ゴブリンスレイヤー in このすば (ナマクラ)
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「――――さん。残念ながらあなたは命を落としてしまいました」

 

 

 ――――どうやら俺は死んでしまったらしい。

 

 

 気がつけばこの場所にいた彼は、すぐさま現状確認に勤め始める。

 周囲を見渡せば、先の見えない暗闇であった。しかし差し込む光がないにも関わらず物や人の姿は陰ることなくはっきりと視認できた。

 

 幻想の女神を名乗る目の前の人物の手元には積み重ねられた紙の束とペンにインク、それと骰子(さいころ)がいくつか転がっていた。

 

 

「あなたには三つの選択肢があります。一つは記憶を全て消した後に再び赤ん坊に生まれ変わること。二つ目は天国でただあり続ける事。そして三つ目は記憶を持ったまま別の世界に転生する事です。私のおすすめとしては三つ目で――――」

 

 

 ――――その世界にゴブリンはいるのか?

 

 

「……え? ゴブリン、ですか? えっと……確かいたと思いますけど……それよりもあなたには魔王を倒して……」

 

 ――――ならば、行こう。

 

 彼は女神の言葉を最後まで続かせることなく決断した。

 

 

 ――――ゴブリンは、皆殺しだ。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「あー、何か報酬の高い依頼はないもんか……一発で借金返せて簡単なヤツなら最高なんだけど」

「そんなありもしないもしない者じゃなくて一発爆裂魔法をぶちかませる依頼を探してくださいよ」

「いきなり辛辣すぎだろ。というか依頼の判断基準もおかしいだろ」

「気持ちはわかるが堅実に依頼を熟していくしかあるまい。さしあたってはこの特異個体の一撃熊討伐依頼などどうだろう?」

「そんな塩漬けになるほど難易度高いクエスト俺らにできるわけねーだろ」

「ねー、まだ決まんないのー? なら今日はシュワシュワ飲んでていいー?」

「ダメに決まってんだろぉがぁ!! 誰のせいで金がないと思ってんだぁ!!」

「ちょっと何で私にだけ怒鳴るのよー!? 意味わかんないんですけどー!!」

 

 ――――拝啓、日本にいるであろう親父たちへ。

 死ぬ前は実家で穀潰しのニートをしていたダメ息子こと佐藤和真は、異世界に転生した後は冒険者として活動しています。

 転生特典として連れてきたトラブルメーカーたる水の女神アクア。頭のおかしい爆裂娘として有名になってきた一発屋なめぐみん。鉄壁の防御力を誇る攻撃能力皆無の女騎士ダクネス。

 そんな頼りになら……なくもない気がする仲間の尻拭い……もとい協力を得ながら、俺は仲間のこさえた借金を返すべくせこせこ働いています。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 

 ……思わず現実逃避をしてしまったが、原因としてはわかりきっている。

 先日アクセルの街に現れた魔王軍幹部ベルディアを、街の冒険者の総出で何とか打倒した俺たちだったが、その時にアクアが起こした洪水によってアクセルの街は半壊。その修繕費はベルディアの懸賞金を帳消しにするほどの莫大な借金となって俺たちに圧し掛かる事となった。

 

 

 その額、一億エリス

 

 

 未だにその日暮らしを強いられ馬小屋に泊まる俺にとっては死活問題である。

 できれば冬になるまでにちゃんとした宿を借りられるくらいにならないと寝ている間に凍死、なんてことにもなりかねない。

 聞く所によると冬になると依頼が激減してその日の食い扶持すらままならないらしい。少しでも改善してないと真面目に死んじまう。

 という事でギルドの依頼ボードでいい依頼を探しているのだがそう都合のいい仕事はない。というか俺たちに出来そうな仕事も少ない。

 確実にできそうなのはジャイアント・トード討伐だけど報酬的にはそこまで高くないしアイツら嫌がるだろうし……まあ一人は張り切るかもしれんがその張り切りが役に立つとは思えないし……

 少しでも割のいい依頼はないかと依頼書を見ていたが、気になる物が視界に入った。

「これは……『ゴブリンの巣の掃討』?」

 ゴブリンといえばファンタジー世界で定番の雑魚敵である。この世界でも例を漏れず駆け出し冒険者の入門編的な相手でもある。

 その依頼はゴブリンの討伐依頼にしては報酬が高い気がしたが……でもゴブリン相手なら俺たちでも何とかなりそうじゃないか?

「――――って事でこの依頼はどうだ?」

「えー、ゴブリン討伐とか女神が受ける依頼じゃないと思うんですけどー」

「ゴブリンの巣の攻略だと爆裂魔法の魅せ所がないじゃないですか」

「ゴブリンか……まあ悪くないかな。定番と言えば定番だが……うん、悪くない」

 こ、コイツら……! どいつもこいつも自分勝手な事ばかり……!

 そう思いながら改めてパーティメンバーを見返してみる。

 

 うっかりと宴会芸が特技のアークプリースト。

 爆裂魔法以外使えないアークウィザード。

 攻撃が当たらない被虐趣味のクルセイダー。

 

 あっ(察し)。これは……うん。今回の依頼が巣の掃討って事を考えると、どう考えても酷い事になる気しかしない。というか俺たちの中で一番マシそうなのが最弱職の俺ってどういう事だよ……。

「……やめよう。俺たちにこの依頼は無理だ」

 そう判断した俺はゴブリン討伐依頼を受けるのをやめようとしたが、その時不思議な事が起こった。

「……ちょっと待ちなさいよカズマ。その口ぶり、まさかこの私がゴブリン如きに後れを取るとでも思ってるわけ?」

「は?」

 何を思ったのか、さっき嫌だと言った張本人であるアクアが待ったをかけてきたのだ。

 何故さっきまで嫌がっていたコイツがこうも突っかかってくるのか理解できない……。俺は思わず溜息を吐いてしまう。

「何を言うかと思えば……当たり前だろうが」

「言い切った!? この私がゴブリンに負けるって!!」

「逆に聞くがお前出来ると思うのか? 頭爆裂魔法なアークウィザードに盾にしかならないクルセイダー、おまけに宴会芸しか取柄のないアークプリースト。どう考えても無理に決まってんだろ!」

「はぁー!? 誰が宴会芸しかできないですって!? 最弱職の冒険者のアンタに言われたくないわよ!」

「その冒険者の俺が一番マシって状況に何で気付かないんだよこの駄女神!!」

 売り言葉に買い言葉でアクアとの口論がどんどんヒートアップしていく。

 その口論に焦れたのか、アクアは俺の手にある『ゴブリンの巣の掃討』の依頼書を掠め取りやがった。

「あ、お前何すんだよ!?」

「いいわ! そこまで言うならやってやろうじゃない!! この依頼、このアクア様が完璧に熟してやろうじゃないの!!」

 

 そういってアクアはギルドの受付へと駆けて行って依頼書を渡してしまった。これで俺たちは依頼を受けざるを得なくなってしまったのだ。

 

「……嫌な予感しかしない!」

「そうか? 中々に楽し、……手応えがありそうじゃないか」

「そんな事より私が頭爆裂魔法だと言った意味を説明してもらおうじゃないか……!」

 

 ……そして案の定というべきか散々な目にあった。

 一日かけてようやく巣を見つけ乗り込んだものの、攻撃が当たらずゴブリンに袋叩きにされるダクネス、あまりの数の暴力に泣きべそをかくアクア、堪らず爆裂魔法を撃とうとして生き埋めになりかねなかっためぐみんを引き連れて俺たちは命からがら何とか生還できたのだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「――――俺たちにはこのクエストは向いてない。諦めよう」

 

「なに言ってるの!? この水の女神であるアクア様がゴブリン如きに負けたなんて、敬虔なアクシズ教徒たちに顔向けできないわ!」

「大口叩いてたくせに泣きべそかいて逃げてきた駄女神としては妥当だろうが!」

「カズマ、ゴブリンどもの集中攻撃も中々に気持ち、……効いたが、私ならまだまだイケるぞ!」

「素直に感謝できないからお前も黙ってろ」

「爆裂……爆裂……」

「うんちょっと待とうかめぐみん、間違ってもここで撃つんじゃないぞ」

 俺たちはゴブリンの巣窟から何とか命からがら逃げだせたものの、今回逃げられたのは運が良かったのがデカい。

 袋叩きに合いながらも硬過ぎてそこまで大ダメージになっていなかったダクネスを盾にしながら何とかゴリ押しで後退できたのだが、もう少しダクネスとの距離を離されていたりしたら全滅していた可能性だってある。

 

 ……これは街に戻ってきてから聞いた話なのだが、ゴブリンの巣の掃討の場合は通常のゴブリン退治と違って決まった敵の数がわからず、さらに相手の地の利の上で戦わなければならないからこそ通常のゴブリン退治よりも報奨金が高く設定されていて、しかし所詮はゴブリン相手なので他と比べると割のいいとは言い切れない、なんとも微妙な依頼だったらしい。

 

 ……とはいえ金がいるのは確かなのだ。普通にカエルを狩り続けるよりは多く貰えるのには間違いない。

 ゴブリン自体は倒せない相手じゃないんだから上手くやれればウハウハなんだけど……。

「何かいい手はないものか……せめてゴブリン退治の巧いやり方とかがあれば何とかなるかもしれないが……」

「カズマ、あのゴブリンですよ。そんなノウハウ、わざわざ作られてると思います?」

「だよなぁ……」

 ゴブリンといえばファンタジー系のゲームでも大抵が雑魚敵であるように、この世界でもそれは変わらない。

 ゴブリンは駆け出し冒険者が狩るものであって、経験を積んでいけば自ずと難なく倒せるようになるものなのだ。

 正直一匹二匹程度ならゴブリンくらい俺一人でも倒せるのだ。

 今回は巣穴という相手のホームかつ大群という地の利と数の利の両方が相手に圧倒的にあるから苦戦しているものの、わざわざゴブリン退治のために入念な準備をしていく冒険者なんているわけ……

 

「――――いますよ。ゴブリン退治のスペシャリスト」

「え……?」

 そんな俺たちの考えを否定したのはギルドの受付嬢のルナさんだった。

「え、本当にいるの、そんなヤツ?」

「ええ、いますよ。ゴブリン退治においては右に出る方はいない、そんな人が」

 ちょうどあちらで食事をしていますよ、と言って指し示したルナさんの手の先には一人の男が座っていた。

 

 その姿はある意味異様だった。

 

 その身を革鎧と鎖帷子で固めて頭部も丸々鉄兜に覆われているが、その表面は汚れや傷などで汚れており果たして手入れがされているのか疑問に思えた。

 腰に佩びた剣は、短剣というには長いが一般的な剣と比べて短くて何とも中途半端な長さだった。

 歴戦の戦士、とも見えなくはないが、それにしてはもっといい装備はなかったのかとも思えてしまう、そんな見た目だった。というより装備の見た目からするときちんとした装備が揃えられなかったようにも見える。

 正直コイツ本当に強いのか? というのがそれが俺の抱いた感想だった。

 というか何でギルドでも兜つけっぱなしなんだよ。しかもそれで飯食ってるし。どこから食ってるんだろうかあれ……。

「ゴブリンの事なら彼に相談に乗ってもらうのもいいかと思いますよ」

 それだけ言ってルナさんは受付へと戻っていった。にしても何でわざわざ教えてくれたんだろうか……?

「で、どうしますカズマ? 私は爆裂魔法さえ撃てればもういいんですが」

「せっかくだし聞きましょ! それであの不届きなゴブリンたちに目にもの見せてやるのよ!」

「ふむ。つまり再びゴブリンに囲まれて叩かれるのか……!」

「……なら聞くだけ聞いてみるか」

 やる気のなさげなめぐみんにやる気満々すぎるアクア、そして想像だけで興奮しはじめてるダクネスと……このパーティ大丈夫か、と今まで何度も思ったことが頭をよぎるが、いつもの事だった。

 まあ、話聞くだけならタダだし、諦める前にできるだけがんばるのも大切だろうし、もしかするとゴブリン退治で楽に金が手に入るかもしれないしな。

 けどアイツ何か雰囲気怖くね? いや装備は薄汚れてるけど平時でも完全武装ってやっぱおかしい。

「あのー、ちょっといいか……?」

 それでも勇気を出して恐る恐る声を掛けた俺に対して、相手の第一声が……これだ。

 

「――――ゴブリンか?」

 

 ……何を言っているんだコイツは? そう思った俺は悪くないと思う。

 だって声を掛けた返答が「ゴブリンか?」だぞ。意味がわからん。絶対にヤバいヤツだろう。

「ちょっと、どう見てもゴブリンなわけないでしょー」

「ゴブリンではないのか」

 そういうと興味を失くしたかのように食事に戻ろうとする。まだ人が用件を言ってもいないのに会話を終わらせようとするとかコイツコミュ力ないんじゃないのか。

「じ、実はちょっとゴブリン退治の事で手伝ってもらいながら教えてもらえたらなーって思って……」

「やはりゴブリンか。数は? 規模は? シャーマンの有無は?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。他にも仲間がいるから先に連れてくるわ」

 ゴブリンの話になったら急に食いついてきやがった。というか急に早口になったなコイツ。本当に何なんだコイツ……

 

 

 ……これが俺たちと、小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)と呼ばれる男と出会いだった。

 




本当はゴブスレアニメ最終回までに投稿したかったのですが間に合わなかったので、せめて今年までにと思っていたのですが間に合いそうになかったので、短編一話の予定を分割する事にしました。

なおのんびりと書いていたら友人に先を越された模様。


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 あの後、とりあえず互いに自己紹介したんだけど……ますますコイツの事がわからなくなった。

 

「水の魔法と回復魔法なら任せなさい! 本当だったらゴブリンの巣なんて洪水で押し流したりもできるんだから! このアクシズ教の女神を崇めなさい!」

「我が爆裂魔法は唯一無比。一撃で全てを終わらせる究極の魔法です。故に他の魔法など不要。二発撃てる必要もないのです。ないったらないのです!」

「私は少々不器用で剣技に自信がなくてな……だが盾役としてなら役に立てると思うから、遠慮なく存分に盾にしてくれて構わない。いや、むしろそうしてくれ!」

 何ができるかという問いに対してこんな不安しかない返答が返ってくるなかでコイツは特に動揺した様子もなく「そうか」しか反応がなかった。まだまともな俺の答えにも特に反応はなかった。

 それよりコイツも職業は冒険者(最弱職)らしい。……まさか最弱職だからゴブリンしか狩ってないとかじゃねぇだろうな……。

 いや、だとしてもゴブリンに対する知識はコイツの方があるのは確かなんだ。

 なら利用して……もとい協力してもらって少しでも楽に金を稼がなければ!

 ……ということで、今俺たち五人はゴブリンの巣へと向かっている道中であった。

「……ところで気になっていたのですが、貴方のその剣、微妙に短いですけど何か拘りでもあるんですか?」

「通常の剣では洞窟で振り回すには長すぎる」

「成程。洞窟で振るうに適した長さというわけか」

 剣についての考察をするダクネスが何か騎士っぽく見える……コイツは剣使えないのに。

「つまり、特別仕様……ちなみに銘なんかは付けてるんですか?」

「特にはない」

 オーダーメイドとかで愛着のある武器なら名前つけてもおかしくないよな……俺もいつかは俺専用の武器が欲しい。日本刀みたいなのがいいなぁ……。

「なら『ぺんぺん丸』で」

「……今、なんて?」

 思わず口を挟んでしまった。コイツ今何て言った?

「『ぺんぺん丸』です。今日からその剣の銘は『ぺんぺん丸』です」

 いややめてやれよ。そんな名前付けられた気持ちも考えてみろよ。そんな至極当然とも言えるツッコミを入れる前にアイツの持つ剣に変化が起きた。

 持ち手……柄の部分についていた札に何か浮かんだと思ったらそれが燃えて消えたのだ。残ったのは焼き跡で文字を書いたような模様でそれも柄に吸い込まれるように消えてしまった。

「え、何。何か剣が反応したんだけど……」

「……あの剣に銘が刻まれたんだ。これで名実ともにあの剣は『ぺんぺん丸』になったというわけだ」

 え、つまりあの剣はこれから先ずっと微妙な名前で、コイツはそれをずっと使い続けていかなきゃいけない事になるわけで……失礼なんてレベルじゃねぇ!?

「すみませんすみません! このバカ頭爆裂魔法なヤツなんで!! ……ってか何やってんのお前!? 人様の武器にこんな変な名前つけて!」

「はあ!? 最っ高にカッコイイ名前じゃないですか! というか人様の武器を強奪して売っぱらったカズマに言われたくないです!」

 アレはあの魔剣の……マツルギ?が因縁をつけてきたのが悪いんであって俺は正答な権利を行使したに過ぎないわけで……というか今はその事は関係ないだろ!!

 というかこれ賠償とかになるんじゃねぇの? 何、また借金増えんの?

「別に構わない」

 そんな不安が俺の中で膨らむ中で、コイツは表情一つ変えずにそう言った……いや表情わかんないんだけど。声色は全く変わっていなかった。

 なんて心が広いんだ……いや心が広いなんてレベルなのか……とりあえず賠償請求とかされなくて助かった。

「ふふん。やはりこの名前の良さ、わかる人にはわかるのですよ」

「いやそれはないだろ」

「何をーーっ!?」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ゴブリンが巣にしている洞窟、その入り口に二匹のゴブリンがいた。

 おそらく外敵がこないかの見張りなのだろうけど、でっかいあくびしてたりしてやる気がこれっぽっちも見受けられない。

「ギャ!?」

「ゴギャ!?」

 そんな二匹が頭から血を巻き散らかしながら地に臥した。どこからか飛んできた石がそれぞれの頭部に命中して拉げさせたのだ。

「……まずは二、だ」

 そう言って見張りに突っ立っていたゴブリンを投石紐からの飛礫で二匹とも瞬殺したのを目の当たりにした俺は一先ずコイツの腕前を認めざるをえなかった。

 一発で石をゴブリンの頭に気付かれない速さで頭に命中させる辺り精度が高い。それも二発連続で……投擲スキルかな? 便利そうだし俺も取ろうかな……必要ポイントだけでも確認してみよう。

「……ってあれ?」

「どうした?」

「まさかここまで来て怖気づいたとかないでしょうねー?」

「ちげーよ。ただ投擲スキルがカードに出てなくてさ。今アンタのスキル使う所見たはずなのに……」

 冒険者カードの取得可能なスキルの欄を見ても投擲みたいなスキルの名称がなかった。目の前で見たから出てきてもおかしくはないはずなのだが……。

「俺はスキルなど使っていない」

「え? じゃあ今の凄い早い投擲は?」

「ただの技術だ」

 いや、ただの技術って……スキルもなしにあんな石ころ一つでモンスターを殺せるっておかしくないか……?

「別にスキルでなくては技術が身に付かないわけではない。訓練を積み重ねればこの程度できるようになる」

「いや、この程度って……」

 明らかに簡単に言ってのけるレベルじゃないと思うんだが……しかしスキルを取得しなくても練習すれば使いこなせるようになるのか。まあ考えてみれば当たり前なんだけど……でも長い時間ひたすら一つの事に打ち込んで修得するくらいならスキルポイント使ってすぐに使えるようになった方がいいしなぁ。

「成程。スキルではなく度重なる訓練によって身体に刷り込ませた技術か……スキルばかりに頼らない、そういった志は私も騎士として見習わなくてはな」

「ならこれからお前も両手剣の練習しろよ」

「…………」

「…………」

 スキルポイント振らなくても武器を使いこなせるようになる実例が目の前にいるぞ。騎士として見習わないといけないんだろ。ならやれよ。

「さて、そろそろゴブリンたちの巣食う洞窟に踏み込むとしようか」

「おい! せめて返事しろよ!」

 コイツ、意地でも自分から攻撃する気ないな!!

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ダクネスが一人突っ込もうとするのを留めているとめぐみんが言いにくそうに声を上げた。

「あの、今更なのですが……」

「何だ、どうしためぐみん? トイレか?」

「違います! 紅魔族はトイレなんて行きません!!」

 嘘吐け。お前トイレ行っているだろ。っと、そんなどうでもいい事は置いといて、急にどうしたんだ?

「今回、私が行く意味あります? ダンジョン潜っても爆裂魔法撃てないんですよ? ならダンジョン潜る意味ないじゃないですか」

「何を言い出すかと思えば……お前にだってやれることくらいあるだろ。ほら、えっと…………荷物持ちとかさ」

「おい、今少し間が空いた理由を聞こうじゃないか」

 べ、別に何も思い浮かばなかったわけじゃない。そういえばめぐみんとパーティ組んだ時に「荷物持ちでもしますから!」みたいなことを言ってたのをタイミングよく思い出したわけでもない。

「それにほら、仲間外れは寂しいもんな」

「それは暗に私を道連れにしようという事では?」

 しかしめぐみんの主張も間違っちゃいない。下手したらパニックで爆裂魔法を撃ってパーティ生き埋めで全滅なんて事もあり得る。というか前になりかけた。

 ……うん、メリットに比べてデメリットがデカすぎる以上、めぐみんは置いていってもいい気がしてきた。

 

「――――何を言っている。爆裂魔法は有用だろう」

「うん……?」

 ……なんて考えてたら、何を思ったかコイツはそんなことを言い出した。

「いや、一発しか魔法が使えないんですよ……?」

「貴重な一発だ。確かに使い所は見極める必要がある」

「で、でもそもそもダンジョンで爆裂魔法なんて使ったら……」

 爆裂魔法に絶対の信頼を置くめぐみんも、さすがに理解しているみたいで、言葉が尻すぼみになっていく。

 コイツ、それが理由で色んなパーティから門前払いされてきたから、思う所があるんだろう。

 めぐみんの爆裂愛は汲み取ってやりたい気もするが、ただダンジョンじゃ使い物にならないのは確かだしなぁ……

 コイツはどう返すんだろうか? 

 

 

 

「――――俺は今回爆裂魔法を切り札の一つとして考えていた。違うのか?」

 

 

 

 それは多くを語らない言葉だったが、コイツの考えを集約していた言葉だった。

 ……俺は嘘か本当か見極めるスキルみたいなのは持ってないけど、間違いない。俺にもわかる。

 コイツ、本心から言ってやがる……。

 嘘だろ。確かに爆裂魔法は強力だ。使い所を間違えなければ確かに戦局を変える一撃になるかもしれない。

 けど、洞窟だぞ。ダンジョンだぞ。

 どう考えても生き埋めになるに決まってるだろ!! 使い所を間違う前に使う場所として間違ってんだろ!!

 マジかよコイツ正気じゃねぇ! 頭おかしいんじゃねぇのか!?

「――――」

 だが、そんな頭のおかしい発言のせいで、頭のおかしい爆裂娘のやる気に火が付いたらしい。

 

「――――我が名はめぐみん! 人類最強魔法の使い手にして、爆裂魔法にてゴブリンを屠る者!!」

 

 …………俺、生きて帰れるのかな……

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ねえ、もっと手っ取り早く終わらせる方法ってないの? こう一発で、ゴブリンは死ぬ!みたいなの」

 めぐみんのやる気も出てきたところで、いざゴブリンの巣に突入! って時にまたアクアが馬鹿な事を言い出した。

「おいアクア、そんなモンあるわけ……」

「……ないことはない」

「あんの!?」

 そんなのがあるんなら依頼もすぐに終わるし、俺たちにも真似できる方法ならこれからの金策も捗る。是非ともご教授いただきたい。

「そこに、川がある」

「うん、あるわね」

 確かに川がある。ちょっとした水浴びくらいなら出来そうなくらい水量がありそうだ。ゴブリンの生活用水として使われてるのかもしれないが、もしかしたら方角的にアクセルの水源の一つにもなってるのかもしれないな。

「そこから大量の水を引いて洞窟に流し込む。抜け穴があろうと巣穴は確実に潰せる」

 ――――そんなどうでもいい考えごとが一瞬で吹き飛んだ。

「え? 要は水流すだけでいいの? それならわざわざ川からじゃなくてもできるわよ! セイクリッド――――!」

「ちょ、待て待て待て!?」

「何よー、簡単にゴブリン退治できてお金貰えるのよー」

「このお馬鹿!! お前は反省って事をしないのか!!」

 俺たちが借金を背負う原因になったのと同じことを繰り返そうとしてるのに何で気付かないんだよ!

「てかアンタもアンタだ!! そんな大量の水をぶっこんで山が崩れたらどうすんだよ!?」

「だがゴブリンは死ぬぞ」

「俺たちも死ぬわ!!」

「そうか……」

 わかってくれたようだ。よかった。顔色も変えずにあんなとんでもないことを言うもんだからコイツもおかしいのかと思ったぜ……兜で顔色見えないけど。

「……ならば、爆裂魔法。山を崩し、巣を丸ごと潰す」

「いいでしょう。黒より暗き――――」

「待て待て待て!?」

 何でそこでその選択肢が出てくるんだよ!? めぐみんも即応してんじゃねーよ!?

「お前わかってねーだろ! 結局山が崩れたら同じ事だろぉが!!」

「だがゴブリンは死ぬぞ」

「だから俺たちも死ぬっての!!」

「待ってくださいカズマ! ならこうも突発的に高まった私の爆裂欲はどうすればいいんですか!!」

「我慢しろ!!」

 くっそ、やっぱりコイツもおかしいヤツだった!!

「……仕方ない。ならば巣穴に乗り込む」

「最初っからそうしてくれ」

「もうわがままばっか言わないでよね、カズマ」

「え、何。俺が悪いの?」

 絶対俺悪くないよな? そう思い他の仲間を見渡すとめぐみんがアクアの言葉に同調するように力強く頷いていた。いやお前爆裂魔法撃ちたいだけだろ。

 ちなみにダクネスは俺に同情するような表情を向けていた。よかった、おかしくないのは俺だけじゃなかった……いやコイツも別方面でおかしいけど。

「もういいや、ならさっさと乗り込もうぜ」

「その前にすることがある」

「することって?」

「ゴブリンは臭い、特に女の臭いに敏感だ」

「成程、このまま侵入した所ですぐに捕捉されるということか」

 そうか。前回の侵入の時は、俺たちが思っていた以上に早くゴブリンの大群が向かってきたと思ったけど、コイツらの臭いに釣られて出てきてたってわけか。

「じゃあどうすんだよ?」

「臭い消しを身体に塗る」

「臭い消しなんて持ってるのか。さすがスペシャリスト」

「少し待て」

 そういって彼は仕留めたゴブリンの死体の腹を掻っ捌いた。

「……うん?」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「うえぇぇん。臭いよ~汚いよ~」

「……爆裂魔法を撃つためだと我慢……爆裂魔法を撃つためだと我慢……」

「まさか嫌がる私の身体にゴブリンの血肉を攪拌した物を無理やり塗りたくられるなんて……んぅ、はぁ……っ!」

「おいダクネス、お前昂奮してないか?」

「し、してにゃい!」

 ……正直、俺が男で軽装備でよかったと、心底思った。

 臭い消しというものの、その実態はゴブリンの内臓をかきまぜて出来た汚物のことで、それを体に塗りたくる事で本来の臭いをゴブリンの臭いで隠すためのものだった……臭い消しってそういうんじゃねーだろ!!

 そしてそんな頭のおかしい臭い消しを考案した頭のおかしいコイツは嫌がる女どもに容赦なくその臭い消し(汚物)を塗りたくった。

 あとゴブリンは女の臭いだけじゃなく鉄の臭いにも敏感らしいから鎧なんて着てたら俺もやらなきゃいけなかったが、俺はそんな鉄臭い装備をしていなかったので助かった。

 ダクネスは女+金属装備という二重苦だったので念入りに塗られていた……本人はどことなく恍惚としていたが。

「では突入する」

 そんな頭のおかしい行為を何の躊躇もなく行なった犯人がティンダーを唱えて取り出した松明に火を付けた姿を見てふと疑問が浮かぶ。

「何でわざわざ松明に火を移すんだ? 初級魔法使えるならティンダー付けっぱなしでいいんじゃ?」

「状況にもよるが魔法の回数は温存すべきだ。いざと言う時に選択肢が狭まる」

 初級魔法とはいえ常に使い続けていると消費魔力も馬鹿にならない、という言葉に言われてみれば確かに、と感心する。身近にいる魔法を使えるヤツは膨大な魔力を持つ紅魔族と無尽蔵な魔力を持つ女神くらいだったから感覚が狂っていたかもしれない。片や爆裂魔法の一発屋、片や厄介事ばかり起こす駄女神だが。

 俺も初級魔法は使えるけど、そこまで魔力が多いわけじゃないからそれだけで魔力が無くなる事になるのは避けるべきだ。それに光源がない中で魔力切れなんて起きたら本当に終わりだ。

 専門家(コイツ)曰く、ゴブリンは暗闇でも目が効くらしいし、松明の火は消えにくいらしいから消えにくい光源としては適している。

「でも片手塞がるのはきついよな……」

「両手を空けておきたいならランタンでもいい。割れないよう気を付ける必要はあるが、水気にも強い」

「なるほどなー」

 同じ冒険者(最弱職)として俺がコイツから見習うべき点は多い…………コイツも頭おかしいけど。

 

 

 さて、ゴブリンの巣に突入するここからが本番だ。見習うべき点は盗んでいかなきゃな……

 




二話目は一週間くらいには上げよう、なんて思ってたら気付けば既に一月末……
ま、丸一ヶ月は経ってないからセーフ……(震え声)


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 ゴブリンの巣となっている洞窟へと足を進めた俺たちを待っていたのは、早過ぎる別れだった。

 

 臭い消しでゴブリンに気付かれにくくなっているとはいえ、実際に遭遇してしまえば臭い消しにそこまでの意味はない。

 奇襲がされにくいというだけでも大きなアドバンテージではあるが、それで戦闘が避けられるなんてことはないのだ。

 

 ゴブリンを発見し、こちらから奇襲を仕掛け、戦闘が開始される。

 俺たちの中で戦力になるのは攻撃が当たらないクルセイダーと魔法が使えないアークウィザードを除いた三人……内一人は知能の足りてないお馬鹿であり、俺もそんなに戦闘に慣れているとは言えない。

 残る一人に負担が掛かる事は自明の事だった。

 

 しかしさすが専門家というべきか、負担が大きかろうが関係なくゴブリンたちを淡々と切り捨てていく。

 派手な動きはない。だがその剣に迷いなどはなく冷酷なまでに正確にゴブリンの命を刈り取っていった……まあ剣の腕前とかわかるほど詳しくないんだけど。

 それに比べれば微々たるものだが、俺たちもゴブリンを倒していく。盾役のダクネスに群がるゴブリンに攻撃するだけだからそれほど大変な事ではなかったが、それでも周囲への注意が足りていなかったのかもしれない。

 こちらのゴブリンたちを倒し終えて、向こうで一人ゴブリンたちを屠っていくその姿を視界に入れた時、俺のその視界の端に一匹のゴブリンの姿が見えた。

 

 そのゴブリンはアイツから少し離れた場所で弓矢を構えていたのだ。

 

 洞窟なんて狭い場所で弓矢なんて使ってくるなんて予想外だった。だからこそ俺たちはそれに誰も反応できなかったのだ。

 俺たちが何もする暇もないまま、鮮血が洞窟に飛び散った。

 その光景に、思わずめぐみんが声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぺ、ぺんぺん丸ーーッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――哀れ、ぺんぺん丸は持ち主によってぶん投げられ、見事弓矢を射る前にゴブリンの喉笛を刺し貫きその役目を終えたのだった。

 

 

 

「…………って武器投げ捨ててどうすんだよ!?」

 思わずツッコミの声を上げてしまったが、案の定というべきか、ゴブリン共は武器を失くして丸腰になったアイツへと棍棒片手に襲い掛かった。必要だったとはいえさすがに安直すぎんだろと思いながら加勢しないと! って思ったんだけど、渦中のアイツは冷静にこう口にした。

「――――スティール」

「ゴビュっ!?」

 だが気付けばゴブリンが振りかぶる棍棒が消え、その棍棒が頭に振り落とされていた。

「ギャッ!?」

「――――合わせて十四、というところか」

 最後に隠れていたゴブリンに手にしていた棍棒を投擲した事でそこにいたゴブリンが全部死んだので、一息つけるようになった。

「最後の方は見ててちょっとヒヤッとしたぜ。お前、スティールも使えたのか」

「知り合いの盗賊から教えてもらった。代価に財布を盗られたが」

 何かどこかで聞いた話だな……。スティール……代価……パンツ……うっ、頭が……!

「だが的確に武器を奪えるものなのか?」

 ダクネスの口にした疑問に関しては俺も思った。俺も持っているからわかるが、スティールは運補正が大きいスキルで狙い通り発動するとは限らない。実際幸運値の高い俺でも狙い通りの物を盗めるとは限らない。いやまあ大当たりではあったけども……。

「ゴブリンから奪える所持品自体少ない。手に持つ武器か、身に纏う襤褸布か、あるいは粗末な装飾品くらいだろう」

「あ、確かに」

 言われてみれば確かにゴブリンが持ってるものなんて数えるくらししかない。持ってる物が少ない以上、目当ての物が盗める確率はそれだけ上がるわけだ。

「的確に武器を奪えずとも構わない。投げつければ目晦まし程度にはなる」

「あ、あの……ぺ、ぺんぺん丸は……」

 ゴブリンの持っていた槍を拾う姿を見てめぐみんが恐る恐る投擲されたぺんぺん丸について尋ねる。回収しないのか気になっているのだろう。ちなみにぺんぺん丸は今もゴブリンの喉に突き刺さったままだ。

「あの剣は血と脂でもう使えん。ゴブリン退治は仕留める数も多くなる分武器の消耗も激しい。だから奴らから如何に武器を奪えるかも重要になってくる」

 そう淡々と言いながら倒したゴブリンの手にしていたナイフをぺんぺん丸の収まっていたホルスターに収める。

「ぺ、ぺんぺん丸ぅ……」

 哀れ、ぺんぺん丸は使い捨ての武器だった。名付け親のめぐみんにとってこれは辛かろう。

 何というか……世知辛い。そう思いながら俺たちはゴブリンの死体から武器を拝借するのであった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「もっと私を前面に出して盾として利用してくれて構わないんだぞ」

 ゴブリンの巣に潜り込んで少しして、ダクネスがそんなことを口にした。

「そうか」

 それに対しアイツはそう答えながらゴブリンのノドにナイフを突き刺して殺す。特に戦術を変える気配はない。

「……もっと私を前面に出して盾として利用してくれて構わないんだぞ」

「そうか」

 ダクネスの言葉に、アイツはゴブリンを串刺しにしながら返事をする。特に戦術を変える気配はない。

「…………もっと私を前面に出して盾として利用してくれて構わないんだぞ」

「そうか」

 ダクネスの言葉に、アイツはゴブリンを松明で殴り殺しながら返事をする。特に戦術を変える気配はない。

「………………もっと私を前面に出して盾として利用してくれて構わないんだぞ」

「そうか」

 ダクネスの言葉に、アイツはゴブリンの死骸から装備を拾いながら返事をする。特に戦術を変える指示もない。

「………………もっと私を前面に出して盾として利用してくれて構わないんだぞ……!」

「そうか……何をする?」

 ダクネスの言葉に「そうか」としか返さない事への抗議か、ダクネスはアイツの肩へ手を置いていた。

「ちょ、待てダクネス。お前の馬鹿力で握って鎧が歪んだらどうすんだ。俺は弁償なんてしたくないからな」

「だ、誰が馬鹿力だっ!!」

 お前だ。真面目に安物の鎧くらいなら変形させられそうだし。

「アンタねー、ちょっとくらいダクネスの意見も聞いてあげたらどう?」

「意見として聞いている。だが今はその必要はないだろう」

「だが今の状態だと貴方の消耗も激しいだろう? なら私が盾になった方がいいんじゃないか? いやなるべきだろう!」

 これ普通なら相手を気遣っている清廉潔白な聖騎士みたいに見えるんだろうなぁ……中身知ってる俺としては自分の欲望に忠実な変態クルセイダーにしか見えないわけだが。

 でもこの頭のおかしいコイツだったら普通に採用してもおかしくないんだよな……。

 

「だがお前が危険だろう」

 

 ……おかしいな。この頭のおかしいヤツがすごく常識的に見える……。人の事を気遣えるだなんて……これじゃダクネスの方がおかしく……あ、ダクネスは元からおかしかったわ。

「望むところだ!! 任せてくれ!」

「少し落ち着け。気持ちが空回っているように見える」

「え、いやそういうわけでは……」

「消耗して肝心な時に役目を果たせない、というのは困る。ここはまだ温存するべきだ。違うか?」

「あ、はい……って、そうじゃなくてだな……」

 普通に気遣われて正論を返されてダクネスとしてもどう反応していいものかわからないみたいだ。俺だったら絶対に欲望に忠実すぎるダクネスに文句を言ってた。それでダクネスは悦んでた。

 というかここまで冷静に正論で返してくるヤツとか珍しい気がする。ここまでにダクネスの熱意に折れるかダクネスの性癖に気付くかのどちらかが多い気がする。

 それでもダクネスは諦めないようで自身の防御力の高さを売り込んでいた。どれだけ必死なんだよ。聖騎士とは一体なんだったのか。

「……仕方ない。次は囮スキルでゴブリン共を引き付けてくれ」

「任せてくれ!!」

 ……どうやらダクネスの熱意に負けたようで、次はダクネスを盾に攻めていく事になった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「さあ、来るがいいゴブリン共!! 私は決してお前たちに屈しはしない!!」

 囮スキルによって現れたゴブリンたちはダクネスに群がっていく。ゴブリンたちは思い思いに武器を振るっていくが、ダクネスはそれに耐える。……いや、そもそもダクネスに攻撃が効いてるのか疑問だ。

「で、どうするの?」

「こうする」

 ダクネスがゴブリンに取り囲まれていくのを見物しながら、俺たちが気になっていたことをアクアが質問すると端的に答えながらその腰の雑嚢から一つアイテムを取り出した。……あの雑嚢何でも入っているよな。

 取り出されたそれは液体の入った一本の試験管みたいな瓶で、中身はポーションのように見えた。

 それをゴブリンどもが群がるダクネスに向かって放り投げた。

「目と耳を塞いで口を開けろ」

「はっ?」

 放物線を描きながらダクネスの足元へと落ちたその容器は衝撃に耐えきれず甲高い音を立てて割れたかと思えば、

 

 

 

 

 

 中の液体がいきなり爆発した。

 

 

 

 

「――――――――ッ!?」

 爆発はダクネスとそれに群がるゴブリンたちを飲み込むほどの規模でかつ洞窟には被害を与えない絶妙な威力で、爆音もなかなかのものだった。なお目を塞ぎ遅れたのかアクアが「目が!? 目がぁーーーーっ!?」と悶えていた。俺もギリギリで塞ぐのが間に合ってなかったら危なかった。

「爆発ポーションだ。衝撃を与えると爆発する」

 マジか……コイツ、マジか……!?

「おま、味方になんて危険物を使ってんだよ……!?」

「本人と相談した上であれくらいの威力ならば問題ないと判断した」

「洞窟内で爆発物使っても大丈夫なんですか?」

「影響を与えない程度の規模に抑えたから問題ない」

「というか今の爆発で他のゴブリンが来るのでは……?」

「そうだ。だから今と同じ要領で削っていく。ゴブリン共が来る前に回復魔法をかけてやってくれ」

 鬼かコイツ。いやダクネスの希望ってのもあるんだろうけど……鬼かコイツ。

 というかあの液体、どっかで見た事あると思ったけどあれだ。ウィズの所で売ってた爆発ポーションだ。一本20万くらいするやつ。

 ……うん、やっぱコイツ頭おかしいわ。

 

 なおゴブリンの爆死体の中心で立っているダクネスは恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 その後も手を変え場所を変え、様々な手法をみせてくれた。

 

 剣で切り殺す。剣を投擲する。敵の武器を奪う。棍棒で叩き潰す。槍で突き刺す。飛礫で射抜く。盾で殴る。

 松明で殴る。油をぶちまけて火をかける。毒をぶちまける。etc……それらを躊躇なく行なっていく。

 事前に仕掛けていたロープにアクアが引っかかってゴブリンたちが罠に気付いた時にはどうしようかと思ったが、機転を利かせてゴブリンたちを一箇所に固めて爆発ポーションで掃討した時には唖然としたし、何故か洞窟内で遭遇した初心者殺しの目と鼻を毒の粉末で封じてゴブリンたちに誘導して対ゴブリン兵器として突っ込ませたのは乾いた笑いが止まらなかったが……というか手際よすぎだろ。

 今も麻痺毒をばらまいて動けなくなったゴブリンたちの急所に剣を刺していく作業をしている。

「何か、精神的にしんどい……」

 無抵抗な相手を次々と作業的に殺していくのは思った以上にキツイ。これ、冒険者の仕事じゃなくない?

 ニート時代にゲームのレベル上げとかで只管雑魚狩りしてた事はあったけど、実際にリアルでやるのとは明らかに違う。精神的にしんどい。

 アクアとか何かブツブツと「悪魔倒すべし、魔王しばくべし、ゴブリン……ゴブリンは……?」とか繰り返し呟き始めてるし、ダクネスも焦点の合ってない目で普段使われていない剣で「無抵抗の相手を殺傷するよう強制されるのは私の求めるモノじゃないような……」とか何とか言いながら只管ゴブリンを突き刺す作業に忙殺されている。

 コイツら大丈夫かと思っていると、唯一平気そうなめぐみんが血塗れで刃毀れしまくりのぺんぺん丸――いつの間に拾ってたんだコイツ――を片手に話しかけてきた。

「カズマ、何か目が死んでないですか?」

「何か、精神的にキツイ……キツくない?」

「そうですか?」

「……めぐみん何で、平気そうなんだよ」

「紅魔族の里でやった『養殖』と似たようなものですよ」

「……養殖が何かわからんがやっぱ頭おかしいんだろうな紅魔族って」

「なにおう!? そこまで言うなら紅魔族のどこがおかしいのか説明してもらおうか!?」

 普段と変わらず談笑しながら作業的に屠殺できてる時点でちょっとおかしい。そう思ってもそれを口にするのすら億劫であった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ゴブリンの巣窟は俺たちが思っていた以上に広かった。肉体的な疲労はもちろん、想定以上の精神的な疲労が俺たちを襲っていた。

 でも、これで一通り巣の殲滅は終わったと思うんだが……

「おかしい……」

「ん? 何がおかしいんだよ?」

 いやまあ、実を言うと俺もなんとなくおかしいとは思ってたよ。けどゴブリンやダンジョンに対する経験のなさから感じるのかと思うようにしてたんだ。でもやっぱりおかしいよな……

「巣の規模の大きさを考えても、明らかにゴブリンの数が多すぎる」

「やっぱりそうだよな! 明らかに数多すぎだよな!」

 この巣に入ってから俺一人だけでもゴブリン何十匹と殺したはずだ。さらに率先して狩り続けてるコイツが俺の何倍と狩ってると考えたら100匹近くはいた事になる。

 

 どんだけいんだよ! いくら何でも多すぎるわ!!

 

 普通がどれくらいなのかはともかく、さすがに今進んできたこの巣が大きいからといってそれだけの数が暮らせるとは思えない。

 何より依頼の報酬から考えたらさすがに割に合わなさすぎる。

「数自体もそうだが、ここまで数が増える要因が見つからなかった」

「要因? 何ですか?」

「女だ。ヤツらは人間の女を攫い、遊び道具にして孕み袋にする。そういった捕虜が一人もいなかった」

 孕み袋……あ、つまりは『ウス=異本』案件がなかったって事か……いや創作上なら俺も嫌いじゃなかったけど、リアルガチでとなるとさすがにクズマだのカスマだの言われる俺も見たいとは思えない。

 ……というか女がいる前でそうはっきり言わなくてもいいんじゃないか……?

 アクアやめぐみんは目に見えて引いているし、ダクネスに至っては「孕み袋!? なんて卑劣な行為を! ゴブリンどもめ、許せん!」なんて憤慨している。……何か思ったより昂奮してないな。

「それに先程の獣……何と言ったか……」

「初心者殺しか」

「それだ、ソイツがゴブリンに使役されていたこともおかしい。奴ら本来は力関係が逆のはずだ」

 確かに。普通ゴブリンを囮に駆け出し冒険者を狙う初心者殺しが、逆にゴブリンに使役されているというのは明らかにおかしい。慣れたように対処してた初心者殺しの名前覚えてないコイツもおかしいけど。

「それにあれだけの数がいながら、ホブやシャーマンも含めた上位個体が一切いなかった。この規模の群れならば小鬼英雄(チャンピョン)小鬼王(ロード)がいてもおかしくないが……」

「何か嫌な単語が聞こえてきたなぁ……」

 何だよ上位個体って。何だよチャンピョンだのロードって。いやまあゴブリンが進化したとしてもそこまで強くはないのかもしれないけどさ。

 

「――――あーーーっ!? ちょっ、ちょっとカズマさーん! カズマさーん! 助けて! 助けてー!!」

 

「何だよどうしたんだよ……!?」

 アクアの声にまた何かやらかしたのかと嫌になりつつも振り向くと思わずギョッとしてしまった。

 

 そこにあったのは何の変哲もない地面に下半身が沈んでいくアクアの姿だった。

 

「ちょ、お前何してんの!? どうやったらそうなるんだよ!?」

「助けてー! 私悪くないもん! 別に何もしてないのにこうなったのー!」

「何もないのにそうなるかーー!」

 泣きわめくアクアを皆で急いで引き上げた。主にダクネスの力でだったが、それにしても思ったよりも抵抗なくアクアを引き上げる事に成功した。

 改めてアクアが埋まっていただろう場所を見るが、特に違和感はない。何かが埋まっていたようには見えない。というかどう見ても普通の洞窟らしい地面だ。

「何もないじゃねぇか……ホント何やったんだお前……」

「違うもん! 私何も悪くないもん!!」

「……解呪の魔法をかけてみてくれ」

 だが、ダンジョンアタックに慣れているヤツから見ると違ったのか、アイツはその場所を見てこう口にした。

「セイクリッド~……ブレイクスペル!」

 妙にやる気のアクアの魔法が発動するとともに、先程までアクアが埋まっていた何の変哲もない地面が消えたかと思えば、何とさらに下へと繋がる穴が現れたのだ。

「偽装用の魔法だ」

「マジか……」

 普段は暗闇の中で、今も明かりがあるとはいえ松明の火があるだけのこの空間で、さらに偽装用の魔法までかけられてたらそれは気付けない。アクアが運悪く引っかからなかったら絶対に気付けなかった。

「謝って!! 私のせいだってすぐに決め付けた事を謝って!! 誠意と謝意を持って謝って!!」

「ええ……助けてやったのに謝罪しろっておかしいだろ」

 いや確かに今回アクアは悪くなかったけど……ここで謝ると調子乗りそうだしなぁ……。

「でもゴブリンに魔法で偽装するという知恵があるのか?」

「そもそもゴブリンがそんな魔法使えるんですか?」

「いや、シャーマンならともかく普通のゴブリンに魔法を使えん。普通に偽装するにしてももっと拙いものになるだろう」

 つまりはこの偽装はゴブリンによるものじゃなく、かといってここまでの道のりからするとゴブリンと無関係なヤツによるものとも考えにくい。ということは……

「間違いなくゴブリンどもを使役する者がいる」

 そう結論付けるとアイツはさらに奥底へと進んでいった。

「つまり、まだ探索は続くのか……」

「まあ私もまだ爆裂魔法撃ってませんしね」

 できれば今回は撃たないでほしいと切に思う。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「なんだここ……!?」

 

 アクアがたまたま嵌まった隠し通路、その先に広がっていたのは、今までのような雑然と掘り進めて作られた洞窟などではなく、石……というよりレンガのようなもので人工的に整備された回廊であった。

 少なくとも自然のものじゃなく、かといってゴブリンとかが掘り進めたなんてものでもない。洞窟というよりも何かの遺跡と言われた方がしっくりくる。

 さらに進むと、金属や硝子でできた物体やケーブルのようなものなど、明らかな人工物、というよりも科学的な装置のようなものがずらりと並んでいた。

「何だ、これ……?」

 いや待て。世界観おかしいだろ……何でファンタジー世界にこんな科学的な装置がずらりとあるんだよ……。

 様々な管が繋がれた装置。それはその空間の両壁面に添うようにずらりと並んでいた。

 その装置の大部分を占めている液体に満たされた、フラスコを思わせる硝子容器の中に、ナニカが浮かんでいた。

 その浮かんでいるナニカの正体に最初に気付いたのは、やはりこの男だった。

 

 

「――――ゴブリンだ」

 

 

 事態は大きくなりながら、それでもゴブリン退治は続く……

 

 



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4

 アクセルから遠く離れたどこか、一人の男が水晶を片手に玉座に座していた。

 

 男は人間ではなかった。魔王軍に属する存在で、魔王軍幹部にとて引けを取らない存在であると自負していた。

 そんな彼はある日、あるモノを見つけた。

 かつて存在した魔法技術大国ノイズ。今から考えると明らかなオーバーテクノロジーを有していた亡国の、その数少ない遺産とも言える遺跡で見つけた遺物である。

 それを見つけた時、彼は自身に運が向いてきているのだと自覚した。すぐさま部下に指示をだし、その装置を調査・実験を始めた。

 その装置は、生き物の血肉を入れるとその生き物を何体も複製する、まさに神の領域を侵す禁忌とも言える技術。

 しかしあくまで個体を物理的に複製するだけのため、精神まで複製する事はできず、経験を積んだ実力者に対して有効な個体を生み出す事はできない。さらに複製のための魔力もその個体によって大きく増減し、強力な個体を作ろうとすれば大量のマナタイト鉱石が必要になってくるだろう。ただしゴブリンのような雑魚であれば少量の魔力で事足りるため、質の悪さを数で補う事にした。

 大がかりな……というより半ば遺跡と一体化している装置であるため持ち出す事も出来なかったが、これにより彼は無数のゴブリンを生み出し軍勢を作り上げた。

 質は悪いが威力偵察や人類を疲弊させること、そして目晦ましにはちょうどいいだろう。

 人間たちは多少ゴブリンが増えた所でそこまで気にはしない。レベルが上がりステータスさえ上がれば脅威になどならないのだから当然とも言える。

 所詮はゴブリンなど雑兵だ。それは彼も理解していた。さらにいえば彼にとってゴブリンの軍勢はあくまで実験にすぎず、次の段階へと進むための試金石でしかない。

 現に複製の際に細工を施した初心者殺しの個体は、彼の狙い通り本来の習性を逸脱してゴブリンに飼われるなど実験は着実に進んでいる。最終的には種の本能や知能すらも都合の良い様に弄れるようになるだろう。

 この調子で実験を進めていけば、魔王軍幹部の座を得るために王都の前線で頭のおかしい勇者候補共に狙われる指揮官をわざわざ務める必要もなくなる。

 さらに言えば魔王軍幹部のベルディアが倒された事がある意味彼にとってチャンスになっていた。都合よく魔王城を覆う結界維持に必要な幹部が一人欠けたのだ。つまり何らかの功績を引っ立てればその後釜に収まる事も難しいことではない。

 とはいえ一朝一夕で成果が上がるものではなく、しかし全てを任せきりにしておくのも理解している彼は、定期的に遺跡に残した部下に報告をするよう指示していた。

 それが手軽にできるようになったのも、同じ遺跡で見つけた遠く離れた場所とやり取りができる水晶の遺物を発見おかげである。

 

 運は確実に自らに向いてきている……彼はそう確信していた。

 

 そんな折の時だった。それは、実験の報告を受けている時の事だ。

 

『どうし……なっ!? 水がぼぼぼっ――――』

 

 水晶を通しての部下からの報告は、その言葉と乱れる映像を最後に途絶えたのだ。

「水? 馬鹿な、一体何が……?」

 彼は困惑した。何せ部下がいた遺跡の場所は山の洞窟のさらに奥深く。水が押し寄せてくることなど考えられないのだから。

 あの周辺の気候から考えても豪雨などの天候が理由で映像が途絶えたとは考えづらい。

 ならば作為的なものだろうが、しかし仮に洞窟の奥深くまで大量の水が押し寄せたと考えたとすると、一体どうすれば可能なのか。まさか近くの川から水を引いて入口から流した……なんて馬鹿な事をする輩がいるとは思えない。

 

 考えられるとすれば、神器だろうか。

 

 忌々しい神々が与えたとされる超常的な力を宿した道具。それらならばまだ不可能ではないだろう。

 となれば下手人の候補として有力なのは勇者候補の誰かだが……

「いや、誰だろうが関係ない……!」

 おそらくあの遺跡の存在をどこぞの冒険者に嗅ぎ付けられたのだろう。つまりこのままだと彼の計画は全て水泡と帰してしまう。

 そうならなかったとしてもいくらかの被害は既にでているだろう。実験成果やあるいは遺産が破壊されている可能性すらある。

 それを想うと腹の奥から湧き上がってくる怒りと計画が完全に阻止されてしまうかもしれない焦りは、下手人を八つ裂きにしなければ……いや、それだけでは治まらない。

 下手人を八つ裂きにしたうえで、そのまま人類の拠点であるアクセルの街も潰してしまおう。ベルディアが敗北した地を潰す事で魔王軍幹部への切符とする。

 そうと決めた彼はすぐさまテレポートを用いて現場へと向かう。もちろん報告を受けていた部下のいたであろう地下にではない。

 あの部下がいた場所に下手人がいることは想像に難くない。

 であればその場にいきなり飛ぶ必要はない。あの遺跡に繋がる洞窟、その入り口から……そう考えて入口へと飛んだのだ。

 

 そして転移した先で彼の目に飛び込んできた光景は、白とも黒とも認識できない極光であり――――

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 あの後の事を結末だけ簡潔に話そう。

 

「我が眼差しは破壊への標、我が言の葉は破滅への福音、我が魔杖は滅亡への鍵。我が一撃は秩序を呑み込む闇にして混沌を切り裂く光。光と闇は混ざり合い、全てを消し去る矛となる。刮目せよ! これこそ万物悉く無に帰す至高の一撃!

 ―――― エ ク ス プ ロ ー ジ ョ ン !!

 

 目の前でめぐみん渾身の爆裂魔法が炸裂、ゴブリンの巣窟と化した山はその奥に隠された遺跡ごと爆裂、崩壊したのだった。ナムサン!

 

 今回の爆裂魔法の点数……87点ってとこか。

 

 ……もう少し詳しく説明するとしよう。

 

 洞窟の奥にあった遺跡を少し探索をしてみたものの、捕虜らしき人はおらず、謎の装置の中にいる無数のゴブリンしか見つけられなかった。

 もちろん謎の装置についても調べようとしたが、どこから調べればいいのかもわからずほとんどわからなかった。途中アクアがうっかりゴブリンの入った容器を破壊したせいで中にいたゴブリンが目覚めてしまうというアクシデントがあったりもしたが、専門家による流れるような一撃で頭部を叩き潰され始末された。

 まあ状況的なことと物語的なお約束から考えて、おそらくこの装置によって上の洞窟にいた大量のゴブリンが母体もなしに生み出されていたのではないか……という推測はできたものの、それ以上の情報を得られる事はなかった。

 もしかしてこの世界のゴブリンはこうして増えるのが常識なのかとも思ってその手の専門家に聞いてみたが、さすがにそれはないらしく、少しの間注意深く装置を調べていた。

 それを聞いた俺はこう思った。

 

 流石にこれ、ただの一冒険者の手に負えるものじゃないだろ。

 

 だってそうだろ。明らかに世界観が違う増え方で常軌を逸した増え方をするゴブリンなんてどう考えても厄ネタでしかない。国とかお偉いさんが何とかするべき案件だ。

 少なくとも一山いくらの冒険者が単独で、それもゴブリン退治の報奨金くらいで尽力するクエストじゃないはずだ。

 

 という事で一度ここから撤退しようと提案したのだが、俺の至極当然な意見に反対の声が上がった。「まだ爆裂魔法を撃ってない」だの「女神の私の手に負えないわけないでしょ!?」など一考する価値もない意見は当然無視するが、無視しにくい意見も当然あった。

「あの装置があれば無限にゴブリンが生み出される。それを放置するわけにはいかん」

 ゴブリンの専門家として説得力のある意見であった。いやまあゴブリンみたいな雑魚敵が増えても……って思わなくもないけど、今回で大群のゴブリンは厄介だってのは理解できたし……

「気持ちはわかるがあれは最早一冒険者の手に負える問題ではないだろう。手を誤れば国が滅びるぞ」

 ソイツの言葉に意見したのは意外にもダクネスだった。コイツだけ反対してないのが不思議だったけど、そういう考えだったのか。コイツもこういう考え方を見るとやっぱり騎士らしいっちゃらしいんだよなぁ……あの性癖さえなければ。

「国が滅びずとも、時間があればゴブリンは村を滅ぼす」

「確かに、それを否定はできないが、しかしさすがに我々だけで済ませられる範囲を超えていないか……?」

 しかし相手も一歩も引かない。確かにいくらゴブリンが弱いっていってもあんな大群で襲われたら溜まったもんじゃない。それも戦える人間がいない場所ならなおさらだ。それを理解できないわけじゃないダクネスとしては言葉に詰まってしまっていた。

 俺としてはもう誰かに丸投げしたいって気持ちが強いんだけど……この情報だけで金も貰えそうだし。でもコイツ梃子でも動かなそうだしなぁ……。

「……で、何か手でもあんのかよ?」

「カズマっ!?」

 案があってそれがよさそうなら別にいい。けどないならどうしようもないから諦めてもらおう。そんな思惑で口にした俺の問いかけに対してコイツはすぐさまこう返してきた。

 

「――――いい手がある」

 

 ……本当にいい手なんだよな? と、不安になった。

 

 で、実際に聞いてみるとその不安はある意味的中していた。

 なにせそれは、アクアによる全力の洪水であの謎の遺跡を洞窟ごと水没・圧壊した上でめぐみんの爆裂魔法で全てを吹き飛ばすという案だった。力技にも程がある。

 その案を聞いた俺とダクネスは山が崩れるだろうと猛反発したのだが、その反論を聞いて俺は口を閉じた。

 

「だがゴブリンは死ぬぞ」

 

 うん、確かにそうだけどそういう問題じゃなくて……などと考えていたが、冷静に考えていくとそこまで悪い手ではないのではと思考が動いた。

 確かに今回の一件、周辺の村やアクセルの街、ひいてはこの国の安全を考えれば、あの謎の装置のある遺跡を山ごと葬り去った方が良い事だろう。

 さらに宴会芸の女神のちんけなプライドも頭のおかしい紅魔族の爆裂欲も同時に満たせるわけで、さらに作戦立案などは全部コイツなわけだから何か問題が起きたとしても俺の責任じゃないと言い張れる。

 それに何より、もう色々と面倒だしそれが一気に解決するんなら……もういっか。そう判断した俺はゴーサインをだした。

「カズマッ!?」

 それにダクネスは驚いていたが、判断が揺れているせいか強く反対をする事はなかった。

 

 そこからはもう簡単だった。一旦ダンジョンから退避、そしてアクアが全力の魔法で洞窟内に大量すぎる水を流し込んで水没させてからめぐみんの爆裂魔法で山ごと崩してゴブリンの巣は完全に消滅した。

 

 

 こうして俺たちのゴブリンの巣の掃討クエストは、山を一つ犠牲にして終わったのだった。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「――――さて、あれから一日休みを取りましたが、今日は何の依頼を受けるんですか?」

「まあ、ゴブリン退治かな」

「ええー!? また~!? もういいじゃない。今日も休みましょうよー」

「このお馬鹿! 金がないって言ってるだろ!!」

「まあ、悪くはない。悪くはないかな……」

 あの地獄のようなゴブリン退治を終えて報酬を受け取ってから二日後、俺たちは再びギルドで依頼を受けようとしていた。

 さすがにもうあんなイレギュラーなゴブリン退治にはならないだろ。ダクネスを囮に削っていけば大体イケるってのはわかったし、最弱職の冒険者だってやり方次第でヤバいってのも頭のおかしい前例が証明してくれたし……まあ何とかなるだろ……いざとなったら巣ごと丸ごと爆裂魔法でブッ飛ばそう。

「ゴブリンの巣の掃討依頼はまだいくつかあったはずだ。これで少しでも金を溜めて……ってあれ?」

「どうしましたかカズマ?」

「なくなってる……!? ゴブリン駆除の依頼が全部!?」

 今依頼ボードに張り出されているのは俺たちには荷が重そうなものばかり。数日前、というか二日前にはまだいくつか残っていたゴブリン駆除の依頼、それが一つ残らず消えていたのだ。

「ゴブリン駆除の仕事は割に合わないから人気がないって聞いてたのに……! 何で……!?」

 想定外の事態に思わず困惑する俺に、たまたま近くを通りがかった受付嬢さんは何でもないようにこう口にした。

 

 

「ああ、ゴブリン退治依頼でしたら彼が全部受けていきましたよ」

 

 

「え?」

 彼、というと……まあアイツのことだろう。まあアイツがゴブリン退治を受けるのは何ら違和感はない。

 ただ、おかしな点はそこじゃない。

「ぜ、全部……?」

 そう、おかしいのはアイツ一人で何件かあったゴブリン退治の依頼を全部請け負ったという点だ。

 確かに俺たちは一日休んだ。あまりにもいろいろと詰め込まれたからたまにはと休みを取ったのだ。

 だが一日だ。その一日の間に、アイツ一人で、何件もあったゴブリンの巣の掃討を、全部請け負う?

 いやおかしいだろ。普通無理だろ。というかやろうとも思わないだろ。

 そんな感じで困惑する俺の様子に受付嬢さんは「そうですね……」と何か説明をしてくれるみたいだ。それが納得のできるものだと良いんだけど……。

「アクセルの街でゴブリン退治の依頼って少ないですよね」

「え? 確かに、あんまり……というかほとんど見たことがないな」

 アイツの説明だと思ったから何か予想の斜め上の話になったけど、確かに少ない、というかほぼなかった。

 ゴブリン退治といえば、ファンタジーにおける登竜門、普遍的に存在している依頼というイメージだ。

 たとえこの世界がたまにファンタジーというか常識にケンカ売ってんのかと思う事のあるふざけた世界だとしても、ゴブリンといえば雑魚モンスターという認識は変わらないようだった。

 それなのに俺はこのアクセルで冒険者として活動していてゴブリン退治の依頼を見た記憶がなかった。

 初心者向けの依頼としてはジャイアントトードが前面に出ていたから気にはならなかったけど、よく考えればゴブリン退治の依頼を見たのはこの前が初めてだった気もする。駆け出し冒険者の街と言われるアクセルで、決してゴブリンが存在しないわけでもなく、敷居の高い相手ではないにも関わらず、だ。

「……って、まさか!?」

 そこで俺の脳裏にある一つの考えが浮かんできた。いや、まさかそんなことあるわけ……

 しかしそれを肯定するように受付嬢さんは言葉を続けた。

「ゴブリン退治の依頼が出ると、すぐさま彼が全部根こそぎ狩りつくしてしまうんです」

「はぁっ!?」

 つまりアクセルでゴブリン退治が出回らない理由は人気云々じゃなくてたった一人の男によって独占された結果って事か……!?

「うーん、ちょっと違いますね。彼、文字通りゴブリンを根こそぎ狩りつくしちゃうんです」

「は?」

「この辺りにゴブリンがいなくなってしまうので、依頼自体がなくなるわけです」

 まあしばらくしたら他所からゴブリンが湧いてくるんですけど……と受付嬢さんが言うが、それもすぐさま狩られてしまうと言外に述べていた。

 つまり何か。この辺りじゃゴブリンは絶滅危惧種って事か? で、それを為してるのは一人の冒険者って事か? 常識が崩れるんだが……

「やっぱアイツ、頭おかしいじゃねぇか……」

「ですので、変な意味で有名な彼は他の冒険者やギルドからこう呼ばれています――――」

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 薄汚れた鎧兜に中途半端な長さの剣。さらに職業は最弱職の『冒険者』。その活動内容はゴブリン退治ばかり。

 しかして彼はその機転と活動量によって『最優の冒険者』とも称されるようになる。

 

 

 人は彼を、『小鬼を屠る者(ゴブリンスレイヤー)』と呼んだ。

 

 

 




以上でゴブリンスレイヤー in このすば は完結となります。



まさか一話短編の予定だったのがここまで字数が増えるとは思っていませんでしたが、何とか終わりに漕ぎつけたので良かったと思います。

なお、この続きを書く予定はありません。あったとしても今回出てこなかったキャラとゴブスレさんとの交流が書ければ、というくらいかと思います。悪しからずご了承ください。

拙い作品ではありましたが少しでも楽しく読んでいただけたのなら幸いです。
ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。


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