宮へのバス停に続く道を、上田は逆戻りに進もうとした。

 

 

「何処行くんだ上田?」

 

「手分けして寝床の確保だ。今日会った子らに事情をでっち上げて……一食一汁の恩を擦り付け泊めてもらうぞ」

 

「『田舎に泊まろう』だ……」

 

「この天っ才物理学者上田次郎が、野宿してたまるかッ!」

 

「……って、おい待て上田ぁ!?」

 

「それじゃ、また会おう……クロックアップ!」

 

 

 上田は颯爽と消える。

 一人、夕闇の中で取り残された山田は、一人叫ぶ。

 

 

 

 

「……寝床見つけたらどう知らせんだコラーッ!!」

 

 

 虚しい叫びは山の奥まで、染み渡って行った。

 傍若無人な上田に疲れ果てながらも、一食一汁の恩を受けさせる家を求めて、山田も歩き出す。

 

 

 

 少し歩いた時、唐突に耳へ飛び込んだ声に振り返る。

 

 

「あの〜……山田さん」

 

 

 魅音だった。

 一時間も経たない内の再会だ。

 

 

「あれ? 魅音さん? 家に帰ったんじゃ……」

 

「……上田先生は?」

 

「あー……ちょっとどっかに……それより、どうしたんですか」

 

「……その」

 

「はい?」

 

「……山田さん。鬼隠しの事、知ってるんだよね」

 

「え? まぁ、又聞きですけどね……それで?」

 

 

 言ってしまおうか、決め兼ねている様子の魅音。

 当惑しながらも言葉を待つ山田だが、迷うのは焦ったくなったのか、意を決した表情で魅音は言い渡す。

 

 

 

「……まだ、『婆っちゃ』とかに許可とか取ってないけど……お願いが一つ……」

 

 

 山田と魅音の視線が、合致する。

 

 

「……泊まる場所に困っているなら、どうにかするけど」

 

 

 その言葉に山田は食いつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『園崎』

 

 

 山田の眼前には大きな門と、屋敷が広がっている。

 壁に囲まれ、まるで俗世間と隔絶しているかのような、威圧と神秘性が漂っていた。

 

 

 それより目に付くのは門の前の、黒服スーツの二人。

 厳つく、筋骨隆々で、漆黒のサングラス着用。ヤバさを醸す顔の傷。

 

 

「………………」

 

「ここが私の家だよ」

 

「……え、これ……『北野映画』で見た奴なんですけど……」

 

「この人、客間に案内しといて」

 

「「サー・イエッサー!!」」

 

「おおう!?」

 

 

 魅音が命じると黒服二人は、山田に近付き荷物を預かる。

 厳つい男が、目の前の少女に従っている辺り、魅音が何者なのか察してこれた。

 

 

「私はお母さんと婆っちゃに事情を説明してくる」

 

「あ、あのぉ!? も、もしかして、魅音さん、や、や、ヤーさん!?」

 

「大丈夫大丈夫。取って食ったりしないしない!」

 

「ま、待って!? ちょっと待ってぇ!?」

 

 

 先に家に入って行く魅音。

 呼び止め縋る声虚しく、彼女は行ってしまう。

 

 

 残されたのは黒服二人と、貧乳マジシャン。

 

 

「………………」

 

「「………………」」

 

「……その髪、良いっすね。うっすうっす……」

 

 

 ハゲを褒める山田。

 黒服に促され、屋敷内に足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロックオーバー……」

 

 

 彼は古手神社の前に来ていた。

 

 

「はん! こんな快楽殺人者がいるかもしれん村にいれるか! 俺は一足先に帰らせてもらう!」

 

 

 階段を駆け上がる。

 足を滑らせ、階段を落ちる。

 

 

 最初と同じく鳥居を潜り、梨花たちがいないと確認しながら、祭具殿の前まで行く。

 開けて入ろうとしたが、南京錠がかけられている。

 

 

「ザットサックスッ!! そう言えば閉めてやがったな……!」

 

 

 他に入れる場所がないか小屋を回るが、窓や抜け穴と言ったものは見当たらない。

 

 

「どうしたものか……俺の予想では、この中に出口があるハズだ! エネルギー保存の法則だよ……!」

 

 

 あれこれと思案するが、どうしても無理だと結論付ける。

 

 

「プランAは駄目だ。なら、プランBッ!!」

 

 

 境内で突然、匍匐前進を始める上田。その先は、拝殿。

 

 

「こう言う神社は拝殿の裏に。事務所があるもんだ!」

 

「なにするつもりなのですか?」

 

「そこから鍵を盗み出し、祭具殿の扉を開く! 完璧な作戦だ……!」

 

「確かに完璧ですわね。不可能って事に目を瞑ればですが?」

 

「……おう?」

 

 

 気が付いた時にはもう遅かった。

 上田は何かを触った感覚を覚えた途端、何かが引き上がる音を聞き、次には足から空へ飛んだ。

 

 

「ぐわーっ!」

 

 

 片足首にロープが巻き付き、木の下で逆さまに宙ぶらりんになる。

 バタバタもがく上田の目の前に、梨花と沙都子が姿を現した。

 

 

「おーっほっほっほっほ!! ネズミが釣れましたわ!!」

 

「みぃ。それはネズミさんに悪いのですよ。にぱー☆」

 

「おおい!? おい!? なんじゃあコリャア!?」

 

「声がデカいのですよ。誰か来たのかバレバレなのです!」

 

 

 ブラブラ情け無く揺れる、ブービートラップにかかった上田。

 ケタケタ笑う童女二人を前に、耐え切れず宣言する。

 

 

「こんなりゃ、プランCだッ!!」

 

「それはなんですの?」

 

「……そんな物は無い」

 

 

 諦めて天を仰いだ……側から見たら地を仰いでいるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話しかけられたとき以外は口を開くな!! 口でクソたれる前と後にサーと言え!! 分かったか、ウジ虫どもッ!?」

 

「サー・イエッサー!」

 

「お前は何の為に園崎家に来たッ!?」

 

「教官殿の教えに従う為であります!」

 

 

 外から響く、ハードそうな特訓の声を聞きながら一人、客間に待たされる山田。

 客間と言うから、とても広い。数畳の居間に、見事な掛け軸と生け花。

 

 四方を襖に囲まれた部屋で、差し出されたお茶の湯気が天井に昇る。

 

 

「すげぇ……私の部屋より広い……」

 

 

 緊張感に押し潰されかけながらも暫し待ち続け、部屋に通され十分経過した辺りに、廊下側の襖が開けられる。

 

 

 そこにいたのは、魅音。

 学校制服の姿ではなく、綺麗な絹の着物姿だ。

 ラフな格好とのギャップがあり、また魅音が元々端正な顔立ちである事も相乗し、とても似合っているように見えた。

 

 

「待たせてごめんね!」

 

「あ、あの〜……」

 

「知らなかったなら悪かった。園崎家は戦後から続くヤクザ家系よ」

 

「さいですか……」

 

 

 学校では無礼講と言った感じの魅音だが、今の彼女は襖を閉める所から座る仕草まで、美しく出来上がっていた。

 

 机越しに山田と魅音が対面する。

 

 

「婆っちゃに何とか、離れを使わせて貰えるように言って来たから。移動ばっかでごめんね? うち、広いからさぁ」

 

「だ、大丈夫なんですか? その、見ず知らずの人とか泊めて……」

 

「その代わり条件付きでさ……私のお願いを聞いて貰えるなら、綿流しまで使われてあげる」

 

「……そう言えばお願いがあるって……」

 

 

 魅音の表情が引き締まる。

 目の前にいるのは魅音であって、さっきまでの彼女ではないと気付く。

 

 

「……山田さんって、マジシャンだったね」

 

「えぇ……」

 

「……マジシャンの立場で聞いて欲しいけど……『超能力』って、あると思う?」

 

「……は? 超能力?」

 

「『ユリ・ゲラー』は知ってる?」

 

「いや知ってますけど……」

 

「『三田光一』」

 

「古っ!」

 

「それで……どう?」

 

 

 何を質問しているのかと怪訝に思うが、山田は山田の立場で言い切った。

 

 

「超能力なんて、嘘っぱちです。全てマジックの技法で証明出来ますし、冷静になって考えてみたらおかしいものばっかです」

 

「山田さんなら見破れるよね。梨花ちゃんのマジックとか見抜けていたし、謎解きも出来ていたし」

 

「ええ……って。あれ、もしかして?」

 

 

 ここまで来たなら、魅音の言う『お願い』も悟る事が出来る。

 ただ、その内容の一部までは予想がつかないものだった。

 

 

 

 

 

「……『雛見沢じぇねれ〜しょんず』。その『指導者』の出鼻挫いて欲しい」




『フルメタルジャケット』と『フォレスト・ガンプ』のパロディ。
三田光一は、月の裏側を念写したと主張した、戦前戦中の自称超能力者。月の裏側なんて、当時誰も見れません。


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ダム戦争

『雛見沢じぇねれ〜しょんず』と言えば、今日も今日とてダム反対のデモを行っていたグループだ。

 そう言えば魅音は、彼らを疎ましげな顔で見ていた。

 

 

「雛見沢じぇねれ〜しょんずって……ダム反対派のですか?」

 

「まさにそれ……私たちは『雛じぇね』って呼んでるけどね」

 

「……はあ」

 

 

 略称はこの際、どうでも良い気がするが、相手が真面目な顔なので、真面目に聞いてしまう。

 

 

「雛じぇねの指導者とは?」

 

「まず、雛じぇねの事を話すけど……元を辿れば、作ったのはうちの婆っちゃなの」

 

「……え? お婆さんがですか?」

 

「ここらをダムに沈めるなんて、園崎が許す訳ないからさ。それで村人や組の人で結成させて抗争してた……まぁ。昔はほぼ戦争状態だったみたいだけど」

 

「じゃあ尚更、解散させるなんておかしい話じゃないですか」

 

「……問題が起きてね」

 

 

 魅音は悩ましそうな表情を浮かべる。

 

 

「前は『鬼ヶ淵死守同盟』だったけど、今は『死守連合』。指導者が婆っちゃから、別の人に移ってね」

 

「それはどう言う経緯で?」

 

「……数ヶ月前から、強引にダム建設が進んでね。焦った婆っちゃらに、『私に任せれば絶対に阻止出来る』って売り込みに来た女の人が来たんだよ。勿論、私たちも何処の馬の骨か分からない人に任せるつもりは無かったんだけど……」

 

「………………」

 

 

 一呼吸置く。

 

 

「……同盟の村人が、その人を推し始める訳で。何でも、『不思議な力がある』とか、『オヤシロ様の遣いだ』とか、一斉に。流石に婆っちゃも、反対派の人たちを無理やり抑え込むなんてのは出来ないから、その人に鬼ヶ淵死守同盟を譲ったんだ……そしたらダム建設も遅延し始めたり、あっちから土地の権利についての協議したいとか、進展し始めたんだ」

 

「良い事じゃないですか」

 

「……問題は指導者の素行」

 

 

 話すだけでも頭痛の種なのか、魅音はコメカミを押さえた。

 

 

 

 

「……先月から園崎家に、お金をせびり始めた」

 

「え? ボランティアじゃないんですか?」

 

「要求金額、毎月百万円」

 

「ひゃっくまんえん!? しかも月給!?」

 

 

 金欠なだけに、百万円のワードが重く聞こえる。

 

 

「断ったよ。でも、『闘争にはお金が必要』『払わなければ辞めるだけ』って迫って来るし、村人も変に心酔してるし……困っていてね。これじゃ、計画凍結の前に園崎家が破産しかねない。お母さんも婆っちゃも、いっそ連合を解散させて主導権を握り直したい……ってのが、理由」

 

「私に任せたのは、その指導者の『不思議な力』を暴けって事ですね」

 

「暴いて、村人たちの前で大恥かかしてやって欲しい! そこまでしたらみんな、また園崎家に戻って来るハズ!」

 

「でもその女性、何が出来るんですか?」

 

「詳しくは知らない。けど、人の心を読んだり、瞬間移動だったり、未来予知だったり」

 

「超能力者が良く言う、インチキ能力ばっかですね」

 

「自称だけど、名前は『ジオ・ウエキ』」

 

「なかなかパンチ効いた名前だな」

 

 

 喋り倒して口が渇いたのか、自分でお茶を淹れて飲み、魅音はやっと一息つく。

 

 

「……組の人が無理やり解散させようとすると、村人たちにショック与えるかもしれないしね。言っちゃ悪いけど、村外の人間で、園崎家と関連のない、顔の割れてない第三者が……つまり、山田さんみたいな人が欲しかったんだよ」

 

「じゃあ……私、ここに泊まったら都合悪くないですか? 少しでも関連疑われたら……」

 

「だから、『別宅』を使ってってさ。この屋敷から離れた所にあるし、組の人以外は園崎家の物だって知らないハズだし」

 

「それ絶対、ヤバい取引する所じゃ……」

 

「兎に角!……鬼隠しが起こる綿流しまでには、ジオ・ウエキを村から、追い出して欲しい!」

 

 

 鬼隠し、綿流しと、また妙なタイミングで現れた言葉。

 鬼隠しは綿流しの日に起こる、殺人事件と失踪事件の事。何故、その日までなのか。

 

 

「……綿流しまでになのは、どうしてです?」

 

「……山田さん。絶対に誰にも言わないで……圭ちゃんにも……圭ちゃん、この村に来たばっかりで……その……村を嫌って欲しくないから」

 

「……分かりました」

 

 

 手をピョコッと上げて、宣誓。

 

 

「……私、天才美人スーパーウルトラデラックスハイパームテキマジシャン山田奈緒子は、ここでの事を他言致しません」

 

「肩書き長っ」

 

「ただ、上田さんも鬼隠しの事は知っていますので、あいつにだけは話していいですか? 協力させます」

 

「…………分かった」

 

「それで……理由は?」

 

 

 言い辛そうなのは、どう言えば良いのか迷っているからだ。

 頭で言葉を作り始め、ゆっくり話し出す。

 

 

 

 

 

「……鬼隠しは三年前から起きていてさ。死んだり消えたりしているのは、ダムの賛成派だったり中立派だったり」

 

「……え!?」

 

「婆っちゃも『オヤシロ様の祟り』って言っているんだけど……もし、それが今年も起こるとしたら……絶対にジオ・ウエキが『自分の力』だとか流すと思う。そうなったら雛見沢村は、園崎家よりアイツに傾く可能性がある。勿論、園崎家の影響力が落ちるなんて事は無いとは思うけど、天下の園崎が本山の雛見沢村をまともに仕切れないなんて、他に示しつかないでしょ?」

 

「……………………」

 

「ヤクザってのは面子が大事だからさ……って、どうしたの山田さん?」

 

 

 山田の背筋は凍りついた。

 ダムの賛成派、中立派ばかりが死ぬなんて、十中八九反対派閥の陰謀……『園崎がやったのではないか?』と想像してしまったからだ。

 

 

 これ失敗したら、自分が今年の被害者だろうか。山田はつい、表情が引き攣る。

 

 

「……あの。もし、ジオ・ウエキを……綿流しまでに追い出せなかったら……? こ、小指から?」

 

「あぁ。安心してよ! 別に指詰めとかはしないし! 堅気の山田さん巻き込んだのは、こっちだしさ!」

 

 

 そう言う問題じゃないだろと、今度は山田の頭痛の種となる。

 

 

「それまで山田さんが、雛じぇねの解散に動いてくれるのなら構わないよ。流石に別宅使わしておいて何もしないなんてだったら……追い出しちゃうけどね!」

 

「サラッと残酷だな」

 

「働かざる者食うべからずだからさ。でも、もし追い出してくれたなら……婆っちゃも、金封くらいはって」

 

「お金出るんですか!?」

 

 

 不安は残るが、万年金欠病の山田は『金』に盲目となる。

 悔しいとは思うが、やる気が湧く。

 

 

「…………コンクリ詰め東京湾とか富士樹海で生き埋めとかの心配はないな」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何も」

 

「まぁ……こっちとしては気張って欲しいけど、気軽にね」

 

「所で、一つ疑問があるんですけど」

 

「うん?」

 

 

 この疑問を言うか辞めるか、山田は躊躇した。

 しかし相手が魅音なら酷い事はされない……気がするし、今この部屋には二人だけ。

 

 

「…………あのぅ……」

 

 

 指詰め覚悟で、山田は問う。

 

 

 

 

 

「……鬼隠しの今までの被害者って……誰なんです?」

 

 

 山田奈緒子は鬼隠しを暴きたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃上田。

 

 

「離せー! このクソガキどもがぁ!!」

 

 

 依然、逆さ吊りのまま、二人の前で喚いていた。

 

 

「例え知り合いだとしても、夜に祭具殿に侵入しようだなんて所業は見過ごせませんわね?」

 

「警察に引き渡すのです! 住居不法侵入未遂なのです!」

 

「そ、それだけは勘弁してくれ!? あー……ぶ、物理学者の観点から、神社の道具を見ておきたかったんだよ!」

 

 

 口から出まかせを吐くが、これが功を奏しかは別として、情状酌量の余地を与えて貰えた。

 

 

「みぃ〜……じゃあ何か、面白い話を話すのです。じゃないと朝まで吊るして連行なのです!」

 

「……お、面白い話?」

 

「天災むっつり学者様なのでしょう?」

 

「物理だつってんだろッ!!」

 

 

 ぶら下がりながら、上る頭の血を感じつつ、ボンヤリする思考で何を話そうか考えた。

 今、自分は宙に吊るされている。

 重力。この話をしよう。

 

 

 

「……知っているか? 重力と時間は、密接な関係がある事を」

 

「重力と時間……ですか?」

 

「アインシュタインの理論が元だ。一九一五年、『アーサー・エディトン』は、太陽を通る星の光がズレている事を証明した。太陽はとても巨大な星って事は知っているだろ? 何故このような事になるのかと考えるならば、『質量がある物が時空を曲げる』と考えるしかなかった。アインシュタインは、光の速度に近付けば近付くほど、時間が遅くなる事に気付いた(特殊相対性理論)……なら、その光が速度を変えずに曲げられたと言う事は、時間が曲げられたと考えるのは自然だ(一般相対性理論)」

 

「みぃ。小学生には難しいのです」

 

「まぁ待て。取り敢えず、デカくて重い物の周りは、時間が歪むとだけ覚えていてくれ」

 

「だから私たちよりデカイ上田先生は歪んでいるのですの?」

 

「馬鹿にしてんのかッ!?……デカくて重いと言っても、惑星レベルの話だ」

 

 

 上田は話を続ける。

 

 

「重力は、『引く力(引力)』なんだ。身近な物で例えると、『磁石』。磁石より小さい物は磁石に引っ付き、大きい物は逆に、磁石から引っ付くだろ?……まぁ、これは電磁力だからまた別の力だが……質量がある物が他の物を引き付ける理論は、『万有引力の法則』で証明されている」

 

「リンゴがストーンの奴なのです!」

 

「実際は野球のボールを見てニュートンは思い付いたとあるがな……つまり、質量が重いと引力も強い、しかも時間を歪めるとすれば……自然と、重力があればあるほど時間は歪むと言い換えられる。そう言う事だ! これが正しいなら、引力が強ければ強いほど、時間は遅くなるんだ!」

 

 

 してやったり顔を見せた。

 

 

「どうだ?」

 

「あの……お言葉ですが、あまり理解できないですわ」

 

「レベルが高いのです。面白さが感じられないのです」

 

 

 二人は踵を返し、上田を放置しようとする。

 慌てて上田は呼び止めた。

 

 

「待て待て待て!? む、虫歯があると宇宙飛行士になれない!! 宇宙服を着た瞬間、メチャクチャ痛むからだ! 虫歯で歯の中が空っぽになっているから、宇宙服による減圧で入り込んだ空気が膨れ上がるッ!!」

 

「そう言うのでもないんですよねぇ」

 

「卵の黄身と白身はペットボトルで分けられるぅぅぅ!!」

 

「そう言う話が聞きたかったのですよ。もっと生活に役立つ事を教えて欲しいのです」

 

 

 沙都子が足元にあった固定具を外すと、上田は真っ逆さまで落っこちた。

 

 

「ニュートンッ!?」

 

 

 万有引力の法則である。

 

 

 

 

 

 

「もっと優しく落としやがれってんだ……」

 

「粗茶ですが」

 

「……今更丁重にもてなそうが、俺の怒りは消えねぇ!!」

 

「元を正せば、上田の不法侵入なのです! 学者の癖に論点をすり替えるのですか?」

 

「……煽る時だけIQの上がる奴だぜ」

 

 

 出されたお茶は少し渋かった。

 頭から落ちた為、痛む頭頂部を労わりながら、彼女らの家の居間にいる。

 

 

「……そう言えば、親は?」

 

「私も梨花も……両親がいないのですわ。だから二人で生活しているんです」

 

「お、おおう……」

 

「別に気にしないでくださいな。慣れっこですし、今の生活も楽しいですし」

 

「……あぁ。そうなのか」

 

 

 予想もしなかった重い話に、思わず口籠る。

 何か別の話題をと、部屋の中を眺めた。

 

 

 

 

 部屋の隅に、バットとグローブを見つける。

 

 

「野球やってんのか?」

 

「ちょいちょい参加してるのですよ!」

 

「この村のお医者さんが、野球チームを組んでいるんですわ」

 

「ほぉ〜う?」

 

「上田先生は野球の経験がおありでして?」

 

「高校時代に甲子園で『徳島池田高校』のやまびこ打線を相手取って大活躍し、『畠山準』と大激戦を繰り広げ、噂を聞きつけたメジャーリーグのスカウトマンが音速ジェットでスカウトしに来たほどだ。ついたあだ名が、『東洋のゴロー』!」

 

「それ去年の甲子園では……?」

 

「上田の口は嘘しか出ないのです」

 

 

 今が一九八三年と言うのは忘れていた。彼の言ったのは、一九八二年の話。

 

 

「……そうか。俺はこの頃、高校生だったか……」

 

「それで、野球は出来るのでしょうか?」

 

「ん? ああ。道具を使うスポーツほど、物理的な競技はないからな。俺の大学でも、スポーツ選手のフォームや道具を分析するような事をしている力学の教授もいる。勿論、俺も嗜んでいる」

 

「思えば……学者先生にしては筋肉ありますものね」

 

「鍛えていますから。筋肉は、裏切らない!」

 

 

 肉体や運動神経についても自信の高い上田。

 沙都子が手をパチンと叩き、提案する。

 

 

「なら、上田先生も監督に会ってみます?」

 

「監督さんに? 医者か……」

 

「実は私、監督……『入江先生』のアルバイトしていますの!」

 

「それで生計立てているのですよ〜」

 

「また明後日も入江先生の所に行く予定ですから、お時間おありでしたら如何ですか?」

 

「んまぁ、有りだな。是非、学者同士、意義のある話をしたいもんだ」

 

 

 お茶を飲む。やはり渋すぎる。

 

 

「今更なのですが、山田は何処なのですか?」

 

「あいつか? あの不出来な貧乳は俺だけおいて、さっさと町に行きやがった! お陰で野宿か、徹夜の危機だ」

 

「なら泊まっていかれます?」

 

「お? 良いのか?」

 

「沙都子以外に僕のオモチャが増えるのです」

 

「…………本当に可愛くねぇガキンチョめ!」

 

「にぱ〜☆」

 

 

 ともあれ、寝る場所を確保出来たとあり、上田は喜んだ。

 ここなら祭具殿に近く、梨花に頼んで入れてもらう事も出来るハズ。

 

 

 さっさと帰って、研究と印税と『哲! この部屋』を楽しみにする日々に戻る。

 

 上田は雛見沢村から出たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星が見下ろす空が、目一杯に広がる。

 もくもくと立つ湯気の中、温泉につかる矢部らの声が響く。

 

 

「冬の露天風呂は最高やな! ぬっくぬくやで! こりゃ頭皮に血が巡るなぁ!」

 

「兄ィ! ほれ、クラゲじゃけぇの!」

 

 

 タオルに空気を詰めて浮かせる石原に、泳ぐ菊池とまったりする秋葉。

 矢部は頭に、何故か髪染め用のキャップを被って、湯船傍に置いた日本酒を飲んでいる。

 

 

「矢部さん矢部さん、徳利の注ぎ口はお猪口につけたら駄目らしいっすよ!」

 

「んなマナーしるかい! それで溢したら余計マナー悪いがな! くっ付けて、確実に、入れるんが最適や!」

 

「はっはっはっ!! この温泉広い!!」

 

「バタ足すんなやお前!! マナー違反やぞ!」

 

「わしゃ、マナーよりマネーが欲しいがのぉ!」

 

 

 大人数かつ、人がいない為にほぼ貸し切り状態の為、刑事たちははしゃいでいた。

 ここは鹿骨市興宮の旅館。屋上露天風呂に浸かり、長距離移動の疲れを癒す。

 

 

 

「それで矢部さん」

 

「お〜? なんやなんや?」

 

「明日からは、どう調査するんですか〜?」

 

「今、仕事の話はええがな! 飯食って酒飲んで寝るッ! 今日のお仕事はそれまで〜い!」

 

「兄ィの言う通りじゃ、秋葉ちゃん! ワシ、腕が疲れてのぉ!」

 

「効能は筋肉もしくは関節の慢性的な痛み、運動麻痺における筋肉の強張り、胃腸機能の低下、軽症高血圧、糖尿病、軽いコレステロール血症、軽い喘息、痔、自律神経不安定症、ストレスによる諸症状、病後回復期、疲労回復、健康増進、切り傷、末梢神経循環障害、冷え性、うつ状態、皮膚乾燥症、高尿酸症 、関節リウマチ、強直性脊椎炎など! 至れり尽くせり! まさに効能の宝石箱ッ!! 僕のような成功者に相応しいッ!!!!」

 

 

 そうとは言うが、やはり自分の出世に関わる案件。

 明日からの動向をチラッと言う程度は構わないだろうと矢部は決めた。

 

 

「ま〜ず〜は〜! ここの病院に行って、この子供のカルテとか入手するで!」

 

「例の大災害の〜、生き残りじゃな!!」

 

 

 お酒の下に敷いていた資料。

 菊池が作って来た資料をラミネーターにかけた物を一回手に取り、ぽいっと捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『前原圭一』




1982年ドラフト会議で指名された『市村則紀』は当時30歳で、これはドラフト史上最年長です。
アインシュタインは「R」をずっと「Я」と書く拘りがあったらしいです。


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6月10日金曜日 雛じぇね

 眩しい朝陽が、障子の紙を通過する。

 その光を浴び、山田は目を覚ました。

 

 

「……フガッ?」

 

 

 枕と足元が反転し、片足が障子をぶち破っていた。

 

 

 山田に当てられた別宅は、小さな一軒家だ。

 森の中に足を踏み入れたかけたような場所にある、一階建ての2LDK。

 テレビと冷蔵庫はあるが、エアコンはない。扇風機は、座敷の奥から引っ張り出した。

 

 

 一見すれば不便だが、ここより不便な所に住んでいた山田にとって、天国だ。

 

 

「えーっと、牛乳牛乳……」

 

 

 来る前に、魅音は幾つか食料をくれた。

 山田は朝、スッキリした覚醒の為、牛乳を飲む。

 

 

「卵と牛乳に……」

 

 

 グラスに注いだ牛乳に、卵を入れる。

 

 

「……醤油を混ぜまして」

 

 

 醤油をトクトク注ぐ。

 白い牛乳は一瞬にして、胡桃色に。

 

 

「掻き混ぜて……レモン果汁をアクセントに……」

 

 

 山田特製、ミルクセーキの完成。

 それをグッと飲み、満足そうな笑みでプハーッと息を吐く。

 

 

「いやぁ〜快適快適! 夜は『遠山の金さん』が生で見れたし! もうここに住みた〜い!」

 

 

 上田の事をすっかり忘れ、大きく伸びをしながら時計を見遣る。

 

 朝の八時手前。今は扇風機をつけていないものの、ちょっと上着がいるかなと感じるほどに涼しかった。

 

 

 部屋には、汚されていたコートが吊るされている。

 洗濯機があったので、使わせて貰った。

 

 

「雛見沢村……なんて良い所なんだ……空気は美味いし、うるさい大家はいないし!」

 

 

 そう言った瞬間、家の前をドタドタ走る、騒々しさが飛び込んで来た。

 折角の気分の良い朝なのにと、山田は一気に不機嫌になる。

 

 

「……なんだよこんな朝っぱらから……」

 

 

 カーテンを開け、外を確認する。

 数人の村人が何処かへ向かって走って行った。

 その内の一人の掲げていた旗を見て、自分の責務を思い出す。

 

 

 

『雛見沢じぇねれ〜しょんず・ほえば〜』

 

 

 そうだ。

 自分はアレを解散させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻の上田も、起床。

 梨花と沙都子の為に、朝食まで作っていた。

 

 

「グッドモーニン! 冷蔵庫の物を勝手に使わせていただいたぜ!」

 

「おはようございます……あら、上田先生が!?」

 

 

 味噌汁とご飯、おかずはシャケの塩焼き、ほうれん草のおひたし。

 

 

「オーソドックスだが、朝はこんくらいで良いだろ! 知り合いの刑事が料理好きでな、ちょこちょこ教えて貰ったんだ」

 

「やっと上田先生にも使える所が出来ましたわね!」

 

「人を無能みたいに言いやがって……おい。古手梨花は?」

 

「あの子、いつも一人で起きた試しが無いんですから……梨花ーっ! 起きなさーいっ!!」

 

 

 沙都子が二階に、梨花を起こしに上がる。

 腹が減っていた上田は先に食べてしまおうかと、キチンと手を合わせて朝食にありつけた。

 

 

 

 彼の所では、誰かの怒号が聞こえた。高台の神社まで響くほどの、大声だ。

 

 

 

 

「ダムの責任者と口論やそうじゃ!!」

 

「罰当たりな事しよる!『我が魔王女』に叶う訳ないだろ!!」

 

「八時だよ! 全員集合!!」

 

 

 

 

 気になった上田は窓から外を見る。

 目を凝らせば、畑道を走る集団が見て取れた。

 

 

「……ありゃなんだ? 朝っぱらから……」

 

 

 呆れながらも興味を持った上田は、朝食を食べたら見に行ってみようと決める。

 

 

「……昼からは『哲! この部屋』……確かこの日は、伝説の『ドタキャン事件』回だぜ……!」

 

 

 過去の世界で見る長寿番組は、彼にとって実質リバイバル放送だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前原圭一は、今日はやけに目覚めが良かった。

 しかし気分は全く乗らない。死人のように通学路を行く。

 

 

「…………罰ゲーム……」

 

 

 昨日のババ抜きの罰ゲームが、今日の放課後に行われる。

 何をされるのか憂鬱になり、機嫌の良い目覚めがいらないお世話のようにも思えて来た。

 

 

「………………」

 

 

 また、彼の心の中には、一つの蟠りもある。

 昨日の帰り際に見せた、魅音とレナの不自然な行動。

 

 何かを隠されていると圭一は気になり、ふと想起してはそればかり考えるようになってしまった。

 

 

「……この村。何かあんのか?」

 

 

 気になり、知りたくなって来てしまった圭一。

 だがそれは、目の前を通り過ぎ行く連中に、気を取られて消える。

 

 

「……雛じぇね……」

 

 

 また何か、問題でも起きたんだろうと、さほど注目しないようにはした。

 だが、そのすぐ後ろを付いて行く、見覚えのある人物。

 

 

 

 

 

「山田さん?」

 

 

 何かあるなと嗅ぎつけ、圭一は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の雛見沢じぇねれ〜しょんずは、ダム工事現場前に続々集結している。

 騒ぎを聞きつけた山田が彼らの後について行き、様子を伺う。

 

 

「なになに?」

 

 

 一際大きな横断幕を見つけた。

 

 

『雛見沢じぇねれ〜しょんず・ほえば〜』

 

「ひなみさわじぇねれ〜しょんず、ほえば〜……」

 

『woth れじぇんどらいだ〜』

 

「……う、うぉ、ウォズ? れじぇんど、らいだー……?」

 

 

 集団の最前列より、幾多も飛ばされた怒号が、重なって響いた。

 

 

 

「なぁ〜にが、オヤシロ様の遣いよっ! 恥を知りなさいっ!!」

 

「貴様ぁッ!! 我が魔王女に何たる口の聞き方やッ!!」

 

「単なるペテンやろがい!!」

 

「うっさいわタワケェッ!! 村をダムにするなんざ、許さんぞッ!! 絶対ッ!!」

 

 

 人混みを掻き分け、前へ前へと進む山田。

 そんな彼女の腕を掴んだのは、見覚えのある人物だった。

 

 

「うぉ!? なんですか一体……圭一さん!?」

 

「や、やっぱり山田さん! ここは危ないですって!!」

 

「学校じゃないんですか?」

 

「通学中に山田さんがここに走って行くの見たから、気になったんすよ! 関わるのはマズイですって!」

 

「仕事なんですよ! 雛じぇねの指導者の、インチキを暴くんですよ!!」

 

 

 

 山田がそう叫んだ瞬間、場はいきなり静まり返った。

 空気の変化に驚き辺りを見渡すと、山田と圭一の二人を、敵意の篭った目で睨む雛じぇね構成員らが包囲していた。

 

 

 

 裁判所の法廷に立たされた、被疑者の気分。

 山田と圭一は、夏場なのに冷や汗と鳥肌が止まらない。

 

 

「……い、インチキってのは、あの……い、良いチキンって意味です!! この人と唐揚げの話してまして!! ねっ!? 山田さん!」

 

「え? ファ、ファミチキ好きなんです!」

 

「……ファミチキってなんですか?」

 

 

 誤魔化そうとする圭一と山田だが、最前列から聞こえる、良く通る女性の声に注意が向く。

 

 

 

 

「ア〜タクシが、インチキと?」

 

 

 群衆が割れ、先へと進む道を開ける。

 その先にいたのはピンク一色の服と、同色の大きなツバのハットを被った、小太りで貫禄のある豪華な服装の女だった。

 

 

「そう……仰いましたわよねぇ?」

 

 

 中年の女性が姿を現した。

 ハットにはデカデカと『シドウシャ』と片仮名が貼られ、分厚い化粧とキツイ香水の匂いが図太さと嫌みさを感じさせる。

 はっきり言って、山田の嫌いなタイプだ。

 

 

 この人物が、鬼ヶ淵連合・雛見沢じぇねれ〜しょんずの現指導者、『ジオ・ウエキ』。

 

 

 

「………………」

 

「あ、あの……それは言葉の綾って言うんすか」

 

「……ええ。言いました」

 

「……山田さん!?」

 

 

 山田は一歩踏み出す。

 

 

 

 囲んでいる構成員の凄みの効いた目に慄き、やっぱ一歩後戻りする。

 

 

「啖呵切ったなら行ってくださいよ……!」

 

「さ、流石にこの人数の前じゃ……」

 

「だから出ようと言ったのに……!」

 

 

 山田も圭一も後悔を滲ませた所で、ジオ・ウエキは突然、指をパチっと鳴らした。

 途端に二人の後ろを囲っていた者たちが前進し、二人を押して無理やり彼女の前へ連れ込んだ。

 

 

「ちょ、ちょちょちょちょ!?」

 

「痛い痛い痛い! 髪を引っ張るなっ!!」

 

 

 近付けば漂う、香水の強い匂い。

 ジオ・ウエキは二人を眼前に据えると、べっとり口紅が塗りたくられた唇を釣り上げた。

 

 

 

「アタ〜クシは、本物ですのよ?」

 

 

 

 背後を構成員らで固められてしまった。

 もう逃げられないと、山田も圭一も腹を括る。

 

 

 

 

 

 

 事の発端は、現場への材料搬入を妨害したと言う現場監督らの主張からだった。

 口論となり、一触即発の状態の中で、ジオ・ウエキが登場し仲裁していたそうだ。

 しかし監督らが怒り余ってジオ・ウエキを「ペテン師」と罵り、雛じぇねのメンバーらが集結して抗議したのが、ここまでの流れ。

 

 

「あんたに不思議な力があるなんてっ! あたし、信じないわよっ!!」

 

 

 現場監督はオカマだった。

 膨よかな身体を揺らし、ガテン系の顔に濃い化粧と言うアンバランスな姿をしている。

 

 

「大体ねぇっ! ダム計画の話は既に進んでんのよっ! これ以上の文句は、建設大臣に言いなさいよっ!!」

 

「そーだそーだ!!」

 

「監督の言う通りぃ!!」

 

 

 監督の主張に対し、仕事仲間の作業員たちが口々に賛同する。

 

 

 だがジオ・ウエキは余裕のある態度を崩さず、言い放った。

 

 

「その建設大臣が、強引に計画を進めたのが悪いんじゃあ、あ〜りませんの?」

 

「そーやそーや!!」

 

「我が魔王女の仰せの通りぃ!!」

 

 

 

 互いの主張は堂々巡りの一方だ。

 ジオ・ウエキは監督らが何か言おうとするのを手で制し、再び山田と圭一を見遣る。

 

 

「それより……アタク〜シの力を疑う者がまた、現れたようですわね」

 

「さっき『アタ〜クシ』だったよな……」

 

「丁度良いですわ、皆さん!」

 

 

 ピンク色の手袋をはめた手をパチリと叩き、全員に対して声を張る。

 太っているからなのか、アルト歌手のように良く通る声。

 

 

「ダム工事の方々も、アタクシ〜の力を知らないようですので……披露してみせますわ!」

 

「……今度は『アタクシ〜』かよ!」

 

「てか、なんでピンク色の服なんすか?」

 

「は?『マゼンタ』ですけど?」

 

 

 圭一の色間違いを迫真の声で訂正。

 雛じぇねのメンバーが口々に「マゼンタだー!」と叫ぶ。

 

 

 

「山田さん……これ、ダム反対だとかよりも新興宗教っすよね……?」

 

「だけど……必ず暴いてやりますよ……」

 

 

 ジオ・ウエキが人差し指を前後に動かし、合図を送る。

 メンバーの数人が机と、トランプの入ったケースを持って来た。

 

 

「我が魔王女……これを……」

 

 

 恭しく差し出されたトランプケースを手に持ち、前に置かれた机の上に置く。

 

 

「では、ダム工事の方々も、お近くまでいらしてくださいな」

 

「あたしに指図するんじゃないわよっ!!」

 

 

 そう言う癖に一同揃って近くに寄る、律儀な作業員たち。

 ジオ・ウエキはケースからカードの束を取り出す。

 

 

「ジョーカーは抜きますわ」

 

 

 二枚のジョーカーを抜き取り、念を込めて投げ捨てた。

 

 

「サイクロ〜ン!」

 

「「ジョーカーッ!!」」

 

 

 花嫁のブーケを取ろうとする来賓のように、雛じぇねメンバーはジョーカーを取ろうと手を伸ばしていた。

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、山田を見遣る。

 

 

「ア〜タクシは、インチキではありませんわ」

 

「『ア〜タクシ』に戻った……」

 

「貴女の選んだカードの絵柄を……見ずに当てる事が出来ますの」

 

 

 その宣言を聞いて、圭一はチラリと山田を一瞥。

 

 

「……同じマジックをするんすかね?」

 

「的中マジックなんて、在り来たり過ぎます」

 

「マジックではありませんわ? タネも仕掛けもない……アタ〜クシの、能力でありますのよ」

 

 

 ジョーカーを抜いた、五十二枚のカード。

 まずカードをシャッフルする……山田のやった、オーバーハンドシャッフルではなく、二つの山を作って交錯させるように混ぜ込む『ファローシャッフル』。

 意図的に順番を変えられるようなシャッフルではない。

 

 

「〜♪」

 

 

 何故か『月光仮面』のテーマを鼻歌で歌うジオ・ウエキ。

 何度か同様のシャッフルを繰り返した後、上から順番に九枚のカードを抜いて、縦に三枚ずつ均等に並べた。

 

 

「この中から一枚、カードを選んで持ちなさい。アタク〜シは、暫し後ろを向いておきますわ」

 

「なら……彼ら全員をまず、離してください」

 

 

 山田は取り囲む雛じぇねメンバーに言いつけた。

 彼らが見ておいて、秘密の暗号を使いジオ・ウエキを補助するかもしれない。

 

 

「えぇ。宜しいですわ。皆さん! フルスロットルで離れてくださいなーっ!」

 

「「マッテローヨッ!」」

 

 

 メンバーらは素直に、蜘蛛の子散らすように全速力で離れて行った。

 

 

 

「「イッテイーヨッ!」」

 

 

 息も絶え絶えな合唱が響く。老年者にさせるものではないだろう。

 しかし彼らは、大体十五メートル向こう。双眼鏡でも無ければ見えまい。

 

 

 

 

「……では! お選びくださ〜い! Time Judged All!!」

 

「タジャドル?」

 

 

 山田の聞き間違えは兎も角、ジオ・ウエキは振り返り、山田、圭一、ダム作業員らに背を向けた。

 絶対に見えない。

 

 

「山田さんのマジックとは違う……っぽいっすけど……?」

 

「あ、あんた……本当に見破れるのっ!?」

 

「………………」

 

 

 まずは全てのカードを観察する。

 裏向けのカードは、全部『マークドデック』でもなく、『マーキング』もされていないと確認。道具的な仕掛けはないと、理解する。

 

 

 三枚ずつ縦に並ぶカードたち。

 山田はその一つを選び、圭一らに見せ付けた。

 

 

『クラブの五』。

 確認させたらまた裏返しにし、彼女に見せられないように手の中に隠した。

 

 

「お選びになりました?」

 

「……ええ」

 

「ではでは……Ride on Right Time!!」

 

「ラトラータ?」

 

 

 ジオ・ウエキは、再び振り向き直った。

 彼女は早速、残った八枚のカードを集め、束にする。

 

 

「選んだカードを、アタクシ〜に見せないように、上に乗せてくださいな」

 

「………………」

 

 

 クラブの五のカードを、裏向けのまま乗せた。

 その束のみを使うのかと思えば、傍らに置いてあった残りのカードの山を全て、更に上に乗せる。

 

 

「これから特別な『印』を使い……貴女のカードを的中させてみせますわ?」

 

 

 ジオ・ウエキは一枚一枚、山の上からカードを抜いて行き、机の上に縦に並べて行く。

 ハートのクイーンが四枚目に並ぶ。

 

 

「キングやクイーン、ジャックにはそれぞれ、スペード、クラブ、ハート、ダイヤ毎にモデルがいることはご存知?」

 

「……いえ」

 

「ハートのクイーンは、旧約聖書外典『ユディト記』に登場する、『ユディト』と言う女性ですわ。アッシリアのメディア王との戦いで、敵の司令官を殺し町を救った、強い女性ですの」

 

 

 嫌味な声で語られる薀蓄に、少し山田は苛つきを覚えた。

 それから彼女は同じ方法であと二枚抜いた。

 二枚目の『スペードの五』が出た途端に、並べるのをやめる。

 

 

「もう一度」

 

 

 彼女は同じ要領で、カードを並べて行く。

 しかし十枚目の『クラブの三』が出た途端に、並べたカードを裏にして一旦山にした。

 

 

「今日は振るわないですわねぇ」

 

 

 そうぼやきながら、彼女が手元に持っていた山の一番上から一枚を加える。

 そしてその、手元の山に乗せてから、再度続けた。

 

 

「……最初の一枚が違うだけで……残り九枚は同じだろ」

 

 

 山田のぼやきの通り、彼女がまた縦に並べたカードは、最初の一枚以外は先ほどと逆の並びだけで、同じだった。

 十枚目が『スペードのエース』。今度はやり直さず、そのまま十枚を表にして放置。

 二つ目の列が出来た。

 

 

 三つ目の列は、『ダイヤの八』が出て三枚目で止まる。

 ここまで来たら、圭一は列の法則性に気付く。

 

 

「……多分、十からのカウントダウンで並べて行って……その数字と同じ数のカードが来たら止めているんですよ」

 

 

 確かに最初の列は、『五』。

 二つ目は『エース(一)』。

 三つ目は『八』。

 カウントダウンして行った数と一致する。

 

 

 ジオ・ウエキは同じ要領で四つ目の列を完成させた。

 四つ目は、 『ダイヤの六』までだ。

 

 

「……では。最後の印を作りますわ」

 

 

 一つ目の列の、『五』を指差す。

 

 

 

「最後に出た数と同じ枚数、下に置きます」

 

 

 彼女は手元の山より、上から五枚を抜いて、裏返しのまま下に置いた。

 そのまま同じく、二つ目の列には十枚、三つ目は八枚、四つ目に六枚を置く。

 

 

 

「印は完成しました。さあ……Turn UPッ!!」

 

「タトバ?」

 

「……流石にそうは聞こえないっすね」

 

 

 ジオ・ウエキは、一つ目の列の下の山から、一枚目のカードを捲って行く。

 一つ目は『ダイヤのジャック』。

 

 

 二つ目は『スペードの三』。

 

 

 三つ目は『ハートのエース』。

 

 

 

 

「貴女の選んだカードは」

 

 

 四つ目は、

 

 

「……これですわね?」

 

 

 

 

 

 

『クラブの五』。

 

 的中だ。

 

 

 

 

 

「…………!?」

 

「えっ!?」

 

「なんですってぇ!?」

 

「その様子では、当たりのようですわね?」

 

 

 ジオ・ウエキは満足げに、取り出した扇子を開いて扇ぐ。

 扇子には、『センス』と書かれていた。

 

 

「や、山田さん……俺、プロじゃないんで分からないっすけど……な、なんも特別な動きはしてませんよ!?」

 

「どう言う事だってばよですわ」

 

「……ッ。ぜ、絶対、仕掛けがあるんですよッ!!」

 

 

 トリックが分からず、思わず山田は衝動的に否定してしまった。

 根拠もなく、証拠もない、すぐに論破される。

 

 

 だがジオ・ウエキはそんな事はせず、余裕のある態度をそのままに、次に移る。

 

 

「ア〜タクシ、喉渇きましたわぁ」

 

 

 十五メートルを猛ダッシュし、缶ジュースを捧げる雛じぇねメンバー。

 自販機で売っているような、『コカコーラ』の缶。封は切れておらず、彼女が軽く振るとチャプチャプと音が鳴る。

 

 

「コカコーラは最初、万能薬として売られていたらしいですわね」

 

 

 タブを摘むと、プシュッと開いた。

 

 

「最近の缶は開けやすくて良いですわねぇ。前まで引き抜いていましたもの!」

 

 

 彼女がそれを口にしようとする。

 

 

 

 

 しかし、何と缶をグルっと回し、飲み口を逆さにした。

 これでは中身が溢れてしまうと、一同は思う。

 

 

 

 だが、中身は一向に溢れない。

 二、三滴の黒い雫を落としただけで、中身が充填されているハズのコーラが溢れ落ちなかった。

 

 

「なっ!?」

 

「マジで!?」

 

「コーラが出てこない……!? コラ、参ったわね!」

 

 

 それから三秒間逆さまにするが、出てこない。

 彼女はまた缶を戻し、圭一に差し出した。

 

 

「飲むんじゃなかったのか……?」

 

「そういえばアタ〜クシ、炭酸が苦手でしたの!」

 

 

 差し出しされたそれをおずおずと受け取り、開かれた飲み口を覗く。

 やっぱり中は、入っている。

 

 

「……んぐっ。んぐっ!」

 

「……え、飲むの?」

 

「プハーッ!……ま、間違いなくこれは……コーラッ!?」

 

「飲みたかったのか……」

 

 

 中身が入っていない訳ではないし、キチンと飲み口から液体は流れた。

 彼女は、中のコーラを停止させたと言うのか。

 

 

 

 

「ほいっと」

 

「あら!?」

 

 

 現場監督にジオ・ウエキはメモ帳とペンを渡す。

 

 

「何か書きなさいな。アタク〜ジュに見せないように」

 

「……アクタージュ?」

 

「あ、あたしが!?」

 

 

 現場監督はメモ帳に、『犬と猫』と書く。

 山田らにもそれを確認させるが、ジオ・ウエキはすぐに告げる。

 

 

「『犬と猫』」

 

 

 メモ帳は裏に台紙があり、透かして読み取る事は出来ない。

 彼女は何と、現場監督の書いた文字さえ、離れた所から的中させた。

 

 

 

「……!?」

 

「え!? 今書いたのに!?」

 

 

 目を見開く山田と、驚きの声をあげる圭一。現場監督らは、口をパクパクさせて、物も言えなくなっていた。

 三連続での、超常能力。山田に考える暇は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い話がありますの」

 

 

 ジオ・ウエキは、唐突に語り出した。

 

 

「一九六三年、西ドイツの『ヘレーネ・マルカルド』と言う女の子は、不幸な事故で意識不明になる」

 

「………………」

 

「病院で目を覚ました彼女は、何と訛りの強いイタリア語を話し始めたのよ」

 

「……?…………!?」

 

「彼女は『ロゼッタ・カステーロ』と名乗り、出生地と誕生日を答えた」

 

「……? な、なんの話なのよっ!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「イタリアの田舎に、その女性は実在しましたのよ。しかも、一九一七年に死んでいました」

 

 

 扇子を扇ぎ、晴れ渡る空から注ぐ日光を浴びた。

 

 

「魂は不滅。時を超え、誰かの中に宿るのです」

 

「………………」

 

「アタクシ〜の中にも、宿っているのですよ?……『鬼の魂』が」

 

 

 彼女はメンバーらに机とトランプを片付けさせ、山田らに背を向けながら、宣言する。

 

 

 

「しかし園崎の方々は、そんなア〜タクシの頼みも無視するおつもりのようですわ」

 

「……!」

 

「……どなたか、園崎の方とご友人でございましょう?」

 

 

 クルリと振り返り、一瞬、聞き間違いとも思えた声明を放つ。

 

 

 

 

 

 

「十二日の日曜日……つまり、明後日ですわね。園崎家から、『三億円』を頂きに上がりますわ!」

 

 

 作業員や雛じぇねメンバーも含め、その場にいた者全てが驚きに目を剥いただろう。

 圭一も魅音の家に堂々と盗みに行くと言う彼女が信じられず、何も言えなかった。

 

 

 

 

 山田だけ、怪訝に満ちた目で、高笑いを響かせるジオ・ウエキを注視していた。

 

 

 

 

 

 眩い陽光が、月光のように儚く思える。




昔の缶ジュースの缶は、今で言う缶詰めのように、タブごと引き抜く形でした。それが、蓋のポイ捨てが問題視され、1980年より今の押して開ける形となりました。
引き抜くから『プルタブ』。今の形式のタブは缶と分離しないので、『ステイオンタブ』と呼ぶそうです。

1983年代は木曜20時より、『高橋英樹』版の遠山の金さんが放送されていました。


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解明せし

 神社から出る。

 上田は階段を滑り落ちる。

 

 

「山田を見つけて、放課後には学校へ向かうよ」

 

「では暫しの間、お別れですわ」

 

「バイバイなのです〜」

 

「おう。勉強頑張れ。俺のようなジーニアスを目指し」

 

「みぃ。上田のようにはなりたくないのです」

 

 

 相変わらずな梨花の毒舌を受け、絶句している隙に二人は通学路を走って行く。

 

 

「……可愛くないガキめ! いつぞやの少年みてぇだ……」

 

 

 梨花たちとは反対の道を上田は進む。

 雛見沢じぇねれ〜しょんずの集合が気になったからだ。

 

 

 道なりに進むと、『ダム建設現場』を示す看板が見えて来て、それを覆い隠そうとするかのように『建設反対!』の看板が並んでいる。

 

 

『ダムは無駄!(日本語)』

 

『DAM is MUDA!(英語)』

 

『ДAM ыc MЮДA!(ロシア語)』

 

『达亩 李图 亩达!(中国語)』

 

『ダムはユーズレスさ!(ルー語)』

 

 

「グローバルなような、そうではないような……」

 

 

 看板を横目に、様子を見に入ろうとした。

 来た頃には解散のようで、ゾロゾロ雛じぇねのメンバーらが「ムダムダ」唱えながら去って行く。

 

 

 その人混みの中に、山田と圭一を見つける。

 

 

「おい! 山田と、昨日の少年じゃないか!」

 

「上田さん?」

 

「あ、上田先生!」

 

 

 圭一は慌てた様子で上田に近付く。

 

 

「どうしたんだ? 何故、君たちまでここに?」

 

「上田先生、聞いてくださいよ! さっきここで、雛じぇねの指導者が超能力を披露してたんすよ!」

 

「超能力ぅ? 何を言ってんだ、バッカバカしい」

 

 

 自身が超常現象に巻き込まれている事は置いておき、上田は小馬鹿にするように笑いながら否定する。

 

 

「この世に超能力なんて物は存在しない。少年、俺の本を読むか? 今まで俺が暴いて来た超能力者の顛末を詳細に書いたベストセラー、『どんと来い超常現象』だ。是非、読みたま」

 

「山田さんも、見ましたよね!?」

 

「……はい」

 

 

 後続の山田が、いつになく神妙な顔つきで近付いた。

 割と久々に見た彼女のこの、表情。とてつもない事が起きたのかと、すぐに理解出来た。

 

 

「……何があった?」

 

「さっき、ダム建設反対派グループの指導者と会ったんです。不思議な力があるとか、鬼の生まれ変わりだとか言っていましたんで……トリックでもあるのかと暴きに行ったんです」

 

「そしたらあの、ジオ・ウエキって女の人、三連続で不思議な事を起こしたんすよ!」

 

「なに? ジオウ?」

 

 

 ジオ・ウエキが起こした現象を、山田と圭一は出来るだけ事細かく説明する。

 

 

 

「まず最初は、トランプを使った現象……」

 

「何もない、普通のカードを並べたり置いたりしただけで、山田さんの選んだカードを的中させたんです!」

 

「昨日やった、YOUのマジックじゃないのか?」

 

「……いえ。シャッフルも特別な物ではなかったですし……ずっと手元に注目していましたが、すり替えるだの隠しておくだのも、していませんでした」

 

「三連続と言ったな……次は?」

 

「ジオ・ウエキが開けた缶ジュースが、ひっくり返してもコーラが出なかったんです! その後、俺にくれたんですが……中身はちゃんと入ってたし、飲み口から飲めましたし……」

 

「三つ目は、ダム建設の責任者が書いた文字を、少しの間もなく言い当てたんです」

 

「それは古手梨花のマジックのように、鏡を使ったとかは?」

 

「それもありません。開けた場所でしたし、辺りには反射物も無かったですから……」

 

 

 

 

 不可解な現象の数々。

 突破口やトリックが読めず、三人は唸りながら押し黙ってしまう。

 

 

「……もしかして……ほ、本当に超能力じゃ……?」

 

「ある訳ないだろ。絶対に何か、トリックがあるんだ!」

 

「…………あ」

 

「山田さん、なんか思い付いたんすか!?」

 

「いえ、そうじゃなくて……」

 

 

 山田が見ていたのは、上田の腕時計。

 現代からズレていた時間を、キチンと一九八三年に合わせていたようだ。

 

 

「ん? 時計か? 俺の『クォーツ』の三万円もする時計がどうしたって?」

 

「上田先生すげぇ!」

 

「いや、単純に時間の話ですよ……圭一さん、学校は?」

 

 

 時刻は既に、八時五十分に差し掛かろうとしていた。

 学校が九時過ぎからだとすると、危ない時間だ。

 

 

 現時刻を把握した圭一は案の定、慌て出す。

 

 

「や、やっべぇ!? あ、あの、山田さん上田先生、俺、もう行きますね!?」

 

「圭一さん!! 魅音さんに、あの事を伝えといてくださいね!」

 

「伝えるに決まってんじゃないっすか!」

 

 

 教材の入った鞄を抱え、大慌てで圭一は走り去って行く。

 後に残された二人。上田は、さっきの発言について質問する。

 

 

「……あの事? それだけじゃ、無いのか?」

 

「……上田さん。もう一つ大事な話があるんですけど……絶対に、誰にも言わないって約束してください」

 

「なんだ急に」

 

「良いから……約束出来ます?」

 

「かったるいな……」

 

 

 上田は手をピョコッと上げ、宣誓。

 

 

 

「日本科技大の教授であり、天っ才物理学者の上田次郎は、ド貧乳の相棒山田奈緒子の話を誰にも話さないと、約束するのだった」

 

「なんであらすじみたいに言うんだ……誰が貧乳だコラァ!?」

 

「ツッコミ遅いな」

 

「……まぁ。上田さんはそこの所、信用出来ますし」

 

「だろ?」

 

「現状何を言ったとしても、狼少年になりそうですし」

 

「……人を嘘つきみたいに言いやがって……」

 

 

 ともあれ三億円強奪の宣言と、魅音との約束の通り、昨夜彼女から託された『お願い』と鬼隠しについてを歩きながら話し始める。

 

 内容は聞いた事を忠実に模倣したが、ある一点のみ……何の因果か、古手神社まで戻った所で聞かされた。

 

 

 

 

「……なんだと!? 鬼隠しの被害者は……!?」

 

「……当時、ダム建設に賛成していた『沙都子さんの親族たち』と、中立派だった『梨花さんの両親』なんです」

 

「馬鹿な……! それじゃあの二人……同一犯に親を……殺されたかもしれないのか!?」

 

 

 上田の強い語気に、あからさまの怒りが宿っている。無理もないだろう。

 

 

「それは断定出来ませんが……一年目、一九八◯年は沙都子さんのご両親。旅行先で、崖から転落したとか。旦那さんの遺体は見つかりましたが、奥さんは今も未発見だそうです」

 

「……それだけなら、不幸な事故としか言えないか……二年目は、一九八一年か?」

 

「古手夫婦の怪死と失踪……旦那さんが心臓発作で倒れ、その後に奥さんが後追い自殺をしたとか……ただ、奥さんの死体は発見されていないそうです……」

 

「……おい? 二年連続で一方が消え、一方が死体……偶然にしては……」

 

「……三年目、一九八二年。ご両親が亡くなった後に引き取った沙都子さんの親族と……お兄さんです」

 

「兄がいたのか……あの子……」

 

「そのお兄さんが行方不明になって……死体で見つかったのは、沙都子さんの叔父夫婦の奥さん……撲殺だそうです」

 

「明確な殺人事件はそれだけか……しかしまた誰かが消えて、誰かが死んでいる……」

 

「どれも、六月十九日……綿流しの日に発生しているとか」

 

「……なんて事だ」

 

 

 上田も、綿流しに起こる不可解な事件は聞かされていた。

 しかしまさか、今朝朝食を共にしたあの二人の親類ばかりだとは思わなかった。

 

 両親が突然いなくなり、或いは親戚や兄弟も。傷が癒えるに三年は短過ぎる。

 思わず胸が苦しくなり、上田は俯いた。

 

 

「……上田さんは、どうお考えですか? 村の人は、『オヤシロ様の祟り』だと……」

 

「……ダム建設に受容的な人々の死に失踪……偶然にしては、出来過ぎている。何らかの陰謀があるに決まっているだろ」

 

「……上田さん。もしかしてですけど……今年の綿流しは……あの二人が……」

 

「……………………」

 

 

 山田が呟いたその、不吉な想像。

 それは、古手梨花と北条沙都子の死と消失。

 あまりにも残酷だが、今までの流れを鑑みれば、あり得る予測。

 

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 二人が見上げると、古手神社の、苔が生えかかった、石造りの鳥居が見下ろしていた。

 堂々と立ち、村を俯瞰し、でも何も出来ない傍観者。

 

 鳥居が咽び泣くかのように、ひぐらしの切ない声が響き出す。

 

 

 

 

 

「……帰宅は延期だ」

 

「……上田さんなら言うと思いました」

 

「俺たちが守るぞ」

 

「ええ……何も知らない二人にまで手を出すなら……絶対におかしいですから」

 

 

 日の光を浴び、色彩を増して行く鳥居と、上田と山田は視線を合わせた。

 決意からか、それとも日本人的な信仰心からか、二人は手を合わせ、礼をする。

 

 

 

 

 

「手を叩け! それ以前に、二回お辞儀しろッ!!」

 

「この状況で言うか!?」

 

「お辞儀をするのだッ!!」

 

 

 何処かへ飛び去ったカラスを見て、二人は別の話題へと移り変わる。

 

 

 

「それよりまずは……園崎家の三億円だな……しかしあの子、ヤクザの娘とはな……」

 

「何をするのか、分かった物ではありません。とりあえず園崎家に注意勧告しておくのが良いでしょう……話はそれからです」

 

「あぁ。まずは、ジオウのトリックだな」

 

「もっと詳しく説明しますね」

 

 

 ジオ・ウエキがやったカードの並べ方、切り方、印の方法まで、上田に伝えた山田。

 それを聞いた上田は最初、難しそうに眉を寄せていたものの、違和感に気付き、険しい表情となる。

 

 

「待て。その超能力者は、カウントダウンで、カードの数が一致するまで並べたんだな?」

 

「同じ要領で四列。十から一までにカードが一致しなかったら、残った山のカードを一枚加えてやり直していました。四列出来たら、置いたカードの最後と同じ数字の枚数だけ、山を作っていました」

 

「最初、お前が選んだカードはどうなっていた?」

 

「九枚から選ばされました。私が取ったら、八枚を纏めて、その上に置いて……更にその上に山を乗せました」

 

「……列を作る時、どうやっていた?」

 

「どうも何も、その一つにした山の上から一枚一枚です。同じ枚数の山を作る時も、同様に」

 

「……ハッ! なんて単純なんだ!!」

 

 

 険しい表情がパッと緩み、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 説明がやり易いように手帳を出してそこに図を書きながら、山田に説明を始めた。

 

 

 

 

「良いか? 確か、最後に置かれたカードは左より、『五』『一』『八』『六』だったな?」

 

「はい」

 

「つまり並べたカードの枚数は……カウントダウンだからそれぞれ、『六枚』『十枚』『三枚』『五枚』」

 

「え? なんで五で六枚?」

 

「指で数えろッ! 十からカウントダウンすると、五は『六番目』に来るだろ!!」

 

「ええと、十、九、八、七、六、五……ホントだ」

 

「まぁ、人間は『図』を重視するからな。後々、記憶を撹乱するにうってつけか」

 

 

 しかしそれがどうしたと言う表情。

 上田は続ける。

 

 

「そして次は、最後に置いたカードと同じ枚数で山を作るんだろ?」

 

「そうです」

 

「そこが、このトリックのミソだったんだ。最後のカードの数字と同じ……つまり左から、『五枚』『一枚』『八枚』『六枚』……」

 

「…………ん?」

 

「そして列にしたカードの本来の枚数は、左から『六、十、三、五』……山を置いた枚数と足すと、全て『十一』になるだろ?」

 

「……あ! ホントだ!!」

 

 

 感心する山田に対し、上田は最後の謎解きに移る。

 

 

 

 

「カウントダウンで決めた数字は何であれ、必ず十一になるように仕組まれていた。例え二枚置いたとしても、カードの数字は『九』だから、その枚数だけ山を作ると十一になる」

 

「じゃあ、四列全て足したら、四十四になる……」

 

「そして選んだカードは最初、九枚から選んだろ? それを、束ねた八枚の上に置き、五十二枚の山の下に置くと……君の選んだカードは絶対、『上から四十四番目』に置かれる事になる」

 

「……あ、成る程!」

 

「ああ、そうだ! 最初の印やら何やらは、ただの理由付けだ! 例え全て十だろうが一だろうが、手元の山から四十四枚のカードを抜く事になる。そうなれば! 君の選んだ『四十四番目のカード』は必ず、上から抜いていけば『四列目の山の上』に来る仕組みだったんだ!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 上田はメモ帳をペンで叩きながら、結論付けた。

 

 

「印やら何やらは、ただの数合わせ……」

 

「これは確かにタネも仕掛けも必要ない……数学的な手品だ」

 

 

 昨日、山田が披露したマジックと少し似ていた面がある。

 置いた場所さえ分かれば、後はそれが必ずやって来るように導く……やはりジオ・ウエキの超能力はインチキだと証明された。

 

 

 

 

「カードの仕掛けは分かりました。でも、液体を止めた方法と、メモ帳の文字を読み取った方法が分かりません……」

 

「それは俺にも、まだ分からん……しかし、カードの超能力が、ただのマジックと判明した今……そのジオウの超能力には全て、トリックがあると分かったような物だ」

 

「多分、カードの事を言ったとしても……その二つが解けていないと言われたらぐうの音も出ませんね……全て解かなくちゃ」

 

「焦るな。君の話だと、綿流しまでにだろ? まだ九日もある……それに。一連の事件はジオウが指示した可能性も見えて来たな」

 

「何とか、あいつの出鼻挫いてやりますよ!」

 

 

 

 二人は再び、歩き出した。

 

 

「それで……これからどうしましょ」

 

「放課後まで暇だな……しかしな。十二時から『哲! この部屋』がやるんだよ……見たい」

 

「それなら、私の家に行きます?」

 

「……なに?」

 

「雛じぇねを解散させてくれるなら、綿流しまで自由に使ってくれって、家を与えてくれたんですよ」

 

「…………は?」

 

「お菓子とテレビもありますし。えへへへへへ!」

 

「お前……そんな、美味しい思いしていやがったのか!?」

 

「上田さんが先にどっか行ったのが悪いんじゃないですか」

 

「……………………」

 

 

 二人は一旦、園崎家の別宅に向かって歩き出した。

 陽はまだ、昇ったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みに入る頃。

 圭一は急いで、魅音のいる教室に向かった。

 

 

「魅音!」

 

「あれぇ〜? 圭ちゃん? 聞いたよ、盛大に遅刻したって?」

 

「そ、それは今良いだろ!……山田さんから、魅音に言っといてくれって、話が……」

 

 

 山田からと聞き、ピクリと瞼が震えた。

 まさかと思ったが、杞憂のようだ。

 

 

「実は朝に……山田さんが、雛じぇねのリーダーの超能力を暴くって言う所に遭ってさ……」

 

 

 圭一の話し口から、自分を責めるような雰囲気は感じられない。

 山田は約束通り鬼隠しの事を話していないようだし、寧ろ彼女が早々にジオ・ウエキと接触した事は吉報だ。

 

 

「へ、へぇ! 山田さんがねぇ!」

 

「俺も見たけどさぁ……カードを当てたり、液体を止めたり、心を読んだり……ま、マジに超能力かもって……!」

 

「落ち着きなよ圭ちゃん! 超能力とか無い無い!」

 

 

 その点については、魅音は山田らを信じている。

 今は超能力だとかの話よりも、圭一が言いたいのは、例の件だ。

 

 

「それより魅音! 落ち着いて聞いてくれ……!」

 

「…………どうしたの?」

 

「……そのジオ・ウエキが……お前の家から、三億円を盗るって言ったんだ……!」

 

 

 魅音の表情が、険しくなった。

 今の彼女は圭一の友人としてではなく、園崎の人間として聞いている。

 

 

「……分かった、圭ちゃん。こっちも婆っちゃとかに話しておくから」

 

「な、なぁ……大丈夫かよ?」

 

「大丈夫だって! おじさんの家、天下の園崎だよぉ? 要塞要塞! ネズミ一匹入れないからさ!」

 

 

 すぐに、圭一の友人としての魅音に戻った。

 まだ学校だし、圭一も動揺している。無闇に話を重くしても仕方がないと判断したからだ。

 

 

 

「それで……ジオ・ウエキって、それ以外に……何か言ってた?」

 

 

 鬼隠しや綿流しの事件について、溢してやしないか。

 遠回しに聞いた彼女の質問だが、圭一は普段通りの口調で答えた。

 

 

「いいや。なんか、タマシーは時代を超えるとか、鬼の生まれ変わりだとか、危ない事言ってたけど」

 

「そ、そうか。ふーん」

 

 

 単なるあいつの戯言か。

 ホッと一息吐く。

 

 

 

 だがすぐに、安心はまた霧散するが。

 

 

 

「……なぁ。魅音……レナもだけどさ……なんか、隠してねぇか?」

 

「……!?」

 

「ほら、昨日言ってた、鬼隠しとか! 何か、あるんだろ?」

 

 

 どう嘘を吐くか、どう鎮めるか、どう話題を逸らすか。

 そんな急な事を、魅音は考え切れなかった。

 

 

 

 

「…………無いよ。本当、本当だから」

 

 

 精一杯、それしか言えない。




『ルー大柴』がブレイクするのは1989年です。
ルー語自体は平成に入ってからのブレイクですので、『タイ・ルー語』として貰えたらなと。


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山歩き

とうとう『i book』で明日より、漫画版ひぐらしのなく頃にがリリースです。
是非買って、職場で、学校で、家で、海で、読み明かしましょう。


『おおい! 来ないなんてあんまりだろーっ!』

 

 

『哲! この部屋』が終わり、ご満悦の上田。

 ここは園崎から山田に当てられた別宅。

 

 

「哲さん若かったなぁ……これが伝説のドタキャン事件……!」

 

「ぐぉー……かぁー……」

 

「……寝てやがる」

 

 

 涅槃姿でイビキをかいて眠る山田。

 だらしない姿に呆れ果てながらも、ここから暇な事は確かだ。

 

 

「……思えば。殺人を防いでも、この村は滅ぶんだったな……」

 

 

 とは言うが、この村からは滅ぼした原因である火山性ガスや火山の気配は感じない。

 尤も、自然現象とは、人間の想定の外からやって来たりもする。一概に断定は出来ないものの、現状は考えられない。

 

 

「しかし村人全滅と言うのは怪しいな……見た所この村は高台が多いし、ガスが蔓延しても被害を受けない場所があっても良いハズだが」

 

 

 鞄を開き、現代で借り入れた雛見沢村の概説本を取り出した。

 村全体の地図が載っており、地理情報は把握出来る。

 

 

 

 

「……『ニオス湖』のような事もあるのか……」

 

 

 雛見沢村は渓谷に位置している村。

 その渓谷を作った水源は山奥にある、『鬼ヶ淵沼』と呼ばれる沼だそうだ。

 

 

 運動がてら、そこを見に行くのも良いと考え、上田は立ち上がる。

 

 

 

「むにゃ……『消臭力』と『長州力』が一つになって異世界転生『蝶野』と一緒にガールズアンドパンツァー……」

 

「……どんな夢見てんだ」

 

 

 革靴から、あらかじめ持って来ていたスニーカーに履き替え、資料を入れた肩掛け鞄と共に、鬼ヶ淵へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 道なりに山道を歩く。

 小川を辿って進むが、途中から傾斜も急になり、意外と体力を使う。

 

 

「鍛えていて良かったなぁ。しかし良い自然だ……山田も誘って、ハイキングにでも」

 

 

 夏場と言う事もあり、汗が滴る。

 首に巻いたタオルで拭きながら進むが、清流のお陰か幾分か涼しく感じた。

 

 風が木々を揺らし、絶え間ない蝉時雨。

 

 だがその自然の音の隙間から、人工的な機械音が聞こえる。

 

 

 カシャッ。カシャッ。

 一眼レフの、シャッター音らしい。

 

 

「お〜い! 誰かいるんですかぁ?」

 

 

 上田の呼び掛けに応じるようにシャッター音は止み、数メートル離れた岩の陰からひょっこり、人影が現れる。

 

 

「貴方も、自然観察ですかぁ?」

 

 

 そう叫びながら駆け寄って来たのは、緑の帽子とタンクトップ姿の、爽やかな男性だった。

 首からぶら下げている一眼レフから、彼が音の正体だ。

 

 

「まぁ、そうですね。私の場合は、地質調査も兼ねていますがね?」

 

「地質調査……へぇ! 学者さんですか?」

 

「私、日本科技大の上田次郎と申します」

 

「ははっ! これは奇遇だ!」

 

「奇遇?」

 

「僕はフリーのカメラマンの、『富竹ジロウ』です」

 

「はははは! 貴方も、『ジロウ』!? 確かに奇遇だぁ!」

 

 

 名前の一致に、上田と富竹は笑い合う。

 初対面ながら、一気に距離は縮む。

 

 

 

 

 

 それから二人は行動を共にし、一緒に渓流を歩いていた。

 

 

「地質調査と言うのは?」

 

「単純な物ですよ。休火山の存在はないか、渓流による風化の度合いはどうかとか」

 

「いつまで滞在予定で?」

 

「生徒たちのレポート課題の準備期間中を休講にして、綿流しまで滞在する予定ですよ! 教授と言うのは、補講さえすれば至って自由ですからねぇ!」

 

「良いですねぇ! 僕も教授になりたいなぁ」

 

「カメラマンだったら、やはり個展で?」

 

「まぁ、そうですね。言っても、全然無名ですから鳴かず飛ばずですが。その点だけ言いましたら、僕も至って自由です!」

 

「いやいや何を〜! ここを撮りに来るなんて、なかなかのセンスだと私は思いますがね!」

 

「いやいや! 上田教授こそ! 自分の足で調査を行うなんて、学者の鑑ですよ!」

 

「いやいや富竹くんこそ〜」

 

「いやいや上田教授こそ〜」

 

「「えへへへへへへ!!」」

 

 

 男二人の気持ち悪い声が、清流と共に流れ行く。

 

 

「……あ。この辺ですね」

 

「この辺? 何があるんです?」

 

「良い釣りのスポットなんですよ。去年もここで、フナ釣りしましたねぇ」

 

「フナか。塩焼きにしたら美味いだろうなぁ」

 

「上田教授は釣りとかなさるんですか?」

 

 

 高らかに笑う上田。

 

 

「日本のみならず、海外の釣りスポットへ馳せ参じる位には、釣り好きですよぉ?」

 

「海外の!? 何処行ったんですか?」

 

「あれはカナダでしたねぇ。カナダ中西部サスカチュワン州の北部にあるんですがね。年間十四万人が釣りに来るスポットなんですよ」

 

「カナダかぁ……自然王国で、僕も行ってみたいですよ……なんて所なんですか?」

 

 

 上田はねっとりと、そのスポットの名前を教えてあげる。

 

 

 

 

 

「……『オマン湖』」

 

「……お、オマン湖……!?」

 

「そう……オマン湖……」

 

「オマン湖……!!」

 

「オマン湖で……フィッシング……」

 

「オマン湖でフィッシング……!?」

 

「……キャッチアンドリリース……」

 

「キャッチアンドリリース……!?」

 

「オマン湖で、フィッシング、キャッチアンド……リリース」

 

「オマン湖でキャッチ……イテッ、イテテテッ! イテテテテテッ!!」

 

「そう。オマン湖でフィッシ……イテッ! イテテッ! イテテテテテテッ!!」

 

「「イテテテテテテテッ!!」」

 

 

 崖に立ちながら両手で股間を押さえ、悶える男二人の穢らわしい声が、渓谷に響く。

 

 

 バチでも当たったのか、富竹の立っていた場所が崩れた。

 

 

「う、うわぁ!?」

 

「あっ!?」

 

 

 態勢が崩れ、富竹は崖から落ちかける。

 崖の上から下まで約四メートル。下が川とは言え、大人一人を受け止める深さがあるとは思えない。

 

 

「うわぁぁ!?」

 

「掴まれぇ!!」

 

 

 手を伸ばす上田だが、僅かに届かない。

 

 

「うあっ!!」

 

「おうッ!?!?」

 

 

 だがギリギリ、届いたモノがあった。

 腕より長い、上田の立派な、大きな根っこ。

 

 

「う、上田教授ぅぅ!!」

 

「掴まってろおおぅ!?……あーっ!? あーっ!!??」

 

「た、助かった!? 助かった!?」

 

「今、引き上げ……あーっ!!!!」

 

「ちょちょ!? ゆ、揺れ……あーっ!?」

 

「「あーっ!! あーっ!!!!」」

 

 

 

 無事、富竹は引き上げられた。

 

 

「あ、ありがとうございます……! 命の恩人ですよ……!」

 

「いや、良いんですよ。お互い、自然の厳しさを学べたんですから」

 

 

 そのまま渓流を道なりに進むと、とうとう開けた場所に出た。

 

 

 

 川の流れで泡立っていた白波は突如と消え、深い緑の凪の湖が現れる。

 崖に囲まれ、木々が立ち並び、群青の空と相まって壮麗な空気を醸していた。

 

 湖側にクタリと寄り掛かかるような枯れ木の近くに立つ。

 ここが、雛見沢村の源、『鬼ヶ淵沼』。

 

 

「ここですか。鬼ヶ淵沼と言うのは」

 

「ここの水が川となり、谷を切り拓いたんです。まさに村のルーツとも言える場所で、明治時代まで雛見沢は『鬼ヶ淵村』と呼ばれていたそうです」

 

「成る程……昔から湖だとかの水場は、神の住まう場所として信仰されていた。『諏訪湖』は言わずもがな、山梨県の『山名湖』の水は霊水と崇められ、滋賀県の『琵琶湖』にも、浅瀬に古代の遺跡が発見されている。水は飲んだり、作物を育てたりと、豊穣と生命の象徴でしたからね。それらへの感謝が、神の存在と結ばれた訳ですよ!」

 

「おぉ……流石は上田教授、勉強になります」

 

「分野は物理学ですが、日本人であるからには日本の風土を調べるのもまた一興です。はっはっは!」

 

 

 富竹は少し歩いて、写真映えのする地点を探している。

 その間上田は湖全体を見渡し、火山の気配などを調べた。

 

 

「ふ〜む……百聞は一見に如かずだな。火口湖にしては浅め……古手神社が高台にある辺り、恐らくは縄文海進による海跡湖。火山ガスはおろか、マグマ溜まりも存在しないだろうな……こんなの、地質学者が見たら一発だろうが……?」

 

 

 ブツブツ呟きながら鬼ヶ淵沼の観察を続ける上田。

 彼なら少し離れた地点まで歩いていた富竹は、大きく叫んで手を振る。

 

 

「上田教授ーっ!」

 

「ん?」

 

「撮りますよーっ! 富竹フラッシュ!!」

 

 

 カメラを構えたので、上田は顎に指を当てて気障なポーズ。

 カシャっと音が鳴り、撮影完了。

 

 

「現像しましたら、差し上げますね」

 

「いいですねぇ。是非、私の次出す本の表紙を撮影して貰いたいですな!」

 

「本も出版されているんですか!」

 

「幾つかね。そうだ、一冊あげますよ」

 

 

 上田から富竹に近付き、鞄から『どんと来い超常現象』を取り出す。

 

 

「どんと来い……超常現象?」

 

「この世に起こる事は全て、科学で証明出来ます! 私は過去、様々な霊能力者と相まみえ、そのインチキを暴いて来ました! それらを克明に書き記したのが、この本です!」

 

「……………」

 

「富竹さんも、賛同していただけますか?」

 

「……確かに」

 

 

 本を受け取りながら、彼は微笑んだ。

 

 

「僕も超常現象ってのは、否定派なんですよ」

 

「はは! 流石は同じ、『ジロウの名を冠す者』! 感性も同じと言う訳なんですなっ!」

 

「それで一つ、上田教授にお聞きしたいのですが」

 

「……ん?」

 

 

 富竹は上田から身体を逸らし、一度、二度と鬼ヶ淵沼を撮影し続けた。

 

 

「この鬼ヶ淵沼……ある人に聞きましてね。この人がとんと、性格の悪い人で……各地の不気味な伝承を話して怖がらせるのが趣味な人なんですが」

 

「それはそれは、『良い趣味』ですね」

 

「……昔。鬼ヶ淵沼は、『オヤシロ様』の宿る場所として、神前の儀式が行われていたらしいですよ」

 

「まぁ、そうでしょうな。ここまで老人が来るのは難しいだろうし、過疎で廃止されたと考えるのが自然ですかね」

 

「……なんでも。『生贄』がここに、捧げられたとか?」

 

「…………生贄?」

 

 

 風が草を揺らす中で、富竹はまたシャッターを切る。

 

 

「ここは断層が近いですし、地震も多い。豪雨になれば川は氾濫し、村は大洪水……その度に人々は『オヤシロ様の祟り』と信じて、怒りを鎮める為に村の女性を、捧げた」

 

「……はっ! 何とも浅ましい! まぁ、現代日本に於いて、生贄なんざ時代遅れですよ! 地震になれば地盤補強、洪水になれば堤防、水不足になればダム! 科学最高ッ!」

 

「……その捧げられた女性と言うのは、『古手家の巫女』だそうで」

 

 

 それを聞いた上田の目は、剥かれる。

 富竹はシャッターを押すのを、止めた。

 

 

 

 

「古来の伝承。古手家の跡取り娘は、『オヤシロ様の生まれ変わり』とされた」

 

「…………!」

 

「……人間の肉体からオヤシロ様を解き放つ為に、身を捧げる」

 

「……それは……」

 

「上田教授は、二年前の『鬼隠し』と呼ばれる事件はご存知ですよね」

 

「確か、古手神社の……」

 

「神主さんが病死、奥さんが行方不明……嫌な事件でしたねぇ」

 

 

 カメラのレンズから目を離し、再び上田へ視線を合わせた。

 

 

 

 

「その奥さん……古手家の跡取り娘さん……ここに身を捧げたらしいですが……遺体が見つからないのは何故か?……本当にオヤシロ様に、なったのか……」

 

 

 富竹の表情は、悪戯な笑みだった。

 

 

「……噂ですけどね!」

 

「な、なんだ! やめてくださいよ!」

 

「確かに不気味な事件ですけど……上田教授は解き明かせたり出来ますか?」

 

「探偵ではないんで、憶測ですが……旦那さんが死んだショックで気が動転し、古手家の娘さんとあっては信仰心も厚かったでしょう……オヤシロ様の存在を確信し、後追い自殺をしてしまうと言うのはあり得る話ですか」

 

 

 自分で言っておきながら、なんて残酷なんだと後悔する。

 脳裏に梨花と沙都子が浮かんで、しょうがない。

 

 

「……ただその場合、信仰の中心地……つまり、この沼に身を捧げる可能性は高い。にも関わらず死体が発見されていないのは、不可解です。この規模ならば、例え深いとしても見つかるだろうし、川に流れたとしても、川は村まで一本道……それで見つからないと言うのは、少し怪しくないですか?」

 

「……聡明ですね。つまり、殺人で、誰かが隠したと?」

 

「古手家は、ダム建設には中立だったらしいじゃないですか」

 

「……ははは! その話、村では出来ないですね! オフレコって事にしときますか」

 

「……私も、村に狂った暗殺者がいるなんて……信じたくはないですがね」

 

 

 二人は鬼ヶ淵沼を、眺めた。

 澄んでいる訳ではなく、濁っている。

 

 まるでこの村に蔓延る、言い様もない、澱んだ、不気味な空気のように。

 

 

 

 

「……帰りますか?」

 

「ええ。調査は終えましたんで」

 

 

 二人は来た道を帰り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「上田教授ーっ!! うわぁぁ!!」

 

「掴まれぇおおう!? あーっ!! あーっ!?!?」

 

「落ち、落ち……あーっ! あーっ!!」

 

「「あーっ!! あーっ!!」」

 

 

 また崖から落ちかけた富竹を、上田はモノで助けた。

 

 

「に、二度も助けられましたね……!」

 

「いやなに……自然って言うのは、予想外の連続ですよ」

 

「是非、このご恩は返したいですね……」

 

「それはまた、いずれと言う事で?」

 

 

 村が見えて来た所で、二人は別れた。

 気付けば真上にあった太陽は、西に向かって降り始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅー……ぐぉー……」

 

「おい起きろ! いつまで寝てんだ!」

 

「ふにゃっ?」

 

 

 障子に頭を突っ込んでいた山田を叩き起こし、二人は学校に向かう。

 約束の、放課後だからだ。

 

 

 二人は冷蔵庫から適当に食べた後、村を歩いて学校へ。

 上田は知恵先生と再会し、また目から星をキラキラ飛ばしていた。

 

 

「どうでした?『上田次郎の新世界』!」

 

「大変、参考になりました! 物理学者なのに、こんな細かく日本の風土を調べられて……尊敬します!」

 

「また、じっくり話しませんか? それについては隣町のホテルで、朝まで語りま」

 

「そぉいっ!!」

 

 

 近くにあった箒で、山田は上田をぶん殴った。




一般的に火口湖は、空になったマグマ溜まりに水が入り込んだ物の為、深いらしいです。
また規模が大きい物は、 地震でズレた断層に水が溜まった断層湖と呼ばれ、これが諏訪湖、琵琶湖です。

ニオス湖の悲劇は、雛見沢大災害の元ネタらしいものです。ニオス湖は火口湖であり、水の底に火山ガスが充満していたのが、湖底爆発によりガスが噴出したのが原因らしいです(諸説あり)。

上田と富竹の「イテテテ」の下りは、『ピカルの定理』のとんこつくん。


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罰ゲーム

 学内の廊下を歩く二人。

 部外者だが簡単に入れる辺りは、田舎らしい緩さと言うべきだろう。

 

 

「罰ゲームか……なにされるのやら……」

 

「子どもの考える事ですよ。そんな怖がる必要ないんじゃないですか?」

 

「子どもだからこそ恐ろしい! それに俺は、もうあいつらを子どもとして見ないぞ……!」

 

「そんな大袈裟…………でもないのか」

 

 

 魅音はヤクザの次期頭首。

 レナは二人の知る限りじゃ、金属バットで生徒を殴った危ない人。

 沙都子は上田の話では、ゲリラ兵が作るようなトラップを仕掛けられる罠師。

 梨花は言動と思考が年不相応な、パワフル不思議っ娘。

 

 

 年相応な人物と言ったら、もしかしたら圭一しかいないのではないか。

 

 

「どうなってんだこの村……濃すぎだろ」

 

「俺の児童期でも、こんな濃い奴はいなかったぞ……」

 

「まぁ、覚悟した方が良いかもですね」

 

「指詰められるのだろうか……」

 

「博打で負けた訳じゃないんですから……」

 

 

 廊下を進むと、突き当たりで見知った人物と再会する。

 件の竜宮礼奈……レナだ。

 

 

「あっ! 山田さん上田さん! 昨日ぶりですね!」

 

「うおおおおう!?」

 

 

 動揺を隠さない上田に、山田は肝を冷やす。

 だがレナは上田の動揺を、いきなり現れた自分にビックリしたと解釈したようだ。

 

 

「上田さんって、驚き屋さんなんですね!」

 

「……ん、まぁ。今のは不意を突かれただけだ。俺に基本、死角はないッ!」

 

「はぅ! 強がる上田さん、かあいいよぉ!」

 

「待て。デジャブが」

 

「お待ち帰りぃ〜!」

 

「アウチッ!?」

 

「……死角取られてどーする!」

 

 

 レナが上田を掴んだ瞬間、昨日ぶりに消失した。

 

 

「何やってんだあの二人……」

 

「あれぇー? レナどこ行った……あ! 山田さん!」

 

「……あっ! 魅音さん!」

 

 

 魅音との再会だ。

 

 

「圭一さんから話は……!?」

 

「聞いたよ! 明後日に三億円を盗りに行くってのでしょ。上等じゃん! 取っ捕まえて『ケジメ』付けさせてやるさ!」

 

「おお……ヤクザだ……!」

 

「もしかしたら山田さんの出る幕はないかもね。まぁ、綿流しまではあそこ使って構わないから」

 

「それは助かります」

 

「どう? 使い心地は?」

 

「とても快適ですけど、困った事がありまして……」

 

「ん? どしたの?」

 

「朝起きると、絶対に障子が破れているんですよ」

 

「……え。曰く付き物件な訳ないんだけど……多分……」

 

 

 魅音の後から、圭一と梨花、沙都子がやって来て、部活メンバーが揃った。

 暗い顔をした圭一を、両サイドで逃げないように、梨花と沙都子が連行している。

 

 

「あらっ! 山田さん昨日ぶりですわ!」

 

「上田より何倍も凄い山田なのです」

 

『聞こえてるぞーっ!!』

 

「うぅ……なんであそこに罠があったんだ……!!」

 

「圭一さんは行動パターンが単純ですもの! 私の『S.T(サトコ・トラップ)』から逃れられませんのよっ! おーっほっほっほ!」

 

「『E.T』を汚すなっ! くぅぅう……!」

 

 

 どうやら罰ゲームから逃れようとした彼を捕縛したようだ。

 良く見れば彼は後ろ手に、手首を縄で縛られ、沙都子に手綱を握られている。

 

 

「………あの、山田さん」

 

「……分かってますよ。魅音さん」

 

 

 心配そうに小声で話しかける魅音。

 圭一へは、鬼隠しの事は話すつもりはない。

 

 彼が唯一、年相応な少年なのは、知らなくても良い事を、知らずにいれるからだろう。

 

 

 

 

 部室に入ると、レナと上田は先に到着しており、『いっせーの』をしていた。

 

 

「いっせっせーのっ! ごっ!」

 

「ぬぅ!?」

 

 

 丁度、上田が負けた所だ。

 

 

 魅音が「はいはーい!」と部の開始を告げた所で、圭一の縄は解かれる。

 痛そうに振る彼にこっそり近付き、山田はマジックの一つを教えてあげた。

 

 

「圭一さん。手首を縛られる時、こうしてましたね?」

 

 

 握った指と指を合わせる形を見せた。

 

 

「え? そ、そうっすけど……」

 

「開いた状態で縛られると、閉じた時に隙間が出来て、縄抜け出来ますよ」

 

「へ!?」

 

 

 手を開いて、また閉じるを繰り返すと、原理を理解出来たようだ。

 

 

「これで次から逃げられますね」

 

「……ほぉお……! 山田さん、師匠って呼んで良いっすか……!?」

 

「まぁ、何とでも……」

 

 

 

 

 部活メンバーが顔を合わせ、まずは圭一が話し出した。

 勿論、今朝の内容だ。

 

 

「雛じぇねのジオ・ウエキに会ったんだけど、カードを的中させたり、缶を逆さまにしてもコーラが出なかったり、メモに書いた文字を当てたりしたんだよ!」

 

「ほ、本当に超能力者なのかな? かな!?」

 

「カード的中については、上田さんが明かしましたよ」

 

「ホントっすか、上田先生!?」

 

「天才ですから」

 

 

 ジオ・ウエキのやったカードマジックを、解説込みで実践。

 魅音の選んだカードがキチンと、的中させられた。

 

 

「全部十一枚だ……!」

 

「単純に見たら四十四枚抜くだけだね……」

 

「へぇ〜……これはおじさん、見破れんわ……ん? でもこれ、マジックとしたら?」

 

「ははは! ジオウは、インチキ超能力者って事だな! 缶ジュースも文字的中も、絶対にタネがあるに決まってるッ! 天っ才物理学者には全て分かる!!」

 

「上田先生、すぐ調子に乗る癖は治した方が良いですわよ?」

 

「どうせすぐ痛い目に遭うのですから泳がしとくのです」

 

 

 梨花の言葉で現実を思い出したのか、上田と圭一の表情は暗くなる。

 昨日に負けたババ抜きの罰ゲームが実行されるのだから。

 

 

「まぁまぁ! そんな酷い事はしないからさぁ!」

 

「べ、別に俺はビビっている訳では……」

 

「そうだ。上田先生、おはぎ食べる?」

 

「おはぎ? 良いねぇ! 米は大好きなんだ!」

 

 

 魅音から渡されたおはぎを嬉々として食べ、次に悶絶の声。

 

 

「ごっふぉ!? おっふぉ!?」

 

「上田先生ぇ!? どうしたんすか!?」

 

「あっはははははは!! 上田先生の罰ゲームは、『タバスコおはぎ』でしたーっ!!」

 

「うわぁ……えげつな……」

 

 

 真っ赤に染まった口内を晒しながら、大人が子供の前に屈服する。

 そんな状態を見た圭一の血の気は、サーっと引いた。

 

 

「あ。圭一くんは大丈夫だよっ! 痛い事しないから! 寧ろ楽しいと思うよっ!」

 

「……レナ? その意地悪い笑顔なんだ……?」

 

「水ぅぅぅぅう!! 舌が焼けるぅぅぅうッ!!」

 

「淹れて来ましたわ」

 

「お湯ぅぅぅう!! 渋ぅぅぅううッ!!!!」

 

「辛いお口にお湯は火に油なのです! にぱーっ☆!」

 

 

 今日も騒がしい部活メンバーと上田だが、魅音は窓から校庭を覗いて、誰かを待っている様子。

 気になった山田が話しかけた。

 

 

「誰か待っているんですか?」

 

「うん。圭ちゃんの『罰ゲーム』を運んで来る人をねっ!」

 

「うわ、滅茶苦茶悪い顔してる……」

 

 

 暫くして、魅音は客人に気付き、窓を開けて手を振って呼んだ。

 山田もその方向に目を凝らすが、次にポカーンと口を開き、魅音と客人を行ったり来たり。

 

 

「え? え!? もしかして、魅音さんって……!?」

 

「しょうゆこと〜!」

 

「は、はぁ〜……」

 

 

 ボストンバッグを担いだ、白いワンピース姿の人物。

 だがその人物の顔立ちは、魅音と瓜二つだった。

 

 どうやら彼女と魅音は、双子の姉妹のようだ。

 

 

「あ!『詩音さん』ですわ!」

 

「来た来た! 待ってましたー!」

 

「久々の詩ぃなのです」

 

 

 魅音に対し、彼女は『詩音』と言う名前らしい。

 後ろ髪を結び、快活そうな魅音とは打って変わり、長い髪をそのまま流し、清楚で上品そうな雰囲気だ。

 同じ顔立ちでも、身に付ける物と髪でここまで変わるのかと、山田は関心する。

 

 

 

 

「はろろ〜ん! お待たせー!」

 

 

 窓越しに手を振る。

 最初は笑顔だったが、山田を見かけてキョトンと目を丸くした。

 

 

「あれ? オネェ、こちらの方は? 新任の先生?」

 

「違う違う! あっちにいる上田先生と一緒に、村の事を研究しに来た山田さん」

 

「山田奈緒子です……オネェって事は、詩音さんが妹さん?」

 

「そうなりますねっ! 私の方がお姉さんに見えます?」

 

「ちょ、し、詩音ったら……」

 

「それは思いました」

 

「山田さん!?」

 

 

 ボストンバッグを窓から入れると、床に転がる上田と圭一を発見。

 

 

「圭ちゃんと……あの人? 上田先生って方?」

 

「罰ゲームでグロッキーなのです。圭一は詩ぃの登場で罰ゲームを察してナイーブなのです」

 

「お前、絶対……絶対……それ……」

 

「あはははー辛い……あー辛い……口と心が痛い……」

 

「上田先生、壊れちゃった?」

 

 

 入り口から迂回するものと思っていたが、詩音は大胆にも窓を越えて室内に入った。

 お淑やかそうな口調と見た目だが、本質は両者変わらないようだ。

 

 

「窓から入るのか……」

 

「ふぅっ! あ、はじめまして。魅音の双子の妹の、『園崎詩音』です! 愚姉(ぐし)がお世話になってます!」

 

「愚姉なんて初めて聞いたよ!!」

 

 

 ボストンバッグを開き、沙都子がにやにや笑っている。

 

 

「詩音さん……またまた際どい物を持って来ましたわねぇ……監督がいたら『メイドの何たるか』とかで怒りそうな奴ですが」

 

「うふふふふ! 圭ちゃんなら……多分、私より似合うんじゃないでしょうか?」

 

「やめろーっ!! 嫌だぁぁっ!!」

 

 

 辛抱堪らず逃走を図る圭一だが、それを魅音に阻止される。

 沙都子がバッグから取り出したのは、『メイド服』。

 

 

 

 

 ミニスカ、ヘソ出し、リボンにネコミミカチューシャと、チョーカーまで。

 

 

「うっわ、際どっ!」

 

「お店に余っていた物を改造したんですよ。本日用の、特別仕様!」

 

「これは女性でも嫌だな……」

 

 

 少し圭一に同情する山田だが、どうする事も出来まい。

 

 

「はーい圭ちゃぁ〜ん? 脱ぎ脱ぎしましょうねぇ〜?」

 

「はぅ! レナも手伝うーっ!」

 

「やめろぉぉぉ!! 死にたくないぃぃいい!!」

 

「嫌がる圭一くんも、かあいいよぉ!」

 

 

 女子二人に脱がされて行く圭一。

 冷めた目で見ていた山田だったが、上田がひょっこり、羨ましそうに耳打ちする。唇が腫れていた。

 

 

「……あれは罰ゲームなのか? ご褒美だろ」

 

「何言ってんだお前」

 

「所で俺は今、今際の際のようだ。園崎魅音のドッペルゲンガーと遭遇してしまった」

 

「双子の妹さんの詩音さんです」

 

「……なに? 双子?」

 

「……? 双子に何か思い出でもあるんですか?」

 

「あ、あぁ……覚えてなかったか……いや。双子には巡り合わせが悪くてな……」

 

「初めてまして、詩音です。上田先生と呼ばれていらっしゃるので、学者さんか何かですか?」

 

「なんて上品なんだ。あのタバスコおはぎ女と大違いだッ!!」

 

 

 詩音が復活した上田と挨拶を交わす内に、圭一は改造メイド服に身を包まされていた。

 

 

 

 

「ぐう……こ、こ、こんな……!!」

 

 

 曝ける所は曝すような、危ないメイド服。

 羞恥心で真っ赤になった彼のその姿を見るのは、見る方が恥ずかしくなって来た。

 

 

 

「似合ってる似合ってる!! お肌キレイだもんねー、圭ちゃん」

 

「側から見たら変質者ですわね!」

 

「みぃ。側から見なくても変質者なのです」

 

「恥ずかしがってる圭一くんかあいい……! うぅ、お持ち帰りしたい……!」

 

「チョーカーのせいで、誰かの隷属って感じがしてヤバイですね!」

 

「笑うなッ!! 変質者言うなッ!! ジロジロ見るなっ!! レビューするな!?!?」

 

 

 チラッと、助けを求めるように、上田と山田へ視線を飛ばす。

 その姿が滑稽で、二人揃って吹き出した。

 

 

「や、山田さんに上田先生まで……」

 

「少年、似合ってるぞぉ? ちょっと化粧したら、本当に女の子に見えるかもなぁ!」

 

「罰ゲーム仲間だったのにーっ!!」

 

「俺は罰ゲームに耐えた! 耐えられないお前は、敗北者じゃけぇ」

 

「お前も悶えてただろ」

 

 

 これで終わりかと思われていたが、意地悪い笑みを浮かべる魅音は、終わらせる気はないらしい。

 

 

 

 

「女郎どもぉ!! 銃を持てぇ!! 今から外で、水鉄砲合戦だッ!!」

 

「こ、この格好でかぁ!?……てか、俺も女にカウントしてんじゃねぇ!!」

 

「……それで行くと、俺も女なんだが……」

 

「シュワちゃんも女の子になるんですから、大丈夫ですよ上田さん」

 

「なに言ってんだおめぇ」

 

 

 

 そんな事もあり、今度は校庭に出て水鉄砲の撃ち合い。

 魅音、レナ、梨花と沙都子、それに女装状態の圭一が元気に遊び回っている。

 気が付けば、上田も混ざっていた。

 

 

「み、みんな、俺を集中射撃しやがってぇ!!」

 

「少年、俺が助太刀してやる! これでも高校時代は、クレー射撃で日本代表に選ばれた事もあるんだ! ついた二つ名は、『ランボー上田』ッ!!」

 

「上田先生すげぇ!!」

 

「よぉぉし! 梨花ちゃん、沙都子は挟み撃ち! レナは私と突撃するよっ!!」

 

「えへへ! 二人ともずぶ濡れにしちゃうよ〜っ!?」

 

「おーっほっほっほ!! 風邪引いても文句は無しですわよ!!」

 

「変態二人を退治するのです!」

 

「「誰が変態だッ!?」」

 

 

 

 

 

 窓の外ではしゃぐ子供の上田を横に、部室では山田と詩音。

 山田がプロのマジシャンと聞き、マジックを教わりたいと詩音が頼んだからだ。

 

 

「五百円玉が、二百円に」

 

 

 山田が見せ付けていた五百円玉が、一瞬で百円玉二枚に。

 

 

「そして二百円は、四十円に」

 

 

 その二百円を両指で摘み、捻った瞬間、まるで割れたかのように十円玉四枚に変化した。

 

 

「す、凄いです! どうやったんですか?」

 

「……こうです」

 

 

 山田の曲げられた指の内側には、挟まれた五百円玉と百円玉が、隠されていた。

 

 

「お金を摘んで注目させて、片方の指が摘んだ瞬間に入れ替えるんです。一切、指は開かない事と、すぐに小銭を入れ替えられるように練習すれば出来ますね」

 

「絶対に難しいでしょ……」

 

「えぇ。これは上級者向けです。ですので枚数を減らして、五百円を十円玉にすり替えるだけにしときましょうか」

 

 

 右手で摘んでいた五百円玉が、左指が触れた瞬間にサッと十円玉に変わる。

 左手の平を見せ付けると、摘んでいた五百円が挟まっていた。

 

 

「速すぎますよ……」

 

「何事も継続ですよ。まずは指を曲げて、内側に十円玉を挟む……」

 

「じゅ、十円玉を挟む……あぁ、落ちちゃった……」

 

「最初はゆっくりで構いませんから」

 

「不器用だなぁ」

 

 

 

 言うか言わまいか、一瞬躊躇したが、山田は意を決する。

 

 

 

 

「……詩音さんも、園崎のお屋敷に住まれているんですか?」

 

 

 

 

 唐突な、山田の質問に面食らう。

 ガラスに触れた陽光が、二人を挟む机に乱反射した。

 

 

「……私は、住んでいないんですよ」

 

「昨日、お屋敷に行きましてね」

 

「……山田さんが?」

 

「魅音さん、お屋敷の中じゃ全然、妹さんの事は言わなかったので。まぁ、昨日部活にお邪魔した時、いなかったんでこの学校には通っていないのかなと」

 

「……どうして呼ばれたのですか?」

 

「雛じぇねの指導者の……インチキを暴いて欲しいそうです。元々、園崎が仕切っていたから困るからと」

 

「……あの鬼婆さんらしいですね。園崎がやるよりも、第三者にやらせようって思ったんでしょうか」

 

「……利用されているっちゃ、言われたらそうなんですが」

 

 

 詩音は十円玉をまた指で挟み、辿々しく震えながらも腕を持ち上げてみせた。

 

 

「……園崎の頭首になるのは、一人だけ。だから双子は、面倒なんです」

 

「………………」

 

「……姉の魅音が頭首候補に選ばれて、私は御家断絶。最近になってやっと、緩くなりましたけどね。少し前まで、雛見沢村に来る事も出来なかったんですから」

 

「……え!? そ、そうだったんですか……あの、悪い事、聞いちゃいました?」

 

「いえいえ。本当に、前の話ですから! 今は自由ですよ?」

 

 

 十円玉を隠した手をゆっくり、五百円を摘む片手へと近付ける。

 

 

「住んでいるのは興宮のマンションです。叔父さんが飲食店を経営していましてね、そこでアルバイトを」

 

「まだ中学生なのに……ご立派ですね」

 

「…………えぇ。自分でも良く、生きていられるなと」

 

「……?」

 

 

 手と手が交差する。

 次に離れた時、五百円玉は十円玉に変わっていた。

 

 

 だが小銭を移動した時に挟みが緩くなったのか、手の中からポロッと五百円が落ちる。

 一回二回、机の上で跳ねた。

 

 

「……鬼隠しは、ご存知ですよね」

 

 

 

 今度は山田が面食らう番だ。

 

 

 

「……は、はい。上田さんも私も……噂程度ですけど」

 

「……どうですか?」

 

「へ? どうって……」

 

「ダム賛成派ばかり……反対派の園崎家がやったと、思います?」

 

 

 それは山田が、薄々と疑っていた事。

 どう返答しようか迷ったが、詩音が園崎とは別居中と聞き、魅音や本家に流れる事はないと高を括り、頷く。

 

 

「……と言っても、あくまで可能性の一つで……完全に疑っている訳では……」

 

「……擁護とか、そんなんじゃないですけど……園崎家は、全く関係ないと思うんです」

 

「……それは、何故?」

 

「ただあやかって、便乗して、ダム建設反対に文句を言わせない風潮を作りたいだけ……理由までは考えていないですけど」

 

 

 また五百円玉を拾い上げた。

 

 

「……あの人だったら、もっと巧妙にやりそうですし」

 

「あの人って……お婆さん……ですか?」

 

「……山田さん」

 

「……はい?」

 

「鬼隠しは事故でも祟りでも無い……絶対に人が関わっているハズです」

 

 

 それは山田も上田も、その意見で一致している。

 拾い上げた五百円玉をまた摘み、十円玉を挟んだ指を近付けた。

 

 

「……今年ももし起こるとしたら……梨花ちゃまか、沙都子かもしれない……」

 

 

 五百円玉が見えなくなった。

 

 

「何も知らない人が何も知らない内に、酷い目に遭うのはおかしいハズです」

 

 

 そのまま静止。

 

 

「……不思議ですね。初対面なのに、山田さんとは良い関係が築けそうです。波長が合うんでしょうか?」

 

「…………詩音さん?」

 

 

 

 指が離れる。

 

 五百円玉は、十円玉に。

 

 

「……あ。駄目だ」

 

 

 

 

 五百円玉が落っこちた。

 

 

 

「……やっぱ、不器用だなぁ……私」

 

「………………」

 

「……ふふ。オネェには、『内緒』ですよ?」

 

 

 山田は、目の前にいる詩音が、何かを知っている気がしてならない。

 同時に自分と同じ、誰かを失っている気がしてならない。

 

 そこまで踏み越えるには、まだ二人の距離は遠過ぎたようだ。

 

 

 夏の空を背景に、水鉄砲が眩い光の射撃。

 何処までも、いつまでも続いて欲しい、楽しい夏の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年!! 水補給中はお互いカバーしろッ!! そして士気を継続させる為に、お互い褒め合おうッ!!」

 

「はいっ! 上田先生ッ!!」

 

「今から返事は、『マンメンミ』だッ!!」

 

「マンメンミッ!!!!」

 

「何やってんですのアレ……」

 

「男の友情なのです。男は戦いの中で結ばれるのです」

 

「それっ! やっつけろーっ! 突撃ーっ!!」

 

「ズブ濡れの圭一くんに上田先生、かなりかあいいよぉ!! もっと濡れて!!」

 

 

 楽しい夏。




E.Tは1982年の12月公開でした。
そのすぐ前に公開されたのが『遊星からの物体X』でしたので、日本人は短いスパンで、宇宙人の恐怖と友情を見た訳です。

I Bookで、電子漫画版ひぐらしがリリースです。


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夜境内

 遊び倒した後に、夕焼けが差し替かって、本日の部活は終了となる。

 

 

「それじゃまたね〜!」

 

「二度と……メイド服なんか……!」

 

「お疲れ様です!」

 

 

 バスの時間に間に合うように、詩音は先に帰宅。

 帰り道にて、魅音、レナ、圭一と別れた。

 

 

 そして今日は、山田と上田は梨花と沙都子について行く。

 上田は兎も角として、今日は古手神社にお邪魔する事となった。

 

 

「今夜は賑やかになりそうですわね、梨花!」

 

「明日はお休みなので飲み明かすのです」

 

「一々発言がオヤジだな……」

 

「へーっくしゅッ!!……はしゃぎ過ぎたか」

 

「……上田。やけに濡れてないか」

 

「後半は集中砲火でしたものね!」

 

 

 水鉄砲合戦で、山田以外の全員は服が濡れている状態だった。

 夜に近付き、冷えて来る前には風呂に入りたい所だろう。

 

 

「でも、良いんですか? 大人二人がお邪魔して」

 

「構いませんわ! 少し狭いですけど、布団は人数分あったと思いますし」

 

「足りないなら上田を追い出せば良いのです」

 

「何故だ……俺の扱いが……軽い……」

 

 

 古手神社の下に到着し、階段を上がる。

 上田は滑り落ちる。

 

 

「そろそろ慣れてくださりません?」

 

「絶対ここに何か仕掛けてあるだろ!?」

 

 

 鳥居を潜り、境内へ。

 夕陽に照らされた神社は、厳かな雰囲気を更に醸し出していた。

 ひぐらしの声がまた、ノスタルジーを煽る。

 

 

 

 裏手の方にあった、二階建ての小屋が二人の家だ。

「おじゃまします〜」と、沙都子と梨花に続いて山田が入る。

 上田は頭をぶつけた。

 

 

「山田さん以外は入る前に、タオルで拭いてくださいまし!」

 

「みぃ。冷めて来たのです」

 

「このまま風呂に直行だな! 先に使わして貰うぜ!」

 

「お前の家かっ!」

 

 

 言いつつも風呂は代わりに洗ってくれるそうなので、文句はない。

 浴室から浴槽を洗う上田の上機嫌な鼻歌を聞きながら、こじんまりとした居間に座る。

 

 

「確か、ジュースがあったような……『ポンジュース』がありましたわ!」

 

「うわ、懐かしい。瓶なんだ」

 

「ちょっと高かったですけどね?」

 

「『三ツ矢サイダー』もあるのですよ」

 

「この頃から缶だったんだ」

 

 

 シャツに腕を捲った姿の上田が、大急ぎで玄関へ駆け抜けた。

 置きっ放しだった自身の鞄を弄る。

 

 

「そうだそうだそうだ……これを使おうと、楽しみにしてたんだ!」

 

「なんですの?」

 

「はっはっは!『シャネルNo5』の、石鹸だよ!」

 

「シャネル!?」

 

 

 鞄からケースを取り出し、その中にあった薄紅色の石鹸を見せ付ける。

 

 

「しゃ、しゃ、シャネルって、あ、あの……ですの!?」

 

「あぁ!『マリリン・モンロー』が寝る時に五滴だけ付ける、あのシャネルNo5だ!」

 

「香水だけじゃないんですか? シャネルって」

 

「シャネルの発明は『香り』だ。調合さえ出来たら、石鹸にもアロマにも使える!」

 

 

 石鹸の中心に、『No5』とある。

 鼻を近付ければ、気品溢れる、皇潤で、甘く鋭い香りがした。

 

 

「そんな物持って来てたのか……」

 

「実は出発日に届いてなぁ……ここで使おうと持って来たんだよ!」

 

「お、お幾らでしたの……!?」

 

「一個三五◯◯円。五個セットの、一六,◯◯◯円! 産地直送!」

 

「う、上田先生!……そ、そ、その……!」

 

 

 沙都子が今までに見ないほどに興奮している。

 シャネルは昭和五十八年当時も、絶大な人気を放っていた。

 女性の憧れでもあり、少しおませな沙都子は見事に食い付く。

 

 

「使いたいのかぁ?」

 

「使いたいですわ!」

 

「なら、それ相応の頼み方があるハズだ……」

 

「……土下座しろって事ですの?」

 

「取ったのです!」

 

「あ!? コラ、ガキんちょ!?」

 

 

 わざわざ窓を経由して、こっそり背後に回った梨花が、上田から石鹸を引ったくる。

 

 

「沙都子、このままお風呂に直行なのです!」

 

「リカリカ大好きーっ!!」

 

「このヤロッ!? 待てぇーいっ!!……おふっ!?」

 

 

 全速力で追いかける上田だが、途中の梁に頭をぶつけて倒れる。

 その隙に二人はシャネルNo5と共に、浴室に駆け込んだ。

 

 

「か、鍵かけやがった……!」

 

「流石に入り込むのはマズイですよ上田さん……」

 

「俺の楽しみを……!」

 

「小学生に土下座させようなんてするからバチ当たったんです」

 

 

 一連の流れを見ていた山田だが、呆れ果てて居間に戻る。

 彼女の関心は、缶ジュースに移っていた。

 

 

「……ジオ・ウエキは、どうやってジュースを止めた?」

 

 

 フタでも付けたのか。

 いや、あの時、ジオ・ウエキは缶を、側面から握っていた。

 それにひっくり返した時、一、二滴の雫が落ちていた。フタで密封していたら、雫も何も落ちやしない。

 

 

「……う〜ん?」

 

 

 何となくポンジュースの方が飲みたくて、グラスを用意し、注ぐ。

 

 

「いよーっ!!」

 

「……何してんだ」

 

「ポンジュース入れてんですよ」

 

「掛け声の話だ!」

 

 

 彼女の注ぎ方は下手で、飲み口からボコボコ鳴らしながら入れる。オレンジの飛沫が散った。

 

 

「もっと注ぎ口と平行になるように入れろッ!……ったく」

 

「さぁて……果汁百パーセントを…………ん?」

 

 

 山田は顔を顰めながら、ポンジュースの瓶の口を見た。

 そして次に、三ツ矢サイダーの缶。ステイオフ式の、この当時としては新しいタイプの飲み口。

 

 

「やっぱ牛乳は瓶だよなぁ〜」

 

 

 石鹸を取られた腹いせか、勝手に冷蔵庫から牛乳瓶を取り出して来た上田。

 フタを開け、グイっと持ち上げ飲む。

 

 

 ガラスの瓶の中で、ボコっボコっと、牛乳が動く。

 

 

「……もしかして……!」

 

 

 山田は何か、閃いたようだ。

 すぐに三ツ矢サイダーの缶を開く。

 

 

「プハーッ!……ん? おい。ポンジュース飲まないのか?」

 

「……上田さん。いきなり瓶を垂直にして、ジュースを入れようとした時……ボコボコってなるのは、何故なんですか?」

 

「なに? それは簡単だ。『表面張力』だよ!

 

 

 山田が入れた、ポンジュースの入ったグラスに、溢れる寸前まで流し込んだ。

 

 

「ほら、グラスにギリギリまで注いでも……ほんのちょっと、液体は盛り上がって形を保つだろ? コレだよ! 液体は自分の形を出来るだけ、内側に寄せて小さくなろうとする性質がある。垂直に入れる時のボコボコは、飲み口から入り込んだ『大気圧』が液体を下から押し上げ、しかも表面張力は内側に寄せようとするから……下に向かうよりも、上に向かう力が強まり、水のキレが悪くなるんだ」

 

「表面張力と大気圧……」

 

「表面張力については、今日の水鉄砲合戦の時もそうだ。水は必ず、『球体』となって落ちるんだ。雨とかもそうだ。線のように見えるが、よくよく見れば粒で降ってきている」

 

 

 上田の解説を聞き、納得したように頷きながら、山田は缶を手に取る。

 

 

 少し飲み口を触った後、ひっくり返した。

 

 

「おい!? 何して…………おおう!?」

 

 

 

 液体は、落ちて来ない。

 ジオ・ウエキの起こした現象を、再現した。

 

 

「……なぁんだ。これだったのか」

 

「ゆ、YOU? どうやったんだ?」

 

「どうやったも何も、上田さんの言った原理の応用ですよ」

 

 

 缶をまた、元に戻す。

 飲み口を覗いた上田は、気付いたように目を見開いた。

 

 

「昔、見た事あるんです。水の入ったコップに、『ふるいの網目』を乗せてひっくり返しても、水が溢れないマジックを」

 

「……成る程……!」

 

「あの時はふるいがあったから何かあると分かりましたが、今回は何も被せてないので不思議でした……でも、一つだけ、あったんですよ。『被せる物』が」

 

「盲点だった! このサイズなら、大気圧と表面張力で、液体は落ちない!!」

 

「缶には絶対、付いている物ですからね」

 

 

 

 缶ジュースを開けたタブが、クルッと巻かれ、飲み口に差し込まれていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ジオ・ウエキは缶を開けた瞬間にタブを回して、こうやったんですよ」

 

「これなら、飲み口を狭めると共に……飲み口を増やす事になる! そうなると、水の重さは分散され、大気圧と表面張力の力が勝るッ!!」

 

「ふるいの網目の奴も、恐らく同様の原理でしょう。ジオ・ウエキは、こうやってコーラを止めたんです」

 

 

 もう一度缶を逆さにするが、やはりジュースは落ちない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「……ハッ! 実に巧妙な手品だッ!」

 

「これで二つのインチキは暴けました。後は、文字の的中の謎……」

 

「それを暴いて、雛じぇねの前でお前が披露すれば、ジオウは追い出せるな!」

 

「……何とか、綿流しまでに……」

 

 

 ドアが開く音が聞こえた。

 梨花と沙都子の「ふぅ」と息を吐く音も鳴り、二人が風呂から上がったとすぐに分かった。

 

 

「良い香りですわ〜……今日は良く眠れそうです」

 

「みぃ、ご飯食べてないのが悔やまれるのです。このままお布団に入れたのに」

 

「この泥棒コンビがッ!!」

 

「あ〜嫌だ。昨夜、祭具殿に侵入しようとした上田先生に言われたくないですわ!」

 

 

 沙都子の話を聞き、上田の表情は固まる。

 振り返ると、ゴミを見るような目の山田。

 

 

「……上田。お前、私放ったらかして逃げるつもりだったのか……?」

 

「…………こ、これは、何かの間違いだよ! はっはっは!」

 

「最悪だなお前」

 

「シャラップッ!! 俺だって必死だったんだ!!」

 

「開き直りやがった!」

 

 

 勝手に怒りながら、逃げるように浴室に行く。

 彼にはほとほとに呆れながら、何だかんだジオ・ウエキの現象の解明に力になってくれたので、お咎めなしにしようと決める。

 

 

「……あ。ポンジュースと三ツ矢サイダー、どっち飲む?」

 

「あらぁ? 用意してくださいましたのぉ? 気が利きますわぁ!」

 

「……なんか、おかしくなってない?」

 

「シャネルの五番は女を変えるのですよ。にぱーっ☆」

 

 

 それからはジュースを飲みながら話し、帰って来た上田が梨花と晩御飯を作り、九時になる前には就寝した。

 山田も上田のシャネル五番石鹸を使ったが、上田が使ったと考えるとエレガントな気分になれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、現代。

 矢部たちは早速、調査に向かう。

 

 その前に近場の喫茶店で、一休み。

 

 

「矢部くんッ!! 見たまえッ!! この店、『コピ・ルアック』があったから注文したぞッ!!」

 

「人がトイレ行っとる間に勝手に注文すんなや! こんなあっつい所でホットコーヒーて……見た感じフツーのコーヒーやないか」

 

「僕のような……東大理三を卒業し、数多の国々を見て来たグローバル人な僕にこそ相応しいコーヒー!!」

 

「ニガッ。でもやっぱ匂いがええなぁ? どんな豆なんや?」

 

「インドネシアのコーヒーで!」

 

「おう」

 

「フォッサ科の『ジャコウネコ』と言う生物が!!」

 

「ズズッ」

 

「食べたコーヒー豆を!!!」

 

「はぁ〜苦い。ズズズッ」

 

「糞として排出し、その中から取った豆で挽いたコーヒーであるッ!!!!」

 

「ブゥーーッ!! お前なんちゅうもん飲ますねんゴラァ!? きったな! ブゥエッ!!」

 

 

 怒鳴る矢部だが、菊池はしてやったり顔でメニューを見せる。

 

 

「コピ・ルアック……八千円!? クソが八千円!?」

 

「世界一高価なコーヒーと言われているッ!! まさに勝者のコーヒーッ!!!!」

 

「ネコがクソしたコーヒーが勝者て、なんかなぁ……」

 

 

 とは言うが八千円のコーヒー。ありがたく、矢部は飲んだ。

 

 

 

 

「石原と秋葉は?」

 

「例の前原圭一を訪ねに、当時搬送された精神病院へ話を聞きに行かせた」

 

「ならワシらは待っとくんか?」

 

「いいや。僕たちは、『別の生存者』を訪ねに来たのだよ」

 

「別の生存者か。何処におるんや」

 

「ここですよ」

 

 

 菊池が、この喫茶店に生存者の一人がいると話し、矢部は驚きながら辺りを見渡した。

 

 

「誰や? 何処におるねんな?」

 

「……このコーヒーを、淹れた人物になるかな」

 

「………………」

 

 

 焙煎機のメンテナンスをしながら、窓際のカウンターに立つ女性。

 矢部と菊池の視線を感じると、軽く会釈をし、他の店員にメンテナンスの続きを頼んだ後、こちらにやって来た。

 

 

「話は通しておいたよ。感謝したまえ矢部くん」

 

「態度は兎も角仕事は早いなぁ。後で一発やからな?」

 

 

 長い髪を縛り、白と黒の落ち着いたカフェベストとカファーエプロンが似合う、五十路の女性。

 五十路と言うのは、雛見沢大災害の年より逆算しての推定だが、彼女は幾分か若く見えた。

 

 

「東京からいらしたとか?」

 

「事件って訳やないんですけどね?」

 

「……大阪ですか?」

 

「いやいや東京東京東京。私が、大阪出身ってだけですわ」

 

 

 女性が近付き、菊池と矢部も立ち上がり、挨拶を交わす。

 身分を証明する為に警察手帳を出し、一歩前に出た菊池が彼女の名前を告げる。

 

 

 

 

 

 

「『園崎詩音』さんですね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その間、石原と秋葉は、『前原圭一』が三十三年前に治療を受けていたと言う、精神病院にやって来ていた。

 

 

「あ、すいません先輩。ここ、タップして貰えません?」

 

「なんじゃなんじゃ? え? ほうか?」

 

「……うおおおお!! やった!! 星五確て……イエエエエッ!! マーリンッ!! マーリンッ!! 先輩、あざっす!!」

 

「おお! なんか分からんけどワシやったけぇの!」

 

 

 二人が待っていると、看護師がやって来た。前原圭一のカルテと、退院後の行き先を聞きたかったからだ。

 

 

「前原圭一さんですか?」

 

「あ、はい。そうですぅ〜。えっと、我々、雛見沢村の洗い直しをしている者でして〜」

 

「……あぁ。道理で」

 

 

 雛見沢村と聞き、看護師は納得したような顔で、同時に侮蔑を込めた表情を浮かべた。

 

 

「前原圭一さんのカルテは……正確な日時は分かりませんけど、二○○○年には破棄されています」

 

「破棄ぃ〜? 何があったんじゃ?」

 

「ええ。破棄って事は、『死亡』したからかと……」

 

 

 石原と秋葉も知っている事だが、病院のカルテは患者の死後、六年間保存されて破棄される流れだ。

 一九八三年当時はまだ、カルテのデータ化もされていないハズだし、紙媒体以外では保存も望めない。

 

 

「参ったのお……生存者かと思っとったのに」

 

「この情報も古いですからね〜」

 

 

 亡くなったのならお手上げだと、二人は割り切って矢部らの所に戻ろうとした。

 だが、看護師は思い出したように話してくれた。

 

 

「そう言えば、当時からこの病院に勤めていらっしゃる先生が一人」

 

「おるんか! なら、その先生呼んで来てくれんかの?」

 

「それが、院長先生でして……」

 

「お偉いさんじゃないっすか〜」

 

 

 警察が来たと言えば来るだろと教え、看護師に院長との接見を要求する。

 暫く待ち、看護師は「院長からの許可」を取り付けて、二人を案内してくれた。

 

 

 

 

 院長室に通されると、疲れた顔の老人がいた。

 彼が院長だろう。

 

 

 二人はソファに腰掛け、院長との対話を開始した。

 

 

「前原圭一さんの事はご存知ですか?」

 

「えぇ。まだここに来た当初に、担当した患者でしたから」

 

「ここに運ばれたって事は何か、精神の病って事ですよね?」

 

「仰る通り。彼は、酷い被害妄想と強い自殺願望、拘束していなければ自傷行為に及ぶほどの……今まで見て来た中で、特に激しい精神病を患っていましたから」

 

「お医者さんも大変じゃのぉ」

 

 

 院長は当時を思い出すかのように眉を顰めていた。

 だがそれは想起と言うより、一種の『恐怖体験』による怯えのようにも見える。

 

 

 

「彼の最後は、心臓発作でした。入院し、一週間後に、突然……」

 

「まだ若いのにかわいそうじゃのぉ」

 

「………………」

 

「……どうなさいましたぁ?」

 

「…………あの。雛見沢大災害の事を調べてらっしゃるそうですが、何故ですか?」

 

 

 院長のその質問に、二人はどう返そうかと顔を見合わせたが、秋葉が言葉を選んで返答する。

 

 

「実は〜、あの災害、色々と謎が多いものでしてね。急遽、洗い直しが必要と上が判断したんですよ〜」

 

「ガス災害……と、聞きましたが」

 

「公にはそうですけどね〜?」

 

「……ああ。やはりガス災害なんかじゃ……!」

 

 

 膝に置かれた彼の手が、ブルブル震え出す。

 その様子に驚き、秋葉は心配の声を掛ける。

 

 

「ど、どうしました!?」

 

「寒いんかの? おーい! 冷房効き過ぎじゃけぇ!」

 

「先輩、ガチガチに暖房ですよぉ」

 

「……あれは、『祟り』なんだ……!」

 

「祟り……!?」

 

「…………夜な夜な聞こえる、前原圭一さんの声が、耳から離れないんです……三十三年前から、ずっと……!」

 

「なんて、言っていたんですか?」

 

 

 

 

 

 蒼白した彼の顔。

 唇を震わしながら、院長は告げた。

 

 

 

 

 

「……『みんなが殺しに来る。オヤシロ様が殺しに来る』」

 

 

 

 二人の背筋に、寒い物が通る。

 

 

 

 

 

 

「……だ、暖房にせんかのぉ?」

 

「暖房ですよぉ」




マリリン・モンローの有名な、「寝る時に着るのはシャネルの五番だけ」を引き出したインタビューは、日本の帝国ホテル内で行われました。新婚旅行中だったらしいです。

長らくシャネルの香水は、活発な女性のシンボルされてきましたが、2012年に『ブラッド・ピット』が男性初の広告塔になりました。男性でもシャネルを付けて良いのです。

コピ・ルアックと同様のやり方で採取したコーヒー豆に、象の物の『ブラック・アイボリー』があります。こっちはコピ・ルアックより高いみたいです。


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6月11日土曜日 入道雲

 翌朝。四人は朝食を食べていた。

 

 

「昨日のカレーかよ」

 

「残したら悪いだろ? 俺は米なら幾らでも食える」

 

「………………」

 

「コラッ! 北条沙都子ッ! 野菜をこっそり入れるんじゃないッ!!」

 

 

 昨夜の晩御飯だったカレーを、また食べている。

 短いスパンで二度目とあり、流石にうんざりはしているものの、がめつい山田はパクパク食べていた。

 一方で野菜嫌いの多い沙都子は、目が死んでいた。

 

 

「……YOU。辛くないのか?」

 

「みぃ。どうせ同じ物食べるなら、新たな刺激が欲しいのです!」

 

「いや、まぁ、だからて、そんな……キムチと七味入れるのか? 最早、四川料理と化しているぞ……?」

 

 

 見た目にそぐわず辛党のようで、真っ赤なルーのカレーをモリモリ食べている。

 

 

「梨花さんって、変わってますねぇ。私は無理だなぁ、七味とか入れるの」

 

「……ちくわとバナナを入れてタルタルソースかけている奴よりマシか」

 

 

 山田はかなり悪食家のようで、梨花の何倍も理解出来ない食い合わせでカレーを食べていた。

 

 

「………………」

 

「……コラッ!! ジャガイモを残すんじゃないッ!!」

 

「うぅ……上田先生がイジメる……」

 

「折角昨日と違い、新たなブレンドで煮込んだと言うのに……」

 

「……カボチャ以外になに入れたのですの?」

 

「これだよ!」

 

 

 取り出したのは、赤ワイン。

 

 

「……みぃ。それ何処で見つけたのですか?」

 

「戸棚の裏だ! 子供の君たちは飲めないだろうし、勝手に拝借させて貰ったぜ!」

 

「ワイン混ぜたのか。全然わからなかった」

 

「そんだけゲテモノ混ぜられたらなぁ!!」

 

「………………」

 

「コラッ! 北条沙都子ッ!! 人参を捌けるんじゃないッ!!」

 

「七味追加するのです」

 

 

 朝食を済ますと、山田と上田はそれぞれ、別行動を取る事にした。

 

 

「上田さん、病院行くんですか?」

 

「病院じゃない、『診療所』だ。この村唯一で一番の医者と、日本で一番の頭脳を持つ天っ才物理学者は有意義な対談をしてくるよ!」

 

「山田さんはどうなさるんですか?」

 

「ちょっと、村を見て回ろうかと」

 

 

 ジオ・ウエキと出会ったダム工事現場前に行き、メモ帳の文字を読み取ったトリックの、考え得る可能性を試しに行くつもりだ。

 

 

「お昼過ぎには戻ると思いますんで、またそれまで」

 

「みぃ。今生の別れにならない事を祈るのです!」

 

「……神社の子にそう言われると不安になるな」

 

「にぱーっ☆」

 

 

 こうして一旦別れ、山田はダムの工事現場前へ、上田は梨花と沙都子と、『入江診療所』へ向かう。

 

 

 まさか平穏な朝がこれっきりになるとは、誰も知り得は出来なかった。

 着実に着実に、不穏が全てに覆い被さらんと、首を伸ばし始めている。

 

 丁度、村を俯瞰する、入道雲のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜宮レナは、寝惚け眼で一階に降りる。

 途端に漂う、甘い『シャネルNo5』の匂い。彼女はこの匂いが、何よりも嫌いだった。

 ぼんやりしていた頭が、即座に冴え渡る。

 

 居間に続く襖を開けるのも、勇気を出さねばならない。

 一息、深く呼吸を吐いて、意を決して開いた。

 

 

 

 やはりだと、「気のせいかも」と信じていた一縷の希望は、無かった事にした。

 

 

「あらっ、『礼奈』ちゃん。おはよっ!」

 

 

 底の知れない何かを、厚い厚い皮膚で覆い隠した、満面の笑み。

 短く切った髪、穏やかな声、優しそうな笑み。それが何故か、レナの神経を逆撫でする。

 

 

「…………『リナ』さん」

 

「あ。おはよう、礼奈」

 

 

 台所から出て来たのは、彼女の父親。

 リナと呼ばれる女性の傍らに近付き、何も知らない笑顔を浮かべている。

 

 

「……おはよう、お父さん」

 

「今日は父さんが作ったよ。朝から少し重いかな……カレーだけど」

 

 

 鼻をスンスンと動かせば、確かに香るルーの匂い。

 それを、シャネルが邪魔をしているようにしか、思えなかった。

 

 

「三人揃ったんだし! ねっ! 一緒に食べましょうよ!」

 

「食べるだろ? 礼奈」

 

「…………うん」

 

 

 父親は張り切って、台所に戻って行く。

 その間にリナは座布団の上に座り、運ばれて来るであろうカレーを鼻歌混じりに待つ。

 

 

 

「………………」

 

「……どうしたの、礼奈ちゃん?」

 

「………………」

 

「座らないの?」

 

 

 わざわざ、自分の隣を、勧めて来る。

 

 

「………………」

 

「……まだ、信用してくれないの?」

 

「…………そう言う訳じゃ、ないんです……」

 

「…………礼奈ちゃん」

 

 

 リナは微笑みながら、少し困ったような顔を見せた。

 

 

「……私、貴女のお父さんとの『結婚』、本気で考えているの」

 

 

 本当だろうか。

 

 

「とても、深く……愛しているのよ」

 

 

 信じて良いのか。

 

 

「だからね? 是非、礼奈ちゃんと」

 

 

 その漂わせている匂いの元、『シャネルNo5』は誰からの物だろうか。

 知っている。父親が、楽しそうに、買って来ていた事を。

 

 その前に、貴女が、猫撫で声で、ねだっていた事を。

 

 こっそり見てしまった、父親がいなくなった途端に見せた、下卑た笑顔を。

 

 

 

 全部全部、知っている。

 

 

 

 

 

「…………礼奈ちゃん?」

 

「……っ!」

 

 

 ハッと気がつくと、不安そうな彼女の顔。

 

 

「どうしたの?」

 

「い、いえ……寝惚けてまして……」

 

「あら? 礼奈ちゃんも低血圧なの? うふふ! 私もなのよっ! 朝がキツいのよねぇ……」

 

「お! 楽しそうにお喋りかい?」

 

 

 期待した顔で、父親がお盆に乗せたカレーライスを持って、戻って来た。

 

 

「是非、父さんも混ぜて欲しいなぁ」

 

「あははっ! もう、寂しがり屋さんなんだから!」

 

「ははは! かもね!」

 

 

 何も知らない、幸せな笑み。

 ああ。何も知らない事が、どれほど幸せなんだろうか。

 知らずに、ずっとずっと、眠っていたい。

 

 憂鬱な朝を無くして欲しい。

 それが駄目なら、何処か遠くへ行ってしまいたい。

 

 

 

「ほらっ! 礼奈ちゃん!」

 

「…………失礼、します……」

 

 

 リナの隣に座る。

 二人が手を合わせて「いただきます」と唱和するのに合わせ、レナも「いただきます」と呟く。

 

 

「丹精込めて作ったからね!」

 

「お茄子も入っているわ。夏野菜カレーねっ!」

 

「美味しいと思うよ! 隠し味もあるからさ」

 

「あら! 当ててみようかしら?」

 

 

 

 茄子の味も隠し味も、分かりっこない。

 隣の女の、シャネルが邪魔をする。

 

 どんよりとした入道雲が、心に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 診療所への道すがら、沙都子のアルバイトの話をしていた。

 

 

「栄養剤の……つまり、『治験』のバイトか」

 

「朝から『痴漢』とか、流石はむっつり学者なのです」

 

「治験だつってんだろ! あと物理だッ!! 何億回言わせる気だッ!?」

 

 

 沙都子は持っていたファイルを上田に渡す。

 

 

「毎日二回お注射して、その日の体調をそこに記録するのですわ」

 

「まぁ、確かに一般的な治験のバイトだな。しかし毎日注射とか、大丈夫なのか?」

 

「針が小さい注射器ですし、敏感な腕とかじゃなくて脇腹に刺すように言われていますし、痛みはあまり気にしてはいませんわ」

 

「みぃ。もう三年も続けているのですから、大丈夫なのです! 寧ろ僕らの生活の為なのです! 何が何でも続けさせるのです!」

 

「梨花、少し外道じゃありませんか?」

 

 

 記録表を見ると、一週間分の枠があり、注射時間や健康状態の有無の記入欄がある。

 書き方も手馴れているようだ。

 

 

「……しかしまぁ、なんだ。毎日二回注射と、まるで糖尿病の治療みたいだな。実は病気なんじゃないのか?」

 

「あら? 心外ですわね! 私、これでも凄く健康なんですわよ?」

 

「野菜食べられねぇ癖に」

 

「そ、それとこれとは別ですわ!」

 

「見えて来たのですよ」

 

 

 前方に、白く清潔感のある建物が見えて来た。

 今まで古い木造建築ばかりだった分、現れたコンクリート製の建物には少し驚かされる。

 

 

「ここが、その先生の?……デカイな。こんな田舎に良く……」

 

「入江は良い奴なのです! でも上田に負けないくらい変態なのです!」

 

「……なんで俺は変態扱いされてんだ」

 

「さっ! 入りますわよ!」

 

 

 扉を開け、中に入る。

 飛び込んで来たのは白衣の男と、変な声。

 

 

 

「沙都子ちゃあぁぁあん!! 会いたかったよぉぉおぉお!!」

 

 

 手を広げ、抱き締めようとしてくるその男を、沙都子は慣れた様子で回避する。

 その後ろにいた、上田を抱き締めた。

 

 

「やめろぉぉ!! 俺にそんな趣味はない!」

 

「うぉっと!? あ、し、失礼しました!」

 

「みぃ。朝から不気味な物見てしまったのです」

 

 

 男は眼鏡を少し持ち上げ、上田の顔を凝視する。

 

 

「えっと……あの、どちら様でしょうか?」

 

「あぁ……私、日本科技大の、上田次郎です。この村には、ちょっとした地質調査に来てましてね!」

 

「地質調査……おお! それは大層、ご立派な事を!……申し遅れました。僕はここの所長の、『入江京介』と申し上げます。上田教授……で、よろしいですか?」

 

「えぇ、教授の上田です! 入江先生、よしなにお願いいたします」

 

 

 二人は握手を交わす横で、呆れた顔の沙都子がファイルと、使用済みの注射が入ったケースを差し出した。

 

 

「相変わらずなんですから……今週も記録して来ましたわ」

 

「おっと! ありがとう、沙都子ちゃん! お給与は後で渡すから、ちょっと待っててね?」

 

「それは、何の調合薬なんですか?」

 

 

 上田の質問に対し、入江は苦笑い。

 

 

「ビタミンやアミノ酸等ですよ。栄養剤の研究もしていまして、沙都子ちゃんに協力してもらっているんです」

 

「医者の傍らで研究ですか! なかなか、貴方もご立派な事をなされて!」

 

「いやいやいや……」

 

 

 そっと耳打ちする。

 

 

「……沙都子ちゃん、酷い偏食家でお野菜が嫌いですからね。健康をサポートしてあげようかと……」

 

「栄養剤投与しなければならないほどなのか……少しは好き嫌い無くせってんだ!」

 

「その様子では、沙都子ちゃんや梨花ちゃんと親密なようですね」

 

「まぁ、私の研究のサポートをさせていましてね。彼女らの部活にもお邪魔したりもしましたよ!」

 

「ははは! なかなか村に馴染んでいらっしゃるようで!」

 

 

 

 入江はクルッと回り、再び沙都子と梨花に向き直る。

 

 

「それより! どうかなっ!? 待っている間……コスプレ、したくない?」

 

「したくないですわ!」

 

「みぃ……昨日の圭一のメイド姿で十分なのです」

 

「なっ!? け、圭一くんが!? なんで僕を呼ばなかったの!?」

 

「お仕事の時間でしたし、お邪魔になるかと」

 

「圭一くんがメイドさんになるなら、僕は全てを投げ捨ててでも行ったのに!!」

 

 

 何故か悔しがる入江に、上田が話しかけた。

 

 

「まぁ、なかなか似合ってましたよ。あれは面白かった! そのまま水鉄砲で遊んで」

 

「しかも濡れたんですか!?……女装したメイド圭一くんのびしょ濡れ姿が見れなかったなんて……鬱になりそう」

 

「……もしかして、そっちの人なんですか?」

 

「い、いえいえ! ただ、女装した圭一くんが見たいだけです!……女の子だったら結婚したかったのに……」

 

「メイド姿の圭一が見たい。濡れた圭一が見たい。女装した圭一が見たい。女の子の圭一と結婚したい…………つまり、ホモでは?」

 

「…………ん?」

 

「ホモでは?」

 

「…………なんでそんな事言うの?」

 

 

 勝手に一触即発のムードになる上田と入江だが、その暴走は沙都子によって止められる。

 

 

「早くっ!! してくださいましっ!!」

 

「うおお!? ご、ごめん! すぐ用意してくるから!」

 

 

 受け取ったファイルとケースを抱え、大急ぎで奥に引っ込む入江。

 なかなか濃い人物であり、上田はポカーンと彼の後ろ姿を眺めていた。

 

 

「……まぁ、面白い先生だな?」

 

「どうしようも無い変態……って事を除けば、とても良い人なんですけどね」

 

「でもあんな感じに曝け出す入江より、ひた隠す上田の方が危ないのですよ?」

 

「お前、隙あらば俺を貶すのやめないか?」

 

「にぱーっ☆」

 

「にぱーをやめろっ!……ったく……」

 

 

 呆れ果てながら目線を上げた時、「おおう!?」と釘付けにされた上田。

 ナース服を着た、美人が歩いて来たからだ。

 

 

「お、おほほう!……ナースさんだとぅ!?……しかも、めちゃんこビューティー……!」

 

「上田先生? 上田先生……?」

 

「ほれ見た事かなのです」

 

 

 看護師は梨花らに気がつくと、微笑みながら歩み寄って来る。

 

 

「おはよう、梨花ちゃんに沙都子ちゃん?」

 

「おはようございます!」

 

「おはようなのです」

 

「それと……ええと、失礼ですが……?」

 

 

 目から星を飛ばしながら、上田は出来るだけ低くダンディーな声で話す。

 

 

「私……いや、僕は、日本科学技術大学の教授……ふふっ、もうすぐで名誉教授なんですがね? そこで物理学を研究しております、上田次郎と申し上げます」

 

「まあ! そんなお偉い先生が! すいません、ちゃんとした格好でなくて……」

 

「いえいえ! 眼福……間違えた。病院での正装なんですから! 寧ろ僕の方がキチンとするべきでしたねぇ! 参ったなぁ、ははあ!!」

 

「うふふ! 面白い方ですわね」

 

「うほほう! ありがとうございます! ええと……」

 

 

 胸にある名札を見遣る。

 名札を見た、胸は見ていないハズ。

 

 

「……『鷹野』…………」

 

 

 次の二文字に、眉を顰める。

 

 

「……『さん、よん』?」

 

「ふふふ、読めないですよね。これで、『三四(みよ)』と呼びます」

 

「三四さんですか! いやいや、なかなか、風情あって良い名前じゃないですか!」

 

「ありがとうございます。そう言われたのは初めてですわ!」

 

「初めて……うひょひょい! 光栄です!」

 

 

 小躍りしながら話す上田を、冷めた目で見る二人。

 

 

「鷹野、その男から離れるのです! そいつ獣なのです!」

 

「獣?」

 

「バッ! なんて事言うんだッ!!……あぁ、いやいや! 僕の界隈では、獣は『フレンズ』を意味するんですよ! その事を教えましてね? ははは! たーのしー!」

 

 良い所だけを見せようと頑張る上田に、二人はとやかく言う気も失せた。

 

 

 

 入江が帰って来る。

 

 

「お待たせお待たせ……あっ、鷹野さん。ここにいたのですか」

 

「薬品の整理とカルテのカテゴライズ、完了いたしましたわ」

 

「ありがとうございます! 助かります……あぁ、こちらは、日本科技大の……」

 

「先ほど、お互いに自己紹介しましたよ。上田教授、この村は良い所ですので、是非楽しんで行ってくださいね!」

 

「是非是非是非是非、楽しませていただきますよ! 研究なれどもパーリナィッ!! なんちゃって」

 

「うふふ……愉快なお人ですわ!」

 

 

 上田と鷹野は互いに、キツく握手を交わす。

 その間、上田の目は彼女の顔から剥がされなかった。

 

 

「しかし、ここの診療所の設備。かなり、充実していらっしゃいますねぇ!」

 

「ははは! 親の威光ですよ……医者のいない所で誰かの助けになるのが、僕の夢でしたので」

 

「それは本当にご立派だ!」

 

 

 沙都子が自慢げに話し出す。

 

 

「それに先生は……ほら、前にも言いましたけど、野球チームの監督もされていますのよ!」

 

「地域密着型と言う訳ですね? そこまで出来る人はいませんよ!」

 

「あの〜……もう、離してもよろしいでしょうか?」

 

 

 鷹野と握手しっ放しだった。慌てて上田は手を離し謝罪する。

 

 

「いやいや、申し訳ない!」

 

「上田。帰るのですよ」

 

「もう少し待ってなさいッ!」

 

「なんで付いてきた上田先生が仕切るのですか……」

 

 

 仕方ないので、話は切り上げる事にする。

 

 

「では、入江先生。また是非、お暇な時に伺います。なんせ僕には、ノーベル賞レベルの研究を山ほど抱えていますからね!」

 

「ここに来てから上田、遊んでばかりの気がするのです」

 

「黙ってなさいッ!!」

 

「それでしたら上田教授! また明日、学校の校庭を借りてチームの練習があるんです。差し支えなければ是非、ご参加なされては?」

 

「おお! それは良いご提案で! 必ず、お伺いに参ります!」

 

「あの……どうしてまた、握っているのでしょうか?」

 

 

 無意識で、また鷹野の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田は田舎道を歩く。

 

 

「ダムは〜、ムダムダ〜」

 

 

 雛じぇねの行進をまた見た辺り、今日も活動は活発のようだ。

 

 

 

「……喧しいのは、蝉だけにしろっての……!」

 

 

 ブツブツ文句を言いながら、暑苦しい陽の下で、工事現場へと足を進める。

 

 

 

 

「えぇ、本当に。そうですねぇ」

 

 

 

 背後から、年配の男性の声が聞こえた。

 誰かと思い、山田は振り返る。

 

 

 立っていたのは、恰幅の良い体型をした男性。動物で例えると、狸だろうか。

 上着を脱ぎ、特徴的な色合いのシャツとサスペンダーが目立つ。

 意地の悪そうな笑みを浮かべ、ロマンスグレーの髪を撫でる。

 

 

「私、暑いのは我慢出来ますがね。煩いのは本当に勘弁と思っているんですよ」

 

「………………」

 

「ほら、暑いのは仕方ないじゃないですか。太陽を無くさない限りは。んふふふふ!」

 

 

 唐突に話しかけては、やけに気に触る笑い方をする。

 山田は彼に最大の注意を払った。

 

 

「煩いのは、頑張れば無くせますからねぇ。例え百でも二百でも、一気に追い払えたり出来ますから!」

 

「…………どちら様ですか?」

 

「あー、喋り過ぎてしまいましたな! 良く舌が回るもんで、名乗り遅れてしまいましたよ! なははは!」

 

 

 愛想の良い笑顔と言うより、本心を隠している不気味な笑顔。

 男は胸ポケットから、何かを取り出した。

 

 

 山田にとっては、見知ったもの。

 怪訝な表情は一瞬で、ギョッと愕然色に変貌。

 

 

 

 取り出したのは、警察手帳だった。

 

 

「私、『大石蔵人』と言います。隣の興宮の警察署に、所属しとるもんですがね?」

 

 

 入道雲が太陽を隠した。



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夕立来る

 夏。

 遥かなる夏。

 果てしない夏。

 

 変わらない夏。

 誰かがいるか、誰かがいないかの夏。

 

 

 晩夏は訪れない。

 ひぐらしは鳴き止まない。

 自分はその先に行けやしない。

 

 

 

 祝福され、この世に生を受けたのに。

 世界は、自分を呪い続けた。

 

 

 重い重い枷と、辛い辛い罪を、永遠に嵌めつけて。

 

 

 

 苦痛、諦念、絶望、不運、狂気、暴走、罵声、決裂、崩壊。

 どれ一つ欠けた事はない。

 最後に行き着くのは、死と、何もない夏。

 

 まるで夕立のように、悲劇は訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、『大石蔵人』と言います」

 

「クラナド?」

 

「いや、蔵人(くらうど)です……隣の興宮の警察署に、所属しとるもんですがね?」

 

 

 突如現れた、隣町の刑事。

 自分の身分を明かしたと言う事は、彼の職務上必要な事を聞かれるのだろう。

 事件、事故の捜査か何か。

 

 

 勿論、山田には身に覚えはない。

 そもそも自分は、先々日に未来から来た。何かしようが無い。

 

 

「……えっと。その、刑事さんが、何か……?」

 

「……おやぁ? 私の事を知らないのですかぁ? ちょっとばかし、ここらでは有名なんですがねぇ……んふふ!」

 

「お互い初対面だと思うんですけど」

 

「で、しょうな。私も初めて見ましたからねぇ、貴女を」

 

 

 のらりくらりとした言葉遣い。

 山田は面倒になり、苛つきを隠さず、厳しい口調で質問した。

 

 

「……なんなんですか?」

 

「まぁまぁ! お気に障ったのでしたら謝りますよぉ!……本題に入りますがね?」

 

 

 全てを見通したような、余裕の笑みのまま。

 

 

「貴女……園崎と、何か取り引きしとりませんか?」

 

 

 彼の言葉が、山田の警戒心を最大まで引き上げる。

 

 

「な、なんで!?」

 

「その『なんで』は、『なんで分かったのですか』の、なんでですかぁ?」

 

「えっと、あの、こ、これは」

 

「んふふふ! 貴女の使われている家、昔に園崎関係で『イザコザ』があった場所でしてねぇ? そこに出入りしてる、知らない男女がいると聞いたものですから!」

 

「イザコザって……やっぱ曰く付きじゃんあの家!」

 

「調べたらまだ園崎の保有のようですし……こりゃ、何か関連があるなと思った訳ですよ!」

 

 

 話し方や態度、何処を取っても出し抜ける隙が見当たらない。

 それは彼が、「お前は絶対に園崎と繋がっているぞ」と決めてかかり、論破する情報を揃えている自信が滲み出ていたからだろう。

 

 

「あ、あの家使っているからって繋がっている証拠には……」

 

「貴女が学校で……んふふ! 園崎魅音らと接触もしていますね?」

 

「そそ、その縁で使わせてくれてるんです! 旅行に来て、泊まる所ないんで」

 

「と言う事は、貴女たちは余所者なんですな? あの園崎が余所者の旅行者に寝床を用意する慈善家なんて思えませんから……お嬢さんに気に入られたとは言っても、彼女はまだ組を左右出来る立場じゃないですからねぇ」

 

「や、あの、それは」

 

「……木曜日の夜、貴女と園崎魅音が一緒に歩いて、園崎御殿に行く所も知られているんですよぉ?」

 

「行きましたよ! 認めますよ!」

 

 

 ここまで追い詰められたなら、開き直るしかなかった。

 大石は満足げに口角を、にんまり吊り上げる。

 

 

「貴女でもご存知と思いますがねぇ、園崎家はヤクザです。そこと取り引きしている事実……ん〜、警察として見過ごせないのですよぉ?」

 

「別にそんな、危ない取り引きはしていませんよ! 第一、私……」

 

「堅気でしょう?」

 

「……へ?」

 

「刑事何年もやってりゃ、誰がヤクザか堅気かなんざ、すぐに分かりますよ! なはは! 私だってヤクザ相手に一人で堂々と話しかけられませんからねぇ?」

 

「……堅気だって分かったなら、もう良いですか?」

 

 

 これで解放して貰える訳はないとは、内心分かっていた。

 

 

「例え堅気じゃないにせよ、組と繋がっている事実は変わりありませんからねぇ」

 

「えぇ……もしかして、任意同行ですか?」

 

「そうなりますかな?……ここで話していただけたなら、別ですが。事件性の有無だけ、確認したいだけですから」

 

「はぁ……そこの集団、見えますよね?」

 

「雛じぇねですね。最近は園崎から離れているらしいですが」

 

「……まさにそれです。雛じぇねの指導者のインチキ暴いて、追い出せ言われたんですよ」

 

「貴女が? 探偵か何かなんですかぁ?」

 

「……マジシャンなんです」

 

「ほぉ! マジシャンなんですかぁ! いやはや、六十手前ですがねぇ、本物のマジシャンに会ったのは初めてですなぁ!」

 

 

 話題が逸れたと感じ、大石はわざとらしく咳払いし、主軸に戻す。

 

 

「つまり、マジシャンの腕を見込まれて、インチキ暴きに起用されと言う訳ですな?」

 

「はい、そうです」

 

「いやぁ、納得しましたぁ! 元は園崎家の手足だった死守同盟。乗っ取られて村で好き勝手されている今、また手に戻したいんでしょうな」

 

「元々は園崎に従っていたそうですし……強引に手元に戻すより、顔の割れてない誰かが立ち回った方がスマートらしいんで」

 

 

 お金の要求だとか、三億円だとかの話は、しないでおく。

 尤もこの男はもう、知っていそうだが。

 

 

「こりゃもう一つ、納得! 余所者嫌いの園崎頭首がわざわざ、貴女に頼ったのは、そう言う事だったんですね?」

 

「……もう良いですか? そのインチキ暴きに行きますんで」

 

 

 話す事は話したと、山田は踵を返して離れようとした。

 だがこの大石、なかなか粘着質な男で、まだ話があるのか急いで呼び止める。

 

 

「まぁまぁ、待ってください! 貴女、園崎家に利用されている事は多分、ご自覚でしょうね?」

 

「……そりゃ、まぁ……でも泊まる所いただいているんで、文句は……」

 

「先に言っておきますが……あの雛じぇね。指導者のカリスマだとかで、半分危ない宗教になりつつあるそうですよ? ただの農夫の集まりと思われたら、大間違いです!……何しでかすか、分かったもんじゃない」

 

 

 山田が一番驚いたのは、この大石、山田の心配をしている事だろうか。

 言っても彼女の中での刑事は、『ヅラ被った奴』のイメージが強く、好印象が無かったのもあるが。

 

 ただ察し出来たのは、大石は事情聴取と、山田への警告も兼ねて話しかけたと言う事だろう。

 

 

「集まって飲み会を開くだけの烏合の集が、一人の人間を崇拝し始め、陰険な組織になっちまっていますよ」

 

「………………」

 

「悪い事は言いませんが、今すぐ、断りなさいな。貴女は園崎に良い様にされているだけですよぉ?」

 

 

 まさか金に釣られて、本当に良い様にされているとは思っていないだろうが。

 しかしそれでも、やるからには山田なりのプライドも存在する。

 

 

 

「マジックは、人を喜ばし、夢を与える芸です」

 

「……ふん?」

 

「それを『良い様』にしているジオ・ウエキが、個人的に鼻に突くんです」

 

「………………」

 

「利用されてるにせよ、それだけは私の意思ですから」

 

 

 山田はとうとう、足を動かし始めた。

 もう振り返らないし、立ち止まる気はない。

 

 大石はもう呼び止められないと気付いたのか、大声で忠告を飛ばすだけに留めた。

 

 

 

「園崎家は、『鬼隠し』に関わっていやしないかと、貴女も疑っているんじゃないですかぁ?」

 

「……!」

 

「何か分かったか、身の危険を感じたなら、興宮署にすぐ来る事です!」

 

 

 やはりあの刑事も、鬼隠しを調査している。

 何か過去の事件でも知っているハズだ。

 

 だが、警察には守秘義務があるし、自分も向こうも信用し合っていない今、聞くのは野暮だ。

 

 

 そう考え直して、振り向きも返事もせず、暑い暑い田舎道を突き進む。逃げるように。

 

 

「それと! あの入道雲! すぐに夕立が来ますよぉ!」

 

 

 

 

 

 彼の予言通り、工事現場付近まで来た時には、大雨が降り出した。

 

 

「わーわーわー! 本当に降りやがった!」

 

 

 急いで走り、工事現場前にあった農具小屋の庇の下に逃げ込む。

 

 

「にわか雨かなぁ……そんな、降らないか」

 

 すぐに止んでくれる事を望んで、壁に凭れて晴天を待つ。

 辺りの道は泥になり始め、乾いた暑さが湿り気を帯びる。

 

 ウンザリ顔で曇天を見上げていた山田だったが、ふと工事現場の方を見た時、視界に入った光景に目を疑った。

 

 

「……うん? ジオ・ウエキ……?」

 

 

 工事現場から、派手な傘を差して出て来る、ジオ・ウエキの姿。

 咄嗟に山田は小屋の影に「シュワっ!」と隠れ、動向を伺う。

 

 

「……またデモとか……いや、一人だけか……なにやってんだ?」

 

 

 一人だけ、と思っていた山田だが、彼女の数歩後を追っかけて来た、二人の男女に気付く。

 

 

「うぉ。もう二人いた!」

 

 

 傘と雨が邪魔をして、良く顔は見えない。

 女性の方は、まだ若そうだ。

 男性の方は、赤いシャツが目立つ、チンピラ風。

 

 一体どんな関係なんだと凝視していたが、特に彼女らは何をするでも無く、それぞれ道を分かれて去って行く。

 

 尾行しようとも考えたが、傘もなく「濡れたくないな」と思い、見送る事にした。

 

 

「……なにやってたんだろ」

 

 

 疑問に思いながらも雨宿りに徹し続け、十分後に夕立は通り過ぎる。

 

 

 ジオ・ウエキの行動の前に、トリックを暴く事が最優先だ。

 ダムの現場に入った山田だが、作業員小屋から現れた七人に止められる。

 

 

「あなた! 止まりなさいっ!」

 

 

 いつかのオカマ現場監督と、その仲間たちだ。

 男たちに道を塞がれ、山田は軽く慄いた。

 

 

「な、なんなんですか!?」

 

「……ん? 貴女、こないだの貧乳じゃないのっ!」

 

「誰が貧乳だ!? 貴方よりあるわい!」

 

「な!? あたしの方が、おっぱい大きいわっ!!」

 

 

 関係のない話に入りかけたが、場にいづらそうな作業員らの顔を見て、本筋に戻す。

 

 

「ここは鬼ヶ淵ダムの工事なのっ! こないだはデモ集団に圧されたけど、基本は関係者以外立ち入り禁止なのよっ!」

 

「この間、ジオ・ウエキが手品をした場所を見るだけで良いんです!」

 

「ダメよダメよダメダメダメダメ……貴女は、戻らなくっちゃあいけないのよ!」

 

「私がアレのトリックを暴きますから! 貴方たちだって、反対派が消えた方が嬉しいんじゃないんですか!?」

 

「そうは言っても、雨も止んだしお仕事再開なのっ! はいUターンっ!!」

 

 

 一歩一歩迫って来る作業員らの壁に気圧され、山田は渋々引き返す事にした。

 

 背後で彼らの点呼が始まる。

 

 

「お仕事よっ! 番号っ!! 一ッ!」

 

「二ッ!」

「三ッ!」

 

「五ッ!」

「六ッ!」

「七ッ!」

「八ッ!」

 

「四番は永久欠番よっ!『黒沢俊夫』にみんな、礼をするんだっ!!」

 

 

 何やってんだと愚痴りながらも、山田は工事現場を後にする。

 結局、三番目のマジックのトリックは、分からず終い。

 

 

「……でもジオ・ウエキたち……工事現場から出てきたよな……何やってたんだ?」

 

 

 

 その疑問を考える暇は、無かった。

 

 

 

 突如現れた、一台の黒い車。

 それは全速力で山田の近くまでやって来て、見事なドリフトで近傍に停車する。

 

 

「なになになに!?」

 

 

 両手を広げて、アリクイの威嚇。

 停まった車の中から出たのは、車色と同じ黒服の男たち。

 四つのドアから飛び出し、一斉に山田を囲った。威圧感としては、作業員らの壁とは比べ物にならないほどの恐怖。

 

 

「赦してつぁかさい!」

 

「山田さん! 探したよっ!!」

 

「…………ん?」

 

 

 聞き覚えのある声で、冷静さを取り戻す。

 後部座席からもう一人、車から出て来た。その人物は、園崎魅音。

 

 

「すぐに来てっ!」

 

「え? え? え!?」

 

「早くっ!! ほら、みんな、乗せてあげてッ!!」

 

「「サー・イエッサーッ!!」」

 

「うにゃー!?」

 

 

 四人の黒服は山田の背を押し、無理矢理、後部座席に押し込んだ。

 魅音の隣に座らされる。

 

 

「ど、どう言う事ですかコレぇ!?」

 

「説明は移動しながら! ほら、車出して!!」

 

「あの……魅音さん」

 

「なに、山田さん!?」

 

「私乗ったら、一人乗れなくないですか?」

 

 

 

 

 

 車の屋根にしがみ付く、不幸な黒服を乗せて走り出した。

 

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「『松田優作』もやってたし、大丈夫っしょ!」

 

 

 何処かへ向かう最中に、魅音は説明に移る。

 

 

「ジオ・ウエキから園崎へ声明が来たの」

 

「え!?」

 

「山田さんの言ってた通り、明日来るってさ」

 

「時間とかは!?」

 

「言ってない。明るい内とかは言ってたけど……それにもう一つ」

 

「もう一つ?」

 

「……ジオ・ウエキは、山田さんを呼ぶように言いつけたのよ」

 

 

 彼女が山田をと、疑問と驚きの混じった声で山田本人が質問する。

 

 

「なんですか!?」

 

「こないだ、山田さん啖呵切りに行ったみたいじゃん。挑戦状だと思う」

 

「でも良いんですか!? あの、お婆様とか……?」

 

「婆っちゃが呼べってさ」

 

「へ?」

 

「……山田さんが焚き付けたとか、ジオ・ウエキの仲間じゃないかって疑っている訳よ。だから懐に置いて監視させるって」

 

 

 冗談じゃないと、シートに身体を埋めた。

 

 

「じゃあ私、雛じぇねへの人質って扱いですか!? わ、私、無関係ですよ!?」

 

「それは私が分かっているから大丈夫!……圭ちゃんに黙ってくれているし、詩音も『山田さんは悪い人じゃない』って言ってたし」

 

「……詩音さんが?」

 

「でも婆っちゃが言うからさ……私がいないと、山田さん驚くと思ってね、車に乗ったけど」

 

「いや、魅音さんいてもいなくても驚きますけどコレ」

 

「兎に角っ! お願い、山田さん! 山田さんならジオ・ウエキが何をしてくるか解いてくれるって、信用してるから!」

 

 

 両手を合わせて、頼み込む魅音。

 彼女も彼女なりの立場があるのだろうと理解は出来たし、切羽詰まった表情の魅音を見れば、断る気は失せた。

 

 まず断ったら東京湾に沈められるのではと、恐怖もあった。

 

 

「ちゃんとご馳走するから!」

 

「是非、頑張らせていただきます」

 

「ありがとう!!」

 

 

 物に釣られた気もあるが、山田は快諾し、ホッと魅音は息をつく。

 

 

 

 

 園崎家の屋敷が見え、車が停まる。

 車外に出て屋根を見たら、黒服の姿は無かった。




黒沢俊夫は戦前〜戦後に主に巨人で活躍した打者。戦後、三十三歳の若さで亡くなり、彼の背番号『四番』は永久欠番となっている。戦中、徴兵される選手がいた中で残り続け、選手として全うした。

松田優作は『太陽にほえろ!』で車の屋根にしがみ付くスタンドを、本人がやってのけた。現在、ドラマ等で活躍している『松田龍平』と『松田翔太』は彼の実子。彼もまた、四十の若さで亡くなっている。
関係ないが『ブラック・レイン』の松田優作は最高。


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屋敷幽閉

 雨上がりの道を歩く二人。

 

 

「夕立には驚きましたわね」

 

「みぃ。入江が傘貸してくれたから助かったのです」

 

 

 黄色い小学生用の傘を腕に吊るしながら、帰路につく。

 

 

「それにしても上田先生、大丈夫なんでしょうか?」

 

 

 

 

 数分前、上田は謎の黒服集団に連行された。

「お慈悲を!」と助けを求めるも虚しく、彼は車に押し込まれ、何処かへ消える。

 

 

「あれ……多分、魅音さんの……ですわよね?」

 

「魅ぃなら悪い様にしないと思うのです。それに」

 

「……それに?」

 

「上田が恨み買われるような事出来る訳ないのです」

 

「……まぁ、それもそうですわね」

 

 

 大方、魅音の悪ふざけだろう。

 それにしてはやり過ぎな気もするが、上田が園崎に喧嘩を売るような事もしたとは思えない。

 

 

「お昼、どうされます?」

 

「カレーは勘弁なのです」

 

「お給与も入った事ですし、何処か食べに行くのも良いですわね!」

 

「なら詩ぃの所に行くのです!」

 

「では、早速…………」

 

 

 沙都子の表情が、一瞬で強張る。

 前方を見て、そのまま固定。

 

 小首を傾げ、「どうしたのですか?」と聞こうとした梨花さえも、その存在に愕然とした。

 

 

 

 赤いシャツを着た男。

 固めた髪は金色、下衆な笑顔を見せ付ける。

 ポケットに手を突っ込み、ズンズンとこっちへ迫って来た。

 矮小に思えた輪郭が、段々と巨大になる。

 

 

 

 気付けば二人を遥か上から見下す、怪物が立っていた。

 

 

 

「久しぶりやのぉ、沙都子ぉ。迎えに来たでぇ?」

 

 

 欲望と禍根、嗜虐の権化が、莞爾として笑う。

 

 

「さ、沙都子! 逃げ……!」

 

 

 手を引き、逃走を促す梨花。

 その小さな身体が、男に突き飛ばされ、泥に這い蹲るのはすぐの事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たち園崎構成員ッ!」

 

「「母ちゃんたちには内緒だぞ!!」」

 

「うるさい奴には鉛玉ッ!」

 

「「彼女はコルト・ガヴァメント!!」」

 

 

 ミリタリー・ケイデンスと共に門前をマラソンする黒服たちを眺めながら、山田は再び園崎の門を潜った。

 

 

「取り敢えず、山田さんは離れを使わせるってさ」

 

「ほ、本当に大丈夫なんですか私?」

 

「大丈夫だって! 私が保証するし」

 

 

 後ろからゾロゾロ怖い顔した人たちが、カルガモの子どものように付いて来る。

 彼女が大丈夫大丈夫と言っても、これを見れば不安にもなる。

 

 

「座敷でジオ・ウエキの件を話し合うからさ。山田さんは客間で寛いでてよ」

 

「めっちゃ付いて来てるんですけど」

 

「組が喧嘩売られたもん。ギスギスしているのは仕方ないよ」

 

「院長回診みたいになってる……」

 

「じゃあ、ここで待ってて、山田さん!」

 

 

 襖を開くと、そこにいた人物に山田は愕然とした。

 

 

 震える手で湯呑みを掴む、上田の姿があったからだ。

 

 

「上田ぁ!?」

 

「山田ッ!?」

 

「上田先生!?」

 

 

 彼の存在は、魅音も予想外だった。

 

 

「な、なんで上田さんまで……!?」

 

「俺が聞きたいぜ全くッ! いきなり連行されたと思ったら……」

 

「ちょっと!? なんで上田先生まで連れて来たの!?」

 

 

 別の襖が開けられ、一人の男が入って来る。

 

 

 

「頭首の意向なんで……お連れしました」

 

 

 ここまでなかなか厳つい顔付きの者を見て来たが、それらさえ凌駕する厳つさ。

 黒いサングラスで目は隠しているとは言え、その巨体と纏う空気が、相手へ本能的に危機感を与える……そんな風貌の男。

 

 

 あまりの厳つさに、上田も山田も恐縮する。

 

 

「や、ヤバイの来ちゃいましたよ……! 絶対、人殺してますってアレ……!」

 

「おおおおお落ち着け落ち着け、リラックスリラックス、リラリラクスクスフレグランス」

 

「お前が一番落ち着けっ!」

 

 

 男は一歩踏み出し、襖を閉め、客間に入る。

 それだけで部屋が寒くなった気がした。

 

 

「サングラスかけてるだけまだ、マシだった……! 取っていたら、ビームでやられていたッ!……Xメンだアレは……!」

 

「…………どちらかと言うと、メンインブラック?」

 

「お二方」

 

 

 渋く、濃い声で話しかけて来る。

 それだけでビクリと、身体は跳ねた。

 

 

「は、ひゃーいッ!」

 

 

 上田の声が裏返る。

 

 

「突然、ここに連れて来て申し訳ありませんね。ただ、ウチの沽券に関わるんで、そこは了承してもらいます」

 

「『葛西』! 本当に婆っちゃが連れて来いって言ってたの!?」

 

 

 男の名前は葛西と言うそうだ。

 

 

「魅音さんが別宅を使わせると仰った時……監視を付ける事は了承しましたよね」

 

「え!? 監視!? 魅音さん、そんな事……」

 

「……ごめん、山田さん。監視いるって言ったら、落ち着けないと思って……」

 

「……この村はディストピアか何かなのか?」

 

 

 監視役の事実に驚き、項垂れる山田と上田。

 葛西は手を差し出し、魅音に着座を促す。

 

 ワイルドな風貌とは違い、礼儀作法はある程度、なっている人物のようだ。魅音が座ってから、彼も正座する。

 

 

 次に後続の組員らに顎を上げて命令すると、「押忍ッ!」の掛け声と共に魅音の開けた襖が閉められた。

 

 

「イエッサーじゃないのか……」

 

 

 次にバタバタ、忙しなく客間から離れた。

 ここにいるのは内外含め、魅音と葛西、山田と上田。

 

 落ち着いた所で、葛西は説明を始める。

 

 

「監視中、そこの……上田さんでしたね?」

 

「ウエダダヨ」

 

「なんで片言なんだ」

 

「その上田さんも、別宅にいましたから……山田さんを連行するなら、関係者の彼も連れて来いと」

 

「……良い? 山田さんも上田先生も、私が巻き込んだだけ。雛じぇねと関係ない」

 

「そう言われましても……頭首は、山田さんらの登場と、ジオ・ウエキの発言を偶然とは思っておられないそうで……」

 

 

 食いつこうとする魅音を葛西は両手で制止させ、説明を加えた。

 

 

「無関係ならそれで結構です。あくまで可能性を潰すと言う名目で」

 

「……可能性の『一つ』じゃなくて『潰す』って所も、マジな感じ出てるな? 山田……」

 

「私たち、生きて出られるんでしょうか……」

 

「今日と明日、監視付きで過ごしてもらうだけです……如何せん、ジオ・ウエキの『三億円』の話は、厄介な話でして」

 

 

 彼の言う『厄介』には、意味深長な思いが込められていた。

 疑問に思う山田の前で、魅音も眉を顰めている。

 

 

「……どう言う事ですか?」

 

「……山田さん、聞いて。ジオ・ウエキが盗むって言った三億円……今度、運ばれる上納金とほぼ、金額が合致しているの」

 

「正確には『二億九四三一万七五◯◯円』……偶然金額が近いと言うのも、考えられません。ジオ・ウエキは何らかの方法で、上納金の金額を把握している訳です」

 

「ほぼ三億円……何回『天一』のラーメン食えるんだ……!?」

 

「……スケールが小さいなお前はッ!」

 

「しかも予告した日曜日……上納金の運搬日でもあります。偶然にしては、あからさま過ぎます」

 

 

 上田は恐縮しながらも、その理由を推察した。

 

 

「つまり、こうですか?『園崎家に、内通者いる』……と?」

 

「考えられないよ上田さん! ここの組員は皆、盃を交わした仲……絶対に園崎を裏切るなんてしない!」

 

「ユルシテ」

 

「片言やめろ!」

 

「それは私も同感……ここの連中が裏切るなんざ考えられません。仮にそうだとしても、ウチの情報網からは逃れられませんから」

 

 

 シビアなヤクザの世界だが、義理堅く仁義に厚い辺りは流石は昭和漢と言った、ステレオタイプな気質らしい。

 

 

「……と、すると……組員から少し離れた所……例えば、系列店の従業員とか?」

 

 

 山田の意見に、葛西は頷く。

 

 

「大方、そこでしょう。系列店はキャバが多い……関係者が酔ってポロッと言っちまったんでしょうね」

 

「三億円は予定通り明日なんだけど……警備は強固にはさせるから、道中襲われるのはないと思う……まぁ、そっちの方が話早くて良いけどなぁ」

 

「……魅音さん。出来るだけ隠密にしたいのが、私の考えなんですが……」

 

「あのぉ……それ、私たちに喋って、良いんですか……?」

 

 

 かなり大事な話だ、部外者で疑惑の人物である山田と上田の前で話して良いのかと、心配になる。

 

 

「ここまではただ、三億円の話……ジオ・ウエキは、恐らくここまで知っているハズですから」

 

「でも、ケータイとかで連絡とか……」

 

「……携帯? 何を?」

 

「山田……この時代はまだ、『肩掛け電話』さえ無い……」

 

「え?『しもしも〜?』を知らない世界……!?」

 

「『平野ノラ』の時代はまだ後だ……!」

 

 

 山田の話は兎も角として、葛西は次の話で締めた。

 

 

「ジオ・ウエキはウチの組について、ある程度の知識があるんでしょうね。従業員と親族か、友人か……何にせよ、面子が潰されるなんて事はあってはならないんで」

 

「……その、山田さん、上田さん……ごめんね? ご馳走するから……」

 

「……良く良く考えたら衣食住揃ってるし……役得?」

 

「……刑務所を出たくない貧乏人かお前は!」

 

 

 葛西はのっそり、立ち上がる。

 

 

「……ジオ・ウエキの処遇については、こっちで話しますんで……魅音さん、行きましょうか?」

 

「お茶とお菓子食べても良いから」

 

「お構いなく」

 

「そう言いながら煎餅の袋に手を伸ばすな……」

 

 

 葛西と魅音は二人を残し、会合へ馳せ参じる。

 ぽつんと残された二人だが、辺りから醸し出される緊張感は相変わらずだ。

 

 

「……こんな事になるとは思わなかったですね」

 

「こんな事どころか、タイムスリット自体も予想外なんだがな……」

 

「……疑われて、指詰める事になったらどうしましょ」

 

「………………グスッ」

 

「……泣いてます?」

 

「泣いてないッ!……いや、指詰めるのは良い……俺たちが、『鬼隠し』の犠牲者候補にでもなったら……!」

 

 

 どうやら上田は、鬼隠しの犯人は園崎だと思っているようだ。

 襖の向こうで誰が聞き耳立てているか知れたものではない、こっそり耳打ちするように話す。

 

 

「死ぬか、消えるか……いや。消えるってのも、実際死んだようなもんか……」

 

「上田さん……園崎家は関わっていませんよ」

 

「なんでそう言い切れる?」

 

「それは……まぁ……魅音さんも、詩音さんも、良い人っぽいですし……」

 

 

 大石の言葉が頭を掠め、詩音の考えも脳裏を過ぎった。

 

 

「……正直、言い切りは出来ませんよ。『違う』って確証も持てないし、『そうだ』っても思えないんです……」

 

「良いかYOU? 殺されたのは、ダムの中立・賛成派ばかりだ……それに二年目以外は、村内で起きている……あの葛西とか言う男の話し口からして、園崎の影響力はこの辺で強い。恐らく、興宮に逃げても追い付かれるだろう」

 

「………………」

 

「そして取っ捕まえ、見せしめとして派手に殺害する……こうなれば、邪魔者は消せるし、村の人間は誰一人として、園崎に従わざるを得ないだろ……!」

 

「そこが妙なんですよ」

 

「……なに?」

 

「そんな毎年殺人しなければならないほど、この村での影響力は無かったんでしょうか?」

 

「……どう言う意味だ?」

 

 

 山田は説明を始める。

 

 

「前にここに呼ばれた時、魅音さん言ってたんです。『園崎家の影響力が落ちる事は無いと思うけど、園崎が本山の雛見沢村をまともに仕切れないのは他に示しつかない』……これって、園崎家の影響力は前々から強いって言っているようなものですよね」

 

「……んまぁ、そう、捉えられるな」

 

「詩音さんも言っていたんです……『あの人だったら、もっと巧妙にやる』……邪魔者を消したいなら、わざわざ殺さずとも、村から追い出すなんて事も出来たハズです。仮に暗殺としても、ヤクザへの見せしめじゃあるまいし、死体を残す意味がありません」

 

「……いいや、山田。意味はある」

 

「……へ?」

 

 

 上田が説明する番だ。

 

 

「お前が言っていた辺り、この家は『鬼ヶ淵死守同盟』とやらを指揮していたんだろ? つまりは村の結束を重視していたんだ……結束力を高め、反対派閥が従わざるを得ない空気を作るにはどうするか……それは、毎年、同じような現象を作り、村中にこう喧伝するんだ」

 

「……まさか……」

 

「……『オヤシロ様の祟り』……だと! 邪魔者を消すとか、影響力とかではないんだ!『反対派閥に従わなければ祟られる』と言った、漠然とした恐怖で村人……強いては、ダム建設関係者に意識させるんだよ!」

 

「建設関係者まで……?」

 

「神の存在への恐怖と言うのは、効果が強い……科学の時代になっても、なかなか否定しきれないからだ。もし、噂が蔓延したタイミングでダム関係者が事故死すれば……オヤシロ様の祟りを信じ込み、建設会社は手を引くだろう!」

 

「…………」

 

 

 彼の話も、説得力がある。

 しかし本当にそうなのかと言った、ある種の疑いもあった。

 

 

「……なら、最初からダム関係者を消したら良いじゃないですか」

 

「……まぁ、そうだが……最初からすれば、園崎がやったのではと、疑われるだろ?」

 

「今だって疑われてんじゃないですか」

 

「……だが同じ方法で、特定人物を暗殺し続けるには、広い情報網と人手、物も必要だろ。そうなると、園崎家以外に考えられない」

 

「そうですけど……」

 

「それにダム建設が進んでいる今、天下のヤクザとて、なり振り構ってられんだろ」

 

 

 互いに話し合い、言い尽くした所で、組員が部屋に入って来た。

 

 

「離れに案内するッ!! 付いてこぉぉいッ!!」

 

「……ここってなんで、こんな暑苦しいんだ」

 

「梨花と沙都子は大丈夫だろうか……」

 

「大丈夫ですよ。あの生活に慣れているでしょうし」

 

 

 二人は渋々、恐々と立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泥塗れの梨花は、男を見上げていた。

 

 

「なんじゃガキ? 沙都子のダチかぁ?」

 

 

 男は既に沙都子の腕を掴み上げ、逃げられないようにしている。

 

 

「ヒッ……!」

 

「沙都子……! さ、沙都子を離すのです!!」

 

「あぁ!? 何言うとんじゃ? 沙都子は『家族』やからのぉ! これからはワシと、暮らすんじゃ!」

 

 

 家族。

 その言葉を聞いて戦慄したのは、沙都子本人よりも、梨花だった。

 

 

「……! 今までほったらかしだった癖に……!!」

 

「おぉ?」

 

「梨花……!?」

 

「今になって家族家族……あんたの欲しいのはどうせ、『北条家の遺産』でしょッ!?」

 

 

 今まで見た事もない、梨花の激情。

 沙都子は目を丸くし、泥だらけで立つ梨花を見ていた。

 

 

 

 

 男の名前は『北条鉄平』。

 沙都子の両親が死んだ後に、一度彼女を引き取った『叔父夫婦』。

 

 しかし妻の死後、祟りを恐れて沙都子を放り出し、村から逃げたらしい。

 引き取っていた時代に、遺産を使い込んでいたロクデナシ。

 

 

 

 大方また、金に困ったのだろう。

 残っているかもしれない遺産を求め、とんぼ返りか。

 

 

 

 そこまで梨花は読み、あまりの馬鹿馬鹿しさに、冷静さを取り戻す。

 

 

「……沙都子……! 僕の所に戻るのです! その男が沙都子にした事を、思い出すのですッ!!」

 

「……ッ」

 

「沙都こ」

「黙って聞いてりゃ、こんのガキんちょッ!!」

 

 

 

 

 鉄平は、梨花を蹴飛ばした。

 小さい彼女は殴るより、蹴った方がやり易い。

 

 

 梨花の身体は少し浮き上がり、泥濘の中に倒れ臥す。

 内臓が揺れて、全身が痛くて、頭の中は怒りに溢れ、気分が悪い。

 

 

「舐めた口効きやがりおってなぁ!! お前に、ワシらの事口出す権利あるんか!?」

 

「梨花ぁ!?」

 

「法的には! ワシは『家族』なんじゃッ!! ガキんちょぉ!! 躾たるッ!!」

 

 

 近付く鉄平、梨花を踏みつけようとし始める。

 だがそれを沙都子は、背後からしがみ付いて止めた。

 

 

「や、やめて下さい!!」

 

「なんじゃ沙都子!?」

 

 

 言わないで。言わないで。

 か細い声は、雨上がりに鳴き出した、ひぐらしが搔き消した。

 

 

 

 

 

「叔父さんに……付いて行きますからっ!!!!」

 

 

 梨花の身体から、力が抜けた。

 終わった。終わったと、頭の中で繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 それからは何も覚えていない。

 チカチカする視界の先、無理やり彼女の手を引く鉄平らの……後ろ姿が小さくなるのを、見るしかなかった。

 

 

 

 

 

 こんな時に、なんで、上田はいなくなったの?

 あの二人は、結局、なんの変化も齎さないの?

『あの子』の言った通り、過ぎた希望だったの?

 

 

 

「……あは。あは、ははは……っ」

 

 

 乾いた笑いが出て来る。

 

 

 

 

「……役立たず……!!」

 

 

 二人に対してか、己に対してか。

 自分で言ったのに、言葉の矛先を向ける人物が、分からない。

 

 

 

 

 

 平穏は、終わったのだ。



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災害と情景

 店の隅で、彼らは話をしていた。

 

 

 矢部、菊池と、園崎詩音。

 まず彼女から話されたのは、身の上話。

 

 

「あれからもう、二十三年ですか」

 

「三十五ッ!」

 

「三十五年ですか。平成終わる前にってのも、なんかの縁なんですかね? まっ、時代の総決算っちゅう訳ですか?」

 

「………………」

 

 

 

 園崎詩音は、幸運な女性だった。

 

 かつての園崎家は、この辺りを牛耳っていたヤクザであった。

 詩音もその一族の娘として生を受けたが、双子だった為に、妹の彼女は村を追い出される。

 頭首は、一人しかなれない。

 

 

 だがそんな彼女に、思っても見なかった事が舞い込んだ。

 

 

 

 

「……『姉の死』?」

 

「オネェ……魅音が不慮の事故で、死んだんです。そうなると双子どうとかの話は無くなり、片割れの私が棚ぼたで頭首候補になったんです」

 

 

 菊池が資料を開いて、質問した。

 

 

「しかし、園崎家は……」

 

「……私の事を報告する為、各地の分家が集められました。その日が、大災害の日……天下の園崎は、ただの自然災害で崩壊したんです」

 

「でも、貴女生きてんやないですか?」

 

「……私、興宮にいたんです。村を追い出されて、ずっと住んでいたマンションを掃除しようって……幸運、なんでしょうか」

 

 

 その後の園崎家の末路は、矢部も菊池も公安の一員として把握している。

 

 

 

 主要人物を失った園崎家は内部分裂。

 暗殺と抗争が立て続けに起こり、影響力は落ちて行く。

 

 詩音は一度、園崎頭首に祭り上げられたものの、一気に親類や友人を失った彼女にその気は出なかった。

 

 

 うだうだしている内に園崎家は乗っ取られ、詩音は突き放されてしまう。

『園崎』の名が消えた……詩音を残して。

 

 

 

「その後は残った親類を頼って……サボっていた学校に復学して、何とか高校は卒業しました。叔父が飲食店の経営者でしたから、私も色々学んで……ここ、『園崎珈琲店』のオーナーになっています」

 

「その選択は賢かったですね! 昭和はヤクザが堂々と闊歩しておりましたが、平成に入り暴力団に対する対抗意識が高まりましてね! 法律が暴力団を淘汰しようと動き出したんです! 遅かれ早かれ、園崎家は衰退の道を」

 

「お前本人の前で言ったんなや!……あ、このコーヒー美味しいですねぇ〜」

 

 

 コピ・ルアックを啜る。

 

 

「あ〜……それで、ワシらが調べたいのはですね? 雛見沢大災害が、本当に自然災害やったのか!……なんすわ。何か、知ってる事、ありますぅ?」

 

「……あまり、力になれないと思いますが……生存者と言っても、雛見沢村に戻らなかっただけですから……当事者って訳でもないですし……」

 

「んむ〜、そうですか〜」

 

「では、当時の園崎家の様子とか?」

 

「なんでそないな事聞くねん」

 

「多角的な面からの捜査ッ! これは警察の基礎の基礎の基礎の基礎の基礎ッ!! そんな事も分からずに警察名乗って、恥ずかしくないのかッ!?」

 

「よぉし、分かった。お前は後で三分の一殺しやからな」

 

 

 園崎家の様子の質問に関しては、詩音は思い出話のように次々と出してくれた。

 

 

「ダム反対派でしたので、同盟を組んで、色々していましたね。他はまぁ……あまり仕事の事は分からず終いですが」

 

「村から追い出されてましたもんね?」

 

「……あと、ウチの地下には、『祭具殿』があるんですよ」

 

「祭具殿?」

 

「祭りの用具や、神社の神具を保管する場所ですね!……なんで、地下に?」

 

「今だから言えますけど、『拷問部屋』でしたね」

 

 

 サラッと答える。

 

 

「拷問部屋て……」

 

「この村で言う祭具は、『そう言う機材』を指す言葉なんですよ? 私もそこに呼び出されて……みたいな?」

 

「き、聞かんでおきましょっ」

 

 

 後は屋敷内の構造や、人間関係、姉・魅音との思い出。

 度々学校を抜け出しては、魅音らと遊んでいたらしい。

 

 

 話を聞けばヤクザの世界とは程遠い、普通の少女の、普通の日常だ。

 

 

「お姉さんはなんで亡くなりはったんです? 大災害の前なんでしょ?」

 

「…………詳しくは、知らないですね」

 

「それに関しては、僕が知ってますッ!!」

 

「なんでお前が知っとんねん!? お前園崎家か?」

 

 

 菊池は勿体振るように微笑みながら、懐から手帳を取り出す。

 

 

 

 

「綿流しの後日に起きた事件……『営林署人質篭城事件』!」

 

 

 詩音の表情に、歪みが現れた。

 矢部と菊池はその一瞬の歪みに、気付けない。

 

 

「なんやそれ?」

 

「雛見沢村で起きた事件さ! 一人の女子生徒が……」

 

「あ、あのっ!」

 

 

 慌てて詩音が、話を止める。

 

 

「……そろそろ、仕事に戻ってもよろしいでしょうか?……この店、鹿骨市外にも支店を広げていましてね?……回らないと」

 

「あ、それは大変ですな。んじゃ、ワシらはここまでにしよか」

 

「お時間、取らせました。何か分かりましたらまた伺いますので」

 

 

 これは正式な事件調査ではなく、あくまで疑惑のある雛見沢大災害の洗い直し。

 裁判所からの書類がないのに、悪戯に市民を拘束する訳にはいかない。

 

 

「そんじゃ、ワシらはこの辺で……ホアタぁぁぁぁッ!!」

 

「おふっ!?」

 

 

 立ち上がった瞬間に、矢部は菊池を殴る。

 有言実行。

 

 

「腰の入ったパンチですね」

 

「知り合いの物理学者さんに、空手習ったんですわ!」

 

「空手?……どちらかと言えばカンフーかなって……」

 

「ほな、また。あ、コーヒー、美味しかったですぅ〜……ほら、来いや!」

 

「前が見えねぇ」

 

 

 空っぽに飲み干したカップ二つを残し、刑事二人は店を出て行く。

 

 

 先程の会話を反芻する、詩音。

 何だか、懐かしい気分なような、ドス黒い気分なような。

 

 

 

 だが、詩音は一つの決意を固めつつあった。

 そろそろ、清算しても良い時期、だと。

 

 

 

「………………」

 

 

 スマートフォンを取り出した。

 電話帳を開く。

 

 通話先は、『竜宮レナ』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鹿骨市長選、立候補・マック怒鳴堂』

 

『ハッピーハッピー・ランランルー!』

 

『スーパーサイズミーッ!』

 

 

 選挙事務所から出て来る、着物姿の女性。

 高級スーツの男性に見送られ、握手を交わす。

 

 

「ありがとうございます。これで『KEN・タッキー☆候補』に勝てます!」

 

「私はただ、願掛けをしただけですわ……当選、願っております。あと、お金は例の口座に……」

 

 

 女性は……山田里見はお辞儀をし、荷物を抱えたまま、事務所を後にした。

 瀬田に勧められた仕事をこなし、やる事がなくなったので興宮を散策する。

 

 

 地方の町だが、それなりに綺麗な町だ。

 一般的な地方都市の域から出てはいないものの、目を楽しませるように、様々な店が揃えられていた。

 

 

 

 角を曲がろうとした時、不意に誰かとぶつかってしまう。

 

 

「あっ……!」

 

「おととっ」

 

 

 お互いに荷物を落とした。

 

 

「す、すいません! ぼんやりしていまして……」

 

「いえいえ、私こそ不注意で……」

 

 

 しゃがみ込み、自身の荷物を拾い合う。

 

 

 女性の荷物から、ぽろっと何かが零れ落ちた。

 

 

「落ちましたよ?」

 

 

 咄嗟に里見は拾い上げ、女性に手渡す。

 落ちたのは保険証やポイントカードだとかを一緒くたにしておく、ホルダー。

 

 

 ホルダーのクリア部分から、彼女の免許証が見えた。

『竜宮礼奈』と言う名前らしい。

 

 

「度々、申し訳ありません……」

 

「急いでらして?」

 

「待ち合わせしていたのですが……どうしても、相手が来なくて……仕方ないので帰ろうかなと」

 

「それは行けませんね。きちんと時間を守る……大人の基本ですのにねぇ」

 

「い、いえ……思えば私も、その方に無茶させたなぁと……」

 

 

 チラリと、彼女の持つ鞄から、見知った人物の顔が見えた。

 

 

「……あら、その本……上田先生ですか!」

 

 

 上田の著書、『どんと来い超常現象』だ。

 里見が言い当て、礼奈は驚きながらも本を取り出す。

 

 

「ご存知なんですか?」

 

「知り合いなんですよ、私」

 

「……上田先生と……?」

 

「先生には色々とお世話になりましたから。娘の事で尽力してもいただきまして……」

 

「…………………」

 

「……もしかして、貴女の待ち合わせ相手とは」

 

 

 あの人が、約束をすっぽかすハズはない。

 

 

 里見の脳裏に、奈緒子へ突きつけるような『災禍』の文字が浮かんだ。

 間違いであって欲しいとの祈りは、彼女が頷いた事で霧散する。

 

 

「……あの。これも何かの縁です」

 

「はい?」

 

「……お名前、お聞かせしても、よろしいですか?」

 

「……山田、里見と申します。長野で書道家を……」

 

「山田さん……何故でしょうか。初めて聞くのに、懐かしい」

 

「おほほほ! 山田なんてそんな、珍しい名前じゃありませんでしょう? クラスに一人はいたハズですよ!」

 

 

 礼奈は、朗らかな里見に合わせて、微笑んだ。

 ずっと影が残っていた、彼女の顔。やっと、パッとした陽光に照らされた気がした。

 

 

 

 

「……ご用事は?」

 

「終わりまして、暇なんですよ私」

 

「この町は初めてで? さっき、長野からって……」

 

「差し支えなければ、案内していただけません?」

 

「……私も久しぶりですけど。はい、良いですよ」

 

 

 二人は並んで歩き、共に町を巡る事にする。

 途中、奇妙な二人組とすれ違った。

 

 

 

 

 

「せ、先輩……すぐお祓いに行きましょうよぉ〜……」

 

「アキちゃん! ワシゃ、寺に行くけぇの! 兄ぃへの報告、任せたッ!!」

 

「嫌ですよぉ〜!!」

 

 

 見覚えがないような、あるような。

 二人の後ろ姿を少し眺め、すぐに里見は前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圭一とレナは、山間にある、とある場所に遊びに来ていた。

 誰もこない事を良い事に、不法投棄のゴミが捨てられている。

 

 

 この場所が、レナは好きだ。

 

 

「レナぁ〜? なんか見つかったかぁ〜?」

 

「さぁ! 今日のお宝は何処かなぁ!」

 

「ははは……本当に飽きねぇなぁ」

 

 

 レナが持って来た鉈を手に持ち、邪魔な木材を解体しながら、ゴミの山に頭を突っ込む。

 タイヤのゴム、土砂、廃材、鉄パイプ。様々な物が、散乱していた。

 

 

「おいおい……見ろよコレ! 公衆電話の受話器だぜ!?」

 

「うわぁ! 良いな良いな! 圭一くんは探すの上手いよねっ」

 

「お? そうだろぉ?『トレジャーハンター圭一』! これで売り込むのもアリだな……」

 

「犬みたいでかぁいいよ! レナのペットになる?」

 

「………………まぁ。うん。考えとく」

 

 

 犬扱いされて、釈然としない表情の圭一。

 鼻歌混じりにゴミの山の上をスキップするレナに続き、歩く。

 

 

「……なぁ」

 

「なぁに?」

 

「………………」

 

 

 聞こうか聞くまいか、迷う『鬼隠し』。

 クルッと振り返り、満面の笑みを見せるレナの前で、今は辞めておこうと決めた。

 

 

「……いまからさぁ、お宝探しゲームしようぜ!」

 

「お宝探しゲーム?」

 

「どっちが多く、良い物見つけられるか!」

 

「面白そう! 良いよ! 罰ゲームは!?」

 

「……罰ゲーム無しとかは?」

 

「駄目駄目! 罰ゲームあってのゲームだよ! だよ?」

 

「仕方ないなぁ……んじゃあ、相手の言う事、何でも聞くってのは?」

 

 

 レナは手をパチンと叩いて、賛成した。

 

 

「圭一くんはどんな事を?」

 

「こないだの仕返しとして……ぬふふふ! メイド服着て、俺の専属メイドにしてやるッ!!」

 

「うわぁ……」

 

「お前、俺にさせた癖にドン引きすんじゃねぇよ!!」

 

「あははは!……うん、良いよっ! 圭一くん、家事とか何も出来なさそうだもんね! レナがサポートしてあげるっ!」

 

「さ、皿洗いと風呂洗いは出来ますぅーッ!!……んで、レナは?」

 

 

 何を命令しようか、顎に指を当てて考え込む。

 うーんと唸り、思い付いたように目をパッチリ開いたが、圭一と向き直り歯を見せてニッと笑う。

 

 

「……内緒っ!」

 

 

 悪戯っぽく、鼻先に指を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「礼奈さん?」

 

 

 ハッと、里見の声で、礼奈は追憶の海から登った。

 

 

「す、すいません……ちょっと、昔の事を……」

 

「思い出に浸るのは、楽しいですものねぇ」

 

「ええ…………」

 

 

 少し、儚げに、空を眺めた。

 

 

 

 

「……楽しいですね」

 

 

 

 結局、あの約束は、言えなかったなと、礼奈は思う。

 寒々しい冬空が、いつか見た入道雲……夕立の心配をして走った、夏空に見えた。

 蝉が鳴き、毎日泥んこになるまで駆け回った日々の思い出。

 

 

 この全ては、彼女にとって辛い過去になるとは。冒瀆だろうか。

 

 

「…………あ」

 

 

 ポケットの中で、ケータイが鳴る。

 どうにもスマートフォンが苦手で、今でもガラパゴスケータイだ。

 

 

「ちょっと、失礼しますね」

 

「お構いなく」

 

 

 液晶に並ぶ、相手の名前に少し、出るのを躊躇した。

 昔の思い出に浸りかけていただけに、迷う。

 

 

 逃げては駄目なのかもしれない。

 少し首を振って、通話ボタンを押した。

 

 

 

 

「……詩ぃちゃん? 今日、私はお休みのハズだけど……」

 

 

 通話は、二分程度。

 最後は「分かったよ」と言い残し、礼奈は電話を切った。

 

 

「お友達ですか?」

 

「友達でもあって、上司とも言うんですかね……私、この人の経営している店の一つを管理してまして」

 

「あら。店長さん?」

 

「はい。オーナーの友達が、夜に食べに行かないかって……何だか、久しぶりで。そんな、温泉行ったり、遊びに行ったりするような事、無かったから……」

 

「……優しいお友達のようですね」

 

「……感謝しきれませんよ」

 

 

 ケータイを仕舞ってから、「案内でしたよね」と、里見の案内役を続行する。

 

 

「お泊まりになられるんでしたら、あの旅館が良いですよ。あと……馴染みのお店があるんです」

 

「馴染みのお店?」

 

「店員が、メイド服なんです!」

 

「んまぁ! それはまた、愉快そうで!」

 

 

 礼奈と里見は、興宮を歩き続ける。

 思い出と、過去の情景を、引き摺りながら。



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6月12日日曜日 園崎三億円事件

 朝を迎える。

 

 埃っぽい匂いと、差し込む陽光を疎ましげに思いながら、上田次郎は目覚めた。

 

 

「……もう……朝か」

 

「くが〜……ぐが〜……」

 

「……こいつのイビキのせいで、半分しか眠れんかった……」

 

「ふにゅ……乗るぞ累計……」

 

「……だからどんな夢見てんだッ!」

 

 

 

 二人がいるのは、園崎家の離れ。

 長らく使っていないそうで、所々がボロがかっている。エアコンもなく、ガタガタ煩い扇風機で暑さを凌いだ。

 

 

 

 

 扉がバァンと勢い良く開き、組員が起こしに来た。

 

 

「グッドモォォォォォニィィィイイッ!!」

 

「ふごっ!?」

 

「アメリカァァァアァアァアァアッ!!!!」

 

 

 

 いそいそと身支度を整え、離れから屋敷に移る。

 食事は客間の一つにて食べさせてもらう。

 

 

 白米、ブリの煮付け、シジミの味噌汁、フルーツポンチ。

 

 

「いやぁ、豪華な朝食だぁ〜! 園崎さんって素晴らしいお方ですねぇ!」

 

「フルーツポンチ……フルーツポンチ……逆から読めば、チン」

 

 

 襖が開かれる。

 入って来たのは、着物姿の魅音だった。

 

 

「おはよう、山田さんに上田先生!」

 

「園崎魅音か?……印象変わるもんだな」

 

「そりゃ、四六時中着てたら疲れるけど、家じゃ次期頭首っぽくしないと」

 

「魅音さん! カレイの煮付け美味しいです!」

 

「ブリだそれはッ!」

 

 

 魅音が二人の前に座り、後続の組員が朝食を置く。

 どうやらここで食べるそうだ。

 

 

「今日は、私たちは?」

 

「ああ……私たちの目に付く所にいて貰うってさ」

 

「今日も一日、監視させられるのか……気が滅入りそうだ」

 

「今日だけだから! 何も問題起きなきゃ良いし、ジオ・ウエキが捕まれば『ケジメ』つけるだけだし」

 

「ジオウか? その女は既に、インチキだと証明している。恐るるに足らんさ! 相手が巨大ロボットかなんかを持って来ない限りはな」

 

「巨大ロボット……『スパイダーマン』みたいな?」

 

「……スパイダーマン?」

 

 

 スパイダーマンに巨大ロボットはいたっけか、と思い出そうとする山田。

 その間、上田が魅音に質問する。

 

 

「しかし……監視して幽閉するなら、いっそジオウの方が良かったんじゃないのか?」

 

「それがさぁ……あいつの所在地が分からないんだよ」

 

「所在地が分からない?」

 

「村にいたのに気付けばフラ〜っと消えて、明くる日に興宮からやって来る……宣言したのが金曜日でしょ? 急いで尾行するにも、土曜日は現れなかったし」

 

「気付けば消えるか……もしかしたら、村内に隠れ家があるのかもな」

 

 

 土曜日は現れなかった、と言う魅音の話に、山田は疑問を抱いた。

 確か昨日、午後に入る前に、ダム現場前で見たようなと。

 

 

「でも昨日私、ダムの工事現場前で見ましたよ?」

 

「へ? ジオ・ウエキを?」

 

「工事現場から、二人の男女を連れて……」

 

「おかしいな……昨日は一日中、ウチの者に興宮へ続く道は全て張り込ませたのに……さては見逃したかぁ?」

 

「デモって様子じゃなかったので」

 

「まぁ……ジオ・ウエキ自体、しょっちゅう独りで工事現場に行って、アレコレ交渉するみたいだから。本当、がめついってのを取り除いたら良い活動家なのに……」

 

 

 そう言えば彼女の登場から、ダム建設の遅延や、園崎家との協議の機会が盛り込まれたのだった。

 確かにジオ・ウエキは詐欺師らしく、口が上手い印象を受けた。超能力者と自称したのは、神秘性を与えてダム工事の作業員らにプレッシャーをかける為だろう。

 そうなるとなかなかの、戦略家だ。欲が剥き出しな事を除けば。

 

 

「……あの、お婆様とかは? この家に来てから、一度も会ってないんですけど……」

 

「婆っちゃ? あー……婆っちゃってさ、余所者嫌いでね。その……疑惑のある二人には会いたくないとかさ……」

 

「こわっ」

 

「いや、本当にごめん! おじさんのブリあげるっ!」

 

「いやいや! ぜぇん然気にしてませんから!」

 

「……安い女かお前はッ!」

 

 

 朝食を終えようとした時、もう一人部屋に入って来る。

 厳つい顔の相談役、葛西だ。

 

 

「……やっぱ……ヤクザってよりも……マフィア?」

 

「……山田。あれを見ろ」

 

「あれ?」

 

 

 葛西の胸ポケットから垂れ下がる、狐か蝙蝠か分からないマスコット、『おっきー』のストラップ。

 

 

「おっきー?」

 

「おっきー? あ、山田さん。これは雛見沢村のマスコット候補『ひっきー』だよ。葛西が考えたんだ」

 

「私が考案しました」

 

「考案者この人かよっ!?」

 

 

 葛西は部屋に入るなり、魅音らと視線を合わせる為に着座し、報告する。

 

 

「……『金庫』が届きました」

 

「あっ! 上等じゃん!」

 

「金庫?」

 

「そうそう!……鍵とかも全く新調した金庫。夜中に忍び込まれたり、合い鍵の存在もあるかもだからねっ!」

 

 

 売られた喧嘩は徹底的に、と言う事か。

 次にまたもう一人が、部屋に入って来る。かなり年配で、据わった目をした男だ。

 

 

「葛西さん……三億の移動を始めましょうか」

 

「分かりました、シンさん……それじゃあ、魅音さんに……お二人も、同行願います」

 

「私たちもですか……?」

 

「無線機の類は持っていないようですし……それに金には、触らせる訳ではありませんから」

 

 

 座敷を抜け、葛西とシンさんと呼ばれる組員と共に廊下を進む。

 傍らに見える庭園は本当に見事。

 

 松の木と鹿威し、それらに赤く鮮やかな紫陽花が顔を出し、岩に囲まれた小池で緋色の鯉が踊る。

 

 

「いやぁ……実に、素晴らしいお庭で!」

 

「この稼業だと、頭首にとって憩いの場は家だけ……自分の住む場所は整えておきたいと、庭は特に拘っております」

 

「今日も造園所の人来るんだっけ? 大丈夫なの?」

 

「あちらの造園所の人間は全て、顔が割れています。それに庭の手入れだけなら、保管場所と真逆ですから」

 

「何処かに、金庫置くんですか?」

 

 

 山田の質問には葛西ではなく、シンが答える。

 

 

「見えますか。渡り廊下の先にある、離れが」

 

 

 指差す先には、十メートル程度の渡り廊下と繋がる離れがあった。

 山田らが寝泊まりした所は完全に『蔵』だったが、こちらは人が住めそうな感じだ。

 

 

「あそこに保管致します」

 

「……あっちに泊まらせろよ」

 

「黙りなさいYOUッ!……確かにあそこは、渡り廊下さえ警備していれば完全に独立する。金庫の運び出しも容易だし、一晩設置しておくのならば絶好の場所ですねぇ」

 

 

 既に屋敷内は警戒体制を敷いているのか、あちらこちらで組員が見張りをしていた。

 

 

 通り過ぎる度に、上田と山田は「貧乳貧乳」「巨根巨根」言われ、睨まれる。

 

 

 

 

 

 廊下を進み、屋敷内に入る。

 そこから道なりに進むと、やけに事務的な部屋に入れられる。

 

 

 黒く、固そうなソファに、ガラス製のテーブル。任侠映画で見るような場所だ。

 

 

「おぉ……!『アウトレイジ』で見た奴だ!」

 

「『仁義なき戦い』は出ないのか……」

 

 

 ソファには向かい合わせに、組員らしい二人と、反対にはの従業員らしき人物が三人。

 端に座り、煙草を燻らせるホステス風の者だけが女性だった。葛西らに気付くと、急いで火を消す。

 

 テーブルには、大きなジュラルミンケース。山田の目は、即座に向けられる。

 

 

「尾けられたりは?」

 

 

 葛西の質問に、恐縮しながらホステス従業員の男が答える。

 上納金を届けに来た人物だろう。

 

 

「道中、襲撃されたりはなかったです……尾行は、されていないと思います」

 

「思いますじゃねぇだろ。ちゃんと確認はしたか?」

 

「し、しました、総支配人……村に入れば、『廃品回収車』以外は殆ど無かったですし……」

 

 

 身内の部下となれば、葛西の口調はやや厳しくなる。

 追及はそこまでにして、次は組員へ話しかけた。

 

 

「金額は合っていたか?」

 

「確認致しました。二億九四三◯万七五◯◯円……一銭の狂いもありませんぜ」

 

 

 ジュラルミンケースが開かれる。

 

 

 

 束に置かれた、万札。

 聖徳太子が延々と並んでいた。

 

 

「……何処の国のお金だ?」

 

「旧札だと前、説明しただろ……! しかし三億……初めて見たな」

 

「上田先生も初めてなんだ。おじさんは〜、しょっちゅうだけどなぁ」

 

「……園崎すげぇ」

 

 

 およそ見た事のないような量のお札。

 重厚感を漂わせ、思わず山田も上田も目が移ってしまう。

 

 

「……葛西さん。では、金庫の準備を」

 

「始めてください、シンさん」

 

「へい……」

 

 

 シンは口元に手を当て、部下を呼ぶ。

 

 

 

「キャァモンベイビィィィィイッ!! アメリカァアァアァアァアッ!!!!」

 

 

 

 襖がガラッと開かれ、台車に乗った金庫が入る。

 一般的な、四角形の金庫だが、鍵穴が三つ。それに扉が、枠に埋没する仕組みになっていた。

 

 

「『オーバーハング構造』ですか。扉枠と隙間が殆どないので、バールのような物だとかでこじ開けられる……なんて事も難しくなりますね」

 

「新型の金庫なんです。シンさんが秘密裏に入手してくれました……合い鍵を作る隙もないでしょう。悪いですね、嫁さんが大変な時に……」

 

「いえいえ、葛西さん、お気になさらず……では、失礼します」

 

 

 シンは懐から鍵束を取り出した。

 三つの鍵をそれぞれの鍵穴に差し込み、金庫の封印を解く。

 また鍵を懐に一旦戻してから、彼は命じた。

 

 

「入れろ」

 

 

 奥行きがあり、組員らが三億円を丁重にジュラルミンケースから移すと、ピッタリ全て収まった。

 三億円を入れてからまた扉を閉めると、中のカンヌキが作動し、自動的に鍵がかかる。山田が「あぁ……」と残念そうな声をあげた。

 

 

 

 

 全ての行程を見届けた後、シンは葛西に鍵束を渡す。

 

 

「これは、葛西さんが預かっていてください」

 

 

 葛西は受け取った鍵束に、ひっきーのストラップを付けてから懐に。

 

 

「……ストラップいる?」

 

「いるんだよッ! 受け入れろッ!」

 

「しかし三億……うわぁ。匂いだけでも嗅ぎたかった」

 

「なんも匂いなんかしないよ?」

 

「園崎魅音すげぇ」

 

 

 即座に運ばれようとしていた金庫だが、台車を動かした時に重量が変わったせいか、手元を狂わせた組員がガツンと金庫を強く、柱にぶつけた。

 

 

「ソォおリィッ!!」

 

「何やってんだおめぇは……葛西さん。私に運ばせてください」

 

 

 不出来な部下に代わり、シンが金庫の運搬を担当。

 魅音はホステス従業員達を指差し、葛西に聞く。

 

 

「従業員たちはどうする?」

 

「この部屋で一旦、待機させます……おい。無線機の類はねぇだろうな?」

 

 

 従業員らが出したのは、二つの機械。

 

 

「なんだこりゃ?」

 

「あ、私知ってる。『西城秀樹』が上半身裸で音楽聴いてる奴だ」

 

「う、『ウォークマン』……です」

 

 

 上田は懐かしい物を見るような目で、ウォークマンともう一つの機械をまじまじと眺める。

 

 

「ウォークマン『TPS-L2』! こっちは『プレスマン』! 良い物をお持ちで!」

 

「ご存知なんですか、上田さん」

 

「ウォークマンはステレオ音源が持ち運びで聴ける、唯一の装置ですよ! スピーカーと録音機能は無いんですが、いつでも何処でもヘッドフォンで高音質の曲が聴けるんです! こっちのプレスマンはその、ウォークマンの原型。モノラルですが、即座に取り出して録音出来てその場で聴ける優れものですよ! ニュースとかで、インタビュー音声の録音に使われているのはコレなんですから!」

 

「……? すいません、学が無いもんで、ステレオとかモノラルとか……」

 

「プレスマンは、背面の単一のスピーカーから音が出るんで、どうしても音が平面的なんですよ。しかし、ウォークマンは左右のヘッドフォンから音が出るので、立体的になるんです! 一度聴いたら、分かりますから!」

 

「いや、今は……」

 

「急にノリノリになったな上田」

 

「へぇ……今度、お母さんにせがんでみよっ」

 

 

 ウォークマンとプレスマンの薀蓄は兎も角、無線機の類では無いし、上田が確認した所は改造した様子もない為、許された。

 

 

 

「……そろそろ、行きましょう」

 

「そうですね……オイッ!『エミ』ッ!」

 

「へいっ!」

 

「『カス』ッ!」

 

「へいっ!」

 

「左右から金庫を護衛しろ」

 

「「サー・イエッサー!!」」

 

「……ここの掛け声、どうなってんだ?」

 

 

 組員のエミとカスを従えながら、シンが台車を押して金庫の運搬が始まる。

 

 

「葛西。入り口とかは見張っているの?」

 

「安心を。五人体制で、裏口も全て。屋敷内にも既に、二十人を配備……『チャカ』もありますし、鼠一匹も入れんでしょう」

 

「アメリカの歌手もいるんですか!?」

 

「それは『チャカ・カーン』ッ!! ツッコミ難いんだッ!」

 

 

 チャカとは言わずもがな、『銃』だろう。

 通りかかる組員全員が拳銃を忍ばせていると思うと、堅気の山田と上田の肝は冷えた。

 

 

「……なんでチャカって言うんですか?」

 

「引き金を引くと、『カチャッ』と音がする。それを逆さに呼んだだけだ……こう言う隠語は良くある。警察の事を『デカ』と呼ぶのは、昔の警察は『各袖(かくそで)』と言う上着を着ていた。各袖の頭と尾の一字を抜くと『かで』、それを逆さにして『でか』だ」

 

「流石、上田先生! 物知りだねぇ」

 

「ハワイで、親父に教わったんで……」

 

 

 そんな状況の中だ、上田のイキリも、尻すぼみ。

 

 

 外廊下に移る。

 庭には造園会社の人々が組員らに見張られながら、作業していた。多分彼らも、上田らと同じ気分だろう。

 

 

 

 

 廊下を進み、離れに続く渡り廊下へ差し掛かる。

 並んで歩き、廊下の半分を過ぎる。離れの扉はすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、

 

 

『おほほほほほほ!! ア〜タクシはこちらですわよぉ〜!!!!』

 

 

 

 屋敷の方より、耳障りな狂笑が響く。

 

 

「なッ!?」

 

「えっ!?」

 

「……なんだと?」

 

 

 

 一斉に全員、振り返る。

 

 

 開かれた襖から覗く、マゼンタ色の服、『シドウシャ』と張り付けられたハット、『センス』と書かれた扇子、膨よかな体型。

 

 立っていたのは間違いない。

 

 

「ジオ……ウエキ!?」

 

「ジオウッ!?」

 

「残念でしたわぁ! 天下の園崎が、アタ〜クシに出し抜かれるなんてっ!」

 

 

 山田も聞き覚えがある。確かに、ジオ・ウエキの声。

 

 

「は、入られてんじゃん!?」

 

「何故だ……!? 入り口は全て、固めたハズ……!?」

 

「……ッ!」

 

「あ、山田ぁ!?」

 

 

 誰よりも先に身体が動いたのは、山田。

 渡り廊下を全力疾走する。その間、ジオ・ウエキは襖を閉め、姿を消す。

 

 

「オイッ!! 侵入されてんじゃねぇかッ!? 近くにいる奴は屋敷内に入れッ!!」

 

「金庫は、あっしらが守ります……!」

 

「任せました……!」

 

 

 堂々と拳銃を取り出し、上田をビビらせる。

 気付けば、魅音も走り出していた。着物の割には速い。

 

 

「山田さん!?」

 

 

 ジオ・ウエキのいた部屋の襖を、山田は開く。

 しかしその先の襖が既に開いている。奥へ逃げた。

 

 

「奥に逃げたぞぉッ!!」

 

 

 葛西の怒号が飛ぶ。

 庭にいた組員らが、大慌てで屋敷内に飛び入って行く。

 

 

「ジオ・ウエキは何処!? 奥ッ!?」

 

「どうやって……!?」

 

「ちょ、ちょっと、山田さん!」

 

 

 山田がいの一番に飛び込み、ジオ・ウエキを追う。

 内廊下に出た彼女は、左右を見渡す。

 

 

 

 

 

「こっちですわぁ!!」

 

 

 左手から声。

 

 

 ジオ・ウエキが、廊下の奥に立っていた。

 

 

「こっちにいるッ!! 葛西、回り込んでッ!」

 

 

 魅音の指示が木霊する屋敷内、山田は真っ直ぐジオ・ウエキへ迫る。

 するとまた、彼女は襖を開けて部屋に逃げ込んだ。

 

 

「デブの癖に速いな!」

 

 

 山田のぼやき。

 逃げ込んだ部屋の襖を、開ける。

 

 

 そこは完全に独立した部屋で、箪笥と机、押入れ以外に襖なんか無かった。

 

 

「……消えた!?」

 

『お〜っほっほほほほほほ!!!!』

 

「へ!?」

 

 

 今度は別の場所から響く。

 外をドタバタ走る組員らの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「裏やッ!! 外におるぞ!?」

 

「中や無いんか!?」

 

 

 

 

 山田はすぐに外廊下へ出る。

 声のした方へ向かう組員らにぶつかりそうになりながらも、突き進む。

 

 

 離れとは反対側の廊下にて、上田と再会した。

 

 

「上田さん!? ジオ・ウエキは!?」

 

「どう言う事だ……!? 次は屋敷外から聞こえたぞ……!?」

 

 

 混乱する現場。

 

 

 最後の声は、上から。

 

 

 

 

「三億、アタクシ〜が、いただきましたわよっ?」

 

 

 

 

 外壁の屋根の上に立つ、ジオ・ウエキ。

 その場にいた全員が、空を見上げた。

 

 

 六メートルはあろう高さ、まさか一瞬で登れる訳はない。

 

 

「はぁ……!?」

 

「あんな高さを……!?」

 

 

 駆け付けた組員が銃口を向けた瞬間に、ジオ・ウエキは向こう側へ飛び降りた。

 

 

 

「外や外やッ!! 出よったぞぉ!!」

 

 

 組員らが外へ駆け出した。

 それらを眺めていた山田と上田だったが、屋敷内から息を切らして出てきた魅音に話しかけられる。

 

 

「中だったり外だったり、どっち!?」

 

「今、あの壁から外に……!!」

 

「……やられた。あっち、裏山だ。森に逃げられたら、探し様がない……!」

 

「魅音さんッ!!」

 

 

 葛西が駆け付ける。

 

 

「葛西! 鍵は!?」

 

「この通り……ずっと、持っていました」

 

 

 ひっきーのストラップ付きの、鍵束。

 三つの鍵は一つも欠けていない。

 

 

「な、なんだ! ジオウは失敗したようですなぁ!」

 

 

 上田の安心したような声。

 しかし、場の空気は一向に休まらない。

 

 

「……金庫は?」

 

 

 再び四人は、渡り廊下へ。

 離れの中には、金庫を設置し終わったシンと、二人の護衛。

 

 

「葛西さん! 侵入者は!?」

 

「取り逃がしましたが……金庫は!?」

 

「この通り、無事ですが……」

 

「……一旦、確認します」

 

 

 

 葛西は鍵を手にし、金庫へ。

 取っ手を引くも、確かに封印されたまま。

 

 

 

 一つ一つ、鍵穴へ差し込んで行く。

 

 

 一つ目、解除。

 

 

 

 

 二つ目、解除。

 

 

 

 

 

 三つ目、解除。

 扉が開く。

 

 

 

 

 

 

 その場にいた全員が……それこそ場数をこなして来た葛西さえも、冷や汗を流す。

 

 

「嘘だろ……!?」

 

「そんな、馬鹿な……!?」

 

「あり得ない……!! あっしが、運んでいたのに!?」

 

 

 葛西、上田、シンが愕然とする。

 

 

 

「三億が……ッ!?」

 

「なんで……!?」

 

 

 魅音、山田も、二の句が継げない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金庫の中身は、空っぽだった。

 満載されていた三億円は、一銭も残さず、消失した。




二億九四三◯万七五◯◯円は、日本屈指の未解決事件『三億円事件』の被害額と同じです。
巨額の金が奪われたにも関わらず、銀行は被害額を保険で補填し、保険会社側も海外の保険会社からの補填を受けた為、実質国内の被害総額は〇円。

また手口も、暴力や脅しも全くされず、傷害は無し。被害額の語呂合わせから『憎しみのない犯罪』とも呼ばれました。

エミとカスについては、怒られても良い覚悟です。


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園崎三億円事件 出題編

 空っぽの金庫。

 葛西は中に手を入れるものの、やはり存在しない。

 

 

「…………おいッ!! 従業員や造園師含め、全員誰一人、ここから出すなッ!!」

 

「へ、へいっ!!」

 

 

 的確な判断だ。

 組員に葛西は命令し、その命令を伝えに走らせた。

 

 

「ジオ・ウエキは……本当に、金庫に近付けなかったの!?」

 

「そ、それは勿論です! あっしらが、見張っていましたから……!」

 

「魅音さん、それは私が見ました……ジオ・ウエキは屋敷の奥に、逃げたんです……でも、袋小路で突然消えて、次は外に……」

 

 

 魅音はもう、理解に至らないようだ。頭を抱えて、力無く壁に凭れている。

 葛西らも同様だ。

 

 

「……この鍵は、ずっと私が握っておりました。だから金庫が開くと言うのは考えられないし……それに、中身だけが消えるなんて、あり得ない……!」

 

「……あんたらじゃねぇのかぁ!? あんたらが、組んでやがったんだろぉ!?」

 

 

 護衛をしていた、カスが上田と山田を指差す。

 突然怒鳴られ疑われ、二人ともすぐに反論は出来なかったが、それを怒鳴り返し反論したのは魅音だった。

 

 

「このタワケがッ!! 鍵はずっと葛西が持っていたって言ったばかりじゃないかッ!!」

 

「み、魅音さん……!?」

 

「それに山田さんは、ずっと私が見ていたし、上田先生は他の若い衆に流されていた……金庫に近付く、隙もないよ」

 

「……上田、流されていたのか」

 

「文字通りの、『人海戦術』って訳だな……揉みくちゃにされたぜ」

 

 

 だが信頼出来る身内に対し、余所者の山田と上田が真っ先に疑われてしまうのは、予想出来る事だろう。

 魅音に一喝されたとは言え、組員の目に納得は浮かんでいない。

 

 

「……一先ず、この事を『茜さん』や頭首に報告しなければなりません」

 

「葛西、ジオ・ウエキの搜索は?」

 

「若い衆に行かせましょう。それにそんな、遠くには逃げられんでしょう……村は組の者で包囲していますから……」

 

「もう形振り構っていられないからね……雛じぇねの構成員を調べ上げて、虱潰しに家を当たるように。誰か、匿っている可能性もあるからさ」

 

 

 異常事態とは言え、魅音と葛西の対応は的確だった。場数が違う、ヒシヒシとした修羅を感じられる。

 

 

「……山田さん、上田先生。一先ず、蔵に戻っていて欲しい……二人は関係ない……けど、ウチの者は納得しないと思う……婆っちゃと話してくるから、休んでいて」

 

 

 魅音はそれだけ言い残し、葛西と共に、屋敷へ向かう。

 

 

 

「……ふん。魅音さんに気に入られているかは知らんが、俺は信用出来ねぇな」

 

「いたっ!」

 

「うおっ!?」

 

 

 カスは二人の背中を、乱暴に押して離れから出す。

 

 

「おら。閉じ込めてやる!」

 

「やめんか、カスッ!!」

 

 

 シンが彼を一喝する。

 

 

「……とんだタワケめ。お前もさっさと、裏山で奴を探して来いッ!!」

 

「う……へっ……サー・イエッサー!」

 

「『へい』じゃないのか……」

 

 

 釈然としない面持ちのまま、カスも離れを出て行く。

 残されたシンはまず、頭を下げた。

 

 

「申し訳ありませんね。まだ若い奴で……蔵へは、あっしがお連れしますんで」

 

「……いえ。こんな状況なんです……我々が疑われるのもしょうがないですよ」

 

「金庫は、あっしが守っとりました。二人はおろか、誰も来ていなかった……誰がとは、疑えんのですよ」

 

 

 裏手の方で、白煙が上がった。

 

 

 

 

 シンに連れられ、二人は蔵に帰る。

 時刻を確認すると、まだ午後にもなっていない九時。

 

 

「……まさかこんな、スピード勝負とは」

 

「しかし……ジオウは……どうやって屋敷に入り込んだんだ……!?」

 

 

 上田は蔵内を頻りに歩き回りながら、先程の出来事を反芻する。

 

 

「それに、入り込むだけじゃない……屋敷の中から、外に……それも、高い壁の上へ一瞬で移動した!……と思えば、金庫の鍵は開いていないのに、三億円は消えた……どうなってんだ!?」

 

「………………」

 

「……ほ、本当に……超能力、とか?」

 

「それはあり得ませんよ! こっちは彼女のインチキを、二つ暴いているんです。ジオ・ウエキが何でもない、ただのインチキ手品師だってのは、明白なんです」

 

「なら、さっきの現象は何だ? 一体、どうやったって言うんだ!」

 

「……上田さん、良いですか!?」

 

 

 半ばパニックに陥る上田を黙らせ、山田は自分の推理を話す。

 

 

「簡単なんですよ! まず、私たちが見たジオ・ウエキは……別々の人物なんです!」

 

「……別々の人物?」

 

「ほら、私たちが見たのは、ジオ・ウエキの……『服装』なんです。帽子を目深に被って、口元は扇子で隠していましたし……ただ、声と服だけで『ジオ・ウエキ本人だ』って思い込んだだけなんです!」

 

「その、『声』はどうなんだ? 俺は知らないが……君や、園崎魅音らの感じからすると、本人の声なんだろ?」

 

「……録音機、とか?」

 

「録音機?……『プレスマン』の事か?」

 

「上田さんが説明していたじゃないですか。あの従業員たちの誰かが、ジオ・ウエキの共犯者なんです。それで、あらかじめ録っておいた、彼女の声を流して……」

 

「待った待った待った待った!」

 

 

 上田は遮る。

 

 

「君は勘違いしているようだが……この時代の『小型スピーカーは、音質は良くないんだ』。プレスマンはモノラル……思い出してみろ? 俺たちはあの時、渡り廊下の半分まで来ていて、『ジオウのいた場所から十メートルも離れていた』。しかし彼女の声は、かなり響いていたじゃないか! あの音質はとてもじゃないが、大型スピーカーを使わない限りでは不可能だ!」

 

「そうなんですか!?」

 

「ウォークマンはステレオ対応しているから音質は良いが……アレには、スピーカーがない。専ら、ヘッドフォン専用なんだ。だから、プレスマンでは音質が足りず、ウォークマンでは音すらも出せないんだ!」

 

「じゃあ……あの声は、本物……?」

 

「ウォークマンの端子を改造してスピーカーに繋げば、ある程度は出来そうだが……そんな巨大なスピーカーを、ヤクザが置いている訳ないだろ」

 

 

 つまり技術的な意味で、プレスマンやウォークマンを使用するのは不可能と言う事だ。

 可能性が一つ潰れ、再び頭を抱える山田。

 

 

「……こうなりゃ上田さん! とことんや()ますよッ!」

 

「や、やるって? やるます?」

 

「『検便』です!」

 

「……『見分』って言いたいんだろ?」

 

「そうとも言う〜!」

 

「……そうしか言わんッ!……そうじゃなくて! 今は疑われてんだぞ!? ほとぼりが冷めるまでここに……」

 

「でもウダウダしている内に、実行犯逃しちゃいますよ! まだこの屋敷にいるハズなんですから!」

 

「お、おいっ!」

 

 

 止める上田を無視して、山田は意気揚々と蔵の扉を開けた。

 

 

 

 

 庭にいた組員らに、一斉に睨まれる。

 ゆっくりと、扉を閉めて、蔵に引き篭もった。

 

 

 

 

 

 

 

「……さっきの騒ぎはなんだい?」

 

「お母さん……三億円が消えたよ」

 

「……なんだって?」

 

 

 屋敷の奥。

 葛西と魅音は、事の顛末を報告した。

 

 

「……葛西がいて盗られたなんて……普通じゃないんだね?」

 

「不甲斐ないです……しかし私が鍵を持っており、金庫は開けられず……中だけ無くなったんです」

 

「ジオ・ウエキが屋敷内に侵入もしたんだよ。入り口も、辺りも、組員が徘徊していたのに……」

 

「……意味が分からないねぇ」

 

「でも、本当なんだよ!」

 

「それは分かった。葛西が言うんだ、嘘はないんだろう」

 

「……本当に申し訳ありません、『茜さん』」

 

 

 魅音の母、茜は悩ましげに溜め息を吐く。

 彼女とて何年も修羅場を潜り抜けて来たが、今回ばかりは不可解が過ぎる。

 

 

「……見張ってた、マジシャンの女と学者さんは?」

 

「あの二人がやったようには思えないんですが……」

 

「知れたもんじゃないねぇ」

 

「お母さん……あの二人は関係ないよ」

 

「あんた、やけに信用しているけど、こっちからしたら得体の知れない余所者なんだよ」

 

 

 襖の向こうで、「失礼します」と一言断ってから、組員が入って来た。

 

 

「なんだい?」

 

「それが……例の二人が、事件の現場を見たいと。ジオ・ウエキの、トリックを暴くと……」

 

「……まるで警察だねぇ。余所者に屋敷内をうろちょろされちゃあ、たまったもんじゃないよ」

 

「山田さん……」

 

 

 魅音は意を決して、茜に提案する。

 

 

「……やらせてみようよ」

 

 

 不機嫌に息を吸い込む音が響く。

 この音には葛西さえも、冷や汗が流れた。

 

 

「……あんた。あたしの話聞いたかい?」

 

「……勿論。見張りはつけさせるし……なんなら、私が」

 

「そう言う問題じゃないつってんだろッ!!」

 

 

 茜の怒号が木霊する。

 一番近くにいた組員が、顔面蒼白になっていた。

 

 

 

 

「あんた、その二人とはなんだい? 昔からの知り合いだってかい? それとも盃を交わした兄弟だってのかい? どれでもない、たまたま出会った、行きずりの堅気。信頼しろって方が無理さ!」

 

「………………」

 

「あたしは反対したのに……余所者にジオ・ウエキを追い出させるってのが間違いだったのさ。そのせいで三億円が奪われたんなら……提案者のあんた、責任取れるのかい?」

 

 

 葛西は茜の発言に愕然とし、急いで魅音を宥めようとした。

 だが、制止させようとした彼の腕を掴み上げ、魅音はそのまま言い放つ。

 

 

 

 

「……だからこそ、二人に調査させようよ。尻拭いは自分たちでさせるし、私もその覚悟で行く。信頼とかじゃなく、取り引きさせよう」

 

 

 彼女が次に提示したのは、『条件』だった。

 

 

「……もし、今日と明日で、三億円の在り処が見つからなかったら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は小指、二人は爪を一つ、いただきますっ!」

 

「ふざけるなぁあ!! ふざけるなぁぁぁああ!! 馬鹿やろぉおおおお!!!!」

 

 

 上田は地面にひれ伏し、泣き叫ぶ。

 その前には、戦慄する山田。

 

 

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、指詰め!? 爪剥ぎ!?」

 

「本当、ごめん! 散々巻き込んだ上に……こんな事まで」

 

「巻き込んだ所じゃないですよ!? 爪は兎も角としても……魅音さんが、指なんて……」

 

「爪も大概だろぉ!?」

 

「連帯責任だとか……葛西と説得したんだけど、それまでで……お母さんも、二人がジオ・ウエキの手下じゃないかってまだ、疑っていてさ」

 

 

 山田はつい、疑問を口にした。

 ケジメに関しては確かに衝撃的だが、魅音が指を捧げるとは。

 

 

「……なんで、それほど私に……?」

 

「……部活で遊んでくれたから、かな?」

 

「……それだけなんですか?」

 

 

 魅音は少しだけ、俯く。

 

 

 

「……山田さんって、不思議な人に思えるんだ」

 

「…………え?」

 

「……詩音に似ているって言うか……いや、年齢で言ったら詩音が似ているんだけど……」

 

「……!」

 

「……そんな気がしたっ」

 

 

 何と声をかけようかと迷っている内に、葛西がやって来た。

 

 

「……ご迷惑をおかけします」

 

「爪……痛いだろなぁ……痛かろぅ……痛かろぅ……」

 

「……山田さん。出来る……? その、お母さんに何とか掛け合って、二人は許して貰えるようにするから」

 

 

 山田は数秒の沈黙の後に、口を開く。

 その表情に迷いはない。

 

 

 

 

「……まず。金庫を見たいのですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座敷に、茜と老婆が。

 

 

「……お母さん。本当に、あの子に指を詰めさせるんですか?」

 

 

 老婆は無感情的に嗄れた声で話す。

 

 

「……そないなぁ、事させん。次の頭首が指足りのぅとか、示しつかんね」

 

「……どうなさるつもりで? 流石に三億は……こっちも見過ごせる額じゃありませんよ」

 

「………………」

 

「あの『狐女』がやったと言っても、証拠が無ければ拷問も出来ませんから……」

 

「………………」

 

 

 暫く黙っていた老婆だが、また話し出した。

 

 

「…………なんでぇ、魅音があんな余所モンに入れ込むかぁ……見極めても遅ぅねぇさ」

 

 

 厳しい眼光。目を細める。

 凍土のような眼だが、微かに燃えているような。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田、魅音、上田、葛西は、金庫の設置してある離れに来ていた。

 

 離れは四方を固められており、四人が入った扉以外は侵入しようがない。

 勿論窓も存在するが、格子が外れてもいやしない。

 

 

「ほら、上田先生! 泣かないの!」

 

「泣いてないッ!!」

 

「あの時、侵入は絶対にされていないハズですが……」

 

「………………」

 

 

 山田は金庫の周りをぐるっと眺める。

 開けっ放しの中に頭を突っ込み、鼻をスンスン言わせた。

 

 

「鉄くさっ」

 

「金の匂いは諦めろッ!」

 

 

 顔を上げる。

 金庫の扉を見てみた時に、山田の顔が顰められた。

 

 

 

「あれ?」

 

「どうしたの山田さん!?」

 

「……そう言えばこの金庫、一回ぶつけられていましたよね?」

 

 

 

 台車で運ぼうとした組員が、油断して柱にぶつけていた。

 

 

「その時、確か、金庫の扉に当たったんですよ。結構、強く……だから表面に軽いキズが付いていたんです」

 

「そう言えば派手にぶつけていたな……だが、それがどうしたってんだ?」

 

 

 山田は金庫の扉を撫でるが、ツルツルとしていて、新品同様。

 

 

「……キズがない」

 

「YOUの気のせいじゃないのか?」

 

「確かにキズはあったんです……もしかして、これ、私たちが見た金庫では無いのでは?」

 

「……なんですって?」

 

 

 葛西は耳を疑っているようだ。

 

 

 

「恐らく、金庫の中身だけが抜かれたんじゃなくて……『金庫そのものが入れ替わった』んですよ。同じ種類の物を用意しておいて、三億が入った物と、取り替えて……」

 

「待ってください山田さん……それは、あり得ないかと。その金庫の扉は、確かに『この鍵で開いた』。三本とも、一本も違わず鍵穴に入り、開閉出来ました……同じ種類の金庫があるとしても、鍵まで一緒な訳はありませんよ?」

 

「葛西の言う通りだよ。確かに鍵は合っていたし……それにこの金庫だって『急遽、秘密裏に用意した』んでしょ? まさかジオ・ウエキが金庫の種類を先読みしていた訳はないだろうし……」

 

 

 葛西と魅音の言う通りだ。

 金庫が入れ替えられたと考えるにしては、矛盾点が多過ぎる。

 

 

「やはり、君の気のせいだな」

 

「………………」

 

 

 山田は暫く考え込み、ぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「……その鍵、手渡した人と、金庫を探した人、運んだ人も……『シン』って人……ですよね」

 

 

 その言葉は、流石の葛西も聞き流せられなかった。

 

 

「山田さん……! シンさんは三十年もここに勤めて来た人だ! 園崎への忠義心は、誰よりも強いんです! 彼があのぺてん師に傾くなんざ、考えられない!」

 

「それに山田! 金庫の運搬中は、ずっと俺たちが見ていただろ!? 途中、ジオ・ウエキが現れて目を離したとは言え……『それはほんの数分の出来事』だ! その間、一人で金庫を抱えて何処かに隠し、もう一つの金庫と入れ替えるなんて、不可能だ!」

 

「屋敷内は、若い衆らに捜索させていますが……金庫があったなんて、報告はありません。それは金庫の移動時も同様です……何処かに隠すなんて、無理ですよ!」

 

「………………」

 

 

 シンが全てを執り行うには、あまりにも時間が少な過ぎる。

 

 

「金庫の重量も考えなきゃいけない。金庫が五十キロとしても、中には三億円が入っている。まぁ、お前は金の重みなんて知らないだろうが」

 

「一言余計なんだよ上田!」

 

「お札……一万円は千枚につき、約一.◯五キログラムと言う。それが三億円になれば、大体三十一.五キログラム。金庫と合わせれば、最低でも『八十キロは超える』!……とても一人で抱えて運べる重量じゃない」

 

 

 金庫の重さも含めるとすると、金庫の入れ替え説はやはり無理がある。

 

 

 

 

「第一……シンさんの横には、『エミとカスが控えていた』……彼が出来るハズがない」

 

 

 

 否定をした所で、噂をすれば影が来ると言う風に、エミが葛西を呼びに来た。

 

 

「葛西さん……造園会社のトラックにも、キャバの従業員らも、『怪しい物は持ってりゃしませんでした』」

 

「…………やはり、無関係なのか」

 

「それと……もう一つ、大変な事が……トランシーバーから聞きまして……」

 

「……? なんだ?」

 

 

 

 

 

 彼の報告は、ジオ・ウエキの目撃情報だった。

 だが、見つかったのは裏山では無く、更には村でも無い。

 

 

 

「興宮の駅……しかも、『下車したばかり』なんです!」

 

「……なんだと……!?」

 

「馬鹿な!?」

 

「あり得ないって!? 村から興宮まで、一時間はかかるのに! それに村中、ウチの組員が張り込んでんじゃん!?」

 

 

 更には『下車したばかり』と言う情報。

 つまりジオ・ウエキは、雛見沢村はおろか、事件時は興宮にすらいなかった訳だ。

 

 

「奴はなんと?」

 

「仲間が問い詰めているんすが……『その者、私に非ず(ノット・アタク〜シ)』の一点張りで知らぬ存ぜぬ……」

 

「……ノットアタクーシってなんだよ」

 

 

 目の前でジオ・ウエキを見たものの、彼女は間違いなく不能犯。

 

 

 ヤクザとて、証拠も何も無いのに拷問やケジメをつけさせては、ただの殺人者。

 彼女の犯行は不可能だと知った途端、園崎は手を出さなくなってしまった。

 

 

「その、本物のジオ・ウエキと、私たちが見たジオ・ウエキは別人なんですよ!」

 

「だけど……声とか仕草とか、完全にあいつだったよ」

 

「仮にそうだとしても、『壁にどうやって昇れたんだ?』『どうやって屋敷内から外に出た?』……疑問ばっかで、マジにおかしくなりそうだぜ……」

 

「……本物の、超能力者……?」

 

 

 認めようとした魅音を、つい山田は一喝。

 

 

 

 

「そんな訳ないじゃないですか! 絶対、トリックが……あるんですッ!!」

 

「……おいおめぇ!! お嬢になんて口利いてんじゃ!!」

 

 

 エミが突っかかるが、葛西が前を遮り、威圧感で止めた。

 

 

「す、すいません……」

 

「……造園会社や従業員らは、もう少し中にいるように言っとけ……いや。俺が言って来てやる」

 

 

 葛西は二人に会釈してから、離れて行く。

 このまま不当に拘束すれば、色々と問題になり兼ねない。言って聞かせなければと、自ら責任者となる。

 

 

 

 

 

 

「……山田さん。本当に……人間に出来る事なの? 今まで起きた事は……全部……」

 

「金庫の入れ替えも、ジオ・ウエキの別人にしても、辻褄が合わない!…………爪。覚悟しなきゃ駄目かな……グスッ」

 

「……………………」

 

 

 

 消えた三億円、不能犯のジオ・ウエキ、瞬間移動。

 解き明かすべき謎は、あまりに多過ぎる。

 

 

 どうすべきか考える山田は、向こうで昇る白煙を見上げた。焼却炉でもあるようだ。

 天へ天へと、ワルツを踊るかのように、煙は揺れる。




指切りは昔、遊郭の遊女が、意中の人に小指を切って渡したと言う話から。何故小指かと言うなら、小指を立てるハンドサインは『心中立て』と呼ばれ、愛の誓いを意味していたらしいです。

尤も渡したのは偽物の上、お得意様を捕まえる為の策略とも。ただこの話が転じて「約束を守る」と言う事になり、それが賭博の世界で広まり、約束を守れなかった罰としての『指詰め』の風習が出来上がりました。

ノット・アタクーシもごめんなさいします。


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園崎三億円事件 調査編

 山田は唐突に、されど恐る恐る、エミへ話しかけた。

 

 

「あのぅ〜……」

 

「あ?」

 

「ステイステイ……ずっと、カスさんと金庫番をしていたと聞きましたけど……」

 

「当たり前じゃろ! 金庫には誰も近付けさせんかったわ!」

 

 

 キレ気味で話され、少し心が痛い。

 後ろから魅音がギロリと睨んでくれたお陰で、少し態度を軟化してはくれたが。

 

 

「何か、変な事があったとか……」

 

「そんなんは無かった。誰かが近付いて来たっつぅのも無かったからなぁ」

 

「……そうですか」

 

 

 本当に金庫は入れ替えられず、園崎家内に裏切り者はいないのか。

 

 

 

 

「ちょっくり、目を離した時があったが、一瞬だけだな」

 

 

 彼の言葉に、山田は「え?」と驚き声をあげる。

 

 

「それは?」

 

「シンさんに言われたんじゃ。『お前らも加勢しろ』ってな。それで屋敷の中に入ったが……言っても、一分程度じゃねぇか?」

 

 

 一分程度。

 流石にそんな短い時間では、金庫の入れ替えは難しいかと、考え直す。

 

 

 

「……魅音さん」

 

「なに?」

 

「屋敷の中に、入って良いですか? ジオ・ウエキのいた場所を、確認したいので」

 

「それなら構わないよ……上田先生、大丈夫?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「メチャクチャ足震えてる……」

 

 

 最初にジオ・ウエキのいた部屋を見る。

 ここ自体は、何の変哲もない和室だ。

 

 

「ジオウは最初、ここに現れたな」

 

「私が追いかけると、奥に逃げたんです……次に見たのは、あそこです」

 

 

 廊下の左手を指差す。

 その先は行き止まりになっていた。

 

 

「行き止まりじゃないか?」

 

「正確には違います。横にもう一室、部屋があるんですけど……」

 

 

 

 山田が最初に見た通り、完全に独立した一室。

 次の部屋に行く襖も無ければ、廊下に出る出入口は一つのみ。その一つの前に、山田が立っていたのだから逃げられるハズがない。

 

 

「ここに入った途端に……外で騒ぎがあったんです」

 

「……瞬間移動したのかねぇ」

 

「………………」

 

 

 山田はくるりと振り返り、廊下の反対側を見遣る。

 

 そっちの方はまだ先が続いていた。

 

 

「こっちはどの辺に続くんですか?」

 

「あ。多分……」

 

 

 

 

 山田も上田も見覚えがある廊下だ。

 金庫の搬送中のルートで、外廊下に通じている。

 台車を使用している為、座敷を跨いで出る、と言った事が出来なかった。

 

 

「つまり……この道を戻ったら……」

 

「三億円を金庫に入れた部屋に行くね」

 

「じゃあ、当時部屋に残っていた……あの従業員らがジオ・ウエキに化けられる事は可能……」

 

「山田。さっきも言っただろ? プレスマンじゃ、再生しても音質でバレちまう!」

 

 

 

「…………なら声は本物なんでは?」

 

 

 

 

 山田の発した、せん妄じみた推理に、上田は呆れる。

 

 

「本物って……じゃあ、あのジオウは本人だってのか?」

 

「違いますよ……詐欺師とか、物真似芸人が良くやる奴ですよ」

 

「……良くやる奴?」

 

「『オレオレ詐欺』とかです。あれだって、みんな騙されるじゃないですか」

 

「…………『声帯模写』か?」

 

「オレオレ詐欺って、なになに? 声帯模写?」

 

 

 未来の用語に困惑する魅音を余所に、山田は説明を続ける。

 

 

「それです。私たちは、ジオ・ウエキの声を、『勘違い』したんですよ。そもそもジオ・ウエキ自体、かなり癖のある喋り方でしたから……イントネーションを真似て、声を少し低くしただけの声を、『ジオ・ウエキの声だ』って思い込んでしまったんですよ」

 

 

 山田は続ける。

 

 

「思えばジオ・ウエキ自体……服装から口調、仕草まで、かなり個性的でした……逆に言えば、我々はその『印象』が強かったんですよ。ジオ・ウエキはあのキャラクターで振る舞って、後に真似をする人間のハードルを下げていたんです」

 

「あー……そう言えばジオ・ウエキの物真似する沙都子、妙に上手かったっけ……」

 

「確かに、『インフルエンサー』の強い人間ほど、物真似しやすいとは聞くな……」

 

「インフルエンザの物真似ってレベル高いな」

 

「インフルエンサーッ!……影響力の強い人間って事だ。ジオウは雛じぇねで信奉されているんだろ? この一帯じゃ知名度が高い……つまり、この村にいる者ほど、ジオウの影響が強過ぎて、あの物真似に騙されてしまった訳か」

 

「……でも、そうなると……」

 

 

 ふと気付いてしまった事実に、顔を顰める。

 

 

 

 

「……ジオ・ウエキが、そのキャラクターを演じていたのは、この三億円事件強奪の為の布石……なら、かなり前から計画していたんじゃないですか?」

 

 

 山田の予想に、魅音は頭を抱えた。

 

 

「金にがめついどころじゃなくて……元から盗る気でウチに近付いたってこと!?」

 

「となると……ジオウが現れたのは、いつ頃だ!?」

 

「えぇと……今年に入ってからだったよ。一月」

 

「五ヶ月……準備期間としては、なかなかの日数だな。ジオウは突発的でなく、前から地道に計画していたとなれば……どうにも展開がスムーズだと思ったんだ!」

 

「えぇ……それほど時間をかけているなら……間違いなく協力者を募れますね。この中にも……」

 

「や、山田さん! 待って!」

 

 

 まだ魅音は、身内に裏切り者がいる事に納得いかないようだ。

 

 

「その……園崎家の人間ってのはやっぱ、考えられない。まず全員、顔が割れているし、葛西も言っていたけどみんな、ウチへの忠義心は強いし……裏切りとかあれば、すぐに広まるよ!」

 

「…………魅音ちゃん」

 

 

 上田はいつになく聡明で、何故か物悲しげな表情を浮かべていた。

 

 

「逆に言えばそれは、『身内なら絶対に疑われない』って事なんだ! 三億円の情報だったりが流れていたり……間違いなく、裏切り者の線は、かなり大きい!」

 

「それでも……」

 

「魅音さん」

 

 

 今度は山田が、話しかける。

 

 

 

 

「……『可能性は潰さなきゃいけない』」

 

「…………あ」

 

「……否定したい気持ちは分かります。けど、まずは、相手がどんな規模なのかを予想しなくちゃいけないんです」

 

「………………」

 

「……私たちも、信じてください」

 

 

 それだけを言い残す。

 山田は振り返り、廊下を走って行く。靴下で滑る。

 

 

「マイコーッ!」

 

「クォラッ! 廊下は歩けッ!!」

 

 

 上田も付いて行き、やっと魅音も歩き出した。

 

 

 

 

 

 最初の部屋に戻る。

 今は誰もいないが、何処に誰がいたかは覚えていた。

 

 

「従業員が二人と、ホステスっぽいのが一人……どっちかの愛人だろうな。そんで、向かい合わせに組員か……」

 

「ホステス……その女性が怪しいですね」

 

「でも怪しい物は持っていなかったらしいよ。それに体型が違うような……」

 

「体型に関しては何か、お腹周りに詰め物でもすれば誤魔化せます……でもそうなると、荷物は嵩張るハズ……」

 

「そんな大きなバッグは持っていなかったな。服にハットに扇子に詰め物……ボストンバッグくらい必要になるか」

 

 

 やはり違うのかと思い始めるが、山田は諦めていない。

 

 

「……予め、何処かの部屋に隠していたとか? 従業員ならここに入る機会は幾らでもあるだろうし……使わない部屋の押入れにでも、それとなく隠せるハズです」

 

「……ハッ! そんな事だろうと思ったぜ!」

 

「………………」

 

「あの廊下で消えたのは?」

 

「今だから思いますけど……あの部屋、押入れがありましたし、そこに隠れていたんだと思います」

 

「なら、外の屋根にいたのは、また別の人間……って、事か?」

 

 

 ジオ・ウエキに成りすましたのが二人だと仮定すると、自ずと疑問が解消される。

 

 

「屋根の上にいたのは、中から外に……じゃなくて、外から梯子をかけて登ったんじゃないですか?」

 

「ジオウは『二つ』あった!!」

 

「でも梯子とかあったら、それも運ばなくちゃいけなくないかな? あの後、若い衆がすぐに外へ行ったけど、何も無かったよ」

 

「……あ。そう言えば、従業員の人が言っていたじゃないですか。『廃品回収車』って! それなら業者装って近付けて……車を土台にして登れますし、走らせてすぐにトンズラ出来ますよ!」

 

「廃品業者の車か……成る程! アレならスピーカーも搭載しているし、ジオウの声をプレスマンに録音して、繋いでから高らかに響かせられるな!」

 

 

 トリックは掴めても、証拠を掴んでいない。

 ただこれが正しいのなら、あのホステス風の女性は明らかにクロに近い。

 

 

「まだ、引き止めているんですよね!? その女の人だけは絶対に出さないように、葛西さんに言いましょう!」

 

「任せろッ!! クロックアップッ!!」

 

 

 行動力の化身、上田の迅速な対応により、どうにかなりそうだ。

 

 

 部屋に残った、山田と魅音。

 

 

「次は……消えた、三億円ですね」

 

「……ねぇ」

 

「はい?」

 

「……山田さんの推理が正しければ、金庫は入れ替えられた……んだよね」

 

「そう考えた方が都合良いんですけど……やり方がどうしても……」

 

「……分かった」

 

 

 それだけ言い残して、魅音は部屋から出ようとした。

 どう言う事なのか疑問に思った山田は、一旦引き止める。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「………………うん」

 

 

 振り返る。

 

 

 彼女の表情は、部活の時のように、輝いた満面の笑みだった。

 

 

 

 

「……どうしたって。山田さんを、本気で信じてみるのさっ!」

 

 

 面食らっている隙に、魅音はさっさと部屋から出て行く。

 

 

 誰もいない廊下を歩く彼女の表情は、一変していた。

 決意、覚悟、若干の恐れ。混沌ながらも、強い意志を持った、『次期頭首の顔』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!? な、なんで、あたしだけなんだい!?」

 

「疑惑があるってだけなんですよぉ。あの、違ったら帰しますから!」

 

「……この女が内通者なんですか?」

 

 

 サングラスから覗く、葛西の眼光が下目遣いで女に降り注ぐ。

 これには誰でも驚くだろう。上田も震えが止まらない。

 

 

「ひっ……! そ、総支配人……あ、あたしじゃないですって……!」

 

「葛西さん、まずは落ち着きましょう」

 

 

 シンが仲裁する。

 

 

「取り敢えず、造園師たちは帰します……まだ仕事が立て込んでいるだとかで、これ以上拘束すりゃ、監禁とか言われます」

 

「……造園師は帰しても良いでしょう。トラックも全て確認したが、何もありませんでしたし」

 

「一応、従業員らも残しましょうか」

 

「それは絶対です」

 

 

 修羅場を経験した者同士の簡素ながらも的確なやり取りに、何故か上田は身の毛がよだっていた。

 

 

「しかし上田先生。あの女がジオ・ウエキに成りすましていたとしたら……証拠はあるんですか?」

 

「いえ、それはまだ……ただ、この屋敷中を探せば、恐らく見つかると思うんです! 事件後より、誰一人出していないんですし……絶対に、何処かに隠したままなんですよ!」

 

「……分かりました。若い衆に探させましょう」

 

 

 彼が目で指示を飛ばすと、「イーッ!」の掛け声と共に屋敷へ飛び込んで行った。

 疑惑の人物である女は、他二名の従業員と共に、また屋敷内の部屋へ戻される。

 

 

「……ショッカー?」

 

「だが内通者と判明しても……大事なのは三億円ですから」

 

「えぇ、それは、勿論! 今、絶賛調査中です!」

 

 

 見つからなければ爪剥ぎと言うのを思い出し、憂鬱になる。

 泣きそうになったが、何とか堪えた。

 

 

 

 

「……上田先生」

 

「は、はい!?」

 

 

 唐突に葛西から名を呼ばれ、声をひっくり返しながら返事。

 

 

「……詩音さんはご存知ですよね」

 

「……詩音……あぁ! この間、学校でお会いしましたよ!」

 

「私、詩音さんの世話係でしてね……しょっちゅう、お会いしているんですよ」

 

「……そうだったんですか」

 

 

 詩音の話をする彼の表情は、とても穏やかだった。

 それはまるで、娘を思う、父のような。

 

 

 

「……あの人が言っていたんですよ。『山田さんと、上田先生は信頼出来る』と……」

 

「……詩音さんが?」

 

「魅音さんと詩音さんの二人から信頼を寄せられているとあっては……私としても、あなた方を疑う訳にはいきませんから」

 

「あぁ……だから葛西さんは、私たちの味方になって……」

 

「詩音さんからハッキリ、『信頼出来る』と聞いたのは……割と久々でしてね」

 

 

 葛西は身体の軸を、真っ直ぐ上田に向けた。

 

 

「……爪を剥ぐだとかの話は、私で何とかしますので……三億円奪還、協力していただけたらと」

 

「そ、それは勿論! 私に任せてくださいよ!」

 

 

 二人は硬く、握手を交わす。

 

 そんな二人だが、悲報がやって来る。

 

 

 

 

「葛西さん!! 屋敷の中探しやしたが……服だとかは、ありませんぜ!?」

 

 

 証拠は、見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山田は、どうやって金庫が入れ替えられたのかと、考えていた。

 

 

「入れ替えは確かに難しい……けど、金庫のキズが無かったり……一瞬だけだけど、あのシンって人が一人になれた時間があった……」

 

 

 廊下をゆっくり歩き、熟考する。

 

 

「……でも、担ぐのはまず無理……犯人は一体、どうやって……」

 

 

 思考を巡らせる。

 朝の始まりから、空の金庫まで。

 

 

「どうやって……ん?」

 

 

 気掛かりが見つかった。

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 何故、二人の人間を使って、ジオ・ウエキとなり、撹乱しなければならなかったのか。

 

 

 何故、金庫を入れ替えるのか。

 山田の推測が正しいなら、三億円の入った金庫の鍵は、犯人が持ったままだったハズ。

 なら、ジオ・ウエキの撹乱をせずとも、夜中にこっそり、仲間を装って三億円を頂戴すると言った方法も可能のハズ。

 

 

 

 何故、今日を選んだのか。

 

 

「……金庫のままじゃないと、いけない理由が……ある?」

 

 

 

 山田の頭の中で、様々な人々の声が巡る。

 

 

『「オーバーハング構造」ですか。扉枠と隙間が殆どないので、バールのような物だとかでこじ開けられる……なんて事も難しくなりますね』

 

 

 

 金庫のままで無くてはいけない、理由。

 

 

 

『屋敷内は、若い衆らに捜索させていますが……金庫があったなんて、報告はありません。それは金庫の移動時も同様です……何処かに隠すなんて、無理ですよ!』

 

 

 

 

 絶対に見つからない場所に隠せる自信。

 

 

 

 

『お札……一万円は千枚につき、約一.◯五キログラムと言う。それが三億円になれば、大体三十一.五キログラム。金庫と合わせれば、最低でも「八十キロは超える」!……とても一人で抱えて運べる重量じゃない』

 

 

 

 

 重量を軽減し、迅速に運び出せる方法。

 

 

 

 

『葛西さん……造園会社のトラックにも、キャバの従業員らも、「怪しい物は持ってりゃしませんでした」』

 

 

 

 

 

 それら全てを可能にする、魔法の道具。

 

 

 

 

 

 

『その……園崎家の人間ってのはやっぱ、考えられない。まず全員、顔が割れているし、葛西も言っていたけどみんな、ウチへの忠義心は強いし……裏切りとかあれば、すぐに広まるよ!』

 

 

 

 

 

 協力者。

 

 

 

 

 

 

 白煙。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 山田の中の、バラバラに散らかった点が、

 

 

 

「………………」

 

 

 

 線となり、連鎖し、

 

 

 

「……………………ッ!!」

 

 

 

 

 それは一本の筋道となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……繋がった……!!」

 

 

 

 気付けば正午は通り越し、陽は西へと落ち初めている。

 勝負は、今すぐだ。



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園崎三億円事件 解答編

是非、『園崎三億円事件』『出題編』『調査編』を見直して、読んで貰えたらなと思います。


 山田が屋敷の外に出ると、大急ぎで上田が駆け寄る。

 

 

「や、山田ぁ!! ジオウの服は無かったッ!!……ついでに、金庫も……!」

 

「……上田さん」

 

 

 やけに落ち着き払った彼女を見て、上田もまた冷静さを取り戻した。

 

 

「屋敷に残っているのは?」

 

「あ、あぁ……! 疑いのある女と、ついでに従業員二人……あとは組員か?」

 

「……そうですか」

 

「……ん? 何か、問題が……?」

 

「……上田さん……お願いがあるんです」

 

 

 山田に言い渡された『お願い』は、上田は絶句させる衝撃を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで経っても、上田らの言うジオ・ウエキの服は見つからない。

 三億円の行方も分からず、トリックも分からず。葛西は焦燥を隠せずにいた。

 

 

「……クソッ! 一体、どうやったんだ……!?」

 

「葛西さん! 金はもう、屋敷の外に行ったんですぜ!」

 

「村の一軒一軒、虱潰しに当たりましょう!」

 

「………………」

 

 

 それしか無いのかと、葛西は諦念を含ませた表情を見せる。

 ジオ・ウエキは本当に、不思議な力を発揮して、三億円を奪ったのでは無いか……そんな幻覚のような推察をしてしまい、首を振る。

 

 

 トランシーバーを持つシンが、苦渋の面で葛西に話しかけた。

 

 

「葛西さん……駅のジオ・ウエキが、警察に保護されました」

 

「……なんだって!? 何故ッ!?」

 

「彼女……警察を予め呼んでいやがりました……あの狐女、駅であっしらが待ち構えていると、読んでやがったようで……」

 

「ぐっ……!」

 

「……『鬼隠し』の件で、疑われとります。あの、『大石』の手回しでしょう……確かに、証拠も何も無けりゃ、ただの恐喝。面倒な事になりかねんで」

 

 

 ジオ・ウエキは不能犯だ。どうやって考えても、犯行は不可能。

 仲間がいるとしても、一体、どんな手口で。

 

 

「もう、待っていられやせん! 村中を、捜索しましょう!」

 

「………………」

 

 

 決断を迫られていた。

 

 

「葛西さん!」

 

「葛西さん……!」

 

「……葛西さん!」

 

「……イエス・マイ・ロード!」

 

 

 組員たちが、次の命令を待っていた。

 本当に屋敷にはもう、何もないのか。

 

 

 

「……ドゥイットッ!!」

 

 

 シンに迫られ、屋敷の捜索を取り止めにしようとした。

 

 

 

 

 

 

「あいや待たれぇ〜いっ!」

 

 

 それをまた止めたのは、山田だ。

 総員の目が、彼女へ集中する。

 

 

「……山田さん……?」

 

「おうおう!? なんじゃあ姉ちゃんゴラァ!?」

 

「堅気がウチに口挟むんじゃねぇ!!」

 

「オマエハ、ヒッコんデイテクダサイ!」

 

「……やかましいッ!!」

 

 

 一斉に罵声を浴びせられ、アリクイの威嚇をする。

 殺気立つ組員らを葛西は一蹴し、山田と顔を合わせた。

 

 

「……まだ何か、あるんですか?」

 

「……ええ。このまま外を大捜索したって……恐らく、三億円は見つからないでしょう」

 

「……それはどう言う……?」

 

「だって三億円は……この屋敷に隠されているんですから」

 

 

 彼女の言葉は、まず信じられない。

 怪訝な表情に変わる葛西と、口々に否定する組員たち。

 

 

「何言っとんじゃ! 屋敷中探した所じゃ!……それとも何か? 俺らが探し切れてないっつーんか!?」

 

「探し切れない……じゃなくて、『絶対に無いと思える場所』に隠されていたんです」

 

「絶対に無いと思える場所……?」

 

 

 隠し場所を言う前に、彼女は「まずは」と前置きした。

 

 

「この、一連の騒動には、『四人』の人間が関わっていました」

 

「……四人?」

 

「一人目は、屋敷の中に現れたジオ・ウエキ。二人目は、外壁の屋根に立っていたジオ・ウエキ……三人目は、『金庫を入れ替えた実行犯』」

 

「山田さん……金庫の入れ替えは不可能だと、上田先生も……」

 

「私も最初、不可能だと思っていました……でも、出来るんですよ。『四人目』の存在によって」

 

 

 山田は自分の推理を話し始める。

 

 

 

 

「何故、ジオ・ウエキが私たちを金庫から離さなければならなかったのか……それは勿論、当時金庫を守っていた我々を引き離すと同時に……『他の組員を移動させる為』だったんです」

 

「他の組員?」

 

「あの時、葛西さんはジオ・ウエキの侵入の際に、他の組員を動員させていました。そして一人目のジオ・ウエキが屋敷の中で隠れたと同時に、二人目のジオ・ウエキが登場します。この時、二人目のジオ・ウエキが現れたのは屋敷の裏、つまり金庫のあった離れより、左の方です。一人目は私たちを離す為としても、二人目はどうにも、『人を右から左に移動させよう』とする魂胆があるように思えるんです」

 

「……それをして、一体、何に?」

 

「簡単ですよ。一人目は金庫番を独りだけにする為としたら……二人目は、『四人目を移動させる為に現れた』んです」

 

 

 やけに遠回しな話し方だが、山田は即座に注釈を付け加えた。

 

 

「一人で抱えて運ぶにはかなり難儀する金庫ですが……台車を使えば、それは容易に運搬出来ます」

 

「その台車は………ッ!? まさか!?」

 

「…………四人目は、『造園会社の人』だったんです。ジオ・ウエキが今日を犯行日にしたのは、『造園の仕事と上納金の運搬が合致した日だったから』なんですよ」

 

 

 離れと反対側で作業していた、造園師たち。

 山田が言いたいのは、組員らを屋敷の左に行かせた隙に、造園師の姿の仲間が『ガラ空きの右手から離れに向かった』と言う事だった。

 

 

「造園の道具でしたら、台車を持ち込んでも疑われませんし……切った枝や葉を集める『フゴ袋』に金庫を丸ごと隠せます。離れとは逆で作業していて、それも見知った造園師の人たちでしたから、入った当初には入れ替え用の金庫を隠し持っているなんて、確認していなかったんです。そして組員らの目が離れた隙に、入れ替え用の金庫を袋に隠して台車で走り、三億円の入った物と取り替えたんです」

 

「……確かに、荷物の確認をしたのは事件後……ん? しかし、金庫は見当たらなかった!」

 

「……そうなんですよ。そもそも、『何故、金庫のままじゃないといけないのか』」

 

「……どう言う意味ですか?」

 

「この計画は、まだ警備態勢の緩い日中でないといけないんです。夜になれば村中に散らばった組員が戻り、より警備は強固になってしまいます。また日中に金を手に入れたとしても、即座に荷物を確認させられる事は予想出来る……なら一旦、屋敷内から屋敷外へ組員が三億円を探しに手薄になるまで、『絶対に見つからない場所に隠す必要があった』んです」

 

 

 山田は「そして」と、続ける。

 

 

 

「……もうそろそろだと、思いますよ」

 

 

 

 

 

 荒い呼吸と共に、ガラガラとタイヤが砂利を弾く音。

 全員の前に現れたのは、台車を押す上田の姿。

 

 

 

 その台車の上に、『黒く焦げた、全く同じ形の金庫』が乗せられていた。

 

 

「これは……!? もう一つの金庫!? 一体、何処に……!?」

 

「……馬鹿な……!?」

 

 

 上田は黒焦げの軍手で鼻を掻きながら、何故か自慢げに、『隠し場所』を暴露する。

 

 

 

 

 

「……『焼却炉』ですよ!」

 

 

 離れからも見えた、白煙。

 あれは焼却炉が使用されている証だった。

 

 

「この金庫は、扉と枠の隙間を出来るだけ少なくし、火を入れない構造からして『耐火金庫』でした。焼却炉の中で燃やしても、中の三億円は無事です! 外壁に熱を感じると、内部の耐火素材に含まれる水分が内温度を下げて、中身が燃えてしまうと言うのを防ぐんです」

 

「ゴミか何かを燃やしている焼却炉内に、まさか金庫があるなんて思いませんからね。金庫丸ごとを入れ替えたのは、『焼却炉に隠してやる為』だったんですよ」

 

「あと……マヌケも見つかった!……間違えた。オマケも見つかった!」

 

 

 上田が取り出したのは、何かの燃えカス。

 そこには薄っすらと、『シドウシャ』と文字があった。ジオ・ウエキの帽子だ。

 

 

「金庫を隠せる上に、証拠も処分出来る!」

 

「一人目のジオ・ウエキは、二人目が撹乱している隙に服を纏めて廊下を走り……外廊下に出たんです。そこで丁度、金庫を回収した四人目に手渡し、あとはゴミの処理を装って焼却炉に金庫と服を入れるだけ」

 

「焼却炉の場所も、離れとは逆の方でしたからねぇ! バーニング・レンジャーッ! フライハァーイッ!!」

 

 

 ケジメから逃れられそうで、上田はハイになっていた。

 

 

 山田は事件の、犯人を示す。

 

 

 

「最後に、三人目は『金庫を入れ替えた人物』……誰が、葛西さんに鍵を渡したのか」

 

「………………」

 

「誰が、金庫を運んだのか」

 

「…………ッ」

 

「誰が金庫番をしていたのか」

 

「……ッ!!」

 

「……やっぱり、貴方でしたね」

 

 

 愕然とする葛西の視線の先で、尚も無表情で立つ、男。

 ずっと、組に尽くして来たハズの、信頼していた男。

 

 

 

「……『シンさん』」

 

「………………」

 

「……お前のやった事は全て、丸っとスパッとドロロんお見通しだッ!!」

 

「……どろろ?」

 

 

 指差し、結論付ける山田。シンの表情は変わらない。

 だが葛西含め、全員がまだ彼が犯行に加担していたとは、信じ切れていなかった。

 

 

「し、シンさんがやる訳ねぇだろうが!? ナマ言ってんじゃねぇぞ!?」

 

「でも、彼しか金庫の入れ替えは出来ないんです!」

 

「だったら証拠を見せろよ証拠をッ!!」

 

 

 今にも山田と上田へ飛びかからんとする気迫。

 それらに押されて黙り込んでしまった山田だが、場を収めてくれた人物がいた。

 

 

「…………そこまで。もう良い」

 

 

 魅音だった。

 何かのメモ書きと分厚い本を携え、戻って来た。

 

 

「魅音さん……?」

 

「……少し時間かかったけど。見つかったよ」

 

「見つかった……?」

 

「……んっ」

 

 

 魅音が持っていた分厚い本は、『電話帳』。

 

 

「『タウンページ』だ! 懐かしい……!」

 

「面白い事を教えてやる! タウンページと言う名称は、丁度この一九八三年に公募された物なんだ! それまでは普通に、電話帳か『イエローページ』だったんだ! ドューユーアンダースタン?」

 

「その知識いまいる?」

 

 

 メモ書きを見ながら、冷たい口調で突き付けた。

 初めて見た、彼女の側面。紛いにも次期頭首と言う事だろうか。

 

 

「……街の鍵屋とか金庫屋を片っ端から電話したんだ。意外と多かったから大変だったわ……そしたら、この金庫屋」

 

 

 ピラッとメモの文字を見せ付ける。

『金庫みすゞ』と言う店名と、電話番号。

 

 

「きんこみす……なんて読むんだあれ?」

 

「……かねこみすず?」

 

「この店で、同じ型の金庫を『二つ』購入した人がいたってさ。シンさんの名義出したら、そうだって言ってた」

 

「………………」

 

「……シンさん……シンさんだったんだ」

 

 

 動かぬ証拠を突き付けられ、やっとシンの顔に感情が表出した。

 だがそれは後悔や恨事、慚愧の念というより、悲壮と、微かな安堵。

 

 

「……組には、深い恩を感じとります……仇で返す事となり、本当に申し訳ありません」

 

「……シンさん……!? 何故なんですか!?」

 

「………………」

 

 

 上田が思い出したかのように、質問した。

 

 

「そう言えば葛西さん……金庫に三億円を入れる前……シンさんに、『奥さんが大変な時に』と、仰っていましたね?……なにか、あったのですか?」

 

「……まさか、それで……!?」

 

「……ここでは三十年ですが……嫁とはそりゃ、五十年……幼馴染でね、クソガキの時代から連れ添っていたんです……ただ、去年から癌を患っていましてね」

 

 

 空を見上げる。

 焼却炉の白煙は、消えていた。

 

 

「……馬鹿な女で……癌を隠しとったんすわ。気付いた頃にゃ、医者もお手上げな状態で……もう先が無いと、腹を括っていましたが……そんな時に現れたのが、『ジオ・ウエキ』……あれは、アメリカの医者にかかれば必ず嫁は助かると言って……」

 

「……渡米費用と医療費を受け取る事を条件に……三億円強奪に手を貸したんですね」

 

 

 山田の代弁に、こくりと頷く。

 

 

「……嫁は……こんなどうしようも無いあっしに相応しくないほど……良い妻でした。子どもが出来ん身体でしたんで、皆があっしとの結婚を反対したが……関係ないと、駆け落ちたんですわ。苦労もかけて、泣かせたりもしました……」

 

「シンさん……!」

 

「……今度はあっしが、あいつを救う番だって……昔から単純な男ですけ、そう思っちまったら、やるしか無かったんですわ」

 

 

 シンは懐から鍵束を出し、上田へ投げ渡す。

 それこそが、三億円の金庫の鍵。

 

 

 

 

「…………ケジメはつけます。あっしの仕事は終えました」

 

 

 拳銃を取り出した。

 

 

「あッ!?」

 

 

 

 銃口を顎の下にくっ付ける。

 

 

 

「やめろッ!!」

 

「……ッ!!」

 

 

 

 

 

 ダァン。

 

 引き金を引き、弾丸は顎の下から脳天を貫き、シンは即死だった。

 呆然と立つ全員の中心で、彼は崩れ落ちる。

 

 

「そんな……!」

 

「……タワケが……ッ!!」

 

 

 死体は俯けに倒れ、生気の消えた目がぼんやりと、地を眺める。

 広がり行く血溜まりだけが、空を映す。

 

 銃声を聞き付け、屋敷中の組員が飛び出し、シンの死体を見て誰もが愕然。衝撃。絶句。

 一人の哀れな男は、信念を貫き通し、地獄に堕ちた。

 

 

 

 

「……死体を片付けろ」

 

 

 葛西が命じ、動揺を見せながらも、組員らは死体に手を掛けた。

 悲しい事件の、幕切れとなる。

 

 

 

「……魅音さん」

 

「……こうなるなんて思っていなかった。けど……山田さん。これはヤクザの世界……裏切り者のシンさんに一片の慈悲をくれちゃいけない」

 

「………………」

 

「……山田さん。上田先生。ありがとう」

 

「……私はそんな……」

 

「山田さん達を信じたから……三億円は無事だったんだよ……本当にありがとう」

 

「……私からも礼を言わせてください。貴方がたは園崎にとって、恩人です」

 

 

 頭を下げ、感謝を示す魅音と葛西。

 それらを受けながら山田は、嫌な予感を察知してしまう。

 

 

 

 

 

「……あのシンさん……なんで、最後に……」

 

 

『仕事は終えました』。この言葉が、引っかかって仕方がない。

 

 

「一先ずこの金庫は、どっか移動させましょうか?」

 

「………………」

 

「それは若い衆にさせますので、お構いなく」

 

「…………」

 

「あとは協力者を取っ捕まえるだけだね!」

 

 

 

 

 

 一つの邪悪な予想が、巡る。

 

 

 

 

 

「……まさかっ!?」

 

 

 山田は上田の持っていた鍵束を引ったくり、鍵を開け始めた。

 

 

「おいおい、どうしたんだ!?」

 

「シンさんの最後の言葉……あれの意味が分かったんです……!」

 

「最後の言葉……意味……!?」

 

 

 一つ目、解除。

 

 

 

 

 二つ目、解除。

 

 

 

 

 

 

 三つ目、解除。

 扉が開く。

 

 

 

 

 

 中は、空っぽだ。

 

 

 

「なにッ!?」

 

「え!? は、入ってないじゃん!?」

 

「どう言う事だ……!?」

 

「……やられた!」

 

 

 山田は予想してしまった。

 既に金は抜かれていた事を。

 

 

 

 

「……シンさんは、隙を見て中身を取り出し……荷物の検査が済んだ後で、『四人目』に渡したんです!」

 

 

 造園会社だ。

 確かにトラックには、枝や葉を満載した袋が積み上げられていた。その中なら、確認しようがない。

 

 事態を把握した葛西は、あらん限りの声で叫ぶ。

 

 

「すぐに造園会社へ急行しろぉッ!!」

 

「葛西さん!!」

 

「なんだッ!?」

 

「申し訳ないっす!! さっきの銃声騒ぎの最中、『女が逃げました』!!」

 

「……ッ!? 何やってんだタワケがッ!!!!」

 

 

 

 また一気に慌ただしくなる屋敷内。

 

 山田と上田はただ、それらを眺める事しか出来なかった。

 解答は見つかったものの、それが『解決』とはならない。



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阿鼻叫喚

 震える手で、家を掃除する。

 別室にいる叔父の声に怯え続け、夜は眠れず。鏡を見れば、自分の顔が酷く窶れており、本当に自分の顔なのかと疑ってしまった。

 

 

 何度か顔を打たれた。

 髪を引っ張られた。

 腕を掴み上げられ、強く捻られた。

 たった一晩、既に心は限界だった。

 

 

 だが彼女はこれを、受け入れる。

 これは自分に対する罰なのだと。一つ、罪滅ぼしなのだと。

 

 甘い自分のせいで、親も兄も、いなくなってしまったのだから。

 自分が弱く、甘えん坊のせいだから。

 

 

 彼女は全て、受け入れるつもりだ。

 稚拙に、蕭索に、真摯に、迂愚に。

 

 

 

 

 叔父、鉄平の声が響く。

 ビクリと身体を震わせ、何かヘマをしたかと思考を巡らす。

 

 

 だがいつもより潜めるような声で、かつ自分に対してではない。

 誰かとぶつぶつ、話している。

 

 

 

 

 

 客でも来たのか。なら、お茶を出さねば怒られるのではないか。

 する必要もないのに忍び足で玄関に行き、角から覗く。

 

 

 

「し、失敗……したんか……!?」

 

 

 鉄平が、派手な格好の女と話していた。

 見た事ないほどの、動揺を浮かべながら。

 

 

「金は盗れた!! お願い……! 助けてよぉ……! あたし、殺される……!!」

 

「そ、そな、相手を分かっとるんか!? すぐこの家にも来やがる……!!」

 

「だったら車出しなさいよッ!! 運転出来るんでしょ!?」

 

「免停食らっとるんや……! か、堪忍せぇ……!」

 

 

 女は辺りを憚りながら、それでも強い語気で怒号を飛ばす。

 

 

「ふざけないでよぉ……!! あんたを紹介したのはあたしなのよ……!? 金が入れば、あたしはもう良いってのかい!?」

 

「そうとは言っとらんじゃろ……! わ、ワシにはどうする事も出来んのじゃ……! お前を助けて心中は勘弁での……!」

 

「なんなのよ!? あたしの事好きなんでしょ!? だったら助けなさいよ!? アイツ、全然連絡しないし! 村から出られないし……!」

 

「あの、金ヅルん所に匿ってもらえ! わ、ワシは無理じゃ! 顔も知られとるし……!」

 

「こ、この……屑野郎……!!」

 

 

 ヒステリックに喚き、半泣きの状態で家を出て行った。

 残された鉄平は一度溜め息を吐く。彼女の身でも案じているのか。

 

 

 

 身体を震わし、俯き、笑い出す。

 

 

「ギャハハハッ!! さ、三億じゃ三億じゃ……!! 成功したんじゃな!! ならあんな女、死んでも構わんわ!! ハッハッハッハッ!!」

 

 

 笑いが止まらない。狂った笑いが木霊する。

 一頻り笑った彼は、笑い過ぎの涙を拭いながら居間に引っ込む。

 

 

「さぁ、はよ連絡せんと……! イヒヒッ!『ジオ・ウエキ』様々じゃ……!」

 

 

 彼の口から出た、ジオ・ウエキの名前に驚く。

 何故、一年も村を離れ、ダム建設には無関心だった彼が、反対派閥の指導者と知り合いなのか。

 

 沙都子はまた忍び足で居間の襖へ耳を当て、彼の声を聞き取る。

 黒電話のダイヤルを回す音が鳴り、暫くして鉄平が話し出した。

 

 

 

 

 

「ジオ・ウエキさんかの!? 三億円は……おぉ! 入ったんか!! 場所は……いつもあそこで良いかいの!?」

 

 

 嬉々として電話をとる鉄平。

 三億円、ジオ・ウエキとの関連。沙都子には、全く見当もつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になろうとした時。

 山道を下る、圭一とレナ。

 レナは両手に『お宝』を抱えて、上機嫌だった。

 

 

「えへへー! 私の勝ちー!」

 

「クソォォ……! どうした圭一! 何故だ圭一!? 俺は何故、勝負に弱いんだ……!!」

 

 

 圭一に振り向き、ニヤッと笑うレナ。

 

 

「それじゃあ……レナの言う事、聞いてもらおっかなぁ?」

 

「ぐふ……」

 

「……返事は?」

 

「……い、いいとも〜……」

 

 

 朗らかに笑うレナ。

 

 

 

 

 夕焼けが染め、深緑の中に立つ、少し泥で汚れてしまった頬の彼女へ、不覚にもドキリとしてしまう。

 

 儚い月光のようだ。降り注ぐ雪のようだ。初夏の山中、夕陽の満月、可憐な雪化粧。

 この斜陽の朱に、目を逸らせば彼女は溶けて、吸い込まれてしまうのではないか。

 

 妙な事を考えてしまい、気恥ずかしくなって俯いた。

 次に顔を上げた所、本当に少女は消える。

 

 

 

 

「……へ!? れ、レナ!?」

 

「なぁに?」

 

「うおっ!?」

 

 

 いつの間にか隣に立っていた。

 鈴のように笑いながら。

 

 

「圭一くん驚き過ぎだってばぁ!」

 

「つ、疲れただけだ! この前原圭一に死角はないッ!」

 

「あはは! 上田先生と同じ事言ってるよ!」

 

「……それで! 俺はレナに、何すりゃ良いんだよ」

 

 

 罰ゲームは、勝った方の言う事を聞く。

 圭一はレナを専属メイドにするだった。レナは、まだ内緒にされている。

 

 

 こう言う罰ゲームに関しては容赦しないのが彼女。

 どんな無茶振りをさせられるのかとヒヤヒヤ。

 

 

 

 

「…………そ〜だねぇ……」

 

 

 ポっと、レナの頰に紅色にして、されど幸せそうに。

 

 

 

 道路に出る。

 

 

 

 

 

「……何処か遠くに。一緒に、何処までも……」

 

 

 圭一は驚き、レナを見遣る。

 

 

 

 

 

 

「……遠く遠く……オヤシロ様も追いつけない遠くまで……待合室のレナを連れてって欲しいな」

 

 

 

 切なげな横顔。

 およそ見た事のない、その横顔。

 本当に、彼女が、消えてしまう。そう思ってしまうほどの。

 

 

 

 

 

「……なんちって」

 

 

 最初のような、意地悪な笑み。

 目をパチクリさせる圭一だった。からかわれたと気付く。

 

 

「『久保田早紀』ぽかった?」

 

「い、異邦人?」

 

「圭一くん、豆が鳩鉄砲食らった顔してるよ!」

 

「豆と鳩が逆じゃねぇか!」

 

「あははは!!」

 

「あまりからかうんじゃないよ!……そんで、何させる気だ?」

 

「……ん〜……んふふ! 一日待ってくれる? 準備するから!」

 

「…………じょ、女装?」

 

「明後日、火曜日のお楽しみに〜!」

 

 

 タタタと駆け出し、ウキウキとターン。

 呆れながら後ろを付いて行く圭一。馬鹿らしく思いながらも、自然と顔が綻んだ。

 

 

 

 

 一台の車がやって来る。大型のトラックで、恐らくダムの材料搬送か。

 

 

 道路の傍に避け、トラックを避ける。何の問題もなくトラックは通り過ぎて行った。

 

 

 レナが、ポカンと眺めている。

 

 

「どうした?」

 

「圭一くん……あの、見間違いじゃないよ?」

 

「ん?」

 

「……トラックの助手席に……『ジオ・ウエキ』……いた」

 

「……へ!?」

 

 

 二人は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 園崎の方では、混乱が巻き起こる。

 山田と上田、魅音は葛西の運転する車により、畑の傍の道路を行く。

 

 

 既に何人か集まっており、騒ぎ、奔走していた。

 夕焼けの空には、黒煙が上がっている。

 

 

 停車し、即座にそこへ走る。

 全員の目には、横転して炎上する車。

 

 

「消すんだッ!! 早くッ!!」

 

 

 その小型トラックは、造園会社の物だ。

 三億円を積んでいると思われる車。それが目の前で事故に遭い、炎上している。

 

 

「三億円燃えちまうぞ!?」

 

「消化器持ってこんかい!!」

 

「近付くな!! 爆発しおるぞ!?」

 

 

 全員が消化活動を取りやめ、退避。

 同時に、車は爆発を起こし、山田らは顔を伏せた。

 

 

 

 

 一際大きな黒煙が、空に飛ぶ。

 羽根を広げ飛翔する、カラスにも見えた。

 

 それでも尚も燃え続ける車を見て、全員は呆然と立ち尽くす。

 消化活動が再開された。

 

 

「……おそらく、焦って運転し、畑の溝にタイヤをかましたんだ……! 運悪くマフラーからガソリンが漏れて、炎上しちまったんだろう……!」

 

「………………」

 

「あの爆発じゃ、もう金は無理だ……!」

 

 

 上田は頭を抱える。

 紅々と燃え盛る車を、山田はずっと見ていた。

 

 

 

 消防車が到着し、三十分かけて鎮火する。

 希望の可能性として、荷台から飛び出した袋を全て確認するが、どれも切った枝と葉ばかり。

 

 

「折角盗んだ金を荷台なんかに乗せないか……」

 

「助手席に積んでいたのでしょう……クソッ!!」

 

 

 魅音と葛西は諦念と悔しい思い、更には後悔を滲ませながら、運ばれて行く黒焦げの事故車を眺めた。

 車の中からは焼死体が発見されたようだ。

 運転手もとい、山田の言う『四人目の実行犯』だろう。

 

 天下の園崎家を引っ掻き回した三億円事件は、釈然としない、誰も得をしない幕切れとなった。

 

 

 

 

 葛西に報告に来る組員。

 

 

「興宮に戻る前に造園会社の車止めて問い詰めやしたが……グルでは無さそうです。一人だけが誑かされたんでしょ」

 

「………………」

 

「向こうもいきなり、会社に戻る途中に一台離れて走り出したんで、混乱しとる様子でしたぜ」

 

「……そうか」

 

 

 今更そんな報告を聞いても仕方ない。葛西はサングラスを整え、溜め息を吐く。

 

 

 一部始終を見ていた山田と上田。魅音が話しかける。

 

 

「こんな事になるなんて……でも、山田さん達に感謝しているよ」

 

「……どうせお金は消えてしまうのに……私はただ、シンさんを追い詰めるような事をしたような気がします……」

 

「山田さん。これはヤクザの世界……シンさんは、然るべき報いを受けただけ。山田さんが気に病む事じゃない」

 

「………………」

 

「……あの別宅は、引き続き使っても良いから。婆っちゃにも言ってあげる」

 

「………………」

 

 

 魅音は二人から離れ、車に戻る。

 入れ替わりに葛西が話しかけた。

 

 

「お二人は、どうなさいますか?」

 

「あぁ……僕たちは、ここで。また何かあれば、そちらに伺いますんで」

 

「……今日は本当に、ありがとうございました」

 

 

 一礼し、葛西も車に乗り込む。

 他の組員らの車と共に、二人は屋敷へ帰って行く。

 

 

 冗談のように、辺りは静まり返った。

 山田と上田も、そこを離れようとする。

 

 

「なんと言うか……夢みたいに事件は終わっちまったな?」

 

「……やっぱり」

 

「ん?」

 

「……やっぱり、納得行きません」

 

 

 山田はまだ、諦めていないようだ。

 

 

「どうしてだ?」

 

「都合が良過ぎるって思いませんか? 金を運んだ車が事故を起こして、三億円と一緒に炎上……絶対におかしいです」

 

「だが……死体も出た。自作自演とは思えんだろ!」

 

「……車が田んぼに突っ込んだ所、丁字路だったじゃないですか。一方の所で待ち構えていて、車をぶつけるって事も可能です」

 

「おいおい……三億積んだ車だぞ? もし金が破損したら一巻の終わりだ。かなり、リスキーだろ! それに、動機は?」

 

「動機はありますよ。造園会社の人間である以上、絶対に身元が割れて足が付く。口封じですよ」

 

「バッカな! そんな理由で殺すなんて……イカれてる!」

 

「……園崎家から三億奪おうとする人間が、正常と思っているんですか?」

 

「…………まぁ、それはそうだが」

 

 

 山田は自分の考えを話す。

 

 

「それに、造園会社から急いで車を出したなら……三億円の入った袋はまだ、荷台に乗せたままの可能性もあります。車をぶつけて、荷台の袋を散乱させれば、車の炎上を横目に回収出来るハズ」

 

「じゃあ、一体誰なんだ? それは!」

 

「……この道で待ち構えていたとすると……犯人は、必ず車はここを通ると知っていた人物……多分、事前に逃走ルートを教えていたんだと思うんです。それを知っていると言う事は……ジオ・ウエキの仲間しかありません」

 

「仮に君の考えが当たっているとする……車を横転させるには、それなりに大きな車が必要になる。造園会社の小型トラックより軽ければ、同じく横転しちまうし、フロントが破壊され運転手も無事じゃなくなる! パンクさせたと言うなよ? 車はキッチリ四輪あったし、途中にゴム片も無かったからな……」

 

 

 田舎道を歩きながら、あれこれ議論し合う。

 だが考えれば考えるほど、意味も分からなくなり、こんがらがる。

 

 

「……本当に、三億円は燃えたのでしょうか……」

 

「詳しくは事故車を見分して、警察かどっかが判断するだろ」

 

「………………」

 

「何にせよ、三億円は無くなった。健闘はしたが、残念だったな」

 

 

 空は暗くなりつつあった。

 心に蟠りを残したまま、二人は引き続き使わせて貰える別宅へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圭一とレナを、トラックの行く先を予想し、そこに辿り着く。

 ダムの工事現場。搬入口に人はいない、二人はこっそり忍び込んだ。

 

 

 搬入口付近に停めてある、トラック数台。その内の一台に近付き、ナンバープレートを確認する。

 

 

「ええと……うん。このトラックだったよ」

 

「よ、良く番号覚えてんな……本当に乗ってたのかよ」

 

「ジオ・ウエキが本当に乗ってたんだよ! 服は違っていたけど、女性だった!」

 

「確かに……工事のトラックに女性は妙だよな……」

 

 

 好奇心が勝り、二人は奥へと行く。

 ふと、圭一は一つのトラックのナンバープレートに目が行く。

 

 

 

 

 

 

『64779』

 

『63824』

 

 

「……何やってんの? 圭一くん……」

 

「待ってくれ。このトラックに『核弾頭』と『監督』がいる気がするんだ」

 

「……もう! 馬鹿やってないで行くよっ!」

 

 

 圭一を引っ張りながら、奥へ奥へと、作業員の気配に気を付けながら進む。

 

 

 

 

 二人が通り過ぎた一台のトラック。

 やけに前面部が、へこんでいた。

 

 

 

 

 

 時間的に言えば、もう作業は終了だろうか。

 暗くなってしまった中で、人の気配がある、プレハブ小屋から光が漏れていた。

 そこに近付き、壁に耳を合わせる。プレハブの薄い壁では、音も漏れている。

 

 

「聞こえるね」

 

「……ジオ・ウエキの声だ」

 

 

 彼女の特徴的な声は、分かりやすい。

 

 

 

 

「ア〜タクシたちの勝利ですわねぇ!」

 

「声が大きいわよっ! ジオウちゃんっ! コンドームみてぇに薄い壁なんだから!」

 

 

 レナが小首傾げる。

 

 

「……圭一くん。こんどーむって、なんだろ?」

 

「き、聞く事に集中するんだ! 質問は後!」

 

「……?」

 

 

 引き続き、耳を澄ませる。

 

 

「そうは言われましても、笑いが止まりませんわぁ!」

 

「うへへ!……それはあたしも同じよっ! こんな沢山の聖徳太子、初めて見たわよっ!『豊聰耳』にも程があるわっ!」

 

 

 聖徳太子と聞き、圭一はピクリと反応する。

 ジオ・ウエキの宣言が、脳裏に巡った。

 

 

「……三億円……!?」

 

「圭一くん?」

 

「レナ、落ち着いて聞け……ジオ・ウエキはな、魅音の所から三億円を盗む気だったんだ」

 

「……え!? じゃ、じゃあ、聖徳太子って……歴史の勉強じゃなかったんだ」

 

「……そ、そう思ってたのか……もしかして、三億円を本当に…………ん?」

 

 

 馴染み過ぎて、見過ごしかけたが、ここはダムの工事現場。

 反対派閥の指導者、ジオ・ウエキの敵地。

 

 何故、ここにいる。

 圭一はすぐに理解した。

 

 

 

 

 

 

「……嘘だろ……! ジオ・ウエキの奴、こことグルだったのかよ……!?」

 

 

 

 思い出したのは、金曜日に見た、ジオ・ウエキの超能力。

 三つ目で、メモ帳に書かせた文字を即座に読み取ったが、確かそれを書いたのは現場監督。

 

 

 ジオ・ウエキは鼻から、あそこで超能力を披露する気だった。村民らからの信奉を強める為。

 現場監督と、事前に秘密裏に打ち合わせをしていた。

 メモ帳の文字は読み取ったのではなく、元々から決めていた訳だ。

 

 

「ぐ、グルって……!? なんで……」

 

「それは分からねぇが……」

 

 

 ジオ・ウエキの声がまた響く。

 

 

「一先ず、ここに隠しておきなさぁ〜い! 仲間を呼んで、山分けよぉ〜!」

 

「ここなら園崎も入れないからねんっ! キッチリ、隠しておくわっ!」

 

「お〜っほっほっほっほ!」

 

「フハハハハハハハハハッ!!」

 

「……こいつら、密会する気あるんかよ」

 

 

 テンションが高いのか、ダダ漏れの声。

 だがお陰で、ジオ・ウエキの秘密が判明出来た。

 

 

「……魅音らに知らせねぇと」

 

「出よう、圭一くん!」

 

「あぁ……」

 

 

 振り返り、逃げようとする二人。

 

 

 

 二人を囲む、六人の作業員に、そこで初めて気が付いた。

 

 

「……へ?」

 

「ひっ……!」

 

 

 作業員らは据わった目で、二人を睨み付ける。

 その眼にある光は、人間にある理性的な光は鈍かった。獣的な、ギラギラした荒い光。

 

 

「このガキがッ! これはグレートに許せねぇなぁ!」

 

「俺たちの秘密を知ったッ! 今日は眠れないな……今夜だけだがッ!」

 

「お前たち、捕まえろ!」

 

「「無駄無駄ぁ〜!!」」

 

 

 二人は敢え無く、捕らえられてしまう。

 

 

「くそッ!? は、離しやがれって!!」

 

「離して、離してよぉ!!」

 

 

 敢え無く圭一とレナは捕縛されてしまった。

 夜に落ちて行く。




トラックのナンバープレートは、メタルギアPWネタ。
『64779』の数字を、ケータイ(スマホでも可)のアルファベット順に置き換えると、6はM、4はG、7の部分にはSとPがあり、9にはW。『MGSPW』になると初めて気付きました。
『63824』は小島監督の生年月日(1963.8.24)。

『笑っていいとも』は1982年10月から放送されたので、この時代ではまだ新番組でした。


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際会と再開

 矢部と菊池は、精神病院に行かせていた石原と秋葉と合流する。

 何故か身体中にお札とお守りを貼っつけている二人と。

 

 

「……お前ら、それなんやねん」

 

「兄ィ! ワシら、祟りに片足突っ込んどるようじゃ! お祓いけぇの!」

 

「町の神社とお寺に、あとキリスト教会にイスラーム、全部寄りましたぁ!」

 

「その割にはお前秋葉、お守り全部『星五確定』やないか!」

 

 

 呆れた顔の、次いでボコボコ顔の菊池が叱責する。

 

 

「なんだその体たらくはッ!! この科学の時代に、祟りがある訳ないだろッ!!」

 

「ほんでも、本当に祟りなんじゃ!」

 

「もう良いッ!! 今から君たちを一発殴るッ!!」

 

「菊池なんかワシに似て来たな。気持ちワル。とりま、話聞こか」

 

 

 二人から聞いた話は、確かに奇怪で不気味なものだった。

 

 

「大災害の後にのぉ、雛見沢村出身の人間が大挙したそうじゃ!」

 

「全員、オヤシロ様の呪いを恐れていて、とても凶暴になってて、病院の人が何人も怪我させられたみたいですねぇ」

 

「フンッ! それはただ、自分の故郷が無くなったショックで、気を病んだに過ぎんッ!」

 

「んで、この前原圭一はどうやったんや?」

 

「死んどったけぇの、兄ィ! カルテもララバイバイじゃ!」

 

「でも、その圭一くんも同じ症状だったみたいですよぉ。それに死因も、不明瞭で」

 

「死因が不明瞭? ハッ……この時代に於いて、そんな馬鹿な話があるか!」

 

「死因はなんや?」

 

 

 矢部が聞くと、秋葉は声を顰めるように話す。

 

 

「……し」

 

「耳元で話すなッ! 敏感なんやから!!」

 

「心臓発作ですって。それも、心臓に疾患があるとかは無かったみたいで、突然ポックリポクポク」

 

「………………」

 

「前日も叫んどったらしいのぉ。『オヤシロ様が来る』とな!『ぼぎわんが来る』かの?」

 

「……………………」

 

 

 矢部と菊池は、互いに目を合わせ、意気投合してから二人を見遣る。

 そして同時に、殴った。

 

 

「なにお前らだけお祓いしとんねん!? お守り寄越せオラァッ!!」

 

「上司を置いて勝手に行動するとは何たる不祥事ッ!! そのお札は没収するッ!!」

 

「そのお札よこさんかぁーいッ!」

 

「アブサンッ!?」

 

 

 菊池も殴り、矢部は一人で全ての除霊道具を牛耳る。

 矢部謙三コンプリートフォームの完成だ。

 

 

「まぁ、これで粗方調べたな。これ以上はどないすんねんな?」

 

「兄ィ。そういやワシら、雛見沢村ってどんな場所か、全く知らんけぇ」

 

「地元の図書館かどっかで、調べるのもアリかもしれませんねぇ」

 

「んだらば、図書館に行ってみよぉーっ!」

 

「前が見えねぇ」

 

 

 公安一行は村の概説を得る為に、図書館へ歩き出した。

 太陽は、真上だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンジェルモート。

 礼奈と里見は、店内に入る。

 

 

「この『レジェンドメイド』が、若い頃のオーナーさんなんです」

 

「あら〜、可愛らしいわね。今でも美人さんじゃないかしら?」

 

「お綺麗ですよ。都合が合えば会えるかもしれませんね」

 

 

 店内は人で賑わっていた。今日は休日のせいか、若い娘がメイド服で給仕をしており、それを目当てに来た人が多いようだ。

 運良く席が空いており、二人は窓際のテーブル席に座る。

 

 

「なに食べましょうかねぇ〜……初めてですから」

 

「今日のオススメはこれみたいですよ」

 

 

 礼奈が列挙するメニューを見てみた。

 

 

『あざといアザトース丼』

 

『ガタガタ♡ ガタノ御膳』

 

『クトゥルーパスタ・ルルイエ風』

 

『ハスター』

 

「不思議ねぇ。初めてなのに、これは食べてはいけない気がする」

 

 

 里見は、ブリの照り焼き御膳を頼み、礼奈はハンバーグ定食を選んだ。

 可愛らしいメイドの店員が注文を取り、暫し待つ。

 

 

「楽しそうな町ですねぇ」

 

「気に入っていただけて、何よりです。暫くは滞在なさるのですか?」

 

「一日だけ泊まって、明日には帰る予定です」

 

「是非、楽しんでいかれてくださいね」

 

 

 微笑みながら水を飲む彼女は何だか、子供っぽく見えた。

 

 

「そう言えば上田先生にご依頼なさったそうですが……それは、どんな?」

 

「……あまり気持ちの良い話じゃないですけど」

 

「構いませんよ。人の話を聞くのは、とても楽しいですから!」

 

「ふふっ……私、子供の頃……雛見沢村に住んでいたんです」

 

「雛見沢村……?」

 

「……もう、無くなった村ですけどね」

 

 

 語る彼女は、とても辛そうだ。

 

 

「……その村が無くなった理由と言うのが、色々と謎が多くて……だから、上田先生に見て貰おうかと」

 

「ただ廃村になった訳ではないようですね」

 

「災害です」

 

 

 水を飲もうとした、里見の手が止まる。

『災』。強い胸騒ぎがした。

 

 

「お父さんもそれで、亡くなりまして」

 

「……それはお気の毒に……」

 

「その時、私は……町で入院していて、助かったんです。後から聞いたら、村は火山ガスで滅んだって」

 

「火山ガス?」

 

「でも私、違うような気がしていまして……もっとこう、隠されているような……今は村へは、許可さえとれば入れるようになっていますし、先生に見分して貰おうと」

 

「そうだったんですか……今でも、村の事を思っていらっしゃるのですね」

 

「……辛い事もありましたけど……やっぱり私の故郷です。楽しい事も沢山、ありましたから」

 

 

 里見は微笑みを浮かべた。

 礼奈に対して、羨ましいと言った気持ちと、和やかな気持ちを抱いたからだ。

 

 

「……故郷を思うと言う感覚……私は持たなかったもので……」

 

「……え?」

 

「……貴女のその思い、大事になさってください。故郷を思っているからこそ、故郷を知りたいのですよね」

 

 

 礼奈の目が見開かれる。

 眠りについていたような三十五年間。長い長い夢から、半目をやっと開いたような気分だった。

 

 

 

 

「でも、何処かでまだ、迷っていらっしゃるのでしょう?……自分は、故郷を愛していたのかと……」

 

「……っ!」

 

「『思い』と、『愛する』は、似ていて違う。思いは帰り道、愛する事は家のようなもの。思いは過去を馳せ、愛は安心を与える休息地……貴女はまだずっと、帰り道を彷徨っていらっしゃる」

 

「帰り道を……」

 

「家を見失って、帰り道が分からない……でも、それでも、貴女は強い思いで、帰り道を歩き続けている……家はもうないかもしれないのに、貴女は『愛しよう』と『思っていたい』……とても弱々しい、でも貴女は強い。だからこそ、迷っていらっしゃる」

 

 

 ニコッと笑い、優しく里見は頷いた。

 

 

「でも、道を歩いていれば、いずれ辿り着く。今はまだ、目移りしているだけ。家が無いなんて、思っては駄目……」

 

「山田さん……」

 

「……『帰り続けなさい』。貴女はまだ、故郷を愛しているハズですよ」

 

 

 狙ったようなタイミングで、料理がやって来る。

 まだ目が丸い礼奈の前で、里見は割り箸を割った。

 

 

「さっ。食べましょっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いただっきまぁーーーっす!!」

 

「ふぉ!?」

 

 

 寝言で叫ぶ山田に、上田はビクつく。

 時刻は午後八時。寝るには若干早い時間だが、今日は色々あり過ぎて神経が参っていた。山田は別宅についた途端に寝る。

 

 

「……夢の中でも食ってんのか。マジにがめつい女だ」

 

 

 呆れながら、ずっと家に置いていた次郎人形の手入れをする。

 その途中、一つの事を思い出した。

 

 

「……しまった。入江さんの野球チームを見学する約束……すっぽかしちまった……鷹野さんの事をあれこれ聞けるチャンスだっと言うのに」

 

 

 もう一つ思い出す。

 

 

「……俺のシャネルの五番石鹸、神社に置きっ放しじゃねぇか! ジュワッチッ!!」

 

 

 私物については、彼もまたがめつい男だった。

 

 

 

 光速で神社に到着し、忌々しげに鳥居を眺め上げる。

 

 

「あんのマセガキコンビ……使ってやがったら容赦せんぞ……俺の石鹸は回収する……」

 

 

 階段を上がる。

 滑らないように一歩一歩、確実に上がる。

 やはり滑り落ちる、下りる。

 

 

「なんで落ちるんだ……ん?」

 

 

 拝殿の前で、コソコソ動く影。

 それは、梨花たちのいる小屋を覗こうとしているかのようだ。

 

 

「YOUはなにしに神社へッ!?」

 

「うわっ!? ち、違うんです!!」

 

 

 声からして、男性。

 叱り付け、変質者か確認しようと近付いた。

 だがその人物は、上田も知っている男性だった。

 

 

「……入江先生!?」

 

「……上田教授!?」

 

 

 診療所の医師、入江京介。

 

 

「どうしたんですか?……ああ、そうだ。今日、野球チームの見学に行けず、申し訳ない」

 

「いえ、教授もお忙しいでしょうし……その、野球チームの件なんです」

 

「え?」

 

「……梨花ちゃんと沙都子ちゃんが、来なかったんです。今日は上田教授も来るから行くと、言っていたものですから……」

 

「…………それは妙だ」

 

 

 あの元気いっぱいな二人が、揃って無断欠席。

 上田より二人との付き合いが長いであろう入江が、心配で神社に来るほどは珍しい事なのだろうか。

 

 

「揃って風邪じゃないんですか? 共同生活しているとなると、病気も移りやすくなるでしょうし」

 

「それでも子供二人だけですから危険ですし……沙都子ちゃんに至っては薬の治験に協力してくれています。もし、僕の薬が原因とあったら……」

 

「不安ですね。見に行きましょう」

 

「上田教授は、何しに?」

 

「僕ですか? マリリン・モンローを取り戻しに来た」

 

「……はい?」

 

 

 颯爽と森を進み、梨花らの住む小屋へ。

 電気は点いておらず、真っ暗だ。

 

 

「寝ちゃったかな……?」

 

「いや……二人は必ず、夜の十時辺りに眠る……まだ早過ぎる」

 

 

 いよいよ不安が頂点まで逹する。

 玄関先まで突っ走り、入江は扉を叩く。

 

 

「梨花ちゃん! 沙都子ちゃん!?」

 

「鍵は!?」

 

「……閉まってます! こんな時間まで出掛けている訳はないだろうし……!」

 

「おい梨花ー! 沙都子ぉー!」

 

 

 入江と上田の呼び掛けにも、応答なし。

 上田は小屋から少し離れ、何処からか入れる場所は無いかと見渡す。

 

 

 二階の窓が、開けっ放しだった。

 

 

「入江先生! あそこから入りましょう!」

 

「ど、どうやって窓まで……」

 

「久しぶりにやるかぁ……私はね、一九九九個の特技があるんですよ! 建物の壁を登るなんて、造作もない!」

 

 

 壁に手を掛けた瞬間、バリッと壊してしまう。

 

 

「やっちゃった、あぅ、やっちゃった……!」

 

「上田教授! ここにハシゴがあります!」

 

「それを使いましょう!!」

 

 

 ハシゴを伸ばし、二階の窓まで掛ける。

 

 

「入江先生は支えていてください! 僕が登って、見て来ます!」

 

「お願いします……!」

 

 

 ゆっくりゆっくり、ハシゴを登る上田。

 たまに風が吹き、揺らされる。

 

 

「危ない危ない危ない危ないあーあー!!」

 

「さ、支えています!」

 

「怖いなぁもぉ……」

 

 

 何とか二階の開いた窓まで到着。

 そこから中を覗いてみる。梨花と沙都子の寝室だ。

 

 

「梨花!? 沙都子!? いるかー!?」

 

「なんなのですか」

 

 

 暗闇から、確かに梨花の声。

 しかしいつもの、明るい声ではない。風邪のように嗄れ、鬱屈とし、忌々しそうな声音。

 

 

「いたのか!? 沙都子もい」

 

「役立たずッ!!」

 

「㌴㌠ッ!?」

 

 

 飛び出して来た梨花が、上田を突き飛ばす。

 彼はハシゴ上を滑るように落ちて行き、支えていた入江と衝突。共に地面に平伏した。

 

 

「いててて……け、怪我するだろッ!?」

 

「うぅ……り、梨花ちゃん、どうしたんだ……!?」

 

 

 呆然と、開いた窓を眺めていた二人だったが、暫くして玄関の鍵が開く音が聞こえ、そちらへ視線が移る。

 

 

 出て来たのは、やはり梨花一人。

 だがその相貌は、上田も入江も最後に見た昨日とは、酷く様変わりしていた。

 

 

「……何処ほっつき歩いていたのですか」

 

 

 髪は乱れて、クマが出来て、服にも泥がついて、肌色も悪い。

 目は半開きであり、足元も覚束ない。上田から見れば、二日酔いのよう。

 

 

「どうしたんだよ梨花ちゃん!? 沙都子ちゃんは!?」

 

「……もう帰って来ないのです」

 

「帰って来ないって……喧嘩でもしたのか?」

 

 

 梨花が上田の爪先を思い切り踏み付ける。

「アウチッ!?」と叫び、立ち上がったのにまた平伏した。

 

 

「…………り、梨花ちゃん……まさか……」

 

「………………」

 

「……か、帰って、来たのかい……!?」

 

「………………」

 

 

 コクリと、頷く。

 

 

「帰って来た……? 誰がなんですか!? 入江先生、梨花ッ!」

 

「……北条、鉄平……」

 

「……沙都子の叔父なのです……どうしようもない、屑」

 

 

 入江は放心を見せ、梨花は諦念を目に宿す。

 失望と絶望、どん底の気分。それらが彼女を一日で窶れさせた。

 

 

「沙都子の叔父って……一年前の鬼隠し被害者の……旦那さん……!?」

 

「……!?……そうですか。上田教授も、ご存知で……」

 

「……魅ぃにでも聞いたのですか?」

 

「そんなもんだ……帰って来たと言うのは? 住んでいなかったんですか?」

 

「村を離れていまして……当時から沙都子ちゃんと…………『悟史くん』を虐待していた、本当にどうしようもない人なんです」

 

「……悟史?」

 

「……消えた…………沙都子ちゃんの、お兄さんです。それにしても……あの人、妻が亡くなった途端に、逃げ出したんじゃ……」

 

「……妻が死んだ途端に、『逃げ出した』? あは、あははは!!」

 

 

 梨花はケタケタ笑い出す。

 いつもの天真爛漫なものではない。タガの外れた、狂気を滲ました笑い。

 およそ見たことの無い彼女の姿に、上田も入江も目を剥いた。

 

 

「……そんなんじゃない。あいつは妻が死んで、縛られるモノなくなって、愛人の所に『転がりに行った』屑なのです」

 

 

 半開きの目が開いた。

 どんよりと、濁った、死んだ眼。

 

 

「だから村になんの愛着もないし、沙都子にもなんも感じていない。ただ金の成る木にしか思ってない」

 

「…………なんて事だ……!」

 

 

 入江は顔を押さえ、絶望を滲ませる。

 

 

「あんな人の所にいたら、沙都子ちゃんが壊れてしまう……!!」

 

「明日、役場に訴えに行きましょう! 虐待の事を話し、その鉄平って人の親権を停止させるんです!」

 

「無理なのです」

 

「なんで諦める!?」

 

「…………『北条家』だからです」

 

 

 その意味が分からず、怪訝な顔をする上田へ、入江が説明してくれた。

 

 

「……北条家は、この村のダム建設に賛成派でした。ですので……村人は揃って北条家を憎み、攻撃していたんです」

 

「……村八分と言う奴か……」

 

「今でも多くの方からの風当たりは強い……特に、反対派を率いていた『園崎家』。園崎家の影響力はここ一帯を牛耳っています。商業から経済…………行政まで。園崎家が睨みを利かせている中です、動き辛いでしょう」

 

「……つまり、役場は北条家に対し、消極的と言う事ですか!? 馬鹿なッ!! あの子はダムとは関係ない、ただの子供だッ!!!!」

 

「そう思えない連中なのですよ」

 

 

 梨花はくるり、背を向ける。

 

 

 

 

「……もう。無理なのです」

 

 

 

 家に帰ろうとする、梨花。その背中は、悲しく、消え入りそうだ。

 

 

「……待ってくれ!」

 

 

 上田は呼び止める。

 ここで止めなければ、彼女がいなくなってしまいそうに、思ったからだ。

 

 

「じ、実は! 園崎家は俺に、貸しがあるんだッ!!」

 

 

 その言葉には入江も梨花も驚かされ、彼女の足を止める強い要因になり得た。

 

 

「上田教授……!?」

 

「上田?」

 

「……どうにかする!……待っていてくれ……!!」

 

 

 強く強く、上田は言い聞かせる。

 

 必ず沙都子を帰らせるのだと。

 もう彼女は、背負わなくても良い。

 

 

「……俺が必ず、助けてやる……!!」

 

 

 訴える上田の前。

 梨花の目が、目覚めのように、開かれた。




㌴も㌠も、フランスのお金の単価です。
ただ、ユーロになってからはほぼ無くなった状態です。

TRICKや仮面ライダーゴーストで有名な脱出王『ハリー・フーディーニ』は、実は自分を主役にした小説をある作家に書かせた事があります。その人物こそ、クトゥルフ神話で有名な『H.P.ラヴクラフト』です。
『ファラオと共に幽閉されて』がそれになります。


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6月13日月曜日 克己心

「ぐがー……がぁー……」

 

 

 朝が来る。

 

 

「ふにゃ……リュウガのアナザー実質龍騎……」

 

 

 山田は起きない。

 

 

 

 

 

 

 

 視界の悪い暗がりの中で、二人は寄り添う。

 ここはダム現場から離れた所にある、掘建て小屋。

 森の中にあり、窓も無く、完全に密封された場所。叫んでも人が来ない辺り、かなり奥の方だろう。

 

 

 二人は手首と足首を縛られ、床に座らされている。

 手首を縛るロープは壁に打ち付けられた五寸釘と繋げられている為、移動は不可能だろう。

 

 

「うぅ……」

 

「ジオ・ウエキめ……とんだ狂人だぜ……鉈も取られたし……」

 

「……人殺し……だよね……?」

 

「……レナ。考えるな」

 

 

 昨夜の出来事を想起する。

 ジオ・ウエキに捕まった時の事だ。

 

 

 

 

 

 

 作業員らに捕まり、取り押さえられながらも、身体を揺すって抵抗はする。

 尤も、相手は工事作業に徹して来た、頑強な男たち。中学生の少年少女では太刀打ち出来ない。

 

 

「あ〜ら〜? なぁんの騒ぎですか?」

 

 

 ジオ・ウエキと、オカマ現場監督が小屋から顔を出す。

 圭一とレナを見下す目には、慈悲だとかはない。冷たい眼差しだ。

 

 

「……ジオ・ウエキ……!!」

 

「何事かと思えば、ネズミが二匹入り込んでいたのですね?」

 

 

 彼女は圭一の顔に見覚えがある。

 山田と一緒にいた。

 

 

「……あらっ! なぁんか見覚えがあると思ったら、あの貧乳女といた!」

 

「このやろぉ! 離せえ!! 魅音の三億返しやがれ!!」

 

「魅音?」

 

「ジオジオちゃん! 確か、園崎家の跡取り娘の名前よっ!」

 

「あぁ。その子と、お友達なの?」

 

 

 ジオ・ウエキの格好は、今までのような派手なドレスではなく、黒いワンピース。

 ハットもまた黒であり、膨よかな体格もあって、童話に出る悪い魔女のようだ。

 

 

「それは尚更、逃がす訳にはいかないわねぇ?」

 

「……レナたちをどうするつもり……!?」

 

 

 レナの質問を聞き、ジオ・ウエキはニタァッと、ベッタリ塗った口紅を歪めた。

 

 

 

 

「お亡くなり〜!」

 

「「お亡くなり〜!!」」

 

 

 あっさりとした、死刑宣告。

 二人は愕然とする。

 

 

「だだだって、逃したらバレちゃうじゃない? アタ〜クシが一年かけた計画がオジャンジャンよぉ!」

 

「ジオジオちゃんはねっ! あたしたち、建設会社の協力者なのよっ!」

 

「だからアタク〜シがダム反対派の指導者として村人を洗脳! 暴徒に仕向けて犯罪させれば、世間の目は明らかにアタクシ〜たち、建設会社側に寛容になりますわっ!」

 

「つまりジオジオちゃん、建設会社のスパイなのっ! だから多少無理して工事遅れさせたりも演出したわ!」

 

 

 実際、活動の行き過ぎで逮捕される者が出た時、圭一は呆れていた。

 天下の園崎も、世間の目には勝てまい。

 

 

「……でも、それは単なる布石ッ! 建設会社側も知らないのは……ア〜タクシは元々、お金が目当て!」

 

 

 彼女は劇主演のような大袈裟な仕草を交えて、説明する。

 

 

「一年前、アタ〜クシは『妹』とその『彼氏』……んまぁ、あの子何人も彼氏いるけど……その二人から、園崎家の上納金を奪う計画を持ちかけられたのです。最初アタク〜シは、あり寄りのなしと思っていましたが……アタクシ〜、当時から超能力者として名を売っておりまして、建設会社側からオファーが来ました。建設会社側に味方をつけられ、あり寄りのあり! やるしかねぇ、真の覚悟を決めた訳です!」

 

 

 息切れし、少し深呼吸してから、また続ける。

 

 

「妹が園崎家の従業員ですから、色々と情報は入りましたわぁ。妻が危篤のヤクザだったり、庭園の整備を請け負う造園会社、間取り、トイレの場所」

 

「トイレの場所……?」

 

「そのヤクザを味方にすれば、もう勝ったも同然! 妹の彼氏の友人がその造園会社にいたり……布石を作り、ア〜タクシは半年前から仕込み、隠れる時はこの工事現場にこっそり潜む! 絶対に園崎には捕まらない場所!」

 

「圭一くん……ジオ・ウエキが消えたりするのって、工事現場に隠れたからだったんだ」

 

「帰る時はトラックに隠れれば完璧ですわ。その甲斐あり、アタ〜クシは出し抜き、勝利したのですッ!!」

 

 

 小屋に入り、持って来たジュラルミンケース。

 中を開けると、三億円が入っていた。

 

 

「協力者は十二人……まぁ、内二人は死んで、妹もバレたっぽいので捨てるとして……残り九人。逆にお金を配布する人数が減って、ウハウハですわぁ! 顔がバレている人間は、いても邪魔ですものぉ!」

 

「ジオジオちゃん! あのヤクザの話は? 例え死んでも、渡米費と医療費は出すって話!」

 

「払う訳ないじゃあないのぉ〜ゲゲゲイちゃん! 末期ガンなんて、この世界何処行っても治せる訳ないもの!」

 

「キャアー! 冷酷ッ! 残忍ッ! しかしッ! そこにシビれる憧れるぅーッ!!」

 

「おっほほほほほ! コーラ飲むわっ!」

 

 

 小屋からまた、一リットルペットボトルのコーラを持って来るジオ・ウエキ。

 彼女の発言に戦慄しつつ、それでも怒りが噴出する圭一。

 

 

「人が死んでんのに、なんでヘラヘラしてんだよッ!?」

 

「大した事ないわよぉ? 毎年、世界中のどっかで旅客機が墜落しているわっ! それよりは軽い軽い!」

 

「重い軽いの問題じゃねぇだろ!! この……人殺しがッ!!」

 

 

 その言葉が、現場監督の逆鱗に触れた。

 

 

「……こんのガキぃーーッ!! お黙りッ!!」

 

「ブッ……!?」

 

 

 現場監督は圭一を掴み上げ、ぶん殴る。

 一発ではない、捕まえられ動けない彼を、二発、三発と、サンドバッグのように殴り続けた。

 

 

「やめてぇ!! 圭一くんに酷い事しないで!!」

 

 

 レナの悲壮に満ちた叫びが響く。

 やっと、手が止まった。

 

 

「……ふふん。彼女に免じて、やめてあげるわっ!」

 

「ゲホッ……!」

 

 

 口を切ったようで、ダラリと血が滴る。

 

 

「人殺し人殺しって、煩いわねっ! 三億円よ? 銃は剣より……じゃなかった。金は命より重しっ!」

 

「もう! ゲゲゲイちゃんっ! 暴れちゃや〜よっ!」

 

 

 プシュッと、ペットボトルの蓋を開ける。

 

 

「冥土の土産に超能力をお見せしますわっ! 題して、『シュワッと弾けるウエッキ・マミヤスパークリング』! イエィイェーイ!」

 

 

 飲み口を咥え、ペットボトルごと上を向き、物凄い表情でゴクッ、ゴクッとコーラを嚥下して行く。

 そのスピードも物凄く、たった十秒で一リットルが空になる。

 

 

「プハァーッ! イエスッ! イエスッ!……ゲフッ……はい! 超能力ッ!!」

 

「……ただの宴会芸じゃねぇか!」

 

 

 思わずツッコミを入れる圭一。

 

 

 対してレナは、信じられないものを見るような目で、ジオ・ウエキを凝視していた。

 

 

 

 

 

「今……なんて?」

 

「え? イエスイエス?」

 

「その前ッ!!」

 

 

 圭一は驚いた。

 レナの表情は見た事もないほど怒りで歪み、声色も激情的だったからだ。

 お淑やかで、大人しそうな彼女の、凶暴な一面。

 

 

「シュワっと弾ける、ウエッキ・マミヤスパークリングかしら?」

 

「……マミヤ……?」

 

「あら。言って無かったわね。ジオ・ウエキは世を偲ぶ名前」

 

 

 空のペットボトルを捨て、彼女は不気味に微笑む。

 

 

 

 

「本名、『間宮浮恵(まみやうきえ)』。覚えて地獄に行きなさぁ〜い!」

 

 

 間宮。

 その名前に、レナの心臓が跳ねる。

 

 

「……妹いるって言ってたっけ……」

 

「……レナ……?」

 

「……名前、『間宮リナ』とか……言わない?」

 

 

 ジオ・ウエキ、もとい浮恵は興味深そうに、レナを見た。

 

 

「あらあら? 妹の源氏名ね。本名は『律子』よ……あっ! じゃあ貴女、『竜宮礼奈』でっしょー!」

 

「……ッ!!」

 

「……れい、な? お、おい、話が……!」

 

「律子は不出来な妹でねぇ……彼氏と一緒に美人局してるのよぉ? 男囲って貢がせて、最後は『ウチの嫁と浮気しただろ』って揺すって脅してさよならバイバイ!」

 

「……まさか、レナん所……?」

 

「今のターゲットの男の……一人娘よねぇ? 何考えてんのか分からないし、オドオドしてて嫌いって言っていたわよん?……でも結構、強い女じゃないの?」

 

 

 レナの身体が震えている。

 真実を知ったからでもあり、圭一に知られたからでもある。混沌とした恐怖が、心を満たした。

 

 

「ふ〜む、これは予定が楽しくなるわねぇ……殺す前にこの子のお父さんへ、身代金要求しようかしら?」

 

「良いわねぇジオジオちゃんっ! 少年の方はどうするぅ?」

 

「そんなの、『サータ・アンダ・ギー』よ!」

 

「多分『サーチ・アンド・デストロイ』ねっ! おら、縛って森の納屋に隠しとけッ!!」

 

「あー、でも殺すのはお待ちなさ〜い? 一晩、恐怖に浸して懺悔させるのよ!」

 

「ディ・モールト素晴らしいわねっ! オラッ! テメェらさっさと連行しやがれッ!!」

 

「「無駄無駄〜!!」」

 

 

 二人は手首と足首を縛られ、猿轡を噛ませた後に、この納屋に閉じ込められた。

 

 

 

 

 

 

 

「……レナ。その……なんと言うか……」

 

 

 レナの父親が、悪女に誑かされている。

 その事実を、聞いてしまった。

 

 圭一は良いだろうが、『聞かれてしまった』方のレナは辛いハズだ。

 父親を深く愛していると言っていた、女の本性を知って、半ば混乱している。

 

 

「…………圭一くん……」

 

「ん?」

 

「……レナね。最初から……薄々だけど……分かっていたんだ。リナって人は、お金しかお父さんを見ていないって……」

 

 

 黎明を過ぎ、朝陽に照る。だがそれは外の話、この納屋の中では分からない。

 

 

「……でも、お父さん……凄く、幸せそうなの……レナのお母さんと離婚して、ずっとずっと後悔していて……なのに今は笑顔で、楽しそうに朝から晩まで過ごしていて……」

 

「……レナ……」

 

「……それが、お父さんの幸せだったら……って。レナは黙っていたの……」

 

 

「でも」と続け、怒りがまた出てきたのか、下唇を少し噛む。

 

 

「……もう分かった。あの女は最悪だって……お父さんの幸せを奪いに来た、悪魔……」

 

 

 怒りは通り越し、残るはただの悲しみ。

 下唇を噛んでいたのは、涙を我慢する為だった。

 

 

「……なんで……そこまで気付けなかったんだろ……! お父さんを幸せにしたいって思っていたのに……! 私が支えてあげようって思っていたのに……!」

 

「………………レナ…………」

 

「私はずっとずっと……間違えて来た……! 間違えて、間違えて間違えて間違えて……みんなを不幸にしてきた……!」

 

「…………レナ……」

 

「今度こそは幸せになって欲しいって……なのに、また間違えた……!」

 

「……レナ」

 

「今も……私がまた、お父さんを不幸にしようとしている……!」

 

「レナ」

 

「……娘、失格……親不孝者だね……」

 

「レナッ!!」

 

 

 圭一の叫びに、涙を零しながらハッと、顔を上げる。

 

 

 

 そして、愕然とした。

 縛られていたハズの圭一の手が、自由になっていたからだ。

 

 

「……え!? け、圭一くん……!?」

 

「………………」

 

「ど、どうやったの……!?」

 

 

 圭一は何とか腕を使って這い、部屋の隅に置かれていた鉈を手に取る。

 

 

「山田さんに教わったんだ。両手を閉めて縛られるんじゃなくて、開いて縛られたら、閉じた時に抜け出せるってさ」

 

 

 鉈で、足首の縄を切る。

 

 

「……マジにあの人、師匠って呼ぼう。もう『御山田様』だよ……」

 

 

 自由になった四肢。

 立ち上がり、圭一はレナの縄を切ろうとする。

 

 

「レナ。よく聞け」

 

 

 泣き顔の彼女の前で、太陽のような笑顔を見せた。

 

 

「親不孝者とかさ……何言ってんだ! 親父さんの為に泣いて、思って、幸せを考えられる……そんな子が、親『不孝』者な訳あるもんか!」

 

「でも、私のせいで……!」

 

「……ははっ! レナって、自分の事『私』って言うんだな!」

 

 

 ハッとして、思わず黙り込んだ。いつも彼女はみんなの前で、「レナ」と呼ぶ。

 

 

「……レナ。お前は背負い過ぎなんだよ。そりゃ人間、間違うさ。俺だって何遍も何遍も、間違えて来たんだ」

 

「圭一くんも……?」

 

「………………」

 

 

 鉈で、五寸釘とレナを繋ぐ縄を、切断する。

 

 

「……俺さ、東京で……受験勉強でイライラし過ぎてさ……モデルガンで子ども撃っちまったんだ」

 

「……え?」

 

「思うんだ。上手くイライラを解消出来なかったのかとか、親父とかに相談出来なかったのかって……でもその時はその時に精一杯で、間違えた」

 

 

 レナを切らないように気をつけながら、手首を縛る縄を、分断する。

 

 

「……でもさ。俺、それが原因でここに来たんだけどさ……楽しいんだよ、毎日が」

 

「………!」

 

「梨花に茶化されたり、沙都子の罠にかかったり、魅音の無茶振りに付き合ったり……レナとお宝探ししたり。俺は確かに過去、間違っちまった……けど、ここに来て幸せになれたんだ」

 

 

 最後に残ったのは足首の縄。

 

 

「……レナ。その時だけじゃ、間違いは分からない。間違わないようにしても、やっぱり間違っちまう。不幸だとも思う……でもな。ずっとずっと、間違いだけ怖がってちゃ、出て来るかもしれない幸せまで間違いだって思っちまう」

 

「圭一……くん……」

 

「それに今は間違えても大丈夫だ……お前の味方は沢山いる……俺たちがいるだろ?」

 

 

 丁寧に、両断。

 

 

「……もう十分だろ。レナはそろそろ、『自分の幸せ』に気付けってんだ……これから間違ったら……俺とか魅音とか、全員に頼れ。そんで俺が間違えそうになったら、助けてくれ……もう一回言う。お前の味方は、沢山いるんだ」

 

 

 手を差し伸べる。

 

 

 

 

 

 

「……ほらっ。みんなの幸せを守りに行こうぜ……ジオ・ウエキを止められるのは、俺たちだけだ」

 

 

 その手を、レナは掴んだ。

 涙の目は、嬉しそうに綻んでいる。

 もう彼女を縛るものはないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝になり、上田は速攻で園崎に行く。

 貸しはあるハズだ。その期待は、儚く散った。

 

 

 

「……無理だって!? ど、どう言う事です、葛西さん!?」

 

 

 通された客間。

 辛く、渋面の葛西が、申し訳なさそうに告げる。

 

 

「……頭首は……貴方がたに『貸しはない』と言って、聞かないんです」

 

「そんな……! だって、山田と……!」

 

「私は本当に、山田さんと上田教授には恩を感じております。裏切り者を暴き、ジオ・ウエキに屈しかけた我々の面目を守ってくださりましたから……しかし、頭首の考えは違う」

 

 

 葛西が告げた、次の言葉は、上田に強いショックを与えた。

 

 

 

 

「……『三億円は結局、戻っていない。魅音との約束は、三億円の奪還のハズ』……だと……」

 

「そんな、馬鹿な……!?」

 

 

 思わず机に手を突き、前のめりになる。

 

 

「三億は犯人側の事故で焼失した! もう取り戻せるものじゃないッ!?」

 

「……不甲斐、ありません」

 

「……葛西さん……お願いします……! 沙都子を、助けてやってください……!」

 

 

 頭を下げるが、変わらない。

 

 

「私の一存では、役場まで動かせません……魅音さんも同様。あくまで全権を握っていらっしゃるのは頭首、『園崎お魎』さんです……あの方が納得しなければ、我々も動けないんです……」

 

「……だったら、その頭首の所に案内してくださいッ!! 俺から言って聞かせてやるッ!!」

 

 

 立ち上がり、奥座敷へ行こうとする上田。

 葛西は急いで立ち上がり、羽交い締めにして止める。

 

 

「待ってくださいッ!? そんな事をしては、貴方の立場が一層悪くなるッ!!」

 

「三億円が三億円がって、そんな屁理屈が聞けるかってんだッ!! 離してくださいッ!!」

 

「村に居られなくなりますよ!? そうなると、助けられるものも助けられなくなるッ!!」

 

「だからって、沙都子を見殺しに出来ませんよッ!!!!」

 

 

 騒ぎを聞きつけた組員らが、葛西に合わせて上田を取り押さえようとする。

 それでも彼は、抵抗を辞めずに叫ぶ。

 

 

 

 

「沙都子はマセガキだッ!!……でも、疲れ切っているんだ……!」

 

「……上田教授……」

 

「その子の親がした過去だとか因縁だとか……それを勝手に負わして……! 何になんだッ!!」

 

「…………」

 

「……もう……報わせてやってくれ……!! 梨花と一緒に……!」

 

 

 上田は顔を上げる。

 いつの間にか目の前に、誰か立っていた。

 

 

「誰だアン」

 

「フンッ!!」

 

「ポゥッ!?」

 

 

 鳩尾を殴り、頭が下がる。

 下がった頭を鷲掴みし、思いっきり硬い机へ叩き付けた。

 

 

 上田は気絶し、とうとう沈黙。

 

 

 

「あ、茜さん……!」

 

「なんだい朝っぱらから……本家でぎゃあぎゃあ喚くたぁ、良い度胸じゃないのさ」

 

 

 魅音の母親の、園崎茜だ。

 

 

「お魎さんの言う事は絶対。たかがマジックショーを暴いたからって、ウチが動くと思ってんのかい?」

 

 

 厳しい言葉だ。

 上田は気絶していて、正解だったろう。

 

 

「本当なら半殺しだが……まぁ、それなりの恩は恩だ。このままどっか捨てておきな。そんでもう、ウチに入れさせないようにしな」

 

「茜さん……あの……」

 

「葛西。本当ならアンタも、指詰めるべきだったんだよ。良く考えて二の句継ぎな」

 

「…………分かりました」

 

 

 

 

 気絶した彼は組員らによって運ばれ、屋敷外に棄てられる。

 その衝撃で、目を覚ました。

 

 

「ブフ……! 頼む……頼む……!」

 

 

 組員らは一瞥もせず、屋敷に戻って行く。

 完全に彼は、見離された。

 

 

 

 

「……うっ……ぐぅう……!!」

 

 

 這い蹲りながら、上田は泣いた。

 眼鏡を外し、涙を拭う。何度も何度も拭う。

 

 

 

「……………………」

 

 

 土を握る。

 眼鏡を掛ける。

 

 自分が泣いてどうする。沙都子は今、この時も泣いているハズ。

 

 

 

「……やるしかない……!」

 

 

 ふらつく足を何とか整え、立ち上がった。

 

 

 

 

 

「……行政が無理なら……『実力行使』……ッ!!」

 

 

 身を翻す。

 向かう先は、神社。

 

 

 悲しみと孤独に溺れている、梨花の元へ。

 もうなり振り構うつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃の山田。

 

 

「バンサンケツマーッ! おっ母さまぁーっ!」

 

 

 倒した障子の上で、まだ寝ていた。

 

 

 

 

 途端、ドンドンと、扉を叩く音。

 寝坊助の山田と言えども、煩い音では起きざるを得ない。

 ゆっくり、鬱陶しそうな顔で、顔を上げる。

 

 

「なんだよこんな朝っぱらから……新聞取ってねぇよ……」

 

 

 ふらふらしながら、玄関先まで。

 そして扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田さん!! いや、師匠ッ!!」

 

 

 訪問者は、圭一だ。




克己心 : 自分に打ち勝つ心。


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番記者

『TRICK劇場版』の広告ポスターで、矢部が唯一カツラを押さえていないのは『霊能力者バトルロイヤル』のみ。
誰か、劇場版ポスター風の絵とか描いてくれませんかね。


「圭一さん? あれ、私ここに泊まっているって教えましたっけ?」

 

「魅音の奴から聞いたんすよ! この村小さいから、すぐ何処か分かりました!」

 

「大丈夫なんですか? もう学校の時間じゃ……」

 

「それより師匠ッ!!」

 

「本当に師匠呼びするのか」

 

「大事な話があるんです……! あ、中失礼します!」

 

 

 辺りを憚りながら、サッと玄関に潜り込む。

 何かから逃げているような彼の挙動に、怪訝な表情の山田。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「山田さん! いや、師匠ッ!!」

 

「呼び方安定させろよっ!」

 

「……ジオ・ウエキ。魅音の所の三億円を、持っていたんです……!」

 

 

 彼の報告は、山田の寝惚けを吹き飛ばすのに十分なインパクトを持っていた。

 

 

「三億円!? ジオ・ウエキが!?……やっぱり、あの事故はフェイクだったんだ」

 

「……一から話すとキリが無いんですが……兎に角、伝えるべき所を伝えます! 我が救世主ッ!!」

 

「ランクアップ……!?」

 

 

 圭一の報告は耳を疑う内容の連続で、しかし山田にとって腑に落ちる所のある内容でもあった。

 同時に、想像以上のジオ・ウエキ……もとい、間宮浮恵の醸す狂気に戦慄する。

 

 

「……とんだサイコだな……ともあれ、三億円は無事なんですね」

 

「いつ高飛びするか分かりません……今日にも逃げちまうかも……俺たちが逃げたって知ったら、もっと早まるっす」

 

「私によりも、園崎に報告したら良いじゃないですか?」

 

「ジオ・ウエキの下には、雛じぇねがあるんです……なんかの拍子に村人が俺が園崎行った事喋ったら、気付かれていない今のチャンスを逃しちまう!」

 

「だから、私の所に?」

 

「そこの電話、使えるっすよね!? 山田さんから園崎家に、この事を報告してくださいよ!」

 

 

 とは言うが、山田はかなり難色を示す。

 

 

「……昨日一昨日、園崎家にいたんですけど……あの人たち、事実と証拠がないと動かないと思うんです。それに、ジオ・ウエキは工事現場……村で唯一、園崎が易々と入り込めない所と言うのは良く考えたとは思います。普通じゃ入らない所にいるって言っても、園崎家は動いてくれるかどうか……」

 

「三億が盗まれているのにですか!?」

 

「向こうは、そう思っていないんです。ジオ・ウエキの策略にはまっていて、三億円は燃えてなくなったと……園崎家、ダム建設に反対しているだけに、墓穴は掘りたくないハズです。間違いだったら、ただ建設現場に難癖付けて大暴れしただけになりますし」

 

「マジかよ……あ、なら……魅音なら聞いてくれるハズだ!」

 

「魅音さんだけでは無理です……多分、園崎家を丸っと動かすには、お婆さんの決定がないと……」

 

「……あー! じゃあどうすんだよーっ!!」

 

「………………」

 

 

 山田は少し考えて、考えて、考え抜くも、どうするべきか思い付けなかった。

 圭一たちの不在がバレるのは、まだ先だと思われる。浮恵に協力していた作業員はほんの一部だ。彼らにだって仕事はあるだろう。途中に抜け出して他の作業員に怪しまれるなんて事があれば、本末顛倒だ。

 

 

 早くて昼。今日中に終わらせなければなるまい。

 

 

「……てか、こんな時に上田、何処ほっつき歩いてんだ……」

 

「……あの、師匠」

 

「………………あ、私の事か。なんですか?」

 

「作業員に変装して、三億円を奪い返すってのどうっすか? それが無理でも、決定的な証拠を写真に撮るとか!」

 

 

 単純でリスキーだが、効果はある作戦だ。

 だが問題しかない。

 

 

「……誰が変装して潜入するんですか? 私は顔が割れていますし、園崎家にも頼れませんし……そもそも危険過ぎます。この話を聞いて『やってやろー!』って人、いるんですか?」

 

「上田先生は!? 上田先生はまだ、ジオ・ウエキらに顔が割れていませんよ!」

 

「……いえ、駄目です。あいつ、魅音さんと遊んでいる所を多分、見られています」

 

 

 大石を思い出す。あの男が知っている事を、村中にシンパを作っている浮恵が知らない訳がない。

 要注意人物として顔を覚えられている可能性は、明らかに高い。

 

 

「ど、どうするんすか……!」

 

「でも、その作戦は有りですね……村外の人間で、作業員らに顔を覚えられていなくて……あと、ガテン系って言っても信じられそうな、ムキムキ」

 

「ムキムキ……」

 

「………………ん?」

 

 

 外から聞こえる音に、山田は気が付いた。

 彼女にとっては、割と懐かしい音。

 

 

 シャッター音だ。誰かが近場で写真撮影をしているハズだ。

 

 

 

 

 

 山田の脳裏に、上田の話が蘇る。

 あれは罰ゲームを受けに、学校に向かっている最中の事。

 

 

「上田さん、どっか散歩してたんですか?」

 

「ああ。渓谷の方にある、鬼ヶ淵沼って所だ。火山の気配がしないとなると、ガスの発生源はその沼しかない……まぁ、見た感じ、下に火山があるって沼じゃなかったがな」

 

「そうだったんですか」

 

「どうだ? 暇があればYOUも一緒に行こうじゃないか。なかなか、綺麗な場所だったぞ? 男の友情も深められたッ!」

 

「一人じゃなかったんですか」

 

「『村外』から来たカメラマンと仲良くなった……聞いて驚け! 名前が俺と同じ、ジロウなんだ! 流石はジロウの名を冠す者……俺と同じ、『筋肉モリモリマッチョマン』の天才だ!」

 

「へえ」

 

「今度会ったら、お前にも紹介してやる。俺に『恩がある』し来てくれる……おおう!? 知恵先生ッ!!」

 

「ほうきあった」

 

 

 他愛もない話だった。

 

 

 

 

 

 それがまさか、こんな時に繋がるとは思わなかった。

 山田は驚く圭一を無視して家から飛び出し、辺りを見渡す。

 

 

 村の風景を撮る、一人の男。

 タンクトップ姿の、逞しい身体つき。

 

 

 速攻で間違いないと、繋がった。

 

 

「『ジロウの名を冠す者』ッ!!」

 

「え? へ!?」

 

 

 圭一も出て来るが、彼を知らないようで怪訝な顔つきだった。

 

 

「……どなたです? お師様……」

 

「だから、ジロウの名を冠す者ですよ!」

 

「あ、あの……誰でしょうか?」

 

「話は後です! ほら、こっち来いッ!!」

 

「うわっちょっとお!? やめ……あーっ! あーっ!!」

 

 

 家に引き込まれたその人物こそ、富竹ジロウだ。

 彼は毎年この村に来ていると言うが、村外からの作業員が多い工事現場内ならば、顔を知っている人間は少ないだろう。

 

 

「無名のカメラマンの顔を一々覚えている人間っていませんよ」

 

「妙案っすッ! 我が奇術師……ッ!」

 

「僕の意思はないんですか? あと無名って自覚していますけど、そう、ねぇ、言われると、僕にも効くモノありますよ?」

 

 

 彼へは、上田の事と園崎三億円事件、そしてジオ・ウエキの事と、全てを説明した。

 勿論、彼には作業員に化け、三億円の証拠を撮って貰う旨も。

 

 

「出来ますよね」

 

「あ、あのですねぇ! 僕はただのカメラマンです! す、す、スパイみたいな事は出来ませんよ!?」

 

「いや、バレませんって。カメラマンにしてはムキムキじゃないですか。寧ろカメラマンより、建設業って言った方が信じて貰えますって!」

 

「しかしですねぇ!」

 

「良いから、ピャーッと言ってピャーッと撮って来てくださいよ! 功績が知れたら、天井知らずの報酬が待ってます!」

 

「僕にはそんな事、とても……」

 

 

 机をバンッと叩く圭一。

 

 

「さっきから出来ない出来ないって……出来ないじゃねぇ、やるんだよッ!!」

 

「……のっぽさん?」

 

「のっぽさんは喋りませんよ師匠ッ!!……そうじゃなくて。なんでやる前からそんな消極的なんだ……!」

 

「いや、僕はだから、カメラマン……」

 

「無名だろッ!? それに彼女も連れずに田舎に一人……童貞なんだろッ!?」

 

「待ってくれ。その言葉は僕に効く」

 

「まだあんたは、男を魅せていないんだ……景色を魅せるのが、カメラマンなんだろ?……自分さえ魅せる事が出来ない男が、良い写真なんか撮れるもんかッ!!」

 

 

 よくもまぁそんな台詞が言えるなと、山田は呆然と圭一を見ていた。

 

 

「……今からあんたは被写体だ、魅せて欲しい……そして起死回生の一作品を撮る撮影者だ!……無茶な話とは思う。けどもう、これしかないんだ……!」

 

「………………」

 

「……俺はみんなの、幸せを守りたいんです……!」

 

「圭一さん……」

 

「…………よろしくお願いしまぁぁぁああすッ!!」

 

 

 鼻血でも出そうなほどヒートしている。

 ただその、真っ直ぐで骨っぽい言葉の数々は、同じ男の心に沁みるものがあったようだ。

 

 

 

「……前原……圭一くんだっけ」

 

「……はい」

 

「……そこまで真っ直ぐな人、なんだか久しぶりに出会ったような気がするよ」

 

 

 首からかけていたカメラを持ち上げる。

 

 

 

「……まぁ、上田教授には恩があるからね。やれるだけ、やってあげるよ」

 

 

 シャッターを切り、圭一の顔を撮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 工事現場前。

 そこにいるのは、山田一人。

 

 

 事前に合わせた作戦はこうだ。

 

 

「私がまた、ジオ・ウエキに会おうとする名目で工事現場に乗り込みます」

 

 

 

 一回深呼吸し、山田は堂々と搬入口に乗り込んだ。

 勿論、作業中の者たちが止めに入る。

 

 

「あんた! ここは立ち入り禁止だ!」

 

「ジオ・ウエキは今日も来ていないんですか?」

 

「そんなしょっちゅうはこねぇよ! ほら、出て行け!」

 

 

 門前払いを食らい、渋々帰ろうとする……フリをしてからまた、振り返る。

 

 

「……これも何かの縁です」

 

「あ?」

 

「……本物のマジシャンに、会った事はありますか?」

 

 

 山田は荷物を降ろし、そこでマジックショーを開演させた。

 

 

 

「ここに、四枚のカードがあります」

 

 

 裏を向けたままのカードを開き、四枚だと示す。

 

 

「絵柄は全て……」

 

 

 一枚目を捲ると、『クラブの六』。

 一枚目を下に戻し二枚目を捲ると、それもクラブの六。

 そのまま三枚四枚と一枚ずつ表を見せるが、全てクラブの六。

 

 

「私の持っているカードは全て、クラブの六です」

 

 

 しかしまた一枚目を捲ると、なんと『ハートのクイーン』になっていた。

 一枚目だけではない。二枚三枚四枚も全て、ハートのクイーン。

 

 

「どうなったんだ!? さっきは三つ葉だったじゃねえか!?」

 

「マジかよこりゃ……なんだ、ええ!?」

 

「ハートのクイーンでしたが、実は……」

 

 

 次は四枚全てが『ジョーカー』に変貌。

 山田の手はカードを捲って山に戻すだけの作業。何処かに隠し持っている素ぶりはない。

 

 

「次は、これを使います」

 

 

 手にしたのは、アメリカの『五ドル札』。

 表には『リンカーン』が描かれていた。

 

 

「これを折って行くと……」

 

 

 半分に折り、それをまた半分に、また半分に折り、小さな四角形にする。

 次はそれをまた広げて行くと、『聖徳太子』が描かれた『千円札』に早変わり。

 

 

 山田のマジックに、作業員らが手を叩き、湧き上がる。

 

 

 

 

「あと、もう一つ」

 

 

 取り出したのは、中央が凹んだコーラの缶。

 空き缶のようで、飲み口は既に開けられている。

 

 

「よっと」

 

 

 手の中に収め、何度か振った後、再び作業員らの前に現れた缶コーラは復活していた。

 しかも開いていたハズの飲み口が、開いていない。

 

 プシュッと開き、用意していたグラスに注ぐ。中身もキチンとある。

 このマジックのインパクトが一番強かったようで、皆の度肝を抜けたようだ。

 

 

「おお!? すげぇ!? 缶が戻った!?」

 

「どうしたんだおいおい!」

 

「この嬢ちゃん、すげぇぞ!!」

 

 

 山田のマジックを一目見ようと、いつの間にやら多くの作業員らが彼女を取り囲んでいた。

 この騒ぎを聞きつけた現場監督が、走って注意しに来る。

 

 

「あんたたちぃーっ! なぁにやってんのよ!! ほら、散りなさい! 散れ! 散れやバカタレどもがッ!!」

 

 

 三億円事件の協力者の一人。

 山田は一瞬キッと睨み付けるが、彼女からは何もしない。

 

 

「まぁたアンタなの!? ほら、早く出て行きなさぁい!! サイサイサイ!!」

 

「ウィーっす! おつかれさまでぃーっす!」

 

 

 抵抗も言い訳もせず、チャラ男口調ですんなり出て行く。

 やけにあっけない彼女を怪訝に思いつつも、現場監督も作業場に戻る。

 

 

 

 

 

 

 このマジックショーも作戦の一つだ。

 

 

「私が幾つかマジックをして、作業員らの目を盗みます。その隙に富野さんは」

 

「富竹です」

 

「こっそりと、現場に入り込んでください」

 

 

 

 

 

 マジックの技法、『ミスディレクション』。人々の注意を、本命から逸らすマジックの基礎。

 富竹は上手く、作業員らに気付かれずに搬入口から忍び込んだ。

 停められたトラックを遮蔽物として隠れ、三億円が隠されていると言う作業員小屋に入る。

 

 

 

「小屋にはツナギとかヘルメットもあるハズですし、バレない為に変装してください。あとは三億円を探して、写真に収めて欲しいです。持ち逃げしようとする所を奴らに見られたら危険ですので」

 

「カメラは『インスタントカメラ』にするよ。これなら小さいから、ポケットに忍ばせられる」

 

「小屋に無かったらどうするんすか……?」

 

「それでも現場内にあるハズです。三億円が無くても、ジオ・ウエキを中で撮っても立派な証拠です」

 

 

 

 

 

 小屋の中は誰もいない。

 急いで富竹は掛けてあったツナギを纏い、ヘルメットを被る。

 

 

「汗クサっ!」

 

 

 つぅんと立つ臭いに顔を歪めつつ、小屋の中で三億円を探す。

 簡易ロッカーの中、持ち込まれた雑誌の下、天井にかけられた荷物置きなど、目に付く場所は探し回った。

 

 

「無いか……そりゃ、他の作業員が出入りする小屋には置けないか」

 

 

 捜索を諦め、ジオ・ウエキを探そうと小屋を出る。

 出来るだけヘルメットを目深に被り、顔を見られないようにする。万が一に自分の顔を知る者がいるかもしれないし、仲間の顔を覚えている人間ならば見覚えない自分を怪しむだろう。

 

 

 身体つきが逞しいお陰か、作業員らは普通に通り過ぎる。

 行動に注意しながら、彼は一人の人間を探す。

 

 

「……いた」

 

 

 現場監督だ。彼がジオ・ウエキに近い人間。

 作業員に指示を飛ばし、暑苦しい顔を更に暑苦しくさせていた。

 

 

 現場監督が何かの拍子に、彼女に会いに行くのを待つだけ。

 しかしそのチャンスはすぐに訪れる。

 

 

 

 一人の作業員が現場監督に近付き、耳打ちで何かを告げる。

 すると彼はその作業員と共に、奥へと歩き出す。

 

 

 来た。

 富竹は一定の距離を置きながら、尾行を開始した。

 

 

 彼の行く先は、摩天楼のように聳え立つ、鉄骨とコンクリートの山。

 まるで城塞。富竹はゴクリと生唾を飲み、緊張しながらも不自然な行動をしないよう細心の注意を払い、尾け続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い。

 何もない。

 聞き飽きた、ひぐらしの声だけ。

 

 

 部屋の隅で、ぼんやりと座る梨花の姿があった。

 

 

 

 

 

 やっぱり、期待し過ぎてはいけない。

 

 

「……そんなの分かっているわよ」

 

 

 あの二人が好転を呼ぶ確証はない。

 

 

「分かっている」

 

 

 次を考えなければまた、同じ結末だ。

 

 

「……分かっているってばぁッ!!」

 

 

 傍らにあった枕を取り、投げようとした。

 しかし、寸前に止めた。

 その枕は、一昨日まで沙都子が使っていた物。

 

 

 

 怒りに任せて投げようとしたそれを、抱き締めた。

 あの日、二人で使った上田の石鹸の匂い。

 

 

「………………」

 

 

 これからどうするつもりか。

 

 

「……分かんないわよ」

 

 

 このまま塞ぎ込むのか。

 

 

「分かんないって」

 

 

 もうああなっては、沙都子は……

 

 

 

 

「……分かんないって言ってんでしょ……!!」

 

 

 涙が溢れる。

 もう何時間、流しただろうか。

 枯れるのを待つように泣いていたが、涙は止め処なく。

 泣き慣れているハズなのに、涙は枯れない。

 

 永遠に永遠に。

 

 

「………………」

 

 

 ずっと沙都子の顔が、脳裏にチラつく。

 彼女もまた、壮絶な過去を背負って来た者。

 同じく親を亡くし、辛い毎日を送った事もあった者。

 境遇が似ていたから、二人身を寄せ合って暮らせた。

 

 

 

 暗闇を照らす、光のような存在。

 そんな風に、ずっと思って来た……とは言えない。

 失ってやっと、寂しさに気付いただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ひぐらしの声が泣き止まない。

 耳を塞ぎ、全てを遮断しようとした。

 

 

 だがその手は止まる。

 窓ガラスを叩く、音。

 

 風かと思ったが、それは何度も何度も、しつこく続く。

 

 

 

「……なに?」

 

 

 

 ふらつく足で窓まで。

 閉めていたカーテンを開く。

 入り込んだ太陽光で、視界がホワイトアウト。

 

 

 

 

 

 明かりに慣れた網膜が次に捉えたのは、眼鏡をかけた、乱れた髪の見慣れた男。

 ここは二階、またハシゴをかけてやって来た。

 

 

 馬鹿らしくなってまたカーテンを閉めようとする。

 だが、彼の、真面目な表情を見て、自分でも不思議な事に窓を開けていた。

 

 

 

 

 

 

 上田次郎が、叫ぶように言う。

 

 

 

「梨花ッ! 身支度をしろッ!……沙都子を助けに行くぞ!!」

 

 

 新たな光だ。

 不意にそう、思ってしまった。




のっぽさんは『できるかな』で喋ったのは最終回の一度きり。しかもアドリブ。
その反響は大きく、できるかなを見て育った大人が彼を見て、涙を流したらしいです。


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群像劇

どう言う訳か現在ニコニコ動画で、『ひぐらしのなく頃に 解』が一挙放送中です。


 学校に来た魅音は、驚いた。

 圭一、レナ、梨花、沙都子。部活のメンバーが、全員欠席していたからだ。

 知恵先生に聞いてもみたが、無断欠席らしい。

 唯一連絡の取れた、圭一の両親によれば、昨夜から行方不明となっており、警察に相談する予定との事だ。

 

 

 胸騒ぎがする。

 

 全員がいないなんて、こんな事は初めてだ。

 

 

 

 昼休みの時間。彼女は他の生徒たちが校庭で遊ぶ中で一人、校門前にいた。

 

 

「……どうしたんだろ」

 

 

 とても寂しい。

 そしてとても心配。

 自分の知らない所で何かが起きた気がして、居ても立っても居られない。

 

 このまま学校を抜け出し、一人一人の家を回ろうとも考えた。

 考えただけではない、実際にそうしようと、身体が前へ進み出す。

 

 

 

 

「はいストップ」

 

 

 

 後ろ手に引かれ、止められた。

 先生か、他の生徒か。しかし声音はその誰でもなく、意外な人物。

 

 

 双子の妹、詩音だ。

 

 

「し、詩音……」

 

「はろろ〜ん、オネェ。元気?」

 

「何でこんな時間に……? バイトじゃないの?」

 

「緊急事態につき、抜け出して来ました」

 

「えぇ……」

 

 

 微笑み顔だった詩音は、スッと神妙な顔付きに変わった。

 

 

「……北条鉄平が帰って来て、沙都子を連れてったらしいよ」

 

「え!? な、なんで……!? なんで帰って来てんの!?」

 

「大方、北条家の資産目当てだと思う……自分たちがあれほど、使いまくった癖に……」

 

 

 彼女の表情に、怒りが滲み始めた。

 何故なのかは魅音は知っている。詩音は、鉄平を恨んでいた。

 

 

「誰から聞いたの、それ……」

 

「……葛西。ウチにパフェ食べに来ていてね……上田先生が、沙都子を助けたくて屋敷に行ったそうよ?」

 

「う、上田先生が!? そんな……」

 

「……聞き入れて貰えなかったそうだけど。ホント、変わらないね……あの鬼婆さんは」

 

 

 葛西の報告を聞き、わざわざ魅音に伝える為だけにバイトを抜け、ここに来たのか。

 詩音は一見して大人しそうだが、こう見えて自分と似た所がある。

 思ったことは絶対だと考えて、だから絶対に止まらない。ある種、園崎の血筋らしい。

 

 一刻も早く、伝えたかったのだろうか。

 

 

「……詩音さ」

 

「………………」

 

「……行くつもりなんでしょ。沙都子の家に」

 

 

 いや、乗り込むつもりだ。

 魅音はサッと、見抜いた。

 

 詩音は北条家の事になると、見境がない。『一年前のように』。

 

 

「……一発殴って、沙都子を連れ出そうかなってね」

 

「凶暴過ぎない?」

 

「……ほんと。なんであんなクズじゃなくて……『悟史』くんが……」

 

「詩音……早まっちゃ駄目」

 

「………………」

 

「……私の所に来たのは、クールダウンしたかったから?」

 

 

 ふいっと目線を逸らす。

 いつもは詩音に振り回されてばかりだが、こういう時の詩音はとても分かりやすい。

 

 

「……オネェ。どうしたら……沙都子が助けられると思う……?」

 

「や、役場に言うとか……?」

 

「無理でしょ」

 

 

 分かっている。

 園崎が北条を敵視する以上、役場も似たような風だ。

 

 

「あのクズをどうにか消せないかな……って、ここに来るまで考えていて」

 

「………………」

 

「……あいつのせいで……そればっかグルグルしていて」

 

「………………」

 

「……今度は……沙都子がいなくなっちゃうかもって思って……あはは……やっと仲良くなれたのに」

 

 

 あまりに、運がない。気運に見放され、突き放され、大気圏へ吹き飛んだ。

 今の彼女は星々を羨む、暗闇に浮かんだアストロノーツだ。

 

 地球に帰れなくなった、孤独な人。故郷に戻れても、彼女の心は帰れない。

 

 

「……ねぇ……オネェ……良い案はないの?」

 

「そんなすぐ、思い付けないよ……私……あの……頭悪いし……さ……」

 

「……このままバット持って行くのもアリじゃない? あいつの死んだ嫁みたいにして」

 

「落ち着いて、詩音!」

 

「落ち着いてるよ。オネェの所に一回寄っただけでも褒めて欲しいな」

 

 

 魅音にとって幸運だったのは、彼女の怒りが張り切ってくれた事か、ベクトルが違ってくれた事か。

 今の詩音にあるのは怒りより、呆れが勝っていた。だから落ち着けている。

 

 それもそうだ。一年間放ったらかしにしていた姪へ、金目的に親権を主張し出す身勝手なクズ。

 ほとほと呆れ返る。村から逃げた癖にと、そう思うのも無理はない。

 

 

 しかしそれでも、沙都子への心配は強い。

 魅音は胸中に渦巻く不安や不愉快、そして気鬱の感情に戸惑っていた。

 どうすれば良い、どうなれば良い。

 そればっかりが頭を巡る。もしかしたら、詩音より混乱しているかもしれない。

 

 

 

 

「噂じゃ、相当コソコソ隠れて悪どい事してたみたいじゃん。なんで……あんな奴ばっか……」

 

 

 

 

 詩音の恨み節。

 その一言が、混乱の霧を払いのけた。

 

 

 

「…………オネェ」

 

「うん?」

 

「……お願いがあるんだ」

 

「……なにか思いついたの?」

 

「うん」

 

 

 真っ直ぐ、詩音を見つめる。

 

 

「……沙都子を助ける方法」

 

 

 この時ばかりは、『園崎の名をかなぐり捨てる覚悟』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、山田と圭一は、富竹が帰って来るまで寛いでいた。

 

 

「……大丈夫っすかね?」

 

「大丈夫でしょ。なんか凄い自信でしたし」

 

「それより主人!」

 

「まだ肩書きつけるのか」

 

「あの、三つのマジックって、どうやったんですか!?」

 

 

 作業員らの囮になるに辺り披露した、三つのマジック。

 それらの種明しをしてやる事に。

 

 

 

 

「まず一つ目。同じ絵柄だった四枚のカードが、四枚とも変化するマジックですけど……実は四枚とも、別々のカードなんです」

 

 

 上からクラブの五、ハートのクイーン、スペードの八、ジョーカーの順番に重ねたカード。

 

 

「一枚目のカードを見せている隙に、残り三枚の一番下をこう、弛ませて薬指で開けるんです。見せたカードは、一番下に入れる振りをして……下から二枚目に差し込みます」

 

 

 引き抜いたクラブの五を、ジョーカーの前に入れる。

 

 

「あとは上の一枚を抜く振りをして……三枚重ねて同時に引くんです。そしたら相手には、二枚目のカードを引いて、それがクラブの五って錯覚させられます。次は三枚ともをひっくり返し、上の一枚……つまりハートのクイーンだけを下にすれば、クラブの五は一つ上がって二枚目に来るので、同じ要領でひっくり返せば良いだけです」

 

 

 あとはそれを繰り返して、ハートのクイーンに化けさせたり、ジョーカーに化けさせたりするだけ。

 

 

 

 

 

 

 

「お札の変化マジック……これは本当に簡単です」

 

 

 マジックに使った五ドル札を見せる。

 後ろにひっくり返せば、すでに折り畳まれた千円札が貼り付けられていた。

 

 

「五ドル札を折り畳んで、後ろの千円札と同じ形にする。あとはこっそり返して、この貼り付けていた千円札を開くだけ」

 

 

 リンカーンが、聖徳太子に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後は缶コーラの復活マジック。これは圭一も興奮していた。

 

 

 

「缶コーラは、元から開けていないんです。軽く糊付けしていた、黒い紙を飲み口に貼って開いているようにみせていただけです」

 

 

 缶の側面に穴を開け、缶を潰しながら中身を抜く。

 ある程度ベコベコになったら、穴を赤いテープで塞ぐ。これで空き缶に見せられる。

 

 

「後はこれを振ると、残ったコーラの炭酸が内側から缶を押して、凹みが無くなるんです。グラスを用意して残ったコーラを出してやれば、さも缶コーラの時間が巻き戻ったように見える仕掛けです」

 

「すげぇすげぇ……!!」

 

「ジオ・ウエキには一回騙されかけましたからね。同じ缶のマジックを披露してやりました」

 

「一生付いて行きます! 嗚呼、女神様ッ!!」

 

「……いつか変な宗教にハマりそうだなこの人」

 

 

 圭一の将来を少し心配しながら、山田は「あっ」と思い出す。

 

 

「そう言えば、レナさんは? レナさんも一緒に捕まっていたんですよね?」

 

「逃げたんですけど……途中で、親父さんに婚約者の正体を教えるって言って別れました。そのまま自宅に隠れるつもりだそうで」

 

「美人局か……えっぐい事するなぁ。しかもジオ・ウエキの妹……私の方が美人に決まってるだろ!」

 

「我が主はスレンダーでクールっす!」

 

「…………それ喧嘩売ってんのか?」

 

 

 マジックに使ったコーラを飲みながら、彼は居心地悪そうに目を逸らした。

 その先にある時計を眺める。もう正午を過ぎた。

 

 

「……時間の進みが早く感じましたね」

 

「……私も昨日の今日でだいぶ濃い時間を過ごした気がする……寝足りないぃ」

 

「……御山田様」

 

「なんだその呼び方」

 

 

 圭一は、ずっと抱えていた疑問を、彼女に聞く事にした。

 

 

 

 

「……あの。『鬼隠し』……何か知っているんですか? だったら……教えて欲しいです」

 

 

 魅音から口止めされている、禁句。

 それを一対一の室内で問われ、山田は困惑してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで時間は、少し戻る。

 圭一と別れ、自宅へ向かうレナ。

 家は電気が点いており、不在では無いようだ。

 だが家にいるのは父親だけとは限らない。恐る恐る、扉を開け、リナこと律子がいないか慎重に侵入する。

 

 

 居間からドタバタと、忙しない音が聞こえる。

 大勢ではなく、一人だけのもの。

 

 

 襖を少しだけ開けて、覗く。

 父親だった。

 

 

「お父さん……!!」

 

 

 居間に入り、事の真相を彼へ教えてあげようと父を呼んだ。

 だが次に言うべき律子の正体は、喉につっかえてしまう。

 

 

 

 父親は、必死の形相で、身支度を整えていたからだ。

 

 

「礼奈……!!」

 

「その、お父さんごめんなさい……聞いて欲しい事が」

 

「それより礼奈ッ!!」

 

 

「それより」。一晩消えていた娘への心配は、無いのか。

 その違和感が、レナを愕然とさせた。

 

 

「お父さん……?」

 

「すぐに支度するんだ!……リナさんが、園崎に狙われているらしいんだ……!」

 

「…………え?」

 

「早くッ!! この村から出るんだッ!!」

 

 

 

 言っている意味が一瞬だけ、理解出来なかった。

 父の話を理解出来なかったのは、これが初めてかもしれない。

 

 

 彼はレナより、律子を優先している。

 

 

 

「……お父さん……!?」

 

「リナさんは今、二階に隠れている……! 良いかい? 園崎の人が来ても彼女の事は……」

 

「お父さん、聞いて……!!」

 

「さあ、早くッ!! 車に荷物を!!」

 

「聞いてッ!!」

 

 

 レナの叫び。

 やっと父親の、手が止まった。

 

 

 

 レナは震える口で、律子の正体を暴露する。

 

 

「あの人は……お父さんの事を愛していない……! あの人はお父さんを騙そうとしているんだよ!?」

 

 

 やっと告げられた。

 だが、父親は形相を厳しくさせ、レナへ詰め寄る。

 

 信じていない。実の娘を。

 

 

「……礼奈。お前は何を言っているんだ……!?」

 

 

 憤怒し、語気を強め、震えた声。

 レナの脳裏に、フラッシュバックする。

 

 

 

 離婚の原因は、母親の浮気だった。

 その浮気相手の事を知っていながら、父親に黙っていたのはレナだ。

 

 その事を問い詰められた時のようだ。あの時も父親は、こんな顔をして、レナを殴った。

 

 

 

 恐怖が湧き上がる。言わなきゃ良かったと、妙な後悔まで。

 押し黙ってしまった隙に、父親はレナの肩を強く掴んだ。

 

 

 

「リナさんに騙されている……!? こんな時に、何言っているんだ……!!」

 

「ぅ……うう……ッ……!!」

 

「お前がリナさんに懐いていないのは聞いていた……けど、彼女の命が危ない時に……!」

 

「…………ッ!!」

 

「……そうか……また、お前は壊すのか……!?」

 

「ッ!?」

 

 

 心臓が痛い。

 

 

 

「ああ、そうなんだな……お前は前からそうなんだな!」

 

 

 握られている肩が痛い。

 

 

 

 

「……お前なんか……! こうなるんだったら、あっちの方に行っていれば……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 彼の言葉が、レナの心を抉った。

 

 抉って抉って抉って、底の底まで到達した。

 ヒビ割れたようにも、まるで掘り返したようにも。

 ただ奥まで行く途中、今までの事が走馬灯のように巡っていた。

 

 

 幸せも、間違いも、『嫌な事』も、『良い事』も。

 

 

 

 

 

 深奥にあったモヤモヤが、抉った穴から噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァン。

 

 気付けば、父親の手を引き剥がし、頰へ平手をぶつけていた。

 

 

 

「……ッ!?」

 

「…………!!」

 

「…………礼奈……!?」

 

 

 真っ直ぐ合わせた視線と視界。

 目と目、顔と顔。

 

 レナは大粒の涙を流していた。

 そしてやっと気付けた。その顔は酷く汚れ、その服は酷く寄れて、クシャクシャに歪んだ泣き顔を。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 彼女の言葉は、謝罪だった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

 涙を拭う事はしない。

 流れ落ちるまま。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい…!!」

 

 

 

 一、二歩、後退り。自分でも何をしたのか分かっておらず、混乱していた。

 

 

「……礼奈……?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」

 

 

 とうとうレナは駆け出し、家から出て行く。

 

 

「礼奈ぁッ!!」

 

 

 父親が急いで彼女を呼び止める。

 だが彼女はもう遠くまで、行っていた。

 

 

 

 

 

 階段を降りる音。

 

 

「……ね、ねぇ! もう準備は良いでしょっ!?」

 

 

 隠れていた律子だ。玄関先で呆然と立ち尽くす、彼の後ろ姿を鬱陶しく思う。

 

 

「………………」

 

「早く車出してよぉ……!! 私、殺される……!!」

 

「………………」

 

「ちょっと!? 聞いてんのッ!?」

 

 

 叩かれた頰を、触る。

 そして思い出した。

 

 

 

 自分は礼奈を殴った。怒りに任せて、殴った。

 その時も、彼女は泣いていた。

 何度も何度も謝って、泣いていた。

 

 

 後悔したハズだった。

 何もなくなってしまう自分に、彼女はずっと寄り添ってくれたじゃないか。

 いつの間にか礼奈の幸せの為を、願い始めていたではないか。

 

 

 

 今、自分は何をしていた。

 また礼奈を……自分の娘を、支えを、泣かした。

 信じてやれず、出て行くその手を掴めずに。

 

 

 

 

 

 律子が彼の背中を揺さぶる。

 

 

「早くぅ……!! 死にたくないのぉ……!!」

 

 

 

 彼はくるりと、振り返る。

 そして一つの質問をした。

 

 

 

 

 

「……君の正体は、誰なんだ?」

 

 

 

 律子の目が、丸くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梨花と再会した上田。

 彼女へ手を差し伸べる。

 

 

「ほら、行くぞッ!! 沙都子にはお前が必要なんだ!」

 

 

 その手を梨花は、なかなか掴めないでいた。

 

 

「何やってんだ!」

 

「……それはこっちの台詞なのです。園崎家に頼めたのですか……?」

 

「うっ……そ、それは……あ、ああ! な、何とか便宜を図れたよ!!」

 

 

 嘘だ。

 

 

「上田は信用出来ないのです」

 

「……!? い、いや、本当なんだ! もう役所には話を」

 

「……もう良いのです」

 

 

 暗闇にまた沈もうとする梨花。

 上田は少し躊躇し、戸惑い、でも彼女の腕を後ろから掴んでいた。

 

 

「分かった分かった! 嘘だ! 園崎家の協力は無理だった……!!」

 

「……離せ」

 

「へ?」

 

「離せッ!!」

 

 

 無理やり彼の手を引き剥がす。

 梨花の目にあるのは、強い失望と諦念だ。しかしそれに勝る、上田への怒り。

 

 こいつは何で現れた、何で安い希望を口に出来た。嘘つきも大概にしろ。

 

 

 

 

 頭に噴き出た罵倒の数々。

 それを吐き出そうとした途端、剥がした彼の手がまた、梨花を掴んだ。

 

 

 

 

「待ってくれッ!! 聞けッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 今度は引き剥がされないよう、肩を掴む。

 そして目を合わせた。

 

 

「まだ、方法はある……! それは、沙都子自身の『証言』だ……!!」

 

「……沙都子の?」

 

「ああ! この時代でも、児童虐待を防止する法律はあるんだ……!! 園崎がいるんなら、鹿骨市から出れば良いッ!! 何処か、県内の家庭裁判所か福祉相談所に彼女が証言すれば、法律が守ってくれる! 裁判でも良い! 弁護士でも……なんなら、俺が代理人になって提訴してやるッ!!」

 

「…………本当に上手く行くのですか?」

 

「親権を主張していようが、虐待する奴に子供が預けられるかッ! 親権の停止と隔離を訴えるんだ……だが、それには沙都子自身の……被害者の証言がいる……そこまでしないと、動いてくれないんだ……!」

 

 

 この時代にも、『児童福祉法』と言うものがあった。

 これは現在に比べ、機能性が全く無い法律とも言われている。事実、家庭裁判所の申告方法が分からない児童福祉士がいたほどだ。

 

 だが、法律は存在している。上手く使えば、問題なく鉄平から沙都子を引き剥がせる。

 ならば通常の裁判と同じく、証人を作る事だ。

 

 

「……沙都子を連れ出すぞ……!」

 

 

 

 上田の説明を聞いても尚、梨花はまだ暗い表情のまま。

 

 

「……沙都子は、過去に罪を感じているのです」

 

「…………なに?」

 

「……その罪は、自分のせいだって……だから沙都子は甘えず、生きて行けるように……茨の道を望んだのです」

 

「………………」

 

「……沙都子は鉄平に尽くす事を、望んでしまったのです……もう、誰の言葉も届かない……」

 

「本当に届かないと思っているのか?」

 

「…………どう言う意味なのですか」

 

 

 上田の瞳は、真っ直ぐ澄んでいた。

 

 

 

「沙都子は今、迷っているハズだろッ!……今の生活よりも、君との生活の方が楽しかったハズなんだろ!!……部活で遊んで、変な罠仕掛けて、高飛車気取って変な口調だし、しかも野菜は堂々と食べないッ!!」

 

「………………」

 

「……今分かった。あの子は、『認めて欲しかった』んだ……愛されたかったんだ……君は間違いなく、そして今も沙都子を思っていてくれている!……君は、沙都子の『光』だったんだよ……!!」

 

 

 そこでやっと、梨花の目が見開かれた。

 目覚めのようだった。

 

 

「……僕が、沙都子の……?」

 

「君とずっと暮らして来たのは、楽しかったからだろ。同時に君も楽しかった……居心地が良かった。今も塞ぎ込んでいるのは、それほど沙都子との生活が楽しかったと言う証……自明の理だろうがッ!」

 

「でも……」

 

「ここまで言っても分からんのなら、結論を言ってやるッ! よく聞きやがれガキンチョ!!…………君は沙都子にとっての『未練』だ……同じ境遇で暮らして来たんだろ?……君が一番、沙都子に近かったんだろ!……沙都子の心を、引き出せるのは俺や、誰よりも、君だけなんだッ!!」

 

 

 喋り倒し、ゼェゼェと息切れする。

 疲れて、やっと梨花から手を離した。

 

 

 瞬間、彼女は上田を押す。

 

 

「ガキンチョは余計なのです!!」

 

「㍌㍖!?」

 

 

 昨夜と同様、ハシゴを滑り落ちる。

 地面に平伏し、呆然としていると、玄関から梨花が出て来た。

 

 

「下、開いていたのですよ」

 

「……なに?」

 

「わざわざハシゴ使うとか、覗き魔なのですか? 流石は天災むっつり学者なのです」

 

「だから天っ才物理学者と言ってんだろがッ!!」

 

 

 上田の叱りつけに対し、梨花は微笑んだ。

 次にはお互いに、見つめ合う。

 

 

 

「……さあ。沙都子の所に行くのです」

 

「……はん! 最初っからそう言えってんだ! この天っ才物理学者上田次郎が直々に動いてやるって言っているのに!」

 

 

 立ち上がる上田。

 乱れた服を整え、素直じゃない拗ねた顔。その表情が少し、頼もしく見えた。

 

 

 

「案内してくれ」

 

 

 拝殿の方へ先に行く上田。

 その後を付いて行こうとした時に、一度梨花は振り返る。

 

 

 

 

 

 信じるのか。

 

 

「……一回だけでも、良いでしょ」

 

 

 

 彼女も駆け出す。

 かけがえのない親友を救う為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場監督を尾けていた富竹。

 鉄橋を登り、ダムの上へ向かう。

 

 

「……上にいるのか?」

 

 

 作業員らの数は段々と減って行く。

 バレないよう一定の距離を保ちながら、尾行を続けた。

 

 

 

 

 

 しかしそこで、問題に気付いた。

 自分の後ろに、もう一人の作業員が近付いている事に。

 

 

「…………!」

 

 

 しまったと、肝が冷えた。

 明らかに進む方向は同じかつ、工事作業をすると言った様子には見えない。

 バレた。

 

 

 どうしようか思考を巡らす内に、その作業員は富竹の肩を掴む。

 

 

 

「おい」

 

「…………!」

 

 

 

 

 こうなれば攻撃もやむを得ない。

 そう考え臨戦態勢を取ろうとした彼だが、寸前に止まる。

 

 

 

「早く行けよ。三億だぜ?」

 

「…………え?」

 

「ほら! 早く!」

 

「え? あ、そ、そーっすね!」

 

 

 

 バレていない所か、仲間に間違えられている。

 

 

 

 

 

「……僕って……カメラマンより……こっち系なのか……?」

 

 

 自身のアイデンティティの崩壊に苦しみながら、上へ上へと昇って行く。

 太陽はすでに西へ落ちる。



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悪怯れ

 午後の授業が始まる。

 机に肘付き、遠い空を窓から眺める魅音。

 

 雲が近く、空が低い。目を離せば落ちて来てしまいそうだ。

 夏の陽に輝いて、山は深緑を映えさせた。

 

 教室は暑く、窓が開けられている。

 蝉時雨が飛び込み、村は広いジオラマ。

 

 一人ごちに見渡し、ちょっとだけ乱れた頭の中を整理。

 ただ目線は空ではなく、地に向かう。

 

 

 

 消えた者が、ひょっこり歩いていそうで。

 夏の幻想がまた、夢を見せてくれそうで。

 

 

 

「コラっ」

 

 

 頭をバサっと、教科書で叩かれ気が戻る。

 顰めっ面の知恵先生だ。

 

 

「授業中ですよ」

 

「……た、たはは……いやぁ、ごめんなさいです」

 

「……はあ。心配なのは分かります」

 

 

 部活メンバーが魅音以外欠席、しかも圭一に至っては消息不明。

 部長である彼女、先生以上に心配しているとは気付いてはいる。

 

 

「……また先生がみんなの家を周りますから。だからほら、元気出して?」

 

「いやいや、大丈夫大丈夫! おじさんはメンバーを信じているってば」

 

「……そう? それじゃ、前を見て、次の問題解いてくれます?」

 

「そ、それは遠慮したいかな〜……なんて?」

 

 

 結局答える事になり、嫌々ながらも席を立つ。

 

 

 席を立ち、もう一度だけ窓の外を眺める。

 

 ひたすら信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の診察が終わり、夕方まで休憩だ。

 淹れたコーヒーを飲み、逸る気持ちを抑えつける。

 

 

「……沙都子ちゃん……」

 

 

 入江は所内から、空を見上げる。

 誰もいない待合室に座り、上田が沙都子を連れ、ここに来るその時を待つ。

 

 

 約束した。

 沙都子を助け出せたら、真っ先にここに連れてくると。

 傷付いた彼女を診察してもらうと。

 

 

 だからそれまで、彼は待っていた。

 笑顔の沙都子がやって来るまで。

 

 

 

「……入江先生」

 

「おお!?」

 

 

 集中していた為、背後にいた鷹野に気付かなかった。

 驚きで身体が跳ね、立ち上がった拍子にコーヒーをこぼしてしまう。

 白衣の為、染みが目立つ。

 

 

「うわわ!? やった!?」

 

「あぁ……もう、何しているの!」

 

「す、すいません! あぁ、僕がやりますんで!」

 

 

 ハンカチを取り出し、染みを拭う。

 そんな彼へ呆れながらも、鷹野は告げる。

 

 

 

「仕事の方も、気にして欲しいわね」

 

「………………」

 

「楽しんでばかりはいられないのよ? 時間はないんだから」

 

「……分かっています」

 

 

 思わせ振りに微笑み、彼女は診療所の奥へ。

 一人残された入江は、唇を噛み、また座り込んだ。

 

 

 染みのついた白衣を脱ぐ。

 真っ白のものなんか、この世に無いのだろうか。

 

 

 ただ入江は、今は、ひたすら信じるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こっちなのです!」

 

 

 神社から暫く歩き、上田と梨花は北条家前へ。

 雛見沢村に於いて有力な家系だったともあり、なかなか大きな家だ。

 

 

 上田は到着したと同時に颯爽と飛び込み、戸を叩く。

 

 

「沙都子!! いるなら出てきてくれッ!! 俺が来たぞー!」

 

「沙都子! 出て来て欲しいのです!!」

 

 

 二人の必死の呼び掛け。

 鉄平が出て来たのなら対処すると上田が言った為、恐れる事なく声を出せた。

 

 

 

 何度も何度も、「沙都子」と叫ぶ。

 暫くすると内側から、廊下を歩く音が聞こえ、それが玄関先まで近付いて、戸を開く。

 

 

 

 現れたのは、

 

 

 

 

「沙都子……!」

 

 

 

 変わり果てた、彼女の姿。

 前に見た快活さは顔から面影と共に消え失せ、濁った目と悪い顔色と、暗い影を落としていた。

 

 

 だが、梨花と上田の姿を見て、目に少し、闇夜の中の蝋燭のようだが、微かな光が宿る。

 

 

「梨花に……上田先生……!?」

 

「なんてこった……! おい、大丈夫か!? ほら、野菜を食べないからそうなっちまうんだ! 完全に貧血の見た目だ!」

 

 

 沙都子の憎まれ口を期待したが、出て来たのはか細い謝罪だった。

 

 

「……ごめんなさい……」

 

「…………なんで謝るのですか?」

 

「……もう、そっちに帰れませんの……」

 

「沙都子?」

 

「……お声掛けが遅れました。私はこっちに暮らしますわ」

 

「………………」

 

 

 ああ、やっぱりそうだと、梨花の心にまた諦念が燻り始めた。

 だが、それを意思の力で払う。

 もう後悔したくない、間違えたくない、見殺しになんかしたくない。

 

 

 梨花はこの日、自分に素直になる。

 

 

「もう……良いのですよ……」

 

「……え?」

 

「……どうして……自分にばかり罰を与えようとするのですか」

 

「梨花、私はそんな……平気ですわ。こっちのでの生活も、悪くはありません」

 

「嘘つきは上田で十分なのですッ!!」

 

「おう!?」

 

 

 不意打ちに驚く上田を余所に、梨花は大きな声で捲したてる。

 自分でも、こんなに話せたんだと思うほどに、言葉や沙都子との思い出が、連々と舌から放たれた。

 

 

「っ!?」

 

「沙都子はずっと、頑張って来たのですよ! 頑張って頑張って、頑張り続けて……僕はそんな沙都子の強さに憧れているのです!!」

 

「……私はちっぽけで、弱いですわ」

 

「口だけのビビリむっつり学者の方が弱いのですッ!!」

 

「……おかしい。なんで俺がディスられなきゃいけないんだ……」

 

 

 

 

 ここから流れるは、思いの軌跡。

 ずっとずっと抱いて来た、思いの総集編。

 

 

「沙都子は確かにお野菜苦手だし、その癖に得意料理は野菜炒めだけだし、泣き虫だし、洗濯物は生乾き、お茶は渋い!!」

 

 

 空に浮かぶ雲のように当たり前に感じていたのに、まるで違った世界のようだ。

 梨花の心に、一点の曇りはない。

 

 

「でも……でも……すぐに笑って、精一杯……僕を手を引いて歩いてくれるのです……」

 

 

 晴れ渡り、夏の始まりを予感させる、大きな入道雲。

 それを一緒に眺めて来たのだろ。

 

 

 

 

「……沙都子がいないと駄目なんです……僕、朝が起きれないのです……」

 

「梨花……?」

 

「……そうなのです。いつも僕より早く起きて、朝食を準備して……僕の手を引いて、暗い部屋から朝日に連れ出してくれるのです」

 

 

 思い出が巡れば巡るほど、涙が溢れ出す。

 その『思い出』は一年、二年、三年、四年五年六年……ずっとずっと、連続して行く。

 先に行けば行くほど記憶は断片的。だけど、それを必死に掻き集める。

 

 

「……僕は……ううん……『私』は沙都子を見て来た。だから知っている……貴女の苦しみや、辛さ」

 

 

 口調が変わった。無意識だった。

 彼女の変貌に、沙都子は驚き顔を見せる。

 

 

「でも挫けなかった。喪失も苦難も、貴女はそれを抱えて歩いて来た。でも、抱えるには重過ぎて……いつしか、その重さを罪だと思ってしまった」

 

「……ッ!」

 

「……貴女の過去は決して、貴女のせいじゃない……すぐにはそう考えられない、認められなくても良い。ならせめて、貴女の悲しみを……私にも抱えさせて欲しい」

 

 

 目を背けたのは、沙都子の無意識の罪だ。

 梨花はそれを許さない。彼女に近付き、顔を押さえ、無理やり目を合わせる。

 

 

「沙都子……! 親友じゃない……? 私にもその苦しみを、抱えさせてよ……一緒にまた……みんなと遊びましょうよ……」

 

 

 声が震え、次第に喉に力が入って行く。

 固まった喉からは声は出ず、か細い嗚咽。泣き出してしまった。

 

 

 

 呆然と彼女を見るだけの沙都子に、黙って見ていた上田が続ける。

 

 

 

「……沙都子。『強い』ってのは、我慢する事じゃない……過去を忘れる事でも、罰を受け続ける事でもない。抱えながらも、歩んで行く……『それでも幸せに生きるんだ』って、顔を上げられる事なんだ!……幸せを求める事は、絶対に罪ではない」

 

「私は……」

 

「……幸せになろうじゃないか! 頑張って来たんだ! 頭打ちになったら……」

 

「……!」

 

「……精一杯……幸せの為に、甘えやがれッ!!」

 

 

 

 梨花の言葉は、差し伸べる手。

 上田の言葉は、引き寄せる腕。

 

 二人の言葉は、惑星をも凌ぐ、万有引力。

 

 

 

 

「……良いの……?」

 

 

 その目に、光が宿る。

 暗い夜が終わりを告げ、黎明を迎えた。

 

 

 

 

 

 全員の顔が綻んだ。

 だが、障害は最後にやって来る。

 

 

 

 

「沙都子ぉッ!! 誰かおるんか!? うっさいんじゃがのぉ!?」

 

 

 家の奥から、寝癖のある鉄平。

 玄関での騒ぎで、起きたようだ。

 

 

「ひっ……!」

 

「おお!? あん時のガキ……! まぁた沙都子、誑かしに来たんか!?」

 

「お、おじさま……!」

 

「沙都子!!」

 

 

 梨花は叫び、家に戻ろうとした彼女を引き留める。

 

 

「……私から絶対に目を離さないで」

 

「梨花……?」

 

「何やっとんじゃタワケがッ!? また蹴られたいんか!?」

 

 

 背後から近づく、罵声と怒号。

 怯えて震え、すぐに戻らなければと。

 

 でも、真っ直ぐ、視線を奪う梨花を見ていると、頭の片隅で『希望』が照り出す。

 

 

 

「お前も離れんかいッ!!!!」

 

 

 

 鉄平の腕が、沙都子に伸びる。

 

 

 その腕を逆に掴み、外に引き出す上田。戸に隠れていた彼を、鉄平は気付かなかった。

 

 

「な、なんじゃ!?」

 

「お前が沙都子の叔父か」

 

「誰じゃおま……うっ!?」

 

 

 自分より大きく、筋骨隆々。

 そんな男が自分を見下ろしている。とうとう、怯えを見せた。

 

 

「……沙都子の叔父なんだな?」

 

「ほ、ほうじゃ! さ、沙都子とワシは、家族じゃ……! 法的にも認められとるわ!」

 

「つまりお前は沙都子の親って事だな。親は子供に対し、扶養義務がある……養育し、教育し、生きて行く術を示す義務!……この時間は学校のハズだろ? 学校にも行かせないのなら、それは親の扶養義務に反するッ!!」

 

「きょ、今日の沙都子は、調子が……!」

 

「調子悪い子に家の番をさせて、怒鳴りつけるのか?」

 

「ウチのシツケにケチつけるんかのぉ!?」

 

「躾ってのは、『身を美しくする』と書くッ!!……支配する事ではないッ!!」

 

 

 上田が、梨花と沙都子の前に立つ。

 絶対に二人には指一本触れさせるつもりはない。

 

 

「……裁判所に申告し、お前の親権を停止させる。沙都子を証人にさせる……しかもその口振りでは梨花を蹴ったようだな……それは最早、『暴行罪』!! そんな危険な奴に……親の自覚がない奴に、親になる資格はないッ!!」

 

 

 

 言い放った。

 

 

 だがこれで下がる男では無いと、分かっている。

 鉄平は明らかな殺意を込め、睨み付けた。もう上田への怯えはない。

 

 

 

「……上等じゃあ。ぶっ殺してやるからのぉ……!」

 

 

 ポケットから取り出したのは、折り畳みナイフ。

 ギラリと刃を輝かせ、上田の前に突き付けた。

 

 逞しい身体つきの上田とは言え、凶器を持つ人間に敵うのか。

 

 

「上田!? 危ないのです!!」

 

「おぉ!? 逃げるんか!?」

 

「………………」

 

 

 上田は立ちたちはだかったまま。

 逃げも構えもしない。鉄平を睨んだまま、動かない。

 

 

 

 

「……梨花。沙都子」

 

 

 二人の名を呼ぶ。

 彼は、やるつもりだった。

 

 

 

「俺の戦う姿を……」

 

 

 

 一歩、鉄平に近付く。

 

 

 

 

 

 

 

「……見ないでくれ」

 

「……え?」

 

「あっち向いてろ。こんな奴に、拳を使うまでもない」

 

「ワシを舐めとるんか!?」

 

 

 何故か二人に忠告させる上田。

 何が何だか分からないが、梨花は沙都子を引っ張り、後ろを向かせる。

 もう、上田と鉄平が何をするのか、分からない。

 

 

 

 

 

 

 聞こえるのは、声と音のみ。

 

 

「ぶっ殺してやるからのぉ!!」

 

「……フンッ! 武器を使うのは弱い奴の証ッ! 武器なんか捨てて、かかって来いッ!!」

 

「なんじゃとぉ!?」

 

「俺は……自分の身体一つで、戦う……来いよテッべネット……!」

 

「やるんかぁ!! テメェなんか怖くねぇ……! 野郎ぶっ殺してやらぁぁぁぁッ!!」

 

「待てッ!!」

 

 

 何故、待たすのか。

 声が止み、今度は音が鳴る。

 

 

 

 

 

 ジーッ。

 

 

 ゴソゴソ。

 

 

 パサッ。

 

 

 ストンッ。

 

 

 ボロンッ。

 

 

 

 

 

 

「あ……あぁ……!!」

 

「……ほぉら!」

 

「ああああああああああッ!!??」

 

 

 

 聞いた事のない、鉄平の絶叫。

 次にはバタバタ逃げる音が鳴り、一人の気配が消えた。

 

 

 

「鉄平が逃げた……? 上田、やったの」

 

「待て待て待て待て待て!? まだ振り向くなッ!!」

 

「は?」

 

「よぉし……ホッ……ベルトが嵌らないな……買い替え時か……おうっと、ポジションが……良し、いいぞぉ」

 

 

 振り返ると、何も変わった所のない上田が、してやったり顔で立っていた。

 癖かどうかは知らないが、ズボンをずり上げている。

 

 

「上田、一体……どうやったのですか……?」

 

「はっはっは!『男の器』だよ!」

 

「…………意味が分からないのです」

 

「まぁ、奴は大した事ないな! 生物学的に声のデカい奴ほど小さいって聞くが、あれじゃタカが知れるぜ!」

 

 

 

 

 改めて梨花は、沙都子へ目を向けた。

 

 そこにいるのはもう、暗く、絶望に染まっていた彼女ではない。

 信じられないと言わんばかりの丸い目は、年相応に幼い。

 

 

「……沙都子。もう、自由なのですよ」

 

「………………梨花」

 

「……僕たちの勝ちなのです」

 

「……りかぁ……りかぁあ……!!」

 

 

 涙を流し、抱き着く沙都子。

 穏やかな表情でそれを受け入れ、頑張って来た彼女を労う。

 

 

 そんな二人を見て、上田も鼻をすする。

 

 

「……上田、泣いているのですか?」

 

「グスッ……な、泣いていないッ!! ドライアイなんだ!」

 

「………………ふふっ!」

 

「……なんだ、何がおかしいんだ?」

 

 

 目からは涙の痕がある。

 でも今の梨花は、満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「上田はやっぱり、嘘つきなのです。にぱーっ☆」

 

 

 

 

 その笑顔を見て、拗ねた表情で顔を背ける。

 

 

 二人から見えない所で、上田も笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上田から逃げた鉄平は、道をひた走る。

 

 

「クソが……!! 覚えてやがれよ……!!」

 

 

 夜になれば、奴らは眠る。

 その隙に仲間を集めて襲撃してやる。殺してバラバラにして、沼に捨ててやる。

 強烈な殺意を抱きながら走り、ある所で石垣を曲がった。

 

 

 

 

 

「何処行くんですかぁ?」

 

「うげっ!?」

 

「フンッ!!」

 

 

 角で待ち構えていた何者かに腕を掴まれ、地面に突き倒される。

 その上にのしかかられ、鉄平は動けなくなった。

 

 

「ナイフですかぁ……こんな物を持ち歩いちゃ、銃刀法違反ですかねぇ?」

 

「な、なんじゃお前!?」

 

「私の顔に見覚えあるでしょう?」

 

「あっ……!!」

 

 

 のしかかったまま、胸ポケットから警察手帳を抜き出し、見せ付けた。

 

 

 

 

 

「興宮署警部補、『大石蔵人』……銃刀法違反及び、『恐喝』と『麻薬使用』の疑いがある。署まで、ご同行願いますよ?」

 

 

 

 少し離れた先に、車があった。

 その中から出て来たのは……詩音。

 

 

「……あっはっは! なぁんだ! 結構強かったりするぅ?」

 

「……全く。あんたの口車に乗せられちまうたぁ、こりゃ参った参った。今日は厄日ですよ!」

 

「まぁまぁ。治安維持に一役買ったんでしょお? 定年間際に検挙率上げられて良かったじゃーん!」

 

「…………二度と、あんたの話は聞きませんからね」

 

 

 呆れた顔で彼女を見つめ、名前を呼んだ。

 

 

 

「……『園崎魅音』さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午、昼食を済ませた彼は、腹を摩りながら食堂を出る。

 

 

「…………ん?」

 

 

 そんな彼の前に現れたのは、ワンピース姿で髪を下ろした、園崎詩音。

 

 

「……やっぱりここにいた。最近、ここの食堂にあんたが来るって、聞いていたよ」

 

「園崎詩音……んんん? あんた、もしや……!?」

 

 

 見た目は詩音でも、口振りと態度で、大石は察した。

 

 彼女は間違いない。園崎家次期頭首候補の、『魅音』だと。

 

 

「……これはこれは驚きですなぁ! 本当に、園崎魅音さんで?」

 

「……背中、見る?」

 

「ここで事案を発生させて、冤罪着せるつもりですかぁ? やる事少し、小狡いんじゃないですか?」

 

 

 いつも通りの、のらくらした話し方。

 だがその目は、ターゲットを定めた鷹のようだ。

 

 

 

 大石は、異常なまでに『鬼隠し』の事件に入れ込んでいる。

 村に来ては園崎の動向を聞き回り、酷い時は組員内の連携を崩すような話を流したりもする。

 

 彼は園崎きっての、要注意人物だった。

 

 

「それで、何しに私の所へ? 過去の事件を白状してくれたら、私の刑事人生に華を添えられるんですがねぇ?」

 

「お願いしに来た」

 

「…………お願い?」

 

「北条鉄平の余罪を調べ上げて」

 

 

 大石の顔に、困惑が現れる。

 

 

「……あの男か。また、帰って来たみたいじゃないですか。帰って来ただけじゃ、罪になりませんよ?」

 

「だからあんたが罪を探してよ」

 

「魅音さん、どう言う事か知りませんがねぇ……」

 

 

 彼女へ歩み寄る。

 何倍も大きな図体を誇示させ、睨み付けた。

 

 

「……俺が追っているのは、鬼隠しだけ」

 

「………………」

 

「分かっていない訳はない。そっちが疑われている事ぐらい……俺を貶める罠かもしれないのに、のこのこ『はい調べます』って言うと思っていたのか?」

 

「……北条鉄平は、絶対に隠れて犯罪をしている。それを取り締まるのも、警察の勤めでしょ」

 

「知った事じゃない。鬼隠しとは関係ない……たかがチンピラ一人調べ上げるよりも、やる事がある」

 

 

 魅音は溜め息を吐く。

 

 

「……鉄平は沙都子を虐待している。下手をすれば、殺すかもしれないよ」

 

「はっはっは! 今まで家絡みで北条家を攻撃していたそちらの言う事とは思えませんねぇ!」

 

「もし死んだら、綿流しまでに刑事人生終わるんじゃない? 事件を未然に防ぐ……職務怠慢?」

 

「犯罪組織にそう言われるたぁ、皮肉ですねぇ? 私にとっちゃ、その北条鉄平と園崎は似た者同士……なんなら、鬼隠しの事を白状してくださりましたら、動いてやらん事もないですが?」

 

「ウチは鬼隠しと関係ないし、沙都子は園崎とも関係ない……」

 

「そうですか。なら無理ですね。他を当たってください……んふふふ! 他がいればですがねぇ!」

 

 

 踵を返し、魅音から離れる大石。

 次に呼び止められようが、大石は聞く耳を持たないつもりだ。

 

 明確な敵意を背中で語り、興宮署へ戻ろうとした。

 

 

 

 

 

「……なぁんで、私が魅音として来たか分かる?」

 

 

 聞く耳は持たない。足を止めない。

 

 

「そう言ったら、園崎相手のあんた絶対ボロボロ言うじゃん」

 

 

 足は止めない。

 

 

 

 

「……『ことしつ』? 取っちゃったよ〜〜ん」

 

 

 

 ことしつ……言と質。『言質(げんち)』。

 その言葉に大石は、とうとう足を止めて振り返った。

 

 

 

 イタズラ娘っぽく笑う彼女の手に、録音機器……『プレスマン』。

 

 

「……あっ!?」

 

「ええと、何て言ってたっけ……私がぁ〜沙都子は園崎と関係ないって言ったのにぃ〜、犯罪者が一人の女の子を痛め付けているって垂れ込んだのにぃ〜〜……なら無理ですか、他を当たって、他がいれば〜?」

 

「……なんてこった」

 

「もし沙都子になんかあったら、テープ複製して匿名で記者とか、色んな所に送っちゃおうっと!……そしてその日の新聞の見出しはこうッ!『興宮署ベテラン刑事、職務怠慢で女児を見殺し! 救えた命、救えず終い』ッ!!」

 

 

 プレスマンを仕舞い込み、ニヤニヤ笑う。

 

 

 早計だった。

 憎き園崎家の跡取り娘を前に、怒りと憎悪を押し留められなかった。

 自分の言葉を取られ、本当にメディアに送られたのなら、自分は糾弾され、刑事人生は定年前に終わる。

 

 

「……ええ。流石は園崎家、鬼ですなぁ……一杯、食わされましたわ……」

 

「ちょっと違う」

 

「ん?」

 

「……今日の私は、園崎家として来たんじゃない」

 

 

 彼女の目は、とても真っ直ぐだった。

 純粋で、曇りなく、まだまだ青いが、希望に輝く……不覚にもその姿を、新人時代の自分と重ねてしまった。

 

 

 

「……『沙都子の友達』として来た。友達を助けて欲しい……あんたしかいない」

 

 

 園崎家の跡取りとして、してはならない事を、彼女はする。

 

 それは警察に、『頭を下げる事』。

 

 

 

「お願い……沙都子を助けて……!」

 

 

 

 

 大石は魅音の目が自分に向いてない隙に、恐らく無意識的に、笑っていた。

 決して悦楽だとか優越感ではない。

 

 未来ある若者に対しての、期待の笑み。だがそんな事は、魅音も、本人さえも気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんで調べたら……ひと月前に捕まえたヤクの売人が、鉄平に売った事を吐きましてねぇ! しかもどう言うタイミングか……彼の被害者を名乗る『男性』からの通報も!」

 

「被害者を名乗る男性?」

 

「んふふふ……流石に名前は守秘義務ですから言えませんけどね。この男、愛人と美人局やっていて、危うく犠牲になるところだったって話! その男性が言った『間宮律子』って女性を調べたら、他に被害報告が見つかって、やっぱり北条鉄平の名前が出て来た訳ですわ!」

 

「間宮律子……ん? どっかで聞いたなぁ……」

 

「こりゃ、聴取の必要も無く、向こう数年は刑務所でしょうな!……暴れるんじゃない! ほら熊ちゃんたち、押さえて押さえて!」

 

 

 鉄平に手錠をかけて、覆面パトカーに押し込む。

 中にはもう二人、部下の刑事が控えており、鉄平は敢え無くお縄についた。

 

 

 

 一仕事終え、大石は部下らに聞こえないよう、魅音に話し掛ける。

 

 

「……約束でしたよ。テープは、私にくれると」

 

「うん。良いよ。はい」

 

 

 プレスマンからテープを抜き、大石に投げ渡す。

 

 

 だが、そのテープを見て、彼は愕然とした。

 

 

 

「……はぁ!?『西城秀樹のヤングマン』!?」

 

 

 パッと、魅音の方を見る。

 彼女が見せていたプレスマン。大石も捜査に使う為、持っている物だ。

 

 

 

 

 

「これ、録音機能ないのよん」

 

 

 西城秀樹のCMを思い出す。

 アレだ、『ウォークマン』だと。

 

 

「………………」

 

「いやぁ、これは予想以上だわ。もうね、音が違う違う!」

 

 

 ヘッドフォンをつけ、別のテープを入れて、音楽を聴き始める。

 その姿を見てあんぐり口を開けていた大石だが、次に噴き出して、呆れ返った。

 

 

 

 

 

「……やっぱり、鬼じゃないですかぁ」

 

 

 

 

 一杯、食わされた。

 目の前の少女は悪怯れる様子もなく、六月一日に出たばっかの、西城秀樹の新曲『ナイトゲーム』を聴いていた。




二◯一六年にスカパーで放送されました、ドラマ版『ひぐらしのなく頃に』は、圭一役が『稲葉友』さんです。詩島剛です、マッハです。
また悟史役は『瀬戸利樹』さんです。鏡飛彩です、ブレイブです。
つまりドラマひぐらしは実質仮面ライダー。

CDの曲を、表題曲を『A面』、カップリングを『B面』と呼ぶのは、アナログレコードの表裏をそう呼んでいた名残。


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正念場

 ハラハラしながら、打設中のダムまで、仲間と思われながら昇り切ってしまった富竹。

 堤頂部の傍にある、通廊口。まるでコンクリートの洞穴のようなそこへ、入り込む。

 

 

 気付けば背後には、五人の協力者と思われる作業員が付いて来ていた。

 富竹にとって運が良いのは、寂しげな電球が唯一の光源で顔が見難い事と、作業員らの先頭の為にまず顔を見られない事だ。

 

 しかしバレるバレないの均衡は、果てしなく危うい。

 緊張感で心臓を痛めながら、とうとう到着してしまった。

 

 

「お待たせぇ〜! ジオジオちゃん!」

 

「お待たされぇ〜! ゲゲゲイちゃん! もうっ、遅いわよぉ! こんな暗い所で待ってるア〜タクシ、ひっじょーにキビシーッ!」

 

「……『財津一郎』?」

 

 

 富竹が立ち止まり、その横へ作業員が並ぶ。

 ジオ・ウエキと、現場監督。

 その現場監督へ耳打ちした作業員。

 富竹の後を付いてきた作業員ら五人。圭一の言った通り、全員で八人のようだ。

 

 

「それでジオジオちゃん……急に呼び出ししてどうしたのよぉ?」

 

「残念なお知らせがあります……アタ〜クシの『TMネットワーク』によれば……」

 

「ジオジオちゃん、TMってなんなの?」

 

「『T(父ちゃん)M(ママ)』じゃあないのぉ!」

 

「まぁ! 素敵!」

 

「……どう言う事なんだろうか」

 

 

 二人の独特な感性は兎も角として、ジオ・ウエキは残念なお知らせを告げる。

 

 

「まぁ、アタク〜シの信奉者情報によると……アタクシ〜の妹は粛清不可避みたいなのよぉ」

 

「それがどうしたのん?」

 

「問題は園崎家がガッチリ、村の出入り口と興宮を監視してるらしいわ!」

 

「あたしたちのトラックかダンプ使えば、余裕のよっちゃんイカじゃないの!」

 

「余裕のよっちゃんイカ……」

 

「それは問題じゃないわ。ウチの不出来な妹が捕まれば、オシオキされるわ! そうなればあの子、絶対ゲロゲロするし……計画がバレちゃうわん」

 

 

 そう言えば最近、黒い服の怖い人が村を良く巡回していた事を富竹は思い出す。

 

 

「だーかーら……この……おっっも!!」

 

 

 傍らからジュラルミンケースを持ち上げ、全員の眼前に置く。

 富竹は確信した。あの見るからにお金が入っていそうなジュラルミンケースこそ、三億円の保管されている物だと。

 

 

 すぐに写真に収めなければと考えたが、困った事が一つ。

 薄暗いここでは、フラッシュを焚かなければ満足に現像出来ない。しかしフラッシュを焚けば、一瞬でバレる。

 勿論、焚かずに撮る事も出来るが、シャッター音は誤魔化せない。

 

 

 工事の音に紛れてやろうと考えていたが、ここは生憎、静かだ。

 困り果て、シャッターチャンスを逃してしまいそうになり、焦燥感だけが満ちて行く。

 

 

「……ふぅ。三億円、今から移動させちゃいましょ?」

 

 

 彼女の提案に、場はざわいた。

 

 

 

「ざわ……! ざわ……ざわ……!」

 

「え? ざ、ザワザワ……!」

 

 

 必死に富竹も、ザワつく演技をする。

 

 

 

 

「ちょっとぉ!! もう一人の協力者がまだ来てないのよぉ? 折角、造園師の人を紹介して、ジオジオちゃんの格好をしてくれたのにぃん! 功労者じゃあないの! それに、あたしたちにも仕事があるのよ!?」

 

「でもこのままじゃ、バレバレになりますわ。ア〜タクシもそろそろ、この村とララバイバイバイしたいですし。そろそろお昼休憩でしょお? その隙に、ちょろ〜っと」

 

「無意味にトラック使っちゃ、現場のみんなに怪しまれるわよ?」

 

「幾らでも言い訳出来るじゃないのぉ〜!」

 

 

 現場監督は少し渋ったが、三億円の無事の方を優先したらしい。

 

 

「……んもう! 良いわよっ! 追加の搬入って事にすればどうにかなるかしら……」

 

「流石、ゲゲゲイちゃん! ありがとっス! どーもしたッ!」

 

 

 富竹は内心で焦る。ずっと焦ってはいるが、更に焦る。

 圭一の心配通り、ジオ・ウエキはさっさと高飛びするつもりだ。

 だが予想外なのは、もうさっさと逃げる所だ。

 

 

「……どうしよう……」

 

 

 写真の現像には一時間程度かかるが、写真屋諸々は全て興宮。二時間以上はかかる。

 撮ったとしても遅い。富竹は諦めたように、俯いた。

 

 

 

 

 

 

「……所でゲゲゲイちゃん」

 

「ん?」

 

「……なんか、一人多くない?」

 

 

 

 肝が冷える。

 バレた。顔はバレていないが、人数がバレた。

 

 

 

「…………ッ!」

 

「そぉんな訳ないじゃあないのよぉ! ウチのセキュリティは万全……無関係者は一人も通さないわっ!」

 

「ほんとぉ?」

 

「証明したげるわ! 番号ーッ!!」

 

 

 作業員らが縦一列に並ぶ。

 富竹も瞬時に反応し、困惑しながらも何とか並んでみせた。

 

 

「行くわよぉ!! 一ッ!!」

 

「二ッ!」

「三ッ!」

「し、四ッ!」

「五ッ!」

「六ッ!」

「七ッ!」

「八ッ!」

 

「ほら! キチンと八で…………」

 

 

 現場監督、ジオ・ウエキ並びに、作業員らの顔色が変化する。

 

 

 

 

「……『四』? 四が……いる……?」

 

 

 

 四番目は、富竹だった。

 彼らが四番を『永久欠番』にしている事は知らない。しかし、四を言った事がしくじりだとは察知出来た。

 蒸し暑いコンクリート洞窟が、一気に冷却したような気分だ。

 

 

「おかしい……! 四番目が、存在している……だと……!?」

 

「ゲゲゲイちゃん! 誰か紛れているわよ! 座敷わらし?」

 

「お座敷じゃないわよココはっ!……誰かいるんだなぁ?」

 

 

 作業員らがお互いを見合わせ始める。つまり、顔に注目し始めた。

 絶体絶命のピンチ。

 

 

「四番は……誰だ……!?」

 

 

 現場監督が作業員らに近付き、顔を良く見ようとする。

 追い詰められた富竹。早鐘打つ心臓と、錯乱寸前の思考回路。

 

 

 どうする。

 どうする。

 どうする。

 どうする。

 

 

 

 

 

 窮鼠猫を噛む、と言う。

 

 

 

 

「…………お前かぁぁああぁあああッ!!??」

 

 

 富竹は、隣の作業員を思いっきり殴った。

 

 

「へ!?」

 

「こいつですッ!! こいつが、四番って言いましたッ!!」

 

「な、何ですって!? おら、ツラ見せやがれぇ!!」

 

 

 彼に殴られ、地面に平伏した作業員を、他の者がリンチする。

 富竹もそれに乗じつつ、その輪から一旦離れた。

 ごく自然な流れで、ジオ・ウエキの方へ。

 

 

「ぼかぁね! あの人をねぇ! 怪しい思っとったんですよねぇッ!!」

 

「なんでこっち来るの?」

 

「安全な所に持って行かねばぁぁあ!! お持ちしまっす!!」

 

「ちょっと、なんなの!? やめなさ……おたく誰?」

 

 

 

 

 ジオ・ウエキの顔面を、彼は蹴っ飛ばした。

 

 

「ぶげぇーッ!!」

 

 

 無様なその顔を、フラッシュ焚いたカメラに収める。

 甲高いシャッター音が、木霊した。

 

 

 

 

 

 

「通りすがりのカメラマンだ。覚えておけッ!!」

 

 

 

 

 この異変には、流石の作業員らも気が付いた。

 濡れ衣のリンチを受けた一人も根性で立ち上がり、七人の作業員が臨戦態勢を取る。

 

 堂々とヘルメットを捨て、対峙。

 

 

「輝く未来を抱き締め、てめぇらを撃退ッ! 元気のカメラマン、キュアフラッシュッ!!」

 

「キュアフラッシュ……!?」

 

「少し予定は狂ったが……三億円、返してもらうよ!」

 

 

 それを許す彼らではない。

 出入り口の前に立ちはだかる。

 

 

「カメラマンだかカメンライドだか知らんが、そんな事はさせないわよッ!!」

 

「ザケンナー!」

 

「俺を怒らせた!」

 

「やってやーよ!」

 

「コロコロじゃあ!」

 

「ぶっ殺すッ!!」

 

「オシマイダーッ!!」

 

 

 三億の入ったジュラルミンケースを持ち、覚悟を決め、富竹は突撃開始。

 

 

 

 

「ぶっ殺すと心の中で思ったならぁッ!!」

 

「その時既に行動は終わっているんだーッ!!」

 

 

 先陣を切った作業員二人。

 一人の放った右手ストレートを躱し、空いた腹へ横蹴りを食らわせた。

 

 

 倒れた彼を飛び越え、片割れが襲いかかるも、放たれた拳を手の平で受け止め、捻り上げ、足を払って盛大に転ばしてやる。

 

 

 

 

「この男……強いッ!!」

 

「俺の屍を超えて行けーッ!!」

 

 

 後続の二人が一斉に襲いかかる。

 だが富竹には強力な武器があった。

 

 軽々と持ち上げてはいるが、三億円のジュラルミンケース、その重量は三十キロ。

 咄嗟にそいつを横からぶつけてやり、二人纏めて一掃する。

 

 

「「タコスッ!!」」

 

 

 残るは三人。

 現場監督と一人の作業員が向かって来る。

 

 

 

「オカマ舐めんじゃねぇえええええッ!!」

 

「猛・オシマイダーッ!!」

 

 

 現場監督の太い腕が迫る。掴みかかろうとしていた。

 富竹は突撃しながら身を屈め、腕を回避し、彼の懐へ潜り込む。

 

 そのまま彼の腹へ一撃。

 鳩尾へクリーンヒットしたそれは、体格の良い現場監督であろうとも耐えられるものではない。

 

 

「ぐえーッ! 負けたンゴッ!!」

 

 

 倒れる現場監督。

 だが彼に気を取られ、迫っていた作業員の拳に気がつかなかった。

 

 

 避ける余裕はない。

 

 

 

「ふんんッ!!」

 

 

 富竹は顔面を抉ろうとするその拳を、敢えて頭突きした。

 拳骨と額がガツンとぶつかる。

 

 

 

 

 

「……いってぇええええ!?」

 

 

 痛がったのは、作業員の方だ。

 その隙にまた富竹は、三億円ジュラルミンケースを顎下からぶつけてやる。

 

 

「拳の骨より頭蓋骨の方が硬いッ!!」

 

 

 残るは一人。

 その一人は愚直に腕を振り上げ、富竹へ迫る。

 

 

 

 

「あ、駄目だ」

 

 

 だが、彼と対峙する前に、倒れて動かなくなった。

 その男、リンチの被害者。力尽きたようだ。

 

 

 

 

「その根性……僕は敬意を表すッ!!」

 

 

 遮る物はいない。

 富竹は三億円を抱え、出口を抜けた。

 

 

 

 

「ま、待ちなさーいッ!!」

 

 

 ヨロヨロの状態だが、現場監督含めた四人が何とか立ち上がり、富竹を追う。

 鉄橋を下り、通りかかる普通の作業員らを擦り抜け、彼は全力疾走。

 

 その姿はまるで、暴走機関車。

 

 

「や、ヤベーイ! ハエーイッ!?」

 

 

 どんどん距離は離れて行き、あれよあれよで搬入口から逃してしまう。

 

 

「ぜってぇ逃がさねぇ!!」

 

「追え追えッ!!」

 

「……ッ!? ま、待ちなさいッ!!」

 

 

 現場監督が手を広げ、作業員らを止めた。

 

 

 

 そのすぐ前を、車が抜けて行く。

 チラッと見えた車内には、協力者の男が乗っていた。

 

 

「あれは……てっちゃん!?」

 

 

 その車は大石らの物だった。

 奇しくも偶然通った車に食らわされた一瞬の足止めにより、富竹の姿をとうとう見失ってしまった。

 

 

 

 三億円は、奪い返されてしまった訳だ。

 

 

 

「そんな……! 折角の三億円が……!」

 

「オシマイダーッ!!」

 

「おしマイケル……!」

 

 

 四人は膝をつき、追跡を諦めた。

 完敗だ。

 

 

 

 

 

「いつつつ……ま、まさか、逃したの!?」

 

 

 鼻血をティッシュで止めながら、ジオ・ウエキがふらりふらりと現れる。

 その形相は、怒りに染まっていた。

 

 

「うぅ……! ジオジオちゃあ〜ん!」

 

「…………泣き言は良いわよ……ッ!!」

 

 

 被っていたハットを脱ぎ捨て、のしのしと歩く。

 後を恐る恐る付いて行く現場監督と作業員ら。

 

 

「ど、何処行くのぉ!?」

 

「どっから情報が漏れたのか……アタシ分かったわ……! とっとと殺しときゃあ良かった……!!」

 

「ヒィッ! ジオジオちゃんキレてる……!」

 

 

 演技振ったいつもの口調ではなく、怒りのあまり素の彼女が出てきたいた。

 富竹に蹴られ、グシャグシャになった化粧をそのままに、森に入って行く。

 

 

 着いたのは、圭一とレナを閉じ込めていた、小屋。

 扉を蹴飛ばし、入る。もぬけの殻だ。

 

 

「いない!? そんなぁ……!? ちゃんと縛ってたのに……!」

 

「……見なさい。ロープは片方切れていて、もう片方の分は切れていないわ……」

 

 

 彼女の指摘通り、一方のロープのみは形を保ったままだ。

 

 

「どう言う事なの?」

 

「縄抜けよ……! あのガキのどっちかが、縄抜けのやり方を知っていたのよッ!!」

 

「縄抜け……!?」

 

「古典的なマジックよッ!! あの二人が、アタシたちの情報を流したッ!!……ぐぅぅう……!!」

 

 

 髪を掻き乱すジオ・ウエキ。セットされていたのに乱れ、形相は化粧と共に歪み、まるで鬼女のようだ。

 文字通り、化けの皮の剥がれた彼女の本性、間宮浮恵の姿だろう。

 

 

「一体……!! 何処の誰に……!!」

 

「………………」

 

「殺してやるわ……!! 三億はアタシの物なのよぉ……!!」

 

「……ジオジオちゃん。その、縄抜けは、マジックって、言った……?」

 

「ああそうよッ!!」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 現場監督の脳裏に、ある光景が浮かんだ。

 作業員らの前で、マジックショーをする、一人の女マジシャン。

 

 彼女の登場と、襲撃者の存在。偶然だろうか。

 

 

「……いいや。絶対にあの女よ……」

 

「女……?」

 

「……ジオジオちゃん。首謀者が分かったわ! こないだ、貴女をインチキとか言っていたあの女ッ!!」

 

「あの女……誰?」

 

「貧乳ッ!!」

 

「……あ、ああ!? あの女ね!!……あいつ、マジシャンだったのか……!」

 

 

 首謀者が分かったのなら、彼女らにまた、希望が出て来る。

 浮恵と現場監督は、互いに不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

「……良いわ。上等じゃないの……! アタシを怒らせた罰よ……!!」

 

 

 

 

 足元に落ちていた、鉈。

 

 

 彼女はそれを掴み上げ、

 

 

 

 

 

 

 近くにいた作業員の心臓目掛けて、一息に突き刺した。

 

 

 

「ぎぇッ……!?」

 

「ジオジオちゃん!?」

 

「ジョジョッ!?」

 

「……逃した罰は、これで許したげるわ……」

 

 

 

 

 浮恵の目を見て、彼女の事を良く知っている現場監督も戦慄する。

 見開かれた目は狂気に染め上がり、鈍った理性の光、暗黒の殺意と果てしない愉悦を解き放っていた。

 そして刺した時の返り血を浴びる。

 

 

 

 現在の風貌も相乗し、この世の者ならざる雰囲気を、醸し出す。

 

 

 

 

 

 

「……アタシに任せな。一瞬で見つけて……一瞬で三億取り戻す……うふ、うふふふふ」

 

 

 憤怒から一転、今度は狂笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「あーっはっはっはっはっはっはッ!! 皆殺しよぉおおッ!!!!」

 

 

 血を滴らせ、彼女は小屋を出た。

 残された現場監督と作業員らは、足元で倒れる死体を見ながら、震えている。

 

 誰もあの女に逆らえない。

 

 

 

 

 

 ひぐらしの鳴く声が、夕陽の訪れを告げた。




『財津一郎』さんは、コメディアンや俳優や歌手として活躍された方です。「非常にキビシー!」や「許してちょうだ〜い」は昭和で流行語にもなりました。
現在は殆どテレビで見なくなりましたが、唯一あのCMで彼の姿は見られます。
「ピアノ売ってちょうだ〜い」の人です。


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事過境遷

事過境遷(じかきょうせん) : 状況が変われば、心境も変わる。


 大石らの車を見送り、ウォークマンを切る。

 ヘッドフォンを外してから魅音は、ふぅ、と息を吐いた。一仕事終えられた、安堵感だ。

 

 

「……これで沙都子は助かった」

 

 

 途端に脱力し、ヘロヘロとその場に座り込んだ。

 

 

 

「コラッ!!」

 

「うえ!?」

 

 

 背後から叱られ、飛び上がる。

 咄嗟に振り返り声の主を見やると、そこにいたのは魅音……の格好をした詩音。

 

 

「もう! 服汚れちゃうじゃん! 白いんだから、泥とか目立つでしょ!」

 

「し、詩音……あ、そっか。もう下校時間か……」

 

「……結局、誰もこなかったから部活はお休みにしたよ。圭ちゃんレナさんも……心配だね」

 

「取り敢えず、沙都子は助かったし……梨花と一緒に、明日は来るかなぁ」

 

「会いに行く? このまま、入れ替わった状態で!」

 

「いや、戻ろうよ一回……」

 

「何処で着替えるのよ。まさかここで? うら若き乙女が路頭でお着替えするなんて……」

 

「しないってば!? 学校で着替えよっての!」

 

 

 このまま沙都子らを見に行きたい所だが、入れ替わりを解除する為に学校へ。

 詩音は縛っていた髪を解き、そのヘアゴムで魅音は髪をくくる。

 お互い、この髪の方がしっくり来る。

 

 

「どう? 詩音、バレなかった?」

 

「平気平気! 全く! バレるの『バ』の字も無かったよ! 口調も真似したし、先生から出された質問は全部外したし!」

 

「それは全部正解してよ!?」

 

「そんな事したらバレちゃうじゃん。オネェの仕草から頭まで、ぜーんぶダビングしなきゃ」

 

「頭って言った今!?」

 

「そう言えば前に圭ちゃん、オネェの事『園崎の頭の悪い方』って言ってたなぁ」

 

「は、はぁ!?……あいつ、帰って来たら二分の一殺しにしてやる……!」

 

「分数分かるんだ! 凄い!」

 

「うがーっ! やめろーっ!」

 

 

 鈴のように笑う詩音に、不貞腐れる魅音。

 六秒間の沈黙の内に、二人の対称的な表現は儚げと安堵を帯びさせる、同じ顔になる。

 

 

「……ねぇ、詩音」

 

「なぁに?」

 

「……意外だったんだけどさ。詩音がバーッて沙都子の所に行かず……私の所に来るなんて」

 

「………………」

 

「……どうしたの?」

 

 

 詩音はぼんやり視線を落とし、儚く微笑む。

 

 

「……葛西に言われてね」

 

「そう言えば葛西が教えてくれたって……」

 

「こう言われたの」

 

 

 

 

 エンジェルモートに来た、葛西。

 注文したデラックスパフェを詩音が運び、置かれる。

 

 

「……いや、申し訳ありません」

 

「仕事だから気にしないでって!」

 

「………………」

 

「……いつもの怖い顔がもっと怖くなっているよ?」

 

「あまりからかわないでください……詩音さん、よろしいですか?」

 

 

 葛西は神妙な面持ちで、告げた。

 

 

「……北条鉄平が帰って来たようです」

 

 

 その報告を聞いた瞬間、詩音の頭は真っ白になる。

 

 

「……北条沙都子を連れ戻したとも」

 

 

 次に、真っ赤に染まる。

 給仕用のおぼんを、その場に叩きつけかけてしまった。それほど、瞬間的に怒りが抑えられなかった。

 

 

「……これは全て、上田先生から聞きました」

 

 

 

 

 

 上田の名前が、冷静さを取り戻す要因だった。

 確か村に来ていた学者だと。沙都子たちと水遊びしていた。何故、彼がそう報告したのか。

 

 

「あの方は、北条沙都子を連れ戻そうと……こちらに協力を依頼しました」

 

「……なんで。村の人でもないのに……」

 

「恐らく、北条家の事情を知っていられたのでしょう……こう言っておられました」

 

 

 取り押さえられながも、必死に叫ぶ上田の声。

 その言葉は、不覚にも葛西の心を揺すったようだ。

 

 

 

 

 

『その子の親がした過去だとか因縁だとか……それを勝手に負わして……! 何になんだッ!!』

 

『……もう……報わせてやってくれ……!! 梨花と一緒に……!』

 

 

 

 

 

 恥ずかしそうに頰を掻く。

 

 

「ああ言った男と言うのは……近頃、若い衆にも見かけないもので……」

 

「梨花ちゃまと……一緒に? 上田先生、そこまでも……!」

 

「……園崎家としては残念ながら拒否されました」

 

「……あの人らしいわ」

 

「……だから私は、ここに来ました」

 

「え?」

 

 

 パフェ用の長いスプーンを手に取る。

 

 

「詩音さん。貴女なら……北条沙都子を救えると思えるんです……しかし、決して一人でしようとは、思わんでください」

 

 

 ホイップクリームをケーキとストロベリームースに絡めて、掬った。

 

 

「……私の立場では、出来ませんから。私に出来ない事が、『二人』には出来るハズですので」

 

 

 一礼し、掬ったそれを食べる。

 彼の話が終わった事を悟り、すぐに詩音は着替え、バスに飛び乗り村へ向かった。

 

 頭の中は相変わらず、怒りと憎悪で満ち満ちている。

 しかしその感情の裏には、魅音の存在がキチンと立っていた。

 

 葛西の話を聞いて真っ先に、彼女が思い浮かんだ。だから、会いに来れた。

 

 

 

 

 

「……勿論。オネェが何も思い付かないなら、一人で行こうって思ったけど」

 

「……葛西の奴。その『二人』って、絶対私の事だったろ……」

 

「今だから思うけど、乗せられちゃったっぽいかなぁ〜……昔から意地悪に関しては口の上手い人だったし」

 

「缶詰め?」

 

「危なかったね。グーが飛びかけたよ」

 

 

 妙な因縁だと、歩きながら魅音は思った。

 沙都子の危機を上田が知り、園崎に頼ろうとしたから葛西が知れた。

 葛西の立場では無理な為、彼は身の軽い詩音に頼り、その詩音が魅音を頼った。

 

 

 それで終わりではない。

 自分も、園崎の敵である大石を……少し騙したとは言え、頼れた。

 

 

 連鎖、それはまるで各々が持つ糸を、互いに引き寄せあうかのような。

 だが三億円の事件を解決した山田を知る魅音にとって、最初の糸を握ったのが、沙都子を離さなかったのか上田だった点、興味深かった。

 

 

「……あの二人。ほんと、何者なんだろね」

 

「あの二人……あぁ。山田さんと上田先生?」

 

「うん……山田さんにも助けられたからさ。色々、縁があるなぁって」

 

「へぇ〜! オネェ、実はあのお二方こそオヤシロ様の遣いだったり? 身分を偽って、不幸から救いに来た……」

 

「なに言ってんのさ……東京から来た普通の旅行者だよ」

 

「でもマジシャンと大学教授って、なかなか無い組み合わせじゃない?」

 

「……それは思う」

 

 

 詩音の冗談は置いておく。

 

 陽は落ちかけて、遠くの方から夕焼け色に差し掛かる。

 だが安心していられない。行方不明の圭一と、無断欠席のレナ。問題はまだ存在していた。

 

 

 

 

「……アレ?」

 

 

 前方を走る車に、魅音は注目した。

 運転席にいたのは、見慣れた人物だったから。

 

 

 

 

「……監督じゃない? 今の……」

 

「え? 監督って……入江先生? この時間は午後診察でしょ?」

 

 

 胸騒ぎがする。

 二人は互いに見合わせ、阿吽の呼吸で車の向かった方へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入江に電話がかかるその、少し前。

 ある事件が発生した。

 

 

 

 放課後、レナの様子を見に来た、知恵先生。

 竜宮家を訪ねた時、まず異変に気が付いた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 玄関口が、開きっぱなしだった。

 次に、そこから外へ点々と続く、赤い痕。

 

 ペンキや絵の具、最初はそう思った。

 だがそれは血痕ではないかと、肝が冷える。

 

 

「……竜宮さん……?」

 

 

 知恵はゆっくりと、恐る恐る、玄関に入る。

 

 

 そして、真っ先に目に飛び込んだ光景へ、悲鳴をあげた。

 

 

 

 電話の受話器を握ったまま、倒れていたレナの父親。

 頭部から、赤黒い血を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、山田と圭一。

 

 

「師匠。俺、思うんすよ。メイド服はミニスカより、やはりオーソドックスなロング丈が良いと。でも沙都子には、ミニになって貰いたいんす」

 

「はぁ」

 

「分かります? 我が救世主」

 

「いや全く」

 

「正直、いけすかない沙都子だけど、泣き顔とか恥ずかしがる顔はサイキョーに可愛いんすよ」

 

「はあ」

 

「入江先生がハマるのも良く分かるんです。こう、男の……なんと言うか、その、ゾクゾクするって言うか」

 

「へぇ」

 

「分かります? 御山田様」

 

「なんで一々同意を求めるんだ」

 

「だからミニスカ履かせて、こう、スカートを目一杯下げようとして赤面するのとか、最高だと思うんすよ」

 

「あれ、目の焦点が合ってない……おーい、圭一さーん?」

 

「これが梨花だとノリノリになりそうなんですよ。沙都子にしか出来ないんす」

 

「駄目だ。自分の世界に行ってしまわれた」

 

「今思い付きましたが、水着も良いっすよね。お師様」

 

「私の呼び名コロコロ変えるな」

 

 

 長い時間、ここで過ごしていた圭一の謎語り。

 それを聞き流しながら、トランプタワーを組み立てていた山田。

 あと二枚を立てれば、完成。

 

 

「よぉおおし……あともう少し……」

 

「梨花と沙都子の水着姿、まだ見た事ないんすよね。絶対凄いと思うんすよ」

 

「おほほほほ〜、おほほ〜ほほ〜ほ〜」

 

「迷っているのは、フリフリの水着か、スク水か。ここが悩み所でして」

 

「ほほほほほほほ〜」

 

「勿論、布面積の話をしたらスク水は少ないんすけど、あのピッチリしたのが身体のラインを」

 

「ほほほほほ〜いおほほ〜いおほほ〜い」

 

「想像していたら滾って来たぜ。ひと段落したらエンジェルモートとプール行かなきゃ」

 

 

 

 カードとカードが立てられようとした。

 

 

 その時、勢い良く玄関のドアが開かれる。

 

 

「僕は成し遂げたぞおぉぉぉぉぉぉおッ!!!!」

 

「フォイッ!?」

 

 

 衝撃で僅かに揺れるトランプタワー。

 口から心臓が飛び出る思い。

 

 

「山田さんッ、圭一くんッ、僕はやったんですよ!!」

 

「止まれッ!! 入るなッ!!」

 

「え?」

 

「メイド服の話に戻すんですけど、魅音とレナに着せたいのは断然、オーソドックスなメイド服なんです」

 

「は?」

 

 

 折角、三億円を取り返したと言うのに、山田はトランプタワーの心配、圭一は何か訳のわからない事を語りっぱなし。

 当惑した富竹は、呆然としながら後ろ手にドアを閉めた

 

 

 

 

 

 ちゃぶ台の真上にぶら下がっていた電気が落ちる。

 トランプタワーをメシャッと壊し、圭一と山田をマイワールドから引き上げた。

 

 

 

 

 

「ほら! 三億円です!」

 

 

 嬉々として富竹は、抱えていたジュラルミンケースを開ける。

 キチンと中には本物の三億円が、収納されていた。

 ケースは、ちゃぶ台の上の、電気の上。

 

 

「ま、ま、マジかよ……! こんな額見た事ねぇ……!」

 

「ちょ、ちょっと触るだけ……おーおーおーー! スベスベしてる……!」

 

「チャンスがあったんで……ふふふ! どうせならって取り戻しましたよ!」

 

「仕事し過ぎですよ!! これで園崎家に返して……やっと金封を戴けるなぁ。もしかして三億円をくれたり……うきょきょきょきょ!」

 

 

 パタンとケースを閉める。

 山田の目に邪念が見えたからだ。

 

 

「師匠、早速返しに行きましょう!」

 

「いつ、あいつらの捜索があるか分からないからね」

 

「そうですね……あ、すいません。返す前に、金の匂いを嗅ぎたいです」

 

 

 園崎家に行こうとした。

 

 

 その時だ。三人が妙な声を聞いたのは。

 

 

 

 

 

「ムダムダ〜」

 

 

 

 

 

 かなり遠いが、聞き覚えのある掛け声。

 

 

「なんか聞こえましたね?」

 

「多分、雛じぇねですね。ジオ・ウエキのシンパばかりなんで、ここでやり過ごしましょうか。その間、金の匂いを……」

 

「ちょっとちょっと! お金が汚れたらどうするんですか!」

 

 

 またデモでもしているのだろうと、気にも留めない。

 雛じぇねの人間らが、まさかジオ・ウエキが園崎の三億円を盗み、それを山田らが取り返したなんて知る由もないだろう。

 

 

 

 

 

 

「ムダムダ〜」

 

 

 

 

 

 声が近づいて来た。

 

 

「家の前を通りそうっすね」

 

「せめて、せめてひと嗅ぎ! アイアムスメルッ!!」

 

「駄目です山田さん……アイアムスメルってなに?」

 

 

 

 また、彼らの声があがる。

 

 

 

 

 

 

「ムダムダ〜ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 窓ガラスが割れ、何かを投げ入れられた。

 石だ。沢山の石が、一斉に投げ込まれ、窓ガラスを破壊して行く。

 

 

 

「アァーゥオッ!?」

 

「師匠、それマイコーっすよね!!」

 

「な、なんだ!?」

 

 

 

 外から聞こえる「ムダムダ」の合唱は段々と強まり、更には人数も増加。

 四方から石は投げられ、お経のようなその合唱だけが不気味に響く。

 

 

「これ逃げないとマズイっすよ!?」

 

「富田さんホラッ! 三億円持って!」

 

「富竹ですッ!!」

 

 

 三人はこの異様な状況に身の危険を感じ、裏口からの逃走を図った。

 

 

 

 

 

 

 

「「ムダムダぁ〜ッ!!」」

 

 

 裏口を固めていたのは、数十人の人間。

 雛見沢じぇねれーしょんず、と書かれた旗を掲げ、殺意にも似た憎悪を山田らにぶつける。

 

 

 彼らの存在に慄き、玄関から投げようと振り返るものの、その足さえまた止まる。

 

 

 

 玄関ドアを取り壊した雛じぇね構成員らが、家内に侵入。

 袋の鼠にされた。

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと!? なんなんですか!?」

 

 

 アリクイの威嚇をする山田。

 三人、背中合わせに身を寄せ合い、迫る彼らを警戒する。

 

 

 

「キュアフラッシュぅぅぅうッ!!」

 

 

 富竹が意を消し、攻撃を行った。

 三億円ケースを振り回し、洗練された動きで拳を飛ばす。

 彼の攻撃に雛じぇねらは驚き、後退り。

 

 その隙に三億円を山田の足元に投げる。

 

 

「富竹さん!?」

 

「『冨山敬』さんッ!?」

 

「富竹ですって! それは『タイガーマスク』ッ!!……ここは僕に任せて……!」

 

 

 奮戦するキュアフラッシュもとい富竹だが、雛じぇね構成員らを抜けて現れた存在に度肝を抜かれる。

 

 

「なッ……!?」

 

 

 

 

 二メートルはあろう巨漢が、鉄板を胴体に括り付け、アメフトのヘルメットを被り、のしのしと登場したからだ。

 その姿はまるで、鉄鋼ロボット。

 

 

 

「俺が『ガンダム』だッ!!」

 

 

 男は己を、そう呼ぶ。

 

 

 

 

「『ボトムズ』……!?」

 

「『グレンダイザー』!?」

 

「『マジンガーZ』!?」

 

「『アストロガンガー』!?」

 

「『マーベラー』ッ!」

 

「……統一しろよっ!」

 

 

 富竹と圭一含め、各々の好きなロボットを挙げる様に、思わずツッコミ。

 

 

 鉄鋼男は富竹と対峙。

 だが殴っても蹴っても男を倒す事は出来ず、疲労を見せた隙に構成員らがのしかかり取り押さえられた。

 

 

「富澤さん!!」

 

「山田さん! 三億持って逃げ……!!」

 

 

 ケースを拾おうとした圭一の腕が掴まれ、捻り上げられる。

 彼より屈強な男に阻止された。

 

 

 

 構成員が代わりに三億円を拾う。

 

 その彼らの中から、群を割って現れた、宿敵。

 

 

 

 取り押さえられる富竹、動きを封じられた圭一。

 なにより、取り囲まれた山田の前に現れた、不気味な笑みの、ジオ・ウエキ。

 

 

「ジオ・ウエキ……!?」

 

「雛見沢じぇねれ〜しょんずは、この村の人たち……その情報網を駆使すれば、貴女が出入りしている空き家なんて速攻で見つけれますわ」

 

「え、私!?」

 

「貴女、作業員たちの前でマジックしたでしょ? このコソ泥と……ガキの仲間って、すぐに分かりましたわ?」

 

「……しまった。『バケツ』掘った!」

 

「『墓穴』ですわよ」

 

 

 彼女のフィンガースナップに合わせ、構成員らが彼女らを縛り、連行する。

 もう手首だけを縛るなんて事はしない。身体をグルグルと、巻き結び。

 

 

「し、師匠! この状態からでも抜けれる方法はあるんすか!?」

 

「準備なしじゃ無理かなぁ〜……」

 

「くそ……! 力不足か……!!」

 

 

 連行される山田たちを眺めながら、ジオ・ウエキ……間宮浮恵の笑い声が響く。

 

 

「今夜は、『イート・イット』ですわぁ!!」

 

「『ビート・イット』だろ!」

 

 

 山田が一瞬見た、浮恵の目。

 それは爛々と燃え盛り、理性は薄く……彼女が今まで見て来た『狂人』と同じ、目をしていた。

 

 

 

 夕焼けの空になりつつある。

 最後の最後で、浮恵の執念に出し抜かれた。




1982年に『スリラー』を発表し、1983年の四月には『ビート・イット』。この年はまさに、マイケル・ジャクソンの快進撃が止まらない時期だった。

『富山敬』は昭和を代表する名声優。タイガーマスクの伊達直人役の他、宇宙戦艦ヤマトの古代、ちびまる子ちゃんの初代おじいちゃん役、銀河英雄伝説の初代ヤン・ウェンリー役等。


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寄生虫

 戸を叩く。

 

 

「入江先生ー!」

 

 

 約束通り、沙都子を連れて診療所を訪れた上田。

 ずっと泣いていた沙都子だったが、道中で梨花に慰められ、今は落ち着きを取り戻していた。

 

 だが、二日あまり緊張状態のまま過ごしていた。

 その為、診療所まで運ぶ上田の背中で眠ってしまった。

 安らかな寝顔だ。

 

 

「やりましたよ入江先生! この私、スーパーウルトラミラクルハイパームテキムゲンコズミックジーニアスの上田次郎・極が、沙都子を救いましたよー!」

 

「長っ」

 

「鉄平との戦いは実に、白熱しました! 奴は銃を私に向けたのですが、咄嗟に私はこの右手で、銃弾を無効化したのです! それでも奴は抵抗を止めず、戦闘は一時間に渡り」

 

「どんな脳味噌してたらそんな誇張が出来るのです?」

 

 

 開かれた戸から出て来たのは、入江ではなく鷹野だった。

 

 

「……あら? 上田教授?」

 

「たたた鷹野さぁん!」

 

 

 目からキラキラ星が流れる。

 

 

「上田。星、星」

 

「一体どうなされて……沙都子ちゃん? 少し窶れているように見えますが……」

 

「ええ! この話をすると長くなるのですが……そう、あれは、私がニュータイプとなり、沙都子の危機を察した所から始ま」

 

 

 話すつもりの上田の脹脛を蹴飛ばし、口を止めてやる梨花。

 

 

「良いから沙都子を運べ!」

 

「こんにゃろぅ! 暴力系ヒロインは絶滅したと聞いたのにッ!」

 

「診察用のベッドがありますので、そこまでお願い出来ますか?」

 

「はぁい! 鷹野さぁーん!」

 

 

 ルンルンとスキップする上田は、入り口で頭をぶつけた。

 

 

 

 診察室まで歩き、沙都子を寝かしつけてやる。

 穏やかな寝息を、スゥスゥと立てていた。

 

 

「沙都子……二日は虐待されていたハズなのです……」

 

「……そうね。脇腹を強く蹴られたみたいで、痣になっているわ。それに少し痩せている……ご飯もろくに食べてなさそう」

 

 

 氷襄を持って来て、痣に当てて冷やしてやる。

 また脚部に切り傷が出来ていた為、包帯とパッドで止血した。

 

 

「骨が折れているとかは無さそうだし、応急処置で事足りそうね。また先生に詳しく診て貰わないと」

 

「そう言えば、入江先生は?」

 

「緊急の電話が入って、大急ぎで出ていかれました……詳しく聞く前に行ってしまって」

 

「そっちも大変そうですね。なら帰って来るまで、待っておきますかぁ!」

 

 

 鷹野と一緒とあり、やけに嬉しそうだ。

 梨花は彼を呆れながら見ていたが、助けてくれた恩人である事は決して忘れず、フフッと笑う。

 

 

「鷹野さんも、村外の人で?」

 

「えぇ。入江先生とは縁あって、雇って貰えまして」

 

「あの……不躾なんですが……い、入江先生とは……その、こ、ここここここ」

 

「こ?」

 

「こここここっここ、こここ」

 

「みぃ。汚い鶏になったのです」

 

「ここここここ……恋仲……だったり?」

 

「私と入江先生が?」

 

 

 彼女は愉快そうに笑う。

 

 

「アハハハ! いえいえ! そんな関係ではありませんよ! 尤も入江先生、研究とメイドと女の子以外に興味が御座いませんから!」

 

「改めて聞いたらなかなかヤバいのです」

 

「そ、そうですか!……恋人なし。うひょひょい!」

 

「私の恋人は別の方です!」

 

「うひょひょ…………ひょ?」

 

 

 恋人がいると言う暴露を聞き、上田の笑みが止まる。

 目から溢れていたキラキラ星が、砕けてスターダスト。

 

 

「鷹野、恋人がいたのですか?」

 

「あっ、言っちゃった! なら、本邦初公開ですわね!」

 

「…………恋人アリ?」

 

「誰なのですか? 僕の知っている人?」

 

「梨花ちゃんは知っているわ。上田先生と同じ名前の……?」

 

「……俺と、同じ名前……同じ、名前……『ジロウの名を冠する者』……!!」

 

 

 梨花は合点がいったようで、答えようとした。

 

 

「分かったのです!」

 

「待てッ!? 言うなッ!! 信じたくないッ!!」

 

「富竹なのです!」

 

「正解っ!」

 

「あああああああああああッ!!??」

 

 

 上田の思い人、鷹野三四には富竹ジロウと言う恋人がいた。

 それを知り、ショックから痙攣する。

 

 

「富竹さんが……!? あ、貴女の……!?……ばんなそかな……!?」

 

「彼をご存知でした? カメラマンの富竹ジロウさんです」

 

「……あの男ぉおお……! 助けなきゃ良かった……!!」

 

「ジロウの脈ナシの方が何か言ってるのです」

 

 

 同志と信じていたのに、盛大に、されど勝手に裏切られたと絶望する上田。

 

 

 

「ねぇねぇ、梨花ちゃん! 秘密教えたんだし……『祭具殿』、見せてくれる?」

 

 

 祭具殿。

 彼女から飛び出たワードに、上田は反応した。

 

 

「それとこれとは別なのです。あそこは立ち入り禁止なのです」

 

「そんなぁ……ほんのちょっぴり、見たいだけだから!」

 

「駄目なものは駄目なのです。この間、沙都子に怖い話した罰も兼ねるのです」

 

 

 二◯一八年、廃墟となった古手神社の祭具殿に入った事が、この不可解な事象の始まりだった。

 あれから一度も訪ねていないが、少し中を見たとは言え気になる。

 元の時代に帰る鍵が、あそこだからだ。

 

 

「祭具殿かぁ! 俺も気になるなぁ。ほんの一時間見せて欲しいなぁ!」

 

「上田には絶対入らせないのです。穢らわしい」

 

「穢らわしい……」

 

 

 恩人でも無理なものは無理らしい。

 

 鷹野は諦めたように溜め息をついてから、立ち上がった。

 

 

「沙都子ちゃん、栄養失調の可能性もあるから、点滴の準備しておくわね」

 

 

 廊下に出る。

 恋破れたとは言え、女性には紳士に尽くし、「あわよくば」を狙う男。

 

 

「お手伝いしますよ!」

 

「上田教授……いえいえ、これは私の仕事ですから」

 

「まぁ、そんな事言わずに! この村について、色々と聞きたいですからねぇ!」

 

「村について?」

 

「以前、お話した通り僕はこの村の地質に来ましたが、実は風土にも興味を持っていましてね!」

 

「……風土ですか」

 

 

 彼女はクスクスと笑う。

 その笑みがやけに妖艶で、悪魔的に感じた上田は驚き顔だ。

 

「……鷹野さん?」

 

「ふふふ! 失礼しました。丁度、私の専門分野でしたもので!」

 

「専門分野?」

 

 

 笑うのをやめ、歩きながら鷹野は質問する。

 

 

 

「『オヤシロ様』の正体……どうお考えですか?」

 

 

 唐突な質問だ。

 少しでも良い所を見せようと、上田は仮説を出す。

 

 

「オヤシロ。どう言う漢字かは知りませんが、『社』と書く場合にはこう推測出来ます! 社、これはそのまま、神社を意味する。逆に言えば、これは明確な神様の名前がないと言う事にもなります。過去、何かの名前があり、その神様が祀られていたが……例えば、その歴史を記したものが消失し、神社はあるが、なんて名前か分からないので暫定的に『お社様』にした結果、それが定着してしまったのではないか!」

 

「ほぉほぉ」

 

「因みに『やしろ』とは、元は屋台の屋と代表の代で『屋代(やしろ)』と読んだそうです。屋は建物を表し、代は『清められた土地』を意味していました! ただ、その土地の特徴だけを取り付けるには、妥当な名前です。まぁ、地方では祭神不明の神社なんてゴロゴロありますからねぇ」

 

 

 上田の仮説に、鷹野が待ったをかける。

 

 

「では古くから伝わるオヤシロ様の伝承と一緒に、考察出来ますか?」

 

 

 その伝承を語ってくれた。

 

 

「遥か昔……鬼ヶ淵沼より鬼が現れ、村人を襲った」

 

「……鬼ヶ淵沼……渓谷の奥にある?」

 

「流石は上田教授、やはりご存知でしたか!……そう。その沼より現れた鬼を……鎮めたのが、オヤシロ様だそうです」

 

「なに? もうその時点で名前が……」

 

「……まぁ、伝承を記した古文書は古手家が独占していて、いつの物から分かりかねますけど……でも記録は残ってあり、消失した話は無いそうですよ」

 

「難しいな……しかし沼から鬼……この曖昧な言い方が気になりますねぇ。妖怪やらは昔から、何かの災害を擬態させたものでしたから。過去、沼を原因として村に災厄が起きたとか?」

 

「まぁ! ご明察!」

 

 

 手を叩き、無邪気な表情を見せた。

 上田の表情も、パッと明るくなる。

 

 

「しかしあの沼は、火口やら何やらは確認されませんね。毒ガスだとかは思えないが、恐らく病気。ならば考えられるのは、『天然痘』! 天然痘は江戸時代以降、何度か流行を繰り返しており、ここ岐阜県でも起きたとか……『さるぼぼ』ってあるじゃないですか。あれ、何故赤いかと言えば、天然痘を振り撒く悪神は、赤い色が苦手と伝えられていたんです。つまり、さるぼぼは実は、天然痘から子供を守る為の魔除けだったんですよ。さるぼぼの存在は、岐阜での天然痘流行を物語っていたのです! 雛見沢村でも天然痘が流行し、何も知らない村人は『沼から来た』と勘違いしたのですよ!」

 

「へぇ……さるぼぼのは初耳でした……本当に上田教授は素晴らしい方で」

 

「ふっふっふ! ならやって来たオヤシロ様ってのは、医者か何かでしょうな! となると現在のオヤシロ様は入江先生でしょうねぇ!」

 

 

 どうだと、してやったり顔を惜しみなく披露。

 

 

「上田教授のその、病原体説は支持しますわ」

 

「はっはっは! まぁ、この世の超常現象やら伝説やらは、紐解けばなんてこと無いものですよ!」

 

「……でも、私は、病原体ではなく、『寄生虫』だと考えているんです」

 

「誰かが実家に帰ったんですか?」

 

「『帰省中』ではないですね。ギョウ虫とかハリガネムシの方です」

 

「パラサイトの方か……」

 

 

 しかし何故、寄生虫なのかと疑問になる。

 上田の天然痘説に対しての寄生虫説、その由縁を聞いてみた。

 

 

 

 

「もし、天然痘やペストと言った病原体だとすると……『鬼』と呼ぶのは些か妙だと。だって鬼って、妖怪の中ではかなり肉感的で、実体化した存在ではありませんか?」

 

「……言われてみれば」

 

「なら、私はこうです。『鬼』は、『凶暴化した村人』」

 

「凶暴化した村人? 一揆かな? 確かにここらは土地が痩せていますし、年貢の厳しい搾取でそう言った事もあるでしょうな」

 

「そうではありません、上田教授……『沼から発生した寄生虫が、人間を狂わしたのです』よ」

 

 

 突拍子のない彼女の主張に、上田は思わず失笑。

 

 

「ふはっ! あり得ませんよ! 人間を丸っと操る寄生虫が、自然界に存在する訳が……」

 

「上田教授。自然界だからこそ、何が起こるか分からないんですよ? 教授の仰った天然痘も……最初はただの、ラクダだけの病気でした。それがいつの間にか、人間にまで感染するウィルスに変貌したのです……自然は振られ続けるダイス、何処に転がるのか分からないもの」

 

「……は、はは。ま、まぁ、そう言う進化を辿った寄生虫がいたとします……なら、狂わせる意味は? 栄養源は? 脳に寄生するものは大抵、人間をそのまま死に至らしめるかと」

 

「栄養源は血だとして、狂わせる意味としては……雛見沢村から、宿主を離れさせない為?」

 

「なに?」

 

「古来から伝わる、『オヤシロ様の祟り』はご存知ですか?」

 

 

 知ってはいるが、思えば殆ど名前だけだ。

 真っ先に浮かぶものが鬼隠しだが、彼女の口振りでは『鬼隠し以前の祟り』らしい。

 

 

「……いや?」

 

「それは、『村から出た村人に祟りが起こる』なんです」

 

「……成る程。ババァが余所者に冷たいのは、その鎖国風習が少し残っているからなんですな」

 

「あら、そんな事があったんですか。まぁ、それはそれとして……」

 

「流されちゃったよ」

 

「寄生虫は、気候や風土の関係上、雛見沢村でしか生存が出来ない。だから離れようとした村人を狂わして、無理やり引き戻そうとした。もし、それで凶暴化した人間が暴れた場合、彼らは『鬼』とされ、それを鎮めたオヤシロ様となると、上田教授の仰った通り、医者になります。現に……明治以前までこの村は、『鬼の住む村』として恐れられていたみたいですよ?」

 

「そんな馬鹿な! 寄生していながらも、土地から離れた事を感知する寄生虫? あり得ませんよ!」

 

「ハリガネムシに寄生されたカマキリは、そのハリガネムシによって、水場に誘導させられるそうですよ? それに感知ではなくて、雛見沢を離れたばかりに死に掛けた寄生虫が、何らかのフェロモンを出した……とか?」

 

「まぁ、その方が特性としては妥当ですかね。まとめると、沼から現れた寄生虫が村人を狂わし、その姿が鬼となった……村から出ても狂うので、村自体が鬼の住む村と恐れられた。そしてその寄生虫に効く薬を持っていた医者が、オヤシロ様?」

 

 

 上田からすれば、辻褄が合っていそうで、でもツッコミ所のある説だ。

 第一、村から出れば狂うのに、何故村にいながら狂う人間がいたのか。

 第二に、そのような寄生虫がいるとすれば、とっくに研究されていても良いハズ。

 第三に、遥か昔に寄生虫を抑える薬なんかがあるものか。

 

 

 第三については、上田はある集落にて、不治の病を治す薬を調合した者を知っているので、あり得なくもない。

 所詮、現代社会で使われている薬と言うのは、自然界の僅か数パーセントの物を調合した程度に過ぎない。

 

 

 

 

「面白い考察ですが、やはり寄生虫と言うのは流石に……」

 

「上田教授には、これを差し上げます!」

 

 

 立ち寄った部屋から何かを取り出し、彼女は上田に手渡す。

 過剰な期待を寄せながら受け取ったそれは、スクラップブック。

 

 

「これは?」

 

「さっき言った、寄生虫説の根拠を網羅した本です!」

 

「いや、鷹野さん……やっぱ、寄生虫説は無理が……」

 

「まぁまぁ。語り切れない所も載っていますから、是非是非! 私、こう言った調査が大好きなんです!」

 

「大好き……うひひょう! そ、そうですか。まぁ、生物の進化と言うのは謎が多いですからねぇ! それを解き明かすのも、教授の務めですから!」

 

 

 スクラップブックを、バッグに仕舞う。

 

 

「では、お返しに僕の本でも……」

 

「本を出版されていたんですか?」

 

「ははは! ベストセラーですよ! こないだ、とうとう重版決定し……おう? ないぞう?」

 

 

 さては置いてきてしまったかと、天を仰ぐ。

 

 

「入江先生は遅くなりそうですね。今の内に、取って来ますよ!」

 

「良いんですか? 教授の書いた本、気になります!」

 

「ウヒョア! 任せてください! 本当なら一冊千円プラス税の所、タダで差し上げますから!」

 

 

 上田は駆け出し、意気揚々と診療所を出て行った。

 

 

 

 最初はニコニコとそれを見送っていた鷹野。疲れたように、一気に表情を崩した。

 

 

 

 

 

 

 

「……何も知らないなんて、幸せ者ね」

 

 

 夕焼けになり、ひぐらしが鳴く頃。

 闇に沈む中で彼女はほくそ笑む。



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驚天動地

 魅音と詩音が辿り着いた場所は、レナの家。

 停まっていた救急車が走り出し、次にはパトカーもやって来ていた。

 

 何かあったのか。

 

 家の前に駆け寄った時、大粒の汗を流して玄関から出て来た、入江を発見した。

 入江だけではない。口元を押さえて震えている、知恵先生も。

 

 

「監督!? 先生!?」

 

「……詩音さん? ん? んん?」

 

 

 格好は詩音だが、髪が魅音の為、混乱しているようだ。

 まず着替えてからにするべきだったと後悔したが、走り寄る入江を前に気を戻した。

 

 

「入れ替わっているのかい?」

 

「ちょ、ちょっと訳あって……それより、ここレナの家だよね? どうしたの?」

 

「それが……」

 

 

 言い辛そうに顔を顰め、頭の中で言葉を纏めてから話し出す。

 

 

 

「……その、レナさんのお父さんが……バットか何かで頭を、殴られたんだ」

 

 

 

 詩音と魅音、そろって愕然とした。

 

 

「え!? 監督、本当なんですか!? レナさんのお父さんが……!?」

 

「強盗!?」

 

「今、警察が見分しているからまだ犯人とかも分からないけど……知恵先生が見つけてくれたから良かったが」

 

「……そう言えば知恵先生、放課後に家に行くって言ってたから……」

 

「それでも、かなり危険な状態だった……応急処置はしたけど、これからどうなるのか……」

 

 

 嫌な予感がして、魅音は話しかけた。

 

 

「……レナは……!?」

 

 

 

 圭一と共に行方不明のレナ。

 もしかして彼女も襲われたのではないかと、不安になる。

 

 

「レナさん? いや、家にいたのは、倒れていたお父さんだけだったらしい」

 

「そ、そうなんだ……本当、こんな時に何処行ったんだか……」

 

「……………」

 

「……監督? どうしたの?」

 

 

 言おうか言わまいか、迷いを見せる入江。

 二人がレナの友人である事、そして彼が聞かされた情報が未確定である事を含め、黙っておく。

 この情報を聞かされた知恵先生でも怒り、同時に恐れ、あんなに震えているのに。

 

 

 

「……いや。なんでもないよ」

 

 

 

 父親を殴った犯人は、レナの可能性がある事を。

 凶器は、『鉈』。その峰で殴ったとみられている。

 

 竜宮レナが良く、持ち歩いていた物だ。

 

 

 

 

「……そんな事は、ないんだ」

 

 

 入江は強い、不安を抱えていた。

 レナではないと信じつつも、心の底のある『まさか』は覆せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道中、上田は鷹野から受け取ったスクラップブックを抱えながら歩いていた。

 

 

「寄生虫ねぇ……ふはは! 鷹野さんって、意外と信心深いお方だったんだなぁ!」

 

 

 口では否定しているが、少し信じ込んでいる自分がいる。

 鷹野には、妙なカリスマを感じたからだ。

 

 話した事が嘘だろうが、信じ込ませてしまう魔性があった。

 

 

「たまんねぇ〜!! 鷹野さんのファンになりそう」

 

 

 それが上田にドンピシャだった。

 恋人がいる女性なので略奪とかはするつもりも、度胸もないが。ただ、ファンになりたかった。

 

 

「まぁ、ゆっくりと読んで、彼女に指摘したりすれば……ちょっとアピールになるかなぁ」

 

 

 スクラップブックをもう一度鞄に戻し、前を見れば山田が借りている園崎の別宅。

 

 

 

 

 

 扉は壊され、窓が全て破壊された、見るも無残な姿。

 

 

「なにッ!?」

 

 

 咄嗟に駆け寄り、家に入る。

 畳は土足で荒らされ、冷蔵庫や扇風機、障子が倒されていた。

 何故か吊り下げ式の電気が、ちゃぶ台の上に落ちている。

 

 

 一瞬でここで、何か不穏な事が起きたと察知出来るだろう。

 

 

 

「……山田……!?」

 

 

 別宅から出ようとした時、出入口で立ち止まる。

 

 

 三人の男が、立っていたからだ。

 チビと、ノッポと、デブ。

 それぞれ鉄棒、鎌、鍬を持っていた。

 

 

 リーダー格らしい、チビが怒鳴りつける。

 

 

「おめぇも、あの女らの『ナマカ』か!」

 

「……ナマカ?」

 

「ジオ・ウエキ様が仰っていたんじゃ! お前らは、ダムの関係者と繋がっているってな!」

 

「そうだそうだ!」

 

「ブヒブヒ!」

 

 

 デブが背中にかけている旗が目に入る。

 ジオ・ウエキの信奉者かつ、『雛見沢じぇねれ〜しょんず』の旗。彼女が何かを吹き込んだのだろう。

 

 

「……山田を何処へやった」

 

「あの貧乳か?」

 

「あの貧乳だ」

 

「奴は裁きを受けるんじゃ! ダムの会社と繋がり、ワシらの動向を探りに来た罰じゃ!」

 

「そんなの、でっち上げだ!!」

 

「ジオ・ウエキ様が捕まえた『作業員の一人が白状』しとるんじゃ! 言い逃れ出来んぞぉ!!」

 

 

 ジオ・ウエキの正体や、三億円の無事を知らない上田。

 その話が全く、理解出来ずにいた。何故、彼女は突然、山田と自分を敵と見なしたのか。

 

 

 

 だがそんな事は関係ない。

 山田が捕まった。それで十分だ。

 

 

「……山田は何処だ……!」

 

「誰が教えるかい! ジオ・ウエキ様……我が魔王女から言い付けられたんじゃ……この家に来る者を倒せとッ!!」

 

「……話す気はないんだな……!!」

 

 

 臆する事なく、彼らの前に立つ。

 彼の戦意に気付き、三人もまた迎撃態勢をとる。

 

 

「ワシらを舐めるんじゃないぞッ!! 我々はジオ・ウエキ様の忠実なる僕……ワシは『サル』ッ!!」

 

「俺は『カッパ』!!」

 

「ぼかぁ、『ブタ』だぁ」

 

「『西遊記』……?」

 

 

 

 

 チビこと、サルが鉄棒を構える。

 

 

「如意棒……」

 

 

 ノッポこと、カッパが鎌を構える。

 

 

「降魔の宝杖……」

 

 

 デブこと、ブタが鍬を構える。

 

 

「九本歯の馬鍬……」

 

 

 

 三人は上田を取り囲み、武器を向けた。

 上田はただその中心に立ち、三人を睨み付けるだけ。

 

 

「「「ニンニキニキニキニンニキニキニキ……」」」

 

 

 不気味なお経を唱え、いつ襲い来るか分からない気迫。

 

 

 

 

「……面白い。掛かって来いッ!!」

 

「ブヒーッ!!」

 

 

 ブタが鍬を振り上げ、上田の背後から叩き付けようとする。

 

 だが上田は一瞬で空気を読み取り、身を翻して回避した。

 

 

「ウキーッ!!」

 

 

 回避した先で、サルが鉄棒を振り下ろした。

 上田はそれを避けはせず、逆に手で掴んで受け止める。

 

 

「ホワチャーッ!!」

 

「ごくぅっ!?」

 

 

 攻撃を受け止められ、動揺を見せたサルに強烈な一撃を浴びせた。

 彼は目を回し、地面に平伏す。

 

 

 

 

「カッパーッ!!」

 

 

 鎌で斬りつけて来るカッパ。

 サルへの攻撃で動作が止まっていたとは言え、何とか寸前でかわす。振り下ろされた鎌が、肩にかけていた鞄に擦れる。

 

 

「この鞄……高かったんだぁぁぁッ!!」

 

 

 怒りの咆哮。

 それに驚いて隙を見せたカッパの懐に潜り込み、ボディーブロー。

 

 

「さごじょッ!?」

 

 

 白目剥いて気絶する。

 

 

 

 

「ブヒーブヒーッ!!」

 

 

 再び攻撃を行うブタだが、上田は気絶したカッパの服を掴んで引き寄せ、旋回。

 ブタの前に仲間(なまか)のカッパが盾にされ、思わず手が止まる。

 

 

「ナマカぁ!?」

 

「はぁーッ!!」

 

 

 その隙にブタへ突撃。

 慄く彼の顔面へ、必殺のストレート。

 

 

「ワチャぁぁあーッ!!!!」

 

「はっかいッ!?」

 

 

 背中からぶっ倒れ、目を回して気絶、失神、再起不能。

 上田は一人で、三人をやっつけた。

 

 

「……ハッ!! 通信教育で得た空手、柔道のスキル持ちで……何より田舎の農家が、元グリーンベレーの俺に敵うもんか……」

 

 

 

 呻き声をあげる程度、まだ意識のあるサルへ近付き、胸倉を掴む。

 

 

「山田は何処だッ!!」

 

「ひ、ひぃい!? や、『谷河内』の山の中でしゅうぅぅ!!」

 

「谷河内……確か、雛見沢より山中に入った……」

 

「ゆ、許してくれます?」

 

「俺は許そう……だがこの拳が許すかなッ!!」

 

「どりふッ!?」

 

 

 サルの鼻面にぶちかましてやり、彼は目を回して気絶。

 場所が判明し、覚悟を決めた上田のする事は一つだ。

 

 

「……待ってろ、山田……!!」

 

 

 谷河内に向け、走り出す。周辺の地理は、完全に覚えていた。

 彼にとって、向かう所に敵なしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の山田たち。車で運ばれ、谷河内にて。

 暗くなり始め、ひぐらしが鳴く頃。

 山林の中で、立てられた二本の棒に、一方に山田、もう一方に富竹と圭一が縛り付けられていた。

 

 

 その周りで囲んでいるのは、雛見沢じぇねれ〜しょんずの構成員たち。

 ざっと見る限りでは、十人以上はいる。

 

 

「「ムダムダ〜、ムダムダ〜、ムダムダ〜……」」

 

 

 必死に解こうともがくが、キツく縛られた縄を抜ける事は出来ない。

 

 

「クソォッ!! なんで分かんねぇんだよぉ!! 全員、ジオ・ウエキに騙されてんだってよぉッ!!」

 

「……前原くん。それで通じるのなら、僕らをこうやって縛り付けたりしないよ」

 

「こりゃ参ったな……完全にあの女の情報網を侮っていた……」

 

 

 山田にとっての誤算は、完全にそこだ。

 三億円事件に関し、全く雛じぇねが関わっていないと読んでいたばかりに、このような返しを食らってしまった。

 

 

 

「これが、アタシのTMネットワークですわ」

 

「小室哲哉……?」

 

 

 構成員らが掲げる松明の火に照らされ、ジオ・ウエキが姿を現した。

 いつもの衣装、いつもの化粧、しかしその表情には冷酷な闇が広がっている。

 

 この女なら人を殺しかねない……そんな気迫を醸す狂気だ。

 

 

「あなたがたは、アタシの三億円を奪ったと同時に……ダムの会社と繋がっていました」

 

「それは全部あんただろ!」

 

 

 山田の叱責に対し、構成員らの殺気が集中。

 

 

「ステイステイ……残念ながら、作業員本人から聞いた情報ですので」

 

 

 まさか仲間の作業員を使い、構成員らへの説得力を強めるとは。その点を挙げるなら、脱帽だ。

 

 

「この三億円……おっっも!」

 

 

 ケースを持ち上げ、見せつけてやる。

 

 

「……この三億円は、謂わば対価ですの。今まで愚直に戦争しかける事しか出来なかった園崎に対し……ダムの計画遅延にまで漕ぎ着けたアタシへの」

 

「何が遅延に漕ぎ着けただ……そっちがダムと繋がって、反対派閥に墓穴を掘らせようとしていただけだろ! お前のやった事は、ニンニキニキニキお見通しだッ!!」

 

「や、山田さん! ちょっと控えてください! 完全に僕らの分が悪いんですから!」

 

 

 雛じぇねはジオ・ウエキを信じ切っている。

 余所者の山田の言葉など、届かないだろう。富竹の言う通り、無闇な刺激は命を縮める。

 

 

「俺たちをどうするつもりなんだッ!!」

 

 

 圭一の質問に対し、「待っていました」と言わんばかりにしたり顔を見せるジオ・ウエキ。

 

 

 

 

 

「お亡くなり〜!!」

 

「「無駄無駄無駄無駄ァッ!!」」

 

 

 呆気ない、死刑宣告。三人の顔が青冷める。

 

 

「足元、見てくださいな」

 

 

 

 縛り付けた三人の足元には、藁が敷き詰められていた。

 ただの藁ではない、妙な臭いが漂っている。

 

 

 

「……これは……!『ガソリン』!?」

 

「うっ……俺、この臭い嫌いなんだよ……」

 

「私は好きですね。ガソリンスタンドとか、窓全開にしますします」

 

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ我が救世主ッ!!」

 

 

 ガソリンを染み込ませた藁に、構成員らが持っている松明。

 これらが示す、三人の処刑方法。誰でも理解出来るだろう。

 

 

 

 

 

「一四三一年、五月三十日……フランスのルーアン、ヴィエ・マルシェ広場にて、ある人物が異端の罪で処刑されました」

 

 

 ジオ・ウエキは突然、語り出す。

 闇が訪れ、夜が支配を始める頃。

 

 

「……あの有名な『ジャンヌダルク』です」

 

「星五じゃん!」

 

「師匠……どう言う意味っすか?」

 

「……しかし当時、異端の罪で死刑になるのは……一度懺悔したにも関わらず、もう一度異端を犯した場合にのみでした」

 

 

 彼女はクスクスと笑う。

 

 

「……『男の格好をしない』と約束したのに、また男の格好をしたから、処刑されたそうですよ? ウフフフフ!」

 

「………………」

 

「そのジャンヌダルクは、火刑に処されました……このように、棒に括り付けられ、藁に火を放たれ……」

 

 

 

 

 真っ赤な口紅が、大きく歪んだ。

 

 

 

 

 

「……残った遺灰は川に捨てられた……あなたたちの灰は、鬼ヶ淵沼にでも流しておきますわ!」

 

 

 耳障りな高笑いが、山林に木霊する。

 彼女に合わせて構成員らも、「ムダムダ〜!」と叫ぶ。

 万事休す、もうどうにもならない。ただ縄を解こうと、身を必死によじるくらいしか残っていない。

 

 

「くっそぉぉ!! 死んでたまるかぁぁあ!!」

 

「どうすれば良い……!!」

 

「ここまでか……くわばらッ!」

 

 

 錯乱し、暴れる圭一。

 寸前まで、突破口を探そうとする富竹。

 諦めた山田。

 

 各々の反応に関係なく、火は降ろされようとする。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだてめぇ……おごっ!?」

 

 

 後方で、誰かの悲鳴。降ろされかけた火が、止まる。

 

 

「貴様ぁ! どうして……ぎゃあっ!?」

 

「ここが……ぶはぁっ!?」

 

「わかった!?……ツエーイッ!!」

 

 

 次々に構成員を薙ぎ倒し現れたのは、

 

 

 

 

「山田ぁぁッ!! ここにいるのかぁぁッ!?」

 

 

 

 上田次郎。

 真の救世主だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 診療所から一旦、神社に戻ろうとする梨花。

 沙都子の着替えを取りに行くつもりだった。

 

 

「……上田、一体何処行った……」

 

 

 帰って来なくなったと言う上田の様子も見に行くつもりだ。

 

 

 その途中、向かい側からやって来た車。

 道の端に避けたが、車は何故か隣で停車する。

 

 

 

 

「梨花ぁ!?」

 

 

 後部座席から顔を出したのは、魅音。入れ替わりはもう解けていた。

 

 

「魅ぃに……詩ぃに、監督もいるのですか?」

 

「良かった……学校来なかったからおじさん、心配したよぉ!」

 

「ごめんなのです……明日からまた、沙都子と一緒に行くのです!」

 

「沙都子ちゃん、助かったんだね!?」

 

 

 運転席から、入江も顔を出す。安堵し、座席に凭れていたが。

 

 

「入江、何処行ってたのですか! 沙都子、診療所で寝ているのですよ!」

 

「あ、そうだった! 上田教授と約束してたんだ! す、すぐに戻る……!」

 

「監督、待ってください!」

 

 

 アクセルを踏もうとする入江を止め、魅音を押し退けて詩音が顔を出す。

 

 

「梨花ちゃま、圭ちゃんとレナさんは見ました?」

 

「みぃ。見てないのですが……二人も、学校行ってないのですか?」

 

「し、詩音、痛い痛い……そ、そうなんだ。しかもどっちも行方不明で……レナの所なんか、お父さんが誰かに襲われて病院に送られたんだよ!」

 

「……レナの、お父さんが?」

 

 

 どうにかなると思っていたのに、その希望にザワザワとした、不安が灯り始める。

 頭の中で、「まさか」と「嘘だ」が繰り返される。

 

 

 脳裏に浮かぶは、レナが鉈を…………

 

 

 

 

 

 

「……取り敢えず、僕らは診療所に行かないと……二人は?」

 

「そりゃ、沙都子に会うでしょ! 圭ちゃんとレナは、ウチで探させるから!」

 

「私もこのまま乗り合わせます」

 

 

 再び車を動かそうとした時、後ろから来た車がクラクションを何度も鳴らす。

 

 

「ああもうッ!? 出すから鳴らすなッ!!」

 

「一回で良いでしょそう言うのはッ!?」

 

 

 同時に怒鳴る、園崎姉妹。

 だがやって来た車にいたのは葛西だった。

 

 

「……魅音さんに、詩音さん……!」

 

「あ、葛西!?」

 

 

 車から出て、二人に走り寄る。

 その表情は、酷く切羽詰まったものだった。

 

 

「丁度良かった……! 緊急事態です……!」

 

「どうしたの、葛西?」

 

「……雛見沢じぇねれ〜しょんずが、園崎家の前で暴動をおっ始めやがりまして……!」

 

 

 彼の報告に、一同は絶句する。

 ジオ・ウエキ率いる彼らが暴動、只事ではないだろう。

 

 

「なんで暴動なんか!?」

 

「あの狐女、何を思ったのか……山田さんをダム