ネイア・バラハの冒険~正義とは~ (kirishima13)
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第1話 正義

 トントントン。

 台所から軽快な音がする。今日は久しぶりに母が帰ってきていた。手料理をご馳走すると張り切っている。そしてたまにガンッ、ドンッと言った奇妙な音がしているのを心配そうにチラチラ見ている眼つきの悪い父。

 母は料理が苦手だ。味を期待はしていないが母の手料理が食べられるというのは素直にうれしい。聖騎士である母は忙しくたまにしか帰って来られない。

 心配そうにしている父が「包丁を使うときに武技は使っては駄目だ」とか、「手伝おうか」などと言って母に睨まれている。それが何ともおかしくて笑ってしまった。

 それを見ていた少女はふと疑問に思ったことを聞いてみた。『正義とは何か』と。

 料理に悪戦苦闘しながらチラリと父のほうを見て母は答えた。『正義とは愛する人を守ることである』と。次に少女は父に同じ質問を投げかける。父も母の方をチラリと見ながら幼い少女に答えた。『正義とは愛する人を守ることである』と。

 二人の顔をよく見るとりんごのように赤くなっていた。それを見て少女は思った。正義とは人を愛することなのだと。

 

 

 

 

 

 

「顔こわっ!」

 

 それが()()と出会って最初に投げかけられた言葉だった。

 

 

 

 

 

 ローブル聖王国。多数の亜人の紛争地帯であるアベリオン丘陵に接するこの国は、亜人たちとの長い戦いの末作られた長大な城壁によりその国境を囲い侵攻を防いでいた。

 いつ終わるとも知れぬその侵攻に備えるため、聖王国の聖騎士たちは常に国境の監視を怠ることはない。そんな聖騎士の中でも最下級、見習い騎士の少女ネイア・バラハは、見習い仲間たちとともに城壁外の見回りを行っていた。

 ネイアは革製の軽微な装備をまとい、グレーのマントを羽織っている。白いマントを羽織えるのは正式な聖騎士になってからだ。腰には聖騎士の印ともいえる長剣、背中には弓を背負っている。

 ブロンドの髪を肩口まで伸ばし、それが太陽の光を浴びて輝いている。顔だちも整っており、悪くない。スタイルもすらりとして無駄な肉はなく、控えめに言っても美人と言われてもおかしくはないだろう。しかし、彼女のチャームポイントであり、欠点でもある一点、父から受け継いだその一点があるがゆえにネイアを美人と言うものはこの国にはいなかった。

 

(あれは?黒い布?いや……人?)

 

 見回りを行っていたネイアは城壁の影に何かを見つける。草むらの中にあるそれは最初黒い布に見えた。他の仲間たちは気付かなかったようだ。ネイアの父親から受け継いだ目と感知能力ゆえに見つけられたのだろう。しかし、よく見るとそれは布ではなく、服のようであった、そして人の形を取っている。

 

(行倒れ?大変!助けないと)

 

「あの!大丈夫ですか!?」

 

 声をかけ近づくが、途中でそれが人ではないことに気づいた。豪奢な装飾を施したローブを纏っているそれは既に人ではなかったのだ。城壁に片手を伸ばすように突き出したその手は白骨化していた。亜人から逃げてきたのか、旅人が聖王国に来ようとして力尽きたのか。聖王国を目の前にしながら亡くなったこの者はなんと哀れなことか。

 ネイアも見習いとはいえ聖騎士の端くれ。彼の者の魂に安らぎが訪れるようにその場に膝をつき、両手を組み合わせる。神への祈りを捧げるためだ。

 

(神よ……哀れなこの魂に安らぎを与えたまえ)

 

 ネイアの祈りに応えるように目の前の白骨化した遺体が淡く光る。浄化の光だ。この世界に未練を残したまま死んだ者の魂はその場に残り続け、負のエネルギーを発し、時にアンデッドとして蘇ると言う。そのようなことにならないよう、大地へとその魂を返す遺体の浄化が行われるはず……であった。しかし・・・・・・。

 

 目の前の骨はむくりと起き上がると周りをきょろきょろと見回した。やがてネイアに気が気付くとネイアに向かって言い放ったのである。

 

「顔こわっ!」

 

 

 

 

 

 

 突然動き出し、そして声を上げた骨にネイアが最初に感じた感情は「驚き」でも「恐怖」でもなく「怒り」であった。目の前の骨は豪奢な漆黒なローブが似合うような恐ろしい顔つきである。目の周りには亀裂が入りそれが禍々しさを醸し出している。胸の部分にちらりと見える赤い球は血の色のような鈍い光を宿し人間の心臓のようである。そんな骨に怖いと言われては堪らない。

 

(こっちのセリフなのに!そっちのほうが絶対顔が怖いわよ!)

 

 彼女の唯一の欠点、それは目つきが凶悪なまでに悪いことである。『凶眼の射手』の二つ名で呼ばれるネイアの父から受け継いだその目は、非常に遠くまでものを見通せ、感知能力にも優れている非常に有用なものである。しかし、同時にその眼は一目見た子供が泣き出すほどに凶悪な眼だったのだ。『殺人者眼」とまで言われ、ネイアは今まで何度犯罪者と思われ通報されたかわからない。

 しかし、それでも目の前のアンデッドより怖いわけがないと思っていた。

 

「あなたのほうがよっぽど怖い顔じゃないですか!」

 

っというか口に出していた。

 ネイアに言い返された骨は自分の手足を不思議そうに見つめている。

 

「あれ?ユグドラシルのサービス終了したんじゃ?コンソールも出ない!?ねぇ、どうなってるんですか?」

 

 訳の分からないことを問いかけてくる骨。ネイアの立場からすると仲間を呼んで滅ぼすのが正解だ。何しろ相手は人類の敵なのだから。だが、目の前の骨は様子がおかしい。

 

「サービス終了が延期になったんですか?それにしてはGMコールも使えませんし……ん?」

 

 突如、骨がネイアに近づいてくると顔をまじまじと見つめてくる。

 

「な、なんですか」

「瞬きを……してる……?」

 

 骨と違って人間なんだから瞬きくらいする。何を言ってるんだと思っていると骨がネイアの手を握ってきた。

 

「ひゃあ!」

「脈が……ある!?っていうか暖かいし柔らかい……」

「ちょっと!何触ってるんですか!」

「あっ、すみません!」

 

 慌てて手を放す骨。

 

「あの、ここは一体どこなんでしょうか。あ、私の名前はモモンガと言います」

 

 この骨はモモンガと言うらしい。周りをキョロキョロと見まわして赤い眼光が線を引くが、それは不安そうな眼差しにネイアは感じた。アンデッドになったばかりなのだろうか。ビクビクしているようにも見る。はっきり言って弱そうである。

 

(私でも勝てる?)

 

 相手の怯えぶりにネイアは気を取り直して対話を試みることにした。

 

「ここはローブル聖王国の城壁の外側です。私は聖騎士見習いをしているネイア・バラハといいます。あの……あなたはアンデッドですよね?」

「え?あ、はい。アンデッドですがそれが何か?」

「それが何かって。あのー……すみませんが、アンデッドなのであれば滅ぼさないといけないのですが」

 

 自分で言ってて間抜けな会話である。聖王国に限らずアンデッドは生きとし生けるもの共通の敵だ。しかし、目の前の骨は何とも憎めない感じであり調子が狂わされる。

 

「別に何も悪いことしていないんですが……するつもりもありませんし、なぜ滅ぼされるんですか?」

「アンデッドは生命を憎み、それを殺す存在だから……なんですが……あなた本当にアンデッドなんですか?」

「まぁ見ての通りですが、別に人を憎んだりしてませんよ?」

「うーん……」

 

 この骨の処置に困った。

 

「おーい、ネイア。何かあったのか!?」

 

 すると先に見回りに行っていた仲間たちがネイアがついてこないことに気づいたようで壁の角の向こう側から呼びかけてきた。

 

「お仲間ですか?」

「そ、そうです!でもその姿見られたら滅ぼされちゃいますよ!」

「ええ!?」

 

 目の前の骨は緑色に光ったり消えたりして、あたふたとしている。

 

「そうだ!じゃあこれでどうでしょう!」

 

 骨が腕を一振りするとその顔や手足が一瞬で人のものに変わる。そこに現れたのは冴えない感じの平凡な男の顔だった。魔法だろうか。それとも最初のアンデッドの顔のほうが偽物なのだろうか。思わず確認しようと顔に触れようとするとそのまま触れずに指がめり込んだ。

 

「うわっ!」

「これじゃダメか!ではこれでどうですか。《上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)》」

 

 幻術の肉体の周りに実態の漆黒の全身鎧が纏われる。

 

「これでいいでしょう。バラハさん!お願いします!アンデッドであることは黙っててください!」

 

 骨は両手のひらを目の前で合わせ膝をついてネイアに懇願してきた。

 

(どうしよう……魔法はすごかったけど……弱そうだし見つかったらすぐやられちゃいそう……)

 

 なりたてのアンデッド。それも生まれてすぐに滅ぼされてるとなるとネイアも罪悪感を感じる。それにネイアは不思議なことに目の前の骨と話をしていて嫌悪感は一切感じなかった。むしろ骨の姿のほうが幻術だとしても不思議ではないくらいだ。

 

「うーん……わかりました。黙っていてあげます。でも、もし人を傷つけたり悪いことをしたらすぐ滅ぼしちゃいますからね。あと、できるだけ私の目の届くところにいること。それでいいのであればですが」

「バラハさん。ありがとうございます!」

 

 目の前で骨がペコペコと頭を下げている。

 

「ネイアでいいですよ。まだ見習いでさん付けとか慣れてませんので」

「では私のことはモモンガと呼んでください。あ、それからアドレス登録してもいいですか?」

「アドレス?」

 

 ネイアが聞き返したが早いか頭の中でピコーンと言う音が鳴り響いた。

 

「ちょっと!今なにしたんですか?怖い怖い怖い!」

「本当にありがとうございました。これからよろしくお願いします」

 

 何をされたか怖かったが、仲間が集まってきてそれも聞くことができず、モモンガこと骨のことは行倒れしていた旅人ということで話は収まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日ネイアは二度寝を楽しんでいた。本日の勤務は午後からなのでゆっくりできる。久しぶりにのんびりとした朝を楽しんでいたところ、突如、頭の中に声が響いた。

 

『おはようございます!ネイアさん。ちょっと話いいですか?』

 

 頭の中に声が響くなど初めての体験で、亜人の侵攻を知らせる鐘がなるよりもびっくりしたネイアは跳ね起きる。

 

「だ、誰!?」

 

 空耳にしては大きかったと不思議に思っているとさらに続けて声が聞こえる。家に誰かが侵入してきたのだろうか。恐ろしくなったネイアはタンスやベッドの下を調べるが誰もいない。

 

『あ、突然すみません。昨日お会いしたモモンガです。《伝言(メッセージ)》の魔法で話しかけさせてもらってます』

「モモンガさん?」

『今噴水前の広場のカフェにいるんですが、少しお会いできませんか?』

 

 これが格好いい男性からのお誘いなら喜んでいくのであるが、相手はアンデッドだ。それに骨がカフェでお茶とはどんな冗談なんだろう。飲み物が飲めるのだろうか。だが、モモンガを昨日見逃すことに決めたネイアには責任がある。しぶしぶ了承したネイアはカフェへ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 カフェに到着すると漆黒の全身鎧を着た戦士がオープンカフェに座っていた。ネイアに気づくと嬉しそうに手を振っている。

 

「おはようございます。ネイアさん」

「おはようじゃないですよ!いきなり頭の中に声がしたから心臓が止まるかと思いましたよ!寝てたのに!」

「え?寝てた?」

 

 首をかしげる骨。中身を知っているネイアはその可愛らしい仕草に突然起こされたことも手伝ってイラッとする。

 

「ああ、そうか。ユグドラシルじゃわざわざログインしてまで寝てる人なんて寝落ちしてる人くらいだったからなぁ。確かに寝てるところに《伝言(メッセージ)》が来たらびっくりしますね。すみませんでした」

「で、何の用なんですか」

「その前に注文してはどうですか?昨日のお礼に奢りますよ」

「えっ、いいんですか!」

 

 ネイアは目の前の骨と同じアイスマキャティアを注文する。ネイアの給金ではこのような喫茶店でお茶をするなど贅沢の類だ。それを奢ってくれるのであれば睡眠を邪魔されたくらいは大目に見ようと思う。

 

「まずは昨日は見逃していただきましてありがとうございました」

「それは別にいいんですけど……」

 

 アイスマキャティアが届き、口をつけるネイア。

 

「んーっ、冷たくて美味しいー」

 

 美味しそうにアイスマキャティアを飲むネイア。それを見ていたモモンガが自分のストローをヘルム下から口に当てるのを見てネイアはぎょっとする。

 

(飲めるの!?いやいや、飲んだふりするだけよね。骨だし)

 

 一体どうなるのかとじっと見ているとグラスの中の飲み物が減ってる。そしてモモンガの動きが止まった。胸元からポタポタと液体がこぼれている。

 

「ごほっ!ごほごほ!」

 モモンガはわざとらしく突然むせたように咳き込むとどこからともなくハンカチを出して飲み物を拭いている。

 

「しまった……人間だった時のくせでつい……」

「ぷっ!」

 

 モモンガのつぶやきを聞いてネイアは思わず吹き出す。何なんだこの残念な骨は。

 

「ぷふふっ、ふふふふふ」

 

 ツボに入って笑っていると周りからヒソヒソ声が聞こえてきた。

 

「おい、衛兵呼んできたほうがいいんじゃないか?」

「あの目つき・・・・・・何か企んでる笑いだぞ」

「人を殺しにでも行くのか」

「ねえ、ママあの女の人……」

「しっ、見ちゃいけません!」

 

 ネイアが笑うといつもこうだ。出来るだけ人に目つきを見られないように俯いているとモモンガから同情の声が飛ぶ。

 

「あの、ネイアさん……どんまい!」

「放っておいてください!」

 

(骨に励まされた。骨に!)

 

「っていうか、モモンガさん。今『人間だった』って言いました?やっぱりモモンガさんって元人間なんですか?」

「ええ、まぁ。そうと言えばそうですね。だから飲み物を飲んで味がしないって言うのが残念で・・・・・・。それ・・・・・・どんな味なんですか?」

「これですか?ミルクの味に砂糖甘味にと燻した茶葉の香ばしい香りが付いた感じですかね?」

「それは・・・・・・美味しそうですね。ああ、飲みたい!この体が恨めしい!」

 

 悔しがるその姿は本当にただの人間のようだ。ネイアだって味を感じられない体になったら同じように思うだろう。

 

「それで奢ってくれるためだけで呼んだわけじゃないですよね?」

「私の行動を見張るって言ってたでしょう?ですので、こちらから近況報告をしておこうかと思いまして。それにこれは私にとっても必要な事です」

「必要?どういうことです?」

「この国に私の正体を知るのはネイアさんしかいない。そしてこの国の事情を考えると正体を明かすわけにもいかない。だから本音を話せるのは今ネイアさんしかいないんです」

「何が言いたいんですか?」

「つまり、たまにでいいのでこうやって本音で話をさせていただきませんか?それは私を見張るといったネイアさんの提案にも沿ったものです。お互いにウィンウィンの関係でしょう?」

 

 この国に頼れるのは私だけ。それはよく分かることであった。自分の本音を隠したまま過ごしていくのはつらいと感じるということは、モモンガには今まで本音をぶつけ合える仲間でもいたのだろうか。

 

(遠く離れた国で頼るあてもなく一人で放り出されるってすごく心細いわよね……)

 

「……分かりました。それで近況報告と言うのは?」

「実はですね・・・・・・」

 

 モモンガは嬉しそうに胸元から1枚のプレートを取り出す。

 

「冒険者として登録したんですよ。登録名はモモン。人前ではモモンって呼んでくれると助かります。これで生計を立てていこうかなと」

「冒険者になっちゃったんですか!モモンガさん!」

「えっ、何かまずかったですか?」

「まずかったも何も、この国の冒険者がどういうものか分かっているんですか!?」

「未知を求めて冒険する的な?」

「違います!そういう冒険者も他の国にはいますがこの国の冒険者は亜人との戦争に雇われるんですよ!それも前線にです!危ないからやめたほうがいいですよ」

 

 聖騎士見習いのネイア程度にビクビクしているようなモモンガが戦争に参加してもあっけなくやられてしまうのは目に見えている。しかしモモンガはあっけらかんとしたものだった。

 

「ははは、アンデッドが冒険者なんてやるなとか言われるかと思いましたよ。あなたは本当に優しい人ですね。でも大丈夫です。調べたところこのあたりに私が負けるような存在はいないようですから」

「はぁ?」

集眼の屍(アイボールコープス)を召喚して周辺を捜索して確認したから間違いありません」

「召喚?使い魔的なものですか?」

 

 ネイアが想像したのは小動物や妖精などの使い魔だ。目の前の愉快な骨が使っているとすると妖精だろうか。ネイアは頭の中で妖精枠を作りそこに『あいぼーるこーぷすさん』を放り込んでおく。

 

「そうですね。心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それから先日は見逃してくださって本当にありがとうございます。お礼にこれを貰っていただこうかと」

 

 モモンガがどこからともなく取り出したのは弓であった。一見しただけで一級品とわかるそれは動物の体の一部が使われていると思われるが、白く輝き神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「アルティメイト・シューティングスター・スーパーです。それからこちらのミラーシェードもどうぞ。先日お会いした時も弓を持っていましたのでこれらならネイアさんの役に立つのではと思いまして」

 

 目の前に出されたこれらはどちらも超がつくほど貴重な魔法道具(マジックアイテム)だろう。見習い程度が持つ武器では決してない。

 

「こんなものをもらうわけにはいきません!」

「いえ、気にしないでください。それではまたお会いしましょう」

 

 モモンガはこれで話は終わりだと、立ち上がり右手を上げて別れを告げると振り返ることなく冒険者組合の方向へと帰っていった。ネイアのつぶやきだけを残して。

 

「どうしよう、これ」

 

 

 

 

 

 

 亜人の侵攻を知らせる鐘が鳴り響いている。ネイアは他の聖騎士見習いたちとともに対応に駆り出されていた。ネイアが配置されたのは西側の城壁の上だ。ネイアの仕事は援護と伝令である。基本的にはネイアの目に見えた戦況を報告するのが仕事だが城壁の上から必要であれば弓で援護することも許されている。

 城壁の外側には聖騎士と民兵、また雇われた冒険者たちの姿もある。そしてその中に漆黒の全身鎧(フルプレートメイル)を纏った冒険者もいた。モモンガである。

 

(モモンガさん本当に大丈夫かな。もしやられちゃったら……)

 

 お礼にもらった弓とミラーシェードは現在装備している。立派な装備に身を包んだ自分への周りの見習い仲間からの視線が痛い。

 

(そうだよね。見習いが装備するようなものじゃないものね。私だってそう思う)

 

 これだけのものをもらうだけ貰っておいてモモンガさんがやられてしまったらと思うと心が痛む。

 

(あまり前線にでないでよ。援護はするけど)

 

 ネイアがそんなことを思っている間に亜人は城壁へと迫ってきていた。今回侵攻してきた亜人の種族は山羊人(バフォルク)。山岳地帯にすむ亜人で、長い毛の直立した山羊のような外見をしている。その健脚はまさしく山羊の如くであり、わずかな凹凸を足掛かりに城壁すらも駆け上るほどだ。

 絶対に城壁まで行かせてはならない。そのため防御を重視した陣形を取り迎え撃とうと聖騎士たちが盾や槍を構える。しかし、それを無視する影が一つ。漆黒の鎧の戦士、銅のプレートを持つ最下級の戦士が一躍最前線へと飛び出したのだ。

 

(モモンガさん何を!?)

 

 ネイアはとっさに援護するために弓をモモンガへと向けたその時、

 

―――山羊人(バフォルク)達が飛んだ。

 

 それは文字通り宙を舞ったのである。漆黒の戦士がグレートソードを一振りするたびに山羊人(バフォルク)が体を両断され宙を舞う。それも数体同時にである。それを見て聖王国軍は驚きに固まる。それもそうだ。最下級の冒険者がこれまで誰も成したことのないような戦いぶりを見せているのだ。驚愕に固まらないわけがない。そして誰かが呟く。

 

「漆黒だ……漆黒の英雄だ……」

 

 しかし山羊人(バフォルク)達もただやられるために突撃するわけではない。強敵の出現に対応するため一斉に漆黒の戦士を取り囲み、全方位から突撃へと切り替える。力で敵わないのであれば数で押し切ろうということだろう。

 聖王国軍は防御陣形を崩すわけにもいかず、その混戦を遠目から眺めるのみであった。しかし、ネイアは全方位を取り囲まれたモモンガを一人で戦わせるわけにはいかないと判断する。

 

(なんで誰も援護しないの!もう!)

 

 ネイアはモモンガから貰った弓に矢をつがえると引き絞る。

 

(なにこれ。体の内側から力が湧いてくるみたい……この弓の効果なの?)

 

 ネイアの腕に不思議と力がみなぎる。そしてそのままモモンガの後方から迫る山羊人(バフォルク)に狙いを定めると矢を解き放った。矢はネイアの予想を上回る速度で空気を切り裂き、山羊人(バフォルク)の後頭部に突き刺さる。

 

(この弓すごい……いけるわ)

 

 一方的な戦いであった。前方の敵はモモンガが、後方の敵はネイアが次々と刈り取っていく。しかし、そこへひと際身体の大きい山羊人(バフォルク)が現れる。ネイアの周りからは『豪王』と言う言葉が聞こえてくる。山羊人(バフォルク)の王、豪王バザーだ。山羊人(バフォルク)達を切り裂いていたモモンガの剣がバザーに向かうが、それは爪にはじき返された。

 

 そこからは凄まじいまでの攻撃の応酬であった。モモンガとバザーは一歩も引かずにお互いの技と力をぶつけ合う。鳴り響く爪と剣が撃ち合う音。人間、山羊人(バフォルク)すべてのものたちが争いを一時やめ、その戦いに見入っていた。しかし、ネイアの目にはモモンガの余裕が透けて見えていた。

 

(何か狙ってるの?こっちをチラチラ見てる?)

 

 バザーの攻撃をかいくぐり、モモンガの剣がバザーを切り裂こうとするその時、モモンガの赤い眼光がネイアの方向を振り向いた。そして頭の中にモモンガの声が聞こえる。

 

『ネイア、今だ。撃て。ボスの経験値は君に差し上げよう』

 

 その言葉を聞き、咄嗟にネイアはバザーに向けて弓を射った。モモンガの剣がバザーを体を切り裂き、ネイアの矢がバザーの額に突き刺さる。バザーが倒れた瞬間、ネイアは自分の中に力が湧き上がるのを感じるが、それが何なのか今のネイアには分からないのであった。

 

 

 

 

 

 

 山羊人(バフォルク)達の侵攻は失敗に終わった。その功労者たるモモンガは聖騎士達からの称賛と歓迎の誘いを丁重に断り、戦場跡に聖騎士見習いたちと残っている。

 ネイア達聖騎士見習いとともに、戦場の後始末をすることを選んだのだ。英雄にそんなことをさせるわけにはいかないと誰もが言ったがモモンガは譲らなかった。

 見習い騎士たちは穴を掘り、そこへ山羊人(バフォルク)の死体を放り込んでいく。腐敗することによる病気の発生やアンデッドによる被害を防ぐためだ。そんな中、モモンガはシャベルで土を掘り、その中へ丁寧にバフォルクの死体を横たえ、その上に優しく土をかけていた。埋葬が終わると両手を合わせてナンマイダブナンマイダブと呪文のようなものを唱えている。

 

「何をしているんですか?モモンガさん」

「供養ですよ。自分で殺しておいてなんですが、私のいた国では亡くなった人は仏様と言って大切に扱わないといけないんです。敵対して殺しあった者ですが、山羊人(バフォルク)達にも安らかに眠ってほしいと思います」

 

 それを聞いていた周りの聖騎士見習いたち、穴を掘って死体を蹴り入れていた者たちはバツの悪い顔をする。ネイアは埋葬を続けながらモモンガに話しかける。

 

「モモンガさん、強かったんですね。びっくりしちゃいました。正義の味方って感じでしたよ」

 

(アンデッドなのにね)

 

「正義……ですか。私の仲間に正義を目指した人はいましたけど、私は正義じゃないと思いますよ。まぁこの姿はその人の恰好を真似たものなんですが、こんなに殺してしまって……。そもそも正義ってなんなんでしょうね……」

 

 悲しそうに山羊人(バフォルク)の埋まった地面を見つめるモモンガにネイアは自分の常識が壊れる音を聞いた気がした。自分の考えていた正義の定義が真っ向から否定された気がしたのだ。敵として死んだ者たちのことまで想うその考えはとても尊いものではないのだろうか。周りの仲間たちも感じ入ったのか、その後、死体を粗末に扱うようなことはなく埋葬作業は夜明けまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 数か月後、ネイアは頭を悩ませていた。モモンガの処遇についてだ。山羊人(バフォルク)の撃退からこれまでモモンガは亜人達の侵攻からの防衛戦で活躍を続け、今やアダマンタイト級冒険者となっていた。しかし、冒険者は国に縛られることはない。いつでも他国へ移動してしまえる不安定な存在だ。防衛戦力の一つとなったモモンガを他国に流出させるわけにはいかない。そこで聖王国政府はモモンガを聖騎士として勧誘しようと躍起になっていたのだ。

 しかし、モモンガはそれらのあらゆる勧誘を全て断っていた。そこでお鉢が回ってきたのがモモンガとよく一緒にいるネイアだ。上官よりモモンガを『自分と同じ聖騎士』として勧誘するように命令を受けていた。そう、ネイアもまたバザー討伐の功績により見習いから聖騎士へと昇格していたのである。だが、ネイアは命令後一度もモモンガを聖騎士へと誘ったことはない。

 そう、この日もいつもの噴水前のカフェでネイアとモモンガはお茶をしていた。

 

「まったく毎日毎日嫌になる。アンデッドに聖騎士になって欲しいとかどんな罰ゲームなんだ」

「ですよねー」

 

 ネイアの気のない返事を聞いてモモンガが謝る。

 

「いや、すまない。ネイアに言うことではなかったな」

「モモンガさん、何かキャラ変わっちゃってますよ。どうしたんですか」

「ああ、これか。俺も別にこんな重々しい話し方したくないんだが……。冒険者組合長がアダマンタイト級冒険者たるもの言動にも重みを持たねばいかん、とかいってな。はー、もう気軽に話しかけられるのやっぱりネイアだけだよー。いや、ネイアだけだ」

 

 最後だけ重苦しい口調にしてお道化ながら砕けた口調でモモンガはネイアに話しかける。最初のうちはあった敬語もなくなり親しい者同士の会話だ。

 

「冒険者も大変なんですね。でも低い声もなかなか様になってますよ」

「そうか?ふふふっ、ここのところ徹夜で喋り方とか仕草とか練習した成果だな」

「なんか、モモンガさんも大変ですね……」

「いや、夜は暇だしそれはいいんだが……ところでネイアは俺を誘うように言われないのか?」

「いえ、それはまぁ・・・・・・。毎日・・・・・・」

「え?そうなの?うわぁ・・・・・・すみません。いや、すまない。あー俺も分かるよその気持ち。毎日毎日上司に無理難題指示されてどうしようもないその気持ち。でもなんで勧誘しなかったんだ?」

「そりゃ、モモンガさんが嫌がってることしたくないだけですよ」

 

 そう言ってネイアはストローを咥えるとぶくぶくと飲み物に空気を送って目をそらす。

 

「本当にいい人だな……ネイアは。なんでこんな自分にそこまでしてくれるんだ?」

「いや、だって友達じゃないですか」

「友達・・・・・・」

 

 ネイアはモモンガへの禁句を使ってしまったことにハッとする。モモンガは『友達』や『仲間』と言う言葉を聞くと落ち込むのだ。ネイアが心配そうに見ているのに気が付いたモモンガが呟く。

 

「……ありがとう」

 

 そう言って照れ臭さを誤魔化すように目の前のストローをヘルムの下から差し入れる。そしてそのまま飲み物を吸い上げ、固まった。

 

「げほっ!ごほっ!ごほっ!ああ、もうまたやってしまった!」

「はぁー……もうしょうがないでですね。モモンガさんは。ふふっ」

 

 ネイアは笑いながらハンカチを取り出すとモモンガの鎧から零れる飲み物をふき取る。笑っているネイアを見て通報しようとしている人や逃げ出す女子供はもう無視することにした。

 

「何を・・・・・・しているんだ」

 

 そんな二人のいるカフェの席の前にいつの間にか一人の男が立っていた。今から人を殺しに行くところですと言った様相の目をしており、額の血管が青筋を立ててピクピクと震えている。モモンガの鎧を拭いていたネイアはモモンガとともにそれを見て凍り付く。目つきだけではなく紛れもない殺気を放っていたからだ。モモンガが身構えようとしたその時、目の前の男が叫ぶ。

 

「貴様!うちの娘に何をさせているんだ!」

「お父さん!」

「む、娘!?うわっ、そっくり!顔、こわっ!」

「モモンさん酷い!」

「昼間からカフェでイチャイチャしおって!おい、貴様娘とどういう関係だ!」

 

 ネイアの父、パベル・バラハであった。聖王国九色の一色を与えられており、その鋭い目つきと小さな黒目も相まって『凶眼の射手』の二つ名を持つ軍人である。

 パべルはモモンガの肩を掴むと顔を近づけ睨みつける。

 

「関係!?え、えーっとネイアは・・・・・・どういう関係かと言われても……本音を言い合える()()()()()()()かと・・・・・・」

「いい関係!?」

「お父さん勘違いしないで!私はモモンさんを()()()()()いなきゃいけないだけだから」

「ずっと見ていたいだと!?」

「待ってくださいお父さん、私たちにそんなやましいことは・・・・・・えーっと、ちょっとしかないです」

「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

「待ってお父さん、確かに話せないことはあるけど・・・・・・」

 

(モモンガさんがアンデッドとか絶対話せないし・・・・・・)

 

「お、お前ら・・・・・・ううっ」

 

 凶悪な目に涙を貯めてパベルが泣きそうになっていると後ろから来た男がパベルをモモンガから引き剥がした。その男はオルランド・カンパーノ。パベルと同じく聖王国九色の一色を与えられている男である。逞しい体つきでどの部分も太く、長年風雨にさらされ続けた巌のような顔立ち、太い眉と無精ヒゲを蓄えた野性味あふれる容貌である。

 

「パベルの旦那。今日はそんな話をしに来たんじゃねえだろ。おい、お前が漆黒のモモンだな」

「いかにも、その通りだが・・・・・・」

「俺は聖王国九色の一人、オルランドだ。ちなみにこっちの体育座りで地面に丸を書いてるのも九色の一人なんだが・・・・・・おい、旦那しっかりしてくれよお」

「・・・・・・」

「ったくよお、娘のこととなるとからっきしだな。俺が来た理由はな、モモンあんたを勧誘しに来た。んでよお、俺と勝負しな」

「は?勝負?なぜ勧誘が勝負になるんだ?」

「あんた毎日毎日勧誘されて困ってんだろ?俺と勝負して俺が勝ったら聖騎士になれ。その代わり俺が負けたら金輪際あんたを勧誘させねえ。どうだ?」

「それお前がこいつと戦いたいだけじゃ・・・・・・」

「旦那は黙っててくれ。それに俺は知ってるんだぜ?豪王バザーを倒したのはそこの嬢ちゃんじゃねえ。あんただろ?俺はあいつを倒すことを目標にしてたんだ。そいつを倒しちまったあんたには俺と戦う責任がある。だろう?まさか逃げねえよな?」

 

 そう言って獰猛な笑みを浮かべるオルランド。モモンガは一瞬呆けたように黙っていたが、嬉しそうに笑い出した。

 

「ははははっ、面白い。PVPなんて久しぶりだ。いいだろう。負けたら聖騎士になってやる」

「よっしゃ。じゃ、早速広場に行こうぜ」

「くくくっ・・・・・・早まったな、モモンよ。オルランドは聖王国でも近接戦においては最強と謳われる聖騎士団長に匹敵する強者。お前に果たして勝てるかな?オルランド、遠慮はいらんぞ。殺す気でいけ。いや、むしろ娘に纏わりつく有象無象は殺せ!」

「いや、まぁ殺す気でやらねえといけないくらいの相手だってのは分かるけどよお。旦那いい加減娘離れしろよ・・・・・・」

「ふふふふっ、もし生き残ったとしても九色の権限を使って娘とは絶対に会えないような部署に飛ばしてやるからな」

 

(お父さん、本当に何しに来たの・・・・・・)

 

 勧誘したいのかしたくないのか分からない父の行動に娘の父への好感度がどんどん下がっていく。しかし当のパベルはモモンガを睨めつけることに必死で、娘の冷めた目に気付くことはないのであった。

 

 

 

 

 

 

 城壁内側の訓練に使う広場でオルランドとモモンガが向かい合っていた。ネイアとパベルは城壁の上で勝負の開始を待っている。モモンガは両手にグレートソードを持ち、対するオルランドは両手に片手剣を持つ。二刀流同士の戦いだ。

 

 パベルの開始の合図とともにオルランドがモモンに襲い掛かる。

 オルランドの振るう剛剣をモモンガはほとんど動かずに躱していた。しかしオルランドもそれだけでは終わらない、避けられても素早く横へ後ろへと回り込み剣を振り続けモモンガに反撃の隙を与えない。

 素早く動き続ける二人の姿を目で追っていたネイアだが、横からごそごそと言う音が聞こえる。気になって振り向くとパベルが弓を取り出していた。服装も戦争にでも行くようなフル装備だ。

 

「お父さん、何をしてるの?」

「モモンとやらオルランドの攻撃によくついて行っているな。だが、あのオルランドには切り札がある。やつの腰にいくつもの武器があるのが分かるだろう?やつは武器を破壊することにより技の威力を何倍にもして放つ武技を使えるんだ」

「モモンさんが危ないってこと?」

「いや、やつの装備も見たところ一級品だ。もしかしたら防ぎきるかもしれん。だが、その時やつの動きは確実に止まるだろうな」

 

 確かに、強力な一撃がくれば受けるか、避けるかしかないだろう。そしてそのどちらを選んだとしてもその隙は大きい。それをオルランドが狙って二撃目を繰り出すとでも言うつもりなのだろうか。

 

「武技《射撃強化》《属性付与》《一撃必中》」

「ちょっと!お父さん!?」

 

 パべルは弓を弾き絞ると武技を発動させる。

 

「ネイア分かってくれ。これはお前のためなんだ。今はあの男に夢中だろうがいつかお父さんに感謝する日が来る」

「何言ってるのお父さん!?」

「安心しろ!苦しまないように一撃で葬ってくれる!奴の動きが止まったその瞬間に奴の脳天に・・・・・・!」

 

 パベルの脳天に強力な蹴りが見舞われた。武技を使用したその強力な蹴りはパベルを吹き飛ばし城壁のレンガに顔を突っ込む。放たれた矢はあらぬ方向に飛んで行った。顔を押さえて悶絶している父から目を上げるとそこにいたのは母であった。

 

「あなたと言う人は・・・・・・何をやってるんですか」

 

 母からの言葉には心の底からの呆れと本気の怒りがあった。

 

「お、おまえ!どうしてここが!?」

「あなたがモモンを勧誘に行くと聞いた時からこうなると思ってたんですよ」

「はっ、そうだ!まだ・・・・・・間に合う!邪魔をしないでくれ!」

 

 落とした弓を拾おうとした父が今度は顔を母に捉まれる。

 

「いたたたたああ!ちょっ母さんやめて!中身が!中身がでちゃう!」

 

 母のアイアンクローを食らった父が叫んでいる。聖騎士である母の腕力は父を超える。ネイアも昔悪戯をしたときに食らったことがあるが、あれは痛い。

 

「あなたは娘が信じられないのですか。それにあのモモンは慈悲深く礼儀正しいという噂しか聞きませんよ。それを何で邪魔するんです」

「だって!最近ネイアはお父さんに会ってくれないし!おしゃれなカフェで男とお茶してるし!こうなったら殺るしかないじゃすみませんもうしません頭があああああ」

「ネイア、やましいことなんてないんでしょう?お母さんは信じていますからね?」

 

 そう言ってニッコリと笑う母を見てネイアは背筋に冷たいものが流れる。モモンガがアンデッドだと分かったら自分もただではすまないだろう。

 

 そんなことを思っているうちにモモンガとオルランドの勝負は終了していた。オルランドが全ての武器を破壊技で使い切ってしまったのだ。仕方なく負けを認めるオルランド。これでモモンガが勧誘に煩わされることはなくなるだろう。そんな安堵をしたのもつかの間、突如鐘が鳴り響く。

 

 鐘の音が段々と近づき、そして広がっていく。今まで聞いたことのある間隔の長い鐘の音ではなく、速く大きく鳴り響くそれは亜人が城壁の中へまで侵入したことを告げるものであった。



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第2話 聖王女

 ネイアたちが聖王国西部で私闘を繰り広げている頃、北部城壁へ向けて多数の亜人が集まっていた。その軍勢は1万を超えている。亜人の種族は獣身四足獣(ゾーオスティア)。獣人の上半身と肉食獣の下半身を持つ艶やかな黒い体毛をもつ種族である。

 その持ち前の脚力を活かし、進軍の速度が速く、聖王国が防御態勢を整える前に城壁へとたどり着き鋭い爪を使って登り始めたのだ。聖騎士たちが到着したころには内部に入り込まれ敵味方入り乱れての乱戦となっていた。

 そんな中、颯爽と現れたのが聖騎士団団長レメディオス・カストディオだ。整った顔立ちをした茶髪の女性だが、眼光は鋭く冷たい雰囲気を醸し出している。そして彼女の代名詞ともいえるのはその手に持つ聖剣だ。四大聖剣の一つ聖剣サファルリシアは敵の属性が悪に傾いているほどその効果を現すといわれている、

 レメディオスは瞬く間に内部の獣身四足獣を駆逐すると、指示を出す。

 

「正門を開けろ!敵を一極に集中させるんだ!正門から入ってこられる数には限りがある。順に倒していくぞ!」

 

 しかし、それは自分より強い個がいない場合にのみ使える作戦だということをこの後レメディオスは思い知らされることとなる。

 

 

 

 

 

 

 北の城壁へとたどり着いたネイアは弓で獣身四足獣を倒しつつ門を目指した。聖騎士はそこに陣取り入り口を死守しろとの命令だったからだ。そして城壁の上から門を見下ろしたネイアの目がレメディオスをとらえる。

 レメディオスが相手をしているのはひと際体つきが立派な亜人であった。双方とも傷だらけであり、壮絶な死闘が繰り広げられていたと思われた。周囲の亜人も聖騎士も手を出すことなく二人の戦いを見守っている。

 

「これで終わりだ!《聖撃》!」

 レメディオスが吠えると聖剣を亜人に向かって振り下ろす。周りの聖騎士たちが勝利を確信し歓声を上げた。

 しかし……その一撃を食らった亜人はさして負傷を負うことはなかった。

 

「《聖撃》が効かないだと!?そんな馬鹿な!」

 

 《聖撃》は相手の属性が悪に傾いているほど威力を発揮する。だとするとこの亜人は悪ではないのだろうか。茫然としているレメディオスの胸に、逆に獣身四足獣が爪を突き立てた。バッと血が舞いレメディオスは倒れ伏す。

 

「聖王国最強の騎士、レメディオス・カストディオはこの魔爪、ヴィジャー・ラージャンダラーが討ち取った!」

 

 倒れたまま起き上がらないレメディオスを見て、歓声を上げていた聖騎士たちが黙り込み、逆に獣身四足獣たちから歓声が上がる。

 

「魔爪!」「魔爪!」「魔爪!」

 

 勢いづいた獣身四足獣たちに入口の陣が破られる、そう皆が確信したとき、そこに漆黒の全身鎧を纏った戦士が現れる。

 

「漆黒だ、漆黒のモモン殿だ」

「漆黒が来てくれたぞ!」

 

 途端に聖騎士たちから漆黒コールが巻き起こる。

 

「おまえは……その漆黒の鎧!知っている!知っているぞ!漆黒のモモンだな!ははははっ!こいつはいい。最強の聖騎士に続き、最高の冒険者まで俺の引き立て役になってくれるとはな」

「なんだ?そんなに手柄が欲しいのか?」

「それもあるがやはり強い奴に挑むこと、これより勝る楽しみはないだろう。お前たち!手を出すなよ。さあ、来い!」

 

 周りの獣身四足獣(ゾーオスティア)を下がらせるとヴィジャーは構えを取る。しかし、その息は乱れ、体中からはレメディオスから負ったと思われる傷から血が流れ出ていた。

 

「そんな体で俺に勝てるとでも?」

「目の前に強敵とわかる相手がいるんだ。そんなこと関係あるものか」

 

 モモンガはあごに手を当て、考え込むとどこからかともなく瓶を取り出しヴィジャーに向かって中をぶちまける。

 

「なっ!毒か!?卑怯な!」

「違う。よく見ろ」

「傷が……ポーションか?な、なぜそんな真似をする。お前馬鹿なのか?」

「強いやつと戦うことに勝る楽しみはないんだろう?だったら全力のお前を相手にしてやる。さあ、かかってこい」

 

 背中から2本のグレートソードを抜き、モモンも構えをとる。

 

「ふっ、ふははははは!モモン!貴様と戦えたことを亜人の神に感謝するぞ!」

 

 そこからは剣と爪がぶつかり合い、入り乱れる英雄同士の戦いであった。人間も亜人も手を止めその戦いに見入り誰一人言葉を発しない。金属同士がぶつかるような音が鳴り響き、大地がめくれ大気が揺れる。延々とその状態が続くかと思われたがヴィジャーが出した切り札が均衡を崩す。

 

「武技《剛爪》」

 

 ヴィジャーの爪が目に見えて鋭さを増し、モモンガへと襲い掛かる。鉄の鎧を着た戦士だろうと鎧ごと切り裂き、何者も防いだものはない必殺技だ。

 だが、モモンはさらにその上を行く。グレートソードでその爪を切り飛ばしヴィジャーの体が袈裟斬りに切り裂かれる。

 

「ぐぅ……」

 

 ヴィジャーは膝をつくとグレートソードを突き付けるモモンを睨み上げた。

 

「俺の……魔爪が……」

「終わりだ」

「そうか……そうだな……確かに終わりだ。ウオオオオオオオオオオオオオオンッ!」

 

 突然ヴィジャーが耳をつんざくようなうなり声をあげた。するとどうだだろう。獣身四足獣たちが一斉に引き揚げ始めたのである。そしてヴィジャーは傷ついた体を引きずるように立ち上がると門を塞ぐように構えをとる。

 

「そうか、仲間を逃がすためにお前が盾になる……か。ヴィジャーよ、お前死ぬ気か?」

「そんなんじゃねえ。俺は負けねえ!ここで・・・・・・お前を倒すのにあいつらが邪魔だっただけだ!」

 

 そんなわけはない。必死に門を通すまいとするヴィジャーの行動は撤退していく仲間に被害を出さないように壁となり、盾となり自分が犠牲になろうと助けようとするそれであった。

 

(亜人が……仲間を助けようと?たった一人で?そんな英雄的な行動を?)

 

 ネイアはヴィジャーがとったその行動が聖騎士として教えられた亜人像とかけ離れていることに驚きを感じる。

 

「その友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。ヨハネの福音書だったか?ふふっ、ヴィジャー、次やったら俺に勝てるか?」

「勝てる!俺は負けない!」

「そうか、では強くなってまた来るのだな」

 

 モモンガはそう言って剣を鞘に戻した。

 

「なっ、貴様!この俺に情けをかけようというのか!」

「そうだ。弱いお前に情けをかけてやろうというのだ。悔しかったら強くなって俺を倒すのだな。いつでも相手になってやろう。だが……そうだな。お前も仲間が犠牲になるのは本意ではあるまい。この国を攻めるのは俺に勝ってからにするのだな」

「お前に勝てるまで戦争をやめろと?」

「どちらにしても俺に勝てない限り戦争にも勝てはしないぞ?どうだ?」

「くっ・・・・・・くはははは!」

 

 ヴィジャーは傷に響くにも関わらず笑い続ける。笑いすぎて息も絶え絶えになりそうなほど笑ったあと、両手を挙げた。

 

「参った。俺の負けだ負け。モモン、お前人間にしておくには惜しいな。どうだ?俺たちの国で俺の代わりに王にならないか?」

「それも悪くはないが……やめておこう」

「そうか。いいだろう、お前に勝てない限りこの国は……もう襲わん。だが、お前には挑み続けてやるからな」

「ああ、約束は守ろう」

 

 漆黒の戦士と獣はお互いに笑いあい、ヴィジャーはモモンに背を向けた。

 

―――その瞬間

 

 白銀の刃が走りヴィジャーの首が地面に落ちる。崩れるように倒れるヴィジャーの体の背後には聖剣を血に濡らしたレメディオスの姿があった。レメディオスがヴィジャーの首を背後から切り飛ばしたのだ。

 

「レメディオス団長!何を!」

 

 思わずネイアは叫ぶ。亜人の一種族との戦争が終ろうとしたのに何をするのかと。

 

「はぁー……!はぁー……!モモン!貴様なぜ亜人を見逃そうとする!貴様には正義の心はないのか!」

「正義?正義って何ですか!せっかく戦争が終わると思ったのに!」

「黙れネイア!正義とは聖王女カルカ様の目指す誰も泣かない世界を目指すこと!聖王女様こそが正義!すなわちカルカ様が敵と定めた亜人を駆逐することだ!」

「でも!」

「もういい、やめろネイア」

 

 モモンガがネイアの肩をつかむ。

 

「モモン、貴様を聖騎士にしたいと上は思っているようだが、とんだ見当違いだ。貴様のようなやつに聖騎士を名乗る資格はない。うぐぐっ……」

「団長!早く怪我の治療を!」

「おい!ケラルト様を呼んで来い!」

 

 レメディオスはほかの聖騎士たちに連れられて去っていく。

 聖王国を襲った敵とはいえ仲間のため、最後の一人になっても壁となり、勝てない相手の前に立ちはだかった亜人の王、そしてそれを背後から斬り捨てた聖騎士、ネイアにはそのどちらに正義があるのか分からなくなった。

 

 

 

 

 

 

 獣身四足獣(ゾーオスティア)の襲撃から数か月、亜人たちの侵攻のない平和な日々が続いていた。それは冒険者モモンによる圧倒的な力を亜人が見せつけられたためだ。人々の間ではモモンのいる限り聖王国の平和は安泰だとまで言われている。

 そんな中、聖王国大会議の開催が発表されることとなった。聖王国の王族、大貴族の代表らが集まり、国としての方針を議論する会議であり、その会議が開かれることとなったきっかけはスレイン法国からの使者がきたことにある。

 使者の名はニグン・グリッド・ルーイン。そして、その場には法国の要望により冒険者組合長や冒険者モモンも意見を聞くために集められている。

 聖王女カルカのそばには聖騎士団長のレメディオス、そしてその妹のケラルトが控えている。そしてネイアはレメディオス後ろに聖騎士団長付きの一人として付き従っていた。

 

 そんな中、聖王女カルカの挨拶により聖王国大会議の開催が宣言される。

 

「皆さん、お集りくださいましてありがとうございます。ここに聖王女カルカ・ベサーレスが聖王国大会議の開催を宣言いたします。では、今回の議題についてですが、ニグン殿、お願いいたします」

 

 ニグンと呼ばれた男は丁寧に一礼をする。黒いローブを纏い、頬に傷があるが、その顔は人ごみに埋もれてしまうような平凡なもので、その黒い瞳は感情を感じさせない。

 

「はじめまして。聖王国の皆様。私はニグン・グリッド・ルーインと申します。最近の皆様のご活躍には我が法国にも轟いております。このところ亜人からの侵攻に対して負けなしとは、いやはや恐れ入りました」

「ははは、ニグン殿も口がうまい」

 

 諸侯から軽口が飛ぶがニグンは気にした素振りも見せない。

 

「それも皆様方や聖騎士様方そして冒険者モモン殿のお力でしょう」

 

 諸侯やレメディオスは得意げな顔をするが、話を振られたモモンガは会釈をするだけだ。

 

「そこで、我々法国は考えたのです。今こそ我々亜人に苦しめられる人々が手を取り立ち上がる時ではないかと。我が法国も腹を決めました。人類の脅威である亜人どもを完全に殲滅するための《聖戦》をともに立ち上げることに!」

 

 おおっ、と言うどよめきが起こる。

 

「素晴らしい。亜人どもなど我らが手を組めば容易く滅ぼせるでしょうな」

「いかにも。人類最強国家たる法国に我らの力が加われば敵なしでしょう」

「ニグン殿の名は歴史に残ることになるでしょうな。人類の救世主として」

 

 主に南部貴族の諸侯からのそんなおべんちゃらが飛び交う場にて、さらにニグンは続ける。

 

「我ら法国も精鋭部隊を用意するつもりです。そこでお願いなのですが、この戦いにはぜひカルカ様に先陣をお任せしたい」

「何を言われる、ニグン殿!」

 

 驚いたのは聖王女の側近たちだ。ケラルトが声を上げるが、ニグンに遮られる。

 

「聖王女カルカ様自らが戦地に赴くのが危険というのは分かります。しかし、今回の戦は《聖戦》です。国のトップが聖戦の旗印となり赴く必要がございます。それに私どもは信用しているのですよ。この国の誇る聖騎士の皆様を。皆様でしたらいついかなる場合でもカルカ様をお守りいただけるのでしょう?」

 

 ニグンの挑発を挑発とも分からずレメディオスが胸を叩く。

 

「もちろんだ!カルカ様は私が命を懸けてでもお守りする!カルカ様お任せください!このレメディオス・カストディオ、亜人どもの指一本カルカ様には触れさせません!」

「それは素晴らしい!周辺国最強たる聖騎士レメディオス様でしたら間違いありますまい。それに冒険者モモン殿もいらっしゃる。ともに亜人どもを駆逐してやりましょう」

「そうですな。レメディオス殿にモモン殿がいらっしゃれば間違いあるますまい。ですよね?モモン殿?」

 

 そうだそうだと囃し立てる諸侯の声の中、モモンが冷たい声で口を開く。

 

「私がその戦いに参加することはない」

「なっ、怖気づいたのですか、モモン殿ともあろう者がそのようなことを言おうとは」

「私は冒険者だ。冒険者は人類の守り手。侵略や虐殺に加担することはない。ですよね?組合長」

「それはそうだが……」

 

 モモンガに痛いところを突かれ、冒険者組合長は顔を渋らせる。モモンガの言っていることは正論ではあるが、この場にいる貴族たちの理解を得られるはずがない。

 

「亜人に対する侵攻が侵略や虐殺だと?」

「違うとでも?私はこの国に攻め込む敵から民を守るためでしたらいくらでも戦おう。だが、こちらから亜人の集落を襲撃し、女子供に至るまで虐殺するつもりはない」

「亜人に女も子供もあるまい」

 

「皆さん、落ち着いてください。モモン殿、参加したくないというのであれば冒険者のあなたに強制することはできません。しかし、これ以上血を流さないために私でよければ戦場に立ちましょう」

 

 場が騒然とする中、カルカがそれを鎮める。貴族たちは納得はいかずとも不承不承に黙り込む。しかし黙らないものがただ一人。

 

「愚かな」

 

 モモンガであった。場が静まり返り、そして続いて怒号が飛び交う。最も怒り心頭なのはレメディオスだ、顔を真っ赤にして拳を振り上げる。

 

「貴様何と言った!カルカ様が愚かと言ったのか!?それともほかのやつのことか!?」

「姉さんちょっと黙って!」

「いくらなんでも無礼であろうが!」

「この国に亜人を殲滅しきるだけの戦力はない。それは法国の戦力を加えてもだ。それにこれ以上亜人を追い詰めてみろ。彼らは死ぬ気で抵抗してくるぞ。追い詰められた鼠を侮ることなど愚かだと言ったのだ」

「ケラルト。どういうことだ?」

「あとで説明するから姉さんは黙っててください」

 

 ネイアにはモモンガの言っていることがよく分かった。終わりなき侵攻に晒され続けたこの国に攻め入るだけの力がないことは明白だ。さらに防衛であれば城壁と言う地の利を活かして有利に戦えたが、今度は逆だ。地の利は亜人にある。

 

「ニグン殿、この度の提案は本当に亜人の殲滅が目的なのか?」

「モモン殿。何を言われたいのかな?」

「私の調べたところによるとこの国への亜人からの侵攻は止まった。だが、亜人たちの人間への攻撃がやんだわけではない。攻め込んでも返り討ちに合う聖王国から別の国、そう貴国の辺境へと攻撃対象を変えただけだろう。そして貴国はエルフ国との戦争中でありそちらに回す戦力がない。だから亜人の攻撃先を聖王国に向けさせようとしている、というのはどうだ?」

 

(妖精のあいぼーるこーぷすさんで調べたのかな?)

 

 ネイアはぼんやりとそんなことを考えていたが、周りの怒号は止まらない。しかし、それでも何とかカルカがお互いをとりなす。

 

「それは言いがかりだろう!」

「いくらなんでも法国に失礼だ。謝りたまえ!」

「皆さん落ち着いてください。モモン殿もこの国を思っての発言でしょうが、証拠もなしにそのようなことを言うものではありません。先ほども言いましたとおり、私でよければいくらでも皆さんのため、誰も泣かない世界を作るためならば戦場に立ちましょう」

「誰も泣かない世界を作る?だが、誰も泣かないと言うことと誰の意見でも聞き入れることは違う。この場にいるものすべてが聖王女のあなたを快く思っているわけではないかもしれない。あわよくば亜人討伐の際打ち取られ、自分がこの国の支配者になろうとしている者もいるかもしれないのだ。軽率に戦場に立つなどと言うべきではない」

「モモン殿!あなたは何様のつもりか!無礼にもほどがあるであろう!」

 

 南部諸侯が顔を真っ赤にして唾を飛ばす。私がその支配者になろうとしているものですと宣言しているようなものなのではとネイアには思えた。

 

「そしてそうなる可能性は濃厚だ。追い詰められた鼠は猫をもかみ殺す。駆逐されると分かった亜人たちは死に物狂いで抵抗してくるぞ。そして生き残った亜人たちはこの国への恨みを未来永劫忘れまい」

「それこそすべて駆逐してしまえばよいではないか。そうすれば将来の不安などなくなる」

「この国にそこまでの力はない。どれだけの亜人がいると思っているのだ」

「もういい!そこの無礼者を叩き出せ!」

「いや、王族を侮辱したのだ。処刑も検討に入れるべきですな」

 

 貴族たちが不穏な発言をし始める。ネイアにはモモンガの考えがよく理解できたのだが、彼らには分からなかったのだろうか。危険な亜人の地の戦場へ勝算もなく国のトップを立たすなど誰が考えてもおかしい。

 それとも分かっているからこそモモンガを罵倒しているのだろうか。この国を、そしてカルカ様を想ってのモモンガの進言に心無い罵倒が浴びせられるのにネイアは我慢できずに口を挟む。

 

「待ってください!モモンさんはこの国を想って意見を言ってくれただけでしょう!」

「おい!ただのおつきの聖騎士風情が口を出すな!」

「いいえ、いいのです。ネイア。言いたいことがあるのでしたら発言を許可します」

「カルカ様……」

 

 誰にでも優しいカルカ様はネイアにも発言を許してくれるらしい。

 

「私にはモモンさんの言ったことがよく分かるんです!亜人が攻めてこないのであればこちらから攻めることないじゃないですか」

「その間に奴らは戦力を蓄えているかもしれないのだぞ」

「そうじゃないかもしません。それに……こちらが力をあるのを見せつけたのです。もしかしたらこちらから手を差し伸べれば和平への道も開かれるのではないでしょうか」

「和平だと!亜人と和平だと!」

「ネイア、団長の私に恥をかかせる気か!!」

 

 レメディオスが恐ろしい目で睨みつけるがネイアは止まらない。そもそも団長は話を理解できているのかさえ怪しい。

 

「いえ、ですがモモンさんはそういったことを言いたいのでは……」

「もういい!貴様もモモンと同罪だ!出ていけ!」

 

 その後、怒り心頭のレメディオスはカルカの手にも負えないらしく、モモンとネイアは議場から退出することとなった。

 

 

 

 

 

 

「ニグン殿お騒がせして申し訳ございません」

「いえいえ、女王陛下が謝罪することなどございませんとも。様々な意見があってよろしいかと思いますよ」

「そう言っていただけると助かります。さあ、議題を進めましょう」

「ええ、そうですね。モモン殿が心配された亜人を殲滅するだけの力があるのかという問いですが……切り札はあります」

「切り札ですか?」

「ええ、持参しておりますので実際にご覧ください。これを聖王国へ進呈することで信頼の証としていただけないでしょうか。おい、あれをここへ」

「はっ」

 

 ニグンの部下が布に包まれたそれを得意そうに議場の机へ広げる。中から現れたのは一振りの剣であった。鞘から抜かれたそれは恐ろしいほどの力を感じさせる魔法の輝きを放つ透き通った刃を持っている。

 

「これこそ人類最高の神剣、斬り裂けないものはこの世には存在しないといわれる至宝『剃刀の刃(レイザーエッジ)』です」



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第3話 剣

 王族へ無礼を働いたモモンに対して、各貴族たちは処刑すべきだという意見が大半であった。良識ある一部の者たちからの反対意見は、貴族としての自尊心を傷つけられた者たちにつぶされる。そのような中でも聖王女が何とかとりなし、冒険者としての資格剥奪及び国外追放という処分で落ち着いた。

 しかし、そこで問題となったのが聖騎士であるネイアの処分だ。己の権限を越えた発言でモモンを擁護し、聖王女に意見した。それは許しがたいことであるが、ネイアが己の非を認め謝罪すれば軽い処分にするつもりであった。だが、ネイアは一向に意見を変えず、モモンへの処分の撤回と聖戦の中止を求めたのだ。

 さすがにカルカも擁護することができず、レメディオスの怒りも手伝ってついに聖騎士を除名されることとなったのである。

 そして……

 

 

 

 今日は出立の日、城壁の門の外で旅の準備をしたモモンガとネイア、そしてネイアの両親がいる。もともと聖王国に特別な思い入れがあるわけではないモモンガだけでなく、ネイアはモモンガと共に旅に出ることにしたのだ。そしてそれを涙目で見つめる父。

 

「ネイア、今からでも遅くない。お前が謝罪さえすれば陛下はお許しするつもりだぞ」

「お父さん、いいの。私は間違ったことをしたと思ってないから」

「それにしても国まで出ることないじゃないか。聖騎士以外にも道はいくらでもあるんだぞ」

「そう言うことじゃない。そう言うことじゃなくて……私……分からなくなったの。みんなカルカ様が絶対に正しいという。カルカ様の正義を示すために戦うという。でも、正義ってそういうものなのかな」

「ネイア?」

「それが何なのか知りたいけどこの国だけにいたんじゃ分からないと思う。だから、色々なところへ行って色々な人を話を聞きたい。そうすれば馬鹿な私でも本当のことがわかるんじゃないかなって」

「ネイア……お前というやつは……モモン!貴様のせいだぞ!娘におかしなことを吹き込みおって!」

「それは申し訳なく思っています。私のせいで彼女までこんなことになるとは思いませんでした」

 

 モモンガが申し訳なさそうに深々と頭を下げる。モモンガも一人で旅立つつもりであったのだ。それがネイアが付いてくると聞いて何とも言えず申し訳ない気持であった。

 

「お父さんやめて。モモンさんはこの国のためを思って言ってくれたんだから」

「だからと言って陛下に物申すなど……」

「あなた、それくらいにしなさい」

「はい」

 

 母の一言で父が黙り込む。母はネイアの肩をつかんでその目をじっと見つめた。

 

「ネイア、本当にいいのね。正式に謝罪すればあなただけなら恐らく陛下も許してくださるわ」

「お母さん、私は自分で決めたんです。モモンさんについていきます。そうすればきっとこの国では見えなかったものが見える気がするんです」

「後悔はないのね」

「それは……少しあります。お母さん、この国は危険な賭けに出ようとしてると思う。だから……」

「分かってる。あなたからの話を聞いた限りでは法国の動きには違和感があるわ。私のほうでも調べてみるから。分かった、もう止めない。……ネイア元気でね。落ち着いたら手紙をよこしなさいよ」

「うんっ」

 

 涙目で抱き合う母娘を暗い目で見つめる父。

 

「ほらっ、あなたも」

「くぅ、仕方ない。よし、ネイアちょっと待っていろ。お父さんも準備してくるから」

「え?」

「旅の間にレンジャーの技術を教えてやろう。そうだ、昔キャンプをやったよな。お父さんの料理はうまいぞ」

「え!?一緒に来るの?」

「当たり前だろう!お前をこんな男と二人きりで……モモン貴様娘に手を出すつもりじゃないだろうな!」

「あなた!あなたには九色としての仕事があるでしょ!」

「そんなもの辞めて……ぐほぁ」

 

 母はパベルの頭を掴むとそれを引き寄せみぞおちに膝を叩き込む。哀れパベルは一撃で地面へ沈んだ。

 

「ネイア、お父さんのことは私に任せておいて。心配しなくていいからね」

「いえ、あの、心配なんだけど。お母さん、今お父さんの体がボキって……」

 

 続いてネイアの母は、モモンガへ向き直る。パベルを一撃で葬った母にモモンガがビクっと体を硬直させるが、母は手を前に合わせモモンガに一礼をした。

 

「モモンさん。娘のことよろしくお願いします」

「ご安心ください。娘さんは……ネイアはこのモモンが必ずご両親のもとへ無事に帰すことを約束します」

 

 胸を張り、自信をもって答えるモモンガに母は「ほぅ」と感心したように息を吐き、

ネイアは安堵を覚える。必ず無事に帰す、そう言いきったモモンガの背中が大きく見える。まるで騎士に守られる姫にでもなったような気分だ。

 

「お母さん、これ……」

 

 別れ際に、ネイアは母に二つの木彫りの人形を渡す。

 

「これは?」

「お守り。昔お父さんに作ってあげて、新しいの欲しがってたの思い出したの。お母さん、お父さん、きっと帰ってくるから元気でいてね」

「ネイア……」

 

 母の目に涙が浮かぶ。母とネイアは白目を剥いて気絶している父の前で、いつまでも別れを惜しみ抱き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 両親との別れをすませ、街道へと出たネイアとモモンガ。いよいよ門出だと言うところでそれを邪魔するように魔法詠唱者らしき集団が待ち構えていた。大会議に出席していたニグンとその部下たちである。丁寧な一礼をすると二人ににこやかに話しかけてくる。

 

「こんなところでお会いするとは奇遇ですな。お別れは済みましたかな」

「あなたは……ニグンさん!?」

「またお会いしましたな。バラハ嬢、モモン殿」

「待ち伏せしておいてよく言う」

「ふふっ、大会議の時といい、今といい、モモン殿は何もかもお見通しですか」

「それで?国を追われた我々に何か御用ですか?」

 

 ニグンは大会議で作っていたニヤついた笑顔を捨て、鬼気迫るような真剣な顔となる。こちらの方が本性なのだろう。片膝を地について頭を下げる。

 

「モモン殿、議場では失礼いたしました。あなたのご慧眼お見事です」

「ご慧眼って、やっぱりモモンさんの言ってたことは正しかったの!?」

「モモン殿のおっしゃる通り、あの愚かな王女が上に立つ限りこの国は駄目なのです。今は外部からの亜人侵攻により団結しておりますが、誰にでもいい顔をするあの王女では遠からず内部から腐敗する。それでは駄目なのです!例え少数を犠牲にする苦渋の選択をしたとしても人類が団結せねば本当の正義は為せません!」

「本当の正義?」

「真なる人類圏の確立です。今のように周りを恐ろしい亜人や異形に囲まれ綱渡りのように生きているのではなく、本当の人類の安住の地を作り上げること、そのためには人類同士で争っているわけにはいかないのです」

「だから王女には退場してもらってより強い指導者により国を作り直すということか」

「さすがはモモン殿。そこまで分かっておいででしたら私が言いたいこともお判りでしょう。モモン殿!ぜひ法国へお越しいただきたい。あなたのお力は法国でこそ発揮されるものです」

 

 ネイアはモモンガを見つめる。法国からの申し出は国を追われた身からすれば飛びつきたくなるものだろう。もしモモンガが誘いに乗ってしまったら自分はどうするのだろう。モモンガとともに法国へ行くのか。それとも自分の道を歩いていくのか。しかし、ネイアの迷いをモモンガは一瞬の迷いもなく吹き飛ばす。

 

「お断りします。私はこれから彼女と一緒に旅に出ようと思っていますので」

「旅……ですか?」

「この先には大森林があるみたいですね。そこにはどんな生き物がいるのだろうか。周辺にいくつかの国家がある、そこにはどんな人たちが住んでいるのだろうか。あそこの山脈にはドラゴンが住むという、そしてその向こう側には何があるのだろうか。どうです?ワクワクしてきませんか?」

「はぁ……説得は無理ですか。残念ですが致し方ない、分かりました。でも、もし気が変わりましたら法国へお越しください。歓迎しますよ」

 

 モモンガは頷くと、ニグンたちを無視するかのようにその脇を通り抜ける。ネイアはその後を追うのみだ。それを見つめるニグンはまるで近い未来必ず法国へとモモンガが来ることを確信しているかのような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ニグン達のもとを立ち去った後、ネイアはモモンガとともに地図を広げ、行き先を確認していた。ニグンの言葉は気になったが、モモンガを追放したあの国の誰もネイアたちの言葉など聞いてくれないだろう。それにどちらが正しいのかも今のネイアには分からない。ならば先に進むのみだ。

 特に行く宛てのない旅路であるが、モモンガの言う通り未知の地への冒険というのは胸の躍るものがある。小さな胸をドキドキさせながらネイアはモモンガに行き先を尋ねる。

 

「モモンガさん、これからどこに行くんです?」

「まずあの森を抜けよう。その先にリ・エスティーゼ王国という国があるはずだ。とても肥沃な土壌を持った国家らしい。まずはそこを目標としてみよう」

「ところで、あの、道中はモモンガさんが守ってくれるんですか?」

 

 ネイアはチラリとモモンガを見上げながら先ほどの発言の真意を探る。自分の騎士として守ってくれるつもりなのだろうか。しかし、モモンガの反応は正反対であった。

 

「え?基本守らないつもりだが?」

「え?」

「ああ、そうそう。いい機会なので旅の注意点を言っておこう。敵が現れたら基本的にはネイアに戦ってもらおうと思う」

「え?」

「ああ、大丈夫大丈夫。死んでも蘇生できるアイテムを持ってるから。安心して死んでいいぞ。それに全部俺が倒してはネイアに経験値がはいらないだろうしな」

「え?さっき国に無事に帰すって……」

「最終的に死んでなければ無事じゃないか?ああ、蘇生魔法を使ったとき蘇生を拒否はしないでくれよ。もし蘇生を拒否されたらアンデッドとして蘇らせるしかなくなってしまうかもしれん」

「はぁ!?それちょっとおかしくないですか。私死にたくないんですけど!」

「大丈夫だって。どうせ生き返るんだから」

「だからその考え方おかしい!」

 

 けいけんちとは何だろうか。死んでも生き返ればそれでいいとか、モモンガは時々わけのわからないことを言う。この骨は自分を守る騎士などではなかったらしい。

 よく考えればこれは骨だ。男も女も騎士も何もないだろう。ネイアは頭の中の妖精枠の隣に愉快な生き物枠を作りそこへモモンガを放り込んでおく。

 

「旅に必要なアイテムも渡しておこう。まずはこの短剣だ。ブルークリスタルメタルでできている。弓が得意なようだが、それだけでは敵が接近したときに対処できない。近接戦も頭に入れておくべきだ」

 

 蒼く澄んだ水晶のようなものでできた短剣を渡される。

 

「それから怪我を負った際の回復手段も必要だ。このネックレスは《重傷治癒(ヘヴィリカバー)》の魔法を使えるようにする。今のネイアでは1回くらいが限度か。魔力の枯渇に気を付けるようにな」

 

 非常に細やかな細工が施されており、緑色の宝石を手にした女神を象っているようなネックレスを首にかけられた。

 

「あとは滑落した時の対策だな。落下の危険があるような場合はこれを使うといい。《飛行(フライ)》を使えるようになるアイテムだ」

 

 羽の形の飾りをつけたネックレスをさらに首にかけられる。この骨は何でも持ってるなぁと思って黙ってなすがままになっていたネイアだったが最後のアイテムだけは非常に興味を掻き立てられた。

 

「《飛行(フライ)》?これを使うと空を飛べるんですか!?」

 

 空を飛ぶことに憧れる人間は多い。ネイアもそんな一人だ。だが、普通の人間には空を自由に飛ぶなど夢のまた夢だ。《飛行》の魔法は第3位階の魔法であり、一流といった魔法詠唱者でもないと使えない魔法だ。

 そんな魔法が使える。空が飛べる。ネイアが迷わず魔法を唱えるのも無理はなかった。

 

「《飛行》」

「お、おい。ネイアの魔力量ではすぐ枯渇するだろうから落下したときに一時的に使う程度に……」

「すごい!私……私飛んでる!」

 

 ネイアの体が地面から浮き上がり、どんどんと高度を上げていく。

 

「すごいすごいすご……あ、あれ……眩暈が……きゃああああああああああ!」

 

 もともと少ない魔力をあっという間に使い果たしたネイアは頭から地面へと落下する。それを間一髪で両腕で抱き留めたモモンガが呆れた調子でつぶやいた。

 

「だから魔力量が足りないと説明しているのに……はぁ、仕方ないなぁ」

 

 魔力がなくなり薄れゆく意識の中でモモンガに抱えられながらネイアの冒険が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは時々襲ってくる野生動物やモンスターをモモンガに見守られながら倒しつつ森を進んでいた。モモンガからもらった装備のおかげか、この森にいる程度のモンスターはほとんどネイア一人で対処できている。モモンガ曰く、聖王国で多くの亜人と戦いレベルが上がったのだろうと言っていた。

 順調に進んでいるが、まだまだ森は続いており、やがて夜も更けてくる。

 

「モモンガさん、そろそろ野営の準備をしましょう」

「ああ、そういえばもう夜なんだな。気がつかなかった」

「いや、もう真っ暗ですよ。気が付かなかったってことはないでしょ」

「アンデッドなので夜の闇の中程度なら昼間とそう変わらず周りが見えててな。疲れるということもないし、時間の感覚が曖昧になってしまっているな」

 

 ネイアはよく忘れそうになってしまうが、そう言えばモモンガはアンデッドだった。夜だろうと平気で活動できるだろう。

 

「このあたりにテントを立てましょうか」

 

 ネイアが荷物を降ろし、テントの設営を始めると、モモンガがそれを止める。

 

「その必要はない。泊る所は魔法で用意するから大丈夫だ。《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》」

 

 モモンガが腕を一振り、魔法を唱えると高さ三十メートルを超える巨大で重厚感のある塔が出現する。本当に何でもありな骨だ。だが、そんな魔法があるなら最初から言ってほしい。知っていればわざわざこんな重い野営の道具を持って来なくても済んだであろう。それを慮ったのかモモンガは自分の荷物を探る。

 

「重い荷物を持たせて悪かった。では、これを使うといい。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)だ」

 

 ネイアが片づけを始めるとモモンガが一つの袋を渡してきた。ただの袋のように見えるが、試しに野営の道具を入れてみるとどう見ても入りきらないのにそこに収まってしまう。

 

「500kgまで入るから荷物はそこに入れておくといい」

 

 普通、旅というものは多くの荷物を持ち、野営をしながら進むものである。手ぶらで旅をする旅人がどこにいるというのであろうか。この骨には本当に常識というものがない。

 

 

 

 

 

 

 出来上がった要塞の扉を開くとそこは外の禍々しい雰囲気とは打って変って白を基調とした奇麗な空間が広がっている。リビングにはテーブルに細かな刺繍がなされた純白のクロスがかけられており、柔らかそうなソファーが設置されている。2階への階段の上には扉が複数あり吹き抜けのエントランスから上を見ると5階以上はあるものと思われた。

 

「ふぁあ……」

 

 ネイアは女の子にあるまじき大口を開けて驚く。さっきから驚きっぱなしだ。モモンガはいつの間にか鎧姿からローブ姿の骨へと戻っている。

 

「ああ、そういえばネイアは別に野営する必要もないか。もし、家でゆっくり休みたいなら言ってくれ。転移の魔法で家に送るから。朝になったらまた転移でこちらに来ればいいし」

「あの……何ですか、その日帰りの旅みたいなのは。プチ家出じゃあるまいし、あんな別れ方しておいて、今日のうちに帰ったりしたら私お母さんにボコボコにされちゃいますよ」

「ああ、確かに。やりそうな気がするな……ならここは自由に使ってくれ。寝室やトイレや大浴場もあるぞ。俺は寝る必要もないからここに残っている」

 

 モモンガの言葉に甘え、2階の1室に入ると大きなベッドや調度品が並べられている。しかし、ネイアにはそれよりも気になるものがあった。

 『大浴場』である。町の公衆浴場にしか行ったことのないネイアであるが、ここにはモモンガと自分しかいない。そしてそれを使うのは自分くらいだろう。

 つまり大浴場を一人で使える。ネイアはわくわくしながら浴場に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガがリビングでアイテムの整理をしていると、ペタペタと歩いてくる音が聞こえてくる。モモンガ以外にここにいるのはネイアしかいないので警戒する必要もなく、アイテム整理を続けていた。

 

「あ、モモンガさん。部屋に着替えを忘れちゃいまして。あはは」

 

 振り向くと、そこには首からバスタオルをかけたネイアがいた。しかし、それを見たモモンガは骨の顎が落ちるくらい開け、悲鳴を上げることとなる。

 

「ちょーっ!な、なんで裸なんですかー!きゃーっ!」

 

 そう、ネイアはバスタオルの他何も身につけていないのだ。大切なところはかろうじてバスタオルにて隠れている。ペロロンチーノの言う絶対領域であろうか。水に濡れた金色の髪がキラキラと輝いている。

 

「いえ、だから着替えを忘れたから……」

「そうじゃなくって、俺も男なんだからその前でそんな恰好っていうのは困るっていうか!」

「えっ……モモンガさんが男?」

 

 ネイアの頭にクエスチョンマークが躍るが、やがてその言葉の意味を理解する。

 

「あっ……」

 

 モモンガが自分を男と認め裸のネイアを見て目を逸らしている。それを見てネイアは急に顔が真っ赤になるのを自分で感じる。

 

「~~~~~~~~~~!」

 

 モモンガはネイアの頭の中で愉快な生き物枠に入っていたため男女という概念自体がなかったのだ。骨に見られてもなんともないと。しかし、それを本人から自分は男だと言われたら意識せざるを得ない。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 急に恥ずかしくなりネイアは2階の部屋に向かって入ってドアを閉める。急いで服を着ると布団の中に入り枕で頭を押さえた。

 

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。何やってるの私はもー!)

 

 これから一緒に旅をしていくというのに最初から大失敗だ。全裸を見られたなんて父が知ったら自殺しかねない。

 

(でも見ないようにしてくれてたし、モモンガさんって意外と紳士?)

 

 恥ずかしく思いつつもモモンガの気遣いに感謝するネイアだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアはふと目を覚ます。昨日は恥ずかしくて布団に突っ込んだまま寝てしまったようだ。窓がないので正確な時間はわからないが、ネイアの感覚ではもう朝のはずである。

 

(もう昨日のことは忘れよう、モモンガさんもきっと忘れてくれるはずよ)

 

 そう思って階段を下りていくとそこに居るはずのモモンガはいなかった。

 

「あれ?モモンガさーん?」

 

 呼びかけるも返事はない。もしかして昨日の件でモモンガさんも恥ずかしがっているのだろうか。できれば忘れて欲しいが、恥ずかしいのはお互い様だ。

 

「モモンガさんいないんですかー!」

 

 大声で呼びかけるが返事がない。ネイアの心に若干の不安がよぎる。

 

「モモンガさーん!」

 

 呼びかけながら1階から順番に部屋を見回っていくが、結局すべての部屋を探してもモモンガはいなかった。

 

(もしかして……私のことに幻滅して出て行っちゃったの?)

 

 羞恥心のない女だと思われたのだろうか。確かにあり得る。モモンガはアンデッドであり、おかしな言動は目立つが基本的には常識人?だ。裸で部屋をうろうろしているような女に幻滅してもおかしくはないだろう。そう思うとネイアの心は少し傷んだ。そして次に感じたのは孤独だ。聖王国を出てこれから一人きりで生きていく。それを思うと不安が後から後から湧いてくる。

 

「モモンガさーん!」

 

 ネイアはモモンガの名を呼びながら玄関のドアに手をかけた。そして異常に気付く。

 

(開かない!)

 

「ちょっ、ちょっと!嘘でしょ!」

 

 玄関の扉は押しても引いても開かない。カギはかかっていないのにも関わらずだ。窓のないこの要塞の出口はここしかない。ネイアは押したり引いたり叩いたりあらゆる方法を試すがまったく微動だにしなかった。

 

(閉じ込められた……)

 

 もはや一人ぼっちで寂しいとかいう次元ではなく命の危険を感じたネイアは叫び続ける。

 

「モモンガさーん!モモンガさーん!開けてー!開けてよー!ううっ……」

 

 何だか涙まで出てきた。それでも泣きながら扉を叩く。

 

「モモンガさーん!」

 

 何度扉を叩いただろう。腕がしびれてもう叩けないと思ったところで扉が外側からあけられた。

 

「モ……モモンガさ゛ーん゛!あああん!」

「ただいまー……ってちょっ、ネイア!なんで泣いてるの!?」

 

 訳も分からず泣き続ける少女に抱き着かれ、モモンガは混乱して光り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。これ魔法の発動者しか開け閉めできなくなってるな」

 

 モモンガは扉を調べて頷いている。モモンガも知らなかったらしいが勘弁してほしい。

 

「もうここから出られないかと思ったんですよ」

「うっ……確かにそれは怖い。すみません」

 

 ペコリと頭を下げる骨。その滑稽な姿にネイアは落ち着きを取り戻す。

 

「それでどこに行ってたんですか?って泥だらけじゃないですか」

「いや、その、眠れないし暇だったんで森を散歩してたんだ」

「一晩中ですか!?」

「一晩中ソファーに座っているだけというのは辛いよ……」

 

 そういえばモモンガはアンデッドであるがゆえに眠れないのだった。寝ることもできずじっとしている、それはさぞかし苦痛であろう。

 

「さて、日も出たし、出発するか。あ、そうそう。その前にちょっとネイアに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「聞きたいこと?」

 

 昨日の夜のことだったら良くない。聞かないで欲しいと神に祈る。祈りが通じたのか、モモンガの質問はまったく予想外のことだった。

 

「ネズミは好き?」

「ネズミ?」

「ああ、飼いたいとか思ったことはある?」

 

 ネイアの頭に思い浮かんだのはドブネズミだ。不衛生で病原菌を運ぶこともあり、近寄りたくも見たくもない。

 

「普通に嫌いですけど」

 

 骨がショックを受けたように口を開けて固まっている。背後に雷でも幻視しそうだ。

 

「ええっ……あの、その……フワフワしてて丸っこくて可愛いと……」

「思いません」

「えっ……あ、はい。すみません。出発しよう……」

 

 ションボリして出発の準備を始めるモモンガ、本当にこの骨は何を考えているのかわからない。

 

 

 

 

 

 

 森を進むこと数日、ネイアとモモンガはやっと森を抜け、新たな街道に出ることに成功した。ネイアは早速周りを見渡すと方角を確認し、遠くに集落のようなものを発見する。

 

「ここはもうリ・エスティーゼ王国領でしょうね。あそこで道を聞いてみましょうか」

「さすがネイア。レンジャーとしての能力は本物だな」

 

 村へと近づいたネイアたちはその途中で異変に気付く。集落と思われたそこにあった家々は焼け落ち、人が住めそうな建物は数えるほどしかない。まさに廃村といった様子であった。しかし、その惨状の中で数人の男女が暗い顔で何かをやっている。

 村人たちはモモンガたちに気づいたのか、顔を向けると一斉に叫び声をあげた。

 

「いやあああああああああ!」

「もう!もう嫌だ来ないでくれええ!」

「助けて!殺さないで!お願い!お願いします!」

 

 頭を押さえ耳を塞ぐ男性。半狂乱になって逃げだす女性。皆、体も精神も傷つきまともな状態ではない様子だ。

 

「落ち着いてください。私たちはあなた方に危害を加えたりしません」

 

 ネイアが優しく語り掛ける。ミラーシェードで顔を隠しているおかげか、ネイアの優し気な言葉に村人たちは落ち着きを取り戻す。

 

「ネイア、ミラーシェードをとるなよ」

「モモンガさんこそ」

 

(自分たちの素顔を見られたらこの人たち怯えるんだろうなぁ……って私はいいでしょ、私は。なんで私までアンデッド扱いなのよ)

 

「いったいどうしたんです?何があったか教えてくれますか?」

 

 村人たちによると突如鎧を着た兵士たちに村を襲われ、火を放たれたということであった。彼らはその生き残りらしい。

 周りを見るとそこここに人が倒れ地面が赤黒く汚れている。ふと横を見るとモモンガがある一点を見つめていた。年頃の少女が妹と思われる幼い少女をかばうように覆いかぶさって倒れている。

 その少女の背中と地面は赤く塗れており、妹を庇って背中から刺されたのだろうと思われた。モモンガが拳をミシミシと音を立てて握りしめているのが分かる。

 

「……不快だな」

「ええ、なんでこんな酷いことを」

「すみません……この村の私たちにも分からないんです。突然来てそして何も奪わず消えてしまいました」

「この国の兵士たちは守ってくれなかったのですか?」

「いえ、王国戦士長の一行が来てくれたのですが、その時にはもう賊は逃げてしまっていたんです」

「それで王国戦士長は今どこへ?」

「それが……周辺を捜索すると行ったきり帰ってきません」

 

 帰ってこなかったということは賊にやられてしまったのか、またはこの村を見捨てて帰ってしまったのか。いずれにしてもこの村を助けてくれる者は誰もいないということだ。

 そんな捨てられた村人たちが何をしているかというと、亡くなった者を埋葬するための穴を掘っていたのだった。

 モモンガとネイアはそれを手伝うことにする。村人たちより遥かに力のあるモモンガとネイアによって埋葬は日が暮れる前に完了した。

 ネイアは手を組んで亡くなった村人たちのために祈りを捧げる。元聖騎士と教えたところお願いされたのだ。

 

「この者達に、安らかな眠りの時を与えたまえ」

 

 村人たちがネイアと同じように手を組み合わせ祈りを捧げる。モモンガは両手を合わせ合掌をしていた。

 

 日が暮れてしまったため、モモンガとネイアはここに一泊させてもらうことにする。

要塞創造(クリエイト・フォートレス)》はさすがにこんな人前で使えないので、まだかろうじて家の形を残している建物の一つを借りることにした。

 ぼろぼろの建物の中でネイアはモモンガに尋ねる。

 

「あの、モモンガさんは蘇生の魔法を使えるんですよね?」

「ん?ああ、使えるがこの村の人々を蘇生させるつもりはないぞ?」

「ちなみにどうしてか……教えてもらえますか?」

「どうしてか……か。ちなみにあの聖王国では蘇生魔法を使えるものが聖王女の側近にいるんだったな」

「はい、ケラルト様ですね」

「彼女は誰かが死ぬとお金さえあれば誰彼構わず蘇生させていたのか?」

「いえ、基本的には蘇生魔法は本当に必要な人間にしか使いませんでした」

「それはなぜだと思う?」

「あの……昔父に聞いた話ですが、ある貴族が息子を事故で亡くしてカルカ様に子供の蘇生をお願いしたことがあるんです」

「ほう」

「最初はカルカ様は断りました。しかし、貴族はカルカ様の前で泣き崩れ自分はどうなってもいいので息子だけは助けてほしいと頭を下げ続けました。カルカ様はその姿に同情し、ケラルト様に蘇生をお命じになったんです。そして……」

「聖王女が糾弾された。そうだろう?」

「はい……。カルカ様にその後私の子も私の夫もと蘇生の懇願がされ、断るとなぜあの貴族だけだと罵られ、ずいぶんと心を痛められたと聞きます。それで依頼されての蘇生は一切断ることにしたらしいです」

「では、私が断る理由も分かるかな?」

「はい……でもそれじゃあどうして私のことは蘇生させてくれるんですか?」

「それは、まぁ……ネイアは特別だからな」

 

 特別と言われネイアは少しドキドキしながら嬉しく思う。骨とは言え、異性にそんなことを言ってもらったことはない、おそらく友達という意味だろうが。気をよくしたネイアは聞こえないふりをしてもう一度言ってもらおうと思った。

 

「え?なんですって?」

「なんでもない!あー、そうだ。あいつに餌やらないとな。おやすみ!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すためだろうか、モモンガは訳が分からないことを言って家を出て行った。

 

(餌?)

 

 

 

 

 

 

 翌日、村人たちは焼けた家々からまだ使えそうなものを集め、近くの都市へ行くという。そこで、モモンガたちは旅のついでとそこまでの護衛を買って出ることとした。

 この村の名前はカルネ村というそうだ。だが、本日をもってその村の名はこの国からなくなるのだろう。

 村人たちは荷車に詰めるだけの荷物を積んで移動を開始する。直近の都市の名はエ・ランテル。村人たちが前を歩き、モモンガが軽々と荷車を引いて後ろからついてきている。

 モンスターに襲われることもなく、順調と思われた街道での移動であったが、そこに大声が響き渡った。

 

「おい!お前ら死にたくなかったら荷物を置いて消えな!」

「へへへ、命までは取らねえからよ!」

 

 典型的なセリフとともに出てきたのは見ただけでゴロツキと分かる薄汚い恰好をした数名の武装した男たちであった。手にもった剣を振りまわし、こちらを威嚇している。村人たちを守るためネイアが前へと飛び出すと、男たちの後ろから声がした。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。農民から搾り取る悪領主じゃあるまいしこんな仕事に俺をつきあわせるなよな」

 

 出てきたのはボサボサの髪に無精髭を備えた鋭い目をした男だった。腰には南方でしか手に入れることが困難という刀という武器を下げている。

 

「へへへっ、いえ。旦那が暇そうでしたんでいい獲物でもいねえかと思いやしてね」

「獲物ったって農民いじめても大した金にならねえだろう。強いやつなんてめったに……」

 

 そう言ってぼさぼさ髪が村人たち向けていた視線をネイアとモモンガに移す。

 

「……いるじゃねえか。面白そうなやつらがよ!おい、俺の名はブレイン・アングラウス!そこの鎧のやつ!ただもんじゃねえな!名乗りな」

「私はモモンと言う」

「モモンだと!?聖王国のアダマンタイト級冒険者!大物がかかったな!はははは!」

「今はもう冒険者ではないんだがな……」

「そんなことは関係ねえ!よう、モモン。俺と立ち会いな!」

「ふむ……なるほどなるほど……ちょうどいいかもな」

 

 モモンガはブレインと名乗った男をじろじろと観察したと思った次の瞬間、ブレインの前にいた男たちが倒れ伏していた。

 

「殺してはいない。この国の犯罪者はこの国で裁いてもらわねばならないからな」

「マジか?ほとんど見えなかったぞ……そんで次は俺ってわけか」

「それではつまらないな。そうだ、私と立ち会いたいのであれば私の仲間に勝ってからにする、というのはどうだ?」

「仲間?もしかしてそこの女か?」

「えっ!?ちょっと!モモンさん!?」

「ブレイン、お前の相手などは信頼できる私の仲間、ネイアで十分だ!」

「なんだと!この俺に女と戦えだと!?」

 

 侮られたと怒りに燃えた目でブレインがネイアを睨んでいる。

 

(いやいやいや、私悪くないし!っていうかモモンガさん本当に私を戦わせるんだ!)

 

 ネイアは仕方なく、弓を取る。そしてミラーシェードを上げてブレインを確認した。ネイアの感覚では自分よりも強く感じる。正面から戦えば負けるだろう。しかし、そんなネイアの心配を他所にブレインが一歩後退していた。

 

「顔こわっ!くっ、確かに女と侮って悪かった。その凶悪な目……どれだけ人を殺してきたんだ?なるほど……お前か!お前がそうなんだな!聖王国の《狂眼の射手》!」

 

(初対面で酷い!それにそれお父さんだし!)

 

「漆黒のモモン!この女を容易く屠るところを見ているがいい。さあ、どこからでもかかってきな」

 

 ブレインは刀を鞘に納めたままそれに手を添えて動かなくなった。お先にどうぞということだ。モモンガに自分が戦うに値する相手だと認識させるためだろう。ネイアにとってはチャンスだ。弓に矢を番え引き絞る。

 ネイア自身、モモンガと会ってから強くなったとの自負はある。武技はまだ使えないがこの弓と自分の成長した力でこの距離から撃てば避けるのは至難の業だろう。

 十分に狙いを定めネイアはブレインへ向け矢を放つ。しかし、それはブレインの目前で斬り飛ばされていた。避けたのでもない。防いだのでもない。点で迫ってくる矢を斬り飛ばしたのだ。

 

「そんな!」

 

(ありえない!何かの武技でも使ってるの!?)

 

 続けて二度三度と射るがことごとく斬り飛ばされる。

 

「さて、じゃあこっちから行くぞ」

 

 ブレインがネイアへと迫る。ネイアは弓をしまうと腰の短剣を抜き放つ。モモンガからもらったブルークリスタルメタルの短剣だ。近接戦は苦手だが、モモンガからは遠距離攻撃が得意だからと言って弱点をそのままにしておいていいわけではないと言われている。

 ブレインが大上段から刀を振り下ろすが、それをネイアは何とか短剣で防ぐ。

 

「ほぅ、とてつもない剣を使っているな!なまくらだったらその剣ごと真っ二つなんだがな」

 

 次にブレインが放ってきたのは突きだ。ネイアは初撃を短剣で防ぐが、間髪入れずに二撃目が飛んでくる。二段突きだ。それを必死に体を前方に回転させて避ける。身軽なネイアだからできる芸当だ。前方に避けたことにより図らずもブレインの背後をついたネイアはそのままブレインの刀を持つ腕を斬りつけようとするが、後ろを振り返ることさえなくそれをあっさり避けられた。

 

「そんな!目が後ろにでもついてるの!?」

 

 まったく後ろを見ることなく見事に避けたことにネイアは驚く。その秘密はブレインの使った武技であった。その名は《領域》。自分の周囲の空間を目の見えない範囲まで把握できる武技だ。ネイアの動きがブレインには目で見ずとも手に取るように分かるのだ。

 

「さぁてね。しかし意外とやるなぁ」

 

 このブレインと言う男、自分を遥かに超える感知能力でも持っているのだろうか。それにこの男の剣の腕は本物だ。だが、だとすると疑問が残る。なぜこれほどの剣の腕がありながら野盗などをしているのか。士官の口などいくらでもあるだろうに。

 

「あなたは!それほどの腕がありながらなぜこんなことをしているんですか!あなたに正義の心はないんですか!」

「正義?変わったことを聞く嬢ちゃんだな。そうだな、俺にとっての正義とは……剣だ!この剣こそが俺のすべて、俺の人生の目的だ!それには今の立場がいいんだよ。お前らみたいなやつらと戦えるからな!」

 

 ブレインは刀を鞘に納め、力を貯めるような構えを取る。後の先を取る迎撃の構えだろう。飛び込めば確実にやられる。ネイアの直感がそう告げている

 

(やっぱり近接戦だけは勝てないわ。この間合い……これはあいつの間合いなんだわ……あいつの絶対に負けない自信のある間合い……。私の間合いが欲しい……弓を射るだけの間合いが……)

 

 じりじりと距離を取るネイアだったが、それが許されるはずもない。ブレインが刀を抜き放つと一気に迫る。武技を発動しているのだろうか。体がわずかに発光している。

 

「《秘剣!虎落笛!》」

 

 ブレインの刀のあまりの速さにネイアは刃を見失う。使われた武技は《神速》。剣の速度を目に見えぬほど上げる技だ。しかし、ネイアの直感が危険を知らせていた。そしてその直感に従い咄嗟に短剣で首筋を守る。

 

―――そして次の瞬間

 

 ネイアは右手首から先を斬り飛ばされていた。ブレインの刃が恐ろしいほどの精度と速さでネイアの首元を襲ったのだ。

 短剣を持ったままの右手が自分から離れていくのをネイアは右目の端に捉える。このまま武器を失っては確実に負ける。そう思った瞬間、ネイアは呪文を唱えていた。

 

「《重傷治癒(ヘヴィ・リカバー)》!!」

 

 勝負はついたと油断していたブレインは信じられない光景を目にする。斬り離されたネイアの右手が手首に戻っていく、短剣を握ったままに。

 《重傷治癒》は怪我を完治させる魔法ではない。魔力を大幅に消失した倦怠感とともに手首に酷い痛みがあるがネイアは必死に耐えて体を動かす。二度目の魔法は使えないだろう。

 

「はあああ!」

 

 ネイアが痛みに耐えてブレインの刀を持つ手を斬りつける。完全に油断していたブレインは避けきれないと判断したのだろう。何とか驚きから立ち直ると防ぐのでもなく、剣で斬りつけるのでもなく、ネイアのみぞおちを蹴り上げた。

 ネイアは痛みに悶絶しながらも諦めない。蹴り上げられたその勢いを利用して後ろへ飛び去ったのだ。ネイアがずっと欲しかった間合い、それは図らずも相手のおかげで手に入ることになる。

 

(ここしか……ない!)

 

 飛び去りながら武器を短剣から弓へと武器を変更し、弓を引き絞り間髪いれずに解き放つ。

 ブレインは最初の時と同じように《領域》を使い、矢を切り裂こうと刀を振るう。しかし、それは空を切った。

 ネイアの被るミラーシェードの効果スキル《蛇射》により矢が刀を避けるように跳ね上がり、一気に下降してブレインの腕に突き刺さった。腕の筋に撃ち込まれたことによりブレインは刀を取り落とす。

 そこへネイアは一気に距離を詰めるとブレインの眼前に矢を引き絞って突きつけた。

 

「そこまで」

 

 モモンガの静かなその言葉にネイアは自分の勝利を知った。

 

「はぁ……はぁ……か、勝ったんですか?」

「はぁー、負けだ負け。つーかそんな技持ってるなら最初から使えってんだ。あー、もう好きにしろ」

 

 ブレインは大の字に地面に横たわる。潔い男だ。ネイアとブレインが息を整えているのを見て、モモンガは興味深そうに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 野盗たちとともに捕えられたブレインは観念したのか大人しいものであった。ネイアたちは村人に加え、捕らえた野盗達を引き連れて、エ・ランテルに向かう。しかし、都市に近づくにつれて周りの様子がおかしいことに気づいた。動死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)等が街道に現れたのだ。

 最初は1、2匹だったものが時には10匹を超える数で現れる。村人に聞くとこれまでにこのようなことはなかったとのことだ。そして、エ・ランテルに到着しようかというその時、眼前に信じられないものを見て、誰かがつぶやく。

 

「うそ……だろ……」

 

 それはアンデッドの群れだった。いや、それは群れと言うだけではおさまらないほどの数。

 そこでネイアたちが見たものはエ・ランテルの城門からあふれ出すアンデッド、アンデッド、アンデッド。

 そして町の中は深い霧に包まれもう夜になろうというのに明かりの一つもない。都市の中も完全にアンデッドで埋め尽くされているようだ。

 そこにあったものはかつて城塞都市と呼ばれ、3国の通行拠点として栄えたことなど微塵も感じさせないほど荒廃した『死都エ・ランテル』であった。



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第4話 母

 死都と化したエ・ランテルに村人たちを連れて行くわけにも行かず、思案していたモモンガたちであったが、周囲を見回していたネイアの鋭い目が霧の中のかすかな光を捉える。カッツェ平野の青白い霧の中である。

 

「モモンさん、平野の先に明かりが見えますよ。あれ、何でしょうね」

「ほぅ、やはりいい目をしているな。ネイア」

「お、おい。あそこはアンデッドどもが闊歩するっていうカッツェ平野だぞ」

「だが、明かりがあるということはあそこに人がいるのだろう。都市に入るわけにもいかない。あそこに向かおう」

 

 村人たちが心配の声を上げるが、他に行先はない。モモンガたちは襲ってくるアンデッドたちを避けるように都市を離れ、カッツェ平野に入ろうする。しかし、そこで異変が起こった。

 地面の下から棒のようなものが飛び出したのだ。それは徐々に大きく太くなり、まるで建物のようにも見える。しかし、それは建物ではなかった。垂直に上を向いていたそれは徐々に傾いてゆく。甲板があり、マストがある。垂直に向いていた船首が徐々に傾き、全体像が見え、それがやっと船だとネイア達は気づいた。ただし、その船が普通と違う点は、向こう側が透けて見えるのだ。

 そんな異常事態に村人の一人がつぶやく。

 

「幽霊船だ……」

「幽霊船?何だそれは」

「カッツェ平野の幽霊船……それは呪われたこの地に伝わる伝説みたいなものですが、亡者たちが魂を求めて船で永遠に彷徨っていると言う話を聞いたことがあります」

 

 村人の話が本当だとすると、警戒すべき相手だ。しかし、幽霊船はネイアたちを襲ってくるようなことはなかった。

 何事もおこらない。そう思い、観察しているとエ・ランテルからの溢れるアンデッドがカッツェ平野には向かっていかないことに気づく。街道には向かって行っているのにだ。しかし、それでも都市から溢れ出るアンデッドはいるようで、後ろから押し出されるようにカッツェ平野にアンデッドが数体押し出された。

 その時である。幽霊船の横から砲台が現れ、カッツェ平野へと足を踏み入れたアンデッドたちに向けられたのだ。砲台より撃ちだされた弾によりアンデッドたちが四散する。それに満足したのか幽霊船は霧の中へと消えていった。

 

「アンデッド同士が敵対しているのか?」

「そんなことあるんでしょうか?」

「支配しているものが違う、ということかもしれないな」

 

 モモンガにそう言われてよく見るとエ・ランテルを覆う霧は黒っぽいが、この平野の霧は青みがかったものだ。真偽は分からないが向かうとしたらカッツェ平原の明かりの方向だろう。

 再度幽霊船が現れるかとしばらく様子を見ていたが、これ以上異変は起こらなかった。ネイアたちは警戒をしつつ明かりの方向へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 明りのある建物に到着してみるとそれは砦と思われる建造物であった。中から人の話し声らしきものもする。門を叩くと、恐る恐る顔を出した兵士がネイアたちが人間であるということを確認し、快く中に入れてくれた。

 

「あんたたちあの都市の生き残りか?よく今まで無事でいたな」

「いえ、私たちはあの都市ではなくカルネ村というところから来ました」

 

 現れたのは青い紋章のある鎧を着た兵士であった。突然現れたネイアたちについていろいろと質問を投げかけられる。モモンガが代表して事情を話をしているとカルネ村の村人の一人が悲鳴を上げた。

 

「きゃあああ!こ、この人たちよ!この人たちが私たちの村を襲ったの!」

「そ、そうだ!その鎧!鎧の紋章はあの時のやつらのだ!」

「は?おまえたちは何を言っている」

「お、落ち着いてください」

 

 村人たちは兵士を指さして怯えている。ネイアは落ち着かせようと村人たちを兵士から引き離した。村人からよくよく話を聞くと村を襲った兵士の格好とこの砦にいる兵士の格好が同じだというのだ。

 

「それはおかしい。我々はバハルス帝国の兵士だが、王国の村を襲うなど我らがするはずがない。王国の村を襲ったとしたら、どうして我らがこうして王国の人々を保護しているというのだ」

 

 そう、ここはバハルス帝国のカッツェ平野における砦である。毎年リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は戦争を繰り返しており、その主戦場はこのカッツェ平野。そしてその前線基地としてバハルス帝国により築かれたのがこの砦だ。

 王国の兵を殺すために築かれたこの砦の中に、今は王国民であるエ・ランテルの人々が保護されていた。

 エ・ランテルの生き残りの人たちの話によると、突然墓地からアンデッドが溢れ、あっという間に都市中に広がってしまったらしい。

 生き残ったのはカッツェ平野周辺にいた者たち、そして冒険者組合周辺にいた者たちが主であった。逃げ場がなくなり、アンデッドの闊歩するカッツェ平野に逃げざるを得なかったのであるが、なぜか都市のアンデッドたちはカッツェ平野に立ち入ろうとしなかった。

 冒険者たちは組合長の指示で戦闘より避難を優先させたため、最低限のアンデッドを討伐しながら組合周辺の人間を連れ出すことに成功したのである。そして、敵国とは言え、そこしか逃げる先がなかったため帝国の砦へと身を寄せたのだ。

 ネイアたちは兵士や人々から事情を聴くと同時に、自分たちの事情も話す。そして村人たちの保護と野盗の引き渡しについてもお願いする。

 

「事情は分かった。村人たちは我々が保護しよう。野盗についても預かろう。それで君たちはどうする?あのブレイン・アングラウスを倒すとは、さすが聖王国に聞こえしアダマンタイト級冒険者漆黒のモモン殿だ。帝国に来るというのであれば歓迎するが?」

「いえ、あの男を倒したのはネイア……彼女ですよ。それより今はあの都市をどうにかすべきでしょう。王国は何をしているんですか?」

「王国にもエ・ランテルの実情は伝令により伝えているが、王国はあの都市を見捨てるつもりらしい。住民の保護も都市奪還のための兵の派遣もしないとのことだ。それどころかこうして住民を保護している我々を犯人扱いだ」

「帝国としてはどうするつもりなんですか?」

「帝都から兵がこちらに向かっているところだ。だが、都市の奪還は難しいかもしれんな。あれほどのアンデッドの大群はみたことがない。それよりも住民を帝都に移動することになるかもしれん」

 

 それを聞いてモモンガは腕を組んで何かを考えているようだったが、思いついたように一つの疑問を投げかける。

 

「ところで、別の質問なんですがここにあの都市の冒険者組合の方はいらっしゃいますか?」

 

 モモンガの質問に兵士は怪訝な顔をするが、すぐに壮年の男性があらわれた。かつては屈強だっただろう肉体と目つきをしている。

 

「私がエ・ランテルの冒険者組合長アインザックだ。噂のアダマンタイト級冒険者の漆黒のモモン殿に会えてうれしいよ」

「すみませんが、今は冒険者の資格をはく奪され、国外追放された身です。もうアダマンタイトではありません」

「そ、そうなのか」

 

 アインザックは驚きを隠せない。アダマンタイト級冒険者の資格をはく奪して国外追放にするなど国家戦力がどれだけ落ちると思っているのか。聖王国は何を考えているのだろうかと。

 

「それで聞きたいのです、この国でもう一度冒険者になることはできるのでしょうか」

「それは無理だ。国家間の取り決めで冒険者の資格や階級は各国共通だ。一度資格をはく奪されたものをもう一度冒険者にすることはできない」

「そうか……」

 

 残念そうなモモンガの声を聞き、アインザックは心を悩ませる。本来であればエ・ランテルの冒険者としてぜひ登録して欲しいところだ。それにこれほどの力を持ったものが不遇に扱われるというのは実に勿体ない。そう思ったアインザックは次善の策を提案する。

 

「だが、ワーカーであればなれるだろう」

「ワーカー?」

「国や組織にしばられないフリーの請負人(ワーカー)のことだ。冒険者組合長の私が勧めるのもどうかと思うがね」

「ワーカー、請負人ね。ふふふ、いいじゃないか。さて、ネイア。ではワーカーとして仕事を請け負うことにしようじゃないか」

「仕事?な、何のことかね」

「私とネイアの二人であの都市をアンデッドから奪還して見せよう」

 

 ネイアは耳を疑う。今二人でと言ったのだろうか。あの無数のアンデッドに埋め尽くされた都市を二人で奪還と。

 

(ちょっとーっ!モモンガさん何言ってるのー!勝手に決めないでよー!)

 

 しかし、ネイアの心の叫びは元アダマンタイト級冒険者モモンへの砦内からの割れんばかりの期待の歓声にかき消されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアはエ・ランテルの三重の城壁の一番外側の上に陣取った。そこからアンデッドを狙い撃ちする作戦だ。モモンガはその下に陣取りネイアにアンデッドが接近しないよう露払いをする。

 

「あの、モモンガさん本当に二人でやるんですか」

「あれだけのアンデッドがいるんだ。きっとレベルがかなり上がるぞ」

「言ってる意味がよく分からないんですけど!」

 

 わくわくしているモモンガとヒヤヒヤしているネイア。そうこうしているうちに、アンデッドたちはネイアに殺到するように向かってきた。この都市唯一の生者の生命を感じとって向かってきているのだろう。

 ネイアはもうやけになってそれらを弓で撃って撃って撃ちまくる。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)には入るだけの矢を砦で補給させてもらっていた。残数を気にする必要はない。

 ネイアの矢を受けると弱いアンデッドは一撃で崩れ去る。スケルトンなどの刺突属性に耐性のあるものも含めてだ。モモンガからもらった手袋に武器に殴打属性を乗せる効果があるらしい。

 壁を登ってくるアンデッドや遠くから触手を飛ばしてくるアンデッドなどはその都度モモンガが対処してくれている。気の遠くなるほど矢を射っていると手もしびれ、力もなくなってきそうなものであるが、ネイアはアンデッドを倒すたびに力が沸き上がるような感覚がしていた。

 

(私……強くなってる?)

 

 実際に矢の威力も上がっているような気がする。これがモモンガの言っていたれべるあっぷなるものなのだろうか。

 しかし、湧き上がるような力とは別に、不思議な感覚をネイアは得ていた。アンデッドたちのことだ。アンデッドは生命を憎むとされている。そのアンデッドを倒し続けているうちにそのアンデッドの気持ちが何となくだが感じられるようになっていた。

 彼らは生命を憎んでいると言われるがそうではない。無理やりアンデッドにさせられて悲しく苦しいのだ。そして生者であるネイアが羨ましいのだ。羨ましくて妬ましくて襲ってきているのだ。心の中で泣きながら。

 そんな気持ちが伝わったネイアは1秒でも早くアンデッドたちをその苦しみから解放してやろうと弓を引き絞る。ネイアのそんな想いが矢に仄かな光を宿そうとしたその時、下にいるモモンガから声がかかる。

 

「ネイア、おかしいぞ。これだけ倒しても一向に数が減らないというのは異常だ」

 

 確かにその通りだ。ネイアの倒した数でも100や200ではない。目に見えて数が減ってもいいはずだが都市に入ってから数が減っているようには見えない。

 

「おそらくどこかでアンデッドを召喚し続けているのではないだろうか」

「そういえば砦での話は墓地からアンデッドがあふれてきたと言っていましたね」

「おそらくそこだ。数を減らしてからと思っていたが、埒が明かない。発生源を叩くぞ」

 

 

 

 

 

 

 道に塞がるアンデッドたちを倒しつつネイアたちが墓地へ向かっていた。モモンガも協力して排除しているため、それほど時間がかからずその中心部へと到達する。そしてそこでは明らかにアンデッドの発生源と思われる祠から続々とアンデッドが外にあふれ出していた。

 恐る恐る中を覗く二人。すると中では何やら呪文を唱える人物がいる。

 

「こいつが元凶か?ネイア行くぞ!」

「は、はい」

 

 周辺のアンデッドを掃除し、次を召喚される前に中へと突入する。そして中に入ったことをネイアは心の底から後悔した。

 

「え、ちょっと、やだ。何でこの人裸なのよおおおおおおおおおお!」

 

 周りを警戒するゆえ、目を閉じることも目をそらすこともできずソレを見つめる。そこにいたのは全裸の若い男だった。少年といってもいい年ごろで頭に額冠を乗せている以外何も衣服を纏っていない。

 ネイアは生まれて初めて見る肉親以外の異性の体をじっと見つめるわけにもいかず目をつぶるわけにもいかず混乱状態に陥る。

 

(ああ、もういや、帰りたい。お母さんごめんなさい。ネイアは汚れてしまいました)

 

「《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》」

 

 その少年がネイアたちに気づいているのかいないのか。微動だにすることなく呪文を唱えた。すると一気に十数体のアンデッドが現れる。

 

「お前がアンデッドを召喚していたのか!答えろ!なぜこのようなことをしている!」

 

 召喚されたアンデッドを倒しつつ問い詰めるモモンガに少年は何も答えることなくゆらゆらと揺れながら立ち尽くしている。それに伴って股間のものもゆらゆらと揺れる。しかし、よく見ると両目から血が流れ落ちているのに気づく。意識もあるように思えない。

 

「この変質者は……《道具上位鑑定(オール・アプレイザル ・マジックアイテム)》。叡者の額冠?ネイア、どうもこいつは頭の魔法道具(マジックアイテム)で操られているようだ」

「本当ですか?でもなんで裸なんですか。どう見ても変態なんですけど……」

「うーん、少し勿体ないが……《上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)》!」

 

 モモンガが呪文を唱えると少年の頭の上の輪が壊れて消える。少年は意識を取り戻すことなくそのまま倒れ伏した。

 

「ふむ、どうやら命に別状はないようだな。このままにしておいても自分の召喚したアンデッドに襲われることもあるまい。後で変質者として引き渡せばいいだろう」

「そうですね……。でもこれでアンデッドが増えることはないってことですね。これで終わりでしょうか」

「いや、こいつが黒幕ではあるまい、ということは黒幕を探さなければな」

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは街の中心部へ向かうことにした。もっとも人口が密集していた地区であろうそこは、黒い霧が濃くアンデッドも強力なものが多かったからだ。モモンガたちはそこに霧の発生源があり、黒幕もいると予想して進んでいた。

 大小さまざまなアンデッドを殲滅しながら進んで行くうちに、ネイアはあらためて自分が強くなっていくような感覚があるのだが、さすがに弓を撃ちすぎて腕のしびれも限界が近かった。あと数発射ることがやっとだろう。

 それでも中心部のアンデッドをほぼ倒し切り、広場へと出るとそこには一人の漆黒のローブを深くかぶった人物が暗くしわがれた声でモモンガたちに話しかける。

 

「お主たちか。先ほどからワシの邪魔をしている者どもは。何者だ」

「私はモモン。彼女はネイア。この都市のアンデッドのせん滅を依頼されたワーカーだ」

「モモンガさん気をつけて。後ろにもう一人いますよ」

「へぇー。気配を消してたつもりだったのに、いい目してるねー」

 

 その人物は暗闇に隠れるようにしていたが、ネイアの目はそれを看破していた。現れたのは奇妙なプレートを張り付けたビキニ状の鎧を身に着けた女だ。ニヤけた笑いを顔に張り付けている。

 

「そこのローブのお前はアンデッドのようだが……女のほうは反応がないな。人間か?」

「くくくっ、いかにも」

「この都市で何をやっている」

「馬鹿が。それを答えると思うてか」

「それはねー。大儀式『死の螺旋』だよー」

「おい」

 

 目的を暴露され、ローブの男は責めるように女を睨めつけるが女はまったく気にする様子がない。

 

「いいじゃん別にもー成功したんだからさー。あ、あたしはクレマンティーヌ。こっちのアンデッドはカジット。んふふふっ、よろしくねー」

「黙らんかクレマンティーヌ」

「それでね。死の螺旋っていうのはアンデッドになるための大儀式のことだよー。この町すべてに死をまき散らしてその死のエネルギーでカジっちゃんはアンデッドになったの。それにしても傑作だったなー。あたしはそんな儀式どうでもよかったんだけどね。法国から国宝盗んだ関係であたしを追ってた風花の連中も儀式に巻き込まれちゃってさー。アンデッドに飲まれてお仲間になっちゃった。あははははは、大爆笑だったよ」

「なるほど、事情は分かった。ではこの依頼はお前たちを討ち取って終わりということだな」

 

 モモンガのまるで相手を倒せることが当然のような態度にクレマンティーヌは笑顔を歪ませる。

 

「はぁ?なめてんのかてめぇ。雑魚アンデッドを掃除したくらいで調子に乗ってんじゃねぇ」

「吠えてないでかかってきたらどうだ。それともおとなしく捕まるか?」

「んふふふふ、舐めてんのかてめぇ!《疾風走破》!」

 

 モモンガの挑発に乗り武技を発動したクレマンティーヌは一瞬で間合いを詰める。速度上昇の武技だろうか。そのままの勢いでモモンガにスティレットを突き付けるが、モモンガはそれを剣で軽く防ぎつつ、その場からクレマンティーヌを離していく。

 

「お前の相手は私がしよう。ネイア、あのアンデッドは任せる。魔法詠唱者との戦闘もいい経験になるぞ」

 

 勝手に決めないでと言いたいが、モモンガとクレマンティーヌは剣とスティレットで火花を散らしながらそう言い残して離れて行ってしまった。

 残されたネイアはまずは相手の実力を確認しようとカジットと呼ばれたアンデッドを観察すべくミラーシェードを上げる。

 戦士としての強さは見られないが、そのローブの内側から恐ろしいほどの負のエネルギーを感じる。

 

(強い……私に勝てるの?無理じゃないかな……)

 

「わしもなめられたものよ。このような小娘が相手など……うおおおおっ!何という恐ろしい目をしておるのだ……なるほど、確かにわしの相手にふさわしいかもしれぬな」

 

 ネイアのミラーシェードの下の目を見たカジットはアンデッドにも関わらず動揺しているように見えた。

 

(こんな邪悪なアンデッドにまで言われた!)

 

 そんなネイアのショックを気にすることなくカジットは戦闘態勢に入った。

 

「死の螺旋によりエルダーリッチとなったワシの力を知るがよい。《魔法二重化(ツインマジック)》《火球(ファイアーボール)》!」

 

(エルダーリッチ!?うそ!?魔法の二重化!?)

 

 魔法の二重化は超高度な技術であり、通常の魔法使いでは使用などできない。聖王国でもネイアは使用できる人間を知らないくらいだ。カジットはエルダーリッチとなったことにより使用が可能となったのだろう。

 ネイアは魔法を避けるため必死で走る。しかし、放たれた火球のうち1つ目を避けることに成功するが2つ目が体を掠って地面にあたり炸裂する。吹きあれる爆風により肉が焼けこげるような臭いとともに強烈な熱さと痛みが襲ってきた。

 

「ぐぅ……」

「ほぅ、よく避けたな」

 

 ガジットが次の詠唱の準備にはいるが、ネイアもそのままやられっぱなしでいるわけにはいかない。近接戦に持ち込めば魔法詠唱者であるカジットは不利になるだろうが、その距離を魔法を避けつつ踏破するのは不可能だろう。

 

(遠距離戦しかない……)

 

 ネイアは痺れる腕に鞭を打ち、弓を引き絞る。腕がきしみ、焼け焦げた腕から血が染み出るが何とか耐える。狙いを定め、矢を放つとなんとカジットは避けることなく体でそれを受けた。しかし、それはカジットの予想と違いダメージを食らう。

 

「ぐぅ!?何!?ダメージがあるだと!?刺突属性ではないのか!?くそ!だが、それでもこの程度ならまだ耐えられる。ワシは倒れぬ!目的を果たすまではな!」

「目的?あなたの目的はアンデッドになることじゃなかったんですか」

 

 先ほどクレマンティーヌが言っていた死の螺旋という儀式。永遠の命を得るためにアンデッドになることがカジットの目的ではなかったのだろうか。

 

「そんなわけがあるものか。誰が好き好んでアンデッドなどになるか。わしの夢……わしの信じるものを叶えるためだ!」

「あなたに自分の信じる正義があると?」

「正義?正義か……そうだな。ああ、その通りだ。わしの信じる正義、それは母を蘇らせることだ!」

「お母さんを?」

「そうだ。わしは幼いころ母を亡くした。しかし、世の中には復活魔法というものがある。わしは願った。母を復活させてくれと、それができぬなら復活魔法を教えてくれと。しかし、誰も助けてはくれなんだ。そして母は灰となった。この通りな」

 

 カジットは懐から小さな壺を取り出す。遺灰が入っているのだろうか。

 

「灰から復活させる魔法などを見つけるにはどれだけの時間がかかることか。生きている間には無理だろう。その時間!時間を手に入れるためにはアンデッドになるしかないではないか!母を蘇らせること!それ以上の正義などわしにはないわ!」

 

 ネイアは目の前のアンデッドにも信じるものがあり、そしてそれゆえに苦しんでいることに驚きを感じる。

 自分ならどうだろうか。母が死んだ、そのときそれを受け入れ諦めるだろうか。モモンガさんに復活させてくれと泣きつくだろうか。それは分からない。分からないが。

 

「それでも!それでもこの町の人たちを!無関係の人々を巻き込んでいい理由なんかになりません!」

「やかましい!説教なぞ聞きたくもないわ。知るがいい、この死の螺旋により強化されたわしの本当の力を!」

 

 カジットが再び詠唱体制に入る。ネイアはとっさに隠れるところを探すが、広場の中心部におりどこにもそのような場所はない。

 

(もっと障害物の多いところで戦うべきだったわ)

 

 ネイアは必死に魔法を避けつつ建物の影を目指す。いくつもの火球が襲い来る中、何とか建物までたどり着く。

 

(よし!ここで……2連続で来たとしても1つ避けて2発目は《重傷治癒》で治すことを考えてあえて食らってもいい。肉を斬らせてでも反撃を……)

 

 そう思った時、聞こえてきた声にネイアは自分の考えの浅はかさを知った。

 

「《飛行》」

 

 カジットが呪文を唱えた声だ。振り返るとカジットは遥か上空からネイアを狙うように杖を構えていた。

 

「馬鹿め。物陰に隠れれば反撃できるとでも思ったか?くくくっ」

「そんな……」

「どうした。絶望したか?ならばダメ押しと行こうか。ふふふっ、見せてくれよう。三重魔法詠唱者(トライアッド)と謡われた帝国の主席宮廷魔術師しか使い手がいないと言う魔法詠唱者としての最高の力をな!《魔法三重化(トリプレットマジック)》!」

 

(うそっ!?まさか3連続で……そんなことをできる存在がいるなんて……。そんなの避けきれない!)

 

「《火球(ファイアーボール×3)》!」

 

 上空からの三連続攻撃だ。後悔するがもう遅い。ネイアは必死に走り、1つ目と2つ目は奇跡的に避けることに成功するが、まるでそこへ逃げるのを読んで狙ったかのように3つ目の火球が迫る。

 

―――終わった

 

 そう思ったその時、ネイアの体は真横に吹き飛んでいた。やわらかい毛玉にでもぶつかったような衝撃だ。

 訳が分からないが、何とか身を起こし、弓を手に取ると狙いを定める。狙うのは彼方のアンデッド。母を失い、母にもう一度会いたい、その一念だけでアンデッドにまでなった男。ネイアにあったのはそんな男に対する怒りではない、安らかに眠らせてあげたいという慈悲の心であった。

 そんなネイアの弓に番えた矢が白く輝く。徐々に徐々に増していくそれは聖なる輝きであった。

 

「お母さんとともに安らかに眠ってください!」

 

 暗い霧の中を光が一閃する。カジットはその矢に今までと違う力を感じ避けようとするが、蛇のように迫る矢は避けきれずその体に突き刺さった。

 殴打属性だけであれば耐えられる、そう思ったカジットだったがそれが間違いであるとすぐに分かる。体の内部から光があふれてくる、聖属性の光だ。

 清らかな聖なる光に全身を焼かれながらカジットは安堵を感じていた。何だか安らかな気分だ。

 

(これは……母に抱かれていたときと同じ……)

 

 ふと見ると母の位牌もキラキラと光となって消えていく。

 

(ああ、やっと会える。会えるんだ……)

 

「おかあ……さん」

 

 光となって消えていくカジットを見ていたネイアはそこに一人の少年の姿を見た。そしてその手を握る母親の姿を。手を握り合った二人はネイアに頭を下げ、そして消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは膝をつくと息を整える。危ないところであった。もし、3つ目の火球をくらっていたらやられていたであろう。あの時自分を突き飛ばしたのは何なのだろうか。そう思い周りを見回すとモモンガが広場に戻ってくる。

 モモンガの右手には何かが握られている。よく見るとあのクレマンティーヌとか言う女だ。モモンガがやられるとは思ってはいなかったが無事なようで安堵する。しかし殺してしまったのだろうか。

 

「てめぇ、この糞やろう!離せ!離しやがれ!な、なんで。なんで体が動かねえんだよおおおおおお!触っただけでこれとか反則だろ」

 

 意外と元気そうだった。

 

「ただの『麻痺』だ。死ぬことはない。ネイア、そっちも終わったみたいだな。どうだった?魔法詠唱者との戦いは」

 

 ネイアはそこであったことを正直に話す。開けた場所で戦うべきでなかったこと、運よく魔法を避けることができて反撃したこと。新しい力を得たこと、そしてその力でカジットを安らかな眠りへと誘ったことを。

 

「武技を使えるようになった?」

「はい、矢に聖属性を付与できるようになったみたいです」

「すばらしい!なるほど、スキル取得の条件はもしかしてユグドラシルに近いのか?おそらくレベルアップと倒した敵の数や種類なども影響するかもしれないな。それから……」

 

 都市を開放したことを伝えるため、帝国の砦へと向かいながらもモモンガが訳の分からないことを言っているがいつものことだから放っておくこととする。

 ふと、カッツェ平野の砦の方向を見ると都市の霧が晴れたことに気づいたのだろう。多くの人がネイアたちに手を振っていた。

 そんな中、ネイアはふと思う。あのカジットという男は母のためにアンデッドになったという。ならばモモンガにもアンデッドになった特別な理由があるのだろうかと。そしてしばらくモモンガのこれまでの言動を脳裏に浮かべたネイアは首を振る。

 

(うん、ないわね)

 

 頭の中で笑う愉快な骨を思い浮かべるとそんなことはありえないような気がする。朝起きたら骨になっていたと笑いながら言ってきても信じられるくらいだ。

 ネイアは考えることをやめ、砦に向かって手を振りながら走り出すのだった。

 愉快な骨とのおかしな冒険はまだまだ続きそうだ。



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第5話 懲悪

 解放されたエ・ランテルは帝国により管理されることとなった。事態を知りつつ放置した王国と住民を保護した帝国、どちらに都市がつくのかは明白なことである。これに対して王国は帝国による陰謀との声明を出したが、それを信じる者は誰もおらずエ・ランテルは正式に帝国領となることとなる。

 

「本当に行ってしまわれるのですか。帝国の皇帝陛下はあなた方を高く評価することでしょう。もしお越しくだされば望まれる地位に就くことも可能ですよ」

 

 モモンガ達を慰留しているのは帝国四騎士の一人、ニンブルだ。金髪に深い海を思わせる青瞳という端正な容姿の貴族出身の騎士であるが、モモンガたちにも非常に丁寧に対応している。

 ニンブルからすればエ・ランテルを解放するために兵を率いて来てみればたった二人のワーカーが都市中に溢れるアンデッドを討伐したというので驚きである。ニンブルの知る皇帝がその二人を放っておくわけがない。逆にここで勧誘しなかったということに怒る方だ。

 

「しかも、あのブレイン・アングラウスまで打ち勝ち捕らえるとは脱帽です」

 

 ブレイン・アングラウスはバハルス帝国にまで名の知れた王国最強の戦士長と互角ではないかと言われる天才剣士である。それを打ち倒す実力者と言うのであれば都市解放のことがなかったとしてもぜひ帝国へ迎え入れたい。

 

「あの男はどうなるのです?帝国の法で裁かれるのでしょうか」

「そうなるでしょうね。ただ、彼ほどの力があれば陛下は彼を召し抱えるかもしれません。陛下は懐の深いお方です。例え出自や容姿、過去がどうであれ力あるものは正当に評価なされます。モモン殿たちも一度お会いになってみませんか?」

「申し訳ありませんが、今はどこかの国に仕えるつもりはありません。それに帝国に行くのは王国という国を見てからにしようとネイアと決めましたので」

「そうですか。ではお引止めするのは失礼というもの。ですが、帝国へいらっしゃった際は歓迎しますので是非お声をおかけください。それにしても王国に行かれるのですか。モモン殿ほどの方があの国に……。実にもったいない……」

「何かありましたか?」

「いえ、それはモモン殿がご自分の目で確かめられること。私からは何も言いますまい。それではワーカーチーム《漆黒の凶眼》の旅の無事を祈っております」

 

(ん?今なんて?)

 

 モモンガとは別に、ネイアは住民たちからの感謝と別れの言葉を受けとっていたが、何やら嫌な予感がしてモモンガたちを振り返る。

 

(よく聞き取れなかったけど……聞き違いよね。うん)

 

 そんなネイアを他所にたった二人で死都となった大都市を救った英雄、ワーカーチーム《漆黒の凶眼》の名は大陸全土へと知れ渡ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルから王都リ・エスティーゼへと向かったモモンガとネイアであったが、その旅は今までとは打って変わって平穏なものであった。話によると第三王女の発案により王直轄領内においては街道周辺のモンスター等に報奨金をかけており、治安の維持に努めているということであった。エ・ランテルまでの道中のような野盗やアンデッド等のモンスターにも遭遇することがない。急ぐ旅でもないため、ゆっくりとした足取りで王都へと到着することとなった。

 到着後、二人は早速宿を取ることにする。しかしそれは長旅の疲れ(一人は疲れなど不要の体ではあるが)を取るためだけではない。

 ワーカーとして仕事をしていく上で宿選びは重要である。冒険者組合と異なり個人で仕事を請け負うワーカーは、宿屋が兼業として仕事の斡旋を行っている場合が多いのだ。

 モモンガたちはワーカー御用達といわれる宿を取り、仕事の情報を得るため店主を呼び出すが、モモンガたちが話を切り出す前に逆に主人のほうから尋ねられることになった。

 

「その漆黒の鎧の男と顔を隠した女……。あんたらもしかしてワーカーチーム『漆黒の凶眼』か?」

 

「そうだが」「違います!!」

 

 モモンガとネイアの声が重なり、二人は顔を見合わせる。主人は肯定の言葉が返ってくると思っていたのか困惑しているようである。

 

「え、違ったか?あれ?聞いてた身なりとそっくりなんだが……」

「凶眼ってなんですか!凶眼って!いつの間にそんなチーム名決めたんですか!モモンさん!」

「いや、だってもうそう呼ばれてるしいいかなって思って……」

「よくないですよ!ってもうそう呼ばれてる!?」

「あのブレインとかいう野盗の剣士がいただろう?あいつがエ・ランテルで帝国兵に元冒険者の『漆黒』と聖王国の有名な『凶眼の射手』と伝えたらそうなったらしい」

「なんで止めないんですかあああ!」

 

 モモンガの鎧をつかんでネイアが揺さぶっている光景に軽く引きながら宿の主人はもう一度聞きなおす。

 

「えーっとエ・ランテルを解放したワーカーチームでいいんだよな?本人たちということは間違いないか?」

「はい……でもチーム名は決めてませんから!」

 

 ネイアは主人の言うワーカーチームであることは仕方なく認めるが、チーム名は断固として認めるわけにはいかない。すべての元凶となったブレインという男は次に会ったら絶対に殴ると心に決める。

 二人のことをすでに知っていたと思われる店主は、さらに驚くべきことを二人に告げる。

 

「あんたたちに名指しの依頼がある」

 

 

 

 

 

 

 ネイアとモモンガは二人部屋を取り、周りに人がいないことを確認すると扉を閉めて作戦会議に入る。

 

「モモンガさんこれっておかしいですよね。何で私たちがこの宿に入るって分かるんですか?それも来たとたんに名指しの仕事の依頼って……」

「ああ、早すぎる。まぁのんびり来たからエ・ランテルの情報をここまで届けたものがいたかもしれないがそれにしても早い。最初からそのつもりでエ・ランテル周辺で情報収集していた可能性のほうが高いかもしれないな。他のワーカーの斡旋先にもすべて情報が流れていると見ていいだろう。もしかしたら今も監視されているかもしれん」

「依頼内容は館の警護ということですね。おかしいところはないみたいだけど……うーん……」

「虎穴に入らざれば虎子を得ずというし依頼を受ければ分かるんじゃないか?相手の強さが分からなければまず殴って確かめればいい。ふふっ、やまいこさん魂が俺に宿っている」

 

 またモモンガは変なことを言っている。どうもこの骨は危険を含めて冒険を楽しんでいるような気がする。付き合ってるこっちのことも考えてほしい。

 

「しかし、何の情報もなしに行くのも愚かだな。念のために調べるだけ調べてみようか」

 

 ネイアの不安そうな顔を知ってか知らずか、そう言って頭に指を当てて何やら話をしだした。《伝言》の相手は妖精のあいぼーるこーぷすさんだろうか。何だかんだと優秀な妖精さんなようなので一安心といったところか。

 しかし依頼のことはさておき、それよりもネイアにとって今もっと心配なことがあった。それは……。

 ()()()()である。

 

「モモンガさん、なんで二人部屋取ったんです?」

「いや、店主が薦めてくれてな。一人部屋2つ取るより安いし、あと防音だから大きな声を出しても安心していいぞとも言ってたな」

「なんでベッドが一つで枕が二つなんです?」

「それな。それが分からん。だが、店主はどうぞお楽しみくださいって言ってたが……何のことだ?」

 

(宿屋のご主人!!……なに余計なことに気をつかってるのよ!っていうかモモンガさんそっち系の知識なさすぎるでしょ!)

 

 ネイアがどうしたものかと顔を赤くして頭を悩ませていると、モモンガはあっさりと解決策を提示する。

 

「まぁベッドが一つしかないなら仕方ない。どうせ眠れない体だ。ベッドはネイアが使ってくれ。俺は床で構わないから」

 

 二人一緒に寝るしかないとドキドキしながら覚悟していたネイアはモモンガのその言葉に安心したような残念なような何とも言えない気分のまま、何ごともなく夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ネイアが起きるとモモンガは部屋にいなくなっていた。同じベッドではないにしろ二人きりで同じ部屋で寝ることを意識していた自分が馬鹿みたいだ。モモンガは眠らない、それは分かりきっていたことだ。また暇を持て余して外に行っているのだろう。

 顔を洗い朝食をとっていると、外から聞きなれた声と女の子と思われる声が聞こえてきた。宿屋に併設されている納屋のあたりからだ。

 

「ほーれほれ、ここか?」

「だ、だめぇ……」

「違うのか?どうだ?ここか?ここがいいのか?」

「あっ……そこは敏感だから……」

「ここの下あたりはどうかな?」

「も、もうらめぇ……」

 

 モモンガの声だ。会話の内容から察するに女の子とお楽しみ中といったところだろうか。娼館で娼婦でも買ったはいいが、部屋に連れて来られないから納屋で楽しんでいるのだろうか。骨が行為を行うこと自体も驚きだが、ネイアは胸がなぜかムカムカしてきた。

 

(別にいいんだけど!モモンガさんが誰と何しようといいんだけど場所くらい選んでよね!)

 

 自分の気持ちがよく分からないが一言文句を言ってやらないと気が済まない。食事を途中で済ませ、納屋へと向かうと、まだ怪しい声が続いている。

 

「この辺りはどうだ?」

「そ、そこはぁ!」

「じゃあ、ここだ」

「そ、そこ!そこがいいでござるよー!」

 

(ござる?)

 

「モモンガさん!いったい朝から何をしているんですか!」

「あっ!」

 

 ネイアが現場を押さえると、そこにはブラシを持った漆黒の戦士と巨大なハムスターがいた。一人と一匹は同時にネイアの方向を振り向く。漆黒の戦士ことモモンガは見つかった相手がネイアであることに気付くと素早く何かの呪文を唱え始めた。

 

「《透明化(インヴィジビリティ)》!」

 

 ふっと巨大なハムスターは消え去り、モモンガはネイアへ向き直る。

 

「やあ、ネイアおはよう。どうかしたのかな?」

 

 何事もなかったかのように爽やかな声で挨拶をしてくるが、誤魔化せるとでも思っているのだろうか、この骨は。

 

「今の巨大な魔獣はなんですか?」

「何のことだ?ネイアが何を言ってるか分からないな」

「今の巨大な魔獣はなんですか?」

「いや、だから……それは……」

「怒りますよ?」

「はい……」

 

 ネイアの前で正座で白状しているモモンガによるとトブの大森林で夜散歩しているときに襲ってきた魔獣であるということだった。倒したあと助命を聞き入れてやると子分にしてくれと懐かれたらしい。

 しかし、ネイアがネズミが嫌いということで透明化の魔法をかけてこっそり飼っていたということだ。朝はブラッシングの時間らしい。

 

「はぁ……もう朝から変な声だして何事かと思いましたよ」

「は?変な声?ブラッシングをしていただけなんだが、ネイアは何と勘違いしたんだ?」

「えっ、そ、それは別にどうでもいいじゃないですか!」

 

 ネイアの顔が耳まで真っ赤になる。それを誤魔化すようにネイアは言葉を続けた。

 

「それに!私はネズミは嫌いですけど魔獣は別に嫌いじゃないですよ」

「え?そうなの?じゃあ飼ってもいい?」

「でも街じゃ目立つから透明化させておいたほうがいいでしょうね。えっと、見えないけどよろしくね」

 

 ネイアはミラーシェイドを上げて魔獣のいるあたりを見る。あの立派な風貌からすると可愛らしい声の割には名のある魔獣なのだろう。あの力が漲る目は恐ろしささえ感じさせる。

 

「あわわわー!殿ー!殿の言う通りでござる。殿の相棒殿は恐ろしい目をしているでござるよー!」

「ちょっ!おまっ!ハムスケ黙れ!」

 

 どうやら魔獣はネイアの目のほうが怖いらしい。モモンガがハムスケと呼ばれた魔獣の口と思われる辺りを必死に押さえつけているようだが、ネイアはモモンガをジト目で睨めつける。

 

(モモンガさんが私のことをこのハムスケにどう説明していたかは後でじっくり聞くとしよう)

 

 

 

 

 

 

 依頼人の名前や素性は不明。前金は成功報酬の半額。受け取りは宿の店主から。館には絶対に立ち入らないこと。誰も立ち入らせないこと。翌朝になれば依頼は完了。それが今回の依頼内容だ。

 怪しいことこの上ないが依頼人の素性が秘密なことは宿の主によるとよくあることらしい。

 依頼を受けたネイアとモモンガは館の前で警備を開始する。やがて日が沈み夜の帳がおりはじめた。

 明かりも少なく館の前のネイア達はほぼ闇に包まれている状態だ。だが、ネイアは多少の闇の中でも夜目が効くほうだ。注意深く周りの警戒を続ける。

 そして時間が深夜に入るかという時に異変は訪れた。

 周りには何も見えない。そして気配もしない。だが、ネイアはそれを感じる。『殺気』だ。空気に溶けるように何もない気配の中にわずかな殺気を感じる。

 

その矛先は自分とモモンガの……。

 

(首すじ!!)

 

「モモンガさん!」

 

 咄嗟にモモンガの手を引っ張り自分も頭を伏せる。首のあったあたりをキラリと光るものが通り過ぎた。

 

「避けられた。意外」

「うん、意外」

 

 似たような声がそれぞれ別々の場所から聞こえる。目を凝らすとそこに忍び装束と呼ばれる奇妙な服装をした同じ顔の女たちがいた。

 

「忍者か?」

「モモンガさん!それだけじゃない!向こうの塀の影に二人、それに上空に一人!」

「へぇ、やるじゃねえか。ティアとティナの攻撃を避けただけじゃなく俺らまで見つけるなんてよ」

「油断しないでガガーラン」

「あいよ、リーダー」

 

 影から出てきたのは短く刈り上げられた金髪の髪に、肉食獣のような瞳をした大柄の女、そしてもう一人は貴族を思わせるような美貌を宿した漆黒の剣を持つ女だ。

 上空にいるのは体躯は小さく子供のような外見だ。白い仮面をつけており容姿はわからない。その子供のような女から声がかかる。

 

「気配を消した私まで見つかるとはな。お前たち何者だ」

 

 それはこちらが言いたい台詞だと思うが、ネイアの代わりにモモンガが答えてくれる。

 

「やれやれ、人を殺そうとしておいてそれか。まぁいい。俺の名はモモン、こちらはネイアだ。この建物を守るよう依頼されている。お前たちこそなんだ。殺し屋か何かか?」

「モモン?まさか漆黒のモモンか!聖王国のアダマンタイト級冒険者がなぜ王国に!」

「依頼だと言っているだろう。お前がリーダーか?誰だか知らないがここを通すわけにはいかない。これ以上続けるのであれば実力で排除するが、逃げ帰るのであれば見逃してやらないこともないぞ?」

 

 モモンガのまるで自分たちが負けるはずがないと言うような高慢な態度に相手の雰囲気が一変する。特にリーダーを馬鹿にされた仲間思いのガガーランは我慢できなかったようだ。

 

「おいおい、人を見下して舐めた口効いてんじゃねえぞ()()

 

 

―――その瞬間、時間が止まった

 

 

 モモンが動きを止め、そのまま固まっている。そして周りをキョロキョロ見回し挙動不審な様子で子供のように言い返した。

 

「ど、どどどどどどどど童貞違うし!」

 

 モモンガのその態度に相手の態度はさらに一変する。皆口に手を当てて、「えーっ」という感じに驚いている。

 

「え、うそ。本当に童貞?」

「童貞なのか?」

「まじ童貞」

「軽く引く」

 

 モモンガの挙動不審な態度を見るにモモンガは童貞らしい。ということは童貞のまま死んでしまったのだろうか。生きてる間女の子と仲良くなることもなく、愛し合うこともなく死んでしまったとしたら……。ネイアはつい自分の心の内をつぶやいてしまう。

 

「可哀そう……」

「ぐぅ!」

 

 ガガーランたちの言葉により傷ついたモモンガの心をさらにネイアのその言葉が鋭いナイフのように抉った。モモンガが顔を伏せ、言い訳するように地面に向かって叫ぶ。

 

「な、なななななんでそんなことをが分かる!」

「なんつーか、経験だな。俺は童貞の話し方とか仕草とか詳しいからよ」

「くっ……」

「ちなみにこっちの女の子も処女っぽい。くんかくんか。処女のにほい」

 

 いつの間にか忍者のうちの一人がネイアの匂いを嗅いでいる。

 

「べ、別に私は処女でもこれから経験できるし!たぶんだけど!」

「私が経験させてあげてもいい」

 

 忍者の一人がネイアを見て唇をぺろりと舐める。やばい。この人相当やばい。

 

「おまえらなぁ……あ、ちょっと待って!」

 

 緊張感に欠けた空気の中、モモンガは何かを言いかけたが、突然素に戻ると指をヘルムに充てた。

 

「はい、私です。あ、すみません今ちょっと仕事中で……え!?そうなんですか、いやすみません。はい……はい……こちらこそありがとうございます。はい……はい……ありがとうございました。はい……」

 

 見えない何かに向かってペコリとお辞儀をしている。相手は突然のモモンガの行動に固まっている。

 

「待たせたな。ふふふっ、俺たちを侮るなよ。この俺はお前らたちのことなどまるっとお見通しだ!アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』よ!」

 

 この人たちの名前は蒼の薔薇と言うらしい。先ほどの動揺はどこへいったのか、胸を張るモモンガ。ネイアの脳裏に先ほどのあれは《伝言(メッセージ)》ではと思いつく。そうすると相手は……。

 

「あいぼーるこーぷすさん?」

「あ、ああ。っていうか何で俺が召喚したのに俺より優秀なんだろうな」

 

 自分より使い魔の方が優秀なことに少し落ち込んでいる様子であるが、モモンガは蒼の薔薇を指さして話を続ける。

 

「お前は『暗黒剣の使い手』ラキュース!、お前が『仮面の魔法詠唱者』イビルアイ、そしてお前たちが『ショタ好き』のティア、『レズ』のティナ、『童貞食い』ガガーラン……っておまえらふざけてるのか?この二つ名マジなのか?どんなチームだよ!」

「ガガーランの二つ名だけ違う」

「うん、ガガーランの二つ名は『胸ではなく大胸筋です』」

「うるせえよ!」

 

 忍者の双子のつっこみにガガーランが吠えている。どっちにしろ酷い二つ名だが、『凶眼の射手』とどっちが酷いかは意見が分かれるだろう。

 

 

「ま、まあいい……。さて、ネイア。王国のアダマンタイトであるこいつらの実力のほどはどれくらいだ?」

 

 モモンガはネイアの敵の感知能力を信頼してくれているようで少しうれしく感じる。ミラーシェードを上げ、蒼の薔薇を見回すと当人たちは驚いた表情でこそこそと話し出した。

 

「こ、こいつは……おい、イビルアイ。お前名前こいつにやっちまえよ」

「うん、イビルアイの名はこの子にこそ相応しい」

「イビルアイ改め『蒼の薔薇のちっこいの』に改名すればいい」

「うるさいぞ貴様ら!人の名前を勝手に変えるな!」

 

(絶対私の目を見てイビルアイって言ったよね……)

 

「でもよお、イビルアイ。そろそろ本当の名前名乗ってもいいんじゃねえのか?」

「仲間にも秘密とかない」

「私たちの関係ってそんなもの?」

「うっ……そ、それもそうか……確かにあれからずっと時間も経ったし本当の名前を使ってもいいか……」

 

 イビルアイと呼ばれた仮面の少女は腕を組んで悩んでいたが、やがて納得したのかネイアに向き直り、真剣な調子で語り掛ける。

 

「よし!ネイアとか言ったな。このイビルアイの名……。お前に受け継いで……」

「いりません。何ですかイビルアイってふざけてるんですか」

 

 ネイアは皆まで聞かずに一刀両断に提案を切り捨てる。イビルアイなどと言う酷い名前を受け継ぐわけにはいかない。

 

「お、おい!おまえら怒られてしまったではないか!」

「まぁいらねえわな」

「やーい怒られた」

「だよねー」

 

 イビルアイがガガーランとティアティナに揶揄われてるの見て緊張感が溶けかけるが、モモンガに尋ねられていたことを思い出す。彼女たちの実力だ。ふざけているように見えるがそれは真に実力を持つ者の余裕という奴なのかどうか。

 

「空にいる魔法詠唱者……イビルアイの力は……段違いです!それ以外は私と同じかそれ以上の強さかもしれません」

「ありがとうネイア。さて、私たちは自分の役割を答えたな。それでは今度は蒼の薔薇、おまえたちがここに来た理由を教えてもらえるかな」

 

 モモンガの問いに顔を見合わせる蒼の薔薇。その中からラキュースが真剣な面持ちで前に出る。

 

「私たちが来た理由。それはその建物にいる犯罪組織に用があるからです!」

「犯罪組織?」

「八本指と言う組織です。麻薬、誘拐、奴隷売買、なんでもやる王国の闇でうごめく巨大犯罪組織、それを私たちは討ちにきました。そこをどいてください!」

 

 犯罪組織という言葉にネイアは一瞬建物のほうを見てしまうが、モモンガは腕を組んだまま、その申し出に首を振った。

 

「断る」

「なんで!私たちは正しいことをしようとしているだけですよ!」

「それを証明するものがどこにある?それにそのようなことは本来この国の衛兵たちなどがやる仕事ではないのか?」

 

 確かにそのとおりだ。犯罪組織の拠点であるならば王国政府として対応すべきものだ。このような闇討ちをする必要などない。目的を騙ってネイアたちをだまそうとしているのだろうかと思っていると、ラキュースの顔が暗くなる。歯を食いしばって悔しさに耐えてるようでもある。

 

「それでは……駄目なの……。王国の衛兵たちにも八本指の手は伸びている。手を借りようとしても八本指に情報を流されるだけ……」

「それにそれは冒険者の仕事ではないのではないのか?冒険者は国家権力から独立しているはずだろう」

「それは……」

「そもそも衛兵まで買収されているのであれば組織の集会を襲って何の意味がある。黒幕である王族や貴族などの権力者を何とかしないと詰んでいるだろう。トカゲの尻尾切りをされて終わりだ」

 

 っとあいぼーるこーぷすが言ってた、とボソっとネイアにだけ聞こえるような声で呟いている。

 

「それでも!それでも何もやらないよりはいい!私たちは正しいことを、正義をなそうとしている!」

「正義だと?」

「ええ、勧善懲悪!悪を懲らしめる、それ以上の正義がどこにあるのですか!」

 

 ラキュースの叫ぶような主張にモモンガは笑いをもって答えた。

 

「ははは、都合のいい正義だな。裏で悪人を殺して表では知らんぷり。それは権力者に表で盾突く覚悟がないだけなのではないか?」

「それは……私たちにもアダマンタイトという立場というものがあるの……。何でも思い通りにはできないわ」

「立場と来たか!立場を守り自分たちは安全なところにいた上で、余った力で勧善懲悪か。一体いつになったらこの国は良くなるのだろうな」

「貴方に!貴方なんかに何が分かるっていうの!あなたならすべてを捨てて権力に逆らえるとでも言うの!」

 

 権力に逆らい、すべてを捨てて旅に出たモモンガにこの女は何を言っているのか。自分にできないことは他人にもできないと決めつけるその考えにネイアはいら立ちを隠せなかった。

 

「あなたこそモモンさんの何が分かっているっていうんですか!モモンさんはあなたたちとは違う!人のため、国のために国家権力に逆らって冒険者の資格を失ったモモンさんの何が!」

 

 ネイアの思いをぶつけられラキュースは言葉に詰まる。隣のガガーランが呻くようにイビルアイに尋ねる。

 

「おい、イビルアイ今の話まじか?」

「ああ、聖王国で権力者に口を出したという話は聞いたな。だがまさか冒険者の資格をはく奪までしていたとはな。聖王国の判断が間違っているような内容だったが……。だが、そんなことは関係ないだろう?ラキュース。惑わされるな。私たちは私たちのやるべきことをやるだけだ」

「そうね……イビルアイ!あなたが何者でも!そこは通してもらう!みんな!いいわね!」

「おう」

「鬼リーダーに従う」

「悪い奴は懲らしめる」

 

 イビルアイは水晶で出来た杖を、ラキュースは暗黒剣を、ガガーランは巨大なハンマーを、ティアとティナはそれぞれ短剣を構える。

 

「交渉は決裂か。仕方がないな。ネイア、後ろの忍者二人は任せる。前の3人は私が相手をしよう」

「私たち3人を一人で?ふざけたことを言うやつだ」

「なめんなよ、童貞のくせに」

「油断しないでイビルアイ、ガガーラン」

 

 深夜の街中で冒険者チーム『蒼の薔薇』とワーカーチーム『漆黒の凶眼』との戦闘が人知れず開始された。

 

 

 

 

 

 

 モモンガ達が戦闘に入ると同時にティアとティナと呼ばれた忍者の二人が動き出す。この素早い二人を相手に弓を出す隙はないだろう。ネイアはブルークリスタルメタルの短剣を取り出すと二人のどちらから攻撃されても対応できるよう構えをとる。

 相手の二人も手に短剣を持っており、身軽そうだ。よく見ると刀身が濡れたように艶々と光っている。

 

(毒?それとも別の効果?気を付けないと……。っ!?)

 

 そう思った瞬間にティナがネイアに向かって短剣を投げてきた。その速度も達人のものであるが。さらに周りが闇に包まれていることにより、常人であれば短剣が来ることさえ気づかずやられてしまいそうなものだった。

 ネイアは持ち前の動体視力で間一髪で短剣を避けるが、安心したのも束の間、同時にティアが反対側から先を予測したようにネイアの避けた先へ短剣を投げていた。ネイアは体をひねってキリギリのところで何とか避ける。

 

(この二人完全に連携が取れてる……運よく避けられたけど危なかった……)

 

 だが、二人とも手持ちの武器を投げたということは武器を失っておりチャンスではないか。そう思ったネイアであったが、その考えが甘かったことをすぐに思い知る。

 そこに見たものは武器を失った敵ではなかった。お互いに投げられた短剣を反対側で受け取っていたのだ。

 そこからはまるでサーカスのジャグリングのようであった。交互に投げつけられる短剣、しかしネイア自身でも驚くべきことにそれをネイアは避け続けている。最初はギリギリであったものが、徐々に楽に避けられている気がする。

 ネイアは不思議に思っていた。暗闇の中、投げられ続ける短剣を避け続ける自分の集中力、そして感じる空間の把握力に。

 

「この子強い」

「お持ち帰りしたい」

「それは仕事が終わったあと」

「残念」

 

 仕事が終わったらお持ち帰りされるのか。ティアとティナの会話に怖気が走る。

 

(レズって本当なの!?)

 

 贅沢は言わないが、最低限として恋人は異性であってほしい。捕まるわけにはいかない。そう思い、ネイアは会話の隙をついて短剣で忍者の片割れティアに斬りかった。突然向かってきたネイアにティアは反応することが出来ずその刃を体に受ける。

 『斬った!』そう思った瞬間……。

 

「忍法《闇渡り》」

 

 ネイアが斬りつけた人影が影に潜り込む。手には斬った感触もなく、姿も形もすでになくなっている。どこに行ったかと周りを見回すと別の場所から影が現れ、ティア姿を取る。自分の知らない技だ。

 

(これが忍術……)

 

 自分と同格以上の存在が二人、それを一人で相手にするのは初めてだが思っていた以上に苦しい。

 一人を狙ってももう一人がフォローする。それに二人のコンビネーションは完璧であった。何も言わないでお互いの行動を把握しているようである。

 しかしネイアも負けてはいなかった。双子の短剣はかすりはするがネイアに触れることは一度もない。お互いに攻撃の当たらない膠着状態が続き、そのうちティアとティナが音を上げた。

 

「本当にどうなってる」

「後ろの目でもあるの」

 

 ネイア自身も疲れているが、双子の忍者にも疲れが見え始めている。いつ勝負が終わるのかとお互い辟易していたその時、そこにイビルアイの叫び声が響きわたった。

 

「貴様!これはどうなっているのだ!」

 

 ネイアと双子が目を向けるとモモンガと3人の勝負はすでに決していた。

 ラキュースとガガーランが倒れ伏せ、イビルアイがモモンガの手によって地面に押さえつけられている。頭を地面に押さえつけられて手足をばたつかせているその様子はまるで駄々っ子のようだ。

 

「どうなっているはこっちの台詞だ。麻痺が効かないとは、状態異常対策でもしているのか?」

「離せ貴様!この!この!」

「降参をするなら離してやる」

「なんだと!誰が……」

「もういいわ!イビルアイ!私たちの負けよ」

 

 ラキュースのその一言で、イビルアイは悔しがりながらもその場の戦闘は終結を迎えた。ティアとティナも短剣を収めてネイアのもとから離れた。

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは蒼の薔薇の処置を話し合った結果、結局見逃すという結論になった。依頼上、蒼の薔薇の要求は飲めないが、動機としては正しいことをしようとしたのだし、今後人々のためには彼女たちの力は必要だろう。イビルアイだけが最後まで負けを認めず騒いでいたが、蒼の薔薇も撤収することにしたようだ。

 夜の闇の中に消えていこうとする蒼の薔薇、そのリーダーのラキュースにモモンガが話しかける。

 

「ちょっと待て。お前たちの依頼主のことだが、一言言っておくことがある」

「依頼主?一体何のことですか?」

「お前たちの依頼主、恐らく俺たちがここを守っていることを知っていて依頼しているぞ」

「そんな!なんであなたにそんなことが分かるんですか!」

「ちょっと調べただけだが、気を付けることだ。お前たちの依頼主、相当な食わせ物だぞ」

「……。……忠告として聞くだけ聞いておくわ」

 

 『蒼の薔薇』は悔しそうにそう言い残すと音もなく去って行った。

 

 

 

 

 

 

 館の警備依頼。襲撃者に襲われるという事態はあったし、ネイア自身かなり危険な戦闘に巻き込まれた。こんなに長く感じる夜は初めてだ。だが、何とか危機は去り、依頼としてはあとは朝まで何事もなければ立っているだけで終わる。

 そうネイアたちが安堵したその時、手をパチパチと打ち鳴らすような音がすると複数の男女がその場に現れる。

 

「ははははは、こいつぁたまげたぜ。まさか『蒼の薔薇』をたった二人で撃退するとはな」

 

 この長い夜はまだ終わりそうにない。



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第6話 塵芥

 蒼の薔薇を撃退した直後、闇の中から現れた6人の男女。その中から全身に刺青をした巨漢が前に出る。動物を象ったと思われる入れ墨はその剃り上げた頭の先にまで達しており、服の上からでも筋肉の隆起が分かるほど鍛え上げられた肉体をしている。

 

「俺は闘鬼ゼロ。今回のおまえたちの依頼主だ。そして喜ぶがいい。お前たちは合格だ。これで依頼は終了でいいぜ」

「お前が依頼主という証拠がどこにある。我々は朝までここを動かない」

 

 ゼロと名乗った男は大仰に両腕を広げ、突然の依頼終了の宣言をする。だが、モモンガはその言葉に動揺することなく受け流した。ゼロは呵々大笑する。

 

「ははははは、こいつぁ本物だ。それだけの強さを持っているにも関わらず用心深い。確かに俺が依頼主だなんて証拠はないわな。……だが、それが事実だ」

「我々にはこの館を守る義務がある」

「この館には誰もいねえよ。蒼の薔薇が俺たちのこと探ってるっていうんで、あちらさんに情報を流してお前らとぶつけたまでだ。まぁ、見逃して帰しちまったのは残念だがな」

「あいつらを捕まえて娼館で働かせでもすりゃあ、そりゃ大人気だったのになぁ」

「はははっ、違いねえ。小さいのから大きいのまでより取りみどりだ。人気間違いなしだぜ」

 

 ゼロの仲間と思われる男連中から軽口が飛ぶ。およそ言っていることがまともな人間の言うこととは思えなかった。モモンガはそんな彼らに奇妙なことを尋ねる。

 

「蒼の薔薇がおまえたちを探っているという情報の出どころは分かっているのか?」

「はぁ?俺たちの組織の諜報部門からだがそれがどうかしたのか?」

「自覚なしか……。報告通り恐ろしいな、王国の黄金は。こいつらさえ駒として使っているのか……」

 

 モモンガがぼそりとつぶやくその言葉を聞き、ゼロは怪訝そうな顔をしている。

 

「何の話をしている」

「いや、こちらの話だ。それでそのゼロさんが何の用かな。先ほど話した通りここは通せないが?」

「別に通せなんて言ってねえ。館を守るなら朝まで守るがいいさ。単刀直入に言うぜ、六腕に入りな」

「六腕?」

「八本指の警備部門のことだ」

 

 ネイアの脳裏に先ほどの蒼の薔薇の言葉がよぎる。麻薬、密売、奴隷売買を生業とする組織と言っていた。

 

「それってさっき蒼の薔薇が言ってた犯罪組織のことじゃないですか!」

「犯罪組織?おいおい、お嬢ちゃん。人聞きが悪いな。八本指は正確には商会の一つなんだぜ?そこで求められる色んなものを売っているだけだ。欲しい奴がいるから俺たちは商品を用意する。商売の基本だろう」

「なるほどな。需要と供給の関係か。一理ある」

「モモンガさん!?麻薬や人身売買をやってるかもしれない組織なんですよ!?」

 

 モモンガがゼロの言葉に理解を示す。まさか八本指に入るとでもいうつもりなのだろうか。ネイアの糾弾を聞いてさらにモモンガは信じられないことを言う。

 

「そして、それを裁くものはこの国にはいない。さっきの蒼の薔薇のように力づくで拠点を襲うくらいが精々だ。表じゃ何もできないだろうな。まさにやりたい放題だ」

「へへっ、あんたは話が分かるみてえだな。そうさ、政治の世界でさえ俺たち八本指がすでに牛耳っている。あと怖いのは力づくの連中だけよ。だが、俺たち六腕がそうはさせねえ。あんたが来てくれれば六腕はさらに強くなるぜ、はははは」

 

 ゼロは周りの連中と笑いあっている。モモンガはこんな連中に与するというのだろうか。おかしな行動をとるが、根は悪くないと思っていたのに。そうと思うと目頭がかすむ。

 

「あなたは……あなたたちは心が痛まないんですか!麻薬で体を壊わされ、人権を奪われ売られていく人たちのことを何とも思わないんですか!」

「安心しろ。心が痛むのは最初だけだ。そのうちどうでも良くなっちまうよ。いや、諦めといったほうがいいか?」

 

 そういうゼロは先ほどまでの嘲笑を引っ込め、苦笑を浮かべる。ゼロは何を考えているのか、遠くを見るような眼をしている。

 

「あなたには良心は……正義の心はないんですか!」

「正義だと……?さっきからごちゃごちゃと……。俺らに正義の心はないのかだと!?そんなもんこの国にはどこにもねえんだよ!そんなものは(ちり)だ!(あくた)だ!」

 

 ネイアはゼロの目が怒りに燃えるのを見る。本気の怒りだ。この人は正義に対して怒っている、それも心の底から。しかしなぜこれほどまでに怒ることができるんだろうか。怒るということは心があるということ、人の心を失った人間がこんなに怒るのだろうか。

 

「この国じゃあな。優しい人間は騙される。弱い奴は奪われる。正しい奴は消されるんだ。そんな世界で生き抜くためにはずる賢く、強くなって自分より弱い奴らから奪うしかねえんだよ!自分より強いやつに逆らっても消されるだけだ。嬢ちゃん、もしそれが嫌ならお前はさっさとここから消えな。俺らへの命令は漆黒のモモンを引き入れることだからな。モモン、あんたは俺らの手を取るよな?」

 

 ゼロがモモンガに手を差し出す。先ほどまでの態度を見るとモモンガはその手を取るのだろうか。もしそうなった時、ネイアは自分が探している本当の正義がどこか遠い所へ行ってしまうような気がした。目頭がさらに霞み、頬を何かが伝う。

 しかし、モモンガはそんなネイアの心配ごとゼロの手を跳ねのけた。

 

「断る!私の仲間を泣かすのはやめてもらおうか」

 

 ゼロの誘いを断ったモモンガに驚きつつ、ネイアは目元を拭う。つい感傷的になってしまった自分が恥ずかしい。

 

(もったいぶらないでよ……もう……馬鹿)

 

 紛らわしい言い方をするモモンガを殴ってやりたい。いや、あとで殴ろうと心に誓う。

 

「そうか、なら仕方ねえな。六腕の力、さっきの蒼の薔薇程度と思ってんじゃねえだろうな。ペシュリアン!サキュロント!エドストレーム!そっちの嬢ちゃんをさっさと片付けな。あの程度の忍者二人に手も足も出なかったくらいだ。お前ら3人ならすぐ片付く。デイバーノック!マルムヴィスト!その間俺らでモモンを抑えるぞ」

 

 応、という掛け声とともに周囲を取り囲まれる。訓練され連携の取れた動きだ。モモンガの周囲にゼロを含めた3人、ネイアの周囲には3人。夜の王都での二度目の戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「まったく、《幻魔》と呼ばれるこの俺がこんなガキ一人相手にしなきゃいけないとはな」

 

 そう言って、剣を構えるのはサキュロントと呼ばれた男だ。青白い肌く、痩せこけた頬に鋭い目つきの猛禽類を思わせる風貌だ。

 

「油断するなサキュロント。ガキとは言え、あの漆黒のモモンの相棒だ。悪いがお嬢さん。この《空間斬》のペシュリアンの前に倒れ伏すことになる」

 

 ペシュリアンは無骨な全身鎧でその身を覆ったまさに騎士といった男であった。油断なくネイアに向け剣を構えている。

 

「お嬢ちゃん。降参するなら早いほうがいいわよ。手元が狂ったらこの《踊る三日月刀(シミター)》エドストレームがあっさり殺しちゃうかもしれないわよ。そうならないようにできるだけ手加減はしてあげるけどね」

 

 ニヤついた顔でネイアに笑いかけるのは、薄絹を身に纏った身軽そうな出で立ちの女だ。手首と足首に金の輪を付けている。そして。腰のベルトには6本の三日月刀(シミター)が吊り下げられていた。

 三人とも尊大な二つ名を名乗りネイアを威嚇する。

 

(『幻魔』に『空間斬』に『踊るシミター』?蒼の薔薇の人たちもそうだけど王国では二つ名を名乗らないといけない決まりでもあるの?モモンガさんも『漆黒』だし、私だったら『凶……』)

 

 ネイアは頭を振り考えをそこで止める。相手が動き始めたからでもあり、その先を考えたくなかったからでもある。とりあえずあのブレインと言う男は絶対に殴ると心に決める。

 動き始めた3人を警戒してネイアはミラーシェイドを上げる。相手の強さを測るためだ。3人ともネイアと同等以上の実力だろうか、それを3人。正直いって怖い。苦戦は免れないだろう。そう思ったそのとき……。

 

「「「顔こわっ!」」」

 

 そんなネイアの心配をよそに六腕の3人の声が重なる。いつものことである。ネイアは傷ついた心を隠すようにミラーシェイドを下げた。そして恐怖と緊張感は薄れ、相手への闘志が沸き上がってくる。

 

「さて、怖い顔のお嬢ちゃん、悪いが眠ってもらうぜ」

 

 サキュロントが腰の剣を引きぬくと、最初に仕掛けてくる。ネイアへと向かってくるその動きはまるで隙だらけのように見えた。

 そして、この時ネイアは忍者二人と戦っていた時に感じた不思議な違和感の正体に気付く。周りは暗く視界も悪いというのにサキュロントの動きが見なくても一挙手一投足まで分かるのだ。それだけではない。離れた位置にいるペシュリアンとエドストレームのことさえわかる。

 視界の通らない闇夜の中、サキュロントは剣を引き抜くと魔法を発動させた。

 

「《多重残像(マルチプルビジョン)》」

 

 一瞬、サキュロントの体がぶれる様な気がした。だが、その後は素早い身のこなしでネイアの元まで一気に距離を詰めると剣をネイアに振り下ろした。ネイアはそれを避けようとすることもなく微動だにしない。

 斬られた、もし誰かがネイアを見ていたらそう思っただろう。しかし剣はそのままネイアの体を傷つけることなくすり抜けてしまった。驚いたのは剣を振り下ろしたサキュロントだ。

 

「なん……だと」

 

 次の瞬間、サキュロントは剣を取り落とした。《多重残像(マルチプルビジョン)》、幻影を作り、自分の本当の姿を隠す技である。ネイアを貫いたのはその幻影の刃であるがゆえにダメージは当然ない。

 それが分かっていたネイアはサキュロントの本体が背後から迫ってきたところを逆に斬りつけたのだ。

 武器を失い戦意を喪失するかと思ったサキュロントだが、腕を斬られ剣を持てないと分かるとネイアの足に組み付いてきた。予想外の行動にネイアは戸惑う。

 

「えっ!?」

「ペシュリアン!エドストレーム!こいつ敵の動きを読むぞ!俺が押さえておく!やれ!」

 

 ネイアはサキュロントを蹴り剥がそうとするがしつこく纏わりついてくる。

 

「空間斬を食らえ!」

「踊る三日月刀(シミター)!これは避けられないでしょ!」

 

 ペシュリアンはとても届きそうにない距離から剣を振り、エドストレームが腰の6つもの三日月刀(シミター)を同時に投げる。

 

 ペシュリアンの振った剣から放たれたのは極細の鞭のような形状の刃だった。柔らかいその刃は伸縮自在であり、その細さと速さから目で見切ることは不可能。突然空間を斬られたように見えることから空間斬と呼ばれている。

 また、エドストレームから放たれた短剣はシミターと呼ばれる三日月状の刃であり、それぞれが別の軌道を踊るように舞いながら不規則な軌道でネイアへと迫る。これをすべて避けられるものなどいない。

 しかし、ネイアにはそのすべてが見えていた。いや、感じることができていた。

 

―――そう、武技の発動である。

 

「《領域》!」

 

 ネイアの発動した武技、それはあのブレイン・アングラウスが使っていたものだ。周囲の空間にあるものすべてを把握する。ネイアの感覚がペシュリアンの剣の先の極細の刃を感じ取り、短剣で斬りさき、叩き落す。

 エドストレームの投げた三日月刀(シミター)もすべて見えているかのように把握できる。6つの三日月刀(シミター)は気づけばすべて両手の中にあった。

 

「うっ、嘘だろ。俺の空間斬を見切るなんて……」

「ありえない、ありえないわ!」

 

 驚きに動きを止めたペシュリアンとエドストレームに今度はネイアが奪った三日月刀(シミター)を投げ返した。咄嗟に避ける二人であるが、それを追って蛇の咢のように三日月刀(シミター)が軌道を変える。

 《蛇射》の効果だ。ペシュリアンとエドストレームは自分たちの足に短剣が刺さっていることに気付き崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 ネイアがサキュロント達を倒した時、モモンガと戦っていた3人もすでに勝負がついていた。ゼロとマルムヴィストはモモンガの麻痺の効果を食らって倒れており、デイバーノックはモモンガに掴まれて取り押さえられている。まるで蒼の薔薇の時の再現だ。

 

「不死王と名乗るだけあってアンデッドだったのか。もしかしてさっきの蒼の薔薇の仮面をつけたやつもそうだったのか?それはまぁいい、麻痺が効かないならこのまま捕縛しておくしかないか」

 

 余裕あるモモンガの態度に六腕はうめき声をあげる。八本指の警備部門が誇る六腕、それがたった二人にやられたのだ。6人のプライドはズタズタである。何とか反撃を試みようとするが体が動かない。しかし、そこで予想外のことが起った。

 麻痺の効果で倒れていたゼロが少しずつ立ち上がろうとしているのだ。モモンガの麻痺は持続時間も長く、低レベルの者では解除は困難なはずだ。

 

「やめておけ。麻痺状態で無理に動くな。苦しいだけだぞ」

「ぐっ、ぐぐっ……」

 

 それでもゼロは気合で無理やり体を引き起こす。そして何をするのかと思っていると、突如そのまま頭を地面にこすりつけ、懇願を始めた。

 

「俺たちの負けだ……だが頼む!お願いだ、俺たちと一緒に来てくれ。俺はその後でどうなっても構わないから頼む!」

 

 恥も外聞も捨てて必死に懇願するゼロに、六腕の他のメンバーは驚きを隠せない。ネイアもそうだ。犯罪組織の用心棒、人を人とも思わない悪党だと思っていたが、その必死さに何か感じるものがあった。

 

「何か……わけでもあるのか?」

「それは……」

 

 ゼロはチラリと六腕の他の者たちを見て言いよどむ。しかし、意を決したように目を伏せてモモンガとネイアに告げる。

 

「妻と……娘が人質に取られている……。言うことを聞かなければ殺すと……」

「なんだってゼロ!?」

「ゼロ、それ本当!?なんで言ってくれなかったのよ!」

「許せぬ……そのようなやつらこの我が死を与えてやるものを」

「俺らに言ってくれればいつでも手を貸したのによ!」

 

 傷つき、痛みに耐えながらも他の六腕のメンバーは責める。だが、それはゼロをではなく力になれなかった自分自身への責めだろう。

 

「言えるわけねぇ、言えるわけねえだろ。何処に捕まってるかも判らねえのによ……。それにお前らにも事情があるだろう。俺のためだけにそんなことさせられるものかよ」

 

 仲間に自分の業を押し付けることなどできない。そう思い、ゼロは悲痛に打ちひしがれていたのだろうか。とてもこの場を乗り切るための演技とは思えない。モモンガもそう思ったのかゼロに問いかける。

 

「おまえたちは好きで六腕をやっていたわけではないのか?」

「そんなわけねえだろう!こいつらだって真っ当に生きられるなら生きてるさ!」

 

 ゼロの叫び。それは魂の叫びだろう。それに呼応したのか他の5人が顔を見合わせポツリポツリと語りだした。

 

「俺は……兵士だったんだ。だが、上官に賄賂を贈らなかったと在らぬ罪を着せられ表じゃ顔を出せなくなっちまった……。この国は腐ってんだよ。だがそんな俺でもゼロは迎え入れてくれた。俺でもやれることがあるってな!感謝している」

 

 鎧をガチャつかせながらペシュリアンがゼロに頭を下げる。

 

「我とて人とともに生きたいと思っておる……。だが、アンデッドは人に忌み嫌わるもの……。どこにも居場所など持てぬ……。だが、六腕は、こやつらだけは我を対等に扱ってくれたのだ。我に居場所をくれたのだ……」

 

 デイバーノックがその朽ちた目で仲間を見つめる。それは生者を憎むアンデッドの目ではなかった。恐ろしげだが、その中に仲間を思う心がある、そう思える目に見えた。

 

「俺は冒険者だったんだ……。政治とは無縁の自由な冒険者……。そんなもの嘘っぱちだ……。希少で無害なモンスターを狩って来いという貴族の依頼を断って、街に危険を及ぼすモンスターを優先して狩っていたらいつの間にか貴族の圧力で冒険者資格はく奪よ。どこも雇っちゃくれやしねえ。そんなときゼロに拾われたんだ。本当の自由を教えてやるってな」

 

 マルムヴィストがゼロを潤んだ目で見つめる。泣いているのだろうか。

 

「あたしは小さな商売人の娘でさ……。器量が良いというだけで貴族に売られそうになったのさ……。それが嫌で逃げだしたんだ。だけど女が一人で生きていくなんてこの国じゃ出来るはずがない。それこそゼロに拾われなきゃどうなっていたんだか……」

 

 エドストレームがゼロに感謝の視線を送る。

 

「俺は貧しい村の出でな……。寝る間も惜しんで畑を耕してもほとんど領主に持ってかれる。そんな村で不作の年、それでも領主は税金としてあり得ないほどの税を取っていきやがった。その年は飢えで大勢死んだ、お袋もだ。そんな村から逃げ出した俺をゼロは一から鍛え上げてくれた」

 

 サキュロントは俯きながら顔についた傷を撫でている、ゼロとの鍛錬を思い出しながら。

 

(何これ……)

 

 それがネイアの感想であった。

 六腕がお互いに涙をたたえながら地に伏せている。とても助かりたいための演技をしているようには見えない。なんだろう。このままこの人たちを捕まえたら、なぜかネイアたちが悪いみたいな雰囲気になってしまった。

 

「モモンガさん、この人たちどうしましょうか」

 

 困ったネイアに話しかけらたモモンガは……六腕の涙ながらの訴えをまったく聞いてはいなかった。ヘルムに指をあてて六腕を見ようともせずに頷いている。

 

「はい……はい。今から開きます……。はい。すみません。いえいえ、こちらこそ感謝です。いえいえ!本当にこちらこそ!いえいえいえ!こちらこそ!あー、もう分かりました。ありがとうございます。はい、また」

 

(あいぼーるこーぷすさんだ!)

 

 ネイアの脳裏で妖精がウィンクをしながら笑いかけている。

 

「ゼロ、お前の妻と子供と言うのはこの二人か?」

 

 モモンガが腕を一振りすると魔法詠唱者の姿へとその身を変える。その顔には泣いているような笑っているような仮面をつけていた。そして目の前に黒い空間が現れる。

 そこから現れたのは一人の女性と幼い子供だった。女性も子供も暗く沈んだ表情をしていたが、周りの状況に気付いたのかキョロキョロと見回すとある一点で目を止めた。

 

「あなた!」

「お父さん!」

「なっ、お前たちどうしてここに……」

「とある貴族の屋敷に監禁されていたらしいので救出させてもらった。これでお前を縛るものはないだろう?さあ、どうする?」

「おおおお……」

 

 ゼロが体を震わせて泣いている。ゼロの妻と子供もだ。他の六腕の者たちももらい泣きしているのか、すすり泣くような声が聞こえている。会いたくても会えず、ゼロが一人で抱えて込んでいたことを分かっているのだろう。

 

「モモン……。あんたには感謝しかない。だが俺らは表でも裏でももう顔を知られちまってる。どうするつっても真っ当な道に戻ってもやれることなんてねえよ」

「そんなことはない。私とネイアを見てみろ」

 

 ゼロはモモンガたちを見つめる。奇妙な仮面を被った男とミラーシェードで顔を隠した元聖騎士。顔の判別など付くはずがない。

 

「あっ……」

「実は我々も素顔を見られると困る立場でな」

「あの、一緒にされたくないんですが」

 

 自分は素顔を見られても困ることなんてないはず。いや、絶対にない。たぶん、きっと。これは断固モモンガに抗議しておくべき案件だ。

 

「っていうか一緒にしないでください」

「すみません……」

 

 すぐに謝るモモンガ。こういう素直なところは好きだ。許そう。

 

「そ、それはともかく!顔を隠して名を変えれば冒険者だろうとワーカーだろうといくらでもなれるだろう。やって見て分かったんだが意外と誰も気にしないものだぞ」

「見逃して……くれるのか?」

「お前たちは……まぁ、見逃してもいいか。部下の責任を取るのも上司の務め。裁きは黒幕を含めた上の者たちに受けてもらえばいいだろう。ただ、私たちには現行犯の逮捕権はあっても裁く権利はないだろうな……。捕縛してこの国の判断を仰ぐとしようか」

 

 「と集眼の屍(アイボールコープス)が言っていたからな」と小声で呟いている。モモンガの判断を聞いてネイアは思う。

 彼らの犯罪に巻き込まれてしまった人々は、例え彼らが改心したとしてもきっと彼らのことを許せないことだろう。彼らのせいで人生が台無しになってしまった人もいることだろう。彼らは一度は正しい道を目指し、途中で心折れ、正義など塵芥と吐き捨てた。

 だけど……今度は間違えないでほしい。そう信じてみようと思った。

 その後、彼らは遠い国で顔を隠した冒険者として人々のために働くことになるがそれはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 哀れな犯罪者たちは去り、長かった夜が明ける。これで依頼は終了だ。ただ館を守るというだけの仕事にこれほど苦労するとは思わなかった。

 これから八本指の黒幕たちがどうなるのかは知らないが、モモンガならば何とでもできるという気がする。朝日に目を細めながらネイアはこの国の未来に希望を感じた。

 しかし、この後ネイアは思い知ることになる。この国で真に恐ろしいのは、犯罪でも暴力でもなく、深い深い闇の深淵に潜む本当の怪物であるということを。

 そして、それを予感したのかモモンガがつぶやいた。

 

「あっ……、残りの依頼料をもらうの忘れた」



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第7話 忠義

 リ・エスティーゼ王国の王城、ロ・レンテ城の前に、数十人の男女が手足に縄をかけられ跪いていた。その多くが、煌びやかな服装をしており、指や首に一目で高級とわかるアクセサリーをつけているものもいる。上流階級の人間や貴族たちだろう。

 そしてその前には全身鎧の漆黒の戦士とミラーシェイドで顔を隠した元聖騎士。その二人に告げられたことに衛兵は困り果てていた。八本指なる犯罪組織の犯罪者を捕縛した、証拠の書類等も揃っているので引き渡しをしたいという。衛兵一人の判断でどうこうできることではない。さらに困ったことには……。

 

「おい!早く縄をほどけ!私を誰だと思っている!第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフであるぞ!」

「私を六大貴族のブルムラシュー侯と知ってのことか!」

「この私にこんなことをしてただですむと思うなよ!」

 

 そう、この中には王族や貴族、その中には六大貴族さえも含まれている。衛兵は縄を解くことも連行することもできず上官へと伝令に走った同僚の到着を祈って必死に待っていた。その時間は同僚が全力で走って行ったことからも、それほど長い時間ではないはずであるが、衛兵は太陽が沈むほど時間が経っているのでないかと思えた。

 そして現れた人物を見てさらに緊張が高まる。国王ランポッサに加え、第二王子ザナック、第三王女ラナーまで現れたのだ。咄嗟に膝を折り頭を下げる。

 ランポッサは健康的でない痩せた体、ほつれた白髪に暗く落ちくぼんだ目をしており、憔悴している様子であった。王国戦士長が行方不明になってからずっとこの様子である。それに比べ他の二人は健康そうであった。第二王子のザナックは小太りで緩んだ肉がついているほどだ。

 だが、その中でも目を見張るのが第三王女のラナーである。黄金の髪は長く後ろに艶やかに流れて、唇は微笑を浮かべた桜の花の如く健康的な色合いをしている。彼女が現れただけで周りの色が変わって見えるほどだ。膝を折る衛兵たちだけでなく、捕縛されている者たちさえその美しさと可憐さにすべてを忘れて感嘆する。

 しかし、そんな王族たちを前に目の前のワーカーは膝を折るどころか会釈をするのみであった。しかし憔悴しきったランポッサはそれを咎めることさえしない。

 

「そなたが、犯罪者を捕らえたというワーカーか」

「いかにも、そのとおりです。この者達は八本指と言う組織を使い、この国に麻薬をばらまき、人を攫い、己の欲望の限りを尽くしていた元凶と呼べる者たちになります」

「父上、犯罪者の中によく知った顔がおりますね」

 

 顔をニヤつかせながら第二王子ザナックが犯罪者たちの中から第一王子バルブロを見やる。

 

「父上!これは濡れ衣です!おい!貴様ら!この国の王であらせられる父上を前に頭が高いぞ!膝を折らぬか!」

 

 バルブロの言葉に、上からの叱責に慣れたネイアは思わず膝を折ろうとしてしまうが、モモンガがそれを止める。

 

「我々はこの国の民ではありません。ゆえに膝を折る必要はないと考えます」

「なんだと!?」

「よい、それよりも話を聞きたい。この者たちが八本指の関係者というのは本当か?」

「それはそちらに積まれた証拠を見て判断してもらえば構わないでしょう」

 

 怒るバルブロをよそに、王は落ち着いた様子でザナックとともに書類をペラペラとめくる。

 

「なるほど、証拠は精査しなければなりませんが、疑うだけに十分な証拠でしょう。父上、これが本当であれば連行して処刑すべきです」

「な、なにを言う!兄を処刑しようというのか!」

「それはご自分の胸に聞いてみればよいのではないんですか?兄上。事実無根であればそれを証明すればよいこと。これだけの証拠があってそれが言えるのであればですが」

「ぐぅ……」

 

 反論できないほどの証拠が揃っているのか一部の犯罪者たちは項垂れるが、貴族たちは王を睨みつける。そして王は一つため息を吐くと頭を振った。

 

「ザナック。証拠ありと言えどこれらは精査せねばならぬのであろう」

「はい、これだけの量がありますればそれは必要ですが……」

「ならばそれが分かるまで犯罪者として扱うのはやめておこう。王子と貴族たちの拘束は解いてやれ」

「はっ!」

 

 衛兵たちが弾かれたように縄を解き始める。縄を解かれたバルブロと貴族たちは途端に薄ら笑いを浮かべた。

 

「さすがは父上。ご安心ください。私は四大神に誓って八本指等との関係はございません。その書類の精査は私もお手伝いしましょう」

「賢明なご判断ですな。陛下。ふふふっ我々もお手伝いいたします」

「うむ……。頼む……」

 

 王子に続き、貴族たちも賢明な判断をしたと王を褒めたたえる。第二王子は憎々し気な目でそれを見ていた。

 それをさらに冷めた目で見つめる目が複数。第三王女ラナーとモモンガ達だ。

 

「モモンとやら。そなた達も同行してもらおう。八本指の関係者たちを捕らえたことは評価するが、もし無実の者たちまで捕らえたとすればそれは問題だ」

「……よろしいでしょう」

 

 モモンガはそう冷たい声で答えるとボソリと呟いた。

 

「愚かな……本当に愚かな……」

 

 聖王国に引き続き、リ・エスティーゼ王国でも貴族や王族は自分たちの特権を第一に守ろうとする。この場で解放したということはそういうことなのだろう。蒼の薔薇が言った王国の腐敗。それを目の前で見せつけられ、それを愚かだと断ずるモモンガの気持ちがネイアには痛いほどわかった。

 

 

 

 

 

 

 王城の一角にある質素な一室。倉庫と言われてもおかしくないような狭い部屋でモモンガとネイアは待機させられていた。証拠の品を検めるまで待つようにとのことだ。大量の書類を見るのに長時間待たされることを覚悟していた二人であったが、わずかに待つこともなく扉が開き、一人の人物が入ってきた。第三王女ラナーである。

 

(本当に綺麗な人……)

 

 近くで見るとその美しさがひしひしと伝わってくる。キラキラと輝く青い瞳、バラ色の唇、サラサラとした黄金の髪。比べること自体がおこがましいが子供はおろか時に大人にさえ怖がられるネイアとしては羨ましくも自分にないものをすべてもつ嫉妬の対象として見てしまう。

 

「モモン様、バラハ様。このような部屋しかご用意できなく申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。それで、我々が捕縛した者たちはどうなる予定ですか?」

「あら、私にそれをお聞きになるのですか?それを決めるのはお父様ですわ」

 

 ラナーの言うとおり決定権は国王にあるだろう。ラナーは困ったように微笑んでいるが、モモンガはそうは思わなかったようだ、

 

「なるほど、報告通りまったく考えていることが分からないな。すべてがその手の上にあると言うのに表情でも言葉でもそれを悟らせない。恐れ入るよ。いや、恐ろしいと言ったほうがいいか?」

「あら?何のことかしら?」

 

 ラナーは心底分からないといった表情でキョトンとしている。その可愛らしい仕草にネイアはモモンガのほうが何か勘違いしているのではないかと思ってしまう。

 

「モモンガさん、彼女は何か知ってるとは思えませんよ?」

「いいや、知っている。すべての元凶とも言っていい。ネイア、我々さえも操られていたんだ」

「私たちも?」

集眼の屍(アイボールコープス)からの報告によると我々をこの場に呼ぶためにいろいろやっていたらしいな。いつからだ?戦士長がやられたのを知った時からか?それとも私が聖王国にいるのを知った時からか?いつまでその作り物の笑顔をしているつもりだ?」

 

 モモンガの問いにラナーは頬に人差し指を当て、可愛らしく「うーん」と考え込んだ末、その表情が一変する。今までの自然な笑顔が顔に張り付けたような作り物の笑顔へと変わった。あの可愛らしい仕草はすべて演技であったのだ。ネイアはあのような邪気ない笑顔を演技で作れる人間に寒気を感じる。

 

「うふっ、うふふふふっ。まさかそこまでご存じだなんて。喜ばしいですわ。私と同じ視点に立って話せる方にお会いできる何て生まれて初めてです。あいぼーるこーぷすさんと言う方は存じ上げませんが、それは貴方の仲間かしら?それともそれは貴方の頭の中にだけいるのかしら?」

「質問に答えてくれないか」

「そうですねぇ、いつからと言う質問への答えはあなたの予想通りですわ。聖王国にアダマンタイト級が現れた。それも話を聞く限り誰も理解してないようですが……本当に理解に苦しみますね、なぜ誰も理解できないんでしょうね。それは人類を超越する強さ、評議国の竜王にも匹敵する強さを有している。これはぜひお越しいただかねばと思いましたね。

 そして戦士長の死、これはスレイン法国によるものでしょう。あの国は王国を帝国へ合併させるために王国の戦力を削ごうとしていましたから。そしてあなたの聖王国での亜人討伐。聖王国を攻めあぐねた亜人たちは他の国へと矛先をかえるでしょうね。しかし、法国としてはそれは非常に困る。聖王国と亜人の戦争を長引かせようと画策するでしょう。しかし、聖王国を吊るにも餌がいる。そのために王国の至宝の一つでもあればいいのではないでしょうか。私はそれが法国に渡るように少しお父様や貴族の方とお話ししただけですわ。

 するとどうでしょう。王国の至宝を得て聖王国は戦争を始める。話に聞くあなた方がそれにどう対応するか。そしてどこへ向かい、この国に来た後はどうするか。少し考えれば分かることですよね?度を越した愚者は予想もできない行動をしますが、それはないと確信しておりました。私のしたことは大したことではありませんよ?貴族やメイドにちょっとしたことをお話しするだけですもの。ほんの少しの蝶の羽ばたきが世界を変えることもあります。少しずつ少しずつ未来が変わった結果が今なのです」

 

 この女は何を言っているのだろうか。そんなことは神の視点を持つものにしかわからないことなのではないのか。王国という国の城にいる一人の人間がどうしてそこまでの情報を得ることが出来るのか。目の前の存在は……。

 

「なるほど、話通りの化物だ」

「まぁ酷い。それはお互いさまでしょうに。それよりこれからの話をいたしましょう。このままではバルブロお兄様や貴族たちは無罪として開放されることになってしまいますわ。八本指の関係者たる各都市の重役たちも同様でしょう。あれだけの証拠があるのですから全員は無理でしょうが八本指の幹部の一部は残るでしょうね。そして変わらない明日が訪れます」

 

 なぜこの王女は笑いながらそんなことを言えるのだろうか。王国の黄金と称えられる彼女の評判は民に優しい政策を行う聖女のように言われてる。それがなぜ。

 

「ネイア、驚くことはない。蒼の薔薇を雇ったのも、八本指に情報を流して我々とぶつけたのもすべて彼女だ。それよりお前の目的を話したらどうだ」

「あら、ご存知でしょうに。その前に、この度のことは本当に感謝しております。お礼を申させていただきますわ。お父様やザナックお兄様にもう少し意気地があればモモンさんにお願いするまでもなかったかもしれませんのに。本来はお父様かお兄様があそこでバルブロお兄様たちを処刑してこの国の膿をすべて洗い流してくださるのが理想でしたが子煩悩なあの頭じゃ無理ね。せめてザナックお兄様があそこでお父様を斬り捨ててでも正義を成してくださればよかったのに残念です」

 

 父や兄を殺すと言う話を平然と笑顔で淡々と語る王女。そんな態度にネイアは吐き気を催す。

 

「あっ、あなたは肉親がどうなってもいいとでも言うのですか」

「肉親と言えどもこの国を腐らせるのであれば必要ありません」

 

 そう断言するラナー。これこそ国民を想う本当の王族なのだろうか。肉親よりも多くの人のことを想う真の為政者とはこのような人のことを言うのであろうか。ネイアは分からなくなる。

 

「お父様でも駄目、お兄様でも駄目、そこであなた方にお願いがあるの。この国の王になってくださらないかしら?」

「は?」

「この国はこのままでは駄目です。決断力のない王や王子、放置される犯罪組織、国民からの度を越えた搾取を続ける貴族や権力者たち、それを解決するには強い王が必要です。そして今はその絶好の好機、お父様やお兄様たち、そしてこの国を汚す貴族や権力者たちが集まっていますから犠牲は最小限。私が後押しをしますからここで始末してくださいませんか?報酬はこの国のすべてです」

「なるほど、国民からの人気の高い黄金の姫君の後押しがあればそれも可能ということか」

「はい、あれだけの証拠がございますのでしたら、私が全面的にバックアップさせていただけば問題ありません」

「なるほどな。概ね集眼の屍(アイボールコープス)から聞いていた通りだ。あれもこの国を統治し、世界を支配するのは私が相応しいとか言っていたな」

「まぁ、私と同意見ですね。ぜひその方とはお会いしてみたいものですわ」

 

 分かり合っているようにみえるラナーとモモンガ。ネイアは思う。モモンガほどの力があるのであればそれが相応しいのかもしれない。それにモモンガはアンデッドではあるが人間より人に優しい骨だ。もし、この国のためになるのであればそれが正しい道なのではないだろうか。

 

「そうだな。ネイア、もし私がこの国で王の座についたとしたらネイアはどうする?この国で私と一緒に王様でもやるか?」

「その前にラナー様に聞いてもよろしいでしょうか。それであなたにどんなメリットがあるのですか?玉座を他人に明け渡してどんなメリットが。もしかして正義のためですか?」

 

 この神の視点を持つ王女に正義の心があるのであればとネイアは尋ねる。

 

「私の正義……正義ですか……そうですねぇ……私の正義は犬です」

「犬?」

 

 突然の話の飛躍についていけない。

 

「はい、犬です。ワンチャンです。わんっわんっ」

 

 ラナーは両手を前で犬のように出し、可愛らしく犬の鳴きまねをする。気がふれたのかと思うが、モモンガが訳を話してくれる。

 

「彼女の言う犬とは彼女が昔助けた同い年くらいの孤児のことだ」

「クライムのこともご存知ですか。そうなんです。私はクライムと暮らせたらそれで構いません。私に忠義を誓って犬のように付き従うんですよ。あの一点の曇りもない犬の目、あの目が好きなんです。鎖で縛っていつまでも私の忠犬でいてくれたらどんなに幸せな事か」

 

 目の前の王女はその思考だけでなく、精神まで理解不能な化物だったようだ。だが、彼女の願いは確かにささやかなものではあるだろう。そのクライムという人には申し訳ないが。そして、ネイアは考える。 

 

「私は……」

 

 ネイアはこの旅に出た目的を思い出す。ここが自分の旅の終着点なのだろうか。モモンガの支配する世界にこそ正義があるのだろうか。

 ラナーとモモンガが十分焦れるだろう時間を考えた後、ネイアは結論を出す。

 

「私……馬鹿だから……そんな先のこと見通せたりしないから……もっと自分の目で確かめたい。だから……私は一人でも旅を続けます!」

 

 ネイアはモモンガを見つめる。この王女はおかしなところはあるが、この国の民たち、それに世界のためにはモモンガはここに残るべきだろうし、モモンガも玉座を前にしてそれを投げ出すようなことをするとは思わない。ネイアは別れを覚悟して唇をギュッと引き締める。

 

「そうか。ならば……」

 

 モモンガの答えを確信している王女は黄金と呼ぶに相応しい笑顔を見せている。黄金の髪、輝く瞳、美しい顔。この笑顔を得られるのであれば男はどんなことでもするだろう。それに比べて自分は幼いころから見た目でコンプレックスを持っている。

 ネイアが感じている嫉妬の感情が膨れ上がる。自分の持っていないものを持っていること、そしてそれをモモンガが選ぶだろうこと。ネイアはそれを見ていられず俯く。

 

―――しかしモモンガは……。

 

「私はネイアとともに旅を続けるとしよう」

「あら、あらあらあら、何でですの。あなた方は正義を成そうと言う心があるのではなかったのですか?この国を救っていただけないのですか?」

「分からないのか?ああ、本当に分からないのだろうなその目は。お前はクライムが大切だと言った。それはこの国のすべてより大切なものだと」

「はい、それが何か?」

「そして言った、度を越えた愚者の考えは予想はできないと。ならば私はその愚者で構わない」

 

 モモンガの言葉にラナーは怒るでもなく泣くでもなく、心底分からないという表情をしている。それとも自分と同等の頭脳を持っていると思った人物に対する失望だろうか。

 

「お前は自分の大切なもののために家族も国も差し出すと言う。もし、私が一人きりであったならばお前の提案に乗っていたかもしれない。世界征服も面白いのではないかとな。だが、そこまで大切なものがあるのが自分だけだと思っているのか?私はこの国の財や権力よりも大切なものがある。それはお前の提示したものとは比較にならないほど大切なものだ」

「モモンガさんそれって……」

 

(……私のこと?)

 

「行くぞ、ネイア。これ以上ここにいると面倒ごとに巻き込まれそうだ」

 

 モモンガは呆然と立ち尽くす王女をよそに、素早く仮面とガントレットを付けた魔法詠唱者の姿へと変わると魔法を唱え、その場からネイアとともに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 転移された先は王都の宿屋。納屋では透明化されたハムスケが大いびきをかいて寝ていた。よくバレなかったものだ。

 

「こいつ……俺らが大変な目に合ってるってのに。いや、まぁペットなんだからいいんだけどさ」

 

 モモンガの言い分は理不尽ではあるが、昨日から大変な事ばかりだった。ネイアにもハムスケに当たるその気持ちはよく分かる。

 

「おい、起きろ」

「むにゃむにゃもう食べられないでござるよぉ」

「こ、こいつ……おい、こら!」

「何でござるか。うるさいでござるなぁ。と、殿!いつの間に!」

「いいから起きろ。さっさと行くぞ」

「行くってどこへでござるか?」

「この国を出る。とりあえずは街道を通ってエ・ランテル経由で別の国に行くか」

 

 二人で話し合った結果、次の行き先はバハルス帝国にしようかと言う話になった。そのため、バハルス帝国領となったエ・ランテルを経由し、カッツェ平野を横切って帝都へ向かおうという算段だ。

 宿を引き払うと、早速出発する。さすがにラナーの手の者はすぐには追っては来られないようで、モモンガたちは難なく王都を出立する。

 しばらくは警戒をして背後を注意していたが、何事もないようなのでハムスケの透明化も解除し、ネイアは警戒を解くとモモンガに気になっていたことを尋ねた。

 

「モモンガさん、何で断ったんですか?この国の王様になれたかもしれないのに」

 

 ネイアの問いにモモンガは黙り込む。遠くを見て何かを思い出しているようである。

 

「俺には……昔仲間がいたんだ……41人の仲間が……」

 

 モモンガが語りだしたのはずっと気になっていたモモンガの仲間の話だ。

 

(モモンガさんの仲間も骨なのかな?)

 

「楽しかった……楽しかったんだ。たくさん冒険して、たくさん喧嘩もした。もし、ここに仲間がいて世界征服でもしようぜなんて言われたらあの王女の誘いに乗っていただろうな。でも、もういないんだ……恐らくもう会えることはないと思う。だから……俺は自分のしたいことをする。俺のしたいこと、それは世界征服ではない」

 

 それはモモンガにとって本当にかけがえのない仲間だったのだろう。そしてそれはどのような理由かは分からないが今生の別れであったのだろう。モモンガが仲間という言葉を聞いて寂しそうな顔をするのはもう会えない辛さ、そしていつか別れが訪れる新しく仲間を作ることを恐れてのものであろうか。モモンガの赤い眼光が悲し気に揺れている。

 

「……それにネイアとの旅は楽しいしな。今回王都の戦いは結構レベル上がったんじゃないか?いやぁ、すごい進歩だ」

 

 突然自分のことに話が変わりネイアは王都での出来事を思い出す。蒼の薔薇に襲われ、六腕に襲われた。死んでもおかしくなかっただろう。そして蒼の薔薇にも六腕にもモモンガにも色々言われたことを思い出す。この骨には色々言いたいことがあった。

 

「確かに武技覚えましたけど!もうああいう危ないのは勘弁して欲しいんですけど!」

「何を言ってるんだ。格上相手に戦わないと経験値は少ないぞ。しかし、なるほどな。それに今回覚えた武技はあの刀を使ってたやつと同じものか。なるほどなるほど……。それであるならば取得条件は……ふふふっ、今後の成長が楽しみだな。どんなビルドにするのかな」

 

 よく分からない言葉をモモンガはつぶやいている。もしかしたら自分がモモンガに大切にされているのは、観察対象としてなのだろうか。

 

(いや、そもそもそれほど大切にされてない気も……)

 

「しかし、今回は集眼の屍(アイボールコープス)に頼り切りだったな……。っというか情報収集は全部任せて何もやらなかった……。ネイアが成長しているのに私がこれでは……。今後は集眼の屍(アイボールコープス)に頼むのは控えて自分で調べるか」

「それなら私も手伝いますよ」

「そうだな、自分たちで調べてこその冒険だからな」

 

 モモンガは嬉しそうだ。そんな二人を見てハムスケが頬を膨らませる。頬袋というのだろうか、ぷっくり膨れて少し可愛らしい。

 

「ネイア殿は殿のお役に立ったのでござるなぁ。羨ましいでござる!某も殿のお役に立ちたいでござるよお!」

 

 ハムスケの言葉にネイアの思考は途切れる。そういえば、旅に加わったのだ、この獣が。名前は確か……。

 

「ハム……何でしたっけ?」

「ハムスケでござる。あのアンデッドとの闘いで共闘したのに忘れるなんて酷いでござるよお!」

「アンデッド?」

 

 ネイアが戦ったアンデッドといえばエ・ランテルでもカジットだ。ネイアはカジットとの戦いで柔らかいものに突き飛ばされたことを思い出す。

 

「え?あれ、あなただったの!?」

「ふふんっ、あの時は殿のお役に立ったでござるよ」

 

 獣が得意げな顔をしているが、助けてくれたのであれば感謝しなければなるまい。ハムスケにお礼を伝えると口元のヒゲをピクピクさせて自慢げにしていた。なんだろう、少し腹が立つ。

 

「それでモモンガさん、帝都にはこのまま街道沿いに向かいますか?」

「いや、その前にカッツェ平野で幽霊船を調べたいんだがいいかな?」

「幽霊船ですか?」

 

 エ・ランテル付近でネイアも見た幽霊船。エ・ランテルから溢れるアンデッドとは敵対していたが、果たして人の敵なのか味方なのか。それはネイアにも興味はある。未知を知るための冒険と言うのはこういうものだろう。

 未知の幽霊船に迫る。ネイアは胸が高鳴るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 王都から外れ、人通りがなくなったところでハムスケの透明化に続き、モモンガも仮面とガントレットを外して骸骨の姿を現す。

 

「はぁー。やっぱ元の姿が一番いいなぁ」

 

 肩がこったことでもあるのか、人間の時の残滓で肩をぐるぐるまわしてこりを取る動作をしている。

 

「殿!ネイア殿!❘某《それがし》に提案があるでござるよ!今度は某がお役に立つでござる!」

「どうしたんだ急に」

「お二人とも歩くのは疲れるでござろう。某の背に乗ればいいでござるよ。次の目的地までお連れするでござる」

 

 長い尻尾を振ってモモンガを見つめる獣。強大な魔獣であるが可愛くも見える。よほどモモンガに懐いてるのだろう。

 

「ハムスケって本当にモモンガさんのことが好きなんですね」

「ふふんっ、殿は某が生まれて初めて負けた殿方。そして負けても生きることを許すその度量。そしてその神々しいお姿に某は……」

「あー、長くなるからそれはいい」

「そんなぁ、殿の素晴らしさを語ったら某に勝てるものはいないでござるよぉ」

 

 ハムスケが顔を歪めているがあれは残念がっている表情なのだろうか。モモンガの子分になったという獣であるが、ふと気になったのでネイアはこの獣にも聞いてみることにする。

 

「ねぇ、ハムスケ。ハムスケの正義って何?」

「正義?初めて聞く言葉でござるなぁ。それはおいしいでござるか?」

 

 獣に聞いた私が馬鹿だった。

 

「ハムスケ。自分の信じる正しいと思う事を言ってみろ。お前には何かあるのか?」

 

 モモンガがハムスケに優しく説明してあげる。

 

「そうでござるなぁ……。某にとっての正義は忠義でござるかな!某殿への忠義ほど大切なものはないでござるよ!一生ついていくでござる」

「ふーん……」

「殿ぉ!反応が薄いでござるよぉ!某役に立つでござるから。これから移動されるのでござろう。殿!ネイア殿!某の背に乗るでござるよ。どんとこいでござる。某の役に立つことをお見せするでござるよ。さぁさぁ!」

「うーん……」

 

 ネイアとモモンガは悩んだ末にとりあえずこの獣の正義に従っておくことにする。ハムスケの背の前にモモンガ、後ろにネイアが乗ることにした。大きな巨大なハムスターの背は二人が乗ってもまだ余裕があるようで狭くは感じない。

 

「では行くでござるよー!」

 

 ふんすっと鼻息を荒くするとハムスケが走り始める。丸い背中に手の掴まるところなどほとんどなく、モモンガとネイアは必死に身をハムスケにくっつけバランスを取ることとなった。

 

「うおっ、これバランスが!?」

「あわわわっ、揺れがすごくて、わーっ!」

 

 足に力を入れてハムスケにしがみつこうとするがうまく行かない。余りの揺れにネイアはバランスを崩して落ちそうになった。

 

「ネイア!」

 

 咄嗟にモモンガはネイアを腕で支えようとして、手を伸ばすがそれはネイアの胸を鷲掴みにする。

 

「ちょっ!?どこ触ってるんですか!」

「あれ?柔らかいって、おわーっ!す、すみません!」

 

 慌てて手を離してモモンガはネイアから距離を取る。そして今度はモモンガがバランスを失い落ちそうになる。

 

「モモンガさん!」

 

 今度はネイアがモモンガの腕にしがみつき引っ張り上げる。

「ネ、ネイア、胸……胸が腕に当たって……」

「~~~!?」

「殿とネイア殿は仲がいいでござるなー」

 

 走りながら後ろを振り向くハムスケ。そのせいで揺れがさらに大きくなる。

 

「前を、前を見ろハムスケ!木にぶつかるぞ!」

「おっと、木でござるな」

 

 地面を蹴って避けるのだが、ハムスケは乗っている二人のことはお構いなしのようだ。飛び跳ねるハムスケに必死に捕まるモモンガとネイア。

 

「お、おい。もっとゆっくりゆっくり走れ」

「なんでござるか?殿。風の音でよく聞こえないでござるよ。もっと速くでござるか?いいでござるよー!某の本気をお見せするでござるーっ!」

 

 ハムスケは手足を先ほどの倍ほどもある速さで動かしまくる。それにより背中の上は大混乱だ。左右に揺さぶられ跳ね上げられる。モモンガとネイアは必死にお互いの体を支えあうが、それも限界だった。

 

「とりゃとりゃとりゃああああ!でござるーっ!」

 

 ハムスケの気合の入った掛け声とともに二人はついにバランスを崩し跳ね上げられ地へと落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 地面に落とされた二人は手を握り合い抱きついたままの恰好であった。そしてその先には二人が落ちたことも気づかずに夕日に向かって走り続けているハムスケ。

 ネイアは少し恥ずかしく思い、モモンガから体を離す。しかし、手は繋いだままだ。

 

「ぷっ……ふふふふ」

「ははははは」

「「あはははははははは」」

 

 何なんだこの冒険は。この愉快な骨といると楽しい。ひとしきりお互い笑い転げるとモモンガが呟いた。

 

「まったく、あれのどこが森の賢王だ。人を振り落としておいて気付かないとは……というかあれペットとしても別に必要ないよな」

「え?モモンガさんが連れてきたんでしょう」

「あいつが無理やりくっついてきただけだ。いや、そもそも野生動物をつれて歩くのもどうなんだ。餌付けするのも本当は駄目だっていうし、あれは森で暮らしてるのが似合ってる気がする」

「え?あれ放っておくんですか!?」

「放っておけば野生に帰るだろ、たぶん。そういえば昔動物もののアニメとかドラマがはやった時があったなぁ。あの時感じた気持ちもこんな気持ちだったかな。小さい動物を育てていくうちに野生に目覚めていく動物と一緒に過ごせなくなって、最後は森へと帰さなければいけない切ない感じ……」

「だいぶ違う気がしますけど……」

「ありがとうハムスケ……。さようならハムスケ……」

 

 モモンガはそう言うと夕日に向かって敬礼をしている。その服装はいつの間にか肩から軍服を羽織っており軍帽へ手を添えて敬礼をしていた。

 

(この骨は色々服を持ってるなぁ……)

 

 本当に愉快で奇妙な骨だ。一緒にいて全然退屈しない。ネイアはしばらく夕日に映えるモモンガの横顔に見とれていると、それを真似て自分も夕日に向かって敬礼をしてみる。少し恥ずかしくて口元をムニムニと動かしてしまう。

 二人で夕日の中に小さくなって消えていくハムスケを見ているとモモンガの言ったことが少しは分かるような気がした。人にも動物にもいつかは帰る場所というのがあるのだ。そして別れもいつかは訪れる。ハムスケとの別れの時は今ということなのだろう。

 

―――かみさま ありがとう ぼくに ともだちをくれて

   ハムスケに あわせてくれて ハムスケに あわせてくれて

   ありがとう ぼくのともだち ハムスケに あわせてくれて

 

 夕日に向かって敬礼し続けるモモンガとネイア。それはハムスケの姿が夕日の中へと消え、夜の帳が訪れるまで続くのだった。



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