エリカ、転生。 (gab)
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プロローグ

はじめまして。gabです。
多重クロスものです。



 

 

 ピン。

 スマホの音が鳴る。うるさい。

 

 ピン……ピン……ピン、ピン、ピン。

 

 SNSの通知音が続く。

 見て早くレスしないと話に乗り遅れるんだけど、今は一刻も早く家につきたいのよ。録画予約はしてるけど、リアルタイムで見たいのだよ。

 

 学校の友達とやり取りするのは楽しいんだけど、レスのやり取りに時間が取られるのがほんと嫌。

 付き合ってたらゲームも進まないし、本も読めない。

 でも間違って既読つけちゃったのにレス付け忘れたら、次の日には「性格悪い子」とか「空気読めない子」の扱いをされる。女子ってほんと、ヤヤコシイ。

 まるで中学か高校みたいだけど、これで大学生なんだよ、マジで。

 

 ピン……ピン……ピン、ピン、ピン。

 

 あああ! もう。

 急いでスマホを取り出す。

 

 たくさん入っているメッセージを読まず、さっさとフリック。

 

*********

 

 やーん。みんな楽しそう(T.T)

 今帰り道だから急ぐね!

 帰ったら読み返す! 待っててぴょんぴょん♪

 

*********

 

 ゆるキャラが急いで走るスタンプをいれてっと。

 

 

 ……ふう。

 

 こういうのが普通なんだろうか。

 オタクバレしたくないから、元気で明るいきゃぴきゃぴを続けているけど、こんなことをしなくちゃ“オトモダチ”でいられないのって、変な話だ。

 

 ピン……ピン……ピン、ピン、ピン。

 

 また来た。あ、私へのレスかも。

 あの、ゆるキャラが焦りすぎて転んで毛皮だけ先に飛んでるスタンプ、面白いから貼っておこうかな。

 スマホを取り出して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ふと気が付くと、なんだか知らない部屋の中だった。

 え? ここどこ?

 

 6帖ほどの部屋。

 窓もなく、部屋の真ん中に机と椅子、机の上にはパソコンが一台。

 たったそれだけの、何の飾り気もない部屋。

 

 振り向けば扉すらない。

 え? 扉がないって、ここからどうやって出ていけばいいの?

 ……ううん。そもそもここはどこだろう。何故、ここにいるんだろう。

 

 確か……

 学校の帰りに、急いでて

 SNSのレス付けなきゃで

 それで……

 それで、どうなったっけ?

 

 

 その先が思い出せない。漠然と、あんまり思い出しちゃ駄目って気がして。

 どうすればいいのかと考える。

 

 そして――

 

 その答えを与えてくれそうなものが……目の前に、ある。

 机の上に置かれた、ディスプレイとキーボードとマウス。

 その、19インチほどの横長の液晶画面には、こう、文字が表示されていた。

 

 

**************

 

【転生の部屋】

 

被験者No:T028-035

 

基本データ

 個体名:柳原英里佳

 死亡理由:交通事故

 享年:18歳4ヶ月

 

 固有スキル:未設定

 

 

 質疑応答を行いますか?  Y / N

 

 

**************

 

 

 ……ええっと。

 何とつっこめばいいのか。

 えっと。

 

 うん。

 とりあえず。柳原英里佳ってのは私の名前ね。やなぎはらえりか。

 現在18歳と4ヶ月。

 そこまではあっている。

 享年って、え? 私って死んだの?

 

 とりあえず、質疑応答の横の「Y」をクリック。

 するとチャット画面のようなウィンドウが現れた。

 

 聞かなきゃわかんないんだから、ちゃんと聞こう。

 椅子に座り、ネットで培ったキータッチ能力をいかんなく発揮し、猛烈に文字を打ち込み始める。

 

 

「質問していいですか?」

 

《はい。どうぞ》

 

 すぐに返事が打ち込まれた。

 

「なんで、私、こんなに平静なんでしょうか?」

 

 そう。まず一番に聞くのはこれ。

 だってさ。

 いきなり知らない部屋にいて。死んだって書かれていて。

 でも、私、あんまり焦ってないし、ちっともパニックになってない。

 現実感がないからだってのもあるけど、あまりに冷静すぎる。

 こんなの、おかしすぎる。

 

《一時的に精神を安定させるよう処置を施しています

 興奮して話が進まないと、説明が長くなります

 

 他にも被験者がいらっしゃるので、私も先が詰まってるんです

 スムーズに進行するための処置です》

 

「私は死んだのですか?」

 

《はい。表示の通り交通事故です》

 

 いきなり死亡とか交通事故とか言われても、そんな覚えはない。……のだけれど。それについて疑問にも思わないし憤りも感じないのは、“一時的に精神を安定させるよう処置を施して”いるからか。

 なんてこったい。

 

 ただ。

 どうせ死ぬんなら無理にオトモダチに付き合わず、もっとオタク趣味を満喫すればよかった、と漠然と思った。

 

「あなたは神様ですか?」

 

《概ねその認識で合っています。私は管理者の下で事務処理を担当しております

 名は名乗れませんので、担当者とお呼びください》

 

「わかりました。よろしくお願いします、担当者さん

 それで、この転生の部屋ってのと被験者ってのは何ですか?」

 

《“転生の部屋”は、この度の試みに際し、被験者を転生させるために用意した空間です

 “被験者”は、直近に死亡した魂よりランダムに抽出したものです

 

 今回貴女をこの場へお招きしたのは、能力を授けて他の世界へ転生してもらうためです》

 

 web小説でしかお目にかかれないこんなセリフを、まさか自分で体験することになるとは……

 まさに人生は小説より奇なり、だな。

 マジか、マジなのか。

 

 

「拒否権とか……」

 

《すでに処理が済んでおります。変更は許可できません》

 

「なぜそんなことを? 小説なんかでよくある、失敗したので特典付きで、ってやつですか?」

 

《いえ、やんごとなき方々の、ちょっとした戯れです》

 

「戯れ……」

 

 茫然と繰り返す。なんだこれ。戯れ、って言いきりましたよ、この人。

 

 戯れとか被験者とか、勝手に選ばれたこととか、怒りもせず、「そうか、転生できるのか」なんて思えてしまう。

 

 “一時的に精神を……”の効果か。怖いな。“管理者”や“担当者”への悪感情も浮かんでこない。

 ……なんてことをうっすらと考えていたはずなんだけど、その気持ちすらぼやけて消えた。

 

 そのあと、いろいろと聞いた。もう、ほんと、いろいろと。

 

 どれだけ早く打っても会話するより時間も手間もかかる。画面上でちまちまやり取りしていくのが、もどかしい。

 まるでチャットのような長い話になってしまったが、まとめると、こんな感じ。

 

 

 ぶっちゃけると、神サマ的存在“管理者”の、娯楽を兼ねた実験らしい。

 

 どんな実験かって?

 

【転生を繰り返して記憶と経験を積み重ねることで、“様々な能力を持つ、強靭な肉体と精神の個体”を育成する。

 それにより、魂の位階があがり上位世界へ到達するものを誕生させる】

 

 これが今回の目的。

 

 通常、人が死ねば、魂は管理者のもとへ戻される。

 そこで、前世で疲弊した魂を浄化することで再初期化し、また輪廻転生の輪に還される。記憶は再初期化の際に失われる。

 

 この実験では、魂の浄化プロセスを通さないため、魂の疲弊は蓄積していくが、記憶のみではなく経験で得た能力も次生へ引き継ぐことで、強い個体を作り上げる。

 臨界値に達すれば位階があがり、上位世界への転生が可能となる。

 

 上位世界とは地球よりももっと高次元の生き物が暮らす世界で、地球人からすれば神の国のようなものらしい。

 “管理者”や“担当者”はそこの、もっと高次元の存在なのだとか。

 

 

 被験者のうち、無事成長を遂げ、位階のあがったものは、“管理者”や“担当者”のいる上位世界へといざなわれる。

 失敗したもの、経験を上手に生かせなかったものは、転生を繰り返すうちに魂の疲弊が進み、いずれ消滅してしまう。

 

 経験を生かすも殺すも、本人のこれからの頑張り次第。

 転生が終わるまで、つまり、上位個体になるか、消滅するか、どちらかの結果がでるまで、精一杯生きよ。

 ……とのこと。

 

 

 “管理者”や“担当者”は被験者がどう行動するか、その過程を観察する。

 

 被験者は、私のような死亡間もない魂をランダムに抽出している。

 

 一応、被験者にもメリットがある。

 まず、成功すれば普通に輪廻転生を繰り返していても決して到達できない、高次元の生命を得る可能性があること。

 

 それから、これからの転生先はランダムで選ばれるが、どこへ行くとしても地球上で人気のある物語、小説やゲーム、漫画などをベースとした世界へ生まれる。

 もし原作を知っている世界であれば、その知識は生き残る上で十分なアドバンテージとなるだろう。

 

 物語に介入するのも、不干渉を貫き普通に生きるのも、オリ主やってハーレム作ることも、原作知識を活かして先の予測を立てて金儲けするもよし、地球での現代知識でNAISEIするもよし。

 好きなように行動していい。

 

 他の被験者と同じ世界に行くのかと聞くと、それもランダムらしい。

 今何人の被験者がいるのか、どんな世界があるのか、それも内緒。もし同じ世界に行くことがあればそれも運命。

 助け合っても殺しあってもかまわない。

 

 

 新しく生まれ変わる身体は、健康で成長しやすく、その世界で必要とされる才能を十全に引き出せる素地を持って生まれる。

 精神的にも現在の自分よりは強くなっているらしい。

 そしてその人生で得た能力をまた次の生へも引き継いでいく。

 

 そのうえ、被験者には最初に特典が貰える。被験者の望む能力を固有スキルとして与えてもらえるのだ。

 ただし、特典は現在の人生を管理者が観察し、評価した“点数”に準ずるため限度がある。

 

 どんなものを貰えるのか、と聞くと、「被験者が希望し、点数が足りなければ“足りない”と伝えるから、能力に制限を加えるか別の特典を選べ」という事らしい。

 

 それを考えるのも、実験の一つなのだ、きっと。

 

 ぶっちゃけ“管理者”は、弱い人間が物語や漫画の世界へ行ってそこからコツコツ強くなっていく、その成長過程を見て楽しみたいわけで。

 だけどさくっと殺されてもつまらない、と。

 だから、与えられる範囲の中で、自分で工夫して能力を考えろ、ということらしい。

 

 あれだよ。

 おやつは300円まで、ってやつと一緒だ。

 300円のチョコを買うのか、30円の駄菓子を10個買うのか、1000円のお菓子を買ってそのうち3割だけ持っていきますってことにするのか、自分で考えろってことだ。

 きっと、この過程も楽しむんだろう。

 

 

 頑張って位階を上げるために、転生先で、不幸な死を迎えるはずのキャラを助けたり、物語をより幸せにしたり、人サマの役にたつとか、道徳的な生活をしたほうがいいのかと聞いたけど、生物の生死や、地球人の考える善悪など、高次元の存在からすれば何の意味もないらしい。

 

《たとえば貴女、ゾウリムシやミジンコを見て、個体の差がわかりますか?

 彼らには彼らの摂理があるのです。

 何を思って生きているか、判断できますか?

 貴女たちにも理解できないでしょう?》

 

 なんて言われてぐぬぬぬっときた。私らは微生物程度ですかい。

 

 じゃあどんだけ悪いことをしても強くなりさえすればそれで位階があがるのか、っというと、そうじゃないのだそうだ。

 

 魂の輝きの違いは、その生き方にかかわってくる。

 

 だけど、位階を上げるためにどう生きるのがいいのか、それは各々が判断しろ、と、そう言われた。

 

《貴女方がどう行動するのか、見ております。

 楽しませてくださいね。期待しております》

 

 結局娯楽じゃん。

 ああ、チクショウ。

 腹が立たないのって、おかしいのに。おかしいと思ってても納得してしまっている私がいる。

 “一時的に精神を……”の効果、おそろしや……

 

 

 

 



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特典の選定

 

 

《では、特典を決めてください》

 

 特典の能力はずっと持ち越しできて、転生先で身に付けた能力も次の転生に持っていける。

 つまり、強くてニューゲームです。

 

 でも、転生先がわからなければ、能力選定の基準がわからないよね?

 そこんとこどうなんですか? なんて縋ってみたけど

 

《汎用性の高いものを選ぶのが最良ですよ》

 

とアドバイスだけくれた。

 

 

 さて、困った。

 どんな世界でも使えそうなもの。

 

 いろいろ聞いてみたけど、すでにこの“特典選び”から実験は始まっているらしく、明確な回答はでてこないのだ。

 

 たとえばアイテムボックスを頼んだとしても、一般的な小説にありがちな、「重量無制限・時間停止・重さを感じない・生き物以外なんでも入る」などは駄目で、《点数が足りません》と言われる。

 

 んで、そこから少し能力を下げなくちゃいけない。

 どうすればOKがでるのかは、教えてくれない。

 重量を減らし、時間停止を時間遅延にするとか、冷暗所だから少し長持ちするにするとか。いろいろ妥協点を見出す必要があるのだ。

 

 たとえば

 ・重量をうんと少なくして、そのかわり時間停止にする

 ・重量は多め。その代わり中身も時間が同じように進むがアイテムボックスの中は冷暗所のため、若干中のものが長持ちする

 ・重量は本人の体重の2倍までは重さを感じないが、それ以上は重さを感じるようになるけど入れることはできる。中は時間停止

 ・30種類のものが入れられて、同種類のものならいくらいれてもいい

 

 とか、被験者が工夫を凝らして、点数内に収めて自分ならではの能力を作る工程も楽しみにしているらしい。

 

 

 で。私はどうするか。

 

 アイテムボックスは確かに便利だよね。

 でもそれが一番かと言われると、そうでもない。

 

 力をくれるという事は、どの世界に行くとしても、ほぼ闘いが必要だということなんじゃないだろうか。

 原作介入云々の前に、普通に暮らしているだけでも危険なら、まず身の安全を図るべきだよ。

 

 能力を十全に引き出せる身体はもらえるらしいけど、いきなり強くはなれない。

 ならば、死ににくい能力を貰うのがいいんじゃないだろうか。

 

 攻撃能力よりも防御や回復、またはアイテムボックスのような便利系か。

 回復魔法も考えたけど、もしその世界に魔法がなければ、危ない奴らに目を付けられて捕まってモルモット扱いなんてことにも。

 薬師や錬金術師のような知識か、あるいは逃げに徹して転移能力というのもいいかも。

 

 よし! 決めた。

 危なくなったら『とりあえず逃げる!』コマンド、だ。

 

「転移能力は貰えますか?」

 

《条件を絞り込んでください》

 

 いつでも、どこへでも、どれだけ荷物を持ってても、なんていうのは駄目ってことかな。

 

「転移先は、あらかじめ行ったことのある場所で、明確にイメージできる場所に限られる。

 手に触れているものであればどれほど重くても一緒に転移できる」

 

《点数が足りません》

 

「転移先は、あらかじめ行ったことのある場所で、明確にイメージできる場所に限られる。

 転移する際には転移先を思い浮かべ、(○○へ転移)と宣言が必要。

 手に持てる物であれば一緒に転移できる。

 一日に30回しか転移できない」

 

《点数が足りません》

 

 これもだめ?

 転移できる場所が無制限なのが駄目なのか。登録制にすれば大丈夫?

 でもとっさに逃げるための能力だからなあ。

 

「転移先は、あらかじめ行ったことのある場所で、明確にイメージできる場所、なおかつ現在地から300キロメートルまでの範囲に限られる。

 転移する際には、行きたい場所を思い浮かべ、心の中で(転移)と念じる。

 手に持てる物であれば一緒に転移できる」

 

《これで登録しますか?》

 

 あ、これはいけるのか。

 

 

 ……でも300キロって、思っているよりずっと狭いんだよね。

 

 たとえば日本国内なら、何度か飛べば移動できるだろうけど、日本からアメリカに行こうと思ったら、途中の海が渡れないからアメリカには転移ができないってことになる。

 転移は遠くにこそ真価を発揮する能力なのに。

 それに何十キロもの荷物を抱えて何度も転移するのは辛い。

 

 便利そうに見えて、不便だ。痒い所に手が届いてない感じ。

 うーん。

 

 

 それから、ちょっと時間を貰って考えた。

 “とっさの時に逃げるため”の転移が一番。これは制限なしでなきゃ困る。

 でも長距離転移も捨てがたい。

 

 長距離はかなり限定させて、その代わり、短距離を無詠唱、ノータイム、ノーリアクションでできるようにしたい。

 

 足したり引いたり分けたりしてやっと決まった能力がこれ。

 

 

 

**************

 

◆固有スキル:転移能力(ステップ・ジャンプ)

 

【短距離転移(ステップ)】

 ・視界の届く範囲に限られる

 ・範囲内であれば、いつでもどこへでも何度でも、呪文や動作なしで即時発動する

 ・転移方法

   行きたい場所を思い浮かべ、心の中で(ステップ)と念じる

 

【長距離転移(ジャンプ)】

 ・転移ポイントは9ヶ所まで

 ・あらかじめポイント登録が必要

 ・ポイントの登録は何度でも上書きが可能

 ・登録した場所であれば、どんな場所でも、どれほど距離が離れていても、いつでも転移できる

 ・ポイント登録の仕方

   登録したい場所へ立ち、(ポイント○登録「場所名」)と唱える

   ※○は1、2、3、4、5、6、A、B、Cのいずれか

   ※場所名はわかりやすい名前を登録(家、東京駅など任意)

   ※登録に使用された番号を別の場所で登録すれば、登録ポイントが上書きされる

 ・転移方法

   (ポイント○、ジャンプ)、または(「場所名」、ジャンプ)と宣言

 

※ステップ、ジャンプ共に、転移の際、持ち上げられるものであれば一緒に転移させることができる

 持ち上げさえできれば、何人でも一緒に転移できる

 自身に持ち上げられないものに拘束されていると転移できない

 

**************

 

 拘束をすり抜けて転移できるってのは駄目だった。

 これがあれば敵なしなんだけど……さすがにチートすぎたか。残念。

 

 ポイントは悩んだんだけど、数を9個まで減らさないとOKが出なかった。

 1から6は固定。AからCを上書き用と考えている。

 たとえば、自宅のように何度も行き来する場所や、世界の主要都市のような、距離があって移動の拠点となるポイントに、固定の番号を振る。

 要所を抑えるようにどんどん上書きしていくのがAからC。

 なんで1から9にしないのかっていうと、「9へジャンプ」とか言ってるのを聞かれたら転移先がいくつあるのか想像されそうじゃん。

 それに、固定と上書き用が混ざって大事なポイントを上書きしちゃったら困るしね。

 だから1から6とAからCにわけてみた。

 

 視界の届く範囲っていうと、見晴らしさえよければけっこう先までいける。

 その反面、夜はうんと狭くなるし建物の中のような狭い場所は不利だ。そのうえ、目を潰されるとどこへも飛べなくなる。

 でもその制限があるからこそ、こんな便利な能力が取れたんだろう。

 

 

 

《条件を確認しました。特典を付与します》

 

 

**************

 

【転生の部屋】

 

被験者No:T028-035

 

基本データ

 個体名:柳原英里佳

 死亡理由:交通事故

 享年:18歳4ヶ月

 

 固有スキル:転移能力(ステップ・ジャンプ)

 

 

**************

 

《転生を開始します》

 

 

 

《どうか、よき人生を》

 

 

 



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HUNTER×HUNTER
エリカたん、3歳。


 

 

 

「可愛い可愛いエリカちゃん。ママはここでちゅよお」

 

 ふっと意識が戻る。

 抱きしめてくれる誰かの腕。

 圧倒的な安心感を感じ、嬉しいのにそれを表現できずに泣く。

 

 その名前は知っている。

 あの呼び声は自分を呼んでる。嬉しい。眠い。お腹すいた。断片的な感情。

 

 優しく響く歌声は子守歌なのか。なんとも心地よい感触に身をまかせ、私はまた眠りについた。

 

 

 生まれてすぐは脳が未発達なため、前世の記憶など複雑なことは何も考えられず、ただ与えられる愛情を享受して育った。

 

 

 

 ……私が生まれて数年。もうすぐ三歳になる。

 赤ちゃんの頃から自我が目覚めていくに従い、前世の記憶も徐々に蘇ってきた。

 

 転生系の小説にあるような、何かの拍子にある日いきなりずぱんと思い出すのではなく、なんとなく、少しずつ、過去と現在が混ざりあうような感覚で、徐々に新しい自分になっていく、というような感じだった。

 英里佳とエリカが混ざり合い、今までの英里佳をベースとした、私ができていく。

 

 鏡を見て驚いた。

 緩やかなウェーブを描く茶色の髪とヘーゼルの目。今生のお母さんそっくりだ。

 

 将来はきっと美人さんになるだろうと自画自賛してみる。つまり、今の私、エリカは、洋風美幼女だった。

 これも転生特典なのか。うん。人生勝ち組かもしれん。

 

 

 

 ――その洋風美幼女三歳児エリカちゃん、今、カーペットのうえで座り込み、腕組みをして首を傾げている。

 傍から見れば、子供らしくないしぐさかもしれないけど、取り繕う余裕がないのだ。

 

 私、今、悩んでいます。

 

 三歳の誕生日を間近に控え、やっと周りを冷静に判断できるようになってきて。

 

 今まで、

 生まれた時から傍にいたため馴染みすぎて気付かなかったもろもろが、

 幼すぎて疑問すら感じなかったもろもろが、

 やっと、

 今頃になってやっと、

 すごくおかしいとわかってきたのだ。

 

 なんで?

 

 

 

 

 なんで、私ってばパンダに世話されてんの? と。

 

 

 

 

 うちってちょっと……いや、大いにおかしい。と思う。

 うちの家族は三人だ。お母さんと私とメリーさん。

 

 お母さん。名前はまだ知らない。誰も呼びかけないからね。

 それから私、エリカ。名字はまだ知らない。

 父親を見たことがないから、単身赴任か、または母子家庭かな。

 ここまでは、まあ普通。

 

 もう一人の家族。パンダのメリーさん。

 身長160センチほどの直立したパンダだ。

 メリーさんは私が生まれた時からずっと世話を一手に引き受けてくれている。“エリカ”にとって乳母のような存在だ。

 

 私が呼びかけると、柔和な視線をこちらへ向けて「なに?」とばかりに少し顔を傾げる。ものすごく可愛らしいしぐさだ。

 

 すっごく優しくて、抱きしめられると心がぽよぽよ温かくなって、料理が上手で、お裁縫が趣味の、乙女の鑑のような彼女が、私は大好きだ。

 残念ながら言葉は話せない。でも遊園地の着ぐるみ並みに大きなリアクションを取ってくれるから、意思の疎通には困らない。

 

 家族だけじゃなくて、身の回りにもいろんなおかしいものに溢れている。

 

 うちの家は岩に囲まれた空間の中にある。

 何言ってんのかわからないだろうけど、岩山を掘って切り開いた空間に、ログハウスのような家を建てて、そこに住んでいるのだ。

 隠れ住んでいるっぽい。

 私は家からでちゃいけなくて、お母さんかメリーさんと一緒なら庭に出ることが許される。

 外はすごく危ないから、絶対にでないことを固く固く約束させられている。

 

 

 庭には大きな木が一本あって、その木には不思議なことに毎日いろんな種類の果物が成る。どんな果物が成るのかはランダムで、毎日違う果物を楽しめる。どれも美味しい。

 メリーさんがタルトやジャムを作ってくれる。

 

 それから、小さな池がある。

 そこの魚は数が減らない。一匹入れると翌日にはもう一匹増えているんだって。

 だから魚はいつも新鮮なものを食べられる。

 余ったらメリーさんが日干しにしてくれる。

 

 公園にあるような小さな噴水もある。

 この水を汲んで樽にいれて置いておくと一週間でお酒ができるらしい。お母さんの晩酌用だ。

 

 うちのお風呂は凄く気持ちがいい。

 天然かけ流し温泉で、このお風呂に浸かると肌が艶々になるのだ。美幼女な私はもちろん、お母さんも肌トラブルとは無縁の美肌持ちだ。

 

 いつもはメリーさんの美味しい手料理を食べているんだけど。たまに違うものが欲しくなる。ここの街では手に入らない食材のものとかね。

 ラーメンとか、お寿司とか、チャーハンとか、チキンの唐揚げとか、アイスクリームとか。

 そんな時は『バーチャルレストラン』。

 壁に設置した扉を開けると部屋があって。部屋の真ん中に白いテーブルクロスがかかったテーブルがある。

 そこで注文すればどんな料理でもちゃんと出してくれる。

 

 あとは、水が一杯でる水差しとか、夜眠っている間に作業をすませてくれる七人の小人さんとか、壊れたものがあれば入れておくと一日で直る部屋とか。

 

 庭にある狭い畑ではジャガイモやら野菜を作っている。

 お母さんとメリーさん、小人達が世話をしている。

 

 肉が食べたい時はお母さんが隠れ家からでて、狩ってきてくれる。ものすごく美味しい肉なんだよ、これが。

 

 とまあ、こんな感じでほぼ自給自足の生活をしている。足りない食品や生活用品はマサドラという街にお母さんが行って購入している。

 

 

 …………って。

 そろそろ突っ込んでいいかな。

 

 なんでパンダなの?

 毎日ランダムな果物が成る木とか、海川取り交ぜていろんな魚が増える池とか、酒になる泉とか、バスルームの扉をあけたら天然温泉(露天風呂あり)とかね。もうね。

 

 ここってグリードアイランドの中だよね?

 『メイドパンダ』とか『7人の働く小人』とか『豊作の樹』とか『美肌温泉』とか、他もろもろ、でしょ?

 なんでお母さんカード集めないでごんごん使っちゃってんの??

 

 ってことで。

 わたくしエリカ。

 転生先は、HUNTER×HUNTERの世界のようだ。

 

 そしてどうやら、ここは主人公達がクリアすることになる、あのゲーム、グリードアイランドの中にいるみたいなのだ。

 なんでゲーム内だとわかるかと言えば、だよ。お母さんがバインダーを取り出してカードを肉に変えるところを見ればね、気付きますよね、ほんと。

 

 

 どうしてゲーム内で生まれたのか、なんで隠れ住んでるのか。

 こんな状況になっているのか、誰か私に説明してほしい。

 でも、私ってまだ、三歳なのよ。

 お母さんに聞いたら、おかしいよね。

 

 ここは物語だって言えないし、前世の記憶があるなんて、もっと言えない。

 こんなに大事にされているのに、もしお母さんが、私のことを知って「気持ち悪い」とか、ニセモノの子供か、なんて思われたら、私、ショックで死ねるね。

 

 確かに前世では18歳だったけど、今は3歳なの。

 精神は18歳程度のままなのだけれど、身体に引っ張られてしまうのか、母親やメリーさんへの依存心とか、愛がね、もうヤバいの。

 ちょっと眠い時や寂しい時に、視界にお母さんかメリーさんがいないと、自分では制御できない悲しみに泣き叫んじゃうんだよ。「お、お、おがあざあぁぁぁん」って。

 

 

 もうちょっと大きくなったら説明してくれるかなって考えている。

 とりあえず、さっきからお母さんの姿が見えないことに、だんだん不安になってきた。あ、ほら、もう我慢できない。

「お、お、おがあざあぁぁぁん、どこぉぉ、うびえぇぇん」

 

 

 

 

 

 誕生日だぜヒャッハー!

 今年もお母さんとメリーさんがお誕生日パーティを開いてくれた。

 

「さあ、エリカ、エリカはもう三歳でお姉ちゃんだから、ぎゅっと握ったり、嫌がっているのに抱きしめたりしないって約束できる?

 今日エリカのお友達になってくれる子はね、小さくてまだまだか弱いの。お母さんやメリーに抱き着く時みたいに体重かけたりしちゃだめなのよ。わかる?」

 

 賑やかな誕生日パーティの席で、お母さんはすごく丁寧に説明してくれた。

 お友達をくれるらしい。わーい。お友達をくれるってなんだよ、とツッコミたいんだけど、3歳児だからね、大好きなお母さんからのプレゼントにテンションあげあげですよ。

 

「わかる!」

 

 今日会えるお友達は、私より小さい子。

 お姉ちゃんだもん。大切に私が守る!

 私がそう言うと、お母さんは満足げに私の頭を撫でてくれた。

 

「聞いた? メリー! もうほんと、うちの子天才!」

 

 メリーさんも「ほんとですとも!」なんて風に両手を握ってうんうん言ってる。

 

「さあ、エリカ。貴女のお友達よ。仲良くしてね。……『カメレオンキャット ゲイン』」

 

 お母さんが私の手のひらにカードを乗せる。お母さんの『ゲイン』の言葉とともに、カードが煙に包まれて消えた。

 

 カードのかわりにぽよんと現れたのは……緑色の……猫?

 全身がふさふさとした緑色の短い毛で覆われている。色といい質感といい、まるで苔みたい。

 尻尾はトカゲっぽい。というか、カメレオンの舌みたいな感じ。

 

「ねこたん!」

 

 可愛い。

 普通の猫とは明らかに違うんだけど、味のある可愛さだ。ブサ可愛い。

 赤ちゃん猫じゃなくて、普通の猫サイズより少し小さいくらい? たぶんまだ子猫。

 

「可愛いわね。この子はね、成長するといろんな動物の姿に変身してくれるのよ」

 

「すごい! 面白いね。よろしく、ねこたん!」

 

「お名前はエリカが決めてあげるのよ」

 

「うん!」

 

 わーいわーい。可愛いぜ。友達ゲットだぜ。

 なんせね、もうね、私って生まれてからこの方、お母さんとメリーさんしか接したことないのよ。会話できんのお母さんだけ。

 

 マジ、私に前世の記憶がなければ、言葉を話せるのもきっと遅かったはず。

 うちには小人が7人いるんだけど、彼ら、私が寝ている間にお仕事してくれるだけで、コミュニケーションはできないからね!

 いつもドールハウスの中で座ってるだけだからね! しかたないね!

 

 お母さんも情操教育のためには生き物との交流が必要、とでも思ったのかな。

 ゲームの中に子供はいないもんね。探せば村人NPCとかならいるかもだけど。

 外は危険だから、念も使えない幼女を家の外へだせるわけないよね。

 

 友達ができないのなら、こうやってペットになるカードをアイテム化させるしかなかったんだろう。

 ってこの子、指定カードの『カメレオンキャット』だよね。ちらりと見えたカードのレア度は「S」。Sランクカードを私のためにアイテム化しちゃったよ、お母さん。

 

 ねこたんの名前は家族会議の結果、カメレオン→変わる→七変化→虹、という連想ゲームで、虹、ラルクアンシエルから、ラルクと名付けた。

 

 とりあえず。エリカ、3歳になってやっと友達ができました!

 

 

 

 カメレオンキャットは、“猫みたいなカメレオン”じゃなくて“カメレオンみたいな猫”ね。生態にトカゲ要素はない。

 カメレオンなのは変化能力のこと(見た目もちょっと爬虫類っぽいけど)。

 

 食べるものは普通の猫と一緒。

 マサドラの街にキャットフードが売っていて、お母さんが買ってきてくれる。

 

 行動も猫そのもの。

 気まぐれで気取り屋だけど、けっこう甘えん坊なところが可愛い。

 リビングでくつろいでいる時なんかに、ふらふらと近づいてきて背中を向けて座ることがある。

 撫でてほしいんだけど、撫でてっていうのは嫌みたい。

 

 ほらほら、手の届く場所にいるんだよ、撫でたければ撫でさせてあげてもいいよ、というポーズで座って誘っているのだ。

 気付かないフリをすると、腕やら足やらに尻尾を巻き付けて、ぽすん、ぽすんと叩いたり、くいっ、くいっ、って引っ張ったりして誘う。

 抱き上げて膝に乗せると、「しかたないなあ」の顔をして、そのまま膝に丸まる。くふうくふうと満足げな鼻息をだして。

 

 

 くっそ可愛い。

 

 3歳になって個室になった私と、夜は一緒に寝ている。

 変身能力はまだない。

 頑張って育ってもらいたいものだ。

 

 

 

 



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固有スキルを試してみよう

 

 

 

 私にとって世界とはこの家の中と庭の一部。

 三歳になって、そろそろちゃんとした運動を始めたい。

 

 この世界は、「念」があるんだもん。あんなオサレな能力、使いたいに決まっている!

 

 それに、今がいつかわからないけど、ここは危険な世界なんだ。しっかり戦えるようになっておかなくては。

 

 あとさ。ゴン達がクリアしたあとのゲームがどうなるのか、よくわからないんだよね。

 原作では、クリア後のここがどうなるのか、明記されていなかったと思う。

 もしかしたら、誰かがクリアしたらそこで終了かもしれない。

 クリア後も続けるにしても、プレイヤーはいったん全員『排除(エリミネイト)』とか使われて外へ放り出される可能性だってある。

 

 つまり、いつまでもここにはいられないってこと。

 ここほど念の修行に適している場所はない。ここを出ていくまでに、せめて“発”を作り上げるところまではいかなくちゃね。

 

 

 今がいつなのかわからないんだけど。三歳児としてはさ。今年って何年? って聞けないのよ。つらいところだ、うん。

 

 なので、タイムリミットがわからないまま、私は体力作りのため、日夜家じゅうを走り回って遊んでいる。

 

 子供の頃の運動量が、大人になった時の運動神経の良さに関わってくるって、前世で聞いたんだよね。

 記憶が戻ってからは、できるだけ家じゅうを走り回り、転げまわり、歌いながら踊ったりと、精一杯の運動をしてきた。

 今はラルクが朝の大運動会に付き合ってくれるから、スピードも上がった気がする。

 階段だって齢三歳にして走りあがれる。素晴らしい。

 日々の努力が報われると嬉しい。

 

 そろそろ本気の修行も、していくべきだと思うのだ。

 

 

 その前に。

 私の特典。固有スキルをまだ試していない。

 

 私の能力は二種類の転移だ。

 短距離だけど自在に飛べる、『ステップ』。

 転移先を最高9ヶ所しか設定できないかわり、どれだけ遠くても飛べる『ジャンプ』。

 

 

 まずはステップから試してみよう。

 そういえば、これって魔力だか気力だかを消費するんだろうか?

 三歳児の身体で、大丈夫かこれ?

 

 ちょっと怖いから、超近距離で練習だ。

 部屋には私とラルクしかいない。

 今なら練習しても、部屋の中で飛べばお母さん達にバレることはないね。

 

 よし。

 ほんの少し先を見て。

 距離およそ1メートル。うん。あそこだ。あそこに飛ぶぞ。

 飛ぶぞ。飛んじゃうぞ。

 いけ。

 

 ……イメージを固め、(ステップ)。

 ふいっと身体から何かが抜けた。そして、私の身体は1メートル先へぽすんと座っていた。

 おお。やった。成功だ。

 

「ふぎゃっ!」

 

 おっと、ラルクが驚いて飛び起きた。背中の毛が逆立ってる。

 いきなり瞬間移動されたらそりゃ驚くよね。

 

「びっくりしたね、ごめんごめん」

 

 よしよし、なでりこなでりこ。

 

 イメージはつかめた。気力か魔力か、念でいうところのオーラか、それの減りも心配するほど多くはない。

 もうちょっと飛んでみるか。

 今は進行方向へ身体の向きは変わらずそのまま飛んだけど、次は飛んだ先でこちらへ向くようにと考えて飛んでみる。

 イメージして、(ステップ)。よし! 成功。

 さすが特典です。すげー便利っす。感謝してるぜ、担当者さん。

 

 なんどか部屋の中を行ったり来たりしているうちに、ものすごく……ううん、もんのすごおおっく、疲れてきた。

 あ、オーラ切れだわ、これ。

 

 ふらふらと倒れ込むと、ラルクが心配してにゃっ! て言いながら飛びついてくる。

 宥める余裕もなくて、ラルクを抱きしめて、そのまま寝た。

 

 

 

 目が覚めるとベッドの中だった。

 お母さんかメリーさんが様子を見にきて、お昼寝したと思ってベッドに運んでくれたんだろう。

 心配したのか、ラルクが枕元に座ってこちらを覗き込んでた。

 この子、ほんと賢い。

 お礼を言っていっぱい撫でた。

 

 

 やっぱりまだオーラが少ない。

 でもこれから修行していけばオーラ量も増えるよね?

 

 ってか、私、オーラ使ったわけだけど、念、わかるようになった?

 今さっき、身体から出ていったものを、今は回復したものを、感じ取れる??

 

 静かに、身体の奥に意識を向ける。

 なんとなく、“ある”っていうのがわかる。

 これ、転移の練習を繰り返せば、念能力の目覚めも早いかもしれん。

 

 それに、ここは念能力者のための世界、グリードアイランドの中だ。アイテムから何から、念能力で作られたものがいっぱい溢れている。

 そう、今私の傍で丸くなって寝ているラルクも、念で生み出されたもの。

 彼らに触れて生きている私なら、きっと成長も早い、かも?

 

 やべえわ、これ。

 ちょっとうきうきしてきた。ぐふふふふ。

 

 

 

 念がわかるようになったらお母さんに本格的に教えてもらおう。

 お母さんはちょくちょく肉を取ってくる。買ってるんじゃなくて狩っている。だから、きっとそこそこ強いと思うんだよね。

 

 あと、原作でのビスケの修行シーン。多少は覚えているから、あれも参考になるかも。 よし、やる気になってきた。

 

 

 考えなくちゃいけないことはいっぱいある。

 

 いいかげん、お母さんやお父さんのこともちゃんと知りたい。

 それに、私がこれからどう生きるべきか。

 お金や世間的身分のことを考えると、ハンターになるのは必須だと思うんだ。

 

 でもそれでその先は?

 ハンターになって? それでどうするのか。何をしたいのか。

 そういうことも考えていかなきゃ。

 

 

 それに、原作にどう関わっていくのか。

 もし、関わるとするなら、どう整合性をとっていくのが、ベストなのか。

 

 

 早く大きくなりたい。

 まだ3つ。すぐに眠たくなるし、頭が重くて走るとこけるし。

 お母さんいないと寂しくなっちゃうし。

 はあ……もう、寝る。

 

 

 

 

 

 ……ひらめいた。

 

 体術や念の修行を始めるために、念がわかるようになったら、転移をお母さんに見せよう。

 それの方法も、考えなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひと月たった。

 やっと、なんとなく、身体の周りをもやもや取り囲んでいるものが見えてきた。

 よっしゃ!

 

 わ た し は 念 に め ざ め た ぞ お !

 

 

 いやあ、最初は身体の中のオーラを感じてもね、もうね、そよとも動かないんだよ。

 で、転移の時に、身体から抜けるオーラを感じ取って、それと似たものを身体の中から探して、と考えつつ、瞑想にふけることひと月。

 瞑想すれば、3歳児の身体が高確率で昼寝へ移行してしまって、亀の歩みのような進み具合だったけど、やっと、やっと念を感じ取れるようになった。

 

 いやあ、長かった。

 確かゴンとキルアって一週間か二週間か、とにかくめっちゃ早かったはず。

 ちくしょー。主人公は違うね。才能が違うね。

 

 私だって、“その世界で必要とされる才能を十全に引き出せる素地を持って生まれて”きたわけだよ。

 なのに、ひと月。

 集中力の続かない三歳児の身体で念を覚えられたんだから、これでもじゅうぶんなのかもしれないけどね!

 

 

 うっし。

 念が使えるなら、次のステップへ進んでもいいよね。

 

 お母さんとメリーさんが、今の時間は庭で野菜の手入れをしているとわかっている。

 やるなら、今だ。

 

 このひと月、考える体力があるときに、いろいろ検討してたんだ。

 どうするか。

 

 ……もう一度、シミュレーションしてみる。――大丈夫。

 いけるぞ。

 

 さあ、エリカ。貴女は、女優よ!

 

 

 私は壮大な決意を持って、一階へ降りる。

 ダイニングを通りすぎ、キッチンを抜けると、庭へ出る扉がある。

 けど、ここは今、閉まっている。ドアノブは、三歳児には手の届かない高さだ。

 

 あ、行けないと思ったら、理解しているのに悲しくなる。幼女の我慢のきかなさを甘くみるなよ。

 寂しい思いを噛みしめながら、扉をあきらめ、サンルームへ移動。

 そこから、庭が見える。

 

 ちょうどお母さんが『豊作の樹』から果物をもいで、メリーさんが持つ籠へ入れているところだった。

 

 サンルームにいる私。庭で果物採りをしているママとメリーさん。

 私達の間を阻む、一面のガラス戸。

 

「おかあさん、おかあさん」

 

 ガラスをばんばんと叩いてお母さんを呼ぶ。

 

 でもね、お母さんだって忙しいんだもんね。とうぜん、お母さんはちらっとこちらを見つつも、作業を継続。

 

「ちょっと待っててね、エリカ」

 

 お、ここだ。

 寂しい気持ちがぐぐぐっと盛り上がってきましたあ。

 

 これはアピールに最適だ! よし、飛べ、飛ぶんだ私!

 

 サンルームから庭はガラス戸で区切られているだけで、しっかり視界に入っている。

 単距離転移、余裕です。

 ということで、ほい、(ステップ)。

 

 お母さんの足に抱き着くように飛んでみせた。

 

「え、エリカ!」

 

 お母さん、びっくりしすぎ。メリーさんも持ってた果物をバラバラ落として驚愕の表情……らしきものをしている、みたい。パンダだけれど。

 

「エリカ今どうやったの? どうやってここまで来たの?」

 

 焦りすぎてちょっと詰問風になってたので、三歳児の精神がビビってる。んで秘儀、子供啼き。

 

「うっ、うっ、うええええん。おがあざんのぞばにいだがっだのおおおお」

 

「ああ、怖がらせてごめんね。お母さん、怒ってないのよ、ごめんごめん」

 

 お母さんは抱きしめてくれました。

 宥めながら、どうやってここへ来たのかと尋ねるお母さんに、私はしっかり抱き着きながら、こう答えた。

 

「あのね、あっちに行きたい! って思ったら行けたの」

 

 

「エリカ……この子に寂しい思いをさせちゃったかしら。念もまだ教えてないのに、“発”を作っちゃうなんて」

 

 

 はい、計画通り。

 

 そうなんだよ。

 お母さんに、転移能力を説明するのに、“発”って説明するしかないんだもん。

 

 だけど、修行を積んで、“発”を考えるような年頃になるまで転移ができないのは、ほんとに不便。

 

 だから、子供の寂しい心が母親の傍へ行くために無意識で作り上げた“発”だ、というのが、一番、いいわけに良かったんだよね。

 これでお母さんと一緒に修行場所へ飛んでいけるようになるからさ。

 

 

 おかげで、私が念能力に目覚めたことも、しっかりお母さんにわかってもらえた。

 やっと一歩、先へすすめたかな。

 

 



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修行、はじめます

 

 

 お母さんに転移をバラしたおかげで、ちゃんと修行できる環境になった。

 

 そこでやっと、やっと庭より外に出ることが許された。

 といっても、まだ岩で囲まれた隠れ家の中。

 うちの家と庭を囲う低い柵。

 その周りは岩を切り開いた広い空間。この岩の中にある空間を、私達はホームと呼んでいる。

 

「ここってすごく広いんだね」

 

 岩に囲まれた空間をぐるっと見回す。

 たぶん、岩山を切り崩してスペースを確保して、周りに岩を移動させて目隠しを作って、そんな風に地道に広げたんじゃないかな。

 風や陽光は入ってくるけど、外からは見えにくい。

 うちの家の灯りも、うまく隠れるようになっているらしい。

 

 念能力者ってすんごい重たいものも持てるもんね。

 にしても、すごい労力だと思う。

 

「ええ。お母さん達ね、このゲームへ来て、思ってた以上にここのレベルが高かったのね。カードを集めるよりもまず修行がてら隠れ家を作ろうって話になってね。

 岩場の奥の目立たない場所を選んで、みんなで岩を掘ってここを作ったのよ」

 

 ああ、ビスケがゴン達にやらせた修行と一緒な感じ?

 岩を掘って街までトンネル掘らせてたけど、お母さん達はトンネルじゃなくて、隠れ家のスペースを作ったのか。なるほど。

 

「お父さんはね、カインって言うのよ。

 カインの念はね、いろんなものを作ったり、固定させたりするのが上手だったの」

 

 おおお。

 初めてお父さんの話をきけた!

 もっと、もっと知りたいです、お母さん。

 

 って、カインパパ。

 こんな空洞を作って岩が崩れないのは、そのお父さんの念で塗り固めているから、かな。

 粘土っぽい? 具現化して固めてる?

 

「お父さんは粘土でどうやって戦ってたの?」

 

「粘土だけじゃなかったわよ。こう、ね。砂や土や粘土を生み出して、目潰しだったり、足場を悪くさせたり、見えにくい細い針みたいなものを作り出して投げたり、そんな風に戦ってたわ」

 

 ふむふむ。具現化系ですな。

 

「まあお話はまたあとでね。そろそろエリカにもお父さんのこと知って欲しいし。ちゃんとお話しするから」

 

「うん!」

 

 疑問に思いつつ暮らすこと三年。やっといろんなことが聞けそうだ。

 っと。まずは修行だね。

 

 

 三歳児なりに、「きりっ」顔を見せる。

 ふふふと微笑んで頭を撫でると、お母さんも、「きりっ」顔になった。

 

 

 まずお母さんにすごく厳しく教えられたこと。

 

 ・真面目に修行すること

 ・すごく危険な力だから、不用意に使わないこと

 ・強くなっても、驕らない

 ・念を知らない人には絶対に教えちゃダメ

 ・念を知らない人には念で攻撃しちゃダメ

 

 どれもすんごい大事だよね。

 たった三歳のこらえ性のない精神に、こんな危険な能力を持たせるとどうなるか。

 癇癪で家が壊れる。まじで。

 念で殴れば岩が割れるんだからさ。

 

 それに、念能力者以外に念で攻撃すれば死ぬ。攻撃で死ななくても念に目覚めちゃって、オーラを垂れ流して死ぬ。

 私は、しっかり頷く。まかせてよマイマミー。

 

 お母さんは「エリカは本当に賢いわ」と褒めてくれた。ふふん!

 

 

 んで。

 すぐに念の修行、とはいかない。

 体力がない。精神が弱い。今のままで進めるのは無理なんだよね。

 だから、念の修行は“纏”と“絶”のみ。あとしばらくはこれ以上は進めない! って宣言されてる。

 

 他は体力作りに、走ったり、柔軟体操したり、そういうところから始めましょう、となった。

 ホームは広い。岩壁にそってグルッと走るだけで結構な運動になる。

 こんな小さなうちから筋肉を作ると成長に差し障るもん。背が伸びなかったりね。

 だから焦らず頑張るさ。

 

 今までは自分と、たまにラルクが付き合ってくれるだけだったのが、お母さんが一緒にかけっこしてくれるようになったわけだよ。三歳児、大歓喜です、はい!

 

 

 

 部屋に戻って一休み。

 今は“絶”をしながら休憩している。

 

 あ、そうそう。

 ちょっとやってみたんだけど“絶”のままでも(ステップ)できたよ、これが。

 固有スキルはオーラを使うけど、念能力じゃない。

 “絶”状態でも飛べるのって、これってすごいことだよね。

 “いつでもどこへでも”って言っておいてよかった。ほんと。

 

 もっといろいろできるようになるのはいつの日か。

 まだ身体が成長してないんだからしょうがないのはわかってんだけど、焦ってしまうんだよね。

 ってか、今っていつくらいなんだろう?

 原作のどのへん?

 

 やっと文字の勉強も始めて、お母さんにいろいろ教わるようになった。

 んで、聞いたんだけど、今は1991年7月。

 

 

 ……って、いつよ!

 原作開始はいつ???

 

 結構覚えているつもりだけど、さすがに年数は覚えてないわー。

 「9月1日、ヨークシンシティで」ってセリフは覚えてるんだけど。何年の9月1日?

 

 確認のために毎年ヨークシンシティに行くなんてできない。ってか、その日は幻影旅団が暴れるんだぜ。

 どっちかっていうと「9月1日はヨークシンシティから離れろ!」を合言葉に暮らしたいよ、まじで。

 

 原作の流れは主人公ゴンがハンター試験に行くところから考えて。

 1月にハンター試験。そこからキルアの家に行って門で修行して、天空闘技場で念を覚えて、ゴンの家に行って、そこから9月にヨークシンシティでの幻影旅団との戦い。

 そして、そのあとがグリードアイランド編。そしてキメラアント編と続く。

 

 ここのゲームをまだ誰もクリアしていないことやボマーの話を聞かないことから、今が原作よりも前であることはわかる。

 このままゲームの中にいれば、ゴンとキルアがやってくる。

 そこで知り合いになるって手も、あるよね。うまくいけばビスケ師匠に念を教えてもらえるかもだもん。

 

 

 私ってどうすればいいかな。

 別にゴン達と絡まなくてもいいんだけど。

 でも強くはなっておくべきだと思うんだ。

 

 だって。

 ここ、危険がいっぱい。

 ある程度強くないとさくっと死んじゃう世界だから!

 

 私が前世で死んだ頃、HUNTER×HUNTERの連載はまだ続いていた。話はキメラアント編が終わってネテロの後の会長を決める選挙をやっていたっけ。

 

 キメラアントの話も実はあんまり覚えていない。

 キメラアント編のえぐさにちょっと引いちゃって、ちらちら流して読んだだけ。

 だってカイト、死んじゃうんだもん。

 あんぐり、だったよ、ほんと。え? ここで死ぬの? って感じ。めっちゃ主要キャラじゃん。それが死ぬの? ってさ。

 首だけになったカイトがね、もうね、トラウマですわ。

 

 それから、捕まったハンターが脳みそ弄られるシーン。あれもトラウマ。読んでうがががって変な声でたもん。

 

 王とネテロ会長がタイマンして、会長が負け、小型核兵器を爆発させてメガンテすることは知っているけど、他はあんまり知らない。

 この世界にいるのに、そんな危険な流れの時系列をはっきり覚えてないだなんて、こんなことならちゃんと熟読すべきだった。

 

 とまあ先はわからないけど、危険がいっぱいなのは確かなのだ。

 

 そのあとも話が続くなら。

 あのいかにもラスボスくさいキメラアントの王よりも、もっとヤバいのがその先登場してたかもしんないじゃん。

 

 魔王を倒したら大魔王がでてきて、それも必死こいて倒したら邪神が復活、なんてさ。敵はどんどんパワーインフレするのが漫画だもんね。

 どんな恐ろしい敵がでてくるか、わかったもんじゃないよ。

 シビアな世界すぎるから、この原作。

 

 やはり力が必要。そう、力はパワーなのだ!(なんのこっちゃ)

 

 それに。

 ここ、グリードアイランドにずっと住めるわけじゃないことはわかっている。

 

 ゴン達がクリアしたあと、GM達がいつまでもここを運営してくれるとは思っていない。

 いずれ離れることになるんだろう。

 それまでにここでしっかり修行を積んでおかなきゃね。

 

 

 ……そんなふうに考え事をしながら無意識にぬいぐるみの子犬を撫でていたらしい。

 ふと気が付くと、もう一匹、ぬいぐるみに似た子犬がいて、「そいつじゃなくて私を撫でろ」といわんばかりに私の手の平のしたに入り込もうとしている。

 なにこれ?

 ……子犬?

 

 …………はっ! ラルク?

 

「ラルク? 変身できるようになったの? すごい!」

 

 さっきまでの考え事なんてどっかいっちゃったよ!

 まずはこの天才ラルクたんを絶賛して、んで、お母さんとメリーさんにも見せなきゃ!

 

「お母さん達にも見てもらおうね、ラルク。いくぜ!」

 

 抱っこするには重たいラルクを置いて、お母さん達のいるキッチンへ行くため走る。ラルクも追いかけてきた。

 階段でするりと先を越され、キッチンから、

 

「ラルク? 変身できたの? まああ、みてメリー。うちの子天才!」

というお母さんの嬌声が聞こえてきた。くそっ、出遅れたぜ。

 

 あ、(ステップ)(ステップ)。待って! 私にも感動を共有させて!

 

 

 

 

 

 

 我が家の一日を紹介しよう。

 

 私が起きる前にメリーさんは起きていて、小人さん達が夜中に収穫してくれた野菜や果物を使って朝食の準備をしてくれる。

 

 やっと修行を許された私は、お母さんと一緒に起きて、朝の体操と走り込み。

 それから念の修行があって。

 

 その後朝食。

 新鮮な果物を使ったジュースやフルーツサラダ、野菜もたくさん。

 お母さんが買ってきた小麦を使って、メリーさんがパンを焼いてくれる。

 お母さんが狩ってきた肉を加工したハムやベーコンが食卓にあがることもある。

 

 朝食後はお勉強。

 基本は、おかしなことに日本語をハンター文字に変えたもの。このあたり、原作が漫画だからかもしれない。

 

 ハンター文字は覚えるまでは数日でできた。こっそりあいうえおと対応表を作って覚えた。

 でも滑らかに文章を書くのはなまじ元の日本語を知っているだけにややこしく、練習が必要かな。

 

 あとはけっこう英語が使われている。

 グリードアイランドだってゲームマスター達の名前の頭文字を並べたものって話だもんね。アルファベットは当然使われているってわけ。

 

 英語は元大学生だからまあそこそこなら知っているけど。日常生活に支障がないほどじゃない。

 

 

 メリーさんの美味しい昼食のあとは、私はラルクと遊ぶ時間。

 子供の本分は遊ぶこと。遊びで培われる身体能力もあるんだからね。めいっぱい遊ぶ。

 お母さん達は、畑の世話をしたり、狩りに行ったり、買い物に出かけたり、私達の服を作ってくれたりと、けっこう忙しいみたい。

 

 その後お菓子を食べて、お昼寝の時間。

 三歳児はお昼寝が必要なんです。

 

 夕食前にまた少し修行の時間。

 運動をたくさんして、纏と絶の練習。身体にまんべんなくオーラを纏わせるのって結構難しいのだ。切り替えるのも時間がかかる。

 

 夕食後はお母さんと一緒にお風呂。

 一軒家にはもったいないほどの広々としたお風呂は、かけ流し温泉でめちゃくちゃ気持ちいい。室内のはずなのに、さすが不思議空間『美肌温泉』。ちゃんと露天風呂までついている。

 その解放感ったらもうね! 日本人ならわかるよね?

 このお風呂のおかげで、翌日には疲れがさっぱり取れているし、痣や擦り傷くらいならきれいさっぱりなくなってしまう。

 

 その後、リビングで家族みんなで仲良く過ごす。

 お母さん、メリーさん、私にラルク。

 

 修行の話をしたり、メリーさんが趣味の裁縫で作ってくれる服のデザインを相談したり、新しいお酒を飲み比べて楽しんだり(これはお母さんだけね)。

 

 この一家団欒タイムで、最近始めた日課。

 みんなで、それぞれ卵を手に持って温めているのだ。

 毎日三時間、欠かさず続ければ、1年から10年で願いが叶うのだとか。そう! あの、“超一流〇〇の卵”シリーズ。

 

 なんでやりはじめたかというと、才能豊かなメリーさんがもっといろいろな服を作りたいと言った――正確には、しぐさで示した――のがはじまり。

 

 “超一流アーティスト”になれば、もっといろんなデザインも考えられるようになるんじゃない? って話になったのだ。

 

 アーティストって幅が広い言葉だもんね。絵画や彫刻だけじゃない。服飾デザイナーも、フランス料理みたいな飾り立てるタイプの料理人も、パティシエも、家具や雑貨を作る職人も、音楽家もみんなアーティスト。

 メリーさんがうちでしてくれていることが、もっと楽しく、もっと専門的に、できる。

 

 そう話すと、メリーさんは卵を欲しがった。熱烈にお母さんの手を握って頼んできた。パンダの小さなおめめが、らんらんと輝いていて、おかしかった。

 

 

 んで。

 せっかくだから私達もやろう、と決めたのだ。

 私は“超一流ミュージシャン”。お母さんは“超一流作家”。

 

 イメージが大事だから、卵を温めながら、どんなものが作りたいとか、どんなことをできるようになりたい、とかそんな話をしている。

 

 マサドラには雑誌や楽器も売っていて、お母さんがいろいろ買ってきてくれた。

 私には楽譜とピアニカ、メリーさんには布地や糸、キャンパスやスケッチブックに絵の具、自分にはいろんな小説とノート。

 みんな大喜びしたのは言うまでもない。

 それぞれイメージトレーニングに励んでいる。

 

 

 

 



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お父さんたちの事情

 

 

 うちの家はけっこう広い。

 人間は私とお母さんしかいないのに。

 日本人としてはこんな広いのいいのかなと思うほどだ。私の部屋だって10畳ほどはある。子供だからサイズ感がよくわからないけど。

 外国人は広い家が当たり前なのか。

 

 家の間取りも日本とはちょっと違う。

 

 玄関を入ると広々とした空間になっていて、エントランスからそのままダイニングルームへと繋がっている。

 右手側がリビング。ゆったりソファがあって家族団欒の場所だ。

 左はプレイルーム。アイテム化したものがいろいろ置いてある。

 

 正面のダイニングの奥は中央に二階に上がる階段。

 それを挟んで、左が広いキッチン。右はトイレ、お風呂など水回り。

 

 ちなみに、こんな岩を掘り開いた場所に上水下水の施設があるわけがないよね。

 そこんとこがどうなっているのかっていうと、水はタンクに『湧き水の壷』から流れ込むようにしてある。これは一日に1440ℓの水が湧き出る優れモノ。

 一番水をたくさん使うお風呂は『美肌温泉』だ。お風呂自体が別の念空間なのだから給水排水ともに問題ない。

 他はほとんどがキッチンで使うもの。じゅうぶん足りる。

 

 下水の施設はどうしようもないと思うでしょ?

 さすがグリードアイランドですよ。街に行けば据え付け用トイレセットってのがちゃんと売っているのだ。これをトイレにしたい場所にはめ込むだけ。

 

 キッチンや洗面所の排水口も排水キット。

 グリードアイランドの運営陣はプレイヤーにここで永住しろって考えているのかしらん。

 

 キッチンの横、階段の奥からはサンルームと庭へいく扉が続いている。

 庭には、『酒生みの泉』や『不思議ケ池』、『豊作の樹』がある。

 

 

 二階は四部屋。もとはお父さん、お母さん、ディックさん、バッソさんそれぞれの部屋だったらしい。

 今は彼らの部屋は片づけられ、お母さんと私、それからメリーさん。残りの一室は本を置いて図書室としている。

 

 

 Q:こんなすごい家、どうしたのですか?

 A:手作りです

 

 いやあ、すごいよ。ほんと。

 こんなに広くて落ち着く家を建ててくれたお父さん達に感謝だ。

 

 

 夜の団欒の時間。

 お母さんからやっとお父さんの話をきいた。

 お母さんと、お父さん、その仲間の、話を。

 

 お母さんの名はルミナ・エッジ、父はカイン・ボルト。

 仲間は男二人で、ディックとバッソ。

 友人4人でこのゲームに入ったのだそうだ。

 

 お母さんは流星街生まれで、小さい頃からお父さんや他の子供達と助け合って生きてきたんだって。

 

「お母さん達ね、お外にいるとちょっと困ることになっちゃったの。それでね、ゲームを手に入れて、しばらくはここにいようねってことになったの」

 

 えーっと。

 子供相手に濁した言い方をしているけど、つまり、何某かの犯罪を犯したか何かで手配でもされてるんじゃないだろうか。

 あるいは、流星街の顔役に睨まれたとか。抗争に巻き込まれたとか?

 幻影旅団のメンバーとか、マフィアに目を付けられたとか。

 理由はわからないけど、とにかく“外はヤバい”のはわかった。

 

 んで。

 ちょうどゲームが売り出されてたから、ほとぼりが冷めるまでゲーム内にいようということかな。

 前世でウィキで読んだけど、グリードアイランドの販売数は100個で、1個何十億だかの値段だったけど数万の人が買いたがったらしい。

 そんなものを流星街育ちの若者がおいそれと簡単に買えたとは思えないから、もしかするとゲームも誰かが購入したものを奪ったのかもしれない。

 ああ、さすが流星街生まれ。うちの両親、わりとブラックでした。

 

 私の名前なんだけど、お母さん達は結婚してなかった。っていうか、戸籍がないから、結婚の届けを出すことができない。事実婚ってやつかな。

 苗字はお母さんのものでもお父さんのものでもどちらを名乗ってもいいけど、わざわざ流星街生まれの、ちょっと訳ありの名を継がなくてもいいから、自分で考えてねって。

 エリカの経歴は綺麗なんだからって。

 

「だってお母さんだって自分で考えたもの。好きな名前を考えてね」

 

 だそうだ。

 前世の名“柳原”を英語に直訳して“サロウフィールド”と決めた。

 お母さんは難しい名前を考えて偉い偉い!ってほめてくれた。

 とにかく、私は今日から「エリカ・サロウフィールド」となったのだ。

 

 

 んで。両親含む4人組の話の続き。

 

 

 念能力者としては、両親のメンバー達はそこそこ有能だったのだろう。

 それでもここは厳しかった。

 

 朝お母さんが説明してくれたように、ここのレベルの高さに気付いた彼らは、まず修行がてら安全な隠れ家を作るためにこの岩石地帯で穴掘りを始めた。

 岩掘りがどれほど修行に最適か、ビスケ師匠も教えてくれたもんね! お父さん達も修行の仕方を誰かに教わったんだろうか。

 

 そして広いスペースを確保して、ここで生活を始めた。

 元々流星街でも住民の家を建てる仕事もしていた彼らは建築に慣れていた。あっという間に小さなロッジが建った。

 

 拠点が決まれば修行も進み、カード集めも始めた。中々順調だったらしい。

 

「それでね。ゲームに入ったころからちょっと調子が悪いかなって思ってたんだけどね。お母さん、どうやらお腹に赤ちゃんがいたみたいだったの」

 

 ルミナの妊娠が発覚。

 彼女は集めたカードの保管役として隠れ家に閉じこもるようになる。

 つわりの酷いルミナの手助けをするために『メイドパンダ』と『7人の働く小人』がアイテム化されたのはその頃らしい。

 

 四人は、ゲーム内で妊娠したことで、この場所はゲームなんかじゃなく実在する場所なのだと確信したのだそうだ。

 それからはここの居住空間を快適なものにして、いられるだけここに住もうという話になったんだって。

 もちろん、クリアは目指すけどね。

 これほど難易度の高いゲームなんだから、どうせ十年以上はここに居られるだろうって。

 

 そこで、隠れ家の岩場をより一層強固に整備して、環境を整える。

 あとは流星街で慣れた家づくり。最初に作った仮住まいを潰して、本気の家を作り上げた。子連れ一家と友人男性二人が無理なく一緒に住める家を。

 

 『美肌温泉』『酒生みの泉』『不思議ケ池』『豊作の樹』『湧き水の壷』『リサイクルルーム』をアイテム化して、家に設置すると、広い共有スペースと、二階に四人一部屋ずつの、住み心地のいい家ができあがった。

 

 

 ルミナは修行もできないため家とカードを守り、カイン達はカード集めと修行に奔走する。

 半年でエリカが生まれ、彼らは幸せな日々を暮らす。

 

 ――そして事件が起きる。

 ルミナがエリカを生んだ、1年後。

 クエストの失敗によりチームメンバーが皆亡くなり、ルミナ一人が残った。

 

 当初ルミナは、みんなが帰ってこない理由がわからず不安に苛まれる。バインダーのリストは「●」になっている。外に出たか、あるいは……

 もしかしたらと『死者への往復葉書』をアイテム化してお父さんに葉書を出した。

 そして。返事がきて死亡を確認。

 

 メリーにエリカを預けて外へ出る。

 

「カイン達は情報集めに何度か外に出ていたけど、お母さんは2年以上ここから出てなかったの。でもカインの遺骸をそのままにしておけないでしょう?」

 

 預かっていた『離脱』を使って外へ出ると、ゲーム機の傍に三人の遺体があった。

 傷ついた彼らを家の近くにある裏山に埋葬した。

 戸籍もなく、後ろめたいこともしてきたカイン達を預かってくれる墓地などないから。

 

 流星街生まれで戸籍もなく、外の世界に会いたい者がいるわけでもない。

 カインや仲間が死んだゲームの中に暮らすのはつらいが、乳飲み子を抱えて暮らしていける場所が、ルミナにはグリードアイランドの中しかなかった。

 

 幸い、彼らは収集したカードをほとんどルミナに預けていた。指定カードは70枚以上揃っている。

 もちろん一人でクリアを目指すのは無理だが、中で生活するには困らない。

 メリーがいるからエリカの世話も安心して任せられる。

 

 とはいえ、なまじ収集率がいいのだから、プレイヤーにいつ襲われるかもしれない。

 ルミナが他のプレイヤーと会っていないため、『交信』や『同行』は使えないが、『衝突』でやってくる可能性もゼロではない。

 

 危険を冒すより、すっぱりクリアを諦め、子供が育つまではここで過ごそうと決意。

 

 生活に不必要なカードを売りさばき、親子二人が暮らしていけるだけの費用を捻出。表示される指定カードの所持数を減らすため、アイテム化して残しておける便利なものはだいたい『ゲイン』した。

 

 魚と果物だけは豊富にあるため、家から出なくてもじゅうぶん暮らすことができる。

 『メイドパンダ』と『7人の働く小人』が身の回りの世話と果物や魚の採取をしてくれる。庭に畑を作り、野菜も育て始めた。

 モンスターを倒せばお金になる。必要なものはマサドラで買える。

 ルミナは安心して子育てに集中できた。

 

 

「そうして今に至る、というわけ」

 

「ふーん。お母さん頑張ってエリカを守ってくれたんだね。ありがとう」

 

 私が外に出られるようになれば、プレイヤーになるために一度隠れ家へ行くことになる。

 その時にお父さん達のお墓にもお参りできる。

 

 私の転移で連れていけるんだから、掘り返して遺体を運んでもいいかもしれない。

 それも私の成長次第だ。

 

 

 

 

「そう言えばお母さん、スケルトンメガネはないのね」

「急にどうしたの?」

「だって不思議ヶ池を入手する時ってスケルトンメガネがあると楽なんでしょう? 『ゲイン』したんじゃないの?」

 

「ああ、あれね。ディックが持ってたわ……ほんと、あのスケベ」

「あー、うん。そうなんだ……」

「だからここにはないの。多分、ディックが死んだときに消えちゃったんだと思うわ。あの子、ずっとあのメガネを手放さなかったから」

「ふーん」

 

 というわけで、スケルトンメガネは我が家にはない。

 

 

 

 そんな風に、三歳の年は過ぎていった。

 

 

 

 格闘の修行の時に、(ステップ)を活かせる訓練をちょくちょくやっている。

 滑らかに、予備動作なしに、敵の意表を突く場所へ。

 

 それから転移して現れた時の身体の向きを、完璧に思った通りの方向に向けるようにする練習。

 これがけっこうややこしかった。

 

 たとえば、私がいて、お母さんが対峙している。

 お母さんの隙をついて、お母さんの後ろへ回り込んで、即攻撃。これをしたいんだけど、即攻撃するためには、今の自分の立っている方向と逆を向いて現れないとダメなんだ。

 んで、逆を向くのはわりと簡単なんだけど、即攻撃しやすい位置取りと向きの微調整がね。これがね。ほんと。

 

 思い描いた場所へ飛んでいるんだけど、前にいた位置から見て“ここが最適”って思った場所がいざ飛んでみるとあんまり有効なところじゃなくてさ。

 目測をあやまるってやつだ。

 

 近すぎても離れすぎても、一歩違うだけで何の意味もないどころか、自分が無防備になってしまう。

 何回も飛んでコツを掴むよう、地道な努力しかないね。

 座標とかがわかるわけじゃないんだし、勘を養うしかないんだもん。

 

 つまり、反復練習が一番なわけだよ、うん。

 

 これもオーラを使うから、毎日寝るまえに使い切ってから休むようにしている。

 おかげでオーラ量も徐々に増えていると思う。

 

 

 覚えがいいことと真面目に修行に取り組む姿勢を、お母さんが褒めてくれた。

 そして“練”の練習もすることに!

 やったね。

 

「いい? まずね、エリカの身体の中にぐっとオーラを溜めるイメージを持つの。身体中のいろんなところ、全部からパワーを集め、それを一気に外へ解き放つの」

 

 身体中からパワーを集める。

 全身から。細胞の一つ一つから、ぐぐっと引き出し、一気に解き放つ!

 

 身体からぶわっと力が湧きだした。

 おお! すごい!

 まだまだよわっちいけど、ちゃんと“練”になってる!

 

「よくできました! すごいわ。これからは纏と絶に加えて、この練の修行も毎日欠かさずやるのよ」

 

「はい! お母さん」

 

 




マサドラでそんなものが買えるのかというと、そうであったらいいなと想像してます。
グリードアイランドの中で暮らしている人が多いのでこんなものもあるんじゃないかと。
「そんなのねえよ!」のお叱りは勘弁してください。


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スペルカードを集めよう

 

 

1992年 6月 4歳

 

 遊びに勉強に修行にと忙しい1年が過ぎ、4歳になった。

 今年の誕生日もお母さんとメリーさん、ラルクが祝ってくれた。

 ちなみにお母さんは誕生日がわからないそうだ。だから、お母さんの誕生日も、メリーさんの誕生日も一緒に祝っている。

 ラルク?

 当然、今日だよ。

 だって、ラルクは去年の私の誕生日に“ゲイン”したんだから。今日が1歳の誕生日だ。

 

 

 アドリブブックのお話が、今回は冒険ものの絵本だった。

 

 アドリブブックの説明は必要?

 これもグリードアイランドのアイテムで、本を開くたびに違う物語になっているってやつ。一冊あれば何度でも楽しめる優れもの。

 んで、今回のお話が、挿絵の多い冒険ものだったってわけね。

 

 イラストが可愛くて、動物の絵もいっぱい。しおりを挟み、当面はこのままにしておくことにした。

 だってさ。

 動物の絵がいろいろあるんだもん。

 これ、あれっすよ。

 ラルクの練習用にいいよね、ね?

 

 そして夕食後の団欒時、アドリブブックを取り出してラルクに見せる。

 

「ラルク、これが鹿だよ、やってみて」

 私とお母さんとメリーさん。三人の期待の目に見つめられ、ラルクはひゅん、と姿を変えた。猫サイズの鹿。

 

「おおおお」

 絶賛の拍手を送る。

 可愛い。可愛いよラルク。一発で成功させるなんて、こんなに賢くていいのかしら?

 

 猫サイズの鹿が、なにやらドヤ顔をかましております。

 どえりゃあ可愛いです。

 

「ラルクすごいわ。もうそんなにできるようになったのね。お祝いしなくちゃ。ね、メリー」

 

 お母さんの言葉に、メリーさんもうんうん頷いている。

 

 この“体積が変わらない”ってのが、いいね。効いてるね。可愛さに拍車がかかってるね。神掛かってるね。

 え? 親ばか? いいじゃん。

 

 この可愛らしさを表現できる、もっと厳つい生き物は……とぱらぱらとページを捲る。

 お、これだ!

 

「ラルク、これこれ! サーベルタイガー。牙がすごいの。やってみて」

 

 ラルクはまた、ひゅん、と変身した。面白いなあ。身体の皮がくるんって裏返ってるみたいな、そんな感じの変身シーンです。

 

「をををを!」

 

 虎のような斑紋のあるふさふさとした毛皮。

 その豊かな毛皮のうえからでも察せられる引き締まった強靭な筋肉。

 力強くしなやかなその体躯。

 上あごから下に向かって生える二本の牙は剣のように鋭くて長い。

 雄々しく立つその姿は、迫りくる敵を睥睨するかのように眼光鋭くこちらを見ている。

 

 今にも飛び掛からんとする姿は畏敬の念すら感じさせるほど気高い……大きければ。

 

 想像してみて。子猫サイズのサーベルタイガー。

 

「ぷっ」

 

 あまりの可愛さに、三人揃って噴き出しちゃった。

 笑われたことに、きょとんとした表情を浮かべるから、またおかしくって。

 

「すごい! かわいい! かっこいいのに可愛い。賢いね、すごいね、もっといっぱいできるようになろうね!」

 

 笑っちゃうとすねちゃうから、みんなでいっぱい褒めた。

 楽しい夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 “練”がちゃんとできるようになったある日。

 私達はホームを出て、岩場に立っている。

 

 どきどきどきどき。

 ちょっとね。今日は、実験なのだ。

 

 『離脱』のカードが手に入ったのだ。

 前々から、このカードが手に入ればやろうと、お母さんと決めていたことがある。

 

 私のログアウトと、プレイヤーとしてのログインだ。

 

 このゲームから出るには二つの方法がある。

 一つは『離脱』のカードか、『挫折の弓』を使うこと。

 この場合、プレイヤーは自分のログインしたゲーム機の傍に戻る。

 

 そして、もう一つの方法。

 それは、このゲーム内に唯一ある港に行って、所長を倒すことで貰える『通行チケット』を使うこと。

 この場合は、世界各国の50の港から選んだ場所へ転移させてもらえる。

 

 

 普通にこのルールに即して考えると、私はプレイヤーじゃないから、『離脱』や『挫折の弓』では出られない。

 戻るべきゲーム機がないんだもんね。

 

 私がゲームの外へ出るには、港で所長を倒し、管理者にあって行先を指定しなくちゃいけないのだ。

 

 だけどさ。

 もしかしたら『離脱』のスペルが発動して、スタート地点(ゲーム機のある場所)が特定されない場合、港の所長の時みたいに管理者が出てきて、世界各国の50の港から選ばせてもらえるかもしれない。

 

 指輪を奪われたプレイヤーとかもいるだろうし、そういう救済処置くらいあるんじゃないかと、予想……というか、願望を持ってお母さんと相談していたのだ。

 

 と言ってもね。望み薄な気はしている。

 だって。『離脱』のカードがないとか、指輪をなくした、とかの場合の救済処置が『通行チケット』なんだろうから。

 所長に勝てない人は? ここの運営って、弱いなら死ね、くらい思ってそう。

 

 まあ、とにかく、うまくいけば儲けもの。

 だめなら『離脱』のカードを一枚無駄にすることになるけど、試してみよう、という話になったわけだよ。

 なんていうのかな。希望にすがりたいというか。もしかすればできるかもって思うとやらざるを得ないというか。

 

 一刻も早くプレイヤーになりたいんだよ、私は。

 プレイヤーでもNPCでもない私は、バインダーを持っていない。バインダーに入れなくてはカードがアイテム化してしまう。カード無しではここでは買い物すらできない。

 スペルカードを唱えても反応しない。

 不便すぎる。

 

 

 それで無事港の選定に入れるようなら、お母さんのゲーム機がある場所の近く、パドキア共和国のサンドラ港を指定する。

 んで、そこへ着いたらポイントを設置して、(ジャンプ)で戻る。

 

 強い結界で囲われているここを(ジャンプ)で行き来ができるか?

 これは大丈夫だよ。だって神様がくれたスキルだもん。

 “どんな場所でも、どれほど距離が離れていても、いつでも転移できる”って能力なんだから結界の中でも大丈夫なはず。

 

 とにかくこれで外にポイントができる。でも、私ひとりで出歩くのは、4歳は危険すぎるでしょ。

 だから一度そのまま戻ってくるってわけね。

 

 そのあと、お母さんが『離脱』で外へでて、隠れ家からサンドラ港まで移動する。

 所長を倒してサンドラ港を指定するってのもあるけど、お母さんも一人であの森林地帯を抜けて港へ移動することは難しいらしい。

 

 とにかくお母さんがサンドラ港へ行く。

 着いた頃を見計らって私が転移でサンドラ港へ行く。

 お母さんと合流してそこから隠れ家へ一緒に移動。

 

 んで、隠れ家から、晴れてプレイヤーとしてログイン、という流れだ。ログインに必要な“練”はもうできるもんね。

 

 

 カードを無駄にするのは怖いけど、もしかしたらがあるんだもん。

 だから一縷の望みに、賭けに出たのだ。

 

 

「行くわね。『離脱(リーブ)使用(オン) エリカ』」

 

 お母さんの言葉に、さあ来い! と身構える。

 が、カードがしゅん、と消えた。

 

 

「がっくし、だよ。おかあさーん」

 

「そうね。ほんと、がっくしね、エリカ」

 

 お母さんと二人、肩を落とす。

 

「仕方ないわ。地道に修行を頑張ればいいのよ。ね、エリカ」

 

「うん。一枚『離脱』のカード無駄にしちゃったね」

 

「いいのよ。また頑張って集めるわ。エリカも手伝ってくれるんでしょ?」

 

「うん! 頑張る」

 

 よし、気を取り直して、修行がんばるぞ!

 とにかく、港まで行けるようになること。そして所長をたおすこと。

 そうすれば、プレイヤーだ。

 

 為せば成る!

 

 

 

 

 

 

 『離脱』カードを無駄にした夜。

 

 お風呂に浸かりながら考えた。

 また頑張ってカードを集めようって。

 

 

 んで。だよ。

 考えついた。

 

 どうせならバッテラさんから賞金が貰いたいよね。

 だって私、(ジャンプ)があるもん。

 これでバッテラさんと恋人さんをここへ連れてきて、ゲームの中で『大天使の息吹』を使えばいい。

 

 プレイヤーじゃないバッテラさん達をジャンプで連れてくるのはGMに見つからないのかって?

 

 多分問題ない。

 だって、私がここにいることがその証明になる。

 

 私ってプレイヤーでもNPCでも、GM達ゲーム関係者でもない。

 もし、プレイヤー以外の人間が存在することをGMが察知できるのであれば、私が生まれた瞬間にレイザーが飛んできて、アイジエン大陸のどこかへ飛ばされていたはずだ。

 

 実際には、私の誕生に気付かなかった。

 おそらくこの島全体を円で囲っていて、そのラインを正規の方法以外で通り抜けるとゲームマスターに知らせが入るようなシステムなのだと思う。

 であれば、私の持つ、この世界とは違う理で動く“転移”で、しかも全体を囲うラインに触れずに直接飛んでくるものは気付く方法はないはずだよ。

 

 だからね。

 私ならクリアせずにバッテラさんの恋人を助けられるんだよね。

 

 

 『大天使の息吹』の取得方法は覚えている。これ有名だからね。

 スペルカード全40種類を集めてマサドラで交換すればいい。

 

 スペルカードの効果は外に出ても持続するんだから(でなきゃ中で『大天使の息吹』を使ったプレイヤーがログアウトしたとたん死ぬことになるじゃん)、それで恋人は治る。

 私達はクリアせずに報酬がもらえる。

 

 カードは今でも人が多くて集めにくいなんて話をお母さんがしていた。

 なんとかして集められないかな。

 

 あ、そうだ!

 キルアが試験を受けるためにゲームの外へ出ている間にボマーの大量虐殺があった。その時にプレイヤーがたくさん死んで、カードがいっぱい売りに出されたはず。ゲーム内にいれば、スペルカード集めがはかどる!

 

 ……だめか。

 そこまで待ってても『大天使の息吹』は所定枚数いっぱいまでゲンスルーが押さえている。

 やっぱりもっと前。ゴン達がゲームへ来る前……できればハメ組が結成される前にある程度の数まで、えっと、ハメ組は防御系を押さえてたからそういうのとレア度の高いものを優先的に集めておかなきゃ。

 

 『大天使の息吹』の取得方法――スペルカードを全種40枚集めてカードショップで交換――というのをプレイヤーが知るのはいつだろう? 『解析』でわかっちゃう?

 

 もし知っていたとしても。

 フリーポケットは45枚で、スペルカードは全種類で40枚。

 よく使うカードはできれば数枚持っておきたいことを考えると、全種類揃えようと意識して揃える者じゃないと難しい作業だよね。

 

 

 今は原作開始よりもずっと前だと思う。

 原作中に収集率のよかったチームはほとんどがゴンと同時期にここへきたものだ。古くからいるのはハメ組とあと少しくらい。

 他のプレイヤーはまるっきし諦めて暮らしていたりして、そんなに熱心なものはいない。

 

 いまのうちにやらなきゃ。

 お母さんを説得して、早めに『大天使の息吹』をゲット。あとは『擬態』させて『堅牢』で守る。

 そしてお母さんがログアウトしてバッテラさんと交渉しにいく。

 

 私の修行の合間にカードを買って集めていこうってお母さんを誘おう。

 そして二人でお金持ちになるのだ!

 

 

 そのためにどういえばいいか。

 エリカ、考えました!

 

 ちょっとお母さんにバラそうと思う。

 バッテラさんの欲しがっているカードと、その取得方法を。

 でも大丈夫!

 この世界にはだね、『念』という不思議ぱぅわーがあるのだよ!

 『念』の概念と、幼女スマイルで、「だってエリカ知ってるもん!」とか言っちゃえば、予知系の念能力かも、って思ってくれる。だろう。と思いたい。頼むぜお母さん!

 

 よし、大女優エリカ、いっきまーっす。

 

 

 

「ねえ、お母さん、スペルカードを集めようよ。バッテラさんのお金、貰えるよ」

 

 いつもの団欒の時間、私は切り出す。

 今のうちに進めなきゃ『大天使の息吹』は手に入らない。

 

「どういうこと?」

 

「あのね。スペルカードを全種類集めると、マサドラのカードショップで『大天使の息吹』と交換してくれるの」

 

「エリカ、なぜそんなことを知っているの?」

 

「え? だって知ってるよ?」

 

 きょとん? って顔でお母さんを見る。響け、私の役者魂。

 

「エリカ、知ってるもん。バッテラっておじさんが欲しいのは『大天使の息吹』なんだよ。だからそれを手に入れて、エリカがぴょんって飛んで、おじさんの治してほしい人を連れてきたらいいの。そしたらクリアしなくても治せるでしょ。お金、貰えるよ!」

 

「エ、エリカ……あなたそれも能力?」

 

「なあに?」

 

「そういう事がどうしてわかるようになったの?」

 

「どうしてって、知ってるんだもん」

 

 お母さんは大混乱だ。

 私がまた先天的能力を使ったと思ってるんだと思う。

 

 心配かけて悪いんだけど、“前世で知ってて、ここは漫画の世界です”っていうよりもずっとわかりやすい能力が存在しているんだから、お母さんも信じるはずだ。

 

 

「こんな念で具現化されたものに溢れた場所で、子供を産むべきじゃなかったのね」

 

 ものすごく後悔しているお母さんに、私は内心必死で謝った。ごめん、お母さん。嘘ついてごめん。でも、言えないんだもん。

 お母さんにバケモノ扱いされたくないんだもん。

 ごめん。

 

 

 

 



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特質系でした

 

1993年 6月 5歳

 

 5歳になった。

 毎日、遊びに修行に楽しいです!

 

 『大天使の息吹』の話を信じたお母さんは、私の修行の合間にスペルカードを集めることに賛成してくれた。

 っていうか、けっこう乗り気になっている。

 この一年、わりと真剣に集めてます。

 

 

 ここから出たあとの生活費を考えると、バッテラさんの報酬はすごくありがたいものだからだろう。母子家庭が幸せに暮らすにはお金がいるんだもんね。

 

 お母さんにゲンスルーは危険って話をしておかなきゃ。ボマーの話をしてくる奴は要注意的な感じで。

 それに、まだまだ先だけどヒソカや幻影旅団のメンツもここにくる。そっちも要注意だ。

 

 

 私の修行も順調だ。

 応用技の基本的な修行方法も教えてもらった。

 ビスケが原作でゴン達にやらせていた修行に近い。

 

 お母さんも一緒にやっている。

 お母さんもまだ若いから(なんと21歳でした! え? 私産んだの16?)、もっと修行を積めば、うんと強くなれるね。

 

 お母さんってひとりで港へ行けない程度なんだよね。私からすればすんごく強いお母さんだけど、2回目のハンター試験を受けに行く時点のキルアよりも弱いってことだ。キルアは余裕で港へ行っていたからその実力差は大きい。

 修行も私がやる気になっているから一緒に始めただけで、私が小さい頃は全然やってなかったもん。妊娠出産授乳子育てと、それどころじゃなかったってのもあるだろうけど。

 

 お父さん達と一緒にいたから修行方法も知っているけど、お母さん自身は念能力者として強くなろうなんて考えるタイプじゃなかったんだと思う。

 

 だから、私が強くなってお母さんを守らないと。

 

 

 

 超初心者の私に相応しい修行場所を確保するため、お母さんとゲームスタート地点に近いアントキバの街へ向かうことにした。

 5歳になって走り込みもずいぶん早くなったし、バテずに走れる距離も延びた。

 

 そろそろモンスター退治もいいだろうってお母さんが判断したのだ。

 

 それにジャンプポイントを増やすことも必要だからさ。今のところポイント1の“ホーム”しかないもん。

 

 ちなみに“ホーム”地点は庭に設置してある。

 サンルームの前。

 リビングやダイニング、玄関前でもよかったんだけど、そうすると修行後の汚れた身体で家に入ることになっちゃうからね。

 酷い汚れの時にすぐ拭けるよう、サンルームには古いタオルなんかが常備してある。

 

 って話がそれたね。

 えっと。アントキバに行くって話ね。

 まず、走れるところまで走って進み、バテた時点で中継地点のポイント設置。(ジャンプ)で帰って休憩。回復したらまた中継地点へ戻って進む。という形でなんとかアントキバへ着いた。

 

 え? 『同行』使わないの? って? カードを使うわけないじゃん。

 私達にとってカードは売るモノ集めるモノ。それにこれも修行だよ。

 

 初心者向きの弱いモンスターが多い場所だからしばらくはここで修行する。

 アントキバに(ポイント3)を設置。(ポイント2は今は空欄。ゲーム機のある隠れ家の予定)

 これでいつでもここに(ジャンプ)で来れるようになった。

 

 とはいっても、走ることも修行だからね。そう毎回ぽんぽん飛んで移動していたら持久力が培われない。

 これからは毎日走って移動するつもり。

 

 慣れるまでは、ホームから走って移動し、途中でバテれば(ジャンプ)でホームへ帰って休憩。休憩後に(ポイント3)のアントキバまで飛んで、モンスター退治。

 修行を終えれば走って戻る。

 途中でバテれば、(ジャンプ)でホームへ戻る。

 徐々にホーム・アントキバ間を完走できるようになればいいね。そんな風にお母さんと話している。

 

 

 さて。

 初めての狩りだ。

 

 今まではお母さんと組手をしただけ。実戦はこれが初めて。

 

「いい? エリカは強くなったの。この辺りのモンスターなら、体当たりされてもエリカなら傷もつかないわ。だから安心してぶち当たってきなさい。“纏”は切らしちゃだめよ」

 

 お母さんは日頃は親ばか丸出しで私にデロ甘なのだけれど、修行時間になるととたんに厳しい師匠に早変わりする。

 齢5歳にして生き物を倒す経験をするのは、正しいかと言われれば首をかしげる。

 だけど。待つ暇はないのだ。

 

 この世は危険に溢れている。強くなるには、実戦が一番なのだ。

 お母さんの厳しい目が、倒せ、殺せと言っている。

 

 私も、覚悟を決めて、モンスターに飛び掛かった。

 

 モンスターは牙が鋭くて、ぐるぐる唸る声が怖かった。

 私のほうが強いって言われても。

 

 命をかけて襲い来る生き物は、やっぱり脅威だ。

 

 お母さんとの訓練の動きもすっかり忘れて、無我夢中で腕を振り回した。

 

 唸り声をあげてモンスターが飛び掛かってくる。ぶつかる! と思ったとたん、つい目を閉じてしまう。想像した衝撃はなく、どすんと頭に当たってきて、目を開けるとモンスターが倒れてた。

 慌てて立ち上がるモンスターの姿に、やっと少し冷静になれた。

 

 一息深く息をついて、私はしっかり身構える。

 負けない。

 

 お母さんが教えてくれたことを思い出せ。

 次に飛び掛かってきたその身体を避けざまに脇腹を蹴り上げる。ボフンっと音がしてカードになった。

 何時間も戦っていた気がするけど。

 ほんの数分のことだったみたい。

 

「……やった」

 

「よくやったわエリカ。初めてにしては上出来よ」

 

 

 こうして私は、またひとつ成長した。

 

 

 

 

 毎日修行の一環としてモンスターを倒すだけで、フリーポケットがいっぱいになる。

 カードショップでモンスターカードを売ってはスペルカードを買い、ダブりをまた売る。

 集めだすとこの頃はお母さんのほうが熱心だ。

 生活の事を考えている分、お母さんのほうがずっと真剣に取り組んでいる。

 

 今までに『堅牢』、『城門』なども手に入った。『擬態』のカードが手に入ればすぐに必要カードを擬態して指定カードへ入れていく。

 フリーポケットの枠をあけるためだ。

 今は指定カードを揃えるつもりがないからほとんど空だしね。

 

 あらかじめ、どのカードを何に擬態させるか決めて一覧を作ってある。

 だからそのメモを見ればなんのカードが揃っているか擬態を解かなくてもわかる。

 

 フリーポケットの数が少ないからカード集めはけっこう難しい。私がプレイヤーじゃないからバインダーがお母さん一人分しかないのが悔しい。

 お母さんと頑張ろうね、と話している。

 

 

 自分の強さにあった狩場での修行を始めて、私は格段に強くなれた、と思う。

 お母さんが一緒にいてくれるから、危険になったことはない。

 

 だんだん走る速度も速くなり、6歳になるまでには走ってアントキバまで行けるようになった。目覚ましい成長だ。

 

 時々、プレイヤーが襲ってくる。でも今はまだ対人戦をするつもりもないし、スペルカードを使うなどもったいない。

 だから逃げる。カードが無駄だもん。

 

 近くにいれば“円”でわかるから、最初から近づかない。

 

 『磁力』や『同行』などの移動系カードで飛んでくる時にはヒューンって音が聞こえる。

 その音を聞いたらすぐにお母さんを抱き上げて(ホーム、ジャンプ)してるのだ。

 

 私が一緒に活動するようになってからはお母さんも一度もカードを使っていない。(ジャンプ)の便利さが身に染みるね。

 

 

 

 

 

1994年 6月 6歳

 

 6歳になった。

 3歳の頃から始めた修行はだんだんと高度になり、今は組手やモンスター退治に力を入れている。

 “堅”もやっと2時間は持つようになった。これをキープして戦うなんて、世の能力者達は凄いよね。

 

 6歳の誕生日、やっと「水見式」をするお許しをもらった。

 わくわくしながら水の入ったグラスに“練”すると、ぶくぶくと歪な形の泡が出て、葉っぱが何枚にも増えた。

 

「まあ! エリカは特質系ね!」

 お母さんとメリーさんが拍手をしてくれる。

 やった!

 

 特質系だ。

 特質系はカリスマ性があると言ってたけど、どちらかというと、「血統や特殊な生い立ちによって発現する」という説明に納得してしまう。

 転生者で前世の記憶持ちで、念で覆われた島生まれ。特殊な生い立ちすぎますね、ほんと。

 

 特質系はいろんなことができそうで、すごくありがたい。さすが神様転生だ。神様(管理者)には会ってないけど、一応お礼をいっておこう。ありがと神様。担当者さんも。ありがとう!

 

「おめでとう! とても多様な能力だわ。さすが私達の子供。ほんと、エリカは天才ね!

 でも“発”はよく考えてからしか作っちゃだめよ。

 エリカの(ジャンプ)と(ステップ)、それからその予知。貴女は先天的発が二つもあるの。

 メモリが足りないかもしれないんだから、お母さんがうん、って言うまで絶対作っちゃだめ。約束できる?」

 

「はい、お母さん! 約束する」

 

 お母さん心配ばっかりかけてごめん。

 私の水見式の結果を見て、お母さんが一瞬顔をしかめたのを私はしっかり見ていた。

 

 転移能力は系統で言えば放出系だ。

 私が特質系ということは、放出系は不得意系統ということになる。不得意系統の先天的能力を発現させてしまったことでメモリを喰い潰してしまっているかもしれないとお母さんは危惧しているんだろう。

 

 ちゃんと“発”は考えるから。それに、ほんとはメモリの無駄遣いもしてないんだよ。

 言えないけど。

 

 ほんと、ごめん。

 

 

 

 

 6歳の夏を過ぎ、アントキバ付近のモンスターでは物足りなくなってきた。

 私達はホーム近くの岩石地帯に修行場所を変えた。

 

 岩堀りとモンスター退治の修行だ。

 

 うちのホーム地点とは離れた場所をざくざく掘る。

 最初は岩にスコップを突き刺すだけで必死だった。“周”の練度が低いから。

 

 少しずつ少しずつ岩を掘れるようになって。

 “周”してうりゃ! “周”してうりゃ! みたいに一撃ごとにタメがいったのが連続して掘れるようになって。

 掘るスピードがあがって。

 バテるまでの時間も伸びて。

 

 徐々にその速さも掘れる時間も増えていく。

 眼に見える結果があると、自分の成長を実感できるね。

 

 

 カード集めも順調。

 本格的にモンスターを倒して得たお金は生活費以外はほとんどカード購入に費やす。

 お金のカードが邪魔だから買い物はだいたいまとめ買い。家があるから収納できるし。

 次に必要になるまではカード購入で使いきるつもりで使う。

 

 『名簿』が手に入れば時々『大天使の息吹』をチェックしているけど、誰もまだ持っていないことになっている。

 40枚集めさえすれば『大天使の息吹』をゲットできるだろう。

 万が一引き換え券だった場合は、誰かが『擬態』させて隠しているということ。

 今のところそこまで進んでいる奴はまだいない、と信じたい。

 

 

 最近はプレイヤー同士の戦いが激化してきているらしい。

 私達も、よく襲われるようになった。

 スペルカードを無駄にしたくない私達は、いつも逃げている。

 私には転移がある。だから私達ってすごく逃げ足が速いのだ。

 

 噂によると、カード対戦にくるものじゃなくて、カードを使わずに襲い掛かってくるプレイヤーが増えてきたらしい。マサドラでもその話をよく聞く。

 捕まえて殴りつけて脅し、無理やりバインダーを出させてカードを奪うんだそうだ。

 

 とうとうプレイヤー狩りが出てくる時期になったんだ。

 きな臭くなってきたな。

 危ないから、できるだけプレイヤーのいない場所で修行をすることにした。

 

 応用技が安定して使えるようになってきたから、系統別の修行も教えてもらう。

 自分の得意系統の特質系と具現化系、操作系だけじゃなく、不得意分野のものも使えるようにならなくてはいけない。

 そして、毎日ひとつに絞ってその練習をするようにと言われる。

 

 

 念弾とかばばんって出すのってすっごく気持ちいいんだよね。

 だけど放出系は不得意系統だから、威力が低くて飛距離も少ない。

 かっこよくババババってやってみたいのに。

 残念だ。

 

 

 

 



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お母さんが……

 

 

1994年10月 6歳

 

 マサドラまで日用品の買い物に出かけたお母さんが、帰ってこない。

 プレイヤー狩りが頻発している今、連絡なしに外泊するなんて、しないよね?

 

 嫌な予感に身体が震える。

 メリーさんも不安げに私を抱き寄せた。

 ラルクも、私の傍から離れない。

 

 私がプレイヤーなら「交信」や「磁力」が使えるのに。

 まだ早いと言われても、我が儘を言ってでも、早くプレーヤーになっておくべきだった。

 

 

 

 ホームの入り口までいき、外を窺う。

 

 すでに夜も更けていて、街灯のない岩場は真っ暗だ。

 私の(ステップ)は視界が確保できなくちゃ飛べない。まだ弱い私がマサドラまで行っても、お母さんを探すことすらできない。

 

 

 お母さん……早く帰ってきてよお。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな手、使いたくはない。

 

 

 

 だけど……これならはっきりするんだ。

 

 プレイルームにある『死者への往復葉書』の一枚を持ってきた私に、メリーさんが息を飲んだ。あわあわと手を震わせている。

 

 宛名に「ルミナ・エッジ様」とお母さんの名前を書き、文章を入れる。

 

「お母さん、エリカです。みんな心配しています。どこにいますか?

 会いたいです。

                    エリカ」

 

 

 

 ――アイテムが使えないことを祈ったのは、初めてだった。

 

 

 

 ダイニングのテーブルに葉書を置き、私達はリビングのソファで一晩を過ごした。

 

 そんな気分にはなれなかったけど、メリーさんが押し付けるように卵を渡し、私を抱きしめるから、心の中で家族を思う歌を歌いながら、今日も三時間卵を手にした。

 

 

 翌朝、ダイニングのテーブルの上には、宛名に「エリカ・サロウフィールド様」と書かれた葉書が乗っていた。

 息ができなくなる。震える手で葉書を裏返した。

 

「エリカちゃん。

 ごめんね。お母さん失敗しちゃった。

 プレイヤー狩りがいるから、気を付けなきゃだめだよって言ってたのに。

 お母さん勝てなかった。ごめん。」

 

 目の前が、真っ白になった。

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、私の部屋のベッドに寝ていた。

 枕元にはラルクが寝ていて、メリーさんがベッドの横に椅子を寄せ、私の手を握って眠っていた。

 

 ……お母さんは、もういないんだ。

 死んでしまった。

 なんで。

 なんでお母さんが死ななきゃいけないの?

 

 私が『大天使の息吹』のためにスペルカードを集めようって言ったから。

 私が、漫画の世界だという遊び気分でいたから。

 私が、未来を知っているからと小賢しく儲けようとしたから。

 私が……私が……

 

 後悔の気持ちが押し寄せて爆発しそうになった時、メリーさんが私を抱きしめてくれた。

「メリーさん……私、わたし……」

 私たちは、抱き合って泣いた。ずっとずっと、泣いた。

 

 

 

 それから、私達は何度か葉書でお母さんとやり取りした。

 誰に殺されたのかの質問には、名前も知らない男4人組だったとしか教えてくれなかった。

 本当に覚えていないのか、私に人殺しをさせないためか、それはわからない。

 

 でも、私が覚えているボマー、ゲンスルーの名前を出しても、「違う」と答えが返ってきた。

 「柄の悪い男達だったから、エリカも気を付けてね」とそれだけ。お母さんは死んだことで少し感覚が違うみたいだ。

 彼女が死に際して考えていたことは無念や恨みよりも、残される私への愛。

 

 遺体のことも、「捨てておいて」と言うし、自分のことや敵の事より私達残された家族のこれからのことにしか意識がいかない。

 死者の意識の、これが限界なのかもしれない。

 

 

 とにかく、敵が誰だかわからない。

 ボマーみたいにわかりやすい相手じゃない分、どこへ怒りを持っていっていいのか、私は怒りのやり場に戸惑う。

 

 プレイヤーだ。それだけは確か。

 私にとって今ここにいるプレイヤーはみんな、敵だ。

 

 

 

 やりたいことや、やるべきことは山ほどある。

 だけど、まず最優先で済ませておくべきことが一つ。

 

 お母さんの遺体を取りにいく。

 お母さんはゲーム内で死んだ。ルール上、ゲーム内で死んだプレイヤーの遺体はゲーム機の傍に吐き出される。今お母さんの身体はゲーム機がある場所に、ひとりでいるんだ。

 今は秋になって気温もだいぶ下がっているけど、何日もそのまま置いておくなんて許せない。

 お母さんは自分の死体を見せたくないと言ったけど、私は絶対取りに行くと言い張った。

 

 お母さんがいなくなった今、私の家族はメリーさんとラルク。

 彼らと一緒にいるためには、ここから離れるわけにはいかない。

 私がここでこれからも暮らすためには、プレイヤーになるしかないのだ。

 

 どこかにある他のゲーム機を探し、数百億も払って買うよりは、お母さん達のものを使うほうがずっと現実的なのだから、いずれは本体のある場所へ行かなくちゃいけない。

 少しでも状態のいいあいだに、お母さんの遺体を引き取りたい。

 そう書くと、お母さんも「苦労かけてごめん」といいつつ、納得してくれた。

 

 本体のある隠れ家の場所は、前にお母さんから聞いている。

 パドキア共和国の田舎町にある一軒家で、そこはお母さんしか知らない場所だから安全らしい。

 家の鍵はお母さんの部屋にあった。隠れ家までの詳しい行き方は葉書でお母さんに聞いた。

 

 お母さんの返事にはいつも「修行はかかしちゃ駄目よ」とか「早く超一流ミュージシャンになってね」とか「ご飯はちゃんと取ってる?」とか「港の所長を倒すのはエリカちゃんにはまだ早いわ。無理しないで」とか私を心配する言葉が入っていて、私はその度にやるせない気持ちになる。

 

 

 

 お母さんとのやり取りは葉書を使うから往復するだけで一日かかる。

 

 その間に、私も外へ出るための準備をすすめている。

 港の攻略だ。

 

 ただしくは、港への道の攻略。

 まず港までの森林地帯を独りで踏破しなければいけない。

 あの辺りは危険だ。

 獰猛なモンスターが多いうえ、森の中は見通しが悪く、(ステップ)の距離が稼げないのだ。

 

 今は一刻も早くお母さんの遺体を連れて帰りたい。

 できるだけモンスターを避けて港まで進むつもりだ。

 

 私もだいぶ強くなった。

 “円”の範囲も広まったし“凝”も精度があがった。

 素早くもなったし、足腰も鍛えられた。

 

 モンスターが1体ならなんとかなる。だけど数が多いと難しいかもしれない。

 だから極力戦わず、ただただ逃げて先へ進むことだけを考えよう。

 

 

 

 私の転移には、9ケ所しかいけない。

 うまく使わないと、数が足りなくなってくる。

 

 使い方は、こうだ。

 家や主要都市など、必要な個所を固定として、1から6までのポイントを使う。

 残りの3ヶ所は、何かの折に上書きしながら使いまわすためのもの。

 他と混ざらないよう、ABCと呼称することにしている。

 

 現在登録済みなのは

  ・(ポイント1)ホーム    GI内の我が家

  ・(ポイント3)アントキバ  GI内ゲーム開始地点傍の街

 

 GI内の私達の家が1。

 2はこれからゲーム本体のある隠れ家に行くから、そこを設置するつもりで空欄としている。

 その次に、アントキバに3を設置している。

 

 そして、港に4を設置する。

 まずはそこからだ。

 

 逃げるだけなら……大丈夫。うん。

 中継地点ABCを駆使し、頻繁にポイント設置しながら進めばいけるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 少しでも生存率を高めるため、“発”を作ることにした。

 いつでも逃げ込める場所を考えたのだ。

 

 

【ここは私の領域(シークレットガーデン)】

具現化系

・オーラを消費して念空間を作成する

・広さは術者のオーラ量に比例する

制約

・シークレットガーデンへの入り口は空間の中心地点に固定

誓約

・特になし

 

 

 念空間を作り出した。自分の念空間ならどこよりも安全だから。

 メモリの節約のため空間への入り口を中央に固定。

 空間内の好きな場所へ転移できるようにしようかと思ったけど、中に入ってステップすればいいんだし。

 念空間を作り上げるだけだからメモリ消費量も少なくすんだ。

 

 

【小窓(ポップ)】

具現化系

・オーラを消費し、視界の任意の場所に外界と念空間を繋ぐ小窓を開き、これを維持する

・術者の移動とともに小窓も移動する

・術者本人には暗闇の中でも窓とその向こう側の風景が視認でき、知覚できる

・術者本人にしか視認も知覚もできない

・一度小窓を使って(ステップ)で境界を移動すると、小窓の位置はその場へ固定される

・術者が解くか、(ジャンプ)で移動すると小窓は消える

制約

・小窓を維持している間オーラを消費する

誓約

・特になし

 

 

 シークレットガーデンに、手早く(ステップ)で出入りできるための能力だ。

 

 (ステップ)は視界に入ってさえいれば転移できる固有スキルだ。ガラス越しでも建物の中でもどれほど遠くても、少しでも見えさえすれば転移できる。神サマ謹製の素晴らしい能力。

 だから逃げこめる場所をいつでも見れるようにしておいたら、とっさの避難場所になるんじゃないか、と思いつき、どういう風に実現させればいいか、ずっと考えていたのだ。

 それがこれ。

 

 小窓からシークレットガーデンが見えていればいつでもそこへ転移できる。

 (ジャンプ)は唱えなきゃいけないけど(ステップ)なら念じるだけ。より素早い退避ができる。

 

 この能力があれば、少なくとも逃げることはできる。

 (ステップ)で入ると、小窓はその入った場所と、シークレットガーデンの中央付近を繋げたまま固定される。ポイントを設置するヒマがなくてもその場に留まっていられるんだ。

 

 まわりが安全になればまたそこから出て進めばいい。

 “術者本人には暗闇の中でも窓とその向こう側の風景が視認でき、知覚できる”のだから、中から外の様子も確認できるわけだしね。

 

 移動してずっとついてきてくれる窓を作っただけだからこれもメモリをそんなに喰わなかった。

 (ステップ)さまさまだ。

 

 

 

「(ポップ)」

 

 視界の左下付近に小窓を表示させる。

 リビングのなかに、四角く切り取った小さな空間が見える。

 

 そのままうろうろ歩いてみると、小窓もずっと視界の同じ位置をキープしてついてくる。VRゲームでつねに画面下にあるスタートボタンみたいだ。

 

 オーラを微妙に消費していくけど、いつも視界に小窓をポップさせていると不意打ちされてもシークレットガーデン……長いな、略称ガーデンでいいか……ガーデンへ逃げられる。

 

 視線を動かさないよう、視界全体を見渡せるように視線をぼんやり広げて。

 (ポップ)させた小窓を意識して(ステップ)。

 

 一瞬で景色はかわり、私の領域、シークレットガーデン、略称ガーデンへ入った。

 移動は思った以上にスムーズだった。

 

 今はまだただの、がらんとした広いだけの土地。

 広い。何もないから余計に広く感じるけど、東京ドームくらい? よくわかんないけど。

 入口はつねに中央。

 そこから360度ぐるりと見渡す。何もない空間だけど、私の領域。

 

 小窓を覗くと、リビングの景色が見える。

 うん。できた。

 

 (ポップ)で外からガーデンを覗いた時、何もないのはわかりにくいかもしれない。中心ポイントに看板でも立てよう。

 とりあえず、目印になるものを考える。

 丸太に派手な色合いの柄物ハンカチを旗のようにくくりつけて、中央の大地にざくっと刺す。

 頂上到達、みたいな風情になった。

 

 外に出て、今出てきたばかりの小窓を覗く。

 さきほど設置した旗が見えている。うん。わかりやすい。

 自然にない危険色は意識が向けやすい。

 横の方に小窓を開いても、派手な柄が視界に入り込むからすごくわかりやすくなった。

 

 

 それから何度か練習を重ねる。

 歩いたり飛んだり走ったり寝転がったり何かの作業をしながら、小窓を意識して(ステップ)。

 小窓の位置を変えて(ステップ)。

 小窓を消していても、一瞬で(ポップ・ステップ)と念じられるよう何度も何度も繰り返す。

 

 

 よし。これで港への道を進む準備ができた。

 

 

 

 

 

 

 万全の体制を整えて、ホームを出発。

 港へ向かって走り出す。

 

 森までは順調に進み、森に入る前に立ち止まる。まずはポイントA設置。

 

 “円”をしながら息をひそめ、耳を澄ませてそっと進む。あまり遅く歩くと、待ち伏せているモンスターに襲われる可能性もあるから、足音を殺して走る。

 

 木の少ないところはどんどん前へ向かって(ステップ)で進み、木の密集地帯は走りながら、小刻みにポイントB設置、ポイントC設置、と進めていく。

 少しでも違和感を感じたらすぐ小窓を意識して(ステップ)。

 小窓から外を覗き、何もないことを確認するとまた外にでてポイントを設置して進む。

 

 モンスターの足音や唸り声が聞こえても(ステップ)。

 

 飛び掛かってきたモンスターを避けて(ステップ)で逃げる。

 逃がした獲物を探してウロウロするモンスターを小窓から窺い、いなくなればまた外へでる。

 

 時折り諦めきれないモンスターがその場から動かない時や、待っているうちにモンスターの数が増えてしまって収拾のつかないような時は諦めて、休憩を挟んでもう一つ前のポイントへ(ジャンプ)で戻りそこから始める。

 

 モンスターの多い場所を迂回しすぎて向きが変わって、前のポイントからやり直すはめになって無駄な時間を過ごしてしまった時は悔しくて情けなくて泣き出してしまった。

 ガーデンで独り、膝を抱えて蹲った。

 

 命がけの道行きなんだ。しっかり心を落ち着けて進まないと、大怪我をする。

 死んじゃうかもしれない。

 私が死ねば、死体はここへ残る。モンスターに食べられちゃうのかな。

 お母さんの身体が腐ってしまう前に、ちゃんと迎えにいかなきゃなのに。こんなところで止まっている場合じゃない。

 

 気合を入れて前へ進む。

 (ステップ)で前へ。走って前へ。(ステップ)で前へ。ポイント設置。(ステップ)でガーデンへ。

 外へ出てまた前へ。

 前へ。前へ。前へ。前へ。

 夕方にはポイントを設置してホームへ戻る。

 そしてお母さんと葉書で打合せ。

 

 

 4日かけて港付近へ到達した。

「ポイント4登録“港”。……できた。これで行ける」

 

 精神的に、疲労困憊だった。

 怪我もせずこれたのは、奇跡だ。

 

 でも。

 これで港までは行けるようになったのだ。

 

 

 

 これでお母さんの隠れ家へ行く一つ目のハードルをクリアしたわけだ。

 

 はがきでのお母さんとのやり取りはまだ続いていた。

 スペースが小さくて、文字数が足りないのだ。場所の説明なんて文字だけでは伝わりにくいことも多いし。

 

 

 明日外へ出る、というその夜。メリーさんがメモとペンを差し出した。

 いつも私が使っているメモ帳だ。

 

 隠れ家の場所や注意事項を書き留めろということみたい。

 

 そうだね。お母さんから来た葉書はここのアイテムだから、外に持ち出したら消えてしまう。だからお母さんから聞いたことはしっかりメモ帳に書き出さなくちゃね。

 

 メリーさんの言葉に頷く。

 確かに何か起きればパニックになってしまうかもしれない。

 それに今回は一日で移動できるとは考えていない。

 

 途中の転移ポイントの設置を忘れたりしたら、また翌日所長を倒すところから始めることになる。

 

「ありがと。メリーさん。その通りだね」

 

 私はメリーさんに感謝しながら、メモを書いた。

 

 私が書いているそばで、メリーさんが「もっと詳しく」と言いたげにとんとんテーブルをたたく。

 言われたとおり、細かい部分まで書き出す。

 焦って大事なポイントを上書きしないよう、ポイントの番号もしっかりと書く。

 

 

「・港(ポイント4)へ(ジャンプ)。

 ・所長を倒す

 ・チケットを使う

  (サンドラ港を指定。

   もしサンドラ港が指定できなければパドキア共和国の南西付近に一番近い港を指定)

 ・船着き場近くの街で転移ポイント(ポイントA)を設置。 」

 

 サンドラ港についたらそこが当面の暫定A。

 港は別に上書きしてもいいからね。

 

 そこから主要都市に移動して、そこを(ポイント5)。

 ここは万が一間違った方向へ進んでしまった時の再スタートのための場所だ。大事なポイント。

 ここで地図などの買い物も済ませる。

 

 カード化していない外のお金もお母さんの部屋にあった。

 これを貰っていく。

 知らない場所だから地図があったほうがいいもの。方位磁石も。そうすれば(ステップ)で移動する時に方向を間違わなくてすむ。

 マサドラには外の地図は売ってない。外に出たらどこかで買い物が必要なのだ。

 

 

 そこから、お母さんのはがきの指示通り、移動経路を細かく書き出す。

 

 列車の乗り方。どこで乗り換えるか。

 万が一列車に乗れなかった場合は、どの道を進むのか。

 メモに書き写すことで、理解も深まった。やはりメリーさんは頼りになる。

 

 

 メリーさんが時計を持ってきて私に見せる。長い爪で4の場所を何度もツンツンしてはリビングのソファを叩き、私の頭を撫でる。

 

「4時に帰ってこいってこと?」

 

 メリーさんはうんうん頷いてまた私の頭を撫でた。

 

 そうだね。

 夜は危険だ。

 特に6歳児にとっては、夕方さえ危険。

 だから、4時になればどこまで進んでいても、必ず帰る。

 

 メモに書き加える。

 

「※夕方4時になったら転移ポイントを設置して帰ってくる※」

 

 メリーさんとの約束だ。

 

 あとは途中でいつでも戻れるようにB、C、Aと設置していく。

 隠れ家についたら、今まで空欄にしていた2を設置。

 

「隠れ家についたら

 ・入口の鍵を忘れずに閉める

 ・次からは転移で行くので、鍵だけじゃなく、内側からチェーンをする

 ・玄関の、入ってすぐの辺りで(ポイント2)を設置する

  (ポイント2番登録“隠れ家”)  ※※すごく大事! 忘れないで※※

 ・お母さんを抱き上げ一緒に、家へ(ホーム、ジャンプ)」

 

 隠れ家についてからのことは、メリーさんがトントントントン何度も繰り返すから、ひとつずつひとつずつ本当に細かく書いた。

 

 特に隠れ家を登録するのを忘れると、またやり直しになってしまう。

 落ち着いたらまた隠れ家に行って、そこからプレイヤーとしてゲームに入るんだから。

 ポイント設置はそのためだ。

 メリーさんが何度もとんとん叩くから“すごく大事! 忘れないで”と書き加える。

 

 

 

 中継地点ポイントは要所要所で設置する

 危ない人に会ったら能力バレなど気にせず迷わず転移する

 

 思いつく注意事項を書き出した。

 

 

 

 うん。大丈夫。

 私は、行ける。

 

 




ちょっとシリアス入りました。
お気に入り、感想、評価、ありがとうございます。
今年最後の更新です。


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外へ

 ――朝9時。

 ちょっと遅めの気がするだろうけど、途中買い物をするためにお店が開いている時間を見計らった出発時間だ。

 

 お金とメモ帳、家の鍵をたすき掛けしたバッグに入れて、見送りの二人と挨拶を交わす。

 (ジャンプ)する前、メリーさん達の心配げな表情に、私は空元気で笑って見せた。

 ただの6歳じゃないんだ。

 18歳と6歳なんだから、一人でだって大丈夫。

 

 飛んだ先は、ポイント4番の船着き場。

 

 

 まだ6歳。

 念もまだまだ応用技の修行を始めたばかり。

 所長を倒せるか。

 

 さすがに私も、6歳の小さな身体で、“堅”をやっとぎりぎり2時間維持できるようになったくらいの初心者に所長が倒せるとは思っていない。

 それくらいならマサドラあたりで路上生活している奴らはもっと少ないはずだ。

 

 それに念についてはだいぶうまくなったけど、体術の経験はまだまだ少ない。

 

 だけど、私には初見殺しの短距離転移“ステップ”がある。

 油断しているうちに隙をついて後ろへ転移。一発で決める。これを対処されてしまうようならもっと修行を積まなくてはいけなくなる。

 でも、そんな事をしている間にお母さんの遺体が腐乱してしまう。

 

 いや、できる。できる。やらなくちゃ!

 

 私は勇気を出して一歩を踏み出す。

 

 

 うざい話し方の所長の顔を飛び上がって殴る。予期していたのか、余裕の表情で躱されてしまった。ドヤ顔がまたうざい。

 キャラがたってる。

 これだけうざいと、罪悪感がまるっきしわかない。安心設計のやられ役だ。

 

 数分攻撃を躱しあうだけの攻防ののち、(ステップ)で後ろへ回り、膝裏を蹴って跪かせ、目の前まで降りてきた後頭部へ“硬”で固めた拳をぶち込んだ。

 自分でも惚れ惚れするほど、綺麗にきまった。

 

 ぽよんと煙となって消え、通行チケットが現れる。それを拾い上げる。

 やったよ。お母さん。

 

「『通行チケット』 使用(オン)

 

 初めての場所だけれど、アニメで見た通りの、無機質な空間。

 そこにはナビゲーターの女性がいた。

 

「あら、貴女はプレイヤーじゃないのね」

 

「私はここで生まれたんです。両親がプレイヤーで、二人とも死にました。外へ出て、両親の使っていたゲーム機の場所へ行きたいんです。プレイヤーじゃないと出られませんか?」

 

「まあ、そうだったの……えっと、貴女は通行チケットを持っているのだから資格はあるわ」

 

 そこまで言うと、彼女はすこし眉をさげた。

 

「だけど、貴女のご両親の指輪がなければプレイヤー確認ができないの。プレイデータが確認できない以上、貴女をゲーム機のある場所へ帰すことはできないわ。近くの港までということになるけど、それでいいかしら?」

 

「ありがとうございます。パドキア共和国サンドラ港でお願いします」

 

「わかりました」

 

「次は、プレイヤーとして帰ってきます」

 

「まだ小さいのですから、もう少し大きくなってからでも……いえ、僭越でしたね。私達はプレイヤーであればどんな方でもお迎えします。またのお越しをお待ちしております」

 

 ナビゲーターの女性は、百貨店の受付のような、丁寧なお辞儀をした。

 それに私も挨拶を返し、指さされた扉へと進む。

 扉を開けると、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 気が付くと知らない港にいた。

 まずは人目のない場所を選び、ポイントAを設置。

 船着き場近くの駅へ向かって歩く。

 

 独り歩きの6歳児は、目立つようだ。

 ちょくちょく視線を感じる。

 「あんな小さい子が大丈夫かしら」なんていう心配の視線もあれば「カモだ」と嗤う粘つく視線も感じる。

 私は途中で木陰に入り、そっと“絶”をして進んだ。

 

 駅前はかなり賑やかな街並みだった。

 ポイント5もここにすることを決め、目立たない場所に(ポイント5)を設置する。

 

 移動する前に、駅前のデパートへ入る。

 初めてのお買い物だ。

 世界地図と、この大陸の地図と路線図。それから方位磁石も。

 

 買い求めた地図を開き、初めてこの世界の位置関係を知った。

 

 これが、世界か。

 

 初めてグリードアイランドの外を見たのだけれど、感慨など何も感じなかった。

 お母さんが一緒なら、自分の世界が広がったことを喜べたのに。

 

 

 今いる駅と、目的地の最寄り駅までは、列車を二度乗り換える必要がある。

 6歳児が独りで列車に乗っているのは、ちょっと危ない。

 

 駅へ入って切符を買う。一人で大丈夫かい? と聞く駅員さんに

「向こうの駅でお母さんが待ってるの」と答えて見せる。

 偉いねえ、なんて言葉に微笑み、手を振ってプラットホームへ歩き出す。

 

 行き先はニルスという街だ。そこまではこの特急が一番早い。

 

 誰もいないコンパートメントに入って窓際の席に座る。

 木目調模様なのにしっかり金属質な車両は10月の朝の冷えた空気のなか、よけいに寒々しく感じる。

 早く列車が動けばいいと、行儀よく座ってその時を待った。

 

 ピョロロロロという音が鳴って列車が動き始めた。

 窓の外は港町からあっという間に都会へとその風景を変える。忙しく走り去る窓のそとのビルや街並みをじっと見ていた。

 

 2時間後、誰もコンパートメントの扉を開けるものもおらず、私はほっと息をつきながら駅を降りた。

 ポイントBを設置して、山の手に向かう列車に乗り換える。

 

 時間はまだ昼を過ぎた頃。

 ここまでは特急だったから早かった。

 ここからは在来線で、しかも各駅停車しかないような路線だ。

 

 列車が来るまで駅の待合室で1時間も待たされた。

 売店で買ったパンとジュースで昼食をすませ、じっと静かに座っていた。

 

 列車が来たことを知らせるアナウンスに、こちこちに固まったお尻を撫でながら立ち上がる。

 プラットホームに行くと、青色の列車がちょうど滑り込んでくるところだった。

 乗客が降りるのを待って乗り込む。

 コンパートメントもなくて、通路を挟んで二人座り用の座席がずらっと並ぶ車両だった。

 

 時折り路線図に書かれた駅名をチェックしながら時間を潰す。

 単調な揺れと、ずっと続く極度の緊張に、ふっと眠気が差す。

 知らない駅名しかないから、少しでも寝ちゃうと乗り越したかどうかわからなくなりそうで一瞬たりとも気が抜けない。

 

 一人で乗っている6歳の少女(お母さん譲りの美少女だ)が居眠りなんてしていると、カモがネギ背負ってお酒もご用意できておりますくらいの美味しい獲物だ。

 もう一度気を引き締めなおし目立たぬよう“絶”で気配を絶つと、また今いる駅名と路線図を照らしあわせる仕事に戻る。

 

 駅の間隔が長くて、この駅間に住む人はどうやって暮らしているんだろう。全員車なのかな、なんてくだらないことを考えて気を紛らわせる。

 

 お節介焼きのおばさんに会うこともなく、人攫いに捕まることもなく、誰にも声をかけられず、無事にルドルノン駅に着いた。1時間半の長い旅だった。

 

 駅の改札を抜けると、そこは古い田舎町だった。

 駅前に立派な像が立っていた。

 カイゼル髭を片手で撫でている威風堂々とした男の像。サー・ルドルノンの彫像らしい。

 全く知らないその偉人さんはこの街の名士なんだろう。

 その姿の仰々しさと、風雨にさらされてすっかり剥げている現状が、より一層この街を古ぼけた街だと印象づけている。

 

 ポイントCを設置。

 駅前のロータリーを抜けて坂を上る。

 

 15分ほど歩いて街を通りぬける。

 その先に、山肌に沿ってずっと登っていく線路が見えた。ロープウェイだ。

 このロープウェイの終着駅が隠れ家のある駅。

 

 時間はそろそろ3時半になろうかという頃。

 発車時刻がわからないけど、終着駅まで行くと4時過ぎるかもしれない。

 悩みながら駅に入り、時刻表を見れば1時間に一度ほどしか出ていない。次の出発は4時10分。

 

 メリーさんとの約束を破るわけにはいかない。

 明日の時刻表を見て、始発が朝の5時半にあることを確認して、ポイントAを設置するとホームへジャンプした。

 メリーさんの美味しい料理が迎えてくれた。

 

 

 

 

 翌朝、5時過ぎにポイントAへ転移する。

 切符を買ってロープウェイに乗り込んだ。

 

 フラグもたたず、イベントもなく、ごく順調に隠れ家のある町へ来れた。

 道が広く、古臭くてやけに敷地の広い家が続く、寂れた町だった。

 

 隠れ家はこの古臭い街に埋没するような凄く目立たない戸建て住宅で、町はずれにあって見つけるのに苦労した。

 人に聞くことも憚られ、焦りながら探すはめになった。

 古ぼけた門構えを見上げ、ほっと溜息をついて門を通る。

 

 中にお母さんの遺骸がある。

 ……何度も深呼吸をして、心を落ち着かせ、私はドアをあけた。

 

 

 何年も開けられていない家の中は埃臭かった。

 カーテンの隙間からもれた外の光がじんわり差し込み、電気を付けなくても中は薄明るい。

 GIにある我が家と同じで、ここも玄関の扉をあけると中が広くて、ダイニングとその奥のキッチンがすぐに見渡せる造りになっている。

 

 ゲーム機があるとお母さんに聞いていた、ダイニングの横の扉へまっすぐ進む。

 扉を開けると、部屋の真ん中にゲーム機があり、その横に、うつ伏せに倒れ込むお母さんの姿が見えた。

 

 

 

 ――想像していたより、ずっとお母さんの状態は酷かった。

 プレイヤーキルをする奴なんて、自分でクリアもできない能無しばかりだと思っていたのだ。

 

 なのに、そこそこ強いお母さんが負けた。

 実力者も混じっていたんだろう。

 

 お母さんは切り傷だらけだった。地面を転げまわったのか土汚れも酷い。

 逃げようとして致命傷を負ったのか、背中から胸まで腕が通るような大きな穴が開いていた。

 抜き手でも受けたのか。

 

 

 

 お母さん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、世界を、呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらいの間、その場に座り込んでいたんだろう。

 いつの間にかずいぶん時間がたっていたように思う。

 

 心は慟哭し激昂しているのに、頭はやけに冷静だった。

 というか、何をどうすればいいのか、まったく頭が働いていない。

 

 救いをもとめて手を動かすと、たすき掛けにしたバッグに触れた。

 ああ、そうだ。メモ帳だ。

 

 何をすればいいのか、メモに書いている。あれを見れば大丈夫。

 

 

 ……もう、誰かに教えてもらわなければ息すらできない。

 

 

 メリーさんがやることを箇条書きにするよう促してくれていたのは、こんな状況をわかっていたからかもしれない。

 震える手でメモを開く。文字が頭に入ってこないから、一行一行、書かれている手順を読み上げ、ただロボットのようにそれに従う。

 

「入口の鍵を忘れずに閉める」

 

 そう言えばお母さんのことが気になって、入り口をちゃんと閉めたかも定かじゃない。

 のろのろと玄関へ向かい、扉の鍵をかける。

 

「次からは転移で行くので、鍵だけじゃなく、内側からチェーンをする」

 

 目がかすれて読みにくい。いつの間にかくしゃくしゃになったメモ帳を広げ、読み上げ、扉のチェーンと、ロックをかけた。

 

「玄関の、入ってすぐの辺りで(ポイント2)を設置する」

 

 続いて書かれた注意書き、“すごく大事! 忘れないで”も読む。

 ここへはまた戻ってこなくちゃいけないんだもんね。

 えっと。なんていえばいいんだっけ? そう。メモに書いてた。

 

「(ポイント2番登録“隠れ家”)。うん、大丈夫。できた。忘れなかったよ、メリーさん」

 

 私は視線をメモ帳へ落とす。

 

「お母さんを抱き上げ一緒に、家へ」

 

 ……これで、お母さんに触れてもいい。

 抱きしめて、家へ連れて帰ってあげなきゃ。

 

 私は初めてお母さんに取りすがる。冷たくて固い身体は蝋人形のようだった。

 

「おかあさん、はやくかえろうね」

 

 念を覚えていてよかった。

 そのおかげで大人の遺体を持ち上げることができる。

 

 うつ伏せで倒れ込んだ形で硬直しているから上向けると変なポーズを取っているようにみえる。

 お母さん。

 魂の入っていない、表情の抜け落ちた顔は、お化け屋敷のマネキンみたいに嘘っぽく見える。ニセモノのようなお母さんをそっと持ち上げると、家を目指して飛んだ。

 

「(ホーム、ジャンプ)」

 

 

 

 転移してきた私を見て、メリーさんが目を瞠る。お母さんの遺体を見た衝撃に、二歩ほど後ずさってからこちらへ駆け寄る。

 私からお母さんを受け取ると、抱きしめた。

 メリーさんの咆哮を初めて聞いた。

 

 私もやっと、泣くことができた。

 二人で、お母さんの遺体に取りすがり、わんわん泣く。涙で目が溶けるんじゃないかと思うほどいつまでも尽きなかった。

 ラルクも、一緒に悲しんでいるみたいだった。

 

 この世界で遺体の葬法は土葬らしい。

 外に埋めるのは嫌だから、ホームの端っこを墓地にすることにきめた。

 

 隠れ家は念の修行のためにあちこち掘り返していたから、土が柔らかくなっている。

 まるでこのために準備していたみたいじゃないか。

 皮肉な現実から目を背け、お母さんのお墓は、お花畑で周りを飾ろう、なんて話をしながら埋めた。

 

 お母さんは『超一流作家』に成れないままだった。

 卵はお母さんのお墓に一緒に埋めた。あの世で素敵なお話を書いてください。

 

 

 

 死体遺棄と埋葬の違いは、どこにある?

 お役所サマの許可を受けたかどうか?

 ちがう。

 弔う者の、心だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリードアイランドの中に墓場なんてない。もしあったとしても、他のものの目に触れるところにお母さんを置きたくない。

 

 よく考えたら、お母さん達って何かの犯罪を犯してたんだっけ?

 あの家の裏山にはお父さんと仲間二人の遺体が埋まっているはず。場所がわかるなら、お父さん達のお墓もここに移動させたい。

 隠し埋めただろうから、見つけるのは難しいか。

 葉書で聞いてもいいけど、手紙のやり取り程度で見つけられるか。お父さんのことはまた考えよう。

 

 

 後日、メリーさんが超一流アーティストになってから、十字架に“ルミナ・エッジここに眠る”と彫られた立派な墓標を作ってくれた。

 お墓らしさが増したことはいうまでもない。

 

 

 



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プレイヤーに、なりました

 

 

 

 悲しくても悔しくてもどんなに泣いても、もうお母さんは帰ってこない。

 

 ゲーム機のそばに倒れていたお母さんの手には、指輪が嵌っていた。

 ゲーム内で死んだら指輪は失われてしまうはず。

 

 もしかしたらお母さんは、プレイヤー狩りに襲われて瀕死の重傷を負ったけど、『離脱』のカードで外へ逃げることはできたんじゃないか。

 でも怪我が酷くて、逃げた先の自分の隠れ家で息を引き取った。

 

 外で死ねばセーブデータは残ると原作でもゲンスルーが言ってた。つまり、お母さんのデータはまだ生きている可能性があるのだ。

 

 外に出たからフリーポケットの中身は失われたけど、指定ポケットの中身は残っている。

 お母さんの残してくれた、財産だ。

 

 

 

 お母さんが帰ってこなかったのは10月の3日。

 『離脱』を使ったのも、おそらくその日。今日は13日だから今日中にも失格となってバインダーの中身が全部消えてしまう。

 

 だから私がお母さんのデータを引き継いでログインしようと思っている。

 10日の制限時間にぎりぎり間に合ったのは、お母さんからの贈り物に思えた。

 

 それに……バインダーにはプレイヤーが遭遇した他プレイヤーのリストが記録されている。最後に追加されたリストが、お母さんを殺した奴らの可能性が高い。

 

 もちろん、その前にどこかですれ違っていたかもしれないから、絶対に最後の4人がそうだとは言えないけど、リストの後ろから確認していけば、いつかはお母さんを殺した奴らに会える。

 

 プレイヤー狩りは奪ったカードを自分のバインダーにしまうのだから、指輪を外してくることはない。だからお母さんのリストの中に、絶対にいるはずなんだ。

 

 向こうも、殺したはずのお母さんの名前が復活すれば、何某かのリアクションをとるんじゃないだろうか。

 何人も殺していて、お母さんの名前すら憶えていないかもしれないけど。

 もし、お母さんの名前がログインしていることに気付いてもう一度襲ってきたら。

 

 その時は、私の力全部使って戦うつもりだ。

 

 

 

 

 転移ポイント2の隠れ家へジャンプする。

 前回には気付きもしなかったけど、部屋の中はお母さんの血で汚れていた。錆びくさい臭いと鼻につく生ぐさいすえた臭いが混じっている。

 胸を貫いた穴から流れた血がカーペットに広がっている。今は乾いてどす黒い色になっていた。

 

 私が持っていたメモ帳も落ちていた。覚えていないけどあの時お母さんを抱き上げるのに手放したのかもしれない。

 

 お母さんの姿を思い出してまた泣きそうになったけど、ここで泣いているヒマはない。

 後でもう一度来て、掃除をしよう。メモ帳を拾い上げポケットにしまう。

 

 

 今は、ログインだ。

 

 ゲーム機を眺める。

 4スロットのうち、ひとつだけにロムカードが刺さっていて、データが生きていることを示している。

 これがお母さんのセーブデータだ。

 やっぱりお母さんは『離脱』でログアウトしてからここで死んだんだ。

 

 今はログアウトしているからロムカードの横のボタンが消えているけど、私がゲームに入ればこのボタンが点灯するんだろう。

 

 お母さんの指輪を付け、ゲーム機に向かい、“練”をする。

 次の瞬間、無機質な空間にいた。

 島を出る時に通った場所とそっくりだけど、ここはおそらくゲームスタートのチュートリアルの場だ。

 先日のナビゲーターと瓜二つの女性が迎えてくれた。

 

「おお。あなたはもしやルナ様では?」

 

 なるほど。再ログインの時には登録の名前を聞かれるんだね。

 ってか。ルナってお母さん、偽名なんだね。しかもちょっと安直。ルミナがルナなんて。

 

「名前を変えても、リストは消えませんか?」

 

「消えないわ」

 

「ルナをリストに入れている相手から見たらどうなりますか?」

 

「新しい名前で表示されるわね」

 

「では、ルナのままでお願いします」

 

 プレイヤーに私の名前まで教えてやる必要はない。ルナのままで行こう。

 

 

 

 ナビゲーターの指さす先にある扉を抜けると外に出た。

 

 アントキバの近くの草原だ。

 つい1年ほど前まで、頻繁に修行しに来ていた場所。今は朝のランニングの到達地点にしている場所。

 こちら側から見る景色はこうなっているのか。

 

 見渡す限りの大平原。10月のからりと晴れた空はどこまでも高く、冷たい風が身体を撫でる。

 遠くから隠れて観察する不躾な目を無視して移動する。木の陰に入ったところで家までジャンプした。

 

 

 

 

 家族に迎え入れられリビングルームに座り、呪文を唱える。

 

「ブック」

 

 手の中に生まれた本の感触。

 今までは、私にはできなかったバインダーの操作。

 やっとできるようになった。

 

 バインダーを開くと、お母さんの集めたカードが並んでいる。

 必要なのはスペルカードなのだけれど、ログアウトしたために今はフリーポケットはカラだ。

 だけど――

 

 指定ポケットのページを捲って眺める。

 

 お父さん達が生きていた頃に集めたカードは必要なものはアイテム化し、それ以外は生活費に消えた。

 私達は修行とスペルカード集めしかしていないから、そのあと指定カードは増えていない。

 今、家にある、アイテム化されているカード。

 たとえば『美肌温泉』、たとえば『メイドパンダ』、たとえば『アドリブブック』。

 うちの家にあるものと同じカードがバインダーにあれば、それは偽装したスペルカードなのだ。

 

 メモと見比べる。

 擬態したスペルカードの数も間違いない。

 

 お母さん、ありがとう。

 ちゃんと残してくれて。

 

 私、絶対スペルカード集めを続けるから!

 絶対、絶対、『大天使の息吹』を手に入れて大金をもらってやる!

 

 

 

 決めた。

 『大天使の息吹』を取得して、バッテラの恋人を助け、報酬を手に入れる。

 お母さんの集めたカードの残りを、私が集める。

 お母さんが始めたことを、私が続ける。

 

 そして。

 メリーさん、ラルク。大切な家族。

 それから。

 グリードアイランドの便利なアイテムに溢れた我が家。

 お父さんやその仲間が、丹精込めて建ててくれた家。

 家族の思い出のいっぱい詰まった、庭にはお母さんのお墓もある、この家。

 

 この家を、家族を、ガーデンへ連れていく。

 これごと、全部、手に入れる。

 もう、何も、奪われない。

 

 

 

 これが、私の目標。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事プレイヤーになれたことをお母さんに葉書で報告した。

 翌朝、お母さんから返事が届く。

 

「よかったわね。これでエリカも自由にカードが使えるようになるわ!

 よく頑張ったわね、エリカ。でもね。クリアしなくてもいいの。修行を楽しんで。

 

 大きくなるまで傍にいれなくてごめんね。

 いつか外へ出てハンター試験を受けなさい。身分証明書になるから。

 一人にしてごめん。愛しているわ。

 

 エリカは、好きに生きてね。」

 

 最後に語られていた我が子への想いに、今まで育ててくれた優しい母親への愛情があふれる。

 

 

 

 

 

 お母さんがひとりいないだけで、家がすごく広く感じる。

 誰も彼もが、沈んだ表情で、ただ、生きていた。

 

 灯りの消えたような、息をするのもつらい毎日だったけど、私達はただひたすらに、今までと同じように日常を繰り返す。

 

 毎晩の卵も変わらず。

 お母さんしか飲まなかったお酒も、変わらず汲んで。

 果物の収穫もちゃんとやった。

 修行も教えられたメニューをたんたんとこなす。

 

 リビングでソファに座る時も、寝る時も、私達はいつもみんな引っ付いていた。

 抱き寄せるメリーさんの腕が、寄り添うラルクの体温が、私を生かしてくれた。

 

 塞ぎがちな私を気遣ったラルクが、ある夜、サーベルタイガーになって私の前に現れた。

 私が昔、図鑑を見て一番喜んでいた姿だ。

 ラルクは勇ましく咆哮をあげ見せつけるように目の前をくるくるまわる。

 私を気遣って元気付けようとしてくれているのか。

 

 あの幸せだった4歳の誕生日を思い出して。

 

 可愛くって嬉しくって悲しくって悔しくって。

 どうしようもなく愛おしくて、抱きしめて泣いた。

 

 

 

 

 

 




※プレイヤーネームを変えた時のリスト表示がどうなるのかは私の想像です。


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新たな“発”

 

1994年12月 6歳

 

 悲しみは尽きない。

 それでもメリーさんやラルクに支えられて、少しずつ日常を取り戻していく。

 

 

 

 今後、私がどうやって行くか、真剣に考えようと思う。

 原作についてはもはやどうでもいい。

 

 だけどキメラアントやその後現れるかもしれない新たなボス敵に世界征服なんてされたくはないのだ。原作の流れに沿うのが一番だと思う。

 

 そのうえで、できればハンターになりたい。

 お母さんにも勧められたしね。

 

 でもダメなら無理することはない。

 ぶっちゃけ身分証だけなら天空闘技場で稼いで闇の戸籍を買ってもいいわけだし。

 

 それとスペルカードをコンプして、バッテラの恋人を助けて報酬を貰いたい。

 

 あとは残された大切な家族。メリーさんとラルクを連れて外へ出たい。

 大切な思い出に溢れる家も。便利なグリードアイランドのグッズもすべて含めて持っていきたい。

 もう何も奪われたくない。

 家も、アイテムも、メリーさんやラルクも、ぜんぶ、私のものだ。

 

 

 家を持ち出す“発”については後々考えるとして。

 どのタイミングでハンターになるか。どのタイミングでバッテラと接触するか。

 もちろん、『大天使の息吹』を手に入れることが大前提なんだけど。

 

 

 まずバッテラの恋人について。

 原作ではクリアが間に合わなくて死んでしまう。これ、私の転移があれば助けられる。

 

 だけど、原作の流れを邪魔しちゃだめだ。

 キメラアント編に進むにはゴンとキルアがちゃんとカイトに会わなきゃいけない。そのためにはバッテラさんに雇われてゲームに入ってクリアする必要があって……ううむ。

 

 

 しばらく悩んで、決めた。

 このままゲームの中で修行する。

 天空闘技場でいろんな奴と戦う経験を積みがてらお金を稼ぐのもいい。

 

 外に出るたびに情報収集して、ハンター試験やヨークシンでのオークションの話や何やらを調べていれば、いずれ原作開始の時期もわかるはず。

 もしそれでもわからなければ。

 

 ゴン達の原作の流れではヨークシンのあとがグリードアイランド編なんだから、毎年9月中旬から10月あたりにグリードアイランドの初心者の街付近を見張っていれば出会えるはず。

 あ! そうだ。

 アントキバの月例大会で指定カードをゲットして、そのあと他のプレイヤーに奪われてたっけ。

 つまり、毎年9月15日の月例大会を見張ってればゴンに会える。うん。決まり。

 

 ゴンやキルアと知り合いになれば一緒に修行させてもらえないかな。

 ビスケ師匠の教えが受けたい。

 

 キルアが途中で抜けてハンター試験を受けにいくはずだから、それに便乗して試験を受ける。

 この試験はキルアがやる気マックスで全員のしてしまって合格者一名って回だから一緒にうけて合格者二名ってなるようにしたい。

 そのためにもキルアと知り合いになってないとね。

 

 そのあと、キルアがゲームに戻るときに別行動をとって、私はバッテラさんのところへ。

 大富豪さまにアポを取るのは難しいかもだけど、ハンターライセンスを持っていて、『大天使の息吹』の話をすれば、おそらく話くらいは聞いてくれるだろう。

 そこで転移の話をして、報酬を決めて、ゲーム内に連れて帰ってカードを使う。これでOK。

 

 原作で恋人が亡くなるのがキルアが戻ってきてからだから、これで間に合うし、原作の流れにもじゃましない。

 あんまり早く治しにいって、ゴン達がグリードアイランドに入ることができないのは困るし……

 

 

 ああ、でもなあ。

 ゴンやキルアと一緒に修行するならカードの話もするよね。私のカードも見せる必要があるかも。

 クリアを真剣に考えている彼らのそばで『擬態』させた『大天使』を持っていることを内緒にしているなんて、できないや。

 なまじ仲良くなっていたら、騙しているようで心苦しいもん。

 

 どうせその頃はハメ組が残りの『大天使』を押さえているだろうから、私のカードを複製しようとしても失敗しちゃうし。

 

 私が『大天使』を取得した時にあらかじめ『複製』で増やしておいてそれをあげてもいいんだけど。それもどうかと思うんだよなあ。

 

 

 やっぱりダメ。この案却下。

 

 

 その前だ。

 バッテラさんに提供するのは『大天使の息吹』だけにしておいて、『魔女の若返り薬』や他の便利なカードを、正式にクリアしたメンバーから買い取ってくれと言えば、原作通りに進むんじゃないかな。

 

 命の危険は回避されるからバッテラさんがオークションで7本とも買うかはわからないけど。

 

 あ、でもゴンがクリア報酬のカードでカイトのところへ行かなければゴン達がキメラアント編に参加できなくなるか。

 

 えっと。

 ……グリードアイランドは今私がプレイ人数一人だけのものを持っている。

 ゴンとキルアを私のゲーム機から連れていってあげればいい。

 そうすればゴン達のクリア報酬はバッテラさんに渡さなくていいもん。

 

 どこかのタイミングで、ゴン達に私が持っていることを匂わせておけばいいかも。

 ジンのメッセージでゲームの話を聞いたら、私のことを思い出せるように。

 

 

 ってことは、ゴンと一緒のタイミングでハンター試験を受けたほうがいい?

 

 ハンター試験で少し仲良くなったら、グリードアイランドってゲームの途中で試験を受けに来たの、とか話せばいいかも。

 そうすれば、グリードアイランドがジンの居場所のヒントになると知った時に、私のことを思い出してくれる可能性もあるだろうし。

 

 ハンター試験のあとはついていくつもりはない。

 私がバッテラさんの恋人を治すことで原作の流れが変わって、ゴン達がゲームに参加できなかったりクリア報酬を使えないかもしれないから、それを回避するためだけだから。

 

 それになによりヨークシン編で旅団と戦うのは今の私の力では無理。

 ゴンらは死ななくても、私は死ねる。

 

 それに、私の転移能力なんてクロロが欲しがるに決まってるもん。絶対捕まって拷問される。

 しかも転移は固有スキルで念能力じゃないんだ。奪えなければより苛烈な拷問が待っている。考えただけでぞっとする。

 9月のヨークシンシティには絶対に行かない。絶対にだ。

 

 

 これで原作通り?

 

 恋人が元気になったことでバッテラさんがヨークシンでのオークションに参加しなくなる可能性はあるかな。

 参加しても7本とも買おうとはしないかも。

 そうなるとバッテラさんの契約プレイヤーとして入ってきた人達が来なくなる可能性もあるのか。

 ビスケも来ないかもしれない? ゴン達が強くなれないかも?

 

 まあ、バッテラさんが買わなければそれまでとしよう。

 私が原作に介入してしまう“バッテラの恋人の死亡阻止”のバタフライエフェクトがどれほどのものになるかわからないけど、私が責任持てるのは、“バッテラさんにクリアデータの懸賞を続けてもらうこと”と“ゴンとキルアを私の持つゲーム機でゲームに誘うこと”。

 このふたつだけ。

 それ以上は知らない。

 

 ゴンとキルアがキメラアント編に突入してもしなくても。

 ビスケがグリードアイランドに来なくてゴン達が成長しなかったとしても。

 どちらにしても、ネテロ会長とかも動いていたし、そうなると最終的には同じような結末を迎えるはずだよね。

 主人公達の成長はないかもだけど、世界の平和は守れる。よね?

 

 まあゴンやキルアなら多少流れが変わってもきっとしっかり成長してがっつり物語に食い込んでいきそうだもん。多分大丈夫な気がする。

 

 本当は女王が流れ着いた瞬間に殺しちゃうのが一番なんだけど。私にはそんな能力はないし。誰かに説明しても、そんな荒唐無稽な話、信じてくれるはずもないか。

 

 

 

 

 ってことで、今後は修行しながら情報収集で原作の時系列確認。

 天空闘技場でお金稼ぎ。

 それから、スペルカードを集めて『大天使の息吹』を手に入れる。

 時期がわかれば、ゴン達と同じ回のハンター試験を受ける。

 

 うん。決まり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と決めたはいいけど。

 

 圧倒的に修行時間が足りない。

 

 正確な時系列はまだわからない。でも、プレイヤー狩りが始まったんだ。

 時間は刻々と進んでいる。

 私が知っている原作の時に、近づいている。

 

 

 と、切実に考えながらも両手の間にある水を覗き込む。

 水見式のグラスだ。

 

 歪な泡がぼつぼつと出ていて、葉っぱが複数枚に分かれている。

 最初に水見式を終えてからも、何度もこれをやってみている。

 変化が顕著になるまで続けるのも修行だ。

 

 自分の特質が何かを考える。

 “特質系”ってのは、つまり特別に変わった資質ってこと。ひとりひとり固有な資質があって、他の系統に収まらないものは全部“特質系”になっているってことだよね。

 んで、私の場合、葉っぱが増えてる。

 

 何度もやっているうちに変化はさらに顕著になり、いまはわさわさと葉っぱが水を覆うほどになっている。

 泡も増えた。丸じゃない変形した泡。それも生き物のようにうねうねと動くのだ。

 

 

 “発”は術者の願いが形になるもの。

 自身にあった能力。

 

 私が今欲しい能力は、このグラスの中身を見るに、実現が可能なんじゃないかしら。それも希望通りのものが。

 

 

 

 なので。

 

 “発”を作ろうと思う。

 私の欲しい能力。“分身”だ。

 

 分身とは、あのNARUTO世界の超お便利能力、影分身。それも多重影分身。

 つまり、自立して行動してくれて、分身を解けば本体にその経験が還元、吸収されるもの。

 みんなでやれば習熟までの時間を短縮できる。

 仲間のいない私の補助にもなってもらえる。今一番欲しい能力だ。

 

 

 自立して行動出来て、経験を本体に還元する、なんて考えるだけでメモリを喰いそう。

 しかも本体と離れた場所でも行動してもらうってことは私の不得意系統である放出系も入ってるよね。

 でもね。

 

 メモリのキャパシティについてはそんなに心配していない。

 だってさ。

 私は“管理者”から“健康で成長しやすく、その世界で必要とされる才能を十全に引き出せる素地を持って生まれ”させてもらっている。

 三歳から修行を欠かしたこともない。素地があって努力をしているんだ。

 だから念に関して言えば、能力容量はかなり大きいと思うんだよね。

 

 それにこんなに葉っぱがわさわさ増えるんだもの。分身体をたくさん作れそうな気がする。

 

 

 

 それから、誰にも奪われない私の領域。“シークレットガーデン”関連。

 こっちにも追加で、いろいろ能力を作る。

 GIのアイテムである家族たちや屋敷の施設を取り込む方法はまだ検討中だけど。

 影分身と(ジャンプ・ステップ)を使いこなすために、いろいろと考えたんだ。

 

 

 

 それが、こちら。

 

 まず、物品用収納スペース。

 

 

【倉庫(インベントリ)】

具現化系、特質系

・オーラを消費して術者の念空間に物品専用の収納空間を作り出す

・広さは大型コンテナの積載容量程度

・中は時間停止

制約

・生きているもの、他人の所有物は入れることができない

誓約

・特になし

 

 

 時間停止はちょっとメモリを喰ったかもしれない。でもこれは必要でしょう。

 ちゃんと時間停止が効いているから、熱々の飲み物もアイスクリームも入れておける。

 

 まだGIのアイテムは持ち出せないから、今のところは外に出た時に買った地図や、マサドラで買ったもろもろを入れている。

 すぐ取り出したい武器や楽器、スコップやペンチやナイフ、はさみ、ロープなんていうものも。

 

 お金がもっとできれば、食料品もいっぱい買い込みたい。

 

 

 結局のところ、私は別に戦いが好きじゃない。

 修行して自分が強くなっていくのは楽しい。成長を感じられて達成感がある。

 だけど、私が本当に欲しいのは、安全な住み家と大好きな家族なんだな。

 

 我が家をガーデンへ取り込むことができれば……

 倉庫に山ほど食料を入れておけば何年でも隠れ住むことができそう。

 

 

【自由な手(ドラポケ)】

操作系

・手に触れて(収納)と念ずることで、術者の念空間の任意の場所へ収納することができる

・収納の際、手に触れていれば大きさや重量は問わない

・取り出したいものを思い浮かべることで術者の念空間内にある物を手元に取りだすことができる

制約

・他人の所有物は収納できない

・生物は収納できない

・出し入れする際、その物の重量に応じてオーラを消費する

・他人の所有物や生物を入れようとした場合、収納は失敗し、重量に応じたオーラを消費する

・取り出したいものが術者の指定した場所より大きければ取り出しは失敗し、重量に応じたオーラを消費する

誓約

・特になし

 

 

 取り出し用。ガーデンの中でも倉庫の中でも好きなところに入れられて、必要なものを即取り出せるってお便利能力。

 武器を取り出したり、瞬時に取り換えたりするのもノータイムノーリアクションでできたほうがいいじゃん。これも攻撃手段のひとつになる。

 だから大事な能力なのだよ。

 メモリは多少喰いました。

 

 

 実際使ってみると、ドラポケはめちゃくちゃ使える。

 手に触れてすぐに収納できるのは便利だ。倉庫でもガーデンでも好きな方へ入れられる。多少の重量のあるものも触れてさえいれば収納できる。

 

 これのキモは思ったものをすぐ手に取れること。

 

 手元に武器を一瞬で出す練習は欠かせない。何も持ってないフリをしていて急に武器が出てくるとそれだけでリーチが変わる。

 念があると素手でもじゅうぶん強い。でも槍や鎖とか、形状の違う武器があるのはやっぱり有利だ。

 

 一瞬で武器を倉庫から取り出し瞬時に“周”を纏わせる。それを殴りつける動きの途中でできれば敵の意表をつける。

 失敗すれば自分の意識がそこに取られて中途半端な攻撃になり、相手に攻撃のチャンスを与えることになる。

 これは反復練習が必要だね。

 

 

 次に、小窓の追加能力。

 

 

【小窓を門へ(ゲート)】

具現化系、操作系

・小窓に術者が身体の一部を入れてスライドさせることにより、外界と念空間を繋ぐ門が開く

・スライドさせる幅でゲートの大きさが変わる

・ゲートが開いている間は他者にも視認できるようになり、出入りが可能となる

制約

・ゲートを維持している間オーラを消費する

・ゲートの大きさにより消費するオーラ量がかわる

・ゲートを維持している間、術者はゲートに常に触れていなくてはならない

誓約

・特になし

 

 

 (ステップ)を使わず直接ガーデンへ出入りするため。いずれメリーさん達も出入りするようにするからいちいち抱き上げて移動するのもね。

 

 それに小窓は自分の任意の場所に自分が知覚できる窓を開く。

 もし万が一、目を潰されてしまったとしても、自分で開いた場所にある小窓なら触って広げられるんじゃないかと。

 視覚を失うと(ステップ)できない仕様の救済処置だ。

 そのために作った能力。

 (ポップ)を少し改良しただけだから、メモリの消費は抑えられた。

 

 

 目をつむって(ポップ)してみる。この辺りにあるかな? ってところに手を持っていくと四角い窓に触れる。そして指を窓に入れてすっと横に手を動かす。

 それだけで空間の切れ目が広がってガーデンへの出入り口ができる。

 

 おお。できた。

 これで避難時の(ステップ)の弱点が解消されたよ。よくやった私!

 

 

 指だけじゃない。

 ゲートは“術者が身体の一部を入れてスライドさせる”とした。

 

 身体の一部ってのは、腕が使えなくても足でもできるし、鼻とか肘とか膝とか舌とか、なんでも使えるようにね。

 どんな状況でもなんとかガーデンへ逃げ込めるように。

 小窓の位置も足元でも手元でも目のあたりにでもどこにでも開けるから便利だ。

 

 あ、これ慣れれば荷物で両手が塞がってても足で障子を開けるみたいな感覚でガーデンへ出入りできちゃうね。

 

 それに、ドラポケでは他人の所有物は倉庫へ入れられないけど、これを使えば、たとえば戦いの最中に敵の武器を奪ってガーデンに投げ込んだりもできるかも。あ、これも要練習だ。

 

 

 

 そして、私が欲しかった修行用“発”。影分身。

 

 

【影分身(ドッペルゲンガー)】

具現化系、操作系、特質系、放出系

・術者のオーラを分割し、実体を持つ分身体を作り出す

・分身体は、術者と同じ思考・記憶・人格を持ち、自身が分身であると認識している

・オーラ量を調整することで複数体の分身体を作り出すことができる

・影分身の耐久度はその分身に籠めるオーラ量によって増減する

・術者を起点とした半径5メートル以内の任意の場所に出現させることができる

・出現時、術者が着ている服装や装備中の武器、持ち物なども含めてすべてを複製する

・術者が指定した場合は、装備や服装を変更した状態で出現させることができる

 その場合、複製する物は倉庫内にあるものに限られる

 倉庫内にある実物を装備して出現することもできる

・出現後は術者本体からどれほど離れていても活動できる

・術者が解除する、または分身体に込めたオーラを消費しきる、または過度の衝撃を与えると消える

・分身体が消えると、それまでに分身が得た経験が術者に還元される

 但し、分身体が受けたダメージは還元されない

制約

・出現後24時間たてば分身体は消える

・術者本体より5メートル以上離れた状態では倉庫へアクセスできない

 またシークレットガーデンへ(ステップ)で入ることもできない

 但し、(ジャンプ)でシークレットガーデン内へ転移すれば倉庫にもアクセスできる

・術者の念空間、または術者の“円”の範囲より離れた分身体は、本体との距離に応じて戦闘能力が著しく低下する

誓約

・特になし

 

 これはメモリをごっそり取られた。でも反省していない。

 でもこの能力は必要だもん。

 これから先の転生先でもずっと使える能力だからね。

 

 影にはいろんなことをしてもらいたいから、NARUTOの多重影分身にできることは全部盛り込んだ。

 本体と離れた場所で行動してもらうためには放出系の能力も必要になる。だから円より外にいる影は戦闘能力を下げることにしてメモリ消費を抑える。

 離れて活動するのは情報収集が主だろうから戦闘能力は求めてないし。

 

 放出系は私の特質系から言えば60%の習得率だけど、地力をあげていけば放出系の威力も上がっていくはず。

 

 

 不得意系統を含む複合能力はメモリの無駄遣い?

 そんなことはわかってるよ。

 

 でもね。HUNTER×HUNTER世界の念能力者の寿命は長いの。

 それに私はこの生が終わった後も、この能力を持って次の生に行くの。その次も、またその次も。

 修行できる時間は無限にある。

 苦手系統でも習熟度が上がれば威力もあがる。

 

 それにさ。

 何回も転生を繰り返しているとまたそこでも新しい能力を手に入れるわけだよ。

 転生を重ねていろんな能力を持つようになると、どの能力も使いこなすためにたくさんの修行時間が必要だよ。

 ちゃんとやっておかないと引き出しがありすぎて、咄嗟に迷ってしまったり、使い慣れた一部の力しか使わないようになっちゃうんだよ、どうせ。

 そんな時に影分身があれば、いろんな能力を組み合わせて戦ったり創意工夫の時間が取れる。

 

 この先の人生でもまた今回みたいに6歳で独り立ちなんてこともありえるんだから、短期間で習熟できる影分身の能力はすごく役立つ。

 それに誰の助けもない時には、手が増えることはありがたい。作業を分担してくれるし、吸収すればすべてわかるから“報連相”の時間すらいらない。安心のバックアップスタッフになる。

 

 

 ちゃんとした必殺技も必要だけどさ。

 先々を考えれば、必殺技を作ることよりも影分身のほうがずっと必要なわけ。

 

 

 

 

 

 

 

 できた。

 できたできた!

 

 さっそく影分身を出してみる。うまくオーラを操れず、最初は一人しか出せなかった。

 これも練習あるのみだ。

 

 今は影1人でも、本体とあわせて2倍の修行時間となる。1年修行したら2年分の成果。

 2人になれば1年で3年分。

 10人になれば? たった1年で11年だ。

 

 NARUTOを知っているから、私の想像力が影分身の能力を正しく出現させることができる。

 いろいろなことをやってもらった。

 

 影分身も(ステップ)(ジャンプ)ができる。

 念空間は基本的に術者のそばにできるものだから、離れた場所にいる影はガーデンへステップで入ることはできない。倉庫にもアクセスできない。

 

 だけど私のそばにいればどちらもできる。

 緊急時、たとえば私が拘束されている時など、倉庫から取り出したペンチを装備させた影を私のそばに出現させて私の拘束をはずす、なんてこともできるだろう。

 

 

 あとは影との連携。

 同時に何体か出して連携を取ってそれぞれステップしながら攻撃。とかね。

 

 私の5メートル以内にいれば倉庫から武器を取り出せるから、どんどん武器を取り換えて攻撃したりもできる。

 もちろん影は過度の衝撃で消えちゃう。複製した武器もそう。“周”を纏わせるから影自身よりは強度があるけどね。

 だから強い攻撃を加えたいなら武器は複製じゃなくて実物を持たせる必要がある。

 

 使い捨てになるかもしれないから、そう割り切って雑多な武器をいろいろ倉庫へたくさん収納しておこう。

 なんだったら私の後ろからガンガン実物の武器を出しては投げ出しては投げなんて攻撃だっていいだろう。“周”して投げればいい固定砲台になるかもしれない。

 今はお金があんまりないけど、お金が手に入ったらいっぱい買おう。

 

 倉庫に何があるか私が知っているということは影も知っているということ。

 出現させる時は私が装備を決めるけど、そのあと武器の切り替えや動きは影が判断してやってくれる。どちらも私だ。まかせて安心。

 

 影分身、申し分ないね。うん。

 

 

 影を使った攻撃は、どれも本気の本気の切り札。影の存在を知られるつもりはない。

 外向けに見せる私の“発”は、あくまでもステップとジャンプ。

 あとは若干能力をごまかした倉庫くらいか。

 

 ガーデンと影分身は、誰にも教えるつもりはない。

 逃げる時や、相手を確実に殺す時にしか使わないつもり。

 

 

 

 ああ、そうだ。

 離れた場所にいる影がガーデンに入るために、ガーデン内にもジャンプポイントを設置しなきゃなんだ。

 うわあ。貴重なポイントの枠が。

 ……仕方ない。ポイント6設置“ガーデン”。これでよし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 影分身ができるようになって修行の仕方が変わった。

 体力つくり、筋力アップは本体にしかできない。影を出現させるのも。

 それ以外の修行を影に分担してもらう。

 

 最初は1体しか出せなかった影も、影が手伝ってくれることで効率は倍になり、すぐに2体になった。

 これから習熟度があがってオーラも増えていけば影も増える。

 

 どこまでも遠くへ行けるというつもりで作ったけど、まだ制御が甘くてGIと隠れ家に離れると24時間持たなかったり、動作が不安定だったりする。

 これも修行がすすめば大丈夫だろう。

 

 多少動きが拙くても、判断力が失われるわけじゃない。隠れ家に飛んで家の掃除をしたりネットで情報収集するくらいはできる。

 ガーデンにいれば常に私のそばにいることになるから、挙動は安定しているし、しっかり修行もできる。

 

 オーラ少な目の紙装甲な影なら3体は生み出せるようになった。

 衝撃で消えるだけで他はなんでもできるから反復練習など強度がなくてもできるものをやってもらう。

 あと修行方法をまとめたり、原作知識を書き出したり、やれること、やるべきことはいっぱいある。

 

 毎日影分身を解いて情報がフィードバックされると、その情報量に圧倒されそうになる。

 そして、すべてが血肉となって私が強化される。

 この能力のすばらしさに、感動以外の言葉がない。

 

 

 

 

 影にはすべての装備が複製される。

 だけど、GIの指輪はコピーされなかった。念で作られたものだから多分製作者以外にコピーされないように制限されているんだろう。

 そうしないとカードが使い放題になっちゃうからだろうね。

 

 影は指輪がないからプレイヤー扱いを受けない。

 つまり、影はプレイヤーのそばに近付いてもリストに追加されないのだ。他のプレイヤーから「ルナ」を探しても、本体である私しか見つけられない。もちろん影に指輪を渡していたら影が「ルナ」だ。

 

 これはこれで使い道がある。

 

 

 

 そう。

 もうひとつ、影に任せていた仕事がある。

 

 お母さんの仇について。

 やっと見つけた。

 

 どうやったかというと。アイテムを使ったのだ。

 『レンタル秘密ビデオ店』

 このアイテムは、指定した相手の秘密を見ることができるもの。「ルナ」のバインダーにある遭遇リストの一番後ろの奴から順にこのビデオで調べたら、十数人でわかった。

 

 お母さんを襲うシーンを見たんだ。

 相手は四人だった。顔もしっかり確認できた。あとは『追跡』で居場所を確認して、少年に変装した影分身に様子を窺わせることにした。

 

 影分身は指輪をつけてないから場所を特定できない。

 安心して傍に寄れる。

 身に着けているのは複製品だから、咄嗟の場合、自分を殴りつければ消えて証拠も残らない。そしてその瞬間までの情報は確実に私に戻る。隠密行動に最適だ。

 できるだけ離れた場所からそっと奴らの姿を観察する。影分身が戻ってくるたびに“絶”の習得がはかどっていく気がする。実地はやはり経験値が高いね。

 

 

 しばらく観察していてわかったこと。

 彼らが「ルナ」の生存をまったく気付いていないこと。

 奴らにとって「ルナ」はたくさんの獲物の中の一人だっただけみたいだ。

 

 そして、四人中二人はそこそこ強く、残りの二人は雑魚だってこと。

 この雑魚二人は、私なら今すぐにでも倒せる。たぶん正面から戦っても。

 だけど、そいつらを倒したことで、強い二人のほうに危険を察知されるのは困るわけだ。

 

 だから、隙を狙って、静かに待つ。狙いを定める豹のように。

 

 

 

 

 

 

 倒すべき敵が判明したことで、私の修行に対する想いも一層深まった。

 応用技の練習も順調。

 系統別の修行も積極的に進めている。

 

 

 モンスター退治も。

 

 やっと岩石地帯のモンスター全種類を倒すことができた。別にカードを集めているわけじゃないけどさ。こういうのも経験だもんね。

 私にとって一番やっかいなのは強化系のやつだ。

 モンスターもいろんなタイプが用意してあって、そのうちの強化系のモンスターは身体強化がすごかった。普通に“硬”じゃ効きもしない。

 弱点が移動するから、“凝”でしっかり見極めて“硬”で攻撃。

 決まった時は気持ちいい。嬉しくてうおう!とか叫んでしまう。

 “堅”も“流”も“硬”も“凝”も、どんどん洗練されていく。

 

 

 この辺りでの修行も終わりかな。

 

 “周”の訓練にも足腰を鍛えるのにも、ここの岩場はすごく便利だった。

 ずいぶん掘り返しちゃったけど、ゴン達の修行に差し支えたりして……

 

 はっ!

 ゴン達。

 

 そうだ。ゴン達の修行だ!

 

 あ、べつに彼らの分まで掘り返してごめんって言ってるんじゃないよ。もっと切実な問題。

 奴ら、うちの隠れ家まで掘ってくるんじゃないでしょうね???

 

 まっすぐ掘り進むってどうまっすぐ行くの?

 うちの隠れ家は少し離れた場所だけど、でも、私が掘ってない方向を選ぶと、偶然そっちに向かって掘り進むかもしんないじゃん!

 

 それにホームの周りをウロウロされるのも嫌だ。

 

 うん。それまでに発を完成させて、あの空間をすべてうちの念空間に取り込まなきゃ。

 

 やべぇ。時間がない。

 頭脳労働担当影よ。頑張るのだ。

 

 体力作りと筋力アップのため私は身体を使った修行ばかりやっていて、影には頭を使った作業を主に頼んでいる。

 吸収した時にいろいろと情報が入ってくるのがすごい。

 どちらも私だから、自分が経験したこととしての記憶が追加されるの。

 一日走って岩掘りをしてモンスターを倒していたのに、同時に、ネットで情報収集して、原作で存在した念能力を書き出していて、今までの修行のやり方をまとめていたことになっているんだ。

 ほんと、すごい。

 期待してるぜ、影よ。

 

 

 

 

 スペルカードのほうは順調。

 

 普通なら45枚中40枚をダブりなしで揃えることは難しい。開いている場所に目いっぱいの魔獣カードなどを手に入れて換金しなくてはカードが買えないんだから。

 生活に必要なお金もカードで、それがまたフリーポケットを使う。

 

 私の場合、指定カードのほとんどが擬態だ。

 お母さんが残してくれたものは必要なものはアイテム化して家にある。

 要らないものはお金に変えた。

 

 『擬態』が手に入ればすぐに重要カードから順に指定カードに擬態させて指定ポケットにどんどん入れていく。

 どれを何に擬態させているかはちゃんとメモを取ってるよ。しっかり擬態対応一覧表を作っているから間違いない。

 

 指定カードを溜めるつもりがないからこそできる方法だよね。

 

 

 それから、原作のゴン達がやった方法をリスペクトさせてもらった。

 『離脱』カードを持って街でくすぶっているプレイヤーと交渉してバインダーの中身と交換してもらうのだ。

 ハズレも多かったけど私が持ってないカードを持っている人もいて、かなり有意義だった。スペルカードの抜けがこれでずいぶん埋まった。

 指定カードも増えた。ポケットが足りなくなるから余分なものはお金の足しにさせてもらってまたスペルカードを買った。

 

 

 

 

 マサドラで毎日カードを売ってスペルカードを買う作業を続けていると、プレイヤー狩りがよく釣れる。

 

 実感した。

 お母さんがなんで襲われたか。

 

 ゲーム内の状況が膠着して、ゲームから抜け出すこともできないプレイヤーがマサドラでたくさん路上生活をしている。

 そんな中、毎日カードを買いに来る女性。きっと目立ってただろう。

 

 お母さんは一人でカードを売り買いしにきていた。それも毎日だ。

 私もついていくことがあったけど、私の存在もきっとよけいに目立たせることになったと思う。

 

 ずっと観察していても、他のプレイヤーと交流しているようなそぶりもない。

 

 毎日換金してカードを買っていたんだ。ある程度腕がたつことは想像できただろう。

 でも。彼女がどれほど強かったとしても。たった一人だ。または足手まといの子連れか。

 大人数で囲めばなんとかなると、思ったんだろう。

 

 実際、なんとかなっちゃったわけだし。

 いや、カードを奪いそこなったんだから、なんとかならなかったのか。

 でもお母さんは死んじゃった。

 

 

 私もずいぶん目立っているんだろう。

 でも、カード集めはやめられない。今さら止められるわけがない。

 

 プレイヤー狩りがくればカードを壊されたり盗まれたくないから、戦わずに逃げる。

 

 それでも追いかけてくるものはできそうなら攻撃してたおす。

 だめそうならとにかく隠れて(ポップ、ステップ)。

 

 倒せたら、殺しはしないけどカードはぜんぶ貰う。

 これのおかげでまたスペルカードの空きが埋まったのは皮肉な話だ。

 

 

 



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天空闘技場

1995年 6月 7歳

 

 やっと7歳になった。

 影分身のおかげで飛躍的に修行は捗った。

 “堅”の修行に“硬”で殴ってもらうような、修行の相手がいてこそできるものもあるからね。影さまさまです。

 体力も付いたし、打たれ強くもなった。オーラを操る技術もかなり滑らかになったと思う。

 

 ただね。モンスターとの戦いは慣れたけど、スペルカード集めをしている手前、プレイヤーとの接触を極力さけている現状では、対人戦のスキルがつかないんだよね。

 影分身と組手はしてるけど、あれって自分だし。癖なんて知りつくしてる。

 

 戦いの勘を鍛えたい。

 対人戦の経験を積まなきゃ、お母さんの仇が討てないもの。

 

 

 私は、新たな修行場所を決めた。

 

 お母さんの隠れ家があるあの大陸にだけは、今の私でも行ける。

 んで、あの大陸には、天空闘技場がある。

 

 対戦相手には事欠かない場所だよね。

 ついでに、お金も貯められる。私ってお金を持っていないからね。お母さんが少し残してくれているけど、やっぱりいろいろ買いたいものがあるもん。

 それに外でお金ができれば日用品はぜんぶ外で買って倉庫へ入れて持ち込めば、GIのカード売却のお金は全部スペルカードに費やせる。

 

 (ポイント5)のサンドラ街へ飛ぶ。

 ここへ来るのはたったの二度目だ。

 

 そこからは列車に乗って移動。

 まだ7歳になったばかりで、見た目には一人歩きは危険っぽいけど、今はもうそこそこの相手なら負けないほどには強くなった。

 あの時みたいにどきどきなんてしない。

 もし誘拐されそうになったら返り討ちにして、逆に身ぐるみ剥ぐ程度はできる。

 

 これから天空闘技場で大人と戦おうってんだ。その道中程度で怯えてなんていられないよね。

 

 自信を持って列車に乗った。

 声をかけてくる人もいたけど、何の問題もなく天空闘技場へついた。

 

 近くの公園で(ポイント5)のサンドラ街を“天空闘技場”に上書きする。

 

 あ、夜はちゃんとホームへ帰るよ。

 卵を温めなきゃだし。メリーさんやラルクも心配するしね。

 

 

 

 翌日、朝から天空闘技場へ向かい、受付を済ませる。

 200階に上がるまでは念能力は使わないのがルールだ。それにポイント先取制のルールだから、大怪我をせずに勝敗が決まる。

 だから安心して対人経験を積めるってことだ。

 

 受付で「エリカ・サロウフィールド」で登録を済ませる。

 受付番号を渡されて、呼び出しを座って待つ。

 それほど待たされることなく、放送によって私の番号が呼ばれた。

 

「1405番、508番は第三リングへ」

 

 

 リングにあがると、客から失笑とヤジが飛んでくる。

 私の初めての対戦相手は背の高い筋肉モリモリマッチョな男だった。粘つくニヤニヤ笑いで私を見下ろす。

 体格差は確かに脅威だけど、岩石地帯のモンスターの威圧に比べれば遊びみたいなもんだ。

 

「今日はアタリだぜ。済まねえな、お嬢ちゃん。これに懲りたらさっさとママんとこに帰んな」

 

 7歳だもんね。いいカモにしか見えないんだろう。

 おかげで油断してくれていて、私はありがたいよ。こいつなら私でも余裕で勝てる。

 

 さくっと倒してしまいたいところだけど、私は対人戦の修行に来たのだ。一発で終わらせたら修行にはならない。

 ふざけたセリフを無視して指を前にだして、ひょいひょいと誘うと、マッチョ男は簡単に激昂して殴りかかってきた。

 ギリギリの線で避ける。見極めて、冷静に。焦らず、驕らず。

 避ける。避ける。避ける。

 

「ふざけやがって。うりゃっ!」

 

 今までになくスピードの乗ったキックがきた。そこそこいいキックだ。マッチョの体重移動をそのまま利用してその足を払い、後ろへ向いた身体を蹴り上げた。

 ひゅるひゅると回転しながら飛んでいったマッチョは壁にあたってそのままダウン。

 

「1405番、10階へ」

 

 アナウンスが響く。

 どっと沸いた客に手を挙げて応えて、私はリングを降りた。

 

 1階のファイトマネーで買ったジュースは、やけに美味しく感じられた。初勝利いぇい!

 

 

 

 

 

 

 スケジュールが決まってきた。

 朝起きて影を生み出すと、ランニング。

 朝食後、基本はグリードアイランドで修行とカード集めをして過ごし、週に2日ほど天空闘技場へ来て対戦する。

 

 影にオーラを分配しているから、念能力者としては使えるオーラ量が少ない。でもここの戦いにオーラはいらない。

 戦闘の勘を養うため、できるだけ近接戦を仕掛けるようにしている。小さな身体では一発喰らうだけで場外まで飛んでしまうから、必死で躱す。

 回避能力と戦闘勘はかなり鍛えられたと思う。

 

 さすがにこういう場所へくる選手達だ。

 それなりに戦い慣れている奴が多くって、慣れないうちは簡単にフェイントに引っ掛かってカウントを取られてしまった。

 念能力者な私からすれば彼らの打撃程度でひどい怪我を負うことはない。けど殴られるのはやっぱり怖い。

 

 いろんなタイプの選手と試合ができたことは私の成長につながったと思う。

 引き出しを多くすることができたんじゃないかな。

 

 天空闘技場で売っている熟練者同士の戦いのビデオをいろいろ買って帰り、研究もした。

 

 勝ったり負けたりしながら徐々に上を目指してすすんでいく。

 

 それに、勝負度胸もついた。

 ヤジにも慣れたし、ブーイングにもにっこり笑って手をふる余裕もでてきた。

 

 むさくるしい男共が多いなか、美少女選手エリカちゃんはすぐに人気者になった。

 私の試合には、だみ声で「えりかちゃあああん」なんて掛け声がかかるくらいには人気者だ。

 

 階層が上がればファイトマネーも増える。

 それに人気があがると賭け金もあがる。毎回自分に賭けてその配当金も貰っているから、ファンは大事だ。歓声には笑顔で応えている。

 なんだったら歌ってもいいのよ? あ、いりませんか、はい。

 

 

 現金が増えるのはありがたい。

 今までお金がなくて買えなかったものを、山ほど買えるんだから。

 

 私には倉庫があるから、外で食料品や日用品を山ほど買い込むことができる。天空闘技場のファイトマネーを生活費にあてられるから、GIでカードを売って得たお金は、ぜんぶスペルカード購入につぎ込めるもの。

 

 生活用品と武器だけじゃないよ。

 楽器や、メリーさんに作ってもらう服用に布や糸、ボタンなども各種買い漁る。

 足踏みミシンも買った。

 絵も描きたいかもしれないから、キャンパスや絵の具ももっと買おう。

 なんたって、メリーさんはアーティストなんだから。

 

 そうなのだ。

 メリーさんがとうとう『超一流アーティスト』になったのだ。

 

 なんかもうね。すんごい変わった。

 洋服のデザインセンスがものすごいことになった

 

 今までも可愛い服だったんだけど、なんて言うのかな。ぱっと見て、「お母さんに作ってもらったんだね」って感じの洋服ってわかるかな。

 身体にちゃんとあってるんだけど、デザインが流行とはまったく違って少しやぼったい感じ。ハンドメイド感が溢れるみたいな。

 

 それが、アーティストになってからは違う。「どこで買ったの?」って聞きたくなる洗練されたデザインになった。

 いろんな種類の雑誌を各種取り揃えて最新のものを買って渡してあるから、メリーさんがそれを見ていろんなテイストのものを考えてくれるようになった。

 

 一度、ブティックで着ている服を絶賛されて、メリーさん作の子供服を数枚置いてもらうことになった。

 次に行ったときに聞くと、すぐ売れたらしい。

 売り上げとしてもらったお金はメリーさんに渡した。

 

 小銭入れを両手で宝物のように抱きしめるパンダの姿が可愛らしかった。自分の作品を、身内じゃない相手に認められるのは、純粋にその能力を評価してもらえたということ。

 ものすごく嬉しいことだよね。

 

 何か記念品を買ってこようか? と聞いたら、もっと布や糸が欲しいという。そんなの必要経費じゃん。当然買うのに。

 これはメリーさんが、メリーさんのために使ってほしいの。

 

 そう言うと、メリーさんは少し悩んで、雑誌に載っていたティーセットを爪で指さした。

 英里佳時代の世界にあったウェッジウッドみたいなブランドのちょっと高価なセットだ。

 うん。わかった。買ってくるね。いい茶葉も買おう。

 これはメリーさんのものだよ。美味しい紅茶を飲んでね。

 

 メリーさんは両手を頬にあてて喜びの表情を浮かべると、照れたようにはにかみながら小さく頷いた。

 なんて可愛らしいのこのパンダ。

 

 以来、時折りその店に子供服を卸すことになった。

 タグに付けるブランド名は「メリー」。マークはもちろんパンダだ。

 

 

 お料理も飾り付けがすごくよくなった。

 大皿に盛るだけでもセンスが光る。

 

 ケーキ類はもうね、天才パティシエって感じだもんね。

 

 木材で部屋の小物を作ったり、いろいろ楽しみながら創作にいそしんでいる。

 

 

 私の『超一流ミュージシャン』はまだか。

 未だに毎日毎日三時間の卵タイムを続けている。

 

 私は温め始めたのが3歳で、毎日3時間ミュージシャンになる夢を願い続けることが体力的にも想像力的にも難しかったからか、まだまだ掛かりそうだ。

 お母さんの買ってくれたピアニカをぽろぽろ弾きながらイメージトレーニングに励んでいる。

 

 

 

 夕食後のリビング。

 ソファーに座って卵を手に持つ。膝にはラルク。

 

 私は深く深く『超一流ミュージシャン』について夢想する。

 

 演奏家になってがっぽがっぽというのもいいし、旅の途中で路上演奏して小銭を稼ぐのも楽しそうだ。

 それに、音楽に国境はない。

 次の転生でもきっと活かせるだろう。

 

 悲しむ人達を励ましたり、お祭りに花を添えたり、戦いに赴く武人を鼓舞したり、喜びの時を演出したり。

 

 

 そう。想像は創造。イメージすれば、それに近づく。

 念能力で作られた卵。

 これっておそらく操作系能力。卵を温める者の心理や脳細胞を操作して、才能を開花させているんじゃないかな。念によるマインドコントロール。

 つまり、私が、「超一流ミュージシャンになれば、こんなこともできる」と信じれば信じるほど効果が高いはずなのだ。

 

 “ミュージシャン”って言葉は広い。

 曲を作るのか、演奏するのか、歌うのか。誰かに楽曲を提供してプロデュースするのもミュージシャンだ。

 超一流であるためには流行に敏感だし、流行を作る者でもあるだろう。

 

 人を感動させる言葉を紡げる。

 クラシックもシャンソンもレゲエもブルースも、なんでもできる。

 超一流ミュージシャンならどの楽器も奏でられて当然だし、耳もすごくいいはず。

 

 

 歌がうまい。声がいい。人の心に響く声を持っている。

 アジテーターにもなれるかも。

 音楽ライブでのアジテーターもそうだけど。もう一つの意味ね。扇動する者ってこと。

 心に響く声で、心に響く言葉を紡げば、人を動かすこともできるだろう。

 

 特質系は操作系も得意分野なのだから、音を使った発も考えてもいいかもしれない。

 音を出しやすい武器を作って、超音波みたいに攻撃するとか、小さな音を出して精神攻撃したり。バフデバフにも音は有効だ。

 

 私の演奏を聴いた敵を眠らせたり、敵愾心を弱めたり、私に対して友好的な気持ちにさせたり。

 音を聞いた相手の三半規管を刺激して平衡感覚を狂わせたり、眩暈を起こさせたり、昏倒させたり。

 

 ドラクエの“ハッスルダンス”や“癒しの歌”みたいなものも。

 聞こえる者全部に効果があると、敵味方すべてにかかってしまうから円と組み合わせるとか、あるいは神字か何かでお札のようなものを作って、それを持っている者だけに効果を発揮するとか、持っていないものだけを攻撃するとか、そういうのもありだ。

 

 そう言えば、原作ヨークシン編に出てくるクラピカの用心棒仲間に、他人の心音を聞いて心理状態や嘘がわかったり、他能力者に操作されていないかどうか等を判別できる奴がいたっけ。

 あれも『超一流ミュージシャン』の耳を持ってすれば可能なのでは?

 

 耳がいいという意味では遠くの音を聞き分けたり、足音で個人を判定したり、音と円を組み合わせてソナーみたいにすれば円の効果が高まるかも。

 ほんと。念はイメージだ。

 

 私はこの音楽の才能を必ず手に入れる。

 たくさんの歌を歌って喜びを表現し、悲しみを癒し、愛を高まらせ、怒りを鎮める。

 心の豊かになる音楽を、みなに聞かせたい。

 

 

 

 

1995年 9月

 

 お母さんの仇に動きがあった。

 影分身の報告によると、どうやら弱い二人と強い二人で別行動になったようだ。

 

 このチャンスを逃すつもりはない。

 ……決行だ。まずは弱い方の二人を狙う。

 覚悟は、もう、とっくにできている。

 

 

 出会いの街アイアイ。

 二人は先月からここに入り浸っている。

 

 毎日毎日疑似恋愛に明け暮れているらしい。

 バカな男だと心底蔑みながら、じっとその時を待つ。

 

 片方が店を出て独りになった。

 酔ってふらふら歩き路地に入った瞬間、影分身2人が近くに(ステップ)で飛びよる。1人が背中に飛び乗って抱き付き声を出せないよう口を押さえたまま、もう一人がまとめて抱き上げ、かねてより決めていた対決の場へ(ジャンプ)。

 無事分断に成功した。

 

「何だこのくそガキめ。ブック」

 

 わめきながらバインダーを取り出したところに、影分身2人と(ステップ)で囲んで一斉に“周”をしたスコップで殴りつける。

 ついでにバインダーと指輪も取り上げた。

 

「ぐあっ、や、やめてくれ。た、たすけてくれ」

 

 怒鳴り声がだんだん弱くなって、哀れっぽい命乞いにかわる。

 それでも。

 殴る。

 飛び散る血にも、泣き声も、手の感触にも。

 

 私の心が揺れることはなかった。

 

 

 数分後、血だまりの中に男の死骸が転がっている。

 指輪を装備していないから、この男の身体はゲーム機のもとへ転移されない。

 ゲーム機の横に死体があれば、仲間にばれてしまうからね。

 

 きんと冷えた心のまま、その死骸を見つめていると、もう一人が影に抱き上げられて連れてこられた。

 

「うわっ、え? ファッズ? おい、どういうことだ くそっ、ブック!」

 

 二人目もわめいているうちに問答無用で殴りかかる。その先はさっきの男と変わらない運命を辿った。

 

 死骸はまた(ジャンプ)でモンスターが蔓延る危険地帯まで捨てに行く。指輪は殺す前に奪ったからか消えなかったから、山あいに投げ捨てた。

 

 仇は、あと二人だ。

 

 

 

 仇からとりあげたバインダーから、スペルカードの空きがなんと3枚も埋まった。

 卑劣な行為をして集めただろうカード、私がかわりに使わせてもらうよ。これがバッテラさんの報酬に繋がるんだ。

 

 今回の襲撃に、影4人と私。全部で5人が参加した。

 身長で子供なのはバレバレなんだけど、全員それぞれ別の服を着て、顔は帽子や目出し帽、マフラー、マスクなどでしっかり隠してある。

 しかも3人は『ホルモンクッキー』で男の子になっている。骨格が男女で違うからね。

 そのうえで服を重ね着したり、パッドやタオルで体形をごまかしたり、靴に詰め物をしたり、できるだけ別人に見えるように工夫を凝らした。

 子供ギャング5人組だ。

 

 目撃者はいないだろうけど、あとで『レンタル秘密ビデオ店』で彼らを調べるかもしれないもの。

 私が調べたみたいにリストから「ルナ」を見つけ出されれば変装はあまり意味はないのだけれど、そこまでされなければ大丈夫だろう。

 見つかった時はその時だ。

 襲いに来るならこい。戦ってやる。

 

 

 ちなみに、影には実物の武器を持たせてある。

 手持ちの装備であれば分身するときに一緒に複製してくれるんだけど、過度の衝撃で消えちゃうから武器としては使えないんだよね。

 それに素手でも、念能力者相手に殴りかかると分身のほうが殴った衝撃で消えちゃうから。

 実体のある武器を持たせるしかないのだ。

 

 分身のゾンビアタックなんてすると、敵の足元に武器だけがぽつぽつと残ることになるってわけ。

 使い捨てと割り切って、鉄棒とかスコップ、こん棒、ナイフなんかをいろいろ倉庫につっこんである。

 

 

 彼らを捕まえて警察に突き出すことはできなかった。

 だって『レンタル秘密ビデオ店』で知ったことは警察で証言できないんだもん。

 それ以外には何の証拠もないのだ。7歳の、それも戸籍のない少女の言葉を誰が信用してくれるだろう。

 

 それにここのGMはプレイヤーの闘争についてなんら対応してくれない。

 

 だから、殺すしかなかった。

 『レンタル秘密ビデオ店』で確かめたんだもん。私は彼らのやってきたことを知っている。

 カードを奪い取るために何人ものプレイヤーを拷問したり、嘲笑いながら殴りつけている姿を、私は見た。

 

 だから、殺すしかなかったんだ。

 

 

 だから。

 私は、後悔しない。

 

 

 

 

 血まみれで家に帰ると、メリーさんが悲し気な表情で出迎えてくれた。

 そのままお風呂へ連れていかれ、久しぶりにメリーさんに身体を洗ってもらう。

 爪の長い、肉球のあるメリーさんの手は驚くほど繊細に動く。

 

 撫でるように洗われ、ベッドへ運ばれる。

 その夜はメリーさんとラルクに寄り添われて眠った。夢は、見なかった。

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。


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シークレットガーデン完成

 

 

1996年 6月 8歳

 

 

 8歳になった。

 

 念の修行もカード集めも、天空闘技場での戦闘も、続けている。

 スペルカードはあと5枚。

 ダブりが多くてなかなかここから進まない。

 

 数の少ない『堅牢』がやはりネックだ。一枚は確保済みなんだけどもう1枚欲しい。

 『擬態』も足りない。何枚も指定カードに擬態させてストックしているんだから、このカードはいくらでも欲しいのだ。

 このフリーポケットの少なさにはなかなかイライラさせられる。もう一人、ストック役が欲しい。未だに友達の一人もいない私には、どだい無理な話なんだけど……

 

 

 

 そろそろ“発”を作ろうと思う。

 

 仇の残りが襲ってくるかもしれない。

 それにプレイヤー狩りも多い。マサドラに毎日顔を出す「ルナ」の名はたくさんのプレイヤーのリストに表示されている。

 いつこのホームを突き止められるかわからない。

 その時に我が家を穢されるのも、メリーさんやラルクが怪我をするのもごめんだ。

 

 今まで影分身と念空間のガワしか作ってなかったけど、検討に検討を重ねて、メリーさんとラルクと我が家全部を取り込む能力を考えついたのだ。

 

 

 念空間はできた。屋敷をそこへ入れることもドラポケでできるだろう。

 まああれだけ大きなものを収納するわけだし、そうとうオーラを消費するだろうから、オーラ量が増えるのを今まで待ってたってこともある。

 

 ガーデンはグリードアイランドの外だからメリーさん達を含むグリードアイランドのアイテムはすべて消えてしまう。

 だから、この念空間をグリードアイランドの中だと誤認させればいいわけだ。

 

 

 

 

 念空間をグリードアイランドの中だと誤認させる。

 誤認させる。……誰に?

 カードや指輪、アイテムに。

 

 念空間へ入る際、グリードアイランドの結界には触れていない。

 

 ならアイテムはどうやってグリードアイランドの外に出たことを気付くんだろう。

 おそらく作成時の制約か誓約で決まっているんだろうけど、それを判断するのは誰だ?

 

 グリードアイランドの中だと空気中にGI粒子でも飛んでいるのか? ないよね?

 指輪にGIの座標がインプットされていて座標がズレたら外? そんな科学的な処理じゃないよね。

 

 通常の場合はこうだ。

 ログアウトすれば結界を通る。

 その時に指輪に“ログアウト中”という状態チェックが入る。

 その間は、

 ・『ブック』の呪文でバインダーが出せなくなる。

 ・フリーポケットの中身がすべて消える。

 ・240時間タイマーのカウンターが動き始め、0になれば“失格”という状態チェックが入る。

 “失格”状態になれば、指定ポケットの中身が消え、ロムカードのセーブデータも破棄される。

 カウンターが0になる前にログインすればタイマーは止まり“ログイン中”という状態に変わる。

 バインダーが使えるようになり、フリーポケットの中にまたカードが入れられるようになる。

 

 

 んで。

 念空間の場合は、どの地点でチェックが入るの?

 

 指輪やカードはGMメンバーの念能力で具現化した物だ。

 つまり、念空間に収納しようとすると、GM以外の念能力を察知したアイテムがそれを不正と判断して消滅する。ってことでいいんじゃないかな?

 

 だから、GMの念を擬態して念空間をそれで囲ってやれば、指輪やアイテムはGI内と同じように動くはず。

 

 

 という考えのもと、これの参考のために、結界に触れに来た。

 

 夏には少し早い海。

 ボートに釣り竿とバケツを乗せて海に漕ぎ出す。

 

 おそらくGMの誰かの円で覆われているんだろう。その円の境界線に触れると、なんとなくわかるのではないか。

 

 

 ――安易って?

 

 もうね、信じるしかないじゃん。

 念は信じることが大事なんだよ。

 

 ちゃんと“発”も作ったし。

 

 

【触って真似る疑似結界(まねっこ)】

特質系

・オーラを消費し、触れた結界を解析し、それを模倣する

制約

・解析する結界の精度によってオーラの消費量がかわる

誓約

・今生中、HUNTER×HUNTER世界の住人に、この能力について話すと能力で得た結果は失われる

・この能力をグリードアイランドの結界を解析する以外に使用すれば術者は死ぬ

 

 

【生まれ故郷を忘れない(バーチャルリアリティGI)】

特質系、操作系

・オーラを消費し、グリードアイランドを囲う結界と酷似した結界を作り上げ、

 【ここは私の領域(シークレットガーデン)】と【倉庫(インベントリ)】を

 それぞれ覆うことで、念空間に疑似的なグリードアイランド空間を作る

 これにより、念空間内でグリードアイランドのアイテムの利用が可能となる

制約

・特になし

誓約

・今生中、HUNTER×HUNTER世界の住人に、この能力について話すと能力は失われる

 

 

 

 すごくメモリを喰いそうなのが目に見えているからさ。だから誓約をめちゃくちゃ重くした。

 特に解析能力の方は、これくらいしないとここのGMクラスの超絶技巧念能力者の能力をコピーするなんてできないじゃん。

 他に使えば死ぬというクラピカをリスペクトした能力だ。

 

 結界の解析ってきっと先々でも使えそうな能力なんだけど、今の私が超格上のものをコピろうと思うなら、今後一切使いませんくらいの覚悟が必要かと思ったんですよ。はい。

 

 誰かにこれを漏らしたら能力で得た結果(つまり屋敷や家族)も失われる。来世以降も話せないのは息が詰まりそうだからHUNTER×HUNTER世界限定にした。

 それに、グリードアイランドの結界をガーデンと倉庫に使う以外には使わない。

 

 

 念のためにこれも。

 

【所有権書き換え(マスターエクスチェンジ)】

操作系

・オーラを消費して所有権を自分のものに変更する

制約

・前所有者の力量によって消費するオーラ量が変わる

誓約

・特になし

 

 屋敷はお父さん達が建てたものだ。私の物でいいよね。

 アイテムだってそう。

 だけど、厳密にいえばクリアして報酬の3枚を受け取るまではGMのものでもあるわけだ。指輪やバインダーもゲームをプレイするために配られたもの。

 だから、もし他者の所有物だと判定されて収納できなかった時には、これを使って所有権を書き換えるつもりだ。

 

 

 これでできませんかね?

 

 

 ということで海です。

 結界に触れるとGMが飛んできて怒られるかもだから、釣りっぽい偽装もしてます。

 

 スペルカードはほとんど擬態して指定ポケットだから『排除』で飛ばされてスペルカードが消えても別にいい。フリーポケットに残っているカードはまたすぐ手に入るものだけだ。

 (ジャンプ)があるからアイジエン大陸からだってすぐに戻ってこれる。

 

 海にプレイヤーが入ることも想定しているのか、けっこう岸から離れた沖まで進んだあたりで、結界に触れた。

 

「(まねっこ)、……お願い!」

 

 想像を創造へ――

 

 オーラがごりごり削られていく。

 さすがジンの仲間だ。オーラ足りてよ頼むよ。

 じりじりとしながら待っているとひゅーんって音が聞こえる。ヤバい。GMだ。原作みたいにレイザーが来るか??

 

 急げ、急げ急げ急げいそげ……

 っと。できた。解析。頭に膨大な情報が流れ込む。

 できた。できたよ。やったー!

 

 ほっとしたのもつかの間、私の一人乗り用の小さなボートにとしん、と軽い音を立てて男が降り立つ。衝撃で少しボートが揺れ、水がざっぱーんと跳ねる。

 うわあ、レイザーだ。まっちょな死刑囚、レイザーの登場だ。

 

「ここで何をしている」

 

「釣りですが何か?」

 

 間に合ったことに内心安堵のため息をつきながら、釣り竿を軽く持ち上げて見せる。

 

「ってか何ですか? おじさん。人のボートに乗り込むなんて、あれですか? 私の夕食狙ってんですか?」

 

「……プレイヤールナ。この先へは行けない。即刻戻るよう忠告する。もしその先へ進むのであれば君を排除せざるを得ない」

 

「出ませんって。釣りしてるだけですから。……わかりました。戻ります」

 

「プレイヤールナ。今後はこのような怪しい行動は慎むことだ。君のプレイヤーネームは報告しておこう。次に何かあれば即刻排除となる」

 

 イエローカードですねわかります。

 心配しなくてももう何もしません。……もうできたもん。

 

「わかりました。お騒がせしました」

 

 飛び去るレイザーを見送る。

 ふあああああって深い深いため息がでた。

 不審者を見る鋭い目でレイザーに睨まれてどきどきしました。漫画で見たとおり、かっこよかったです。

 ってか全身から立ちのぼる強者の覇気に、全私がしびれました。

 当分立ち上がれそうにありません。

 

 こわかった……

 

 

 

 素直にボートを岸に戻しておうちに帰る。

 やることはやった。

 あとは、バーチャルリアリティGIがうまくいきますように。あーめん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 神様仏様管理人様担当者様それからお母さん。あ、お父さんも!

 どうかどうか、うまくいきますように。

 

「(バーチャルリアリティGI)!」

 

 ガーデンの中心に立ち、願いを込めて叫んだ。

 ごっそりオーラを持っていかれる。キュインと中心から全方位に向かい淡い光の膜が覆った。

 

 ……できた? できたの? できたって言って!

 

 

 いきなり試すのは怖すぎる。

 一度ホームへ戻って、ホームにおいていた指輪を装備し、バインダーを取り出す。

 フリーポケットの中から今まで一度も使ったことがなく、かつ頻繁に手に入る『交信』のカードを手に取った。

 

 (バーチャルリアリティGI)がうまくできていればガーデンと倉庫はGI内と判断されるはず。

 

「頼むよ……収納」

 

 しゅんと倉庫へ仕舞われたカード。

 本来なら倉庫へ入った瞬間、カードが消滅するんだけど。

 どきどきしながら結果を待つ。……消えない。消えないよ、やった。

 

 次だ。次。

 指輪を外し、ガーデンへ飛ぶ。

 

 倉庫から先ほど収納した『交信』を取り出す。

 ガーデンをGI内だと誤認したカードは消滅せずに手に現れた。

 

「『交信(コンタクト)使用(オン)……する相手がいなかった」

 

 まあこれは冗談。指輪を装備してないからカードは使えないもの。

 それにリストにはたくさんプレイヤーの名があるけど、付き合いのあるものなどない。

 友達いない子だからねしかたないね。

 まあできたとしてもここを誤認しているのはあくまでこの中にあるアイテムだけで、GIからは外だと認識されているだろうから、ここからコンタクトができると思っていたわけじゃないんだけどね。

 

 そう考えている間に1分が経ち、カードは仕事をこなすことなく消えていった。

 “1分で消滅する”という挙動も変わらず、と。

 

 できた。と思う。

 もう一つだけ、試してみよう。

 

 

 

 家のなかにあるアイテムのうち、ひとつを手に取る。

 アドリブブックだ。

 これは、お母さんが私にくれた本だ。三歳の頃からずっとずっと読み続けている。

 

 開くたび、毎回違った物語を紡いでくれるこの本は、私の宝物。

 今も物語の途中で、本の半ばあたりに栞が挟んである。

 

 そう。これは、私の本だ。誰にも渡したくない。

 私の、モノ。

 感じろ。信じろ。

 

 ……うん。いける。いける気がする。

 

「大事な大事なアドリブブック。頼むよ。収納」

 手の中から、するりと消えた。

 

 倉庫へは無事に入り、消えてない。

 

 よし。次だ。

 

「ステップ」

 

 念空間に入る。

 

 さあ。

 心を落ち着けて、しっかり想像する。

 私の、私だけの、本。ここでならちゃんと読める。絶対。ぜったいに!

 

 倉庫にあるアドリブブックを思い浮かべ意志の力で手に取り出す。

 いつも通り手に馴染む皮の表紙をそっと撫で、願いを込めて、栞を挟んだページを開く。

 よかった。ちゃんと続きが読める。

 安堵感に深いため息をついた。

 

 

 次だ。

 ここまでは順調。

 まだ最大の難関が待っている。

 

 念空間は術者のそばに開かれる。つまり、ガーデンもいまはGIの中にあるともいえる。

 外に出た時どうなるか。

 この、グリードアイランドの囲いを、突破できるかどうか、だ。

 

 まだ何もない空間。

 真ん中に派手なハンカチの旗が立っている。

 私のガーデン。

 

 旗のそば、広い大地に、アドリブブックを置く。

 

「(隠れ家、ジャンプ)」

 ポイント2に登録した、お母さん達が用意した隠れ家。

 前に来た時から変わった様子はない。影をつくってからは時折り掃除をしたり空気をいれかえたりしている。ついでにここで携帯からネットを見たりもしている場所。

 

 さて。

 グリードアイランドからは離れた。もう、あの空間の縛りは受けていない。

 

 どうか、どうか。お願いします。

 

 

「(ポップ、ステップ)」

 隠れ家からステップでガーデンへ。

 地面にぽつんと置かれたアドリブブックを見て、安堵に身体の力が抜けそうだった。

 

 グリードアイランドのルールを掻い潜り、無事に持って出られたようだ。

 

 中を開いてみても、ちゃんと読める。

 念のため、栞を外して一度本を閉じ、もう一度開いて、別の物語になっていることを確認。

 

「やった……これで、みんなを連れていける」

 

 

 

 

 ――ハメ組はスペルカードの独占でゲームの状況を停滞させた。

 

 ――ボマー達は不特定多数の者を爆破して殺し、プレイヤーを恐怖に陥れた。

 

 ――他のプレイヤー狩り達も、プレイヤーを襲い、拷問や恫喝でカードを奪い、命を奪う者さえいる。

 

 

 どいつもこいつも、悪いことをしている。

 だけど、グリードアイランドというゲームの観点で言えば、彼らの行動は違反ではない。

 

 みんなルールの中で戦っている。

 クリア報酬でしかゲームの外へはカードを持って出られない。それがグリードアイランドのルールだ。

 ゲームの決まり事を破るなんて、ゲーマーとしてはズルい。

 

 でも、ごめんね。私は、ワルなの。

 家族を連れていくためなら、ルールだって破ってみせるさ。

 バグ技みたいなもんだよ。バグ対応されるまでは、これもアリなのだ。

 

 お母さんと過ごしたあの家、全部丸ごと、持っていくから!

 

 

 

 

 

 数日後、ホームに立ち、自分の屋敷を仁王立ちで見上げていた。

 メリーさんとラルクが心配げに私に寄り添っている。

 

 今からこの家を、庭を、柵で囲った屋敷全体をガーデンに収納する。

 万が一のため、メリーさんとラルクは退避している。それから『7人の働く小人』もメリーさん作のドールハウスごとここに持って出ている。

 

 もし失敗してアイテムが消えたとしても、他の物はまた集めればいい。

 だけど、彼らはアイテムから具現化されたものとはいえ、個性のある生きた存在なのだ。次のカードをアイテム化しても、それはもう彼らじゃない。

 

 メリーさんはもうメリーさんでしかありえないし、ラルクの性格も彼個人のものだ。小人さんだって直接話したことはないけど、椅子に座っている姿がみんな違いがあってそれぞれに個性があることがわかる。

 

 彼らは個性ある唯一の存在だ。私の家族だ。

 彼らを失うつもりはない。

 だからここで待機してもらっている。

 

 それから、収納は重量に応じて消費オーラが違う。

 屋敷を取り込む際の消費オーラを軽減するため、家具や荷物を家の外へ持ち出すことにした。

 

 楽器、食器類、酒樽、割れ物などと食料品は倉庫へ。重量のある家具やベッドなどはガーデンの邪魔にならないところへ。など取り出せるものは倉庫か外へ取り出した。

 ここ数日は物凄く忙しい毎日だった。

 

 家具のなくなった屋敷は中ががらんとしている。

 

 よし。

 両手でばちんと頬を叩き、気合一発。

 家の壁に両手をついて、深呼吸。すーはーすーはー。

 

「よし、できるできるできるできるできる。わたしは、できるぞお!

 うん。オーラOK、気合OK、片付けOK、メリーさん達の避難OK……いきますっ。

 (収納)」

 

 収納先はガーデンの中央から少しだけ奥に。ガーデンの中央付近を広場にして、それを囲うメインストリート。

 一等地になる場所が我が家の場所。そこを強く強く思い浮かべて、ガーデンに屋敷が建っている風景を想像する。

 

 想像を創造へ――

 我が家を、あるべき場所へ――

 

 

 どこんっとオーラが抜き取られる。ごっぽりいった。ごっぽり。

 手に触れていた感触がなくなって目を開ける。あ、目つむってたんだ私。

 

 私の前にあった屋敷が、消えていた。

 基礎のため柱を埋め込んでいた土台ごとすべてなくなった跡地は、地面が抉れてぽっかり空いていた。

 

 柵と庭が残っている。“手を触れた”のは屋敷のみだということか。壁だけ持っていかなくてよかったと思おう。

 “絶”でオーラを回復してその後、同じように庭にある『不思議ケ池』『酒生みの泉』『豊作の樹』をガーデンにある屋敷の奥側に収納し、お母さんのお墓付近の地面も全部収納。

 お母さんとメリーさんが始めた小さな菜園も、地面ごと収納できた。

 最後に柵を収納すると、寒々しいほどがらんとした空間だけが残った。

 

「みゃう!」

 ラルクが飛び上がって騒いでいる。メリーさんも大きく拍手をして嬉しそうだ。

 成功だね。

 

 念のため私だけガーデンに入って屋敷の中を確かめる。うん。お風呂も美肌温泉のまま。トイレやキッチンの水も大丈夫。リサイクルルームやコインドックもある。

 庭も大丈夫。不思議ケ池の魚も元気に泳いでいる。

 

「やったよ、やった成功だ! メリーさん、ラルク、私やったよ!」

 

 家族で抱き合って喜んだ。

 

 (ゲート)を開いてメリーさんとラルク、小人さんをガーデンへ招き入れる。

 

「シークレットガーデンへようこそ。ここが新しい我が家だよ。これからはここで一緒に暮らそうね、みんな」

 

 乙女のように両手を握りしめてうんうん頷くメリーさん。興奮気味に私の肩に飛び乗るラルク。小人さんは私が寝ないと動かないからノーリアクション。

 

「(ゲート)や(ステップ)で入ると、必ずこの真ん中に出ることになるの。ここを公園みたいにしたいね。

 ベンチとか置いてさ。

 今はこの旗だけだけど、公園ができたらもっとおしゃれな看板をメリーさん作ってね。

 んで、今は我が家しかないけど、公園前の一等地がうちの家でしょ。その横にメリーさんのアトリエ、それからいずれは図書館とかも欲しいよね。音楽堂もいいね」

 

 テンションも高く、ガーデンを案内する。

 今はなんにもなくて、ただ旗とうちの屋敷があるだけなんだけど。

 

 私には……そしてきっとメリーさん達にも……緑に囲まれたこじんまりと憩いの感じられる公園と、うちの家の横に並ぶアトリエと大きな図書館や音楽堂が見えている。

 

 家の裏に回る。

 サンルームの前にあった『不思議ケ池』『酒生みの泉』『豊作の樹』も前と変わらぬ位置にある。何年も過ごしたところだから位置関係はしっかり頭に入っているんだ。

 

「庭は前と同じだけど、菜園はもう少し広げたいから庭の敷地から出したの。柵の奥が菜園ね。横に燻製小屋も建ててもいいよね。お酒の貯蔵庫も欲しいな。

 それからその先に小さなお花畑を作ろう。そこがお母さん達のお墓」

 

 お父さん達のお墓は結局見つけられなかった。お母さんとの葉書のやり取りでは埋めた場所の正確な位置がつかめなくて。

 まったく記憶にないお父さんだけど私やお母さんを大事に思ってくれていた人だ。ちょっと申し訳ない。あとディックさんとバッソさんにも。

 だから中身はないけど、彼らの墓標くらいは置きたいと思う。

 四人の墓を並べて、周りを花で囲おう。

 

 

 岩石地帯の岩とか土をもっと持ってこようか。

 庭や花壇を作るのに石囲いとかあったら楽しいよね。

 

 ううん。

 天空闘技場で稼いだお金があるんだから、石材とか木材とかレンガとかもお店で買えばいいんだ。

 木や花の苗も。土も。

 家を建てるのは私に技術がないから、プレハブみたいに簡単に組み立てて作る家も売ってないかな。ほらツーバイフォーみたいなやつ。

 これもどこか街の建築屋に相談してみよう。

 

 

 とにかく、我が家をガーデンに移動することは大成功だ。

 あとは家具を置きなおして、荷物を入れて部屋の掃除だ。

 また当分忙しくなるね。

 

 

 シークレットガーデンは私の能力だ。

 私はこの世界で死んでも次の世界にまた生まれる。能力を引き継いで。

 つまり、このシークレットガーデンも全部次の世界へ持ち越せるわけだ。メリーさん達も。

 

 

 そう―― ここは、私の領域。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、屋敷のあった跡地の不自然すぎる窪みは岩掘りの修行がてらできた土を使って埋め立てた。

 そしてそこにテントを設置。

 テントと言っても6人用の大きなやつね。移動式トイレもマサドラで買ってきて設置した。

 

 アウトドアで使いそうな照明や、鉄製のテーブルセットやちょっとした食器類も置いて、ここだけでもじゅうぶんキャンプ生活ができる空間ができた。

 

 何故かというと、指輪をここで管理するため。

 指輪ももうガーデンに持って入れるんだけど、ガーデンにいる間はGIから見れば外に出ているのと同じ反応になるわけだよ。

 

 そうすると、うっかり忘れて10日経ってプレイヤー失格になるかもしれない。ガーデンにある指輪の中身は消えないけど、GI側で処理されてゲーム機のロムカードが失格状態になるかもしれない。

 

 それに、カードにはそれぞれ制限枚数ってのがある。たとえば『大天使の息吹』なら3枚まで、『同行』なら130枚までしか同時に存在できない。って感じにね。

 

 それで、私が持っているカードがガーデンとGIを行ったり来たりすることで、制限枚数がおかしくなると困るでしょ。

 指定カードはともかく、スペルカードには“ログアウト中”というフラグはないんだから。

 エラーがでてGMが調べて、私のガーデンがバレるかもしれないじゃん。

 

 スペルカードの収集は続けている。あともう少しなんだ。

 このまえレイザーにイエローカードをもらったところだし、これ以上GMの注意を引くことは避けたい。

 

 ってわけで私がログアウトせずにGIを離れる際は、影の一人に指輪を預けて、ここで待機させる。

 影は衝撃を受けたら消えて指輪だけが残ってしまうから、絶対に戦闘は避ける。

 もし、ホームに他のプレイヤーが来たら、なにふりかまわず速攻(ジャンプ)でGIのどこかに逃げる。

 

 (ジャンプ)が設置してあるアントキバか、港か。どちらか。

 そこも危険ならカードの枚数チェックがエラーになる危険を冒してでも、ガーデンに(ジャンプ)する。

 

 いい加減スペルカードを維持するのが煩わしくなってきたけど、ゴールが間近だと思うと意地でも『大天使の息吹』を手に入れてやろうという気持ちになる。

 あと少し。

 もう、あと少しなんだよ、ほんと。

 

 




誤字報告ありがとうございます。ルビの振り方を知りました。


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超一流ミュージシャン

 

 

1996年 9月 まだ8歳

 

 9月15日、アントキバの月例大会にゴン達は来なかった。

 原作はまだか?

 

 って月例大会にゴン達が来たら予定に間に合わないじゃん。その年の1月にハンター試験なんだから。

 その前に原作の時系列を知らなきゃ。

 何かヒントはなかったっけ?

 

 

 

1997年 3月 まだまだ8歳

 

 やはり、想いの強さに比例するのだろう。

 音楽以外にも幅が広い能力だと考え始めてから『超一流ミュージシャン』への理解が進んだのか、それから1年もたたずに卵が孵った。

 

 卵がぽわんと割れて、ほわほわとした靄が私にすぅっと吸い込まれる。

 今までイメージしてきたものが、なんとなく、形になったような気がした。

 

 ワタクシエリカ。目出度くも『超一流ミュージシャン』となりました。

 

 バイオリンでも、ギターでも、サクソフォンでも、マンドリンでも、ピアニカでも、曲を演奏できる。

 五線譜の書かれたノートに、さらさらと楽譜を書く。

 簡単な旋律の、母を想う心を込めた、私作曲の歌。

 

 大丈夫。ちゃんと書けるし、演奏できる。

 

 ……少し不安なのだ。

 スキルカードの効果は外へも影響する。だけど指定カードの影響は外へは持ち出せないのではないか。

 

 だけどね。

 3歳から始めて8歳と9ヶ月。ほぼ6年越しのマインドコントロールだ。私は自分が超一流ミュージシャンだと信じている。いや、確信している。

 それにさ。今まで何度も外に出ているんだよ。

 卵の効果が外に出たとたんに切れるなら、外へ出るたびに卵の効果が切れているはず。

 

 でも、ちゃんと卵が孵った。

 だから大丈夫。

 この能力は、持ち出せる。そう信じている。信じる。信じる時、信じれば。って信じろ。うん。信じる。

 

 楽譜を眺める。シンプルながら、優しい旋律だと自分でも思う。

 愛する気持ちが溢れている。

 これは、名曲のはず。

 

 この紙は店で買った本物。念能力で作られたものじゃない純正の紙だ。書き込んだペンも純正のペン。楽譜はそとへ持ち出せる。

 じゃあ五線譜に綴られた私の楽曲はログアウトすれば消えるのか?

 そんなわけはない。

 

 今私はこれを名曲だと思っている。

 じゃあログアウトすればこの曲を駄作と考えるようになる?

 そんなわけもない。

 

 それに、私はメリーさんが超一流アーティストの腕で作ってくれた服を着て外の世界を出歩いている。どこに行ってもカフェやショップなどで目敏い女性におしゃれな服だと褒めてもらえる。

 メリーさんの能力で作られた物は外に持ち出せている。

 

 ブティックでも大絶賛だ。

 今でも季節ごとに数着ずつお店に子供服を納品している。つまり、彼女の才能はちゃんと花開いているのだ。

 だから問題ない。

 

 

 今、ログアウトして、私の頭にある旋律は、私の身体に染みついた演奏能力は消えるのか。

 

 ……ここで疑ってはいけないのだよ。

 念は想いだ。想像を創造するのだ。

 私はミュージシャンなのだ!!

 

 よし。

 

 ってことで、ちょっくら外へ行ってきます。

 

「(天空闘技場ジャンプ)」

 

 ギターケースを抱えて、天空闘技場の傍に転移しました。

 

 公園に移動して、手に持った楽譜を眺める。うん。ちゃんと読める。

 ギターケースからギターを取り出し、弾いてみる。

 

 

 公園の広い空に、ギターの音が響く。

 私の音を聞いておくれ。

 

 心を込めて、音を奏でる。

 お母さん。

 精一杯の愛情を注いでくれたお母さん。優しくてきれいでおちゃめで師匠だったお母さん。メリーさんと名コンビだったお母さん。

 

 お母さんの子供に生まれて、幸せでした。

 お母さん、届いてますか? エリカの音楽です。超一流ミュージシャンエリカの、貴女を想う曲です。

 

 想いが膨れ上がって、爆発しそうだ。

 

 曲が終わり、最後の旋律が公園の空に消えていく。

 

 

 

 

 ……うん。大丈夫。弾ける。

 

 私は、ちゃんとミュージシャンだ。

 グリードアイランドの外へ出ても、私はちゃんと『超一流ミュージシャン』だ!

 

 喜びを噛みしめていると、ふいにちゃりん、と音がする。

 足元に置いたギターケースに小銭が入っている。

 

 へ? と前を向けば周りに人だかりができていて、私の演奏に聞きほれていた。涙ぐんでくれている人すらいる。

 そのうちの誰かがギターケースに小銭を入れてくれたみたい。

 おお。これは嬉しい。私の音楽が評価された。

 

「ありがとうございます!」

 

 嬉しくって、次の演奏を始める。

 今度は明るい歌を。踊りだしたくなるような楽しい曲を。

 

 聞いておくれ。私の音楽を。

 楽しんでおくれ。私の歌を。

 曲を奏でる喜びが、弾けるパッションとなった。

 

 前世のアニメソングの明るくて楽しいやつをどんどん演奏する。

 ギャラリーの笑顔に、私も胸が熱くなった。

 

 30分ほどで演奏を終え、みんなに礼を言ってチップを貰う。ギターケースを埋めるじゃらじゃらした小銭を、にやにやしながら眺めてしまう。

 

 天空闘技場で戦えばこの数万倍は稼げるんだけれど。この小銭は格別に嬉しかった。記念になるものでも買おう。

 

 

 楽器屋に寄り、子供サイズの楽器で手頃なものを何種類も選び、それから山ほどの楽譜、音楽CDやDVDなどを買い漁る。いろんな楽器の練習は必要だもんね。

 おひねりでもらった小銭で何を買おうかと街をウロウロしていると、スワロフスキーのお店を見つけた。

 可愛らしいキーホルダーがいろいろある。

 初演奏記念だ。これにしよう。スワロフスキーのパンダ。すごく可愛い。

 ギターケースに取り付けると揺らめくたびにキラキラ光る。うん。満足。

 

 さあ。おうちに帰ってメリーさん達とパーティだ。次は『超一流パイロット』も狙ってみようかな。

 

 

 

 リビングで演奏して、みんなに聞かせる。

 メリーさんは手を叩いて喜んでくれ、ラルクは曲に合わせて飛び上がって楽しんでくれた。

 

 夜、お母さんにも葉書で報告する。

 

「お母さんへ

 

 エリカです。無事『超一流ミュージシャン』になりました。

 外へ出て、公園で演奏してきました。

 お客さんが集まって、チップをいっぱい貰いました。記念にキーホルダーを買ったよ。

 

 お母さんにも聴いてほしいです   エリカ」

 

 

「おめでとう! エリカ。

 きっと素晴らしい演奏だったんでしょうね。

 お母さんも聴きたかったわ。

 

 歌はエリカの支えになってくれるわ。

 楽しい時だけじゃなくて、寂しい時や悲しい時も音楽を奏でて心を癒してください。

 

 貴女の、幸せを祈っています   ルミナより」

 

 

 

 

 

1997年 4月

 

 対人戦の経験はだいぶ培われたけど、まだまだ足りないと実感する毎日だ。

 もっと強くなる方法はないものか。

 

 誰かに教えを請うか。

 8歳少女に実戦的なコツを教えてくれる奇特な武闘家はいないものか……

 

 

 

 そんなこんなで日々を暮らしていると、ひょんなことから、原作の時間軸を知ることとなった。

 200階の対戦カードに「ヒソカ対カストロ」の名を見つけたのだ。

 これは、カストロがぼろ負けして念を覚える戦いじゃないか。

 

 なんとかチケットを買って試合を見る。

 武芸者としては強いカストロも、念を知らないままでヒソカに向かえば結果は見えている。

 

 大怪我をして倒れたカストロが、係員の手によって運び出されていく。

 ヒソカの戦いは、アニメで見たとおり、トリッキーで、華があって、毒々しくて、試合運びが秀逸だ。向き合った瞬間から、すべてが彼の手の内だった。

 彼は魅せる戦い方を知っていた。

 彼の死のダンスを、恐ろしいと思いながらも、やっぱり綺麗だと思った。

 

 

 これでカストロは念の存在を知ったわけだ。

 えっと。

 カストロがヒソカに負けて死ぬのってゴンが天空闘技場にいる時だ。

 ということは、今、原作2年前? 違う?

 

 一年違うと大違いなのだ。原作の前の年の試験はヒソカが大暴れして合格者がなかったはず。そんな試験に行ったら、私も死ぬ。

 もっと決定的な話はないのか。

 

 とにかく、2年か3年かで原作なのはわかった。

 私ももっと強くならなきゃ。

 

 

 

 ……カストロ。

 彼に、声をかけてみるとかどうだろう?

 

 だって。彼は念を知った。でも彼が知ったのは“念”という言葉と、自分の身体から湧き出るもやが見えるようになったこと。それだけだ。

 私が念を教える。

 彼は、私に戦い方を教える。

 

 グリードアイランドの修行と並行していることもあり、そのうえ、対人戦修行のため3分をめいっぱい使うつもりで戦っているから負けも多い。

 未だに150階の壁を超えられない8歳の女の子の話を、カストロは信じるだろうか。

 

 とにかく話してみるしかないよね。

 

 受付のお姉さんに聞いてみると、カストロは病室から個室に戻されていまは寝ているらしい。

 

 少し落ち着いた頃に部屋を訪ねてみよう。

 

 

 

 数日後、カストロの個室へ向かった。

 

 どきどきしながらノックをすると、中から「どうぞ」と声がかかる。

 軽く心の中で気合を入れて、そっと扉を開けた。

 

「はじめまして、カストロさん。お時間よろしいでしょうか?」

 

「これは小さなお嬢さん。私に何か用かな?」

 

「先日の試合、見ました。残念でしたね」

 

「ああ、その話かい?」

 

「いえ。カストロさんが知った“念”について、話ができればと思いまして」

 

「……君は、それを知っているとでも?」

 

「はい。カストロさんはご自分の身体を取り巻くもやもやとした液体みたいなものが、今見えてますよね?」

 

「ああ。これが“念”なんだろう?」

 

「いえ、それは“念”という能力の大元です。オーラと言います。生命エネルギーそのもののことで、オーラ自体はどんな人でも持っています。

 それを自在に操り色々なことをすることが念能力と呼ばれるものです。そして、私はそれをもう5年以上前から知っています。

 では……」

 

 垂れ流しにしていた状態から一瞬で“纏”をする。そして“絶”、それからもう一度“纏”。

 身体に均等に纏われたオーラを見たカストロさんが、感嘆の声をあげた。

 

「これは……なるほど。これは素晴らしい。君はまだそんなに若いのに、ずいぶんと手慣れているようだね」

 

「ええ。この状態を“纏”と言います。念の基礎の基礎です。これをキープすることで肉体が頑強になり、常人よりも若さを保つことができます。

 先ほどの、まったくオーラが出ていない状態は“絶”です。気配を消したり、疲労を癒します。

 カストロさんはまだオーラが見えるようになっただけで、念についてはまだ赤子同然です。“念”は複雑で繊細な能力です。ヒソカに再挑戦したいのなら、これから正しい修行が必要になります。

 そこで、カストロさんに質問します」

 

「なんだね?」

 

「貴方には、“念”を正しく覚えるための伝手が、ありますか?」

 

「なるほど……君なら、それを正しく教えてくれると、そう言いたいのかね?」

 

「ええ。“念”は強力で危険。しかも誰にでも習得可能な技術ゆえに、厳しく情報を制限されています。

 武闘家の道場でもすべての門下生に“念”を教えることなど、まずありえません。厳選した極少数の者にだけ、その技術を授けるのです。

 ヒソカは超一流の念能力者です。

 正しい知識もなく、彼に打ち勝つのは難しいでしょう」

 

「君は、代わりに私に何を望むのかね?」

 

「格闘技の技術を教えてください。私はあなたに“念”を教え、あなたは私に格闘技を教える。私達は対等な関係を築けませんか?」

 

「……考えさせてくれ」

 

「ええ。こんな小娘に言われてすぐに信じられるとは思っていません。カストロさんも、よく調べてみてください。……ひと月後、またご連絡させてもらいます」

 

 とりあえずサワリはこれでいいかな。

 カストロさんと連絡先を交換しあった。外に出るようになって購入したプリペイド携帯の番号を教えておく。

 

「私が今暮らしている場所は電波が届きにくいので、電話には出られないかもしれません。もし何かありましたらメッセージを残しておいてください。こちらから折り返し連絡しますから」

 

 

 

 ではひと月後、と言って、私達は別れた。

 カストロは原作で、自分の系統も知らずに“発”を作っていた。きっと調べる術がなくて手探りで修行したんだろう。

 だから、きっと私の話に乗ってくれる、はず。

 

 もし彼がだめなら、どこかの道場にでも通うとするか。

 

 

 

 

 

1997年 5月

 

「やあ、来てくれて嬉しいよ、エリカ君」

 

「はい、私もですよ、カストロさん」

 

 ひと月後。

 私達は待ち合わせて、公園のベンチに並んで座った。

 

「君の言うとおりだった。“念”について知っていそうな相手をいくつかあたってみたが、あまり情報は集まらなかった。天空闘技場の200階以上を主戦場にしている奴にも声をかけたが、君がひと月前に話してくれた情報ほど明確な答えをくれた者はいなかった。

 認めよう。君に“念”を教えてもらいたい。私も君に私の持つ技術を正しく伝えることを約束する」

 

「ありがとうございます」

 

 カストロさんの身体を確認すると、ひと月前よりもずっと綺麗な“纏”をしていた。

 

「ずいぶん“纏”が綺麗になってますね。ちゃんとした説明をしてませんでしたが、さすがです。ですがまだ均等になってませんから、これを均等にして維持することを心掛けてください。

 次に“絶”ですが、これはわかりましたか?」

 

「いや、少し難しくてね。どうしてもムラがでるんだ」

 

「そうですね。オーラは身体中にある精孔から外に出ています。コップが身体中にあって、それが全部蓋が開いている状態を想像してください。その蓋を閉めることをイメージして……」

 

 絶についての説明をして、そのあとは“練”。

 そして必殺技の“発”。

 “念”の基本である四大行について、詳しい解説を述べる。

 

「はい、当面はこの“纏”“練”“絶”をくり返し練習してください。“纏”の状態を維持し、それを滑らかに一瞬で“絶”へ繋げる。“絶”は気配を消したり、疲労を癒す効果もあります。怪我の回復も早くなります。

 この3つは基本中の基本です。

 これの修行を疎かにしては先へ進んでもいい結果は生まれません」

 

「わかった。君の話はとても有意義だったよ。あの日声をかけてくれたことを感謝する。エリカ君」

 

 そのあと休憩を挟み、カストロは私の修行を見てくれた。

 体術の基本的な動作を教えてもらい、それの反復練習を続けるよう指示された。

 

 その後、組手もしてもらった。

 

「基礎はちゃんとしているようだが、動きが単純すぎる。視線がバレバレだ。ほら、足元がお留守だぞ」

 

 カストロさんがアドバイスを入れつつ足払いを繰り出す。150階では経験できない鋭さだった。

 

 最初、カストロさんは8歳児な私にかなり手加減していたけど、私は念能力者の打たれ強さをこんこんと説明した。

 “硬”で岩を軽く殴って粉砕させるのも見せたことで、念の恐ろしさを改めて感じたようだ。

 それからは本気で殴ってくるようになった。

 

 

 

 お互い有意義な一日を過ごし、今日は解散となった。

 またひと月後に会おうと約束を交わす。

 

 カストロさんは天空闘技場を出てアパートを借り、修行に専念するつもりらしい。原作どおり二年かけて念を覚えてまた200階まで行くんだろうか。

 

 私は時折り天空闘技場で経験を積むつもりだ。試合に来るときは時間があれば見てあげると約束してもらった。ありがたい。

 

 

 まだ2回会っただけの付き合いだけど、カストロさんはすごく誠実な人だとわかった。教え方も丁寧だし、少女に教わる立場になっても真摯だ。

 原作の試合で見せたプライドの高さと、強化系能力者特有の猪突猛進なところを何とかすれば、もっと強くなれるだろう。

 

 せっかく知り合ったんだし、何とかヒソカに殺されないようにできないものか。

 

 それに、彼と知り合えたことは、私にとっても幸運だった。

 専門的な体術を教わるまえにお母さんが死んでしまったから、私には体術の知識が抜けている。

 それを彼が補ってくれた。

 

 いい師匠ができた。

 

 

 



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カストロさんの水見式。そして、スペルカードが

 

 

1997年 7月 9歳

 

 

 7月になった。

 何度かカストロさんと落ち合って互いに教えあうようになって2ヶ月。

 今まで自己流だった体術が、彼のおかげでずいぶん動きが洗練されてきたと思う。ひと月に一度程度のつもりがお互い有意義すぎて週に一度は会うようになっていた。

 

 カストロさんの念修行の進みもいい。もともと武人である彼は精神集中法にも長けている。

 “纏”も“絶”も“練”もすぐに習熟していった。

 

 天空闘技場でのヒソカとの戦いが4月。ちょうど3ヶ月の猶予期間が終わる時期になった。

 当初の予定では棄権して1階から始めるつもりだったんだけど、この2ヶ月の念修行の仕上がりはかなりいい。

 応用技はまだ何も教えてないけど、200階にいるそこそこの奴になら大丈夫だと思う。

 ヤバい“発”だと思えばすぐに降参するという約束を交わし、先日試合を行ってきた。

 

 4月のヒソカ戦での負けを見て舐めた新人狙いが対戦相手に申し込んできたおかげで楽勝だった。

 次の試合は10月だ。それまでには応用技も全部できるようになってるんじゃないかな。

 

 

 

 そして今日、「水見式」を執り行った。

 原作通り、強化系だ。

 

「カストロさん、貴方は強化系ですね。カストロさんに向いた、いい系統です」

 

「強化と言うと身体強化かね?」

 

「ええ。それに五感を強化したり、武器を強化したりですね。俊敏性や耐久性、柔軟性といったステイタスも高めることができます。攻め、守り、癒しを一番効率よく補強できる系統ですから、武闘家には一番あっている能力です。

 それに強化系の“発”の特殊効果は顕在オーラの最大値の上限を超えることができるんです。

 攻撃力は六系統一番です」

 

 六性図を書いてみせ、強化系100、放出系、変化系が80%の習得率だと説明する。

 それから各系統の能力についても詳しく紹介。

 

 そして、自分の不得意分野である具現化や操作系で“発”を作るとメモリを喰い潰してしまうことをくどい程説明する。“発”は一度作れば決して消せないため軽々しく作ってはだめだと言い聞かせる。“制約”や“誓約”の重要性も。

 これをしっかり言っておかねば。

 原作での彼の失敗なんだから。

 

 

 ついでに、私が先天的に転移能力を発動させてしまっていて、もう攻撃に効果的な“発”を作ることは難しいことも話す。

 

 ほんとは違う。私の“発”は影分身とガーデン関連と倉庫だけだ。

 まだメモリは残っている。かなり容量を使ったからもう大規模な能力を作れるほどじゃないかもしれないけど。

 

 でも、これについてはまったく後悔していない。どちらも今後の人生、次以降の人生でも大きく役立つものだから。

 それに影分身も転移も攻撃にも使えるからね。

 

 修行をつけてもらう時に(ステップ)を見せていたから、私の能力については彼も知っていた。

 

「先ほどの六性図の説明だと、君のステップは放出系ということになるのかい?」

 

「そうですね。人の能力、系統や“発”について聞くのはマナー違反ですが、カストロさんだけ系統を知られているのはフェアじゃないですから、私も言いますね。私は特質系です。カストロさんの強化系は私のもっとも不得意な分野です」

 

「……ヒソカは、何だと思う?」

 

「トランプやゴムのようなものを飛ばしていることから放出系だと思うかもしれませんが、あれは変化系や具現化系を使っていると思います。

 おそらく念を粘着質な物質に変えて、戦いながらいろんな場所へ貼り付けているんだと思います。それを使って身体を引っ張り上げたり、相手を束縛したり、自分が攻撃しやすい場所へ引き込んだりしています。

 かなりトリッキーで対応が難しい技ですね」

 

 ほんとは知ってるけど言えないから少しぼかして話す。バンジーガムとかドッキリテクスチャとか言いそうで怖い。注意しながら説明した。

 

 それから。

 カストロさんの顔を見つめて、しっかり話す。

 

「カストロさん。強化系は強いです。渾身の一撃の威力は、どの系統にも勝ります。

 しかし、強化系タイプの人は得てして猪突猛進で、自負心が強く、直情的です。

 カストロさんも覚えがありませんか?」

 

 そう言うと、思い当たる節がありすぎるのか、彼は目を泳がせた。

 

「そういうタイプは、搦め手に弱いです。ヒソカは、強化系の性格そのものなカストロさんからすれば天敵のような存在ですよ。

 変化系や具現化系、操作系、そして特質系。こういった能力は非常に危険な“発”があります。

 ものによっては、一度能力を受けてしまうともう取り返しのつかないものも多いです。

 いいですか?

 カストロさん、貴方は強い。だからこそ心配なんです。余裕をかまして、『初撃は譲ってやろう』とか言っちゃうタイプでしょう?」

 

 たらりと汗を流して苦笑いを見せる彼。自分でもわかっているようだ。

 

 どんなに幼くても、儚げな美女でも、ひょろひょろの気弱そうな男でも、“発”によってはあくび交じりにカストロさんを殺すことができる。

 相手を見て油断するのは厳禁。念能力者には問答無用で必殺技を叩きこまなければ死ぬ。

 そこを理解してほしい。

 

「初めて会ったあの時。体術でいえば私の方がずっと弱かった。でも、あの時ですら私は一瞬で貴方を殺せた。わかりますか?」

 

「ああ、念を知った今ならわかる。君の一撃で、私は死んでいただろう」

 

「それを忘れないでください。8歳女児にでも負ける可能性がある。決して相手を見くびらない。“発”は受けない」

 

「わかった」

 

「ほんとですよ?

 たとえば操作系には、他者を操作してしまう者もいるんです。勝手に身体を乗っ取られて自殺させられたり、家族や恋人を攻撃させられたり、犯罪に利用されたりしますよ。

 具現化系でいえば、捕えられれば強制的に“絶”になって逃げられなくなる檻を作ったり、念空間に閉じ込めたり。

 他にも能力を不能にさせたり、五感を狂わせたり。精神を操ったり。

 “発”は受けたらそれで終わりなものがたくさんあるんです」

 

 想像して怖いものがあったんだろう。

 頬を引きつらせて何度もうなずくカストロさんを不安な顔で見つめてしまう。

 今は納得してるけど、プライドの強い彼がちゃんとやれるんだろうか。

 

 大人の男に頭ごなしに言ってもしかたない。

 これからもちょくちょく説明して認識を変えてもらわなきゃだな。

 

 

「この水見式のグラスですが、これからもこうやってやってみてくださいね。自分の能力を見つめなおす機会にもなりますよ。変化が顕著になるまで続けてください。

 ではそろそろ応用技の説明に入りますね。まずは“凝”。これは“練”の応用で、“練”で高めたオーラを目に集め――」

 

 指先に念で文字を書いて、それを読ませる。

 

「……っと、見えた。数字の3だね?」

 

「戦いの場において、“凝”を怠ると痛い目をみます。戦いの基本技です。いつでも一瞬で“凝”ができるよう――」

 

 

「次に“隠”。これは“絶”の応用技です。“発”などで半実体化しているオーラを相手から見えにくくします」

 

 先ほどと同じように指先に念で文字を書いて、それを読ませる。

 

「見えましたか?」

 

「……いや。見えない」

 

「先ほどとは違い、今回は“隠”を使ってます。“凝”と“隠”。習熟度の高いほうが勝ちます」

 

「なるほど」

 

「たとえばヒソカは、あのゴムのようにしたオーラを戦場のいたるところに付けて戦っていました。そして、その中に、“隠”で隠したものも紛れ込ませています。

 普通のゴムのオーラを“凝”で避けたつもりでも、いつの間にか“隠”で隠したオーラで囲まれた場所へ誘導されていた、なんて可能性もありえます」

 

「……なるほど」

 

「カストロさんはまだ“発”を作ってませんが、おそらく強化系、あるいはそれに放出系か変化系を加味したもので考えると思います。

 たとえば放出系で念の刃を飛ばしたとして、いくつも飛ばす刃に“隠”で隠したものも加える。そんな使い方もあるでしょう。

 カストロさんの技『虎咬拳』の虎の牙や爪を強化して、その先が伸びるような“発”を作ってそれを“隠”で隠すというのもありますね」

 

「ふうむ。なかなか奥が深い」

 

「では“隠”のやり方を説明しますね。これは“絶”の応用なので、――」

 

 その日、“隠”はなかなかコツがつかめないのか、習得までいかなかった。

 

「今日まとめて二つ教えましたが、どちらも基本がおろそかになっては効果も見込めません。“纏”“絶”“練”の練習も引き続き行ってくださいね」

 

「わかった。今日の話も素晴らしかった。では、次は私の番だな」

 

「ええ。よろしくお願いします。師匠」

 

「では型の復習から始めようか。まず――」

 

 

 

 また数週間後と言って別れて帰ってきた。

 

 カストロさんの教えはためになる。

 独りで反復練習していると型がちょっとずれていくところがあって、それを厳しく教えてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カストロさんとの修行の数日後。

 

「やったーーーー!!!!」

 

 大声で叫ぶ。

 

 やっと、やっと完成した。

 ハメ組より先にスペルカードを全種類40枚揃えたぞー。今まで擬態以外のカードを使わなかったおかげだろうか。

 

 バーチャルリアリティーGIが完成してからフリーポケットを圧迫していたお金やもろもろのアイテムなどのカードはすべて倉庫へ入れている。

 スペルカード以外は個数チェックがないから気にせず倉庫へしまえるわけだ。

 そのおかげで45枚のスペースをめいっぱい使えるようになった。

 

 スペルカード最後の二枚は、また路上生活をしているプレイヤーに声をかけて『離脱』と交換を持ち掛けた中にあった。

 

 

 全種類40枚と『堅牢』『擬態』をもう1枚ずつ。『複製』を2枚。

 これが揃えなくちゃいけない枚数なのだ。

 

 ホームのテントに座り、フリーポケットに残っている余分なスペルカードとお金を倉庫へ入れる。スペルカードを倉庫へ入れるのは心配だけど、今はフリーポケットを44ヶ所空けなくちゃなんだもん。しかたないよね。

 

 メモ帳と照らし合わせて指定ポケットに入っているカードをフリーポケットへ移動させる。

 

 そして、指定カード『聖騎士の首飾り』を取り出して「ゲイン」。

 

 首に装備すると、フリーポケットのカードの擬態が外れて本来の姿に変わっていく。

 もう一度、数をチェック。

 ちゃんと40種と『堅牢』『擬態』『複製』2枚がある。

 

 まず40枚のスペルカードを『大天使の息吹』と交換して、『複製』を使って2枚のコピーを作る。

 複製品は倉庫へしまうつもり。

 複製でも現物と同じように使えるからね。いつか何かあった時の、私や家族のための保険だ。

 

 原本は指定カードに『擬態』して『堅牢』で守る。

 『複製』を倉庫へ収納するから、私の所持枚数は1枚だけになる。

 

 これなら残りの2枚は他のプレイヤーがちゃんと手に入れることができる。クリアを目指さない私が独占するわけにはいかないもんね。

 だけどせっかくの全回復アイテムだもの。予備を置いておくに越したことはない。

 だから倉庫へしまうってわけね。

 

 ハメ組はどこまで進んでいるんだろう? もう活動はしているはずだよね。

 カード集めに苦労しているのかな。

 これから私が一挙に44枚も使用するから、もしかするとこのあと揃う者も出てくるかもしれない。

 きっと原作どおり残りの二枚はハメ組が押さえるんだろう。

 

 

 バインダーをひらりひらりと捲って眺める。

 長かった……

 

 やったよ。お母さん。

 

 

 『聖騎士の首飾り』を首から外し倉庫へ収納。指定ポケットに入っているものもすべて倉庫へしまう。フリーポケットは今44枚入っていて入れる場所がないし、今後GI内で倉庫から出さなければゲインされたアイテムと同じ扱いで、GI側では何の問題もない。

 

 指定ポケットをすべて空けるのはあとで『複製』を使うため。『複製』は“指定ポケットカードからランダムに1枚を選んで複製する”って効果だから、大天使だけにしておくと確実に大天使をコピーしてくれる。

 

 よし、これでマサドラへ行って『大天使の息吹』と交換してもらうぞ!

 

 ホームを出ようと立ち上がった瞬間だった。

 ひゅーんって音が聞こえてきた。

 え? 移動系スペル?

 

 ホームは天井があって移動系スペルでは入ってこられない。

 “円”で外を窺うと、『同行』を使ったのか大勢のプレイヤーがホームの入り口前に一斉に飛んできたのがわかった。

 

 特定された!

 どうしよう。スペルカードがエラーになるからガーデンには入れない。

 バラバラと走り込んでくる足音が聞こえる。

 っ! しかたない。

 

「アントキバ、ジャンプ」

 

 まずアントキバへ逃げた。

 どうしようどうしようどうしようどうしよう。

 

 プレイヤー狩りだ。“円”で感じた数は十人ほどもいた。戦っても勝ち目はない。

 あいつら、私が全種類揃えるのを待ってたんだ。

 ああ! もう。あとちょっとだったのに。せめて大天使に変えてからならガーデンにも外にも逃げ出せるのに。

 

 どうすればいい? どうやれば助かる?

 

 

 悩んでいる時間を敵は待ってくれない。

 またひゅーんという音が聞こえてきた。またやってきた。追いかけてくる。

 

「港、ジャンプ」

 

 近付いてくる影が見えた瞬間飛んだ。

 これであいつらは二回『同行』を使った。あと何枚持っている?

 

 次はどこへ飛べばいい? ホームは危険だ。誰かが残って張っている可能性もある。

 

 

 ひゅーん。

 

 また来た!

 えっと、えっと、どうする。どうするどうするどうするどうする。

 

 ええい。

 

「アントキバ、ジャンプ」

 

 何人か残っているかもと思ったけど、誰もいなかった。

 よかった。

 

 ええっと。

 時間がない。どうしよう。

 何か、何かないか、何か何か。

 

 っ! そうだ。

 倉庫を見る。さっきじゃまになった余分のスペルカードをしまった。あれに『再来』か『同行』があれば……あった!

 

 倉庫から『再来』を取り出す。

 

「『再来(リターン)使用(オン) マサドラ!」

 

 

 初めて使った移動スペルがこんな状況とは……

 

 

 幸運なことに先回りしている者は誰もいなかったようだ。

 マサドラの街へ駆け込み、カードショップへ走る。

 

 カードショップでスペルカード40枚を『大天使の息吹』へと交換してもらう。

 急げ、急げ、急げ急げ急げ急げ。

 

 やった!

 

 ひゅーん。

 ああ! もう来た。

 『大天使の息吹』を受け取り指定ポケットへカードを入れながら店を出る。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

「『漂流(ドリフト)使用(オン)!」

 

 彼らの手が伸びる前に、私は空へと飛び立った。

 

 着いた先は私がまだ行ったことのない街。

 どこに着いたかはわからない。別に、どこでもいい。

 とにかく、やるべきことを!

 

「ブック」

 

 バインダーを出して『複製』のカードを取り出す。

 

「『複製(クローン)使用(オン)

 

 指定ポケットに『大天使の息吹』しかないため、複製されるのも当然『大天使の息吹』だ。

 複製したものはフリーポケットへしまい、もう一度『複製』。

 

「『複製(クローン)使用(オン)

 

 ひゅーん。

 来た! でももう遅い。

 

「(ポップ、ステップ)」

 

 ガーデンへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁぁぁぁぁああああ、こわかったあああ!!!」

 

 

 ガーデンの中央、旗のそばに寝転がって叫ぶ。

 ちょーこわかった!

 マジ怖かった!

 

 

 緊張が解けて恐怖が蘇ってくる。

 

「うわぁー!! あああああ!!!!」

 

 もう、叫んでないと何かが壊れそうだ。

 

 

 

 パタパタと足音が聞こえる。メリーさんが私を見つけて走り寄ってきたようだ。

 転げまわって叫んでいる私をわたわたと気遣いながら抱きしめ、髪を撫で、また抱きしめ、をぅをぅと悲しそうな声で鳴く。

 

 いつの間にかラルクも来ていて、何とか私にしがみつき顔を覗き込もうとしている。

 

 ラルクを抱きしめ、メリーさんの温かい毛皮にしがみついてギャン泣きした。

 

 



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決着

 

 

 

 リビングのソファに座り、メリーさんがホットミルクに蜂蜜を垂らしたものを渡してくれる。

 そうして私の横に座って抱き寄せてくる。

 私はメリーさんの毛皮にもたれかかるように抱き着きながら、ミルクを飲んだ。

 ラルクは膝から離れない。

 

 お母さんが死んだあとも、こうやって三人で過ごしたなあ。

 かたき討ちを二人済ませたあとも、こうしてくれた。

 いつの間にか寂しい時や辛い時の三人の定位置になってしまったみたいだ。

 

 

「ありがと、メリーさん、ラルクも。ちょっと落ち着いた」

 

 泣きすぎて腫れているだろう目元で、二人に笑いかける。

 

 

 移動スペルで空から飛んで降りてくる奴らの顔を確認する余裕はなかった。

 だけど、マサドラで追いかけてきた男の顔はハッキリ見た。

 あいつは覚えている。何度かプレイヤー狩りとして襲ってきて撃退してカードを全部取り上げた奴だ。

 

 お母さんの仇以外を殺すつもりはなかったから、もう二度と来ないでと言いおいてその場を逃げ出すしかなかった。でも私の子供ボディでは“二度とやるなよ”なんて脅かしても全然効かないからそれからも何度か襲ってきたんだ。

 

 仲間と一緒に襲ってきた時もあった。それでもカストロさんの教えのおかげでなんとか撃退していた。

 今度は十人も集めたのか。

 

 その度にいろいろ恫喝されたけど、「独りでスペルカードを集めて何をしている?」とか聞かれたから私の反応を確かめてたのかな?

 

 もしかしたらこんな子供に撃退されたことを根に持って仕返しする機会を窺っていたのかもしれない。

 私ってそうとう恨まれてたんだな。

 

 それとも『大天使の息吹』を手に入れる手順だと知っていたのか。

 自分で集めるのは手間だから、私が集め終わるまで待ってた?

 

 何を取得しようとしているのか聞き出すため、拷問しようと思ってた?

 

 どっちにしても、あのタイミングは一番痛いタイミングだった。

 擬態を解いたのを『盗視』で知ったのか。

 

 

 襲ってくるプレイヤー狩りを撃退してカードを奪うこともあったから、私の持つ指定カードは増えていた。それと『擬態』させたスペルカードが入っていて、いったい私がどこまでスペルカード集めが進んでいるのか、判断がつかなかったんだろう。

 いや、スペルカードの何を集めているのかもわからなかったのか。

 だから、擬態を解くのを待った。すべてが揃ったら交換のために擬態を解くんだからそこでわかるだろうと。

 

 必要なスペルカードだけで44枚だ。フリーポケットはいっぱいになる。他のカードは持てない。移動カードは持ってない可能性が高い。

 

 それに『離脱』すればフリーポケットはすべて空になってしまう。

 

 あいつらは私の目的がスペルカードだと知っていた。

 何年もかけて集めたカードを失いたくないから、外へ逃げることは躊躇うだろう。自分の命と莫大な報酬を秤にかけて、ぎりぎりまで外へ逃げ出す決心がつかない。

 大人数で囲めば、捕まえられるとふんだわけだ。

 

 ああ。

 マサドラに人が張っていなかったのは、集めたスペルカードをどうするか知らなかったとか?

 イベントのフラグだとはわかっても、それがカードショップでの交換だと知らなかった?

 

 

 はあ。

 考えてももうどうしようもない。

 スペルカードを集めていることを知られていたんだから、こうなることも予想しておくべきだった。

 強くなった気で、うまくやれてるつもりで、浮かれてた。

 ほんと、バカだった。

 

 

「でもさ! 考えてみれば、私ってすっごくラッキーだったよ!」

 

 空元気だって元気だ。

 万事、明るくなくっちゃ。

 

 家族に心配かけるなんて、だめだめだよ。

 

 元気を出せ、エリカ。のん気を出せ、エリカ。

 強くなるためにはね、元気力とのん気力が必要なんだよ。

 これ英里佳時代に知り合った沖縄のおばあの受け売り。

 

 私の状況を聞いたらきっとおばあなら『なんくるないさー』って笑うと思う。

 

 

「家族も屋敷も、みんなガーデンにあるもん!

 ここの引っ越しが終わってて、本当に良かった!」

 

 メリーさん達がまだホームにいる間に襲ってこられていたら、どうなっていたか。

 考えるだけで身体の震えがとまらない。

 

 

 立ち上がって「ブック」を唱えてバインダーを見せる。

 指定ポケットにある原本の『大天使の息吹』とフリーポケットの複製品『大天使の息吹』2枚。

 

 

「ほら。ちゃんと『大天使の息吹』を手に入れたもん。

 逃げながらでもちゃんと交換したし、ちゃんと複製もできた。

 そして、怪我もなく逃げ切れた。

 私は、ラッキーだった!

 だからね。私は大丈夫だよ。ありがと、メリーさん、ラルク」

 

 

 

 ホームがどうなっているのか、怖くて見に行けない。

 あそこを襲ってくるかもしれないってことは危惧していたことだ。だけど。実際に襲われるとその衝撃と恐怖は酷かった。

 ……こわかった。

 

 

 

 

 

 

 数日間はガーデンの中でふて寝して過ごした。

 ホームの状態がどうなっているのか見るのが怖くて、プレイヤー狩りの男達と遭遇するのが怖くて。

 ガーデンを出る気にならなかった。

 

 やっぱりあの人数で来られると、怖い。

 転移能力がなければ、どうなっていたか。ほんと、怖かった。

 

 

 ほんとは行きたくなかったけど、天空闘技場へはちゃんと行った。

 失格になって唯一の稼ぎ場所がなくなると困る。カストロさんとの約束もあるし。

 お金がなくちゃ生きていけないもんね。

 

 

 カストロさんとの稽古もやった。

 「ちっとも身が入ってないぞ」と怒られたけど。

 

 

 ガーデンに入った「ルナ」の状態ってどうなっているのか。

 指輪側の認識としてはガーデンはGI内だ。

 だけど、実際のGIから見るとどうなっているのか。不安になって、ゲーム機を見に隠れ家に飛んだ。

 

 「ルナ」のロムカード横のボタンは消えている。ログアウト状態だ。

 つまり、「ルナ」は十人ものプレイヤー狩りに狙われながら『大天使の息吹』3枚を手にして外に逃げ出した奴だということ。

 ……『大天使の息吹』に交換したことは気付かれた?

 わからない。あの瞬間に『透視』しなきゃわかることじゃないよね?

 

 きっと今頃あいつらはルナの大捜索中だろう。

 コケにされたと激昂しているかもしれない。

 

 

 ログインするのは危険だ。アントキバのログイン小屋前はきっとルナのログイン待ちがいる。

 ホームも張っているよね。

 

 

 GIから逃げ出して8日。

 あと2日がタイムリミットだ。

 

 どうしよう。

 

 どうするのが最善か。

 うーん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうするのが一番いいのか、安全と恐怖とお金と意地とお母さんへの想いと、様々なことを天秤にかけ、悩む。

 

 もしかするとこのままゲームオーバーもありえる。

 

 

 なら――

 

 その前に、グリードアイランドの中でひとつ、やり終えていないことがある。

 それを終えなきゃ、ゲームから出るわけにはいかない。

 

 

 

 

 私は今まで精一杯の努力をしてきた。影分身のおかげで、人よりもずっとたくさんの経験を積めたと思う。

 カストロさんにもずいぶん筋がいいと褒めてもらった。

 うん。大丈夫。

 

 今を逃すともうできないかもしれない。

 ――お母さんの仇、残りの二人を、殺す。

 

 

 前回二人を殺してからすでに2年が経つ。

 私は残り二人の動向をいつも注意深くチェックしていた。

 

 どうやら彼らはもともと仲間だったわけじゃないらしく、二人の死を気付いてもいなかった。リストは●になっているのに気にしてもいないらしい。

 幻影旅団もゲンスルー達も、悪人のくせに仲間思いで身内にはいい奴だったけど、こいつらはただのクズなだけだ。仲間同士ですらこんなものか。

 

 だから、私は心置きなく、彼らに挑んだ。

 

 

 

 

 

 まず複製品だけで変装した影を2人、ポイントABへそれぞれ送り出す。

 

 私の今のジャンプポイントはポイント5に天空闘技場をいれてから変わっていない。

 GI内はいつでも走って移動できるようになっていて、上書き用のABCもほとんど使うことがなかった。

 

 だから今はいつでもあいつらを倒せるよう、襲撃を踏まえたポイントにABCを設置してある。

 

 Aはギャンブルの街、ドリアス。

 標的の二人はこの半年ほどずっとここに暮らしている。

 カジノの用心棒をしながら時折りプレイヤーを狩り、ギャンブルと酒に金をつぎ込んでいる。

 目を離している間に移動していないことを祈るばかりだ。

 

 Bは前の二人を殺した場所。

 森の奥にあるちょっとした開けた空間で、多少騒いでも誰にも気付かれない場所だ。

 

 Cは凶暴なモンスターが多数徘徊する危険地帯。

 殺した死体を捨てに行く場所。

 

 

 しばらくして二人とも戻ってきた。

 標的はまだドリアスにいた。よかった。これで奴らが移動していればまた探し出す手間がかかった。また『レンタル秘密ビデオ店』を見るか、指輪をつけて『同行』か『磁力』で向かわなきゃいけなかったかもしれない。そのスペルカードは持っていない。それにマサドラはきっと奴らが張り込んでいるだろうからショップへ買いにいくこともできない。

 

 それに指輪をつけてGIに入ったとたん大勢がすっ飛んでくるだろう。

 考えるだに、果てしなく手間だった。

 ドリアスにいてくれてありがとう、だ。

 

 B地点も、近くに人影もなく、問題なさそうだ。

 C地点は確認の必要なし。ここの安全は気にしない。影が行って捨てるだけだから。

 

 

 よし。今日こそ、決着をつける。

 

 

 

 

 ……1人目は詳しく描写する必要もないほど、簡単だった。

 ただの、前回の焼き直しだ。

 

 独りになったところを見計らって影が拉致して(ジャンプ)で邪魔の入らない場所へ移動。バインダーを出した瞬間取り上げ、指輪も抜き取り、影と本体で囲んでたこ殴り。

 

 前よりは時間もかかったし、なんどか危うく蹴られそうにもなった。ひやりとする瞬間もあった。

 けど影と一緒に取り囲んで手足に抱き着き抑え込み、殴りつけることでやがて力尽きた。

 たいした“発”を持っていないことは『レンタル秘密ビデオ店』で見たから知っていたけど、その“発”すら使う間もなくやられた。

 

 

 最後の1人が影の(ジャンプ)で連れられてくる。

 一番強い奴だ。

 着地と同時にするりと拘束をとかれ、お母さんの死因となった抜き手を使われて影の一人が消えた。地面に装備や服がばらばらと落ちる。

 

「なんだてめえら!」

 

 ……こいつだ。こいつがお母さんを。

 殺気が溢れる。影も“わたし”だ。誰も彼もが、こいつを殴り殺すと目をぎらつかせている。

 一斉に動いた。

 

 影Aが(ステップ)で背に飛び乗り右手を固定。

 影Bは前から左腕を中心に抱き着き抑え込む。

 

 影Cが“周”で強化したスコップで腕を切り落とす。

 影Dは影Bごと前からスコップを突き刺す。

 同時に私が後ろから影Aごとスコップで殴りかかる。

 

 味方ごと攻撃することで不意を付けた。あとはひたすら殴る。殴る。殴る。

 

 

 

 ……荒い息をつき、血だまりに沈む男を見る。

 終わった。

 

 

 お母さん――

 

 私は、私達は、お母さんの仇を、全員、殺したよ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は四人殺した犯罪者だ。

 だけど、元気に生きてます。

 反省なんてしない。だってこいつらはお母さんを殺したんだから。

 他のプレイヤーのことも何人も殺していた。

 

 私は、平気だ。

 

 

 

 そう言えば、転生の部屋で“転生する身体は精神的にも強くなっている”と説明を受けた気がする。

 戦いの多い世界へ行くのだから、生きるために動物を狩ったり、人と殺しあったりすることもあるからだろう。

 だから私も、罪悪感に苛まれることもなく過ごしているのか。

 

 ……私って、もしかしたらもう狂ってしまっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バインダーを取り出し、『大天使の息吹』を3枚とも倉庫へしまう。

 使わなかった『擬態』と『堅牢』も同じく。

 バインダーの中は、これでカラになった。

 

 

 隠れ家に飛び、指輪を填めて「ルナ」のロムカードを抜き取る。データと共に指輪も消えた。

 ゲーム機もしばらくは倉庫へ収納。

 これで「ルナ」はいなくなった。

 

 

 『大天使の息吹』を持っていることを知られているかもしれない状態でゲームを続けるなんて、危険すぎる。

 無理してプレイヤーでいる必要はないんだ。

 だって、大天使サマはガーデンでもちゃんと微笑んでくれるんだから。

 

 だから、いったんプレイヤーであることを止めることにした。

 

 

 

 プレイヤー狩りの奴らはまだ「ルナ」とその仲間を探しているだろうけど、もうすぐログインの有効期限が切れる。

 もしあいつらの狙いが『大天使の息吹』だったのなら、『名簿』も調べているよね?

 

 なら、ルナが消えて10日でまた『名簿』で調べれば『大天使の息吹』は枚数0枚になる。

 ずっと動向を調べている奴らなら、あの日の10日後にはきっとそれを調べる。

 

 そうすれば、せっかく『大天使の息吹』を3枚とも押さえたくせに、追いかけられて怖くなった子供は何もかも捨てて逃げだしたんだと思うんじゃないかな。

 

 私が44枚のカードを使ったことでまたカードショップには全種類のスペルカードが売り出されるんだし。

 取得方法を知らなかったとしても、スペルカード40枚全種揃えてカードショップへ行けば何かが起きると知ったわけだ。

 知っていたかいなかったか、どちらにしてもこれであいつらが40種類を集めて『大天使の息吹』を取得する。

 

 

 

 

 バッテラさんの恋人はどうするか、もう少し考えることにする。

 ガーデン内でなら正常に『大天使の息吹』を使えるんだから、なにがしかの方法を考えるさ。

 

 せっかく手に入れたんだもん。報酬は絶対もらってみせる!

 

 GI内のポイントを一つ残しておいて、その時だけGIへ連れていってもいい。

 ……『大天使の息吹』の枚数制限を喰らって『引換券』になっちゃうか?

 

 ガーデン内に部屋を作って、そこへ連れてくるって手もある。密室にしておけば出られないし、ここがGIかそうでないか、わかるわけないんだから。

 危険な奴をガーデンに入れるつもりはないから、相手を見て考えよう。

 

 

 

 ほんとはさっさとバッテラさんに連絡を取りたい。

 

 今のところ私って戸籍無しの年齢一桁の小娘なわけだ。

 だから、アポを取ろうとしても詐欺扱いされて、バッテラ本人まで連絡がいかない可能性が高いと思う。

 

 だから。

 ハンターになる。

 ハンターになればそれで世間的な信用を得ることができるから。

 それから、天空闘技場でも少しは名が売れるようになっていきたい。そうすれば、私の名でバッテラさんにアポが取れるようになるだろうから。

 

 次の目標はハンター試験だ。

 

 

 

 

 

 



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夏休みジャポンの旅

 

1997年 8月 9歳

 

 プレイヤー狩りのせいで否応なくグリードアイランドから離れたこと、お母さんの仇討ちができたことで、少し力が抜けたようだ。

 

 ガーデンのリビングでうだうだと過ごしている時間が多くなった。

 

 修行は続けている。

 ガーデンは広い。じゅうぶん修行の場はあるのだ。

 

 天空闘技場での試合も、カストロさんとの修行も欠かしてない。

 

 でも、心にぽっかりと穴が開いているような、燃え尽き症候群のような思いがあるのだ。

 少し、休暇が必要なのかもしれない。

 

 この夏の間くらい、最低限の修行だけにして、ぼうっと過ごすのも悪くはないかもしれない。

 

 

 

 ある日、リビングのソファで寝転んでいると、メリーさんが大きな手をばしんと合わせて音を立てた。

 びっくりして見上げると、メリーさんが両手を腰にあてて私を見下ろしている。

 そして、片手をあげ、爪を一本立てる。「いい、エリカ」とでも言ってるのかな?

 

 その爪をテーブルへ伸ばす。情報確認用に出していた世界地図をさして、トントン。

 両手を広げて、そしてまた地図を見せる。

 大陸をひとつ、ひとつ、爪でトン、トン、トン、トンと。

 

 最後に私を立ち上がらせて抱きしめる。頭を撫でながら地図を見下ろした。

 

 

「世界は広い? 世界を見ろ?」

 

 うんうんと頷き、よくできましたとばかりに抱きしめる。

 

 世界かあ。

 そうだね。

 

 グリードアイランドにいられなくなったとしても、私はどこへだって行けるんだ。

 

「ありがとう、メリーさん。そうだね。世界を見なきゃね。

 うん。凹んでる場合じゃなかった」

 

 

 

 そうだ。気分一新。夏休みと割り切ってどうせなら旅行に行こう。

 

 ……でも。

 私ってまだ身分証がないのさ。

 

 飛行船には乗せてもらえないの。

 ジャポンに行って和ものを食べたい。まあ、ほんとに食べたい時には『バーチャルレストラン』があるんだけどね。

 

 ほら、お米とかうどんとか、だし昆布とか醤油とかあればさ。

 メリーさんの手料理でそれが食べられるわけじゃん。

 

 ああ、ジャポン行きたい!

 

 ハンターライセンスを取れば、修行しつつ、全世界を周るんだけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と考えていたんだけど、閃いた。

 そうだ。

 港から出ればいいんだ。

 

 指輪を付けず、港へ(ジャンプ)。

 

 あ、念のため、先に影に行ってもらって誰も近くにいないことを確認してからね。

 されてないとは思うけど、一度ここに飛んだからこの場所になにかあるかと調べてたり張ってたりしたら怖いもん。

 

 

 港へ入り、所長と対決。

 6歳の頃、決死の思いでぶつかった所長は、今の私ならあっさり勝てた。ステップすら必要なかった。

 ぽすんと消えた所長のかわりに床に落ちた『通行チケット』を取り上げる。

 私ってけっこう強い! うん。ちょっと自信がついた。ちゃんと成長してる、私。

 

「『通行チケット』 使用(オン)

 

 久しぶりの、無機質な空間。

 

「あら、貴女は前にここを通った子よね? どうしたの? またプレイヤーじゃないようだけど」

 

「はい。プレイヤー狩りに指輪を奪われまして。いったん外に出て、もっと強くなって戻ってきます」

 

「まあそうだったの。わかりました。またのご利用をお待ちしております。行き先は……」

 

「ジャポンでお願いします」

 

「……えっと? ジャポン?」

 

「はい。ゲーム機のある場所は違いますが、一度ジャポンに行ってみたかったんです。だから寄り道していこうかと」

 

「ずいぶん長い寄り道ね。まあいいわ。ジャポンのどの港がいいのかしら? ここから行けるのはハカタとトキオよ」

 

「ハカタでお願いします」

 

「わかりました。では、またのご利用をお待ちしております」

 

 

 

 

 ついたぜ! ジャポンだ。

 嫌なことは全部忘れて、夏休みジャポンの旅の始まりだ!

 

 

 しかし。ジャポンも日本語じゃないんだね。

 ハンター文字なことに少し驚いた。どこかに漢字は書かれてないものか。

 

 

「ポイント3登録“博多”」

 

 アントキバから博多へ上書き。

 これでよし。いつでもまた来れる。グッバイ、アントキバ。お世話になりました。

 

 博多の街を練り歩く。

 まず本場のとんこつラーメンを食べて美味しさに感動。

 

 料理の具材や調味料、食器もいろいろ購入。土鍋とか箸とかレンゲとか、日本食独自の食器類も。焼き物の湯飲みなんかも。

 

 そうだ。今夜はすき焼きにしよう! 夏に何言ってんだって話だけどさ。英里佳の魂がすき焼き食わせろと騒いでいるのだよ。

 霜降り和牛や豆腐、糸こんにゃく、うどん。卵。醤油と砂糖。割り下には日本酒も入れた方が美味しいよね。

 すき焼き用の底が平たい鍋も買わなきゃ。

 カセットコンロとかも売ってるかしら?

 

 天空闘技場のファイトマネーがあるから、気持ちよくいろんなものが買える。

 金に糸目を付けずに買い物ができるって幸せだあ。

 

 あ、そうだ。ジャポンの楽器も買わなきゃ。

 

 

 

 

 ガーデンで食べたすき焼きは絶品だった。

 やっぱ日本人は醤油だよね。

 

 醤油、鰹節、味噌、酢、みりん、日本酒。それに米。昆布や海藻類、にがりも買おう。豆腐も買おう。塩は沖縄の雪塩と赤穂の塩は欠かせない。マヨネーズもいるね。この世界にもおたふくソースはあるのかな?

 大豆、小豆、きなこ、餅米。あ、海苔も。

 倉庫に入れれば劣化はしない。欲しいものを見ればすぐに大量購入した。

 炊飯ジャーも買ったからこれからはメリーさんの日本食が食べられるわけだ。うん。幸せ。

 

 旅行中も毎日ガーデンで休み、影分身に修行を任せての夏休みだ。

 鈍ると嫌だし早朝の鍛錬だけは毎日続ける。あとはしっかり旅を楽しむけどね。

 

 

 翌日からジャポンを北上していく。

 今は博多が暫定ポイント3だけどさ。どうせなら私が一番美味しいと感じるものが多い処にすぐに行けるようにしたいじゃん。

 

 やっぱ大阪の粉ものか、東京の多彩な料理や商品も魅力だし、北海道の海鮮も捨てがたい。

 

 そんな風に考えながら毎日ふらふらと旅を続け(もちろん泊まりはガーデンだ)、京都の茶店で一休みしている時、隣のテーブルで抹茶と練り切りを食べていた人の手元にある本に、ふと視線がとまる。

 

「古今和歌集?」

 

 わあ懐かしい。私って英里佳だった頃古文が好きだったんだよね。

 

「……これ、読めるのかい? 君」

 

 話しかけられてハッとした。人の本を盗み見るの行儀悪いね、ごめんなさい。

 謝ろうとそちらを見れば、うわっ、なんだか迫力のある女の人だ。

 

 隣の席に座ってたのに、なんで今まで気が付かなかったのかと思うほど印象的な人で、しかも、隙のない恐ろしいほど精密な“纏”をまとっている。

 

「あ、すみません。勝手に見ちゃって」

 

「いや、いいんだ。それより聞かせてくれないか? 君、今、これを読んだ?」

 

「はい。えっと……」

 

「これはジャポンの古代言語で書かれていてね、今は読める者も少ないんだよ。君はどこでこれを習ったんだい?」

 

 あ、そうだ。ここもハンター文字だったっけ。

 

「母に教えてもらいました」

 

 困ったときのお母さんだ。9歳なんだもん。お母さんの教育の賜物ってことで乗り切れるよ。

 

 

 それからお互い自己紹介をすませる。

 私は名を名乗り、ハンターになるために修行中だと話した。

 

 彼女も「ディアーナ・マグダレーシヴァ。ディアーナと呼んでくれたまえ」と名乗る。

 

 彼女は遺跡ハンターで、今はジャポンの遺跡を探してまわっているらしい。

 遺跡ハンターってジンみたいだね。

 古今和歌集は今探している遺跡のヒントになるものらしく、この中で描写された場所を順に訪ねているのだとか。

 

 いくつかの歌を請われるがままに読み上げて、かるく解説をする。

 ディアーナさんも読めるんだけど、細かなニュアンスがわからないところもあるのだとか。

 

 歌の内容は覚えているものも多いから、わかる範囲はどんどん答える。

 なんだか、凄く詳しいと思われたようで、気恥ずかしい。昔取った杵柄ってやつだ。

 勉強もやっておくもんだね。

 

 平安京の時代にできた建物についていくつか質問を受けたけど、HUNTER×HUNTER世界のジャポンと英里佳だった頃にいたあの世界の平安京と、違うところもあるだろうから、あまり確かなことが言えない。

 

 私も母に教えてもらっただけで、実際にジャポンに来たのは初めてなんでよく知りませんと答えておいた。

 

 

 

 

 

 翻訳のお礼だと体術の稽古もつけてもらえた。

 今まで会った中で、一番強いと思う。この人ならもしかしたらヒソカにも勝てるかもしれない。

 

「私は右手左足は動かさないよ。好きに動きたまえ」

 

 ステップも駆使して力いっぱい戦ったけど、何をやってもかすりもしない。合気柔術か合気道か、そんな感じの体術を極めているのか、蹴れば転ばされ、殴ればくるりと一周まわされ、羽交い締めにしようとすればするりと躱され、なぜか錐もみ状態になって私が吹き飛ばされる。

 

 30分もすれば立つことすらままならないほど疲労困憊になった。

 

「うん。筋がいいね。よく動けていると思うよ。もう少し目を養おうか。それに君はあまり戦いは好まないのだね」

 

 その通りだ。私は別に戦いたいとは思っていない。

 弱ければ死ぬ。

 弱ければ奪われる。

 

 だから強くなる必要がある。それだけだ。

 

「では倒すことより、守り、いなすことをより重点的に伸ばしていこうか」

 

 次は私が守る番だ。

 ディアーナ師匠が細い枝を拾ってそれを武器に殴りかかってくる。枝には“周”もしていない。なのに彼女が持っているだけでか細い枝が凶器になる。

 速さ、手首の動き、打ち込む向き、攻撃するポイント、身体の動き、その違いが、“周”も纏っていない小枝を必殺の刃に変える。

 

「腕の動きをよく読みたまえ。稼働領域はどこまでか、視線はどこを向いているか、足運びは、重心は、呼吸は、すべてが答えだ。フェイントも考慮したまえよ。ほら“流”が雑になってきたね」

 

 10分ほどでたまらず倒れ込んだ。荒い息を吐く。酸素が、酸素が足りない。ぜーはーぜーはー

 

「実に成長の楽しみな少女だね君は」

 

 その後、四大行と応用技をやって見せる。私のやってきた念の修行のやり方を聞いて、効率的だと褒められた。このまま修行を積むようにとディアーナ師匠。

 

 そして――

 

 

「エリカ。君は9歳にしてはよく頑張っているね。念の練度も素晴らしいものだ。よし、若人の成長を促すのも先人の務め。君にはこれを差し上げよう」

 

 そう言ってくれたのは、ピアスと、ベルト? 金属製の長い帯のようだ。

 修行に使える念具らしい。

 念具ってのは念能力者が作ったアイテムで、小さな器具ひとつでもすごい効果があるんだって。

 

「ピアスはオーラに負荷をかける効果がある。つけているとオーラの総量が増える。両耳にちゃんとつけるように。

 そして、こちらは5つのパーツに分かれるようになっている。

 ウエストと両手首、両足首に肌に直接触れるようにつけるがいい。

 これを装着していると全身に負荷がかかって筋力が鍛えられる。

 どちらも装着者の成長に合わせて負荷が勝手に増えていく。修行にちょうどよいだろう?」

 

「え? すごい! ほんとにいいんですか?」

 

「ああ、ジャポンの古代語を読んでもらった礼だ。うちの弟子のために作らせたものだが、まあ構うまい。

 こうして出会えたのも何かの縁だ。受け取ってくれたまえ」

 

「わあ! ありがとうございます」

 

 念具には負荷の限界があるらしい。それ以上は数を増やすかもっと強い念具を探すしかないが、これでもじゅうぶんだろうとディアーナさんは笑う。

 あと、これはお風呂に入るときも外さないようにって。

 

「付けていると身体が重く感じるはずだ。試してみるといい」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 さっそくその場でピアスを付けようと手に取る。

 私ってまだ耳に穴をあけてないんだけど……と躊躇していたら、「どれ、貸してみなさい」とディアーナ師匠が持っていたお酒を耳に吹きかけて、ピアスに“周”をまとわせザクっと突き刺した。うわお。

 大胆なピアッサーっすわ、ディアーナ女史。

 

 両耳についたとたんに、ぐいっとオーラが喰われる。

 おおおおお。これが負荷か。すごい。

 

 なにかやってみよ、と言われて、“堅”をする。

 ほうほう。これは確かに念が使いにくい。

 力まかせではうまくいかない。より精密にオーラを練らねば威力がでない。

 

 ベルトも着けてみた。

 昔流行ったゲルマニウムネックレスを大きくしたみたいな、銀色の四角い金属が連なった形状をしている。

 留め金で5つのパーツに分かれていて、一つが長め、他の四つがそこそこ。

 

 夏場で薄着なことを幸いにTシャツをめくりあげてお腹を露出させる。

 長い奴をウエストに回して留め金を付けると、あら不思議、身体に沿って縮まった。

 とたん、どんと身体が重く感じる。

 

 両手、両足首にも同じように填める。少し太めの銀のブレスレットのようでかっこいい。

 これも着けたとたんに身体に沿って縮小された。

 足首を曲げたり伸ばしたりしてみる。動きに合わせて腱が伸ばされて足首の太さが変わっても、全く違和感なくついている。

 

 これなら身体が成長しても、一緒に大きくなってくれるからずっと肌に密着して負荷をかけてくれるんだろう。さすが念具。魔法みたいだ。

 

 5つのパーツが揃ったことで、負荷が身体全体にかかるようになった。

 

「わあ、これどっちも凄いです。身体が重い」

 

「最初は辛いだろうが、できる限りこのまま過ごすように。修行も今までと同じだけ熟すのだよ。死にそうな相手に当たるまでは絶対外さぬように。

 ハンター試験もこれを付けたまま受けたまえ」

 

「え?」

 

「君ならできるだろう?」

 

「は、はい! 頑張ります」

 

「来年の試験を受けるつもりかい?」

 

「いえ、せめて10歳になってからと思ってます」

 来年はヒソカ祭りの可能性が高いからいきません。

 

「そうか。では再来年だな。期待しておこう」

 

「頑張ります!」

 

 お礼を言って、せめてものお返しにと、倉庫から博多で買った焼酎を出して渡した。

 

 別れ際、ハンターになったらまた仕事を頼むかもしれないと嬉しいお誘い。

 連絡先を交換して、彼女は颯爽と去っていった。

 

 

 物凄く男前な女性だった。

 かっこよかった。あんな大人になりたいと、そう思わせる女性だ。

 

 念能力者は年が読めない。

 外見的には二十歳そこそこに見えたけど、あの貫禄はその倍生きても出せるものじゃない。いったいいくつなんだろう。

 

 素敵な出会いだった。

 

 

 

 こういう念具はどこで手に入るんだろう。

 

 ちなみにうちの家にある排水やらトイレやら電気もみんな念具だ。これはマサドラのショップで売っている。

 どれもすごい効果があるから念具の素晴らしさは知っていたけど、マサドラには生活用品しか売ってない。

 

 こういうものを見るのは初めてだ。

 念自体が秘匿されているんだから、ハンターになってある程度実力を認められないと職人さんに紹介すらしてもらえないんだろうな。

 ほんと、来てよかったジャポン。

 素敵な先輩ハンターにも会えたし、めちゃくちゃ使える念具まで貰えたし。

 

 いい出会いに、感謝だ。

 

 

 

 

 ってことで。

 私はジャポン観光を続けよう。

 

 身体が重いけど、この重さは私の成長につながるものだ。なんか、そう考えると身体の重さもとっても楽しく感じられる。

 

 

 

 

 翌日、ガーデンで影分身を出す。

 念具もちゃんと複製された。今のところ複製できなかったのはGIの指輪だけだ。

 念を練り上げるのが難しく、影分身はとりあえず4体にした。

 影たちはガーデンで鍛錬。

 

 私は筋力アップのために、天空闘技場の近くを早朝ランニング。めちゃくちゃ疲れたぜ。

 でもね。“修行も今までと同じだけ熟すのだよ”って師匠に言われたんだからね。頑張るさ。

 

 体力づくりや、影分身を効率的に出す訓練は本体にしかできないことだから、これだけは私が毎日やっていることだ。

 あと夜中に“堅”でオーラを使い切って眠るのも。

 

 

 朝食を食べてガーデンからジャポンへ飛び、また旅を続ける。

 買い食いしたり、気になるものを買い漁ったり、本を買い占めたり、観光地を楽しんだりする毎日は今までになく自由で、楽しい。

 

 週に一度は天空闘技場へ行って戦闘勘を磨き、お金を稼ぐ。

 念具をつけての対戦はギリギリだったとだけ言っておこう。勝てたのは純粋に嬉しかった。

 

 ついでにカストロさんと会ってお互いに教えを乞う。

 

 あとはひたすらに旅を楽しんだ。

 

 観光地で知り合った同年代の子供と童心に帰って遊んだり、奈良で鹿と戯れたり、大阪でたこ焼きを食べ比べたり、迷子だと思われて保護されそうになったり、名古屋コーチンのお土産をメリーさんが唐揚げにしてくれたり、代々木公園で路上ライブをやって小銭を稼いだり、仙台で牛タンに感動したり、誘拐されそうになって身ぐるみ剥いで警察前に捨てて置いたり、バンドな男の子達とセッションしたり、北海道の夏の風の心地よさに虜になったり、海鮮丼に驚喜したり、毎日が新鮮な驚きに満ちていた。

 

 ポイント3は北海道に決めた。

 札幌か小樽で迷い、子供でも気持ちよく買い物させてくれた気っぷのいいおばちゃんがいた小樽に決定。市場が多くて楽しかったのもある。

 

 子供の一人旅では旅館にも泊まれず、レストランも格式の高い店は入れてくれないなど、いろいろ不都合はあったけど、楽しい日々だった。

 いい夏休みができました。

 

 

 




※国を跨ぐ飛行船は身分証がなければ乗れないんじゃないかと推測したのでこの設定
※ありがちですが、お便利な念具が登場しました


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ゲームを楽しもう

 

 

1997年 9月 9歳

 

 夏が終わり、9月に入る。

 気分転換できたことで、またモチベーションももりかえした。

 

 同じように家族たちも楽しい日々を過ごしたようだ。

 

 

 メリーさんは最近木の細工に夢中だ。

 ジャポンで買ってきたお土産の寄せ木細工の秘密箱に感動したらしい。

 

 初めて見たときの、メリーさんの驚愕の表情が忘れられない。

 夢中になって面を何度もスライドさせている姿が可愛らしかった。

 

 ラルクは影が修行する横にいつもいて、一緒に念修行している。

 最近ラルクが念修行に興味津々なのだ。もしかしたら念のできる猫になるかもしれない。

 

 

 私がガーデンにいなくても、私の影がいつも誰かしらここにいるから、メリーさんやラルクと離れている気にはならない。それが家族としては嬉しいかな。

 

 

 念具の負荷で重い身体にも慣れた。

 ずっと変わらず“重い”と感じるんだけど、これってすごいと思う。

 

 だって身体は成長しているんだよ。ランニングも同じ距離に対してかかる時間が徐々に減っている。筋力も体力も順調に成長しているってことだ。

 オーラも目に見えて増えている。

 

 なのに、ずっと一定の重さ。それだけ私の身体を察知した念具が負荷を調整しているってことでしょ?

 念具ってすごい。

 外した時にどれだけ身体が軽いか、楽しみだ。

 

 

 ……よく考えたら知らない念能力者のくれた念具をほいほい着けちゃうなんて、私ってすごくうかつだった?

 ディアーナさんのこと信じちゃったけど、よく考えたら初対面なのにだめだめだった。

 

 ハンターライセンスを見せてくれたけど、ハンターがみんないい人なんて都市伝説だ。だってヒソカやイルミだってハンターになれちゃうんだもんね。よく考えたらシャルナークだってハンターだ。うん。反省。

 

 いつまでたってもポンコツエリカでごめん、マジで。

 ディアーナさんがいい人でほんとよかった。

 

 

 っていうかさ。

 私って操作系の念に対する対策を何もしてないの。

 それも考えなきゃだね。

 

 でも“操作系の念をすべて打ち消す”ってすると、超一流ミュージシャンも消えちゃうかもしれないじゃん。

 この家の設備で使えないものも出てくる可能性があるし。

 『コインドック』や『記憶の兜』はだめだよね。かたき討ちの時、すごく便利遣いさせてもらった『ホルモンクッキー』も使えなくなる。

 もしかしたら『死者への往復葉書』も操作系かもしれん。

 

 オンオフできて、マイナス効果だけを打ち消す“発”なんてすごくメモリ喰うよね。いくら私が管理者に才能を貰っていたとしても、さすがにもうそこまでの能力は作れない。

 条件付けが物凄く難しい。

 制約もありすぎると役に立たないし。対処できた時のオーラ消費量をうんと増やすとか?

 

 どうすればいいかなあ。

 

 ……悩むことが多いなあ。

 

 

 

 

 

 旅行を終えて心機一転、やる気も満ちた。

 天空闘技場での戦いも、やっと150階層の壁を突破した。

 

 技巧の優れた武闘家が増えた。

 中には強烈な殺気を放ってくるような奴や、あからさまにこちらを壊すことを狙った嫌な攻撃をしてくるものもいて、精神的にも鍛えられる気がする。

 半面、体力馬鹿で力まかせなものもいるんだけど。

 

 ファイトマネーも順調に貰えていることが唯一の救いだ。

 お金の心配をせずにいろんな買い物ができるのって幸せだよね。

 

 

 『超一流ミュージシャン』能力も申し分ない。

 楽器は初めて触ったものでも少し練習すれば演奏できるようになるし、曲を作るのも詩を書くのも好きだ。心の奥底から歌が湧き上がってくる。

 歌を歌うと力が湧く。

 

 能力として“発”を作ったわけじゃないけど、想いを込めて演奏すれば、自分や相手の精神を揺さぶることもできる。

 嬉しい思い、楽しい思い、人を思う気持ち、恋するときめき、夢に向かう躍動感、仲間との絆。

 聴いてくれた人が幸せな気持ちになれるよう、想いをこめる。

 

 儲けとしては低いけど、公園で路上ライブをして小銭を貰うのはいい気分転換になる。

 お客さんからもらえる笑顔が、私に元気をくれる。

 

 音楽の才能を活かした“発”ならメモリは少なくて済むかも。これも要検討だ。

 

 

 

 

1997年 10月

 

 10月も半ばを過ぎた。

 今日も天空闘技場の近くの公園でカストロさんと落ち合った。

 

 カストロさんとの付き合いも、もう半年か。

 彼の念修行も順調だ。

 今月の天空闘技場の試合も危なげない試合運びで勝っていた。

 

 ほんと、順調だ。

 順調すぎて、ちょっと良くない感じもしている。

 

 カストロさんの持ち前のプライドがまたむくむくと顔を出してきたのだ。もうヒソカには負けない、とか言い出してちょっと焦った。

 

 カストロさんの“堅”修行のため、“堅”で防御する彼を“硬”で殴りつけている時にそんな話がでたから、思わず力が入ってマジで吹き飛ばしてしまった。

 

「私に吹き飛ばされているのに、ヒソカに勝てるとでも?

 カストロさんが修行に力を入れている間、ヒソカが寝ているとでも思ってるんですか? 一流の念能力者は修行を欠かしませんよ」

 

 純粋な体術だけであれば、私はカストロさんの足元にも及ばない。

 だけど、念ありの戦いをすれば、確実に私が勝つ。っていうか殺せる。

 

 

 もう。どうしてやろうか。

 

 ……うん。

 

 このまっすぐすぎる青年に、情が湧いてしまった。

 ヒソカに殺させるのはしのびない。

 

 それに、これは私にとってもチャンスかもしれない。

 もう一度、あの場所へ行くチャンスだ。

 

 

「カストロさん、これから半年くらい、仕事をしなくても生活はできますか?」

 

「え? ああ、今は修行のために特定の仕事はしていない。天空闘技場での賞金があるからとくに困ってはいないが?」

 

「私が念の修行をしていた場所があります。念修行には最適な空間です。よろしければ、カストロさんもどうですか?」

 

「そんな場所があるのかね?」

 

「ええ。ですが、条件があります」

 

「言ってくれ」

 

「そこへ行くことを秘密にすること。そこで行動することで得られる物品があるんですが、それを求めないこと。それから、楽しんで過ごすこと」

 

「よくわからないが、君は念の師匠だ。君の言葉に従おう」

 

「携帯が繋がらなくなりますが、大丈夫ですか?」

 

「知り合いにはあらかじめ言っておこう。天空闘技場の次の試合は1月だから、その時には一度ここへ戻ってきたいが構わないかね?」

 

「大丈夫です。では、カストロさんの準備が出来次第、向かいましょう。いつ頃になりそうですか?」

 

「そうだな。天空闘技場の部屋は維持できているし、知り合いに連絡をすませる程度か。

 いい修行場があるなら今すぐ行きたいところだが、準備もある。1週間は時間をくれないか。

 それはどこにあるんだね?」

 

「すみません。今は話せません。お連れする時に話します。それまで待ってください」

 

「そうか。今話せないのは、それだけの理由があるということだな」

 

「ええ。それも当日説明します。では、1週間後。きりのいいところで11月1日にまたここで会いましょう。ああ、手荷物は最小限で。貴重品は置いてきてくださいね。お金も向こうでは使えませんので小銭程度でいいです」

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

 11月1日朝。

 

 天空闘技場そばの公園で、カストロさんと落ち合う。

 

「おはようございます。カストロさん」

 

「おはよう。今日からよろしく頼む」

 

「よろしくお願いします。まずは移動しましょう。こちらへ」

 

 木陰へと誘う。

 男を木陰に誘う少女。事案だ。

 

 なんてことはなく。

 

「私の転移能力ですが、(ステップ)だけじゃなくて遠くへ飛べる(ジャンプ)もあるんです。これから行く場所へはそれでいきます」

 

 そう言ってカストロさんを抱き上げる。

 

「第二ポイント、ジャンプ」

 

 一瞬で、私達は隠れ家の中にいた。

 カーテンのかかった薄暗い部屋だ。

 

「ここは?」

 

「私の家です。パドキア共和国のどこかとだけ言っておきましょう。

 ずいぶん勿体付けてすみません。今から行く場所の説明をします」

 

「やっと教えてくれるのかな」

 

「ええ。どこにいくか説明します。私を信頼して黙ってついてきてくれたことを感謝します。

 こちらへ」

 

 ゲーム機のある部屋へ彼を促して入る。

 この日のためにロムカードも用意してある。

 

「このゲーム機を見てください。

 グリードアイランドというゲームをご存知でしょうか。念能力者のためのゲームで、今は一台百億ジェニーほどで取り引きされています。

 オークションでは数百億ジェニーもの値がつくほどの貴重品です。

 これ一つ持っていくだけで数百億が手に入ります。

 秘密にする必要があること、わかりますよね?」

 

「もちろんだ。それほどの品、あることを知れば欲しがるものもいるだろう。

 何も言わなかった理由がわかった。

 君はそんな貴重なものを、私にも使わせてくれるというのかね?」

 

「ええ。私はここで念を覚えました。

 ここでゲームを進めることにより、念を覚えたての初心者でも自然と強くなれるような環境が整っているんです。ただし、とても危険です。ゲームで死ねば、現実でも死にます」

 

「わかった。それくらいの危険、念修行のためなら当然だろう」

 

「では、行き方を説明しますね。このゲームに向かって“練”をすれば、ゲームスタートの場所へ飛びます。

 そこでGMがゲームについての簡単な説明をしてくれます。

 私は後から行きますから、扉を出た場所で動かずに待っていてください」

 

 ゲーム機には誰のロムカードも差されていない。

 カストロさんのためのロムカードを差し込む。どうぞと頷けば、彼はゲームの前に手を伸ばした。

 

「ああ。……では、行ってこよう。“練”」

 

 カストロさんがゲームに入り込む。

 私の分のロムカードを差し込む。「ルナ」ではない。新しいメモリだ。

 あれから4ヶ月。もう奴らも「ルナ」を探してはいないと思う。

 念のため、黒髪短髪のカツラを着けて男の子の服装に変え、帽子を深くかぶる。

 

 そろそろカストロさんのチュートリアルが終わったころか。

 

「“練”」

 

 私もゲームへログインした。

 

「グリードアイランドへようこそ……。

 ここではゲームの説明をいたします。まず登録する名前を教えてください」

 

「リッカでお願いします」

 

 エリカの偽名でリッカ。今回は男の子ルックでいくつもりだから、男性っぽくて女性でも使えそうな名前をチョイスしてみました。

 

「リッカ様ですね。では、ルールを説明いたします――」

 

 チュートリアルを聞いて小屋の外に出る。

 カストロさんが待っていた。

 

「お待たせしました。ようこそ、グリードアイランドへ」

 

 広い草原を見回すカストロさんが私を振り返る。変装にちょっと驚いたようだけど、それについては何も言わずここの感想を漏らした。

 

「これはすごいところだな。これが本当にゲームなのか?」

 

「実は、ゲームじゃないんです」

 

「……なんだと?」

 

「ここはGMが念の結界で囲った実在の場所です。ここで起きることはすべて本当に起きていることです。ここでの死は本当の死。

 ゲーム内では念で具現化されたいろんなものがあります。危険なモンスターも多いです。

 気を張っていきましょう」

 

「ああ……ずいぶん見られているな」

 

「ええ。最近とくにゲームが膠着していまして、プレイヤー狩りが増えているんです。ですからああやって離れて様子を見ている者が多いんです。ああいうタイプも、こちらが弱いと見れば襲ってきます。

 タチの悪い奴もいますからカストロさんも気を付けてくださいね」

 

 前に少し揉めたから今はこの変装なんだという事を話す。

 それから注意事項をいくつか。

 特にボマーのことは知っておいてもらわないとね。

 「ボマーについて説明してくるやつは要注意」なんて話しながら、アントキバの街まで走る。

 

 体力は私よりあるから何の問題もない。

 途中、モンスターに出会う。

 

「この辺りのモンスターは弱いです。念で具現化されたモンスター戦の登竜門ですね。もう応用技も一通りは熟せるようになってるんですから、お好きに戦ってください」

 

 もともと体術はプロだ。念ももう半年も修行している。今さらこの辺りのモンスターに手を焼くことなどない。

 

 何の問題もなく倒せたモンスターがカードになる。

 

「このカードを街で換金してそれが生活費になります。お金もカード化されたものしか使えません。あと数頭は倒さなきゃ今日の宿代になりませんね。頑張ってください」

 

 対人戦に慣れたカストロさんはモンスター戦はあまりやっていないのか、取り囲まれれば多少手間取っていた。

 お金になるものだから私も手を貸しながら数を集める。

 

「このゲームはこうやってカードを集め、それを換金してカードを買います。本来のプレイヤー同士の戦いはスペルカードを使って対戦するのが基本です。

 プレイヤー狩りはカードを使わず襲ってきて、脅かして無理やりバインダーを出させてカードを奪おうとします。GMはそういった迷惑行為を行うものを対処してくれませんから、こちらも戦うしかありません」

 

 そんな奴はこちらも身ぐるみ剥いでやればいい。

 

「いろんなクエストをクリアしていくと指定カードがもらえます。この指定カードを100枚すべて揃えるとゲームクリアです。

 それで、ですね。カストロさん」

 

 これが一番大事な話だ。

 

「ここに誘った時、“ここで行動することで得られる物品を求めない”って条件をつけたの、覚えていますか?」

 

「ああ。クリアを目指さないということかね?」

 

「はい。私は少し考えていることがあってクリアはしないと決めているんです」

 

 指定カードはガーデンや倉庫へそのまま持っていける。私はクリアする必要がないのだ。

 なのに、クリアの栄光まで私が奪っちゃだめだよ。

 そういうのはゴンやツェズゲラ達、まっとうなプレイヤーにまかせるべきだ。

 

「それに本気ですべてのカードを集めるなら、二人だけでは無理があります。時間も足りません。

 フラグを建てるのに大人数を必要とするものや、時間ばかりかかるお使いクエスト、恋愛ゲームやギャンブルなど、修行の妨げになるようなものもあるんです」

 

「私はここへ修行に来たのだから、クリア報酬に興味はないし構わないが」

 

「ありがとうございます。んで、そのうえでお願いです。私とゲームを楽しみませんか?」

 

「……ん?」

 

「私はずっとここにいたんですけど、修行していただけでカード集めなどはやっていなかったんです。

 ですが、私もここを楽しみたい。

 修行になるもの、余計な時間を喰わないものだけを選んで、カード集めもやってくれませんか」

 

 ヒソカ戦のための大事な時期のカストロさんの時間を無駄にできない。

 だけど、ここのカード集めは、念の習熟に効果的なものも多いのだ。

 

 それに。

 私はゲームらしきことは全くやってない。何しろ使ったのは擬態くらい。プレイヤーからは逃げ、カードは『大天使の息吹』と交換するためだけに集め。

 結局最後は大勢のプレイヤー狩りに追い立てられて逃げ出した。

 

 でもやはり私はここが好きだ。ここで生まれたんだもの。

 今度は純粋に楽しみたい。

 長年住まわせてくれたここへの、それが礼儀でもあるよね。

 それに、ここでできる修行もまだまだあるんだから。

 

 カストロさんといればそれができるんじゃないか。

 

「わかった。クリアは目指さないが、ある程度のカード集めは進める、ということでいいかい?」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

 意思統一がなされたことで、これからの基本スケジュールについて決めておく。

 

 早朝から体力作り。午前中は岩堀りや組手などの訓練。

 昼からはモンスター退治やカード集め。

 夕食前に解散。夜は自由。

 

 カストロさんも一人でやりたい修行もあるだろう。常に一緒にいる必要はない。

 

「ああ。私もそろそろ“発”の開発も進めていきたい。一人の時間も必要だろう」

 

 そんな話をしながらアントキバの街についた。

 店ですべてを換金して街を出る。

 

「この辺りのモンスターはもうじゅうぶんでしょう。これから次の街まで走っていきます。

 途中のモンスターはだんだん強くなっていきます。“凝”しないと弱点がわからないものや“絶”で草むらや岩陰に隠れているもの、皮が厚くて“硬”でなくては倒せないもの、“堅”がおろそかだと大怪我するような突進をかますものなど、いろいろいますからね。“凝”は怠るな、ですよ」

 

「わかった」

 

 強い敵がでるよ、と言ったとたんにカストロさんのスイッチが入った。

 根っからの武闘家だなあ。

 

 

 

 どうせだから通り道の『奇運アレキサンドライト』取得イベントだけやっておこうかな。

 

 私も前の時は済ませた。

 ここはランニングコースだったからあれをやっておかないと何度も物乞いされてちょっとうるさかったから。

 今回は新しいプレイヤーで指定カードも持っていない。また物乞いされるだろうけど、同行者の誰かがやっていれば寄ってこない。

 ここは彼に任せよう。

 

 機嫌よくモンスターを吹っ飛ばしてカードにしていくカストロさんに声をかけて、手元にあるカードを私が預かる。石ころとか値の安いモンスターカードなんかをカストロさんに持たせて、ついでに着ている服や持ち物も預かっておく。

 

「山賊に話しかけられたら欲しがるものはみんなあげちゃってくださいね。ではいってらっしゃい」

 

 

 時間を見て、(ステップ)を駆使して通り過ぎる。

 先行したカストロさんと落ち合うとズボンだけになってた。鍛え上げられた美しい筋肉を晒している。眼福です。

 見事に身ぐるみ剥がされたようだ。

 

「お疲れさまでした。あとでまたここにくればイベントが始まります」

 

 『聖騎士の首飾り』は倉庫に入ってるんだけど、それを出すわけにいかないから、もう一度首飾り取得から始めなきゃだ。

 イベントの流れを説明しながら預かっていた上着や荷物を渡す。

 

 これは簡単なイベントだけど、指定カード集めがどういうものか、サワリはわかったかな。

 

 その後またモンスターを倒しながら走る。

 マサドラについたのは昼を大幅に回ったころだった。

 走るのは問題なかったんだけどね。

 モンスター狩りが楽しかったみたいだ。

 

 

 マサドラの街でカードを換金し、ついでに二人分のトロッコとスコップを買う。

 宿をカストロさん用に一部屋押さえてから昼食。

 美味しくて量の多い食堂へ連れていった。

 

「さあ、今日からの修行とカード収集の日々、楽しみましょうね!」

 

「ああ!」

 

 

 



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ゲームを楽しもう2

 

 

1997年 12月 まだ9歳

 

 カストロさんと一緒にゲームを始めて、ひと月たった。

 

 

 私はマサドラ近くにポイント4を設置して夜はガーデン。早朝にマサドラまでカストロさんを迎えに行く。

 

 早朝のマサドラ、アントキバ間ランニングから始まり。

 朝食後は岩石地帯で岩掘りの修行。

 

 ここは“周”の習熟にちょうどいい。岩掘りは全身の筋肉をバランスよく使うし、モンスターが襲ってくるから“円”や“凝”は欠かせないし。

 素晴らしい修行場所だ。

 

 念修行経験まだ半年のカストロさんはオーラが尽きるのも早い。

 “絶”で身体を休めてまた岩掘り。

 

 その後組み手。“堅”と“硬”、“流”の修行。攻防力を超高速で移動させて戦うのが理想だ。

 

 

 原作どおりヒソカ戦を再来年の春と考えるなら、来年前半には“発”を完成させておかなくちゃいけない。

 それに念能力者との戦いの経験も必要だ。

 “発”は千差万別。

 対戦相手の系統や攻撃方法を戦いながら見抜いて対処したり、“隠”や“流”を効果的に使う、念能力者ならではの駆け引きを身につけなくては、とてもじゃないがヒソカには対抗できない。

 

 GIのプレイヤーで強い奴と対戦ができればいいんだけど。

 強いと言われて思い浮かぶのはゲンスルーだ。たぶんダントツで強い。でもこれは論外。ボマーだもん。

 

 ビスケはまだ来ていない。ツェズゲラはもういるのかな?

 ゴリラの、なんだっけ? ゴレイヌだ。彼はゴン達と一緒の選考会でGIに来たから彼もまだか。

 

 ゲンスルーがいい奴なら修行相手に最適なんだけどな。

 

 やっぱりここを出るのを遅くとも半年後、その後は修行しながら天空闘技場の試合で念能力者との戦闘経験を積んでもらって。

 うん。原作よりはレベルが上がっているはず。“発”も原作みたいな無駄な能力は作らないだろう。“制約”や“誓約”についてもちゃんと理解しただろうし。

 大丈夫だと思おう。

 

 

 ホームには一度影を送ってみた。直接ホームへジャンプさせるのは危険だからマサドラから走ってもらう。

 中には誰もおらず、ぐしゃぐしゃに壊されたテントや椅子、食器が散乱したままだった。

 でも一度知られた拠点はもう使うわけにはいかない。何かを仕込まれているかもしれないからテントの残骸にも触れずそのまま帰ってきた。

 

 お父さん達が整えたいい隠れ家だったのに。……悔しいけど、諦めるしかない。

 私の、弱さを実感した。

 

 

 『名簿』が手に入った時に使わせてもらって『大天使の息吹』を調べた。3枚とも取得済みとなっていて、原作通りハメ組が手に入れているんだろうと思う。

 私を襲ったのはハメ組だったのかな。もうどうでもいいけど。

 もう「ルナ」を探している者はいないだろう。

 

 

 そんなことを考えながら修行を重ね、カード集めも並行している。

 

 カストロさんとここに来た当初はプレイヤーとのカードバトルもやってみた。

 まだカード自体それほど持っていないから取られて悲しいものもないし、一度くらい経験しておこうかと。

 カードバトルに慣れておらず、スペルカードもほとんど持っていない私達だ。けちょんけちょんにやられた。

 バインダーの中身が石ころだらけになってカストロさんが憤慨していた。

 

 

 もちろん、指定カードを集めはじめてからはカードバトルなんてすっぱりやめたよ。

 実際、仕掛けてくる側は自分達は『聖水』や『暗幕』なんかで守っていたり、石ころやカスモンスターカードでフリーポケットを埋めていて、純粋に勝負を楽しむような相手じゃない。

 

 だからプレイヤーが攻撃を仕掛けてきたら半径20mから急いで飛びのいて距離を取り、逃げながら小石を投げて威嚇したりして追い払っている。

 

 ただし、プレイヤー狩りがくれば戦う。

 ゲンスルークラスの奴は滅多にいないから余裕だ。カストロさんの対念能力者の戦闘訓練に多少貢献してもらえた。

 そして問答無用でカードをすべて奪う。

 私達のカードは増え(ほとんどカスばかりだけどたまにアタリを持っている奴がいるんだよ)、カストロさんの経験値にもなる。カモだね。

 

 その後は、カストロさんが威圧バリバリで散々脅しておく。

 殺すつもりはないから解放するしかない。捕まえてもGMが対処してくれるわけじゃないんだもん。

 「二度とやるな」と脅すしかないよね。

 

 

 

 

 モンスター退治も、指定カード集めも、やりだしたら結構楽しい。

 

 お母さんと一緒だった頃は私が弱すぎた。

 一人の時は気持ち的にも余裕がなかった。

 

 

 今は純粋に楽しんでいる。

 カストロさんは話しやすいし、楽しい。

 

 熱くなるタイプだから、クエストの悪役NPCに本気でキレて、「貴様に人の心はないのか、このゲスめ!」とか叫んだり、キングホワイトオオクワガタを採った時に少年のような笑顔を浮かべたり、彼もじゅうぶん楽しんでいる。

 

 クエストもやってみると、適正な実力が伴ってさえいれば楽しめる要素がふんだんに盛り込まれていて、「ゲームを楽しんでほしい」というジンの言葉がよくわかる。

 

 日々修行とカード集めをして過ごすと、自然と念能力への理解と習熟が深まっていった。

 カストロさんに毎日教わることで体術の技術も飛躍的に伸びた。

 

 郡狼戦でわざと長を倒さず、狼おかわりマシマシエンドレスコースを楽しんだり、タイムアタックで撃破数を競ったり、そんな遊びもやってみた。

 

 

 カストロさんの修行の方も順調だと思う。

 “発”についても考えがまとまりつつあるようで、充実した表情を浮かべていることがある。

 あんまり自信持ちすぎたらまた驕り高ぶって失敗しそうだから、時々いさめている。

 

 なんだか年の離れた兄のように面倒をみてしまう。「君は私のおかんか」と言われることもしばしばだ。

 

 

 

 

1998年 1月 まだ9歳

 

 年が明けた。

 

 カストロさんの天空闘技場の試合のためにいったん外に出た。

 港までの道を余裕で進み、所長を倒して外へ。

 

 私も観戦のため一緒にログアウト。スペルカードはすべて売り払い、お金カードは倉庫へしまう。

 以前のようにスペルカードのためにログイン状態を維持しなくていいのは心情的に凄く楽だ。

 

 家から(ジャンプ)で天空闘技場へ向かって試合を申し込む。翌々日には試合があり、これも余裕で勝利していた。

 カストロさんは久しぶりの外だから2,3日休暇ということでわかれ、私も買い物やもろもろの作業をして過ごした。

 

 情報収集のために隠れ家に詰めている影がネットで、「今年のハンター試験は合格者なし」のニュースを見た。

 

 ヒソカだ。ということは、やはり来年? 来年がゴン達の受ける試験ってことだよね?

 うん。

 私も受けよう。

 

 あと1年だ。1年でどこまで成長できるか。

 影分身がある。人よりはずっと有利なはず。

 

 まだ1年先の話だけど、12月になったら忘れずに試験の申し込みをしなくては。

 

 

 

 

1998年 4月 まだまだ9歳

 

 半年の修行を終え、カストロさんとグリードアイランドの外へ出る。

 想像していた以上に楽しくて、想像していた以上に実入りのある、充実した半年だった。

 

 

「カストロさん、ありがとうございました。カストロさんのおかげで楽しく過ごせましたし、いい修行になりました。

 それに集めた指定カードももらっちゃって、もうしわけないです」

 

「いやいや、もともと“ここで得られるものは求めない”が約束だったからね。それにログアウトする私にはもう必要のないものだ。

 私のほうこそ、君が誘ってくれなければここにはこれなかった。

 いい体験ができたと思う。まずは上々の成果だろう」

 

「そうですね。今月も天空闘技場の試合ですね」

 

「ああ。それが終わればじっくり“発”を完成させるつもりだ。しばらくそれに専念したい。手ごたえを感じているんだ。ぜひともこれを完成させたい」

 

「くれぐれも、」

 

「得意系統で、だろう? わかっているよ。君には世話になった。礼を言おう」

 

「わたしもです。ありがとうございました」

 

「奴との戦いは、見てくれるかい?」

 

「もちろんですとも。試合決まったら連絡くださいね」

 

「ああ、必ず」

 

 天空闘技場近くの公園で、雑踏の中へ消えていくカストロさんの背中を見送る。

 

 二十代の青年と9歳の少女。

 見た目にちくはぐな二人は、それでも対等な相手だった。

 

 彼に、情も湧いた。

 ヒソカに殺されてほしくない。

 

 でも、彼は、系統を知らずに“発”を作ったあの原作の彼じゃない。強化系の彼の能力に見合った強い“発”を作ると思う。

 だけど彼はまだ念に目覚めて2年。伸びしろは、まだある。

 ヒソカはきっと“おもちゃ”の成長を喜び、もう少し先まで見てみたいと思うはず。

 

 彼がヒソカに勝つのは残念ながら望み薄だけど、この試合で殺されることはない。……と、思いたい。

 頼むよヒソカ。

 「美味しそうすぎて、つい壊しちゃった♥」とか言わないでよ、ほんと。

 

 

 ……彼は戦いたがっている。覚悟もしっかり持っている。

 殺されるかもしれないから戦うのはやめようなんて、武闘家に言っていいセリフじゃないよね。

 

 

 ――原作みたいに、今後の成長が見込めないと思われたら興味を失い殺される。

 

 ――強かったら楽しんで殺される。

 

 

 強いけど、あとでもっと美味しくなるから待つよ。って位置をキープしないと。

 んで、他の“おもちゃ”にヒソカの興味が移るのを待つ。

 

 

 たとえばクロロとか?

 ヒソカとクロロって戦ったのかなあ。私が知っている原作では、クロロの除念がまだだったし。GIから除念師が出ていくところまでは知ってる。あのあと、約束だから戦ったのかなあ。

 どっちが勝ったんだろう……

 

 

 まあいいや。カストロさんのことは、もう私にできることは全部やったもん。

 ……頑張って欲しいな。

 

 

 

 

 

 ちなみに、今回、指定カードの要らないものとスペルカードはすべて売り、お金や物品は倉庫へ入れてログアウトした。

 カストロさんのデータはログアウト時にロムカードを抜いて削除。このゲーム機はのちのちゴン達を誘うつもりだから、スロットは空けておかなきゃだもん。

 

 その後私はまたログインして、今はアルケアという街の宿屋に長期宿泊の状態だ。こじんまりと小さな街で宿代も安く、プレイヤーの数も少ない街だ。

 

 長期連泊してもそれほどお金がかからないし、必要な指定カードは倉庫へしまっている「リッカ」のバインダーは、プレイヤー狩りが襲ってくるほどの収集量はない。

 それにここに滞在する影はほとんど部屋から出ないから安全だ。

 部屋にホームだったポイント1を設置して、毎日影がここで待機してくれている。

 

 ロムカードを抜けばもうバインダーは使えない。バッテラさんとやり取りするためにはプレイヤーであると思わせなきゃだめなんだもん。

 

 だからせめてバッテラさんとの交渉が終わるまではプレイヤーでいようと思っている。

 

 

 それにここでなくては買えないものもあるしね。

 マサドラにはうちの屋敷に使っているような、トイレや排水や照明など、便利な生活用品念具が多いのだ。

 ガーデンでまた建物を建てる時に使えるもの。今あるお金で買えるものは買い漁った。

 

 グリードアイランドの中は念能力者が修行しやすい環境が整っているから。ここは当面残しておくべきなんだよね。

 

 

 

 



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ハンター試験に向けて

 

 

1998年 4月 まだ9歳

 

 さあ。

 思いのほか楽しくて実入りのあった半年を過ごした。

 次の目標は、ハンター試験だ。

 

 来年に向けて、ハンター試験を見据えた修行が必要だよね。

 

 6時間以上のランニングをさせられたり、飛行船から山に飛び降りて卵を取ってきたり、危険なしかけいっぱいの塔を攻略したり。

 けっこう大変なんだよね、あの試験。

 

 

 ランニングの時間を長くしよう。

 地下道を走る間だれも脱落者が出てなくてレオリオが実力不足を実感するって描写があったから、たぶん走る速さはそれほどじゃない。んで、それを延々ってこと。

 体力はあるからまったく問題ないはずなんだけど。

 

 ヒソカやイルミみたいな危険人物もいるんだし、気を抜いちゃいけないのがつらいところだ。どちらかというと体力より気力の勝負だ。

 

 

 2次の料理。

 丸焼きするんだよね、確か。

 

 私ってGI育ちだから本物の生き物を殺して内臓処理する手順を知らない。食べ物もなにもみんなカードだったんだもん。

 

 殺すことは多分問題ない。すでに4人殺している私に、いまさら“生き物の命が……”なんて葛藤はない。

 ただ、GIのモンスターは血がでなかったもんね。

 

 返り血を極力受けないように攻撃する方法も、食料とするために状態のいい死体にする方法も、血抜きの仕方も解体の仕方もしらない。

 

 仕留める時も注意が必要だよね。

 内臓を痛めると糞尿とか漏れ出して肉がダメになるだろう。それに一番美味しい部位をそうと知らずに吹き飛ばしちゃったらだめだし。

 

 戦い自体も不安だ。

 攻撃して血がどばっと飛び散ったら目に入れば戦いにくいし、なにより(ステップ)に差し障る。私にとって視界を確保するのは生命線なんだ。

 

 それに血のりって結構ぬるぬるしているから動きづらいかも。足元が滑って転ぶかもしれない。

 そうだ。

 武器の手入れの方法も知らないや。

 

 わあ、知らないこといっぱいだ。

 やばい。2次が一番の難関かも。

 

 早めに気付いてよかった。

 大丈夫。まだ時間はある。

 ハンターになればサバイバルな生活が必要になることもあるだろうし、早めに覚えておいたほうがいいよね。

 これからの人生でも、転生先でも、きっと役に立つしさ。

 

 

 まず狩猟と処理の練習だ。

 このHUNTER×HUNTERの世界は、英里佳だった頃の日本と変わらないほど文化的科学的に発展している。

 だけど都会を離れると自然はまだまだ多い。

 野生動物や、GIにいたモンスターみたいな凶暴な野獣もたくさんいる。魔獣だっている世界だ。

 そういう場所へ行って狩りの練習をしてこよう。

 

 

 えっと。続きね。

 

 寿司はおいておいて。飛行船から山に飛び降りるやつ。あれもまあ問題ないかな。

 山から地面に飛び降りる練習くらいしておく?

 地面を痛めず着地する練習。

 

 

 3次の塔攻略。

 建物の中は(ステップ)の逃げ場が少ない。私にとって苦手なフィールドだ。

 

 でもさ。ゴンが壁をぶち破ってたよね。

 念能力者じゃなかったゴンが破壊できる壁でしょ? 私なら大丈夫だ。いざとなれば下に下に床を抜いておりていけばいいか。

 それか新人潰しの彼を追い出してゴン達といっしょに行くか。

 

 そうだ。塔の屋上に降りたときにまず中継地点ポイントを設置しておいて。

 塔の中で危険を感じれば屋上に戻ればいい。あとは地面を見て(ステップ)。これでおしまい。

 

 転移は便利すぎるから、試験官に「このあとの試験では使用禁止」くらい言われる可能性はある。

 ほんとうは最終テストの対戦でステップを使いたかったんだけど、無理することはないもんね。

 

 

 4次。無人島でのサバイバル。

 これは簡単。ネームプレートは弱い奴三人から取ればいい。

 プレートを取ればあとは時間いっぱいまでガーデンにいれば問題ない。

 

 ……もし3次でステップを見せたことで転移を使用禁止にされたら、ここでガーデンに入るわけにいかないよね。そうなれば我慢してサバイバルか。

 これも慣れてない。やったことないもん。

 私、5時以降家の外にでたことありません。野営なんて言わずもがな。

 GI内の宿屋はノーカンね。

 

 アウトドアも経験しておくか。狩猟の修行と一緒に体験できそう。

 

 

 5次の対戦。これも、まあ勝てる。ステップを使えなくても、相手によっては勝てる。

 その頃のゴンやキルアならきっと勝てるし、他の相手も……ハンゾーは体術に長けてるから念なしでは難しいか。

 ヒソカやイルミと当たったら……あきらめよう。

 でもさ。原作どおりならキルア一人が失格になってくれるから、普通にしていれば合格はできるはず。

 

 

 

 

 あと、これが最大の問題。

 まだ誰にもあってないけど、他の転生者がいるかもしれない。

 

 転生者ならきっとこの試験に合わせて受験しようと考える人が多いと思うんだ。

 危険だけど内容を知っているんだもん。

 それに原作主人公達に出会って仲良くなれるチャンスだし。試験は原作介入にいいタイミングなんだよね。

 ゴン達はここから飛躍的に成長していく。ついていけば一緒に強くなれそうだし。

 原作キャラと恋愛できるかもだし。

 

 原作にいなかった私みたいな子供がいれば確実に目立つ。オリ主やりたい奴なら襲ってくる可能性もある。どんな固有スキルを持っているかわからない奴だ。要注意だよ。

 

 怪しい奴がいればモブに紛れて静かにしていよう。ゴン達には極力接触しない方向で。

 ゴンと知り合いたいけど、でも転生者を敵に回してまで仲良くなりたいわけじゃないもん。

 

 

 私ってだいぶ修行が進んでいると思うんだ。

 たしかに天才なゴン達と体術の修行を一緒にさせてもらうのは勉強になるだろうけど、でも、それだけだ。

 グリードアイランドはカストロさんのおかげで楽しめたし。

 

 最初はゴン達と友達になってグリードアイランド編からついてまわりたいって考えてた。

 でも、いろいろ経験してきて、その想いはもうない。

 

 ハンター試験後バッテラさんの恋人を治して報酬をもらえば、もう原作に関わらなくてもいいんだよね。

 

 だから試験でゴンと友達になってグリードアイランドの話を少ししておいて。

 クジラ島でゴンがゲームの存在を知ったときに私に連絡してくれれば、ゴンにゲーム機を譲ればいい。

 あとは、好きに生きよう。

 

 

 

 よし!

 だいたい決まったな。

 

 スローペース長時間マラソンになれること。

 

 つぎに、野生動物の倒し方、血抜きや解体の練習。返り血を受けない倒し方も覚えなきゃ。

 

 焼くんだから火の用意も必要か。火起こしって木の枝を擦って付けるの? マッチ持って行っていいんだよね?

 薪とかも用意しておいた方がいいね。

 

 

 がんばろう。

 

 

 

 

 

 

 と、考えたものの……

 狩猟のほうはどうやっていいかわからない。

 普通に山に登って野生動物を殺してさ、その動物が保護されているとか、その場所が禁猟区だとかだったら困るじゃん。

 

 

 とにかくできるところからと、修行を続けつつ、ランニングは始めた。

 ゆっくり長くってやつ。でも飽きた。だめだこれ。

 6時間走っても息も切れない。何の修行にもならないのに時間がかかりすぎる。これはヤメ。

 

 

 サバイバル生活を始めると動けなくなるだろうから、その前にしっかりお金を稼いでおこうと、天空闘技場へはよく足を運ぶようになった。

 

 

 

 半年のカストロさんとのGI生活は、確実に私を強くしてくれた。

 

 時間を置いたためにまた1階から始めることになったけど、今度は順調に勝ち上がり、あっという間に190階へ到達した。

 

 今は(本当なら)負け知らずだ。200階に行くとファイトマネーがもらえなくなるから、わざと負けて190あたりをウロウロしているけど。

 200階層へ行くつもりは全然、ない。

 

 いろいろ買ったために減ったお金をこのふた月ほどで取り戻し、誕生日が近付く頃には持ち金は30億ほどになった。

 そろそろここも終了でいいかもしれない。

 

 天空闘技場のシステムは一度失格になればまた1階から始めることになり、その後またもう一度失格になればもう登録すらさせてもらえなくなる。

 ここでやめるともう次からはこんな安定したお金儲けの場所がなくなってしまう。

 そう考えるともったいなくて、次の行動に移すまではここで儲けさせてもらおうと思っている。

 

 

 

 

 

1998年 6月 10歳

 

 誕生日を迎え、私は10歳になった。

 やっと、やっと二桁になったぜ。まだまだ子供だけどさ。日本なら小学四年生あたり?

 今年のガーデンでの誕生日会は、私の演奏もあってすごくにぎやかになった。

 影も含めたカルテットの演奏会はメリーさんやラルクにも楽しんでもらえた。

 

 

 私の生活はあれからすごく変わった。もう、劇的に。

 

 

 朝目覚めるとガーデンへ入り、影を数体呼び出す。

 影達は担当にわかれてそれぞれジャンプして移動したり、ガーデン内で修行したりしはじめる。

 

 指輪管理担当の影はGIの宿へ。情報収集担当は隠れ家に行って、そこでパソコンを使う。

 楽器の演奏や、戦闘ビデオを見て研究したり、いろんな情報をまとめたりするものはガーデン内。

 

 私は新しい修行場に通っている。

 今はほとんどの時間をここで過ごしている。朝晩に数十分ずつガーデンへ行き、家族と会ったり、影を吸収してまた新しく出したり。そういったもろもろの他はそこに寝泊まりだ。

 そう、外泊しているのだよ、私は。

 それもアウトドア真っ盛りなところで。

 

 

 

「師匠、薪割り終わりました!」

 

「じゃあ次は水汲みな。あとお前の師匠じゃねえから。俺の師匠だから」

 

「はいはい。じゃあ水汲み行ってきます!」

 

「ステップ使うなよ」

 

「わかってますよ、小姑ですね、ダン」

 

「うっせーよ。さっさと行け」

 

「はいはい」

 

「はいは一回」

 

「はーい、はい」

 

「ムカつく!」

 

 

 

 アウトドアでサバイバルしながら狩猟の修行をしたい。

 けど、どうやればいいのか、とっかかりすらわからない。

 

 悩んだ私は、前にジャポンで知り合ったディアーナ師匠に相談した。

 ハンターになったらアウトドア生活も必要だと思うがまったく無知だから勉強したい。狩猟生活にいい場所はないかって。

 

 師匠は、ちょうど今遺跡調査のためにテント生活をしているから、よかったらこっちにこないかい? って誘ってくれたのだ。

 もちろん二つ返事でお願いした。

 

 GIの港経由で指定された港へ飛び、出迎えてくれた師匠に促されるまま調査団がチャーターしている飛行船に乗って、海を越えた別の大陸にあるキャンプ地へ連れていってもらった。

 

 着いたところは、その国の重要自然保護区で“カンチョリ自然公園”という場所らしい。

 まるでサバンナみたいな場所だった。

 

 そして、ここでテント生活をしながらサバイバルの基本から狩猟の仕方までいろいろなことを教わっている。

 師匠はほとんど遺跡にいるか調査団の人との話し合い、テントの中にいても調べ物に没頭していて、私の相手をしてくれるのは師匠の弟子、ダン君だ。

 私より3歳年上の13歳。

 

 覚えているかな、私に師匠がくれた念具。

 これってもともと“弟子に渡すために作らせた”って言ってたものを私が先にもらったわけだよ。

 

 はじめて紹介された時に師匠がそれをぽろっと漏らしたから、彼がすっかり拗ねて。

 もちろんもうそんなのは1年も前の話だから、彼も今では私のものと同じ念具を付けている。

 

 でも当時9歳の一度会っただけの他人に先を越されたというのは悔しかったらしい。こんな貴重な念具を渡すということは、師匠がそれだけ私の実力を認めたってことだから。

 

 それに正式に弟子入りしているわけじゃないのに、私が「師匠」と呼ぶのが気に入らない。

 私にはお母さんやカストロさんという師匠がいた。だからディアーナ師匠は門下にいれるつもりはない。だけど今回教わる間は師匠と呼びなさいと言ってくれたわけだ。

 

 なんていうのかな。お母さんを取られたくない子供のようで、彼の嫉妬がちょっとこそばゆい気がして、あんまり腹もたたない。

 それに、文句を言いつつも、ちゃんと説明はしてくれるし、理不尽な意地悪はされたことがない。

 割り振られる仕事も私の修行になることだけだ。

 世話好きで性格もいい。

 最初のわだかまりが消えると、すぐに私達は仲良くなった。

 

 今は、私も遠慮なく言い合える相手ができて、すごく毎日が楽しい。なにげにエリカたん初めての同年代のお友達だ。あ、友達第一号はカストロさんだ。年上だけど。

 

 

 

 

 水汲みの仕事は、私の身長よりも大きな甕を満タンにまで貯めること。みんなの飲用水だから大事な仕事だ。

 

 キャンプ地はこの調査のために作られたスペースで井戸はない。

 数キロ離れた場所に保護区管理センターという建物があって、そこにある井戸から水を貰っている。

 

 井戸につくと釣瓶を落として引き上げる。水汲みってけっこうな重労働なんだよね。

 水桶いっぱいに水を入れて両手にそれぞれ下げ、走って戻る。

 

 走り方が悪ければ水がこぼれて、キャンプ地についた時には半分ほどになってしまう。

 そうすると何度も水汲みにいかなきゃだめで、上手に水をこぼさず戻れたらそれだけ水汲みの回数は減る。

 

 だけど溢さないよう慎重に歩きすぎれば1回の往復にかかる時間が延びる。

 

 走る速さと水汲みに往復する回数。どちらも大事ってわけね。

 一滴も水を溢さず素早く持ってこれればそれだけ仕事は早く済む。

 

 最初、6時間かかりました。7年選手の念能力者がこの体たらく。

 今はやっとコツを掴んで3時間切ったところ。すごく体幹が鍛えられたと思う。バランス感覚も鋭くなった。今までの修行とはまた違った部分が鍛えられている。

 でもダンはもう1時間でできる。ちくしょう。今に追い抜いてやる。

 

「お? 早くなったなあ、やるじゃねえか、エリカ」

 

「うん。やっとペースが上がってきた。これからだね」

 

「昼食ったらすぐ出るぞ」

 

「あ、うん。わかった」

 

 まだ私が水汲みに時間がかかっちゃうから、お昼の準備は免除してもらっている。

 ……ついでに言うなら、お昼にかかっちゃって昼食用に水がずずっと取られるから余計に時間がかかっているってのもあるんだよね。

 

 テントに用意してくれたお昼をありがたく食べた。うん。自然の中で食べる料理は美味しい。

 

 少し休んで立ち上がる。今から猟にいくのだ。気合が入る。

 壁に掛かった大きなリュックを手にとり、準備する。あ、そうだ。これ見てもらおう。

 

「ダン、昨日手入れした解体用ナイフ、見てくれる?」

 

「ん、貸してみ……まだちょっと甘いな。ほら、見てみろ、このあたり、ちょっと曇ってんだろ?」

 

「あ、ほんとだ。もう、今度は自信あったのになあ」

 

 GIでは武器を使ったことがなかったからね。体術の修行もモンスター退治もみんな素手だった。

 武器といえばあいつらを殺した時につかったスコップくらいか。

 あと岩掘りにも使うから、私の一番慣れた武器ってことになる。スコップさまさまだ。

 

 ここでも倒すのは素手だけど、捌くのにナイフがいるから、それの手入れ方法を教わっているんだ。

 解体に使うナイフは動物の脂ですぐに切れなくなる。マメで丁寧な手入れが必須なのだ。

 だいぶうまくなったつもりでも、まだまだだ。先は長い。ほんと。

 

「今日はこのまんまでいいだろ。行くぞ」

 

「うん」

 

「じゃあ行ってきます、師匠」

「行ってきます、師匠」

 

 返事はない、ただのしかばねの……じゃなくて。没頭しちゃうと声も聞こえなくなるんだよ。師匠って。

 でも「隙あり!」って殴りかかると没頭したまま殴り返される。理不尽。

 まあほっておいても危険はないから、私達はそのままテントを後にした。これから昼の猟の時間だ。

 

 

 

 

 



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狩人×狩人

 

 

 さて。狩りの時間である。

 

 

 キャンプ地は保護区側が指定した場所に設置されている。

 柵で囲って十数個のテントが立ち並んでいる。ディアーナ師匠とその一行のもの。

 

 このあたりは猛獣や魔獣が跋扈する危険地帯だ。

 国が“重要自然保護区”としている土地だから、ここの生き物は自然環境ごと国が大事に守っている。

 私達が勝手に狩りをしては駄目なわけだよ。

 

 だけど、ずっと守るだけでは数が増えてしまう。

 保護はしたいけど増えすぎても困る。だから適当な数までなら間引いてくれても構わない。

 もともと環境保全のために係員が定期的に間引きはしているのだから、その危険な作業を代わってくれるなら向こうからしても大歓迎なわけ。

 

 だけど特定の種だけを減らしすぎてバランスを崩してはだめ。

 ということで、キャンプ地に保護区管理センターの係員が常駐して、狩りをしていい場所と種類と数を指定される。

 

 肉はこのキャンプのみんなで食べるけど、毛皮や角など、外に卸せるものは係員が買い取ってくれる。ってか、係員以外に売ったらダメ。持ち出しも禁止。

 ここの生き物の素材は厳重に管理されているんだ。

 

 たまに密猟者が忍び込んでくることがあるらしいけど、そういう奴には厳しい罰則がある。私達にも、怪しい奴がいれば捕まえてほしいと言われている。

 

 

 他の日用品や食品は外へ注文して取り寄せていて、飛行船が街へ定期的に取りにいく。私が乗ってきたのもその定期便ね。

 

 

 ディアーナ師匠達が調べている遺跡はこの奥にあるらしいんだけど、私はそこはノータッチだ。

 ハンターにとって自分達がハントするものの情報は命だもの。容易く教えてはくれない。ここだって、チャーター機で移動したから正確な場所なんてわからない。

 どこの国なのかすら聞いてない。

 

 実はその国でも、ここの保護区自体、正確な位置を公表していないんだそうだ。

 奥地に幻獣のものすごく珍しいのがいるらしくて、国が本当に守りたいのはその幻獣。それが暮らしている環境を崩さないために、この辺り一帯が保護区に指定されているんだとか。

 調査団は国からの要請で来ているからここへ入れたけど、普通の人はここの存在すら知らない。

 

 あ、だから、私の(ジャンプ)のことは絶対に話しちゃだめだって言われている。遠くからこの自然保護区に直接行き来できちゃうなんて国からしたら言語道断なんだ。

 知られたら保護区の偉い人に問答無用で拘束されちゃう。国の重要保護区なんだから。

 

 

 だから私が毎日朝晩家に帰っているのは私と師匠とダンだけの秘密だ。

 (なんで毎日帰るのかは“まだ小さい子猫の世話がある”とごまかしている)

 組手の時に(ステップ)は見せているけど、5メートル以上絶対飛ぶなと厳命されている。

 

 なかなかヤヤコシイところにきてしまった。

 

 私が物語の主人公なら、興味本位なり必要にかられてなりで奥地に入って幻獣と出会って仲良くなったり、調査団の誰もわからない遺跡のヒントを見つけたり、なにかのストーリーが始まるんだろう。

 でも、私は奥地にはいかないし、師匠達が隠していることに首を突っ込むつもりもない。

 微妙にバッドエンドっぽいフラグが立ちそうな(ジャンプ)についても、絶対見せるつもりもない。そう言うのはもうノーサンキューです。

 

 日常なんてそんなもんだ。

 

 

 

 

 

「石頭の数が増えているから、そろそろ狩っていいって言われてるんだ。今日はそいつを狙う」

 

「お。いいね。サーロインステーキだね」

 

 石頭ってのはあだ名で、本当は“カンチョリ大角牛”っていう種類の大きな牛だ。

 普通の個体で3トンくらいある。ボスはもっと大きい。

 獰猛で、オスはドリルみたいにごつい角が生えている。あだ名のとおり、頭が石みたいに硬い。

 縄張り争いのときに互いにおでこをぶつけ合って戦うんだって。

 

 身体が大きく頑丈で足が速くて獰猛で集団で襲ってくる。草食なんだけどテリトリーを侵すものを排除するために襲ってくるわけ。

 危険動物のひとつに入っている石頭だけど、肉はものすごく美味しい。

 

 

「今日はお前に任すけど、前みたいにしくじるなよ」

 

「もう……そんな過去の話を蒸し返さないで。次は大丈夫。任せてよ」

 

 牛や馬なんかの動物って眉間を狙うのが一番いい。

 正面から眉間をゴツンっと殴ってやれば、それだけでたいがい死ぬ。獲物の状態も綺麗なままで持って帰れるから推奨される殺し方なんだ。

 

 なんだけど、こいつは頭がやたら硬い。もちろん“硬”で狙えば倒せるんだけど、その硬い頭蓋骨は使い道がある。

 形がかっこいいとかで好事家に高く売れるんだそうだ。

 あと脳に含まれる成分に薬理効果があるらしく、製薬会社に卸すこともできる。

 

 力まかせに“硬”で頭を狙って爆散させちゃったらダメなんだよね。

 それが私のしくじりってやつ。

 

 係員さんに叱られた。大事な資源なんですよ、お嬢ちゃんって。

 高い部位だから潰したふりして横流ししたんじゃないか、なんて邪推されるかと心配したけどそれは杞憂だった。

 だって私、全身血まみれだったもん。脳漿とかもうね。すんごい臭いでした。解体の練習をしてグロ耐性がついていなければヤバかったかもしれない。

 

 

 今度はリベンジだ。

 

 ふんす、と鼻息荒く気合を入れて、石頭の群れがよくいる草原地帯にやってきた。

 

「うじゃ、まかせてやるか」

 

「おう」

 

 ダンが囮になって走る。草原のところどころにある草むらをわざと通ってわさわさ音を立てて。

 

「グモオオオオオオ」

 

 テリトリーに入った外敵を見て興奮した石頭のボスが腹に響くような咆哮をあげる。とたんに群れ全体が一斉にぎゅるんとダンを見た。

 

「グモオオオオオオ!!」

 

 ボスの命令に群れが走る。3tサイズの大牛がどどどどどどどと地響きをたてて群れを成してダンに向かう。なんという迫力!

 ダンは逃げきらないよう速度を調整しながら奴らを引き連れて走った。

 

 その姿を草むらに“絶”で隠れて観察する。

 やがて走っているうちに群れから外れるものがぽつぽつと出てくる。体力がない個体ね。私が狙うのはそういうやつ。

 群れのボスの注意がそいつから離れていることを確認して、走り寄り、首の付け根、頸動脈のあたりを狙って“硬”の手刀を放つ。

 首から飛び散る血のかからない位置取りも、少しは上達したみたい。

 

 声も立てずずしんと倒れ込む獲物を持ち上げ、草原を走り抜ける。ボスが戻ってこないうちに逃げなきゃ。

 たった10歳でも私って念能力者だからね。3トンの獲物も持ち上げて走れるんですよ。はい。

 

 

 私が安全な場所まで逃げたことを確認したダンが走るスピードをあげ、群れを引き離してからぐるっと回ってこちらへ帰ってきた。

 狩りの成功に、二人で拳をぶつけ合って喜ぶ。

 

「やったな」

 

「うん。ダンも」

 

「おう」

 

 リュックから出したロープで獲物の後ろ脚を括り、木からつるして血を抜く。

 その後川に向かい、流れないようロープで括りつけた石頭を深みに沈める。

 

 

 冷えるのを待つ間、組手や念修行をして時間を潰す。置いて帰ると他の動物に取られちゃうからここを動けないんだよね。

 身体がでかいから3時間はかかるし。

 

 冷えた頃を見計らって引き上げる。

 

 解体の方法も教えてもらって、今はだいぶ上達したと思う。まだ皮の厚みが不均等だったり、薄くなって切れちゃったりするけど。

 これは大物で売値も高くなる。国の資産になるから失敗すると係員さんに嫌味を言われちゃうんだ。だから、こういう高価なものはまだダンにやってもらって補助に入るだけ。

 

 でも基本の注意点を言いながらやってくれるから、すごく勉強になる。持ち上げるのを手伝いながらふむふむと要点を覚える。

 

 肛門に布を詰めて緩んだ中から出てこないようにすることとか。皮を切る場所の手順とか。脂肪層ぎりぎりに刃をあてるコツとか。内臓部分を上手に骨から外すやり方とか。

 内臓の食べられるところと、捨てるところ。

 紛らわしい内臓の見分け方。

 美味しい部位も。

 いろいろ。

 

 

 

 

 

 いろんなパーツにわかれた元石頭をふたりでそれぞれ分担してかついで帰る。

 キャンプに戻ってまず係員に渡してチェックしてもらうために先にそちらのテントへ向かった。

 

 石頭の頭をぐいっと持ち上げて、ドヤ顔を見せる。

 

「やりましたよ、ギャッカさん。リベンジです」

 

「おや、今回は上手にやれましたね、エリカさん」

 

 何度もやり取りしているから、係員のオジサンとも仲良くなった。お役所の人だからちょっと小うるさいけど基本はいいひとなんだよ。

 今もちょっと嫌味な言い方だけど、顔は笑顔だ。

 

「状態もいいですね。ええ、問題ありません。ではこちらへお願いします」

 

 頭、毛皮のチェックをしてもらうと奥のコンテナに運ぶ。重いからここまで持ち込むところまで私達の仕事なんだ。

 受け取り証をダンが貰ってお仕事完了。

 ここは現地でお金がないから、こうやって書類でやり取りしている。

 あとで調査完了の時にこの書類を持っていくと、向こうの書類と突き合わせてチェックされて、調査費に上乗せされてお金がもらえるらしい。

 

 私は修行させてもらっている立場だからこれのお金は貰わない。調査団員の皆さんのお金の足しになると嬉しい。

 

 

 

 

 仕事が終わってもどるとちょうど夕食の準備の時間になっていた。

 食事用テントには他の調査団員の弟子がいて、料理の下準備を始めていた。

 ダンと一緒にそこに加わる。

 今日の戦利品を見せると歓声があがった。

 

「勇者! 素敵! 抱いて」

 

「よっ女神さま」

 

 美味しいものを狩ってきたものは称賛される。みんな娯楽に餓えている。食は喜びだ。

 

 今日のところは足の速い内臓部分の焼肉と、細切れと野菜の炒め物、軟骨のスープを作ると決めて残りはコンテナにしまう。

 

 山ほどあるように見える肉も、念能力者含む15人の胃袋だと数日のうちになくなってしまう。計画的にどうわけて何を作るのか、わいわい話しながら作業する。

 大人数の料理を作るのも初めてだし、こうやってわいわい料理するなんて学校の調理実習みたいで楽しい。

 

 ダン以外の子達とも友達になれた。

 念能力者も普通の子もいたけど、みんな調査団の下っぱだったり誰かの弟子だったり、とにかく遺跡関連への興味のある子ばかりが揃っているから、真面目でやる気に満ちていてひたむきだった。

 

 ダンもそうだけど、一緒にいて、「私も頑張らなきゃ」って思える子達だ。

 同年代の友達ができるのは今世では初めてで、修行の合間に他愛もないことを話す時間すら楽しい。

 

 

 師匠の時間があけば濃密な修行をつけてくれる。

 

 毎日が充実していて、すべてが目新しく、一日一日がまるで矢のように過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

1998年 12月 10歳

 

 “カンチョリ自然公園”での生活は、いろんな知らないことを経験できた日々だった。

 狩りもできるようになった。

 解体も大丈夫。もう皮を破いちゃうようなこともない。

 血まみれになったり、力加減を間違って爆散させるようなこともない。

 武器の手入れも上手になった。

 水汲みも1時間を切った。

 

 それにダンや他の子達という友達もできた。ダンはマブダチと言っていいだろう。

 師匠は尊敬できるハンターで、遥か高みにいる能力者で、かっこいい大人で、私が目指したい、いい女だ。

 

 

 終わらせるのが寂しいくらいに、どっぷりつかっていたと思う。

 

 

 でも。そろそろハンター試験の日が近付いている。

 12月中にネットカフェから申し込みを済ませておかなきゃ。

 と思いつつも、もう少しここにいたくて言い出せなかった。

 

 

「エリカ」

 

「はい、師匠」

 

「君はここで学べることはもうじゅうぶんこなせるようになった。

 そろそろ試験だ。次の買い出しの船で帰りたまえ」

 

 ここには店もなにもないから、定期的にチャーター機を飛ばして食料品や日用品を買いだしに行っている。用事のある者はそれに便乗して都会へ行くわけだ。

 

 私だけのために飛行船を飛ばすわけにいかないから、定期便の時に乗って帰れと、師匠はそう言っているんだ。

 キャンプ地から自力では帰れないから(本当はジャンプで帰れるんだけど、それは使っちゃだめだ)しかたないよね。

 

 寂しくて少しうつむいてしまう。

 

「君は遺跡ハンターになるつもりかい? エリカ」

 

「えっと。まだ決めてません。狭い世界で生きてきましたから、まずは世界を周りたいです」

 

「そうか。君はまだ若い。悔いのないようじっくり考えたまえ。……ダン」

 

「あ、はい、師匠」

 

 私達の話を横から心配げに見ていたダンが、急に呼ばれたことで焦って返事して立ち上がる。

 

「ダン、君も一緒に行きたまえ」

 

「え? ここはどうするんですか?」

 

「他の子もいるから気にせずとも構わない。君もそろそろハンターになっておくべきだ。

 ちょうどいい機会だ。エリカと一緒に受けてくるといい。

 もちろん、落ちることなど許さないよ」

 

「はい! お、俺、必ずハンターになって戻ってきます」

 

「戻らなくていい」

 

「え?」

 

「いいか、ダン。エリカも。君たちは試験に受かればハンターだ。

 私も君たちも同じハンター。我々は、対等な立場になるのだよ。

 いつまでも師のもとへ居てはいけない。

 ハンターは己で道を切り開くもの。

 これからは自分の道を、自分で選びたまえ」

 

 そうか。

 ハンターになったのにいつまでも師匠についていって師匠のやることの手伝いをしているだけじゃだめなんだ。

 自分のクエストを、自分のやりたいことをハントしていかなきゃ。

 

 これが、ダンの卒業式だ。

 

 

 もっとそばにいられると思っていたダンは、茫然としている。

 

「でも……でも、おれ……」

 

「君は私の何を見てきた? ひとりで何もできないような、そんな情けない弟子を持ったつもりはないぞ」

 

「……」

 

「ダン。君のなりたいものはなんだ」

 

「おれは……俺は、師匠のような遺跡ハンターになりたくて」

 

「私のような、ではだめだ。それではただの後追いではないか。

 君は君の道を、自分で探して進むんだ。

 誰かの作った道ではなく、君が切り開いた道を、君がいっとう前を進みたまえ」

 

「……はい!」

 

 おう。ダンがすっかり大人の男な顔をしておる。

 無事独り立ちの儀式はできたみたいだ。

 いいなあ。師弟の愛を感じるなあ。

 

「うむ。

 では師としての最後の贈り物だ。

 二人のハンター試験の申し込みは済ませてある。

 これはプラハマ港からドーレ港へ行く船の乗船券だ。

 この船は一つ星以上のハンターからの推薦がある者だけが乗る船だ。これに乗ればまっすぐドーレ港へ着ける。その先も迎えのバスが来ているからそれに乗って――」

 

 行き方から定食屋での合言葉まで全部詳しく教えてくれた。

 試験前の足切り試験をスルーさせてもらえるのか。原作でも船が違ったり、沈みそうになったり、いろいろトラブルが起きてそれにどう対処するかを見られていたもんね。

 ドキドキ二択クイズも飛ばせる? 魔獣に襲われた小芝居も省略?

 あ、魔獣の足に掴まって空の旅だけはしておきたかったけど。

 

 実際この情報は原作知識で知っているものばかりだから収穫ってほどじゃないんだ。

 でもね。

 師匠が自分の名を使って、ダンだけじゃなくて私のことも推薦してくれたってのがめちゃくちゃ嬉しい。

 懐に入れてくれたんだって、弟子だって言ってくれているようで。

 

「ありがとう、ございます」

 

 嬉しくって声が震えた。

 

「もちろんこれで縁が切れたわけではないぞ。困ったことがあればいつでも連絡しなさい。

 私も手が足りないときには、ハンターとしての君たちに声をかけることもあるだろう」

 

 だからそう寂しがるな、と柔らかい微笑みを浮かべる。

 師匠、かっこよすぎです。惚れます。男前です。女だけど。

 

「今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました、師匠」

 

 零れる涙をぬぐいチケットを貰うと、膝に頭が付くほど深く礼をし、テントを出た。

 

 今にも決壊しそうな涙を必死で我慢しているダンに、師匠との二人きりの時間をあげなきゃだもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、調査団のみなに見送られ、チャーター便でプラハマ港まで帰ってきた。

 連絡先を交換し、なみだ涙の別れだった。

 

 船の出発日は1月5日早朝になっている。これに乗っていればザバン市まで迷う心配もないわけだ。

 

「来年の5日まで時間が空いちゃうね。ダンはどうするの?」

 

 私はどこかの宿を取って、そこからガーデンへ戻るつもりだ。

 

「この辺りで少しぶらぶらしておく。試験は長丁場だかんな。用意しておくもんもあるし」

 

「そうだね。非常食とか水とか? 着替えも」

 

「着替えをできるような状態かどうかわかんねえぞ。まあ持っておくに越したことはないよな。水に濡れたり、野営で下に引いて寝たり、色々使えるか」

 

 ガーデンが使えないならテントなしの本気のサバイバルだ。

 

「がんばんなきゃ」

 

「師匠が俺たちを推薦してくれたんだ。情けねえことをしたら師匠の名に泥を塗ることになる」

 

「だね。絶対ハンターになるよ、私」

 

「おう」

 

「じゃ、また5日に。ここで」

 

「5日に」

 

 

 ダンと別れて街へ入る。

 セキュリティのちゃんとしていそうなホテルを選んで5日の朝まで長期で押さえた。

 受験予約も済んでいるからあとは準備と買い物くらいか。試験中の食料品とか日用品はここで揃えよう。医療用品もいるかな?

 

 

 まあ、まずはガーデンだ。

 久しぶりにガーデンで夜を過ごせる。美肌温泉が私を待っている。

 家族とゆっくりして、それから試験の準備を始めよう。

 

 

 



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ハンター試験 一次

 

1999年 1月 10歳

 

 1月5日の朝、ホテルをチェックアウトして港へ向かうとダンも来ていた。

 

「おはよ」

 

「ん。おはよ。頑張ろうぜ」

 

「うん」

 

 拳をコツンとぶつけ合う。

 

 船に乗りこむと個室に二人で入る。

 特に言葉もない。

 

 昔ハンターになろうと決めた時は、ただ身分証が欲しいだけだった。

 だけど、今は違う。

 

 私がバカな失敗をしでかせば、師匠の名が穢れる。

 「ハンターになれればいいな」なんて緩い気持ちはすでにない。

 「絶対にハンターになってみせる」と強い気持ちでこの船に乗り込んだ。

 

 ダンも同じ気持ちなんだと思う。

 師匠の名に恥じぬよう、何が何でもハンターになると決意に満ちた私達は、力が入りすぎるわけでもなく、ほどよい緊張感に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 この試験中少しでも快適に過ごすため、私はメリーさんに斜め掛けにする間口の広いバッグを作ってもらった。

 それも全く同じものをたくさん。

 斜め掛けにして前に下げると、ちょうど両手が一緒に入れられるくらいのサイズ感のバッグだ。

 これからずっといつでも同じものを使うことになるから、デザインも色合いもシンプルなものにしてもらった。さすが超一流アーティスト作、シンプルなのにおしゃれだ。

 

 これを具現化されたアイテムポーチだと思わせることにしたのだ。

 

 私の倉庫とドラポケはかなり便利だ。

 倉庫は時間停止になるから温かいものもそのまま入れられる。

 ドラポケは倉庫やガーデンにあるものをどれでも、いつでも手に取り出せるようになっている。

 

 それを人前でまったく使わないというのはすごく辛い。

 

 だけどそれを馬鹿正直にひとに見せるわけにはいかない。

 とくに無詠唱ノータイムノーリアクションで武器が手に出ることなんて、知られるつもりはないんだよね。

 だから、このバッグを能力だと誤認させるつもりでいるのだ。

 

 もちろん大っぴらに使うつもりはないけど、気付いた目敏い奴らにそう思わせるだけ。

 今後も人前ではこれを使っていく。

 念能力を知らない者にはただの鞄に見え、能力者には何某かのアイテムボックス系能力だと思われる。

 

 バッグの中はカラだ。膨らんでみえるよう綿が入っている。

 そのバッグに手を入れて荷物を取り出す……ふりをして倉庫から取り出す。

 多少大きなものでもバッグから取り出したようにみせれば、中が亜空間なのだと考えるだろう。 

 もしバッグが汚れたり、破損した場合、一度収納して次のバッグを取り出す。

 具現化されたものは次に出すときはオーラを消費して新品同然になって出てくるのが普通だからね。

 破損したものは『リサイクルルーム』に入れておけば一日で直るもん。あとはこれを順に使いまわしていくだけ。

 

 あ、これは念能力者に対するミスリードだよ。普通の人には気付かれないよう使うつもり。

 私的に“ドラポケバッグ”と呼んでいる。

 

 

 さしずめ、こんな感じ?

 

具現化系

・術者のオーラを消費し、バッグを作成する

・バッグの中は時間停止となり、容量は実際の容量の〇倍

・バッグの間口を通るものであれば重量問わず出し入れできる

・バッグが破損すれば具現化を解くことより再度新しいバッグを生み出す

・中に手を入れることで荷物を出し入れできる

 

 そんな感じの能力だと思ってくれるとうれしいな、という考えです。

 

 

 これで解体ナイフや火を起こすライターや薪を出してもおかしくないし、野営のシートや撥水コートとか出してきてもまあもともと鞄に収納してたんだなと思ってもらえる。

 あんまりドンピシャのものばかり出してたら試験内容を知ってるみたいだもんね。その辺りは気を付けなきゃ。

 野営は試験としてありがちだからアウトドアグッズを準備しているのは納得されるけど、スシネタや丸焼きにした豚を出してくるのはNGってことね。

 

 あとメリーさんに料理をいろいろ作ってもらってある。お握りとかサンドイッチとか手早く食べやすいものをいっぱい。

 これで野営中も美味しいものが食べられる。

 

 応急処置ができるよう傷薬やらさらし、テーピングテープも一応倉庫に入れておいた。

 

 

 師匠の言いつけどおり念具はつけたままだ。

 試験期間中はさすがにGIの指輪管理担当以外影は出していない。影に渡さない分いつもよりオーラが多い。

 大丈夫。

 私は、できる。

 

 

 

 

1999年 1月 5日 夜

 

 星持ちハンターの推薦というのは伊達じゃない。

 船からそのままバスに乗り込み、変な試験を差し込まれることもなく、スムーズにザバン市の前に横付けされた。

 この船で着いたのは私達二人だけだ。

 

 試験会場には超危険人物ヒソカがいるはず。

 時刻はまだ夜になったばかりの時間で、試験開始まで丸々一日以上ある。待ち時間が長いのは怖いんだけど、バスに乗ってきたものは推薦ありの者って試験官は知っているわけで。

 尻込みしてるなんて思われたくない。

 

 ダンと顔を見合わせ、ひとつ頷く。

 気合を入れなおして足を踏み出した。

 

 

 

 

 会場へ入るとナンバープレートを渡される。

 ダンが20番、私が21番。かなり早い番号だ。

 

 ……これ、私達が入ったことで番号繰り下がっちゃう? ヒソカの44番は覚えてるんだけど、ヒソカ46番になるのかな。

 

 私が原作にいないのは当然なんだけど、たぶんダンもいなかったはず。

 だってダンがいたなら最後まで残らないハズがないんだもん。それだけの実力はある。

 

 私と出会ったことで師匠が予定していたより前の試験を受けさせることにしたんじゃないかな。

 来年はキルア一人だし、もっと先か。

 もしかしたら師匠離れできなくてもっと弟子のままだったのかもしれない。マザコンか……

 

「あいてっ。なにすんの」

 

「なんか失礼なこと考えてたろ。そんな気がした」

 

「……解せぬ」

 

 軽口を言い合って部屋の奥、壁際に沿って座る。

 試験開始は明後日だから二晩ここで過ごすことになる。体力気力とも、やる気になれば数日寝ずに活動できるほどには強くなったからそれくらいわけはない。

 当日は朝から長距離マラソンだから今日は極力動かず、体力温存につとめよう。

 

 ヒソカや他の受験者と面倒くさいことにならぬよう、二人で“絶”をして静かに時間を待った。

 

 

 

 

 

「やあ♥ 君、天空闘技場にいたね。200階に来るのを楽しみに待ってたんだけど♠」

 

 でたなヒソカ。あ、44番だ。変わってない。

 

 ダンが警戒もあらわにヒソカを睨む。うん。初体面でもわかる全身からにじみ出る怪しさがあるよね。

 しかもその身に纏うオーラが禍々しい。念を知っているものほど彼の異質さを感じるだろう。

 

 私とヒソカの間に入れるようちょっと前へ身体を出してくれるあたり、彼は紳士だ。

 大丈夫という気持ちをこめて腕のあたりをポンポンしてから、ヒソカへ向かい合う。

 

「私、お金が欲しかっただけで戦うのが好きなわけじゃないんです。200階には行くつもりなくって」

 

 ヒソカの興味を引くような話題をするつもりはない。面白さのかけらもない返しを心掛ける。ヒソカ対策で考えてたことだ。

 

「そうなのかい? 実にもったいない話じゃないか。……そちらの彼も、美味しそうだね♠」

 

 美味しそうの意味を測りかねたダンがなんともいえない表情を浮かべる。

 

「他にも美味しそうなのがいっぱいいますよ。私達のことはそっとしておいてくださいな」

 

 ダンを喰われちゃうと困るからなんとかお引き取りいただくようそっけなく答えた。

 

「つれないね。まあいいさ。また後でね♥」

 

 にっこり笑ってほかの受験生に絡みに行くヒソカの背中を見送ってため息をつく。

 

「なんなんだよ、あのヤバいの。なんかキメてんじゃねえの?」

 

「戦闘狂なんだよ。強いのと戦うことで興奮する危ないやつなの。壊すのが好きな奴だからできるだけあれにはノータッチで」

 

 たぶんいろいろちょっかいかけてくるだろうけど、今の私達じゃ太刀打ちできないし、変に興味を引いちゃったらずっと絡まれるから気を付けて、とか説明しながら、天空闘技場でどんな戦い方をしていたかも話しておく。もちろん小声でね。他の受験生に聞かせるつもりはない。

 

「ハンター試験は魔境だな」

 

「同感」

 

 

 数時間後、不運な受験生の腕を切り落としたヒソカをみて、ダンも奴のイカレぶりを再認識したみたいだ。切れた腕が天井に貼りついているのを見て、目を細める。

 

「あれが?」

 

「そう。ヒソカの能力。すごくトリッキーな戦い方」

 

「ふーん」

 

 黙ってしまうダンをちらっと窺う。どう戦えばいいか考えてるんだろうけど、だめだよ、あんなのと戦っちゃ。まったく戦闘狂はあっちで勝手にやっててほしい。

 

 

 

 “絶”で身体を休めながら待つことまる一日以上。

 広い試験会場はたくさんの受験生でほぼ埋め尽くされていた。

 

 主人公達ももう来ているだろうけど、奥の方に座っていた私には確認できなかった。ついでにいえば新人潰しの彼も私達のところまでは来なかった。

 

 

 

 

 けたたましいベルの音が鳴り響く。

 始まった。

 

 原作と同じ流れで、二次試験の会場までついてくるよう指示する試験官の後ろをついて走り始める。

 試験官の真後ろをキープする。思っていた通り中途半端に速いというか遅いというか。やっぱり気力勝負だなこれ。

 

 

 

 時折りダンと話しながら数時間。これ私は6時間で終わるって知ってるけど終了地点がわからないみんなは先が読めなくてイライラするんだろうな。

 そういうメンタル攻撃な一次試験だよね。

 

 

「いつの間にか一番前に来ちゃったね」

 

「うん、だってペース遅いんだもん。こんなんじゃ逆に疲れちゃうよなー」

 

 すぐそばで交わされた会話に、横を見た。

 私と同じくらいの身長のツンツン頭の少年と、銀髪少年の二人が並んで走っている。お。ゴンとキルアだ。

 ホンモノだ。テンションがあがる。ちょっと感動した。

 

 私の視線に気付いたゴンがこちらを向いて、目が合ったとたんに「ぱあ」って明るい表情を浮かべ話しかけてくる。

 

「ねえ、君っていくつ?」

 

「10歳。貴方は?」

 

「オレ、もうすぐ12だよ。すごいね、君。10歳でハンターになろうって思うなんて」

 

「もうすぐってことは今は11なんでしょ? そんなに変わんないじゃん。私だって6月には11になるもん」

 

「オレ5月。じゃあちょうど1コ下ってことだね。えっと……」

 

 ゴンは私の横を走るダンを見上げる。

 

「俺は14だ」

 

 ダンはあの自然公園にいる間にひとつ年を重ねた。ちょっとお兄ちゃんぶってるけど、ついこの前まで13だったじゃん。

 

「そうなんだ。あ、オレ、ゴン。こっちはキルア。キルアももうすぐ12なんだって」

 

 銀髪の少年が、「よっ」とばかりに片手をあげる。

 こっちも手をスチャッとあげて。

 

「私エリカ、よろしく。んでこっちが」

 

「ダンだ。よろしく」

 

 キルア、ゴン、私、ダンの並びで話しながら走る。

 

「へえ、じゃあダンは遺跡ハンターになるんだね」

 

「ああ。師匠みたいにすげえ遺跡を発掘するようなハンターを目指すぜ」

 

「エリカも?」

 

「私はまだ決めてない。ハンターは幅広いから。まず世界を見て回ってから決める。ゴン達は?」

 

 そこで、ゴンが“父親がハンターで”って話を始めた。

 どうしよう。ジン繋がりでゲームの話を今しちゃおうかな。

 ……だめだな。ゴンの苗字も聞いてないから父親がジンだって私がわかるわけないんだった。

 

 ってここでハンターになる目標って聞いてよかったのかな。レオリオとクラピカがいないんだけど。それはあとでもう一度話すってことでおっけーなの?

 クラピカの“緋の目”話をするところじゃなかったっけ?

 

 そこまで詳しく原作の流れを覚えてないから、なんかのフラグを消してしまわないかと不安になるよ、ほんと。

 

「見ろ、出口だ!!」

 

 受験生の誰かが叫ぶ。

 前には長い階段が上へまっすぐ続いている。うん。やっと外だ。

 

 

 やっと薄暗い地下道を出たと思ったらそこはじめじめと湿気の多い場所だった。『ヌメーレ湿原』だ。

 

 そこで試験官ニセモノ疑惑があって、騒いでいた人面猿はヒソカのカードにあっさり殺される。

 ひと悶着のあとはまたマラソンだ。

 

 今までとは違い、ここは見通しが悪すぎる。“円”があるから迷子にはならないだろうけど、私これ、覚えてる。ヒソカの試験官ごっこが開催されるとこだ。

 

 

 霧が深いしはぐれないようここキープね、なんてダンを促し、ひたすら試験官の後ろを走る。

 

 

 ヒソカの試験官ごっこって、やってることは無茶苦茶だけど、実はけっこうハンターとして正しいジャッジをしている。

 今の強さじゃない。強い者に立ち向かう勇気や、人を守る気持ち、未知なるものへ取り組む姿勢を見てヒソカは生かすか殺すかを決めていた。

 ゴンやクラピカ、レオリオはそれに合格したから生かされた。レオリオなんて気絶しているのを運んでもらえすらした。

 

 

 私は、きっと落ちる。

 だって私は怖がりだもん。逃げてばかり。

 

 私ってまるでヤドカリだ。

 ガーデンという安全な住み家を背中にしょって、食べ物や着るものや好きなものをどんどん溜め込み、何かあればいつでもステップで逃げ込む準備をしながら恐る恐る前へ進んでいるようなものだ。

 

 ヒソカは、きっとそれを見抜く。

 年の割には強い自信はある。だから戯れにちょっかいをかけてきて戦ってもそこそこ楽しんでもらえるだろう。

 だけどきっと私の目の奥に恐怖を、逃げ腰のヤドカリの姿を見て取ったヒソカは、きっと幻滅する。

 私は、ヒソカジャッジ、アウトだ。つまらなそうに殺されておしまい。

 

 

 最初は。家族を守るためだった。

 それから次生に持ち越せるようにって。

 

 なのに……

 

 気が付けば、“いつでも逃げられるように”って気持ちが一番大きくなっている。

 

 これは、良くないね。心が、逃げてる。

 

 いつまでもあの6歳の子供じゃないんだ。

 港へ向かう森の中をモンスターから逃げながら走ったあの時とは違うんだ。

 

 

 

 

 

「レオリオー! クラピカー! キルアが前に来た方がいいってさーー!」

 

 ゴンがレオリオ達に大声で呼びかけた。

 遠くから「無茶言うなー」って答えが返ってきた。あれがレオリオかな?

 “円”で調べるとかなり後ろの方を走っているみたいだ。

 霧が深く、少し遅れた者が道を誤り、人の分布は徐々に広がっている。

 

 うーん。

 

「緊張感のねー奴らだな、もー」

 

 キルアのあきれたような声に「そうだね」って返事をしたとたん、ずっと後ろの方から悲鳴がいくつも聞こえてきた。

 ヒソカの試験官ごっこか、『詐欺師の塒』の動物たちにやられたのか。

 

 しばらくひっきりなしに聞こえる悲鳴を聞きながら走る。

 

 その時、しきりに後ろを気にしながら走っていたゴンが、「レオリオ!」と叫んで後ろへ走っていった。

 あの悲鳴の中からレオリオの声を聞き分けたのか。さすが野生児。

 

「あっ!」

 

 キルアが手を伸ばし、そして、葛藤すると手をおろした。

 大丈夫なはず。原作ではちゃんと生きて帰ってきたもん。でも大丈夫だよと言えないからキルアの不安げな横顔を見ながら走るしかなかった。

 

 キルアの葛藤がよくわかる。

 初めての友達。大事にしたいと思った友達。

 それを危険な場所に行ったからと見捨てるのか。

 

 悲鳴や何かの爆音が聞こえるたびに肩を揺らすキルア。……そっくりだ。弱い私と。

 キルアはお兄さんの針でこうなってる。私は……

 

 

 原作に、必要以上に関わっちゃダメ。

 変に手伝って誰かの役割をとってしまい、彼ら同士の絆を深める機会を奪うことになってしまいかねないもの。

 

 

 ……でも……

 自己嫌悪でおかしくなりそうなキルアを見てて、自分と重ねちゃって。

 

 ああ、もう!

 

「大丈夫だから!」

 

 たん、とキルアの肩をたたき、そのあとダンにも「ここにいてね」と声をかけると後ろへ走る。

 私らしくない。

 逃げ腰の、ビビりな私が、今日初めて会ったゴン達のためにヒソカに対峙しようとするなんて!

 

 “円”で調べるとすぐにわかる濃密で粘つくような強いオーラを持つ者がヒソカだ。笑い声も聞こえてきた。

 走っていくと、倒れたレオリオと彼を守るように立つクラピカ、ゴンの姿が見えた。

 

 一息で跳躍し、彼らの前へ。

 

「おや♠ どうしたんだい? 子兎ちゃん♥ 君らしくないね」

 

「エリカ!」

 

 当てられる殺気に怯みそうになる。でも、だめ。ここで逃げると私はずっとヤドカリのままだ。

 腰を落とし、バッグからいくつもの石を取り出して構える。

 

 ヒソカのカードは受けちゃだめだ。あれにはバンジーガムが付いている可能性があるんだから。トランプは全部石を投げて相殺させるつもりだ。

 

 精一杯のオーラで身を守りつつ、“凝”を切らさない。すでにいくつものバンジーガムが場を作っている。

 

 こわい。けど。まけるもんか。

 精一杯睨みつけた。

 

 ゴンが私の前に走りでた。小さいのに、大きな背中だ。そして、クラピカも。

 

「へえ……いいね。すごくいい」

 

 緊張の中、場違いな電子音が鳴る。ヒソカの携帯だ。「ああ、今行くよ」なんてそれに返事をしたヒソカはもう戦う気がなくなっていた。

 

「巣から出てきた子兎ちゃんに敬意を表して合格としよう♥ 君たちも合格♥」

 

 ヒソカはトランプを投げることもなく上機嫌でレオリオを担いで先へ歩いていった。

 

 

 ほっと息をつく。あれに対峙して怪我なしで乗り切った。奇跡だ。まじで。

 

「エリカ、助けにきてくれたの?」

 

「うん。でも、大丈夫だったみたいだね。怪我がなくてよかった」

 

「我々のためにあんな男の前に立ちふさがってくれるとは君も無茶をする。だが礼を言わせてくれ。私の名前はクラピカだ。よろしくな」

 

「エリカです。よろしく、クラピカさん」

 

「クラピカでいい」

 

 クラピカが呼び捨てでいいって言ってくれたからその後はクラピカ、エリカと呼び合うことになった。

 ほんとに美人さんだな。三次元になっても揺るがない、女か男かわからない美人だ。

 

「あんまり時間がないかも。レ……さっきの彼のことはヒソカが運んでくれるみたいだから、彼の荷物だけ持って走ろう」

 

 あっぶなーい。レオリオって言いそうになった。まだ知らないのに。

 

 すでに集団は私の“円”の範囲を超えてしまっている。

 ヒソカもあっという間に遠ざかってしまった。

 

「間に合わねば失格になってしまう」

 

「急ごう」

 

「うん。レオリオの匂いについていけば大丈夫だよ!」

 

 ゴンの言葉に、あ、そうだった、ゴンてば野生児だった、と思い出す。

 ゴン、クラピカと3人で走る。

 

 

 けっこうギリギリのところで大きな建物のある場所へついた。

 二次試験会場かな。

 間に合ってよかった。ゴンはヒソカが指さしたところに寝かされているレオリオに向かって走っていった。

 

 

「エリカ!」

 

 焦った顔でキルアが走ってくる。その後ろにダンも。

 

「いきなり走っていくなよ。……ゴンは?」

 

「大丈夫。ほら、あそこ」

 

 ゴンの場所を指すと、ホッとした顔でため息をついた。

 

「ったく。どんなマジック使ったんだ? 絶対、もう戻ってこれないと思ったぜ」

 

「ゴンがレオリオの匂いを辿った」

 

 すごい。ゴンってほんとすごい。それがみんなの一致した意見だった。

 その後気絶から復活したレオリオとも挨拶を交わし、私達は友達になった。

 

 

 



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ハンター試験 二次

 

 

 一次試験が無事終わり、二次試験が始まる。

 

「オレのメニューは豚の丸焼き!! オレの大好物」

 

 

 原作どおりのオーダーが入り、受験生が一斉に散る。

 私達も分かれて走り出した。公園内を少し走るとすぐに見つかった。

 グレイトスタンプだ。石頭よりずっと弱い。楽勝楽勝。

 

 瞬時に跳びより眉間を殴る。“硬”なんてしない。爆散させちゃうもん。

 この試験官は丸ごと焼いても多少焦げてても平気で合格を出してたっけ。んで丸ごと食べてた。

 

 とりあえず血抜きして皮と内臓だけ取って頭はそのままにしておこう。

 不要部分は穴を掘って埋め、ドラポケバッグから(倉庫から)取り出した器材で豚を横向きに吊り上げ、薪を設置。チャッカマンで火をつけて焼く。

 

 

 いやあ師匠に感謝だ。

 この半年間の経験がなければ、今この作業すらできなかったんだもん。

 しみじみと師匠に感謝の言葉を捧げ、試験準備について師匠を頼った過去の自分の先見の明に自画自賛しながら、豚を回す。肉を焼く香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 私もお腹すいたかも。

 バッグからサンドイッチを取り出して食べながら作業。

 

 出来上がった豚の丸焼きを提出して余裕をもって無事合格した。

 

 

 

 さて。

 続々と提出されては試験官の胃袋に消えていく豚の丸焼きを眺めながら、次のお題「スシ」をどうしようかと考える。

 寿司はもちろん知っている。でも合格しちゃっていいものか。

 ついでに言うとダンも寿司を知っている。私と師匠が寿司の美味しさについて話していたから。

 

 だからダンと私、ふたりは合格する可能性が高いのだ。

 原作ブレイクにならないだろうか。

 

 かといって、失敗する気にはなれない。

 だって師匠の名を背負ってここにいるから。

 

 

 ネテロ会長がちゃんと介入してくれることを願って、私はしっかり合格ラインを目指すことにする。

 

 

 

「二次試験後半あたしのメニューは、スシよ!!」

 

 ちょうど考えがまとまったころに次のお題発表。

 いろいろとヒントを言う試験官の言葉を最後まで聞くと、他の受験生に混じって移動する。手あたり次第に何でもいいから捕まえて持っていこうとしている受験生達から離れ、川へ向かった。

 あ、ダンもいる。

 

「よ」

 

「おう。知ってる料理でラッキーだったな」

 

 二人とも枝に糸を付けて川にたらしながらダンと話す。

 

「うん。でも川魚だよ。生で食べてあの人死んじゃわないのかな」

 

「味も考慮って、生臭くって喰えたもんじゃねえよな。どうすんだろ」

 

「何種類か捕まえて少し炙って、一番味のいい奴を載せるしかないよね」

 

「なるほど。生だけじゃないんだな、スシって」

 

「あ、うん。そうだよ。調理した奴を載せる場合もあるの」

 

「一匹まるまる使うんじゃねえから二人で色々釣って分け合おうか」

 

「いいね」

 

 人がこない場所だからか、食べられる魚じゃないからか、魚が釣り人にすれていない。わりと短時間で二人で数匹の魚を釣り上げた。見た目はグロテスクなものもあるけど合わせて4種類あるからどれかは食べられる種類であってほしい。

 

 川から戻る頃になって続々と人が集まってくる。うわ、このタイミングなの?

 

「あ、ダンとエリカだ。なんだ、ふたりともスシって知ってたの?」

 

 ゴンが声をかけてくる。

 

「うん。ジャポンの料理は大好きなの、私」

 

「俺の師匠もジャポンびいきでな。話には聞いてたんだ」

 

 ダンも続ける。

 

「ち、ずりぃな。知ってるなら教えてくれてもいいじゃねえか」

 

 キルアはやっぱり文句を言った。

 

「試験でそんなことしたら私が失格になるかもしんないじゃん。……ってなんでみんな急に川にきたの?」

 

 知ってるけどね。

 

「知ってる奴が大声でバラしたんだ。それでこれだよ」

 

「わあ、じゃあ急がなきゃ。ごめん、魚が悪くなるから先行くね」

 

 挨拶もそこそこに調理用の建物に走る。

 

「やばいよ、急がなきゃ。スシを知らない人達だしきっと生魚そのまんまご飯に載せて出しそう」

 

「ありえるな。俺らが吟味してるうちに時間切れになりかねねえ。急ごう」

 

 ダンも危険性に気付いたみたい。

 

 なんの処理もせずに酢飯に載せて出せば、調理しようとしている私達よりずっと作業が早い。

 そのうえまずいものを続々食べさせられた試験官はいら立ち、合格のハードルが上がる。お腹がいっぱいになれば終了って言ってるんだし、間に合わないかもしれない。

 

 くそっ、思ってた以上にじゃまくさい試験だ。

 

 

 

 

 

 

「私が酢飯を握る。これってコツがあるから食べたことのある私のほうが安全だと思う。ダンは魚を薄くスライスする作業をお願い。これくらいのサイズで身を斜めに切る感じ。わかる?

 んで、塩を振って軽く炙ってみて、どれが食べられる魚か確かめよう」

 

 手早く打合せして作業に入る。

 調理台の上を見ると、うちわ、寿司桶、スシを載せる皿、しょうゆの小皿、箸、わさび、大葉、かんぴょう、海苔と、ある程度のものが置いてある。

 

「やった、ダン。大葉がある。これ一緒に食べれば味が整うよ」

 

 

 二人分お盆を置いて、そこに皿と醤油の小皿、箸を載せてセッティングをまず済ませる。

 ご飯は炊飯ジャーに入っていた。

 木製の寿司桶にご飯を入れ、味を確かめながら酢と砂糖、塩を入れる。魚が生臭いだろうから塩で炙るし、塩分は少なめのほうがいいかな?

 うちわで扇ぎながら切るようにしゃもじで混ぜる。ん。ツヤがあっていい感じ。

 

 丁寧に手を洗って酢飯に向きあう。

 寿司職人が握る姿を思い出しながら見様見真似ですし飯を握ってみる。食べてみて固すぎず、かといってしょうゆにつけてもバラけない絶妙の握り具合。

 ちなみにガーデンで練習はしてこなかった。知ってるだけでもズルなんだし、ここは現場で勝負だと思ったんだ。

 

 何度か挑戦して握っては食べてみて、食感を確かめる。

 

 その間に、何人かの受験生が戻ってきて、乱雑に飯に生魚をのせたものを持ってどんどん出ていく。

 うわあ、あれ食べさせるの、ほんとに。

 想像しただけで胃がムカつく。部屋に充満した魚臭さがよけいに気持ち悪くさせる。

 

 もちろん真面目にやっている者達もちゃんといる。一応の仕切りがあるからお互い手元は見えてないけど、作業時間と表情がまったく違うからわかる。みんないろいろ模索しているんだろう。

 こっちも頑張んなきゃ。

 

 試験官の忍耐力が持つかなと内心あせりながら酢飯握りにチャレンジ。

 ある程度満足できたものでよしとして、ひとり2カン、計4つの寿司(具なし)を作り上げた。

 

「まっずーーーーい! 失格! なんてもの食べさせるのよあんた達ぃ!」

 

 試験官の大声が聞こえる。まずい、もう切れてる。

 

「どう? ダン」

 

 ダンのほうを見てみると、魚を一種類に絞り、いくつか部位を変えて炙って味を見比べているようだった。

 

「これ、食べちゃだめな種類も絶対入ってたよね。ダン、お腹壊さないでよ。あ、大葉食べて大葉。殺菌効果があるから。はい」

 

「うへえ……ん、これさっぱりすんな。じゃあこいつとならいけるんじゃねえかな」

 

「じゃあそれでよろしく。4枚作ってね」

 

「おう。すぐできる」

 

 

 大葉は一枚では大きくて大葉の味が勝ちすぎるから、ちょっと飾り切りっぽくして分量を減らす。

 

 私に寿司ネタと一緒にメシを握る技量はない。

 だから先に酢飯だけ握って、その上に大葉を載せ具を載せる。それだけじゃバラバラだから、海苔を細く切ったものを帯状に巻く。下のほうでちょっと水をつけて海苔を貼り合わせて留めると一応一体感は出た。

 試験官のオーダーからすれば軍艦巻きはダメだけど、握りに海苔の帯ってのはたまにお寿司屋さんでも見るから大丈夫だろう。

 よし、完成。

 

 二人で頷きあい、それぞれお盆をもって走り出した。

 

 

 

 

 試験場に着くと、ゲテモノ料理を手に並ぶ長蛇の列ができていた。

 苦い思いで顔をしかめながらその最後尾に並ぶ。

 

「まずい、超まずい! 失格」

 

 また一人失格を申しつけられている。その男はそのまままた調理台の方へ走っていく。もっとみんな試行錯誤しようよ。

 

「激まず! せめて水気は切りなさい! 失格」

 

 ええええ。そんなの出しちゃだめだよ。ジャポンを何だと思ってんの。

 

「まずい。だめ。なにもかもだめ。失格」

 

 ああ、もう試験官の堪忍袋の緒が切れかけてる。

 

 ダンと顔を見合わせる。

 間に合うか?

 

 これってぜんぜんダメな試験だよね。

 きっとさ。知らないものをいろんなヒントから考察して何かを作る、その工程を見たいとかそんな感じだったんだと思うんだよ。試験の趣旨としては。

 

 だけど、料理内容をばらした人がいて。

 そこで試験内容を変えればよかったんだよ。それか、趣旨を説明するか。

 頭ごなしに命令するから、どっちも意地になっちゃった。

 

 試験官がヒントに“小さな島国の民族料理”って言ったのもまずかったと思う。

 そんな知らない民族の料理なら、自分がまずいと思うものでもありえそうだと考えちゃったんじゃないかな。

 ほら。自分は食べる気には絶対ならないけど、お国によってはイモ虫とか猿の脳みそとか食べる国があるくらいだし。

 民族料理って、美味しいものは天井知らずだけど、ゲテモノ度も天井知らずだもんね。

 

 もともと豪快なタイプが多いから、美味しいものを作り上げようなんて気も微塵もわかずにただ作って食べさせて失格って言われてまた雑に作って。

 

 真剣に取り組んでいる人達には試験官もまっとうにジャッジしている。小声で「もっと酢飯を……」とか「握り方はもっと……」など話しているけど、料理にすらなってないモノを持ってくる相手にはけんもほろろに「まずい」の一言だ。でもそんな人の方が回転が速い。

 

 ああ、もう。

 私も嫌な気分になってきた。

 

 これ、楽しくないわ。作る作業はけっこう頑張ってて楽しかったのに。全体の半数くらいの真面目に取り組んでる人達も報われない。

 

「ワリ!! おなかいっぱいになっちった」

 

 あと数人というところで終了の言葉がかかった。

 せっかく作ったのに……

 

「まじかよ」

 

 ダンが呟く。

 

「合格なしってこと?」

 

 私も呟いた。

 ……再試験になるのは知ってるけど。それを知ってなお、この悔しさは筆舌に尽くしがたい。

 

 

 

 

 その後、納得のいかない受験生達と試験官の怒鳴りあいが始まる。

 私はダンと一緒にお盆をもったまま、ぼーっとその様子を見ていた。

 

「ねえ、間に合わなかったの? それ」

 

 振り向くとゴンがいた。キルアも。その後ろにいるクラピカとレオリオも。

 

「うん。やっと作ったのに。食べてもらえなかったわ」

 

「時間切れってのは悔しいな。せめて評価を知りたかった」

 

 そう話すクラピカもお盆を持っている。お寿司とは違うけど、ちゃんと試行錯誤のあとがうかがえる。ああ、この人も真面目に試験を受けてたんだ。

 ちょっと親近感が湧いた。

 

「それがスシなの?」

 

 興味津々でのぞき込むゴン。みんなも同じように見た。

 

「基本的なスシは生魚なんだけどね。川魚は生食できないからこうやって少し炙って、味の調整と殺菌効果を期待して大葉をつけて握ったの」

 

「なるほど。やはりこのような形状になるのか」

 

 クラピカがふむふむと頷いている。

 

「ほんとは美味しい料理なんだよ」

 

 時間がたって少し乾燥しはじめた寿司を眺める。せっかく作ったから食べてみようかと考えたけど、食欲はわかなかった。

 

 ドゴオォォン!!

 

 大きな音に振り向くと誰かが調理台を殴りつけて破壊したみたいだ。

 言い合いはだんだん激しくなり、収集がつかなくなってきて。

 直後、空から飛び降りてきたネテロ会長の一言により再試験が決定。

 

 

 ……なんだかくたびれただけの試験だった。

 

 最後に見せた試験官の美食ハンターとしての心意気には納得したけど。

 あと、再試験の卵はめちゃくちゃ美味しかった。

 

 

 

 



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ハンター試験 三次

 

 

「ダン! エリカ! 一緒に飛行船の中、探検しない?」

 

 元気よくかかった声。

 ゴンの天真爛漫さに癒されるわあ。

 

 これについていけばネテロ会長とのゲームかあ。

 勝てるとは思わないけど、ちょっとやってみたい。

 

 

「探検?」

 

「おう! 面白いだろ、行こうぜ」

 

 キルアも楽しそうだ。家で抑圧されてたんだろうなあ。“自由!”って顔に書いてある。

 

「うん、行く。ダン、行こうよ」

 

「そうだな。行くか」

 

 

 ゴン達と一緒に船を端から端まで探検してまわる。

 最初は怒られるかも、なんて思ってたけど、“船の中では自由に過ごしていい”って言ってたし入っては駄目なところはちゃんと鍵がかかってるみたいだし、いいよね。

 18歳の精神が公共の場で騒ぐなって言ってるんだけど、10歳の少女な身体が同年代の友達とわいきゃいしたいって浮きたっている。

 

 飛行船は保護区の行き帰りにチャーター便に乗っただけだ。

 あれに乗った時はずっとキャビンに座ってたし、それにこの船のほうがずっと広い。

 

 ひとしきり回ったあとは窓際のスペースに設えてあるベンチに腰かけた。

 眼下に広がるキラキラとした宝石箱みたいな夜景を堪能する。

 

 飛行機って窓が小さいからあんまりみえないけど、飛行船はいいね、景色が区切られてなくて。

 見ているだけで壮大な気持ちになれそうで。

 

「うわすげー」

 

「宝石みたいだねー」

 

「綺麗だな」

 

「広くて気持ちいいね。窓が開いたらいいのに」

 

「無理だろ、風がすんごいことになるぞそれ」

 

 願望を言っただけなのにダンにすっぱり言い切られた。知ってるし。

 あ、そういえばネテロ会長ってそろそろここにくる? 近くまで来てるかもと“円”をしてみると、ん?

 違和感を感じてふっと振り向けば誰もいない。あ、こっち? 逆を見るといきなり現れた。

 

 “絶”がすごいのかな。スピードもすごい。

 今のどう移動してきたのかわかんなかったや。まるでステップなみだ。さすが会長だ。

 

 

 そして原作どおり、ボール取りのゲームになる。

 

「やってみんかの?」

 

 いたずらっぽい笑顔をこちらへ向ける。

 

「私達もいいんですか?」

 

 しっかり“纏”をしてみせて聞いてみる。

 

「かまわんぞ」

 

 ネテロ会長は指をたてて「念はなしじゃぞ」と書いてみせた。

 私とダンが頷く。

 

 たしかにここにはゴンやキルアもいるんだし、乱戦になって私達のオーラにふれて洗礼になってしまったら大変だもん。

 

 あとは原作の流れのとおり。

 キルアは途中で抜け、ゴンは最後まで食らいつく。

 私もダンも交代で参加させてもらった。

 

 師匠との組手の時も、何をやってもこっちが転がされるんだけど、ネテロもすごい。

 私のこの身体は優秀で、修行の成果もあってずいぶん身体能力が高い。動体視力もいい。だからボールの動きも会長の動きもちゃんと見えている。なのに追いつけない。

 念なしと言われているから(ステップ)もできない。でもせめて触れるくらいはしたい。

 思った以上に熱くなってしまった。

 

 交代したダンも同じ。

 真剣な表情で食らいついていく。

 

 でも……ああ、そうか。

 私より少し低い練度のダンを見ていて思う。

 ミスリードに誘われ、追い立てられ、走らされ、フェイントに踊らされる。会長はダンがギリギリ追いつける速さを調整している。レベルが違いすぎる。

 

 私もあんなんだったんだろうな。

 会長の動きもボールも、見えていたんじゃなくて私が見える速さで動いてたんだ。

 見ていてうずうずする。

 

 すごいわ会長。

 天才に時間と環境をやったらこんな風になるんだなって。

 遠い遠い到達点のひとつを垣間見れたって感じだ。

 

 これでたしか120歳くらいなんだよね? ほんとに若い。

 

 結局取れなかったけど、楽しめた。

 あとゴンの頑張りを見ているのも面白かった。

 

 右手を使わせた時は思わずうおって拍手してしまったくらい。

 趣旨が変わってしまってボールそっちのけだったけど、でも右手を使わせたんだから、やっぱりゴンは天才だ。

 

 その場で倒れ込み眠ってしまったゴンを見て、これが主人公かって納得してしまう。

 

「ゴンすごかったね」

 

「な。俺らまだまだだな」

 

「なんの。おぬしらもいい動きじゃったぞ」

 

「結局取れませんでした。100年以上の研鑽の差ですかね」

 

「ほっほっほ。若いのお。うんうん。……それ、もう時間も遅い。そろそろ戻ったほうがいいの」

 

「はい、ありがとうございました」

 

「ありがとうございました。お休みなさい」

 

 ゴンは会長が連れていってくれるというから、彼のことはまかせて部屋へ戻って休んだ。

 位の差ってのを実感した。

 

 うん。がんばろう。120歳まで生きてあんな風に動けるようになろう。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 第三次試験がスタートした。

 

 トリックタワーの屋上に降り立つ。

 予定どおりポイントAを設置。これでもしもの時には戻れる。

 端のほうへ歩いて行って下を覗き込む。わあ高いなあ。でも地面はじゅうぶん見える。(ステップ)で攻略余裕だね。

 

 

 さてと。

 

 私はどうしようか。新人潰しの彼、トンパを追い出してゴン達について行くのもいいし、ダンと一緒に行ってもいい。

 受験生達はそれぞれ入り口を見つけて降りていってる。

 

 知り合い達はどうかと周りを見回すと、ちょうどダンが一人用のものを見つけて降りて行くところだった。頑張れー、ダン。

 

 

 変な入り口に落ちちゃわないように注意しながら探すこと十数分。

 

「エリカ!」

 

 キルアの声が聞こえた。

 ゴン達は原作通り多数決の道を見つけたみたいで「あと一人なんだ、エリカもおいでよ」ってゴンが手を振っている。

 

 やったね。

 急いで近づく。ついでに割り込もうとしたトンパにだけ届くよう指向性の殺気を飛ばす。

 うへぇ、なんて言いながらさがってくれたトンパににっこり笑いかけておいた。

 

「ほら、ここ、5つの扉が密集してるんだ」

 

「こんな近くに密集してるのがいかにもうさん臭いぜ」

 

「おそらくこのうちのいくつかは罠……」

 

「だろうな」

 

「5人で協力するって奴かもしんないじゃん」

 

「下で違う場所に出る可能性だってあるよな」

 

「罠にかかっても恨みっこなし」

 

「生きて必ず会おう」

 

「うん。頑張ろうね」

 

 互いに頷きあって私達は一斉に扉を降りた。

 

「あ、一緒?」

 

「ほんとだ」

 

 そこは一つの部屋だった。

 原作どおり、5人で多数決で道を決め、試練官戦の場所までスムーズにきた。

 

 5人対5人。一対一で戦い3点取れなくては先に進めない。

 トンパの代わりに私が出るべきかなと、考えてると死刑囚がにやにやと私を見た。

 

「こちらの一番手は俺だ。メスガキを俺にやらせろよ。溜まってんだからよ」

 

 舐めるように私の身体を見て気持ち悪く腰をうごめかせる男を見て、「私が先ね」と宣言した。ぶっとばしてやる。ってか10歳つるぺたボディに欲情すんな!

 

 っていうか、ゲスい呼びかけだったけどこれご指名制だ。

 だってこいつ念能力者だ。しっかり“纏”をしている。あまり練度は高くないけど。

 

 原作ではどうだったっけ? 能力者なはずはないよね。

 きっと、入ったメンバーに合わせて死刑囚もマッチングしているんだろう。

 

「大丈夫か? 無理すんなよ、エリカ」

 

 レオリオが声をかけてくる。なにげに一番面倒見がいいよね、彼。

 それに片手をあげて応えながら、前へと進み出た。

 

「勝負の方法はどちらかの死亡か、相手に“降参”を宣言させるかのデスマッチだ」

 

「わかりました。受けます」

 

 ヒイヒイ言わせてやるぜ、なんて笑いながらバトルフィールドへ進む男を睨みながら私も前へ出る。

 中空に設置されたフィールドの周りはたぶんそのまま1階まで続く空洞だ。

 足を踏み外せば地面に落ちて死ぬ。

 

「気をつけろよ」

「負けんな」

 

 応援の言葉を背に受け、しっかり“凝”で男を見る。腐っても念能力者。どんな技を使ってくるかわかんないんだから。

 この気持ち悪いしぐさや下卑た言葉はわざとかもしれない。練度のひくい“纏”だってブラフかもしんない。全部疑っていかなきゃ。

 

 だから。一瞬で決める。

 

 左右に揺れてフェイントをおりまぜ一気に近づき“硬”で回し蹴りを放つ。あたりはしたけどきっとこれは“堅”でガードされてるだろうから次に右手の肘で……あれ?

 肘を決めようとした姿で、端っこぎりぎりまでぶっとんで動かない男を唖然と見つめる。

 

 あれ? 終わり?

 

 ……はっ、“降参”を宣言させなきゃ勝ちが決まらない。あれって気絶したふりして誘ってるのかもしれない。

 近寄って無防備にしゃがみこんだら何か仕掛けてくる?

 

「死んでませんよね? 降参してくれませんか? 傍によるの嫌なんで降参しないなら本気で殺しますよ」

 

 奴はまだ動かない。

 

 ……ほんとに倒れている? それとも罠?

 

 だめだ。わかんない。すんごく弱かっただけかもしれないけど、すんごく上手な演技かもしんない。

 “凝”しても“纏”も“絶”もしてない普通の垂れ流し状態にしか見えない。気絶してるの? それとも誘い?

 近付くのはやだな。

 

 バッグから投擲用にいっぱいいれてある小石を取り出す。頭を狙ってピシッと投げつけると避けることもしない。ガツンと大きな音が響いた。

 ぐえっと呻いて頭を抱えて転がる。

 “周”しなかったことを感謝してよ。“周”してたら爆散してたもんね。

 

「起きましたか? 降参します? しないなら次はもうちょっと“込めて”投げます」

 

 “周”つきでって言えないから濁して言った。相手にはちゃんと伝わったみたい。

 

「降参する! するからやめろ」

 

 ピッという電子音と共にこちら側のポイントが1になる。これで1-0

 

 全身の力を抜く。

 なんだ。ただの弱いだけの男だったのか。心配して損した。

 

 振り向いてさっきの場所まで戻る。ゴン、キルア、クラピカ、レオリオと順に掌を合わせて喜びあう。

 

「すげえや、エリカ」

「おつかれ」

「強いんだな、君は」

「かっこよかったぜ、エリカ」

 

 ありがと、と言ってから思い出した。そうだ、ここ、クラピカの相手が寝たふりして長引かせたんじゃなかったっけ?

 

「あ、そうだ。さっきの奴みたいに気絶して“降参”って言わないかもしれないから、みんなこれ」

 

 バッグから石を取り出していくつかずつ配る。

 

「試合前ならいいですよね?」

 

 虚空に向けて問いかけると、「構わない」と返答があったから気にせず渡した。

 

「おいおい、いくつ持ってんだよ、こんなもの」

 

「備えあれば憂いなしなんだよ。

 こういう時間勝負な試合ってさ、わざとそうやって長引かせる奴が絶対出てくるの。作戦なんだよ、そういう。だから問答無用でやっつけなきゃ」

 

 クラピカに聞いてほしくて、説明セリフっぽくなってしまった。

 

 第二戦はゴンのローソクの火対決。あっという間にゴンが勝った。これで二勝目。

 

 第三戦はクラピカだ。

 クモのタトゥーを見せつける相手にクラピカの怒りが爆発。

 目を真っ赤に染めたクラピカがあっという間に相手を斃した。

 

 んで。“死”でも“降参”でもない状況が出来上がる。

 クラピカはさっきの話の流れで相手がわざとそうしているかもしれないと気付きながらも、やはり頑なに何もしなかった。

 

「せっかくくれた石だが……すまないエリカ」

 

 気持ちはまあわかるから気にしないでと首を振る。

 

 そのあとは原作どおりレオリオが「確認させろ」って騒いで、向こうからの賭け勝負に乗り、クラピカの勝ちは決まったけどこの勝負も続行ということになって結局は50時間の待機時間が課せられる。

 

 すまない、と謝るレオリオに、とにかく3勝にはなったんだからいいじゃんと皆で声をかけながら待機場所の部屋へと移動した。

 

 

 そこでドラポケバッグから出した食料(あんまりあからさまなものは避けて、冷めたサンドイッチ系だけ)をみんなで分け合って食べながらそれぞれの話をする。

 

 

 クラピカの“緋の目”の話を聞いたり、レオリオの“金儲けのため”っていう偽悪発言と医者の夢を聞いたり、キルアの実家事情、ゴンのお父さんやクジラ島の話とみんなの話をいろいろ聞けた。

 私も、6歳から独りだという話をした。

 

 その後は時間つぶしに置いてある本を読んだり、話をしたりそれぞれ静かに時間を過ごした。

 

 まだ念を知らない人達にグリードアイランドって言っていいのかどうか悩んで、結局それは言い出せなかった。自然に話に混ぜ込むって難しいね。

 

 

 

 その後、50時間きっちりでまた道を進み始める。

 時間が残り少ないことをみんな理解しているから、必死に攻略していった。

 トンパはいないから原作ほどギスギスはしてないけど、まだ仲良くなり切れていない5人だから、回り道してまた戻ってしまったりすると少し諍いが起きる。

 

 そして“5人で長く困難な道か、3人で短く簡単な道か”という仲間割れを狙ったいやらしい選択にゴンの機転で困難な道に入って壁を壊して無事最後まで到達できた。

 道具はあるし、私の“周”もあるし、壁抜けにほとんど時間がかからなかった。

 

 1階広間に着くと3次試験通過のアナウンスが響く。時間はあと60分を切っていた。ギリギリだった。

 実のところ、間に合わなければ4人を持ち上げてAポイントの屋上へ戻って地上へ(ステップ)という手もある私には焦りはなかった。

 拳を突き合わせて喜び合う。

 

「遅かったな」

 

 ダンがめちゃくちゃ心配したんだぞって顔で寄ってきた。ごめん。なんとか間に合ったよ。なんて話した。

 

 よし! 終了だ。

 やったね。ゴン達と一緒でよかった。

 次の試験で出遅れることになるけど、それでも彼らと一緒に過ごした時間はとても楽しかった。

 

 無事(ジャンプ)も(ステップ)も使わずに3次までクリアできた。

 あとはサバイバルと対戦か。

 サバイバルのナンバープレートの相手が弱い奴でありますように。

 

 

 



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ハンター試験 四次

 

 

 3次が終わり、4次試験の説明が始まった。

 “狩る者と狩られる者”。

 3次試験でタワーを脱出できた順にクジを引いていく。

 

 最後になっちゃった私達。

 5人の中では一番にクジを引かせてもらった。301番だ。

 

 

 クジで引いた標的のナンバープレートを奪う試験だという説明を聞きながら周りを見回す。さて、301番さんはどこだ?

 あ、いた。

 キュートな針を顔じゅうに刺した斬新なおしゃれさん……終わった。

 

 イルミ! なんでイルミなの? くじ運悪すぎだよ。もう。

 しかたない。諦めた。彼に立ち向かうのはただの蛮勇だ。素直に他の方3人を狙うことにしよう。

 

 

 大丈夫。念能力者は私を含めて4人しかいない。私はこの中では一歩先を進んでいる。

 誰でもいいや。適当に襲って奪わせてもらおう。

 

 そんな風に考えていた時、ふと受験生の一人に目がいった。

 大きな帽子をかぶった弓矢持ちの若い男。

 

 ……え?

 

 あの人、あれじゃない? キメラアント編の被害者。

 

 

 そうだった。

 すっかり忘れてたけど、ゴンの同期合格者だったんだっけ。……名前は、えっと。そう、ポックルだ。

 

 ポックルはこれで合格して幻獣ハンターになったんだよね?

 もし私が彼のプレートを取ることで不合格になったら。そうすればあの酷い最期を迎えることはないのかも。

 

 でもアマチュアハンターも何人かキメラアント編の現地にいたような気が。

 ……記憶が定かじゃない。

 

 ちゃんとキメラアント編もしっかり読んでおけばよかった。アニメはキメラアント編を見てない。だってトラウマががががが……

 もしかしたらあのおぞましい未来から助けられるかもしれない。

 

 

 よし。

 彼からプレートを貰うことにしよう。

 私はプレートをゲットできてラッキー。

 彼は死ぬ運命から逃れられるチャンスを得られる。人助けもできて一石二鳥だ。

 

 

 

 

 船の中では誰も口を開かなかった。

 

 みんな自分のプレートをしまい込んで、静かに座っている。

 今までは協調することもあったけど、今回は互いが敵になる。

 誰が誰の標的か、誰が自分を狙っているか。船中が緊張感にあふれている。

 

 

 島についた。

 3次のクリア順に一人ずつ船を出ていく。

 

 

 外へ出る。

 “円”の範囲に私を狙って潜んでいるものはいないようだ。

 “絶”で気配を殺しながら素早く進む。

 

 あ、そうだ。これ忘れるところだった。

 スタート地点がゴール地点なんだった。この辺りの目立たないところでポイントを設置しておかなきゃ。

 うっかり忘れてガーデンに入って、どこかへジャンプなんてしたら二度とここへ戻ってこれないところだ。

 そんなうっかりミスで失格になったら後悔なんてもんじゃない。あまりにも情けなさすぎる。

 

「ポイントA設置“4次の島”」

 

 よし。これでいつでも帰ってこれる。

 

 

 

 さあ、気を引き締めて行こうぜエリカ。

 出発が最後のほうなんだから、いろんな所で誰かが待ち伏せしている可能性が高い。罠が仕掛けられているかも。

 

 ヒソカ、イルミ、ダン。

 4次に残った者で念能力者なのはその3人だけだ。

 

 すこぶる危険なヒソカとイルミ。彼らさえ気を付ければあとは大丈夫だろう。

 ここからは“円”は最小限にしよう。ヒソカやイルミを呼び寄せることになるもんね。

 

 他はたぶん大丈夫。

 

 足音を殺し、木々の間を縫って進む。

 “絶”で潜みつつ、超一流ミュージシャンの精密で高性能な聴覚を駆使して森の風景に溶け込む雑音を探す。

 

 時折り“凝”で罠が仕掛けられていないか確認も怠らない。

 気分は狩人だ。

 

 私の担当監視員らしき気配がずっと付いてくるから常に見られている感覚があって、ちょっと煩わしい。

 

 

 広い草原に出た。草の背が高く、人の姿が見つけにくい場所だ。風でさやさやと揺れている草の音が邪魔して雑音を捉えにくい。

 そこで、見つけた。

 

 ポックルと、彼が狙う獲物。

 そっと“円”を広げる。周りには数人の人がいる。私を狙っている者はいないか。

 周囲の森は射程距離の長い武器ならじゅうぶん狙える場所だ。

 あ、木の上にゴンがいる。ゴンの近くにも数人。

 

 

 私に気付いている者はいないと判断して、静かに“絶”で潜む。

 じっとチャンスを待つ。

 

 しばらく待つとポックルが動いた。

 弓を引き、獲物に向けて撃つ。相手は気配を察して咄嗟に避けた。矢は男の肩付近を掠って飛んでいく。

 

 男は攻撃を避けたことで優位に立てたと思ったのかにやりと笑ったけど、ポックルは何の注意も払わず立ち上がる。

 

 ポックルに相対して大きな剣を構えた男が身体を震わせて崩れ落ちる。しびれ薬が塗ってあったみたい。うまい。彼の狩りの腕は高い。

 

 ポックルが獲物からプレートを取り上げて、捨て台詞を吐いている。今だ。

 

 一瞬で駆け寄り、ポックルの無防備な背中に一気に近づき軽く膝裏を蹴って跪かせた。

 そうしないと身長差があるもんね。

 首に腕を回して締め付けて解体用ナイフをあてて。

 

「ごめん。プレートくださいな」

 

「……へ? え?」

 

 ポックルがまだ右手に持っていたナンバープレートを貰う。これで1点分。

 

「貴方の分も。くださいな」

 

「勘弁してくれよ」

 

「急いでくれる?」

 

「……わかった」

 

 観念したように右手を動かしポケットへ手を……入れる前にナイフを少しだけ頬にツンツンしてまた喉へ添える。

 

「怪しい事はなしですよ」

 

 反撃されるかもしれないから、念押し。しびれ薬とか嫌なんだもん。ポックルに念の洗礼を受けさせないためにこっちは垂れ流し状態なんだぞ。

 

「え、あ、うん。……ああ、もう、くそっ!」

 

 鞄から出してきたナンバープレートを貰ってバッグにしまう。

 周りを見回して、ついでにゴンにもそっと微笑みかけておいた。ぎょっとした顔でこちらを見ている。

 

「ありがとうございました。じゃ」

 

 手を離した瞬間、全速力で森へ駆け込む。

 弓の射程は長いもん。しびれ薬の矢は私にも効く。ステップで逃げたいところだけど目撃者が多すぎるからこのままジグザクに走る。

 

 

 じゅうぶん離れたところでゴンに倣って木の枝に飛び乗り気配を殺す。

 ふう……

 自分も狙われる側だ。緊張した。

 

 

 ポックル。これでハンターを諦めてくれるだろうか。

 私の手には53番と105番のプレートがある。このプレートがポックルのターゲットなのであれば、ポックルはこれから6人分集める必要がある。

 かなり厳しいんじゃないかな。

 

 でも4次は1週間だ。まだ始まったばかり。時間はまだまだ残っている。

 まだこれから盛り返すかもしれない。

 そうなればあの未来が……

 

 

 ああ! 嫌な未来を知っているのにどうしようもないのが、ほんとにもどかしい。

 世のオリ主さん達はどうやって折り合いをつけてんだろう。

 

 すべてを助けようなんてつもりはない。

 でも。手の届く範囲なら、助けられるものは助けたいって思ってしまう。

 

 もしこれで合格するなら、それが彼の運命だ。……気にしちゃだめだ。

 

 

 

 ――うん。よし。

 気持ちを切り替えよう。

 プレートはあと1枚分。

 

 その日は見つけられず、夜は監視員を撒いてからステップでガーデンに戻って休んだ。

 

 

 

 2日目、私は“絶”で森の中に潜んでいた。

 

 キルアとそれを狙う三兄弟を見つけちゃったのだ。

 これって確かキルアが自分のターゲット以外の二つを遠くへ投げるやつだ。ちょうどいい。それを一つ貰おう。

 

 念のため危険を冒して“円”を広げると、同じように三兄弟を狙っているハンゾーも見つけた。

 それぞれに監視員がいて、ほんと紛らわしい。

 

 

「さて。こっちのいらないのは……」

 

 キルアが力いっぱいプレートを投げる。一つ目でハンゾーがすごい速さで走っていった。じゃあ私はもう一つを貰おう。

 

「今度はあっち!」

 

 キルアがプレートを投げる。ギュオオオなんて音を立ててプレートが飛ぶ。

 よし!

 

 プレートの飛ぶ方向へ走ると一気に跳びあがる。空高く飛ぶプレートを空中で掴んで無事3つめをゲットだ。

 

 この2日間、私を見つけた者はいなかった。“絶”の効果は素晴らしい。ヒソカやイルミは他の相手をしているようで一度もすれ違わなかった。

 ちょっとだけ自信がついた。

 

 

 あとは監視員を撒いてガーデンへ行くだけだ。

 ってか何度か撒いているのに、しばらくすると見つけ出して追ってくる監視員ってどんな実力者なのよ。

 たぶんプレートに発信機でもついてるのかな。

 

 発信機のついているプレートを持ったままガーデンに入るのは嫌なんだけど、このままここにいるのも嫌だ。

 発信機と言ってもたぶんそんなに広域をカバーするような奴じゃないよね。そんな高性能な奴なら回収されるはず。

 ゴンなんてヒソカに突き返すまでずっとあれを持って移動してたもん。

 

 転移は今回の試験で使うつもりだったから、プレートの場所が特定できなければきっと遠くへ転移したと判断されると思う。

 もし念空間だとばれたとしても、ガーデンがGI仕様であることを知られないなら平気。

 

 

 木の間を少し歩く。もちろん“絶”は欠かさない。私も“狩られる者”の一人なんだから。

 

 

 

 ジグザグに木の間を走りぬけ、その途中で(ポップ、ステップ)。

 見慣れたガーデンの風景にほっと息をつく。

 

 さて。

 残りの5日間は家族サービスタイムだ。

 メリーさんの美味しい料理を食べて、ラルクと遊ぼう。やっと念に目覚めたラルクが最近ちょっと“纏”らしくなってきて先が楽しみなんだ。

 

 

 

 

 

 

 最終日、島に設置したポイントAへジャンプしてしばらく“絶”のまま待っていると、サイレンがなり、スタート地点へ戻ってくるようアナウンスがあった。

 

 スタート地点に近いポイントにいた私はけっこう早めに戻れた。

 すぐにキルアがやってきた。

 

「おつかれ、キルア」

 

「おう。ってかお前どこに隠れてたんだよ。一回も見つけらんなかったや」

 

 キルアがつまらなそうに話す。キルアって対人戦に慣れすぎていて退屈な1週間だったのかも。

 

 ぞろぞろと戻ってくるメンバーを見る。

 

「キルア! エリカ!」

 

 ゴンが走り寄ってきた。ぞろぞろと原作メンバーとダンがやってくる。

 

「おつかれ、ゴン。みんなも」

 

 みんなけっこう疲れた顔をしていて、わりと厳しい一週間だったんだなと感じた。

 ごめん。後半毎日美肌温泉な生活してて。

 

 ダンの話では、けっこうギリギリにレオリオのプレートが集まって、それでここまで走ってきたのだとか。

 それから、レオリオとクラピカ、ダンが一緒にいる時にヒソカとあわや殺し合いかってとこまで行ったってことを聞く。

 ゴンもヒソカにプレートを譲られたと悔しそうに話していた。

 

 原作に介入したのは私じゃなくてダンだったね。実はこいつがオリ主なんじゃないかしら。ほんと。

 

 

 

 脱落したメンバーの中にポックルを見つけてホッとする。

 これで諦めてくれればいいんだけど。

 

 あ、諦めなくていいよ。ハンターになる能力はちゃんとあるんだしね。

 でも来年はキルアが全員ボコって一人合格だし、その次の試験で頑張って欲しい。それならキメラアント編は終わっているから安心だもん。

 

 ポックルが座り込んでいる女性のそばに行った。

 っていうか、ポンズだ。そうか。彼女もここにいたんだった。忘れてた。

 やっぱり細かい部分は忘れてるな。

 

 ポンズも助ける方法はないのかな?

 

 ……ポックルとポンズって付き合ってるんだっけ? あれは二次創作の設定?

 でも彼らは一緒にあの国にいたんだから、ポックルが行かなかったらポンズも行かないんじゃないかな?

 なら、彼女も助かるかも。……だといいな。

 

 

 

 



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ハンター試験 面接、最終

 

 

「21番、エリカ・サロウフィールド。入りなさい」

 

「失礼します」

 

 無事4次を終えて5次の会場へ向かう飛行船の中。

 ネテロ会長の面接があった。

 

 まずハンター試験を受けに来た動機を聞かれる。

 

「私はグリードアイランドのゲームの中で生まれ育ちました。両親とも中で死に、6歳からは独りであの中で生きてきたんです。

 まず身分証が欲しかった。

 それに、広い世界を見たい。私の行動範囲はグリードアイランドの中と天空闘技場しかなかったから。

 ディアーナ師匠のもとで半年修行させてもらって、私は今まで知らなかったことをいっぱい知りました。友達もできました。でも、まだまだ知らないことがいっぱいです。

 世界中を回って、視野を広げたいんです」

 

 これは本当。

 試験が終わってバッテラさんの報酬を得ればもう原作にかかわるつもりはない。

 ゴンにゲーム機をゆずり、自由に外を見てみたい。

 

 この世界に生まれて、私には将来の夢なんてものはなかった。

 ハンターの仕事をしていくうちに、きっと私が、エリカ・サロウフィールドとしての私がやりたいことも見つけられるんじゃないかな。

 

 私の言葉に、会長はうむうむと頷いた。

 

「まだまだ若いからの。先は長い。うむ。じっくり決めていくがよいの。世界は、広いぞ」

 

「はい」

 

 あとは注目している受験生はダン、それからゴン。戦いたくない相手はヒソカとギタラクルと答えた。

 あの二人は絶対戦いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終試験会場のホテルの部屋で、試験に臨む受験生が揃っていた。

 私、ダン、ゴン、キルア、クラピカ、レオリオ、イルミ、ヒソカ、ハンゾー、ボドロの10人だ。

 ポックルはあのまま4次で落ちた。

 これで彼のあの最期が回避できたんじゃないかな。できたと思いたい。

 そして一緒にポンズも助かってほしい。

 

 詳しい人数を覚えていないけど、原作での最終試験に残った者からポックルを引いて私達二人を足したって感じだろうか?

 

 

 試験内容は原作通りの負けあがりトーナメントで一勝すれば合格となる。

 トーナメント表はこうだった。

 

 ゴン vs エリカ

    →ハンゾー

      →キルア

        →ギタラクル

 

 ダン vs クラピカ

    →ヒソカ

      →ポドロ

        →レオリオ

 

 

 私ってけっこう成績が良かったみたい。

 おかげさまでトーナメントのポジションがいい。

 ゴンと対戦ってのは困るけど。ヒソカと対戦せずにすみそうなのがほんとに嬉しい。

 

 さてと。

 ゴンとの試合、どうすべきか。

 勝つのは勝てる。

 でもゴンは“まいった”って言わないよきっと。意地になると梃でも動かない。

 原作みたいに腕を折っても降参してくれないのは、どうしようもないよね。

 

 ……使わないで済むなら使わないでおこうと思ったのに。

 

 ゴンが熱くなりすぎる前に試合を終わらせる。できれば戦いらしい戦いをしないうちに。

 ここで(ステップ)を使おう。念禁止なんて言われてないし。

 どうせいつかは公表するんだ。すでに自然保護区では5メートル範囲限定で使ってたし。

 

「第一試合、ゴン対エリカ。始め!!」

 

 ゴンと一緒に前へ出る。

 

「エリカ強いから楽しみだよ」

 

「よろしく。ねえ、ゴン」

 

「なあに?」

 

「あのさ、提案があるんだけど、聞いてくれない?」

 

「提案?」

 

「そう。会長とのゲームの時に思ったんだけど、ゴンって粘り強いからさ。すっごく時間かかりそうな気がするの。

 だからポイント制にしない? 攻撃を相手の身体のどこかに当てれば1点。3点先取で負けた方は“まいった”ってするの。どう?」

 

「うーん。いいよ、それで」

 

「よかった。じゃあ……」

 

 ネテロ会長を見た。

 会長は「うむ。それでよかろう」と言いつつ試験官に目配せをする。

 これで試験官がしっかりポイントを取ってくれるだろう。

 

 腰を落として身構える。

 ゴンはきらきらした目でこちらを見据えている。

 

 戦うのが楽しいって全身で表している。

 

 互いに向き合い、間合いを読みあう。横にすり足でじりじりと円を描くように動きながらタイミングを計る。

 飛び出してきたゴンを避けて回し蹴り。ゴンは腕でガードした。

 

「1点。エリカ」

 

 試験官の声が響く。

 

「え?」

 

 ゴンが立ち止まる。

 

「ゴン、“攻撃を相手の身体のどこかに当てれば”って言ったでしょ? ブロックしても手に当たったから1点だよ」

 

 ポイント先取って普通は有効打だけをカウントするんだけど、今回は“当てれば”だもん。

 よかった。

 試験官は正しく理解してくれていた。

 ゴンが勘違いしてくれているのはわかってたんだよ。これで1点稼げた。

 

「あ、そっか。避けなきゃなんだね」

 

 あと2回当てればいい。会長とのボール取りゲームを思い出せ。

 行ける行ける。

 

 その後もう一度向かい合う。

 互いに避けあい、追いかけ、蹴りあい、狭い空間での鬼ごっこの様相を呈してきた。

 もう一度ゴンが猛スピードで飛び込んでくる。

 と言ってもまだまだ粗削りなゴンの攻撃は、私には全部見えている。避けるのも余裕だ。

 

 避けてまた回し蹴りをすると次はしっかりゴンも避け、反対に右ストレートが来る。転がって避け手で体重を支えて逆立ちするように伸びあがってキック。これはきれいに決まった。

 ゴンが吹き飛ぶ。“絶”のままだから怪我はしていないはず。

 

「1点。2点先取、エリカ」

 

 熱くなってきたゴンの攻撃の切れはますます冴えてくる。

 会長とのボール取りゲームの時にも思ったんだけど、ゴンはやっぱり天才だ。相手に合わせてどんどん技能が伸びていく。

 能力者でもないのに、手や足を振るとブォン、ブォンと音が鳴る。

 

 ゴンの重い蹴りを避けて地を蹴って後ろへ高く飛ぶ。隙と見たゴンが空中にいる無防備な私に向けて強烈なパンチを浴びせようと走り寄る。

 でも、これは誘いなの。ごめんね。

 ゴンの後ろに(ステップ)。後ろから後頭部にコツンと拳を当てる。

 

「1点。3点先取、エリカ」

 

 やった!

 

「エリカ。今、何をしたの? どうなったの?」

 

 一瞬で目の前から消えたことに、何もできずに負けたことに驚いてぽかんとした表情で立っている。

 

「世界は広くてさ。いろんな人がいて、ゴンの知らないいろんな種類の“強い”がいるの。私はそれを知ってるだけ。……たぶん、もう少ししたら話せると思う」

 

「ふーん。よくわからないけど、わかった」

 

 一度俯くと、また顔を上げる。

 何かを吹っ切ったのか、次はまたキラキラとした笑顔になっていた。

 

「すごいよエリカ。オレ、次はエリカに一撃入れられるようになる!」

 

「うん。きっとゴンならすぐな気がする」

 

 

 ゴンが“まいった”と宣言して、とりあえず一抜けでハンターになれた。

 ほっとして壁にもたれて座る。ぞわっとした視線に気づいて横を見るとヒソカがニヤニヤ笑っていた。

 

「……へえ♥」

 

 聞こえないふりして前を向く。

 ……こわっ。

 

 

 

 それから、クラピカとダンの試合は危なげなくダンが勝った。

 二人目の合格者だ。横に座ったダンと拳を合わせて喜ぶ。

 

「おめでと」

 

「ああ、やったな」

 

 その後ゴンとハンゾーの試合。

 私に負けて、より一層本気になったゴンは原作のように頑なに負けを認めず、ハンゾーに腕を折られていた。

 

 原作どおりハンゾーによるゴンへの拷問の時間があり、その姿をみんな黙って見守る。

 痛くても辛くても決して挫けない気持ちは素晴らしいんだけど。ゴンのわがままなところでもある。でも真っすぐな気持ちは、応援したくなる。やっぱり主人公だ。

 

 ここで引いてもいいだろうにバカだな、って思う気持ちもある。

 でも、一次試験の時にヒソカに向かった私もバカだった。だけどあそこで行かなきゃ私はヤドカリのままだったんだもん。

 きっとゴンもそんな想いなんだろう。

 

 

 その後匙を投げたハンゾーが降参すると言ってゴンが反論、切れたハンゾーが殴りつけてゴンが気絶。

 医務室に運ばれていった。

 

 ハンゾーが降参したため3人目の合格者はゴンになる。

 

 目をぎらぎらと揺らめかせ、剣呑な空気を醸し出しているハンゾーがやってきて、私の横に座った。

 

「おつかれさまです」

 

「ああ。あんた、あいつにポイント制って言ったの正解だったな。実感したわマジで」

 

 原作で知ってましたから、とは言えず、会長とのゲームの話を持ち出すことにした。

 

 2次のあと会長とボール取りのゲームをした話をかいつまんで話す。

 絶対負けを認めないだろうと思ってあの提案をしたのだと説明した。

 

「ああなると思ってたんですよ。ゴンってすごくひたむきで、すごく頑固だから」

 

「その情報、もっと前に知りたかったぜ」

 

「ハンゾーさん。ゴンに修復不可能な怪我を負わせずに終わらせてくれて、ありがとうございました」

 

「あんたに礼を言われる筋合いはねえが、まあ、うん、あんがとよ」

 

 そのあとハンゾーはふうっと深いため息をついて気持ちを切り替えたのか、少し機嫌を持ち直したようだ。

 

 第四試合はクラピカ対ヒソカ。

 ヒソカがクラピカに何か耳打ちして降参を宣言。4人目の合格者が決まる。

 ここで蜘蛛の話をしたんだっけ? 9月1日にヨークシンってとこまで話したんだっけ?

 

 第五試合はハンゾー対キルア。

 キルアがハンゾーと戦わずに降参宣言。

 キルアもゴンのことでハンゾーに感謝したからかもしれない。

 

 第六試合はヒソカ対ポドロ。

 ぼこぼこにされたポドロにヒソカが耳打ちしてポドロが降参。ヒソカが合格。

 

 第七試合でキルア対ギタラクル。

 ギタラクルが変装を解いてロン毛イケメンイルミお兄様になる。

 

 「ゴンを殺そう」と部屋を出ようとするイルミにクラピカ、レオリオ、ダンと一緒に立ちふさがる。びりびりする殺気を向けられたけど、これは譲れない。

 必死に睨みつけた。

 

 ここも原作どおりにキルアが降参。

 

 第八試合でポドロ対レオリオ。

 試合開始直後にキルアがポドロを殺して失格に。必然的にレオリオが合格。

 

 ポドロが死ぬことは知ってたけど、これは守らなかった。ずっと先のポックルの死は回避しようとして目の前で殺されるポドロはいいのかって話だけどさ。死の悲惨さの違いっていうか……

 ごめん、ポドロさん。成仏してください。

 

 私達二人が参加したけど、結局原作とほとんど変わらない結果となった。

 違ったのは私とダンが合格したことと、ポックルが不合格になったこと。

 

 

 第287期ハンター試験の合格者は8人。

 私、ダン、ゴン、クラピカ、レオリオ、ハンゾー、イルミ、ヒソカがハンターとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、講習を受けてハンターライセンスを受け取り、私はハンターとなった。

 念能力者だから裏試験もなくそのままプロハンターとして認められたことになる。

 

 目覚めたゴンがイルミの腕の骨を折って家の場所を聞き出したり概ね原作通りのイベントを挟み、解散となった。

 

 帰る前にハンゾーさんはシノビとは思えない派手な名刺をくれて、「なんかあったらまたな」なんて話をして別れた。

 私も隠れ家に設置したホームコードの番号を書いた紙を渡す。

 

 最近やっとホームコードを設置したのだ。

 これからハンターになって外へ出て行くようになると必要になるもん。それに夜はガーデンにいることが多いから携帯は繋がりにくいのだ。

 ホームコードは必須ってわけ。

 

 あ、情報収集のための電脳コードはずっと前から持ってたよ。

 そういえばこれからはハンターライセンスでも調べられるんだよね。

 情報量も増えるし。便利だ。

 

 

 イルミも名刺をくれた。「初回は依頼料サービスするから」って真顔のまますっと名刺を差し出され、「ありがとうございます」と受け取ってしまった。

 暗殺者の名刺、貰いました。記念品に飾る以外の使い道がわかりません。

 

 ヒソカにも「また天空闘技場へおいでよ。200階で待ってるから♥ またね、エリカ♠」と言われた。とっさにさっきの名刺に電話しそうになりました。

 こわいです。いきません。わたし、わかんないです。

 

 

 

 

 ハンターライセンスを見つめる。

 やったよ、お母さん。私ハンターになったよ。

 これで、私には身分証ができた。

 

 なんだか、身分証のために運転免許証を取った英里佳時代を思い出す。でも、運転免許証よりもずっとこれのほうがすごいんだ。

 これで飛行船もホテルもみんな無料なんだっけ? ハンターの仕事って報酬もすごいし。

 

 

 ディアーナ師匠には昨日のうちに報告の電話をした。

 携帯にかけたけど、今は自然保護区にいるから繋がらず、教えてもらっているホームコードへ報告と感謝の言葉をいれておく。

 

 ダンも同じようにメッセージを残したらしい。

 

「ダン、これからどうするの?」

 

 自然保護区へはもう行かないんだから全くのフリーなわけだよね。

 

「一度実家に帰ってみようかと思ってんだ。親にも報告してぇし。そのあとは、うん。ハンター専用サイトで何か仕事を受けてみようかな」

 

「そっか。じゃあまたどこかで一緒に仕事ができたらいいね。ダンがいて助かったよ。試験中も。これまでの半年間も。この半年、すごく楽しかった。ありがと、ダン」

 

「俺も。楽しかったかな。生意気だけど、いい相棒だった」

 

「生意気は余計だよ、もう」

 

 拳を突き合わせて、微笑みあう。このところずっと一緒にいたから、ちょっと寂しい。

 でも。また会えるから。

 笑いあって別れをすませた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゴン!」

 

 一刻も早くキルアの下へ、とでも言うように固い決意の顔で歩くゴン、クラピカ、レオリオを見つけ、声をかける。

 

「エリカ」

 

「キルアのところに行くのね? 私は行けないけど、キルアによろしく。きっとキルア、ゴン達が迎えに来てくれたら喜ぶから」

 

「うん。キルアは絶対オレが連れて帰るから」

 

「試験中のお礼が言いたかったの。いろいろありがとう、みんな。またみんなと会えると嬉しいな」

 

「じゃあ9月にエリカもヨークシンにくる?」

 

「9月? ヨークシンかあ。いいね。じゃあ会いに行こうかな」

 

 当然9月1日には行かない。

 予定が伸びたと言って、幻影旅団との戦いとオークションが終わってから行こう。

 そしてうまくゴンに私のゲーム機を譲る。

 

 私の予定ではバッテラさんがクリア報酬を使うはず。だからバッテラさんに雇われたらカイトのところへ飛べなくなるもん。

 

 ホームコード、携帯番号を交換し、まだ携帯を持っていないゴンには番号を書いたメモを渡し、また会おうね、と手を振って別れた。

 

 レオリオは偽悪的なことを言うけど話してみると“いい人”感が滲みでてて、話すのが楽しい人だった。

 クラピカは影があって人を寄せ付けない感じがあるけど真面目で、内心は熱血漢。

 二人とも10歳の子供な私にも対等に話してくれた。

 

 ゴンは素直でおおらかで、誰にでも分け隔てなく接するところが魅力的だ。彼はまるで太陽のようだった。人の闇を溶かす温かい心を持っている。

 

 ここには今はいないキルアも、ひねてはいるけど精一杯自分を変えようとあがく姿は眩しい。

 

 原作主人公達はみんないい人だった。

 

 

 グリードアイランドって単語を言うチャンスがなかったのが悔やまれる。

 次は春にカストロさんの試合を見に天空闘技場へ行くからその時に話そう。その頃にはもう念の存在を知っているから“グリードアイランドって修行に最適”とか言えばいいや。

 

 よし、こっちはこれでおしまい。

 

 ハンター試験、長かったですが、終わってみれば充実した日々でした。

 

 

 

 

 



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バッテラさんと

 

「ハンターのエリカ・サロウフィールドと申します。グリードアイランドのクリアデータの件でバッテラさんと連絡を取りたいのですが、バッテラさんはいらっしゃいますでしょうか」

 

「バッテラは外出しております。メッセージをお伝えいたしますがいかがなさいますか?」

 

「では、ハンターのエリカ・サロウフィールドが、グリードアイランドのクリアデータの件でお会いしたいと、そうお伝えください」

 

 連絡先を言って、また明日同じ時間にもう一度電話すると言って切る。

 明日も留守って言われたら……どうしようか。

 

 

 

 ハンター試験で仲良くなった皆とわかれてまずやったことは、バッテラさんの経営する会社へ電話することだった。

 もちろん会長がいつも会社にいるなんて思ってない。

 彼へ連絡をつける先がここしか思いつかなかっただけ。

 

 でもハンターの肩書とグリードアイランドって言葉で伝言くらいは受け取ってくれるだろうと踏んだわけだ。

 

 

 

 

 

 翌日、また電話をすると、今度は受付から男性の声に切り替わった。

 

「君がグリードアイランドのクリアデータを持っているのかね? クリアされたとは聞いていないが」

 

「エリカ・サロウフィールドです。バッテラさんですか?」

 

「彼は忙しい身なのでね。私がかわりに承ろう」

 

「では、『大天使の息吹』とお伝えください。もう一度明日同じ時間にかけます。では」

 

「待ちたまえ」

 

「バッテラさんにお会いできますか?」

 

「……少し、時間をくれ」

 

 怪しいもんなあ。どうみても詐欺っぽいもんね。

 これでアポイントとれなかったら、諦めよう。せっかく手に入れたのに。

 だめならだめで自分や家族用だと思えばいいか。

 

 数分間、保留中の音楽を聴かされながら、そんなことを考えていた。

 

 その後、電話口に戻った彼から指定されたのはハンター試験の最終試験場となったホテル。そこに明日来るようにという話だった。

 向こうも私のいる場所の傍を指定するあたり、「お前のことはわかってんだぞ」って言いたいのかもね。

 

 まあよかった。アポイントはとれた。すべては明日だ。

 色々準備しておかなきゃだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お時間を取っていただき、ありがとうございます。エリカ・サロウフィールドと申します。つい先日ハンターになったばかりです」

 

 正面のソファには矍鑠とした老人。彼がバッテラさんだろう。

 その後ろにバッテラさんと同年代くらいの執事っぽい人。ソファの横に立つ護衛らしき筋骨隆々な黒スーツ。そしてその周りと私のソファの周りを取り囲む20人ほどの黒スーツの面々。

 

 ソファ横に立つ黒スーツが口を開いた。

 

「君のことは調べさせてもらった。二つ星ハンター、ディアーナ・マグダレーシヴァの推薦でハンター試験を受け、10歳にして見事初回合格。

 その前は天空闘技場で腕を磨いていたようだが、不思議なことにそれより以前の経歴はまったくつかめていない。

 さて。

 君は、バッテラ氏に対し、何を提示すると言うのかね?」

 

 “ハンター試験の推薦枠”なんて公表されてないだろう情報をしっかり調べてあるあたり、さすがは大富豪サマだ。

 ここで師匠の名を持ち出されると私もちょっと怯んでしまう。

 なんかあったら師匠に苦情の連絡が行くんだろう。

 

 天空闘技場へ通いだした7歳の頃より前の記録がまったくない10歳の少女。怪しいことこの上ない。バッテラさんや護衛達が怪しむのもしかたない。

 

 生まれた瞬間から国民番号が振られるこの世界で、“過去の記録がない”なんてありえないんだ。たった一つの可能性……流星街生まれだってこと以外は。

 だから、今、護衛の男が言った“それより以前の経歴はまったくつかめていない”って言葉は、こう言っているに等しい。

 “流星街の浮浪児あがりが、何をしにきたんだ”と。

 

 でもさ。

 だからって師匠の名をあげたり、こんなに護衛を並べなくてもいいじゃない。なにこれ圧迫面接みたいなやつ?

 20人集められていても大半が非能力者ばかりだ。取り囲まれていても恐怖は感じないんだけど。

 

 まあ私は詐欺するつもりはないから。師匠に迷惑をかけることはない。

 だからこっちも強気でいかせてもらう。まずは邪魔なギャラリーを減らすことだ。

 

「どうか内密に話をさせてください。

 怪しく思うのはわかります。ですが、大恩ある師匠の名を汚すようなことはしないと誓います。

 これから話す内容は、私の能力についての話が含まれます。

 大人数に自分の能力を知られたくありません。能力者にとって、それがどれほど危険か、わかっていただけますよね?」

 

「できないと言えば?」

 

「残念ですが諦めます。私もこんな大人数に能力を知らせるつもりはありませんから」

 

「そう言われても。彼ほどの資産家となれば他者から狙われることも多い。

 何か、君を信頼できる証拠を見せてもらわんことには、そう簡単に人払いはできない。わかるだろう?」

 

「ディアーナ・マグダレーシヴァの名を持ち出しておいて、私を信用できないと?

 せめてもう少し減らしてください。20人もの護衛が必要とでもおっしゃるつもりですか?

 特に能力者でない護衛の方がいる前で、これ以上の話はしません」

 

 一歩も引かないつもりで言えば、バッテラさんのほうも納得したようだ。

 バッテラさんの目配せに、護衛の代表らしき人が2人を選び、残りの護衛を退席させた。

 

「これでいいのかね?」

 

「……じゃあ、これだけお見せします。

 今回ハンター試験で使いましたので、いずれ知られることになるでしょうから」

 

 仕方ない。

 見せつけるように立ち上がる。

 ゆっくりとソファの横の開けたスペースへ移動し、視線が自分に向いていることを感じながら親指を噛みきる。カーペットへ血をたらし、「ポイントB設置“ソファ横”」と唱える。

 次に振り返り扉の前まで進むと、扉前のスペースで同じように血と「ポイントC設置“扉前”」。

 

 これはちょっとしたブラフ。マーキングには血が必要とかそんな情報を渡しておくため。能力を正確に知られるなんてナンセンスだもんね。

 ポイントを2ヶ所作ったのもブラフ。何も言わなければ、ポイント同士しか飛べないと想像するだろう。

 

「こんなふうにマーキングします。あ、汚してしまってすみません。この血はもう必要ありませんからあとで消してください。……では、一瞬なのでお見逃しなく」

 

 そう言って、Cのマークの上から(ポイントBジャンプ)でソファー横へ転移してみせる。

 どよめきの声があがった。

 

「私の能力を使えば、私がマーキングした場所であれば、どんな結界の中でも、どれほど遠くても、一瞬でそこへ移動できます」

 

 私は一言一言区切って強調しながら話す。バッテラさんの顔を見て、必死に語りかけた。

 

「私なら、貴方の助けたい方を、いますぐ助けられます」

 

 バッテラさんが目を見張る。

 

「能力をお見せしました。どうか私を信じてください。

 人払いをお願いします。話の内容にはグリードアイランドの秘密も含まれます。これ以上は、貴方とその関係者の方にだけお話しさせてください」

 

 バッテラさんが初めて声を発した。

 

「私の執事と、護衛として彼ゼノン、この二人は外せない」

 

「ええ。それでいいです。英断に感謝します」

 

 バッテラさんが合図をすると、ゼノンさんが頷く。護衛二人を下がらせて、部屋にはバッテラさんと、彼の傍に立つ初老の男性と、ゼノンさんの三人だけが残った。

 

 円で調べても、この部屋の傍にはいない。

 ってグリードアイランド関連だからツェズゲラさんが出てくると思ってたけど、彼ってまだ雇われていないのかな?

 まあ誰でもいいけど。

 

「ありがとうございます」

 

「君は、私が何を望んでいるのか、知っているのかね?」

 

「知っているわけじゃありません。ですが、金に糸目を付けずゲームを買い漁っていることはわかりました。

 いくら大富豪とはいえ、それほど大枚はたいて欲しがっているんです。相当な熱意をもってらっしゃることはわかります。

 グリードアイランドのカードはどれを選んでもそれぞれ途轍もない効果があります。ですが、これまでに費やした金額を考えれば、それを使えば大抵のことは叶うと思うんです。

 ですから、金銭的な価値とは違うもの、お金では買えない何か、としか考えられません。なので、こう考えました。バッテラさんは、どなたかの病気か怪我を治したいのでは、と」

 

 何のリアクションも見せない彼らに、私は続けた。

 

「指定カードの『大天使の息吹』、これはどんな病気でも、どんな怪我でも治せます。四肢欠損すらも傷跡すらなく元通りになります。これほどの治療ができるものは、私は他には知りません」

 

 まだ何も言わない。

 

「それから、バッテラさんが懸賞をかけたのはもう10年も前の話です。貴方も、その方も、辛く厳しい10年を過ごしたことでしょう。『魔女の若返り薬』を飲めば、一粒1歳若返ります」

 

 黙ってはいるけど、執事さんが身じろぎした。

 

「これは、知られていないことですが、グリードアイランドは実在の場所です。地図に載っていない島ひとつ、まるごと念能力で特殊な結界を張って覆い、ゲームの中のような世界を作り上げています。

 つまり、ゲームという仮想空間や誰かの念空間に入り込むのではなく、念で守られた実在の場所へプレイヤーを転移させているわけです」

 

 三人の顔を順に見まわし、そしてまたバッテラさんへ視線を戻す。

 

「私の転移は、そこへ直接転移できます」

 

「不正に侵入すればゲームマスターが排除しに現れると聞いているが?」

 

 やっとゼノンさんが口を開いた。話してくれるだけ、私のプレゼンが効いてるということだ、と信じたい。

 

「GMが侵入を察知するのは、周りを囲った結界に触れた時です。私の転移は中にあるマーキングの場所へ直接飛びますから、結界に触れることなく中へ入れます」

 

「……続けたまえ」

 

「ゲームの中ではプレイヤーはカードを使って戦い、カードやアイテムで身を守り、カードからアイテム化した物を食べて生活しています。

 中で効果を発揮したものは、外へ出ても戻りません。

 アイテムは外へ持ち出せば消えますが、アイテムを使用した結果は、外へ持ち出せます」

 

 私なんて生まれてからずっと『湧き水の壷』の水を飲んで生きてきた。ログアウトすれば効果が切れるなら、私は今頃ミイラだ。

 

 私はバッテラさんを見つめた。

 

「『大天使の息吹』は私が既に手に入れています」

 

 バッテラさんが息を飲んだ。

 

「貴方と、貴方の治したい方、お二人を私が中へお連れして、そこでカードを使えば、その方はすぐに元気な姿となるでしょう」

 

 バッテラさんは両手を握りしめて震えている。

 

「これはあまり褒められたことじゃありません。ゲームのルールの穴を掻い潜る行為です」

 

「確かに」

 

「ですが、高額な懸賞金につられ、金に目がくらんだ者達が醜い争いを続けています。もう10年も膠着した状態なんです。

 バッテラさんの雇ったプレイヤー同士ですら、チームごと互いに奪い合い、足を引っ張りあっていて、クリアを阻んでいます。

 このまま手をこまねいていては、ゲームクリアが間に合わない可能性だってあるんじゃないでしょうか」

 

 10年以上も寝たきりなんだもん。原作では来年には死ぬんだぞ。

 

「……私の母も、プレイヤー狩りに殺されました。母はゲーム内に入ってすぐ私の妊娠がわかり、その後はゲームには参加せずに私を育てることだけに注力していました。そんな母ですらプレイヤー狩りは襲ってくるんです。私も、何度も襲われました」

 

「君も金に目がくらんでるものの一人じゃないか。バッテラさんの報酬目当てにきたんだろう?」

 

 ゼノンさんが言う。

 

「そうですね。否定はしません。私も報酬目当てです。お金がなくては生きていけませんから。

 ですが、私が一番早くバッテラさんの願いを叶えられることは確かですよ。お金の話がつけば、今すぐにでも」

 

 考えている彼らに、もう一押し。

 

「先ほど書いた転移のマーク。あれと同じものが、今、グリードアイランドの中にあります。よろしければ、一度お連れしますよ」

 

 彼らは顔を見合わせ、バッテラさんが軽く頷いた。ゼノンさんは「では、頼む」と前へでた。

 

 ただし。

 

「ゼノンさん。貴方はプレイヤーですか? でしたら指輪は外してください。これは極秘なんです。ゼノンさんがログインしていることを誰かに知られたくありません。もうしわけありませんが、指輪をここへ置いていくことが条件です」

 

 ログインしているかどうかはリストを見ればわかるから、指輪を持ってくるのはNGだ。

 と言いつつ、本当は他のプレイヤーから見てログイン状態にならないことを気付かせないため。

 だって連れていくのはガーデンだもん。

 

「いや、俺はプレイヤーではない。バッテラ会長の専属護衛だ」

 

「そうですか。では、そのままでけっこうです。

 私の能力で人を連れていくことはできますが、その人を私が抱き上げている必要があるんです。

 ですので、本番もバッテラさん、貴方と、『大天使の息吹』を使いたい方の2回転移することになります。

 あ、こんなナリですが、私も念能力者です。成人男性一人くらい平気で持ち上げられますからその点はご心配なく」

 

 そこまで言うと私はゼノンさんを抱き上げる。身長差がありすぎて縦に持ち上げると足がじゃまだから、お姫様抱っこ。ゼノンさんはすごく微妙な表情を浮かべている。

 

「では、行ってきますね」

 

 ソファ横のマークの上に立って(ジャンプ)。

 

 転移先はガーデンに作ったプレハブの屋敷の一室。

 組み立て式のプレハブ住宅を注文してガーデン内で組み立てたもの。

 

 ダブルベッドがひとつ。テーブルとゆったりソファがあってそこそこ広い。大富豪バッテラさんのために、ちょっと奮発した飾り付けをしている。もちろん内装はメリーさんの作品だ。

 

 部屋についたとたん周りを見回すゼノンさん。

 窓がないことに戸惑っている。

 

「すみません。ここは私がグリードアイランドの中で暮らしている家なんです。安全のため場所を特定されるのは困りますので、窓のない部屋でもうしわけありません」

 

「それでどうやって確認しろと言うんだ」

 

「ですから、はい、おひとつどうぞ」

 

 テーブルの上に用意しておいたクッキーを勧める。

 ゼノンさんは私の言葉に手元のクッキーを見下ろす。

 

「これはなんだね?」

 

「ホルモンクッキーと言います。

 これを食べて女性になった姿で戻ってください。そうすれば、グリードアイランドの中にいたことと“アイテムの効果は外へ持ちだせる”ってことが証明できるじゃないですか」

 

「いや、だがしかし」

 

「だがもしかしもないですよ。バッテラさんの為になるんです。一日で戻るんですから安いものですよ、ね、はい」

 

「君が食べればいいだろう」

 

「私が食べて変わるのと、バッテラさんのもともとの知り合いであるゼノンさんが変わるのとどちらが説得力がありますか? 別人じゃないって証明できないじゃないですか」

 

「…………やむを得ん」

 

 ゼノンさんは物凄いしかめ面をして、苦渋の選択をした。やがて覚悟を決めたのか、クッキーに手を伸ばすと目を閉じて食べた。

 

「お、美人さんですね」

 

「うるさい。ほら、さっさと戻るぞ」

 

「はいはい」

 

 美人だって褒めてるのに、怒ることないじゃん。

 よいさっと掛け声とともにもう一度ゼノンさんを抱き上げ、(ポイントB)へとジャンプする。

 

 クッキーの下りで時間をかけすぎたのか、バッテラさんと執事さんが、じりじりとした表情で待ち構えていた。

 

「帰ってきたか! っと、誰だ」

 

「ゼノンさんです」

 

 女性バージョンゼノンさんは鍛えられたアマゾネス風肉惑的なお姉さんだ。

 黒スーツの胸が押し上げられていて禁欲的な服装がまたさらにセクシーさを醸し出している。

 

 信じられない顔でバッテラさんが二度見する。執事さんもぎょっとした表情だ。あ、初老でもやっぱり胸に目が行くんですね。

 

「ホルモンクッキーというアイテムの症状です。24時間性転換する食べ物なんです。

 これで、間違いなくグリードアイランドに行ってきたことと、“アイテムの効果は外へ持っていける”ってこと、信じていただけましたでしょうか」

 

「おお、おお、おおおおおお。すごい、すごいぞエリカ君。すぐにでも報酬の話を始めよう」

 

「ありがとうございます」

 

「うむ。おい、急ぎ連絡を飛ばし、彼女をここへ連れてくるんだ」

 

「は、はい。かしこまりました。今すぐ」

 

 執事さんが弾かれたように部屋を飛び出す。

 私達は席に着き、交渉の時間となった。

 

 

 




※ツェズゲラはヨークシンシティ編で“この半年間”と言ってますので、この時期にはまだ雇われていないのではないかと推察。
プレイヤーの立場でバッテラにアドバイスをするツェズゲラのポジションはこの時期には誰もいないとしました。


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大天使の息吹

 

「まず最初に申し上げておきます。

 私はグリードアイランドの中で生まれ育ちました。あの場所は私のふるさとなんです。

 ゲームはクリアあってこそ。ですからぜひプレイヤー達にはゲームクリアを目指してほしいと願っています。

 ですので、今までどおりバッテラさんの懸賞は続けてほしいんです」

 

 今のプレイヤーがいなくなると困るし、新しいプレイヤー達もちゃんと来てもらわないと困る。

 

「私が提供するものは『大天使の息吹』だけです。

 『魔女の若返り薬』は一刻を争うものじゃないですよね? ですので、それはクリアしたプレイヤーから買い取ってあげてください」

 

 それが、仁義でしょうしね、と続ける。

 

 そうしないとゴン達のクリアに差し支えるもん。

 ゴンは私のゲーム機を使うけど、原作でゴンと同時期にログインした実力者達がゲームに入れないとクリアは難しいと思うんだ。レイザー対決とか特に。

 

「確かに、『大天使の息吹』さえあれば彼女は助かる。今はそれだけでもじゅうぶんだ」

 

 バッテラさんもそう回答した。報酬を受け取れないとなったらプレイヤー達がどんな反応を示すのか、想像できたんだろう。

 

「ですので、私への報酬はカード一枚分と、クリアを待たずに結果を出せたという、早期解決のボーナス分だとお考え下さい」

 

 彼らは知らないことだけれど、原作ではクリアが間に合わず恋人は死んじゃうのだ。それを考えると、私の価値はぐぐぐっとあがる。時間との戦いなんだもんね。

 

「君は何を望むのかね?」

 

「まず戸籍を用意していただけませんでしょうか。

 先ほども申し上げたとおり、私はグリードアイランドで生まれ、両親は私がまだ幼い頃に亡くなりました。私には正式な戸籍がないんです」

 

「ふむ。私の本拠地であるサヘルタ合衆国であれば問題ない」

 

「ありがとうございます。次にこの件について誰にも漏らさないことを明文化してください。ゼノンさんや執事さん、それに先ほどここにいた方も含めて。

 とくに私の能力についてと、グリードアイランドのアイテムをクリアなしに使ったなどと決して漏らさないように守秘義務契約を結んでいただきたい」

 

「当然の処置だな。問題ない」

 

「あとはお金を500億ジェニー。以上です」

 

「ふむ。それだけでいいのかね? もう少し吹っ掛けてくるのかと思っていたが」

 

「クリアデータの懸賞金が500億。私はそのうちの一つだけです。ですが、この一つはバッテラさんの一番欲しいものであり、そして現状では誰も用意できない品です。

 患者の症状によってはクリアが間に合わず亡くなってしまう可能性だってあります。

 

 今この瞬間も、その方は苦しんでらっしゃる。

 その方が負っている痛みや苦しみを一刻も早く取り除いてさしあげること。それができるんです。

 私の『大天使の息吹』には500億以上の価値があります。

 

 ですが。

 私はプロハンターになりました。お金はこれから自分の手で稼げます。

 

 これは私の……亡くなった母への鎮魂の儀式です。懸賞金と同じ金額を、私は手に入れたい」

 

 

 お母さん。

 私との生活費のため、私の言葉を信じてスペルカード集めを始めたお母さん。

 

 所長すら倒せない力量のお母さんは、たった一人で私を守ってくれた。

 弱いのに、強い人だった。

 

 4歳のあの時。『離脱』が手に入ったあの時、足手まといの役立たずな私を見捨ててひとりで外へ出ればよかったんだ。

 若くてきれいなお母さんなら、独りでならじゅうぶん生活できただろうに。

 

 私は、愛されていた。

 

 

「いいだろう。

 では、支払いは彼女を治してもらって、このホテルへ戻った時で構わないかね?」

 

「もちろんです。お願いします」

 

 謝礼金、受け渡し時期、それから今回の件について、私の素性や能力、商談内容などすべてを秘匿することをしっかり契約に盛り込んだ。

 

 

 ゲーム内の『大天使の息吹』は今はハメ組が押さえているはず。少なくともカストロさんとログインしていた1年前にはもう限度枚数分すべてが押さえられていた。

 原作よりも彼らの取得が早かったのは、私がいたせいだろう。

 

 ゲーム内で天使の数が変わらないことを不審に思うものもいるかもしれない。

 だけどバッテラさん達がここで天使を使ったことを誰にも言わなければ、秘密はもれない。

 

 自分でも綱渡りだと思っているけど、これしか方法を思いつかなかったんだからしかたない。

 

 三人で契約書を交わし、しばらく話をして待っていた。

 やがて扉があき、ガラガラという音に振り向けば、女性を乗せた移動式ベッドが運び込まれるところだった。

 人払いをしているため、ベッドを運び入れたのは先ほどの執事さんだ。気遣わし気に傍についている。

 

「……この方が?」

 

「ああ、事故のあと、彼女はずっと眠り続けているんだ。もう12年になる」

 

 愛おし気に女性の頬を撫でるバッテラさんの目は切なく細められている。

 ベッドに横たわる女性は目立った外傷はなく、ただ眠っているだけのように見える。でもその姿には生気がなく、危うい儚さを感じさせる。

 彼がそっと触れた彼女の腕には、生命維持のため何本もの管が刺さっていた。

 

「治ります。きっと。すぐに話もできますよ」

 

「そう願っているよ、私も」

 

「彼女の名前を教えてください」

 

「アリシアだ」

 

 私達は決意もあらたに互いに頷きあった。

 

「すぐに戻ってきていただくつもりですが、目覚めてすぐに動かされると混乱されるかもしれません。それにバッテラさんも話す時間が必要でしょう。

 戻りは向こうで休んでからということで、こちらで待つ方にも言っておいてくださいね。心配をかけるといけませんから」

 

 バッテラさんは執事に500億を用意しておくことや、自分がいない間のことについていくつか指示をだすと、私に向き直った。

 

 私は、みんなを見回す。

 

「では、ゼノンさんと執事さんはここで待っていていただけますか? あちらの部屋は少し狭いですし、アリシアさんも男性の方に寝間着で起き上がる姿を見せるのはなんでしょうから。

 先にバッテラさん。次にアリシアさんをお連れします。その順番でいいですか?」

 

 本当は護衛も着いていきたがるだろうけど、私のいない間に扉を開けて外に出られると嫌なのだ。

 そのために一度飛んで部屋を見せたということもある。

 

「ああ、頼む」

 

「では、参りましょう」

 

 緊張の面持ちのバッテラさんを抱き上げる。10歳の子供に抱き上げられ、恐る恐るしがみつくしぐさがちょっと可愛い。と、考えつつ、ジャンプ。

 

 部屋を見回すバッテラさんをおろす。

 先ほどアリシアさんを待つ間に、飛んだ先がどのような部屋かゼノンさんから説明を受けていたから、話通りの部屋の風景にバッテラさんは安心したようだ。

 

「じゃあすぐにアリシアさんを連れてきますから。ベッドの用意頼みますね」

 

「あ、ああ」

 

 ホテルに戻ると、アリシアさんに近づく。

 すでに点滴やほかもろもろの管が外され、動かせるようになっている。

 執事さんが深々と頭をさげた。

 私もそれにこたえる。

 

 アリシアさんを細心の注意を払って抱き上げる。

 動かさないよう注意しながら、部屋へとジャンプした。

 ベッドのカバーをはがして待っていたバッテラさんと視線を交わし、そっとベッドへ横たえる。

 

 その後ポケットから(というふりをして倉庫から)指輪を取り出す。

 

「ブック」

 

 指輪を装備してバインダーを出す。『大天使の息吹』は既に指定ポケットに入れてある。

 

「じゃあ始めますね」

 

「頼む」

 

 緊張のあまりバッテラさんの声がかすれている。手を握りしめ、祈るようにこちらを見ていた。

 

 『大天使の息吹』を取り出した。

 

「行きます!」

 

 『大天使の息吹』をアリシアさんへ向ける。緊張の一瞬。

 今までの苦労が走馬灯のように蘇る。

 

 治れと祈りを込めて叫んだ。

 

「『大天使の息吹』ゲイン」

 

 カードに描かれたものよりももっと美しい天使が現れた。神々しい光を帯びた天使は呼び出した私を見ている。

 よかった。ちゃんとガーデンでも大天使が現れた。

 

「わらわに何を望む?」

 

「お願い大天使。アリシアさんを治して」

 

「お安い御用。ではその者の体、治してしんぜよう」

 

 私の言葉に、天使は重々しく頷き、アリシアさんへ向けてふっと息を吹きかける。

 

 ……息の詰まるほどの数秒間は、何時間にも感じられるほどの緊張感だった。

 

 仕事を終えた天使が天に帰っていくと、アリシアさんの様子が変化していく。

 

 止まっていた時間が動き出すように、彼女の生気が増していく。身体が柔らかな厚みを帯び、青白い顔には赤みがさした。

 かさついた肌が艶を増し、くすんだ髪が色を取り戻す。

 

 そして、アリシアさんの瞼がぴくりと動き、やがて静かに目を開いた。

 

「おお、おおおお、アリシア、ああ、何ということだ。私は夢を見ているのか!」

 

 バッテラさんが感動のあまりアリシアさんの手を握るとその手に何度も口づけを落とす。

 

「どうしたの? そんなに泣いて」

 

 かすかな声だったけど、バッテラさんを見るアリシアさんの目はとてもやさしかった。

 

 

 少しの間二人にしようと、私は扉をあけて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 数分後、落ち着いたバッテラさんに呼び戻されて部屋へと入る。

 真っ赤に目を腫らしたバッテラさんから熱烈な感謝の言葉をうけ、事情を知ったアリシアさんにも礼を言われた。

 ロマンスグレーと美女のカップル、アリだと思います!

 

「バッテラさん、若返りましたね」

 

 ほんとに若返ったんだもん。

 

 何年も目覚めぬ恋人を持つ苦悩に満ちた老人は、元気になった恋人の姿に希望と喜びを取り戻した。

 もう、それだけで表情から肌のハリまで如実にかわったもの。

 内側から生命力があふれ出したようだった。

 

「彼女と12年ぶりに会話ができて、私はもう……もう」

 

「よかったです。ほんと。アリシアさんも、今まで辛かったぶん、お二人のこれからの人生を、楽しく暮らしてくださいね」

 

 

 その後、問題発生。

 

 大切な彼女を取り戻せたバッテラさんが、プレイヤーには違約金を払い懸賞をやめてもいいかもしれない、なんて言い始めた。

 

 バッテラさんの話によると、もともと結婚したら引退して、財産も会社関係者に譲り、二人だけで慎ましやかな生活をするつもりだったらしい。

 余分なものはいらないのだ、と。

 

 気持ちはわかる。だけど、バッテラさんにはぜひとも懸賞を続けてもらいたいのだ。

 だってビスケがこないとゴン達の修行に差し障る。

 

 前は原作なんてどうでもいいなんて思ってたけど、今はもうだめ。だってゴンやキルアはもう、私の友達だもの。

 彼らがビスケの助けなしにあのゲーム内で生き残れたかというと不安しかない。

 

 なんとしても懸賞を続けてもらわなくては。

 

「そうおっしゃるんじゃないかなって思ってましたので、少しこちらに用意しておきました」

 

 ささ、どうぞ。とテーブルの上のものを見せる。

 

「うちはゲーム内にありますから、アイテムをいくつか使ってるんです。

 バッテラさんやアリシアさんが二人だけの慎ましい生活を望んでいらっしゃることはよく理解できます。ですが、贅沢のためではなく、健康で穏やかな生活に役立つものがあるんです。

 『魔女の若返り薬』は当然として。

 他にもおすすめなのは『豊作の樹』ですね。毎日ランダムにいろんな果物が成ります。どれも美味しくて、そのまま食べてよし、絞ってジュースにしてもよし、ケーキにしてもよし。メニューの幅が広がること請け合いです。毎日新鮮なビタミンを取るのは健康の秘訣ですよ。

 これはうちで作ったフルーツタルトです」

 

 さあ、家事万能メイドパンダ、メリーさんの手作りケーキを堪能するがいい。

 

「それから、私は飲んだことがないんですが、これが『酒生みの泉』の水を汲んでおくと一週間でできるお酒です。毎回味が違うんですが、どれも美味しくて毎回楽しめると母はお気に入りでした。母が死んで誰も飲んでいませんが、今でもこうやって作ってるんです」

 

 酒瓶3本にはそれぞれ違うお酒が入っている。プレゼンに相応しいものをメリーさんに選んでもらった。

 

 アリシアさんはケーキとカットフルーツに目を見開き、バッテラさんは三本の酒瓶から飲み比べては旨いとうなっている。

 うんうん、うまいだろう。

 つまみに果物チップスをどうぞどうぞ。

 

「あと、おススメしたいのは『美肌温泉』ですね。毎晩30分の入浴でお肌がすべすべになります。念能力の修行を続けていると毎日生傷が絶えないんですが、これのおかげで傷跡のひとつもありません。疲れもすっきりとれます。

 バッテラさんが少しでも長く健康でいられるように、このお風呂はおすすめします。

 天然かけ流しの広々とした温泉ですから、お二人でゆったり入るのもいいんじゃないでしょうか」

 

 格闘家の怪我しやすい脛やら腕をチラチラ見せる。

 

「おふたりで晩酌を楽しみたいなら『酒生みの泉』、ティータイムを楽しんだりデザートに凝るなら『豊作の樹』、美容と健康のために『美肌温泉』。それにアリシアさんにはもう一度使ってしまったのでもう使えませんが、バッテラさんの為に『大天使の息吹』を用意しておくのもアリでしょう。平和で穏やかな暮らしのために、考えてみてもいいんじゃないですか?」

 

「君の話し方は本当に10歳とは思えないな」

 

「よく言われます。でも、6歳で母を亡くして、そこから自分の力で生きてきたんです。大人にもなりますよ」

 

 ……という話をし、バッテラさんとアリシアさんも、クリア報酬のカードを使うことを考えてくれたようだった。

 

 

 

 

 あ、そうだ。

 これも言っておこう。

 

「あの、バッテラさん。ご存知だとは思いますが、今ゲーム内で“ボマー”というプレイヤー狩りがいるんです。誰がボマーかわからないんですが」

 

「ああ、もちろん、それは報告を受けているよ」

 

「今活動しているプレイヤーのほとんどがバッテラさんのゲーム機からログインしているメンバーなんです。他はゲームから逃げ出すことすらできないくらい弱い奴しかいません」

 

「何を言いたいのかね」

 

「つまりですね。ボマーもバッテラさんの契約プレイヤーの可能性が高いってことです。念のため、ゲーム機のある場所へはバッテラさんもアリシアさんも行かないようにされた方がいいかと思います」

 

 原作でボマーが暴れる時、ログアウトした場所で警備員とかを殺しまくってた。ツェズゲラがバッテラさんを逃がしていたような描写があったはず。

 せっかく助けたんだから、ひょんなことで死んでほしくないもんね。

 

「わかった。気を付けよう」

 

 まさかそんな、って顔をしながらも、一応は頷いてくれた。

 私にできることはこれくらいかな。よし、アフターサービス終了。

 

 もう一度、ぜひこのままクリアを目指してほしいと言い添えておく。

 

 

 

 

 帰りは元気になったアリシアさんとバッテラさんを両腕に持ち上げて一緒に転移した。

 

 ホテルへ戻れば、部屋の一角にいくつものジュラルミンケースが積み重ねて置いてあった。500億すげえ。

 もう一度、今回のことについては秘匿するということを念押しする。

 ジュラルミンケースを数回にわけて転移して(ドラポケとか見せる必要ないもんね)運び出し、最後にもう一度挨拶をすませる。

 戸籍や身分証は後日用意でき次第ホームコードへ連絡をくれるらしい。

 

 私は彼らの前から転移で消えた。

 

 

 終わった。

 

 アリシアさんを助けることができた。

 これは原作ではできなかったこと。それを達成できたことに、満足感と一仕事終えた脱力感を感じる。

 

 お母さんが集め始めた4歳の頃から6年。

 4歳から始めた『大天使の息吹』取得への長い道のり。今日やっとそのゴールをこの手にした。

 長かった。

 

 

 お母さんの仇は取った。

 ガーデンに家族や屋敷を収納できた。

 『超一流ミュージシャン』になった。

 ハンターになった。

 『大天使の息吹』を手に入れ、バッテラさんの恋人を治して報酬を貰った。

 

 当初の目標だったものはこれですべて達成できた。

 私は、やり遂げたんだ。

 

 

 

 



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買い物三昧と旅行と新しい修行

 

 

 さて。

 6年間の集大成、500億という超大金を手に入れた。

 

 宝くじの一等前後賞あわせて10億ってのが50セット分ですよ、奥さん。

 ってまあジェニーは0.9円換算らしいからそれよりは少しさがるけど。

 

 天空闘技場での稼ぎの残金が30億。今まで身分証がなくて口座を開設できなかったからすべて倉庫に入っている。それとあわせて530億だ。

 

 

 当初この世界で生きるためにと決めた目標はこれですべて達成した。

 やり遂げた感がすごくてちょっぴり燃え尽き症候群っぽい感じになってる。

 でも。でも。私の人生はこれからなんだ!

 

 

 これからは自由に生きようと決めたんだ。

 まず世界を見て回ろう。

 

 いずれ、もっと自分が強くなれたと思えたら、キメラアントにもハンターの一人として立ち向かうかもしれない。

 それには修行が必要だけどね。“発”もまだだし。

 

 

 今回貰った500億、これ、ばーんと使っちゃおうと思っている。

 だってハンターになればこれくらい稼げるんだもん。

 生活費が手に入ったからって安心してハンターの仕事をしないのは駄目だよ。それにまずはガーデンの充実を図りたい。

 

 そう。

 お母さんと私の6年間の努力の集大成、これはガーデンのために使うつもりだ。

 

 メリーさんやラルクはあの場所から出られない。

 GIにいた頃もホームから出られなかった。今のガーデンのほうがずっと広いから行動範囲は広がったことにはなる。でも、広いだけでまだ何にもないの。

 うちの屋敷と畑や花畑があるだけ。今回の件につかったプレハブとか。

 

 前にメリーさん達に話したように、メリーさんのアトリエや私の音楽堂とかを作ってガーデンを充実させたいんだ。

 

 

 それに、これは次からの生にも持っていけるものだ。

 だって“能力を引き継げる”んだから。

 

 次の生、生まれ変わっても“わたし”であることは決まっていること。そして念空間は私の能力だから、あの空間に入れたものもそのまま持ち越せるだろうということは想像に難くない。

 

 安全で快適な自分の領域を持っているのは、これからの生でもきっと重宝する。

 

 

 実際のところ、私は別に戦いたいわけじゃない。

 ただ、弱ければ奪われるから。

 それだけのために強くなろうとした。

 

 

 安全で快適な領域がある。倉庫には何年も生きられるほどの食料が入っている。

 楽器やゲームや本にDVD、CDに趣味の道具。時間を過ごせるものもある。

 家族もそこにいる。

 

 何かがあれば、ガーデンに逃げ込めばいい。

 

 

 でも!

 それは“いつでも逃げられるから、この世界には関わらず生きよう”ってのとは違う。

 

 そんなのただの傍観者だ。ちゃんと“生きて”いない。

 私は柳原英里佳じゃなくて、エリカ・サロウフィールドだ。

 この地に生まれた、一人の人間だ。原作とかそういうんじゃなくて、ちゃんとここで地に足をつけて生きていかなきゃ。

 

 ただのヤドカリじゃダメなんだ。それじゃ負け根性がついちゃう。

 

 “安心できる家があるから。頑張って外へ出ていこう”

 

 その気持ちが大切なんだって、すごく思う。

 

 

 

 

 それに。

 私はハンターになった。

 

 これからハンターの仕事をしていけば、これくらいの金額はわりとすぐに貯められる。

 だからハンターとして独り立ちしている者からすれば、バッテラさんが出したグリードアイランドのクリアデータの懸賞って、大した魅力がないんだよね。

 だから中途半端な実力の者ばかりが集まったってわけだ。

 

 旅行も修行も大切だけど、せっかくなれたハンターなんだもん。

 しっかり仕事も熟していきたい。頑張ればまたお金は貯められる。

 そのためにもね、あぶく銭はちゃんと使い切っておきたいのさ。

 

 

 

 ってことで天空闘技場の30億は生活費に残して、この500億をばばんと使い切っちゃおうと思うのだ。

 

 まず、今まで買えなかった大きな買い物をすることにした。

 

 

 隠れ家に行く途中にある田舎町ルドルノン。

 この近くに何年も売りに出されたままの古ぼけた大きな建物があった。

 

 建物自体はすごく大きくて天井も高い。この街に活気があったころに巨大物流センターがあった場所らしい。中は空洞で古ぼけた建物だ。

 そこを買い取り、中を綺麗に片づけてもらう。

 床も掘り返してただの土を埋めて均してもらった。

 

 そうするとカマボコ型ドームの巨大な枠だけが残った。正面のシャッターを閉めると中の様子は外からは見えない。

 理想的な場所ができた。

 

 

 今回バッテラさん達を招待した部屋は2LDK程度の狭いプレハブ住宅。

 建築屋さんでこういうものは比較的安価で売っていた。

 一般人の目の前で大きな建物を収納するわけにいかないから、こういう組み立て式のものを買うしかなかったんだよね。

 

 

 だけど、この建物の中に建ててもらえば、できあがって誰の目もなくなってから収納すればいいんだもん。

 シャッターを締め切ってさえいれば、中身が空っぽになったなんて誰にも知られることはないし。

 

 

 念願の建物群を作る環境が整ったのだ。

 

 アトリエは近代美術館とかにありそうなおしゃれな外観の建物を注文建築。

 裁縫室、美術室、ギャラリー、倉庫、もろもろアーティストメリーさんの要望も取り入れた建物になった。

 

 図書館は書籍がたくさん並べられるよう天井まで届く本棚を作りつけにしてもらった。それからビデオやDVDを閲覧できる視聴覚室も作った。

 ちょっとしたシアタールームも。

 

 音楽堂は真ん中にこじんまりと小さなホールがあって、残響とかにもこだわってもらっている。

 当然防音の練習室も何室も並べてもらった。

 

 トイレや水回りはあとではめ込むから場所だけ用意して、と言ってある。ガーデンに取り込んでからGIの設備を設置するつもり。

 電気も同じ。

 

 どの建物もうちの屋敷よりちょっと大きいけど、私のオーラも増えたから収納は余裕だろう。

 

 燻製小屋や『酒生みの泉』のお酒類の貯蔵庫も用途に合ったものを頼んだ。

 

 

 楽器も思い切って一流のものを買うことにした。

 グランドピアノのグレードの高いものを注文した。スタンウェイみたいなやつね。

 バイオリンやギターも名のある名工の作品を。

 

 バイオリンとか身長に応じたサイズがある楽器は、大人サイズのものも各種取り揃えて注文。

 弦やピックみたいな消耗品や手入れ用品も多めに購入。

 楽譜やCD、演奏会のDVDも大量に注文した。

 

 シアタールーム用に大きなモニターとスピーカーなども設置してもらった。

 DVDもレンタルビデオ店かと思うほど買いそろえる。シリーズ物はボックスで買う。

 

 

 アトリエなどの建物とは別にプレハブ小屋を買って工場内に設置して、楽器や精密機器などが届けばそこに納品してもらうことにしておく。

 

 大型コンテナをいくつか購入して、これも設置。

 

 

 私が旅行している間、管理人のオジサンを雇った。高価なものが多いから真面目で信頼できる人を土地を買った時の不動産屋の人を通じて紹介してもらった。

 

 ここに注文したものをどんどん運んでもらう。

 届いたものは種類ごとにコンテナに収納してもらう。

 

 精密機器や、扱いに注意が必要な楽器類はコンテナじゃなくてプレハブ小屋へ。

 私は荷物の受け取りやなんかを気にせず、安心して旅行に行ける。

 食料品なんかは旅の途中でも私がちょくちょく取りにいく。

 

 あとで私がぜんぶ収納すればいいから。

 コンテナもプレハブ小屋も丸ごと収納するつもり。

 

 

 ってことでいろいろ注文。

 

 この世界のお金、ジェニーは次の世界では使えない。

 だからどんな世界に行っても換金しやすい金銀のインゴットや宝石とかに変えておくのは必要だと思う。

 もちろんこの世界での生活に差し障るほどじゃない。余剰分は貯金するんじゃなくて金銀に変えようって話ね。

 

 『コインドック』があるから若干のジェニーはこれからも必要だけど、その分だけは置いておくとしてもそこまでの量はいらないもん。

 

 次の生でどんな劣悪な環境に生まれ変わるかもしれないのだから、食べ物や着るもの、換金しやすいものに変えておくのは必要だと思う。

 

 

 倉庫は時間が止まっているから、小麦やパスタや米なども大量に買っておくといいだろう。

 肉もいろいろあると嬉しい。

 燻製小屋も頼んでいるから、メリーさんが美味しいハムを作ってくれる。

 

 それに、本だ。

 いつかどこかの世界で困ったとき、この世界の知識が役に立つこともあるかもしれない。

 その時にここの字の読み方を忘れてしまっていてはだめだ。

 

 だから子供用の絵本や教科書やらあいうえお帳みたいな文字の対応表も必要になる。

 本は小説や漫画、歴史書、専門書まで幅広く買おう。

 小説や漫画は風俗や文化を知るのに必要だよね。

 

 それにさ。

 ここって英里佳時代の日本で人気だった小説や漫画、アニメ、ゲームがいろいろある。

 これからの転生先が、そのどれかになる可能性だってあるじゃん。なら資料はあるに越したことはない。

 人気の作品は買っておかなきゃ。

 

 しかもアニメ版、ノベライズ版、映画版、OVA版、ゲーム化、舞台化で微妙に設定が変わるなんてこともある。どのバージョンの世界に転生するかわからないんだから全部揃えておかなきゃだよね。

 

 もともと本やアニメは大好きだ。純粋に娯楽としても揃えたい。

 

 

 それからついでに今言うけど。これがすごく大事なこと。

 念に関する情報をしっかり纏めておくこと。念は秘匿技術だからどこにも秘伝書みたいなものがない。

 

 でも何回も転生を繰り返しているうちに、念を忘れてしまうこともあるかもしれない。

 四大行や応用技、《六性図》と水見式の系統別変化、系統ごとの特性なんかの知識、効率的な修行方法などを今のうちに自分で纏めておかなくては。

 念能力者同士の戦いのビデオも資料として申し分ない。これもどんどん集めよう。

 

 これは重大だ。サロウフィールド流念能力指南書だね。

 

 これについては今影がコツコツと進めている。

 ビデオカメラまで買って、撮影もしている。うん。記録は大事だ。

 

 

 筆記用具も必要だね。

 ノートやペンも。大量に買おう。

 パソコンとプリンターも買おう。影と手分けして作業することもあるだろうし、数台買ってもいい。

 インクは倉庫にストックすれば劣化しないのだし、買い漁ろう。

 パソコンやプリンタの故障は心配ない。だって、うちには『リサイクルルーム』があるからね。

 

 石鹸やシャンプー、リンスも。その他雑貨。トイレットペーパーも忘れちゃいけない。あ、生理用品もいるね。まだ必要ないけど。

 中世風な世界に生まれたら文化的な生活は難しいもの。

 

 公園や庭を整えるために、木材、石材、レンガや土、花壇や畑用の土やプランターも大量購入した。

 

 

 

 

 

 隠れ家にあるゲーム機を倉庫へ収納しておく。

 ゴン達に渡すのは9月だからそれまではいらないものね。

 

 私の指輪が使えないのは困るから……ええっと。別に困らないのか。倉庫から直接カードを出し入れできるから。

 でも、まあ指輪とバインダーっていうスタイルが気に入ってるからロムカードはこのままにしてもらおう。

 ガーデンの中でもバインダーってちゃんと宙に浮くんだよ。これがゲームっぽくてすごく好き。

 メモリはあと3人分あるんだからゴンとキルアの分は十分だよね。

 

 

 

 さあ、準備は完了。

 私は旅行だ!

 

 エリカ・サロウフィールド、世界を回ります!

 

 

 

 最近メリーさんやラルクとの時間の話が少ないけどさ。

 私本体は外にいる時間が増えたけど、常に影が何人もガーデンにいて、メリーさんやラルクともいつも一緒にいるから、私も家族と離れている感覚はない。

 あいかわらずべた甘に仲良しな家族だ。

 

 

 

 最初に行ったのはやっぱりまたジャポン。

 前には行けなかった場所も多かったから。

 

 ハンターライセンスがあれば飛行船も無料、ホテルの部屋も無料。

 去年の夏、ジャポンで「子供だから」と泊めてくれなかった格式の高い老舗旅館もハンターライセンスを見せれば大歓迎で泊めてくれた。

 

 今までは夜はガーデンに帰ってたけど、どこにも宿泊記録のない旅人って怪しいもんね。移動の飛行船の記録も残っているのに宿泊は野宿ってのはよくない。

 だからこれからはちゃんと泊まるつもり。

 

 「お子様お一人では……」と断られたレストランもいい席に案内してくれる。

 

 美術館や、演劇、音楽公演も大丈夫。拝観に審査がいるような神社仏閣でも奥の院まですすっと入れる。

 

 たとえ10歳だろうと、私はもう大人と同じ扱いを受けるんだ。

 嬉しい反面、背筋の伸びる感覚もする。責任ある立場なんだなってね。

 

 まだハンターとしての仕事はしてないけど、この高待遇に見合うだけの実績をつけていかなきゃ。

 ちょっと責任感が芽生えてきた。

 

 

 

 私は今後、何を狩っていくべきか。これがハンターとしての目的だものね。

 

 “ハンターたるもの何かを狩らなければいけない”

 

 ライセンス授与の時にうけた説明で一番に言われたことだ。

 

 

 会長も言ってたけど、ハンターは何をハントしてもいいんだ。

 

 遺跡ハンターか、幻獣ハンターか。

 どちらもやりがいがありそうだ。狩猟生活にも慣れたし野営もできるようになった。

 危険な場所へ行くんだから、命がけなのはわかってるよ。でもこれは夢がある。

 

 賞金首ハンターはちょっと趣味じゃない。

 ビスケみたいに宝石ハンターってほど宝石は好きじゃない。

 どちらかというと美味しいものを探して食べる美食ハンターのほうが私にはあってるよね。

 

 

 そうだ。

 私は超一流ミュージシャンだ。

 

 世界各国の津々浦々を巡って、民族音楽を調べるってどうかな?

 各地固有の楽器や楽曲を集めていくの。楽しそう。

 

 文明があがると各地の民族音楽や民俗芸能などは廃れていく。文化遺産を守るのもハンターの仕事だもの。民俗音楽の保護も、ハンターに相応しい仕事だと思う。

 

 旅はできるし、美味しいものも食べられる。知識も深まる。辺境へ行くなら魔獣や猛獣もいるから武力だって必要だ。

 旅はきっと私を強くしてくれる。新しい出会いだってある。

 

 それに私がしっかり気持ちを込めて奏でれば、聴いた相手に効果を発揮する。これは私の必殺技たりえるものだ。

 いろんな楽器と私が想いを込めやすい楽曲を探して、それを“発”に組み込むことを考えてもいいかもしれない。

 

 お金にはならなさそう(むしろ楽器購入なんかで出費がかさみそう)だけど、私がやりたいこととしては一番近いと思う。

 

 お金はハンターサイトで仕事を受ければいいんだし。もともと旅をしてるんだもん。行き先行き先でいい仕事があれば受ければいいんだ。

 他に割のいい仕事を見つければ、私にはジャンプがあるし!

 

 ああ。

 なんかやっとこの世界で生きていける気がしてきた。

 

 

 

 せっかくジャポンにいるのだから、ジャポンらしい楽器も覚えよう。

 お金はいっぱいあるから練習用と一級品と両方買えるし。

 

 三味線っていろんな種類がある。

 中棹三味線、津軽三味線、沖縄の三線。

 どれも音に違いがあって、甲乙つけがたい。

 

 外で演奏するなら津軽三味線がいいね。なんて言うの? これって日本のロックだね。極寒の大地を生きる人の強さを感じるもの。

 

 フルートの澄んだ音もいいけど、日本の篠笛の音もいいよね。感情を揺さぶられる。これは私の魂が日本人だからだろうか。

 ボーカロイドみたいな曲を弾いてもぎゅんぎゅんするんだ。

 

 琴もいいね。弦が長いから音がものすごく複雑な響きでさ。

 

 

 

 

 ジャポンで音楽三昧な毎日を送っていると、戸籍が用意できたと連絡を受け、バッテラさんの会社のあるサヘルタ合衆国へ向かう。

 

 守秘義務契約で私とバッテラさんには何の関係もないことになっているからバッテラさんと会うこともなく、彼の顧問弁護士さんの事務所へ行って必要書類をいろいろと貰った。

 

 サヘルタ合衆国の国民であることを示す国民番号とパスポート、エリカ・サロウフィールドを世帯主とした戸籍証などを渡された。

 これで私は万が一ハンターを辞めても、ハンターライセンスを誰かに奪われたとしても、ごく普通の一般人として暮らしていける。

 

 サヘルタ合衆国の国民になれた。

 この事実は重い。

 宙ぶらりんの根無し草に、帰属する社会ができたんだ。

 当然選挙権だってある。

 税金などの義務も発生するようになった。(ハンターだから免除されているけどね)

 

 

 サヘルタ合衆国のどこか風景の綺麗なところに家を買おう。

 自然がいっぱいで平和な街がいいね。多少うら寂れていても、のどかな田園が続くような優しい街を探そう。

 急ぐことはない。たくさん見て回って一番気に入ったところにすればいい。

 

 

 

 ここが自分の国なんだと感慨深くサヘルタ合衆国をぐるっと回る。

 

 ヨークシンシティに、ここがあのヨークシンシティか、と変な感動をした。

 いるわけがないのに旅団員が歩いていないかと目が探してしまう。サザンピース、ホテルベーチタクルなんて見たら映画のロケ地巡りみたいな気分で楽しんでしまった。

 

 あとでふと我に返って楽しい気持ちがしぼんでしまった。

 ……9月にはここでたくさんの人が死ぬんだった。原作どおりゴン達が無事に切り抜けられますように。

 

 

 

 北上してマーリポスという街で、いったん旅行を終えた。

 

 当面ここで滞在することにする。

 別に住みたい街が見つかったわけじゃないよ。

 

 見つかったのは新しい修行場所。

 電脳ページにあるハンター専用サイトで、神字の修行ができる場所を見つけたのだ。

 ここでしばらく神字の勉強をするつもりだ。

 

 音を使った“発”にも神字が使えるんじゃないかと考えている。

 それに、操作系の“発”から守るためのお守りも作りたい。

 

 

 

 

 神字は一つ一つの文字にそれぞれ意味があって、それを組み合わせて効果を発揮させるものだ。

 形は違うけど漢字やルーン文字みたいなものだね。

 

 たとえば照明なら、灯、明、暗、点、滅、などに該当する文字でスイッチの入り切り、明るさの調整などを命令していくわけだ。それをどの順番に書くかで効果が違っていたりとなかなか奥が深い。

 文字の数があるから覚えるのも大変だし、それに重ねると効果が増えたり、打ち消したりする組み合わせもある。

 

 一文字一文字、念を込めて書くから時間もオーラもかかる。

 

 効果を高めるため、墨や薬品を溶いて作った墨汁に自分の血を混ぜたもので書くとか、石に血を付けた彫刻刀で刻んでいくとか、色々方法がある。

 やりだすと楽しくて、日々没頭していた。もちろん念修行は欠かさないけどね。

 すごく面白い。

 

 

 これで、私の音楽系の“発”と組み合わせるお札が作れないかと考えている。

 

 

 バフは味方にだけ効いて、デバフは札を持つ者には効かない。

 私の癒しや高揚の歌は味方にだけ効いて、不協和音の衝撃は敵にしか効かない。

 そんな感じにしたいのだ。

 

 神字の師匠にも相談して、私が守りたい者にだけ私の印をつけるという方向で考えている。

 

 

 

 

 



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天空闘技場へ

 

 

1999年 4月 10歳

 

 

 始めたばかりの神字の修行をいったん休み、天空闘技場へ戻ってきた。

 

 原作通り、カストロさんのヒソカ戦が行われることになったから。

 

 

 客席に座り、カストロさんの戦いを見守る。

 どうか、どうか殺されませんように……

 

 

「やあ♥ 見違えたよ。素晴らしいね」

 

「君に負けたあの日から修行は欠かしていないさ」

 

「いい師匠に恵まれたみたいでよかったよ♠ まさかここまで成長してるとはね♥ 楽しませてもらえそうだ」

 

 互いに向き合うヒソカとカストロさん。

 すでにヒソカのさりげない動きでバンジーガムがいくつか飛んでいる。気付いているかカストロさん。

 

 原作の彼はバンジーガムを知らなかった。おそらくカードを高速で飛ばすだけの手品師だと考えていたんだと思う。

 今のカストロさんは違う。バンジーガムの能力はしっかり理解している。ヒソカの対戦ビデオで“凝”の訓練もさせたもん。

 

 だから大丈夫だよね? がんばってよ、カストロさん。

 

 

 

 

 カストロさんの必殺技のひとつは『虎咬拳』の強化版だった。

 

 強化系の有り余る攻撃力を一点に集約させた『虎咬拳』のパワーアップバージョン。

 掌に渾身のオーラを集中させて繰り出すその攻撃は、闘技場の床に巨大なクレーターを作った。

 ウボォーか!

 

 今回の試合では全貌は見えなかったけど、『虎咬拳』の構えに、虎を模したオーラが身体を覆う“発”もあった。あれはゾルディックのお爺さんのドラゴンなんちゃらみたいな技か? 強化系をメインにすえているだろうからあれとは違うだろうけど。

 

 グリードアイランドを出てから会っていなかったこの一年の、カストロさんの修行の成果が見えた。

 念能力の実力は原作など比べ物にならないほどに洗練されていて、研ぎ澄まされた闘気は会場を揺るがせ、ヒソカを興奮させていた。

 

 自信にあふれ、それでも慢心することなくヒソカに立ち向かう。

 “凝”も抜かりなく、ちゃんとヒソカの“隠”を見破っていた。

 

 あと、“人に能力を教えるなんて危険”と滾々と説明しておいたから、原作のようにこんな能力なのだ! なんて語るシーンはなかった。

 

 残念ながら、念能力者としての経験の差は大きくて、技巧に優れたヒソカには勝てなかったんだけど。

 でも、ヒソカは彼を殺さなかった。

 

 その事実に、心底ほっとした。

 

 

 

 

 試合後担架で運ばれたカストロさんの部屋へ見舞いがてら挨拶に行く。

 

「カストロさん、お疲れ様でした」

 

「……私は負けたのか」

 

「でも、生きてます」

 

「それがなんだというのだ」

 

「ヒソカは戦闘狂で強い敵を欲しています。だから強くなる素養のある者を生かします。死んだらもう戦えませんから。

 つまり、ヒソカが殺さずに、四肢欠損のような取り返しのつかない怪我もさせずに試合を終えたということは、貴方がまだ成長すると彼が見込んだからです。

 この2年間、カストロさんはすごく努力して成長し、貴方の実力をより一層引き出せる“発”も開発しました。

 彼はそれを評価してるんです。ここで殺すより、もっと強くなったカストロさんと戦いたいと思ったんです。

 誇っていいと思いますよ」

 

「しかしまだ彼には届かない」

 

「カストロさんが2年必死で修行を積んだように、ヒソカだって修行してますよ。彼も成長してるんです。一流の能力者は決して修行を欠かしませんよ。だからみんなどんどん先へ行くんです」

 

「そうか……いや、そうだな」

 

「お疲れさまでした。いい、試合でした」

 

「……ありがとう」

 

 

 カストロさんが生きていてくれて、嬉しい。

 彼はこれでまた一つ念能力者として成長した。“発”も凄かった。

 できうれば、このまま武闘家としてヒソカに殺されずに生きてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 カストロさんに挨拶を済ませて部屋を出ると、今日ここに来たもう一つの目的の部屋へ向かった。

 もちろん受付でちゃんと部屋の場所は教えてもらってきたよ。

 

「ゴン」

 

「え? エリカ? エリカじゃん」

 

 私に気付いたゴンが嬉しそうに頬を綻ばせる。

 

「ずいぶん酷い怪我をしたって聞いたんだけど?」

 

 見た目にはぜんぜん元気だ。

 

「うん。もう治った。動いちゃだめって言われてるから退屈で退屈で」

 

「覚えたての念で200階の試合に出るなんて、自殺行為だよ」

 

「え? エリカも知ってるの? あ、そうか。エリカも、なんだね」

 

 私の“纏”に気付いたみたいだ。

 

「うん。ハンター試験の最終試験の時、私が“まだ言えない”って言ったの覚えてる? 念についてはハンターにならなきゃ教えちゃいけないってルールがあるの。黙っててごめんね」

 

「じゃああの時からエリカは念が使えたんだね。ダンも」

 

「うん。そうだよ」

 

「じゃああの最終試験のあれって?」

 

「あれが私の能力なんだけど、えっとゴンは今どこまで教わっているの?」

 

 まだ教えてもらっていないなら“発”なんて単語を言ってはだめだよね。

 

「“纏”と“絶”だけ。今は念禁止令中なんだ。ずっと“点”だけしてる」

 

 “点”は精神集中法だ。それも大切なことだけどさ。

 

「え? “纏”と“絶”だけで試合に出ちゃったの!?」

 

 原作で知ってたけどつい叫んじゃった。だって実際に念を知ってからこの状況を見るとつい、ね。よく大怪我なだけで済んだよほんと。手足の一本も無くなってても不思議じゃない。

 考えただけで震える。

 

 いくらゴンが主人公だから大丈夫だって知ってても。もう私にとってゴンは主人公じゃなくて友達だからね。

 

 いっぱい叱られてるだろうからお説教は少しにしておいたけど。

 

 もっと先で知るようになるからその時にまた見せるね。禁止令中は我慢ね、なんて話しているとそのあとキルアもやってきて、三人でいろんな話をした。

 

 キルアは今日のカストロさんの試合を見たらしく、すごい試合だったと興奮していた。

 

「カストロさんはすごい武闘家だから、試合運びも勉強になるよね」

 

「エリカも観たの?」

 

「うん。私の体術の師匠なんだ。んでヒソカ戦だからって聞いて観に帰ってきたの」

 

「へえ! エリカの師匠なんだ。あー、観たかったなあ、もう!」

 

「録画はちゃんとしてあるんだろ? 後で一緒にみようぜ」

 

 キルアがゴンを慰めている。あ、私もビデオ買って帰ろうっと。

 

 

 その後、いろんなところに旅行をしてきたという話をする。

 どこの料理が美味しかったとか、どこの風景が綺麗だったとか。

 

 お土産とお見舞いをかねて、バッグからジャポンの寿司やお好み焼き、唐揚げなんかをどどっと出す。

 

「なんであったかいの?」

 

「すげー、湯気が出てんじゃん」

 

「ふっふっふ。驚け驚け。こういうのもあるってことだよ、諸君」

 

 えっへん、なんて両手を腰にあてて仁王立ちしてみせた。

 

「つるぺたの分際で胸を張るな」

 

 キルアが憎まれ口を叩く。失礼ね。私はお母さんみたいなキュートな美人になるのよ。胸だってすぐに成長するんだから!

 

 わいわい騒ぎながら食べた料理はとっても美味しかった。

 今は神字の勉強をしているから、またすぐにそこへ戻るという話をして、もう一度9月の約束を交わす。

 

 

「あ、そうだ。ねえ、二人はグリードアイランドってゲームを知ってる?」

 

「え? 知らないなあ」

 

「ゲームなんてやらねえよ。豚くんじゃあるまいし」

 

 キルアが「はあ?」って顔をする。まあゲームって言われたらそんな反応しちゃうかな。

 

「ゲームって言ってもテレビゲームじゃないんだよ。念能力者のために作られた場所なの。ここで修行するとすごく強くなれるんだから」

 

「ゲームなのに修行なのかよ」

 

「でも確かに10歳にしては強いよね、エリカって」

 

「いつか手に入れたらやってみて」

 

「うん」

 

「まあな」

 

 よし! ミッションクリア。ちゃんとグリードアイランドって言ったよね。

 覚えててよ、グリードアイランドだよ。

 これ、テストに出るからね、ゴンくん、キルアくん。

 

 

 ほんとは今渡してもいいんだけど、ヨークシンシティに行かずにゲームに入ってしまうかもしれない。

 そうなれば、友人というストッパーを得られないクラピカが怒りのあまり暴走して危機に陥り、そのまま幻影旅団に殺されることになるかも。

 

 それにさ、ゲーム機を持ったままヨークシンシティにゴン達が行けば幻影旅団に取り上げられちゃうよね。それも困るし。

 

 だから、今は話だけしておいて、9月に私が持って行って渡すつもり。

 もちろん9月1日には行かないよ。

 

 詳しい日程は覚えていないけど、サイトで調べればグリードアイランドがオークションに出品される日はわかる。

 オークションが終わったあとで安全になったヨークシンシティに行ってゴンにゲーム機を渡す。

 きっと原作通りの道を進んで行くんだろう。

 

 

 じゃあまたね、と挨拶を交わし、私はゴンの部屋を出た。

 今から数ヶ月で念を習得しちゃうんだよね、ゴンとキルアって。

 すごい才能だと思う。

 

 

 

 

 ゴン達に激励の言葉を送り、私はまたマーリポスの街へ戻った。

 神字の修行のためね。

 

 

 私は超一流ミュージシャンだ。

 だけどさ。

 “超一流”と“天才”の差は、大きいんだってしみじみ思う。

 

 目指すものはあのトライガンに出てくるホーンフリークだ。

 サクソフォンを吹いて衝撃波を出したい。あと超音波でばばっと敵を倒したり。周囲の音に音をぶつけて無音にするのも。

 それの練習をしているんだけど、なかなか難しい。

 

 まず音を指向性の攻撃にするのが難しすぎる。

 だって音って誰にも聞こえちゃうんだから。

 

 ホーンフリークの持つ攻撃技って、ほんとのほんとのほんとの天才にしか成しえない境地なんだと思う。“超一流”なだけじゃ一歩届かない。

 

 でも!

 私には念能力者としての長い寿命がある。影がいる。転生先でも修行ができる。

 だからきっといつかはその技の頂きも見れるようになると思う。

 

 

 で、だよ。

 それまで使えないのは困る。

 

 そこで神字だ。

 これで自分や自分が守りたい相手に渡すお札を作る。

 

 そして“発”で札のあるものだけへバフをかけ、札のないものにデバフをかけるようなものを作るのはどうだろう? ってのが今検討していること。

 

 ホーンフリークの殺人音波も。

 これは必殺の技だから特に怖い。

 万が一仲間に効果がでてしまうと自分の手で仲間を殺すことになってしまう。そんなことになったら自分が許せない。

 

 ホーンフリークの能力自体を“発”にしてもいいんだけど。でもメモリが足りそうにない。

 

 それに技術が向上すればいつかは自分で実現できそうじゃん? そこに到達するまで先はすごく長いけどね。それでも不可能なわけじゃない。自力でできるものに残り少ないメモリを使うのってどうよって思って。

 

 神字と“発”と音楽的才能をどうフュージョンさせていくかが、今の私の命題だ。

 

 

 

 

 

1999年 6月 11歳

 

 11歳になった。

 やっと背も少し伸び始めた気がする。

 

 私ってたぶん年齢の平均身長より低いと思う。

 筋力アップの念具も9歳からつけっぱなしだしね。幼い頃から筋肉をつけすぎるとあまり背が伸びないというから心配していたのだ。

 このままちびっこになっちゃうのかとどきどきしていたんだけど、きっとこれからだよね。

 

 お母さんもあんまり背が高くなかった。メリーさんより低かったからたぶん156,7くらい?

 せめてメリーさんは超えたいな、と願ってます。

 

 

 

 

 

1999年 7月 11歳

 

 クジラ島でジンのメッセージを聞いたゴンはすぐに私の言葉を思い出してくれたみたいで、ちゃんと電話がかかってきた。

 

 グリードアイランドのことを教えて欲しいと言われる。

 

「ジンの手がかりなんだ」

 

「ジンってお父さんのこと?」

 

「うん」

 

「へえ、もうお父さんの手がかりを見つけたの? すごいじゃない。じゃあ私の知ってることを話すね」

 

 念能力者だけが入ることができるゲームで、危険だけど念能力の修行には最適だと説明をする。

 ゲームを順序よく進めていけば自然と念修行が進む環境が整っていて、実力と熱意が伴っていればすごく楽しめるゲームだ。と話す。

 

 まだ誰もクリアしたことがないこと。

 とても危険で、ゲーム内の死は現実の死になること。

 それからゲーム機に100億ほどの値がついていること、大富豪バッテラさんがクリア報酬に500億の懸賞をかけていること、などおそらくミルキに教えてもらうことまで話す。

 

「エリカはこれをやったことがあるんでしょ?」

 

「うん。すごく楽しかった。クリアはできなかったけど」

 

「ゲーム機ってどうやって手に入れたの?」

 

「お母さんが持ってたんだ。だからまだ私が持ってるよ。ゴンとキルアがしたいなら譲るよ?」

 

「いいの?」

 

「うん。今は使ってないし」

 

 もちろんすぐに渡すとヨークシンシティ編に差し障るかもしれないから、9月に会う時に持っていくよ、と言っておく。

 

 無料で譲るって言っておいたけど、「できるだけお金稼いでみる!」って言って電話がきれた。ヨークシンに行って腕相撲とかするんだろうか。

 

 ゴン、キルア。

 これからヨークシンシティ編に突入してしまう。そうすれば幻影旅団と戦うんだ。

 大丈夫かな。

 

 

 一緒に行けば絶対クロロに能力を奪われると思う。そうなればゴン達も危険にさらすことになるだろうし。

 

 お願い。どうか、どうか彼らが傷つきませんように……

 

 

 

 



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音楽ハンターの仕事

 

1999年 8月 11歳

 

 神字の勉強に一区切りをつけた。

 まだまだ基礎だけしか覚えていないけど、これは何年もかかる勉強だから焦ってもしかたないしね。この勉強が進めば自在に念具を作ることもできるようになる。修行あるのみだ。

 

 師匠との繋がりができたから買えるものは買うけどさ。次生以降も自分の欲しい念具を作れるようにしっかり知識を身に付けなきゃいけないもんね。

 

 また落ち着いたら勉強を再開することにして、まずはお仕事の時間。

 そろそろハンターとしての仕事もやっておきたいんだよね。

 

 

 ハンター専用サイトで、音楽ハンターとしての初めての仕事を受けたのだ。

 行き先はカキン国。

 

 カキン国は英里佳のいた世界でいうところの中国をモデルとしたような国だ。奥地には少数民族の自治領がいくつもある。

 その中のひとつ、マーフォア族の秘祭が今回の仕事。

 

 マーフォア族は山に囲まれた盆地に暮らしていて、トウモロコシ畑を耕し、竹細工や刺繍、銀細工が得意な民族だ。色とりどりのとても華やかな民族衣装を身に着けている。

 

 

 

 真夏の夜に、虎の力を借りて邪気を払う“ほむら祭”という祭りが執り行われる。

 そこで演奏されるのが二胡だけで奏でる“ほむら”という曲だ。

 

 その曲をぜひ聴きたいのだ。

 秘祭だから期間中は部族以外の立ち入りが禁止される。ハンターの仕事として受けなくてはこの場にいられなかったんだ。

 

 

 呪いに侵された村娘が二胡を奏でて最期の時を待っていると洞穴から虎が出てきて、虎が吐いた浄化の炎が村娘の呪いを打ち破ってくれた、というのが祭りの発端になっている。

 

 

 二胡を演奏するのは独身の十代女性達で、そのまわりをたいまつを持った少年たちが踊る。

 

 たいまつを持つ少年が虎、少女が村娘役ということだ。

 

 斎場となっている場所の奥へ進むと崖に洞穴があって、そこからは普段は滾々と湧き水が溢れている。気温が30度を超えた満月の日の夜にだけ湧き水が止まり、中に入れるようになるのだそうだ。

 

 洞穴の中には一年間水に浸された岩から採れる苔があり、その苔を虎が食べにくる。

 虎といっても普通の虎じゃない。ワートタイガーという種類の魔獣だ。

 

 苔には幻覚作用があり、その苔を食べたワートタイガーは二胡の音に合わせて一晩中踊る。

 

 これが秘祭となっている理由は魔獣を刺激しないためともうひとつ、この幻覚作用のある苔を奪いに密猟者が来ることがあるからだ。それから祭りを守るのが仕事。

 

 洞穴が開いている時間が短く、ほとんどの苔は虎が食べてしまうため獲れる苔の量も少ない。実入りがさほど見込めないから密猟者も小遣い稼ぎの弱い奴らがほとんどだ。

 たまにワートタイガー狙いの奴や、洞穴を破壊してでもというような乱暴な者も現れる。そのためのハンターの守りだ。

 

 

 

「頑張ろうぜ、エリカ」

 

「初仕事だね。しっかりやろうね、ダン」

 

 ハンター試験以来半年ぶりの再会だ。

 そろそろハンターとしての仕事をしてみようと思ってネットを探していた時にこの二胡の祭りを見つけて、ちょうどダンと電話で話す機会があり、彼も誘ったのだ。

 

 ダンもあれから地力をあげるための修行をしていたらしく、初仕事同士となってしまった。

 

 ハンターにはなったけど、私達はまだ社会に出たばかりの子供で、知らないことの方が多い。そういう新人プロには最初は手慣れた誰かと組ませてくれるのだとか。

 今回もベテランハンターがリーダーとして雇われているから、しっかりと基礎を学んでこいと言われた。

 

 自然保護区での半年間もいろんなことを学んだけど、あれは野営や狩りの勉強。それから集団生活での下っ端仕事だ。

 でもこれからは違う。プロハンターってことは上位の仕事も必要になる。

 

 現場を知るものに教わるのは当然だよ。

 がっつり吸収してやんよ、と気合じゅうぶんで挑んだ当日、ベテランハンターとはじめて顔を合わせた。

 

 見上げるほどの長身。キャスケット帽を目深に被り、そのツバから切れ長の鋭い目が覗いている。股のあたりまで届くストレートの長髪は金髪。びっくりするほど長い脚。

 

 唖然と見上げた。

 

「今回祭事の保護のまとめを務めることになったハンターだ。カイトと言う。普段は生物調査のためにここにきているんだがな、お前達の臨時講師と言ったところか」

 

 ……カイトだ。

 かっこよくて、強くて、ゴンがハンターを目指すきっかけの人で、キメラアント編で死んじゃう、あのカイトだ。

 あのカイトが、目の前にいる。

 

「……おい、どうした?」

 

「っ! すみません。ハンターのエリカ・サロウフィールドです。よろしくお願いします、カイトさん」

 

 私が唖然とカイトを見て硬直していた間にダンの自己紹介は済んでいたみたい。急いで名乗る。

 

「カイトでいい。俺たちは対等な立場だ。敬語もいらない。同じプロハンターとして、いい仕事をしよう」

 

 

 そうだった。カイトがカキン国にいたこと忘れてた。二胡のことしか考えてなかったや。

 

 カイトはアマチュア6人と組んでこの国の生物調査の仕事をしているらしい。

 各地を回って新種の生き物を見つけ出すのが仕事。

 

 ちょうどこの近くを調べていたところでこの秘祭の事を聞き、ワートタイガーの踊りを観たくて仕事を受けたのだとか。

 大型の生き物が好きで、会うのが楽しみだと頬を緩めた。

 

 カイトが連れている6人も強くはないけど、それぞれ得意分野があって動物好きで、気のいい人ばかりだった。

 11歳のプロハンターにはみんな驚いたみたいだ。

 打合せの間に、みんなとも打ち解けられた。

 

 

 

 面倒見のいいカイトのそばにくっついて段取りを学ぶ。

 顧客側との折衝、現場での人の使い方、連絡の伝達方法、簡単なハンドサイン、トラブルの際の対処方法など、細かいところまで実地で教えてくれた。

 

 人に使われる側じゃなくて、人を使う側の仕事。

 生活習慣の違う民族と付き合う上での注意点。

 知るべきことは多い。

 

 自治領は広く、それぞれがカバーする範囲はかなり広くなってしまう。

 目が届きにくい場所へ設置する効果的な鳴子の使い方も教わる。

 

 

 祭りは夕刻から翌朝の日の出まで続く儀式だ。

 

 夕刻から少女達による二胡の演奏が始まる。これは曲と演者を変えながら日の出まで続く。

 二胡の音を途切らせないことが儀式の大切な部分らしい。

 

 侵入者があっても、演者を驚かせるような騒音を立てずできるだけ静かに倒さなくてはいけない。

 

 集落の奥にある斎場へ誰も近づけないこと。

 大きな音を立てさせないこと。

 

 カイト、ダン、私。アマチュア6人。集落全体をカバーするには厳しい人数だ。

 警備を斎場付近のみにして、カイトが斎場を守り、私とダンは遊撃として侵入者がくればそれに対処することになった。

 

 しっかり頑張ろう。

 

 

 

 斎場を囲む柵の外。

 物見やぐらに登って祭りを見る。

 

 少女達の奏でる二胡の調べが夕焼けの竹林に広がっていく。日が落ちてそろそろ少年達の出番だ。

 虎が現れるのは満月が中空に差し掛かるあたり。それまでは少年達が虎の代わりを務める。

 

 美しい二胡の音が竹林を揺らし、少年の持つたいまつに火が灯されようとする頃。

 “円”に反応があった。10人か。多い。強そうなのが2人。あとの残りはそこそこ。二手に分かれて近づいてくる。さっそく覚えたハンドサインをダンとカイトに送る。

 

 この時間に入ってくるものは敵しかいない。問答無用で倒せと言われている。殺しても生かしても構わない。

 無理に捕えようとして怪我をするつもりはない。実力が拮抗している相手は捕えるよりも殺す方が楽なんだもん。

 

 

 祭りの邪魔をさせるつもりはない。

 この祭りは二胡の音が途切れてはいけない。他の騒音も祭りの夜に相応しくない。

 できるだけ離れた場所で静かに無力化しなくては。

 

 

 ダンと分担を決める。強いのをそれぞれひとりずつ。あとは個別で。

 

 ステップが利かない闇は私の天敵だ。夜は瞬間可動範囲が著しく落ちる。少しでも日のあるうちに殺しきろう。時間との勝負だ。舌打ちしながら走り出す。

 オーラの強い相手目掛けて一気に駆け寄り跳びあがると“硬”で固めた右足で蹴りを放つ。相手の男は腕でガードした。

 

「ちっ、ガキが――」

 

 うるさい黙れ。神聖な二胡の音を遮るな。口を開く間を与えず攻撃する。

 今まで仇以外の人間を殺したことはなかった。でももうこれが私の仕事なんだ。殺しも厭うつもりはない。

 

「サンガ――」

 

 おっと。宣言が必要な“発”か。手刀を喉に叩きこむ。吹き飛んだ男に追いすがろうとした瞬間、後ろから殺気を感じて咄嗟に“堅”で固めつつ回避する。パシュンと言う音とともに銃弾が頬すれすれに飛んでいった。

 そうだった。1対1じゃなかった。他にも侵入者がいたんだった。

 

 バッグから石を取り出し“周”で侵入者目掛けて投げつける。竹が割れる音が響く。付近にはあと3人。どいつも銃を持っているようで散発的に銃声が響く。

 だから二胡の音を遮るな不心得者!

 

 吹き飛ばした男が立ち上がる。身体の周辺にナイフをいくつも浮かばせている。操作系か、具現化系か?

 

 ナイフを浮かべた男と、周りから狙ってくる銃を持つ3人。

 

 スコップを取り出す。

 普通の拳銃と能力者のナイフならナイフのほうが危険だ。毒やしびれ薬が塗ってあるかもしれないし、操作系なら刺されると何某かの効果があるかもしれない。

 

 全身を“堅”で守り、ナイフに注意して身構える。

 

 背の高い竹林は見通しが悪い。どこから攻略すべきか……

 

 取り囲んだことで優位にたてたと見たのか、にやにや笑いの男が竹藪から姿を現した。

 なんて……なんてラッキーなの。自分から姿を見せてくれるなんて。

 全身が見えた瞬間男の後ろへステップ、スコップで首を飛ばす。薄闇の中、どす黒い鮮血が舞った。まずは一人。

 

 馬鹿みたいに乱発する銃の射線から隠れている場所はすぐわかる。ステップすらいらない。走り寄って一人。また一人。

 ステップを見せてしまったんだもん。確実に殺しておかなくちゃ。

 

 残った男目掛けて飛ぶ。途中竹を掴んで姿勢を変え、かかと落とし。よし。全員殺した。

 

 四人の死骸を集めているとダンが近付く。

 

「こっちは4人やったよ。そっちは?」

 

「3人。あとはばらけてオレの“円”から外れた。追えるか?」

 

「残り3人だね。ダンは斎場へ戻って。囮かもしんないし」

 

「おう。頼んだ」

 

「まかされた」

 

 

 強いのは倒したから残った奴らでは斎場へ行くことはないだろう。

 集落の外へ向かって走れば“円”に3人の気配を見つけた。

 

 ばらばらに走りさる3人を追う。竹林は視界が狭い。満月の光は笹に遮られところどころ蟠るように夜の闇が広がっている。

 “円”で敵を捉えつつ、ひとりひとり確実に倒していく。

 

 

 一仕事終えて斎場へ戻る。

 すでに日はとっぷりと暮れ、大きな満月が姿を見せている。書き割りみたいに綺麗な月だ。

 

 二胡の演奏にあわせ、少年達がたいまつを振りながら複雑な足運びで周囲を回って歩く。緩やかな動作にたいまつの火がゆらゆらと揺らめき幻想的な空間を作り上げている。

 

 

 夜半。

 満月が中空に差し掛かる頃、洞穴からの湧き水が止まった。

 水によって閉ざされていた空間が開く。

 苔の匂いにワートタイガーがやってくる。虎は苔を食べるために洞穴に入っていった。またたびを食べた猫のように機嫌のいい虎が穴から出てくれば祭りのクライマックス。

 

 

 演目がかわった。

 土着神と虎に奉納するために奏される“ほむら”だ。

 

 二胡の奏でる“ほむら”に合わせ、少年はたいまつを揺らす。円を描いて歩む足運びはより複雑で力強い。

 たいまつの火に照らされ、巨大な虎が舞う。

 

 二胡の哀愁を感じさせる深い音色がゆらゆらと動く炎に溶ける。“ほむら”の楽曲はさざ波のように心の奥に染み入ってくる。

 幻想的な風景だ。

 

 

 少女達はお世辞にもプロ並みとはいえない腕だ。

 だけど、この二胡の奏でる“ほむら”は聴く者の心の奥底にある原初の記憶のようなものを揺さぶる。

 自然への畏れ、生への渇望、死の恐怖。

 

 

 虎の魔獣は踊る。時折り「よいさ、ほらさ」と軽妙な掛け声が聞こえる。そう言えば魔獣って話せるんだっけ。

 楽しく、妖しく、おおらかに、しなやかに。

 

 

 気が付くと泣いていた。

 二胡の調べも、少年の動きも、満月の美しさも、炎の揺らめきも、虎の舞もすばらしかった。

 

 

 夜半の襲撃がなくてほんとうによかった。こんな素敵な時間を邪魔されるなんて許せないところだった。

 

 

 朝方、上機嫌な虎が空に向かって咆哮をあげる。口から炎がぼわっと舞い広がった。離れた私達にまで熱気がぶわりと飛んできた。

 腹がビリビリするような咆哮と今の炎には、何か強くて清い力があった。

 

「よき調べ、よき舞じゃった。かんろかんろ」

 

 そう言葉を発すると虎は一息で崖上に跳びあがっていた。一度こちらをゆっくり見回すとふいっと森へ消えていく。

 

 

 

 朝焼けの斎場にはテーブルが並ぶ。祭りの終わりを告げる料理が出された。

 

 ライチ、ゆで卵、白桃団子、わらび餅団子、餡掛け肉団子。

 丸いものをいろいろ食べて厄を落とすのだとか。

 

 私達も一緒に食べさせてもらえた。

 

「おつかれ」

 

「ああ」

 

「すごかったね」

 

「感動しました……」

 

「美しかった」

 

「ヤバかったです」

 

 

 みんな感動していて語彙が貧しい。

 白桃団子を口に放り込む。うん。来てよかった。“ほむら”も素晴らしかった。帰ったらガーデンで練習しよう。

 

 

 

 

 

 

 マーフォア族の仕事を終え、しばらくカイト達と過ごした。

 ダンも一緒に生物調査の仕事を手伝わせてもらう。

 

 今までに見つけた新種の録画を見せてもらったり、変わった動物の話を聞いたり、小動物が用意した餌を食べる姿をじっと観察したり、罠サルの複雑な罠に感心したり、刺激に満ちた楽しい日々だった。

 

 カイトの仲間のアマチュアハンター達も、生物に詳しかったり分析能力に優れていたりとそれぞれが得意な分野があって尊敬できる人達だ。

 

 それに。カイトはすごい。

 動植物に対する深い造詣、大型魔獣への飽くなき愛情、プロハンターとしての知識。どれも尊敬できる。

 強さだって、ダンと私の二人一緒に相手ができるほどだ。

 目つきの悪さからとっつきにくそうに思えるのにものすごく面倒見のいいお兄さんで。

 

 

 8月が終わる頃には、ダンも私もすっかりカイトが大好きになっていた。

 まるでお兄ちゃんみたいに頼りがいがあって。

 

 

 ……カイトと過ごす日々の楽しさに影を落とすように、時々生首になったカイトの夢に魘される。

 アリの訓練用にツギハギの身体を操作され、勝手に戦わされているカイトの姿に飛び起きる。

 

 

 9月にはヨークシンシティで約束がある。

 そろそろここの楽しい時間も終わりにしなくちゃいけない。

 

 そう考えていたある日、ダンはこのままカイトの仕事が終わるまで付き合うつもりだと聞かされた。

 ……おうふ。ブルータスお前もか。

 

 ダン、お前か。やっぱりダンがオリ主だろ。私は普通に地味に生きているのに。

 なんでダンがそうやって危険なところに行っちゃうんだよ。

 

 ……カイトと一緒にってことはいずれゴン達とも合流するのかな。

 そしてキメラアント編へダンも行っちゃう?

 

 ゴンとキルアは助かった。カイトは死んだ。

 じゃあダンは? ダンは助かるの? それとも……

 

 

 カイトを死なせたくない。ダンだって死なせたくない。

 どうすればいいのか。

 

 

 

「エリカ。何を悩んでいる?」

 

 時折り考え込む私に気付いていたのか、カイトが声をかけてきた。

 

「……」

 

 言えないよね。キメラアントに殺されるからNGLには行かないでって。

 

「何を悩んでいるのかは知らんが、自分の思うようにすればいい。助けがいるなら言ってくれ。俺たちは仲間だ。俺でよければいつでも力になる」

 

 

 ちょっと。なんでそんなことを……なんでそんなかっこいいこと言っちゃうのよ。

 

 

 

 

 

 

 カイトを助けることはできないかな。

 

 ピトーとの戦いのあの瞬間。ゴンやキルアがいなければカイトは死ななかったんじゃないだろうか。

 ゴンを守るために片手を犠牲にしてしまったから。

 あれさえなければカイトなら勝てなくとも逃げ切れたんじゃないだろうか。

 

 ……ゴン達についていって、ピトーがくればゴンとキルアとダンを抱き上げてジャンプすれば。

 逃げられさえすれば。

 

 

 

 カイトはこのカキン国の仕事は来年の4月末までの契約だと言っていた。

 つまり、キメラアント編はその後ってことだ。

 

 それまでに……考えよう。

 私のできることを。やれるだけのことを。

 

 

 




更新遅れてすみません
ストック切れまして次話まだ書きあがってません。3日ほどお待ちくださいませ


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ガーデンが整って

 

 

1999年 9月 11歳

 

 私だけ抜けて帰るのが寂しくてカイトのお腹に抱き着いて泣いた。背が高いから私が抱き着くとちょうど胃のあたりに顔がいくのだ。

 カイトは笑いながら頭をぽんぽんしてくれて「またおいで」と言ってくれた。

 

 ダンとも拳を突き合わせ、スピン達にももみくちゃにされて別れてきた。

 このままここで過ごすのが一番楽しいのはわかってんだけど。それじゃカイトを救えないもん。

 

 カイトのお腹に顔をうずめ、誰にも聞こえないよう「絶対助ける」って自分に誓う。みんなの兄貴を、動物好きな好青年を、ピトーなんかにやらせるもんか!

 

 

 

 9月8日。カイト達と離れてサヘルタ合衆国へ戻ってきた。

 奥地にいて携帯が繋がらなかったから、やっとゴンへ電話をかける。

 

 

 9月に入ってから毎日毎日影を隠れ家へ送り、ネットのハンター専用サイトをチェックし続け、ヨークシンシティで何が起きているか確認していた。

 

 マフィアが内々で処理しているものはたとえハンターサイトであっても探し出せず情報が少なくて、やきもきしながらゴン達の無事を祈っていた。

 

 幻影旅団メンバーが死んだという偽情報も見た。切り刻まれた死体の画像があがっててエグかった。

 

 ゴンからのメッセージが届いたときにはほっとした。

 

 

 予定どおりちょっと遅れると連絡をして私がヨークシンシティに着いたのは、オークションが終わったあと、9月10日夕方のことだった。

 

 オークションが終わったあとならパクノダはもう死んでいるし、クロロはクラピカの能力で念が使えない状態なはず。

 それに幻影旅団はもうヨークシンシティを出ているよね。

 

 あんな危ない集団には絶対会うつもりなんてない。キメラアントへ次の照準を定めた今、蜘蛛に関わっているヒマはない。

 

 

 

「久しぶり!」

 

 ゴン、キルアとハイタッチで挨拶。

 

「おせえぞ、エリカ。こっちはいろいろあったんだからよ」

 

「うん、電話で聞いてびっくりした。幻影旅団と戦ったんだって? なんて危ないことをするのよ、マジで。二人とも怪我がなくてよかった。で? クラピカやレオリオは?」

 

「もう昨日帰っちゃったよ」

 

「そう。入れ違いになっちゃった。ハンターの仕事でカキン国の奥地に行ってて電波が繋がらなくて。残念」

 

 クラピカやレオリオにも久しぶりに会いたかったけど安全には変えられない。しかたないよ。

 

「んで? お前ほんとにあのゲームを持ってるんかよ」

 

「うん。すごいよ、これは。私はここで念の修行をしたからね」

 

 

 オークションはちゃんとバッテラさんが落札したらしい。

 アリシアさんの怪我はもう治っているから力の入れ方がかわるかと思ったけど、そういえばバッテラさんって彼女が元気になったら二人だけの慎ましい生活をおくる気だったんだっけ。

 

 財産を喰い潰しても気にしないバッテラさんが原作通りしっかり7本全部押さえたみたいだ。

 ひとつめは原作通り旅団に奪われたらしいけど。

 

 グリードアイランドについての情報を私から得たキルアがミルキに連絡することがなく、原作とは違ってミルキがオークションに参加しにこなかった。

 そのおかげで高額で競りあう相手がおらず、オークションでの値段はどの回も300億行かずに落札できたみたい。原作よりはかなり費用が浮いたと思う。

 

 

「へえ。じゃあまたプレイヤーがいっぱい増えるね。

 ゴン、これがお父さんの手がかりなんでしょう? きっとハンター試験で知り合った私が持っていたことも何かの縁だよね」

 

「ほんとに貰っていいの?」

 

「そのことなんだけど。ごめん。やっぱりゲーム機は譲れない。条件があるの」

 

 ゲーム機は私の隠れ家に設置して二人はそこからログインしてもらうこと。

 年明けには私も参加するかもしれないこと。

 クリア報酬のひとつを私に選ばせてもらうこと。

 それを対価として、ゲームを使ってもいい。

 

 そう提案した。

 

「ゴンはべつに報酬が欲しいわけじゃなくて、ゲームに入ってジンの手がかりを見つけたいんでしょう?」

 

「うん」

 

 ゲームはいろんな便利だったり面白い効果があったりするアイテムを100種類集めることでクリアできて、クリアした者はそのアイテムの中から3つだけ選んで現実世界へ持ち帰ることができるのだと説明する。

 

 その3つのうちのひとつを私への報酬とする。残りの二つは二人で使ったらいい。

 ゴンが『同行』と『聖騎士の首飾り』を持ち出せなきゃ意味がないもの。

 

 

「どう?」

 

「いいんじゃね? どのみちこれしか方法はねえんだし。100億もするゲームをタダで貰うよりはずっと納得できる内容じゃんか」

 

「そうだね。ゲームに入れればいいんだし。使わせてもらえるのならそれでいい」

 

「んで? なんで一緒に行かねえの? 来年ってなんだよ」

 

「神字の修行が中途半端なの。もうちょっと形になってからじゃないと」

 

 

 よく考えたらさ。ゴン達のクリアって難しいと気付いたのだ。

 

 まずゴン達が自力で集めたのって50種くらいだけだった。

 『離脱』と交換ってのは私がやっちゃったから、数が減っているかもしれない。まあ脱落者はいくらでもいたから、あのあとまた増えているかもだけど。

 

 それと。

 今のバッテラさんがクリア報酬の懸賞を取り消すことはない。

 だから、ツェズゲラやゴレイヌがリタイアすることはないってことだ。

 

 原作ではリタイアした彼らからカードを譲ってもらったことで99枚になり、ゲーム内容に習熟していた面々がログインしていない(ゲンスルーは捕まっててクイズに参加できなかった)からゴンが繰り上がりで最高点を取れた。

 

 いろんな状況が重なってゴン達がクリアできたんだ。その前提が崩れてしまっている。

 

 

 彼らには絶対にクリアしてもらいたいのだ。

 どうしても欲しいアイテムがあるから。

 私の倉庫に同じものが入っているけど外に出せば消える。まっとうにクリアして手に入れる必要があるわけだ。

 

 だから今年中はできるだけ修行に励んで力を付ける。

 そして、キルアのハンター試験後に一緒にログインして、なんとしてもクリアする。

 そのつもりで動くことにしたのだ。

 

 

 

 ゴン達は今すぐにでもゲームに出発できるらしい。

 バッテラさんの選考会は今日らしい。原作ではその日の夜にヨークシンシティを出て列車で移動。夜中のうちにログインしていた。

 

 時差もあるから微妙なんだけど、これから食事でもして時間を潰せば、おそらく同じくらいの時間にログインできるはずだ。

 大丈夫。ゴンは主人公だ。強運の持ち主だ。

 多少ずれても、きっとビスケに出会えるはず。

 ここでご都合主義を使わずいつ使うんだよ。お願い管理者サマ。頼むよ。

 

 

 夕食を一緒に取り、春に天空闘技場で別れてからの出来事を互いに話す。

 カキン国で見た秘祭の話や、神字のこと。もちろんカイトの名前は出さない。

 

 ゴン達は念修行とヒソカにナンバープレートを叩き返した時のこと。

 クジラ島の夏休みのことを。

 

 

 頃合いを見計らい店を出る。

 

「じゃあ。前に教えられなかった私の能力で、行く?」

 

「あの転移するやつ?」

 

「うん。ステップとジャンプって言うんだ」

 

「へえ!」

 

「転移ってすげえな。どこでも行けて便利じゃん」

 

 キルアの言葉に「どこでもってわけでもないんだよ」なんて答えつつ人込みを避けて隠れる。“絶”になって気配を絶ったところで二人を両手に持ち上げて(隠れ家、ジャンプ)。

 

 薄暗い家の中にいきなり飛んだことで驚いた二人が声をあげた。

 

「すげえ! すげえぞエリカ」

 

「ほんと!」

 

 家の鍵を渡し、場所の説明もしておく。

 ここはずっとゲーム機用に隠れ家として使っていた場所で、今はホームコードくらいしか置いてない。

 誰にもここの場所は教えてないから安心してゲームに行ってね。

 あ、場所はパドキア共和国のルドルノンからロープウェイで山を登ったところだよ。とか。

 

 「リッカ」のロムカードは今日のために抜いておいた。いずれ私もまたログインするつもりだから。

 

 

「やっぱりエリカも行かない?」

 

「だな、一緒にやろうぜ」

 

 ぐぐ。誘ってくれるのはすごく嬉しい。心惹かれる。

 でも……

 

「ごめん。今は神字の勉強がものすごく中途半端なの。今年中には形にしたいと思ってるから」

 

「残念」

 

「あ、そうだ。キルアは来年の一月のハンター試験、受けるんでしょ?」

 

「おう」

 

「次はきっと受かるよ。合格したら連絡くれる? その時に私も一緒にゲームに入りたい」

 

「当然受かってみせるさ。まあ電話すらあ」

 

 ゲームに吸い込まれていく彼らを見送る。

 ちょっとついていきたい誘惑にかられたけど、私はまだ中途半端だ。“発”がまだだし。それに最初のうちのゴン達の修行は一緒にいても私の修行にはならない。

 

 それにゴン達に私が口出ししていると師匠がいると思ったビスケが接触してこないかもしれないもん。ビスケなしに彼らの成長は見込めない。

 

 来年までになんとか強くなる。

 本格的にカード集めをし始めるのがその頃のはずだから、それからでじゅうぶん間に合う。

 

 とにかく。

 ゴン、キルア。楽しんでしっかり強くなっておいてね。ビスケによろしく。

 

 

 

 

 

 

 ゴン達を見送り、ルドルノンの街へ移動する。

 半年かかったけど注文しておいた建物がすべて完成したと連絡を受けたから。

 

 

 物流センター跡地の巨大な建物に入り、倉庫番を務めてくれたオジサンに礼を言って鍵をもらう。

 時々工事の進み具合を見に来たり、食料品や精密機器、金銀インゴットみたいな高額商品を受け取りに来ていたから何度か顔を合わせていたんだけど、実直そうなオジサンで丁寧に作業してくれていてすごく助かった。

 また何かあれば頼みますと言って帰ってもらう。

 シャッターを閉め、これで私一人となった。

 

 さてと。

 念のため“円”で安全確認。工場内どころか、付近には誰もいないことを確認してそっと息をつく。

 

「よし」

 

 

 当初予定ではうちの屋敷の左右にアトリエと音楽堂を並べるつもりだったんだけど、こうやって出来上がったものをみると思っていたより背が高い。

 

 うーん。並べると二階建てのうちの屋敷が圧迫感を感じてしまうかも。

 それに横幅も広い。建物の間を通れるように通路分を開けて3つ並べると中央の広場の幅より広くなる。

 

 悩んだ結果、屋敷の奥、菜園や花畑よりも奥に余裕を持たせてアトリエ、図書館、音楽堂と並べて設置することにした。

 うちのガーデンは円形だから、建物も中央に向かって弧を描くように若干ずらせて設置する。

 

 

 ガーデンの中心は公園にしようという当初の予定通り、メリーさんがこつこつ外枠を作っている。レンガと石を敷き詰めて遊歩道を作り、中は芝生みたいにしたいのだとか。

 庭にある『豊作の樹』や『不思議ケ池』、『酒生みの泉』も公園に移動させてもいいかもしれない。そのほうが景観もよくなるし。

 

 公園は細長い楕円形。ちょっと運動場のトラックみたいな形をしている。

 

 昔、丸太に柄物ハンカチで作った旗の場所には、メリーさん作のオブジェが建っている。

 (ポップ)で外から見た時に目立つよう派手な色合いの看板をメイド服を着たパンダが持っている。その足元にはじゃれつくように猫がいる。

 控えめに言って、めちゃくちゃ可愛らしい。

 

 

 屋敷と菜園のスペースの横にはまた燻製小屋もしまうつもりだから、余裕を持たせてもっと奥。屋敷のちょうど後ろ正面になる場所にまず図書館を収納した。がつんとオーラが吸い取られる。

 さすがにこのサイズを収納するとオーラ消費がすごい。残量を考えていったん休憩。

 “絶”でオーラ回復につとめながら考えた。

 

 

 これからどうやっていくか。

 キメラアント編に首を突っ込むつもりは全然なかった。でもカイトに会っちゃったんだもん。もう知らぬふりはできない。

 

 

 時間がない。

 やれることを精一杯やろう。

 

 あと買い物ももっとしておこう。特に食事。NGLで移動中食べやすいものをいっぱい。敵を呼び寄せると怖いから匂いがあまりなくて手で掴んで食べやすいものがいい。

 おにぎりやサンドイッチ、ホットドッグ、ハンバーガーその他。飲み物もペットボトルをたくさん買っておこう。

 

 

 ……そうか。

 NGLの監視員がいなくなればジャンプも使い放題なんだから疲れた時や夜はどこかへ戻ってくればいいのか。

 

 今までゲーム置き場やホームコード置き場としか使ってなかった隠れ家をNGLでの宿泊先に提供してもいい。

 そうすれば夜は安心して寝られる。

 となれば隠れ家にも生活用品をもっと置いておくべきだね。

 

 人が住んでいない建物は傷むのが早い。

 ここはもう10年以上誰も住んでいない。そのうえライフラインもほとんど使っていない。

 影が常駐するようになって風を入れたり傷んだ箇所を修理してはいるけど。

 

 使ったことがないお風呂とかトイレとか排水関連も一度チェックしておいた方がいいかも。キッチン周りも。

 

 もし修理が必要ならアトリエとかを建ててくれた建築屋さんに依頼しよう。湿気が少なく地震もないこのあたりは家の持ちはいい方だからそれほど時間もかからずに修繕できるよね。

 

 

 ……工事の人が来る間はゲーム機は隠しておかなきゃ。

 その間は私が神字を習っているサヘルタのマーリポスに借りてるフラットに置けばいいや。

 

 

 みんなが泊まるならベッドも買わなきゃだね。

 ゴン、キルア、ダン、カイト、と私? 二人ずつ相部屋にしてくれればじゅうぶんかな。私はガーデンに帰ってもいいんだし。

 

 ベッド、ソファやテーブル、食器、カーテン、各部屋のチェストや小物もいるか。

 ガーデン内じゃないからメリーさんや小人達にセッティングを手伝ってもらえない。影と一緒に頑張ろう。

 

 よし。とりあえず水回りを確かめて。まずはそれからだ。

 

 

 

 バッテラさんからもらったお金はまだ使い切ってない。さすが500億。大型オサレ建造物3つにプレハブ、貯蔵庫、楽器もろもろ買い漁ったくらいじゃ使い切れない。

 

 金銀インゴットも買ったけど、一度に大量購入は難しくて1億分も買えていない。

 

 

 キメラアント戦で死ぬかもしれないのだ。最悪を想定してできるだけ次に持ち越せるものにしておくべきだよね。

 

 音楽堂の練習室全室にもスタンウェイのピアノを入れようか。

 

 

 

 

 オーラの回復を待って次にアトリエ。

 いかにも近代美術館っぽいおしゃれな形をしている。張りだした二階ベランダの曲線がすごくいい感じ。一枚ものの巨大なガラス窓が解放感を演出している。

 メリーさんもきっと喜ぶよね。

 

 

 また回復を待って次は音楽堂。

 

 音楽堂と言ってもそんなに大きなものじゃないよ。ホールも客席20席そこそこのアットホーム感あふれるコンサートホールだ。

 うちって家族3人と影が10人くらいだから、それ以上の大きさの建物はいらないんだよね。

 その代わり練習室は影が複数人同時に使えるよう防音個室を10室作ってもらった。

 

 

 大型コンテナは美術品、日用品、文具や書籍類、建築資材などそれぞれの施設のそばに収納。

 中には買い溜めたもろもろが入っているから、建物にしまうもの以外はこのままこのコンテナを倉庫がわりに使えばいい。

 

 

 プレハブ小屋をガーデンの邪魔にならない少し離れた場所へ収納。前にバッテラさんを招待したプレハブ住宅の横。

 ここにはグランドピアノやバイオリン、サクソフォンなどの高価な楽器が入っている。パソコン類やプリンタも。

 

 グランドピアノは楽しみだ。ちょっと弾いてみたいけど、今は時間もないしガーデンに入ってからのお楽しみにしよう。あとで音楽堂のホールに移動させるつもり。

 

 残りの燻製小屋とお酒の貯蔵庫は菜園の横に設置。

 

 

 

 がらんと何もなくなったセンター跡地を見回す。

 建物があった場所は基礎ごと地面がごっそり消えている。あとでここも穴埋めしておかなきゃだ。

 

 ここも使い勝手がいいんだけど。あとで何かに使えないかな?

 

 中に建ててもらった建造物群がなくなっていることを知られるわけにはいかないから人を呼べないんだけど。せっかくの広い空間だからなあ。

 私の修行場所に使ってもいいか。

 

 まあまた後で考えよう。数年経ってほとぼりが冷めたらまた新しい建物を作ってもらうのもアリだしさ。

 

 

 よし。収納完了です!

 

 

 

 ステップでガーデンへ入ると、メリーさんが乙女のような可愛らしいしぐさでアトリエを見上げていた。ラルクが新しくできた建物のまわりを興奮ぎみに走り回っている。

 

「どう? メリーさん」

 

 声をかけると感極まったメリーさんが抱きしめてきた。嬉しそうに私を抱きしめて何度もターンするパンダ。

 私も嬉しくって一緒に踊りだす。空気を読んだ影がバイオリンで演奏を始めた。

 

「アトリエに入れるものは奥のコンテナにがっつり入ってるからね。あとでチェックしてね。他にも欲しいものがあればどんどん言ってよ?」

 

 うんうんと何度も頷いてまた私を抱きしめて、アトリエを見上げて、メリーさんは挙動不審なくらいに興奮している。ここまで喜んでもらえると私もすんごく嬉しい。

 

 図書館にはまだ何も入ってない。これからあのコンテナにある本を全部運び入れるのかと思うと大変だけど、楽しみでもある。

 今はキメラアント戦に向けて修行が一番だから、それを乗り越えてからのことだね。

 

 視聴覚室も音楽室同様に防音個室を10室並べている。影が一斉にメディアチェックとかするかもだからね。

 どの部屋にも最新の映像設備と各種ゲーム機、DVDやビデオのプレーヤーが設置してある。

 

 シアタールームは客席20席ほどの大画面ホームシアター。座り心地に拘ったソファが並んでいる。

 

 

 これでシークレットガーデンに欲しかったものは一応揃った。

 まだまだ欲しいものはあるけど。

 

 今は余裕がない。またこれを乗り切ってから考えればいい。

 メリーさんはアトリエができたからこれから楽しみも増えただろう。ラルクは私とメリーさんがいれば幸せそうだし。遊ぶ場所はいっぱいあるし。

 家族サービスもちゃんとできて、私は幸せだよホント。

 

 

 

 




次の更新は30日です。


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キメラアント戦に向けての修行

 

 

1999年 9月 11歳

 

 隠れ家の水回りをチェック。

 今まで使っていなかった蛇口から錆色の水が出てきた時にはうへえってなったけど数分流していれば綺麗になった。水質調査キットで調べたけど問題ない。シンクや排水口付近の水漏れもないし、ガスもちゃんと使える。

 

 家全体が見た目は少し古ぼけているけど、そのまま使えるみたいで安心した。

 やっぱり工事の人とか入ってくるの嫌だもんね。

 

 建物は3LDKで主寝室と個室が二部屋。掃除はマメにやっていたから汚れがなくてよかった。

 とりあえずシングルベッドを二台ずつ各部屋に配置して、カーテンを変え、チェストやテーブル、ソファなども入れた。

 リビングも中央に毛足の長いマットを敷いて多人数が座りやすい座高の低いソファーとテーブルにしておいた。これなら座り切れない人が下に座っても違和感がない。

 キッチンに多少食器類を入れ、タオルやスリッパなどの小物も揃えて準備は完了。ひとつ仕事が片付いた。

 

 

 

 ゴン達にゲームをクリアして貰って原作通りキメラアント編へ向かってもらう。

 それに私も付いていく。

 

 そのためにも。私も強くなっておくべきだ。

 

 

 カキン国での仕事が4月末まで。そのあとヨークシンで女王の脚を調べてNGLへ。

 つまりあと半年しかない。

 年明けからはグリードアイランドでカード集めをしながら修行をしたい。せっかくビスケがいるんだもん。

 

 それまでにできるだけのことをしよう。

 私に足りないものを、身に付けよう。

 

 強靭な身体を持つキメラアントに有効打を与える強力な技が必要だ。

 それから彼らのスピードに対応できるだけの素早さも身に付けなくては。

 

 

 カイトもダンもゴンもキルアも。できればネテロ会長も。

 誰にも死んでほしくない。

 

 だけどさ。私には主人公補正はない。

 あんな危険な場所へ赴けば、私がさくっと死んじゃう可能性が高いのだ。

 

 

 捕まって頭を弄られて記憶を取られるのも、肉団子にされてアリ達を強化させるのも、ほんと絶対に、絶対にごめんだ。

 

 特に私の身体は神様謹製の、健康で能力の高い身体で念能力者。

 敵を強化させてしまうことになる。絶対に食べられたくない。

 転生について知られるのも嫌。

 

 生半可な強さでは付いていくだけで邪魔になる。

 私だって死にたくはない。

 

 だから、これから年末までに。

 やれるだけのことをすませよう。

 

 

 私が今からやろうとしていることは、死ぬ可能性の高いことだ。

 私にはゴンやキルアのような強力な“発”がない。キメラアントに立ち向かうなんて狂気の沙汰だと自分でも思う。

 

 ……おかしいよね。

 弱虫で、逃げ根性がついてて、ヤドカリの私が、カイトとダンを助けたくてキメラアント編に介入しようとしているなんて。

 キメラアント編が始まったら平和な街を探して避難しようとばっかり思ってたのに。

 ガーデンもそのためにめいっぱい食料を買い込んであるのに。

 

 でも、ダンを助けたい。カイトに死んでほしくない。ゴンをゴンさんにもしたくない。

 連れて逃げるだけなら今の私にでもできるよね。

 ついでに言えばネテロ会長だって生きていて欲しい。

 

 

 

 

 年末までにしたいことはいろいろある。

 

 ・万が一キメラアントに殺される可能性も考えてできるだけガーデンの充実を図る

 ・念具を買えるだけ買う

 ・神字を覚えられるだけ覚える

 ・裏のマーケットで爆弾や手榴弾、バズーカなどを買う

 ・修行

 

 

 オーラを多めに込めた影に、私のかわりに神字の師匠のところへ通ってもらう。本体は念修行に力を入れたいから。

 そちらの勉強を任せてついでに念具もいろいろ注文してもらった。お金はあるから買えるだけ買う。

 あとで自分が作る時の見本でもあるわけだからいろんな種類の念具を頼んだ。

 

 

 

 ホーンフリークの技をなんとか形にしたいと思っていたけど。それは今すぐは無理だとわかっている。

 もともと120年ほどある寿命と次の生ででも形になればいいと思っていたんだもん。

 

 だけど目標とする時間はあと半年しかなくなった。

 

 

 殺人音波やノイズキャンセラはいつかもっと技術を磨いたその先にきっとできるようになる。そのつもりで修行しまくるつもり。

 でも半年後のキメラアントには間に合わない。

 

 でも。ホーンフリークの技すべてを再現できなくても、ほんの一端でもできればいい。

 半年後、キメラアント……ピトーと対峙するためのものを最優先に考えよう。

 

 逃げることはできる。

 だけど、ピトーが襲ってくるあの時に彼女を殺せていればこちらはずいぶん優位になれるはず。

 

 

 カイトが殺されるのは、まだ未来の出来事なのだけど……

 

 でも、私にとってピトーは既にカイトの仇だ。もう何度も何度も何度も何度も、生首になったカイトの夢を見ている。

 だからみんなを連れて逃げるだけじゃなくて、あいつに一矢報いたい。

 

 ピトーに対して一発ぶっ放せる奴を。

 それをこの3ヶ月でなんとかする!

 

 ピトーが死ねばキメラアント側はかなり痛手になるはず。

 

 殺しきらなくてもいい。ピトーを斃すのはカイトだ。私はその手助けをできればいいんだもん。

 

 

 

 そのために。

 

 まずは武器となる楽器、アルトサックスを具現化する“発”を作ろうと思っている。

 

 ホーンフリークの武器は漫画ではバリトンサックス、アニメではテナーサックスだったんだけどさ。

 私の身長でバリサクはね、大きくてね。テナーサックスでさえ指が貝皿に届かないんだよね。大人になったら使うつもりで最高品質のものは全種買ってあるけど、まだ吹けない。

 

 低音のほうが衝撃波も出しやすそうな気はするんだけど、いかんせん指が届かない。

 身長140センチだからね、しかたないね。半年じゃそこまで背は伸びないし。

 

 あきらめてアルトサックスであれが実現できるように頑張るつもり。

 

 

 それにさ。

 念で具現化するんだもん。

 想像を創造するのが念だ。アルトサックスサイズの楽器でも術者である私の欲しい音は絶対でるんだよ。だって私が“そうあれ”と望んで生み出すものだから。

 

 ということで、具現化のための見本にアルトサックスをいくつも買ってきた。

 そして、スケッチしたり、バラバラにしたり、組み立てたり、抱きしめたり、撫でまわしたり、匂いを嗅いだり舐めたり噛んだり、添い寝したり、レディ・シルヴィアと名付けたり、演奏したり、名人の曲を聴いたり、粘土で同じ形を作ったり、具現化のためのイメージトレーニングを始めた。

 

 これをやってる間は神字の勉強も休み、他の仕事をしていた影もみんな引き上げ、オーラ少な目の紙装甲影を15体生み出して私も含め全員でアルトサックス漬けの日々を過ごした。

 具現化できるまでは他の情報は邪魔になるもの。

 

 ただ一心に願う。

 

 私の出したい音を出せるものを――

 

 私の魂を込められる楽器を――

 

 敵を殺せる強い相棒を――

 

 

 

 影分身の時には自分の身体をよく知っていることと、NARUTOでイメージがしっかりしていたからけっこう簡単に実体化できたんだけど、アルトサックスは形状がすごく複雑で、作り出すのに時間がかかりそうだ。

 

 

 制約は“円”の状態でしか具現化できないとかどうだろう?

 音の効果範囲を“円”に絞るとか。

 “円”を補助輪がわりに使おうと思っていたのだし、ちょうどいい。

 

 

 残り少ないメモリなんだもん。

 技術で賄える部分や念具で補助できる部分はそちらにまかせて、“発”としてはとにかく衝撃波や破壊音波を出すことに耐えうる楽器を具現化させることだけに注力したい。

 

 

 念具で音を増幅させるものは作れた。込めた感情を音に乗せる補助をしてくれる。これを私が装備すればある程度のバフデバフにはなる。

 

 

 “円”のサイズは今のところ40メートルほど。

 せめてカイトと同レベルまで円を広げること。これも大事。

 

 “円”に込めるオーラを際限無く薄くして、それに“隠”を重ねて隠ぺいを図る訓練や、ピトーのように正円じゃなくて歪な形に円を広げるようなこともできないか試行錯誤している。

 

 

 

 そして、もうひとつ。

 呪曲を集める。

 

 

 ハンターサイトでマーフォア族の祭りの話を知った時に、そうじゃないかと思っていたんだけど。現場で聴いて確信した。

 “ほむら”は呪曲だ。

 

 呪曲ってのは、念能力を込めて綴った曲、または念能力で生み出された曲。

 

 たぶん、呪曲のとびっきりにヤバい奴が、センリツの追う“闇のソナタ”だと思う。

 

 あれは強力すぎるから恐らく物凄く技巧に優れた念能力者か、死者の念とかそれに相当するものじゃないかな。

 だって術者本人じゃなくて普通の楽器による一般人の演奏をたった一章聴いただけであんな風になるんだもん。演者の能力関係なしってどんだけヤバいんだよって話だよ。

 作曲者は本当に魔王なのか、幻獣や魔獣のたぐいなのか、強力な念の曲を作ったことで魔王と呼ばれるようになった人間なのか、そのあたりはよくわからないけど。

 

 私が死んでからその話もでてきたのかもしれない。

 なんせ私はキメラアント編のあと会長選挙を始めるってところまでしか知らないから。まだまだこの世界には秘密がいっぱいありそうだ。

 

 

 そんなとびきりヤバい曲は別格として、世界にはいろいろ隠された呪曲が存在する。

 “ほむら”もその一つ。

 

 魔法みたいな強力な力はないけど、癒しと浄化の効果がある。

 念が込められているけど、一般人がこれにふれて念に目覚めるほどじゃない程度。

 

 あの祭りが秘祭とされているのはあの旋律を外部へ出さないためでもあるんだろう。

 

 

 ワートタイガーは祭りの終わりに浄化の炎を吐き、寿ぎの言葉もくれた。

 

 あの時、斎場内に相応しくない者がいれば、虎は決して浄化の炎を吐いてくれないのだとか。

 私達は虎の選別に合格したらしい。そのうえあの場にいた者すべてへ向けて寿ぎの言葉をくれた。

 

 マーフォア族の秘祭で一緒に虎の寿ぎを受けた私は“マーフォアの友”となったらしい。だから“ほむら”を奏でることを許してもらえた。

 

 マーフォア族の方からは覚えたのなら正しく使ってくれと言われた。

 正しくってのは、不特定多数の前で演奏するんじゃなくて、自分や仲間達の怪我や穢れを祓うためになら奏でていいというお許しを頂いたということ。

 

 二胡は座った体勢で膝のうえに乗せて弾くから戦闘中にはそぐわない楽器だけれど、癒しと浄化なら戦闘中よりはむしろ休憩中や野営中に使うものだ。

 

 彼らが作った二胡も買わせてもらった。琴筒部分はもとより、琴皮に使われているニシキヘビの皮の裏側にも神字が書き込まれている逸品だ。

 大切に使わせていただきます。

 これも要練習。技術が上がれば上がるほど癒しの効果もあがるんだから。

 

 

 “ほむら”は呪曲としては効果が低い。そのおかげで門外不出とまでいかないから私にも聴くチャンスがあったわけだけど。

 

 これは私の練習曲のようなものだ。

 いずれ私も自分で呪曲を生み出そう。想いを形にできるのなら私だけの呪曲もきっと作れる。

 

 

 それから“ほむら”のように世界に存在する呪曲をもっと知りたい。今年中になんとか集められるものを探そう。呪曲とそれを奏でるための楽器を。“ほむら”と二胡のようにその組み合わせでないと効果がでないものもあるもの。

 

 呪曲についてはハンターサイトで数億くらい使えばいくつかは情報が手に入るんじゃないかな。

 

 

 “ほむら”は魔獣の選別があった。きっと他の呪曲も教えてもらえるまでに何某かの見極めを受けることになるかもしれない。

 

 これも時間との勝負になる。

 

 

 

 

 時間があれば影と分担して買い物をした。

 一応ホルモンクッキーやカツラで変装したりはしている。

 

 今まで旅行して回った際に振り替えたポイントを巡り、食料品や日用品を買い漁る。

 楽器も書籍も布地や家具、食器、絵画、目に付いたものは何でも買った。パドキア共和国で買いきれなかった金銀インゴットも、買える場所があれば買う。

 

 

 強い武器が欲しい。スコップが使い勝手が良すぎてこればかり使ってる。おこちゃまボディにはさ、スコップってすごく持ちやすいサイズなんだよね。

 これもサイズや持ち手の形や重さもさまざまあるからいろいろ買った。気に入ったサイズは何本も買ったり。

 

 あとNGLや東ゴルトーへ行っても繋がるよう、レオリオおススメのビートル07型の携帯を買った。これがなくちゃあっちで連絡が取れないもんね。

 

 

 

 裏のマーケットで爆弾や手榴弾をいくつか買った。火薬やガソリンも。

 

 強い個体のキメラアントには効かないかもしれないけど、一般兵には効くだろう。それに巣は見つけ次第破壊していくほうがいいし。

 

 あと覚えてないんだけど、漫画でアリ達って仲間の死体を食べていたっけ? もしかすると仲間の身体でも栄養価が高いから女王へ食べさせたりしていたかもしれない。

 もし食べるのなら倒した死骸もぜんぶ焼き払うか倉庫へしまうかすべきだ。ってか倉庫にはしまいたくないです。

 

 その時に爆散させてしまえば餌にはできない。

 

 アリの犠牲になった人の死体も。然るべきところへ連れて帰ってあげる余裕はないのだから燃やすしかない。

 酷い話だけど。餌にされるよりは遺体の魂も喜ぶだろう。

 それに死体が傷むと伝染病などの虞もあるし。

 

 

 

 

 

 仲間へ渡す念具もできつつある。

 私の血を混ぜてガンガンにオーラを練り込んで作ったお札は私の仲間の印だ。

 

 ゴン、キルア、カイトにダン。カイトの仲間のアマチュア6人はNGLの奥まで行かないから、とりあえず4人分か。

 ナックルやシュート、パーム、ノヴにモラウ、他にも合流するんだっけ?

 多めに作っておくに越したことはない。これからも毎晩の仕事にしよう。

 

 

 

 

 ピトーの速さに慣れる。

 2キロ先から数秒で近づく奴にどう対処すればいいのか。

 

 悩んだ末、ピッチングマシンを10台ほど買ってきた。野球のボールも大量に。それから同サイズの鉄球も注文して作ってもらった。

 

 数台で囲んだ中に入って避けたり、“堅”で受け止めたり“硬”で打ち返したりといった修行をする。

 だんだん数と球の速さをあげていって。次にはボールから鉄球に変えて。

 

 

 ついでに。

 鉄球を注文する際に石礫サイズの鉄球も作ってもらう。石よりは強度がある。“周”で投げつければキメラアントにも効くかもしれない。

 

 

 ああ。

 バッテラさんのお金があってよかった。

 呪曲の情報にもお金がかかるし、武器や修行にもお金がかかる。

 

 金額を気にせず使えるのはバッテラさんから報酬を貰えたおかげだ。ほんと、感謝してます、バッテラさん。ゲンスルーに殺されないでね。

 

 

 

 ポックル、どうなったかな?

 あの試験の時、ポックルはまだ念に目覚めてなかった。ハンターになっていなければ今でもまだ能力者じゃないはず。できれば生きていて欲しい。

 万が一原作通りにNGLにポックルが来ても、そしてやっぱり捕まっても。彼から念の情報が洩れることはない。

 

 他にもハンターがいっぱい行くからその中の誰かが“レア物”として捕らえられて拷問されるのかもしれないけど。

 

 やだな。その拷問されるレアものが私達って可能性だってあるんだ。いやいやいやいや。それはほんと嫌だ。

 

 

 

 

 カイトにあらかじめ武器を出しておいてもらっておくこと

 すぐにゴン、キルア、ダンを持ち上げて転移できること

 ピトーとカイトの実力差があるならカイトも連れて転移すること

 ピトーがくれば即攻撃できる技を考えておくこと

 

 対処としてはこれくらい?

 

 敵が出てきてからピエロにルーレット回させてればそりゃあ間に合わないよ。しかも当たり外れが大きいし。近接タイマン戦に強い奴をあらかじめ出しておくのがベストだよ。

 

 転移させる相手が多すぎる。

 持てることは持てる。数トンくらい平気。だけど焦って数人持ち上げると落としちゃう可能性だってあるもん。

 

 ……よし。キメラアント編は自重なしだ。影を出そう。

 影2人連れて歩けば、1人がゴンとキルア、1人がダンとカイト、私が衝撃波攻撃ってできるもん。

 

 

 

 今までしっかり説明してなかったけど。

 

 ジャンプの飛び先はポイント設置した場所になる。

 もしその場所に何かがあればどうなるか?

 その時は邪魔なものを避けてその付近に飛ぶ。

 “どんな場所でも、どれほど距離が離れていても、いつでも転移できる”だから転移がキャンセルされることはない。

 

 でもたとえば檻なんかを設置されていたら中に閉じ込められちゃう可能性はあるね。それは要注意だ。

 その場合すぐにジャンプで逃げればいい。強制的に“絶”になる場所だったとしても私のジャンプは念じゃないから大丈夫。

 いきなり拘束されることが一番怖い事、かな。

 

 

 それから。

 影2人と私。同時に同じポイントへジャンプしたらどうなるか?

 これも大丈夫。お互いぶつからない場所へちゃんと飛べる。これもやってみたから大丈夫。

 融合事故みたいな怖いことにはならない。

 

 

 

 ゴンとキルア、カイト、ダン。全員を連れてジャンプする訓練もしておこう。

 飛び先は隠れ家改め“ホーム”。または“スタート”。スタートはNGLのモンタ達が待機している場所か、検問所を抜けてしばらく行ったあたりに設置するつもり。

 

 カイトが戦う間、サクソフォンでフォローする。

 ポイントを設置する。

 ゴン達をスタートかホームへ飛ばす。

 

 これを同時にやらなきゃだ。とくにポイント設置を忘れると、誰かを取りこぼした時に助けにいけないからね。ゴンなんてきっと逃げたくなくて暴れるから。影が消えちゃうかもしれないもん。

 

 

 影をだすのもずいぶんうまくなった。

 本体が外にいてポップに指をいれてゲートを開き、ガーデン内に影を生みだすことも余裕でできる。

 これって便利なんだよね。

 “円”で調べられている時とか、その場に影を出すと一人増えるのがバレちゃうから。

 

 あと、ガーデン内に生み出した影と同時にステップして場所移動するのもできる。こうすれば表向きに存在する人の数が変わらずに影とチェンジできる。

 

 こういう地道な練習ってなかなか大事なんだよ。

 

 

 そんな風に、1999年は慌ただしく過ぎていった。

 

 

 



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三たびのグリードアイランド

 

2000年 1月 11歳

 

 無事ハンターになれたとキルアから電話を受けた。

 グリードアイランドの方も原作通りちゃんとビスケに会えて、ビシビシしごいてもらっていると聞いて安心した。

 ゴン達がバッテラさんの契約プレイヤーじゃないからビスケが師匠になってくれるかどうか賭けだったけど。

 あれだけ才能豊かな子供達を見れば、ビスケの師匠魂が刺激されるんだろう、きっと。

 

 

 少し話していて、もう私の隠れ家に戻っていると聞いて、私もそこへジャンプ。

 久しぶりに顔を合わせた。

 

 拳を突き合わせて挨拶。

 

「改めまして、おめでとうキルア」

 

「おう。まあオレなら当然だな。余裕すぎてあくびが出たぜ」

 

 相変わらずの斜にかまえた話し方を可愛いなあなんて思うのは私が18歳+11歳だからか。

 少なくとも年上には感じないんだよね。

 

 

 グリードアイランドの話になり、約束通りエリカも来るんだろ? とキルアに誘われた。

 まだ修行ばかりでスペルカードすら使ったことがないとぼやくキルアに笑ってしまう。

 

「私だって最初はずっと修行だったよ。ある程度応用技もできなきゃ指定カードなんて集められないんだから。そのビスケって人はすごくいい師匠だね」

 

「いい師匠ってのは認めるけど、もうちっといろいろやりてえんだよ」

 

「わかるけど」

 

 そうやって話していると、玄関先でカタリと音がした。

 二人して同時に立ち上がる。

 

 急いで“円”をすると玄関扉の前に二人立っていることがわかった。くそっ、油断してた。

 

「誰だ!」

 

 キルアが誰何する。私もいつでも攻撃できるよう身構えた。

 

 閉まっているはずの鍵が外れ扉が開くと、黒いスーツ姿の男性が現れた。とたんにキルアが叫ぶ。

 

「ゴトー!」

 

「これはキルア坊ちゃん。ハンター試験合格おめでとうございます」

 

 坊ちゃんってことはゾルディック家の執事か。

 

「そんなことはどうだっていい! 何でここにいんだよ!」

 

「キルア坊ちゃんがグリードアイランドのゲームをプレイされていることは存じております。ですが、このようなセキュリティもままならぬ場所からログインしていらっしゃることを旦那様は憂慮されております。

 私どもはこの扉を守るよう仰せつかってまいりました」

 

 試験会場からここまでキルアをつけてきたってことかな?

 チクショウ。この隠れ家の場所がばれてしまった。

 

「ちっ、エリカごめん」

 

「うん。まあいいや。守ってくれるってんだから守ってもらおうよ」

 

 今はこの隠れ家の重要性は低い。

 大事なものは全部ガーデンだし。ガーデンやGIではネットが使えないからここは影が常駐してたけど、私の行動範囲も広がったからべつにここじゃなくてもできる。

 住んだこともないから、思い入れもさほどない。

 もともとこのあとNGLでの宿泊先にするつもりでいたから人が出入りすることも想定していた。

 

 悔しいけど。ゾルディック家の門番付きになったと思えばいいんだ。

 

 

 

「エリカ。先に行ってくれ」

 

「……うん」

 

 指輪を填めながらキルアが私を促す。

 きっと執事に言いたいことがあるんだろう。

 

 バッグから新しいロムカードを取り出してメモリに差し込む。

 

「先行くね……“練”」

 

 そうして、私はまたグリードアイランドの世界に戻ってきた。

 ログイン名は「エリカ」だ。

 

 

 待つほどもなくキルアがやってくる。

 

「すまねえエリカ。あいつら……」

 

 武器の作成をミルキに頼んでいたらしく、その受け取りのあとつけられたみたいだと悔しそうに話していた。武器って、あ、そうか。確かヨーヨーだ。

 

「しかたない。見つかっちゃったんだから。暗殺者一家なんだもん。敵が多いのはわかってるよ」

 

「お前も……暗殺者一家って知ってても態度が変わんねえよな」

 

 キルアがちょっと苦笑する。私だってもう何人も殺してるし。

 ってかキルアも気が抜けてたんだろうね。執事達に後をつけられて気が付かないだなんて。

 

 まあ今さらの話だけど。

 

 

「さ! 久しぶりのグリードアイランドだ。せっかくだから私も楽しむよ。行こ、キルア」

 

「おう」

 

 ゴン達はたぶんマサドラだよね、なんて言いながら走り始める。この道を走るのは2年近く前かな。

 なんだかすごく懐かしい気がする。

 

 

 

 

 

 

「ゴン!」

 

「キルアおかえ……あ、エリカ? エリカも来たんだ!」

 

 久しぶりの再会を喜び、それから師匠役のビスケに挨拶する。

 ビスケは私よりもちょっと小さかった。ポニーテールがキュートだ。

 

「初めまして。ゴンとキルアの念の師匠の方ですね。私はエリカと言います。ハンターです」

 

「ビスケット=クルーガー。ビスケでいいわさ。あんたはゲーム機の持ち主って話の女の子でいいのかしら?」

 

「はい。できれば私も参加させてもらいたいんですがいいですか?」

 

「まあいいわさ。あんた、かなりできるみたいだし。この子らの修行の手伝いになりそうだわさ」

 

 全身を厳しくチェックされる。“纏”の習熟具合や姿勢を見て及第点を取れたのか、仲間に入れてもらえた。よかった。

 堅苦しいのは嫌いだから敬語はいらないって言われて私もタメで話させてもらうことに。

 

 っていうか。このメンツって10代前半の男子女子の4人組。男女比半々。小学生のダブルデートか!

 女子1人が57歳、もう一人が18歳プラス11歳ってとこが難だけど。

 

 

 

 

「へえ、じゃあハメ組は全滅?」

 

「うん、たぶん」

 

 ビスケとゴンがキルアがいなかった間の事件を教えてくれた。

 原作どおりボマーがハメ組を殺したんだ。アベンガネだけは生きているはずだけど、ゴン達はそれは知らないか。

 

 ……私の『大天使の息吹』を奪おうとした奴らも死んだのかな。

 逃げ切れたし大天使は確保できたから実質被害がなかったぶんそんなに恨んでいないんだけど。ざまあ、とは思わないかな。

 

 ボマーがゲンスルーだという事もアベンガネに教えてもらったらしい。

 状況としては原作どおりゲンスルー達とツェズゲラチームが一歩リード、それを他のプレイヤーが追っている状態だ。

 

「でもエリカが来てくれて幸運だったわさ。あんた、指定カードの情報ちゃんと持ってるんでしょうね?」

 

「うん。全部ではないけどけっこう知ってる。ここは私の生まれ故郷だもん」

 

 ここで生まれたこと。お母さんもお父さんも死んで、一人で生きてきたことを話す。

 

 メリーさん達のことは絶対言えないからそこを濁して話すと、ビスケの頭の中には6歳でたった一人途方に暮れる不幸な少女エリカたんの姿が映し出されているみたいだ。

 

 がしっと手を握り、「苦労したんだねぇ」って慰められた。

 ゴン達にもここで生まれたことは初めて話した内容だ。

 二人とも驚いていた。

 

「……って、ここで人が生まれるのって変じゃない? ゲームなのに」

 

 ゴンが疑問を漏らす。

 ……もうばらしていいのかな。あとでレイザーに教えてもらうとこだけど。知ってても話は変わらないよね?

 

「ここはね、ゲームだけど、ゲームじゃないんだよ」

 

「どういうこと?」

 

「ここはGMが念の結界で囲った実在の場所なんだよ。だからここで起きることは全部本当のことなの」

 

「じゃあここにジンがいる!?」

 

 ゴンが立ち上がって叫ぶ。

 

「それはわかんない。ほら、ログインのところの女性とか、港の所長を倒したあとのログアウトの場所とか、違反した時に飛んでくる人とか。あの人達ってみんなGMなんだって。

 他にもGMがいるから。交代で何人かがここにいるんじゃないかな。ゴンのお父さんがここに詰めているかどうかはわかんないよ」

 

「でもゴン、これで一歩近づいたじゃねえか」

 

 キルアがばんばん肩を叩き、ゴンも嬉しそうにうん! と頷いている。

 

「クリアしたらきっとGMが出てくるから。そうすればジンの話も聞けるんじゃない?」

 

「そうだね!」

 

「じゃ! クリア目指して頑張るわよ。ただし! あんたらの修行もちゃんとやるからね」

 

「お、おう」

 

「まかせてよビスケ」

 

 

 そのあと“発”の開発についてゴンがジャジャン拳をお披露目。まだ甘いけどあの原作の片りんは見えた。

 強化系強い。この瞬間最大攻撃力っていうか、インパクトの大きさは羨ましい。

 

 キルアは電気関連ということでいろいろ考えているみたいだ。

 キルアとの修行は楽しみだったりする。はやくキルアの神速(カンムル)が見たい。

 

 

 

 私はというと。

 

「で? あんたの能力は決まってんの?」

 

 ビスケにはこれから3ヶ月しっかり修行を付けてもらうつもりで特質系だということまで話してある。

 

 私の能力は転移だって設定をビスケに話す。

 

「はあ? それって放出系だわさ! あんた何でそんなメモリの無駄遣いをやってんのよ!」

 

「子供の頃に勝手にできちゃったんだもん」

 

 三歳の頃にはお母さんに向かって飛んでいたらしいと、懐かしの能力バレシーンを説明した。

 

 うちの家庭事情の話も交え、特殊すぎる環境で母親以外誰も会ったことがなかったこと。家から一歩も出たことがなかったこと。片親だから寂しくて離れたらすぐ傍に行きたいと泣いたこと。なんてちょっと脚色しながら話すと、人情家のビスケはすぐにほろりと同情してしまった。

 

 いきなり飛んで現れた娘に驚き、お母さんがいろいろと能力を無駄にしないよう制約や誓約を決めるやり方を教えてくれたんだと話す。

 

「まあ子供の頃に念の修行より前に発動しちゃう例はたまに聞く話だわさ。

 あんたの“ジャンプ”は戦いには向かない発だけれど、十分便利ね。()()()と3ヶ所だけって限定したのと持ち上げられるものだけしか動かせないって制約のおかげで、不得意系列の能力を使えてるってわけね。

 上手にあんたの能力を制御させたお母さんのお手柄だね。感謝するだわさ」

 

 本当は9ヶ所なんだけど、ガーデンは内緒だからガーデンに設置している6の数字も内緒。ジャンプポイントは8ヶ所ということにしている。

 “8”っていうと微妙な数字でしょ?

 でも、“固定5と上書き用3”って言えばなんとなく納得できる数字になる。これぞ数字のマジック。

 

 

「ステップはうまく隙をつければ切り札にもなりえるわね。でもバレた相手にはすぐに対応されっちまうんだから、あんたはスピードをつけてあとはフェイントをもっと上達させれば実戦にも使えるだろうね。練習あるのみだわさ」

 

 ステップはネタがわかっていれば対応しやすい。自分が一番不利になる場所へ飛んでくるだろうと予想できてしまうから。

 だから目の前から姿が消えれば自分の死角あたりに向けて攻撃を仕掛ければ私がのこのこそこへステップしてくる可能性が高いってことだ。

 この能力も決して万能ではないんだよね。

 

 

 だから私はもっとフェイントをうまく使う必要がある。

 後ろに移動すると思ったら、前の場所にまた現れるとか、そういう虚実要り交ぜた戦いで敵を翻弄するような戦闘プレイを生み出せばタネの知られたステップでもじゅうぶん戦えるだろう。

 

 

 

 

 

 そしてもう一つ。

 

「レディ・シルヴィア」

 

 具現化されたサクソフォンは見た目はアルトサックスだけど音はずっと多彩だ。さすが想いを形にしたものだ。

 手に馴染む彼女は私の相棒。大切に育てていきたい。

 

 

【我が愛しの歌姫(レディ・シルヴィア)】

具現化系

・オーラを消費し、音波を発することができる楽器を生み出す

・術者の望む多彩な音階を奏でることができる

制約

・“円”を発動している間しか効果を発しない

・術者の“円”の範囲内にしか効果を発しない

誓約

・他者にこの楽器を奪われた場合、24時間経たなければ新しく顕現させることができない

 

 

 私の欲しい能力は衝撃波や殺人音波やノイズキャンセラ。

 あとはいろんな呪曲を演奏できるような多彩な音階。

 

 普通の楽器に神字を入れたくらいでは音波に耐えうる楽器にするのは難しい。専用の楽器を作る必要があるんだ。

 

 

 それに。

 楽器は武器として使うにはもろい。

 戦いの中で武器を破壊させようとするのは基本だよ。特に楽器なんてどこか一か所が壊れるだけで音が鳴らなくなったりするんだもん。

 

 刃が多少かけても剣はまだ武器として使えるけど、音の出ない楽器はただのガラクタだ。

 だから壊れてもまたすぐに生み出せる具現化された楽器が必要なのだ。

 

 二胡みたいに戦闘中に使わないものならいいんだけど、戦闘中使うものは、壊れたらもう戦えないのは意味はない。『リサイクルルーム』があるけど修復には丸一日かかるしね。

 

 しかも二胡だって1点しか買わせてもらえなかった。壊れたら『リサイクルルーム』があるけど奪われたらそこで試合終了だもん。

 そういう1点物の楽器は武器にはできないってことだよ。

 

 

 音の範囲は本当なら広いんだけど、制約として効果を発揮するのは“円”の範囲とした。

 これくらいのデメリットがなくては多彩な音を出す楽器を作れなかったんだからしょうがない。

 

 奪われれば24時間新しく生み出せないという誓約までつけた。

 

 

 いつか私がもっと能力が上がってグリードアイランドの島全体を覆うような“円”ができるほどの技巧を持てるようになればデメリットはメリットに変わるかもしれない。いったいいつの話やら、だ。

 

 これから3ヶ月でもっと最大値を伸ばしたい。ピトーみたいに2キロは難しくても数百まで広げられるならシルヴィアの攻撃範囲も広がる。

 

 “円”に“隠”をかけて隠ぺいさせる修行だって続けている。

 

 

 “円”を発動している間“堅”はできない。

 だからピトーに無防備な状態で立ち向かうことになる。

 これはものすごくデメリット。

 

 でもそれをなんとかするためにこの3ヶ月必死で訓練を積んできた。とにかくステップで避けることだけ考えて、しかもステップしても音がぶれない訓練をずっと続けてきたのだ。

 

 私の“円”の範囲に入ったら衝撃波。

 

 ピトーの速さには私は追いつけない。戦うのは無理だろう。

 だけどさ。最初に一発放って逃げるだけなら私でもできる。

 

 

 

 

 シルヴィアでの攻撃を見せる。

 まだこれは開発途中。

 でも衝撃波を前面一部方向のみに絞って放つことはできるようになった。理想は個人単位まで攻撃相手を絞ること。なおかつ複数人に同時攻撃できること。

 

 プレイヤーを殺すつもりはないから、衝撃で頭が揺れて意識を失う程度に抑えて放つ。

 

 これがね、耳のいいうちの家族がいるガーデンで練習するわけにいかなくて、ほんとに困ったのだ。音楽堂の防音室でやると部屋が壊れちゃうし。

 ルドルノンの物流センター跡地に大岩の囲いをしてその中で練習しました。

 今はせっかくGIの中にいるんだもん。モンスター相手に練習させてもらうつもり。

 

 これができればピトーへの攻撃になる。死に至らなかったとしてもこれでほんの数秒でも竦んでくれればカイトが攻撃できるもの。

 

 

 

 それから呪曲も手に入れることができた。金と音楽ハンターの名をめいっぱい使って、時にはディアーナ師匠に口添えまで貰ってもあと2つしか手に入れられなかった。

 時間がないことが悔やまれる。

 

 私の持つ呪曲は3つだけだ。

 

 まずはマーフォア族の“ほむら”

 専用楽器は二胡。癒しと浄化の効果

 

 “野の春”

 戦意を消失させリラックスした状態へと戻す

 専用楽器はなし。私はフルートを使ったりシルヴィアを使ったりしてる。センリツが漫画で演奏していたやつね。

 

 “さざなみ”

 聞いた相手に恐怖の心を植え付ける

 専用楽器は篠笛。

 

 

 この“さざなみ”がね。大変でした。

 危険な呪曲だから人品卑しからぬ者にしか教えないと最初は断られた。

 ハンターだと名乗り、“ほむら”の選別には通ったと説明しても実績が少なすぎて安心できないと言われ、結局ディアーナ師匠に口添えを貰い、犯罪には決して使わないと念書も書いてやっと修行を許された。

 

 そして曲を教えてもらうための精神修行をさせられた。

 年末から年越しまでの1週間、白装束で日本海の極寒の海に入って禊をしたよ。念抜きで。死ぬかと思いました。

 

 

 でもお陰でいいものを手に入れた。

 これはいい攻撃になる。

 “恐怖の心”というのはパニックになったり攻撃的になるような感じじゃなくて、こう、なんていうのかな、ジャパニーズホラーの怖さって言うんだろうか。

 

 ぞわぞわとした恐怖がひたひたと襲い来るっていうか。

 つま先を濡らす程度だった恐怖の気持ちが、さざなみのように寄せては返すうちに気が付けば首まで水に浸かってしまっているかのような。

 身体が竦んでしまうような恐怖を感じるのだ。

 

 この専用楽器の篠笛も買わせてもらったけど、“さざなみ”を奏でるだけでものすごくオーラを吸い取られる。

 まだまだ要練習なんだけどこれもモンスター相手にがんがん経験を積ませてもらうつもり。

 

 残念ながらピトーには使える気がしない。だって演奏している間ピトーがじっと聴いていてくれるはずないもんね。

 だけどピトー達直属護衛隊には効かなくても一般兵やら兵長、師団長クラスに遠距離攻撃を仕掛けるにはいい曲だと思う。

 

 

 

 他にも情報を掴んだものはあるんだけど数年間その集落で暮らさないとだめなものや、月食の時にしか演奏できないものとかで、今回取得できなかった。

 キメラアントとの戦いが終わればまたチャレンジしたい。

 

 

 神字で書いた“守り札”も皆に渡した。首から提げてもらう。デザインはメリーさんだからダサくはないんだよ。

 

 私が小さな斜め掛けバッグからにょきにょき小物や二胡や篠笛を出す姿を見て、これも能力だとわかったみたい。

 

「あんたはジャンプも含めて、サポート要員として最適な子だわさ」

 

 

 

 




呪曲は私の創作です。センリツが奏でていたのは彼女の能力だと思います。

今日は余裕がないので感想返信お待ちくださいませ。ありがたく読ませていただいております。次の更新はまた3日後です


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三たびのグリードアイランド2

 

 

2000年 1月 11歳

 

 グリードアイランドでビスケの教えを受けて数日。

 なかなか濃密な修行で嬉しかった。やっぱり一人でやっていると視野が狭くなってしまう。影に手伝ってもらっても限界があるし。

 ビスケの指示に従って倒れるまでがんばると“円”の伸びがすごい。

 

「もっと薄くできるでしょ。まだまだ伸びる。……オーラ込めすぎ。だめ。もいっかい。もっと広く。ほら、へばってる暇はないわさ」

 

 ビスケは私のオーラを修行でぎりぎりまで使わせた。からっけつ状態になったそこから“円”を伸ばせと言う。少ないオーラを際限まで薄く広げろと、何度も何度も繰り返させる。

 ほんの少しのオーラをムラなく薄く広く。かといって感度を落とさずに。

 

 慣れてくるとそれに“隠”を重ねる。去年までの私の“円”はなんだったんだってくらい精密で気付かれにくい“円”になっていく。

 

 

 

 組手もしているけど、今のところゴンやキルアには負け知らずだ。

 

 それでもゴンの野生の勘による攻防や、当たれば大ダメージ確定の一撃には毎回冷や冷やさせられる。

 キルアの戦闘勘もほんとに凄い。

 二人が恐ろしい早さで成長していくから、毎回ちゃんと私の修行にもなっている。

 

 ゴンやキルアと一緒にへとへとになるまで修行して、その後“円”の修行。夜には“ほむら”を演奏してみんなの疲れを癒す。

 

 

 

 修行と並行してカード集めも始めた。

 原作どおりスペルカードの練習と言ってバインダーを開き、「クロロ=ルシルフル」の名を見つけて驚くシーンもあった。

 

 これヒソカだったよね。

 知ってるけどクラピカに知らせにいくキルアを黙って見送る。

 

「エリカのジャンプで外へ行けねえの?」

 

「確かめたことないけど、もしかしたら結界にふれてGMが来るかもしれないからダメだと思う」

 

 と言うことにした。

 ジャンプはあくまで島の中を移動できるだけ。GMに睨まれるのは避けようとゴン達も納得してくれる。

 

 しばらくして戻ってきたキルアからクラピカの様子を聞く。

 今はどうなってるんだっけ? マフィアの中で立場がだいぶ上がってるから忙しいのかもしれない。

 

 クラピカやプレイヤー「クロロ」のことはおいておいて。

 さっそくカード集めのための相談の時間だ。

 

「あ、そうだ。なあエリカ、アントキバからマサドラへ来る途中で山賊が出てくるやつあんだろ? あれってなんかのイベントなんじゃねえの?」

 

 キルアの質問に、さくっと答える。

 

「あれって『奇運アレキサンドライト』の取得イベントなんだ。『聖騎士の首飾り』はもう持ってる?」

 

「まじか? ……っとまだだよな、ゴン」

 

 年末から外にいたキルアがゴンに確かめた。

 

「まだだよ。指定カードはまだ何も集めてない」

 

「じゃあそこからね。『聖騎士の首飾り』をゲインさせて装備した状態で山賊に会いにいくの。カード化したみんなに触れば病気が治ってそれで『奇運アレキサンドライト』が手に入る」

 

「すごいやエリカ!」

 

 『聖騎士の首飾り』は『堕落』とBカードがあれば簡単に手に入るんだけど、Bランクカード自体もないからアントキバの月例大会を狙うしかないかな。

 ちょうどもうすぐ15日だから、まず月例大会を狙おう。

 という話も含めて説明した。

 他にも手早く取得できるものをいろいろ説明する。それから、『大天使の息吹』の方法も。

 

「私がこのゲーム内で暮らしていた頃からハメ組はいたの。それをゲンスルーが奪ったのなら、限定枚数の3枚全て押さえていると思う。

 ツェズゲラ組や他のチームも『引換券』を持っているだろうけど、『引換券』はナンバーが若い順からカードに変わるから早めに手に入れておいたほうがいいね。ハメ組が大勢死んでスペルカードがたくさん売りに出されている今がチャンス」

 

 他にもトレードショップでお得意様になってランクBの指定ポケットカードを買うことや、スケルトンメガネでランクSカードを取得するとか。

 

 今まで修行しかしてこなくてスペルカードすらほとんど使っていないゴン達が三人揃って拍手した。

 

「すごいやエリカ」

 

「やべえ、百人力だぜ」

 

「よっしゃ! アタシはこういうの苦手なんだからエリカに任せたわよ」

 

「ビスケってバッテラさんの契約プレイヤーなんだよね? ゴン達のクリアを手伝っていていいの?」

 

「アタシはアタシでちゃんと揃えるわさ」

 

 同時に取得できるものは2枚、3枚と集め、取得の邪魔くさいものは『複製』したりしてゴン、キルア、私、ビスケの4つのバインダーで2クリアを目指すことにする。

 ダブりがあれば交渉に使えるし、売ってもいいわけだし。集められるだけ集めるってことね。

 

 倉庫にしまってある指定カードを提供することもちょっと考えたんだけど。

 今のプレイヤー達は積極的にカードを集めている者が多い。

 表面上所定枚数を切っているように見えても『擬態』で隠している可能性もあるから、うかつに出して枚数制限を喰らっていきなりゲインしちゃうかもしれないから、私のカードを出すのはやめた。

 

 その代わり、ちゃんと貢献できるようカード集めはしっかり頑張るよ!

 わかっている奴からガンガンいっちゃいます!

 

 

 まずアントキバの月例大会でゴン達が優勝して『聖騎士の首飾り』をゲット。

 すぐに『ゲイン』させてゴンが独りで山賊のところへ行って病気を治してやって『奇運アレキサンドライト』を取得。

 その後キルアもビスケも同じように取得。

 まだ取れそうだから、今のカード数が少ないうちにやっちゃおうという事になり、私もフラグ建てから始め、結局計4枚取得できた。

 これは所持枚数が増えれば増えるほど取得が難しいカードだから、あとでトレードする際のいい持ち札になるもの。

 

 

 

 ゴン達はまっとうにゲームをやりたがっているからカードバトルを仕掛けられてもちゃんと相手をしている。相手はカスカードでバインダーを埋めているのに。

 そう思うけどゴンとキルアがそれを楽しんでいるなら別にいいか、とちょっと親みたいな気持ちで見守っちゃうんだよね。

 

 『大天使の息吹』のためにできるだけスペルカードは集めて行こうと相談して、プレイヤーが来たら私とビスケはカードバトルには参加せずに20m離れる。追いかけられたらステップかジャンプで逃げる、と決めた。

 

 

 

 その後も順調に進めていく。

 

 知っているものだけでも順序よくこなしていくと、ゴン達の念のスキルが上がっていることもあってかなり順調に集めることができた。

 

 プレイヤーとトレードもしたし、路上生活しているプレイヤーをマサドラのショップ前で張ったりして『離脱』カードを使った交換交渉をしてそこそこの数が増えた。

 指定カードもスペルカードも順調だ。

 

 

 だけどどうしても1枚しか取得できないものもある。限定枚数ぎりぎりの『複製』を一枚だけトレードできた時とか。

 『擬態』を掴まされるのはごめんだから目の前で『複製』してもらったものしかトレードできないのが難点だ。ほんと、騙してくるプレイヤーが多い。

 

 こういう場合、2クリアを目指しているウチのチームは困ることになる。

 その時はあきらめてゴンとビスケがじゃんけんをしてどちらかが取得することにしている。恨みっこなしの一発勝負。

 

 3月中旬にはカイトのところへ行きたい。レイザー戦準備やゲンスルーとの戦いでひと月はとられることを考えると使える時間は限られてくる。

 4人で2クリアは難しいかもしれない。

 

 

 

 

 私が取得したことのあるカードは手間が少なくて念の修行になるものだけ。

 恋愛ゲームや博打系と手間暇かかるお使いクエストなんかはやってなかった。

 

 アイアイの恋愛ゲームには男相手と女相手の恋愛が必要で、手分けして愛を語る。

 これも『ホルモンクッキー』や他のカード取得に必要なんだよね。

 

 天然ジゴロのゴンは質の悪いナンパに捕まっていた少女を助けるところから順に、何の演技もなくただ思ったことを素直に表現していくだけでどんどん攻略していって私達を唖然とさせた。

 

「ゴン……実は女慣れしてる?」

 

 私が呟くとキルアも恐る恐るといった表情でゴンに尋ねた。

 

「お前って、デートとかしたことあんの?」

 

「うん。ほとんどはミトさんとだけどね。

 くじら島には女だけの漁船もたまに来るんだけど。なかには年下じゃなきゃダメって人がいて街についてったりして、色々教えてもらったよ。

 そういうのマニアって言うんだって」

 

 “色々教えてもらったよ”の言葉がざっぱーんざっぱーんと何度もリフレインされる。

 ゴン……お、大人だ。

 

 あ。自分のほうが世慣れていると思ってたキルアがガチで落ち込んでる。男の子の心はフクザツだね。

 

 

 女の子カード取得はゴン達に任せて、私もビスケも男性カード取得を頑張っている。

 ビスケの猫かぶりモードは本気で可愛いし、上手に褒めたり甘えたりしていてすごい。

 さすが変化系。嘘がうまい。

 

 ここのNPCはひと目で判断がつかない。GMに雇われた本物の人間(死刑囚とかね)の場合もあるし、攻略できればカードに変わる念で生み出されたNPCもいる。

 恋愛を楽しみたいプレイヤーも来ている。攻略のため来ているプレイヤーも。

 

 間違えて知らないお兄さんとティータイムを楽しんだあと、互いにプレイヤーだと気付いて赤面するなんて事件もあった。

 あとでキルアにめちゃくちゃ笑われた。

 

「『エリカも幸せ、かも?』だって! ぷっ」

 

 きゃあ! 恥ずかしい。恥ずかしいよ。でもさ、「君に会えて幸運だったよ」なんて言うから、あ、これはフラグたったな、よし、なんて思ったのに!

 

 向こうも「あれ? カードになんない?」って呟いて、それで判明。お互い指輪が見えにくい服装だったのが災いした。

 

 相手が本気のロリコンじゃなくてよかった。

 笑いあって、ついでにカードのトレードもして別れた。

 

 

 

 

 修行とカード集めに明け暮れる日々は楽しく濃厚に過ぎていった。

 

 

 今までのGI暮らしと原作で知った情報を余すところなく使ってカード取得に力を入れると、かなりのスピードで指定カードが集まっていく。

 

 4人のバインダーに分散させているし、珍しいものは『擬態』でごまかしているから表面的にはそれぞれ50枚ちょっとという感じにしているけど実際はもっと多い。

 

 貴重なカードを交換で手に入れたものや限定枚数いっぱいのものは増やせないから1枚しかないものも多い。

 

 

 2月も半ばを過ぎた頃。

 ゲンスルー組の取得枚数をチェックしてもうクリアが近いとわかった。ツェズゲラはリストにいないから私達ではわからないけど、他のプレイヤーに聞くとツェズゲラ組ももうクリア間近らしい。

 

 

 他のプレイヤーが押さえているカードがあるため、2クリアはかなり難しいだろうと話し合った。

 

 ゴンはクリアが目標ではないけどクリアの際にGMと話がしたい。

 私はクリア報酬のカードが欲しい。

 ビスケはバッテラさんの契約プレイヤーだからクリアデータをバッテラさんに渡して報酬をもらうのが一番なんだけど、実際のところビスケとしてはブループラネットが欲しいらしい。

 

「じゃあビスケはオレ達のゲームクリア報酬から一枚あげるってことじゃだめ?」

 

「でもそれじゃ依頼は達成できないじゃん」

 

 ゴンの質問に私が疑問を投げると、ビスケは肩を竦めた。

 

「もともとこの依頼は成功報酬のみの契約で、依頼不成功でもマイナス評価がつくわけじゃないんだわさ」

 

 バッテラさんの依頼成功とブループラネットを天秤にかけてブループラネットをとったビスケの判断で、ビスケはクリアを放棄した。

 これによってビスケの持ちカードもゴンのものとなりゴンは82枚となる。

 

「ゴンとキルアはいいの? 3枚中ビスケと私が1枚ずつなら二人で1枚しかないよ?」

 

「もともとエリカのゲームだもん。オレは別に欲しいものはないし」

 

「オレも興味ねえからいらねえ」

 

 ゴンは『同行』でジンのところへ行きたいって内心は考えているのかもしれないけど。

 でも実のところ『同行』と首飾りで2枚もカードを使ってもジンのもとへは行けないんだから諦めてもらおう。

 あとでちゃんとカイトのところへは誘うつもりだから許してね。

 

「じゃあ4人で1クリア目指して。あと18枚。頑張ろう!」

 

「おう!」

 

 元気よく拳を振り上げながら、そっと考えた。

 

 私って『一坪の海岸線』のイベントフラグの建て方を知っている。

 原作ではカヅスール組や他の50種以上集めたチームの合同で一度フラグ建てに行ってるんだけど、それをなしに直接ツェズゲラ組を誘ってもいいかな、とかちょっと迷う。

 

 でもそれじゃあゴレイヌが来ない。後々のことを考えるとここでゴン達がゴレイヌと知り合いになっておくべきだよね。

 ゴレイヌ強いしキャラが立ってるし、きっと原作でもこのあとも出番があるに違いないもん。

 

 いろいろ悩んで、結局原作どおりの流れに任せることにした。

 

 

 

 

 

 修行中のゴン達と別行動して森の奥へと入っていく。

 プレイヤーのいないところでなくちゃ危なくて練習できないものが多いから、シルヴィアの練習場所はもっぱらここだ。

 “さざなみ”を奏でながら歩くと狂暴なモンスターがよってこないから楽だ。

 

 奥地に入り護衛に影を数体出す。

 

 修行中に気が付いたのだ。

 私の影は、私がオーラを具現化したもの。

 なら私が“隠”で見えなくすれば姿が不可視化できるはずだ、と。

 たぶん原作カストロさんのダブルもそうだったはず。

 

 やってみるとちゃんと姿が消えた。

 ただ実態があるから呼吸するし足音もある。気配もある。でもそれは影本人が“絶”すればいい。

 

 ということでうちの影は“隠”プラス“絶”の重ね技でより隠密性に優れた子になったのだ。

 今はその“隠”と“絶”の練度をあげる訓練をしている。

 

 積極的に前に立つタイプじゃない私の戦闘スタイルだと、“円”と“隠”と“絶”が今後の生命線かもしれない。

 

 

 私の背後に立つ不可視化された影に護衛を任せて、私はシルヴィアを顕現させた。

 ビスケに鍛えられて広がった“円”をめいっぱい広げて。

 

 静かにシルヴィアを構える。

 楽曲はなんでもいい。

 従え、集え、と想いを込めて曲を奏でる。アルトサックスの豊かな音色が森の中に響き渡る。

 

 “さざなみ”で恐怖の心を植え付けられたモンスターたちがそろそろと近づいてきた。怯え従順になったモンスターがそれぞれ耳をたれ尻尾を足の間に入れ、背を丸めて恐々と歩を進める。

 

 

 他に被害を及ぼさないよう、モンスターが近寄るに従い“円”を徐々に狭めていく。最終的に半径10メートルまで抑えて展開することに。

 “円”に十数体が入ったことを確かめ、曲を終える。

 

 心を落ち着け、大きく息を吸う。マウスピースを咥えたまま深く息を吸うとふごごおと音が鳴った。

 そして――

 

 一気に吹く。

 音が物理的な攻撃力を持ってモンスター目掛けて叩きつけられる。その凄まじい衝撃は前方にいたモンスターすべてと10メートル圏内の数本の木をなぎ倒した。

 

「ふぅ」

 

 攻撃力も徐々に増えている。カードとなって散らばったモンスターや倒木のカードを拾い上げながらだんだん形になっていく能力を頼もしく感じた。

 そっとシルヴィアを撫でる。うん。イイコイイコ。

 

 

 シルヴィアで想いを込めて奏でるとそこそこのことはできる。

 でもまだ格下相手だけ。自分より強い奴は精神的にも私よりも強いからなかなか効き目が低い。これも能力の向上と私自身の強さが上がれば徐々にあがるだろう。

 時間いっぱいまででどこまでいけるか……

 

 

 

 

 

 しばらくしてカヅスール組から連絡があった。

 とうとうこの時期か。

 原作どおり16人(私がいるから一人増えてる)で集まり、情報収集とゲンスルー対策の話をすることになった。

 

「ちょっと! こんな子供に何ができんのよ。馬鹿にしないでよ」

 

 私達が合流したとたん、上から目線で馬鹿にするアスタを睨みつけた。知ってたけどやっぱり態度悪いよこの人。

 

「こっちはあんたが知らない情報を持ってるもん」

 

「じゃあ証拠を見せなさいよ」

 

 にらみ合ってるとゴンが口を開いた。

 

「ゲンスルー組の能力を知ってるよ」

 

 この言葉には誰もが息を飲む。

 キルアも負けてはいない。

 

「奴らが持ってないカードのうちの1枚持ってるぜ。それでも不満かよ」

 

 私も負けじと言い放つ。

 

「『一坪の海岸線』のフラグ建ての方法もね」

 

 そのあとキルアがアスタを挑発して情報を引き出し、アスタ組からSランクを4枚もらった。原作では2枚だったんだけど、こっちの情報の方が多い分、アスタ組も出すしかなかった。

 

 他のチームからもお礼として数枚貰う。

 すごい。あっという間に92枚となった。うん。この集会出てほんとによかった。

 ボマーの話のあと、彼らが持っていないカードを独占しようという話になる。

 

「じゃあ『一坪の海岸線』のフラグ建てのやり方を説明します。誰かソウフラビに行ったことがある人は?」

 

「あ、オレ達行ったことがある」

 

 名前も覚えていないお兄さんプレイヤーが手を挙げた。

 

「じゃあ行きましょう。メンバーの数もちょうどいい。このフラグ建ての方法はね。“15人以上で『同行』を使ってソウフラビに行く”よ」

 

「……えげつねえな」

 

 ゴレイヌのセリフにちょっとぐっときた。この流れですぐにこの言葉が出てくるって彼も見た目によらず知性派だよね。

 

 

 

 

 ソウフラビについて、情報収集、あっさりカードの情報が集まった。

 

 久しぶりに見たレイザーはやっぱり強そうだった。

 

 あの頃の私には理解できないほどの高みにいたレイザー。前に立たれて少し威圧されただけでしばらく立ち上がることすらできなかった。

 

 今見てもその強さには到底届かないことがわかる。

 どれほどの実力差か理解できるようになっただけ私も成長しているのかな。

 

 

 

 




更新遅れがちですみません。次は10日の予定です


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三たびのグリードアイランド3

 

 

2000年 2月 11歳

 

 久しぶりに会ったレイザーは16人を順に見回した。実力を測っているのか。

 その首の動きは私のところで一度止まったのだけど、もしかしたら昔会った“ルナ”だと気付いたのかもしれない。

 まあイエローカードは貰ったけどそのあと何もしてない(ことになってる)から問題ない。善良な(いち)プレイヤーですって顔をしておいた。ぷるぷる、ボク悪いプレイヤーじゃないよ。

 

 原作でも船で乗り込んできた旅団メンバーに対しても追い出すだけで、普通にプレイヤーとしてちゃんとくるなら歓迎するぜって言ってたし、プレイヤーの殺し合いはスルーだし、ここのGMの規則は緩い。強者の余裕って奴か。

 

「1人1勝、先に8勝した方の勝ちだ。勝負のやり方はオレ達が決める。それでお前達が勝てばこの島を出ていこう」

 

 原作通りボクシングやリフティング、相撲、ボーリングなど指定された競技で戦う。

 負け前提と割り切って情報集めに注力してすべての試合を熟し、解散となったそのあと。

 

 ゴレイヌは私達と一緒にもう一度『一坪の海岸線』取得にチャレンジしたいと言ってきた。よかった。ゴレイヌはゴン達の実力にちゃんと気付いた。スタートが違ってもちゃんと原作通りになってホッとする。

 

 そして他のメンバーを探すことに。

 

 ゴンが「クロロ=ルシルフル」を確かめたいと言い出して、会いに行く。

 ああ、ヒソカに会っちゃった。

 

 ヒソカはゴン、キルアをみて、順調に育っていることに愉悦の表情を浮かべた。

 水浴び中だった彼は鍛え抜かれた美しい裸体を惜しげもなくさらして、しかも股間が……ってはずなんだけど、会ったとたんにキルアが私の前に立ち、ビスケが目を塞ぐから大事なところは見てません。

 

 ビスケの一言でヒソカも仲間になることが決まる。これで6人。

 そのあとヒソカのリストにあったツェズゲラへ『交信』することに。

 

 

 ツェズゲラ組に情報料として報酬の10%をもらう交渉を済ませ、協力してレイザー戦に臨むことに決まる。これで10人だ。

 

 原作みたいにプレイヤー選考会でゴン達に会ってないから、最初は、大人組とビスケはさておき、他の子供達と組むのはと難色を示された。

 

 ゴンが拳で大岩を砕き、キルアが電気をビリビリと見せつけ、私はステップで後ろにまわって膝裏を蹴り首に手を添える。

 

「わ、わかった。君たちの実力はじゅうぶん見せてもらった。こちらからも頼もう。『一坪の海岸線』取得のためにともに戦ってくれ」

 

 ツェズゲラにそう言ってもらってゴン達と微笑みあう。やったね。

 それから数日かけてスポーツの練習を一緒にして、ツェズゲラ組の面々とも打ち解けていった。

 

 

 『離脱』カードで交渉した数合わせプレイヤーを5人引き連れ、もう一度ソウフラビへ。

 

 

 

 

 

 

「1人1勝、先に8勝した方の勝ちだ。勝負のやり方はオレ達が決める。それでお前達が勝てばこの島を出ていこう」

 

 レイザーのセリフは前回来た時とほとんど変わらない。NPCらしく定型文があるんだろう。

 メンバーを見回す視線に満足の色があったから、今回のメンツは戦いに足る者が揃ったと判断してくれたみたい。

 

 あとは原作どおり。

 ツェズゲラ組の3人が順に3勝して、その後ボポボの不戦敗でこちらが4勝。

 

 ゴンの名前を聞いてやる気マックスになったレイザーがドッジボールでの戦いを提案。

 8対8の試合が始まった。

 

 

 

 

 私が入ったことで人数がひとり増えている。

 ツェズゲラ、ゴン、キルア、ビスケ、私、ヒソカ、ゴレイヌ。それからゴレイヌの念獣の白ゴリラ。

 白はゴレイヌと場所交換、黒は他人と場所交換だったっけ?

 

 私はステップがあるけど、逃げてるだけじゃ点は取れない。強化系は不得意系統だけど、数字の若いアクマ相手なら何とかなるかな。

 それにステップでコート内にちゃんと戻れるから失格になることはない。はず。

 

 

 ゴレイヌの白ゴリラが外野でスタート。

 

 順調に三体外へ出したところでまずツェズゲラがやられて6人。次にレイザーのボールがゴレイヌへ。剛速球に恐れをなしたゴレイヌは白とスイッチして外野へ移動。これで5人。

 コナゴナに砕かれた念獣を見て私もちょっとびびった。

 余波の風だけで身を切りそうだ。

 

 そのあと、ゴンが真正面からレイザーの球を受け、壁に激突。これにもびびった。

 

 

 こわいなあ。

 この4ヶ月でけっこう無茶な修行をしたからその時にいっぱい怪我はしたけど。やっぱりレイザーの攻撃は怖い。

 ピッチングマシンから時速250キロで飛び出す鉄球よりもレイザーのボールの方が威力がある。

 

 全治数ヶ月単位の大怪我をしそうな場に立つのは初めてだ。

 レイザーの球を受けきれるか……

 

 ――だめ。

 ここで不安になると絶対に取れない。さっきの念獣が消えたのはボールの衝撃よりもゴレイヌの受けた恐怖のせいだ。気持ちが負けると念の力も弱くなる。

 

 ゴンを見てみろ。

 額からだらだら血を流しながら「バックはオレが宣言する」って言い放つあの真っすぐな瞳を。

 あの強さを、私もまねよう。

 

 だから、絶対負けない。負けないぞ。負けるなエリカ。修行8年半の成果を見せてやれ。

 

 

 ふぅっと深く息をつき、“堅”を維持する。いつでもボールを受ける場所へ攻防力を速やかに移動させられるよう心を落ち着けて。

 

 大丈夫。目はレイザーの球を追えている。避けるだけなら私でもできる。

 

 

 ゴンが抜け4人となったメンバーが、レイザーの強い一撃を警戒してコートの後ろぎりぎりに広がって構える。

 

 キルアを狙った球が直角に折れ曲がり、こちらへ飛んでくる。ビスケ、ヒソカ、私が避け、外野アクマが取ると即私目掛けて投げてきた。ギュルギュルと音を響かせ私の顔へ硬い球が迫る。こんなシーンたしか原作でもあった!

 

 身体をひねりながら顔の前で腕を構え、攻防力を移動させる。踏ん張る必要がないから全力で腕と顔を守って。

 

「エリカ!」

 

 途轍もない衝撃とともに吹き飛ばされる。受け止めた手と反動で当たったこめかみの痛みはやけどのように熱い。

 必死でボールを落とさないよう押さえながら衝撃を殺すようわざと大ぶりな回転状態で飛ぶ。

 壁に激突する前に体勢を変えて内野コートへ(ステップ)。

 ステップでは運動エネルギーは消せない。ざざざざっとずり下がりながらなんとかコート内に踏みとどまった。意地でもボールを落とさない。

 

「ほぉ」

 

 レイザーから感心するような声がもれた。

 

「ビスケ選手アウト! 外野へ移動です」

 

 ビスケのスカートがごっそり消滅していた。これで内野はキルア、ヒソカ、私の三人だ。向こうはレイザーとアクマ二人。どちらもバックはまだ残している。

 

「大丈夫か?」

 

 キルアとヒソカがやってくる。

 とっさに守った腕だったけど、右手は痺れて感覚がない。顔もジンジンしているからたぶん腫れてるんだろう。血もでている。

 

「ボール、頼んでいいかな」

 

 ヒソカに渡す。しばらく投げるのは難しそうだ。ありていにいえば、くっそ痛い。

 

「大丈夫! 外野を経由したらボールの破壊力は激減する。直近から投げられたけどこれくらいの怪我で済んだもん」

 

「レイザーの球にさえ注意してよければ大ダメージは避けられるな」

 

「そういうことだね♦」

 

 ボールはヒソカが投げてまずは2番をアウトに。落ちるボールはバンジーガムでヒソカが捕球。その後13番を狙うもこれは取られた。レイザーへまた球が回る。

 

 

 避けた時に互いにぶつからないよう、三人がコートへばらけて構えた。

 あ、やばい。これ絶対私が狙われる。

 

 無傷なヒソカとキルア、手に怪我してる私。

 ステップという使い勝手のいい能力は先に潰したいとレイザーも思ったのだろう。

 重いボールがうなりをあげて飛んでくる。

 

 レイザーが原作でやっていたように、バレーのレシーブの構えで待つ。攻防力を一気に両腕に集め球を斜め上へ弾きながら、衝撃を殺すため自分の力で後ろへ飛ぶ。両肘が嫌な音を立てて折れた。

 

「ヒソカ!」

 

 叫んだ。これは意地だ。頼むよヒソカ!

 ヒソカはバンジーガムでボールをキャッチしてくれた。それを確認する間もステップする余裕もなく壁に激突した。

 ぐはっと息が洩れる。内臓がぺしゃんこになるかと思った。

 衝撃で凹んだ壁からバリバリ音をたてて地面に倒れる。咄嗟に背中を防御できてなかったら背骨も逝ってたかもしれない。

 

「エリカ!」

 

 心配する声に応える余裕がなかった。

 いやあ、生きてて……よかった。ガクッ。

 

 

 

 そのあとは私が気絶しちゃったから、あとで教えてもらった。

 

 ヒソカが捕球できたから私はセーフなんだけど、気絶しちゃったため気が付いたら復帰ということでいったん私抜きでゲームを再開。

 

 内野が2人になったことでゴンがバックを宣言した。

 こちら側の攻撃からスタートになる。

 

 原作どおりゴン、キルアコンビのジャジャン拳で13番をアウトへ。レイザーの球はゴン、キルア、ヒソカの合体技で捕球する。

 

 激しい攻防の末、無事に勝つことができたらしい。

 最後まで見守ることができなかったのが不覚だ。

 

 

 でも、レイザーに立ち向かった私えらい! すごいぜエリカ。ビビりの子兎エリカが、ヤドカリエリカが、あのレイザーの球を真っ向から受けた。……気絶しちゃったけど。

 

 目も身体もちゃんとレイザーの球を捉えていた。うん。確実に強くなってる私。

 それが私としては満足かな。

 

 

 

 ジンの話をするゴンとレイザーを遠くから見守りながら互いの負傷箇所を確認する。

 

 私は両腕の骨折がわりと酷くてけっこう長引きそう。両腕とも前腕部分の肘のすぐ下あたりがバキッと折れている。肘を粉砕されていたらもっと大変だった。これくらいで済んでよかったと思おう。

 肘を曲げた状態で添え木を当てて、ガチガチに固定して三角巾で首からつる。両手ともだ。当分日常生活に困りそう。

 あとは背中、顔の怪我。血を吐いたからきっと内臓も傷ついているだろうけど骨は無事だった。こちらも当分テーピング。顔は腫れがひけば問題なし。

 

 ヒソカは両手の指の骨折。

 キルアの両手は下手をすると治らないかもしれないほどの酷い怪我だ。『大天使の息吹』を手に入れることがわかっているから心配はしてないけど。

 

 

 

 手当を受けている途中、ヒソカが傍にやってきた。

 

「雰囲気変わったね。何かあったのかい? エリカ♠」

 

「そうかな?」

 

「わかるよ♥ それにずいぶん強くなってる。興味あるね♠」

 

「……ヒソカ……」

 

 やっぱりこの人ってすごく観察眼が鋭い。ゴンほど美味しいおもちゃになれない私のことすら目敏く気づくんだから。

 この強さと賢さがあれば……

 

 

 ……あれ? なんでキメラアント編にヒソカっていないんだろう?

 クロロの除念はもう終わってるはずだよね?

 何やってたの? この時期。クロロと対戦したくてずっと追いかけっことか?

 

 

 

 劇薬すぎるか?

 アリ退治に連れていってアリそっちのけでネテロ会長と殺し合いとかされたらしゃれになんない。

 それに、ヒソカを雇うのは金銭的に無理だし。

 

「ねえ、ヒソカ」

 

「なんだい?」

 

「強くって、ヤバくって、多彩な能力持ちの敵がいっぱいいるとしたら、ヒソカもヤりたい?」

 

「……へえ♠ どの程度?」

 

「ネテロ会長よりずっと上がひとり。会長並みが少なくとも3。その下も面白い能力者が山ほど」

 

「いいね……詳しく聞かせてくれるかい?」

 

「私はヒソカを雇えないけどさ。5月か6月あたりにハンター専用サイトを調べればヒソカなら仕事として協会が雇ってくれるかもよ。場所は……バルサ諸島のあたりとだけ」

 

「なるほど。ありがと♥ また何かあったら声をかけてよ」

 

 ヒソカは私と電話番号を交換するとそばを離れていった。

 ……ヒソカの電話番号、貰っちゃいました。

 まあ保険のひとつだ。ヤバくって使えないけど。

 

 

 

 

 

 無事『一坪の海岸線』を手に入れた。ゴンチーム93枚目ゲットだ。

 原本はゴン、コピーをツェズゲラとゴレイヌが手に入れた。ゴレイヌはツェズゲラと組むことにしたようだ。

 

 これまでは表面上50枚そこそこでSランクカードは『擬態』していた私達はそこまで注目されてなかった。でもこれからは違う。だって『一坪の海岸線』があるから。

 『一坪の海岸線』はもう隠すつもりはない。堂々とゴンのバインダーに収められた。

 

 ヒソカが何も要求せずに去っていき、その後ゲンスルーからツェズゲラへ『交信』があった。

 

 

 ツェズゲラ組はもうこれで00番の『支配者の祝福』と『大天使の息吹』、『奇運アレキサンドライト』、それからゲイン待ちの『ブループラネット』だけ。

 

 ツェズゲラが交渉してきたことは原作どおりの流れだった。

 

 ツェズゲラ組が3週間ゲンスルー達を引き付けておくから、その間にゴン達は傷を癒してゲンスルー達を倒す作戦を練る。

 ゲンスルー組を斃せればツェズゲラ組へゴンが持つ『奇運アレキサンドライト』を譲る。

 

 

 ゲンスルー達との戦いはゴン、キルア、ビスケが担当。

 私は怪我が両肘で、腕全体を固定しているから戦うのはちょっと無理。

 その代わり、ジャンプステップを活かしてゴレイヌと同様ツェズゲラ組のための移動スペルカード集めの役割を果たすことになった。

 

 私はゲンスルーがボマーだとバレてからログインしたからまだ一度もゲンスルーと会ったことがない。だから私には彼らからアプローチができない。

 ゴン達の主要カードを『擬態』に変え、私が本物を守っている。

 

 

 ついでに『離脱』との交換も続ける。ゲンスルー組へ『同行』や『磁力』を渡さないためにもなるしこちらのカードも増える。

 空いた時間はキルアのそばへ戻って“ほむら”を歌い回復を早める。

 両腕が駄目だから二胡は弾けないもん。でも心を込めて歌えばそこそこ回復量はあがる。

 

 

 ゲンスルー達と戦うためにゴンはビスケの特訓を受け、キルアは傷を癒しながら作戦を練っている。

 私も腕は使えないけど空いた時間には“円”の修行を続けている。

 こっそり影が森へ行きモンスター相手にシルヴィアの訓練もやっている。4月にはピトーとの戦いがある。休むヒマはない。

 

 

 一番の武器が楽器な私にとって両手が使えないのってすごく不便だ。でもビスケに影をこの場で見せるつもりがないから、“ほむら”の演奏を影に頼めないんだよね。

 時々こっそり影と交代でガーデンに入り、影の“ほむら”を聴いて回復を早めている。

 

 ちなみに影は私の状態そのままに出現させることも、怪我のない健康な状態で出すこともできる。

 お風呂とかトイレとかね、個室に入ってこっそり影に補助を頼みました。だって両腕とも固定してんだもん。

 

 ってかさ。

 私の両腕が無事だったらシルヴィアの一息でゲンスルー達三人いっぺんに斃せたのに。やっぱ怪我は禁物だ。

 

 影を使えば何とかなるんだけど。

 でもせっかくのゴン、キルア強化イベントを奪うわけにはいかない。彼らが強くなってくれなきゃ困るし。

 

 

 

 

 いよいよ決戦の日。

 

 マサドラ近くでみんなの無事を祈りつつ隠れて待っていた。

 この3週間で怪我はだいぶマシになった。さすが念能力者。骨折がひと月で治るなんてね。

 

 まだテーピングと三角巾はとれないけど骨は綺麗に繋がっているようでほっとする。

 超一流ミュージシャンの繊細な指使いが復活するまで無理するつもりはないよ。私の大事な財産だもん。

 

 

 

 望遠鏡でゴンの戦いを見守りたかったんだけど、決戦の場に選んだのは森の中だから上手に見れる場所がなかった。

 

 無事ゲンスルーを斃したという連絡を聞いてほっとした。勝つことを知っててもさ。万が一があるもん。どきどきしたよホント。

 

 

 

 『大天使の息吹』でみんなの怪我を癒す。

 私の怪我も一緒に治すか聞かれたけど、もうほとんど治ってる。後遺症もなさそうだしこれくらいで大天使を使ってしまうのはもったいないから断った。

 

 なんせ一度きりしか大天使サマは微笑んでくれないんだもの。私は倉庫に大天使がいる。もっと取り返しのつかない怪我の時まで残すべきだ。

 

 

 

 ゴレイヌから連絡を入れ、ゲンスルーから逃げてログアウトしていたツェズゲラ組のログインを待つ。ツェズゲラ達のカードはゴレイヌが保持していたらしい。

 

 無事を祝いあい、約束通り『奇運アレキサンドライト』を渡す。

 

 ゲンスルーの持つ『大天使の息吹』を使ったことでツェズゲラの『引換券』が大天使になり、ゴンから『奇運アレキサンドライト』を受け取ったツェズゲラが98枚に。

 あとは『ブループラネット』のゲイン待ちだけだ。

 

 

 

 私達はその間に少しでもカードを増やそうと積極的に動いた。

 

 数日かけてカードを探し、うちの持ちカードが94枚になった時。

 いきなりみんなのバインダーが現れ、アナウンスの声が聞こた。

 

『プレイヤーの方々にお知らせです。

 たった今あるプレイヤーが99種の指定ポケットカードをそろえました。

 それを記念しまして今から10分後にグリードアイランド内にいるプレイヤー全員参加のクイズ大会を開始いたします』

 

 

 クイズが始まった。とうとうツェズゲラ組が99枚揃えたらしい。

 

「クイズだって! 期待してるわさ! エリカ」

 

「うん、頑張る!」

 

 これのためにめちゃくちゃ勉強したんだもん。頑張るさ!

 

 

「おし! じゃあオレ達は成績悪かったほうが罰ゲームな」

 

 キルアが楽し気にゴンを挑発する。

 

「よし、のった!」

 

 ゴンも楽しそうだ。

 ゴン達ってほんとこのゲームを楽しんでるよね。ちっとも緊張してない。

 

 

『それではこれよりクイズの出題を始めます!

 第一問! ナンバー001「一坪の密林」に関して――』

 

 メッセージが響く。

 

 楽し気なゴン達の声をバックに、冷静に問題を解いていく。

 

 

『それではこれより最高得点者を発表いたします。

 最高点は100点満点中93点!

 プレイヤー名 エリカ選手です!』

 

 

「いえっす!!」

 

 クイズの結果はツェズゲラを押さえて私が一番。

 そりゃね。年季が違うよ、年季が。悔しければ8年ここで暮らしてみろってのよね!

 

 それにクイズがあることは原作知識で知っていたんだもん。今までカード集め中に知ったことも全部しっかりメモっておいた。

 『記憶の兜』で試験勉強までしたさ!

 

 フクロウみたいな鳥が飛んできて封筒を落としていく。中身は『支配者の祝福』だった。

 原作では招待状だったはずだけど、私が100枚揃えてないから直接カードが貰えたってことかな。

 

「すごいぜエリカ!」

 

「やったわね!」

 

「さっすがエリカだぜ」

 

 

 わいわいと騒いでいると、ひゅーんと音が聞こえる。移動スペルだ。

 飛んできたのはべラム兄弟だった。

 

 

「よう、エリカってのはどっちの小娘だ? まあどっちでもいいや。『支配者の祝福』かけて勝負しようぜ。2対4でいいからよ」

 

「悪いがこれは強制だ。まあオレ達に勝てるなら何枚でもやるぜ。けけけ」

 

 うわあ、いかにもやられ役なセリフをありがとう。

 

 あれ? 99枚のツェズゲラにいかずに『支配者の祝福』を手に入れた私達のとこに来たのね?

 ありがたい!

 『支配者の祝福』あわせても95枚しか持ってないからね。やったね!

 

 うちのメンバーの見た目に騙されたね。ゴンとキルアが一発でさくっと倒しちゃった。

 

「やったね。ゴチになります、おじさん」

 

 るんるん気分でバインダーをチェック。

 

「あ、この人『一坪の密林』持ってる! これ貰うね」

 

 何枚でもやるって言ってたんだしいいよね、って言いながらゴンに渡す。

 

「『ブループラネット』と『影武者切符』もよ」

 

 横から覗き込んだビスケが2枚とってゴンへ。

 

「あ、『同行』も貰っておこうぜ」

 

 キルアもそう言って『同行』カードも貰う。

 

 これで98枚になった。あと2枚か。

 そこでツェズゲラから『交信』が入った。

 

「まずはおめでとうと言っておこう。君には負けたよ、エリカ君」

 

 はい。来ると思ってました。

 

 

 ゴンはバッテラさんの契約プレイヤーじゃないからツェズゲラ達と競合しない。

 

 ツェズゲラと交渉して、ツェズゲラに『支配者の祝福』を譲渡する代わりにうちの足りない2枚を『複製』させてもらい、無事ゴンも99枚になった。

 もう一度『支配者の祝福』を得られればクリアだ。

 

 

 

 『支配者の祝福』は限度枚数1枚のみだからツェズゲラ達がクリアしないとクイズは開催されない。

 ツェズゲラに、ゴンという者が99枚揃えて待っているとGMへの伝言を頼んだ。

 

 クリアは1人しか想定していない可能性もある。でもこういっておけばゴンのクリアも認めてくれるんじゃないかと期待しての行動だ。

 

 

 そして――

 

 

「やったー! クリアだあ!!」

 

 4人で飛び上がって喜ぶ。

 

 ツェズゲラチームのクリア後もう一度クイズがあってまた私がゲット。これでゴンもクリア。

 ゴンは城に招かれ、念願のGMとの会談に向かった。

 

 

 

 

 ツェズゲラ組、ゴン組あわせての祝宴祭の翌日。

 ゴン、キルア、ビスケと4人。リーメイロ城下町のホテルの部屋に集まり、クリア報酬の3枚を選ぶことになった。

 

 ゴンは『同行』を使ってジンのところへ行くことを考えていただろうけど、約束だから断念したみたい。っていうか“ニッグ”がジンのアナグラムだと気付いたかな?

 私から聞くのも変だから黙ってるけど。

 

 

 約束通り1枚は私が、もう1枚はビスケが選ぶ。

 

 残りの1枚はゴンとキルアが何にするかわいわいと相談していたけど、結局特に欲しいものはないみたいだった。残りの1枚も私に選ばせてもらえた。

 

「これはエリカのゲームだからね!」

 

「ホントに私が2枚使っちゃっていいの? 結局ジンの手がかりは掴めなかったのに」

 

「いいよ。ジンの作ったゲームを楽しむことはできたし」

 

「最初からそういうメッセージだったんだからな」

 

「ありがとう。大切に使わせてもらうね」

 

 ちょっとかわいそうな気はするけど。でも結局カイトのところへ飛ぶんだもん。

 あとでちゃんと私が連れて行くから。ありがたく使わせてもらいます。

 

 

 もともと私が選ぶつもりだった1枚はキメラアント編で使うためのもの。

 『大天使の息吹』をもう1枚というのも考えたけど。誰かが怪我したらたった一人にしか使えないものはちょっとね。

 

 それにカイトは死なせない。ゴンもゴンさんにしない。

 

 

 

 なら、この1枚は自分のために使おう。

 できれば倉庫に持っていないものがいいよね。

 

 悩んだけど『一坪の密林』を貰うことにした。

 これはゲットできたのがべラム兄弟からで、本当に最後だったから私が『複製』を持つチャンスがなかったやつ。

 

 選んだ理由は、ガーデンに森が欲しかったから。

 

 これをガーデンに入れるとメリーさんが森を散歩できるかも。山菜や果物もあるかもしれないし、たまに木を切ったりもできるよね。きっと喜ぶ。

 人によく懐く珍しい動物がいっぱいいるらしいからラルクの友達もできるかもしれないし。

 

 

 

 

 

 そして――

 

 ビスケと別れ、私は三度目のグリードアイランドでの生活を無事終えた。

 

 

 

 

 次は、いよいよキメラアント編だ。

 

 

 

 

 




感想ありがとうございます。いろいろ考察してくださっているのは嬉しいんですがキメラアント編についての感想はレスなしにさせてくださいませ。ネタバレしちゃいそうなんで。


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お疲れ会とカキン国での仕事

 

2000年 3月 11歳

 

 ビスケとはログアウトの場所が違うから、後ほど待ち合わせることにして隠れ家へ戻る。

 

 ビスケはサヘルタ合衆国にあるバッテラさんの所有する古城へ戻っていった。原作みたいにバッテラさんからキャンセルを言い渡されたわけじゃないんだもん。雇用主に契約終了の挨拶をしておくべきだもんね。

 私の借りているフラットはサヘルタ合衆国の北部マーリポスにある。古城も北部らしく、お互い移動しやすいマーリポスの空港で待ち合わせることになった。

 

 

 

 

 

「ブック。うわ、ちゃんと出た」

 

 ルドルノンの家に戻ってさっそくゴンがそう唱えると、現実世界なのにちゃんとバインダーが現れた。

 カードが3枚だけ入った特別製のバインダーだ。

 

「はい、エリカ」

 

 バインダーごと私へ。

 

「ありがと。これって私の鞄にしまえるのかな?」

 

 倉庫にそのまま入るかと鞄にしまいながら“収納”と念じる。自分の所有物しか収納できないんだけど、元々の所有者であるゴンが“エリカのもの”と考えているからか、すんなり倉庫へしまえた。どうやらバインダーはもう私のものらしい。

 ビスケのものが1枚入っているけど、私から譲渡するものという位置づけなのかも。

 

 

 ふたりのロムカードは抜いて私の分だけ残してゲーム機を倉庫へしまう。

 キルアの指輪はロムカードを抜いたとたん消えたけど、ゴンのものは残った。バインダーが残っているからだろうか、あるいはジンが細工してあるからか。

 ゴンは指輪とロムカードを記念品として鞄にしまった。

 

「さてと。これからどうする?」

 

 キルアが聞いてきた。

 

「マーリポスにはポイントが残してあるからすぐ行けるよ。先に行って向こうでゆっくり買い物したりしてもいいけど」

 

「じゃあこの家ですこしのんびりしてからでもいいね。ってか少し家具が増えてる?」

 

 ゴンがリビングを見回す。

 

「うん。前はホームコード置き場としてしか使ってなかったんだけどここでも住めるようにしようかと思って」

 

「へえ」

 

 キメラアント編の宿泊用だよ、とは言えないからちょっと濁して話す。

 

「ってか早く行こうぜ。ゴトーを追い返してえ」

 

 そうだった。ここには招かれざる門番がいるんだった。

 

「ゲームはもう終わったから帰れって言ってここを出よう。途中でまいて逃げるぞ」

 

「そっか。出ていく姿を見せないとだね。ずっとここにいられるのやだもん」

 

 このままジャンプで消えればまたゲームに入ったと思われてしまう。ゲームクリアしたからもうここへは来ないって言っておかなきゃなんだ。

 

 先に玄関を出たキルアがゾルディックの執事達と話をしているうちに私とゴンも外へ出て鍵を閉める。

 

「とにかく! もうついてくんなよ」

 

「承知いたしました。行ってらっしゃいませ、坊ちゃん」

 

「お久しぶりです。ゴトーさん」

 

「ご無沙汰しております、ゴン様。それからエリカ嬢」

 

 自己紹介した覚えはないけど私の名前は知ってて当然か。

 

「話す必要はねえぞ。行こうぜ」

 

「あ、うん」

 

 ゴンと一緒にぺこりと頭を下げると私達はそろって歩きだした。ゴトー達は生真面目なお辞儀をしてそれを見送る。

 

「お気をつけて。キルア様をよろしくお願いいたします」

 

 街を歩きながら何度も道を曲がる。隠れたところで二人を抱き上げて(マーリポス、ジャンプ)。

 私の借りているフラットへ飛んだ。

 

 

 

 

 

 そこから街を少しぶらぶらする。

 

 ゴン達はゲーム中ボロボロになった服を買い替えたり、キルアの充電池を買ったり。

 私はとっくに着替えてるからボロくないよ。倉庫ってホント便利。

 

 そのかわり美味しそうなものがあればいっぱい買い漁った。念能力者はみんな大食漢だもん。私もこの小さな身体のどこに入るのかってくらい食べる。食材や料理はいくらあってもいい。

 倉庫にしまえるのだから目に付いたものは全部買う。

 

 

 

 

 マーリポス空港について、ビスケに会う前に飛行船の予約をしておこうという話になった。

 

「ねえ」

 

「なに?」

 

「どした? エリカ」

 

「あのさ。このあとのことなんだけどね。二人はどこか行く予定ってある?」

 

「なんにも」

 

「だな。ジンの手がかりは掴めなかったしな。適当にいろんなとこに行くって感じでいいんじゃね?」

 

「そうだね、行ったことのない街へ行こうよ」

 

「じゃあさ。私と一緒にカキン国へ行かない?」

 

「カキン?」

 

 カキン国はアイジエン大陸にある大きな国で、去年の8月仕事でそこに行ったのだと説明する。

 “ほむら”を覚えるために行き、そのあとはそこで知り合った先輩ハンターの仕事を手伝わせて貰っていたことなど。

 

 『同行』が使えなかったのだから、せめてカイトのもとへ私が連れていくべきかと考えたのだ。これで断られればキメラアント編は私だけで進むつもりだった。

 

「先輩ハンターがすごくいい人でね、いっぱい勉強させてもらったし、すんごく楽しかったの。

 新種の生き物を見つけるって仕事でさ、珍しい動物をいっぱい見たよ。ダンもまだそこにいるはず」

 

「へえ、いいね」

 

「面白そうじゃん」

 

 他に行く予定もない二人が乗り気になって、いろいろ話をする。

 

 どんな仕事かを説明しているうちに先輩ハンターの名前がカイトだと話し、それならゴンの知り合いでかつジンの知り合いでもあるとわかった。

 

「カイト!?」

 

「知ってるの? ゴン」

 

「うん。ジンの弟子なんだって。ジンのこと教えてくれた人でさ、オレの恩人なんだ」

 

 うわあ偶然だね、じゃあ内緒で行って驚かせようよ、なんて盛り上がる。ちょっと演技くさかったかもしれない。

 

 カイトに電話すると運よく繋がった。いつもは奥地でキャンプ生活だけどちょうどデータのまとめに街にいるところだったらしい。

 「友達になったハンターと一緒に行くからまた手伝わせて」と言うと「歓迎するぜ」と言ってくれた。

 

 電話している私の横でゴンもキルアも悪戯っぽい笑顔を浮かべてピースサインをした。私も同じようにピースサインを送る。

 

 カキン国までの飛行船の乗船券を三枚ゲットして準備完了。あとはビスケを待つばかりだ。

 

 

 

 

 

 

「ビスケ!」

 

 人込みの中から茶髪のポニーテールがぴょこぴょこと見えて手を振った。

 

「こっちこっち!」

 

 キルアも手を振って声を張り上げる。

 

「お待たせ、みんな」

 

 4人でレストランに入って個室を取る。

 さっそくゴンからもらったバインダーを取り出した。

 

「きゃあー、これよ、これだわさ! 夢にまで見たブループラネットちゃん!」

 

 早速ゲインしたビスケが喜びの舞を踊る。

 

 “ハンターたるもの何かを狩らなければいけない”

 

 宝石ハンターのビスケにとっては、グリードアイランドのクリアよりも『ブループラネット』を手に入れたことのほうが何よりの狩りだったんだろう。

 

「エリカはこれどうするの?」

 

 ガーデンのことは内緒だから、世界を回って一番気に入った街に家を買い、そこに『一坪の密林』も置くつもりだと話す。

 

「一度ゲインさせちゃったらもう動かせないものね。ここぞ!って場所を見つけるまではこのままかな」

 

 もう1枚についても聞かれたけど、これは使う場所が決まってるんだと濁して話した。

 

 

 

 それからゲームの中での思い出を肴に賑やかに話す。

 すごく中身の濃い日々だったから、話は尽きない。

 

 修行の大変さ、できた時の嬉しさ、カード集めの途中あった面白かったこと。笑ったこと。レイザーとの対戦。ゲンスルー対決。

 

「あ、そうそう。ツェズゲラから伝言があったんだわさ。みんなの口座にそれぞれ10億ずつ振り込まれているから確かめてだって」

 

 『一坪の海岸線』の情報提供料は10パーセント。50億をゴレイヌと私達4人が分配してそれぞれ10億だ。

 ハンターライセンスと紐づけて開設した口座に直接振り込んでくれたらしい。

 

「うわっ、ほんとだ! すげえ。チョコロボ君が山ほど喰える」

 

 携帯でネットバンクを調べたキルアが声をあげる。10億ゼニー分もチョコロボ君食べちゃダメだよキルア。

 ビートルを取り出して私もチェック。ほんとに10億増えていた。

 

「別にいらなかったんだけど」

 

「何言ってんのさゴン。くれるものは貰っておけばいいんだわさ」

 

「そうだよ。これから旅してまわるんでしょ? いくら飛行船やホテルが無料だからってお金は必要だよ。カードは私が貰っちゃったからお金はゴン達で分けてもらおうと思ってたのに」

 

「もう! そういうのナシ。正当な取り分なんだからみんな自分で使いなさい! わかった?」

 

「わ、わかった」

 

 ビスケの強い言葉にみんな頷く。

 びしっと指を立てて言うからゴンとキルアが“凝”で指先を見ている。習慣ってすごい。気付いてまた笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

「ビスケ、いろいろありがとうございました。お世話になりました」

 

「うっす! ありがとうございました」

 

「おす! ありがとうございました」

 

 3人揃ってびしっと体育会系な礼をする。

 ビスケは目をうるうるさせて手を振って見送ってくれた。

 

 

 ビスケと別れるのはさみしい。

 

 ビスケはすごい師匠だったし、話のわかる大人だった。子供な私達と一緒にわいわい騒いでくれて、しかも締めるところはしっかり締めてた。

 原作通りキメラアント編のゴン達の修行に来るのかな? ならまたすぐ会えるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行船でアイジエン大陸まで飛ぶ。

 教えてもらった宿泊先へ着くとカイトとダンが出迎えてくれた。

 

「よく来たなエリカ。ってお前……ゴンか!? おー、でっかくなったな。エリカの友達ってゴンだったのか!」

 

「カイト!」

 

 ゴンが満面の笑顔でカイトへ走り寄る。

 

 ダンもゴンとカイトが知り合いだったことに驚いていた。ダンからハンター同期の話がでてゴンのことがバレているかもと考えてたけどドッキリが成功して楽しい。

 

 その後キルアのことも紹介して、みんなで話をする。

 

 カイトの仲間のアマチュア達も集まってきた。

 

「おかえり、泣き虫エリカ!」

 

「ただいまスピン。って泣き虫じゃないもん」

 

「泣き虫じゃん。『帰りたくなーい』ってカイトのお腹に抱き着いて泣いてたじゃん」

 

「え、そんなことしたの、エリカ」

 

 ゴンがびっくりして私を見る。キルアなんて「ぷぷぷ」って揶揄う気満々な顔してる。

 

「してな……くないけど……」

 

 あう。改めて言われると恥ずかしい。18歳+11歳なのに。

 

「だってすごく楽しかったんだもん」

 

 恥ずかしくって俯いてそう呟くとカイトに頭をがしがし撫でられた。

 

「まあよく戻ってきたな。また手伝ってくれるか?」

 

「うん!」

 

 ダンにも揶揄われ、みんなにもみくちゃにされて真っ赤になっちゃった。

 久しぶりに会ったけどこうやって騒ぐとまた仲間に入れてくれたようで嬉しい。

 

 

 あらためてゴン、キルアを紹介する。

 

「ええ! フリークスってあの?」

 

「ゾル、ディック? まさかあの有名な暗殺一家の?」

 

 ジンの息子と暗殺一家の息子ってのはインパクトがあったみたいだ。うわあすごーいなんて明るく騒ぐみんなの声に、ああ去年もこんな感じで騒がしくて楽しかったなと思い出す。

 

 

 そのあとはみんなで新種の映像やデジカメ画像を見たり、どんな風に仕事を進めるか説明を聞いたりして過ごした。

 

 キャンプタイガーの映像なんてすごく面白かった。この世界は生き物が多様でほんと楽しい。

 ゴン達も新種を発見したくてすでにうずうずしている。

 

「じゃあ明日から頑張ろう」

 

「おー!!」

 

 

 

 また再びのカキン国での生物調査の仕事は楽しかった。

 

 この旅が終わればキメラアント編に突入だ。

 絶対カイトを助ける。ゴンをゴンさんにしない。そのために何ができるか。そればかりを考えながら、厳しい戦いの場へ向かうまでの残り少ない休息時間を精一杯楽しんで過ごした。

 

 

 

 

 

 

2000年 5月

 

 カキン国の仕事を終え、“サザンピースに奇妙な生物の一部が持ち込まれた”との情報を得る。

 

「こちらでございます」

 

 これが女王の腕か。漫画で見ていたけど大きい。実物を見るとその異様さが実感できる。青ざめて見つめる私をよそに、みんなはそれぞれの見地からいろいろと話し合っている。

 

 危険性を感じたカイトが一部を譲ってもらい、調べることに。

 リンやスティック達はもらったサンプルを解析したり、潮の流れを調べたりと忙しく動き出す。

 

 私達もカイトとともに海沿いの村々に聞き込みをしたり、ゴンの嗅覚で足取りを探したりした。

 そして分析の結果がでたリン達からその個体がキメラアントだと知らされた――

 

 

 

 



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キメラアント編1 告白

2000年 5月 11歳

 

 謎の生物が巨大なキメラアントだと判明した、その夜。

 スピン達と別行動をとって私達は宿舎に帰った。

 ゴンとキルア、ダン、そしてカイト。

 4人に囲まれて聞かれた。

 

「なあエリカ。そろそろ話す気になんねえ?」

 

 キルアの言葉に、へ? と顔を見る。他の人の顔を見ればみんな何の疑問もなく私を見ている。

 

「なんか隠してるだろ? ヤバい敵のこととかさ」

 

 ダンが続ける。

 

「去年の9月の時点で何か問題を抱えてることはわかってたんだがな」

 

 カイトも。

 

「オレ達じゃ力になんない?」

 

 ゴンもいつものまっすぐな目を向けてくる。

 

 黙ってみんなの顔を見まわしているとキルアが話し出した。

 

「お前さ、グリードアイランドでヒソカに話してたろ、オレ聞いてたんだ。

 『強くって、ヤバくって、多彩な能力持ちの敵がいっぱいいる』って言ってただろ? 『ネテロ会長よりずっと上がひとり。会長並みが少なくとも3』とも言ってた。敵がいるのは『バルサ諸島のあたり』ってキメラアントのことだろ?」

 

 

 ああ、みんなわかってたんだ。わかってて待ってた。私がみんなに話すのを。

 

「ごめん。えっと……」

 

「オレにも関係あることだろ?」

 

 カイトが言った。

 

「オレを見るお前の表情がな。時々すげえ辛そうなんだ。そのたびに何かを決意する目をして」

 

「いい加減ちゃんと話せよ、エリカ」

 

 ダンに促され、一度目をぎゅっとつむる。

 

 うん。ちゃんと話そう。予知能力再びだ。

 信じてもらえると嬉しいんだけど……

 

 

 心の中で折り合いをつけ、目を開ける。

 覚悟を決めて口を開いた。

 

 

「私さ。昔からたまに未来のことが見えることがあって……母は先天的“発”だって言ってた。制御できてないから必要な時にあんまり役には立たないんだけど。

 去年カキン国でカイトと出会って、見えたの。猫耳のキメラアントにカイトが殺されて……」

 

 キメラアントに殺された無残な村の姿。好戦的で残虐な性質のアリ達。

 強い上位種との遭遇。

 足手まといのゴン達を逃がすため一人残ってカイトが戦う。

 その時に猫……ピトーに殺されてしまう。

 

 ピトーはカイトとの戦いが楽しかったからカイトの死体を持って帰り、“発”を使い自動で動く人形を作り上げる。ツギハギの死体はアリの戦闘訓練に使われる。

 

 キメラアントの王が生まれて巣が分離した時、カイトの身体は助け出される。自動で動いているからツギハギの身体でも生きていて操作系の能力で操られていると判断されたから。

 

 ゴンはカイトを助けるためにピトーに無茶な戦いを仕掛ける。そこではじめてカイトが死んでいることを知って……

 

 と途切れ途切れにこの先の出来事を話した。

 あまりに荒唐無稽で、あまりに残酷な話すぎて、話が終わっても誰も口を開かなかった。

 

 信じてもらうのは難しいってわかってたんだけど。

 

「……エリカ。そのピトーって奴と戦ってたオレは何番を引き当ててたかわかるか?」

 

「ピエロのルーレット? 3番だったと思う」

 

 あんまり詳しく覚えていないキメラアント編でもこのシーンはしっかり覚えている。

 

「信じてもらえないかもだけど……」

 

「いや、信じる」

 

「カイト?」

 

「エリカに見せたことのない“気狂いピエロ”のことを知ってるんだからな。信じるさ。

 それに。

 3番はな。オレが『ぜってー死んでたまるか』って本気で思わねえと出ねえ番号なんだ。それが出たってことはそれだけそいつが強かったんだろう。オレの考えが甘くて、守らなくちゃいけない奴らを死地へ連れていったオレのミスだ」

 

「じゃあホントにオレが我が儘言ったからカイトが死んじゃうの? オレ……オレ」

 

 ゴンが目に涙をいっぱい溜めてぷるぷる震えている。

 それにカイトは頭をがしがし撫でて「泣くな」と言うと私を見た。

 

「わかった。敵はNGLにいるんだな。それでまだ王は生まれていないが、王が生まれれば東ゴルトーへ行って王城を占拠する。ここまではあってるな」

 

「うん」

 

「王はネテロ会長よりも強い。王の側近の3名もえれえ強え。そうだな?」

 

「うん」

 

「で? お前はそれをどうしようと思ってたんだ?」

 

「え?」

 

「だから。準備してきたんだろ? まさかオレが死ぬような敵にお前なら勝てるってのか? 何か作戦を考えてオレのとこへ来た。だろ?」

 

「エリカ、きりきり吐いちまえ。オレ達にも関係あるんだからよ。秘密はなしだ」

 

 キルアが言う。

 

 私はみんなの前で影をひとり出してみせた。

 

「うわっ、エリカが二人?」

 

「分身か?」

 

 驚くみんなの顔を見まわす。

 

「今まで黙っててごめん。私のもう一つの能力です。ダブルと言います」

 

 ごめんよ。原作カストロさん。わかりやすいネーミングなんで使わせてもらいます!

 まあいいよね。今のカストロさんはダブルなんて使ってないんだし。

 

「私の分身を作り上げる能力。私と同じことができて、戦闘能力は下がるけど離れても自立して行動できる。過度の衝撃で消えてしまうんだけど、消えた際にその記憶が私に入ってきます」

 

「……つまり、索敵用というわけか?」

 

「ジャンプもできるし、ジャンプポイント設置もできる。だから、先乗りして安全を確かめてポイントを設置したり、逃げる時に私と同じようにみんなを抱き上げてジャンプすることもできる。

 こんな風に爆弾を持って行って爆破特攻させることも」

 

 鞄から爆弾を出して見せる。

 爆弾や手榴弾まで用意していた私の本気度に、みんな息を飲んだ。

 

「それから……」

 

 もう1人影を出す。

 

分身(ダブル)双子(ダブル)なの」

 

 “ダブル”という名は二体しか出さないためのブラフだ。分身と双子をかけたダブルミーニングだと思ってもらうため。このキメラアント編を影2体で乗り切ろうと考えている。

 命の危険になればがんがん出すけどさ。

 

 ゴン、キルア、ダン、カイト。私一人で4人くらいわけなく持ち上げられるけど、一瞬で逃げようと思うと、私の小さな身体に4人はバランスを崩して落としちゃうかもしれない。

 最初から影をだしておいて、キルアとゴンは影1、カイトとダンは影2、私はシルヴィアというように分担を決めておけば、安全に退避ができる。

 

「ダブルはゴン達をつれてホームへ飛ぶ。

 私はシルヴィアで衝撃波を放つ。そうすればピトーに隙ができる。守る相手がいなくて万全の態勢のカイトなら斃せる。

 もし現場でカイトが敵わないと感じるなら、みんなでホームへ飛ぶ。

 これなら、誰も死なない。誰も。死なせない」

 

 

「それで1人で頑張ってたわけか」

 

「私……私、カイトに死んでほしくなくて……ゴンにもあんな……あんな」

 

「ありがとな、エリカ」

 

 カイトが頭をぽんぽんしてくれる。

 

「でももうお前だけで悩むな。オレ達は仲間だ。みんなでキメラアントをぶっ倒すぞ」

 

「おう!」

 

 みんなの決意に満ちた力強い目に、勇気をもらった。

 

 それに今まで話せなかったことをやっとバラせたことは、すごく気が楽になった。予知って能力が周知されているのって便利だ。

 全部話してもいいんだもん。

 

 

 ずっと独りで悩んでいたことを話せるようになって、肩の荷が降りた私はべらべらと覚えていることを全部話した。

 といっても途切れ途切れの情報しかないんだけどさ。

 

 

「……あのさ。エリカはどうしてオレ達をカイトのもとへ連れてきたの?」

 

 ゴンに改めてそう聞かれる。

 

「そうだな。ゴンがいなければカイトが死ななかったかもしれない。ならゴンをカイトのとこへエリカが連れてこなければ、カイトの危険は減ったんじゃねえの?」

 

 キルアもそう言う。

 これは私も悩んだことだから返事は決まっていた。

 

「あのね。予知したなかにゴンとキルアもいたの。でもどうやってゴン達がカイトのとこへ来たかはわからない。私が知らないうちにゴンが来るかもしれないでしょ。なら一緒に行ったほうがまだ安心かなって」

 

 『同行』カードの話はしない。ややこしくするだけだから。

 

「カイトとゴンが一緒にNGLに行くんじゃなくて、NGLに行ったらゴンがいた、ってことかもしれないってことか」

 

 とその可能性に気付いたダンが膝を打つ。

 これは本当。歴史の強制力的な何かがあってゴン達が乗った飛行船がNGLに不時着するなんてこともあるかもしれないじゃん。

 

「オレら先の予定がなかった。んで適当に飛行船のチケットを買ってNGLに行くって可能性もあったわけか」

 

 キルアも納得したようだ。

 

「ゴンやキルアに他の面白い場所を教えてそこへ行ってもらうってのも考えたの。

 でも。ゴンがカイトをすごく慕っているのはわかってた。あんな制約と誓約で死にかけるほどだもん。

 ならさ。ゴンが知らないところでカイトが死にかけるのを後で知るのはどうかなって思って。それに危険な場所だけど、ゴンもキルアもここですごく強くなるの。その可能性を私が奪っちゃだめだと思って」

 

 絶対カイトを死なせない準備ができているなら、ゴンがゴンさんにならないなら、彼らの成長の場面を邪魔するなんてやっちゃイケナイって思ったのだ。

 

「最初のピトー戦でカイトが死ななければ、ゴンが危篤になることもないもん」

 

「危篤になるほどの誓約って……どんななんだよ。ちゃんと助かったんだろうな?」

 

「うん」

 

 多分助かったと思う。私が知ってるのはゴンを助けるためにキルアが妹(弟?)のアルカを連れて家を出たあたりまで。

 きっと助かったと思う。助かったよね? なんかしれっと主人公交代とかしそうなくらいヤバい世界なのがHUNTER×HUNTERだけどさ、さすがにそれはないよね?

 

 ああ、もう少し先まで知っていれば……

 

 

「キメラアントにゴン達が二人だけで立ち向かうのはホントに危険なの。

 念能力者は栄養が高くて“レアもの”としてキメラアントが喜んで捕まえていた。それに能力に目覚めた者がいて、能力を詳しく知りたくてレアものを拷問したり……」

 

 脳をちゅくちゅくするあのシーンを思い出して身震いする。うわあ、ほんとやだ。あの死に方はマジでやだ。

 

「生半可な能力者は向こうの餌になるだけ、か。それは怖いな」

 

 

 どんな拷問だったのか私の説明を聞いたみんなが青ざめる。ヤベーなんてもんじゃねえな、なんて呟くみんなの表情が硬い。

 キメラアントの危険性をひしひしと感じているようだ。

 

 

「結局のところ、そのピトーって奴はどれくらい強いの?」

 

「“円”が2キロもあって、そっから数秒でやってくるってマジかよ……」

 

 圧倒的な強さを感じたみんなが恐怖と戸惑いの表情を浮かべている中、カイトが呟いた。

 

「おそらくオレはそいつの“円”を見てヤバさに気付いた。けど、オレはこんな強え奴と闘ってみてえと思ったんだろう。それでわざと触れた。

 でもそいつがオレに気付いた時、寄せられた気配に、ゴン達を守りながら闘うのは無理だと覚った。それで『逃げろ』と言った。そういうことじゃねえか?」

 

 

 普段すごく面倒見のいいお兄さんをしているカイトも、その実かなりの武闘派だったりする。

 武闘家はいつだって強い敵を求めている。

 本気でやりあえて、殺しあえる敵を求めている。

 

 ゲンスルー戦のゴンだってそうだ。あそこまでやらなくてもすぐに大岩を出せばよかったのに。戦いたいから戦った。

 王と対峙したネテロ会長もそう。さくっと“薔薇”を使えばよかったんだ。なのに戦った。

 カイトも、ゴンも、ネテロ会長も、みんな戦わなくてもいい相手と死闘を繰り広げた。戦闘狂はいつもそう。

 

 きっと原作のカイトもピトーと闘いたくて“円”にわざと触れたんだろう。

 

 でもピトーの“円”で感じたより、実際に獲物として見られたと感じた時、予想以上に強い敵だったと気付いてしまう。

 ゴンやキルアを危険にさらしてしまったことの後悔が押し寄せてきた。なんとか彼らを守り、そして自分は『ぜってー死んでたまるか』との決意のもと、ピトーと戦った。

 

 そういうこと?

 

「……そうかもしれない」

 

「敵の強さを見誤ったオレのミスだ」

 

「ピトーはこの時点でまだ“発”を作っていないの。カイトとの戦いの途中で目覚めるかもしれないけど、ここでピトーを殺せれば、絶対こちらが有利になる」

 

 ピトーの能力は、死体や仲間を自立操作できること、自分のことも操作してより一層強くなること、それから自分が死んだあとですらその能力でまだ戦えたことも話す。

 

 もうひとつの能力、回復能力もかなり優秀で、切り取った腕も元通り綺麗につなげるほどの能力だから彼女の存在はかなり大きいのだということも。

 

「よし、じゃあそいつを斃すつもりで考えよう」

 

「カイト、オレも戦わせてよ」

 

「だめだ」

 

「オレもっと強くなる!」

 

「オレだって負けねえ!」

 

「おいゴン、キルア。今のままのお前らが傍にいればカイトが死ぬんだ。諦めろ」

 

「そんなこと言われて引き下がれるようじゃハンターになんかなってねえよ!」

 

「だからよキルア。それまでに今より強くなればいいんじゃねえの?」

 

「……そっか」

 

 ダンの言葉に、ゴン達はさらなる修行を積むべきだと実感したようだ。

 

 

「まずキメラアントはNGLにいるということと、まだ王は生まれていないが、王の直属護衛軍は生まれていること。上位種は念が使えること。麻薬組織などの悪人と混ざったことでかなり残虐な性質を持つ者が多いこと。レアものとして念能力者を好んで食べているから生半可な能力者は却って敵を強めること。これを協会へ報告しておこう。最高レベルの危険生物だ。

 エリカ。お前の予知能力についても話す必要が出てくるが、いいな?

 NGLとキメラアント。思いつく限り最悪の組み合わせだ。おそらく未曽有のバイオハザードになる」

 

 

 リン達の分析でもキメラアントの行き先がバルサ諸島であることが証明され、カイトからハンター協会へ報告がなされた。

 

 カイトが連絡をしたおかげですぐに会長へ知らせが届くことに。

 会長は原作通り少数精鋭で現場入りすると決めたようだ。

 

 ハンターサイトでも能力の低いハンターへのNGLへの渡航を制限したりなどの処置も取られた。

 

 

 

 会長達が来る前に私達もNGLへ移動することにする。

 

 スピン達はNGLへ入る前の街に滞在して情報を集める。

 女王が死んで兵が独立するとここも危険になる。ダンにスピン達の護衛を任せることになった。

 

 ダンも一緒に行きたがっていたけど、彼らを危険にさらすわけにはいかないからカイトがダンを説き伏せていた。

 

 

 カイト、私、ゴン、キルアの4人だけがNGLへと進む。

 

 検問所で厳しい審査を受け、検問所に併設されているショップで自然素材のみでできた服を買って着替えるとやっとNGLへ入ることができた。

 

 

 ヨークシンを発つ前に、ダンも私もディアーナ師匠からもらった念具を外した。負荷をかけて戦えるような相手じゃないし。それに金属製品はNGL入国でチェックが入るはずだから。

 

 9歳の8月から一度も外さなかった念具。11歳の5月を迎えた今、ほぼ2年間負荷をかけ続けた身体は、想像以上に成長していた。

 身体にわきあがるオーラの量に戸惑う。

 

 身体の軽さ、念の扱いやすさに驚いた。

 いつの間にこれほど成長していたんだろう。

 これなら大丈夫。きっとこの危険な事件を生きて乗り切れるだろう。

 

 

 私は念具を倉庫へしまい、ダンは貴重品と一緒に貸金庫へしまったようだ。

 ゴンやキルアも大事なものは貸金庫へしまった。

 カイトに返すつもりだったジンのハンターライセンスもまたゴンが持つことに。

 

 ちなみにキルアのヨーヨーや電気機器、みんなの携帯電話などの荷物は私の倉庫へしまっている。向こうでもバレないように使うつもり。

 

 

 

 それから――

 NGLに行くまでにこれだけはやっておこう。

 

 万が一私が捕まった時。

 拷問されるのも食べられてアリを強化させるのもごめんだ。

 だからどうやっても逃げられないと確信した時に、自決するものが必要だと考えたのだ。

 

 倉庫は時間が止まっている。

 手榴弾のピンを外し、あと1秒ほどで爆発するという状態で倉庫へしまう。

 

 これなら一瞬で出して死ねる。

 

 出すだけならドラポケでできるもん。でもピンを抜いたり爆弾のスイッチを押すような余裕がない場合もあるだろう。取り上げられる可能性だってある。

 だから出せば何をするヒマもなく爆発するようにしておいた。

 

 間違って出さないよう要注意だね。

 

 私の身体も強くなったけど絶状態なら手榴弾でも死ねるだろう。

 

 もちろん。念のための準備だよ。

 死ぬつもりはまったくない。

 

 

 

 誰も死なせない。もちろん、私も死なない。

 いける。だいじょうぶ。うん。

 

 

 

 




※カイトの『ぜってー死んでたまるか』で出る番号は何か、皆さんいろいろ検証しているようです。
0番だとか他の番号だとかの説が多いですが、私としては3番が“アタリ”だったのだと思いたいです。戦いながら何度もルーレットを回す余裕はないでしょうし。

杖でどんな戦い方をするんでしょうね? 魔法でしょうか?
あるいは転生や憑依のためだけの能力とか?
考えるのは楽しいです。

次話以降がうまく書けなくて苦慮しております。しばらくお待ちくださいませ。
感想、評価ありがとうございます。レス少々お待ちください。誤字報告も助かっております。



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キメラアント編2 NGLへ

大変長らくお待たせいたしました。更新再開いたします。


2000年 5月 11歳

 

 

 NGLは表面上、機械文明をすべて捨てて自然の中で生活している(実際には隠れて麻薬製造なんぞやっている後ろ暗い国だけどね)。

 便利な機器のあるまともな宿泊施設はここにはない。

 

 NGLの手前にある最後の街は隣国ロカリオ共和国のドーリ市で、けっこう栄えていて人通りも多く賑やかな街だ。

 ちゃんとした近代の建築物と、エキゾチックな中世の建物が混在していて、こんな事件の最中じゃなければいろいろ見て回りたいと心がひかれた。

 

 王が生まれて巣分かれすればキメラアントが流れてくると知っている罪悪感に心が揺れる。わかってはいるけど、私達にできることは注意を促すことだけだ。

 

 

 そこのホテルの部屋を借り、ダン達が残ることになっている。

 私達の部屋も数室おさえてある。その一室にジャンプポイント3“スタート”を登録してあるから、何かあればいつでも行き来できる。

 

 それに夜はジャンプで戻ってくるつもりだから。

 私のステップは夜になれば移動できる範囲がかなり狭まる。虫から派生したキメラアントは暗闇に強い者も多い。危険を回避するためにも夜はホテルへ戻ると決めたのだ。

 

 

 スピン達はできればもっと後方に下がってもらいたいのだけど、彼らもアマチュアとはいえハンターだ。

 危険を承知でこの街に留まり、後方と前線の中継地点として情報収集や細々とした取りまとめをしてくれている。

 

 「カイトの後ろを守るのは仲間としてとーぜんよ」とスピンは風船ガムを膨らませて肩をすくめ、一番気の弱そうなリンでさえ「頭脳労働の輝く現場デス」と胸を張った。

 原作では彼らが死ぬことはなかった。それに今はダンがいるから。大丈夫、だと思いたい。

 

 

 

 それにもうすぐネテロ会長から連絡がくる。

 原作通り、ネテロ会長、ノヴさん、モラウさんの三人でやってくるんだろうか?

 

 会長達がドーリ市へ着いてダンと合流すれば、こちらの携帯に連絡を貰い、一度私達も戻って打合せをする予定だ。

 その後は会長達が入国審査を得て検問所を通り抜けてからもう一度集合する。そうすれば移動時間を短縮できる。ノヴさんと私の能力があればたやすい。

 

 キメラアント編の記憶がおぼろげな私だけど、彼らの事はよく覚えている。

 

 ノヴさんの能力は“四次元マンション”。念空間が数十室もの部屋数のマンションになっていて、各地に登録した出入口を通って行き来することで疑似的なワープと安全な待機所を兼ね備えるという、ものすごく便利な念能力だ。

 

 モラウさんは巨大なパイプから煙をだして人型を操ったり、煙の中に敵を閉じ込めたり、こちらも応用技の多い能力だったと思う。

 

 ノヴさんの“四次元マンション”と私のジャンプは能力が被っているけど、それぞれで使い道があると思う。互いの登録の隙間を補えたり、ね。

 

 

 あまり能力を人に知られたくないのだけれど、彼らには私のジャンプの存在を話すつもりだ。これ言わないと動きにくいんだからしかたない。

 合流に時間がかかりすぎちゃうし。

 

 

 ジャンプポイントは公表しているのは固定5つと上書き3つ。ガーデンは存在すら内緒だ。

 うち、4,5はマーリポス(神字勉強のためのフラット)とルドルノン(隠れ家)。

 

 他は買い物や移動に便利な場所にポイントがあったんだけど、今回のキメラアント編のために必要分は上書きしてしまうつもりでいる。

 ハンターとしていろんな場所へ自由に行けるようになったのだから、またいつでも入れ替えられる。

 

 

 おそらくノヴさんがくれば“四次元マンション”で寝泊まりすることになるんだろうけど、原作で見る限りお風呂はなさそうだったから、その後は風呂だけホテルへ戻ってもいいんだし、うちのホームを提供してもいい。

 

 ポイント1,2,3とABC、これを駆使してこれからの戦いを乗り切ろう。

 今日からキメラアント編の終わりまで、自重はなしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでの移動中、ゴンとキルアは必死に修行を進めていた。

 せめて“堅”が3時間維持できるようになればピトーとの戦いの場にいてもいいとカイトが決めたから。

 へとへとになるまで“堅”を続け、その後カイトと組手。

 

 私もカイトの監修のもと、影の隠密性を上げる修行を続けている。これは私達の生命線だから必死だ。

 

 

 ダブル(影)の二人はわかりやすいようにABとでも呼ぼうかと思ってたんだけど、「エリカがAリカだから、ビリカ、シリカだね」とゴンが名付け、影二人はビリカとシリカと呼ばれるようになった。

 

 ついでに、ポイント設置を間違えないよう、私はポイントAだけ設置、ビリカはB、シリカはCと決める。咄嗟の時に上書きしてしまうと大切なポイントが消えてしまう可能性があるからね。

 ここからは命がけだもの。そういう細かい決まりごとが大切なのだ。

 

 

 カイトもピトーと戦うべく修行している。

 殺される未来を知ってもなお、逃げるのではなく、その未来に打ち勝つのだと闘志を燃やしている。

 

 カイトの“気狂いピエロ”は、出すと一度武器を使うまで他の武器に代えることも消すこともできないらしい。

 出しているとオーラを消費するけど、ピトー戦のためにはカイトが一番戦いやすい武器を出しておくべきだ。

 

 戦闘前に出せるのかと聞くと、接敵してから出すという誓約があると答えがかえってきた。

 ものすごく博打でピーキーな能力だよね。そのかわり当たれば強い。

 ピトーの“円”を見つけてから一度下がり、いい目が出るまで私の影と戦って準備を済ませればいいんじゃね、と打ち合わせる。

 

 ピトーの特色は、速いことと打たれ強いこと。武器は両手の爪、強靭な足、尻尾、猫だから牙もあるかも。“予知”ではこの時点でまだ“発”はないはず。

 カイトは考えた末、剣、それも二刀流で戦うことに決めたようだった。

 

「『ぜってー死んでたまるか』の3番じゃないの?」

 

「いや、剣でいく。オレの一番の得物は剣だからな」

 

 本来彼が一番得意なのは長剣一本での戦いなのだけど、手数の多いピトーに対処するためには自分も二刀流で行くしかないと考えたらしい。

 

 

 

 

 ダンにはカイトの仲間達であるスピン達アマチュアハンターの護衛のほか、もうひとつ、大切な仕事を頼んでいる。

 

 一定ラインより実力の低いハンターをNGLへ入国させないための関所役だ。

 

 

 正規のルートでNGLに入国するためには、ドーリ市で移動の足を頼む必要がある。文明の利器を拒否するNGLへは自前の車を使うわけにいかないからだ。

 必要に応じて乗合トラックがNGLに向けて出ているので、それに乗って検問所まで連れていってもらうってわけ。

 

 

 ハンターが検問所へ行く前にダンがここで止めて、現状の説明と強さの確認をし、ダンに勝てる強さの者だけを通すという役目。

 

 正式なハンター協会からの依頼になっているから、これである程度被害は減らせると思う。

 

 

 

 それでも。

 もうすでに複数のハンターがNGLに入ったらしい情報があった。

 NGLまで乗せてもらった乗合トラックの運転手が『今日だけであんた達みたいな連中を10組は案内したぜ』と言っていたのだ。

 

 嫌な予感にみな苦い表情をした。

 

 考えてみれば、ヨークシンシティのサザンピースに女王の脚が持ち込まれた事は極秘じゃない。幻獣ハンターならいろんな伝手があって当然で、カイトのように情報を貰ったものもいただろう。

 

 そこから女王の足取りを推理し、NGLに本体が流れ着いたのではと予測したものもいたはずだ。

 原作のポックル達はそんなハンターのチームだったんじゃないかな。

 

 

 これ以上の被害は出さないよう、NGLへ向かう観光案内の車はすべて停止するよう、ハンター協会から正式に要請してもらった。

 

 

 

 

 ドーリ市をダンとスピン達に任せ、カイト、私、ゴンとキルアがNGLへ向かった。

 検問所の者達にも、キメラアントがNGL内にいる可能性が高いことを説明した。

 それから、この後ハンター協会の精鋭が来ることも伝える。

 巣が分かれるとここも危険になるから、何かあれば速やかに退避したほうがいいという話もしておく。

 

 危険性を信じてはいないようだったけど領内への警告は出すとの回答を貰った。薄笑いを浮かべて話す担当者の態度に、彼らの『こいつら大袈裟に騒ぎやがって』という気持ちが透けて見える。助かるのは無理だろうなと内心思う。

 

 

 でもさ。

 

 今の私達に彼らのためにできることはない。

 ここはれっきとした国で、彼らはその入国審査を担う職員。

 外から来た人に「すでに国の中枢はすべてキメラアントに殺されているだろう」なんて言われても、信じる根拠がない。

 

 ハンターからの情報提供だから“危険な生物が紛れ込んだ”ことは疑ってない。だけど危険性についてはちっとも理解しようとしていない。

 

 

 漫画やアニメを見ていた時は、なんでアリの巣を空爆しないの? とか、東ゴルトーの王宮にミサイル発射で終わりじゃんとか思っていたけど。

 

 実際にはそんなことはできない。

 

 

 NGLも東ゴルトーも正式な国で、勝手に入れば不法入国だし、国の施設を壊せばテロ行為で私達が罪に問われて国際手配される。

 国民を逃がそうと無理やり連れて出れば誘拐罪にも問われるかもしれない。

 

 “貧者の薔薇”をブラックマーケットで購入して爆破させればいい?

 そんなことをすれば無差別爆破テロ犯として私が犯罪者になって手配されて、ハンターに殺されちゃうよ。

 

 ネテロ会長ほどの社会的地位があっても自身の心臓に埋め込むことしか許されなかったんだよ? 私が勝手にそんなことをすれば、私の存在ごと抹殺されておしまい。

 

 ハンターなら何をやってもいいってわけじゃないんだよ。

 

 

 特に東ゴルトーは英里佳時代の世界で言うところの北朝鮮をモデルとしたような一党独裁制軍事政権国家だ。

 

 一般客として入国できたとしても、王宮付近には近づけない。

 だからキメラアントに占拠される前に、王宮内にジャンプポイントを設置することは無理ってわけ。

 

 理由を言えばいいじゃんって?

 

 まさか「お宅の王宮、もうすぐキメラアントに占拠されますから、そのために転移ポイントをつけさせてください」って説明するの?

 

 私が東ゴルトーの立場ならまず信じないし、たとえ信じたとしてもこう言い返すね。「そこまでわかってるなら蟻どもが占拠しにうちの国に入る前に殺せよ」って。

 

 それにさ。

 赤の他人がいきなりやってきて、あなたの家にもうすぐ泥棒が入るからそれを捕まえるために合鍵を作らせてって言われて「ぜひ!」って言う人なんている? ありえないよね。

 

 

 占拠されたあとならどうか?

 ピトーが操作していた総帥がテレビで演説していたから、対外的には東ゴルドーに異変は起きてない。

 キメラアントに占拠されているという証拠が提示できない。

 空爆すれば、国家間の問題になる。

 

 

 現実問題として考えてみて。

 北朝鮮を未確認生命体が占拠しているからこれから原爆を発射します、ってアメリカが宣言して、信じられる?

 

 アメリカじゃなくて赤十字でもいいよ。

 北朝鮮で伝染病が蔓延しているから、赤十字が援助を申し入れ、拒否されたけど人道支援のため、無理やり入国しますって言うの。

 信じられる?

 

 

 世界各国の首脳陣は赤十字のやり方に反発する。

 そうしなきゃ、今後、“人道支援の建前さえあればいつでも勝手に国に入れる”ってことを了承しちゃうことになるじゃん。

 

 そんな前例があれば自分の国にも干渉する大義名分ができちゃうでしょ?

 だから人道支援に対する一定の理解を示しつつ、“明確な証拠も提示せず、人道支援の名のもとに他国の領土を不当に脅かすことは許しがたい”と厳重な抗議のコメントを発表する。

 

 

 そういうことだよ。

 

 だから原作でもネテロ会長は少数精鋭で敵の戦力を削ぐことしかできなかったし、“貧者の薔薇”も会長の心臓に埋め込む以外の持ち込み方法がなかった。

 

 

 

 それにさ。

 もし空爆が許されたとしても。彼らなら空から薔薇が降ってくる前に逃げ出せるだろうし、護衛が身を挺して王を守るだろう。

 

 超至近距離で爆発した“貧者の薔薇”でも王を瀕死にさせることしかできなかったんだもん。

 

 護衛を引き離し、至近距離で“貧者の薔薇”を爆発させる。これだけのことをしなきゃ王を斃せなかった。

 そのためにネテロ会長は戦ったわけだ。

 

 そのおかげで王と護衛は薔薇の放射能汚染で死んでキメラアント戦はハンターの勝利で終わったのだけど。

 

 

 

 

 

 それと。

 

 この戦いに先手を取るためのきっかけは私の予知能力(実際は原作知識)。

 予知能力は念能力の“発”ということになっている。念能力自体が秘匿されているから公表すらできない。

 証拠にはなりえないわけ。

 

 

 それに実証も難しい。

 

 私の原作知識はキメラアント編までだ。その先は知らない。

 これが去年や一昨年だったら「ヨークシンシティで旅団が暴れます」とか「ノストラードファミリーの娘が誘拐されます」とか「今度のハンター試験の内容は」とか言えたけどさ。

 

 もうそれは全部終わった話だもん。

 他の予知を言ってみろって言われても話せる未来はもうないの。

 

 何の証明もできない『私の予知能力』だけで、できることは限られている。

 

 

 

 とまあいろいろ説明したけどさ。

 

 つまり。

 何が言いたいかと言うとだね。RTAは無理ってこと。

 

 

 

 私は勇者じゃない。

 誰かのために自己犠牲なんて、これっぽっちも考えてないよ。

 

 カイトを助けたい。ゴンをゴンさんにしない。ネテロ会長も生きていてほしい。

 

 でもね。

 そのために私が死んだり、犯罪者になるつもりは、欠片もない。

 

 “貧者の薔薇”を使ったり、不法入国したり、建物を壊したり。

 私の社会的信用が落ちるようなことはしない。私はこれからもこの世界で幸せに生きていくつもりなんだから。

 

 

 

 それでも。

 

 

 今の私にできることは最大限やる。

 

 

 

 原作と違っていることは、私の知っていることをすでに会長達にも知らせていること。

 カイトを死なせないために準備していること。

 ゴン達の修行が原作よりも進んでいること。

 

 

 あとはポックルが死んでいない。……はず。

 まだこれはわからないか。

 アマチュアとして入国しているかもしれない。でもアマチュアのままなら念能力者にはなってないだろうから、ポックルは餌の一人としてあっさり殺されておしまい、のはず。まず拷問されることはないだろう。

 あのおぞましい拷問を受けずに死ねたとするなら、原作より少しはましな死だったね、と言うしかない。

 

 私がポックルにしてあげられることはもうないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ」

 

 カイトの決意に満ちた声に従い、私達は走り始めた。NGLの奥へと。

 

 原作とは違い、キメラアントがここにいると確信している私達は馬も借りなかったし、早々に監視員を振り切ることにした。

 唖然と見送る彼らをしり目に、奥へ奥へと走る。

 

 

 NGLの奥へと進む。

 

 途中、誰もいない村へと通りがかった。人がひとりもいなくて、そこら辺りに乱雑に服が脱ぎ捨てられている。

 

「何か匂うよ」

 

 ゴンが鼻をすん、とうごめかせて呟く。

 

「早贄の村だねここ」

 

 原作通りの惨状。いったい何人の村人たちが被害にあったのだろうか。みな硬い表情で周りを見回している。

 

「エリカが言ったとおりだ」

 

「ここの奴が、オレ達二人がかりで倒しそこなったって奴かよ」

 

 キルアが悔し気に村の先を睨みつけた。

 

「そう。そのせいでそいつが念を覚えることになる。それで他の兵を殴ってどんどん念を覚えさせるの」

 

 私の言葉を聞いたゴンとキルアは一度目をあわせ、決意の滲む表情でカイトを見上げた。

 

「……カイト。オレ達にやらせてよ。絶対殺すから」

 

「頼む。舐めねえ。一発で決める。だからやらせてくれ」

 

 カイトはゴンとキルアをじっと見つめると、肩をすくめた。

 

「敵に情けをかけるな。一息で殺せ。ここからは勝っても負けても地獄だ。腹をくくれよゴン、キルア」

 

 

 ゴンとキルアが力強く頷く。

 ゴンの鼻の誘導で奥へすすむと、動物の死骸がいくつも木の杭に刺されている場所を発見した。

 

「早贄だね……っ、来るよ」

 

 “円”で気付いた私が警告の声を出す。

 

 木の影から一人の男が現れた。

 うさぎのように長い耳と鳥の羽根を纏った手を持つキメラアントだ。ギラギラと鋭い目を光らせ、こちらを睨みつけている。

 

「ゴミども。それはオレのだ。近づくな!」

 

 一瞬で近付くキメラアントに、ゴンとキルアが向き合って構える。

 すでにしっかり“堅”を纏っている。ここまでの修行の成果だ。

 

 私はカイトと共に後ろへ下がった。もちろん“円”で周囲への注意は怠らない。念のためシルヴィアを呼び出しておいた。

 

 最初キメラアントはカイトを警戒していたけど、カイトが戦うそぶりを見せなかったことで意識をゴン達へ向けた。

 

 

 一定の距離を保ちつつ、ゴンとキルア、そしてうさぎモドキが睨みあう。

 

 

 原作とは違ってゴン達は初めからこのうさぎモドキを殺すつもりでいる。

 彼らの身体から発する力強い“気”に、向こうも攻めあぐねているようだった。

 

 

 緊張の数秒後、ゴンとキルアが同時に動いた。

 一瞬で間合いに入ったキルアの鋭い蹴りをうさぎモドキが腕で受ける。同時にゴンの右こぶしが迫る。うさぎモドキは半身ずらすと足でガードした。

 

 目まぐるしい攻防がしばらく続く。

 

 やがて。

 頭上高く飛び上がったキルアが“落雷(ナルカミ)”を落とす。雷に打たれ動きの止まったうさぎモドキにゴンのジャジャン拳がさく裂。

 

 “吹き飛ばすと逃げられてしまう”とあらかじめ話していたから、ゴンの出した手は“グー”ではなく“チー”だった。

 気合の乗ったゴンの“チー”はうさぎモドキの腹を抉る。血飛沫が舞った。が、浅い。

 

「ぐああ!!」

 

 怒りの叫び声をあげるうさぎモドキの肩にキルアが飛び乗り、首をごきりとひねる。首が真後ろへ向いたうさぎモドキがどさりと倒れた。

 

「やった……」

 

 荒い息を吐いてゴンが呟く。

 

「気を緩めるな。頭と身体が切り離されても一日くらいなら生きてられるような生命力を持つ連中だ。確実に頭を潰せ」

 

 倒れたうさぎモドキを見下ろして立ち尽くす二人にかけられたカイトの厳しい声に、ゴンは一瞬目を瞑り、覚悟を決めると気合と共に拳をうさぎモドキの頭に振り下ろした。

 頭蓋骨のひしゃげる嫌な音が響く。

 

 “円”にもうさぎモドキの気配はもう、ない。

 

 

「よくやった二人とも」

 

「おつかれさま」

 

 カイトの労いの言葉のあとに、私も声をかける。

 キルアはともかく、ゴンは初めての“殺し”だ。これだけ人に近い姿をしていて、しかも言葉が通じる相手を殺すのは、殺人に慣れていないゴンにはすごく辛いことだと思う。

 

 でも、これができないのなら、この先に連れていくわけにはいかない。

 ゴンもそれがわかっているんだろう。すでに迷いはないみたいだった。

 

 

「硬いな。オレの攻撃が効いてなかった」

 

 キルアが分析するようにそう呟くと、ゴンも頷く。

 

「うん。昆虫の頑強さと人間の柔軟さを持つ生き物。確かに躊躇なんかできない相手だね」

 

 顔を見合わせ、頷きあう。

 

 よかった。

 ゴンもキメラアントを殺したことにしっかり折り合いをつけられたようだ。

 

 無事にひとつ、大きなヤマを越えたことに安堵のため息を漏らす。

 

 

 

 

 

 ……キメラアントの中には、人だった頃の記憶を持っている者がいる。

 それを、私はまだ言えてない。

 

 仲間になる者もでてくることも。

 

 それを言えば彼らの攻撃が鈍るんじゃないかと、言いだせてない。

 カイトの死のあと、しっかり読み込んでいなかった私はどのキメラアントが仲間になるか覚えていない。

 だから偏った情報を彼らに与えるわけにはいかないんだ。

 

 もしかすると。

 どこかで、本来助けられたはずの誰かを殺してしまうことになるかもしれない。

 でも。ごめん。

 私は、私の助けたい人達を助けるんだから。

 

 

 

 

 ごめん。

 

 

 

 

 




前回の更新からめちゃくちゃ開いてしまいました。
感想もたくさんいただきありがとうございます。回答できていませんが、ありがたくすべて読ませていただいております。


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キメラアント編3 ピトー戦

 早贄の村のあと、襲撃を受けたり、麻薬工場に巣くったキメラアントを殲滅したりしながら奥へ進む。

 

 

 行先は原作でみた地形を参考に場所を特定した。たしか原作では広大な平地を崖上から見下ろしていた。そこが蟻の巣だ。

 検問所の係員にそれらしき場所を地図に記してもらっているのだ。

 

 

 

 移動するに従い、地面はわずかに登り坂になっていて、赤土色の荒野にぽつぽつと森や川があり、その付近に村がある。

 しばらくのぼると植生がかわり、高地らしい植物がみられるようになってきた。

 

 途中にあった村はすべて生存者はなく、壊された家の周りに襤褸切れのような遺骸が倒れている。

 餌として持って帰ることすらしなかったのか。

 残虐にも、殺したり壊したりすることだけを楽しんだんだろう。

 

 集めた遺骸を燃やす。買い求めた油が役に立った。人肉の燃える嫌な臭いが漂う。このまま放っておいて腐れば伝染病のもとになるのだから燃やすのが正解なんだ。

 やるせない想いがつのった。

 

 

「ひでえことしやがる」

 

 キルアが吐き捨てるように言った。

 

「人と混ざったことで残虐になってるんだな」

 

 カイトの言葉にも憤りが込められている。

 

「そう言われると、キメラアントと人間と、どっちがバケモノかわかんなくなるね」

 

 ゴンの言葉にみんな思わず頷いた。

 

 そうだね。

 キメラアント自身は食事のために餌を穫るだけだったんだ。残虐なのは人間のほうだ。

 バケモノは、人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 2日後。

 

 そろそろ夕暮れが近づくころ。私達は森にいた。森とは言っても木々の密度はあまり高くはない。

 ぼつぼつと間隔を開けて木が生えている。

 

 

 カイトより先に私が気付いた。

 ピトーの“円”に触れるわけにいかないから私達の50メートル前を先行して歩いていたビリカが気付き、消えることで情報を知らせてくれたのだ。

 

「あった。ピトーの“円”だ」

 

 そっと呟く。カイト、ゴン、キルアの緊張が高まる。

 

「敵は、念を知ったようだな」

 

「……うん」

 

 やるせなさに唇を噛んだ。

 

 兎モドキのキメラアントは確実に殺したのに。

 ピトーが原作通り“円”を使っている。

 

 誰か念能力者から情報を仕入れている可能性が高い。

 ハンター協会から送られてくるハンターはまだ来ていないから、私達の前に入国したキメラアント探索の幻獣ハンターか、もともとこの国にいた念能力者が被害にあったんだろう。

 

 そしてその戦いでキメラアントの誰かが念能力を覚え、捕まえた“レアもの”から念能力についての情報を得た。

 

 ピトーはすでに“円”を使っている。

 

 やはりこの辺りの流れは原作と変わらないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その森を抜けた先は切り立った崖になっていた。

 ここまで少しずつ登り坂が続いていたからか、私達は小高い崖の上にいる。

 

 

 眼下には赤茶けた山に囲まれた広い盆地があった。

 

 その中央に、大きな蟻塚がある。キメラアントの巣だ。

 

 

「あれが巣か」

 

 眼下に広がる広大な平原の中心に聳え立つアリの巣。ピトーの“円”に触れないよう注意しながら、それぞれ“絶”で気配を殺して慎重に巣を窺う。

 

「ここからバズーカで一発かませないかな」

 

「いや、そんなもので死ぬのは下っ端だけだろう」

 

「でも女王もいるんだろ? 王が生まれる前に女王を殺せれば……」

 

 そうなればあとは掃討戦だけだ。ピトー以外の護衛軍がまだ生まれていないはずだから卵が孵る前に殺せればかなり楽な戦いになる。

 

「エリカのステップであそこまで行けるか?」

 

「大丈夫。飛べる。隠密仕様のダブルにポイント設置してもらう?」

 

「……やめておこう。虫はオレ達よりずっと気配察知に優れている。あせりは禁物だ」

 

 原作でも思ったけど、ここで爆弾を使えたらもう少し話は早かったのに。

 

 

 だけどあの巣には蟻の兵隊が山ほどいる。

 今巣を壊してしまうと結局王が生まれた後と同じように兵隊蟻が巣分かれする。

 

 原作でネテロ達がやっていたように王が生まれるまでにある程度は数を減らしておかなきゃ、一斉に拠点から解き放たれたアリのせいで、周囲の被害がとんでもないことになってしまう。

 

 手間だけど、巣を爆破するくらいで死なない強さを持っているんだ。

 

 

 

 

「カイト」

 

 ゴンがつぶやく。自分でもわかってるんだろう。結局“堅”を3時間維持させるというお題は果たせなかったから。

 

 カイトの名を呼ぶゴンの言葉には、血を吐くような悔しさが滲んでいた。

 でもこれできっとまたゴンは強くなる。自分の力が及ばないことを実感したんだもん。

 

「オレ、弱いことがこんなに悔しいなんて思わなかった!」

 

 吐き捨てるように呟いたゴンの言葉。キルアも悔しさに唇を噛んでいる。

 

「約束どおりだ。やれ、エリカ」

 

「うん。ポイントA設置“ピトー”」

 

 ポイントを設置し、二体の影を生み出す。

 ビリカはゴンとキルアを持ち上げ、後方へジャンプ。彼らはそこでピトーの姿をひと目見てからホテルへジャンプで戻る約束をしている。

 

 シリカは“隠”プラス“絶”で気配を殺している。ヤバくなった時のカイトの避難役だ。

 私はシルヴィアを顕現させた。

 

(ポップ)

 

 小窓を開き、いつでもステップでガーデンへ逃げ込めるよう準備も済ませた。

 そしてカイト達には内緒だけど、ガーデンには影が二体、いつでも飛び出せるようスタンバイしている。

 

 これが怖がりエリカの、子兎エリカの戦い方だ。逃げ隠れすることに注力して修行してきたんだ。

 

 

 私はカイトに向かって頷いた。

 “気狂いピエロ”の誓約に沿うため、カイトへ向けて殺気を飛ばす。

 

 カイトは手を何度も握りしめ、力を溜める。

 私を敵とみなして、“気狂いピエロ”の能力を発動させる。

 

 彼の手に力が集まり、武器が生み出された。ピエロも空気を読んだのか、いつもの騒がしいしゃべりは控えめに一言だけ口に出した。

 

「死ぬなよ相棒」

 

「ったりめーだ」

 

 カイトの手には5のマークの付いた剣二本。左右に一振りずつ構えて調子を確かめるように数度振り下ろす。

 

 彼が願ったとおりの得物だ。

 

「大当たりだぜ、相棒」

 

 ピエロへそう呟いたカイトはすたすたと前へ進む。ピトーの粘つく“円”を睨み、踏みつけるかのようにそこへ足を入れた。

 

 私も“隠”を重ねた“円”を広げる。ビスケに鍛えて貰った今の私の“円”は120メートルを超えた。ピトーの“円”に重なるとぞわぞわと身体の奥から震えがあがる。……怖い。

 

 しばらくするとシリカが「ピトーが出てきたよ」と声を上げた。

 

 巨大蟻塚の半ばほどにある出口から小さな影が出てきてこちらを窺っている様子が私にも見えた。

 獲物を見つけたピトーの気配を感じ、一層の恐怖が湧き上がる。

 

 

 強敵を前にピリリと張り詰めた緊張が全身にいきわたる。

 想像以上に強いオーラを感じ、息を呑んだ。

 心臓を鷲掴みされたような圧迫感。

 

 危険を察知した本能が、逃げろ逃げろと警戒音を鳴らし続ける。

 

 でも、逃げない。

 

 逃げない。

 

 

 何のために今まで修行してきたんだ、エリカ。

 

 私は、逃げない。

 恐怖を、想いの力でねじ伏せて前を向く。

 

 アドレナリンがドバドバ抽出されて、逃走本能と闘争本能が激しく反発し、やがて頭の中が戦闘に向けて再構築されていく。

 

 

 

 

――ああこれがより強い敵を求める彼らの見ている世界か。

 

 

 

 

「っ、来ます」

 

 シリカが叫ぶ。

 

 

 

 一足で私の前へ戻ったカイトが構える。両手に持つ剣でシュッ、シュッと風を切り裂きながら、低く腰を落として。

 好戦的にニヤリと口角を引き上げた。

 誘うように“円”を広げる。あからさまな存在感を放つ“円”はピトーを挑発しているようだ。

 

 ……うまいな。さすがカイト。

 

 

 私もシルヴィアを構えた。大きく息を吸う。

 

 

 この場にいる中で一番強いのはカイトだ。

 ピトーの目的はカイト。

 

 ピトーの視線はひたとカイトへ向けられたまま数瞬のうちに飛んできた。

 

 

 

 

 あっという間もなく私の“円”にピトーが入る。

 ――今だ。

 

 

 

 肺いっぱいに溜め込んだ空気を――

 

 

 

 

 

 

 ピトーを斃すという想いを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の魂を――

 

 

 

 

 

 

 

 めいっぱい込めた一撃を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただこのひと吹きに籠める!

 

 ピトーに向かい衝撃波を吹き鳴らした。

 

 

 

 

 硬直し、ぐらりと揺れたピトーの身体が制御を失い、ぎゅるぎゅると地面を削りながら滑る。気を失わせるところまでいかなかったがダメージは与えられたようだ。

 

 

 次の瞬間、カイトが跳んだ。

 

 ガキン!

 鋼鉄同士を打ち鳴らしたかのような硬い音が響き、カイトの攻撃を腕で受け止めたピトーが目をらんらんと輝かせる。

 カイトを見上げ、そしてその視線は私へと動く。

 

「君は……君たちは、強いね」

 

 溢れんばかりの喜びと殺意が籠められた言葉だった。私は何も言わず後ろへと下がった。

 

 

 ピトーはカイトを見据えながら、私の存在も無視できない。ちらっと私を見るピトーの姿に、カイトがお前の相手はオレだとばかりに私への視線を遮り立ち位置を変える。

 ピトーは猫耳と鼻、そして爛々と輝くその目から血を流しながら立ち上がった。シルヴィアの衝撃波の傷跡か。

 少しだけ足がもつれた。が、すぐに何もなかったかのように構える。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、二人は動く。

 

――ガキン!

 

 ピトーの爪とカイトの剣が打ち合わされ、固い音が響く。

 

 間近で鍔迫り合いとなった二人は互いに見つめあう。どちらも壮絶な笑顔を浮かべていた。

 

 ピトーは両手の爪、足、しっぽ、噛みつき、すべてを使って猛攻を加える。対するカイトも二本の剣を自在に操り、すべての攻撃を受けきっているのがさすがだ。

 

 

 激しい攻防の中、衝撃波の怖さを知ったピトーは私への注意も怠らない。私という異分子がピトーの全力をカイトに向けさせない。

 ピトーの殺気を全身に浴びる恐怖を必死でいなして身構える。

 

 

 大きく後ろに飛び退ったピトーがチっと舌打ちしたかと思うと次の瞬間、私にピトーの爪が迫った。

 

 飛びのきながらステップで移動。滑り込むように着地を済ませる。もう一度シルヴィアを啼かせようとしたが、その前にカイトが動いた。

 

 

 私の前に飛び込んできたカイトが、走り抜けざま剣を振るう。

 

 

 

 

 高く宙を舞った右手。

 

 二本の剣を構え油断なく見つめるカイト。

 

 血の噴き出る肩をもう片方の腕で押さえ、蹲るピトー。

 

 

 

 

 

 

 両者の間に、鈍い音をさせて腕が地面に落ちる。

 

 

 原作漫画を彷彿とさせる絵だ。

 

 

 

 

 ただし――宙を舞う腕の主は、変わった。

 

 

 

 感慨深くてため息が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のやることはこれで終わり。

 

 

 あとは。

 カイトとピトー。ふたりだけの時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの戦いは長時間に及んだ。

 

 ピトーの腕が落ちた後、私は少しさがって二人の邪魔をやめた。シルヴィアも消してただ見守る。

 

 

 

 ピトーも、カイトも、互いのことしか見ていない。すでにここを死地と定めたふたりは想いのまま、今のすべてを出し尽くすかのように戦っていた。

 

 

 

 キィン、キィンと剣戟の音が夕陽に染まる森に響く。

 目まぐるしい攻防は、さして戦闘狂でもない私の胸にまで滾るような熱い炎を灯した。

 

 

 

 

 彼らの命をかけたやり取りを。

 

 私は瞬きすら忘れて見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満身創痍のピトーが倒れた。

 静かにカイトが近付く。

 

「ッ……強いなあ……た……たのしかった……」

 

 満足げに呟く。

 

「お前も強かったぜ」

 

 カイトはそう言うとピトーの首の上で剣を構えた。

 

「生まれ変わったら、またやろう」

 

 カイトの言葉は愛のささやきのようだった。

 

「……いい……ね……つぎは……ま……け……な……」

 

 そのまま剣が突き入れられる。

 壮絶な笑顔を浮かべて呟くピトーの瞳から光が失われる。開ききった目は濁ったビー玉のようで、うつろに空を見つめていた。

 

 

 

 




感想ありがとうございます。『待ってた』のお言葉、とてもとても嬉しかったです。
誤字報告も助かります。


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キメラアント編4 「探り」と「削り」

 

 後始末を終え、カイトとともにスタート地点のダン達の泊まる宿へ飛んだ。

 

 『ゴンとキルアをここに退避させ、その後はゴンをホテルから出さない』という厳しいミッションを終えた影ビリカを消し、ゴン達を連れ帰ってからの記憶が私に流れ込む。

 

 うん。原作通り、キルアはピトーの圧倒的な強さに恐れを抱いたようだった。脂汗を流してピトーを凝視するキルアがいた。

 ゴンは戦いたかったのに、その戦いの場にいることすら許されない自分の弱さに悔しさでいっぱいだったみたい。

 

 

 そして、ホテルへ戻ったあとはダンたちも含めて、皆で不安に駆られながら時間を過ごしていた。

 カイトと私の帰りがあまりにも遅くて、ビリカに何度もカイトを助けに連れていけとか、こっそり様子をみてきてとか、言っていたみたいだ。

 

 みんなに、心配しすぎて気がおかしくなりそうだったと切々と言われた。

 

 

 カイトも私も、よってたかってもみくちゃにされた。カイトが笑いながら宥めている。

 ピトーとの激闘はカイトも無傷ではいられなかった。あちこちに切り傷や打撲痕がある。

 カイトのけがの手当ては、アマチュアハンターのスピン達が手慣れた調子でやってくれた。

 

 

 

 

 シャワーで汚れを落とし、けがの手当ても済ませると、私達はやっと落ち着いて話ができるようになった。

 どんな戦いだったか詳しく聞きたがるゴン達に、カイトと私はあの胸の熱くなるような激しい闘いについて話しはじめた。

 

 私には姿を隠して見守っていたシリカやガーデンからポップ越しに見ていた影の記憶もある。『ピトー 対 カイト ちょっぴりエリカ』という対戦のすべてを第三者の立ち位置でも見ていた。シリカが見やすい位置に移動しながら見ていたから、映画さながらの全方向立体ビューは迫力があった。

 

 何度見ても熱く魂を揺さぶる、美しくも激しい闘いだった。

 

 

 

「じゃあ、エリカの予知のオレとの戦いみたいに“発”を作ることもなかったってこと? なんでだろ?」

 

「王がまだ生まれていないからだろう」

 

 ゴンの疑問には、カイトが答えた。

 キルアはずっと厳しい表情で動かない。キルアのことは気になるけど、彼の問題は今すぐ解決できることじゃないから、そっとしておくとして。とりあえずゴンの疑問に答えることにしよう。

 

「ゴンと戦った時とは時期が違うから、ピトーの状況も違うってことだよ」

 

 

 原作で、ゴンの危険性を感じたピトーは“発”で死後の身体を操りゴンに攻撃をしかけた。今回もそうなるかと思っていたんだけど、ピトーはやけに満足げに死んでいった。

 

 この時点のピトーはまだ精神的に幼く、自分のことしか考えていない。

 他の護衛軍も王もまだ生まれておらず、巣にいる者は自分より弱い個体しかいない。

 

 ピトーは自分の強さに酔っているような節があった。強い敵と戦ってみたいとか、戦利品を集めたいとか、もっと強くなりたい、戦いを楽しみたい、なんて。自分の欲望に忠実に生きていた。

 

 まだ護衛としての自覚がなかったのだと思う。

 王が生まれて、初めて忠誠心が芽生え、王を守るために力を使うようになる。

 

 ゴンとの戦いで新しい“発”を発揮させ、死後も動き続けてゴンを斃そうとしたのは、王の身を案じたから。

 王の脅威となるかもしれないゴンを殺そうとした。

 

 

 守り仕えるべき王に会う前の、今のピトーには、そこまで思いが及ばないのはしかたのないことなのかも。

 

 

 現実でのピトーは、王の誕生前に、強敵との戦いで実力を出し切って死んでいった。また戦おうとカイトと約束を交わして……

 

 戦うものとしては、幸せな終わり方だと思う。

 

 

 カイトも、納得のいく戦いだったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 これで原作は大きく変わった。

 カイトは死なず、ゴンがゴンさんになるほどの想いはなくなった。

 ピトーが死んだから、ピトーの多彩な“発”もない。護衛軍は3匹から2匹に減った。向こうは大打撃だろう。

 

 

 ううん。

 先のことはわからないけど。

 今は、私の……みんなの兄貴、カイトがあの壮絶な闘いを生きて終えたことにただただ安堵するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 私達の会話は、扉をノックする音で終わった。

 

 扉を開けると、そこには私達の待ち人、ネテロ会長がひとりで立っていた。

 

 

 カイトが会長を促して中へ招き入れる。入れ替わりにスピン達はこちらを気にしながら部屋を出た。

 部屋には、ネテロ会長、カイト、私、ゴン、キルア、ダンが残された。

 

 

「さて」

 

 今までの話をする前に、ネテロ会長が切り出す。

 

「エリカ。君の能力について今一度確認したい。わしがここへ連れてきたのは、誰じゃ?」

 

 なるほど。

 予知能力なんてマユツバすぎるものね。念能力は“何でもあり”だから、信じないことはないけど、自分たちが納得できるところまで確認しておきたいんだろう。

 

 登場人物の名前を覚えていたことを内心感謝しつつ、私は口を開いた。

 

「モラウさんとノヴさん。あと彼らの弟子を、ゴン、キルアと競わせてました」

 

「ふむ。あっておるの。……入ってくるがよい」

 

 会長が扉の方へ声をかけると、二人の男が部屋へ入ってきた。スーツを上着まできっちり着こなした優男と、筋肉がぎっしりつまったグラサン男。

 ノヴさんとモラウさんだ。

 

 

 

 

 席につき、お互いにそれぞれ自己紹介をすませると、これまでの出来事についてカイトと私が説明した。

 NGL内の状況についても。

 それから、護衛軍のひとりを斃したことも。

 

 

 

 そして、“予知能力”で見た未来のこととして、今後起こりうる出来事を話した。

 

 

 私はキメラアント編のこの先の記憶が飛び飛びだ。

 それに全部話せばいいってわけじゃない。

 

 だから彼らに話した内容は

 

・王はネテロ会長より強い

・王の側近は三匹(一匹はすでに斃した)

・念能力者を好んで食べていて、食べることで強くなる

・王が生まれれば東ゴルトーへいく

・巣分かれによって蟻達がバラバラに動きだし、周囲に被害が広がる

・東ゴルドーでは、ピトーの能力で操った党首の遺体がテレビで会見する(ピトーが不在の今はどうなるかわからない)

・国民を呼び寄せて“選別”と称して念を覚えさせ、生き残ったものをキメラアント化させていた

 

 

 その先、どうやって解決したかは話していない。ネテロ会長が死ぬことも。“貧者の薔薇”のことも。

 だって前提条件が変わってきてるんだもん。彼らの判断に任せようかと思ったのだ。

 それに、「貴方が死にます」って言うのもなんだしね。

 

 それは、もう少しあとで言おうと思っている。

 

 

 

 

「この能力はまったく制御できていないので、私が見たいものが見れるわけじゃありません」

 

 予知ということにしているけど、私が知っているのは原作に出てくる知識だけだ。

 だからそれを証明しろと言われてもできない。

 それについてしっかり説明しておくべきなのだ。

 

「これが一番問題なんですけど。一度見た予知をもとに未来を変えたとして。それによって生き延びた人の未来は見れないんです」

 

「ふむ。つまりここで死ぬはずだったカイトの未来は二度と予知できないと言うことかの?」

 

「まあそんな感じです。制御できてないんで確実なことは言えませんが、一度死を予知して回避した先は本当に見れたためしがないので。なのでこの先は既に変わってしまっていますが、もう新しい予知はありません」

 

 私の説明に、ネテロ会長は少し考え、そして。

 

「ふむ。ではキメラアントに関わることで、カイトの件以外に今までに何か変えたことがあるかの?」

 

「最初に未来を変えたのは、ハンター試験の時です」

 

「……ずいぶん前の話じゃの」

 

 うん。もう1年半も前だもんね。すごく昔のことに思える。

 

「四次試験で受験者同士、ナンバープレートを取り合うという試験の時。合格するはずの人を狙って彼のプレートと彼のターゲットのプレートを取りました。彼がハンターになれば死ぬ未来が見えたので」

 

 彼――ポックルがキメラアント編でどういう運命を辿るか、たんたんと説明する。

 

 脳をちゅくちゅくのあのシーン。

 説明を聞いた誰もが凄惨な拷問の話に眉を顰めた。

 

 

「念に目覚める一般兵は殺したんじゃな?」

 

「はい。ですが王の側近は、能力の詳細を知らずに生まれながらに念能力を持っていました。

 彼らのもとへ届く人間は加工された肉団子の状態でしたから、“レアもの”が自分と同じ能力者なのだと知らなかったんです。

 ポックルは薬の造詣が深くて麻痺毒を緩和して意識が戻り、逃げようとしたことでかえって彼らの目に触れてしまいました。

 同じように、生きたままの“レアもの”を見れば、きっと念を知ろうとするでしょう。攻撃することで念に目覚めることに気付けば原さ……予知の通り一般兵まで念能力に目覚めることになることは変わらないかもしれません」

 

「NGLにも念能力者はいるでしょうしね」

 

 ノヴさんがため息まじりにそう言った。

 

「うむ。麻薬組織のものか。裏に堕ちた念能力者には強力なものもおったじゃろうの」

 

「表向き入国できずとも、すべての国境線を閉鎖できるわけじゃねえしな」

 

 モラウさんも苦い表情だ。

 

「それに閉鎖前にすでに幻獣ハンターがNGLに何チームも入っているようなんです。予知で見たポックル達もゴン達より先にNGLにいました」

 

 原作でポックルはプロハンターで念能力者になっていた。一緒にいたメンバーはアマチュアハンターだけど、他にもチームがいたみたいな描写があったような……

 そうすれば他にも念能力者がいた可能性は高い。

 

「ふむ。すでに入国しておるハンターのことは、諦めるしかあるまいの」

 

「ええ。ハンターは自己責任です。殺されたならそれは己が弱かっただけのこと」

 

 ノヴさんが突き放すようにそう言った。

 

 

 

 しばらく考えていた会長が、私に問いかけてきた。

 

「王の側近は3匹。うちピトーはもう殺したわけじゃが。女王は側近をまた生み出すかの?」

 

「いえ、すでに女王のお腹には王がいます。他のものを生み出す余裕はないかと」

 

「ではエリカの予知より兵隊らは弱いと思ってもいいかのお」

 

「エリカやカイトの働きで、側近の一匹を殺せただけでも上々でしょうね、会長」

 

「あとはNGL国境線沿いの警備についてですが」

 

「バルサ諸島へのハンターの入国は制限をかけておる。カイトから報告があったでの、こちらである程度以下の実力のものははじいておる」

 

「この街でもダンが張っています。自分より弱いとダンが感じたものは追い返しているはずです」

 

 ちらりとダンを見ると、しっかり頷いてくれた。

 

「追い返すのも骨が折れるでしょう?」

 

 ノヴさんが苦笑する。

 

「弱え奴は来るなって言われてもよ、そう言われて自分の事だと思うような奴はハンターなんぞになってねえよな」

 

 モラウさんも笑う。

 まあそうなるよね。私だって自分では弱い弱いと言いながらも、実際「お前弱いから」って言われたら反発するよ。

 それくらいの矜持は持っている。

 ハンターなんて自分の身ひとつで生きる職業なんだから。

 

 ダンには苦労をかけてるよね。

 

 

 

 

 

 

 

 原作どおり、ゴンとキルアは今後の戦闘への参加権を得るため、ノヴさん達の弟子と闘うことになった。

 カイトはその監修をしつつ、ダンと同じくこの街の警護に入る。

 カイトの仲間達は情報収集に努める。

 

 巣分かれが起きればこの街や他の国境線沿いにある街や村も危険になる。ここにカイトやダンがいることはこの街の安全のためにもなる。どこかで怪しい危険生物の目撃情報があれば、彼らが斃してくれるだろう。

 

 

 私は、ノヴさんの助手としてネテロ会長と行動を共にすることに。

 

 いったん分かれることとなった私達は、拳をあわせ、それぞれの成功と再会を誓いあった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、彼らに見送られ、私、ネテロ会長、ノヴさん、モラウさんの四人はまずNGLの検問所へ向かうことになった。

 対外的に会長達もNGLの入国の記録が必要だからね。

 私達が入国した際に、検問所近くの死角になる場所にポイントを登録しておいたから、そこまではジャンプで連れていける。

 

 のだけど。

 こいつら、でかいのだ。

 

 ネテロ会長は私と同じくらいの身長しかないけど、ノヴさんモラウさんはカイト並みの高身長でしかも横幅もある。

 一人で持ち上げてもいいんだけど、影の存在も既に教えている。せっかくだから影ふたりも動員することにした。

 私が会長を持ち上げ、ビリカがノヴさん、シリカがモラウさんを持ち上げる。そして検問所前までジャンプした。

 

 

 

 その後、対外的にはNGLにいることになっている私はステップで検問所の先へ移動して彼らを待ち、入国してきた彼らと再度合流。

 またついて来ようとする監視員を振り切って人目のない場所まで走り、そこから影を動員してピトーと戦ったあの高台の森の中へとジャンプした。

 

 

 

 

「まずいの」

 

 会長が巣を見ながらつぶやいた。

 視線の先には、巨大な巣の外に立つ人影。ピトーの代わりに、もう一人の護衛軍、ピンク色の髪の蝶っぽい方の奴がいた。

 名前は覚えていないけど、頭のいいキャラだったと思う。あと、催眠効果のある鱗粉を振りまいてたかも。

 もう生まれていたのか。

 

 ここまで離れていてもわかる。

 ピトーと同じ。濃密で恐ろしいオーラ。彼も、とても強い。

 

「あれはワシより強いかもしれん。エリカの言ったとおりじゃったの」

 

「会長よりも強いですって? 御冗談を」

 

 ノヴさんが反論する。

 私もそれは言いすぎだと思う。だって私のフォロー付きだけどカイトはピトーを斃したんだもの。相性はあるだろうし苦戦もするだろうけど、決して勝てない相手じゃない。

 

「それが本当ならハンターは誰一人太刀打ちできない道理になってしまう」

 

「ワシが念使いで最強だったのは半世紀以上も昔の話じゃよ」

 

 強い敵に怯むわけではなく、ただどう戦うべきかと考えているネテロはすでにただの一人の武闘家に戻っている。

 

「でも()るんでしょ?」

 

 モラウさんが苦笑交じりにそう言った。

 

「静かに一匹ずつ、消していきましょう」

 

 ノヴさんはそう言うとにやりと笑い、足元の地面からずずずとモラウさんの巨大パイプを取り出した。

 

 

 

 

 

 キメラアントは5つの階級で構成されたピラミッド社会だ。

 女王の下に直属護衛軍がいて、その下に各師団長がいる。

 師団長が複数の兵隊長を従えていて、兵隊長の下に一般兵の戦闘兵や雑務兵がいる。

 

 このピラミッドの構図は王が生まれると少し変わる。

 王と直属護衛軍が独立していくのだ。

 

 女王と師団長以下の蟻達はそのまま巣に残り、一定の周期でまた次の王を産む。

 独立した王は護衛軍を連れて放浪しながら様々な生物と交配して次世代の女王を産む。産まれた女王はまたどこかに巣をつくり、新しい王を産むためたくさんの兵達を産み出し……

 

 と、どんどん増殖していくわけだ。

 

 

 この連鎖を止めるためには王を産む前に女王を斃さなくてはいけない。

 だけど、女王は無数ともいえるほどの多数の蟻が守っている。

 

 

 私の予知(原作知識)では王が産まれてしまったけど、できることなら女王を斃して王の誕生を阻止したい。そうすれば少なくとも東ゴルドーでの事件は起きない。

 そのためにはまず女王を守る兵を減らしていくしかない。

 

 女王の討伐が間に合わず王が誕生してしまい、巣分かれしたとしても、ここに残った蟻を掃討することにはかわりない。女王を斃さなければまた次の王が産まれてしまう。

 

 どちらにしても、巣にいる蟻の数を減らしていくしかないのだ。

 

 

 

 いきなり巣を攻撃するわけにはいかない。

 うじゃうじゃいる蟻が解き放たれると周囲の被害が酷くなるから。

 

 じゃあどうやるのか――

 

 「探り」と「削り」。

 

 敵の戦力を把握し、そのうえでそれを減らしていく作戦だ。

 

 ノヴさんとモラウさんに同行して巣を見下ろせる崖の岩棚に開いた洞穴に陣取る。

 モラウさんの煙が周囲に広がり、私達の姿を隠してくれる。

 私は煙の中を彷徨う蟻に向けて“さざなみ”を奏でる。暴れる奴には“野の春”を。恐怖に立ちすくむ敵をモラウさんの煙が誘い込み、ノヴさんのマンションへ誘導。

 マンションに誘い込んだ蟻の殲滅は私達に手伝わせなかった。会長が身体を温めたいからと言って一人で斃すことを望んだのだ。

 

 

 ノヴさんのマンション、モラウさんの煙。そして私の呪曲。そして最強の会長。

 なんだか凶悪なハメ技になっている。

 

 マンションに引き込んだ蟻を会長が斃し終わるまでにまた獲物を見つければ、モラウさんの煙で誘い込み、シルヴィアの衝撃波で斃し、まだ息のあるものがいれば影が止めを刺している。そして死体は煙の人形と私の影がマンションへ運び込む。

 

 ずいぶん数を減らせたと思うんだけど、巣からはまだまだ蟻が出てくる。女王を斃すために巣に乗り込めるのはいつになるのか。

 

 先の長さについため息がでる。

 

 

「みんな修行はどこまで進んでるんでしょうかね」

 

 ゴンとキルアは原作どおりナックル達と果し合いの試験を出された。カイトとダンはその修行を見ている。

 

 ゴンはカイトが生きているから原作ほど追いつめられてはいない。

 だけど、あのピトーとの戦いの場にいられなかった悔しさをバネに必死で修行に食らいついているらしい。キルアも同じく。

 

「すぐに追いつきますよ。だってゴンもキルアも天才ですから」

 

 ほんと。漫画やアニメで見ていた頃よりも、実際そばで見ているとより一層実感する。天才ってすげえって。

 

 何年もかけて、しかも影で修行時間をドーピングしているのに。私は彼らの成長に追い立てられている。

 

 まだ私の方が強い。だけど追い越されたらもうきっと届かない。あとは遥か高みに行く彼らの背中が遠ざかるのを、指をくわえて見送るしかない。

 

 だから私も必死で前を向いて走るしかないのだ。彼らに追いつかれないように。

 

 

 ほんと……天才ってずるい。

 

 

 




感想ありがとうございます。すんごく嬉しくコメント読ませていただいてます!
個別にレスできずすみませんが、これだけ。

>ステップでオーラ消費するの?
念ではありません。オーラではなく、もっと根幹的な精神力を使っています。
立ち上がったり歩いたりするだけで身体は微量でもエネルギーを消費しているわけです。オーラであれ魔力であれ神力であれ霊力であれ、体内にあるエネルギーであることはかわりません。
ステップを最初に試したのが3歳児だったので顕著に気付いただけで、普段は意識せずに使ってます。
このあたりはもっと先で説明します。


>エリカの“発”多すぎじゃね?
これも理由があります。詳しくはもう少し先で出てきます。

※キメラアント編長くなりましたので副題ちょっと変更しました。


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キメラアント編5 王の誕生

 

2000年 6月 12歳

 

 蟻の巣を見下ろす崖の岩棚に開いた洞穴とノヴさんのマンションとホテルの風呂を往復する日々を過ごすうちに誕生日が過ぎて12歳になった。

 こっそり影と交代してガーデンに入り、メリーさんとラルクにお祝いしてもらった。

 

 そんな毎日を続けていたある日――

 

 

 悪魔みたいな青の肌と黒い翼を持つキメラアントが白旗を振りながら飛んできて、緊張が走る。

 

 

 

 

 身構える私達に、たった一人でやってきたキメラアントはこう言った。

 巣に残った兵が降参するかわりに女王の怪我を治して欲しい、と。

 

 キメラアントのコルトの話では。

 王は女王の腹を突き破って産まれてきた。内臓の損傷が激しい女王を気遣うそぶりも見せず、女王の容態を気にするあまり王の命令を無視した兵隊蟻を殺したらしい。

 あげく、瀕死の女王を見捨て、護衛軍を率いて巣を出ていったのだとか。

 

 女王は私達の殲滅対象なのだけど、腹部に酷い損傷をうけた女王はもう子を産む力はない。出産能力のない女王は無害な存在だ。

 だから、コルト達が降参する代わりに、彼女の治療を頼みたい。

 それがコルトの依頼だった。

 

 

 ああ、とうとう王が産まれたんだ。

 研究チームの学者が想定していたよりもずっと早い誕生だった。

 

 間に合わなかった。

 あやふやな原作知識では時間経過がよくわからなかった。これでも急いで間引きをしてきたのに。

 

 やはり原作通りの流れになるのか……

 

 

 

 

 コルトの言葉を信じ、彼を連れてネテロ会長と合流することに。

 

 

 キメラアントの王が誕生した。

 その報告を会長は重く受け止めた。どうやら覚悟を決めたようだった。

 

 長い髪をぶちっと切り落とし、「心」Tシャツを身に纏う。

 そして裂帛の気合と共に“練”を放った。

 

「コルトくん。おぬしも念が使えるそうだが、王を間近に見た経験を踏まえて忌憚のない意見を述べてくれ給え。

 どうかな? ワシと王を比べて」

 

 ネテロ会長の本気の“練”は針で肌を突き刺されているかのような強いオーラだった。

 

 だけど――

 コルトの回答は残酷な事実を告げる。

 

「おそらく王に触れることさえできないだろう。その前に殺される。直属護衛軍達にな」

 

 「この年で挑戦者か」と呟き好戦的な笑みを浮かべた会長が、研究チームを巣へ向かわせるよう指示を出し、「古い知人に会いにいく」と出て行こうとする。

 

「会長」

 

 後ろ姿を呼び止めた。

 

「会長。私の予知の話なんですが。もう一つ、見えてることがあります」

 

 キメラアントの報告の際に予知のことも伝えている。

 新しい予知にみんなが緊張の面持ちでこちらを見た。

 

「何が見えたというのじゃ?」

 

「小さなバラを体内に埋め込む会長が見えました」

 

「っ」

 

「それ、使わないでください」

 

 原作で“貧者の薔薇”を身体に埋め込むことをいつ決めたのかはわからないけど、刺し違えても王を斃そうと考えている会長なら、いくつかの案の中に薔薇のことも既に検討していたはずだ。

 現に会長は私の言葉の意味がわかっている。

 

「小さなバラときたか……どこでそれを知ったんじゃ」

 

 “貧者の薔薇”は独裁国家やテロリストが使って大被害をもたらした『持ち運べるサイズの大量破壊兵器』だ。ぴりっと空気が凍ったのがわかる。

 

「だから先天的能力だって言ったじゃないですか。制御できないんですってば」

 

「今の言葉の意味を、わかっとるんじゃな」

 

「はい。あれは、だめです。王とその側近も死にますがこの国の人も何十万人も死にます」

 

 話が読めず、周りで聞いていたものたちが息を呑む。

 

「しかしの、エリカ。こうでもしなくてはあの王は倒せんのじゃ」

 

「会長、全盛期のあなたならどうですか?」

 

「なんじゃと?」

 

 鞄から……といいつつ倉庫から、クリア報酬のバインダーを取り出す。

 一枚のカードを出して『ゲイン』。カードは消え、手の中には薬瓶が残った。

 

「グリードアイランドのクリア報酬です。『魔女の若返り薬』と言います。一粒飲めば1歳若返ります。知識や記憶はそのままに、身体だけが若返ります。この瓶に100粒入っています。

 会長、貴方がこれを飲めば全盛期の身体に戻れるんです。

 王、倒せませんか?」

 

「これを、ワシに飲めと?」

 

「はい。まだ会長には生きていてほしいんです」

 

 横で聞いていたノヴさんも一歩前へ出た。

 

「会長。私からも頼みます。その薬に本当にそんな力があるのなら、ぜひ、ぜひそれを飲んでください」

 

 モラウさんも一歩前へ出る。

 

「会長が全盛期の身体を取り戻せば、“念使い最強”の頃に戻れんだろ? ならあんたなら勝てる。オレもあんたに死んでほしくなんてねえ」

 

「……ぬしらの気持ち、受け取ったぞい。ありがたく、使わせていただこう」

 

 会長が、薬瓶を手に取る。

 一気に飲み干されたら困るから急いで声をかけた。

 

「間違えて飲みすぎないでくださいよ。全盛期ですよ、全盛期」

 

「わかっておる。……60粒、貰おう」

 

 皆が見守るなか、会長は瓶のふたを開け、ざらざらと手にとり、瓶を私に返すとまず50粒をいっきに飲んだ。

 

 変化は劇的だった。

 

 細い身体は分厚い筋肉に覆われ、背も30センチは伸びた。120歳の会長が50粒飲んでも70歳のはずだけど、4,50歳ほどの壮年の姿に見える。

 

「っ!」

 

 オーラに圧倒されたみなが後退る。

 

 “纏”もまとわず、ただ垂れ流されるオーラは身体から立ち上る炎のように揺らめいていた。

 圧倒的強者が、人類の頂点が、そこに立っていた。

 

「ふむ。あと数年か」

 

 身体を確かめるように拳を握ったり開いたりしていた会長がそう言葉にだす。手のひらに10粒乗せて差し出すと、一粒ずつ、目を閉じ、噛みしめるように飲み下す。

 もう一粒。

 そして、もう一粒。手のひらの粒があと3粒となった時。

 

「ふむ……“練”」

 

 ぶわりと総毛だつ。

 

 一番近くに立っていた私は息もできずに腰砕けに崩れ落ちた。浴びせられたオーラにガタガタと震える。

 みなも引きつった表情をうかべ、距離を取っていた。

 

「コルトくん。これで、どうじゃな?」

 

 振り向けばコルトはかなり後ろ、部屋の隅まで飛び退って、天井の角にぴたりと張り付き、恐怖の面持ちで会長を凝視していた。

 

「つ……つよい。王も、あなたも、強いと思う。だが、俺にはそれ以上のことはわからない。あまりに強く、俺には違いがわからない」

 

 その回答に満足したのか、会長は壮絶な笑みを浮かべた。

 

「すまんの、皆のもの。少し時間を貰うぞい。みなは手はずどおりにの」

 

 会長はそう言って外へ出ていった。

 57歳若返った身体に馴染むため、これから修行に入るんだろう。

 

 遠ざかる会長の背を黙って見送る。

 ……会長の身体から立ち上るぶ厚いオーラの層に、立ち上がることもできなかった。

 

 

 

 

 モラウさんが大きな手を私の頭にのせた。

 

「礼を言う、ありがとうなエリカ」

 

 会長と付き合いの長いモラウさんやノヴさんが、ネテロ会長に生きていて欲しいと思うのは当然だよ。

 

「いえ……」

 

 これで会長は王と互角に闘えるだろう。

 こういう介入ってよくないかもだけど、でも、会長にはまだ死んでほしくないんだもん。

 『今の会長では敵わない』のなら『人類最強だった頃の会長』を王にぶつけてやれ、ってのが私の作戦だ。

 

 何があっても会長は王と闘う。それはもうきっと変えられない。ネテロが、武闘家が本気で戦えるチャンスを逃すはずがないんだから。

 自分が死んでも、それで満足なんだろう。

 

 だけど。

 武闘家としては死んで満足だけど、ハンター協会会長としては王を生かしておけない。最悪でも相打ちで終わらせなくてはいけない。

 そのための“貧者の薔薇”だ。

 

 だから、私はネテロ会長のために『魔女の若返り薬』を選んだ。これで会長は思いきり戦えて、うまくいけば助かるかもしれない。

 

 57年若返った彼は、『人類最強だった頃』のままじゃない。

 120年生きた経験を持った『人類最強』だ。

 長年技術の研鑽を積み重ね、戦いの場に身を置き続けた、知識と経験に培われた老練さをそのままに、肉体だけが全盛期まで若返ったのだ。

 

 グリードアイランドのカードの効果効能のすごさは超一流ミュージシャンとなった私が身を以って実感している。悪影響を及ぼすなどありえない。増えた身長分の筋肉や骨とかどうなってんの? なんて不安がることもない。

 

 今の身体に慣れるまで調整に時間はかかるだろうけど、間違いなく過去の彼を超えた『人類最強』のはず。

 

 きっと王に勝てる。そう、思う。

 

 それでも、王に届かないとなれば。やっぱりバラを使うんだろう。

 あとは会長の考え次第だ。

 

 私のやれることはもうやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長を見送った私達は、研究チームと合流して、器材を持ち込むため“四次元マンション”経由で巣の近くまで移動し、コルトの案内で巣へ入った。

 ノヴさん、モラウさんの弟子も同行していた。一昔前のヤンキーみたいなナックル、細身で気弱そうなシュート。

 ゴン達は彼らに負けたようだ。原作よりも強くなっていたんだけど、“発”の相性が悪かったかも。

 落ち込んでいなければいいんだけど。

 

 

 

 キメラアントのコルトに案内され、ここ10日ほどずっと外から眺めてきた巣の中へ入る。

 

 思った以上に広い空間を、私達は奥へとすすむ。

 

 コアラや牛、クマっぽい兵士長達がコルトを待っていた。

 驚いたのは、蟻たちがみなとても理性的だったこと。

 

 王が護衛軍を連れて巣を出たあと。

 本来なら女王の下にいるべき他の蟻達も、瀕死の女王を見限り、それぞれ巣を出ていった。

 

 人間と混じった蟻は盲目的に上に従うという蟻の本能など無く、それぞれが自分の欲望のまま行動している。

 あるものは王になるため。あるものは残虐な行為を楽しむため。あるものはたらふく食べる餌場を求めて。

 

 残っているのは理性の高いものだけだった。

 

 彼らは女王の治療と引き換えに自分達の処遇を私達にゆだねた。この先自分達がどうなるかわからない不安を感じながら、静かに待っていた。女王のことを気遣う彼らの姿に、心が揺れる。

 

 治療に全力を尽くす研究チームの医師達を見守る。

 

 研究チームは医療器具をしっかり準備してきた。

 瀕死の女王の姿にみな息を呑んだ。王は腹を突き破って産まれてきたらしい。漫画で見たあのサイズの王が無理やり出てきたなら、そりゃあこんな風になるか。

 腹部はほとんど残っておらず、息の絶え絶えな女王は、それでもまだ生きていた。

 

 破壊されつくした臓器を取り出し、人工臓器に変えていくという医療スタッフの説明に、コルトが自分の臓器を使ってくれと懇願する。

 

 言葉を話せず、代わりに信号を発して意思を伝える女王の想いを、巣に残った蟻が私達に通訳してくれる。

 

 女王は息子の心配ばかりしていた。

 無事に生まれたか、欠けた部分はなかったか、死に瀕した自分のことより愛する我が子のことばかり気にしている女王。

 

 女王の我が子に対する深い愛情を感じて、何とも言えない感情が溢れてくる。

 

 

 ああ……

 ポックルや他のたくさんの人達を無残に殺して食べた奴なのに。

 

 でも。

 女王には悪意なんてなかったんだ。

 

 ただ、生き物としての当然の行動だっただけ。大きくて食べ応えがあって栄養価が高い食料がごろごろしてるんだもん。丈夫で元気な子を産むためならそりゃあ食べるよね。

 

 それに対して怒るなら、豚や牛にとって人間ってキメラアント以上に酷い生物だ。捕まえて無理やり交配させて育てて喰うんだから。

 

 そこに悪意があるわけはないのだ。

 

 ただ己の種族の存続を望む生き物。

 

 

 原作を読んでいた英里佳だった頃の私は、カイト派だった。だからキメラアントがみんな嫌いだった。

 なんて酷い奴らだと、そう思ってた。

 

 彼らのシーンは飛ばして読んでいたくらいだ。いい人っぽい描写なんて見たくなかったし、彼らを好きになりたくなんてなかった。

 だってそれじゃあカイトがあまりにも可哀そうじゃん。カイトが好きだった英里佳は、それが許せなかった。

 

 いっそ、酷い奴らのままでいてほしかった。

 

 

 

 だけど彼らはただ生きていただけだった。

 

 もちろん悪意を持って残虐に人を殺して楽しむ奴らもいた。だけどそれは彼らが人を食べて悪人の心を受け継いだから。

 キメラアント自体には食欲と種の保存の本能しかない。

 

 

 

 

 バッグから椅子と二胡を取り出す。

 もうきっと女王は助からない。でもせめて痛みを紛らわす手助けになればいい。

 

 きびきびと治療を続ける医療チームの横、邪魔にならない場所に椅子を置き、私は静かに二胡を奏でる。

 “ほむら”の楽曲が巣のなかに広がっていく。

 

『これは……痛みが安らぐの』

 

 女王の感謝の気持ちが伝わってきた。

 ごめんね、女王。

 私は、やっぱりあなたが嫌いです。

 

 だけど、安らかに眠ってください。

 

 

 

 やがて。

 王の名を、『メルエム』という名をあの子に伝えてと想いを語った女王は静かにその生を終えた。

 

 『また守れなかった』と慟哭するコルトの言葉に、ノヴ達もキメラアントに人間だった頃の記憶があることを知る。

 そして……

 

 

 

 女王の内臓の残骸から小さな小さな赤ん坊がコルトの手によって取りだされた。

 

 『この子はオレが守る』と涙を流すコルトの姿に、私達も絆された。『コルトとこの赤ん坊が今後決して人間を食べないと誓えるなら、オレが守ってやる』とモラウさんが宣言した。

 

 彼女が悪人でないことを祈るばかりだ。この生真面目なコルトが大切に育てるんだから、きっといい子に育ってくれるはず。

 どうか、どうか、この新しい命が健やかに過ごせますように。

 

 

 

 

 

 私も、この子とコルトのこれからを見守りたいと……そう、思った。

 

 

 

 



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キメラアント編6 東ゴルドーへ

 

 

2000年 6月 12歳

 

 巣に残っていた融和派のキメラアントを保護し、当面の居場所を用意する。ハンター協会の上層部であるモラウさんやノヴさんがその辺りのヤヤコシイ処をしっかり処理してくれた。

 

 コルトの証言で、護衛軍の2匹の名前を教えてもらえた。

 ピンク蝶がシャウアプフ。プフ様とかシャウ様とか呼ばれていて、青い方がモントゥトゥユピー。ユピー様と呼ばれているらしい。そんな名前だったような……うん、覚えていないや。

 

 プフはとても頭がいいらしい。何か実験のようなものをしていたがよくわからなかったと言っていた。

 ユピーはとにかく強いらしい。

 

 コルトは女王を見捨てた彼らを恨んでいるけど、仲間と言う意識はあるため、それ以上の証言はできないと言われた。

 

 

 そのかわり、巣を出ていった蟻のうち、攻撃的で残虐な性質を持つものの姿かたちや能力についてしっかり証言を貰え、その情報をハンター達で共有した。

 

 コルト達のように人だった頃の記憶があり比較的温厚な性質を持ったキメラアントからすれば、奴らの存在はやっかいだ。

 彼らが無秩序に暴れることにより、キメラアントという種族すべてが排斥される原因になりかねないのだから。

 被害が大きくなる前にハンターが斃してくれるならその方がありがたいと思っているらしく、コルト達も協力を惜しまなかった。

 

 

 その後、私達は周囲に散らばって暴れているキメラアントを掃討しつつ、王の情報を集めた。

 

 

 街中に現れ、周囲を包囲した警察隊を何人も切り刻み、『もっと速い奴を連れてこい』と言って逃げ去った豹のようなキメラアントのニュースを見て、私達もそこへ向かった。

 

 草原のなか、怪しいオーラを感じたモラウさんが警戒しろとハンドサインを出す。

 私もシルヴィアを構えた。

 

 モラウさんの煙の中をまるで散歩でもするようにゆっくり現れたのは……怪しいピエロだった。

 

「ヒソカ!」

 

 驚いて名を叫ぶ。

 

「やあエリカ♦ 面白い話を教えてくれてありがと♥ さっそくやってきたんだけど」

 

 ヒソカはそう言いながら手に持っていたモノをこちらへ放り投げる。

 ごろりと転がったモノは豹のようなキメラアントの首だった。

 

「速くってわりと楽しめたけど。まさかこんなものだけじゃないよね?」

 

「えっと、まだ上がいる、けど……」

 

「そう、よかった。じゃあ話してもらうよ♥ どこに美味しいのがいるのか」

 

「エリカ」

 

 私達の会話を聞いていたモラウさんが私に声をかけた。目はヒソカから離さない。うん、めっちゃ警戒してる。

 禍々しいオーラを放ち、ニヤニヤ笑いを浮かべたピエロ。

 ヒソカって“ぼくすんごい怪しい人です”って看板下げてるような人だからね。

 

 小声で「同期のハンターでヤバい奴で強い奴です」とざっくり説明すると「そうか」と頷いた。

 

「誘っておいてなんだけど。……ホントに来たんだ。ハンター協会から依頼受けた?」

 

「もちろん♥」

 

 ……嘘っぽい。

 

「さあ話しておくれよ♥ 君が一番詳しそうだ」

 

 どうしよう。王はネテロ会長の獲物だ。ってか蟻殲滅のためにヒソカの強さは頼りになるけど、東ゴルドーに来られて現場をかき回されるのは遠慮したい。

 

「護衛軍はあと二匹。どこにいるかは(正式には)不明。その前にバラけてはっちゃけて街を襲っているキメラアントを退治しなきゃなんだけど」

 

「ふーん。まあいいや。楽しめそうなのいるかな♠」

 

 コルトから聞いた上位種の情報を提供する。わかっている能力は教えて、全域に散らばっているから場所の特定はできていないと話していると、各地の自治体や警察から寄せられた蟻の情報がわかるハンター専用サイトをモラウさんが教えていた。

 

「ありがと♥ 君も美味しそうだけど……あとでまた会えると嬉しいな」

 

 モラウさんに向かってそう言うとヒソカはそのまま歩いていった。

 

 

 ……ヒソカに教えて大丈夫だったかな。

 

 まあヒソカは放し飼いにしておけばいいや。きっと勝手に動いて高笑いしながらアリ退治してくれるはず。

 

 お願いだからハンター狩りはやめてね、ヒソカ。

 

 

 

 

 

 キメラアントによる被害が広がっている。

 

 バルサ諸島から海を泳ぎ、ヨルビアン大陸へ渡ったキメラアントもいる。ニュースで未確認生物による被害について大々的に報じていた。

 

 ヨルビアン大陸って私の戸籍があるサヘルタ合衆国も含まれる。神字の勉強のために借りたマーリポスのフラットもそこにある。バッテラさんご夫婦や神字の師匠達は無事だろうか? 心配だ。

 

 でも。きっと各地でハンターによる討伐隊が組まれるだろう。心配だけど、私は彼らの無事を祈り、ここでやるべきことをやるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 東ゴルドーを監視していたハンターから連絡があった。国家首脳陣の動きがおかしいらしく、やはり“予知”通り王が東ゴルトーの宮殿を占拠したのかもしれない、という話だった。

 私達は東ゴルドーへ行くことになった。

 

 

 途中でカイト、ダン、ゴン、キルアとも合流する。久しぶりに彼らの無事な姿を見れてほっとした。カイトのチームのスピン達アマチュアハンターはこれ以上は危険になるため、本拠地へ戻っていった。当分は休暇がてらゆっくりカイトを待つらしい。

 

 合流地点には初対面のパームも一緒だった。

 

 ……ノヴさんと同行していた私に対するパームの目がめちゃくちゃ怖いんですがどうすればいいでしょうか……

 夜、夢に出てきそうな怖さだ。ノヴさんは男前だけど、まだ12歳の私からすればオジサンだよ? と言いたいところだけど、なんか常識が通じなさそうなヤンデレ感をビシバシ感じます。怖いです。ほんと。

 

 急いでノヴさんから離れて一番近くにいたゴンの横に行こうと……したらすんごい殺気が飛んできて、キルアとダンの後ろに隠れた。怖えぇぇ、なんなのあの人。

 あ、そうだった。ゴンとパームはヤンデレラブコメやってた、確か。

 

 

 食堂に入り、食事を摂りつつ、打合せをする。

 

 

 ピトーの能力で操作していた東ゴルトーの総帥がいないため、ニセモノの演説で国民に呼びかけるという手は使えない。

 ……と考えていたんだけど。

 

 食堂のテレビでは、『東ゴルドー、デイーゴ総帥が体調不良のため総帥の座を降りる事と、10日後に首都で開催される建国記念大会にて後継者の初披露と政権譲渡宣言を行うため、国民全員参加を強く呼びかけた』とのニュースを取り上げていた。

 総帥デイーゴの映像は現在のものか判断がつかないものが流れ、国民に呼びかけているのは総帥の嫡男と側近数人の姿。

 

 ピトーがいないため、総帥の影武者を用意できず、側近達を暴力と金や権威で味方につけたのかもしれない。

 あるいは操作系能力で側近達を操っているのか。

 

 

 

 

 ニュースによると宮殿に全国民が集まる『建国記念大会』は10日後。

 

 融和派筆頭キメラアント、コルトの話では、おそらくそこで“選別”が行われる。

 『選別』なんて言葉で飾っているけど、やることは念能力者が殴って強制的に念に目覚めさせるってこと。

 いきなり精孔を開くとオーラが流れだしてしまう。体内のオーラを出し尽くす前に制御を覚えられれば念能力者になれるが、失敗すればそのまま死ぬ。

 こんな乱暴なやり方で念に目覚めるのは、ほんの一握りの者だけだ。

 

 一般人のうち“念”に目覚めるものはほんの一握りに過ぎない。9割どころか、99%の国民が死ぬことになる。

 東ゴルドーの人口は500万人ほど。その99%が、死ぬ。

 

 そんなもの、許せるわけがない。

 なんとしても阻止しなくては。みんなの意見はひとつだった。

 

 

 タイミングを見計らったかのように、ネテロ会長から指令が入った。

 

 『二手にわかれて護衛軍を王から引き離してくれ

  決行は 大会前夜0時ジャスト』

 

 私達の決戦の日が決まった。

 

 

 

 

 

 またそれぞれ別行動で首都へ向かうことになった。

 

 道中の村々の様子を知るため、分散して秘密裡に移動するゴン達。慣れない土地でキメラアントとの戦いになるだろう危険な仕事だ。

 

 彼らは原作よりも修行が進んでいて強い。でも、カイトの死と言う悲劇を回避したことでゴンは必死さが足りない気がする。

 キルアの頭に刺さったイルミの針もたぶんまだそのまま。

 彼らがここを生き抜けるかは、まだ、わからない。

 

 でもそれは私もおなじこと。

 この先は、誰が死んでもおかしくない。

 

 彼らはゴンとキルア、カイトとダン、ナックルとシュートの三組に分かれて移動するらしい。

 お互い、また会おうぜ、死ぬなよ、という強い想いを込めてそれぞれと拳を打ち合ってわかれた。

 

 

 

 ノヴさん達は政府関係者を通して高官の誰かに手を回し、亡命を餌にできる限りの現在の軍部情報などの情報を集めようとしていた。宮殿に残っている高官達の一覧や宮殿の見取り図も手に入れようとしているらしい。

 私とパームはノヴさん達と同行。

 

 

 パームのことはヤンデレだったことしか覚えてない。計画に必要だからと能力を教えてもらえて、めっちゃ焦った。

『直接目で見たことのある相手の現在の動向を水晶に映して見ることができる』

ってすごくない?

 え? 私も見られていた? ノヴさんの傍をうろちょろする女はパームに敵視されるから、もしかするともう“見”られているかもしれない。

 ガーデンがばれてない? 大丈夫?

 パームに会ってから一度もガーデンに入っていない今のうちに確認すべきだ。

 

 すんごく内心ばっくばくになりながらもう少し詳しく聞いてみる。

 

 彼女によると、調べるたびに自分の血が必要なことと、水晶を置いて覗き込むために移動しながらは難しいこと、それからノヴさんの“四次元マンション”のような念空間にいる時には見えないこと、などを教えてもらった。

 

 ……セーフ!

 めっちゃセーフ! だってガーデンも念空間だから見えない、よね? よね?

 

 あ、でもマンションにいない時に私が見えないと、じゃあどこにいるんだって話になるよね。

 実は私の念空間にいるんだけど、あの嫉妬深いパームのことだから、ノヴさんの“四次元マンション”の別の部屋をトクベツに用意してもらってトクベツな関係になってて、とかさ、斜め上の想像されて余計に恨まれる可能性も?

 きゃあ怖い。

 

 キメラアント編が終わるまで、本体がガーデンに戻るのは禁止だ。

 うん。先に気付いてよかった。ほんと。

 

 

 

 私とパームがこちらチームに入っているのは理由がある。

 私がこちらチームに残ったのは、ジャンプとステップを駆使して宮殿近くまで行くため。

 

 パームは決行日よりも前の段階で王と護衛軍2匹を直接“見て”、彼らの動向を監視し、効果的に分断させそれを継続させるため。

 だけど王は人前に姿を現さない。忍び込むしかないのだ。侵入できる方法を彼らは考えている。

 この辺り覚えてないから原作でどうやったか私は知らない。でもキメラアント編の被害者はポックル達とカイトのあとは、ネテロ会長だけだったはず。だからパームも大丈夫なはずだけど、心配でならない。

 

 

 

 

 そして。

 私は作戦の合間、ノヴさん、モラウさんにビシバシ鍛えられていた。

 “隠”と“絶”の技術を高めるために。

 

 

 東ゴルドーの宮殿に忍び込み、みんなを送り込むためのジャンプポイントとノヴさんのマンションの出口、入り口を設置するための訓練だった。

 

 当初はノヴさんが行くつもりだったのだけど、ノヴさんが“絶”で隠れながら荒野を進むより、私の影が“隠”と“絶”でステップを使って進むほうが相手にバレにくいうえ、距離も稼げる。

 失敗して捕まったとしても衝撃で消えるから、拷問されて情報を向こうに取られる心配がない。

 

 ノヴさんは念能力者として私なんかよりずっと技術が上で、彼が“絶”をして気配を殺していると目の前でされても、お? って思うほど存在感を消せるんだけどね。

 “隠”付きの影が“絶”をするほうが隠密性に優れているのだ。

 

 敵は人外で、恐ろしいほどの探知能力を持っている。彼らの目を欺くことは難しい。

 でもさ。私の(ステップ)だと、遠くからでも見えていさえすれば飛べる。遠くから双眼鏡で覗いても“見えて”いるから“飛べる”。だって神サマがくれたそういう能力だから。

 

 

 私のステップは、神サマに頼んで与えてもらった能力だ。

 “見た場所へ飛ぶ”。

 この、“見た”というのは、どこまで許されるのか。

 裸眼だけしか認められないのか。サングラスやゴーグルは? 視力矯正が入る眼鏡はいいのか? レンズが良いなら双眼鏡などもアリなのか?

 もし眼鏡すら許されないなら、少しでも視力が落ちればこの能力の優位性は激減する。

 ステップとジャンプは私の生命線だから当然調べたさ。

 

 わかったことは、『管理者サマってけっこうサービスがいい』ってこと。

 

 『視界の届く範囲』という能力は環境にかなり左右される。だけど、その効果を十全に発揮できるように工夫を凝らすことは許されているらしい。

 

 まず、度なし伊達眼鏡やサングラス、フルフェイスヘルメットは問題なくステップできた。

 これはありがたい。肌をさらけ出せない環境ってあるものね。毒や粉塵だらけの場所とか、灼熱、極寒の地とかさ。

 

 次に、暗視ゴーグル。

 これも大丈夫だった。『視界の届く範囲』という能力は夜にはかなり視野が狭まるんだけど、暗視ゴーグルをつければ多少は視界が広がる。

 

 次に度の入った眼鏡。これも大丈夫。

 レンズで視界を広げることが許されるならこれもいけるだろうと双眼鏡を覗いて遠くへ(ステップ)してみると、これもできた。

 

 ただし、いずれにしてもしっかりディテールまで見えていないと飛べない。

 

 ちなみに監視カメラは駄目。機械を通すのは駄目らしい。双眼鏡はレンズだから視界を伸ばす工夫の延長という位置づけなのかOKなのだ。

 

 ガチガチな縛りじゃなくてよかった。

 たとえば魔法のある世界にいって、視力を伸ばせる呪文を覚えるとかそういうのもできるだろう。ゲームみたいにスキルがある世界で“鷹の目”のような遠くを見渡せるスキルを取得するってこともあるかもしれない。眼鏡がダメならそれもダメってことだものね。安心した。

 

 固有スキルにはいろんな制約がある。

 だけど創意工夫を凝らすことは、許されている。

 

 管理者サマ、担当者サマ、ありがとう。

 いろいろ言いたいことはあるけど、それでも、まあ、感謝も、してます。

 

 

 

 

 

 と、まあ、そういうわけで。

 

 私の影が敵に察知されないよう宮殿に近づき、ジャンプポイントを設置する。

 でもそれだけでは足りない。

 大人数を一斉に送り出すためには、影が行って設置したポイントに、その後ノヴさんを連れていって彼のマンションの出入口もつくらなくちゃいけないのだ。

 

 

 ということで、影の“隠”と“絶”をより極め、彼らにすら気付かれないほどの隠密性を身に付けるべく、毎日オーラを使い切るまで徹底的に訓練している。

 “円”と“隠”を鍛えたビスケの修行同様、彼らの指摘は的確で厳しい。

 

 

 “絶”は身体から溢れるオーラを体内に留める技術だ。気配を絶つこともできる。その上で、より存在感を薄めさせるための呼吸法や歩法などの技術を叩き込まれた。

 それから周囲の危険を察知する方法。身を隠して偵察する仕事も私が請け負うため、気配を殺してじっと動かない訓練や、何をどのように観察し、どこを調べればいいのかなどの着眼点なども教わる。

 

 “隠”は自力では訓練が難しい。自分の“隠”は本人には見えているから。こればかりは影との訓練ができないのだ。だってどっちも私だから。互いの“隠”は互いに見えているんだもん。

 だから一緒に“凝”と“隠”を互いに高めあう相手との訓練が必要なのだ。それをパームがやってくれた。パームは先輩だし、師匠がノヴさんで鍛えられているから技術が私より上なのだ。

 

 私はミジンコを見るような侮蔑の視線を浴びせながら敬語を崩さず罵倒の言葉を吐くノヴさんと、合間合間に優しく宥めつつ、もっとできるだろって煽るモラウさんに手のひらで転がされながら必死で彼らに食らいついて鍛えた。

 

 ノヴさんとモラウさんは彼らの“発”からもわかるように、こういう工作活動に長けている。その彼らの指導を受けられたのは幸運だった。習熟度があがりぐいぐい技術がこなれていくのがわかる。

 合間合間に戦闘のほうの指導もしてもらえて、体力気力はギリギリだったけど充実した毎日だった。

 

 

 

 いつでも宮殿へ行ける、という準備をすすめつつ、私達は修行だけしていたわけじゃない。

 

 

 情報も集めているし、医療チームを呼び寄せる準備をしたり、万が一の際の飛行船を用意したり、みんなの食料を用意したり、と雑務も多い。

 

 ……テレビで、各地で暴れるUMAが謎のピエロに斃されたというニュースをやっていたんだけど……ヒソカ、絶好調です。

 どうぞ東ゴルドーには来ないでね。ハンターサイトには東ゴルドーのことは情報規制しているから、気付いていないとは思うんだけど。

 誘っておいて決戦の日のことを知らせないことに罪悪感を感じるんだけど、彼は劇薬すぎて……なんだか便利使いしているようで気が咎めるし、後で知った彼の怒りを買うのも怖い。どうすべきかと悩むこの頃だ。

 

 

 

 その頃。

 

 宮殿内に残っている高官が娼婦を呼びつけているらしく、パームを潜入させるために工作するかという案がでた。

 宮殿内に入れば護衛軍や王の姿を見る機会もあるかもしれないだろう、と。

 

 原作でもそうやって侵入していたんだろうか? 飛ばし飛ばししか読まなかった過去の自分を後悔している。しっかり覚えていないことが悔しくてならない。

 でも、この戦いではネテロ会長以外死ななかったはず。

 だから、大丈夫だと思う。

 

 危険な任務ゆえに、予知は見えないか、とノヴさんに確認された。

 見えていることが少なくて、と言いつつ、もう一度考えてみる。

 思い出せ。思い出せ、エリカ。

 

 

 キメラアント編で当日のことで覚えているのは。

 

 プフが集まった民衆の上で鱗粉を振り撒いて、催眠状態になってた

 仲間たちが分かれて護衛軍と戦うこと

 ゴンとピトーが1対1で戦って、ゴンが“ゴンさん”になって、ピトーが死ぬこと

 ネテロ会長がゾルディックのお爺さんの龍を使ってなんか派手な登場をした気がする

 会長と王は龍で移動して戦う

 王との戦いで死ぬ前に“貧者の薔薇”を使って、王が瀕死になること

 王と王に触れた護衛軍の二匹が毒に冒され死ぬこと

 王が死ぬときに人間の女の子と会話しながら死んでいく?

 それをパームが泣きながら見てた?

 

 ん? 分断して引き留めているはずの護衛軍がどうして王の所にいるの? モラウさん達を振りきって追いかけた?

 王と会長が戦う場所は宮殿とは離れた場所だったはず。そこに護衛軍が迎えに行って、王と一緒に戻ってきた?

 

 ゴンはカイトを治してもらうために単独でピトーと戦ったんだったと思う。これは、カイトが生きているからもうないよね?

 

 人間の女の子って誰だっけ? なんか将棋みたいなことをしていたような気がするんだけど、王のシーンは飛ばしてたから知らないんだよね。

 

 

 

 カイトショックで圧倒的キメラアントアンチになっていた当時の私はキメラアント達の描写シーンはほぼ抜かしてたし、戦闘シーンはグロを恐れてちら読みだった。

 特にキメラアント編は戦闘シーンが長かったし連載も長期化しててしかも休載も多いし、『キメラアント編終わってからチェックでいいや』くらいで読んでなかったのだ。

 ネットの掲示板で『ゴンがゴンさんにwww』と言う書き込みを見て、なんのこっちゃとネットに流れる画像でピトーの最期を知ったくらい。

 

 うーん。わかんない。

 

 死ぬまでの時間、語り合ってた、よね? んで、それをパームが泣きながら見てて。おでこに水晶がついてて……ん?

 

 

 そこまで考えて、パームを見る。おでこに水晶?

 

「何? 何なのよ! ひとをじろじろ見て。私の顔になんかついてんの!?」

 

 攻撃的な話し方でパームが突っかかってくる。私はつい、呟いた。

 

「いや。おでこに水晶がないなって」

 

「はあ?」

 

「どうしたんです? エリカ。予知のこと、なにかわかったんですか?」

 

 ノヴさんに聞かれて、やっと頭が回りだす。

 

「パームのおでこに水晶がついてました」

 

「……はい?」

 

「おでこに水晶が埋まってて、青い鱗のある手で片目を隠して、それで泣きながら王の最期を見届けて」

 

「待て待て、待ちなさいエリカ。意味が分からない」

 

 虫食いだらけの記憶を話すと彼らは余計に混乱した。うん、私も混乱している。ノヴさん、モラウさん、パーム、私の4人で限られた情報から推察する。

 

 ・パームは人じゃない何かになっていた

 ・人の時に持っていた能力をパワーアップさせた感じの能力か?

 ・王の死を悼んでいることからパームは王の傘下にくだった?

 

のような推理のうえで、パームは捕まり、キメラアント化されて王の配下に加わったのではないかと結論づけた。

 

「キメラアント化って結局のところどうやるんでしょうね?」

 

 王のDNA的な何かを注入すんのかな? なんて呟くとノヴさんも険しい顔をした。

 

「王か、護衛軍のどちらかが、精神干渉系の能力者なんでしょうね」

 

 キメラアントの性質上、王の部下は直属護衛軍だけで、それ以外の蟻は厳密には主従関係ではない。何匹かは王へ付いていったものもいるだろうけど、全面的に信頼できるわけじゃない。

 

 だけど“選別”の上でキメラアント化された人々は、おそらく王の意のままに操られる兵隊となる。

 そうして始まるのは全世界へ向けての侵略だ。

 もし500万人の“選別”がすべて終われば。99%が死に、1%が念に目覚める。単純計算で5万匹のキメラアントが産まれてしまう。

 

「させてたまるかってんだ」

 

 モラウさんががるるとばかりに唸る。

 

「パームを送り込むのはやめておきましょう。向こうの戦力にされると迷惑ですから」

 

「はぅ……」

 

 冷たいノヴさんのコメントにパームがなんだか感に堪えないといった風情で身体をくねらせている。ちょっと上級者すぎて怖い。

 

 まあ、そんなわけで、パームの潜入計画は実施されないことに決まった。まあパームは私より強いから戦力としてもじゅうぶん期待できるわけだし。

 

 

 

「会長がゾルディックの先代の龍で宮殿へくる、ですか」

 

「ど派手にやってくるぞ、あのじーさん」

 

「会長ですもんね」

 

「そんだけ注意を引いておきながら『分断せよ』ってんだからな」

 

 ふたりは乾いた笑いを浮かべている。この人達、いつも会長に振り回されているんだろうな。

 

「とにかく我々は当日に向けて準備するしかありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡命を餌に元幹部から得た情報を精査し、ミッションの準備をすすめつつ、私とパームの修行に明け暮れること数日。

 

 “隠”の技術はかなり上がった。一般人には決して見えず、念能力者でも生半可な“凝”では私の“隠”を超えられない。

 気配の殺し方もうまくなった。

 

 私が“隠”を切らさなければ誰にも見えるはずはないのだけど、万が一“隠”を解除してしまうことも考え、荒野に最適化した迷彩服を用意した。

 薄茶の迷彩服に薄茶の靴、頭も迷彩ヘルメット。髪を纏めて迷彩マフラーで首から口元を覆えば、荒野に佇む私の姿は風景に紛れて見えにくくなった。

 さすが軍用品。素晴らしい効果。

 

 視覚的にはこれでじゅうぶん。たとえ私の“隠”を上回るほどの“凝”の巧者が相手でも、周囲に溶け込む迷彩柄が私の姿を隠してくれるだろう。

 成功の可能性をより引き上げるための準備だ。

 

 そして敏感な虫の臭覚を誤魔化すため、数日前からシャンプーや石鹸を天然素材の無臭消臭系の物に変えた。

 

 “絶”の技術もずいぶん上達した。気配は殺せる。

 ステップで進めば足音は最小限。

 

 

 “隠”+“絶”の影による荒野スニーキングミッションの最終試験で、1メートルずつしかステップできない縛りで『だるまさんがころんだ』をやり、ノヴさんにもモラウさんにも気付かれず、彼らにタッチすることができた。

 

「時間はかかりましたが、やればできるじゃないですか」

 

 という褒めてんだか何だかなしょっぱいお褒めの言葉をノヴさんから頂き、ひとまず目的値に達したということで訓練は終了した。

 うちの影はninjaになったのだ、うん。

 

 

 



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キメラアント編7 スニーキングミッション

 

 

2000年 7月 12歳

 

 キルア達から『選別はもう始まっている』との連絡が届いた。どうやら村人の遺体が多数埋められているのを見つけたらしい。

 “選別”とは念能力者に殴らせて国民に強制的に念を覚えさせようという儀式だ。その被害はおそらく数百万人に上る。

 私達は“選別”は『建国記念大会』の場で行われると思っていた。だから当日前夜のミッションで彼らの死も回避できると考えていたのだ。

 

 言われてみれば。

 確かに人口500万人もの国民すべてを大会の期間内に選別するのってかなり大変な作業になるよね。念能力者が一人ずつ殴っていくわけだもの。

 

 だから、国民が自主的に首都に向かって移動していくのと並行して、キメラアントの“選別”部隊が村々を回り、死亡した村人を人知れず土に埋めて証拠を隠していき、能力者になれた者は宮殿へ運ぶというやり方は理にかなっていると言える。

 

 

 すでに被害が広がっている。国民がたくさん死んで、数少ない選別の合格者は念能力者となってキメラアントの兵力に加わる。

 

 今この時にも、たくさんの人々が殺されていると聞いて、黙っていられるわけはない。

 

 できればそんな酷いことは阻止したい。

 殺されていくたくさんの命を、見殺しにしたくはない。

 

 連絡をくれたキルア達はすでに何度も交戦してキメラアントを斃し、人々に危険を伝えて村へ帰るよう誘導しているらしい。

 

 

 

 私達が会長から受けた指令は、ミッションの日、王を独りにさせるよう護衛軍を分断させて抑え込むこと。

 本来なら、ミッション決行日までは、敵側に警戒されないよう私達は存在感を消して潜んでいるべき。

 

 

 なのだけど。

 

 何ら罪のない国民達が何百万人も死ぬことを、ただ見ていることなんてできない。

 モラウさんが「俺はキルアのやり方に賛同するぜ」とさっさと宣言し、理性的に耐えるべきと言うシュートやノヴさんも、他の面々の思いに引きずられた。

 

 キルア達の動きで、国民達に動揺が広がっているらしい。村人達の大量の遺体が見つかったこととクーデターが起きたという情報が広がっていると協力者となった官僚から連絡があったのだ。

 

 

 情報を隠滅できる段階は過ぎた。ならこちらも呼応すべきだ。

 私達は、彼らの“選別”の邪魔をするため、首都へ到着した人々に『未確認生物に洗脳された兵士があなた達を騙している』と訴えかけて危機感を煽り、村へ戻るよう説得することにした。

 

 この国は独裁制軍事政権国家で、国民に対する情報規制も厳しく、施される教育も『国に従うことこそ正義』なわけだ。

 大多数の人は私達の言葉に耳を傾けることもなく街に留まった。むしろ私達の言葉を『集会直前の、忠誠心を測る試験』だと捉え、保身のため、私達を固く拒んだ。

 

 私は『超一流ミュージシャン』の“人の心を動かす声”を最大限に利用して、上層部への不信感と危険感を煽るよう、めいっぱい“聴かせ”るように“語って”みせた。

 少しでも被害を減らしたいという真摯な想いを精一杯の言葉に託し、聴衆へ語り聞かせる。

 

 根気よく語りかけていくと、街を離れて生まれ故郷へ戻っていくものも増えた。

 

 

 

 各地の騒動が広がると、次期総裁の声明がスピーカー放送で全域に流された。

 

『不穏分子による反逆行為が発覚した。同胞諸君は敵畜生の流言飛語に踊らされることなく、私の指導に従うが良し! 全員戸締りを厳重に行い外出を控えるように』

 

 大音量で流される言葉に、国民達は建物の中に閉じこもって街にはひと気がなくなる。代わりに増えたのは、私達を殺そうとやってきたキメラアントだった。

 

 コルトから聞いた残虐な性質を持つ師団長クラスはあと6匹残っていて、それぞれその下に兵隊長と兵隊蟻がいる。兵隊蟻はさほど強くないし、判断能力もなくただ上の命令に従うだけのものだけど、師団長や兵隊長は強くて念能力者、危険な“発”を持っている。

 

 襲ってくるのなら、ミッション当日までにここで少しでも敵の数を減らしていこう。

 

 モラウさんが首都全域を煙で覆う。

 首都を戦場とした私達のかくれんぼ+鬼ごっこな殺し合いは激化した。

 

 

 シルヴィアの衝撃波は格下には無類の強さを誇る。

 つまり、雑魚掃討戦はシルヴィアの狩場でしかない。師団長クラスや兵士長はともかく一般兵蟻ならひと吹きで斃せてしまう。

 

 効果範囲が“円”の中だけという誓約のため、シルヴィアを構えている私は常に“円”状態だ。今考えると、能力を考える時に“円”を絡めると決めた事はすごくいい考えだったと思う。

 混戦時に、無辜の人々に誤爆しなくてすむから。

 

 “円”で周囲を窺うと、オーラの強弱がわかる。

 一般人の微弱な気配を省き、一定以上のオーラを放つ者だけを狙う。“絶”で気配を隠している者でも、私の“円”の習熟度より低い“絶”なら見つけられる。

 

 今この街にいる能力者は敵か味方しかいない。

 味方にはちゃんと護符を渡していてシルヴィアの餌食にはならないから、安心して衝撃波を放てる。

 

 私はモラウさんの煙に守られ、敵の気配の多い場所へステップで飛んでは衝撃波を放つという作業を繰り返している。煙人が斃した蟻の処理をしてくれる。

 

 師団長クラスはモラウさん、ノヴさん、パームが戦って、それぞれ斃していた。特に敵の耳目となって情報を伝えていたトンボの蟻を斃せたのは大きい。

 

 

 

 

 そろそろ宮殿へのスニーキングミッションを行うことになった。

 

 原作でピトーはアメーバみたいな粘着質で不定形をした“円”で宮殿とその周辺全域を取り囲んでいた。

 ピトーがいない今の護衛軍がどの程度の広さの“円”を使えるのか、それを確かめなくてはジャンプポイントも設置できない。

 

 影の隠密性についてはノヴさん達のお墨付きも貰えたのだ。ノヴさんのマンションのための念陣を設置する前段階として、頑張ってこよう。

 

 

 

 

 

 

「気を付けてな、頼んだぜエリカ」

 

「ダブルは死にませんが、見つかれば決行の妨げになります。くれぐれも無理をしないよう着実になさい」

 

「わかりました」

 

 ノヴさんとモラウさんの激励を受け、双眼鏡を首から提げた全身迷彩服の影を生み出す。“隠”と“絶”の隠密バージョン影の姿はノヴさん達には見えていない。

 

「頑張ってね」

 

 頷く影がステップで遠ざかる姿を、うまくいきますようにと心から願いながら送り出した。

 

 

 

 

 

 

 首都と宮殿の間は広い荒野が続いている。

 影の私が向かったのは、この首都にある隠れ家から屋根伝いに進んだ一番高い塔のてっぺんだった。

 

 その頂に立つと、遠くに広がる荒野が見下ろせる。

 そこに、小さく見えるのが宮殿だ。

 宮殿は人里離れた荒野の中にぽつんと立っている。他者の侵入を拒むため、まわりには遮蔽物が少ない。

 

 それでも何の手も入っていないような荒れた大地は多少のでこぼこがあり、ちょうどよさげな岩山がいくつか見える。

 

 深く深呼吸をして、心を落ち着ける。

 スニーキングミッションのはじまり、だ。

 

 双眼鏡で宮殿を見る。“凝”でわかるのはその中心付近を“円”が囲っていることくらい。

 

 狙いを定め、いきなり近付かず、もう少し手前のちょっとした岩山を狙って、(ステップ)。

 

 さっと景色が変わり、私は荒野に立っていた。静かにしゃがみ込み、周囲を見回す。

 緊張でどきどきと激しく打つ鼓動を鎮める。

 

 “絶”は気配を絶てるが、身体のオーラをすべて内側にしまい込むため、無防備になる。“絶”をしながら“円”はできない。だから“円”に頼らずに周囲の敵の気配を察知しなくてはいけないのだ。

 神経を研ぎ澄ませ、自然のなかにある違和感を探す。

 そして、ノヴさんに教えてもらった呼吸法を意識する。空気に溶けるように。個としての自分を周りの岩肌に溶け込ませる。

 自分の気配を消したまま、“凝”で怪しいものはないか確認する。

 

 

 静かに。動かず。焦らず。

 じっと見つめると視線を感じる者もいる。何か一つを注視することなく視界を広げ、漠然と全体を大きく見渡すように、“見る”。

 

 ……私に気付いたものは、ない。

 

 

 影は分身だけど私そのものだ。自分が影分身だと理解していて、ここで殺されても死なないとわかっていても。

 感覚も精神も“怖がりエリカ”のままなのだ。

 

 圧倒的強者のいる敵の本拠地に、単身、無防備な“絶”状態で忍び込む。

 この、恐怖。

 ひとりきりで、自分は弱くてもろい身体一つで。

 

 

 失敗すれば仲間達に多大な迷惑をかけてしまう。私の尻ぬぐいで、誰かが命をかけなくてはいけないかもしれない。

 

 絶対に失敗したくない。

 いや。失敗なんか、するもんか。

 

 いける。いける。私は大丈夫。

 

 

 

 静かに深く息を吸い、ゆっくり吐きだす。

 もう少し前の岩山へ向けて(ステップ)。

 

 

 もう一度周囲をそっと伺ってから、前方を見下ろす。

 宮殿全体がよく見えた。

 

 

 ノヴさん達が亡命を餌に高官から仕入れた宮殿の見取り図をしっかり覚えてきた。

 頭の中の見取り図とここから見下ろす宮殿の外観を突き合わせる。

 

 正門が私から見て右側にある。

 建物をぐるりと取り囲む外側の塀は侵入を警戒してか、正面にしか門がない。

 とはいえ塀の高さは2メートル程度。念能力者にとってはなんの障りにもならない高さだ。

 

 正門を通ると広い庭園がある。大きな樹が数本生えているのが見えた。

 

 正面玄関のある横長長方形の前棟は中心が開いていて中庭がある。

 その奥に中央塔が建ってて、奥が後棟。

 後棟からは中央塔を挟むように翼が出ていて、そこに右塔、左塔がある。

 

 基本的な建物は2階建て。そしてその屋上は兵が哨戒するために歩き回れるような造りになっている。

 

 中央と左右にある塔は3階建てで、中央塔の3階が“玉座の間”。

 

 “玉座の間”のある中央塔には中庭や庭園が見下ろせるベランダがあって、私達なら余裕で2階屋上から跳び上がれる高さだ。

 

 “凝”で見ると、中央棟の周辺に、“円”が見える。

 ぞわぞわと怖気が押し寄せるような、おぞましく粘つくオーラ。

 

 原作では、ピトーが宮殿全体を覆うほど広い“円”で侵入者を阻んでいた。でも、もうピトーはおらず、他の護衛軍は“円”が得意ではないのだろう。

 今、中央塔を中心に広がる“円”はそれほど広くない。

 

 おそらく、プフとユピーには巨大な“円”が使えないのだろう。

 

 

 

 さあ。仕事を済ませよう。

 震えそうになる身体を意志の力で抑え込む。

 

 大丈夫。大丈夫。

 

 

 

 細心の注意を払って跳んできたここは宮殿を見下ろせる場所だ。姿を隠して監視するのに適したちょっとした草むらまである。

 宮殿の左側から2階屋上や中央塔のベランダもはっきり見える理想的な場所だ。

 宮殿までの距離もそこそこあり、敵に気付かれにくい良い場所だと思う。

 

 ここならノヴさんの「念陣」も作れるし、当日私が数人抱き上げて直接ステップで『ダイレクトお邪魔しますアタック』も可能だ。

 

 緊張で震える身体を押さえつけ、そっと口を開く。

 

「ポイント1登録“左側”」

 

 息を止め、静かに身を潜める。ジャンプポイントは宣言が必要だから、声を出す瞬間、めちゃくちゃ緊張した。敵にはとんでもなく耳のいい蟻がいるかもしれないのだ。

 

 

 息を潜め、身体を低く保ち、存在を無に近付ける。

 

 周囲の気配はどうか? 風は? 音は? 臭いは? 変わったことはないか?

 やがて、誰も私を見ていないと確信し、そっと息をつく。

 

 

 次は宮殿後方の岩山へ(ステップ)で移動して(ポイント2登録“後ろ”)を、宮殿を挟んで反対側、右側のもう少し後方付近にある同じような高さの岩山へ(ポイント3登録“右側”)を、右側前方付近に(ポイントB登録“右前”)を、1番に戻って左側の正面近くに(ポイントA登録“左前”)を設置した。

 

 これで第一段階は成功だ。

 5ヶ所のどこからでも、私のステップなら宮殿のどこにでも跳べる。仲間達を抱き上げて跳べばあっという間に王に迫れるだろう。

 

 

 できれば建物の中にもポイントを付けたい。

 そう思い、もう一度宮殿を見下ろす。

 “左前”の岩山からは前庭が良く見えた。

 

 奇妙な樹木に巨大な実が成っていて異様なオーラを放っている。気になって双眼鏡でじっくり見てみると、繭のように見える。

 これは……キメラアント?

 

 1本の樹に数百もの繭が成っている。それが10本。

 “選別”された人間の繭か。孵れば念能力を持つ人間兵器として王の手先となって人類に牙を剥く存在。

 悍ましさにぞっとした。

 

 決行日を無事終えれば彼らも助けてあげられるのだろうか……

 今はどうしようもないけど、なんとかできるか、研究チームにもこのことを報告しておこう。

 

 

 

 でも、できれば建物の中にもジャンプポイントを作っておきたい。

 

 “凝”で周囲を注意深く調べる。中央塔の“円”から外れていて、キメラアントのオーラも感じない。

 中庭か、左塔の付近から侵入してみるか。

 

 

 

 

 

 いや、決行の時間は深夜0時なのだから、夜間の宮殿の見え方も調べるべきだろう。

 

 一度報告がてら隠れ家に戻って、深夜にもう一度来よう。

 

 

 私は、そう結論づけると荒野から消えた。

 

 



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キメラアント編8 決行

更新予約忘れてました。


 

 

 ノヴさんの“発”『四次元マンション』の能力はすごく便利だ。

 安全な待機場所としても使えるし、マンション内を移動することで転移のかわりもできちゃう。

 

 私のジャンプと同じであらかじめ設置してある場所へしか移動できない。

 任意の場所に設置した「念陣」を入り口として、マンションの各部屋へ人や物を転送することが出来る。入り口と出口は別で、マンションから出るための出口はまた別に「念陣」を設置しなくてはいけない。

 入り口用「念陣」と出口用「念陣」を別の場所に設置することで疑似的な転移能力になっているというわけ。

 

 

 今回の作戦に必要なマンション出入口は――

 

 宮殿敷地内の、できるだけ「玉座の間」に近い場所に「出口」を数ヶ所作る。その「出口」に繋がる「入り口」を、少し離れた宮殿の全景が見渡せる場所数ヶ所に作る。同じ場所に首都の「入り口」から繋がる「出口」を作る。

 

 これで首都で集結したメンバーを当日一番都合のいい場所から宮殿へ送り出せるようになる。

 

 

 

 その『少し離れた宮殿の全景が見渡せる場所』に、私のジャンプポイントがある。

 ポイントを設置した影が消えて私の頭にその経験が流れ込んできた。

 

 さっと見取り図を開き、ポイントを設置した場所を書き入れる。

 

「戻ってきました。この5ヶ所にポイント設置しています。後ろはともかく左右の四ヶ所は中央塔にじゅうぶんステップできます。

 “円”の大きさは中央塔の3階を中心に、このくらいまででした。それから、この庭園に……」

 

 と偵察してきた情報をノヴさん達に説明する。

 

 

「なるほど。ご苦労さまでした。いい判断です、エリカ。ここからステップで行けるなら無理に建物の中まで侵入する必要はありません。王の強さは我々とは一線を画します。博打は必要ありません」

 

「ええ。あとは深夜にどの程度灯りを点けているか、ですね」

 

「当日はおそらく煌々とつけているでしょう。500万人が移動するのに何時間もかかります。どうせ前日あたりから動かせるはずです。照明があればステップも余裕だと思いますよ」

 

 それもそうか。なら深夜でも問題なく見えるよね。

 これからノヴさんを連れていって念陣を描いてもらい、その後も数時間おきに偵察にでるつもりだ。その時に夜の状況も確認できるだろう。

 

「キルアからの連絡で、人間の時の記憶が戻ったキメラアントと仲間になったそうです。その二匹をあわせて、当日宮殿に乗り込むメンバーは12名。エリカとダブル2名の3人だけで移動させるのは時間がかかりすぎます。できれば庭園か、屋上の端にでも出口を置ければいいのですが」

 

 12名かあ。

 

 私は未だにちみっこいけど念能力者だから数トンくらい平気で持ち上げられる。

 (ステップ・ジャンプ)は空間を跳ぶけど身体が動くわけじゃないし、持ち上げる仲間達も全員念能力者で身体能力に長けた者ばかりだ。

 多少無茶な体勢でもお互い転移すると理解してさえいれば移動時に取りこぼす心配はない。

 中国雑技団かよ、とかトーテムポールかよってツッコミたくなるような持ち上げ方でも抜群のバランス感覚でしっかり姿勢を保てちゃうのだ。

 だから一人が3か4人持てばいいだけなら、何の問題もないよね。

 

 ただ、マンションの出口もあれば万全だと思う。

 

 マンションの出口は王に近い程良い。でも、見つかってしまえば意味がない。キメラアントに出待ちなんてされた日には、こちらの計画がすべて無駄になり、仲間達が危険にさらされる。

 だから、屋上やベランダへ直接跳ぶのは私のステップで行き、それ以外のメンバーが庭園から建物に入るという形でいこうと決まった。

 

 

 

 

 

 夕方、向こうの様子を見て安全を確認したあと、ノヴさんを抱き上げてもう一度跳んでいく。1,2,3,A,Bの岩山に「首都と繋がる出口」と「宮殿内出口に繋がる入り口」の念陣を描き入れる。

 

 そして事前の打ち合わせ通り、庭園の正面玄関近くへ(ステップ)。

 

 ここまで近づくと宮殿の中に強いオーラの持ち主がいることがわかる。

 

 ビリビリと肌を刺す、強き者達の気配。

 とてつもない緊張感と恐怖感だった。

 

 そっと降ろしたノヴさんが念陣を描く間、周囲を窺う。

 

 私は影だから死なない。それに捕まえても拷問に掛けられる前に消滅する。だけど、ノヴさんは別だ。彼が捕まれば、どれだけおぞましいやり方で情報を搾り取られるか。

 だから絶対ノヴさんを連れて帰らなきゃいけない。

 

 いつでもノヴさんを抱き上げられるよう身構えながら周囲を窺う。

 

 

 ノヴさんのハンドサインをうけ、彼を抱き上げる。ここでジャンプの宣言の声を上げる愚は冒せない。外塀を見て(ステップ)。

 塀に片手で取り付いて身体をぐっと持ち上げる。遠くの荒野を見て(ステップ)。

 そして。

 

「ポイントCジャンプ」

 

 私達は、次の瞬間、隠れ家にいた。

 モラウさん、パーム、本体の出迎えを見て、ほっと息をつき、ノヴさんを降ろした。

 

 

 

 

 

決行日前日

 

 分かれて行動していた仲間達が集まってきた。

 

 みんなの無事な姿を見てほっとする。それぞれ大変だったらしいことはそのボロボロの服が語ってくれる。

 

 キルアはどうやら無事イルミの針の呪縛から抜け出したようだ。憑き物が落ちたようにすっきりした表情を浮かべている。よかった。

 

 それから仲間に加わったキメラアントのふたりも紹介してもらった。

 

 カメレオンっぽい姿のメレオロンと、タコにしか見えないイカルゴ。

 メレオロンは息を止めている間、姿も気配も完璧に隠すことができる“神の共犯者”と言う能力を持つ。それも触れている仲間も一緒にだ。

 イカルゴは死体を操り、その死体が持つ能力すら使える。

 

 どちらもすごく強い能力だ。そして二匹とも性格がいい。みんなすぐに彼らを仲間として受け入れた。

 

 私の“お守り”はちゃんとみんなに渡してある。衝撃波、かますつもりだから。

 

 

 

 

 討伐軍は12名。

 モラウさん、ノヴさん、パーム、カイト、ダン、私ことエリカ。

 シュート、ナックル、ゴン、キルア、メレオロン、イカルゴ。

 

 強くて頼りがいのある仲間が揃った。

 

 私達の目的は、護衛軍の足止め。

 だけど、足止めだけではダメなのだ。彼らを生かしておくことはできない。

 なぜなら……

 

「コルトの説明では、護衛軍にとって王は絶対。王の身を脅かす者とは決して相容れることはないでしょう。精神的にわかりあえたとしても、王の殺害が我々の使命である以上、対立は避けられません」

 

「仲間になってくれたキメラアントもいる。人の頃の記憶が戻ったキメラアントだっている。だけどよ……」

 

 みんなの視線がメレオロンとイカルゴに集まる。彼らは深く頷いた。

 

「ああ。護衛軍にとっては王は絶対の存在なんだ。王を脅かす俺らは奴らにとって敵でしかない。友になるどころか、人の存続を許せるわけもない」

 

「殺すしかねえってことだな」

 

 ノヴさんとパームは割とドライだけど、モラウさんやナックル、ゴン達は『できることなら助けたい』と思っている。

 だけど。王を斃さなくてはいけないってのが大前提なら、一般兵はともかく、護衛軍とは決して相容れない。

 そのことが理解できている彼らは、護衛軍と殺しあうしかないことを、呑み込むしかなかった。

 

 

 

 護衛軍を斃すにあたってどう攻めるか。

 王がいるのはおそらく中央塔の3階“玉座の間”だろう。私達の目標、護衛軍はおそらく王の傍。

 私達侵入者が現れると、王を守って護衛軍はその近くに立ち、王に背を向けてこちらと対峙するはず。

 

 その二匹をどうやって王から引き剥がすか。

 

 私達は何度も話し合い、それぞれの能力を組み合わせた実験も重ねた。

 

 

 たとえば。

 メレオロンの“神の共犯者”で一緒に姿を消したナックルの“天上不知唯我独損(ハコワレ)”は正しく発動できるのか、とか。

 “神の共犯者”中のモラウさんが出す煙は消えるのか、とか。

 

 それぞれの技と連携のしやすさなどを考慮して、チームを決めていく。

 

 

 ついでに、メレオロンをおんぶしたノヴさんを抱き上げた影が宮殿に行けば出口を増やしてこれるな、なんて話もした。

 私のジャンプならマンションから自由に出られるし、首都経由でまたここへ戻ってこれるから、当日作戦直前の偵察時にどうしようもないほど位置がずれそうならこれも検討しよう、という話になった。

 

 それから会長がゾルディックのお爺さんの龍でやってくるという話にも言及し、キルアが“龍星群(ドラゴンダイヴ)”について教えてくれた。

 無数の小さな龍が空から降り注ぐらしい。ひとつひとつの龍が矢のように突き刺さってくるからみんな死ぬ気で避けろよ、がキルアのセリフだった。

 先に知っていてよかった。わかっていれば上空からの攻撃に備えられる。

 

 細かく連携を確かめつつ、臨機応変に対応できるよう、いろんな合図を取り決めたりしていると時間が刻々と過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

建国記念大会前日午後2時

 

 サイレンが鳴り響き、民衆に対し宮殿へ移動するよう命令する放送が流れた。

 いったいどこに隠れていたのかと思うほどたくさんの人がぞろぞろと外へ出てくる。この数日狭い空間に押し込められていた人々は疲れた表情を浮かべて列に加わっていく。

 

 途切れることのない行列は宮殿へ向けて移動を始めた。

 

 

 外の様子を見てきた仲間達がそれぞれのタイミングでマンションへ集合する。

 この部屋から出る「出口」は宮殿の周りの岩山に繋がっている。あとは、時間まで身体を休め、戦いに向けて準備をするだけだ。

 

 

 

 

 

 『四次元マンション』の一室では“決行のその時”を待つ者達がいた。

 それぞれ身体をほぐす者、座禅を組む者、壁にもたれて目を閉じている者、見取り図を睨みつけるように眺めている者、武器の手入れに余念がない者、それぞれ思い思いに、戦いに向けて心と身体を高めていた。

 

 あと1時間となった時、偵察に出ていた影からの報告が私の中に戻ってきた。

 

「偵察戻ってきました。プフは橋から移動を始めた民衆の上を飛びながら鱗粉をまき散らしています。民衆は催眠状態で自由意志は見られません。宮殿の敷地より前で留められて整列しています。誘導している兵士は精神支配されています。

 “円”の範囲は中央塔を囲んでいますので、王とユピーはおそらく玉座の間付近にいると思われます」

 

 私の報告に、それぞれがどう動くか考察を始める。

 誰が誰を相手取るかは既に決めているから、あとはどこから誰がでるかという相談だけだ。

 ノヴさんの出口と、私、ビリカ、シリカのジャンプ、ステップでの移動。4方向から同時に動くことになる。

 

 

 

「10分前だ。行こう」

 

 モラウさんの言葉に、みなが立ち上がる。出口をでると、左側から宮殿を見渡せる岩山の上だった。

 ノヴさんと私以外は、見取り図は見ていたけど実際に目にするのは今が初めてだ。

 “絶”で気配を殺し、草むらに身体を隠した皆が、じっと宮殿を見下ろす。

 

 宮殿正面には自由意志もなくぼうっと立ち尽くす人々が列をなしている。その上を飛びながら鱗粉を飛ばすプフの姿も見える。

 

 

 じっくり観察を済ませたものからマンションの「入り口」へ入っていく。あとは、決戦を待つのみだ。

 

 

「7分前だ。決行1分前にコールするから出口に集まってくれ。それまでは各々一番良い方法で待機」

 

 モラウさんの言葉に、それぞれが動く。

 

 

 とうとうこの時がきた。

 

 側近がたった二匹しかいない彼らは手が足りない。一人が身の回りの世話と護衛についている間に、“選別”のための準備をすすめたり、諸外国からの横やりが入らないように国内外の調整をしている人間の動きにも目を配ったり、師団長クラスや兵隊長クラスの蟻へ指示したり、おそらく休む暇もないんじゃないかな。

 

 王なんて絶対的存在は、きっと当然のように気難しくて扱いが難しいと思う。

 

 原作で多彩な“発”を使って様々な作業をしていたピトーの不在は、確実に護衛軍二匹の負担になっているだろう。

 それで奉仕が行き届かなければ王の機嫌が悪くなり、それを挽回しようとまたより一層忠義を尽くすため無理を重ねる。無理をすればまた綻びができて、王の機嫌はますます悪くなる。そしてまた無理をする。悪循環だ。

 

 

 キメラアントの性質上、すでに王と師団長の間に厳密な主従関係はない。ちょっとした作業は頼めても、重要な任務は護衛軍二匹にしかできない。

 きめ細やかな奉仕に重点を置けば、警戒や周囲の監視の目は行き届かなくなる。だけど“円”での警戒は止められない。

 

 彼らの疲労も相当溜まっているはずだ。

 

 

 こちらは原作ではここにいなかったカイト、ダン、私がいる。パームのキメラアント化(?)も防いだ。メンバーが増えているおかげで個人個人の負担も減った。

 連日の任務で多少疲れてはいるけど、気力はじゅうぶん。

 

 すでに原作とは大きく変わってきている。

 

 

 そう。

 私達が負けるなんて、もう、ありえない。

 

 

 

「突入1分前」

 

 モラウさんの言葉に、みなが立ち上がる。

 精神がビリッと研ぎ澄まされる。

 

 扉の前に立つのはモラウさん、ダン、キルア、パーム。

 彼らは正面玄関付近の「出口」から民衆の上を飛び回っているプフを狙う。

 プフは催眠状態に陥らせる鱗粉を振りまくのでモラウさんの“監獄ロック”で煙に閉じ込め、念弾などの遠距離で削っていく。キルアの“落雷(ナルカミ)”も効くだろう。

 

 

 ビリカがメレオロンをおんぶしたナックルとシュートを抱き上げる。

 彼らは左側から中庭にステップで跳び、中央塔1階から階段を上がって上を目指す。

 

 シリカがカイト、ゴンを抱き上げる。

 右側からステップで中央塔3階の窓を目指す。

 

 ビリカ、シリカの運ぶメンバーが、王とユピーを分断させるため上下から同時に攻略するつもりだ。

 ユピーは火力高めのカイト、ゴンが前衛を務め、シュートが遊撃、メレオロンの“神の共犯者”で身を隠したナックルの“天上不知唯我独損(ハコワレ)”で削る。

 

 

 私はノヴさんとイカルゴを抱き上げる。私達は遊撃として左前からベランダへ跳び、“円”で周囲を確認後手の足りない方へ移動する予定だ。残っている師団長クラスも出てくるかもしれない。

 

 イカルゴが操る死体は、マンション内に大量に残されたキメラアントの死骸からトンボ型の者を使うことになった。トンボを飛ばして偵察や捜索ができるから、遊撃に加わり、宮殿全体を監視してもらう。

 

 

 

 0時0分0秒。

 

「腹くくれよ! ……GO!!」

 

 私達は、同時に動いた。

 

 

 




戦いの描写はしません。原作のほうがずっとかっこよくて面白いからです。

ネテロvs王
 全盛期の肉体+120年の技巧 vs 能力は高いけど経験値が圧倒的に少ない王
 
 → 漫画で見ていても、ネテロの技を王は躱せてません。技巧はネテロが上なんです。
   全盛期まで若返れば、怪我はしてもネテロが勝ちます。

護衛軍戦
 ノヴが折れていない、モラウが疲弊していない
 カイト、ダン、エリカ、パームが参戦
 パームが行方不明になっていないから精神的不安がない
 ゴン、キルアの人間的成長は若干少な目だけど、精神的に元気

 対する護衛軍は二匹だけ。原作より負担が多くて疲弊している

 → 余裕で勝ちます。むしろ囲んでタコ殴りです

原作のあのカッコイイ戦いはありませんので、描写なしです。


※原作での王が自分の腕を引きちぎるシーンはありました。が、護衛軍ではなく治療系能力を覚えさせた蟻の誰かが治しました。
ピトーの時のように“円”が消えるなどの変化がなく、エリカ達は誰も気付きませんでした。


王とコムギの最後のシーン。何回読んでも泣けますよね。
HUNTER×HUNTERで一番印象に残る名シーンだと思います。



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キメラアント編終了と世界の広さ

2000年 7月 12歳

 

 キメラアントとの戦いが終わった。

 

 ネテロ会長は王を斃し、私達討伐軍は護衛軍の2匹を斃した。

 東ゴルトー国民の被害も原作よりずっと少なかった。

 原作知識の最後を飾る、100点満点の原作改変だったと思う。

 

 

 

 

 決戦のあの日。

 

 ゾルディックのお爺さんの“龍星群(ドラゴンダイヴ)”の小龍が降り注ぐ中、私達はそれぞれの敵のいる場所へ向かった。

 

 誤算だったのは、“龍星群(ドラゴンダイヴ)”に撃たれて人間の女の子が重傷を負ったこと。

 彼女は王が大切に想う相手だったらしい。きっと原作で王と語り合いながら死んでいった子だと思う。

 

 治療を望む王に、『必ず治療し、その後の処遇も決して悪いようにはしない』とネテロ会長が誓い、彼女はノヴさんによって治療チームのもとに連れていかれた。

 

 

 その後の戦いについては語るほどのこともない。2匹しかいない敵に、こちらは12名もいた。精神支配を受けていた人間の兵士たちはシルヴィアで意識を失わせて保護し、その合間に襲い掛かってきた師団長の狼とザリガニも斃した。

 護衛軍を斃したあと、宮殿内に残った蟻の掃討と人間達の保護、催眠から覚めた民衆たちを誘導して首都へ帰す処理など、忙しく働くうちにネテロ会長が戻ってきて、王を斃したことを知り――

 

 

 

 東ゴルトーは悪辣な地下組織による危険な薬物を使った集団催眠によってもたらされたテロリストの侵略を受けていたと発表。

 

 原作と違って“貧者の薔薇”による大規模災害がなかったことと、党首以外の首脳陣が生き残ったことで国家としての体裁は保たれている。

 村々で起きた“選別”の被害者は50万人以上に及んだが、混乱はすぐに収まった。

 

 NGLは国際保安維持機構が暫定統治後、永世自然保護区に指定され、保護区の管轄責任のすべてはハンター協会に一任されることとなった。

 

 まあつまり、ハンター協会が大きな庭を手に入れたってことらしい。

 

 

 キメラアントとの戦いは政治的な問題にすり代わった。

 コルトやメレオロン達を含む投降したキメラアントは新種の魔獣ということで折り合いがついた。

 

 平穏を望む者は隔離された元NGLの僻地の村でその後を過ごすことになった。

 仲良くなったハンターと行動を共にする者や、数年間の監視付きで解放され人間だった頃に住んでいた場所に戻った者もいる。

 

 総数5000にも及ぶキメラアントの繭はハンター協会の飛行船によって研究チームの待つ保護施設へ運ばれた。

 繭はキメラアント化された元人間で、5000体すべてが念能力者だ。

 

 彼らの身体から王の影響力を取り除き、ネテロ会長の下、人に敵対しない新種の魔獣として生きられるかどうかは今後の研究チームの努力にかかっている。

 

 

 

 

 

 王と戦ったネテロ会長、ユピーと戦ったカイト、シュートがそれぞれ全治1ヶ月から数ヶ月の怪我で入院中。

 私を含む他のメンバーも多少の怪我を負っていたため、病院の一部を対策本部として借り入れ、入院中のメンバーの看病も兼ねてほとんど病院で過ごしていた。

 ノヴさんや会長の側近ビーンズさんの書類仕事を手伝ったり、もろもろ忙しくもある日々を過ごしていたある日。

 

 ネテロ会長が全員を呼び寄せた。

 改めて皆をねぎらい、健闘を称えあう。

 

 

 全盛期の身体を取り戻した会長は、若返ったことで大きく変わってしまった外見をまだ公表していない。

 

 東ゴルトーでのテロ組織との戦いで怪我をして、年齢を考慮しそのまま長期間の休養に入ると言うことになっている。今の姿を見たのは私達とそれから協会の側近達だけだ。

 

 このまま会長職を辞任したいと考えているらしい。

 

「若返りは人類の希望じゃしな。わしの姿を見て良からぬことを考える者も現れるじゃろうて」

 

 ああ、そうか。

 こんな有名人が若返ったら、そりゃあ話題になるか。

 グリードアイランドのカードだってことを公表するには念能力について説明しなきゃだし。ヤヤコシイことこの上ないね。

 

 王との対戦のことだけ考えていたけど、その後の混乱のことも予想して然るべきだった。

 

 申し訳ない、と思った私を会長はものすごく嬉しそうな笑顔で遮った。

 

「なんのなんの。おぬしには感謝しかないわい。貴重なものを、わしのために使ってくれたことを、もう一度礼を言おう。エリカ。ありがとう」

 

 若返ったことだけじゃない。

 キメラアントの王との血沸き肉躍る熱い闘いを全力でできたことが、自分にとって素晴らしく嬉しいことだったのだと彼は笑う。

 

 そして。

 

 名実ともに『人類最強』の身体を取り戻したことで、やり残したことに片を付ける、良い機会ができたのだと語った。

 

「わしの寿命がまた半世紀以上延びたことでの、暴走する奴がおるんじゃよ」

 

 息子じゃ。と、会長は乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 会長から聞いた話は、驚きの内容だった。

 どうやらこの世界はもっともっと広いらしい。

 

 私が知っている世界地図はほんの一部分で、しかも私達が海だと思っていたものは、大陸の中央にあるメビウスという名の巨大な湖なのだとか。

 

 外の世界には様々な異人類が存在していて魔獣も元々はそこから来たと言われている。

 私達が戦ったキメラアントも、その外側から来た外来種なのだそうだ。

 

 

 原作でそんなことを言ってたっけ? きっと私が死んでからの連載で明らかになったことなんだろう。

 

 え? 世界ってそんなに広いの?

 公表されている場所だけでも地球の世界地図と同じくらいの広さだったよね?

 自転とか公転とかどうなってんの?

 

「世界は、そんなに広いのかよ」

 

「すごい、すごいよ」

 

 キルアとゴンはキラキラと目を輝かせている。私もワクワクして、一緒にはしゃいでしまった。大人組は知っていたみたい。プロになればどこかの段階で知ることになるのかも。

 

 冒険だ、なんて興奮したけど、話はもっと深刻らしい。

 

 

 人類は広大な世界にある資源を求め、かつて幾度となく新大陸を目指して進出してきた。

 そして、そのたびに人類滅亡級の厄災を抱えて敗走してきた。

 外の世界は、それほど危険なのだ。

 

 そのため、近代5大陸、通称V5によって不可侵条約が締結されている。

 

「かつての調査団に専門家として同行したのがわしの息子ビヨンドじゃ。わしの忠告を聞かず未踏のルートを探検することに拘った結果、多大な犠牲者を出して戻ってきた。新たな厄災も抱えてな。息子は再挑戦を望んだがわしが死ぬまでは許可せぬ枷を与えた。

 そしてわしも協会の新大陸進出をタブーとしたのだ」

 

 なるほど。

 会長が死ぬまでは渡航ができない。

 会長は120歳を超えているから、息子さんはきっと思っていたはずだ。あと数年待てば、また新大陸への挑戦ができる。

 そしておそらく、その時のために水面下で準備をしていた。

 

 会長が死んだら、すぐに動けるように。

 

「そっか。会長、若返っちゃったから……」

 

 ゴンが生命力の塊のような会長を見て呟く。私も会長を見た。うん。半世紀どころか、もっと長生きしそう。

 そりゃあ息子さんも暴走する、かも?

 

 

「あやつはきっとワシの枷を打ち破って新大陸へと向かうじゃろう。

 おそらく何某かの大きな動きで暗黒大陸の存在を世界に知らしめ、どこかの国を巻き込んで、自分が主体となって渡航できるように動くだろう。

 

 わしは奴に先んじて大陸へ繰り出すつもりじゃ。そしてあやつを(ハント)する。奴の暴走で世界中のものが危険に曝される。それを断固阻止するつもりじゃ。

 そのうえでの。

 息子より先に、暗黒大陸探検を成功に導きたい。

 

 暗黒大陸より抱えた「厄災(リスク)」のいずれかを攻略し「希望(リターン)」を持ち帰る事。

 

 それがワシの、新たな挑戦じゃ」

 

 会長も公式には一度も渡航していないことになっているけど、過去に2回、暗黒大陸の地に行ってるんだとか。

 

 そして、その広さ、生き物の大きさ、自然の激しさを語ってくれた。

 

 話してもらった暗黒大陸の内容は、わくわくというより、おどろおどろしい情報の方が多かった。

 だけど。

 

 まったく。

 

 

 外の世界だなんて……すごく、すごく、見てみたい。

 

「挑戦を止めた時が人生の終わる時じゃ。わしはの、思いもかけず取り戻したこの『人類最強』の身体で、もう一度、挑戦を始めたいのじゃ」

 

 会長の言葉は、子供達だけじゃなく、カイトやモラウさん達大人も含め、部屋にいたすべてのハンターの心を揺さぶった。

 

「危険じゃ。途轍もなく危険じゃ。じゃが、新大陸進出が現実のものとなれば、ぬしらにも声をかけようと思うておる。

 かの地ではわしらは圧倒的弱者。生きること、生き延びることにこそ注力して、情報を、資源を、知識を持ち帰るのが我らの使命よ。

 各々の個性にあった役割が必ずある。必要なのは一歩踏み出す勇気のみじゃ。

 返事はまだ先でいい。よく考えてみてほしい」

 

「行く! オレ、行きたいっ」

 

 ゴンが叫ぶ。

 

「俺も」

 

 キルアかと思えば、ダンのほうが先に声を上げた。

 

 私は……私も、行ってみたい。

 だけど私の能力ではさくっと死んで終わりな気がする。

 

 あ、そうだ。これ確認しておかなきゃ。

 

「あの、会長。

 キメラアントの王との戦いで会長は死ぬはずでした。私はその未来を阻止した。だから、もう会長の未来は見えません。それでもついて行ってもいいですか?」

 

「ふむ。わしが生き残ったからこその暗黒大陸への船出じゃからの。あっちではエリカの予知はもう働かぬな」

 

「はい」

 

「わしは予知などハナから期待しておらんよ。未知を探求することこそハンターじゃ。それでこそ挑戦じゃよ、エリカ」

 

 会長のお誘いは私の予知を計算に入れていない。原作知識のない私でも、行っていいんだ。

 

 

 “厄災”なんて聞くとさ。ほんとは怖い。

 けど。行ってみたいという気持ちもある。

 

 だって私の知っている原作はここまでだもん。

 

 これからは、もう何のシナリオもない、まっさらな人生が始まるんだ。

 私が、エリカ・サロウフィールドが、やりたいことをやろう。

 

 なら。世界の広さを実感できるのって素晴らしいことじゃないかな。

 

 ……だめだめ。ちょっとハイになってる。

 

 世界の広さなんていうすごい事実を知ったところだから、ちょっと今、私らしくなく興奮してるみたい。

 超絶ハイリスクな旅だよ?

 キメラアントみたいなえげつないのがいっぱいいる世界。王がどれだけ怖かったか、ピトーがどれだけ強かったか……

 

 そんな簡単に『行きたい』なんて思っちゃだめだよ。

 返事はまだ先なんだし、ちょっと落ち着いてからじっくり考えよう。

 

 

 

 会長はこのまま会長職を辞任し、渡航準備を始めるらしい。

 新しい会長はハンター全員による投票になるらしい。みんなもちゃんと投票するんじゃよ、と言われた。

 

 

 

 

 

2000年 8月 12歳

 

 全ハンターによる投票がハンター協会本部ビルで行われた。

 

 上層部の人なんて知らないのに、誰に入れればいいのかめちゃくちゃ悩んだ。

 人柄を知っているノヴさんやモラウさんは、きっと会長と一緒に新大陸に繰り出すつもりだろうから投票されたら嫌がりそうだし。

 十二支んの真面目そうな女性、チードルさんにいれました。

 

 

 開票はすぐに行われ、条件不達成で再選挙となった。

 これ、長引きそう。ちょっとげんなりした。一緒に座っていたダンやゴン達も、他のハンター達も同じような表情を浮かべていたから、きっとみんな同じことを考えたんだろう。

 

 

 ところで。

 この投票のおかげで、ゴンがやっとジンに会えた。周りが騒ぎ立てる中、気恥ずかし気に頬を指先で掻きながら、ジンがゴンを連れて外へ出ていった。

 親子の語らいをできたらしい。

 

 

 その後、数日にわたり、何度も投票を繰り返すことになる。

 そのたびにハンター協会に足を運ぶことになった。

 

 

 

 

 

 

 何度目かの投票を終え、ハンター協会を出て歩きはじめるとふいに後ろから呼び止められた。

 

「やあ、エリカ嬢。君と話がしたかったんだ」

 

 振り向くとさわやかな笑顔を浮かべたイケメンが私の前に立っている。

 包帯をバンダナのように額に巻いた青年。癖のない黒髪は自然と下ろされていて、ラフな開襟シャツに黒い細身のパンツが彼にすごくよく似合っている。

 黒目がちな目が楽し気に煌めく。

 

 ……クロロ=ルシルフル。

 

 

 まじか。

 

 

 

 いきなり声をかけてきた初体面のイケメンさんは、さわやかに微笑み、親し気に語りかけてくる。

 

「あ、オレ、クロ。クロって呼んでよ。オレもエリカって呼ばせてもらっていいかな?」

 

 クロロだ。

 爽やか青年バージョンクロロ。原作ヨークシンシティ編でネオンの占いの能力を盗ろうと親し気に話しかけていた時とそっくりだ。

 

 うわあ、ずっと会わないように気を付けていたのに。ここでくるか、クロロ。

 もう除念は終わったのか。

 

 ああ、やばい。

 ロックオンされている。ジャンプやダブルを盗る気満々だ。

 

「あー、はい。エリカです。どうも」

 

 茫然とクロロを見つめながら機械的に挨拶の言葉を吐き出す。

 

「ってなんで私のことを知ってるんですか?」

 

「キメラアントに立ち向かったハンター達の中にいた少女の話を聞いてね。なんでも転移して危ない場所へ行ったり、分身を使ったり大活躍だったらしいじゃないか。一度話してみたいと思ってたんだ」

 

 ……嘘だな。

 確かにNGLや東ゴルドーでは自重なしにはっちゃけたけど、殲滅作戦中に出会ったハンターの前ではそんな能力見せてない。

 ミッションを一緒に戦った人達は、みんな信用できる人ばかり。人の能力を容易く漏らすような人はいない。

 

 じゃあどこで知った?

 

 ジャンプ・ステップはずいぶん前から人前で使っていたか。

 ハンター試験、グリードアイランドでの戦いでもいっぱい使った。

 

 うわあ。目立ちすぎたか。

 わざわざ団長さまが私の能力を盗りにここまでやってくるとは。

 

 等と考えていると、クロロがまた問いかけてきた。

 

「ねえ君。オレ達って前に会ったことない?」

 

 ……え? そんな使い古されたナンパ台詞で今どきころっといっちゃう女の子なんていないよ?

 

「え? ないです。クロさんみたいなイケメンのお兄さんに会ったら絶対覚えてますよ」

 

「そう? なんだか見覚えがある気がしてさ」

 

「貴方もハンターなんですか?」

 

 ハンター協会の前で話しかけられたんだから、こう思うのは当然かと思って質問してみた。私を張ってたんでしょ。とは言えないもん。

 

「うん、そうだよ。本がすごく好きでね。集めるのが趣味なんだ。ビブリオハンターとでも言おうかな。それで……」

 

 そこまで言うと自称クロさんなクロロは口を閉ざし、私の顔をまじまじとみた。

 さわやかイケメンの演技を忘れたようだ。ひやりとした空気が流れる。

 

「君の母親はルミナか?」

 

「っ!」

 

「やっぱりそうか。誰かに似ていると思ってたんだ。そうか……ルミナの子か。ルミナは今どこにいる?」

 

「母は私が6歳の時に死にました」

 

「……カインは?」

 

「えっと……」

 

「君の父さんだろ? ルミナの子ならカインが父親しかありえない」

 

「1歳の時に死にました」

 

「そうか……なにか、ご両親の持ち物はないかな?」

 

「あの、すみません。私、お父さんのことまったく覚えてなくて。クロロさんが何をおっしゃっているのか全然……っ!」

 

 彼の雰囲気がいきなり威圧を増した。

 そしてはっとする。クロとしか名乗ってなかったのに、私ったら今クロロさんって呼んじゃった!

 

「……ほう? 俺を知っているのか? 聞くことが増えたな」

 

 クロロの手がぶれる。っ! 速い! 咄嗟にステップで避け、その後ポップ、ステップでガーデンへ逃げ込んだ。

 

 今までポップする時間すら足りないと思ったのは初めてだ。

 

 ……超危険人物の前で、ステップを見せてしまった。

 

 

 

 

 倒れ込みたい気持ちを抑え、小窓から覗く。

 知覚はできなくてもクロロほどの能力者だ、視線を感じるかもしれない。クロロを直視しないよう注意しながら外を窺う。

 

 クロロは私が消えたことで目を見開き、そしてにやりと笑った。転移能力を見れてご満悦のようだ。

 そのまま携帯を取り出し、誰かと話しながらその場を立ち去っていく。

 

 

 

 お母さん、クロロと知り合いだったんだ。

 うわあ、ヤバい。

 

 ああ、そうか。流星街生まれだもんなあ。私を16で産んだから生きていれば今28?

 年齢的にクロロと同年代くらいか?

 

 

 もう!

 どうしようどうしようどうしようどうしよう。

 

 ……引きこもろう。買い出しやハンター協会へ行くのは影に任せて私はガーデンと隠れ家から動かないから!

 

 

 どうせこれからクロロ達もまた新しい仕事があるよね。

 クロロと対峙するくらいなら新大陸に逃げちゃう、とか?

 

 ああ、もしかして幻影旅団も新大陸を狙う? でも未開の地にクロロ達が欲しがる宝があるかどうか。

 でもヨークシンから1年近くだ。そろそろ大仕事をしてもいい頃だよね。

 

 私のことなんて、かかずりあってる暇はないよ。その間に興味が薄れてくれればいいんだけど。

 私の事なんて、クロロの優先順位の中ではかなり低い。よね? そうだよね?

 

 ああ、なんでクロロって名前だしちゃったかな私。

 ポンコツエリカ! おバカエリカ!

 

 

 

 

 ……超こわい。めっちゃこわい。ああああ、メリーさあん。

 怖かった。小窓を消すとやっと普通に息ができるような気がする。

 

 真っ青な顔をして帰ってきた私をメリーさんは心配そうに抱きしめてくれた。

 

「あーん。メリーさあん。怖かったよお」

 

 温かくて柔らかい毛皮に抱き着きながら半泣きで叫ぶと久方ぶりにメリーさんの膝に乗せられて抱きしめられた。

 ラルクも私の膝に乗って気遣うように寄り添ってくれる。

 

 はぁ。癒される。メリーさんとラルクは私のオアシス。

 精一杯メリーさんとラルクに癒されて、少し元気が出たところでお母さんへ葉書を書いた。

 

 

「お母さんへ

 

 幻影旅団のクロロに声をかけられました。知り合いですか?

 怖かったです」

 

 そこまで書いてふと気付く。幻影旅団の設立っていつだろう? お母さんがグリードアイランドに入る前かな? 後だったら幻影旅団って名前を知らないよね。

 

 そう考えて付け加える。

 

「クロロ=ルシルフルは流星街育ちのイケメンです。黒髪の、お母さんと同年代くらいの男性。

 幻影旅団っていうのは流星街育ちの者が集まって作った盗賊集団です。クロロはその団長です。

 知っていることを教えてください」

 

 葉書をテーブルの上に置いて、それから倉庫にあるグリードアイランドのカードを調べる。

 『縁切り鋏』は……ないか。

 

 あれがあればクロロの写真を手に入れて切り刻むんだけど、あれは持っていない。くそう。ゴンから全種類複製させてもらうんだった。

 

 

 漫画を読んだりアニメを見たりしていた時はさ、幻影旅団って結構好きだった。

 女性はみんな美女で性格も良くて、カッコイイ女だし、クロロ、シャルはイケメン。

 旅団員はみんな颯爽としてかっこいいし、仲間内にはいい奴だし、自分ができないようなワルをやってのけるのが気持ちいいし。

 法にも倫理にも縛られていない自由な感じに憧れすらした。

 

 だけど実際同じ世界に存在すると思うと、もう恐怖しか感じない。

 

 シャルナークのアンテナとかフェイタンの拷問好きとか、それが自分に向けられると思えばキメラアント並みにおぞましいし、パクノダの姿を見れば触れられたくなくて悲鳴を上げて逃げる。

 能力を欲しがりそうなクロロなんて疫病神にしか思えない。イケメン? そんなの関係ねえ!

 

 

 特にパクノダとクロロは要注意。

 ……パクノダはもう死んでるはず。だよね?

 原作知識や転生のことなんて知られることはないはず。

 

 能力を奪うために拷問されるのも嫌だ。

 

 

 あああああああ。なんでクロロに会っちゃうの。

 今まで会わずに済んでたのに。

 

 原作知識が終わったとたんこれだよ、もう。

 

 

 

 

 翌日、お母さんから返事が来ていた。

 

 

「エリカへ

 

 クロロはカインのことを怒っていると思うわ。

 見つかったら逃げなさい」

 

 

 えええええええええええ。何したの、お父さああああん。

 

 

 




感想ありがとうございます。個別に回答できずに申し訳ありません。


>キルアがお爺さんの念を知ったのはいつ?

 原作コミックス25巻で空から降り注ぐ光の矢を見て「ジイちゃんのドラゴンダイヴ!?」と言ってますので知っていることは確実です。
 念を知ってからキメラアント編までに知る機会があったのは、二度目のハンター試験を終えてミルキに注文していたヨーヨーを受け取りに一度家に帰った時しかありません。
 同じくコミックス25巻でキルアのお爺さんが中華を食べながらくつろいだ感じでネテロの強さについてとか、百式観音のことまでも話してます。聞き手の姿は描かれてませんが、くだけた様子や、他人の“発”という秘密について話すことなどから身内相手としか思えません。
 相手はキルアだと思います。(他の家族も一緒かどうかは不明)
 きっとその時に「じゃあジイちゃんのはどんなんだよ」「よし、ジイちゃんの技もみせてやろう」とか言ってそこで見せてもらったんじゃないでしょうか。


>チードゥ対ヒソカ、全く描写ないのにチードゥがドヤ顔速度自慢からの予め地面に張り付けられたバンジーガム踏んで殴りかかったヒソカの目の前で拳届かずビヨーンしたんだろうなってのが目に浮かぶ

 私もそんな感じのシーンを想像してヒソカ対チードゥにしました。
 きっととってもコミカルな絵柄のなか、残酷に殺されちゃったんでしょうね。


>若返ってもネテロは王に勝てない

 キメラアントの強さがどの程度かってのは皆さんいろんな意見があるでしょう。
 が、作者さまが明言していないので、想像するしかありません。

 キメラアントの王を斃せないくらいの実力で、暗黒大陸渡航2回をどうやって生き延びたの? って私は思いました。コミックスを見ると、あの巨大怪獣大戦みたいな場所に三人だけで立ってます。あそこまで行けるだけで絶対強いです。
なので『全盛期のネテロに120年の技巧があれば勝てる』という本編の結果になりました。




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クロロ=ルシルフル

「お父さんへ

 

 葉書を出すのは初めましてです。エリカです。12歳になりました。

 お父さん育ててくれてありがとう。立派なおうちもありがとう。

 お父さんもお母さんも死んじゃったけど、メリーさんと一緒に暮らしています。

 

 お父さん。クロロ=ルシルフルと何があったんですか? 教えてください」

 

 

 

「おお。エリカか。12歳になったんだな。お母さんに似て美人さんになっただろうな。

 ひと目見てみたいもんだ。

 メリーと一緒ってことは、ルミナももう死んだのか?

 そうか。

 傍にいてやれなくてすまない。」

 

 

 ここからの内容は少し長かったから何度か葉書をやり取りすることになった。

 数日間の葉書を纏めると、こうだ。

 

 

「エリカはもうルミナに聞いたかもしれねえが、俺たちもまああんまり人様に褒められたような暮らしはしてなかった。

 

 ある時、クロロ達と俺達は一緒に仕事をすることになった。

 “漂流物”の奪取がそのヤマだったんだ。

 “漂流物”ってのは海からくるんじゃなくてな。この世界とは別の世界から何かが流れ落ちることがあるんだ。

 

 エリカは知らねえだろうが、世界ってのは一つじゃねえんだぜ。いろんな世界がいっぱいあってな、その中の一つがこの俺たちが住む世界なんだ。

 たまに他の世界から何かが落ちてくる。そういうのを“漂流物”って呼んでるんだ。

 “漂流物ハンター”ってのもいるくらいだぜ。

 

 っと。話が逸れたな。

 でな、その“漂流物”をある場所から奪うまではよかったんだ。

 開き方のわからねえ本があってな。クロロはそれを欲しがっていた。

 

 その時の仕事で少し揉めてさ。クロロんとこと俺んとこで喧嘩になっちまった。

 その時にルミナが怪我をしてな。

 ムカついたから、あいつらを出し抜いて奴が欲しがってた本を持って逃げてやったんだ。

 

 俺たちはほとぼりが冷めるまで離れていようと相談して、それでグリードアイランドにきた。

 

 俺たちがグリードアイランドを手に入れたのはほんの偶然でな、そこから足がつくようなことはねえし、ここにいることは俺らしか知らねえ。

 ここなら安全だ。

 エリカも生まれたし、どうせならエリカが育って動けるようになるまではここにいようってな。

 

 その時の本はあの家に隠してある。

 羊皮紙で出来た本で、怪しいオーラが出ている。

 あいつに渡すのは癪だが、万が一奴に見つかったなら無理に守らず渡しちまえよ。

 お前の命の方がずっと大事だ。

 

       カイン」

 

 

 

 

 ええっと。

 お父さん。よりにもよってあのクロロから、クロロの欲しがっていた本を奪ったの?

 まじで?

 

 ええええ……

 

 

 そう言えば“外にいるとちょっと困ることになっちゃった”って理由でグリードアイランドに住みついたんだったっけ。

 

 今さら……

 

 今さらそんな昔のフラグ回収とかちょっとロングパスすぎやしませんか!

 

 

 

 ええっと。

 

 情報収集のプロ、シャルナークが、私の事で調べられることはなんだ?

 エリカ・サロウフィールドの名からわかることは?

 

 天空闘技場で7歳から戦っていたこと。

 10歳でハンターライセンスを取得したこと。

 エリカ・サロウフィールド名義で買ったあの物流センター跡地。

 ライセンス取得後から神字の修練場までの飛行船や宿泊の記録。ハンター試験の推薦をくれたディアーナ師匠のこともわかるか。

 ああ、マーリポスのフラットの場所もきっと知られてしまう。あそこは生活用品しか置いてないけど、もう行かないほうがいいね。ううう。

 

 

 新大陸に行く船に乗るまで逃げきればなんとかなるか?

 ここでネテロ会長やノヴさん達に助けを求めるのは、駄目だよね。これくらい自分で対処できないプロハンターなんてダメダメじゃん。

 

 引きこもりつつ、何か方法を考えよう。船に乗るまで私は仕事もないし。

 

 各地での買い出しは影に頼めばいいだろう。食料品とかもうちょっと買っておきたい。美味しいもの食べたいし。嗜好品は至高。

 

 

 

 お父さんの盗った本。クロロとの交渉に使えるかもしれない。

 

 その“漂流物”はどこにあるのかと聞けば、グリードアイランドへは持っていかなかったらしく、あの隠れ家にしまってあるらしい。

 そんな危険物かつ重要物があの隠れ家にあったのなら言ってくれればいいのに。

 

 どうやらお母さんの知らないものがあの家にいくつか隠してあったらしい。

 ちょっとした宝石類もあるからそれも持っていけとお父さんが教えてくれた。

 

 え? 私あの家ちょこちょこ手直ししたんだけど。何も気付かなかったよ?

 

 

 

 隠れ家に(ジャンプ)。

 お父さんが葉書で教えてくれたとおり、キッチンの流し下のキャビネットを開き、前へ座り込む。

 引き出しをすべて取り去り、下の段の敷居に手を伸ばした。

 

「“練”」

 

 “練”をトリガーに仕掛けが外れ、敷居が外れて下面の板が取り外せるようになった。そっと板を取ると、そこに本があった。

 言われたとおりちょっと怪しいオーラを纏っている。

 

 魔導書みたいな、いかにもな装丁の革表紙の本で、中は羊皮紙っぽい。表紙のドラゴンがやけに存在感を放っている。本というよりノート? 日記?

 

 “怪しいオーラ”ってお父さんが書いていたとおり、何か別の能力を使ってできた本だと思う。

 

 とりあえず。

 何かわからないけど、クロロが狙う危険な負の遺産を、手に入れました。

 

 

 

 

「収納……っと、できない?」

 

 ここに置いておいてもしかたない。まず倉庫へしまおうと収納してみたけど、できなくてオーラだけが消費された。

 ドラポケが利かないということは、これは私の所有物にはなっていないってことだ。

 

 家を収納する時に万が一のためと作ってから一度も使っていない“発”(マスターエクスチェンジ)を試してみようか。

 

 ……いや、やめておこう。

 わからない物のマスターになったら、なんかよくないことが起こるかもしれないものね。

 

 (ポップ、ゲート)で手元に小さな門を開いて、本を持ち上げ、ひょいとガーデンへ置く。

 昔ハンカチで作った旗は、今はメリーさん作の可愛らしいパンダと猫のオブジェが建っている。

 

 その横へそっと本を置いた。

 あとでジャンプして屋敷に持って入ればいい。

 

 

 

 さて、次はお父さんの残してくれた宝石類か。

 キャビネット前から手を伸ばして変な体勢でしゃがみ込んで作業していたから、腰がだるい。

 よいせっと立ち上がる。

 

 奥の部屋へ向かおうとした、その時。

 

――ヒュン!

 

「っ!」

 

 いきなり首に糸が巻き付けられ、床に叩きつけられた。

 

 ワンバウンドした次の瞬間には、身体中が細くて鋭利な糸に絡み取られていた。混乱している間に、素早く近づいた黒い影に、首に手刀を入れられ、あっさり意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――グシャ

 

 物を突き刺す音と、とてつもない痛みを左手に感じ、気絶から叩き起こされた。

 

「っ!」

 

「気が付いたか?」

 

 声をかけてきたのはオールバックに額に逆十字の、印象深いイケメンだった。

 クロロだ。クロロ=ルシルフル。

 

 身体中をギリギリと締め付ける痛みと、左手の激痛。

 見回すと私の隠れ家のままだった。木造の階段に細い糸のようなものでぎちぎちに身体中を縫い留められている。

 

 そして左手は階段の横板に30センチほどもある巨大な釘のような杭で縫い留められている。

 

 ってか、マジ、痛い。

 見えないくらい細い糸は動くと身体に容赦なく喰い込んで服や肌を切り裂いている。

 

 そして、左手! 手の甲に鉄の杭が刺さっている。

 めっちゃ痛い! 痛い痛い痛い痛いいたい!

 

 

 よりによってクロロに捕まるとか……これって拷問の末に能力奪われる未来しか見えない。

 

 あの本を渡したら許してくれるだろうか。

 

 ……でもあの時隠れ家に潜んでいたんだから、私がジャンプしてきたのを見ていたはず。

 クロロなら転移能力を欲しがるに決まってる。確か能力を見た1時間以内に奪わなきゃいけないんだったっけ?

 それでこの前声をかけてきたんだもんね。

 

 ああ、この糸。マチだ。

 どうして隠れ家の場所がわかったのかな。

 

 ――そうだった。

 いつまでも安全な隠れ家のつもりでいたけど。

 カストロさん、ゴン、キルア、それからゾルディック家の執事達。

 そう言えば、あの場所を知っている者も増えてた。

 

 ゾルディックなんて幻影旅団も顧客のひとつになっている家だった。

 すでにゲームをクリアしてゲーム機はもうここにはない。キルアに障りがなければ、私の情報くらいあっさり売っただろう。

 ああ、そうか。そうだよね。

 

 

 えええ。

 こんなのどうやって逃げるの。

 

 これだけ固定されてしまうとステップもジャンプもできない。自分が持ち上げたものしか移動できないんだもん。

 

 

「エリカ嬢。君の能力について、教えてもらいたくってね」

 

「どうやって……この家の場所が、分かったんですか?」

 

 ここはエリカ・サロウフィールドの名は使ってない。

 お父さんやお母さんが用意した家だし、今まで誰にも見つからなかったのに。

 

 いくらシャルナークでも、見つけられるはずないじゃん。

 

「君のホームコードの電波を調べたのさ」

 

 え?

 私? ああ、携帯の基地局から調べて? 家まで特定できちゃうの?

 

 確かにいつもあの場所で影が情報収集していた。ガーデンやGIはネットが繋がらないから常に影がここへいた。

 電話を取るのもいつも隠れ家だった。

 でもそれで? それだけでわかっちゃうの? 嘘でしょう?

 

「情報提供してくれるものもいたしね」

 

 ああ、やっぱりゾルディックか。

 

「ってか、痛い、痛いです。お願い、外してください」

 

 とにかく考える時間を得ようと、哀れっぽくぐずぐず泣いてみせた。

 話なんてしてやるもんか。怯え、泣きわめき、縋りつき、許しを請い、過呼吸起こしてパニくりまくる、うるさいガキに苛つくがよいわ!

 

「時間稼ぎは何の意味もないぞ。聡明なその頭を使えばわかるだろう? 素直に吐いたほうが幸せだとな」

 

 楽し気な言葉とは裏腹に、冷めた目つきで私を見据えている。

 

 ほんと。くっそイケメンだよねクロロ。

 

 大人の色気と強い男のフェロモンがむんむん、危険な香りがまたより一層魅力を増している。 そりゃあモテるよね。

 まあこんな状態で見つめられても、おぞ気しか感じないけど。

 

「せめてもう少し緩めてくれませんか。い、痛くて……」

 

 そう頼むと、軽く眉を顰めて……

 

――ザンッ!

 

「っ!」

 

 手に、もう一本杭を刺された。

 咄嗟に攻防力を移動させて守ったけど、クロロの攻撃は私の“硬”をものともせずに手の甲に突き刺さり、突き抜け、階段に縫い留める。

 

 衝撃に身体が揺れるけど絡まった糸がぎちぎちと絞まり、身体中に痛みが走る。きっと血が滲んでいる。

 手のあまりの傷みに、声すらでない。

 

 見せつけるようにまた次の鉄の杭を手に持ち、くるくると回す。

 鋭い目で見おろし、威圧をかけてくる。

 

「お前に聞きたいことは3つだ。1つはお前のその能力について。もう1つは、カイン・ボルトが持っていた本について。最後になぜ俺の顔を知っていたか」

 

 本?

 目の前で作業していたのに。

 キャビネットに頭をつっこんで作業していたから、あの時私がしていることが見えてなかったんだ。

 

「本を渡したら、解放してくれますか?」

 

「もちろんだとも」

 

 ……ぜったい嘘だ。

 

 

「さあ、可愛いエリカ。もう痛いのは嫌だろう? 素直に話せばこんなことはしない。手当もちゃんとしてやるし、もちろんそのあとだって殺したりしないって約束しよう」

 

 先ほどの威圧を抑え口調も優し気に変えると、人の手に杭を刺したその手で宥めるように頭を撫でる。

 

 知ってるよそんなの。

 殺さないのは優しさじゃない。殺しちゃったら奪った能力が消えちゃうからだ。何優しそうに言ってんのこの人。

 

 って頭ではわかってるんだけど、散々脅かされたあと優しくされると縋りつきたくなってしまう。

 怖い。

 

 

「っと、時間がない。先に君の能力を聞こう。君の転移能力について」

 

 ああ、能力を見た一時間以内に奪わなきゃいけないんだったっけ?

 

 でもこれ、とれないのに。

 どうしよう。奪えなかったら理由を聞くためにもっとひどいことをするんじゃないの。

 

 

 糸は私が背もたれにしている階段の木板ごとくくりつけている。身体中ぎちぎちだ。

 

 影を数体出したとして。

 衝撃波で先制攻撃して、その間に影数人で私を持ち上げて(ジャンプ)ができるか。念でできたマチの糸を切れるか、階段の木材を壊すほうが早いか、手の杭が抜けないなら手首を切り落とすか。

 多少酷い怪我になっても私には『大天使の息吹』がある。生きてさえいればすぐに治せる。

 

 “円”をしてみる。

 この部屋にもうひとり。私の視界にはいないけどマチがいるのか。

 

「無駄なことはするな」

 

 “円”に気付いたクロロから冷たい声で叱責がとぶ。

 

「マチの糸が見えるか?」

 

 言われて気付く。私とクロロを囲んで、それ以外の場所にはマチの糸が張り巡らされている。

 人が立てるようなスペースはどこにもない。

 

「ダブルは呼べんぞ」

 

 そうか。影も知っているか。そりゃそうか。だってキメラアントとの戦いのことを調べたなら影も楽器が武器なのもステップジャンプも知っていて当然か。

 

 ……無理だ。相手はクロロだ。マチまでいる。

 

 ガーデンに影を出すにもゲートを開かなきゃできない。右手もぐるぐるに糸が巻かれていて指一本動かせない。

 つま先は……足先までぜんぶ糸で固定されている。だめ。

 舌を伸ばして……こんな至近距離で見られていてはクロロにまでガーデンが見られてしまうかもしれない。だめ。

 左手は……杭の痛みなのか、刺さった位置が悪いのか、指先が動かない。だめ。

 

 

 ……まいった。

 マジで逃げるビジョンが浮かばない。

 

 

 まだ何もしていない!

 私の人生はまだまだこれからなのに!

 

 

 新大陸に行きたい。

 原作で知らない世界がこれから始まるんだ。絶対行きたいよ。

 

 だから、こんなところで負けているわけにはいかない!

 

 

 絶対、負けるもんか。

 

 

 考えろ。考えろエリカ。多少怪我しても、私には『大天使の息吹』がある。

 だから、まずこの拘束を何とかすることを考えよう。

 

 

 考える時間を稼ぐため、とぎれとぎれに、泣き言の合間合間に(ジャンプ)について嘘を交えて話しながら、この局面を打開できる方法を考える。

 

 

 

 

 せめて手が動かせれば……

 

 

 

 ぎちぎちに糸で縫い留められた身体。

 クロロが合図をするとふっと右手首から先だけが自由に動かせるようになった。

 

 クロロのスキルハンターで能力を奪うため、マチがここだけあけたんだろう。

 冷たい手に右手を取られる。

 クロロの手だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロロは、差し出した本の上に私の右手を無理やり乗せた。

 盗賊の極意(スキルハンター)か。

 この能力は盗めないのに……。

 

 

 せっかく自由になった手は本の上に乗せられている。

 本がじゃまだな。

 これがなければ。

 

 能力を奪われる前に逃げなきゃ。奪われるまえに……奪われる……奪う?

 

 そうか。

 ……いける、かも。

 

「マスターエクスチェンジ」

 

 オーラが急速に失われていく。

 この能力は対象物の元の所有者の力量によって消費するオーラ量が変わる。

 さすがクロロだ。能力が高い。

 

「おい、無駄なことはするな」

 

 何かオーラを使っていることがわかったのか、警告するように告げるクロロの恫喝を聞き捨てる。

 

 

 ……できた。

 手の下にある本の所有権が私のモノになったことを感じる。

 

 じゃ……

 

「収納」

 

 言葉とともに、クロロの本“スキルハンター”がしゅるんと虚空へ消える。……私の倉庫へ。

 

「おい! 何をしたお前!」

 

 怒りに任せて伸ばされた手に喉を締め付けられる。

 

 ほとんど表情の変わらない恐ろしいほど整った顔のなか、その目だけがぎらぎらと怒りの色をみせている。

 

 そのぎらつく目を真っすぐにらみ返してやる。

 

「……ばい、ばい」

 

 右手に意識を向ける。

 さあ。来い。

 

「団長! 逃げて!」

 

 マチの勘はまるで予言のよう。危険を察知したマチの警告の声が響く。

 

 

 ふいに手に現れた硬い感触は手榴弾だ。

 キメラアント戦で自決するために用意していた手榴弾。ピンは外れていて、あと1秒で爆発するやつ。

 

 手首まで固定されていて動かない手で投げ捨てる。

 

……カン、コン─────

 

 ころころと転がった手榴弾に視線を落としたクロロの目が驚きに見開かれた。その動体視力と観察眼に優れた目が、すでにピンが外れていることまで一瞬で見て取る。

 

 次の瞬間、様々なことが同時に起きた。

 

 

 

 危険を察知したマチが、周囲へ張り巡らしていた糸を消し去り後方へ逃げる。

 

 クロロが私を睨みつけたまま後ろへ飛び退る。手に持った杭が光ってブレた。

 

 私は至近距離で爆発する衝撃に備えるため、残り少ないなけなしのオーラを身体の右側に集め、できうる限りの防御。

 

 

――ドガアーーン!

 

 爆発の衝撃が一軒家を揺るがせた。

 

 

 爆心地に近い階段や柱が折れ、地響きをあげて二階の廊下部分の天井が落ちてくる。爆散した木材やコンクリートが容赦なく周りに吹き飛ばされる。

 

 身体を拘束していた階段の木材も爆風で折れたおかげで私の身体も吹き飛ばされる。

 湧き上がる爆炎のなか、必死で急所を守る。

 

 

 至近距離での手榴弾の衝撃は念能力者の身体を以ってしても無傷ではすまなかった。

 

 頭や急所にオーラの比重を多くしたため、守れなかった部分は血まみれだ。

 それでも、

 

 

 狙い通りに拘束は外れた。

 

(ポップ、ステップ)

 

 小窓からパンダの像が見えた瞬間、クロロの投げた杭が喉を貫いた。衝撃で身体が吹き飛ばされながら、ガーデンへと転移した。

 

 

 

 

 

 泣きたくなるほど可愛らしいパンダと猫の像を吹き飛ばしながら倒れ込む。

 

 

 最後に攻撃をうけてしまった。

 

 

 はやく。

 

 

 

 

 大天使……いぶき…………

 

 

 

 

 とり、だし……て……

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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転生の部屋

 

 ……死んでしまった。

 

 ちくしょう。クロロめ。

 まだまだ生きたかったのに。すごく中途半端なところで死んでしまった。

 

 はああああ。

 キメラアント編をやっとクリアしてこれからってところだったのに。

 

 まだたったの12歳だよ。12歳。小学校卒業程度!

 

 念能力者は長生きできるのに。120歳まで生きるつもりだったのに。

 私の“音楽ハンター、エリカ・サロウフィールド”としての活動はぜんぶぜんぶこれからだったのに。シルヴィアだってまだ衝撃波ができるようになったくらいじゃん。

 

 

 会長達と暗黒大陸、行きたかった。

 めちゃくちゃ危険だし、私の技術では無理だったかもしれないけど。でも、あれこそホントの冒険だよ。

 みんなのハンター魂がね、眩しかった。

 

 どうなったのかなあ。

 ってかきっとみんな心配しているよね。

 

 

 もう……

 

 

 

 私はため息をつき、周りを見回す。

 懐かしき、といっていいものかどうか。そう。何もないこの部屋を。

 

 「転生の部屋」だ。

 パソコンに向かう。

 

 

 

**************

 

 

 

【転生の部屋】

 

 

 

被験者No:T028-035

 

 個体名:柳原英里佳

 通算:30年6ヶ月

 

初転 ▼

 固有スキル:転移能力(ステップ・ジャンプ)▼

 

 

一転 『HUNTER×HUNTER』

 個体名:エリカ・サロウフィールド

 享年:12歳2ヶ月(通算:30年6ヶ月)

 取得能力:念能力、『超一流ミュージシャン』の才能▼

 特記:眷属

     メリー(メイドパンダ)

     ラルク(カメレオンキャット)

     7人の働く小人

 

 

 質疑応答を行いますか?  Y / N

 

 

!attention!

 

《死亡時点の(ジャンプ)ポイントはすべてクリアされました》

《来世で初めてシークレットガーデンへ入る際は、(ポップ)(ステップ)でお入りください》

《協議の結果、グリードアイランドのアイテムのうち、いくつかは没収となりました》

《注意事項があります。詳しくは『質疑応答』にてお確かめください》

 

 

**************

 

 

 初期画面が前に見た時と変わっている。

 『▼』が何ヶ所かある。

 

 『初転』の横の『▼』をクリックすると……ああ、詳細画面か。最初の転生時に見た情報がでてきた。(ステップ・ジャンプ)の横の▼は固有スキルの詳細。

 

 『HUNTER×HUNTER』の取得能力の横にある『▼』をクリックすると、この世界で私が手に入れた能力や“発”の一覧とかその他技術についてとかがずらずらと書かれている。

 

 

 下部の『!attention!』の文字がわかりやすく点滅している。

 

!attention!

 

《死亡時点の(ジャンプ)ポイントはすべてクリアされました》

《来世で初めてシークレットガーデンへ入る際は、(ポップ)(ステップ)でお入りください》

《協議の結果、グリードアイランドのアイテムのうち、いくつかは没収となりました》

《注意事項があります。詳しくは『質疑応答』にてお確かめください》

 

 

 一つ目は、まあ、うん。

 次生まれ変わってからハンター世界に行けたらダメだよね、さすがに。

 でもみんなに会いたかったなあ。

 

 ああ、お金がまだ残っていたのに。

 手元にあるゼニーは他の世界じゃ紙屑だよ。我が家にはゼニーを支払って健康診断する『コインドック』があるけど、それだけで使い切れない程にある。

 

 それに、口座に残ったお金はもうどうしようもない。

 

 もっと買い物して物品にしておくんだった。

 いろいろ買ったけどね。本とか楽器とか雑貨品とか食料とか。わりと山ほど買った。

 でもきっと口座には数百億は残っていたはず。手元にあるお金も100億ほどあるんじゃないかな。

 

 っと。まずはこれを聞かねば。

 カタカタとキーボードを打つ。

 

「あの後みんな、どうなりましたか?」

 

《貴女と連絡が取れなくなり、それぞれ探していました。

 ゴンとキルアが隠れ家を訪問して崩壊した家に血痕が残っていることを発見しました。パームに水晶で“見て”もらい、貴女の姿が見えないと回答を受けずいぶん憔悴していました。

 亜空間に監禁されている可能性を考えたキルアが行方を探すためゾルディック家からアルカを連れ出そうとしてイルミと対立します。イルミはクロロ=ルシルフルの依頼でゾルディックの知る貴女の情報を売ったことと、クロロからは逃げたらしいが怪我をしていたためそのまま死んだ可能性が高いことを話します。

 キルアはアルカを連れてそのままゾルディックから出奔、二人で旅を始めます。》

 

 ああ、いっぱい心配かけちゃったよね……うう……ごめん、みんな。

 

「暗黒大陸には行ったんでしょうか」

 

《ネテロは暗黒大陸への渡航を決めました。貴女の知人だけ申し上げますとカイト、ダン、ゴン、ノヴ、モラウ、ナックル、シュート、パーム、メレオロン、イカルゴ、レオリオ、カイトの仲間のアマチュアハンター数人も同行します。》

 

 そっか。暗黒大陸、行ったのか。いいなあ。新しい冒険だもんなあ。って、え?

 

「え? スピン達も行ったんですか? 念能力者じゃないのに大丈夫なんですか?」

 

《同行者には医師や薬剤師、科学者、古代文明の学者などもいます》

 

 そっか。そりゃそうだ。

 うん。私はリタイアしちゃったけど、応援しています。

 

 

 

「念空間はどうなっていますか?」

 

《現在は時間停止状態となっています。転生後は問題なく使用可能です。転生後、貴女の記憶が戻ってガーデンへ初めて入った時点で念空間の時間が動き始めます。》

 

「念空間にいるメイドパンダ達は無事ですか?」

 

《無事です》

 

 よかった。

 画面上に名前が書かれているから大丈夫だとは思ってたけど。

 メリーさん達とまた会える。ちゃんと期待通りガーデンや家族を次の世界に持ち越せたことにほっと安堵のため息をつく。

 

「メイドパンダ達が眷属となっているんですが、これはどういうことですか?」

 

《貴女の能力によって生物を保持したまま転生しましたので、貴女の眷属と認識しました》

 

「これからの人生でも誰かを念空間に入れたまま転生すればその人はみんな私の眷属になるんですか?」

 

《概ねそのとおりです。ですが、貴女との間に眷属となるほどの信頼関係が構築されていなければなりません》

 

「その場合その人はどうなるんですか?」

 

《通常の死亡と同様に扱われます》

 

「えっと。つまりガーデンからいなくなって、輪廻の輪に戻るってことですか?」

 

《概ねそのとおりです》

 

「メリーさん達はこれからは念空間から外へ出してあげられますか?」

 

《問題ありません》

 

 やった!

 ずっと念空間から出せないのは、軟禁しているみたいで申し訳なかったんだ。

 といっても直立歩行のパンダとか、カメレオンみたいな猫とか、目立ちすぎる。要注意だね。

 

 来世の世界観によっては外をパンダが歩いても違和感のない世界もあるかもしれない。

 

 もし駄目でも、家の中や人目のない山奥とか、そんな場所でなら出せる。

 きっとラルクも嬉しがって走り回るだろう。メリーさんもうきうきな表情を見せてくれるかも。

 うん。楽しみだ。

 

「彼らの寿命はどうなってますか?」

 

《メイドパンダ、カメレオンキャット、7人の働く小人は念獣ですので、基本的に設定された年齢に達すればその後は寿命も加齢もありません。怪我などを負えば死ぬことはあります》

 

 戦いの場に連れていったりしなければずっと一緒に居られるってことかな?

 それは嬉しい。

 だってこれからもずっと一緒にいられるってことだもん。

 

「私が死ぬときにガーデンから出ていたらどうなりますか?」

 

《その世界に取り残されます》

 

 おう。じゃあ念のため私が危険な時にはガーデンにいてもらうように気を付けなきゃ。

 ん? でも、それじゃあ困らない?

 

「私の死亡時に外にいた眷属とは、もう二度と会えなくなるってことですか?」

 

 メリーさん達は問題ないけどさ、これから行く世界によっては戦闘系の眷属とかできる可能性があるよね。私が死ぬときに仕舞いこまなきゃいけないのは困ることになりそうじゃない?

 つまりさ。

 例えばドラクエみたいな世界に行ったとしてさ。仲間になったモンスターと一緒に冒険してレベル上げて強くなったのに、ラストバトルはガーデンで待機ね、ってのはね。ちょっとどうかと思うんだよね。

 

 あ、私が死ぬ時に装備している武器防具はどうなるの? それも持ち越せないなら、マジで、ラストバトルは眷属なし、武器防具なしの単独裸装甲で戦うことになる。

 なにそれ、絶対死ぬ。

 

 粘り強く交渉した結果。

 

・死亡時の所持品、装備品は倉庫へ収納される

・死亡時に前世の世界に取り残した眷属は、被験者との魂の繋がりが深く、互いに再会を深く望むのであれば、次の世界に眷属も生まれ変わることができる。縁があれば出会えるから頑張って探せ

 

と決まった。

 世界によっては眷属召喚などの技術もあるからその手の能力を得るのもいいだろうと教えてもらった。

 

 

「念空間の中のもの、たとえば収穫した果物やお酒、グリードアイランドのアイテムなどを外に出すことはできますか?」

 

《問題ありません》

 

 お! これは嬉しい。アイテムを持ち出せなきゃ使い道が限られちゃうもの。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

《他に質問はありますか?》

 

「えっと。次の生で、念で攻撃するとその相手も念に目覚めるんですか?」

 

《それはありません。各世界での能力はその世界に存在した者のみが保有できます》

 

「じゃあ相手を念で攻撃しても精孔が開いて殺してしまうってことはないんですね?」

 

《念に触れても相手の精孔が開くことはありません》

 

 よかった。敵に念能力を芽生えさせちゃったりする危険はないんだ。

 ちょっとほっとする。

 

 殺しちゃうのも問題だけど、敵にこんなトンデモ能力を与えて強さ倍増とか、ほんと困るもんね。

 

《眷属となった者達も次の世界での能力が発現する可能性もあります。いろいろ試してみるといいでしょう》

 

「ほんとですか! ありがとうございます」

 

 

《次に、グリードアイランドのアイテムの件です》

 

「あ、attentionの『いくつかは没収』ってやつですね?」

 

《まず、〇〇の卵シリーズは効果が高いので、ひとつのみ有効とし、残りは没収となります。選択してください》

 

 ううう。卵はめちゃくちゃ使えるから、頑張って全部複製させてもらってたのに……

 くそお。しょうがない。

 もうひとつだけなら、これしかないな。

 

「では、パイロットください」

 

《了解しました。『超一流パイロットの卵』のみ倉庫に残し、他の卵系カードは没収いたします》

 

 パイロットの卵は期待できるよね。次の生でしっかり孵そう。

 

《生き物のカードは人型1枚、動物型1枚に限定します。それぞれ1枚だけお選びください》

 

 集めたカードで棚ぼたみたいに眷属を増やすのがダメってことかな。うん。これもしかたない。

 

「金粉少女とシルバードッグを残してください」

 

《了解しました。金粉少女とシルバードッグを残し他のカードを没収します。転生後速やかにカードから実現化されることをお勧めします》

 

 金粉少女は人間だから話し相手になる。それにガーデンに家族が増えればメリーさんもきっと喜ぶ。もちろん金策にも期待しています。

 

《他者の精神を操作するたぐいのもの、あまりにも有利になりすぎるものは管理者が面白くな……他の被験者に対し不平等となりますので却下されました》

 

 面白くないって言いきればいいじゃん。手打ちなのに芸の細かいこと。

 

《取得済みのアイテムのうち、黄金天秤、スケルトンメガネ、もしもテレビ、リスキーダイス、コネクッション、移り気リモコン、レンタル秘密ビデオ店、真実の剣は没収いたします。

 また、亡くなったご両親とのやり取りのために使っていた『死者への往復葉書』も使い方次第で容易に情報を集めることが可能ですので、申し訳ありませんがこれも没収となりますのでご了承ください》

 

 レンタル秘密ビデオ店、すごくお役立ちだったのに。

 

 往復葉書もだめ、なのか。死人に聞けるのはズルいか。うん。これはしょうがない。

 うん……残念だけど……

 

 お母さんやお父さんとやり取りしていたのに。

 死んでからもずっと話ができるなんてずるいのか。うん。残念、あきらめよう。

 

 他のアイテムは残してくれたんだから、良しとしよう。

 

 

《前回の世界ではあなた方被験者の能力値は非常に高く設定されていました。次以降はもっと低くなるとお考え下さい》

 

 ちょっと説明がわからなかったから詳しく聞いた。

 何度かやり取りしてわかったのが、こんな感じ。

 

 

 最初の転生は死にやすいためある程度能力値に補正をかけていた。管理者もはじめての試みだったため、加減がわからなかったらしい。

 

 私の場合だとオーラの成長率と“発”のメモリが多めに設定されていた。

 特に私は母体にいる妊娠初期から6歳まで衣食住すべてを念で具現化されたもので賄ってきた。その後も常に念に触れていたため、念能力への親和性が高かった。

 

 

 私の場合はメリットばっかりだったけど、そのせいで問題があった被験者もいたらしい。

 

 “能力値をその世界のものの最高値同等程度”としたことで、NARUTOで別の里の有力者の家系に生まれた被験者が原作キャラに代わって人柱力になったり、リリカルなのはの世界で八神はやてより数週間先に生まれ、かつ、魔力値SSだったため“闇の書”の主となってしまった、とかもあったようだ。

 人柱力になってしまった被験者は原作知識がなく、虐げられ隔離されていたことですっかり人間不信になっていて、あげく暁に殺されたらしい。

 きっとその人って尾獣のことを知らないまま死んだんだね。原作知識があれば自分の中にいる尾獣へ語りかけて仲良くなることを考えると思う。そして協力して逃げればいいのだ。尾獣が眷属になって次の生にもついてきてくれるならすごく心強いのに。

 “闇の書”の主は原作を知っているがゆえに、原作を忠実になぞろうとして闇の書に取り込まれた後、夢から覚めずそのままアルカンシェルの攻撃で消滅させられた。

 彼は原作を知っていて内心ハーレム要員扱いしていたため、守護騎士達と信頼関係が結べておらず、眷属にはできなかった。

 他にも能力の高さが目立ちすぎて抹殺されたなど。デメリットの多い人もいたみたいだ。

 

 

 今回からは調整が入った。

 能力値は抑えられた。といっても“十全に”というのはちゃんと有効だから他の人よりはじゅうぶん高い能力値になるが、そこそこ優秀程度の才能に収まるからあとは努力次第です。と言われた。

 

 でもこれから私達って能力値が加算されていくんだよね? なら今後の転生でも人柱力になったり“闇の書”の主になったりする可能性だってあるんじゃない?

 そう考えたけど、生まれた時に強制的にそういう役割になることはないよう設定を調整した、らしい。成長したあとでどうしても“闇の書”の主になりたければ本人がそのように動いて自力で勝ち取ることはできるらしい。強制成り代わりはないけど、自主的にキャラの立ち位置に成り代わるのはアリってことね。

 

 

 一度目の転生で長生きできたものはほとんどおらず、だいたいみんな成人前に亡くなってしまったんだって。

 能力値の高さのせいだけじゃなくて、固有スキルがバレて監禁されたり、捕まって解剖されたりって人もいたんだとか。怖え……

 次は頑張ってくださいね、と言われた。

 

 

 

 後、転生先はランダムだけど、どういうふうに決めているのかも聞いてみた。くじ引きというか、ガチャみたいなものらしい。抽選は基本的に3段階なのだそうだ。

 

1.転生先の世界選択

  (選択肢から前回までの転生先を除いて、そこからランダム)

2.確定した世界での転生時期選択

  (主要登場人物に関与できる年代のいずれかからランダム)

3.その世代における登場人物との関係性

  (主要登場人物の家族、幼馴染などから全くの他人までランダム)

 

 主人公と同年代だけじゃなくて、物語の根幹にかかわる出来事に干渉できる年代や、他の主要人物と接触できる年代に生まれることがある。

 

 HUNTER×HUNTER世界を例にすると。

 

 私はゴンと同年代に生まれた。

 たとえばジン世代に生まれてジンと冒険するって可能性もあったし、クロロやイルミ、ヒソカと同年代に生まれて蜘蛛の立ち上げメンバーになったり、天空闘技場で君臨したりなんて生き方もあったかもしれない。

 私はモブ家族に生まれたけど、ゴンの双子とか、キルアの兄弟とか、もしかしたらキメラアントの護衛軍の4匹目になってた可能性だってある。

 

 

 そのほか、いろいろ説明を聞いた。

 まあそのあたりも、のちのち必要に応じて説明しよう。今は情報量がいっぱいすぎて。

 

 

 さてと。

 次、だね。

 

「私の姿はどうなるんですか?」

 

《基本的な貴女の姿は前回のエリカ・サロウフィールドのものです。

 それをもとに、転生先の両親の遺伝子的特徴を加味した姿で生まれてきます》

 

 そっか。両親がどんな国籍の……ってかどんな人種になるかまだわからないわけだし。

 世界観によってはエルフやドワーフなんて種族だってあるかもだもん。つまり前のエリカの外見プラス今後の両親の種族や姿の特徴ってことだ。

 

 あんまり変わらないのならメリーさん達にあった時に彼女達が混乱しなくてすむかな。

 知らない人扱いされたら死ねる。あ、転生するなんて説明してないからいきなり子供になっててびっくりするかも。

 

 記憶が戻ったらガーデンの時間も進みはじめるって話だし、早くメリーさん達に会いたい。

 

《では、良い人生を》

 

 

 



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H×H世界 最終リザルト

【固有スキル】

・短距離転移(ステップ)

    (ステップ)と念じることで、視界の届く範囲内へ即時転移できる

・長距離転移(ジャンプ)

    あらかじめポイント登録した場所へ転移できる

    転移ポイントは9ヶ所(1,2,3,4,5,6,A,B,C)

    登録は(ポイント○登録「場所名」)

    発動は(ポイント○、ジャンプ)、または(「場所名」、ジャンプ)と宣言

 

 

【念・発】

・ここは私の領域(シークレットガーデン)

 │  念空間を作成する。通称ガーデン

 ├小窓(ポップ)

 │  視界の任意の場所に外界と念空間を繋ぐ小窓を開き、これを維持する

 ├小窓を門へ(ゲート)

 │  窓を触ることで外界と念空間を繋ぐ門が開く

 ├倉庫(インベントリ)

 │  時間停止の物品専用収納空間

 └自由な手(ドラポケ)

    自分のものに触れて(収納)と念じると念空間の任意の場所へ収納できる

    ガーデンと倉庫のものを自由に取り出せる

・影分身(ドッペルゲンガー)

    実体を持つ分身体を作り出す

・所有権書き換え(マスターエクスチェンジ)

    所有権を自分のものに変更する

・我が愛しの歌姫(レディ・シルヴィア)

    音波や多彩な音階を奏でることができる楽器を生み出す

    ※サクソフォンを生み出すだけの能力

     演奏については『超一流ミュージシャン』の能力と今後の修行次第

・生まれ故郷を忘れない(バーチャルリアリティGI)

    シークレットガーデンをGI仕様にする能力

    ※今後使用しない一度だけの能力

・触って真似る疑似結界(まねっこ)

    GIの結界を解析・模倣する能力

    ※今後この能力を使うと死ぬのでもう使えない

 

【念・特記】

・系統:特質系

・神字 基礎初級程度

・“円”のサイズ:半径120メートル

・堅の持続時間:4時間

・影分身:最高15体

・シルヴィアの習得技術

    結果をイメージして演奏することでのバフデバフ

    衝撃波

・呪曲

  ・ほむら(専用楽器:二胡)……癒しと浄化効果

  ・さざなみ(専用楽器:篠笛)……敵へ恐怖の状態異常を付与

  ・野の春(専用楽器なし)……戦意消失、リラクゼーション

・『超一流ミュージシャン』の才能

 

 

【特記:眷属取得】

・メリー

   種族:メイドパンダ(♀)

   〔絶滅寸前の珍獣。

    大変きれい好きで料理が趣味。人間の子供の面倒を見るのが得意な種族〕

   能力:『超一流アーティスト』の才能

・ラルク

   種族:カメレオンキャット(♂)

   〔絶滅寸前の珍獣。様々な動物に変身できるが体積を変化させることは出来ない〕

   能力:念能力者

・7人の働く小人(♂)

   種族:小人。7体で1組。

   〔主人が寝ている間だけ、代わりに働いてくれる。

    ただし主人の能力を超えるほどの要求には応じない〕

 

 

【シークレットガーデン関連】

 

 パブリック施設

  ・アトリエ

  ・図書館

  ・音楽堂

 

 家の奥にアトリエ、図書館、音楽堂が並んでいる。それぞれに保管庫用大型コンテナ

 

 パブリック施設付近に公園

  ・酒生みの泉

  ・不思議ケ池

  ・豊作の樹

 

 家のそばに

  ・花畑(墓)

  ・菜園

  ・燻製小屋

  ・貯蔵庫

 

 中心に公園(パンダと猫のオブジェ) ※破損中

 

・HUNTER×HUNTERの両親が残してくれた家

  二階建て、二階に個室4つ

  『7人の働く小人』が家事の手伝いをしてくれている

 

  家に設置してあるグリードアイランドの装置

  ・湧き水の壷

  ・美肌温泉

  ・リサイクルーム

  ・コインドック

  ・バーチャルレストラン

 

 

【所有物(グリードアイランド)】

  ・人生図鑑

  ・アドリブブック

  ・記憶の兜

  ・魔女の若返り薬(残数43粒)

  ・ホルモンクッキー(20枚入り8箱+9枚 残数計169枚)

  ・聖騎士の首飾り×2

  ・即席外語スクール

 

 (カード状態のもの)

  ・金粉少女

  ・シルバードッグ

  ・超一流パイロットの卵

  ・一坪の密林

  ・魔女の若返り薬(100粒)

  ・湧き水の壷

  ・豊作の樹

  ・酒生みの泉

  ・美肌温泉

  ・大天使の息吹(2枚)

  ・ホルモンクッキー(1箱20枚入り、10箱セット)

  ・ウグイスキャンディー(1袋50粒入り、10袋セット)

  ・マッド博士の整形マシーン

  ・プラキング

 

 

【所有物(その他)】

 ・念具ピアス(念修行用負荷装備)

 ・念具ベルト5点セット(筋力強化用負荷装備)

 ・“漂流物”皮表紙の本

 ・クロロ=ルシルフルの本・盗賊の極意(スキルハンター)

 ・楽器いろいろ

 ・神字の教本と見本含む念具いろいろ

 ・生活雑貨、服、食品、金銀宝石、もろもろ山ほど

 ・スコップ、つるはし、剣など量産品武器 多数

 ・ハンターライセンス

 ・グリードアイランドのゲーム本体

 ・HUNTER×HUNTER世界のお金 100億強

 

 

 




※入れ忘れていた項目を追記しました


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ハリー・ポッター
転生しました


 

 

 

 

 赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 うるさいぐらいギャン泣きしている……と思ったら自分だった。

 そう。

 わたしは、すごく、かなしいのだ。

 

 抱きしめてほしい。撫でてほしい。優しい声をかけて安心させてほしい。

 なのに。

 

 

「チッ、うるさいねぇ。ガキって泣いてばっかり。殺したくなる」

 

「しかたあるまい。赤ん坊は泣くものだ。おい、ロニー、なんとかしろ」

 

「かしこまりました、ご主人様」

 

 苛ついた女性の声と宥める男の声。そしてそれに応えるキーキー声。

 

 よくわからない。

 わからないから、私はいっそう泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも。

 やっと記憶がはっきりしてきました。二回目の転生だね。

 エリカ3歳です。フルネームはまだ知らない。

 

 

 えっと。

 うちの両親は私に興味がなかったみたい。虐待はされてないけど、可愛がられてはいない。

 抱き上げてもらった記憶がない。

 

 

 そしてある日を境にぴたりと姿を見せなくなった。

 

 

 

 私のことは、ロニーが万全の態勢で世話をしてくれる。

 

 家中をピカピカに磨き、美味しい料理を作ってくれ、私が呼べばすぐに現れていろんな要望に応えてくれる。

 

 

 

 

 

 ――なんていうのかさ。

 

 前の生の時、記憶が戻ってからさ、最初に考えたのって「なんで私ってばパンダに世話されてんの?」だったんだけど、今回も言わせてもらおう。

 

 

 なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで私ってば小人に世話されてんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロニーの容姿をちょっと紹介しよう。

 

 成人男性の膝くらいまでしかない小さな身体。

 ガリガリに痩せた手足。

 コウモリの翼みたいな大きな耳。

 大きなぎょろ目と先の尖ったわし鼻。

 髪のない頭。

 甲高いキーキー声。

 清潔なキッチンタオルで身を包んでいる。

 

 うん。

 わたし知ってる。これ屋敷しもべ妖精だ。

 

 ああ、今回の生は、ハリー・ポッターの世界だ。

 屋敷しもべ妖精がいるんだから、きっと純血の家だね。

 

 わお。魔法の世界だよ。

 

 

 

 

 

 うん。

 

 ハリー・ポッター世界の生き方については後程考えるとして、記憶がはっきり戻った今は、まずメリーさん達に会いたい。

 

 

 今世はじめて使うのだけど、大丈夫だろうか。

 深く息をつき、心を落ち着ける。

 

(ポップ)

 

 心の中で強く願うと、視線の前の空間に小さな枠が開く。そこからガーデンの様子が見えた。

 

 よかった。

 (ステップ)と(ジャンプ)は管理者サマに貰った能力だけど、(ポップ)とガーデンは私が念能力の“発”でつくったものだ。

 

 こうして生まれ変わる前、あの白い部屋で、『記憶が戻る頃には、前世の能力が新しい身体に馴染むようになっています』と担当者サマの説明があった。

 今の私はすでに精孔のあいた念能力者なわけだ。

 

 “発”もちゃんと使えてほっとした。

 

「(ポイント1番登録“ホーム”)」

 

 小さな声でジャンプポイントを設置する。ここは私専用のプレイルームだ。あとで寝室に設置変えしてもいいけど、とりあえずここに設置。

 

 しもべ妖精の気配がないか、もう一度周りをうかがって――とはいっても彼らは姿を消せるからもしかしたら見られているかもしれないけど、いないことを願おう――そっと(ポップ・ステップ)でシークレットガーデンへと飛んだ。

 

 

 HUNTER×HUNTERの世界で最後に見た時と寸分変わらぬ景色……いや、惨状に眉を顰める。

 

 なぎ倒されて折れたパンダの像。何かが激しくぶつかったような割れた石畳。

 前世の死体はないようだ。

 血痕すら残さず消えてくれたんだろう。

 

 

 せっかくメリーさんが丹精込めて作ってくれた公園なのに。

 像は作り直しになるのかな。

 

 おっと。

 忘れていた。

 『影分身(ドッペルゲンガー)』で影をひとり出して、ホームへ戻ってもらう。影には私の代わりにおもちゃで遊んでおいてもらおう。

 

 

「(ポイント6番登録“ガーデン”)」

 

 これだけは永久固定の番号。6番にガーデンを登録した。よし。

 

 

 

「ん? ……あ。そうだった」

 

 中心地点にぽつんと置かれた怪しげな本。

 お父さんがクロロから奪った本だ。

 

 

 留め具も何もないのに開くことのできない、皮表紙の本。

 

 怪しい気配、と思っていたもの。今ならわかる。魔力だ。

 きっとこれは魔法で封をされている。

 

 魔法ならこれはハリー・ポッターの世界の本なんだろうか。

 表紙には金で描かれたドラゴン。

 このドラゴンに魔法的な何かをすれば本が開くのかも。

 

 杖を手に入れたら何か試してみよう。

 

 

 

 それまでどこにしまうか。

 

 ガーデンの中にあるものはみんなドラポケでいつでも取り出せる。

 でもさ。ドラポケは自分の所有物しか使えない。この本は、まだ私のものじゃない。

 

 今はどうしようもない。誰かが迂闊に触らないよう、私の寝室にでもしまっておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 公園を抜け、我が家へと向かう。早く家族に会いたいと焦る気持ちにまだ3歳の身体がついていかない。よたよたぽよぽよと頼りない足取りで、それでも急ぐ。

 

 三歳児にはノッカーもドアノブも届かない。精一杯手を伸ばして玄関扉を叩こうとした時。

 

「にゃ!!!」

 

 扉の猫ドアからすごい勢いで飛び出してきたラルクが私に飛びかかってきた。

 

 まだ修行もしていない小さな身体にその衝撃は大きかった。胸に飛び込むラルクを抱き留めかね、一緒になってごろごろと転がってしまう。

 

 ラルクがびっくりしている。

 あれ? 小さい? って戸惑っているのがわかる。

 

「ただいま! ラルク」

 

 精一杯抱きしめる。

 柔らかくて毛足の短い苔みたいなふわもこ毛皮に顔を埋める。はあ、落ち着く。

 

 そうしていると玄関が開き、メリーさんが走りよってきた。

 メリーさんも小さくなった私に驚いているようだ。

 

 

 今回の姿は前の“エリカ”とはちょっと違う。前よりもっと色白で、髪はゆるい巻き毛の黒髪。

 たぶん今生の両親の遺伝で、目が灰色で若干シャープな目鼻立ち。

 前も洋風美幼女だったけど、今回もとびっきりの洋風美幼女だ。ロニー達に着せられる服装からしてもすっごく貴族っぽい。

 

 だけどしっかり前のエリカの面影がある。

 メリーさんもラルクもちゃんと私を“エリカ”だってわかってくれた。

 

 

 メリーさんは何が起きて私が幼女に戻ったのか、心配でしかたないらしい。具合が悪くないか、どこか辛くないかと真剣な表情で(パンダだけど)身体を触ってみている。

 

 久しぶりに無条件に与えられる愛情にふれて、胸がきゅっと苦しくなる。

 

「あいたかった。メリーさん、ラルク」

 

 ぎゅっと抱き着いた。

 

 しばらく再会を喜んで抱き合ってから、屋敷に入るとリビングのソファによじ登る。

 いつもの席に座ると「帰ってきた」と実感できた。うん。おうち最高。

 

 

「あらためて。久しぶりメリーさん、ラルク。しんぱいかけてごめんね。また会えて、ホントによかった」

 

 ラルクを胸に抱き、メリーさんにそっと抱き着く。

 しわ一つないエプロン姿のパンダ。私よりも高い体温に包まれて、帰ってきたと実感する。

 ああ、しあわせだあ。

 

 

 小さくなった私に母性本能をぎゅんぎゅん刺激させられたのか、メリーさんがめちゃくちゃ過保護だ。

 

 膝に乗せてあーんでお菓子を食べさせようとする。

 

 

 そういえば3歳の頃はこうだったかもしれない。

 あれ? じゃあ私って同じ3歳なのに今回の方がちょっと精神的にも大人かも。これも成長?

 

「メリーさん、エリカ赤ちゃんじゃないよ」

 

 って言ったけど、胸に抱きしめられて背中をぽんぽんされたら、あ、もうだめ。

 なんという安心感。

 

 身体が溶けてしまいそうな安らぎに、たっぷり注がれる愛情に、この腕の中は世界中のどこよりも安全だと思える。

 幸せすぎて泣きだしてしまった。

 

 今なら私に無関心な両親のことも許せる気がする。……いや、うそ。許せないな、やっぱり。

 うん。さみしかったんだ。

 すっごく。

 

 ――さみし、かったんだ。

 

 さすが3歳。“さみしい”と感じたとたん、制御できない感情が高まってギャン泣きした私をメリーさんはいっぱい甘やかしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し落ち着いて、お互いの状況を話す。

 

 メリーさんは傍にいた私の影が突然消えて(おそらく私が死んだ瞬間)、驚いたと思ったらふっと眠けが襲ってきてソファに倒れ込んだらしく、気が付いたのが今だったのだそうだ。

 急に意識が戻って、私がいないし、何かあったのかもと心配していたのだとメリーさんが言葉を話せないかわりに身振り手振りで説明してくれた。

 

 

 いきなり三歳児に戻ったのは、別に病気や呪いじゃなくて、新しく生まれ変わったのだと説明した。

 “生まれ変わった”なんて話、メリーさんはすごく驚いた。

 前世ではそんな話はしなかったもの。

 

 これから何度も私が生まれかわること。それから、生まれる世界はまた違う世界なのだと説明する。

 まだ幼い口が上手に言葉を紡げないのが悔しい。

 

「だからまた3さいからはじめるから。こんどは長生きしたいなあ」

 

 メリーさんは「不思議な話ね」とばかりに首を傾げている。ラルクはよくわかっていないみたい。

 

「でね、これからはメリーさんもラルクも外に出られるようになったの」

 

 本来ならグリードアイランドの中でしか生きられないはずの二人。ガーデンを疑似グリードアイランドとすることで誤魔化していたわけだ。

 メリーさん達は私の眷属となったため、今後は外に出ても存在していられることになった。

 

 だけど、二人とも今度の世界でもちょっと目立つから、やはりかくれていなくちゃいけない。

 また不自由をかけるけど、ごめんね、と話すとメリーさんは「心配しなくていいんですよ」とばかりに優しく首を振る。

 

 

 そして、この世界には魔法があるのだと言うと、メリーさんは両手を頬にあてて驚いたしぐさを見せる。いつもながら可愛らしい。癒される。

 

 メリーさん達にも魔法が使える可能性があると言えば、目を輝かせて喜んだ。かわいい。

 

 ハリー・ポッター世界の魔法は生活に根差した魔法が多いからメリーさんも覚えたらすごく便利かも、とどんな呪文があるか説明する。

 

 まず、料理や掃除洗濯に使える魔法が多い。

 魔法薬を作るためのものだけど料理にも流用できる内容が多いからだ。鍋をかき回す呪文や煮込む時間を短縮する呪文、服を洗ったり水分を飛ばす呪文、同じ形に洗濯物を畳む呪文、埃を集める呪文、綺麗に汚れを落とす呪文などなど。

 

 話すとすごくやる気になったようだ。

 私が杖を手に入れれば、メリーさんも一度試してみようね、と話す。もし使えるようなら一緒に修行したいとかなりの前のめりな感じ。

 うんうん。魔法、楽しそうだよね。

 

 

 

「あ、そうだった」

 

 金粉少女とシルバードッグをゲインしておこう。

 

 担当者サマに仲間にしていいってお許しを貰ったんだから早めに出しておきたい。

 ガーデンに家族が増えるのは大歓迎だし、どうせなら一刻も早くゲインさせて、ちゃんと友達になりたい。

 

 それに彼女達の出してくれる金粉と銀塊は、私の糧になる。

 

 『金粉少女』は1日1回の入浴で約500gの金粉が採れ、『シルバードッグ』は1日5gの金をドッグフードに混ぜて与えると、1kgの銀糞を出す。

 

 私の今の状況がよくわからないから、お金があるに越したことはない。魔法の道具類はめちゃくちゃ高価なものが多い。先立つものはいくらでも必要なのだよ。

 それに金銀はどの世界に行っても通用するだろう。

 

 

 (ドラポケ)で一枚のカードを取り出す。グリードアイランドの指定ポケットカード『金粉少女』のカードだ。

 

「『金粉少女 ゲイン』」

 

 唱えるとカードが煙に包まれて消え、金粉がふわりと飛んだ。

 キラキラと舞う金粉エフェクトのなか、一人の少女が立つ。

 16,7歳くらいかな?

 髪は頭の左右でお団子にまとめていて、パンツスタイルのチャイナ服を着ている。

 

 うん。可愛い。

 

「はじめまして。わたしはエリカ。こっちはメイドパンダのメリーさんで、カメレオンキャットのラルク。わたしたちの家族になってください。これからよろしくね」

 

「はじめまして。よろしく、マスター。メリーさんもラルクもよろしくね」

 

 中国語だったらどうしようとちらっと思ったんだけど、日本語だった。私のことは「エリカ」でいいと言ったんだけど、そこは譲れないらしい。

 

 あ、そうだ。

 ここはイギリスで、私は家では英語をしゃべっている。3歳だからカタコトだけど、これからは英語の練習もしなきゃだ。

 私とは日本語で会話ができるけど、魔法を覚えようと思うなら英語の習得が必要になってくるものね。

 

 なんて頭の隅で考えつつ、話を続ける。

 

 

 

「えっと。あなたのなまえ、だね。『小雪』ってどうかな?」

 

 さっき、カードをアイテム化した時のエフェクトで、金粉がふわりと飛んだ。

 それが粉雪が舞うように綺麗に見えたから。

 

 フランス語の雪で「ネージュ」とか、チャイナ風だから「シュエ」のほうが良かったかなと思いつつ、やっぱり最初に思いついたのがこれだから、『小雪』で。

 見るからに東洋系の顔立ちなのだから、日本名でも違和感ないよね。

 

 そんなことを幼い舌足らずな口調で一生懸命説明すると、ふふふと笑って、「小雪、いい名前ね、ありがとう」ってはにかむしぐさが可愛らしい。

 仲良くできそうで嬉しい。

 

 

 それから、もう一枚。

 

「『シルバードッグ ゲイン』」

 

 現れたのは、毛足の長い犬。全身の毛が真っ白……ううん、すごく綺麗な銀色。

 って、この子もラルクと一緒でまだ子供だね。

 ふくふくもこもこしてて可愛い。

 

「かわいい! わんちゃん! よろしくね」

 

 

 もしかしたら愛玩系の動物は子供の姿でアイテム化されるのかも。

 だって育てるなら子供の頃から一緒にいたいもの。

 

 メイドパンダは子育てや家事という仕事を頼むためにアイテム化するわけだし、金粉少女は種族自体が“少女”だからこの姿がデフォルトなのかな。

 担当者サマも『設定された年齢に達すればその後は寿命も加齢もない』と言ってたから、小雪はこのまま、シルバードッグは成犬になったら成長が止まるってことかな。

 

 可愛いなあ。ふくふく毛玉みたいだけど、脚が太い。この子、大きくなるかも。

 ピレニーズくらいになる?

 ふふっ、楽しみだね。

 

 ってかこの綺麗な光沢のある白銀色は貝殻みたいだなあ。マベパール? シェル? パールもいい。

 あ、でもシェルにしたら、ラルクと一緒でらるく&しぇる→ラルクアンシエルだ。ってこんなダジャレでもうしわけないけど。

 

「なまえはシェル、ね。どう?」

 

 嬉し気にソファに乗り上げぺろぺろ舐めてくるわんちゃんをわしわしと撫でる。3歳児の私と顔の大きさがほとんど変わらない。うきゃあってはしゃぐとラルクまで参戦してきた。

 ちょっ、待って。ころがるからあ。

 

 

 

 くんずほぐれつ、三人で遊びました。

 楽しかったです、はい。

 

 

 というわけで。

 メリーさんがお母さん、家主で長女な私(3歳児)、長男ラルク、次女小雪、次男のシェル。

 我が家が5人になりました。あ、小人さん7人もいるね。

 

 メリーさんの仕事が増えて申し訳ないけど、大家族楽しくてしあわせ。

 大きくなったらお手伝いするから、ね。

 

 

 




ご意見、ご感想ありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。間違い多くてすみません。

新しい世界は『ハリー・ポッター』です。やっとクロスオーバーのタグが仕事します。
読んでくださると嬉しいです。


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修行を始めよう

 

 念修行、楽器練習、戦闘訓練、それから魔法。

 やらなきゃいけないことはいっぱいある。

 

 身体能力を鍛えるにはできるだけ小さい頃から始めた方がいい。これからいっぱい修行するよ、という話をすると気遣わし気にそっと寄り添って背を撫でてくるメリーさん。「頑張りすぎじゃないですか?」とでも言いたいのかな。

 

「だいじょうぶ。私、しゅぎょーすきだもん。影もあるしだいじょうぶだよ。それに、ちゃんといっぱい遊ぶしね!」

 

 幸いなことに……と言っていいのか、私が今住んでいる家には私以外はしもべ妖精しかいない。

 

 月に1,2度、親戚のおば様が様子を見にきてくれるくらいだ。

 

 当面は影を一人家に残して、私と残りの影はすべてガーデンで生活していくと決めた。

 

 

 

 私にとって久しぶりの、メリーさん達にとってはほんの少しの間ぶりの再会の挨拶を終え、私は屋敷を出て外に立つ。

 まずこの三歳児ボディがどれくらいのことができるのかを確認しておかなくちゃね。

 

 

 まっすぐ立ち、深呼吸を繰り返し精神を落ち着ける。

 身体の中にあるオーラを感じる。

 

 念は強力な生体エネルギーだ。出産のときに母体を傷つけてしまわないよう、記憶が戻る時まで身体の奥底に封印されていたんだそうだ。

 あの部屋で担当者さんに教えてもらった。

 

 記憶が戻った今は、まだ3歳ながら問題なく使えている。

 “ガーデン”が存在しているのだから私の“発”はすでに発動している。

 

「“纏”」

 

 身体にそっとオーラを纏わせる。

 

 ボディが変わってもオーラの量は前世の最期、12歳の頃と変わっていないようだ。3歳児なのにこのオーラ。

 “能力持ち越し”マジ素晴らしい。

 3歳でこれならまだまだ伸びしろがあるってことでいいよね?

 

 

「“纏”、“絶”、“練”、“隠”、“凝”、“円”、“周”、“硬”、“堅”、“流”」

 すべて問題ない。

 

 体感三年ぶりにする行動だけど、身体ではなく精神か何かがちゃんと覚えているようだ。“流”の滑らかさとか、“堅”から“硬”に移行する速さとか、まだまだてんでダメダメだけど。

 でも、今の私は3歳だからね。

 これからの成長を思うと夢が広がりんぐですわ。

 

 “発”も。

 シークレットガーデンの中は変わりない。(ドラポケ)(ポップ)(ゲート)なども試してみたけどちゃんと使える。

 この身体がまだ幼くて動きがぎこちないけどその点はしかたないのかもしれない。

 

 

「レディ・シルヴィア」

 

 手に現れた重い金属の手触り。

 さすがに三歳児の手では演奏は無理。肺活量だって少ない。

 たとえ演奏の必要がない衝撃波を放ったとしてもそれほどの攻撃力は見込めない。

 

 すべてはこれからだ。

 でも。シルヴィアは私の大切な相棒。演奏できる年まで具現化しないなんてできないよね。

 念で具現化するものは術者の愛情によってその威力が変わる。

 これからもちょくちょく出して触れていよう。私が大きくなったら何を吹くかシルヴィアにちゃんと語っておかなきゃね。

 

「これからまたよろしくね、シルヴィア」

 

 シルヴィアの冷たいボディをそっと撫でた。

 

 

 ……あ! そうだった。

 倉庫から念具を取り出す。

 ピアスと、5つに分かれたベルト。ディアーナ師匠に貰った訓練用装備だ。

 ピアスは“オーラに負荷をかけ、オーラの総量を増やす”念具。

 ベルトは5つのパーツに分かれていて、ウエスト、両手首、両足首に肌に直接触れるようにつけるもの。“全身に負荷がかかって筋力が鍛えられる”念具。

 

 これをまたつけたい。

 特にピアスは一刻も早く付けたい。オーラの総量は攻撃力と持久力にかかわる。

 

 でも衣食住すべてをロニーに管理されている子供が、いつの間にかピアスしてたらおかしいよね。

 

 外出できるようになって、ある程度私物を持てるようになるまで待つしかないか。

 うん。子供って不便だ。

 

 とにかく、ピアスは私物を買えるようになればすぐに、ベルトはある程度身体ができてからじゃないと駄目だから10歳から、と決め、念具をもう一度倉庫へ(収納)した。

 

 

 ……と。

 倉庫の中に見慣れない本を見つけて、ん? と感じ、そして、思い出した。取り出してみる。

 

 本、だ。

 クロロの能力を奪えたわけじゃないんだけど、クロロが念能力で具現化させた、表紙に手のひらのマークのある、いかにも魔導書っぽい禍々しさに溢れた本だ。

 中を開くと、見開きに、左側に能力者の顔と名前、右側に能力の説明が載っている。

 能力を奪い、己の力として使うための、本。

 

 所有権は私にある。でも、ページに触れてオーラを込めても何も感じない。

 

 さすがに能力を奪えたわけじゃないものね。

 

 でもさ。()()()()()わけじゃないんだよ? 所有権を()()()()たんだ。

 使うたびに毎回念で生成するんだからまた新しく生み出せば使えるんだろうけど、でも次に生成した本も所有権が私のままなら、すっごく嬉しいのに。

 うーん。どうだろう。シルヴィアだって毎回新しいものが生まれる。欠けても折れても消して新しく出せばまた新品だ。同じものじゃない。

 でも、シルヴィアと私の親密度っていうか、経験値っていうか、使えば使うほどシンクロ率が上がっていくっていうか。だから毎回新しいけど、アバターは新品だけどマスクデータは当然継続しているっていうか……自分で言っててわけがわからなくなってきた。

 でも親密度ゼロどころか親密度極悪、経験値初期化、シンクロ率マイナスになっていそうじゃない? だって他人の所有物なんだもん。それでうんと苦労すればいいんだ。

 

 あの『転生の部屋』で、クロロがどうなったかも聞けばよかった。あそこにいる間は感情に制限が掛かっているからか、仲間達の心配はしても、クロロざまあできたかとかそんなことを問いかけるなんて思い付きもしなかった。

 

 所有権書き換えはきっと何某かの影響はあった、と思いたい!

 それか、クロロの制約か誓約に、“他者に奪われて取り戻せなければ能力が消える”とかあれば、すごく嬉しい。

 私を殺した奴だからね。

 

 原作漫画では、けっこう好きなキャラだったんだけど。

 原作ファンとしては、仲良くなりたかった。

 

 お母さん達は知り合いだったみたいなのに。

 うちのメリーさんの作った絶品プリンを一緒に食べるような、そんな穏やかな出会いをしたかったよ。

 もうどうしようもないことだけど。

 最後に、一泡吹かせることができただけでも、ヨシとしよう。

 

 この本、私に使い道なんてまったくないけど、まあ記念品のひとつとして残して置こう。いつか何か思いつくかもだし。ものすごい使い方ができるかもだし。

 私はまた、そのスキルハンターの本を倉庫へ収納した。

 

 

 他のアイテムもいろいろと見てみる。

 ただの紙屑になった百億ゼニーとか、記念品的なハンター証とか。

 グリードアイランドのアイテムがだいぶ没収になってしまったのは悔しいかな。

 でも、まあ、わからないでもない。

 だって安易すぎるのは担当者サマ的にNGなんだろう。

 

 私達被験者は上位者になれるとこまで頑張れって言われてるんだ。あまりに攻略が容易になりすぎるのはいつまでたっても私自身の成長にならないから、没収なんだろうなあ。

 

 だってたとえばさ、私は持ってなかったけど『縁切り鋏』を持って転生できたとする。

 この『ハリー・ポッター』の世界でさ、トム・リドルや死喰い人の写真なんて山ほど手に入る。ハリーや主要キャラと一緒にみんなで縁切り鋏を使ってざくざくやればさあ。ヴォルデモートが復活しても迷惑かからないんだよ。二度と会うことはないんだから。

 

 行動するたびに『もしもテレビ』で敵がどう動くか確認してから行動すれば失敗はないし。

 『コネクッション』に相手を座らせさえすれば何でも一度はお願いを聞いてくれる。マルフォイパパに「『トム・リドルの日記』をちょうだい」、とか、銀行のゴブリンに「ハッフルパフのカップを取ってきて」とか。

 『レンタル秘密ビデオ店』で今ヴォルデモートがどこにいるか調べたりさ。

 便利すぎるんだよ。こんなの使って生きてたら私、アイテムに頼り切って努力を忘れる。成長どころか、のび太くんになるよ?

 

 実は内心、没収されるかも、って思いながら集めた。

 むしろそっちが目立てば『◎◎の卵』や『金粉少女』や『魔女の若返り薬』なんかが目立たないから良いかなあなんて考えていたんだ。

 『卵』は一枚だけになったのはちょっと残念だけど。

 でも、『マッド博士の整形マシーン』と『ホルモンクッキー』『ウグイスキャンディー』がOKだったのが幸運だと思う。小雪とシェルも仲間になったし。

 それにもう一軒家を建てた時用に美肌温泉とかもろもろを用意していたのが没収されてないのが嬉しい。これはまたもっと先まで大事に取っておこう。

 

 グリードアイランドのゲーム本体もあるけど、これももう使えないよね? たぶん。だってアイテム没収するくらいなんだし。まあこれも記念品かな。

 

 

 

 

 さてと。

 

 今の身体はこの世で新しく生まれた別の身体で、しかもまだ3歳の幼女。

 

 幼児は体のバランスが悪いから高度な動きは無理だし足も遅いし持久力もない。

 コツは知っていてもいきなり上手に動かせるわけはない。

 前に覚えた技術を新しい身体に馴染ませていく必要がある。

 

 これから幼い身体と未成熟な精神に無理のないよう、ゆっくり進んでいこう。

 ついつい応用技までやっちゃったけど、当面は“纏”“絶”までだな。影に分担させるのももう少し先にしよう。影を消した時に集約された情報を処理するのに私の若い脳に負担がかかってしまうもの。

 

 まず運動して体力つけて、それから精神集中法の“点”も始めよう。

 前世でもまだまだ成長途中だったのだ。これからももっと強くなれるはず。

 

 

 

 よし、ランニングだ、と気合を入れてガーデンを走りはじめる。

 ラルクが嬉し気についてきた。ちょっとこの子って猫じゃなくて犬っぽいのよね。そこがまた可愛いんだけど。

 

 んで、私がもたもた走るのを追い越して、「あれ?」って顔で戻ってくる。「遅い? なんで?」って顔が可愛い。

 ごめんよ。能力持ち越してもさ、体力はまだただの三歳児なんだってば。

 

 遊んでるのかと勘違いしたシェルもとたとたともたつく脚で追いかけてきて私にじゃれつく。

 こいつ可愛いなもう。よし、遊ぶか。

 

 どうせ三歳児にろくな体力なんてないんだから。遊ぶだけで十分トレーニングだ。

 

 しばらくラルクとシェルと転がって走り回って遊んだ。

 

 

 あ。パンダと猫の像は理由を説明して、ちゃんとメリーさんに修理を頼みました。

 メリーさんは作り直すらしい。今度はパンダと子猫と子犬にするんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 『ハリー・ポッター』の世界なわけだけど。

 

 

 ここで素晴らしいお知らせがある。

 なんと。

 HUNTER×HUNTERの世界に、『ハリー・ポッター』、ありました!

 ちゃんと持ってます! 私!

 いろいろ買い込んだ前世の私偉いぜ。

 

 

 持っててよかった『ハリー・ポッター』全7巻プラス『呪いの子』。

 買ってよかった『ハリー・ポッター』全7巻プラス『呪いの子』。

 

 残念ながら『ファンタスティック・ビースト』はHUNTER×HUNTER世界になかった。私が死んでから発売されたのだろうか。ニュート・スキャマンダー、好きだったけど詳細は覚えてないなあ。

 とにかく、忘れていることも多いから、またじっくり読み込まねば。

 

 

 この世界の魔法は怖いのが多い。

 

 この危険な世界でなんとか生きていかなくちゃ……

 

 

 

 私はこの世界でどうしたいのか、というと。

 私がどういう立ち位置なのか、今がいつなのかわからないからどうしようもないのだけどね。

 

 ヴォルデモートのことは、ちょっと憎み切れないというか。

 

 だってさあ。

 彼の人生って、同情の余地がありすぎませんか?

 

 まず生まれた時代が悪かった。

 戦争中だよね。食べるものも着るものも少ないあの時代に孤児院暮らしなんてすごくつらかったと思う。

 

 それに魔法族に理解のない孤児院だったから、彼って何度も精神科医を呼ばれたりしてたって書いてた。

 子供時代にそれはキツイ。

 

 院長も他の保母も、気味悪がってトムを愛してなかった。

 子供って周りの大人の感情に敏感だもん。院長達の態度を見れば、孤児たちはトムを排除したり虐めてもいい存在だと判断する。

 陰惨ないじめの始まりだ。子供って残酷だからエグイこともされたはず。

 

 なら、やり返す力を望んでもしかたない。そうしたら魔法使いの力が発現した。望んだのが“他者に勝つ力”なんだから発現した方向がそういうものになったのも無理はないよ。

 

 二度と攻撃する気が起きないよう、強めに反撃しちゃうのもわかるよ。もし私だって自分を守るためなら“さざなみ”吹いちゃう。泣いて土下座してしっかり私との上下関係を叩き込むまで吹き続けるよ。

 服従の呪文(物理)だよ。

 

 トムはきっと自分の味方は誰もいないって考えてたと思う。

 そりゃあもう全方向にウニみたいにトゲトゲ尖らせてたのも無理はない。

 

 「おかしい」「へんだ」「狂ってる」って言われ続けたから、「変なんじゃない、僕はトクベツだから偉いんだ」って思うことで自分の心を守ってたんじゃないかなあ。

 

 

 11歳になってやっと魔法使いだってことを知って。

 でもそれを説明に来たのがダンブルドア。

 

 本読むとさ、『彼の攻撃性に気付いた』みたいなこと言ってるんだけどね。

 トム・リドルは見知らぬ『教授(Professor)』が訪問してきたから、とうとう精神病院に収監されるって思ってたんだよ。攻撃的にもなるよ。

 

 その後、やっと魔法使いってことを信じられて。

 そしたら有頂天になるのもしかたなくない?

 やっと、やっと認められたんだもん。「トクベツ」の意味が本当にいい意味で「トクベツ」なんだって思えたから。

 

 

 入学してからも、ダンブルドアの態度はひどい。

 ダンブルドア、めっちゃ疑ってたじゃん。

 監視して、上から目線で『愛じゃよ、愛』って言うだけで、ダンブルドア自身は決してトム・リドルに気を許していなかった。

 油断しなかった。疑い続けた。そりゃあもうしつこく監視し続けた。

 

 見守る、じゃなくて、監視。

 

 もうちょっと愛してやれてたら、変わったんじゃないかなって思うんだよね。

 

 就職だって邪魔してた。

 じゃあもう悪い事するしかないじゃん。生きていくにはお金がいるんだから。

 

 疑って疑って疑って疑って、実際に殺したら「ほらご覧!」みたいな。ちょっとひどくない?

 

 

 ……まあ、何が言いたいかというと、母親がしっかり生き残って息子を愛してやるか、ダンブルドアがもっと愛情を持って接してやれば、あんな風にならなかったんじゃない? って思うかなってこと。

 

 

 彼は16歳で既にひとりの女生徒を殺している。

 

 でも。忘れちゃいけない。

 私はもっと殺している。

 

 お母さんの仇を討ったのは、7歳の時。

 7歳で二人。9歳で二人。

 そのあともハンターになってから、仕事で何人も殺している。言葉の通じるアリ達も、たくさん、殺した。

 

 もちろん、殺しを楽しみはしなかったよ。傷つけて喜んだりもしなかった。

 でも私も人殺しであることは確かだよ。

 だから。私の倫理観は、たぶん、日本で暮らしていた、あの柳原英里佳とは違うんだ。

 

 

 

 って言ってもね。別にヴォルデモートと仲良くなりたいとか、考えていないよ。

 

 だって私には絶対に守りたいものがある。大切な家族と、ガーデンだ。

 これは、誰にも奪われたくない。

 

 

 この世界には“開心術”や“真実薬”、“服従の呪文”なんていうとっても恐ろしいものがあるんだ。

 

 どれだけ守ろうとしても、どれだけ家族を愛していても。

 万が一私が奴に“服従の呪文”をかけられたら、もうそれでおしまい。

 

 このガーデンの王は彼になり、私はガーデンの維持と、彼が出入りするための扉役のため生かされる木偶になりさがる。

 メリーさんとラルクはきっと戯れにいたぶられて殺される。小雪とシェルは生きた金銀製造機として閉じ込められて飼われるだろう。

 

 安全で誰にも見つからない便利な拠点と奴隷を手に入れた彼は悠々とアズカバンからシモベ達を呼び戻す。

 

 死喰い人がここを闊歩する。

 考えただけで悍ましさに身震いする。

 

 

 そんなこと、誰にもさせない。

 

 私は、絶対にここを守り抜いて見せる。

 

 

 

 

 前回の生は短かった。

 念能力者は120年とか普通に生きていられるはずだったのに。

 なによ、享年12歳って。おのれ、クロロめ。

 

 やっぱりただの元日本人がちょっと力を貰っただけじゃ、まともに生き抜くことすらできなかったか。

 120とは言わん、せめて50か60まであのまま修行を続けてたら、もっと念のエキスパートになれてただろうに。

 

 まあ念の修行方法はちゃんと覚えている。

 これからも修行を欠かさず続けていれば、いつかもっと技の高みへ到達できるだろう。

 

 初回限定みたいだけど、能力付与が強すぎて能力マシマシになっていたらしいしね。

 

 私の世界がHUNTER×HUNTERで、メモリ量が多かったのは私的に凄くラッキーだったと思う。だって派生技が多かったとはいえあれほどの“発”を作れたんだから!

 

 

 ってかさ。

 今回は長生きしたいよね……せめて成人したい。

 

 

 

 

 

 

 ってことで、結論。

 強くなろう。

 

 “堅”でアバダケダブラ……は無理っぽい気がするけど、“周”で攻撃魔法くらい切り裂けそう。『プロテゴ』は念を纏わなくても蹴り抜けそう。そういうのも調べないとね。

 あと念プラス魔法という戦い方を工夫しなくちゃ。

 

 

 念具も魔法に対処できるのか調べなきゃ。

 

 物理&念攻撃用に右手を開けて左手に杖を持つか、(ドラポケ)で杖を自在に出し入れしながら戦うようにするか。それも訓練次第だな。

 シルヴィアや呪曲用の楽器を奏でることも考えると、ドラポケで杖を出し入れするほうがいいのか。

 

 念はこの世界の人に見えない。影やシルヴィアは具現化させているから見えてしまうけど、念弾や“隠”状態の影やシルヴィアは見えない。

 念弾は放出系の技術で特質系の私は苦手な分野だけれど、ここで戦うには念弾は鍛えるべきだ。

 

 ああ。

 影分身に魔法を使ってもらうのはいいかもしれない。後衛だから防御力が低くてもいいし。杖も殴るわけじゃないから複製でじゅうぶんだし。

 

 私が前衛。影が後衛。素晴らしいフォーメーションだ。

 いろいろ考えてみよう!

 

 

 

 

 

 ううう。

 私の状況を知りたい。

 

 しもべ妖精がいるくらいなんだから、純血で、裕福な家庭なんだろう。

 家も豪華だし。服だってレースやフリルがたっぷり。ご飯もイギリスなのに美味しい。

 

 とりあえず、魔法使いの家系に生まれたことに感謝した。

 マグル生まれなら、もしかするとホグワーツから入学許可の手紙が来るまで、ここがハリー・ポッターの世界だと気付かずに暮らしていたかもしれない。

 11歳までの貴重な8年を無駄にするところだったわけだ。

 

 まだ状況は読めてないけど、しもべ妖精がいることで気づけてよかった。

 ここがどこなのか。何と戦うのか。

 

 

 純血。

 怖いな。もしかしたら、闇陣営かもしれない。うちの家族って誰だろう?

 まだ自分のフルネームすら知らないんだもん。

 

 今っていつだろう?

 

 ハリー・ポッターの主要な時代で言えば、ハリー同世代、シリウスやスネイプと一緒の親世代、トム・リドルの爺世代、『呪いの子』の子供世代って可能性も、ニュート世代って場合もあるね。

 魔法族はおしゃれが特殊すぎて私のドレスや家具を見ても時代背景が読めない。今が何時なのかさっぱりだ。

 

 今って何年ってまだ聞けないよ。

 しもべ妖精は用事がないと姿を見せないし、おしゃべりの相手にはならない。

 

 他によく会うのは、月に1、2度顔を見にきてくれる叔母様。

 あとは叔母様の家族にたまに会うくらい。叔父様と私と同じくらいの男の子。

 今度会ったら、もう少し話を聞いてみよう。

 

 それまでは、今の私にできることをするだけだ。

 

 

 

 

 それからは、影をひとり外に残して本体の私はガーデンにほぼ入り浸り、たくさん遊んで、身体を動かして。

 念修行は、まずは【燃】の“点”や“舌”からはじめて、“纏”と“絶”を重点的に。

 

 走り込みや曲の演奏、演奏に合わせてのダンス、念修行と、幼いなりにできる範囲の活動をはじめた。

 

 能力持ち越しはだてじゃない。

 オーラ量は死んだ12歳の時のものまで既にある。

 影分身もすでに耐久性の低い者であれば15体は出せる。

 

 身体は新しく生まれたから基礎体力をつけるところからだけれど、今回の身体も優秀のようでありがたい。

 

 ガーデンにはメリーさんやラルク、小雪、シェルがいるから寂しくない。三歳児の甘えたい衝動はメリーさんがしっかり抱きしめてくれる。

 小雪も優しいお姉さんだ。

 友達はラルクとシェルがいる。

 

 修行は順調だし、けっこう幸せな子供時代を送れそうだ。

 

 

 そうそう。『超一流パイロットの卵』も温めはじめよう。今から始めたらホグワーツ入学前に孵る。

 大丈夫。『超一流ミュージシャン』でコツはわかっている。

 今度はあんなに時間はかからないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『わたしって誰?』という疑問は、会いにきてくれたおば様の顔を見て、目星がついた。

 

「いい子にしていましたか? エリカ」

 

 煙突飛行ネットワークで暖炉から現れたおば様の顔。

 瀟洒で上品なローブを纏う、気位の高そうなブロンド美女。

 

 記憶が戻ってからあらためて見ると。一目瞭然に誰かわかった。

 

「こんにちは。おばさま」

 

 頭の中は大混乱だけど、にっこりわらって挨拶できた私を誰か褒めてほしい。

 

 シシー叔母様だ。

 ナルシッサ・マルフォイ。あの、ドラコのママ。

 

 ってことはあの叔父様はルシウス・マルフォイ? え? たまに遊ぶ男の子はドラコだったの?

 え? 待って! じゃあ私って……私の親って……ま、まさか……

 ええええええええええ

 

 

 




感想ありがとうございます。
新しい世界を楽しみだと言ってくださる方が多くて嬉しいです。
ハリー・ポッターの世界って怖い呪文が多いですよね。

※原作をHUNTER×HUNTERから、多重クロスに変更しました。アドバイスありがとうございます。

※けっこう何度も誤字報告を受けるので追記します。点、舌は誤字じゃないです。
【燃】点(テン)、舌(ゼツ)、錬(レン)、発(ハツ)
【念】纏(テン)、絶(ゼツ)、練(レン)、発(ハツ)



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レストレンジの娘

 

 

「今日からしばらくは私の屋敷で過ごしましょうね」

 

 『私って誰?』の結論が見えそうな……気付きたくない嫌な予想に吹き荒れる私の内心の驚愕をよそに、シシー叔母様は優しい手つきで私を抱き上げると、先ほど出てきたばかりの暖炉に逆戻りした。

 

「ウィルトシャー、マルフォイ・マナー」

 

 まるで巨大な穴に渦を巻いて吸い込まれているようにぎゅるるるるるるっと高速で周りが、ううん、身体が回る。ひぃっと叔母様にしがみついてぎゅっと目を瞑る。

 

「さあ。もう大丈夫。つきましたよ、エリカ」

 

 叔母様の優しい声にそっと目を開ける。

 うちよりももっと豪華な……ここは王宮かと思うような豪奢な部屋に、私はいた。

 

 

「ようこそ、エリカ。休暇を楽しんでくれたまえ」

 

 出迎えてくれたのは叔父様。ルシウス叔父様だ。

 気難しい表情が少し緩んで、歓迎してくれているのがわかった。

 

「ありがとうございます。おじさま」

 

 それと――

 

「エリカ!」

 

「ディー!」

 

 キラキラしいプラチナブロンドの天使ちゃんが頬を喜びに輝かせて私に飛びついてくる。

 

 いやあ。3歳のドラコ可愛い。

 天使だ。

 私が小さくてちゃんと発音できなかったから、ずっと『ディー』って呼んでたからドラコって気付かなかったや。

 うん。

 この子が、大きくなったらいろいろ苦労しちゃうんだな。

 

 今からちょっと教育しておこう。『穢れた血』とか言わさねえ。私の天使ちゃんを、マジ天使ちゃんに育てて見せるぜ。

 

 

 

 

 

 お貴族様で魔法使いで純血主義。だけど、三歳児は、三歳児なんだよね。

 ディーも私も、遊びだしたらそれはもうただの幼児。

 

 孔雀を見てはしゃぎ、庭でかくれんぼをして、地下室を探検し、幼児用補助機能付き箒で競争して、疲れたら眠る。

 

 数日間のマルフォイ家滞在は、毎日へとへとになるまで遊んで、たっぷり美味しいものを食べてたっぷり眠る。

 驚きと楽しさと喜びに満ちた日々だった。

 

 

 

 

 

「えりか・あえくしあ・あー、……?」

 

「レストレンジ、ですよ」

 

「えりか・あえくしあ・えすとえんじれす」

 

「レストレンジはまだ難しいだろう、シシー」

 

「ですが、名前くらい自己紹介できませんと、父上がなんとおっしゃるか」

 

「エリカはまだ三歳なんだ。『エリカです』と挨拶の言葉だけでじゅうぶんだろう」

 

「……そうですわね。ご挨拶の言葉の方が大切ですわね。いいこと、エリカ。『お初にお目にかかります。エリカです。おじい様、おばあ様』ですよ」

 

 

 シシー叔母様が何をやってるかというとだね。

 私に自己紹介の練習をさせてるんだよ。

 

 どうやら、このあとおじいさまとおばあさまに会いにいくらしい。

 私の祖父母というと、ブラック家だ。

 分家のほうね。

 

 ハリー・ポッターの名付け親、シリウス・ブラックの家が本家で、ベラトリックス、アンドロメダ、ナルシッサの三姉妹を生み育てたのはブラック分家の当主夫婦。

 

 やっとある程度の分別がつく年になったから、ブラック分家ご当主ご夫妻に初お目見えなのだそうだ。

 とても厳格なお方らしく、シシー叔母様はなんとか私に上手な挨拶を仕込もうとしている。

 私は精神は大人だからね。必要な場所ではちゃんと大人しくできるんだけどさ。まだ発音が難しくってさ。

 

 んで。

 私の正式なフルネームをやっと知りました。

 エリカはファーストネーム。セカンドネームはブラック家のご先祖様から貰ってアレクシア。

 エリカ・アレクシア・レストレンジが私の名前。

 

 

 

 

――薄々そんな気はしてました。覚悟してましたよ。

 はあ……私、ベラトリックス・レストレンジの娘だ。

 

 母親が誰か知った衝撃をよそに、私のご挨拶練習は続き、そしてブラック家訪問の日が訪れた。

 

 

 

 原作に出てくるブラック本家はロンドンにあったグリモールド・プレイスのあのお化け屋敷みたいだったところ。

 

 本家(シリウスの家)と分家(ベラトリックスの家)が分かれたのが、おじい様のおじい様、私から数えて4代前の時代。

 ブラック分家も本家をまねてロンドンにある。

 

 グリモールド・プレイスの屋敷で生まれ育ったシグナス・ブラック2世が、婚姻によって独立した際に、本家に負けないほどの屋敷をと奮起して建てた屋敷はとても美しい城で、ロンドンのギルグフォード通りにある。

 当然代々の当主が保護呪文をかけているから、この屋敷も本家並みに強固な守りが施されている。

 屋敷の名前は“ポラリス・マナー”。ブラック家らしく星にちなんだ名前だ。

 

 煙突飛行ネットワークは防犯のため、今はマルフォイ家と、ブラック本家にしか繋がっていない。

 

 

 

 おじい様、シグナス・ブラック3世。“ポラリス・マナー”を建てたシグナス・ブラックじゃなくてその孫ね。

 威厳のある人だ。人に傅かれ慣れた者特有の、品のいい傲慢さがあった。

 

 そしておばあ様、ドゥルーエラ・ブラック。名門ロジエール家から嫁に来た人。

 優雅で気高い女性だ。思わず背筋を伸ばしてしまうような、厳しい美しさがある。

 

「おはつにお目にかかります。エリカです。おじい様、おばあ様」

 

 よし、噛まずにちゃんと言えた。思わずドヤ顔で胸を張ってしまう。視界の端でシシー叔母様が満足げにうんうんと頷いているのが見えた。

 

「これはこれは可愛いレディだ。見てごらんエラ、漆黒の巻き毛に灰色の瞳。まさしくブラック家の姫ではないか」

 

「ほんとうに可愛らしいこと! 豊かな黒髪はベラから継いだのね。でも顔はどちらかというとシシーに似ているんじゃありませんか?」

 

「わたしはそのほうがうれしいです、おじいさま、おばあさま」

 

「母上は嫌いかね」

 

「あいされたきおくがありません。泣いたら『ロニー!』と呼ばれるのでわたしの名前だとおもってました」

 

「……ロニーとは?」

 

「ベラの屋敷しもべ妖精ですわ。きっとエリカが泣くとロニーを呼びつけて世話を任せてたんでしょう」

 

 シシー叔母様がため息まじりにそう説明した。

 

「そうか。あれはいくつになっても自分本位で困ったものだ」

 

 おじい様が眉を顰める。ブラックの純血の子を何だと思っておるのだ、と呟いている。おばあさまはその手を優しく宥めるように叩きながら、別の事に興味を抱いたようだ。

 

「それよりも。あなた、赤子の頃の記憶があるの?」

 

「はい、すこしだけ」

 

「まあ、この子は天才ね。きっと偉大な魔女になるわ」

 

 おばあさまが大袈裟に私を褒めると、おじい様も機嫌がよくなったみたい。

 

「ブラックの子は成熟が早いものも多い。私も1歳のクリスマスの時の記憶がある」

 

 あらあら、さすがブラックですわね、なんて微笑むおばあ様と自慢げなおじい様。

 

 祖父母との初対面は、お互いにいい印象を得られたことは幸いだった。

 その日は夕食もごちそうになり、賑やかな時間を過ごすことができた。

 

 厳格なおじい様も、ぴしりと背筋の伸びたおばあ様も好きになれた。

 

 そして。帰る間際。

 

「エリカ。お前は我々の孫だ。これからもこまめに顔を見せにこい」

 

「はい、おじいさま。わたしもおふたりに会えるのがうれしいです」

 

 そう言ってもらえ、なんと、レストレンジ家の暖炉とここを繋いでくれた。私はこのあと月に一、二度はブラック家の“ポラリス・マナー”に訪問するようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 シシー叔母様にうちの屋敷まで送ってもらって久しぶりに帰宅。

 すぐに影と交代でガーデンに入る。

 

 

 いつものソファーにくつろぎ、ラルクとシェルとぴったりくっつきながら、考える。

 

 

 

 担当者サマに教えてもらったんだけどさ。

 

 私達被験者が物語をもとにした世界に生まれる時って、もともと存在する男女に、子供ができるチャンスがあればその時に被験者の魂を持った子が生まれるんだって。

 

 つまり、誰かの受精卵を憑依して奪い取るんじゃなくて、本来の歴史では妊娠に至らなかったものが受精、着床、妊娠して、そこに被験者の魂が宿る。

 被験者が生まれるために妊娠するってことね。

 だから誰かを犠牲にしているわけじゃないから安心してくださいって担当者さんに言われました。

 

 生まれるはずの誰かを乗っ取ったんじゃないってだけでほっとする。

 

 

 HUNTER×HUNTER時代の両親は友人二人と一緒にグリードアイランドに入って、そこで私が生まれたわけだ。

 それで、私を妊娠したお母さんが家に引きこもり、男3人でカード集めをして、無茶をして死んだ。

 でも本来なら、原作そのままなら、お母さんは妊娠しなかった。

 となれば、4人で活動したことで4人とも死なずに済んだかもしれない。

 あるいは、お母さんは弱かったから、お母さんが一緒に活動することで4人とも死んだのかもしれない。

 そこはわからない。原作には描かれていないモブ夫婦だったからね。

 

 

 今回のハリー・ポッターの世界でも、原作通りならレストレンジ夫婦にはもともと私は生まれるはずじゃなかった。

 本来なら妊娠しなかった受精卵が、しっかり生き残ってて私が生まれちゃったわけだ。

 

 

 

 しっかし。

 レストレンジ夫妻の子、かあ。

 考えるだけでため息が漏れる。

 

 

 生活には困っていない。

 食べ物や日用品、雑貨などは長期契約を結んでいる店から定期的に梟便で送られてくる。

 私は自分で買わないからよくわからないけど、何か欲しいものがあれば屋敷しもべ妖精のロニーに「欲しい」って言えば、聖28一族の由緒ある家系の顧客がついているようなお店から必要なものを取り寄せているのだとか。

 購入に使ったお金は注文書をお店の人がグリンゴッツへ持っていけば我が家の金庫から自動で引き出されているらしい。

 

 服や装飾品はシシー叔母様と一緒に仕立て屋に行くか、マルフォイ邸かうちへ仕立て屋を呼びつけて作っている。

 

 衣食住は問題なく暮らさせてもらっている。

 でも愛情はね。それとはまた別だよね。

 

 両親に可愛がられた記憶がないからこの身体な私“エリカ・レストレンジ”3歳児の気持ちとしてもあの二人を両親だとは思えないし、愛情の一欠けらも感じられない。

 世話はずっとロニーがやってくれてたもの。

 

 んで、“私”としての記憶が戻って、さ。

 彼らをロドルファス・レストレンジとベラトリックス・レストレンジ夫婦だと知ったわけだよ。

 

 一言でいうと、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン引きだよ。って感じ。

 

 

 

 

 

 

 

 だって気持ち悪い。

 マグル大嫌い、拷問大好き、我が君超愛してる。ってだけでも引くんだけど、私、知ってる。ベラトリックスってヴォルデモートと子供作るの。

 何それ、何なのそれ。気持ち悪い。夫婦でしょ。なんで他の男と子供作ってんの!

 

 あと、最初そのエピソード知った時、『あれ? お辞儀様、鼻とか欠けてんのに、ナニは残ってんだ』って思いました、はい。

(あれは欠けてるんじゃなくて愛する蛇の姿に近付いたって奴らしいけど。)

 

 原作でも我が君大好き親友夫婦みたいに書かれてたから、夫婦間のアレコレはなかったのかもしれないけど。

 

 オタク的な思想でいえば、『同担歓迎“我が君”ガチ勢夫婦』って奴だ。

 

「わたし、我が君との子供が欲しい!」

「それな!」

 

みたいな会話があったんだろうか。

 

……ベラトリックスがヴォルデモート卿の子を産むのは、ハリー4年生の時の復活のあとなんだけどさ。

 

 ベラトリックスが母親ってわかった瞬間、もしかして私もお辞儀様の??? ってビビったんだけど、たぶん、私はちゃんとロドルファスとの間にできた子供だと思う。

 

 だって扱いが中途半端なんだもん。

 

 マルフォイ家と会うくらいで、それ以外の人からはまるで忘れ去られているようにほっとかれている。

 もしかするとごく普通に暮らしている人達は、レストレンジ家に娘がいることすら知らない人もいるんじゃないかな。

 

 

 もしお辞儀様の子なら、きっと死喰い人達が入れ代わり立ち代わり我が家へやってきてご機嫌伺いやら、閣下の正統な後継者としての思想教育や闇の魔術の教育やらが始まってる。

 

 ましてやダンブルドアが君臨しているあのホグワーツへ私を通わせようなんて考えるはずがない。

 

 光の陣営に奪われたり、矯正されないよう、もっと守りも厳しくなったはず。

 

 

 いや、時期的に言えば今はお辞儀様が身体を失ったあとだ。

 死喰い人のうち、我が両親のような狂信者はアズカバンへ入り、残った者達は服従の呪文で従わされていたのだと保身に走ったり、無関係を装って静かに潜伏していた時代だった。

 もしかしたら、ヴォルデモートが復活するまでは、じっと私のことも遠巻きに観察しているのかもしれない。

 

 

 

 もうひとつ、私がヴォルデモートの娘じゃないと思う理由がある。

 あの夫婦に愛されてない。

 もし私がヴォルデモート2世なら、ヴォルデモートガチ勢のあの夫婦はべた甘に可愛がったはず。

 だから、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 大丈夫、だよね?

 

 

 

 

……念のため、魔法が使えるようになったら蛇を呼び出して、パーセルマウスじゃないかだけ確かめておこう。あくまで、念のため、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックはごりごりの純血主義だ。

 

 おばあ様のロジエール家も同じ。

 ドゥルーエラおばあ様の弟エバン・ロジエールはヴォルデモートがハリーに敗れて消え去ったあと、闇払い数人を同時に相手取り激しい攻防を繰り広げ、数人を殺して死んだ。

 最終的にマッドアイに殺されたけど、死ぬ前にマッドアイの鼻を抉り取った、猛者だ。

 

 おばあ様は年の離れた弟をとても愛していたし、ロジエール家の生き残りだった彼が亡くなってロジエール家が絶えたこともあり、闇払いをたいそう憎んでいる。

 

 

 二人とも私には優しい祖父母だけれど、もし目の前にマグルがいれば眉を顰めて口角を歪め、激しい口調で罵るだろうくらいにはマグル嫌いだ。

 

 

 できれば少しずつでもマグルへの忌避感を緩和させていきたいのだけれど。

 やりすぎれば私の立場が悪くなる。

 ブラックはヤバいのだ。

 マグル擁護と思われれば、タペストリーから名を抹消されちゃう。どれだけ可愛がってても問答無用で消される。怖いんだよ。

 

 実際お二人は実の娘アンドロメダ叔母様をマグル生まれと婚姻したことで家系図から抹消してる。

 月2くらい会いにいくようになったけど、娘の話になってもアンドロメダの存在について語られることはない。そのあたり、きっちり切り捨てられちゃう人達なのだ。

 だから。怖い。

 

 様子を見つつ、少しずつ、ほんの少しずつ慣らしていこう。

 

 

 

 

 ヴォルデモート卿の出生については同情の余地がある、と思ってはいたけど。……うちの両親のこと考えると……ごめん無理かも。

 私はヴォルデモートのやり方は賛同できない。

 

 

 

 




※ブラック分家の家、ポラリス・マナーは捏造設定


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嫌われ者の死喰い人

1984年 5月20日 誕生日 4歳

 

 今世の誕生日は5月20日らしい。無事4歳になりました。

 マルフォイ家で祝ってくれました。ドラコ可愛い。

 

 もちろんガーデンでもパーティした。ガーデンでは前世と同じように、私の誕生日がみんなの誕生日ということで、全員同じ日に祝うことにしている。

 

 

 ロニーに読み聞かせをしてもらって、英語を読めるようになった。

 

 魔法界の絵本はマグルのものとは違う。

 絵はもちろん動くし、文字だって時々うねうね動く。

 『シンデレラ』や『白雪姫』じゃなくて『ぺちゃくちゃウサちゃんとぺちゃくちゃ切り株』や『魔法使いとポンポン飛ぶポット』。

 

 最初に覚える“世界”がこれなのだ。マグルと分かり合うのって難しいんだろうなってしみじみ思う。

 

 とにかく、これでおおやけに英語が読めるようになったから、これからはどんどん絵本を読んで知識を蓄えていかなくてはね。

 

 

 

 影にレストレンジの家を任せ、私はもっぱらガーデンで身体を動かしたり音楽を聴いたり演奏したりして過ごしている。

 

 絵本や辞書、簡単なおとぎ話などを影数体と一緒に読み、文字を書き、一時間ごとに分体を吸収して、各自が習得した知識を本体に溜め込んでからまた分身して、と、小まめな技を駆使して勉強すると、理解度が違う。

 

 

 

 

 

 『超一流パイロットの卵』は今も毎日欠かさず3時間温めている。

 たぶん、順調だと思う。でもまだ身体が子供すぎてさ、3時間座っているうちに眠っちゃったりするから、やっぱり前回くらい時間がかかるかもしれない。

 

 『超一流ミュージシャン』の時に実感したのだけれど、これはイメージ次第ですんごく化ける能力だ。

 その中でもパイロットってミュージシャンと同じように幅の広い言葉だと思う。

 

 

 パイロットと言われると一般的には飛行機の操縦士のことを連想するよね。

 飛行機も、飛行船も、ジェット機も、戦闘機も、セスナ機も、ヘリコプターも、ロケットや宇宙船も、全部パイロットだ。

 ね。私、文明が進んだ世界に行ったら宇宙船の操縦もできちゃうよ? すごくない?

 

 

 そのままイメージを広げると、空を飛ぶものならなんでも操作できそう。

 もちろん箒だって上手になるはず。クィディッチの選手も夢じゃない。

 ちょっと強引に言えば、ドラゴンライダーもパイロット。(いや、大丈夫。念はイメージ)

 

 それにもっと広げて考えてみよう。

 そもそも、パイロットの語源は“水先人、水先案内人”のことだ。

 もともとは船の先頭に立って、行く先を指示していたもの。

 水先案内人なら海の乗り物もOK。船もボートも潜水艦もいける。はず。

 

 そこから広がって。

 水先案内人と言えば“初めての場所、よく分からない場所を先頭に立って導いてくれる存在”のこととなった。

 「よく分からない場所を導いてくれる存在」なのだから、リーダーとか指導者、案内人、冒険者ということもできるだろう。

 

 パイロット=乗るものを操る者、と定義するなら、乗馬も馬車や車の運転も行ける気がする。

 

 過大評価、拡大評価ばっちこいだ。

 強く念ずれば、その想いに応えて、可能性を広げてくれる。それが『◎◎の卵』シリーズだと思う。

 

 イメージを思い浮かべることは、前世のある私には容易い。映像や画像でたくさん見ているのだから。

 

 コックピットから眺める空。地平線を染めて色づく夜明けの空。

 宇宙から眺める青い地球。

 風を切って飛ぶ爽快さ。

 

 ハリー・ポッター世界の映画で箒に乗ったハリーの映像は英里佳時代に何度も見た。途轍もない速さで空を縦横無尽に飛び回る楽しさや、スニッチを追いかけて地面すれすれで掴んだあの箒捌きも。すべて覚えている。

 

 夢想するやり方は前回でよくわかっている。卵が孵るその時を楽しみに、今日も3時間の瞑想を続ける。

 

 

 

 

 

 我が家に家族が増えたことで、2階の四部屋のうち、もともとお母さんが使っていた部屋を小雪の部屋に改装した。メリーさんが小雪の好みに合わせて内装を変えてくれていた。

 壁紙やカーテンもいろいろ買ってて良かった。

 

 

『金粉少女は非常に内気でずっと家から出ない』

 グリードアイランドの金粉少女のカードに書かれていた言葉だ。

 

 もしかしたら小雪って個室から全然出てこなくなるんじゃないかとこっそり心配してたんだけど、全然そんなことなかった。

 

 小雪は内気ではない。明るくて元気だ。いや、もしかしたら内弁慶で、他人と会えばシャイなのかもしれないけど、我が家ではとても元気だ。

 そして家から出ないというよりは、オタク気質だった。

 

 まず本やDVDにとても興味を持った。

 放っておくと図書館の視聴覚室でずっと過ごすくらい。メリーさんに長い爪で頭をツンツンとつつかれて説教されていた。「夜は寝なさい」って。

 

 メリーさんにしても小雪にしても、ラルクやシェルも、ほんとにしっかり個性があるな、って思う。グリードアイランドのアイテムってホントに凄い。

 

 

 

 んで、そのオタク気質な小雪は、今の世界の元となった本『ハリー・ポッターシリーズ』に大ハマりした。

 

 おかげで私と一緒にいろいろ考察したり、情報の書き出しをしてくれるようになったのがありがたい。違う視点で指摘してくれる相手ができたのは本当に幸運だった。

 

 私もまた1巻からしっかり読みかえした。そりゃあしっかり読み込んだよ。

 これは私の生命線だもの。

 

 

 んで!

 気付いた。クロロ=ルシルフルからお父さんが奪ったあの本。

 あれ、あれ、きっと日記だ。手記っての? きっとそれ。

 

 表紙に描かれたドラゴンの下、文字が書かれていたのだ。《R・A・B》と。

 なぜかドラゴンしか意識しなかったけど、今はわかる。

 

 どこかで見たと思っていたのだ。原作読んでやっと思い出した。

 レギュラスだよ、レギュラス。

 レギュラス・アークタルス・ブラックだ。シリウス・ブラックの弟。

 “スリザリンのロケット”をすり替えて死んだ悲劇の青年。ついでに言うと私の母親の従姉弟。

 

 きっと分霊箱がなんちゃらとか、シリウスがなんちゃらとか、遺書めいたものが書いてあるはず!

 

 まあ誰のものかわかっても、まだ表紙は開かないんだけどね。

 今度シグナスおじい様に本家にも行ってみたいとおねだりしてみよう。クリーチャーに見せれば日記の開き方もわかるかもしれないもの。

 

 

 

 

 

 

1985年 5月 5歳

 

 朝ご飯の糖蜜パイにフォークをさした瞬間、先ぶれの梟もなしに、いきなり暖炉からルシウス叔父様が現れた。慌ただしくシシー叔母様も続いて入ってくる。

 

「エリカ、招かれざる客だ。もうすぐ魔法省の奴らがくる」

 

 ふえっ?!

 

 どうやら魔法省が抜き打ちの立ち入り調査を仕掛けに来るらしい。抜き打ちなのになんで知ってるかというと、マルフォイ家のお耳の長さしゅごい、としか言いようがない。

 

 我が家はあの狂信凶悪残酷夫婦の屋敷であるからして、おそらくそう言った闇系の魔道具やら呪いのなんちゃらやらの闇の物品がいっぱいあるであろう。と思われる。

 

 お父様やお母様の部屋は魔法的なあれこれでガードされてて私では開けられないからどんなおぞましいものがあるかは知らない。

 けど、絶対あるよね。あいつらなら。

 

 うちの夫婦は“お辞儀様こそ至高。いろいろやってるけどなんら恥じることはないぜ”ってな宣言かましてアズカバン行きしてるから別にそういうものが見つかってもあまり問題はない。

 これ以上罪状が増えても構わないもの。むしろさっさとディメンターのキス受けちゃえってこっそり思ってます。

 

 でも没収されるのは気に入らないし、罰金とか言われてうちの資産を減らされるのも業腹だ。

 

 我がレストレンジ家は旧家で屋敷の守りも強固だ。やろうと思えば魔法省の奴らなどに踏み込めるものではない。

 だけど、まっこうから現政府と戦うわけにはいかない。あくまでもロドルファスとベラトリックスのレストレンジ夫妻が死喰い人なだけで、レストレンジ家自体(と後見人であるマルフォイ家)は善良な貴族家だと表面上は示しているから。

 なので、魔法省からの正式な立ち入り検査の要請を断ることができないんだよね。

 

 それに、後見人のマルフォイ家にまで飛び火して彼らの()()()を探られるのも困る。

 

 

 ってわけで朝っぱらから叔父様みずから飛んできてくださったってわけ。

 

「ロニー! エリカの支度を」

 

 5歳児エリカたんにできることはないし、私の部屋に危ない魔道具はないから、私は他人が来てもいい格好にお着換えして待ってるだけ。

 ただ、レストレンジ家の者が立ち会う必要があるからここに座っているのだ。

 

 叔父様はあわただしく二階の夫婦の部屋へと向かった。

 きっと危ない道具をどうにか持ち出してくれるんだろう。ノクターン横丁に持っていってお金にして私のお小遣いとして返してくれないかな。……無理か。

 

 

 

 

 

 

 9時。

 ドアベルがうるさいほど連打され、礼儀知らずの客へぶちぶちと文句を言いながらロニーがドアを開ける。

 どやどやと10人近くの厳つい魔法使いが入ってきた。

 

「魔法省魔法法務執行部魔法警察部隊ならびに闇祓い局の者だ。闇の物品の所持の疑いでレストレンジ家の立ち入り調査を行う!」

 

 居丈高に宣言する言葉を、待ち構えていたルシウス叔父さまは冷たい視線で吐き捨てる。

 

「まったく、屋敷の主の許しもえず、ずかずかと入り込むとは。少しは礼儀を思い出してみればどうかね」

 

 ルシウス叔父様の言葉を鼻をならすことであしらい、奴らは一斉に屋敷を調べ始めた。

 主戦力の人達はわき目も降らずレストレンジ夫婦の部屋に向かったようだ。

 

 あとに残ったのは人数あわせなのか、嫌がらせなのか、立ち入り調査というにはお粗末な調査をする奴ら。

 

 急に大声をだしたり、わざわざ5歳児のそばに近付いて恫喝してみたり、無意味に何の変哲もないテーブルを壊したり。

 

 

 レストレンジは嫌われている。

 あの第一次魔法戦争ではそりゃあたくさんの人を傷つけたんだと思う。殺した人も拷問した人も数多く。

 運よく生き残れた人や、被害者の家族、友人達にはきっと恨まれている。

 今でもベラトリックス・レストレンジとロドルファス・レストレンジにあえば取り敢えずクルーシオしてみたいという人はいっぱいいるはず。

 

 ここで親の仇とでもいうようにあちこちを睨みつけながら壁紙を切り裂いてるおじさんも、きっとそんな人のひとりなんだろう。

 

 

 私は居間でシシー叔母様に抱きしめられてずっと座っていた。

 あの夫婦には愛情の欠片もないけど、私の住む屋敷を赤の他人に荒らされるのはすごく腹がたつ。

 どいつもこいつも正当な職務だということを免罪符に、悪を成敗している自分に酔っている。内側に嗜虐的な気持ちがあるのを正義の名で覆い隠して。

 

 当たり前のように正義を振りかざし、こいつらは極悪人だから多少行き過ぎたことをやっても許されると思っている。

 むしろ罰してやるオレ達すげえって感じだ。

 

 

 悔しい。

 

 私に見せつけるように目の前で豪奢な置時計を引き倒された時には怒りのあまり魔力暴走が起きそうになった。

 

「何をするんです! 子供の前で!」

 

「腐れ蛇の子はみんな腐れ蛇だ。こいつも拷問好きの母親に似るだろうさ」

 

 お気に入りだった置時計は見るも無残に破壊された。

 きっとこれも闇の物品に違いないとばかりに執拗にばらけた部品ひとつひとつに『スペシアリス・レベリオ(化けの皮 剥がれよ)』をかける男の目は妄執に満ちていて、すごく気持ち悪くて怖かった。

 

 シシー叔母様はずっと私をしっかり抱きしめていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 魔法って便利だね。

 基本的な道具は『レパロ(直れ)』で修繕できた。

 しもべ妖精の使う呪文は人のものよりもっと高度だから、奴らの帰ったあと、荒れ放題だった屋敷はすぐに綺麗に元通りになった。

 

 それでも繊細な魔法具のいくつかが修理の必要があったし、ワインボトルが割れてセラーの床にぶちまかれた中身はすべて無駄になった。

 私のお気に入りの置時計も部品が足りずに動かなくなった。ほんと、ムカつく。

 

 ルシウス叔父様のおかげで没収されたものはなかったらしい。実入りのなかった彼らは非常に不満げに出ていった。

 

 

 

 これが、正義だ。

 

 

 

 これが、レストレンジ家の娘である私の、世間一般からの目だ。

 

 

 

 

 私は、一生、こんな風に後ろ指を指されて生きていくことになるんだ。

 

 ……まったく、馬鹿にしてる。

 

 

 

 今日はメリーさんと一緒に寝たいなあ、なんてぼんやり考えながら、唇をかみしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷にじっとしていると鬱屈するだろうと、その日はマルフォイ邸で過ごした。

 叔父様も叔母様も、よく事情を理解していないドラコも、すごく優しく気遣ってくれて、本当にありがたい。

 

 闇祓いも死喰い人もどちらも大嫌いだけど。マルフォイ家のみんなは大好きだ。そう思った。

 

 

 落ち着いてから説明してくれたけど、屋敷には闇の魔法具はほとんど残っておらず、だいたいは別荘に隠してあるらしい。

 ルシウス叔父さまが管理するようになってから、処理に困るほど危険なものは金に換えて、高価なものはちゃんと封印箱などに入れて別荘の隠し金庫に仕舞ってあるのだとか。

 

 立ち入り調査は、ある程度の金額を払うことで先に情報を貰えるため、通常は『問題なし』の結果を文書に残して終わる。

 

 だけど、死喰い人を憎んでいる人はまだ一定数以上いて、そういう奴らが闇討ちしたり、死喰い人の子供を襲うような行動に出る前に、ちゃんと闇祓いは対死喰い人としての活動をしていますよというパフォーマンスが必要なんだそうだ。

 

 過激派の行動をコントロールするための、いわゆるガス抜きのようなものなんだろう。

 

 あの、目を血走らせて時計の部品をひとつひとつ調べていた奴みたいなのが暴走したら危ないのはよくわかる。

 

 ドラコはそういう時は別の場所に移動させるのだけど、私は両親が戻ってくる可能性が低いため、若いうちに当主になる予定らしい。じきにそういう輩の相手をすることになるため、最初から立ち合いさせたのだ、と教えてくれた。

 嫌な思いをさせたな。と労ってくれました。

 

 

 

 この週末はブラック分家のシグナスおじい様にも会いに行った。厳格な彼らは抱きしめたりしてくれないけど、視線が優しくて好きだ。

 

 その他にも、シグナスおじい様が、私を連れておじい様のお姉さまのところへ連れていってくれることになった。

 シグナス・ブラックのお姉さま。……そう。ブラック本家、ヴァルブルガ・ブラックだ。

 

 私はとうとうあの、グリモールド・プレイスの屋敷に行くことになったのだ。

 

 

 

 




感想ありがとうございます。
皆さまがいっぱい考察して書いてくださっているのがとてもうれしいです。

感想欄でご指摘があったように、被験者は管理者や担当者への過度の不服は抱かないようにある程度の調整がされています。死への忌避感や恐怖感も薄まっています。何度も転生を繰り返す間に精神が壊れないための処置でもあります。


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RABと一つ目の分霊箱と一人反省会

 

 ブラック本家は今はおばあ様一人しかおらず、ほとんどの交わりを絶ち、引きこもっていらっしゃる。

 ここも防犯の都合上、煙突飛行ネットワークはブラック分家“ポラリス・マナー”にしか繋げていないそうだ。

 

 

 

 本家の屋敷は原作にも出てきたグリモールド・プレイスにあるあのお化け屋敷のような場所。

 今はそんなおどろおどろしい未来の姿とは似ても似つかない、豪華絢爛な豪邸だ。

 

 映画で見た時にはなんとなく狭くて縦長のアパートみたいに感じたんだけど、中は当然のように拡張されていて広々とした空間が広がっている。

 映画では狭そうに見えた階段も、ゆったりと広い。

 

 しもべ妖精の首が並んでいるあたり、しっかり魔法界の闇を取り仕切っていた家系らしさをじわじわ醸し出している。

 

 

 

 さてさて。ヴァルブルガおばあ様だ。

 映画のあのヒステリック婆の姿を知っているだけに、今日はドキドキで顔を合わせた。

 

 ……驚いた。

 すごく綺麗だ。気の強そうな気品ある老女。

 晩年のヴァルブルガ・ブラックは失ってしまった家族への想いでおかしくなってたんだと思う。

 

 

「初めまして。ヴァルブルガおばあ様。ベラトリックスの娘、エリカ・アレクシア・レストレンジです。おばあ様にはご機嫌麗しく存じます」

 

 どうだ。5歳にもなるとこれくらい流暢に話せるようになるんだよ。貴族家の教育すげえっしょ。

 

「よくいらっしゃいました。エリカ。賢い子ね、黒髪も灰色の目もまさにブラック家だわ」

 

「そうだろう。エリカは優秀だ。素晴らしい魔女になる」

 

 褒められた私よりおじい様のほうが自慢げだ。ヴァルブルガおばあ様は孫がいないから、孫自慢しているんだろう。大人げない。

 

 

 

 

「エリカ、おじい様は少し話がある。少し向こうで遊んでおいで。屋敷からでてはいけないよ」

 

「はい、おじいさま」

 

 しばらく歓談の時を過ごしたあと、大人同士の難しい話になってきておじい様にそう言われ、私は淑女らしく礼をして部屋を出る。広い屋敷を探検して回ろう。できればレギュラスの部屋に行って《R・A・B》のマークを見つけてクリーチャーと話すのだ!

 

 私は居間からでると上の階を目指しておうち探検をはじめた。

 

 

 

 3階に上がり、レギュラスのマークを見つけた。ここがレギュラスの部屋か。ということは隣がシリウスの部屋かな?

 

 私はわかりやすく扉に触れ、「あーる、えい、びー。RABだわ、読めるわ。お名前かしら? きっとあれはこの方のものだわ」なんて呟いてみせた。

 

 しばらく意味深な言葉をぶつぶつ話していると「お嬢様」と小さな声が私のすぐ後ろから聞こえてきた。

 よし! クリーチャーの注意をひけた。

 

 いくぞ。わたしは、女優よ。

 

 

「あなた、クリーチャーだったわね。ここは?」

 

「この部屋はレギュラス坊ちゃまのお部屋でございます」

 

「レギュラス。私の叔父様ね。知っているわ。優秀な方だったんでしょう?」

 

「もちろんでございます。レギュラス坊ちゃまは素晴らしく聡明で、慈悲深きお方でございました」

 

 それから私はクリーチャーにレギュラスの部屋に招き入れられ、いろいろ話をしてもらった。

 

 語り合うために座るように促し、「クリーチャーめにクッションを勧めてくださるなんて」と泣きながら盛大に感謝され、それをなんとか宥めて。

 

 大好きなレギュラスのことを話せるのが嬉しいのか、要所要所で褒めたり、驚いたりして先を促す私の言葉に気をよくしたのか、クリーチャーは本当になめらかに滔々とレギュラス坊ちゃまの話を続けた。

 

 よしよし。

 

 

 ほどよくクリーチャーと打ち解けられたあと、私はおもむろに切り出した。

 

 

「わたし、この《R・A・B》の文字が入った日記を持っているの。きっとレギュラス叔父様が私に残してくださったんだと思う。だって知らないうちにいつのまにか手に持っていたの。今はうちにおいてきたけど。

 ねえクリーチャー、日記の開き方を教えて頂戴。わたし、レギュラス叔父様が何を考えていらしたか知りたいの」

 

 クリーチャーはいつの間にかなくなっていた日記が私のもとにあることに驚いていた。

 

「レギュラス坊ちゃまはクリーチャーに日記を誰にも渡すなとおっしゃいました」

 

「でも日記はわたしのもとにあったわ。とても小さな時で覚えてないけど、ある日、私の手元にあったの。日記が私に何かを伝えようとしているのだと思わない?」

 

「ですがクリーチャーは」

 

「クリーチャー、レギュラス叔父さまは何故亡くなってしまったの? 私はレギュラス叔父さまは素晴らしい方だと思っているわ。だから日記はレギュラス叔父様が私に何かを伝えようとして私の手に届いたのだと思うの」

 

 なんどか押し問答を続けて、「レギュラス叔父さまの助けになりたいの」という私の言葉に、クリーチャーはとうとう泣き出した。

 

 そして「それがレギュラス坊ちゃまのお望みなのであれば」と日記の開き方を教えてくれた。

 

「教えてくれてありがとうクリーチャー。きっとレギュラス叔父さまは私に何かしてほしいことがあったから日記を預けてくださったんだと思うの。クリーチャーには何か思い当たることはない?」

 

 

 そこまで言うと、クリーチャーは堰を切ったように話し出す。

 

 

「レギュラス坊ちゃまは、きちんとしたプライドをお持ちでした。ブラック家の家名と純血の尊厳のために、なすべきことをご存知でした。坊ちゃまは何年も闇の帝王の話をなさっていました。隠れた存在だった魔法使いを、陽の当たるところに出し、マグルやマグル生まれを支配するお方だと……」

 

 クリーチャーは話し出すと止まらず、原作のように在りし日のレギュラス坊ちゃまのことを最大の尊敬と愛情を込めて話し出した。

 懐かし気に部屋中を見回しながら。

 

 クリーチャーの話は続く。

 ヴォルデモート卿の仲間になったこと。

 憧れのヴォルデモート卿にお仕えすることの喜びを語る坊ちゃまの姿。

 

「ああ、それなのに……」

 

 クリーチャーは悲し気に倒れ込み、嗚咽を交えて切々と語る。

 

 ある日、ヴォルデモート卿にしもべを差し出せと言われ、レギュラスはクリーチャーを差し出した。

 名誉ある仕事だと喜んだのに、クリーチャーは大切な魔法具の守りをテストするための捨て駒にされた挙句、そのまま捨て置かれたのだ。

 死に瀕したクリーチャーが助かったのは『必ず戻ってこい』というレギュラスの命令がしもべ妖精の本能を刺激して、力を振り絞ってレギュラスのもとへ飛べたから。

 ヴォルデモート卿に幻滅したレギュラスは死喰い人であることを辞めた。

 

「クリーチャーはレギュラス坊ちゃまのご命令のとおり、坊ちゃまを洞窟へお連れしました」

 

 クリーチャーに水盆が空になったらロケットを取り換えるよう命じ、母親には決して洞窟の中での出来事を明かさないように、そして取り換えたロケットを破壊するようにと言い、レギュラスは水盆の中の薬を一人で全部飲んだ。クリーチャーがロケットを取り替えると、レギュラスは水を求めて湖に近づき、そのまま亡者によって湖に引き込まれた。

 クリーチャーはレギュラスの命令があったため、彼が湖に沈んでいく姿を、なすすべもなく見守るしかなかったのだ。

 

 

 自分を罰しようとするクリーチャーを抱きしめて宥める。ああ、敬愛する主を見殺しにするしかなかったクリーチャーの悲しみが痛い程わかる。

 原作で知っていたけど、彼の慟哭は可哀そうすぎて、私も一緒に泣いてしまった。

 

「それで、そのロケットは壊せたの?」

 

「ああ! できなかったのです!」

 

 クリーチャーは私の手を逃れて床に倒れ込み、頭を何度か打ち付けるとすすり泣いた。

 

「クリーチャーは全部やってみました。知っていることは全部。でもどれも、どれもうまくいきませんでした」

 

 外側のケースに強力な呪文があまりにもたくさんかかっていて、ロケットを開けなくては壊すことができないとわかったこと。それでもロケットの開き方がどうしてもわからないこと。何度も何度も試し、そのたびに自分を罰し、もうずっとずっと努力してきたことを涙ながらに語った。

 

 「ロケットを見せて」という私の要請にクリーチャーは姿を消した。

 やがて。

 バチンと音をたてて戻ってきたクリーチャーがそっと私に差し出したのは豪華な造りの金のロケットだった。長い鎖が重たそうだ。

 

 

 

 息をつめてそれを見つめる。

 

 

 

 

 ……禍々しい“気”を放つものだった。

 触れることも躊躇われる。

 

 

 おそるおそる手を伸ばす。

 

 

 

 それほど自己主張が激しいのに、手を触れるとふっと馴染み、恐ろしさを感じなくなった。

 今はもう、欠片も何も感じられない。

 不気味さよりも、何か、親愛の情を感じる。

 気になる。傍に置いておきたい。手に触れていたい。

 

 

 

 

 気が付いたらロケットを見つめ、象嵌を指で辿ったりただただ撫でたりしていた。

 

 ふっと気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、これ、あかんやつや。

 

 

 

 ……こわい。

 

 呪物のド素人でもわかる。思わず大阪弁がでるくらい、危険な代物だった。

 

 

 

 

「クリーチャー、魔法具を安全に包めるものはない?」

 

 クリーチャーはよくこれに魅入られなかったものだ。それだけレギュラスの命令がしっかり効いていたんだろうか。

 

 ああ、そうだ。

 このロケットがあることで屋敷の中が淀み、ヴァルブルガおばあ様とクリーチャーの妄執が酷くなって映画のあんな状況を引き起こしたのかもしれない。

 

 私はまだ5歳で魔力抵抗がほとんどない。まだ弱いのだ。

 これを持って障りがあっては困る。

 

 クリーチャーはまたバチンと姿を消し、数分後一枚のクロスを持って帰ってきた。

 『魔力遮断布』でできた正方形のクロスだ。これに包むと魔力が漏れないのだとか。

 私はそれでロケットをしっかりと包み込んだ。

 

「クリーチャー、これは私が預かっていい?」

 

「お嬢様がでございますか? ですがそれはクリーチャーめが……」

 

「このロケットはレギュラス叔父様のものよ。レギュラス叔父様がヴォルデモート卿に対抗するために『必ず壊せ』とクリーチャーに命じたものなの。私はレギュラス叔父様の想いを継いで、クリーチャーのかわりに必ずあのロケットを壊すわ。誓います」

 

「まことでございますか? エリカお嬢様」

 

「ええ。でもわたしはまだまだ弱いわ。何年かかるかわからない。でも、きっと強くなる。そしてきっと、レギュラスおじさまの代わりにこれを壊すわね。だからクリーチャー、これは私が預かる。壊したら見せに来るわ。待ってて」

 

「ありがとうございます。エリカお嬢様」

 

 誰にも内緒にするように念をおした。大切な品を取り上げるだけじゃ可哀そうだね。今日はおじい様がいるからできないけど、今度おばあ様だけの時にレギュラスの遺品を何かクリーチャーにあげられるよう頼んでみよう。

 

 そして。

 

「あのねクリーチャー。いつかシリウス・ブラックか、他の貴方の主人に、このロケットのことを聞かれるかもしれない。その時は、私がレギュラス・ブラックの命令を引き継いで持っていった、って言っていいからね。そのことで自分を罰してはだめよ」

 

「なんとお優しいお嬢様。クリーチャーは嬉しいです」

 

 ―― こうして、私はほとんど苦労もせずにひとつめの分霊箱を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 スリザリンのロケットをゲットしたその後。

 レストレンジ家に戻り、ロニーに『闇の物品』を安全にしまえる入れ物を用意してもらった。

 ロニーが業者から購入したものは『封印箱』というもの。

 検知不可能拡大呪文と、呪物を収納できるよう保護呪文がかかっている。中に闇の物品を入れて密閉させると、外に呪いが溢れ出ることがないらしい。

 

 『封印箱』は便利だ。あと何個か買っておいてもらうことにした。魔力遮断布も数枚頼んでおく。

 

 

 魔力遮断布に包み、『封印箱』にしまった“スリザリンのロケット”は、念のため『封印』の神字を刻んだ自作の念具の箱に入れた。

 魔力遮断布、封印箱、念具の封印の三重封印だ。ここまですれば持ち主に障りはないだろう。

 

 その上で、ガーデンの端に移動させたプレハブ小屋の一室にしまい、メリーさんや小雪が触れることのないよう入り口に鍵もかけた。

 

 これで安心。

 私が分霊箱を壊すことができるようになるか、ダンブルドアか誰かに渡すまで、ここにしまっておこう。

 

 

 

 

 ガーデンの居間にあるソファに座って、まだ読めていないレギュラスの日記を見つめて、考える。

 

 

 この日記を手に入れてから死んだから、私はハリー・ポッター世界に来たのかな。

 だって転生ガチャで行く世界が決まるのに、偶然前の世界で手に入れたアイテムの世界でした、ってわけはないよね。

 

 そういえば担当者サマは『転生ガチャは基本的に3回まわす』って感じのことを言ってなかったっけ。たしか、こう。

 1、転生先

 2、時代

 3、登場人物との関係性

 「基本的に」ってことは3回まわさない時もあるってことでしょ?

 

 私はレギュラスの日記を手に入れたから、一度目『転生先』はまわすことなく『ハリー・ポッター世界』に決定した。

 2もなしだ。日記の記述より前の世界に生まれると日記が二つ存在することになってしまう。それに日記を活用できる時代だと考えれば『ハリー世代』に確定。

 3はあったと思う。だけど、ハリー世代すべてが対象ってはずはない。

 手に入れた日記を有効活用できる立場って、小さい頃からブラック家に入れる生まれしかないじゃん。

 レストレンジか、マルフォイか、あるいは原作で独身だったシリウスやレギュラスの、私生児かできちゃった婚した子供あたりか。

 きっとそれくらいの選択肢からランダムで選ばれたのが、レストレンジの娘。

 

 つまり、この日記を手に入れて死んだから、主要な立ち位置になれたってこと。

 死喰い人の子供が幸せかどうかと言われれば、決して幸せじゃない。けど、お金はたっぷりあるし、貴族家だから教育は早く始められる。マグル生まれよりもスタートダッシュは確実だ。

 それに、原作に介入したいなら、めいっぱい介入できるポジションだ。なんせ、分霊箱2つに簡単に手が届くんだもん。

 

 

 あの時、お父さんに葉書を書かなくちゃ日記の存在を知らず、取りに行かなかった。

 これを手に入れなかったら、今生はハリー・ポッターじゃなかったかもしれない。

 

 

 これって、あれだ。いわゆる、SSR確定ガチャチケットだ。

 

 

 3回まわして主要キャラの身近な存在になれる可能性だってあるけど、確率は低いよね。

 もしかしたら、そういう“主要キャラの身内や原作介入しやすい立場”への出生先を決められるアイテムがこの世界でも見つかるのかも。

 

 担当者サマは最初に『何をしてもいい。どう過ごしてもいい』って言ってたけど、魂の成長によって上位の存在を目指すのが私達被験者なんだよね?

 それなら、力を付けるための訓練や知識を培うだけじゃなくて、いろんな経験が必要だよ。

 

 物語の世界において大きく運命が動くのはやっぱり原作の内容であって、さ。

 レストレンジの娘になんてなってしまえば、どうしてもその大きな運命の動きに巻き込まれていくじゃん。ヤバすぎる立ち位置で、相当の苦労が確定している。ハードモードな人生。

 でも原作介入しやすいポジションって考えれば、魂の成長にとって大きなチャンスだと言える。

 

 

 

 ほら、やっぱりSSRだ。ちっとも嬉しくないけど。

 

 

 

 でも私なら逃げられるよね。外国へ行っちゃうとか。『マッド博士の整形マシーン』で顔を変えて他の国で……例えば日本人になって日本の孤児院にでも入ってさ、マホウトコロから入学許可書が届くのを待つとか。やろうと思えばできる。

 このままレストレンジの娘として頑張るってのもできる。私次第、では、ある。よね?

 

 

 

 

 このレギュラスの日記を手に入れたのは、良かった、んだよね?

 

 

 

 

 

 それでも。

 あの時クロロに殺されたのは私の失敗だった。

 

 

 今にして思うと、私の情報がクロロに漏れたのってヒソカからだよね?

 だってヒソカって幻影旅団にいたじゃん。クロロともゾルディックのイルミとも付き合いのある、危ない存在。

 ヒソカには能力を知られている。グリードアイランドで短時間だけど一緒に活動しているもん。ステップどころか、荷物を取り出して亜空間倉庫っぽい能力があることもバレていたかも。NGLを出た後キメラアント狩りの途中で会った時にシルヴィアを構えている姿も見せた。

 

 やっぱりヒソカをキメラアント編に誘ったのは失敗だった。っていうか、王や護衛軍討伐に呼んであげなかったことのフォローをしていなかったのは絶対良くなかったよね。

 誘っておいて雑魚処理だけ任せ、一番の獲物から遠ざけた私に対してヒソカが怒ってたとしたら。

 嫌がらせにクロロをけしかけるくらいしただろうし、あの後、私を売った話をしてゴンやキルアを怒らせて遊んだりしてるかもしれない。

 

 ああ、とんだ爆弾を置いてきた。

 ゴンは暗黒大陸だけど、キルアが心配だよ。大丈夫かな。

 

 

 

 

 ううう。

 

 

 ……わたしがわるかった。

 

 

 

 だってもっと前にお父さんに葉書を書いていればよかったんだ。

 お母さんには何度も出したのに、そう言えばお父さんには一度も出さなかった。

 いつだって葉書を出せたのに。

 「生んでくれてありがとう。おうちをありがとう。メリーさんと頑張って生きてます」って。

 そうしたらきっとお父さんも「おう、あの家に宝石を隠して置いてるから持っていけよ、後クロロの本も奪っちまったから使えるならうまく使えよ」って感じの返事がきたはず。

 

 クロロとお父さんの確執を知っていれば、幻影旅団にはもっと注意を払った。あの時クロロに会っても、もっとうまくごまかせたし、なんなら交渉だってできたかもしれない。

 それにもう本は手元にあるから隠れ家に行く必要もなかった。暗黒大陸へ行くまでガーデンにいればクロロに捕まることもなかった。

 

 

 

 だめだなあ。反省することばかりだ。

 

 

 クロロの能力ってさ、奪った相手が死んだらせっかく奪った能力も使えなくなる。

 普通さ、大切な“発”を奪われたなら、絶対敵対するし、死ねば消えるなら死んでやる、くらいの気持ちになるよ。

 

 んで、思ったんだけど。

 ヨークシン編で能力を奪われた風呂敷の能力の陰獣さんは捕まって縛られてるシーンのあとの描写がなかったけど、あのまま監禁コースだったんじゃないかな。

 パクノダの力で忘れさせて解放するって手もあるけど、解放されても能力がなくなれば今までの仕事はできない。仕事で使ってた能力なら仕事仲間や上司が知っている。本人の記憶だけ消してもしかたないものね。

 力を失って仕事を首になれば、生き残れず野垂れ死ぬ。せっかく奪った能力も消えちゃう。

 なら、眠らせるなり、手足を切るなりしてどこかに監禁して最低限死なないようにだけして飼い続けるのが一番クロロ的に安心なわけだよ。

 流星街なら捕虜収容施設とか、監禁の代行サービスとかありえそう。寿命まで眠らせ続ける能力者とかいるかも。コワイ。

 

 

 ネオンの時は本人が念を知らない子だったから、急に使えなくなっても奪われたことには気付かないからそのまま雑に解放したのかな。

 私が持っているスキルハンターの本に、ネオンのページはなかった。彼女はもう死んでいる。占いをあてにしていた父親に愛想をつかされて、ショックで自殺でもしたのか。

 

 消えてもどんどん新しい奴を奪うから平気ってわけないよね。だってすっごく強いやつとかあったじゃん。閉鎖空間で魚が攻撃してくるやつとかさ。使い勝手のいい能力の元保持者はずっと生きていて欲しいって思うよね。

 

 監禁して飼い殺ししかない。

 私、あの時死ななかったら、そのあと監禁生活だったかもしれない。

 

 

 

 被験者ってさ。その世界の人間には決してできない逃げ道がある。

 

 死ぬことだ。

 

 私はクロロに負けた。

 だけど、被験者としては、何も取られずに次の世界に逃げだせた。死は被験者にとって次へのパスポートでしかない。『強くてニューゲーム』での転生が確定しているんだもの。

 そういう意味では、私は勝者だ。

 

 ……今度の生でも、いつでも死ねる準備は必要かもしれない。

 

 

 

 

 それでも。

 悔しいし、あそこで死んだのは後悔ばっかりだし、仲間達ともう会えないのは悲しいし、考えれば考えるほど泣きたくなる。

 

 はあ。ほんと。どこまでもポンコツエリカだよ、私。

 今度こそ気を付けよう。

 

 

 

 

 うわああ、だめだ。

 

 

 落ち込んで抜け出せそうにない。

 

 やばい。

 

 

 

 ……………………いつまでもへこんでちゃ、だめ。

 

 

 反省したことは、ちゃんとこれから活かしていこう。

 

 

 

 



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衝撃

 

 

 それからも私は毎月のようにブラック分家とブラック本家に顔を出しにいった。

 ブラック本家もレストレンジ家の暖炉と繋げてくれたから、あっという間に移動できるのがほんとに便利だ。

 

 シグナスおじい様とドゥルーエラおばあ様はたった5歳の孫が何度も会いにきてくれることを、毎月楽しみにしてくれている。

 あまり態度に示さないけど、子供の喜ぶお菓子がいつも用意されていることからも彼らの歓迎の気持ちがわかる。

 私も、おじい様達と話すのは昔の話をいろいろ聞かせてもらえて楽しい。

 

 

 もちろんブラック本家の訪問もヴァルブルガおばあ様にもクリーチャーにも歓迎されている。

 

 ヴァルブルガおばあ様が原作みたいに病んでしまわないよう、できるだけ話し相手にならなきゃね。

 数回会いに行くと、ヴァルブルガおばあ様は私の訪問を待ち望むようになってくれた。

 

 

 

「ごきげんよう、ヴァルブルガおばあ様。エリカがまいりましたわ」

 

「エリカ、また来てくれたのですね」

 

「ええ。おばあ様、少しお痩せになったのではなくて?」

 

「そうかもしれないわね。このところ少し疲れてしまって」

 

 毎月会っているのに、おばあ様は会うたびにやつれていく。もう先は短いのかもしれない。別れの予感に寂しさが募る。

 だからこそ私は明るい5歳児として(といってもおばあ様にはだいぶ大人ぶった子だと思われているけど)おばあ様とたくさん会話を交わしている。

 

「クリーチャー、お菓子を持ってきたの。用意してちょうだい。紅茶もお願いね。

 ……おばあ様、マダムシェンカーのタルトですわ。今とても流行っているんです。おばあ様にも召し上がっていただきたくて、シシー叔母様にお願いして用意していただいたんです」

 

「まあありがとう。ほんとうに優しい子に育ってくれて」

 

「親には会った瞬間、アバダケダブラを飛ばされそうですけどね」

 

「ベラトリックスは昔から気性の激しい子でしたものね」

 

 お前の口が言うのかい、との言葉は呑み込んだ。『原作史上、もっとも気性の激しい女性は誰だ』選手権を開催すれば一等賞はヴァルブルガおばあ様あなたよとは言わない。エリカは空気の読める子だから。うん。

 

「レギュラス叔父さまを殺したのも、シリウス叔父さまがアズカバンにいるのも、みんな“例のあの人”のせいですもの。私、間違ったことはしてませんわ」

 

 おばあ様にはレギュラス・ブラックがどうやって亡くなったか話している。

 レギュラスはクリーチャーに『家族には話すな』と命令して逝ったけど、“例のあの人”が消えてる現在、これを秘密にしておく必要はない。

 むしろ話さないほうがレギュラスのためにならないとクリーチャーに説明して納得してもらってからおばあ様に話した。シリウス・ブラックにも話すつもりだ。

 レギュラスの日記も見せた。

 

 おばあ様はレギュラスの最期を知って泣いた。

 そして純血主義を謳ったヴォルデモートを擁護していた自分を嘆き、怒った。

 

 ロケットのことはおばあ様が自分で壊したがったけど、おばあ様はすでに本当に弱ってらして、もうこの頃はベッドからほとんど起きられない状態なのだ。今から壊し方を探すことは無理だと自分でもわかっているのか、私に託すと言ってくれた。

 

 たった5歳の女の子に頼むってのも変な話だけどさ、弟シグナスはブラック分家でブラックを守る立場がある。状況次第ではそのまま別の使い方をされてしまうかもしれない。姪の夫ルシウス・マルフォイは元死喰い人で分霊箱を壊すなんて情報を知られれば敵になる可能性がある。おばあ様が託す相手はもう私しかいない。

 

 最初、おばあ様は幼い私にもわかるよう「ロケットを壊すことは、レストレンジの両親と対立することだ」と何度も説明してくれた。ほんとうにそれでいいのか、と。でも私は死喰い人になるつもりがないのだから、対立はすでに決まったことなのだ。だから気にしないでいいとはっきり言いきった。

 私の決意が固いことを知り、おばあ様は安心して私に託せたのだ。

 

 おばあ様はレストレンジ家から独立して暮らせるだけのお金を残すから何かあればすぐに逃げなさいと言い、分霊箱を壊すために何か必要なものがあってもこのお金があれば何とかなるだろうと断言した。

 

 日記にこのロケットが分霊箱だと気付いた経緯が書かれていて、ブラック家にあった闇の魔術の本『生とは死とは―闇の秘術の深淵』を読んだと書いてあったらしい。

 おばあ様はご自身ではもう読めないからとその本も私に渡してくれた。闇の本は読むだけで気力が削られてしまうのだ。私にも手渡しながらも「本を開くのはもう少し大きくなってから」と約束させたほどだ。

 

 

「待っていてくださいませおばあ様。私、きっとあれを壊します」

 

「ありがとう。エリカ」

 

「それよりもレギュラス叔父様のお話を聞かせてくださいませ」

 

「そうね。あれはあの子が7歳のころ……」

 

 おばあ様は愛する息子達や夫の昔話をいろいろと聞かせてくれた。

 

 

 それと、クリーチャーからレギュラスのロケットを取り上げたままなのは可哀そうだから、おばあ様に頼んで、クリーチャーにレギュラスの遺品をひとつ与えてもらった。できればロケットやペンダントのようなクリーチャーにもつけられるものをお願いします、と。

 

 学生時代の彼が使っていたペンダントをもらったクリーチャーは衝撃でそのまま死ぬんじゃないかと思うほど喜んだ。感激に打ちのめされた彼は、自分は世界一幸せなしもべ妖精だと号泣しながら宣言し、おばあ様と私にとても感謝し、高貴な方々のこれほどのご恩情に、矮小な自分はどうやって報いればいいのかと慟哭し、より一層の忠義を尽くしてくれるようになった。

 

 

 

 んでさ。

 おそらく原作でヴァルブルガおばあ様がおかしくなっている原因のひとつだろうと思える人物がいる。

 ヴァルブルガおばあ様の夫、ブラック本家の当主で今は亡きオリオン・ブラック。その、父親。こいつが、まだ生きているのだ。

 

 アークタルス・ブラックはコテコテのマグル嫌いで、偏屈で、純血至上主義で、イカレてて、未だに自分が魔法界の王だと信じて疑わない狂った老害。

 オリオンおじい様が別邸に押し込めたんだけど、隙あらば孫ひ孫に干渉してまたブラック家の実権を握ろうと狙っている。

 私にも手紙が来ているらしいんだけど、ロニーがきっちり止めてくれている。

 

 若くして当主となったオリオン・ブラックから支配権を取り戻そうとしたり、ヴァルブルガおばあ様を子供の監督不行き届きだと批判する手紙を何度も送りつけたり。

 

 それもあっておばあ様はかなりつらい思いをしていたんだけど。

 

 ほんと、早く死なないかな、あいつ。

 会ったことはないし会いたくもないんだけど。

 

 

 

 でもさ。

 シリウスはともかく、レギュラスがヴォルデモートに一矢報いて勇敢に死んでいったことを知ったおばあ様は、俄然、持ち直した。

 

 これまでは純血貴族家のものとして、それがどれだけ子供達を追いつめていたのだとしても、純血主義を謳うヴォルデモートのことを悪く言えなかった。

 でも、レギュラスは死喰い人をやめて、しかもヴォルデモートの分霊箱を奪ってみせたのだ。

 

 彼女は、今は純血主義とヴォルデモート卿一派とはまったく別のものだと思えるようになった。

 レギュラスの勇気は、子育てを失敗した駄目な嫁という老害の言葉に傷つけられる日々から彼女を救った。

 だって、レギュラスは勇気を持って死んだんだもの。私の息子は素晴らしい子だった。子育ての失敗なんてしてないわよ!(シリウスからは目そらし)

 って感じに。

 

 

 私もヴァルブルガおばあ様に言ってやったのだ。

 

「妄執に憑りつかれた過去の遺物。無視してしまえばいいのですわ」

 

 それから、アークタルス・ブラックからの梟便はこの屋敷には届かないように防備の設定をかえたらしい。

 

 

 

 

1985年 12月

 

 ヴァルブルガおばあ様が亡くなった。

 原作でも同じ時期に亡くなったのかな。享年はどこにも書かれていなかったけど4巻でグリモールド・プレイスの館を「十年間誰も住んでいなかった」と言っている。

 だいたい今頃かな。

 

 おばあ様はずいぶん弱っていたからそろそろかもしれないと思ってはいたけど、やはり寂しい。

 おばあ様は私に形見分けで、指輪と、私名義の金庫をひとつ残してくださった。

 前に言ってくださった「レストレンジ家から独立して暮らせる生活費と、分霊箱を壊すために必要なら使うため」のお金だ。本当にありがたい。

 

 指輪はブラック家の家紋が入っている指輪だ。

 家紋は手放せば消える。レストレンジの一員である私が貰えば家紋は消えるものなのだけれど、これはブラック家が、己が所縁の者へ与えたという印で、しっかり家紋が入ったままだった。

 

 この指輪には、精神干渉系の抵抗力を上げる呪文が籠められているらしい。開心術や服従の呪文も防ぐというから、私にとってものすごく嬉しいものだった。

 おばあ様ありがとう。お金も指輪も、大切に使わせていただきます。

 

 

「ロケット、絶対に破壊しますからね」

 

 私はおばあ様の等身大の肖像画に誓った。

 

「無理はしなくてもいいのよ、エリカ。貴女はまだ小さいのだから」

 

 生前と変わらぬ……いやいや十数年は若返った微笑みと声音に、この世界の肖像画は凄いな、と思う。この肖像画には死ぬ直前くらいまでの記憶がちゃんと残っているのだ。そして話しかけるとおばあ様そのものの反応が返ってくる。ほんと、すごい。

 

「はい、おばあさま。

 クリーチャー、おばあさまは亡くなったけど、ここの管理を頼むわね。一人暮らしになるけど、掃除や魔法具の管理を怠っちゃだめよ。また来るわね」

 

「はい、エリカお嬢様。クリーチャーは奥方様とこのお屋敷を守ります」

 

 

 

 

 

 

1986年 5月 6歳

 

 誕生日が過ぎ、私は6歳になった。

 

 レギュラスの日記は、実はまだしっかり読めていない。

 クリーチャーが教えてくれたように杖で表紙のドラゴンを一度叩き、パスワードに設定された言葉を唱えるとあっけなく開いた。

 杖は私のものは持っていないのだけど、ロニーがどこかから予備の杖を持ってきてくれたのだ。私の魔法練習用として使わせてもらおうと思ったけど「まだお早いですお嬢様」と言われて使ったあとすぐ取り返された。

 魔法を習い始めるのは貴族家でも11歳まで駄目らしい。無理に幼い頃から始めても制御できないうえ、身体に負担がかかりすぎて良くないため、ホグワーツに行くまでお待ちくださいと言われた。ううう。練習早く始めたいのに……残念。

 まあしかたない。まだ実際私の身体は未成熟で、念と音楽だけでも目一杯だ。

 

 レギュラスの日記のパスワードは『シリウス』だった。このツンデレ兄馬鹿め。

 

 よし、読むぞ! ってなったんだけどね……

 

 

 

 なんていうの? 英国人の手書き、読めない。ありていに言って字が汚い。

 

 まだ英語にすら慣れていない私達(私と小雪ね)はもう四苦八苦しながらこの日記を読んでいる。

 汚れないようコピーして原本を残し、コピーに手書きで色々書き込んだりしながら読み解いている。

 内容はわかりやすい処だけで言うと『寂しい』とか『シリウスと話したい』とか。

 

 文面から親の期待の重責と非行に走った兄への想いに押しつぶされそうな、傷つきやすい少年の悲しみが滲んでくる。

 

 レギュラスの日記に重要な内容が書かれているとは思っていない。下っ端死喰い人のレギュラスがたいした情報を知っているわけないんだから。原作知識を持つ私の方が知っていることは多い。

 でもこの日記には価値がある。

 “分霊箱”という単語が入っているのだ。おばあ様が『生とは死とは―闇の秘術の深淵』の本を私にくださったということは、日記にはこれが何か調べ、分霊箱だと判明する過程が書かれている。

 

 これを持っていると、小さい頃から“分霊箱”という単語を知っている理由付けができる。ヴォルデモートが死なない理由を知っている原因を日記と言うわかりやすい物で示せるのだ。

 それにシリウス・ブラックへの想いが書いているから、これを見せてシリウスを説得できるかもしれない。これはクリーチャーとシリウス・ブラックを協力者にできるアイテムともいえる。

 

 手書き文字になれるのは魔法書を読むための訓練にもなる。私は毎日、日々崩し文字の英語と奮闘している。

 

 

 ちなみに『生とは死とは―闇の秘術の深淵』の本はもっと読めない。魔力抵抗のない今、そんな闇に引きずられそうな本を読む勇気はない。

 おばあ様ももう少し大きくなってからとおっしゃっていたもの。せめて10歳になるまで待とう。

 

 

 

 勉強しているのは書き文字だけじゃない。

 魔法族の社交界で通用する、綺麗な英語を覚えなくちゃ。

 

 シシー叔母様やおじい様、おばあ様が厳しく発音や言い方を注意してはくれるけど、ちゃんとした勉強を早く始めたい。

 なので、シシー叔母様に礼儀作法と言葉使いも含めた優秀な家庭教師を紹介してもらうことにしたのだ。

 

 ちなみにメリーさん達とは日本語で話してる。私の眷属となったことで私の言葉は何語で話しても理解できるようになったらしいのだけれど、彼女達も英語は知っておいた方が魔法習得や読書のためにも必要だから私と一緒に英語の勉強をしている。

 

 「早くお勉強がしたいです」とシシー叔母様に頼むと、さっそく家庭教師を手配してくれた。

 うちはいろんなところに恨みを買っているし、しもべ妖精がいるとはいえ子供の私しかいない家に他人を入れるのは少し不安がある。

 

 シシー叔母様がルシウス叔父様と相談して、マルフォイ家に家庭教師を招き、ドラコと一緒に学ぶことになった。

 

 

 

 初めての羽ペン。初めての羊皮紙。

 まあなんと書きにくいんでしょう! シャーペンやボールペンが懐かしい。

 子供の小さな手で長くてほっそい羽ペンを持つとぐらぐらしてよけいに書きにくい。

 努力の日々が始まったのだ。

 

 

 

 一緒に勉強できる私をドラコはとても歓迎した。

 可愛いよドラコ。ほんと、天使ちゃん。

 

 せっかく小さな頃から仲良し従兄弟なんだ。できるだけ性格矯正を(ルシウス叔父様に叱られない程度ね)しておきたい。

 だってすっごく天使だよ。とっても王子様。

 

 

 ドラコとはしょっちゅう一緒に遊ぶ仲だ。特に勉強をマルフォイ家で一緒にするようになってからはほぼマルフォイ家で過ごしている。

 

 彼は今のところ、大金持ち貴族の一人息子で溺愛されてて欲しいものはなんでも与えられて甘やかされ放題で、だから“選ばれし者”特有の鼻持ちならない自信過剰な面はあるものの、素直で、真面目だ。

 

 原作でも、ハリーやグリフィンドールへの対応は悪すぎるけど、時折り描写される日常の彼は、頭がよくて気が利いて、仲間想いで、わりと人がいい。

 その上イケメン。友人としては最高だと思う。

 

 そ、し、て。

 

 母親同士が姉妹で血がすごく近いから、絶対恋愛対象や結婚相手にはならない。つまりお互い変な気を回さないで済むし、他の女子生徒に嫉妬されることもない。まさに安心安全な立ち位置。

 安心して仲良くしていい異性の友人なのだ。

 

 だから私も安心してドラコを愛でられるってわけ。

 

 

 

 

 

 

 勉強の合間、私とドラコはよく庭で遊んだ。

 魔法使いは軟弱だもん。ドラコにも体力つけて欲しいわけだよ。だから庭に誘っては走り回っていた。

 

 

 

 

 そんなある日――

 

 

 隠れ鬼をしていて、私は丁寧に切り揃えられたこんもりと丸い草むらに潜り込んでいた。

 その時。聞こえたのだ。

 

『おやおやレディ。ここは僕の隠れ場所だよ?』

 

 はっとして振り向くと、そこには誰もいない。大きな木の影になっていて下生えの草が長く伸びているのが見えるだけ。

 

『もっと下だよ、レディ』

 

 恐る恐る視線を下げる。そこには、50センチもない小さな蛇が鎌首を上げてこちらを見ていた。

 

『やっと僕を見たね、レディ』

 

『へび……』

 

『そうだよレディ。僕の隠れ場所を取らないで欲しいんだけど』

 

 私は衝撃で卒倒した。

 

 

 

 

 

 気が付いたらマルフォイ家の客間のベッドだった。

 どうやら隠れ鬼で私が見つからず泣き出したドラコの泣き声に気付いたしもべ妖精(ドビーだよ、ドビー)が私を見つけて叔母さまに知らせてくれたらしい。

 

 癒者を呼ばれて診察されたけどどこにも異常がなく、勉強を始めたことで環境が変わり、疲れが出たのだと判断されたらしい。

 すごく心配したとシシー叔母さまに言われた。

 ドラコも泣きながら私に抱き着いてきた。

 

 心配をかけてしまってごめんなさい。ほんと、大丈夫だから。

 

 

 

 

 

 

 皆が部屋から出ていき、ひとりになる。

 私は深い深いため息をついた。

 

 

 

 どうしよう。

 私、パーセルマウス(蛇語使い)だ。

 

 

 

 

 

 私……ヴォルデモートの娘ってこと?

 

 

 

 

 

 

 ベラトリックス・レストレンジのヴォルデモートへの想いってさ。教祖へ向ける信者の想いだよね。

 

 ヴォルデモートのすべてを愛しているけど、それは肉欲とかそういうんじゃなくて、神様への滅私の心なんだと思ってたんだけど。

 

 『呪いの子』って原作というよりスピンオフとかIF本みたいなもんだと思うんだよね。

 あれが本来の未来軸にある物語だと言われると首を傾げる。原作者に言うことじゃないけど、解釈違いにも程がある。セルフ二次と言われたほうがしっくりくるほど違和感があるんだもん。

 

 でも、実際私がパーセルマウスなのだから、おそらく私の父親はトム・リドルなんだろう。

 

 いや、違うよ。

 ブラック家もレストレンジ家もおばあ様のロジエール家も、過去のどこかでスリザリンの血が入っているはずだし、それでなくても古い血統ならパーセルマウスが生まれてもおかしくはない。

 だから、『パーセルマウス = トム・リドルの子供』と短絡的に考えなくてもいいのでは?

 

 ……希望的観測すぎる、かな。

 じゃあやっぱり私の父親はトム・リドルってこと?

 

 

 でもそれにしてはうちの両親の私への対応が淡泊すぎる。教祖様の子だよ? もっと大事にしない?

 

 

 

 もしかして……

 性欲処理係かな?

 

 うちの母親って確かにすごく綺麗だけど、好きになったりしないよね。

 だってヴォルデモートの言うこと全肯定でやることなすことみんな絶賛するような狂信者なんて恋愛対象にならないと思う。

 やっぱり好きになるにはある程度の意思疎通というか、会話のキャッチボールができなくちゃいけないと思うんだよね。ただのイエスマンは取り巻きとしてはいいのかもしれないけど、愛情を持てるかというとちょっと首を傾げざるを得ない。

 

 だから子供が欲しくてそういうことをしたんじゃなくて、溜まるものを処理する相手が何人かいて、その中の一人がベラトリックス・レストレンジだったんじゃないかな。

 他にも純血のお綺麗なお姫様がいろいろお相手してたのかも。

 ほら、純血コンプレックス拗らせてるじゃん、お辞儀様って。だから純血貴族の姫をとっかえひっかえしてさ、コンプレックスを紛らわせていたんじゃないかと。

 

 

 ベラトリックスとしてもお相手はしてるけど自分だけじゃないし、夫ともちゃんとそういうことをしていたから、妊娠しても特に彼の子だって考えも浮かばなかったとか?

 あ、被験者って『本来なら妊娠しなかったものが生き残って産まれる』んだった。え。もしかして避妊してたのに産まれたとか? え? ……え? ……それはどうなの? 担当者サマぁ。

 

 

 

 はあ。

 とにかく。

 これは誰にも知られたくない。ヤバい情報だ。

 

 

 それに。

 ヴォルデモートは半純血だ。

 つまり、その娘の私は純血じゃないってこと。4分の1はマグルの血が入っている。

 

 おじい様とおばあ様に知られれば……きっと嫌われる。ううん。それだけじゃない。ブラック家は純血以外許さない。

 ブラック家の家系図から消される可能性もある。

 

 ルシウス叔父様とシシー叔母様も、私を嫌いになるだろうか。

 

 今まで愛してくれていた彼らから冷たい目を向けられることを想像するだけで心臓がぎゅっと締め付けられる。

 

 どうしよう。怖い。

 

 

 

 

 ほんと。怖い。

 

 

 

 

 

 トム・マールヴォロ・リドル。

 私の、推定父親。

 

 

 トムのことは可哀そうだと思う。年を取ってからの彼は狂ってるだけで最初は眉目秀麗で才気煥発、将来有望な青年だった。

 たしかに若い時から残酷で狡猾なきらいはあったと思うけど、彼を歪めたのは孤児院での生活と、ダンブルドアだと思う。

 

 だけど……

 

 だけど彼が父親ってのは、ないわー。

 

 ほんと。ないわー。

 

 

 

 

 

 ヴォルデモートが復活すれば、私は死喰い人にさせられる。しかも帝王の娘だ。徹底的に仕込まれる。それを否定したら“服従の呪文”で従わされるか、“磔の呪文”で従うまで苦しめられるか。

 

 復活は阻止しなくちゃ。私の安全で平和な日常はこない。

 今までヤバいヤバいと思っていたけどさ。今日は、ほんと、心底、そう思った。

 

 

 うん

 ヤバくなれば逃げよう。

 

 

 

 

 



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お買い物って楽しいよね

 

 

 パーセルマウスだと知った衝撃で倒れた数日後。

 

 当面、勉強は休みになり、私とドラコは久しぶりにゆっくりした時間を過ごした。

 一緒に本を読んだり、ゴブストーンをしたり。

 

 しばらく落ち込んだ私だけど、今悩んでもしかたないと気持ちを切り替えて元気を取り戻した。

 

 

 

 マルフォイ夫妻も私を気遣って、ドラコと私の新しいローブをあつらえましょうと買い物に誘ってくださった。

 

 

 

 ルシウス叔父様とシシー叔母様が前を並んで歩き、私はドラコと手を繋いでその後ろを歩いていた。

 

 やっと落ち込みから浮上した私は元気だった。

 みんなでお出かけしてお買い物が楽しくて、私はドラコと顔を見合わせてはくすくす笑い、歩きながら時々肩をぶつけ合ってはくすくす笑い、まるでただの子供みたいにはしゃいでいた。

 

 その時――

 

 ばん! と後頭部に衝撃を受けて、つんのめる。同時に途轍もない悪臭が私の頭から漂ってきた。むせ返るほどの排泄物の臭い。

 

「エリカ!」

 

 叔父様と叔母様が振り向くと驚いて叫んだ。

 ドラコもあまりの衝撃に立ち尽くしている。

 

 ……くそ爆弾だ。

 

 誰かが、私目掛けて投げつけたんだ。

 

「いい気味じゃ」

「レストレンジの娘め」

「腐れ蛇め」

 小さな声で隠れて呟く悪態とくすくす笑いが聞こえた。

 

 繋がった手を見る。汚れにまみれた私と、一緒にいたために余波を受けて汚れたドラコ。

 

 さっきまでの楽しかった気分が破けた風船みたいにしぼんでしまった。6歳の幼い心が、投げつけられた悪意に傷つき、涙がこぼれた。

 

「まあ、なんてことを」

 

 シシー叔母様が言う。

 ルシウス叔父様は杖を構え犯人を捜して周りを見回していた。

 

 叔父様が杖を振るって私の汚れを取り除く寸前、ドラコが私を抱きしめた。

 

「エリカ」

 

「ディー、よごれるから」

 

「エリカはわるくない! エリカはきたなくない! 子供に向かって隠れていじわるするやつのほうがずっと汚い奴だ」

 

 ドラコはより一層私を抱きしめながら、大声で叫んだ。

 

 子供の純粋な言葉は、驚くほど良く響き、周囲に浸透した。

 笑っていた大人が、ばつが悪そうに目をそらした。笑い声が静まる。

 

 すべてが敵に見えていたけど、冷静になって見回せば私に気遣わし気な表情をみせている人達もちゃんといたことを、私は気付いた。

 

「まったくだ」

 

 憤慨したルシウス叔父様がさっと杖を振るう。

 私達の汚れは綺麗になくなった。

 

「ここには野蛮な奴しかおらぬらしい。帰ろうエリカ。新しいローブはまた今度選びにこよう」

 

 ルシウス叔父様が抱き上げ、ドラコはシシー叔母様が抱き上げ、私達は姿くらましでその場から消えた。

 

 

 

 

 

 その日はドラコが私とべったり抱き着いて離れなかった。きっとドラコも傷ついたんだと思う。

 人からわけもなく悪意を向けられるのは、恐怖だものね。

 

 まあしかたない。レストレンジだもん。

 

 ああ、だけど、今日の事でより一層、魔法界の人達の単純な思想が疎ましいと思った。

 自分が正義だと思えば、たった6歳の女の子にだって悪意を向けて嗤えるんだから。

 

 原作を読んでいても、噂一つで大袈裟に態度を変える魔法使い達の無知蒙昧さがほんとに嫌いだった。

 

 ハリーはそれにずっと苦しめられてきた。

 “生き残った男の子”と称賛し、“選ばれし子”と崇拝し、祀り上げておいて、ヴォルデモートの復活を信じたくない(信じないじゃなくて、信じたくない、なところがほんとに末期だと思う)魔法省がダンブルドアとハリー・ポッターを批判したことで“英雄願望に取り付かれた頭のイカレた男の子”と叩く。

 最後の闘いで勝利したあとも、彼は英雄と祀り上げられ、無試験で闇祓いになった後も最前線で戦い続けた。

 『呪いの子』の後の人生は語られていないけど、きっと英雄として最後まで魔法界に尽くしたんだろうと思う。成功して当然で、失敗したら手ひどく叩かれて。ずっと闇祓いとして命を削って。

 

 魔法界って。なんて自分勝手で直情的で、愚かなんだろう。

 

 

 

 

 光陣営はきらい。

 でもうちの両親も、めっちゃきらい。

 

 

 ああ、もう。ベラトリックス・レストレンジの娘で実は父親がヴォルデモートってポジション、生きてるだけでスリップダメージ喰らうね。

 

 今回の転生ガチャ、大ハズレだ。

 

 誰だよ、SSR確定って言ったの! わたしだよ!

 

 HUNTER×HUNTERのエリカは英里佳同様、わりと“いい子”だった。でもこの世界にエリカ・アレクシア・レストレンジとして生まれて、前世よりもずいぶんやさぐれた性格になってきているような気がする。

 

 

 だめだ! よし。発想の転換だ。

 

 トム・リドルは半純血だ。だけど彼は半純血とは思えぬ魔力量と才能を持っていた。

 血に拘るあまり近親交配を繰り返し、濃くなりすぎて狂人ばかりが生まれるようになったゴーント家の血に優秀なマグルの血が合わさり、天の采配がごとき交配の妙が、トム・リドルという天才的な魔法使いを生み出した。

 

 母親のベラトリックスは名門ブラック家と、同じく名門ロジエール家の婚姻によって生まれた純血で、その血統の良さは魔法界随一だと言っても過言ではない。

 魔力の強さも有名だった。最強魔女って言われてたんだもの。

 

 だから、トム・リドルとベラトリックス・レストレンジの間に生まれた私は、3/4純血だけど、血の良さとしては純血に勝るとも劣らない素晴らしく優秀な遺伝子を貰ったのかもしれない。

 

 精神的な嫌悪感とかそういうのを抜いて考えるとさ。

 私ってハリー・ポッター世界で一番能力値の高い身体なんじゃない? しかもパーセルマウスだからバジリスクとも仲良くできるかもだし。

 うん。めちゃくちゃオトク。今回の転生ガチャは激レアを引けました! さすがSSR確定ガチャ!

 

 

 

 

 ……ふぅ。

 それくらい思わないとやっていられないくらい、お辞儀様の子かもしれないという事実に打ちのめされています、はい。

 

 

 だって。

 悔しいんだもん。

 

 それに、あの人達が親なのが、ほんとうに嫌だ。

 

 

 

 ちくしょう。

 ヴォルデモートの復活、ぜったい阻止してやるから!

 

 まず技術を磨く。これ大事。敵の使う技を知らずしてどうやって対処できるというのだ。

 

 そして。

 復活を阻止し、ヴォルデモートは確実に消滅させる。

 

 大丈夫だ。

 お辞儀様が復活しなければ、わざわざ落ちぶれたお辞儀様のために行動を起こそうなんて事狂信者達くらいしか考えない。ルシウス叔父様だって今の快適な立ち位置を、復活できるかわからない激弱状態の今のお辞儀様のために棒に振るはずがないんだもん。

 

 狂信者のほとんどはアズカバンにいる。外にいるのはクラウチジュニアくらいだ。あとは暴れたいから傘下に加わったようなただのクズ。そういう奴はまた大っぴらに暴力を振るえるようになるまではアンダーグラウンドでおイタをするくらいしか能がない。

 

 

 

 大丈夫。今のところ、私がしたことは、うまくいってる。

 

 ヴァルブルガおばあ様は原作の彼女とは似ても似つかぬ穏やかさになった。

 狂う元凶を排除したもの。

 何度も訪れて孤独を和らげ、原作で生身のまま無防備に置かれていたお辞儀様の分霊箱を引き離し、老害を遠ざけ、そしてレギュラスが勇気を持って死んでいったことを伝えて、彼女の怒りの矛先をお辞儀様へ向けた。彼女にとってお辞儀様は、息子が命懸けで復活を阻止した、ただのテロリストにまで評価が墜ちた。

 

 シリウスが反発していた頃とは状況が違う。今のヴォルデモートは生きているか死んでいるかわからない恐怖の亡霊で、反ヴォルデモートの考えは純血の教えと反発するものではない。

 

 彼女はもう間近に迫った自分の死を覚っていた。ブラック家の再興を願っていた。なら、私の味方になってヴォルデモート復活を阻止し、レギュラスの勇気ある行動を広く知らしめてブラック家の復権を図るべきだと考える。そう、勝算があったのだ。

 彼女の純血主義と、お辞儀様を憎む気持ちは反発しない。

 

 レギュラスには愛情と敬意をもっていて、シリウスにはダメな子だと言いつつも内心では愛し続けている。

 

 

 そのおばあ様が亡くなって、肖像画が残った。

 肖像画は生前の記憶でしかない。

 本人の生前の想いと記憶と知識を籠め、本人らしく振る舞うようにしている“記憶保持及び再生装置”だ。

 

 先人の知恵を自分の代で途絶えさせないため、これまで知りえた大切な知識や知恵を子孫に引き継ぎ、伝統を廃れさせないためのもの。

 死ぬ直前の状態を未来永劫、肖像画が消滅するその時まで“変わらずに”保持しておくもの、なのだ。

 

 つまり、肖像画となってからの記憶は増えるし、ある程度は変わるけど、本質は変わらない。変わっては意味がないから。

 肖像画をどれだけ説得しても、新しい価値観に生まれ変わりはしないのだ。原作の妄執に囚われたおばあ様の肖像画が冷静さを取り戻すなどあり得ないように、今のおばあ様の肖像画が狂うこともない。

 

 今のおばあ様の肖像画は、シリウスと対面しても激昂しないで先に話を聴けるだけの落ち着きがある。ちゃんと話し合えば分かり合えるはず。まあ原作みたいにヒッポグリフを自分の私室に放し飼いにされたらキレるかもしれないけど。

 

 そして、クリーチャーは、家事の手を一切抜かない忠義溢れる真面目な老しもべ妖精で、彼の忠心はレギュラスとおばあ様と私に全面的に振られている。

 

 今のグリモールド・プレイスは、とても素晴らしく快適な館だ。陰惨さはまったくない。

 

 

 ブラック分家のおじい様とおばあ様は厳格な方だけど、少しずつ少しずつ態度は軟化している。

 マルフォイ夫妻もだ。

 

 

 

 それでも。

 もし復活しちゃったら、さっさと逃げる。なに、だいじょうぶ。私にはね、『マッド博士の整形マシーン』がある。姿は変えられる。

 マグル街で生活するのも全く苦にならないんだから、どこに行っても生きていける。影分身と箒とステップとジャンプを駆使すれば遠い日本にだって行けるだろう。

 

 だからそれまでに習得できる技術は全部覚えて行かなくちゃ。

 魔法具もいっぱい次に持っていきたい。杖とか箒とか魔法薬とか。

 

 

 

 

 ……そうだ。

 

 

 もしヴォルデモートが復活したらあの両親も脱獄してきて、レストレンジのお金はみんな死喰い人の資金になってしまう。

 それまでに、いっぱい買っておこう。

 

 

 

 うん。

 レストレンジ家の資産、喰い潰してやるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷しもべ妖精のロニーはまだ若い子(ロドルファスが学生時代に代替わりしたらしいから、まだ30歳そこそこくらいなはず)だけど、とても仕事が丁寧で、素早く、部屋にゴミのひとつも落ちていたことはない。すばらしい家事処理能力だ。

 

 そして“エリカお嬢様”をすごく敬ってくれている。

 

 私も彼女が大好きだ。

 

 だけど、彼ら屋敷しもべ妖精は“家”に従うモノ。

 つまり、“レストレンジ家の者の命令は絶対服従”する。

 そう、私の命令だけじゃない。ベラトリックスお母様やロドルファスお父様の命令にも、額縁の中にいるご先祖様方の命令にも絶対服従しちゃうのだ。

 

 それに古き純血一族に従うしもべ妖精達もまた当然のようにゴリゴリの純血主義。

 

 ここで私が大声で『マグル万歳、マグル大好き!』って叫んだとする。

 

 ロニーは“お嬢様がお悪いお考えをお持ちになってしまわれた。このままでは血を裏切る者におなりになってしまわれる”なんて恐慌状態に陥る。

 

 次の日にはロニーの報告を受けた肖像画のご先祖様の誰かからマルフォイ家かブラック家(レストレンジ家はうちの夫婦しかもういないし、二人はアズカバン)へご注進が届き、私は厳しい再教育を受けることになる。

 

 しもべ妖精は常に見守ってくれているけど、スパイでもあるわけ。

 

 だからガーデンへの出入りも常に気を付けている。

 トイレの中やベッドのカーテンを閉めて閉じこもってから、小窓に指を入れてガーデンに影を出し、同時にステップして交代している。

 そうすればたとえしもべ妖精でもガーデンの存在に気付かれないだろう。

 

 どこかへジャンプする時もガーデン経由にしている。

 

 

 

 この屋敷は危険。

 たとえ私が『忠誠の術』でこの屋敷を隠してしまったとしても。

 なかにいるしもべ妖精がレストレンジ夫婦に呼ばれたらほいほい連れてきちゃうもの。

 

 しもべ妖精の優先順位は『主人』→『主人の家族』→『主人の親族』の順。

 この屋敷の主人は今もロドルファス・レストレンジ。

 法的に私が相続していれば私が主人になれるんだけど、まあそれはもう少し先の話。それにレストレンジの血を引いてない可能性が高いのだから、私としても家長になるつもりはない。

 

 魔法界ってアズカバンにいても脱獄犯でも金庫が凍結されたりしないし、法的にお金を没収されたりもしない。結構緩い。

 

 

 だからさ。

 愛してもいない両親。

 これから私が分霊箱を壊し、打倒ヴォルデモートの立場につくなら確実に敵になる両親。

 

 できるだけ彼らの資本も喰い潰してやろう。そして私の持ち物も増やして逃げる準備をしよう。という、とても外道な考えで、私はいろいろ欲しがってはロニーに注文させるということを繰り返している。

 やりすぎない程度に様子を見ながら。

 

 

 

 ある時は。

 

「ロニー!」

 

「なんでございましょうか? お嬢様」

 

「両面鏡が欲しいわ。これならドラコといつでも話せるの。お友達ができたら配るんだから、いっぱい用意して」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 20セットの両面鏡が手に入った。

 記念すべきひとつめはさっそくドラコに渡した。新しい魔道具に興奮して頬を染めるちびドラコの笑顔プライスレス。

 

 

 

 

 

 そしてある時は。

 

「ロニー!」

 

「お呼びでございましょうか? お嬢様」

 

「内緒話の時に使える魔法具が欲しいの。テーブルに設置したら少し離れた人には声が漏れないような魔法具を探してちょうだい」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 “音声遮断”の魔法がついた小型の蝋燭台のような形の魔道具を手に入れた。さっそくドラコと内緒話をした。

 隣のテーブルで微笑まし気にこちらを見ているシシー叔母様を気にしながらの内緒話は、とっても楽しかった。わくわくした。

 孔雀の小屋にした悪戯をこっそり教えてくれるドラコがめちゃんこ可愛かった。

 

 

 

 

 

 またまたある時は。

 

 

「これだわ!」

 

 静かに本を読んでた私は、物語の途中で立ち上がって叫んだ。

 

「ロニー!」

 

 名を呼ぶとバチンと音がしてしもべ妖精のロニーが現れる。

 

「見て! ロニー」

 

 今日のおねだりはいつものよりもさらにさらに高額商品だ。

 テンションあげていこうぜ、エリカ。お子ちゃまエリカの、お金持ちお嬢ちゃまエリカのおねだりだ。

 

 ばん! と今まで読んでいた本を開いて見せる。

 

『雪男とゆっくり一年』

 

 自伝と銘打った冒険紀行本は実録というには大げさで修飾が多くて自慢ばかりだけど、物語だと割り切って読めばけっこう面白い。

 ロックハート。小説家としては才能がある。

 

 

 主人公は雪山で吹雪に遭い、古ぼけた小屋に逃げ込む。

 真っ暗で凍てつく小屋の中。隙間風がビュービューと鳴り、暖炉は壊れて使えそうにない。しかも主人公は先ほどの戦いで杖を失くしてしまったのだ。今にも凍死するのではないか。

 

 読者のそんな心配をよそに、主人公は余裕の表情で持ってきたトランクを広げ、あろうことか、その中にひょいと入っていく。

 トランクの中は広々とした屋敷のようでいくつもの部屋があり、清潔で温かく、暖炉には赤々と火が灯り、本棚には様々な本が並んでいる。

 主人公は暖炉の前のカウチに寝そべってワインを嗜む。

 

 

「トランクが欲しいの! 中におうちがあって、本やおもちゃをいっぱいしまえる奴! 魔法の練習も箒の練習もそこでするの!」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 

 

 

 

 3ヶ月後、私の細かい注文通りのトランクが届いた。

 トランクはふたつ注文した。

 

 ひとつは、飴色の皮革のもので、右下にこげ茶の焼き印で『Erica』と私の名前が入っている。

 なんていうか、とても洒落てた。

 

 もうひとつもサイズは同じくらいで、こちらは黒の皮革のトランクで銀糸の刺繍で『Erica』と私の名前が入っている。

 こっちもまた素敵だ。

 

 

 小さなトランクだ。3,4泊が限度だろうと思わせるサイズのトランク。

 

 だけどその小さなトランクは、検知不可能拡大呪文と軽量、保護、防水、耐火、自動修復その他、様々な魔法が掛かった優れもの。

 

 所有者にしか開けられないし、蓋を閉めればどれだけ振り回してもトランクの中身が倒れたり壊れることもない。

 

 

 まずひとつめ。

 飴色革のトランクを開くと部屋になっている。

 そう。ニュート・スキャマンダーの持ってるやつみたいに中に入れるものだ。

 といってもあれみたいに魔法生物がガンガン入れるほど広くはないよ。

 

 居間、キッチン、ダイニング、お風呂にトイレ、寝室3つ、本棚がたくさん並んだ書斎、魔法訓練や箒の飛行練習ができる広い訓練室がある。

 

 当然家具や内装も壁紙もいろいろと注文つけた。どれもこれも高級感あふれる品々で揃えられている。

 食器棚はおしゃれな食器が綺麗に並んでいる。保存のきく食料品も一通りそろえた。

 キッチン横のワインセラーには、まだ当分飲めそうもないのにワインが何本も並んでいる。

 

 居間には暖炉もある。煙突飛行ネットワークには登録するつもりはない。

 ただ純粋に暖房とインテリアのためだ。

 

 寝室3つもそれぞれ広々とした部屋で、座り心地のいいソファや、思わずダイブしたくなるほどふっかふかのベッドを置いてある。

 書斎の机と椅子はまるで大企業の社長のデスクみたいに重厚なものを選んだ。

 

 私の夢と希望がいっぱい詰まった、快適空間な家がそこにあった。

 

「すてきなおうちね。わたし、今日からここで過ごすわ。ロニーは絶対入ってはだめよ」

 

 

 

 

 

 もうひとつの黒革のトランクの方は、部屋になっていない普通のトランク。と言ってもこちらも検知不可能拡大呪文で見た目の何十倍も入る。

 

 

 ひとつのトランクで、ダイアルを回すと部屋と荷物入れを切り替えられるようなもの(多重モノと呼ぶらしい)もできると言われたのだけど、私は別々のものを頼んだ。

 

 いずれ、トランク多重モノも作ってもらうつもりだけど。

 今は別々なトランクを二つ欲しかったのだ。

 

 

 ロニーの説明を聞きながらトランクの蓋をあけ、ダイアルの内側についた小さな宝石に自分の血を垂らし、ふたつともに個人登録を済ませる。これで私以外は開けられない。

 

 蓋を閉めてしみじみとトランクを眺める。

 

 ――これで私の荷物をおおっぴらにしまい込める場所ができた。

 

 

 

 

「お嬢様。こちらを」

 

 トランクと一緒に注文した巾着を差し出してくる。

 

 モークトカゲの革製巾着袋だ。薄茶色の皮革のしぼんだ巾着には長い紐が付いている。

 原作でハリーがハグリッドに貰ったやつだ。

 

 モークトカゲは隠れることがうまいトカゲで、その皮革を使った巾着は不審者が近付くと袋が縮んで見えにくくなる。

 その上、中に入れたものは持ち主以外は取り出せない。理想的な収納袋だ。

 

 この巾着にも検知不可能拡大呪文と軽量が掛かっているから、トランクもその他の荷物もどんどんしまえる。

 

 これは、トランクや荷物をしまうものと、財布用の小型のものとふたつ購入した。

 

 

 アイテムボックス系は、ドラポケで(収納)できる私にはあまり必要がないように感じるだろうけど、わりと切実に欲しい。

 ドラポケは人前で使えないもの。

 

 私がいろんなものを手に入れて、それを大事に巾着にしまっている。ロニー達がこれを知っているから、私の身の回りの品がなくなっても『お嬢様がトランクか巾着におしまいになられた』って考えてくれる。これ大事。

 

 レストレンジの夫婦が脱獄したら逃げなくちゃいけない。それまでにどれだけの準備をしておくかが重要なのだ。こういうものはいくらでも欲しい。

 

 それにドラポケは自分のものしか(収納)できない。

 分霊箱やその他怪しい物品をさっとしまえるためには、こういう“なんでも収納できて、私にしか取り出せない”ものが必要なんだよね。

 

 ちなみに、検知不可能拡大呪文のかかった物の中に検知不可能拡大呪文のかかった物を入れるのは大丈夫なのかと思わない? 私は最初に巾着とトランクを買う時にロニーに聞いてみた。答えは「どれだけ重ねても大丈夫」だった。

 考えてみればさ、魔法界のおうちってほとんど拡大呪文で広げてあるの。もし重なるのがダメなら家に拡大呪文のかかったトランクとか持って入れないじゃん。

 

 

 

 

 その後もいろいろ思いついたら購入している。

 そうそう。

 

 やっと小さなバスタブを買った。

 小雪のためのバスタブ。

 

 小雪は入浴時に金粉を出すんだけど、我が家のお風呂は『美肌温泉』で全体が念空間、排水口も謎の念空間に流れ込んでいく。

 大切な金粉がぜんぶ無限の彼方へ消えていくのだよ。

 

 なので、小雪は今まで布地の染色をするために使う大きなたらいで入浴してくれていたのだ。

 HUNTER×HUNTER時代、いろんなものを買い漁ったけどさ、さすがに湯船は買ってなかったんだよね。ごめんね小雪。ほんと、不自由な思いをさせてもうしわけなかった。

 

 

 トランクにふたつめの小さなバスタブが欲しいと駄々をこね、やっと猫足がついた可愛らしい陶器のものをロニーが買ってくれたのだ。

 

 自力で外に買い物に出かけられない幼児の身体が憎らしい。

 

 これからは気持ちよく入浴してもらえるね。

 小雪も可愛い湯船に満足そうだった。

 

 

 

 

 両面鏡は試してみたけど、ガーデンと外では繋がらなかった。外にいる時にガーデンの小雪からの連絡が取れないのは不便だなと思う反面、魔法具は私の念空間にアクセスできないんだと考えれば、ガーデンの安全性が確認できて、とても嬉しい。

 

 ガーデンも広いし、メリーさんも小雪もそれぞれアトリエや図書館にいることが多いから、二人にも鏡を渡し、ガーデンの家の居間にその片割れを設置することにした。影がたいがい一人はそこにいるからお互い連絡したいときにちょうどいいね。

 

 

 

 




いつも感想ありがとうございます。誤字報告も感謝です。
『お辞儀姫』には笑わせていただきました。うん。字面だけ見ればとても可愛い。

※『雪男とゆっくり一年』の内容は捏造。


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音楽レッスン

 

 

1986年 7月

 

 マルフォイ家で家庭教師に勉強や礼儀作法を教わっているうち、ピアノの教師も呼んでもらってピアノレッスンも始めることにした。

 

 音楽は『超一流ミュージシャン』の能力で一流並みの才能がある。だけど天才には届かない。ぜんぶ独学だったから基礎から学びたいのだ。

 それに人前で気兼ねなく演奏するためには、“技術を習得するプロセス”を周囲に見せる必要があるわけだよ。

 

 せっかく費用の心配なくプロの個人レッスンを受けられる財力があるんだもん。使わなきゃ。

 この機会に基本からじっくり習おうかと思ってる。

 

 影がいるから、反復練習はじっくりガーデンでやれるもん。

 

 

 

 マルフォイ家の伝手で頼んだ教師はスリザリン出身の魔女で、クラシックピアノの権威だった。

 

 毎週1回マルフォイ家に来てくれて練習するんだけど、本当に基礎からみっちり教えてくれてすごくありがたい。

 鍵盤と椅子の高さの正しい位置関係、座り方、姿勢、手の位置、指の置き方、弾き方、楽譜の読み方。

 知っていることを知らないふりするのは難しかったけど、ちょっとしたコツを教わったり姿勢を厳しく直されたりすると技術があがっていくのを実感する。

 すごく楽しい。

 

 マルフォイ家にもピアノがある。古いピアノでとても音がいい。手入れもきっちりされていて調律もばっちり。

 マルフォイ家の誰も弾かないんだけど、ご先祖様にはピアノ好きがいたらしい。今はパーティの時にプロを呼んで演奏させたりするんだとか。

 

 ガーデンにあるピアノもすごくいいピアノだけど、このピアノもすごくいい。柔らかくてなめらかに伸びる音がたまらない。

 

 

 

 マルフォイ家には勉強をしに通っているから週に1回しかピアノを弾けない。上達の速さを誤魔化すためにも、レストレンジ家で練習している姿を見せる必要があった。

 ロニーにピアノが欲しいと頼むと、どこかから古いピアノを持ってきてくれた。

 

 先代の当主時代に買ったグランドピアノでロドルファス夫妻がまったく音楽に興味がなくて仕舞いこまれていたのだとか。

 出してもらってびっくり。

 超高品質で有名な魔法界の楽器職人、グレゴラン卿の作品なんだそうだ。

 

 マホガニーの艶出しの茶色い塗装が美しい。

 10数年手入れされておらず音が狂っているのが残念だ。魔法のおかげで保存状態は悪くないから錆やカビはなさそうだけど、しっかりメンテナンスしてもらわなきゃ。

 

 さっそくピアノレッスンの時に教師の伝手を頼って調律師を頼み、隅々までしっかりメンテしてもらった。

 

 もちろん設置するのは飴色トランクの中だ。ここなら気兼ねなく練習できるし。

 

 トランクの空間を広げて部屋をひとつ追加する。

 うん。拡張呪文マジ便利。早く私もこの魔法覚えたい!

 ピアノルームに相応しい広さにしてもらい、温度や湿度を一定に保つよう魔法で空調管理を徹底して、そこにメンテナンスから戻ってきたグランドピアノを置いてもらう。ソファやクッションで共鳴を緩和して理想的な空間を作り上げた。

 ぽろろんと鳴らすだけで、豊かな音色が部屋を包み込む。んんん。素敵だ。

 

 ……ガーデンのピアノも調律したい。

 何年も調律していないから、音の乱れが気持ち悪くってもう……

 

 まさかガーデンへ調律師を連れていくわけにはいかないし。

 

 もう少し私が大きくなってから考えよう。魔法が使えるようになって、マグルの調律師に頼んであとで『忘却術』でどこに出張したか忘れてもらうって手もある。

 それまでは我慢我慢。

 

 

 

1987年 4月

 

 1年ほどピアノを続けた私はピアノの先生から絶賛される腕前だ。まだ手が小さくてオクターブに指がぎりぎり届かないけど年齢にあった曲はなんでも弾ける。

 魔法界で手に入る楽譜もいろいろと取り寄せてもらっている。

 

 そろそろ他の楽器も演奏したい。

 叔父様に次はバイオリンの先生を紹介してもらいたいと頼んだ。最初「二つも楽器を習うのは中途半端になる」と反対されたんだけど、どちらも決して練習をさぼりませんと誓い、どうしても習いたいと泣き落としもした。

 ピアノ講師の魔女から“音楽の天才”との絶賛の言葉を聞いているマルフォイ夫妻は、私の音楽の才能を埋もれさせることは惜しいと考えたのか、本人の希望を優先させようと許してもらえた。

 

 バイオリンの先生はスリザリンを好成績で卒業した魔女で、年齢が読めない美魔女だった。とても有名なバイオリニストらしい。

 

 初めてのレッスンはヴァイオリンを持って立つ姿勢と腕の位置、構え方、それから弦を動かす練習で終わった。楽器はもちろんロニーに用意してもらったものだ。

 

 それだけでもじゅうぶん満足だったのだけど、先生がさっと小曲を奏でてくださった。

 彼女の弦捌きのたくみさと、音の美しさ、深さに一瞬で魅了されました。素晴らしかった。

 ルシウス叔父様、素晴らしい先生をありがとう。これから頑張るから!

 

 これで音楽レッスンの日が週に二日になった。

 バイオリンを始めたことを少し不満がっていたピアノの先生も、私の練習量が落ちていないことに満足の笑みを浮かべ、いろんな楽器に触れることも貴女のような才能あふれる方には必要なのでしょう、とまで言ってくださった。ごめん。影でドーピングしてて。

 でも努力はホンモノだから。

 

 

 魔法界は狭い世界で保守的だけど、音楽は思った以上に幅広かった。クラシックだけじゃなくてジャズやポップスもあるし、レゲエやパンクだってある。

 いずれサクソフォンも習い始める予定だ。シルヴィアのためのレッスンを、早く始めたい。シルヴィアをどれだけ上手に扱えるかは私の攻撃力に関わる。先は長い。でも、楽しみだ。

 

 

 

 上達を褒められるようになり、マルフォイ家でちょくちょく演奏をねだられるようになった。うし! これは洗脳……いやいや意識改革のチャンス。とばかりに、演奏するたび『超一流ミュージシャン』の技を駆使し、想いを指先に込めてピアノを弾いた。

 

 想いは『ラブ・アンド・ピース』。心の中で、『死喰い人なんてかっこわるいし先はないよ、どうせヴォルデモートは凋落したし、もう復活なんてないない。このままフェードアウトして善良な貴族家っぽく生きようぜ。マグルを好きになれとはいわんけど、上手に利用すればいいじゃん……』というような緩やかな緩やかな思考誘導を図り、純血思想の緩和を願っている。

 

 あまりキツイ方向転換はしない。本当に少しずつ少しずつルシウス叔父様やシシー叔母様、ドラコが穏健派になってくれれば嬉しいという願いで頑張っている。

 

 実際のところ、私やドラコに接する彼らは教育に厳しいが子煩悩そのもので、私は一度だって彼らの死喰い人らしい残虐なところを見たことがない。あとシシー叔母様は死喰い人じゃない。左手に印はない。綺麗なものだ。

 叔父さまが清廉潔白だなんて欠片も思わないけど、意味もなくマグルを虐めて遊んだりしなくなればそれで嬉しい。

 

 

 

 我が家にはレストレンジのご先祖様方の肖像画があるんだけど、私の生活圏には一枚も置かれていない。ロドルファス、ベラトリックス夫妻がいた頃に、親たちの干渉がうるさくて一室に纏めて飾るように変えたのだとか。

 ロニーに「先代様をこちらへお運びいたしますか?」と聞かれたけど、「そのままでいい」と断っておいた。彼女には部屋の飾りつけを変更する権利がないため、肖像画が私に話しかけられるチャンスはない。

 なので、私ってレストレンジの教育って何も受けてない。

 

 マルフォイ家は私の希望によって礼法や読み書き計算などの勉強はさせてくれている。けど、私にはブラック家のおじい様がまだ健在だから、ルシウス叔父様もブラック家の方針に従うため、私への過度の思想教育はしないようにしている節がある。

 私ってレストレンジの娘じゃなくて、ブラック家の娘だな、と思う。見た目もブラックそのものだし、私のアイデンティティはブラック家に沿っている。レストレンジへの帰属意識は皆無だ。

 

 

 

 

 

 

 

 シルバードッグのシェルはこの三年でずいぶん大きくなった。予想したとおり、グレートピレニーズなみの大型犬だ。銀色の毛皮がふさふさと美しく、じっと立っていると気品すら感じる。

 でも動き出すととたんに子供っぽいしぐさになる。一番の末っ子で、甘えんぼで遊び好きな子だ。いつも誰かの足元をすりすりしながら渡り歩いている。可愛い。

 小さなラルクがお兄ちゃん顔しているのも可愛い。ラルクとシェルの虹兄弟と呼んでいる。

 この2匹の冒険の場所は『山神の庭』だ。

 

 

 ガーデンの我が家の後ろ側はパブリックな空間で左からアトリエ、図書館、音楽堂と大きな建物が並んでいる。

 その手前はもともと我が家の裏庭だった部分をもう少し改良して小さめの広場っぽくしてある。

 もともとあった『豊作の樹』『不思議ケ池』『酒生みの泉』と、もう一つ、ここに設置されたものがある。

 

 ゴン達とグリードアイランドを制覇したクリア報酬で貰った『一坪の密林』だ。

 

 

 『一坪の密林』のカードの説明にはこう書いてあった。

 「山神の庭」と呼ばれる巨大な森への入り口。この森にしかいない固有種のみが数多く生息する。どの動物も人によくなつく。

 

 

 広場にゲインした時現れたのは、石造りのアーチと閉じられた鉄の格子でできた門だった。門にはハンター文字で“山神の庭”と書かれている。

 その門扉を押し広げて入ると、そこからは広大な森が広がっている。っていうか、森の中にいる。

 某『どこでもドア』のような感じだと言えばわかるだろうか。

 森の中に不自然な空き地があり、その真ん中にぽつんと石造りのアーチがあるのだ。四方を見てもどちらにも森が続いている。

 

 ハンター世界の住人が“巨大な森”と表現する森の巨大さは、もうね、何といっていいのか、一言で言うと、『どこまで続いているかわかりません』って感じ。

 森と言うより、山あり谷ありの雄大で緑豊かな大自然だ。

 

 門付近は湿度も温度もそこそこで、けっこう居心地がいい。まるで避暑地の森を散策しているような気分になる。そんな感じの自然が周囲数十キロと続いているのだ。

 

 でもそれより奥に行くと森は急に表情を変える。ジャングルみたいな熱帯雨林もあったし、別の方角に行けばきっと他にもいろんな風景を見せてくれるんだろう。

 今のところまだそこまで到達できていないけど。

 

 いろんな動物がいるんだけど、彼らはそこで自由に暮らしていて、同じ種で繁殖を続け、ちゃんと弱肉強食の食物連鎖があって、維持管理に私の手を必要としていない。

 

 ここだけ別空間でちゃんと太陽があって昼夜もある。雨や雷もあり、風が巡っている。

 誰も管理しなくても、ちゃんと森が森として何百年も何千年も存続していけるようになっているんだと思う。

 崖を登ったり、山を駆け下りたりと修行にも適している。

 山菜や果物も豊富で我が家の食卓に彩りを与えてくれた。うんうんガーデン内で自給自足が進んでいて素晴らしいよね。

 

 これだけ巨大な森なら、私が端っこ(この場合中央っていうのかな?)を少し切り崩して多少手を加えたくらいで環境が乱れることはないだろう。

 

 巨大な森の中央、扉のある周囲を修行がてら切り開いて『開拓地』を作ることにした。

 グリードアイランドの岩場でやったような修行は本当に岩場がなくなってしまうからどうしようかと思っていたんだけど、ここならできる。

 それに『開拓地』に私達の住み家を作るのも楽しい。

 

 ということで、周囲の木を切り、切り株を掘り起こし、岩場を削ってすこしずつ土地を均している。

 うん。カインお父さんとルミナお母さんと二人の友達、彼らの作り上げた空間みたいなものを私の修行がてら作っている。

 

 

 

 この森の動物は多種多様で面白い。極彩色の魚に脚が生えたやつとか、頭がふたつの狼っぽいのとか、触手がいっぱいのトカゲ? とか、脚が6本の兎?とか、まん丸の毛玉がコロコロ転がっているようにしか見えないナニカとか、眺めているだけで楽しい。

 

 私達はここを『森』と呼んでいる。メリーさん達もたまに散歩している。ラルクもシェルも楽しそうに走り回っている。

 

 ある日、メリーさんがうきうきとスキップでもしそうな足取りで、2トンほどもある大きな牛っぽい動物の親子を連れて帰ってきた。勧誘してきたらしい。

 開拓地の一部に囲いをして小屋を建てたら親子で住みつき、毎朝たくさんの牛乳を搾らせてくれるようになった。

 量が多くて味も芳醇で美味しい。

 

 またある日には烏骨鶏っぽい鳥も数羽連れてきた。毎日新鮮な卵が貰える。殻の色がどピンクなんだけど、中身は普通に鶏の卵っぽい感じ。これもとても美味しい。

 

 メリーさんは食べられるものがわかるんだろうか。楽し気に世話をしているし、お互い話せないのになんだかわかりあっているっぽい。メリーさんってほんと、すごい。

 

 

 ガーデンにはグリードアイランドのアイテム『酒生みの泉』からお酒、『不思議ケ池』から魚、『豊作の樹』から果物が採れる。それから菜園に植えた野菜類が少し。それから『森』で採取する山菜類。

 自給できるものはこれだけしかなかった。これでガーデンの自給品目に牛乳と卵が加わった。

 とてもありがたい。

 

 

 もうしわけないけど、ごくたまには森で狩りもさせてもらっている。貴重なたんぱく源として大切に食べさせてもらっている。

 

 狩りや解体の技術を錆びさせないためでもある。人になつく動物を狩るのはすごく辛いのだけれど牛や豚だってよく人になつくよ。牛は殺してよくて「山神の庭」の固有種は駄目ってのはエゴだ。

 

 開拓地と決めた中央付近以外はできるだけ手を加えないように。修行はさせてもらって。

 触れあえる動物とは節度を持って付き合い。

 勧誘してきた生き物はちゃんと世話をして。

 戦う獣は狩る。

 

 修行しながら家を作ったり、土壌も豊富っぽいから畑も作ろうと考えている。

 

 私達は上手に森と付き合っている。

 

 

 

 

 

 

1987年 5月

 

 ブラック分家のドゥルーエラおばあ様が亡くなった。

 ロジエール家最後の生き残りだったおばあ様が亡くなったことで、シグナスおじい様はロジエール家の資産も管理することになった。

 

 一人になり、いきなり老け込んだおじい様は、居間に飾ったドゥルーエラおばあさまの等身大肖像画とお茶を飲みながら、昔話をしているらしい。

 

 

 ……そういえば。

 原作でシリウス・ブラックが『ブラックの名を持つ者はもういない』って言ってた。私やベラトリックスはレストレンジだし、シシー叔母様とドラコはマルフォイ。レギュラスは死んだ。ブラック家は他にいない。

 

 今はおじい様がいらっしゃるけど。あと本家の隠居老害。

 原作でシリウス・ブラックが登場する3巻までに、おじい様も老害も亡くなっているってことだ。

 

 寂し気なおじい様を見て、ああこの人もあと数年で亡くなるのかとものすごく悲しくなった。

 病気や怪我、事故や他殺ならなんとか防ぎようもあるかもしれない。

 でも、きっとこの人を殺すのは老化と寿命だ。

 

 できるだけ会いに来よう。

 おじい様が亡くなるまでせめて祖父孝行をしよう。少しでも長く生きていたいと思ってもらえるように。

 私を置いて死ぬのはさみしいなんて思ってくれれば少しは原作よりも長生きしてくれるかもしれないもんね。

 

 

 ドゥルーエラおばあ様からは、形見分けとして純銀のブレスレットを頂いた。

 守護の呪文がかかっていて、呪いを相手にそのまま跳ね返すらしい。

 チャーム部分がロケットペンダントと同じように開閉式になっていて、検知不可能拡大呪文がかかっているから大切なものを入れておくといいと説明があった。

 

 

 

 

1987年 5月20日 誕生日 7歳

 

 7歳の誕生日を迎えた。

 今年もマルフォイ家が私の誕生日を祝ってくれ、おもちゃやローブ、本などのプレゼントも頂いた。

 やっと7つだ。先行きの不安があると、自分の成長の遅さにため息がでるね。早く大人になりたい。

 

 まだね、精神が幼すぎて注意力散漫なんだよ。

 殺気には気付くんだけど。

 本気になればこの世界の誰でも貫手ひとつで殺せる私が、だからこそ、一般人の投げつけるくそ爆弾にも気付かないくらいほけほけになっちゃうの。

 どうも自分の肉体が強すぎて、魔法族の弱い体との差を如実に感じてしまって、つい気が緩んじゃうのだ。

 

 魔法がどれだけ怖いか知識としては知っているのに、幼い精神が彼我の力量差に緊張感を保ち続けられない。

 

 『強くてニューゲーム』の弊害だ。

 強さの質が違うことに、頭はじゅうぶん理解しているのに、身体が追い付いていない。

 少しずつ精神的に成長しているから、もう無防備に無警戒で街を歩くことはなくなってきたけど……

 

 

 

 

 

 

 マルフォイ家で一緒に学ぶようになって1年。

 ドラコの取り巻きがそれに加わるようになった。

 ビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイル。原作にいたトロールみたいに愚鈍で肥った、ドラコの腰巾着達だ。

 

 初めて会ったクラッブとゴイルはまだ太ってなく、がっしり骨太の大柄の男の子達だった。表情は幼くて、そしてあからさまに拗ねていた。

 

「おあいできてうれしいです」「おふたりのともだちになりたいです」

 

 言わされた感満載な言葉だった。

 互いに挨拶を済ませると、すぐにレッスンになる。

 

 私とドラコはもう文字も読めるし、算数や魔法史、礼儀作法なんかもどんどん進んで覚えていってる。

 クラッブ達は、今までまったく勉強をしたことがない様子だった。

 字すら読めない。

 勉強をしたことがないから席に長時間じっと座っていることすら初めてのことで苦痛みたいだった。

 

 

 

 ああ。これじゃあ仲良くなれるわけないよなあ。

 

 私さ。もうね、ほんと、ドラコが大好きなの。もちろん恋愛じゃなくってね、家族愛。可愛い弟みたいに思ってるわけ。

 

 だから。

 ドラコの友達関係をちょっと原作よりもよくしてやりたいんだよね。

 

 クラッブとゴイルってドラコと比べて、知力に差がありすぎるし、興味や趣味の対象も違いすぎる。一緒にいてもちゃんとした会話がない。

 楽しそうに見えないんだよ。ほんと。

 

 

 どちらも親からの命令で一緒にいる。

 

 ドラコは父親から側近や手下としてうまく使えと言われているけど、彼らは見事に何の役にもたたない。意思疎通すら難しい。

 だけど遠ざけるわけにいかないため、ただ、世話をしなくちゃいけないふたりだと認識してる。

 

 クラッブ達は、父親からドラコについていろ、彼にすべて従え、何かあれば盾になって守れって言われているから傍にいる。

 

 クラッブ達からすれば、親に『自分よりドラコを優先しろ』って言われて、子供心に失望しただろうし、趣味のあわない相手にずっとついているだけなのは苦痛でしかない。

 それですべてに興味を持つことを諦めてしまっただけなんだろう。

 

 

 7歳なんだよ、みんな。

 遊びたいさかりなわけ。

 

 

 でもドラコと私は勉強はもうずっと前から始めていたから字が読めるし、物語を読み解く楽しさも知っているから、勉強しても、プレイルームで絵本を読んだり知育系ゲームをして過ごしても楽しいの。

 

 クラッブ達は、親が家庭教師を用意していないんだと思う。

 まず7歳にもなって字が読めない。

 勉強をしたことがないからやり方がわからない。

 絵本が面白いという感覚もまだわからない。ゲームだって多少は頭を使うから、知識皆無な今はまだ楽しさがわからない。

 

 本当は外に出て遊びたい。

 なのに、親に命じられているからドラコから離れるわけにはいかず、結果、部屋にじっとしているために、間を持たすには目の前にあるお菓子を食べ続けるくらいしかない。

 悲しいかなマルフォイ家のしもべ妖精ってドビーなんだよ。彼にはいい塩梅ってのものがないの。皿が空になればすぐに新しく盛り付ける。彼らが食べる。盛り付ける。食べる。盛り付ける。まるでわんこそばかよって状態になっていた。

 

 

 うん。そりゃあ太るよね。

 

 これが続くから、原作の、あの何もかもを諦めたような覇気のない顔でずっと何かを食べていて、ドラコの言葉には反射的にお追従して、喧嘩になったらとたんにスイッチが入って暴れる彼らができあがるわけだ。幼い頃から恨みと妬みや怒りが募ってて闇の魔術の習熟が早いのもわかるよ。

 

 

 

 だから、勉強の時間の前に少しずつ教えることにした。

 

 まずはアルファベット一文字一文字、字を書くことからちゃんと教える。

 算数も。大皿に並べたクッキーの数を数えるところから少しずつ。

 

 そして、小さな成功を積み上げる。できたら褒める。

 

 最初はすごく嫌がっていたけど、理解できることが増えると、私やドラコの読む本や、私達が話す内容が“面白い”ことだと感じられるようになってきた。

 

 たぶん個人の資質としては彼らは肉体言語タイプで、身体を動かすほうが好きな人なんだろうけど、だからといって馬鹿なわけじゃない。

 

 

 だから、ドラコと勉強することも楽しいことだと感じてくれれば、ちゃんとした友達になれるんじゃないかなって期待している。

 上下関係が発生してしまうのは仕方ない。

 だけど、それなりにうまくやっていけそうな気配は感じられるようになってきた。

 

 

 

 運動も一緒にするよ。

 

 彼らの好きな身体を動かすこともしようと思い、ドラコも連れだして外で遊ぶこともした。訓練もしようと誘ってみる。

 

「なぜそんな訓練をする必要がある?」

 

 ドラコは初め、野蛮な訓練に眉を顰めた。

 

「ねえ、ドラコ。杖を構えて」

 

 庭に落ちている小枝を拾い上げてドラコに手渡した。私達はまだ子供で、自分の杖は持っていない。だけど親の姿を見ているから、ドラコも見様見真似でけっこう様になったポーズで杖を構えてみせる。

 

「じゃあ……ごめんね」

 

 ほんの一瞬。さっと近づいた私はそっと軽くドラコの手を蹴り上げる。杖はあっという間に宙を舞った。

 念を使わなくてもこの程度は容易い。むしろ怪我させないために細心の注意を払ったくらいだ。

 

 蹴られた手を左手で押さえて、ぽかんとしていたドラコにとりあえず謝った。

 

「痛かった? ごめん」

 

「いや、びっくりしただけ」

 

「ね。魔法使いの構えって、杖が前にでるでしょ? ここ狙ってくださいって言ってるようなもんじゃない? 杖を取られたら役立たずなんて、悔しいじゃない」

 

 もちろん距離を詰められないよう戦うのが第一だけどね。乱戦になって近づかれたら体力のない魔法使いは弱いもの。

 私の説明に、ドラコも納得の表情を浮かべる。

 

「まあマルフォイ家のお坊ちゃまが前線にでるなんてあんまりないことかもしれないけど。クラッブやゴイルはドラコを守らなきゃいけないんだもの。選択肢は増やしておくべきよ」

 

 「難しい魔法を制御することにも、クィディッチにも、体力は絶対必要だよ!」と言えばみんな納得し、「クィディッチの選手ってカッコいいよね」と言うと俄然やる気になった。

 

 訓練と言っても、7歳の私がそんな技術を知っていたらマルフォイパパママに不審がられてしまう。ちょっとした遊び……鬼ごっこや、細い棒の上を歩くとか、地面に書いた円から互いに押し合いして外に出たら負け、とか、そんな身体をめいっぱい動かすものを、さも思いついたという態でさせるだけ。

 

 訓練、なんて言ってただの遊びじゃないか。そう気づいた彼らは元気に走り回るようになった。

 

 ちょっと愚鈍な感じにみえた彼らも、今はまだ可能性の塊だった。もともと体術のセンスがあったのか、覚えが早い。ちょっと本気で鍛えたくなってきた。私の強さがバレるからしないけど。

 

 

 

 

 




感想ありがとうございます。とても嬉しく読んでおります。
時々鋭い先読みがあってどきどきです。個別回答すると全部ネタバラシしそうなのでやっぱりこのままいかせてください。
誤字報告も助かっております。



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超一流パイロット

 

 

1987年 7月

 

 ドラコ、クラッブ、ゴイルと一緒に遊びと称した肉体訓練をしていると、私の身体能力の高さにルシウス叔父様がすぐに気付いた。

 どうやら魔法族にも『身体強化魔法』を使って体術を極めるという戦い方を好むものがいるらしい。私は誰にも教えられないまま、身体強化魔法を使いこなしているのでは、と推察された。

 

 おそらく幼い頃から人に悪意を向けられることが多かったために無意識のうちに身を守ろうと思ったのだろうとルシウス叔父様が語り、シシー叔母様は私を気遣ってそっと抱きしめてくださった。

 

 ただ、『身体強化魔法』は純血貴族家としてはあまり褒められる戦い方ではない野蛮なやり方だと言われている。

 なんせ、『身体強化魔法』の第一人者というと、あの、ゴドリック・グリフィンドールなのだから、スリザリンを信奉する純血貴族家ではそんな技を習得していれば体裁が悪すぎて、知られれば眉を顰めるものも多いのだ。

 

 クラッブ、ゴイルが『身体強化魔法』を覚えることは護衛として心強いため彼らが学ぶことはマルフォイ家が支援しよう。だけど、ブラック家の血をひく姫は許されない。当然次期マルフォイ家当主ドラコもだ。

 ゆえに指導者を呼んで実際に学ぶのはクラッブ、ゴイルのみ。私はせっかく覚えた能力を腐らせるのはもったいないため、クラッブ達の訓練を見学することは許す。遊びの範囲で彼らと手合わせすることも目をつむる。

 と、4人並んで座って説明をうけた。ルシウス叔父様から人前では決して見せないこと、と懇々と諭されました。

 

 

 さっそく教師が招かれて、訓練の日、私はドラコと並んで木陰に座って彼らの訓練を見学させてもらう。

 見るところ超絶劣化版の念みたいな感じだ。呼吸法を覚えて身体に魔力を循環させて攻撃の際には拳や足に魔力を多く注ぐ。“纏”、“硬”、“流”もどきくらいはありそうな感じ。

 でも圧倒的に弱い。教師でさえ前世、念を覚えはじめた4歳時点の私より打たれ弱い。こんなものかとおもったけど、あくまで補助技能だと考えれば凄いのか。

 グリフィンドールはこれでドラゴンと戦えたってんだから相当技を磨いたんだろう。

 

 基本の格闘技はカストロさんに教わった型と似ている。敵の攻撃を受け流してそこから杖を抜く動きへ繋げる型もあった。身体を循環させるのが魔力だから、そこからすみやかに杖を構えて魔法を放つこともできる。その流れは淀みなくて合理的だ。

 

 威力の高い『武装解除呪文』を受けると、杖を前方へ飛ばされるだけじゃなくて、身体も後ろへ飛ばされてしまう。そんな時にも『身体強化魔法』で身体を守っていれば、ひねりを加えて上手に着地できそう。なんですたれちゃったんだろうこの技術。確かに野蛮っぽいから貴族が嫌いそうな技術ではあるけど。

 

 すたれた理由は身体に保有できる魔力量が限られているから、らしい。身体に回すより攻撃にすべて使う方がたくさん攻撃できるもの。

 それと格闘技には遠距離攻撃がないから、姿現わしで敵に近寄って殴る。戦いの最中に最適な位置に飛んですぐ攻撃に繋げるのは技量が必要だ。私のステップを使った戦いと同じだね。

 あと物理で殴るのは野蛮だから。魔法族は高尚な種族だから直接殴り合うなど言語道断だという風潮のせい。

 

 呼吸法と魔力循環は魔法使いの基礎だから一緒に教えてくれた。

 魔法を使うには、身体の中にある魔力を感じ取り、練り上げて、杖腕に集めて、杖先まで通す。と言うプロセスを踏むのだそうだ。

 そのやり方をホグワーツに行くまでに習得できれば、魔法発動体である杖を持てばもっとスムーズに魔力が動くから、授業ではじゅうぶん先を行けるだろうと先生が言う。

 魔力を感じて循環させるのは、オーラを循環させるのと近い。というか、同じ気がする。

 

 ガーデンに入って習ったことを反復しつつ考察。

 

 これさ。

 身体の中に、たぶんオドとかマナとかそんな感じで呼ばれる『なにか』を使うためのエネルギーの源泉があって、それを使うのが『力を使う』ってことじゃないかな。

 源泉から汲みだしたものをオーラに変換して念を使っていた私が、この世界に生まれ変わったことで、源泉の力を魔力に変換させる能力を手に入れたから魔法が使える。そんな感じ。

 ジャンプとステップは、よくわからないけど源泉の力そのものを使っている気がする。感覚的なものだけど。

 

 

 源泉のエネルギーをオーラに変換させて念を使い、魔力に変換させて魔法を使う。

 えっと。わざわざ変換させるんじゃなくて、自動的に変換されたもの――オーラと魔力が、身体の中に混在している感じ。

 んで、戦闘時もっといっぱい使いたいって時には源泉から汲み上げる時にオーラに指定してぐわっと作り出すって感じだな。魔力もきっと同じ。

 一度オーラとして身体に流れたものは魔力に変換するのは難しい。頑張ればできるのかもしれないけどきっと無駄が多い。

 つまり、まあ、オーラも魔力も大元はおなじものってこと。

 たぶん、オーラを使い切ったあとは魔法は使えない。魔力が尽きたあとはオーラも使えない。

 

 『体力』で考えてみればわかる。

 走っても泳いでも格闘をしても体力は削られていくよね。一日中走り続けて体力が尽きたあと、「今日は泳いでないから泳げるはず」ってのは、無理だもん。

 

 ただ、身体中のエネルギーをすべてオーラに変換して念を使うほうが、慣れているからたくさん使える気がする。たぶん変換効率がいいんだ。何年も訓練しているからオーラの取り扱いに慣れているってのもあるし、オーラが源泉の力に近いモノだからということもあるかも。

 

 魔力は、これから変換効率を上げて行けばもっと使えるようになるんじゃないかな。あ、そこが『練り上げる』の部分かも。無駄なく作り替えなくちゃ余計なエネルギーを使っちゃう?

 

 魔力循環をしながら、“纏”をしてみる。……できる。ほお。魔力として動かしているものと、オーラとして動かしているものは別に動いている。“練”も“堅”もできる。

 あ、やっぱり“絶”は魔力も止まる。そりゃあそうか、身体中のエネルギーのすべてを体内に押し留めるのが“絶”だもの。でも“流”の要領で、身体を“絶”、杖腕だけ魔力を……できた。すごい。

 

 なるほど。じゃあこれからは魔力循環も訓練に取り入れて練習しよう。

 

 

 

 

 

 数ヶ月訓練を続けたクラッブ達はしっかり『身体強化魔法』と格闘技の魅力に取りつかれたらしい。肉体言語タイプの彼らには魔法を放ちつつ殴るという戦い方は相応しい。

 私達は見学だけだけど、ドラコも“纏”はできるようになった。それだけでも生存率が上がるからいいことだよね。ドラコの立ち位置ならここまでできればじゅうぶんだと思う。

 私はこっそりクラッブ達に組手に付き合ってもらったりしている。

 

 多少慣れてきて自分達が強くなってきたことに気付くと、クラッブやゴイルがたまにマウントを取ろうとしてくるようになった。そんな時は情け容赦なく完膚なきまでに転がしてあげている。

 私だから許すけどドラコにしたら潰すよ、と囁くと脂汗をかいてコクコクと頷いた。小さい頃からがっつり上下関係を教え込んでおくのは必要だよね。

 

 

 

 

1990年 5月20日 誕生日 10歳

 

 クラッブ、ゴイルと出会って3年。順調に勉強と交友関係を進め、10歳の誕生日を迎えた。

 やっと二桁だ。

 前々から決めていたように、筋力増強のための念具ベルトを装着したい。できればピアスもそろそろ開けたい。そう考えていた私は、こっそり機会を窺っていた。

 

 

 ある日、シシー叔母様とダイアゴン横丁へローブの仕立てに行った時、小さなアクセサリー屋さんを見つけ、入ってみたいと頼んだ。

 魔法具ではないただのアクセサリーの店で、金額が安くて可愛らしい小物の多い店だった。叔母様といろいろと見たあと、念具のブレスレットとピアスにフォルムが似ているものを見つけ、これが欲しいとねだって買ってもらった。やった。購入を見せるために買ったのはブレスレットだけだけど、ウエストと足首は誰にも見せないから問題なし。

 

 ピアス穴を開けるのはしもべ妖精に頼めば安心よ、と叔母様の助言の通り、家に戻ってからロニーに今日買ったものではなく念具のピアスを渡して開けてもらう。

 魔法で痛みを取って、ピアスを強化して、さっと刺してくれた。

 

 両耳についたとたんに、ぐいっとオーラが喰われる。

 あー。懐かしい。負荷がかかっているのがよくわかる。念具には負荷の限界があるんだけど、私はそこまでも成長できていないってことだ。前世は12歳までで終了しちゃったもんね。

 まだまだこの念具にはお世話になるみたいだ。

 

 

 筋力増強の念具も装着する。

 ウエスト、両手首、両足首。留め掛けを付けるとしゅっと身体にぴったりのサイズになる。

 いつ見ても念具ってすげえ。

 

 ずっしりと身体に負荷がかかる。

 これで一層念の修行に力が入る。すでに身体が軽すぎて何の運動をしても汗ひとつかかないくらいには体力が出来てきてたから、この重さはとても嬉しい。数トンの負荷なんて私にとってなんてこともないものだけど、あるのとないのとでは大違いだものね。

 しっかり修行しなきゃ。

 

 

 

 魔法の訓練はまだ始められない。やっぱり11歳までは危ないことは駄目ですとロニーに厳しく止められたし、これ以上杖を欲しがるならマルフォイの奥方様にもご報告申し上げますとまで言われた。

 私には時間がないのに。

 だって学校に行けばあのダンブルドアがいる。私は死喰い人の娘だ。「闇に囚われておらぬか、心配なんじゃよ」とか言いながらがっつり開心術を仕掛けてきそうじゃん、あの爺さん。

 

 だから一刻も早く閉心術を覚えたい。せつに! 私には秘密が多い。絶対に知られたくない秘密がてんこ盛りなのよ。

 

 杖を貰えないことにしょんぼりする私を可哀そうに思ったのか、お嬢様は魔力循環が既にとてもなめらかにおできになるのですから、学校に行かれたらきっと一番優秀な魔女でございますと慰めてくれた。

 

「お嬢様はいずれ杖に頼らずとも魔法がおできになります、きっと! お嬢様は天才でいらっしゃいます」

 

 キーキー声で絶賛してくれるロニーに礼を言った。

 

 

 

 

 

 もちろん学習の方もしっかりがんばっている。

 英語の勉強もずいぶん進んで、崩した手書き文字もしっかり読めるようになった。文字の練習がてら、おじい様との手紙のやり取りも始めた。

 

 

 

 レギュラスの日記もちゃんと全部読めた。

 

 二次創作ではわりと腹黒っぽく書かれていることが多い彼だけど、日記を読む限り、真面目過ぎて生きることに不器用そうな少年だった。

 

 兄シリウスは親に反発して家を出てマグル擁護を表明し、反ヴォルデモートを高らかに掲げて不死鳥の騎士団に入り、派手に活動している。

 世の中の情勢を考えるとどちらかに傾きすぎるわけにはいかず、このままでは純血家ブラックの立場が脅かされる。

 結果ブラック家からも死喰い人を出すしかなかった。

 

 原作でクリーチャーが語るレギュラスは、学生時代からヴォルデモート卿を尊敬していたと書いていたけど、日記を読むと色々と見えてくる。

 日記にはレギュラスがブラック家の存続のため、死喰い人になったと書いてある。

 

 レギュラスは、優れた生き物である魔法族のほうがいつまでもマグルから姿を隠して生きていかなければならないのはおかしいと思っていた。その点でヴォルデモートの意見と合致していたため、彼を尊敬する気持ちはあったらしい。

 

 どんな団体でも活動するには人・物・金の管理が必要で、純血貴族家のレギュラスはコネと金の手配に慣れており、庶務的な役割の下っ端仕事を手伝うことが多かった。

 好戦的な者や学のない粗野な者も多く、生真面目な優等生のレギュラスにとって居心地のいい場所ではなかったみたい。

 

 ヴォルデモート卿のことも当初は多少は尊敬していたけど、機嫌の良し悪しで命令がころころ変わったり、自慢話が多かったり、些細なことで怒りを買った仲間に対して自分達に『クルーシオ』をさせたり、少しずつ彼への尊敬の念が削れていく。

 

 死喰い人としての活動も、まだ若いこともあって大した仕事を任されることもなく、闇の魔術を教わったけどほとんど仲間内の制裁に使わされるだけで活用する機会もないまま過ごし、やっと巡ってきた大きな役割が『しもべ妖精を差し出すこと』だった。

 

 大切なクリーチャーが毒を飲まされそのまま見捨てられたことで、疑問視していたヴォルデモートに完全に失望。

 そして、そこまでしてヴォルデモートが守ろうとするモノが何かを調べ上げ、短期間でそれが“分霊箱”だと気付く。

 同時に、ヴォルデモートの魂はどうしようもない程壊れていて、彼の推し進める未来は破壊と暴力しかないとわかってしまった。

 

 ブラック家の存続を思えば死喰い人を辞めて逃げ出すことは叶わない。

 だが、自分の命と引き換えにしてでもヴォルデモートの復活を阻止するつもりであること、最後までクリーチャーには面倒をかけた、彼には幸せになって欲しい、とか、もう一度家族に会いたかった、兄とも仲直りがしたかった、とか。

 

 ナイーブな青年の苦悩が切々と書かれていて、最後の方は読んでいても辛かった。

 

 

 分霊箱についても情報が書かれていた。

 分霊箱という闇の魔術は秘された禁術だ。簡単に情報が転がっているようなものじゃない。そもそもルシウス・マルフォイなんて『トム・リドルの日記』が分霊箱だと気付きもしなかった。

 なのにレギュラスは、クリーチャーが戻ってきてひと月も経たずに、分霊箱だと突き止めている。優秀だよね彼。

 

 ヴォルデモート卿がことあるごとに『私は不滅だ』と言っていることから“不死”“復活”“蘇生”と言った内容の禁術や呪いを探し、ブラック家にある闇の書籍を読み、『分霊箱』にアタリを付けた。

 『生とは死とは―闇の秘術の深淵』と言う本を読んで確信したと書いてある。ヴァルブルガおばあ様が私にくださった本だ。

 

 私ももう10歳だ。魔法抵抗力もだいぶあがった。

 もう読んでも大丈夫だろう。

 

 『生とは死とは―闇の秘術の深淵』はいろんな闇の秘術のやり方が書いてある本で、ほとんどが不死とか、再生とか、魂とか、疑似的な魂を作るとか、そう言ったものを扱ったものだった。分霊箱も作り方が具体的に書いてある。陰惨な挿絵があったりして気持ちが悪い本だった。自分で作りたいと考えているわけじゃないのだから、熟読する必要はない。

 内容としては原作で知る以上の情報を得られなかった。

 それでも、分霊箱を壊されないよう保持するために強化すべき云々という説明書きに、『ゴブリンの鍛えた純銀製の武器は強靭で、その上殺傷力を高める力を吸収するため分霊箱を壊しうる』とか『バジリスクの腐食性の猛毒は非常に強い破壊力を持つ』と言うような記述を見つけた。うんうん、これで壊し方を知っている理由もできた。

 

 ハリーからヴォルデモートの魂を引き剥がす方法は書いていなかった。先は、長い。

 

 

 

 

 

 

1990年 10月

 

 “超一流パイロットの卵”を、無事孵すことができた。

 

 もうね。『超一流パイロット』の空間把握能力は素晴らしいものだった。

 なんていうんだろうか。空間を精密に感じ取れるようになった。

 

 今のところ運転や操縦という行動が箒以外ないから運転についてはまだわからないけど、箒の技がすごくあがった。どれだけ速くどれだけ激しく飛び回っても天地を見誤ることがないし、周囲の障害物などとの距離も正しく理解できる。

 いつも一緒に飛び回っているドラコ達が一瞬ぽかんとするくらい差がでた。もちろん、すぐに誤魔化して人前では手を抜くようにしたけど。

 私の基準はドラコと決めて、今後は彼を参考にして箒捌きをセーブしようと思う。

 

 

 空間把握は対人戦闘や集団戦闘にもじゅうぶん有益な能力で、わちゃわちゃと周囲に人が集まっていてもそれぞれの距離感がわかるし、ガーデンの『山神の庭』で修行中、崖を駆け下りる時にすら動きが変わったと感じる。

 影と打ちあったり、ピッチングマシーンでの回避練習でも、彼我の位置関係が如実にわかる。

 

 その上、“円”という『私のオーラが行き届く空間内』での探知力、察知力が格段に上がったのだ。

 “円”の中はもはや私のフィールドだ。

 その空間内を掌握できる。

 

 “円”を極める前に既に『超一流ミュージシャン』だったことであまり気が付いていなかったけど、私の“円”が広範囲なのは『超一流ミュージシャン』の耳による感知力のおかげだったのだと理解できた。

 

 『超一流パイロット』の空間把握能力と『超一流ミュージシャン』の優秀で繊細な聴力の相乗効果か、“円”の中にいる者の感情の揺らぎを伝えてくれる。私への悪感情は特に顕著だ。

 これで不意打ちの危険性はだいぶ減ったと思う。まあこの世界には姿現わしがあるから完全じゃないんだけどね。

 

 精度があがったおかげで、今までよりさらに“円”を広げることができた。120mから一気に180mまで伸びたことに、これほど変わるのかと自分でも唖然としたものだ。

 

 すごい。

 さすが超一流◎◎の卵シリーズだ。もうないのが悲しいけど、『超一流ミュージシャン』と『超一流パイロット』になれたことだけでも望外の幸運だったと思う。

 担当者サマ本当にありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

1991年5月20日 誕生日 11歳

 

 11歳になった。今年もいろんなプレゼントを貰った。嬉しい。

 ガーデンでもみなと祝った。

 

 んで!

 11歳の誕生日にホグワーツから手紙が来るかと待ってたけど……来ない。

 

 もしかして私には入学許可書がでなかった???

 不安になってシシー叔母様に聞いたら、なんと、全員7月頭にくるらしい。

 

 原作で誕生日に手紙を見ていたというイメージが強かったけど、そういえばハリーも誕生日より前から何度も何度も手紙攻撃を受けていたっけ。

 それに6月生まれのドラコと7月生まれのハリーがダイアゴン横丁で出会ったんだから、入学する者はみな同時期に買い物に来ているってわかるよね。

 それにその年の教科書や参考図書は夏休みになって講師陣が確定しなきゃ決まらない。

 

 考えてみれば誕生日が8月31日までの子が同級生になるんだから、8月生まれの子は誕生日に届いてちゃ用意が間に合わない。納得納得。

 

 

 

 

 そういえばブラック本家の隠居老害、アークタルス・ブラック、とうとう亡くなったらしい。

 ヴァルブルガおばあ様が亡くなった時もしゃしゃり出てこようとしたらしいけど、彼女の遺言で『アークタルス・ブラックは隠居の身であり、ブラック本家への干渉は許さない』と明言してくれたおかげで本家の屋敷や財産は守られた。

 

 一度も会わずにすんだけど、これでブラック家に連なる人達も老害の被害から解放されたね。

 

 

 

1991年7月

 

 ホグワーツへ入る直前の夏。

 

 夏の間に音楽レッスンを何度も頼んだ。毎回マルフォイ家に来ていただくんだけど、ほんと、ありがたく思ってます。

 これからはクリスマスや夏など纏まった休みにしかレッスンができない。先生方もホグワーツ生だから当然わかっている。

 先生方には私の飴色トランクを見せている。学校にこのトランクを持ち込むから毎日練習は欠かしませんと誓うと、課題用楽曲をいくつも用意してくれた。わーい。知らない曲だ。楽しみ。

 

 

 

 

 シシー叔母様のおっしゃったとおり、7月に入ってすぐにホグワーツから入学許可書が届いた。

 ちょっと心配だったのは、トム・リドルみたいにダンブルドアがやってくること。

 

 ほら、わたくし、レストレンジだもん。ちょっくら入学前に顔でも見て開心術かけてみようかなんて思われたら怖いじゃん。くるんじゃないかと冷や冷やして待ってました。おばあ様の指輪が離せませんでした。

 来なくて良かった。

 

 まあね。

 私の両親はアズカバンに入っているけど、うちの両親よりももっとズル賢い者達が今、外で大手を振って純血貴族として魔法省にも口を出しているわけだ。

 そう。ルシウス・マルフォイとかね。

 

 そんな人達と比べれば、うちの両親は攻撃力はあるけど知力は足りない。ダンブルドアが警戒しているのはレストレンジじゃなくてマルフォイだ。

 うん。ダンブルドアが来なくて、本当に良かった。

 

 

 ちなみに、ルシウス叔父様は原作みたいにドラコをダームストラングへ行かせようとは考えなかったみたい。本人が中庸になり始めていることと、死喰い人と距離を取り始めているため、校長カルカロフが元死喰い人であることもダームストラングを候補から外した理由のようだ。

 

 

 

 

 

 

 今年もマルフォイ家でスネイプ先生を招いての夕食会があった。

 

 もともとルシウス叔父様とスリザリンで先輩後輩の仲で、今も親しく付き合いのあるスネイプ先生は夏になると一度はマルフォイ家へ招かれていた。

 

 彼とはできるだけ仲良くしておきたい私は、幼い頃からルシウス叔父さまにねだっていつも同席させてもらっていた。もちろん、ドラコも。

 

 子供受けしないと自分でもわかっているスネイプ先生は、私がずんずん話しかけることに最初は困惑していたけど、じき、慣れてくれた。

 

 そうやって幼い頃から積極的に話しかけていたおかげで、「エリカ、ドラコ」「セブルスさん」と呼び合うくらいには親密になっていた。

 

 

 今年はもうすぐ入学だから、私もドラコも学校のことを尋ねたり、魔法薬学について教えてもらったり、薬学に使う鍋や秤の選び方のコツを聞いたり、スリザリン寮の話を聞いたり、話題は尽きない。

 

「学校ではスネイプ先生って呼ばなくちゃいけませんね」

 

「さよう。学校では私も君たちをミス・レストレンジ、ミスター・マルフォイと呼ぶことになる」

 

 せっかく「セブルスさん」呼びできるようになったのに、距離が離れるようで寂しい。もっと機会が多ければ「セブ」って呼び捨てにできるくらいになれたかもしれないのに。残念。

 あと、スネイプ先生は『吾輩』なんて言わないよ。「I」の発音のニュアンス的に堅めの『私』だから。

 

「僕たちはきっとスリザリン寮に入りますから。スネイプ先生、よろしくお願いします」

 

 ドラコがキラキラした目でスネイプ先生を見上げて言う。

 

「よろしくお願いします、スネイプ先生」

 

 私も同じように笑顔で“先生”と言った。

 

「こちらこそ、ミスター・マルフォイ、ミス・レストレンジ。有意義な学校生活を過ごしてくれたまえ」

 

 抑揚のない静かな声と堅苦しい表情でも、私はちゃんと先生が微笑んでいること、わかってますから、スネイプ先生。

 

 

 

 



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ハリーとの出会い

 

 

1991年 7月 31日

 

 原作通り、7月31日の今日、マルフォイ家と一緒にダイアゴン横丁へ買い物へと出かけた。

 

 ドラコと一緒に楽しいお買い物の時間だ。

 あなたの分も引き出しておきましたよと、金貨の詰まった巾着をシシー叔母様にもらった。

 

 そして、映画でハリーが行ったとおり、いろんな店をはしごする。

 ある程度はもともと持っているものもあるけど、羽ペンやインク、羊皮紙などはたくさん必要になるから山ほど買い足したし、自動筆記羽ペンも何本か買っておいた。

 

 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店へは叔母様達が買いに行ってくれることになって別れ、私とドラコは鍋屋で調合用具やもろもろを購入。

 

 買ったものはどんどん黒革トランクにしまっていく。荷物が軽くて快適だ。

 

 秤や鍋とかを買う店がテンションあがった。

 この前セブルスさん……スネイプ先生に貰ったアドバイスを参考に鍋を選ぶ。

 めっちゃ楽しい、ここ。ドラコも楽しそうだった。ドラコって魔法薬学得意になるんだものね。今からこんなに楽しそうなのは、やっぱり才能があるものは惹かれるのかもしれない。

 ある程度調合ができるようになったらまたいろいろ買いに来よう。

 

 

 同じように買い物をしている同年代の子供と何度かすれ違った。

 話すチャンスはなかったけど、お互いに、『入学前の買い物のわくわく感を、あなたも味わっているのね』って共感が初対面のぎこちなさを超えて、目が合うと笑いあったり、軽く手を振ってわかれる。

 ドラコは手を振るかわりにふんと大人ぶって顎を突き出していた。かわいい。

 

 ホグワーツへ通う期待がぐんぐん膨らむひと時だった。

 

 私がレストレンジだと知れば、彼らも態度を変えるだろうけど、今はただの見知らぬ11歳。こういうのってもうこの先はないんだからね。

 

 

 そしてマダム・マルキンの洋装店へ向かった。

 ちょうど他の子が一人、丈合わせをしていたから、ドラコを先に行かせた。

 

「ドラコ、先にどうぞ」

 

 言われるままにドラコが台に上る。

 それを眺めながら少し話していると、前の子が終わって、私達と会釈を交わして出ていった。

 私もドラコの横に並んで丈を合わせてもらう。

 

 

 そこに、チリリンとドアベルが鳴って次の客が入ってきた。

 

 おお。やった。タイミングばっちり!

 ハリー・ポッターの登場だ。

 

 マダム・マルキンに誘導され、ためらいがちにこちらに近付くハリーに、私はニッコリ笑って話しかけた。

 

「こんにちは。あなたもホグワーツ?」

 

「え? あ、うん。そう。ホグワーツ。君も?」

 

 おどおどと返事してくれるハリー。不健康そうに痩せてる幼いハリーの姿を見るのはちょっと辛い。

 

「そうよ。あ、彼も一緒。私はエリカ。彼はドラコ」

 

「やあ」

 

 片眉をあげて気取って挨拶するドラコ。だけどマダムに採寸されながらだから、あんまり格好はついてないよと言うのは酷かな。

 

「やあ……あ、えっと。僕はハリー」

 

 ハリーはちょっとテンションが低い。原作みたいに「金持ちぼんぼんだ」って思ってるのかな。

 

「今日の買い物は一日掛かりね。でも学校の準備ってすごく楽しい。そう思わない? ハリー」

 

 よし、ファーストネーム呼びだ。

 私は仲良くなりたいんだよ。ハリー。

 

 私の問いかけはハリーにも共感できる言葉だったからか、ハリーがちょっと恥ずかしそうな笑顔を見せた。

 

「うん。面白いものがいっぱいあって、ちょっとわくわくした」

 

「ね。大鍋とか秤なんて触ったことないもの、私」

 

 魔法薬作りはまだ習っていない。スネイプ先生の授業はすごく楽しみだったりする。

 

「君は自分の箒を持っているのかい?」

 

 ドラコが気取った話し方でハリーへ問いかける。

 

 

 ……あのさ。

 原作見た時は、こまっしゃくれた偉そうな男の子って思ったんだけど。

 

 ドラコを知っているとさ。もうね。このやり取りってさ。

 

『僕はもうホグワーツへ行くくらい大きくなったんだ。そして僕はとても情報通なんだ。君は僕とどうしても友達になりたいなら、なってやっても構わないよ』ってねオトコノコの可愛い背伸びなのだとわかるんだよね。

 

 まあ、ハリーにはちっとも通じてないんだけど。ああ、これでホグワーツ特急で友人になってあげようって言葉を拒否されて、拗れるんだなあ。

 

 なんて大人な英里佳がにょっきり顔を出してしまってほのぼの見てたら話は進んでいた。

 こじれるまえにと私は話し出す。

 

「ドラコ。学校にある使い古されたボロボロ箒でも上手に飛べるようになれたほうがかっこいいわよ」

 

「ニンバス2000のほうがずっといいだろ」

 

「男なら自分のテクニックを磨くのよ。……ごめんね。ハリーはまだ箒に乗ったことがないのかしら? 魔法使いは箒に乗って飛ぶのよ。ああ、大丈夫。ホグワーツに行くと飛行訓練の授業があるから。空を自由に飛ぶのって最高なのよ」

 

「へえ……」

 

 空を飛ぶって言われてもピンとこないのか、なんでわざわざ箒なんだよ、って思っているのか、反応が薄い。

 箒の良さをわかってもらうには、時間が足りなさすぎる。

 

 この辺りでドラコが『あれ、こいつマグル生まれかもしれない、やべえ』って初めて気付いたみたいだけど、変な事を言い出す前に、私がいろいろと話しかけた。

 

 箒に乗って戦うクィディッチっていうスポーツがあって魔法界ではめちゃくちゃ人気なスポーツだってこと。

 ホグワーツでも寮ごとにチームがあること。

 きっとハリーもクィディッチに夢中になるだろうこと。

 

 魔法使いに箒やクィディッチの話をすると火に誘われる羽虫のようになる。この魅力に抗える魔法使いはほとんどいない。

 ドラコも話に入ってきて、ふたりでクィディッチのゲームについてハリーに競うように語っていた。

 

「じゃあドラコ、そのシーカーってのが花形なんだ?」

 

「もちろんさ。僕はきっとシーカーになって見せる」

 

「僕は……僕は、どうかな」

 

「箒には誰でも乗れるけど、乗りこなすのはセンスが必要だもの。それに勇気も必要ね」

 

「コツくらいなら僕が教えてやってもいい」

 

 お。ドラコが『一緒に遊ぼう』とお誘いの言葉をかけている。ドラコ検定1級の私にはわかる。が、ハリーには通じてない。残念。

 でもハリーが返事をする前に私達の採寸が終わってしまった。

 

 

「じゃあホグワーツで」

 

「ホグワーツで」

 

 私達は手を振って別れた。

 店を出て、ドラコにさっそくネタばらしをした。

 

「あれ、ハリー・ポッターよ」

 

「まさか」

 

「だって額の傷が見えたもの」

 

「だから君、あんなに親し気に話しかけたのか」

 

「うん。彼と仲良くなりたいもの」

 

「父上にも、できるなら仲良くなっておけとは言われている」

 

「でもそういうの抜きでさ。いい子だったね」

 

「まあな」

 

 話してみるとハリーはやっぱりいい子で、あんな劣悪な環境にいたにしては素直だ。もっとひねて世界を恨んでもしかたがないだろうに。

 

 そこがお辞儀様とハリーの違いなのかな。

 ハリーだって第二のお辞儀様になる可能性だってあった。それを踏ん張れたのは、幼くてもハリーはやっぱり“真のグリフィンドール生”だったってこと。

 

 

 できればホグワーツ特急も同じコンパートメントに乗って仲良くなりたい。スリザリンなハリーもいいと思うんだ。

 分霊箱はすべて壊すつもりでいるから、ヴォルデモートが復活することはないはず。となれば、スリザリンの死喰い人の子供達も、同寮の友人、ハリーを殺す役目を負わずにすむ。

 

 でもなあ。

 ハリーがスリザリンに来たらダンブルドアがどう出るか。

 やっぱり原作どおり進めるところは進めておいたほうがいいのかもしれない。分霊箱関連とヴォルデモート復活阻止はするから4年目以降は事件が起こらない予定だけど、そこまでは原作通りのほうが私も動きを読みやすいもの。

 

 

 私はそんなことをつらつらと考えながらドラコと歩き、シシー叔母様が待っているはずのオリバンダーの店へと向かった。

 

 杖だ。

 

 ねんがんの、つえを、てにいれたぞ

 

 

 ドラコの杖は原作通り『サンザシにユニコーンの毛』の杖に決まった。

 

 そして。

 映画のように、渡された杖を振ること数回、私の杖が決まる。

 

「カエデの木、ユニコーンの毛、30センチ。

 少々しなる。冒険や新しい環境を好む。共に学び、成長していくよい杖ですじゃ。

 末永く使ってくだされ」

 

 ですって。

 いや、まあね。

 私ってこれからもずっと、次もその次もずっとずっと使い続けるわけで。そりゃあ冒険しますってもんよ。一緒に成長してくれるのは嬉しい。

 

 それにさ。

 持った瞬間に、ぐぐっと、ああ、この子は私の相棒だわ。って感じた。

 

 持ち手部分だけが少し太くて、手に沿うようにねじった窪みがあって。杖は艶のある深い茶色で先のほうだけが黒い。

 自分の杖だからか、ものすごく美しく感じる。

 

 しまう気になれず、ずっと手に持って見とれてたら、シシー叔母様が微笑まし気に見つめていた。

 ちょっと照れて笑うと、二人にそれぞれ杖の手入れ用グッズを買ってくれた。わーい。

 

 

 

 

 

「エリカ。貴女、ペットはどうなさるつもり?」

 

 オリバンダーさんの店をでるとシシー叔母様がそう聞いてきた。

 

「はい。梟を買おうかと思っています」

 

 ホグワーツに連れていけるペットは、梟、猫、ヒキガエル。

 実は私、せっかくだからラルクを連れていこうかと考えていた。

 ラルクの本来の姿は毛色が緑で、尻尾は鱗だ。だけど、彼は姿を擬態できるんだもん。普通の猫の姿になっていれば一緒にホグワーツに行ける。

 そう考えたんだけどさ。

 

 ホグワーツにいても私と常に一緒にいられるわけじゃない。基本的な授業は連れていってもいいけど、魔法薬学や呪文学でも危ない内容の時はペットは立ち入り禁止になる。結果的に寂しい思いをさせてしまうかも。

 ガーデンにいれば、常にメリーさんや小雪、シェルがいる。私だって本体か影が絶対いる。影なんてたくさんいてそれぞれがいろんな修行してるから、ガーデンのどこへ行っても私に会えると言っても過言ではない。

 それで、どうする? 行ってみる? とラルクに聞いたんだけど、シェルと離れたくない、と言わんばかりにシェルにぴたりと寄り添った。うん。シェルを置いていくのが心配なのかな。すっかりお兄ちゃんになって、もう。可愛い。

 まあラルクは毎日私と一緒に念修行もしているし、ね。

 

 ということで。ホグワーツには私だけで行くことになる。どうせなら梟が欲しいなって思ったのだ。この世界の梟はとても賢い。言葉はちゃんとわかるし、どれだけ遠くてもちゃんと配達してくれる。とても賢くて良い子達なのだ。

 ぜひ、欲しい。

 

「そうですか。では、それを私達夫婦からの入学祝いとしましょう」

 

 めっちゃ嬉しいかも!

 

「いいんですか?」

 

「ええ。もちろんですとも。ドラコも梟を持っていくのよ。ふたりで好きな子をお選びなさい」

 

「ありがとうございます、叔母様」

 

 わくわくしてドラコと微笑みあう。急き立てるように叔母様とイーロップふくろう百貨店へ入った。

 暗い店内を見回すと、バタバタと羽音がして宝石のような目がこちらに集中する。いっぱいいる!

 

 こうやってみると梟もいろんな種類があるのね。大きいのから小さいのまで。

 真っ白の凛々しいフクロウと目が合ったけど、あ、やべ、これヘドヴィグだ。先に買ったらダメな奴だ。って目をそらす。

 っと!

 そらした先にいた、フクロウとばっちりご対面。

 あ、この子可愛い。

 アフリカオオコノハズクっていうらしい。「オオ」がつく種族名なのに、小柄だ。もっと小さいものもいるからこれで普通サイズなのかな。

 

 ドラコはワシミミズクという大きな梟に決めたらしい。すんごくかっこよくて素敵だった。私も凛々しい姿には惹かれるんだけど、ああ、でもアフリカオオコノハズクがとても可愛らしい。

 

「この子、こっちの子より小さめですが、ホグワーツとロンドンでも手紙届けられますか?」

 

「大丈夫ですとも。うちのフクロウはみんな配達の達人でさあ」

 

 この種類の梟は威嚇する時に大きく羽根を広げたり、危険になれば身体をすぼませて小さくなったりできるんだって。ほら、みせてやれや、って店員が優しい声で話すと、今まで丸いフォルムだった体がきゅっと細長くなった。凄い。こうやって敵の目を逃れるわけね。

 っていうか、こちらが話していることがちゃんとわかってるのが凄いよね。本当に頭がいい。

 

「この子にします」

 

「坊ちゃんも嬢ちゃんも、どうか大切にしてやってくだせえ」

 

 アフリカオオコノハズクとワシミミズクの入った鳥籠をそれぞれが持って店をでる。

 

「叔母様、ありがとうございました。とっても素敵な子に出会えました」

 

 新しい家族。嬉しい。みんなと仲良くできるかな。

 

 

 

 

 

 今日は一日、楽しいお買い物デーだった。

 

「楽しかったね、ドラコ」

 

「そうだな」

 

 梟の鳥籠を見下ろして微笑む美少年、ぷらいすれす。

 

 

 

 叔父様とドラコとはここでわかれた。ふたりは叔父様の付き添い姿くらましで屋敷へ帰っていった。

 私はまだ用事があるらしい。叔母様に連れられて歩き、着いたのはグリンゴッツだった。ゴブリンが経営する魔法界の銀行。

 

 買い物を済ませた後なのに、なぜ? と問いかけるように叔母様を見上げると。

 

「エリカ、これを」

 

 シシー叔母様が渡してくれたのは、グリンゴッツの金庫の鍵いくつかとレストレンジ家の指輪。

 

「今日の買い物のためのお金は引き出しておきましたが、これからはあなたがするんですよ」

 

 今までは何か必要があるたび、シシー叔母様が代わりに引き出してくれてたんだけど、11歳を機にこれからは私がしっかり管理するようにと言われ、グリンゴッツの鍵と、レストレンジ家の家紋付き指輪が渡されたのだ。

 この家紋付き指輪は現在の当主であるロドルファス・レストレンジの代理人の証。

 

 

 

 

 

 シシー叔母様の説明によると、レストレンジ家にはいくつかの金庫があるらしい。

 

『魔法使いの旧家の宝は、グリンゴッツのいちばん深いところに隠され、金庫は一番大きく、守りもいちばん堅い』

 

 原作に書かれていた言葉だ。

 ドラゴンが守る最奥の大きな金庫のひとつがレストレンジ家のメインの金庫で、その他にもいくつもあるらしい。

 

 原作に出てきた、あのドラゴンが守っている金庫は登録した杖の持ち主しか開けられない。鍵はなくてゴブリンが開けてくれる。

 そのほかの金庫は鍵があって、それを使って開ける仕組みになっている。

 

 

 レストレンジ家名義の金庫は、当主ロドルファス・レストレンジが所有者となる。

 

 ロドルファスはアズカバンに収監され管理ができないため、代理人としてシシー叔母様が今まで管理してくれていた。

 そして、入学を機に、私に代理人の証明となる指輪を渡してくれたのだ。

 これで私の杖を登録すれば、私がすべての金庫の中身を自由にできるようになる。

 

 登録のためには自分の杖が必要だから、今朝買い物の前にこの作業ができなかったんだね。うん、納得した。

 

 

 レストレンジ家は貴族家で、いくつかの荘園を持っていたり、魔法界やマグル界の建物やいくつかの会社も経営しているのだとか。

 うちの両親は人殺ししかできない奴だから、運営はロドルファスの親の世代から引き継いだ時からずっと管財人にすべて任せているらしい。

 

 んで。

 そこから毎年売り上げがあり、諸々の経費を差し引いたオーナー報酬がグリンゴッツのメイン金庫へ振り込まれる。メイン金庫に入りきらなければサブ金庫へと流れていく。

 また、税金や他の支払いも当然あって、それも自動的に引き落とされる。他にも用途別にいくつか金庫があるらしい。

 

 

 

 今日私が代理人として杖を登録すれば、今現在、金庫を直接開けて金品を取り出せるものはアズカバンの2人を除けば私だけとなる。

 

 

 ……自分がレストレンジの血をひいていない(可能性が高い)と知っている私としては若干の罪悪感はあるんだけど。どうせ死喰い人の資金になるなら遠慮なく頂こう。うん。

 

 

 

 



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二つ目の分霊箱と小雪の初外出

 

 

 グリンゴッツへ行く前に、梟の鳥籠をロニーに取りに来てもらう。気を付けて連れて帰ってね、と手渡すと、シシー叔母様に付き添われながらグリンゴッツの広々とした大理石のホールに入った。

 

 なにげに11歳にして初めてのグリンゴッツ体験だ。わくわくしながら荘厳な建物に入っていく。

 うわあ、ゴブリンだ。映画のまんまだ。

 内心ものすごく楽しみながら、表面上は上流貴族らしくお上品に細長いカウンターの向こうにいるゴブリンの前に進み出る。

 

「これはこれはマルフォイの奥方様。ご用命を伺います」

 

「用があるのはこの子よ。レストレンジの金庫の件ですわ」

 

 シシー叔母様がそう言うと私を促す。私はさっき叔母様にもらったレストレンジの紋章の入った指輪をトレイに乗せた。

 

「代理人の変更をお願いします。エリカ・レストレンジです」

 

「レストレンジ家の管理代理人をナルシッサ・マルフォイ様からエリカ・レストレンジ様へ変更なさるということでよろしいですな?」

 

 私と叔母様が頷く。

 

「ではレストレンジのお嬢様。杖をお出しください」

 

 先ほど買ったばかりの『カエデにユニコーンの毛』の私の相棒を取り出してトレイに乗せた。「お預かりいたします」とゴブリンがトレイを持って奥へ入る。

 指輪を調べ、エリカ・レストレンジの杖の登録を済ませると、トレイに乗せたままこちらへ返してくれた。

 

「レストレンジ家の代理人の登録が完了いたしました。ご用件は以上で?」

 

「いえ。金庫に用があるの……叔母様、一度見てきてよろしいですか?」

 

 指輪と杖を受け取りながら頼む。後半は叔母様に向かって。

 

「そうね。ではわたくしはもう帰ります。帰りはロニーを呼ぶのですよ、エリカ」

 

「はい、ありがとうございます。叔父様とドラコにもお礼を伝えてください」

 

「ええ。ではまた我が家へいらしてね」

 

 シシー叔母様は微笑むと夫と息子の待つ家へ帰っていった。

 それを見送り、もう一度ゴブリンに目を向けた。

 

「お待たせしてごめんなさい。レストレンジ家の金庫へお願いします」

 

「かしこまりまして……おい、『鳴子』の準備を」

 

 年老いたゴブリンがそう言い付け、若いゴブリンがそれに従ってガチャガチャと金属音のする革袋を手に戻ってきて上司に渡す。

 

「ではレストレンジ家のお嬢様、こちらへ」

 

 老ゴブリンの案内に従い、トロッコに乗る。

 ゴブリンが乗り込むと、ものすごい速さで走り始めた。

 

 一言で言うと、安全装置ベルトなしの絶叫マシン。

 めっちゃ楽しかった。

 

 飛ぶように走るトロッコは何度もカーヴを曲がりながらあっという間に地下深くまで潜っていき、地底深くのとてつもなく広いドームの奥で止まった。

 

 原作どおり、傷だらけで鱗の禿げた哀れなドラゴンをゴブリンが鳴らす鳴子の音で退ける。

 

 ゴブリンが扉に手のひらを押し付けると金庫の扉が溶けるように消え、洞窟のような空間が現れた。

 扉を開いてくれたゴブリンを外に残し、1人で金庫へ入る。

 

 

 

 ……めちゃくちゃ広い。

 

 

 大きな洞窟のような空間に、天井までぎっしり詰まった金貨の山と、様々な道具類。

 ここにあの“ハッフルパフのカップ”もあるはず。

 どうせなら、持っていきたい。

 

 そんなことを考えていると、背後で扉が再び現れ、金庫の中は闇に包まれた。原作で読んで知っていなければ悲鳴を上げていたかもしれない。

 

 焦らないよう自分に言い聞かせ、ドラポケで懐中電灯を取り出してつける。人工的な光が周囲を照らした。

 

 

 あまりの財宝の山に、言葉も出ない。

 レストレンジ家の資産恐るべし。

 

 

 金貨の山に近付きおずおずと手を伸ばした。

 

 金貨を一枚、(収納)してみる。するっと倉庫に入った。レストレンジの血をひいていない可能性が高いのに、この金庫の中身は私のものだと(ドラポケ)が認識している。

 私が戸籍上レストレンジ家で、そのうえ金庫の管理代理人となっているからか。

 凄いな。

 

 

 まず、必要な金貨を取る。叔母様に貰った金貨はまだ残っているけど、これからいろいろ買いたいものがあるのだ。ガーデン用のものはレストレンジの名で注文できないから現金が多量に必要なのだ。

 

 財布代わりのモークトカゲの革製巾着に限界まで入れ、あと両手にいっぱい乗せた金貨をなんどもなんども倉庫へ(収納)していく。

 

 金貨の山をすべて取り出すようなことはしない。

 だってさ、私はもうサインひとつでこの金庫を指定して買い物ができるようになったんだよ? 今までロニーに頼んでいたけど、これからは自分で欲しい物をいくらでも買えちゃう。

 なら、ここにお金があるほうが便利なのだ。

 

 ざくざくとかなり雑な感じにたくさんもらった。山の形が変わるほどは頂きました。金貨の量SUGEE。

 

 一応するべき仕事を済ませ、しっかり周りを見回す。金貨の山の中にもぽつぽつと宝剣や魔法具などが乗っている。

 ……あった。

 

 金貨の山の中腹ほど、半分埋まった金のカップ。間違いない。映画で見たとおりの『ハッフルパフのカップ』だ。

 ものすごく闇の魔術の力を感じる。え、こんな危険極まりない雰囲気をぷんぷんさせているものが無造作にここに置かれていて、誰も何も言わなかったの?

 知っているものしか認識できない魔法でも掛かっていたのかな? それとも古い貴族家ならこの程度の闇の物品が無造作に置かれていても普通なんだろうか?

 

 

 ふたつめの、分霊箱。

 

 

 手を伸ばして、映画のシーンを思い出して躊躇する。

 

 ……心配はいらない。今までゴブリンが何度もここへ金貨を納めにきたり、支払い分を引き取りに来ていたはず。シシー叔母様だって何度も来ている。

 はずみでカップに触れたこともあるはずだよね。

 原作みたいに『双子の呪文』と『燃焼の呪い』がかかっていたとしても、ゴブリンは問題なく触れたんだ。

 

 私は正規の手順でこの金庫の管理者の代理人となって、正規の手順で金庫に入っている。私がこの金庫のものに触れて呪いが発生するわけがない。

 

 

 よし。大丈夫。いけるぜ。

 

 魔力遮断布を取り出し、カップにそっと被せると布越しにそのまま掴んで持ち上げる。作業のために影をだしてそのまま手渡した。

 見やすいよう懐中電灯で影の手元を照らす。

 影は『封印箱』を開いて魔力遮断布でくるんだカップを入れ、蓋を閉じると慎重に封をした。そのままガーデンへ持って帰ってもらう。ロケット同様、厳重に保管しておかなくてはね。

 

 

 やった。

 取れた。分霊箱。

 ふたつめの分霊箱を手に入れました。

 

 ほぉっと深いため息をつく。

 

 

 

 さて、と。

 

 大仕事を終え、やっと気が楽になった私はもう一度金庫の中を見回した。

 壁に沿っていくつかの棚が置かれ、魔道具が雑多に置かれている。

 

 何か使い勝手のいい魔法具とかがあれば嬉しいんだけど。

 いろいろ買い求めはしたけど、良い物があればそれもぜひ頂いていこう。

 

 と言っても、この乱雑に積み上げられたものの中から、私の欲しいものを見つけるのは難しいかなあ。

 

 

 私はぷらぷらとその辺りを物色しながら歩く。

 

 薬瓶が並んでいる棚を覗いた。

 ひとつひとつ、しっかりラベルに文字が書かれている。そりゃあそうだ。何かわからなくちゃ危なくて使えやしないんだから。

 

 ……ん?

 

 

 遮光のための茶色の瓶に貼られたラベル。『バジリスクの毒』。

 へ? マジ?

 バジリスクの毒??

 

 

 うわあ。分霊箱を壊すために必要なもののひとつじゃん。なんであるの? すごくね? レストレンジすごくね?

 ホグワーツのバジリスクを攻略できるか不安だったから、ちょうどよかった。ありがたい。頂いていきますとも!

 

 手に取ってラベルを確かめると「1876年」と書かれている。百年以上前の毒でも効果はあるのかなあ?

 まあ貰うけど。

 これでひとつ、手間が減った。マーベラス!

 

 

 もうひとつ。ロニーに絶対欲しいと頼んでいた『憂いの篩』がここにあった。

 『憂いの篩』はとても繊細で難しい魔法具だから作れる職人が少なくて今はほとんど売っていないらしい。レストレンジは古い家で、当然この手の魔法具も所蔵している。んで、それが本邸に見つからず、別荘のどこかにあるかもしれないって探してくれていたんだ。こんなところにあったとは。

 

 豪華なキャビネットに納められていて、丸く曲線を描くガラス扉に飾り文字で『憂いの篩』と綴られている。このキャビネットごと部屋に設置して、使う時も前面の両開きになったガラス扉を開くだけでそのまま使えるようになっているようだ。

 ガラス戸の内側戸袋には記憶の糸を入れるためのガラス瓶が並べて収納できるようになっている。円形のフォルムといい、『憂いの篩』のために作られたキャビネットなのだろう。豪華なうえにとても機能的だ。

 

 よし! これも頂いていきますね。ご先祖さま。

 

 他にもいろいろありそうなんだけど。効果がわからない魔法具は手に触れることすら恐ろしいもの。

 たとえば対になっている鏡があったとしても、これが両面鏡なのか、あるいは対の相手を呪うためのものなのか、見ただけでは判断がつかないでしょう?

 

 薬関連はしっかりラベルがついていたし、『憂いの篩』もケースにそれと書かれていた。

 でも小さなものは乱雑に置かれていてちょっと判断がつかないものが多い。

 指輪や装身具も。きっともろもろの魔法が掛かっていると思うんだけど何かわからなければ使えないよね。ゆっくり調べたい気もするけど、初回からこれ以上持ってかえるのもなんだしな、と思って今日の所はこれくらいでやめておく。

 

 物欲と知的好奇心と探求心がぎゅんぎゅん刺激される宝の山を前にぐっと堪えて、意志の力で視線を切る。

 機会があれば、また物色しに来よう。

 

 ここにもジャンプポイントを設置すべきかちょっと迷う。でもなあ。跳んでくることは余裕でできるけど、それって“正規の方法”で入ってきてないってこと。守護の魔法が稼働して『双子の呪文』と『燃焼の呪い』が発動したら堪らないよね。あ、さっき影を出したのもちょっと危なかった? やべえ。影に直接何かを持ち出させなくて良かった。

 

 私はもう一度見回してから外へ出た。

 グリンゴッツを出るとロニーを呼び出し、彼女に家まで連れて帰ってもらった。しもべ妖精って素晴らしい生き物だね。

 

 アフリカオオコノハズクは『賢い梟→森の賢者』からマーリンと名付けた。マーリンは魔法界では実在の偉大な過去の魔法使いで、知性の高いペットに使われているのは不自然ではないらしい。エリカ・レストレンジの公式なペットだ。ロニーの手前、今はガーデンに連れて帰れないけど、また折を見て彼らに紹介することにしよう。

 

 

 

 

 

 

 ガーデンに入って、杖を手に立つ。

 すっと構えると、自分の腕が先まで続いているような、ううん、心臓から一本、杖の先まで筋が通ったような気がした。

 

 興味津々で見守る家族の前で、呪文学の一番最初の呪文を試す。

 

『ルーモス』

 

 杖の先に光が灯る。

 初めての魔法は、感動だった。

 

「わあ!」

 

 小雪が感嘆の声をあげた。メリーさんも手を胸の前で握りしめてうんうん頷いている。

 

 すでに身体の一部のように手に馴染む杖をまた無意識に愛でながら、魔法使いになったこの瞬間の喜びを、ただただ噛みしめていた。

 

 

 

 さてと。

 ここに魔女候補がふたり、います。

 

 メリーさんと小雪は私の眷属だから、魔法が使える可能性がある。

 調べるのは簡単だ。

 

「メリーさん」

 

 私の杖をメリーさんにわたす。メリーさんは期待に目をきらきらさせながら、杖を振るった。

 杖の先からばん! と大きな音がして正面の地面を大きく切り裂いた。

 

「これは、杖は合ってないけど、メリーさんには魔力があるってことだよね?」

 

 私はメリーさんと抱き合って喜んだ。

 杖を返してもらう。私の杖が、他人に使われたことを嫌がっているのがわかった。

 ごめん。あと一人だけ、試させてね。

 宥めるために杖を撫でてそう呟く。

 

「さあ、次よ。小雪」

 

「うん!」

 

 じりじりと待ってた小雪は、私がそう言ったとたん前にでた。杖を渡すと「ふふふ」と笑い、やおらきりりと前を向く。気合を入れて杖を振るった。

 

「はっ!」

 

 杖の先から小さな火花がカシュ、と飛ぶ。

 

「……」

 

 裂帛の気合と、それのもたらしたしょぼい結果に何ともいえない時間が流れた。

 

「小雪も魔力があるよね。きっと杖が致命的にあってないだけだよ、うん」

 

 がくりと落ち込む小雪を慰める。

 また小雪の杖を選びに行こうと言うと、あっという間にまた小雪のテンションがあがった。

 ほんとに魔法が使いたいんだね、小雪。

 

 メリーさんの杖は、メリーさんを連れてオリバンダーの店で選ぶわけにいかない。

 魔法界の人達からすれば、客観的に見てメリーさんはどうみても魔法生物だ。魔法界の法律では、“ヒト以外の魔法生物が杖を持つこと”は厳しく罰せられる。

 オリバンダーさんの店で、メリーさんの杖を買うわけにはいかないってわけ。

 

 原作で見るオリバンダーなら「これは難しいお客さまですな」とか言って嬉々として選んでくれそうな雰囲気だけど。実際のところ、彼は杖職人であり、あの店の経営者だ。法律違反はしないだろう。

 

 メリーさんの杖選びのシーンは私も見てみたいと思うけどさ、さすがにそんな博打はうてない。

 どこかでメリーさんのための杖を手に入れる方法も考えなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 ドラコ達との買い物を済ませた数日後、『ホルモンクッキー』と鬘とマグル式変装で男の子になった私は小雪を連れてダイアゴン横丁へやってきた。

 

 まだ11歳で性差もあまり目立たない年頃。二度と手に入らない貴重な『ホルモンクッキー』を使わなくてもいいんじゃないかって思うんだけどね。

 でも、今日の目的地のひとつがあのオリバンダーさんの店。鋭い観察眼と抜群の記憶力を持つ彼に私がレストレンジだと看破されるのは非常によろしくないのだ。

 

「行ける? 小雪」

 

「うん……だいじょうぶ」

 

 今日はね、小雪、初めての外出なんです。朝から緊張しっぱなしなんだよね。

 

 小雪を見ると、緊張しつつも楽しそうにきょろきょろしている。小雪は小説しか読んでないから、実写になったら(現実だけど)よけいに楽しいんだろう。

 

 小雪は見た目ほんとに普通の人間だし、お風呂に入らなければ金粉が舞うわけじゃないから、彼女が文字通り“金を生む鶏”だとは誰にもわからない。

 英語もスムーズに話せるし、出歩くだけなら危険はないだろう。

 本当はメリーさんも連れてきてあげたいのだけど、彼女は目立ちすぎる。いずれ何か考えるつもり。

 

 

 最初にグリンゴッツへ足を運んだ。

 魔法界のお金をマグル街のお金に換金してもらうためだ。

 

 マグルのお金が欲しかったのだ。

 マグル街で食品や生活用品を買うにはマグルのお金が必要なんだもん。今まで手に入れるチャンスがなかったけど、両手に山ほどのガリオン金貨を10回分両替するとかなりの金額になった。

 

 さあ、今日の第一目標、オリバンダーさんの店へ行こう。

 

 

「杖をお探しでしょうか? お嬢さん」

 

 店に入り、珍し気にきょろきょろしていた小雪に、気配もなく近づいて声をかけてきたオリバンダーさん。「ひゅっ」と小さな悲鳴を上げた小雪が私の後ろに隠れた。身長差があるから全然隠れ切れてないんだけど。

 人見知りを発揮した小雪は挙動不審になっている。金粉少女のカードに書かれていたとおり、ものすごく内気だ。

 

「彼女の杖を頼む。……怖がらなくていいよ、小雪」

 

 私の杖を見られると変装していてもバレてしまうため、杖は倉庫に収納してある。オリバンダーさんの目が怖い。単なる付き添いって顔をして小雪をそっと前へ押し出す。

 「彼女、人見知りなんです」って囁くと、オリバンダーさんは小雪に向かって包み込むような微笑みを浮かべた……よけいにうさん臭さが漂う。

 

 名前を聞かれ、初体面のオジサンにむかって話せない彼女のかわりに『コユキ・サロウフィールド』と名乗った。

 

「ではサロウフィールドさん、こちらへ」

 

 おどおどと前にでた小雪がオリバンダーさんに言われるがまま、何回もいろんな杖を振るう。

 

「ヤナギの木、ドラゴンの心臓の琴線、35センチ。

 よくしなる。振りやすく、無言呪文が得意。忠誠心の高い良い杖ですな」

 

 無言呪文が得意な杖ってすごくない? 内気な小雪が喋らずに使えるようにだろうか?

 小雪がうっとりと杖を眺めている。ああ、私もあんな目で自分の杖を見ていたんだろうな。シシー叔母様が買ってくださった杖の手入れ用品を小雪のために買った。忘れずにメリーさんの分も買っておく。

 

 料金を払い、礼を言って店をでる。小雪もオリバンダーさんにぺこりと頭を下げていた。

 店を出たとたん、小雪は超ご機嫌になった。

 

「ありがと、マスター」

 

 小雪も相棒が見つかってよかったね。

 これから、一緒に魔法の練習頑張ろうね。

 

 

 そのあとも、ふたりで楽しくダイアゴン横丁をぶらぶら歩く。

 

 小雪は人混みは苦手だし、知らない人とは話したくもないらしいけど、ダイアゴン横丁の喧騒を見ることは楽しんでいるようでよかった。

 

 私がホグワーツに行くために揃えたもののうち、制服以外はすべてメリーさんと小雪の分を買わなくちゃ。鍋や秤を選び、薬草を切るためのナイフも時間をかけて選んだ。1年の授業で使う素材も多めに買っておく。羊皮紙や羽ペンはどうする? って聞くととりあえず欲しいとの答え。でもきっとシャーペンにルーズリーフのほうが使いやすいんだけどね。

 

 ちっぽけで古びた雑貨屋が目に入った。

 折れた杖や目盛りの狂った台秤などが並んでおいてある。

 

 杖はいくつあってもいい。杖は繊細な魔法具で簡単には直せないけど、うちの『リサイクルーム』ならきっと直せると思う。予備は必要だし、それにもしかしたらメリーさんが使えるかもしれない。物は試しだ。買ってみよう。

 

 本屋では1年の学科に必要な本をもう3揃い買った。小雪、メリーさんが使うためのものと保存用だ。個人のものは色々書き込むだろうから、綺麗なまま残しておく保存用も必要なのだよ。

 保存用は図書館に置くつもり。

 

 メリーさんが喜びそうな『週刊魔女』や『おしゃれ魔女百科』も買った。魔法使いの旬な流行りの服装を見て、メリーさんが作ってくれるだろう。

 気になるタイトルはどんどん手に取る。

 『自家製魔法チーズのつくり方』、『お菓子をつくる楽しい呪文』、『1分間でご馳走を――まさに魔法だ!』、『これさえあれば大丈夫! 生活魔法のすべて』、『調理魔法の基礎の基礎』。

 あ、これもいいかも。『呪いのかけ方、解き方――ハゲ、クラゲ脚、舌もつれ、その他あの手この手――』も買おう。呪いは知っておくとかけられた時にわかりやすいもの。

 それから死喰い人や闇の帝王関連の本も全種類買っておいた。うちの両親やシリウス・ブラックやハリー・ポッターの事も書かれているものを選んでおく。いろいろ情報を知っている理由付けになるものね。死喰い人関連のものならゴシップ誌にしか見えないものも買っておいた。何かのヒントになればいいもの。

 

 

 

 それからふと思いつく。

 そうだ。

 2年以降の学年の指定教科書もすべて買っておこうって。

 

 よく考えたら来年の『闇の魔術に対する防衛術』の教科書なんてロックハートの小説だもん。今年の2年生用指定教科書があれば来年絶対助かると思う。

 再来年の魔法生物飼育学の教科書はハグリットの『怪物的な怪物の本』だし。

 

 まともな教師がまともに教えている今の教科書が欲しい。いや今年のDADAのクィレル先生がまともとは言わないけど、少なくとも教材に関する不満は原作で書いてなかったもの。

 

 これも私、メリーさん、小雪と保存用の4冊いるね。

 イモリやフクロウの選択教科のものももちろん全種買った。

 こんなに大量に? って顔をされたけど、知り合いの分も纏めて買っている人も多いのか、そこまで不審がられることはなかった。

 

 参考図書も含めて2~7学年分×4。大量ご購入です。たっぷり金庫からお金をとってきて大正解だったね。鞄に入れるフリをしてどんどん(収納)していく。

 

 

 それから洋装店で布地や糸、釦、毛糸も買った。雑貨店では絵の具やキャンバスも。

 メリーさんが喜ぶだろう。

 

 帰り道で箒店の前を通り、思わずガラスのショーウィンドウにかじりついた。

 わあ、ニンバス2000だ、いいなあ。

 

 子供の頃、ドラコ達と遊ぶ用にロニーに頼んで買ってもらった箒はクリーンスイープ6で、買ってからもう3年になる。

 

 最新最速の箒、ニンバス2000は私もドラコも欲しがっているんだけど、どうせ1年生は学校に持っていけないのだから、買うなら来年になさいと言われているのだ。

 

 まあ今年買っても来年2001が発売されるしね。後続の上位機種がでることを知ってると、なかなか買う気になれないよね。

 

 でもさ、箒は何本あってもいいし、お金は持っているし、それに小雪やメリーさんも魔力があるんだから箒も乗れるはず。ガーデン用にニンバス2000を買ってもいいかなあ。

 

「小雪、箒乗ってみる?」

 

 ただ、練習は安全を確認してやらなきゃだから、せめて私が浮遊呪文を覚えてからにしてほしいんだけど。私が箒に乗り始めた子供の頃、マルフォイ夫婦がしっかり見ててくれたようにさ。

 

「乗ってみたい。ガーデン、広いし。『森』もあるしね」

 

「じゃあメリーさんの分と二本買おうか」

 

「やった! いいねいいね」

 

 実は私も乗ってみたい。来年学校に持って行く用にニンバス2001を買うつもりだけどさ、ガーデンでみんなで乗り回したいじゃん。

 箒は高級品だけど、前回レストレンジの金庫から結構な量の金貨を取り出している。余裕で足りるはず。

 

 うきうきしながら箒店に入り、ニンバス2000を二本とお手入れグッズ、箒のハウツー本も買って、ふたりでハイタッチ。

 買い物って楽しいね!

 

 

 それから生鮮品の店に行き、食料品を大量購入してきた。小麦や米やパスタやそば粉、調味料も大量に買って、ドッグフードやキャットフードもちゃんと買った。

 牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉、鹿肉なんかも数十キロ単位で買う。ハムやベーコン、ソーセージなんかも大量に買った。生け簀に泳いでいた魚介類を見つけ、それも購入。水槽を買って生きたまま持って帰ることに。やった。『不思議ケ池』に放そう。

 

 実は今までなかなか食品を買うチャンスがなくてさ。ずっとHUNTER×HUNTER世界で買い溜めした物を消費してきたのだ。

 まだ倉庫にはいっぱいあるけど徐々に減っているのが不安だったんだ。

 

 うん。食べるものがガーデンにいっぱいないと、心配なんだ。私って念能力者だから毎日たくさん食べるし。

 

 それにさ。

 私しか外部から食料を持っていける者がいない。

 私が死ねば次の世界にいく。

 だけど、私が生きているのに眠り続けている、とか、忘却呪文でガーデンの存在を忘れてしまった、とか、とにかく私が存在しているのにガーデンに行けない状態になってしまえば。

 メリーさん達は何を食べて生きていけばいいのか。『森』のおかげでずいぶん食べられるモノも手に入るようになったけど。やっぱり不安なのだ。

 たくさん買い込んでやっと少し息がつけた。

 

 倉庫だって私しか取り出せないから、生鮮食品は保存のきく加工品に変えていく工夫もしている。あと、メリーさんが『エバネスコ(消えよ)』と『アパレシウム(現れよ)』を覚えれば、もっと楽になる。

 『エバネスコ(消えよ)』の呪文は消失呪文で、唱えると対象物を消すことができる。原作で生徒が失敗した魔法薬をスネイプ先生がよくこれで消していた。

 

 でもこれってちょっと人目から隠したい時にも使う呪文なのだ。

 『不死鳥の騎士団』で、ビルがハリーに見られたくない騎士団の書類をこれで消している。つまりあとでまた復活させることができる呪文なわけだよ。

 

 んでエバネスコの反対呪文は『アパレシウム(現れよ)』。消えているものを強制的に出現させる呪文。スネイプ先生や校長、マクゴナガル先生がさっと杖の一振りでお茶を出してくるシーンがある。あれってこの魔法で用意しているってわけね。

 

 エバネスコした物体はその時の状態を保持したままでどこか異空間に存在し続ける。それを取り出すのがアパレシウム。

 新鮮な生肉をエバネスコしたら、次に料理に使いたいときにアパレシウムで取り出すと新鮮なままの生肉が現れる。熱々の料理をエバネスコして、食べる直前にアパレシウム。とかね。

 つまり、疑似的な時間停止倉庫にできるのだ。

 ただし、何をエバネスコしたか忘れたら次元の彼方に誰にも取りだされないままになってしまうから運用に注意は必要だけどさ。

 

 

 今日は久々に食料品を買い溜めできてほっとした。

 これでやっとマグルのお金も、魔法界のお金も、自由に使えるものができたから、これからはちょくちょく買いに来よう。

 

 

 

 夕方までさんざん買いあさってガーデンに帰ってきた。フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーでアイスを買って食べるのも楽しかった。小雪も私も大満足な一日だった。

 

 折れた杖は『リサイクルーム』にそれぞれ一日置いておけば問題なく直った。さすがはグリードアイランドのアイテムだ。魔法具まで直してしまった。

 

 杖は2本あり、素材は何かわからない。オリバンダーさんに聞きにいけないんだからしかたない。

 そのうちの1本が、メリーさんが不満はあるもののなんとか使えるものだったみたいで彼女はそれを使って練習することになった。

 もう1本は小雪が予備に欲しがった。相棒とは魔力の通りが違うけど、じゅうぶん使えるらしい。

 

 

 ちょっと思いついた。

 そうだ。前にロニーが予備の杖を貸してくれたことがあったっけ。

 

 家にいる影と交代した時に、ロニーに予備の杖が欲しいと頼んだ。彼女は二本の杖を出してくれた。

 

『ヤマナラシの木の枝、ユニコーンの毛、31センチ。心地よいしなり。戦い向けの魔法に最適』

『クルミの木の枝、ユニコーンの毛、34センチ。よくしなる。所有者に忠実で多様な魔法に向いている』

 

 どちらも丁寧に手入れをされていて、じゅうぶん綺麗だった。

 さっそくガーデンでメリーさんに試してもらうと、くるみの杖がとても馴染むと両手で抱きしめるように杖を持っている。うんうん。メリーさんの相棒、見つかったね。

 

 ヤマナラシのほうは私の予備にした。相棒とは違うけど、魔力の通りはいい。でもちょっと頑固な感じがいじらしい。この子も大事に使おう。

 これで私達全員がメインと予備の2本の杖を持てたことになる。

 

 

 

 マグルのお金がやっと手に入った。影が箒に乗ってロンドンマグル街へ行き、大きなショッピングモールが多い場所を探した。普通の街ってこんな感じだったわ……となんだか新鮮に思いながらポイントを設置してきた。

 

 さっそく、マグルっぽい服装に身を包んだ私と小雪が街へと出かける。

 業者向け大型スーパーに入り、カートに山ほど買い込んできた。やっぱり魔法界とマグル街じゃあ売ってる品が違う。こっちにあるもののほうがHUNTER×HUNTER時代や英里佳だった頃に買っていたものに近い。ここでもたくさん買い漁りました。

 ただね、マグル街では巾着やトランクに荷物をしまうわけにいかなくて、小雪と私が両手で持って不自然に思われない程度しか買えないのが残念だった。またちょくちょく買いに来よう。

 

 

 

 

 8月は慌ただしく過ぎていった。

 子供の頃に魔力循環を教えてもらった時、『今から練習していれば杖を持った時に魔力の流れがよくわかる』って言われたけど、ほんと、杖ってすごい。1年の呪文は余裕で全部できた。

 

 ガーデンで小雪たちと魔法の練習をしたり、ラルクや影と念修行したり、箒で遊んだり。音楽の練習をしたり。

 マルフォイ家でドラコ達と予習したり、箒で遊んだり、訓練したり。音楽レッスンを受けたり。

 変装してマグル街やダイアゴン横丁で食料品を買い漁ったり。

 入学前の最後の夏を、楽しく過ごした。

 

 

 ちなみに、『ホルモンクッキー』なしでの変装は、主にマグルの物を使っている。そのほうが魔法界ではバレないのだ。

 ファンデーションで色白な肌を健康的な小麦色にして、そばかすを散らす。髪は茶髪ストレート。大き目の眼鏡をかけて綿入りのボディスーツで太っちょにして。頬にも綿を詰めると顔の輪郭も変わる。

 あとは純血家の姫君が絶対着ない服装にしている。意識して歩き方を変えると、ずいぶん印象が違う。

 

 

 

 

 

 

 

 ロニーに『憂いの篩』の使い方を教えてもらった。「まだおできになりませんから、お使いになりませんように」というロニーを説き伏せ、入学までに去年のクリスマスパーティで紹介された子供達の顔と名前を確認しておきたい、と言いつのる。

 レストレンジは上位の立場で、上の人が名前をちゃんと覚えて呼んであげると下位の者は喜ぶ。だからそれを理由にしてみたのだ。

 ロニーは「なんと志の尊いお方でしょう。さすがは名門レストレンジのお嬢様でございます」なんてほめそやし、注意点を辞書を読み上げるがごとく山ほど述べると、私の額のふちをこめかみに向けて指でそっと拭うように動かす。液体でも気体でもない銀の光の糸がついてきた。なるほど。この感覚か。うん。覚えた。

 

 『憂いの篩』に入れると、杖で憂いの篩をつつく。

 水盆の上にもやが現れてそれが風景になった。

 

 映画で、ハリーは『憂いの篩』に頭から飛び込んでいたけど、普通はこうやって見るんだ。なるほど。

 

 視点は私……ではなく、私の少し後ろから周囲を見ているような感じになっている。私の正面からの姿もちょくちょく見れるのはなぜなんだろう。そう言えば映画でも記憶の保持者の姿が見えていたっけ。

 パーティ会場でマルフォイ夫婦が左右に立って安心させるように付き添ってくれている。隣にいるドラコと緊張の視線を交わして前を向く。私達の前に順にやってきては緊張の面持ちで自己紹介する子供達の言葉を聞く。

 ダフネ・グリーングラスやパンジー・パーキンソン、ミリセント・ブルストロード、セオドール・ノット、ブレーズ・ザビニなどの有力者の子だけでなく、新興貴族の子も招かれていた。ひとりずつ、名前と顔を思い出していく。きっとスリザリンの同級生になる子達だもの。

 

 篩に入れた記憶の銀糸はそのまま消し去ることもできるし、瓶に入れて保存することもできる。瓶を用意して記憶をそれにしまうと、『1990年クリスマス 初めての社交界』とラベルを書いて貼り、トランクにしまった。この瓶は魔法薬学で使うためにいくつか買っておいたものだ。これはロニーに頼んで入学までにもっと多めに買っておこう。

 

 

 ガーデンに入ると、さっそく『憂いの篩』の練習をしてみる。

 技術がまだ未熟なのはわかっている。でもさ。早くこれをできるようにならなきゃなんだよ。

 だって、学校に行けばすぐに『組み分け帽子』を被ることになるんだもん。

 

 忘却呪文も練習したんだけど、“忘れた”ものは“思い出す”ことができる。脳から消えたわけじゃない。組み分け帽子の開心術なら私の忘却呪文なんてきっと突き破る。

 

 私は知られてはいけないことが多い。このまま『組み分け帽子』を被るわけにはいかないのだ。ダンブルドアに情報が洩れるかもしれないもの。

 帽子は寮を決めるだけで校長にその情報を漏らさないかもしれない。でもそんな希望にすがるわけにはいかないのだ。

 

 

 魔力制御は7歳からやっている。杖を手に入れてほぼひと月がたった。1年の教科書に載っている呪文で練習を重ねた。杖の使い方もだいぶこなれてきた。

 

 でも、自分の身体で練習するなんてとんでもない。

 影をだして、影が自分で取り出す練習から始める。

 髪の毛の生え際あたりに杖を添え、さきほどロニーにされた感触を思い出し、魔力を杖に通しながら、まずいきなり切り取ってしまうのは怖いから、記憶を抜き出す練習をする。“小雪とシェルをゲインした記憶”と念じてそっと杖を滑らせる。

 影が呻いた。脳にダイレクトにアクセスしているようですごく気持ち悪かったらしい。下手だもんね。ロニーにされた時は痛みも違和感も何も感じなかったのに。

 

 

 何度も練習し、影に感触を聞く。影を消したら頭を弄られる不快感の記憶が入ってきて吐きそうになった。

 

 慣れてくると今度は“抜き出す”だけじゃなくて、“切り取る”作業を試す。原作で学生時代の記憶を見せないためにスネイプ先生がやっていたことだ。頭の中の記憶のコピーをとるんじゃなくて、カットしちゃうってこと。

 最初にやった時は衝撃で影が消えて、私もビビった。こええ……

 記憶を切り取ることはとても危険なことのようだ。絶対本体ではやらない。

 

 影の記憶上の認識が加算されてガーデンの存在を忘れてしまうなんてことになるのも怖いから、切り取った記憶はちゃんと本人に戻してから影を消している。『分身体が受けたダメージは還元されない』んだけどさ、これってダメージじゃないもんね。何度も記憶を消すと、ガーデンへの愛情とか思い入れとかも薄れていくと困るもの。

 

 

 慎重に練習をすすめ、やっとできるようになった。

 

 次に、相手に対してする練習を重ねる。影に何度も練習台になってもらった。

 

 “被験者としての記憶”をなくすと、その瞬間、目の前にいる自分そっくりな人物や、知らない場所に立っていることにパニックを起こすため、先に失神呪文をかけてから行わなければいけなかった。その後忘却呪文で麻痺したことを忘れさせるのも必要だ。

 

 これで入学の準備は整った。

 もうすぐホグワーツでの1年目が始まる。

 

 

 



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1年-1 ホグワーツ特急と組み分け

1991年 9月1日 ホグワーツ入学

 

 いよいよ原作が始まる。

 

 といっても、私はこの1年は原作に関わるつもりはない。

 

 だってさ。この1年目“賢者の石”。

 これはもうダンブルドア校長のハリーへの接待のようなものだと思うんだ。

 石をほんとうに守りたいのであればさっさとクィレルを斃せばいいし、石だってダンブルドア自ら持っていればいいのだ。

 

 第一、いくらハーマイオニーが優秀とはいえ、一年生にクリアできるような罠しか設置していないなんて、ありえないっしょ?

 あれは、ハリーにお辞儀様と対決させて戦う意思をもたせ、ついでに成功体験を積ませることで彼に自信をつけさせる。そのためのステージなんじゃないかな。

 

 初心者向けとは思えないほどハードモードではあるけど。

 

 

 もしくは、あやふやな存在になりさがっているであろうヴォルデモートを、賢者の石で明確に復活させるためか。

 “生きて”いないものは“殺せ”ない。

 だから、生き返らせる。そのために、わざと奪わせるためにあれを用意したか。まあ賢者の石なんて使ったら完全復活どころかパワーアップしそうだからそれはないかな。

 

 どちらだろうと、私には関係ない。

 

 だから一年目はほんとうにまったくほっておいていい。

 その間にできるだけの訓練をしたい。

 

 

 私は転生者だ。原作知識も持っている。

 その上レストレンジ家で、さらにヴォルデモートの娘(推定)だという途轍もない秘密も抱えている。

 それを、あのダンブルドアやスネイプのような開心術の巧者に知られるわけにはいかない。

 まず閉心術。これだけは一刻も早く習得しなくちゃいけない。

 

 それから、私には自分が死んだ記憶がある。

 どうやら“担当者サマ”が死の瞬間の恐怖や痛みを緩和させてくれたみたいで、死の記憶に苛まれたことはない。だけど、それでもあのクロロの拷問の痛みは覚えている。

 

 学校にディメンターが徘徊するようになる3年目までに、守護霊の呪文の習得は必須だ。でないと、私が最初の死亡例になりかねない。自身の死亡の記憶持ちなんて、ハリーなんかよりもずっとずっとディメンターに魅入られる存在だろうから。

 それにさ、守護霊の呪文ってディメンターを追い払える。つまり他の世界のアンデッド系モンスターにも効果がありそうじゃん。ディメンターは斃せないけど、もしかしたらゾンビくらいなら浄化できそう。これは絶対次の世界に持っていくべき技術だよ。

 閉心術、守護霊の呪文、これは必須。開心術も一緒に覚えたい。

 

 

 

 

 まずは1年目だ。

 原作関係なしに、学ぶことは楽しみだ。

 知識が増えること、技術を磨くこと。私はそれが楽しみでならない。

 

 それに、できれば友達も増やしたい。

 ドラコ達だけじゃなくダフネやパンジーともすでに知り合いではあるけど、貴族同士ってどうしても表面上のお付き合いになってしまうんだよね。

 だから、学校にいる間くらい、もっと深い友情が芽生えれば嬉しいと思っている。

 

 これからホグワーツ特急に乗る。

 7年間。どうか楽しい学校生活を送れますように。

 

 

 

 

 

 レストレンジ家からキングズ・クロス駅まではロニーに姿現わしで送ってもらった。

 ホームではなく、9と4分の3番線の改札前に飛んでもらう。

 

 はじめて見るホグワーツ特急だもの。

 映画みたいに9番と10番の間の柵に向かって走り込みたいのだ。

 

 ロニーは駅に着いたとたん、名残惜しそうに私の手を離した。

 大きな耳をへにょりと垂れて私を見上げてくる。

 

「じゃあ行ってくるわね、ロニー」

 

「いってらっしゃいませお嬢様。どうぞお身体にお気を付けて。何かございましたらすぐにロニーをお呼びくださいませ、お嬢様。ああ、おひとりでお嬢様が学校に行かれてしまう。ロニーは心配です」

 

 赤ん坊の頃から世話してくれたロニーは『小さなメリーさん』だ。心配性で愛情深い。

 彼女のやさしさに何度救われたことか。

 

「大丈夫よ。みんな一人で行くのよ普通は。それに寮にもしもべ妖精がいていろいろ世話してくれるらしいから心配いらないわ、ロニー」

 

 そう言うとロニーは憤然とした表情でキーキーと叫んだ。

 

「お嬢様のお世話をほかのしもべ妖精がするなんて! お嬢様のお世話はいつも、いつでも、ロニーのお仕事なのです! ロニーは嘆かわしいです。レストレンジのお嬢様がしもべ妖精をお連れになれないなんて」

 

 純血貴族家の子供はしもべ妖精を連れてくるものもいるらしい。私は一人でできるけど、着替えすらしもべ妖精に手伝わせる子もいるもの。

 ロニーは学校へついていけないことが不満なのだ。

 「本当に困った時はきっと呼ぶから」というとロニーも「お呼びをいつでもお待ちしております」とひとまず納得してくれた。

 

 原作でもマルフォイ家にいるはずのドビーがクィディッチの試合中ハリーを攻撃したりしてたもん。ホグワーツは鉄壁の守りとか言いながらしもべ妖精は出入り自由なわけだよ。

 なんで魔法使いは屋敷しもべ妖精をあんなに下に見れるんだろう? 大事にしなきゃあっという間に寝首を搔かれるよ。

 

 なんとか宥めるとロニーはバチンと音を立てて消えた。

 

 

 

 さあ。

 私は9番と10番の間の柵を眺める。うん、ただの頑丈そうな柵だよ。

 トランクは巾着にいれて首から提げて服の中に隠している。私の荷物はマーリンの入った鳥籠だけだ。

 

 見回すとたくさんのマグルの乗客がせわしなく通り過ぎる。

 私は人ごみを縫いながら柵に向かって速足で歩き、柵にぶつかるかもと一瞬ひゅんとなったけど無事そのまま通り抜けられた。

 

「……わあ」

 

 紅色の蒸気機関車が乗客でごったがえすプラットホームに停車している。

 ああ。ホグワーツ特急だ。

 かっこよさにため息が出た。列車ってどこか郷愁を感じるよね。

 

 人込みの中に待ち合わせ相手を見つけ、私はマルフォイ家のもとに向かった。

 

「おはようございます、叔父様、叔母様、ドラコ」

 

「おはようエリカ」

 

 挨拶を交わし「少なくとも週に1回は梟を送ること」とドラコだけじゃなくて私まで約束させられ、「必要があれば遠慮せず呼びかけなさい」と両面鏡も渡された。

 シシー叔母さまの抱擁から解放された私達が特急に乗り込み、コンパートメントの窓をあけてマルフォイ夫妻ともう一度挨拶を交わす。

 

 大人ぶって我慢していたドラコがちょっと不安げな表情を見せたのが可愛かった。シシー叔母さまは窓越しにまたドラコを抱きしめた。ルシウス叔父様もドラコの頭を撫でる。もちろん私のことも。

 ほんと。この家族仲良しで見ていてほんわかしちゃうくらい。

 

 汽笛がなり、シシー叔母さまからのお別れのキスを二人とも受けて、手を振りあう。汽車が動きだし、マルフォイ夫妻が見えなくなるまで、私達はずっと手を振っていた。

 

 窓ガラスをしめてほっと息をつく。

 コンパートメントの戸が開いて、筋肉質で快活な少年が二人入ってきた。

 

「よう」

 

 ヴィンスとグレッグだ。ああ、クラッブとゴイルのことね。うん。愛称で呼ぶくらいは仲良くなったのさ。

 彼らは原作のぶくぶく太った愚鈍な二人とはまったく違う。細マッチョだけど全体に打たれ強い脂肪層が薄っすらついていて、しかも身軽。助走なしでバク転宙返りくらいできちゃう。格闘技だってずいぶん強くなった。教師が成長が楽しみだと褒めてくれるくらい。

 そしてクィディッチ大好きスポーツマンに進化を遂げている。うんうん。私の調教、もとい教育の賜物だね。

 

 もう文字も読めるし計算もできる。ゴブストーンやチェスの相手すら務められるほど頭も使えるようになった。授業にまったくついていけそうになかった原作とは大違いだ。魔力循環を幼い頃から練習しているから、きっと実技もじゅうぶんついていけるだろう。

 

 それに性格も明るくなった。鬱屈していた原作とは大違い。残虐性はまったくない。もしかしたらグリフィンドールに組み分けされるんじゃないかと思うような勇猛さがある。実はちょっと不安げに相談されたくらい。組み分けでは本人の希望を聞いてくれるからしっかりスリザリンって頼めば大丈夫、と言っておいた。

 

 ドラコとの間柄も良好だ。

 7歳の頃からの“ご学友”として、ドラコと彼らは上下関係はハッキリしつつも冗談も言い合えるような気の置けない間柄になっている。私とは……若干舎弟っぽい感じが、調教しすぎた感があるけど。

 

 その分、彼らは父親との仲があまりよくないらしい。彼らの思考力が高まったことで親の悪い点が見えてきたからだろう。このままいけば万が一お辞儀様が復活しても即父親にならって僕らも死喰い人になりますって考えにはならないだろう、と期待している。

 

 

 私達は特急の旅をおしゃべりやゲーム、お菓子を食べたりしてじゅうぶん楽しんだ。

 

 途中で何度か純血貴族の友人が挨拶に訪れた。

 そのたびにマルフォイの嫡子、レストレンジの娘として挨拶を交わす。

 

 みんなの話題は学校の事と、この特急に乗っているらしいハリー・ポッターのことだった。

 

 昼食を摂ってしばらくすると、ハリーに声をかけに行くとドラコが言い出した。

 あ、これ、喧嘩しちゃうやつだ。

 向こうには原作通り進んでいればロン・ウィーズリーがいるはず。むりにドラコが嫌われ者になる必要ないじゃん。

 私はドラコを引き留めた。

 

「マルフォイのあなたが挨拶のために足を運ぶなんておかしいわ。学校に行ってからでいいじゃない。彼だってみんなに声をかけられすぎてきっと今頃うんざりしているわよ」

 

「……ありえるな」

 

「1歳の赤ん坊が“例のあの人”を斃せるわけないのに。どうして英雄扱いされてるのかしら。可哀そうすぎるわ」

 

 ドラコは何も言わず肩をすくめた。

 

 

 

 私達はコンパートメントから出ずずっとおしゃべりをして過ごし、途中でハーマイオニーが「ネビルのカエルを知らない?」と聞いてきて「知るもんか」とドラコが答えて「そう」でおわり。

 特に喧嘩もしないし、名乗りあうこともなかった。ネビルは私達のコンパートメントには来なかった。

 

 ……ちょっとほっとした。

 ネビル。

 ネビル・ロングボトムのこと、会えばどんな顔をすればいいのかとちょっと迷っている。

 だってさ。

 彼の両親を廃人にしたのってうちの両親だもん。

 

 ネビルが私を恨むのはまあ、しかたないかなと思っている。でもさ。私が謝るのも変だもん。ネビルは両親が今も入院していることを誰にも知られたくないだろうし。

 私の謝罪なんて聞きたくもないだろう。

 

 だから、できるだけ彼の前では空気のように静かにしてよう。そう、考えているんだ。

 

 うん。加害者の家族って立場になるなんて想像もつかなかったや。

 

 

 

 

 もうすぐホグワーツというところで交代で制服に着替えることになり、男の子達にコンパートメントを出てもらい、ここで影(わかりやすく前世に倣い、ビリカと呼ぼう)と交代。

 ビリカに失神呪文をかけると、頭から被験者として持つ知識をすべて取り除いていく。記憶のないビリカをひとりで学校に行かせても、ジャンプポイントの設置はできない。こっそり“隠”+“絶”の影シリカも箒を持ってついていかせて、ビリカに忘却呪文で失神したことを忘れさせてから失神を回復させ、私はガーデンへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 汽車が止まり、ぞろぞろと皆が外にでていく。

 「荷物は車内に置いていくように」とのアナウンスを聞いて、みな手ぶらで歩き出した。

 

 私は巾着に全部入っているからマーリンの入った鳥籠だけを置いていく。「あとでね、マーリン」と声をかけてドラコに続いて列車を降りた。

 

 人込みで押し合いへし合いしながら歩く。11歳の私達は小さくて上級生の中にいると埋まりそうに感じる。ヴィンスとグレッグが私とドラコを守るように精一杯身体を張って前後から壁を作ってくれる。

 気の利く彼らに感謝の微笑みを浮かべた。

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっち!」

 

 大きな声がきこえる。

 大きな声に見合う、巨大な身体の男性だった。ルシウス叔父様がおっしゃっていた『半巨人の森番』がこの人か。叔父様の言う『半巨人』は蔑称だけど、本当に巨人の血が入っていてもおかしくないほどの巨体だった。針金みたいなもじゃもじゃの髭も服装も、すべてが変だった。

 訛りが酷くて聞き取りにくい彼の声を聞きながら後ろをついて歩く。すでに日が暮れて真っ暗なうえ、道が険しくて狭い。足元の悪い中、彼の持つランプの灯りを頼りに必死で足を動かす同世代の子供達の姿にハラハラする。

 

 11歳の子供達になんてところを歩かせるのよ。とぶちぶち思っていたら、その苦労は次の瞬間、報われた。

 

「わあ!」

 

 思わず感動の声をあげた。

 

 小道を出て視界が広がったその先は大きな湖だった。

 その大きな湖のむこう岸にある高い山。そのてっぺんに聳え立つ壮大な城。

 大小さまざまな塔が立ち並び、キラキラと輝く窓が星空に浮かび上がっていた。

 

 ここからはちょうどホグワーツの全景が見えるのだ。

 

 なんてすごい風景だろう。

 毎年毎年、11歳の少年少女がこうやって期待に胸を膨らませてこの場所に立つんだなあ。

 そしてこの光景を目に焼き付けるんだ。

 

 

 ……美しい城だ。歴代生徒達の夢と希望がいっぱい詰まった、イギリス魔法界育ちの魔法使いすべての学び舎。素晴らしい心のふるさと。

 

 ああ。

 私もここで学べるんだ。

 

 

「四人ずつボートに乗って!」

 

 感激でぼおっと城を見つめていると、森番の指示が聞こえて我に返る。ドラコが先に乗って私に手を差し伸べた。

 

「ありがとう」

 

 紳士なドラコの手を借りて小舟に乗り込む。ヴィンスとグレッグが後ろに続いた。

 

 

 

 

 

 森番から厳しそうな女性の先生に引き継がれ、組み分けについての説明があった。

 そして一列に並んで玄関ホールから二重扉を通り大広間へと進む。

 

 何千と言う蝋燭が空中に浮かび、天井は満天の星空に見える。幻想的で素晴らしい景色だった。

 そして4つの長テーブルにわかれて上級生たちが座っていて、緊張している後輩を興味深げに眺めている。ゴーストが時折脅かしにくる。

 

 帽子の歌を聞いて、先生が一人ずつ名前を読み上げる。

 

「アボット、ハンナ!」

 

 始まった。

 衆人環視のなか、どきどきとおぼつかない足取りで中央の席に向かう少年少女が順に帽子をかぶり、4つの寮に振り分けられて行く様をじっと眺める。

 

 私も緊張しているよ。だって人に注目されるのは好きじゃないもの。

 でも寮に悩まないだけみんなよりマシかも。

 だってスリザリン一択だもん。

 

 あー。ほら、私ってさ。人殺しの、あの、レストレンジの娘なわけ。

 両親ともにアズカバンにいる。他の死喰い人みたいに、“死喰い人じゃありません”ってフリをしているんじゃなく、“死喰い人です。ヴォルデモート卿万歳”っておおっぴらに認めてアズカバン入りしてるから。

 魔法界の人みんながうちの両親が死喰い人って知ってるってわけだよ。

 

 だからさ。

 他の寮では、たぶん遠巻きにされて誰も近づいてこないと思うんだよね。きっと虐められる。

 もちろんやられたらやり返すけどさ。私だって心が石でできてるわけじゃない。向けられる悪意に傷つかないわけじゃないのだ。

 それにやり返したらどうせ私が悪い事にされちゃいそうじゃん。けっこう辛い立場になりそう。

 その点スリザリンはね。死喰い人の子供が多いし、ドラコもいるし。

 

 だから私の素養如何にかかわらず、絶対スリザリンに入るようにしたいのだ。

 

 

 

 順調に組み分けが進み、そして私が呼ばれた。

 

「レストレンジ、エリカ!」

 

 一身に注目を浴びながら背筋を伸ばして椅子へ向かう。私を見ている人のなかにはきっと悪口を言っている人もいるだろう。

 でも決して俯いてはだめ。

 礼法の教師に厳しく躾けられた綺麗な姿勢で歩き、帽子を掴んで座る。そっと頭に被った。

 

 頭の中に帽子の声が聞こえた。

 

『ふうむ。君は学習意欲に溢れている。レイブンクローならきっと君の知識欲を満たせるだろう。目的のために手段を選ばぬ資質はスリザリンに相応しい。成すべきことを成す勇気もある。グリフィンドールでもうまくやっていけよう』

 

『スリザリンに入れてください』

 

『それでよいのか? 他の道もあるのだぞ? ……ふうむ。そうか。ならば……スリザリン!』

 

 帽子の宣言がありスリザリン寮のテーブルから拍手があがる。

 私は帽子に礼をいうと椅子に置き、スリザリンの長テーブルへ向かって歩き出した。

 

「ロングボトム、ネビル!」

 

 私のすぐ後に読み上げられたその名前に、つい、足が止まった。振り返りたくなる身体を意志の力でおしとどめる。何事もなかった風を装い、そのまま歩いた。

 

 長テーブルに近づき、私より先に決まったダフネ・グリーングラスの横に座った。お互い予定通りの寮に入れた幸運を喜びあった。

 歓迎の言葉をくれる先輩たちと挨拶を交わしながらそっと前を向くと、ネビルがグリフィンドールの席に向かうところだった。

 目を合わせずにすんで、ほっとした。

 

 帽子を被ったドラコが数十秒の帽子との対話を終えてスリザリンに決まり、私の横に座る。

 ほっと見つめあい、笑いあった。

 

「ポッター、ハリー!」

 

 きた。ハリーだ。ダイアゴン横丁で出会った、あの有名な『生き残った子』ハリー・ポッター。

 緊張に震えるハリーを見守る。

 

 長いやり取りを交わした帽子がグリフィンドールを選び、グリフィンドールは歓声をあげて大さわぎだった。

 

「ハリーはグリフィンドールか」

 

 ドラコが私に囁く。ダイアゴン横丁で友好的に出会った私達は彼を「ハリー」と呼んでいた。

 

「ずいぶん長かったわね。もしかしたらスリザリン寮に来たかもしれない」

 

「まったくだ。グリフィンドールに取られるとは残念でならんな」

 

 組み分けは順調にすすみ、最後に残ったザビニがスリザリンに決まって終わった。

 

 やっと食事にありつける。

 みな食べ物が満載になった大皿から好きなものを取って食べだす。スリザリン寮のみなは上品な手つきで取り分けているのがさすがだ。

 

 周りに座ったのはドラコとダフネ。ダフネの横がパンジーでパンジーの前がセオドール・ノット。私とドラコの正面がヴィンスとグレッグ。

 みなパーティや茶会でよく合う面々だ。

 気心も知れていて私達は和やかに会話しながら大いに食べた。

 

 ふとグリフィンドールの席を見る。

 

 ……ハリーもちゃんと友達ができたようだ。

 金髪の可愛らしい女の子と赤毛の男の子の間に座り、楽し気に話しているし。

 スリザリンじゃなかったのは残念だけど、また話ができるかな。

 

 

 

 校歌を歌って解散になる。

 長かった。やっと終わった。

 

 これから寮まで歩かなきゃなんだな。もう既に眠たい。みんなもふらふらしている。

 

 私達は上級生についてぞろぞろと階段を下りていった。

 地下は何階まであるんだろうか。

 

 ひんやりした石壁のなかを、1年生達は不安と期待を滲ませた表情で上級生に遅れまいと必死で足を動かす。

 やがて、湿った剥き出しの石が並ぶ壁の前で監督生の男子生徒が立ち止まった。

 

「いいか、諸君。ここで合言葉を言うんだ。合言葉は定期的に変わるから気を付けたまえ――“狡猾であれ!”」

 

 壁に隠された石の扉がスルスルと開く。

 

 

 

 

 スリザリンの談話室は、細長い天井の低い地下室だった。壁と天井は粗削りの石造り。天井から丸い緑がかったランプが鎖で吊るしてあり、ごつごつした岩を照らしている。

 

 地下なため陰湿な雰囲気かと思っていたけど入ってみると地下特有の湿気など感じられない。天井は低めだけど広々とした空間だし、暖炉や椅子、テーブル、ソファに至るまで、どれもこれも華美で豪奢な彫刻がなされていて、ものすごく豪華だ。

 丸い窓の外は湖の中なはずだけど、今はもう外が真っ暗だからよくわからない。

 

 思っていた以上に落ち着きのある空間だった。

 

 

 奥の女子寮に続くドアを潜ると、ドアに既に名前が書き込まれていた。どの部屋も2人ないし3人部屋のようだ。

 

 

 私の同室はダフネ・グリーングラスだった。

 彼女の家族は死喰い人じゃないし、純血主義ではあるけどヴォルデモートの陣営にも光陣営にも与さない家だ。

 

 知り合いだったことにほっとした。昨年のクリスマスから本格的に社交界に参加するようになり、彼女とも知り合った。

 以来、パーティや子供同士のお遊び会でちょくちょく会っていてダフネ、エリカと呼び合うような友好的な関係を築けている。

 

「ダフネが相部屋でよかった」

 

「わたしもよ」

 

 二人で微笑みあって、扉を開ける。

 

 部屋に入ると、エメラルドグリーンのビロードのカーテンが掛かった、四本柱の天蓋付きベッドがふたつ、部屋の左右に設置してある。

 

 左のベッドのそばにはトランクがふたつ。あちらがダフネのベッドなのね。

 右のベッドのそばには空の鳥籠だけが置いてあった。マーリンは梟小屋に運ばれたらしい。

 

 奥には文机と椅子、キャビネットが一つ。

 がらんと広いのは、まだ実家から持ち込んだ家具が入っていないからか。

 

 家具を持ち込めるほど広い部屋を確保できるのはスリザリン寮くらいだ。明日にでも梟を送り『スリザリン寮に入れた』と報告をすれば、それぞれお気に入りの家具が実家から送られてくるのだろう。

 私?

 もちろん、すでに持ち込んでます。トランクと一緒に巾着に入ってますとも。

 

 

「さすがに疲れたわね」

 

「ほんと。もういつも寝る時間よりずっと遅いわ」

 

「明日も早いから、今日はもう寝ましょうか。これから7年間、よろしくねダフネ」

 

「こちらこそ。楽しい学生生活を送りましょう、エリカ」

 

 巾着から日用品のもろもろが入ったキャビネットをベッド脇に取り出した。そこから寝間着を出してあくび交じりに着替える。

 『制服は籠に入れておいてくだされば朝までにスリザリンの色に裏地を直します』と洗濯籠の上にメモがある。なるほど。組み分けが終わったから、先輩方と同じあの緑色の裏地に色を変えてくれるのね。

 言われたとおり制服を軽く畳んで籠に入れると、ベッドに乗りあがる。

 

 ぽすんと倒れ込むとふんわりした寝具が身体を優しく包み込む。さすがスリザリン寮の寝具。肌ざわりも寝心地も素晴らしい。

 

 11歳の幼い身体は既に疲れ切っていた。半分眠りに入りつつおざなりなお休みの挨拶をダフネと交わし、ベッドの周りのスリザリンカラーのカーテンを閉めた。視界がエメラルドグリーンに囲われる。

 

 と、身体に衝撃を受けた。え?

 

 

 

 

 

 

 はい。本体登場です。

 ややこしい作業をしてました。記憶を消したビリカに、ずっと隠密状態のシリカがついていた。舟に乗って湖を渡るときは箒でついていき、あとはずっと見守っていた。ビリカに気付かれないよう死角になる位置をキープしながら気配を殺してついていくシリカは本当に大変だったと思う。

 

 寮の部屋に入る時も、扉が開いた瞬間シリカがステップで先回りして、ベッドの影で待ち構え、カーテンが閉まったと同時にビリカを失神呪文で止めたのだ。

 

「ポイント2設置“寮私室”」

 

 そしてシリカがビリカを連れてガーデンに入り、ビリカの取り去った記憶を戻してから二人を消し、入れ替わりにガーデンにスタンバってた私本体がやってきた、というわけ。

 

 

 『組み分け帽子』対策のためにかなり危ない橋を渡った。ビリカは記憶がないから彼女にはポイント設置もステップもできない。しかも影は24時間で消滅するって誓約がある。

 頼みの綱のシリカが何かの拍子で消えてしまったら、本体の私がホグワーツに入り込むことができなくなる。ホグワーツに着いた記録があるにもかかわらずいなくなったら、どう説明すればいいのか。しかも本体が行けるポイントはイギリスにしかない。

 いざとなればロニーを呼び寄せてホグワーツへ運んでもらうしかなかった。危なかった。ふぅ。

 

 そのため、シリカはいつ消えてもリカバリーできるよう、ホグズミード駅、ホグワーツ敷地内、校舎内、と移動するたび小まめにポイントを上書き設置しながら進み、なんとか役目を全うしてくれた。

 

 

 ビリカ、シリカの記憶が私に戻り、ポイント2にジャンプで入った。ビリカの消えたベッドに入りホッと一息つく。

 

 ホグワーツの幾重にも張り巡らされた堅固な守りをものともせず、ガーデンからここにジャンプで入ってこれたことに安堵した。

 まあ私の(ステップ)(ジャンプ)は管理者サマがくれた特典で、これは確実にどこにでも転移できるはずだから心配はほとんどしてなかったんだけどさ。

 

 これでいつでも外と行き来できる。安心安心。

 

 

 さあ、明日からは授業が始まる。しっかり勉強しなくちゃ……

 私は『組み分け帽子』を出し抜けたことに満足し、そんなことを考えている間にいつの間にか眠っていた。

 

 

 




感想ありがとうございます。誤字報告も助かっております。
いろいろ考察してくださるの、とても楽しく読ませていただいています。個別に回答しませんが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
※クラッブの愛称をビリーからヴィンスに変更しました。


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1年-2 授業の始まり

 

 翌朝、目覚めは快適だった。

 伸びをしながら起き上がり、(ポップ)で開いた小窓に指を入れ、ガーデンに影を数体送る。一人は私と交代してここに残ってもらい、私もガーデンへ入る。毎朝のランニングは欠かせないもの。

 

 さっさとランニングと体術訓練で2時間ほど過ごし、さっとシャワーを浴びると寮へ戻る。

 今日から集団生活。レストレンジな私はいろいろ言われるだろうけど、楽しまなくっちゃね。

 

 

 

 真新しい制服はネクタイと裏地がスリザリンカラーに変わっていて、綺麗にハンガーにかかっていた。しもべ妖精優秀。「綺麗だわ、ありがとう」と虚空に向かって声をかけると制服に身を包み部屋を出る。

 談話室に入ると湖の水越しに射す朝日が淡い緑色に部屋全体を染め上げていた。ああ、ここは湖の底なんだっけ。目覚めに優しい色が、これからのここでの生活を祝福してくれているようだ。

 かすかな水音も聞こえる。α波が出そうな柔らかな水音は緊張続きだった神経を落ち着かせてくれる。

 

 暖炉の前のソファに座る。うわあ、ここ、すごく落ち着く。

 スリザリンになってよかった。

 私は友人達が起きてくるまでの朝のひとときを、教科書を眺めながらゆったりと過ごした。

 

 

 

 

 その日からは広くて複雑な造りをした校内を把握することと、新しい授業内容を覚えることで手一杯だった。

 最初の週はスリザリン寮の先輩方が1年生を教室まで案内してくれるおかげで、誰も遅刻をしなかった。

 タペストリーをめくって通る道なんてものもあり、教えられなければ絶対気付かない通路もあってみんな必死に覚えた。

 

 動く階段はタイミングが悪いと十分以上待たされることになり、授業に遅れてしまう。早め早めの移動が必須だったし、校内の歩き方のコツを知っている上級生の案内がなければ相当苦労したと思う。

 

 

 

 授業は教科書を買ってから学校が始まるまでの8月の1ヶ月でしっかり勉強を進めていたおかげで難なくついていけた。

 

 授業が終わればすぐに影をガーデンに送り、復習と課題を済ませる。

 その時に先生から聞いた注意点をメリーさんと小雪にも伝える。私が習い、その後彼女達に教える。

 ふたりへ私が教えるという責任感が、授業への集中力を高めてくれた。

 

 魔法の練習については私ってかなり恵まれているよね。

 影分身があって、ガーデンという未成年魔法使いの“臭い”がバレない空間がある。

 

 ほんと。最初がHUNTER×HUNTER世界でよかった。

 

 

 

 早寝早起きが当然の11歳な私達にも、真夜中の授業まである。天文塔で各自の望遠鏡で夜空を観察して、星の名前や惑星の動きを覚える。占いや星読みの基礎講座みたいなものだ。覚えることが多くて大変だけど面白い。

 

 変身学のマッチ棒を針に変える練習にはワクワクした。映画で見ていたようにイメージを膨らませて、マッチ棒が細長く、その身を金属に変えて銀色に染まり、先が尖っていくのを思い浮かべて頑張った。

 針らしきものになった時にマクゴナガル先生に褒められて「スリザリンに5点差し上げましょう」と言われた時には誇らしくてたまらなくなった。

 

 梟のマーリンは、シグナスおじい様とシシー叔母様へ「無事スリザリンになりました」の手紙を送る初仕事を終えたあと、何度もホグワーツとイギリスを行き来している。ドラコの梟『ニコラ』も忙し気だ。

 マルフォイ家からは数日おきにお菓子のいっぱい詰まった小包を届けてくれる。おじい様からもお菓子が多い。高級羽ペンやとても綺麗な色のインクを送ってくださることもある。課題に使うにはもったいない高級品だ。これはおじい様や叔母様に送る手紙用に置いておこう。

 『配達の達人』と店の人が太鼓判を押してくれたように、マーリンの仕事ぶりは完璧だ。褒めると自慢げに胸をそらす動きや甘えるように指先を軽く齧ったりするしぐさが可愛らしい。

 

 

 

 何度かグリフィンドール生を見かけた。

 ずり落ちそうな古ぼけた眼鏡をつけたハリーの、まごまごと周りを見回している姿を、少し離れた場所でスリザリンの1年生は眺めていた。

 

「どうしてウィーズリーはポッターに教育しないんだ」

 

 不思議でならないといった風情でノットが呟いた。

 

「しかたない。ウィーズリーは“血を裏切る者”だからな。純血魔法族の誇りも忘れているんだろう」

 

 ドラコが吐き捨てるように言った。

 

 私もすごく気になる。

 原作でもそうだったけど、なんでこれを見て何も言わずにいれるんだろう。

 

 眼鏡を買い替えさせたい。それにポッター家についてしっかり教えたい。彼は半純血だけど、ポッター家の正統な跡取りだ。純血貴族家の在り方を少しは理解してもらいたい。もっと自信も持ってもらいたい。

 髪を整え、新しい眼鏡をあつらえ、身体にあったサイズの私服を着てほしい。夕食時や休日に見る彼の服は身体に合わない古くてだぼだぼのジーンズで、やせ細った小柄な体を余計に強調している。

 ポッター家の財産は彼が遊び暮らしてもなくならないほどあることくらい()()()()()()()()()()()いる。贅沢しろとは言ってないけど、ある程度の格好をすれば、ハリーももっと自信が生まれるだろう。

 

 私だってレストレンジ家の金庫の管理代理人になったあと、当主教育の一環として、おじい様やルシウス叔父さまからレストレンジ家の資産運用の勉強をはじめている。今はまだ管財人から届く報告書の見方を教わっているくらいだけど。

 ハリーだって両親がいないんだから早めに当主教育を始めるべきなのだ。そういうことも教えてあげたい。

 

「ハリーがスリザリンに来ていれば、今頃彼ももう少しマシな格好をしていただろうに」

 

 ドラコの言葉にみんな頷く。

 ……ほんとにね。

 

 

 

 

 

 

 

 数日ハリー・ポッターの様子を観察し、恐ろしいことに気付いた。

 ハリーの傍に、ロンと同じくらいいつも一緒にいる少女がいるのだ。金髪の可愛らしい女の子。そう言えば組み分けの時からハリーの隣に座っていたかも。あんな子原作にいたっけ? いないよね。

 

 もしかして……被験者?

 

 

 

 もし、彼女が被験者なら。どうすればいい?

 向こうはどう考えているんだろう。

 

 ハリーの傍にいるということは少なくとも善側によるつもりか。

 救済は考えてるか。原作遵守派でしかも過激派だったら目も当てられない。私と真っ向から対立してしまう。

 

 ダンブルドアに自分の能力をばらすか?

 そして私のことをばらすだろうか。

 

 原作でレストレンジには子供がいなかった。こんな目立つ家系を忘れるわけはない。被験者で、ハリー・ポッターの原作を知っている人なら、私が被験者だとすぐにわかってしまう。

 

 想定して然るべきだった。SSRのデメリット。被験者が複数いて敵対するつもりなら、身バレしている方が圧倒的に不利だ。

 それに、あの子が『呪いの子』のストーリーまで知っていたとしたら、私がヴォルデモートの子供かもしれないってところまですぐに思いついてしまう。

 

 もし彼女がすぐにダンブルドアにばらし、私のことも被験者かもしれないという可能性を示唆したら……

 私はそれでなくてもスリザリンで、レストレンジだ。

 ダンブルドアの私への不信感は最初から高い。

 

 いつ呼び出されて真実薬や開心術を使ってくるかわらかない。

 

 

 うわあ、怖い。慎重にならなくては!

 もともと1年次は何も手をださないつもりでいたんだし、そこは予定通りでいい。

 とにかく閉心術の修行を一刻も早く始めなきゃ。

 

 

 

 

 生徒達から流れてくる噂話も聞いて、くだんの金髪少女の名が『ハンナ・クリアウォーター』だと知った。

 私のサロウフィールドみたいに、クリアウォーターも日本の苗字の直訳か?

 クリアなウォーター。清水さん? ハンナ・クリアウォーター。清水はなさん? とか?

 

 なんて予想していたんだけど、原作を調べると、4年上にペネロピー・クリアウォーターがいて、後々ロンの兄のパーシーと付き合うキャラだった。

 そしてハンナはそのペネロピーの妹らしい。

 妹は原作にいなかったから、彼女はやはり私と同じ『生まれる可能性があった子供』。被験者だ。

 

 

 今はだいたいハリーとロンと三人でいる。ハーマイオニーがそれによく絡んでいるけど、原作でもハロウィンの事件が終わってやっとハーマイオニーも仲間になるはず。

 原作とは違って男女4人グループになるのかな。

 

 ハンナはハーマイオニーをよく宥めているらしい。彼女を排除して自分が原作ハーマイオニーの位置に成り代わろうとしているのかと最初は想像していたけど、どうやらそうじゃないみたい。なんとかハーマイオニーとハリー達の仲を取りもとうとしているらしい。

 

 なんとなくだけど性格は良さそうな感じ。ちょっとほっとした。

 

 

 

 

 

 

 クィレル先生の「闇の魔術の防衛術」の授業はおどおどとした話し方が聞き取りにくくて不評だ。だけど、教科書を忠実になぞった授業はそれなりにわかりやすい。

 時折り挟まれる雑学や旅で得た経験談も面白く、教師としてはちゃんとした人だったんだなと思った。

 

 ターバンに包まれた後頭部を見るたびに蹴りつけたくなるけど、意識を向けるとお辞儀様に気付かれるかもしれないから、できるだけ精神を鎮めて授業を乗り切った。

 ちなみに“円”で見るとクィレル先生ってしっかり二人分の気配がある。お辞儀様、あんな状態でも“一人分”とカウントされるのか。

 

 

 

 金曜日はスネイプ先生のはじめての魔法薬学の授業があった。

 

 原作通り、嫌味な口調で英雄ポッターを煽るスネイプ先生と、反発して緑の目を尖らせて睨みつけるハリーのやりとりに、みんな困惑していた。

 ダイアゴン横丁でハリーと良好的に知り合ったドラコは、原作のように嗤うこともなく、ハリーを気遣う視線さえみせていた。うん、うちの子天使。

 

 ハリーと話したかったのに、授業前は彼らが遅刻してきたし、終了後は苛ついた険しい表情のハリーに声をかけることも躊躇われ、結局話せないまま終わった。

 

 ちなみに、ネビルの爆発はハンナ・クリアウォーターがとめていた。

 

 私もネビルのことはできるだけ見ないようにしているけど、ネビルのほうも頑なにこちらに視線を向けない。決して私の存在を認めないという強い意志を感じられた。

 

 

 

 

 

 スリザリンの寮監、スネイプ先生は、物慣れない一年生に細やかな対応をしてくれる。

 学校に慣れた頃に個人面談があり、何か困っていることはないかと尋ねられた。

 

 私って死喰い人の娘だから、他寮の子から陰口を叩かれることはあるけど、私自身、弱くはないから別段困ることはない。“円”で悪意を持っている奴が近づこうとするのに気付けばさっと道を変えるくらいはできるし。喧嘩をすれば私が悪者にされるもの。触らないのが一番だ。

 

「無理はしておらんか? 何かあれば早めに言ってくるように」

 

「ありがとうございます」

 

 スネイプ先生は小学生や中学生相手に教えるのは合ってないと思う。真面目にやらない奴とか、教科書を読まない奴、ふざける奴のことは切り捨てちゃうから。だから本気で学ぶ熱意のある生徒だけが受ける専門学校とか大学のほうがあっていると思う。

 

 魔法薬学は繊細で危険な授業なのだから、そりゃあ注意を聞かない生徒のことは塩対応しちゃうよね。

 それでも、授業中大きな事故を起こさないよう気を配り、作業中は生徒の間を巡回して注意を促し、危険を察知すれば魔法で生徒を守る。

 めちゃくちゃいい教師なんだよ。

 

 ハリーに対する態度以外はほんとうに尊敬できる人なのだ。

 

 私はこの不器用な優しさを見せるセブルス・スネイプという人が好きだった。

 

 なんていうのかなあ。手を伸ばしても届かない相手を思い続ける、贖罪と悔恨の日々。ひたすらに、ただひたすらに、亡き人を想う強い心。

 心から愛する人と心底嫌う男の間に生まれた子供を、命を懸けて守る、そのひたむきな彼の強さに、ものすごく惹かれるんだよね。

 

 彼が今さらリリー以外の人を愛せるとは思えないけど、彼にもいつか幸せになってもらいたい。

 

 

 ……『死者への往復葉書』が没収されていなかったら、ってちょっと思っちゃう。

 

 リリーはスネイプ先生の悔恨と謝罪の言葉に溢れる葉書になんて答えるだろう。『バカねセブ。もう自由になっていいのよ』って言ってくれたら少しは彼の心も救われるのに。

 あ、でもリリーは大人げないから『ふん、私のこと穢れた血って言ったこと、忘れてませんからね!』とか書いてきて余計に凹ませるかもしれない。

 でもそのあとで『私達の分まで幸せにならないと許さないわよ』なんて書いてくれないだろうか。

 

 もう手元にないアイテムのことを考えてもしかたないけど、やっぱりもしかしたらって考えちゃうんだよね……

 

 

 

 

 

 

 初めての週末。

 午前中はドラコ達と図書室に向かい、課題を仕上げた。

 昼からは、スリザリン1年生みなでの茶会。

 

 1年で一番格上はマルフォイ家のドラコ。うちのレストレンジはわが愛しの両親のせいで、家の力も徐々に失いつつある。それでもマルフォイ家の次にレストレンジの私がつく。

 

 次はパーキンソンとグリーングラスがほぼ同格。それからブルストロード、ノットと続く。その後はザビニで、クラッブとゴイル。あとは十数人の純血が続き、半純血。たった2人のマグル生まれ。

 合わせて32人がスリザリンの1年生だ。

 

 マグル生まれの立場はスリザリンでは最低だから立場は悪い。一人は女の子ですぐにミリセントの庇護下に入った。もう1人は男子で1年生の使いっ走りのようなポジションにいる。

 マグル生まれながらにスリザリンに入るような子達だから目端のきく子達でうまく溶け込もうと努力も欠かさない。

 だから純血達も虐げたりせずにつきあっている。

 

 おそらく彼らみたいなタイプは卒業後、魔法族がマグル界で何かやりたい時の調整役として重宝される人物になるんだろう。

 こんな使える人材をストレスのはけ口にするような愚か者は他のスリザリン寮生から粛清される。

 それにもともと身内には甘いスリザリンだもの。スリザリン以外からの攻撃には当然のように守ってやっている。

 

 ドラコを頂点とした1年生の結束は割と高い。少なくともマルフォイ家やレストレンジ家ほど突出した家系がいない学年よりはずっとまとまっていると思う。

 

 

 今日の茶会は空き教室を使って和やかに開催された。

 

 ひとしきり授業で感じたことや、校内で迷ったことなど、この1週間のできごとを語り合う。生まれた環境は違うけど、同じ寮になったことと、この1週間目まぐるしく過ごす間に共に体験したもろもろの出来事が互いの共感を誘い、1年生全体のまとまりがより高まってきている。

 

 それから魔法界の生徒が、親や兄弟から聞いた“ホグワーツの面白いこと、知っているとお得な情報”などを紹介していった。

 

「じゃあスリザリン寮のそばから天文塔に直接行ける抜け道があるんですの?」

 

「そうらしいよ。ただ、兄上ときたらどこにあるか教えてくれないんだ。自分で見つけるのが醍醐味だって」

 

「まあ」

 

「でもわかるなそれ。自分で見つけたら絶対楽しいと思うね、僕は」

 

「同感だな」

 

「これから私、歩きながらできるだけタペストリーは捲ってみることにするわ」

 

「壁をこんこん叩いたりね」

 

「所々に立っているあの鎧も怪しいよな。きっと何かの時には動き出すんだぜ」

 

「夜中に寮を抜け出していたら鎧に捕まったり?」

 

「ちょっとやめてよ。夢にでてきそう」

 

 皆で楽しく言いあう。

 

「ごめんなさいね。私って知り合いがいなくて。情報を貰うばかりでもうしわけないですわ」

 

 悲し気に(みえるように)そう呟く。

 だって、ルシウス叔父たちからの情報はドラコのものだし、ブラック家のシグナスおじい様たちは教えてくれなかったし。

 

 実のところ、必要の部屋とか、原作にある暴れ柳へ抜ける道とか、厨房の場所とか、実は私がおそらくこの中で一番知識があるんだけど、これは内緒のお話。

 

「気にしなくていいとも、レストレンジ。僕も知らないことが多くて」

 

「そうね、みんなで助け合えばいいのよ。ねえダフネ」

 

「そうよミリセント。私達、もう友人ですもの」

 

「ありがとう。私もみんなと友達になれて本当に嬉しいわ」

 

 パンジー、ダフネ、ミリセントとは女同士すごく仲良くなれた。

 ダフネは同室、パンジーとミリセントは隣の部屋。しょっちゅうどちらかの部屋に集まっておしゃべりしている(参加しているのは影だけど)。

 私はトランクで音楽の練習をしている時間も多いのだけど、それも彼女達は理解し尊重してくれていてありがたい。たまにトランクに彼女達を招いてピアノを弾く私の横でお喋りに華を咲かせることもある。

 

 スリザリンってすごく居心地がいい。

 

 

 他にもいろんな噂話に花が咲く。話題はあの『4階の右側の廊下』の話になった。

 

「まったく。なぜ学校内にそんな危険な場所があるんだ……」

 

 ドラコが眉間にしわを寄せて呟く。「ほんとだね」なんて返事をしながら、ああ、そうか、と気付いたことがある。

 

 原作で1年生のドラコは危険な目に何度もあった。罰則で禁じられた森に連れていかれ、しかもそこでユニコーンを殺して血をすするバケモノ(クィレル先生)に襲われている。

 

 そんなもの、私が親でも怒るよ。大切な御曹司をそんな危険にさらすなんて、子煩悩で純血家の家系を守るルシウス・マルフォイが許せるわけがない。

 ダンブルドアって学校を私物化しているよね。

 生徒の安全を無視している。

 

 2年でトム・リドルの日記を持ち込ませるのは、ダンブルドアを失脚させたかったからだ。

 ダンブルドアが校長になってからスリザリン不遇の状況に拍車がかかった。叔父様はダンブルドアが校長として成長途中の子供達に(純血家から見た)偏った教育を施していることが許せなかった。だけど、正攻法では人気の高い彼を失脚させられない。

 苦慮していたところに、息子の危険だ。自分の手の届かぬ場所、しかもダンブルドアのお膝元に大切な子供を任せておくとこれからも何をされるか。

 だから、日記だ。

 ついでに気に入らないウィーズリーの家長も貶めようとジニー・ウィーズリーを狙ったわけだ。

 

 ルシウス叔父さまの気持ちも、よくわかるなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 初めての飛行訓練。

 ハリーがドラコとやりあい、結果クィディッチの選手になる、あの事件がある日だ。

 

 ドラコと喧嘩させるつもりはないから、あの事件は起こらない。はず。

 私は少し緊張しながら授業に臨んだ。

 

 

 開始時間前にスリザリンの生徒が全員揃って待っていると時刻を過ぎてバラバラとグリフィンドール生達が走ってくるのを眺めていたらハリーと目が合った。

 

 ダイアゴン横丁での話題はクィディッチと箒の飛行訓練のことだったから、ハリーもそれを覚えていて、私達に微笑みかけてきた。

 

「ハーイ、ハリー」

 

 私も笑って声をかける。ドラコも「やあ、ハリー」って笑顔だった。

 

「あ、ハーイ。エリカ、ドラコ。やっと箒の授業だね」

 

 ハリーがそう言ったとたん、ウィーズリーが尖った声を張り上げた。

 

「ハリー! そいつはレストレンジだぞ」

 

「レストレンジ?」

 

「死喰い人だ。極悪人の娘なんだぞ」

 

「え? 死喰い人? じゃあ、“例のあの人”の?」

 

 ハッとしてハリーがこちらを振り返る。その目に驚きと確かな嫌悪の色が見え、ちょっと傷ついた。

 

「どういうこと? 僕を騙したの?」

 

「違うわ。両親と私はべつよ」

 

 そう言いかけると「レストレンジの腐れ蛇と話すことなんかない!」とロン・ウィーズリーが叫んだ。ドラコがロンを睨みつける。

 ハリーは何も言いだせず、私とロンを交互に見て、口を開いてはまた閉じるという動作を繰り返した。次に開いた口が私を拒否するのが嫌で、私は言った。

 

「……ええそうね。黙っててごめんなさい、ハリー、あ、いえ、ポッター。適切な距離は必要だったわね」

 

 私の言葉にドラコのほうが傷ついた顔をした。ドラコが何か言いかける前に、マダム・フーチがやってきた。

 

「何をしているんです? ボヤボヤしないで、みんな箒のそばに立ちなさい」

 

 うん。ハリーと友情を育むのは難しかったかもしれない。ドラコが私以上に悔しそうで、それがもうしわけなかった。

 

 

 

 その後原作どおりネビルが緊張のあまり先走って飛び上がり、箒の制御をあやまって箒から落ちた。ほんとは手助けしようと考えていたんだけど、私がネビルに近付いていいのかどうかと迷っている間に落ちてしまい、マダム・フーチにネビルが医務室へ連れられていくのを離れて見守るしかなかった。

 

 先生がいなくなり、ネビルの失敗を囃し立てる中、ドラコが『思い出し玉』を見つけて拾い上げる。

 ドラコが酷い言い方をする前に、急いで声をかけた。

 

「ドラコ。グリフィンドールの誰かに渡してやって」

 

「なんだと?」

 

「ドラコ、わかってちょうだい。私の前で、ロングボトムの息子に関わるのはやめて」

 

「……わるかった」

 

 元死喰い人の子達や目端の利くスリザリン生達は、うちの両親が誰を拷問にかけたことでアズカバンに収容されたのか知っている。もちろん、ドラコも。

 私がネビル・ロングボトムに感じている罪悪感を理解してくれたドラコは、怒鳴りつけてくるウィーズリーを無視して手近にいた他のグリフィンドール生に思い出し玉を手渡した。ヴィンスとグレッグはずっと私とドラコを守れる位置に立ってグリフィンドールを威嚇していた。

 

 

 授業が終わり、もの言いたげなハリーの視線を背に、私達は校庭を後にした。

 思い出し球を巡る諍いが起きなかったため、ハリーがシーカーになることもなかった。

 1年でのクィディッチ選手入りはなかったけど、彼の才能なら来年は間違いなくシーカーになれるでしょう。

 

 ドラコとの喧嘩がなく、クィディッチのシーカーに選ばれることも、ニンバス2000を貰うことも、深夜の決闘事件もなかった。きっと四階の『禁じられた廊下』にある部屋にいる三頭犬を見ることもなかったんじゃないかな。

 

 

 その後の話。

 私に忖度したスリザリン生は、ロングボトムに対しては不干渉になる。原作でもいろんな人に悪戯されたり揶揄われていたロングボトムは、少なくとも同級のスリザリン生からは陰口すら言われず、ごくたまには授業中間違えそうになれば軽くアドバイスをもらうこともあったようだ。

 

 こういうのをみると、ほんと、身内には甘いスリザリンのわかりにくい優しさを感じる。

 

 

 

 

 




ペネロピー・クリアウォーターは2巻『秘密の部屋』でハーマイオニーと一緒に石化します。その後ジニー・ウィーズリーが被害者になった際に『純血なのに』と皆が驚きますから、それまでの被害者はマグル生まれまたは半純血と思われます。
7巻で人さらいに捕まった時にハーマイオニーが偽名としてペネロピーの名前を使っています。マグル生まれの名簿を持つ人さらいに名乗ったのでクリアウォーター家はマグルではないことになり、クリアウォーターは半純血で間違いないと思います。年齢的にちょうどよかったのでペネロピーの妹として被験者を登場させました。

ドラコの梟の名前は原作にありませんでしたので、エリカのマーリンと揃えて賢者繋がりで『ニコラス・フラメル』からニコラに捏造設定しました。


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1年-3 『必要の部屋』と三つ目の分霊箱

1991年 10月

 

 10月になった。

 ホグワーツでの生活にやっと慣れてきて余裕が生まれてきた。影が代わりにやってくれるからやろうと思えばすぐにできたんだけどさ。私の頭の処理が追い付かないのだ。だからここの環境や勉強になれるまでは何もできなかったの。

 

 そろそろいろいろ進めるとしよう。

 授業を進めつつ、“隠”+“絶”の影を動かす。

 

 ちなみに“隠”+“絶”の影はいつも黒装束に魔術師のローブを着てフードをしっかり被り、顔も黒の布地で隠している。念能力者にさえ見えづらい私の“隠”の影が見つかるとは思えないけど、万が一見られてもエリカ・レストレンジだとわからないようにするためだ。

 それにすべてが複製品。抜け毛一本残さず消える究極の隠密。

 魔法具は一切使っていない。

 ダンブルドアや先生方は魔法にはめっぽう強い。魔法具を使っていないほうが却って安全なのだ。念能力だけを駆使した影は、ホグワーツの空気に溶け込むように存在を隠したまま活動する。

 

 

 

 まず、何より先にやっておかなくてはいけないことがある。『忍びの地図』だ。

 

 この地図が欲しい。

 もちろん便利だから欲しいのもあるけど、私が使うためと言うより、誰にも使わせないために。

 

 だって私はジャンプで色々移動している。作業を影数人に任せることもある。

 私の名前が変なところに突然現れたり、複数同時に私の名前があることを知られるのはものすごくまずいのだ。

 できればこれを入手するか、ウィーズリーの双子が持っている時にこっそり壊すかしたい。

 人のものを奪ってしまうのは申し訳ないのだけど……ごめん。

 これは許してほしい。

 

 

 それに『忍びの地図』を持っていると、いろんなことの説明がつけやすいのだ。

 

 ということで。

 彼らを“円”で見張って行動範囲を調べる。私の“円”は半径180メートルだから、自分達をスニークしていることは気付かれないだろう。

 

 数日見ていると、彼らはちょくちょく地図を広げている。

 自分たちに視線が向いていないか周囲を確認して羊皮紙を取り出し、杖で軽く触れると文字が浮き上がってくる。そして確認がすむとまた杖で触れて終わらせる。その後大事そうに仕舞いこむ。その一連の動きをじゅうぶん観察した。

 

 

 ある日、私は彼らがよく通る2階の渡り廊下のあたりで待ち構えた。どうやらこの先に隠し扉があるらしく、彼らは頻繁にここで地図を確認して、周囲の人の有無を調べてから先に進むのだ。

 近くにあるベンチにダフネ達数人と座って本を広げて勉強しながらおしゃべりを楽しんでいた。その日は天気が良く、周りにもたくさんの生徒達が思い思いに過ごしている。

 

 “円”で調べると、双子がふざけ合いながら歩いてくる。渡り廊下で立ち止まり、周囲をさっと見回した。今だ。

 

 私は“隠”+“絶”の影を2体出した。一人はステップで反対側へ。もう一人は私より少し離れた木陰へ。

 

 双子の片割れが羊皮紙を取り出した。もう一人が呪文を唱えながら杖をとんと動かす。次の瞬間、反対側にいる影が『突風』で強い風を吹き上げる。同時に木陰の影が『アクシオ 忍びの地図』で地図を呼び寄せる。あっという間もなく羊皮紙は双子の手を離れこちらへ飛んでくる。焦って廊下から飛び出そうとする双子をよそに、地図は風に乗って木陰に隠れた影のもとへ届き、掴んだ瞬間ジャンプでガーデンへ逃げ込んだ。

 

 残りの影も消し、(ポップ)で小窓を開くと、先ほどガーデンへ飛び込んだ影がピースサインをしていた。

 よし! 成功。

 情報が見えている状態の地図を“拾い”ました。

 

 急いで降りてきた双子が焦ったように木陰を探してまわっているのをよそ目に、私達はおしゃべりを楽しみ、喧嘩しながら騒がしく庭をはい回ってから諦めたように肩を落として帰っていく双子をみんなと一緒に怪訝な表情で見送ってから寮へ戻った。

 

 その後、ガーデンで調べてみたけど、(収納)できず、これは私のものになっていないことがわかった。即収納の恩恵は必須だから、『マスターエクスチェンジ』で私の所有物とさせてもらいました。

 ごめんなさい。

 有意義に使わせてもらいます。

 

 ウィーズリーの双子には、本当に申し訳ない。罪悪感で胃がきりきりするけど、この地図はどうしても欲しいんです。ほんとう、ごめんなさい。

 いつか何かで埋め合わせを考えよう。なんならウィーズリー・ウィザード・ウィーズの出資もしますとも。

 

 

 

 

 

 

 

 挙動を確認したくて、空き教室に入って地図を取り出す。

 

 ぼろくて黄ばんだ羊皮紙を開く。

 ちょっと感動しちゃう。すごい。

 

 ホグワーツの敷地内の詳細な地図には、せわしなく動き回る足跡が見える。そしてその足跡ごとにその人物の名前が表示されている。リアルタイムで表示が変わり、しかも変装もポリジュースも動物もどきも見破って本名が現れる。素晴らしいよねこれって。

 

 影を2人出してみる。1人は普通に、1人は“隠”+“絶”で。

 

 地図を確認すると、3つの足跡と3つのエリカ・レストレンジの名前。

 “隠”+“絶”状態の影分身の名前がはっきり表示されている。うをぅ。“隠”+“絶”でも載るのか。そういえばゴーストも載るんだもんな。凄いよねこの地図。

 『必要の部屋』と『秘密の部屋』は『位置発見不可能』の呪文がかかった部屋だから地図には表示されないってどこかに書いていたっけ。あ、じゃあ『検知不可能拡大呪文』のかかったトランクはどうなんだろう?

 さっそく飴色トランクを出して、影にひとり入ってもらう。エリカ・レストレンジの名前が2人になった。なるほど。トランクの中にいれば地図も見つけられないのか。

 

 『忍びの地図』が手に入ったから、これで安心していろいろできる。

 

 

 

 ちなみに、開いたままでおいて様子を見ていると、まる1日で勝手に閉じた。なるほど。誰かに見つかると困るから1日で自動的に閉じるという魔法をかけてあるのかな。双子みたいに数日かけて呪文を解読したことにしよう。最初に開いた状態で“拾った”から、どういうものかわかっているんだもの。必死で解放する呪文を探すのも当然だよね。

 

 そうそう。

 『忍びの地図』はアクシオで奪い取っ……じゃなくて風に乗って飛ばされてきたものを拾ったわけだけど、やったことはやり返される。

 ツインズがアクシオの呪文を覚えたらきっと試すはず。

 だから、魔法具作成の呪文集から、アクシオなどを拒否するための呪文除けの呪文を見つけ、それをかけてある。これで誰かにアクシオで取られる心配はないだろう。

 

 

 

 

 まず第一目標である、8階の“必要の部屋”を探した。

 

 大きな壁掛けタペストリーに、トロールにバレエを教えようとしている「バカのバーナバス」の絵が描いてある。その向かい側の、何の変哲もない石壁。そこが『必要の部屋』だ。

 

 ホグワーツのいたるところにある絵画やゴーストはみんなダンブルドアのスパイだ。どこで誰に聞かれているかわからないのだから、絵画の前で怪しい素振りを見せるのは自殺行為なんだけど。

 ここに入るには、どうしてもこのタペストリーの前を3回、願いを思い浮かべながら行き来しなくてはいけない。

 

 とりあえず絵画から死角になる場所を選び、ポイントを設置する。

 

「ポイント3設置 8階」

 

 その後、本体がフードを目深に被った黒のローブ姿でやってきた。

 廊下を進むとバーナバスを殴っていたトロールが動きを止めてこちらを見る。

 

「誰にも見つからず閉心術を習得できる場所が必要です。誰にも見つからず閉心術を習得できる場所が必要です。誰にも見つからず閉心術を習得できる場所が必要です」

 

 一心に祈る。壁に扉が出現したときは、嬉しさで舞い上がった。そっと扉に近付き、中へと入る。

 

 

 

 

 広い部屋を見回す。

 テーブルとソファ。テーブルには何冊かの本が乗っている。きっと“閉心術”についての指南書や何かだろう。

 それから魔法の練習ができる広いスペース。

 

 

 そこには大きな鏡があった。

 

 いかにも何かありそうな古めかしい銀の文様が描かれた大きな鏡。

 その前には倒れ込んでも怪我をしないよう大きなソファが置かれている。ご丁寧に柔らかそうなクッションが床にまでいくつも置いてあった。

 

 

 

 

 

 

 ふう……

 心を落ち着けて鏡の前に立つ。

 

 そっと鏡に映る自分を見つめる。

 鏡の中にいる黒ローブ姿の私は、緊張の面持ちでこちらを見つめ返している。

 すると――

 

 鏡に映った私がにやりと笑い、杖を構えると『レジリメンス』と呪文を唱える。

 

 とたんに頭の中にぞわぞわと嫌な感触を感じた。鏡の中の私の姿がもやもやとぼやけると、ガーデンの中にある屋敷のリビングの風景が広がった。

 メリーさんがいてラルクがいて、小雪もシェルもいる。

――私が一番誰にも知られたくない、誰にも奪われたくない記憶だ。

 

 そう、これを守らなければ。

 

 頭を直接いじられる不快感と他者に記憶を覗かれる嫌悪感、彼らを失う恐怖に吐き気をもよおす。

 あまりの気持ち悪さにふらふらとソファに倒れ込んだ。

 

「っ! ……はぁ……きつい」

 

 想像以上にきつかった。

 

 

 “閉心術習得のための訓練手引き”説明書きによると。

 

 

 開心術の手練れは相手に何も気付かれずに記憶を覗き込む。

 そのうえ、上級者になれば他者の脳に違う記憶をそっと入れ込むことすらできるのだとか。

 おそらくそこまでの能力がある術者は極々限られた一部の者だろうけど、気付かれずに記憶を見られるのは怖い。知らぬうちに変な記憶を植え付けられるのはもっと怖い。

 

 そういえば昔wikiで読んだ情報では『ヴォルデモート卿は開心術が巧みで、拷問される風景をずっと見せ続けて発狂させるような遊びをしていた』って読んだことがある。

 

 

 

 

 今回の開心術は、違和感を感じるようにわかりやすく行ってくれているそうだ。

 こちらが慣れて閉心術が少しでも使えるようになれば、次はもう少しわかりにくいように術を仕掛けてくるようになる。

 つまり、この鏡自体が相手に合わせてどんどんレベルアップしていくのだそうだ。

 

 私はそれに対応していかなければならない。

 

 

 常に閉心術をかけておくことも必要だけど、それでは相手に警戒されてしまう。

 

 いつ覗かれても良いように表層に疑似人格を作り、開心術をかけられても大切な情報を知られないようにすることができるのが理想だ。

 

 そう、見られたくない情報は意識のそのまた下に入れ込むことを意識して。

 しっかり鍵をかけて何も見せない。それが目標。

 最上級は、閉ざしていると気付かれないほど自然に心を閉ざすこと。

 表層に別の意識をのせ、開心術を行った者にはただの子供のような疑似人格や疑似記憶をみせて無害な人物を装う。

 これが、最上級。

 

 つまり、まあ、先はうんと長いってことだよ、うん。……がんばろう。

 

 

 だってダンブルドアは開心術の名手で、原作でもいろんな二次小説でも、生徒にさくっと開心術を使ってるものね。

 

 作者さんがインスタかどこかで『ダンブルドアの目がきらりと光った』とか目に関する描写がある時は開心術をかけている時ですって書いていた気がする。ほんと、人のプライバシーをもっと考慮して!

 ダンブルドアに知られたくない情報がいっぱいあるんです。私。

 

 もちろんヴォルデモートや死喰い人に見られるなんてとんでもない。魔法省の役人にも絶対ごめんだ。

 

 これからもちょくちょくきて頑張るぞ。

 

 影は一定以上の負荷がかかると消える。危ない授業の途中で人前で消えると後々すごくヤヤコシイことになりかねない。原作で読んだもろもろの危険がある授業はできるだけ本体が受け、危なくない授業はぜんぶ影にまかせることにしよう。

 

 そうだ。せっかく人に会わずに練習できる場所があるんだ。ここにメリーさんと小雪も呼べば彼女達も『閉心術』が覚えられるか。

 ガーデンから出てもこの部屋の中なら安全だし。

 

 今はこの『必要の部屋』の存在を知る生徒はいない。当面みんなで入り浸ることにしよう。

 閉心術はすごく気力を削られるからこうやってクッションに倒れ込んで精神を休めている間に他の二人が順に練習すれば効率もいい。

 

 ついでに、ここに現れた『閉心術』のための指南書たちを書き写しておこう。買ってよかった自動筆記羽ペン。私達が鏡と格闘している間に、どんどん羊皮紙に書き写していってくれ。

 もちろんタイトルは控えておく。本屋で同じ書籍が見つかればしっかり購入しよう。

 

 

 部屋の外のポイントを設置したことで6ヶ所全部埋まってしまった。しかもどこも外したくない。

  ・(ポイント1)ホーム    レストレンジ家 私室

  ・(ポイント2)寮私室    ホグワーツスリザリン寮私室

  ・(ポイント3)8階     必要の部屋前

  ・(ポイント4)ダイアゴン  ダイアゴン横丁

  ・(ポイント5)マグル街   ロンドン マグル街

  ・(ポイント6)ガーデン   シークレットガーデン

  ・(ポイントA)1階大広間前 1階大広間前(上書き用)

  ・(ポイントB)校庭     校庭(上書き用)

  ・(ポイントC)8階廊下   8階(上書き用)

 

 これからは上書き用のABCに入れていくことにしよう。

 姿現わし術ができるようになればもっと楽になるのに。早く大人になりたい。

 

 

 あ!

 そうだ。

 

 せっかく『必要の部屋』についたんだから、先に“レイブンクローの髪飾り”も貰っておこう。

 影を15人出して一斉に探せば何とかなるだろう。時間はまだまだある。何日か掛けてもいいんだし。

 

 よし。まずメリーさん達と順番に閉心術の練習を進めてから、かな。

 

 

 

 

 

 それから、もうひとつ、試してみたいことがあったんだっけ。

 

 念具は魔法に対処できるか。

 

 まず、これ。

 グリードアイランドのアイテム『聖騎士の首飾り』。奇運アレキサンドライトの取得イベントに必要で、もともと親の時代から家にあったものと、カストロさんといた時にゲインしたもののふたつが手元に残っている。

 これ、『呪いをはね返すことができる』のだ。

 もし、この世界の呪いも跳ね返せるなら、かなり使えるアイテムだと言える。

 

 試してみた。私がまだ呪いなんてできないから、『必要の部屋』に頼みましたとも。

 

 結果。できました。クラゲ脚、舌もつれ、足縛りなどの初歩の呪いから始め、痛みを与え続けるような悪意のある呪いまで跳ね返してみせた。相手の死を願うほどの強い呪いは首飾りが壊れてしまった。危ない。『リサイクルーム』があるから直せるけど、大切な防具をなくすところだった。

 でもドゥルーエラおばあ様の形見の純銀のブレスレットと併用すればどちらのアクセサリも壊すことなく防げた。うん。重ね掛けって大事だな。

 

 “開心術”や“死の呪文”、“服従の呪文”は呪いじゃなくて呪文だから跳ね返せない。そっちはヴァルブルガおばあ様に頂いた精神干渉を防ぐ防御系アクセサリで対応するしかない。“死の呪文”は対処できないけど。

 でも呪いに対抗できるものを持っているのはとてもとても安心だ。

 危険な時はいつでも忘れずに装備できるようにしておこう。

 

 普段は使わないよ。自分自身の魔法抵抗力も高めなきゃなんだもの。

 ああ、そうだ。“服従の呪文”も抵抗できるよう訓練していこう。それも『必要の部屋』でなら安全に練習できる。

 

 

 次にHUNTER×HUNTER時代に買い求めた、防御や人避けの念具。

 防御は物理攻撃だけじゃなくて、魔法で起きた事象も防いだ。これは絶対じゃなくて威力による。あまり威力が強いと壊れる。

 魔法自体は防げなかった。

 

 つまり。

 魔法で石の球を出してそれが飛んでくる→飛んできたものは『石』だから防げる。

 『敵を切り裂く』という魔法→攻撃は『肌を切り裂く魔力』だから防げない。

 って感じね。

 

 

 人避けの念具は、マグルだけじゃなくて魔法族も立ち入れない。すごい。

 

 あとは何を調べればいいかな? まあ次に思いついたら色々試してみよう。

 

 

 

 

 

 

 “レイブンクローの髪飾り”の捜索は思った以上に時間がかかった。

 原作本6巻でハリーが『プリンスの本』を隠す描写の時にキャビネット棚云々があったんだけどそれが見つからなくて苦労したからだ。

 

 

「えっと。『姿をくらます飾り棚』と『姿をくらますキャビネット棚』、ね」

 

 原作を読んで首を傾げる。

 『姿をくらますキャビネット棚』についてだ。

 

 2巻では『姿をくらます飾り棚』となっている。

 ほとんど首無しニックがピーブズを焚きつけて、『姿をくらます飾り棚』を天井から突き落とさせたのだ。金と黒の大きな飾り棚という描写がある。

 

 対になっているボージン・アンド・バークスの店のものは『大きな黒いキャビネット棚』だ。これはハリー視点で“姿をくらます”の部分を知らないからそう言う描写なんだろう。

 

 5巻で『姿をくらます飾り棚』は壊れたまま2階に置いてあって、ウィーズリーの双子がそれにスリザリンのモンタギューを突っ込んだことでモンタギューは数週間行方不明になった。

 

 6巻で去年モンタギューが姿を消した『姿をくらますキャビネット棚』が必要の部屋の『隠したいものをしまい込む部屋』に移動している。

 名称が飾り棚からキャビネット棚に変わっててさ。もう、翻訳者さんしっかりしてよって感じだよ。違うものだと思っちゃって混乱したじゃんか。

 

 ドラコが「壊れて何年も使われていなかった」と言ってるから2巻で壊れたあとはただ置いていただけで、5巻で事故があったから隠されたんだと思う。

 

 

 まあ、納得した。

 今はまだ『必要の部屋』にはキャビネット棚がないってことだった。5年目の終わりに起きたモンタギューの事件のあとで移動したんだね。

 だから髪飾りを探す時の目印がなかったんだ。

 納得納得。

 

 

 んでさ。

 この『姿をくらますキャビネット棚』、欲しいよね。

 だってこれ誰かに利用されたら危険だし、それに両方持っていればものすごく便利だよ?

 欲しい。

 すごく欲しい。

 

 この片割れはノクターン横丁の『ボージン・アンド・バークス』にあるはず。

 うん。ちょっと考えてみよう。

 

 

 

 

 

 その後、この分霊箱を見つけた方法を説明しなくてはいけなかった場合に備え、入学前にロニーに買わせた『かくれん防止器』を持ってきた。

 『かくれん防止器』は原作にあった闇魔術検知の魔法具で、ガラス製のミニチュア独楽のような形をしている。胡散臭いものが近くに存在すると警戒音を鳴らし光って回り始めるのだ。

 

 さっそく『必要の部屋』の乱雑に積み重なった品々の周りをうろうろ歩いてみる。と、でるわでるわ。ひっきりなしに光って回る。ちょっと危ない物が多すぎやしませんかね。

 その中でも一等光ったのが髪飾りだった。傍に行くと壊れんじゃないかと思うほどぐるぐる回って光ってビービー鳴り響いた。おお。見つけたじゃん。さすが、闇魔術検知器。

 

 2日を費やして見つけた“レイブンクローの髪飾り”はロケット同様、魔力遮断布、封印箱、念具の封印の三重封印でしっかりしまい込み、ガーデンのプレハブ小屋へ入れた。

 

 髪飾り、カップ、ロケットの3つは私が手に入れた。ホグワーツ創設者の宝系コンプリートだ。

 日記は2年になればホグワーツに来る。ナギニはまだ分霊箱になっていない。ハリーは壊すわけにはいかないね。何か考えなくては。

 指輪は……ゴーント家にある。

 

 

 ゴーント家か。あそこには復活の儀式に必要なトム・リドル・シニアの骨がある。

 ……こっそりトム・リドル・シニアの骨を掘り返しておくのはどうだろう?

 うん。これも要検討だな。

 

 

 

 

 

 不安なのは推定・被験者の彼女、ハンナ・クリアウォーターのこと。

 どんな子だろう? 様子を見ていると性格はいい子っぽいんだけど。

 

 

 特典の固有スキルが何か、それから、何回目の転生で、どんな能力を手に入れたか。

 それから、私のことを排除しようと考えているかどうか。

 これが怖い。

 

 固有スキルは奪えないけど、前の転生で強奪系スキルなんて手に入れているかもしれない。念能力を奪われたら死ねる。

 だってガーデンは念能力でできている。家が、家族が、消えてしまう。

 ってかもう、メリーさん達のいない人生なんて無理。彼女達を奪われたら、私は自分がどうなってしまうかわからない。

 そこはハッキリ聞いておきたい。

 

 

 でも。

 向こうの情報を知るなら、私の秘密も話さなきゃいけない。

 こんなに危険な世界で。

 開心術や真実薬があるような、こんな世界で、情報を知る人間を増やすなんて……怖すぎる。

 

 できれば、お互い内緒のままで、敵対しないという約束を取り付けたい。

 

 

 どうしても私の能力を知らなくては不安だと言われたら。どこまで話すか。

 何も馬鹿正直にすべてを話す必要はない。

 

 これは猜疑心とか友達できないとか、寂しい人だね、とか、そんな次元の話じゃない。だって私の軽率な行動で、大切な家族を失うことになるんだもの。

 私には、守るべき家族がいる。

 

 ガーデンにいる私の家族、メリーさん、小雪、ラルク、シェル。

 人間の言葉がわかり、家事全般すべてを熟せて、超一流アーティストなパンダ。

 毎日金粉が採れる美少女。

 様々な生き物に擬態できる猫。

 美しい銀色の毛皮を持ち、銀塊の糞を出す犬。

 

 それぞれ、価値がありすぎる存在だ。万が一彼らが捕まれば、どんな目に遭うか。

 だからガーデンについては絶対に誰にも明かせない。ガーデン関連の能力は、すべてが秘密だ。

 

 どれだけ信頼できる相手ができても、どれだけ愛する人ができても。

 この世界にはね。開心術や服従の呪文、真実薬、愛の妙薬という、恐るべきものがあるんだ。

 

 開心術はいとも簡単に秘密を暴いてしまう。

 たとえ本人が私の秘密を守ろうとしても、真実薬には逆らえない。

 服従させられれば、どれだけ私を愛してくれていても平気で私の秘密をばらす。

 愛の妙薬で仮初めの恋をしてしまえば、相手の寵を得るためになんだってしてしまう。

 

 だからこそ。生半可な気持ちで漏らしていい秘密じゃないんだ。

 それこそ“破れぬ誓い”くらい交わさなければ。これは信頼感とは別の話だ。

 

 

 倉庫の存在も危険かもしれない。

 だってさ。被験者のうち、前の世界のものを収納してずっと持ち越せる能力を手に入れた人ってどれくらいいるだろう? 特典でアイテムボックスを頼んだ人なら、確実にいろんなものを買い込んで次の世界へ持ち越そうとしていると思う。

 あとは、私みたいに、その世界の能力を工夫することで手に入れた人か。

 

 もし、自分が何も持たずに生まれ変わっていくのに、相手はアイテムボックスでいろんなものを持ち込んでるって知ったら、どう思うだろう。

 きっと羨ましいと思うよね。

 

 それで?

 嫉妬、するよね。反感を持つかも。

 だって人は妬む生き物だもの。誰だって自分より有利な者優秀な者を羨み、嫉妬し、自分が持てない力を持つ者がいることに対し怒りを覚えるのだ。

 

 もし持ち越せなかったことで苦労してたら……たとえば記憶が戻った3歳児の時に浮浪児か何かで食べ物がなくて死にかけたとか、服がなくて凍えたとか、物がないことで大事な人を亡くしたとか。そんな経験をしていれば余計に悔しく思うはず。

 

 それに。

 この世界の魔法の杖。これがなければ威力は激減する。私は次の世界に杖を持っていけて、相手は、持てない。私なら、悔しすぎて憎悪するかも。

 うん。羨ましがらせていいことなんて一つもない。これも、内緒。

 

 

 そうだ。

 ちゃんと回答は決めておかなくては。

 全部嘘をつく必要はない。友好的に助け合えるかもしれないんだし。できるだけ誠実に付き合いたいと思う。

 ただ、話せることと、話せないことがあるだけ。

 

・特典は何だったか

・何回目か

・前世の世界はどこで、どんな能力か

 

 これはお互い必ず聞きたいことだよね。

 前世はHUNTER×HUNTER。これは話していい。念能力者であること。これも、相手によっては話す。“発”も相手によっては話してもいい。

 能力は? 全部は言わないよ。ガーデン関連と倉庫はナシ。グリードアイランドのもろもろも全部なし。

 

 私の能力って。

 特典で貰った固有スキルの(ステップ)(ジャンプ)。

 念能力の“発”は『ガーデン』『倉庫』関連はトップシークレットとしてそれ以外だと、『シルヴィア』『影分身』『マスターエクスチェンジ』か。

 あとは神字の知識や、呪曲関連か。

 

 『シルヴィア』は初見殺しだと思う。だから隠し玉としておきたい。でも、分かりやすい能力として説明はしやすいよね。

 

 『ジャンプ』は秘密にしようと思う。

 特にこのホグワーツを出入りできることなんて、知られていいものじゃない。

 『影分身』も駄目だ。知られれば、私のアリバイは今後決して証明されないことになる。

 特に死喰い人の娘という悪評のある私が、しかも実はヴォルデモートの娘である私が、どこへでも飛べて、何人にでも分裂できるなんて知られたら、たぶん世界中の事件の犯人がすべて私だってことになってしまう。

 

 

 熟考の結果、決めました。

 

 特典は『ステップ』

 ・“ステップ”と唱えると目に見える範囲であればどこへでも移動できる

  暗がりでは飛べる範囲が狭まる

 

 念能力は『音楽によるバフデバフ』

 ・オーラを消費して様々な楽器を生み出せる

 ・術者の望む多彩な音階を奏でることができる

  基本は演奏を楽しむため。攻撃時はバフデバフができるって感じの能力

 

 衝撃波については話すかもだけど、できるだけ伏せておきたい。

 となるとシルヴィアだけでは能力が少ないと思われると困るから、どうせなら呪曲も念能力としようかなって。それに二胡の癒しと浄化の能力は人前でも使う場面があるかもしれない。

 “ほむら”は『必要の部屋』で試してみたところ、この世界の穢れにもじゅうぶん効果があった。

 楽器を(ドラポケ)で出し、演奏が終われば(収納)すれば、そういう具現化の能力だと思ってくれるんじゃないかな。

 

 よし。これで私の能力は決まった。

 最大限、ここまでなら話すギリギリのラインはここまで。

 最小限は「何も話さない」こと。

 

 彼女が、攻撃的なタイプじゃなければいいんだけど……

 願わくば……助け合える友人となれれば、うれしい。

 

 

 

 

 

 



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1年-4 秘密の部屋

1991年 10月

 

 10月も半ばを過ぎた、ある日の深夜。

 バジリスクに会いに行った。

 いや、正しくは、影が会いにいく準備をしに行った。

 

 

 嘆きのマートルが取り憑いているトイレの場所は女子の先輩方からすぐに流れてきた。「故障中の札がかかっているけど間違えて入っちゃったらヤバい」からって。まあね。もよおして駆け込んだのにゴーストに脅かされて耐え切れなかったらヤバい事になりかねないよね。主に女子の尊厳的に。先輩方から受け継がれていく情報ってほんとありがたい。

 

 “隠”+“絶”の影がトイレに行き、『故障中』の掲示のついた扉を開いた。

 

「ひゃっ、だれ? え? 誰もいないの?」

 

 マートルが独りでに開いた扉に、おどおどとした声をあげた。ゴーストにも“隠”+“絶”で隠れた影は見つけられないんだな、と内心ほっとしながら、手入れのまったく行き届いていないトイレの中を見回した。

 

 長く誰にも使われていないトイレは修理もされず、染みだらけの鏡やペンキの剥がれ落ちた小部屋の木の扉、燃え尽きそうな蝋燭の火が、陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

 大きな鏡の前に進む。石造りの手洗い台をじっくり調べると、銅製の蛇口の脇に、小さな蛇の形が彫ってあるのを見つけた。原作どおりなら、ここが“秘密の部屋”の入口だ。

 

 念のため、とりあえず仮でその場にジャンプポイントCを設置しておこう。扉を閉める必要があるものね。

 

「ポイントC登録“トイレ”」

 

 小さな声で呟いたのだけど、しんと静まった深夜のトイレではじゅうぶん聞こえたようだ。マートルが「ひぃぃ」と悲鳴をあげて便器の中へ飛び込んだ。

 

 可哀そうなことをしたかもしれない。気弱なゴーストを脅かすなんて。

 でもマートルに“秘密の部屋”の扉を開けるところを見られなくて良かったと思おう。

 

『開け』

 

 蛇の彫り物を本物だと信じ込むように、パーセルタングで語りかける。

 

 蛇口が眩い白い光を放ち、回り始めた。そして手洗い台が徐々に沈んでいき、太いパイプが剥き出しになる。

 

 そっと中を覗き込む。

 奥の方は真っ暗でよく見えないけれど、太いパイプが滑り台のようにずっと下まで曲線を描いて繋がっているみたいだ。

 

 よし。

 気合を入れて、ぽんと飛び込む。勢いよく滑り始めた。曲がりくねりながらどんどん滑り落ちていく。あんまり勢いよく落ちれば衝撃で影が消えてしまうかもしれない。じょうずに降りれますように。

 

 祈りながら滑り降りると、勾配が緩やかになり、出口から放りだされた。

 うっし!

 大丈夫。タイミングを見計らっていたからちゃんと着地成功しました。うん。念能力者なめんな。

 

 杖に灯りをともして進む。

 どこもかしこもジメジメしている。壁はぬるぬるしていて、床はところどころ水たまりがあり、ぬめった何かが通り過ぎた跡がいくつもあった。

 

 バジリスクに見られたら死ぬ。というかさ。影は衝撃で消えるけど、レンズや水越しに見て石化したらそのまま身体が残ったりしたらどうしよう? 試してみるつもりはないけど。

 “円”で注意深くまわりの生体反応を調べながらゆっくり進む。

 

 小さな動物の骨がそこら中に散らばっていて歩くと骨を踏むシャクという音がする。ってか蛇なのに丸飲みしないの? 丸飲みしてから骨だけ吐きだしてるんだろうか。

 巨大な緑色の抜け殻を横目に通り過ぎ、曲がり角をいくつかすぎると、前面に壁を見つけた。

 二匹の蛇が絡み合った彫刻。その目には輝く大粒のエメラルドが嵌め込んである。

 

 この先がバジリスクの住み家だ。

 

「ポイントB登録“秘密の部屋外”」

 

 この先は昼間に、本体で来よう。ここまでは原作で『真っ暗だ』と書いていたから邪魔の入らない夜中に来たけど、この先は明かりがあったはず。

 どうせなら輝く緑の鱗を見たい。

 

 昼間に来ても直接ここに飛んでくるんだもの。邪魔は入らない。

 

『またこんどくるわね』

 

 パーセルタングでそう扉に語り掛けると、(ジャンプ、トイレ)でマートルのトイレへ戻った。

 時間経過で閉まるのかわからないけど、今はまだパイプがむき出しのままだった。

 ちらりと個室の方を窺う。マートルもまだ帰ってきていない模様。

 

『閉じろ』

 

 そう命じてパイプが隠れ、手洗い台が元通りになったことを確認し、ジャンプでガーデンへ帰った。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 おあつらえ向きにヒマで安全な魔法史の授業があった。影に授業を任せ、私は“秘密の部屋”の扉前のジャンプポイントへ飛んだ。

 

 “円”で中を調べると、ずっと向こうのほうに大きな生き物の気配を感じる。

 

 ……こんな危険なことは、本体じゃなくて影に任せるべきだと思う。

 けどさ。

 

 私はバジリスクと仲良くなりたいのだ。来年、あんな事件を起こして、無為に殺される、そんな未来は阻止したいと考えている。

 『トム・リドルの日記』に操られたジニー・ウィーズリーを主に定めていない今なら、推定スリザリンの末裔たる私を主に認定してもらえるのでは、と期待しているのだ。

 

 1000年の齢を重ねる、スリザリンの系譜のものに従う聡明な魔法生物に、ニセモノの身体で会いに行っては私の誠意を疑われてしまう。

 だから、思い切って本人がやってきた。

 

 もちろん死ぬつもりはない。

 ガーデンにシルヴィアを構えた影を何体も準備し、(ポップ)でガーデンへの小窓を開けたままにしている。小窓が開いてさえいればいつでも影が自分の判断で飛びだせる。

 私は念能力者だ。たとえ襲ってきたとしても即死の邪眼と目を合わさない限り死ぬことはない。直視できなくても“円”で居場所がわかれば攻撃されたってかわせる。そのあとのことは、殺しあうか、逃げるか、説得するか、それはわからないけど。

 

 二匹の蛇が絡み合う彫刻へ向かって『開け』と命じる。絡み合っていた蛇がわかれ、両側の壁がするすると滑るように見えなくなった。

 

 地下にあるとは思えないほど高い天井を支える石の柱にも絡み合う蛇が彫刻されている。ずいぶん広い空間だ。“円”で感じる巨大な気配はじっと動かず私のことを警戒している。でも、侵入者への強い怒りは今のところ感じられない。むしろ、すこし嬉し気だ。

 

『バジリスク。私はスリザリンに連なるもの。いきなりあなたの住み家へ足を踏み入れたことを謝罪するわ。話がしたいの。目を閉じて姿を見せてほしい』

 

 バジリスクがぞろりと身体をうごめかせる。

 私は巨大なスリザリンの石像を見上げた。原作本に書いていた言葉をパーセルタングで述べる。

 

『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ』

 

 私の言葉を受け、石像の口が徐々に広がっていく。やがて大きな黒い穴ができた。奥からシューシューと音が聞こえる。私にはなんて言っているのか、わかった。

 

『我を呼ぶか。面白い』

 

 目をしっかり閉じ、“円”で周囲を確認しながら後ろへ下がる。ずりずりと何かを引きずる音が聞こえる。『超一流パイロット』の優秀な空間把握能力が石像の口から這い出てきた巨大な生き物がとぐろを巻いていく動きを感じ取った。

 

 バジリスクの即死の邪眼は目を合わせることで効果を発揮する。バジリスクが見るだけでも、こちらが見るだけでも、死ぬことはない。互いに目を合わせて、はじめて即死の効果があるのだ。

 私は蛇の目を見ないよう細心の注意を払いながらそっと目を開けた。

 

 巨大な、鮮緑色の鱗を持った美しい蛇だった。とぐろを巻いているため長さはわからないけど、太さは丸太ほどもある。私の両手では回らない太さだ。

 

 パーセルマウスになって私の審美眼も変わったのか、エリカ・レストレンジとして生まれてからはもふもふ愛はそのままに、蛇の鱗も美しいと思うようになった。

 ……あ、違う。

 エリカ・サロウフィールドも、ラルクのしっぽのことをずっと愛らしいと思ってたわ。そうか、私を鱗好きにしたのはラルクだったのね。納得納得。

 

『はじめまして、美しき蛇の王、バジリスク』

 

『はじめまして、新たな主よ。サラザール・スリザリンの“秘密の部屋”をよくぞ探し当てた』

 

『私の名はエリカ・アレクシア・レストレンジ。エリカと呼んでくれると嬉しいわ』

 

『我はバジリスク。名はない』

 

『不便じゃないの?』

 

『名を呼び合う相手などおらぬわ』

 

『そう……ね』

 

 ちょっとかわいそうだけど、たしかにここには彼しかいないものね。

 

『50年ぶりの主よ。我に何を望む』

 

『そうね。とりあえずは仲良くなりたい、かな』

 

『なんと言った?』

 

『仲良くなりたい、よ。バジリスク。私は力を求めてきたんじゃないの』

 

『50年前の主はマグル生まれの生徒を襲えと言ったぞ? おぬしはいらんのか』

 

『マグル生まれも貴重な魔法使いよ。今は魔法使いの数がものすごく減っているの。マグル生まれを排斥すれば魔法族が滅ぶくらいに危険な数なのよ。そんな無駄はしないわ』

 

『我の力はいらぬと?』

 

『あなたの強さは素敵だと思うわ。でもそれよりも私はあなたの叡智が欲しいの』

 

『我の知ることを話せというか』

 

『そうね。おしゃべりをしたいかな。そしていろんな話を聞かせてほしい』

 

『ふむ。それも一興。我はスリザリンの系譜の者に従うのみじゃ』

 

 律義に目を閉じたまま語るバジリスクをそっと見る。50年ぶりの対話が嬉しいのか、少し楽し気な気配を感じる。

 私はトム・リドルのことを話すことにした。

 

『50年前のあなたの主は、私の父親らしいの』

 

『おお、そうか。ぬしはあの青年の娘じゃったか』

 

『ええ。感じるかしら?』

 

『我がわかるのは、スリザリンの系譜か否かだけよ。50年前の主も、新しき主も、どちらもスリザリンの系譜であることはわかる』

 

 考えてみれば当たり前の話だった。

 主になれるのはスリザリンの血が入っている者だけ。ならば過去歴代の主は、血の濃淡の差はあれど、みな親類縁者ってわけだ。直接親子ってのは珍しいんだろうけど。

 

 長く続いたブラック家やロジエール家にはどこかでサラザールの血が入っている。過去のブラック一族にだってパーセルマウスがいたくらいだもの。結局私がお辞儀様の娘かどうかはバジリスクにも判断できないのか。

 

『それでね。来年あたり、ちょっとここもうるさくなるの』

 

『どういうことかの?』

 

『うちの父親が、この部屋を開いたあと記憶をある魔法具に封じたの。それを使ってあなたを利用しようとしている人がいるみたいでね。

 私、せっかくこうやって知り合えたのに、あなたが殺されるのはいやなの』

 

『なるほどのう。50年ぶりに目覚めたと言うに、やれ賑やかなものよのう』

 

『本当は来年までに我が家へ移動してもらいたいのだけど』

 

『何を言うか。ホグワーツに危機が迫るのであれば、我が戦わずしてなんとする』

 

 ここを守るのがスリザリンの命令だったらしい。でも守る側じゃなくてあなたがその危機になるんだけど。

 

『ホグワーツを混乱に陥れようとしているのはあなたの前の主が16歳だった頃の記憶を封じ込めた魔法具よ。あなたは戦える?』

 

『我が主は今日よりおぬしじゃ。50年前の主そのものであれば話も聞こうが、他の者が操る魔法具ごときではおぬしとは比べられぬわ』

 

『ありがとう。私を選んでくれて』

 

『うむ』

 

『まあそう言うわけで、来年のことはまた改めて話すわね。今年は何度か会いに来るから、あなたもゆっくり考えて』

 

『そうしよう』

 

『じゃあ……ああ、えっと』

 

 ずっとあなたとかバジリスクとか呼ぶのも、変だよね。

 

『私があなたの名前を付けてもいいかしら?』

 

『我に名をとな……ふむ。よかろう』

 

 名前は……うーん。

 あ!

 

『失礼なことを聞くけど、あなたオス? それともメス?』

 

『我のどこがオスに見えるのだ』

 

 メスだったわ。

 えー。

 原作でバジリスクが『俺様の牙で引き裂いてやる』みたいに話してたのに、オスじゃないじゃん。これは日本語版(ハンター文字)の翻訳ミスなんだろうか。

 

 彼女によると、オスは頭に深紅の羽毛が生えているらしい。トサカみたいな感じなんだろうか。鶏成分はここ?

 目を見ないよう気を付けながら、鱗がちょっとトゲトゲしている頭を見る。なるほど。このバジリスクには羽毛がない。つまり、レディってことね。

 

 じっと顔を見ていると、名前を待っているのか、目をつむったまま少しそわそわしているのがわかった。おお、ちょっと可愛い。

 

 うん。メスね、メス。

 名前なまえナマエ。

 

 メリーさんはお母さん達がつけた名前。その後家族はみんな私が名付けた。

 ラルクは『虹』、小雪は『雪』、シェルは『貝殻』、マーリンは『森の賢者』。

 蛇かあ。

 

 水系? 水よりちょっとヌメヌメして見えるからイメージがなあ。

 それよりやっぱりこの綺麗に輝く鮮やかな緑色を名前につけたほうが彼、じゃない、彼女のイメージに合うよね。

 エメラルドグリーンというより、翡翠色っぽいね。

 じゃあ、翡翠。そのままヒスイ? 英語にしてジェイド? どちらにしても女性でも男性でも使える名前だ。ん……よし、ジェイドにしよう。

 

『あなたの名前、ジェイドでどう? その見事な鱗の色合いを名前にしたの』

 

『ジェイドか、ふむ。悪くないのう』

 

 満足げな気配を感じる。どうやら喜んでくれたようだ。

 

 

 ジェイドに昔の話を聞いた。

 サラザール・スリザリンと過ごした時間は短かったけど濃密だった。彼からはいろんなことを教わったし、蛇好きの彼は生まれたばかりのジェイドをいたく可愛がってくれたとか。

 そしてこの場に縛り付け、働かせるために生み出したことを、謝ってくれたのだと懐かし気に話す。

 

 その後、創設者達の間での確執があり、スリザリンはジェイドにこの場所を守れとの命令を残してこの地を去る。ジェイドは必要な時が訪れるまで眠りについた。

 

 

 50年前の話も聞かせてもらった。

 ジェイドはトム・リドルが『秘密の部屋』を開く前から起きていたらしい。ホグワーツ内にアクロマンチュラの気配を感じたから、だそうだ。ハグリッド、めっちゃ戦犯じゃん。

 なんとかアクロマンチュラを仕留めようと考えていたけど、敵は地下にある部屋の一室で大切に守られていて(ジェイド目線だとそうなる。ハグリッドが隠し育てていたからだね)果たせず、水道管をうろうろしているうちに、トム・リドルが『秘密の部屋』を見つけ出した。

 

 マグル生まれを殺せとリドルに言われて、アクロマンチュラを仕留めるチャンスだと考えて外に出たら運悪くそこに女子生徒がいた。

 マートルはマグル生まれだけど、トム・リドルの予定していたターゲットとは違ったらしい。まさか部屋の入口すぐで殺してしまうなんて彼にとっても計算違いだった。

 

 マートルを殺したあとリドルが苦しそうに呻いて(たぶん分霊箱のために魂を切り裂いた瞬間か)、そして、人が来るからもう戻れと命じられた。ジェイドはアクロマンチュラが地下の一室にいることをリドルに教えて退治したいと訴えたけど、こちらでやっておくから戻れと強く言われて部屋へ戻ったのがリドルと会った最後らしい。

 

 その後はおそらく監視が厳しくなってこれ以上『秘密の部屋』を開くことができなかったんだと思う。

 そして、自分への疑いをそらすため、ジェイドからの情報を上手く利用したトム・リドルが、アクロマンチュラの飼い主のハグリッドを告発したんだろう。

 ダンブルドアだけが彼を疑い続けたけど、トム・リドルは優等生の皮を被ったまま卒業していった。

 

 『秘密の部屋』を開く者もおらず、アクロマンチュラの気配もなくなった(アラゴグが森へ逃げたから)ため、ジェイドはまた眠りについた。

 そのアクロマンチュラが『禁じられた森』で巨大コロニーを形成していることを知ればきっとジェイドは怒って襲撃に行きそうだから黙っていよう。コロニーの蜘蛛達が文字通り『蜘蛛の子を散らすように』一斉に逃げ出したら、生徒達が危険だもの。

 

 

 

 ジェイドは千年生きているけど、そのほとんどの時間は眠ったままだったらしい。秘密の部屋を誰かが開いた時、ホグワーツに危険が訪れた時、目覚めるようにサラザール・スリザリンが“呪”をかけていたのだとか。

 だから生まれてから千年の時は経っているけど、活動していた時間は短い。

 身体が成長しているのは、このスリザリンの石像の奥に隠された部屋に記された魔法陣から供給される魔力を取り込んでいたから。

 

 眠っている間はともかく、起きているなら食事が必要らしい。でも彼女が餌を求めて水道パイプを動き回るのはちょっとご遠慮いただきたい。

 

 ここの魔法陣から魔力供給を受けているため食事量はさほど必要ではなく、鶏くらいの大きさがあれば数日に1羽程度でじゅうぶんなのだとか。

 今度から私が持ってくるから、この部屋付近に迷い込んできた小動物以外の狩りは我慢してねとお願いしておいた。

 

 ジェイドからも何かあれば連絡できるよう、両面鏡を一つ渡し(スリザリン像の髭のあたりに立て掛けて置いた)、私はこの部屋にポイントA“秘密の部屋”を登録するとジャンプでガーデンへと戻った。

 

 

 変装した影がダイアゴン横丁の『魔法動物ペットショップ』に行き、魔法生物のための餌になる小動物はどこで売っているのか教えてもらった。店員は、ここでも売っているけど量によっては仕入れ先の店に直接買いに行ったほうがいいと店を教えてもらった。

 ダイアゴン横丁の外れの方にあって、もう少しでノクターン横丁にかかるかというあたりだった。ハツカネズミから小鳥、ネズミ、鶏、ウサギ、イタチなど毎回その時に手に入りやすいものをいろいろ取り混ぜて毎週買いにくると約束して、手付にひと月分を支払っておく。

 ウサギとハツカネズミを20キロ購入して巾着にしまうと店を出る。

 買い物の途中で「嬢ちゃん、ホグワーツは?」と聞かれ、咄嗟に「来年からさ」と答えてしまった。うん。来年からは小雪に買いに来てもらおう。ちゃんと影が護衛するから、ね。

 

 

 魔法界で買えない時のためのリスクヘッジも必要かな。

 その後マグル街へも行ってもらう。

 街角にある電話ボックスに置いてある電話帳で、鶏やネズミなどの内臓を処理しているだけの死体を丸ごとそのまま売っているような業者を探し、動物園へ納入しているところを見つけた。

 

 さすがに11歳が買いに行ける商品じゃない。変装しても年齢はごまかせない。

 

 グリードアイランドのアイテム『ウグイスキャンディー』をゲインして、一粒取り出して舐める。これ初めて使ったけど、担当者サマに没収されなくてほんとに良かった。

 うちには子供と少女しかいないから『大人の声』が使えて助かった。

 

 飴の力でオジサン声になると、業者へ電話し、爬虫類系の大型のペットを何匹か飼っているお客さんのためにできるだけ丸ごとの死体が欲しいと依頼する。

 鶏、小鳥、ネズミ、兎などの小動物でその時に手に入るものをいろいろ取り交ぜて定期購入したい。これから毎週1回取りに行くから、所定の量を今後継続して買いたいと頼む。

 

「あ? 信用? ちゃんと払うって言ってんだろ? ちっ、じゃあ前払いで払おう。3ヶ月分、纏めてどどんとキャッシュで支払うからしっかり新鮮でいい品を頼むぜ。ああ、明日からだ。受け取りはうちのバイトの女の子に行かせるけど、こいつ、人見知りで喋んの苦手なんだわ、虐めてくれんなよな。じゃあよろしく頼むな」

 

 なんてごり押しして電話を切った。うん。私が取りに行けないんだから、小雪に頼むしかないんだよね。

 

 翌日、作業員っぽい青のつなぎを着た小雪ががくがくと緊張の面持ちでクーラーボックスを抱きしめて出かけてくれた。あ、もちろん一人きりで行かせたりしないよ。『コミュ障の姉を心配するこまっしゃくれた妹』な影が付き添ったよ当然。行き帰りはジャンプだし。

 

 ふぅ、人見知りの小雪に負担をかけちゃってるな。

 申し訳ない。早く外を一人で自由に動き回れるくらいに大きくなりたい。

 

 これで魔法界とマグル街で餌になる動物の死骸を毎週継続して手に入れる算段がついた。多めに買っているから余りは必要になるまで倉庫にしまっておけば鮮度は問題ない。マグルの方は保存料とか使ってそうだから、できればそちらばかり食べないで両方の物をまんべんなくジェイドに与えた方がいいかな。

 

 

 

 これでマグル街のお金が無くなりそうだ。

 マグル街って魔法界みたいにザルじゃないから、金の延べ棒や砂金を現金化しようとすると身分証明書の提示を求められちゃうんだよね。

 じゃまくさいけど、グリンゴッツの窓口で手元にあるガリオン金貨をマグルのお金に換金してこよう。忙しくなる前に行ってきてもらうか。

 私はそう結論づけると影をひとり、生み出した。

 

 

 

 

 



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1年-5 ハンナ・クリアウォーターとの初めての対話

 

1991年 10月

 

 原作のバジリスクの描写は『引き裂いてやる、殺してやる』と言いながら水道管をうろうろしていたり、ハリーに襲い掛かるシーンでもただただ暴れる怪物だった。知性が感じられない。だいたい目を潰された程度で敵の気配が読めないなんて、蛇の王のくせに弱すぎない? そうとう理性を失ってなきゃありえないよ。

 

 スリザリンが生み出した魔法生物がそんなに知性のないものなはず、ないよね。

 

 だからちょっと見てみたかったのだ。主を定めていないニュートラルな状態のバジリスクに。だから会いに行った。

 ただの知性の欠片もないバケモノであれば姿を見られても平気だし。来年『秘密の部屋』の事件でハリーに殺されても気にならない。

 

 でも、もし私が想像しているような聡明な生き物だったら、仲間に欲しいじゃん。うちの家族を食べない約束ができるかどうか確かめてからだけど。強い眷属は嬉しいもの。ぜひ次の生にも眷属として連れていきたい。

 メリーさん達みたいに寿命のない生き物ではないけど、バジリスクは長命だもの。きっと長く一緒に居られると思うんだ。『森』があるからバジリスクでも暮らしやすいし。

 

 

 実際会ってみればバジリスクはとても賢く、理性的で、対話を楽しむ社会性も持っていた。私の考えた『ジェイド』と言う名前もとても喜んで受け取ってくれた。

 『目をつむっていて』という命令に素直に従い目を閉じたまま会話していたけど、動きに無駄はないし、目を閉じたくらいで彼女の強さが失われることはない。当然のように私の居場所を捕捉している。

 

 この聡明な生き物が、来年あんな粗暴な怪物になるのか。

 

 『秘密の部屋』の時のバジリスクは無理やり服従させられていたか、錯乱呪文を受けていたか、あるいはとんでもなく飢餓状態だったとか、とにかくまともな状態ではなかったんじゃないかな。そう考えると原作のバジリスクが哀れになる。

 

 

 

 それから私は何度も『秘密の部屋』を訪れ、ジェイドとたくさん話をした。

 梟のマーリンが私に手紙を持ってきた時に、とても不機嫌になった。おそらく動物にしかわからない私についたジェイドの臭いに気付いたんだろう。

 ごめんごめん。宥めたけどいつもより乱暴な動きで肩に留まって抗議するように耳を噛むとさっと飛んでいった。後で埋め合わせしよう。餌を持って会いに行って許してもらわなきゃ。

 

 実はラルクとシェルも私についた強い生き物の臭いに飛び上がって驚き、何度も何度も臭いを嗅がれた。良い子だから大丈夫だよ、と言ってもとても心配してガーデンに私が戻るたびにふんふんされるようになった。いつか紹介できるといいな。ガーデンの仲間候補だもの。

 

 

 ジェイドは聡明な魔法生物だ。私は彼女が好きになった。

 会ってひと月近く経った10月の終わり頃、私はジェイドに正直に今の状況を説明することにした。

 

 だってさ。今はお辞儀様がいるんだもの。『本家お辞儀様・後頭部引っ付きバージョン』が。あいつがいつ『秘密の部屋』に来るかわからないでしょう? あの状態のお辞儀様が『スリザリンの系譜』だとバジリスクに認識できるのかどうかわからないけど。それでも彼に会わせたくない。

 

 だから、うちの家か、トランクか、どこかに移動してくれないかと誘ってみたのだ。

 

 50年前の事件のあと、トム・リドルは魂を何度も切り裂いて死なないモノになったこと。

 一度敗れて斃れ、死んではいないが肉体を失い、悪霊みたいなあやふやなモノとなっていること。今は教授の後頭部に取り憑いてホグワーツへ入り込み、『賢者の石』を使って蘇ろうとしていること。

 万が一彼が復活すれば大きな戦いが起き、たくさんの人々が死ぬだろう、と。

 

 それから、彼は私の敵であること。私は彼を斃そうとしていること。

 

 私はせっかくジェイドと知り合えて、こうやって会話ができるようになったのだから、ジェイドと離れたくないのだと訴えた。

 もし彼女がお辞儀様を優先させるなら、私はもうここには来れない。いずれ敵になるかもしれない。

 できればジェイドには私の仲間でいてほしい。そう、願った。

 ジェイドは一考すらせず答えてくれた。

 

『我は『秘密の部屋』を見つけ出したスリザリンの系譜に従う。部屋を開き、我を目覚めさせたはおぬしじゃ。我の今の主はおぬしと定まった。他の者が来たとしても、主が変わることはない』

 

 そして、今はホグワーツから離れるつもりはないが、主の命令であれば、この部屋を出ることはやぶさかでない。できれば今のホグワーツを見てみたい。それから、その、前の主の今も見てみたい。そうねだられてしまった。

 いやいや、気配に気付かれるととても困るんだけど。

 

 彼女の感知能力があれば検知不可能拡大呪文の巾着の中からでも外の様子がわかるらしい。よくスリザリンのローブのポケット(検知不可能拡大呪文付き)に入って散歩したのだとか。そういえば原作でハーマイオニーのビーズバッグに仕舞われた肖像画のフィニアス・ナイジェラスが外の様子を窺っていたっけ。

 トランクは蓋を閉じれば外の様子がわからないけど、巾着ならわかるし、外からは検知されない。だから少しの間でいいから、巾着に入れて連れて回ってくれないか。ジェイドのおねだりだった。

 

 

 ちょっとハグリッドを責められないことをしてるね。あ、でも私は彼女を友人に紹介したりしないし、危機管理はしっかりするわよ。

 

 とにかく彼女の巨大な身体を何とかするべきだ。実際見てみると本当に大きい。体長は15メートルもある。太さは私の両手では届かないほど太い。

 

 ジェイドは強力な魔法生物で、魔力だって私よりずっと大きい。しかもバジリスクの鱗は、魔法を跳ね返すことができる。

 私の魔法を彼女は容易く弾くことができるんだけど、彼女がそれを許しているため、私の唱えた縮小呪文は、彼女の身体を体長1メートルほどの大きさまで縮めることができた。

 これで巾着の中で窮屈な思いをすることはないはず。

 

 目は『オブスキューロ(目隠し)』で見えないようにする。巾着の中にいれば誰とも目が合うことはないんだけど、何かの拍子に外に出てしまい、誤って私達が目を合わせてしまったり、ホグワーツの生徒達を殺してしまわないための対策だ。彼女はそれも受け入れてくれた。

 そして、私の命令には必ず従うこと、食事は与えるから決して他のものを襲わないこと、私が出すまで巾着から出ないこと、パーセルマウスが現在ふたり(ダンブルドアも多少話せるらしいから3人か)いるから、決して話さないこと、を重々約束し、当面は私の巾着に住むことになった。

 

 『秘密の部屋』にある私の痕跡を消し去り、連絡用に置いていた鏡を仕舞いこむ。来年、どうなるのかわからないけど。『秘密の部屋』が開くようなことにはなって欲しくないな。それはルシウス叔父様次第だけど……

 

 

 ジャンプで8階に飛び、そこから一度空き教室を探して入る。

 念のため『忍びの地図』で見てみる。うん。巾着の中にいるジェイドの名前は表示されない。“円”で調べても巾着の中の生き物の気配は私でもわからない。

 

『中は息苦しくない?』

 

 服の中に隠して首から提げていた巾着を取り出し、紐を広げて顔を出してもらいながら聞くと『暗くて心地いい』と答えが返ってきた。

 

 『地図』を確かめると名前が『ジェイド』となっている。彼女の名前がちゃんと付けられていることが嬉しかった。

 

 

 

 

 クィレル先生withお辞儀様の授業のあった夜、トランクの中でジェイドにウサギを渡しながら、トム・リドルはどうだった? と聞いてみた。体長1メートルとなったジェイドは相対的に大きく感じる獲物を見て喜んだ。久しぶりに顎を開いて呑み込む感触を楽しんだらしい。

 頭より大きなウサギをゆっくり吞みこむと満足げに話し出す。

 

『ふむ。たとえスリザリンの系譜でも、あれを主とするのは躊躇うの』

 

『そう思う?』

 

『あれはもう壊れておる。醜悪なものよ』

 

『まあいいわ。貴女の主にはなれない存在だとわかって嬉しい』

 

 

 

 『秘密の部屋』の魔法陣からの魔力供給がなくなったジェイドだけど、身体が1メートルまで縮小しているため、餌の量は今まで用意していた量でじゅうぶんだった。

 あの魔法陣、ガーデンに移動できないかなあ……描き写すくらいはしておこう。何か思いつくかもしれないし。

 

 

 

 

 

1991年 10月31日 ハロウィン

 

 原作通りトロールが現れた。私達スリザリン生は指示に従い談話室に戻った。

 怯えて泣いている子や不安げな表情を浮かべている子もいたけど、ハロウィンの料理の残りが談話室に届けられるとそれも落ち着いた。

 

「なぜトロールなんぞが現れたんだろう」

 

「よくわからないけど、アトラクションとしては楽しかったんじゃない?」

 

「ホグワーツはアトラクションが多すぎないか」

 

「そうね。4階のこともあるしね。ホグワーツがイギリス一安全っていうのはなんだったのかしら」

 

 ドラコが肩を竦めた。みんな同じことを思っている。

 ダンブルドアへの不信だ。

 

 

 

 翌日、グリフィンドール生が倒して、しかも点数も稼いだと聞いて、ちょっと悔しがったドラコ達だった。特に肉弾戦をしてみたかったヴィンスとグレッグがすごく悔し気だった。

 

「エリカだったら5分もあれば倒せただろ?」

 

「もう、冗談はよしてよ」

 

 グレッグの言葉に私はそう答えた。会話を聞いていた周囲が笑いに包まれる。

 他のみんなは単なる冗談だと信じて笑った。

 ヴィンスとグレッグ、ドラコは『さすがのエリカでも5分でトロールを倒すのは無理なんだ』と思って笑った。

 私は『5分どころか秒殺できるわよ』と思って笑った。

 うん。今日もスリザリン寮は平和である。

 

 

 

 

 そして。

 ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハンナ・クリアウォーターの仲良しグループに、ハーマイオニー・グレンジャーが加わり、四人組になっていた。

 

 

 

 

 

 ドラコとヴィンス、グレッグは主と側付きという上下関係はありながらも友人と言って差し支えないほどの信頼関係を築けている。ノットやザビニとも対等な友人だ。

 ドラコは原作とは違って友人に恵まれている。

 

 それに従兄妹の私が幼い頃からほぼマルフォイ家に入り浸っていたから一人っ子特有の傲慢さがない。

 精神的に落ち着いていて、権力を嵩に懸かって威張り散らしたり、誰かをバカにして騒ぎ立てたりなんてことはしていない。

 とっても紳士で天使な可愛いディーのままなのだ。私の調教の賜物さ。

 

 

 それに、ホグワーツ特急でハリーと喧嘩していない。

 だからドラコは原作ほどハリーに拘っていないため、クラスや廊下で顔を合わせるたびにハリーに突っかかったりはしない。

 むしろごく普通に視線すら向けず通り過ぎている。

 

 それよりもドラコは、私のことを『レストレンジの腐れ蛇』と言い放ったウィーズリーに対して怒っていて、それを知ったことで態度をかえたハリーに対しては失望を隠さなかった。

 

 ウィーズリーがことあるごとに突っかかってきてドラコが侮蔑の視線を投げかけて愚か者を切り捨てる言葉を吐く。ハリーは最初私に何か言いたげにこちらを見ていたけど、今はウィーズリーを宥めてドラコと喧嘩させないように抑えるようになった。

 

 ハリーとは仲良くなりたかったけど。まあしかたない。

 

 ハンナ・クリアウォーターもハリーと一緒にウィーズリーを止める役目にまわっている。時々もの言いたげに私を見る。たぶん彼女も原作にいなかったレストレンジの娘な私のことを被験者だと考えているんだろう。

 人前で話せないことだからお互い言い出せず、ただ視線を交わしあうのみだ。

 

 

 

 

 

 

 スリザリン寮は他の寮と比べて格段に装飾が高級で、部屋割りも2人か3人。部屋も他寮よりもずっと広い。スリザリンは貴族が多いから、持ち込む荷物がすごいもの。

 

 各部屋にはバス・トイレも付いている。といってもシャワールームしかないんだよね。

 イギリスはお風呂大好きな日本人とは違う。こんな豪華な寮でも湯船がないのだ。シャワーなんかじゃ疲れが取れないじゃん。

 

 私は当然ガーデンで『美肌温泉』してるよ。

 おかげでスリザリン女性陣からはエリカの髪はいつも艶々で綺麗だと羨ましがられている。

 

 

 スリザリンの1年生の仲は良好だ。

 やはり対等に付き合える友人は貴重で、休日にホグワーツ校内を探検したり、森の浅い部分に入ったりといった小さな冒険はいろいろやってる。

 

 ヴィンスとグレッグはドラコの寮の部屋で、トランク(私の飴色トランクを羨ましがったドラコがルシウス叔父様にねだったのだ)に入って戦闘訓練をしている。たまにドラコもストレス解消に混ざるらしい。

 私も参加したいのだけど、私が男子寮に入って数時間出てこないのが続くのはいくら子供だからといっても非常に外聞がよろしくない。なので一緒に訓練ができないのはちょっと寂しい。

 ヴィンス達はその間にうんと強くなって私を倒すのだと訓練に余念がないらしい。

 

 

 

 

 

 『必要の部屋』での閉心術の訓練はしっかり続けている。

 私が部屋の中で修行中は念のため、『忍びの地図』を持った影が、8階に誰も近づかないか常にチェックしている。誰かが来たらすぐにジャンプで逃げるつもりだ。地図があって本当に助かってます。

 

 授業で習ったものの復習も欠かさない。

 

 もちろん念修行だって続けている。

 10歳からつけ始めたピアスは、まだ負荷を感じる。まだまだ成長するみたいだ。

 んで、このピアス“体内のオーラに負荷をかける”って話だったけど、魔力のほうにも負荷がかかっているような気がする。魔力循環していると魔力量が増えていることに気付いたのだ。

 っていうかさ。

 オーラを増やそうとすれば総量が増えて結果的に源泉の力が増える。魔力を増やそうとしても源泉の力が増える。

 

 どちらも“体内の精神エネルギー”であることには間違いないんだから、まあ当然だよね。

 

 

 

 

 

1991年 11月

 

 11月のホグワーツは凍てつく寒さだ。スリザリン寮の談話室の窓から覗く湖の底は冷え冷えと薄暗い。

 校庭は毎朝霜が降りるようになったし、渡り廊下を吹きすさぶ風は肌を切り裂いていくかのように冷たい。

 

 グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が行われた。私達もこの寒さの中、毛糸の手袋やマフラーを付けて競技場の観客席に座る。

 クィディッチの試合は15メートルほどの高さを飛び回る。観客席もそれが見やすいように空中高くに設置されていて、上の方に座ると座席の勾配がすごい。

 まあ私なら無傷で下まで飛び降りれるんだけどさ。

 

 ハリーがシーカーになっていないから、クィレル先生が箒に魔法をかけてハリーを振り落とすことも、スネイプ先生がそれを守ることもなく、ただ普通にスリザリンとグリフィンドールの対抗意識をより高めるだけの結果に終わった。

 スリザリンのシーカーがスニッチを取って「50対210」で勝ちました。

 

 ドラコ、ヴィンス、グレッグとマルフォイ家の庭で2-2のチーム戦などもしていたけど(もちろん私はめちゃくちゃ手加減したよ)、やっぱりちゃんとした試合を観ると迫力が違った。

 ドラコは何度かプロの試合を観戦しに行ってたんだけど、私は音楽の勉強の方が大切で、そちらに時間を取られていてタイミングが合わず、試合を観たことがなかったのだ。

 

 はじめてちゃんとした試合を観たけど、面白かった。ラフプレーの多いスリザリンのパフォーマンスもそれはそれでプロレスのヒール役みたいだなと楽しめた。

 先輩方の箒捌きの上手さにも興奮した。

 

 

 さっきも言ったけどクィディッチの競技は箒で地上15メートルほどを飛び回る。落ちたら危険だ。

 だけど、私は念能力者。15メートルなんて、何の問題もない。っていうか、その高さまで脚力だけで飛び上がることだってできちゃう。ブラッジャーなんて躱せるし、もし当たっても無傷だ。念能力者の私にとって、クィディッチはそこまで危険な種目じゃない。そのうえ、私は“超一流パイロット”なのだ。私の空間把握能力はバカ高い。

 

 広いフィールドもすべてが私の“円”の中。どこを何が飛び回っているか、すべてがわかる。もちろんスニッチの場所も。私がシーカーなら数分もかからず試合終了だな。

 

 ああ、でも、戦闘中にブラッジャーを回避する訓練はいいかも。これもガーデンでの訓練内容に組み入れよう。

 

 

 ハリーはシーカーじゃないし、ドラコと対立していない。もう原作と違うことが多いんだけど、今は賢者の石攻略、どれくらい進んでいるんだろう。

 私は今年はまったくノータッチって考えているから気軽なものだけど、ハリーの友達ポジションをキープしているハンナ・クリアウォーターはヤキモキしているかもしれない。

 

 私はその間に勉強と『必要の部屋』での閉心術の練習に励むから、頑張って賢者の石を守ってほしい。

 

 

 

 

 

1991年 12月 クリスマス休暇

 

 当初巾着で過ごしていたジェイドは、ホグワーツの生徒達が暮らす日常を観察できて満足したらしい。今は飴色トランクで暮らしている。

 クリスマス休暇で2週間ホグワーツを離れることになるが、ジェイドも連れていくことにした。お辞儀様に会ってしまうと困るもの。

 

 レストレンジ家に戻った私はマルフォイ家のクリスマスパーティ、それとブラック分家のシグナスおじい様へのご挨拶、そして本家のヴァルブルガおばあ様の肖像画とクリーチャーへの顔だしも済ませた。

 

 思うところがあって、今回はクリーチャーに頼んでシリウスの部屋も見せてもらった。

 スネイプや他の人に荒らされていないシリウスの部屋はチリひとつ落ちていない。クリーチャーがちゃんと掃除してくれているもの。

 机の中をざっと見てシリウスに届いた手紙を探し、原作に書かれていたリリーからの『1歳の誕生日に幼児用箒をありがとう』という手紙をみつけた。1歳児ハリーの写真も入っている。

 これ、もらっていっていいかな。……いや、ここで読んだからいいか。とにかくシリウスがハリーを大切に思っていることを知っていればいいかな。うん。

 

 シリウスがアズカバンから出てきたら、できればシリウスからハリーに渡してあげてほしい。きっとハリーも喜ぶ。

 私の予定では、グリモールド・プレイスの館がうら寂れることはないし、不死鳥の騎士団の本部になることもない、はず。スネイプが『愛を込めて リリー』の書かれたページを持ち帰るチャンスはないのだ。ごめんね、スネイプ先生。

 

 

 

 ピアノとバイオリンのレッスンもじっくり時間をとってもらった。

 

 2週間しかないクリスマス休暇はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

1992年 1月

 

 『必要の部屋』に籠り切りで、集中的に頑張ったからか、閉心術はやっと形になってきた。閉じるだけならほぼ成功する。

 秘密が多い、隠したいと言う強い願い、それからマグルの血が入っていると知られてマルフォイ一家やおじい様たちに嫌われたくないという恐れが閉心術らしきものをもともと張っていたらしい。

 閉心術の第一段階はわりと早くクリアできた。

 

 私だけじゃなくて、メリーさんも小雪も、なんとか第一段階はクリアした、というところ。

 やっぱり守るべき秘密があると熱意が違うね。

 

 

 私は5歳の時から分霊箱を持っている。

 持ち運んだりずっと身に付けていたわけではないけど、でも途轍もない悪影響を及ぼす闇の品を所持している。ガーデンのプレハブに封印して置いてあるのだけど。

 それでもなにかの影響を受けてしまっているかもしれないでしょう。それはメリーさん達も同様。怖いのはその影響に気付かないままみんながどんどん歪んでいくこと。

 

 だから時折り“ほむら”を奏でて皆で聴いている。相手はあのヴォルデモートなのだ。注意するに越したことはない。

 閉心術はみんなの最優先なのだ。

 

 

 今の段階では、『必要の部屋』での安全な状態で成功しているだけで、話をしながら表情も変えず内心も読ませずに乗り切るのは難しい。

 

 相手の隙を衝いたり、わざと怒らせたり喜ばせたりして感情を揺さぶって心を読もうとするような方法もある。

 尋問術と開心術を組み合わされるとやっかいだ。

 何度も質問して細かい違いをあげつらいながら指摘して開心術を使われるとすぐにぼろを出してしまいそうだ。

 

 うん。閉心術だけじゃなくて心も強くしなければ。常に平常心を保つことだね。感情を表に現わさない。無表情にするんじゃなくて常に貴族らしく口元に薄い笑みを浮かべてキープ。うん。難しい。

 

 閉心術。心を閉じる。本当に難しい。

 私の閉心術はまだ“できるようになった”だけ。スネイプみたいに常にぴっちり閉じ切っていられるほどの名手じゃない。

 

 それに。“心を閉じる”の上級版、“心の上澄みに別の記憶を浮かべて開心術師に閉心術を使っていることを気付かせない”は、まだまだ先だ。

 

 それでも、基本だけでも成功したことで、私達の努力がちゃんと報われていることに、三人で抱き合って喜んだ。

 

 

 

 

 

 

「あ! レストレンジ」

 

 1月の終わり頃。授業の合間の移動中のことだった。“円”で偶然お互いひとりきりで行動していることに気付いたから、ばったり出会えるよう通りすがってみたのだ。閉心術も基本はできるようになったし、そろそろ話してみたかったんだよね。もちろん、しっかり聖騎士の首飾りその他の対策はしているよ。

 

 偶然ばったり出会った(と思っている)ハンナ・クリアウォーター。私達は見つめあった。

 どうしよう。めちゃくちゃ緊張しているみたいだ。そりゃあ私だって緊張してる。

 

「……少し、話せるかしら?」

 

「え? あ、うん。大丈夫」

 

 私は周りを見回す。

 計算通り、ちょうど人通りがなく、私達が話している姿を誰にも見られずにすんだ。壁に肖像画もない。

 近くの空き教室の扉を開き、彼女を促す。

 

 ハンナ・クリアウォーターはおどおどとしながら、素直に従って部屋へ入った。

 覚えたての閉心術で心をしっかり閉じると、“円”で彼女の様子を観察しながら、私は緊張を隠して話し始めた。

 

「ハンナ・クリアウォーターよね。被験者、であってる?」

 

「うん。そう。被験者。貴女もだよね? レストレンジ」

 

 自分から話しかけたくせに、がちがちに肩を強張らせている。

 

「別に取って食いやしないわ。そんなに緊張しないで」

 

「だってレストレンジだよ。怖い子だったらどうしようかと」

 

「そうね。私は“あの”レストレンジなの。でも私が被験者だと知ってるなら、わかるでしょう? 私が、可愛がってもくれなかった親の影響なんて受けるハズがないってこと」

 

 そういうと、クリアウォーターはやっと少し力を抜いた。

 

「うん。まあ、あたりまえだよね。今までにちゃんと愛されて教育を受けてきた経験があるんだから、今さら親の愛に執着して闇の魔法もほいほい覚えます! なんていうわけないじゃんね」

 

「そうなのよ」

 

「えっと。特急でドラコがハリーの所へ来なかったのはどうしてなのか聞いていい?」

 

「ドラコを悪者にしたくないからとめたの」

 

「ハリーがシーカーになるのを阻止したのは?」

 

「ロングボトムを虐めてほしくなかったの」

 

「あー、うん。なるほど。じゃあハリーを殺そうとか、お辞儀様を助けようとか考えてはいない? 『死喰い人に、オレはなる!』なんて言わないってことでいい?」

 

「当り前よ。ってかどこの海賊王よ」

 

 クリアウォーターはあからさまに安堵のため息を漏らした。

 

「よかったああ。もうね、組み分けでレストレンジを見た時、あ、これ死ぬって思ったもん。でもこの半年近くずっと見てて、そんなに悪い人には見えないけど、でも、もしかしたらってずっと悩んでたの」

 

「私はね、クリアウォーター。うちの親たちに復讐したいの。あいつらのせいでどれだけ肩身の狭い思いをしてきたことか」

 

 その“親たち”に母上父上ヴォルデモートパパの三人が含まれていることは、いまは言わないけど。

 

「私は“例のあの人”の復活を阻止したいの。

 復活してしまうと私やドラコみたいに死喰い人の子供は無理やり闇に囚われる。そんな未来はごめんなの。マルフォイ家もブラックのおじい様も小さい頃から時間をかけて説得したわ。だいぶ中庸に近付いている。このままいけばマルフォイが死喰い人に戻ることは避けられる。

 それに分霊箱の数も、場所も、壊し方も知っている。原作よりもっと迅速安全確実にすべてを破壊できる。なら7年もかける必要はないでしょう?」

 

「まあ、そうだね」

 

「原作通り進めば、卒業時には世界は平和になるのかもしれない。

 でも。それじゃ駄目なの。私達死喰い人の子供達は、原作通りならあいつが復活したら無理やり死喰い人にされるか、抗って死ぬしかないの。

 ドラコを見て。彼は原作終了後も決して幸せじゃなかったわ。あんな風には、絶対なりたくないし、ドラコも、させない。絶対によ」

 

 話しながら、注意深くクリアウォーターの表情を見る。

 私の状況を理解したのか、かすかに同情の気配を浮かべ、軽くうんうんと頷きながら話を聞いてくれている。

 この子、とても、いい子かもしれない。……だといいな。

 

「私の方針はこれよ。優先順位の高いものから順に言うわ。

・私が安全で幸せに暮らす

・ドラコを含む死喰い人の子供達が安全で幸せに暮らす

・お辞儀様は復活させない

・シリウスとスネイプ先生を死なせない

・ハリーを英雄に仕立て上げたりせず、幸せで普通の人生を送ってもらう

 私はそのために動いている。クリアウォーターがダンブルドアと組んで、原作通り進ませたいのなら、私は今後、貴女と話すことはない。でも、もしあなたも原作よりも被害を抑えたいと考えているなら、私達は協力しあえるわ。あなたもよく考えてみて」

 

 二人とも次の授業があるからあまり時間がなく、その日はこれで別れた。

 別れ際、「私もよく考えてみるね」とクリアウォーターは私に手を振った。

 

 ともかく、初めての邂逅は平和裏に終わった。

 願わくば。

 被験者同士、戦わずにすみますように……

 

 

 

 

 

 少し、考えた。今のうちに彼女から被験者の記憶を消してしまうほうがいいんじゃないかって。

 でもさ。

 

 私は私のなかで、決まり事を作っている。

 何度も記憶を保持して生まれ変わっても、私が“わたし”でいられるための決まり事。

 

 善人は殺さない。善人をできるだけ害しない。

 それくらいのルールは決めておかないと、私の心はどうしようもなく堕ちてしまう。

 

 今まで殺したのはすべて悪人だった。殺したことは後悔していない。今の世界で死喰い人やお辞儀様を殺すことになっても別段心は痛まないと思う。

 

 でもたとえば次の世界で、隣国と交戦中で敵国の兵を殺してこいと言われれば、それはやりたくないと思う。だって敵国の兵は国が違うだけの人間じゃん。殺したくない。

 でも。攻め込んできて私や私の家族を襲ってきたら殺す。

 積極的に戦争に出ていくのはNO。襲い掛かる者を殺すのはYES。

 非常に自分本位の“私ルール”なんだけど、私にとって自分を守るためにする線引きなのだ。

 

 

 彼女から被験者の記憶を奪うと、あの子、自分が死ぬまでそれを知らないままになってしまう。この世界で次の世界に繋ぐための準備が何一つできないまま終わってしまう。

 杖や魔法具を持っていく工夫すらできない。杖の作り方を覚えて行こうなんて努力もできない。それは、彼女を殺すことと同じだ。

 

 

 私はここでは圧倒的強者だ。

 ハリーを殺して、分霊箱をすべて壊して、ヴォルデモートも殺す。

 私に平和が訪れる。

 念能力者の私なら余裕でできる。

 

 でも、何の罪もないハリーを殺しちゃうと、もう私は私でいられない。

 いや、もう“柳原英里佳”の頃とはずいぶん変わってしまっていることは理解している。悪い奴なら殺人も厭わない。倫理観がだいぶ壊れているよね。

 それでもね、“柳原英里佳”からできるだけ変わりたくないのだ。

 

 私は私の心も守る。

 

 だから、ハンナ・クリアウォーターが私に対して悪意を持って何かの行動を起こさない限りは、私は彼女に手を出さない。彼女から被験者の秘密がバレて私まで危うくなれば……何もかも捨てて逃げるさ。

 

 

 

 

 

1992年 2月

 

 ハリー・ポッターが誰かに階段から突き落とされたらしい。腕の骨を折って医務室に運ばれたそうだ。

 クィレルかな。

 ハリーがシーカーになっていないから、攻撃できる場所がなかったのかもしれない。

 

 スネイプ先生のハリーに対する罰則が多くなったと噂されている。先生、罰則で自由時間中のハリーを守ろうとしてるんだろうか。またそんなわざわざ嫌われるやり方をしなくてもいいんじゃないのかなあ。

 

 

 

 




※クラッブの愛称をビリーからヴィンスに変更しました。


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1年-6 ハンナとの二度目の対話と1年の終わり

 

 

1992年 3月

 

 毎日の授業と、音楽の練習、念修行、必要の部屋での魔法の訓練と忙しい毎日を送っている。

 私(影)と小雪はガーデンで相談していた。

 

「近代の歴史書とか、第一次魔法戦争の時の記録集とかいろいろ読んでみたけど、被験者っぽいのは見つからなかったよマスター」

 

「小雪も気になる人いなかった? じゃあ今までにはいないって考えていいかなあ」

 

 うちにある『ハリー・ポッター』全7巻プラス『呪いの子』に書かれている昔の人達の名前や事件と大きく違う要素がないか調べていたのだ。私と小雪、別々の視点で。

 

 

 私の名前、エリカ・アレクシア・レストレンジ。

 エリカは両親が、アレクシアはブラックのおじい様がつけたらしい。

 

 ブラック家から他家へ嫁いで生まれた子供は別にブラック家の命名の習わしに従う必要はない。だけど、ブラック分家は生まれたのが女性ばかりで、ベラトリックスもナルシッサも他家の嫡男に嫁いだ。

 このままではブラック分家は途絶えてしまう。

 だから、どちらかが複数産めばそのうちの誰かがブラック分家を継ぐことになる。それもあって私もドラコもブラックの名前がつけられた。残念ながら私もドラコも一人っ子のまま11歳になってしまったため、もうブラック家は私達の次世代に期待するしかないと諦めているらしいけどね。

 

 つまり、本来なら私はエリカ・アレクシア・レストレンジではなく、アレクシア・エリカ・レストレンジのほうが“らしい”名前だと思う。

 でも私が“わたし”であるため、ファーストネームはエリカしかなかった。という事ではないかなと考えている。私はあくまでも『エリカ』で、その名が私に柳原英里佳であることを忘れさせないでいてくれる。担当者サマのおかげなのか、誰もその名前がおかしいと指摘しない。

 あるいはベラトリックスの「嫡子はレストレンジのもの」という意思表示でそうなったと思われているのか。そこはわからない。

 

 んでさ。

 もしかしたら昔……爺世代、親世代のどこかに日本名らしきファーストネームや、原作で一人っ子だったはずが兄弟がいたりしないか、それを調べていたのだ。

 

 私は英里佳だからそのままエリカだけど、もしかしたらハンナ・クリアウォーターは「はなこ」や「はなえ」で、イギリスでその名前は目立つから「ハンナ」になったのかもしれないけど。

 でも私のファーストネームがブラックじゃないことを誰も気にしないのなら、たとえば「タロウ」や「アキラ」や「ゲンザブロウ」でも堂々とファーストネームになっている可能性はあるよね。もしかしたらゲンザブロー・ブラックやアキラ・プリンスがいたかもしれないじゃん。

 

 でも、まあ私が見つけられる範囲では、過去で改変はなかったし、ゲンザブロー・ブラックみたいな名前もいなかった。ダン、ケント、ユウ、マイ、レイ、アイ、アリサ、マイカみたいにどちらともとれる名前もいたけどその人が何かやった痕跡は見つけられない。

 

 本だけじゃなくて、ホグワーツのトロフィー室に並んだ名前もぜんぶ見たけどおかしな名前はない。いろいろ調べてもやっぱりジェームズ達は四人組だし、ハリーは『生き残った男の子』だし、スネイプ先生はプリンスじゃない。過去は原作通りだ。

 

 

 現在の被験者は私とハンナ・クリアウォーター。

 ハンナ・クリアウォーターはずっと観察していたけど、本当に普通の子で、表情も全く普通。“円”で感じる彼女の感情は子供らしくあけすけで基本的にとても穏やかだ。疑うのが馬鹿らしくなるほど善良な子供なのだ。ほんとにあれが擬態なら凄いと思う。

 疑わないわけにはいかないけど、それでも善良そのものな彼女を信じたいと考えてしまう。

 できれば彼女とは穏やかな関係でいたい。

 だから一度目の対話も済ませた。私としては満足のいく流れだった。

 

 『忍びの地図』を手に入れてから、ずっとハンナ・クリアウォーターの位置を調べているけどダンブルドアと接触したことは一度もない。ひとりで何かすることもない。私みたいに影分身がいるかもしれないけど、怪しい素振りは全くない。

 

 

 ああ。でも。

 被験者は他にもいる可能性だってある。じっと息を潜めて私を観察している者がいるかもしれない。

 怖いなあ。

 

 

 

「予言も怖いよね」

 

「そうだね、マスター。マスターは魔法省に行くチャンスがなさそうだしね」

 

 第一次魔法戦争の終戦後、無罪を勝ち取ったルシウス叔父様は堂々と魔法省へ何度も足を運んでいるけど、私は有罪判決を受けた死喰い人の子供で、完全アウェー。今のところ魔法省にいく用事がない。理由もなく子供が入れる場所じゃないし。一度入らなくてはジャンプができないから忍び込めない。

 予言を調べに行く方法がまだ見つからない。

 

 ハリーとお辞儀様の予言が原作通りじゃない可能性が高いんだもの。だってさ。私や他の被験者がいる。すでに分霊箱は集めているし、他にもいろいろ変わってきている。

 それに被験者についての予言がないとも言い切れない。なんとか調べてみたい。でもその方法がわからない。悩む。

 

 

 

 

 

1992年 4月

 

 イースター休暇が終わり、慌ただしく日々が過ぎていく。覚えるべきことは多く、毎日毎日課題に明け暮れ、4月、5月も瞬く間に過ぎていく。

 

 新しい知識を知れば知るほど、新しい技術を磨けば磨くほど、私の世界は広がっていく。

 その“世界の広がり”は私を虜にした。

 知識欲は際限なく溢れていく。

 

 なんせ“世界で必要とされる才能を十全に引き出せる素地”を与えられたのだ。

 

 努力すればちゃんと報われる。頑張れば必ず身に着く。

 影を使って多数になって励めば、ぐんぐんとやれることの幅が広がっていく。

 だから勤勉に励むことは、私にとって遊び以上の興奮と喜びだった。

 

 それに影がいるから私には娯楽や家族との団欒の時間も、友人達と遊ぶ時間もじゅうぶんある。

 

 

 今思えば、組み分け帽子がレイブンクローを勧めてくれたのも当然だと思う。と言ってもさ、私って勉強は好きだけど論理的思考力よりも物理に偏ってる気がする。

 

 生まれがレストレンジ家じゃなければグリフィンドールを選んだと思うな。きっと楽しかったと思う。

 まあないものねだりをしてもしかたない。

 担当者サマの“出生先ガチャ”の目がコレだったわけだよ。はいはい、SSRまんせー。

 

 でも、決して悪い目じゃないよね。分霊箱に容易く手が届き、裕福な家だもの。メリーさん達最愛の家族がいる私にしたら『親に愛されない』なんてそこまで辛いものじゃないし。

 

 魔法界に固執していないから、ここでの悪評も、腹は立つけどいつだって切り捨てて出ていける。音楽も魔法の勉強もマグル街で住んでいてもできるもの。

 ドラコの事は心配だけどさ、お辞儀様の復活さえ阻めば、彼は幸せに生きられるもの。マルフォイ夫妻も。なら私が守る必要はない。

 

 閉心術はだいぶ上達してきたと思う。並行して開心術のほうも始めた。閉心術を極めるには対になる技術、開心術を知らなくてはだめだもの。

 

 『必要の部屋』を独占できる今のうちに、頑張ろう。

 

 

 

 ところで、今朝グリフィンドールの砂時計から一気に200点引かれていた。ドラゴン騒ぎのやつか。原作より50点多いのはクリアウォーターも一緒に減点されたからかな。

 ドラコは全くノータッチだから、スリザリンの点数に変化はない。ってかドラコが密告しなくても先生方に見つかっちゃうのね。

 

 クィディッチでグリフィンドール対スリザリンの試合はこっちが勝っちゃったし、減点は50も多いし、ドラコの減点50もない。これ、点数差が凄いんだけど、まさかこの差でも最終日に、原作の“アレ”をやるつもりなんだろうか。

 

 

 

 

1992年 5月20日 誕生日 12歳

 

 学業に明け暮れるうちに、私は12歳の誕生日を迎えた。前世の年齢に並びました。

 マルフォイ家のみんなやブラックのシグナスおじい様からもそれぞれプレゼントが梟便で届いた。

 

 それだけじゃなくて、友人達からもそれぞれ心のこもったプレゼントを貰えた。

 学校に通いだして交友関係が広がったことをとても嬉しく思える。

 

 プレゼントのラインナップに、お菓子セットや悪戯グッズなんてものをもらえると、自分がただの普通の12歳の少女になった気がして、ああ、幸せだなあと思えた。

 

 もちろんガーデンでもみんなで祝った。

 

 

 

 

 そろそろ期末試験に向けての総まとめのような授業と課題が増えてきた頃、クリアウォーターから会えないかと梟で手紙が届き、私達は二度目の会合を開いた。

 念のため、精神干渉を防ぐ指輪とブレスレットを付け、『聖騎士の首飾り』を制服の下に付けている。ハンナ・クリアウォーターが何かの精神攻撃をしてきた時の予防のためだ。もちろん影だって待機している。

 

 どこの寮からも遠い、あまり人の来ない空き教室で待ち合わせた。

 

 ドアにロックの呪文をかけ、盗聴避けの魔法具を設置。“円”を広げ、周囲を警戒するとともに、ハンナ・クリアウォーターの精神状態も詳細に観察する。

 

 やっと話す準備が整った。

 

「これなに?」

 

「これは盗聴避けの『音声遮断の魔法具』。この突起を押すとまわり半径1.5メートルの内部の音が外に漏れなくなるの」

 

「へえ、すごい。ずいぶん厳重だね」

 

「だって前世の事は私達以外には、絶対誰にも内緒にしなくちゃいけないのよ。わかってる? クリアウォーター」

 

「え? うん。わかってるよ?」

 

 クリアウォーターはとぼけた顔で首を傾げる。

 

「クリアウォーター。もっと注意したほうがいいわよ。

 前世の記憶とか、被験者云々とか、特典で貰った能力とか、強くてニューゲームとか、一言でも言ってごらんなさい。あっという間にモルモットよ。

 魔法省の神秘部に監禁よ。下手すれば神秘部で脳みそ状態になって生き続けるかもしれないわよ。次の生まれ変わりなしよ。脳みそのままでずっと永遠に生かされるわよ」

 

「ぎゃああああああああ」

 

 クリアウォーターは心からの叫びをあげた。

 うん。私も言ってて叫びそうになった。

 

 原作で読んだ、神秘部にある脳みそ。あれがどんな効果があるのか、何の描写もなかったからわからないままだ。

 でもうぞうぞと触手を伸ばす描写はめちゃくちゃ気持ち悪かった。

 

 あれ、まだ生きていて、実は意識もあるのかもしれないって想像したらもう、ね、鳥肌がぞぞぞぞってね。

 

 クリアウォーターもきっとそれを想像したんだろう。

 

 うん。私達の特殊な能力は、きっと捕まってモルモットになって、そして永久保存されそうな気がするもの。

 あの脳みそが私達の成れの果てとなる可能性は、あるよね。

 

 んで生きているから死後の転生がない。

 ずっとここにいる。

 脳みそのままで。

 

 考えただけでうぎゃあああって叫びそう。

 

 

 

 

 “脳みそ”の衝撃で受けた酷いダメージから二人が回復するまでしばらく時間がかかった。そして、私達はやっと改めて話を開始した。

 

 

「あのね。この前レストレンジに言われてすごく考えたの。

 私さ、戦ったりするのは怖くてできない。でもマグル生まれのお母さんが酷い目に遭うのが怖いから、お辞儀様復活は嫌だなって思ってた。復活したらすぐに家族で逃げようって。

 でもハリーを助けたいって思っちゃったから、ついグリフィンドールに入ってさ。知ってる通りの方が手伝えると思ったからできるだけ原作通り進むように考えてた。

 でも、できるんだったら誰も死なないほうがいいもんね。シリウスもルーピンもスネイプもセドリックも、みんな生きてて欲しいって思うもん。

 うん。私もあなたと同じ意見。レストレンジ」

 

「貴女自身は積極的に原作介入するつもりはないの?」

 

「うん。シリウス達には生きていて欲しいけど、私がそのために戦うのは無理。介入はできればいいなくらいに思ってた」

 

「じゃあ私のやることを止めないのね」

 

「うん。レストレンジが死喰い人になりたいってのなら困るけど、そうじゃないなら全然おっけー」

 

「敵対はしない。ってことでいい?」

 

「うん。敵対しない」

 

「お辞儀様復活は阻止するつもりだから、ハリーは英雄にならないわよ。それでもいい?」

 

「望むところだよ。ハリーは普通に平和に成長して、シリウスと仲良く暮らせばいいと思う」

 

「ありがとう。それを聞けただけでもう本当に嬉しい」

 

「私もだよ、レストレンジ」

 

「エリカって呼んでくれると嬉しいわ」

 

「私はハンナで」

 

「ええ、ハンナ。これからよろしく」

 

「こちらこそ、エリカ」

 

 二人は同時に微笑む。

 よかった。一応、話し合いはできそうだ。ほっとして、それから私達は見つめあった。

 

 と、ハンナが安心したのか、どてっと机に抱き着くように脱力した。

 

「はあ、緊張したあ。もうヤバかったら逃げるしかないって思ってた」

 

「私だって怖かったわよ」

 

「エリカって、何度目?」

 

「二度目よ」

 

「あ、一緒。私も二度目」

 

「あのねハンナ……お互い、どんな世界を経由してきて、どんな能力を持っているか、ってすごく聞きたいと思うの。でも、ね」

 

「あ、そっか。『服従の呪文』とか『真実薬』とかだよね」

 

「そう。『開心術』で秘密を知られるのも怖い。『愛の妙薬』でメロメロにされて秘密を漏らすのも怖い。この世界、怖いものが多すぎるの」

 

「そうだね。知らなきゃ話せない。教えてもらっていなけりゃ秘密は漏れない」

 

「ええ。だから……ほんとはハンナがどんな能力を持っているか、知らないままなのは恐怖でしかないけど。知りたいけど、聞かないから」

 

「うん。私も、聞かない。怖いけど……聞かない」

 

「そうね。えっと。せめて誓うわね。

 私、エリカ・アレクシア・レストレンジは貴女ハンナ・クリアウォーターに危害を加えないこと、貴女の行動を阻害しないこと、貴女が被験者であることに付随する秘密を、決して誰にも漏らさないと誓います」

 

 ハンナは私の誓いの言葉に、さっと姿勢を正した。

 

「あ、ああ、うん。ありがとう。えっと、じゃあ私も誓うね。

 私、ハンナ・クリアウォーターは貴女エリカ・アレクシア・レストレンジに危害を加えないこと、貴女の行動を阻害しないこと、貴女が被験者であることに付随する秘密を、決して誰にも漏らさないと、誓います」

 

 結び手がいないから“破れぬ誓い”ではないけど。それでも、お互い言葉にして誓っただけで、少し安心できる。

 

 そして少し雑談した。一番最初の日本人だった頃、私は大学生で18歳まで生きたこと、ハンナは中学1年生で死んでしまったこと。前の世界で死んだのがどちらもたった12歳だったこともわかった。

 

「いいこと、ハンナ。

 前世の記憶、管理者や担当者の話、特典で貰った能力、能力持ち越しで転生を繰り返していること、ここが物語の世界であること。

 これは、絶対、何があっても、誰にも知られちゃ駄目。私達の“最重要秘匿情報”なの。わかるわよね?」

 

 彼女はローティーンで亡くなっている。世間を知らなさすぎて少しツメが甘い。ここをしっかり押さえておかないと、何かの折にぽろっと秘密を漏らしそうで不安しかない。

 ポンコツエリカの私が霞むくらいポンコツ、というか、善良で操作しやすい子供っぽさが全面に出ている。現に“円”で感じる彼女の精神状態はすでに私に対して安心しきっている。

 だから、怖がらせて悪いと思いつつ、私はしっかりくぎを刺しておく。

 

 ハンナもわかっているのか、うんうんと小刻みに頷く。

 

「うん。神秘部怖い。触手の生えた脳みそコワイ。監禁こわい」

 

「私も嫌よ。平和に生きたい。せめて今世は成人までは生きたい」

 

「私も。大人になったことないもん。成人してお酒飲んでみたい。夜遊びしたい。仕事して、結婚して子供作って孫の顔も見たい」

 

「原作死亡キャラ救済はしたいけど、まずは自分」

 

「うん」

 

 私は18歳+12歳+今世、現在12歳になったばかり。

 ハンナは13歳+12歳+今世、現在12歳になったばかり。

 

 二人とも成人になったことすらない。

 じっと見つめあって、同時に頷く。

 今世は長生きしようぜ。互いの目がそう語っていた。

 

 第一目標『長生きしよう』をしっかりと打ち立てた私達は、次の目標『原作よりもいい未来を』について話し出す。

 

「エリカは介入バンバンしちゃうんだね」

 

「ええ。私は原作どおりなら修羅の道だから。私やドラコを含む死喰い人の子供が、悪事に手を染めることなく幸せに暮らせるためよ」

 

「わかる。映画見てさあ、ドラコって幸せだったのかなって思ったもん。それにエリカも原作通り進んだら、脱獄してきたお母さんと戦う運命しか見えないよね」

 

「そうよ。ヤバいの、私。4年までになんとかしないと、死喰い人になるか殺されるかなの」

 

 私のヤバい状況はハンナも理解してくれているみたいだ。

 ……ついでに言うと、本当はもっとヤバい。なんせ、私はトム・リドルの血をひいているんだから。これはいくら被験者同士とはいえ、絶対話せない。

 

「私、とりあえず今年は原作通り進むように、あんまりハリー達にヒントを与えないようにしてたんだ」

 

「そうね。今年は事件と言っても何とかなる程度だもの」

 

「エリカはお辞儀様復活阻止のためにもう動いているんだよね?」

 

「ええ。お辞儀様は復活なしで倒したいと思っている」

 

「あとネズミを捕まえて、シリウスを無罪に」

 

「そうね。名付け親と暮らせればハリーも幸せになる」

 

「シリウスがそのまま死なずにいれば、ハリーはやっと家族ができるんだよ」

 

「私としてもシリウスは叔父様で、彼がブラック家を盛り立ててくれれば私やドラコの立場も良くなってくるの。原作ファンとしても、エリカ・レストレンジとしても、彼は助けたいわ」

 

 猪突猛進で正義厨で大人になれない駄犬。原作で知る彼には思うところはいろいろある。だけど彼の良さも、知っている。だから、彼にもできれば幸せになってもらいたいし、ハリーに家族をもってもらいたい。

 それにさ。

 彼をこちらに引き入れるか、ダンブルドアの駒にさせるかで、ブラック家の血をひく私としても大きな差が出てしまう。それにシリウスにはハリーがついてくる。

 

 

 ハンナも嬉しそうに微笑んだ。

 よかった。

 互いの、進んでほしい未来が大きく違わないことに、私達は安堵していた。

 

 被験者同士戦うのなんて、嫌だもの。

 

 

「そうそう」

 

 私は巾着から魔法具を取り出す。両面鏡と音声遮断の魔法具だ。

 

「これ、両面鏡ね。原作にもあったから知ってるわね? 2枚の鏡が対になってて、片方から呼びかけたらもう片方に繋がるの。話したければ鏡に向かって『エリカ』と呼びかけてちょうだい」

 

「わあすごい。これって話す相手の顔が映るんだよね。あ、私パジャマだったらごめんね」

 

「お互い女性だからそれは許しましょう。……あとこれは今使ってる奴と同じ。盗聴避けね。私達の会話は決して誰にも聞かれちゃいけないの。だからこの魔法具を設置してからじゃなきゃ両面鏡で呼びかけるのも駄目よ」

 

「ありがとう。どちらも借りてていいの?」

 

「だってグリフィンドールとスリザリンじゃこうやって顔を合わせるのも難しいじゃない。急ぎの時は躊躇せず使ってちょうだい。あ、人除けや音声遮断の呪文を覚えたらこっちの魔法具は返してもらうからしっかり練習してね」

 

「わかった!」

 

 ハンナは一度魔法具を抱きしめると、そっとローブにしまい込んだ。

 

「それと。話をする場所はしっかり確認してね。ホグワーツの絵画はダンブルドアのスパイだから、絵画がない場所を選ぶこと。これ大事」

 

「わお。そうか。校長って絵画にいろいろ指示できるんだっけ。わあ。ホグワーツ中校長のスパイだらけじゃん」

 

 わあ、といいながら頭を抱える。うんうん。私も思ったよそれ。

 

「念のため言うけど、“賢者の石”の戦い、怪我しないように気をつけてね、ハンナ」

 

「うん。がんばる。ありがと、エリカ」

 

 グリフィンドールとスリザリンに分かれてしまったため、二人で話せるチャンスは少ない。

 何かあれば遠慮なく鏡を使って連絡してねと言いあって、被験者同士の会合は終わった。

 

 

 ……そう言えば、ハリーってクィディッチの選手にならなかったから、シーカーの訓練をしていないよね。箒に乗る授業はあるけど、さすがにクィディッチの訓練ほどハードな事は出来ない。あれ? 詰んでる? 大丈夫なのかな。羽のついた鍵をキャッチする奴があったよね?

 

 まあハリーは初めて乗った箒で、急降下してネビルの『思い出し玉』をキャッチできたんだもの。天才なんだ。大丈夫大丈夫。……大丈夫、だよね?

 

 私はハリーへ心の中でエールを送った。頑張れハリー。

 いざとなればハンナがなんとかするんじゃないかな? だってきっと使える能力があるんでしょう、あんなに余裕そうな顔してたもの。それに仲間が一人増えているんだから助け合えるよね。

 

 

 

 

1992年 6月 期末試験

 

 期末試験が始まった。

 魔法を覚えるのは楽しくて、しかも私は神サマにもらった高い能力を持っている。そのうえ影がいる。

 やる気と能力と他者の10倍以上の時間を与えられた私が成績がいいのは当然だと思う。

 

 原作を見て知っている。回答はできるだけ細かく、知っていることを全部羅列するくらい書いた方が点数の加算があること。

 今までの課題だってハーマイオニーをリスペクトして、いつも指定枚数以上を書いて提出してきた。

 

 このテストだって時間いっぱいまで、書けることをできるだけ丁寧にたくさん書いた。

 実技は問題なし。ネズミを変化させる「嗅ぎたばこ入れ」だってマルフォイ家にあった豪奢な飾りをまねて美しく仕上げたし、パイナップルのタップダンスもアレンジをたくさん入れた。「忘れ薬」の出来上がりは惚れ惚れするくらいだったと断言できる!

 

 魔法史はちょっとネックだけど。このさ、絶対次の世界ではなんの役にも立たなそうな魔法史がね、学習意欲がわかないからちょっと大変なのだ。

 もうさっさと覚えて試験が終わればさくっと忘れ去りたい。まあ仕方ないから覚えるけど。

 と、まあやる気は起きないけど、ちゃんと全部の欄を埋めたし、欄外まで細々と考察を書いたし、問題なく加点される、はず。

 

 すべての試験が終わった時には、礼儀正しいスリザリンの生徒ですら解放感に立ち上がって声をあげた。ばっちりちゃんと全部できた気がする。うん。ほっとした。

 

 

 

 

 

 学年度末パーティ。

 スリザリンが524点で文句なしの1位。4位のグリフィンドールは241点しかない。ここまで大きく引き離しているのに。

 

「ロナルド・ウィーズリーに70点」

「ハンナ・クリアウォーターに70点」

「ハーマイオニー・グレンジャーに70点」

「ハリー・ポッターに70点」

「そして、ネビル・ロングボトムに10点」

 

 原作通り滑り込みでグリフィンドールに点数がごっそり入った。

 グリフィンドールと、レイブンクロー、ハッフルパフまでが拍手喝采している。

 

 先ほどまでスリザリンの旗が並ぶ大広間を誇らしげに眺めていたスリザリン生が、あっという間に深紅の垂れ幕に変わったことに愕然としている。

 

 校長の言葉で始まった食事会も、こちらのテーブルはお通夜状態だった。砂を噛むような表情で静かに料理をつつく友人達の姿に怒りが募る。くっそむかつく。あの髭じじい。

 

 杖を取り出し、テーブルをとんと叩く。

 

「このテーブルの担当しもべ妖精。私達の料理をスリザリン寮の談話室へお願い」

 

 私のテーブルにあった料理がすべて消える。驚いて私を見る友人達を見回し、にっこり笑顔をみせた。

 

「せっかくの御馳走が、ここでは美味しく食べられないわ。談話室に戻らない?」

 

 ドラコが肩を竦めて、賛同の声をあげた。

 

「賛成だな。くだらない茶番を見せつけられて気分が悪い。場所を移そう」

 

 ドラコ、ノット、ヴィンス、グレッグ、ダフネ、ミリセント、その他、私達の会話を聞いていたスリザリン生がみな立ち上がる。他のテーブルも同じようにしもべ妖精に料理の配達を頼むと順に大広間を出た。

 

「もう寮杯のために点数に拘るのはやめる」

 

「ほんと、馬鹿にしている」

 

「あの事件から何日経ってると思ってるのよ。嫌らしい」

 

「絶対これを狙ってたぜ、あいつ。点数入れるならもっと前に機会があっただろうに」

 

 口々に文句をいいながら寮へと向かう。

 

 なんで今、だよ。ほんと。

 わざわざスリザリン色の装飾を見せてから、大逆転して大広間をグリフィンドール色に塗り替えてみせつけるなんて。

 

「グリフィンドールが喜ぶのはしかたない。そりゃあ嬉しいだろうし、何故今ごろ貰えたのか考える脳がないんだもの。だけど、自分達が優勝できたわけじゃないのにレイブンクローと最下位に落ちたハッフルパフまで喜んじゃって、ほんと、なんなのかしら? 意味がわかんないわ」

 

「まったくだパーキンソン、あのウィーズリーの勝ち誇った顔がムカつくな」

 

「そこまでスリザリンが嫌いなのかね」

 

「こういう『スリザリンは悪い奴だからいい気味だ』っていう風潮に虫唾が走るわ」

 

「我らの敗北は、スリザリン以外すべての喜びなのかと思うと、悔しくてならん」

 

 ドラコがそう言うと唇を噛む。

 

「ああ、あいつが校長になってからスリザリンの孤立は酷くなった」

 

 ノットも同じ意見のようだ。

 

「父上は、ダンブルドアがこの学校始まって以来の最悪の校長だとずっと仰ってた。今父上は方々へ手をまわして、ダンブルドアをやめさせようと動いてらっしゃる」

 

「ダンブルドアが最悪だってのは同感ね」

 

 ドラコの言葉に私は同意の声を発する。

 

「教師じゃなくて政治家なのに、なぜここにいるのだか理解に苦しむよ」

 

 ザビニも同様。

 

 さんざん文句をいいながら、寮の談話室に戻ると、豪華な装飾で部屋が飾り付けられており、テーブルにはたくさんの料理が乗っていた。しもべ妖精の手際の良さと心づくしに感心するとともに感謝した。

 

「世話になったわね、飾りつけも素敵だわ。ありがとう」

 

 虚空に向かって話すと、デザートが倍増した。ダフネやドラコとくすくすと笑いあい、ソファに座る。

 

「さあ、一年の締めくくり、楽しいパーティの始まりだ」

 

 スリザリンだけの、楽しいパーティだった。

 

 

 

 

 

 

 試験の結果は学年1位がハーマイオニー、2位が私で、3位がドラコだった。

 私だってどの教科も『満点以上』を取れていたのに、ハーマイオニーは私の点数より上だったってことだ。

 

 ハーマイオニーの努力には届かなかったか。ちょっと残念。

 

 

 夏休みはジェイドがホグワーツに残ると言い出したから、『秘密の部屋』へ連れていった。サイズを元に戻し、これからはまた3日置きに食事を持ってくるからね、と言ってわかれた。

 

 

 

 



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閑話 ハンナの場合1

 

 高畑華が死んだのは中学1年になって少し経った頃だった。

 足を滑らせ、学校の階段を転げ落ちた……と思ったら、もう死んでいた。らしい。

 

 死の記憶はない。

 気が付いたら、知らない部屋の中に佇んでいたのだから。

 

 

 机の上にあったパソコンを使い、あまり得意でないキータッチで、ぽつぽつと担当者と名乗った相手の話を聞いた。

 とにかく、

 ・死んでしまったけど、これから転生すること

 ・他にも華と同じ被験者がいること

 ・転生は何度もできて、そのたびに物語の世界にいくこと

 ・能力持ち越しでどんどん強くなること

 ・最初に特典として固有スキルを貰えること

 は理解できた。

 

 

 華はアニメや小説は大好きだ。ゲームも大好き。漫画もそこまで詳しくはないけど、ある程度なら知っている。テレビの映画視聴番組もいつも見ていた。

 華の知っている世界なら、きっと楽しいだろうなあと考える。冒険したり、恋をしたり、魔法を使ったりできるんじゃないか、と期待に胸を膨らませた。

 同じ被験者仲間とも会えたら嬉しい。お互いどんな冒険をしたか話すのも楽しいだろう。

 

 

 固有スキルはドラクエの魔法を頼んだ。

 

 バーに『ドラクエの呪文』と打ち込む。

 だけど返事は《条件を絞り込んでください》だった。

 

 厳選しなくてはいけないのか。

 確かにドラクエの呪文は多い。あれをすべて貰うのは欲張りすぎたかな。華はちょっと自分がおかしくなってふふふと笑った。

 

 それじゃあと『ドラクエの回復魔法』と頼むが、《条件を絞り込んでください》。

 もっと厳選するのか。呪文名を書かなきゃだめとか? でもそんなに呪文を覚えていない。とりあえず覚えている魔法を全部書いてみよう。華は知っている限りの呪文を並べてみた。

 

 『ドラクエの魔法(ホイミ、ベホイミ、ベホマ、ベホマラー、ベホマズン、ザオリク、ルーラ、キアリー、ラリホー、メダパニ、シャナク、メラ、メラミ、ヒャド、イオ、イオラ、イオナズン、ギラ、バギ、バギマ)』

 

 それでも回答は《点数が足りません》。

 

 まだ多いのか、と華は悩む。じゃあ初期魔法を少しずつと、それからどうしても欲しい回復と移動とかどうだろう? と考えた。

 そこから何度かやり取りした。何度も何度も《点数が足りません》と言われてやり直す。

 

 やがて、もしかするとルーラとベホマ以上の回復魔法、ザオリクが駄目なのじゃないだろうか、と気付いた。

 考えてみるとルーラは行ったことのある街ならどこにでも何か所でも行けてしまうし、ベホマはどんな大怪我でも全回復してしまう。ザオリクは死亡した者を蘇生して全回復させる。

 これでは点数が足りないのも頷ける。

 

 華はまだ13歳で、英里佳ほどこのやり取りを理解していなかった。

 たとえば『ルーラ』が駄目だったとしても、回数や場所を絞りこむなどの条件をつければOKが出る可能性もあったのだが、華はそれに気付かなかった。

 

 

 華はまずザオリクを諦めた。

 それでも点数が足りず、OKが出るまでひとつずつ減らしていった。

 

 彼女の固有スキルは『ドラクエの魔法・ホイミ(回復・小)、ベホイミ(回復・中)、キアリー(解毒)、シャナク(呪いを解く)、ラリホー(眠らせる)、メラ(火・小)、バギ(風・小)』となった。

 

 

 

 

 

 

 

 華がハナとして転生したのは『NARUTO』の世界だった。

 知っている世界だったことにまずホッとした。といってもそこまで詳しくない。ナルトがいろんな忍と戦い、成長して、最終的に火影になる話だ。

 

 そして、自分も戦わなくてはいけないことに気付いて恐怖した。この世界は対人戦だ。人を、殺すのだ。それは嫌だとハナは思った。

 

 

 木の葉の忍の家に生まれ、両親ともに忍ゆえにハナも忍になる以外の道はなく、主人公ナルトと同時期にアカデミーに入った。

 友人もできて、学校でわいわいと騒ぐのは楽しかった。主人公や主要キャラ達と一緒に過ごすことはアニメを見て育ったハナには興奮ものだった。

 

 管理者からもらった身体は確かに身体能力が高く、本気で戦えばおそらく他の生徒よりもずっと強かっただろうと思う。

 だがハナは戦わずにのんびり暮らしたかった。アカデミーでもそこまで修行に打ち込めなかった。

 

 一番ビリにナルトがいるうえ、引っ込み思案で大人しいヒナタがいる。他の子供達も遊んでばかりで、少しサボっても身体能力の高いハナはじゅうぶん中ほどの成績をキープできていた。

 やる気を見せて先生方に期待をかけられても困る。忍になりたくないのだ。だから普通に遊んで暮らした。

 

 アカデミーの授業で習うことはそこまで難しいものではない。

 体術や組手、手裏剣などの武器の扱い、それから分身や変わり身のような初歩的なものだけ。

 うちはじゃないから有名なあの写輪眼もないし、便利な影分身も教えてもらえない。

 

 もともと積極的に戦いたいタイプではなかったし、仕事で人を殺すのも絶対嫌だ。

 だから忍になるのはやめて、原作知識で起きることを知っている『木の葉崩し』の時に隙を見て逃げようと思っていた。

 

 それまでにドラクエの呪文を練習したかったけど、里は閉鎖的で常に人目がある。隠れて練習する場所がなかった。

 ハナは原作知識で知っていたのだ。木の葉にはナントカというヤバい奴らがいて、そこでは人体実験でヤバいことをやっていることを。

 ハナの魔法を知られたら、きっと途轍もなくヤバいことになることを。もしかしたら“柱間細胞”に続く“ハナ細胞”とか言われて移植用にされるかもしれない。移植ごときでドラクエ魔法が使えるわけはないのだけど、人体実験なんてする人たちをハナは信じられなかった。

 だから、怖くて練習なんてできなかった。

 木の葉を出れば、それからいっぱい練習しよう。ハナはそう考えていた。

 

 

 12歳でアカデミーを卒業して無事下忍になれたハナは、初めての任務で、やっと里の外にでた。今まで厳しく禁じられていた外の世界に出れて、ハナは解放感でいっぱいだった。

 

 里のすぐそばの森に行ってちょっと作業をするだけの簡単なDランク任務のはずだった。そこで隠れていた他国の忍に襲われてしまう。

 

「悪く思うなよ、こわっぱども」

 

 酷薄な笑みを浮かべた忍の黒光りする刃が一瞬で迫り、あっという間に隣に立っていた仲間が死に、返す刀でハナも肩を切り裂かれる。

 痛みと、初めてみた死に、身体が竦む。

 

 死にたくない。

 その想いで必死に叫んだ。

 

「メラ!」

 

 止めを刺そうと近づいていた忍にもろに火の玉が当たる。肉の焼ける嫌な臭いが立ち込めた。火を消そうとわめきながら地面を転げまわる男を見下ろして立ち尽くす。

 

 そうだ。これはゲームの呪文だけど、ここはゲームじゃない。

 攻撃魔法を放てば相手を傷つけることができてしまう。これは、人を傷つける呪文なんだ。

 ハナはやっと気付いた。その衝撃に唖然とした。

 

「このガキゃあ」

 

 激昂した他の忍が刃を振るう。

 

 あっという間のできごとだった。

 ハナを殺した忍のぎらぎらと血走った目が、最期に見たものだった。

 

 

 

 

 

 

 『転生の部屋』で華はため息をついた。

 

 アニメは見てたのになあ。

 水を歩くことも壁歩きも、影分身も、何もできないうちに死んでしまった。

 チャクラの使い方は卒業試験だった分身の術しか知らない。戦いたいわけじゃないから構わないと言えばそうなのだけど。特典だって「メラ」を一度使っただけ。ちょっとゲームオーバーが早かったかな。

 

 でも友達もたくさんできて、楽しかったかも。ナルトとヒナタも見れたし。

 次も頑張ろう。

 

 ……ただ、次はもう少し、長生きしたいなあ。

 

 華は、そう思った。

 

 担当者に『今回はチャクラの量が多く設定されていた』と説明を受け、でも使い方すら知らないからあんまり関係ないな、とハナは思った。

 

 死の恐怖を緩和されている華は、忍に殺された恐怖があまりなく、まだ『いろんな物語の世界に何度も行けるオトクな環境』の危険を、よく理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

 次の世界に生まれ、記憶が戻ったのは3歳だった。

 華はハンナになっていた。

 

 戸惑ったのは英語だったことだ。

 両親や姉の流暢に話す言葉がまったく聞き取れない。

 

 華は中学1年のはじめで死んだから英語教育はあまり進んでなかったし、はっきり言って苦手だった。今世はまず英語アレルギーを克服するところからかあ。

 幼い華は……ハンナはそっとため息をついた。

 

 

 幸いなことに3歳まで英語のシャワーを浴びて生きてきたハンナの耳は英語に馴染みがあったし、3歳児に語り掛ける母親の言葉は、やさしく、単純で、ハンナは少しずつ英語に慣れていった。

 

 

 ハンナは両親と4つ上の姉との4人家族だった。

 前世NARUTO世界の家族はシノビ一家で、父も母も任務でほとんど帰ってこなかった。

 

 ここが何の世界かはまだわからないが、優しいお父さんとしっかりもののお母さん、こまっしゃくれたお姉ちゃんとの和気あいあいとした家庭に、ハンナはすっかり魅了された。

 殺伐とした前世で味わえなかった楽しくて穏やかな生活を、ハンナは満喫していた。

 

 

 ある日、唐突に、ここが何の世界か気付いた。

 父親が杖を振るい、魔法を使ったのだ。

 

『レパロ』

 

 父の呪文で、罅の入ったテーブルがあっという間に直ってしまったのだ。

 

 魔法だ。『レパロ』という呪文にも、父の杖の構え方にも、すごく覚えがあった。

 ハリー・ポッターだ。

 

 魔法には心が躍った。

 でも。また戦いの世界かあ。ハンナはため息をついた。

 

 

 

 

 ここはマグル界で、ハンナの家にもテレビや電話があった。

 マグルの近所付き合いもあって、ハンナの家には動く写真も、目立つ魔法具も置いていない。

 でもこっそり魔法を使っているし、大きな暖炉は魔法界へ繋がっているらしい。

 

 お父さんは純血で魔法省に勤めている。お母さんはマグル生まれの魔女で今は子育て中の専業主婦。ホグワーツに入るまでの教育がマグル街のほうがしっかりしているため、マグル街で暮らしているらしい。

 ハンナは半純血の魔女のようだ。

 

 ヴォルデモートが復活するとマグル生まれのお母さんは酷い目に遭うかもしれない。杖を取り上げられ裁判で虐められ、アズカバンに入れられてしまう。

 ハンナはそれは嫌だと考えた。

 それに、できるなら原作で死んだシリウスやセドリック、スネイプ先生を助けたい。でも家族も心配だ。

 いざとなったらみんなで逃げようと説得しよう。ハンナはそう心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 7歳になった。

 11歳の姉ペネロピーにホグワーツから入学許可書が届いた。

 両親は喜び、学用品を揃えるため買い物に行くことになった。ハンナも初めてダイアゴン横丁へ足を踏み入れた。

 

 ……楽しかった。

 もうすべてが珍しく、動き回る写真や時代錯誤の服装や、積み上げられた大鍋や、羽ペンや呪文の本にハンナは夢中で周りを見回していた。

 魔法界への興味がぐっと湧き上がる。

 

 シノビとして殺し合いをするより、魔女として魔法界で働く方がずっと楽しい。

 それにここなら戦う以外の職業だっていっぱいある。

 

 ホグワーツへ行くことが楽しみになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉はホグワーツへと旅立ち、ハンナはスクールバスでプライマリースクールに通い始めた。

 

 魔法族の子供はちょっとした癇癪で魔力暴走を起こすため、マグルにそれを見られてしまうと問題になる。だからハンナは今まであまり外出せず、庭で犬と遊んでいることが多かった。

 今までホームスクーリングだったのだが、やっと暴走で物を飛ばすことが減ってきたため、学校に通い出すことになったのだ。

 

 また学校……なんて思っていたけど、同学年の子と触れ合う機会ができて、毎日が楽しかった。

 

 

 

 

 

 楽しくも騒々しい毎日を過ごしていたある日、メガネの痩せこけた少年の存在にやっと気付いた。

 ハリーだ!

 

 映画のとおりの、ダボダボの古着を着て、痩せて髪もボサボサ。眼鏡も身体にあってなくて大きい。

 顔や、服から覗く手足に生傷が見える。

 

 従兄弟のせいでクラスメイトのコミュニティに入れなかった彼は、いつも独りだった。

 見つかると虐められるからか、休み時間はいつもどこか目立たない場所でひっそりと息を殺して過ごしている。

 誰も気付かないで、僕に近付かないで、でも誰か僕を見て、僕を愛してって必死に息を殺して過ごす痩せこけた少年。

 

 

 原作映画を観たのは華が小学校に入るずっと前で、ハリーの成長とともに華も大きくなっていった。

 自分よりお兄ちゃんな少年が頑張る物語だった。

 

 本は全巻読んだし、映画だってテレビで放映されれば何度でも見た。

 この物語が好きだった。呪文も覚えたし、自分ならどの寮に入るかなんて妄想もした。(華はきっとハッフルパフ、と小学校の親友は断言した。)

 

 彼の今の状況を、ハンナは見てられなかった。

 

 

 NARUTO世界でのナルトも酷い状況だったはずだけど、ハナが一緒に過ごしたのはアカデミーの中だけで、そこでは落ちこぼれの生徒に対する先生の態度としては普通のものしかハナは見てない。

 子供達がナルトを嫌うのは騒いで授業を妨害するからだし。

 ナルトは積極的に存在をアピールするタイプだった。無視されれば悪戯をして注目を集めるような、そんな強さを持っていた。

 

 

 でも今のハリーは本当にひとりっきりで、暴力に曝されていて、助けを求めている。

 ハンナに彼を助けるすべはない。でもせめて友人になるくらいはいいんじゃないか。ハンナはそう考えた。

 といっても、表立って仲良くすることはできない。

 子供の世界も、シビアだ。

 

 ハンナは明るく人気者で友達が多い。それに神様に貰った身体は美少女だ。

 

 爪はじきにされている地味な少年に急に可愛い女の子の友達ができると、きっと目立つ。

 その場合、ワリをくうのはいつだって弱者だ。つまり、ハリー。

 

 彼がもっと嫌な思いをするかもしれない。

 

 

 どこかでチャンスがあれば、人目のない場所で話しかけようとハンナは思った。

 

 

 

 小説や映画でも見た、ハリーの子供時代。実際に見ると、思っていた以上に哀れだった。

 

 でも、この下地があって、ハリーは成長できたのかもしれない。

 ここで下手に手を差し伸べて、彼がそちらに依存するようなことになったら、彼の成長を妨げる。

 

 とはいえ、苛めを黙ってみているのも、すんごくやだ。ハンナは唇を噛みしめた。

 

 あとで幸せになるからだいじょうぶ、なんてそんなわけあるか!

 ハリーが成長したあとで「あなたの将来を思って、いじめられているのを黙ってみてました」って言える?

 そんなこと言われたら、私ならぶっとばすね。

 救いがいるのは、今よ、今!

 

 ハンナは鼻息も荒く、そう叫んだ(心の中で)。

 

 

 ある日、図書館の隅っこの椅子に腰かけるハリーに話しかけた。

 

「ハーイ、ハリー」

 

「え? あ、ハーイ」

 

 言葉をかけられるとは思ってなかったのか、ハリーは困惑の表情で挨拶を返してきた。

 

「いつもここで本を読んでるよね。本、好きなの? あ、私、ハンナ」

 

「あ、うん。あ、えっと。ハリー。ハリー・ポッター。君の事は知ってる。ハンナ・クリアウォーターだよね」

 

「名前、知ってたの? ありがとう、ハリー」

 

 気になって半年。やっと声をかけて、お互いに自己紹介を交わすことができた。

 

「ハリーのこと、知ってるの。ええと。勝手に私が親近感を持っているだけなんだけど、私達、似てるから。だから、わりとよくあなたのこと、見てたよ」

 

「似てる?」

 

「うん。ハリーが読んでる本、私も好きなのが多くて」

 

 もうひとつの共通点、二人とも魔法使いだということは、まだハンナだけの秘密だ。

 

「そうなんだ……えっと。本、好き?」

 

「好きよ。セリーナ・サイファヌスの『少年は空を翔ける』シリーズがすごく好き」

 

「僕も好きだ、それ。あ、え、あの、サムが毎回奇想天外な事件に巻き込まれるのが面白くて」

 

「そうそう。なんでそこ行っちゃうの! ってヤキモキすんのね」

 

「あ、うん」

 

 顔を見合わせて少し笑う。ハリーもやっと緊張がほぐれたのか、本来の明るい笑顔をハンナに向けた。映画よりずっと幼いハリーの笑顔がすごく可愛いとハンナは思った。

 

「たまにはこうやって話をできたらいいなって思ってた。ほら、あんまり目立つの、ハリー嫌でしょ?」

 

「あ、うん。そうだね。注目されるのは得意じゃないかな。誰もいない時に話しかけてくれたことには感謝するよ」

 

 あとはハリーの愚痴を聞く。

 人との会話に餓えているハリーは、そりゃあたっぷりダドリーの悪口を聞かせてくれた。

 

 

「じゃあ、もう行くね。たまにこうやって話そう。またね、ハリー」

 

「うん。ありがと。その、嬉しかった。ハンナ」

 

「バーイ」

 

「うん。バーイ」

 

 

 はにかむハリーに軽く手を振ってわかれる。

 仲良くなったことでどう原作が変わっていくのか、ハンナは少し心配だった。ちょっと『やってしまったかも?』という後悔が押し寄せてくる。

 

 

 ハンナは大人にはなれていないが、すでに人生3回目の少女時代を過ごしていて、家族は円満で、しかも自分が魔女であることも知っている。

 

 それに引き換え……とハンナは原作で知るハリーの状況を思い出す。

 たしか、『ろくでなしの父親とバカな母親の間に生まれて、あげくに両親は交通事故で死んだ』みたいな感じで教えられていたはず。彼には、自分の縋るものが何もない。

 

 

 ハンナは先ほどちょっと後悔した自分を恥じた。そして「うん。やっぱちゃんと友達になろう」と決心した。

 

 

 二人はそれからも、時々人目のない時に話をした。たまにハンナがお菓子や食べ物を差し入れたり。ハリーは常に空腹だったからとても感謝された。

 やがて二人はじゅうぶんに『親友』と言ってもいいくらいには仲良くなれた。

 

 

 

 




※ハンナの父親が魔法省務めは捏造設定

被験者ってランダムで選ばれているのでいろんなタイプがいます。
英里佳は焦っていっぱい修行して技術もモノも眷属もどんどん持っていくぞって溜め込むタイプです。

華ちゃんは中学に入ってすぐ死んだ普通の女の子で、NARUTO世界でもシノビになりたくないから修行しなかった。ここでもエリカみたいに「生きるために修行しなきゃ」とか考えず普通に子供時代を過ごしました。長生きしたことがなく自主性や主体性がまだありません。

あと、担当者は聞かれたことにしか答えてくれません。魂云々も華は聞きそびれています。「何度もいろんな物語の世界にいけてラッキーだから人生楽しもう」とのほほんと考えています。ゲーム感覚というか、キャラに会えて楽しいくらいで、まだ深刻に受け止められていません。

ダンブルドアはハリーに見張りを付けていますが学校内でこっそり話す程度の交友関係まではチェックできていません。なのでハンナはダンブルドアに知られることなく彼の友人の立ち位置に納まりました。
魔法族にはハリーの虐待に気付けないような魔法が掛かっていたと思います。あからさまに被虐待児の英雄の姿に、原作で描写のある『時折り握手を求めに来るローブ姿の人達』が怒りを覚えないはずないですから。
ハンナは原作知識で知っていたから気付けました。


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閑話 ハンナの場合2

 

 

 数年が過ぎた。

 

 ハリーとはあれ以来友人関係を続けている。ハリーにとってハンナは唯一心を許せる存在だった。

 

 苛めから逃げていつの間にか屋根の上にいたことも、動物園でダドリーを蛇の檻に閉じ込めたこともこっそり告白された。

 

「僕はイカレてるんだってバーノン伯父さんが」

 

 ハンナはなんと答えるべきか少し迷い、そして、「私も感情が高ぶると部屋の小物が飛ぶ時があったよ」と軽く話した。

 

 ハリーはハンナの告白に目をぱちくりと瞬かせた。

 

「だからさ。そう自分のことを“イカレてる”なんて思わないで。感受性の高い子供ならよくあることだよ」

 

 安心したように微笑む彼に、ハンナは力拳を握り、こう続けた。

 

「人のことをイカレてるなんていう人のほうがイカレてるんだよ。気にしちゃだめだよ、ハリー。それより太っちょダドリーが蛇の檻で泣きじゃくる姿についてもっと話して」

 

 

 

 

 

 卒業間近のある日。

 進学先の話になり、ハンナはハリーに『スコットランドの寄宿学校に行く』と告白した。

 

 寂しそうなハリーの姿に、ハンナはホグワーツについて話そうかと何度も迷ったが、ここで話してしまうと原作とずれてしまうことを恐れて、最後まで言い出せないままプライマリースクールを終えた。

 魔法学校なんて話を信じてもらう自信がなかったことも理由のひとつだ。

 

 ハリーの事は気になりつつも『また来年の夏には会おうね』と手を振ってわかれた。

 次に会うのはホグワーツ特急かな。ハリー、がんばってね。と、ハンナは特急で魔法について話せることを楽しみに、そっと彼にエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハリー?」

 

 9と4分の3番線へ向かう柱の前で、ばったり出会った。という風を装ってハンナが待っていたのだが。

 

 両親や姉には同級生の友達を探すからと別行動をとってもらい、ハンナだけここで立っていたのだ。

 荷物を目いっぱい乗せたカートを押し、困惑の表情で立ち尽くす彼に、ハンナは笑顔で声をかける。

 

「え? ハンナ? どうして?」

 

「やっぱりハリーもホグワーツだったね。ああ、ハリーってやっぱり“あの”ハリーだったんだ」

 

「えっと。どういうこと?」

 

「列車に乗ったら説明するよ。時間がないし」

 

 話しているとバタバタと慌ただしい足音と、賑やかな声が聞こえる。ハンナが振り向くと、赤毛の集団がやってきた。わお、リアル・ロン・ファミリーだ、とハンナのテンションがあがる。

 

「あら、貴方達もホグワーツ? 時間がないわよ。通り方がわからないのかしら?」

 

 世話好きですって看板を首にかけてそうなおばさんが優しい顔でそう話す。

 

「うちの息子がお手本をお見せしますからね、さあロン」

 

 ロンのあと、ハンナ達も先に通してくれた。

 お礼を言って柱に向かって突進……無事抜けると、そこにはホグワーツ特急が。

 

「わあ」

 

 感動して立ち尽くすハリーを促して家族のもとへ連れていく。両親も、姉のペネロピーもハンナのプライマリースクールの友人が“あの”ハリーだったことに驚き、大歓迎の言葉を送った。

 

 あまりの歓迎ぶりにハリーが若干引いているのをこっそり楽しんだハンナは、家族にクリスマスまでの別れを告げて列車に乗り込んだ。

 

 ハリーを促して列車の通路を進み、奥の方でやっと空いているコンパートメントを確保することができた。

 荷物を棚に持ち上げ、座席に座ってほっと一息つく。

 

 窓の外を見れば、だいたいどの窓からも子供達が顔を出していて、家族との別れを惜しんでいる。

 ハリーには縁遠い風景だ。

 

 ハリーもそう考えているのか、少し苦笑を漏らしていた。

 

 窓から視線をはずし、ハリーはハンナの顔色を窺うようにそっと口を開く。

 

「あのさ、ハンナ。君って自分が魔法使いって知ってたの?」

 

「うん。女は魔法使いじゃなくて魔女っていうのよ。えっと。うちの両親も姉も魔法が使えるから」

 

「じゃあ僕のことも?」

 

「うん。校舎の屋根に乗ってたって話を聞いて、ハリーも同じなんだって気付いた。だけど話せなくて黙ってたんだ。

 あの時私が『ハリー、貴方は本当は魔法使いなんだよ』って言って、信じられた?」

 

 ハリーはううん、と笑う。でしょ、とハンナも笑った。

 別の学校にわかれてしまったと考えていた唯一の学友がこれからも一緒だと実感できたのか、ハリーはやっと頬を綻ばせる。

 

「ハリー」

 

 ハンナが魔法について話せるようになって最初に渡すのは、『魔法史 近代の英雄たち』という本。

 

「ハリーはいきなりホグワーツから手紙がきたの?」

 

「うん。君も?」

 

「私は家族が魔法使いだから知ってたよ。でもホグワーツからの手紙は嬉しかった。

 でね、お母さんと学用品を買いに行って。そこで学用品以外にもいろいろ本を買ったんだけど、これ、見て」

 

 『死喰い人と戦った英雄たち』と書かれたページを開いて見せる。

 そこにハリーの両親の名があった。

 “例のあの人”を斃したハリー・ポッターの名前も。

 

「これを読んで、あなたのことだと思った。でも話をするチャンスもなく今日になって。きっとハリーもこの列車に乗ってるだろうって、会えたら真っ先に見せようって思ってたの」

 

 ハリーは食い入るようにその記事を読んでいる。

 

「僕は英雄だって書いてあるのに。なんにも覚えてない」

 

「きっとさ。ハリーがたおしたんじゃないんじゃない?」

 

「どういう事?」

 

「だって1歳だよ。1歳の赤ちゃんに、何ができるの?」

 

「うん、そうだね。じゃあ、どういうこと?」

 

「だから、ハリーを守ったお父さんかお母さんが、その“例のあの人”と相打ちになったとか、そういう話じゃないの?」

 

「でも、死の呪文を跳ね返したって書いてるよ。傷だってほら、ちゃんとある」

 

「だからさ。1歳の赤ちゃんが、そんなすごい魔法を跳ね返せるの? 今のハリーを見ていると、そんな天才には見えないんだけど」

 

「……うん」

 

「だから、ご両親が守って、そのおかげで跳ね返すことができたんじゃない? 防御の呪文とかそんなの。で、“例のあの人”は消滅し、ご両親は力尽きて斃れ、結果貴方が残ったってわけ。ほらどう?」

 

「じゃあ僕が偉いんじゃない。父さんと母さんが偉いんだ。なんでみんな僕を褒めたたえるんだろう」

 

「生きているからじゃない? “例のあの人”と対峙し、死の呪文を受け、それでも生きている。それだけで英雄よ。貴方はご両親を誇るべきだよ、ハリー」

 

「……うん。僕は両親の愛で、生きている。僕は、愛されていた」

 

「そうよ。ハリー。貴方は愛されていた」

 

 ハリーは横を向いて、前髪を引っ張るようなしぐさをした。ハンナはそっと窓の外を眺める。

 彼女の視線が自分に向いてないことを確認して、ハリーは急いで涙をぬぐった。ハンナはまったくそんなこと気付いてません、という顔で外を見続けた。

 男の子は繊細だ。

 

 よそ見を続けるハンナは『ちょっとばらすの早かったけど、「僕えらいんだもん」とか天狗になられるよりずっといいよね?』なんて考えていた。ハンナの『ハリー、ロン大人化計画』の一端だった。

 

 

 

 ハリーの涙が落ち着いた頃、列車が動き始める。

 しんみりした空気を変えたのは遠慮がちに響いたノックの音だ。

 

 そっと扉をあけて、のっぽのミスター赤毛が顔をのぞかせる。ロン少年だ。ハンナのテンションがあがる。

 

「あの、ここ、空いてるかな?」

 

 どうぞ、と声をかけると、ロンはおずおずと入ってきて、ありがとう、と礼を言った。

 

「あの、僕、ロナルド・ウィーズリー。新入生だよ」

 

「ハンナ・クリアウォーター。私も新入生。よろしくね」

 

「ハリー、ハリー・ポッター。新入生だ」

 

「ハリー・ポッター? あのハリー・ポッターかい? それじゃあ……その、額には傷痕が?」

 

 そこからは映画の通りに進んだ。

 ハリーの傷痕を見て「おったまげー」って言葉がでてハンナは吹き出しそうになるのを必死で我慢した。

 

 

 

 

 その後車内販売のおばさんがやってきた。

 ハンナは母親の心尽くしのお弁当を広げる。友達ができたら一緒に食べるから、とあらかじめ多めに作ってもらったのだ。ロンの分もじゅうぶんある。ハンナの計算通りだった。

 

 はじめての魔法界のお菓子にテンションがあがったハリーと一緒に、一通りのお菓子を買って、ロンも一緒に仲良く分け合って食べた。

 

 

 ロンとも打ち解けてハリー、ロン、ハンナと名前で呼び合うようになった。

 

 話の続きを……とハンナが『魔法史 近代の英雄たち』をもう一度取り出したところでドアが何度もノックされ、ボサボサ頭の女の子が入ってきた。ハーマイオニーだ。

 

「ネビルのカエルを知らない?」

 

 ハンナはこっそりため息をついた。タイミングが悪い。とても真面目な空気ができたところだったのだ。ハンナは冷めた目で「見てないよ」とハーマイオニーを見た。ロンとハリーも同じで、「知らない」と言うだけ。

 

 原作ではロンが杖を出してたため、呪文を見学しようとハーマイオニーが居座った。だけど今は普通に話してただけだからすんなり帰るだろうとハンナは考えていた。

 甘かった。

 ハーマイオニーはハンナの手にある本を見て、目を輝かせた。

 

「あら、『魔法史 近代の英雄たち』ね、私も読んだわ」

 

 そしてハンナの横に座ると、どの本を読んだとか、「近代史の中では『魔法界を牽引する歴史の寵児』がすごく面白かったわ、でも物語的になりすぎて真偽は定かではないわね」と総評を述べた。

 そして「魔法はすべて完璧に覚えたわ」と「ルーモス」をやってみせた。

 その後もハンナ達に言葉を発する機会も与えずマシンガントークを続け、「あなたハリー・ポッターなのね。本で読んだわ」と言うやいなや、ハリーの軌跡を立て板に水のごとく話し出す。

 成長したハーマイオニーの可愛らしさやいじらしさを知ってるハンナですら少しイラっときた。

 

 案の定ロンが噛みついてハーマイオニーがいなして、「トレバーを探さなきゃ」と言って出ていった。

 

 ハンナは、颯爽と出ていく彼女と悪態をつく少年達の様子を見た。

 ここからハリーとロンとハーマイオニーの三人が親友になれるのか。子供ってすごいな、と子供3回目のハンナは思った。

 

 一番近い特等席で彼らの成長を見ていたいと言うのがハンナの希望だったのだが、ハンナが入ることで三人の仲が微妙になるかもしれない。とくにハーマイオニーは拗れると難しいだろう。

 

 やっぱり原作に関わらないよう、前々世の友人の言葉通りハッフルパフにでも入ろうか。と少し迷った。

 

 

 ハンナがそんなことを考えているうちに、どこの寮に入りたいかという話になり、ロンの「スリザリンだったら最悪だよ」という不安げな言葉を聞いた。あれ? とハンナは疑問に思った。もっと嫌悪感バリバリに言うのかと思ってたのに、ロンの言葉には怯えがあったのだ。

 

 ここでちょっとロンの凝り固まった考えを揺さぶっておきたいと、ハンナは先ほど考えていた『ハリー、ロン大人化計画』をまた実行する。

 

「私、お父さんがグリフィンドール、お母さんがレイブンクローだから、そのどちらかになると思うんだ。おねえちゃんはレイブンクロー。でもお父さんは純血家系だよ? 私は半純血だけど。スリザリンに入る可能性だってあるよ」

 

「君、不安じゃないの? だってスリザリンだよ。うちなら、もし僕がスリザリンに入ったと知ったらママに殺されちゃうよきっと」

 

「ロンは家族みんながグリフィンドールだから、それ以外になるのが怖いんだね」

 

「……うん」

 

「じゃあもし私がスリザリンに入ったら、もう友達じゃなくなる? 私、ハリーとは7歳からの付き合いだし、ロンのことももう友達だと思ってるんだけど」

 

 まだグリフィンドールな価値観に染まっていないハリーは、食い気味に「そんなことないよ」と否定して、ロンは「そ、それは、そんなことは、うん、ないよ」とかなり消極的ながらも一応は否定してくれた。

 ハンナは頑張って『可愛らしく感動する乙女』な笑顔を浮かべた。

 

「わあ、ありがと! これで安心して組み分けに臨めるね」

 

「うん。でもさ。スリザリンは死喰い人がいたところだよ。あの、“例のあの人”も」

 

「えー、スリザリンが全員死喰い人だとか、悪人だとかって思うのはちょっと暴論すぎない? それってマグルはみんな屑だって言う人達と変わらないわよ」

 

「それは、んー、全然違うよ」

 

「私は違わないと思うけど。それにグリフィンドールにだって死喰い人はいたよ」

 

「グリフィンドールに死喰い人はいないよ!」

 

 ロンはここぞとばかりに反論した。グリフィンドールが貶されるのは許せないようだ。

 

「いたじゃない。シリウス・ブラック。一つの魔法でマグルを含む13人を殺した極悪人。彼はグリフィンドールだったのよ」

 

「そんなはずあるもんか!」

 

「本当よ。シリウス・ブラックはグリフィンドール。私、『実録! 死喰い人の秘密に迫る』で読んだもの」

 

 ハンナはそう言いながら「あ、いまの言い方ハーマイオニーみたいだ」と考え、ちょっと自分でおかしくなった。

 

「ね。だから、どの寮だからどういう奴だ、なんて考え方はやめようよ。みんな違ってみんないいんだよ」

 

 どこかで聞いたことのある言葉を、精一杯の想いで語る。ハンナのその表情に、ロンは、う、うん。と小さく頷いた。

 

 

 

 ロンは頑ななところがあるけど、とても仲間思いで、ムードメーカーだった。ハリーはすでに親友と言っていい間柄だし、ロンと話していると原作キャラとかそういうんじゃなくて、本当に友人と思える。

 

 みんなでグリフィンドールに入ったらこんなことをしよう、とか、そんな話で盛り上がる。

 

 ハリー達と一緒に冒険するのは、すごく楽しそうだ、とハンナは思う。やっぱりハッフルパフじゃなくてグリフィンドールにするよ〇〇ちゃん、と心の中で前々世の友人を思い浮かべ、その名前も顔もはっきりしないことに、そっと心の中だけで泣いた。

 

 

 

 列車が到着し、外に出る頃になって、マルフォイが来なかったな? とハンナは少し疑問に思った。

 

 

 

 

 

 クリアウォーターはCだから、組み分けが始まってハンナの名が呼ばれるまであっという間だった。

 心の準備ができていないまま席に座り、組み分け帽子を被った時『おや、君は“知る者”だね』と言われてハンナはあせった。彼女の心臓がでたらめに打ちはじめる。

 

 ハンナも帽子を被ったら記憶を見られてしまうことは理解していた。だが、隠しようがないことだと諦めていたのだ。

 でもこの秘密が知られてしまうのはとても危ないことだってことくらいハンナもよくわかっている。

 

『あの。あなたは私が“知る者”って、ダンブルドア校長に報告しますか?』

 

『私は毎年やってくる子供達に道を示すのみ。私が見たものは私とその子だけの秘密じゃ』

 

 なるほど。ダンブルドアに自分の情報が漏れないなら一安心だとハンナは胸をなでおろす。

 

『……よかったあ。あ、えと。ありがとうございます』

 

『ふうむ。君は真面目で社交的。ハッフルパフなら多くの友情を育めるじゃろう。どうじゃね?』

 

『グリフィンドールに入りたいです!』

 

『ふむ。ハッフルパフのほうが君にはあっておると思うのじゃが。ふむ。なるほど。友のためにグリフィンドールに入りたいのだね。ではその勇気を讃え……グリフィンドール!』

 

 そうやってハンナ・クリアウォーターはグリフィンドールに入ったのだった。

 

 歓迎の声に挨拶を返しながらグリフィンドールの席に座り、順番を待つ子供達の中にいるハリーとロンに手を振る。7歳の頃からの友人がここにいるんだもの、きっとハリーもグリフィンドールを強く希望するだろう、とハンナは思う。ロンはもちろん兄達すべてがいるグリフィンドール以外に入ることを恐れているし。

 

 ハンナは有頂天だった。

 グリフィンドールに入れた。主人公ハリーは親友。初日からロンとも友人になれたし、きっと楽しくこの世界でも暮らしていける。ハーマイオニーとも早く友達になりたい。ハンナはそう考えてうきうきしていた。

 

 お辞儀様が復活したら母親のために逃げるかもしれないけど、今はこの状況を楽しめばいいか、とハンナは気楽に考えていた。

 

 

 

 

「レストレンジ――」

 

 他の生徒と話していると聞き覚えのあるファミリーネームが読み上げられて驚いた。え? レストレンジ?

 前を見ると、ひとりの少女が組み分け帽子を被っている。大きな帽子に隠れ、顔は全く見えない。

 

 今、確かにレストレンジって言ってた。つまり、それって……

 

「デルフィーニだ」

 

 小さな声で呟いた。

 前の席に座った生徒が、ハンナの呟きに首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

「あ、うん、デ……」

 

 デルフィーニだよ。ヴォルデモートとベラトリックス・レストレンジの娘。と言いかけて、すんでのところで思いとどまる。

 あっぶない。気を抜きすぎだ。反省しなきゃ、とハンナは気を引き締めなおした。

 

 なんでもない、とあいまいに笑うと、「レストレンジなんて怖いね」とその子が怯えたように話す。きっとハンナの事もレストレンジの名前に驚いたのだと考えたのだろう。

 そうだね、とおざなりに返事を返しながら、スリザリンに組み分けられ帽子を脱いだレストレンジの娘を見た。びっくりするくらいの美少女だった。

 スリザリン寮のテーブルに向かうレストレンジの後ろ姿を見送る。ウェーブのある黒髪が艶々と美しく、凛として歩く姿がまるで女王のように見えた。

 

 これからあの子が大きくなったら逆転時計を使って……あれ? とそこでハンナはやっと時代が違いすぎることに気付いた。デルフィーニはハリーの子供達と一緒にセドリックを助けに過去へ向かう。今1年生なわけがない。

 

 じゃあ、あの子は……デルフィーニじゃない?

 

 そこまで考えて、そしてやっと。

 被験者が他にもいるという担当者の言葉に、やっと思い至ったのだ。

 

「あ、これ死ぬ」

 

 きっとあの子も被験者だ。死喰い人に被験者がいるなんて、怖すぎる。……ハンナは目の前が真っ暗になるような恐怖を覚えた。

 

 やばくなったらさっさと家族みんなで逃げよう。

 ハンナはそんなことを想いながら組み分けでグリフィンドールになり、満面の笑顔でこちらへやってくるハリーを迎えるため、立ち上がった。

 

 

 

 



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夏休み ルシウス・マルフォイ

 

1992年 6月 夏休み

 

 ホグワーツの夏季休暇は、6月最終週から8月いっぱいまでのほぼ9週間。ホグワーツに居てはできないことをやれる長期休暇は予定目白押しだ。

 

 

 この夏休み、ルシウス叔父様を説得したいと思っている。

 

 お辞儀様の復活を阻止するためには、ルシウス・マルフォイはどうしても仲間になってもらいたい人物なのだ。

 ルシウス叔父様は元死喰い人と言われながらも、地道なロビー活動で魔法省への発言力を維持している。血統の良さも相まって純血貴族家での影響力も高い。処世術にかけては一番頼れる大人、それがルシウス・マルフォイ。

 

 それに彼が死喰い人に戻ればドラコが不幸になる。私の後見人も彼だから、叔父様が死喰い人になってしまうと私にとってもけっこうヤバいことになる。

 絶対に阻止したいのだ。

 

 

 当初の予定ではね。『秘密の部屋』事件が起きることを静観しようと思っていた。

 今のままなら叔父様はいつでも死喰い人に戻れる。

 でも。2年の事件が原作通り進めば、お辞儀様の大切な分霊箱『トム・リドルの日記』を失い、その上ダンブルドアに分霊箱の存在を知られてしまうことになる。

 ルシウス・マルフォイ最大の失態だ。

 

 だから、そのあとで、『あなたの失態で大切な分霊箱を壊してしまった。お辞儀様が復活したらマルフォイ家すべての命が危険ですよ。一緒に復活を阻止しましょう』というような説得をしようかと考えていたのだ。

 

 

 ルシウス・マルフォイが『トム・リドル』の日記について知っていることは、原作でドビーが話した内容だ。

 ドビーが原作でハリーに話したこと。

 ・世にも恐ろしいことが起こるよう罠が仕掛けられた

 ・名前を言ってはいけないあの人が名前を変える前の、トム・リドルが関係している(直接話していないけどそれらしいヒントを出した)

 ・またしても秘密の部屋が開かれた

 

 つまり、ルシウス・マルフォイはお辞儀様にトム・リドルの名が表紙に書かれた日記を手渡され、

「これは『秘密の部屋』を開くための鍵であり、秘密の部屋が開かれれば怪物が解き放たれ、マグル生まれの生徒が駆逐される。この大事な魔法具を、安全に、秘かに、お前が守っておくように」

というような命令を受けていたのではないかな、と推察している。

 

 んで。

 ドビーはルシウスが誰かに話していた事を盗み聞いて、『危険な場所に英雄ハリー・ポッターを行かせてはならない』と考えた。

 ルシウス・マルフォイが誰に話していたのか?

 1.息子ドラコに今年ホグワーツで危険なことが起きるから近寄るなと注意していた

 2.ドラコが学校で危険な目にあった報告を聞いたことと、しつこい魔法省の立ち入り調査にぶちギレたルシウスが死喰い人仲間かナルシッサに「この魔法具を誰かに使わせて秘密の部屋を開かせ、マグル生まれの生徒が何人か死ねば、それを理由にダンブルドアを排除してやろう」みたいな会話をしていた

 どちらかわからないけど(両方かもしれない)。

 

 

 

 『ラブ・アンド・ピース作戦』は穏やかな思考誘導でしかない。

 

 昔のルシウス叔父様は原作同様、嗜虐趣味があった。

 彼らにとってマグルは害虫そのものだから、殺したほうが魔法界の益になるとまで思っていた。きっと殺すことも甚振ることも楽しんだだろう。

 マグル生まれの魔法使いは、薄汚いマグルの分際で自分達と同じ高尚な能力を手に入れて図に乗った許しがたいイキモノだった。きっとそんな感じ。私はそんな姿全く見たことはないけどね。

 

 今の彼は原作とは大きく違う。

 私の長年の音楽での説得によって、マルフォイ家はみな性格的に角が取れてマイルドになっている。敵には容赦はしないけど、マグルだから即虐待などという短絡的で暴力的な性質は治まっている。

 マグル生まれは自分達とは相容れないが、それなりに役に立つこともあるから自分達の視界に入らない場所で魔法族の役に立つよう生きればいい、くらいに考えている。

 

 自負と偏見は裏表だ。純血貴族としての強い自負が彼らの生きる矜持なのだから、純血貴族以外への偏見はなかなか解かれない。

 

 

 彼がどれだけ死喰い人と距離を置いても、純血に対する考え方が中庸に沿っても、それでも『秘密の部屋』の事件が起こりえるのは、純血貴族家がダンブルドアへ感じている不審が大元にあるから。

 

 ダンブルドアがスリザリン寮生とその卒業生に偏見を持って遇している限り、彼我の歩み寄りは難しい。こちらが下手に出れば数の少ない純血貴族家は呑み込まれてしまう。だからダンブルドアを失脚させるために理事として嫌がらせめいた事をいろいろしているってわけだ。

 

 そのうえ今はやけに魔法省が元気で、方々の貴族家に立ち入り調査が入っている。マルフォイ家にも調査が入りそうな今、死喰い人とは縁を切る気でいる叔父様からすれば処分に困る闇の魔法具を、どうせならホグワーツに持ち込ませてかき回してやれ、って考える要素はマイルドな“新生ルシウス”でもありえるってことね。

 

 

 もし叔父様が原作みたいにジニー・ウィーズリーの荷物に日記を紛れ込ませたら、ジェイドに頼んでトム・リドルに操られたジニー・ウィーズリーの命令を聞くフリをしてほしいと頼むつもりだった。

 そしてある程度の情報をハリーとダンブルドアが知った時点で、早めに事件を収束させる。

 ジェイドが私の指示に従ってくれているのだからそこの調整は簡単だもの。

 

 でもさ。この事件って、石化で済んだのは全部ほんの数秒どころかコンマ数秒違っても死亡しちゃうような偶然ばかりだよね。

 ミセス・ノリスは廊下の水たまりに映ったジェイドを見た。水たまりじゃなくて視線をあげていれば直接見て死んでた。

 コリン・クリスビーはカメラを構えていた。これもカメラを構える前に目が合ってたら死んでた。

 ジャスティン・フレッチリーはゴースト越しに見た。これなんてほんとちょっとタイミングがずれたらゴーストから外れて直視してたよね。それとも“ほとんど首無しニック”が生徒を守るために前に立ちはだかったのかも。とにかくこれもタイミングによっては死んでた。

 と言うように全部ほんの偶然が成せる幸運で石化で済んだだけ。

 だから、本当はそんなギリギリな事はしたくない。

 

 それに原作で描写されるバジリスクの愚かさも気がかりだ。ジェイドがあんな風になるなんておかしすぎるものね。いったい何をされたのやら。

 

 だから、できれば『秘密の部屋』の事件を起こさずに済ませたかったのだ。

 

 

 それにね。

 今の叔父様はもう死喰い人に戻るなんて考えていない。

 お辞儀様が復活してしまえば、『裏切者は死すべし』なお辞儀様に抗えないから家族や自分の命のために死喰い人に戻る可能性はあるけど、積極的にお辞儀様の復活を望んではいない。

 

 今の叔父様には、“『秘密の部屋』を開いた事件の黒幕”だなんて後ろ暗い役割なんてもうしてほしくない。

 だから、なんとか叔父様を説得したい。それが私のこの夏の目標。

 

 

 

 

 そのまえに。

 

 

 ずっと考えていたこと。

 私は今の命を生き永らえることより、私の能力や、ガーデンとその中にいる大切なものを奪われないことのほうがずっと大切だと考えている。

 

 いつでも死ねる準備は必要だと思うんだ。

 

 でも、前世のように残り1秒で爆発する手榴弾ではダメだ。『エバネスコ』されたら即終了だもの。

 だから、すぐに死ねる“発”を作るべきなんじゃないかと考えていたのだ。

 幸いメモリは残っている。

 

 もういいや、って思った時に、心臓を止めるような“発”がいい。

 

 ただ、私が自力で発動できない場合だってある。『服従の呪文』で誰かに従わされているとかさ。

 『愛の妙薬』で誰かにメロメロになってて『ガーデンなんかよりあなたが大事。全部あげちゃう』なんて言い出したり。

 

 あとで自分の意思を取り戻せてリカバリできたとしても、その時にメリーさん達にどれだけ被害が出ているかわからない。

 貯めに貯めた金銀や宝石を貢ぐくらいならいいけど、ガーデンに招き入れたり、HUNTER×HUNTER時代の念具をあげちゃったり、家族の事を『珍しいでしょうこの子達、あなたにあげちゃう』とか言っちゃったり。『愛の妙薬』は常識がぶっ飛ぶから、シェルを『綺麗な毛皮』って褒められたら殺して毛皮を剥いで献上するくらいやってしまう。

 もう考えただけで恐怖でおぞ気が走る。

 

 それに万が一ルシウス・マルフォイへの説得に失敗した場合、『服従の呪文』で分霊箱を奪われる可能性がある。それは避けたい。

 

 だから、もうここで生きていなくてもいいかなって思った時に死ねるだけじゃなくて、私の自由意思以外でガーデンや倉庫にアクセスすると死ぬような能力が望ましい。

 

 で。考えました。

 

 

【強制終了(ログアウト)】

特質系

・すべてのオーラを消費して自身の心臓を停止させて死ぬ。または、自身に致命的な損傷をあたえて生命の維持活動を停止させる

・この地での生を終えようという強い意志を持って『ログアウト』と念じると発動

・術者が他者の能力などで操られた状態で『シークレットガーデン』『倉庫』にアクセスしようとすると発動

・この能力は影分身にも適応される

制約

・なし

誓約

・なし

 

 

 最初「心臓を止めて死ぬ」だけにしたんだけど、でもこれだと生まれ変わったのがスライムみたいに心臓がもともとない生物だったり、吸血鬼のような不死者だったらどうなるのかな、と考えて、少し悩んだ。

 不死性の生物でも人生(?)を終わらせる言葉ってなんだろう? と考えて生命の維持活動を停止とした。

 不死でも次の生にいくまでは生命を維持していると考えたのだ。

 

 影分身にも適応されるなら、影が私の知らないところで服従させられてガーデンへ入ろうとすれば死ぬことになる。『すべてのオーラを消費して』だから心臓が止まる前に影が消えるはず。

 この能力は死ぬだけの力で、転生する能力じゃない。影は死んでも消えるだけで転生のシステムが働くことはない。そして誰かに操られガーデンにアクセスしようとした情報が私に入る。

 

 

 これで安心かな。

 万が一、私が支配されそうになったら……私の家族と家を、この能力が守ってくれる。

 

 

 できれば死ねば死体がガーデンに入るとかそんな能力も欲しいところだけど、それだと死者の念になってしまう。さすがにそんなメモリはない。

 いずれ他の方法を考えよう。ポートキーで火口へ飛ぶとか、そういうのでもいいかも。あ、でも死んだら装備が倉庫に入るって担当者サマが約束してくれたっけ。ポートキーも倉庫入りしちゃう。うーん。要検討だ。

 

 ちなみに。死んだら倉庫に入る装備品として担当者サマに交渉したのは『武器、防具、装備中のアクセサリ、所持品』と頼んでいる。

 服や下着なんかはそのまま死体と一緒に残るってことね。前回の最期みたいにずたずたになった服が倉庫に入っても絶対着たくないもの。それに、死体が素っ裸で残されたらと思うと恐ろしくて死ぬに死にきれない。

 

 担当者サマって人外感がアリアリすぎて、『はい。死亡したのでご要望通り遺体だけ残してすべて回収しました』とか言いそうで怖い。

 だから着衣はそのままで装備品だけ倉庫へ、としっかりお願いしておいた。ただし、防具は倉庫だから特殊効果のついた鎧やマントなんかは倉庫に入れてくださいと念押ししてある。

 うん。私超がんばったと思う。

 

 あ、でもさ。

 前回死んだあと、転生して時間の止まっていたガーデンへ入った時、私の死体はなかったよね? 私がぶつかって壊れた痕跡はあるのに、血痕すら残っていなかった。

 あれはガーデンだから遺体が回収されたのか。それともどこで死んでも回収されるのか。ああ、確認したい。

 もし死体ごと回収して、そこから装備品だけ倉庫に入れてくれるなら万々歳なんだけど。

 私はこの世界に私の身体を残したくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 今年は夏休暇に入ってすぐからマルフォイ家に滞在することにした。チャンスがあれば『トム・リドルの日記』を見つけて、その上で叔父様と話をしよう。そう考えての行動だ。

 

 作りたての『ログアウト』の能力を使うことなくすみますように。一応いつ死んでもいい準備はしてきた。荷物もすべてガーデンの中だ。

 

 マルフォイ・マナーに着くと、ドビーがいたことにほっとする。よかった。ちゃんといた。

 洗い立ての清潔な枕カバーを身につけたドビーが私のために紅茶を入れてくれた。礼を言って少し話す。元気な返事が返ってきて、『秘密の部屋』をどうこう、というような話を聞いていないだろうと判断した。

 

 ……このあと、叔父様と話す内容は、お辞儀様を斃すための策だ。ドビーが聞いて、マルフォイ家はもう死喰い人じゃないと信じてくれればプラスなんだけど、自由な彼が誰かに話さないとも限らない。

 ドビーの盗み聞きはどうやって回避すればいいのか。

 

 

 

 

 私はその日から数日、ずっと機会を窺っていた。

 

 精神支配や開心術に対抗するため、おばあ様二人からもらった精神干渉遮断の指輪と呪い返しのブレスレット。神字をがっつり彫り込んで作った防御の念具。グリードアイランドのアイテム『聖騎士の首飾り』もつけた。念のため、(ポップ)で小窓は常に開けて影を数人スタンバイさせておく。

 

 “円”で観察していると、執務室にいるルシウス叔父様の精神が少し乱れてきた。イライラして攻撃的になりかけている。もしかして分霊箱『トム・リドルの日記』を持っている? ならチャンスだ。

 

「叔父様。少し話していいですか?」

 

 ノックをして執務室に入る。

 大きくて重厚な執務机に向かって座るルシウス叔父様がいた。机の上に『トム・リドルの日記』がある。よし、タイミングばっちり!

 

「叔父様。それって闇の物品ですね。とても危険な気配がします」

 

 原作でハリー達は全然気付いていなかったけど、“お辞儀様分霊箱エキスパート”の私には、これが分霊箱だってびんびん感じるんだけど。

 

「ああ。このところ魔法省の闇の物品の立ち入り調査がいろんな家に入っていてね。少し整理をしていたんだが……これをどうすべきか、とね」

 

 なるほど。もう死喰い人に戻るつもりがないルシウス叔父様からすれば、これってめちゃくちゃ処分に困るよね。やっぱり立ち入り調査が来る前にウィーズリー家にプレゼント・フォー・ユーしちゃおうかと考えてたのかも。

 でももうそれはナシにしてもらおう。

 

 

 

 私は、死喰い人の子供達のつらい未来について、分霊箱について、私がお辞儀様復活阻止のためにしてきた事について、話をすることにした。

 

 といっても、原作知識だなんて言い方はしない。

 対外的にどう話せばいいか、これまでいろいろ考えていたのだ。

 

 気合を入れて、心のスイッチを切り替える。閉心術で心を閉じ、“円”、『超一流ミュージシャン』、『超一流パイロット』、貴族としての会話術、幼いころからのルシウス叔父様との間にできた親愛の情、すべてを駆使し、彼を落とす。

 

 

「ルシウス叔父様。私の話を聞いていただけますか?」

 

「ん? どうしたんだい? エリカ。あらたまって。まあ座りなさい」

 

 叔父様がソファーに移動してきて、正面の席に私を誘う。私は座るとテーブルに音声遮断の魔法具を設置する。しもべ妖精をこんなことで出し抜けるとは思えないけど、今はドビーの盗聴の心配より、ルシウス叔父様の説得の方が大切なのだ。

 “円”で叔父様のことを深く観察しながら、心を込めて話し出した。

 

「ルシウス叔父様は、今でも闇の帝王は必要だと思いますか?」

 

「ふむ、私はねエリカ。今の生活を大切にしたいのだよ。ドラコは良い子だ。君もね。あの子や君が悲しむ未来は見たくない。

 帝王が消えて12年。私達はこの平和な今の生活に慣れてしまった。もう帝王の時代は終わったと言えよう」

 

 叔父様は初めて帝王を過去のものだと発言した。これは大きい。私は彼の言葉に力をもらい、話を続けた。

 

「私は親に愛された記憶がありません。ただ私を生んだだけ。ただ、私が生きていることを容認してくれただけ。だから両親が嫌いです。

 レストレンジの家にいるもので私が愛しているのはしもべ妖精のロニーだけです。

 

 5歳になる少し前、我が家にある誰かの日記に気付きました。中身は読めません。封がしてあって開けることすらできませんでした。

 

 ブラック本家に行った時、それがレギュラス叔父様の日記であることを知りました。ブラック本家のしもべ妖精クリーチャーに、日記を開けるヒントを教えてもらいました。

 そして、クリーチャーからレギュラス叔父様の死の真相を聞いたのです」

 

 クリーチャーに聞いたレギュラスの話をした。

 レギュラスがヴォルデモートの“切り札”を、自分の命と引き換えに奪い取ったこと。

 それをクリーチャーに壊せと命じたけど、クリーチャーには壊すことができなかったこと。私がそれを代わりに壊す約束をしたことを話した。

 

 叔父様は、死喰い人の立場に怯えて逃げ出して死んだと聞かされていたレギュラスが、ヴォルデモートに反旗を翻していたことを知り、愕然としていた。

 

「私は当時、まだ5歳でしたからあまり理解できていませんでした。

 ただ、叔父様が命がけで取り換えた“すごく悪いもの”があって、それを壊したいけど壊し方がわからないとクリーチャーがとても悲しんでいたこと。それだけわかったんです。

 だから、私はそれを代わりに壊すと約束しました。そのために強くなるから待ってね、とクリーチャーに話したんです。

 

 ヴァルブルガおばあ様にも『これを壊すとレストレンジの両親とは敵になるけどいいのか』って何度も聞かれました。でも、私は死喰い人にはなりたくないから、両親とはすでに敵だったのですもの、構わないと答えました。

 おばあ様は私に、この“すごく悪いもの”について書かれた本も授けてくださいました。おばあ様はあの頃もうずいぶん弱ってらして、闇の本を読める力はありませんでした。私も幼すぎて本を開くことすらできなかった。もう少し大きくなってから読むんですよ、と下さり、両親と諍いになっても逃げられるよう金庫のお金も残してくださいました。

 

 

 成長して日記の内容が理解できるようになった時、レギュラス叔父様が命がけで奪ったものが、帝王の分霊箱と言うものだと知りました。

 

 分霊箱は闇の魔術で、これがあれば魂が滅びることがないという不死のためのとてもおぞましく穢れた秘術なのです。

 

 ねえ、叔父様。私は知ったんです。

 これがある限り帝王が蘇る未来があるということを。

 

 そして恐れました。

 万が一闇の帝王が蘇れば……

 

 闇陣営を親に持つ私やドラコ、仲のいい友人達もみな死喰い人になれと強いられてしまう。

 闇の魔術を仕込まれ、拷問や殺人を強要される。

 帝王の主義主張にちっとも共感できず、彼を尊敬もしないのに無理やり従わされるなんてごめんです。

 

 きっとあいつが力を取り戻したら、アズカバンにいる両親も牢から出てきます。死喰い人になんてなりたくない私はきっと拷問される。何度も何度も『磔の呪文』で痛めつけられるでしょう。

 それでも私は。

 どれだけ拷問されても、絶対に死喰い人にはなりたくありません。絶対にです。

 私はまだ子供で、両親からすればただのか弱い獲物です。おそらく『服従の呪文』で従わされるか、あるいは殺されるでしょう。

 

 彼らはきっと、往時の大戦時よりも、耐え忍んだ十数年があったことで、より一層の暴虐の限りを尽すでしょう。

 

 嫌で嫌で、怖くて怖くて。

 

 闇の帝王の復活を阻止し、被害をできる限り少なく彼を殺し、死喰い人の子供達が闇に囚われることなく幸せに生きて行ける、そんな未来をつかみ取りたいと考えたんです。

 

 そして私にはその方法がわかっていました。

 闇の本には、分霊箱の作り方とその壊し方まで書いてありました。

 

 それから、私はその目標に向かって進み始めたんです。

 

 

 11歳の時、初めて入ったレストレンジの金庫で、5歳の頃預かった分霊箱と全く同じ闇の力を感じるものを見つけました。金でできたカップでした。

 両親は帝王の側近中の側近。もしかすると彼から守るようにと託されていたのではないだろうかと気付きました。

 

 分霊箱はレギュラス叔父さまが命がけで取り換えたロケットひとつだけじゃなかった可能性が出てきたんです。

 ひとつ壊して終わりじゃないんだ。目の前が真っ暗になるような心境でした。

 

 ロケットにはS字に身体をくねらせた蛇のマークが描かれていました。金庫にあったカップは金製のカップで、精巧に作られた取っ手があり、横には宝石が埋め込まれていて、アナグマが刻まれてる。

 蛇とアナグマです。スリザリンとハッフルパフだと推察するのは当然でした。

 

 私はいろんな文献を探し、この二つがホグワーツ創設者のゆかりの品であることがわかりました。

 比べて見ても、同じ強い闇の力を感じます。これはおそらくどちらも同じ人物の分霊箱なんでしょう。

 

 たったひとつ作るだけで魂が不安定になると書かれている分霊箱を、あの人は複数個も作っていたんです。そうなればきっとあと二人の創設者の品もあるだろうと思いました。

 私は探しました。そして非常な幸運に恵まれ、ホグワーツ城の中に“隠したいものを隠す場所”があることを知り、そこでかくれん防止器を使って闇の品を探し、同じような気配を発する髪飾りを見つけました。髪飾りはワシの意匠で、レイブンクローの有名な言葉“計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり!”が刻まれていました。きっとこれがレイブンクローの宝でしょう。私はそうやって『レイブンクローの髪飾り』も手に入れました。グリフィンドールのものはまだです」

 

 

 分霊箱の正確な数も、どこにあるかも知らない。でもそのうち3つは手に入れることに成功した。

 ちょっとさくさく進みすぎじゃない? って感じだけど、でも原作知識っていうわけにもいかないし。

 

 いろいろ集めた情報を開示してこんな風に考察したのだと推論を述べて、結果うまくいったと言うしかない。

 答えを知っていてヒントを探すようなもの。当たって当然の推測なのだ。ただグリフィンドールのものが剣だと知らないから、グリフィンドールのものも分霊箱だと推察するのが当然だろうと思い、間違った予想も混ぜておく。

 

 叔父様には話していないけど『必要の部屋』を見つけたのは『忍びの地図』で人が消えたり現れたりする場所を見つけて調べた。部屋が何であるかはちょうど部屋から出てきた先輩を捉まえて教えてもらった。先輩はもう卒業した方だから名前は教えない。なんていう流れで『必要の部屋』を知ったことにしようと考えている。

 

 

 いきなり本質に迫るなんて、優れた魔法使いにはままあること。この程度ならさほど不信がられるほどじゃない。ハリーだって残りの分霊箱はホグワーツだと最初から確信していたもの。

 

 とりあえずこれでごり押ししよう。私は『レギュラスの日記』を手に入れたことに改めて感謝していた。

 

 

 『超一流ミュージシャン』の声音で語る壮大な物語は確かにルシウス叔父様の心に届いた。

 叔父様は最初は訝し気に聞いていた。

 

 そしてだんだん引き込まれるように聞き入っていた。私やドラコの容易く予想できる苦難の未来に、辛そうな表情もみせて、息子や私をそんな立場に置かせたくないと強く考えてくれた。

 

 穏やかな“新生ルシウス・マルフォイ”にとって、息子ドラコが誰かを殺したり拷問することを強要されるなど、断じて許せないことだった。

 

 私の言葉は、彼に共感と、愛する子供の未来を憂う気持ちを膨らませてくれた。

 

 

「先ほど話した通り、ふたつめの分霊箱『ハッフルパフのカップ』はレストレンジの金庫にありました。おそらく帝王が自身の信頼する側近、レストレンジ夫婦に渡したのだろうと推測しました。

 そして思ったんです。闇の帝王はレストレンジだけではなく、もう一人の側近マルフォイにも安全に保管しておくべき何かを渡したのではないか。

 叔父様。そこにあるもの。それ、私が持つモノと同じ気配がします」

 

 叔父様はぎょっとして執務机に置いたものを見た。

 

「ええ。4つ目の分霊箱です。

 あれがある限り帝王は蘇ります。今頃どこかで復活するために力を溜めているところかもしれません。

 帝王のしもべとして彼に傅くのであれば、あれは大切に保管しておくべきですし、私の手に入れた分霊箱も奪うべきでしょう。

 

 でも叔父様。それで本当にいいんですか? 叔父様ほどの立派な方が、あんな残虐な狂人に、まるで下僕やしもべ妖精のように傅き、膝を屈し、下命を頂かなくてはならないだなんて。

 帝王の魂はどうしようもなく壊れていて、修復は不可能です。

 今の叔父様に、あんな主が必要ですか? 死喰い人などただの暴力集団じゃありませんか。

 

 叔父様。すべての分霊箱を見つけ出して壊す。そして、帝王の復活を阻止し、今度こそ本当の死を迎えてもらう。

 そうしなくては、私達の幸せはありません。

 

 帝王にはもう以前の力はありません。恐れることなんてないんです。切り札は隠されてこそ効果を発揮します。彼の不死性はもうすぐ破られます。

 

 ルシウス叔父様。

 どうか、私と一緒に、帝王の復活を阻止し、彼を斃すために戦ってくれませんか?

 シシー叔母様やドラコのために。わたしのために。叔父様自身のために。

 どうか、どうかお願いします」

 

 私は、立ち上がり、深く頭を下げた。

 

 

 叔父様が考えさせてほしいと言って対談の時間が終わる。

 

 

 

 

 叔父様が気持ちの整理をつけるまで、私はいつものように過ごした。

 

 ドラコは私が父親と二人で長時間話し続けていたことや、その後の父親の様子がおかしいことを不審がって何度ももの問いたげな顔をしていた。でも叔父様が立場を決めるまでは何も話せない。私は気がつかないフリをするしかなかった。

 

 

 

 数日後、ルシウス叔父様から、君の提案に乗ろう、と答えがあった。

 

 “円”で見る彼の意思は正常で、私と同じ道を進む強い意志が見えた。もともと死喰い人とは距離を置き始めていた叔父様だもの。思いきるとあとは早かった。

 シシー叔母様からも同じ意思を感じる。きっと叔父様は愛妻に相談したのだろう。叔母様が私の味方になれば心強い。

 

 大丈夫。彼は信じていい。

 私はやっと信頼できる大人の仲間を見つけた。

 

 ……と言ってもまだまだ言えないことが多いのだけど。でもお辞儀様に対するスタンスを同じくする仲間ができたことは、とても嬉しい。

 

 

「闇の帝王を斃さなければ私達に平穏はありません。

 分霊箱はそう何度もできる秘術じゃありません。あってあとふたつかみっつが限度でしょう。残りの数は定かじゃありませんが、まずすべてを見つけ出し、破壊しなければなりません。

 分霊箱の数と品、隠し場所を探すことは急務です。それからすべての分霊箱を壊す。そして帝王が復活しないよう、今度こそちゃんと死んでもらう」

 

 私の言葉に叔父様も深く頷く。

 

「『スリザリンのロケット』、『ハッフルパフのカップ』、『レイブンクローの髪飾り』、この三つはホグワーツ創設者のゆかりの品です。ですので順当に行けばグリフィンドールの品も分霊箱になっている可能性があります。それから叔父様の持っていらっしゃるものは……?」

 

 叔父様は『トム・リドルの日記』について教えてくれた。

 トム・リドルは帝王がヴォルデモート卿を名乗る前の本名で、日記は彼が16歳の頃に作ったもの。『秘密の部屋』を開き、中にいる怪物を解き放つものであること。そして怪物はマグル生まれの生徒を襲うこと、50年前に秘密の部屋が開かれた際にマグル生まれの女子生徒が一人殺されたこと、などを教えてくれた。

 

「『トム・リドルの日記』。16歳なら、学生だった彼が身近な品を一つ分霊箱にしたことは、理解できますね。他にもあるとすれば、トム・リドルの両親のどちらかの家の家宝とか、何か思い入れのあるものとか、あるいはホグワーツ創設者のような誰もが知る有名な魔法族の宝とか」

 

「なるほど。帝王の出自については私の方で調べよう。うちの親は同時期にスリザリン寮で一緒だった。記録を探せば色々見つかるだろう。それから、霞のような状態の悪霊を封じ込める方法も探そう」

 

 ルシウス叔父様が言う。ハリーの友人から聞いた『1年の時のクィレルの後頭部に憑りついていたヴォルデモートが霞のように飛んで行った』という話を私が伝えたのだ。

 

 そして、分霊箱は精神を侵食してきますから封印箱に仕舞っておいてくださいと念入りに注意を促した。『トム・リドルの日記』は壊す準備ができるまで、私と同じように魔力遮断布と封印箱にいれてしまっておくという話になった。

 

 

 

 




何時も誤字報告ありがとうございます。感想もとても嬉しいです。


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夏休み ダイアゴン横丁とノクターン横丁

 

 

1992年 7月

 

 純血主義の家に生まれて、はじめてわかること。

 

 魔法族は、マグル生まれの魔法使いが嫌いなんじゃない。

 魔法界という別の常識で成り立つ社会へ入ってきたくせに、こちらの状況をまったく忖度せず自分達の常識をこっちへ押し付けてくるタイプの奴らが嫌いなだけだ。

 

 なんていうの? 外国人観光客がさ、日本に来たのに靴を脱いで家に入る風習を嗤い、箸を嫌がり、お茶碗を手に持って食べる食事の作法を不作法だと言い放つ。

 ゲイシャは娼婦だと思い、真面目に列を作って並ぶ日本人を押しのけて前へ進み、神聖な神社で大声で騒ぎながら写真を撮る。

 そんな迷惑な異邦人を見て感じる思いに似ている。

 

 

 古臭い世界だと思うよ、確かに。いつまで中世風なんだよって私でも思う。

 でもさ。

 

 服装をバカにする。『こんな格好して恥ずかしくないのかしら』

 箒をバカにする。『マグルにはヘリコプターや飛行機があるのよ。遅れすぎてる』

 クィディッチをバカにする。『フットボールのほうがずっと洗練されたルールだ』

 純血貴族をバカにする。『仕事もしないで偉そうに』

 

 君たちはその中世風な世界へ入ってきたんだよ。まずはこの世界に馴染むことを考えようよ。

 魔法族の社会のルールを知って、それに馴染む努力をしてほしい。それで駄目なら少し距離を置いてくれれば嬉しい。

 

 あと、言わせてほしい。

 仕事してないわけないじゃん。生活レベルを落とさないよう維持するのは大変なんだ。

 

 シグナスおじい様もルシウス叔父様も、当然土地の管理をしているし、いくつか会社を運営しているし、所有地に住む者のために便宜を図ったりもしてる。魔法省や有力貴族への顔だしもある。当主業は激務ではないけど遊び惚けられるほどヒマではない。

 

 私? 今はお二方に教わって、勉強中。

 レストレンジ家のそういった仕事はすべて管財人に預けてある。そして管財人から上がりが金庫へ入るらしい。

 その報告書を見て、専門用語を覚え、お金の流れを知っていく。

 

 私の両親はアズカバンに入っていて、しかも終身刑だから今後彼らが出獄することはない(まあ原作では脱獄するんですけどね)。

 そのため、成人を機に女性ながらにレストレンジ家当主となることが決まっている(なりたくはないんだけど)。

 

 んで、まだ当主ではないけど、管財人や弁護士や税理士やらとのやり取りは覚えていくべきだし、どこかで不正が行われていないか、レストレンジの財産を誰かにかすめ取られてはいないか、しっかり管理しておくべきなのだ。

 (一番かすめ取る気満々な私が言うことじゃないんだけど)

 

 私はまだ未成年で、成人と同時に当主になると正規文書で決められているけれど、今の資産運用について変更を加える権利は有していない。あくまで勉強中なわけね。

 私個人としてはレストレンジを継ぐつもりはないけど、この勉強は役に立つ。だからありがたく勉強させてもらっています。

 

 ということで、シグナスおじい様にお時間をいただいて、管財人の報告書を教材に、現在の情勢も踏まえて、細かく教えていただいてきました。

 

 

 

 

 

 『レストレンジの財産を誰かにかすめ取られないように』キリッ

 なんて言った傍から、なんだけど。

 

 分霊箱を壊すために必要なもの。グリフィンドールの剣、バジリスクの毒、悪霊の火、ニワトコの杖。

 私がグリフィンドールの剣を借りられる可能性は低い。

 なら他をあたるしかないよね。

 

 もちろん、ジェイドに噛んでもらえば一発なんだけど、万が一壊した分霊箱を見せなきゃいけない状況になった時に、バジリスクの牙の跡がくっきり残ってちゃ誤魔化せないじゃん。だからちゃんとした武器が欲しいのです。

 

 グリフィンドールの剣はゴブリンの鍛えた純銀製の武器だ。腐食も錆もせず、剣にとって不利な効果を受け付けず、己の殺傷力を高める力を吸収する。

 この技術はもう廃れていて今のゴブリンには作れない。でも中世から近世初期までの作品が他にもまだ残っているはず。

 そんな素晴らしい武器、分霊箱のことがなくても欲しいに決まっている。ぜひとも次の生に持ち越したい武器だよね。

 

 

 

 レストレンジ家には当然出入りの業者がいる。

 ロニーに頼み、魔法具や家宝級の物品の売買を取り持つ仲買人を紹介してもらった。

 

 ダイアゴン横丁の片隅にある目立たぬ店は、お忍びでやってくる貴族家のお客様のための店だ。外観は目立たないよう地味に仕上げられているけど、中に入ってみると驚きの豪華さだった。

 

 金策に困った貴族家が醜聞を避けるためひそかに手放したいと考え、新興貴族が家宝を欲しがってやってくる。そういった間を取り持つのがこの手の店だ。

 相手側の名は明かさず、売買の金額が決まるまで調整し、その仲介料をもらう。客同士が直接顔を合わせることはない。

 もちろん売買には魔法契約を交わすから偽物を掴まされることもない。

 

 今そこにゴブリンの剣があるとは思っていないけど、長く仲介業をやっているなら、どこの貴族家にゴブリン製の武器があるか、アタリを付けやすいだろう。

 

 私はそんな店に行き、内密に、中世辺りまでのゴブリンの鍛えた純銀製の武器が欲しいと注文を付けた。剣でも槍でも斧でもなんでもいい。とにかく今は廃れてしまった過去の技術を使った純銀製の武器を、探し出し、先方に売ってもらえるよう交渉して欲しい。

 多少金額が張っても構わないから、粘り強く交渉してなんとしても売ってもらえるよう頼む。進捗の報告はしっかりお願いしますね。と。

 

 既に誰も作れない過去の技術。作品の数も少ない。

 これで見つかるといいのだけど……

 

 

 

 

 

 それから、もうひとつ。気になっていたことをおじい様とルシウス叔父様に確認する。

 ロングボトムへの慰謝料って払っていないのか?

 

 第一次魔法戦争の被害者はとても多く、残された傷痕もまた多い。死喰い人の被害者でも誰に殺されたのかはっきりしない者の方が多いのだ。杜撰な捜査と裁判で、シリウス・ブラックのように冤罪もきっと多かっただろう。

 

 ロングボトム夫妻を拷問したのは4人の死喰い人。

 バーティー・クラウチ・ジュニア、ベラトリックス・レストレンジ、ロドルファス・レストレンジ、そしてロドルファスの弟、ラバスタン・レストレンジ。

 あ、うん。レストレンジにはうちの両親以外にまだ父親の弟が生きている。ラバスタン。私より相続順位が低いし、両親と一緒にアズカバンにいるからノータッチすぎて存在を素で忘れてたや。

 

 4人ともアズカバンで終身刑となっており、うち、クラウチ・ジュニアは死亡している。実はこっそり脱獄して生きてるけど。

 クラウチの親は魔法省の高位の役人で、レストレンジは純血貴族家。4人とも裕福な出自なのだし、本人の自白もある(クラウチ・ジュニアは否認していたけど)。

 

 損害賠償請求の裁判とかなかったんだろうか。

 おじい様に訊ねると、第一次魔法戦争の際は事件の数があまりに多すぎて捕まった犯罪者の刑期を定める裁判すらろくに行わずにアズカバンへ直行なんてことも多々あったくらいで、損害賠償などできるような余裕はなかったらしい。

 

 でもさ、11年もたって、まだ入院しているんだよ? 回復の望みも薄そうだし、入院費用って馬鹿にならない。ロングボトム家は旧家だけど、それでも家計に響いてるんじゃないだろうか。

 せめて入院費用や治療費は出すべきなんじゃないの?

 

 被害者がわかっていて、犯罪者側の自供も記録に残っていて、犯罪者の実家は裕福でじゅうぶんな支払い能力がある。なら、今からでも払いたい。

 11歳を過ぎてやっと金庫のお金を私の意志で動かせるようになったのだ。これくらいはしておきたい。

 

 犯罪を犯したレストレンジ夫妻とその弟は、帝王の狂信者で今も反省などしていないし、今後も更生の見込みもない。彼らが謝ることはありえない。

 また私自身も1歳から没交渉なため彼らを親と認識したことがなく、その親のために謝る私の言葉は所詮他人事で、とても軽くなってしまうだろう。なので直接謝罪に伺うつもりはないが、今も苦しんでいる被害者の方々とそのご家族の心痛を思えば、せめて治療費の継続的な援助くらいはしたい。

 決して施しなどではないし、これにより彼らの刑罰の軽減などはまったく求めていない。

 ただ、レストレンジ家の次期当主候補として、当代夫婦とその弟がしでかした事に対し、せめてもの贖罪の気持ちだけ受け取って欲しい。

 

 私の要望はブラック家おじい様にもルシウス叔父様にも認められ、管財人から弁護士を通して、ロングボトム家へ遅まきながら慰謝料を支払う用意があることを連絡してもらうことになった。弁護士さんはとても優秀な方だから、変に拗れないよう頑張ってくれるだろう。

 11年の延滞金も含めて真っ当に計算した月々の支払額は、現在のレストレンジの資産運用で年間に増える金額だけで、今後も継続的にじゅうぶん支払っていける額だった。今後のやり取りはすべて弁護士さんが先方と調整してくれることになった。

 

「ロングボトムに謝りたいって思う?」

 

 この話を聞いたドラコにはそう聞かれた。彼も、ルシウス叔父様が死喰い人だった頃に誰かを害している可能性に怯えている。

 

「ロングボトム家に資金的援助はする。ミセス・ロングボトムには弁護士を通じて連絡もする。だけどネビル・ロングボトムには、私は空気に徹する。それが彼のため」

 

 ネビルは親が聖マンゴに入院していることすら誰にも知られたくないと思っている。私が彼に干渉することは彼にとってストレスでしかない。だから私は彼の前では空気に徹する。

 学校で虐められている姿を見ればこっそり助けたり、友人にフォローを頼んだりはしている。彼の見えないところでね。

 

 私は幸せになりたいし、裕福な生活も手放せない。レストレンジの上位貴族家としてのポジションも利用している。私が謝罪しにいくのって、ただの私の自己満足でしかない。何もできないならお金だけ払ってそっとしておくしかないんだ。

 

 

 

 

 

 さてと! ヤヤコシイ仕事は一旦終えて、夏休みだ。

 忙しい日々になる。だって、夏休みって、6月最終週から8月いっぱいまでのたったの9週間しかないんだよ。

 

 予定目白押しだ。この夏、修行も含めて、やるべきことが多すぎて、本体と影数体が飛び回っていた。もちろん、外にいるのは原則一人だけだよ。

 

 念修行と体力作り。←ガーデン内での本体+影複数

 ピアノとバイオリンのレッスン。←本体と影が半々

 新たに先生を紹介してもらい、サクソフォンのレッスンも開始。←ほぼ本体

 マルフォイ家とフランス旅行に行ってきた。豪華なヴィラで優雅な休暇を過ごした。←ほぼ影

 ジェイドに餌を運んだり、魔法界やマグル界でのショッピング。←ほぼ影

 

 影が毎日行き来するためにフランスにジャンプポイントCを設置したんだけど、空いているポイントがもうBとCしかないから、旅行が終われば上書きする運命にある。せっかくの海外のポイントが。つ、辛い。

 早く姿現わしができるようになりたい。ほんと。早くぅ。

 

 サクソフォンの先生は、とても自由な気質をもったレイブンクロー寮出身のホグワーツ卒業生で、アメリカの魔法界で人気を博している方らしい。

 サクソフォンの演奏も素晴らしかった。音の表現がね、鮮やかでね、感情が揺さぶられる。この方に教えてもらえるのはとても楽しみだ。

 

 楽器はロニーに頼まず、自分でダイアゴン横丁の楽器店に行って選びました。他にもいろいろ楽器や楽譜、手入れ用品も買ってきた。サクソフォンは買っただけで、レッスンは当然シルヴィアを使ってます。先生に『いい音ね』と褒められました。ふふふ、そうでしょう。シルヴィアは最高なのだよ、うん。

 

 

 

 

 

1992年 8月

 

 今年も学校から手紙が届いた。新学期用の新しい教科書のリストを見ると、ずらずらと並ぶギルデロイ・ロックハートの著作。買うべきか悩む。まあ買わないわけにはいかないんだけど。

 

 シシー叔母さまから手紙で誘われるまま、ダイアゴン横丁に向かう。おそらく原作と同じ日程だと思う。叔母様はロックハートのサイン会目当てだからね。

 

 待ち合わせ時間よりだいぶ前にロニーに連れていってもらうと、先に必要なものを揃える。ガラス瓶やクロスも買い足そう。去年見つけた古い雑貨屋でまた折れた杖を見つけたからそれも買う。予備はいくらあってもいい。私達の人生は長いんだから。

 

 インクと羊皮紙の減りが早い。提出物が多いから羊皮紙はいくらあっても足りないくらいだ。評価を高めるために課題の度に規定枚数を超えた量を書いているから、余計に羊皮紙が必要になる。

 

 これで首位が取れないんだから、ハーマイオニーはいったいどれだけ書いて出してんのかね。

 

 成績ってね、O.W.L試験やN.E.W.T試験以外の年はその1年の間に提出した課題の評価もプラスされている。最終試験を受けなくても真面目に授業を受けて課題をしっかり提出していれば及第点はとれるってことね。んで、おそらくハーマイオニーはその課題の加点が多い。

 

 ちょっと先生方の迷惑も考えてあげてほしい。先生って全部読まなきゃだめなのよ? 7学年合わせると1000人くらいいるのよ、ここの生徒。

 

 私だって全教科満点以上なのに。実技は確実に私が上だ。勉強は十分している。これ以上課題の提出枚数を増やしても知識は増えない。加点だけのための無駄な労力だ。そう思うと、首位は諦めようかなって思ってしまう。

 だって監督生や首席になってもさ、レストレンジ家の娘が就職できるわけがないんだから。

 

 ドラコもほとんど満点か、満点以上だった。彼は私と一緒に勉強していたから学力は高いし、原作みたいにヴィンスとグレッグの保父さんばりに世話をしていないから、それに時間を取られることもない。

 一緒に宿題をやっていても、手取り足取り教えなくちゃできなかった原作の彼らとは全く違うのだ。

 だから今のドラコには余裕がある。

 

 学期末の点数を見て、『満点以上』という点数があることを初めて知ったドラコは、今年は私と同じようにすると話していた。

 夏休みに戻ってすぐ夕食会に招かれた時、ルシウス叔父様やシシー叔母様は私達の成績を見て最初は大喜びをしてくれて、次に、この点数で首位が取れていないことを訝しみ、首位がマグル生まれの魔女だと知って驚愕した。

 マグル生まれに負けるとは、と注意しようとして、でも私達の『満点以上』を見るとそれ以上文句も言えず、「ダンブルドアがグリフィンドールに贔屓しているからではないか」と苦い顔をした。

 次はもっと頑張りなさい、と言われました。

 

 

 

 買い物を終えてシシー叔母様と落ち合い、一緒に本屋に向かう。

 叔母様は私がルシウス叔父様を説得したことを感謝する、と言ってくれた。叔母様はこのままいくとドラコが不幸になると考えていたから、叔父様の決断をとても喜んだ。

 もちろん危険はじゅうぶん承知しているが、帝王に従ってドラコが闇に染まるよりは戦うほうがずっといいと叔父様を励ましたのだそうだ。うん。ブラックの女、強い。

 

 本屋に近付くにつれそわそわしている叔母さま。きりりとした先ほどの表情とは打って変わり、今は恋する乙女の表情だ。まあ確かにロックハートはイケメンだけど、ものすごく残念なイケメンだよね。しかも詐欺師だし。私はあのうさんくさい笑顔は嫌いだなあ。

 

 黒山の人だかりが見えてきた。わあ、ここで買うのか。ちょっと嫌気がさす。無理ならあとで買いにくればいいか。サインの列に絶対近づきたくない。

 そう考えていると、シシー叔母様がドラコと私の分の本を買っておいてくれると言ってくれた。よかった。いそいそと列に並ぶ叔母様を見送る。

 

 ロックハートに近付かなくていいとほっとしたところでルシウス叔父様とドラコが向こうからやってきた。原作通りだと闇の品をノクターン横丁で売却してきたところか。今のドラコはハリーにライバル意識なんて感じてないから、あんな風に文句言ったりはしていない、はず。

 ニッコリ笑って挨拶を交わし、叔母様が私達の本のために並んでくださっている話をし、黒山の人だかりを外から眺める作業に戻る。

 

 しばらくドラコと話していると、嫌がるハリーがロックハートに肩を抱かれて、ロックハートが演説を始めた。

 

「『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

 人垣がわっと沸き、拍手が響く。私とドラコは同時に「最悪」と呟いた。

 解放されたハリーがロックハートから贈呈された本の山をそのまま赤毛の少女に渡すのを見た。あれが未来のポッター夫人、ジニーか。

 

「今年の防衛術も期待できそうにないな、まったく」

 

「そうね。あの小説で何を教えてくれるのかしら。ほんと、馬鹿にしてるわ」

 

 ハリーの傍にハーマイオニーとロン、ハンナも集まってきた。しっかり本を抱えている。あの列に並んだんだな。

 ドラコがロンに絡まれる前に本屋に入ろうかと考えていると、ウィーズリー氏やグレンジャー夫妻、フレッドとジョージなどどんどん人が集まってくる。

 原作ならここでルシウス叔父様とウィーズリーパパが喧嘩するんだけど……あ、やっぱり始まった。ルシウス叔父さまとウィーズリーパパが毒舌を交わし合っている。

 でも、叔父様はジニーの持っている古本に手を伸ばさなかった。よかった。日記を紛れ込ませたらどうしようかと一瞬焦っちゃったや。そんなこと、今の叔父様はもうしないのに。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり素敵ね。ニンバス2001」

 

「ああ、この瞬発力は何ともいえんな」

 

 あのあと、無事に本を買ってから箒店へ行き、ドラコと私はこの箒を買ったのだ。もうね、すんばらしい。

 

 ドラコの箒はコメット260で、彼は自宅でいつもこれを乗りこなしている。私は、クリーンスイープ6をドラコと箒で遊ぶようになって購入した。

 実はガーデンにはニンバス2000を置いてある。去年買ったものだ。小雪もメリーさんも実際乗ってみて箒はあまり好きじゃなかったようで、ほぼ持っているだけという感じ。

 

 ニンバス2000の後続機だけあって、最速だった2000の速さをさらにしのぎ、より安定感が増していて、その上加速が素早いのがまた素晴らしいのだ。

 

 来年ファイアボルトが発売されることを知ってる私は、ニンバス2001は見送ってもいいんだけどさ。父上母上のお金をたっぷり使わせてもらうつもりの私は毎年買い足していく方針ですわ。ほほほほほ。

 

 だって箒はこの世界でなきゃ買えないし。

 これから次の世界でも新しい仲間ができるかもしれないじゃん。違う世界の魔法使いにだって、箒には乗れる可能性があるんだ。

 その時に箒がみんなの分ないのはちょっと嫌だもの。

 

 だって、空を飛ぶのってほんとに気持ちいい。

 他の飛行手段がある世界なら、それも買うよ、当然。でも、やっぱり箒は別格だわ。別格。ああでもさ、イギリス魔法界では違法だけど絨毯にも乗ってみたい。

 

 

 ドラコも私も箒捌きがうまいから、この夏はめちゃくちゃ楽しませてもらった。

 ああ、今年ドラコがシーカーになれば、原作通りルシウス叔父さまがメンバー全員にプレゼントしちゃうのかしら。

 

 ハーマイオニーに「お金で選ばれた」ってドラコが言われるの嫌だな。天使のドラコに「穢れた血」なんて言葉も使ってほしくない。

 

 私がいることでドラコはすごく角が取れて丸くなったし、敵の多い私を守るためか、しっかりしてきた。ヴィンスとグレッグも明るいスポーツマンになったし。でもムカつくことを言われたら反射的に言っちゃうかも。心配だな。

 

 クィディッチの選手選考に一緒に立候補しようよとドラコに誘われたけど、音楽の練習時間が削られるからと断っている。ピアノを弾き始めたらトランクから全く出てこない私を知っているから、ドラコも納得して肩を竦めた。

 

 ドラコって私と一緒に箒に乗ってるんだよ。『超一流パイロット』の私と。もちろん手加減してるけど、それでも私と一緒に飛び回れるから原作どころじゃないくらい彼の箒捌きは上達している。ヴィンスとグレッグも。今年は原作通りならシーカーしか選考がなさそうだけど、ヴィンス達もきっとすぐにレギュラーになるだろう。それくらいの実力はある。

 

 一緒にクィディッチをするのは楽しそうだけどさ。ブラッジャーをぶつけられても無傷なこととか絶対知られたくないし、練習で余分な時間を取られるのも嫌だし。

 やっぱりクィディッチは観るだけに限るな。

 

 

 ヴィンス達とは夏の間になんども組手の相手をしてもらった。もともと大柄の彼らは1年でまた大きくなっているから、私より20センチは高い。そのぐんと大きくなった身体を身軽に操る『身体強化魔法』もよどみない。この1年、とても頑張ったんだろうと修行の成果が窺えるキレのある動きだ。感心感心。

 まあ私に敵うわけないんだけど。彼らの『なんで勝てないんだよ』の愕然とした表情が可愛い。

 

 

 

 

 

 ダイアゴン横丁で買い物を済ませた数日後。

 もうひとつ。買い物を済ませておこう。

 

 『ホルモンクッキー』で男に変わり、鬘と変装を済ませる。今日はノクターン横丁で買い物があるから久しぶりに『ホルモンクッキー』まで使った。

 この日のために、先日買い物した際にまたもや大量のガリオン金貨を引き出してある。

 

 そういえば私って、ヴァルブルガおばあ様から相続した私名義の金庫もあった。一度見てきたけど、レストレンジのメイン金庫には遠く及ばないものの、じゅうぶんに広い金庫にたくさんの金貨が入っていた。ほんとにありがたいです。おばあさま。いざという時に使わせてもらおう。

 

 

 途中、ダイアゴン横丁でガーデン用のニンバス2001を4本購入。公式に持っているものとあわせて2001が5本になった。よし。

 それからかばん屋にもよって、モークトカゲの革製巾着袋(大)を3つ買っておく。

 今年の分の教科書もロックハートの小説本以外をまたメリーさん、小雪、図書館用の3冊ずつ買い求めた。

 

 ダイアゴン横丁を通り抜け、ノクターン横丁に足をむける。怪しさ満点の小道に入ったとたん、空気が変わる。

 どんよりとした淀んだ空気に、すえた臭いが混じる。ローブで顔を隠した怪しい人達が歩いている。店先に並ぶ商品もいわくありげ。

 時折り鋭い視線を感じる。

 

 アングラ感にどきどきとわくわくを感じる。

 手袋の中に隠した、精神干渉を防ぐ指輪とブレスレットに手を触れて着けていることを再確認する。首元の『聖騎士の首飾り』にも。

 煩わしい視線を避けるため“絶”で気配を殺して進んだ。

 

 

 つらつらと眺めながら歩くこと数分。

 ありました。ボージン・アンド・バークス。

 

 おおおおおおお。映画の通りだ。

 

 “絶”を解き、ワクワクしながら扉を開ける。

 

 面白いものがいっぱいある。当然危険な闇の物品も。精神干渉を防ぐ指輪がちゃんと指にはまっているか手袋の上からもう一度感触を確かめながら私は尊大な雰囲気を醸し出しながら店を睥睨した。

 

 今日の私は生意気盛りの貴族家のお坊ちゃまだ。

 

 ショーケースの中に、クッションに載せられたしなびた手を見つけた。あ、『輝きの手』だ。これ買おう。夜中の捜索にめっちゃ便利だよ。

 

 市販品の透明マントも買っておこうかな。

 でもあれって1年もつかもたないかくらいで透明じゃなくなるって話だったよね。

 必要になれば買うってことでいいか。

 

 ……いやいや何言ってんの。

 こんな時こそ(倉庫)だよ。おばかエリカ。

 

 そうだ。倉庫にしまえば劣化はしない。影は“絶”+“隠”で姿を隠せるけど本体は“絶”だけだし、『目くらまし術』の呪文はもっと訓練が必要だと思うし。

 うん。買いだな。

 

 

 そうやって物色しながら店の奥へ進む。……あった。

 大きな黒のキャビネット棚を見つけた。

 黒地に金の装飾がある。形としてはキャビネットと言うより、両開きの縦長のロッカーだ。中に人が入って移動できることを知っている身からすれば、もう扉にしか見えない。

 

「これは?」

 

「これはいずこかへ繋がっている不思議なキャビネットでございまして。中にものを入れて扉を開け閉めすると消えたり、現れたりするのでございます、坊ちゃま。おそらくもうひとつ、同じようなキャビネット棚があって、そちらとこちらを行き来していると、そういう仕組みでごぜえます」

 

 ボージンは腰をかがめて馬鹿丁寧に説明をした。

 私は眉を跳ね上げてみせる。

 

「その説明だと、これの片割れがあるように聞こえるが?」

 

「はい、さようで」

 

「もう片方はどこにある? 二つ合わせて買わねば意味がないだろう」

 

「それが、どこにあるのか手前どもではとんとわかりませんで」

 

「わからないものを売っているのか?」

 

「ですからお値段の方もじゅうぶんに勉強させていただいておりやす、へい」

 

「いくらだ」

 

「は?」

 

「いくらだと聞いている」

 

 ボージンは私を見たままあわあわと値段を言った。

 

「へえ……」

 

 言われた値段は高かった。こいつ絶対吹っ掛けている。

 

 ふん、と鼻で嗤い、がんがん値切る。

 片方買うやつはいない。ここにあっても飾りなだけだ。不格好で飾りにもならんがな。みたいに。

 三割ほど削れた時点でおもむろにこう言い放った。

 

「では今お前が言った値段の二倍払おう。これの片割れも僕のものだ。もし、この片割れが見つかれば僕のために取っておけ。いいな」

 

「ですが坊ちゃま……」

 

 面倒な仕事を押し付けられては堪らないと思ったのか、ボージンは必死で言い募ろうとする。それを私は視線で止めた。

 

「見つかれば、と言っているんだ。何もドラゴンの巣をつついてまで探し出せと言ってるわけじゃない。お前にそこまでの仕事を求めてはおらん」

 

 

 もうお辞儀様復活はない。

 私が、させない。

 

 だから6年の襲撃はない。はず。

 なら、このロッカー、私が貰ってもいいよね?

 

 

 キャビネット棚は分霊箱のように壊すべきものとは違う。もう片方は今のところホグワーツの備品に過ぎない。勝手に取ったら盗みだ。

 だから、店主に“片割れも含めて”お金を払ったのだ。これなら私のものだよ。ね?

 

 これでキャビネット棚が『必要の部屋』に移動した頃を見計らって、キャビネット棚に手を触れ(収納)できれば私のもの。

 もし(収納)できなければ所有権はホグワーツのものだ。その時はすっぱり諦める。(マスターエクスチェンジ)もしないで諦めます。

 

 うん。理論武装終了。

 え? 欺瞞? いいのいいの。

 自己満足ですから。

 

 

 決めた値段の二倍を支払い、キャビネットを巾着袋経由で収納し、ついでに『輝きの手』と『透明マント』2枚も購入して店を出た。

 

 キャビネット棚については片割れがまだホグワーツにある。間違って誰かがこちらへ紛れこまないよう、私の持っているほうは片割れが手に入るまで倉庫から出さないようにしなくちゃ。

 

 対のものも(収納)で倉庫にしまえるかどうか、早く試してみたい。

 収納できれば私のもの。ダメなら諦める。

 

 とはいえ、今はまだ2階のどこかにあるらしい。2階に設置されている間は確実にホグワーツの備品だもの。原作通りなら、これは6年までお預けかな。

 

 

 

 モークトカゲの革製巾着袋(大)はひとつは私の予備として、後のふたつはメリーさんと小雪に渡した。ふたりはとても喜んでくれた。

 

 

 

 



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2年-1 平穏な日々

 

 

1992年 9月1日

 

 キングズ・クロス駅から9と4分の3番線のホグワーツ特急に乗り込む。今年もドラコ、ヴィンス、グレッグと楽しく時間を過ごした。通路を挟んでふたつのコンパートメントを押さえて、ダフネや他のスリザリンの友人達も一緒になり、行き来しながらおしゃべりやゲーム、お菓子を楽しんだ。

 

 叔父様の説得に成功したのだから、『秘密の部屋』が開かれる心配はない。この一年は何の事件も起きない、平和な一年に、なる、はず。

 私は去年に続き、『必要の部屋』にお世話になることにしよう。

 

 

 プラットホームに降り立ち、ハグリッドに呼ばれて移動する1年生をよそに、上級生がぞろぞろと移動しはじめる。人の流れに逆らわず歩くと馬車道に出た。馬車がたくさん並んでいる。

 馬車を曳くのは、骨に皮を張り付けたようなガリガリの身体にコウモリの翼が生えた馬だった。……え?

 

 セストラルが、見えている。

 この世界で知り合いが亡くなったのはヴァルブルガおばあ様とドゥルーエラおばあ様で、私が幼すぎたため臨終の際に会っていない。

 なら、この、「死を見たことのある人間にだけ姿が見える」はずのセストラルがなぜ見えるのか。

 前世の記憶でもアリなんだな。HUNTER×HUNTERではたくさん殺したもの。

 

 見えていることを知られるとまた面倒くさい事になってしまう。気付かないふりでドラコ達と同じように、無人で動く馬車なんてすごいね、なんて驚いてみせながら馬車に乗り込んだ。

 

 

 

 組み分けが始まって、グリフィンドールの席にハリーとロンがいることを確かめた。よし、ちゃんといるね。

 よかったよかった。日記がマルフォイ家にあるのだから、ドビーがやらかすことがない。だから、ハリーも普通にこの夏を過ごしたはず。彼らの姿を見て、ほっと安心した。

 

 

 

 2年生の一年が始まる。

 ジェイドはまた私のトランクの中にいる。彼女も会話に飢えているから、私の傍にいるほうが楽しいようだ。

 彼女には事件がもう起きないという話をしている。1年間私とちょくちょく会話をしていて、そろそろ引っ越しも考えてくれているように感じられる。もうこのまま『秘密の部屋』へ戻ることはないかもしれない。だといいな。

 またゆっくり話さなくちゃね。

 

 

 

 

 授業と課題に追われる日々が始まって早々に両面鏡でハンナと話す。

 

 彼女はハリーのフォローはするけど、介入は自分ではしない方針だ。

 私とは違って、彼女は家族がいて、しかも守りが薄い。お父さんは魔法省の役人だから魔法省の方針が変われば彼の意思決定も変わる。住居だってガチガチの防御で守られているうちとは違う。

 私みたいに『お辞儀様が復活したら即死亡フラグ』じゃないうえ、金銭的にも住居的にも社会的にも自力で家族を守り切れる立場ではないってことね。

 

 それに彼女自身があまり自主的に何かをしたいというタイプではないようだ。もしかしたら魂を成長させる努力とか考えていないのかもしれない。

 話を聞いていると子供の頃からごく普通の子供のように暮らしていたみたい。修行しないんだ、ってちょっと思った。このぶんだと12歳で終わったという前世の技術もほとんど習得できていないかもしれない。だからと言って油断はしないけど、ね。

 

 だから、私のすることを応援するし、時には手助けもする。ハリーのことは友人としてフォローする。だけどそれ以上危ない事はしない、というのが彼女のスタンスだ。ならもう少し離れた立ち位置に居ればいいのに。危険だと思うのだけど、はたから見るとハンナってすごく普通に見える。

 知力はハーマイオニーに足らず、積極性はロンに足らず、4人でいると何となく埋没して見える。絶妙に『目立つグループの端っこにいる子』のポジションをキープしている。

 

 彼女とは被験者同士、気安くメタ発言ができるのが楽しい。

 

「つまり、今年は事件がないってことだよね。すごいねエリカ」

 

「そうよハンナ。事件のないホグワーツ。平和なホグワーツ。素晴らしいわね」

 

「だねだね」

 

「ハンナは今年のうちに『閉心術』を習得しておいてね。私達の秘密ってすごくヤバいわよ。ああ来年の事を考えれば『守護霊の呪文』もね」

 

「でもひとりじゃどうしようもないじゃん。エリカはどうやって練習したの?」

 

「『必要の部屋』よ。ホグワーツに入学して、授業に慣れ始めたらすぐに探し出したの。それで『誰にも見つからず閉心術が練習できる部屋』って願って部屋を出して、ひたすら通ったわ」

 

「はっ、そうだった。そんなお便利部屋があったんだった!

 8階だったよね。探してみる。……でもなあ、エリカは成績いいから余裕があるんだろうけど、私授業と課題を終わらせるだけでけっこう必死なんだけど」

 

「私だって余裕があったわけじゃないわよ。時間を見つけては少しずつ練習をして、なんやかんやで『閉心術』ができるようになるまで1年ほど掛かったかな。あと、場所は8階のトロールにバレエを教えようとしている『バカのバーナバス』の前の壁よ」

 

「お、ありがとう。私もこれからコツコツ頑張るね」

 

「閉心術は必須よハンナ。知られたらヤバいのよ。神秘部の“脳みそ”案件よ?

 完ぺきにできるようになるまで、貴女は決して表舞台には立たないでね。私達の命と、みんなの命がかかっているの。あなたの家族の命もよ」

 

「うん。わかった。ごめん。まだちょっと甘い考えだった。うん。がんばる」

 

 とにかく、死なないこと。バレないこと。心しておかなくては。

 私達は、前世があろうと、やっぱりただの12歳でしかないんだから。

 

 

 

 

 

 ロックハートの授業は馬鹿らしすぎて酷かった。

 最初の小テスト、ロックハートについての問題には適当なことを書いた。くそぉ。優秀な脳細胞があの小説を読んだ記憶をちゃんと残していて、3割くらい正解できちゃったのが逆に悔しい。

 部屋にピクシー妖怪を解き放つという内容も変わらずやった。

 原作とは違い、言い訳を考えていた。どうやらグリフィンドールの授業で懲りたらしい。

 

「私は決して手を出しません。みなで相談しあって頑張ってみましょう。ああ、もちろん私のようにスマートに解決できなくても、悲しむことはありませんよ」

 

 部屋中を飛び回り、甲高い声でキーキー鳴きながら悪辣ないたずらで暴れまわるピクシー妖怪。ついシルヴィアで全匹殺してやろうかと考えてしまった。

 こいつら程度、殺気を飛ばすだけで一斉に失神すると思うんだけど……目立ってどうするよ、エリカ。

 

 できるのにやれない縛りプレイにぐちぐちと内心文句を言いながら、傍に飛んできたピクシーを「失神呪文」や「縛り術」で捕まえては籠に放り込む。私の作業を見たドラコやみんなもそれに倣い、ピクシーは無事すべてが籠に納まった。ロックハートは「私からすれば未熟であくびが出そうな戦いでしたが、まあ見るものはありましたね」とかムカつくコメント付きだったけど、スリザリンに20点くれたので良しとしよう。

 

 授業が終わり、部屋を出る。

 “円”で調べていた私は、ロックハートのローブの裾裏にピクシー妖怪が一匹隠れていることに気付いていた。けど、まあ、気付いた理由は言えないし、それに授業は終わったし。何かあっても私達のせいじゃないよね。ピクシーに悪戯されて困ればいいんだ。

 

 ロックハートは他の魔法はてんでダメだけど、忘却術だけは権威だ。こいつは私の天敵とも言える。忘却術で過去を忘れてしまえばもうどうしようもない。絶対こいつには近づかない。

 

 

 2年の『闇の魔術の防衛術』の教科書、去年のうちに買っておいて本当によかった。っていうか、自習はもっと先まで進んでるんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 薬草学ではマンドレイクの世話の授業だった。耳当てをつけて植え替えの練習をする。

 マンドレイク。ぜひ欲しい薬草だ。なんせ私にはジェイドがいる。彼女と付き合っていれば石化の危険はいつでもある。それに、マンドレイクは強力な回復薬で、大抵の解毒剤の主成分になる。

 ぜひともこの薬草の世話の方法を覚え、ガーデンで育てたい。

 

 ガーデンの『森』の生態系を崩すのはだめだし、ガーデン内かトランクに温室を設置しようかと考えている。魔法界の植物は『混ぜるな、危険』なタイプが多いもの。

 マンドレイクなんてうちの子達が遊んで引き抜いたら命取りだ。絶対に彼らが入れない場所で育てなくちゃ。

 

 でもまだ私に技術が伴っていない。温室のガワを作ることは準備をすすめているけど、中身を充実させていけるのはまだまだ先の話だ。今植えても枯らせるだけだものね。練習あるのみだ。

 

 薬草は多少貴重なものでも育てられる状態で購入できればあとは私の技術次第だ。

 

 だけど、魔法薬の材料になる魔法生物の素材は難しい。二角獣の角の粉末、とか、毒ツルヘビの皮の千切り、とか、サラマンダーの血液、とか、アッシュワインダーの卵とか。

 そういうものは生きたまま連れていくのは難しい。レストレンジの金に物を言わせて、使い切れないくらい買い続けるしかないのだ。いや、レストレンジの名前を使って買うと私が疑われる。これは変装して買うしかないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 スリザリン寮でクィディッチのシーカー選手選考が行われ、無事にドラコが選ばれた。当たり前だ。彼の才能はホンモノだもの。

 さっそくドラコが報告の手紙を梟で送ると、2年でのレギュラー入りを殊の外喜んだルシウス叔父様が、全選手にニンバス2001を贈呈しよう、と太っ腹なところを見せた。

 やっぱりやるのか。

 

 ハンナによるとハリーもシーカーに選ばれたらしい。

 きっともめるから、「お金で選ばれた」なんてグレンジャーに言わせないようにフォローしてね、と頼んでおいた。私はいかないから。

 

 

 あとで聞いたところ、やっぱり原作通りの流れになったらしい。ハンナのフォローは間に合わなかったのか。

 ロンの杖が壊れていないからロンのナメクジの呪いは成功し、ドラコに当たった。ドラコがナメクジを吐きだすようになって練習どころじゃなくなり、スリザリンチームとグリフィンドールチームが大喧嘩に発展しそうになったが、スネイプ先生がきて止められた。

 ドラコの呪いは先生が治し、ロンは減点。ドラコは『穢れた血』発言を減点された。スネイプ先生にとってその言葉は鬼門だからね。いくらスリザリン贔屓でも減点は免れない。

 ドラコが凄く荒れていた。

 

「あら、じゃあグリフィンドールはドラコのこと、きっと弱いって油断しているわ。チャンスだと思えばいいじゃない。そしてグリフィンドール戦でドラコがすごく素晴らしいシーカーだってこと、わからせてやればいいのよ。試合に勝てば、もう誰もドラコを『金で選ばれた』なんて言わないわ」

 

 私はそうやってドラコを元気づけた。

 

「……僕の事を二度とそんな不名誉な言い方などさせない。スニッチを取るのは僕だ」

 

「応援してるね、ドラコ」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 ハリーはお金を持ってない(と本人は思っている)から備品の箒を使っているらしい。スリザリンの“選手全員ニンバス2001事件”を知ったマクゴナガル先生が奮起して、ハリーにニンバス2001をプレゼントした。

 

 百年ぶり1年生シーカー誕生とは違う、ただ、普通に選考で通っただけだよ? なのに箒を買ってもらえるなんて。マクゴナガル先生は公正だけど、クィディッチについてはすごく直情的だ。なんせ原作でも校則を曲げてまで1年のハリーをレギュラー入りさせたくらいだものね。

 

 つまり、ハリーとドラコの、“2年生にしてレギュラー入りしたニンバス2001持ち同士のシーカー対決”が決まった。

 『金で選ばれた』と言われて奮起したドラコは、のめり込むようにシーカーの訓練に明け暮れている。原作のような舐めプは絶対しないだろう。

 

 

 

 

 

 『必要の部屋』での魔法レッスン。メリーさんと小雪も一緒に頑張っている。

 

 閉心術と開心術はだいぶゴールが見えてきた。ちゃんと心に階層を持てるようになったもの。これからも続けていくつもり。

 そして。こういう精神を痛める魔法ばかり覚えるのは良くないんだろうけど、並行して別のものもはじめている。私達には時間がないのだ。

 

 『服従の呪文』の耐性を付けたい。

 『服従の呪文――インペリオ(服従せよ)』は術者と被術者の力量差によるけど、頑張れば対抗できるようになるらしい。

 んで、こんな危険な呪文、誰にも――ほんとうにこの世界の誰にも、練習ですらかけられたくないのだ。

 

 そうすると断然頼りになる『必要の部屋』大先生にお願いすることになる。インペリオも閉心術も『必要の部屋』大先生がいなくてはどうしようもなかったと思う。大先生……いや、ここはもう尊敬の気持ちを込めて師匠と呼ばせていただこう。『必要の部屋』師匠、ほんと、ありがとう。

 

 師匠の用意してくれた『服従の呪文』対策の部屋は閉心術の訓練の部屋に似ている。クッションが敷き詰められていて、中央に鏡があり、その前の床に円が描かれている。

 円の中に立つと前にある鏡からインペリオの呪文がかかり、鏡に命令の文字が浮かび上がる。服従させられた者はその命令通りに動いてしまう、というもの。

 これもとても緩いものから徐々に強くなっていくらしい。

 

 

 『服従の呪文』に抵抗する。

 これは魔法抵抗力が高ければ高い程拒否の成功率があがる。試しにピアスを外してから『インペリオ』を受けると前回抵抗できなかった強さの抵抗に成功したのだ。

 

 魔力を上げることも、魔法制御を鍛えることも、魔法抵抗力に関わってくる。それから精神力を高めることも大事だ。

 ただ一心に『私の王は私だけだ』と強く想い、誰にも膝を屈するものかと気合いを入れる。それから閉心術で心を閉ざすことも大事。

 何度もインペリオを受けていると、インペリオをかけられる瞬間の魔力の揺れを感じられるようになってくる。これを感じれば即、閉心術と、気合い。

 この練習もちょくちょく続けていこう。メリーさんや小雪も気力を削られてへとへとになりながらも頑張っている。

 

 『服従の呪文』についていくつか実験してみた。

 

 まずひとつ。『服従の呪文』にかかった者は“円”で気付けるか?

 

 『服従の呪文』をかけられると、ふわふわと漠然とした幸福感を感じる。穏やかで、相手の言うことを全肯定したくなる。言われたことをこなせるなんて幸せだなあって気持ちが全身に溢れ、命令に身をゆだねたくなる。

 

 『服従の呪文』に従う影を“円”で観察する。楽しそうで機嫌のいい様子がわかる。でもそれだけだ。これで気付くのは難しいだろう。『服従の呪文』、とても危険だ。

 

 

 次に。『服従の呪文』に操られた影を消すと、本体まで『服従』させられるか?

 

 これはとても重要なことだ。

 どきどきしながら、目の前で鏡の命令に従って踊る影を消す。……命令されて楽しく踊っていたという記憶が流れ込む。が、それだけ。大丈夫。私が鏡の命令に従いたいとは思わない。

 次の影を生み出しても……うん。大丈夫。生み出された影はインペリオされてない。

 

 ほっとした。よかった。影が操られても私に影響を及ぼすことはない。

 

 影は本体がいつでも消せる。影が操られればすぐに消せば問題はない。影の記憶に『鏡にインペリオされた』という情報がしっかり入っているから、誰に服従させられたのか、何をさせられたのかもちゃんと情報として受け取れて、そして本体は服従させられない。

 一番都合のいい挙動だった。

 

 ただね。私が気がつかないうちに影が服従させられて情報を漏らすと非常に困る。ガーデンに入ろうとすれば『ログアウト』の能力で影が消えるから良いんだけど、情報の流出が怖い。そのあとで忘却術で忘れてしまっていれば、私は誰に情報を知られたか知らないままだ。怖すぎる。

 外で私の代わりに影を動かす時は要注意だな。何か対策を考えよう。ううう。悩む。

 

 『影が誰かに操られれば消える』などという“発”を作って対処することはできない。

 私が何かの折に魔法省で証言することもあるだろう。真実薬や服従の呪文を受けて証言をしなくてはいけないなどという場合に、私の代わりに記憶を抜いた影に受けてもらわなくてはいけない。

 そんな時に人前で消えてしまうと困るのだ。

 

 

 当面、私の代わりに影を行動させるときには“隠”+“絶”の護衛影を必ずつけるくらいしか対策が思いつかない。

 最近では私が活動する際にもガーデンの小窓を開いて影を待機させたままにしている。ずっと小窓から外を監視し続けるのはきつい仕事になるけど、私が服従させられればおしまいなのだ。

 

 もしそんなことになったら状況次第ではステップで外に出て、私を担いでガーデンへ逃げ込むことになっている。そこで人生終了でも諦めるしかない。

 

 

 

 

 ところで。

 ディメンターに襲われた後の対処法としてチョコレートを食べるというものがある。「人間の心から発せられる幸福・歓喜などの感情を感知し、それを吸い取って自身の糧とする」ため、ディメンターに接した人間は強制的にうつ状態にされてしまうような感じなのだとか。そして、その症状にはチョコレートが効く、と。

 んで、闇の魔法を受け続けて弱った精神にも、チョコが効くんじゃないかと食べてみた。身体が温かくなってじんわり力が湧いてきた。チョコレートを三人とも無言で食べた。もっと買っておこう。

 

 

 

 開心術や服従の呪文への予防策としては、ヴァルブルガおばあ様から頂いた精神干渉魔法や開心術にも対抗できる指輪がある。

 だけど、これで完璧にしのげるのかというと、そうじゃないんだよね。これが。

 

 念で言う“凝”と“隠”の関係と同じだ。術者の腕で勝敗が決まる。

 開心術と閉心術も同じ。どちらか能力の高いほうが勝つ。服従の呪文もそう。

 

 だからこそ自分の能力を高めつつ、補助としてこういう魔法具をいくつもつけて相乗効果を狙うわけだ。だから魔法具もいろいろ手に入れたいところだ。買い物のために週2回は外に出る小雪の分も含めてね。

 

 

 

 

 

 

10月31日 ハロウィン

 

 私達はカボチャの匂いが充満する大広間で、美味しい料理を食べながら『骸骨舞踏団』のショーを楽しんだ。骸骨達のシャープでコケティッシュな踊りにみんな大満足だった。

 原作ではこの日『秘密の部屋』が開かれたけど、ただ楽しい一日としてみんな過ごせた。素晴らしいね。

 

 グリフィンドールのテーブルを見ると、4人組の姿がない。あれ? なんだったっけ?

 パーティの終わり頃に入ってきたハリー達は、疲れた表情で温かい料理をかっ込んでいた。

 

 あとで原作を見て思い出した。そうだ。“ほとんど首無しニック”の絶命日パーティに参加しに行ってたんだ。うわあ。ごくろうさま。でも、ゴーストの絶命日パーティに招待されるなんてめったにできない経験だよね。

 

 

 

 

1992年 11月

 

 精神に負担をかけるものばかり訓練していたけど、そろそろ楽しいものも練習したい。

 ということで、並行して他の訓練もしつつ、私達(メリーさんと小雪ね)は次の練習も始めた。

 

 

 『守護霊の呪文』だ。

 心が穢れていては使えない魔法。幸せの記憶がなければ出せない魔法。これを、使えるようになりたい。

 だってディメンターが来ることはわかっているんだし。絶対覚えておくべき能力だ。

 メリーさんと小雪には必要のない技術なんだけど、今まで辛い修行ばっかりだったこともあって、彼女達も小説で読んだこの魔法を使えるようになりたいと楽しみにしているのだ。

 

 

 この世界に生まれて12年。この5月には13歳になる。前世の記憶もあるし、今世でも楽しいことはいろいろあった。

 私は“幸せな記憶”をたくさん持っている。

 

 守護霊を出せるはずだ。

 

 だから楽しい思い出を胸に、今日も練習を続けている。

 

 

 

 

 

 

 ロックハートの授業はさらにくだらなさを極め、今では著書の中の劇的なシーンを演じるショーになっている。相手役……つまりはやられ役なんだけど、それは生徒が選ばれる。最初に選ばれたドラコがものすごく嫌そうな態度を隠さなかったため、見かねたマグル生まれのスリザリン生が代わりに立候補してくれた。

 彼のおかげで私達に被害がないことで、今のところ彼は私達の救世主だ。

 

 

 

 

 

 グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が行われる。

 

 観客席にはほぼすべての生徒が揃っているように見えた。私達は一番上の座席へ腰を落ち着けた。

 選手が入場してくる。

 レイブンクローやハッフルパフもグリフィンドールには声援を送り、スリザリンにはブーイングと野次が飛ぶ。

 去年も優勝杯はスリザリンが手に入れたのだ。そのスリザリンが全員ニンバス2001を持っている。怒りと妬みの野次もまあやぶさかではない。それでも気分のいいものではないけど。

 

 やがてゲームスタートのホイッスルがなり、選手が一斉にどんよりとした灰色の空へと飛びあがる。ハリーとドラコは同時に空高く舞い上がり、スニッチを探して目を凝らしている。

 

 一進一退の激しい試合をハラハラ見守るうちに雨が降り始めた。雨脚は一層強くなり、肉眼ではほとんど選手の姿は見えない。

 私は“円”で彼らの様子を見ていた。ハリーもドラコも視界の悪い空中で目を凝らし必死にスニッチを探している。

 

 気付いて、気付いてドラコ。ドラコの近くに飛んでるから。祈るような気持ちで見守っていると、ドラコが気付いた。同時にハリーも気付いたようだ。

 

 激しい雨の中、ニンバス2001の素晴らしい加速であっという間にスニッチに迫るドラコとそれを追うハリー。でも同じ速さなら近くにいたドラコの勝ちだ。ドラコがスニッチを掴んだ。観客席から悲鳴があがった。

 

 やった! スリザリンの勝ちだ。私達は立ち上がって拍手を送った。

 原作みたいに舐めプしていないドラコは凄いんだって。ハリーも凄いけど、小さい頃から『超一流パイロット』の私と箒に乗ってたドラコの実力はかなり高くなっている。

 ハリーが勝つのは難しいかもね。

 

 

 

 

1992年 12月

 

 クリスマス休暇についての手紙がルシウス叔父様から私とドラコに届いた。マルフォイ夫婦はマルフォイ家に立ち入り調査が入るらしくて、そのための準備に忙しいらしい。ドラコは学校に残ることになった。

 私は先生方のレッスンを受けたいから一人で帰る。レッスンはレストレンジの館に来ていただくことにすると返事を出した。ピアノ、バイオリン、サクソフォンの先生方にもそれぞれ手紙をだしておく。

 

 

 

 

 

 『守護霊の呪文』の練習をはじめてひと月過ぎた。

 まだまだ形にならない。

 やっと煙のような光のもやがふわっと杖の先から出てくるようになった程度。

 

 私の一番幸福な思い出はなんだろう。

 幸せな思い出をひとつひとつ考えてみる。

 

 残念ながら英里佳の時のことはほとんど覚えていない。物語やゲームの事は覚えているのに。親友と観た映画は覚えているのに親友の顔も名前も覚えていない。

 

 HUNTER×HUNTERの世界での思い出。

 念に目覚めた時。お母さんとメリーさんに祝ってもらった誕生日。ラルクが家族になった日。家族と家をガーデンにしまい込めた時。超一流ミュージシャンになれた時。公園でギターを弾いてはじめてチップを貰った時。

 カストロさんと一緒に過ごしたグリードアイランドでの日々。ディアーナ師匠やダンとの自然保護区キャンプ生活。

 ハンターに合格した時。バッテラさんの恋人に『大天使の息吹』を使った時。500億ジェニーを手に入れた時。アトリエをガーデンに建ててメリーさんが大喜びした時。

 シルヴィアを生み出せた時。ああ、『ほむら』の秘祭の感動的な夜。ワートタイガーの寿ぎ。

 ゴン達とのグリードアイランドでの日々。充実した修行。グリードアイランドをクリアできた時。クリアを祝う城下でのお祭り。

 カイト達と一緒に過ごしたカキン国での楽しい日々。

 カイトがピトーを斃した時。キメラアントの王を斃し、無事解決できた時。

 ネテロ会長に世界の広さを教えてもらった時。一緒に“世界の外側”へ行こうと誘ってもらった時。

 HUNTER×HUNTERの世界で、感動することや達成感を感じること、楽しかったこと、いっぱいあった。

 

 ハリー・ポッター世界に来てからはどうだろう。

 おじい様に認められた時は嬉しかった。初めて箒で空を飛んだ時は感動した。

 自分の杖を手に入れた時も嬉しかったなあ。最初に『ルーモス』を成功させた時も。

 ホグワーツ特急を降りて夜道を歩き、初めてホグワーツ城の全景を見た時の感動。

 ロニーに頼んでピアノを手に入れた時も。

 ガーデンでの家族のだんらんも。

 

 今までのいろんな感動の一コマ一コマを思い出し、情景として一瞬を切り取ってイメージが湧きやすい、『箒で飛ぶ爽快な空』や『ホグワーツ城全景を初めてみた時のわくわく』や『ほむら祭の夜、満月を背にワートタイガーが空に火を噴きあげた瞬間の感動』をキーにして守護霊を出せる練習を重ねた。

 

 

 ハリー・ポッター世界の魔法で私が一番欲しいと思っているのが『動物もどき』。

 だってさ。

 動物になれるんだよ?

 そりゃあなりたいに決まってる!

 

 獣になって広大な草原を駆け巡りたい

 鳥になって自由に空を飛んでみたい

 イルカになって波と戯れたい

 

 姿を変えるって楽しい。夢は尽きない。

 

 んでさ。

 この世界の魔法の面白いところなんだけど。

 

 『動物もどき』で変わる生き物の姿は自分が望んだものになれるわけじゃない。

 一番その人に相応しい生き物の姿をとる。

 

 人を動物にする姿変えの呪文でも、変身する姿は呪文を掛けられた者の相応しい姿になる。

 

 『守護霊の呪文』もそう。思いの強い生き物になる。

 ただ守護霊は作り出す人の強い気持ちによって途中で姿を変えることがある。

 トンクスの守護霊が、ルーピンを愛したことでうさぎから狼に変わったように。

 

 だから一概に守護霊の姿=動物もどきの姿ってわけじゃない。

 

 ジェームズ・ポッターは守護霊も動物もどきも牡鹿だった。マクゴナガル先生もどちらも猫。

 思い入れのある生き物なんだから同じになる可能性は高い。

 とはいえ動物もどきは実例が少なすぎて本当のところはわからないんだけどさ。

 

 まあ何が言いたいかと言うとだね。

 この『守護霊の呪文』で現れる生き物の姿が、今後習得すべき『動物もどき』で私が変身する生き物になる可能性が高いわけだ。

 

 ハリーなら牡鹿。ダンブルドアが不死鳥。ハーマイオニーはカワウソ。ロンはテリア。チョウ・チャンが白鳥だったかな。

 

 守護霊ならかっこいいのがいいよね。出てきただけで「わあ!」って思えるやつ。

 

 でもさ。『動物もどき』は街や森で敵から逃げたり隠れたり、あるいは紛れ潜んで情報収集したりするのにとても便利な能力なんだよ!

 動物もどきは目立たない姿のほうがいい。

 

 犬と狼は似てるけど、犬が街を歩いていても気にならないけど、狼がいたら大騒ぎになっちゃうじゃん。

 ロンドンの街中で牡鹿とか不死鳥がいたらおかしいよね。雑踏に紛れられない。まったく潜んでない。

 かっこいいよ? 確かにかっこいい!

 だけど、動物もどきの有用性は半減だよ、ほんと。

 

 どうか私の変身する生き物が、街にいても目立たない、でもかっこいいものでありますように。

 

 

 私はそう願いながら、今日ももわっと銀色のもやをだしている。

 

 

 

 



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2年-2 シグナス・ブラック

 

1992年 12月

 

 クリスマス休暇まであと1週間となったある日、ロックハート主催の『決闘クラブ』が開催されることになった。え? なんで?

 『秘密の部屋』が開いたわけじゃないのになんでこれやるの? ロックハートが決闘する自分の雄姿を見せびらかしたかったから?

 

 意味のない催しだけど、お祭り好きなホグワーツの生徒はその報せを喜んだ。

 特に、あの授業を受けていてさえしぶとく残っているロックハートファンの女子生徒は熱狂的だった。それに決闘と言われると盛り上がってしまうのは若さゆえか。

 

 っていうかさ。ホグワーツの授業で身体を動かすものってないのよね。1年では箒に乗る授業があったけど、2年以降はそれすらない。運動できる時間がないのだ。若さ爆発な11歳から18歳が、授業と寮生活で常に集団行動を強いられていて、発散できるものがない。

 ほんと、ホグワーツの生徒がクィディッチに熱狂的になるのも、そういった発露を求めているからってのもあるんじゃないかな。

 

 

 スリザリン寮でも『決闘クラブ』に行く生徒が多かった。ドラコ達も行くらしい。私も行こうと誘われたけど、当然行かないよね。

 原作みたいにドラコが蛇を出しちゃったら、ハリーだけじゃなくて私もバレそうな気がするもの。

 

 前に私のトランクを見せた時、ハンナは「うおっ、すごい。ニュート・スキャマンダーのトランクみたい」って騒いだのだ。つまり、『ファンタスティック・ビースト』を知っている。

 なら、きっと『呪いの子』の話だって知っているはず。

 

 ハンナはベラトリックスがヴォルデモートの娘を生む未来があることを知っているのだ。

 なのに彼女はこれまで一度もその話を口に出さなかった。

 

 「互いに能力を聞かない」と約束したから。彼女は律義に守ってくれている。彼女は善良で好感を持たずにはいられないいい子だ。

 だけど、お辞儀様の娘だってことは、やはり知られたくはない。

 

 ほんとはロックハートを武装解除でふっとばすスネイプ先生の雄姿を見たいんだけど、我慢しよう。

 行かないけどどんな感じだったかあとで教えてね、と言ってドラコ達を送り出した。

 

 

 

 

 『決闘クラブ』でハリーのパーセルマウスがバレたらしい。原作通りだ。やっぱりこの流れは必須なのか。ご都合主義か。

 ハリーはスリザリンの後継者としばらく言われていたけど、『秘密の部屋』の事件があったわけじゃないし、そこまで取り沙汰されることもなくおさまった。きっとまた何かの折には面白おかしく吹聴されるのだろう。魔法界の噂好きはほんと、厄介だ。

 

 

 

 

 

1992年 12月 クリスマス休暇

 

 ホグワーツが深い雪に包まれ、湖がカチカチに凍りついた。外は猛吹雪だ。

 学校に残るドラコ達に別れを告げ、私はロンドンに帰ってきた。

 

 

 

 翌日。私はご機嫌伺いにブラック分家“ポラリス・マナー”へ訪れた。

 しもべ妖精に案内されて居間に入った私を、シグナスおじい様は睥睨した。

 

「エリカ。ずいぶん活発に動いているようだが、何を考えている」

 

「おじいさま?」

 

「12歳の子が持つには相応しくない高額の品を注文したそうじゃないか」

 

 わあ。ゴブリンの武器を買おうと声をかけていた動きをおじい様にご注進した人がいるのかも。私のことはおじい様にも報告がいっちゃうのか。後見のひとりだものね。ちょっと派手にお金を使いすぎたかな。

 

 ……でも。もう後戻りはできない。

 

 そろそろおじい様にも話しておくべきだな。

 私は心を決めると、おじいさまをまっすぐ見つめた。“円”を広げ、おじい様の状態を確かめながら話し出す。

 

「……おじいさま。私の考えを、聞いていただけますか?」

 

 おじい様が視線で先を促す。

 

 私は私の状況について、死喰い人の子供達のつらい未来について、話をすることにした。

 夏にルシウス叔父様に話したことと、同じようなことを。

 気持ちを落ち着け、心を込めて話し出す。

 

 レギュラス叔父様の日記を手に入れたこと。クリーチャーに開き方を聞いたこと。

 クリーチャーが話してくれたレギュラス叔父様の最期のこと。

 分霊箱という闇の魔術のこと。

 これがある限り、私やドラコのような死喰い人の子供には幸せはないのだと、だからこそ、未来を切り開くために頑張っているのだと、涙ながらに訴えた。

 

「分霊箱を壊すことができるものは限られています。そのひとつがゴブリンの鍛えた純銀製の武器です。私は、それを手に入れようとしています。

 ゴブリンが鍛えた純銀製の武器に、バジリスクの毒を含ませたもの。これがあれば分霊箱を壊せるんです。『バジリスクの毒』はどこにもないと言われていましたが、レストレンジ家の金庫にありました。ゴブリンの武器が見つかれば。私はきっと分霊箱を壊してみせます」

 

 

 おじい様は私の境遇を知っている。だから死喰い人になりたくない、“例のあの人”の復活を阻止したいという私の願いを良く理解してくれた。

 おじい様にとって可愛い孫である私やドラコの辛い未来の予測に、眉を顰め、明るい未来を掴みたいという想いに共感してくれた。

 

 そして私が私財をなげうって分霊箱を壊す準備をすすめていることに衝撃を受けた。

 

 

 まさか散財を叱責するつもりの会話が、こんな話になるだなんて、おじい様は考えてもいなかったのだろう。

 もう後戻りができないところまで、私の状況は進んでいる。おじい様は私の身を案じてくださっているようだ。

 

「おじい様。

 私は今の平和な日常を大切に思っています。私もドラコも、他の死喰い人の子供達も、みな、今の幸せがずっと続けばいいと、そう願って暮らしています。

 いつか殺し合うかもしれない。いつか、闇の勢力に取り込まれ、友人を殺さなくてはいけないかもしれない。そう内心怯えながら、それでも精一杯生きているんです。

 

 私は戦います。もう後戻りなんてできません。

 私は“例のあの人”の……いいえ、ヴォルデモートと死喰い人の、敵なんです。

 

 分霊箱のうち、私はすでに3つ見つけ出しました。他にいくつあるかわかりませんが、負荷のきつい秘術です。そう残りは多くありません。きっと探し出してみせます。

 

 ヴォルデモートは魂をいくつもに裂いて存在自体が不確かです。ただの狂人です。なぜ純血家が、魔法界の王と呼ばれるブラック家が、あのような狂人に従わなくてはいけないんです。

 それに、ヴォルデモートが復活することはもうありません。ええ。私が阻止しますから。

 

 ヴォルデモートがもう一度暴れまわるような未来は、決して、ありえません。

 

 ……おじい様、あなたは、今もヴォルデモートを支援なさいますか?」

 

 もうひとつ『トム・リドルの日記』がマルフォイ家にあることはおじい様には内緒にしておく。念のためね。

 

 おじい様はソファに体重を預け、手で目を覆うとしばらく黙っていた。

 やがて。

 

 

「……あの方は……」

 

 おじい様は疲れ切ったように話し出した。

 

「第一次魔法戦争の時、我々はかの方を金銭的に援助していた。

 かの方の説く思想は素晴らしく魅力的で、我々に希望をもたらしてくれた。かのサラザール・スリザリンの血を引くお方。この方ならばと我らも期待したものだ。

 

 じゃがふたを開けてみればどうだ。

 あ奴はただの人殺しで、彼の考える改革はすべて暴力によって行われた。あれではいかん。あれで貴重な純血の血までが多く流れてしまった。

 いったいどれだけの純血貴族家の血が途絶えたことか!

 

 あいつはやりすぎたんだ。

 

 お前の言う通りだ。エリカ。私達は……あの戦いで失いすぎた」

 

 ぼそぼそと話し始めたおじい様の言葉は徐々に勢いをみせ、最後には激昂し強い感情をあらわに見せた。

 

「おじいさま」

 

「……今日はもう疲れた。お前ももう帰るといい」

 

 弱り切ったおじいさまの呟くような声を、私は悲しく聞いた。

 

 長年の私の『ラブ・アンド・ピース』作戦により、彼は昔の苛烈さをなくしている。

 その上現在の社会からの闇の帝王への評価は「恐ろしいテロリスト」で、純血主義の旗頭とはなりえない存在だ。

 しかもブラック家にはもう私とドラコしか血を繋ぐ者がいないのだ。私達の実情を理解できるから、私が未来を勝ち取るためには、これしかないのだと、おじい様もわかってしまった。

 それは、過去のご自分達が成したこととはまったく違うこと。

 

 時代の移り変わりを感じたのかもしれない。

 

 彼を悲しませたことに本当に申し訳なく思う。

 彼の老いが、とても寂しい。

 

「……わかりました」

 

「ヴァルブルガにも会いに行ってやれ。喜ぶだろう」

 

「はい」

 

「お前のやりたいようにやれ。お前は私の孫だ」

 

 ブラック家から私を排除しないという意思表明か。……おじい様。

 

「また、来るといい」

 

「……ありがとうございます、おじい様」

 

 

 

 

 

 

 おじい様の“ポラリス・マナー”を出て、グリモールド・プレイスまで歩き、おばあ様とクリーチャーにも顔を出してきた。

 おばあ様もクリーチャーも、私の来訪を喜び、学校のことなども話してから帰ってきた。

 

 

 

 

 マルフォイ家が今年はクリスマスパーティを開催できないため、社交はない。

 ルシウス叔父様はまだ立ち入り調査の事で忙しく、このクリスマスには会うことはできなかった。

 

 あとはピアノ、バイオリン、サクソフォンの先生にそれぞれレストレンジの屋敷まで来ていただき、レッスンをつけてもらった。

 課題としてもらった楽曲はすべて練習した。演奏すると少し直され、そして褒めてもらってまた新しい楽曲をもらう。有意義な時間だった。

 

 

 

 

 

 

1993年 1月

 

 年が明け、休暇もあと数日となったある日。

 もう一度会いに来いと梟便がおじい様から届き、私は指定のとおり“ポラリス・マナー”へと向かった。

 

「……おじい様?」

 

 つい数日前に会ったのに、おじい様はなんだかいきなり何十年も年をとったように見えた。

 あまりの憔悴ぶりに、心臓がギュッと握りしめられたかのような衝撃をうける。

 

「おじい様、お加減が悪いのですか?

 私が、私が“例のあの人”に対抗しようとしたのがそれほどご心痛でしたか?」

 

 泣きそうになりながら言うとおじい様は苦笑交じりに首を横に振った。

 

「気にするな。私はもう過去の人間なのだと、改めて思っただけだ。

 お前にも苦労をかけた。

 あの時、私がもう少し先が見えていたらと何度思ったことか。魔法界を取り巻く状況を読めていれば、あ奴の性質を見極めていれば、一族を死喰い人になどさせなかったのだ。

 あの頃はヴォルデモートが魔法界を席巻していた。純血貴族として一族を守るためには、ブラック家からも死喰い人として家族を差し出さねばならなかった。

 だが逃れればよかったのだ。ヴォルデモートにもダンブルドアにも与せぬという選択肢もあったのだからな」

 

 おじい様は懺悔するように言葉を紡いだ。そして。

 

「私は年老いた。これからはエリカ、お前達の時代だ」

 

 そう言うとそっと私の手をとんとん、と叩いた。そして毛皮のコートを羽織り、私にもコートを着るよう促してエントランスにある暖炉へ誘う。

 

「行き先は『ウォリックシャー、“木漏れ日の家”』だ。先に行くといい」

 

 暖炉へ近付き手に掴んだフルーパウダーを炎に振りかけておじい様の言葉通り唱える。

 

 視界がぐるりと回り、空間を飛んだ。

 着いた暖炉からごそごそと這い出る。周りを見回すとどこかのエントランスにある暖炉のようだ。

 木造で、落ち着いた雰囲気のロッジ風の佇まいの家だ。

 服を叩いて灰を落としているとおじい様もやってきた。

 

「おじい様、ここは?」

 

「“木漏れ日の家”と言う。我がブラック家の別荘の一つだ。こちらへ来るといい」

 

 おじい様の案内で私はエントランスから続く玄関の扉を開けた。外は明るい陽射しが差し込むポーチのようだ。

 そこから木製の階段が緩いカーブを描いて下まで続いている。

 

「わあ!」

 

 玄関ポーチに立って周りを見回す。

 

 

 そこは草原の中に立つ家だった。雪に埋まった草原の周りを、鬱蒼とした雪化粧の木々が取り囲んでいる。

 森の先は見えない。どうやら深い森の奥にある開けた空間にいるらしい。

 そして! この家は! なんとツリーハウスなのだ!

 すごい! 超すごい。

 

 だってツリーハウスだよ。遊び心満載じゃん。わくわくが止まらないおうちだよ!

 

 テンションがあがったまま、私は細い丸太でできた手すりの雪を払いながら手を添えて、雪の積もった階段をさくさくと踏みしめて駆け下りた。そして、少し離れたところから振り返り、家全体をうっとりと眺める。

 

 

 雪に覆われた草原の中心に一本の太い木が立っている。

 途中まで枝もなくまっすぐ伸びた木が、2メートルほどのあたりから大きく分岐していくつもの太い枝が水平に広がっている。

 

 分岐した幹に跨るようにログハウス調の家が建っている。建物は大きく横に伸びる枝の上にまで広がっていてあちこちに明り取りの大きな窓がある。

 ベランダやウッドデッキも複数あって、枝に張り出した特別広いウッドデッキは今は雪が積もっているけど暖かい季節なら木漏れ日の中でティータイムを楽しむのに最高だと思う。

 いや、ロングチェアを置いて夜に寝転んで、綺麗な星空を楽しむのもいいだろう。

 

 地面から緩くカーブを描く木製の階段がすごく秘密基地の雰囲気を醸し出していて、とてもチャーミングだ。

 一段登るたびにわくわくしてしまう。

 

 家や枝、階段を支えるために、丸太をそのまま使った杭が何本も地面に刺さっていて、その杭と杭の交差の下を利用した空間に小さな物置があったり、家畜小屋があったりするのもまたわくわくポイントを衝いてくる。

 

 

 うん。“木漏れ日の家”の名に相応しい、可愛らしい家だね。

 ポーチに立ち手すりに凭れて微笑まし気に私を眺めていたおじい様を見上げて私は叫んだ。

 

「おじい様、ここ、すごく素敵です!」

 

「気に入ったかい?」

 

「はい! とても!」

 

「ここは今日からお前のものだ、エリカ」

 

「……え?」

 

 おじい様の言葉に、きょとんとしておじい様を見上げた。一瞬なんて言ってるのか理解できなかった。

 

「この家をお前にやろう。お前の、お前ひとりの家だ。好きに使うといい」

 

 夢見心地のまま、もう一度階段をあがり、玄関ポーチへ立った。ポーチは広く、ドアの傍には二人掛けの籐製のソファが置いてある。パッチワークのクッションがやけに可愛らしい。

 玄関をあけてエントランスに入る。

 

 先ほどは入らなかった奥の扉をあけると広いリビングだった。吹き抜けで天井が高く、明り取りの硝子窓から日が注ぎ込んでいる。

 リビング中央はこの家の支柱である木の幹がそのままむき出しになっていて上まで続いているのが見える。その幹にそって木製の螺旋階段がぐるりと二階に続いている。

 

 リビングの右手にサンルームがあり、一面総ガラスで、広いウッドデッキに続いている。

 奥にダイニングと左手がキッチン、お風呂。階下にしもべ妖精の作業部屋もある。サンルームの奥は客間が左右に二つずつ。

 

 二階はリビングを取り囲むように通路があって、その外側に個室が5つ並んでいる。

 枝の位置によって部屋の高さが変わるため、部屋ごとに扉へ向かう数段の階段があったり、部屋によってはリビングに繋がる壁が開いていたりと面白い造りになっている。

 その上に主人の私室と寝室、書斎がある。

 

 中は拡大呪文で拡張されていて外観よりもずっと広々としている。木の温もりが感じられるカントリーハウス風な拵えで、きっとここの住み心地は最高だろう。

 

 ここが……私の家?

 

 

 

 

 嬉しい。

 と思うと同時に疑問が湧き上がる。

 

 なぜ、急に家を? 私に?

 

 

 

 

 ――そうか。

 おじい様は、私に安全な住み家を用意してくださったんだ。

 

 私は今レストレンジ家に住んでいる。うちの両親は死喰い人で、彼らが脱獄してくればあの家に私の安全はないと断言できる。

 なんせ私は分霊箱を壊そうとしている、ヴォルデモート卿の怨敵だもの。

 

「わがブラック家の代々当主が守ってきた保護魔法が掛かっておる。本宅同様安全な場所だ。防衛圏内であれば“臭い”も漏れん。未成年のお前でも魔法が使えるぞ」

 

 おじい様は丁寧にこの家の仕組みを教えてくれた。

 ブラック家の独自の守りを施しているから安全であること。その保護魔法の保守の仕方。新しく保護魔法を重ねる場合の注意点。などなど。重ねると相殺されてしまう呪文や変な効果がでてしまうものもある。注意される内容に一生懸命耳を傾けた。

 

 中心の螺旋階段は木の成長を妨げないよう少しだけ余裕をもって作られている。木が今後も伸びていけば幅も広がり螺旋階段にぶつかってしまう。そのため木の成長に沿って拡張呪文が空間を広げていく。だけど、そのまま広げればいずれ階段の段ごとの位置取りがおかしくなる。数年に一度は階段自体が組みなおされる。

 など、生きた木を使っているからこそのいろんな魔法など、聞いているだけで面白い。

 

 屋敷の中の部屋を増やしたり階層を広げる際の注意点もいろいろ聞いた。どの位置を起点として伸ばすのか、どう広げるのか、広げた場所と別の空間との処理をどうするのか。

 拡張時の注意事項はエクセルでひとつのセルを分割した時に、位置関係の辻褄を合わすため周囲のセルを繋げたり分割したりするときの話に似ていて面白い。

 そして居心地の良さを壊さないよう景色や採光を加味しつつ、いかに効率的に増築させるのかという話にも深く納得しながら聞いた。

 

 草原には周りを取り囲むように、1メートルほどの高さの丸太でできた柵がぐるっと囲んでいる。その柵内がすべて防衛圏内であること。『位置発見不可能』の呪文もかかっているから地図上でもここを探すことはできないこと。

 

 この森はウォリックシャーのニューハングローザンに近い“風啼きの森”で、森全体がブラック家の、つまり今日からは私の私有地になること。

 森にはマグル除けの結界がはってあること。

 

 森の端から草原までの道は作っていないから箒で空を飛ぶか姿現わししか方法がないこと。姿現わしも防衛圏内には入れず、柵の外にしかできないこと。

 

 梟便も来客も家には入ってこられない。

 草原の柵の門の前にドアベルと梟用の止まり木が立っている。梟が止まったりドアベルが鳴れば家に聞こえるようになっている。

 などなど。

 

 

 それからおじい様は“忠誠の術”のかけ方を教えてくださった。

 おお。これすごく知りたかった術です。おじい様!

 

 

 おじい様の説明を聞きながら“忠誠の術”を施す。

 守り人はもちろん私。

 『“木漏れ日の家”はウォリックシャー、“風啼きの森”の草原に存在する』

 この草原を囲む柵の中を防衛圏内とする。

 と、しっかり心に刻みつける。

 家を、草原を、この空間を、“私の記憶”を鍵として閉じ込める。

 

 これで、この場所を私が教えない限り誰も入ってこれなくなった。

 

 おじい様が私にくださった、安全な住み家。たとえうちの両親が脱獄してきたとしてもここに逃げ込めば安心して過ごせる。

 もちろんガーデンが一番安全なんだけどさ。ガーデンの外にも安全地帯は必要だよね。

 

 おじい様に心からの感謝の礼を述べると、おじい様は優しく頷いてくださった。

 

 

 

 エントランスに設えた暖炉のネットワークを解除し、外に出ると扉に鍵をかけた。

 家を出る前にこっそりポイントBに登録しておく。

 柵の木戸を開いて柵の外に出る。そして振り向いた。

 

 あっという間に森の木々が迫り、草原は隠れて見えなくなった。すげえ。“忠誠の術”すげえ。

 

 

 目印になる草原が人目から隠れてしまったため、余計にここを見つけるのが難しくなった。うん。私の目にもどこが家なのかわからない。

 姿現わしや箒でここへ来るための目印をしっかり教えてもらう。

 箒で空に舞い上がり、ここを探してこうやって降りるのだよ、と実演までやってくださった。

 

 森の外にはおじい様が付き添い姿現わししてくれた。

 近くに町が見える。ニューハングローザンという田舎町らしい。

 

 “木漏れ日の家”にはあちらへ向けて箒で飛べばいいと方角を教わり、そしてこの町の中にある“跳ね兎亭”が魔法使いのためのバーで、移動する際はそこの暖炉を借りればいいことも知った。

 “跳ね兎亭”の暖炉は“漏れ鍋”にも繋がっているらしい。ダイアゴン横丁へも簡単に行けるね。

 

 

 そこまで教えてくれると、おじい様は姿くらましで帰っていった。

 おじい様の配慮に、感謝の気持ちがあとからあとから湧いてくる。

 

 

 

 森全体がマグルには見えないため、“風啼きの森”を知るのは魔法使いのみ。森は私の私有地だから、地元の魔法族もわざわざ入ってこようとはしない。

 誰にも邪魔されない安全な場所となる。

 

 私だけの、安全な住み家。

 

 

 

 

 

 “木漏れ日の家”を法的に私個人の資産にするためには魔法省への生前遺産分与の登録が必要になる。

 

 レストレンジの娘にわたった遺産について、それをよく思わないものもいる。

 事実、「『正当な押収に関する省令』によって差し押さえる」と魔法省が横やりを入れてこようとしたらしい。

 

 もちろん、魔法省が正式な手続きをする前におじいさまがブラック家の総力をあげて、その企みをねじ伏せてくださった。

 

 『正当な押収に関する省令』は、闇の物品が相続されるのを阻止するために作られた法律だ。

 原作にもあったとおり、ブラック家にはそりゃあたくさんの闇の魔法具がある。何か機会があれば調べたいと思う気持ちは、まあわかるよ。

 でも私が貰ったのは休養のために作られた別荘で、そこには闇の魔法具はひとつも置いてないのだ。

 

 それに、落ち目とはいえブラック家に喧嘩を売るだなんて、魔法省もどうかしている。

 相続者が、私だから、だ。私が、レストレンジだから。

 そこまで私を悪人だと言いたいのか。たった12歳の少女に向かって。

 

 

 孫娘に残してやることの何がおかしいというのか。

 シリウスは血の繋がってない(遠い親戚ではあるけど、魔法界なんてみんな遠い親戚だよ)名付け子なだけのハリーに遺産を全部相続させたんだから。

 

 

 ここは私の隠れ家だ。私と、私の家族だけが入ることができる、鉄壁の守り。

 力を取り戻したヴォルデモートと死喰い人が破れなかった、不死鳥の騎士団の本部になったブラック本家には敵わないものの、それに準ずる程度の守りはある、私の大切な家だ。

 誰にも取られるつもりはない。

 

 おじい様の尽力で『正当な押収に関する省令』は撤回され、“木漏れ日の家”は名実ともに私個人の資産となったのだ。

 

 

 

 



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2年-3 リトル・ハングルトン

 

 

1993年 1月 始業

 

 クリスマス休暇から学校に戻り、また授業と課題に明け暮れる毎日を送り始めた。

 変な事件が起きないおかげで、勉強も『必要の部屋』での修行も順調だ。教科書は7学年分揃っているから徐々に上の学年へと進めている。

 

 

 

1993年 2月

 

 2月になった。ホグワーツは大きな問題もなく、日々学業にクィディッチに忙しい。

 バレンタインにロックハートがバカ騒ぎを起こし、教員生徒ほぼ全員の怒りを買ったりといった事件はあったのだけど。まあそれはわざわざ言うまでもない。一言で言うなら、ロックハートまじ万死。

 

 

 私達貴族家の子供達は、誰かの手作りの贈り物を食べることは絶対にしない。特にクリスマスやバレンタインの時期は要注意だ。『愛の妙薬』や髪や血液を入れたお菓子を送ってくることが多いから。

 だから市販品以外は送り主の名前にどれだけ信頼する相手の名が書かれていようとすべて廃棄処分にしている。

 

 人気者のドラコ、ヴィンス、グレッグはもちろん、スリザリン寮の女性人気の高い私もたくさんチョコをもらうのだけど、そのほとんどが手作りでそのまま捨てることになる。なんてもったいない、とは思うけどさ。怖くて食べられない。

 

 一度『あなたの崇拝者より』と書かれたヴィンスあてのチョコケーキを、興味本位で崩してみた。短く切った髪の毛がいっぱい入っていたのを目の当たりにしてからは、捨てることに躊躇がなくなってしまった。周りにいたみんなも絶句していた。

 

 恐ろしい。魔法界の人達のこの手の“倫理観のなさ”が、ほんと、恐ろしい。

 

 

 

 

 スネイプ先生はいつもの通り不機嫌そうな表情で授業をしている。

 でも質問には(ちゃんと自力で調べた形跡のある質問だけ、だけど)丁寧に教えてくれるし、なんなら参考になる文献や書籍名を教えてくれたりもする。

 私とドラコは魔法薬学が大好きで、授業もかなり熱心に受けているから、スリザリンで、純血で、真面目で、優秀な私達二人はスネイプ先生のお気に入りだと誰もが知るところとなっている。

 

 最初は贔屓されているとか、点数が甘いとかいろいろ言われていたけど、いっそ開き直って、私はしょっちゅうスネイプ先生の薬学準備室を訪ねては質問をしたり、アドバイスを求めたりして、ついでに手伝いをしたりすることもある。

 

 魔法薬って材料がこの世界でしか手に入らないものも多い。他の世界に行った時に、この技術を十全に使いこなすためには、たくさんの素材をストックしていくべきだし、できそうなものは自分で栽培もしたい。

 それに、他の世界になさそうな素材の代替品を探すのも大切なんじゃないかなと考えている。

 

 マグル界にある似たような効果効能の野菜を持ってきて、それを魔法を使って栽培したら同じ効果が現れるのか、とか。

 先生に見せると、興味深い内容だと言われて、いろいろなアドバイスもくれるようになった。

 

 

 

 

 ちょっと、悩んでいる。

 

 シリウスはブラック家の後ろ盾が欲しいことと、原作で無罪が証明されないまま死んだ不幸をなんとかしてあげたいという思いもあり、ついでに言うとダンブルドア陣営に入られるととても邪魔だから、こちらへ引き入れたい。だからネズミを捕まえることを考えている。

 

 スネイプ先生はダンブルドア陣営だけど、原作通りすすめば彼も不幸になる。

 ヴォルデモートを復活させるつもりはないため、原作のようにヴォルデモートに殺される未来はないはずだけど、万が一のこともある。それに彼にもできれば幸せになってもらいたい。

 彼は死喰い人でダブルスパイ。頭もよく、戦いにも秀でている。

 

 できれば、彼もこちらに引き入れたい。

 

 そのために、どうすればいいのか。

 セブルス・スネイプとシリウス・ブラックが仲良くなれるなんて、無理だと思う。虐められていた子は虐めっ子を決して許さない。

 しかも、シリウスは満月で狼状態のルーピンのいる場所へ誘い込もうとしたのだ。あれはどう考えてもシリウスが悪い。あれでスネイプが人狼になっていたら一生モノの傷だし、それにルーピンはアズカバン行きだ。人狼を入学させたダンブルドアだって退職になったかもしれない。

 そこまで考えていなかったんだろうけど。酷すぎる。

 

 

 ああ、なにか、いい方法はないものか。

 

 

 

 

1993年 3月

 

 『必要の部屋』での訓練は続けている。

 ハンナが使いに来ることを見越して、部屋を使用するのは平日昼間と門限以降。彼女の訓練を邪魔できないものね。私は影と交代することで夜の時間を有意義に使わせてもらえるんだから。

 

 ハンナとは友人と呼べる関係になれたと思う。私は彼女の素直さが好きだ。

 でもさ。お互い秘密が多いんだもの。言えないことが多くて困る。

 

 たとえばさ。ほんとは『組み分け帽子をどうやってクリアしたの?』って聞きたい。もしかしたらノーガードで帽子を被ったかもしれない。それとも私の知らない方法でクリアしたのかもしれない。ノーガードならダンブルドアに被験者と言う存在がバレている可能性だってある。すごく聞きたい。

 でもさ。それを私が聞けば。つまり、『私は組み分け帽子の開心術をクリアできた』とハンナに知られることになる。

 ハンナのことは信用しているけど、彼女から情報が洩れる可能性ってすごく高いのだ。だから聞くに聞けない。

 

 私が彼女にアドバイスしたことは、私がやっているとバラすことと同義だ。『閉心術と守護霊の呪文はできるようになった方がいいよ』って私は彼女にアドバイスした。私だってできると思われて当然だよね。そう考えると、彼女に話せることってすごく限られてくる。

 ハンナのことはフォローしたいと思っている。でも、私の身が危険になるほどのことはできない。ものすごくジレンマだ。

 

 

 

 はあ……。

 まあ、とにかく。話はずれちゃったけど、『必要の部屋』での訓練は続けている。

 

 閉心術は完ぺきだと言える。

 

 夏にルシウス叔父様に初披露した『レギュラスの日記を読んで秘密を知り、自分の未来を憂いて苦悩する少女』の内容は、自分がしっかりそれを思いこむため、何度も何度も反芻して考えている。

 『憂いの篩』で告白のシーンを取り出して見ることまでした。それによりイメージがどんどん強固になってくる。

 そしてこれを、私の閉心術の、頭の階層の中間に据えることにしたのだ。

 

 一番下の階層は私の“最重要秘匿情報”。

 家族達とガーデン・倉庫、影分身とジャンプ、ログアウトの技術。

 家族はもちろんのこと、異世界の技術を使ったいろんなアイテムを持っていることや、分身できて、登録さえすればどこにでも転移できるなんて、知られると非常に危険だ。“最重要秘匿情報”だけは本当に誰にも見せない。

 頭の中に強固な強固な扉と鍵を付けてしっかり守っている。

 

 その上の階層に“重要秘匿情報”。

 被験者であることや、被験者としての“最重要”以外の能力、そして原作知識。

 念能力者であることやステップやシルヴィアはここにあたる。

 被験者が他に存在するのだから、これは流出する可能性がある情報で、私にとってガーデンや影、ジャンプとは重要度が違う。切り離して考えるべきだ。もちろん、これも秘匿すべき大切な情報。

 

 ここまでが私の、命に係わる重要な情報。

 ここまでは誰にも見せない。

 

 そしてその上に、日記の内容を乗せる。

 極悪人の娘という境遇が不安で仕方なかった幼げな少女がある日知ったレギュラス叔父の日記とヴォルデモート復活の秘密。それから分霊箱を集めて壊そうとしていること。

 

 もうひとつ、私がパーセルマウスであることから父親が“例のあの人”かもしれないと予想していること。

 

 ハンナが知っている可能性があるし、両親が生きている。死喰い人の中にもお辞儀様とベラトリックス・レストレンジがそう言った関係だった事を知っているものもいるかもしれない。どこかから証言が出てくる可能性がある。“ヴォルデモートの子供かもしれない”という可能性だけで大ダメージだ。

 隠すべき情報だけど、他から漏れるかもしれない情報でもある。

 

 この二つは同レベルに危険な内容で、でもそれぞれ独立した情報で別に管理すべき内容だ。

 

 その上に12歳の少女としての普通の情報の階層が乗る。

 死喰い人の娘として、“例のあの人”の復活と自分の両親を恐れる少女。深く掘り下げようとすれば日記の内容や分霊箱を壊すのを隠そうとしていることが窺える。

 

 そんな風に自分でもしっかり思い込むことで閉心術の技術は上がっていく。

 

 『必要の部屋』の鏡での練習も、びったりと閉じ切れば鏡に映った私の姿が心の中の風景に変わることはない。相当強くされてもだ。これ以上は心を壊す強度の開心術になると鏡師匠が太鼓判を押したくらい。

 

 閉心術を使っていると気付かれないように上層を乗せて置くと、ちゃんと12歳の普通の少女の情報階層→もっと深く見て日記のことの内容の階層しか見えない。

 

 閉心術が上達すれば、『服従の呪文』への抵抗力も上がっていくのを感じる。うん。結果が見えるのが嬉しいね。

 

 開心術の方もだいたいできるようになった。

 

 

 『守護霊の呪文』の訓練もだんだん形になってきた。

 

 実はさ、私の守護霊ってもしかしたらパンダになるかも? って思ってた。だって私が一番依存している存在だから。

 でもね、私の好きなパンダはメリーさんで、メリーさんは普通のパンダとは違う。直立二足歩行するパンダで、『動物』じゃなくて『パンダ獣人』だと考えている。人族の一種。私にとってメリーさんは動物じゃないの。

 だからね、“守護霊は動物や魔法生物”だからパンダ獣人は除外されるの。ヒトだから。

 

 んで。だから私の守護霊は、“思い入れのある生き物”ではなく、“自分に相応しい生き物”の姿をとるはず。

 

 私の幸福の想いを力の源として現れたものは……鳥っぽい? 守護霊特有の銀白色に輝く鳥は、まだフォルムがしっかりしないからわからないけど、シャープな感じがする。カラス? かな?

 

 まだまだすぐに消えちゃうけど。もうちょっとで完成かな。

 

 そうそう。

 メリーさんと小雪の守護霊は四つ足の獣っぽかった。メリーさんのものは丸っこいフォルムからおそらくパンダ。サイズが小さそうだから仔パンダかな。小雪のは……犬っぽい。

 お互い、習得が楽しみだね、と励まし合った。

 

 

 

 

1993年 3月

 

 私と小雪はリトル・ハングルトンについて相談していた。

 

「ゴーント家の場所だね、マスター」

 

「地名はリトル・ハングルトンで、近くにはグレート・ハングルトンがある、か。イギリスの地名でリトルなんちゃら、とかグレートなんちゃら、って地名はけっこう多いもんね。見つけるの大変かも」

 

 私達はゴーント家の場所を見つけ出そうとしていた。

 誰にも知られていないうちに、トム・リドルの父親の骨をこちらで確保してしまおうと考えたためだ。

 それにそこには分霊箱“ゴーント家の指輪”が隠されている。

 

 ルシウス叔父様はトム・リドルの名前からゴーント家を調べ出してくれるだろうけど、私にその場所を教えてくれるかわからない。分霊箱があるかもしれない、なんて知れば余計ね。危険な仕事は大人に任せなさいって言いそうでしょう?

 

 

 まずイギリスの詳細地図を買い、その村を探すことから始めた。

 

 今はまだ1993年。

 時代が時代だから、まだインターネットは主流じゃない。それに私にネットワークに繋がるパソコンを置ける場所がない。レストレンジの屋敷や“木漏れ日の家”は電化製品は使えないし、ガーデンは亜空間だしね。

 

 地名を探すのも苦労する。

 リトル・ハングルトンは田舎の村だからまったく有名じゃないし。

 こういう時に“おっけーぐーぐる”って言いたくなるよね。

 

 小雪が原作をすべて舐めるように読み込んで、様々な情報をピックアップしてくれている。

 その中で、“ロンドンから約300キロ”という記載があるのを見つけてくれた。

 コンパスで300キロ地点に円を描き、あとはその周辺で牧場の多そうな地域を探して、見つけた。

 

 そして、“隠”+“絶”の影が箒でびゅっと行ってポイントを設置してきた。ううう。ジャンプポイントが……ジャンプポイントが足りない。

 

  ・(ポイント1)ホーム    レストレンジ家 私室

  ・(ポイント2)寮私室    ホグワーツスリザリン寮私室

  ・(ポイント3)8階     必要の部屋前

  ・(ポイント4)ダイアゴン  ダイアゴン横丁

  ・(ポイント5)マグル街   ロンドン マグル街

  ・(ポイント6)ガーデン   シークレットガーデン

  ・(ポイントA)秘密の部屋  秘密の部屋

  ・(ポイントB)木漏れ日の家 木漏れ日の家

  ・(ポイントC)墓地     リトル・ハングルトン

 

 この墓地は当面外せない。少なくとも4年まではこのままだ。

 となると、自由に上書きできるのがもうない。次に登録するときはダイアゴン横丁かマグル街のどちらかを上書きするしかないか。どちらかがあればそこから移動できるものね。

 

 

 

 

 これで、トム・リドル・シニアの遺骨を奪うことも、指輪を取りに行くこともいつでもできるようになった。

 

 

 ……でもね。

 

 魔法ってほんとうにいろんなことができてしまう。

 万が一、墓地の中に埋まっている骨が誰のものか確かめるような魔法があったとしたら?

 

 原作では儀式の流れはこうだった。

 溶液の入った大鍋に、お辞儀様が入り、呪文を唱えながら、『父親の骨』、『しもべの肉』、『敵の血』の順番で大鍋に入れていく。

 その『父親の骨』の段階で、それまで手付かずだった墓を呪文で暴き、浮き上がった骨が吸い寄せられるように大鍋へ飛び込んでいた。これ、この時点で骨が違っていたら儀式が失敗する。

 その時のお辞儀様は赤ん坊サイズのあの姿のままなのか。それとも溶液に溶けたおぞましいナニカなのか。危険すぎるよね。

 

 つまりさ。あらかじめ、骨がちゃんと埋葬されているか、中身は変わっていないかくらいの確認はしてるんじゃないかなってこと。

 

 

 順当に進めばヴォルデモートは4年の時にここへ戻ってくる。復活の儀式のために。

 

 お辞儀様自身は赤ん坊サイズの仮の身体で、自力では移動もままならない状態。一番信頼する部下達はまだアズカバンに収容されていて手出しができない。ひとりだけいる狂信者クラウチ・ジュニアはホグワーツにいる。その場には赤ん坊サイズのお辞儀様と大蛇のナギニ、ピーター・ペティグリューしかいない。

 

 この時が一番お辞儀様が無防備になる時だ。しかも起きる日と場所が正確にわかっている。

 復活を阻止するか、復活直後に殺すか。それはまだわからないけど、こちらが罠を張って待っていられる唯一のチャンスだ。

 

 だけどその前に墓の中身がなくなっていると気付かれてしまえば、彼らの動きが全く読めなくなってしまう。

 なので。

 

 骨をここに残しておくのはちょっと不安なんだけど。掘り返すと決まればすぐにできる準備だけしておいて、今はそのままにしておくことにした。

 

 

 

 原作ではヴォルデモートは復活させてから斃していた。そうしなければならないって言ってたけど、復活した身体にハリーの血を取り込むことでハリーを殺せないようにするためってことだよね?

 

 だけどさ。復活させる必要ないじゃん。

 それに復活したらその場で殺してやる。私なら余裕でできる。私はヴォルデモートを殺すことでは穢れない。“私ルール”では彼は殺していい存在だもの。

 また悪霊状態から始めればいいんじゃないかな。

 父親の骨もなくどうやって次の復活を果たすのか謎だけどね。

 

 ヴォルデモートの恐ろしさは、本人の強さももちろんながら、彼の知性と、部下の多さ、今でも魔法界に根強く残っている、彼が植え付けた『恐怖』そのものだと思う。

 

 復活してまた死んで。次の復活までにどれだけ時間がかかるかわからないけど。

 あと数年もすれば今アズカバンにいる狂信者達も弱ってくる。イギリス魔法界に蔓延る彼への恐怖心も徐々に収まりつつある。復活まで時間がかかればかかるほどこちらが有利になる。

 

 死喰い人だってさ。薄れていた左手の刺青がだんだん濃くなって、帝王が復活するかと夜も眠れないほどの恐怖に震えていたら、ある日突然、また、ふっと刺青が薄くなればどう思うか。帝王の復活の失敗に気付いちゃうんだよ。

 一度目はたった1歳の幼児に負けて死に、次は復活間近まで進んでまた失敗して。

 あれ? って思わない?

 そうやって帝王への恐怖が薄れてくればヴォルデモート卿の名に怯えるものも減る。

 

 そうなればお辞儀様の力も弱まってくる。

 ダンブルドアは自分が戦えるうちにお辞儀様を斃そうと考えていた。だからハリーの成長を待てずに、彼にいろんな試練を与えて無理やり成長させようとした。

 でもさ。私は若い。私やハリーが成長して、じゅうぶん戦えるようになってからでも、ヴォルデモートとの対決はじゅうぶんなのだ。

 その間に霞のような状態のものを封印する方法や、ハリーについたお辞儀様の魂を引っぺがす方法も探せる。時間は私達の味方だ。

 

 

 父親の骨をそのままにしておくのは怖いのだけど。何か動きがあるまでは、ここはこのままにしておこう。

 ジャンプポイントさえあればいつでもできるんだし。墓を掘り返すための準備と、指輪を取るための準備をしっかりしておけば、何かあればすぐに動ける。

 

 

 

 

1993年 4月

 

 イースター休暇中に、来年の選択科目を決めるよう通達がきた。

 来年はハグリッドが『魔法生物飼育学』を教えることになる。ドラコがヒッポグリフに怪我をさせられないように一緒に居なくちゃ。

 

 『マグル学』はもとマグル出身の英里佳から考えて、実際ちっとも役に立ちそうにない授業だった。あれはパスしていいよね。

 

 『古代ルーン文字学』と『数占い』はちょっとやってみたい。ルーン文字は魔法具作成に必要だし、占術系は魔力があるなら私にも才能があるかもしれないし。

 

 『占い学』はちょっと。トレローニ先生の授業は受けたくないなあ。あの人ってシャーマンだから、トランス状態に入らなきゃ予知なんてできないのよね。彼女の教える内容で何か得るものがあるかなんて、はなはだ疑問だわ。

 それにさ。私の顔を見たとたん、トランス状態になって『闇の帝王の血筋に……未来を知る者が現れる……』とか言われそうで怖い。めっちゃ困るじゃん。うん。トレローニ先生にはノータッチで。

 

 ああ、でも、逆転時計は使ってみたい。全教科を取れば原作のハーマイオニーと同じように逆転時計を貸してもらえるかも。あれってマクゴナガル先生が頑張って交渉したみたいだからスリザリンの私には無理かもしれないけど。

 でもそれだけのために『マグル学』と『占い学』を取るのは嫌だな。どう考えても時間の無駄だし。

 

 ううう。悩む。

 

 

 結局、『魔法生物飼育学』『古代ルーン文字学』『数占い』の3つを取りたいと希望を出した。スネイプ先生には、君はとても優秀だから期待しておる、と重々しく頷かれた。

 お。褒めてもらえた。ほんのすこし唇の端があがったから、微笑んでる。貴重な微笑み、いただきました。

 成績優秀でほんと良かった!

 

 

 

 

 

 

 期末試験のための勉強が忙しくなる前に、ハンナと一度鏡で話をした。

 

「今年は事件がなくて平和だったねぇ、エリカ」

 

「ええ。一年間、充実してたわ。あ、そうそう。ハリーのところにドビーは一度も行かなかったってことでいいのよね?」

 

「うん。ハリーからは何にも聞いてないよ」

 

「じゃあハリーはドビーの存在を知らないってことでいいのね」

 

「そうだね。ってかドビー“洋服”になってないよね、エリカ。マルフォイ家のしもべのままってどうよ」

 

 ハンナの言葉に私も顔をしかめる。そうなのだ。ドビーが未解決なのだよ。ハグリッドのアクロマンチュラのことも。

 

「事件が起こらなかったからドビーはマルフォイ家のしもべ妖精のまま。正直言うと、ドビーとハグリッドは仲間にすると何かやらかしそうで目が離せないタイプよね」

 

「かといって自由にさせていたら目玉がぶっとぶようなことをしでかしそう」

 

「言えてるわね」

 

 ドビーはね……

 

 彼を思うとため息しかでない。

 

 ドビーは屋敷しもべ妖精の常識を打ち破り、主の秘密を他者にばらした。

 主に絶対服従なのは、屋敷しもべ妖精という種族の根幹に関わる本能のようなもの。そこから逸脱したドビーは、勇敢だと思うし、明るい彼の性格は好感が持てる。

 

 原作でハリーを守って逝った彼の死には涙した。

 

 だけどさ。

 主側の目で見ると、ドビーってあんまり仕事ができないしもべ妖精だよね。仕事中抜け出してるんだし。

 

 

 原作2巻での彼の登場シーンは多い。

 んでさ。レストレンジ家の屋敷しもべ妖精はロニーひとり。ブラック本家はクリーチャーひとり。ブラック分家はマーネィとベペリのふたり。マルフォイ家のしもべ妖精はドビーひとりなのだ。

 

 そう。あの大きなお屋敷すべて。料理、掃除、洗濯、庭の手入れ、孔雀の世話その他もろもろを、たったひとりでまかなっている。魔法があるからこそなんだけど、自由になる時間ってかなり少ないはずなんだよ。

 

 んでさ。もう一度言うけど。

 原作2巻での彼の登場シーンは多い。

 ね。もうね。言いたいよね。

 

 ドビー、お前、さぼりすぎ!

 

 ハリーへ届く梟便をすべて止めて奪っていたり、9と4分の3番線の入口を封鎖したり、ブラッジャーを操ったり、他にもハリーが何かしらあった時にタイミングよく出てくる。ホグワーツでさえ。つまりさ、姿を隠してずっとストーカーよろしく傍で『英雄ハリー・ポッターをお助けするのだ!』と見守っていたわけだよ。

 

 うん。何度でも言う。

 ドビー、お前、さぼりすぎ。働け。マルフォイ家の家事をしろ。

 

 

 子供の頃からマルフォイ家に入り浸っているからわかるんだけど。ドビーってけっこう仕事が雑で、気が利かない。

 

 ロニーなら、寒い夜にはベッドに入るとシーツが温まっていたり、クリーチャーは私が本家で食事をする時は必ず好物を用意してくれたり、ベペリ達なら子供の取りやすい高さに物を置いてくれたり、そういう気遣いがあるんだけど、ドビーにはそれがない。

 

 いや、ごめん。言いすぎた。気遣い、なくはないのだ。ってかありありすぎる。

 ただ。気遣いの方向が斜め下なんだよね、彼。

 

 お菓子を食べ続ける子供にわんこそば状態でお菓子を出し続けたり。

 誕生日に喜んでもらおうと気合が入りすぎて、1台でいいケーキが5台もテーブルに並んでいたりするの。しかも全部同じ味。そういう失敗が多いの。

 

 あと、ルシウス叔父様も体罰なんてしてないよ。

 失敗した時に叱ると、自分で勝手に罰するんだもん。壁に頭をぶちあてたり、火かき棒で自分の身体を殴ったり。そうやって余計に散らかすの。

 「やめろ」と命令するルシウス叔父様のイライラ感と脱力感とかね。世話を焼いてもらう立場で彼を見るとほんと、どうすんのって思っちゃうんだよね。

 

 彼の性格の良さとか、屋敷しもべ妖精という種の本能に打ち勝つ、自由を愛する志とかさ、すごいなって思う。

 思うんだよ。うん。でも、実際に身の回りの世話を頼むことになるとさ、いろいろ足りないところが見えてくるわけだよ。

 

 マルフォイ家の人々が穏やかになったから、しもべ妖精を虐待することはなく、ドビーもいつも清潔な枕カバーを着ている。本人もわりと楽しそうに仕事をしているように見える。

 

 それでも、やっぱり彼は、自由な屋敷しもべ妖精なのだ。いっそ本当に“洋服”にしてあげたほうがお互いの幸せのためなんじゃないかって思う。

 

 だけど、彼を“洋服”にしたら守秘義務の契約も切れてしまう。

 

 だからこのままマルフォイ家に残しておくべきなんだよね。だけどさあ、彼の精神は自由なんだよ。マルフォイ家のしもべ妖精のままでも、ハリーのために外に出れちゃうんだから。

 マルフォイ家にスパイがいる状態は、実によくない。

 

 敵になっても味方でいても、目が離せない。

 

「んで? どうすんの? エリカ」

 

「どうしましょうね。とりあえず、当面はドビーは様子見かな」

 

 現状どうすればいいのか判断がつかない。ほんと、考えるだに頭がいたい。

 

「来年はシリウス・ブラックの脱獄だね。ディメンターがコワイ」

 

「そうね。守護霊の呪文、できた? 私はもうちょっとって感じかな」

 

「すごい! 私はまだなの。ほんと、全然うまくいかない。やっぱり時間がなくてね」

 

「ちゃんと頑張ってね。来年ハリーと一緒に練習するのでもいいから。私達って死んでるのよ? ディメンターの恐怖がすごいかもよ」

 

「わお、そうだね。うん。がんばる」

 

「来年のことは、じゃあまた来年ね。お互い試験、頑張りましょう」

 

「うん。エリカもね」

 

 私達は挨拶を交わした。

 

 

 

 

 

 



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2年-4 おじい様の死

 

 

1993年 4月

 

 4月の半ばを過ぎた頃――

 

 

 魔法史の授業中、スネイプ先生が私とドラコを呼び出した。

 おじい様が危篤らしい。

 

 その報せに、心臓をぎゅっと掴まれたみたいな衝撃を感じる。

 震える身体をドラコが抱きしめてくれた。

 

 クリスマスの告白のあと、すっかり気力の落ちたおじい様を心配して、ルシウス叔父様とシシー叔母様におじい様のフォローを頼んでいたのだけど、一度落ちた気力はなかなか戻らず、体調も崩してしまっていた。

 心配で何度もマーリンに手紙を託したけど、返事はいつも『心配しなくても大丈夫だからお前はしっかり勉強しなさい』なんて返ってくる。でもその筆跡は昔のような力強さはなくて。

 シシー叔母様も心配してしょっちゅうポラリス・マナーを訪ねていたらしい。

 

 それが、とうとう……

 

 

 迎えに来てくれたルシウス叔父様に連れられ、ドラコと一緒にホグワーツを出るとおじさまの付き添い姿現わしでブラック分家の屋敷“ポラリス・マナー”へと飛んだ。シシー叔母様が先に来て待っていた。

 

 ひとりずつ話があると言われ、ドラコ達親子をおいて私だけがおじい様の部屋に入る。

 薄暗い部屋のなか、おじいさまは静かにベッドに横たわっていた。

 

「おじい様」

 

「きたか、エリカ」

 

「おじい様……死なないで」

 

「私はもうじゅうぶん生きた」

 

 そんなことはない。魔法族は寿命が長い。120歳とかざらにいる種族なのだ。おじい様はまだ60にすらなってない。

 魔法族的にはまだまだ若造だ。

 彼をこんな風にしたのは、わたしだ。

 

 生き残るためにやったこととはいえ、おじい様のこの弱り切った姿に後悔の念が押し寄せる。

 

「ごめんなさい。ごめんなさいおじいさま……わたし」

 

「もうじゅうぶんなのだよ、エリカ」

 

 思えば、おじい様の世代は苦しい時代を生き残った人達だ。

 同世代の純血は龍痘や第一次魔法大戦で大きく数を減らした。

 

 その上、私はおじい様の主義を揺るがせた。酷い孫だと思う。

 

 あの時代にはおじい様の取れる道なんてそんなになかったのだ。だけどおじい様はあの時の自分達の選択が間違っていたのだと考えていらっしゃる。減ってしまった純血家に、孫達に背負わせた大いなる負債に忸怩たる思いを感じているのだ。

 

 原作でも来年の『アズカバンの囚人』までにおじい様は亡くなっていた。おばあ様もいない今、おじい様が生に執着するものは、もう、ないのかもしれない。

 

「わたしが……私がおじい様を」

 

「エリカ、違うのだ。私はお前の生き方を否定しない」

 

「おじい様」

 

「だがベラトリックスも否定できない。

 エリカ。

 ベラトリックスは愚かだが、ブラック家の主義に反してはいない。ゆえ、あれをブラック家から外すことも、お前をレストレンジ家からブラック家へ戻すこともせぬ。ベラトリックスもお前も、私の大切な直系だ。わかるな」

 

「はい」

 

 ベラトリックスは純血貴族としての在り方を貫いただけだ。だからブラック家当主としてベラトリックスを排除はしない、と言ってるんだろう。

 マグル生まれと結婚して系譜から排斥されたアンドロメダ叔母様とは違うのだ。

 

 だから、私が一番欲しがっている『レストレンジ家からの独立』はおじい様としては手伝うつもりはない、ということなんだろう。

 

「“木漏れ日の家”はエリカ自身へ贈ったものだ。あれはブラック家やレストレンジ家の資産ではなく、お前個人のものだ。あの家にいる限りお前は安全だ。

 それから、今後お前がレストレンジ家の資産相続権を放棄しても生きて行けるだけのものをお前に残してある。好きに使うがよい」

 

「おじいさま……」

 

 おじい様は私が逃げ込める場所だけはちゃんと用意してくださった。安全は確保してくださったのだ。

 そして、私の親権をレストレンジ家から外しはしないけど、私が独立した時のための資産は残してやるから自力で勝ち取れと言うことか。おじい様らしい。

 

 かさかさに痩せた手をそっと持ち上げる。彼の負担にならないよう、細心の注意を払ってその手を抱きしめた。

 

 厳格なおじい様だった。

 抱きしめてもらったことも、頭を撫でてもらったこともない。

 

 だけど。

 彼はちゃんと私のことも愛してくれていた。

 

「お前は、栄えあるブラック家の娘だ。それを、忘れるな」

 

「はい。杖に誓って」

 

「幸せになりなさい、エリカ」

 

 ……それが、私がシグナスおじい様と交わした最期の言葉だった。

 その後私はドラコに場所を譲り、叔母様が呼ばれ、最後に全員が枕元に揃って彼を看取った。彼の命が失われていく様を、私達は悲しく見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葬儀のあと、もろもろの処理をすませ、ホグワーツへ戻る前のほんの少しの間、マルフォイ家の居間で身体を休める私達は、おじい様を亡くした喪失感から未だ抜け出せずにいた。

 

 『魔女の若返り薬』か『大天使の息吹』でもう一度健康になっていただきたい。そう、考えなかったわけではない。

 でもさ。愛する妻はもういない。今後の魔法界はおじい様の現役の頃とは違って純血家がずっと存続していけるような時代ではない。

 彼をこれ以上引き留めても、私は嬉しいけど、決しておじい様の望むような世界ではないのだ。

 

 それに。

 

 私がヴォルデモートの血をひいているかもしれないなんて、つまり私が純血じゃないかもしれないなんて、そんな……そんなことをおじい様に知られる前に逝ってしまわれたことに、安堵する心も否定できない。

 私は、おじい様に嫌われたくなかったのだ。

 

 

「おじい様の住んでらしたあの屋敷にはもう入れないんですね」

 

「父上の遺言通り、すでに閉じられてしまったものね」

 

 シシー叔母様が悲し気にため息をついた。

 

 おじい様が生前、入念に準備していた等身大の肖像画は、“ポラリス・マナー”の居間にあるおばあさまの肖像画の隣に飾られた。

 彼ら夫婦はこれから先、屋敷しもべ妖精に整えられたあの屋敷で仲良く会話しながら暮らしていくのだろう。

 新しきブラック分家の当主が現れるまで。

 

 “ポラリス・マナー”に入ることのできる者は今は誰もいない。暖炉も閉じた。

 最後に私達が屋敷を離れたあと、私達にあの屋敷は見えなくなった。

 ブラック分家の持つ膨大な資産も、遺言で私達それぞれに遺されたものを除き、ほとんどの金庫が凍結された。資産の運用は、詐欺や横領のないよう詳細な魔法契約を結んだ複数の管財人に任せた。少なくとも百年単位でもこの状態を維持できるようにしているらしい。

 

 ブラック分家の名を継ぐ者は今は存在しない。

 ベラトリックス母様と私はレストレンジだし、シシー叔母様とドラコはマルフォイ家。アンドロメダ叔母様は家系から抹消されたから、その先が続いたとしても決してブラック家を名乗ることは許されない。

 

 今後、シシー叔母様か、私かドラコに子供が複数人生まれれば、その中で一番相応しい者の名が、ブラック家の家系図にブラック分家当主として浮かび上がる。

 その子が11歳になれば、“ポラリス・マナー”の封印が解かれる。

 そう、おじい様が屋敷に魔法をかけておいたのだそうだ。

 

 それまであの屋敷は姿を隠し、何人たりとも入ることは叶わない。

 

 中にいる屋敷しもべ妖精は、屋敷の庭の隅にキッチンガーデンと家畜小屋があるから食事には困らない。それにしもべ妖精の出入りは止められていない。

 彼らも新たな主人が現れるまで、シグナスおじい様とドゥルーエラおばあ様の肖像画に従って屋敷を守ることを納得しているらしい。

 

 

 保護魔法に守られ、肖像画の主人夫婦と屋敷を守る屋敷しもべ妖精だけが住む館。

 外敵から守られ、世界の情勢がどれほど移り変わったとしても、あの空間だけは何も変わらずずっと続いていく。

 それはきっと穏やかな、緩やかな眠りのような安らぎの空間だろう。

 

 あのおじい様のお屋敷が、原作で見たグリモールド・プレイスの館みたいに荒れ果て、埃と闇の魔法生物だらけになるのも、館の主人の主義に合わない者達に我が物顔で踏み荒らされるのも嫌だもの。

 それなら相応しい主が生まれるまで、守護の中で穏やかに眠っていてくれるほうがずっといい。

 

 

 シシー叔母さまと私には、それぞれおじい様が遺してくださった彼の肖像画がある。

 これからも彼とは話ができるのだから、私は何も文句はない。まだまだ知らない魔法界の常識やブラック家に伝わる魔法なども、おじい様に教えていただくつもり。

 

 それに同じ人物の肖像画は自由に行き来できるから、シシー叔母さまのところへ伝言を頼んだりできちゃうんだよね。

 おじい様をそんな風に便利遣いするのはどうなのって思うけど、肖像画は自分の子孫へ記憶を継承して有効活用するためのものだから、所持している持ち主の頼み事は聞いてくれやすい傾向にある(絶対ではなく、気分による)。

 おじい様の肖像画は“木漏れ日の家”ではなく、私のトランクに飾った。ここなら学校にいる間も話せるもの。

 

 

 

 

 ところで。

 ブラック分家、ポラリス・マナーには屋敷しもべ妖精が二人いた。マーネィとベペリ。

 

 ブラック分家の屋敷を閉じるときに、二人のうちどちらかにマルフォイ家へ手伝いに来ないかと聞いてみたのだ。

 私はレストレンジ家の悪評が酷いから、結婚できないかもしれない。ブラック分家を継ぐ子を期待できるのは、今でも仲のいいシシー叔母様ご夫婦か、ドラコだと思う。だからいつか生まれるブラック分家の次期当主のため、マルフォイ家で仕事をしつつその誕生を待つほうがブラック分家のためになるよって。

 

 ひとりがポラリス・マナーを守り、ひとりがいずれ当主となる方の家族を世話するのはどうかなって。

 

 マーネィとベペリはその言葉に感謝した。ポラリス・マナーを守るだけなら一人でじゅうぶんなのだ。たくさん働いて主の世話をすることが幸せだというしもべ妖精の感性からすれば、もっと働きたいと考えていたのだ。

 ブラック分家の新たなご主人様となるお方のご家族のお世話を今からさせていただけるとは! と涙ながらに感謝の言葉を述べ、どちらが行くか二人で話し合った。

 

 彼らの主はブラック分家で、そこからの出向のような扱いだ。

 忠誠はブラック分家にあるままだから、マルフォイ家の3人だけじゃなくて、前当主シグナスの孫である私も直接的な主の一人となっている。

 そしてベペリがマルフォイ家へ来ることになり、ドビーは原作のように“洋服”にはならず、ベペリに厳しく躾けられながら働くことになった。

 

 失敗の多いドビーの事をマルフォイ家も持て余していたから、彼の仕事ぶりを監督してくれるベペリの存在をとても喜んだ。

 

 ドビーがこれで少し大人しくなってくれればいいんだけど。

 

 しもべ妖精同士のベペリなら、姿を隠してストーキングしているドビーを見つけられる。

 私達が秘密の話をする時にも、「見張っておいてね」ってベペリに頼めば問題ない。

 それにできるだけ屋敷の中に留めることができるなら、その方が安心できると思ったのだ。

 

 無論、ヴォルデモートが消滅すれば、ルシウス叔父様に頼んでドビーを自由にしてあげるつもり。ドビーが望むなら、ね。

 

 

 夏にルシウス叔父様と日記の話や分霊箱の話をした時、ドビーがそれを聞いていたかどうかはわからない。でも、これから彼が何かしらの動きをする前にベペリが止めてくれるならとてもありがたい。

 

 

 

 

 

 おじい様から頂いた遺産は生前贈与の“木漏れ日の家”のほか、グリンゴッツの金庫ひとつ、おじい様の肖像画1枚、ゴブリン製のチョーカーだった。

 すべて、レストレンジ家ではなく、私個人へ与えられたものだ。

 

 “木漏れ日の家”は隠れ家なのになんで魔法省に教えるの? って疑問に思うかもしれないけどね、私がレストレンジの家を出てそこに住むなら、私の居場所を知らしめなくちゃいけないわけ。おじい様はレストレンジ当主夫妻と私の決別を理解なさっていた。

 私には誰にも奪われない、公文書で明記された、明確な私個人の資産である家が必要なのだ。

 

 家の相続には手間がかかる。だからおじい様はご自身が元気なうちに私に“木漏れ日の家”を残してくださった。あの時『正当な押収に関する省令』で横やりを入れてこられたことからも、おじい様の死後、遺産相続であの家を頂いていたら、おじい様がもういらっしゃらない分余計に時間がかかったことだろう。おじい様の先見の明に感謝しかない。

 

 

 グリンゴッツの金庫は、私が今後生活していくためにじゅうぶんなお金が入っているんだろう。

 

 おじい様の肖像画は私個人にくださった。レストレンジ家ではなく、あくまで私への遺産だ。次の生にももちろんついてきて頂くつもり。ずっとおじい様が傍にいてくださる。それがとても嬉しい。

 ……次の生では魔法族じゃなくなるから、おじい様に認めて頂けるまで時間がかかるかもしれないけどね。真摯に時間をかけて納得してもらおう。

 

 ゴブリン製のチョーカーは、銀を細い針金状にしたものを繊細に編んで模様を作り上げたような美しい細工で、首の正面にはダイアモンドに周囲を飾り立てられた大きな石がある。深い青色の石でタンザナイトだそうだ。

 成人男性の親指の爪よりも二回りほど大きな石はそれ自体に癒しと浄化の効果があり、それに精神干渉耐性の魔法をかけてあるらしい。

 

 貴族は開心術や服従の呪文への対処が一番求められているからだろうか、精神干渉系の防御の装備品が多いようだ。

 これは癒しの効果と浄化の効果もあるから、ディメンターにも負けない精神力が期待できそうだ。

 

 って冷静に効果効能を考えている場合じゃないよね? ゴブリンの作品だよ? いいの? 貰っちゃって。

 これ、ものすごいお高いんじゃない? というより希少なんじゃない?

 私が貰うってのは、次の世界に持っていくってことだよ? 次代のブラック家の女性に引き継がないよ? いいのかな?

 

 まあ駄目って言っても持っていくんだけど。

 だって癒しと浄化、精神干渉耐性はどの世界でも絶対役に立つもの。

 

 ありがとう。おじい様。活用させてもらいます。

 

 

 

 

 

 

 

 おじい様の死後しばらくは故人を悼んで気の塞ぐことも多かったのだけど、少しずつ日常を取り戻していく。肖像画としてトランクに飾られているから、休みの時しか会えなかった頃よりもむしろおじい様との会話も増えたほどだ。

 

 

 

 

 

 バジリスクのジェイドはとうとうホグワーツを離れ、私と共に来てくれることを了承してくれた。

 

 1年の最初にジェイドに会いに行って1年半。ジェイドは今は私を主だと思ってくれているし、彼女とはいろんな話をした。

 

 サラザール・スリザリンの生きていた時代から比べて、今ではずいぶん変わってしまっている現状を理解しはじめている。

 そして、この場を立ち去る決意も固めてくれたのだ。

 

『でもジェイド。スリザリンの“呪”でホグワーツに縛られているんじゃないの? 大丈夫なの?』

 

 ジェイドはそれを聞くと、少しそわそわと身体を動かした。

 

『サラザール様は、これから訪れる己が系譜の者のうち、我がホグワーツを離れてでも付き従いたい相手が現れればその者を真の主と思えとおっしゃった。我はおぬしが主殿であれば良いと、そう思うたのじゃ』

 

 うっ、不意打ちだ。これは嬉しい。ジェイドが私を選んでくれた。

 

『ありがと、ジェイド。私を選んでくれて』

 

『我の主はおぬしだけだ。エリカ。主殿』

 

 ジェイドの言葉が嬉しくって抱き着いた。ジェイドもそっと私に身を寄せてくる。

 私達はしばらくそうやって抱き合っていた。

 

『何か持っていくものはない? スリザリンの所縁のものがあれば持っていきましょう』

 

 ジェイドのための魔力供給の魔法陣は原寸大で描き写してある。そのまま持っていけなかったし、書き写した魔法陣では効果も発揮しなかったけど、でもいずれ何かの役に立つかもしれないもの。私がもっと勉強すれば利用法も考えつくかもしれない。

 他にも何かスリザリンのものがあるなら、あそこに置いているよりはジェイドの傍に持っていきたい。

 

『いや、サラザール様は何も残しておらぬ。大量に持っておった本はいずこかに隠しておるやもしれぬが、それはここではない』

 

『スリザリンの秘密の部屋は他にもあるのかもしれないのね。探してみるのも一興ね』

 

『おそらくそこもパーセルタングで開くじゃろう。見つけたならまた我にも見せてほしい』

 

『いいわ。約束する。……できれば、その目をなんとかしたいわね。いつまでも“オブスキューロ”ではジェイドも外が見れないものね』

 

『命じればよい』

 

『命じる?』

 

『さよう。サラザール様がなんの対策もせず我と過ごしていたと思うてか』

 

 あ、そうか。サラザール・スリザリンはジェイドを可愛がっていたって話してくれたじゃん。一緒に過ごす時間をずっと目を閉じさせるだけってはずはないよね。

 

『サラザール様は我にいくつかの“呪”を施した。そしてサラザール様が命じる時のみ即死の目を使え、と命じなさった』

 

 その後、他の創設者との諍いが起きたため、彼がホグワーツを去り際、『ホグワーツを守るために目を自由に使え』と命令を言い換えて出ていったのだとか。

 

 サラザール・スリザリンはジェイドに『ホグワーツに危険が訪れるか、秘密の部屋を誰かが開けるまで眠り続ける』ことと、『即死の目を主の命令で封じる』ことのふたつの“呪”を施していたのか。

 あ、『スリザリンの系譜に従う』ってのもあるか。

 

 なるほど。本当に“働かせるために生み出した”んだなあ。彼は可愛がっていたと言いつつ名もつけていない。きっと情が移って置いていけなくなるのを恐れたんだろう。

 でもジェイドに謝ってくれたことに、スリザリンの誠意を感じる。

 

 巨大な魔法陣といい、いろいろ準備していたんだな。

 

『……つまり、私が命じれば、目を合わせたとしても、即死も石化もしないようにできるってこと?』

 

『そうだ』

 

『どうすればいい?』

 

『名に懸けて命じればよい。ぬしは我がサラザール様の次に定めた、まことの主だ。命ずるなら、我はサラザール様の“呪”により“力”を抑えることができる』

 

 ふむ。“呪”にまつわる命令だ。この“名”は、エリカ・アレクシア・レストレンジでいいのか。

 私の名。

 エリカ・サロウフィールド? 違うよね。転生の部屋の画面でも、個体名はちゃんと書かれていた。

 私は居住まいを正し、“力”を込めて言葉を発した。

 

『柳原英里佳の名において、我が眷属、ジェイドに命じる。これより、私が命じるまでは即死の力を使うことを禁ずる。ただし、その身や私、仲間達に危険が迫っている場合はその力を揮え』

 

『かしこまりまして。我が名はジェイド。新しき主、柳原英里佳への忠誠を誓い、その命に従おう』

 

 ジェイドの身体が光り、その光はふわっと消えた。ああ、今、私とジェイドの間に、確かな繋がりができた。そんな気がする。

 

『主よ。我を信じられるか?』

 

 ……私の覚悟を問うているのか。ジェイドはもう眷属だよ? もちろん。信じる。

 

『信じるわ。ジェイド。私の眷属』

 

 私ははっきり目を開けて、彼女を見上げる。ジェイドはゆっくりとその目を開いた。

 視線が交差する。

 

『黄色の目がとても美しいわ。ジェイド』

 

『主も、幼いが、よきおなごじゃ』

 

『ありがとう』

 

『柳原英里佳が主の真名か?』

 

『そうなの。今世の名はエリカ・アレクシア・レストレンジだけど』

 

『なるほど。真名を知るとは稀有な主を持てたものじゃ』

 

 ジェイドはそっとその首を前に寄せてきた。鼻筋のあたりに手を伸ばす。ひんやりと冷たく、硬い感触を楽しむ。うん。大きな蛇さんも、悪くない。

 

『ありがとう。じゃあジェイドはこれからは私の家で暮らしてね。他の家族にも紹介するわ。ジェイドが一番年上だけど、一番新しい家族なんだから、仲良くしてね。猫や犬もいるけど襲ってはだめよ』

 

『我を家族と呼ぶか……ふむ、悪くない』

 

 巾着に住んでいた頃は1メートルほどだったけど、今は通常体長2メートルほどの大きさに落ち着いている。トランクの中で過ごしていてもこの大きさがちょうどいいらしい。

 そしてその目は開かれていて、黄色の大きな目が楽し気に輝いている。私の家――ガーデンを紹介できることが、私も嬉しいよ。

 

『行こうか、ジェイド』

 

 私はジェイドのために(ポップ、ゲート)で小窓を大きく広げた。

 なにもない空間に開いた穴に、ジェイドは心から楽しそうに潜り込んだ。家族に紹介するため、影を一人生み出して学校の方を頼み、私は一緒にガーデンへ向かった。

 

 

 ガーデンの家族に加わったジェイドは、家族達が温かく迎え入れてくれたことにとても喜んだ。

 ジェイドはずっと独りだった。眠り続けていたとはいえ、千年の孤独に耐えてきた彼女は、ガーデンの居心地の良さに喜び、すぐに馴染んだ。

 

 ジェイドの目は今は封じているけど、牙の毒はそのまま。じゃれついて牙が当たったら死んじゃうんだから、ラルクとシェルの虹兄弟は特に気を付けるんだよ、と、こんこんと諭しておく。

 

 今は2メートルサイズだけど、ほんとはすんごく大きいんだよ、と言うとみんな観たがった。私はガーデンの広い空間に移動して、ジェイドに杖を振るう。

 15メートルの巨体にみんな歓声をあげた。ジェイドも誇らしげだ。私も惚れ惚れと彼女を見上げる。ほんと、素晴らしく聡明で強靭な生き物なのだ。

 

 

 そうそう。

 私が影分身を使えることも、ガーデンに来て初めて告白した。ガーデン中で作業や訓練、音楽レッスンをする数人の私に、ジェイドが唖然とした。

 初めて見せた時は驚きのあまり、大きな口をくわっと開いて腐蝕の毒でぬらぬらする牙を見せつけるほどだった。

 

 

 

 ジェイドは体長2メートルまでサイズダウンして暮らしてくれている。おかげで魔法陣がなくても食費がそれほどかからない。

 大体今までと同じくらいの量で済んでいる。

 

 今まで通り業者から小動物を買い取り、時々は『森』で猟も許している。

 だけど、同じ種ばかりを狩り続けたら、『森』の生態系が崩れるから、まんべんなく且つ少しだけね、とお願いしている。

 

 あとは、開拓地でメリーさんが集めてくる烏骨鶏もどきの卵を貰い、丸のみするのが最近のお気に入りだ。

 

 ジェイドが幸せそうにしているのが、私もとても嬉しい。

 それでも言っておかなければならないことがある。パーセルタングで話しかけた。

 

『あのね、ジェイド。私は何度も生まれ変わるって話したでしょう? 次の生では身体が作り替わるの。そうなればもう“スリザリンの末裔”じゃない。それでも私を主と思ってくれる? 無理ならこの世界のどこか、自然がいっぱいのところにジェイドが住めるよう頑張ってみるけど』

 

『我が主はもうぬしだけよ、柳原英里佳。ぬしこそが主殿じゃ』

 

『ありがとう』

 

 こうやって、ジェイドが私の眷属に加わったのだった。

 

 

 

 



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2年-5 2年次の終わり

 

1993年 5月

 

 期末試験に向けて毎日勉強と課題に追われる日々を過ごしていたある日、梟便で来た手紙を見て驚いた。

 業者から例のものが手に入ったという連絡だった。ゴブリンの武器。見つかったのは短剣らしい。

 マジか。あれを持っている奴がいたんだ。しかも、手放そうって人が。

 うわあ。きっと没落した純血貴族家だ。前の戦いで直系が絶えた家のどこかかもしれない。

 

 もう誰にも作ることのできない貴重な品だから、提示された金額はとてつもない高額だった。

 うん。レストレンジ家の金庫舐めるな。余裕余裕。

 

 

 入手できた礼を書き、手間をねぎらい、夏休みになればすぐ行くから用意しておいてほしい旨を書いて、マーリンに託した。

 ゴブリンの短剣。きっと素晴らしい輝きだろうな。手に取って見るのが楽しみだ。

 

 

 

 

 

1993年 5月20日 誕生日 13歳

 

 誕生日を迎えた。

 今年もガーデンで家族みんなで祝った。

 マルフォイ家や友人達も心のこもったプレゼントがたくさん届いた。嬉しい。

 

 

 13歳だ。13歳。

 やっと……やっとHUNTER×HUNTERの世界よりも長生きできた。日本なら中学校に入る年齢だ。まだまだ子供だけど、それでも12歳を超えたことがとても嬉しい。

 次の目標は英里佳の享年18歳だ。

 

 うー、この目標はかなり厳しい。だってハリー・ポッター世界の本編は、ハリーが17歳までだから。

 私が無事18歳になるためにはいくつもの試練がある。ヴォルデモート復活の阻止が、その後の人生の岐路だ。

 成功させたい。絶対に。

 

 

 修行は順調だと思う。私だけじゃなくて眷属もだ。

 魔法の練度もずいぶん高くなった。

 

 

 そろそろ念具ピアスがなんの負荷も感じなくなってきた。とうとう私のオーラ量とオーラ制御能力がピアスを超えた。

 若手のための補助具だと考えれば、やっと私は初心者を超えたということなのかな。

 外すと楽すぎるから制御の練習のためにつけ続けるけど。

 

 できればこれと同じ効果を持つものをもうひとつ欲しい。ピアス2個並べて開けるから。オーラを増やせるだけ増やしたい。なんならどこのパンク姉ちゃん? ってくらい耳にずらずらピアスを並べてもいいから。オーラ量増やしたいし、もっと精密な制御を覚えたい。もっとうまくなりたい。

 念具ベルト5点セットももっと重いものが欲しい。数トンの負荷はありがたいんだけど、もっと重くてもいいのよ? どうにか自作できないものか……

 

 壊しても『リサイクルーム』で直るんだから、分解して中に刻まれている神字を調べるか。

 でも、コピー避けに、分解したら神字が消えるなんて工夫がされていたら困るし。うーん。

 

 

 ……あれ?

 私の影分身はピアスと念具ベルトセットをつけたままだし、しっかり負荷も感じている。

 これ、もしかして、もしかする?

 

 

 多めにオーラを込めた影を出す。彼女から念具を外してもらって、私が自分のものの横に並べて一緒につけてみた。ベルトをつけて、シュッと身体に合うサイズに変わる。お。動いている。ずんと身体が重い。足首と手首にも填めてみる。身体全体に負荷がかかった。

 

 うわあ。増えた。増えたよ。すごい。すごいよ。

 久しぶりに身体の重さが辛いと感じる。重い。すごい。両手首を眺める。太めの銀のブレスレットが二重に並んでいる。シンプルなデザインだからあまり気にならない、と思う。

 

 

 新しい影を出す。その影も二つの念具を並べてつけている。うん。

 

 私が念具を借りた影を消す。と、同時に念具も消える。新しい影の方も一つだけになっている。うん。なるほど。素晴らしい。

 なら。これから毎日影ひとりから念具を借りてつければ、ずっと二重に付けられるってことだね。

 

 あとでロニーにピアス穴を開けてもらおう。開けたての穴に毎日ピアスをつけるのって辛いから、新しく開ける穴に原本をつけて、もともと開いている穴に毎日影ピアスをつければいいね。うん。

 

 

 

 

 スリザリン寮の私室でロニーを呼ぶと、数分後ロニーがやってきた。2年目にして初めてホグワーツから呼びかけてくれたことに有頂天のロニーは、ワクワクした面持ちで命令待ちしている。大きな目が感動に打ち震えている。一人にしてごめんよ、ロニー。

 

 もう一つピアスを開けたいから、今ついているピアスの横にまた穴をあけて、と頼んで耳を見せる。

 元々開いているピアス穴にはすでに影ピアスが嵌っている。

 

 原本ピアスをロニーに手渡すと、久しぶりの私の世話に喜びに身を震わせながら綺麗に穴を開けてくれた。

 左右に二つ目の穴が開いて、ぎゅっとオーラが喰われる。おお。凄い。久しぶりにオーラの制御が難しく感じる。魔力も……うん。まさに、要練習と言う感じ。

 

「ありがとう、ロニー」

 

「また何かございましたら、すぐにロニーに御用を申し付けてくださいませ、お嬢様」

 

 そう言うと名残惜し気に帰っていった。可愛いロニー。夏に帰ったらちょっと甘えてみよう。

 

 これでまた一層修行に力が入るね。

 こんな使い方ができるなんて。凄くない? とても汎用性の高い能力だわ……うん。まーべらす。

 

 

 

 

 

 

 もうひとつ、喜びの報告がある。

 ついに……ついに……ついに!

 ついに、『守護霊の呪文』ができるようになった。

 

 守護霊は顕現に成功した時に、自分の守護霊が何かが本能でわかるものらしい。紛らわしいほど似通った種族でも、しっかり自分の守護霊がわかる。

 

 私の守護霊はカラス……ワタリガラスだった。カラス(crow)じゃなくて、ワタリガラス(raven)ね、レイヴン。サイズが大きいし、なにより嘴が長い。

 メリーさんの守護霊は仔パンダ。子育て大好きなメリーさんだから仔パンダなのかな。

 小雪はマルチーズ。チャイナ風だからペキニーズかと思ったのに、小雪はマルチーズだと断言した。内弁慶で人見知りだけど明るく可愛らしい小雪にマルチーズはぴったりだと思う。

 

 お披露目のため、ガーデンでラルクとシェル、ジェイドが見守る中、私、メリーさん、小雪が杖を構えて立つ。

 

『エクスペクト・パトローナム!(守護霊よ来たれ!)』

 

 杖先から銀白色の靄が飛び出す。それはあっという間に力強い翼を広げるワタリガラスの姿に変わり、周囲を飛び回る。

 同時に放たれたメリーさんの仔パンダ、小雪のマルチーズと、時に並んで、時に交差し、縦横無尽に空中を翔ける。

 まるで生きているかのように躍動感あふれる銀白色の生き物達は、『空を翔けまわるのが楽しい』と全身であらわしているかのよう。

 

 

 

 ……不思議だ。

 前世では何人も人を殺した。相手は悪人だけだったけど、間違いなく私は人殺しだ。

 その記憶を持った魂でも、守護霊はこうやって助けてくれる。

 “闇の魔法や人殺しは魂を穢す”って言うけど。私の魂は『管理者サマ』に守られているのかな。

 

 この呪文がちゃんと使えることは、とても嬉しい。まだ私の魂は穢れていないという証だから。

 できれば……ううん。必ず、ずっとこの呪文が使えるままでいなくては。

 

 

 あとはこれをもっと使いこなせるようにならなくちゃ。

 本当に焦った時にも出せるように。ディメンターの前では幸福の記憶を思い浮かべられずに守護霊が出せないなんて困るし。

 

 それから、『守護霊の呪文』の上級者は伝言を遠くにいる相手に届けることができる。とても便利だ。マクゴナガル先生なんて原作7巻で無言呪文かつ3体同時出ししていた。あれが目標だな。

 

 

 

 それにしても。

 ワタリガラスね。

 ほんと。守護霊がワタリガラスなら、動物もどきもワタリガラスっぽいかな。

 

 しなやかで強く、じつに魔女らしい姿だ。それに警戒心が強くて収集癖があるところがまた私らしい。

 しかも私の望む『人込みに紛れられる』動物もどきの良さをじゅうぶん活用できる姿。空だって飛べちゃう。

 

 この姿なら街中で変身してもバレずにいられる。木や屋根に止まれば目立たない。一般的なカラスよりサイズが大きいけど、ワタリガラスなら街にいないこともない。目もいい。

 逃走するにも、誰かを追跡するにも、こっそり潜んで秘密を探るにも、ばっちりな生き物だ。

 

 これは『動物もどき』になる練習に気合が入るよ。うん。

 はやく勉強したい。

 

 でも、『動物もどき』は変身術のめちゃくちゃ高度な奴。しかも自分の身体を変えるなんて途轍もなく繊細で高度な術だ。

 失敗するととんでもないことになる。

 これは独学では無理だよ。いずれマクゴナガル先生に相談するつもり。……いや、それともこれも『必要の部屋』師匠に頼るか。

 

 

 

 

 小雪とメリーさんは閉心術、開心術もできる。

 嬉しいのは言葉を話せないメリーさんと閉心術と開心術で心を読ませあうことで会話が可能になったことだ。

 

 さっそくハンドサインを決めた。HUNTER×HUNTER時代のビスケ師匠にあやかって指を一本立てるという仕草だ。

 メリーさんが指を(爪を?)たてれば開心術で彼女の目を見る。するとメリーさんが伝えたい事を思い浮かべてくれる。言葉じゃないけど風景とか動作を見せてくれるからわかりやすい。ケーキいる? とか、コーヒーと紅茶どちらにする? とかね。

 こちらは話せるからそれに対して口で返事をすればいい。

 

 でもこれって誰にも気付かれずに会話が可能ってことだから、私と小雪もそれをできるように練習している。

 お互いそうやって話したい人が指を立てて、一言も話さずに心と目で会話をできるようになった。

 これって閉心術の練習にもなる。相手に知らせたい事柄だけを一番上に浮かべる練習になるため、心の階層がより上手に操れるようになったからだ。

 

 開心術の技術もうまくなった。

 最初は下手な開心術で侵入されてお互い頭が痛くなったから、それも反省材料にして『必要の部屋』の鏡を相手に何度も練習を繰り返し、繊細な開心術の使い方をできるようになった。メリーさん達も危険を冒してまた『必要の部屋』通いを続けた。

 

 おかげで技術は上達したと思う。もう少し慣れれば、気付かれずに開心術を使うこともできるようになるだろう。

 

「ね。小雪」

 

「なに? マスター」

 

「小雪はもう閉心術ができるようになった。精神干渉を防ぐマジックアイテムも買えたし、ある程度自衛はできるようになったと考えていいんじゃないかな。

 だからね。ホグワーツには通わせてあげられないけど、魔法界の個人レッスンなら受けられると思うよ」

 

 本当はガーデンから一歩も出したくない。彼女は文字通り“金の卵を産む鶏”だ。そして未成年の女性で容姿が整っている。戸籍がなく、後ろ盾もない。いろんな意味で美味しい獲物だから、もし誘拐されて、そして、考えるのもおぞましいけど、女性的な被害にあったとする。そのあと、誘拐犯は気付く。彼女の身体から金粉が落ちることを。

 ああ、もう。想像しただけで不安で不安で仕方なくなる。

 

 だけど。彼女達の自由を奪ってしまうのは、駄目だと思うのだ。夜はかならずガーデンに戻って、私の影が護衛しながらなら、外に出てもいいんじゃないかな。

 

 人見知りで、魔法界とマグル街へ週1回ずつジェイドの餌を取りに行く作業すら負担に感じる彼女に酷だけど。でも「出られない」のと「出ない」のは別だと思うんだ。

 

 でも彼女の返事は簡潔だった。いわく。「やだ。こわい。他の人に会いたくない」

 人見知りここに極まれりだ。

 

「あのねマスター。私もメリーさんも、ここに閉じ込められているんじゃないよ? 私は家の中で本を読んだりゲームをしたりDVDを観たりするのが好きなの。メリーさんもメイドパンダとして家事をすることは本能だし、空き時間はアトリエに籠って好きなものを描いたり作ったりしてるし。それにガーデンは広いもん。『森』だってあるし。全然飽きるヒマないよ?」

 

「ありがと」

 

 メリーさんも深く頷いている。

 閉じ込めているって罪悪感を感じてたんだけど。そう言ってくれてほっとした。

 

「あ、でもさ。本当にどうしようもない時に逃げられるようにさ。姿現わし術は覚えてほしいな」

 

 これはちゃんとプロに講習を受けてほしい。ばらけたらとんでもないことになる。焦って手足をどこかに置き去りにしてしまうなんて、本当に怖いから。

 巨大な森で迷子になっても自力で帰ってこれるしね。どこかで覚えられるチャンスがあればいいんだけど。

 

 せめて、守護霊の呪文での伝言は早く覚えてほしい。これがあれば『森』で迷子になっても救援要請が出せるし。

 

 あ、そうそう。両面鏡と箒、水、保存食くらいは常にモークトカゲの巾着に入れて持っていてほしい。

 そういうと、ふたりともうんうんと頷いた。

 

 両面鏡は、ガーデンの居間に二人に渡したものの片割れが並べて置いてあるのだ。だから常に鏡を持っていてくれると安心できる。

 だけど、ガーデンは私の念空間、『山神の庭』はそこだけ『一坪の密林』というアイテムが作り上げた別の念空間だ。だからこの二点間も別の念空間同士となり、鏡が繋がらない。

 だから、『森』で迷子になれば、守護霊に飛んでもらうしかない。試してみたけど、『森』の格子戸は守護霊が通り抜けられるから。

 それに万が一連絡もなく帰りが遅くなれば、片割れの鏡を持って『森』に迎えに行けばいい。『森』同士なら繋がるからそれで連絡を取れば探しやすいもの。

 

 箒なんだけど、二人とも空を飛ぶのは好きじゃないらしく、必要に駆られないと乗らない。今年買ったニンバス2001に替える? って聞いたけど2000のままでいいと言われた。

 そうして彼女達はニンバス2000をそれぞれ巾着に常備するようになった。

 

 

 

 

 念の修行も順調だ。

 

 ちなみに、影分身の数は今のところ15人以上は同時に出さないようにしている。オーラ量で言えばもっと多数を同時に生み出せるんだけど、戻ってきた時の私の頭がめちゃくちゃ混乱するのだ。

 もちろん同時に消さなければいいのだけど、一日に覚えられる知識量なんてそこまで多くない。いっぺんに詰め込んで覚えても忘れてしまえば意味がないもの。だから訓練や勉強などは数人に留めて、単純作業員を含めて15名まで、と決めているのだ。

 一斉に同じ単純作業をさせるだけなら30体は余裕で出せる。同じ行動をさせるだけなら一気に戻しても混乱しないし。

 30体で衝撃波を一斉に放ったり、魔法や念弾の一斉射撃なんてこともできちゃう。

 

 

 念能力者は私とラルクだけ。ラルクは変化系だった。

 

 しかもラルクは身体のサイズを変えられるという途轍もなく使い勝手のいい“発”を作り上げた。

 もともとラルクはカメレオンキャットという種族で、同じ大きさのままでどんな生き物にも変化できる能力を持っている。

 翼があれば当然飛べるし、イルカなら海を泳げる。馬なら何かを背に乗せて走ることができる。

 ただし、身体の大きさは変わらないという制限があった。

 

 そのラルクが変化系の“発”で大きくなれた。

 私を乗せて、走ったり空を翔けることができるようになったというわけだ。

 

 彼は昔からずっと『大きくなりたい』と願っていた。私を乗せて走るのが夢だった。だから彼の“発”がこうなるのも当然だよね。

 

 そして『山神の庭』で会った翼のある毛玉(種族名は知らない。さすが固有種の森)をリスペクトして、彼の姿を取るようになった。私を乗せてガーデンの空を飛んでくれたのだ。

 あの日の感動は忘れない。

 だってさ、私を乗せたいからこの“発”を作ったんだよ。ラルクの一番はいつだって私。そんなの、嬉しいに決まっている。守護霊の呪文のキーになるほどの喜びだった。

 

 それに『超一流パイロット』の能力は生き物の騎乗にも効果があるってはっきりわかったことも幸せに上乗せされた。

 だってとても安定して乗っていられる。どこに座ってどう体重をかけ、どのあたりに掴まっていればいいのか、すぐに理解できたのだ。騎獣のやりたいことも何となく伝わる。『超一流パイロット』SUGEE。

 

 ラルクはもとの身体が小さいため念能力者としてはあまりスタミナがない。長時間重荷を乗せて飛ぶにはまだまだ念修行が必要だろう。

 

 私を乗せるという目標以外にも、敵と戦う際に大きさを自由に変えられるのは大きなアドバンテージだ。

 ラルクはやる気満々だ。より一層修行に身を入れるようになった。

 

 彼の攻撃方法は鋭く変化させた爪と牙。そして爪先から放つ念弾。

 

 放出系は私もラルクも苦手分野だ。特質系の私からも、変化系のラルクからも放出系は60パーセントの習得率だもん。

 だけどこの世界の人に見えない念弾はとても有利な攻撃手段で、私はかなり力をいれて念弾の訓練をしている。

 ラルクもそれに参加していたから、一緒に上達していったみたい。隠し玉のように額から放つこともできるようになった。ラルクSUGEE。

 

 

 

 バジリスクのジェイドはもう存在だけで強者ですから、修行には参加しない。戦闘訓練なんてして気持ちが高ぶって噛みつかれたら、解毒剤はないんだもの。『大天使の息吹』はあと2枚しかないしね。

 でも『(いにしえ)の魔法』を知っているから、その知恵で私達を助けてくれる。

 

 

 訓練の話になると一度も名前がでないシェルはどうだって?

 うん。

 シェルは魔法も念も覚えていない。彼はとてもマイペースだ。

 訓練している私達と一緒に走ったり、横で居眠りしたり、彼は彼でとても楽しそうだからそれでじゅうぶん。

 

 私はべつに誰にも戦ってほしいわけじゃない。

 ただ何かあった時に私が助けに行けるまでの間自衛してもらえればそれでいいのだ。操られたりしないために閉心術と服従の呪文の抵抗訓練は当然必須だけどさ。

 

 メリーさんは料理や掃除に魔法を使っていて、すごく時間短縮できるようになったと喜んでいる。鍋の時間操作で出来立てほやほやのシチューが煮込まれた状態になっていたり、包丁に魔法をかけて野菜を刻ませたり、掃除は呪文ひとつで終わらせたり、とても上手に操っている。

 

 メリーさんが『エバネスコ(消えよ)』と『アパレシウム(現れよ)』を上手に使えるようになり、ホワイトボードに“エバネスコ中リスト”を書き込みながら管理できるようになった。私の倉庫に頼らなくても、生鮮食品や出来立てほやほやの料理がたくさんストックできるようになったことはとても心強い。

 

 小雪も魔法を覚えることが楽しいみたい。教科書を見ての独学でも私達はすでに4年のものまで進んでいる。それに小雪っていろんなDVDを見てはハリー・ポッター世界の魔法で再現できないか考えている。

 そうやって魔法を一緒に開発するのも楽しい。

 

 

 

 

 なんてね。色々修行することは多いのだけど。

 それよりも私にはもっと巨大な敵がもうすぐそこまで近づいてきている。

 そう。

 6月1日から始まる期末試験だ。

 

 毎日課題と予習復習で、影を使える私ですら睡眠不足になりそうだよ。

 

 

 

 

 

 

 ロックハートは忘却術で人の手柄を盗んでいたとバレてアズカバン送りになった。私もハンナも何もしていない。どこでバレたんだろう。子供達から授業内容を聞いた親たちのクレームが凄くて、誰かが調べたんだろうか?

 ダンブルドアが実は最初から気付いていたのかもしれない。でもそんな奴教授として呼ぶかな? 

 そこのところはわからない。

 

 とにかく、ロックハートはいなくなり、来年の「闇の魔術に対する防衛術」の教授の席はまた空いた。

 

 ヴォルデモートの呪いってすごい。

 

 

 

 

 試験が終わり、今年の寮杯の結果はスリザリンが一位だった。事件のない今年はハリー達が活躍することもなく、クィディッチはスリザリンが優勝した。

 ダンブルドアもこじつける内容がなかったんだろう。

 ごく普通にスリザリンの飾りつけの中で食べる食事は美味しかった。

 

 

 

 試験の成績はやっぱりハーマイオニーが首位、2位が私で3位がドラコだった。

 

 

 

 

 ホグワーツ特急へ向かう馬車に乗り込む時、ドラコが呻いて後退った。

 

「ドラコ?」

 

 青白い顔をさらに青白くさせて、驚きの顔で前を凝視している。私は怪訝に思って前を……ああ、セストラルだ。

 そうか。おじい様の臨終の時に私もドラコも立ち会ったから。『死を見た』んだ。

 私も急いで驚いた顔をして、ドラコにしがみついた。

 

「ひぃ」

 

 ちょっと芝居臭い。

 ヴィンスとグレッグが何やってんだよ、と軽く言い捨てて先に馬車に乗り込んだ。

 私とドラコも恐々と少しだけ遠回りに歩いて馬車に乗る。

 

 他の人に聞かれないよう、そっと声を潜めてドラコに問いかける。

 

「行きの馬車は何も曳いてなかったのに……ドラコも見えた?」

 

「あ、ああ。馬っぽかった」

 

「翼もあったね」

 

「ガリガリで死体かと思った」

 

「変な生き物。急に見えるようになるなんて、何か理由があるはず。みんなは見えてないみたいだし……列車に乗ったら『魔法生物図鑑』を見なきゃ」

 

 

 と言うような会話を交わし、その後、『幻の動物とその生息地』の本を読んで、『死を見た』者だけが見えるセストラルと言う生き物だと知った。おじい様の臨終に立ち会ったからだな、と納得するドラコに、これで来年も見えないフリをしなくてすんだ、とちょっと安心した私だった。

 

 

 

 

 



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夏休み ゴブリンの剣と分霊箱の破壊

 

 

1993年 6月 夏休み

 

 休みに入り、ホグワーツから帰ってきた。レストレンジの屋敷に一旦帰った次の日には、“木漏れ日の家”へ行き、各部屋の掃除とセキュリティのチェックをすませた。

 

 

 “木漏れ日の家”は今、『忠誠の術』で守られている。守り人は私だ。

 そのため、“木漏れ日の家”をもともと知っていた人すら、家の場所を誰にも言えなくなっているし、家のすぐそばまで行ったとしても、家を見ることすらできなくなる。それが『忠誠の術』の効果だ。

 

 

 あのハロウィンの事件の時、ポッター家の守り人はピーター・ペティグリューだった。

 なぜジェームズが自分で守り人にならなかったのか?

 

 原作7巻で、グリモールド・プレイスの代わりにウィーズリー家の『隠れ穴』が不死鳥の騎士団の拠点となっていて、『忠誠の術』がかけられていた。家の持ち主であるアーサー・ウィーズリーが守り人となっている。もちろんアーサーは『隠れ穴』に住んでいる。

 

 『貝殻の家』も家主のビル・ウィーズリー本人が守り人になっている。

 

 ダンブルドアが死んだあとグリモールド・プレイスの秘密を知るものすべてが守り人になったけど、ハリー達は守り人となったあともロケットを奪うため魔法省へ忍び込むまであの屋敷で隠れて暮らしていた。

 

 つまり、『そこに住む者が守り人になれない』などということはない。

 

 

 『忠誠の術(Fidelius Charm)』の名前はラテン語のFidelis(信用、忠実)と言う意味からきている。

 秘密の守り人(Secret-Keeper)の身体に秘密を封じ込めて家を守るという魔術だ。

 

 守り人は『服従の呪文』で従わされたり、開心術や真実薬で秘密を聞き出そうとしても、秘密は漏れることがない。守り人本人の意志で、秘密を知らせなくては伝わらないのだ。

 

 この魔術のキモは、守り人の“守ろうとする意志”にかかっている。

 

 秘密を守る番人が、どれだけ忠実に秘密を守るかという強い意志が、守りの強さになる。そのため、守り人は、常に信用にたる人物だと示さなくてはいけない。鍵である番人自身が守るべき家の中に隠れていては、その忠実さを示せない。守り人はその家に住むことはできるけど、ある程度外出しなくてはいけないのだ。

 

 ポッター家の場合、ジェームズ達は家からほとんど外出していない。ジェームズは守り人足りえず、他者にその役を頼むしかなかった。

 グリモールド・プレイスが騎士団の拠点だった頃も、家主のシリウスは冤罪が晴れておらず、屋敷からほとんど外出できなかった。ゆえに、ダンブルドアが守り人となった。

 

 

 私は“木漏れ日の家”の家主だけど、学校に通っているし、買い物や外出もしている。私が“木漏れ日の家”の守り人となっても、『忠誠の術』によるこの家の守りはしっかり効果を発揮しているのだ。

 

 

 

 さて。

 今年も忙しい夏休みになりそうだ。

 “木漏れ日の家”のメンテナンスをすませ、次は、ダイアゴン横丁の仲介業者へと足を運ぶ。ゴブリンの短剣を受け取りに行くためだ。

 “木漏れ日の家”からは近くにあるニューハングローザンという町の“跳ね兎亭”の暖炉から煙突飛行ネットワークでダイアゴン横丁の“漏れ鍋”に移動できる。とても便利だ。

 

 

 

 

 

 銀色に輝く、美しい剣だった。

 

 両刃で剣身だけで35センチほどもある。思ったより長い。柄を含めると50センチ以上だ。

 このサイズでも短剣って呼ぶんだ。

 

 店主に説明を聞くと、中世の頃、街への刀剣の持ち込みが禁じられた地域が多くて、代わりに護身用に持ち込むために短剣が使われ始めたのだとか。

 隠し武器ではなく刀剣の代用品としての短剣だったのだ。

 だから使い勝手と携帯性の両方を鑑みて剣身が30センチから40センチほどの長さの短剣が当時は主流だったらしい。

 

 説明を聞きながらじっくり眺めた。

 

 

 ゴブリンが鍛えた最高級の純銀の短剣。

 

 輝く銀色の剣身は細くて薄いが、途轍もない力を感じる。

 折れず、曲がらず、錆びず、腐らず。

 剣にとって不利な効果を受け付けず、自身の殺傷力を高める力を吸収する。

 手入れいらずの最強の剣。

 

 14世紀初頭、当時のゴブリンの王ラグナック3世が拵えたものらしい。

 

 残念ながら技術が廃れてしまい、現在のゴブリンにはこのクオリティの剣は打てない。そのため、非常な高額でやり取りされている。

 

 柄頭から握り、鍔に至るまで、細やかな文様が彫られていて、柄頭にサファイアが嵌っている。

 鍔と握りの十字の中心に、宝石に囲まれた空間がある。

 

 ここには以前の持ち主の家紋が入っていたらしい。

 今はそこに何もない。

 魔法界の家紋は持ち主が手放せば消えるようになっている。家紋のある品はその家の財産である印なのだ。先方の家紋が消えますから、そこにレストレンジの家紋を入れますか? と聞かれたが、レストレンジの宝じゃないので、空白のままにしてもらっている。

 

 いつか、ヴォルデモート卿ともろもろに決着をつけたら。私の、サロウフィールドの家紋を作って入れよう。

 

 支払いはレストレンジの金庫を指定した。これが一括で買えちゃうレストレンジの資産って素晴らしい。

 

 

 

 

 

 レストレンジの屋敷には影に戻ってもらい、私はガーデンへ入る。

 

 

 ガーデンでトランクに入り、魔法練習用に補強した部屋へと入った。

 念のため、念具で部屋の周囲にも補強をしてある。

 

 レストレンジの金庫で見つけた『バジリスクの毒』はジェイドに確認したところ、問題ないと保証してくれた。100年以上経っても劣化していなかったようだ。

 

 どの程度かければ剣が強化されるんだろう? 

 悩みながらも剣身に毒をとろとろかける。

 銀色の剣身が一瞬緑色にかわり、光と共に元に戻った。

 

 これでバジリスクの毒を吸収したってことでいいのかな? 原作のグリフィンドールの剣のように強化されたと見ていいんだろうか?

 

 

 

 分霊箱と対抗するため、私は装備を整えた。

 ピアスとベルトを外す。

 

「……おお」

 

 絞られていた蛇口が開いたかのように、オーラが身体中に湧き上がる。

 ベルトが取れて身体が軽い。空も飛べそうな身軽さ。

 ディアーナ師匠ありがとう。そっと倉庫にしまった。

 

 魔力があがり、オーラ量も増えた。

 魔力が高ければ魔力抵抗も高くなる。魔障もかかりにくいはず。

 

 おばあ様二人からもらった精神干渉遮断の指輪と呪い返しのブレスレット。おじい様の形見の純銀のチョーカーによる癒しと浄化、精神干渉遮断。神字をがっつり彫り込んで作った防御の念具。グリードアイランドのアイテム『聖騎士の首飾り』もつけた。

 今できる最高の防備を施す。

 

 

 

 補強したとはいえ、ゴブリンが鍛えた剣で突き刺せばトランクも無事では済まない。

 深く突き刺せるように大岩を持ち込んで、その上に『スリザリンのロケット』を乗せて置く。

 

 

 原作では、クリーチャーもハリー達も何の保護もせずにそのままずっと持ち歩いていた。

 おそらく分霊箱は彼らから少しずつ力を吸収していたんだと思う。

 

 今回は、手に入れた瞬間からずっと魔力遮断布と封印の箱にしまい込んでいたから、原作のように力を溜めこんでいなかった。

 

 おかげで原作ほど暴れることはなかった。

 でも……

 

 

 ロケットを岩に置き、剣を構えたとたん、ロケットがぶるぶると震えてガラスを擦ったような嫌な音が鳴り響く。怒りの声か、悲鳴か。

 

 眉を顰めて冷静に対処しようと閉心術でしっかり心を閉ざす。身体は“堅”で全身を守った。

 

『ひらけ』

 

 パーセルタングで言葉を紡ぐ。ロケットの蓋がぱかりと開く。黒い煙が吹きあがりそれは人の形になる。ヴォルデモートだ。

 

『我が娘よ。我のもとへひれ伏せ。お前は俺様の娘だ。

 俺様の庇護下以外に、お前の生きる場所などあるものか』

 

『だまれ』

 

 聞いてはだめ。

 聞いたら引き込まれる。

 

 心を閉ざせ。

 

『ああ、誰にも愛されぬ哀れなエリカ。

 だが俺様は違うぞ。

 可愛いエリカ。俺様の愛しい娘よ。大切に思っているとも。

 お前を愛せるのは俺様だけだぞ』

 

『うるさい』

 

 これは私の心が見せたただの幻だ。聞いてはだめ。

 

 私を愛しているのはお前じゃない。心をしっかり保て。エリカ。

 私は、エリカ。

 私は、英里佳。

 私は、“わたし”だ!

 

 激昂すると力に取り付かれる。心を落ち着け、緑の硝子目掛けて剣を突き刺した。

 

『おまえがああああああ、殺すのかあ!! 我が娘がああ!! 親殺しめええ! おぞましいバケモノめええ』

 

「ざっけんな」

 

 うるさい、だまれ、誰が親だ。誰が娘だ。

 馬鹿にするな。

 

 さっさと死ね!

 

 暴れるロケットを剣で押さえ付けてより深く剣を刺す。大岩へ突き通すよう、力を込めた。

 

『ぎゃあああ!! 親不孝ものめえ』

 

 物理的な衝撃を伴った悲鳴が鳴り響く。

 吹き飛んだ岩の欠片が飛び散って壁にあたる鈍い音が続いた。

 無視して剣を捩じるとロケットの震えは徐々に収まり、最期にびくりと震えて静かになった。

 

 

 

 ふぅ……

 

 

 剣を取り落とし、床に倒れ込んだ。

 荒い息をつく。

 

 

 つかれた。

 

 

 影を出し、二胡で“ほむら”を奏でてもらう。すさんだ心が癒されていく。

 そうだった。

 “ほむら”も最初から奏でておくべきだったな。

 すごいな。この世界の呪いも浄化できる。ずいぶん息がしやすくなった。ああ、ついでにチョコも食べておこう。

 

 

 ……バカバカしい。

 あの幻影は、ヴォルデモートは『愛しい娘』と言った。

 あれは私を惑わす。

 

 

 原作でロンは、ハーマイオニーとハリーが抱き合っている幻を見た。ロンの心の奥底に潜む怖れを幻影として見せ、心を折ろうとしたのだ。

 

 

 あんな男に。

 

 あんな言葉をかけて欲しいだなんて、自分がほんの少しでも考えていたかもしれないって思うだけでもう……もう。

 

 未練すぎる。

 

 

 ばかじゃないだろうか。私も……まだ親の愛情を欲する、ただの13歳の少女なんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゅうぶん休んだあと、私はゴブレットと髪飾りも順に壊した。

 

 ちなみに、ゴブリンの剣を使わず、別の武器で、オーラをめいっぱい込めた“周”をして壊してみようとしたけどできなかった。気合いを込めて突き刺すと、台にした大岩が大破しただけで終わった。分霊箱は傷ひとつなかった。物理攻撃では壊せないみたいだ。

 なるほど。闇の物品は念では壊せないものがあると。エリカ覚えました。

 

 

 『スリザリンのロケット』『レイブンクローの髪飾り』『ハッフルパフのカップ』の3つはこれで破壊できた。

 

 破壊したものはそれぞれまた魔力遮断布で包んで巾着にしまう。ピアスとベルトの念具をまたつけなおす。

 よし。

 分霊箱は……あと4つ。

 ルシウス叔父様にも手紙を書いて知らせなくては。

 

 

 トランクにいるおじい様の肖像画にも報告した。

 「レギュラス叔父様の仇が討てました」とロケットを見せれば、頑張ったと褒めてくれて、ヴァルブルガが喜ぶだろうから早く見せてやれと言われた。

 

 

 ブラック本家はもう暖炉を閉じてしまっている。玄関から入るしかない。

 ロニーに付き添い姿現わしで連れていってもらう。

 

 

 ロニーを帰し、グリモールド・プレイスの11番地と13番地の間に立つ。

 この辺りはすっかり寂れてしまっていて、ブラック家の数代前のご先祖様が惚れ込んだ外観は既に見る影もなく朽ちて古ぼけた屋敷が立ち並ぶ場所となっている。

 だけど――

 私はその二つの古ぼけた建物の間に立つブラック本家の屋敷、グリモールド・プレイス12番地を惚れ惚れと見上げた。

 

 威風堂々とした美しい屋敷だ。壁にも窓ガラスにも汚れのひとつもない。

 クリーチャーが今もこの屋敷を最盛期のままに維持している。

 

 この屋敷だけが異様に真新しい。ひび割れひとつない壁も磨き上げられた硝子窓もさびれた街並みの中で異彩を放っているが、マグル避けが掛かっているため誰もその異質さに気付かない。

 

 原作のように“忠誠の術”で守られていない今は魔力ある者ならその姿が見える。

 でもそこに入れるのはブラック家に連なる者のみだ。

 

 私は埃ひとつない石段を上がり、シックな黒の扉を杖で一度叩く。カチッカチッと大きな金属音が何度か続き、扉が静かに開いた。

 

「いらっしゃいませ。エリカお嬢様」

 

「こんにちはクリーチャー。久しぶりね。変わりはない?」

 

「はい。クリスマス以来でございます、お嬢様。クリーチャーは元気にやっております。どうぞ中へお入りください」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 ブラック本家はヴァルブルガおばあ様が何の処理もしないまま亡くなってしまった。

 きっとそれは……おばあさまは何も言わなかったけど……おそらく、シリウス・ブラックのためだ。

 彼は家系図からは消されているけど、ブラックの財産の相続人から外されていない。

 おばあさまが『誰それへ』と指定していない屋敷や財産は、順当な相続順位に従い、シリウス・ブラックが相続している。

 

 

 原作を読めばわかる。

 『不死鳥の騎士団』の巻で、シリウス自身が「屋敷しもべ妖精はトンクスの指図には従わない」って言うくだりがある。

 クリーチャーはアンドロメダとその娘ニンファドーラ・トンクスの指図には従わない。それは家系図に名前がないからだ。そうシリウスがハリーに説明している。

 だけど、クリーチャーはシリウスのことは「ご主人様」と呼ぶし、指図にも文句を言いながらも従っている。

 シリウスの名前も、家系図から消えているのに。

 

 それが母の愛だと、なんで気付かないんだろう。

 

 気付かないだけじゃない。

 ヴァルブルガおばあ様の部屋にヒッポグリフを放し飼いして、屋敷の財宝を捨てて、マグル生まれや、マンダンガス・フレッチャーみたいな盗人まで入り込ませて。

 

 そりゃあ怒るよ。

 泣き叫んでわめき散らしたくもなるよ。

 

 肖像画は記憶でしかない。

 本人の生前の想いと記憶と知識を籠め、本人らしく振る舞うようにしている“記憶保持及び再生装置”だ。

 

 先人の知恵を自分の代で途絶えさせないため、これまで知りえた大切な知識や知恵を子孫に引き継ぎ、伝統を廃れさせないためのもの。

 死ぬ直前の状態を未来永劫、肖像画が消滅するその時まで“変わらずに”保持しておくもの、なのだ。

 

 つまり、学習はしない。変わっては意味がないから。

 肖像画をどれだけ説得しても、新しい価値観に生まれ変わりはしないのだ。

 

 

 自分の大切な住み家を荒らされれば、私だってわめき散らす自信があるよ。

 

 肖像画は最期の想いを残している。

 だから原作の中のヴァルブルガは、行方の分からぬレギュラスを想い、思想を違えグリフィンドールに入ったくせに友人を裏切って人殺しとなりアズカバンに入れられたシリウスに怒り、途絶えかけているブラック家の未来を嘆き、いつもいつもヒステリックにわめき散らしていた。

 

 でも今のヴァルブルガおばあ様の肖像画は、あの原作みたいにヒステリックに叫んだりしていない。

 私がいたもの。

 私がおばあ様を何度も訪問して彼女の孤独をやわらげた。

 レギュラス・ブラックの死の真相を伝え、レギュラスの代わりにヴォルデモートの分霊箱を壊すと宣言した。明確にヴォルデモートをレギュラスの敵と明言したから、ヴァルブルガおばあ様も過度な純血主義を多少やわらげた。

 ことあるごとに口を出す先代の老害を遠ざけた。

 

 おばあ様が亡くなっても、折に触れ本家に伺いますと約束もした。

 シリウス・ブラックが釈放されれば、おばあ様の御心に寄り添うよう話しますとも約束した。

 

 だから、最期の時を迎え肖像画となったおばあ様は、ブラック家としての自信に満ちた、厳格で美しい初老の婦人だった。

 

 そして、ブラック本家の屋敷とヴァルブルガおばあ様の肖像画を守るクリーチャーは、家事の手を一切抜かない忠義溢れる真面目な老しもべ妖精で、毎日屋敷を最高の状態で保たせることに喜びを見出している。

 

 原作のクリーチャーはヴァルブルガの狂気と、おそらくヴォルデモートの分霊箱の影響も大いに受けていただろう。その分霊箱はとうの昔に私が持っている。悪影響は全く受けていない。

 

 原作とは似ても似つかない、居心地のいい素敵な屋敷なのだ。

 

 

 

 広い階段をあがり、居間へと足を運ぶ。

 大きな肖像画が出迎えてくれた。

 

「ヴァルブルガおばあ様、エリカが参りました」

 

 厳格な笑みを浮かべる老女の絵姿に、淑女の礼をとって挨拶する。

 

「良く来ましたね、エリカ。また少し背が伸びたかしら?」

 

「そうですね。半年ですが、少し伸びたかもしれません。ブラックの女性は長身が多いと聞いてます。私もシシー叔母様みたいにすらりとした綺麗な大人になりたいですわ」

 

「そうですね。それは楽しみですわ、エリカ」

 

「おばあ様。それからクリーチャー。

 今日はご報告に参りましたの」

 

 私はローブのポケットから巾着を取り、そこから魔力遮断布のクロスに包まれたものを取り出した。二人に見えるように広げてみせる。

 『スリザリンのロケット』の残骸だ。

 どす黒く変色し、見る影もなく歪んで蓋が開いたロケットには、剣に刺し貫かれた傷跡がはっきり残っている。

 

 肖像画のおばあ様とクリーチャーが目を見開いた。

 

「まあ、これは!」

 

「お、おじょうさま。クリーチャーは信じられません。何をしても壊れなかったあのロケットが! クリーチャーは目がおかしくなってしまったのでしょうか」

 

「ゴブリンが鍛えた純銀製の短剣を手に入れましたの。

 その剣にバジリスクの毒を含ませたものはこの闇の魔法具すら壊せる武器になるそうです」

 

「では、ようやっとそれを壊せたということですのね、エリカ」

 

「はい、壊しました。報告のためにこうやってお持ちしましたが、念のためこれは私が持ち帰り、完全に燃やし尽くすつもりですわ」

 

「お優しいエリカお嬢様、ありがとうございます。クリーチャーはやっと、やっとレギュラス坊ちゃまのご命令を果たせました」

 

 クリーチャーは床に倒れ込むようにぬかづき、泣きながら礼を言った。おばあ様も感慨深げにハンカチで目を押さえた。

 

 私はひとつやり遂げられたことを嬉しく感じながら彼らを見守っていた。

 

 

 屋敷を出るまえに、私はまた二人に約束を交わす。

 

「おばあさま。また次の休みにも話をしにまいります」

 

「この屋敷へはわたくしの家族とブラック家の血族は入れます。また顔を見せに来なさい、エリカ」

 

「はい。ヴィヴィおばあさま」

 

「エリカお嬢様。ありがとうございました。クリーチャーは、クリーチャーはエリカお嬢様に感謝申し上げます」

 

「クリーチャー。また来ます。それまでこのお屋敷を守ってね。クリーチャーも身体に気を付けて」

 

「もったいないお言葉でございます。お嬢様。クリーチャーはエリカお嬢様のお越しをお待ちしております」

 

 

 

 




なんでポッター家はジェームズが自分で守り人をせずにシリウスやピーターが守り人をしなくては行けなかったのか、どこにも理由が書いていません。守り人になればその家には住めないのかと思っていたら、7巻でハリー達は普通にグリモールド・プレイスで暮らしているし、アーサーも『隠れ穴』に住んだまま守り人になっているし。ビルも同じく。

ハリー・ポッターの原作者さんって後だし設定多いし、自分で設定忘れもあるから、ほんとのことはわかりませんが、こんな感じで捏造設定。術の名が『忠誠の術』なので、守り人の忠誠を問うのかな、と想像。



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夏休み 4つ目の分霊箱の破壊とゴーント家

 

1993年 7月

 

 7月は後半2週間ほどマルフォイ家で過ごし、8月はレストレンジ家で音楽のレッスンに力を入れると話している。

 

 分霊箱3つを壊し、ブラック本家への報告も済ませた数日後。

 

 私はダイアゴン横丁へ向かう。エリカ・レストレンジとして買い物をするつもりだ。

 まずグリンゴッツへ行き、レストレンジの金庫を目指した。

 

 レストレンジのメイン金庫。巨大な洞穴を見回す。

 去年の夏は天井につくかと思うほどあった金貨の山。ゴブリンの剣の代金を支払ったことでこの金庫の金貨をほぼ使い尽くしたようだ。今はがらんとした広い洞穴の中央に、金貨が小山を作っている。

 初めて見えた向こう側の壁。金貨の山に埋もれて入っていただろう美術品が岩肌の地面に直に置かれている。

 すげえなゴブリンの剣。

 こうやって極端に目減りした金貨の山をみると、どれだけの散財だったのかが如実にわかる。それでも必要だったし、おかげで分霊箱は壊せた。それに次の生に持っていく強い武器を手に入れられて、大満足な買い物だった。

 

 

 私って代理人になっているけど、代理人の権利で動かせる財産ってほとんどないの。不動産の売買はできないよう最低限の権利しかない。

 レストレンジ家の娘としても金庫の中身を貰うくらいしかできない。それ以上は法律的にストップがかかる。

 私が成人すれば正式にレストレンジ家当主となると決まっていて、私は現在そのための勉強中という位置づけなわけだ。そしてその間に動かせる資産は金庫の中身程度しかない。うん。この金庫を金庫()()って言えちゃうのって凄いよね。

 本邸、別邸、別荘、荘園、所有地、会社、山ほどある資産は私の手が届かない。

 

 なんか『レストレンジ家の資産、喰い潰してやるぜ』とか大見得切ったわりにはさ、私ひとりが散財するお金なんて微々たるものだった。

 全然太刀打ちできませんでした。巨象と戦うアリ並みだったね。

 

 でもさ。

 レストレンジ家から毎月ロングボトム家に治療費を払うことにしたから、金庫の中をすべて空にするという幼少時に決めた目標は変更しなくてはいけない。

 

 

 まあお辞儀様の復活を阻止すれば、レストレンジのお金があってもなくても特に情勢はそう変わらない。万が一うちの両親が脱獄してきても、お辞儀様がいなければ死喰い人なんてただの暴力集団でしかない。ってかお辞儀様がいなければそうそう脱獄なんてできないよね。動物もどきじゃあるまいし。

 

 

 ということで。

 この金庫で足りない支払いは他のレストレンジ名義の金庫から引き出されるから問題はないのだけど、それでもこの金貨の小山がなくなるのは少し気が咎めるので、金貨には手を出さず、他のものに目を向けた。

 

 金貨がなくなったことで露わになった美術品と魔法具。

 無造作に金貨の山に埋まっていたのだからそんなに繊細なものはないよね? 山ほどの宝石で飾られた眩いゴージャスな短剣、裸石が詰まった宝石箱や巾着がいくつか、金属製の扇子、懐中時計、どこかの王様が被ってそうな王冠、宝石の飾りがついたステッキ、インゴット、もろもろ。金庫にまた金貨が増えると再び山に埋もれてしまうこれらはまとめて貰っていく。怪しい気配を発しているものは封印箱へ入れてから収納。しっかり“凝”でも見て判断したから大丈夫。

 

 

 金庫内にいくつか並んだ薬品の棚はそのまま倉庫へ。バジリスクの毒の保存状態の良さから考えると、毒の特性だけじゃなくて、この棚自体にも保存とか保持とか時間遅延とかそんな感じのしくみがあるかもしれない。ぜひこの棚が欲しい。薬品もあると便利だし。棚ごと貰って、あとで調べよう。同じ棚が作れるなら量産しなくては。

 

 魔法具は金庫に仕舞われた時期が違うからか、整頓の仕方に差がある。丁寧に棚に並べられ、そこに何が置かれているかわかるようにその下にラベルが貼ってある棚はそのまま棚ごと収納。表記がない棚は触るのが怖いから当面そのまま置いておく。

 今回持ち出した魔法具や魔法薬をしっかり確認して整理を済ませたら、また残りの魔法具を取りに来よう。

 

 

 その後、ゴブリンにレストレンジ名義の別の金庫に回ってもらう。

 金庫の中身はしっかり残しつつも、大量にガーデンのコンテナに収納していく。倉庫に入れると場所を取られてしまう。倉庫は時間停止があるから今はほぼ食糧庫じみている。それと繊細なアイテム類とかね。金貨は腐らないんだからコンテナでじゅうぶんなのだ。

 

 たくさんもらえたことに満足し、私は金庫を後にした。

 

 その後、おじい様がくださった金庫にもトロッコを回してもらう。一度くらいは見ておきたいからね。

 おばあ様がくださったものと同じくらい広い金庫は天井に付きそうなほどの金貨で埋め尽くされていた。これなら大人になっても当分贅沢に暮らせそうなくらいある。ありがたい。大切に使わせていただきます。おじい様。

 

 

 グリンゴッツを出た私はそのまま書店へと向かった。

 情報は力だ。

 次の世界に行ったとき、ハリー・ポッター世界の魔法について調べたくてももうそこには資料はない。今、この世界にいるうちに、できる限りの情報を集めて次の生に持ち越さなくてはいけない。

 

 レストレンジの圧倒的経済力にモノを言わせて、書店にある技術書、参考書、魔法書、図鑑類はどんどん購入することにした。サインひとつで金庫から支払いができるのって素晴らしいね。

 拡張して収納できるスペースがあるから、書店丸ごと買いますくらいの勢いで購入した。

 そのまま持って帰ると営業妨害になるほどの大量購入のため、注文してレストレンジへ届けてくれるよう頼んでおいた。配達が8月最終週以降になるものは9月になってからホグワーツへ送るようにと言い置いておく。

 

 大量の注文を済ませたあと、書店の本棚を眺めて気になるものを追加で取り出しながら、今の教科書、とくに『闇の魔術に対する防衛術』のものが質が低い気がするんだけど、と書店の店員に訊ねると、「昔の授業内容は難しく、だんだん簡素化されてきたらしいです。過去の教科書は既に廃版になってます」との回答が返ってきた。

 生徒の質が落ちたからそれにあわせて授業が簡単になり、授業が簡単になるからまた生徒の質が落ちる。つまり今のホグワーツってゆとり教育世代ってやつだ。

 

 ホグワーツってさ。一般教養の授業がない。文字の書き方も、文章力も、加減乗除も、何も教えないのだ。

 裕福な貴族家は入学までに家庭教師を雇って勉強させる。

 マグル生まれはプライマリースクールがあるからそこで覚える。

 

 家庭教師を雇う金がなく、親が勉強の面倒まで見られないほど忙しいような金銭的時間的余裕のない家庭の子供は、文字も読めないところからスタートする。

 原作のクラッブ、ゴイルとかね。そんな感じだったと思う。

 

 魔法族のリテラシーのなさとか、情報にすぐ踊らされる情弱ぶりとか蒙昧さとかさ。このホグワーツのゆとり教育のせいでもあると思うんだよね。

 

 こうやって弱い魔法使いが増えているのかな。

 原作でもさ、プロテゴができない職員のためにウィーズリーの双子作の悪戯グッズ『自動プロテゴ付き帽子』を魔法省が大量注文してたくらいだものね。魔法省の職員というエリートですらまともにプロテゴもできないってとんでもないと思うの。

 

 廃版になった本は本屋での取り扱いがないから、古い教科書が欲しいなら魔法具店などで探したほうがいいでしょうとアドバイスを受けた。

 

 これは……どうすべきか。

 『必要の部屋』で本が読みたいと願って出してもらってそれを書き写すか。魔法具店でも探してみるか。

 

 ゴブリンの短剣を注文した業者にも梟で手紙を送ろう。「過去の教科書類が手に入るなら融通してほしい。魔法書の類も」ってね。禁書のたぐいも欲しいからそれも頼んでおこう。

 

 

 あとさ。

 ホグワーツの図書館の蔵書をすべて持っていきたい。

 『ホグワーツの秘密』に書かれていたけど、あそこの図書は保護魔法が掛けられていて、双子の呪文などの複製魔法が利かない。

 

 貸し出しの処理をして借りてきたものはみんな自動筆記羽ペンで書き写しているんだけど。簡単に借り出せない禁書関連がね。禁書こそぜひ欲しいじゃん。

 

 だからあれも『必要の部屋』に呼び出して、そこで複製していけばいいんじゃないか、と考えている。

 それも影に頼んで夜の時間とかにやれば捗るかな。9月からの作業に入れておこう。ああ羊皮紙を大量に買わなければ。

 

 

 魔法具店へ行き、古い教科書があれば欲しいと頼むと数年前のものがでてきた。それを買うことにして、もっと古いものがあれば集めてほしいと注文し、それから店にある目に付いたものを買い漁った。

 大量購入にあっけにとられる店主にありがとう、よろしくねと微笑みかけてすべてをトランクにしまうと外へ出た。

 

 雑貨店でも薬草や魔法薬の素材を買う。折れた杖もまた見つけて買っておいた。

 楽器店で楽譜を大量に買ったり、楽器を買ったりもした。メリーさんの画材や絵の具もたくさん買った。

 

 今日一日の散財は凄かった、と思う。大満足で家へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「これだ」

 

 朝、新聞を開いて呟く。

 この夏から新聞を取るようにして毎朝チェックしていたんだけど、今日やっと待ちに待った記事を見つけたのだ。

 日刊予言者新聞の見出しを興味深く眺める。大見出しはこうだった。

 『魔法省官僚 グランプリ大当たり』

 

 ロンの父親、アーサー・ウィーズリーが、ガリオンくじに当たって700ガリオンもの大金を手に入れ、その賞金を使って長男ビルが働くエジプトへ家族旅行に行ったのだ。モノクロの大きな写真が載っている。

 

 ウィーズリーの家族がピラミッドの前に立ってこちらへ向かって幸せいっぱいの笑顔で思いっきり手を振っている。ロンのネズミ、スキャバーズがその肩に乗っていた。しっかり目を凝らしてみれば、その指が一本足りないのが……見えないこともない、か。

 この小さなネズミの姿で彼がワームテールだとわかるって、さすがは復讐の想いに凝り固まったシリウス・ブラックだな。

 この新聞を見て、シリウス・ブラックが脱獄を果たす。『アズカバンの囚人』の序曲だ。原作とはいろいろ変わってきていたから、これも無くなっているかとちょっと冷や冷やしていました。

 

 

 

 7月の後半は予定通りマルフォイ家で過ごした。

 私の長年の音楽での説得によって、マルフォイ家はみな性格的に角が取れてマイルドになっている。こうやって一緒に過ごすと上品で穏やかな貴族そのものって感じしかない。

 ドラコ達と課題をしたり、箒で遊んだり、ヴィンス達の訓練に参加したり、楽しい2週間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 再教育を受けているドビーは今日も真新しい枕カバーを身に着けて、頑張っている。ベペリの教育は厳しい? と聞くと、へにょりと耳を垂れたドビーが両手をもじもじさせた。

 

「ベペリにたくさん叱られてドビーは大変なのです」

 

「失敗しないようになれば叱られないのよ」

 

「ドビーは失敗しないように頑張っています。だからベペリはもっとドビーに優しくするべきなのです」

 

 ドビーは良い子だから頑張ってね。応援してるから。そう言うと「ありがとうございますお嬢様」と元気に返事が返ってくる。素直で良い子なんだよ。ほんと。ただ、ちょっとぶっとんでるだけで。

 

 ああ、そうだ。

 ドビーが英雄ハリー・ポッターのためにシリウス・ブラックを捕まえにいかないよう、しっかりベペリに頼んでおかなくては。原作でなんでシリウスのことはノータッチだったのか知らないけど、去年ハリーのために仕事をしなかったドビーが『英雄ハリー・ポッターをお助けするのだ』とか言い出したら、ほんと、困る。もうすぐシリウス・ブラックの脱獄があるはず。

 

 あとでベペリに頼んでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 そして――

 

「これがゴブリンの剣か。素晴らしいものだな、エリカ」

 

 美術品好きのルシウス叔父様が感嘆の眼で短剣を眺めている。お、収集家の血が疼いているな。自分も探そうとか考えていそう。付き添ってきたシシー叔母様が呆れた表情で叔父様を見ている。

 

「レストレンジのメイン金庫の金貨の山がほぼ消えました。でも、分霊箱を壊せるんですから、いい買い物でしたわ。……叔父様がなさいますか?」

 

「ああ。これは帝王から私が預かったものだ。帝王との決別の意味でも、私の手で壊すべきだろう」

 

 私のトランクの訓練室には、また新しい大岩が入っている。その上に『トム・リドルの日記』を乗せたルシウス叔父様が、一度目を閉じ、心を落ち着けると私を見た。

 

 ゴブリンの剣を差し出すと、叔父様は黙って剣を掴んだ。私はシシー叔母様と後ろに下がる。

 

 分霊箱は壊されそうになると幻影を見せて心を惑わし、恐怖を与えてくる。本人の心に巣食う恐れや猜疑心を煽り、心を折ろうとしてくるのだ。分霊箱を壊す際にはできるだけの防備が必要だと、あらかじめ叔父様にも話しておいた。

 だから、叔父様も今日、十分な準備を整えてこの場に臨んでいる。

 

 

 剣を構えた叔父様が前に立つと、『トム・リドルの日記』がぶるぶると震え、黒い煙が湧き上がるとそこには闇の帝王の姿があった。

 

『ルシウス。ああ、ルシウス・マルフォイ。俺様の有能な右腕。お前のことは信頼しているぞ。

 俺様に跪くのだ。さあルシウス』

 

 死喰い人はヴォルデモートの身近にいたからこそ、彼の強さと残虐さを誰よりもよく知っている。

 部下に対しても頻繁に行われた制裁のせいで、死喰い人達はヴォルデモートの恐怖が骨の髄まで沁み込んでいる。むしろ一般人よりも深い恐怖を感じているかもしれない。

 

 ルシウス叔父様も幻影の厄介さを聞いて魔法具で装備を整え、心の準備もしていたようだけど、実際に闇の帝王の姿を見ると12年前の主の恐ろしさを思い出すのだろう。

 叔父様の身体が震え、息があがる。

 それでもしっかりとその手に剣を握りしめ、あえぐように息をつくと剣を構えなおした。

 

『ルシウス。ルシウス・マルフォイ。

 俺様を裏切ればどうなるか、聡明なお前がわからぬはずがないだろう。ナルシッサはどうなる? 可愛いドラコは?

 さあルシウス。俺様の忠実なしもべよ。

 俺様に跪き、お前を唆す小娘を殺すのだ。さあ……ルシウス』

 

「っ! ……黙れ」

 

 叔父様、どうか呑み込まれないで。青白い顔で震えながら剣を構える叔父様を、祈る気持ちで見守る。「あなた……」と万感の想いで呟くシシー叔母様と抱き合って、幻影に立ち向かうルシウス叔父様を見つめた。

 

「はあっ!」

 

 ルシウス叔父様が気合いと共に剣を日記に突き刺した。黒いインクが血のように溢れだし、ヴォルデモートの恐ろしい悲鳴が響き渡る。

 

『ルシウスぅ! お前は俺様のしもべではないのか! お前ならわかるだろう。俺様がお前を決して許さぬと。俺様の呼び出しに怯え、震えるがいい! 俺様がお前を殺してやる。殺してやるぞ。この裏切り者めぇ!』

 

「だまれえ!!」

 

 叔父様が剣を引き抜く。柄を上に持ち替えて震える両手で握りしめると、体重をかけるように上から剣を深く突き立てる。雷鳴のような悲鳴が聞こえ、やがて静かになった。

 

 日記に剣を突き刺したまま手を離し、ルシウス叔父様が2,3歩後退るとその場に座り込んだ。シシー叔母様が走り寄ってその背を支えた。

 荒い息をつく叔父様に私も近づいた。

 

「お疲れさまでした、叔父様。かっこよかったです」

 

「……あいつの言葉に揺れそうになった。私は……まったく、情けない」

 

 気遣わしげに寄り添うシシー叔母様を安心させるよう彼女の手を軽くとんとんと叩きながら自嘲するように首を振った。

 

「そんなことはありません。私の時もあんな風に『ベラトリックスの娘がなぜ』とか『親に愛されぬお前など』とか言われました」

 

「エリカはまだ1歳だったからあの方の恐ろしさを知らないだろう。我々は、あの方が恐ろしくてたまらない」

 

「叔父様……『俺様の呼び出しに怯え、震えるがいい』ってどういうことですか? 死喰い人には何か直接連絡しあえる方法があるのでしょうか?」

 

 『闇の印』の事を教えてもらいたい私はせっかくのチャンスを無駄にせず、それとなく水を向ける。

 叔父様は少し躊躇したあとで、そっと左手の袖をまくって見せてくれた。そこには『闇の印』の刺青が薄っすら見えた。わかっていたことなのに、それでもおぞましさに息を呑んだ。

 

「『闇の印』だ。帝王はこの印を使って我々を呼び出すことができる。誰かの印に帝王が触れると我々すべての者の印が熱を発して黒くなる。今は薄れているが、帝王が存命だった12年前はもっと色が濃かった。この印は……どうあっても決して消せない」

 

「もしかして、帝王の復活が近くなると、その印もまた濃くなるのでしょうか」

 

「そうかもしれぬな」

 

「恐れていらっしゃる?」

 

「ああ。我らほどあの方を恐れているものはおるまい」

 

「それでも剣を持ってくださった。叔父様の勇気を尊敬します。叔父様はすてきです。ね、叔母様」

 

「ふふふ、そうね。自慢の夫だわ」

 

「……ありがとう」

 

 

 叔父様は自分の手で分霊箱を壊してくださった。

 原作のように知らぬまま使って壊されたのではなく、帝王の分霊箱だと知った上で、自分の意志で壊したのだ。

 ルシウス・マルフォイは、ヴォルデモート卿と決別した。

 私やドラコにとって、とても嬉しいことだ。

 

 

 

 

 

 トランクからルシウス叔父様の執務室に場所を変え、ベペリにお茶を頼んだ。

 青白い顔色の叔父様はそうとう気力を持っていかれたのか、今もソファに上体を預けぐったりと身体を休めている。だけどその表情には達成感と、ある種の解放感があった。

 叔父様も、もう後戻りのできない一線を越えたことを実感しているのかもしれない。

 

 お茶の用意をしてくれたベペリをねぎらい、彼に周囲の警戒を頼んだ。ベペリがいればドビーの盗み聞きも回避できるもの。

 

「これで4つの分霊箱を壊せましたね。あといくつ残っているのか」

 

「ああ。トム・リドルの出自についてわかったことを話そう。帝王は、彼は半純血だった」

 

 叔父様は調べたことを報告してくれた。

 

「父アブラクサスが入学した頃、トム・リドルは監督生をしていたらしい。非常に優秀な先輩だったと話してくれた。血筋に関しては本人が秘していればなかなか知るすべはないが、“リドル”などという純血家がないことはすぐにわかる。彼は母親がスリザリンの系譜だと言っていたらしい」

 

 ルシウス叔父様のお父上アブラクサスはもうずいぶん前に亡くなっているけど、魔法界の肖像画は話ができるものね。便利なものだ。

 

「闇の帝王が半純血だと言う話は有名な話なんでしょうか?」

 

 私は気になっていたことをせっかくの機会に聞いてみた。マグル生まれの排斥を謳う団体の代表が半純血なんて、ね。よく純血貴族家が許したものだと思う。

 

「父の話では、トム・リドル自身の能力の高さとスリザリンの系譜であること、パーセルマウスであることや非常に優れた容姿、人当たりの良さもあいまって学生時代から熱狂的な信奉者が多かったらしい。

 卒業後10年ほど行方が掴めない時期があるのだが、その後イギリスに戻ってきた際には既にかつての美貌とは形相が変わっていて、その頃にはヴォルデモート卿とトム・リドルを同一人物と知る者は減ってしまったのだろう。

 私も今回調べて初めて半純血だと知って愕然としたよ」

 

 まああのイケメンが、蛇顔になっちゃうんだもの。別人だと思う者も多かったのかも。あの時代、戦いや龍痘で多くの人が死んだ。お辞儀様の出自が半純血だという情報もそこで途切れてしまったのかな。

 

 ヴォルデモート卿は半純血。積極的に元死喰い人達に知らせるべき情報だよね、うん。

 

 

 叔父様の説明は続く。

 

 トム・マールヴォロ・リドルの出生はマグルの孤児院で、出産後すぐに母親が死亡。母親は共同墓地に葬られた。名前は母親が死ぬ間際に言い残したらしい。彼はそのままマグルの孤児院で育てられることになる。

 スリザリンの系譜、セカンドネームのマールヴォロ、母親の名メローピーの情報から、彼の出自はゴーント家だろうと推察。

 

 ゴーント家はリトル・ハングルトンに家があるらしい。

 メローピーの兄モーフィンはマグルの家族を殺した罪でアズカバンに入っている。被害者のマグルはトム・リドルとその両親となっている。リドル家はゴーント家の近くに住むマグルで以前にもモーフィンとの間で問題が起こっていたらしい。

 おそらく帝王の父親とその両親で、殺したのは帝王、モーフィンは帝王により記憶を埋め込まれたのだろう。

 

 学校ではすべての教科が最優秀で、5年で監督生、7年で首席となり、人当たりが良く容姿が整っていることもあり熱狂的な信奉者が多かった。

 卒業後希望していた魔法省での職には就けず、ノクターン横丁の店で働いている。その後10年ほど放浪し行方は辿れない。戻ってきたあと、ホグワーツの『闇の魔術に対する防衛術』の教授の職を欲したがダンブルドアに拒否された。

 

 と、原作で知る彼の過去を大体調べてくれていた。叔父様すごく優秀。私は尊敬の眼差しで彼を見つめてしまった。

 

 幼い頃からの勉強でしっかり純血家の名に詳しくなっている私は、ゴーント家のことも知っていた。

 

「ゴーント家は没落してますがスリザリンから繋がる古い家系ですよね。現実的じゃありませんがカドマス・ペベレルの末裔だという文献すらあります。困窮していても手放していない家宝のひとつやふたつあったでしょうね。家紋付きの指輪とか。……あれ? スリザリンのロケットもゴーント家のものかも?」

 

「ふむ。可能性は高いな。すると彼の出自に関する分霊箱はスリザリンのロケットということになるか」

 

「スリザリンのロケットを手に入れたことで他の創設者の宝も集めようと考え付いたのかもしれませんね。

 それから、リドル家はマグルのようですから、そこの家宝を分霊箱に使うとは到底思えません。リドル家は候補から外してもいいんじゃないでしょうか」

 

 ゴーントの指輪に話を持っていきたいと考えつつ、情報を整理する。

 

「リドル家はその通りだと私も思う。ゴーント家の方は行ってみるべきだろうな。スリザリンのロケット以外にも何かあったかもしれん」

 

「あるいは、隠し場所としてゴーント家が使われているか、ですよね」

 

 早めに行ってみるか。という叔父様の呟きに、ぜひ私も連れていってくださいとお願いした。危険な事になるかもしれんと言われたけど、離れて見るだけだからと押し切る。叔母様にももちろんついて行きますと涼しい顔で言われ、ルシウス叔父様はため息をつきながら、私達の同行を許してくれた。

 

 

 

 

 

 叔父様、叔母様、私の三人でリトル・ハングルトンへ向かう。

 叔父様も初めて行く場所らしく、直接姿現わしで行けないため、叔父様の付き添い姿現わしで、そちら方面へ数回にわけて移動して連れていってもらった。

 

 

 着いたのは谷間にある小さな村だった。

 二つの小高い丘の谷間に埋もれた村はごく普通の田舎の村と言った風情の陰気な場所だった。奥に教会と墓地がある。あそこにトム・リドル・シニアの墓がある。3月にジャンプポイントを置いてきたところだ。

 谷の片方のてっぺんには古ぼけた屋敷が立っているのが見える。あれがおそらく「リドルの館」だ。ここから見上げてもずいぶん傷んでいることがわかる。屋根瓦がはがれて、蔦が絡み放題になっている。

 

 私の視線に気付いた叔父様が口を開いた。

 

「あのボロの館がリドルの住んでいた家らしい。ゴーント家は谷の向こうだと言うことだが……ああ、あちらのほうか」

 

 叔父様が村に入らず、手前の小道を下っていく。舗装されていない曲がりくねった細道を歩くとシシー叔母様が足元の悪さに眉を顰めた。

 やがて、木の茂みの奥にみすぼらしい小屋があるのが見えてきた。伸び放題の木々が日の光を遮り、人目からも隠れた小屋は荒れ放題だった。イラクサがそこら中にはびこり、先端が窓まで達している。窓は小さく、汚れがべっどりとこびりついている。玄関の戸には蛇の死骸が釘で打ち付けられていた。

 

 思わず眉を顰め、口元をローブの袖で覆う。陰惨な小屋から嫌な“気”が漂ってくるように感じた。叔父様達を見ると、お二人とも嫌悪の表情で小屋を見ていた。

 

「ここがゴーント家ですか。とてもじゃないですけど、入りたくありませんね」

 

「まったくだ」

 

「あなた。ここはとても不潔ですわね。それになんだか嫌な気配もありますわ」

 

 シシー叔母様の言葉を聞きながら“円”で小屋を調べる。うぞうぞと蠢くたくさんの生き物の気配がある。これはもしかしたら蛇か何かに守らせているのかも。毒蛇かな。毒の予防と、空気も汚そうだし、殺菌も必要かもしれない。入るのならいろいろ準備が必要だな。

 

 近づきたくないという表情を浮かべながら、叔父様はシシー叔母様と私を下がらせ、そろそろと近づくと戸に向かい杖を振るう。

 しばらくいくつかの魔法を試していたが、その後、肩をすくめてこちらを見た。

 

「一通りの魔法を試してみたが、扉が開きそうもない。何か入るための“鍵”があるのかもしれん」

 

「パスワードがいるのかもしれませんね。蛇が打ち付けられていますし、パーセルマウスでなくては入れないなんて可能性もあります」

 

 あからさまに蛇があるんだもの。パーセルタングで話しかける必要があるんだと思う。私なら開けられる。

 でもさ、叔父様と叔母様はヴォルデモートが半純血だと知って奴に嫌悪感を覚えたところなのだ。今私が彼の娘だと知られるのは非常にタイミングが悪い。

 

 それに彼らと一緒に戦うと、私は力のほとんどを使えない。縛りプレイすぎる。もともと今日はここを攻略するつもりなんてなかったのだ。場所を見て、“円”で調べただけで今は満足なのだ。この様子だと原作通りここに分霊箱があるのは確実だろう。

 

 

 私たちはいろいろ試し、小屋の窓を壊すことすらできないことを確かめると、今のままではここに入れないと結論づけた。

 これだけの備えをしているのだから、ここに分霊箱のひとつが隠されている事は確実だろうと叔父様も確信したようだ。シシー叔母様と私の意見も同様だった。

 

 今はまだ手が出せないけど、分霊箱の隠し場所の一つが見つかっただけでも僥倖なのだから、ここは後回しにして他のものも探そうと決め、私達はそこから姿を消した。

 

 

 

 私は11歳で魔法を練習しはじめて今は13歳になった。まだたった2年しか経っていない。魔法抵抗力もまだまだ発展途上だ。『ゴーントの指輪』を取りにいくには、もっと修行が必要だと思う。

 4年次の復活までに、私がどの程度力をつけられるか。

 

 まだ時間はある。焦ってはだめ。

 

 

 



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夏休み シリウス・ブラックの脱獄

 

 

1993年 8月

 

 日刊予言者新聞に、とうとうシリウス・ブラックが脱獄したニュースが掲載された。

 非常に危険な極悪人で、見つければすぐに闇祓いへ知らせること、と書いてある。

 

 一面に大きく載った写真の中のシリウス・ブラックは、やつれた顔にまとわりつくように、もつれた髪がぼうぼうと肘のあたりまで伸びている。暗い影のような目は世界のすべてを憎んでいるようだ。こちらに向いてなんども睨みつけては横を向くシリウス・ブラックの姿をじっと眺めた。

 

 わかっているのに脱獄させてごめんね、シリウス。

 

 

 

 同じ日、学校からの手紙が届いた。

 3年生からホグズミード村で週末を数回過ごせるようになる。その許可証に保護者のサインが必要らしい。あとでルシウス叔父様に頼もう。

 教科書リストを見て眉を顰める。魔法生物飼育学の教科書は原作通り『怪物的な怪物の本』だった。

 選択授業、取っちゃってるんだよなあ。魔法生物好きだもん。それにドラコのヒッポグリフの事件を起こさせないためにも、この授業を取る必要があるもの。

 

 

 

 

 

 ドラコとヴィンス、グレッグと待ち合わせて一緒に買い物に行くことにした。

 ダイアゴン横丁に行くと、シリウス・ブラックを警戒してか、闇祓いが何人もうろついていた。死喰い人の子供達である私達は、彼らに粘つく視線を寄せられてものすごく居心地が悪かった。しかもドラコと私にとっては叔父様だものね、シリウスって。

 でも私達は何も悪くない。堂々と前を向いて歩いてやった。

 

 制服のサイズを調整してもらった。私はまだそこまで伸びてないから手直しだけど、ドラコやヴィンス達は背がだいぶ伸びていて新しく仕立て直してもらっていた。

 羊皮紙やインクなどの消耗品も買いそろえた。これから選択科目も増えて、今まで以上に必要となることはわかっているから山ほど買った。ガラス瓶や薬品などもたくさん買い足した。

 

 次の目的地、本屋に着くと正面に大きな檻があった。ああ、『怪物的な怪物の本』だ。噛みつきあっている本を見てため息を漏らす。

 悲壮な顔つきで『怪物的な怪物の本』と格闘している店員がいた。私達を見て、何冊ですか? と問うてくる。4冊と答えると、分厚い手袋をはめた手をもう一度にぎにぎと動かして、気合いを入れなおすと噛みつこうとする本に手を伸ばした。

 

 『背表紙を撫でるといいらしいですよ』って原作知識を店員に教えてあげたいけど言えないから、彼が本と格闘する姿をただ見守る。サービスで本を縛るための紐もつけてくれた。その場でぐるぐると縛り上げ、そのままトランクにしまい込んだ。

 

 

 

 

 箒専門店で、私達はショーケースにべったり張り付いた。

 『炎の(いかずち)・ファイアボルト』だ。

 

「わあ、見ろ。わずか10秒で時速240kmまで加速だって」

 

「すごい! 見ろよあの気品ある形」

 

 箒の魅力に取りつかれた私達の目はもうファイアボルトに釘付けだった。だってほんとうに美しい。

 柄のしなやかな曲線に惚れ惚れとする。ああ、世界最速の箒。まさにプロ用、最先端のレース用箒だ。

 これはおそらく乗り手の腕も必要とされる。だって速度が違う。ある程度以上の技術を持ってないと、箒の性能に振り回されるだろう。ひたすらに速さを追求した箒。喩えるならF1などのレーシングカーか。

 

 まだ生産数が少なくて今は予約販売中らしい。

 ドラコが絶対父上にねだってやるって息巻いてた。

 

 私も当然欲しい。ええ。買いますとも。まあドラコが買ってもらえなければ私はこっそりガーデンだけで乗るけどね。

 あとで予約の手紙を店へ送ろう。

 

 

 

 

 

 ダイアゴン横丁からレストレンジ家へ帰ってから教科書の中身をざっと読んだけど、1年の時に全学年分買ったものと違う教科書になっているものもあって、やっぱり前にも買っておいてよかったと満足だった。

 

 魔法具店で買った古本は7年前のもので、今の本よりは詳しく書かれている。考察部分が多くてわかりやすい。呪文も多かった。うん。買ってよかった。

 魔法薬学の本は同じタイトルの3年生向けの本だけど、刷られた年数が違っていて、内容も若干数値が違っていたりする。どっちがあっているのか、確認してみなきゃ。

 

 『怪物的な怪物の本』は殺気を浴びせて上下関係をしっかり叩き込んでから背表紙を撫でると、すんなり大人しくなって開いた。

 内容は危険生物ばかりの図鑑で、ひとつひとつの生物についてかなり詳しく載っていた。詳細な絵はちゃんと動くし、鳴き声も再現してくれる。本としてはじゅうぶん面白いものだった。

 

 ちなみにバジリスクのオスメスの違いもしっかり描かれていた。雌雄はあるが、バジリスクは鶏の卵をヒキガエルが孵すことで生まれるため、バジリスク同士が番っても子が生まれることはない、だって。ふーん。

 

 面白くて良い本だった。

 でも私が目を離した瞬間小雪の指を嚙んだことは頂けない。もう一度たっぷり殺気を浴びせれば今度こそすっかり大人しくなった。

 これは1冊あればじゅうぶんかな。いや面白いからもう1冊くらいはあってもいいかも。

 

 

 

 

 今学年の教科書もちゃんと影が変装して小雪と一緒にダイアゴン横丁へ行って買い物してきた。選択してない『占い学』や他の選択教科の分もしっかり私の分も含めて4冊買っておいた。選択科目に必要な教材類も。『占い学』で使う水晶も買った。『怪物的な怪物の本』は1冊だけ追加で買った。

 

 他の買い物もしっかり済ませた。

 食料品やもろもろを買うとお金っていっぱいかかるのね。家族が多いからできるだけたくさん買っておきたいのだ。

 今でも数年は食べていけるだけの食料を備蓄しているけど、それでもいつガーデンに逃げ込む羽目になるかわからないのだ。準備するに越したことはない。傷む心配がない収納場所があるのは本当に便利だ。いくらでも買おうと思える。

 

 それから、ディメンターにチョコが有効だと知っているのに、準備しないなんてありえないよね。今期はきっと板チョコが山ほど必要になるだろう。

 マグル街、魔法界どちらの街でも、いろんなメーカーの板チョコを山ほど買い込んだ。

 余っても倉庫に入れていれば何年経っても変質しないんだし。

 

 

 

 

 そうそう。多重型トランクも買いました。今度は青色の皮革のものにした。

 ダイアルが9個ついていて、ダイアルごとに別の空間が開くようになっている。検知不可能拡大呪文で広げた空間が9個あるってこと。当然前のトランク同様、軽量、保護、防水、耐火、自動修復その他、様々な魔法が掛かっている。

 変装していても使う可能性があるため、名入れはしていない。

 たくさん入るのっていいよね。

 

 

 トランクなどの検知不可能拡大呪文を使った空間作りは、最初の大枠を作り上げて固定させる部分が一番難しいらしい。

 いくつかの別空間をこのトランクの枠内に固定し、ダイアルごとに別の空間に繋がるように設定、それぞれが別の空間に干渉しないよう明確に定義させる。

 

 ここまでが難しい部分で、その個別の空間を広げていくことは、制御がうまくなれば、いずれできるようになるらしい。もちろん努力次第だけどね。

 だからその練習用もあってさ。ダイアル式のものを使っていろいろ試してみようかなってね。

 

 いずれは自分でこんなすごいものをぜんぶ作り上げられるようになりたいと思うと、魔法の勉強にも力が入るってもんだよね。目標はトランクの中に広い大地を作ること。先は長い。

 

 

 ああ、それから、所有者の指定をできないタイプの巾着も数個購入した。誰でも使えるものも必要だなって感じたから。布地の巾着に検知不可能拡大呪文と軽量の呪文がかかっているだけのものだ。こんな巾着、いずれは自分でも作れるようになるのに……

 早くできるようになりたい。

 

 

 

 もうひとつ。

 温室用のトランクも注文している。

 広い空間に作業スペースといくつもの大きな温室を作ってもらう。温室は個別に温度・湿度・日照時間設定ができるようにしてもらって、給水・排水もしっかり処理できるように頼んだ。

 出来上がりが楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 夏はしっかり音楽レッスンに行ける唯一の季節。

 お辞儀様の事も大事だけど、私の地力をつけることももっと大事。

 

 今年もしっかりレッスンに通うつもり。前季からサクソフォンのレッスンも加えたから、私が公式に練習している楽器はピアノ、ヴァイオリン、サクソフォンとなっている。

 音楽のレッスンはそれぞれの先生の自宅へ伺って教えてもらってきた。サクソフォンの先生はこの夏は“漏れ鍋”に滞在しているということで、“漏れ鍋”でのレッスンだった。

 音楽レッスンでの経験は物凄く私のためになっている。

 

 やはり独学とは全然違う。

 もともと『超一流ミュージシャン』の才能のおかげで楽器に触れれば本能的に正しい演奏の仕方がわかる。はじめての楽器でも、数時間触ればどう演奏すればいいのかがわかるし、曲を奏でる時の『勘所』が本能的にわかる。楽譜を見れば弾ける。

 

 だけどさ。

 やはり芸術とは古くから培われた知識の集大成なのだ。その道のプロが基礎から教えてくれると、我流では届かない演奏の頂点を目指せる。

 今までの演奏に比べ俄然音に深みが出てきた。ほんのちょっとのコツが、驚くほど音が変わるきっかけになる。

 

 でもそれだけじゃ足りない。楽曲をたくさん知ることも目的の一つなのだ。

 『超一流ミュージシャン』の才能はゲームのスキルのように知らないはずの楽曲がいきなり頭の中に知識として現れるわけじゃない。私の音楽の知識は英里佳だった頃に知っているものとHUNTER×HUNTER時代に買い求めた楽譜やCDで知ったものだけだ。

 

 様々な曲を知らなくては。そのためにはたくさんの知識がいるのだ。

 私の『超一流ミュージシャン』の能力でオーラを乗せて演奏すれば、力になる。

 

 その上、楽曲を知っていると、曲自体が持つ力を利用させてもらえるのだ。

 曲には作曲した音楽家の力と想い、その曲を聞いた人達が感じた想い、たとえばドラマや映画で使った曲にはその物語への想いまで載せられていく。曲には、もうその調べだけでじゅうぶん“力”があるのだ。

 それを私がシルヴィアで演奏すれば、その“力”は増幅される。

 

 

 魔法族に伝わる曲で、『ディーガーの杖』という曲がある。先生にホグワーツに行っている間の課題として頂いた楽譜のひとつだ。

 勇壮な曲調で戦いの情景が浮かんでくるなあと思っていた曲で、これをシルヴィアでオーラを込めて奏でると闘争本能を刺激して力が湧く。攻撃力強化のようなバフ効果があるのだ。

 

 その『ディーガーの杖』の歴史を教わった。

 『ディーガー』は小さな砦で、そこが落ちれば奥にある生まれ故郷が滅ぶ。その砦を守って戦った魔法使い達を讃えて作った曲なのだそうだ。

 共に闘った何人もの魔法使いが死に、砦を守る者は徐々にその数を減らしていく。だが、こちらの攻撃はやまない。死に瀕したものが、仲間に魔力を与えて死んでいったから。

 

 守られる者達の祈り、守るべきものへの誓い。

 志半ばで死ぬ直前、己の命を削り、残される戦友へ託した願い。死に行く仲間から託された想い。

 肩を並べて戦う仲間への親しみ。敵への強い憎しみ。

 そのすべてが決して折れぬ強い力となる。

 

 その情景を知り、その想いを綴るように奏でれば、シルヴィアの奏でる曲の調べはより一層強まった。

 そう、曲の歴史を知れば、曲本来の持つ力をもシルヴィアの力にできるのだ。

 その強さはもはや呪曲だった。

 

 これこそが『超一流ミュージシャン』とシルヴィアの相乗効果だ。

 だからこそたくさんの楽曲を知るべきだし、その曲の背景も、その曲に含まれる“想い”も知らなくてはならない。

 

 曲の知識を増やすことは、私の力を増やすこと。それが私のシルヴィアの力を向上させる。

 音楽は喜びであり、私のシルヴィアの力の源でもある。私はレッスンの時間をいつも楽しみにしている。

 

 

 

 そうそう。

 ピアノの調律なんだけど、メリーさんがやってくれることになった。魔法で調律するやり方が魔術書に書かれていて、それを練習してくれたのだ。

 

 魔法を使ったとしても、調律には繊細な音の判断が必要なのだけど、『超一流アーティスト』は音楽にも秀でている。しっかり微妙な音のずれまで直してくれる。

 メリーさんの『超一流アーティスト』も本当に多才だ。

 

 久しぶりに美しい音階を奏でるようになった音楽堂のグランドピアノに熱狂しました。はい。

 

 

 

 

 

 

 8月の末になると、夏の間に注文した書籍や魔法具がどんどん届き、私はそれをすべてガーデンへしまっていく。

 古い教科書は確かに現在使っているものより高度で、説明も詳細だった。これからも見つけ次第送ってくれるらしい。楽しみだ。

 

 

 

 

 “木漏れ日の家”へ行き、ハンナと鏡で一度話した。

 

「ハーイ、エリカ。シリウス・ブラック脱獄したね」

 

「ハーイ、ハンナ。ほんとね、ダイアゴン横丁の闇祓いの多さにびっくりよ」

 

「去年は平和だったもんね。シリウスの無実は証明するって言ってたっけ?」

 

「そうよ。そのつもり」

 

「いいね。シリウスがちゃんと釈放されたらハリーも幸せだ」

 

 シリウスが脱獄するまで待ったのは理由がある。ディメンターだ。

 

 ハリーがディメンターに弱い事を今は誰も知らない。そのまま知らずに過ごせば、万が一ディメンターに襲われることになれば危険なことになりかねない。できればホグワーツという安全な場所でディメンターへの恐怖の克服と『守護霊の呪文』の習得までは済ませたい。

 

 ハリーのためだけじゃない。

 私も、守ってくれる先生方がいるホグワーツにいる間に、ディメンター戦をやっておきたいのだ。

 

 でも。シリウスの無実は確実にはらしてあげたい。

 ネズミがいなければ4年次の事件は起こらない。でも、別にそれでもかまわない。

 これは私のためでもある。レストレンジの私には後ろ盾が必要なんだもの。

 

 

 だからシリウスがやってきたらできるだけ早めに彼と仲良くなって、ルシウス叔父様に連絡。ネズミを捕まえて無実の証明をしてしまう。

 シリウスの精神状態を考えると一刻も早く無実を証明してあげたいと思うんだけどさ。ハリーの為を思ってもう少し頑張ってほしい。

 

「ええ。そのつもり。時期を見計らってこっそりネズミを捕まえて、ルシウス叔父様経由で魔法省へ連れていきたいの」

 

「ネズミはこっそり捕まえて、マルフォイさんに渡すってこと?」

 

「そうよ」

 

「なんだ、おおっぴらに捕まえるんだと思ってた。目撃者がいっぱいいるほうが、無罪の証言者が増えるじゃん」

 

「なるほど。スキャバーズがピーター・ペティグリューだと証言できる人がたくさんいれば、もしそのあとネズミに逃げられても、シリウスの無罪は証明できるってわけね」

 

「そう! 大広間でハリーの……ああ、今はまだ双子が持ってるのかな、ウィーズリーの双子に頼んで『忍びの地図』を見せてもらってさ、ネズミを掴んで持ち上げ、わざと大声で『あっれれ~~、おっかしいぞー。私と重なってピーター・ペティグリューって人がいるよ』とか言っちゃうとか」

 

「それどこのコナン君?」

 

「真実はいつもひとつ!」

 

 二人で笑いあう。

 ああ、いいなあ。こんなネタを言えるのは、やっぱ転生仲間だけだもんね。

 楽しい。

 

 あとごめん。地図は双子じゃなくて私が持ってる。内緒だけど。

 

「その提案はとっても魅力的ね。

 原作でもネズミは『動物もどき』バレしたあとでちゃっかり逃げ出してるものね。保険の意味もこめて、先にピーター・ペティグリューが生きているって皆に知らしめるのは、良い手だと思う」

 

「じゃあ……」

 

「でもねホームズ。その案には致命的な欠陥がある」

 

「なんやて工藤!」

 

「学校でピーター・ペティグリューを捕まえたら、この札を使えるのはダンブルドアになってしまう」

 

「あ、そうか。ダンブルドアの手柄になっちゃう?」

 

「そう。ダンブルドアは12年間もシリウス・ブラックをアズカバンに入れて知らん顔してたのよ。絶対わざとだわ」

 

「どうして? シリウス・ブラックが邪魔だった?」

 

「親権を持っている大人がいるとマグルの伯母の家に預けられないじゃない」

 

「あ、そっか。魔法界にいれば英雄だものね。煽てられて尊大な子に育っちゃうか」

 

「そういうこと。

 シリウスは傲慢で挫折を知らない若者だった。死喰い人はお辞儀様の下僕の集まりなの。上下関係がはっきりしてるやつ。彼のあの性格で、お辞儀様に絶対服従なんてできると思う?」

 

「おもわなーい」

 

「ダンブルドアがそれに気付かないはずがない。12年前に切り捨てた駒を、また棚ぼたで拾い上げるなんて許せないわ。それにシリウスは熱血馬鹿だから、助けてもらったらまたあっさりダンブルドアを信じちゃいそうでしょ。

 シリウス・ブラックがダンブルドア側につくと、ブラックの血筋の私の立場はもっと悪くなる。彼には、ダンブルドア陣営じゃなく、私達の側についてもらわなくては」

 

「納得。だからマルフォイさん経由なんだね」

 

「そう。でもハンナの提案『ピーター・ペティグリュー生存の目撃者がいっぱい』作戦はすごく有効な手段だわ。ルシウス叔父様にネズミを魔法省に連れていく時は、できるだけ人の多いところでやってって話しておくわね」

 

「わーい、褒められたあ」

 

「まあハリーの周りは大変そうだけど、ハンナもがんばってね」

 

「うぃうぃ、エリカ」

 

 

 

 

 

 



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3年-1 ホグワーツ特急のディメンター

 

 

1993年 9月

 

 3年次が始まる。『アズカバンの囚人』だ。

 ホグワーツ特急がキングス・クロス駅を出発してから、私はいつものみんなと歓談しながらも、実はずっと緊張していた。

 

 『守護霊の呪文』はできるようになった。だけどさ、ディメンターを前にして本当にこれができるのか。不安しかない。

 

「――つまり、アズカバンの看守がホグワーツにもやってくるってわけさ」

 

 ドラコがルシウス叔父様に聞いた注意事項をヴィンス達にも話していた。看守は家柄で忖度してくれない。一定以上の距離を保ち、傍に来られそうならすぐに先生に助けを呼ぶよう何度も注意されたのだ。

 

 ルシウス叔父様からは、シリウス・ブラックのこともドラコ共々注意を受けた。

 シリウスの12年前の事件の話も聞いた。彼がハリーを狙ってホグワーツへやってこようとしていることも。ハリーの両親の仇であることも。

 

 彼は死喰い人と言われているが、そういった集まりで見たことがない。帝王の臣下は数が多く、しかも内密な任務を負っている者もいたから、すべての配下を知っているわけではない。どういった立場のものかよくわからないから、じゅうぶん注意するように。できれば授業以外の外出は控えるほうが望ましい。と言う感じ。

 ルシウス叔父様でも死喰い人すべてのメンバーを知っているわけじゃなかったんだ。

 

 ヴィンス達もそれ以上の情報はないらしい。でも、ディメンターは生活圏にまで入ってくるわけじゃないらしく、私達は絶対にシリウス・ブラックやアズカバンの看守に近付かないようにすれば、普通の学生生活を暮らせそうだと話し合った。

 

 

 窓の外は荒涼とした風景が続いている。空は雲が厚く垂れ込んでどんよりとうす暗く、天気はどんどん下り坂になってくる。

 

 車内販売の魔女からジュースとお菓子をいくつか買い、ロニー(レストレンジ家)とベペリ(マルフォイ家)の心尽くしの料理を4人で食べた。

 

 ディメンターがやってくることを知っている私は『天候が悪くて暗いし、早めに着替えておかない?』とみんなを促し、交代で制服に着替えた。巾着にはたくさんのチョコ。よし、準備完了。あとは勇気だけだ。

 

 午後を過ぎてじゅうぶんお喋りにも飽いた頃には天候はさらにひどくなり、窓の外は酷い雨のせいで真っ暗になってきて、通路と荷物棚にランプが点った。

 すると、汽車が速度を落とし始めた。

 時計を見るとまだホグワーツへ到着するような時間ではない。

 

 コンパートメントから通路へ顔を出すとどのコンパートメントからも不思議そうな顔が突き出されていた。正面のコンパートメントにいるダフネ達とも首を傾げて顔を合わせる。

 

 と。

 ガクンと汽車が止まった。何の前触れもなく、明かりが一斉に消え、真っ暗になった。恐怖にひっと息を呑むみんなを宥めながら杖を構える。『ルーモス』で灯りを出すと、危ないから座席に座った方がいいと声をかけた。

 

 次の瞬間、ぞーっとするような冷気が襲ってきた。息のしかたを急に忘れてしまったみたいに喉が詰まり、寒気が皮膚の下へ潜り込んでいく。寒くて、怖くて、寂しくて、悲しくて、息が苦しい。

 『ルーモス』の灯りはいつの間にか消えていた。

 

「ドラコ、エリカ、無事か」

 

「俺の後ろへさがれ」

 

 震える声が暗闇の中に響いた。ヴィンス達だ。

 暗闇に慣れてきた私の目に、怯え切った表情で通路の向こうを見つめ、それでも私とドラコの前に立とうと震える足で立ち上がるヴィンスとグレッグが見えた。

 後ろ姿がかっこよかった。ぶるぶる震える足が情けないのにかっこいい。内面の男らしさにしびれた。この気構えに、私もちゃんと応えなきゃ。力が湧いてくる。

 

「ヴィンス、グレッグ。ありがとう。大丈夫、さがって。『エクスペクト・パトローナム!』」

 

 凍える身体を叱咤し、心の奥底から“幸せの記憶”を呼び覚ます。

 いける。だいじょうぶ。わたしはつよい。

 想いは力になった。

 杖先から銀白色の靄が飛び出す。それはあっという間に力強い翼を広げるワタリガラスの姿に変わり、私の傍にいる3人を宥めるように周囲を巡ってからコンパートメントを飛び出し、通路の先にいたディメンターを列車の出口に向けて追い払った。

 

 山ほど買い込んできた板チョコを取り出し、割りながら手渡す。今すぐここで食べてと強い口調で渡せば、みんな抵抗もなくすんなり口に入れ、そしてやっと安心できたのか、崩れ落ちるように座席に倒れ込んだ。

 

「あれ……あれは」

 

 びくびく震えながら、それでもカラ元気を引きずり出して声を上げたドラコに、私は答えた。

 

「あれがアズカバンの看守よ。ディメンター。まさか列車の中まで入ってくるだなんて。生徒の誰かが死んだらどうするつもりなのかしら」

 

「あ、あれがディメンターか。なんておぞましい」

 

「寒かったな」

 

「ああ、二度と幸せな気持ちにはなれないんじゃないかと思った」

 

 前のコンパートメントからダフネ達が泣きながらこちらへ入ってきた。ノットとザビニもやってきた。彼女達にもチョコを配りながら、周囲を窺う。ディメンターは列車から離れたようだ。“円”で調べるまでもなく、列車中が恐怖に震えていた。

 

「人の幸福や歓喜などの感情を感知し、それを吸い取って自身の糧とするんだって。幸せの気持ちを全部吸い取られたみたい。まだ身体が寒いわ」

 

 私がそう言うとみんな、なるほど、と深く納得の表情を浮かべた。

 

「ほんとね。2年前に死んだ猫ちゃんのことを思い出したわ。心がぎゅっと締め付けられて」

 

 ミリセントが震える声で言うと、パンジーも、

 

「わかるわ、ミリセント。私も死ぬんじゃないかって思った」

 

と、ミリセントに抱き付きながら泣きごとを言う。

 

「死に直面した人の方が恐怖は強いのかもね。あんなのがずっとホグワーツにいるだなんて」

 

「……さいあく」

 

 ダフネはちゃっかりドラコとぴったりよりそって座っている。ふたりは春頃からけっこういい感じなのだ。ああ青白いドラコの顔も少しだけ血が巡ってきた。

 私はもう一度みんなにチョコを配った。

 ヴィンスとグレッグにも「かっこよかったわ」と言いながら。ふたりは「エリカこそ」とぶっきらぼうに答えた。耳が赤かったから照れているんだろう。可愛い。

 

 狭いコンパートメントに私達はぎゅうぎゅうに詰め合って座った。ぴったりくっついている仲間達の体温が今はむしろ心地よかった。

 

 しばらくするとやっと列車にランプが点り、またホグワーツへ向けて動き出した。ほっとしたら、みんなの興味はアズカバンの看守と、私の放った魔法に向けられた。興味津々でパンジーとミリセントが問いかけてきた。

 

「エリカ、あれはなに? とっても美しくて、神秘的だったわ」

 

「カラスだったわよね? 羽ばたきするたび銀色に輝いて飛んでたわ」

 

「ワタリガラスよ。『守護霊の呪文』っていうの。難しい呪文だけど、素敵でしょう? すんごく練習したんだから」

 

 学校に着いたら練習したい、とみんなが瞳を輝かせる。

 闇の魔術を使うと守護霊が出せなくなるんだって。そう言うと、へえ、と驚きの表情を浮かべる。

 

 『守護霊の呪文』はとても難しい魔法で、光陣営にだって『守護霊の呪文』を使えない者がいる。一般人ならなおさら。

 だから闇の魔法使いだとか死喰い人予備軍とか言われている私達スリザリンが使えるときっとあいつら悔しがるわよ。

 なんなら、言ってやればいいのよ。私を闇だと主張するあなたは、当然できるんですよね? って。

 そう言えば、みな面白がってぜひ訓練したい、と訴えはじめた。

 

 じゃあ私のトランクかドラコのトランクで練習ね、と言うと、はーい、と良い子な返事が揃って返ってきた。スリザリン寮生、仲良すぎかよ。

 

 

 

 

 私が『守護霊の呪文』を出したことについてはあとで回ってきたルーピン先生が褒めてくれた。まだ始業前だから点数は上げられないけど素晴らしい守護霊だったよ、と褒められて嬉しかった。

 守護霊を出した生徒がレストレンジだなんてマジかよって先生の表情が言ってた。親は闇そのものですけど私は中庸なんです先生(でも善とは言えない)。

 

 

 途中でハリーが倒れたらしいという話が回ってきたけど、誰もハリーをバカにしなかった。私が『1歳で“例のあの人”と会ってるんだもの。ご両親も殺された。きっとその記憶が揺さぶられるのね』と言ったことと列車での恐怖を思い出したことで納得したからだろう。

 

 

 スリザリンってさ。上下関係に厳しいの。うちの学年だとドラコが一番。上級生にもマルフォイ家より上の家系がいないから、ドラコは寮の談話室でも一番の特等席にあるソファーを使っている。当然レストレンジでドラコの従姉弟である私も。ドラコの側近ヴィンスとグレッグもね。

 

 んで。原作ではドラコが率先してハリーとぶつかってた。ハリーに何かあれば小さなことでもあげつらって。そうするとスリザリンのメンバーも同じように反応するようになる。

 問題になってもマルフォイ家の意向に従っただけだって言えるし。上位者の意向におもねるのは貴族家の処世術でもあるわけ。

 

 『ロングボトムに手を出すな』という私の意向がスリザリン寮生に浸透しているのもそういう意味も、あるってことね。

 

 今のドラコはハリーの事をそこまで嫌っていないし、性格も紳士だから、そんな態度は示さない。スリザリン寮が原作よりマイルドなのは、ドラコと私が優等生だからそれに倣っているってのもあるんだよね。

 

 

 

 

 セストラルの曳く馬車に乗り、ホグワーツへ入る。スリザリン寮の私室に入ると帰ってきた、と実感する。

 3年の一年間が始まる。

 

 ディメンターの恐怖の中、『守護霊の呪文』が出せたことはすごく嬉しいことだった。あれはヴィンス達の勇気に助けられたな。

 っていうか、本気で怖かった。あれはね、肉体の強さなんて関係ない怖さだね。“さざなみ”と同じジャンルの“恐怖”。

 

 でも次からはもう大丈夫。自信もついたもの。いつディメンターがやってきてもちゃんと『守護霊の呪文』が出せると思う。

 

 

 今年の目標は、シリウスの無実を証明すること。

 ルシウス叔父様とシリウスを繋げること。

 このふたつはどちらも成せなくてはいけない。

 

 そうすれば原作とはずいぶん違った未来になる。

 頑張ろう。

 

 

 ハンナとは学校が始まってすぐに一度鏡で話した。二人の話題は「ディメンター、ぱねえな」だった。私はしっかり守護霊を出せたけど、ハンナは無理だったらしい。

 ハリーをフォローしながら自分も何かあれば守護霊を出せるように今年は頑張る、と強く言ってた。ハーマイオニーやロンも誘って練習するつもりらしい。

 

 頑張ってね、と応援しておいた。私は彼らのフォローは無理だもの。

 ハリーの傍にハンナがいることがとてもありがたい。

 

 シリウスの無実を知っているのにそのままにしている罪悪感がね、酷くてさ。H×Hの世界に生まれた最初の頃のように、主人公達のことを物語の中だ、とかキャラクターだ、とは思っていない。なのに、自分の願う未来のために、タイミングを計って黙っている。まるで駒のように動かしているようでね。

 

 私ってダンブルドアと変わらない。ううん。「大いなる善」という大義名分がないぶん、私の方が酷い。

 でもだからと言って誰かの不幸を願っているわけじゃないから。うん。……うん。

 

 

 

 

 

 ディメンターは入り口を固めているだけで、城内に入ってくることはない。

 だから生徒達はじきにこの生活にも慣れていった。

 

 ちなみに、“隠”+“絶”の影分身はディメンターを出し抜けるのか、試してきた。

 ディメンターは目がないらしいから“隠”は意味がないけど、生命力をすべて体内に隠し込む“絶”と、H×H時代ノヴさんモラウさんにビシバシ鍛えられた呼吸法、歩法はディメンターにも通用するんじゃないだろうか。

 

 ディメンターが守りを固める正面玄関にそっと近づくと、影に簡単に気付いたディメンターが寄ってきたためジャンプで逃げた。気配は消していても体温は消せないからかな? それにディメンターは人間の心から発せられる幸福・歓喜などの感情を感知している。やはり“絶”や閉心術では防げないのか。

 うん。影でディメンターの守りを抜くことはできない。理解しました。

 

 あと、教師の目の届かない(音に気付かれない)入り口を選んで、影分身が“ほむら”を奏でてみた。私に気付いて近寄ってきたディメンターが嫌がってのたうちながら離れた。すごい。“ほむら”勝利。でも演奏を始めても効果が現れるまで少なくとも数秒以上かかる。それまでに襲われそうでかなりギリギリだった。

 咄嗟の時には使えないな、というのが私の判断だ。

 

 ディメンター。

 とても恐ろしい生き物だと思う。まったく、先が思いやられる。

 

 

 

 



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3年-2 授業の始まり

 

 

1993年 9月

 

 3年次の授業が始まった。

 

 年々授業は難しくなっていく。呪文や杖さばきが複雑になっていくし、繊細な魔力制御も必要になる。私達(メリーさんと小雪)は自習でもっと先まで進んでいるけど、授業中に教授がしてくれる細かいコツやわかりにくいポイントの解説を聞くとすごく理解が進む。

 予習復習は必須だ。友人と課題を熟し、ガーデンでメリーさん達と一緒に練習する。日々が新しい発見に満ちていた。

 

 『必要の部屋』師匠でなくては対応できない訓練――閉心術、服従の呪文の抵抗以外はガーデンで訓練していて、メリーさんと小雪はもうガーデンでの練習が主流となっている。

 万が一『必要の部屋』にいる時に扉を開けられて、彼女達が見つかれば非常にまずいことになるもの。1年の時とは状況が違う。もうここにくる者も増えたからね。

 

 これまでにきっちり閉心術と服従の呪文の抵抗訓練をできて、本当に良かったと思う。守護霊の呪文ももうできるし、あとはメリーさん達はガーデン内で守護霊での伝言や、学校の授業内容と家事に流用できそうな魔法を覚えていけば、問題ないだろうと考えている。

 

 だから『必要の部屋』を利用するのはうちでは私だけになった。

 まだまだ覚えたいものは多い。ハンナの邪魔をしない程度にはばっちり利用させてもらおう。

 

 

 3年生にもなれば魔法にもずいぶん慣れた。そろそろ制御を失うこともないだろう。

 分霊箱を壊せる魔法、『悪霊の火』の練習を始めることにした。選択肢を増やすのも必要だよね。剣がなくても壊せるほうがいいもの。

 

 『必要の部屋』の、この、“痒い所に手が届く”感って、マジすごい。

 欲しいものをできるだけ正確に伝えると、希望に即した部屋を用意してくれるのだ。

 

 悪霊の火を使えるようになりたい。魔法制御を誤ることなく高威力の魔法を放つ訓練をしたい。安全に練習したい。という私の願いを忠実に叶えてくれた部屋は、まず魔法制御の練習から始めさせてくれた。これ、復習になってすごくわかりやすかった。思わずメリーさん達も呼び出して一緒に練習したくらい。

 

 そのあとは、制御を失った魔力を身体から切り離す練習が続く。

 そして、火を放つための別空間が用意されていて、そこに向かってひたすら撃つ練習。実践的で身につく訓練だ。さすが『必要の部屋』師匠。素晴らしい。

 

 『悪霊の火』は蛇やドラゴン、キメラなど生き物の形を取る。私の火は東洋風の龍っぽいんだけど、制御がうまくいかないとドラゴンやキメラの姿になって好き勝手に動き出す。めっちゃ怖い。制御を離れた炎が舐めるように周囲を業火で焼き尽くす。この恐ろしさよ。

 

 

 

 『必要の部屋』師匠には深夜枠で、影による『図書館の禁書庫の本を書き写す』仕事も進めている。数本の自動筆記羽ペンを動かして毎日頑張って進めてくれている。

 ちなみにどうして普通紙を使わないかと言うと、自動筆記ペンは羽ペンだから、普通紙では滑るしインクが乾くまでに滲んだり垂れたりしてしまうから。

 自動筆記ペンを自作できるようになれば、ボールペンで作るんだけどね。これもいずれ練習するつもり。

 

 

 それに魔法薬の練習も始めた。

 魔法薬の練習はたくさんの素材を使って、何度も作りたいのだけど、それは学校と言うシステムの中ではできないこと。

 んで、やっぱり頼りは『必要の部屋』師匠なのだ。

 

 この部屋って素材も出るのだ。

 残念ながら、持って部屋の外に出ると消えちゃうんだけど、ここでなら何でも練習できる。材料が希少で集めにくくなかなか作る練習のできないような難しい調薬でも、この部屋なら素材が出現して、素材の処置の仕方や鍋のかき回し方まで詳しく板書された黒板が現れて、それを見ながら練習ができちゃう。実に素晴らしい。

 

 ちなみに、作ったものを倉庫にしまうことはできたけど、他の場所で出したとたんに消えた。やっぱり無理だったか、残念。

 

 魔法薬はぜひとも持っていきたいものが多い。

 真実薬、ポリジュース薬、フェリックス・フェリシス、愛の妙薬、生ける屍の水薬、マンドレイク回復薬、ハナハッカ・エキスは絶対覚えていきたい。愛の妙薬の解毒剤もね。材料も多めに揃えたい。

 

 ジェイドがいるのだからマンドレイク回復薬は必須だし、真実薬やフェリックス・フェリシスはものすごく頼りになるだろう。生ける屍の水薬は生かしたまま眠りにつかせておきたい時に便利だろうし、ポリジュースは言わずもがなだ。

 

 そんな材料の手に入りにくい調薬を何度も練習して、エキスパートになるのだ。

 

 魔法薬はね、『真実薬』も怖いけど、それよりも『愛の妙薬』が怖い。手に入りやすいことと、みんなの罪悪感のなさがマジで怖い。

 

 原作3巻でさ、ウィーズリー夫人がハーマイオニーとジニーに、自分が娘のころに『愛の妙薬』を作った話をしていて、三人でくすくす笑っていたって書いてある。マグル生まれのハーマイオニーですら、付き合ってもいない相手に惚れ薬を飲ませるという犯罪まがいの話が、単なる恋バナ扱いだ。

 6巻でロンが間違って食べてしまったハリー宛のチョコの贈り主、ロミルダ・ベインは何のお咎めもなかった。

 

 『愛の妙薬』は持続時間が短い。1日から数日が基本なのだ。だからなのか何なのか、恋に恋する可愛らしい乙女心がなした事だと許されてしまうのだ。

 特にバレンタインやパーティーシーズンの手作りの品は絶対口にしてはいけないヤバさ。魔法界の倫理観、歪みすぎだと思う。

 

 効果が出てる間に『愛してる』とか『あなたがいないと駄目なの』とか『あなたって本当に素敵』って言うくらいならまだいいんだけど(絶対、許さないけどね)、相手の愛を求めるあまりに秘密を打ち明けたり、アイテムを差し出したりしたら目も当てられない。倉庫からアイテムを出したら『ログアウト』の能力で死んじゃうし。

 

 『真実薬』はまだ法律で一般人の使用を禁じられているけど、『愛の妙薬』は効果に比べて作成が容易いし、どこでも簡単に購入できる。悪戯感覚なため使用に関する敷居が低すぎる。

 

 『愛の妙薬』の解毒剤は常に携帯しておきたい。これは本人では対処できないため(飲むことを拒否するから)、ガーデンから小窓を通じて私の護衛をしている影が、私をガーデンに連れ込んで倉庫から解毒剤を取り出して飲ませることになると思う。

 ガーデンから影が出た時点で私のここでの生活も終わりになる可能性が高いけど、状況によってはそうせざるを得ないもの。

 友人達が気付いて解毒剤を飲ませてくれるか、医務室へ連れていってくれるのが一番ありがたいんだけど、私が一人の時に狙われるってこともある。ほんと怖い。

 

 

 

 魔法薬学と、薬草学。どちらもエキスパートでいるべきなんだけど、なんとかできないかなあ。なんならどちらかを小雪かメリーさんが手伝ってくれると嬉しいんだけど。

 

 

 

 

 「数占い学」はとても理論的な学問だった。

 過去の統計からしっかり『数』についての概念が明記されていて、占いの結果を知るために必要なものを数表に当てはめて、それをもとに複雑な計算をすることを求められる。

 

 今まで小学生の算数程度のことすらしなかったのに、いきなり複雑な計算を求められる。たくさん頭脳を使うことを強いられ、くたくたになったけど、とても達成感があるうえに、明確な結果が現れる。

 

 選択科目は人数が少ないため同学年の全寮の生徒が一緒に受ける。

 ダフネだけじゃなくて、ちょくちょく授業で一緒になって話せるようになった他寮の女子生徒とも一緒に学べて、楽しい時間だった。ハーマイオニーは私を警戒しているようだったけど。

 

 授業が終わって廊下に出たとたんにハーマイオニーの姿がかき消えた。

 『逆転時計』かあ。

 使ってみたい。どんなふうになるのか調べてみたい。ガーデンは同調するのかとか、知りたいよね。外で逆転時計を使ったらガーデンは私と同調するからきっとガーデンも一緒に過去に戻る。でもガーデンの中で使ったら、ガーデン、つまり亜空間だけが戻って、外は時間が戻らないなんて可能性だってある。試してみたい。

 あとジャンプポイントを上書きしてから5時間前に戻ったらどっちのポイントに飛ぶのか、とか。試してみたい。

 

 あとさ。

 私がせっかくやり遂げたことを数時間遡って止められるのが怖い。私には『逆転時計』を使われた後の記憶しか残っていないから何をされても気付けない。

 万が一ハーマイオニーが私の秘密を知ってから過去へ戻り、秘密を知る原因となったことを起こらないようにしてしまえば。

 私が知らないままハーマイオニーだけが私の秘密を知っていることになる。怖い。

 

 今年は本当に注意して生きよう。

 消えたハーマイオニーを目の当たりにして、あらためて強く認識した。

 

 

 

 

 ハグリッドの「魔法生物学」の授業は緊張して赴いた。絶対ドラコを怪我させたりしないから。

 奇しくもグリフィンドールとスリザリンの今学期初の合同授業がこれだった。

 

 ヒッポグリフは、美しかった。

 ハリーが乗せてもらって空を飛んで降りてきたあと、私も立候補して前に立った。ヒッポグリフに礼を尽くし、相手のお辞儀を待ってからそっと撫でさせてもらう。うわあふかふか。もっとかたい毛に見えたのに。

 

 ハリーと同じように乗せてもらって、空の散歩も楽しんだ。

 箒とも、毛玉に変化したラルクに乗るのとも、また違う感じ。獣自身が強いからか、とても安定感がある。彼の飛びたいように身を任せるとヒッポグリフは私の信頼に応え、気持ちよく飛んでくれた。箒とはまた違う楽しさだった。

 

 地上に降りたち、スリザリンのグループに戻った時、次に行こうとしているドラコに、「美しいけど獰猛な生き物よ、ふざけて馬鹿にしちゃだめよドラコ」と声をかけておく。「わかっているとも」と言いながら視線がヒッポグリフから離れない。ドラコも大型の美しい生き物が好きなのだ。孔雀もとても可愛がっているもんね。

 ちゃんとお辞儀を交わして嘴を嬉しそうに撫でるドラコが可愛い。

 満足してその日の授業を終えた。

 

 

 

 「古代ルーン文字学」は魔法具を作る時に使う文字で、HUNTER×HUNTER時代に習っていた神字に近いものがある。文字の形を覚え、意味を覚え、使い方を学ぶ。

 石や金属に自力で彫り込むため、細かく正確な作業も求められる。

 

 これを覚えればいろんな魔法具が作れるようになるかもと思うと先が楽しみでならない。神字は初級しか習えていないから、今度こそ頑張って習得したい。

 

 5年次の最終試験、OWL試験で一定以上の点数を取れば6年次からNEWTレベルのクラスに上がれる。その中に「錬金術」の授業もあるから、それが受講できるよう成績はちゃんと上位でいるつもり。

 きっと「古代ルーン文字学」と「錬金術」の技術と知識は私の糧になると思っている。1年の時にまとめて買った教科書は読んでみたけど今の私の知識ではさっぱりなのだ。もっといろいろ知りたい。

 

 

 

 

 「闇の魔術に対する防衛術」は原作通りリーマス・ルーピンだった。

 記念すべき最初の授業は、マネ妖怪。

 

「さあ、リディクラス」

 

 原作でもあったこの授業。

 当然、私もそのことは考えていた。つまり――私のマネ妖怪は何になるか。

 

 歴然とした力の差を感じたピトーか。

 あるいは私を拷問した男、クロロ=ルシルフルか。

 あるいは……ベラトリックス・レストレンジか。

 

 違う。

 

 私が恐れているのはガーデンとメリーさん達の存在が知られることだ。だから、マネ妖怪はメリーさん達の姿を取る可能性がある。メリーさんが捕まる。メリーさんが殺される。あるいは廃墟のようになったガーデンとか。そんな姿になるかもしれないのだ。

 つまりマネ妖怪の前に立つだけでメリーさん達の存在がバレてしまう。これは、絶対避けなくちゃいけない。

 なので、この日は記憶を抜いた影に授業を受けてもらっていた。

 

 

 

「次! かわって! ミス・レストレンジ」

 

 先生の声にハッとする。

 前の生徒を下がらせた先生が、私を前へ進ませる。

 

 急いで前へ歩いた。

 私の番だ。

 巨大なサソリからぬいぐるみになった姿が消え、もわっと姿が変わる。いったい何が出てくるか、想像もつかないまま私は身構えた。

 

 

 ――その姿は、ベラトリックスお母様だった。

 

 心臓をわし掴みされるような恐怖を感じた。

 

 

――ベラトリックス・レストレンジ。

 

 私が反旗を翻そうとしている人。

 私を愛してくれなかった人。

 

 こいつのせいで。

 

『人殺しの娘が』

『よく人前に出られるよな』

『きたねえなスリザリン』

『こいつも拷問好きに決まってる』

 

 この人の娘だったことで、どれだけあらぬ中傷をうけたことか。

 

「リディ……」

 

 杖を構える。絵本に出てきた『太っちょドーリー』みたいに太らせてやろう。きっと笑える。

 その時、ベラトリックスの姿が消え、ヴォルデモートに変わる。

 

 ヴォルデモートはドヤ顔で私を見下ろし、杖を突きだした。

 

『おまえをあいせるのはおれさまだけだ』

 

 誰にも聞こえてはいないけど、ヴォルデモートの口がそう言葉を紡ぐのが私にはわかる。

 

 意味が分からない。

 

 何故、お前なんかに愛されなくちゃいけないのだ。

 何故、お前なんかに私を否定されなくちゃいけないのだ。

 

 私の、何かが切れた。

 

「ふっ!」

 

 一瞬で飛び寄り、“力”を込めた足で蹴り上げる。

 ふわりと、ローブとスカートが翻った。

 すとんと着地すると同時に、ヴォルデモートだったマネ妖怪は弾けて死んだ。

 

 

 しん、と部屋が静まり返った。

 

 

「……えー。恐怖に打ち勝った勇気に。スリザリンに5点。ですが、次は杖を使ってくれると嬉しいかな。ミス・レストレンジ」

 

「……はい」

 

 高まりすぎた感情を、ゆっくりと息を吐くことで抑える。震える身体を必死で鎮めた。

 

 

 

 

 

 スリザリンの寮に戻ると、暖炉前のソファにどかりと座った。

 私の手に持っていた荷物を取り上げサイドテーブルに置いたり、しもべ妖精に紅茶の用意を頼んでくれたり、と、ドラコが甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 

「あれ、ベラ伯母上だよな」

 

「うん」

 

 この授業、最初はすごくいい授業だと思ったんだけど。スリザリンには酷な内容だったよね。

 ほんと、ヴォルデモートの姿を取った子がどれほど多かったことか。

 

 私なんてベラトリックス母様とヴォルデモートだもの。今でも心が重い。

 

 

 

「……はあ」

 

 深いため息をつく。気が付けば、他のソファからも同じような重たいため息がいくつも聞こえてきた。

 

「もし…………いや、ごめん」

 

 ヴィンスが言いかけ、すぐ謝った。

 

 彼が言おうとしたのはきっと、「もし、ヴォルデモートが復活したら」だ。

 

 私はレストレンジの両親を軽蔑していると公言している。

 もし、ヴォルデモートが復活したら。この中でどれくらいの子が私の敵になるんだろう。お互い、それを考えてしまう。

 

 せめて。今だけでも。

 仲のいい友人でいられたら。

 

 ほんと。そう願うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮の私室に戻った影をガーデンへ引き入れて記憶を戻し、顕現を解く。DADAの授業以降の記憶が頭に流れ込んだ。

 

 影の記憶を抜いて、情報を隠す方法がだんだん難しくなってきた。

 すべてを隠そうとすると頭の中の整合性が取れずにおかしくなってしまうのだ。

 

 入学の時はまだほとんど作業していなかった。せいぜいロケットとカップ、闇の魔法書を手に入れて分霊箱を壊そうとしているくらい。

 

 だけど、入学してからはけっこういろんなことをしている。ジェイドを眷属にしたし、『必要の部屋』師匠にいっぱいお世話になっていろんな修行をしたり、分霊箱を壊すために剣を買ったり、ルシウス叔父様を説得したり。

 

 そういった大きなこととそれに付随する細々なことをすべて記憶から抜こうとするとものすごく手間がかかるし、記憶が飛び飛びで、しかも、抜き漏れの記憶と過去の言動の意味が自分でもわからなくなってしまう。

 

 

 脳というものはとても良くできていて、おかしい部分、足りない部分は勝手に脳内補完してくれる。

 

 たとえば。

 

 被験者であることや、いろんなものを次の生に持ち越せることを記憶から抜いてしまうと、焦って修行していることや色々収集していることの理由付けがおかしくなる。

 

 →私は勉強が好きだし、もともと収集趣味がある。親との対立を考えて、それに備え、急いで溜め込んでいると脳内補完される。

 これはそれほどズレがないから、まあ問題ない。

 

 

 メリーさん達の記憶を抜くと、家族との結びつきがなくなり、孤独になる。慈しまれ愛され慣れた精神が、心のよりどころを失って不安にかられてしまう。

 

 →愛された記憶が、メリーさん達からマルフォイ家やブラック家との記憶に変換される。

 

 

 『守護霊の呪文』を練習して習得した。

 

 →原作知識で3年次ホグワーツ特急でディメンターが襲ってくる未来を知っていたからこそ習得を急いだのに、その理由が脳内にないため、何故この魔法を2年次で練習したのかの理由付けとして、単なる知的好奇心と、死喰い人の娘と言う周囲の評価に対する対抗心のためと脳内補完された。

 

 

 こんな感じ。

 

 今回も、私の恐怖のもとである事象や秘密――メリーさん達や、転生で培った技術や能力、ヴォルデモートの娘であることを知られることなど――を記憶から抜いてしまうと、恐怖の対象は母親ベラトリックスになり、そしてヴォルデモートとなった。

 記憶のない私にとってはベラトリックスは恐怖の対象になるのだ。

 

 おそらくベラトリックスとヴォルデモートの間にできた娘だという情報を知られたくないという私の想いというか、ベラトリックスへの苦手意識が残っていて、だからああいう姿で現れたのだと思う。影自身は帝王の娘だと知らないのだけど。

 

 授業を受けた私(影)が、自分がヴォルデモートの娘であるとは知らないから、たんに帝王とその側近として母親が出てきたと私(影)自身が信じたし、おそらく、見ていたみんなも不審に思わなかったと思う。

 ヴォルデモートが父親だから恐れているだなんて、誰にも気付かれなかった、と思いたい。

 

 

 はあ。

 マネ妖怪も、私にとっての鬼門だった。

 

 マネ妖怪って結構どこにでもいる生物だ。いつどこで会うかわからない。

 実際に何に変わるか、早めにちゃんと確かめておきたい。

 

 記憶を抜かないままマネ妖怪に対処する方法と、周囲への説明を何とか考えなくては。

 パンダのぬいぐるみを作って部屋に飾るとかどうだろう?

 

 

 

 何というか……この世界ってヤバいものが多すぎる。

 

 

 

 



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3年-3 マネ妖怪と恐怖

 

1993年 10月

 

 翌日の夕食後、『必要の部屋』師匠に頼んでマネ妖怪を出してもらった。

 恐怖の対象を見てパニックにならないよう、念のためメリーさんと小雪に一緒にいてもらう。

 

 影? 影も私なのだ。同じものが恐怖の対象なのだから、一緒にパニックになるだけだもの、頼りにはならない。周囲の警戒のため数人出しているけど、マネ妖怪の方を見ないようにスタンバイしている。

 

 

 部屋には大きなキャビネットが設置されている。中にマネ妖怪がいるらしく、先ほどからガタガタと揺れているのがわかる。

 

 ちょっとすでに怖い。自分が恐れているものを知るのって、ドキドキするよね。

 

 予想していたような『怪我をしたメリーさん』や『メリーさんの死体』なんか出てきたら号泣しつつ激昂しそう。

 

 

 ……すぅー、はぁ。

 

 深呼吸して、杖を構え、静かに前へと進んだ。

 ガタガタと揺れていたキャビネットの動きが一層激しくなり、大きく揺れると、バタン! と大きな音をさせて扉が開いた。

 

 黒い煙のようなものがでてきて――

 

 

 その姿は……

 

 

 

 ふっと消えてしまった。

 

 

 

 

 ……何も、ない。

 

 

 

 

 

 どくん、と心臓が激しく打つ。

 息ができなくて、あえぐように口を開く。喉の奥に大きな塊があるみたいに、うまく吸うことも吐くこともできない。

 

 

 

 

 何もない。

 

 

 何も見えない。

 

 

 

 私には感知できない。

 

 

 

 

 こわい。

 

 

 ガタガタ震えていると、小雪が私の腕をひっぱって下がらせてくれた。メリーさんが抱きしめてくれる。後ろに下がるとマネ妖怪はまたキャビネットに戻ったのか、ぱたりと扉がしまった。

 

「あ、ありがと。小雪、メリーさん」

 

「大丈夫? マスター」

 

「うん……なんとか、ね」

 

 メリーさんの柔らかな毛皮に顔を埋めて、恐怖を心から追い出そうと努力する。

 

 ……ふう。

 

 まいった。これが、私の「恐ろしいもの」なのか。

 

 

 

 

 うん。そうだ。

 私が怖いのは、『何もない』だ。

 

 

 怖いものがないんじゃないよ?

 

 ガーデンやメリーさん達を失うこと。何もなくなってしまうこと。

 これが怖い。

 

 それともうひとつ。

 私の感知できない能力が怖い。

 

 

 “念”は念能力者でなくては見えない。それって他の世界に行った時に途轍もないアドバンテージを持つ。

 私は最初の世界でそれを手に入れた。とても、幸運だったと思う。

 

 でもね。

 他にも、その能力者でなくては感知できない能力ってあるんだよね。

 

 たとえばスタンドとか。

 あれなんて、それぞれの能力者がみな違うトンデモ能力を持っていて、しかもスタンド使いにしかスタンドが見えないわけだ。

 もし、どこかの世界で出会った被験者がスタンド使いで、そして、私と敵対していたら。そのスタンドで攻撃されれば私はどうやって対処すればいいのか。

 

 万が一、そのスタンドが相手の能力を奪ったり、壊したりできるような能力だったら。

 私のガーデンを壊されたら?

 念能力を奪われたら?

 

 その時、私の家族達はどうなるのか。

 

 

 

 小窓が開けない。

 ガーデンが存在しない。

 

 

 そんなことになったらと思うと、めちゃくちゃ怖い。

 『怪我をしたメリーさんの姿』よりも、もっともっと怖い。

 

 

 

 

 

 怖さにがくがく震えてしまい、落ち着くまでにずいぶんと時間がかかった。

 その間、メリーさんはずっと私を抱きしめて頭を撫でてくれたし、小雪は私の両手を握ってじっと「大丈夫、大丈夫」と囁いてくれた。

 彼女達がいてくれてほんとによかった。

 

 

 

 ――『自分の恐れているもの』として『見えないナニカ』が出てきた。

 

 その事実に驚愕し、深い恐怖を感じた。

 自分の恐怖の対象を見せつけられて、一瞬パニックになるくらい恐ろしかった。

 

 

 でも。

 

 もう大丈夫。

 落ち着いて考えると、『見えない』マネ妖怪自体は怖くもなんともない。

 

 マネ妖怪に今後出会ったとしても、『見えないナニカ』に変わるのであれば問題ない。

 『見えない』ものに大切なものを奪われることが怖かっただけで、変身した透明なマネ妖怪には攻撃力も何もないのだ。

 

 これは、実のところ、とても都合のいい『恐怖』だよね。

 メリーさんのような、あからさまにこの世界にいないモノの死体や瀕死の状態を見られるほうが、ずっと説明に困る。

 そう考えると、自分が恐れているモノを知れた事も、恐れていたモノが私の秘密がバレるきっかけにならないモノであることも、私にとってはとてもありがたい。

 

 

 さて。

 マネ妖怪に対峙した時、どうすればいいのか。

 マネ妖怪自体は弱いイキモノだから、恐怖の対象から恐怖を取り除いて、しかるのちに攻撃して斃せばいい。

 

 『見えない』モノをどう面白くさせて……あ、面白くさせなくてもいいのか。

 普通なら怖くて動けなくなったり我を忘れてしまったりしてしまうから攻撃できない。

 でも私は、怖いけど、怖くない。

 変な言い方だけど、『見えないナニカ』は怖いけど、マネ妖怪が変身した『見えないナニカ』は怖くもなんともないのだ。

 ルーピン先生の『満月』と一緒だよね。『満月の夜』に狼に変身して自我を失ったり誰かを傷つけたりすることが怖いだけで、マネ妖怪に満月の姿をとられてもイラっとするだけで怖くはないんじゃないかな。冷静に対処できる。

 ディメンターや蜘蛛やミイラ、切断されてもうごめく手首など、存在自体が怖いものじゃなくて良かったと思う。

 

 “円”で調べれば見えてなくてもどこにいるかわかるから、あとはコンフリンゴ程度で斃せるよね。

 

 ああ、人前でマネ妖怪が透明になった時に何と言えばいいか。

 

 

 ……透明人間が怖いとかはどうかな? 魔法界的に考えて、『透明マントを着た賊』とか『目くらまし術で姿を隠した賊』に襲われることが怖い、とか。

 嫌われ者のレストレンジだもの、敵が多いのだから納得できるんじゃないだろうか。

 

 “姿を隠したヒト”を怖がっているとミスリードするには人型になってもらったほうがいい。

 

 ペンキはどうかな? 頭からペンキが落ちてきて、ばしゃんとかかって人の姿っぽく見えるってのはわかりやすいんじゃないか。

 マネ妖怪への対処は“面白くする想像力”。私がそう想像すれば、マネ妖怪の『見えないナニカ』はペンキまみれの人になるはず。

 

 面白いかと言われると面白くはないよね。「リディクラス」で馬鹿々々しい姿にしなきゃなんだから……ドリフのコントみたいに金ダライでも落としてみようか。

 

 

 

 ……と言うことで。

 しっかり対応を考えて、もう一度、マネ妖怪に向き合う。

 

 もう怖くはない。落ち着いて息を整えて、杖を構え、静かに前へと進んだ。

 

 ガタガタと揺れていたキャビネットの動きが一層激しくなり、大きく揺れると、バタン! と大きな音をさせて扉が開いた。

 

 黒い煙のようなものがでてきて、先ほどと同じように『見えないナニカ』に変わった。

 大丈夫。知っていれば対処はできる。杖を構えて。

 しっかりイメージを固めて呪文を唱える。

 

「リディクラス」

 

 正面にいる透明なモノに上から白いペンキが落ちてきてばしゃんと白いヒト型を取った。ついでにその上から金ダライが落ちてきて頭に当たってポコンとバカっぽい音をさせる。

 とても情けない姿だ。

 

 戸惑ったマネ妖怪はキャビネットに逃げ込んだ。ばたりと扉が閉まる。

 

 うん。これでいい。

 マネ妖怪、クリアできそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ――私の恐れているものは『見えないナニカ』。

 

 私が感知できない攻撃を受けて、能力を失う。

 考えれば考えるほど、恐怖に囚われてしまう。

 

 

 見えない攻撃にどう対処するか。

 対処なんて、やりようがないよね。

 

 どんな被験者がいるかわからないのだ。

 ハンナみたいな良い子ばかりなわけはない。

 自分の優位性を保つため、他の被験者の存在が許せないと考える人もいるだろう。もしそんなタイプの人が念能力やスタンドのような、その能力者以外に感知できないタイプの能力を持っていたら。

 

 攻撃されれば『やられるまえにやる』で一撃必殺。殺すしかない。

 あるいは、さっさと逃げるか、逃げきれないと思えば速攻『ログアウト』か。

 

 ……怖いなあ。

 

 

 

 

 

 週末、ハンナと鏡で話した。

 「マネ妖怪、何になった?」って。

 私は母親とお辞儀様だったわ、なんて話を向けると、ハンナはため息交じりに首を振りながら答えた。

 

「そんなの、医務室に行って寝てすごしたよ。ちょうどアレの日だったから、重くって辛いって言ったら休ませてくれた」

 

 やすむ?

 

 ……はっ、休む!

 

 盲点だった。

 そうだ。受けると危ない授業は仮病でパスすればいいんだった。やべぇ、素で忘れてた。ここって学校だ。授業をサボるのもアリだった。

 

 『貰える知識と技術はなんとしてもモノにするぜ』の方針で生きてきたから、仮病を使って授業を休むなんて、マジで欠片も思い浮かばなかった。

 

「なるほど。仮病でマネ妖怪を回避したのね。すごいわハンナ。素晴らしく賢い選択だったわ」

 

「うん。だって……だって私、絶対脳みそになるもん! 脳みそコワイ。うねうね脳みそ。絶対みんなに変に思われちゃうもん」

 

 ああ、そっか。

 

 被験者であること、能力持ち越し転生、この世界が物語であること、それから、お互いにすら秘密の“最重要秘匿情報(固有スキルや所有能力)”は、『知られれば神秘部に捕まり、モルモットにされたあげく脳みそとなって永久保存される』かもしれない。

 絶対なってほしくない最悪の未来として、下手を打てばそんな事態もありえると最初に脅かしたっけ。

 

 原作で読んだ『触手をうねうねと動かす脳みそ』は確かにインパクトが強くて、もしかしたら私達もああなってしまうかも、と考えるだけでおぞ気を感じると共に、より一層気を付けようと思えた。

 ハンナも「脳みそのことを思い返すたびに気を付けようって思う」ってあれから慎重になったし。戒めとしていいことだった。

 

 ……と思ってたんだけどね。

 

 それを恐れるあまり、ハンナは自分のマネ妖怪が触手脳みそになりそうだと考えたんだろう。

 でも、ハンナのマネ妖怪があの触手付きの脳みそになることも問題だよね。

 

 ちゃんと対処してくれてよかった、ほんと。

 ふぅ。素晴らしい危険回避だ。

 

「ハンナ。『必要の部屋』でマネ妖怪が本当に何になるかちゃんと調べた方がいいわよ。対処方法も考えなきゃ。マネ妖怪ってどこにでもいるから。どこかでいきなり触手脳みそが出てきても対処できるようにならなきゃ。

 それに、神秘部の脳みその存在をハンナが知っていることの方がずっとずっと危険だし」

 

「あー、うん。そうだよね。神秘部って極秘情報の塊だった」

 

「安易に脳みそのことなんて話題に出した私が悪かったわ。ごめんなさい」

 

「私こそ。マネ妖怪のことを思い出してしみじみ思った」

 

「何か他の恐怖の対象を見つけるのもいいかも」

 

「どうかなあ。ホグワーツ特急に乗り込んできたディメンターはすっごく怖かったから、もしかしたら脳みそじゃなくてディメンターになるかも」

 

「ディメンターなら問題ないんだけどね。でもそう都合よく怖いものが変わるわけじゃないものね」

 

「『必要の部屋』で調べてみる」

 

「そうしてみて」

 

 私だって最初はメリーさんの死体になるかと思っていた。でも実際は『見えないナニカ』だった。

 ハンナの恐怖が何か、私にはどうしようもないけど、なんとか対処方法と、誰かに見られた時にどうするかも考えなくてはいけない。

 

 でももし脳みそじゃなかったとしても、もしかしたら前世の死の原因かもしれない。それもとても説明に困る情報だよね。

 

 

 マジでこの世界、怖いね、としみじみ語り合ってしまった。

 

 

 

 

 



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3年-4 ハロウィンの事件

 

 

1993年 10月

 

 授業に慣れた頃、寮のドラコの部屋に行き、みんなと一緒にトランクに入って『守護霊の呪文』を練習することになった。

 参加者はホグワーツ特急でディメンター襲撃のあとコンパートメントで一緒に過ごしたメンバー。私とドラコ、ヴィンス、グレッグ、ダフネ、パンジー、ミリセント、ノット、ザビニ。

 

 レストレンジ、マルフォイ、クラッブ、ゴイル、ノット。私を含め9人中5人が死喰い人の子供だ。

 『闇の魔術を使うと守護霊は使えなくなる』と言っているのにこの練習をしようと考えるのだから、彼らの親は今まで闇の魔法使いになるような英才教育は施していなかったってことだろう。

 

 ああ、彼らに『闇の魔術を使うと守護霊は使えなくなる』と言ったのは、できるだけ彼らには闇の魔術を使ってほしくないから。

 実際のところ、そこまで厳しいものじゃない。人殺しや、悪辣な魔法を使い続けると魂が濁っていくのだ。そうすると守護霊が弱まっていく。

 

 だけど、実際にはたくさん人を殺しているであろう闇祓いにも守護霊が出せる者はいるし、あの、ピンクガマガエル・ドローレス・アンブリッジが7巻で猫の守護霊を出している。

 本人の認識で、自己の良心が咎める行為をしていなければ守護霊は出せちゃうのだ。

 

 闇の魔術というよりは人を殺したり、悪意を持って魔法を使ったりすることで、自分自身が悪い事をしていると内心感じれば、少しずつ守護霊の力が弱まっていく。

 そのため、守護霊が出せるというだけである程度の善性を持つ人物だという評価が得られるのだ。

 

 だから信念をもって人殺しをしている闇祓いや、確固たる意思を持ってダブルスパイをしているスネイプ、選民思想が行き過ぎて人を虐げることになんら痛痒を感じないガマガエルなど、守護霊が使えるものもいる。

 

 だけど、ここにいるメンバーは違う。選民思想はあるけど、かなり真っ当な良識を持っている彼らは、おそらく死喰い人になったり、誰かを傷つける魔法を使うだけできっと罪悪感を覚えて守護霊なんて出せなくなる。

 だから、彼らには『闇の魔術を使うと守護霊は使えなくなる』と説明しているのだ。

 是非ともこのままの彼らでいてほしい。

 

 

 私? 私はおそらく管理者サマや担当者サマに魂を守ってもらっているから。

 前世で殺人経験を持つ私は、それでもちゃんと守護霊が出せる。

 あとはこの世界で闇に堕ちすぎてせっかくの守護霊の威力が弱まらないよう、しっかり自分を律していきたい。

 罪悪感を感じる相手は害さない。今後の世界でもそのスタンスは守っていきたい。そう考えている。

 

 

 

 

 さて。

 記念すべき第一回目の勉強会は、呪文と、幸せの記憶をどう思い浮かべるかという説明を済ませ、杖先から銀色のなにかをカシュカシュと吹き出すだけで終わってしまった。

 

 これから毎週しようねとパンジーが一番乗り気になっている。銀白色に輝く守護霊の美しさにノックアウトされたらしかった。

 

 

 

 

 

 

 私自身も、時間を盗んでは『必要の部屋』師匠のお世話になっている。

 

 魔法薬の練習は簡単なものから徐々に進めている。『ハナハッカ・エキス』はじゅうぶん効果のあるものができるようになった。

 あと、思いついたんだけど。

 毎回子供の頃に買い物や外出で苦労するから『老け薬』も持っていけば便利かもしれない。これも練習と素材集めの一覧に加えておこう。

 

 『愛の妙薬』は成功するけどまだ効果が低い。あ、念のため言うけど、片思いした相手に使ったりはしないよ。『真実薬』がなくなった時の代用品に使えるから用意しているだけ。『真実薬』は入手が難しいし、素材を集めるのも難しいし、作るのも難しい。スネイプ先生の作ったものが欲しいです。

 『真実薬』の解毒剤はないって教わったけど、原作6巻で、スラグホーン先生は常に携帯しているって書いてあった。魔法薬の権威だものね。そりゃあ自分用は作るか。できればそれも欲しい。

 

 

 と、まあ、あれもこれもやりたいことが多いのだけど、そろそろ覚えたいものがあるのだ。

 

 『守護霊の呪文』ができるようになって、動物もどきを習得できれば自分が変化するであろう生き物にアタリがついた。

 私はワタリガラスになれる。おそらくね。

 

 動物もどきの練習がしたい。

 ワタリガラスになれたら、自分の力で空が飛べる。なんて素敵なんだろう。

 

 これって習得できるまで何年もかかる難しい技術なのだ。しかも、失敗するとすごく大変な呪文。身体の一部だけが動物になって戻らなくなったらって思うと恐ろしすぎるよね。

 でも『必要の部屋』師匠ならなんとかしてくれるかも。

 すがる思いで8階の廊下を往復した。

 

「誰にも気付かれず動物もどきが練習できる場所が必要です。誰にも気付かれず動物もどきが練習できる場所が必要です。誰にも気付かれず動物もどきが練習できる場所が必要です……」

 

 やった。扉が出現した。

 

 そっと中を覗くと、広々とした空間。そこにはテーブルとソファ、書籍類が数冊入った本棚があるだけ。

 訓練できるものはない。

 

 ……もしかして、ここにある書物を完璧に理解できなくちゃ先へは進めない、という師匠の意思表示なんだろうか。

 

 うん。頑張ってみよう。

 まずはこの数冊の本の中身を理解するところから、かな。ううう。先は長い。

 

 しっかり勉強するぜ。

 

 

 

 

 

 

 

1993年 10月31日 ハロウィン

 

 原作では、毎年ハロウィンに何某かの事件が起きる。今年は脱獄犯シリウス・ブラックがグリフィンドールの寮に押し入ろうとした事件があった日だ。

 

 

 私達はホグズミードでの休日を楽しめた日だった。ちなみに、私のサインはルシウス叔父様だ。私の後見だものね。

 ダフネやパンジー、ミリセントと一緒に、いろんな店を見て回る。消耗品を買い足したり、洋服店でお揃いのデザインで柄違いのワンピースナイトドレスを買ったり。女の子の友達同士でお揃いの服を買うなんてとっても乙女っぽくて可愛いよね。これでパジャマパーティをしようと盛り上がる。

 

 ハニーデュークスではお菓子を買いあさった。

 高級板チョコがあったからまたごっそり買い足したり。ダフネ達もディメンター対策として購入していた。他にも美味しそうなお菓子は軒並み買った。

 大きな炭酸入りキャンディは舐めている間、地上から数センチ浮き上がる。これって面白いよね。『目立ちたくないけど地面から少しだけ浮いておきたい』なんてシチュエーション、どこかでありそう。買っておかなきゃ。

 

 ダービッシュ・アンド・バングズ魔法用具店にはいろんな魔法具があった。面白くていくつか買っておく。

 『叫びの屋敷』を見て、ここがあの場所かと聖地巡礼の気分にもなった。ああ、もしかしてもうシリウス・ブラックが潜伏しているんだろうか。“円”で見ても今は無人のようだった。まだ違う場所で隠れているのか、それとももうホグワーツに忍び込んでいるのか。

 

 

 夕方までホグズミードでの休日を満喫して帰ってきた。そのうえ、今日はハロウィン。夕食は豪華なパーティだ。うきうきと友人達と騒がしく語らいあいながら過ごす。

 

 学校の周囲をディメンターにぐるりと囲まれた生活だろうと、こういった平穏な休日も必要だよね。久々にとても穏やかで楽しい一日だった。――寮に戻ったところで大広間に戻るよう言い渡されるまでは。

 

 シリウス・ブラックがグリフィンドール寮を襲撃したため、今夜はここ、大広間で寝袋に入って寝るように指示される。ドキドキとワクワクが入り混じった囁き声がそこかしこで聞こえる。

 恐怖を滲ませた囁き声があれば、なぞ解きを楽しむ声もある。

 

「楽しい休日の最後はみんなそろって寝袋で雑魚寝だなんて、かえって洒落てて楽しいわね」

 

 私がそう言うと、周りのスリザリン達がくすくすと笑った。

 

「君はいつも肝が据わりすぎている」

 

 ドラコの呆れたような声に、「エリカだもんな」「エリカだものね」って声が続く。

 

「まあでも、こんなことがなければ並んで眠るなんてありえない。状況を楽しむのもいいな」

 

 ドラコが言い、みんなが同意の声をあげた。貴族家のお坊ちゃまお姫様にとって雑魚寝なんて初めての経験なのだ。

 グリフィンドール寮ではきっと不安に苛まれている者が多いんだろうけど、やっぱりスリザリン寮は他人事で、休日の最後を飾るアトラクションでしかなかった。

 

 ……そろそろシリウスと接触したいのだけど、今終えたらシリウスの脱獄を待った意味がない。原作でハリーが『守護霊の呪文』を練習しはじめるのは年明けからだ。もうしばらくは我慢しよう。

 

 

 

 

 

1993年 11月

 

 週に一度のスリザリン寮『守護霊の呪文』練習会は続いている。スカッと銀色の煙を出しながらいろいろ幸せについて考えているみんなを煽て応援して一緒に少しずつ進んでいくのは楽しい。

 

 まだまだ誰も形にならないのに、受講者8人の誰もリタイアしないのは、この時間が思った以上に仲間内の関係を親密にしているからかもしれない。

 どんな記憶がどれくらい力があるか、なんて話し合うと、それぞれの思いに触れることができて、表面上の付き合いだけでは分かり合えないくらいに互いのことに理解が深まるのだ。

 

 今まで女性陣とはファミリーネームで呼び合っていたノットとザビニも、セオ、ブレーズと呼べるようになった。

 

 彼らは今日もまた銀の煙を杖から出して、頑張っている。

 

 

 

 

 

 

 グリフィンドールとスリザリンのクィディッチ戦が行われる。

 原作ではドラコがヒッポグリフに怪我をさせられたことを理由に試合の対戦順を変更させていたけど、怪我などなかった現実では、予定通りのグリフィンドール対スリザリン戦だ。

 

 天候はとても悪く、もはや嵐としか言いようがないありさまだった。

 

 いつものように仲の悪い応援席と、いつものようにラフプレイの多いスリザリンチームの中、ハリーとドラコのシーカー対決だけが、異様に正々堂々としていた。お互い相手を挑発することもなく、ただスニッチを探して上空を飛ぶ二人。

 

 やがて耳をつんざく雷鳴に観客席から悲鳴があがったその時、ハリーとドラコが、ほぼ同時にスピードを上げた。スニッチを見つけたのだ。彼らはスニッチを追ってピッチを縦横無尽に飛びまわる。

 観客席の興奮が最高潮に達した時、みんなの強い想いに誘われたディメンターがピッチへと入り込んできた。暴風雨の中、凍えるほどの“恐怖”そのものが、近づいてくる。

 

 次の瞬間、いろんなことが同時に起きた。

 スニッチを追いかけていたハリーがふらりと上体を揺らし、そのまま地面へ落ちていく。

 ハリーの様子に気付かず、一気にスピードをあげたドラコがスニッチを捕まえた。

 怒りに満ちたダンブルドアがピッチへ駆け込み、20メートルの高さから落ちるハリーを魔法で安全に下ろすと守護霊を飛ばしてディメンターを追い払った。

 

 どよめきに包まれる競技場を、ダンブルドアが付き添ったハリーの乗った担架が医務室へ運ばれていく。観客席からは彼が死んだようにしか見えなかった。

 

 その後マクゴナガル先生からハリー・ポッターの生存が伝えられた。試合はドラコがスニッチを捕まえたことで50対200でスリザリンの勝利となった。

 

 ドラコは、ディメンターのせいでハリーが箒から落ちたから勝てたと感じている。せっかくのシーカー対決を自力で勝てた気がしないのか、とても消化不良な表情をしていた。

 

 

 

 

 

1993年 12月

 

 来年の夏に向けて準備をしないと。

 

 大人達にはいつものように洒落たものを考えたけど。

 今年の私からの同学年の友人達へのクリスマスプレゼントは、手首に付ける杖ホルダーにした。スリザリンの同級生全員に。

 

 来年のクィディッチワールドカップでバーテミウス・クラウチ・ジュニアに杖を盗られないための策だ。いろいろ介入して未来を変えているけど、クラウチ・ジュニアに関しては何もしていない。だからこの事件はたぶん起こる、はず。

 クラウチ・ジュニアの存在は誰も気付いていないし、知っている理由が話せない以上彼を告発できないのだから、杖を盗まれないように対処するくらいしかない。

 

 左手の手首に巻くバングルタイプで、それぞれに似合う柄を選び注文して贈った。お揃いなのが楽しくて私や小雪、メリーさんの分も買った。

 私のは薔薇が手首に巻き付いているように見える。薔薇の花びらに触れると杖の頭が出て来て、それをつまむと取り出せる。右手を左手首に添えるとさっと取り出せる。慣れれば早い。

 

 大人になればローブの袖口やポケット、襟元など、自分が一番早く取り出せる場所に杖をしまっているんだけど、子供達は扱いがぞんざいでジーパンの尻ポケットに突っ込んだり、鞄にそのまま入れていたり、教科書に挟んだり羽ペンと一緒に纏めて持っている子までいて、気になっていたのだ。

 ローブに付けるタイプだと脱いだ時に取り忘れたりするじゃん。だからバングルタイプにしてみた。

 

 私は(ドラポケ)で手元に出すのが一番いいんだけどこれは奥の手。いつもはローブのポケットから取り出すフリをしている。

 

 

 メリーさんがヒマワリ、小雪が桜。女の子達はみんな花柄。

 ドラコがドラゴン、ヴィンスは白虎、グレッグは黒豹、他の男の子達もそれぞれ動物柄。

 

 来年までに仲良くなれることを願ってハリーの牡鹿も買っておく。ハンナは百合、グレンジャーは赤のガーベラ、ウィーズリーにはテリア……にするとあまりにも当たりすぎちゃうから無難にダルメシアンにしておいた。彼らにプレゼントを贈れるほど仲良くなるのは無理だろうな、と思いつつ、ね。

 だって本当は彼らにこそ使ってほしいんだし。

 

 あ、もちろん高価すぎるものにはしていない。あんまり高価なプレゼントを配るのはよろしくないもの。それにこれはあくまで杖の処理をしっかりするための練習台。1年もすれば買い換えたい程度のクオリティでなくては、かえって相手に負担になる。

 

 これで無造作にポケットに突っ込むようなことはやめてくれると嬉しい。

 

 

 

 

 

 クリスマス休暇が近づき、二度目のホグズミード村への外出が許された。

 ……原作ではウィーズリーの双子がハリーに『忍びの地図』を贈るんだけど。ごめんなさい。地図は今、私が持っている。

 ホグズミードへの抜け道を双子に教わらないとハリーはホグワーツを抜け出せない。原作のようにシリウス・ブラックが自分の両親を裏切ったという話を漏れ聞くことはないだろう。

 

 

 私はダフネ達と女性4人でまた買い物をじゅうぶん楽しみ、その後ドラコ達と落ち合って『三本の箒』に行った。ここに来たなら絶対飲まなきゃと思っていたバタービールをみんなで頼む。

 甘くてカロリーが高そうでほんのりシナモンとショウガの薫りがして、正直言うと甘すぎてあまり好きな味じゃなかった。

 それでも、さ。

 仲のいい友人達と休日を過ごし、同じ飲み物を飲む。このシチュエーションが堪らない。それに冷え切った身体にバタービールは最高だった。

 

 その後、寒さの中へみなで出ていく。ふと気が付くとロンとハンナ、ハーマイオニーが入れ違いに『三本の箒』に入っていくのがみえた。足跡は4つある。うわあ。いるわ。ハリーが。

 どうやって抜け出したんだろう。双子が抜け道を教えたのかな。双子のお便利キャラ感がすげえ。

 

 そのまま気がつかなかったフリをして通りすぎる。最後に雑貨店に寄ろうとそちらへ足を向けると、マクゴナガル先生、フリットウィック先生とハグリッド、そして魔法大臣のファッジが連れだって歩いているところを見つけた。そっと振り向いて確かめると『三本の箒』に入っていくところだった。

 

 すごいな。原作通りの状態になっちゃった。

 まあここで語られることは私はもうルシウス叔父様に聞いて知っていることになっているから、わざわざ話を聞きに戻ることもないか。

 ハリー、ショックだろうな。

 

 

 

 



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3年-5 クリスマスの密談

 

1993年 12月

 

 クリスマス休暇のため、私達はホグワーツ特急に乗って帰ってきた。

 結局、シリウスに話しかけられるチャンスはなかった。

 なので順番を変えることにしたのだ。まず、ルシウス叔父様の協力を仰ぐ。

 

 

 そのため、ルシウス叔父様には相談したいことがあるから休暇が始まればすぐに時間を取って欲しいとあらかじめ梟を飛ばしてある。約束を取り付けた返事を持ち帰ったマーリンをいっぱい褒めた。

 

 

 叔父さまの執務室に入ると、ブラック分家からマルフォイ家に来ているしもべ妖精ベペリを呼び出した。ベペリにはドビーがホグワーツに来ないようしっかり見張ってもらっている。ほんと、いつもお世話になっております。

 

「ベペリ、いつもご苦労さま。あのね、叔父さまととても大切な話があるの。ブラック家にも関わる大切な話よ。誰にも邪魔されたくないし、誰にも聞かれたくないの。ドビーにもよ?

 ベペリ、この部屋を見張っててもらえるかしら?」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 ベペリが消える。叔父様は少し緊張した表情で私を見た。私がそこまで警戒するなどヴォルデモートの話しかないだろうと考えているのだ。

 

「叔父様。私、シリウス・ブラックが無実である証拠を見つけました。誰が見ても納得できる完璧な冤罪の証拠です」

 

「なんだと? それは本当かね?」

 

「ええ。シリウス叔父様は死喰い人じゃなかったんです。むしろ被害者でした。彼はダンブルドアに切り捨てられたんです。英雄を育てるには不適格だから。

 きっと今、辛く苦しい思いをなさっています。彼に手を差し伸べるなら、今です。そしてうまくいけば、シリウス叔父様の憎む仇も捕まえてさしあげられる。

 彼はとても感謝してくれるでしょう。

 他の誰か……ハリー・ポッターとその友人達や、ダンブルドアに先を越される前に、彼を、ブラック家の正統な跡取りを、不幸な境遇から助け出したい。

 それにシリウス叔父様の再審に向けての各所への根回しは発言力のあるルシウス叔父様が適任です」

 

 “円”でルシウス叔父様の精神状態を確認しながら、『超一流ミュージシャン』の声音で彼の心を揺るがせる。

 ダンブルドアの意思が含まれていたのかどうかは実際の所はわからない。今さら証明のしようもない事だ。とにかく、シリウス叔父様が無実であることをルシウス叔父様に知っていただかなくては。

 

 アズカバンに収容されている死喰い人の中には、『ペティグリューは不死鳥の騎士団を裏切って死喰い人になり、ポッター家の場所を教えたが、直前になってまた寝返ったことで、ヴォルデモートが破滅した』と考えている者がいて、彼らはペティグリューを憎んでいると原作でシリウスが話している。

 だけどペティグリューの裏切りを死喰い人すべてが知っていたわけではない。スネイプは知らなかったし、今驚いている叔父様の様子を見ると叔父様も本当に知らなかったのだろう。

 

「あの頃のことが書かれた本を読むと彼は碌な裁判もなく刑が決まっていました。真実薬すら飲ませていない。ブラック家の長男をあんなおざなりな審問だけでアズカバンへ入れるなど言語道断です」

 

「あの頃は犯罪者が多く捕まったからな。まともに裁判を開いていられぬほど多かったのだよ。だが、なぜ私にそれを? ああ。そうか。ブラックか」

 

 叔父様の聡明な頭脳が、ブラック家の唯一の生き残りがどれだけ価値があるかを考え始めた。

 

「シリウス・ブラックの無実を証明して彼を旗頭に持ち上げましょう。ブラック家の名声が復活すれば、純血貴族の力はまた蘇ります。

 魔法界の王たるブラック家当主なら、光の陣営も、闇の陣営も、どちらからも従うものが出てくるはずです。今の純血主義に疑問を持つ中庸な考えのグリーングラスのような名門貴族もきっと傘下に入りたがります。

 ブラック家が旗頭となりマルフォイ家がそれを補佐する。純血貴族の面目も保てます」

 

「……なるほど。シリウス・ブラックはブラック家では例のないグリフィンドールだったな。

 グリフィンドール出身のブラック家当主か。マグル生まれや半純血の魔法使い達にも希望をもたらすだろうな」

 

「ええ。ヴォルデモート陣営でもなく、ダンブルドア陣営でもない。第三勢力です。ルシウス叔父様がその組織を支える二番手ですね。

 シリウス・ブラックが王なら、叔父様は宰相です。実質的な組織のかじ取りはルシウス叔父様。

 それに彼はハリー・ポッターの名付け親です。彼が自由になれば、きっとハリーと暮らすことになります。ハリーを、あの『生き残った男の子』ハリー・ポッターを、ダンブルドアから引き剥がせるんです。きっとそれに付随して多くの日和見的な家もブラック陣営に加わるでしょう」

 

 私の言葉に、ルシウス叔父様もにやりと笑った。

 

 私達はお辞儀様を斃すと決めた。

 だけど、はたから見れば、ヴォルデモートとそのシモベだった元死喰い人の諍いにしか見えない。ただの『闇 対 闇』の抗争だ。そんなの、「さっさと相打ちで死ねばいいのに」くらいにしか見られない。

 

 私達には中庸な立場の、そして、誰もが納得する旗頭が必要なのだ。

 シリウス・ブラックが王となれば、私達が元死喰い人だろうと、アズカバンの終身刑犯の娘だろうと、ブラックの威光に紛れる。『中庸な集団 対 闇』の構図が出来上がる。

 

 表面上、お辞儀様を斃すのはダンブルドアでもハリー・ポッターでもルシウス叔父様でもシリウスでも構わないのだ。

 

「ブラック家とマルフォイ家の多大なる活躍がなければ成しえなかったのだという形があれば、戦後素晴らしい立ち位置を維持できるな」

 

「ええ。できれば“両親の行った悪事に胸を痛めたレストレンジの娘”がこちらの陣営にいることも魔法界の方々が知ってくだされば私もうれしいです」

 

 

 私は証拠は今ホグワーツにあるから、回収後すみやかに連絡することと、シリウス・ブラックを保護したあとの処理などを打ち合わせ、何かあれば手紙や鏡で連絡を取ることを打ち合わせた。

 

 

 

 

 ……なんだろう。

 この悪役同士の謀のシーンみたいなやりとり。まるで「ふっふっふ。おぬしも悪よのう」「お代官さまこそ」みたい。

 

 「シリウス叔父様は無実なの」「な、なんだって!」「シシー叔母様の従姉弟を助けようよ」「無実なら助けるのが当然だよ。私達の助けにもなるしね」「さすが叔父様」みたいな会話だったんだよ。

 だけど純血貴族は自家の利益になることでしか動かない。だからお互いの利潤になることを念頭に置いて話すとこうなってしまうだけなの。悪意はないのだよ。私達だけじゃなくてシリウス叔父様のためにもなることだし。

 

 『シリウス・ブラックを助けよう』という打ち合わせを終えて、クリスマス恒例の社交パーティーもしっかりこなし、マルフォイ家をあとにした。

 

 

 

 

 

 レストレンジの屋敷に戻ると、夏に注文したファイアボルトが届いていた。うおおおおおお。素晴らしい。思わずファイアボルトを抱きしめ、うっとりと眺めた。

 なんて美しいフォルム。ほんと、素晴らしい。

 

 あ、でもドラコがまだ持っていないのに見せびらかすのは駄目だよね。これは当分ガーデン用にしよう。

 

 さっそくガーデンに入り、ファイアボルトで空を翔けた。

 

 素晴らしい加速と、急な方向転換の時の小回りの良さ、バランスの良さ、視界が狭まるほどのトップスピードの速さ、柄の握りの持ちやすさ、すべてにおいて完璧な箒だ。まさに箒乗りのための箒。

 どこまでも飛んでいきたい。ああ、今、私は風と同化している!

 

 

 

 

 

 もうひとつ。温室トランクも届いていた。

 これは持ち歩くつもりがあまりないため、大きさは特大トランクサイズで、しかも金属製。携帯しやすさより強度を取った。

 中は注文通り、作業スペースにはデスクと本棚、作業用テーブルにはシンクもついていて水道がある。

 薬草の保管庫も広くて使いやすそう。

 温室は6部屋あって、部屋ごとに温度・湿度・日照時間の設定ができる。スプリンクラーがついていて散水も簡単そう。こう書くととってもシステマティックっぽいのに魔法なんだよね。不思議だ。

 

 ガーデンの家のエントランス内に設置して、現在の私の技術でも無理なく育てられるハナハッカを植えた。他の温室はおいおい充実させていけばいい。

 

 

 

 

 

 

1994年 1月 始業

 

 ホグワーツへ向かう特急のコンパートメントの中。

 ドラコ、ヴィンス、グレッグと四人だけで話をした。

 急に真面目な表情でコンパートメントのドアにロックをかけ、盗聴避けの魔法具を設置した私に、彼らは怪訝な表情を浮かべた。

 

 ここでちょっとだけでも話しておくべきなのだ。

 でなきゃヴィンスやグレッグとの仲がこじれてしまう。私達はすでにかなり強い友情で結ばれている。なのに何の説明もなく親伝いでこの後の動きを知らされれば、きっと裏切られたか、切り捨てられたと感じてしまう。それじゃあ原作の彼らに逆戻りしかねない。

 

 私は“円”で彼らを注意深く見ながら、精一杯の言葉を紡ぐ。

 

「あのね。今は詳しいことが言えないのだけど。

 この学期中に事態が大きく動くことになる。私は“例のあの人”のことなんて何とも思ってない……ううん。むしろ、軽蔑している。敵だと認識している。クラッブさんやゴイルさんがどう考えるかわからないけど、場合によっては……彼らとは決別するかもしれない。でもヴィンスとグレッグとはずっと仲間でいたい。いてほしい」

 

 彼らは一様に黙り込んだ。元死喰い人の子供達。親がどんな悪事をしてきたか、ある程度は知っている。その中で極悪人としてアズカバンに両親が入っているにもかかわらず、私エリカ・レストレンジだけがずっと『反ヴォルデモート』の姿勢を崩していなかった。

 いつか、自分達の関係も変わるかもしれない。それはみんながずっと恐れていたことだった。

 

 先に声をあげたのはドラコだった。

 

「うちの父上はどうするんだ?」

 

「叔父様は説得したわ」

 

「どうやって?」

 

「まだ言えない」

 

 ちっと舌打ちしたドラコが拗ねた顔で座席にもたれかかる。

 私を問い詰めることをあきらめたドラコに変わり、話し出したのはヴィンスだった。

 

「なあエリカ。小さい頃、親父はマルフォイの坊ちゃんの手下になれって俺らに言ったんだ。甘ったれのお坊ちゃんの相手なんてすげー嫌だった。でもさ。エリカが俺らを変えてくれた。俺はドラコやエリカと仲良くなれて嬉しかった。強くなれんのも嬉しかった」

 

 ヴィンスがずいぶん明け透けなことを話してくれる。

 

「あの頃の俺なんか、頭んなか空っぽだった。親父の言った言葉の意味もわかんなかったさ。

 多少知恵がついて、親父はどうしようもない小物だってことがわかった。おふくろは親父の顔色ばっか窺ってしもべ妖精みたいに従うだけでさ。ほんとこいつらどうしようもねえなって思ってたさ」

 

 ヴィンスの言葉は苦々し気だ。そして、だけどよ、と言葉を続ける。

 

「1歳から離れてたエリカとは違うんだ。あんなへぼ親でもさ。やっぱ見捨てられない。だから」

 

 決定的な言葉を聞きたくなくて、私は急いで口を開いた。

 

「あ、うん。大丈夫。どういうことになってもヴィンス達を恨んだりしないから」

 

「違えよ。なんとしても親父らを仲間に引き入れろよって言ってんだよ。バカエリカ」

 

「あほエリカ」

 

 とグレッグ。

 

「ぽんこつエリカ」

 

 と、ドラコも続いた。そして呆れたように、言い添えた。

 

「まったく……僕たちがどれだけ君のことも愛しているのか、ちゃんと理解しろ」

 

「……うん。ありがとう」

 

 三人の、ありがたい叱咤激励の言葉が、身に染みた。

 

 

 

 

 

 

 

 お揃いの杖ホルダーは思った以上に好評だった。

 休暇中に会っていたドラコもとても気に入った様子だったし、ヴィンス達も喜んでいた。

 

 ヴィンスは肉弾戦に強くて、グレッグはしなやかな動きが強みだ。そのイメージで当てはめた白虎と黒豹は本人的にもとても満足だったらしく、これからは自分の所持品のマークにこれをつけようだなんて話もしていた。

 

 

 

 休み明けのスリザリン寮の談話室でもみんなが楽し気に見せあっていた。パンジーの手首にあるパンジー柄にみんな「やっぱりぃ」なんて笑っていた。

 

 みんなで杖の早出しを練習したりするのも、楽しかった。いかにカッコよく、素早く、杖を抜けるか。そんなことを競い合うのはとても充実した時間だった。

 

 

 のちのち、私達の揃いのホルダーを羨ましがった他の学年も巻き込んだ杖ホルダーブームが起きるのだが、それはまだ先の話だった。

 

 

 

 

 1月の終わり頃に行われた、クィディッチのレイブンクロー対スリザリン戦は、スリザリンの圧勝だった。数回スリザリンがゴールを決めて点を稼いだあと、ドラコがスニッチを獲ってワンサイドゲームを達成したのだ。

 これで今年もスリザリンの優勝が見えてきたことに、スリザリン寮の空気は浮かれていた。

 

 

 

 

 

 毎週のトランクでの守護霊の訓練も続けている。

 ドラコがケナガイタチの姿を取らせることに成功した。みんな大拍手だった。

 

 何の記憶をキーにしたの? という質問に、ドラコは『レイブンクロー戦での完全試合でスニッチを捕まえた瞬間』と答えてみんなを納得させた。

 ドラコの守護霊を見たことで気合が入ったのか、セオが次に成功させた。猫だった。毛の短い、しなやかな、おそらくシャムネコとかそんな感じの美しい姿だった。

 

 他のみんなもより一層訓練に力が入った。

 

 

 

 

 

 私は動物もどきの練習……というか、習得に向けての変身術の勉強。

 『必要の部屋』師匠が最初に出した教材の本はしっかり理解した。変身術の理論と基礎知識だ。この辺りは授業でも既に習っているし、細かい部分までもう一度改めてしっかり理解することで知識の穴も埋まったと思う。

 

 虚空に向かってそう宣言すると、その場に置かれていた本が本棚に仕舞われ、テーブルの上にはまた次の本が数冊ぽんと現れた。

 あ、はい。

 第二段階の勉強ですね。頑張ります、師匠。

 今回は本だけじゃなくて、練習用の素材も出てきた。これを使って変身術の実技もやっていくのか。

 

 うん。先は長いな。しっかり勉強しよう。

 

 

 ちなみに、小雪も動物もどきに挑戦する? と聞いてみたんだけど、小雪は変身術はあまり得意じゃないからやめておく、と言われた。

 数年がかりの勉強だしね。いつ何があるかわからない世界だから習得が間に合わず途中で断念するなんて可能性もある。

 でも師匠の出してくれた教科書はすべて小雪やメリーさんも書き写して勉強しているから、もしかしたら今後やる気になるかもしれない。叶うことなら小雪のマルチーズ姿も見てみたいものだ。

 

 

 

 



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3年-6 シリウス・ブラック

 

 

1994年 2月 第1週

 

 ずっと『忍びの地図』を見て動向を調べていた影が、ネズミが一匹でグリフィンドール寮を出たことを見つけ、すぐさま追いかけていく。

 

 ワームテールを逃がすことが来年の事件『炎のゴブレット』を進ませるために大切なキーになる。

 

 だけどさ。

 私達の立場を揺るがぬものにするためにはシリウス・ブラックの冤罪を証明してブラック家を継いでもらう必要があるのだ。

 だからワームテールは捕まえて魔法省へ突き出す。『炎のゴブレット』の事件を起こすことより、シリウス・ブラックの無罪放免の方が私にとってはずっと大切なことなのだ。

 

 ただし、あまり早く捕まえても仕方がない。シリウスとまだ話せていないし、ワームテールもシリウスに狙われていることで既に切羽詰まっている。

 うまく逃げだせたと思ったのに知らない誰かに捕まったら、ルシウス叔父様に渡すまでに精神的に追い詰められすぎて死んでしまうかもしれない。

 

 かといって『服従の呪文』などを使うと、魔法省へ突き出した時に魔法の残滓に気付かれるとピーター・ペティグリューの証言の真実性が疑われてしまう。

 捕まえて数日でルシウス叔父様に渡せるよう、それまでは逃がさないようつかず離れずスニーキングミッションするしかないのだ。

 『忍びの地図』でチェックできる範囲ならいいんだけど、『叫びの屋敷』にでもいかれたら困る。なにしろそこってシリウスが潜んでいるんだし。

 

 

 

 

 

1994年 2月 第2週

 

 守護霊の訓練はみんな徐々に生き物の姿を取らせることに成功していっている。

 ヴィンスがトラでグレッグがヒョウだったのにはみんな大喝采だった。きっと杖ホルダーを貰ったことでイメージが固定されて“思い入れのある生き物”になったんだろう。

 

 トロールみたいだった二人がこんな俊敏な生き物を生み出すだなんて、原作では信じられないほどの成長だと思う。今の彼らを見て、誰もトロールみたいだ、なんて言わない。筋肉質だけれどボクサーのような身軽さがあるもん。

 彼らは名門過ぎない家柄もあって、中流階級の魔法族のレディによくモテている。

 

 ドラコはケナガイタチ、セオがシャムネコ、ヴィンスはトラ(白虎)でグレッグがヒョウ(黒豹)。

 ダフネはウサギだった。とてもキュートだ。パンジーはおそらくヨークシャーテリアかな、毛足の長い小犬っぽい。ブレーズは馬でフォルムが美しい。ミリセントがまだあまりうまく形を取れていないんだけど、鳥っぽい感じ。

 成果が目に見えるぶん、とても修行しがいのある呪文だよね。

 

 

 

 

 

 

 土曜の午後、シリウスに話しかけに行くため、周囲の気配に注意しながら『暴れ柳』へと向かう。小さな石を拾って木の幹のコブに軽く当てると、柳は静かになり、根元に大きな隙間が開いた。

 静かに穴に潜り込み、狭い土のトンネルの傾斜を滑り降りる。長くて暗い通路を延々と進んだ。

 

 やがて上り坂になり、道が捻じ曲がる。その先に部屋があった。“円”で調べると、その先、二階にある部屋に一人分の気配がある。

 雑然とした埃っぽい部屋を通り、うす暗いホールに入ると崩れ落ちそうな階段を上がる。

 

 気配のある部屋の前で立ち止まり、私は『超一流ミュージシャン』の声音を精一杯活かして静かに語りかけた。

 

「シリウス・ブラックですね。話があってきました。決してあなたに危害を加えないと誓います。入っていいですか?」

 

 ……返事はない。“円”で感じる彼の感情はとても単純で、追いつめられた恐怖を感じている。たったひとつの扉は私がいるのだ。逃げられないと焦っているだろう。精神の単純さからおそらく犬の姿でいるだろうと当たりを付ける。

 

 「入ります」と言いながら扉を開ける。そっと覗くと奥のほうに身構えた大きな黒犬の姿が見えた。うわ、思った以上のオオイヌだった。うちのシェル並みに大きい。そりゃあグリムと間違えられるのも頷ける。

 私は部屋の先客が犬だったことに驚いてみせ、それから納得の表情を浮かべた。

 

「……なるほど。じゃああなたも動物もどきなんですね。だから誰にも見つからずにホグワーツまで来れた。二人がそうなら、ジェームズ・ポッターも動物もどきだったんでしょうか」

 

 黒犬は身じろぎした。

 

「まあ、いいです。叔父様。お腹すいていませんか? 私、食べ物を持ってきました。ホグワーツの厨房で頼んできたので安全です。えっと。たくさん持ってきましたから、心配なら叔父様が指定したものを私が食べます。だから召し上がりませんか?」

 

 巾着から大きめの布地を出して敷物代わりに床に広げ、その上にバスケットを取り出して蓋を開ける。フライドチキンの香ばしい匂いが広がった。大皿に並んだチキン、マグカップのスープ、籠に盛ったミートパイやビスケットも出した。匂いを嗅いで鼻を鳴らす大きな黒犬に微笑んで見せた。

 

「ここのことは誰にも言ってません。捕まえようなんて考えていません。この料理にも何も変なものなんて入れていません。だから少しでも召し上がってください」

 

 黒犬は悩んでいるようだった。

 アズカバンに収監されてから12年間、この手の料理なんて口にしていなかっただろう。動物もどきは獣の本能に引きずられて理性の箍が緩んでしまう。12年ぶりの御馳走に黒犬状態のシリウスの警戒心がぐらぐらと揺れているのがわかる。

 

「捕まえるなら、もっと簡単にできます。先生方の誰かを呼んで一緒にきますし、別に私が直接ここへ来ることもしません。……えっと」

 

 私は大皿に手を伸ばし、チキンをひとつ取り上げると安全を証明するために、そのまま噛みついて見せた。もぐもぐと数口食べると、しばらくしてひゅんと黒犬が裏返ったかと思えば人間の姿になった。

 新聞で見た通り、肘まで伸びた髪はボサボサで、ガリガリに痩せて、目だけがぎょろついたやつれた姿だった。痛ましいその姿に私は微笑みかけ、ナフキンと取り皿、フォークを渡した。

 

 シリウスは人の姿には戻ったけど、私と話すつもりはないらしく、私の手を無視してそのまま素手でチキンを掴み、一口噛むと、その後猛烈な勢いで食べ始めた。

 スープもパイも、毒見をして見せる余裕もないくらい。

 

 

 しばらく彼が夢中で食べる姿を見守る。

 

 やがて、ある程度空腹が収まったのか、シリウスが私に視線を向け、軽く顎をしゃくる。言いたいことがあるなら言えとばかりの仕草だった。

 私は居住まいを正し、大切な言葉をシリウスに届けたいと願いながら心を込めて話し始めた。

 

「先に名乗ります。私が名乗ればきっとあなたはもう私のことを信じないかもしれませんが。遅れれば余計傷が広がりそうですもの。

 初めまして叔父様。ベラトリックスの娘、エリカ・レストレンジです」

 

 私の名乗りの反応は劇的だった。立ち上がったシリウスは口汚く罵りながら部屋の隅をうろうろ歩いた。

 

「あのイカレ女の娘が何のようだ。食べ物を恵んで、わたしが感謝するとでも?」

 

「叔父様。1歳から会ってないあの人達を私が親だと思うわけないじゃありませんか!

 私は親のようにならない。それだけを思って生きてきました。家から出ることが私の目標でした。シリウス・ブラック。あなたもそう思っていたんじゃなかったんですか」

 

 私の言葉は、シリウスに響いたようだ。おそらく、ブラック家の重圧に耐えかねていた自分と重ねたんだろう。そしてまだ信じ切れないのか、私がどの寮にいるかを聞いてきた。

 スリザリンです、と言えばまた激しい罵倒の言葉が返ってくる。私はきっと睨みつけて叫んだ。

 

「しかたないじゃありませんか。レストレンジ夫妻は罪を全面的に認めてアズカバンでの終身刑なんです。グリフィンドールで、私がうまくやっていけるとでも思うんですか?

 組み分け帽子はスリザリン、レイブンクロー、グリフィンドールの素養があると言いました。その中で、人殺しの子供に寛容な寮はスリザリンしかないじゃないですか」

 

「そんなことはない」

 

「あります。現に今、あなただって私をそういう目で見ているじゃありませんか。人殺しの子。お前も人殺しに違いない。死喰い人めって。どうして私自身を見てくれないんです。私は誰の事も傷つけていないし、闇の魔法なんて使ったこともありません」

 

 私は杖を構えて守護霊の呪文を唱える。銀白色に輝くワタリガラスが部屋を飛び回って消えていく。

 

「私は闇に囚われてなんていません。どうか、私の話を聞いてください」

 

 私は頭を下げた。先ほど私が杖を出したため身構えたシリウスは呪文が守護霊だったことに驚いた。そのまま黙り込んで私を見つめているのがわかる。頭上から突き刺さる視線を受け止めながらじっと待つと、ため息が聞こえ、どさりと彼が座り込むのが見えた。

 

「すまない。わたしは、わたしは捕まるわけにはいかない。わたしにはやるべきことがある。だから誰の事も信じてはいけないんだ」

 

「ピーター・ペティグリューのことですよね」

 

「なぜそれを?」

 

 私は巾着から古ぼけた羊皮紙を出してみせた。

 

「1年の時、ホグワーツの校庭で風に飛ばされてきたのを拾ったんです」

 

 シリウスの驚きは相当だった。

 

「『忍びの地図』じゃないか!」

 

「叔父様はこれが何かご存知なんですね? 有名な魔法具なんでしょうか。私は拾っただけなのでよくわからないまま使ってたんですが」

 

「わたし達が学生時代に作ったものだ。しかしなぜ今頃これが校庭に落ちていた?」

 

「叔父様方が!? あ、えっと。私が拾った時に開いていたんですから、おそらく誰かが使っていたものが風に飛ばされてきたんじゃないでしょうか。その日は風が凄かったですし。

 先生に提出するべきでしたが、もったいなくて手放せませんでした。私って死喰い人の子ですから他の寮の子と顔を合わせると気まずい時も多々ありますから、とても便利だったんです」

 

 私が少しうつむいてそう言うと、学校での厳しい立場を思ってシリウスはかすかに同情の表情を見せた。まだ私に気を許していない彼が、それでも私のことを気遣ってくれたことに感謝の笑みを浮かべ、話を続ける。

 

「それで。シリウス・ブラックの狙いはハリー・ポッターだって聞いて、でもこの地図を提出するのは嫌で、でもポッターも心配で。だからしょっちゅう彼を見ていたんです。もし近くにシリウス・ブラックの名があればすぐに先生に助けを求めようって。

 そうしたら、ハリーのそばにいつも二人分名前が重なって見える人がいるのに気付いたんです。

 ロナルド・ウィーズリーとピーター・ペティグリューでした。

 

 私、ルシウス叔父様にも当時の話を聞いていましたし、『実録! 死喰い人の秘密に迫る』を読んで、ブラック家の私の叔父、極悪人シリウス・ブラックが何をしたか知ってました。その被害者で勲一等マーリン勲章を受章しているピーター・ペティグリューの名前も。

 よくよく観察していると、ピーター・ペティグリューと表示されるのはウィーズリーのペットのネズミでした。ネズミにそんな名前をつけるなんて、って思って。こっそりグリフィンドールの友人に聞けば、ネズミはピーター何某なんて名前じゃなくてスキャバーズという名前で、指が一本足りない長生きのネズミだと教えてもらったんです。

 

 そこで、聞いていた内容のうち、犯人と被害者がひっくり返っているんじゃないかと気付いたんです。なら“秘密の守り人”はピーター・ペティグリューになる。12人のマグル殺しもペティグリューがネズミの動物もどきなら可能な犯罪だって。

 そしてその彼がハリーの傍にいる。とても危険だと思いました。……私の考え、間違っていますか?

 叔父様はどうやってピーター・ペティグリューがここにいることを気付いたんですか?」

 

 シリウス・ブラックは薄汚れたローブのポケットから古新聞を取り出した。きっと何度も何度も開いて見たんだろうと思わせるヨレヨレの新聞は、エジプト旅行中のウィーズリー家の写真が載った「日刊予言者新聞」だった。

 

 そしてシリウス叔父様は、原作にあったとおり、アズカバンに視察にきたファッジに偶然貰ったのだと教えてくれた。動物の姿になっていればディメンターの影響から逃れられたのだと言うことも話してくれる。

 

 脱獄してハリーを見に行き、その後はここに隠れてホグワーツへ何度も忍び込んだこと、クルックシャンクスが手伝ってくれたことも教えてくれた。

 12年前の事件のことも。シリウス叔父様は自分が“秘密の守り人”をピーターに変えようと提案したのだと血を吐くような苦し気な声で告白した。彼の辛い気持ちが伝わって私も泣きそうになった。

 

 シリウスは――叔父様、と呼ばずにそのままシリウスと呼んでくれ、と言われたのだ。そして私のこともエリカと呼んでくれるようになった――私に、ダンブルドアに相談しようと思わなかったのかと問うてきた。

 

「私もピーター・ペティグリューに気付いた時、すぐに先生に相談しようと思いました。でもダンブルドアはスリザリンには親切ではありません。信じてもらえるのか。それに地図を取り上げられるのは嫌でした。そう考えている時、ふと考えたんです。

 ダンブルドアはほんとうにシリウス・ブラックが殺人犯だと思っていたのかって。だって死喰い人は帝王のしもべの集まりです。あなたって強者におもねるタイプに見えません。少し話を聞いただけの私でもわかるのに、ダンブルドアが気付かないわけないじゃありませんか。

 そう考えると彼を信頼できませんでした。なので、自分でネズミを捕まえ、シリウスも説得して、自分達で無実を証明しようと思ったんです」

 

「ダンブルドアは……信じられる」

 

「いいえ。ダンブルドアはハリーを英雄に仕立てようとしています。そのために幼い頃から彼を苦境に立たせていました。彼はマグル街で伯母夫婦と従兄弟に虐待されて育ったんです。そうやって、魔法界への執着と帰属意識を植え付けようと考えたんでしょう」

 

「……なんだと?」

 

 私は、初めて会った時の彼がガリガリで身体に全然あってないサイズの服を着ていたこと、手足に怪我があったことを伝えた。

 そしてグリフィンドールの友人から聞いた話として、ハリーがどれだけ辛い子供時代を過ごしてきたかを話す。

 

 シリウスが盲目的にダンブルドアを信じているままでは私達……とくにルシウス叔父様との歩み寄りは難しい。少しシリウスの考えを揺さぶっておかなくては。

 ダンブルドアがハリーの虐待に気付かないはずがないのだ。魔法界で育てるよりはあの伯母家族のもとで暮らさせようと判断した理由は理解できるけど、虐待された子供の気持ちを思えばいろいろ言いたくもなる。

 

 愛する名付け子の状況を知ったシリウスの怒りは、文字通り、怒髪天を衝くようだった。実際、魔力が漏れて髪がゆらゆらと立ち上がった。純血の中の純血、名門ブラックの血を色濃く受け継いだシリウスの怒りの魔力の奔流は、マグル生まれが傍にいれば魔力酔いで倒れそうなほどの強さがあった。

 

「すべてがダンブルドアの策略だったとは言いません。ですが、シリウス、あなたが捕まった時、ダンブルドアは気付いたんじゃないでしょうか。民衆にわかりやすい悲劇の英雄を、べた甘に甘やかすしかない保護者から引き剥がすいいチャンスじゃないだろうか、と。

 あなたは親友を守れなかったことを悔いている。あなたのせいで殺してしまったと思っている。きっと名付け子のハリーのことはよけいに甘やかして育てるだろう。出来上がるのは傲慢で満たされきった尊大で愚かな少年。

 ハリーは戦わなくてはいけない。魔法界のため、自分の幸せを犠牲にしても先頭に立って戦うハリーをみなの希望にしたかった。ダンブルドアはハリーを英雄に仕上げたかった。彼の養育に口をだせるシリウスは邪魔だったんです」

 

 シリウスは押し黙った。自分でもそうかもしれないと思ったのだろう。

 

「ですから私、ルシウス叔父様を頼ることにしたんです」

 

「なぜそうなる! エリカ、ルシウス・マルフォイは死喰い人だ」

 

「今は違います、シリウス。

 ルシウス・マルフォイはヴォルデモートが倒れたあと、いの一番に『服従の呪文で無理やり従わされていた』と証言して死喰い人から手をひいたんです。他の死喰い人にも、ヴォルデモートにも憎まれています。

 それにシリウス、12年の時間は人が変わるのにじゅうぶんな時間です。今の叔父様は昔の彼とは違います。妻を愛し、息子を愛する子煩悩な父親なんです。家族を危険に曝してまで暴力集団に在籍しようだなんて思ってもいません」

 

 シリウスはまだあまり納得できていないようだったけど、私は彼を宥めた。

 

「シリウス。あなたの無実を証明するためには、ピーター・ペティグリューを魔法省へ突き出して真実薬で証言させなくてはいけません。きっとシリウスも真実薬を飲むことになります。

 だからこれ以上の話はできません。私があいつを復活させないため、何をしてきたか、これから何をするのか。無事無罪を勝ち取ったあと、必ず話します。シリウス。私を信じてください。なんなら『破れぬ誓い』をかわしてもかまいません」

 

「……ワームテールは……どこにいる?」

 

「ワームテール?」

 

 知ってるけど、知ってるって言えないから怪訝な顔をしてみせる。

 

「ペティグリューのあだ名だ」

 

「ああ、地図に載っていた名前ですね。なら他の名前は」

 

「ああそうだ! 地図を、地図を貸してくれ」

 

 シリウスは急にネズミを捕まえる使命感を思い出したように、勢い込み、私に地図を渡すよう手を伸ばした。私は急いで地図を仕舞いこみ、後ろへさがる。

 

「駄目です。今のシリウスがネズミを見て冷静でいられるはずがありません。彼を殺しては駄目です」

 

「殺す! やつは、わたしが殺す! さあ地図を」

 

「それではあなたの無実を証明できません」

 

「かまわない。わたしは奴さえ殺せたら」

 

「駄目です。シリウス。あなたは」

 

「わたしにはもう何もない!!」

 

「あります!!」

 

 激情に駆られて叫ぶシリウスに、私も叫んだ。

 

「ハリーがいます。ハリーはあなたの名付け子です。伯母の家で虐待されて、食べるものもろくにもらえず、従兄弟のサンドバッグになっている、あなたの名付け子が! あなたの保護を待つ子供が!」

 

 ハリーの状況を思い出したシリウスは、やっと少し冷静になった。……やっぱり12年のアズカバン生活で情緒不安定になっている。あっという間に激昂し、そうなれば周囲の状況すら忘れてしまう。

 

「ワームテールは必ず私が捕まえます。

 シリウス。ここは危険です。ディメンターは脱獄犯を許しません。あなたが無実だろうと何だろうと見つけ次第襲ってきます。だから、ホグワーツを離れてください。危険なんです。

 ワームテールとあなたをルシウス叔父様が魔法省へ連れていき、そこで再審を求めるんです。

 無罪になって自由を勝ち取り、そしてハリー・ポッターに会いに来てあげてください」

 

 そう言うと、シリウスは考えさせてくれ、と言い、頭を抱えて座り込んだ。

 

 

 一度目の邂逅でいきなり説得できるはずなかったか。それでも彼の心にしっかり私の言葉を刻みつけることができた。今日はこれでいいだろう。

 

 私は巾着を取りだして彼に渡す。夏に買った所有者の指定なしで誰でも使える巾着だ。中には保存食や飲み物が入っている。また温かい料理も持ってきますねと言うと部屋を出た。

 ついでに『叫びの屋敷』のホールに護衛用影のためのジャンプポイントを設置して影もひとり出しておく。ポイントはジェイドが眷属となったことで『秘密の部屋』に使っていたポイントAが空いたからそこに入れた。

 

 

 

 



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3年-7 シリウス・ブラック2

 

 

1994年 2月 第3週

 

 グリフィンドール対レイブンクローのクィディッチの試合が行われる日の朝、グリフィンドールの一行は誇らしげに固まって大広間に降りてきた。ハリーの手にあるのは『炎の(いかずち)・ファイアボルト』だ。

 箒乗りなら誰もが欲する史上最速の素晴らしい箒。

 

 グリフィンドールのシーカーがファイアボルトを持っていることに、スリザリンの皆が雷に打たれたような顔をした。前の試合でハリーが箒から落ちた時に壊れてしまったニンバス2001の代わりにシリウスが無記名でこっそり贈った箒だね。無事マクゴナガル先生のチェックを通り抜けたわけだ。

 

 ファイアボルト乗りのシーカーだ。ハリーならきっとすごい戦績を出せるだろう。でも今のスリザリンとの点数差を考えると、グリフィンドールが相当の点数を取らなくてはスリザリンの勝ちは揺るがない。

 スリザリンの最後の試合は来月のハッフルパフ戦だ。そこでもきっと彼らは頑張ってくれるはず。

 

 ディメンターに化けてポッターを驚かせようかとクィディッチチームのキャプテン、マーカス・フリントがチームのメンバーに誘いをかけていたけど、ドラコはハッフルパフなど敵じゃない、と言い放ち、フリント達の試合妨害は行われなかった。

 

 

 グリフィンドールは善戦した。特にファイアボルトに乗ったハリーの動きは敵チームながら素晴らしかった。結果は280点対100点でグリフィンドールの勝ちだった。私は惜しみない拍手を送った。

 

 競技場の隅っこ、樹々の影に、大きな黒犬と猫が並んで座っているのを、私は見つけた。

 

 

 

 

 その日の夜、またグリフィンドール寮にシリウス・ブラックが忍び込み、ロン・ウィーズリーのベッドのカーテンを切り裂いた。クルックシャンクスにワームテールが逃げた事を聞かなかったんだろうか。

 

 

 

 

 私は翌日、また厨房のしもべ妖精に料理を貰って、すぐにシリウスを訪ねた。

 

「ワームテールは私が捕まえるって言ったじゃありませんか。どうしてそんな危険を冒すんですか」

 

「すまない。だが、昨日ハリーの雄姿を見て、どうしてもじっとしていられなかったんだ」

 

「シリウス。早く彼と話したければ、まず無罪を勝ち取ってからです。彼にとってシリウス・ブラックは両親の仇なんですよ。彼は周囲が知る『間違った真実』を信じて、あなたを迎え撃とうとまで思っているんです」

 

「ハリー……わたしがハリーを苦しめて……ああ」

 

 私は持ってきた料理を広げながら、シリウスを宥める。

 

「さあ、温かいものを召し上がってください。

 シリウス。この週末はホグズミード休暇なんです。ルシウス叔父様と約束しています。私はそれまでにワームテールを捕まえて、叔父様に託します。シリウスも一緒に来てくださいますか?」

 

 シリウスは私の言葉を聞かなかったふりをして、私の持ってきた料理を黙って食べ始めた。もう私のことは料理に薬を入れるなどとは思わないほどには信用してくれている。

 それでも、やはり死喰い人だったルシウス・マルフォイを信じることは難しいのだろう。まあ、当然と言えば当然か。

 

「では、ワームテールだけ先に渡して、ルシウス叔父様に魔法省へ持っていってもらいます。そして彼を魔法省が調べたいだけ調べれば。きっとあなたのことも冤罪だったと認めてくれるでしょう。

 そのあとなら信じてくださいますか?」

 

 シリウスは、しぶしぶながらも頷いた。

 こんな汚い場所に居てもらいたくはないし、ディメンターが飛び回るホグワーツからシリウスを早く離したい。だけど、彼が躊躇する理由も理解できる。

 まあいい。シリウスのことは影が守ればいいだろう。

 

 私はシリウスに両面鏡を手渡し、進展はすぐに知らせると約束すると、先日シリウスに渡した巾着にまた新しい料理を詰め込んで、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 シリウスの説得は終わった。

 日程的にもちょうどいい。ルシウス叔父様とホグズミードで落ち合う約束を済ませ、影がハグリッドの小屋に隠れているネズミを捕まえに行ってきた。

 地図を持っていてジャンプとステップができ、その上“隠”で姿を隠した影に、できない仕事ではなかった。

 

 ハグリッドが小屋を離れている時に“円”でネズミを探して逃げられないようシルヴィアを吹く。弱っているだろうからほんとにそっとね。窓から小屋の中を覗いてステップで侵入、あとは鍋の中に隠れてる泡を吹いて痙攣しているネズミに眠り薬を垂らし、準備しておいた『割れない呪文』をかけたネズミ用ケージにそのまま放り込んでミッション終了だ。

 

 地図で見ても、私の名前に重なるようにピーター・ペティグリューの名前。間違いない。このよぼよぼネズミがピーター・ペティグリュー本人だ。

 ……あまりにみすぼらしいネズミに、ほんとにこいつが人間なのかと不安のあまり何度もネズミの場所を移動させては地図を調べて名前を確かめるはめになった。

 

 ジャンプで本体の待つ寮の私室に戻り、ケージを手渡す。トランクの一室で数日飼うことにした。

 ネズミ用の餌はちゃんと買ってある。ルシウス叔父様に渡すまで、ここで大人しく暮らしていればいい。

 

 

 

 

 

 その週末はホグズミード休暇の日だった。

 ホグズミードのホッグズ・ヘッドでルシウス叔父様と待ち合わせる。テーブルにつくと音声遮断の魔法具を設置し、わざわざここまで来てくださったことに礼を言った。

 鷹揚に頷いた叔父様はすぐに本題に入る。

 

「それで? シリウス・ブラックの無実の証拠とは? ちゃんと手に入れたんだろうな? エリカ」

 

 私は黒布をかけたケージをテーブルに乗せた。

 酒場ですからね。一応ネズミの姿を誰にも見られないよう周囲から隠すための黒布だった。

 

「……これは?」

 

「ネズミです」

 

 叔父様は訝し気にそっと黒布をめくって覗き込む。今は眠り薬が効いてだらしなく眠りこけているワームテールが見える。みすぼらしいネズミの姿に眉を顰めた。

 そして、これが何になるのかと不審げな表情で私を見た。その顔にはありありと『期待外れ』の思いが表れている。うん。そんな顔にもなるよね。わかる。

 

「このネズミ、動物もどきなんです。シリウス・ブラックが殺したとされているピーター・ペティグリューです。前足の指が一本足りないの、見えますか?」

 

 とてもじゃないけど人間が変化したとは思えないほどみすぼらしいネズミの姿に、これが本当に動物もどきなのかとルシウス叔父様はギョッとした表情でケージを見下ろした。

 

「……なるほど。12年前の被害者が生きている。ならばその事件自体、このピーター・ペティグリューの仕組んだことかもしれん。確かに素晴らしい証拠になるな」

 

 叔父様は何度も頷く。きっといろいろ考えている。

 

 私は、今まで12年間、ずっとネズミの姿のままウィーズリー家で飼われていたことを話した。ただ、ハリーを味方につける手前、ウィーズリー家への過度の批判は今回はなさらないでくださいねと釘を刺す。

 ちょっと叔父様、そんな残念そうな顔をなさらないで。ウィーズリーと揉めるのは得策じゃないんですって。

 

 そしてハンナのアイデアに従い、「このサイズですからいつ逃げ出してしまうかわかりません。12年前もそれで逃げ出したんですから逃げ足だけは速いんです。だから、できるだけ多くの人の目に晒される場所でネズミから人の姿に戻してくださいませ」と頼んだ。

 

「それで? 肝心のシリウス・ブラックのほうはどうなんだ?」

 

「ええ。説得は進んでいます。ただ、自分の身柄を誰かに預けることは不安だったのでしょう。なんせ、友人に裏切られていますから、彼。疑心暗鬼で怯えてます。ですから、先にピーター・ペティグリューを魔法省へ突き出し、シリウス・ブラックの再審を約束させ、しかるのちにシリウスを迎えに来てほしいんです」

 

 シリウスから聞かされた、アズカバンで新聞記事を見たこと、死喰い人ペティグリューが姿を変えて大切な名付け子の傍にいることに危機感を抱いたこと、なんとしても名付け子を助け、親友の仇を取るのだと命がけの脱獄に至ったのだと、彼のことをかなり美化して伝えた。

 

 叔父様はその私の演出を理解しつつ、受け取った情報は最大限に利用しようとにやりと笑い、太鼓判を押してくれた。

 叔父様ぐう有能。

 

 

 その後、シリウスに渡した両面鏡の片割れを取り出し、ルシウス叔父様と一緒にシリウスと少し話をした。

 捕まえたワームテールの姿もしっかり見せた。その瞬間、激昂し鏡にかぶりつきそうなほどのシリウスの必死の形相に、ルシウス叔父様もこのネズミがピーター・ペティグリューであることを信じた。

 そして、鏡はこのままルシウス叔父様に渡すと説明してルシウス叔父様に渡す。

 

 ルシウス叔父様が「私が当日あらかじめ鏡を繋いだまま、魔法省でピーター・ペティグリューの生存を見せつけてシリウス・ブラックの無実を証明するから見ていて欲しい。私を信頼するのはそのあとでも構わない。君の冤罪を知ってシシーもずっと胸を痛めている。君を心配しているエリカとシシーのためにも、どうか待っていてほしい」と説明して、シリウスの不安を解消できるよう努めた。

 

 

 

 

 

 

 

1994年 2月 第4週

 

 ハリーの傍にいた死喰い人のペティグリューが、やっと彼らの手元を離れた。

 これでようやく、私も彼らと話ができる。

 

 ペティグリューは捕まえたから『炎のゴブレット』事件は起きない可能性が高い。でも、万が一ペティグリューからヴォルデモートへ情報が渡ってしまうかもしれないと思えば私達の情報を漏らせなかったのだ。

 だから今までハリーとの仲を修復できなかった。ハンナにもスキャバーズがいる間は目立たないようにって念を押してあった。

 

 スキャバーズが知るスリザリン生達は、ロンの話すグリフィンドール生らしい脚色された情報だけだ。お辞儀様の下へ流れても困ることはない。

 

 

 ペティグリューはルシウス叔父様が魔法省へ突き出してくれる。

 

 できれば早めにハリー・ポッターと話をしておきたい。そう考えた私はハンナに両面鏡を使って連絡を取って口添えを頼み、ハリーと話せる時間を取ってもらった。

 

 別に私が話さなくても、すぐに新聞で事態が明らかになる。

 でもさ。

 私はそろそろハリーと仲直りしておきたいのだ。それからロンやハーマイオニーとも。いつまでも疑われ続けるのは嫌だし、今後シリウスを通してハリーとも仲良くなっていけば、彼らとも交流が始まる。

 

 なら。彼らの知らない情報を早めに開示して、そして、あわよくば、あれ? レストレンジって良い子じゃない? って思ってくれると嬉しい。

 ハンナには間に入ってもらって本当に助かっている。「グリフィンドールの友人」というポジションもいろいろなことに理由がつけやすくて本当、助かります。

 

 

 

 

 週があけてすぐのこと。

 

 ルシウス叔父様の魔法省の玄関口ホールを使った『ピーター・ペティグリュー生存のお披露目』事件は多くの耳目を集めたらしい。

 本気になったルシウス叔父さまの手腕は素晴らしく、出勤する役人達でごった返す玄関ホールで彼らの注目を集めてネズミを取り出し、その場で人間の姿に戻してみせた。

 

 そして魔法省の役人に用意させた真実薬でペティグリューの証言を観衆に聞かせて、当時の捜査の杜撰さを批判し、ブラック家の御曹司が無実の罪でアズカバンに12年も囚われていたこと、名付け子を守るために命がけの脱獄までしたことに皆の同情と関心を大いに集め、シリウスの再審査を約束させるまであっという間だったらしい。

 

 魔法省は、即刻ディメンターをホグワーツから撤退させ、シリウス・ブラックを()()し、今度こそ真実を白日の下に明らかにすると宣言した。

 

 

 

 ハリーとの約束の日は、ちょうどルシウス叔父様から魔法省でのピーター・ペティグリュー生存のお披露目を済ませたという連絡が入った日だった。いい報告ができる、と私は喜んだ。

 

 

 

 

 夕食後の時間を使って空き教室で待ち合わせることになった。

 

 

 あらかじめ、ハンナには、『寮は別だけど、学校で顔を合わせている間にだんだん仲良くなった。今日はエリカとハリーの仲違いを修復させたくて間に入った。私も初めて聞く話だけど、重要な話があるらしい』という“善意の第三者”の立ち位置でハリーに説明してもらっている。

 

 ハンナも自分でもその設定を忘れないようにする、と話していた。

 

 空き教室で待っていると、当然のようについてきたハーマイオニーとロンが罪人を見るような厳しい視線で私を睨みつけ、ハリーに何かしようものならありとあらゆる呪いの呪文をかけてやると言わんばかりに杖を握りしめて立っていた。

 

「あなた達も同席したいなら構わないわ。だけど、私とポッターが話す間、静かに聞いていることが条件よ。できないなら、外にいてくれないかしら。ポッターに危害を加えたりしないって誓うわ」

 

「信じられるもんか」

 

 見かねたハンナがウィーズリーを止めた。

 

「もう、エリカは良い子だよ。私が保証する。そんなに喧嘩腰じゃあ話なんて進まないじゃない」

 

「君もスリザリンの仲間なのか」

 

「いい加減にしてロン。スリザリンだから全員悪い奴ってのは、マグルだから全員屑だって言う人と変わらないって言ったでしょ。ロンだってすっごく差別してるの、わかってる?」

 

「だってこいつはレストレンジなんだぜ?」

 

 ハンナはロン・ウィーズリーでは埒が明かないと考えたのか、ハリーへ対象を変えて話し出した。

 

「ハリー、エリカの両親とエリカは別だよ。ねえ、ハリー。ハリーと血がつながっているから、ハリーは伯母さんや従兄弟のこと大好きで愛してて、なんでも言うこと聞いちゃう?」

 

 ハンナのその言葉はとても効いた。ハリーが納得の表情を浮かべた。

 私も急いで口を開いた。

 

「何度でも言うわ。私は両親を憎んでいる。私は、私よ。ポッター」

 

 私は心からの言葉を述べる。ハリーは、ウィーズリー達に向き直った。

 

「僕、彼女の話が聞きたい。だから、静かに聞いていてくれるか、出ていくか、してくれない? あとでちゃんとどんな話をしたか教えるから」

 

「静かに聞いてくれるなら、できればウィーズリーには話を聞いていて欲しいんだけど」

 

「え? 僕?」

 

「ええ。あなたにも関係のあることだから」

 

 ロンは友人達の顔を見回し、そして教室の扉近くの席に座った。ハーマイオニーとハンナもそれに従う。

 やっと話ができる。

 

 三人が見守る中、私とハリーは向かい合って座った。

 

 

「ポッター。いきなりでごめんなさい。別に貴方を騙そうとかそういうんじゃないから、そんなに硬くならないで」

 

「あー、うん。ごめん。えっと、ハリーでいいよ。僕も謝りたかったんだ。レストレンジだからって疑ってごめん。あの、えっと……またエリカって呼んでいい?」

 

「ありがとう、ハリー。もちろん、エリカって呼んでちょうだい」

 

 二人はほっと笑いあった。2年半ぶりの和解だった。

 

 

 



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3年-8 ハリー・ポッター

 

 

 3年のわだかまりも解け、ハリーとまたファーストネームで呼び合えるようになった。やっとまともに会話ができる。

 教室の端から警戒して見守る視線を感じる。まあしかたない。彼らはまだ『シリウス・ブラックは死喰い人で、ハリー・ポッターを狙っている』と思っているんだもん。そんな時にレストレンジから呼び出されれば、疑うのも無理はない。

 私は“円”でポッター……ハリーの様子を確かめつつ、口を開いた。

 

「あのね。しっかり説明するわね。ちょっと長くなるけど、聞いてちょうだい。

 私の両親はベラトリックス・レストレンジとロドルファス・レストレンジ。二人とも死喰い人で、残虐で拷問好きな極悪人よ。ああ、気にしないで。あの人達を親だなんて思ったことないから。

 

 両親は私に興味がなかったから、生まれた時から屋敷しもべ妖精が私を育ててたの。

 それに私が1歳の頃にアズカバンに入ってそれから一度も会ってない。私は両親をちっとも愛してないし、むしろ彼らのせいでずっと後ろ指を指されて、闇祓いのおじさんに『腐れ蛇の子はどうせ腐れ蛇だ』って罵倒されたこともあるし、もうね、大嫌いなの。

 

 私は、ぜったいに、両親みたいにならない。そう思って生きてきたわ。

 純血貴族として、やるべきことをきちんと行うけど、マグル生まれに忌避感はないし、マグルの技術は純粋にすごいと思っているわ。

 

 私のスタンスはわかってもらえた?」

 

「あー、うん。たぶん」

 

「長い! 三行で!」

 

 ハンナが離れた席から茶々を入れてきた。長々としゃべりすぎた? まずい。説明しようとすると全部言いたくなる。悪い癖だ。

 

「うちの両親は極悪人。

 私は死喰い人には絶対なりたくない。

 私は純血だけど、マグルは嫌いじゃない。

 オーケー?」

 

「お、オーケー」

 

 ハンナの明るい茶々とそれを受けて三行にまとめた私の言葉に、部屋の空気が少し軽くなった。ハンナに内心感謝しながら私は口を開いた。

 

「ありがとう。じゃあ続けるわね。

 うちの母親は旧姓がブラック。ブラック家は魔法界の王と言われる大貴族なの。

 

 ベラトリックスの生まれた家はブラック家の分家で、三姉妹。

 ベラトリックスの妹は結婚してマルフォイになってるわ。つまり、ドラコ・マルフォイのお母様ね。ドラコと私は従兄妹なの」

 

「……うん」

 

「だからルシウス・マルフォイは私の叔父様になる。

 去年、私はルシウス叔父様を説得したの。彼は死喰い人とは手を切ると約束してくれたわ」

 

「そんな! 信じられるもんか」

 

「信じられるの、これが。ここはもっと時間をかけていずれ説明するけど。今は信じてと言うしかない。

 それよりも、もっと先に知ってもらいたいことがあるから。むしろこれが今日の大本命」

 

「知ってもらいたいこと?」

 

「うん。続けていい?」

 

「うん」

 

「うちはブラックの分家って言ったでしょう?

 ブラック本家には息子が二人。当主夫妻と弟はもう死んでいて、兄がひとり生き残っている。

 それが、シリウス・ブラック。そう、今ホグワーツがディメンターに囲まれている理由になった人。私の叔父様ね。

 シリウス・ブラックとあなたのお父様との関係は、どこまで聞いた?」

 

「シリウス・ブラックは、学生時代に僕の父さんと親友だった。それなのにあいつは親友を裏切って死喰い人になっていたんだ。そして、あいつの手引きで父さんと母さんは……」

 

 ハリーは怒りと憎しみを滲ませて言葉を紡ぐ。固く握りしめた手が激情を抑えるようにぶるぶると震えていた。

 

「ハリー。

 知っているかもしれないけど、念のため全部話すわね。聞くのも辛いかもしれないけど大事なことなの。

 

 あなたのお父様、ジェームズ・ポッターは学生時代、大親友達がいた。いつも4人組で仲良くしてたの。ジェームズ・ポッター、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー。4人はグリフィンドールで同室になり、7年間ずっと一緒だった。

 

 特にシリウスとジェームズは“魂の双子”と言われるほど仲良しだった。どちらも大貴族の嫡男で、大金持ちで、成績優秀で、男前で、悪戯の仕掛け人で、我が世の春を謳歌していた。一番の大親友だったの。

 

 卒業後は4人とも、それにあなたのお母さんのリリー・エバンスも、みんな就職せずに不死鳥の騎士団に入った。不死鳥の騎士団は、“例のあの人”に対抗するためにダンブルドア校長が設立した秘密同盟ね。

 

 ハリーが生まれたあと、ポッター家は“例のあの人”に狙われていたの。だから家族で身を隠した。“忠誠の術”という魔法を使ってね。“忠誠の術”は“秘密の守り人”が漏らさない限り誰にも屋敷が見えなくなる術のこと。

 ジェームズ・ポッターは当然、大親友のシリウスを“秘密の守り人”に選んだ。

 そしてあのハロウィンの夜、守りは破られて、ご両親は“例のあの人”に殺され、あなたは殺されそうになったけど、なぜか“例のあの人”は霞のように消え失せた。

 

 そしてポッター家襲撃を知ったシリウスはその翌日、もう1人の親友、ピーター・ペティグリューに追いつめられ、周りにいたマグル達12人を巻き添えに吹き飛ばした。

 現場は遺体がみな木っ端みじんに吹き飛んだ酷い有様だった。ピーター・ペティグリューは指1本しかまともな部位が残っていなかった。

 

 その後すぐに魔法警察部隊が取り囲んでシリウス・ブラックは連行された。その時シリウスは血だらけでクレーターのできた道の真ん中で、大声で笑っていた。

 聞いた話に間違いはない?」

 

「ああ。あいつが、無二の親友の裏切りで、父さんは……母さんは!」

 

「ハリー、落ち着いて。

 みんながそう思ってた。シリウス・ブラックは親友を裏切って殺した極悪人だと。

 でも、違ったの。

 あのね。

 そもそもの最初から間違っていたの。“秘密の守り人”はシリウスじゃなくてピーター・ペティグリューだったの」

 

「……え?」

 

「守り人が決まり、騎士団の皆にもそう報告したあとで、シリウスはジェームズに提案したのよ。

 『俺が守り人になることは皆当然だと思っている。きっと敵もそう考えるはずだ。だから裏をかいて自分は囮になり、別の者に守り人になってもらおう。これならきっと誰にも気付かれない。ハリーを守れるだろう。守り人はピーターこそ適任だ』ってね。

 シリウスの提案に乗ったジェームズとリリーは、守り人をピーター・ペティグリューに変えた。

 だけど、それが間違いだった。

 ピーター・ペティグリューは実はとっくに死喰い人になっていて、騎士団にはスパイとして紛れ込んでいただけだった。

 ハリー、お父さんとお母さんを殺したのは、ピーター・ペティグリューなの」

 

「でも……そんな」

 

「驚くのも無理はないわ。

 誰もがシリウス・ブラックが“秘密の守り人”だと知っていたんだもの。だから裏切者はシリウス・ブラックだと信じていた。まさか守り人を変更しているなんて誰も知らなかったの。

 だって誰にも知らせないことであなた達家族が守られるって、シリウスもあなたのご両親も信じてたの。

 ただ、信じる相手を間違えただけなの」

 

 ハリーは新たに聞かされたその事実を飲み込むまで、時間がかかった。そして、咀嚼するように、なんども息を呑み、やがて口を開いた。

 

「シリウスは、マグルを巻き込んで、父さん達の仇をとったってこと?」

 

「いいえ。シリウスはピーターを殺せなかった。殺そうと追いつめたところで、ピーターの罠にかかったの。ピーターはちゃっかり逃げおおせた。

 シリウスは自分の提案でピーターに守り人を変更したことを悔いていた。

 大親友を殺され、仇には逃げられ、しかもその罪を背負わされて。後悔と憎しみでおかしくなっていて、高笑いをしていたのよ」

 

「でもピーターはどうやって逃げたんだよ。だって、指が残っていたって」

 

「ピーター・ペティグリューは『動物もどき』だったの。『動物もどき』は、動物の姿を取れる人ね。マクゴナガル先生が猫になった姿を見たでしょ? あれよ。

 ピーターは魔法省に登録していない、もぐりの動物もどきだった。もちろん違法よ。

 シリウスに追いつめられたピーターは指を一本切り落とし、周りに『シリウスがジェームズとリリーを裏切った。シリウスは死喰い人だ』って叫んで彼に罪を被せ、近くにいたマグルを巻き込んで大爆発を起こした。

 自分は次の瞬間動物に変わって、下水に逃げ込んだの。

 あとは魔法族の家に隠れ住んで、じっと時を待っていた。12年も。

 

 ピーターはね、ネズミの動物もどきだったの。

 ねえハリー。あなたの近くに、指が一本足りない、ネズミではありえないほど長生きのネズミはいなかった?」

 

「っ! スキャバーズ! まさか、ロンのネズミのスキャバーズが?」

 

 その言葉に跳び上がったのはロン・ウィーズリーだった。まさか自分のペットの名前がそこで出てくるなんて思ってなかったウィーズリーは信じられなくて、「嘘をつくな!」と怒鳴った。

 ロンは拗れると長引く。ここでしっかり話をしなくては。私は精一杯の想いを込めて彼に向き合った。

 

「嘘じゃないわ。だいたい普通のネズミが12年も生きられるなんておかしいと思わないの?」

 

「僕たち……僕たちがちゃんと世話してたんだ!」

 

「どれだけ大事にしたって寿命ってものがあるでしょう?」

 

「じゃ、じゃあシリウス・ブラックはスキャバーズを捕まえるためにアズカバンを脱獄したっていうのかい?」

 

「そうよ。シリウスの狙いはハリーじゃなくて、スキャバーズだったの。グリフィンドール寮へ忍び込んだシリウスが切り裂いたのはあなたのベッドのカーテンだったでしょ?」

 

 ウィーズリーは助けを求めるようにハリーとハンナ、ハーマイオニーを順番に見た。

 

「ねえ。でも、でも。ペティグリューがネズミに変身できたとしても……ネズミなんて何百万といるじゃないか……アズカバンに閉じ込められていたのに、どうやってスキャバーズのことを知ったんだよ!」

 

「夏休み、ガリオン籤に当たったウィーズリー家が『日刊予言者新聞』に写真付きで載ったでしょう? エジプト旅行の家族写真。そこにネズミ姿のペティグリューもいた。

 シリウス・ブラックはその新聞をアズカバンで偶然手に入れたんですって。視察にきたファッジに貰ったらしいわ。

 ピーター・ペティグリューは学生時代から仲間うちでは何度もネズミの姿にかわっていたの。それにシリウスの目の前で指を切り落としたのよ。親友の仇で、自分を悪人に仕立て上げた裏切者なの。見間違えるわけないわ」

 

 ルーピン先生が人狼なことや、シリウスとジェームズももぐりの動物もどきだということは私がバラすことじゃないから言わない。

 

「じゃあ、じゃあ、スキャバーズは……ほんとうに……人間だったの? だって僕ずっと一緒に暮らして……いつも世話して、一緒に寝て……うそだろ……」

 

 ロンはショックのあまり椅子に崩れ落ちた。ハーマイオニーが宥めるようにその肩に手をおく。そして選手交代とばかりにずいっと私を睨むと憤然と詰問してきた。

 

「スキャバーズは入学してから三年間もずっと同じ寝室にいたのよ。“例のあの人”の手先ならいつだってハリーを攻撃できたはずよ」

 

「ペティグリューは強い主におもねっていただけ。生きているかどうかわからない帝王のために動くほどの忠誠心なんてないの。だけど死んだことにして逃げたんだから今さら騎士団にも戻れない。だからじっと隠れていた。万が一、“例のあの人”が復活して、そっちの方が旗色が良さそうだと判断したらさっさとハリーを捕まえて帝王に献上できる、この上ない場所をずっとキープしていたってわけね」

 

 ハーマイオニーと私の会話で、自分達の傍でずっと会話を盗み聞き、いつでも事を起こせる抜群の場所に死喰い人がいた危険な状態だったことに気付いた彼らは顔を青ざめさせた。

 

「スキャバーズは貴女が捕まえたのかしら」

 

「そうよ。もうしわけないけどどうやって捕まえたとか、言えないわ」

 

「あなたはいつからシリウス・ブラックと繋がっていたの?」

 

「2週間前ね」

 

「死喰い人だから知ってるんじゃないの?」

 

「シリウス・ブラックが死喰い人じゃなかったのはさっき説明したでしょう? それに私も死喰い人じゃないわ」

 

「証明できる?」

 

「まさか1歳の私が死喰い人になったとでもいうのかしら。

 あのね、グレンジャー。愛してくれたこともない両親を私が愛するわけないでしょう? 

 想像してちょうだい。

 もし、“例のあの人”が復活すれば。うちの両親はきっとアズカバンから脱獄してくるわ。そうしたら私は絶対に死喰い人にされるの。従わなければ拷問されて、最終的に服従の呪文で従わされるか、殺される。私の未来なんてそれしかないの。

 私は、私のために、私やドラコ達の未来のために、死喰い人にされない未来のために戦っているの。命がけなの」

 

 私の言葉にまだ言い返そうとしていたハーマイオニーの言葉を遮ったのはハリーだった。

 

「ハーマイオニー。僕が話してるんだ。ちょっと黙っててくれないか。僕が、僕の両親のことなのに……」

 

「あ、ごめんなさいハリー。黙るから、怒らないでハリー」

 

 ハーマイオニーを睨みつけたハリーは、彼女がまた席に着いたのを見て、私を見た。

 

「シリウス・ブラックはどうなったの?」

 

「シリウスはね、死喰い人のペティグリューが親友の子ハリーのすぐ傍にいることにとても危機感を抱いていた。だから脱獄までしたの。誰もシリウスの話を信じてくれるはずがないから。

 ディメンターは脱獄犯を許さない。捕まれば問答無用で『ディメンターのキス』を受ける可能性が高いの。

 

 魔法界の王と言われたブラック家の嫡子を、無実の罪で12年間もアズカバンに閉じ込めてたのよ。醜聞を避けるため、握りつぶされてしまう危険もあったの。それにブラック家なんて大貴族は極悪人のまま死んでくれたほうが都合のいい人も多いの。

 だから大々的に知らしめる必要があった。

 

 ピーター・ペティグリューの身柄は、ルシウス叔父様に託したわ。

 それでね。ちょうど今日の話よ。

 ルシウス叔父様は魔法省の玄関ロビーで衆人環視の中、ネズミを取り出して人の姿に変わるところを見せて、その場で魔法省の役人に持ってこさせた真実薬で、ピーター・ペティグリューが12年前の真犯人だったと証言させたの。目撃者が多くて誰にも握りつぶせないほど明確な証拠だわ。だからもうすぐ再審査が行われることになる。ここにいるディメンターももうすぐ引き上げると思うわ。

 

 シリウスはね、まだホグワーツの傍に隠れている。彼はワームテール……ペティグリューのことね……魔法省の役人がワームテールが生きていて、死喰い人だったという証言が取れるまではここから動かないってそう言っていたの。

 ルシウス叔父様からの報告はちゃんとシリウスにも伝わっているから、もうすぐ彼も魔法省へ出頭することになるわ」

 

「じゃあ、じゃあシリウス、さんは……」

 

「ええ。シリウスはもうすぐ無罪になる。ルシウス叔父様が方々に働きかけてくださっているから、きっと裁判を早めて一刻も早く彼を自由の身にさせるわ。過酷な環境にいてとても衰弱なさっているの。

 でね、ハリー。

 シリウスとジェームズは大親友だったって言ったでしょ。あなたの名付け親は、シリウスなのよ。それも誰かから聞いた?」

 

「あ、うん。聞いた、よ」

 

 ハリーは最初にそのことを聞いた時に感じた思いとはまったく違う熱い感情が溢れてきているようで、絞り出すように答えた。

 

「つまりね、あなたのご両親が、シリウスをあなたの後見人にしたのよ、ハリー。自分達に何かあった時に頼れる者として」

 

「こうけんにん」

 

 理解しがたい言葉を聞いたかのように呆然とおうむ返しに呟く。

 

「そうよ。あなたの家族よ。シリウスはあなたを愛しているわ。今すぐにでも会いたいって、それだけを糧に今、戦っているの」

 

「……家族?」

 

「ええ。ブラックを名乗るものはもうシリウスしかいない。親友も死んでしまった。シリウスにとって、あなただけが生きる希望なのよ。きっと一緒に暮らしたいって言うわ」

 

 ハリーの目に希望の光が宿った。

 降ってわいたようにいきなり訪れた希望に、夢のように覚めてしまうのではないか、ぬか喜びになってしまわないか、期待が裏切られて傷付くことを恐れて自分を抑えながら恐々と私を見つめる。

 

 私は少し申し訳ない気持ちになりながら、肯定するように頷いた。きっとダンブルドアに『夏には一度ダーズリー家へ帰れ』って言われるだろう。でも、私が知らないはずの情報なのだ。ごめん。

 それに原作でも8月はたいていウィーズリー家にいた。ずっといられないにせよ、シリウスと過ごせる時間はちゃんとできる。

 

「シリウスは……僕と住みたがると思う?」

 

 ハリーはすがりつくように問いかけてきた。私はにっこりと笑ってみせた。

 

「もちろんよ。さっきも言ったけどシリウスの今の生きる希望は、ハリーしかいないわ」

 

 ハリーはほっとした表情を浮かべ、そしてそれを少し恥ずかしく思ったのか、あわてて表情を取り繕った。

 そして、やっとハーマイオニーの先ほどの質問に思い至り、訊ねてきた。

 

「エリカは死喰い人になりたくなくて、戦ってるの?」

 

「そう。親が何をしていたかで、私の人生を決められるなんて悔しいじゃない。私はあいつらみたいには絶対ならない。そのためには全部捨てて逃げるか、戦って勝ち取るか、死ぬしかないの」

 

「ねえ、君の両親は、その……」

 

「ああ。うん。えっと、ね。

 被害者の方のご家族の了承を得ないと名前は明かせないけど、あのハロウィンの夜、闇祓いの夫婦を拷問にかけて廃人になるまで追い込んだの。その人達は精神を壊されて今も聖マンゴに入院している。

 “例のあの人”が消えたあと、死喰い人の多くは『自分は脅されていただけだ』とか『服従の呪文にかけられて従っていた』とか言ったり、『他の死喰い人について証言するから減刑を』と司法取引したりしてみんな罪を逃れたの。

 うちの両親は『我が君のためにやった。我が君こそ至高。やがてきっと復活なさる』って証言して堂々とアズカバンへ入ったっていうある意味潔い狂信者の大バカ者なのよ。

 魔法族からはそりゃあもう嫌われているわ。だから小さい頃から『レストレンジの腐れ蛇』って道を歩いていてもくそ爆弾を投げつけられたりね、いろいろあったの」

 

 ああ、とみんなは納得の表情を浮かべ、ロンを見た。ロンも、その頃にはやっとネズミショックから覚めていて、立ち上がると私に向かって頭を下げた。

 

「前にレストレンジの腐れ蛇って言ってごめん」

 

「謝罪は受け取るわ。ありがとう、ウィーズリー。こちらもスキャバーズのことは謝らなくてはね。でもまさか『あなたのペット、死喰い人ですから引き渡してもらえますか』って相談できないでしょう?」

 

 ウィーズリーはそれを聞いて笑った。どう考えても信じるわけがないと思ったのだ。

 

「お詫びと言っては何だけど、ペットをプレゼントしたいの。極悪人とはいえ、あなた達が大切なペットとして可愛がっていたネズミを奪ったわけだから。

 こちらで用意してもいいんだけど、ウィーズリーが自分で気に入った子を選んだ方がいいだろうから、夏にダイアゴン横丁に行って選んでちょうだい。イーロップふくろう百貨店と魔法動物ペットショップには言い置いておくから、どちらの店でもいいし、お店にいるどの生き物でもいいわ。あなたが一番好きな子を選んでね。あなたにとって素晴らしい出会いがあることを祈っているわ」

 

 ロン・ウィーズリーはほとんどが兄達のお古だから、自分でペットを選べたら嬉しいだろうと考えたのだ。案の定、とても喜んでくれた。夏になったら絶対に行く、と力強く宣言された。

 

 明るい表情を浮かべるウィーズリーを微笑ましく見ていると、ハリーがまた真面目な顔をして私に問いかけてきた。

 

「エリカ。君がヴォルデモートと戦うためにしていることは、教えてもらえない?」

 

「ええ。ここからはとても危険な話になるから。

 ハリー、貴方は“例のあの人”の敵だと誰もが認識している。あなたはすでに当事者なの。これからも否応なしに巻き込まれることになると思うわ。これ以上余分な危険を冒してほしくはないの」

 

「ハリーの命が掛かっているのに、どうしてダンブルドア校長に相談しないのかしら」

 

 黙っていられなくなってきたグレンジャーがするどく切り込んでくる。

 

「そうね。ダンブルドアはハリーを英雄に仕立てようとしているの。英雄ハリーに“例のあの人”を斃させようとしている。私達はハリーを普通の少年として守るべき存在と考えている。考え方が違うの」

 

「校長はハリーを守ってくれたわ」

 

「何から?」

 

「え?」

 

「校長が何からハリーを守ったのかしら。母親リリーと折り合いの悪い伯母夫婦に手紙ひとつで赤子だったハリーを預け、虐待されていることを知っていながらそのままにして、1年の時だってあなた達が危険に顔を突っ込むのをただ見てた」

 

「そんなことはないわ」

 

「ダンブルドアが本当に何も知らなかったと思っているの? ハグリッドがドラゴンの卵を孵したことだって当然知ってたわよ」

 

 ドラゴンの件を誰にも知られていないと思っていたみんなは緊張して跳び上がった。ハンナまで一緒に跳び上がったのには笑いそうになった。

 ちらりと彼女を見ると、私の思惑がわかったハンナがどぎまぎと友人達の顔を窺った。言いたいのに言えないジレンマが情報を漏らした後ろめたさに見えて、私の情報元だと白状しているようにしか見えなかった。ごめん。ハンナ。後で謝っておこう。

 

「グレンジャー、ホグワーツの防御について説明できるかしら?」

 

「もちろんよ。ホグワーツは鉄壁の結界で覆われ、何人たりとも……っ!」

 

 説明できるかと言われれば脊髄反射で記憶した情報を開示せずにはいられないグレンジャーが勢いよく話しだし、そして急に息を呑んだ。

 

「気付いた? そうよ。鉄壁の結界で覆われているの。深夜に箒で空から忍び込んできて、しかもドラゴンなんて魔力の塊みたいな危険生物を連れて素通りして出ていけるような、そんな甘い守りじゃないのよ。グリフィンドールがマイナス200点になったあの夜、結界は解かれていた。それはなぜ?」

 

「……ダンブルドアが、解いた?」

 

「そうよ。彼はあなた達の冒険を見守っていたの。ほけほけ笑いながら結界を解いたに違いないわ。そして『冒険に罰則は付き物じゃの』とか言いながらあなた達が先生に捕まって減点されるところを微笑まし気に見てたのよ、きっと」

 

 そう。箒で空から忍び込むなんて、本来ありえないのだ。そんな弱い防衛ならホグワーツはとっくに死喰い人に奪われていた。

 

 ダンブルドアがハグリッドのドラゴン騒ぎを知らなかったはずがない。

 どの時点で知ったのかはわからない。ドラゴンの卵を餌に秘密をほいほい垂れ流していた夜か、こっそり孵して育てようとしている挙動不審な動きで気付いたのか、そこはわからないけど。

 

 だけど、あの夜、ドラゴンをルーマニアのチャーリーのもとへ送り出すためには、守りの結界を解かなくてはいけなかった。

 そんなこと、ダンブルドアにしかできない。

 

 ダンブルドアはドラゴンを秘密裏に育てるという違法行為を黙って見ていた。

 当然、ドラゴンの卵をもたらした相手がクィレルだったことも、そのためにあの部屋の三頭犬の秘密が漏れただろうことも気付いて、そのままにしていた。

 

 ハリー達が介入しなければどこかの段階でダンブルドア自身がクィレルを斃して、ドラゴンも没収していただろうけど。

 

「だって……じゃあなぜ? 校長は『賢者の石』を守りたかったんじゃなかったの?」

 

「あのね。本気で守りたければダンブルドアが持っていればいいのよ。彼がローブのポケットに入れて持ち歩けばいったい誰が彼から奪えるって言うのよ。クィレル程度が手を出せるはずないわ」

 

「……あの部屋はなんだったのかしら」

 

「ハリーと仲間達が苦難を乗り越え、友情を築き、正義の為なら多少の校則破りや違法行為も犯し、危険を顧みず勇気を振り絞って敵と戦う。英雄になるための初級ステージだわ。

 そんなことにホグワーツの全生徒を巻き込んだのよ」

 

 1年生の生徒でもできる『鍵開けの呪文』ひとつで開く扉の中に、三頭犬がいたの。それがどれだけ危険なことかわかってる? そう続けるとグレンジャーは言い返せず黙り込んだ。

 私はみんなの顔を見回して、畳みかけるように語り掛けた。

 

「1年の最後の日。ハリー達の活躍によってグリフィンドールに大量の点数が入った。すごい逆転劇だったよね。あなた達は喜んでいたけど、あれってあの場で点数を入れる必要あった? 事件があったのは1週間も前よ? 加点ならもっと前にできたはず。わざわざスリザリンカラーに大広間を飾り立てて、スリザリンの優位を見せつけて、次の瞬間ひっくり返したの。

 凄い達成感だったでしょ? 『賢者の石』を守った僕たちは正しかった。勇気を持って敵と戦うことは素晴らしいんだって心に植え付けたの。

 言っておくけど敵は“例のあの人”よ。スリザリン寮の生徒じゃないわ。校長はあなた達に戦う意義と達成感を持たせるために、スリザリン寮をダシにしたの。“例のあの人”を撃退した喜びと、スリザリン寮を打ち負かした喜びを繋げてみせた。教育はある種の洗脳だわ」

 

 グレンジャーは黙り込んだ。きっと優秀な頭脳で目まぐるしくいろんなことを考えているのだろう。

 考えが纏まらないで複雑な表情をしている彼らに、私は少し言葉を柔らかくして、最後に言ってから立ち上がった。

 

「いろいろ言ってごめんなさい。まあちょっと違う立場の者が感じる想いも知ってほしいってことを言いたかっただけなの。できれば私達自身のことも見てほしい。私と親は別。私は“例のあの人”も死喰い人も敵だと認識しているの。それを『スリザリンだから、レストレンジだから』ってだけで頭ごなしに否定しないでほしい。ハリーやハンナとの友情も認めてほしいだけなの」

 

 長い時間、喋り続けたけど、これでハリーとはまたファーストネームで呼び合う仲になれたし、グレンジャーとウィーズリーとも一応の和解はできた。

 

 ……もっと拗れるかと思っていたロンとすんなり和解できたのにはちょっとほっとした。『超一流ミュージシャン』と“円”+『超一流パイロット』の合わせ技が凄すぎる。

 もしかしたら。今までのホグワーツでの私の態度を見ていて、ロンの中でも内心思うところがあったのかもしれない。だと嬉しい。ロンは頑なだけど、謝る時はちゃんと謝れる子だし。

 

 今後のシリウスの件についても、進展があればすぐに知らせると約束して、私達は友好的に挨拶を交わしてわかれた。

 

 

 

 

 



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3年-9 守護霊の呪文

 

 

1994年 2月 第4週

 

 ハリー達と話した翌日。

 私は授業の合間を縫ってシリウスを迎えに『暴れ柳』を通って『叫びの屋敷』へ出向いた。

 

「シリウス?」

 

 2階の部屋へ入ると、彼は神妙な顔をして私を待っていた。

 

「昨日の魔法省でのやり取りはちゃんと見れました?」

 

「ああ、あいつが情けなく捕まえられて全部話すのを聞いた。ありがとう、エリカ。君のおかげだ。君がワームテールを見つけてくれて、わたしのことも見つけてくれた。

 君がわたしに未来をくれた。感謝してもしきれない」

 

「いいえ、シリウス。あなたが無実だと知って私がどれだけ嬉しかったか。

 昨日ハリーとも話をしてきました。ハリーにも一刻も早くあなたの無実を知らせたかった。ハリーの名付け親がいることも。

 シリウス。ハリーもあなたを待っています。だから早く無罪を勝ち取って、体調も治して、そしてハリーに会いにきてください。もちろん私にも」

 

「……ああ」

 

 シリウスは両面鏡と巾着を私に返し、脱獄した時に持っていたものだけを持って外にでた。

 ホグズミードで待っていたルシウス叔父様と挨拶を交わし、彼らはルシウス叔父様の付き添い姿くらましで帰っていった。

 

 

 

 

 

 ……行った?

 

 

 本当に?

 

 

 数分待って何も起きず、ルシウス叔父様から緊急の連絡もないことを確認し、やっと、やっと心の底から安堵のため息をついた。

 

 うわあ、ほっとしたあ!

 

 ほんとはさ、ハリー達ともここで会わせたいなって思ったんだけど、なんかすっごくフラグっぽいじゃん、それ。

 原作みたいに誤解が解けて「一緒に暮らそう」「ぜひ!」で次の瞬間ディメンターって流れ。

 

 あれを連想するのがとても怖くて、会わせてあげられなかった。

 まだ周りにディメンターがいるし。

 

 実のところ、シリウスがここにいるのが怖くてしかたなかったのだ。いつディメンターが来てシリウスに襲い掛かるかと、気が気じゃなかった。なんか物語の盛り上げ的にシリウスのディメンター襲撃フラグがびんびんしててさ、ほんと、ずっと冷や冷やしてました。

 

 ルシウス叔父様に預けたから、もう安心。ほんと、怖かったや。

 

 

 

 

 

 翌日、ホグワーツを囲んでいたディメンターに撤退命令が出された。脱獄犯を捕まえられなかったディメンターは怒り狂ったらしい。

 ずっと若さと希望と熱情に溢れた学校と言う“美味しい獲物”が多数いる場所にいるにもかかわらずまったく喰うことを許されなかったうえ、脱獄犯を捕まえられないまま即刻撤退命令を受けた彼らは怒りと食欲が限界突破したのだろう。

 

 数体のディメンターが制御を離れて、ちょうど校庭にいた者達へ殺到した。

 そこにはハグリッドの『魔法生物学』の授業でグリフィンドールとスリザリンの3年次生が集まっていた。

 

 

 いきなり寒気と恐怖に襲われて身体が竦む。

 今日の教材となっていたユニコーンが細く悲鳴のような鳴き声をあげ、生徒達は怯えてしゃがみ込む。見上げると数体のディメンターが獲物を狙うように舞っている。

 ハグリッドは焦って「集まってしゃがめ」と指示して私達の前に立ちはだかる。魔法を大っぴらに使えない彼にはそれ以上の対処はできない。

 

「みんな! 修行の成果を見せる時だ。僕たちならできるぞ!」

 

 ドラコの緊張を隠そうとする上ずった声に、そうだ、私だけじゃなかったんだと周りを見た。

 

 恐怖に負けじと奮い立つ友人達の姿が見える。私達は左手のバングルから一斉に杖を抜きざま、呪文を唱える。

 ハリー達4人も同時に杖を構えた。

 

『エクスペクト・パトローナム!!』

 

 私のワタリガラスが、ドラコのケナガイタチが、セオのシャムネコが、ヴィンスのトラが、グレッグのヒョウが、ダフネのウサギが、パンジーのヨークシャーテリアが、ミリセントのワシが、ブレーズの馬が、一斉に放たれた。

 ハリーの牡鹿とハンナの豆柴、グレンジャーのカワウソ、ウィーズリーのテリアも空を翔ける。

 

 銀白色に輝く獣たちが空を翔け、ディメンターを追いだすように何度も何度も周りを翔け、攻撃を仕掛ける。まだ上手に出せなくて、今にも消えそうな守護霊や途中で消えてしまったものすらあったけど、これだけ数が揃うとそれだけで力がある。

 幸福の気配を嫌ってディメンターが身を捩じらせた。

 

 騒ぎに気付いた先生方がこちらに駆け寄りざまに飛ばしてくれた守護霊がダメ押しとなり、ディメンターは逃げていった。

 

「できたわ。できた、私もできたわエリカ!」

 

 なかなか最後までうまくいかなかったミリセントが、自分の出した勇壮なワシに蕩けるような笑顔を浮かべた。ディメンターを前にして初めて成功させるなんて、ミリセントの本番強さがすごい。

 

 

 授業は中止となった。駆け付けたルーピン先生が全員にチョコを配り、生徒達の体調を見て、その後守護霊を出した私達を褒めてくださった。

 ハリー達グリフィンドール4名とスリザリン9名の計13人は、それぞれ10点の点数を貰った。

 お互い視線だけで健闘をたたえ合う。ちょっと互いの存在を認めあった空気が流れた。

 

 

 

 ディメンターはその後アズカバンへ帰っていった。

 ディメンターを人が制御することは難しいのではないかというアズカバンの問題点が浮き彫りになった事件だった。

 

 

 

 

 

 

1994年 3月

 

 ルシウス叔父様とは数回両面鏡でやり取りした。

 陪審員の過半数をこちら側のもので揃えた、とか、シリウスはハリーに会いたい一心で頑張っている、とか、ダンブルドアに対する不信感は植え付けておいた、とか。鏡で彼の報告を聞くたび、さすが叔父様と感心してしまう。

 

 最初ルシウス・マルフォイが後見となったことにシリウスは不信感を隠せなかった。

 叔父様が根気よく宥め、妻のシシーが従姉弟のシリウスをどれだけ心配しているか、姪の私がレストレンジであることでどれだけ苦労しているか、と同情を煽り、自由になればハリーと暮らせると意識を向けさせ、煽て、励まし、なんとかシリウスの信頼を得ることができたらしい。

 

 

 シリウスの裁判は、ルシウス叔父様が方々へ送り届けた鼻薬のおかげでスムーズに開廷が決まり、真実薬と開心術によるシリウスとピーター・ペティグリューの証言で、あっという間に無罪を勝ち取った。

 

 シリウス・ブラックは誤認逮捕を魔法省から正式に謝罪されて釈放。ピーター・ペティグリューはアズカバンでの終身刑となった。

 

 魔法省はこの冤罪の責任をそれぞれが押し付け合い、無様をさらした。

 

 

 

 

 朝食時、大広間では、新聞を取っている生徒達からどよめきの声が広がった。

 私も新聞に目を向けた。日刊予言者新聞の一面にはセンセーショナルな見出しが踊っていた。

 

『シリウス・ブラックは冤罪だった! ブラック家悲劇の王子、12年ぶりに自由の身へ』

 

 私の手の中には、こちらに向かって気障なポーズをとる男の写真が載っている。

 右手を左胸のあたりにあてて軽く目をつむり、次にカメラ目線でウインクを飛ばすイケメン。

 幽鬼のようにしか見えなかった土気色の肌ややせ衰えた身体も、冤罪の事実を知って、なおかつ、髪と身なりを整えた今の彼の姿を見れば、今にも消え入りそうな繊細で儚げな悲劇の王子にしか見えない。

 

 極悪人の脱獄犯から一転、悲劇の王子はあっという間に女性陣の同情と人気をかっさらっていった。

 

 よかった。これでシリウスは、自由だ。

 安堵のため息をつき、グリフィンドールの席を見る。ちょうどグレンジャーがハリーに新聞を見せているところだった。驚き、頬を喜びに輝かせたハリーがグレンジャーに微笑み、そして熱心に新聞の記事に目を走らせはじめた姿を見て、視線を戻した。

 

「で? これはエリカがやったのかい?」

 

 ドラコが確信をもって問いかけてくる。むしろ、周囲に聞かせるためにここで話し出したのだろう。周りの視線を受けて私は説明することにした。

 

「そうなの。ひょんなことからシリウス叔父様の無実を知ってね。ルシウス叔父様には全面的にお世話になっちゃったわ。でもおかげでブラック家の最後の生き残りが無罪放免になれたの」

 

「なるほど。純血貴族家の勢力図が変わるな」

 

「そうね。まさしく『王の帰還』ね」

 

 もう耳の早い貴族家ならブラック家と繋がろうと考え、あちこちで梟が飛び交っていることだろう。魔法界の王の復活なのだから。

 そして逆境時に手を差し伸べたマルフォイ家とレストレンジ家の立ち位置は決して揺るがない。シリウス・ブラックの一番の理解者は私達。このアドバンテージはとても大きい。

 

 周囲のスリザリン生もきっと家族に報告のフクロウを送るだろう。ブラックとマルフォイ、そしてエリカ・レストレンジの強い結びつきについて。

 

 シリウス・ブラックがブラック家当主として立つかどうか、今のところ何も決まっていない。でも、私とルシウス・マルフォイがきっと彼を王に盛り立てる。

 ダンブルドアでもヴォルデモートでもない。第三勢力の誕生だ。

 

 

 

 

 夕方寮に戻ると、ドラコが私をトランクに誘う。私はドラコ、ヴィンス、グレッグと共にトランクに入った。

 

「それで? 君はいったい何をたくらんでいるんだ? ホグワーツ特急で僕たちに話していたことだろう?」

 

 部屋に入ったとたん、ドラコが顎をしゃくる。ヴィンス達は会話に参加するつもりはないのか、部屋の端に立ち、静かに聞く態勢でいた。

 

 ドラコは12年前の事件の詳細をルシウス叔父様から一緒に聞いている。冤罪の話も新聞に書かれていた。

 私が話せることは、ネズミ姿のピーター・ペティグリューを確保して、魔法省に顔が利くルシウス叔父様を頼った、というところくらいしかない。

 ダンブルドアがシリウス・ブラックを手駒にしたら私達はとてもやりにくくなる。だから、私がシリウスを説得してこちら側へ引き込んだのだと。

 

「エリカは何故そのネズミが『動物もどき』だと気付いたんだ?」

 

「それはね。内緒」

 

「エリカ」

 

 『忍びの地図』はできるだけ内緒なのだ。だって貸してって言われたら困るもん。私の行動を見られたくないから。それに分霊箱の事もまだ話せるわけがない。

 

「意地悪言ってるわけじゃないわよ。ここからはとても危険な話になってくるの。ドラコがちゃんと私の……ううん。ハリーのことも認められるようになるまでは話せないし、それ以上に“閉心術”をクリアしなくては話せない。危険だから」

 

「そんな危険なことに父上を巻き込んだって言うのか?」

 

「ドラコ。怒らないで。ねえ、ドラコ。私のディー。

 あなたは、お父様が死喰い人のままで、ほんとうにいいと思っているの?」

 

「っ。ち、父上は死喰い人なんかじゃないっ」

 

 お互い知っていることなのに、時々ドラコはこんな風に『なかったこと』にしようとする。父親の罪が恐ろしいのだろう。

 

「ディー、ディー、落ち着いて。

 あのね。ルシウス叔父様はあなたを愛しているわ。とてもとても大切に思っている。シシー叔母様もね。

 でもうちの両親は私にまったく興味がなかった。赤ん坊の私を育てたのはロニーよ。彼らはただ私が産まれて、その後生きていることを容認しただけ。まあ殺されなかったこと、養育費を出し渋らなかったことを感謝すべきかもしれないけど。でも愛されなかった事実は変わらない。だから、あの両親の娘として生まれたことをすごく嫌だと思っている。

 

 なのに、あの人達のせいで私は魔法界の嫌われ者よ。陰口を叩かれ、何かがあれば疑われ、就職だって婚姻だって絶望的。金銭的に恵まれていることはありがたいけどあの両親は私にはマイナスでしかないわ。

 だから、私は両親を憎んでいる。例のあの人や死喰い人を憎んでいる。

 

 でもね、ディー。元死喰い人でも、ルシウス叔父様は私に優しかった。姪っ子として愛してくれた。だから私は叔父様が大好きよ。私は叔父様に不幸になってもらいたくないの。

 それに、ドラコも、ヴィンスも、グレッグも、セオも。みんな私の大好きな友人なの。

 

 もし例のあの人が復活すれば。

 ドラコはどうなると思う? ヴィンスとグレッグ、セオは? みんな死喰い人として闇陣営に引き込まれるに決まってるわ」

 

 容易く想像できるその未来に、ドラコ達は身震いした。

 私はドラコの手を握りしめた。

 

「ディー。私はね、例のあの人の復活を阻止したい。叔父様もその想いに賛同してくださったのよ。だから、叔父様は死喰い人から手をひくことを決断なさった。ドラコやシシー叔母様の安全のために。

 そして、“例のあの人”に対抗するための力をつけようとなさっている。シリウス・ブラックは私達が今後生き残るために、ぜひとも味方につけたい人なの」

 

「ポッターは?」

 

「ハリーはね、シリウス叔父様が名付け親なの。叔父様はブラック家の当主となられて、いずれはハリーを引き取られる。ポッター家を途絶えさせるわけにはいかないから正式にブラックになるとは思わないけど実質私達の従兄妹になるわね。だからドラコとも仲良くなってもらいたい。

 それにハリーは、“例のあの人”との因縁がある。彼も必要不可欠な人なの」

 

 ドラコは今回の話について一応の納得は済ませたのか、やっと表情を少し緩ませた。

 

「ドラコ。無理しなくていいから。ハリーと少しでも話してみて。1年の時のハリーの私への態度に怒ってくれたんだよね。もういいの。彼は謝罪してくれた。最初にあった時、友達になれると思ったでしょう? 彼と仲直りしてほしいの」

 

「グリフィンドールの奴と、分かり合える気がしない」

 

「ハリーは大丈夫よ。けっこう話せる子よ」

 

 

 

 

 

 翌週、スリザリン寮のクィディッチ最終試合が行われた。

 スリザリン対ハッフルパフの試合では、スリザリンチームの猛進撃でハッフルパフの追随を許さず、スリザリンはまた勝ちを掴んだ。

 

 ハッフルパフのシーカー、セドリック・ディゴリーは優秀な選手だけど、他の選手があまり育っていない。そのうえ、スリザリンの選手は全員がニンバス2001に乗っていて、しかもみなラフプレイも辞さない戦い方。優等生のハッフルパフではできないギリギリのラインを攻めていた。

 

 次に行われる今季最終戦で、グリフィンドールが280点以上の点数差で勝たなければ優勝はまたスリザリンのものとなる。

 

 

 

 

 

 

 シリウスは無罪を勝ち取り、大手を振って自由の身となった。彼は一刻も早くハリーに会いたいと希望しているらしい。だけど冤罪が証明されたことや、仇を取れたことで気が抜けたのか、衰弱していた身体が耐え切れず寝込んでしまった。長年過酷な状況下で暮らしていたため体力は地に落ちている。

 しばらくはマルフォイ家で療養することになるらしい。

 私はこのイースター休暇にマルフォイ家へ行って話をすると梟を送った。

 

 

 

 

 

 

 毎週一度の『守護霊の呪文』の練習会は、全員がクリアしたことで終了となった。だけど、みんなで集まって勉強するっていう習慣はそれからもずっと続き、談話室で課題を一緒にしたり、わからない所を質問しあったりしている。

 『守護霊の呪文』は技術があがれば伝言を飛ばすことができるようになるのよ、と話すと、彼らはこれからも続けて技術を磨いていくと言っていた。

 

 ブレーズが居住まいを正し、私達の顔を見回すと真剣な面持ちでそっと呟いた。

 

「君たちが、何年後も、大人になっても、ずっと守護霊を出せる未来を、僕は祈っている」

 

 死喰い人の子供ではないダフネ、ミリセント、パンジーも頷く。

 私は心から深く頷いた。ドラコ達も神妙な顔で頷く。

 

 うん。ほんとだね。この中からひとりも死喰い人を出したくない。

 私も、心から、祈っているよ。

 

 

 

 

 

 

 ドラコの“閉心術”の訓練のため、『必要の部屋』へ彼を案内することになった。ヴィンスとグレッグも一緒だ。

 

「こんなところに訓練ができる場所があるのかい?」

 

 壁の片方は一面にタペストリー。もう片方の壁は何もない空間。ドラコが不思議そうに周りを見回す。どうみても壁しかない。

 

「『必要の部屋』のことは当分誰にも内緒にしてちょうだい。

 ここでどんな部屋が必要なのか祈りながら行ったり来たりするの。しっかり考えなきゃいけないのよ。こんな感じ。『閉心術の練習ができる部屋が必要です。閉心術の練習ができる部屋が必要です。閉心術の練習ができる部屋が必要です。閉心術の……』」

 

 一心に祈りながら歩くこと数回。いきなり出現した扉に、ドラコ達が驚きの声をあげた。

 

「すごい! 扉が!」

 

 3人を促して部屋に入る。中は私がメリーさん達と一緒に閉心術を練習した時と同じ部屋だった。

 鏡に向かって練習し、頭と身体を休めている間に他の者が練習する、という感じでやってちょうだい、と言うと、ドラコは珍し気に見回し、テーブルの上の本を手に取って読み始めた。

 

 ヴィンスは部屋の内部を見て歩き、グレッグはそのまま鏡の前に立ち、ほんの数秒で呻くとソファのクッションに倒れ込んだ。ドラコとヴィンスが驚いてグレッグに駆けよった。

 

「おい、大丈夫か? グレッグ」

 

「大丈夫よドラコ、ヴィンス。グレッグは気持ち悪くて倒れ込んだの。心を見られるってのはそれくらいおぞましいことなのよ。ふたりも試してみて」

 

「……わかった」

 

 呻きながら会話を聞いていたグレッグがずりずりと移動し、かわりにヴィンスが鏡の前に立った。

 やがて彼も呻いてソファに崩れ落ちる。ドラコは二人の有様を見て鏡の前に立つかどうか躊躇していた。ヴィンスがごろりと転がって場所を譲る。恐々と鏡の前に立ったドラコも数秒で呻いて倒れ込んだ。

 

「お疲れ様。できるだけ何度もここにきて閉心術ができるようになってね。閉心術は絶対にできなくちゃいけないの。辛い修行だけどクリアできると信じてるわよ」

 

 もうすでに辛そうな表情の3人に、鏡を指して練習を促す。

 

「『実録! 死喰い人の秘密に迫る』って本に書いていたけど、“例のあの人”は開心術の権威よ。世界一の開心術士だと言われていたんだって。開心術の巧者はね、人の心に押し入って、別の記憶を流し込んでしまうなんてこともできるの。

 ハリー・ポッターに敗れてしまう前は、捕まえた人に拷問される幻影を流し込み続けて発狂させるなんてお遊びもやってたらしいわ。見られたら最後よ。絶対に心の中に入られてはだめ」

 

 聞かされた情報のえげつなさに青い顔をして私を凝視する3人に、鏡の中の内容はお互い見ないようにプライバシーを守りながらがんばってね、と手を振り、私は『必要の部屋』をあとにした。

 

 

 

 

 

 




いつも感想ありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。
ご指摘が多いので、タグにアンチ・ヘイトを追加いたしました。


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3年-10 第三勢力の発足

1994年 4月 イースター休暇

 

 イースター休暇を利用して私はマルフォイ家へ向かった。

 

 

 私とルシウス叔父様、シリウスがテーブルについて話し出す。もちろん、ベペリには今回もスパイ除けをお願いしてある。

 

「シリウス。あなたの無罪が証明されて、本当に嬉しいです」

 

 2月に初めて会った頃よりは少し顔色の良くなったシリウスを見て微笑む。

 あの頃のシリウスは、ガリガリで死人のように顔色も悪く、精神的にも追いつめられて血走った目がぎょろついていて酷いありさまだった。

 

 今はすこし体調が戻ってきたようだ。やっとあのアズカバンの地獄から釈放された解放感と、親友夫婦の仇をとれた安堵と、もうすぐ名付け子のハリーに会える喜びに瞳を輝かせていた。

 

「君がワームテールを捕まえてくれたおかげだ。ありがとうエリカ」

 

「ええ、シリウス。早くお身体を回復させてくださいね。遠目にしか見れてないでしょうがハリーの外見は写真で見るジェームズ・ポッターそのものですよ。彼を見て喜びのあまり死んでしまいそうな顔色じゃありませんか」

 

「こんなもの数日もあればなんとかなる」

 

「だといいのですが」

 

 一通りの挨拶を終え、あらためて、私が何をしてきたかを話す。

 

「闇の帝王がポッター家を襲ったハロウィンの夜、なぜ、帝王は死なずに、煙のように消え失せたのか。それは分霊箱という不死のための闇の秘術のせいなんです」

 

 分霊箱について説明し、これがあれば帝王は死なないことを話す。

 私は子供の頃にその存在を知り、これがある限りヴォルデモートが蘇る未来があることを恐れた。それからずっと分霊箱を壊し、あいつを倒すことを目標としてきたことを話した。

 

 そして3つの分霊箱を集め、昨年、やっと壊したこと。分霊箱にはおそらくまだ残りがあるだろうということ。

 そしてルシウス叔父様も帝王から預けられていたものが分霊箱と知り、それを壊したのだと言及する。

 

「叔父様はうちの両親と同じように分霊箱をひとつ、保管するように言われて預かっていたんです。慎重なヴォルデモートはそれが分霊箱だなんて言ってません。だから叔父様はそれに気付かないまま、保管なさっていました。

 ですが、私の話を聞いて、叔父様もそれが分霊箱だとわかったのです。

 私の用意したゴブリンの剣で、みごと壊してみせ、闇の帝王との決別を決意なさいました。

 私達は4つの分霊箱の破壊に成功しました」

 

 

 それに、と私達の状況についても説明する。死喰い人の子供はとても立場が悪く、『腐れ蛇の子は腐れ蛇だ。拷問好きのイカレ女になる』とずっと言われてきたことを訴えた。

 

「私達が普通の13歳の子供だなんて、誰も信じてくれません。私は、私のことも助けてほしい。中庸な立場で周囲を納得させる後ろ盾が欲しいんです。だからシリウス。私があなたを助けたのは、私達の事も助けてほしいという打算もあったんです」

 

 ルシウス叔父様も、マルフォイ家存続のためにも、ドラコの健やかな未来のためにも帝王よりこちら側にいたほうがより安全で、より幸せな未来が掴めると判断したのだと言った。

 我が子の成長が楽しみで、彼の為にも正しくありたいと、そう考えているのだとルシウス叔父様の言葉にも力がこもる。

 

 

 そして私とルシウス叔父様は、シリウスにブラック家を継いでもらいたい、と願った。

 だがシリウスは首を横に振る。

 

「わたしはもうそんなつもりはない。ヴォルデモートを斃すための協力は惜しまないがブラック家を継ぐつもりはない。ただハリーの成長を見守りたいんだ」

 

「ハリーは“例のあの人”が生きている限り、決して平穏な生活は送れません」

 

「……」

 

「ハリーは“例のあの人”を打ち破った男の子だと魔法界の誰もが知っている。闇の帝王は死んだわけじゃありません。今、少しずつ力を取り戻しているんです。確実にハリーが狙われます。ハリーを守るには、あなたのブラック家としての力が必要なんです」

 

「ダンブルドアがいる」

 

「いいえ。前にも言いましたが、ダンブルドアはハリーを英雄にしようとしています。

 ハリーには平和に暮らしてほしい。でも例のあの人が生きている限り、奴は彼を狙い続ける。復活すればきっとハリーを殺す。

 ダンブルドアはハリーを英雄に育て、帝王を彼に討たせようとしている。

 そのどちらもだめです。

 ハリーを英雄へと導くダンブルドアとは違う形でハリーを守ろうとするなら、ダンブルドアや不死鳥の騎士団とも揉めるかもしれません。

 もちろん同じ敵を斃そうとしているんですから話し合える余地はありますが、それはこちらに力があってこそです。

 ハリーを守るには我々には力が足りません。

 

 シリウス。ハリーの為を思うならブラック家を継いでください。正統なブラック家当主として、ハリーを助けてください。貴方が正統なブラックの王になるんです。使えるはずの力を、自ら投げ出すなんてナンセンスです。

 魔法界の王たるブラック家当主なら、光の陣営も、闇の陣営も、どちらからも従うものが出てくるはずです」

 

 シリウスは長い時間、じっと黙って座っていた。

 そして、ひとこと、こう言った。

 

「わたしは、もう、ブラックでいたくはない」

 

 ああ。

 シリウスはまだ思春期の反抗心のままでいる。

 この人は12年間、アズカバンで後悔と憎しみだけを思い続けてきた。

 彼の時間は止まったままだ。

 

 ……しかたない。もう少し落ち着いてから話すつもりだったのだけど。

 

「シリウス……私の話を聞いてください。あなたには知ってもらいたいことがあります。

 レギュラスのこと。クリーチャーのこと。それからヴァルブルガおばあ様のことを」

 

 私はシリウスにレギュラスの日記を見せた。

 

「これは?」

 

 シリウスは訝し気に日記を見下ろす。そして《R・A・B》の文字を見て『レギュラス?』と呟いた。

 

「子供の頃から我が家にありました」

 

「レストレンジに?」

 

「ええ。なぜこれが私のもとにあったのか、それはわかりません。5歳になる少し前にこれの存在に気が付いたんです」

 

 日記を開くことができなかったし、そもそも文字も少ししか読めなかったけど、これが大切なものだということは漠然とわかっていた。だからそのまま持っていた。

 5歳の時、本家へ行って、レギュラスの部屋の扉に書かれた《R・A・B》の文字を見て持っていた本がレギュラスの日記だと知ったこと。クリーチャーに日記の開き方を聞いたことなど、順を追って話した。

 

「レギュラスが……ああ、レギュラス。レジー。レジー。俺がレジーをここまで追いつめて……ああ」

 

 シリウスは日記を読み、泣き崩れた。

 とくに日記のパスワードが『シリウス』だったことにレギュラスの愛を感じ、自分本位で弟の立場を考えていなかった若き日の自分を恥じて泣いた。

 

「ここに書かれているロケットは?」

 

「ええ、私が壊しました。クリーチャーが壊せと命じられたものの、どうやっても壊せなかったと嘆いていたんです。私は、大きくなったらがんばって強くなってクリーチャーの代わりに壊すと約束しました」

 

 私は巾着から魔力遮断布に包まれたものをひとつ取り出した。

 テーブルに置いたそれをそっと開くと、中から『スリザリンのロケット』が現れた。

 

 どす黒く変色し、見る影もなく歪んだロケットは、くっきりと剣に刺し貫かれた傷跡がある。そこからまるで血が流れたかのような黒い染みが伝っている。

 闇の魔法具特有の妖しい気配はもうないけど、ちょっと素手で触ることを躊躇するくらいの汚い黒だ。

 

 おぞましい姿に、シリウスが顔を歪めた。

 

「分霊箱は通常ひとつしかつくりません。レギュラスは命と引き換えに、そのたったひとつの切り札を奪い取ったと信じて逝きました。ですが」

 

 私はまた巾着からふたつの魔力遮断布の包みを取り出す。ロケットと並べて開いてみせた。

 『ハッフルパフのカップ』と『レイブンクローの髪飾り』が、同じように剣に刺された傷跡から黒い染みを垂らしたおぞましい姿をさらした。

 ルシウス叔父様も執務机から『トム・リドルの日記』を取り出して並べて見せた。

 

「分霊箱はひとつじゃなかった。レギュラスは命がけで帝王から奪ったけど。そして、あの時の状況では、命と引き換えでなくてはどうしようもなかったのかもしれないけど。

 レストレンジの金庫でこのカップを見つけた時の私の衝撃が、わかりますか」

 

 ここでやめればレギュラスは犬死です。そう呟くとシリウスが震える手でロケットを握りしめた。

 

 成長して日記を読み、分霊箱の存在を知り、それがある限り私に幸福は訪れないと覚ったんです。なんとしてもすべての分霊箱を探しだして壊す。そして帝王を斃す。その思いが私の原動力となったのだと私は語った。

 そして。

 

「シリウス。レギュラスはクリーチャーをとても大事に思ってました。どうかクリーチャーをシリウスも大切にしてあげてください。クリーチャーはレギュラスの代わりに分霊箱を壊すため頑張ってたんですよ」

 

 

 それから、両親がどれほどシリウスを愛していたかも話す。

 

「シリウス。よく聞いてください。

 ブラック本家は先代が亡くなると嫡子に引き継がれる。正統な順位に従って相続されていきます。当然、家系図から抹消された者はその順位には含まれません。本来なら、家系図から抹消されたあなたが受け取れるはずはないんです。

 ヴァルブルガおばあ様は家系図から貴方の名前を消した。でも表面上だけです。財産の継承権をはく奪したわけじゃない。

 

 今、本家の屋敷にはブラック家の親族しか入れません。シリウス、あなたは入れるんです。同じように家系図から消されたアンドロメダ叔母様は入れませんよ。

 

 ヴァルブルガおばあさまは、ご自分の死に際していくつかのものを遺産として親しい方々に残してらっしゃる。私も指輪と資金を頂きました。

 きちんと遺産分与の処理をなさってから亡くなったんです。

 

 ですが、ブラック本家の資産はそれだけじゃありません。グリンゴッツの奥深くに残されたいくつもの金庫や、グリモールド・プレイスにある本家の屋敷、たくさんの別荘、領地や荘園その他は“誰それへ”という指定もなく残されているんです。

 ブラック家の当主の座もあいたままです。

 

 あなたのためです。誰のものでもない宙ぶらりんになった資産は、すべてシリウス・ブラック、貴方に、貴方のために残したものです。

 

 ヴァルブルガおばあ様は、あなたを愛していた。だけど、主義の違いがそれを表に出すことを許さなかった。表に出せなかったから、こんな形で残したんです。ちゃんと愛してたんです。ヴァルブルガおばあ様のあなたへの想いを、どうか酌んでさしあげてください」

 

 シリウスはロケットを置くとレギュラスの日記を手に、黙って部屋を出ていった。

 

 意地っ張りのシリウスにいきなりいろいろ詰め込んでしまったか。

 独りでゆっくり考えて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 翌日、客室から出てきたシリウスは、一言だけ言葉を発した。

 

「グリモールド・プレイスに、行ってこようと思う」

 

 シリウスは独りで出掛けて行った。

 

 肖像画のおばあ様やクリーチャーとどんな話し合いをしたのか、それはわからない。

 夕方戻ってきたシリウスは、憑き物が落ちたようなしっかりした顔つきをしていた。

 

「エリカ、心配をかけてすまなかった。私はブラック家の当主として立つことにした。ルシウス、君にも支えてもらいたい」

 

「素晴らしい決断だ、シリウス。マルフォイ家はあなたを王と仰ぎましょうぞ」

 

 ルシウスの頼りがいのある言葉に、シリウスはにやりと笑った。

 

 

 レギュラスの日記は「これはエリカが持っていて欲しい」と私に返された。手に戻ってきた日記を撫でる。手に馴染む表紙のドラゴンを見て「おかえりレジー」とそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ハリーを引き取りたいというシリウスに、その前にダーズリー家にはある程度の金額を払う必要があるだろうと説明した。

 

「ハリーを虐待した奴らに金を払えというのか!」

 

 シリウスが激昂して叫ぶ。

 

「シリウス。彼らは手紙一枚でいきなり1歳の子を預けられ、それから12年間、一クヌートの援助もなく彼を育てたんです。

 今までの虐待は決して許せはしない。ハリーが彼らを憎むなら、それは当たり前の感情です。

 

 でも。同じ年頃の赤子がいるマグルの家に、魔法使いの幼児がいきなり来たらそりゃあ大変です。小さい頃はみんな魔力暴走で家中をめちゃくちゃにするのが普通なんですから。

 シリウスの部屋でリリー・ポッターの手紙を見せてもらいました。ハリーは1歳で箒に乗っていたんです。もう魔力が発現していたんですよ。ちょっとぐずるだけで部屋中をめちゃくちゃにしたでしょう。

 魔法使いなら“レパロ”の一言で直るものも、マグルじゃ全部買い替えです。費用がとても嵩んだと思います。飛び回る食器や割れた家具は凶器になりえるし、きっと赤ん坊に危険なこともいっぱいあったんじゃないでしょうか。

 ダドリーのあの過保護な育て方はそれが原因のひとつになっていると思います。

 今までの修理費や精神的ストレスに対する慰謝料、滞納していた養育費の割り増しも含めて、しっかり支払うものを支払いましょう。

 マグルの法律に詳しい弁護士を、ルシウス叔父様なら伝手がおありになりますよね? 叔父様。……ね、なら大丈夫です、シリウス。

 支払いさえ済ませればこちらの過失はゼロです。ハリーがどうしても許せないとなったらそのあと向こうの非を問うこともできますし」

 

 今まで何もできなかったのに、今さら虐待容疑で罪に問えるかというとそれは疑問だ。魔法的なもろもろで隠していたのかもしれないし。

 わざわざ喧嘩してやるほどの値打ちもない。

 

 じつのところ、ペチュニアはきっとずっと後悔の想いに苛まれているしさ。こっちがわざわざ罰を与える必要もないって思うんだ。

 

 それにハリーの守りのために毎年ダーズリー家へ戻らなくてはいけない。きっとダンブルドアがそう言うと思う。今の私が知っていてはおかしい情報だから言えないけど。

 だからその時にハリーが少しでも快適に過ごせるように、彼らとの金銭的な問題だけでも解決しておくべきだと思うんだ。

 まあどうせ2ヶ月丸々あそこにいる必要はない。原作でも8月はほとんどウィーズリー家にいたものね。学校から『ただいま』とダーズリー家に帰り、ひと月あの家で過ごして『行ってきます』と言ってでていく。それでいいなら向こうからの干渉を拒否できるだけの金銭を渡してホテル扱いすればいいわけだし。

 

 

 

 シリウスが苦り切った表情でそれを認め、ルシウス叔父様が早急に弁護士を用意すると請け合った。

 適切な金額が決まれば、弁護士に一任してダーズリー家に行ってもらうということでシリウスも納得し、ついで、話題は分霊箱へと変わった。

 

 

「今、私達は分霊箱の残りを探し出そうとしています。分霊箱はそう何度もできる秘術じゃありません。あってあとふたつかみっつが限度でしょう。残りの数は定かじゃありませんが、まずすべてを見つけ出し、破壊しなければなりません。そして、その後、二度と復活しないよう帝王を斃す」

 

「残りの分霊箱についてはまだわかっていない」

 

 ルシウス叔父様がゴーント家に一つ隠されている事は確実だが入るための“鍵”がわからずそのままにしてあることを話した。場所は特定しているのだから、他の分霊箱探しやそれ以外の用件に手をつけているのだと説明する。

 

 万が一分霊箱の残りがあった場合、また12年前のように煙のように消え失せることになる。その際、悪霊のようなその状態でも封じ込める術を探すことも必要となる。

 

 私達の説明に、シリウスも深く頷いた。

 

「なるほど。本体を封じれるならそれでもいい。それも探すべきだ。我がブラック家は闇の魔術に長けた一族だ。闇の魔術に関する書物も多く所蔵している。きっと参考になる文献を見つけてみせる」

 

「ありがとうございます。ただし、お二人とも肖像画に注意してくださいね。ご先祖様の中には死喰い人側の人もいます。ダンブルドア側のものも。敵に私達が分霊箱を知っていること、それを壊していることを知られてはだめですから」

 

「無論だ」

 

「気を付けよう」

 

「シリウスは閉心術はできますよね?」

 

「もちろんだ」

 

「ハリーも閉心術を覚えてもらわなくちゃいけませんね。ドラコ達も最近練習を始めました。

 私達は死喰い人の敵になりました。いきなり表立って対立してはこないでしょうが、いずれはスリザリン寮も危険になるかもしれません」

 

 閉心術は必須だろう。特に、スリザリン寮の私やドラコと仲のいい姿を見せればダンブルドアが警戒するかもしれない。それにハリーは傷痕を通してお辞儀様と繋がっている。奴に情報が流れることは避けなくては。

 

 ヴォルデモートはハリーを敵視している。万が一復活してしまえば、ハリーの身が危ない。

 

 

 

 シリウスが、自分も早急に理事になると言う。そうすると理由をつけてホグワーツに通いやすくなる。そこまでハリーに会いたいのか。

 シリウスが理事になってくれると学校内の事に関しての発言力があがるから歓迎するとルシウス叔父様が言い、私も深く頷いた。

 

 

 

 

 それから、もうここまで事態がすすめば、他の死喰い人にルシウス叔父様がヴォルデモートに反旗を翻したことが知られてしまう。身の安全にはじゅうぶん注意してほしいと頼んだ。

 

 お辞儀様の復活を阻止し、二度と復活できないよう完全に斃すことができさえすれば、元死喰い人の中にもそのまま大人しくなるものが多いと思う。隠れてこっそりマグルを襲うような奴はきっといるだろうけどね。

 

 怖いのは狂信者たちだ。

 帝王を裏切って殺したルシウス・マルフォイを憎み、復讐しようと考える。うちの両親やクラウチ・ジュニアなどだ。クラウチ・ジュニアが脱獄していることを知っているなんて話せないから、彼らに注意を促せないのが辛い。

 

 屋敷の防犯体制も設定を変える必要がある。入れる者の制限も必要だ。

 それにレストレンジ家も危険。死喰い人が出入りできるかもしれないのだから。私が設定を変えても上位の命令権を持っているレストレンジ夫婦が脱獄してきたらすぐ変わってしまう。

 

 たとえ今すぐ私が当主となっても、前当主時代に指定した設定を覆せないのだ。今の私は中途半端に代理人の立場を持っているけど私が触れるのは金庫の中くらい。前当主を排除できる決定権は成人まで待たなくてはならない。

 レストレンジの暖炉とは閉じておき、必要な時にだけこちらから梟か鏡で連絡するからその時に繋ぐようにしましょうと打ち合わせた。

 

「叔父様。万が一帝王が復活すれば。きっとうちの両親もアズカバンから出てきます。そうなればレストレンジの持つ危険な闇の魔法具が死喰い人のものとなります。最悪を想定して、今のうちに回収しておきたいんです。ロニーが集められるものは頼むつもりです」

 

「ふむ。別荘の隠し金庫の中に仕舞ったものはロニーでは手が出せぬな。今はエリカが当主代行となっているからエリカであれば取り出せよう」

 

 私が小さい頃は叔父様が代わりにしてくれていたから、叔父様ならそう言ったものがどこに隠されているのかを知っている。んで、今は叔父様には別荘に入る資格がなく、私はどこにあるか知らない。

 私が叔父様を連れていけば取り出せるってことだね。

 

「夏になればレストレンジの別荘に行こう。それからベラとロドルファスの私室も。これはシシーにも同席してもらうべきだな」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 レストレンジ家の書籍や魔法具はできるだけ持ち出すつもりだ。そこにハリーの分霊箱を安全に壊す方法があるかもしれない。何か役に立つ技術があるかもしれない。それに奴らに使わせないためにもあの場所から持ち出す必要がある。

 

 

 ベペリにも『ベラトリックスはマルフォイ家と私を害そうとしている。次期ブラック分家当主とその家族の命を揺るがせる者だから決してベラトリックスやその夫の命令は聞いてはいけないし、“服従の呪文”の危険があるため呼びかけにも決して応じてはいけない。名を呼ばれればすぐそれを報告すること。それから彼らの命令を聞かなかったことで自分を罰することは固く禁じます』と言い含めておいた。ポラリス・マナーにいるマーネィも呼び出して同じ命令をしておく。

 ベペリ達はブラック分家のしもべ妖精だからベラトリックスも主の一人なのだ。でも彼らも私達とベラトリックスなら当然私達への忠誠心の方が強いため、この命令はしっかり彼らの精神に受け入れられた。

 

 

 それから、私はルシウス叔父様を見つめる。

 

「ルシウス叔父様。ヴィンスもグレッグもセオも、大切な友人なんです。私もドラコも、彼らと友人でいたい。ヴィンス達は『あんなへぼ親でも見捨てられないからしっかり仲間に引き入れてほしい』って……」

 

「私が何とか説得しよう。奴らは俗物で乱暴者だが小物で流されやすい。こちらの優位性を説けば敵対は無意味だと覚るだろう。彼らの手綱は私がしっかり握っておこう。なに、いくらでも脅しようはある。

 私も腹をくくった。元死喰い人の切り崩しも私の仕事だろう」

 

 ルシウスが厳かに決意表明をした。子を思う父親の顔だった。ちょっとどきんとするほどかっこよかった。ドラコパパのカッコよさを改めて感じたよ、うん。

 

 

 

 

 4年次のことはまた改めて考えよう。

 ピーター・ペティグリューはアズカバンに収監された。ネズミの動物もどきだとわかっているんだから、小さくなっても逃げ出せないようにちゃんと管理するだろう。奴の脱獄はない。……と言い切れないのが魔法界の杜撰さなんだけど。

 まあ、奴が脱獄しなければ4年の事件は起きない。あれは彼がキーなんだから。

 

 そうなるとお辞儀様はアルバニアから動けない。

 霞状態のお辞儀様を封じ込める方法が見つかれば、アルバニアまで襲撃にいけばいい。

 ワームテールはアルバニアの森でネズミに聞いたらしい。なら犬のシリウスでも同じことができるだろう。パーセルマウスの私も蛇相手なら聞けるし。って、それはまあ内緒だけど。

 

 

 それから、ハリーが分霊箱になっていることも早く彼らに説明したい。今は話しようがないけど。でも彼らならハリーからお辞儀様を引っぺがす方法を見つけてくれるんじゃないかと期待しているんだ。

 

 

 

 

 

 

 暖炉を通り、レストレンジ家に戻る。すぐに暖炉を閉じた。これでここには暖炉を通って誰も入ってこれない。

 いつものようにロニーが迎えてくれた。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

「ただいま、ロニー」

 

 リビングのソファに座り、紅茶を入れてくれたロニーに礼を言うと、彼女に話しかけた。

 

「あのね、ロニー。レストレンジ家のこの屋敷と、別荘やほかの所有地にある書籍類をすべて集めて置いてほしいの。夏に帰ってくる時に受け取るわ。禁書や闇の魔法書も全部欲しいの。全部よ」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

「魔法具も全部出しておいてくれるかしら。あるだけ集めて。便利なものや珍しいもの。それからあの両親が悪い事に使いそうなものもね」

 

「……かしこまりました」

 

 お辞儀様が復活しなければ両親の脱獄はないだろう。でも準備はしておくべきだよね。夏休みにはここを片付けて“木漏れ日の家”に拠点を変えよう。

 ロニーは……連れていくわけにいかない。でも離れたくない。

 

 これも考えなきゃだな。

 

 

 

 



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3年-11 取り戻せた日常

 

1994年 4月

 

 授業はどんどん難しくなり、期末試験に向けて課題は恐ろしいほど大量に出される。

 ドラコ達は時間を取られすぎていて、なかなか思うように閉心術のレッスンが進んでいないようだった。頑張れとお尻を叩くと、「エリカがほんとにできるのか見せてみろよ」と言うから彼らの前で鏡に向かい、ぴったりと心を閉じ、まったく鏡に映る私の姿が変わらないところを見せてあげた。(私が心の階層を作れるところまで進んでいることは内緒なのだ)

 

 ドヤ顔をしてみせると、うくぅと悔し気に唸った。私が練習の手伝いをしてもいいけど、私に見られるわよ? いいの? 好きな女の子とか、気になるあの子とか、いないわけ? と言うと、とたんに「もう少し3人で頑張る」と男子達が団結を見せた。ふっ、若いな。

 

 ドラコは私が調教したおかげで精神的に成長して女性の趣味が変わったのか、原作でこの時期付き合っていたきゃんきゃんと元気なパンジーよりも、大人しく清楚なダフネと良い感じになりかけている。

 ヴィンスとグレッグは快活でスポーツマンで純血、とてもモテている。家柄がそれほど高くないため、間口が広そうに見えるのか、中流貴族家のレディ達の中にも本気で狙いを定めている子が多いらしい。

 そりゃあ女子には見られたくない記憶が多いよね。青少年。

 

 

 

 私は……18歳だった記憶が同年代を子供に見せるため恋愛感情がわかず、そのうえ、両親とヴォルデモートのことを考えるとすっかり性的なことに悪感情しか生まれなくなっていて。

 今世はいわゆる『オールタイム賢者タイム状態』とでも言えばいいのか。恋愛ってなんだっけ? という仙人めいた精神状態だから、きっとこの世界では私は恋愛は無理だと思う。

 

 万が一お辞儀様の娘だという話が広がると、我が子に辛い人生を背負わせることになる。子供もパーセルマウスになるかもしれないしね。そうなればきっとすごく嫌な思いをするだろう。

 

 それに私には安易に漏らせない秘密が多すぎるし。

 

 だから絶対結婚しないつもり。

 私の両親から受け継いだハリポタ界随一であろう超優秀な遺伝子は、残さない。

 

 貴族家は婚姻で血を繋いでいくことが義務なんだけど。そこは納得してくれるよう説得するつもりだ。

 いずれパーセルマウスであることを叔父様方には話さなくてはいけないかもしれない。そうすれば私の血はとんでもない厄ネタだとわかってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 グリフィンドール対ハッフルパフ戦が行われた。今季最後の試合だ。現在トップはスリザリンで、それに打ち勝とうとするならグリフィンドールはハッフルパフに280点の点数差をつけて勝たなくてはいけない。スニッチを掴めば150点だから、スニッチを掴むまでにハッフルパフを130点引き離さなくてはいけない。かなり厳しい条件だ。

 

 そして観客席には、やっと体調が戻ったシリウス・ブラックが名付け子の雄姿を見ようとルシウス・マルフォイに付き添われてやってきていた。

 

 シリウスは前の試合もこっそり犬の姿で観ていたけど、ハリーがシーカーなことにものすごく喜んでいた。さすがはジェームズの子だ、と今日も興奮の面持ちで座席に座っている。

 

 シリウスはちゃんとした仕立てのローブを着ていて、こうやって姿勢よく座る姿には気品があり、育ちの良さがよくわかる。12年間のアズカバン生活で年齢にあった私服がまったくなかったから、シシー叔母様が嬉々として選んだらしい。上品ななかにもシリウスらしさを失っていない抜群のデザインだった。

 

 試合はグリフィンドールの選手が頑張っていたけど、ハッフルパフの追い上げも厳しく、ぎりぎりの戦いだった。

 120対60でグリフィンドールが勝ち進んでいる時、セドリック・ディゴリーがスニッチを見つけた。いきなり急降下を始めたセドリックにハリーが追いすがる。地面すれすれで急上昇しながらカーヴを描いて横に逸れるスニッチを追い、二人ともギリギリのところで地面への激突を免れた。耳に痛いほどの悲鳴があがった。

 

 激しい攻防が繰り広げられる。ここで掴んでも優勝はできないが、セドリックに取られて試合に負けることも許せない。

 ハッフルパフを応援する者はそのままセドリックがスニッチを捕まえて勝つことを祈り、グリフィンドールを応援している者はスニッチが無事セドリックの手から逃げきってくれることを祈っていた。

 

 でもハッフルパフの星セドリックがこの機会を逃すわけがない。彼はスニッチを見失うことなく距離を縮めていく。

 セドリックの手がスニッチに届くほんの数瞬前にファイアボルトの抜群の加速力を活かしたハリーが追い上げ、スニッチを掴み取った。

 

 爆発のような歓声が広がった。シリウスも雄叫びをあげた。優勝は逃したが、素晴らしい試合だった。とくにシーカー二人の箒捌きは見事というしかない。私は感心のため息をもらした。

 

 

 今年も優勝杯を手にしたスリザリンもグリフィンドールとハッフルパフの素晴らしい試合に大いに拍手を送った。……スリザリンの拍手はあまり歓迎されていないようだったけど。

 

 

 

 

 試合後、ハリーとシリウスが初めて対面を果たした。

 ガチガチに緊張したシリウスとハリーは、強張った表情に歓喜の想いを滲ませて見つめあう。

 

「やあ、赤ん坊の頃には会っているし、今年は何度もこっそり君を見ていたんだが初めましてと言わせてもらおう。シリウス・ブラックだ。ハリー・ポッターだね」

 

「初めまして、ハリー・ポッターです。シリウスさん」

 

「シリウスと呼んでくれ。ハリーと呼んでも? ありがとう。……ああ、ほんとうにジェームズそっくりだ。やっと会えた。どれほどこの時を待ち望んだことか」

 

「あ、あの。エリカから聞きました。えっと。シリウスさん……シリウスが、僕のお父さんの親友で、それで」

 

「そうさ。わたしとジェームズはまさに魂の双子だった。ジェームズとふたりなら何だってできた。なんにでもなれた。わたしは……わたしは、もっと……彼といたかった」

 

 シリウスはハリーに恐る恐る手を伸ばし、彼の手を握りしめた。

 

「ハリー。君はわたしの名付け子だ。これからは、できれば、君がもしよければ、わたしと一緒に、ちょっとでも君が、あー、わたしと暮らしてもかまわないと思うなら」

 

「住みたい! 僕、シリウスと暮らしたい! シリウスと一緒にいたいんだ」

 

「ハリー!」

 

 どうやら、ふたりの想いは通じ合ったみたいだ。よかったよかった。

 

 シリウスはハリーのクィディッチの技術の高さをとても喜んだ。まるでジェームズがあの頃のまま現れたかと思ったと興奮のままハリーの腕を大いに褒め、ハリーの持つ箒に視線を向けると「実はファイアボルトを贈ったのはわたしだ」と告白した。

 

 箒の注文を代わりにしてくれたり、ワームテールを捕まえるために手伝ってくれたクルックシャンクスの事にも言及し、そのことでハーマイオニーとロンの仲がぎくしゃくしたのではと気遣い、ワームテールを奪ったことをロンに謝罪したりと、ハリーの友人達とも和やかに話していた。

 

 もっと話したいと二人とも考えていたけど、グリフィンドールはこれからパーティだし、また今度時間を取って会いにくるとシリウスが約束し、その日の二人の邂逅はあっという間に終わってしまった。

 シリウスは、時々振り返って大きく手を振り、他の選手や友人達と共に跳ねるような足取りで去っていくハリーの後ろ姿を嬉し気にずっと見つめていた。

 

 

 

 シリウスはルーピン先生とも再会をはたした。お互いじっと見つめあった後、万感の思いを込めて抱き合っていた。

 シリウスは12年前、狼人間と付き合っているルーピンを怪しんでいた。

 ルーピンはシリウスがジェームズ達を殺したと本気で信じていた。

 お互い、「信じられず、すまなかった」と言い合っていた。

 親友はふたりだけになってしまったけど、彼らの友情がまた復活したことは喜ばしいことだ。

 

 

 ちなみに、シリウスとスネイプ先生が顔を合わせた瞬間、両者は睨みあった。相手への憎しみで魔力を噴き上げるほどだった。お互い、唇を歪め、まなじりを吊り上げ、額に薄っすら青筋を浮かべている。

 

「お前のような者が教授とはな、スニベルス」

 

「これはこれは誰かと思えば、友に裏切られてアズカバンに12年も籠っていたブラックの若様ではありませんか。さすが、よほどご立派な友情を育んだと見える」

 

 身構え睨みつけ、魔力を練り上げて杖に手を添えた二人が睨みあう。

 

「お二人とも! 生徒の前でいい加減になさいませ!」

 

 マクゴナガル先生が悲鳴のような叱り声をあげたことでにらみ合いは終わった。シリウスともスネイプ先生とも仲の良いルシウス叔父様が両者を取りなそうとしている。スネイプ先生が肩を怒らせて競技場を去っていった。

 あの二人の間に入るのはかなり辛いよね。ルシウス叔父様頑張ってほしい。

 

 

 

 

 シリウスはブラック本家の相続の処理を済ませ、正式にブラック当主として起った。貴族家からの梟も多数行きかうようになり、ブラック家のかつての権勢を取り戻しつつある。

 

 魔法省はシリウス・ブラックには冤罪で12年間アズカバンに入れたという多大な借りがある。それも利用して影響力を持つ数人の役人と顔を繋ぎ、然るべき処へ金を使い、魔法省でのブラック家、マルフォイ家の発言力も高めていくつもりだ。

 

 

 

 

1994年 5月

 

 『必要の部屋』での動物もどきの訓練は、無機物から無機物への変身術はじゅうぶん熟せるようになった。刺繍糸を使って繊細な風景画の刺繍を魔法だけで描きあげることもできるし、大幅なサイズ差のある変身――コップを机に、とか、キャビネットを眼鏡に、など――も、うまくできるようになった。

 

 数回こなしていくと、次に『必要の部屋』に入った時、部屋にケージが置かれていて、教材としてラットとウサギが入っていた。この子達を使っての実技の練習が始まるらしい。

 

 生物を無機物に変える変身術は1年次から習っている。基礎はじゅうぶん理解できている。

 あとは人を小動物の大きさまで変化させるために骨や筋肉のつき方をどう変化させていくか、という生物から生物への変身術と解除術をしっかり覚えていく。

 特に、変化の失敗で声を出せない、あるいは杖を振るえない場合の無詠唱での解除術は必須だ。

 

 参考文献も多い。これをすべて理解しなくては、自分が動物に変わるなんてまだまだ先だ。でも少しずつ上達しているのが自分でもわかってとても楽しい。

 

 

 

 

 

 

 シリウスとハリーがダンブルドアに呼ばれたらしく、シリウスが学校へ来ていた。心配だから、あとで話を聞かせてほしいと言っておいた。

 おそらく夏にダーズリー家に帰れって話をされるんだろう。ハリーが傷つかなければいいんだけど……

 

 数時間後、私は二人に呼び出された。空き教室を借りて三人で話をする。

 部屋に入った二人は、死の申告を受けたかのように悲しみに打ちひしがれていた。

 

「いったいどうしたって言うんですか? ダンブルドア校長に何を言われたんです?」

 

「エリカ。僕……僕、ダーズリー家に帰らなきゃいけないって。それで……」

 

 青ざめた表情で今にも泣きそうなハリーがそこまで話すと喉を詰まらせた。

 シリウスはハリーの肩を抱きしめながら、ダンブルドアから聞いた話を教えてくれた。

 

 ハリーがシリウスと暮らすことは構わないが、夏休みは少なくとも7月の間はダーズリー家へ戻らなくてはならないと言われたそうだ。

 

 ハリーには母親リリー・ポッターが命を削ってかけた“守り”がある。その守りがハリーの命を救ったのだ。

 ダンブルドアは『リリー・ポッターの血族の家を我が家とする』ことでその守りを強固にした。ダーズリー家を我が家だと認識している間、ハリーはヴォルデモートの攻撃から守られている。これはハリーが満17歳になるまで続く。

 だからこれからも成人を迎えるその日まで、毎年ダーズリー家に戻る必要がある。と。

 

 うん。原作通りの説明だね。

 

 ダーズリー家との交渉のためにルシウス叔父様が手配した弁護士は、マグル生まれでスリザリン寮の卒業生らしい。魔法界とマグル界のやり取りはマグル生まれの方がずっと折衝がうまいため、こういう時に世話になることが多いのだとか。

 

 ダーズリー家に行き、『名付け親が無実の罪で投獄されていたせいで支払いが遅れていたが、無事冤罪を晴らした。今までの養育費と延滞金、慰謝料も含めた金額を支払う用意がある。ただし、ハリーの虐待について証言がいくつか寄せられているため、その件についても後程話をさせてもらう。ハリーはこちらに引き取る』という話をしてきたと報告を受けた。

 ダーズリーはまとまった金額が支払われることに喜び、虐待で訴えられるかもしれないことに怯え、名付け親は魔法界の王と呼ばれる実力者だと聞いて肝を冷やしていたらしい。

 

 そう言った話が進んでいるところだったのに、やっぱり毎年ひと月はそちらで面倒見ろというのはまたややこしい話になりそうだ。

 

 私はせっかく一緒に住めると思っていたのにそれを止められてしまったショックを隠せないシリウスとハリーを精一杯慰めた。

 

「シリウス、ハリー。そう悲しまないで。校長は7月っておっしゃったんですよね?

 弁護士を通じてダーズリー家に話をつけてもらいましょう。費用を支払うから毎年7月いっぱいまではハリーを受け入れてくれって。今までの虐待の話もしてしっかり脅かしておけばあちらは従うでしょう。

 無理に仲良くしなくてもいいんです。ハリーが『ただいま』と言って帰り、5週間後『行ってきます』と言って出ていく。それまでの間、そっとしておいてくれればいい。それだけで成人までハリーは守られるんです。家にいるのが嫌なら昼間は出掛けてもいい。

 ただ、ハリーが我が家と認識して数週間過ごせればそれでいいんですから。

 ハリーの部屋には、フクロウが頻繁に行き来しても近所のマグル達に不審がられないようあらかじめ窓付近に『惑わし』の魔法もかけておくべきですね。そうすれば毎日だって手紙を送りあえますもの」

 

「そんなことでハリーがあそこを家だと思えるのか?」

 

「何言ってるんです。今までだって虐待されてたんですよ? ハリーと彼らの間に家族の語らいがあったと思いますか? 会話は罵倒と嫌味と命令。心の休まる時なんてあったはずがありません。それでも今まで『守り』は効いていた。本当に家だと思ってたわけじゃないでしょう? ハリー」

 

 ハリーも頷いた。あそこにしかいる場所がなかったから住んでいただけで、今までだってあそこを我が家だなんて思ったことはなかった。彼の目がそう言っていた。

 それでも『守り』が効いているなら、大丈夫だろう。

 

 7月いっぱいなら8月1日の朝にはすぐに迎えに行きましょう。ハリーの一日遅れの誕生日会をして、みんなで盛大に祝いましょう。と言うと二人も少し落ち着いた。

 

 少し生き返った二人が挨拶を交わし、シリウスは帰っていった。マルフォイ・マナーに戻ればすぐにでもルシウス叔父様に相談するだろう。

 

 

 

 

 

 あとで思い付き、シリウスに手紙を送った。

 私とドラコが持っているトランクの話をし、箒で飛び回れる広さの訓練室も備えたトランクを、ひと月早いプレゼントとして夏休みの最初にハリーに贈るのはどうか、と提案してみた。

 休暇中魔法は禁止だけど、箒なら乗り放題だ。トランクの中であれば誰の目も気にせず飛び回れる。

 

 ダーズリー家に押し込められ5週間も過ごさなくてはいけないハリーが、少しでも快適になればいいのだけど。

 

 

 

 



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3年-12 3年次の終わり

 

 

1994年 5月20日 誕生日 14歳

 

 今年も無事誕生日を迎えることができた。14歳だ。中二。

 身長もだいぶ伸びてきた。HUNTER×HUNTERのエリカはちみっこだったけど、ここのエリカはブラック家のスレンダー美女の血をひいているからか、だいぶ背が伸びている。まだ160センチにも届かないのだけど、最近の伸びの勢いを思うともしかすると170近くまで伸びるんじゃないかと期待している。

 

 んでさ。だんだん成長してきて思うんだけどね。

 

 私は順当にいけば成人、つまりあと3年でレストレンジ家当主となる。でも、実際のところレストレンジの血をひいていない可能性が高いのに、当主になんてなっていいのかって悩むんだよね。散々資産を使っておいて言うことじゃないけど。

 それに私は両親の遺伝子を残すつもりがない。血を繋げていくことが義務である貴族家当主はちょっと荷が重いよね。まあシリウスがハリーに残したように、私もドラコの子供へ残せばいいんだけど。

 

 

 今後の事を考えて、レストレンジから離れてもこれからずっと生きていけるだけの資本が必要だと思うんだ。

 おじい様とヴァルブルガおばあ様から頂いたふたつの金庫には潤沢なお金が入っている。でもさ。私はレストレンジでこの英国魔法界では確実に醜聞が付いて回る。

 私としてもこんなに差別まみれの世界に居続ける必要はないもの。

 

 

 それに、卒業したらやりたいことがあるのだ。

 できれば日本に行ってマホウトコロに入学……は年齢制限があるから無理だけど、日本式の魔法を覚えたい。聞くところによると、杖を使った魔法以外に、お札を使ったり式神を使役したり、まるで陰陽師のような技能があるらしいのだ。ぜひ覚えたい。

 

 特に式神。農作業や薬草の手入れなど、ガーデン内での作業が多いから、式神を使いこなせるようになりたい。

 今でも影がいて『7人の働く小人』がいて、家事はメリーさんに任せているし、小雪も手伝ってくれているけど、式神がいると単純作業を任せられるし。

 

 入学は無理でも、マホウトコロのカリキュラムを教えてもらえないかな。日本の魔法省に問い合わせるか、スネイプ先生に相談すれば、個人教授の斡旋を頼めるかもしれない。

 ホグワーツ卒業後、ぜひ日本に行って学びたい。

 

 もちろん英式の魔法の勉強や研究もずっと続けるけど、日本式もしっかり身に付けたい。音楽レッスンや純血家としての業務は月一程度イギリスに戻ればいいだろうし。

 

 

 それに日本に行くなら小説や漫画やゲームも買い求めたい。英語のものはちょこちょこ買っているけど、日本にしかないものだって買いたい。

 

 ってことでマグルのお金が欲しい。

 できれば世界中で引き出せるマグルの銀行に口座を作って、マグルのお金を貯めていきたい。

 

 そこでふと思いついた。マグルの世界の株を買ってみよう、って。

 

 英里佳だった世界の話。

 私が生まれる前の話だから、あまり詳しく知らないんだけど、この辺りの時代でパソコンの転換期のような発明があった。webと繋がったパソコンの時代がくる。

 “窓95”だ。

 記憶が定かじゃないけど、95ってくらいなんだから、1995年に発売されたんだよね、きっと。

 

 この世界ではどうなるのかわからないけど、マグル生まれの友人に聞いてみると“MS社”は実在するらしい。

 今は1994年。95年になる前に株を買っておくべきじゃない?

 “窓95”が発売されたらきっと株価があがるよ、うん。多めに買っておけば大金持ちになれるかも。

 

 他にも有名どころの株を買っておこうか。“りんご”、“ぐーぐる”、“そふとBK”。このあたりは2000年くらいまで待った方がいいのかも。でも時期を覚えてない。早めに買っておかなきゃ。

 他には何があったっけ?

 あー、通信関連以外覚えてないもんだなあ。

 ゲームもありかな。“小波”と“NTD”は買っておかなきゃ。

 

 と、まあこれはまだあとでいい。本当にこの世界でも英里佳の世界と同じように“窓95”が発売されることを確かめてから。

 

 

 レストレンジ家の管財人はマグル界の資産の管理もしてくれている。マグルの株に詳しい知り合いもいるかもしれない。

 梟で「ブラック家の祖父から貰った個人資産を使ってマグルの株を買いたい」と相談に乗ってもらう。

 

 「買いたい株の名前と金額を指定してくれればこちらで管理する。ただ、マグルの銀行に口座があるほうがいいので、そのためにはマグルの戸籍を取って、その戸籍に紐づく銀行口座を作る必要がある」と回答がきた。

 レストレンジのマグル界の資産はレストレンジ家名義のマグルの口座に入り、最終的な報酬がグリンゴッツに振り込まれるのだとか。個人資産であれば個人名義の口座を作った方がいいだろうと、戸籍の取得方法についても書かれている。

 うん。この人とっても頼りになる。

 

 

 エリカ・アレクシア・レストレンジはマグル界に戸籍がない。まず魔法省でマグル界で通用する戸籍を申請しなくちゃいけない。

 

 説明してくれたところによると。

 

 マグル生まれの魔法使いは戸籍がマグル界にしかない。ホグワーツ在学中もそのままだ。

 ホグワーツを卒業して魔法界での就職が決まれば、初めて魔法省で魔法界の戸籍を用意することになるらしい。魔法族と結婚した場合も婚姻届と同時に魔法界の戸籍が作られる。

 

 魔法界の戸籍とマグル界の戸籍は同一人物として紐づけられていて、どちらかに変動があれば、同時に他方の戸籍にも変更が書き加えられる。

 

 

 半純血は両親が既に魔法界に戸籍を持っているから(マグル生まれの片親も魔法族と婚姻関係を結んだ際に魔法界の戸籍を取得しているため)、生まれた時に魔法界の戸籍を得る。その時にマグル界のものも同時に取得している場合が多い。

 

 

 純血の場合はどうか。

 純血が魔法界を出ることはあまりなく、マグル界との接点がまったくないため、まずマグル界の戸籍を取得することから始める。

 これも魔法省に行って申請すれば、魔法界の戸籍に紐づいたマグル界の戸籍をすぐに作ってもらえる。

 

 魔法省か。

 あんまり行きたくないけど、仕方ないよね。

 うん。夏休みには魔法省へ行って、マグルの戸籍を作ってこよう。

 それに、これでまっとうな理由で魔法省に入ることができる。予言に近付くチャンスでもある。ジャンプポイント設置のためにも、ぜひ、行かなくては。

 

 

 ついでにここで言うと、もし、卒業後、マグルの大学へ進んだり、マグルの会社に就職しようと考えると、学歴の証明が必要になるよね。

 

 そこは、ホグワーツにマグル向けの卒業証明書を申請すると、ちゃんと『セント・アントニヌス・カレドニア・パブリックスクール』という聞いたこともない学校の卒業証明書が発行される。

 学校はスコットランドの実在の学校で、代々の理事が魔法族で、長年融通を利かせてくれているのだとか。

 私もマグル界で活動することがあるかもしれないんだから、申請しなくちゃだね。

 

 

 

 

1994年 6月

 

 学期末試験が始まった。毎日頭の中がぱんぱんになるまで情報をつっこみ、厳しい試験期間を戦い続ける。

 

 ドラコの誕生日は6月5日で、毎年ちょうど期末試験中だからあまりゆっくり祝える状況じゃないため嬉しそうじゃない。でも今年は、朝ニコラが運んできたルシウス叔父様からの手紙を読んだとたん、「すごいぞ!」と立ち上がって喜びの声をあげた。

 

 どうやら叔父様にしつこくねだったらしく、ファイアボルトをプレゼントしてもらえるらしい。ただ試験中にこんなものを渡して試験が疎かになると困るから夏に帰ってきたら渡すと書かれていたらしい。

 今すぐ乗り回したかったドラコは残念そうだったけど、来年のシーズンまで他寮には内緒にしたほうがいいじゃんと話せば納得していた。(ほんとは、来年は三校対抗試合があってクィディッチの寮対抗戦はなくなるんだけどね)

 来年の試合が楽しみだね、と言うと、「もちろん勝つのは僕さ」と気合が入っていた。

 

 夏までに私も用意しておくから休みになったら一緒に乗ろうねと話す。これで一緒にファイアボルトに乗れる。楽しみだ。

 

 私達は気合を入れなおして残りの試験に立ち向かっていった。

 

 

 

 ところで、さ。

 『闇の魔術の防衛術』の教授職は呪われている。

 私達が入学する前の歴代の教授方もみな、きっかり1年で不正がバレたり、何らかの罪が明らかになったりして退職している。本人に罪がない方でも、家庭に不幸があったり、怪我や病気で続けられなくなったり、とにかくみんな喜ばしくない理由で辞めているのだ。

 心身や立場に悪影響なく辞められたのは、もともと最初から『1年間のみ』という契約で任に就いた方々だけ。

 

 このままではルーピン先生が不幸な目に遭う可能性がある。原作みたいにスネイプ先生と揉めていないから、スネイプ先生経由で秘密がバレることもなさそう。

 どうすべきかと考え、シリウスにも梟で相談してみた。

 彼をこちら側の陣営に引き入れるのはどうか、と。

 

 シリウスなら彼の仕事も世話できるし、調べ事も多いから信頼できる手が増えるのは嬉しい。人狼として定職に就けなかった彼は後ろ暗い仕事も多かっただろうから、私達にはない裏側の情報も手に入れやすいのでは、と話してみた。

 なにより、ダンブルドアの手駒にされるよりはこちらで確保しておきたいというのも大きな理由だ。

 

 シリウスは、私がルーピン先生が人狼だと気付いたことに驚いていた。

 でもさ。一生徒とは違うんだよ? 教授なんてみんなが注目している。一年間毎月毎月、満月付近になると必ず授業を休む教授なんて疑わしいことこの上ない。

 

 スネイプ先生も代理でDADAのクラスを請け負う際に、人狼についての注意点を時折り口にしていた。

 それはリーマス・ルーピンが気に入らないという理由も多分に含まれるだろうけど、やはり危険な存在が生徒の傍にいることについて、生徒達に注意を促したいという気持ちもあったはず。

 

 私以外にも気付いている人だっているだろう。ハーマイオニーとかね。黙っているだけで、きっと他にも。

 

 それなら、生徒全員にバレて問題視されたり、最後まで残って嫌な呪いが発生する前に、傷の浅いうちに退職すべきでは、と私はシリウスやルシウス叔父様にも相談したのだ。

 シリウスも私の話に納得し、最終日を待たずに一身上の都合として退職するよう、ルーピン先生を促していた。

 ルーピン先生は人狼と気付いた生徒がいることに衝撃を受け、そして、シリウスの手伝いをすることを決め、退職を決意した。

 

 ハリーは父親の親友の一人だったルーピン先生にこの一年でずいぶん心を許すようになっている。『守護霊の呪文』ができるようになったのも彼の個人授業のおかげだ。信頼するルーピン先生が退職していくことをとても嘆いていた。

 

 

 

 

 

 学期末試験を終え、学校中が解放感に包まれた。

 なんとか平穏? と言える一年だったかなあ。

 

 ……って思っていたのにね。

 

「ピーター・ペティグリューが脱獄?」

 

 ルシウス叔父様からの両面鏡での急ぎの連絡に、思わず声をあげた。

 

「でも……でも叔父様。魔法省はあいつがネズミになれるって知ってるんですよ? ちゃんと小動物にも逃げ出せないような牢屋を作るとか、そういうことは誰も考えなかったんでしょうか」

 

「私も彼らの無能さに言葉を失ったぞ」

 

 え? まじ? これも原作の修正力? そりゃあネズミが逃げてくれるほうが先が読めて楽だけど、え? ありなの?

 ……まじか。はじまる。はじまるよ。

 

 ああ、『アズカバンの囚人』がもう一度始まるって言ってるんじゃないよ。だってあのネズミがここにくるわけないもの。始まるのは来年のこと。『炎のゴブレット』だ。

 4年の事件が、来年、原作通り起きる。

 

 ピーター・ペティグリュー……ワームテールはお辞儀様を頼ってアルバニアへ行き、彼が赤ん坊サイズの実体を持つところまで世話をする。そしてクラウチ・ジュニアが実は脱獄して父親のもとにいることと三大魔法学校対抗試合のことを知り――お辞儀様が復活のための準備を始める。

 

 復活させるつもりはない。そもそもハリーをあそこへ送り込むつもりがないから、儀式自体が行われないと思う。

 

 ハリーを対抗試合に出させるかどうかもまだ未定だ。

 それまでにハリーの分霊箱さえなんとかなれば。

 

 

 お辞儀様がワームテールから今の状況を聞いたとして。

 彼の怒りの対象はおそらくルシウス・マルフォイだ。

 自分の側近だったくせにシリウス・ブラックを盛り立てて第三勢力のナンバーツーの座にちゃっかりおさまっている。

 復活すれば、マルフォイが一番怒りを買う。それから私かな。ベラトリックスの娘がなぜと思うだろう。シリウス・ブラックについても前から騎士団にいて何度もやりあっているから彼のことも嫌っているだろう。

 

 復活は絶対阻止したい。

 4巻に関連することで原作と違うことはワームテールが捕まったことでシリウスが無罪になっている事。ルシウス・マルフォイが死喰い人とはっきり決別していて、元死喰い人の中にも第三勢力のブラック陣営に入った者が多い事。分霊箱についてはまだ私達4人(私、シリウス、マルフォイ夫妻)だけの秘密だから漏れることはない。

 ワームテールの持つ情報はロンやハリーが話していた噂話程度だから、スリザリンは全員死喰い人だと言うロンの主張のままだろう。だからそこは問題ないと思う。

 

 

 学校にクラウチ・ジュニアが来てから捕まえるべきか。原作を読むとお辞儀様達はクラウチ邸に潜伏しているはずだし。

 

 それとも復活の儀式の時に捕まえるか。

 もし、原作通りになるのなら。

 ハリーの実力が予定より低ければ、復活の儀式の前に私がこっそり殺しに行こうか。

 

 赤ん坊サイズのお辞儀様は原作のとおりならかなり脆弱らしい。それでも開心術や『アバダケダブラ』を使っている。でも移動はワームテールに任せているから空は飛べないし『姿現わし術』も使えないはず。

 私の“円”は半径180メートル。姿くらましのできないあの赤ん坊サイズのお辞儀様なら、余裕でシルヴィアの餌食なのに。

 ピーター・ペティグリューなんて鼻歌まじりに殺せる。ナギニは分霊箱だから念では殺せないけど、私には剣があるもの。勝てる。

 

 

 ……そっか。クィディッチワールドカップの間、あいつらリドル邸にいるんだった。殺せるじゃん。4年の事件の前に殺せるじゃん。

 そりゃあ復活の儀式を行うために墓場にいる時のほうが無防備だと思う。見晴らしが良いし。

 でもさ。リドルの館でも包囲すればちゃんと斃せると思う。

 

 なにもハリーが4人目の選手にならなくてもいい。『クラウチ・ジュニア in マッド-アイ・ムーディ』が学校に来る前に、襲撃ってのも手だと思う。

 

 

 だめだ。

 ハリーの分霊箱の処理ができていない今は奴を殺してもまた悪霊状態になるし、それを封じ込める方法もまだ見つかっていない。

 

 

 

 うーん。

 復活の儀式の時に、ハリーを行かさないようにしてポートキーは私達の誰かが使うってどうだろう。

 んで、墓場へみんなが姿現わしして囲んで叩けばいいんじゃないかな。

 

 うん。それまでに分霊箱がぜんぶ壊せて、ハリーからお辞儀様の魂を引っぺがせてたら。

 これは要検討、だな。

 

 

 

 まだ一度もダンブルドア校長と話していない。今のところ私は真面目な優等生で、しかもスリザリン寮9名は『守護霊の呪文』が使える。

 おそらく要注意人物の一人としてチェックはされているだろうけど、怪しい行動はすべて隠れてやっているつもり。

 

 ただね。

 良い子過ぎるのが怪しいと思われてそう。

 家庭環境がアレなのに、って。

 常に優秀な成績をおさめ、誰にでも優しいスリザリン寮生。まるでトム・リドルそのものだ。

 

 ダンブルドアの沈黙が恐ろしい。

 来年の事件が起こるなら……そろそろ彼とも向き合うべき、かな。

 

 

 

 ああ、準備が必要だ。

 計画を練らなくては。

 

 

 

 

 

 今年もスリザリンが寮杯を獲得できた。

 成績は今年も1位ハーマイオニー、2位私、3位ドラコだった。

 ホグワーツは点数加算制なのだ。今年は一人だけ全教科を受けていた(占い学を落としたからそれ以外だけど)ハーマイオニーの成績はおそらく断トツだっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キングス・クロス駅へ到着した私達をルシウス叔父様、シシー叔母様、シリウスが迎えてくれた。

 

 

 ダーズリー家の迎えは断ったらしい。ハリーは弁護士がダーズリー家へ送り届ける。滞在中のハリーのことについてダーズリー家にしっかり頼んで(脅して?)おくためだ。

 

 シリウスが送っていけば、めらめらと髪を魔力で波うたせて威圧するに決まっている。今後5週間のハリーの環境が悪くなりすぎないため、あまりに威圧するのは逆効果だと誰もが判断したためだ。

 ダーズリーの家族には旅行にでも行ってほしいと考えたのだけど、伯母と同居する必要があるかもしれないものね、そんな博打は冒せない。5週間一緒に過ごすのは苦痛だろうけど、頑張ってほしい。

 

 シリウスはハリーを弁護士に預ける前に力いっぱい抱きしめていた。8月1日になればすぐに必ず迎えにいく。毎日梟を飛ばすから、ハリーもヘドウィグをよこしてくれるかい? と。

 遠距離恋愛の恋人かよって感じで別れを惜しんでいた。

 

 そして、シリウスがひと月早いが今まで贈れていなかった分も含めて、今一番君に必要なものを贈りたい、と言いながらトランクを渡していた。

 中に人が入れるトランクで、内装も拘ってる。おそらく私のトランクよりもずっとすごいんじゃないかな。注文してひと月ちょっと。特急料金込みでものすごい金額が動いただろう。

 この中なら箒を乗り回せるし、1人だけの自由な時間も過ごせるだろう。どうかこのトランクでこれからの5週間を乗り切ってほしい。

 トランクの中を見てきて、興奮で目を輝かせるハリーと名付け子の喜ぶ姿を見て微笑むシリウス。

 

 

 虐待していた伯母家族のもとへハリーを帰さなくちゃいけないことに、ギリギリと奥歯を噛みしめて耐えているシリウスの背中に、父親っていいなって羨ましく思った。

 

 

 




※戸籍の扱いは捏造設定。
純血家の戸籍がマグルの役所に登録されているとは思えないので、こんな感じなのではと想像。
※マグル向けの卒業証明書も捏造設定。
ホグワーツの卒業証明書はマグル界で使えそうにないですから、進学や就職のためにそういった書類も必要でしょう。
※実在の会社名と製品名はボカしてます。


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夏休み グリモールド・プレイスの改修

 

 

1994年 6月 夏休み

 

 レストレンジの家に戻り、その後“木漏れ日の家”のメンテナンスを済ませると、私はシリウスとルシウス叔父様に会いたいと連絡を付け、マルフォイ・マナーで顔を合わせた。シシー叔母様も同席している。

 

 シリウスは子供の頃からシシー叔母様とアンドロメダ叔母様には頭が上がらなかったらしい。ベラトリックスとは会えば喧嘩になっていたらしいけどね。

 だから今でもシシー叔母様の言葉にはシリウスも大人しく従うから、彼の手綱を握るのはシシー叔母様の役目になっている。頭ごなしに叱りつけるんじゃなくて、穏やかに話しかけて宥めて上手に転がす叔母様の手腕を見ると、叔母様ステキってほんと思う。

 

 話し合いの席でも叔母様はいつも一歩引いた位置に座り、静かに刺繍をしていたり紅茶を飲んでいたり。でもシリウスが激昂したり、話し合いが紛糾しそうになると穏やかに彼らを宥めてくれる。ほんと、なんていうの、内助の功感が凄いの、叔母様って。私も大人になったらこんな女性になりたい。

 

 

 

 ということで、今日の話し合いはシリウス、ルシウス叔父様、シシー叔母様と私の4人だ。

 早めに『ハリーが分霊箱』という話をして、ハリーからお辞儀様を引っぺがす方法を探してほしいのだ。

 

 私の深刻そうな表情に、男性二人は身構えた。

 

「リリー・ポッターの『愛の呪文』のことを聞いてからずっと考えてました。

 13年前のあの事件の時、ヴォルデモートは死ぬことなく霞のように消えた。なぜそんな形で倒れたのか。その理由は、彼が死を免れる闇の魔術である分霊箱を使っていたからだ。ということは、もうご存知ですよね」

 

 私は『分霊箱』について説明した。

 殺人をキーに、自分の魂を切り裂き、何かの品に魂の欠片を閉じ込める。それが存在している限り本体が死んでも魂は消滅せず、いずれ復活を果たす。

 

 私が読んだ闇の本でも分霊箱の秘術は魂を痛める行為だと書いていた。たったひとつの分霊箱をつくるだけでも、魂を裂くことで残った魂がどれほど不安定なものになるかを警告している。

 ヴォルデモートは普通なら一度しか行わないその行為を何度も繰り返した。分霊箱は複数ある。彼の魂は非常に不安定な状態にある。

 

 前に説明したことをまた繰り返す私に、話の落ち着く方向がわからず、二人は怪訝そうに耳を傾けている。

 

「ハリーはダンブルドアから、彼がパーセルマウスなのはヴォルデモートから額の傷を受けた時に、彼の力の一部も受け取ってしまったからだって説明を受けたそうです」

 

 これもハンナ経由で聞いた話だ。パーセルマウスであることに悩むハリーにダンブルドアがそう教えてくれたらしい。

 ルシウス叔父様はハリーがパーセルマウスだとドラコからの報告で聞いていた。それをシリウスにも知らせていたのか、パーセルマウスであることにシリウスが驚いた様子はなかった。ただ、パーセルマウスとなった理由には彼らも驚き、ヴォルデモートの能力ならと納得の表情を浮かべた。

 

「ハロウィンの襲撃の夜。ジェームズとリリーは殺され、息子を守ろうとしたリリーの『愛の呪文』によりヴォルデモートは己が放ったアバダケダブラが跳ね返って自身が受けた。だけど、分霊箱を作っていたため死に至らず、霞のように消え失せた。

 その際、何度も引き裂かれて不安定になっていた彼の魂の一部が、その場に唯一存在した生き物に入り込んだ。そういうことなんじゃないでしょうか?」

 

「何が言いたいんだ? だからパーセルマウスになったのだとダンブルドアが言ったんだろう?」

 

「つまり、ですね。殺人をキーに魂の一部が入り込んだんですよ? それって、分霊箱じゃありませんか」

 

 シリウスは息を呑んだ。あまりのショックに声も出せず、私を凝視しながらただあわあわと唇を開閉させる。

 

「まさか……まさかっ」

 

「ハリーが分霊箱になっているかもしれんと、エリカは思うのかね?」

 

 衝撃が強すぎて停止状態になったシリウスの代わりに、ルシウス叔父様が私に確かめた。その言葉に頷き、私は続ける。

 

「もしハリーが分霊箱なら、彼が生きている限りヴォルデモートは何度でも蘇る。ヴォルデモートを消滅させるにはハリーからあいつの魂を取り除くか……ハリーが死ぬしかありません」

 

「なんだと……なんてことだ……ハリーが……ハリーを殺せと、そう言うのか」

 

「そんなことはさせません!

 一つの身体に入り込んだ他者の魂を、安全に引き剥がす。そんな秘術を探さなくちゃいけません」

 

「絡み合った魂を引き剥がす。ずいぶん厳しい闇の秘術だろうな」

 

 ルシウス叔父様も難しい顔で考え込む。

 

「でもここにはブラックとマルフォイがいるんですよ!」

 

 強くそう叫ぶとシリウスがはっとした顔で私を見た。

 

「シグナスおじい様にも聞きました。絡まり合った魂を安全に分けるような闇の魔術はないかって。おじい様は『ブラック本家の当主しか入れない書籍庫が一番深い黒だからそこを探すといい』と仰っておいででした」

 

 シリウスはその場所に心当たりがあるのか、深く頷いた。そして決意を滲ませた表情で口を開く。

 

「必ず、必ず探し出してみせる。ブラック家の総力をあげて調べる。我がブラック家は闇の魔術に長けた一族だ。ブラックの闇の深さは魔法界随一だ。なんとしてもハリーから奴の魂を引き剝がしてみせる」

 

「マルフォイ家も同様だ。蔵書も多い。迅速に調べよう」

 

「レストレンジの蔵書類も集める準備はできています」

 

 シリウス・ブラックはハリー・ポッターの名付け親だから、財力、知力、政治力、あらゆるコネをつかって、ハリー・ポッターの身体に取り付いた分霊箱をはがす方法を探し出してくれるはず。

 レストレンジの家の闇の魔法書もこれから探すつもりだ。

 

 ブラック家は闇の魔法に長けた家系だもん。古い文献もきっとたくさんあるはず。マルフォイ家にも手伝ってもらえば、より勝率はあがる。闇の魔術のエキスパートなブラックとマルフォイの情報収集力に期待するしかない。

 そうだ。ジェイドにも聞いてみなきゃ。彼女は古の魔法に詳しい。そう言った魔術も聞いたことがあるかもしれない。

 

 きっとハリーの分霊箱も壊せる。

 

「ヴォルデモートが傍にいた時にハリーの傷痕が痛んだことを考えると、今も彼らの間に何か繋がりができているかもしれません。ヴォルデモートが力を取り戻してくれば、また痛むことが増えるかもしれませんね」

 

 ちらりとルシウス叔父様を窺う。

 私の視線に気付いた叔父様はさっと左手に目を落としてから視線を戻し軽く頷いた。うん。やはり刺青は濃くなってきている。

 

 ああ、もう奴は復活の準備を始めている。……怖いな。

 

 

「ホグワーツ創設者の宝のうち、グリフィンドールの宝が何か、まだわかっていません。文献がなくて。組み分け帽子がグリフィンドールの作だということはわかったんですが、あれがそうなら選択肢から外すべきですが、まだはっきりしません。引き続き調べてみます」

 

「ゴーント家の分霊箱についてはその後でいいだろう。まずはハリーの魂から奴の魂を引き剥がす方法を見つけることに専念したい。ブラック家の蔵書は多い。手が足りない。ルシウス、シシーを借りてもいいか?」

 

 シリウスの言葉にみんなシシー叔母様へ視線を向ける。

 優雅に紅茶を飲んでいた叔母様がこちらに目を向け、微笑みながら頷いた。

 

「ではシシーには当分グリモールド・プレイスへ通ってもらおう。私はマルフォイ家の文献を掘り返してみよう」

 

 ルシウス叔父様がそう言った。ブラック家の文献はブラックの血をひくシシー叔母様が手伝ってくれることになった。きっと大量だから叔母様がフォローできると助かるよね。

 

 こちらに引き入れたルーピン先生あらためリーマスさんは、『人狼』という誰にも知られたくない秘密持ちだから閉心術も既にマスターしている。だけどまだ分霊箱の秘密を話せるほど私達、というか、ルシウス叔父様と信頼関係が築けていないため、当面はブラック家の仕事をメインに手伝ってもらうつもりらしい。

 

 

 

 

1994年 7月 第一週

 

 シリウスがブラック家へ戻るため、グリモールド・プレイスの屋敷の改修を始めた。

 今後考えられる危険性を思えば、グリモールド・プレイスほど防御に長けた住み家は他には考えられないからだ。

 

 学生時代の苦い記憶があって、あの屋敷には苦手意識しかなかったシリウスだけど、ハリーと安全に暮らすためには必要だと考えたらしい。

 ルシウス叔父様とシシー叔母様、そして私がグリモールド・プレイスへ赴いた。クリーチャーは私達を歓迎してくれた。

 今現在クリーチャーからの最高の忠誠を受けているのは私だ。クリーチャーと新しい主シリウスの仲はまだまだぎこちない。これはね、時間をかけて修復していくしかないよね。

 

 

 ブラックの血筋が誰でも入れる今の状態ではベラトリックスも入れてしまう。当主となったシリウスが設定を変更し、当面はシリウスとハリー、私、ルシウス叔父様、シシー叔母様、ドラコの6人しかここに入れないようにした。煙突飛行ネットワークも当面はマルフォイ邸にしか繋がない。

 これで安全性があがった。

 

 

 そして少年時代の鬱屈した記憶が強いシリウスのために、できるだけ以前の闇の魔術家然とした装飾品などを整理してシリウスが過ごしやすい環境を整えることにしたのだ。

 

 私やルシウス叔父様のアドバイスも聞き、むやみに美術品や闇の魔法具を捨ててしまうことはなく、タペストリーを弄ることもなかった。

 おかげでヴァルブルガおばあ様やクリーチャーが憤慨することもなかった。クリーチャーは改装によってレギュラスの居た頃の面影が薄れることを悲しんだが、新しい主の意向に従った。

 

 昔からシリウスの態度が悪すぎて好感度マイナスからの主従のスタートだったけど、レギュラスの日記を読んだシリウスがクリーチャーやしもべ妖精への態度を改めたため、ぎくしゃくしつつも少しずつ関係が改善されているようだった。

 

 

 シリウスの趣味にあわない過度な装飾の家具や置物も捨てるのではなく、拡大呪文で大きく広げた部屋を一室用意して、そこにルシウス叔父様やシシー叔母様の美的センスで上手に飾りつけ、美術館の展示室のような美しくも豪華な部屋ができあがった。

 ついでに、オリオン・ヴァルブルガ夫妻以外の肖像画をその部屋に纏めて移動させた。豪華な飾りつけを見た肖像画の先祖達も機嫌よく移動してくれた。

 

 これで肖像画からこちらの情報が洩れることはないし、シリウスもゴテゴテと飾り立てた派手な美術品が目に触れることがなくなり気分が良いようだった。

 

 オリオン、ヴァルブルガの肖像画は当主執務室に移動した。当主教育を受けていないシリウスはブラック家の資産の運用方法について何も知らないから、彼らのアドバイスが必要なのだ。

 

 

 オリオン、ヴァルブルガ夫妻、レギュラスの部屋も整理し、遺品は大切に保管して不要品は処理した。処分の決まったレギュラスの日用品のいくつかはクリーチャーへ与えられた。クリーチャーは感激のあまり号泣してシリウスに首を垂れた。

 オリオンのローブにはとても上質なものが多く、シリウスの体形に合わせて仕立て直すことにした。

 

 シリウスの部屋も片づけた。

 どうやら部屋全体が自身の黒歴史だから恥ずかしいらしい。学生時代のリリーやジェイムズからの手紙や、みんなの写真などもあり、いくつかはハリーへ贈るつもりだと語っていた。

 

 シリウスの私室は当主の部屋である元オリオンの私室に移動した。ハリーの自室も用意するつもりだったが、今は『ハリーの自宅はダーズリー家』という状況を変えてはいけないため、ハリーの部屋は客室のひとつを宛がうことになった。いずれは、もともとシリウスが使っていた部屋をハリーのものにしたい。シリウスは強い想いを込めてそう語った。

 

 

 レギュラスの墓も両親の墓の横に建てた。原作ではシリウスはレギュラスの死の真相を知らぬまま亡くなったから彼の墓を作ることはなかった。この変化は嬉しい。

 墓の出来上がりとハリーの到着を待って、8月になればレギュラスの葬儀を行おうとみなで話し合った。

 

 しもべ妖精の首のトロフィーは取り外して墓に入れ供養した。墓石に『ブラック家の忠実なシモベ達』と書き入れたことでクリーチャーのシリウスへの態度もだいぶ軟化した。

 

 

 

 シリウスは体調に気を配りつつも、すこしずつ両親の肖像画からブラック家の当主教育を受けはじめている。

 彼はガチガチの純血主義にはならないけど、両親の考え方を頭ごなしに拒否するのではなく、冷静に話しあえるまでには大人になっていた。

 

「純血主義の本来の根幹部分にあるものは、“種を守らんとする防衛本能”だ。婚姻相手のマグルがどれほど人格者で信頼できる者だったとしても、マグルの親類縁者すべてが魔法族を忌避したり、恐れたりしないと断言できるか? 誰もが秘密を守ると? 純血貴族の持つ黄金や高価で有用な魔法具を、欲しがるものはいないと?

 我々は貴族だ。当主の命の下には家族や臣下、臣下の家族、そして領地やそこに住む領民までがぶらさがっておる。容易く他者を信じてはならぬ。それが違う価値観を持つ者ならなおさらだ」

 

「じゃあ、スクイブが追い出されるのはどうなんだよ」

 

「スクイブを家系から抹消するのはその者を守るためだ。呪術や魔法が飛び交う魔法族の戦いにスクイブを巻き込めるか。ブラックの名がないほうが、かえって安全なのだ。手切れ金以外の金銭的援助をせず追い出すのはその者がブラック家にとって価値がないものだと周囲にわからせるためだ。そうでなくては人質にされてしまうだろう。ブラックの名はそれだけ重いのだ」

 

 オリオンおじい様の言葉はすごくよくわかった。シリウスも。

 

「な、なんであの時に言ってくれなかったんだよ、親父」

 

「お前が聞く耳ももたずにさっさと出ていってしまったからではないか。親父ではなく、父上と呼べ、馬鹿者」

 

 30代と肖像画となって、やっとまともに対話できるようになった親子は、離れていた時間と距離を少しずつ縮めているようだった。

 

 

 

 

 

 

 ハリーにはシリウスが毎日梟にお菓子や手紙を持たせて送っているらしい。

 私も少しでもこのひと月の苦痛を和らげられるようにと、魔法界のお菓子とマグルのお菓子両方を贈っておいた。「8月からはシリウスが楽しい予定を毎日ぎっしりつめているだろうからダーズリー家にいるうちに課題を全部終わらせておかないと辛いわよ。毎日家にいるのが辛ければ出歩いてもいいんじゃないか」などということも書いておいた。

 

 

 

 

 

 私も忙しくなる前に仕事を済ませようと、魔法省に行ってマグル界の戸籍を作ってもらってきた。

 作業は今の戸籍をそのままマグル式の書類に書き写すだけの簡単処理で、数分待つだけですんだ。マグル式の身分証明証も出してもらう。

 

 ただ、処理を済ませた役人が背を向けたとたん、こっそり呟いたのが聞こえた。

 

「まったく。マグル界で拷問をお試しになりたいんですかねえ。腐れレストレンジめが」

 

 うわあ、魔法省に来ると嫌な思いをするなあ。ちくしょう。

 

 ふう。

 やめやめ。気にしても仕方ないか。

 

 でもさ。やっと魔法省に真っ当な理由で入れました。戸籍係から帰る際、こそっとポイントAに魔法省を登録した。うし! これで神秘部へ入れる。……まだ予言を見る方法はわからないんだけど。

 それでも、やっと魔法省にジャンプできる準備ができたのにほっとした。

 

 

 

 

 

 エリカ・レストレンジが着てもおかしくない程度のマグルらしい服装に着替え、管財人が教えてくれたマグルの銀行へ行ってみた。

 管財人はこちらで代行しますよと言ってくれたけど、私も自分でやってみたかったのだ。だってさ。業務用スーパーで買い物は続けているけど、それだけしかマグル街で行動をしていない。

 

 もうすっかり魔女になってて、マグルの行動をすっかり忘れているんだもん。

 まるで『初めてのお使い』の気分だ。

 

 

 久しぶりにホグワーツ特急以外の電車にも乗ってみて、めちゃくちゃ焦った。切符の買い方がわからない。ほら日本でだってピッてするだけで改札を通れたもの。もともと詳しいわけじゃないのだ。

 物慣れない様子に、親切なおばさんが切符の買い方を教えてくれた。ありがとうおばさま。って微笑むとやんごとないご身分のお嬢様なのね、って感じで納得していた。

 

 銀行へ行って、窓口で教えられるままに手続きを始める。

 この書類に必要事項をお書きくださいと言われて数枚綴りの用紙を受け取る。私はボールペンを手に書類に取り掛かった。

 

 が!

 住所! 私の住所って? 

 住み家はそろそろ“木漏れ日の家”に変えるつもりだけど正式にはレストレンジ家が私の住まいで、魔法省で作ってもらった身分証明証もレストレンジ邸の住所となっている。

 でも、マグル除けがあるから、マグルには見えないんだけど。どうすればいいんだろうか。

 

 くぅ……書類を見て悩む私の姿に、どこに詰まっているのかと私の手元を覗き込んだ窓口のお姉さんが、え? 住所がわからないのこの子? って顔でこちらを見た。うっ辛い。

 

「引っ越ししたところで、まだ覚えてなくて、えっとすみません。書類を頂いて帰って、また改めて参ります」

 

 へにゃりと情けない笑顔で上目遣いに見ると、お姉さんはこことこことここに記入してとわかりやすく鉛筆で丸を付け、ポストイットに注意事項を書いて貼りつけてくれた。親切。親切だよこのお姉さん。まるで日本のサービス業みたい!

 

 はあ。

 『初めてのお使い 失敗編』完。

 管財人に聞いてみよう。

 

 

 

 管財人に戸籍を作ったことを連絡し、銀行に行ってみたけど住所で躓いたと書類を同封し、おじい様の下さった私名義の金庫から引き出せる書類を添えてMS社の株を買ってもらうよう指示をした。ちょっと多めの金額を書いておいた。

 ついでに今後住み家はレストレンジ家を出てニューハングローザンに移すことも説明し、マグルが配達できない住所にある魔法族の家にはどうやって手紙が届くのかも質問しておく。

 

 

 管財人から処理を済ませたという連絡と共に、マグル界向けの住所を教えてもらった。

 『ウォリックシャー、ウォリック、ニューハングローザン、“跳ね兎亭” 私書箱337番』

 

 ニューハングローザンには魔法族が利用するパブがあり、そこがウォリックシャー付近の煙突飛行ネットワークの出入り口の役目をはたしている。“漏れ鍋”ともつながっているから私も良く利用している。

 私にはマーリンがいるから使ってなくて気付かなかったけどそこにマグルの郵便局と魔法族用のフクロウ郵便もあるらしい。私のために私書箱337番を用意したから、マグル界からの手紙はそこに届く。自分で受け取りに行かなくちゃいけないから気を付けて、と教えてもらった。

 

 魔法族って煙突飛行ネットワークで直接行き来するから、実際私の住む風啼きの森がどのあたりに位置しているかなんて全く考えもしなかった。

 考えてみれば、マルフォイ・マナーはウィルトシャー、木漏れ日の家はウォリックシャー、レストレンジ邸はウィンチェスター、グリモールド・プレイスやポラリス・マナーはロンドン。それぞれ離れた場所にあるのに一瞬で行けちゃうのだから、煙突飛行ネットワークってすごいよね。

 

 

 

 

 

 



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夏休み ロニー

 

 

1994年 7月 第1週

 

 ワームテールが脱獄した以上、原作どおりの事件が今年起きるだろうと考えられる。

 

 4年の終わり、ヴォルデモートは復活する。

 私はそれを阻止したいと考えているのだけど、うまく進められなければ奴は復活してしまうだろう。阻止できるか失敗するか、とにかく、どちらにしても戦いになる。

 

 その報せが届けばうちの両親が脱獄するような流れもあるかもしれない。

 アズカバンはそう簡単に脱獄できるような場所じゃないんだけど、やっぱり前例があるとね、心配だし、私物を片付けて屋敷から私の痕跡をすべて消し去っておこうと考えている。私は“木漏れ日の家”に住居を移す。

 

 ついでに、どうせなら奴らに使われないよう書籍類や魔法具も全部回収して行こうと、ロニーにイースター休暇の際に頼んでおいたのだ。

 

 ルシウス叔父様とシシー叔母様にも来ていただいて、危険な魔法具を整理するつもりなのだけど、その前に、しっかりロニーと話しておかなくてはいけない。

 

「ロニー」

 

 私は居間のソファに腰かけてロニーを呼ぶ。バチンと音をさせてしもべ妖精が現れた。

 

「ロニー。聞いて」

 

「どうなさったのですか? お嬢様」

 

 ロニーはソファに腰を落ち着けた私の斜め横からそっと私を見上げた。座った状態ですら見下ろせる小さなロニー。それでも彼女は私にとって『小さなメリーさん』。彼女の存在にどれだけ救われたか。

 

「私はね。闇の帝王の敵になったの。つまりね。ロドルファス・レストレンジとベラトリックス・レストレンジの敵。もう、この屋敷には住めないの」

 

 最近の私の不審な行動をロニーもじゅうぶん気付いていただろう。それでもずっと黙って私の言うことに従ってくれていたロニーは、『出ていく』という私の言葉に、恐慌状態になった。

 

「お、お嬢様、それは……それは、このお屋敷を出ていかれるということでしょうか? ロニーはお連れいただけますか? ロニーはずっとお嬢様のお世話をいたします。お嬢様はロニーのお嬢様です」

 

「駄目なの。ロニーはレストレンジ家のしもべ妖精でしょう? 私はまだレストレンジを名乗っているけど、当主ロドルファスの敵なの。ロニーの主人の敵になっちゃったのよ」

 

「ロニーはお嬢様のロニーです。お嬢様のお世話はロニーのお仕事なのです。それがロニーの喜びなのです」

 

「ごめんなさい。ロニー」

 

 だって、ロニーの主人はあくまでロドルファスお父様。どれだけロニー自身が私を愛してくれていようと、本人の好悪の感情とは別に、命令の優先順位はロドルファスが上になる。

 両親に反旗を翻した今、ロニーも私の敵にまわる可能性が高い。

 彼女とは戦いたくない。だって大好きなんだもの。

 

「お嬢様。ロニーをお連れください。ロニーはご主人様も奥様もお好きでは……ご、ござ……ございません!」

 

 言いよどんだあと、悲壮な決意で気合い一杯に叫んだ瞬間、ロニーは壁に頭をぶつけようと走り出す。

 主人に対する悪感情を表に出したことで、急いで自分を罰しようとするロニーを急いで抱き止めた。

 

「駄目よロニー。自分を罰することを禁じます。ロニーは言いたいことを言っていいの」

 

 ロニーはそっと私の手から逃れると、何度も礼を言ってから、もう一度私を見上げた。

 

「ロニーのお嬢様がここを出ていかれるのでしたら、ロニーもついてまいります。ロニーは……ロニーは」

 

 全身をぶるぶると震わせて連れていってほしいと訴えるロニーを宥める。

 

「うん。ごめんね。本当はロニーも連れていきたい。でも駄目なの」

 

 生まれてからずっと私の面倒を見てくれていた。ロニーと離れるのはすごく寂しい。

 

 だけど、ロニーはこのレストレンジ家の屋敷しもべ妖精だ。

 私が勝手に動かせるものじゃない。私が一度“洋服”にして、それから改めて雇うということも考えたけど、ロドルファスの命令権を上書きできるかどうかの自信がない。彼ら夫婦のどちらかが“洋服”にしてくれればすぐに連れていくのに。

 

 マスターエクスチェンジも試そうかと考えたのだけど、生き物に対して試すのは怖い。

 それにあと3年で私は成人する。成人後当主となれば、私がロニーの第一の主になれるのだ。それまで待っても遅くはない。

 

 ロニーにそう言って説得する。

 

「お嬢様の成人までお待ちできません。お嬢様が何か方法をご存知なのであればすぐにロニーにそれをなさってください。それをすればロニーはお嬢様だけのロニーになれるのでございますね」

 

「ロニー。確かに思いつく方法はあるわ。でもそれを使うと、ロニーはもう二度と他の主には仕えられなくなるの。ずっと私のしもべのまま。私が生まれ変わってもずっとずっとロニーは私のしもべでいたい? 次は純血貴族家じゃないかもしれないのよ?」

 

 次はマグルどころか、人間種ですらない可能性だってある。

 

「お嬢様が尊きお方だということはロニーが知っております。貴族ではなくなったとしてもお嬢様はお嬢様です」

 

「私にマグルや魔法生物の家族ができても、その子達と仲良くできる?」

 

「お嬢様の家族であればロニーがお仕えするお方々です」

 

「ほんとに?」

 

 屋敷しもべ妖精はごりごりの純血主義なのに。

 

「お嬢様のしもべ妖精でいるために必要なのでしたらロニーはちゃんとお仕えできます。ロニーは賢いしもべ妖精です。お嬢様のご家族はロニーのご主人様です。ロニーはちゃんとおわかりになっております」

 

 さあ、さあ、と言うようにじりじりとにじり寄ってくる。

 

 屋敷しもべ妖精のロニーがなかまになりたそうにこちらを見ている。

 仲間にしますか?

 

 そんな文言が浮かぶようなシチュエーションだ。

 何度も押し問答をした結果……私が折れました。

 

「ロニー。私を信じて、私の“力”を受け入れて」

 

「ロニーはいつだってお嬢様を信じてらっしゃいます」

 

 期待に頬を輝かせ、私を見上げるロニーの両手を私の両手で包み込むように握る。

 ロニーは私のもの。ロニーは私の眷属。ロニーの主は私。

 

『マスターエクスチェンジ』

 

 両手からオーラがロニーに流れ込む。ロニーは私の力の奔流に耐え、目を見開いて私を見ている。ロニーの心身に刻み込まれたレストレンジ家との盟約を、私のオーラが書き換えていく。急激に失われるオーラにめまいを覚え、必死で耐える。ロニーは小さな身体をより一層縮こまらせてぎゅっと目を閉じた。私も目を閉じる。耐えろ。感じろ。ロニーは私の、私だけの屋敷しもべ妖精だ。

 

 やがて。

 私とロニーは同時に目を開いた。

 私達は目を合わせる。しっかりと主従の契りが交わせていることが本能でわかった。

 

「ロニー」

 

「はい。お嬢様」

 

「ロニーの主は誰?」

 

「ロニーの主はエリカお嬢様ただお一人です。レストレンジの旦那様も奥様も、ロニーの御主人さまではございません」

 

 今まで『ご主人様』だったロドルファスが『旦那様』という呼称に変わった。

 

「ロニーは私の、私だけの屋敷しもべ妖精よ? 私はレストレンジだけど、この家とは違うの。もうお父様達とは違うの。まったく別の家なの。

 いいこと? ロニーはお父様お母様、それからラバスタンにはもう縛られていないの。私に仕えても、お母様やお父様の命令を聞いちゃだめなのよ? わかる?」

 

「はい、ロニーはよくおわかりになっております。旦那様と奥様は、お嬢様とは違う“家”なのだと。ロニーはよくご存じです! ロニーはお嬢様のお屋敷で働きます。ロニーのご主人様はお嬢様ただお一人です」

 

 っと! そうだった!

 

 急いで(ドラポケ)で清潔で真新しい枕カバーを取り出す。メリーさんがガーデンで私が使うために用意してくれていた、替えの枕カバー。

 杖を振るい、綺麗なローズピンク色の刺繍糸で“Ronnie”と綴る。簡単な変身術だ。

 

 ロニーに手渡すと、大きな目をより一層見開き、おずおずと震える手を伸ばして枕カバーを抱きしめた。「ありがとうございます」の声が喜びに満ちていた。

 

「こちらこそありがとう。私を選んでくれて、すごく嬉しい。じゃあ、これからは私の、この、エリカ・アレクシア・レストレンジのしもべよ、ロニー」

 

「はい! ロニーはお嬢様……いえ、エリカご主人様のしもべ妖精です!」

 

「ロドルファス・レストレンジとベラトリックス・レストレンジ、ラバスタン・レストレンジから何か命じられても決して耳を貸さず、すぐに私に報告すること。いいわね」

 

「わかりました」

 

 もう少し、はっきり命じておいたほうがいいかな。

 

 私は居住まいを正し、威厳があるように見えるよう、おじい様やおばあ様の姿を思い出しながら、明確に言葉を発した。ついでにオーラでちょっと威圧もかけちゃう。

 

「主として命じる。ロニー。ロドルファス・レストレンジ、ベラトリックス・レストレンジ、ラバスタン・レストレンジはお前の主人の敵だ。

 奴らの命令には決して従うな。呼びかけにも応じずすぐに私に知らせなさい。そして奴らの命に背くことで自分を罰することを禁ずる。あれらは他人。お前の主人は私、エリカ・アレクシア・レストレンジただ一人と知れ」

 

「かしこまりました、ご主人様。ご命令のままに」

 

 ここまで明確な命令を発すると、ロニーも安心したように深く礼を取った。

 

 

 

 

 新たな契約で結ばれ、私の眷属となったロニーと一緒に屋敷を片付ける。

 私と一緒に居られることを喜んだロニーは、いそいそと片付けを手伝ってくれる。

 

 まず彼女を“木漏れ日の家”に連れていった。まだジャンプを見せるつもりはないから、一度私が“木漏れ日の家”に行ってから彼女を呼び寄せたのだ。ロニーのことは信じてるけど、外で活動してもらう彼女に不必要な秘密を知らせるべきじゃないもの。

 

 今後はここが私とロニーの家になるのだ。

 

 ロニーは“木漏れ日の家”をとても気に入ったらしい。しもべ妖精が働くには小さな屋敷だけど、それでも私の家には違いないのだ。

 地下(位置的に木の幹にちょこんと突き出した感じっぽい)の作業部屋の奥の物置は小さなベッドがある。ここがロニーの部屋だね、と言うとロニーはとても喜んだ。

 台所や作業部屋を調べて、器具は一通り揃っているけどレストレンジの屋敷でロニーが使っているアイロン台や調理器具などもすべて持っていくと宣言していた。

 

 私が「レストレンジの屋敷から私の痕跡はすべて消し去る」と言うと、先にロニーが“木漏れ日の家”に移動させるものを片づけるのでその後で今後必要のないものをおしまいになられるか消し去るかお決めになられるとよろしいでしょうと提案してきた。

 

 その間、私はロニーが集めてくれた本や魔法具を確認すると決め、レストレンジの屋敷に戻った。

 

「イースターに頼んだ、レストレンジ家所蔵の書籍類と魔法具を出してちょうだい」

 

「はい。すぐお持ちいたします」

 

 一度消えたロニーが数分後また現れ、これだけございましたですご主人様、とパチンと指を鳴らすと、そこそこの書店並みの量の本と魔法具がざっと目の前に積み上がった。ロニーが種類別にわけてくれたようで、いくつかの島を作っている。

 

「ありがとう、ロニー」

 

 “木漏れ日の家”への引っ越し作業を嬉々として進めるロニーをしり目に、私は本の山に立ち向かった。

 

 今必要なもの、あとで調べるもの、とりあえず保管しておくもの、など大まかにチェックしながら、多重トランクにしまい込む。闇の魔術書の量が多い。ハリーの中の分霊箱を分離させる記述があればいいのだけど。

 制御の難しそうな高等魔術の魔術書が何冊もあった。これは嬉しい。練習しよう。『必要の部屋』師匠に頼めばいいかな。

 あ、『死の秘宝』について書かれた本があった。これは読んでおこう。うん。あの三角マークもしっかり描かれている。いい本があった。

 

 闇の本はまとめて魔力遮断布に包んで収納し、あとの本も島ごとに集めたまま収納。

 書籍類にロドルファスの時代の教科書もあった。欲しかった古い時代の教科書だ。嬉しい。これは勉強用にこっちに仕舞って、と。

 

 魔法具はそこそこ使えそうなものもある。人寄せ、人除け、精神干渉系の抵抗力を上げる指輪、イヤーカフ、ペンダントなどが数個、巾着がいくつか、時計、カメラ、望遠鏡や豪華なチェス台やゴブストーン、自動演奏の楽器、テント数種、イギリスでは違法となっている空飛ぶ絨毯、その他もろもろ。

 

 闇の魔法具は触るのも憚られる。魔力遮断布で包み封印箱へしまう。私が欲しいわけじゃないけど、彼らに使われるのが怖いため、持っていく。

 

 あらかた片づけると、ちょうどバチンと音がしてロニーが戻ってきた。ご主人様のお荷物も片づけ、食料品や日用品もすべて向こうに持っていきましたから今すぐあちらで生活できます、と満足げだ。

 

 このあとルシウス叔父様とシシー叔母様にこちらに来ていただく必要があるから、ここを片付けるのはその後ね、と話をした。

 

 

 

 

 翌日、ルシウス叔父様とシシー叔母様がレストレンジの屋敷に来てくださった。

 今まで一度も入ったことのない、ロドルファス、ベラトリックスの私室に初めて入った。

 

 主寝室とその左右にある私室、書斎。

 いたって普通の、高級品に溢れた豪華な部屋だ。

 

 奥にある金庫の中に、闇の魔法具がいくつか入っていた。予備の杖もある。あ、そうだ。脱獄したら杖がない。どこかで調達する必要があるね。この杖がなかったら彼らもきっと困るんじゃないかな。うん。ぜひ頂いていきます。魔法具と杖を多重トランクにしまう。

 

 レストレンジの紋章入りの家宝らしき魔法具のアクセサリや装備品なども仕舞ってあった。レストレンジの血族はロドルファス兄弟を除くと他はかなり遠い親族しかもういない。そんな血の薄い親族に渡すのは嫌だけど、私が貰うのもちょっと申し訳ない気がする。これは取り合えずトランクに仕舞っておいて、後々考えよう。

 

 ロドルファスの私物はルシウス叔父様が調べ、ベラトリックスのものはシシー叔母様が調べてくれた。書斎の本はロニーが取り出していたためほとんど見るものはない。ロドルファスの私的な手紙くらいしか残ってなかった。

 

 イケメンだったころのトム・リドルとベラトリックス、ロドルファスの3人で撮った写真があった。

 洒落た写真立てに飾られている。フレームの中では、嬉し気にトム・リドルを見上げたり照れてはにかむベラトリックスと、楽し気にロドルファスの肩に手を回すリドルと顔を合わせて笑いあうロドルファスの姿が。

 ……ロドルファスの顔、初めてみた。ベラトリックスの乙女な表情も可愛らしい。リドルの圧倒的存在感もすごい。

 この写真、記念に貰っていこう。トランク経由で倉庫に収納した。

 

 

 その後、ロニーの姿現わしで別荘に移動し、ルシウス叔父様が金庫の場所を教えてくれて私が開けて中身を回収した。『封印箱』に仕舞われていたそれらは、そっと開いて見ると本邸にあったものよりも禍々しい闇の気配を放っていて、しっかりふたを閉めてそのまま倉庫へ仕舞いこんだ。あとで念具の封印も重ねておこう。

 

 これで、レストレンジの危ないものは粗方回収できたはず。もしかしたら当主しか知らない隠れ家や隠し場所もあるかもしれないけど。

 

 手伝ってくださった叔父様と叔母様に礼を言う。彼らは鷹揚に頷き、帰っていった。

 

 

 

 ロニーとふたりになって、あらためてレストレンジ家の屋敷の片づけを始める。

 呪術に使われるおそれがあるため、屋敷中から私の髪や爪など、私の居場所を辿れそうなものすべてを消滅させた。

 

 12年前からこの屋敷で暮らしているものは私だけだ。風呂場の使いさしの洗髪料や、バスタオル、タオル類、シーツや替えのベッドカバーも私が使っているものしかない。こういったものはすべてロニーが“木漏れ日の家”へ移動させたらしい。

 私の服や私物も“木漏れ日の家”の主寝室の箪笥にもう入っているのだとか。

 

 幼い頃に着ていた服は靴や小物も含めてすべて出してもらってトランクへ。

 

 私室に入るとすこしだけがらんとしている。日用品や幼い頃のマルフォイ家と撮った写真や小物もあちらの部屋に移動済み。家具も“木漏れ日の家”のデザインに合うものはあちらに移動させたらしい。

 残った家具をトランクにしまい、カーテンも取り外して収納。壁紙も剥がして消滅させると部屋の中は何もなくなった。『スコージファイ』で部屋中を綺麗にして終了。

 

 過ごす時間が長かったプレイルームへ向かい、子供の頃の絵本やおもちゃ、家具もすべてをトランクにしまい込んだ。壁紙は消滅。

 

 リビングやダイニングのものも片づける。食器類はすでに向こうの家に移動させた。家紋入りのカトラリーや銀食器類もすべて持っていく。ここに置いていても手入れする者がいなければ錆びるだけだしね。

 居間にあったソファとテーブルもお気に入りの置時計も持っていく。あ、このタペストリーも貰っていこう。すべてトランクに収納。

 

 がらんとしたリビングを見回す。

 これで、もう、ここには私に関わるものは何もない。

 

 

 ロニーと手を繋ぎ、二人で家に帰る。

 “木漏れ日の家”へ。

 

 今日からここが私達の家だ。

 

 

 

 



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夏休み ハリーと過ごす夏

 

 

1994年 8月

 

 シリウスが待ちに待った8月がやってきた。

 弁護士が迎えに行き、そのままグリモールド・プレイスの前まで送り届けてくれた。

 シリウス、私、マルフォイ家のルシウス叔父様、シシー叔母様、ドラコが迎え入れる。

 

「お疲れ、ハリー。ダーズリー家ではどうだった?」

 

 ハリーは牢から出所してきたばかりの模範囚のような笑顔を見せた。

 

「気持ち悪いくらい快適だったよ。ペチュニア伯母さんは僕に草刈りをさせないし、バーノン伯父さんは僕なんていないって感じに振る舞うし。ダドリーは伯父さんに止められて黙って睨みつけるしかできなかった。

 部屋は快適だし、みんな梟をいっぱい送ってくれて。ヘドウィグも自由にさせてもらえて嬉しそうだった。ダーズリー家にいることを考えて憂鬱になればシリウスのトランクに入れるし。毎日箒に乗ってたよ。ほんとに素敵なトランクをありがとう、シリウス」

 

 おお。パパ大喜びだ。ハリーに笑顔を向けられてシリウスのイケメン顔が残念なほど緩んでいる。あとで『トランクを贈る』というアドバイスについて何度目かの礼をまた言われた。それくらいシリウスは浮かれていた。

 楽しい夏が始まった。

 

 

 その日は一日遅れのハリーの14歳の誕生会だった。

 この屋敷でそういったパーティが開かれるのは十数年ぶりで、クリーチャーがめちゃくちゃ張り切って部屋を飾り付けていた。誕生日パーティーの料理も素晴らしかった。

 ハリーも誕生日パーティを大いに喜んだ。

 14歳のハリーの誕生日は、彼にとって忘れられない幸せな一日となっただろう。

 

「僕……誕生日パーティなんて初めてで……嬉しくて」

 

 感激に胸いっぱいのハリーの言葉に、子供好きで愛情溢れるシシー叔母様がまず陥落。「シリウスの子なら私の甥ですわ」と抱きしめ、ルシウス叔父様まで「マルフォイ家も第二の我が家だと思ってくれればいい」だなんて言うほどだった。

 ほんとね。この夫婦って純血主義でプライドは高いけど、身内にはとことん甘いんだよね。

 

 シリウスはハリーの今までの暮らしを思って悔しく感じる反面、自分がハリーを喜ばせることができた事をとても嬉しく思い、成人して『愛の守り』が解かれればここが君の家になるんだと強く宣言した。

 

 ハリーは初めてみる屋敷しもべ妖精という生き物に驚き、世話焼きな老しもべ妖精とすぐ打ち解けた。クリーチャーも新しいご主人様の養い子がパーティを喜び、クリーチャーにも明るい笑顔で礼を言ったことでハリー坊ちゃまを素晴らしくも大切なお方だと認識した。

 あ、それでも今のところ一番クリーチャーの忠誠を受けているのはもちろん私だよ。もうね、年季が違うよね。

 

 

 シリウスはひと月も前にトランクを贈っているため、今日は豪華なプレゼントはない。だけど、ハリーの両親の思い出の品や手紙などを渡していた。ハリーはとてもとても喜んでいた。

 

 私は気になっていた眼鏡をプレゼント。

 いつまでもあんなぼろい眼鏡をつけてるのが許せなかったからさ。

 

 デザインはシンプルながら洗練されたフォルムで、顔のサイズに自動フィットして、箒に乗ってかなり激しい動きをしても落ちない仕様。

 所有者の視力にあわせてピントを変えてくれる。もちろん防水、曇り止めもばっちりだ。

 

 これってとても便利だから私の分も買ってある。ステップの飛距離があがるものね。

 

 それからいいタイミングだから去年渡せなかった杖ホルダーを渡した。ドラコ達もまだ使ってくれているし、杖をポケットに無造作に突っ込まないための練習台だと思って、と言って渡した。

 杖ホルダーはハリーも喜んでくれた。牡鹿だったことに驚いて、ハリーの守護霊を見たからこれをチョイスしたのだと思ったようだ。シリウスがそれを見て驚き、そして泣きそうな笑顔を浮かべていた。

 その後二人で話していたから、君のお父さんの『守護霊の呪文』も牡鹿なんだよ、くらいは話したかもしれないな。ルーピン先生に聞いているかもしれないけどね。もしかすると今まで黙っていた動物もどきの話までしているかも。

 

 みなもそれぞれプレゼントを贈っていた。

 

 ロン、ハーマイオニー、ハグリッドの手紙は昨日のうちにヘドウィグが運んできたらしい。ヘドウィグすごいね。まあうちのマーリンの方がずっと賢いし綺麗だし可愛いし素敵なんだけど。

 

 ロンからの手紙には、クィディッチ・ワールドカップの会場で会おうと言う話と、イーロップふくろう百貨店でアフリカオオコノハズクを選んだこと、私にも礼を言っておいてと嬉しそうに綴られていたと教えてくれた。うちのマーリンと同じ種類だね。

 喜んでくれてよかった。原作のあの豆梟みたいに落ち着きのない子じゃなくマーリンくらい賢い子になって欲しい。

 

 

 

 翌日はハリーも揃って、レギュラスの葬儀が行われた。

 ハリーは、シリウスの弟が死喰い人だったことも、ヴォルデモートに反旗を翻して死んだことも初めて聞いて驚き、神妙な表情でレギュラスの葬儀に出席した。

 

 レギュラスの葬儀は私達6人と、異例のことではあるがしもべ妖精のクリーチャーも参列を許された。クリーチャーは非常に感謝し、シリウスへの態度はまた一層丁寧になった。

 その首にはヴァルブルガおばあ様から与えられたレギュラスのペンダントが誇らしげに提がっている。ずっと大切にしまい込んでいるから、「今日くらい付けたら?」と私が勧めたのだ。

 クリーチャーがレギュラスのペンダントをつけている姿を見たらきっとレギュラスも喜んでくれると思う。

 

 シリウスは葬儀の場で、今は難しいが、ヴォルデモートが完全に斃されれば、すぐにレギュラスの勇気ある行動を公表し、彼の名誉回復を図ろうと力強く宣言した。

 今年は原作通りならクラウチ・ジュニアがホグワーツの教授としてやってくる。彼らの記憶から情報を漏らすことを考えると、ハリーやドラコにすらレギュラスの成したことや分霊箱のことを話せないけど、この1年が終われば話せるよね、きっと。

 

 空の棺にはレギュラスの箒が納められた。

 クィディッチの選手になりたかったレギュラス。その夢はシリウスが出奔したことで次期当主の重圧が彼に掛かって果たせず、その後死喰い人になってしまい、クィディッチどころではなくなってしまった。

 あの世でたくさん箒に乗ってほしい。

 

 

 

 

 葬儀の翌日、私達はルシウス叔父様の招待でマルフォイ家の別荘に行くことになった。

 ハリーとシリウス。ハリーとドラコ。ハリーと私。ハリーとマルフォイ家。シリウスとマルフォイ家。

 それぞれが距離感を掴みかねている。特に『死喰い人の親玉格』と友人から教えられていたルシウス・マルフォイといきなり一緒に過ごすとか、ハリーだって対応に困る。

 まずは気兼ねなく遊んで、互いのことに慣れる時間が必要なのだ。そのために用意してくれたのは非日常を感じられる場所だった。叔父様ってほんと、有能すぎて惚れ惚れする。

 

 マルフォイの別荘はカリブ海にあって、マグル除けが施してある島まるごとがマルフォイ家の土地らしい。近隣の海もマグルが近寄れないため途轍もなく美しい海だった。

 

 ヴィラに泊まり、ビーチで波と戯れる一週間は楽しい毎日だった。海で泳ぐのは英里佳時代ぶりだ。海の上をファイアボルトで飛ぶのも気持ちいい。

 

 海は深い青色で、空も突き抜ける青。

 その青と青の間を縫うように飛ぶのは快感だった。

 

 最初はぎくしゃくしていたみんなの間にあった緊張感もわだかまりも、燦々と照り付ける太陽とどこまでも広い空、目の覚めるような青い海に、あっという間に溶け去った。

 

 ハリー、ドラコ、私、シリウスは毎日飽きもせず泳いではファイアボルトに跨った。あ、うん。シリウスもハリーと一緒に飛びたくて買ったらしい。

 

 アズカバンから解放されて数ヶ月、シリウスは徐々に体力を取り戻している。少しずつ筋肉や脂肪もつき始めた。なによりハリーの存在が、彼に生きる希望をもたらしている。

 愛するハリーと一緒に過ごすシリウスは、馬鹿みたいにはしゃいでいた。

 

 シリウスの屈託のない笑顔を見るたび、私はシリウスの無実を証明できたことを嬉しく思えた。

 

 ドラコとハリーはまたファーストネームで呼び合うようになった。

 彼らの笑顔を見ると、私もすごく嬉しい。ついつい、一緒にはしゃいでしまった。ちょっと手を抜いて付き合っているのが辛いくらい。でもさ。本気出したら『超一流パイロット』ですから私。

 でもハリーって箒に関しては天才なんだよね。まだまだ子供だから技術が甘いけど、今後の成長が恐ろしいと思う。

 

 箒は全員がファイアボルト。そしてシリウスも含めみんな上手だった。速さやコース通り飛ぶ競争をしたり、スニッチを奪いあったり。水面すれすれを攻めたり。

 超楽しい。ドラコの態度も軟化したからめっちゃ楽しく遊べた。

 

 

 ルシウス叔父様とシシー叔母様は……毎日らぶらぶして過ごしていた。ドラコに弟か妹ができるかもしれない。

 叔父様は南国のビーチでも決して長袖のローブを脱がなかった。刺青が見えちゃうものね。

 マルフォイ夫妻とハリーもずいぶん打ち解けた。ハリーが笑顔で「ルシウスさん、シシーさん」と話しかける姿なんて、原作を知る私には驚きの変化だ。

 

 

 シリウスとハリーは蜜月のカップルみたいにべったりだった。

 そして貪欲なほど互いのことを知りたがった。

 

 シリウスは学生時代のジェームズの話や自分達のやった悪戯の話を聞かせ、ハリーはハリーで1年からの危険がいっぱいな冒険について語る。

 

 それからハリーがおずおずと差し出したホグズミード訪問許可証に誇らしげにシリウス・ブラックと名を書き入れた。

 ふたりとも実に幸せそうに晴れやかな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 休暇を一緒に過ごしたハリーの私服の酷さにシリウスもルシウス叔父様もシシー叔母様も眉を顰めていた。虐待の話を聞いてマグルどもめと怒った。

 そしてどうせ買い物に行くならすべてを買いなおそうと宣言した。

 

 私はついでに、気になっていたポッター家の資産がどうなっているかハリーに確認してみる。

 

 資産家だったポッター家は、ハリーのお爺さんが考案したスリーク・イージーの直毛薬で大儲けして大富豪になった。ジェームズの父親はジェームズが仕事もしないで騎士団に入ってしまい(給与どころか献金すらしていたはず)、代替わりの際に薬の権利も会社も売ってしまい、すべてを現金化してグリンゴッツへ入れた、と言うような記述をどこかで読んだ気がする。

 うちみたいにある程度の運用はしているのか、それともただ金庫に入れただけなのか。

 

 それにポッター家の資産をダンブルドアや他の不死鳥の騎士団の誰かが使っている可能性も捨てきれない。

 

 原作どおり、ハリーはグリンゴッツの金庫の鍵をひとつしか持っていないと言い、私達を驚かせた。

 『鍵』ということは、ドラゴンが守る最奥の金庫ではないってこと。旧家のメイン金庫が並ぶあの場所に、ポッター家の金庫もあるはずなのに。

 

 危機感を覚えたシリウスとルシウス叔父様が、ロンドンへ戻ればすぐにグリンゴッツへ行って、ポッター家のすべての金庫の現状の報告と鍵の取り換え、それからハリーの杖の登録を申請することに決まった。

 

 

 

 

 

 

1994年 8月 第2週

 

 カリブ海を満喫してきた私たちはまたグリモールド・プレイスへ戻ってきた。

 

 翌日、マルフォイ夫妻、ドラコ、私、シリウス、ハリーの6人は揃ってダイアゴン横丁へ繰り出した。時の人となっているシリウスがこんな人混みに出ればどれほどの騒ぎになるか。

 なので、シリウスは髪を魔法で金髪に染め上げ、大き目の眼鏡をかけてそのうえ山高帽を深く被って顔を隠していた。

 でもそんなことは関係なく、ハリーとシリウスは幸せそうだった。

 

 まず最初に大切な仕事、グリンゴッツへ向かう。

 シリウス、ハリーの二人がポッター家の資産について確認している間に、私もレストレンジの金庫を巡り、魔法具を粗方回収してきた。また何があるか調べなくては。

 

 金庫から戻るとハリーの用事も済んでいた。

 

 いろんな二次創作で読んだような、ダンブルドアが資産をちょろまかしてたという事実はなかった。ちょっとほっとした。

 

 けど、13年前に一度、ある程度のまとまった金額がどっと引き出されていて、おそらくそれでハリーの両親の葬儀や諸々の片づけをしたのだろうと思われた。ずいぶん高額だから他にもきっと流用(おそらくハリーの周辺警護とか、フィッグばあさんの引っ越し費用とか)しているだろうけど、まあ許せる範囲だと思う。

 

 シリウスも叔父様も眉を顰めたけど、激昂するほどの金額ではないし、その後鍵を持っていたけど一度も引き出されていないことで、まあいいだろうという結論に達した。

 まあ何かあった時のダンブルドアへの攻撃材料にもなるし、ちゃんと記録を出してもらっておく。

 

 ポッター家の資産の代理人をダンブルドアからシリウス・ブラックに書き換え、すべての鍵を作りなおしてもらうのに多少の金額がかかった。

 でもこれでハリー以外がポッター家の金庫にアクセスすることはできない。

 

 

 

 その後、ハリーのローブや私服を大量に買う。シリウスとシシー叔母様がかかり切りになってあれこれと選んでいた。

 私とドラコはその間に自分達の次の教科書を買ったり、消耗品を揃えたり。制服の仕立てなおしをしたり。

 羊皮紙とインクの減りが早い。羽ペンもすぐにダメになるし。たくさん買い込んだ。

 

 その後、みんなでトウィルフィット・アンド・タッティングへ行き、ハリー、ドラコ、私のドレスローブを仕立てる。ここでもシシー叔母様が大活躍だった。

 毎年クリスマスパーティのために仕立てているのだけど、今年はホグワーツでパーティがある。

 パートナーと同伴が必要で、しかもダンスがあるらしく、動きやすさとターン時の裳裾の広がりの美しさに叔母様がとても拘っていた。

 ホグワーツでのクリスマスパーティのあと、ロンドンでもパーティを開くため、ドレスローブはそれぞれ2着ずつ仕立てた。

 

 ルシウス叔父様から、9月からのホグワーツで三学校の対抗戦が行われることを聞いている。

 私達は選手になれる年齢に達していないし、そんなことより、ドラコとハリーはクィディッチの試合がないことのほうがずっとショックだった。ドラコなんてせっかくファイアボルトを貰えたのに、とかなり残念そう。

 

 ハリーとドラコのシーカー対決は来年に持ち越しね、と言えば、二人とも無念の表情で肩をすくめた。そして、来年は負けないから、と互いにライバル宣言していた。

 

 

 



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夏休み クィディッチ・ワールドカップ

 

1994年 8月 第2週

 

「ハリーの傷痕が痛んだらしい」

 

 朝、宛がわれた客室からリビングに降りてくると、シリウスが隣に座ったハリーの手を握って彼を力づけようと努力しながら私に語りかけてきた。ドラコ達も気遣うようにハリーを見ている。

 

 ああ、原作にあった、お辞儀様がリドル邸でワームテールと話をして、その後マグルを殺すところを夢で見てしまうやつね。

 つまり、今年の事件は原作通り進んでいるってことだ。

 

「ハリーは1年の時、何度か傷痕が痛んだって言ってたわよね?」

 

「うん。でも、あの時はあいつが近くにいたんだ。今はいないのに。なのに……」

 

「あのね。ダンブルドアからあなたがパーセルマウスなのは“例のあの人”から力が入り込んだって言われたのよね? つまり、あいつとハリーには傷痕を通して繋がりが出来ているんだと思うわ。

 ハリー、ほかにも何か感じたことはない?」

 

 頭がおかしいと言われるかと恐れていたハリーはここにいる誰もイカレた奴を見る目ではなく、気遣う表情を浮かべていることに、ほっと力を抜き、夢を見たんだ、と話し始めた。

 

 詳細に語られるヴォルデモートとワームテールの会話。それから誰かを拷問して何かの情報を得たこと。マグルを殺したこと。クィディッチ・ワールドカップの話。

 

「ハリーを捕まえて何かをしようとしている、だと」

 

 シリウスがぎりりと奥歯を噛みしめる。

 

「1年の悪霊みたいな状態から考えるとかなり力を取り戻してきていますよね」

 

 復活のための何かの準備だろう、と大人達と私は目を見かわした。

 

「ハリー。学校が始まったら閉心術を練習しましょう」

 

 私の言葉に、ハリーは首を傾げた。

 

「へいしんじゅつ?」

 

「“閉心術”よ。心を閉ざして、考えていることを読ませない技術ね。反対に、相手の目を見ただけで人の心を読む技術が“開心術”。例のあの人やその配下には、“開心術”の巧者が多いの。

 “例のあの人”はトクベツ優れた開心術師なんですって。相手に幻影を見せて記憶を埋め込むことすらできたって。

 今回のはおそらくあいつが気付かないうちに、繋がりを通してあなたが夢に見たんだと思う。あいつの気持ちが高ぶって、それがあなたに届いた。わかる?

 でもね。万が一、向こうがこの繋がりに気付いてしまえば。ハリーに夢を見せてあなたを誘い込むことすらできるようになってしまう」

 

 私の言葉にシリウスも真剣な表情で同意した。

 

「ハリー、何があろうとホグワーツを出てはいけない。ホグズミード村での休暇も友人達と一緒にいるか、わたしかルシウスが迎えに行くまで城で待っていてくれ。頼むからひとりで行動しないでほしい」

 

 ハリーも理解できたのか、目を見開き、硬い表情で何度も何度も小刻みに頷いた。万が一、具体的でおかしな夢を見れば、どれほど真に迫った内容でも必ず誰かの助言を求めること、と約束を交わす。

 

 

 

 深刻になりすぎた空気を和らげようと、シリウスがわざと明るい声をあげた。

 

「さあ、しけた話はもう終わりだ。クィディッチ・ワールドカップ、ハリーにもきっと喜んでもらえる席を用意しているんだ」

 

 ルシウス叔父様もそれに乗って口を開く。

 

「30年ぶりにイギリスで開催されるクィディッチ・ワールドカップの決勝戦だ。私とシリウスが押さえた座席は一等見晴らしのいい席だ。君達もじゅうぶん楽しめると思うぞ」

 

 シシー叔母様も上品な笑顔に茶目っ気をみせて続ける。

 

「あなた方を喜ばせるために、この人達がどれだけ走り回ったか。といっても、おそらくご自分達も楽しむつもりでしょうけど」

 

「ビクトール・クラム! ハリー、アイルランド対ブルガリアなんだぜ」

 

 ドラコが叫んだことでハリーの気持ちもそちらへ引っ張られた。ドラコが興奮してどれだけクラムのプレイが凄まじいかを早口で語り始めるとハリーもやっとうきうきとした表情をみせた。

 

 

 

 

 

 イギリスどころか世界中から十万人もの観客が集まってくる。暖炉や列車を同時に使ってマグルに知られないよう、チケットの値段によって集合時間が違うようになっている。一番安いチケットの人達は試合を見るために二週間前に現地入りしなくてはいけなかったらしい。

 

 もちろんブラック家やマルフォイ家が購入するチケットは最高金額だし、それに私達は列車もポートキーも使わない。

 大人3人に子供が3人。ちょうど1人ずつ連れて付き添い姿現わしをすればいいから、私達は余裕をもって会場に向かった。

 会場ではヴィンスとグレッグとも合流した。彼らの両親は他の友人達ともう少し安い座席を取っているらしい。

 ルシウス叔父様の説得で彼らの父親もこちら側へ来るとは言っていたんだけど。

 原作では左手の刺青が濃くなってきている頃だ。闇の帝王の恐怖に骨の髄まで囚われている死喰い人達はまた及び腰になっているんだと思う。叔父様はそこまで話してはくれていないけど。

 

 ルシウス叔父様も帝王の復活を恐れているだろう。家族を守るため、なんとしても復活を阻止したいと考えている。

 あるいは帝王にハリーと私を土産にして自分と家族の助命を願うか。

 もうヴォルデモートに欠片も仕えるつもりなどないけど、家族の為なら靴でも舐める。ルシウス・マルフォイはそう言う人。

 だからこちらの方が有利だとずっと彼に信じさせなくちゃいけない。家族の幸せのためには多少危険を冒しても帝王と戦うべきだと、私は事あるごとに言い続けている。

 

 

 

 

 座席まで進む前に土産物の店で足を止める。大人達は社交界の知り合い達と挨拶を交わすため、先に行き、小物を欲しがる子供だけがそこに残った。

 ドラコ、ヴィンス、グレッグは熱狂的なビクトール・クラムファンで、そこかしこで売られている土産物のカートに溢れるファングッズに目を輝かせた。

 

 贔屓のチームのない私とハリーはドラコに引きずられてビクトール・クラムのグッズを買おうかどうしようかと悩む。それでも実際に飛び回るファイアボルトの模型にはハリーと二人で心を鷲掴みにされた。

 

 そういやあ私って“次の生のために持ち越したいもの”とか、“便利なもの”とか、“必要なもの”とか、そんなものしか買ってない。“欲しいもの”を買っていない。

 こういうオモチャ系をもっと集めて楽しまなくちゃ。

 

 ファイアボルトの模型を買い、手のひらを歩き回るビクトール・クラム人形を買い、パンフレットを買った。クラム人形を買ったのだからブルガリアを応援しようかと赤のロゼットも買う。私の手のひらに陣取ったクラム人形が満足げに私の胸に赤く輝くロゼットを見上げていた。

 ハリーは緑のロゼットとファイアボルトの模型にしたようだった。ハリーのクラム人形が腰に手を当ててロゼットを睨みつけ、指さして抗議していた。

 

 あ、そうそう。

 原作にあった真鍮製の双眼鏡『万眼鏡』、買いました。

 魔法具の高機能版双眼鏡だ。アクション再生、スローモーション、一コマずつ静止もできる。当然拡大もできる。素晴らしいねこれ。もちろん試合中じゃなくてもどこででも使える。絶対買っておこうと思ってたんだ。

 

 そろそろ行くぞとルシウス叔父様に声をかけられ、パンフレットや帽子、クラム人形、ファイアボルトの模型、万眼鏡などそれぞれ戦利品を手に座席へと向かう。

 ハリーはさっそくシリウスにファイアボルトの模型を見せてはしゃいでいた。

 

 人混みの中、少し歩いて観客席へと着いた。

 周囲に軽く挨拶を交わしながら、最上階まで階段をあがる。最上階貴賓席はボックス席になっていて、私達のボックスは素晴らしく見晴らしがよかった。

 

 そして、前の座席にはウィーズリーの家族とハンナ、ハーマイオニーがすでに座っていた。

 

 原作のルシウス叔父様なら冷酷な視線と侮蔑の言葉でウィーズリーの父親に嚙みついただろうが、今の叔父様は穏健派になっているし、それにハリーとシリウスの機嫌を損ねるような言動は控えている。結果、何も発言することもなく、静かに会釈をして通り過ぎた。

 

 私達もそれに続く。マルフォイ夫妻、ドラコ、私が並んで座り、その前の席にシリウス、ハリー、ヴィンス、グレッグと並んで座る。

 振り向いて私達を見ていたハンナ達にそっと手を振った。ハーマイオニーやロンまでが手を振り返してくれたことに、驚きつつも嬉しさが溢れた。

 

 私とハリー。双方のグループの中心人物同士が仲良くなったため、この春からウィーズリーもヴィンス達もお互いに目を合わせただけで噛みつきあう態度をあらためた。一緒に守護霊でディメンターを追い払った経験も彼らの心の距離を縮めることに一役買った。

 

 そしてぽつぽつと会話を交わしてみれば、鼻持ちならないと互いに考えていた相手がそう悪い奴じゃないと気付いた。

 と言っても、だから今日から俺らもダチな、と言えるほどスリザリンとグリフィンドールの確執は浅くはない。互いに微妙な表情で軽く視線を交わすだけだ。

 

 だけど。

 今日はクィディッチ・ワールドカップ決勝戦という素晴らしい対戦が行われる日で、みんなテンションが高い。贔屓のチームのロゼットをそれぞれつけた姿に、諍いを起こすなんてつまらない事はやめようと暗黙の了解のうえで軽く手をあげて笑顔を交わしていた。

 

 私は、去年のクリスマスにプレゼントした手首に付ける杖ホルダーを使ってくれているかと視線をそれぞれの左手へ向ける。ハリーとドラコもちゃんと手首に付いているのを朝確認している。ヴィンス達もちゃんとつけていた。今日のための杖ホルダーだ。着けてなきゃ困る。全員の左手首を見てほっと安心する。

 

 残念ながらハンナやハーマイオニー、ロンに渡すチャンスがなかった。大丈夫だろうか。

 自分の知り合いの杖が『闇の印』のために使われるなんて、ぞっとするもの。

 本当ならハーマイオニーやウィーズリーの兄弟全員に杖ホルダーを渡したかったんだけど、理由もなく送りつけても施しだと思われては困るし。

 

 もともと財力の差に引け目を感じていたロン・ウィーズリーは、シリウスと出会ってから急激に垢ぬけてきたハリーの装いに、より一層卑屈な視線を向けているように見える。シシー叔母様が選んだハリーの服は身体にぴったり合っていて、ハリーを良家の子息らしく見せている。

 良くないなあ。

 元はと言えば駆け落ちして無計画に子供をどんどん産んだ両親が悪いのに。兄たちはみんな優秀だし。自分はお下がりしか与えられないのに一つ下の妹は女の子だから新しい洋服を買ってもらえるし。彼って損な役回りだよね。

 

 

 

 ウィーズリーの後ろの席にはしもべ妖精がひとりで座っている。“円”で調べると、いました。誰も座っていないはずの座席にひとりの気配がある。バーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。

 

 今私が彼を捕まえるために行動を起こすわけにはいかない。だから、このあと彼が誰かの杖を奪って闇の印を打ち上げることを止められないのだ。

 

 もう彼らのことはハンナが頼りだ。ハンナはわかっているのかな。原作のここの流れ、ちゃんと覚えているだろうか。心配でハンナを見ると、わかってるよ、と言わんばかりにハンナが手を振った。

 ぼそぼそとハンナが同じ座席にいるメンバーに話すと、それぞれが尻ポケットに入れている杖をしっかりローブに仕舞いなおしている。どうやら「試合に興奮して杖が折れたり落としたら大変だからちゃんとしまったほうがいい」というようなアドバイスをしたみたいだ。ナイスだハンナ。グリフィンドールに10点あげよう!

 私は安心して、試合に熱中することにした。

 

 

 

 その後の流れはほぼ原作の通りだ。

 チームのマスコット達によるパフォーマンスが行われ、ヴィーラに心を奪われた男性陣がヴィーラの注目を集めたくて間抜けな行動を取るのを見たり、レプラコーンの金貨に群がる観客を冷めた目で見たり。

 さすがにシリウスやルシウス叔父様はヴィーラに惑わされなかった。ドラコはシシー叔母様が抱きしめて止めていて、ハリーは座席の手すりに足をかけて両手を振っていて、ヴィンス達は座席の上で何度も宙返りやジャンプでアピールしていた。

 レプラコーンの金貨はヴィンスとグレッグが手を伸ばしたけど、これってすぐに消えるわよ、と教えるとすぐに手放していた。

 

 

 そして、試合がはじまった。

 

 もうね。プロの試合、舐めてた。

 

 素早い動きにそれぞれフェイントが散りばめられていて、チェイサーの投げ合うクアッフルの凶悪な鋭さに感動し、ビーターの棍棒が打つブラッジャーはまさしく凶器のように相手を襲った。

 チームの連携も素晴らしい。

 

 もちろん私の目にはすべてがはっきり見えている。おそらく今のどの攻撃もすべてを避けきれる自信がある。でも、そんなことどうでもいいと思わせるほど、熱く、激しい攻防戦に、私も他の観客同様熱狂して声援を送った。

 ビクトール・クラムのウロンスキー・フェイント――シーカーを引っかける危険技にも感嘆のため息が漏れた。

 

 最後には顔にブラッジャーをブチ当てられながらもクラムが地面に激突するような激しい急降下でスニッチを取り、そして残念ながら試合はクラムのブルガリアチームではなくアイルランドが勝った。でもアイルランドのリンチがスニッチを見つけていたのだから、あそこでクラムがスニッチを捕まえたのは正しい判断だったと思う。

 負けたけど、勇敢な人だな、と思った。

 

 

 試合が終わっても興奮は冷めやらず、キャンプ場へ向かいながらそれぞれ声高に試合のひとつひとつのプレイについて熱く語っていた。

 私達もこのまま十万人の熱狂する観衆のひとりとして一緒に騒ぎたいという欲望に逆らえなかった。

 

 だけどさ。エリカ知ってる。

 このあとおバカな元死喰い人達がマグル虐めで騒いで、そのあとそのバカ騒ぎを見たクラウチ・ジュニアが誰かの杖を奪って闇の印を打ち上げる。帝王を見捨てておいて死喰い人を名乗るなどおこがましいと怒りを見せつけるのだ。

 

 そんな場所にルシウス叔父様を居させたくない。さっさと帰るに限るよね。

 原作で事件が起きるのはハリー達がキャンプ地に戻り、テントで眠り始めた直後。私達は日帰りのつもりでやってきたから、それまでには帰る、はず。

 もし泊まって語り合いましょう、なんて話になれば仮病でも使うつもりだった。

 ルシウス叔父様も具合の悪い姪っ子をシシー叔母様に預けて残りたいとは言わないだろう。できれば友人達と一緒にいるというクラッブさん、ゴイルさんも帰らせたい。

 

 

 シリウスは社交界の今一番旬な花形で、今後の魔法界を牽引する若き王だ。そしてルシウス叔父様はその一番の側近として若いシリウスを支えている。

 キャンプ地の端に設置されたキャンプファイアーの傍に陣取り、挨拶のために訪れる様々な相手と話しながら、今日の素晴らしい試合について熱い議論を戦わせる。

 

 私達子供も一緒になって楽しんだ。

 ハリーは友人達と話したかったらしく、ウィーズリー家が集っているところへ行ってしばらく一緒に過ごしていた。

 

 

 やがて興奮は冷めないけど睡魔に負けてうつらうつらしだした私達の様子を見て、シシー叔母様がそろそろ帰りましょうと声をかけた。もう少し……と言いかけた叔父様に、叔母様の冷たい目が向けられた。こういう場合、シリウスもルシウス叔父様も、シシー叔母様には敵わない。

 

 私達はハリーを迎えに行きがてら、テントで休むというロン達に別れを告げ、付き添い姿くらましで帰ることになった。

 ルシウス叔父様に厳しい声で、ちゃんと子供達を連れて帰るんだぞ、と言われたクラッブさんとゴイルさんもヴィンス達を連れて帰っていった。叔父様ぐっじょぶ。

 

 

 

 

 翌朝。

 「日刊予言者新聞」には『闇の印』の写真がでかでかと載っている。

 キャンプ場の管理人のマグルを死喰い人達が甚振って遊び、その後何者かが打ち上げた『闇の印』を見て逃げ出したという流れが、魔法省の失態としてかなり悪意のある書き方で書かれていた。

 

 ……杖は誰の杖が奪われたのだろう。

 ハンナのおかげでハリーの友人達ではないことは確かだし、私達はみんな杖を持っている。誰の杖だとしても、その人が酷い中傷をされなければいいのだけど。

 

 

 ルシウス叔父様の話では、杖を使われたのは成人した半純血の魔法使いで、杖の見つかった場所とは離れたところで失神して倒れているところを見つかったため、失神呪文のあと杖を奪われた被害者だと判断されてお咎めはなかったらしい。

 

 そして、杖を持っていたのは、クラウチ氏のしもべ妖精ウィンキーで、ウィンキーはクラウチ氏により“洋服”とされたらしい。

 ダンブルドアは原作通りウィンキーをホグワーツの厨房で雇ってあげるのか。ドビーがいないけど、ウィンキーは他のしもべ妖精と上手くやれるのか。心配だけど、私がしてあげられることはないんだよね。

 

 

 

 

 

 

 夏休みの最終週はシリウスとハリーをふたりきりで過ごさせてあげようと言うことになり、グリモールド・プレイスにシリウスとハリーを残し、マルフォイ家はマルフォイ・マナーに帰っていった。

 もちろん私のことも一緒に帰ろうと誘ってくれたのだけど、私は断った。

 休み最後の数日くらい、私もロニーとの時間をとらなくちゃね。音楽レッスンもしなくちゃだし。

 

 

 “木漏れ日の家”に戻るとロニーが何時ものように迎えてくれた。

 

「ただいま、ロニー」

 

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 

 

 

 



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4年-1 4年次の始まり

 

 

1994年 9月

 

 またホグワーツへ行く日がやってきた。

 

 マルフォイ家とハリー、シリウスと待ち合わせ、一緒にキングス・クロス駅へ向かう。

 新しく買ったローブを身に付け、堂々とした姿で立つシリウスは、さすがブラックの当主と言う風情だった。

 

 今日は大切な名付け子の見送りということで、これからクリスマスまで会えない寂しさもありつつも、大手を振ってハリーと一緒に歩けることが誇らしげだった。

 

 ホグワーツ特急での見送りの姿は注目の的だった。

 特に、()()シリウス・ブラックが別れの挨拶で、ハリーを抱きしめ、そのあとにエリカ・レストレンジとドラコ・マルフォイも順番に抱きしめたことにどよめきの声があがった。

 

「クリスマスにはきっと帰ってきてくれよ、ハリー」

 

「うん。シリウスも元気で」

 

 ハリーとシリウスの別れの挨拶のあと、私達はルシウス叔父様とシシー叔母様とも挨拶を交わして列車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 ハリーはハンナ達のコンパートメントへ合流するため別れ、私とドラコはいつものようにスリザリン寮のみんなと過ごした。

 私達の話題は、クィディッチ・ワールドカップの試合の話と、その後のマグル虐めをしていた死喰い人、そして、『闇の印』を打ち上げた“誰か”。

 

「ルシウス叔父様やクラッブさん、ゴイルさんがあのマグル虐めに参加していないことがちゃんと周囲に知られていることが本当に幸いだわ」

 

「ああ、俺達が帰るところも大勢の人に見られている。あのタイミングで帰れたのは奇跡だな」

 

 私の言葉にヴィンスが肩をすくめて答えた。

 

 ほんとにね。目撃者が多いから、彼らがあんな馬鹿なことをしたメンバーに含まれていないことも、その後『闇の印』を打ち上げた人物でないことも証明されている。非存在の証明は難しいから、ほんとにギリギリのタイミングだったと思う。

 

「死喰い人なんて大層な名前をつけて、やっているのが質の悪いゴロツキの悪戯程度だもの。低俗すぎてあきれるわ」

 

「まあな」

 

 ドラコもヴィンス、グレッグも虐めていた相手がマグルだとしても、やっている内容の低俗さは決して褒められたことじゃないと理解している。

 私の調教で育った彼らは『純血たるもの高潔であるべき』という由緒正しい純血主義を持っていて、父親が所属していた死喰い人という集団には、ああいったことしかできないただの小物が多く含まれていることを恥ずかしいと感じている。

 

 特にヴィンス達は、自分の親が小物に分類されるタイプで、あの時間まで残っていれば祭りの夜のテンションで、つい、あの騒ぎに交じってもおかしくないと想像できるだけに、その前に帰ったことに改めて感謝しているみたいだ。

 

「あの『闇の印』を打ち上げたものは誰だろうな」

 

 ドラコが考えながら言う。

 

「帝王が斃れてさっさと逃げたくせにまだ死喰い人の仮面を被っていることを憤ったのか、死喰い人の仮面をつけてやることが低俗な悪戯なことを憤ったのか、どちらかね」

 

「逃げなかった死喰い人なんて全員アズカバンじゃないか」

 

「あるいは……帝王自身か、だろ」

 

 グレッグの言葉に、ドラコとヴィンスがびくりと震えた。

 

「まあ、そう思ったから仮面達は一斉に逃げ出したんでしょうね。クラッブさん達はなんて?」

 

 私の質問に、グレッグとヴィンスは顔を見合わせて、肩をすくめた。

 

「ブラック家を旗頭に第三勢力。この勝ち馬に乗ろうとすり寄ったとたん、これだもんな」

 

「ああ、うちの親父も新聞を見てがくがく震えてやんの」

 

「大丈夫かしら」

 

 ルシウス叔父様が抑えているけど、帝王復活があればきっと向こうに行く。でもルシウス叔父様だってそんなことを許すような甘さはない。二度の裏切りなど、ありえないのだ。

 

「わかんねえ。今のところマルフォイの旦那についていくって言ってるけど、な」

 

「ああ。小心者は恐怖に敏感なんだ。親父たちは帝王の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれてる。なんかあればすぐ旗色のいいほうへ行っちまう」

 

「できるだけ宥めるけどさ。ホグワーツへいる間はどうしようもないしな」

 

「だな」

 

 ヴィンスとグレッグは顔を見合わせて肩を竦める。

 

 いろいろ聞きたいことはたくさんあるんだろうけど、彼らも自分達の父親がどれだけ頼りにならない存在かよくわかっている。風見鶏より軽く立ち位置を変えそうな彼らに自分からの情報が洩れることの危険性を理解しているのだ。

 これ以上の情報を貰うことは誰かの命を縮めることにもなりかねない。

 『訓練増加だな』とふたりで笑っていた。かっこいいよ。ヴィンス、グレッグ。

 

「閉心術の訓練も忘れずにね」

 

 私の言葉に、ドラコも含めて男達が撃沈した。

 

 

 

 

 

 入学生達の組み分けの儀式が終わり、各寮のテーブルに新入生がそれぞれ先輩方に歓迎されながら座る。スリザリンにも貴族家同士付き合いのある家の子達も予定通り入ってきていて、今年もシリウスがグリフィンドールに入ったような大番狂わせはなく無事に終わった。

 

 「今年は寮対抗クィディッチ試合は取りやめ」と言うダンブルドアの言葉に衝撃を受ける生徒は多く、悲壮な悲鳴があちこちであがった。スリザリンのほとんどは親から聞いていたため、冷静に受け止めたけどね。

 

 そしてダンブルドアが話を続け、「今年、ホグワーツで――」と言いかけたところで耳をつんざく雷鳴とともに大広間の扉がバタンと開いた。

 コツッコツっと鈍い音を響かせ、マッドアイ-ムーディが入ってくる。ものすごく怪しい姿だ。馬の鬣のような長い暗灰色まだらの髪、ギョロギョロと動き回る義眼、大きく削がれた鼻の傷痕、マントの裾から見える片足は木製の義足。映画で見た姿そのままの陰気で怪しい男だ。……そして、原作通り進んでいるならおそらく、中身はもうバーテミウス・クラウチ・ジュニアが成りすましている……はず。

 

 ……あの目が怖いな。あれは要注意だ。

 

 マッドアイ-ムーディの登場で衝撃をうけていた生徒達は、『三大魔法学校対抗試合をホグワーツで開催する』というダンブルドアの言葉に興味をひかれ、校長の話に注目する。

 ホグワーツ、ボーバトン、ダームストラングの三校で、各校から代表選手が一人ずつ選ばれて三人が三つの魔法競技で争う。過去何人もの死者を出した危険な対抗試合だが、優勝者には優勝杯、学校の栄誉、選手個人に与えられる賞金1千ガリオンが与えられる。

 

 生徒達は試合の過酷さに眉を顰め、与えられる栄誉と報酬の高さに興奮し、選手の参加資格が17歳以上と聞かされ絶望の、あるいは希望の叫びをあげた。

 

 

 

 

 

 

 授業が始まった。

 私は今年から『魔法生物学』は受けないことにした。去年ドラコのヒッポグリフ事件を阻止してしまったため、ハグリッドは反省することもなく危険な動物を出し続けた。確かに面白い生き物は見せてもらったけど、見ていてひやっとする瞬間は何度もあった。酷い怪我人が出なかったのは奇跡だ。ドラコに怪我をさせたくなかったから阻止したけど、ハグリッドを野放しにしている状態はよくないよね。

 

 原作では今年は尻尾爆発スクリュートが出てくる。そんなもの見たくもない。

 昨年の終わりにスリザリンの談話室で、『私は魔法生物学は来年から取らないわ』と宣言したらドラコも止めることにした。ヴィンス達も一緒に止めたから、私達に追随して止めた子も多かったと思う。きっと4年次のスリザリン生の受講者はすごく減ったのではないかな。

 どうか他の生徒達もみんな怪我をしても修復可能な程度の怪我で済みますように。

 

 

 

 そして今日は、マッドアイ-ムーディの『闇の魔術に対する防衛術』の授業がある。

 

 熱心な狂信者であるレストレンジ夫婦の娘なのに、親に反して帝王の敵になった私はもちろんのこと、帝王の最盛期にさんざんうまい汁を吸っていたくせに、今は反ヴォルデモートを表明しているルシウス・マルフォイとその腰巾着クラッブ、ゴイルの子供達。ドラコ、ヴィンス、グレッグ、それからセオも。

 

 クラウチ・ジュニアの怒りの矛先が向いている可能性はある。もちろん、彼の目的が『ハリー・ポッターを第三の試練の時に無事に帝王のもとへ送り出すこと』であるため、どれだけ内心怒りを感じてたとしても怪しい行動は控えるだろうとは思う。

 

 でもやっぱり心配だよ。できれば全員に“隠”+“絶”の影を護衛に付けておきたいくらいなのだ。

 

 でもさ。

 マッドアイ-ムーディの“魔法の目”はハリーの透明マントを見破る。それどころか、原作では別の階にいるマネ妖怪を見つける描写がある。そこまで距離の離れた場所にいる脆弱な魔法生物の探知ができてしまうほどの強力な“目”。もしかしたら“隠”+“絶”の影も見える可能性がある。今学年中は影による暗躍はほぼできないと見ている。そのつもりでいなくてはね。

 

 とにかく小窓を常に開いてガーデンに影を待機させる、不必要なものはすべてガーデンにしまって置く、授業以外では決して彼に近付かない、『必要の部屋』へジャンプする際はせめて彼が4階より下にいる時のみ、などという対策は必要だよね。

 今年は例年以上に慎重にしよう。

 

 

 

 1回目の授業は『許されざる呪文』とは何かを説明し、そして『死の呪い』、『服従の呪文』、『磔の呪文』をクモを相手に実演してみせた。

 

 目の前で服従させられて踊り、クルーシオで痛めつけられ、アバダ ケダブラの緑色の閃光であっけなく死ぬ姿を、私達は息をつめて見つめた。

 

 死喰い人の子供達も、死喰い人やヴォルデモートに肉親を殺された子供達も、どちらも、まざまざと見せつけられた恐ろしい呪文に、心の奥が凍り付くような恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 勉強も音楽レッスンも念修行もしているけど、分霊箱のことも忘れてはいない。

 レストレンジ所蔵の魔法書は影達を動員して調べた。

 

 『死の秘宝』の本はそこそこ詳しく書かれていて、過去に何度か表沙汰になった事件のうち、『死の秘宝』にまつわるものだと思われる事件を詳しく調べていて、『死の秘宝』の実在を謳っている。

 『蘇りの石』の形状も書かれていたから、これは使える。

 

 分霊箱に関する記述がある本はなかった。

 混ざり合った魂から本体の魂を傷つけずに余分な魂を引き剥がすような技術の記載も見つけられなかった。

 (いにしえ)の魔法にそれらしいものはないか、バジリスクのジェイドにも訊ねてみたけど、サラザール様の蔵書になら書かれていたかもしれぬが我は知らぬ、という答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ハリーにも『必要の部屋』の存在を教え、そこで閉心術の練習をしてもらうことにした。夏休みに閉心術の必要性をしっかり理解したハリーは、時間があけばここにきて練習すると約束した。

 

「ちょうど今年はクィディッチがないから自由時間は多いしね」

 

 ハリーは笑って言った。私もそうね、と答える。

 彼はまだ知らないことだけど、残念ながら今年も彼の苦労は既に決まっている。彼が4人目の選手に選ばれてしまうとそんな余裕はなくなるかもしれない。今のうちに頑張ってほしい。

 

 

 選手選考のあるハロウィンまでにクラウチ・ジュニアのことを告発するかどうか、すごく迷った。

 

 でも、ハリーは2年の事件がなかったにしてはけっこう強いと思う。ドラコ相手に子供っぽい喧嘩はしていないけど、クィディッチの選手としても練習は欠かさないし、実技も、親の敵に命を狙われている中でディメンターの恐怖に打ち勝ち『守護霊の呪文』を成功させた。

 ハンナという理解者が傍にいるから原作よりも精神的に安定感があるし、勉強もむしろ原作より頑張っているくらいだし。

 

 2年の事件でバジリスクと戦っていないことは、ドラゴンと戦う上でマイナスではあるのだけど、でもそれは他の選手と同じ事だし。

 

 なので。

 私は今年、ハリーが選手に選ばれてから動き出すことにした。

 ハンナは、ハリーのフォローを頑張るつもりらしいから、そこは安心して任せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マッドアイ-ムーディの2回目の授業は実際に『服従の呪文』を受けるというものだ。

 現役死喰い人の『服従の呪文』なんて受ける気など起きない。本当に解除したかどうかなんてわからないんだし。嫌すぎるでしょう。

 

 今回からDADAは影に代役を頼むことにした。ただ、記憶を抜いて送り出したいのは山々なのだけど、記憶のない私がマッドアイ-ムーディを警戒できるかが不安なのだ。

 

 『服従の呪文』の抵抗もどうするか、とても悩んだ。

 初心者の子供達に対しての呪文なのだからおそらくとても威力を抑えて行使しているはず。原作でハリーは抵抗できていた。その程度の緩い呪文であれば、『必要の部屋』師匠に鍛えてもらった私ならおそらく破れると思う。

 でも、成功しちゃっていいものか。彼に目をつけられるのはよろしくない。でも、失敗する演技は難しい。それに服従されている間に開心術を使われるのも怖い。

 

 ハンナに倣い、『秘儀:休む』を発動してもいいのだけど、次の授業の時に『レストレンジは前回休んでいたからお前も経験しておけ』とか言われて結局受けさせられそうな気がするんだよね。

 

 悩みに悩み、原作知識も何もない影分身の実力に任せようと、“重要秘匿情報”を抜いた影を授業に送り出した。レギュラスの日記も、分霊箱のことも、すべてを抜いた、普通の『貴族家で死喰い人の娘』でシリウスとルシウス叔父様の『第三勢力ブラック陣営』に連なるエリカ・レストレンジだ。開心術を使われても帝王に秘密が漏れることはない。

 

 

 

 夕方、寮に戻ってきたところで影を消す。

 うん。『服従の呪文』を破ったみたいだ。マッドアイ-ムーディの『ポッターに続き、ふたりめの成功者だ』とお褒めの言葉を貰った。閉心術を練習しているドラコ、ヴィンス、グレッグも良いところまで行ったみたいだった。彼らの頑張りもあったから、私が悪目立ちすることはなかった。よかった。

 

 2年の事件がなかったハリーだけど、ちゃんと『服従の呪文』を破れていることも安心した。今年は彼にとって試練の年だもの。

 思った以上にハリーが強くて、本当、すごくほっとした。

 もしハリーが『服従の呪文』に抵抗できなかったら原作よりも弱すぎると判断して、ハロウィンまでにクラウチ・ジュニアを告発しようと考えていたんだけど、このまま進めてもいいだろう。

 

 

 授業中、クラウチ・ジュニアの開心術を受けたかどうかはわからない。でも、影は『服従の呪文』に抵抗しようとがんばって閉心術で心を守っていたようだから、おそらく見られていないだろう。『服従の呪文』で怪しい命令も受けなかった。

 『必要の部屋』師匠以外の他者、しかも、現役バリバリの死喰い人から受ける『服従の呪文』は恐ろしかったけど、いい経験になった。

 

 今後の授業ではどこまで記憶を抜いていくべきか……

 

 この1年。ほんとに気が抜けない。まさに、油断大敵! だよね。

 

 

 

 



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4年-2 炎のゴブレット

 

 

1994年 10月

 

 他校の生徒達がやってくるのはハロウィンの前日。選手選考はその翌日に行われる。

 つまり、ホグワーツでの平和な時間はあとひと月足らずで終わるってことだ。

 今のうちにできることをしっかりやらなくては。

 

 ハリーやドラコ達の閉心術の訓練も、「他校の生徒がやってくる前にしっかりやっておかなくちゃ『必要の部屋』にも行きづらくなるわよ」と言ってある。

 彼らも人目が増える前にと考えたのか、地図で見ていると割と真面目に『必要の部屋』に通っているのがわかる。

 

「閉心術がしっかりできるようになれば、エリカが知っていることを教えてくれる?」

 

 ハリーはまっすぐ私を見て言った。彼の目はいつもまっすぐで、その緑の目を見ていると裏でこそこそと動いている自分がとても卑しい生き物に思えてくる。

 

「すべてを話すわけにはいかないのよハリー。危険な話が多いから、どうしても言えないこともあるの。たとえあなた自身の事でさえ、今はね。いつか、話せる時がきたら……」

 

「僕のことなのに?」

 

「そう、あなたの事なのに」

 

「……わかった」

 

「ありがとう」

 

 すべてを話す、とは約束できない。秘密はありすぎるもの。でも、ヴォルデモートとの戦いが終われば、話せることは話せるだろう。

 ハリーは言外に含んだ言葉も受け止めて、一応の納得をしてくれたようだ。「閉心術、がんばるよ」と笑顔で言ってくれた。

 

 眩しいなあ。

 ハリーって子供っぽくて意固地なところがあって、“養殖の英雄”である彼をどうしても自分よりずっと年下のようなつもりで接してしまっていたけど、彼はやっぱり主役なだけある。

 眩しいよ、ほんと。

 

 

 

 

 

 

 ハリーやドラコ達の合間を縫って、私も『必要の部屋』師匠のお世話になっている。

 

 あの、悪意まみれの捏造記者リータ・スキーターはコガネムシの動物もどきだ。

 

 去年、“円”でネズミ状態のピーター・ペティグリューをチェックしたけど、本当にネズミ程度の生命力しか感じなかった。

 オーラなんて微々たるものだ。魔力も感じられない。

 動物もどきとはここまで擬態できてしまうものかと驚いたものだ。

 

 ホグワーツは古い建物で、隙間も多い。周りを豊かな自然に囲まれたここは小さな虫がたくさんいる。そんな中で、“円”でリータ・スキーターのコガネムシを見つけることはかなり難しい。

 今年はクラウチ・ジュニア in マッドアイ-ムーディもいるし、ほんと要注意だよ。

 

 でも大丈夫。私には『忍びの地図』があるから。

 この一年は『リータ・スキーター』と『バーテミウス・クラウチ』の名前がどこに居るか、常に地図のチェックが必要だ。

 

 とはいえ。

 敵ならば恐ろしく警戒すべき能力だけど、私が取得する能力としては、動物もどきってものすごく有能すぎる能力だと思う。

 念すら欺く擬態能力だもの。習得に気合が入るってものだ。

 

 

 

 動物もどきの勉強は、次の段階に進んだ。

 生物の骨格、身体の作りの違い、視覚、聴覚などの違いなどを詳しく勉強する。私はレイヴン……ワタリガラスになるだろうとほぼ確定しているから、鳥と人間の骨格の違いを重点的に学んでいく。

 

 それから生物を別の生物に変化させる変身術の実技。繊細で明確なイメージが必要で、反復練習のできる『必要の部屋』って本当に素晴らしいと感謝して、頑張っている。

 

 

 

 

 

 

 

1994年 10月30日

 

 三大魔法学校対抗試合のために、ボーバトンとダームストラングの代表団がやってきた。

 私はドラコ達スリザリンの友人と一緒に、スネイプ先生の引率で城の前に整列した。晴れた、寒い夕方だった。

 

 真面目に列を作ってじっと並んで待つのは辛かった。

 だけど、原作映画で観たから彼らがどうやってここへやってくるのか知っている私ですら、12頭の天馬に曳かれた巨大なパステル・ブルーの馬車が空を翔けてくる姿に圧倒された。

 それに馬車から降り立ったマダム・マクシームの巨大さにも。

 

 ボーバトンの生徒達はブルーの制服を着た男女だった。映画では女性ばかりだった記憶があるけど、原作小説準拠なのか、男子生徒もいた。全員が代表選手に立候補できる年齢なのか、17歳くらいの上級生ばかりだ。

 

 彼らが城に入っていき、次はダームストラングの生徒達の登場を待つ。10月末の気温は低く、いつまでここで立ったまま待たされるのかとじりじりしていると、湖からくぐもったゴロゴロという音が聞こえてきた。

 

 湖の黒く滑らかな水面が突然乱れ、中心の深いところからぼこぼこと大きな泡が表面に湧き出してくる。大きく波が岸を跳ねる。そして、湖の真ん中に渦が巻き、そこから、長い帆柱がゆっくりとせり上がってきた。月明かりを受けて船が湖から浮上してくる姿は海賊映画で幽霊船が登場するシーンみたいだった。

 

 船から降りてきたダームストラングの生徒達は分厚い毛皮のマントを着ていた。こちらは男ばかりの団体だった。

 そしてその中に、あの、ビクトール・クラムがいることに気付いた生徒達が興奮して騒ぎ出した。もちろんドラコ達も。

 

「ビクトール・クラムだ。見ろ、あのクラムだぜ」

 

 興奮してクラムについて話し続ける彼らに私も相槌を打つ。うんうん。夏に試合を観たから、私も彼を間近で見れることにミーハーな気持ちになってダフネ達と一緒に騒いでしまった。こういうのも乙女っぽくていいね。彼個人には興味はないけど、箒に乗る姿は見てみたい。

 

 ダームストラングの生徒達がスリザリンの席についてくれた。

 ドラコをはじめ、男の子達がヒーローを見る目になっている。みんな身を乗り出して彼らに歓迎の言葉を送っている。

 

 

 やがて、全校生徒が席に付き、教師達も上座のテーブルにそれぞれついた。中央に座るダンブルドアの短い挨拶のあと、豪華な料理がテーブルを埋め尽くした。海外からのお客様を歓迎するためか、フランス料理やブルガリア料理も並ぶテーブルはとても賑やかで、私達もダームストラングの生徒達とも会話しながら楽しい時間を過ごした。

 

 その後、選手の選考方法について説明があった。

 17歳以上の生徒のうち、立候補したいものが自分の名と所属校名を書いた羊皮紙をこれから24時間のうちにゴブレットに入れること。

 そうすれば、ゴブレットが一番相応しい者を代表者として選び出す。

 年齢に満たない生徒が誘惑にかられることのないよう、ゴブレットの周囲にダンブルドアが『年齢線』を引く。17歳に満たない者は何人たりともその線を越えることはできない。

 

「僕があと3年早く産まれていればな……」

 

 羨まし気に呟くドラコに、ヴィンスやグレッグも深く頷く。彼らは自分が主役になって、喝采を浴びる姿を想像しているのか、うっとりと『炎のゴブレット』が青白い炎をめらめら溢れさせている様を眺めている。

 きっと17歳だったら彼らは進んで立候補しただろうな。結構いい成績を取れると思うんだよね、彼らなら。私も見たかった。でも年齢はしかたないよ。残念だったね。

 

 

 

 

 

1994年 10月31日 ハロウィン

 

 やはりと言うか、何というか。

 原作通りの流れでハリーが四人目の選手に選ばれた。

 

 不安な表情で選手のいる別室に連れていかれる彼を見送る。

 ドラコと顔を見合わせて、心配だね、と話した。原作で知っている私だけじゃなく、ハリーの夢の詳細を聞いていたドラコも彼がお辞儀様の計画に利用されると知っているからこそ、彼が選手になろうなんて考えていないだろうと理解している。それゆえに、これが何かの暗躍の結果かもしれないと、私と同じように心配している。

 

 顔を見合わせた私達は、寮の談話室に戻ったあと、私がシリウス、ドラコがルシウス叔父様にすぐ鏡を使って連絡を送った。きっとシリウスはすぐホグワーツへ飛んでくるだろう。ドラコもわかっていて、叔父様にフォローを頼んでいたから、二人そろってくるんじゃないかな。

 

 

 

 ハロウィンの翌日は休日だった。

 

 ホグワーツの生徒達の空気はとても悪かった。

 大広間での朝食の席でも、ハリーを責める声が至る所から聞こえてきた。どうやって年齢線を誤魔化したのか、どうやって4人目の選手になったのか、そんな推理を声高に話す声も多かった。

 

 ハッフルパフ生のセドリック・ディゴリーが選手として選ばれたことで、今まで目立たなかったハッフルパフ寮がやっと表舞台に立てたのだ。

 その話題をかっさらうようにハリー・ポッターが4人目の選手になったことで、ハッフルパフの生徒達の怒りはことさら大きかった。

 

 レイブンクローも同様。

 ハリーの反則を悪し様に罵っている。ハリーがさらに有名になろうと躍起になってゴブレットを騙したんだと思っている。

 

 グリフィンドールはハリーを応援しているけど、誰もがハリーがうまくやって、つまり、反則をして選手になったと考えているようだ。

 ちょっとは彼の言葉を聞いてやれよと思う。

 

 スリザリンも声高にハリーを非難している者が多かった。

 うちの学年は、私とドラコがハリーを気遣う発言をしたことで、ハリーをあげつらう者はいなかった。それでも不満な表情を浮かべていた者も多かったから、きっと内心面白くないと考えているんだろう。

 まあ原作みたいに『汚いぞポッター』バッジを配ったりしないだけでもきっとハリーにとっては原作よりはずっとマシだと思う。

 

 

 

 

 朝食を終え、ドラコ達と連れだって大広間を出たところで、シリウスが魔力の渦を巻きあげるほど怒りながら大広間に続く階段を上がってきた。ルシウス叔父様がシリウスについて足早に歩いてくる。

 

「エリカ」

 

「おはようございます、シリウス、ルシウス叔父様」

 

「知らせをありがとう、ハリーからも連絡を貰った。誰も信じてくれないと落ち込んでいたよ」

 

「どうなるんでしょう? 魔法契約が成っているのであれば、ハリーが棄権することはできないかもしれません」

 

「ダンブルドアと話してこよう。ハリーとは会ったかい?」

 

「いえ、まだ。ハリーが選手に選ばれたことで不満を持つ生徒が多くて。ハリーが不正をして選手になったと思っている子が多いんです」

 

「まったく……命がけの試合なのに何を言っているのだか」

 

「やはり、死喰い人だと思いますか?」

 

 シリウスが声を潜めてそっと囁いた。

 

「わたしはカルカロフが怪しいと考えている。奴は……死喰い人だ」

 

 そこで、シリウスを追いかけて息を切らしていたルシウス叔父様がやっと息を整え、話に加わった。

 

「私は違うと考えている。夏にクィディッチ・ワールドカップで会った時、奴は帝王の復活が近いのではと怯えていた。私にも助けを求めてきたくらいだ。今さら帝王のために動くとはとても思えぬな」

 

「ではルシウスは誰の仕業だと?」

 

「それはまだわからぬさシリウス。いずれにしろ警戒するしかない。お前達もじゅうぶん身辺に気を付けるようにな」

 

 ルシウス叔父様の言葉に、私やドラコ、ヴィンスとグレッグも神妙に頷いた。

 

「誰が死喰い人かわかりません。どなたと話す時も決して閉心術はお忘れにならないよう」

 

 私の言葉に、シリウスもルシウス叔父様も深く頷いた。ドラコ達も閉心術の習得の必要性を改めて感じたのか、今日も『必要の部屋』に行こうか、と話し合っていた。

 

 

 シリウス達はこれから校長室へ赴き、ハリーの棄権ができるかどうか話し合うつもりのようだ。

 

 

 

 

 

 いつ、『マッドアイ-ムーディがクラウチ・ジュニア』だと話そうか。

 早めにシリウスとルシウス叔父様には話したいんだけど、大っぴらに捕まえてしまうと、お辞儀様の計画がわからないままで、奴に逃げられてしまう。

 

 

 シリウス達の協力を得て、こっそりクラウチ・ジュニアを捕まえて真実薬で計画を聞き出し、原作通りの内容であれば、その後、忘却術で忘れさせてそのまま計画をすすめさせるのが一番いい。

 

 そうすれば墓地に無防備なまま彼らがやってきて、私達の力で、というか、おそらく大人達は私を参加させないだろうから彼らだけで、あいつと戦える。

 

 その時点までで、ハリーの分霊箱を処理できていなければ、ヴォルデモートは殺さずに赤ん坊サイズのまま捕らえて眠らせて監禁しておけばいいのだ。

 

 他の分霊箱を壊し、ハリーの中に残る奴の魂を引き剥がせれば、そのあとで殺せばいいのだから。

 分霊箱の処理ができないなら、何年だって眠らせ続けるって手もあるだろう。

 

 ナギニは分霊箱になっているだろうか。あれも必ず殺さなくては。でもそれを誰にも言えないのが辛いところだけど、決して逃がさないようにしなくては。

 

 

 ああ。どういう流れで進めればいいだろうか……

 

 

 

 



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4年-3 4人目の選手

 

 ここで、私が今、何に迷っているか説明したい。

 

 まず、『忍びの地図』。

 シリウスは『忍びの地図』の存在を知っているから、シリウスに『マッドアイ-ムーディの名前がバーテミウス・クラウチと表示されている』というだけでじゅうぶんクラウチ・ジュニアの存在を知らせることができる。シリウスやルシウス叔父様にはね。

 

 でも、それを他の人に説明しにくいのだ。

 『忍びの地図』って、ものすごくプライバシーを侵害している魔法具だよね。誰がどこにいるか一目でわかるんだから。

 

 先生方にこの地図の存在を知られたくない。

 だって、立場上絶対没収するしかないじゃん。

 原作3巻でルーピン先生からハリーが返してもらえたのは、ルーピン先生が退職したあとだったから。『もう教師ではないから、これを渡しても後ろめたくない』と渡していた。

 本職の教師陣なら没収する。普通なら。

 だから地図を見せるわけにはいかない。

 

 特に今年はクラウチ・ジュニアとリータ・スキーターがいるんだから、この地図は必須なのだ。今この地図を奪われるわけにはいかない。

 

 

 でも、まあ。

 『忍びの地図』についてはシリウスとルシウス叔父様に相談すれば、シリウスかルシウス叔父様がマッドアイ-ムーディの事を気付いたことにするとか、そういうごまかし方はできるかもしれない。

 

 

 

 

 んで。次ね。

 どうして先生方が云々、という話になるのかというと、だね。

 

 奴らの狙いが『復活の儀式』で、儀式の方法はこうで、儀式にハリーの血を必要としていて、儀式は第三の試練の日で、お辞儀様の現在の状態はこんな感じで、向こうにいる仲間は誰がいて、どうやって連絡を取っている。

 こういった情報を主だった大人達に周知したい。

 そのためにクラウチ・ジュニアを失神させて拘束し、真実薬を飲ませて情報を聞き出す。

 

 そして、ヴォルデモートを斃すあるいは監禁するため、私の理想とする進め方、

『向こうの計画をそのまま進めさせて、逆にそれを利用して罠を張り、復活の儀式のために墓場にスタンバイしている無防備なお辞儀様一行をこっちが急襲する』

という方向に話を持っていきたいのだ。

 

 そこで、問題となるのが。

 1.マッドアイ-ムーディ(クラウチ・ジュニア)を拘束して尋問する場所

 2.真実薬の取得

 3.クラウチ・ジュニアとお辞儀様に気付かれないほどの完璧な忘却術と記憶操作

 

 1のためには先生方の誰かを仲間に引き入れたい。

 だって学校内で教授を拘束するんだから。

 しかも相手は闘いに長けている。簡単に捕らえることは難しい。ちょっとした騒ぎになるかもしれない。

(私の能力を使わずに大人達にやってもらうこと前提の話ね。私がやるならシルヴィアで一瞬)

 それに聞きたいことが多いから拘束時間も長時間になる。尋問はトランクや『必要の部屋』を使うにしても戦闘や後始末を考えれば学校側にバレずに行うのは難しい。

 

 それから2の真実薬も、できればスネイプ先生くらいの技巧者の作ったものが欲しい。

 

 3の忘却術と記憶操作。

 聞きだしたい情報が多いからどうしても1時間以上はかかってしまう。その間何をしていたかの記憶もちゃんとクラウチ・ジュニアの頭に入れこまなくてはいけない。

 

 クラウチ・ジュニアは敵地に一人で入り込んでいる。開心術や真実薬などを警戒して何某かの対策をしているかもしれない。もちろんそれも尋問の際に聞きだすつもりだけどね。

 それに、彼は、父親の『服従の呪文』を自力で解いたほどの精神力の持ち主なのだ。

 そんな彼が記憶の齟齬に気付かないほどうまく記憶操作しなくてはいけない。

 

 クラウチ・ジュニアがお辞儀様に定期連絡とかしていたとしたら、お辞儀様が違和感を持つ可能性もある。そうするとお辞儀様の開心術で調べられてしまう。

 

 シリウスやルシウス叔父様も能力が高いけど、そんなデリケートな精神操作をできるのか。

 

 

 もうね。

 そんなことできるの、ダンブルドアくらいしかいないじゃん。

 

 

 

 ダンブルドアはヴォルデモートを斃すために、時間をかけて準備していた。

 なのに私がしたことで彼の計画とは流れが違ってしまった。彼の思惑と外れたこともあるだろう。長年にわたる計画を修正せざるを得なくなったことで、彼が今何を思って、どう感じているかはわからない。

 

 でも。

 

 彼の目的も私達の目的も、『ヴォルデモートを斃す』なのだ。

 その一点においては、私達は共闘できないこともない。

 

 

 それに、もしかしたら、原作のようにハリーのために『死の秘宝』を揃える必要が出てくるかもしれない。

 『死の秘宝』は3つ。

 ひとつめの『透明マント』はハリー自身が持っている。

 

 ふたつめの『蘇りの石』は分霊箱になっているから、壊さなくてはならず、そして、その後修復させる必要がある。だけど一度分霊箱となったものの修復は難しく、レパロなどで簡単に直せるものじゃない。

 『ダンブルドアでなくては直せなかった』と原作者がインスタで語っているのを読んだ記憶がある。修復することを考えるなら壊し方も気を付けるべき。

 だから、『蘇りの石』の分霊箱破壊と修復はダンブルドアに頼むしかない。

(もちろんうちのリサイクルームならおそらく直せるけど、できれば誰にも知られたくない)

 

 そして3つめの『ニワトコの杖』はダンブルドアが所有している。一時的にでも借り受けなくてはいけない。

 

 

 そういうあれやこれやを考えると、だね。

 ダンブルドアとは、そろそろ和解――別に今も敵対しているわけではないから、和解というよりは『協力関係の樹立』と言うべきか――をすべきなのではないか、とも考えている。

 

 

 だけど、どういう流れで話を持っていくのか。

 私はそれについて未だ迷っているのだ。

 私一人で勝手にやってしまうなら容易にできることなのに、と思えるだけに、けっこう邪魔くさく感じてしまう。

 

 

 

 私がそうやってイライラと考えているうちに、シリウスはハリーの棄権が認められず、ルシウス叔父様に宥められながら帰っていった。

 

 

 

 

 

 翌朝、大広間にハリーがハーマイオニーとハンナに守られるようにして入ってきた。とたん、冷たい視線が彼に突き刺さる。

 ほんと、なんなんだろうね、この温度差。ずっとハリーを英雄だって言ってても、あっという間にこれだもの。原作でよくハリーは折れなかったものだ。

 

 やっぱりロンとは喧嘩になったのか、ロンはあからさまにハリーを無視したまま他の男子生徒達とテーブルについている。

 他寮の生徒達はハリーを批判し、厳しい目をむけていて、グリフィンドール生はハリーを応援しているけど、ハリーの無実は信じていない。

 

 ハリーは硬い表情のまま朝食を無理やり喉に詰め込むように摂っていた。

 

 朝食を終え、大広間を出たところで声をかけた。

 

「おはようハリー。大丈夫……じゃないみたいね。大変ねハリー。ハンナとグレンジャーもね」

 

「おはよう。エリカも信じてくれるの? ドラコも? グリフィンドールじゃハンナとハーマイオニーしか信じてくれなかったんだ」

 

 私の顔を見て、そしてその横にいるドラコやヴィンス達の顔を順に見回す。

 

「ハリー、夏に見た夢を覚えているでしょう? ハリーを利用しようとしている企みがあると。あなたがゴブレットに名前を入れていないのなら、誰かが入れたのよ。とても危険なのよ」

 

 私やドラコから情報を聞いていたから、死喰い人の暗躍だと考えたヴィンス達もハリーが名前を入れていないと信じた。肩をすくめて肯定するように頷くヴィンスとグレッグ。

 

「ハリー、何かあれば僕達も力になる」

 

「うん、ありがとう、ドラコ。クラッブ、ゴイルも」

 

 昨日シリウス達もハリーに激励と注意を促す言葉をかけて帰ったらしい。

 ハリーはハンナ、ハーマイオニーに続き、シリウス、ルシウス叔父様、私、ドラコ、ヴィンス、グレッグと信じてくれる者が増えたことにやっと表情を綻ばせた。

 今も気遣うドラコと微笑みあっている。

 

 ハリーに気遣う言葉をかけるドラコに、ハリーは安心したように愚痴りはじめた。

 

 ハリーが選ばれてロンが嫉妬でとてもややこしくすねているらしい。ハリーが裕福になったことでこじれ始めていたロンとの仲はこのことで一気に爆発した。

 

 もともと原作のようにロンとハリーが大親友なのではなく、ハリーとハンナが親友でそこにロンが仲間入りし、その後ハーマイオニーが入って4人組になった、という経緯がある。

 ロンとは同性の友人として一番ではあるが、原作ほどの堅い絆ではない感じがする。ロンの前にハンナと言う理解者が傍にいたから、ハリーがロンにそこまで執着していないためだ。

 これ、もしかしたら、第二の試練で水底に連れ去られるのはロンではなくてハンナになるかもしれない。

 

 『ゴブレットに名前を入れていない』と言う言葉を信じてくれたのはグリフィンドールではハンナとハーマイオニーだけで、仲良し4人組のうち女子二人がハリー側についたことでロンは余計にへそを曲げた。

 ロンとの関係を修復するのは原作よりちょっと難しいかもしれない。

 

 それでもやはり同性の親友は大事だ。一緒にふざけてバカなことをやって女性陣に叱られる。そういう付き合いのできるロンがいないことに、きっとけっこう傷ついていると思う。

 

 

 

 

 

 ハグリッドも信じてくれたらしい。

 ハリーはそれは喜んだのだけど……ハリーと私やドラコが仲良くなった夏から、ハグリッドは私のことをずっと信じようとしなかった。

 「スリザリンの腐れ蛇の事を信じちゃなんねぇ」と何度もハリーに言っていたらしい。どれだけ説明しても、ハグリッドの判断基準は「スリザリンだから」「レストレンジだから」「マルフォイだから」。今回、すんなりハリーの言い分を信じてくれたことで少し持ち直したけど、私達のことについては相変わらず批判しか言わない。

 その頑なさにハリーも彼のことを盲目的に好きでい続けるのは難しくなっているみたいだった。

 

 

 

 

 授業が始まってしばらく経っても、ハリーの状況は相変わらず針の筵らしい。

 それでもハンナとハーマイオニーの存在と、授業が一緒になったり、廊下や大広間ですれ違えば声をかける私達が、彼の救いになっている。

 

 ハリーがホグワーツ中の批判を浴びている代わりに、セドリック・ディゴリーの人気は凄まじいものがある。

 確かにセドリックは非常に容姿が整っていて折り目正しい好青年ぶりで女生徒たちの視線を集めている。プロのクィディッチ選手という付加価値付きのクラムと人気を二分しているのだからセドリックの凄さがわかるというものだ。

 

 学校中がざわざわと騒がしい。

 

 ハリーは第一の課題のための準備を何もしていなかった。ただ、嫌味や野次や批判の声を無視して過ごすだけで精一杯のようだ。

 でもそれじゃあ精神的にもよくないよね。

 

 ハンナと鏡で話した時に、原作の5年みたいに自分達で色々練習したほうがいいんじゃないと言ってみた。ハリーも自信がつくだろうし、嫌な視線を気にせず身体を動かせて発散もできるだろう。

 ハリー、ハンナ、ハーマイオニーで『必要の部屋』に行き、武装解除やプロテゴなどから練習してもいいね、と決まったらしい。原作を知るハンナがいるんだから、きっと『アクシオ』もやるだろう。

 

 

 

 スリザリンの仲良しメンバー9人(私、ドラコ、ヴィンス、グレッグ、ダフネ、パンジー、ミリセント、セオ、ブレーズ)は今も一緒に課題をやっている。守護霊の呪文の練習もそれぞれちゃんとやっているらしい。

 ハリー達が訓練しているという話をしたら、私達も守護霊の呪文を覚えた時のようにまた訓練したいと言い出した。

 ドラコやヴィンス達も同意見のよう。

 

 今年はクィディッチもないから時間はたっぷりある。

 また週に一度のトランク内での修行をすることが決まった。

 

 最初のレッスンは、やはり『武装解除』だ。

 

「杖には忠誠心というものがあるの。いつも大切に使っていれば杖は主と認めてくれる。そうすれば魔法の威力がより高まるわけ。

 それが、武装解除を受けると杖の忠誠心が敵に奪われてしまう。だから『武装解除』は身内で練習できるうちに確実にクリアすべきなの」

 

 一度奪われたくらいであっさり主替えしちゃうような杖は『ニワトコの杖』くらいだけど、せっかく高めた忠誠心は下がってしまう。

 

 奪った杖はかならず本人に手渡しで返すこともじゅうぶん注意しておく。

 それから、強い魔力で武装解除を受けると身体が飛ばされることを説明する。これは怪我をすると困るから、グレッグを相手にして見本を見せた。

 

 グレッグと距離を取って向き合い、杖を構える。そして、同時に呪文を放った。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)」

 

 グレッグの呪文ははじけ、私の呪文はグレッグを襲った。ばちん! と大きな音をさせてグレッグの杖は私の手に飛び、彼自身の身体は後ろへ吹き飛ばされた。

 皆の悲鳴があがる。グレッグはしなやかな身のこなしで綺麗に身体を回転させてなんとか着地した。おぉと感嘆の声があがる。

 

「こんな風に飛ばされるから、怪我をしないように各自他の組と距離を取って練習してね」

 

 グレッグに杖を手渡しで返しながら説明すると、やる気を漲らせたみんながそれぞれ組になって杖を構えた。

 うん。楽しい。一緒にこうやって過ごせることが、たまらなく楽しい。

 

 

 

 

1994年 11月

 

 「日刊予言者新聞」にリータ・スキーターの三校対抗試合についての記事が載った。

 原作通りの酷い捏造記事で、朝食の席で新聞を読んで、唖然とした。

 

 だって、ハリーは『シリウス・ブラックの名付け子』なのに。原作とは違う。シリウスは脱獄犯じゃなくて、押しも押されぬブラック家の当主だ。

 まさか原作どおりの捏造記事がそのまま載るとは思わなかった。

 

 両親を想って今でも泣く、とか。両親は僕を誇りに思うでしょう。とか。

 それから、ハーマイオニー・グレンジャーがハリーの恋人だと書かれている。マグル生まれの飛び切り可愛い女生徒で、ハリーは彼女とめったに離れることがない、などと書かれていた。

 

 今はハリーを取り巻く状況が悪すぎて、ハリーはいつも、ハンナとハーマイオニーと一緒にいる。そう。ハンナもいるのだ。なのにハーマイオニーが恋人扱いされている。

 

 ハーマイオニーって磨けばめちゃくちゃ美少女なんだけど、今のところ、髪がぼさぼさしていて垢ぬけていない。それにきつい言い方や成績の良さも鼻につくらしく、男性陣にあまり人気がない。

 それと。

 ドラコとハリーの喧嘩がなかったから、原作であった『喧嘩するお互いの呪文が跳ね返って傍にいたハーマイオニーに歯呪いが直撃して前歯が巨大化する→医務室で小さくしてもらう時に程よい大きさまで余分に小さくしてもらう』という流れがなかった。

 だから今も彼女の歯はちょっと大きめだ。バサバサの茶髪と合わさって、とてもげっ歯類っぽいのだ。

 

 それに引き換え、ハンナは被験者だもの。飛び切りの美少女だ。

 どちらが英雄の恋人として相応しいかといえば、美少女ハンナになりそうなものなのだけど、ハンナは4人組の中で大人しく……というか英雄ハリーと自己主張の激しいロン&ハーマイオニーに紛れて目立っていない。

 

 ハリーの恋人はハーマイオニーだと取材に答えたのはハリーの()()コリン・クリービーだと記事に書いてあるから、彼の主観が大いに入っているんだろう。

 それにリータ・スキーターとしてもマグル生まれのあか抜けない才女の方が『面白い』と思ったのかもしれない。

 いずれにせよ、恋人扱いされたハーマイオニーも災難だし、ロンはもっと嫉妬するだろうし、存在をまるっと無視されたハンナもなんだし。

 

 

 

 まあ、この捏造まみれの記事について、シリウスとルシウス叔父様が黙っていることはないだろう。日刊予言者新聞も誰に喧嘩を売ったのか、すぐに気付くだろうね。

 

 

 

 

 

 



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4年-4 S・P・E・W

 

 

1994年 11月

 

 日刊予言者新聞にハリーの捏造記事が載ってすぐ、シリウスは正式文書の形で新聞社と記者を相手取って厳重な抗議の申し入れをしたらしい。

 すると翌日には『ブラック家は金や権力にものをいわせて発言の自由を阻害する害悪』などと強気な記事が載った。

 

 その数日後から、新聞のページ数が見るからに減った。中を見ると広告欄がごっそり抜けている。

 うわあ、これシリウスだよね、きっと。

 

 新聞社への抗議だけじゃなくて、広告主たちに何某かの連絡をまわしたんだろう。『僕とっても怒っているから、とうぶんあそこに広告を載せないでね、出したら敵とみなしちゃうかも(意訳)』とかそんなやつ。

 

 その後数日のうちに広告欄は全くなくなってしまい、新聞は号外のような一枚ものになっていた。

 

 

 そしてまた数日後、一面丸々謝罪文が掲載された。

 『インタビューで聞き出した情報を記事として書き起こすにあたり、若干の誇大な表現を含んでしまったと当該記者が認めた。記者の報道に対する強い想いが裏目に出てしまったことは甚だ遺憾である』とこちらこそ甚だ遺憾な文章でリータ・スキーターのハリーに関する記事が捏造であったと認めた。

 文章は難だらけだけど、シリウスには直接頭を下げに来たらしい。ルシウス叔父様が教えてくださった。

 

 

 この記事によって、当初スキーターの記事が出てからより一層酷くなった中傷は多少緩まった。グリフィンドール生やハッフルパフのもともと仲の良かった生徒の中では、ハリーの『ゴブレットに名前を入れていない』という言葉をちゃんと受け止めてくれた子もいたらしい。

 ただ、名付け親の権力にものを言わせて新聞の内容を歪ませたと考える者も少なからず居て、ハリーを敵視する視線は多かった。

 それでも原作よりはずっとマシだと思う。

 ハリーが折れることなく課題に取り組んでくれるといいのだけど。

 

 

 

 

 リータ・スキーターはもともと日刊予言者新聞の専属記者ではなく、記事ごとの個別契約なのだとか。

 新聞社からは、当面――少なくとも2年は彼女が原稿を持ち込んでも購入しないと確約があった。

 これで当分大人しくなるんじゃないだろうか。

 できれば今年一年はホグワーツに来ないでくれると嬉しい。

 

 でも、まあ、そう簡単にあきらめるような女じゃないよね。

 粘着質だから、今回のことでハリーやハーマイオニー、シリウス、ルシウス叔父様に強い敵愾心を抱いちゃったかもしれない。

 また何かあった時にガツンときつい報復があるかも。

 

 原稿を持ち込める処は他にもある。今年みたいに大きなイベントがあって、部外者が多く入り込んでいて、ネタが多そうなこの時期に、あのコガネムシ・スキーターが『我慢』できるはずがない。

 きっとコガネムシになってやってくるだろう。『忍びの地図』は常にチェックしなきゃだ。

 

 ハグリッドの授業の酷さはぜひ記事にしてほしいけど。

 だって彼はブリーダーとして素晴らしい才能はあるけど、教授の才能はないもの。生徒に治療不可能な怪我をさせてしまう前に彼を教授の座から遠ざけたい。アクロマンチュラの巨大コロニーの件をなんとかリークできないだろうか。

 

 

 

 リータ・スキーターの扱いをどうしようか、迷うよね。コガネムシ。

 絶対仲良くなれないタイプ。私はネタにしやすい条件が揃っている。まあブラック家が力を取り戻して、ハリーの記事のせいで一度干されてしまった今、私をネタにしたらどうなるかくらい向こうだってわかっているだろうけど。

 

 とりあえず向こうから喧嘩を売ってこなければ静観する方向で。

 コガネムシに変わる瞬間の写真くらい撮っておきたいな。

 コガネムシ状態の時に捕まえておいてルシウス叔父様にプレゼントしちゃうのも手だけど、それくらいでアレを制御できるのかってことだよね。

 

 と言うかさ。

 原作ではドラコ達はコガネムシ形態のリータを手の中に隠して、情報を教えていたらしき描写がある。

 つまり、彼らはリータ・スキーターがもぐりの動物もどきであることを知っていたわけだ。

 

 いつ知ったんだろう。

 ハリーとやりあっているドラコ達の姿を観察して『使える』と考えたリータ・スキーターがこっそり声をかけたのかも。

 

 もしそうだとしたら、原作のドラコ達ってちょっと子供すぎる。

 大人の悪意をわかってなさすぎるよ。

 

 親に内緒でこっそり、ってこれの場合ヤバすぎる。

 だって相手はもぐりの動物もどきだよ。違法行為だ。それを黙認して、なおかつ情報収集に協力したとなれば犯罪ほう助となる。

 相手はジャーナリストだ。

 後々になってから、こっちが反対に犯罪ほう助のネタでゆすられる可能性だってあった。

 

 そんなことも気付かないくらい原作のドラコ達はオバカなのか、それとも、貴族家の繋がりを通してある程度の便宜を図ってほしいと親経由で連絡があったのか。

 すでに原作とはだいぶ変わっているから、今となってはもうわからないことだけど。

 

 

 コガネムシレディについては注意するしかないよね。

 私の記事は『ウケる』。帝王の娘だと知られれば、ね。

 ブラック家と争うことになっても出すところは出すだろう。原作でダンブルドアの暴露本を出したように、出そうと思えば出版社はある。

 それに、『エリカ・レストレンジは実は帝王の娘だった』だなんて記事、きっとみんな読みたがる。バカ売れするに違いない。

 

 一度でもそんな記事が出てしまえば。

 マグル界のような遺伝子検査なんてものはない。私が帝王の娘じゃないなんて誰にも証明できないのだ。私にすら判断できないものなのだから。

 うーん。私としてはバレないことを祈るしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 私達スリザリン9人組は週に一回ドラコのトランクの中での修行を続けている。

 

 ハリー達3人はハリーの修行中心に、『必要の部屋』で頑張っているらしい。

 

 ああ、課題の内容については、シリウスとルシウス叔父様が権力とお金に物を言わせてすべて聞き出して、ハリーにリークしてあるらしい。私も教えてもらった。やっぱりドラゴンかよ。実際に聞くと学生にやらせる内容じゃないよね。ほんと。

 

 シリウスは結膜炎の呪いをすすめ、ハンナが箒をアクシオしたらと助言を与えた。ハリーは原作通り、アクシオを使って箒を呼び寄せるつもりらしい。

 廊下で通りすがった時に、「頑張ってね」と声をかけると、ハーマイオニーに呼び止められた。ハリーとハンナはそのまま『必要の部屋』に向かい、彼女だけが残った。

 

「これ、読んで欲しいの」

 

 さっと差し出されたチラシに視線を落とした。わあ、やっぱりやるのかこれ。

 

「スピュー(反吐)?」

 

「S・P・E・W、よ。しもべ妖精福祉振興協会」

 

 2年次にハリーがドビーと会っていないため、ハリーはこの夏初めて屋敷しもべ妖精に会った。原作とは違って幸せそうに真面目に働くクリーチャーだ。クリーチャーは忠義者で少し頭が固くて純血主義。新しい主であるシリウスとお互いマイナス印象から少しずつ分かり合おうとしているところだった。

 心からの忠誠を捧げていたレギュラスの葬儀に参列させてもらって、クリーチャーは自分が世界で一番幸せなしもべ妖精だと公言してはばからないほどだったし、夏の終わりにはシリウスとなんとかやっていけるだろうという未来も垣間見えた。

 

 ハリーは屋敷しもべ妖精のことを虐げられた可哀そうな生き物だなんて印象を抱かなかったし、友人達にもそんな風に話した。

 

 だけどハーマイオニーはクィディッチ・ワールドカップの時に見たクラウチ家のウィンキーが最初に見た屋敷しもべ妖精で、彼女が有無を言わさず“洋服”となったところを見て、しもべ妖精の扱いの悪さに憤った。

 原作通りしもべ妖精の解放運動を起こしたらしい。

 

 彼女は果敢にも純血貴族家である私にまで活動協力を求めてきたのだ。

 

 チラシを渡し、自信満々につらつらと協会の趣旨について話す彼女の言葉を聞き、私は答えた。

 

「グレンジャー。その方針なら私は反対よ」

 

「あなたはしもべ妖精を奴隷のように扱っていることに何も思わないの?」

 

「彼らの矜持や喜びを、あなたの物差しだけで判断しないで」

 

「どういうことかしら?」

 

「しもべ妖精は金銭を貰うことにまったく重きを置いていないの。彼らにとってお金は価値がない。彼らの尊厳を尊重できないなら彼らの事をそっとしておいて」

 

 屋敷しもべ妖精が主に滅私奉公するのは本能で、それが喜びだ。主のために働くという行為に対して金銭を払うことは彼らの矜持を穢すことになる。

 ロニーだって私が1クヌートでも渡したら絶望の表情を浮かべるだろう。

 

 彼女には、働きに対する感謝の言葉と、労いの言葉、それから枕カバーやキッチンタオルに手ずから刺繍を施したものを渡したり、時折、不要となったもの――与えるために買ったものなど渡せばかえって悲しむから『自分のために買ったけど要らなくなったため下げ渡す』というポーズを取らなくちゃいけない――を渡したりするだけでじゅうぶん喜んでくれる。

 

 いや、そもそも、彼らが存在することで心地よく過ごしている姿を見せるだけで喜んで奉仕してくれる。

 屋敷に来た招待客が、チリひとつなく整えられた屋敷を褒め、心尽くしの料理を絶賛し、美しく咲き誇る庭に称賛のため息を漏らす。そんな客の言葉に主一家が自慢げに胸を張る。

 それだけで、しもべ妖精は喜ぶのだ。

 

「彼らが求めているのは金銭授受や休暇休日じゃないの。

 だけど、彼らの中には、横暴な主にいわれのない暴力を振るわれているものや、満足に食事を与えてもらえていないものもいる。屋敷の中で行われるそういった行為については他家のものが口を出せないのが今の状況なの。だからそういった非道を罰することができるような仕組みを考えるのなら、それは素晴らしい事だと思う」

 

 それに、本人の能力や性格と、主家の魔法族が求める能力や性質がかけ離れている場合もある。性格の不一致でお互いに気まずい家もあるだろう。そういった主従関係を、お互いの求める相手に変えてやれるのであれば、それはとても喜ばれるだろう。

 

 しもべ妖精に暴力を振るう魔法族に厳しく注意し、虐げられるしもべ妖精を保護する。

 虐げられているしもべ妖精を解放して、新しい主家との縁を取りまとめる。

 相性の悪い主従関係を解消して、双方の要望を聞いて相応しい相手との縁を取りまとめる。

 魔法族に、正しい屋敷しもべ妖精との付き合い方についての啓蒙活動を行う。

 

 そういった活動なら賛成する。

 魔法省には「屋敷しもべ妖精転勤室」という、屋敷しもべ妖精の管理をする課があるけど、現状、決してしもべ妖精の助けになっていない。彼らの安全と健康、それから彼らの矜持も守るには、法改正も必要だ。

 

 私の言葉を聞いたグレンジャーは、もう一度考えてみると言ってちらしやバッジ、募金箱のカンを鞄にしまい込んで、颯爽と去っていった。

 

 

 彼らにもっと自由に生きてもらいたいという思いは私だってある。

 でもさ。

 実のところ、彼らは魔法族よりもずっと強い。

 彼らに主体性を持たせれば、あっという間に主従は反転してしまう。

 

 屋敷しもべ妖精は攻撃的ではない。温和な性質を持っている。

 昔々の魔法族が、強き魔法生物である彼らの牙を時間をかけて削り落としたから今があるのかもしれないじゃない。

 ほんとに寝た子を起こすようなことにならないか、私には判断がつかない。

 

 

 

 

 ハーマイオニーと別れてスリザリン寮へ向かう途中で、足をとめた。

 実は、この頃“円”をしているとちょくちょくウィーズリーの双子が私に注目していることを感じる。何か言いたいのか、観察しているのか。

 

 ちょうど、今も私のことを通路の向こうから見ている彼らの気配を感じていたのだ。

 思い切って、振り向くと彼らを待った。

 

 私が気が付いたことに向こうも気付いたのか、彼らはさっと近づいてきた。

 

「やあスリザリン寮のお姫さまに」「しもべが挨拶つかまつります」

 

 元気のいい、ふざけた言葉に嫌味はない。“円”で感じる彼らの感情にもぶれはない。悪感情は抱いていないということ。

 

「何か用事かしら? ウィーズリー・ツインズ」

 

「あのさ。スキャバーズのこと、礼を言いたくて」「それからロンに梟をくれたことも」

 

「「自分で選んだんだってすっごく喜んでいたからさ。これはぜひお姫様にお礼を言わねば、とね」」

 

 さすが双子。長文でも息ぴったりだよ。

 つまり、彼らは私に礼が言いたくて、チャンスを窺っていたということか。今頃?と思わないでもないけど、私がひとりになる処を待っていたのかな。

 

「気にしないで。先に証拠を見せてピーター・ペティグリューを捕まえるってわけにいかなかったから、ロン・ウィーズリーは急にいなくなったペットにとても悲しんだだろうと思って。梟は気に入ってくれたならとても嬉しいわ」

 

「俺たちからも礼の品をと思ってさ」「姫にはこれを進呈しよう」

 

 僕らが開発しているんだ、と渡されたのは悪戯グッズのセットだ。何があるのかざっくり説明してもらった。発想が面白い。すごく気が利いている。仮病グッズとかすごいよね。

 映画や本では読んでいたけど、実際に自分も魔女になって、余計に思う。こんなの私の今の実力では絶対作れない。彼ら、マジで天才だよ。

 

「ありがとう! あなた達は自分達でこんなすごい物が作れちゃうのね。素晴らしい才能だわ」

 

 実はもう商売をしようと考えているのだと彼らは明るく語ってくれた。ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの悪戯グッズの価格表を広げて見せてくれる。馬鹿長いリストを見ると、今日貰ったものもある。私は感心してそれを眺めた。

 

「これって素晴らしい才能よ。もし費用的な面で困っているならぜひ出資させて。あ、施しじゃないわよ。当たる商売に()()のは実業家としては当然だわ。リターンを十分期待しての投資よ」

 

「ああ。費用はなんとかなりそうなんだ。なんとか、ね」

 

 ツインズのどちらかがそう言うと意味深に相棒を見る。相棒も肩をすくめ、

 

「そうそう。なんとかなるはずなんだ。もうすぐね」

 

と言った。

 原作通りなら、賭けの賞金をレプラコーンの金貨で支払われるという詐欺にあっていたはず。いま支払わせようと必死なのかも。

 

 彼らには『忍びの地図』を奪ったことに対する後ろめたさがある。できれば何かちゃんとしたことで彼らに報いたいとずっと考えていた。

 ……そうだ。

 

「出資の話は一旦引き下げるけど、その気になればいつでも言ってね。本気で出資したいって思っているのよ。

 そのかわりと言ってはなんだけど。きっとあなた達なら有効活用できる場所を紹介するわ。そうね。また時間がある時に……」

 

 今はハリーが『必要の部屋』で特訓中のはず。

 ハリーの使わない時間をハンナに確認してから待ち合わせの時間をフクロウで連絡すると約束しておいた。そして、改めて自己紹介をすませる。

 

「俺がフレッド・ウィーズリー。フレッドって呼んで」

 

「んで俺がジョージ・ウィーズリー。ジョージだよ」

 

「エリカ・レストレンジ。エリカって呼んでくれれば嬉しいわ」

 

 見た目の違いを見つけることは難しい。

 でも、“円”で感じるオーラは双子らしく似通っているけど、ちゃんと違いがある。どちらがどちらかかは今教えてくれたから、次からはオーラの違いで双子のどちらか判別できそう。

 

「じゃあもう一度。俺はフレッド」

 

「俺がジョージだよ」

 

 そういうと彼らは腕を組んでぐるぐると回ってみせた。

 

「「さあエリカ。俺は誰?」」

 

 さっと別れて全く同じポーズを取る。うん。わかる。オーラは覚えたもの。

 

「あなたがフレッド。そしてあなたがジョージね」

 

「すごい! 当たってる」「母親でも間違うのに」「「すごいやエリカ」」

 

 明るく屈託のない笑顔に、私も笑顔がこぼれる。

 

 じゃあまた今度ね、と言って手を振って別れた。

 彼らが『必要の部屋』で何をするか楽しみだ。悪戯グッズの開発研究室みたいにするんじゃないかな。

 

 

 

 



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4年-5 第一の課題

 

 

1994年 11月

 

 ウィーズリーの双子を『必要の部屋』に案内した。

 素晴らしい部屋の機能に「「いかしてるぜ」」と声を揃えて絶賛した双子に、他にもこの部屋を使いたがっている人がいるから占有するのはやめてね、といい、部屋の能力を説明する。

 そして。

 

「欲しい素材は思い浮かべればいくらでも出てくるし、安全に実験ができるから商品開発には最適よ。ただこの部屋からどうやっても持ち出せないから。あくまで開発や練習用と考えてね」

 

 その話の素晴らしさに目を輝かせて声を揃えた。

 

「「君もいかしてるぜ、エリカ」」

 

 うん。

 商品開発って細かく配合を変えて何度も試行錯誤を繰り返さなくちゃだから、たくさん材料が必要だものね。それがここなら全部無料でできちゃうのだ。危険な実験だってここならばっちこいだ。

 今に彼らも私と同じように『必要の部屋』師匠と呼ぶようになるかも。

 

 ここからウィーズリー・ウィザード・ウィーズの人気商品が生まれるかもしれない。

 とても楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 第一の課題が行われる直前の週末は、ホグズミードへの外出許可の出る日だった。

 私はいつものようにダフネ達と一緒に買い物をして過ごした。

 去年揃いで買ったナイトドレスは今年もホグワーツでの寝間着として使っていて、今年はまた部屋着を一緒に選んだり、お菓子を買い漁ったり。

 

 途中、ハンナとハーマイオニーとすれ違い、手を振ってわかれる。“円”で見るとハリーも一緒だ。きっと生徒達の煩わしい視線が嫌で『透明マント』を着ているんだろう。しかもロンはいないし。

 せっかくシリウスのサインをもらって大手を振ってホグズミード休暇を楽しめるようになった第一回目がこれじゃあハリーも浮かばれない。

 ドラゴン対決は、もうあと3日後に迫っているというのに。

 

 きっと第一の課題が終わればまたみんながハリーを認めるだろう。それまであと少しだけ頑張ってほしい。

 心の中でハリーを励まし、私達は次の店へと足を運んだ。

 そしてドラコ達とも合流してみんなで『三本の箒』のバタービールを楽しんだ。

 

 数時間前にすれ違ったハンナ達もいる。女子二人に見えるけど、透明マントのハリーもそこにいるんだろう。

 

 端っこのテーブルで、マッドアイ-ムーディとハグリッドがふたりっきりでぼそぼそと話しているのが見えた。おそらくクラウチ・ジュニアがハグリッドに『ハリーにドラゴンを見せてやれ』と唆しているんだろう。

 クラウチ・ジュニアは第三の試練の時にハリーに優勝杯を掴ませなくちゃいけない。だから彼の点数を上げる努力をこっそりやっているってわけだ。

 クラウチ・ジュニア、めっちゃ働いてる。ご苦労様だねほんと。

 

 

 

 

 

 

1994年 11月24日 第一の課題

 

 原作通りハグリッドはハリーにドラゴンを見せたらしい。

 ハリーはセドリックにもちゃんと教えただろうか? 彼だけドラゴンのことを知らないままだとすればとても可哀そうすぎるもの。

 

 ハリーは原作通り、チョウ・チャンに片思い中らしい。だから余計にセドリックへの嫉妬を感じているんだろう。

 同じホグワーツの代表選手なのに、セドリックは称賛され応援されて、ハリーは未だに白い目で見る者やあからさまに陰口を叩く者がいる。その上イケメンで成績優秀で背が高くて両親から愛されていて、さらにその上、チョウ・チャンと付き合っている。

 そりゃあ嫉妬の炎がめらめらしちゃうのも仕方ない。

 

 それでも。

 ハリーは自分や他の2名の選手がみんなドラゴンの事を知っているのに、セドリックだけが知らないことに、悩んで、思春期らしいもやもやも乗り越えて、彼にドラゴンが出ることを教えに行く。

 良い子だよね、ハリーって。

 ほんと。すっごくまっすぐで良い子。

 

 

 それにしてもさ。

 なんでチョウ・チャンなの? 原作とは違うでしょ? あんた、すぐ傍に美少女ハンナがいるじゃん。

 ハンナと良い感じなのかと思っていたのに、ちょっと残念だ。

 

 ハンナと一緒に居る時の和やかさとか居心地の良さは恋愛のドキドキじゃなくて、家族みたいな感じなのかなあ。私にとってのドラコみたいな。

 やっぱり友情と恋愛は別なのかも。

 

 

 

 

 

 課題当日、学校中の空気が緊張と興奮で張りつめていた。

 午前中は授業があったのだけど、みんな気もそぞろで、教授達は何度も叱りつけなくてはいけなかった。もっとも教授も同じように緊張していたのだけど。

 

 昼食の時にハリーに一言「怪我をしないで」と声をかけることができた。ドラコも「応援している」とそっと肩を叩いていた。

 ハリーは心ここにあらずといった風情でカクカクと頷いて、グリフィンドールの友人達の声援を背に受けて、マクゴナガル先生に付き添われて競技場へ向かっていった。

 

 

 

 競技場は『禁じられた森』の傍にあった。

 生徒達はみな興奮で声高に話しながらぞろぞろと観客席へ向かう。途中にテントが張っていて、そこが選手の控室だとわかった。

 

 観客席でしばらく待っていると、ようやく始まった。

 

 登場したバグマンが香具師のような軽妙な口上を述べる。

 相手はドラゴン、しかも営巣中の母親ドラゴンで、本物の卵の中にターゲットの金の卵を紛れ込ませてある。うまくドラゴンを出し抜き、それを奪うという競技内容に、どよめきの声が上がった。

 卵を守るドラゴンなんて、魔法界で一番危険な相手だと言っても過言ではない。

 

 説明を聞いたドラコが青ざめた表情で、

 

「これじゃあディメンターとワルツを踊れって言われる方がよっぽどマシじゃないか」

 

と呟いた。ドラコもドラゴンが相手だと知っていたけど、そこまで詳しい内容は初めて聞いたのだ。

 私も心配で呟く。

 

「ハリーが怪我をしなければいいんだけど」

 

 ああ、心配だ。

 

 原作より経験値が低いけど、ハリーは決して弱くはない。アクシオの練習時間も多く取れたし、頼りになる友人もちゃんといる。

 精神的には絶対今の方が安定しているはず。

 

 でも。

 もしこれでハリーが大怪我をしたらどうしよう。

 

 いや。大丈夫。きっと大丈夫。

 

 

 祈るような思いで試合を見守った。

 

 

 

 

 セドリックがグラウンドの岩を変身術で犬に変え、スウェーデン・ショート-スナウトを誘い出す。ドラゴンに犬をけしかけて、注意をひいてうまく出し抜いた。

 順調だ。

 バグマンの解説を聞きながら、セドリックを応援する。

 

 ドラゴンの目を盗んだセドリックが卵に近付いた瞬間、ドラゴンは犬よりもセドリックを追い始めた。セドリックはぎりぎり卵を掴んで逃げたが、ドラゴンは怒りの咆哮と共に火を噴いた。彼の身体を炎が舐める。観客席の女生徒たちが悲鳴をあげた。

 

 火傷を負いつつも逃げ切ったセドリックの手には、金の卵がしっかり握られていた。

 観客席が大歓声に包まれる。

 

 

 

 次のフラー・デラクールは魅惑呪文でドラゴンを恍惚とさせ、眠らせることに成功したが、寝息で鼻から火が噴き出してスカートに火が付いた。杖から水を出して火を消し、なんとか卵を取った。

 

 ビクトール・クラムは結膜炎の呪いをドラゴンにかけた。それはすごくうまくかかったんだけど、苦しんでのたうちまわったドラゴンが本物の卵の半数を潰してしまったことで減点になってしまう。

 

 それでも続いて三人とも怪我をしつつもなんとか金の卵を奪うことには成功している。

 そして――

 

 ハリーの登場だ。

 少し離れた観客席から見ていると、ハリーがグラウンドに歩いて出てくる姿が見えた。

 今までの選手達より一回り小さなハリーの姿に、今からドラゴン……しかも、4頭のうち一番獰猛なハンガリー・ホーンテールに立ち向かうのが、たった14歳の少年だと嫌でも思い知らされる。

 今までハリーに批判的な言葉を投げかけていた生徒達も、今は彼に精一杯の声援を送っていた。

 

『アクシオ! ファイアボルト!』

 

 華奢な身体に気合を漲らせ、杖腕を高く上にあげたハリーが呪文を唱える。やがてその呪文に応えるように森の端から箒が凄い勢いで飛んできて、ハリーの脇でぴたりと止まった。

 ハリーは箒に跨ると地を蹴ってさっと宙に舞い上がった。

 声援の声が湧き上がった。

 

 ハリーは見事な箒捌きで空を舞い、果敢にドラゴンを翻弄する。

 ハンガリー・ホーンテールは挑発するように周囲を舞うハリーに何度も火を噴き、爪を揮う。太い尾がハリーの身体のギリギリを音を立てて通り過ぎた。尻尾の硬く尖ったトゲがハリーをかすめた時は心配すぎて息が止まるかと思った。

 

 息詰まる攻防はほんの数分だったのだけど、何時間にも思えるほどの戦いだった。

 

 やがて、一瞬のスキをついて急降下したハリーが金の卵を取りざま猛烈な素早さではるか上空へと舞い上がる。

 

 誰もが席を立ち、熱狂的な歓声をあげた。

 やった。

 

 

 ……怖かった。

 危険があれば大人たちが助けるだろうけど、どうしようもない程の大怪我をしたらと思うと、もう、怖くて怖くて。

 

 本来なら、ハリーが4人目の選手に選ばれることを阻止できたのだ。だけど、彼ならできると見送った。できれば原作通り進んだ方が先が読みやすいから。

 

 私のやっていることは、自分勝手な思い上がりでしかなかったのかと、ずっとずっと悩んでいた。

 もし、今日ハリーが酷い怪我を負っていたら、私は自分が許せないところだった。無事に競技を終えた瞬間の安堵は、身体中の力が抜けて座り込むほどだった。

 

 

 

 テントに駆け込むハーマイオニー、ハンナ、ロンの姿を見送る。ロンはきっと今まで意地になって仲違いを続けていたことを猛烈に後悔しているところだろう。ドラゴンと渡り合った親友と一刻も早く話をしたいと走り去るロンの背中が言っていた。

 

 これできっとハリーとロンは仲直りできる。

 ちょっとほっとした。

 やっぱり同性の親友って大事だよね。

 

 

 

 

 

 各選手の点数は原作と変わらず、ハリーとクラムが同点で一位、三位がセドリック、四位がデラクールという採点になった。

 

 第一の課題が無事、終わった。

 そして、もうひとつ。大切なことがある。

 今、このホグワーツに、クラウチ・シニアが来ている。

 

 

 

 観客席で今も感動のあまり雄叫びを上げたり、リーマスさんと肩をバシバシ叩きあったり、ルシウス叔父様と握手を交わしたりしているシリウスの姿が見える。

 

 審査員や招待客の座席付近には、ダンブルドアや他校の校長と話すクラウチ・シニアの姿もある。

 もう少し視線をずらすと興奮冷めやらぬと言った表情で語り合う教授達の中に、マッドアイ-ムーディの姿が。

 

「緊張しすぎて疲れちゃった。ちょっと先に帰ってるね」

 

 ドラコに声をかけると私は急いで城に戻った。空き教室に入り、『忍びの地図』を調べる。

 ダンブルドアや他の審査員と共に「バーテミウス・クラウチ」の名がある。そしてそのすぐ傍にフリットウィック先生と並んでもうひとりの「バーテミウス・クラウチ」。

 

 ふたりの「バーテミウス・クラウチ」の名前を確認し、そっとため息を漏らした。

 

 本当は今すぐシリウスとルシウス叔父様、まあついでに一緒に来ているリーマスさんにも、地図を見てもらい、「ふたりのバーテミウス・クラウチ」の存在を知らせたい。

 だけど、シリウス達と合流する前にクラウチ・シニアは帰ってしまう可能性もある。今すぐシリウスの所に行っても、他者の視線が多いところで『忍びの地図』を開けるリスクは冒せない。

 

 

 どうしようかと考えつつ、地図にもう一度視線を落とす。

 ルシウス叔父様やシリウスの名前を眺めて……どうするか決めた。

 鏡を取り出し、呼びかける。

 

「ルシウス叔父様」

 

 しばらく待つと鏡に叔父様が映った。

 

「どうしたんだね、エリカ」

 

「叔父様。お帰りになられる前に、話したいことがあります。『叫びの屋敷』でお時間いただけますか? シリウスとリーマスさんも一緒に。くれぐれも他の方には知られませんように」

 

 私の真剣な表情に、ルシウス叔父様もすぐに「わかった」と頷いた。

 

 私も教室を出て移動を始める。ぞろぞろと城内へ戻ってきはじめた生徒達の波を避けて、“絶”とノクターン横丁で買った『透明マント』で隠れながら進み、『暴れ柳』経由で『叫びの屋敷』に移動した。

 

 

 『叫びの屋敷』のジャンプポイントは、魔法省にポイントを設置するためにもう上書きしてしまっていたんだけど、残していればよかった。こうやって外部にいる大人達と打ち合わせするにはここはうってつけの場所だったのに。

 しかたない。

 レストレンジ家の私室にはもう行かないから、『木漏れ日の家』をポイント1『ホーム』に移動して、ポイントCを『叫びの屋敷』にしよう。

 

 ホグワーツにいるマッドアイ-ムーディの“魔法の目”はホグズミードの『叫びの屋敷』までは届かないだろう。

 今年はここが拠点になりそうだ。

 

 

 

 

 

 『叫びの屋敷』について、1階の一室をざっと掃除してテーブルと椅子を設置する。あまり汚いままではルシウス叔父様が嫌がりそうだもの。

 

 諸々の準備をすませ、席について『忍びの地図』を開いた。

 

 『禁じられた森』付近にあった人混みはほぼいなくなっている。来客達はもう帰ったんだろう。生徒達は寮に戻ったかな。残っているのは後片付けのための教授が数人いるだけだ。そこに「バーテミウス・クラウチ」の名もある。

 

 三校の校長達とルード・バグマン、バーテミウス・クラウチの名前がひとかたまりになって移動している。一緒に城内に入り、そのまま校長室に入っていった。

 今日の『第一の課題』が無事終了したことの労いと、今後についての打ち合わせを兼ねた夕食会でも開くんじゃないだろうか。

 

 

 

 しばらく説明内容について頭の整理をしながら地図を眺めていると、叔父様方がやってきた。

 

「ハリーの勝利の感動に水を差してしまってもうしわけありません。緊急でお話ししたいことがありまして」

 

 玄関まで迎えに行き、挨拶を交わしながら先ほど掃除を済ませた部屋へ案内する。扉を開いて叔父様方を中へ招き入れ、シリウス、ルシウス叔父様、リーマスさんが部屋に入ったことを確認して扉に鍵をかけた。

 そして、話しかけてくる叔父様方に人差し指を口に当てるしぐさで注意を促し、ローブから取り出したものを見せてからおもむろに構えた。

 

 そして、頭に疑問符を浮かべた男達に向けて、シューっと音をさせて、虫よけスプレーを噴きつける。彼らは「うおっ」、「なっ、何を」と驚きの声を上げた。

 

 私は彼らの疑問に答えず、ぽたりとおちた“それ”を摘み上げ、用意していた『割れない呪文』をかけた瓶に入れるとしっかり蓋をしめた。

 

 よし! リータ・コガネムシ・スキーター、ゲットだぜ。

 

「エリカ。いったいそれはなんだ?」

 

「お騒がせしました。ご紹介しますね。もぐりの動物もどき、リータ・スキーターです」

 

 三人の鋭い視線が瓶に注がれた。瓶の中では気を失ったコガネムシが腹を見せている。

 

 

 

 

 

 今回の『第一の課題』のドラゴンとの攻防はきっとリータ・スキーターのような捏造記者じゃない他の記者が、しっかり記事にしてくれるだろう。

 

 考えてもみてほしい。

 17歳と14歳の少年少女が競い合う、最初の課題。

 営巣中のドラゴンの守る卵の中から目的の卵を奪う、命がけの攻防なのだ。

 

 あるがままでじゅうぶんセンセーショナルな内容だよ。真面目に見た通りの内容をちゃんと記事にすれば、面白い記事になるに決まっている。

 他の新聞社も、わざわざブラック家に睨まれているコガネムシ女の持ち込む捏造記事を買うところなんてないだろう。

 

 2年間日刊予言者新聞に記事を出せないリータ・スキーターは、他の新聞社に記事を売り込まなくてはいけないけど、普通の記事はどこも買ってくれない。なら何か別の売れるネタを探すしかない。

 特ダネを探そう。そう考えて、彼女はホグワーツに忍び込んできた。

 

 最初に自分から叩いたから叩き返されただけなのに、ああいうタイプはやられたことは決して忘れない。彼女はブラックとその陣営に敵愾心を抱いている。

 どうせならシリウスやルシウス叔父様に近付いて、弱みを握ってやろうとか、面白おかしく書き立てられる特ダネを見つけてやろう、なんて考えるのが自然な流れだろう。

 

 そう考えてちょくちょく地図をチェックしていたのだ。

 さっき地図を確認した時、競技場にいるルシウス・マルフォイの名にぴったりくっついたリータ・スキーターの名を見つけた時、思わず笑ってしまった。

 

 だから鏡で叔父様に話しかけた。

 叔父様は「エリカから内密の話があるらしい」と声を潜めてシリウス達に言っただろう。それを聞いていたスキーターは「特ダネ」の匂いを嗅ぎとってここまでついてきた。予想通りだ。

 お一人様、ご案内ってね。

 

 

 今年、リータ・スキーターとやりあう可能性を考えて、虫よけスプレーと瓶は用意しておいたのだ。役に立ってよかった。

 コガネムシはこのままルシウス叔父様に渡しておけば、告発するなり脅して都合のいい記者に仕上げるなり、上手に使ってくれるだろう。

 

「私達を呼び止めたのは、これが理由かね」

 

 ルシウス叔父様はどう料理してやろうかという顔で瓶を眺めながらも、こんな小物程度でわざわざ我々を呼びつけたのかと言わんばかりの不満を滲ませた声で訊ねた。

 

「お忙しい叔父様方を引き留めたのは、これのことじゃありません。これはオードブルにもなりませんわ。メインディッシュはこれからです」

 

 私は、念のためにコガネムシの入った瓶を『音声遮断』の魔法具の範囲から離しておいてから、みんなの前に『忍びの地図』を広げてみせた。

 

 話し合いの時間だ。

 

 

 

 

 




いつも感想ありがとうございます。個別に回答できておりませんが、ありがたく読ませていただいております。
誤字報告もとても助かっております。

おかげさまで連載100話めに到達しました。
今後ともよろしくお願いします。


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4年-6 ふたりのバーテミウス・クラウチ

 

 

 さっと地図に目を落とす。

 『忍びの地図』はどこにいてもリアルタイムのホグワーツの情報を表示してくれる。(あ、もちろんガーデンは別だよ。ガーデンで地図を開いても誰の名前も表示されない)

 

 よかった。まだいる。

 

「詳しい説明はあとにしますね。証拠が帰ってしまう前に、まずこちらをご覧ください」

 

「これは?」

 

 『忍びの地図』の存在を知らなかったルシウス叔父様が怪訝な表情で地図を覗き込んだ。

 

「この地図は『忍びの地図』と言いまして、ホグワーツに今いる人たちの名前が表示される魔法具です。実際に動く通りに足跡と名前が移動します」

 

 私がこの地図を持っていることを知っていたシリウスはともかく、リーマスさんは学生時代の自分達の作品がいきなり出てきて驚いている。ルシウス叔父様は珍しい魔法具に興味津々だった。

 

 三人が注目するなか、私は校長室の場所を指さした。

 

「ここは校長室です。アルバス・ダンブルドア、イゴール・カルカロフ、オリンペ・マクシーム、ルード・バグマン、バーテミウス・クラウチの名が並んでいます。競技場から5人で一緒に戻ってきて、校長室に入ってから動いていません。『第一の課題』が無事終わった慰労会と、次の打ち合わせを兼ねて夕食会でも開いているんじゃないでしょうか」

 

 私の言葉に皆が頷く。三校の校長と魔法省の対抗試合担当者二人というメンバーが会食や打ち合わせをしていてもおかしくはない。しごく当然のことだろう。

 

「次に……ああ、いました。大広間を見てください。生徒達と教授が夕食を摂っています」

 

 私は地図を動かして1階の大広間が見えるように広げなおしながら話を続ける。

 

「『忍びの地図』は真実の名前を表示します。動物もどきで動物の姿を取っていても、ポリジュースで別人に成りすましていても、透明マントなどで隠れていても、本来の名前が出てくるんです。去年ウィーズリーのペットのネズミがピーター・ペティグリューだと気付いたのも、先ほどリータ・スキーターがコガネムシに化けているのに気付いたのも、この地図のお陰です」

 

 グリフィンドールとハッフルパフのテーブルにはほとんど人がいない。きっとそれぞれ、寮で盛大にパーティを開いているんだろう。

 

「問題なのは教職員テーブルです。中央のダンブルドア校長の席は当然空席ですが、その横、スネイプ先生の横です」

 

 セブルス・スネイプに並んだ名前を見て、みなが息を呑む。そこに書かれていた名前は。

 

「バーテミウス・クラウチ?」

 

「なっ、さっき校長室にいたはずじゃ」

 

 シリウスが唖然と呟いて地図を見直す。校長室にはやはり今も「バーテミウス・クラウチ」の名前がある。

 

「なるほど。だが、なぜバーテミウス・クラウチが二人いるんだ? ……っ! まさか」

 

 ルシウス叔父様が驚いて息を呑む。

 

「お気づきになりましたか叔父様。ええ。バーテミウス・クラウチが二人いるなら、もうひとりはバーテミウス・クラウチ・ジュニアしかありえません。死喰い人で、アズカバンで死んだはずの、彼の息子です」

 

「まさか」

 

「彼はアズカバンで死んで埋葬された記録があります。もしかしたら、誰かとすり替わってこっそりアズカバンから脱獄したんじゃないでしょうか」

 

 シリウスはいきなり立ち上がった。“敵”がわかったのなら今すぐ捕まえようと考えたんだろう。直情的なシリウスらしい動きなんだけど、まだまだ話は終わっていないし、第一今動くのは悪手すぎる。私は必死で彼を押し留めた。

 

「シリウス、話はまだ終わっていません。今はハリーは安全です。きっとグリフィンドール寮で祝勝パーティ中です。グリフィンドール寮全員がハリーを祝って、彼に注目している。この上なく安全ですから、まずは話をしましょう」

 

「シリウス、私もそう思う。私達はまず知らなくてはいけない。ハリーを守るためにもね」

 

 リーマスさんが柔らかな物言いでシリウスを宥める。さすが。きっと学生時代もこうやって長年シリウスとジェームズを宥めてきたんだろうな。今もさっと地図のグリフィンドール寮の場所を開いて、わちゃっと集まる名前の中心にハリーがいることをシリウスに見せている。

 

 ルシウス叔父様と私の顔も見て、シリウスはやっと冷静になったのか、一言「すまない」と言うと、もう一度大広間の「バーテミウス・クラウチ」の名を見ながら息をついた。

 

 そして、シリウスは思い出したように語りだした。

 

「アズカバンでクラウチ・ジュニアはわたしの房に近い独房に入れられた。その日が暮れる頃には、母親を呼んで泣き叫んだ。二、三日するとおとなしくなったがね……みんなしまいには静かになったものだ……眠っているときに悲鳴を上げる以外は……」

 

 シリウスがつらいアズカバンでの日々を思い出したのか、生気のない真っ暗な目をした。彼が冤罪のために貴重な二十代の日々を不当に摺り潰されたことを改めて感じ、労し気に皆が彼を見つめる。シリウスはふっと表情を戻すと話を続けた。

 

「一年ももたずにあの子はすっかり弱ってしまった。死が近づくとディメンターがそれを嗅ぎつけて興奮するからすぐにわかる。

 クラウチは魔法省の重要人物だから、奥方と一緒に息子の死に際に面会を許された。彼の独房に夫婦で入っていったんだ。やがて、奥方を半分抱きかかえるようにしてわたしの独房の前を通り過ぎていった。奥方はどうやらそれから間もなく死んでしまったと聞いた。おそらく、入れ替わったとするとあの時だな」

 

「奥方と入れ替わったってことかい? ではあのクラウチが息子の脱獄を手助けしたのか」

 

「あの冷血漢が息子を助けるために法を犯したと? 妻を身代わりにしてまでか?」

 

「それは、もしかしたら御病気で死期を覚った奥方が、最期の頼みとして息子と入れ替わって彼を助け出すよう願ったのかもしれませんね」

 

「だがクラウチはずっと苛烈なまでに正義を貫こうとしていた。まさか息子と共に死喰い人になるとは思えない」

 

「この夏頃からクラウチの様子がおかしいと言われていたな」

 

「魔法省でも幽鬼のように顔色が悪いと聞いたぞ」

 

「息子に服従の呪文でもかけられているのか」

 

「ああそうだ、エリカ。この、教職員テーブルのバーテミウス・クラウチは、誰になっているんだ?」

 

「マッドアイ-ムーディです」

 

「ムーディが? あのムーディーに死喰い人が成り代わっているというのか」

 

「エリカはムーディがクラウチだと何時気付いたんだ?」

 

「数日前です、叔父様。御覧になればわかりますが、地図はホグワーツ城すべてを網羅しています。階層ごとにページも分かれていて多いですし、全校生徒がうぞうぞと動き回るんです。なので、気付くのが遅れてしまって」

 

 学生時代、地図を使っていたシリウス達は納得の表情だった。

 

「最初にマッドアイ-ムーディの名前がバーテミウス・クラウチだと気付いた時、もしかしたら『不死鳥の騎士団』と魔法省が対ヴォルデモートの何かを計画しているんではと思ったんです。マッドアイ-ムーディもバーテミウス・クラウチも、どちらもごりごりの反死喰い人ですから。

 姿を隠してホグワーツで調べ物をしたいクラウチと、自分がホグワーツに居ると油断させて、魔法省内部を調べたいムーディが入れ替わっているのかと思ったんです。

 あるいは、もしかしたら彼らも、私達とは別の線から帝王の計画を知って、それを阻止するためこっそり乗り込んできたのか、またはダンブルドアの『不死鳥の騎士団』と闇祓いが協力しているのかとも考えました」

 

 そう。クラウチの名があっても、普通はそう考える。

 マッドアイは何人もの死喰い人を捕まえた歴戦の闇祓いで、クラウチ氏は自分の息子すら厳しくアズカバンへ放り込んだ無情さで知られている。

 彼らが互いに時折すり替わりながら、ヴォルデモートの計画を阻止しようとしているのではないか、と考察したほうが自然なんじゃないかと間違った推理を披露しておく。

 

「ですが、今日、『クラウチさんが来られているならマッドアイ-ムーディは本人に変わったのか』と地図を見て……」

 

「ああ、それでバーテミウス・クラウチが二人いることに気付いたんだな」

 

「ええ。クラウチ・ジュニアはうちの両親と一緒にロングボトム夫婦を拷問して廃人にまで追い込んだひとりです。それで、闇祓いではなく、死喰い人だったんだと気付きました」

 

 シリウスも、ルシウス叔父様も、リーマスさんも厳しい表情で考えこんでいる。

 

「そういえば、リータ・スキーターが以前に書いた記事で、ムーディがホグワーツに出発する前の晩に空騒ぎを起こしたと書いていたな」

 

 ルシウス叔父様が思い出したようにそう言った。

 

「そうか。記事ではムーディのいつもの過剰防衛だと面白おかしく書かれていたが、その時に本当に襲われていたのだとすれば」

 

「その時に入れ替わったんだろう。クラウチ・ジュニアにな」

 

「ポリジュースならマッドアイ-ムーディは、彼に囚われたまま今も生きているはずですよね。生きた彼の髪が必要なんですから」

 

「おそらく奴のトランクの中だろうね。『検知不可能拡大呪文』のかかった場所は『忍びの地図』では表示されないから」

 

 地図の欠点を知っているリーマスさんが説明を加えた。

 

 それから、みなで意見を出し合った。

 

 原作を読むと、シリウスは脱獄犯として逃げ回りながらも、日刊予言者新聞の記事や人々の噂を精査してちゃんといろんなことに気付いていたことがよくわかる。マッドアイ-ムーディが襲われたこととか、バーサ・ジョーキンズのこととかね。

 

 ブラック家当主になり、方々に情報網を張り巡らすことができるようになった今のシリウスや、ルシウス叔父様、リーマスさんが揃っていて、私の誘導もあれば、原作で知るところの事実をほぼ正確に推察することができた。

 

 つまり。

 

・ヴォルデモートが潜伏していると噂のあるアルバニアへ旅行に行き、そのまま行方不明になっているバーサ・ジョーキンズは、ヴォルデモートに捕まり、様々な情報を拷問の上聞き出された。おそらく彼女はもう生きてはいないだろう。

 

・バーサ・ジョーキンズはクラウチ氏の部下だから、クラウチ邸に匿われているクラウチ・ジュニアのことを知っていたかもしれない。

 

・クィディッチ・ワールドカップの時、クラウチ家が購入した貴賓席にクラウチ・シニアは一度も行かず、しもべ妖精のウィンキーだけが席にずっといた。闇の印を打ち上げた者の使った杖のそばにウィンキーがいたことも含めて考えると、貴賓席には姿を隠したクラウチ・ジュニアがいたのではないか。

 

・ヴォルデモートはホグワーツで三校対抗試合が開催されることや、クィディッチ・ワールドカップのこと、今年度の『闇の魔術に対する防衛術』の教授がマッドアイ-ムーディだということも踏まえて、計画をたてた。

 

・マッドアイ-ムーディはホグワーツに赴任する前日にクラウチ・ジュニアに強襲されて、彼と入れ替わった。ムーディはトランクに捕らえられて、ポリジュースの素材のため、今も生きている。

 

などなど。

 

「だが、奴らは何がしたいんだ? ハリーを殺すなら今日は絶好の日だったのに」

 

 シリウスが考えながら口を開いた。ハリーの今日の敵はドラゴンだけじゃなかったのだと今頃になって顔を青ざめさせている。

 

「夏にハリーが見た夢では『ハリーを捕まえて何かをしようとしている』という話だった。殺しては意味がないのやもしれん」

 

 ルシウス叔父様がそう言った。

 

「つまり、ハリーをどうにかして誘拐しようとしているってことかい?」

 

 リーマスさんが訊ねる。

 

「帝王は復活しようとしています。おそらく、復活のために何某かの儀式が必要なんじゃないでしょうか?」

 

「それにハリーが必要ということか」

 

「必要って? 生贄にでもするってことかい?」

 

「闇の魔術に生贄はつきものだな」

 

 実際には生贄じゃなくて、復活の素材にハリーの血がいるってことだけど、大した違いじゃない。

 

「でも、儀式をホグワーツでできるわけないですよね。なら、クラウチ・ジュニアは、帝王のいるところへハリーを生きたまま連れていかなくてはいけない」

 

「奴はハリーを外へおびき出す方法を考えているのか」

 

「おそらく、なんですけど」

 

 私がそう言うと、彼らは揃ってこちらを見た。

 

「先週末、ホグズミード休暇だったんですが、ムーディがハグリッドと密談していたんです。ハグリッドを説得しているように見えました。その夜、ハリーはこっそりハグリッドからドラゴンを見せてもらった。

 ドラゴンのことは実はシリウスから聞いていたハリーも、課題当日よりも前に実際のドラゴンの迫力を目の当たりにできたことはとても有効だったと思います。おそらくムーディは『ハリーにドラゴンを見せてやれ』と唆したんじゃないでしょうか。

 他にもムーディはハリーにかなり親身にアドバイスを送っています。

 ムーディはハリーを勝たせようとしている気がするんです」

 

「勝たせてどうするんだ? 優勝賞金を奪おうってわけじゃないだろう?」

 

「いや、闇の魔術に関して言えば、生贄は強き心を持つ者がいいとか、喜びの絶頂で死んだ心臓を使うとか、若くて無垢な魂がいるとか、いろいろあるからな」

 

 ルシウス叔父様のえげつない言葉に思わず眉をひそめたけど、その考察は言われれば納得してしまう説得力があった。

 

「動くなら最後の課題の日だな」

 

「優勝して成長を遂げた時に、行動を起こすということだよね」

 

「逆に言えば、それまではクラウチ・ジュニア扮するムーディがハリーを守ってくれるってことです」

 

「だがそこまで待つ必要はない。ハリーの命がかかっているんだ。今すぐ奴を締め上げて……」

 

 シリウスが今にも飛び出していきそうな勢いでそう言った。急いで宥める。

 

「シリウス、落ち着いてください。儀式の方法や場所がわかれば、こちらが罠をしかけることだってできるんですよ」

 

「そうだシリウス。儀式の場所には帝王が必ずいる。帝王を斃す絶好の機会なんだ」

 

「だがルシウス。ハリーを危険に曝してまで奴らの計画に乗ってやらなくてもいいだろう」

 

「いやシリウス。奴らの計画を利用すれば、儀式のためにその場にいる死喰い人も一網打尽にできるんだよ」

 

「リーマスさんがおっしゃる通りです。それに計画が漏れたと気付けばクラウチ・ジュニアはハリーを無理やり連れだそうとするか、その場で殺そうとするかもしれない。

 彼らが計画通り進んでいると信じている間、ハリーは安全なんですよ。その方が私達も安心して動けます」

 

 私達の言葉に、シリウスも納得はしたようだ。名付け子が心配だけど、生贄になるまではハリーが安全だということも理解できる。

 

「できれば最後の課題までに奴らの計画の詳細を知りたいですね」

 

 彼らも、帝王の計画通りに進ませ、儀式の場所をこちらが急襲することが、一番有効な手だと考えた。

 そして、私が考えたように、『クラウチ・ジュニアを捕まえて真実薬で情報を吸い上げ、尋問の事実を忘れさせ、その間の記憶をただの日常だったと思い込ませる』ことが理想的だが、技術的に難しいと悩んだ。

 

「いっそのこと、クラウチ・シニアの方を押さえるのはどうかな」

 

 リーマスさんが他の方法を思いついた。

 

「服従の呪文で従わされているなら、それを解いてやれば話は聞けるか」

 

「ある程度の情報を知っているかもしれませんね」

 

「だがあの疑り深い帝王は何度も服従の呪文を重ね掛けしそうだぞ。計画がうまく進んでいると思わせるには、服従の呪文から解放されたクラウチをまた奴らのもとへ返さねばならん。そこでまた服従させられれば私達のことも知られてしまう」

 

 そこでバレる可能性もある。

 だからと言って、クラウチ・シニアをそのまま保護すると、逃げ出したクラウチ・シニアから情報が漏れたと気付いた彼らが計画を前倒しにしてハリーを襲うかもしれない。

 

 

 どうすべきかいろいろと話し合い、意見を出し合った。

 とはいえ、向こうの計画ではおそらく『第三の課題』の時が決行の日だろうから、こちらはまだ時間がある。

 それまでは、気付いていることを向こうに覚られないよう、注意深く相手の隙を狙いつつ、こちらは分霊箱のことに注力すべきだという話になった。

 

 リーマスさんは、この機会に、そろそろがっつりこちら側に引き込むことになった。

 私は学校を抜け出してきているから、あまり時間がない。今日のところはこれで解散することとして、大人達はこれからマルフォイ邸へ戻って、分霊箱の話や、今までやってきたことなどをリーマスさんに話すらしい。

 

 

 

 

 

 リータ・スキーターの入った瓶はルシウス叔父様が持って帰ることになった。何かに使うのか、そのまま魔法省へ突き出すのかは、しばらく考えるらしい。

 

 ちなみに、リータ・スキーターがコガネムシだとわかったのは、『忍びの地図』を見てルシウス・マルフォイの名前にぴったり寄り添うようにリータ・スキーターの名前があったので、近づいてみたら叔父様の肩付近に止まっているコガネムシを見つけて、虫の動物もどきだとわかったと説明。

 ホグワーツは虫が多いから毎年虫よけスプレーを用意していて、コガネムシならスプレーが効くだろうと思い、叔父様方をここで待つ間に、瓶に『割れない呪文』をかけて準備しながら到着を待ったのだと話した。

 

 

 

 



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4年-7 クリスマスパーティ

1994年 11月

 

 『第一の課題』のあと、ハリーの環境は劇的に改善された。

 今やハリーは英雄だった。新聞や親の話で聞いた『“例のあの人”を斃した英雄』なんてものじゃない。たった14歳でドラゴンとやりあったその雄姿を、まざまざとその目で見たんだもの、その熱狂は凄まじかった。

 

 ゴブレットに名前を入れたのが誰であろうと、ハリーはセドリック達と同様に、代表選手のひとりとみんなが認めたのだ。

 

 ズルだと陰口を叩いていた子も、今はハリーを褒め称えている。

 そりゃあ人気者が気に入らないタイプの人はどこにだっている。ハリーアンチも根強く残ってはいるけど、そんな悪意ある相手なんて気にしなければいいのだ。

 

 ハロウィン以来、やっと明るい笑顔を浮かべるようになったハリーの姿に、私達もホッとする思いだった。

 

 

 

 

 

 

1994年 12月

 

「ダンスパーティのパートナーなんだけど、エリカはどうするの? できれば先に決めてくれると嬉しいんだけど」

 

 寮の部屋にやってきたパンジーの言葉に、あ、それ決めなきゃなんだ、と気が重くなる。

 

 

 うちの学年の女子ナンバーワンはレストレンジ家の私で、その下にダフネとパンジー、ミリセントと続く。

 こういった大きな催しで、誰がどの家の者とパートナーとなるかは社交界から注目されているため、パートナーを誰にするかは親の意向も関わってくる。

 

 今まではパートナーが必要な催しに出ることがなかったけど、年齢的にこれからはそうもいかない。

 本来はもう少し先の予定だったのだけど、ホグワーツでこのクリスマスに行われるパーティーではパートナーが必須なのだ。三校対抗戦のアトラクションの意味合いもあるから新聞社からも記者やカメラマンも来ている。

 つまり、今回のパーティは私達の、第二の社交界デビューのような位置づけになる。

 

 お目当ての相手がいる場合を除くと、序列に従ってパートナーを決めた方が対外的にも問題がないってわけね。

 

 私の家格に釣り合う相手といえば、ドラコ、セオ、ブレーズあたりになる。他の学年にもそこそこの者はいるのだけど、やはり主人公の同年代は当たり年なんだろう、上位貴族の子が揃っている。

 ドラコはきっとダフネを誘う。いい感じだし家柄も問題ない。とても安定したカップルだ。

 なので、セオかブレーズにお目当ての相手がいなければ彼らのどちらかに頼むことになるかな、と考えている。あるいはヴィンス、グレッグか。

 

「セオかブレーズに頼んでみるわ。誰か問題あるって子いるかしら?」

 

 私が彼に目をつけているのよ、って子がいるなら変な諍いにならないように候補から外すんだけど。

 

「今のところ誰からも聞いてないわよ。早めに決めておいてね」

 

「わかったわ、ありがとう、パンジー」

 

 パンジーと一緒に部屋をでる。他の子が調整しやすいよう、早く決めなきゃだもの。

 

 スリザリン仲良し9人はみな家格が高いし、成績も上位。みんなとても人気がある。私がパートナーを頼もうと思っているセオとブレーズも、女生徒達から熱い視線を送られている。

 でもふたりとも今まで特定の彼女がいるような感じがなかった。どちらか先に会えたほうに頼もう、と決めた。

 

 女子寮を出て談話室に行くと、ちょうどセオがいた。

 

「あ、セオ。ちょっといいかしら?」

 

 課題をやっているセオに近付いて声をかける。

 

「エリカ? もちろんかまわないよ。どうしたの?」

 

「クリスマスパーティのことなんだけど、私が早めに決めないと他の子が選べないのよ」

 

「ああ、そうか。僕もだ。ドラコはもう決まったようなもんだし」

 

「セオに気になる子がいないなら、パートナーに」

 

「待って、僕から言うから」

 

 パートナーになって、と言おうとする私の言葉を制して、彼は立ち上がると私の前まで来て、そっと跪いた。そして私の手を取って。

 

「エリカ嬢。僕に、パーティで君をエスコートする栄誉をお与えください」

 

 きゅん。

 なんなのこのイケメンムーブ。

 

「ありがとうセオ。とても嬉しいわ」

 

 気取って言葉を交わし、見つめあう。

 そして、同時に笑った。

 

 うん。お互い、恋愛感情は皆無だけどいい友情は築けていて、家格的に問題なく、お互い変に勘違いをしない、理想的なパートナーが見つかった。

 

 私達がパートナーになったことで、他も動き出した。

 ドラコは大本命のダフネを誘い、無事オーケーを貰った。

 パンジーはブレーズと、ミリセントはスリザリンの純血家の先輩と、グレッグとヴィンスはそれぞれ同級生のスリザリン女子とパートナーになった。

 

 そういえば原作でドラコの妻になったのはダフネの妹アストリアだけど、この世界でその線は消えてしまったんじゃないかな。いくらなんでも学生時代の彼女からその妹に乗り換えるなんて、ないよね、たぶん。

 アストリアの病気について何もできないのが少し申し訳ない気がしないでもない。でも、ドラコの最愛ならこっそり『大天使の息吹』を使うこともありえるけど、妻の妹にまで手を伸ばすつもりはないのだ。私の手は二本しかないんだもの。

 

 

 

 

 ハリー達はどうなったのかとハンナに聞いてみた。

 ハリーは代表選手は必ず踊らなくちゃいけないと言われてから茫然自失で、パートナーを選ぶなんて余裕もなさそう。特に今まで散々冷たい視線を浴びせてきた女生徒が一斉にパートナーになってと群がってきて、その手のひら返しの酷さにまいっている模様。

 

 ロンのほうはといえば、パートナー云々よりもまずドレスローブの酷さをなんとかしたいって感じだろうか。

 

 そしてふたりして、かわいい子を物色して何やら言い合っているのだとか。

 

「あいつら、私達がレディだって気付いてないのよ」

 

 ハンナが肩をすくめて言う。あまり嫉妬らしい感情はみられない。ハンナはハリーが好きなんだと思うけど、彼女自身も恋愛感情に疎いのかも。これも子供時代3回めの弊害か。

 

 私達が介入していない部分はほぼ原作通り進んでいるから、おそらくハリーとロンはバチル姉妹と、ハーマイオニーはビクトール・クラムとパートナーになるのかな。

 ハンナはどうするんだろう。

 当日を楽しみにしておこう。

 

 

 

 

 

 

1994年 12月 クリスマスパーティ

 

 貴族家は家庭教師からダンスレッスンも受けているから、ダンスパーティと言われてもみんなそれなりに基本的なものは踊れる。

 ダンスができないマグル生まれや半純血の生徒のために、パーティの2週間前から少しずつ空き教室を借りてダンスレッスンをした。その時にみんなもパートナーと練習できたからより息が合うようになって親密になれたのはいいことだったかな。

 

 パーティ当日は女性陣は朝から大変だった。

 それぞれの髪をセットしあったり、裕福ではない家の子に、私達が持っているリボンやレースを提供してドレスローブや髪飾りを多少豪華にしてみたり。

 パートナーの服の色や髪や目の色を取り入れる工夫を凝らしたり。

 女子寮は熱気に包まれていた。

 

 私のドレスローブはシシー叔母様が気合いをいれて決めてくださったもので、鮮やかな水色にたくさんのパールを使った、上品で美しく華やかなドレスだった。

 シルクの上に光沢のあるオーガンジーが重なっていて、身体の動きに合わせてふんわりと流れる様は『まるで人魚のようね』とみんなに絶賛された。

 

 

 

 談話室で待ち合わせたセオは、私を見た瞬間、感嘆の笑みを浮かべた。

 セオのドレスローブは黒にアクセントの青が利いてて騎士っぽいデザインだった。線の細い彼が着ると、まるで宝塚の男役のように様になっていてかっこよかったのだ。

 

「美しき湖の妖精よ。どうかこの手をお取りください」

 

「エスコートを許しますわ、私の騎士様」

 

 お互い気取ったポーズを取って芝居がかったセリフを言い、互いに手を取ってからおかしくて笑った。周囲もすてきね、といいながらも笑いが漏れる。パートナーの男子に同じようなセリフを催促して笑いあっているカップルもいた。

 周りを見ると、みなそれぞれに美しく、カッコよく着飾っていて、その中にはこのパーティをきっかけに告白したカップルもいて、初々しく寄り添う姿が可愛らしくて素敵だ。

 

 ドラコとダフネのカップルと語らいながら大広間へと向かう。

 ぞろぞろと歩いていると他の寮の生徒も一斉に集まってきていて、大広間近くの廊下は大渋滞だった。

 みんなそれぞれ精一杯おしゃれしていて、華やかで、そわそわうきうきと騒がしい。

 

 代表選手とそのパートナーは生徒全員が席についてから入場するらしく、扉の脇で待っていた。

 

 フラー・デラクールとロジャー・デイビース、セドリックとチョウ・チャン、クラムとハーマイオニー、ハリーとパーバティ。原作通りだ。

 フラーも美しかったけど、ハーマイオニーもとても可愛らしかった。艶々と滑らかな髪を優雅に結い上げていて、薄青色のローブも彼女にとても似合っている。あ、前歯、自力で小さくしたみたいだ。魔法SUGEE。

 

「まあグレンジャー、とても可愛らしいわ」

 

 ハーマイオニーは満面の笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。貴女もとても綺麗ね、レストレンジ」

 

 ハリーにも声をかける。

 

「素敵よハリー。しっかりパートナーをエスコートしてね。ダンスは覚えた?」

 

「あ、うん。なんとか」

 

 ハリーはドラゴン対戦の時より緊張していて、しかもさっきからパートナーには目もくれず、憧れのチョウ・チャンのエキゾチックな美しさや、いきなり美人になった親友ハーマイオニーの事ばかりチラチラ見ている。パーバティ・パチルもエキゾチック美女なのに。

 

 他の選手達にも声をかけたり会釈して通り過ぎ、私達は大広間に入った。

 

 大広間はキラキラと輝く霜で覆われ、星の瞬く天井の下には何百というヤドリギや蔦の花綱が絡んでいた。

 各寮のテーブルはなくなっていて、10人ほどが座れるテーブルが百余り置かれている。

 私達は私、ドラコ、ヴィンス、グレッグ、パンジーの5カップルでひとテーブルを囲んで座った。

 

 そう言えばハンナは誰とパートナーになったのかとグリフィンドール寮の生徒達がいるあたりを探してみると、ハンナがいない。“円”で気配を辿ると、彼女はレイブンクローの集団の中にいた。パートナーはアンソニー・ゴールドスタインだ。え? レイブンクローの生徒とパートナーになったのか。ちょっと意外な組み合わせだ。でもブロンド同士の美男美女カップルはとてもお似合いに見えた。

 

 

 それぞれのテーブルが埋まってしばらくすると、代表選手とそのパートナーが入場してきた。

 

 デラクールは女王みたいに堂々としていて、魅了されたしもべのようなデイビースを引き連れて悠々と歩いてきた。

 

 セドリックとチョウのカップルは仲良さげに見つめ合っては微笑みあい、ラブラブカップルぶりを見せつけている。美男美女でとてもお似合いに見える。チョウ・チャンのチャイナ風ドレスローブがとても美しい。これ、小雪にも絶対似合う。同じようなイメージでぜひメリーさんに頼んでみよう。

 

 クラムとハーマイオニーの登場は、どよめきの声に迎えられた。蛹から蝶になったようにいきなり美しくなったハーマイオニーは自信満々でクラムのエスコートを受けている。パートナーのクラムに称賛と恋慕の目で見つめられていることが彼女の心を引き立たせ、より一層輝いてみえた。

 

 ハリーは原作よりも子供っぽさが減っているから、ちゃんとハンナを誘えるかと思っていたんだけど。チョウ・チャンに片思いのまま、おざなりにパーバティ・パチルをパートナーに選んだらしい。緊張の面持ちでぎこちなく、パチルに手を取られて引っ張られるように歩いている。パチルは嬉しそうに生徒達みんなに笑いかけながら通り過ぎた。

 レイブンクローの席の傍を通ったとき、ハンナを見つけてギョッとしている。ハンナの美しさに気付いたか?

 

 

 私達のテーブルの間を練り歩いた選手達はそのまま奥の審査員と教授、来賓のための大きな丸テーブルに着席した。

 審査員の席にはクラウチ氏はおらず、かわりにパーシー・ウィーズリーが座っている。そういえば彼はこのあと魔法省にも出仕しなくなるんだっけ。

 

 

 

 目の前に置かれた金色に輝く皿には、小さなメニューが置かれている。どうやらメニューから欲しいものを選んで頼むシステムのようだ。

 メニューにはボーバトンやダームストラングの生徒達の国の料理も書かれていて、私達は珍しい料理を頼んでみたり、自分の好物を頼んだりして楽しんだ。料理もデザートもとても美味しかった。

 

 やがてみんながじゅうぶん料理を楽しんだあと、私達はダンブルドアの指示で席を立つ。ダンブルドアが杖を一振りするとテーブルは壁際に退き、広いスペースができた。

 次の一振りでステージができ、そこにドラムやチェロ、バグパイプ、ギター数本が設置される。

 

 熱狂的な拍手に迎えられ、「妖女シスターズ」がステージに現れた。

 彼らがそれぞれの楽器を取り上げると、テーブルのランタンが一斉に消えて準備が整う。代表選手とそのパートナーがダンスフロアに出てきた。

 

 スローテンポな曲を彼らだけで踊り、その後他の観客達もそれぞれのパートナーを伴ってダンスフロアへと歩み出た。

 

「行こうか、エリカ」

 

「ええ」

 

 セオの差し出した手を取って私もフロアへ出る。曲はワルツになった。向かい合って彼のホールドに身を任せる。曲に合わせて踊り出すと、練習の成果で息の合ったダンスになった。

 

「あのさエリカ」

 

「ん?」

 

「君は自分の価値をちゃんとわかっている?」

 

 価値、と言われれば、そりゃあ数少ない歴史ある純血貴族家の一人娘だ。資産もたんまりある。私の婿は贅沢ができるだろう。

 それにレストレンジ家は今やブラック陣営の中核にいる。表面上、アズカバンの両親のマイナスを大きく補って、今の私は価値が高い。表面上はね。

 

 だけど、私はたぶんレストレンジの血は引いていないし、父親はおそらく半純血の闇の帝王だ。知られればイギリス魔法界では生きていけない。

 

「うちの父親は計算高いからね、君のパートナーになったと知って小躍りして喜んださ。現に『そのまま口説き落とせ』と手紙がきた」

 

「ノットさんらしいというか何というか」

 

「僕としてはお互いいい相手が見つかるまではこのままパートナーを頼みたいんだけど」

 

「私も同じよ。家格の釣り合うパートナーは貴重だわ」

 

「共犯者ができてうれしいよ。うちの父親は勝手に期待させておくさ」

 

「よろしく相棒」

 

「ああ、よろしく相棒」

 

 

 

 

 



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4年-8 動物もどきは死亡フラグ?

 

1994年 12月

 ホグワーツでのクリスマスパーティは盛況のまま終わった。

 

 あの日、正規カップルのドラコ達は二曲続けて踊り、私とセオは一曲だけ踊ったあとは、パンジーとブレーズのカップルとパートナーをチェンジして踊った。

 その後、ドラコ、ヴィンス、グレッグと途中休みを入れながら一曲ずつ踊って、最後にもう一度パートナーのセオと踊ると私はダンスをやめた。

 

 あとは友人達と飲み物で喉を潤わせながらおしゃべりを楽しむ。勉強の話、今日のドレスローブの話、パートナーの話、カップルが成立した友人の話、オシャレの話、ドラゴンの話や代表選手達の雄姿について、など、話は尽きない。

 

 

 ロンとハーマイオニーは喧嘩したんだろうか。ハリーはハンナと一度でも踊ったかな。

 なんてね。

 そういうあれこれも気にはなるけど、私は友人達と楽しく過ごせた夜だった。

 

 

 

 

 

 そうそう。

 

 ハグリッドが巨人の血を引いていることが新聞に載ることはなかった。

 だって、コガネムシのスキーターがホグワーツに忍び込んでいないんだから。

 

 彼女は、今、ホグワーツに忍び込めるような状況じゃない。

 

 

 

 彼女をどうするか、大人たちはよく話し合ったらしい。

 ルシウス叔父様はスキーターを情報操作のために飼いならすか悩んだらしいのだけど、彼女の攻撃的な文面は諸刃の剣だ。というより、スキーターの名前でブラック陣営についての提灯記事が掲載されてもかえってマイナスイメージが付きそうだよね。

 

 ただ、スキーターは今までいろんなところに忍び込んでいるから、もろもろのネタを持っている。私達にも役に立つ情報もあるだろう。

 叔父様もそう考えたのか、ほんの少し脅かして、彼女からいろいろ情報を聞き出し、その後魔法省へ突き出すことにしたのだ。

 

 

 そこで問題になるのが、彼女がコガネムシという小さな生き物の動物もどきであること。

 

 

 もともと『動物もどき』は登録が必須とされた技能で、魔法省の担当者が詳しく吟味の上、変身した種族、体高体重、毛色など詳しく記入した用紙を提出する義務がある。

 

 でも動物もどきの能力を十全に活かすには、動物もどきであることを知られていないことが大きなアドバンテージなのだ。

 習得が難しい能力とはいえ、実のところ、もぐりの動物もどきは他にもそこそこいるんじゃないだろうか。

 

 

 そして、問題なのは動物もどきが罪を犯した場合、アズカバンでどうやって管理すればいいのか、ということ。

 アズカバンの看守はディメンターで、奴らは目が見えない。たとえ窓や鉄格子を網の目状のものに変えても、虫程度の大きさならいつでも逃げられそうだ。

 たとえば食事の出し入れの際などね。

 目が見えない奴らには差し入れ口から取り出した食器の隅に隠れたコガネムシに気が付けない。人の気配は辿れても虫の気配は難しいだろうから。

 

 

 それに、魔法省はもぐりの『動物もどき』だったピーター・ペティグリューを、ネズミになれることを知っていながら脱獄させてしまったという大失態がある。

 そんな時に、ネズミよりもさらに小さいコガネムシのリータ・スキーターを脱獄させない方法があるんだろうか。

 

 

 それからもうひとつ。

 シリウスのこと。

 

 『シリウスが犬の動物もどきだ』ということ。

 それから。

 『動物の姿を取っていると、ディメンターは感情を吸い取れなくなるおかげでシリウスは正気を保っていられた』ということ。

 これを魔法省が知っているか、否か。

 

 シリウスが犬になれることは公式にはバレていない。

 だけど、ペティグリューが捕まっていた時に『学生時代にみんなで習得しました』と証言しているかもしれない。今のところ何も言われていないけど、こっそりブラック家の隙を狙って、わざと黙って待っている輩がいるかもしれないじゃん。

 第三陣営として勢力を伸ばしているブラック陣営は敵が多いのだ。何かの折にこちらが弱った時、これを攻撃材料にされる可能性だってある。

 

 もぐりの動物もどきは違法だから、そこを突っ込まれるとこちらも弱いってことね。

 

 

 それから、もうひとつ。

 アズカバンの看守はディメンターで、奴らは人間の心から発せられる幸福・歓喜などの感情を感知し、それを吸い取って自身の糧とする生き物だ。

 彼らの食事は人の感情。

 ディメンターが生きていくには、感情を吸い取れる人が必要なのだ。

 

 アズカバンの囚人達って、彼らの餌でもあるわけ。

 当然餌なんだから、常にアズカバンには囚人が一定数いなくちゃいけない。でも囚人は終身刑で収監されてもそう長くは生きられない。感情を吸い取られて徐々に弱っていき、死んでしまうから。

 だからアズカバンは常に新しい囚人を求めている。

 冤罪が増えるのも頷けるよね。

 

 

 ごく一般的なマグルの刑務所だと、服役中労務が課せられる。それで維持費の足しにしたり、売り上げの一部を囚人に作業費として渡し、生活費を稼いだり、出所後仕事に就くための技術を学んだりしている。

 でもアズカバンの囚人は何もしていない。彼らは看守ディメンターの食餌という仕事をしている。

 

 

 んで。

 動物もどきは動物の姿になっていれば感情を吸い取られない。つまり、餌にならないってことね。

 独房をひとつ使って、食事を与えられているのに、大事な仕事『ディメンターの餌』にはならない。脱獄してきたシリウスの弱り方からすればまったく吸い取れないわけじゃないけど、おそらく実入りは他より少ないはず。

 動物もどきって、アズカバン側からすれば、ひたすら役立たずで負担ばかりな存在なのだ。

 

 どうせなら日々の糧にできない動物もどきは、さっさと『ディメンターのキス』を受けさせればいいんじゃないか。そう考えても無理はないよね。

 

 

 

 んで。だ。

 リータ・スキーターを告発することで、魔法省がどう動くか。

 

 

 シリウスの脱獄は冤罪による投獄だったため、立件もせず無罪になった。でも実際のところ、動物もどきだったから脱獄できた。(魔法省に知っている者がいるかどうかは不明……だけど、知っていて一番痛い時に告発しようと機会を狙っている可能性大)

 ピーター・ペティグリューもおそらくネズミの姿になって逃げだしただろう。

 次に、ものすごく管理しにくそうで、いつでも脱獄できそうなコガネムシのリータ・スキーターが罪人として告発された。

 

 立て続きにおきる『動物もどきの犯罪』に、魔法省が『もぐりの動物もどきの刑罰を現状より厳しくしよう』と考えるんじゃないかと彼らは予想した。

 

 シリウスを失脚させる、いいチャンスでもあるしね。

 

 

 

 なので、リータ・スキーターを告発する前に、先にシリウスの失脚フラグを折っておくことにしたらしい。

 そして、シリウスが魔法省に赴き、申告が漏れていたと謝罪し、『犬の動物もどき』だと登録してきた。

 方々にバラまいた鼻薬のおかげで罰金と厳重注意だけですんでよかった。

 

 

 

 

 それが『第一の課題』の次の週の話。

 その後、1週間ほど時間をあけて、次はルシウス叔父様がリータ・スキーターを告発してきた。

 

 ネズミの動物もどきピーター・ペティグリューに脱獄されてしまった魔法省は、ネズミよりももっと小さいコガネムシに変身できる動物もどきの存在に、大きく揺れた。

 

 アズカバンでコガネムシを監禁できるかわからない。

 ネズミに脱獄されたあと、次にはコガネムシにも脱獄されました、なんてアズカバンとしても魔法省としても許せない。

 

 スキーターが極悪人であれば、即刻ディメンターのキスという判決になったかもしれない。でも、スキーターは性格は極悪だし、動物もどきの特性を活かして人の秘密を嗅ぎまわっては記事にして金を稼いできた酷い女ではあるが、彼女の罪状は『動物もどきであることを届け出ず、能力を悪用していた』だけなのだ。

 捏造記事も、各所へ忍び込んだことも、証明ができないから罪に問えない。それでディメンターのキスはあまりにも厳しすぎる判決になってしまう。

 

 そこで、ディメンターではなく魔法族やスクイブが看守をしているヌルメンガードに収容されることに決まった。

 こちらであれば、食器の差し入れ口からコガネムシを逃がすようなことはない。

 

 そうして、リータ・スキーターは実刑判決を受けてヌルメンガードに収容されていった。

 

 

 

 動物もどきを利用した犯罪についてや、もぐりの動物もどきについては、悪質な犯行を行う虞が高いとし、未登録の動物もどきが発覚した際の罪状を現状よりも厳しくすることになった。

 

 動物もどきが実刑判決を受ける場合は、他の犯罪者に比べて監視業務に手がかかるため、他の犯罪者よりも刑罰を重くし、罪状を精査し極悪と判断された場合は即刻ディメンターのキスを受けることに、近々法改正されると決まったのだ。

 

 

 ってかさ。

 なんていうの。今、ぶっとい死亡フラグがピコン、と立った感じがするよね。

 

 私って動物もどきの修行中です。習得する気満々だし、魔法省に申告する気はなかったの。

 

 極悪人の娘の私が、帝王の娘の私が、何かを疑われて捕まる。動物もどきだと知られる。恐らくヌルメンガードではなく、ディメンターのキスが待っている。

 すごいでしょ? 悪人扱いされたら即死刑。

 

 怖え……

 

 

 迷うよね。

 

 動物もどき、『必要師匠』に習っているけど、このままでいいだろうか。

 習得する練習を始めるところから習得までのプロセスを公にすべきじゃないか。

 今からでもマクゴナガル先生に「教えてほしい」と個人授業を頼んだほうがいいかな、と思うんだけどね。

 

 万が一、私が帝王の娘だと噂がたってしまったら。

 その時、マクゴナガル先生に迷惑をかけると思うんだよね。『犯罪者の娘に、悪用しやすい能力を与えるとはなんたることか』って批判を浴びそうじゃん。先生に迷惑をかけるのはちょっと、ね。

 

 どうしよう。

 黙っておくべきか。

 このまま必要師匠のお世話になって、習得したら申請しにいくか。

 マクゴナガル先生に迷惑をかけるかもしれないけど、真っ当に習うか。

 

 

 さんざん悩んだすえ、やっぱり黙っていることにした。

 

 だってさ。私がそんな能力を持っているなんて、わざわざ教えてやる必要ないじゃん。

 

 魔法界の人達ってすごく近視眼的で情弱で、新聞や噂で知った“悪人”に対して「吼えメール」を日常茶飯事のように送りつけるような、倫理観に問題がありすぎる人々なのだ。そして些細なことでパニックになって騒ぐ。

 

 もし、私が動物もどきの申告をだしたあとで、『帝王の娘』の噂が出たらどうなるだろう?

 

 街中にいるカラスやワタリガラスを私だと声高に言うと思う。

 『ヴォルデモートの娘がうちの家を調べていた。あいつに襲われる』とか、『重要な話をしていたら庭でカラスの鳴き声が聞こえた。あれはきっとあいつに違いない』とか言い出しかねない。

 

 

 

 結局、バレれば逃げるでいいかな。

 まだこの世界で習得すべき技術があるから、できれば死なずに姿を変える処理でいければいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

1994年 12月 クリスマス休暇

 

 クリスマス休暇のため、私達はロンドンに帰ってきた。

 

 私の家は“木漏れ日の家”だ。ロニーに迎えに来てもらい、一旦家に戻る。ロニーが完璧に整えてくれている家はとても快適だ。ひとりで留守番をしてくれたロニーをねぎらい、念のため防衛の魔法がすべて正常に動いているか確認して、その後はマルフォイ・マナーへ行った。

 この年越しもここでお世話になるつもりだ。

 

 

 まず、ブラック家の別荘で大規模なパーティが催された。

 ブラック本邸、マルフォイ本邸はセキュリティのためパーティには向かない。ブラック家の別荘のひとつを今日のこのために開放したのだ。

 

 今年は対抗戦のために来ている他校の生徒が休暇中もホグワーツで過ごしている。そのためホグワーツに残るものが多かったのだが、ブラック陣営の盤石な様子を内外に知らしめるためには大々的な催しを早々に開く必要があったのだ。

 

 シリウス・ブラックが当主として興って初めて主催するパーティだ。

 ルシウス叔父様が側近として手伝い、ブラック家の名に恥じぬ盛大なパーティを催し、財界人、政界、社交界の多くの人を招待した。

 

 シリウスの名付け子としてハリーも紹介されていた。ハリーと私、ドラコが並ぶ。次世代の頂点はこの3人だと知らしめるためだ。

 ハリーは『生き残った男の子』『英雄』としてすでに有名で、しかも今年は異例の『三校対抗戦 4人目の挑戦者』。世間の注目は凄まじい。

 

 シリウスは『ゴブレットの誤操作で選考されてしまったが、勇気を持って課題に立ち向かい、第一の課題では素晴らしい結果を出した彼の勇気を讃え、彼をどうか応援してほしい』と観客に訴えた。

 

 私はパーティーでピアノの演奏を披露した。私が演奏家として高い技術を持っていることはマルフォイ家のパーティに参加している者には有名だったが、今回招いた新しく開拓した客達も誰もが驚き、そして演奏に称賛の声をあげた。

 もちろん、『ブラック陣営の好感度上昇ラブ・アンド・ピース』の想いを込めた。

 

 

 

 その後、グリモールド・プレイスに身内6人、いや、今回からリーマスさんも加わって7人が集まり、クリスマスを祝った。

 無事第一の課題をクリアしたが、敵の目的がわからないのだから、気を抜いてはいけない。第二、第三も慎重に乗り切ってほしいとみんなでハリーを励ました。

 

 大人達と私はムーディのことを知っているけど、開心術を警戒してハリーとドラコには内緒のままだ。

 

 

 第二の課題の卵だけど、シリウスやルシウス叔父様の情報網で既に『水の中で卵を開ければメッセージが正しく聞こえる』と知っている。ハリーはグリモールド・プレイスの湯船に浸かって卵に籠められたメッセージを聞いていた。

 

 水中で宝さがしをするという課題について、長時間水中で過ごすために使い勝手がいい魔法や魔法薬を考え、私のアドバイス通り、鰓昆布を注文するとハリーが言ってたから問題ないだろう。

 

 っていうか、鰓昆布って食べるだけで鰓と水かきができて1時間も水中で過ごせるんだよ。

 私も鰓昆布が欲しくて、2年も前にたくさん注文して購入ずみだ。二日ほど水中で暮らせるくらい。

 

 万が一、何某かの邪魔が入って今回の注文が阻止されるようなら私のものをハリーに渡せばいい。まあそんな工作をするような奴がいれば、ブラック陣営の敵としてシリウスに潰されるだろうけど。

 

 

 

 

 

1995年 1月 始業

 

 セオ……セオドール・ノットの母親が病死したらしい。

 休暇を延長して葬儀に参加してきた彼は、すこしやつれた様子で登校してきた。

 

 スリザリンの同級生たちが皆口々に悔やみの言葉を述べる。

 

 ルシウス叔父さまが死喰い人と距離を置き始め、私が反ヴォルデモートの考えを徐々に広めているため、セオやヴィンス、グレッグの父親もブラック傘下に下った。

 ルシウス叔父様が頑張って説得してくれた結果だ。

 

 それでも左腕の刺青が濃くなり始めて、またぞろ臆病風に吹かれた彼らはぐらぐらと立ち位置が定まらない。

 セオに私を口説き落とせと言ったのも、ブラック陣営での発言力の強化ももちろんのこと、帝王へ寝返る際の手土産として私をキープするためもあったと思う。

 

 

 クラッブさんとゴイルさんは原作のヴィンス、グレッグと似たようなタイプだ。つまり、トロールみたいに大柄で頭がスカスカで、暴れるしか能がない感じ。

 ノットさんは線の細い年配の男性で頭がいい。聡明なノットとは違って、ちょっと小狡いキツネタイプ。でも彼はセオの成長をわりと喜んでいるし、クラッブさん達よりはこちらの優位性を理解している。

 だから大丈夫だとは思うんだけど……セオはこれから死喰い人の父親と二人だけになるのか……心配だ。

 

 

 

 



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4年-9 第二の課題

 

 

1995年 1月

 

 予習復習と『必要師匠』での勉強もしっかりこなし、週に一度の仲良し9人での練習時間もとって、念修行も欠かさず続け、毎日が充実している。

 

 原作『炎のゴブレット』ではハリー達代表選手が大変なだけで、他の生徒は平和に過ごす。ヴォルデモートの復活やセドリックの死という大事件が最後に起きるけどね。それまでは事件はなく、逆に他校の優秀な生徒達と触れ合う機会ができて、楽しくも刺激的な学校生活を送れる1年なのだ。

 

 ボーバトン、ダームストラングから来ている生徒達はみな代表選手に選ばれるためにやってきた、学校内で特に優秀な生徒ばかりがここにきている。

 それに授業の進め方や勉強内容にも違いもあって、話をするととても刺激をもらえて楽しい。

 

 私も、クラウチ父子のことや分霊箱のことなどいろいろ考えることはあるけど、学生としてはとても楽しく過ごさせてもらっている。

 興味あることを勉強できる環境にいられるのって、本当に幸福だと思う。

 

 

 

 

 授業もどんどん高度になってきている。どの授業も一瞬も無駄にしたくないくらい。あ、えっと。魔法史の授業は相変わらず単調だけどね。

 

 マッドアイ-ムーディ@クラウチ・ジュニアの授業はものすごくためになる。

 正直に言って、今までで最高のDADA教授だと思う。リーマスさんもよかったけどね。

 

 『服従の呪文』の抵抗とか、かけられた呪いをそらす『呪い逸らし』の訓練とか、とても効果的でしかもかなり実践的。説明も明確だし、各生徒の技量や理解度に合わせて送るアドバイスも的確。自分のことじゃなくても聞いていてためになる。

 

 この人、なんで死喰い人なんてやってんだろう。めちゃくちゃ有能だよね。

 たしか学生時代12フクロウを取ったとかってどこかに書いていた。超優秀。5年次の授業数は最高で12。そのすべてを『優秀・O』か『良・E』か『可・A』で合格したってこと。

 私は『占い学』と『マグル学』と『魔法生物学』を取っていないから、どれだけ頑張っても最高で9フクロウしか取れないのに。

 

 教師になればきっと生徒に慕われるいい先生になったと思うし、マッドアイ-ムーディを演じ続ける演技力や、鉄の精神力も素晴らしい。

 

 それにずっと変身しているためのポリジュース薬作成も自分でやってるんだよ。飲んでも1時間ほどしか効果が続かず、しかも完成までひと月かかる薬を、毎日朝から晩まで常に使い続けるためにはさ、物凄い量の薬を毎日毎日手間暇かけて作ってるはずだよ。

 

 『闇の魔術に対する防衛術』の教授として7学年4クラス分の授業を熟し、膨大な課題の採点もやって、その合間に大量のポリジュース薬を作成し、ハリーが三校対抗戦で優勝杯を掴めるよう影に日向に守りつつ、トランクに監禁しているムーディを殺さないよう世話をし、ダンブルドアやスネイプ先生達の鋭い目を誤魔化し続ける。

 

 きっとこの一年、クラウチ・ジュニアって寝る暇もないと思う。敵ながら尊敬しちゃう。

 

 

 

 ドラコ達は閉心術の練習をちゃんと続けているらしい。それから『身体強化魔法』を使っての格闘訓練も頑張っている。

 時々私も参加させてもらっている。

 ヴィンス、グレッグの動きがずいぶん良くなってて、彼らの成長が嬉しい。

 『身体強化魔法』や格闘訓練のことはマルフォイ家と私、ヴィンス、グレッグだけの秘密だから他の子達には内緒にしている。ルシウス叔父様が「内密に」と言ったからには他家の子に漏らすわけにいかないもの。

 

 ハリーは『第一の課題』が終わったところで少し力が抜けたからか、次の課題に向けての練習がちょっと減り気味だ。原作では課題寸前まで卵の仕組みを解明できていなかったくらいだから、それでもまだ原作よりもずっと進んでいると言えるけど。

 死活問題なんだから閉心術はしっかりやってねと言っておいた。

 

 ハリーによると、ちょくちょくルード・バグマンが声をかけてくるらしい。ちゃんとやってるか、大丈夫か、力になるぞ、とか。

 そういえばルード・バグマンはゴブリン達と賭けをしていて、『ハリー単独優勝』に賭けているからこっそりハリーを勝たせようとしているんだっけ。

 

 あいつを勝たせてやるのは業腹だけど、セドリックを無駄に死なせるつもりなんてさらさらないから、このままの流れでいくと奴を儲けさせてしまうかも。

 ちょっと悔しいけど、それでウィーズリー・ツインズの賞金もちゃんと払ってくれるなら見逃すしかないかな。……ちょっと悔しいけど、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

1995年 2月24日 第二の課題

 

 第二の課題は開始時間が朝の9時半と早く、私達観客はそれまでに席に着くため、朝食後にぞろぞろと移動を始めた。

 

 湖の岸辺に沿って築かれた観客席へ向かい、スリザリンの友人達と並んで座って周りを見回す。

 対岸に設置された審査員席へ視線を動かす。今日もクラウチ・シニアの姿はなく、代わりにパーシー・ウィーズリーが座っている。『第一の課題』のあと、彼は一度もホグワーツに来ていないのだ。魔法省も休んでいるらしい。

 意志の強いクラウチ氏はきっと服従の呪文に抗い続け、何度も上書きされているんだろう。

 

 

 観覧席のグリフィンドール寮生が座っているあたりを見ると、4人組のうちハンナだけが他の生徒に並んで座っていた。

 ハリーの『大切なもの』はハンナに変わるかと思っていたけど、観覧席に彼女がいるのだから原作通り、ロンだろう。今のところ恋愛まで進んでいないハンナはハリーの一番とは見做されなかったのか。

 

 冬の湖は真っ暗で、いかにも冷たそうに見える。これからここで泳ぐのか、と彼らに同情してしまう。

 そういえば、『大切なもの』役の4人はもうあの湖の底で眠っているのか。魔法で守られているとはいえ、辛い役回りだよね。可哀そうに。

 

 

 湖の中からハリーを連れ出すことはないだろうとシリウス達も判断しているから、今回はクラウチ・ジュニアの動向を阻害するつもりはない。念のため注視してはいるけどね。

 

 鰓昆布は何の問題もなくハリーのもとへ配達されてきた。どこからも横やりが入らなかったようでよかったよかった。

 観客席から見えるハリーは、緊張はしているようだけど前回よりはずっと冷静に、他の代表選手と一緒にスタート地点に立っていた。

 

 今回はドラゴンみたいな危険はない。水魔くらい彼なら戦えるし、大イカからも逃げ切れると思う。マーピープルは理知的な種族だし、本当に危なくなればきっとマーピープルが助けてくれるはず。

 鰓昆布も長時間になってもいいよう予備も買ってあるから溺死する心配もないし。

 私は『第一の課題』ほど不安に苛まれずに、観覧席から湖を見守っていた。

 

 

 

 

 観客席の反対側に、審査員席が用意されていて、その前に代表選手とルード・バグマンが立っている。バグマンから今回の課題についての説明があった。

 湖の水底に、彼らの大切な人がそれぞれ人質として囚われている。1時間のうちに自分の人質を取り戻してここへ戻ってくること。

 

 バグマンの鳴らしたホイッスルの音で、選手達が動き始める。私達は一斉に拍手し、応援の声を送った。

 

 この寒さの中、最初から水着一枚だったクラムは杖を振るい、変身術でいびつなサメらしきものに人の身体が付いた姿に変わると頭から湖に飛び込んでいった。

 

 セドリックとデラクールはほとんど同時に、湖に走り出し、湖に肩まで浸かると杖を振るって魔法を唱えた。頭の周りに大きな(あぶく)を作った。『泡頭呪文』だ。そしてそのまま湖に潜っていった。

 

 ハリーはポケットから取り出した鰓昆布を口に入れ、もぐもぐ噛んでいる。感触が悪いのか美味しくないのか、眉根を寄せて顔をしかめながら湖の岸辺を深みへと歩き身体を沈めていく。

 半身を水に浸かったまま寒さに震えながらしばらく立っていたハリーが、いきなり水に飛び込んだ。鰓昆布の効果が現れたのだ。

 

 4人の代表選手が皆それぞれの工夫を凝らして湖に潜っていった。あとは彼らの帰りを待つだけだ。

 

 

 

 

 原作ではハリーは水底で迷子になり、『嘆きのマートル』に方向を教えてもらう。

 

 だけど現状は、卵の仕組みを知っていたハリーは監督生用風呂場に行かなかった。マートルとのやりとりはなかったはず。それにそもそも2年の事件は阻止したから『マートルのトイレ』でポリジュース薬を作るイベントもなかったし彼女がトム・リドルの被害者であることも知らないままだ。マートルと知りあっているかどうかもわからない。

 水底でマートルの助言を受けることはないんじゃないかな。

 

 ハリーは無事人質のもとへ行けるだろうか。鰓昆布は予備があるから溺れる心配はないけど。

 

 でも、点数が低くても別に構わない。シリウスのリークでじゅうぶんハリーは優位に立っている。これ以上ハリーを助けるのって良くないもの。

 だから、ここからはハリーの頑張りを応援するしかない。

 怪我をせず、精一杯頑張って、無事に帰ってきてほしい。もちろんセドリック達もね。

 

 私は湖面が風に揺らぐ様を眺めながら、彼らの無事を祈り続けた。

 

 

 

 

 

 ……待ち時間、ながい。

 

 っていうかさ。

 この課題って見ているほうはちっとも面白くないよね。

 

 『第一の課題』は目の前でドラゴンと対峙する大スペクタクルだった。迫力満点で手に汗握って応援できた。

 

 でも、『第二の課題』は湖の底での攻防だから、観客は1時間ずっと冬の朝の空気に曝されながら湖を眺めるだけ。中で何が起こっているのか、誰かが実況してくれるわけでもなく、ただ、待っているだけなのだ。

 

 そういえば『第三の課題』も巨大迷路を外から眺めるだけだっけ。距離があるし、迷路の壁が高くて、中での攻防も見えなかったはず。客席から見えないからこそクラウチ・ジュニアが暗躍できたわけだし。

 

 

 ちょっと課題内容がおかしくない? ぜんぜん観戦向きじゃないよね。

 

 観客の前でやってくれればいいのに。

 魔法で中の様子を中継するとかね。そんな魔法はないんだろうか。

 

 水底の様子を見てみたい。

 選手達を誘い込むマーピープルの歌が聞こえる暗い水の中、石像に縛り付けられた人質達の、ゆらゆらと揺蕩う髪やくたりと垂れた顔、それに周囲を取り囲む槍を持ったマーピープルの姿は、まるで生贄の儀式のように見えてとても恐ろしくも幻想的な風景だろうに。

 

 

 

 

 1時間、湖を見ながらドラコ達とぽつぽつ話していると、湖に水泡ができて、セドリックとチョウの頭がざぶんと上がってきた。とたんに観客席が歓声に包まれた。

 

 寒さに震えるチャンに優しく寄り添いながら岸辺へ歩み寄るセドリックは、濡れ鼠でも王子様だった。毛布を広げて二人を待ち構えていたマダム・ポンフリーが飲み物を飲ませたり、軽く診察したりと世話を焼いている。

 

 1時間という制限時間を過ぎたのに、まだセドリックしか戻ってきていない。観客席は次第に心配気な空気が流れてきた。特に代表選手に親しい友人達はそわそわと落ち着かないふうだった。

 

 

 

 しばらくするとデラクールがマーピープルに支えられて岸辺に到着した。一度上がりかけた歓声が、すぐに困惑の声に変わる。彼女は人質を連れていない。どうやら途中で失敗してマーピープルに助けられたらしい。マダム・マクシームが急いで彼女に走り寄った。

 

 またしばらく時間が経って、次はクラムとハーマイオニーが浮上してきた。また歓声があがる。

 カルカロフが満足げに頷きながら近づき、マダム・ポンフリーがまた彼らを誘導して毛布を渡し、診察して温かい飲み物を飲ませている。

 

 すると妹が心配なのか、デラクールがふらふらと湖に向かって歩き出した。急いでマダム・マクシームが引き留めている。妹を助けにもう一度湖に潜りたいと主張しているようだ。

 

 冷静になれば、こんな公式の催しで人質を殺すはずがないと気が付くんだろうけど、心配する気持ちはよくわかるよね。

 

「ハリーが出てこないぞ」

 

 ドラコが焦燥に駆られた声で呟いた。原作で知っているけど……もう原作通りじゃないからどうかわからない。私も不安になって頷いた。

 

 

 じりじりと待っていると、やっとハリーの頭が湖に浮かんだ。彼はロンとデラクールの妹を水の中から引き上げた。そのとたん、観客達は熱狂して立ち上がり、声援を送った。私もほっとしてドラコと一緒に立ち上がって拍手した。

 ハリー達のあとから数人のマーピープルが湖からあがってくる。パーシー・ウィーズリーがロンを心配して駆け寄っている。それから半狂乱だったデラクールが妹に駆け寄って抱きしめた。

 

 よかった。無事に戻ってきた。安堵のため息が漏れた。

 

 

 

 バグマンから発表があった。

 セドリックは1分超過で47点、クラムは40点、デラクールは25点。

 ハリーは原作のように一番に人質のもとへ到着したらしい。そして、他の人質をそのままにしておけず、最後まで残り、デラクールの妹も一緒に連れて戻ってきた。

 その道徳的な彼の行動を評価した審査員――カルカロフを除く――は点数を高くし、ハリーの得点は45点になった。

 これで原作どおり、セドリックと同点1位となった。

 

 

 

 あとでハリーに聞いたのだけど、やはり水中で迷子になったらしい。マートルの誘導がなかったから原作よりは時間がかかったようで、ハリーが到着してほんのしばらくでセドリックが来たのだとか。

 

 セドリックは『泡頭呪文』だから頭を泡で保護しているだけ。ハリーは鰓昆布を食べたおかげで鰓呼吸ができて手足に水搔きができ、足は細長く鰭足のようになっている。しかも水温の低さにも身体が対応してくれるのだ。

 水の中での移動の速さがハリーに有利に働いたようだった。

 

 

 それにしても、やっぱりハリーは全員を助けようと思ったのか。

 ハリーにとって、ロンもハーマイオニーもどちらも大切な親友だし、チョウは片思い中の女性。もうひとりはデラクールの妹だから知り合いではないけど小さな女の子だ。誰かを置いていくなんて心情的に無理だよね。

 ほんと、ハリーはヒーローだ。

 

 

 

 その後数日は人質になったロン達もみんなの注目の的となった。セドリックの彼女チョウ・チャンは愛される喜びに幸せのオーラをまき散らしていたし、人気者のプロ選手クラムの大切な人がハーマイオニーであったことは女生徒達の嫉妬とからかいの的になった。

 

 リータ・スキーターがいないため、クラムとハーマイオニーの内緒話がリークされることはなく、ハーマイオニーを巡るクラムとハリーの三角関係なんて捏造記事が出ることもなかった。

 ハーマイオニーは方々から冷やかされはしていたけど、原作とは大違いに平穏だったと思う。

 

 そのぶん、ロンの嫉妬による痴話げんかのネタがあまりなくて、この喧嘩っプルはちゃんと付き合うようになるんだろうか、とちょっと心配になってしまう。

 

 

 

 

 

 

1995年 3月

 

 動物もどきを公に練習するか、こっそり習得するか悩んだけど、結局このまま『必要師匠』に通い続けることにした。習得しても申請はしない。

 シリウス達には報告するかもしれないけど……

 

 動物もどきの練習は、とうとう自分の身体をワタリガラスに変化させる練習に入っていく。

 

 変化のイメージを明確にさせるためのレッスンだった。

 『必要の部屋』の壁一面が鏡に変じ、その前に大きな魔法陣がふたつ現れた。

 一つの魔法陣の中央に立つともう一つの魔法陣の中央にワタリガラスの姿が現れる。

 動いてみると連動して動く。右手を上げる。ワタリガラスの右側の羽が開く。

 顔を傾げる。ワタリガラスもこてりと顔を傾げる。

 

 イメージを明確に。自分にないはずの尾羽はどうやって動くのか。どうやって風に乗って空を飛ぶのか。腕の骨格は翼になる時どう変化するのか。

 私は人間だけど。私はワタリガラスだ。

 

 

 気合をいれて、そして心を鎮める。

 焦るな。猛るな。恐れるな。私は魔女で、私はワタリガラス。

 

 さあ。できる。変われ……変われ!

 

 ふっと魔力が全身を巡った。

 鏡を見れば、嘴はカラス、身体は人間、申し訳程度の羽根が生えた腕、足は鳥ガラのように細いのに人間そのもの。酷い姿だ。

 自分の姿に愕然とする。しばらくの後、魔法陣が光り、さっと身体が戻った。

 

 ……まあそんな簡単にはできないよね。うん。大丈夫。理論はばっちり。できる。できる。

 がんばるぞ。

 

 

 

 

 

 



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4年-10 エリカ・レストレンジの肖像画

 

 

1995年 3月

 

 『第二の課題』の次の週のある夜。

 

 スリザリン寮の私室のベッドの上に開けたトランク。

 このトランクには私が招いた者しか入れないし外に音が漏れる心配もない。毎晩ピアノやヴァイオリンの練習をすることを知っている友人達は、トランクに居る私を邪魔することはない。

 隠し事をするのに相応しい場所だ。

 

 トランク内の居間のソファーに座り、テーブルの上に両面鏡をふたつ設置。それから『忍びの地図』を広げてクラウチ・ジュニアの名がどこにあるかや、私の部屋に誰も近づいていないかなどの確認もしながらふたつの鏡に同時に呼びかけた。

 

「シリウス、ルシウス叔父様」

 

「聞こえたぞエリカ」

 

 ひとつめの鏡にシリウスが映り、返事が返ってくる。

 

「私だエリカ。……次は私がシリウスを呼べばいいんだな。シリウス、いるか?」

 

 ふたつめの鏡はルシウス叔父様が映った。それから叔父様は別の鏡を使ってシリウスを呼び出す。

 

「聞こえた、ルシウス。これで三者繋がったな」

 

「面白い。三ヶ所で同時に話せるのはいいな」

 

「ええ。私が叔父様方と何度も会っていることをクラウチ・ジュニアに気付かれるのは困りますもの」

 

 私がシリウスとルシウス叔父様にそれぞれ鏡を繋げ、ルシウス叔父様が別の鏡でシリウスに鏡を繋げる。そうすると三ヶ所にいる者達が同時に繋がる。

 シリウスの傍にはリーマスさんが、ルシウス叔父様の傍にはシシー叔母様がいるはず。

 

 私は寮から出ていないし、シリウス達はグリモールド・プレイス、叔父様方はマルフォイ・マナーにいる。

 誰にも気付かれることなく、5人で打ち合わせができる。思いついた私、超ぐっじょぶじゃない? フクロウでこの案を送った時、みんなにも絶賛されました。

 

 ちょっとした報告程度なら今後はこうやって話すことにしたのだ。目立ちすぎるのはよくないものね。

 今はシリウスやルシウス叔父様が会ってても別段問題はないんだけど、今後誰かに監視されるようなこともあるかもしれないから、今のうちに複数の離れた場所にいながら一斉に話し合えるシステムを考えておこうと思ったってわけ。

 

 両面鏡は決して安価な魔法具じゃないけど、この面子は全員持っているし、互いに片方を渡しているから、四人ならみっつずつ、五人ならよっつずつ鏡を繋げればもっとたくさんのメンバーで同時に話し合いができるとわかって有意義なテストだった。

 

 

「ハリーの魂から奴の魂を引き剥がす方法は、まだ見つかっていない」

 

 シリウスが苦い口調で話し出す。ブラック家の蔵書が多すぎることと、闇の本は読むだけで気力が削られてしまうため、そう続けて読み続けるわけにいかないからだ。

 

 書庫から本を取り出すのはブラック当主のシリウスしかできないし、ブラック家の資産ゆえに本を読む資格があるのがシリウスとシシー叔母様だけ。時間がかかる。

 

 リーマスさんはシリウスの補助としてブラック家の仕事を頑張ってくれてるらしい。当然そちらもおろそかにできない大切な仕事だ。金銭的余裕ができてちゃんと食事も摂り、仕立ての良いローブを身に纏うようになったリーマスさんはイケメンぶりに磨きがかかってきてて、原作を知っている私としてはとても嬉しい限りだ。

 

「焦るなシリウス。まだ時間はある」

 

「そうです。焦りは禁物ですよシリウス」

 

「だが『第三の課題』はもうあと三ヶ月しかない」

 

「いえ、シリウス。分霊箱はあといくつあるかわかりません。ゴーント家の捜索もまだです。あそこに分霊箱があるかもまだ未確認ですし、他にもある可能性があります。帝王を課題当日に殺してしまうわけにはいかないんですからリミットはむしろもっと先です」

 

 私の言葉に、シリウスは押し黙った。

 ルシウス叔父様が話し出す。

 

「奴らの企みが復活の儀式だとして、だ。儀式を執り行う場所がわかれば我々が先回りして奴らを捕まえられる。

 帝王は殺してしまえばまた霞のような状態になって飛んでいってしまうゆえ、殺さずに意識を刈り取り、あとは『生ける屍の水薬』でも飲ませて眠らせ続ける。奴の身柄さえ押さえておけば、あとはじっくり調べればいい。だからシリウス。落ち着いてくれ。

 ハリーの魂のことはそれからでもじゅうぶん間に合うのだから」

 

 叔父様の言葉に私も頷く。

 ハリーの事が解決していない。分霊箱の残りがどれだけあるかもわからない。ゴーント家の分霊箱も手付かずのまま。

 まず帝王自身の身柄をなんとしても捕らえて、何もできないように眠らせておく。分霊箱はその後でいいのだ。

 

 だから私達の動き方としては、彼らの計画をそのまま利用してヴォルデモートを捕まえること。

 ただし。

 

「ハリーの身に危険が及ばないかぎりは、だぞ。ハリーの命とはかえられない」

 

 不承不承としたシリウスの言葉に私達が一斉に答えた。

 

「もちろんです」

「無論だシリウス」

「大切な親友の忘れ形見を危険に曝すつもりなんかないよ」

 

 それまでは、私達は目立った動きは控えるべき。

 

 クラウチ・ジュニアは今マッドアイ-ムーディになっている。ムーディは闇祓いを引退した今でも顔が利くのだ。魔法省や闇祓いからの情報が彼の耳に届く可能性だってある。善意の誰かがムーディに手紙を送るかもしれない。ムーディが死喰い人だなんて誰も思わないもの。

 だから大っぴらに情報を集めることはさけたい。

 

 特にゴーント家にまつわる事件のことや、分霊箱のこと、トム・リドルの過去についてなど、彼の周囲を嗅ぎまわっているなんて情報が少しでも漏れたら、何か対応されてしまうかもしれない。

 ゴーント家に隠している指輪を回収されてしまったらマジで困るもんね。

 

 だから、今年はできるだけ動かないで、ブラック陣営の地固めと手持ちの書籍や文書を探って分霊箱や霞状態の悪霊の処理などについて調べる方を優先させたいのだ。

 

 

 その後話はクラウチ・シニアの事に移った。

 ちょうど日刊予言者新聞に『バーテミウス・クラウチの不可解な病気』という記事が載ったところだった。

 

「『第二の課題』、やはりクラウチ・シニアは来ませんでしたね」

 

「ああ、彼は11月の『第一の課題』の日以来、公の席に一度もでていない。魔法省にも来ていないと聞いている。新聞の記事の通りだな」

 

「彼、心配だね。ちゃんと生きているのかな」

 

「部下に指示の手紙がフクロウで届くらしい。生きてはいるだろう」

 

「フクロウはクラウチ邸から届けているんでしょうか?」

 

「どういうことだねエリカ」

 

「いえ、クラウチ氏が監禁されている場所はクラウチ邸なのかなと」

 

 私の言葉に、鏡の中の大人達がこちらを注目する。

 

「クラウチさんは意志の強い方です。恐らく服従の呪文にも抵抗を続けていらっしゃると思うんです。だから、何度もかけ直しているとしたら、彼のそばに死喰い人が潜んでいる」

 

 私の言葉に賛同の頷きが返ってくる。

 魔法省に仕事の指示の手紙が届くなら、彼はまだ生きていて、そして助けを呼ばないことから彼が服従の呪文で縛られていることがわかる。

 

「なるほどね。今の帝王のために動こうと思うような狂信者はみなアズカバンだ。手下がいると言ってもそう多くはないな」

 

 ルシウス叔父様は私の考えがわかったみたい。それにしても元死喰い人の彼が言うと説得力があるね。

 

「1年の時、帝王はクィレル先生の後頭部に憑りついていました。そうしなくては生きられないほど弱かったわけです。その頃よりも今のほうが彼の力は増しています。今の状態がどの程度なのかわかりませんが、身の回りの世話は必要なんじゃないでしょうか」

 

「ふむ。手下の数が少なく、ヴォルデモートは世話が必要。なら、奴もクラウチ邸にいるかもしれんということか」

 

「そうですシリウス」

 

「でもクラウチ邸を襲うのは難しいよね?」

 

 リーマスさんの言葉に皆が頷く。

 魔法族の屋敷は特殊な守りを張り巡らしている。血族しか入れないような結界を敷いたり、指定した人以外は締め出せたりね。こっそり忍び込むのは難しい。

 

 私達は犯罪者じゃないから、その守りを無理やり壊して押し入るわけにはいかない。たとえ中に犯罪者がいるとしても、クラウチさんから直接救援要請を貰ったわけじゃない。

 勝手に乗り込むわけにはいかないのだ。

 

「そこにヴォルデモートがいるかもしれないうえ、監禁された人がいるとわかっているのに……」

 

 悔しげにリーマスさんが呟く。

 

「クラウチ・シニアが奴らの会話を聞いていれば、復活の儀式についてもわかるんだがな」

 

「とは言っても今はどうしようもないだろう」

 

 それぞれまた意見を出し合っていたのだけど、今は静観するしかないという結論にしかならない。

 

 そして彼らは、クラウチ・シニアの生死について気に病まないようにと私に言ってきた。

 

 クラウチ・シニアは息子の脱獄を手助けしている。その息子がこれだけの事件を起こしているのだから、監禁されている彼を助けられたとしても事件が明るみになればアズカバンに収監される未来しかない。

 監禁されていることを知りながら何もしないことは忍びないが、助けても緩慢な死の場所へ送りつけるだけだ。だからクラウチ・シニアがもし殺されても罪悪感に囚われることはないよ、と口々に言われてしまった。

 

 クラウチ・シニアの生死より、復活の儀式を阻止することのほうが大切だとみんなわかっていて、つまり、それは彼を見殺しにしていることも同じだってこと。

 

 彼らはいろんな経験をしてきていて、いろんなことを飲み込んできている大人達で。

 

 そこまで言われてやっと、みんなまだ14歳の私が傷付くことを心配してくださっているんだってわかった。

 こうやって子供の心を守ろうとしてくれる大人達がいることに、心がほんのり温かくなる。

 

 私は前世の記憶があってそこでは人殺しもしている。クラウチ・シニアを見殺しにすることは確かに心苦しいけど、だからといってそれで私は傷つかない。

 私の手はそんなに長くない。それをちゃんとわかっている。

 だけど。気にならないと言えばウソになるわけで。

 でもこうやって気遣ってくれる人がいることが乾いた心に染みるように嬉しく、素直に礼を言った。

 

 

 

 

1995年 4月

 

 勉強や友人達と過ごす日々はあっという間に過ぎていく。

 

 もう4月だ。ヴォルデモート復活の儀式が近づいている。

 いつ死んでもいいための準備は必要だと思うんだ。

 

 アイテムや食料品、魔法具などはどんどん買い足している。注文書を送れば学校に居ても購入できるってありがたいね。

 書籍も買えるものは買い、手に入れられない禁書類は書き写した。魔法薬やその素材などもどんどん揃えている。温室トランクの薬草は、ハナハッカ以外にもニガヨモギやイラクサなど世話をしやすいものから徐々に増やしていて、今は7種類に増えている。

 

 

 

 

 

 でもそれだけじゃ足りない。

 

 今日、私は素晴らしいものを手に入れた。

 私の肖像画だ。

 

 5歳の頃からヴァルブルガおばあ様の肖像画と話していて、ドゥルーエラおばあ様の肖像画は手元にないからあんまり話していないけど、12歳からはシグナスおじい様の肖像画を頂いて、今でもおじい様の助言をもらっている。

 つまりさ。幼い頃から肖像画がどれほど素晴らしいものか実感してきたのだ。

 

 貴族家の当主や当主夫人、学者や癒者、職人など何某かの技術の権威、大臣など、知識を継承していきたい者は、必ず元気なうちに肖像画を残していく。

 

 私も肖像画が欲しい。

 だって究極の記録媒体じゃん。

 

 私って死んで次の世界に生まれ変わるんだもん。

 この世界で肖像画を描いてもらうでしょう? そして私が死んで転生したら、絵画が正式に動き出す。

 柳原英里佳とエリカ・サロウフィールドとエリカ・アレクシア・レストレンジの記憶を持って自律行動して、私が忘れたこともずっとずっとしっかり覚えていて、何かあればその記憶に従って助言してくれる記憶媒体として。

 

 素晴らしい。次の生に絶対持っていきたい代物だよ、うん。

 

 長く生きていると前の経験とか忘れていきそうだもの。それを教えてくれるのってすごく便利だよね。

 きな臭い世界だ。そろそろ一枚目の肖像画を描いておくべきだよ。

 

 

 肖像画の作成方法はしっかり調べた。

 

1.魔法使いの絵師が、魔法界の絵の具とキャンバスを使って、魔力を籠めながら描く

2.肖像画のモデル本人が、その絵に想いや記憶、知恵、知識などを注ぎ込んでいく

だそうだ。

 

 記憶を注ぎ込むのは“憂いの篩”に記憶を入れる時と同じようなやり方らしい。死ぬ直前まで定期的に知識や記憶を肖像画に注ぎ込んでおく。

 そして、本人と同じような反応を示せるよう、時間をかけて本人が話しかけ、何度も絵と対話し、訓練していく。

 時間と労力をかければかけるほど、より本人らしいしぐさや言動、反応を取れるようになっていく。

 

 2の行程は、1枚の肖像画を完璧に育て上げれば、絵師が違っていても同じように魔法界の画材で描かれた同人物の肖像画なら何枚でも同調して動くのだとか。

 だからまず1枚目の肖像画を早めに仕上げて、私はこの地での生を終えるまで、その絵に記憶を流し込み、ずっと語らいながら過ごせばいい。

 

 

 絵師は誰に頼むかって?

 もちろん、私にとって一番の絵師は『超一流アーティスト』であり、“私”を誰よりも理解しているメリーさんだ。

 

 描き方がわかった時点でメリーさんには説明を済ませていて、肖像画に必要な画材もすべて揃えてあった。

 メリーさんはそれからずっと魔法界の絵の研究に熱心に取り組んでくれた。メリーさん自身も魔女として成長する必要があったし、魔法具の習熟も必要だった。

 そして、ある程度以上の技術を習得できたとメリーさんが判断したのが1年前。

 練習を積み重ね、最終テストとして取り組んだメリーさんの自画像を見せてもらったけど、ほんと、素晴らしかった。

 

 魔女のローブを羽織ったメリーさんがソファに座り、優しい表情でこちらを向いている。時折り手を振ったり、頬に手を添えてみたり、首を傾げたり、杖を振るって紅茶を出したり、動きもメリーさんそのものだ。

 メリーさんは話せないけど、メリーさんと絵画のメリーさんの間ではちゃんと対話が可能らしい。

 でもメリーさんは死ぬことがないから、記憶装置にはならないんだけどね。

 

 まあ練習用としてはじゅうぶん役に立ったし、それに絵自体が素晴らしいから言うことない。

 だってメリーさんの自画像なんて素敵すぎるじゃん。しかも動くし。

 

 小雪も同じように肖像画を描いてもらっていた。

 チョウ・チャンがクリスマスパーティの時に着ていたチャイナ風のドレスローブがすごく綺麗だったから、あれを参考にしてメリーさんに仕立ててもらった。

 チャイナ風ドレスローブを着て微笑む小雪はとても可愛らしい。

 でも小雪も死なないからね。

 

 

 万全の準備が整ったので、私の肖像画に取り掛かりたい、とメリーさんが宣言したのは、今年の2月のこと。

 それから毎日ガーデンの工房でポーズを取っていた。

 

 それが、やっと、出来上がったのだ。

 

 肖像画は14歳の魔女らしく、ホグワーツの制服に身を包んでいる。当然スリザリン・カラーだ。

 ひとめでハリー・ポッター世界の魔女だとわかる姿だね。

 私がいつも身近に置いて何度も記憶を流し込めるよう、動かしやすい大きさのキャンバスにしてもらった。バストアップでほぼ原寸に近い大きさに描かれている。

 

 14歳の若さに満ちた少女は、純血貴族家らしい上品な優しい微笑みを浮かべている。ただ、時折り悪戯っぽく輝く灰色の目が、決して大人しいだけの少女ではないことを教えてくれる。

 バストアップだから額縁から見えるのは胸元までなのだが、時折り髪に触れたり杖を構えてみせたりするとブラック家の指輪や純銀のブレスレットをつけていることがわかる。

 

 メリーさんが渾身の力を振り絞り、今までの技術の粋を尽くして作り上げた作品だ。魔力を籠めすぎて、出来上がったあと1週間も魔力が戻らなかったほど、まさしく命と魂を削って描きあげてくれた。

 私もモデルを影に任せることなくずっと私本人がメリーさんの前に立った。

 

 肖像画って、絵師とモデルの共同作業なんだなって思う。

 

 メリーさんの『超一流アーティスト』の腕と、画家とモデルの間にある強固な信頼関係により、柳原英里佳の18年、エリカ・サロウフィールドの12年、エリカ・アレクシア・レストレンジの14年の厚みを、私自身を、余すところなく表現し、昇華させている。

 

 描かれている間、私の魔力やオーラまでも引き出されたもの。それだけじゃない。私の内心や秘密、魂の形まで、すべてを引きずり出され、余すところなくキャンバスに注ぎ込まれた。

 

 素晴らしいね。

 現状の私達の、まさに最高傑作だ。

 

 きっと次の生にいけば、今の私のすべての技術や知識をしっかり継承してくれると思う。私そのもののように。

 

 私はこれからエリカ・アレクシア・レストレンジが生きている限り、私のすべての知識と経験をこの絵に注ぎ込んでいく。いずれ死を迎えるその寸前までずっと。

 

 私が“私”として生きるのもこれで45年。だんだん忘れてきている記憶もある。

 念修行や魔法修行、音楽に対する想い、行動のスタンス。いろんな物語や漫画に対する知識や感想。もしその世界に行ったらどうしたい、なども。

 私の外付けHDDとして、これほど使い勝手のいい記憶媒体はないよね。

 

 一番身近に置いていつも語り合えるよう、ガーデンの私の部屋に飾ることになった。

 

 

 それから、他にも記憶媒体として使い勝手がいいのが“憂いの篩”。

 原作でダンブルドアが昔の貴重な記憶を瓶に入れてラベルを付けていつでも見れるように保管していた。

 

 すぐに人に見せられるし、時々自分でも見直しできる。無修正の記録映像だもの。

 “憂いの篩”を手に入れ、自分の記憶を上手に取り出せるようになったころから、私も過去を忘れないため、昔の想い出を取り出して残している。

 

 前世の頃。

 ラルクが家族に加わった4歳の誕生日の思い出。お母さんとの修行の日々。

 カストロさんとの修行や一緒に過ごしたグリードアイランドでの日々。

 ディアーナ師匠のつけてくれる稽古やダンと過ごしたカンチョリ自然公園での経験。

 ハンター試験。カイトと出会ったマーフォア族の秘祭“ほむら”と虎の魔獣の寿ぎ。

 ゴン、キルア、ビスケとのグリードアイランドの訓練と戦い、そしてクリアした喜び。

 キメラアントのピトーとカイトの3時間に及ぶ熱い闘い。

 ノヴさんモラウさんの厳しい修行。

 キメラアントとの戦い。

 東ゴルドー王宮での、決戦。

 クロロ=ルシルフルに捕まった、エリカ・サロウフィールド最期の記憶。

 

 今世でも、いろいろと。

 ガラス瓶の多さは、私の今までの人生の経験の多さだ。

 

 特に歴代の師匠達がつけてくれた修行内容は私のバイブルだ。『想い出』とは別に『技術の記録』としても重宝する。

 

 一人、部屋で私の肖像画と一緒に見て、想いを共有していく。

 

 万が一、復活の儀式の阻止の際に死んでしまったとしても、できるだけ今までの知識を次に残していけるように。

 

 

 

 



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4年-11 ガーデンの整備

明けましておめでとうございます。
旧年中はたくさん感想や評価を頂き、ありがとうございました。誤字報告も助かっております。誤字多くてすみません。

今年もどうぞよろしくお願いします。



 

 

1995年 4月

 

 4月最初の週末はホグズミード休暇の日だった。

 私はいつものように友人達と休暇を楽しみ、その後、ドラコと一緒にハリーと合流し、『三本の箒』へ向かった。

 

「ハリー! こっちだ」

 

 中に入るとシリウスが嬉し気に手を振っている。ブラック家当主となって貫禄も出てきたのに、こういった時に少年の様にはしゃぐ彼は、幻のしっぽをびゅんびゅん振って嬉しそうに見える。黒犬成分がにょっきり出てる。

 一緒にテーブルを囲んでいたルシウス叔父様も苦笑気味だ。

 

 『第二の課題』をシリウス達も観に来ていたんだけど、ハリーとほんの少ししか話す時間がなく終わってしまったため、今日はゆっくり話そうと私達のホグズミード休暇にあわせてこちらへ来てくれたらしい。

 

 シリウス、ルシウス叔父様、ドラコ、ハリー、私の5人でテーブルを囲み、子供達はバタービールで乾杯する。ドラコも久しぶりに父親と話せて嬉しそうだった。

 

 そして、ハリーの『第二の課題』での武勇伝をたくさん聞かせてもらう。

 

「だからロンに言われるまで、ほんとうに人質が殺されてしまうって信じてたんだ」

 

 恥ずかし気に語るハリーの姿に、ドラコも頷いて、

 

「まあそんな水底の風景を見せられたらそう考えてしまうのもわかるな」

 

と話した。

 

「そうね、ドラコ。マーピープルの姿ってとっても怖そうにみえるもの」

 

「でも見たかったな、その風景。水底に囚われた人質とそれを取り囲むマーピープル、か」

 

「ハリー、君は正しかったとも。胸を張れ。君の点数がそれを証明してくれているだろう?」

 

 シリウスに褒められてハリーが照れ笑いを浮かべて頷いた。

 

 それから、クリスマスに話したとおり、シリウスから『ヴォルデモートの企みがわからないし、誰がゴブレットに名前を入れたのかも判明していない。気を抜かないように』と注意を促し、できるだけひとりで行動しないようもう一度念を押した。

 

 狡知に長けたルシウス叔父様だけじゃなく、直情的なシリウスも、理解していれば腹芸もしっかりできる。

 先日の課題当日にだって、マッドアイ-ムーディの中身がクラウチ・ジュニアだと気付いているなんておくびにも出さず、ムーディとも和やかに話していた。ハリーやドラコに不必要な情報をうっかり漏らすこともない。

 駄犬に見えて、彼もやはりブラックなのだ。

 

「『第三の課題』は最後の試練だ。怪我をしないよう、今の精一杯を出し切ってくれよ、ハリー」

 

「はい!」

 

 シリウスとハリーが笑顔を交わし、ルシウス叔父様が微笑まし気にそれを見ている。ドラコとハリーも仲がいいし、彼らの様子を見ているだけで原作ファンとしてはね、幸せだなあって思うよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、スリザリン寮の私室でロニーを呼び出した。

 数分後、主の呼びかけにうきうきとした表情を浮かべたロニーがバチンと音をさせて現れた。

 

「お呼びでございますか? ご主人さま」

 

「ロニー、急に呼び出してごめんね。話があるから、ここに入ってちょうだい」

 

 トランクに彼女を誘い、私も一緒に入る。

 居間のソファに座ると、ロニーはいつものように斜め横からちょっと身体を傾けるように私を見上げる。しもべたるもの正面に立つのは不敬だと考えるロニーはたいていこの位置に立つ。ほんの少し斜めに傾いた上体がとてもかわいい。

 

「ロニーに今から私の秘密を話します。このことは決して誰にも言ってはなりません。命令です」

 

「かしこまりましてございます。ロニーはご主人様のお話しになることをどなたにもおっしゃいません」

 

 

 お辞儀様の復活の儀式の日、何かが起きるかもしれない。失敗して死ぬかもしれないし、ヤバくてそのままログアウトなんて可能性もある。

 

 だからロニーとマーリンにも当日はガーデンに避難していてもらいたいのだ。

 そのためにはロニーにそろそろ話をしなきゃなんだよね。

 

 

「ロニー。ロニーは私が生まれ変わってもずっと私のしもべ妖精でいるって言ってくれたわよね?」

 

「はい、ロニーはずっとエリカご主人様のしもべ妖精です」

 

「ロニー。私はね、生まれ変わっても前の事をずっと覚えていられるっていう能力を持っているの。だからこの世界で死んだあともまた記憶を持ったまま次の世界に行くことになる。そうやってずっと生まれ変わっていくの」

 

 ロニーは怪訝な表情を浮かべて私を見ている。ちょっといきなりすぎる告白にぽかんとしているロニーに、記憶を持ち越して転生していることをゆっくり細かく何度も説明し、やっと納得してくれた。

 

「それでね、前の人生で私だけの空間を手に入れて、家族も家ごと連れてきたの。ロニーに会ってもらいたい。だってロニーも次の生にもその次の生にもずっとずっとついてきて欲しいの」

 

 彼女はとても驚いたようだ。棒立ちになって耳がぴんと開いて、驚愕に見開いた目が零れ落ちそうなほどになっている。『生まれ変わってもずっと私のしもべ妖精でいる』ということが一挙に現実味を帯びたからだ。

 そして最初の衝撃が覚めるとやっと喜びの表情を浮かべた。

 

「この世界の子じゃないから当然純血貴族じゃないわよ。それでもちゃんとできる?」

 

「ご主人様のしもべ妖精でいるために必要なのでしたらロニーはちゃんとお仕えできます。ロニーは賢いしもべ妖精です。ご主人様のご家族はロニーのご主人様です。ロニーはちゃんとおわかりでいらっしゃいます」

 

 レストレンジ家との盟約から『マスターエクスチェンジ』を使ってロニーを解き放ち、私の所有物としたあと、彼女が言ったことだ。

 彼女はまた同じことを言ってくれた。彼女はほんと、ブレがない。

 

 

 私はロニーに語った。

 ガーデンのこと、家族のことを。

 

 メリーさんはパンダだけど私の大切な乳母だと言うと「ロニーもお小さい頃のご主人様をお世話なさいました!」と対抗意識を燃やした。メリーさんの本業は芸術家だから、家事はロニーが助けてくれるととても嬉しいと言うと途端に機嫌を直して、「ロニーのお仕事なのです」と胸を張った。

 

「ロニーが私の家族達と仲良くしてくれると嬉しいわ」

 

「ご主人さまやご家族さまのお世話はロニーのお仕事なのです」

 

 ロニーも家族だよ、とは言えない。私は家族だと思っているけど、そんなことを言うとロニーを怯えさせてしまう。だから大事なしもべだと言い、ロニーのお陰で助かっていると褒めることしかできない。もどかしいけど、距離を見誤ってはだめなのだ。

 

 見上げてくるロニーのやる気に満ちた笑みを眺め、私は(ポップ)(ゲート)で小窓を開いて見せた。空間を割ってガーデンの風景が見える様を、ロニーは大きな目をぱちぱち瞬かせて恐々と覗きこむ。私の顔を見上げ、それからそっと足を踏み入れた。

 

 

 

 家族達との対面は友好的に終わった。

 ロニーは他の屋敷しもべ妖精同様ごりごりの純血主義だったけど、マスターエクスチェンジで私の所有物となったあとで『魔法族以外に生まれ変わってもお嬢様はお嬢様だ』と宣言したことで大いに認識をかえたようだ。

 

 メリーさんや小雪を見て嫌がるかと思ったけど、すぐに一緒に並んで楽し気に家事をするようになった。ラルクやシェルの世話も丁寧だ。ジェイドにはとても驚いて最初はすごく怯えたけどね。

 

 

 実のところロニーは、私がずっとホグワーツにいるせいで仕事に飢えていた。

 

 広いガーデンにはいくつも建物が建っていて、家族がたくさんいて、炊事洗濯掃除、農作業、温室トランク内の薬草の世話などやることがたくさんある。

 

 手助けを求められて彼女の承認欲求が満たされていくのか、ガーデンでの暮らしを楽しむようになってくれたことが、私もとても嬉しい。

 

 メリーさんもすべてをロニーに任せるのではなく、仲良く一緒に料理をしたり楽しそうでなによりだ。嫁姑問題じゃないけど、誰がイニシアティブを取るのか揉めるかと少し不安だったのだけど、奥向きの取り締まりはあくまでもメリーさんで、ロニーも上手にメリーさんの補助のポジションに納まったみたい。

 

 ロニーの部屋は階段下の空間を塞いで小さな部屋を作ってそこに住むことになった。メリーさんが彼女の体長に合わせて小型のベッドを作ってくれて、ロニーは喜びのあまりむせび泣いた。

 

 

 

 

 ロニーにガーデンの存在を教えたことで、今まで気になっていたけどできなかったことをいろいろ試してみた。

 

 ロニーは念空間を認識できないらしい。

 

 外にいるロニーにガーデンから呼びかけても彼女には聞こえない。反対にガーデンにいるロニーを外から呼びかけても聞こえない。

 ガーデンの存在を知った今でも、ロニーは自力でガーデンに出入りすることができない。

 

 念空間は屋敷しもべ妖精でも超えられないようだ。他のしもべ妖精が入って来られないようでちょっと安心した。

 

 

 ロニーがガーデンに居る時に用事があれば、(ポップ)(ゲート)で小窓を開いて、空間同士を繋げてから名を呼ぶと聞こえる。ガーデン内ならロニーもどこにでも姿現わしできるから、小窓を開いて呼びかければロニーが中央まで飛んできて、そこからゲートを通って外にでてくる、という感じ。

 

 

 ロニーは私がどこからでもガーデンへ行き来できることを知ったし、私が影分身で何人にもなれることも知った。

 驚きのあまり目をまわしながら「ご主人様が……ご主人様がたくさんいらっしゃいます!」と叫んだ。その驚きの声にちょっと喜びの色が混じっていたのがロニーらしいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 ロニーのガーデン参入のついでと言ってはなんだけど。

 そろそろガーデンの整備が必要だと思う。

 

 魔法で拡張した空間は電化製品が使えなくなる。それに、魔法をたくさん使っている場所は空気中の魔力含有量が多くなり電化製品に悪影響を及ぼすのだとか。

 

 検知不可能拡大呪文のかかったトランクに一、二度しまったくらいで電化製品が壊れるわけではないのだけど、ガーデンには私、メリーさん、小雪の魔女3人(と影十数人)がいて家事や練習で日々たくさんの魔法を使っている。強い魔法生物バジリスクのジェイドもいる。そのうえ今後はロニーもここに加わることになった。

 そろそろ電化製品が壊れるかもしれない。

 

 うっかり壊してしまうのが怖いから、『パソコン類や電化製品を使う場所』と『魔法三昧する場所』を分けることにした。

 

 空気中の魔素の量が問題なのだから建物群も電化製品を使うものだけ距離を取ったほうがいい。

 私達は魔女で、日常で魔法が手放せない。

 ハリー・ポッター世界の魔法は、日常生活にとても便利な魔法が多いのだ。これに慣れてしまった今、基本的に魔法を使わず生活するのは難しい。

 だから、電化製品を使える場所を隔離するという感じになるだろう。

 

 

 家にある生活用品の電化製品はほとんど魔法具や魔法で賄えるから日用家電は必要ないのだけど、問題は図書館と音楽堂。

 

 データ処理は手書きよりパソコンだし、原作チェック用にいろいろ買い貯めたビデオやDVD、ゲームは今後の転生のために絶対必要なもの。それから音楽プレイヤーは『超一流ミュージシャン』の私には必須アイテムだ。

 

 パソコンが置いてあって、DVDやゲームができる視聴覚室のある『図書館』、それからシアタールームや音響設備のある『音楽堂』は電化製品に溢れている。

 私達が振りまく魔素をさけるため、図書館と音楽堂を別の場所に移したほうがいいよねという話になり、ガーデン内を大幅に配置換えすることにした。

 

 

 

 

 円形のガーデンの中心、楕円形の公園には派手なプラカードを掲げたパンダと子猫と子犬のオブジェが立っている。

 公園の正面に私達が暮らす家があって、家の周囲には花畑、燻製小屋、貯蔵庫などがある。昔あった菜園は『山神の庭』通称『森』に移動した。

 

 家の裏庭を出ると広場があって、そこにはグリードアイランドのカードをゲインした『豊作の樹』『不思議ケ池』『酒生みの泉』『山神の庭』が設置してある。

 

 その奥にアトリエ、図書館、音楽堂が並んでいる。

 付近にはいくつかのプレハブや保管庫用大型コンテナなどが置いてある。

 

 中央より逆側は修行用に大きく場所を開けてある。

 

 

 んで。まずそこから『図書館』と『音楽堂』を向かって左手側の最奥に並べて設置しなおし、建物周辺に『NO MAGIC』と立札をいくつか建てて注意を促し、うっかりその近辺で魔法を使っちゃわないようお互い注意している。

 この2つの建物は掃除も普段はできるだけ魔法なしにした。

 

 

 

 それから、これも念のためなんだけど。

 万が一。

 ガーデンが何者かに襲撃されたとする。

 

 一番守りたいのは家族だ。もちろんみすみす彼女達を殺されるようなことにはならない。ガーデンには常に影が15体いるし、バジリスクのジェイドと念能力者のラルクもいる。危なければ影がジャンプで外へ逃がせる。でも、警戒は必要だよね。

 

 

 メリーさん達を守りたい。

 それからもう二度と手に入らないグリードアイランドのアイテム類も、戦いの余波で壊れてしまうのが怖い。

 

 我が家を囲む柵を作りなおして『山神の庭』『酒生みの泉』『不思議ケ池』『豊作の樹』のある広場も一緒に囲う。そして『忠誠の術』をかけた。

 守り人は私。

 

 『“サロウフィールド邸”はシークレットガーデン中央公園の正面に存在する』

 屋敷と広場を囲む柵の中を防衛圏内とする。

 と、心に強く刻みつける。お父さん達が作ってくれた屋敷を、広場を、この空間を“私の記憶”を鍵として閉じ込める。

 

 これで大丈夫。

 これで、万が一襲撃があっても家の中に逃げ込めば安全だろう。

 

 もちろんロニーを含む家族全員に場所を教えた。

 

 

 

 

 

 それから、もうひとつ。

 

 お辞儀様の復活の儀式までに、『木漏れ日の家』をガーデンへ持ってきたい。

 だって、あれはおじい様から頂いた大切な家で、私はあの魅力的なツリーハウスにべたぼれなのだ。絶対次の世界にも持っていきたいもの。

 

 

 『木漏れ日の家』は魔法族のための家で、至るところに魔法具が付いている。電気もガスも必要なくて、水道の蛇口をひねれば水が出て、排水口からいずこかへ水が捨てられ、トイレも洗面も水洗で、すべての部屋が明るく灯りが付いている。

 そのすべてが魔法。

 マジ思う。

 魔法はmagic。ミラクル。ファンタジー。

 

 その『木漏れ日の家』をどこに設置するか。

 

 

 

 HUNTER×HUNTER時代、“発”で初めてガーデンを生み出した時は、殺されたお母さんの遺体を一刻も早く取りにいきたいと思っていた。とりあえずガワだけ作ればいい、私達が安全にいられる場所が欲しいと願って作った。

 

 だからガーデンは地面があるだけの空間で、天候も時間変移もない。常に明るくて春先あたりくらいの気温が続く場所なのだ。

 昼夜の違いもなく、お日様にあたることもない。人が暮らす環境としてはあまりよろしくないのがメリーさん達に申し訳なかった。

 念獣だからそんな空間でも体調を崩さなかったんだけど、普通の人間だったら体内時計がおかしくなって体調や精神に不調をきたしたかもしれないよね。

 

 でも、ガーデン内に『山神の庭』を設置できたおかげで環境は改善できた。私達が『森』と呼んでいるそこは、ちゃんと季節が巡って太陽も星もあるし、雨も降る。台風や雪が降ることだってある。緑豊かな自然いっぱいの場所。

 メリーさん達も毎日『森』に行って散歩したり日光浴したりできるようになって喜んでいた。

 

 

 で。なんでこの話を言い出したかというと、『木漏れ日の家』はツリーハウス、生きた木の上に建った家だから。

 木の為には、ガーデン内よりは『森』に植えたほうがいい。

 

 それに『木漏れ日の家』はその名の通り、木漏れ日や星空を楽しめるようウッドデッキや天窓がたくさんあるのだ。陽の射さないガーデンでは魅力が半減しちゃう。

 『森』なら景観も綺麗だし、満天の星だって楽しめる。メリーさん達もきっと喜ぶ。

 

 

 と言うことで、『森』の中央、開拓した土地の傍に木ごと移動させることにした。

 

 これは私の力だけではうまくできない。

 『収納』は倉庫かガーデン内のどこかに移動できるだけで、『森』は私のガーデンとは別の念空間だから。私の『収納』では『森』に直接置くことができないのだ。

 ここは魔法の出番だよね。

 だからロニーにも手伝ってもらうことにした。

 

 

 ホグワーツの授業を影に任せ、私本体とロニーで『木漏れ日の家』へ行く。ロニーに秘密をばらしたことで動きやすくなった。

 

「じゃあ始めるね、ロニー」

 

「かしこまりましたご主人様」

 

 まず、私が『木漏れ日の家』の土台となっている木と、家を支える杭、階段、杭下の物置や家畜小屋、すべてに『軽量』の魔法をかけて『浮遊』させてキープ。

 

 ロニーが木の根を傷付けないよう注意しながら周囲の土を掘っていく。あっという間に根を含んだ大きな土の塊ができた。

 

 完全に根が露わになったところでロニーが『縮小呪文』で全体をぎゅっと小さくさせ、『エバネスコ』。

 さすがロニー。私はまだこんな質量のものを消失させられない。

 

 

 ガーデンへ移動して、そのまま『森』へ。

 あらかじめ穴を掘って準備していた設置予定地の上でロニーが小さくなった木とツリーハウスを出現させて『縮小呪文』を解除してゆっくり地面に下ろす。

 あとは掘り返していた『森』の土を被せて魔法薬で木に栄養を与えて土に馴染ませる。

 

 階段や杭の位置にズレがないかじゅうぶん確かめてから『軽量』と『浮遊』を解除。支柱の根元はしっかり固定させて地面を踏み固める。

 

「よし! 良い感じ。ロニーもお疲れ様」

 

「お屋敷のお引越しができてロニーも嬉しいのです」

 

 『森』に私達のふたつめの家、『木漏れ日の家』を置くことができた。

 基本的にはサロウフィールド邸に住むけど、ちょくちょく『木漏れ日の家』でも寝泊まりすればいいよね。ウッドデッキに寝袋を並べて夜空を見ながらお喋りなんてきっと物凄く楽しい。

 

 

 メリーさんと小雪はツリーハウスに大興奮だった。

 高いところが好きなラルクはみゃうみゃうとはしゃぎ、シェルは木の上の建物よりも杭の下にある家畜小屋に興味津々だった。ここは使ってなかったんだけど、どうやら家畜じゃなくてシェルの家になりそうな予感。ジェイドは木の上に住むのはあまり好きじゃないみたいで、中を見ないまま『森』の奥へ消えていった。

 

 メリーさんと小雪はさっそく自分の部屋を決めた。

 あとで全部の扉に猫ドアを付けなくちゃね。

 

 その日はウッドデッキで星を見ながら夕食を食べて騒いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今までの当主達が『木漏れ日の家』自体にかけてくれていた防衛の魔法は、移動させた『森』でもしっかり継続されているようで一安心だった。その上で『忠誠の術』ももう一度かけておいたから、ここの守りは万全だと言えるだろう。

 

 

 イギリスの“風啼きの森”のほうはどうかというと。

 屋敷にかけていたもろもろの防衛の魔法はなくなった。土地そのものに掛かっている呪文はたぶん継続しているはず。

 まあそれはどちらでも構わない。とりあえずの居場所があればいいんだもの。

 

 草原の中心にできた大きな穴は土を埋めて更地にし、ガーデンに置いてあったプレハブ小屋のひとつを代わりに置いた。そしてまた以前のように、草原を囲む柵の中すべてを防衛圏内として『忠誠の術』をかけ直す。

 

 これで私の住居ができた。

 この“風啼きの森”全体が私個人の所有地だから、その中の家が『木漏れ日の家』だろうとプレハブ小屋だろうと何の問題もない。もともと誰も入れるつもりないもの。

 

 

 

 

 



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4年-12 死ぬ準備と生きる準備

 

 

1995年 5月

 

 『必要師匠』での動物もどきの修行はしっかり続けている。

 

 結局誰にも内緒のまま、必要師匠にお世話になり続けることにしたのだ。もちろん、習得できても誰にも言わない。黙っていて、しかも魔法界で一度も使わなければ誰にもバレることはないもの。

 普通なら、使わなければ習得した意味がないのだけど。

 でも私は違う。動物もどきは次回以降の世界でうんと役立つはずだもの。

 

 

 ということで。私は今日もひとりで練習を頑張っている。

 

 影分身の能力を持つ私には他の人にはできない、とても有効的な訓練方法がある。

 影を、動物の姿に変身させるのだ。

 

 前にも言ったと思うけど。

 変身術で動物の姿に変化させると、その人に相応しい生き物の姿になる。

 

 この時、他者の力で強制的に動物の姿になった者は、自分が人間であることを忘れてただの動物と同じような行動を取ってしまう。

 その後人に戻ると、変身させられていた時の記憶がちゃんと残っているのだ。

 

 私の場合はワタリガラスね。

 影……ビリカをワタリガラスに変身させる。ビリカはただのワタリガラスだからいきなり人の前に連れてこられたと感じて恐れ逃げ出そうとする。

 シリカに『野の春』を演奏させてビリカを落ち着かせて、大人しくなったらそっと抱き上げて撫でて、その姿を細かくチェック。

 

 

 ワタリガラスになった影を宥めつつ、じっくり観察する。

 カラスより大きい。頭から尾羽の先まで60センチはある。マーリンより大きい。堂々とした体躯だ。

 

 羽根は大きく、厚く、光沢がある。“カラスの濡れ羽色”とはよく言ったもので、艶々と輝く羽はまるで濡れているようなウェットな色合いなのだ。

 黒ではなく、青と濃紺と紫のグラデーションの羽色をしている。深い色合いは日光の下で見ればきっと輝いて見えるだろう。物凄く綺麗だ。

 鋭利な嘴や爪を持ち、凛と立つ姿は、強い生き物の風格さえ漂う。

 

 『野の春』で落ち着かせてから『失神呪文』で動けなくさせ、翼を広げたり、羽毛をそっとより分けて肌を見たり、足や尾羽、首から胸、お腹やその下の方など、羽毛で隠された身体を細かいところまでじっくり見る。

 本人だから遠慮も羞恥心もない。

 

 影の変身術を解いて人間に戻すとワタリガラスだった時の記憶もしっかり覚えている。

 影を消すと、ワタリガラスだった時に身体中を撫でまわされた感触や周囲の風景の違いをまざまざと思い返して、心に刻みつける。

 

 まず色が違う。カラスには判別できない色が違う色のものに見えている。あと視線の高さの違い。匂い、音の感じ方の違い。動物は目が悪いものが多いのだけど、ワタリガラスは目がいいし視界も広い。耳だって良く聞こえる。

 

 そうやって“ワタリガラスの姿になった自分”をじっくりイメージして形に落とし込んでいく。これって念能力で影を作った時や、シルヴィアを作り出した時と同じ工程だ。

 

 

 

 そうやって細かなディティールまでしっかり覚え込んでから変化の練習を重ねる。

 変化の練習を始めて2ヶ月経つのにまだまだ全然うまくいかない。まずサイズが小さくならないし、骨の向きや形もバラバラ。

 

 変化しては、『必要の部屋』師匠に戻してもらう。

 必要師匠が出した黒板に注意事項や改善点などが文字となって浮き上がる。

 それをよく読んで失敗した部分を考えてもう一度トライ。

 また失敗して、人に戻してもらって、考察、そしてトライ。

 

 中途半端に変化してしまってどうしようもないときも師匠ならすぐに戻してくれる。この安心感ったら。

 

 

 練習を進めていると、夜中に寝ぼけて……というか、夢の中でも練習してて、眠ったまま変化してしまう時がある。

 変化を解く呪文は覚えたけど、中途半端に一部分だけ変化している時には影には上手に治せない。そんな時は深夜でも『必要の部屋』に飛んでいって師匠に治してもらうのだ。

 

 変化の失敗で呼吸器がおかしくなったりすると命にかかわるため、寮は影にまかせて本体が寝るのはガーデンの私室で、そのうえいつでも影の護衛がつくようになった。

 

 

 

 

 

 

 ウィーズリー・ツインズも『必要の部屋』で開発するようになってから開発費がずいぶん楽になったようで着々と商品を作り上げているらしい。

 

 時々参加させてもらうこともある。彼らの閃きは、決められた量を変えることなく教科書通りの魔法薬を作るだけでは決して生まれないもので、私は彼らから大いに刺激を受けた。

 試行錯誤の楽しさも味わえた。

 

 正解を知って、それからアレンジを加える。

 4年になって薬草学や魔法薬学がじゅうぶん身に付いてきたから、私もやっとその域に達したのかなと嬉しい。

 

 生き生きとした彼らを見ていると、絶対この双子が片割れを亡くすような未来にはさせないとしみじみ思う。

 

 

 

 ハリーもドラコ達も閉心術をクリアできたそうだ。

 彼らもどんどん進んでいる。

 

 

 

 

 

1995年 5月20日 誕生日 15歳

 

 誕生日だ。15歳になった。成人まであと2年。

 今年のガーデンでのお祝いはロニーも一緒に祝えたのが嬉しい。

 

 

 死ぬ準備は着々と進んでいる。

 でも、さ。

 まだまだ死ぬつもりはない。……フラグじゃないよ、まじだよ?

 

 儀式の阻止だって、みんなと一緒にやらなきゃ今後の生活に差し障るから彼らと協調しているんであって、阻止が失敗しそうなら無理やりでも自分でやるもの。

 ヴォルデモート復活は私の特大死亡フラグ。絶対に阻止しなくては私や私の周りの面々の安寧はない。

 お辞儀様の身柄は、多少強引なやり方になってでも絶対拘束するつもり満々です、はい。

 特に『ナギニは分霊箱』とまだ誰も知らない。当日ナギニを殺すことは絶対成功させなくちゃいけない。

 

 当日は影が全方向からカバーするつもりだ。全方位シルヴィア砲の恐ろしさを思い知らせてやる。

 

 

 

 んで。

 死んでしまって次の生に行く準備も大切だけど、生き残れたらその先の人生も当然ちゃんとあるわけで。

 

 やりたいことはいくらでもある。

 

 動物もどきもまだ習得できていないし、6年からの『錬金術』の授業も楽しみだし、年齢的にまだ練習できていない『姿現わし術』だって今後のためにも絶対習得すべき技術だ。

 

 ホグワーツを卒業したら日本へ渡って日本式の魔法を習うという目標もある。

 音楽の勉強もマグル街にも広げて、もっといろんなジャンルの音楽にも触れたい。ピアノとバイオリン、サクソフォン以外の楽器もその道のプロに師事してみたい。

 

 

 だから私としてもこんなところで死んじゃうつもりはない。

 

 

 あとはそうだな。

 早めに車の免許を取りたい。

 なんていっても私って『超一流パイロット』だもの。車の運転もお手の物、のはず。

 

 英里佳時代に免許を取ったけど乗る暇もなく18で死んでしまった。

 運転なんてすでにすっかり忘れ去っております。英里佳はあまり得意じゃなかったし。でも『超一流パイロット』になったんだから今後は大丈夫、だよね。

 

 

 お金は潤沢にある。

 音楽活動のためにマグルの世界でも生活するなら車はあって然るべきだよね。

 それに原作みたいに検知不可能拡大呪文で広げれば車の中も快適空間になるし。軽自動車がリムジンにもキャンピングカーにもなるってやっぱ魔法SUGEE。

 

 原作でウィーズリーの双子が車に乗ってハリーを迎えに来ていたことからも、魔法をかけた車は魔法使いなら誰でも運転できるんだと思う。マグル街で車を買って魔法をかければいつでも乗れる。それはもちろん作るつもり満々。

 

 だけどさ。

 私は次の世界に車を持っていきたい。

 もし次の世界で仲間になった人がいればその人に運転してもらうこともあるかもしれないじゃん。その人が魔力がない可能性もあるし、車なんて存在しない中世ヨーロッパ系の世界とかに行く可能性もあるでしょう?

 

 運転技術を教えるためには私がまず覚えなきゃ。だからちゃんとした運転技術は知っておくべきなのよね。

 『超一流パイロット』の腕は車の運転技術にも反映されるはず。いや疑うな。大丈夫。きっと反映されるから!

 

 

 

 ちょっと調べてみた。

 魔法界で車の免許を欲しがる物好きはいないから、これは薬草学で一緒になるレイブンクローの友人にこっそり聞き出したのだ。

 

 まず、イギリスで免許を取るのは17歳から。

 免許取得までは、仮免許→路上講習→筆記試験→実技試験、の流れで進むらしい。

 仮免申請は15歳9ヶ月以上であることが条件。

 

 詳しく言うと。

 

 仮免申請(身分証明と、遠くのナンバープレートが読めるかどうか等のすごく簡単なテスト)をすると数週間で自宅に仮免許が郵送されてくる。その後ドライビング・レッスンの予約をするとインストラクターが練習用の車に乗って家まできてくれる。その車に乗って路上での運転の練習を重ねる。

 

 合格できるだろうラインに達したとインストラクターが判断するまではこれを続けつつ、筆記試験の勉強もしていく。

 その後筆記試験、そして実技試験。

 合格すれば、運転免許証が手に入る。

 

 

 寮生活を強いられるホグワーツ生は簡単にロンドンへ行き来できないのがつらいな。寄宿学校って自由になる期間が短いのが難点だよね。ほんと。

 路上練習にもある程度の日数がいるし、手続きや申請処理などで数週間待たされるものもある。

 

『仮免申請→免許郵送→路上練習予約、レッスン、予約、レッスンを数回繰り返し→筆記試験→実技試験』というプロセスを、夏休み2ヶ月とクリスマス休暇に上手に合わせて計画的に進めなきゃだめだね。

 

 15歳9ヶ月ということは、来年1996年2月以降に仮免申請ができるってこと。

 そして正規の免許、いわゆる一般運転免許証は17歳からだから6年次が終わる夏休み。

 

 ってことで免許取得までのタイムスケジュールを決めた。

 

 5年次終わりの夏休みに入ってすぐに仮免申請を済ませ、夏の間にドライビングスクールでドライビング・レッスンを数回いれる。

 筆記試験のテキストも貰っておかなくては。

 

 6年の授業の合間に筆記試験の勉強をして、クリスマス休暇にも路上レッスンの予約を入れる。

 6年次が終わったあとの夏休みで路上レッスンと筆記試験、実技試験。んで取得を目指せばいいわけだ。

 

 もし都合がつくなら、6年のクリスマスやイースターにでも筆記試験を受けて合格しておけば、夏休みの実技試験までがスムーズになるかも。

 

 『超一流パイロット』に掛かればその程度、できるできる。

 仮免申請の時にマグルの戸籍の証明証がいるらしい。株を買うためにマグルの戸籍を取っておいてよかった。ほんと。

 

 

 あと、練習を始める時にでも車も買わなきゃ。

 どんな車がいいだろう。そういうことを考えるのも楽しみだ。

 

 他の世界で舗装されていない山道を走るかもしれない。ジープや四駆みたいな車が必要かな。小回りの利く軽自動車も欲しいし、キャンピングカーも欲しい。

 魔法で拡張する用の車だって欲しい。

 

 ああ。パイロットらしく空の乗り物だっているよね。もちろん免許も取らなきゃ。

 

 うん。やっぱりまだまだ死ねない。

 

 

 

 

 

 とりあえず潤沢な生活資金は必要だよね。

 小雪とシェルのおかげで砂金と銀塊は日々増え続けている。

 

 念のため言うけど、シェルの銀糞は排泄物要素ゼロだからね。本当にただの銀の塊がコロンと出てくる。一日1キロも。

 金属の塊を出して怪我をしないのかと思うけど、さすが念獣、不思議生物。出した時は柔らかくて数分でごく普通の銀塊の硬さになるのだ。

 

 小雪の砂金は一日500g。お風呂のお湯に溜まる砂金を集めるから多少取りこぼしがあることと、毎日シェルの餌に5g入れるから、一日の増量分は490gほどになる。

 

 それが毎日。ものすごいよね。銀なんて一年で365キロ増えるんだよ? 4歳になる前にゲインして11年。すでに4トンあまりの銀塊がトランクの中に詰まっている。

 一度マグルの店に持っていって見てもらったけど、ちゃんと純銀だった。小雪の砂金も混じりけなしの純金。

 

 今のところグリンゴッツの金庫にあるお金で十分賄えているから全く使っていないけど、いずれこれのお世話になることもあるかもしれない。手元に換金しやすいものがあるのはとてもありがたい。

 

 HUNTER×HUNTER時代に買い貯めた金、プラチナのインゴットもあるんだけど、ハンター文字の刻印があるから入手先を調べられなさそうなところで換金したいと考えている。

 グリンゴッツなら問題なく換金できるだろうから、今度変装して換金してこよう。

 

 

 

 

 




ちょっと短いですが、キリがいいのでここまで。


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4年-13 5月24日、課題発表の夜

 

 

1995年 5月24日

 

 『第三の課題』のちょうど一月前の今日。選手たちに課題の内容が発表される日だ。

 

 クィディッチ競技場を取り壊して巨大迷路が作られた。今日、まだ成長していない生垣を見せて、一月後には迷路が完成すると説明があるはず。

 

 課題当日、迷路の中は魔法生物が多数放たれる。

 取得点数の高い者から順に中に入っていき、呪いを破ったり襲い来る生き物を退けながら中心まで進み、一番早く中心に置かれた優勝杯に触れたものが優勝となる。という試合内容だ。

 

 その優勝杯が、復活の儀式の行われるリトル・ハングルトンの教会墓地へ送るポートキーになっていて、それをハリーに掴ませるため他の選手を邪魔するのがクラウチ・ジュニア扮するムーディなのだが。

 

 

 あらかじめハリーには『課題の説明がある時に連絡をちょうだい』と言っておいた。念のため危険がないよう確認したいからと言えばハリーも神妙な表情で頷いてくれた。両面鏡も渡しておいたから、今日夕方にちゃんと連絡を貰えてほっとする。

 原作で知っていたけどね。知っている理由付けのため、わざわざハリーに頼んだのだ。

 

 だってその日、クラウチ邸から逃げだしたクラウチ・シニアがそこに現れるはずだから。

 

 そのうえでいつでも出られるようロニーを呼び出しておいた。ロニーには『ハリーの近くに危険人物がいれば頼むから、私を連れてそこへ姿現わししてね』と頼んである。

 

 これで“『第三の課題』について説明のため代表選手達が呼び出されたから、念のため『忍びの地図』を見てハリーの身に危険がないかロニーと一緒に監視していたら、バーテミウス・クラウチの名前を見つけた”と説明ができる。

 

 私は動きやすい私服を着ていつでも飛び出せる準備をしている。

 

 そして。

 寮の私室、ベッドの上に置いたトランクの中。

 『忍びの地図』でクィディッチ競技場と禁じられた森の付近をじっと見てクラウチ・シニアがやってくるのを今か今かと待ち続けた。

 

 

 クラウチ・シニアを助けるかどうか、ぎりぎりまで迷った。

 彼が逃げだしたあと見つからなければ帝王側は情報が漏れたと考えるはず。そうなると計画を早めて儀式を行おうと考えるかもしれない。

 向こうはいつだってハリーにリドルの墓行きのポートキーを掴ませられるんだから。

 

 

 原作を読む限り、この時点でのクラウチ・シニアは服従の呪文を過度にかけられ続けたことでかなり壊れている。彼を助けても、証言が取れるまで回復するには時間が足りない。

 

 ぶっちゃけると、私は彼を一度助けて「彼がうわごとの様に『骨、儀式、ハリー・ポッター』とか言っていた」とシリウス達に言えればそれでいいのだ。強引なやり方だけどさ。

 肉親の骨がいるなら、儀式はゴーント家やリドル家の墓があるリトル・ハングルトンの教会墓地かもしれない、ってわかるもの。

 

 クラウチ・シニアは法を犯している。

 死期の近い愛妻の願いを断れず、息子の脱獄を手助けした。

 息子が家に軟禁されていることを知ったバーサ・ジョーキンズに忘却術をかけた。

 

 それにシリウスのことを裁判もなしにアズカバンに放り込んだせいで12年も彼が苦しんだことは違法ではないけど身内としては許しがたい。

 

 もし彼を保護してしかるべき場所へ知らせれば、おそらくアズカバンに収監される。今の彼がアズカバンに入ればあっという間に亡くなってしまうだろう。

 だから助けてもどうせ死ぬ運命にあるなら、無理に助ける必要はない。

 シリウス達にも、彼を助けようとしなくてもいい、気に病まないていいんだと以前も慰められたことだ。

 

 

 原作でクラウチ・ジュニアがふらふらとホグワーツに忍び込んだ父親を見つけたのは、おそらくハリーから取り上げた『忍びの地図』を持っていたから。

 おそらくクラウチ・シニアが逃げだしたとペティグリューから連絡を受けて、ホグワーツにやってきたら速やかに殺すためしょっちゅう地図を見ていたんじゃないかなと推察している。

 

 だけど『忍びの地図』は私が持っている。クラウチ・ジュニアに見つかる前に彼を回収することはロニーがいれば容易い。

 

 ただ、回収したままにするわけにはいかない。ちゃんと返さなきゃ。でなきゃ作戦は中止か前倒しになる。だから証言を聞いてすぐに返すしかない。

 

 でもそれは見殺しにするってことで……

 でもそうしなくちゃ復活の儀式の阻止が難しくなりそうで……

 

 私は自分の中でルールを作っている。

 相手が悪人で、それが必要なら殺しても構わない。

 だけど善人は殺さないし必要以上の被害はもたらさない。

 

 バーテミウス・クラウチ・シニアは悪い事はしているけど、悪人ではない。

 息子の脱獄は愛妻の最期の頼みだったから。それに罪人の息子を脱獄させたけど野放しにせずずっと屋敷に閉じ込めていた。悪事を重ねさせないため軟禁していたわけだ。妻の遺志と自分の正義の落としどころがそこだったってこと。その秘密を知ったバーサに忘却術をかけたことも、まあ仕方ない事だと思う。

 シリウスを問答無用でアズカバンに入れたのも、息子が死喰い人であることを知られたからこそ、より苛烈に正義を貫く姿勢を周囲に見せつけるため。

 

 彼を殺すことは『私ルール』上、ナシ、なのだ。

 

 原作を知る私はバーサ・ジョーキンズやリドル邸の庭師が殺されることだって知りながらそのままにしておいた。でも目の前にいるクラウチ・シニアを見殺しにすることとは全く違う。

 

 

 私はきっとこれからも長く続くであろう転生人生を私らしく生きるために、自分の決め事は守りたいと考えている。でなきゃ堕ちる。

 

 

 

 と、けっこう何度も何度もずっとずっと迷い――腹をくくった。

 

 とりあえず、助けよう。

 これで作戦が前倒しになるのならそれでもいい。

 もう、頼れる大人達に全面的に頼ろう。

 

 

 

 地図を睨みつけるように眺めながら意思を固めていると、クィディッチ競技場にはルード・バグマンとルビウス・ハグリッドの名前がある。

 やがてハグリッドが森番の家のほうへ動き出し、ビクトール・クラムとフラー・デラクールがそれぞれクィディッチ競技場へ近づいていく。

 そのあとにセドリック・ディゴリーとハリー・ポッターの名前が二人揃って動いている。

 そろそろ課題内容の説明が始まるようだ。

 

 

 ホグワーツ内には姿現わしができない。だからどこかの入り口から歩いて入ってくるはず。正面の城門は夕方になると閉門してしまうし、当然、塀は乗り越えられないよう結界が守っている。

 だからこの時間にはもうホグワーツ内に入り込んでいるはず。

 

 

 『禁じられた森』にでもいるんだろうか。

 森の奥に入ってしまえば命が危ない。蜘蛛もいれば人狼もいるらしい。危険な魔法生物がいっぱいだ。精神的に壊れかけている彼がそんなところで逃げきれるはずがないもの。

 

 『禁じられた森』の中は地図に表示されていない。さすがに悪戯仕掛け人4人でもあの森を網羅することは難しかったのだろう。

 

 時間が経つにしたがって焦り始めた。地図を動かしながらいろんな場所を探しているんだけど『バーテミウス・クラウチ』の名前は見つからない。

 念のためにDADAの準備室を見ればバーテミウス・クラウチはおらず、城内を歩いているクラウチの名前を見つけた。こっちはおそらく息子の方。父親が来ていないか探しているのかも。彼が城外に出てくる前に仕事を済ませたい。

 

 

 このあとハリーとクラムが話し合いをしているとクラウチ・シニアが木に向かってぶつぶつ話しかけている姿を目撃するはずなんだけど……

 

 クィディッチ競技場の方を見ると、説明が終わったのかみんなが移動しはじめた。ハリーとクラムは特に話すこともなく別れたのか、ハリーとセドリックが城内へ。バグマンがその後ろからついていく。彼は今夜城内に泊まるんだろうか。それとも城門を開けてもらうのか。

 クラムは湖へ、デラクールはハグリッドの小屋の方へ進んでいる。地図には表示されていないけどそこに馬車があるはずだ。

 

 

 ……あ!

 

 ちょうど『禁じられた森』のある付近からいきなりバーテミウス・クラウチの名前が現れた。

 

 

「ロニー、『禁じられた森』の入り口付近にバーテミウス・クラウチの名前があるの。そこまで連れていって」

 

 一緒に地図を覗き込んでいたロニーが私を振り仰ぎ、「かしこまりましたご主人様」と言うと私に手を伸ばした。

 地図を手に立ち上がる。そして左手でロニーの手を握った。

 

 

 ぐるん、と周囲が回り、次の瞬間私達は暗い森の切れ目に立っていた。

 

「……それが終わったら、ウェーザビー、ダンブルドアにフクロウ便を送って、試合に出席するダームストラングの生徒の数を確認してくれ。カルカロフがたったいま、十二人だと言ってきたところだが……」

 

 声の方を見ると、クラウチ・シニアが伸びてボサボサになった頭をゆらゆら動かしながら木に向かって身振り手振りで大袈裟にポーズを取りながらぶつぶつと話している。

 無精ひげに覆われた顔は擦り傷だらけになっている。膝も破れて血が滲んでいるし、ボロボロのローブは埃や土だらけだから何度も転んだのかもしれない。

 

「ああ……ダンブルドアに……ダンブルドア、っ! そうだ……ああ、知らせないと」

 

 今ここで時間をかけるわけにはいかない。彼が私、つまりレストレンジの娘を見て正気に戻ったら叫び出すかもしれないもの。だから問答無用で『失神呪文』をかけると手を握る。

 

「ロニー。『叫びの屋敷』に飛んで」

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

 『叫びの屋敷』に入ると二階にあがる。古ぼけたベッドに彼を寝かせて両面鏡でシリウスとルシウス叔父様に呼びかけた。

 急な連絡に驚きながら彼らも互いに鏡を繋げ、私、シリウス、ルシウス叔父様の三人での会話が可能となった。

 

「お忙しいところ、申し訳ありません」

 

「どうしたんだねエリカ」

 

「今日、『第三の課題』についての説明がある日でした。それで念のため地図でハリー達を見ていたんです。何かあれば駆け付けられるよう、ロニーにも待機してもらっていて。

 それで、あの、その近くにクラウチ・シニアが現れたのでロニーの姿現わしで彼を保護して『叫びの屋敷』に連れてきたんです」

 

「なっ」

 

「自力で逃げ出してきたということか?」

 

「ええ。ですが、どうやらとても精神的におかしい状態みたいで。今は『失神呪文』で大人しくさせていますが、木に向かってぶつぶつと何やら指示を出していました」

 

「わかった。すぐにそちらへ行く」

 

 二人と通信がきれて、そっと息をつく。

 それから、このあとどうやって話を進めていくべきか、じっと考えた。

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてシリウスとルシウス叔父様がやってきた。

 

「すみません。証言だけ聞いてそのまま放り出すのが正しいとわかっているんですが。……やっぱり私にはできませんでした。叔父様方にご迷惑をおかけしますが」

 

「いやいい。君はよくやったともエリカ。あとは大人に任せなさい」

 

 ルシウス叔父様の言葉にシリウスも頷いてくれる。大人達が怒っていないことにほっとした。

 

 大体の状況を説明し、死喰い人に拒否感を持っている彼に姿を見せるのは得策ではないだろうとルシウス叔父様と私は少し後ろへ下がり、シリウスが話を進めることになった。

 

 クラウチ・シニアにかけた『失神呪文』を解くと、シリウスが話しかけた。

 

「クラウチ。しっかりしろクラウチ。ここは安全だ。君はわたし達が保護した。クラウチ、聞こえているか?」

 

「……ぅあ……」

 

 目を開けた彼はぼうっと視線の定まらぬ目で周囲を見回している。

 

「ダンブルドアに会いに来たんだろう? 危険を知らせるために」

 

「ダンブルドア!」

 

 彼はいきなり上体を起こして叫んだ。

 ベッド脇に座るシリウスの肩をがっと掴む。その目はシリウスの事を見ていない。

 

「私は……会わなければ……ダンブルドアに……」

 

「わかっているクラウチ。ヴォルデモートが復活しようとしているんだろう? 何を計画しているか知っているなら教えてくれ。我々はきっと阻止してみせる」

 

「私は……私はばかなことをしてしまった……知らせなくては……」

 

「奴らはハリー・ポッターをどうしようとしている? 教えてくれ。彼を助けたいんだ」

 

 クラウチ・シニアはあきらかに正気ではない。視線は全く合わず、うろうろと見まわしたり、いきなりどこかを凝視したり。緩んだ口元から涎がだらりと垂れた。

 

「警告を……ダンブルドアに……」

 

「もちろん知らせるとも。ハリーのことを教えてくれ、クラウチ」

 

 シリウスは根気よく話しかけ続ける。

 

「ハリー、そうだ。ハリー・ポッター。警告しないと……闇の帝王……ハリー・ポッター……言わないと……」

 

 クラウチ・シニアは歩こうとしたのかがくんと前へ倒れ込んだ。シリウスが急いで肩を掴んだおかげで頭から落ちることは防げた。そっとベッドに横たえたシリウスがこちらを向く。

 

「駄目だな。これでは何も聞き出せそうもない」

 

 私は覚悟を決めて叔父様達に対峙した。

 

「シリウス。叔父様。スネイプ先生を呼びませんか」

 

「何を言いだすんだエリカ」

 

 シリウスが驚きと腹立たしさを綯い交ぜにした表情で私を見た。

 

「ここまでくればムーディに扮したクラウチ・ジュニアを捕まえたほうが早いです。それで彼から証言を聞き出すんです。ホグワーツ内で彼を捕まえるならダンブルドアに知らせなくては。我々の正当性が疑われては意味がありませんもの」

 

 おそらく、クラウチ・シニアが逃げだしたことはクラウチ・ジュニアにも連絡が届いているだろう。きっとクラウチ・シニアがやってくるのを待ち伏せしつつ、誰かに情報が漏れた可能性を考えて警戒しているはず。

 今シリウス達の姿をホグワーツで見れば余計警戒する。

 だからホグワーツで動けるのは私しかいない。

 当然ダンブルドアに接触しようとすればクラウチ・ジュニアに気付かれる。こんな時間に私が自然に話しかけられるのはスリザリンの寮監であるスネイプ先生だけだ。

 

 私の説明に、二人は納得したようだった。だけどシリウスは過去の諍いがあるため苦い表情のままだ。学生時代から闇に傾倒していたスネイプ先生をどうしても信じられないらしい。

 

 ただ、これまでルシウス叔父様がちょくちょく彼のことをうまくフォローしていたのか、原作よりはシリウスのスネイプ先生に対する態度は若干マシになっている。

 

「やつは……」

 

 シリウスは言いよどむとちらりとルシウス叔父様に視線を向ける。

 

「やつは、死喰い人じゃないのか」

 

 ルシウス叔父様は眉を顰め、ゆるく首を横にふった。

 

「セブルスは無罪判決を受けている。ダンブルドアが後見になっているほどだ。あの頃のことはわからぬが、今の彼が帝王のために動くとは思えない」

 

 ルシウス叔父様はブラック陣営を立ち上げてから死喰い人だった人達の切り崩しに勤しんでいる。当然もともと仲の良かったスネイプ先生にも声をかけたかったのだけどね。彼はダンブルドアのもとにいるうえ、確執のあるシリウスをルシウス叔父様が盛り立てていることもあって、なかなか話が進んでいないのだ。

 

 私も急いで言った。

 

「私はスネイプ先生を信じています。1年の時もハリーを守っていたのはスネイプ先生です」

 

「だが」

 

「シリウス。あなたとスネイプ先生が学生時代とても仲が悪かったことはわかっています。ですが今はハリーのために呑み込んでください。スネイプ先生は尊敬できる素晴らしい方です」

 

「……わかった」

 

 私はみんなを見回す。彼らは頷きで応えてくれた。スネイプ先生がまだ魔法薬学準備室にいることを地図で確認し、ロニーに頼んで魔法薬学の教室付近まで送ってもらった。

 クラウチ・ジュニアは城外に出て城門や前庭、それから馬車道などをぐるぐると歩いている。

 

「スネイプ先生、いらっしゃいますか?」

 

 ドアをノックして声をかける。しばらく待つと扉が開き、いつも通りの黒一色の先生が顔を出した。

 

「どうしたのかね、ミス・レストレンジ。そろそろ消灯の時間だが?」

 

「先生。ちょっとご相談がありまして、中に入っていいでしょうか」

 

「……入りたまえ」

 

 先生が扉を大きく開くと中へ誘う。私は礼を言いながら彼の前を通り過ぎた。ふっと魔法薬の匂いが鼻をくすぐる。どうやら調薬中だったようだ。扉が閉められると私はスネイプ先生に向き合った。

 

「先生。バーテミウス・クラウチが錯乱した状態で見つかりました。ホグワーツへ忍び込んできたのを保護しました」

 

「なんだと?」

 

「スネイプ先生。ハリーが四人目の選手に選ばれたのは、帝王の計画なんです」

 

 時間がないから畳みかける。スネイプ先生は私をじっと見ると、おもむろに口を開いた。

 

「……続けたまえ」

 

「ポリジュース薬である人に成りすました何者かがこの学校にいるんです。この一年。その人がハリーの名前をゴブレットに入れたんです」

 

「それとクラウチに何の関係がある」

 

「クラウチ氏には息子がいました。バーテミウス・クラウチ・ジュニアは死喰い人で、終身刑を受けてアズカバンに収容され、一年ほどで獄死したとされています。クラウチ氏の奥様も同時期に病気で亡くなっています。

 クラウチ・ジュニアが死を迎える寸前、両親は面会を許されて牢へ入っています。その際、ポリジュースを使って入れ替わったのだと思います。おそらくご自分の死期を覚った奥方がクラウチ氏に頼み込んだんでしょう。息子をアズカバンから出して欲しいと。その後、息子は服従の呪文で縛られたまま屋敷に軟禁されていました。この夏まで」

 

「つまり父親は反対に息子に軟禁され、息子は屋敷を逃げ出してホグワーツへ来ているというのかね」

 

「ええ。帝王復活のための計画を練っているらしいです」

 

「クラウチ・ジュニアは誰に?」

 

「マッドアイ-ムーディです」

 

「……なるほど。それを証明できるものは?」

 

 うわあ。聞かれたくない質問。ってか言いたくない質問。

 

「シリウスの持ち物ですから、お渡しできませんよ」

 

 念を押しつつ、『忍びの地図』を広げて見せた。前庭を動いていた『バーテミウス・クラウチ』の名は今『禁じられた森』のほうへ進んでいる。タイミングがずれたおかげで見つからずに済んだようだ。

 

「この地図は今現在のホグワーツ内の様子が表示されます。シリウス達が学生時代使っていたそうです。ポリジュース薬で姿を変えていても本来の名が表示されます」

 

 城内のDADAの準備室には誰の表示もない。

 

「マッドアイ-ムーディの『魔法の目』はずいぶん離れたところまで見えています。本当は校長先生にも来ていただきたいんですが、彼が動くと目立つので」

 

「わかった。クラウチ・シニアの様子は?」

 

「服従の呪文を何度もかけられたのか、正気に戻りません。『ダンブルドアに知らせなくては』とか『ハリー・ポッターが』とかうわごとの様に言ってます」

 

 私の説明を聞くと先生は戸棚からいくつかの薬品を取り出すと「案内してくれ」と私を見た。

 

 

 

 

 

 




更新遅れてすみません。ちょっと展開に悩んで何度か書き直していました。


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4年-14 第三の課題

 

 

1995年 5月24日

 

 ロニーの姿現わしでスネイプ先生と一緒に『叫びの屋敷』へ行った。スネイプ先生にシリウスとルシウス叔父様が来ていると言いそびれていたため、着いた瞬間、シリウスとスネイプ先生が杖を向け合うという事件が起きたけど、その後はおおむねうまく進んだと思う。

 

 スネイプ先生がクラウチ・シニアを診察しはじめたのをしばらく見ていたんだけど、消灯時間が過ぎていたため私だけ帰らされた。

 もうちょっとと粘ってみたけど、スネイプ先生に睥睨されて「学生の本分もわからぬと見える、ミス・レストレンジ」と蔑んだ口調で叱られるという、原作ファンとしてはご褒美な注意を受けて諦めて帰ったのだ。

 影を残していくという手もあったけど、話す内容はだいたい想像つくからまあいいかなってね。

 

 

 

 

 

 翌日、鏡で話したルシウス叔父様がとても疲れた表情をしていたから、シリウスとスネイプ先生が話し合いの途中で何度も嫌味の応酬をしたんじゃないかな。

 

 とりあえずスネイプ先生にはハリーが額の傷痕を通じてヴォルデモートと繋がっているということや、夏に見た夢の話、それから私達が気付いたことや予測していることなどを話したそうだ。

 帝王の復活の儀式の時間と場所を知り、先回りすることで儀式阻止と帝王の身柄の拘束、しもべ達の捕縛あるいは誅殺が我々の目的であると話した。

 分霊箱のことはまだ話していないらしい。

 

 クラウチ・シニアはシリウスが連れて帰ったらしい。まだ公にできないため、屋敷でこっそり静養させるという話だった。

 

 結局一度も正気に戻らなかったけれど、スネイプ先生の飲ませた薬と開心術で、いくつかの情報はとれたのだとか。

 ただ、常軌を逸したままのクラウチ・シニアが強く思い浮かべていた情景だけで、本当の記憶なのか狂人の妄想なのかは判断が付かないとスネイプ先生が苦い口調で話していたらしい。

 

 ・ノッカーがなって玄関の扉を開けたら赤子のような異物を抱いたピーター・ペティグリューと大蛇がいて、赤子の持つ杖が魔法を放った

 ・赤子のような異物は闇の帝王の今の姿らしく、クラウチ邸で我が物顔に振る舞っている

 ・アズカバンの独房でポリジュース薬を飲んで入れ替わるクラウチ・ジュニアと細君

 ・クラウチ邸に来たバーサ・ジョーキンズとクラウチ・ジュニアが顔を合わせてしまい、忘却術をかけたこと

 

 だいたいの情報は出そろってるよね。あとは復活の儀式の内容と場所だけだ。

 特に敵陣営のメンバーがわかったことが大きい。大蛇は別として、魔法使いはクラウチ・ジュニアとワームテールしかいないと知れただけ朗報だと思う。

 

 

 スネイプ先生からダンブルドアに報告すると話していた。

 帝王サイドが情報漏れと判断して計画を早めてしまう前にクラウチ・ジュニアを捕まえる必要があるため、今晩には動く予定になっているらしい。

 

 クラウチ・ジュニアの捕縛と尋問、それから忘却術と記憶操作はダンブルドア、スネイプ先生の二人で済ませるらしい。

 記憶操作の際、クラウチ・シニアを見つけて殺し、遺骸は『禁じられた森』で燃やしたという情報も埋め込んでおくとのこと。クラウチ・シニアを殺さずにすんでほっとした。

 

 

 

 

 

 数日後、ハリーから『「占い学」の授業中にぼんやりしてしまって夢を見た。ヴォルデモートにワームテールが罰として磔の呪文をかけられていた』と相談があった。

 

『ワームテール、きさまはしくじった。が、すべてが台無しにならなかった。奴は死んだ。二度と失敗しないように身体に覚えさせよう。苦しめ。クルーシオ!』

 と、ほぼ原作の通りの話だった。

 

 つまり、まあ、クラウチ・ジュニアへの記憶操作がちゃんと成功したってことだよね。

 さすがはダンブルドア。

 

 当然ハリーから得た情報はルシウス叔父様とスネイプ先生にも報告しておいた。

 これで計画は予定通り進めるだろう。

 

 

 そして――

 

 

 ダンブルドア陣営とブラック陣営の話し合いの時間が持たれた。

 これも私は参加していない。

 

 ムーディの目の前でダンブルドアが誰かと会談している姿を見せるのはあまりよろしくない。

 そのため、スネイプ先生とルシウス叔父様が休日に会って打合せすることになった。

 

 正式な話し合いは儀式の阻止を終えたあと、となった。

 

 

 クラウチ・ジュニアの証言も教えてもらった。

 

 母親の願いでアズカバンから脱獄させてもらえたけど、その後ずっと服従の呪文をかけられて屋敷で軟禁されていたこと。しもべ妖精のウィンキーが世話をしてくれていたこと。

 隙をつくため大人しくしていたら、クィディッチ・ワールドカップを見せてあげて欲しいとウィンキーがクラウチ・シニアに頼み込み、当日座席に座っていたこと。

 死喰い人がマグル虐めをして騒いでいる姿を見て、帝王を助けることもせずふざけた遊びしかできない低能に怒りが湧いて『闇の印』を打ち上げたこと。

 

 ヴォルデモートの方の動きはどうかというと。

 アルバニアでワームテールが旅行中のバーサ・ジョーキンズに見つかってしまい彼女を拘束。ヴォルデモートの開心術により、ホグワーツで『三校対抗戦』が行われること、クラウチ・ジュニアが脱獄して屋敷に軟禁されていること、今年のDADA教授がマッドアイ-ムーディであることを知る。

 

 クラウチ・ジュニアが今も帝王の忠実なしもべであると判断したヴォルデモートは復活の儀式のための計画を練り、ワームテールの助けでイギリスまで戻ってきた。

 クィディッチ・ワールドカップの騒ぎが収まったあと、ワームテールに抱き上げられた帝王がクラウチ邸へ現れてクラウチ・シニアを服従させ、クラウチ・ジュニアを開放した。

 

 復活の儀式にハリー・ポッターを使おうと考え、『三校対抗戦』を利用してハリーを誘拐しようと計画を練った。

 マッドアイ-ムーディを強襲してクラウチ・ジュニアが成り代わってホグワーツへ潜入し、ハリー・ポッターを優勝させるべく手助けをしていた。

 

 ワームテールはクラウチ邸で帝王の世話とクラウチ・シニアの監視をしていたが、監視を怠ってクラウチ・シニアを逃がしてしまった。ヴォルデモートからの連絡を受け、ホグワーツへ来るであろう父親をここ数日待ち受けていた。

 

 復活の儀式には『しもべの肉、父親の骨、(かたき)の血』が必要。敵の血を奪う相手としてヴォルデモートがハリー・ポッターを望んだ。

 父親の骨はリトル・ハングルトンの教会墓地に埋められている。

 

 彼らの予定では、優勝カップをポートキーにして、ハリーを墓地に送り込む。そこで『ヴォルデモート復活の儀式』の準備を整えて奴らが待ち構えている。ハリーは復活に必要な血を帝王に献上する。

 そして、儀式が成功すれば、闇の帝王、ヴォルデモート卿が復活を果たすことになる。

 

 クラウチ・ジュニアの話では、現在のヴォルデモートは赤ん坊サイズの仮の身体を得ているらしい。それからペットの大蛇が彼を守っている。ワームテールが傍に付き従っているとのこと。

 

 

 なるほど、ね。時系列がすっきりした感じ。原作で詳しく書いていない部分もあったけど納得した。

 儀式の事もちゃんとわかってよかった。やっと情報を手に入れられた。

 

 

 『ヴォルデモートの企みを見破り、復活の儀式を阻止した』と大いに公表するため、向こうの計画通り第三の課題を利用するつもりだ。当日は新聞社の記者やカメラマンもたくさん来ている。彼らが大きく報道してくれるだろう。

 

 『ヴォルデモートは殺さずに身柄を確保することが必要』だと言うこちらの強い要望については、ダンブルドアも同意した。殺せばまた霞のように消え去ってどこかに現れるのを待つしかないものね。

 うん。これは一番大事なことだから、墓地での戦闘に参加するメンバーには必ず周知徹底をはかって欲しい、マジで。大事なことだから。

 

 ただ、ヴォルデモートを捕まえたとなれば、魔法省が黙ってはいない。犯罪者の引き渡しを要求されてしまう。それは困るのだ。

 あいつら杜撰すぎて逃がしかねないし、今のやわな身体のお辞儀様の世話ができずに殺してしまうかもしれない。それに短絡的にディメンターのキスなんてされてもその後どうなるか予測がつかない。なんせ分霊箱はまだあるんだから。復活の可能性は否定できない。

 第一、あのおぞましい赤ん坊をはたして帝王本人だと奴らが納得するかもわからない。

 

 だから、あくまでも復活の儀式を行う計画を阻止し、死喰い人達を捕縛あるいは誅殺したことだけ公表して、ヴォルデモートがそこにいたということは伏せられることになる。

 

 

 

 墓地でヴォルデモート達と戦うのは誰か、ホグワーツでクラウチ・ジュニアを拘束するのは誰か、どういう段取りでいくのかはこれから詰めていくらしいけど、私には教えてもらえない。

 子供は黙って勉強しておきなさいと諭されてしまった。まあ期末試験がもうすぐ始まるからね。

 試合当日はホグワーツでハリーの活躍を応援していて欲しいと言われた。

 

 もちろん、影軍団で行きますが何か? 本体が行くとダンブルドアに見つかるかもしれないから影だけ出動するつもり。本体は墓地付近でガーデンの中から見ることになるかなあ。

 

 

 あとの話はその後の、ブラック陣営とダンブルドア陣営の正式な顔合わせの時になる。

 

 

 

 

 

 

 

1995年 6月

 

 学期末試験が始まった。この5月はちょっと他の作業が多かったけど、動物もどきの練習も、ドラコ達との訓練も全部お休み。次はまた来季9月になるまではお預けになる。

 期末試験はこの一年の勉強の集大成だものね。しっかり厳しい試験期間を戦い続けなくちゃ。

 

 たくさん書き込みのある教科書は私のバイブルだ。採点されて戻ってきた山ほどの課題や参考書も読み込みながら頭に詰め込んでいく。

 

 選択科目も合わせて9科目。どれもちゃんと理解できている。

 今回も全教科満点以上が目標だ。

 

 

 ハリーは選手だからテスト免除となっていて、テスト期間中も迷路踏破のための訓練をしていたらしい。ハンナ達もちょくちょく手伝っていたと話していた。

 私は応援するだけだ。

 

 

 

 

 

 

1995年 6月 24日 第三の課題

 

 朝食後、私たちは最後の試験を受ける。その時間に選手達は、最終課題の観戦に招待された家族との対話の時間がある。

 ハリーの家族として訪れたのは当然シリウス。そしてマルフォイ夫妻とリーマスさんだった。

 

 

 私はその前に、朝食の時間を利用してシリウス達と『叫びの屋敷』で落ち合った。

 

「エリカ、心配いらない。わたし達が負けるはずがないだろう?」

 

 そう。シシー叔母様はここに残るけど、シリウス達は今夜リトル・ハングルトンでの戦いに赴くのだ。

 自分が戦えないぶん、彼らのことが心配でならない。影が見に行くつもりだけど、シリウスにはいつでも死亡フラグが立ちっぱなしな気がするんだもん。ルシウス叔父様は何があっても生きていそうなタイプだけど、原作でもシリウスとリーマスさんはほんとあっという間に死んだもの。リーマスさんなんて夫婦そろって死の瞬間の描写なしだからね。

 

 私は順に彼らに抱き着いて、そして私同様不安を押し隠しているシシー叔母様と抱き合った。

 飄々と生き抜きそうなルシウス叔父様だけど、彼は彼で恐怖を押し殺している。だって落ちぶれたとはいえ帝王がいるのだ。彼らは帝王に恐怖を植え付けられている。今日の戦いは自身の内なる恐怖との戦いなのだ。

 

「私は行けませんが、せめてこれだけ私の代わりにお持ちください。大蛇がどんな種族の魔法生物かわかりませんがこの剣ならきっと殺せます」

 

 私は巾着からゴブリンの短剣を出すとルシウス叔父様に渡した。

 結局ナギニが分霊箱だと言えるチャンスがなかったのだ。あれはゴブリンの短剣でしか殺せない。

 

「わかった。これは預かっておく」

 

「怪我をしないで。無事に帰ってきてください」

 

 

 

 

 

 

 その後、ハリーと午前中を過ごすため城門を通ってホグワーツへ行くシリウス達と別れ、私は試験のため学校へ戻った。

 『魔法史』の試験で今季の試験がすべて終わる。頑張ろう。

 

 

 

 昼食の時にハリーと一緒にグリフィンドールの席に座ったシリウスを見かけた。リーマスさんもいる。なんかめっちゃ馴染んでいる。さすが元グリフィンドール生。

 私はドラコ達と一緒にスリザリン席に座ったルシウス叔父様とシシー叔母様に近付いた。

 

「父上、母上。いらっしゃってたんですか?」

 

「ええ、ハリーの応援にね。ドラコも元気にしておりましたか?」

 

「はい、母上」

 

「試験はどうだ? ドラコ」

 

「ちゃんとできました、父上」

 

「うむ。期待しているとも」

 

 両親に見つめられて頬を染め、照れを隠すように難し気な表情を取り繕うドラコが可愛い。

 

「叔母様、久しぶりのホグワーツはいかがでした?」

 

「懐かしかったわ。学生時代にいつもデートした小道を今日も彼と歩いたのよ」

 

 叔母様は楽しそうにそう言うと夫を見る。叔父様の優し気な表情を見て、何このステキ夫婦と憧れの目で見てしまった。こんな夫婦に私もなりたい。

 

 

 午後からはマルフォイ夫妻はドラコや私と一緒に城の周りを散歩したり、地下牢を見にいったりして時間を過ごした。

 クラウチ・ジュニアに目をつけられないよう、できるだけ自然に過ごしているのだけど叔父様も叔母様も何ごともない様に楽し気な風情でホグワーツの休暇を楽しんでいる。

 

 シリウスとリーマスさんはハリーと過ごしたらしい。どうやらいくつかの秘密の抜け道を教えたり、ちょっとした冒険もしたのだとか。

 

 

 夕食は豪華な晩餐会が開かれた。

 大広間では豪勢な料理がこれでもかとテーブルの上に並べられていて、みな楽し気に料理に舌鼓を打ち、会話を楽しんだ。

 

 魔法をかけられた天井がブルーから日暮れの紫に変わりはじめたとき、ダンブルドアが教職員テーブルで立ち上がった。大広間に静寂が広まる。

 

「紳士、淑女のみなさん。あと5分たつと、みなさんにクィディッチ競技場に行くようにわしからお願いすることになる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は、バグマン氏に従って、いますぐ競技場に行くのじゃ」

 

 選手たちが立ち上がる。私達は一斉に大きな拍手を送った。皆の拍手と激励の声を背に受け選手達が大広間を出ていく。

 それから5分後、私達もダンブルドアの指示でクィディッチ競技場に向かった。

 

 

 久しぶりに見た競技場はまったく趣がかわっていた。ここがクィディッチ競技場だなんて誰もわからないだろう。クィディッチ選手達が怒りの表情を浮かべた。

 

 生け垣は6メートルほどの高さまで伸びていて周囲をぐるりと取り囲んでいる。中は巨大迷路だと説明があったけど、そんなもの、全く見えやしない。

 また何も見えないままスタンドでこの生け垣を見て待つのか。ほんと、観戦向きじゃないにもほどがある。

 

 

 来客席を見るとシシー叔母様だけが着席していて、自然な様子でルシウス叔父様とシリウス、リーマスさんが審査員席の傍に陣取っている。

 

 今日の段取りでは、ダンブルドアと彼らがクラウチ・ジュニアの準備したポートキーを使ってあちらへ飛ぶつもりなのだ。それが向こうでの開戦の合図となる。

 

 

 巨大迷路の説明をバグマンが軽妙な口調で観客席と選手に向かって話している。彼の語り口によって観客も盛り上がっていく。

 迷路の外側を巡回して危険の際の救出役を務める先生方が登場してきた。マクゴナガル先生、ハグリッド、ムーディ先生、フリットウィック先生、スネイプ先生。ここにスネイプ先生が入っているのは、彼がムーディ先生に扮したクラウチ・ジュニアを捕縛する役目だから。

 

 “円”を広げてみると迷路の中にはいろんな気配がある。ハグリッドの放った魔法生物達だ。あからさまにおどろおどろしい気配のものは何だろうか。

 

「紳士、淑女のみなさん。第三の課題、そして三大魔法学校対抗試合最後の課題がまもなく始まります! 現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。同点一位、得点85点。セドリック・ディゴリー君とハリー・ポッター君。両名ともホグワーツ校!」

 

 バグマンの声に大歓声と拍手が鳴り響く。禁じられた森の鳥たちが暮れなずむ空にバタバタと飛びあがった。

 

「三位、80点。ビクトール・クラム君。ダームストラング専門学校!」

 

 また大きな拍手が湧いた。

 

「そして、四位、フラー・デラクール嬢、ボーバトン・アカデミー!」

 

 ここで点数を発表しないのがバグマンの情けなのか。唯一の女性選手に暖かい声援が送られた。

 

 この後、点数の高い者から順に迷路へ入っていく。いよいよ試合開始だ。

 

「では……ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック! ――いち……に……さん」

 

 ピーっとバグマンが笛を鳴らす。ハリーとセドリックが迷路に走りこんでいく。私達は精一杯の拍手で見送った。

 

 

 

 



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4年-15 第三の課題 裏

 

 

1995年 6月 24日

 

 課題の数日前、私は早朝のひと気のない時間を見計らってリトル・ハングルトンの墓地に影をジャンプで送り込んだ。

 まず“円”で誰もいないことを十分確認してから、儀式やそこでの戦いに介入しやすそうな場所を慎重に選びジャンプポイントを設置しなおす。

 

 儀式は夜に行われるから、ステップの距離はさほど稼げない。

 だけどいきなり戦いのど真ん中に転移してきてアバダケダブラの流れ弾にあたるなんて馬鹿々々しい事は避けたい。

 それに影は肉体がある。問題なのはナギニだ。ナギニがどんな種族の蛇かはわからない。温度を感知するタイプの蛇ならいくら影が“隠”と“絶”で気配を絶っていても体温で気付かれてしまう。

 

 だからある程度は距離を取った場所にジャンプポイントを設置したいのだ。

 

 墓地にまばらに生えている灌木の影をジャンプポイントに決めた。ここならトム・リドルの墓石もよく見えるけど距離はじゅうぶん離れている。

 いい場所じゃないかな。

 HUNTER×HUNTER時代に買った人除けの念具を設置した。人除けの念具は魔法族も入ってこれない。これでこの灌木は私専用になった。

 

 

 リトル・ハングルトンはうら寂れた小さな村で、教会も小さくて墓地も普段からあまり人の来ない場所だ。それでも人が全くいないわけでもない。

 当日はワームテールがマグル除けの魔法をかけてから、儀式のための大鍋を設置したり溶液を用意したりといった作業を行うんじゃないかな。

 

 本当は15体の影で待ち伏せしたかったんだけど、影が見つかって計画を断念されちゃうと困る。

 影軍団を送り込むのはシリウス達が行くのと同時にしよう。

 

 

 

 

 

 

 『第三の課題』の日。午後を回ったあたりで“隠”+“絶”の影を1体だけリトル・ハングルトンへ送り出した。数分後、影の記憶が流れ込んでくる。墓地は何の変わりもなく、人の気配もないようだ。

 

 そうやって1時間置きに影を送ると夕方に奴らの姿が見えた。ナギニは警戒の為か周囲を這い回っている。

 彼らが計画通り動いていることがわかってほっとした。これで最悪の事態――こちら側の動きがバレて逃げるか反対に罠を仕掛けられる虞はなくなった。

 

 

 

 そして――

 

 

 

「では……ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック! ――いち……に……さん」

 

 ピーっとバグマンが笛を鳴らす。ハリーとセドリックが迷路に走りこんでいく。私達は精一杯の拍手で見送った。

 

 そろそろ動き始めるんじゃないかと審査員席へちらりと視線を動かす。

 後ろの方に隠れていた黒人の背の高い男性がダンブルドアへ寄り添った。闇祓いのシャックルボルトだ。ダンブルドアがシリウスと視線を交わし頷きあう。

 

 観客達の関心と視線が迷路に集中しているうちに彼らが動き出し、スタンドに設置された灯りで照らされた範囲を外れて闇に消えていった。

 どうやらリトル・ハングルトンへはダンブルドア、シャックルボルト、シリウス、リーマスさん、ルシウス叔父様の5人でいくらしい。

 

 相手はワームテールとお辞儀様とナギニしかいないけど、大蛇の強さが不明なことや、ワームテールがネズミになって逃げるかもしれないこと、赤ん坊サイズでも魔法が使えるヴォルデモートが厄介なこともあってメンバーを揃えたんだろう。

 というか、ダンブルドア陣営が彼ひとりではつり合いが取れないからシャックルボルトを呼んだんじゃないかな。

 

 

 “円”を広げる。あ、私は観客席ではなく、競技場の端の木に隠れて見ております。

 何か起きた時に狭い観客席から移動するといくら“絶”にしても人に触れてバレるもの。

 

「皆様お待たせしました! 次のホイッスルで、ビクトールの番です! ――いち……に……さん」

 

 ピーっというバグマンの笛の音でまた大きな声援が聞こえる。きっとクラムが迷路へ入ったんだろう。

 その声を聴きながら“円”に感じる情報を捉え続ける。

 

 ダンブルドア達は大きく距離を取って暗闇の中を移動し、人目のない場所から迷路の生け垣を壊して入っていった。生け垣の穴は彼らが通った後すぐに閉じられた。

 彼らの気配はそのまま最短距離を通ってまっすぐ中心へ向かっている。さすがダンブルドア達。生垣も魔法生物もなんのその。無人の野を行くがごとくすごい勢いで進んで中心まで行ってしまった。そして一ヶ所に集まって……消えた。

 

 私の影達も出動させよう。

 小窓を開いてガーデンへ手を入れると、ガーデン内へ影を15名送り込む。真っ黒のローブを目深に被った影軍団に親指を立ててみせると、同じように一斉に親指を立てた彼女達がジャンプで順に消えていった。まかせたよ。

 

「待ち時間終了です! 次のホイッスルで、最後の選手、フラー嬢! ――いち……に……さん」

 

 ピーっというバグマンの笛の音と共に大きな声援が巻き起こる。デラクールもこれで迷路へ入っていった。あとは観衆は待つだけ、なんだよね。

 彼らの姿が見えなくなると、観客席はそれぞれ選手の話や迷路の中に何がいるかなど盛んにおしゃべりを交わしている。

 

 

 さてと。

 マッドアイ-ムーディの方はどうなっただろう? ここから感じ取れる範囲にはスネイプ先生とクラウチ・ジュニアはいない。

 周囲を監視しているはずの先生方も今はこちら側にいないため迷路に沿って移動していくと、いた。

 

 スネイプ先生が倒れ込んだマッドアイ-ムーディの身体を魔法で縛り上げている。

 しまった。スネイプ先生の雄姿を見損ねた。

 きっといつもの仏頂面のまま華麗に騙し討ちを決めたはず。見たかった。きっとかっこよかったはずなのに。

 

 あまりの無念にうぐぅ、と声が出た。スネイプ先生がさっと杖を向ける。急いで声をかけた。

 

「先生、私です」

 

「エリカか……何をしておる」

 

 久しぶりのエリカ呼びきました。

 

「すみません。心配だったもので」

 

「こやつ程度、何ほどのこともない。君は戻りたまえ」

 

 不審者が私だとわかってすぐに先生は視線を足元の男へ向ける。さっと杖を振るうと、マッドアイ-ムーディの身体から杖が彼の左手に飛び込む。もう一本、さらにもう一本と何度も杖が飛んでくる。何本隠し持ってるの杖。凄いな。私も見習おう。

 その後ポリジュース薬の入ったスキットルやいくつもの防衛の魔法具などを手早く回収しながら、スネイプ先生が「いつまでここにいるつもりだね」と言った。

 

 ちぇ。諦めて観客席へ戻ろうとした時、“円”で逆側からこちらに近付いてくるマクゴナガル先生に気付いた。

 

「先生、マクゴナガル先生が来ます」

 

「そうか、ちょうどいい。……君はもう戻りたまえ」

 

「はい」

 

 来た方向へ戻りかけると、後ろの方でマクゴナガル先生へ呼びかけるスネイプ先生の声が聞こえた。

 

「ミネルバ、来てくれ」

 

 マクゴナガル先生の少し早い足音が聞こえる。

 

「どうなさったのです? セブルス。……っ! 何をなさっているのですか、これはっ」

 

「おちつけミネルバ。こやつはポリジュース薬で――」

 

 スネイプ先生の説明を聞きながら暗闇を抜けて観客席へ歩く。ダンブルドアも動いたしね。もう情報解禁ってわけだ。

 それにしても。マクゴナガル先生も不死鳥の騎士団でムーディと一緒に戦っていたはず。9月からずっと傍にいたムーディが偽物だっただなんて知って、きっと怒りと驚きで目をまわしそう。

 

 

 さて。あちらはどうなっただろう。

 影と本体に直接の連絡方法はないけど、必要に応じて影のひとりが消えて私に記憶が戻ることでこちらへ注意を促す手筈になっている。何も言ってこないってことは順調なんだろう。

 

 あまり心配はしていない。

 よっぽどのことがない限り、お辞儀様は捕まり、ワームテールとナギニは死ぬはず。

 

 よっぽどのこと……ダンブルドアの指示を受けた闇祓いがルシウス叔父様やシリウスを襲うとか、そんなのは……まあ、ない。

 

 クラウチ・ジュニアの目を欺くため、まだダンブルドアとちゃんと話ができていないのが不安要素なのだけど、ダンブルドアとしてもヴォルデモートの捕獲は彼の主旨に反しないはず。

 ここまでは共闘できる。

 だから問題はないだろう。

 

 お辞儀様はきっとみんな最優先で確保するだろう。ワームテールはシリウスが「わたしの獲物だ」と言ってたからきっと彼が殺すんじゃないかな。

 問題はナギニだ。分霊箱って言えてないから、殺しそこなうのが怖い。でも主を置いて自分だけ逃げるようなことはしないだろう。忠実そうな蛇だったし。

 ゴブリンの短剣を託したから大丈夫だと思うんだけど……不安だ。

 万が一逃がしそうなら私の影が殺す。ってか衝撃波で逃げられないよう気を失わせる。

  

 私はそのまま観客席に行き、手近な席に腰を落ち着けた。

 

 

 

 

 

 

 

 迷路の中からは時折り激しい破裂音が鳴ったり、何か魔法生物の鳴き声が響いたり、選手達がそれぞれ迷路攻略に励んでいるようだ。

 

 原作では服従の呪文をかけられたクラムが他の選手を襲っていたし、ハリーの進路に居る魔法生物を斃したり呪いを排除したり、クラウチ・ジュニアはずいぶん仕事をしていた。

 

 クラウチ・ジュニアはもうスネイプ先生に排除されちゃったから、中ではまっとうにそれぞれが頑張っていると思う。選手に選ばれた4人はこれまで乗り越えてきた試練で互いにそこそこの絆もできている。きっと正々堂々とした競争になっているんじゃないかな。

 

 

 

 あ、そういえば。優勝杯はダンブルドア達が掴んで行っちゃったけど、ちゃんと彼らのためのポートキーになっていない優勝杯は用意してあるのかな。その辺りは聞いていないから私は知らないのだけど。

 

 帝王復活阻止のニュースを大々的に発表したいのだから、きっと優勝選手と一緒に迷路から出てくると予想している。

 

 

 しばらく待っていると、巨大迷路の入り口から人が現れ、観客席が熱狂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 影が帰ってきたようだ。記憶が私に流れ込む。

 

 影達はシルヴィアを構えて、一斉に距離を取りつつ周囲を取り囲んだ。影の気配に気付いた者はいない。ノヴさんモラウさんに厳しく仕込まれた隠密の技術で気配を殺して彼らを見守る。

 

 

 ハリーが来るはずのポートキーでダンブルドア達がやってきたことに、ヴォルデモート達は驚いた。

 ダンブルドアの姿に恐れおののいたワームテールは手に持っていたものを投げ捨てるように下ろして身を翻した。が、すぐ傍に姿現わししてきたシリウスに退路を塞がれる。

 

「どこへ行くんだワームテール」

 

「や、やあシリウス。ひ、久しぶりだね。懐かしい我が友パットフット。会えて、と、とても嬉しいよ」

 

「わたしも嬉しいさ、薄汚いドブネズミをやっとこの手で殺せるこの瞬間がな」

 

 ワームテールは情けない声をあげた。

 

「君は丸腰のものを殺すというのかい? ほら、杖だって構えていない。僕は、脅されていただけなんだよ、助けてくれよ、友達だろう?」

 

「その友を裏切って殺したのは貴様だ」

 

 問答無用で殺すと言っていたにもかかわらず、結局ワームテールの弱者ムーブに乗せられて時間を稼がれているシリウスに、リーマスさんが杖を構えたまま声をかけた。

 

「シリウス、奴の思う壺に嵌っているぞ。隙をついてネズミになって逃げだすつもりだろう」

 

「そんなことはさせないさ。おわりだワームテール」

 

「待ってくれ、待って、た、たすけて、嫌だ!」

 

 叫ぶなりひゅんと翻ってネズミに変わると背を向けて走り出す。その瞬間。

 

「無駄だと言っただろう」

 

 リーマスさんの魔法がネズミを捉える。ネズミは人の姿に戻りながら吹き飛んだ。

 

「死んで詫びろ。アバダケダブラ」

 

 シリウスの杖から発せられた緑の閃光がワームテールを貫く。驚きの表情を浮かべたままゆっくりと倒れ込み、そのまま動かなくなった。

 ワームテールへの厳しい視線をそらさぬままリーマスさんがシリウスに近付きその肩を抱いた。シリウスもリーマスさんの背に腕をまわす。

 ふたりは肩を抱き合ったまま、しばらく動かなかった。

 親友の仇をやっと討てたことをしみじみと噛みしめているようだった。

 

 

 

 

 

 ワームテールが自分だけ逃げだそうと放り投げるように地面に転がされた布の包みは、闇の帝王その人だった。

 そこに真っ先に近付いたのはダンブルドアだった。

 

「なんとまあ、無様な姿じゃのう、トムよ。生にしがみつく姿は浅ましいものよのう」

 

「黙れダンブルドア。この老いぼれが俺様に聞いたふうな口を利くな」

 

 ヴォルデモートは小さな身体を蠢かせて杖を振るう。ダンブルドアは緑の閃光を躱しながら笑った。

 

「その仮の姿で何ができるというのじゃ。おぬしもこれで終わりじゃの」

 

「黙れ!」

 

 そこへナギニが主を助けようと飛び込んできた。恐ろしい勢いでダンブルドアに襲い掛かった大蛇は彼の振るった杖で飛ばされた。

 間に入ったシャックルボルトとルシウス叔父様が大蛇に対峙する。

 

 主を守ろうとするナギニをけん制し攪乱しながら徐々に帝王から距離を取らせようとする。下手に近くであの巨体を斃し、帝王を殺してしまうわけにはいかない。

 

「ルシウス! お前は俺様を裏切るのか! 今なら許してやる。俺様を助けろ!」

 

 墓地にヴォルデモートの叫び声が響いた。ルシウス叔父様の身体が硬直するように一瞬竦む。その隙を狙って大蛇が襲った。鋭い牙を剥いたナギニの攻撃がルシウス叔父様の喉を嚙み切る寸前シャックルボルトの攻撃が大蛇にあたった。

 

「シャアアア!」

 

 大蛇がのたうつ。が、すぐにまた鎌首をもたげると尾先を強くうち振るう。彼らが距離を取った。

 

「すまないシャックルボルト」

 

「ああ、気を抜くなマルフォイ」

 

 ルシウス叔父様とシャックルボルトがもう一度大蛇へ向かう。そこにまたヴォルデモートの声が響く。

 

「ルシウス! 助けにこい! ルシウス!」

 

 ルシウス叔父様はもうヴォルデモートの声に負けなかった。

 

「うるさい! お前なぞ恐れはしない。わたしは……わたしは死喰い人ではないのだからな!」

 

「良く言ったマルフォイ」

 

 朗らかにシャックルボルトが言うと長い脚でナギニを蹴り上げる。身体強化なのか、大蛇の巨体が宙を舞った。

 シャックルボルトとルシウス叔父様が大蛇を追って走った。

 

「ふぉっふぉっふぉ。ワームテールには投げ捨てられ、マルフォイには切り捨てられた。おぬしに忠誠を誓う者は蛇しかおらぬようじゃの」

 

「たわけたことを」

 

「おぬしはもう終わったのじゃ。眠るがいいトム。おわかれじゃの」

 

 ダンブルドアの魔法がヴォルデモートの身体を拘束する。赤子のような小さな身体が宙に浮きあがる。もう一度ダンブルドアが杖を振るうとヴォルデモートはそのまま眠りについた。

 地面に落ちた布を持ち上げるとヴォルデモートの身体を注意深く包んだ。

 その手つきはやけに悲し気だった。

 

 

 

 

 

「毒をもっているやもしれん。気を付けろマルフォイ」

 

「言われずとも! シャックルボルト」

 

 ルシウス叔父様とシャックルボルトという原作ではありえないふたりの共闘だった。

 戦い慣れている二人は初めての連携にも関わらず上手に互いの死角を補い合いながら杖を振るう。ナギニは巨体に似合わぬ速さと動きで彼らと渡り合っている。魔法が乱れ飛ぶ戦いだった。

 

 ルシウス叔父様の喉元にナギニの牙が迫る。叔父様は身をよじって牙を躱しざま、右手を振るった。

 

「キャシャアアアア!!」

 

 ナギニが苦悶の声を上げる。ルシウス叔父様の手にはゴブリンの短剣があった。大蛇の側面に細い切り傷が刻まれている。

 

「なるほど。毒蛇にもこの剣は効くようだな」

 

 叔父様が痛みにのたうつ大蛇の頭に短剣を振り下ろした。刃渡りの短い剣では大蛇の身体には心もとなく見えるけど、効果は劇的だった。激しく跳ねる尾をシャックルボルトが踏みつけて押さえる。

 男達が足で蛇を裏返し、叔父様が短剣で蛇の喉元を切り裂く。大蛇は大きく痙攣するとやがてその動きをとめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大迷路の入り口から姿を現したのは、選手4人全員だった。みんなそれぞれ怪我をしていて、ハリーは足を引きずっていたし、クラムは腕から血を流している。誰も彼もボロボロだったけど表情はやり切ったことで明るかった。

 戻ってきた彼らに拍手を送りながらも、誰が優勝なのかがわからない観客席は戸惑いの声が聞こえる。

 

 選手達が顔を合わせて微笑みあうと、迷路の正面にさっと4人が並んだ。

 そして、その中のひとりが、大きく両手を上へもちあげ、優勝杯を掲げてみせた。

 

 優勝者は、セドリック・ディゴリーだった。会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

 

 そういえば優勝杯って、中央地点にあったんだっけ。ポートキーじゃないってことはゴール地点が誰にも見えていないってこと? え? なんでだよ。

 どうせなら掴んだ瞬間スタート地点に飛ばされるべきじゃない?

 それとも優勝杯を掴むのは折り返しで、そこからスタート地点までは優勝杯の取り合いで戦えってことだったのかな。

 

「えー! 優勝者が決定いたしました! 厳しい戦いを勝ち抜いた選手はディゴリー! セドリック・ディゴリー選手だ! みなさん盛大な……」

 

 バグマンがまるでやけくそみたいに大声で叫ぶ。「盛大な拍手を」と言うつもりだったのか、その声は選手たちの目の前に数人の男達が転移してきたことで途切れた。

 

 男達は中央に大きな優勝杯を囲んで立っていて、それぞれ杯を手で掴んでいた。5人で持ちやすいよう優勝杯に拡大呪文をかけていたんだろう。

 

 布に包まれたなにかを腕に抱いたダンブルドア。

 シリウスとリーマスさんはそれぞれがワームテールの腕を掴んでいたが、転移が終わったことで手を離して遺体を前へ横たえた。

 ルシウス叔父様とシャックルボルトは大蛇を掴んでいた。これも手を離し、大蛇がどさりと倒れ込む。

 観客席から悲鳴があがった。

 

「静まるのじゃ!」

 

 ダンブルドアが声を張り上げる。

 

「さて、紳士淑女の皆様方へ、ひとつ、我々から知らせねばならんことがある――」

 

 

 

 




優勝者を誰にするかすごく迷いました。
ハリーは善戦するでしょうがクラウチ・ジュニアの助けがないのでもっと時間がかかっただろうと判断。
クラウチ・ジュニアが服従の呪文をかけていないのでクラムもしっかり善戦するでしょう。同じくクラウチ・ジュニアに失神させられたデラクールも無事だから失格になることもない。
誰が優勝してもおかしくない。勝負強さでクラムを取るか、正統派王子に勝たせるか迷い、ホグワーツに優勝杯が欲しくてセドリック・ディゴリーとしました。

英里佳はファンタスティックビースト1までしか履修していません。ナギニが人間だったことを知りません。
もし知っていたとしてもおそらく殺したでしょうが。


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4年-16 4年次の終わり

 

 

1995年 6月

 

 騒然とする観衆にダンブルドアは丁寧に事件のあらましを説明した。

 

「実はの。3年前の事件以来、衰えていた帝王の力は徐々に高まりつつあった。我々は警戒を強めておったのじゃ。

 ある日、シリウス・ブラック氏の使いの者が訪れてわしに協力を呼び掛けてくださった。『闇の帝王の奸計を阻みたい。協力してくれないか』との。

 闇の帝王の計画とは帝王の完全復活のためのおぞましい儀式を行うことじゃった。そのために、生贄としてハリー・ポッターを捧げようとしておった」

 

 ダンブルドアの言葉にどよめきの声があがる。ヴォルデモートの恐怖は魔法界のものすべてが持っていて、『復活する可能性があった』というだけで気の弱い子などは恐慌に陥っていた。

 

 ハリーが生贄だとしたのは、復活の儀式について詳しく知られると悪用されかねないためだ。

 

 ダンブルドアの話は続く。

 ピーター・ペティグリューのこと。バーサ・ジョーキンズのこと。クラウチ父子のこと。ハリーが4人目の選手になった経緯。

 話が進むに従ってみんなの驚きは増していく。

 特に、9月からDADA教授として教鞭を取っていたマッドアイ-ムーディがクラウチ・ジュニアだったことを知らされた時にはそこかしこから悲鳴があがった。

 

「シリウス・ブラック氏とその勇敢な仲間達が『闇の帝王』の奸計に気付き、その企みを阻止せんとひそかに動いていた。そして協力の要請があったことで共闘し、無事、奴らの企てを阻むことができたのじゃ。

 まことに残念ながら帝王には逃げられてしもうたが、彼奴等に囚われていたクラウチ氏を保護し、計画に携わった死喰い人を捕らえ、あるいは斃すことができた。今日の働きはまさに大成功と言えよう。

 

 『三校対抗戦』の最後を飾る『第三の課題』を帝王の奸計に利用されたことは腹立たしいが、選手諸君の勇敢なる戦いを彼奴らの目論みで穢すことなく終えられたことを嬉しく思うておる。

 優勝者のセドリック・ディゴリー選手をはじめ、ビクトール・クラム、フラー・デラクール、ハリー・ポッター。どの選手も良く戦い、良く励んだ。

 彼らの健闘を称えよう。のう皆様方」

 

 ダンブルドアの言葉が終わると、観客席は盛大に拍手した。さかんに私語が飛び交い、興奮気味に騒ぐ彼らを宥め、その後優勝者への労いの言葉と賞金の授与が行われた。

 

 

 原作では、一度ホグワーツに姿を見せたクラウチ・シニアがまた行方不明になったことでパーシー・ウィーズリーも魔法省から証言を求められていたため、当日の審査員にコーネリウス・ファッジが来ていた。

 小心者のファッジがクラウチ・ジュニアへ尋問するためにディメンターを呼び寄せて、証言を聞く前にディメンターのキスをさせてしまう。そのため魔法省に正しい証言が伝わることがなかったってわけだ。

 

 この世界ではクラウチ・シニアのことをこっそり保護したため審査員はパーシーのままだし、闇祓いのシャックルボルトがいるのが大きい。

 シャックルボルトがクラウチ・ジュニアを眠らせたまま拘束し魔法省へ連行していった。魔法省でしっかり証言を取れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツには対抗試合の取材で記者やカメラマンも来ていた。当然、翌日の新聞にも詳しく報じられた。

 

 ヴォルデモートに関わるセンセーショナルな事件は大きく取り扱われた。

 『三校対抗戦』の優勝者発表については3面に小さく掲載されただけで、一面トップに大きく載った写真はダンブルドアを中心に、シリウス、ルシウス叔父様、リーマスさん、シャックルボルトが並んだものだった。

 新聞の見出しも様々に彼らの活躍とヴォルデモートの事ばかり書き立てていた。

 

『“名前を言ってはいけないあの人”の復活をアルバス・ダンブルドアとシリウス・ブラックが阻止!』

『四人目の選手は“名前を言ってはいけないあの人”の奸計だった! ハリー・ポッターを生贄におぞましい禁術を画策』

『マッドアイ-ムーディに扮したバーテミウス・クラウチ・ジュニア! 10ヶ月に渡るホグワーツでの教授生活!?』

『堕ちた“正義の鉄槌” バーテミウス・クラウチは息子を脱獄させ、13年も屋敷に監禁か?』

『熾烈を極めた墓地の戦い! シリウス・ブラック、13年前の雪辱を果たす』

 

 

 連日新しい情報が新聞に続々掲載される。そのたびに朝食時の大広間はざわついた。

 

 

 ハリーはゴブレットに名前を入れた犯人が公表されたことで何人もの生徒達から謝られたらしい。

 今回の事件についてもいろいろ聞かれたらしいんだけど、彼自身はまったく知らなかったと言うとすぐに誰にも聞かれなくなったとか。

 ハリーだって驚いていた。今まで親身になって相談に乗ってくれていたマッドアイ-ムーディが死喰い人の変装だっただなんてかなりショックを受けていた。ムーディの助言で闇祓いになる将来を考えるほどだったのだ。それが全部演技だったなんてそりゃあびっくりもするよね。

 

 ハリーだけじゃなくドラコにも『キリキリ話せ』と詰め寄られた。自分の父親がそんな危険な戦いに身を投じていただなんて後から聞かされたのだ。怒るのも無理はない。

 

「クラウチ・ジュニアの開心術が怖かったのよ。だから話せなかった。夏休みに叔父様から教えてもらうほうがいいわ。これが終わったらドラコにも話すっておっしゃってたもの。ハリーもそう。シリウスの口から聞いたほうがいいでしょう?」

 

 すぐ傍にあんな危険な奴がいたのだ。知らないほうがずっと安全だった。私なんて常時閉心術だし小窓も開きっぱなし護衛影常時スタンバイだったしね。

 自然な演技ができないなら、知らないほうがいい。

 

 でもいつまでも何も知らないままなのは、今後は逆に危険になる。

 叔父様方も、そろそろドラコとハリーにも話すべきことは話そうと相談していたのだ。分霊箱の話とかはまだ先になるけどね。

 

「でもエリカは知ってるんだろう?」

 

「すべてじゃないわよ?」

 

「君はいい加減僕らと同学年だと気付くべきじゃないか」

 

 ドラコに目をすがめて睨まれ、へらりと愛想笑いで応える。ごめんね。もともと私が彼らを頼ったからだよね。

 でも今回『大人に頼る』と決めたとたん私の手を離れちゃって、私も当日ノータッチだったもの。私だって怖かった。彼らだけに戦わせて黙って待つの、すっごく怖かった。

 とりあえず新聞に書かれていることはだいたいあってるから、それ以上は待ってねと宥めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 グリモールド・プレイスに匿われていたクラウチ・シニアは事件が明るみになったことでやっと魔法省の監視のもと聖マンゴに入院させることができた。

 クラウチ・シニアの精神状態はまだ錯乱したままで、今でも『ダンブルドアに知らせねば』とうわ言を呟いているらしい。彼の中ではまだ事件が終わっていないのだ。はやく『もう大丈夫だ』と知らせてやりたいものだ。

 身体も怪我だらけだった。

 ホグワーツはスコットランドにある。イギリスから歩いて行ける距離じゃない。クラウチ・シニアはイギリスにあるクラウチ邸から、あの精神状態で何度も姿現わしをしながらホグワーツへやってきたんだろう。転んだりばらけたり大変な思いをしたんじゃないかな。

 

 魔法省は彼の証言が聞きたいがために治療させているけど、必要な証言を取れぬまま裁判が始まることになるだろう。クラウチ・ジュニアが生きているため、そちらの証言があるからだ。

 

 あれほど冷酷非情に死喰い人へ刑罰を与えていた彼が我が子を脱獄させていたことに、死喰い人の被害者や被害家族だけでなく魔法省の役人達も非常に憤った。

 ヴォルデモート復活のための今回の騒動の一番キーになっていたのがマッドアイ-ムーディに扮してホグワーツに侵入していたクラウチ・ジュニアであることもその怒りに拍車をかけた。

 

 新聞ではクラウチ・シニアへの批判が多く載せられた。

 彼の評価も『苛烈な死刑宣告人』から『息子を脱獄させた悪徳役人』へと変わった。

 

 裁判の結果はおそらくアズカバンでの終身刑になるだろうと皆が予想していた。そして1年どころか数週間も持たずに亡くなるだろうということも。

 哀れだと思うけど私が彼にしてあげられることはない。できれば少しでも安らかな死であることを願うだけだ。

 

 

 

 ヴォルデモートの身柄を拘束できたことを知るのは、当日の戦闘に参加した5人のほかシシー叔母様、スネイプ先生、私だけだった。

 魔法省には秘密にしている。

 眠り続けるヴォルデモートは、今後の話し合いによるが現在はホグワーツで管理している。

 

 できるだけ早めに両陣営の話し合いをしたいのだけど、ブラック陣営内でどこまで話すのかとか、どこまで協力体制を取るのかとか、そう言った相談をしてからじゃなきゃ会談のテーブルにつけないからね。

 会談は夏休みに入ってから、ということになった。

 

 

 

 

 

 4年次もこれで無事終わったかな。

 いろいろ動いた一年だった。

 

 

 そういえばハーマイオニーは『S・P・E・W』のことについてあれから何も言ってこないけど、大丈夫だろうか。

 彼女は“洋服”にされて絶望したウィンキーの姿を見ている。だからしもべ妖精を解放するためと称していろんなところに手作りの服を置くことはしなかったみたいだ。あれは迷惑行為でしかなかったもの、やらなくてよかった。

 冷静に考えてくれるなら嬉しいのだけど。

 ゴブリンとおなじく、しもべ妖精も実はとても強い生き物なのよ。そこをしっかり理解してくれているといいなあ。

 

 

 

 

 あと、これもちゃんとフォローしておきたかったこと。

 ウィーズリー・ツインズへは私から声をかけた。

 

 ハリーは優勝できなかった。ルード・バグマンとゴブリンの賭けはバグマンの負けで、支払い能力のない彼は夜逃げしてしまっただろう。バグマンから支払いされることも、ハリーから賞金を貰えることもなかった。このままでは開店資金が用意できないもの。

 

 といっても、私がそのことを知ってるってツインズは知らないのだから、ただ、いつもの元気がない二人に『順調じゃないの?』って聞いただけだけどね。

 双子は顔を見合わせて肩をすくめた。

 そして『実はさ』とワールドカップの時の賭けに勝ったのにレプラコーンの金貨で支払うと言う詐欺を受けたことから、今年何度も支払いをせっついていたことや、バグマンはゴブリンにも借金をしていて、それを今回の『三校対抗戦』でハリー単独優勝に懸けて失敗し、最後にはとんずらしてしまったことまで悔しそうに話してくれた。

 

「それは災難だったわね。バグマンは見つけ次第締め上げるとして。

 どうしてそんなにしょげ返ったままなの? ウィーズリー・ツインズ。あなた達に投資したいと言った金持ち貴族がいたことをお忘れではありませんこと?」

 

「あれ、本気だったの?」「だって大金がいるんだよ?」

 

「本気も本気よ? ゾンコの悪戯専門店がどれだけ人気かわかってるでしょう? あなた達の才能はそれを上回るわ。フレッド、ジョージ。あなた達の商品は絶対売れる……賭けてもいいわよ?」

 

「「賭けはもうたくさんだよ!」」

 

 双子は声を揃えて叫んだ。そして三人で笑った。

 笑いがおさまると、彼らもやっとまた希望がもてるようになったのか、やる気に満ちた表情を浮かべた。

 

 もちろん、原作のハリーみたいに千ガリオンそのままあげちゃうようなことはしない。私は投資するんだから。初期投資がどれくらい必要かとか、私に支払う配当をどうするかとか、うちの管財人も一緒に話をしようと相談する。

 

「じゃあ夏休みにフクロウを送るわね」

 

「「了解、エリカ姫」」

 

 

 

 

 

 

 

 ハンナとも話をした。

 

「こうやって二人で会うのって久しぶりじゃない?」

 

「ほんとだよね。なんやかんやと忙しかったし。ハリーの訓練の手伝いもしてたしね」

 

 ハンナとふたり、空き教室で久しぶりに語り合った。

 

「すごいねエリカ。復活阻止、ホントにできちゃったんだ」

 

「ええ。これは私にとって絶対外せないポイントだったもの」

 

「お辞儀様ってどうなったの? 殺してないんでしょう? 逃げられたって、マジ?」

 

「まさか。捕まえて眠らせているの」

 

「すごい! おめでとう」

 

 ハンナは立ち上がって私に抱き着いてきた。私もぎゅっと抱きしめた。

 いろんな話をできるハンナの存在に、私はいつも助けられている。

 

「ありがとう」

 

「あとはハリーだね」

 

「そう。ハリーの分霊箱がクリアできれば大筋でハッピーエンドかな。まだまだいろいろ残っているけど」

 

「そうだね。ああでも! ほんと! ほっとしたよ。今年はヤバい年だったもんね。セドリックが死ななくてよかった。コガネムシ女も捕まえちゃうし、ハリーも原作よりずっと元気だし。それにナギニの死体見て悲鳴上げちゃったよ。分霊箱死んでる! って。しかもお辞儀様も捕まえただなんて。ほんとすごいよエリカ」

 

 ハンナは全身の空気を全部吐きだすくらい大きな安堵のため息と共に叫んだ。ハンナもセドリックを助けたいって言ってたもの。きっとドキドキしてたんだろう。

 『第三の課題』の時に私がどう処理するか、ハンナは聞かなかった。でもさ、セドリックが死ぬことも復活の儀式があることも知っている彼女は、ほんとに怖かったと思う。よくじっと黙ってくれていたと思うよ。

 のほほんとしているように見えて、どっしり構えて黙ってみている彼女って実はすごく大物だと思う。

 

「ありがとう」

 

「どうなるかと思ってたんだ。よく乗り切れたね、エリカ」

 

「ええ」

 

「ダンブルドアとは話したの?」

 

「まだよ。夏休みにブラック陣営とダンブルドア陣営の会談があるの。そこで、かな」

 

「ちゃんと話せるといいね」

 

「そう願うわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホグワーツ最終日、ダンブルドアは大広間に集まった生徒達を見回して口を開いた。

 

「この一年、みなよう頑張った。他校の生徒とも交流をはかれたことは大いなる喜びじゃった。共に学び共に遊び、それぞれよい刺激を貰えたことじゃろう。

 三大魔法学校対抗試合の目的は、魔法界の相互理解を深め、進めることじゃ。この絆は以前にもまして重要になる。

 この大広間にいるすべての客人は好きな時にいつでもまた、おいでくだされ。ホグワーツ、ダームストラング、ボーバトン。みっつの学校が交流できたこの機会を、われらは大切にしようではないか」

 

 マダム・マクシームとカルカロフが立ち上がってダンブルドアと握手を交わす。左腕の刺青が濃くなってびびっていたカルカロフは復活が阻止できたことで吹っ切れたのか、それとも帝王が逃げたことに焦っているのか、表情を窺わせない能面のような顔だった。逃げ帰らなかっただけマシか。

 

 生徒達もみんな盛大な拍手を送った。

 

 

 

 

 

 今年も1位はハーマイオニー、2位私、3位がドラコだった。

 12教科中現在のカリキュラムで逆転時計を使わずに受講できる最高は10教科。10教科受講のハーマイオニーは当然一位をキープしている。

 他にも10教科受講している生徒もいる中、9教科の私とドラコが2位3位って頑張っていると思う。この成績は維持していきたい。

 

 

 

 

 

 キングス・クロス駅にはマルフォイ夫妻、シリウス、リーマスさんが迎えに来てくれていた。

 お辞儀様は死んだわけじゃないから今年もまたダーズリー家での5週間の苦行を頑張ってもらうことになる。ハリーのことは弁護士さんが送ってくれるらしい。

 

 また8月1日にハリーのバースデーパーティをしてその時に話そうね、と今後5週間の彼の健闘を祈って送り出した。

 

 

 

 

 



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夏休み ハリーの分霊箱問題

 

 

1995年 6月

 

 今年も無事に学校を終えて“我が家”へ戻ってこれた。“木漏れ日の家”のあった場所は今はプレハブ小屋が建っている。ここは影が常駐するだけだから建物にはこだわっていない。基本的にガーデンで暮らしているんだし。

 フクロウや両面鏡の連絡がつかなくなると困るから影にここに居てもらう必要があるだけだもの。

 

 

 無事4年次が終わってよかった。

 ヴォルデモートの復活を阻止し、分霊箱であるナギニを殺し、ヴォルデモート自身を捕えたことは喜ばしいことだった。

 

 これで原作とは大きく流れが変わった。

 分霊箱はあと指輪とハリーだけ。仮の身体の弱体化お辞儀様は眠らせて拘束中。

 ヴォルデモート一派は終わったも同然なありさまだよね。

 

 まだまだ解決しなくてはいけないことはあるけど、ひとまず、私の大きな死亡フラグのひとつは回避できたと思うんだ。

 

 

 次は5年次か。

 5年はヴォルデモート復活を信じない魔法省のせいでハリーが嘘つき少年呼ばわりされて、周りは敵ばかりの辛い一年を過ごすことになる。予言を巡って魔法省の神秘部での戦いもあった。そこでシリウスが死んでしまう。精神的にかなり厳しい一年だ。

 

 でももうお辞儀様は捕らえた。予言を確認したがるお辞儀様は眠りについている。ルシウス叔父様たちも死喰い人からきっぱり決別した。あの戦いは起こらない。

 夢の危険性もハリーに教えてある。シリウスの危険を察知したハリーが飛び出していくなんてありえない。

 

 原作みたいにガマガエルが来ることもないはず。

 ってか、もし魔法省がごり押ししてきても、あの授業内容や罰則がアレだったら即刻ブラック陣営が潰す。我慢する必要まったくないものね。

 

 誰が教授としてくるんだろうか?

 まともな人選であってほしい。

 

 原作で次の年度の『闇の魔術に対する防衛術』の教授が決まるのはいつ頃だろうか。7月中旬から後半にかけてだと思う。

 

 たとえば3年。シリウス・ブラックの脱獄があって、ダンブルドアは彼にぶつけるためにリーマス・ルーピンを選んだんじゃないだろうか。

 

 4年は、身近にいる元死喰い人スネイプ先生から『刺青が濃くなっている』と報告を受けたからだろう。ちょうど三校対抗試合でホグワーツに関係者以外が立ち入ってくるためホグワーツ内の危険が増す。

 だから闇祓いで不死鳥の騎士団の仲間でもあるマッドアイ-ムーディを教授とした。信頼する団員を教授に据えることでハリーを守ろうと考えたんだろう。

 

 5年は魔法省からの横槍が入ってガマガエルがきた。原作ではね。

 現実ではそんなことがないよう祈っている。

 

 

 

 

 

 数日ガーデンで家族サービスをしたあと、グリモールド・プレイスへ集まった。

 ダンブルドア陣営へどこまで話を開示するかのすり合わせをするためだ。他にもシリウスから大切な話があるらしい。

 

 シリウス、ルシウス叔父様、シシー叔母様、リーマスさんと挨拶を交わし席に着く。シシー叔母様はまた私達のテーブルから離れた席でひとり座った。刺繍をしながら私達の話を聞くつもりらしい。

 まず最初にルシウス叔父様が短剣を取り出してテーブルに置いた。

 

「エリカ、君のおかげで助かった。この剣がなければあの毒蛇は斃せなかった。この剣を授けてくれたことを感謝しよう」

 

「いえ。きっとゴブリンの武器ならどれほど危険な魔法生物でも斃せるだろうと思ったんです。叔父様方がご無事で本当に何よりでした」

 

 帰ってきた短剣を手に取る。灯りを鈍く反射する細い銀の刃。ナギニの毒も吸収したんだろうか。すでにバジリスクの毒を吸収したあとだから誤差の範囲程度かな。

 

「魔法が効かず苦戦していたのだ。あの時エリカから預かった剣の事を思い出せてよかった」

 

「魔法生物には魔法抵抗力の高いものがいるからな」

 

 シリウスが頷きながら言った。

 

「ゴブリン製の武器か……わたしも探してみるか」

 

 シリウスが言うとルシウス叔父様がお前もか、という顔をした。叔父様はもう業者にあたっているっぽい。みんなが手に入れたら希少性がなくなるから収集家としては残念なのか少し悔し気だ。ほら、叔母様が呆れた顔で見ている。

 収集云々は別としてさ。分霊箱抜きにしてもゴブリン製の武器は強いのだ。敵の多いブラック家にとって手数を広げるためにも多様な武器を用意することは大事だと思う。

 

 さて、とシリウスが言うとみんな真面目な顔をした。

 

「今回、ダンブルドア陣営と共闘となったが、無事ヴォルデモートを捕獲できた。ジェームズの仇も取れた。皆よく頑張ってくれた」

 

「ジェームズもリリーも喜んでくれているさ。ハリーの事も護れた。私も感無量だったよパットフット」

 

「ああ、ムーニー」

 

 しみじみと話すふたりをみんな静かに見守っていた。ヴォルデモート一派の起こした諸々の傷痕は大きく深く魔法界の人々に刻みつけられている。

 シリウスとリーマスさんだけではなく他にも家族や友人が殺された人達は多い。

 

 ルシウス叔父様は当時どっぷり死喰い人だったわけで、あの頃は不死鳥の騎士団だったシリウス達と実際に戦ったこともあったはず。

 少しでもしくじればキツイ折檻を受けたりなど恐怖で縛りつけられていたわけだけれど。反面ヴォルデモートの恩恵にあやかって良い思いもしてきたはず。

 昔の話になると複雑な表情にもなるよね。

 

 

 

 今日の話し合いはダンブルドア陣営との話し合いについてなんだけど、その前にシリウスがやけに深刻な表情で話し始めた。

 

「ブラック家の持つ膨大な資料から、これぞという文献を見つけた。

 分霊箱という記述ではないが、『別の魂が入り混じった者から不要な魂の欠片を取り除く』というものがあったのだ。本には儀式に必要な魔法陣もしっかり描かれていた。非常に複雑ではあるが、問題なく描けるだろう。魔法陣を描くための素材も現在でも手に入るものだ。生贄も山羊だ。

 儀式の方法も問題ない。

 魔法陣の上に立たせ、その者がもっとも信頼する相手が愛の気持ちを以って殺す。そうすれば、その者の魂を傷つけることなく、他者の魂のみを引き剥がせると書いてある。この役はもちろん、わたしがやる」

 

 すごい。解決じゃん。

 闇の魔術には魂を分割したりホムンクルスに魂を入れたり、魂に関する魔術は多い。人の身体を乗っ取るなら前の魂は邪魔になるし、融合事故なんかもありえそう。だから混在する魂から任意の人物以外の魂を抜き取るという術はきっとあると思っていたんだ。

 闇の魔術なのに人間の生贄を捧げるとか多量の血がいるとかじゃなくてほっとした。

 さすがブラック家の蔵書庫。探せばあるもんだね。

 

 『その者がもっとも信頼する相手が愛の気持ちを以って殺す』というのもハリーとシリウスの繋がりの強さならきっとできると思う。

 話を聞いた私とルシウス叔父様、リーマスさんが喜びの笑みを浮かべる。

 

 でも、シリウスの表情は深刻なままだった。

 

「シリウス?」

 

「何か問題があるのかね、シリウス」

 

「ああ。被術者の魂を守るため、強力な蘇生具が必要だと書いてある。死を回避するもの、魂をこの地へ引き留めるような効果を持つ強力な魔法具を探さねばならないんだ。

 それを媒体として不必要な魂を切り離すんだそうだ」

 

 それは……とルシウス叔父様も眉を顰めた。資産家ではないリーマスさんはもっと暗い表情だ。そんな魔法具なんてなかなか見つからないだろう……普通なら。

 

 私は、あまりに都合が良すぎて、何かの罠なんじゃないかと疑っているうちに会話に入るタイミングを失っていた。

 

「『死の秘宝』のひとつ、『蘇りの石』に勝るとも劣らぬ強力な魔法具でなければならないとこの本には書いてある。そんな……おとぎ話のようなものなど……」

 

 うわ、どんぴしゃな単語が出ました。

 あ、でも、考えてみれば、あの『蘇りの石』は死者の魂をこの地へ留めるものだ。でも、実際に生き返るわけじゃなくて、死者と対話ができるってだけなんだけど。

 それでも魂に働きかける物だというのは確かだから、ハリーの魂をこの地に留めて守ってくれるのかも。

 

「そんな希少な魔法具が見つかるかどうかだよね」

 

「だが、希望は見えた。今こそ我がブラック家の力を使う時だろう」

 

「ああ、むろん、マルフォイ家の伝手も盛大に使おう。帝王の身柄を押さえた今なら多少派手に動いてももう大丈夫だろう。そして――どうしたね、エリカ」

 

 三人の会話に入りこめず、私は手をあげて二人の注意を促していたのだ。

 

「おそらく、あると思います」

 

「……ん?」

 

「なにがあると?」

 

「だから、『蘇りの石』は存在します」

 

 シリウスが立ち上がって叫んだ。

 

「あれはただの伝承だ! ハリーの命が懸かっているんだぞ、エリカ」

 

 私は苛立たし気に睨みつけるシリウスに、落ち着いてください、と宥めた。

 

「『死の秘宝』は決しておとぎ話や与太話じゃありません。『死の秘宝』は実在します。今も、ちゃんとあるんです」

 

「『吟遊詩人ビードルの物語』が実話だとでも言うつもりかね?」

 

 ルシウス叔父様も信じがたいという顔をしている。

 

「ええ。あれが実話なのか、それとも優れた錬金術師の伝説が脚色されてああなったのかはわかりませんが、強力な魔法具が実在することは確かです。シリウスやリーマスさんだって学生時代に何度も『死の秘宝』のひとつの恩恵にあやかっていたじゃないですか」

 

「わたしが? 何を言ってる」

 

「何年経っても劣化しない素晴らしく性能の高い『透明マント』をジェームズ・ポッターが持っていたでしょう? ポッター家はイグノタス・ペベレルの子孫で代々マントを受け継いでいます。今はハリーが持っていますよ。数代に亘って使い続けても劣化しない透明マントなんて『死の秘宝』以外にありえますか?」

 

 透明マントはハリーと仲良くなったあと、割と早めに見せてもらった。原作どおりのあのマントを見てテンションがあがったよ。

 隠れた時の存在感の消え方が私の持っている市販の透明マントとは全然違う。ほんと凄いの。まあ“円”は騙せないんだけどさ。

 

「で、では、『蘇りの石』は本当にあると? どこにある?」

 

「ゴーント家はカドマス・ペベレルの末裔だという文献があります。前に調べた時にはただの与太話だと思っていましたが、ハリーの『透明マント』を実際に見せてもらって、ポッター家がイグノタス・ペベレルの子孫だという情報も合わせるとペベレル兄弟や『死の秘宝』の実在に信ぴょう性がでてきます」

 

 私は巾着からレストレンジ家にあった『死の秘宝』に関する本を出して、イラストが描かれているところを開いてみせた。

 

「三角形に丸と縦線が一本。死の秘宝のマークです。『蘇りの石』にもそのマークが描かれています。カドマス・ペベレルの直系ゴーント家なら代々受け継いできたんじゃないでしょうか。この本では次々に持ち主が変わっていった『ニワトコの杖』にまつわる陰惨な事件について詳しく書かれていますが、『蘇りの石』については本の書かれた時点でゴーント家の家宝のままです。これほどの家宝、どれだけ貧しい暮らしをしていても決して売却などしていないと思います」

 

「では、あのゴーント家に隠されているかもしれぬと言うのかねエリカ」

 

「ええ、叔父様。帝王の母親の実家です」

 

 私は以前ルシウス叔父様が調べてくださった情報を、シリウス達のためにもう一度繰り返した。

 

 帝王トム・リドルの出生やゴーント家の話、それからトム・リドルの母親の兄がマグルの一家を殺したこと、被害者がトム・リドル・シニアとその両親であること、おそらく犯人は帝王で、伯父は帝王に記憶を埋め込まれたと思われる。など。

 

「そのままゴーント家に隠されているのが一番嬉しいのですが。もしかしたら帝王がゴーント家を訪れた際、伯父から奪った可能性もあります」

 

「それじゃ奴が持っているというのか」

 

 奴はトロフィーのようにいろんな相手から大切なものを奪っては集める性癖がある。だから『蘇りの石』が奪われることは予想しやすいんだけど。

 ここで分霊箱になってるかもって言うのは先走りすぎじゃないかな? どうしよう……なんて悩んでいるところに、リーマスさんが冗談交じりに口を挟んだ。

 

「まさか分霊箱になってるんじゃないだろうね」

 

 どうやって『蘇りの石』が分霊箱だという話に持っていこうかと考えていたのに、冗談とはいえすんなりそこを突いてきたリーマスさんに驚き、思わず絶句してリーマスさんの顔を凝視してしまった。

 

 だけど彼らは私がその可能性に気付いて衝撃を受けたと思ったようだ。そして、冗談では済まされない信ぴょう性があると彼らも思ったのだろう。

 顔を青ざめさせた皆が無言のまま視線を交わし合う。

 

「まさか……そんな……『死の秘宝』を分霊箱にだと?」

 

 シリウスが信じがたいと言った風情で呟く。

 

「帝王はホグワーツ創設者の宝『スリザリンのロケット』『ハッフルパフのカップ』『レイブンクローの髪飾り』という途轍もなく歴史的価値の高い宝を分霊箱にしてしまう人ですから、可能性はありますよね」

 

 私の言葉にルシウス叔父様も続いた。

 

「ああ。帝王は自身の魔法技術が卓越しているゆえに魔法具にあまり重点を置いていなかった。歴史的価値を考慮せず『貴重なものこそ我が分霊箱に相応しい』と考えていたのではないか。いや、今思えば、マグル界の孤児院育ちだから魔法界の伝承や物語にも疎かったのだろう。『蘇りの石』と気付かず生家の家宝という理由で使ったのやもしれん」

 

「もしこの予想が当たっていればずいぶん皮肉が効いているな。

 ヴォルデモートは不死性にあれだけ拘っていたというのに。『死を制する者』になれる宝を手に入れておきながらみすみす分霊箱にしてしまうとは。宝の持ち腐れとはまさにこのことだな」

 

 シリウスがそう吐き捨てた。皆も深く頷く。ゴーントの指輪が『蘇りの石』だと知っていたらヴォルデモートは決して分霊箱になんかしなかっただろう。無知って恐ろしいよ。

 

「だとすれば『蘇りの石』はハリーの儀式には使えないだろう? 他の魔法具を探さなければならないよね」

 

 リーマスさんがそう言うとシリウスが唸った。大事な名付け子の儀式に『蘇りの石』が使えないことに愕然としている。

 

「……あの」

 

「どうしたね、エリカ」

 

 私の呼びかけにルシウス叔父様が応え、シリウスとリーマスさんも私を見た。

 

「ダンブルドア校長に相談を持ち掛けてはいかがでしょうか?」

 

「ダンブルドアを頼れと言うのか」

 

「ええ。ゴーント家の攻略もまだです。あの家に本当に分霊箱が隠されているのか、それがはたして『蘇りの石』なのかもまだわかっていません。

 もし『蘇りの石』が本当に分霊箱になっていたなら壊さなくてはいけません。一度分霊箱になったものは壊したあと生半可な技術では修復できない。でもダンブルドアならどうでしょうか?」

 

 皆も考えながら頷く。

 あまりダンブルドア陣営に借りを作ることは望ましくはない。でもダンブルドアの能力の高さなら繊細な魔法具の修復も任せられるという判断を否定できない。

 

「そうだな。まだ分霊箱についてはこちらの秘としておきたかったが、ハリーが分霊箱であるということも含め、ダンブルドアにも話すべきか」

 

 シリウスが考えながらそう言うとルシウス叔父様が反論した。

 

「だが分霊箱はできれば我々だけで回収しておくべきだろう。ダンブルドアがどう判断するかまだ未知数なのだから」

 

「でも叔父様。ゴーント家はモーフィンがまだ生きています。アズカバンに収監されていますがおそらく無実……または服従の呪文をうけて命じられたか、どちらかでしょう。彼が無実ならゴーント家を勝手に荒らすのはあまりよくありませんよね」

 

 トム・リドル・シニアとその両親を殺したのはヴォルデモートだろう。彼は記憶だけ埋め込まれた。もしくは、服従の呪文をうけたモーフィンが本当に殺しに行ったのかもしれないけどね。

 

 ってかさ。お辞儀様がゴーント家へ分霊箱にした指輪を仕込んだのっていつなんだろうね?

 裁判中はゴーント家へ魔法省の役人も来ただろうし、モーフィンが終身刑でアズカバンに収監されてからある程度様子を見て、誰も来ないと判断してからだよね。

 万が一出所してきたら実家へ帰って速攻お辞儀様のかけた罠に殺されてたよねモーフィン。辛い牢獄暮らしを終えてやっと家に着いたとたん死ぬって酷い話だ。

 

「魔法省には顔が利く。モーフィンに面会することはできるだろう。が、ヴォルデモートの忘却術を超えて真実を調べることは困難だから奴の無罪を証明することは難しい。だが『ヴォルデモートが怪しい呪を施したゴーント家の捜索』を彼に承認させることくらいはできるんじゃないか」

 

 シリウスは『冤罪でアズカバン』にトラウマがあるからモーフィンには同情しているけど、積極的に助けようとまでは考えていないようだ。

 

「まずモーフィンの裁判記録を調べてからだな」

 

 シリウスの言葉にルシウス叔父様が応えた。

 私達は正当な陣営だから勝手に他者の家を捜索するなどできない。だからモーフィンから捜索の承認をもらう必要があるのだ。ヴォルデモートが隠した物は危険な魔法具になっているからこちらで処理すると言うことまで認めてもらっておけば『蘇りの石』の返還を求められることもないだろう。

 ってかさ、裁判記録を読めばモーフィンがパーセルタングしか話せないこともわかる。現在パーセルマウスなのはお辞儀様と私(これは極秘)、そしてハリーとダンブルドアしかいない。

 ハリーをアズカバンへ行かせるわけにいかないんだから、結局ダンブルドアに頼むしかないんだよ。

 

 それにダンブルドア陣営と共闘していれば、ハリーの儀式に必要な薬剤(魔法陣を描くためのインク)も調合のスペシャリストなスネイプ先生に依頼できるし、儀式後のハリーの体調確認にマダム・ポンフリーの手を借りられる。魔法陣を描くのもダンブルドアの監修があれば確実だろう。

 ほんと、ダンブルドアの能力値の高さと陣営の層の厚さに唸るしかない。

 

 

 いろいろ話し合った結果、先方との話によっては分霊箱の件も含めた情報を開示するという結論になった。

 ただし、分霊箱について開示する相手はダンブルドアとスネイプ先生の二人だけと限定する。

 

 『ヴォルデモートと死喰い人に対抗すること』に関しては全面的に共闘したいが、それ以外は敵にならない距離を保ちたいのが私達の想いだ。

 

 先方の話にもよる。まだこちら陣営は予言のことを知らないわけだし。ダンブルドアが現状をどう予言に摺り寄せていこうと考えているかはまだわからない。

 

 対談の日時は先方とこれから詰めるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 シシー叔母様とは帰る前に少しだけ話をした。

 

 ルシウス叔父様が死喰い人と決別を果たしたのは愛妻と愛息のためだ。徐々に強まる左腕の刺青に焦燥感を抱いていたはず。帝王を裏切る恐ろしさに怯える日もあったと思う。

 

「叔父様は弱った時に叔母様に甘えてきたり、なさいますか?」

 

 シシー叔母様はふふふと笑った。

 

「まあ。それは私と彼だけの秘密よ」

 

 妖艶な大人の女性の笑みでそう言う。それ、言ってるも同然です。ああ、でもシシー叔母様に甘えるルシウス叔父様が想像できて可愛い。

 

 

 

 



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