ネイア・バラハの冒険~正義とは~ (kirishima13)
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第1話 正義

 トントントン。

 台所から軽快な音がする。今日は久しぶりに母が帰ってきていた。手料理をご馳走すると張り切っている。そしてたまにガンッ、ドンッと言った奇妙な音がしているのを心配そうにチラチラ見ている眼つきの悪い父。

 母は料理が苦手だ。味を期待はしていないが母の手料理が食べられるというのは素直にうれしい。聖騎士である母は忙しくたまにしか帰って来られない。

 心配そうにしている父が「包丁を使うときに武技は使っては駄目だ」とか、「手伝おうか」などと言って母に睨まれている。それが何ともおかしくて笑ってしまった。

 それを見ていた少女はふと疑問に思ったことを聞いてみた。『正義とは何か』と。

 料理に悪戦苦闘しながらチラリと父のほうを見て母は答えた。『正義とは愛する人を守ることである』と。次に少女は父に同じ質問を投げかける。父も母の方をチラリと見ながら幼い少女に答えた。『正義とは愛する人を守ることである』と。

 二人の顔をよく見るとりんごのように赤くなっていた。それを見て少女は思った。正義とは人を愛することなのだと。

 

 

 

 

 

 

「顔こわっ!」

 

 それが()()と出会って最初に投げかけられた言葉だった。

 

 

 

 

 

 ローブル聖王国。多数の亜人の紛争地帯であるアベリオン丘陵に接するこの国は、亜人たちとの長い戦いの末作られた長大な城壁によりその国境を囲い侵攻を防いでいた。

 いつ終わるとも知れぬその侵攻に備えるため、聖王国の聖騎士たちは常に国境の監視を怠ることはない。そんな聖騎士の中でも最下級、見習い騎士の少女ネイア・バラハは、見習い仲間たちとともに城壁外の見回りを行っていた。

 ネイアは革製の軽微な装備をまとい、グレーのマントを羽織っている。白いマントを羽織えるのは正式な聖騎士になってからだ。腰には聖騎士の印ともいえる長剣、背中には弓を背負っている。

 ブロンドの髪を肩口まで伸ばし、それが太陽の光を浴びて輝いている。顔だちも整っており、悪くない。スタイルもすらりとして無駄な肉はなく、控えめに言っても美人と言われてもおかしくはないだろう。しかし、彼女のチャームポイントであり、欠点でもある一点、父から受け継いだその一点があるがゆえにネイアを美人と言うものはこの国にはいなかった。

 

(あれは?黒い布?いや……人?)

 

 見回りを行っていたネイアは城壁の影に何かを見つける。草むらの中にあるそれは最初黒い布に見えた。他の仲間たちは気付かなかったようだ。ネイアの父親から受け継いだ目と感知能力ゆえに見つけられたのだろう。しかし、よく見るとそれは布ではなく、服のようであった、そして人の形を取っている。

 

(行倒れ?大変!助けないと)

 

「あの!大丈夫ですか!?」

 

 声をかけ近づくが、途中でそれが人ではないことに気づいた。豪奢な装飾を施したローブを纏っているそれは既に人ではなかったのだ。城壁に片手を伸ばすように突き出したその手は白骨化していた。亜人から逃げてきたのか、旅人が聖王国に来ようとして力尽きたのか。聖王国を目の前にしながら亡くなったこの者はなんと哀れなことか。

 ネイアも見習いとはいえ聖騎士の端くれ。彼の者の魂に安らぎが訪れるようにその場に膝をつき、両手を組み合わせる。神への祈りを捧げるためだ。

 

(神よ……哀れなこの魂に安らぎを与えたまえ)

 

 ネイアの祈りに応えるように目の前の白骨化した遺体が淡く光る。浄化の光だ。この世界に未練を残したまま死んだ者の魂はその場に残り続け、負のエネルギーを発し、時にアンデッドとして蘇ると言う。そのようなことにならないよう、大地へとその魂を返す遺体の浄化が行われるはず……であった。しかし・・・・・・。

 

 目の前の骨はむくりと起き上がると周りをきょろきょろと見回した。やがてネイアに気が気付くとネイアに向かって言い放ったのである。

 

「顔こわっ!」

 

 

 

 

 

 

 突然動き出し、そして声を上げた骨にネイアが最初に感じた感情は「驚き」でも「恐怖」でもなく「怒り」であった。目の前の骨は豪奢な漆黒なローブが似合うような恐ろしい顔つきである。目の周りには亀裂が入りそれが禍々しさを醸し出している。胸の部分にちらりと見える赤い球は血の色のような鈍い光を宿し人間の心臓のようである。そんな骨に怖いと言われては堪らない。

 

(こっちのセリフなのに!そっちのほうが絶対顔が怖いわよ!)

 

 彼女の唯一の欠点、それは目つきが凶悪なまでに悪いことである。『凶眼の射手』の二つ名で呼ばれるネイアの父から受け継いだその目は、非常に遠くまでものを見通せ、感知能力にも優れている非常に有用なものである。しかし、同時にその眼は一目見た子供が泣き出すほどに凶悪な眼だったのだ。『殺人者眼」とまで言われ、ネイアは今まで何度犯罪者と思われ通報されたかわからない。

 しかし、それでも目の前のアンデッドより怖いわけがないと思っていた。

 

「あなたのほうがよっぽど怖い顔じゃないですか!」

 

っというか口に出していた。

 ネイアに言い返された骨は自分の手足を不思議そうに見つめている。

 

「あれ?ユグドラシルのサービス終了したんじゃ?コンソールも出ない!?ねぇ、どうなってるんですか?」

 

 訳の分からないことを問いかけてくる骨。ネイアの立場からすると仲間を呼んで滅ぼすのが正解だ。何しろ相手は人類の敵なのだから。だが、目の前の骨は様子がおかしい。

 

「サービス終了が延期になったんですか?それにしてはGMコールも使えませんし……ん?」

 

 突如、骨がネイアに近づいてくると顔をまじまじと見つめてくる。

 

「な、なんですか」

「瞬きを……してる……?」

 

 骨と違って人間なんだから瞬きくらいする。何を言ってるんだと思っていると骨がネイアの手を握ってきた。

 

「ひゃあ!」

「脈が……ある!?っていうか暖かいし柔らかい……」

「ちょっと!何触ってるんですか!」

「あっ、すみません!」

 

 慌てて手を放す骨。

 

「あの、ここは一体どこなんでしょうか。あ、私の名前はモモンガと言います」

 

 この骨はモモンガと言うらしい。周りをキョロキョロと見まわして赤い眼光が線を引くが、それは不安そうな眼差しにネイアは感じた。アンデッドになったばかりなのだろうか。ビクビクしているようにも見る。はっきり言って弱そうである。

 

(私でも勝てる?)

 

 相手の怯えぶりにネイアは気を取り直して対話を試みることにした。

 

「ここはローブル聖王国の城壁の外側です。私は聖騎士見習いをしているネイア・バラハといいます。あの……あなたはアンデッドですよね?」

「え?あ、はい。アンデッドですがそれが何か?」

「それが何かって。あのー……すみませんが、アンデッドなのであれば滅ぼさないといけないのですが」

 

 自分で言ってて間抜けな会話である。聖王国に限らずアンデッドは生きとし生けるもの共通の敵だ。しかし、目の前の骨は何とも憎めない感じであり調子が狂わされる。

 

「別に何も悪いことしていないんですが……するつもりもありませんし、なぜ滅ぼされるんですか?」

「アンデッドは生命を憎み、それを殺す存在だから……なんですが……あなた本当にアンデッドなんですか?」

「まぁ見ての通りですが、別に人を憎んだりしてませんよ?」

「うーん……」

 

 この骨の処置に困った。

 

「おーい、ネイア。何かあったのか!?」

 

 すると先に見回りに行っていた仲間たちがネイアがついてこないことに気づいたようで壁の角の向こう側から呼びかけてきた。

 

「お仲間ですか?」

「そ、そうです!でもその姿見られたら滅ぼされちゃいますよ!」

「ええ!?」

 

 目の前の骨は緑色に光ったり消えたりして、あたふたとしている。

 

「そうだ!じゃあこれでどうでしょう!」

 

 骨が腕を一振りするとその顔や手足が一瞬で人のものに変わる。そこに現れたのは冴えない感じの平凡な男の顔だった。魔法だろうか。それとも最初のアンデッドの顔のほうが偽物なのだろうか。思わず確認しようと顔に触れようとするとそのまま触れずに指がめり込んだ。

 

「うわっ!」

「これじゃダメか!ではこれでどうですか。《上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)》」

 

 幻術の肉体の周りに実体の漆黒の全身鎧が纏われる。

 

「これでいいでしょう。バラハさん!お願いします!アンデッドであることは黙っててください!」

 

 骨は両手のひらを目の前で合わせ膝をついてネイアに懇願してきた。

 

(どうしよう……魔法はすごかったけど……弱そうだし見つかったらすぐやられちゃいそう……)

 

 なりたてのアンデッド。それも生まれてすぐに滅ぼされるとなるとネイアも罪悪感を感じる。それにネイアは不思議なことに目の前の骨と話をしていて嫌悪感は一切感じなかった。むしろ骨の姿のほうが幻術だとしても不思議ではないくらいだ。

 

「うーん……わかりました。黙っていてあげます。でも、もし人を傷つけたり悪いことをしたらすぐ滅ぼしちゃいますからね。あと、できるだけ私の目の届くところにいること。それでいいのであればですが」

「バラハさん。ありがとうございます!」

 

 目の前で骨がペコペコと頭を下げている。

 

「ネイアでいいですよ。まだ見習いでさん付けとか慣れてませんので」

「では私のことはモモンガと呼んでください。あ、それからアドレス登録してもいいですか?」

「アドレス?」

 

 ネイアが聞き返したが早いか頭の中でピコーンと言う音が鳴り響いた。

 

「ちょっと!今なにしたんですか?怖い怖い怖い!」

「本当にありがとうございました。これからよろしくお願いします」

 

 何をされたか怖かったが、仲間が集まってきてそれも聞くことができず、モモンガこと骨のことは行倒れしていた旅人ということで話は収まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日ネイアは二度寝を楽しんでいた。本日の勤務は午後からなのでゆっくりできる。久しぶりにのんびりとした朝を楽しんでいたところ、突如、頭の中に声が響いた。

 

『おはようございます!ネイアさん。ちょっと話いいですか?』

 

 頭の中に声が響くなど初めての体験で、亜人の侵攻を知らせる鐘がなるよりもびっくりしたネイアは跳ね起きる。

 

「だ、誰!?」

 

 空耳にしては大きかったと不思議に思っているとさらに続けて声が聞こえる。家に誰かが侵入してきたのだろうか。恐ろしくなったネイアはタンスやベッドの下を調べるが誰もいない。

 

『あ、突然すみません。昨日お会いしたモモンガです。《伝言(メッセージ)》の魔法で話しかけさせてもらってます』

「モモンガさん?」

『今噴水前の広場のカフェにいるんですが、少しお会いできませんか?』

 

 これが格好いい男性からのお誘いなら喜んでいくのであるが、相手はアンデッドだ。それに骨がカフェでお茶とはどんな冗談なんだろう。飲み物が飲めるのだろうか。だが、モモンガを昨日見逃すことに決めたネイアには責任がある。しぶしぶ了承したネイアはカフェへ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 カフェに到着すると漆黒の全身鎧を着た戦士がオープンカフェに座っていた。ネイアに気づくと嬉しそうに手を振っている。

 

「おはようございます。ネイアさん」

「おはようじゃないですよ!いきなり頭の中に声がしたから心臓が止まるかと思いましたよ!寝てたのに!」

「え?寝てた?」

 

 首をかしげる骨。中身を知っているネイアはその可愛らしい仕草に突然起こされたことも手伝ってイラッとする。

 

「ああ、そうか。ユグドラシルじゃわざわざログインしてまで寝てる人なんて寝落ちしてる人くらいだったからなぁ。確かに寝てるところに《伝言(メッセージ)》が来たらびっくりしますね。すみませんでした」

「で、何の用なんですか」

「その前に注文してはどうですか?昨日のお礼に奢りますよ」

「えっ、いいんですか!」

 

 ネイアは目の前の骨と同じアイスマキャティアを注文する。ネイアの給金ではこのような喫茶店でお茶をするなど贅沢の類だ。それを奢ってくれるのであれば睡眠を邪魔されたくらいは大目に見ようと思う。

 

「まずは昨日は見逃していただきましてありがとうございました」

「それは別にいいんですけど……」

 

 アイスマキャティアが届き、口をつけるネイア。

 

「んーっ、冷たくて美味しいー」

 

 美味しそうにアイスマキャティアを飲むネイア。それを見ていたモモンガが自分のストローをヘルム下から口に当てるのを見てネイアはぎょっとする。

 

(飲めるの!?いやいや、飲んだふりするだけよね。骨だし)

 

 一体どうなるのかとじっと見ているとグラスの中の飲み物が減ってる。そしてモモンガの動きが止まった。胸元からポタポタと液体がこぼれている。

 

「ごほっ!ごほごほ!」

 モモンガはわざとらしく突然むせたように咳き込むとどこからともなくハンカチを出して飲み物を拭いている。

 

「しまった……人間だった時のくせでつい……」

「ぷっ!」

 

 モモンガのつぶやきを聞いてネイアは思わず吹き出す。何なんだこの残念な骨は。

 

「ぷふふっ、ふふふふふ」

 

 ツボに入って笑っていると周りからヒソヒソ声が聞こえてきた。

 

「おい、衛兵呼んできたほうがいいんじゃないか?」

「あの目つき・・・・・・何か企んでる笑いだぞ」

「人を殺しにでも行くのか」

「ねえ、ママあの女の人……」

「しっ、見ちゃいけません!」

 

 ネイアが笑うといつもこうだ。出来るだけ人に目つきを見られないように俯いているとモモンガから同情の声が飛ぶ。

 

「あの、ネイアさん……どんまい!」

「放っておいてください!」

 

(骨に励まされた。骨に!)

 

「っていうか、モモンガさん。今『人間だった』って言いました?やっぱりモモンガさんって元人間なんですか?」

「ええ、まぁ。そうと言えばそうですね。だから飲み物を飲んで味がしないって言うのが残念で・・・・・・。それ・・・・・・どんな味なんですか?」

「これですか?ミルクの味に砂糖甘味と燻した茶葉の香ばしい香りが付いた感じですかね?」

「それは・・・・・・美味しそうですね。ああ、飲みたい!この体が恨めしい!」

 

 悔しがるその姿は本当にただの人間のようだ。ネイアだって味を感じられない体になったら同じように思うだろう。

 

「それで奢ってくれるためだけに呼んだわけじゃないですよね?」

「私の行動を見張るって言ってたでしょう?ですので、こちらから近況報告をしておこうかと思いまして。それにこれは私にとっても必要な事です」

「必要?どういうことです?」

「この国に私の正体を知るのはネイアさんしかいない。そしてこの国の事情を考えると正体を明かすわけにもいかない。だから本音を話せるのは今ネイアさんしかいないんです」

「何が言いたいんですか?」

「つまり、たまにでいいのでこうやって本音で話をさせていただきませんか?それは私を見張るといったネイアさんの提案にも沿ったものです。お互いにウィンウィンの関係でしょう?」

 

 この国に頼れるのは私だけ。それはよく分かることであった。自分の本音を隠したまま過ごしていくのはつらいと感じるということは、モモンガには今まで本音をぶつけ合える仲間でもいたのだろうか。

 

(遠く離れた国で頼るあてもなく一人で放り出されるってすごく心細いわよね……)

 

「……分かりました。それで近況報告と言うのは?」

「実はですね・・・・・・」

 

 モモンガは嬉しそうに胸元から1枚のプレートを取り出す。

 

「冒険者として登録したんですよ。登録名はモモン。人前ではモモンって呼んでくれると助かります。これで生計を立てていこうかなと」

「冒険者になっちゃったんですか!モモンガさん!」

「えっ、何かまずかったですか?」

「まずかったも何も、この国の冒険者がどういうものか分かっているんですか!?」

「未知を求めて冒険する的な?」

「違います!そういう冒険者も他の国にはいますがこの国の冒険者は亜人との戦争に雇われるんですよ!それも前線にです!危ないからやめたほうがいいですよ」

 

 聖騎士見習いのネイア程度にビクビクしているようなモモンガが戦争に参加してもあっけなくやられてしまうのは目に見えている。しかしモモンガはあっけらかんとしたものだった。

 

「ははは、アンデッドが冒険者なんてやるなとか言われるかと思いましたよ。あなたは本当に優しい人ですね。でも大丈夫です。調べたところこのあたりに私が負けるような存在はいないようですから」

「はぁ?」

集眼の屍(アイボールコープス)を召喚して周辺を捜索して確認したから間違いありません」

「召喚?使い魔的なものですか?」

 

 ネイアが想像したのは小動物や妖精などの使い魔だ。目の前の愉快な骨が使っているとすると妖精だろうか。ネイアは頭の中で妖精枠を作りそこに『あいぼーるこーぷすさん』を放り込んでおく。

 

「そうですね。心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫ですよ。それから先日は見逃してくださって本当にありがとうございます。お礼にこれを貰っていただこうかと」

 

 モモンガがどこからともなく取り出したのは弓であった。一見しただけで一級品とわかるそれは動物の体の一部が使われていると思われるが、白く輝き神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「アルティメイト・シューティングスター・スーパーです。それからこちらのミラーシェードもどうぞ。先日お会いした時も弓を持っていましたのでこれらならネイアさんの役に立つのではと思いまして」

 

 目の前に出されたこれらはどちらも超がつくほど貴重な魔法道具(マジックアイテム)だろう。見習い程度が持つ武器では決してない。

 

「こんなものをもらうわけにはいきません!」

「いえ、気にしないでください。それではまたお会いしましょう」

 

 モモンガはこれで話は終わりだと、立ち上がり右手を上げて別れを告げると振り返ることなく冒険者組合の方向へと帰っていった。ネイアのつぶやきだけを残して。

 

「どうしよう、これ」

 

 

 

 

 

 

 亜人の侵攻を知らせる鐘が鳴り響いている。ネイアは他の聖騎士見習いたちとともに対応に駆り出されていた。ネイアが配置されたのは西側の城壁の上だ。ネイアの仕事は援護と伝令である。基本的にはネイアの目に見えた戦況を報告するのが仕事だが城壁の上から必要であれば弓で援護することも許されている。

 城壁の外側には聖騎士と民兵、また雇われた冒険者たちの姿もある。そしてその中に漆黒の全身鎧(フルプレートメイル)を纏った冒険者もいた。モモンガである。

 

(モモンガさん本当に大丈夫かな。もしやられちゃったら……)

 

 お礼にもらった弓とミラーシェードは現在装備している。立派な装備に身を包んだ自分への周りの見習い仲間からの視線が痛い。

 

(そうだよね。見習いが装備するようなものじゃないものね。私だってそう思う)

 

 これだけのものをもらうだけ貰っておいてモモンガさんがやられてしまったらと思うと心が痛む。

 

(あまり前線にでないでよ。援護はするけど)

 

 ネイアがそんなことを思っている間に亜人は城壁へと迫ってきていた。今回侵攻してきた亜人の種族は山羊人(バフォルク)。山岳地帯にすむ亜人で、長い毛の直立した山羊のような外見をしている。その健脚はまさしく山羊の如くであり、わずかな凹凸を足掛かりに城壁すらも駆け上るほどだ。

 絶対に城壁まで行かせてはならない。そのため防御を重視した陣形を取り迎え撃とうと聖騎士たちが盾や槍を構える。しかし、それを無視する影が一つ。漆黒の鎧の戦士、銅のプレートを持つ最下級の戦士が一躍最前線へと飛び出したのだ。

 

(モモンガさん何を!?)

 

 ネイアはとっさに援護するために弓をモモンガへと向けたその時、

 

―――山羊人(バフォルク)達が飛んだ。

 

 それは文字通り宙を舞ったのである。漆黒の戦士がグレートソードを一振りするたびに山羊人(バフォルク)が体を両断され宙を舞う。それも数体同時にである。それを見て聖王国軍は驚きに固まる。それもそうだ。最下級の冒険者がこれまで誰も成したことのないような戦いぶりを見せているのだ。驚愕に固まらないわけがない。そして誰かが呟く。

 

「漆黒だ……漆黒の英雄だ……」

 

 しかし山羊人(バフォルク)達もただやられるために突撃するわけではない。強敵の出現に対応するため一斉に漆黒の戦士を取り囲み、全方位から突撃へと切り替える。力で敵わないのであれば数で押し切ろうということだろう。

 聖王国軍は防御陣形を崩すわけにもいかず、その混戦を遠目から眺めるのみであった。しかし、ネイアは全方位を取り囲まれたモモンガを一人で戦わせるわけにはいかないと判断する。

 

(なんで誰も援護しないの!もう!)

 

 ネイアはモモンガから貰った弓に矢をつがえると引き絞る。

 

(なにこれ。体の内側から力が湧いてくるみたい……この弓の効果なの?)

 

 ネイアの腕に不思議と力がみなぎる。そしてそのままモモンガの後方から迫る山羊人(バフォルク)に狙いを定めると矢を解き放った。矢はネイアの予想を上回る速度で空気を切り裂き、山羊人(バフォルク)の後頭部に突き刺さる。

 

(この弓すごい……いけるわ)

 

 一方的な戦いであった。前方の敵はモモンガが、後方の敵はネイアが次々と刈り取っていく。しかし、そこへひと際身体の大きい山羊人(バフォルク)が現れる。ネイアの周りからは『豪王』と言う言葉が聞こえてくる。山羊人(バフォルク)の王、豪王バザーだ。山羊人(バフォルク)達を切り裂いていたモモンガの剣がバザーに向かうが、それは爪にはじき返された。

 

 そこからは凄まじいまでの攻撃の応酬であった。モモンガとバザーは一歩も引かずにお互いの技と力をぶつけ合う。鳴り響く爪と剣が撃ち合う音。人間、山羊人(バフォルク)すべてのものたちが争いを一時やめ、その戦いに見入っていた。しかし、ネイアの目にはモモンガの余裕が透けて見えていた。

 

(何か狙ってるの?こっちをチラチラ見てる?)

 

 バザーの攻撃をかいくぐり、モモンガの剣がバザーを切り裂こうとするその時、モモンガの赤い眼光がネイアの方向を振り向いた。そして頭の中にモモンガの声が聞こえる。

 

『ネイア、今だ。撃て。ボスの経験値は君に差し上げよう』

 

 その言葉を聞き、咄嗟にネイアはバザーに向けて弓を射った。モモンガの剣がバザーを体を切り裂き、ネイアの矢がバザーの額に突き刺さる。バザーが倒れた瞬間、ネイアは自分の中に力が湧き上がるのを感じるが、それが何なのか今のネイアには分からないのであった。

 

 

 

 

 

 

 山羊人(バフォルク)達の侵攻は失敗に終わった。その功労者たるモモンガは聖騎士達からの称賛と歓迎の誘いを丁重に断り、戦場跡に聖騎士見習いたちと残っている。

 ネイア達聖騎士見習いとともに、戦場の後始末をすることを選んだのだ。英雄にそんなことをさせるわけにはいかないと誰もが言ったがモモンガは譲らなかった。

 見習い騎士たちは穴を掘り、そこへ山羊人(バフォルク)の死体を放り込んでいく。腐敗することによる病気の発生やアンデッドによる被害を防ぐためだ。そんな中、モモンガはシャベルで土を掘り、その中へ丁寧にバフォルクの死体を横たえ、その上に優しく土をかけていた。埋葬が終わると両手を合わせてナンマイダブナンマイダブと呪文のようなものを唱えている。

 

「何をしているんですか?モモンガさん」

「供養ですよ。自分で殺しておいてなんですが、私のいた国では亡くなった人は仏様と言って大切に扱わないといけないんです。敵対して殺しあった者ですが、山羊人(バフォルク)達にも安らかに眠ってほしいと思います」

 

 それを聞いていた周りの聖騎士見習いたち、穴を掘って死体を蹴り入れていた者たちはバツの悪い顔をする。ネイアは埋葬を続けながらモモンガに話しかける。

 

「モモンガさん、強かったんですね。びっくりしちゃいました。正義の味方って感じでしたよ」

 

(アンデッドなのにね)

 

「正義……ですか。私の仲間に正義を目指した人はいましたけど、私は正義じゃないと思いますよ。まぁこの姿はその人の恰好を真似たものなんですが、こんなに殺してしまって……。そもそも正義ってなんなんでしょうね……」

 

 悲しそうに山羊人(バフォルク)の埋まった地面を見つめるモモンガにネイアは自分の常識が壊れる音を聞いた気がした。自分の考えていた正義の定義が真っ向から否定された気がしたのだ。敵として死んだ者たちのことまで想うその考えはとても尊いものではないのだろうか。周りの仲間たちも感じ入ったのか、その後、死体を粗末に扱うようなことはなく埋葬作業は夜明けまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 数か月後、ネイアは頭を悩ませていた。モモンガの処遇についてだ。山羊人(バフォルク)の撃退からこれまでモモンガは亜人達の侵攻からの防衛戦で活躍を続け、今やアダマンタイト級冒険者となっていた。しかし、冒険者は国に縛られることはない。いつでも他国へ移動してしまえる不安定な存在だ。防衛戦力の一つとなったモモンガを他国に流出させるわけにはいかない。そこで聖王国政府はモモンガを聖騎士として勧誘しようと躍起になっていたのだ。

 しかし、モモンガはそれらのあらゆる勧誘を全て断っていた。そこでお鉢が回ってきたのがモモンガとよく一緒にいるネイアだ。上官よりモモンガを『自分と同じ聖騎士』として勧誘するように命令を受けていた。そう、ネイアもまたバザー討伐の功績により見習いから聖騎士へと昇格していたのである。だが、ネイアは命令後一度もモモンガを聖騎士へと誘ったことはない。

 そう、この日もいつもの噴水前のカフェでネイアとモモンガはお茶をしていた。

 

「まったく毎日毎日嫌になる。アンデッドに聖騎士になって欲しいとかどんな罰ゲームなんだ」

「ですよねー」

 

 ネイアの気のない返事を聞いてモモンガが謝る。

 

「いや、すまない。ネイアに言うことではなかったな」

「モモンガさん、何かキャラ変わっちゃってますよ。どうしたんですか」

「ああ、これか。俺も別にこんな重々しい話し方したくないんだが……。冒険者組合長がアダマンタイト級冒険者たるもの言動にも重みを持たねばいかん、とかいってな。はー、もう気軽に話しかけられるのやっぱりネイアだけだよー。いや、ネイアだけだ」

 

 最後だけ重苦しい口調にしてお道化ながら砕けた口調でモモンガはネイアに話しかける。最初のうちはあった敬語もなくなり親しい者同士の会話だ。

 

「冒険者も大変なんですね。でも低い声もなかなか様になってますよ」

「そうか?ふふふっ、ここのところ徹夜で喋り方とか仕草とか練習した成果だな」

「なんか、モモンガさんも大変ですね……」

「いや、夜は暇だしそれはいいんだが……ところでネイアは俺を誘うように言われないのか?」

「いえ、それはまぁ・・・・・・。毎日・・・・・・」

「え?そうなの?うわぁ・・・・・・すみません。いや、すまない。あー俺も分かるよその気持ち。毎日毎日上司に無理難題指示されてどうしようもないその気持ち。でもなんで勧誘しなかったんだ?」

「そりゃ、モモンガさんが嫌がってることしたくないだけですよ」

 

 そう言ってネイアはストローを咥えるとぶくぶくと飲み物に空気を送って目をそらす。

 

「本当にいい人だな……ネイアは。なんでこんな自分にそこまでしてくれるんだ?」

「いや、だって友達じゃないですか」

「友達・・・・・・」

 

 ネイアはモモンガへの禁句を使ってしまったことにハッとする。モモンガは『友達』や『仲間』と言う言葉を聞くと落ち込むのだ。ネイアが心配そうに見ているのに気が付いたモモンガが呟く。

 

「……ありがとう」

 

 そう言って照れ臭さを誤魔化すように目の前のストローをヘルムの下から差し入れる。そしてそのまま飲み物を吸い上げ、固まった。

 

「げほっ!ごほっ!ごほっ!ああ、もうまたやってしまった!」

「はぁー……もうしょうがないでですね。モモンガさんは。ふふっ」

 

 ネイアは笑いながらハンカチを取り出すとモモンガの鎧から零れる飲み物をふき取る。笑っているネイアを見て通報しようとしている人や逃げ出す女子供はもう無視することにした。

 

「何を・・・・・・しているんだ」

 

 そんな二人のいるカフェの席の前にいつの間にか一人の男が立っていた。今から人を殺しに行くところですと言った様相の目をしており、額の血管が青筋を立ててピクピクと震えている。モモンガの鎧を拭いていたネイアはモモンガとともにそれを見て凍り付く。目つきだけではなく紛れもない殺気を放っていたからだ。モモンガが身構えようとしたその時、目の前の男が叫ぶ。

 

「貴様!うちの娘に何をさせているんだ!」

「お父さん!」

「む、娘!?うわっ、そっくり!顔、こわっ!」

「モモンさん酷い!」

「昼間からカフェでイチャイチャしおって!おい、貴様娘とどういう関係だ!」

 

 ネイアの父、パベル・バラハであった。聖王国九色の一色を与えられており、その鋭い目つきと小さな黒目も相まって『凶眼の射手』の二つ名を持つ軍人である。

 パべルはモモンガの肩を掴むと顔を近づけ睨みつける。

 

「関係!?え、えーっとネイアは・・・・・・どういう関係かと言われても……本音を言い合える()()()()()()()かと・・・・・・」

「いい関係!?」

「お父さん勘違いしないで!私はモモンさんを()()()()()いなきゃいけないだけだから」

「ずっと見ていたいだと!?」

「待ってくださいお父さん、私たちにそんなやましいことは・・・・・・えーっと、ちょっとしかないです」

「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」

「待ってお父さん、確かに話せないことはあるけど・・・・・・」

 

(モモンガさんがアンデッドとか絶対話せないし・・・・・・)

 

「お、お前ら・・・・・・ううっ」

 

 凶悪な目に涙を貯めてパベルが泣きそうになっていると後ろから来た男がパベルをモモンガから引き剥がした。その男はオルランド・カンパーノ。パベルと同じく聖王国九色の一色を与えられている男である。逞しい体つきでどの部分も太く、長年風雨にさらされ続けた巌のような顔立ち、太い眉と無精ヒゲを蓄えた野性味あふれる容貌である。

 

「パベルの旦那。今日はそんな話をしに来たんじゃねえだろ。おい、お前が漆黒のモモンだな」

「いかにも、その通りだが・・・・・・」

「俺は聖王国九色の一人、オルランドだ。ちなみにこっちの体育座りで地面に丸を書いてるのも九色の一人なんだが・・・・・・おい、旦那しっかりしてくれよお」

「・・・・・・」

「ったくよお、娘のこととなるとからっきしだな。俺が来た理由はな、モモンあんたを勧誘しに来た。んでよお、俺と勝負しな」

「は?勝負?なぜ勧誘が勝負になるんだ?」

「あんた毎日毎日勧誘されて困ってんだろ?俺と勝負して俺が勝ったら聖騎士になれ。その代わり俺が負けたら金輪際あんたを勧誘させねえ。どうだ?」

「それお前がこいつと戦いたいだけじゃ・・・・・・」

「旦那は黙っててくれ。それに俺は知ってるんだぜ?豪王バザーを倒したのはそこの嬢ちゃんじゃねえ。あんただろ?俺はあいつを倒すことを目標にしてたんだ。そいつを倒しちまったあんたには俺と戦う責任がある。だろう?まさか逃げねえよな?」

 

 そう言って獰猛な笑みを浮かべるオルランド。モモンガは一瞬呆けたように黙っていたが、嬉しそうに笑い出した。

 

「ははははっ、面白い。PVPなんて久しぶりだ。いいだろう。負けたら聖騎士になってやる」

「よっしゃ。じゃ、早速広場に行こうぜ」

「くくくっ・・・・・・早まったな、モモンよ。オルランドは聖王国でも近接戦においては最強と謳われる聖騎士団長に匹敵する強者。お前に果たして勝てるかな?オルランド、遠慮はいらんぞ。殺す気でいけ。いや、むしろ娘に纏わりつく有象無象は殺せ!」

「いや、まぁ殺す気でやらねえといけないくらいの相手だってのは分かるけどよお。旦那いい加減娘離れしろよ・・・・・・」

「ふふふふっ、もし生き残ったとしても九色の権限を使って娘とは絶対に会えないような部署に飛ばしてやるからな」

 

(お父さん、本当に何しに来たの・・・・・・)

 

 勧誘したいのかしたくないのか分からない父の行動に娘の父への好感度がどんどん下がっていく。しかし当のパベルはモモンガを睨めつけることに必死で、娘の冷めた目に気付くことはないのであった。

 

 

 

 

 

 

 城壁内側の訓練に使う広場でオルランドとモモンガが向かい合っていた。ネイアとパベルは城壁の上で勝負の開始を待っている。モモンガは両手にグレートソードを持ち、対するオルランドは両手に片手剣を持つ。二刀流同士の戦いだ。

 

 パベルの開始の合図とともにオルランドがモモンに襲い掛かる。

 オルランドの振るう剛剣をモモンガはほとんど動かずに躱していた。しかしオルランドもそれだけでは終わらない、避けられても素早く横へ後ろへと回り込み剣を振り続けモモンガに反撃の隙を与えない。

 素早く動き続ける二人の姿を目で追っていたネイアだが、横からごそごそと言う音が聞こえる。気になって振り向くとパベルが弓を取り出していた。服装も戦争にでも行くようなフル装備だ。

 

「お父さん、何をしてるの?」

「モモンとやらオルランドの攻撃によくついて行っているな。だが、あのオルランドには切り札がある。やつの腰にいくつもの武器があるのが分かるだろう?やつは武器を破壊することにより技の威力を何倍にもして放つ武技を使えるんだ」

「モモンさんが危ないってこと?」

「いや、やつの装備も見たところ一級品だ。もしかしたら防ぎきるかもしれん。だが、その時やつの動きは確実に止まるだろうな」

 

 確かに、強力な一撃がくれば受けるか、避けるかしかないだろう。そしてそのどちらを選んだとしてもその隙は大きい。それをオルランドが狙って二撃目を繰り出すとでも言うつもりなのだろうか。

 

「武技《射撃強化》《属性付与》《一撃必中》」

「ちょっと!お父さん!?」

 

 パべルは弓を弾き絞ると武技を発動させる。

 

「ネイア分かってくれ。これはお前のためなんだ。今はあの男に夢中だろうがいつかお父さんに感謝する日が来る」

「何言ってるのお父さん!?」

「安心しろ!苦しまないように一撃で葬ってくれる!奴の動きが止まったその瞬間に奴の脳天に・・・・・・!」

 

 パベルの脳天に強力な蹴りが見舞われた。武技を使用したその強力な蹴りはパベルを吹き飛ばし城壁のレンガに顔を突っ込む。放たれた矢はあらぬ方向に飛んで行った。顔を押さえて悶絶している父から目を上げるとそこにいたのは母であった。

 

「あなたと言う人は・・・・・・何をやってるんですか」

 

 母からの言葉には心の底からの呆れと本気の怒りがあった。

 

「お、おまえ!どうしてここが!?」

「あなたがモモンを勧誘に行くと聞いた時からこうなると思ってたんですよ」

「はっ、そうだ!まだ・・・・・・間に合う!邪魔をしないでくれ!」

 

 落とした弓を拾おうとした父が今度は顔を母に捉まれる。

 

「いたたたたああ!ちょっ母さんやめて!中身が!中身がでちゃう!」

 

 母のアイアンクローを食らった父が叫んでいる。聖騎士である母の腕力は父を超える。ネイアも昔悪戯をしたときに食らったことがあるが、あれは痛い。

 

「あなたは娘が信じられないのですか。それにあのモモンは慈悲深く礼儀正しいという噂しか聞きませんよ。それを何で邪魔するんです」

「だって!最近ネイアはお父さんに会ってくれないし!おしゃれなカフェで男とお茶してるし!こうなったら殺るしかないじゃすみませんもうしません頭があああああ」

「ネイア、やましいことなんてないんでしょう?お母さんは信じていますからね?」

 

 そう言ってニッコリと笑う母を見てネイアは背筋に冷たいものが流れる。モモンガがアンデッドだと分かったら自分もただではすまないだろう。

 

 そんなことを思っているうちにモモンガとオルランドの勝負は終了していた。オルランドが全ての武器を破壊技で使い切ってしまったのだ。仕方なく負けを認めるオルランド。これでモモンガが勧誘に煩わされることはなくなるだろう。そんな安堵をしたのもつかの間、突如鐘が鳴り響く。

 

 鐘の音が段々と近づき、そして広がっていく。今まで聞いたことのある間隔の長い鐘の音ではなく、速く大きく鳴り響くそれは亜人が城壁の中へまで侵入したことを告げるものであった。



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第2話 聖王女

 ネイアたちが聖王国西部で死闘を繰り広げている頃、北部城壁へ向けて多数の亜人が集まっていた。その軍勢は1万を超えている。亜人の種族は獣身四足獣(ゾーオスティア)。獣人の上半身と肉食獣の下半身を持つ艶やかな黒い体毛をもつ種族である。

 その持ち前の脚力を活かし、進軍の速度が速く、聖王国が防御態勢を整える前に城壁へとたどり着き鋭い爪を使って登り始めたのだ。聖騎士たちが到着したころには内部に入り込まれ敵味方入り乱れての乱戦となっていた。

 そんな中、颯爽と現れたのが聖騎士団団長レメディオス・カストディオだ。整った顔立ちをした茶髪の女性だが、眼光は鋭く冷たい雰囲気を醸し出している。そして彼女の代名詞ともいえるのはその手に持つ聖剣だ。四大聖剣の一つ聖剣サファルリシアは敵の属性が悪に傾いているほどその効果を現すといわれている、

 レメディオスは瞬く間に内部の獣身四足獣を駆逐すると、指示を出す。

 

「正門を開けろ!敵を一極に集中させるんだ!正門から入ってこられる数には限りがある。順に倒していくぞ!」

 

 しかし、それは自分より強い個がいない場合にのみ使える作戦だということをこの後レメディオスは思い知らされることとなる。

 

 

 

 

 

 

 北の城壁へとたどり着いたネイアは弓で獣身四足獣を倒しつつ門を目指した。聖騎士はそこに陣取り入り口を死守しろとの命令だったからだ。そして城壁の上から門を見下ろしたネイアの目がレメディオスをとらえる。

 レメディオスが相手をしているのはひと際体つきが立派な亜人であった。双方とも傷だらけであり、壮絶な死闘が繰り広げられていたと思われた。周囲の亜人も聖騎士も手を出すことなく二人の戦いを見守っている。

 

「これで終わりだ!《聖撃》!」

 レメディオスが吠えると聖剣を亜人に向かって振り下ろす。周りの聖騎士たちが勝利を確信し歓声を上げた。

 しかし……その一撃を食らった亜人はさして負傷を負うことはなかった。

 

「《聖撃》が効かないだと!?そんな馬鹿な!」

 

 《聖撃》は相手の属性が悪に傾いているほど威力を発揮する。だとするとこの亜人は悪ではないのだろうか。茫然としているレメディオスの胸に、逆に獣身四足獣が爪を突き立てた。バッと血が舞いレメディオスは倒れ伏す。

 

「聖王国最強の騎士、レメディオス・カストディオはこの魔爪、ヴィジャー・ラージャンダラーが討ち取った!」

 

 倒れたまま起き上がらないレメディオスを見て、歓声を上げていた聖騎士たちが黙り込み、逆に獣身四足獣たちから歓声が上がる。

 

「魔爪!」「魔爪!」「魔爪!」

 

 勢いづいた獣身四足獣たちに入口の陣が破られる、そう皆が確信したとき、そこに漆黒の全身鎧を纏った戦士が現れる。

 

「漆黒だ、漆黒のモモン殿だ」

「漆黒が来てくれたぞ!」

 

 途端に聖騎士たちから漆黒コールが巻き起こる。

 

「おまえは……その漆黒の鎧!知っている!知っているぞ!漆黒のモモンだな!ははははっ!こいつはいい。最強の聖騎士に続き、最高の冒険者まで俺の引き立て役になってくれるとはな」

「なんだ?そんなに手柄が欲しいのか?」

「それもあるがやはり強い奴に挑むこと、これより勝る楽しみはないだろう。お前たち!手を出すなよ。さあ、来い!」

 

 周りの獣身四足獣(ゾーオスティア)を下がらせるとヴィジャーは構えを取る。しかし、その息は乱れ、体中からはレメディオスから負ったと思われる傷から血が流れ出ていた。

 

「そんな体で俺に勝てるとでも?」

「目の前に強敵とわかる相手がいるんだ。そんなこと関係あるものか」

 

 モモンガはあごに手を当て、考え込むとどこからかともなく瓶を取り出しヴィジャーに向かって中をぶちまける。

 

「なっ!毒か!?卑怯な!」

「違う。よく見ろ」

「傷が……ポーションか?な、なぜそんな真似をする。お前馬鹿なのか?」

「強いやつと戦うことに勝る楽しみはないんだろう?だったら全力のお前を相手にしてやる。さあ、かかってこい」

 

 背中から2本のグレートソードを抜き、モモンも構えをとる。

 

「ふっ、ふははははは!モモン!貴様と戦えたことを亜人の神に感謝するぞ!」

 

 そこからは剣と爪がぶつかり合い、入り乱れる英雄同士の戦いであった。人間も亜人も手を止めその戦いに見入り誰一人言葉を発しない。金属同士がぶつかるような音が鳴り響き、大地がめくれ大気が揺れる。延々とその状態が続くかと思われたがヴィジャーが出した切り札が均衡を崩す。

 

「武技《剛爪》」

 

 ヴィジャーの爪が目に見えて鋭さを増し、モモンガへと襲い掛かる。鉄の鎧を着た戦士だろうと鎧ごと切り裂き、何者も防いだものはない必殺技だ。

 だが、モモンはさらにその上を行く。グレートソードでその爪を切り飛ばしヴィジャーの体が袈裟斬りに切り裂かれる。

 

「ぐぅ……」

 

 ヴィジャーは膝をつくとグレートソードを突き付けるモモンを睨み上げた。

 

「俺の……魔爪が……」

「終わりだ」

「そうか……そうだな……確かに終わりだ。ウオオオオオオオオオオオオオオンッ!」

 

 突然ヴィジャーが耳をつんざくようなうなり声をあげた。するとどうだだろう。獣身四足獣たちが一斉に引き揚げ始めたのである。そしてヴィジャーは傷ついた体を引きずるように立ち上がると門を塞ぐように構えをとる。

 

「そうか、仲間を逃がすためにお前が盾になる……か。ヴィジャーよ、お前死ぬ気か?」

「そんなんじゃねえ。俺は負けねえ!ここで・・・・・・お前を倒すのにあいつらが邪魔だっただけだ!」

 

 そんなわけはない。必死に門を通すまいとするヴィジャーの行動は撤退していく仲間に被害を出さないように壁となり、盾となり自分が犠牲になろうと助けようとするそれであった。

 

(亜人が……仲間を助けようと?たった一人で?そんな英雄的な行動を?)

 

 ネイアはヴィジャーがとったその行動が聖騎士として教えられた亜人像とかけ離れていることに驚きを感じる。

 

「その友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。ヨハネの福音書だったか?ふふっ、ヴィジャー、次やったら俺に勝てるか?」

「勝てる!俺は負けない!」

「そうか、では強くなってまた来るのだな」

 

 モモンガはそう言って剣を鞘に戻した。

 

「なっ、貴様!この俺に情けをかけようというのか!」

「そうだ。弱いお前に情けをかけてやろうというのだ。悔しかったら強くなって俺を倒すのだな。いつでも相手になってやろう。だが……そうだな。お前も仲間が犠牲になるのは本意ではあるまい。この国を攻めるのは俺に勝ってからにするのだな」

「お前に勝てるまで戦争をやめろと?」

「どちらにしても俺に勝てない限り戦争にも勝てはしないぞ?どうだ?」

「くっ・・・・・・くはははは!」

 

 ヴィジャーは傷に響くにも関わらず笑い続ける。笑いすぎて息も絶え絶えになりそうなほど笑ったあと、両手を挙げた。

 

「参った。俺の負けだ負け。モモン、お前人間にしておくには惜しいな。どうだ?俺たちの国で俺の代わりに王にならないか?」

「それも悪くはないが……やめておこう」

「そうか。いいだろう、お前に勝てない限りこの国は……もう襲わん。だが、お前には挑み続けてやるからな」

「ああ、約束は守ろう」

 

 漆黒の戦士と獣はお互いに笑いあい、ヴィジャーはモモンに背を向けた。

 

―――その瞬間

 

 白銀の刃が走りヴィジャーの首が地面に落ちる。崩れるように倒れるヴィジャーの体の背後には聖剣を血に濡らしたレメディオスの姿があった。レメディオスがヴィジャーの首を背後から切り飛ばしたのだ。

 

「レメディオス団長!何を!」

 

 思わずネイアは叫ぶ。亜人の一種族との戦争が終ろうとしたのに何をするのかと。

 

「はぁー……!はぁー……!モモン!貴様なぜ亜人を見逃そうとする!貴様には正義の心はないのか!」

「正義?正義って何ですか!せっかく戦争が終わると思ったのに!」

「黙れネイア!正義とは聖王女カルカ様の目指す誰も泣かない世界を目指すこと!聖王女様こそが正義!すなわちカルカ様が敵と定めた亜人を駆逐することだ!」

「でも!」

「もういい、やめろネイア」

 

 モモンガがネイアの肩をつかむ。

 

「モモン、貴様を聖騎士にしたいと上は思っているようだが、とんだ見当違いだ。貴様のようなやつに聖騎士を名乗る資格はない。うぐぐっ……」

「団長!早く怪我の治療を!」

「おい!ケラルト様を呼んで来い!」

 

 レメディオスはほかの聖騎士たちに連れられて去っていく。

 聖王国を襲った敵とはいえ仲間のため、最後の一人になっても壁となり、勝てない相手の前に立ちはだかった亜人の王、そしてそれを背後から斬り捨てた聖騎士、ネイアにはそのどちらに正義があるのか分からなくなった。

 

 

 

 

 

 

 獣身四足獣(ゾーオスティア)の襲撃から数か月、亜人たちの侵攻のない平和な日々が続いていた。それは冒険者モモンによる圧倒的な力を亜人が見せつけられたためだ。人々の間ではモモンのいる限り聖王国の平和は安泰だとまで言われている。

 そんな中、聖王国大会議の開催が発表されることとなった。聖王国の王族、大貴族の代表らが集まり、国としての方針を議論する会議であり、その会議が開かれることとなったきっかけはスレイン法国からの使者がきたことにある。

 使者の名はニグン・グリッド・ルーイン。そして、その場には法国の要望により冒険者組合長や冒険者モモンも意見を聞くために集められている。

 聖王女カルカのそばには聖騎士団長のレメディオス、そしてその妹のケラルトが控えている。そしてネイアはレメディオス後ろに聖騎士団長付きの一人として付き従っていた。

 

 そんな中、聖王女カルカの挨拶により聖王国大会議の開催が宣言される。

 

「皆さん、お集りくださいましてありがとうございます。ここに聖王女カルカ・ベサーレスが聖王国大会議の開催を宣言いたします。では、今回の議題についてですが、ニグン殿、お願いいたします」

 

 ニグンと呼ばれた男は丁寧に一礼をする。黒いローブを纏い、頬に傷があるが、その顔は人ごみに埋もれてしまうような平凡なもので、その黒い瞳は感情を感じさせない。

 

「はじめまして。聖王国の皆様。私はニグン・グリッド・ルーインと申します。最近の皆様のご活躍には我が法国にも轟いております。このところ亜人からの侵攻に対して負けなしとは、いやはや恐れ入りました」

「ははは、ニグン殿も口がうまい」

 

 諸侯から軽口が飛ぶがニグンは気にした素振りも見せない。

 

「それも皆様方や聖騎士様方そして冒険者モモン殿のお力でしょう」

 

 諸侯やレメディオスは得意げな顔をするが、話を振られたモモンガは会釈をするだけだ。

 

「そこで、我々法国は考えたのです。今こそ我々亜人に苦しめられる人々が手を取り立ち上がる時ではないかと。我が法国も腹を決めました。人類の脅威である亜人どもを完全に殲滅するための《聖戦》をともに立ち上げることに!」

 

 おおっ、と言うどよめきが起こる。

 

「素晴らしい。亜人どもなど我らが手を組めば容易く滅ぼせるでしょうな」

「いかにも。人類最強国家たる法国に我らの力が加われば敵なしでしょう」

「ニグン殿の名は歴史に残ることになるでしょうな。人類の救世主として」

 

 主に南部貴族の諸侯からのそんなおべんちゃらが飛び交う場にて、さらにニグンは続ける。

 

「我ら法国も精鋭部隊を用意するつもりです。そこでお願いなのですが、この戦いにはぜひカルカ様に先陣をお任せしたい」

「何を言われる、ニグン殿!」

 

 驚いたのは聖王女の側近たちだ。ケラルトが声を上げるが、ニグンに遮られる。

 

「聖王女カルカ様自らが戦地に赴くのが危険というのは分かります。しかし、今回の戦は《聖戦》です。国のトップが聖戦の旗印となり赴く必要がございます。それに私どもは信用しているのですよ。この国の誇る聖騎士の皆様を。皆様でしたらいついかなる場合でもカルカ様をお守りいただけるのでしょう?」

 

 ニグンの挑発を挑発とも分からずレメディオスが胸を叩く。

 

「もちろんだ!カルカ様は私が命を懸けてでもお守りする!カルカ様お任せください!このレメディオス・カストディオ、亜人どもの指一本カルカ様には触れさせません!」

「それは素晴らしい!周辺国最強たる聖騎士レメディオス様でしたら間違いありますまい。それに冒険者モモン殿もいらっしゃる。ともに亜人どもを駆逐してやりましょう」

「そうですな。レメディオス殿にモモン殿がいらっしゃれば間違いあるますまい。ですよね?モモン殿?」

 

 そうだそうだと囃し立てる諸侯の声の中、モモンが冷たい声で口を開く。

 

「私がその戦いに参加することはない」

「なっ、怖気づいたのですか、モモン殿ともあろう者がそのようなことを言おうとは」

「私は冒険者だ。冒険者は人類の守り手。侵略や虐殺に加担することはない。ですよね?組合長」

「それはそうだが……」

 

 モモンガに痛いところを突かれ、冒険者組合長は顔を渋らせる。モモンガの言っていることは正論ではあるが、この場にいる貴族たちの理解を得られるはずがない。

 

「亜人に対する侵攻が侵略や虐殺だと?」

「違うとでも?私はこの国に攻め込む敵から民を守るためでしたらいくらでも戦おう。だが、こちらから亜人の集落を襲撃し、女子供に至るまで虐殺するつもりはない」

「亜人に女も子供もあるまい」

 

「皆さん、落ち着いてください。モモン殿、参加したくないというのであれば冒険者のあなたに強制することはできません。しかし、これ以上血を流さないために私でよければ戦場に立ちましょう」

 

 場が騒然とする中、カルカがそれを鎮める。貴族たちは納得はいかずとも不承不承に黙り込む。しかし黙らないものがただ一人。

 

「愚かな」

 

 モモンガであった。場が静まり返り、そして続いて怒号が飛び交う。最も怒り心頭なのはレメディオスだ、顔を真っ赤にして拳を振り上げる。

 

「貴様何と言った!カルカ様が愚かと言ったのか!?それともほかのやつのことか!?」

「姉さんちょっと黙って!」

「いくらなんでも無礼であろうが!」

「この国に亜人を殲滅しきるだけの戦力はない。それは法国の戦力を加えてもだ。それにこれ以上亜人を追い詰めてみろ。彼らは死ぬ気で抵抗してくるぞ。追い詰められた鼠を侮ることなど愚かだと言ったのだ」

「ケラルト。どういうことだ?」

「あとで説明するから姉さんは黙っててください」

 

 ネイアにはモモンガの言っていることがよく分かった。終わりなき侵攻に晒され続けたこの国に攻め入るだけの力がないことは明白だ。さらに防衛であれば城壁と言う地の利を活かして有利に戦えたが、今度は逆だ。地の利は亜人にある。

 

「ニグン殿、この度の提案は本当に亜人の殲滅が目的なのか?」

「モモン殿。何を言われたいのかな?」

「私の調べたところによるとこの国への亜人からの侵攻は止まった。だが、亜人たちの人間への攻撃がやんだわけではない。攻め込んでも返り討ちに合う聖王国から別の国、そう貴国の辺境へと攻撃対象を変えただけだろう。そして貴国はエルフ国との戦争中でありそちらに回す戦力がない。だから亜人の攻撃先を聖王国に向けさせようとしている、というのはどうだ?」

 

(妖精のあいぼーるこーぷすさんで調べたのかな?)

 

 ネイアはぼんやりとそんなことを考えていたが、周りの怒号は止まらない。しかし、それでも何とかカルカがお互いをとりなす。

 

「それは言いがかりだろう!」

「いくらなんでも法国に失礼だ。謝りたまえ!」

「皆さん落ち着いてください。モモン殿もこの国を思っての発言でしょうが、証拠もなしにそのようなことを言うものではありません。先ほども言いましたとおり、私でよければいくらでも皆さんのため、誰も泣かない世界を作るためならば戦場に立ちましょう」

「誰も泣かない世界を作る?だが、誰も泣かないと言うことと誰の意見でも聞き入れることは違う。この場にいるものすべてが聖王女のあなたを快く思っているわけではないかもしれない。あわよくば亜人討伐の際打ち取られ、自分がこの国の支配者になろうとしている者もいるかもしれないのだ。軽率に戦場に立つなどと言うべきではない」

「モモン殿!あなたは何様のつもりか!無礼にもほどがあるであろう!」

 

 南部諸侯が顔を真っ赤にして唾を飛ばす。私がその支配者になろうとしているものですと宣言しているようなものなのではとネイアには思えた。

 

「そしてそうなる可能性は濃厚だ。追い詰められた鼠は猫をもかみ殺す。駆逐されると分かった亜人たちは死に物狂いで抵抗してくるぞ。そして生き残った亜人たちはこの国への恨みを未来永劫忘れまい」

「それこそすべて駆逐してしまえばよいではないか。そうすれば将来の不安などなくなる」

「この国にそこまでの力はない。どれだけの亜人がいると思っているのだ」

「もういい!そこの無礼者を叩き出せ!」

「いや、王族を侮辱したのだ。処刑も検討に入れるべきですな」

 

 貴族たちが不穏な発言をし始める。ネイアにはモモンガの考えがよく理解できたのだが、彼らには分からなかったのだろうか。危険な亜人の地の戦場へ勝算もなく国のトップを立たすなど誰が考えてもおかしい。

 それとも分かっているからこそモモンガを罵倒しているのだろうか。この国を、そしてカルカ様を想ってのモモンガの進言に心無い罵倒が浴びせられるのにネイアは我慢できずに口を挟む。

 

「待ってください!モモンさんはこの国を想って意見を言ってくれただけでしょう!」

「おい!ただのおつきの聖騎士風情が口を出すな!」

「いいえ、いいのです。ネイア。言いたいことがあるのでしたら発言を許可します」

「カルカ様……」

 

 誰にでも優しいカルカ様はネイアにも発言を許してくれるらしい。

 

「私にはモモンさんの言ったことがよく分かるんです!亜人が攻めてこないのであればこちらから攻めることないじゃないですか」

「その間に奴らは戦力を蓄えているかもしれないのだぞ」

「そうじゃないかもしません。それに……こちらが力をあるのを見せつけたのです。もしかしたらこちらから手を差し伸べれば和平への道も開かれるのではないでしょうか」

「和平だと!亜人と和平だと!」

「ネイア、団長の私に恥をかかせる気か!!」

 

 レメディオスが恐ろしい目で睨みつけるがネイアは止まらない。そもそも団長は話を理解できているのかさえ怪しい。

 

「いえ、ですがモモンさんはそういったことを言いたいのでは……」

「もういい!貴様もモモンと同罪だ!出ていけ!」

 

 その後、怒り心頭のレメディオスはカルカの手にも負えないらしく、モモンとネイアは議場から退出することとなった。

 

 

 

 

 

 

「ニグン殿お騒がせして申し訳ございません」

「いえいえ、女王陛下が謝罪することなどございませんとも。様々な意見があってよろしいかと思いますよ」

「そう言っていただけると助かります。さあ、議題を進めましょう」

「ええ、そうですね。モモン殿が心配された亜人を殲滅するだけの力があるのかという問いですが……切り札はあります」

「切り札ですか?」

「ええ、持参しておりますので実際にご覧ください。これを聖王国へ進呈することで信頼の証としていただけないでしょうか。おい、あれをここへ」

「はっ」

 

 ニグンの部下が布に包まれたそれを得意そうに議場の机へ広げる。中から現れたのは一振りの剣であった。鞘から抜かれたそれは恐ろしいほどの力を感じさせる魔法の輝きを放つ透き通った刃を持っている。

 

「これこそ人類最高の神剣、斬り裂けないものはこの世には存在しないといわれる至宝『剃刀の刃(レイザーエッジ)』です」



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第3話 剣

 王族へ無礼を働いたモモンに対して、各貴族たちは処刑すべきだという意見が大半であった。良識ある一部の者たちからの反対意見は、貴族としての自尊心を傷つけられた者たちにつぶされる。そのような中でも聖王女が何とかとりなし、冒険者としての資格剥奪及び国外追放という処分で落ち着いた。

 しかし、そこで問題となったのが聖騎士であるネイアの処分だ。己の権限を越えた発言でモモンを擁護し、聖王女に意見した。それは許しがたいことであるが、ネイアが己の非を認め謝罪すれば軽い処分にするつもりであった。だが、ネイアは一向に意見を変えず、モモンへの処分の撤回と聖戦の中止を求めたのだ。

 さすがにカルカも擁護することができず、レメディオスの怒りも手伝ってついに聖騎士を除名されることとなったのである。

 そして……

 

 

 

 今日は出立の日、城壁の門の外で旅の準備をしたモモンガとネイア、そしてネイアの両親がいる。もともと聖王国に特別な思い入れがあるわけではないモモンガだけでなく、ネイアはモモンガと共に旅に出ることにしたのだ。そしてそれを涙目で見つめる父。

 

「ネイア、今からでも遅くない。お前が謝罪さえすれば陛下はお許しするつもりだぞ」

「お父さん、いいの。私は間違ったことをしたと思ってないから」

「それにしても国まで出ることないじゃないか。聖騎士以外にも道はいくらでもあるんだぞ」

「そう言うことじゃない。そう言うことじゃなくて……私……分からなくなったの。みんなカルカ様が絶対に正しいという。カルカ様の正義を示すために戦うという。でも、正義ってそういうものなのかな」

「ネイア?」

「それが何なのか知りたいけどこの国だけにいたんじゃ分からないと思う。だから、色々なところへ行って色々な人を話を聞きたい。そうすれば馬鹿な私でも本当のことがわかるんじゃないかなって」

「ネイア……お前というやつは……モモン!貴様のせいだぞ!娘におかしなことを吹き込みおって!」

「それは申し訳なく思っています。私のせいで彼女までこんなことになるとは思いませんでした」

 

 モモンガが申し訳なさそうに深々と頭を下げる。モモンガも一人で旅立つつもりであったのだ。それがネイアが付いてくると聞いて何とも言えず申し訳ない気持であった。

 

「お父さんやめて。モモンさんはこの国のためを思って言ってくれたんだから」

「だからと言って陛下に物申すなど……」

「あなた、それくらいにしなさい」

「はい」

 

 母の一言で父が黙り込む。母はネイアの肩をつかんでその目をじっと見つめた。

 

「ネイア、本当にいいのね。正式に謝罪すればあなただけなら恐らく陛下も許してくださるわ」

「お母さん、私は自分で決めたんです。モモンさんについていきます。そうすればきっとこの国では見えなかったものが見える気がするんです」

「後悔はないのね」

「それは……少しあります。お母さん、この国は危険な賭けに出ようとしてると思う。だから……」

「分かってる。あなたからの話を聞いた限りでは法国の動きには違和感があるわ。私のほうでも調べてみるから。分かった、もう止めない。……ネイア元気でね。落ち着いたら手紙をよこしなさいよ」

「うんっ」

 

 涙目で抱き合う母娘を暗い目で見つめる父。

 

「ほらっ、あなたも」

「くぅ、仕方ない。よし、ネイアちょっと待っていろ。お父さんも準備してくるから」

「え?」

「旅の間にレンジャーの技術を教えてやろう。そうだ、昔キャンプをやったよな。お父さんの料理はうまいぞ」

「え!?一緒に来るの?」

「当たり前だろう!お前をこんな男と二人きりで……モモン貴様娘に手を出すつもりじゃないだろうな!」

「あなた!あなたには九色としての仕事があるでしょ!」

「そんなもの辞めて……ぐほぁ」

 

 母はパベルの頭を掴むとそれを引き寄せみぞおちに膝を叩き込む。哀れパベルは一撃で地面へ沈んだ。

 

「ネイア、お父さんのことは私に任せておいて。心配しなくていいからね」

「いえ、あの、心配なんだけど。お母さん、今お父さんの体がボキって……」

 

 続いてネイアの母は、モモンガへ向き直る。パベルを一撃で葬った母にモモンガがビクっと体を硬直させるが、母は手を前に合わせモモンガに一礼をした。

 

「モモンさん。娘のことよろしくお願いします」

「ご安心ください。娘さんは……ネイアはこのモモンが必ずご両親のもとへ無事に帰すことを約束します」

 

 胸を張り、自信をもって答えるモモンガに母は「ほぅ」と感心したように息を吐き、

 ネイアは安堵を覚える。必ず無事に帰す、そう言いきったモモンガの背中が大きく見える。まるで騎士に守られる姫にでもなったような気分だ。

 

「お母さん、これ……」

 

 別れ際に、ネイアは母に二つの木彫りの人形を渡す。

 

「これは?」

「お守り。昔お父さんに作ってあげて、新しいの欲しがってたの思い出したの。お母さん、お父さん、きっと帰ってくるから元気でいてね」

「ネイア……」

 

 母の目に涙が浮かぶ。母とネイアは白目を剥いて気絶している父の前で、いつまでも別れを惜しみ抱き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 両親との別れをすませ、街道へと出たネイアとモモンガ。いよいよ門出だと言うところでそれを邪魔するように魔法詠唱者らしき集団が待ち構えていた。大会議に出席していたニグンとその部下たちである。丁寧な一礼をすると二人ににこやかに話しかけてくる。

 

「こんなところでお会いするとは奇遇ですな。お別れは済みましたかな」

「あなたは……ニグンさん!?」

「またお会いしましたな。バラハ嬢、モモン殿」

「待ち伏せしておいてよく言う」

「ふふっ、大会議の時といい、今といい、モモン殿は何もかもお見通しですか」

「それで?国を追われた我々に何か御用ですか?」

 

 ニグンは大会議で作っていたニヤついた笑顔を捨て、鬼気迫るような真剣な顔となる。こちらの方が本性なのだろう。片膝を地について頭を下げる。

 

「モモン殿、議場では失礼いたしました。あなたのご慧眼お見事です」

「ご慧眼って、やっぱりモモンさんの言ってたことは正しかったの!?」

「モモン殿のおっしゃる通り、あの愚かな王女が上に立つ限りこの国は駄目なのです。今は外部からの亜人侵攻により団結しておりますが、誰にでもいい顔をするあの王女では遠からず内部から腐敗する。それでは駄目なのです!例え少数を犠牲にする苦渋の選択をしたとしても人類が団結せねば本当の正義は為せません!」

「本当の正義?」

「真なる人類圏の確立です。今のように周りを恐ろしい亜人や異形に囲まれ綱渡りのように生きているのではなく、本当の人類の安住の地を作り上げること、そのためには人類同士で争っているわけにはいかないのです」

「だから王女には退場してもらってより強い指導者により国を作り直すということか」

「さすがはモモン殿。そこまで分かっておいででしたら私が言いたいこともお判りでしょう。モモン殿!ぜひ法国へお越しいただきたい。あなたのお力は法国でこそ発揮されるものです」

 

 ネイアはモモンガを見つめる。法国からの申し出は国を追われた身からすれば飛びつきたくなるものだろう。もしモモンガが誘いに乗ってしまったら自分はどうするのだろう。モモンガとともに法国へ行くのか。それとも自分の道を歩いていくのか。しかし、ネイアの迷いをモモンガは一瞬の迷いもなく吹き飛ばす。

 

「お断りします。私はこれから彼女と一緒に旅に出ようと思っていますので」

「旅……ですか?」

「この先には大森林があるみたいですね。そこにはどんな生き物がいるのだろうか。周辺にいくつかの国家がある、そこにはどんな人たちが住んでいるのだろうか。あそこの山脈にはドラゴンが住むという、そしてその向こう側には何があるのだろうか。どうです?ワクワクしてきませんか?」

「はぁ……説得は無理ですか。残念ですが致し方ない、分かりました。でも、もし気が変わりましたら法国へお越しください。歓迎しますよ」

 

 モモンガは頷くと、ニグンたちを無視するかのようにその脇を通り抜ける。ネイアはその後を追うのみだ。それを見つめるニグンはまるで近い未来必ず法国へとモモンガが来ることを確信しているかのような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ニグン達のもとを立ち去った後、ネイアはモモンガとともに地図を広げ、行き先を確認していた。ニグンの言葉は気になったが、モモンガを追放したあの国の誰もネイアたちの言葉など聞いてくれないだろう。それにどちらが正しいのかも今のネイアには分からない。ならば先に進むのみだ。

 特に行く宛てのない旅路であるが、モモンガの言う通り未知の地への冒険というのは胸の躍るものがある。小さな胸をドキドキさせながらネイアはモモンガに行き先を尋ねる。

 

「モモンガさん、これからどこに行くんです?」

「まずあの森を抜けよう。その先にリ・エスティーゼ王国という国があるはずだ。とても肥沃な土壌を持った国家らしい。まずはそこを目標としてみよう」

「ところで、あの、道中はモモンガさんが守ってくれるんですか?」

 

 ネイアはチラリとモモンガを見上げながら先ほどの発言の真意を探る。自分の騎士として守ってくれるつもりなのだろうか。しかし、モモンガの反応は正反対であった。

 

「え?基本守らないつもりだが?」

「え?」

「ああ、そうそう。いい機会なので旅の注意点を言っておこう。敵が現れたら基本的にはネイアに戦ってもらおうと思う」

「え?」

「ああ、大丈夫大丈夫。死んでも蘇生できるアイテムを持ってるから。安心して死んでいいぞ。それに全部俺が倒してはネイアに経験値がはいらないだろうしな」

「え?さっき国に無事に帰すって……」

「最終的に死んでなければ無事じゃないか?ああ、蘇生魔法を使ったとき蘇生を拒否はしないでくれよ。もし蘇生を拒否されたらアンデッドとして蘇らせるしかなくなってしまうかもしれん」

「はぁ!?それちょっとおかしくないですか。私死にたくないんですけど!」

「大丈夫だって。どうせ生き返るんだから」

「だからその考え方おかしい!」

 

 けいけんちとは何だろうか。死んでも生き返ればそれでいいとか、モモンガは時々わけのわからないことを言う。この骨は自分を守る騎士などではなかったらしい。

 よく考えればこれは骨だ。男も女も騎士も何もないだろう。ネイアは頭の中の妖精枠の隣に愉快な生き物枠を作りそこへモモンガを放り込んでおく。

 

「旅に必要なアイテムも渡しておこう。まずはこの短剣だ。ブルークリスタルメタルでできている。弓が得意なようだが、それだけでは敵が接近したときに対処できない。近接戦も頭に入れておくべきだ」

 

 蒼く澄んだ水晶のようなものでできた短剣を渡される。

 

「それから怪我を負った際の回復手段も必要だ。このネックレスは《重傷治癒(ヘヴィリカバー)》の魔法を使えるようにする。今のネイアでは1回くらいが限度か。魔力の枯渇に気を付けるようにな」

 

 非常に細やかな細工が施されており、緑色の宝石を手にした女神を象っているようなネックレスを首にかけられた。

 

「あとは滑落した時の対策だな。落下の危険があるような場合はこれを使うといい。《飛行(フライ)》を使えるようになるアイテムだ」

 

 羽の形の飾りをつけたネックレスをさらに首にかけられる。この骨は何でも持ってるなぁと思って黙ってなすがままになっていたネイアだったが最後のアイテムだけは非常に興味を掻き立てられた。

 

「《飛行(フライ)》?これを使うと空を飛べるんですか!?」

 

 空を飛ぶことに憧れる人間は多い。ネイアもそんな一人だ。だが、普通の人間には空を自由に飛ぶなど夢のまた夢だ。《飛行》の魔法は第3位階の魔法であり、一流といった魔法詠唱者でもないと使えない魔法だ。

 そんな魔法が使える。空が飛べる。ネイアが迷わず魔法を唱えるのも無理はなかった。

 

「《飛行》」

「お、おい。ネイアの魔力量ではすぐ枯渇するだろうから落下したときに一時的に使う程度に……」

「すごい!私……私飛んでる!」

 

 ネイアの体が地面から浮き上がり、どんどんと高度を上げていく。

 

「すごいすごいすご……あ、あれ……眩暈が……きゃああああああああああ!」

 

 もともと少ない魔力をあっという間に使い果たしたネイアは頭から地面へと落下する。それを間一髪で両腕で抱き留めたモモンガが呆れた調子でつぶやいた。

 

「だから魔力量が足りないと説明しているのに……はぁ、仕方ないなぁ」

 

 魔力がなくなり薄れゆく意識の中でモモンガに抱えられながらネイアの冒険が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは時々襲ってくる野生動物やモンスターをモモンガに見守られながら倒しつつ森を進んでいた。モモンガからもらった装備のおかげか、この森にいる程度のモンスターはほとんどネイア一人で対処できている。モモンガ曰く、聖王国で多くの亜人と戦いレベルが上がったのだろうと言っていた。

 順調に進んでいるが、まだまだ森は続いており、やがて夜も更けてくる。

 

「モモンガさん、そろそろ野営の準備をしましょう」

「ああ、そういえばもう夜なんだな。気がつかなかった」

「いや、もう真っ暗ですよ。気が付かなかったってことはないでしょ」

「アンデッドなので夜の闇の中程度なら昼間とそう変わらず周りが見えててな。疲れるということもないし、時間の感覚が曖昧になってしまっているな」

 

 ネイアはよく忘れそうになってしまうが、そう言えばモモンガはアンデッドだった。夜だろうと平気で活動できるだろう。

 

「このあたりにテントを立てましょうか」

 

 ネイアが荷物を降ろし、テントの設営を始めると、モモンガがそれを止める。

 

「その必要はない。泊る所は魔法で用意するから大丈夫だ。《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》」

 

 モモンガが腕を一振り、魔法を唱えると高さ三十メートルを超える巨大で重厚感のある塔が出現する。本当に何でもありな骨だ。だが、そんな魔法があるなら最初から言ってほしい。知っていればわざわざこんな重い野営の道具を持って来なくても済んだであろう。それを慮ったのかモモンガは自分の荷物を探る。

 

「重い荷物を持たせて悪かった。では、これを使うといい。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)だ」

 

 ネイアが片づけを始めるとモモンガが一つの袋を渡してきた。ただの袋のように見えるが、試しに野営の道具を入れてみるとどう見ても入りきらないのにそこに収まってしまう。

 

「500kgまで入るから荷物はそこに入れておくといい」

 

 普通、旅というものは多くの荷物を持ち、野営をしながら進むものである。手ぶらで旅をする旅人がどこにいるというのであろうか。この骨には本当に常識というものがない。

 

 

 

 

 

 

 出来上がった要塞の扉を開くとそこは外の禍々しい雰囲気とは打って変って白を基調とした奇麗な空間が広がっている。リビングにはテーブルに細かな刺繍がなされた純白のクロスがかけられており、柔らかそうなソファーが設置されている。2階への階段の上には扉が複数あり吹き抜けのエントランスから上を見ると5階以上はあるものと思われた。

 

「ふぁあ……」

 

 ネイアは女の子にあるまじき大口を開けて驚く。さっきから驚きっぱなしだ。モモンガはいつの間にか鎧姿からローブ姿の骨へと戻っている。

 

「ああ、そういえばネイアは別に野営する必要もないか。もし、家でゆっくり休みたいなら言ってくれ。転移の魔法で家に送るから。朝になったらまた転移でこちらに来ればいいし」

「あの……何ですか、その日帰りの旅みたいなのは。プチ家出じゃあるまいし、あんな別れ方しておいて、今日のうちに帰ったりしたら私お母さんにボコボコにされちゃいますよ」

「ああ、確かに。やりそうな気がするな……ならここは自由に使ってくれ。寝室やトイレや大浴場もあるぞ。俺は寝る必要もないからここに残っている」

 

 モモンガの言葉に甘え、2階の1室に入ると大きなベッドや調度品が並べられている。しかし、ネイアにはそれよりも気になるものがあった。

 『大浴場』である。町の公衆浴場にしか行ったことのないネイアであるが、ここにはモモンガと自分しかいない。そしてそれを使うのは自分くらいだろう。

 つまり大浴場を一人で使える。ネイアはわくわくしながら浴場に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガがリビングでアイテムの整理をしていると、ペタペタと歩いてくる音が聞こえてくる。モモンガ以外にここにいるのはネイアしかいないので警戒する必要もなく、アイテム整理を続けていた。

 

「あ、モモンガさん。部屋に着替えを忘れちゃいまして。あはは」

 

 振り向くと、そこには首からバスタオルをかけたネイアがいた。しかし、それを見たモモンガは骨の顎が落ちるくらい開け、悲鳴を上げることとなる。

 

「ちょーっ!な、なんで裸なんですかー!きゃーっ!」

 

 そう、ネイアはバスタオルの他何も身につけていないのだ。大切なところはかろうじてバスタオルにて隠れている。ペロロンチーノの言う絶対領域であろうか。水に濡れた金色の髪がキラキラと輝いている。

 

「いえ、だから着替えを忘れたから……」

「そうじゃなくって、俺も男なんだからその前でそんな恰好っていうのは困るっていうか!」

「えっ……モモンガさんが男?」

 

 ネイアの頭にクエスチョンマークが躍るが、やがてその言葉の意味を理解する。

 

「あっ……」

 

 モモンガが自分を男と認め裸のネイアを見て目を逸らしている。それを見てネイアは急に顔が真っ赤になるのを自分で感じる。

 

「~~~~~~~~~~!」

 

 モモンガはネイアの頭の中で愉快な生き物枠に入っていたため男女という概念自体がなかったのだ。骨に見られてもなんともないと。しかし、それを本人から自分は男だと言われたら意識せざるを得ない。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 急に恥ずかしくなりネイアは2階の部屋に向かって入ってドアを閉める。急いで服を着ると布団の中に入り枕で頭を押さえた。

 

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。何やってるの私はもー!)

 

 これから一緒に旅をしていくというのに最初から大失敗だ。全裸を見られたなんて父が知ったら自殺しかねない。

 

(でも見ないようにしてくれてたし、モモンガさんって意外と紳士?)

 

 恥ずかしく思いつつもモモンガの気遣いに感謝するネイアだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアはふと目を覚ます。昨日は恥ずかしくて布団に突っ込んだまま寝てしまったようだ。窓がないので正確な時間はわからないが、ネイアの感覚ではもう朝のはずである。

 

(もう昨日のことは忘れよう、モモンガさんもきっと忘れてくれるはずよ)

 

 そう思って階段を下りていくとそこに居るはずのモモンガはいなかった。

 

「あれ?モモンガさーん?」

 

 呼びかけるも返事はない。もしかして昨日の件でモモンガさんも恥ずかしがっているのだろうか。できれば忘れて欲しいが、恥ずかしいのはお互い様だ。

 

「モモンガさんいないんですかー!」

 

 大声で呼びかけるが返事がない。ネイアの心に若干の不安がよぎる。

 

「モモンガさーん!」

 

 呼びかけながら1階から順番に部屋を見回っていくが、結局すべての部屋を探してもモモンガはいなかった。

 

(もしかして……私のことに幻滅して出て行っちゃったの?)

 

 羞恥心のない女だと思われたのだろうか。確かにあり得る。モモンガはアンデッドであり、おかしな言動は目立つが基本的には常識人?だ。裸で部屋をうろうろしているような女に幻滅してもおかしくはないだろう。そう思うとネイアの心は少し傷んだ。そして次に感じたのは孤独だ。聖王国を出てこれから一人きりで生きていく。それを思うと不安が後から後から湧いてくる。

 

「モモンガさーん!」

 

 ネイアはモモンガの名を呼びながら玄関のドアに手をかけた。そして異常に気付く。

 

(開かない!)

 

「ちょっ、ちょっと!嘘でしょ!」

 

 玄関の扉は押しても引いても開かない。カギはかかっていないのにも関わらずだ。窓のないこの要塞の出口はここしかない。ネイアは押したり引いたり叩いたりあらゆる方法を試すがまったく微動だにしなかった。

 

(閉じ込められた……)

 

 もはや一人ぼっちで寂しいとかいう次元ではなく命の危険を感じたネイアは叫び続ける。

 

「モモンガさーん!モモンガさーん!開けてー!開けてよー!ううっ……」

 

 何だか涙まで出てきた。それでも泣きながら扉を叩く。

 

「モモンガさーん!」

 

 何度扉を叩いただろう。腕がしびれてもう叩けないと思ったところで扉が外側からあけられた。

 

「モ……モモンガさ゛ーん゛!あああん!」

「ただいまー……ってちょっ、ネイア!なんで泣いてるの!?」

 

 訳も分からず泣き続ける少女に抱き着かれ、モモンガは混乱して光り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。これ魔法の発動者しか開け閉めできなくなってるな」

 

 モモンガは扉を調べて頷いている。モモンガも知らなかったらしいが勘弁してほしい。

 

「もうここから出られないかと思ったんですよ」

「うっ……確かにそれは怖い。すみません」

 

 ペコリと頭を下げる骨。その滑稽な姿にネイアは落ち着きを取り戻す。

 

「それでどこに行ってたんですか?って泥だらけじゃないですか」

「いや、その、眠れないし暇だったんで森を散歩してたんだ」

「一晩中ですか!?」

「一晩中ソファーに座っているだけというのは辛いよ……」

 

 そういえばモモンガはアンデッドであるがゆえに眠れないのだった。寝ることもできずじっとしている、それはさぞかし苦痛であろう。

 

「さて、日も出たし、出発するか。あ、そうそう。その前にちょっとネイアに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「聞きたいこと?」

 

 昨日の夜のことだったら良くない。聞かないで欲しいと神に祈る。祈りが通じたのか、モモンガの質問はまったく予想外のことだった。

 

「ネズミは好き?」

「ネズミ?」

「ああ、飼いたいとか思ったことはある?」

 

 ネイアの頭に思い浮かんだのはドブネズミだ。不衛生で病原菌を運ぶこともあり、近寄りたくも見たくもない。

 

「普通に嫌いですけど」

 

 骨がショックを受けたように口を開けて固まっている。背後に雷でも幻視しそうだ。

 

「ええっ……あの、その……フワフワしてて丸っこくて可愛いと……」

「思いません」

「えっ……あ、はい。すみません。出発しよう……」

 

 ションボリして出発の準備を始めるモモンガ、本当にこの骨は何を考えているのかわからない。

 

 

 

 

 

 

 森を進むこと数日、ネイアとモモンガはやっと森を抜け、新たな街道に出ることに成功した。ネイアは早速周りを見渡すと方角を確認し、遠くに集落のようなものを発見する。

 

「ここはもうリ・エスティーゼ王国領でしょうね。あそこで道を聞いてみましょうか」

「さすがネイア。レンジャーとしての能力は本物だな」

 

 村へと近づいたネイアたちはその途中で異変に気付く。集落と思われたそこにあった家々は焼け落ち、人が住めそうな建物は数えるほどしかない。まさに廃村といった様子であった。しかし、その惨状の中で数人の男女が暗い顔で何かをやっている。

 村人たちはモモンガたちに気づいたのか、顔を向けると一斉に叫び声をあげた。

 

「いやあああああああああ!」

「もう!もう嫌だ来ないでくれええ!」

「助けて!殺さないで!お願い!お願いします!」

 

 頭を押さえ耳を塞ぐ男性。半狂乱になって逃げだす女性。皆、体も精神も傷つきまともな状態ではない様子だ。

 

「落ち着いてください。私たちはあなた方に危害を加えたりしません」

 

 ネイアが優しく語り掛ける。ミラーシェードで顔を隠しているおかげか、ネイアの優し気な言葉に村人たちは落ち着きを取り戻す。

 

「ネイア、ミラーシェードをとるなよ」

「モモンガさんこそ」

 

(自分たちの素顔を見られたらこの人たち怯えるんだろうなぁ……って私はいいでしょ、私は。なんで私までアンデッド扱いなのよ)

 

「いったいどうしたんです?何があったか教えてくれますか?」

 

 村人たちによると突如鎧を着た兵士たちに村を襲われ、火を放たれたということであった。彼らはその生き残りらしい。

 周りを見るとそこここに人が倒れ地面が赤黒く汚れている。ふと横を見るとモモンガがある一点を見つめていた。年頃の少女が妹と思われる幼い少女をかばうように覆いかぶさって倒れている。

 その少女の背中と地面は赤く塗れており、妹を庇って背中から刺されたのだろうと思われた。モモンガが拳をミシミシと音を立てて握りしめているのが分かる。

 

「……不快だな」

「ええ、なんでこんな酷いことを」

「すみません……この村の私たちにも分からないんです。突然来てそして何も奪わず消えてしまいました」

「この国の兵士たちは守ってくれなかったのですか?」

「いえ、王国戦士長の一行が来てくれたのですが、その時にはもう賊は逃げてしまっていたんです」

「それで王国戦士長は今どこへ?」

「それが……周辺を捜索すると行ったきり帰ってきません」

 

 帰ってこなかったということは賊にやられてしまったのか、またはこの村を見捨てて帰ってしまったのか。いずれにしてもこの村を助けてくれる者は誰もいないということだ。

 そんな捨てられた村人たちが何をしているかというと、亡くなった者を埋葬するための穴を掘っていたのだった。

 モモンガとネイアはそれを手伝うことにする。村人たちより遥かに力のあるモモンガとネイアによって埋葬は日が暮れる前に完了した。

 ネイアは手を組んで亡くなった村人たちのために祈りを捧げる。元聖騎士と教えたところお願いされたのだ。

 

「この者達に、安らかな眠りの時を与えたまえ」

 

 村人たちがネイアと同じように手を組み合わせ祈りを捧げる。モモンガは両手を合わせ合掌をしていた。

 

 日が暮れてしまったため、モモンガとネイアはここに一泊させてもらうことにする。

要塞創造(クリエイト・フォートレス)》はさすがにこんな人前で使えないので、まだかろうじて家の形を残している建物の一つを借りることにした。

 ぼろぼろの建物の中でネイアはモモンガに尋ねる。

 

「あの、モモンガさんは蘇生の魔法を使えるんですよね?」

「ん?ああ、使えるがこの村の人々を蘇生させるつもりはないぞ?」

「ちなみにどうしてか……教えてもらえますか?」

「どうしてか……か。ちなみにあの聖王国では蘇生魔法を使えるものが聖王女の側近にいるんだったな」

「はい、ケラルト様ですね」

「彼女は誰かが死ぬとお金さえあれば誰彼構わず蘇生させていたのか?」

「いえ、基本的には蘇生魔法は本当に必要な人間にしか使いませんでした」

「それはなぜだと思う?」

「あの……昔父に聞いた話ですが、ある貴族が息子を事故で亡くしてカルカ様に子供の蘇生をお願いしたことがあるんです」

「ほう」

「最初はカルカ様は断りました。しかし、貴族はカルカ様の前で泣き崩れ自分はどうなってもいいので息子だけは助けてほしいと頭を下げ続けました。カルカ様はその姿に同情し、ケラルト様に蘇生をお命じになったんです。そして……」

「聖王女が糾弾された。そうだろう?」

「はい……。カルカ様にその後私の子も私の夫もと蘇生の懇願がされ、断るとなぜあの貴族だけだと罵られ、ずいぶんと心を痛められたと聞きます。それで依頼されての蘇生は一切断ることにしたらしいです」

「では、私が断る理由も分かるかな?」

「はい……でもそれじゃあどうして私のことは蘇生させてくれるんですか?」

「それは、まぁ……ネイアは特別だからな」

 

 特別と言われネイアは少しドキドキしながら嬉しく思う。骨とは言え、異性にそんなことを言ってもらったことはない、おそらく友達という意味だろうが。気をよくしたネイアは聞こえないふりをしてもう一度言ってもらおうと思った。

 

「え?なんですって?」

「なんでもない!あー、そうだ。あいつに餌やらないとな。おやすみ!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すためだろうか、モモンガは訳が分からないことを言って家を出て行った。

 

(餌?)

 

 

 

 

 

 

 翌日、村人たちは焼けた家々からまだ使えそうなものを集め、近くの都市へ行くという。そこで、モモンガたちは旅のついでとそこまでの護衛を買って出ることとした。

 この村の名前はカルネ村というそうだ。だが、本日をもってその村の名はこの国からなくなるのだろう。

 村人たちは荷車に詰めるだけの荷物を積んで移動を開始する。直近の都市の名はエ・ランテル。村人たちが前を歩き、モモンガが軽々と荷車を引いて後ろからついてきている。

 モンスターに襲われることもなく、順調と思われた街道での移動であったが、そこに大声が響き渡った。

 

「おい!お前ら死にたくなかったら荷物を置いて消えな!」

「へへへ、命までは取らねえからよ!」

 

 典型的なセリフとともに出てきたのは見ただけでゴロツキと分かる薄汚い恰好をした数名の武装した男たちであった。手にもった剣を振りまわし、こちらを威嚇している。村人たちを守るためネイアが前へと飛び出すと、男たちの後ろから声がした。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。農民から搾り取る悪領主じゃあるまいしこんな仕事に俺をつきあわせるなよな」

 

 出てきたのはボサボサの髪に無精髭を備えた鋭い目をした男だった。腰には南方でしか手に入れることが困難という刀という武器を下げている。

 

「へへへっ、いえ。旦那が暇そうでしたんでいい獲物でもいねえかと思いやしてね」

「獲物ったって農民いじめても大した金にならねえだろう。強いやつなんてめったに……」

 

 そう言ってぼさぼさ髪が村人たち向けていた視線をネイアとモモンガに移す。

 

「……いるじゃねえか。面白そうなやつらがよ!おい、俺の名はブレイン・アングラウス!そこの鎧のやつ!ただもんじゃねえな!名乗りな」

「私はモモンと言う」

「モモンだと!?聖王国のアダマンタイト級冒険者!大物がかかったな!はははは!」

「今はもう冒険者ではないんだがな……」

「そんなことは関係ねえ!よう、モモン。俺と立ち会いな!」

「ふむ……なるほどなるほど……ちょうどいいかもな」

 

 モモンガはブレインと名乗った男をじろじろと観察したと思った次の瞬間、ブレインの前にいた男たちが倒れ伏していた。

 

「殺してはいない。この国の犯罪者はこの国で裁いてもらわねばならないからな」

「マジか?ほとんど見えなかったぞ……そんで次は俺ってわけか」

「それではつまらないな。そうだ、私と立ち会いたいのであれば私の仲間に勝ってからにする、というのはどうだ?」

「仲間?もしかしてそこの女か?」

「えっ!?ちょっと!モモンさん!?」

「ブレイン、お前の相手などは信頼できる私の仲間、ネイアで十分だ!」

「なんだと!この俺に女と戦えだと!?」

 

 侮られたと怒りに燃えた目でブレインがネイアを睨んでいる。

 

(いやいやいや、私悪くないし!っていうかモモンガさん本当に私を戦わせるんだ!)

 

 ネイアは仕方なく、弓を取る。そしてミラーシェードを上げてブレインを確認した。ネイアの感覚では自分よりも強く感じる。正面から戦えば負けるだろう。しかし、そんなネイアの心配を他所にブレインが一歩後退していた。

 

「顔こわっ!くっ、確かに女と侮って悪かった。その凶悪な目……どれだけ人を殺してきたんだ?なるほど……お前か!お前がそうなんだな!聖王国の《狂眼の射手》!」

 

(初対面で酷い!それにそれお父さんだし!)

 

「漆黒のモモン!この女を容易く屠るところを見ているがいい。さあ、どこからでもかかってきな」

 

 ブレインは刀を鞘に納めたままそれに手を添えて動かなくなった。お先にどうぞということだ。モモンガに自分が戦うに値する相手だと認識させるためだろう。ネイアにとってはチャンスだ。弓に矢を番え引き絞る。

 ネイア自身、モモンガと会ってから強くなったとの自負はある。武技はまだ使えないがこの弓と自分の成長した力でこの距離から撃てば避けるのは至難の業だろう。

 十分に狙いを定めネイアはブレインへ向け矢を放つ。しかし、それはブレインの目前で斬り飛ばされていた。避けたのでもない。防いだのでもない。点で迫ってくる矢を斬り飛ばしたのだ。

 

「そんな!」

 

(ありえない!何かの武技でも使ってるの!?)

 

 続けて二度三度と射るがことごとく斬り飛ばされる。

 

「さて、じゃあこっちから行くぞ」

 

 ブレインがネイアへと迫る。ネイアは弓をしまうと腰の短剣を抜き放つ。モモンガからもらったブルークリスタルメタルの短剣だ。近接戦は苦手だが、モモンガからは遠距離攻撃が得意だからと言って弱点をそのままにしておいていいわけではないと言われている。

 ブレインが大上段から刀を振り下ろすが、それをネイアは何とか短剣で防ぐ。

 

「ほぅ、とてつもない剣を使っているな!なまくらだったらその剣ごと真っ二つなんだがな」

 

 次にブレインが放ってきたのは突きだ。ネイアは初撃を短剣で防ぐが、間髪入れずに二撃目が飛んでくる。二段突きだ。それを必死に体を前方に回転させて避ける。身軽なネイアだからできる芸当だ。前方に避けたことにより図らずもブレインの背後をついたネイアはそのままブレインの刀を持つ腕を斬りつけようとするが、後ろを振り返ることさえなくそれをあっさり避けられた。

 

「そんな!目が後ろにでもついてるの!?」

 

 まったく後ろを見ることなく見事に避けたことにネイアは驚く。その秘密はブレインの使った武技であった。その名は《領域》。自分の周囲の空間を目の見えない範囲まで把握できる武技だ。ネイアの動きがブレインには目で見ずとも手に取るように分かるのだ。

 

「さぁてね。しかし意外とやるなぁ」

 

 このブレインと言う男、自分を遥かに超える感知能力でも持っているのだろうか。それにこの男の剣の腕は本物だ。だが、だとすると疑問が残る。なぜこれほどの剣の腕がありながら野盗などをしているのか。士官の口などいくらでもあるだろうに。

 

「あなたは!それほどの腕がありながらなぜこんなことをしているんですか!あなたに正義の心はないんですか!」

「正義?変わったことを聞く嬢ちゃんだな。そうだな、俺にとっての正義とは……剣だ!この剣こそが俺のすべて、俺の人生の目的だ!それには今の立場がいいんだよ。お前らみたいなやつらと戦えるからな!」

 

 ブレインは刀を鞘に納め、力を溜めるような構えを取る。後の先を取る迎撃の構えだろう。飛び込めば確実にやられる。ネイアの直感がそう告げている。

 

(やっぱり近接戦だけは勝てないわ。この間合い……これはあいつの間合いなんだわ……あいつの絶対に負けない自信のある間合い……。私の間合いが欲しい……弓を射るだけの間合いが……)

 

 じりじりと距離を取るネイアだったが、それが許されるはずもない。ブレインが刀を抜き放つと一気に迫る。武技を発動しているのだろうか。体がわずかに発光している。

 

「《秘剣!虎落笛!》」

 

 ブレインの刀のあまりの速さにネイアは刃を見失う。使われた武技は《神速》。剣の速度を目に見えぬほど上げる技だ。しかし、ネイアの直感が危険を知らせていた。そしてその直感に従い咄嗟に短剣で首筋を守る。

 

―――そして次の瞬間

 

 ネイアは右手首から先を斬り飛ばされていた。ブレインの刃が恐ろしいほどの精度と速さでネイアの首元を襲ったのだ。

 短剣を持ったままの右手が自分から離れていくのをネイアは右目の端に捉える。このまま武器を失っては確実に負ける。そう思った瞬間、ネイアは呪文を唱えていた。

 

「《重傷治癒(ヘヴィ・リカバー)》!!」

 

 勝負はついたと油断していたブレインは信じられない光景を目にする。斬り離されたネイアの右手が手首に戻っていく、短剣を握ったままに。

 《重傷治癒》は怪我を完治させる魔法ではない。魔力を大幅に消失した倦怠感とともに手首に酷い痛みがあるがネイアは必死に耐えて体を動かす。二度目の魔法は使えないだろう。

 

「はあああ!」

 

 ネイアが痛みに耐えてブレインの刀を持つ手を斬りつける。完全に油断していたブレインは避けきれないと判断したのだろう。何とか驚きから立ち直ると防ぐのでもなく、剣で斬りつけるのでもなく、ネイアのみぞおちを蹴り上げた。

 ネイアは痛みに悶絶しながらも諦めない。蹴り上げられたその勢いを利用して後ろへ飛び去ったのだ。ネイアがずっと欲しかった間合い、それは図らずも相手のおかげで手に入ることになる。

 

(ここしか……ない!)

 

 飛び去りながら武器を短剣から弓へと武器を変更し、弓を引き絞り間髪いれずに解き放つ。

 ブレインは最初の時と同じように《領域》を使い、矢を切り裂こうと刀を振るう。しかし、それは空を切った。

 ネイアの被るミラーシェードの効果スキル《蛇射》により矢が刀を避けるように跳ね上がり、一気に下降してブレインの腕に突き刺さった。腕の筋に撃ち込まれたことによりブレインは刀を取り落とす。

 そこへネイアは一気に距離を詰めるとブレインの眼前に矢を引き絞って突きつけた。

 

「そこまで」

 

 モモンガの静かなその言葉にネイアは自分の勝利を知った。

 

「はぁ……はぁ……か、勝ったんですか?」

「はぁー、負けだ負け。つーかそんな技持ってるなら最初から使えってんだ。あー、もう好きにしろ」

 

 ブレインは大の字に地面に横たわる。潔い男だ。ネイアとブレインが息を整えているのを見て、モモンガは興味深そうに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 野盗たちとともに捕えられたブレインは観念したのか大人しいものであった。ネイアたちは村人に加え、捕らえた野盗達を引き連れて、エ・ランテルに向かう。しかし、都市に近づくにつれて周りの様子がおかしいことに気づいた。動死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)等が街道に現れたのだ。

 最初は1、2匹だったものが時には10匹を超える数で現れる。村人に聞くとこれまでにこのようなことはなかったとのことだ。そして、エ・ランテルに到着しようかというその時、眼前に信じられないものを見て、誰かがつぶやく。

 

「うそ……だろ……」

 

 それはアンデッドの群れだった。いや、それは群れと言うだけではおさまらないほどの数。

 そこでネイアたちが見たものはエ・ランテルの城門からあふれ出すアンデッド、アンデッド、アンデッド。

 そして町の中は深い霧に包まれもう夜になろうというのに明かりの一つもない。都市の中も完全にアンデッドで埋め尽くされているようだ。

 そこにあったものはかつて城塞都市と呼ばれ、3国の通行拠点として栄えたことなど微塵も感じさせないほど荒廃した『死都エ・ランテル』であった。



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第4話 母

 死都と化したエ・ランテルに村人たちを連れて行くわけにも行かず、思案していたモモンガたちであったが、周囲を見回していたネイアの鋭い目が霧の中のかすかな光を捉える。カッツェ平野の青白い霧の中である。

 

「モモンさん、平野の先に明かりが見えますよ。あれ、何でしょうね」

「ほぅ、やはりいい目をしているな。ネイア」

「お、おい。あそこはアンデッドどもが闊歩するっていうカッツェ平野だぞ」

「だが、明かりがあるということはあそこに人がいるのだろう。都市に入るわけにもいかない。あそこに向かおう」

 

 村人たちが心配の声を上げるが、他に行先はない。モモンガたちは襲ってくるアンデッドたちを避けるように都市を離れ、カッツェ平野に入ろうする。しかし、そこで異変が起こった。

 地面の下から棒のようなものが飛び出したのだ。それは徐々に大きく太くなり、まるで建物のようにも見える。しかし、それは建物ではなかった。垂直に上を向いていたそれは徐々に傾いてゆく。甲板があり、マストがある。垂直に向いていた船首が徐々に傾き、全体像が見え、それがやっと船だとネイア達は気づいた。ただし、その船が普通と違う点は、向こう側が透けて見えるのだ。

 そんな異常事態に村人の一人がつぶやく。

 

「幽霊船だ……」

「幽霊船?何だそれは」

「カッツェ平野の幽霊船……それは呪われたこの地に伝わる伝説みたいなものですが、亡者たちが魂を求めて船で永遠に彷徨っていると言う話を聞いたことがあります」

 

 村人の話が本当だとすると、警戒すべき相手だ。しかし、幽霊船はネイアたちを襲ってくるようなことはなかった。

 何事もおこらない。そう思い、観察しているとエ・ランテルからの溢れるアンデッドがカッツェ平野には向かっていかないことに気づく。街道には向かって行っているのにだ。しかし、それでも都市から溢れ出るアンデッドはいるようで、後ろから押し出されるようにカッツェ平野にアンデッドが数体押し出された。

 その時である。幽霊船の横から砲台が現れ、カッツェ平野へと足を踏み入れたアンデッドたちに向けられたのだ。砲台より撃ちだされた弾によりアンデッドたちが四散する。それに満足したのか幽霊船は霧の中へと消えていった。

 

「アンデッド同士が敵対しているのか?」

「そんなことあるんでしょうか?」

「支配しているものが違う、ということかもしれないな」

 

 モモンガにそう言われてよく見るとエ・ランテルを覆う霧は黒っぽいが、この平野の霧は青みがかったものだ。真偽は分からないが向かうとしたらカッツェ平原の明かりの方向だろう。

 再度幽霊船が現れるかとしばらく様子を見ていたが、これ以上異変は起こらなかった。ネイアたちは警戒をしつつ明かりの方向へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 明りのある建物に到着してみるとそれは砦と思われる建造物であった。中から人の話し声らしきものもする。門を叩くと、恐る恐る顔を出した兵士がネイアたちが人間であるということを確認し、快く中に入れてくれた。

 

「あんたたちあの都市の生き残りか?よく今まで無事でいたな」

「いえ、私たちはあの都市ではなくカルネ村というところから来ました」

 

 現れたのは青い紋章のある鎧を着た兵士であった。突然現れたネイアたちについていろいろと質問を投げかけられる。モモンガが代表して事情を話をしているとカルネ村の村人の一人が悲鳴を上げた。

 

「きゃあああ!こ、この人たちよ!この人たちが私たちの村を襲ったの!」

「そ、そうだ!その鎧!鎧の紋章はあの時のやつらのだ!」

「は?おまえたちは何を言っている」

「お、落ち着いてください」

 

 村人たちは兵士を指さして怯えている。ネイアは落ち着かせようと村人たちを兵士から引き離した。村人からよくよく話を聞くと村を襲った兵士の格好とこの砦にいる兵士の格好が同じだというのだ。

 

「それはおかしい。我々はバハルス帝国の兵士だが、王国の村を襲うなど我らがするはずがない。王国の村を襲ったとしたら、どうして我らがこうして王国の人々を保護しているというのだ」

 

 そう、ここはバハルス帝国のカッツェ平野における砦である。毎年リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は戦争を繰り返しており、その主戦場はこのカッツェ平野。そしてその前線基地としてバハルス帝国により築かれたのがこの砦だ。

 王国の兵を殺すために築かれたこの砦の中に、今は王国民であるエ・ランテルの人々が保護されていた。

 エ・ランテルの生き残りの人たちの話によると、突然墓地からアンデッドが溢れ、あっという間に都市中に広がってしまったらしい。

 生き残ったのはカッツェ平野周辺にいた者たち、そして冒険者組合周辺にいた者たちが主であった。逃げ場がなくなり、アンデッドの闊歩するカッツェ平野に逃げざるを得なかったのであるが、なぜか都市のアンデッドたちはカッツェ平野に立ち入ろうとしなかった。

 冒険者たちは組合長の指示で戦闘より避難を優先させたため、最低限のアンデッドを討伐しながら組合周辺の人間を連れ出すことに成功したのである。そして、敵国とは言え、そこしか逃げる先がなかったため帝国の砦へと身を寄せたのだ。

 ネイアたちは兵士や人々から事情を聴くと同時に、自分たちの事情も話す。そして村人たちの保護と野盗の引き渡しについてもお願いする。

 

「事情は分かった。村人たちは我々が保護しよう。野盗についても預かろう。それで君たちはどうする?あのブレイン・アングラウスを倒すとは、さすが聖王国に聞こえしアダマンタイト級冒険者漆黒のモモン殿だ。帝国に来るというのであれば歓迎するが?」

「いえ、あの男を倒したのはネイア……彼女ですよ。それより今はあの都市をどうにかすべきでしょう。王国は何をしているんですか?」

「王国にもエ・ランテルの実情は伝令により伝えているが、王国はあの都市を見捨てるつもりらしい。住民の保護も都市奪還のための兵の派遣もしないとのことだ。それどころかこうして住民を保護している我々を犯人扱いだ」

「帝国としてはどうするつもりなんですか?」

「帝都から兵がこちらに向かっているところだ。だが、都市の奪還は難しいかもしれんな。あれほどのアンデッドの大群はみたことがない。それよりも住民を帝都に移動することになるかもしれん」

 

 それを聞いてモモンガは腕を組んで何かを考えているようだったが、思いついたように一つの疑問を投げかける。

 

「ところで、別の質問なんですがここにあの都市の冒険者組合の方はいらっしゃいますか?」

 

 モモンガの質問に兵士は怪訝な顔をするが、すぐに壮年の男性があらわれた。かつては屈強だっただろう肉体と目つきをしている。

 

「私がエ・ランテルの冒険者組合長アインザックだ。噂のアダマンタイト級冒険者の漆黒のモモン殿に会えてうれしいよ」

「すみませんが、今は冒険者の資格をはく奪され、国外追放された身です。もうアダマンタイトではありません」

「そ、そうなのか」

 

 アインザックは驚きを隠せない。アダマンタイト級冒険者の資格をはく奪して国外追放にするなど国家戦力がどれだけ落ちると思っているのか。聖王国は何を考えているのだろうかと。

 

「それで聞きたいのです、この国でもう一度冒険者になることはできるのでしょうか」

「それは無理だ。国家間の取り決めで冒険者の資格や階級は各国共通だ。一度資格をはく奪されたものをもう一度冒険者にすることはできない」

「そうか……」

 

 残念そうなモモンガの声を聞き、アインザックは心を悩ませる。本来であればエ・ランテルの冒険者としてぜひ登録して欲しいところだ。それにこれほどの力を持ったものが不遇に扱われるというのは実に勿体ない。そう思ったアインザックは次善の策を提案する。

 

「だが、ワーカーであればなれるだろう」

「ワーカー?」

「国や組織にしばられないフリーの請負人(ワーカー)のことだ。冒険者組合長の私が勧めるのもどうかと思うがね」

「ワーカー、請負人ね。ふふふ、いいじゃないか。さて、ネイア。ではワーカーとして仕事を請け負うことにしようじゃないか」

「仕事?な、何のことかね」

「私とネイアの二人であの都市をアンデッドから奪還してみせよう」

 

 ネイアは耳を疑う。今二人でと言ったのだろうか。あの無数のアンデッドに埋め尽くされた都市を二人で奪還と。

 

(ちょっとーっ!モモンガさん何言ってるのー!勝手に決めないでよー!)

 

 しかし、ネイアの心の叫びは元アダマンタイト級冒険者モモンへの砦内からの割れんばかりの期待の歓声にかき消されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアはエ・ランテルの三重の城壁の一番外側の上に陣取った。そこからアンデッドを狙い撃ちする作戦だ。モモンガはその下に陣取りネイアにアンデッドが接近しないよう露払いをする。

 

「あの、モモンガさん本当に二人でやるんですか」

「あれだけのアンデッドがいるんだ。きっとレベルがかなり上がるぞ」

「言ってる意味がよく分からないんですけど!」

 

 わくわくしているモモンガとヒヤヒヤしているネイア。そうこうしているうちに、アンデッドたちはネイアに殺到するように向かってきた。この都市唯一の生者の生命を感じとって向かってきているのだろう。

 ネイアはもうやけになってそれらを弓で撃って撃って撃ちまくる。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)には入るだけの矢を砦で補給させてもらっていた。残数を気にする必要はない。

 ネイアの矢を受けると弱いアンデッドは一撃で崩れ去る。スケルトンなどの刺突属性に耐性のあるものも含めてだ。モモンガからもらった手袋に武器に殴打属性を乗せる効果があるらしい。

 壁を登ってくるアンデッドや遠くから触手を飛ばしてくるアンデッドなどはその都度モモンガが対処してくれている。気の遠くなるほど矢を射っていると手もしびれ、力もなくなってきそうなものであるが、ネイアはアンデッドを倒すたびに力が沸き上がるような感覚がしていた。

 

(私……強くなってる?)

 

 実際に矢の威力も上がっているような気がする。これがモモンガの言っていたれべるあっぷなるものなのだろうか。

 しかし、湧き上がるような力とは別に、不思議な感覚をネイアは得ていた。アンデッドたちのことだ。アンデッドは生命を憎むとされている。そのアンデッドを倒し続けているうちにそのアンデッドの気持ちが何となくだが感じられるようになっていた。

 彼らは生命を憎んでいると言われるがそうではない。無理やりアンデッドにさせられて悲しく苦しいのだ。そして生者であるネイアが羨ましいのだ。羨ましくて妬ましくて襲ってきているのだ。心の中で泣きながら。

 そんな気持ちが伝わったネイアは1秒でも早くアンデッドたちをその苦しみから解放してやろうと弓を引き絞る。ネイアのそんな想いが矢に仄かな光を宿そうとしたその時、下にいるモモンガから声がかかる。

 

「ネイア、おかしいぞ。これだけ倒しても一向に数が減らないというのは異常だ」

 

 確かにその通りだ。ネイアの倒した数でも100や200ではない。目に見えて数が減ってもいいはずだが都市に入ってから数が減っているようには見えない。

 

「おそらくどこかでアンデッドを召喚し続けているのではないだろうか」

「そういえば砦での話は墓地からアンデッドがあふれてきたと言っていましたね」

「おそらくそこだ。数を減らしてからと思っていたが、埒が明かない。発生源を叩くぞ」

 

 

 

 

 

 

 道に塞がるアンデッドたちを倒しつつネイアたちが墓地へ向かっていた。モモンガも協力して排除しているため、それほど時間がかからずその中心部へと到達する。そしてそこでは明らかにアンデッドの発生源と思われる祠から続々とアンデッドが外にあふれ出していた。

 恐る恐る中を覗く二人。すると中では何やら呪文を唱える人物がいる。

 

「こいつが元凶か?ネイア行くぞ!」

「は、はい」

 

 周辺のアンデッドを掃除し、次を召喚される前に中へと突入する。そして中に入ったことをネイアは心の底から後悔した。

 

「え、ちょっと、やだ。何でこの人裸なのよおおおおおおおおおお!」

 

 周りを警戒するゆえ、目を閉じることも目をそらすこともできずソレを見つめる。そこにいたのは全裸の若い男だった。少年といってもいい年ごろで頭に額冠を乗せている以外何も衣服を纏っていない。

 ネイアは生まれて初めて見る肉親以外の異性の体をじっと見つめるわけにもいかず目をつぶるわけにもいかず混乱状態に陥る。

 

(ああ、もういや、帰りたい。お母さんごめんなさい。ネイアは汚れてしまいました)

 

「《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》」

 

 その少年がネイアたちに気づいているのかいないのか。微動だにすることなく呪文を唱えた。すると一気に十数体のアンデッドが現れる。

 

「お前がアンデッドを召喚していたのか!答えろ!なぜこのようなことをしている!」

 

 召喚されたアンデッドを倒しつつ問い詰めるモモンガに少年は何も答えることなくゆらゆらと揺れながら立ち尽くしている。それに伴って股間のものもゆらゆらと揺れる。しかし、よく見ると両目から血が流れ落ちているのに気づく。意識もあるように思えない。

 

「この変質者は……《道具上位鑑定(オール・アプレイザル ・マジックアイテム)》。叡者の額冠?ネイア、どうもこいつは頭の魔法道具(マジックアイテム)で操られているようだ」

「本当ですか?でもなんで裸なんですか。どう見ても変態なんですけど……」

「うーん、少し勿体ないが……《上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)》!」

 

 モモンガが呪文を唱えると少年の頭の上の輪が壊れて消える。少年は意識を取り戻すことなくそのまま倒れ伏した。

 

「ふむ、どうやら命に別状はないようだな。このままにしておいても自分の召喚したアンデッドに襲われることもあるまい。後で変質者として引き渡せばいいだろう」

「そうですね……。でもこれでアンデッドが増えることはないってことですね。これで終わりでしょうか」

「いや、こいつが黒幕ではあるまい、ということは黒幕を探さなければな」

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは街の中心部へ向かうことにした。もっとも人口が密集していた地区であろうそこは、黒い霧が濃くアンデッドも強力なものが多かったからだ。モモンガたちはそこに霧の発生源があり、黒幕もいると予想して進んでいた。

 大小さまざまなアンデッドを殲滅しながら進んで行くうちに、ネイアはあらためて自分が強くなっていくような感覚があるのだが、さすがに弓を撃ちすぎて腕のしびれも限界が近かった。あと数発射ることがやっとだろう。

 それでも中心部のアンデッドをほぼ倒し切り、広場へと出るとそこには一人の漆黒のローブを深くかぶった人物が暗くしわがれた声でモモンガたちに話しかける。

 

「お主たちか。先ほどからワシの邪魔をしている者どもは。何者だ」

「私はモモン。彼女はネイア。この都市のアンデッドのせん滅を依頼されたワーカーだ」

「モモンガさん気をつけて。後ろにもう一人いますよ」

「へぇー。気配を消してたつもりだったのに、いい目してるねー」

 

 その人物は暗闇に隠れるようにしていたが、ネイアの目はそれを看破していた。現れたのは奇妙なプレートを張り付けたビキニ状の鎧を身に着けた女だ。ニヤけた笑いを顔に張り付けている。

 

「そこのローブのお前はアンデッドのようだが……女のほうは反応がないな。人間か?」

「くくくっ、いかにも」

「この都市で何をやっている」

「馬鹿が。それを答えると思うてか」

「それはねー。大儀式『死の螺旋』だよー」

「おい」

 

 目的を暴露され、ローブの男は責めるように女を睨めつけるが女はまったく気にする様子がない。

 

「いいじゃん別にもー成功したんだからさー。あ、あたしはクレマンティーヌ。こっちのアンデッドはカジット。んふふふっ、よろしくねー」

「黙らんかクレマンティーヌ」

「それでね。死の螺旋っていうのはアンデッドになるための大儀式のことだよー。この町すべてに死をまき散らしてその死のエネルギーでカジっちゃんはアンデッドになったの。それにしても傑作だったなー。あたしはそんな儀式どうでもよかったんだけどね。法国から国宝盗んだ関係であたしを追ってた風花の連中も儀式に巻き込まれちゃってさー。アンデッドに飲まれてお仲間になっちゃった。あははははは、大爆笑だったよ」

「なるほど、事情は分かった。ではこの依頼はお前たちを討ち取って終わりということだな」

 

 モモンガのまるで相手を倒せることが当然のような態度にクレマンティーヌは笑顔を歪ませる。

 

「はぁ?なめてんのかてめぇ。雑魚アンデッドを掃除したくらいで調子に乗ってんじゃねぇ」

「吠えてないでかかってきたらどうだ。それともおとなしく捕まるか?」

「んふふふふ、舐めてんのかてめぇ!《疾風走破》!」

 

 モモンガの挑発に乗り武技を発動したクレマンティーヌは一瞬で間合いを詰める。速度上昇の武技だろうか。そのままの勢いでモモンガにスティレットを突き付けるが、モモンガはそれを剣で軽く防ぎつつ、その場からクレマンティーヌを離していく。

 

「お前の相手は私がしよう。ネイア、あのアンデッドは任せる。魔法詠唱者との戦闘もいい経験になるぞ」

 

 勝手に決めないでと言いたいが、モモンガとクレマンティーヌは剣とスティレットで火花を散らしながらそう言い残して離れて行ってしまった。

 残されたネイアはまずは相手の実力を確認しようとカジットと呼ばれたアンデッドを観察すべくミラーシェードを上げる。

 戦士としての強さは見られないが、そのローブの内側から恐ろしいほどの負のエネルギーを感じる。

 

(強い……私に勝てるの?無理じゃないかな……)

 

「わしもなめられたものよ。このような小娘が相手など……うおおおおっ!何という恐ろしい目をしておるのだ……なるほど、確かにわしの相手にふさわしいかもしれぬな」

 

 ネイアのミラーシェードの下の目を見たカジットはアンデッドにも関わらず動揺しているように見えた。

 

(こんな邪悪なアンデッドにまで言われた!)

 

 そんなネイアのショックを気にすることなくカジットは戦闘態勢に入った。

 

「死の螺旋によりエルダーリッチとなったワシの力を知るがよい。《魔法二重化(ツインマジック)》《火球(ファイアーボール)》!」

 

(エルダーリッチ!?うそ!?魔法の二重化!?)

 

 魔法の二重化は超高度な技術であり、通常の魔法使いでは使用などできない。聖王国でもネイアは使用できる人間を知らないくらいだ。カジットはエルダーリッチとなったことにより使用が可能となったのだろう。

 ネイアは魔法を避けるため必死で走る。しかし、放たれた火球のうち1つ目を避けることに成功するが2つ目が体を掠って地面にあたり炸裂する。吹きあれる爆風により肉が焼けこげるような臭いとともに強烈な熱さと痛みが襲ってきた。

 

「ぐぅ……」

「ほぅ、よく避けたな」

 

 ガジットが次の詠唱の準備にはいるが、ネイアもそのままやられっぱなしでいるわけにはいかない。近接戦に持ち込めば魔法詠唱者であるカジットは不利になるだろうが、その距離を魔法を避けつつ踏破するのは不可能だろう。

 

(遠距離戦しかない……)

 

 ネイアは痺れる腕に鞭を打ち、弓を引き絞る。腕がきしみ、焼け焦げた腕から血が染み出るが何とか耐える。狙いを定め、矢を放つとなんとカジットは避けることなく体でそれを受けた。しかし、それはカジットの予想と違いダメージを食らう。

 

「ぐぅ!?何!?ダメージがあるだと!?刺突属性ではないのか!?くそ!だが、それでもこの程度ならまだ耐えられる。ワシは倒れぬ!目的を果たすまではな!」

「目的?あなたの目的はアンデッドになることじゃなかったんですか」

 

 先ほどクレマンティーヌが言っていた死の螺旋という儀式。永遠の命を得るためにアンデッドになることがカジットの目的ではなかったのだろうか。

 

「そんなわけがあるものか。誰が好き好んでアンデッドなどになるか。わしの夢……わしの信じるものを叶えるためだ!」

「あなたに自分の信じる正義があると?」

「正義?正義か……そうだな。ああ、その通りだ。わしの信じる正義、それは母を蘇らせることだ!」

「お母さんを?」

「そうだ。わしは幼いころ母を亡くした。しかし、世の中には復活魔法というものがある。わしは願った。母を復活させてくれと、それができぬなら復活魔法を教えてくれと。しかし、誰も助けてはくれなんだ。そして母は灰となった。この通りな」

 

 カジットは懐から小さな壺を取り出す。遺灰が入っているのだろうか。

 

「灰から復活させる魔法などを見つけるにはどれだけの時間がかかることか。生きている間には無理だろう。その時間!時間を手に入れるためにはアンデッドになるしかないではないか!母を蘇らせること!それ以上の正義などわしにはないわ!」

 

 ネイアは目の前のアンデッドにも信じるものがあり、そしてそれゆえに苦しんでいることに驚きを感じる。

 自分ならどうだろうか。母が死んだ、そのときそれを受け入れ諦めるだろうか。モモンガさんに復活させてくれと泣きつくだろうか。それは分からない。分からないが。

 

「それでも!それでもこの町の人たちを!無関係の人々を巻き込んでいい理由なんかになりません!」

「やかましい!説教なぞ聞きたくもないわ。知るがいい、この死の螺旋により強化されたわしの本当の力を!」

 

 カジットが再び詠唱体制に入る。ネイアはとっさに隠れるところを探すが、広場の中心部におりどこにもそのような場所はない。

 

(もっと障害物の多いところで戦うべきだったわ)

 

 ネイアは必死に魔法を避けつつ建物の影を目指す。いくつもの火球が襲い来る中、何とか建物までたどり着く。

 

(よし!ここで……2連続で来たとしても1つ避けて2発目は《重傷治癒》で治すことを考えてあえて食らってもいい。肉を斬らせてでも反撃を……)

 

 そう思った時、聞こえてきた声にネイアは自分の考えの浅はかさを知った。

 

「《飛行》」

 

 カジットが呪文を唱えた声だ。振り返るとカジットは遥か上空からネイアを狙うように杖を構えていた。

 

「馬鹿め。物陰に隠れれば反撃できるとでも思ったか?くくくっ」

「そんな……」

「どうした。絶望したか?ならばダメ押しと行こうか。ふふふっ、見せてくれよう。三重魔法詠唱者(トライアッド)と謡われた帝国の主席宮廷魔術師しか使い手がいないと言う魔法詠唱者としての最高の力をな!《魔法三重化(トリプレットマジック)》!」

 

(うそっ!?まさか3連続で……そんなことをできる存在がいるなんて……。そんなの避けきれない!)

 

「《火球(ファイアーボール×3)》!」

 

 上空からの三連続攻撃だ。後悔するがもう遅い。ネイアは必死に走り、1つ目と2つ目は奇跡的に避けることに成功するが、まるでそこへ逃げるのを読んで狙ったかのように3つ目の火球が迫る。

 

―――終わった

 

 そう思ったその時、ネイアの体は真横に吹き飛んでいた。やわらかい毛玉にでもぶつかったような衝撃だ。

 訳が分からないが、何とか身を起こし、弓を手に取ると狙いを定める。狙うのは彼方のアンデッド。母を失い、母にもう一度会いたい、その一念だけでアンデッドにまでなった男。ネイアにあったのはそんな男に対する怒りではない、安らかに眠らせてあげたいという慈悲の心であった。

 そんなネイアの弓に番えた矢が白く輝く。徐々に徐々に増していくそれは聖なる輝きであった。

 

「お母さんとともに安らかに眠ってください!」

 

 暗い霧の中を光が一閃する。カジットはその矢に今までと違う力を感じ避けようとするが、蛇のように迫る矢は避けきれずその体に突き刺さった。

 殴打属性だけであれば耐えられる、そう思ったカジットだったがそれが間違いであるとすぐに分かる。体の内部から光があふれてくる、聖属性の光だ。

 清らかな聖なる光に全身を焼かれながらカジットは安堵を感じていた。何だか安らかな気分だ。

 

(これは……母に抱かれていたときと同じ……)

 

 ふと見ると母の位牌もキラキラと光となって消えていく。

 

(ああ、やっと会える。会えるんだ……)

 

「おかあ……さん」

 

 光となって消えていくカジットを見ていたネイアはそこに一人の少年の姿を見た。そしてその手を握る母親の姿を。手を握り合った二人はネイアに頭を下げ、そして消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは膝をつくと息を整える。危ないところであった。もし、3つ目の火球をくらっていたらやられていたであろう。あの時自分を突き飛ばしたのは何なのだろうか。そう思い周りを見回すとモモンガが広場に戻ってくる。

 モモンガの右手には何かが握られている。よく見るとあのクレマンティーヌとか言う女だ。モモンガがやられるとは思ってはいなかったが無事なようで安堵する。しかし殺してしまったのだろうか。

 

「てめぇ、この糞やろう!離せ!離しやがれ!な、なんで。なんで体が動かねえんだよおおおおおお!触っただけでこれとか反則だろ」

 

 意外と元気そうだった。

 

「ただの『麻痺』だ。死ぬことはない。ネイア、そっちも終わったみたいだな。どうだった?魔法詠唱者との戦いは」

 

 ネイアはそこであったことを正直に話す。開けた場所で戦うべきでなかったこと、運よく魔法を避けることができて反撃したこと。新しい力を得たこと、そしてその力でカジットを安らかな眠りへと誘ったことを。

 

「武技を使えるようになった?」

「はい、矢に聖属性を付与できるようになったみたいです」

「すばらしい!なるほど、スキル取得の条件はもしかしてユグドラシルに近いのか?おそらくレベルアップと倒した敵の数や種類なども影響するかもしれないな。それから……」

 

 都市を解放したことを伝えるため、帝国の砦へと向かいながらもモモンガが訳の分からないことを言っているがいつものことだから放っておくこととする。

 ふと、カッツェ平野の砦の方向を見ると都市の霧が晴れたことに気づいたのだろう。多くの人がネイアたちに手を振っていた。

 そんな中、ネイアはふと思う。あのカジットという男は母のためにアンデッドになったという。ならばモモンガにもアンデッドになった特別な理由があるのだろうかと。そしてしばらくモモンガのこれまでの言動を脳裏に浮かべたネイアは首を振る。

 

(うん、ないわね)

 

 頭の中で笑う愉快な骨を思い浮かべるとそんなことはありえないような気がする。朝起きたら骨になっていたと笑いながら言ってきても信じられるくらいだ。

 ネイアは考えることをやめ、砦に向かって手を振りながら走り出すのだった。

 愉快な骨とのおかしな冒険はまだまだ続きそうだ。



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第5話 懲悪

 解放されたエ・ランテルは帝国により管理されることとなった。事態を知りつつ放置した王国と住民を保護した帝国、どちらに都市がつくのかは明白なことである。これに対して王国は帝国による陰謀との声明を出したが、それを信じる者は誰もおらずエ・ランテルは正式に帝国領となることとなる。

 

「本当に行ってしまわれるのですか。帝国の皇帝陛下はあなた方を高く評価することでしょう。もしお越しくだされば望まれる地位に就くことも可能ですよ」

 

 モモンガ達を慰留しているのは帝国四騎士の一人、ニンブルだ。金髪に深い海を思わせる青瞳という端正な容姿の貴族出身の騎士であるが、モモンガたちにも非常に丁寧に対応している。

 ニンブルからすればエ・ランテルを解放するために兵を率いて来てみればたった二人のワーカーが都市中に溢れるアンデッドを討伐したというので驚きである。ニンブルの知る皇帝がその二人を放っておくわけがない。逆にここで勧誘しなかったということに怒る方だ。

 

「しかも、あのブレイン・アングラウスまで打ち勝ち捕らえるとは脱帽です」

 

 ブレイン・アングラウスはバハルス帝国にまで名の知れた王国最強の戦士長と互角ではないかと言われる天才剣士である。それを打ち倒す実力者と言うのであれば都市解放のことがなかったとしてもぜひ帝国へ迎え入れたい。

 

「あの男はどうなるのです?帝国の法で裁かれるのでしょうか」

「そうなるでしょうね。ただ、彼ほどの力があれば陛下は彼を召し抱えるかもしれません。陛下は懐の深いお方です。例え出自や容姿、過去がどうであれ力あるものは正当に評価なされます。モモン殿たちも一度お会いになってみませんか?」

「申し訳ありませんが、今はどこかの国に仕えるつもりはありません。それに帝国に行くのは王国という国を見てからにしようとネイアと決めましたので」

「そうですか。ではお引止めするのは失礼というもの。ですが、帝国へいらっしゃった際は歓迎しますので是非お声をおかけください。それにしても王国に行かれるのですか。モモン殿ほどの方があの国に……。実にもったいない……」

「何かありましたか?」

「いえ、それはモモン殿がご自分の目で確かめられること。私からは何も言いますまい。それではワーカーチーム《漆黒の凶眼》の旅の無事を祈っております」

 

(ん?今なんて?)

 

 モモンガとは別に、ネイアは住民たちからの感謝と別れの言葉を受けとっていたが、何やら嫌な予感がしてモモンガたちを振り返る。

 

(よく聞き取れなかったけど……聞き違いよね。うん)

 

 そんなネイアを他所にたった二人で死都となった大都市を救った英雄、ワーカーチーム《漆黒の凶眼》の名は大陸全土へと知れ渡ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテルから王都リ・エスティーゼへと向かったモモンガとネイアであったが、その旅は今までとは打って変わって平穏なものであった。話によると第三王女の発案により王直轄領内においては街道周辺のモンスター等に報奨金をかけており、治安の維持に努めているということであった。エ・ランテルまでの道中のような野盗やアンデッド等のモンスターにも遭遇することがない。急ぐ旅でもないため、ゆっくりとした足取りで王都へと到着することとなった。

 到着後、二人は早速宿を取ることにする。しかしそれは長旅の疲れ(一人は疲れなど不要の体ではあるが)を取るためだけではない。

 ワーカーとして仕事をしていく上で宿選びは重要である。冒険者組合と異なり個人で仕事を請け負うワーカーは、宿屋が兼業として仕事の斡旋を行っている場合が多いのだ。

 モモンガたちはワーカー御用達といわれる宿を取り、仕事の情報を得るため店主を呼び出すが、モモンガたちが話を切り出す前に逆に主人のほうから尋ねられることになった。

 

「その漆黒の鎧の男と顔を隠した女……。あんたらもしかしてワーカーチーム『漆黒の凶眼』か?」

 

「そうだが」「違います!!」

 

 モモンガとネイアの声が重なり、二人は顔を見合わせる。主人は肯定の言葉が返ってくると思っていたのか困惑しているようである。

 

「え、違ったか?あれ?聞いてた身なりとそっくりなんだが……」

「凶眼ってなんですか!凶眼って!いつの間にそんなチーム名決めたんですか!モモンさん!」

「いや、だってもうそう呼ばれてるしいいかなって思って……」

「よくないですよ!ってもうそう呼ばれてる!?」

「あのブレインとかいう野盗の剣士がいただろう?あいつがエ・ランテルで帝国兵に元冒険者の『漆黒』と聖王国の有名な『凶眼の射手』と伝えたらそうなったらしい」

「なんで止めないんですかあああ!」

 

 モモンガの鎧をつかんでネイアが揺さぶっている光景に軽く引きながら宿の主人はもう一度聞きなおす。

 

「えーっとエ・ランテルを解放したワーカーチームでいいんだよな?本人たちということは間違いないか?」

「はい……でもチーム名は決めてませんから!」

 

 ネイアは主人の言うワーカーチームであることは仕方なく認めるが、チーム名は断固として認めるわけにはいかない。すべての元凶となったブレインという男は次に会ったら絶対に殴ると心に決める。

 二人のことをすでに知っていたと思われる店主は、さらに驚くべきことを二人に告げる。

 

「あんたたちに名指しの依頼がある」

 

 

 

 

 

 

 ネイアとモモンガは二人部屋を取り、周りに人がいないことを確認すると扉を閉めて作戦会議に入る。

 

「モモンガさんこれっておかしいですよね。何で私たちがこの宿に入るって分かるんですか?それも来たとたんに名指しの仕事の依頼って……」

「ああ、早すぎる。まぁのんびり来たからエ・ランテルの情報をここまで届けたものがいたかもしれないがそれにしても早い。最初からそのつもりでエ・ランテル周辺で情報収集していた可能性のほうが高いかもしれないな。他のワーカーの斡旋先にもすべて情報が流れていると見ていいだろう。もしかしたら今も監視されているかもしれん」

「依頼内容は館の警護ということですね。おかしいところはないみたいだけど……うーん……」

「虎穴に入らざれば虎子を得ずというし依頼を受ければ分かるんじゃないか?相手の強さが分からなければまず殴って確かめればいい。ふふっ、やまいこさん魂が俺に宿っている」

 

 またモモンガは変なことを言っている。どうもこの骨は危険を含めて冒険を楽しんでいるような気がする。付き合ってるこっちのことも考えてほしい。

 

「しかし、何の情報もなしに行くのも愚かだな。念のために調べるだけ調べてみようか」

 

 ネイアの不安そうな顔を知ってか知らずか、そう言って頭に指を当てて何やら話をしだした。《伝言》の相手は妖精のあいぼーるこーぷすさんだろうか。何だかんだと優秀な妖精さんなようなので一安心といったところか。

 しかし依頼のことはさておき、それよりもネイアにとって今もっと心配なことがあった。それは……。

 ()()()()である。

 

「モモンガさん、なんで二人部屋取ったんです?」

「いや、店主が薦めてくれてな。一人部屋2つ取るより安いし、あと防音だから大きな声を出しても安心していいぞとも言ってたな」

「なんでベッドが一つで枕が二つなんです?」

「それな。それが分からん。だが、店主はどうぞお楽しみくださいって言ってたが……何のことだ?」

 

(宿屋のご主人!!……なに余計なことに気をつかってるのよ!っていうかモモンガさんそっち系の知識なさすぎるでしょ!)

 

 ネイアがどうしたものかと顔を赤くして頭を悩ませていると、モモンガはあっさりと解決策を提示する。

 

「まぁベッドが一つしかないなら仕方ない。どうせ眠れない体だ。ベッドはネイアが使ってくれ。俺は床で構わないから」

 

 二人一緒に寝るしかないとドキドキしながら覚悟していたネイアはモモンガのその言葉に安心したような残念なような何とも言えない気分のまま、何ごともなく夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、ネイアが起きるとモモンガは部屋にいなくなっていた。同じベッドではないにしろ二人きりで同じ部屋で寝ることを意識していた自分が馬鹿みたいだ。モモンガは眠らない、それは分かりきっていたことだ。また暇を持て余して外に行っているのだろう。

 顔を洗い朝食をとっていると、外から聞きなれた声と女の子と思われる声が聞こえてきた。宿屋に併設されている納屋のあたりからだ。

 

「ほーれほれ、ここか?」

「だ、だめぇ……」

「違うのか?どうだ?ここか?ここがいいのか?」

「あっ……そこは敏感だから……」

「ここの下あたりはどうかな?」

「も、もうらめぇ……」

 

 モモンガの声だ。会話の内容から察するに女の子とお楽しみ中といったところだろうか。娼館で娼婦でも買ったはいいが、部屋に連れて来られないから納屋で楽しんでいるのだろうか。骨が行為を行うこと自体も驚きだが、ネイアは胸がなぜかムカムカしてきた。

 

(別にいいんだけど!モモンガさんが誰と何しようといいんだけど場所くらい選んでよね!)

 

 自分の気持ちがよく分からないが一言文句を言ってやらないと気が済まない。食事を途中で済ませ、納屋へと向かうと、まだ怪しい声が続いている。

 

「この辺りはどうだ?」

「そ、そこはぁ!」

「じゃあ、ここだ」

「そ、そこ!そこがいいでござるよー!」

 

(ござる?)

 

「モモンガさん!いったい朝から何をしているんですか!」

「あっ!」

 

 ネイアが現場を押さえると、そこにはブラシを持った漆黒の戦士と巨大なハムスターがいた。一人と一匹は同時にネイアの方向を振り向く。漆黒の戦士ことモモンガは見つかった相手がネイアであることに気付くと素早く何かの呪文を唱え始めた。

 

「《透明化(インヴィジビリティ)》!」

 

 ふっと巨大なハムスターは消え去り、モモンガはネイアへ向き直る。

 

「やあ、ネイアおはよう。どうかしたのかな?」

 

 何事もなかったかのように爽やかな声で挨拶をしてくるが、誤魔化せるとでも思っているのだろうか、この骨は。

 

「今の巨大な魔獣はなんですか?」

「何のことだ?ネイアが何を言ってるか分からないな」

「今の巨大な魔獣はなんですか?」

「いや、だから……それは……」

「怒りますよ?」

「はい……」

 

 ネイアの前で正座で白状しているモモンガによるとトブの大森林で夜散歩しているときに襲ってきた魔獣であるということだった。倒したあと助命を聞き入れてやると子分にしてくれと懐かれたらしい。

 しかし、ネイアがネズミが嫌いということで透明化の魔法をかけてこっそり飼っていたということだ。朝はブラッシングの時間らしい。

 

「はぁ……もう朝から変な声だして何事かと思いましたよ」

「は?変な声?ブラッシングをしていただけなんだが、ネイアは何と勘違いしたんだ?」

「えっ、そ、それは別にどうでもいいじゃないですか!」

 

 ネイアの顔が耳まで真っ赤になる。それを誤魔化すようにネイアは言葉を続けた。

 

「それに!私はネズミは嫌いですけど魔獣は別に嫌いじゃないですよ」

「え?そうなの?じゃあ飼ってもいい?」

「でも街じゃ目立つから透明化させておいたほうがいいでしょうね。えっと、見えないけどよろしくね」

 

 ネイアはミラーシェイドを上げて魔獣のいるあたりを見る。あの立派な風貌からすると可愛らしい声の割には名のある魔獣なのだろう。あの力が漲る目は恐ろしささえ感じさせる。

 

「あわわわー!殿ー!殿の言う通りでござる。殿の相棒殿は恐ろしい目をしているでござるよー!」

「ちょっ!おまっ!ハムスケ黙れ!」

 

 どうやら魔獣はネイアの目のほうが怖いらしい。モモンガがハムスケと呼ばれた魔獣の口と思われる辺りを必死に押さえつけているようだが、ネイアはモモンガをジト目で睨めつける。

 

(モモンガさんが私のことをこのハムスケにどう説明していたかは後でじっくり聞くとしよう)

 

 

 

 

 

 

 依頼人の名前や素性は不明。前金は成功報酬の半額。受け取りは宿の店主から。館には絶対に立ち入らないこと。誰も立ち入らせないこと。翌朝になれば依頼は完了。それが今回の依頼内容だ。

 怪しいことこの上ないが依頼人の素性が秘密なことは宿の主によるとよくあることらしい。

 依頼を受けたネイアとモモンガは館の前で警備を開始する。やがて日が沈み夜の帳がおりはじめた。

 明かりも少なく館の前のネイア達はほぼ闇に包まれている状態だ。だが、ネイアは多少の闇の中でも夜目が利くほうだ。注意深く周りの警戒を続ける。

 そして時間が深夜に入るかという時に異変は訪れた。

 周りには何も見えない。そして気配もしない。だが、ネイアはそれを感じる。『殺気』だ。空気に溶けるように何もない気配の中にわずかな殺気を感じる。

 

その矛先は自分とモモンガの……。

 

(首すじ!!)

 

「モモンガさん!」

 

 咄嗟にモモンガの手を引っ張り自分も頭を伏せる。首のあったあたりをキラリと光るものが通り過ぎた。

 

「避けられた。意外」

「うん、意外」

 

 似たような声がそれぞれ別々の場所から聞こえる。目を凝らすとそこに忍び装束と呼ばれる奇妙な服装をした同じ顔の女たちがいた。

 

「忍者か?」

「モモンガさん!それだけじゃない!向こうの塀の影に二人、それに上空に一人!」

「へぇ、やるじゃねえか。ティアとティナの攻撃を避けただけじゃなく俺らまで見つけるなんてよ」

「油断しないでガガーラン」

「あいよ、リーダー」

 

 影から出てきたのは短く刈り上げられた金髪の髪に、肉食獣のような瞳をした大柄の女、そしてもう一人は貴族を思わせるような美貌を宿した漆黒の剣を持つ女だ。

 上空にいるのは体躯は小さく子供のような外見だ。白い仮面をつけており容姿はわからない。その子供のような女から声がかかる。

 

「気配を消した私まで見つかるとはな。お前たち何者だ」

 

 それはこちらが言いたい台詞だと思うが、ネイアの代わりにモモンガが答えてくれる。

 

「やれやれ、人を殺そうとしておいてそれか。まぁいい。俺の名はモモン、こちらはネイアだ。この建物を守るよう依頼されている。お前たちこそなんだ。殺し屋か何かか?」

「モモン?まさか漆黒のモモンか!聖王国のアダマンタイト級冒険者がなぜ王国に!」

「依頼だと言っているだろう。お前がリーダーか?誰だか知らないがここを通すわけにはいかない。これ以上続けるのであれば実力で排除するが、逃げ帰るのであれば見逃してやらないこともないぞ?」

 

 モモンガのまるで自分たちが負けるはずがないと言うような高慢な態度に相手の雰囲気が一変する。特にリーダーを馬鹿にされた仲間思いのガガーランは我慢できなかったようだ。

 

「おいおい、人を見下して舐めた口利いてんじゃねえぞ()()

 

 

―――その瞬間、時間が止まった

 

 

 モモンが動きを止め、そのまま固まっている。そして周りをキョロキョロ見回し挙動不審な様子で子供のように言い返した。

 

「ど、どどどどどどどど童貞違うし!」

 

 モモンガのその態度に相手の態度はさらに一変する。皆口に手を当てて、「えーっ」という感じに驚いている。

 

「え、うそ。本当に童貞?」

「童貞なのか?」

「まじ童貞」

「軽く引く」

 

 モモンガの挙動不審な態度を見るにモモンガは童貞らしい。ということは童貞のまま死んでしまったのだろうか。生きてる間女の子と仲良くなることもなく、愛し合うこともなく死んでしまったとしたら……。ネイアはつい自分の心の内をつぶやいてしまう。

 

「可哀そう……」

「ぐぅ!」

 

 ガガーランたちの言葉により傷ついたモモンガの心をさらにネイアのその言葉が鋭いナイフのように抉った。モモンガが顔を伏せ、言い訳するように地面に向かって叫ぶ。

 

「な、なななななんでそんなことが分かる!」

「なんつーか、経験だな。俺は童貞の話し方とか仕草とか詳しいからよ」

「くっ……」

「ちなみにこっちの女の子も処女っぽい。くんかくんか。処女のにほい」

 

 いつの間にか忍者のうちの一人がネイアの匂いを嗅いでいる。

 

「べ、別に私は処女でもこれから経験できるし!たぶんだけど!」

「私が経験させてあげてもいい」

 

 忍者の一人がネイアを見て唇をぺろりと舐める。やばい。この人相当やばい。

 

「おまえらなぁ……あ、ちょっと待って!」

 

 緊張感に欠けた空気の中、モモンガは何かを言いかけたが、突然素に戻ると指をヘルムに充てた。

 

「はい、私です。あ、すみません今ちょっと仕事中で……え!?そうなんですか、いやすみません。はい……はい……こちらこそありがとうございます。はい……はい……ありがとうございました。はい……」

 

 見えない何かに向かってペコリとお辞儀をしている。相手は突然のモモンガの行動に固まっている。

 

「待たせたな。ふふふっ、俺たちを侮るなよ。この俺はお前らたちのことなどまるっとお見通しだ!アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』よ!」

 

 この人たちの名前は蒼の薔薇と言うらしい。先ほどの動揺はどこへいったのか、胸を張るモモンガ。ネイアの脳裏に先ほどのあれは《伝言(メッセージ)》ではと思いつく。そうすると相手は……。

 

「あいぼーるこーぷすさん?」

「あ、ああ。っていうか何で俺が召喚したのに俺より優秀なんだろうな」

 

 自分より使い魔の方が優秀なことに少し落ち込んでいる様子であるが、モモンガは蒼の薔薇を指さして話を続ける。

 

「お前は『暗黒剣の使い手』ラキュース!、お前が『仮面の魔法詠唱者』イビルアイ、そしてお前たちが『ショタ好き』のティア、『レズ』のティナ、『童貞食い』ガガーラン……っておまえらふざけてるのか?この二つ名マジなのか?どんなチームだよ!」

「ガガーランの二つ名だけ違う」

「うん、ガガーランの二つ名は『胸ではなく大胸筋です』」

「うるせえよ!」

 

 忍者の双子のつっこみにガガーランが吠えている。どっちにしろ酷い二つ名だが、『凶眼の射手』とどっちが酷いかは意見が分かれるだろう。

 

 

「ま、まあいい……。さて、ネイア。王国のアダマンタイトであるこいつらの実力のほどはどれくらいだ?」

 

 モモンガはネイアの敵の感知能力を信頼してくれているようで少しうれしく感じる。ミラーシェードを上げ、蒼の薔薇を見回すと当人たちは驚いた表情でこそこそと話し出した。

 

「こ、こいつは……おい、イビルアイ。お前名前こいつにやっちまえよ」

「うん、イビルアイの名はこの子にこそ相応しい」

「イビルアイ改め『蒼の薔薇のちっこいの』に改名すればいい」

「うるさいぞ貴様ら!人の名前を勝手に変えるな!」

 

(絶対私の目を見てイビルアイって言ったよね……)

 

「でもよお、イビルアイ。そろそろ本当の名前名乗ってもいいんじゃねえのか?」

「仲間にも秘密とかない」

「私たちの関係ってそんなもの?」

「うっ……そ、それもそうか……確かにあれからずっと時間も経ったし本当の名前を使ってもいいか……」

 

 イビルアイと呼ばれた仮面の少女は腕を組んで悩んでいたが、やがて納得したのかネイアに向き直り、真剣な調子で語り掛ける。

 

「よし!ネイアとか言ったな。このイビルアイの名……。お前に受け継いで……」

「いりません。何ですかイビルアイってふざけてるんですか」

 

 ネイアは皆まで聞かずに一刀両断に提案を切り捨てる。イビルアイなどと言う酷い名前を受け継ぐわけにはいかない。

 

「お、おい!おまえら怒られてしまったではないか!」

「まぁいらねえわな」

「やーい怒られた」

「だよねー」

 

 イビルアイがガガーランとティアティナに揶揄われてるの見て緊張感が溶けかけるが、モモンガに尋ねられていたことを思い出す。彼女たちの実力だ。ふざけているように見えるがそれは真に実力を持つ者の余裕という奴なのかどうか。

 

「空にいる魔法詠唱者……イビルアイの力は……段違いです!それ以外は私と同じかそれ以上の強さかもしれません」

「ありがとうネイア。さて、私たちは自分の役割を答えたな。それでは今度は蒼の薔薇、おまえたちがここに来た理由を教えてもらえるかな」

 

 モモンガの問いに顔を見合わせる蒼の薔薇。その中からラキュースが真剣な面持ちで前に出る。

 

「私たちが来た理由。それはその建物にいる犯罪組織に用があるからです!」

「犯罪組織?」

「八本指と言う組織です。麻薬、誘拐、奴隷売買、なんでもやる王国の闇でうごめく巨大犯罪組織、それを私たちは討ちにきました。そこをどいてください!」

 

 犯罪組織という言葉にネイアは一瞬建物のほうを見てしまうが、モモンガは腕を組んだまま、その申し出に首を振った。

 

「断る」

「なんで!私たちは正しいことをしようとしているだけですよ!」

「それを証明するものがどこにある?それにそのようなことは本来この国の衛兵たちなどがやる仕事ではないのか?」

 

 確かにそのとおりだ。犯罪組織の拠点であるならば王国政府として対応すべきものだ。このような闇討ちをする必要などない。目的を騙ってネイアたちをだまそうとしているのだろうかと思っていると、ラキュースの顔が暗くなる。歯を食いしばって悔しさに耐えてるようでもある。

 

「それでは……駄目なの……。王国の衛兵たちにも八本指の手は伸びている。手を借りようとしても八本指に情報を流されるだけ……」

「それにそれは冒険者の仕事ではないのではないのか?冒険者は国家権力から独立しているはずだろう」

「それは……」

「そもそも衛兵まで買収されているのであれば組織の集会を襲って何の意味がある。黒幕である王族や貴族などの権力者を何とかしないと詰んでいるだろう。トカゲの尻尾切りをされて終わりだ」

 

 っとあいぼーるこーぷすが言ってた、とボソっとネイアにだけ聞こえるような声で呟いている。

 

「それでも!それでも何もやらないよりはいい!私たちは正しいことを、正義をなそうとしている!」

「正義だと?」

「ええ、勧善懲悪!悪を懲らしめる、それ以上の正義がどこにあるのですか!」

 

 ラキュースの叫ぶような主張にモモンガは笑いをもって答えた。

 

「ははは、都合のいい正義だな。裏で悪人を殺して表では知らんぷり。それは権力者に表で盾突く覚悟がないだけなのではないか?」

「それは……私たちにもアダマンタイトという立場というものがあるの……。何でも思い通りにはできないわ」

「立場と来たか!立場を守り自分たちは安全なところにいた上で、余った力で勧善懲悪か。一体いつになったらこの国は良くなるのだろうな」

「貴方に!貴方なんかに何が分かるっていうの!あなたならすべてを捨てて権力に逆らえるとでも言うの!」

 

 権力に逆らい、すべてを捨てて旅に出たモモンガにこの女は何を言っているのか。自分にできないことは他人にもできないと決めつけるその考えにネイアはいら立ちを隠せなかった。

 

「あなたこそモモンさんの何が分かっているっていうんですか!モモンさんはあなたたちとは違う!人のため、国のために国家権力に逆らって冒険者の資格を失ったモモンさんの何が!」

 

 ネイアの思いをぶつけられラキュースは言葉に詰まる。隣のガガーランが呻くようにイビルアイに尋ねる。

 

「おい、イビルアイ今の話まじか?」

「ああ、聖王国で権力者に口を出したという話は聞いたな。だがまさか冒険者の資格をはく奪までしていたとはな。聖王国の判断が間違っているような内容だったが……。だが、そんなことは関係ないだろう?ラキュース。惑わされるな。私たちは私たちのやるべきことをやるだけだ」

「そうね……イビルアイ!あなたが何者でも!そこは通してもらう!みんな!いいわね!」

「おう」

「鬼リーダーに従う」

「悪い奴は懲らしめる」

 

 イビルアイは水晶で出来た杖を、ラキュースは暗黒剣を、ガガーランは巨大なハンマーを、ティアとティナはそれぞれ短剣を構える。

 

「交渉は決裂か。仕方がないな。ネイア、後ろの忍者二人は任せる。前の3人は私が相手をしよう」

「私たち3人を一人で?ふざけたことを言うやつだ」

「なめんなよ、童貞のくせに」

「油断しないでイビルアイ、ガガーラン」

 

 深夜の街中で冒険者チーム『蒼の薔薇』とワーカーチーム『漆黒の凶眼』との戦闘が人知れず開始された。

 

 

 

 

 

 

 モモンガ達が戦闘に入ると同時にティアとティナと呼ばれた忍者の二人が動き出す。この素早い二人を相手に弓を出す隙はないだろう。ネイアはブルークリスタルメタルの短剣を取り出すと二人のどちらから攻撃されても対応できるよう構えをとる。

 相手の二人も手に短剣を持っており、身軽そうだ。よく見ると刀身が濡れたように艶々と光っている。

 

(毒?それとも別の効果?気を付けないと……。っ!?)

 

 そう思った瞬間にティナがネイアに向かって短剣を投げてきた。その速度も達人のものであるが。さらに周りが闇に包まれていることにより、常人であれば短剣が来ることさえ気づかずやられてしまいそうなものだった。

 ネイアは持ち前の動体視力で間一髪で短剣を避けるが、安心したのも束の間、同時にティアが反対側から先を予測したようにネイアの避けた先へ短剣を投げていた。ネイアは体をひねってキリギリのところで何とか避ける。

 

(この二人完全に連携が取れてる……運よく避けられたけど危なかった……)

 

 だが、二人とも手持ちの武器を投げたということは武器を失っておりチャンスではないか。そう思ったネイアであったが、その考えが甘かったことをすぐに思い知る。

 そこに見たものは武器を失った敵ではなかった。お互いに投げられた短剣を反対側で受け取っていたのだ。

 そこからはまるでサーカスのジャグリングのようであった。交互に投げつけられる短剣、しかしネイア自身でも驚くべきことにそれをネイアは避け続けている。最初はギリギリであったものが、徐々に楽に避けられている気がする。

 ネイアは不思議に思っていた。暗闇の中、投げられ続ける短剣を避け続ける自分の集中力、そして感じる空間の把握力に。

 

「この子強い」

「お持ち帰りしたい」

「それは仕事が終わったあと」

「残念」

 

 仕事が終わったらお持ち帰りされるのか。ティアとティナの会話に怖気が走る。

 

(レズって本当なの!?)

 

 贅沢は言わないが、最低限として恋人は異性であってほしい。捕まるわけにはいかない。そう思い、ネイアは会話の隙をついて短剣で忍者の片割れティアに斬りかかった。突然向かってきたネイアにティアは反応することが出来ずその刃を体に受ける。

 『斬った!』そう思った瞬間……。

 

「忍法《闇渡り》」

 

 ネイアが斬りつけた人影が影に潜り込む。手には斬った感触もなく、姿も形もすでになくなっている。どこに行ったかと周りを見回すと別の場所から影が現れ、ティアの姿を取る。自分の知らない技だ。

 

(これが忍術……)

 

 自分と同格以上の存在が二人、それを一人で相手にするのは初めてだが思っていた以上に苦しい。

 一人を狙ってももう一人がフォローする。それに二人のコンビネーションは完璧であった。何も言わないでお互いの行動を把握しているようである。

 しかしネイアも負けてはいなかった。双子の短剣はかすりはするがネイアに触れることは一度もない。お互いに攻撃の当たらない膠着状態が続き、そのうちティアとティナが音を上げた。

 

「本当にどうなってる」

「後ろに目でもあるの」

 

 ネイア自身も疲れているが、双子の忍者にも疲れが見え始めている。いつ勝負が終わるのかとお互い辟易していたその時、そこにイビルアイの叫び声が響きわたった。

 

「貴様!これはどうなっているのだ!」

 

 ネイアと双子が目を向けるとモモンガと3人の勝負はすでに決していた。

 ラキュースとガガーランが倒れ伏せ、イビルアイがモモンガの手によって地面に押さえつけられている。頭を地面に押さえつけられて手足をばたつかせているその様子はまるで駄々っ子のようだ。

 

「どうなっているはこっちの台詞だ。麻痺が効かないとは、状態異常対策でもしているのか?」

「離せ貴様!この!この!」

「降参をするなら離してやる」

「なんだと!誰が……」

「もういいわ!イビルアイ!私たちの負けよ」

 

 ラキュースのその一言で、イビルアイは悔しがりながらもその場の戦闘は終結を迎えた。ティアとティナも短剣を収めてネイアのもとから離れた。

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは蒼の薔薇の処置を話し合った結果、結局見逃すという結論になった。依頼上、蒼の薔薇の要求は飲めないが、動機としては正しいことをしようとしたのだし、今後人々のためには彼女たちの力は必要だろう。イビルアイだけが最後まで負けを認めず騒いでいたが、蒼の薔薇も撤収することにしたようだ。

 夜の闇の中に消えていこうとする蒼の薔薇、そのリーダーのラキュースにモモンガが話しかける。

 

「ちょっと待て。お前たちの依頼主のことだが、一言言っておくことがある」

「依頼主?一体何のことですか?」

「お前たちの依頼主、恐らく俺たちがここを守っていることを知っていて依頼しているぞ」

「そんな!なんであなたにそんなことが分かるんですか!」

「ちょっと調べただけだが、気を付けることだ。お前たちの依頼主、相当な食わせ物だぞ」

「……。……忠告として聞くだけ聞いておくわ」

 

 『蒼の薔薇』は悔しそうにそう言い残すと音もなく去って行った。

 

 

 

 

 

 

 館の警備依頼。襲撃者に襲われるという事態はあったし、ネイア自身かなり危険な戦闘に巻き込まれた。こんなに長く感じる夜は初めてだ。だが、何とか危機は去り、依頼としてはあとは朝まで何事もなければ立っているだけで終わる。

 そうネイアたちが安堵したその時、手をパチパチと打ち鳴らすような音がすると複数の男女がその場に現れる。

 

「ははははは、こいつぁたまげたぜ。まさか『蒼の薔薇』をたった二人で撃退するとはな」

 

 この長い夜はまだ終わりそうにない。



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第6話 塵芥

 蒼の薔薇を撃退した直後、闇の中から現れた6人の男女。その中から全身に刺青をした巨漢が前に出る。動物を象ったと思われる入れ墨はその剃り上げた頭の先にまで達しており、服の上からでも筋肉の隆起が分かるほど鍛え上げられた肉体をしている。

 

「俺は闘鬼ゼロ。今回のおまえたちの依頼主だ。そして喜ぶがいい。お前たちは合格だ。これで依頼は終了でいいぜ」

「お前が依頼主という証拠がどこにある。我々は朝までここを動かない」

 

 ゼロと名乗った男は大仰に両腕を広げ、突然の依頼終了の宣言をする。だが、モモンガはその言葉に動揺することなく受け流した。ゼロは呵々大笑する。

 

「ははははは、こいつぁ本物だ。それだけの強さを持っているにも関わらず用心深い。確かに俺が依頼主だなんて証拠はないわな。……だが、それが事実だ」

「我々にはこの館を守る義務がある」

「この館には誰もいねえよ。蒼の薔薇が俺たちのこと探ってるっていうんで、あちらさんに情報を流してお前らとぶつけたまでだ。まぁ、見逃して帰しちまったのは残念だがな」

「あいつらを捕まえて娼館で働かせでもすりゃあ、そりゃ大人気だったのになぁ」

「はははっ、違いねえ。小さいのから大きいのまでより取りみどりだ。人気間違いなしだぜ」

 

 ゼロの仲間と思われる男連中から軽口が飛ぶ。およそ言っていることがまともな人間の言うこととは思えなかった。モモンガはそんな彼らに奇妙なことを尋ねる。

 

「蒼の薔薇がおまえたちを探っているという情報の出どころは分かっているのか?」

「はぁ?俺たちの組織の諜報部門からだがそれがどうかしたのか?」

「自覚なしか……。報告通り恐ろしいな、王国の黄金は。こいつらさえ駒として使っているのか……」

 

 モモンガがぼそりとつぶやくその言葉を聞き、ゼロは怪訝そうな顔をしている。

 

「何の話をしている」

「いや、こちらの話だ。それでそのゼロさんが何の用かな。先ほど話した通りここは通せないが?」

「別に通せなんて言ってねえ。館を守るなら朝まで守るがいいさ。単刀直入に言うぜ、六腕に入りな」

「六腕?」

「八本指の警備部門のことだ」

 

 ネイアの脳裏に先ほどの蒼の薔薇の言葉がよぎる。麻薬、密売、奴隷売買を生業とする組織と言っていた。

 

「それってさっき蒼の薔薇が言ってた犯罪組織のことじゃないですか!」

「犯罪組織?おいおい、お嬢ちゃん。人聞きが悪いな。八本指は正確には商会の一つなんだぜ?そこで求められる色んなものを売っているだけだ。欲しい奴がいるから俺たちは商品を用意する。商売の基本だろう」

「なるほどな。需要と供給の関係か。一理ある」

「モモンガさん!?麻薬や人身売買をやってるかもしれない組織なんですよ!?」

 

 モモンガがゼロの言葉に理解を示す。まさか八本指に入るとでもいうつもりなのだろうか。ネイアの糾弾を聞いてさらにモモンガは信じられないことを言う。

 

「そして、それを裁くものはこの国にはいない。さっきの蒼の薔薇のように力づくで拠点を襲うくらいが精々だ。表じゃ何もできないだろうな。まさにやりたい放題だ」

「へへっ、あんたは話が分かるみてえだな。そうさ、政治の世界でさえ俺たち八本指がすでに牛耳っている。あと怖いのは力づくの連中だけよ。だが、俺たち六腕がそうはさせねえ。あんたが来てくれれば六腕はさらに強くなるぜ、はははは」

 

 ゼロは周りの連中と笑いあっている。モモンガはこんな連中に与するというのだろうか。おかしな行動をとるが、根は悪くないと思っていたのに。そうと思うと目頭がかすむ。

 

「あなたは……あなたたちは心が痛まないんですか!麻薬で体を壊わされ、人権を奪われ売られていく人たちのことを何とも思わないんですか!」

「安心しろ。心が痛むのは最初だけだ。そのうちどうでも良くなっちまうよ。いや、諦めといったほうがいいか?」

 

 そういうゼロは先ほどまでの嘲笑を引っ込め、苦笑を浮かべる。ゼロは何を考えているのか、遠くを見るような眼をしている。

 

「あなたには良心は……正義の心はないんですか!」

「正義だと……?さっきからごちゃごちゃと……。俺らに正義の心はないのかだと!?そんなもんこの国にはどこにもねえんだよ!そんなものは(ちり)だ!(あくた)だ!」

 

 ネイアはゼロの目が怒りに燃えるのを見る。本気の怒りだ。この人は正義に対して怒っている、それも心の底から。しかしなぜこれほどまでに怒ることができるんだろうか。怒るということは心があるということ、人の心を失った人間がこんなに怒るのだろうか。

 

「この国じゃあな。優しい人間は騙される。弱い奴は奪われる。正しい奴は消されるんだ。そんな世界で生き抜くためにはずる賢く、強くなって自分より弱い奴らから奪うしかねえんだよ!自分より強いやつに逆らっても消されるだけだ。嬢ちゃん、もしそれが嫌ならお前はさっさとここから消えな。俺らへの命令は漆黒のモモンを引き入れることだからな。モモン、あんたは俺らの手を取るよな?」

 

 ゼロがモモンガに手を差し出す。先ほどまでの態度を見るとモモンガはその手を取るのだろうか。もしそうなった時、ネイアは自分が探している本当の正義がどこか遠い所へ行ってしまうような気がした。目頭がさらに霞み、頬を何かが伝う。

 しかし、モモンガはそんなネイアの心配ごとゼロの手を跳ねのけた。

 

「断る!私の仲間を泣かすのはやめてもらおうか」

 

 ゼロの誘いを断ったモモンガに驚きつつ、ネイアは目元を拭う。つい感傷的になってしまった自分が恥ずかしい。

 

(もったいぶらないでよ……もう……馬鹿)

 

 紛らわしい言い方をするモモンガを殴ってやりたい。いや、あとで殴ろうと心に誓う。

 

「そうか、なら仕方ねえな。六腕の力、さっきの蒼の薔薇程度と思ってんじゃねえだろうな。ペシュリアン!サキュロント!エドストレーム!そっちの嬢ちゃんをさっさと片付けな。あの程度の忍者二人に手も足も出なかったくらいだ。お前ら3人ならすぐ片付く。デイバーノック!マルムヴィスト!その間俺らでモモンを抑えるぞ」

 

 応、という掛け声とともに周囲を取り囲まれる。訓練され連携の取れた動きだ。モモンガの周囲にゼロを含めた3人、ネイアの周囲には3人。夜の王都での二度目の戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「まったく、《幻魔》と呼ばれるこの俺がこんなガキ一人相手にしなきゃいけないとはな」

 

 そう言って、剣を構えるのはサキュロントと呼ばれた男だ。青白い肌く、痩せこけた頬に鋭い目つきの猛禽類を思わせる風貌だ。

 

「油断するなサキュロント。ガキとは言え、あの漆黒のモモンの相棒だ。悪いがお嬢さん。この《空間斬》のペシュリアンの前に倒れ伏すことになる」

 

 ペシュリアンは無骨な全身鎧でその身を覆ったまさに騎士といった男であった。油断なくネイアに向け剣を構えている。

 

「お嬢ちゃん。降参するなら早いほうがいいわよ。手元が狂ったらこの《踊る三日月刀(シミター)》エドストレームがあっさり殺しちゃうかもしれないわよ。そうならないようにできるだけ手加減はしてあげるけどね」

 

 ニヤついた顔でネイアに笑いかけるのは、薄絹を身に纏った身軽そうな出で立ちの女だ。手首と足首に金の輪を付けている。そして。腰のベルトには6本の三日月刀(シミター)が吊り下げられていた。

 三人とも尊大な二つ名を名乗りネイアを威嚇する。

 

(『幻魔』に『空間斬』に『踊るシミター』?蒼の薔薇の人たちもそうだけど王国では二つ名を名乗らないといけない決まりでもあるの?モモンガさんも『漆黒』だし、私だったら『凶……』)

 

 ネイアは頭を振り考えをそこで止める。相手が動き始めたからでもあり、その先を考えたくなかったからでもある。とりあえずあのブレインと言う男は絶対に殴ると心に決める。

 動き始めた3人を警戒してネイアはミラーシェイドを上げる。相手の強さを測るためだ。3人ともネイアと同等以上の実力だろうか、それを3人。正直いって怖い。苦戦は免れないだろう。そう思ったそのとき……。

 

「「「顔こわっ!」」」

 

 そんなネイアの心配をよそに六腕の3人の声が重なる。いつものことである。ネイアは傷ついた心を隠すようにミラーシェイドを下げた。そして恐怖と緊張感は薄れ、相手への闘志が沸き上がってくる。

 

「さて、怖い顔のお嬢ちゃん、悪いが眠ってもらうぜ」

 

 サキュロントが腰の剣を引きぬくと、最初に仕掛けてくる。ネイアへと向かってくるその動きはまるで隙だらけのように見えた。

 そして、この時ネイアは忍者二人と戦っていた時に感じた不思議な違和感の正体に気付く。周りは暗く視界も悪いというのにサキュロントの動きが見なくても一挙手一投足まで分かるのだ。それだけではない。離れた位置にいるペシュリアンとエドストレームのことさえわかる。

 視界の通らない闇夜の中、サキュロントは剣を引き抜くと魔法を発動させた。

 

「《多重残像(マルチプルビジョン)》」

 

 一瞬、サキュロントの体がぶれる様な気がした。だが、その後は素早い身のこなしでネイアの元まで一気に距離を詰めると剣をネイアに振り下ろした。ネイアはそれを避けようとすることもなく微動だにしない。

 斬られた、もし誰かがネイアを見ていたらそう思っただろう。しかし剣はそのままネイアの体を傷つけることなくすり抜けてしまった。驚いたのは剣を振り下ろしたサキュロントだ。

 

「なん……だと」

 

 次の瞬間、サキュロントは剣を取り落とした。《多重残像(マルチプルビジョン)》、幻影を作り、自分の本当の姿を隠す技である。ネイアを貫いたのはその幻影の刃であるがゆえにダメージは当然ない。

 それが分かっていたネイアはサキュロントの本体が背後から迫ってきたところを逆に斬りつけたのだ。

 武器を失い戦意を喪失するかと思ったサキュロントだが、腕を斬られ剣を持てないと分かるとネイアの足に組み付いてきた。予想外の行動にネイアは戸惑う。

 

「えっ!?」

「ペシュリアン!エドストレーム!こいつ敵の動きを読むぞ!俺が押さえておく!やれ!」

 

 ネイアはサキュロントを蹴り剥がそうとするがしつこく纏わりついてくる。

 

「空間斬を食らえ!」

「踊る三日月刀(シミター)!これは避けられないでしょ!」

 

 ペシュリアンはとても届きそうにない距離から剣を振り、エドストレームが腰の6つもの三日月刀(シミター)を同時に投げる。

 

 ペシュリアンの振った剣から放たれたのは極細の鞭のような形状の刃だった。柔らかいその刃は伸縮自在であり、その細さと速さから目で見切ることは不可能。突然空間を斬られたように見えることから空間斬と呼ばれている。

 また、エドストレームから放たれた短剣はシミターと呼ばれる三日月状の刃であり、それぞれが別の軌道を踊るように舞いながら不規則な軌道でネイアへと迫る。これをすべて避けられるものなどいない。

 しかし、ネイアにはそのすべてが見えていた。いや、感じることができていた。

 

―――そう、武技の発動である。

 

「《領域》!」

 

 ネイアの発動した武技、それはあのブレイン・アングラウスが使っていたものだ。周囲の空間にあるものすべてを把握する。ネイアの感覚がペシュリアンの剣の先の極細の刃を感じ取り、短剣で斬りさき、叩き落す。

 エドストレームの投げた三日月刀(シミター)もすべて見えているかのように把握できる。6つの三日月刀(シミター)は気づけばすべて両手の中にあった。

 

「うっ、嘘だろ。俺の空間斬を見切るなんて……」

「ありえない、ありえないわ!」

 

 驚きに動きを止めたペシュリアンとエドストレームに今度はネイアが奪った三日月刀(シミター)を投げ返した。咄嗟に避ける二人であるが、それを追って蛇の咢のように三日月刀(シミター)が軌道を変える。

 《蛇射》の効果だ。ペシュリアンとエドストレームは自分たちの足に短剣が刺さっていることに気付き崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 ネイアがサキュロント達を倒した時、モモンガと戦っていた3人もすでに勝負がついていた。ゼロとマルムヴィストはモモンガの麻痺の効果を食らって倒れており、デイバーノックはモモンガに掴まれて取り押さえられている。まるで蒼の薔薇の時の再現だ。

 

「不死王と名乗るだけあってアンデッドだったのか。もしかしてさっきの蒼の薔薇の仮面をつけたやつもそうだったのか?それはまぁいい、麻痺が効かないならこのまま捕縛しておくしかないか」

 

 余裕あるモモンガの態度に六腕はうめき声をあげる。八本指の警備部門が誇る六腕、それがたった二人にやられたのだ。6人のプライドはズタズタである。何とか反撃を試みようとするが体が動かない。しかし、そこで予想外のことが起った。

 麻痺の効果で倒れていたゼロが少しずつ立ち上がろうとしているのだ。モモンガの麻痺は持続時間も長く、低レベルの者では解除は困難なはずだ。

 

「やめておけ。麻痺状態で無理に動くな。苦しいだけだぞ」

「ぐっ、ぐぐっ……」

 

 それでもゼロは気合で無理やり体を引き起こす。そして何をするのかと思っていると、突如そのまま頭を地面にこすりつけ、懇願を始めた。

 

「俺たちの負けだ……だが頼む!お願いだ、俺たちと一緒に来てくれ。俺はその後でどうなっても構わないから頼む!」

 

 恥も外聞も捨てて必死に懇願するゼロに、六腕の他のメンバーは驚きを隠せない。ネイアもそうだ。犯罪組織の用心棒、人を人とも思わない悪党だと思っていたが、その必死さに何か感じるものがあった。

 

「何か……わけでもあるのか?」

「それは……」

 

 ゼロはチラリと六腕の他の者たちを見て言いよどむ。しかし、意を決したように目を伏せてモモンガとネイアに告げる。

 

「妻と……娘が人質に取られている……。言うことを聞かなければ殺すと……」

「なんだってゼロ!?」

「ゼロ、それ本当!?なんで言ってくれなかったのよ!」

「許せぬ……そのようなやつらこの我が死を与えてやるものを」

「俺らに言ってくれればいつでも手を貸したのによ!」

 

 傷つき、痛みに耐えながらも他の六腕のメンバーは責める。だが、それはゼロをではなく力になれなかった自分自身への責めだろう。

 

「言えるわけねぇ、言えるわけねえだろ。何処に捕まってるかも判らねえのによ……。それにお前らにも事情があるだろう。俺のためだけにそんなことさせられるものかよ」

 

 仲間に自分の業を押し付けることなどできない。そう思い、ゼロは悲痛に打ちひしがれていたのだろうか。とてもこの場を乗り切るための演技とは思えない。モモンガもそう思ったのかゼロに問いかける。

 

「おまえたちは好きで六腕をやっていたわけではないのか?」

「そんなわけねえだろう!こいつらだって真っ当に生きられるなら生きてるさ!」

 

 ゼロの叫び。それは魂の叫びだろう。それに呼応したのか他の5人が顔を見合わせポツリポツリと語りだした。

 

「俺は……兵士だったんだ。だが、上官に賄賂を贈らなかったと在らぬ罪を着せられ表じゃ顔を出せなくなっちまった……。この国は腐ってんだよ。だがそんな俺でもゼロは迎え入れてくれた。俺でもやれることがあるってな!感謝している」

 

 鎧をガチャつかせながらペシュリアンがゼロに頭を下げる。

 

「我とて人とともに生きたいと思っておる……。だが、アンデッドは人に忌み嫌わるもの……。どこにも居場所など持てぬ……。だが、六腕は、こやつらだけは我を対等に扱ってくれたのだ。我に居場所をくれたのだ……」

 

 デイバーノックがその朽ちた目で仲間を見つめる。それは生者を憎むアンデッドの目ではなかった。恐ろしげだが、その中に仲間を思う心がある、そう思える目に見えた。

 

「俺は冒険者だったんだ……。政治とは無縁の自由な冒険者……。そんなもの嘘っぱちだ……。希少で無害なモンスターを狩って来いという貴族の依頼を断って、街に危険を及ぼすモンスターを優先して狩っていたらいつの間にか貴族の圧力で冒険者資格はく奪よ。どこも雇っちゃくれやしねえ。そんなときゼロに拾われたんだ。本当の自由を教えてやるってな」

 

 マルムヴィストがゼロを潤んだ目で見つめる。泣いているのだろうか。

 

「あたしは小さな商売人の娘でさ……。器量が良いというだけで貴族に売られそうになったのさ……。それが嫌で逃げだしたんだ。だけど女が一人で生きていくなんてこの国じゃ出来るはずがない。それこそゼロに拾われなきゃどうなっていたんだか……」

 

 エドストレームがゼロに感謝の視線を送る。

 

「俺は貧しい村の出でな……。寝る間も惜しんで畑を耕してもほとんど領主に持ってかれる。そんな村で不作の年、それでも領主は税金としてあり得ないほどの税を取っていきやがった。その年は飢えで大勢死んだ、お袋もだ。そんな村から逃げ出した俺をゼロは一から鍛え上げてくれた」

 

 サキュロントは俯きながら顔についた傷を撫でている、ゼロとの鍛錬を思い出しながら。

 

(何これ……)

 

 それがネイアの感想であった。

 六腕がお互いに涙をたたえながら地に伏せている。とても助かりたいための演技をしているようには見えない。なんだろう。このままこの人たちを捕まえたら、なぜかネイアたちが悪いみたいな雰囲気になってしまった。

 

「モモンガさん、この人たちどうしましょうか」

 

 困ったネイアに話しかけらたモモンガは……六腕の涙ながらの訴えをまったく聞いてはいなかった。ヘルムに指をあてて六腕を見ようともせずに頷いている。

 

「はい……はい。今から開きます……。はい。すみません。いえいえ、こちらこそ感謝です。いえいえ!本当にこちらこそ!いえいえいえ!こちらこそ!あー、もう分かりました。ありがとうございます。はい、また」

 

(あいぼーるこーぷすさんだ!)

 

 ネイアの脳裏で妖精がウィンクをしながら笑いかけている。

 

「ゼロ、お前の妻と子供と言うのはこの二人か?」

 

 モモンガが腕を一振りすると魔法詠唱者の姿へとその身を変える。その顔には泣いているような笑っているような仮面をつけていた。そして目の前に黒い空間が現れる。

 そこから現れたのは一人の女性と幼い子供だった。女性も子供も暗く沈んだ表情をしていたが、周りの状況に気付いたのかキョロキョロと見回すとある一点で目を止めた。

 

「あなた!」

「お父さん!」

「なっ、お前たちどうしてここに……」

「とある貴族の屋敷に監禁されていたらしいので救出させてもらった。これでお前を縛るものはないだろう?さあ、どうする?」

「おおおお……」

 

 ゼロが体を震わせて泣いている。ゼロの妻と子供もだ。他の六腕の者たちももらい泣きしているのか、すすり泣くような声が聞こえている。会いたくても会えず、ゼロが一人で抱えて込んでいたことを分かっているのだろう。

 

「モモン……。あんたには感謝しかない。だが俺らは表でも裏でももう顔を知られちまってる。どうするつっても真っ当な道に戻ってもやれることなんてねえよ」

「そんなことはない。私とネイアを見てみろ」

 

 ゼロはモモンガたちを見つめる。奇妙な仮面を被った男とミラーシェードで顔を隠した元聖騎士。顔の判別など付くはずがない。

 

「あっ……」

「実は我々も素顔を見られると困る立場でな」

「あの、一緒にされたくないんですが」

 

 自分は素顔を見られても困ることなんてないはず。いや、絶対にない。たぶん、きっと。これは断固モモンガに抗議しておくべき案件だ。

 

「っていうか一緒にしないでください」

「すみません……」

 

 すぐに謝るモモンガ。こういう素直なところは好きだ。許そう。

 

「そ、それはともかく!顔を隠して名を変えれば冒険者だろうとワーカーだろうといくらでもなれるだろう。やってみて分かったんだが意外と誰も気にしないものだぞ」

「見逃して……くれるのか?」

「お前たちは……まぁ、見逃してもいいか。部下の責任を取るのも上司の務め。裁きは黒幕を含めた上の者たちに受けてもらえばいいだろう。ただ、私たちには現行犯の逮捕権はあっても裁く権利はないだろうな……。捕縛してこの国の判断を仰ぐとしようか」

 

 「と集眼の屍(アイボールコープス)が言っていたからな」と小声で呟いている。モモンガの判断を聞いてネイアは思う。

 彼らの犯罪に巻き込まれてしまった人々は、例え彼らが改心したとしてもきっと彼らのことを許せないことだろう。彼らのせいで人生が台無しになってしまった人もいることだろう。彼らは一度は正しい道を目指し、途中で心折れ、正義など塵芥と吐き捨てた。

 だけど……今度は間違えないでほしい。そう信じてみようと思った。

 その後、彼らは遠い国で顔を隠した冒険者として人々のために働くことになるがそれはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 哀れな犯罪者たちは去り、長かった夜が明ける。これで依頼は終了だ。ただ館を守るというだけの仕事にこれほど苦労するとは思わなかった。

 これから八本指の黒幕たちがどうなるのかは知らないが、モモンガならば何とでもできるという気がする。朝日に目を細めながらネイアはこの国の未来に希望を感じた。

 しかし、この後ネイアは思い知ることになる。この国で真に恐ろしいのは、犯罪でも暴力でもなく、深い深い闇の深淵に潜む本当の怪物であるということを。

 そして、それを予感したのかモモンガがつぶやいた。

 

「あっ……、残りの依頼料をもらうの忘れた」



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第7話 忠義

 リ・エスティーゼ王国の王城、ロ・レンテ城の前に、数十人の男女が手足に縄をかけられ跪いていた。その多くが、煌びやかな服装をしており、指や首に一目で高級とわかるアクセサリーをつけているものもいる。上流階級の人間や貴族たちだろう。

 そしてその前には全身鎧の漆黒の戦士とミラーシェイドで顔を隠した元聖騎士。その二人に告げられたことに衛兵は困り果てていた。八本指なる犯罪組織の犯罪者を捕縛した、証拠の書類等も揃っているので引き渡しをしたいという。衛兵一人の判断でどうこうできることではない。さらに困ったことには……。

 

「おい!早く縄をほどけ!私を誰だと思っている!第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフであるぞ!」

「私を六大貴族のブルムラシュー侯と知ってのことか!」

「この私にこんなことをしてただですむと思うなよ!」

 

 そう、この中には王族や貴族、その中には六大貴族さえも含まれている。衛兵は縄を解くことも連行することもできず上官へと伝令に走った同僚の到着を祈って必死に待っていた。その時間は同僚が全力で走って行ったことからも、それほど長い時間ではないはずであるが、衛兵は太陽が沈むほど時間が経っているのでないかと思えた。

 そして現れた人物を見てさらに緊張が高まる。国王ランポッサに加え、第二王子ザナック、第三王女ラナーまで現れたのだ。咄嗟に膝を折り頭を下げる。

 ランポッサは健康的でない痩せた体、ほつれた白髪に暗く落ちくぼんだ目をしており、憔悴している様子であった。王国戦士長が行方不明になってからずっとこの様子である。それに比べ他の二人は健康そうであった。第二王子のザナックは小太りで緩んだ肉がついているほどだ。

 だが、その中でも目を見張るのが第三王女のラナーである。黄金の髪は長く後ろに艶やかに流れて、唇は微笑を浮かべた桜の花の如く健康的な色合いをしている。彼女が現れただけで周りの色が変わって見えるほどだ。膝を折る衛兵たちだけでなく、捕縛されている者たちさえその美しさと可憐さにすべてを忘れて感嘆する。

 しかし、そんな王族たちを前に目の前のワーカーは膝を折るどころか会釈をするのみであった。しかし憔悴しきったランポッサはそれを咎めることさえしない。

 

「そなたが、犯罪者を捕らえたというワーカーか」

「いかにも、そのとおりです。この者達は八本指と言う組織を使い、この国に麻薬をばらまき、人を攫い、己の欲望の限りを尽くしていた元凶と呼べる者たちになります」

「父上、犯罪者の中によく知った顔がおりますね」

 

 顔をニヤつかせながら第二王子ザナックが犯罪者たちの中から第一王子バルブロを見やる。

 

「父上!これは濡れ衣です!おい!貴様ら!この国の王であらせられる父上を前に頭が高いぞ!膝を折らぬか!」

 

 バルブロの言葉に、上からの叱責に慣れたネイアは思わず膝を折ろうとしてしまうが、モモンガがそれを止める。

 

「我々はこの国の民ではありません。ゆえに膝を折る必要はないと考えます」

「なんだと!?」

「よい、それよりも話を聞きたい。この者たちが八本指の関係者というのは本当か?」

「それはそちらに積まれた証拠を見て判断してもらえば構わないでしょう」

 

 怒るバルブロをよそに、王は落ち着いた様子でザナックとともに書類をペラペラとめくる。

 

「なるほど、証拠は精査しなければなりませんが、疑うだけに十分な証拠でしょう。父上、これが本当であれば連行して処刑すべきです」

「な、なにを言う!兄を処刑しようというのか!」

「それはご自分の胸に聞いてみればよいのではないんですか?兄上。事実無根であればそれを証明すればよいこと。これだけの証拠があってそれが言えるのであればですが」

「ぐぅ……」

 

 反論できないほどの証拠が揃っているのか一部の犯罪者たちは項垂れるが、貴族たちは王を睨みつける。そして王は一つため息を吐くと頭を振った。

 

「ザナック。証拠ありと言えどこれらは精査せねばならぬのであろう」

「はい、これだけの量がありますればそれは必要ですが……」

「ならばそれが分かるまで犯罪者として扱うのはやめておこう。王子と貴族たちの拘束は解いてやれ」

「はっ!」

 

 衛兵たちが弾かれたように縄を解き始める。縄を解かれたバルブロと貴族たちは途端に薄ら笑いを浮かべた。

 

「さすがは父上。ご安心ください。私は四大神に誓って八本指等との関係はございません。その書類の精査は私もお手伝いしましょう」

「賢明なご判断ですな。陛下。ふふふっ我々もお手伝いいたします」

「うむ……。頼む……」

 

 王子に続き、貴族たちも賢明な判断をしたと王を褒めたたえる。第二王子は憎々し気な目でそれを見ていた。

 それをさらに冷めた目で見つめる目が複数。第三王女ラナーとモモンガ達だ。

 

「モモンとやら。そなた達も同行してもらおう。八本指の関係者たちを捕らえたことは評価するが、もし無実の者たちまで捕らえたとすればそれは問題だ」

「……よろしいでしょう」

 

 モモンガはそう冷たい声で答えるとボソリと呟いた。

 

「愚かな……本当に愚かな……」

 

 聖王国に引き続き、リ・エスティーゼ王国でも貴族や王族は自分たちの特権を第一に守ろうとする。この場で解放したということはそういうことなのだろう。蒼の薔薇が言った王国の腐敗。それを目の前で見せつけられ、それを愚かだと断ずるモモンガの気持ちがネイアには痛いほどわかった。

 

 

 

 

 

 

 王城の一角にある質素な一室。倉庫と言われてもおかしくないような狭い部屋でモモンガとネイアは待機させられていた。証拠の品を検めるまで待つようにとのことだ。大量の書類を見るのに長時間待たされることを覚悟していた二人であったが、わずかに待つこともなく扉が開き、一人の人物が入ってきた。第三王女ラナーである。

 

(本当に綺麗な人……)

 

 近くで見るとその美しさがひしひしと伝わってくる。キラキラと輝く青い瞳、バラ色の唇、サラサラとした黄金の髪。比べること自体がおこがましいが子供はおろか時に大人にさえ怖がられるネイアとしては羨ましくも自分にないものをすべてもつ嫉妬の対象として見てしまう。

 

「モモン様、バラハ様。このような部屋しかご用意できなく申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。それで、我々が捕縛した者たちはどうなる予定ですか?」

「あら、私にそれをお聞きになるのですか?それを決めるのはお父様ですわ」

 

 ラナーの言うとおり決定権は国王にあるだろう。ラナーは困ったように微笑んでいるが、モモンガはそうは思わなかったようだ、

 

「なるほど、報告通りまったく考えていることが分からないな。すべてがその手の上にあると言うのに表情でも言葉でもそれを悟らせない。恐れ入るよ。いや、恐ろしいと言ったほうがいいか?」

「あら?何のことかしら?」

 

 ラナーは心底分からないといった表情でキョトンとしている。その可愛らしい仕草にネイアはモモンガのほうが何か勘違いしているのではないかと思ってしまう。

 

「モモンガさん、彼女は何か知ってるとは思えませんよ?」

「いいや、知っている。すべての元凶とも言っていい。ネイア、我々さえも操られていたんだ」

「私たちも?」

集眼の屍(アイボールコープス)からの報告によると我々をこの場に呼ぶためにいろいろやっていたらしいな。いつからだ?戦士長がやられたのを知った時からか?それとも私が聖王国にいるのを知った時からか?いつまでその作り物の笑顔をしているつもりだ?」

 

 モモンガの問いにラナーは頬に人差し指を当て、可愛らしく「うーん」と考え込んだ末、その表情が一変する。今までの自然な笑顔が顔に張り付けたような作り物の笑顔へと変わった。あの可愛らしい仕草はすべて演技であったのだ。ネイアはあのような邪気ない笑顔を演技で作れる人間に寒気を感じる。

 

「うふっ、うふふふふっ。まさかそこまでご存じだなんて。喜ばしいですわ。私と同じ視点に立って話せる方にお会いできる何て生まれて初めてです。あいぼーるこーぷすさんと言う方は存じ上げませんが、それは貴方の仲間かしら?それともそれは貴方の頭の中にだけいるのかしら?」

「質問に答えてくれないか」

「そうですねぇ、いつからと言う質問への答えはあなたの予想通りですわ。聖王国にアダマンタイト級が現れた。それも話を聞く限り誰も理解してないようですが……本当に理解に苦しみますね、なぜ誰も理解できないんでしょうね。それは人類を超越する強さ、評議国の竜王にも匹敵する強さを有している。これはぜひお越しいただかねばと思いましたね。

 そして戦士長の死、これはスレイン法国によるものでしょう。あの国は王国を帝国へ合併させるために王国の戦力を削ごうとしていましたから。そしてあなたの聖王国での亜人討伐。聖王国を攻めあぐねた亜人たちは他の国へと矛先をかえるでしょうね。しかし、法国としてはそれは非常に困る。聖王国と亜人の戦争を長引かせようと画策するでしょう。しかし、聖王国を吊るにも餌がいる。そのために王国の至宝の一つでもあればいいのではないでしょうか。私はそれが法国に渡るように少しお父様や貴族の方とお話ししただけですわ。

 するとどうでしょう。王国の至宝を得て聖王国は戦争を始める。話に聞くあなた方がそれにどう対応するか。そしてどこへ向かい、この国に来た後はどうするか。少し考えれば分かることですよね?度を越した愚者は予想もできない行動をしますが、それはないと確信しておりました。私のしたことは大したことではありませんよ?貴族やメイドにちょっとしたことをお話しするだけですもの。ほんの少しの蝶の羽ばたきが世界を変えることもあります。少しずつ少しずつ未来が変わった結果が今なのです」

 

 この女は何を言っているのだろうか。そんなことは神の視点を持つものにしかわからないことなのではないのか。王国という国の城にいる一人の人間がどうしてそこまでの情報を得ることが出来るのか。目の前の存在は……。

 

「なるほど、話通りの化物だ」

「まぁ酷い。それはお互いさまでしょうに。それよりこれからの話をいたしましょう。このままではバルブロお兄様や貴族たちは無罪として解放されることになってしまいますわ。八本指の関係者たる各都市の重役たちも同様でしょう。あれだけの証拠があるのですから全員は無理でしょうが八本指の幹部の一部は残るでしょうね。そして変わらない明日が訪れます」

 

 なぜこの王女は笑いながらそんなことを言えるのだろうか。王国の黄金と称えられる彼女の評判は民に優しい政策を行う聖女のように言われてる。それがなぜ。

 

「ネイア、驚くことはない。蒼の薔薇を雇ったのも、八本指に情報を流して我々とぶつけたのもすべて彼女だ。それよりお前の目的を話したらどうだ」

「あら、ご存知でしょうに。その前に、この度のことは本当に感謝しております。お礼を申させていただきますわ。お父様やザナックお兄様にもう少し意気地があればモモンさんにお願いするまでもなかったかもしれませんのに。本来はお父様かお兄様があそこでバルブロお兄様たちを処刑してこの国の膿をすべて洗い流してくださるのが理想でしたが子煩悩なあの頭じゃ無理ね。せめてザナックお兄様があそこでお父様を斬り捨ててでも正義を成してくださればよかったのに残念です」

 

 父や兄を殺すと言う話を平然と笑顔で淡々と語る王女。そんな態度にネイアは吐き気を催す。

 

「あっ、あなたは肉親がどうなってもいいとでも言うのですか」

「肉親と言えどもこの国を腐らせるのであれば必要ありません」

 

 そう断言するラナー。これこそ国民を想う本当の王族なのだろうか。肉親よりも多くの人のことを想う真の為政者とはこのような人のことを言うのであろうか。ネイアは分からなくなる。

 

「お父様でも駄目、お兄様でも駄目、そこであなた方にお願いがあるの。この国の王になってくださらないかしら?」

「は?」

「この国はこのままでは駄目です。決断力のない王や王子、放置される犯罪組織、国民からの度を超えた搾取を続ける貴族や権力者たち、それを解決するには強い王が必要です。そして今はその絶好の好機、お父様やお兄様たち、そしてこの国を汚す貴族や権力者たちが集まっていますから犠牲は最小限。私が後押しをしますからここで始末してくださいませんか?報酬はこの国のすべてです」

「なるほど、国民からの人気の高い黄金の姫君の後押しがあればそれも可能ということか」

「はい、あれだけの証拠がございますのでしたら、私が全面的にバックアップさせていただけば問題ありません」

「なるほどな。概ね集眼の屍(アイボールコープス)から聞いていた通りだ。あれもこの国を統治し、世界を支配するのは私が相応しいとか言っていたな」

「まぁ、私と同意見ですね。ぜひその方とはお会いしてみたいものですわ」

 

 分かり合っているようにみえるラナーとモモンガ。ネイアは思う。モモンガほどの力があるのであればそれが相応しいのかもしれない。それにモモンガはアンデッドではあるが人間より人に優しい骨だ。もし、この国のためになるのであればそれが正しい道なのではないだろうか。

 

「そうだな。ネイア、もし私がこの国で王の座についたとしたらネイアはどうする?この国で私と一緒に王様でもやるか?」

「その前にラナー様に聞いてもよろしいでしょうか。それであなたにどんなメリットがあるのですか?玉座を他人に明け渡してどんなメリットが。もしかして正義のためですか?」

 

 この神の視点を持つ王女に正義の心があるのであればとネイアは尋ねる。

 

「私の正義……正義ですか……そうですねぇ……私の正義は犬です」

「犬?」

 

 突然の話の飛躍についていけない。

 

「はい、犬です。ワンチャンです。わんっわんっ」

 

 ラナーは両手を前で犬のように出し、可愛らしく犬の鳴きまねをする。気がふれたのかと思うが、モモンガが訳を話してくれる。

 

「彼女の言う犬とは彼女が昔助けた同い年くらいの孤児のことだ」

「クライムのこともご存知ですか。そうなんです。私はクライムと暮らせたらそれで構いません。私に忠義を誓って犬のように付き従うんですよ。あの一点の曇りもない犬の目、あの目が好きなんです。鎖で縛っていつまでも私の忠犬でいてくれたらどんなに幸せな事か」

 

 目の前の王女はその思考だけでなく、精神まで理解不能な化物だったようだ。だが、彼女の願いは確かにささやかなものではあるだろう。そのクライムという人には申し訳ないが。そして、ネイアは考える。 

 

「私は……」

 

 ネイアはこの旅に出た目的を思い出す。ここが自分の旅の終着点なのだろうか。モモンガの支配する世界にこそ正義があるのだろうか。

 ラナーとモモンガが十分焦れるだろう時間を考えた後、ネイアは結論を出す。

 

「私……馬鹿だから……そんな先のこと見通せたりしないから……もっと自分の目で確かめたい。だから……私は一人でも旅を続けます!」

 

 ネイアはモモンガを見つめる。この王女はおかしなところはあるが、この国の民たち、それに世界のためにはモモンガはここに残るべきだろうし、モモンガも玉座を前にしてそれを投げ出すようなことをするとは思わない。ネイアは別れを覚悟して唇をギュッと引き締める。

 

「そうか。ならば……」

 

 モモンガの答えを確信している王女は黄金と呼ぶに相応しい笑顔を見せている。黄金の髪、輝く瞳、美しい顔。この笑顔を得られるのであれば男はどんなことでもするだろう。それに比べて自分は幼いころから見た目でコンプレックスを持っている。

 ネイアが感じている嫉妬の感情が膨れ上がる。自分の持っていないものを持っていること、そしてそれをモモンガが選ぶだろうこと。ネイアはそれを見ていられず俯く。

 

―――しかしモモンガは……。

 

「私はネイアとともに旅を続けるとしよう」

「あら、あらあらあら、何でですの。あなた方は正義を成そうと言う心があるのではなかったのですか?この国を救っていただけないのですか?」

「分からないのか?ああ、本当に分からないのだろうなその目は。お前はクライムが大切だと言った。それはこの国のすべてより大切なものだと」

「はい、それが何か?」

「そして言った、度を超えた愚者の考えは予想はできないと。ならば私はその愚者で構わない」

 

 モモンガの言葉にラナーは怒るでもなく泣くでもなく、心底分からないという表情をしている。それとも自分と同等の頭脳を持っていると思った人物に対する失望だろうか。

 

「お前は自分の大切なもののために家族も国も差し出すと言う。もし、私が一人きりであったならばお前の提案に乗っていたかもしれない。世界征服も面白いのではないかとな。だが、そこまで大切なものがあるのが自分だけだと思っているのか?私はこの国の財や権力よりも大切なものがある。それはお前の提示したものとは比較にならないほど大切なものだ」

「モモンガさんそれって……」

 

(……私のこと?)

 

「行くぞ、ネイア。これ以上ここにいると面倒ごとに巻き込まれそうだ」

 

 モモンガは呆然と立ち尽くす王女をよそに、素早く仮面とガントレットを付けた魔法詠唱者の姿へと変わると魔法を唱え、その場からネイアとともに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 転移された先は王都の宿屋。納屋では透明化されたハムスケが大いびきをかいて寝ていた。よくバレなかったものだ。

 

「こいつ……俺らが大変な目に合ってるってのに。いや、まぁペットなんだからいいんだけどさ」

 

 モモンガの言い分は理不尽ではあるが、昨日から大変な事ばかりだった。ネイアにもハムスケに当たるその気持ちはよく分かる。

 

「おい、起きろ」

「むにゃむにゃもう食べられないでござるよぉ」

「こ、こいつ……おい、こら!」

「何でござるか。うるさいでござるなぁ。と、殿!いつの間に!」

「いいから起きろ。さっさと行くぞ」

「行くってどこへでござるか?」

「この国を出る。とりあえずは街道を通ってエ・ランテル経由で別の国に行くか」

 

 二人で話し合った結果、次の行き先はバハルス帝国にしようかと言う話になった。そのため、バハルス帝国領となったエ・ランテルを経由し、カッツェ平野を横切って帝都へ向かおうという算段だ。

 宿を引き払うと、早速出発する。さすがにラナーの手の者はすぐには追っては来られないようで、モモンガたちは難なく王都を出立する。

 しばらくは警戒をして背後を注意していたが、何事もないようなのでハムスケの透明化も解除し、ネイアは警戒を解くとモモンガに気になっていたことを尋ねた。

 

「モモンガさん、何で断ったんですか?この国の王様になれたかもしれないのに」

 

 ネイアの問いにモモンガは黙り込む。遠くを見て何かを思い出しているようである。

 

「俺には……昔仲間がいたんだ……41人の仲間が……」

 

 モモンガが語りだしたのはずっと気になっていたモモンガの仲間の話だ。

 

(モモンガさんの仲間も骨なのかな?)

 

「楽しかった……楽しかったんだ。たくさん冒険して、たくさん喧嘩もした。もし、ここに仲間がいて世界征服でもしようぜなんて言われたらあの王女の誘いに乗っていただろうな。でも、もういないんだ……恐らくもう会えることはないと思う。だから……俺は自分のしたいことをする。俺のしたいこと、それは世界征服ではない」

 

 それはモモンガにとって本当にかけがえのない仲間だったのだろう。そしてそれはどのような理由かは分からないが今生の別れであったのだろう。モモンガが仲間という言葉を聞いて寂しそうな顔をするのはもう会えない辛さ、そしていつか別れが訪れる新しく仲間を作ることを恐れてのものであろうか。モモンガの赤い眼光が悲し気に揺れている。

 

「……それにネイアとの旅は楽しいしな。今回王都の戦いは結構レベル上がったんじゃないか?いやぁ、すごい進歩だ」

 

 突然自分のことに話が変わりネイアは王都での出来事を思い出す。蒼の薔薇に襲われ、六腕に襲われた。死んでもおかしくなかっただろう。そして蒼の薔薇にも六腕にもモモンガにも色々言われたことを思い出す。この骨には色々言いたいことがあった。

 

「確かに武技覚えましたけど!もうああいう危ないのは勘弁して欲しいんですけど!」

「何を言ってるんだ。格上相手に戦わないと経験値は少ないぞ。しかし、なるほどな。それに今回覚えた武技はあの刀を使ってたやつと同じものか。なるほどなるほど……。それであるならば取得条件は……ふふふっ、今後の成長が楽しみだな。どんなビルドにするのかな」

 

 よく分からない言葉をモモンガはつぶやいている。もしかしたら自分がモモンガに大切にされているのは、観察対象としてなのだろうか。

 

(いや、そもそもそれほど大切にされてない気も……)

 

「しかし、今回は集眼の屍(アイボールコープス)に頼り切りだったな……。っというか情報収集は全部任せて何もやらなかった……。ネイアが成長しているのに私がこれでは……。今後は集眼の屍(アイボールコープス)に頼むのは控えて自分で調べるか」

「それなら私も手伝いますよ」

「そうだな、自分たちで調べてこその冒険だからな」

 

 モモンガは嬉しそうだ。そんな二人を見てハムスケが頬を膨らませる。頬袋というのだろうか、ぷっくり膨れて少し可愛らしい。

 

「ネイア殿は殿のお役に立ったのでござるなぁ。羨ましいでござる!某も殿のお役に立ちたいでござるよお!」

 

 ハムスケの言葉にネイアの思考は途切れる。そういえば、旅に加わったのだ、この獣が。名前は確か……。

 

「ハム……何でしたっけ?」

「ハムスケでござる。あのアンデッドとの闘いで共闘したのに忘れるなんて酷いでござるよお!」

「アンデッド?」

 

 ネイアが戦ったアンデッドといえばエ・ランテルでもカジットだ。ネイアはカジットとの戦いで柔らかいものに突き飛ばされたことを思い出す。

 

「え?あれ、あなただったの!?」

「ふふんっ、あの時は殿のお役に立ったでござるよ」

 

 獣が得意げな顔をしているが、助けてくれたのであれば感謝しなければなるまい。ハムスケにお礼を伝えると口元のヒゲをピクピクさせて自慢げにしていた。なんだろう、少し腹が立つ。

 

「それでモモンガさん、帝都にはこのまま街道沿いに向かいますか?」

「いや、その前にカッツェ平野で幽霊船を調べたいんだがいいかな?」

「幽霊船ですか?」

 

 エ・ランテル付近でネイアも見た幽霊船。エ・ランテルから溢れるアンデッドとは敵対していたが、果たして人の敵なのか味方なのか。それはネイアにも興味はある。未知を知るための冒険と言うのはこういうものだろう。

 未知の幽霊船に迫る。ネイアは胸が高鳴るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 王都から外れ、人通りがなくなったところでハムスケの透明化に続き、モモンガも仮面とガントレットを外して骸骨の姿を現す。

 

「はぁー。やっぱ元の姿が一番いいなぁ」

 

 肩がこったことでもあるのか、人間の時の残滓で肩をぐるぐるまわしてこりを取る動作をしている。

 

「殿!ネイア殿!(それがし)に提案があるでござるよ!今度は某がお役に立つでござる!」

「どうしたんだ急に」

「お二人とも歩くのは疲れるでござろう。某の背に乗ればいいでござるよ。次の目的地までお連れするでござる」

 

 長い尻尾を振ってモモンガを見つめる獣。強大な魔獣であるが可愛くも見える。よほどモモンガに懐いてるのだろう。

 

「ハムスケって本当にモモンガさんのことが好きなんですね」

「ふふんっ、殿は某が生まれて初めて負けた殿方。そして負けても生きることを許すその度量。そしてその神々しいお姿に某は……」

「あー、長くなるからそれはいい」

「そんなぁ、殿の素晴らしさを語ったら某に勝てるものはいないでござるよぉ」

 

 ハムスケが顔を歪めているがあれは残念がっている表情なのだろうか。モモンガの子分になったという獣であるが、ふと気になったのでネイアはこの獣にも聞いてみることにする。

 

「ねぇ、ハムスケ。ハムスケの正義って何?」

「正義?初めて聞く言葉でござるなぁ。それはおいしいでござるか?」

 

 獣に聞いた私が馬鹿だった。

 

「ハムスケ。自分の信じる正しいと思う事を言ってみろ。お前には何かあるのか?」

 

 モモンガがハムスケに優しく説明してあげる。

 

「そうでござるなぁ……。某にとっての正義は忠義でござるかな!某殿への忠義ほど大切なものはないでござるよ!一生ついていくでござる」

「ふーん……」

「殿ぉ!反応が薄いでござるよぉ!某役に立つでござるから。これから移動されるのでござろう。殿!ネイア殿!某の背に乗るでござるよ。どんとこいでござる。某の役に立つことをお見せするでござるよ。さぁさぁ!」

「うーん……」

 

 ネイアとモモンガは悩んだ末にとりあえずこの獣の正義に従っておくことにする。ハムスケの背の前にモモンガ、後ろにネイアが乗ることにした。大きな巨大なハムスターの背は二人が乗ってもまだ余裕があるようで狭くは感じない。

 

「では行くでござるよー!」

 

 ふんすっと鼻息を荒くするとハムスケが走り始める。丸い背中に手の掴まるところなどほとんどなく、モモンガとネイアは必死に身をハムスケにくっつけバランスを取ることとなった。

 

「うおっ、これバランスが!?」

「あわわわっ、揺れがすごくて、わーっ!」

 

 足に力を入れてハムスケにしがみつこうとするがうまく行かない。余りの揺れにネイアはバランスを崩して落ちそうになった。

 

「ネイア!」

 

 咄嗟にモモンガはネイアを腕で支えようとして、手を伸ばすがそれはネイアの胸を鷲掴みにする。

 

「ちょっ!?どこ触ってるんですか!」

「あれ?柔らかいって、おわーっ!す、すみません!」

 

 慌てて手を離してモモンガはネイアから距離を取る。そして今度はモモンガがバランスを失い落ちそうになる。

 

「モモンガさん!」

 

 今度はネイアがモモンガの腕にしがみつき引っ張り上げる。

「ネ、ネイア、胸……胸が腕に当たって……」

「~~~!?」

「殿とネイア殿は仲がいいでござるなー」

 

 走りながら後ろを振り向くハムスケ。そのせいで揺れがさらに大きくなる。

 

「前を、前を見ろハムスケ!木にぶつかるぞ!」

「おっと、木でござるな」

 

 地面を蹴って避けるのだが、ハムスケは乗っている二人のことはお構いなしのようだ。飛び跳ねるハムスケに必死に掴まるモモンガとネイア。

 

「お、おい。もっとゆっくりゆっくり走れ」

「なんでござるか?殿。風の音でよく聞こえないでござるよ。もっと速くでござるか?いいでござるよー!某の本気をお見せするでござるーっ!」

 

 ハムスケは手足を先ほどの倍ほどもある速さで動かしまくる。それにより背中の上は大混乱だ。左右に揺さぶられ跳ね上げられる。モモンガとネイアは必死にお互いの体を支えあうが、それも限界だった。

 

「とりゃとりゃとりゃああああ!でござるーっ!」

 

 ハムスケの気合の入った掛け声とともに二人はついにバランスを崩し跳ね上げられ地へと落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 地面に落とされた二人は手を握り合い抱きついたままの恰好であった。そしてその先には二人が落ちたことも気づかずに夕日に向かって走り続けているハムスケ。

 ネイアは少し恥ずかしく思い、モモンガから体を離す。しかし、手は繋いだままだ。

 

「ぷっ……ふふふふ」

「ははははは」

「「あはははははははは」」

 

 何なんだこの冒険は。この愉快な骨といると楽しい。ひとしきりお互い笑い転げるとモモンガが呟いた。

 

「まったく、あれのどこが森の賢王だ。人を振り落としておいて気付かないとは……というかあれペットとしても別に必要ないよな」

「え?モモンガさんが連れてきたんでしょう」

「あいつが無理やりくっついてきただけだ。いや、そもそも野生動物をつれて歩くのもどうなんだ。餌付けするのも本当は駄目だっていうし、あれは森で暮らしてるのが似合ってる気がする」

「え?あれ放っておくんですか!?」

「放っておけば野生に帰るだろ、たぶん。そういえば昔動物もののアニメとかドラマがはやった時があったなぁ。あの時感じた気持ちもこんな気持ちだったかな。小さい動物を育てていくうちに野生に目覚めていく動物と一緒に過ごせなくなって、最後は森へと帰さなければいけない切ない感じ……」

「だいぶ違う気がしますけど……」

「ありがとうハムスケ……。さようならハムスケ……」

 

 モモンガはそう言うと夕日に向かって敬礼をしている。その服装はいつの間にか肩から軍服を羽織っており軍帽へ手を添えて敬礼をしていた。

 

(この骨は色々服を持ってるなぁ……)

 

 本当に愉快で奇妙な骨だ。一緒にいて全然退屈しない。ネイアはしばらく夕日に映えるモモンガの横顔に見とれていると、それを真似て自分も夕日に向かって敬礼をしてみる。少し恥ずかしくて口元をムニムニと動かしてしまう。

 二人で夕日の中に小さくなって消えていくハムスケを見ているとモモンガの言ったことが少しは分かるような気がした。人にも動物にもいつかは帰る場所というのがあるのだ。そして別れもいつかは訪れる。ハムスケとの別れの時は今ということなのだろう。

 

―――かみさま ありがとう ぼくに ともだちをくれて

   ハムスケに あわせてくれて ハムスケに あわせてくれて

   ありがとう ぼくのともだち ハムスケに あわせてくれて

 

 夕日に向かって敬礼し続けるモモンガとネイア。それはハムスケの姿が夕日の中へと消え、夜の帳が訪れるまで続くのだった。



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第8話 海

 野生動物(ハムスケ)を森へ帰すという貴重な経験をした二人は徒歩でエ・ランテルへと到着していた。そしてそこから見つめるはカッツェ平野。かつては王国と帝国との戦場として多くの命が散った地であり、今も年中アンデッド反応のある青白い霧がかかる危険地帯である。

 その日も平野は青白い霧で覆われており、視界が酷く悪い。そんな平野を見ながらモモンガは袋からアイテムを取り出してネイアに渡す。

 それは黄色いフレームの眼鏡であった。横に虹色のカラフルなラインが入っており非常に先鋭的なデザインをしている。

 

「これをつけるといい」

 

 言われるがままに眼鏡をつけてネイアは驚く。カッツェ平野の霧が一気に晴れたのだ。いや、霧が晴れたのではなく、グラス越しに霧が晴れて見えるのだろう。

 

「これは……霧を見通せる魔法道具(マジックアイテム)ですか?」

 

 驚きつつネイアがモモンガを振り向くとそこには作り物の鼻と髭のついた眼鏡をかけた骨がいた。モモンガである。いわゆる鼻眼鏡をつけてネイアを見つめている。

 

「あの……ふざけてるんですか?」

「いや、これ二つしかないんだ。もしネイアさえ良ければそれと交換してもいいが?」

「モモンガさん、すごく似合ってますよ!それ!」

「……」

 

 父親譲りのコンプレックスを持っているとはいえ、ネイアとて女の子、鼻眼鏡を付けて人前に姿を晒すなどごめんこうむる。あの眼鏡はモモンガにつけていてもらおう。

 

「でも霧が見通せるだけですか?これ」

「いや、そうじゃない。今度は眼鏡を外してみろ」

 

 ネイアは眼鏡を外してモモンガを見る。そこには鼻眼鏡をつけた半透明の骨がいた。

 

「えっ?モモンガさん掠れてますよ?大丈夫ですか?」

「これがこの眼鏡の効果だ。肉体の霊体(アストラル)化の効果がある。これをつけると霊体と同じ体になり、見ているものも同じになる。ゴーストなどの半不可視化されたモンスターを見つけたり、それに攻撃するためのアイテムだな。つまりあの霧は霊体にとって空気のようなものなのだろう。だから透明に見える」

「へぇー」

 

 もう一度眼鏡をつける。霧が晴れて太陽の光を感じる。しかも暖かさまで感じるようだ。

 

「《全体化飛行(マスフライ)》。さて、では幽霊船探しとでも行こうじゃないか」

 

 

 

 

 

 《全体化飛行》の魔法で平野を探すこと数刻、はるか遠くに船の影を発見する。最初に見たときには気付かなかったが、その船体は薄汚れ、ところどころの板が剥がれ落ちている。マストも破れ、柱にひびが入り、半透明でなくなったとしても幽霊船にしか見えないだろう。そしてその上に数人の男たちの姿があった。人間の姿をしているが、眼鏡を外すと見えないのだから幽霊(ゴースト)の類なのだろう。

 

「こんにちは。いい天気ですね」

 

 そんな彼らにモモンガが能天気に話しかける。船の甲板の上にいた者たちは使い古された服の上にベストを羽織り、首にはボロボロのスカーフ、草臥れた短めのズボンを履いている。靴を履いた者もいれば裸足の者もいる。如何にも海賊といった風貌の男たちである。

 そしてその中でもひと際威厳のある男がいた。顔や腕は傷だらけ、鼻の下に立派な髭を蓄えている。年齢は40代程だろうか。頭には草臥れてはいるが両脇を後ろに折り返した立派な漆黒の三角帽子をかぶっている。中年の色気を感じるようなダンディーな男だ。モモンガ達が宙を飛んでいることを気にもせず、その男が問いかける。

 

「おめぇら……海は好きか?」

「は?」

「海は好きかと聞いている……」

「えーっと、どっちかと言うと俺は好きだな」

「……そっちの嬢ちゃんはどうだ」

「す、好きです!大好きです」

 

 凄むような声で聞かれてついそう答える。平野を走る船の乗員から海を好きかと聞かれるとは思ってもいなかった。だが、その答えは正解だったようだ。男はニヤリと笑いかけてきた。

 

「そうか……海を好きなやつに悪いやつぁいねえ。乗りな」

 

 

 

 

 

 

「で、おめぇら何の用だ?」

「バハルス帝国、えっと北東のほうに行きたいんだが、乗せてくれないだろうか。金なら払おう」

 

 モモンガは幽霊船に乗ってみようという気らしい。金貨を取り出し船長へと見せる。

 

「金貨か。俺たちは海賊だ。金貨は嫌いじゃねえが、それよりも現物のほうがありがてぇな」

「魔法道具とかか?」

「ああ、そうだな。まぁ、なけりゃ金貨でもいいぜ」

「ではポーションなんてどうだ?」

「ポーション?あんな毒薬もらってもなぁ……」

 

(ポーションが毒薬?ああ……アンデッドだからポーションでダメージを食らうんだ……)

 

 ポーションを毒薬呼ばわりされネイアはなんだか常識が逆転したような気がしてくる。

 

「毒など渡さないとも。これはどうだ?」

 

 モモンガが取り出したのは瓶に入った黒い液体。いや、よく見ると液体ではない。気体である。瓶から漏れ出すようにその黒い気体が靄のようにかかり怪しさを際立たせている。

 

(どう見ても毒ですけどそれ)

 

「ネガティブエナジーポーションだ。負の生命力を与える。生命には毒だが、アンデッドは回復する」

「そ、それは!それをくれるというのか!?」

 

 ネイアには怪しさ満点の漆黒のポーションに見えるが、船長はそんな良いものをもらってもよいのかと驚いている。

 

「この程度のものならたくさん持っている。低位のポーションを使うこともまずないしな。お近づきのしるしに差し上げよう」

「お、おお……」

 

 船長はそのポーションを大事そうに受け取ると、すぐに船員に指示を出す。

 

「おい!あいつを呼べ」

 

 連れてこられたのは義足の船員だった。鮫にでも足を食われたのだろうか。船乗りたちの仕事は命の危険と隣り合わせだ。事故で手足をなくすという話は海に面した聖王国でもよく聞く。

 

「陸地から神聖魔法を撃ってくる酷えやつらにやられちまってな。こいつに使わせてもらうぜ」

 

 鮫ではなく、討伐に来た信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)だったらしい。彼らからすれば鮫と変わらないだろう。

 船長は瓶を開けると中の気体を義足の船員に振りかける。すると義足の男性の足が根元からニョッキリと生えたではないか。通常のポーションでも手足の欠損を一瞬で回復するようなものは貴重であるはずだ。先ほど船長が驚いていたのもよく分かる。

 

「あ、歩ける!俺歩けるよ!船長!」

 

 驚きと喜びで複雑な顔をした船員がその新しく生えた足で甲板をしっかりと何度も何度も踏みつける。

 

「旦那!まだ怪我人はたくさんいるんだ。もっと売ってくれ。対岸には送ってやるし、こっちが金貨を出そうじゃないか」

「まぁ、待て。消耗品を使うのももったいない。怪我人が多いのであれば私が回復させよう」

 

 モモンガは10本の指につけられていた指輪を付け替えると船員たちの見守る中、魔法を詠唱する。今更だが骨の姿に誰も忌避感を覚えていないようだ。同じアンデッドだからだろうか。ポーションのこともあり、魔法の詠唱に対しても信頼されている。

 

「《魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)》《大致死(グレーター・リーサル)》!」

 

 モモンガの魔法が発動し、船全体を包む。しかし、物騒すぎる名前の魔法だ。

 

(大致死ってそれ私も範囲に入って大丈夫な魔法なの!?)

 

 人を死に至らしめる魔法が船全体へとかけられた。しかし、それはアンデッドにとっては逆の効果をもたらす。腕の無いもの、足の無いものはそれを取り戻し、船員たちの傷ついた体は一瞬で全快する。しかし、それだけに留まらなかった。魔法の効果は船にも及ぶ。霊体である船は、そのぼろぼろのマストは新品のようによみがえり、甲板はおろしたてのようにピカピカだ。黒く煤けた砲台も金属の輝きを取り戻す。

 ちなみにネイアも眼鏡で幽体化しているおかげか何事もなかった。

 

「すげえ!あんたすげえよ!」

「手が俺の手が蘇った!」

「歩ける!俺も歩けるぞ!」

 

 船員たちが喜びに体を叩きあっている。その歓声が収まると船長がモモンガたちに向きなおる。

 

「そういや、あんた達の名前を聞いてなかったな。一体何者なんだ?」

「私はモモン、彼女はネイア。旅のワーカーだ」

「ワーカー、仕事の請負人か。なるほどな……。ふっ、いい仕事するぜ」

「あんたの名も聞いてなかったな」

「俺か?俺は」

 

 幽霊船の船長は帽子の位置を整えると、声高らかに誇り高く名乗った。

 

「俺の名はカッツェ!この大海原を取り仕切る海賊団の船長、キャプテン・カッツェだ」

 

 

 

 

 

 

 平野と同じ名を持つカッツェと名乗ったキャプテンは遥か昔からこの地で海賊をしているとのことだ。平野の名の由来にも関係しているかもしれない。

 

「旦那、あんたには世話になった。歓迎させてもらうぜ。どうだ?酒もあるし肴もある。一杯やろうじゃねえか」

 

 そう言って船長は樽に入った酒と干し肉を取り出すとモモンガとネイアの前の甲板上に無造作に並べた。当然テーブルなどはない、粗野な態度であったが、それが不思議とこの場にとてもしっくりきていた。

 

「いや、俺はアンデッドだから食べ物は……いや、待て!はっ!?嘘だろ!こ、これは!」

「どうしたんです?モモンガさん!」

「ネイア、これ。眼鏡を外してよく見てみろ!」

 

 ネイアは眼鏡をずらしてその出された物を見るとその飲み物も食べ物も向こう側が透けて見えている。

 

(半透明……ということは)

 

(アストラル)体なのか!?これは。一つもらってもいいか!?」

「おう、食いねえ。食いねえ」

 

 船長に渡された干し肉にモモンガは噛り付く。そしてそのまま固まって動かなくなった。ネイアは心配になる。骨に効く毒でもあるのだろうか。

 

「モモンガさん大丈夫ですか!?もしかして毒!?」

「しょっぱい!ネイア!これしょっぱいぞ!」

「そりゃ塩漬けの干し肉そのままかじりゃしょっぱいだろ。塩を落としてパンにはさんだりスープにつけたりしてだな……」

「味がする!しょっぱい味がするよ!味が!」

「何当たり前のこと言ってんだ?この旦那は?大丈夫か?」

「味のするものを食べられる日が来るなんて。ううっ……」

 

 モモンガは感動して泣いている。いや、涙はでないが、その赤い眼光の揺らめきはきっと泣いているに違いないとネイアは思う。

 

「おい、嬢ちゃん。一体どうしちまったんだ?この旦那は」

「え、えーっとあの、この人は碌なものを食べたことがないというか、碌にものを食べたことがないというか……」

「ああ、なるほど……」

 

 何がなるほどなのかネイアには分からないが何となく察してくれたようだ。深く突っ込まないでくれるこの船長いい人だ。

 

「味がする……これが本物の肉の味……」

 

 霊体なのに本物とは何なのか。ネイアの頭は混乱するが、何やら感動しているようだからいいだろう。まだまだ感動を体で表し足りないようなので船長もネイアもモモンガは放っておくことにする。

 

「それにしてもなぁ、嬢ちゃん。あの旦那の魔法すげえな」

「ええ……まぁすごいと思いますよ。いつも驚かされます」

「へへっ、じゃあもっと驚いてもらおうか。旦那は確かにすげえ。すげえが、海はもっとすげえんだぜ?」

「海?」

 

 ネイアに見えるのは霧は晴れたとは言え見渡す限りの平野だ。どこにも海どころか水の一滴さえない。

 

「んっ、どうした嬢ちゃん。嬢ちゃんには見えねえのか?この見渡す限りの大海原が」

「あの……ごめんなさい」

 

 ネイアには何も見えない。自分の視力や感覚には自信がある。だが、どこまで遠く見通しても地平線の彼方まで海があるようには見えなかった。

 

「何も謝るこたあねえよ。じゃあ、見せてやるとしようじゃねえか。本当の海ってものをよ!おい!てめぇら準備しろ」

「へいっ!キャプテン!」「あいよ!」「任せてくれ!」

「潜航準備を開始しろ!」

「潜航準備!」

「え!?潜航!?」

 

(これ船じゃないの!?沈むの?)

 

 ネイアの頭がクエスチョンでいっぱいになるが船員たちが威勢のいい掛け声とともに着々と準備を進めていく。

 

「注水開始!船首角度良好!」

「行くぜ嬢ちゃん!しっかり掴まってな!」

 

 キャプテンの言う通りマストに掴まると船首が地面に向けて突き刺さっていく!

 

(えっ!何これっ!ちょっ、地面に埋まっていく!)

 

 幽霊船は地面の中へと潜っていく。ネイアは生き埋めになるのではと息を止め目を閉じ必死にマストの柱にしがみ付いた。

 

 

 

 

 

 

―――土の中にいる

 

 死んだ。自分はこんなところで生き埋めになって死んでしまうとは。愉快な骨との奇妙な冒険はここで終わったのだ。

 

「お母さん、お父さん、先立つ不孝をお許しください」

「おい、嬢ちゃん。何縁起でもねえこと言ってんだよ。目を開けてみろ」

(・・・・・・縁起でもないって霊体が言うとなんか矛盾してない?)

 

 キャプテンの言葉に目を徐々に開けていく。そして見えたのは……。

 

 そこにあったのはまさしく『海』であった。さんさんと輝く太陽の下、目の前にはその光を受けた海底のサンゴたちがキラキラと輝いている。周りには色とりどりの魚たち。鱗が光を浴びて虹色に反射している。上を見上げると海面が見える。エメラルドブルーの水の中に光が反射してゆらゆらと揺らめき、まるで夢の世界のようだ。眼鏡の効果だろうか。海の中にいるというのに息苦しくもない。

 

「すごい……こんなすごいもの見たことない……」

「ははははっ!分かってんじゃねえか嬢ちゃん!これよ!これが海。俺たちが守るもの。俺たちの正義だ」

「はああ……」

 

 言葉にならない。確かにこんな綺麗な海を汚す者たちが現れたら許せないだろう。彼らがエ・ランテルでアンデッドたちを攻撃していた理由がネイアにはやっと分かった。

 

「よし、そろそろいいだろう。海上に出るぞ」

 

 船首が徐々に上がり、海上へと戻り、そしてネイアは周りを見渡した。地面の中に沈む前には平野だと思っていた場所。それが今では見渡す限りの大海原である。太陽の照り輝く中、霊体のカモメが空を飛んでいる。

 

「どうだ、すげえだろ?海は」

 

 そう言ってニヒルに笑うキャプテンにネイアは言葉を失い頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 物を食べられることに大興奮のモモンガが甲板で船長たちと酒盛りをしている。日も落ちて暗くなってきても大騒ぎをしているようだが、今日も色々と驚きすぎて疲れた。はしゃいでいる骨は放っておいて、ネイアは一人船室の一つを借りて休むことにする。

 

 

 そして翌朝、ネイアが起きて甲板に上がろうとすると騒がしい声が聞こえてくる。まだ酒盛りをしているのかと呆れながら上ると様子が違う。まずモモンガの恰好が違う。青と白の横縞の服に白いズボン、白い軍帽を被っている骨がそこにはいた。鼻眼鏡はそのままだ。手には釣り竿を持ち、それを周りの船員たちがはやし立てている。

 

(また服変わってるし……海兵隊?軍服好きだなぁ)

 

「旦那、まだ引くな。まだだ。もう少し引き付けるんだ」

「こうか?」

「そう、それで引き付けて……」

「引き付けてー……?」

「今だ!」

「そりゃあああ!」

 

 モモンガが竿を引き上げる。そして打ち上げられた魚が甲板でビチビチと飛び跳ねていた。赤く非常に美しい魚だ。

 

「おおっ、鯛を釣りあげるたぁめでたいねぇ」

「こ、これが鯛!?おおおおっ、初めて本物を見たよ」

 

 鯛と呼ばれた魚を手に取って喜んでいるモモンガ。よく見ると足元のバケツにはいろいろな魚が入っている。

 

「よし、さっそく焼いてみるか」

 

 そう言うが早いかモモンガは指から炎を出す。それを魚へと向けたその時。

 

「旦那、やめてくれ!さっき魚を消し炭にしたの忘れたのかよ」

「安心しろ。さっきの《獄炎(ヘル・フレイム)》は火力がありすぎたんだ。今度はもう少し弱火の《焼夷(ナパーム)》で……」

 

(モモンガさん、やめてくださいお願いします)

 

 ネイアと船長の祈りが通じたのか、船員の一人が調理道具を持ってきた。

 

「キャプテン。七輪もってきやした」

「おう、ご苦労。旦那、魚つーのはこうやって炭火でじっくり焼くからうめえんだよ」

 

 船員の持ってきた七輪でじわじわと焼かれる魚たち。それを待ちきれないのかモモンガはその前に座り込みじっと魚を見つめ続けている。

 

「も、もういいか?もういいよな?」

「焦んなよ、旦那。魚の内側から肉汁がじわじわ出てくるまで待つんだよ」

「まだか?まだか?」

 

 餌をおあずけされた子犬のように魚の目の前で待ち続けるモモンガ。アンデッドでなければ涎でも垂らしていそうな様子だ。

 

「よし、いいだろう。こうやって塩を振って。さあ、食いねえ」

 

 豪快に丸焼きされた鯛をモモンガが頬張る。言葉にならないのかピョンピョンと黙ったまま甲板を跳ね回り、そしてつぶやいた。

 

「美味い……これが本物の魚……本物の魚とか肉なんて初めて食べたよ……生きててよかった。ううっ……」

 

 本物の魚でもないし、モモンガは生きてもいないとネイアは思うが何やら感動しているようなのでそれを口に出すのも野暮だろう。一瞬そう思ったが、ネイアはそれは違うのではと思い直す。

 

(いや、そうじゃない……本物も偽物もないのかな?)

 

 例え人間たちに取ってこの場所は平野であり、海も魚もすべてが幻影であろうとも、この船の乗員たちにとってはこの見えている海こそが本物なのだ。それはネイアの中の価値観を根底から覆すものであった。自分の信じているもの、相手の信じているもの、それがまったく反対側を向いていたとしてもそれはそれぞれが本物なのだ。

 ネイアのそんな思いをよそにモモンガはまだ魚を食べて感動して飛び回っていた。

 

 

 

 

 

 

 船旅にも慣れ、モモンガも落ち着きを取り戻したと思ったその時、キャプテンからの一言がその場の雰囲気を変える。

 

「旦那。鯛でそんなに感動してた日にゃマグロなんて食べた日にはどうなっちまうんだい?」

 

 キャプテンにとっては何気ない軽口。だが、モモンガにとってはそれは違った。現実では漁獲量が極端に減り、庶民の食卓になど上がることなどなくなった幻の魚、マグロ。それがこの世界にあると言うのだ。

 

「マグロ……だと!?マグロって言ったのか!?言ったよな!マグロって!」

「おいおい、どうしたんだ。旦那、さっき以上に変だぜ」

「マグロ……大トロ……刺身……照り焼き……カマ……」

 

 モモンガは船長を絞め殺すのではないかと思うほど胸倉をつかみマグロの取り方を教わると、針に肉を括り付け海へ向かって釣竿を振りかぶった。

 

「マグローーー!!」

 

 

 

 

 

 

 モモンガが釣り糸を垂らしてはや数時間、最初はモモンガの様子を見ていた船員たちも自分たちの仕事に戻っていった。特にやることのないネイアも竿を借りて釣りをしてる。聖王国でやった釣りより簡単に魚が釣れて楽しい。このあたりの魚は人間を警戒していないからだろうか。いや、ここにいるのは人間でも魚でもないのだが。

 

(しかしすごい集中力だな。そんなにマグロって魚が食べたいんだ……)

 

 わき目もふらずに食い入るように糸を見つめるモモンガ。数時間身動き一つせずに糸だけを見ている。

 そんなモモンガの想いが通じたのか、それからさらに数時間して唐突な変化があった。竿の先が直角に近いほど下へとしなり水面に水しぶきが上がる。

 

「来た!」

「え?本当ですか?」

「少なくとも人間よりは重い!これは……これは来たぞー!」

 

 モモンガが叫ぶと同時に糸が右へ左へと振れ水しぶきが上がり続けている。キャプテンもそれに気づき船のヘリから顔を出して糸を見つめる。

 

「おお、来てるな!こいつぁ大物だな」

「よ、よし、一気に……」

「待て旦那!餌にもっと食らいつくまで待つんだ。逃げられるぞ」

「そうなのか。うおおおっ、すごい引きだ」

 

 今度は糸が船尾のほうへと振られていき、それにそって竿もそちらへ持っていかれようとする。

 

「旦那!無理に引っ張らずに流れに任せるんだ。いや、不味いか。船底に引っかかる!」

 

 水しぶきは船を後ろから回り込むようにモモンガの竿を引っ張ろうとしている。

 

「踏ん張れ!力を込めすぎず後ろに回り込ませるな!」

「お、おう!」

「力の加減を間違えるなよ。餌がバレるぞ」

 

 悪戦苦闘の末、獲物は船尾へ逃げるのを諦めたのか、船首のほうへと戻ってくる。しかし、その力は相当なものだった。

 

「おおおっ、竿が持ってかれる」

 

 獲物の力は相当なようだ。竿と一緒にモモンガの体も海へと持っていかれようとする。力任せに引っ張れば竿が折れる可能性さえあった。

 

「おい、旦那の体を支えるんだ」

「は、はい!」

 

 キャプテンの助言に従いネイアはモモンガに抱きついて体を支える。そして少しずつ慎重に糸を寄せる。

 

「少しずつだ。少しずつ手繰り寄せるんだ」

 

 二人でどれくらいそうしていただろうか。獲物の動きが鈍り、船へと徐々に近づいてきていた。モモンガとネイアは二人で竿を握りなおす。

 

「よ、よし、ネイア、せーので引っ張り上げるぞ」

「わ、わかりました」

「せーの!とりゃあああああああああああああ!マグロ捕ったどおおおおお!」

 

 モモンガの掛け声とともに竿を引っ張り上げる。太陽の光の中に巨大な黒い影が躍った。そしてその巨大な影が甲板の上へと乗り上げる。

 

 

 

―――そして

  

 

  デーンとそこに現れたのは白い毛玉であった。とても魚には見えない。しかしゴミではないようでモゾモゾと動いてはいる。

 

「あの……これがマグロなんですか?」

 

 マグロを見たことのないネイアの言葉にキャプテンが首を振る。どうやらマグロではなかったようだ。それではなんなのだろうとみていると、なんとその毛玉が喋った。

 

「むぐむぐっ、変でござるなぁ。この半透明の肉全然お腹が膨れないでござるよー。おかしいでござるなー」

「ハムスケ!?」

「むっ、そこにいるのはネイア殿ではござらぬか!殿もご一緒でござるか。もぅー駄目でござるよー勝手に迷子になっては!」

 

 餌を咥えたままに振り返った白い毛玉。マグロだと思って釣り上げたのは森に帰ったはずのハムスケであった。霊体である餌の肉に食らいついている。獣は人間より霊感が強いと言うが食べることもできるようだ。モモンガたちが迷子になったのではなく、森に帰したつもりだったのだが、当然それは伝わってなかったようだ。

 

「マグロ……俺の初めてのマグロが……」

 

 マグロへの期待をしていただけによほどショックだったのだろう。ネイアたちの会話も耳に入ってない様子で茫然自失で虚空を見つめる骨がいた。

 水平線の向こうに太陽が沈もうとしている。赤く輝くそれが水面に映りとても美しい光景だ。澄み渡った海。それを正義だと言ったキャプテンの言葉が思い出される。これは確かに守らないといけないものだろう。ワイワイと騒ぐ獣や動かなくなった骨から目をそらし、ネイアは夕日が沈むまで海を見つめることにした。

 

(綺麗だなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 そんな美しい光景も太陽が沈み、辺りは夜の暗がりへと変わる。モモンガとハムスケを相手にするのにも飽きた船員たちやネイアがその場から離れてる中、まとわりついてくるハムスケを相手にすることもなく、いまだに微動だにせずそこにいる骨は「マグロが……マグロが……」といつまでもつぶやいているのだった。



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第9話 己

 帝都へと向かう幽霊船の上でハムスケは「くぅ……クズがあああ」と怒り狂ったモモンガによって魔法でトブの大森林に強制送還されることとなった。よほどマグロを食べたかったらしい。マグロというものを知らないネイアからすればよく分からないが、話を聞くとモモンガも本物は食べたことがないらしかった。ハムスケは「殿~!」と名残惜しそうな断末魔をあげて送還されていたのでその忠義が本物であればまた追いかけてくるかもしれないだろう。

 そして、ついに帝都付近の丘へと幽霊船が接岸する。錨とタラップが下ろされ、ネイアが船長たちにお礼を言おうと振り返る。しかし、そこにはわがままを言っている骨がいた。 

 

「ネイア、俺たちの旅はここまでのようだ。俺ここの家の子になる」

「何言ってるんですか!モモンガさん!?」

「ここでならば私は食事ができる!人間らしい生活ができるんだ!ネイア、本当の正義を探すという旅、がんばってくれ。応援しているぞ」

 

 右手の指をサムズアップし、赤い眼光の片方が細まる。ウィンクでもしているつもりだろうか。この骨、本気で言ってるのであれば殴ってやりたい。一緒に世界を回りたいと言っていたくせに。見かねた船長がネイアに助け舟を出す。

 

「おいおい、いい加減にしろよ旦那。嫁さんが困ってんじゃねえか」

「よ、嫁さん!?」

「あ?違ったか?」

「ちちち違いますよ!っていうかモモンさんわがまま言ってないで早く行きましょうよ。帝都に行くんでしょう」

「だが、食べ物が……くっ……」

「また来ればいいじゃねえか旦那。あんたたちならいつでも歓迎するぜ」

「そうか……そうだな……キャプテン!絶対にまた来るから!海を汚すような奴が現れたら《伝言》で教えてくれ。俺が全力で排除してやるからな!」

「はははっ、そんなやつらは旦那に頼るまでもなく俺たちが許さねえよ。元気でな」

「ああ、キャプテンも」

 

 アンデッド同士が「元気でな」と手を取り合ってる。モモンガとネイアは平野を離れると着けていた眼鏡を外す。名残惜しそうに何度も振り向くモモンガ。その先には、先ほどの海はなく、深い深い青い霧の中へと幽霊船が消えていくところであった。

 船の上での出来事がまるで夢の中のように思える。しかし、彼らは実際に存在し、その信念に基づいて生きていた。そんな彼らに未だ未練があるのか、それとも彼らの食料に未練があるのか、何度も何度も離れ行く船へ伸ばそうとするモモンガの手をつかむと、帝都へ向けてネイアはその手を引くのであった。

 

 

 

 

 

 

 帝都アーウィンタール。帝国が誇る首都であるこの都市は活気にあふれていた。リ・エスティーゼも王都として立派なものであったが、建物だけは立派だがそこに暮らしている人々からは暗い影がにじみ出ていた。しかし、帝都はそれを感じさせない。道行く荷馬車には商品と思われる野菜や果物、原料や燃料となる木材なども山と積まれ、賑わいのある街並みの中を行き交っている。

 ネイアの聞いた噂だと先代の皇帝が亡くなり、跡を継いだ現皇帝が非常に優秀だということだ。腐敗した政治を一掃するため血族を含む王侯貴族をも粛清した鮮血帝という恐ろしい二つ名を持っているが、これがその成果なのだろう。

 ネイアとモモンガはワーカー御用達という宿に部屋を取ると、街に繰り出した。王都ではすぐに仕事を始めてしまったが、今回はモモンガの使い魔に頼るのではなく情報収集は自分たちで行うということになっている。

 そして観光と情報収集を兼ねて二人は帝都の北市場に来ていた。宿の主人によるとここが一番活気にあふれた市場ということだ。魔法道具の取引が盛んのようであり、モモンガは冷気の出る箱などの生活道具に興味津々のようで色々と触っては店主を質問攻めにしている。子供のようにはしゃぐモモンガを横目にネイアは冒険に必要な道具を買っておこうと考える。

 王都では強敵ばかりとの戦闘であったし、エ・ランテル解放時にもらった少なくない報酬もある。装備をよりよいものにしておくのは間違いではないだろう。魔法道具をいじりまくって店主を困らせてるモモンガは放置して、武器や防具を扱っている場所へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 その場所へ足を踏み入れた途端、ネイアは周りから強い視線を感じる。また自分の外見が原因かと思うが、ミラーシェードは外していない。じろじろ試すように蠢く視線を気にしながら、一つの店の商品に目が留まる。弓だ。それも魔法を付与されているらしく鈍く魔法の光を放っている。商品を見せてもらうため、店主に話しかけようとすると逆に店主から冷たい声をかけられる。

 

「冷やかしかい?」

「え?」

 

 まだ買うとも買わないとも言っていないのにいきなり言われた言葉が頭に入ってこない。

 

「あの、冷やかしってどういうことですか。この弓を見せてほしいのですけど」

「あのなぁ、嬢ちゃん。あんた、そんな見ただけで超一級品って分かる弓を背負っておいて俺の店で買い物をするのかい?それにその腰の短剣やその被ってるやつもとてつもねえ一品だろ。それ以上の品なんてここにはねえよ。勘弁してくれ」

「え?え?」

 

 ネイアは自分の背と腰に目をやり、モモンガからもらった武器を見る。確かに一級品とは分かってはいたが市場にこれ以上のものがないほどのものだったとは思わなかった。

 

「え、えーっと、じゃあ、どこへ行けばもっと良いものが手に入りますか?」

「ちょっとその短剣見せてくれるか?」

 

 ネイアが腰の短剣を差し出すと、店主は震える手でその剣に魔法を発動した。

 

「《道具探知(アプレイザルマジックアイテム)》」

 

 魔法をかけた店主の顔が青ざめ、その頬に汗が垂れる。

 

「おいおい、こいつぁ……」

「どうしたんですか?」

「嬢ちゃん。これをどこで手に入れた?どこでこれ以上のものが手に入るかだって?これ以上のものっつったら皇帝陛下直下の魔術研究機関でも手に入るかどうかわかんねえよ。伝説級の武器だぞこいつぁ」

 

(伝説?これが?え?こ、こんなのポンとくれるとかモモンガさんって……)

 

 すごいアイテムだとは思っていたが軽くくれたこともあり、それほどとは思っていなかった。改めて見ると商品として並んでいる品々よりその魔法の輝きは鋭いように見える。

 

「なぁ、それを売る気はないか?金は……100金貨……いや、200金貨でどうだ。いくら値が張っても手に入れたいだろう逸品だ。冒険者やワーカーならなおさらな」

 

 冒険者やワーカーが欲しがる、ということは店主もその類なのだろう。ここは商人だけじゃなく冒険者等も自分たちに不要なものを売っていると聞く。しかし、モモンガにもらったものを無断で売るわけにはいかない。

 改めてネイアは短剣をまじまじと見つめる。ブルークリスタルメタルと言う金属でできているらしい。魔法の輝きを放つ透き通った刃はあれだけ使ったにも関わらず刃こぼれの一つもない。ふと周りを見ると冒険者や商人といった人間たちが刀身を見つめて固まっていた。

 

(あ、これまずいやつだ)

 

 これ以上この場にいても欲しいものを見つけることもできないだろう。それに何だか面倒ごとに巻き込まれそうだ。ネイアは武器防具などの並ぶその地区を離れるとモモンガを探して、来た道を戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは買い物の後、買ったものの報告会も兼ねてカフェでお茶をしていた。モモンガは色々と魔法道具を買いあさってきたらしく、無限の背負い袋がいっぱいになるほど買った商品の説明をネイアにしてくれる。

 

(保存用の冷気魔法の出る箱に暑さを抑えるための冷風の出る羽車……モモンガさんアンデッドだからこういうのいらないよね……)

 

 それを言ってやると、「要らなくても買ってしまう、それがコレクター心理というものだ」と笑っている。意味が分からない。そんな自慢話だか思い出話だかを聞き流しながらネイアはいつものアイスマキャティアを飲んでいた。するとモモンガもまたいつもの調子で飲み物のストローに口をつける。またか、とネイアは微笑む。まったく世話のやける骨だ。

 

「モモンさん。気を付けてくださいよ」

 

 モモンガの前のグラスが空き、ネイアはハンカチを取り出すが、モモンガのヘルムからいつまで経っても飲み物が零れてこない。

 

「???」

「ふふんっ、飲み物が零れるかと思ったか?ふふふっ、グラスに入ってるから分からないと思うがこれはあの幽霊船から持ってきた飲み物なんだ。これで俺もしばらくは飲み食いが……」

 

 こっそり幽霊船から譲ってもらってきていたらしい。自慢げに語るモモンガの後ろから店員の声がかかる。

 

「お客さま、飲み物の持ち込みはご遠慮くださいませんか」

「えっ……あ、はい。すみません……あの……彼女と同じものをください」

 

 店員に怒られてペコペコしている。何をやっているんだか。飲み物が運ばれて来てモモンガが恨めしそうに飲めないそれを見つめてるのを多少同情しながら面白おかしく見ていたネイアだが、そこに突然怒号が響き渡る。

 

「この馬鹿が!この程度のお使いにどれだけ時間をかけてい・る・ん・で・す・か!」

 

 一言ずつ区切って叫ぶ度に肉を打ち付けるような音をする。見ると、同じカフェの別の席についていた男が騒いでいた。切れ長の目に鈴の音を思わせる涼しい声、眉目秀麗という言葉が似あう美青年であるが、態度はまるでその逆だ。

 男の足元には3人の女性が地面に膝をついて俯いている。非常に美しい女性たちだ。王国の黄金姫も美しかったが、この3人は背もスラリと高く、身にまとっているものはみすぼらしいがすらりと長い手足に透き通るような肌。人間離れした美しさがある。

 

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 女性が必死に頭を下げ謝っているが男は納得いかないようで、足を上げるとなんと土下座している女性の手を踏みつけた。

 

「~~~っ!」

 

 ぐりぐりといたぶる様に踏みつけられながら女性は悲鳴を押し殺している。女性が何をやったのかは知らないがやりすぎだ。他の二人の女性も跪いたまま顔を伏せている。周りの客を見ると顔をしかめてはいるが誰も何も言わなかった。

 

(なんで!?なんで誰も助けようとしないの!?)

 

 周りの人たちは何故か誰も動こうとしなかった。しかし、ネイアには見て見ぬふりをすることなどできない。圧倒的な強者が弱者をいたぶっているようにしか見えなかったからだ。考えるより先に口が出ていた。

 

「ちょっと!そこのあなた!何をしてるんですか!やめてください!女の人に手を上げるなんて!」

 

 突然声をかけられた男はネイアの方を振り向き、訳が分からないといった様子で首を傾げている。

 

「あなたは?なんでそんなことを言うんです?」

「なんでって……困ってる人がいたら助けようとするのは当たり前でしょう!」

 

 ネイアのその言葉にハッとしたようにモモンガと女性たちがネイアを見る。モモンガは「たっちさん……」と呟いているが何のことだろうか。対照的に周りの人間たちはバツが悪そうに目を伏せる。男は目を細めてほほ笑むとネイアの言葉に頷いた。

 

「あなたはとても優しい方ですね。それに勇気もある。私もあなたの意見には賛成です。困っている人がいたら私も手を差し伸べますよ。ですが、勘違いされてますね。私は奴隷の躾をしているだけですよ?」

「奴隷!?この国では人を奴隷にしてるんですか!?それも女の人を!」

「何をいってるですか。()()()を奴隷になんかしませんよ。私は女性には優しい男です、女性にはね。でもこいつらは違います」

 

 ネイアはあらためて女性たちを見る。美しいその外見はどう見ても人間の女性にしか見えない。これで男だとでもいうのだろうか。

 

「どこがですか!どう見ても女の人でしょう」

「ああ、そういえば見苦しいので切り落としてしまいましたから分かりにくいかもしれませんね。こいつらは人間ではありません。エルフです」

 

 女性たちをよく見ると耳の形が少し違った。もともと長かったものが途中から切り落とされているように見える。

 

「エルフ?エルフの耳にそんなことを……」

 

 目の前のエルフたちへの扱いのあまりの痛々しさにネイアは言葉に詰まる。

 

「それにこいつらだって文句はないんですよ?ねぇ?」

 

 そう言って男はエルフの豊満な胸の片方を握りしめると力いっぱい捻った。

 

「うっ……」

「まぁエルフの割には役に立ちますよ。使い捨てにするもよし、まぁ飽きるまでは夜に奉仕させていたぶるのもよし」

 

 この男はエルフに夜の奉仕までさせていると言うのだろうか。

 

「許せない!」

 

 ネイアが思わず立ちあがるとモモンガがその肩をつかんだ。

 

「待つんだ、ネイア」

「モモンガさん!止めるんですか!?」

「落ち着くんだ。私はワーカーチーム漆黒のモモンと言います。この国では奴隷制が認められているのですか?」

「ええ、エルフや亜人たちは奴隷として売り買いされていますよ。これらは私の所有物ということになるでしょうね」

「そうですか……。うちの連れが失礼しました。実は我々はこの国に来たばかりなのです」

「ところで漆黒というと、もしかして聖王国の冒険者?ワーカー?なぜこの国に?」

「ここがとてもいい国と聞いたものでね。あなたのお名前を伺っても?」

「私はワーカーチーム天武のエルヤー・ウズルス。今後お見知りおきを」

「モモンさん。そんなことよりエルフさんたちを……」

「ネイア。郷に入っては郷に従えだ。この国では奴隷制が認められているのであれば口を出せる問題ではないかもしれない」

「人間の奴隷は認められませんが、亜人は人間ではありません。気にする者もいますが、私に言わせれば人間以外などどうなろうと気にする必要はありませんよ」

「なるほど……ありがとう。くだらないことを聞いてしまったな」

「いえいえ、お気になさらず。女性がこのようなものを見るのに嫌悪感を抱くのはわかりますよ。それでは我々は退散するとしましょう。さあ、行きますよ」

 

 そう言ってエルヤーはエルフたちを引き連れてカフェを去っていく。 

 

(モモンガさんなんでそんな落ち着いていられるの。あなただって人間じゃないのに!それになんで周りの人たちはこれを見て見ぬふりしてられるの!)

 

 モモンガの言っていることも分かる。奴隷制度はこの帝国が定めたものだ。それを否定するということはこの国の法に背くということ。ここで力づくで助けたとしても自分たちは犯罪者となってしまうだろう。今までのように法に背くものを相手にしていたのとは違う。

 やるせなさに項垂れながらそれでもネイアは諦めきれずにエルヤーの後ろについていくエルフたちの後ろ姿に声をかけていた。

 

「助けてほしいですか?」

 

 ネイアの声が聞こえていたのかいなかったのか、エルフの一人が声にならない声を出し唇を動かしていた気がした。「タスケテ」と。

 

 

 

 

 

 

 エルヤーたちが去り、モモンガはネイアの肩に乗せていた手をどける。

 

「モモンガさん……。私は……」

「わかっているネイア。だが、奴隷制はこの国が定めたこと。あのエルフたちをどうにかするには力ずくで奪うか、この国の制度自体を変える必要がある。後者は難しいだろうな。力ずくでというのであれば手を貸すが……」

 

 モモンガは言葉を濁す。その場合この国から追われる立場になるだろう。

 

「何とかなりませんか……」

「あの場でどうこうはすることは難しかっただろう。それに何とか出来るか出来ないかを知るためにもこの国を知ることから始めようじゃないか」

「この国を知る?」

「ルールも知らずに勝負はできない。まずは依頼をこなしながらこの国に慣れよう。情報も自然と集まってくるだろう」

 

 確かにモモンガの言うことは正論だ。法律で何をやってよくて何をやってはいけないのか知らなければ対応のしようもない。不承不承にネイアはモモンガの提案を受け入れる。そしてネイアは唇を噛みしめた、目の前で困っている人を助けられない自分の不甲斐なさが悔しくて。

 

 

 

 

 

 

 宿へと戻ったモモンガとネイア。宿の名は《歌う林檎亭》という。ワーカー御用達の宿だ。早速店主に依頼はないか確認する。するとモモンガたちが外に出ている間に店主が手を回したらしく、名指しの仕事がわんさかあるとのことであった。エ・ランテルを解放したワーカーチームということで帝国で名が売れており、その名を出した途端依頼が殺到したのだ。店主が嬉しそうに渡してくる依頼の束を二人で確認する。

 

「モモンさん、これって……」

「はぁー、またか。もう嫌になるな。どうせ政治的な話だろう」

 

 依頼書をよく見ると貴族や大商人、さらにはこの国の皇帝直属の組織からの依頼まである。依頼料も法外でありどう見てもモモンガとネイアを取り込もうと企んでいるとしか思えない。あからさまなその依頼の数々にネイアは嫌気がさす。

 

「うーん……断っちゃいましょうか」

「だな。主人、そっちの横に分けてある依頼書はなんだ?」

「こいつは名指しじゃない依頼だが、そっちのやつほど条件のいいのはないぞ?」

「それを見せてくれ。これらは断らせてもらう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。名指しの依頼だぞ」

 

 ワーカーとして名誉この上ない名指しの依頼をあっさりと突き返され目を白黒させている。名指しの依頼を断るような者はいなかったし、その手数料も破格であったからだ。そんな店主のため息も気にせず、その目の前でモモンガとネイアは紙の束と格闘していた。モモンガは兜の上からモノクルをかけ、依頼書を確認している。一通り見終わった二人は同時に紙を突き出した。

 

「「これ!」」

 

 モモンガの取り出した依頼書は『闘技場の出場者募集』の紙だ。相手は決まっているようでその挑戦者を募集しているらしい。一方ネイアの取り出した依頼書は『アゼルリシア山脈のドワーフ国の調査』の紙だ。ここ数年ドワーフ国からの行商人が途絶えているため調査をお願いしたいというものだ。

 

「ちょっとモモンガさん。なんで闘技場なんかで戦わなくちゃいけないんですか。見世物なんかになりたくないですよ」

「いやいや、ネイアそれは早計だ。王国ではたまたま敵が現れたが、人と戦う機会なんて今後はあまりないかもしれないぞ。強くなるにはうってつけの依頼だ」

「いやいや、モモンガさん。そんなことより冒険をしましょうよ。未知を既知へと変えるワクワクが好きなんじゃないですか」

「その依頼の依頼日を見てみろ。3年以上前だ。その間誰もその依頼を受けなかった。または誰も依頼をこなせなかったということだ。そんな危険な依頼の前に腕試しをするのも悪くないだろう」

 

 二人の意見は真っ二つに分かれる。そしてしばらくするとモモンガが笑いだす。

 

「くくっ、ネイア。言うことに遠慮がなくなってきたな」

「ふふっ、モモンガさんの言うとおりにしてたら命がいくつあっても足りないってことがようやくわかってきましたからね」

 

 頭をぶつけあってにらみ合う骨と凶眼。がっくりと項垂れた店主。どうしたものかと思っているとモモンガが一つの提案をしてきた。

 

「意見が分かれたときはコインで決める。これはかつての仲間たちとの取り決めなんだが、どうだ。コインで決めるというのは」

「コインで?どうやって決めるんです?」

「あの時はコインの多数決で決めていたが、今回は裏表で決めるか」

 

 モモンガはそういうと見たこともないコインを取り出した。非常に精巧な絵が彫られており、このあたりの金貨より厚くずっと立派に見える。

 

「こちらが表でこちらが裏だ。さあ、どっちにする?」

「じゃあ……裏で」

 

 ネイアが特に理由もなく決めるとモモンガが指輪を付け替え、そしてその赤い眼光が細まる。ネイアにはモモンガがニヤリと笑ったと分かった。モモンガはコインを弾くと小さい声で魔法を唱える。

 

「《上位幸運(グレーターラック)》」

 

 宙に舞ったコインが机におち、チャリーンと高い音を出した後くるくると回る。そしてやがて回転する力を失った。そして上になった面は「表」。

 

「よし、じゃあ俺の勝ちだな。いや、ついてるなー」

「ちょっと待って!待ってください!モモンガさん!今なんか魔法使いましたよね!?あ、さっきの指輪!あれでしょう!あれが魔法を使えるようになる指輪なんでしょう!」

「ふふふっ、魔法は使ってはいけないと決めていなかったからな」

「ずるい!」

「言っただろう?まずルールを確認することが大切だと」

 

(こ、この骨は……)

 

 確かにルールを確認するのは大切だといういい教訓にはなったが悔しい。しかたなく諦めてふてくされたように依頼書をひったくるように確認する。そして挑戦者を募集している相手の名前を見るとネイアの目はそこに釘付けになった。

 それをネイアの怒りのサインだと勘違いしたのかモモンガは弱気な声でネイアに話しかけてくる。

 

「いや、ネイア。悪かったって、ズルして。そんな怒るならネイアの方の依頼が先でも……」

「モモンさん!これ受けましょう!」

「はぁ!?なんで!?」

「挑戦者募集の相手……これを見てください。あと……ちょっとお願いしたいことがあります」

 

 その依頼の依頼主はオスク。依頼内容は闘技場での剣闘への出場。大トリの挑戦者募集の相手には「武王」の名がある。そして第1試合にその名前はあった。「ワーカーチーム天武、代表エルヤー・ウズルス」の名が。

 

 

 

 

 

 

「エルヤー!」「エルヤー!」「エルヤー!」

 

 場内にエルヤーコールが起きている。バハルス帝国闘技場、そこでは興行主プロモーターたちによって剣闘試合が行われる。試合は対等とは限らず、亜人奴隷を魔獣に虐殺させる目的のものや、冒険者がチームで参加することすらあり、その人気は非常に高い。特に本日は久しぶりに闘技場最強の戦士、武王の試合が行われるとあり会場は高めの入場料にも関わらず満員御礼。雰囲気だけでも味わおうと外にまで人だかりができるほどだ。一般の市民だけでなく、一目で冒険者やワーカーと思われる客もいる。武王の対戦相手となる漆黒のモモンの実力を知ろうと思うものもいるのだろう。

 ネイアは第1試合に申し込み、見合う実力かどうかの審査を受け無事対戦相手として認められた。それもネイア一人に対し相手はチーム全員だ。個人としては漆黒のモモンのチームメンバーであるネイアのほうが格上とみられたのだろう。しかしそれでもエルヤー・ウズルスはこの闘技場では圧倒的に人気のある出場者らしい。そしてその対戦相手が噂の漆黒の相棒となれば盛り上がらないわけがなかった。

 対戦相手の登場を待ちながらネイアは考える。モモンガはルールを確認しておくことは重要だといっていた。そして相手の情報を得ておくことも大切だと。そのため、ネイアは事前に相手のことを調べている。

 エルヤー・ウズルス。刀使いであり、その剣技だけで言えばオリハルコン級冒険者に単騎で勝てるのではないかと言われ、アダマンタイトにも匹敵するとか。法国の出身で法国の国是である人間至上主義に傾倒しており、エルフを奴隷として買っている。また、同じ宿に泊まったという者の話では性的虐待をしているだろう声を聴いたと言う証言もあった。聞けば聞くほど許せない相手ではある。

 また、チームメンバーは魔法詠唱者3人という話だ。それぞれが攻撃、補助、回復とチームとしてのバランスがよく相手にするには非常に厄介な相手だ。

 ネイアは頭の中で事前に考えておいた作戦を反芻する。まずは回復役を真っ先につぶしておくべきだろう。そして次は遠距離攻撃と補助魔法の使い手だ。彼らの支援を捌きながら凄腕の剣士と戦うなどさすがのネイアでもごめん被る。

 だが、ネイアはこの後モモンガの助言を疎かにしていたことを思い知ることになる。

 闘技場の格子をくぐって現れた対戦相手。それはエルヤー・ウズルス、そしてそのチームメンバーの魔法詠唱者たち。ネイアが真っ先に倒そうと作戦を練っていたその相手こそあの虐待されていたエルフたちであった。ワーカーチーム天武、それはエルヤーと奴隷のエルフたちにより構成されていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは相手のチームの構成は調べたものの、調べたのは能力だけでありその素性について抜け落ちていたのだ。エルフたちは奴隷として虐げられている労働や奉仕のための奴隷の弱い女性たちだと思い込んでいた。しかし、彼女たちは今、敵として自分の前に立っている。

 ネイアが守りたいと思ったエルフ達。傷つけられ、迫害されているエルフを傷つけることなどネイアにはしたくはない。しかし、そのためにはネイアはエルフを傷つけずにエルヤーのみを倒さねばならない。そんなことが出来るのだろうか。

 助けたいと思っている相手が敵となったことによる困惑の表情を弱気と見て取ったのかエルヤーがネイアに声をかける。

 

「まさかあなたが相手とは驚きましたよ。女性を相手に刀を振るうのは好きじゃありません。棄権するというのであれば認めますのでどうぞお早めに」

「まさか……そんなことはしない」

 

 冷や汗を隠しつつ、ネイアはエルヤーに見せつけるように短剣を腰から引き抜く。ここからがモモンガと相談した駆け引きだ。その短剣の青い輝きを目にしたエルヤーの表情が一変した。

 

「ほぅ、それは……。とてつもない武器ですね。その手の短剣。あなたにはもったいない」

 

(来た!)

 

 ネイアの予想通りエルヤーの目に欲望の色を見る。市場で聞いた限りこの武具は冒険者やワーカーであれば喉から手が出るほど価値のあるもの。それを賭けの対象として使う。これがモモンガにネイアがお願いしたことであった。

 闘技場での試合は勝ち負けを賭けの対象とされている。観客は思い思いの相手に賭け、試合をより楽しむことができる。そして対戦者同士もお互いに金品を賭けて勝負をしても良いことになっていた。

 

「賭けをしませんか?」

「は?賭け?」

「あなたが勝ったらこの短剣を差し上げます」

 

 この武器を賭けの対象にすればエルヤーは乗ってくる。この武器に匹敵するような魔法道具はめったにないほどの希少品だ。それを賭けの対象とする許可をネイアはモモンガから得ている。エルヤーは二つ返事でそれを受ける。

 

「それは素晴らしい。では私が負けたら何を差し上げればいいのですか?この刀ではそれに釣り合わない気がしますが」

 

(乗ってきたわね)

 

 自分が負けるとはこれっぽっちも思っていないような口調だ。エルヤーに代案を考えさせる間を与えずにネイアは畳みかける。

 

「私が勝ったらそのエルフの女性達を解放してください。そして今後もうエルフの奴隷を買ったりしないと約束してください」

「はぁ?そんなことをしてあなたに何の得があるんです?」

 

 エルヤーが心底不思議そうにしている。しかし、この男にはネイアのこの気持ちが分かるはずもない。

 

「分からないんですか?いえ、分からないんでしょうね」

 

 人間至上主義の目の前の男に言っても分からないだろう。それともあの六腕の人たちのように改心するだろうか。どちらにしてもそれは勝ってからの話だ。

 

「まぁいいですよ。その短剣がいただけるのならね。私が負けるわけがないのでね」

 

 絶対の自信を見せるエルヤーに、ネイアはミラーシェードを上げて、相手を見る。エルヤーの強さは自分と同じくらいだろうか。しかし、自分より弱く見えるとはいえ、エルフ達3人が付いている。油断は決してできない。

 

「そんなに睨まないでくださいよ。安心してください。私は女性には優しい男なんですよ。危ないと思ったらいつでも棄権を認めますからおっしゃってください。命までは奪いませんよ」

 

(その女性には人間以外は含まれていないんでしょう!そんなことを言われてもうれしくもなんともない!)

 

 ネイアが短剣を抜いたように、エルヤーも刀を引き抜きそれぞれが構えをとった。それを準備が整った合図と受け取ったのか、闘技場の審判が声を高らかに開始の宣言を行った。

 

「第一試合 天武VSネイア・バラハ 試合開始!」

 

 審判の合図とともにこの日最初の闘技が開始された。

 

 

 

 

 

 

 開始時はお互いにかなりの距離を置いている。

 

(先手必勝!)

 

 開始の合図と同時にネイアは短剣をしまい、弓に矢を番えるとエルヤーに向かって解き放つ。剣術を得意とする相手なのだ、この開始直後の瞬間くらいしか弓を使う機会はないだろう。

 ネイアの渾身の一矢がエルヤーへと向かい、蛇射の効果で跳ね上がる。しかし、そこで驚くべきことが起こった。エルヤーの体がぶれたかと思うと矢はその体を貫くことなく後方へと消えていったのだ。

 

(うそ!?どうやって避けたの!?)

 

 ネイアは目を疑う。足を使って避けたというのであれば分かるが、足の動きは一切なかった。《領域》の範囲内であれば何が起こったか把握できたであろうが、エルヤーはその範囲外だ。

 ネイアの動揺を見て取ったのか、エルヤーはニヤつきながら刀を持って突進してきた。ネイアは《領域》を発動させてエルヤーの動きを把握する。

 

「しゃあ!」

 

 ネイアの間合いに入ってきたエルヤーは刀を振り下ろすがネイアは紙一重でそれを躱す。

 

(いける。《領域》で動きを見切りさえすれば……)

 

 しかし、エルヤーも避けられたままでは終わらない。振り下ろされた刀は跳ね上がるようにネイアの体を切り裂こうと向きを変えた。観客席から歓声とも悲鳴ともとれる黄色い声が上がる。「ネイアが斬られる」、観客にそう思わせた刀はネイアに当たる直前で寸止めされていた。

 

「ふぅ……実力の違いを見せつけて降参させて差し上げようと思いましたが……」

 

 そう言うエルヤーの寸止めさせた刀の先にはそこへ割り込むように構えられたネイアの短剣が差し込まれていた。

 エルヤーはため息を一つつくと後ろに飛び退る。

 

「なるほど、私の対戦相手として不足はない、選ばれただけはあるということですか。では……またこっちから行きますよ!」

 

 エルヤーが再びネイアの間合いに入る。だが、二度目なだけあり、《領域》によりエルヤーの刀の動きがよく分かった。

 

(この人の刀は一太刀では終わらない。流れがある……。隙のないように大振りをしてもそれを補う技を持っている。でも……)

 

 踊るようにうまく立ちまわり刃を避け続けるネイアに会場からは喝さいが飛ぶ。それに気を取られたのかエルヤーの体の動きに些細な乱れが生じた。それを見逃すネイアではない。素早く刀を掻い潜るとエルヤーの腕を斬りつけた。刀を振るうにはつらいほどの傷だ。

 

「ぐぅっ。こ、この糞女が!」

 

(や、やった!?)

 

「女と思って油断しましたね。おい!回復魔法をよこせ!」

「は、はいぃ!」

 

 怯えた声とともにエルフの一人から回復魔法が飛ぶ。ネイアの切り裂いた傷口は跡形もなく塞がる。

 

「なるほど。一対一の勝負ではないのはなぜかと思っていましたが、やはり私のほうが下だと思われていたのですね……。だったら本気を見せて上げましょう。降参するなら今のうちですよ。《能力向上》《能力超向上》。おい!お前ら支援魔法も寄越せ!」

 

 ビクリとエルフ達が震えると、恐る恐るエルヤーに強化魔法をかけ始める。エルヤーの体が武技と支援魔法による輝きが増したように見え、一回り大きくさえ思える。ネイアはミラーシェードをずらしてそれを確認した。

 

(強い……武技と支援魔法でここまで変わるの……)

 

 肉体強化(バフ)をかけられたその肉体は魔法の輝きを放ち、素振りするその剣速は先ほどの比ではない。

 

「さぁて、行きますよ!」

 

 エルヤーが走り寄るがその速度も先ほどとはまったくの別物であった。《領域》を発動させているとは言え見切れないほどである。

 

(速い!)

 

 一瞬でネイアの目の前まで接近すると中段から突きを繰り出す。《領域》により動きを読んで避けるが、そこへエルフ達から攻撃魔法が飛んで来る。さらに避けようとするがそこへ魔法が飛ぶ。エルフだ。

 

「《大地の束縛(アース・バインド)》」

 

 大地から泥の触手がネイアの足に絡みつき移動を阻害する。さらに速度低下、筋力低下等の能力低下(デバフ)をかけられる。

 

「ぐっ」

 

(これが……魔法詠唱者のいるチームとの闘い!?)

 

 エルフからの攻撃魔法は避けきれず体に受けるしかなかった。刀よりは攻撃力に劣るが、魔法の矢で撃たれた部分に激痛が走る。骨までは達していないだろうが相当なダメージだ。だが耐えられないほどではない。ネイアが泥の触手を切り裂くと反撃の刃をエルヤーに向ける。しかし、すでにそこにはエルヤーの姿はなかった。

 

「武技《縮地・改》」

 

 エルヤーの使った武技は足を動かすことなく水平移動が出来ると言うものだ。全力で走っていたとしても垂直に曲がれる。最初に矢を避けたのもこの武技の発動であった。気づいた時には横にいたエルヤーに斬りつけられている。血が闘技場に舞い、観客席が盛り上がる。

 

「さぁ、どんどん行きますよ。さあ、あなたたちも包囲を狭めなさい」

 

 エルヤーが刀による一撃必殺の斬撃とエルフ達からの支援攻撃。そこに付け入るスキはほとんどない。

 

(これがチームとの戦い……今までと全然違う)

 

 今までは偶然や相手の油断により勝ってきたところがある。チームと言える動きで戦ったのはせいぜい双子の忍者くらいだ。しかし、魔法詠唱者を含んだ4人を同時に相手にするとここまで違うとは。しかも、エルヤーは強化魔法によりネイアよりはるかに格上の相手となっている。

 

「くっ、この……」

 

 ネイアは耐えられずに弓をエルフの一人、移動阻害魔法を使っている女に向け、その足元に撃ち込んだ。当たれば命を失うかもしれないほどの威力だ。だが、当てるつもりはない。

 

「ひ、ひぃ」

 

 女は怯えた表情で魔法を中断する。そしてネイアの間合いから離れるように移動し始める。

 

(支援が止まった?なら……)

 

 ネイアがそう考え、エルヤーに向き直るとそこには誰もいなかった。エルヤーは眉間に皺を寄せると移動阻害魔法を中断したエルフのもとへ一瞬で詰め寄る。そして剣を持った腕で裏拳をその顔に叩き込んだ。

 

「何をやっているんですか!誰が魔法を止めていいといいました!」

「がはっ、はぁ……はぁ……でも……」

 

 唇が切れたのか歯が折れたのか、エルフは口から血を垂らしながらネイアの撃った矢の刺さった地面を見つめる。

 

「お前は矢で射られようが剣で刺されようが言われたことをしていればいいんですよ!」

「は、はい……」

 

 エルフはふらつきながら立ち上がると杖をネイアに向けて構える。ネイアは信じられなかった。その言動も仲間に向けて拳をふるうその理由も。そして試合中とは言え思わず声を上げてしまう。

 

「なんてことをするんですか!」

「ああ、すみませんね。でもこれは躾ですから仕方のないことなんです。あなたもエルフを奴隷にしたいのであれば覚えておくといいですよ。まぁ、あなたの怒っている理由もわかりますがね」

「あなたに私の何が分かるっていうんですか!」

「あなたは私に勝ってこのエルフたちが欲しいのでしょう?だから自分のものになる前に傷ついたり死んだりしてその価値がなくなるのが嫌なんですよね」

 

 頷きながらネイアの思ってもいなかったことを理由として語るエルヤー。改めてネイアはこの男の価値観が自分と全く違うということを思い知る。何がこの男をそこまで歪めているのだろうか。ネイアはいつものように相手に問いかける。

 

「あなたにとって……正義とは何ですか」

「はぁ?何を突然。正義?正義ねぇ。そうですねぇ、私のことでしょうか?」

「は?」

「この私、エルヤー・ウズルス。この己自身が正義であり、私の進んだ足跡が正義の道となるのですよ」

 

 その言葉にネイアはエルヤーの今まで言っていた言葉の意味が胸にストンと落ちる。この男は己のことのみを大切としているのだ。だから己の種族である人間以外を否定するのだ。まるで自己愛の塊だ。そしてそんな男に自分は負けようとしている。

 

「さて、あなたもエルフを傷つけたくないなどと言っていたら実力が出せませんよ!さあ、再開しましょう!」

 

 再び始まる剣と魔法の応酬、肉体を強化された剣士、魔法攻撃による支援、斬りつけても回復魔法で即座に回復される。素早さを活かそうにも移動を阻害される。ギリギリで攻撃をさばき続けるが、ダメージが蓄積する。腕がしびれ、足も重くなってくる。

 

(敗北……)

 

 その言葉がネイアの脳裏によぎる。遠くでモモンガが叫んでいる声が聞こえる。エルフを攻撃しろと言っているのだろう。ネイアの中の弱虫が囁く。

 

『エルフを殺したっていいじゃない』

 

(違う!そんなのは正義じゃない!)

 

『じゃあ棄権しちゃおうよ。棄権しちゃえば命までは奪わないって言ってたじゃない』

 

(嫌だ!負けたくない!ここで負けを認めてしまったら……)

 

『いいじゃない。本当の正義なんてなかったんだよ』

 

(負ける?ここで?いや、負けられない!絶対……絶対に負けたくない!)

 

「ネイア!もう気にするな!エルフたちから倒せ!後のことは気にするな!」

 

 意識が朦朧とする中、モモンガの声がはっきりと聞こえた。《伝言》だろうか。確かにモモンガの言うことは正しい。ここは心を鬼にしてでもエルフたちから倒し、その後、エルヤーと対峙するべきだ。そのほうが遥かに楽に勝利へ近づけるだろう。

 だが、エルフを亜人と貶め、自分の欲望を満たすために使い、そして最後は使い捨てるような人間に負けるわけにはいかない。自分の正義を見つけると決め、国を出た自分がこんなところで負けるわけにはいかない。攻撃を避けきれずボロボロになりながらネイアは強く思う。

 

(力が……力が欲しい。目の前のこの男を倒すだけの力が……)

 

 強くそう想った。その時、ネイアの中に何かが芽生える。そしてその芽生えた何かがこの状況を打開する、そんな確信のもとに叫んだ。

 

「《能力向上》!」

「はぁ?何ですか?おかしくなってしまったんですか?武技は叫べば使えるというものではありませんよ」

「《能力超向上》!」

「本当に使える?私と同じ武技を!?なぜ最初から使わないのです」

「使えなかったからよ」

「はぁ?今覚えたとでも言うのですか!?」

 

 肉体に力がみなぎる。確かに武技は発動したのだ。エルヤーの言を無視し、さらに感覚の鋭くなったネイアは《領域》による感覚に集中する。エルヤーの刀の動き、エルフ達の魔法の詠唱間隔に状況、それを一瞬のうちに把握する。

 エルヤーの刀が空を切った。魔法も最小限の動きで紙一重で掻い潜る。そして弓をひき絞ると3本の矢を同時にエルフ達に解き放った。

 

「きゃあ!」

 

 エルフ達が悲鳴を上げるが、矢はその足元ぎりぎりに突き刺さる。そして、エルフ達からの支援攻撃が一瞬止まった。

 

「どうしたのです!さっさと攻撃を続けなさい!殺されたいんですか?」

 

 エルヤーからの怒号にエルフたちが詠唱を再開するが、その隙にネイアはエルヤーから距離を取る。そして地面を蹴ると弓を構えたまま宙を舞った。

 

「弓での攻撃など無駄なことを!そんなもの叩き落としてやります」

 

 エルヤーは刀を構えて迎撃の体勢を整える。実際、身体強化をしたエルヤーであれば、ネイアの弓を落とすことは可能であろう。ネイアは弓を弾き絞るとエルヤーに向けて射った。

 この矢の軌道は一度見ている。エルヤーは放たれた矢が目の前で跳ね上がったとしても対応できるよう全神経を集中する。しかし、弓は跳ね上がらなかった。ネイアが上下反転して射ったからだ。

 矢は地面に刺さりそうなほど下へ下がったかと思うと次の瞬間、蛇の(あぎと)ようなに跳ね上がり、下から股間へと突き刺さった。数々のエルフ達を泣かせてきたエルヤーの蛇が逆に食らいつかれることとなったのだ。

 痛みに悶絶するエルヤー。客席の女性たちからキャーと言う黄色い悲鳴が上がり、男たちは股間を押さえて震えあがる。

 

「お、お前たち……。回復魔法を……」

 

 口から泡を飛ばしながらエルヤーが息も絶え絶えにエルフたちに命令を下す。しかし、誰一人動こうとするものはいなかった。その代わりにエルフたちは降参のサインとして両手を上げる。

 

「お、お前ら……。うっ……」

 

 泡を吹きうずくまるエルヤー。降参の言葉も出せないそんな様子を見た審判が首を振る。

 

「勝者!ネイア・バラハ!」

「ネイア」「ネイア」「ネイア」

 

 試合前はエルヤーコール一色だった場内がネイアコールに包まれる。満身創痍であるが、こうして勝利を祝してもらうのも悪くない。そう思い、ついミラーシェードを上げ客席に手を振り、ネイアは自分の行動を後悔した。

 

(しまった。また私の目を見てみんなに怖がられちゃう……)

 

 会場が静まり返るのではと思い、急いでミラーシェードを下げようとするがそれは杞憂であった。会場のボルテージがさらに上がったのだ。静まるどころか闘技場の観客が腕を振り上げネイアの名を叫んでいる。

 

「「「ネイア!ネイア!ネイア!」」」

 

(うけてる!?え?え?そう言えば最近顔怖いとか言われてない……)

 

 思えば幽霊船に乗ってからあたりか、あそこでは見る者の視点によって物の見方が変わるということを学んだ。

 

(とすると、ここ帝国では私の顔って怖くない?むしろ……)

 

 闘技場の声援に応え手を振ると相手も笑顔のまま全力で振り返してくる。

 

(私ってここではイケてる!?)

 

 

 

 

 

 

 大トリとなる試合はモモンガの勝利で終わった。大剣とこん棒が火花を散らすその戦いは伝説と謳われてもおかしくないほどのものであった。モモンガはかなり手加減をしてたのだろうが、会場を盛り上げに盛り上げ、その戦いぶりで血沸き肉躍る熱戦として語り継がれることになるほどのものであった。

 そんな最終試合を終え、ネイアとモモンガは帰路についていた。そして解放されたエルフ達は約束通りネイアたちが預かることとなった。そんなエルフたちを連れたネイアにモモンガは嬉しそうに語りかける。

 

「ネイア。君はタレントがないとか言っていたが、もしかしたらラーニングの才能があるんじゃないか?」

「ラーニング?」

「人の使った技を自分の技としてしまう特技だ。あのブレインとか言う者の武技も使えるようになった。そして今回は対戦相手の武技だ。ユグドラシルでもモンスターの技なんかを覚える職業があったなぁ」

 

 懐かしそうに語るモモンガ。しかし、そんなことがあるのだろうか。しかし、そんなことが出来るのであれば色々と役に立つだろう。

 

「今まで見た技とか術を使おうと試してみてはどうだ?」

 

 モモンガに言われて試しにやってみる。あのクレマン何とかが使っていた《疾風走破》を使おうとイメージをしてみる。しかし、発動はしなかった。あの変な足を開いた前傾姿勢だけさせられて恥ずかしい。見ているエルフたちも若干引いているように見える。被害妄想だろうか。

 

「何も起きなかったんですが」

「えっ、あっ、ごめん」

 

 二人の間に沈黙が下りる。それが合図であったかのように今まで黙っていたエルフの一人が声を上げた。

 

「ありがとうございます。私たちご主人様に精一杯仕えさせていただきます」

「ありがとうございます」「ありがとうございます」

 

 泣きながら地にひれ伏すエルフたち。エルフたちの耳は重傷扱いだったようでネイアの魔法《重傷治癒》により耳の長さは元通りになっていた。その時は嬉しさと感謝で泣きわめいて大変だったが、今もなお大変な状況である。

 

「ちょ、ちょっとやめてください!何をしているんですか!」

「私たちの新しいご主人様……なんですよね?」

 

 エルフたちが尊敬と畏怖の籠った目でネイアを見上げている。興奮しているのかその頬は赤く染まっていた。

 

「ふむ、ネイア。君には支配者の才能もあったのか……指揮系スキルの取得も狙えるか?」

 

 モモンガが訳の分からないことを言っている中、恐る恐るネイアを見上げるエルフたち。奴隷としての生活が長かったのだろう。恐怖と痛みで縛り付けられた精神はネイアの気持ちを理解してくれていなかったようだ。

 

「やめて!!」

 

 つい大声で叫んでしまう。ネイアの叫びにエルフたちがびくりと震える。モモンガも「ご、ごめんっ」と震えているが今は無視だ。

 

「私はあなたたちのご主人じゃないです。私とあなたたちは対等な……種族は違うけど対等な人間とエルフです。どっちが上とか下とかそんなのないのよ!」

 

 エルフたちを立たせるとその目を見て語り掛ける。自分はただ目の前の困ってる人を助けたかっただけ。ただそれだけなのだと。そして、エルフたちの目から恐れの感情が消えていく。そして代わりにさらに涙があふれ出した。

 

「ありがとう……。ありがとうございます。バラハ様……」

「様はいらないわ」

「バラハさー……ん」

 

 そう言って泣きながら抱きついてくるエルフたち。豊満な胸がネイアのいろいろなところに当たる。

 

(くっ……大きい。美人だし、確かに胸も私より大きい。でも卑屈になっちゃだめよ……会場でも受けてたし私だって……)

 

 自分より背が高く、青い瞳に整った顔の美人のエルフたちを羨ましく思いつつも、ネイアは会場の反応がよかったことで自分の心を慰める。これ以上そのことを考えていると嫉妬心まで芽生えてしまいそうだ。そう思い、ネイアは話題を変える。

 

「モモンガさん、何とかこの国の奴隷制度……無くならないでしょうか」

「そうだな……皇帝に直談判でもするか?エ・ランテルでも会いたいとか言ってたし。ああ、でもその前にもう一つの依頼をこなすことが先か……」

 

 

 

 

 

 

 もう一つの依頼。それはアゼルリシア山脈を調査し、ドワーフ国の状況を確認するというものだ。宿屋にエルフたちを預けると、モモンガとネイアは依頼主の元へと移動する。

 依頼主はバハルス帝国の商業組合だ。ドワーフ製の道具は非常に精巧で出来が良く、帝国としては交易の再開をずっと願っているのだ。しかし、数年前よりその足がぱったりと止まった。そしてバハルス帝国にはドワーフ国の正確な場所を知るものはいなかったのだ。冒険者組合にも依頼を出したが危険すぎて引き受け手がない。そこでワーカーに調査をさせようというものであった。

 商業組合に入ると受付嬢が案内をしてくれる。心なしか青ざめているようだ。恐る恐る奥の扉をノックし、中からどうぞという声が返る。若く、そして威厳と自信に満ちた男性の声だ。

 モモンガとネイアが中に入るとそこにいたのは鎧を着た複数の男女、そして白髪で長いひげを生やした魔法詠唱者と思われる老人。そして一人だけ違った雰囲気の男がいた。サラサラの金色の髪、眉目秀麗の顔立ち、濃い紫で切れ長の瞳。そして何より見るだけで人を支配するようなオーラを放っているように思える。その男は誰もを魅了するような甘く優しげな声で二人を迎え入れた。

 

「やあ、よく来てくれたね。歓迎するよ」



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第10話 繁栄

 バハルス帝国商業組合の組合長室。黒檀の立派なテーブルと椅子が置かれ、そこに飾られた調度品にもさすが商業組合と言えるような非常に精巧な細工が施されている。しかし、それらも目の前に座る人物を前にしては霞んでしまう。金色の髪をたなびかせながら男は席をたつと優雅に礼をする。その動きはとても洗練され流麗なものでまさに貴族の礼、いや、その風格からくるものは王者の礼とでも言うべきものであった。

 

「さて、まずは自己紹介から始めようか。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという」

 

 目の前に現れた帝国の皇帝を名乗る男にネイアは目を奪われ、そして周りを見渡す。思うことは一つ、「なぜここに皇帝がいるのか」だ。立派な部屋ではあるが、ここはどう見ても商業組合の一室だ。帝城でもなければ謁見の間でもない。ネイアの動揺をよそにジルクニフと名乗った皇帝は周りに控える者に掌を向ける。そこには純白のローブを纏い、白い髭を伸ばした白髪の老人、歴戦の戦士を思わせる鎧の男女4人がいる。

 

「そして彼が主席宮廷魔術師のフールーダ・パラダイン。後ろの4人は護衛なので自己紹介は省こうか。いや、ニンブルとは面識があったかな。エ・ランテルで君たちもあっているだろう。あともう一人呼んでいるのだが何をやっているんだか……。君たちを待たせるには忍びない。話を進めよう。あなたが『漆黒の英雄』モモン殿で、そちらのお嬢さんが『き……」」

 

(き?)

 

「いやぁ、わりぃわりぃ遅れちまって!」

 

 ジルクニフの言葉を遮るように突然ドアが開くと、ネイアの後ろから一人の男の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。そしてその声を聞くとネイアの胸がなぜか高鳴った。

 

(誰?)

 

 振り向くとそこには、ぼさぼさ髪に無精ひげの男がいた。かつて野盗としてネイアたちを襲い、返り討ちにあったあの男だ。

 

「おー、おまえらやっぱ来てたのか。久しぶりだな。闘技場の試合みたぜ。漆黒の旦那に……()()()()()

 

 エ・ランテルで帝国に犯罪者として引き渡したのになぜ自由になっているのか。気さくに話しかけてくる。ネイアは胸の高鳴りが早くなるのを感じる。

 

「漆黒の旦那はさすがだな。あの武王相手にあんな戦い方ができるとはな。しびれたぜ。まだまだ修行が足りねえわ。あんたと戦うにはもっと腕を上げなきゃな」

 

 剣こそが正義と言い張ったこの男。ひたむきに剣の道を突き進むこの男はまだモモンガに挑むことをあきらめていないらしい。ネイアは鼓動はさらに早くなる。

 

()()()()()の試合も見たぞ。腕上げやがったな。前はまぐれで負けたと思ってたんだが今やったらどうなるかわかんねえな。また闘技場でないのか?()()()()()。次は俺とやろうぜ」

 

 ネイアに向けて獰猛な笑みを向けてくる。ネイアの目をまっすぐに見つめてくるその目は真摯なものだ。顔を赤らめたネイアは胸の高鳴る理由を思い出す。

 

「ん?どうした?凶眼の射手。俺のこと忘れちまったのか?つれねぇなぁ。この俺を倒したのは凶眼の射手だって認めてんのによ。俺は敗北を認める男だぜ。このブレイン・アングラウスを倒したのは()()()()()だってちゃんと宣伝しておいたからよ。おい、顔が赤いぞ、本当にどうした凶眼の射手。なぁ、凶眼の射手よぉ」

 

 ネイアは自分の気持ちに気づく。この胸の高鳴り、赤くなる頬、その原因は……

 

 

 

―――恋

 

 

 

 ではなかった。単純な怒りである。ネイアの脳裏に走馬灯のように色々なことがよぎる。王国に凶眼の名を広められた。宿屋で凶眼と呼ばれた。その思い出が脳裏に走った瞬間、ネイアの足はその無精ひげの男に向かっていた。思い出した。次に会ったら絶対に殴ると心に誓ったのだ。

 そして右手から捻りを加えたストレートを男に向かって突き出す。

 

「うおっ!?」

 

 ネイアの突然の行動に驚くブレイン。しかし、そこは修羅場をくぐってきた男。みぞおちを狙ってきた拳の動きを武技『領域』を使って即座に把握する。そして紙一重でよけるよう体を動かすが、ネイアの拳はそれを追従するように追ってきた。

 

「何!?」

 

 そう、ネイアも『領域』を発動し、ブレインの体の動きに即座に反応していたのだ。そしてそのまま男のみぞおちを抉るように渾身の力を込めて撃ちぬいた。

 

「ぐほぉ……。な、何しやがる……」

 

 痛みに悶絶し、蹲る男。皇帝の周りの騎士が一斉に武器を構えるが、続くネイアの言葉に呆然と立ち尽くす。

 

「凶眼の射手はお父さんです!私は凶眼の射手じゃありません!」

 

 モモンガがビクビクしながら「ネイア、お母さんに似てきたな……」とつぶやいている。何を言っているんだろう。私はあそこまで怖くない。

 

 呻くブレインをよそに静まり返る室内。そんな中、この部屋のホストが涼やかな声で場をとりなす。

 

「私の部下が失礼した。バラハ嬢。勘違いなされたのかな?アングラウスは夜盗から足を洗い、今では帝国に仕えているのだ。事前に説明しておくべきであったな。ともかくこれで出席者もそろったことだ。お互い顔を見せて話をさせていただけないかな」

 

 皇帝からの提案。それは顔を見せてほしいというもの。確かに顔をヘルムやマスクで隠したまま会談というのも失礼な話であろう。ネイアはチラリとモモンガを見ると頷いてそのままヘルムを外した。ネイアも同様にミラーシェードを外す。

 

「お初にお目にかかります皇帝陛下。私の名はモモン。今はしがない流浪の民です」

「ネイア・バラハです」

「これはこれはモモン殿は精悍な顔立ちをしておられるな。それにバラハ嬢も大変お美しい。しかし、その髪や目の色から察するにモモン殿は聖王国の出身ではないのかな?」

「ええ、異国から旅をしてきましてね。目立つのも困りますので顔を隠させていただいています」

 

 そう言って、モモンガはヘルムを被りなおすが、それを咎めるようなものは誰もいなかった。モモンガがアンデッドだと言うことがバレなかったようでネイアは胸をなでおろす。

 

「さて、ではお互い座って話をしようじゃないか」

 

 ジルクニフはそう言うとテーブルを回りネイアの前の椅子を引く。ネイアはまさかと思うが帝国の皇帝がネイアが座るために椅子を引いたのだ。信じられない光景にネイアはパニックになりかける。

 

「さぁ、どうぞ。お美しいレディ」

 

 ジルクニフは優し気な笑顔をネイアに向け白い歯を見せ着席を促す。紳士は女性のために椅子を引くことがあると聞いたことがあるが自分がそんな立場になるとは思わなかった。それに気になる言葉、「美しい」。二度も言われたその言葉にネイアは戸惑う。

 

(美しいって私が……?いや、まさか本当に?でも皇帝陛下にこんなことさせるわけにはいかないわ)

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下に椅子を引いていただくなどとんでもございません!」

 

 ネイアが固辞するとジルクニフは寂しそうな顔をして椅子から離れる。

 

「そうかい?遠慮しなくてもいいのに。それに私の名前は長い。ジルクニフ、またはジルと呼んでくれてもかまわないよ。いや、美しい君にはそう呼んでほしいな」

 

 窓から差し入る光がジルクニフの髪や歯に当たりキラキラと輝いている。まるで物語の世界から飛び出してた王子様のようだ。

 

(光ってる……すごい美形!っていうか歯が光るのとか初めて見た!)

 

「ごほんっ」

 

 そんな素直な感想を心に描いて見惚れていると、ネイアの気をそらすように咳払いがした。それも喉に何かが引っかかることなどありえない骨、モモンガからだ。そしてそのままモモンガは不機嫌そうに椅子を引くとドカリと座る。ネイアも前に出て椅子を引こうとするが、その前にジルクニフに椅子が椅子を動かし座らされてしまった。

 全員が席に着くと商業組合の職員と思われる女性がお茶をいれ、それぞれの前にカップを置いて去っていた。ドアが閉まるのを確認するとジルクニフはホストとして話はじめる。

 

「さて、まず君たちには礼を言わねばなるまい。エ・ランテルでのアンデッド討伐本当に感謝している。あれは帝国で解決するつもりではあったが犠牲なしには都市を解放することは難しかっただろう。そうなれば帝国兵にも相当な数の犠牲が出たはずだ」

「あれは受けた依頼をこなしたまでのことです。報酬もいただきましたのでお気になさらずに。それよりも我々はこちらの商業組合で依頼を受けに伺ったのですが、なぜ皇帝陛下がここへ?商業組合長はどうされたのですか?」

 

 モモンガが一番聞きたかったことを聞いてくれる。商業組合から依頼を受けに来たらそこには皇帝がいた。意味が分からない。依頼主の組合長はどこへいってしまったのか。皇帝は何のために目の前にいるのか。疑問は尽きない。

 

「商業組合長に急用ができてね……っといったごまかしはなしにしようか。商業組合も帝国の組織の一つであるし、依頼を代理として私からすることにはさして問題はないだろう。私が来た理由の一つは、君たちに直接お礼を言いたかったこと、そしてもう一つは情報交換をできないかと思ってね」

「情報交換?」

「今の私は商業組合長の代理としてきている。商業の原則に従い、ギブアンドテイクで行こうではないか。私は君たちの持っている情報が欲しい。君たちが聖王国を出てここに来るまで何があったのかを教えてほしいのだ」

「ほぅ、商業の原則とは面白いですね。それで私たちは何をいただけるのですか」

 

 モモンガの楽し気な問いかけにジルクニフはニコリと笑うとモモンガを、次にネイアを見つめる。そして彼は自身の言葉どおりネイアが欲しい情報を提示した。

 

「聖王国……そして王国の現状を知りたくはないかね?」

 

 ネイアは聖王国に残してきた両親を思い出す。そしてあの狂気のリ・エスティーゼ王国第三王女を。現状は非常に気になるが戻って確かめるわけにもいかなかったところだ。あの後どうなったのだろうか。訴えかけるようにモモンガを見つめるとネイアに向けて頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフの要望に従い、モモンガからこれまでの説明することとなった。もちろん幽霊船での出来事などアンデッドであるとわかる部分は省いている。法国の陰謀によりアベリオン丘陵への侵攻が始まったこと。ブレインとの出会い。死都となったエ・ランテルでの戦い。王国での戦いやラナー王女からの勧誘などすべてを語り終えるとジルクニフは難しそうな顔をする。

 

「なるほど、聖王国が亜人討伐に出兵したのは法国の後押しがあってのことか。そして王国の第三王女は君たちに王国を明け渡そうとしたと」

「ええ、断りましたが」

「ふむ。では次はこちらの番かな。まず、聖王国の現状について教えよう。亜人討伐については今のところ順調にいっているようだ。豚鬼(オーク)藍蛆(ゼルン)等の複数の亜人族を滅ぼし、まだ遠征を続けているという。これが聖王国が我が国に援軍の要請をしてきた際に確認している。特に聖騎士団長が鬼神のような強さで数多の亜人を討伐しているという話だ。これは恐らく君たちの話の中で出てきた王国の神剣が渡ったためなのだろう」

 

 聖王国が今のところ無事そうでネイアは安心するが、複数の亜人が滅ぼされたというのは喜んでいいのかどうか今では分からない。

 

「ラナー王女が法国へと流した王国の神剣ですか。それは興味深いですね」

「剣士としては興味は尽きないだろうね。ちなみに援軍の要請については断った。自国の防衛だけで精いっぱいだからね。だが、聖王国はこのままでは危険かもしれないな。引きどころを知らないと見える」

 

 ネイアの脳裏にレメディオス団長の顔が思い浮かぶ。猪突猛進という言葉がよく似合う彼女がいたらよほどのことがない限り撤退はしないかもしれない。

 

「それでは王国についても教えていただけますか」

「ああ、いいだろう。王国については……まず国王ランポッサⅢ世が亡くなった。第一王子、第二王子もだ」

「え」

「処刑されたといった言い方が正しいか。第三王女ラナーは君たちに断られた時の次善の策も用意していたのだろう。恐ろしい女だな。レエブン侯という人物がいるのを知っているかい?王国の六大貴族の一人だ。彼が国王、そして第一・第二王子、そして王国で暗躍していた犯罪組織、そう、君たちが捕らえた八本指の関係者の粛清を行った。恐るべき早さだったと聞いている。事前に準備していたのだろう。もちろん、君たちが断らなかった場合のことも考えてだろうが……そして、関係していた貴族たちを犯罪組織との間者として世間に晒し、そして国王や王子はそれを容認していたとして粛清し、王女とレエブン侯で新しい体制を作り治めると発表したのだ」

「国民や貴族たちからの反発は?」

「驚くほど少ない。もともと第三王女は国民に優しく、国民から非常に高い支持のある人物。レエブン侯も統治下では王国の国民の中では税も少なく豊かだった。反発するような者は国民から搾取を続けていた八本指の関係者の貴族たちくらいだろうが粛清されてしまったからな。いや、あの王女のことだ。むしろその中に反発しそうな連中を巻き込んでいたということも考えられるか。とにかく統治は迅速で驚くほど反発が少なく完了したらしい。だが、国としては悪い方向には進まないかもしれないな。そうそう、エ・ランテルが帝国領となった件についても住民を救ってくれた帝国による支配を認めると感謝状まで贈ってくる始末だ」

 

 そう言ってジルクニフは困ったように笑う。あの王女はモモンガたちに統治権を渡す話をしながらその裏で断られた際の準備もすでに終わっていたということか。これにはネイアも苦笑しかでない。しかし、気になることが一つあった。それを察したのかモモンガが聞いてくれる。

 

「今後、帝国は王国との戦争はどうなるのですか?」

「私が王国と争っていたのは王国の民を憂いてのことだ。愚策により塗炭の苦しみに嘆く人々を救いたかった。重税に、暴力に、麻薬に苦しむ人々をな。あの国に自浄作用は期待できない。そんな理由だ。それらがなくなるというのであれば今のところ攻め入る理由はないな。エ・ランテルの住民たちから王国に戻りたいという声がない以上都市を返還するつもりはないがね」

 

 まるで当たり前のように民のためだと言い切るジルクニフ。

 ネイアは思う。この皇帝は本当に国民のことを考えている。しかし優しいだけでなく判断力も決断力もある。カリスマというのだろうか。人を引き付ける魅力に溢れていた。モモンガに代わりネイアは尋ねたいことを口にする。

 

「それが……それが皇帝陛下の正義ということですか?」

「私の正義?そうだな……正義か。私にとって正義は……繁栄というところかな」

「……繁栄?」

「国の豊かさ、国民の笑顔、そう言ったものを含めて国としての繁栄。帝国皇帝としては繁栄こそが正義ではないかな」

「……誰も泣かない国を作るということですか?」

「誰も泣かない国?そんな国ができればいいとは思うが、不可能だ。少なくとも私にはね。人は自分を誰かと比較しなければ生きていけない。その中で意見の相違は必ず起きる。私が正しいと思ったことに反するのであればそのものには泣いてもらわねばならない。残念なことだがな」

 

 はにかみながら笑う皇帝は非常に魅力的だった。皇帝の周りの部下たちもうなずいている。皇帝の正しさについていくと決めているのだろう。綺麗事ばかりを言うカルカとは明らかに違う。これが本当の王者というものだろうか。そんな王者にネイアは疑問をぶつける。

 

「大変素晴らしい考えかと思います。ですが……エルフたちはその中に入るのでしょうか」

「エルフ?何のことだい?」

「奴隷として売られているエルフたちのことです。酷い扱いを受けているのをこの国でみました。そんな彼女たちは泣いてもらうものたちなのでしょうか」

「ああ、バラハ嬢があの闘技場で勝ち取ったエルフたちのことか。ふむ、確かにエルフたちに人権はない。だが、虐待を認めているわけでもない。何というか……法の不備だな」

「法の不備?」

「要するにこの国にエルフが来ることを想定していないわけだ。今までにも来たことなどほとんどないし国交ももちろんない。だから法も整備されていないというわけだ」

「そんな!でもエルフの奴隷たちは確かにいます!」

「禁止をしているわけでもないから商人が他国から仕入れているのだろう。恐らく法国だな。エルフ国と戦争中と聞くから戦奴として我が国の商人に売りつけたか……」

「あの……何とかなりませんか。彼女たちはこの国で何か罪を犯したというわけでもなく、害をなすわけでもありません」

「ならないこともないが……。今いるエルフたちを引き取るにも金がかかるし、商人たちの不満も抑えねばなるまい。ふむ、どうだね。今の私は商業組合長の名代。これも取引としないか。先ほどは情報の交換だったが、君たちの要望を受け入れる代わりに代価をいただきたい」

「何を……ご所望でしょうか」

「正直に言うと君たちが欲しい。優秀な人間はいくらでも欲しいからね。または優秀な人物を紹介してくれるというのでも構わないが」

 

 ネイアはちらりとモモンガを見る。

 

「それは……人間でなくても構わないのでしょうか」

「どういう意味だい?」

「闘技場ではトロールが武王として出場していました。ウサギ顔の亜人が歩いているのを見たこともあります。ですので種族を関係なく陛下は受け入れてくださるのかどうか知りたいのです」

「ああ、武王か……彼は昔勧誘したことがあるくらいだ。断られたがね。帝国に有益な人物であれば種族は問わないつもりだよ」

「そう……ですか。ですが、我々は今のところどなたかに仕える気はありません」

「そうか……。ではどこかでいい人物がいたら紹介してくれたまえ。対価は払おう。だが今回は……そうだな。商業組合の依頼の報酬とするのはどうだ?」

「依頼?」

「もともと君たちは商業組合の依頼を請け負いに来たのだからね。その報酬としてエルフの件は便宜を図るということでどうか。それであれば釣り合いが取れるだろう」

 

 報酬に金銭をもらうつもりだったと言ってもジルクニフの提案は破格のものだ。ネイアは迷わず提案を受け入れる。

 

「ありがとうございます。皇帝陛下」

「喜ぶのはまだ早い。報酬は成功してからだよ。では、依頼の内容を説明しよう」

 

 皇帝から以来の説明が始まった。要約するとドワーフ国との国交が数年前に滞ったとのことだ。原因は不明。アゼルリシア山脈は危険地帯のため、冒険者を雇いたいが、冒険者組合は危険と判断して例えアダマンタイト級冒険者であろうとこの依頼を受けさせなかった。それほど危険な仕事と言うことだ。だが一つだけ問題があった。

 

「ドワーフの王都の様子を確認してくる。それだけでよろしいのですね。それでその都市の名前と場所を教えていただけますか」

「王都の名前だけはわかっている。フェオ・ベルカナという都市だ。だが、この情報は数百年前のもので場所は分からない」

「場所が分からない?それはどういうことですか」

「彼らは行商に来るのみでこちらからドワーフ国へ赴いたことはないからだ。そして都市の名前は数百年前にドワーフの王が来たという伝承のもの……だったな、じい。それ以外に情報はあるか」

「はい、間違いございません。確かアゼルリシア山脈のふもとの地下に都市があると聞いた覚えがあります。ですので地上から見つけるのは至難の業かと」

「っというわけでこの依頼を達成した人物は今までいないというわけだ。どうだい?君たちならば請け負うことができるのではないかね?」

 

 ジルクニフが試すように見つめてくるが断るわけにはいかない。モモンガとネイアは力強くうなずき依頼を請け負うことに決めた。

 

「もちろん請けますとも。ではすぐにでも出発します」

 

 

 

 

 

 

 モモンとネイア・バラハ。二人のワーカーが立ち去り、周りに誰もいないことを確認すると四騎士の一人バジウッドが口を開いた。雷光の異名を持ち、がっしりとした体に顔には顎髭を蓄えている。

 

「陛下。よかったので?エルフを買わなくなったら法国との関係が不味くなるんじゃないですかい?」

「ふんっ、構わない。どちらにしろあの闘技場でエルフたちが助けられた美談は既に噂になり始めている。いずれエルフたちの解放を叫ぶ声があげられるだろう。それだったらむしろ恩を売った上、こちらから積極的に動いたほうが利益は大きいというものだ。エルフの解放の準備をしておけ。売却先をすべて洗っておくように。頼みごとは聞いてやったのだ。そのうち折を見てこちらに引き込んでやろう」

 

 モモンガ達と話していた時とは一転して優し気な笑顔は狡猾なそれに変わっていた。

 

「彼女の話に同情したのかと一瞬思いましたが、やっぱり陛下は陛下ですな」

「ふん、誉め言葉として受け取っておこう。それで……。おまえたち。やつらの実力。どう見えた?じい」

「そうですな。戦士としての強さは四騎士の方々にお任せするとして、魔法詠唱者としては、まぁあのバラハと申すものについては多少は才能がありそうですが気にするほどではありますまい」

「ほんじゃ俺からも。あのバラハってのは戦士としては俺ら並かもしれねえ。戦いを見た限りじゃ負ける可能性もあるな」

「なるほど……。それでモモンのほうはどうだ。じい」

「それが……全く見えませんでした」

「見えない?」

 

 フールーダは白く長いひげを撫でまわしながら首をかしげる。彼には一つの才能(タレント)があった。それは人から出る魔法のオーラを見ることができるというものだ。それによりその人物が第何位階まで魔法が使えるかわかる。だが、どんな人間でもまったくオーラが0というのは珍しい。それもあれほどの力を持っているものならなおさらだ。しかし、そんな彼が何も見えなかったという。

 

「恐らくは探知阻害魔法、またはそれに相当する魔法道具(マジックアイテム)により強さを隠しているのでしょう。これは勘にすぎませんが……非常に危険かと」

「ああ、俺はそれも感じたぜ。気配がまったくねえんだよ。そこにいるのにまるで誰もいないような奇妙な感覚だった」

「じいとバジウッドの意見は分かった。他のものも……同じ意見のようだな。隠す必要があるほど強いということか」

「あ、それから陛下。聞きたかったんですけど、あんなにポンポン情報渡しちまってよかったんですかい?」

「かまわん。あの程度の情報はそのうち市井にも出回るようなものだ。それに比べて彼らの情報は他では聞けない貴重な話が多かった。特に王国のことはな」

「王国……といえばどうするつもりなんですかい?貴族も減っちまったし、今なら簡単に叩けるのでは?」

「ははっ、お前の考えは単純だが嫌いではないぞ。今まで通り腐敗した王国であれば簡単であっただろうが……今は不味いな。それもあの王女は理解したうえでこちらに感謝状など贈ってきたのだろうがな」

「どういうことで?」

「今まではエ・ランテルの所有権を主張して戦争をしかけていたが、その都市は既に帝国領となった。腐敗した王国から帝国領に変わったことに対して住民たちは好意的に受け止めている。まぁあれだけ腐れ切った国に戻りたいと思う者はいないだろうからな。だが、王国の中でただ一人、ラナーだけは違う。あの王女の人気は別格だ。腐敗した王が倒れ、犯罪組織ともども民衆に憎まれていた貴族たちは粛清された。今やラナーとレエブン侯は王国の救世主だ。聞くにエ・ランテルの中でそれを聞いた住民が王国へ帰順したいという者もいると聞く。ここで力ずくで王国を併呑することは簡単だが、国民はそれを受け入れまい。どこかで反乱でも起こってくれればその鎮圧を理由に侵攻するという策もあるが……今は様子を見るしかないな。まったく忌々しい」

 

 ジルクニフはギリリと唇を噛みしめる。戦争を仕掛けるにも理由が必要だ。そして本当の闘いは勝利した後に始まる。力づくで支配下に入った都市の宿命として反乱の目が必ず出る。ジルクニフはそれを極力避けたかった。

 

「だが、あのモモンとバラハがこの国に来たのはチャンスだ。王国の誘いを断ったというから仕官させるのは難しいかもしれんが、この国にいてくれるだけで利益となる。それにあのモモンとか言う男、力はあるだろうが、扱いやすそうだ。何というか……冒険者やワーカーと言うより商売人のそれに近い感じだったな。メリットとデメリットをよく理解している。それゆえに考えていることも分かりやすい。この国には好印象を持っているようだったな。せいぜい恩を売って利用させてもらうとしよう」

「それも今回の依頼が達成できれば……の話でしょう?大丈夫なんですかい?」

「まぁ、失敗するようであればその程度の者たちということだ。だが、私は成功するほうにかけるね」

「でもあの広いアゼルリシア山脈を探すのにどれだけかかることか。1年や2年は覚悟してるんで?」

「あれだけの力を持つ者達だ。1年で帰ってきても驚かんよ」

 

 ジルクニフは闘技場での彼らの戦いを見て、あれはアダマンタイトを超える力を持っていると判断している。それであれば1年でも可能と予測する。しかし、それを否定する声が一つ。

 

「……3か月」

「じい?……なんだと?」

「私は彼らであれば3か月あれば戻ってくると思いますな」

 

 あの危険地帯に赴き、移動だけでも1か月以上はかかるであろう土地の調査で3か月で結果を出すとは思えない。しかし、数百年の時を生きるフールーダの予想には確信じみた声の響きがあった。ジルクニフは冷や汗を流す。

 

「……そうか。じいがそう言うのであればそうかもしれんな。ところで先ほどからレイナースの姿が見えんがどうした?」

「ああ、例の病気が発症したみたいで」

「またか。まぁいい。勝手に接触しようとするのであれば、それはそれで情報収集になる。レイナースの望みが叶えば吉報として受け取ろう。しかし、問題はあのバラハとか言う女だな」

「モモンの相棒のですね」

「ああ、まったく……あの女。なんでずっと私を睨みつけていたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 商業組合での会談は終わった。行き先も決まり、これから旅の準備に入るモモンガとネイアであるが、商業組合を出ると二人同時に言葉を発する。

 

「いけ好かないやつだったな!」「素敵な方でしたね!」

「「えっ?」」

 

 真逆の感想がお互いから出てネイアは驚く。モモンガも驚いているようだ。誰がとはお互い言っていないが同じ人物についての感想だろう。ネイアは自分が感じたところをモモンガに話す。

 

「どうしてですか。皇帝陛下はこの国の国民のことをすごく大切に思っていましたよ」

「……そうだな」

「それにエルフ達のことだって考えてくれるって言ってました。人のことも気遣える優しい心を持っているように思いました」

「……そうだな」

「それに優しいだけじゃなく目的のためには厳しい決断も出来る王者に相応しい方に思えました」

「……そうだな」

「あ、あと……。すごく恰好よかったですね。髪も歯もキラキラ輝いてましたし、なんっていうか……すごくイケメンでした!」

「そこだ!」

「はぁ?」

「人望もあって?有能で?優しくて?金持ちで権力もあってその上イケメンだと!?ああ、憎たらしい!ペロロンチーノさんがいたら同じことを言うに違いない!リア充爆発しろと!」

「な、何をそんなに怒ってるんですか」

「あんな完璧人間見て不快に思わないわけがない」

 

 そこでネイアはモモンガの気持ちに気づく。美人を見たり、人にちやほやされてる女の子を見るとたまに感じるアレだ。ネイアはジト目をモモンガを見つめる。

 

「……ああ、嫉妬ですか」

「くぅ……。まぁ、そうだ。嫉妬だ嫉妬!あんなの嫉妬するにきまってるじゃないか。これを見るがいい」

 

 そう言ってモモンガは仮面を取り出す。たまにモモンガが顔を隠すのに使っている仮面だ。

 

「これは嫉妬マスクと言ってな。クリスマスと呼ばれる日、なぜか恋人同士が仲を深め合い、街に一人で出かけると後ろ指を指される日に一人ぼっちでいると強制的に渡されるアイテムだ」

 

(そんな日に一人ぼっちだったんだ……)

 

「この嫉妬マスクを持っている仲間たちとともにマスクを持っていないリア充をPKしたものだ。ああ……懐かしいな」

 

 PKとは何なのか分からないが禄でもないことなのは確かだろう。

 

「あの、やめてくださいね。皇帝陛下に変なことするのは」

「あ、はい。まぁ最初からやるつもりはないけど……」

「まぁ、モモンさんが嫉妬するのも分かりますけどね。私のほうはこの国じゃイケちゃってるみたいですし?」

「はぁ?」

「あの皇帝陛下も言ってましたし、お美しいとか。闘技場でも受けてましたし、私この国じゃ美人って扱い何でしょうか!?ねぇ、どう思います?モモンガさん!」

「えっ?そうなの?どうかな……俺は美的センスに自信がないんだけど……」

  

 ネイアに詰め寄られモモンガが返答に困っていると突然後ろから声がかかる。走ってきたと思われるその人物は息が整うのを待って顔を上げた。金色の髪で顔の右半分を覆っているが非常に美しい顔立ちの女性だ。そして商業組合で皇帝の後ろに控えていた一人でもある。

 

「お待ちを!」

「あなたは・・・・・・あそこにいた、何か皇帝陛下の伝言でしょうか」

「いえ、違います。今はレイナース・ロックブルズ個人として参りました。失礼を承知でお聞きしたいことがあるのです」

 

 レイナースは片膝をつき、頭を下げる。臣下が仕えるものにするような礼だ。何というか必死な感じがヒシヒシと伝わってくる。

 

「どんなご用件か分かりませんが、頭を上げてください。人が見ています」

「こ、これは失礼」

 

 自分の行動が悪目立ちしているのを把握したのかレイナースは顔を赤らめる。美しい顔が桃色に染まり非常に可愛らしい。

 

「それでご用件と言うのは?」

「はい、それだけの力をお持ち、各地を旅してきたあなた方でしたら様々な魔法道具や情報をお持ちかと存じます。そして私がお聞きしたいのは唯一つ……解呪についてご存じないでしょうか」

「解呪?」

「はい、解呪の魔法道具でもそれを行える魔法詠唱者の情報でも構いません。お礼はどのようなことでもいたします。もしご存知でしたら……このとおりです。お教え願いたい」

「誰かが呪われているのですか?」

「私が……です。これを……ご覧ください」

 

 少し躊躇した後、レイナースは髪で隠されていた顔の右半分を見せる。そこにはその美しい顔立ちからかけ離れた醜さがあった。傷というものではないだろう。後から後から膿が湧き出している。

 

(こんな……綺麗な女の人の顔に呪いを……酷い……)

 

「ある魔物から呪いを受けてこのありさまです。この呪いが治るのであれば私はどんなことでもいたします」

「それは……お気の毒です。ですが……残念ながら私たちでは力になれそうにありません」

 

 ネイアはモモンガであれば容易く治せるのではないかと思っていた。そのためモモンガの返答に違和感を覚える。だがそれを聞いてもレイナースは特に落胆した様子もなかった。

 

「そうですか……そうですよね……。そう仰ると思っていました。ですが万が一の可能性にかけたかったのです。お手数をおかけしました。もし解呪の方法をお持ちでしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですものね」

 

(え?私?え?呪われてませんけど?)

 

 言われた意味が分からず呆然とするネイアの手をレイナースがしっかりと握り取る。

 

「あなたのお気持ちお察ししますわ。そのような眼にされてもそれを隠さず闘技場で戦ってる姿には誰もが心をうたれました。お互い呪われた身。バラハさん!解呪の手段が分かりましたらあなたにもお教えします!挫けずがんばりましょうね!」

 

 握ったネイアの両手をブンブンと振り、その後抱擁をするとネイアの肩を叩いてレイナースは去っていた。

 

 残されたのはネイアとモモンガ。何とも言えない沈黙がその場を支配している。複雑な気分のままネイアはチラリとモモンガを見るとブルブルと震えている。レイナースが話している最中から震えていることは気づいていたが、まさか……。

 

「ぷふーっ!ははははははははっ!」

 

 モモンガは我慢ができなくなったのか両膝をつけ地面を叩いて笑い続ける。

 

「の、呪われた眼って……ぷはははははは。あの女何言って……くははははははは」

「ちょ、ちょっと!モモンガさん!笑いすぎ!笑いすぎです!」

 

 そう、あのレイナースという女はこともあろうかネイアのこの眼を呪いの影響と勘違いしたのだ。恥ずかしさに真っ赤になったネイアはモモンガのヘルムをバシバシと叩く。手が痛い。

 

「だ、だってそれでこの国じゃ美しいって……イケてるって言ってたのに……呪いって……ぶははははははは」

 

 まだ地面をバンバン叩いている。だんだん恥ずかしさより怒りが勝ってきた。この骨、滅ぼしたほうが人類のためなのではないだろうか。頭に襲い掛かって叩くのを短剣の柄へ変えてヘルムを叩いているとモモンガが根を上げる。

 

「悪い悪い。ヘルムを叩かないでくれ、音が響く。悪かったって。まぁ、なんだ。勘違いがとけてよかったと思おうじゃないか。」

「よかったとは思いませんけど……」

 

 ぷくーっと頬を膨らませてモモンガを睨む。

 

「うっ、いや、本当に悪かった。ごめん。それに私は別にネイアの眼は嫌いではないぞ。いや、これは本当にな」

 

 頭を下げ慰めてくるモモンガにネイアは溜飲を下げる。しかしネイアの脳裏にそこで天啓が下りる。

 

(呪い?あの人は私の眼を呪いだと思った。……ということは、そういう可能性もあるの?)

 

 もしかして、万が一、そんな言葉がネイアの脳裏によぎる。

 

「あの……ところでモモンガさん。解呪の方法は持っていたんですか?」

「ああ、《解呪(リムーブカース)》と言う呪文がある。それを使えば治せたかもしれないな。だが彼女を治す理由もメリットもないからなぁ。それに死者蘇生と同じで余計なトラブルのもとになるだろうしな」

「もし……もしですよ?私が呪われていたらその魔法使ってくれますか?」

「まぁ……それは……使うだろうな。仲間だからな」

「あ、あの念のため、念のためなんですけど、何か呪われてる可能性もありますし、試しに……そう試しに使ってみてくれませんか!?私にその魔法を!」

「え、あ、まぁいいけど。呪われてる可能性でもあるのか?何か体調でも悪いのか?」

 

 ぶつぶつ言いつつもモモンガは指輪を付け替えるとネイアに魔法をかけてくれた。そしてその結果は……。

 

 

 

(お父さん、お母さん……特にお父さんごめんなさい。この眼は呪いでも何でもありませんでした。生まれつきでした……)

 

 ネイアはモモンガに魔法をかけてもらい、急いで鏡を見ていつもどおりの自分が中から見つめているのを確認するとガックリと膝を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈へと向かうモモンガとネイア。目指すはドワーフの王都フェオ・ベルカナである。帝国と王国を分かつ山脈へ向け、道中の危険なモンスターと戦いながらも苦戦をすることも少なくネイアは比較的楽しんで冒険をしていた。聖王国にいた時より強くなったという実感がある。ちなみにエルフたちは役に立ちたいと言って付いて来たがったが危険だというモモンガの判断で宿屋に残してきた。

 

「モモンガさんは何でエルフ達を気にかけてくれるんですか?」

「ん?突然なんだ?」

「いえ、モモンガさんは私が言ったからとかそういうんじゃなく本当にエルフ達を助けたがってるような気がして」

「ああ、そうか。そんな顔をしていたか」

 

(顔っていうか雰囲気だけどね)

 

 モモンガは普段はヘルムで顔を隠しているし、顔を出しても表情は動かない。だが、ネイアにはそれを見ずとも段々と気持ちがわかってきた気がする。

 

「私もかつて同じような立場だったから……かな」

「モモンガさんが?」

 

 どんな敵にも圧倒的な強さを見せるモモンガが迫害されているエルフと同じような立場だったとは信じられない。

 

「奴隷では……なかったけどな。私にもかつて弱かった時がある。その時、世界では異形種狩りが流行っていてな。私はアンデッドと言うだけで何もしてなくても狩られる対象だった。斬られ……焼かれ……砕かれ……何度死んで何度蘇生したか分からないほどだ。やがてレベルが下がり、これ以上死んでは灰となって世界から消える。こんな世界ならそれもいいかとすべてを諦めたその時……」

「その時?」

「一人の聖騎士が助けてくれたんだ。困ってる人を助けるのは当たり前といってな。そう、あの時ネイアがあのエルフ達を助けたようにな。この鎧姿はその聖騎士を真似て作ったものだ。だから、エルフと言うだけで迫害される彼女らにどうしても自分を重ねてしまう」

 

 モモンガの語った聖騎士、それはネイアの国の聖騎士、少なくともネイアが見てきた聖騎士とは全く違うものであろう。ノブレス・オブリージュという言葉がある。身分の高さには責任が伴うということだ。そしてそれを体現するのが聖騎士、ネイアの思い描く本当の騎士の姿だ。モモンガの語る聖騎士は己の正義を体現するため迫害を受ける異形種たちを救い、それをまとめる組織を作ったということだ。それがモモンガの仲間たち。弱きものを助ける本当の騎士道をそこに感じる。

 嬉しそうに、そして少し寂しそうに思い出を語るモモンガに感銘を受けている中、周囲に大きな音が鳴り響いた。グー、グーっといった地面に響き渡るような音だ。

 

(何の音?敵?)

 

 警戒しつつ、その音の発生源を捉える。木々に隠れて見えないがその向こうに何かがいる。恐る恐る中を覗き込むとそこには驚くべきものがいた。ネイアも今まで見たことはないが、そこにいたもの、それは恐らくドラゴンと呼ばれる生物。無限の時を生き、生まれながらの強さに加え、その生きた年月がさらにその力を強大にする地上最強の生物だ。

 しかし、ネイアの想像していたより少し小さめのそのドラゴンは白い美しいウロコに覆われていたが一つ気になるところがあった。横に……長いのだ。要するに太っている。

 

「だ、誰?」

 

 ネイア達に気づいたドラゴンがびくりと震えると後ずさる。とても地上最強の生物には思えない。

 

「ほぅ、ドラゴンか。この世界にもいるとは嬉しいな。ドラゴンはいろいろ使い道があるからなぁ」

「ひぃ!」

 

 モモンガの言う使い道とはどういう意味かよく分からないが役に立つと言うことだろうか。その言葉から何を感じ取ったのかは分からないがドラゴンはさらにおびえている。

 その時さらに大きな音が鳴った。ドラゴンは恥ずかしそうにお腹を押さえて顔を俯ける。あのグーという音はドラゴンの腹の音だったようだ。

 

「あなた、腹が空いているの?」

 

 ネイアが優しく問いかけるとドラゴンは顔を赤らめ、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンはフロストドラゴンという種族で名前はヘジンマールと言うらしい。働きもせず部屋に引きこもって書物を読み漁っていたところ父親に勘当され、家を追い出されたと言うことだ。ネイアの与えた肉を美味しそうに頬張っている。

 

「この世界にも引きこもりとかいるんだなぁ。あの世界じゃ引きこもりが出来るのなんてアーコロジー住みの富裕層くらいだったなぁ」

 

 モモンガがしみじみと意味不明のことを口走りながら感慨深くドラゴンを見ている。

 

「しかし、それでもドラゴンはドラゴンだろう?見たところそれほど弱いとも思えないし、いくら何でも肉くらい取れるんじゃないか?」

「あの……運動は苦手で……狩りなんてしたことないし……」

 

 両親に養われて狩りの一つもしたことがなく、自分よりはるかに弱い野生動物を捕まえることさえできなかったそうだ。そして途方に暮れお腹を空かせて泣いていたところにネイアたちが通りかかったらしい。確かにこのドラゴンは太りすぎていて獲物を狩るには不向きにも思える。

 

「ネイア……こいつどうする?野生に返そうにも最初から野生を持っていないみたいだぞ」

「どうしましょう?」

「うーん、ああ、そういえば皇帝が役に立つ人材を欲しがっていたな。種族は問わないとか言ってたし……おい、ヘジンマール。働く気はないか?」

「えー……働きたくはないなぁ。むぐむぐ」

「こ、こいつ……」

 

 露骨に嫌そうな顔をしながらネイアの与えた肉を頬張るドラゴン。これは助けないほうが良かったのだろうか。甘やかせすぎた両親に説教したい気分だ。

 

「それでもお前に何かできることあるだろう。何か得意なことはないのか?」

「部屋でずっと本を読んでいたから知識はあるかなぁ。あー、でも。ずっと部屋でごろごろしていたい」

「おまえな……」

 

 モモンガが頭を抱えているが、ネイアはヘジンマールの言った知識という言葉で思いつく。

 

「ねぇ、ヘジンマール。知識があるっていったわね。じゃあ、この辺りの地理にも詳しい?」

「外に出たことがないから分からない」

 

 引きこもっていたそうだから聞いたネイアが馬鹿だった。何だか腹が立つが、ダメもとでもう一つ聞いてみる。

 

「じゃあ、フェオ・ベルカナって都市を知らない?」

「それなら知ってる」

「「えっ」」

 

 モモンガとネイアは顔を見合わせる。探しても探しても見つからなかった都市の情報がこんなところに転がっているとは思わなかった。

 

「本当!?ねぇ、ヘジンマール。そこまで案内してくれないかな」

「それは無理」

 

 フルフルと頭を振るドラゴン。食べている肉を取り上げてやろうか。

 

「ネイア、やっぱりこういう甘えた奴は力ずくで何とかしてしまおうか」

 

 モモンガのヘルムから漏れ出る赤い眼光がヘジンマールを見据えると肉を咥えたまま怯えてしまったようでわずかに震えているのが分かった。

 

「モモンさん、もうちょっとだけ辛抱してください。ねぇ、なんで無理なの?」

「だ、だって……それ追い出された家のあるところだから。追い出された身で今更戻って顔を見られたら父上に殺される」

 

 項垂れるヘジンマール。確かに故郷を追い出されたと言うのは少しかわいそうな気がしないでもない。自業自得という気もしないでもないが。

 

「そうかそうか、ならば顔を見られなければいい。これをくれてやろう」

 

 そう言ってモモンガはあの嫉妬マスクを取り出す。笑っているような泣いているような表情の仮面だ。

 

「お前は引きこもりでぼっちだったということは恋人も友達もいなかっただろう。お前にだったらこれをやってもいいかもしれない」

 

 モモンガがヘジンマールの顔に嫉妬マスクを当てると一応は魔法道具であるらしく、顔の形に合わせて仮面の大きさが変わる。縦に長くなったそれは仮面と言うより新種のドラゴンの模様のようであった。

 

「顔を隠せば本人だとはバレまい。私もネイアもそしてお前も顔を出せない身。さらに非リア充だ。言わば顔に傷持つ仲間同士と言うわけだな。ははははは」

 

 だから私をその中に入れないで欲しいとネイアは思うがモモンガは満足そうだ。こうして顔を隠した二人と一匹は目的地、ドワーフの王都フェオ・ベルカナへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 ヘジンマールにより案内された地。アゼルリシア山脈の麓では高い木が茂っており、森林限界により徐々に低い木に変わっていく。山脈を横から見ると鋭い牙のような連なりが見てとれる。そのような地で案内なしでその場所を見つけることはほぼ不可能だっただろう。そこは山脈の途中にぽっかりと空いた空洞。そして、その中は地下へと続く広く長い洞窟のようであった。簡易な建物らしきものが入口にあるが使われている形跡はなく誰一人、見張りさえいなかった。

 

「本当にここでいいのか?中へ入ってみるか」

 

 モモンガたちは中へと入っていく。地下へと続く道は壁についた光る苔のようなものによって真っ暗ということはなかった。しばらく進むと、広い空間へと出る。そこでネイア達は感嘆の声を上げる。

 

「ほぅ、これは……。すごいな」

 

 モモンガの言葉にネイアも目を見張る。それは地下の大空洞。都市ひとつ丸ごと入る大きさを誇る広さは天然のものか、それとも人工のものか。高い建物はないもののその広大な空間に整然と四角い建物が並んでいる。そして最奥には巨大な城。このような地下にどうやって巨大な城を築いたのか。

 

「あそこが私が住んでいた家です」

 

 ネイアたちの声に気付いたのか、それともヘジンマールの大きさに気付いたのか。城を見つめる一行に向かってくる影があった。

 

「おまえたち、何者……えっ……ド、ドラゴン!?あ、あの……オラサーダルク様の関係者でしょうか!?」

 

 声をかけてきたのはまるでモグラのようなずんぐりとした体格をし、全身を体毛に覆われた亜人だ。茶色の毛の中にわずかな赤色の毛が見え、その手には鋭い爪が伸びていた。気になってヘジンマールを振り返ると必死に頭を振っている。言わないでくれということだろう。

 

「いえ、違います。オラサーダルク様とはどなたですか?」

「あ、そ、そうなのか。オラサーダルク様はこの都市フェオ・ベルカナを支配されているフロストドラゴンの王だ。それでお前たち……いや、あなたがたは……エルフか?どのような用件でここへ?」

「エルフではなく人間です。用件はドワーフに会いに来たのですが……」

「なっ、ドワーフ!?ちょ、ちょっと待っていろ」

 

 ドワーフの名前を出した途端、亜人は言うが早いか、一目散に奥へとかけていった。モモンガとネイアの頭にクエスチョンマークが躍る。皇帝からはドワーフの王都フェオ・ベルカナを目指せと言われた。そしてここは確かにフェオ・ベルカナと言うらしい。だが住んでいるのは見たこともない亜人とフロストドラゴンだ。

 

「おい、ヘジンマール。ここはドワーフの都市ではなかったのか?」

「は?そんなこと言ってないけど。ここはフロストドラゴンとクアゴア……えっと今の亜人の都市。数百年前はドワーフの都市だったらしいけど」

 

 これは確認を怠ったネイアたちのミスだ。ここはドワーフの都市ではなく、今は別の亜人の都市になっていた。この場合依頼はどうなるのだろうか。この情報を持ち帰ったからと言ってドワーフとの交易の役に立つとは思えない。

 

「困ったな……。ドワーフはどこへ行ってしまったんだ?」

 

 モモンガもネイアと同じことを思ったのか頭を振っている。すると先ほどのクアゴアが立派な服を着たクアゴアを連れて走ってくる。服を着ているほうは先ほどのクアゴアより体格がよく、体毛に赤に加え、青いラインも入っていた。そのクアゴアはモモンガたちの前まで来ると頭を下げる。

 

「お初にお目にかかる。私はクアゴアの氏族王ペ・リユロと言う者だ。えーと……ドラゴンとエルフ……ではないという話だが……初めて見る種族だな」

「私たちは人間です。私はモモンガ、彼女がネイア、このドラゴンの彼は……えーっと、フロスケです」

 

 さすがにヘジンマールの名前を出すのはまずいと思ったのかモモンガはとっさに偽名を使う。しかし相変わらずおかしなネーミングセンスの骨である。

 

「人間?どうしてここへ?用件を詳しくお聞きしたい」

「ああ、我々はここより東方の地バハルス帝国から調査に来たものです。ドワーフ国との国交がここ数年途絶えているので状況を調べに来ました。ドワーフについて何か知らないでしょうか」

 

 モモンガの言葉にリユロは一瞬固まったように見えた。そして後ろのクアゴアに何か耳打ちするとモモンガの問いに答える。

 

「そう……か。なるほど。それだったら我々がドワーフの国まで案内しよう」

「知っているのですか!?」

「ああ、彼らとは同じ土の民。彼らとは()()()()()。この都市を数百年前に放棄して今は別の場所に住んでいるのだ」

「そうなのですか。では案内を頼めないでしょうか。お礼はさせていただきますよ」

 

 もはやドワーフの都市ではないと聞いて困っていたが、無関係ではなかったようでほっと胸を撫でおろす。モモンガは金貨を差し出すが、リユロは金貨をチラリと見るが、それを手にすることはなく、話題を変える。

 

「その前に一度この地を支配するオラサーダルク様に会ってみてはどうかな?あなた方の求める他の情報も持っているかもしれない」

「ああ、フロストドラゴンの王がここを支配しているんでしたね」

 

 リユロの提案にモモンガがちらりとヘジンマールを見ると首を振っている。それもそうだ。仮面をしててもバレるかもしれない。一緒に会わせるのは可哀そうだ。しかし、それだけの話でもなかったようだ。

 

「父う……じゃない、ドラゴンは宝物に目がない。今のそのような価値の高い装備をしたまま行けば確実に奪い合いになると思うよ」

「そう……なのか?」

 

 モモンガの誰ともなしに問いかけた質問にリユロが今気づいたとばかりに頷いて見せる。

 

「ああ……確かに。気が付かなかった。確かにその通り。俺たちクアゴアにはない習性なのでな。客人に失礼をしてしまうところだったな。申し訳ない」

 

 

 

 

 

 

 今日はもう時間が遅いということで、ネイアたちは氏族王であるリユロの家に泊めてもらうこととなった。都市の中でも一回り大きい家であるが、王と名がつくものが住むには少し質素に感じる。

 家の中に入るとリユロの妻と子供がいたが、どちらも全身が毛に覆われており男か女かの判別さえ難しい。だが、それは相手も同じことだろう。それほど違う種族であるにも関わらず彼らは快くネイア達を迎え入れてくれた。

 そして、夕食の時間。モモンガは食べられないので散歩と称して外に行ってしまった。部屋のテーブルを囲んでいるのはネイアとリユロ、そしてその妻と息子の4人だ。

 リユロの妻が用意したものはきのこのスープであったが、それがまた格別であった。洞窟内で取れた黒い茸を使ったそのスープは芳醇な香りが食欲を刺激し、そこから溢れる出汁がスープに深みを与えている。一口飲んでため息を吐き、もう一口と木製のスプーンで今度は具と一緒に口に入れ、具にかぶりつく。

 そして次の瞬間……ネイアは脳天まで突き抜けるような痛みを感じた。キーンという音が頭に鳴り響いている。

 

「いっ……痛……な、何これ……歯……歯が……」

 

 ガキンと言う音が相応しい衝撃が脳天からつま先まで突き抜ける。その原因をネイアは口の中から摘まみだした。念のため歯を触って確かめてみる。折れてはいないようだ。

 

「石?いや、これは鉱石?」

 

「あら、お口に合いませんでしたか?柔らかめの銅鉱石を入れさせていただいたのですが」

 

 リユロの奥さんがネイアの顔を覗き込んでいる。毛に覆われたその表情はよくわからないが心配してくれているのだろう。

 

「い、いや、硬くて……あの……人間は鉱石を食べないので……」

 

 種族が違えば食べ物も違うものだろうが、文化の違いと言っていいのだろうか。幽霊船で出された幽体の料理に比べればまだマシなのかもしれない。仕方ないので茸のスープだけをいただくことにする。その茸だけであれば素晴らしく美味しい食材だ。茸だけ持って帰れないかと思ってしまう。

 

「えーっ、姉ちゃん銅鉱石くらいで硬いとかいってんのー?ほらっ、俺なんて鉄鉱石でも大丈夫だよ」

 

 そう言ってバリバリ鉱石をかみ砕いて食べているのはリユロの息子だ。

 

「へぇー。すごいね。いつもそんな硬いの食べてるんだね」

「うんっ」

 

 クアゴアの子供は最初はびくびくとネイアを見ていたが、一緒に食事をして和んだようだ。頭を撫でてやると嬉しそうにしている。体毛は予想していたのと違い結構硬い。これは金属の硬さだろうか。

 

「人間って毛もほとんどないんだね。ねぇ、触ってもいい?」

「ええ、いいわよ」

「柔らかくてすべすべだ。ねぇ、母ちゃん!人間って柔らかくてすべすべしてる!」

「あらあら、すみませんね。この子ったらはしゃいじゃって」

「いえ、子供ってかわいいですね」

 

 恐る恐るネイアの顔を触ってくるリユロの息子。異種族とはいえ、未知のものに興味津々なのはどこの世界の同じようだ。それをリユロは黙って見ていた。食事中はしゃべらないタイプなのだろうか。それとも喋るのはマナー違反だっただろうか。

 

(失礼だったかな?)

 

 食事が終わると、ずっと黙ってネイア達を見ていたリユロが口を開く。

 

「あの人見知りの息子があんなに懐くなんてな。あんなに懐いたのはあんたが初めてだ」

「そうなんですか?」

「ああ。何というか、よく分からないがあんたには人を引き付ける何かがあるのかもな」

「いやいや、そんなの私にはありませんよ。ただ、普通にしてるだけで」

「違う種族相手に普通にしてるだけですごいことだと思うんだがな……。まぁいい。明日の話をしようか。明日、ドワーフの都市まで案内する。数日はかかるだろうから準備をしておいてほしい」

「ありがとうございます」

「ところで、ドワーフの都市に何をしに行くのか聞いてもいいか?」

「ええと……仕事なんです。人間の国がドワーフ国と交易をしたいらしくてですね。その調査です」

「交易……か。それは武器なんかも売り買いされるんだろうな……」

「まぁ、そうかもしれませんね。それが何か?」

「その依頼……断るわけにはいかないのか?」

「え?断ったらエルフたちが……」

「?」

「いや、何でもありません。断るわけにはいきませんね。私たちにも私たちの事情があります」

「そうか……まぁ、そうだな。誰にだって事情はあるものだ。変なことを聞いた」

「ところで、この国……とてもいい国ですね。町を見て回ってたモモンガさんがみんな笑顔で氏族王を称えてたっていってましたよ」

「まぁ……俺は変わり者だからな」

「そうなんですか?」

「ああ、これでもクアゴアって種族は氏族同士でずっと争ってきてたんだ。負けた氏族は滅ぼしてしまったりな。だが俺はそれじゃ駄目だと思った。クアゴアという種族全体として物事を考えないとだめじゃないかとな。だからすべての氏族を束ねた」

 

 種族を束ねたと簡単に言っているがそれはとても難しいことなのだろう。だからこそクアゴアたちは氏族王に敬意と尊敬の念を感じているのだろう。ネイアはいつもの質問を投げかけてみることにする。

 

「あの、リユロさんにとって正義とはなんですか」

「正義?正義ねぇ。あまり考えたこともないが……そうだな……繁栄かな」

 

 その答えはバハルス帝国の皇帝、ジルクニフに聞いたことがある。そしてネイアは思う。ジルクニフとリユロ、姿形は全く異なっているが何となく似ている。聡明で王者としての風格とカリスマを感じるところなどはそっくりだ。

 

「この国、そしてこの国の民、皆が飢えず、幸せに暮らせる世界を作る。そして……いや、何でもない。それが正義といえるのではないか?」

 

 何かを言いかけたが、リユロは口をつぐむ。何を言おうとしたのか気になったが、リユロに話題を変えられる。

 

「そろそろ部屋へ案内しよう。ところで、あの鎧の男はまだ帰ってこないのか?」

 

 

 

 

 

 

 都市はある程度広く、また込み合っているのでモモンガを探すのは時間がかかるかと思っていた。だが、探しに出たネイアはすぐソレを見つける。非常に目立っていたので遠目でも丸分かりであった。複数のクアゴアの子供たちに絡まれているソレを。

 

「硬ってー。おじさん、何これ、何でできてんの?」

「全然歯がたたねえぞ、これ」

「すげー、かてー!」

「ははははは。どうした歯が立たないか」

 

 頭に、腕に、足に、ヘルムや鎧を噛みつかれている骨がいた。だが、襲われているわけではないというのは話しぶりから分かる。むしろ何だか楽しそうだ。

 

「何を……やってるんです。モモンさん」

「おっ、ネイアか。いや、このクアゴアたちは何でも金属を食べるらしくてな。知ってたか?」

「ええ、知りましたよ。身をもって……」

 

 モモンガに言われ、鉱石を噛んだ奥歯にあの時の痛みが蘇り思わず頬を押さえる。

 

「それでこのクアゴアという種族は幼少期に硬い鉱物を食べるほど強い個体になれるらしい。それで彼らは硬い鎧をつけた私に目を付けたというわけだ。なかなか面白い生態じゃないか。そういうわけだ」

「そういうわけだ!」

「わけだ!」

「くそー。硬ってー!」

 

 モモンガの口調を真似てはしゃぐ子供たち。見た目はモンスターに襲われている戦士そのものなのに平和な光景だ。

 

「ははははは、もう諦めろ。迎えが来てしまったんだ」

 

(この骨、人生楽しんでるなー……)

 

「さあ、そろそろ離してくれ。次に会うまでにもっと歯を鍛えて強くなっておくのだな。そうだな……こいつをくれてやろう」

 

 モモンガはそういうと見たこともない青く輝くインゴットを取り出す。ネイアも見たことのない金属だ。

 

「何これ」

「すっげー冷たい!」

「硬い!すげー!」

 

 クアゴアの子供たちは奪うようにインゴットを受け取ると楽し気に帰っていった。

 

「何ですかあれ」

「大した金属じゃない。だがどんな変化が起きるか楽しみではあるな。ふふふっ。ネイアも食べたら強くなるかもしれないぞ?」

「もう金属はお腹いっぱいです。さあ帰りますよ」

 

 子供たちと遊んでいたせいかネイアはまるで子供を迎えに来たような気分になってしまう。モモンガの手を引いて帰ろうと少し思ったが、何だか照れ臭いのでやめ、リユロの家で出されたキノコ料理の話をしながら帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、準備を整えたネイアたちはドワーフの都市へと出発する。地上から行くと思っていたネイアであったが、そこに至る道は地下の洞窟であった。クアゴアは太陽の光に弱く、昼間の地上を歩けないから移動はすべて地下で行われる。その洞窟は幅も狭いため、体の大きなヘジンマールはフェオ・ベルカナので外で待機することになり、働かなくていいと喜んでいた。

 クアゴアが掘ったその通路はたまに発光する苔がある程度だ。光の少ない地下での移動はネイアにはかなりの負担であったが、土の種族であるクアゴアには何のこともないらしい。

 案内を買って出たヨオズと言う名のクアゴアが先導し、なぜか氏族王のリユロも同行している。しかし、そこに不安はない。昨日話をした限りではクアゴアたちはその恐ろし気な見た目とは裏腹にとても気さくで温厚な種族のようにネイアには思えたからだ。

 

(やっぱり亜人でも良い人もいる。亜人だろうと異形だろうと分かり合えるのね……)

 

 ジルクニフの話では聖王国はすでに数種類の亜人を滅ぼしたらしい。それは本当に危険な種族であったのだろうか。分かり合える種族もいたのではないだろうか。そんな思いをつい抱いてしまうが国を捨てたネイアにはどうしようもないことであった。

 数日をかけて洞窟を進み、暗さと地下の閉鎖された環境にネイアが根をあげそうになったあたりで、やっと広い空間に出ることができた。

 そこはとても広い空間にポツンと一つ、要塞のようなものが建造されていた。そしてその先には断崖絶壁。向こう岸まで100m以上はあるであろう大裂け目が真っ黒な口を広げている。さらにその先にはつり橋が架けられていた。ここがドワーフの都市ということはないだろうから、つり橋を使い向こう岸に渡るのだろう。

 

「ここはドワーフ国との中継地点になる。いったん中で休憩しよう。ヨオズ、中で準備してきてくれ」

 

 リユロの言葉に従いヨオズが砦の中へと入って行く。

 

「準備ができるまでこれから先のことを説明しよう。こっちに来てくれ」

 

 モモンガとネイアはリユロに連れられ、つり橋まで歩く。

 

「ドワーフ国はこのつり橋の先になる。崖に気を付けろよ。この崖は深い。落ちて生きて帰ったものはいないほどだ。探索のために降りた者も含めてな」

 

 光が少ないからか、広がる裂け目を見ても中に見えるのは暗黒の空間だけ。底はまったく見えそうにない。リユロの言葉に興味を持ったのかモモンガが問いかける。

 

「深さはどのくらいあるのです?下に何かいるのですか?」

「深さは分からないが……下には何かいるかもしれないな。ほら、よく見て見るといい。あのあたりに横穴があるだろう?」

 

 リユロがモモンガから見てネイアと逆方向に指を指すが崖の下にはやはり暗黒の空間があるのみでよく見えない。そのためよく見ようとモモンガとネイアが身を乗り出すことになる。

 

―――その時

 

「危ないぞ?」 

 

―――トン

 

 それは、自然に、そして何の違和感もなく行われた。背中を軽く押されたのだ。ネイアの体が空中に放り出される。何かの間違いで自分が押し出されたのかと思うしかなかった。そして掴まるものを探して手を伸ばすが当然どこにもない。しかし、それは間違いだとすぐに把握する。向こう側を見ているモモンガはまだ気づいていないが、モモンガの背にも手が伸びていたのだ。

 

(モモンガさん!?)

 

「くっ、ビクともしねえ!」

 

 しかし、モモンガはクアゴアに突かれても微動だにしていなかった。しかし、まだ事態が飲み込めてないらしく崖の下を見ている。そしてその隙を見逃すことなくリユロが叫んだ。

 

「ヨオズ!!」

 

 リユロのその叫びに呼応するように砦の上から咆哮が上がり一匹のクアゴア、ヨオズがその屋上から飛び降りる。

 落下の勢いそのままにモモンガにその鋭い爪を向けていた。しかし、それが突き立った先はモモンガではなかった。モモンガのその立つ地面、それに爪が突き立てられのだ。さらにリユロも渾身の力を込めて地面を殴りつける。

 その瞬間、ピシリ……という嫌な音がしたかと思うとモモンガの足場は崩れ、そしてその岩とともに闇の中へと共に落ちて行く。

 

「え?ええ?ええええーーー!?」

 

 やっと事態に気付いたモモンガの驚きの声が落下により遠ざかっていく。

 ネイアに引き続き闇の中へと落ちていくモモンガ。人間の生活圏から遥かに離れた人外の地、アゼルリシア山脈の地下深く。地底の大裂け目の暗い暗い闇の底へ向かって二人は落ちて行くのであった。



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第11話 強者

 人類の生活圏を遥かに離れたアゼルリシア山脈、その地中の大渓谷の暗闇の中へと落ちてゆくネイア。しかし、ネイアの頭で「なぜ」という疑問がぐるぐると回っていた。

 

(なんで突き落とされないといけないの? あんなに親切で……亜人とも分かり合えると思ったのに……)

 

 クアゴアたちがネイアを突き落とす理由を考えるが答えは出ない。しかし、その一瞬の『なぜ』という思考が最良の選択肢を消し去ることになる。

 ネイアは落ち続けているのだ。モモンガから滑落の際使うように渡された翼状のネックレスはあるが、それを即座に使うタイミングを逸していた。ここまで落ちてしまってはネイアでは地上まで魔力が持つかどうか怪しい。

 様々な思考が頭をよぎる中、ネイアは鋭い痛みを感じる。崖の端は完全に垂直というわけではないため、飛び出していた壁面と体が一瞬接触したのだ。

 

(痛っ……)

 

 ガリガリと服が破れ体が削られる。そしてその痛みに現実に引き戻された。今考えるべきことは現状への対処だ。ネイアはなぜという疑問の思考を断ち切る。

 周りに広がるのは完全なる暗闇だ。崖上の仄かな明りなどまったく届かない。自分の体がどこにあるのかさえ見えない。

 

(今すべきことに神経を集中しなきゃ……。レンジャーの訓練をしてくれた時、お父さんが言ってた……。パニックになりそうな時ほど心を落ち着かせないといけないって……)

 

 父の言っていたことを思い出し、心を静める。今すぐネックレスを使えば《飛行(フライ)》の魔法は使用可能だ。だが、ネイアの魔力には限界がある。国を出たころに比べれば魔力は増えている気がするが、崖上まではとても持たないだろう。しかし、早く使いすぎれば底に着くまでの魔力が持たない。

 命のタイムリミットは刻一刻と迫っている。

 

(タイミングを測らないと……底までの距離が分かれば……)

 

 ネイアは腰の道具袋に手を入れるとポーションの瓶を取り出し、下に向かって投げつけた。10秒、20秒……さらにしばらくしてパリンという音をネイアの鋭い聴覚が感じ取る。まだ早い、底までは相当あるようだ。底まで落ちるおおよその時間を予測する。

 

(あとはタイミングを……)

 

 そう考えた時、再び壁にぶつかった。今度はネイアの腰が打ち付けられる。さらに削られ、何かがはじけるような感触がする。そしてそれが何かわかったときネイアの顔は青ざめた。

 腰のベルトが切れたのだ、武器や道具、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)も括り付けてあるベルトが。重さで腰からベルトごとズボンが落ち、道具がバラバラと散らばって空中に放り出される。

 

(道具が!? それにまたぶつかったら今度は……。もう、時間がない!)

 

 ネイアは意を決して魔法を唱える。

 

「《飛行》!」

 

 翼状のネックレスが発光し魔法が発動する。それとともに、ネイアは自分の魔力がみるみる失われていくのを感じる。

 

(あれ? 今……どっちが上?)

 

 視界がすべて闇で覆われた世界で無重力状態になったことによりネイアは上下も左右も全く分からなくなってしまった。早く下に降りないといけないという気持ちだけがはやる。

 

(こんな時は……確かお父さんが……)

 

 昔、父からレンジャーの手ほどきを受けたときのことをさらに思い出す。雪崩などにより生き埋めになった場合、脱出する方向の判断方法だ。

 

(口の中の唾液、その流れる方向で……)

 

 唾液は口の下ではなく上顎へ向かって流れる。つまり頭が下を向いているということだ。即座に頭を上に体勢を立て直す。その間もみるみる魔力が減っていくことに焦りながら、武技《領域》を発動する。

 周りに感じるのは壁のみ。他には何もないようだ。壁の出っ張りがないか慎重に確認しつつ降下しようとした、その時。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ……!」

 

 そんな叫びを上げながら上からネイアの横を通り過ぎ落下していくものがある。幸いネイアに衝突はしなかったが、それはモモンガの声だった。

 しばらくしてはるか下から衝撃音が聞こえる。

 

(モモンガさんも落とされたんだ……。っていうか何で普通に落とされてるの!? モモンガさん大丈夫!?)

 

 この高さから落とされて無事なのだろうか。《飛行》の魔法を使えるはずだが間に合わなかったのだろうか。強いとは思っているが、この高さからの衝撃に耐えられるかどうかはネイアには分からない。

 もしかしてネイアの助けを待っている可能性もある。ネイアはモモンガの無事を祈りつつ《領域》でわかる情報を頼りに慎重に下りていく。そして、地面の感触が足に伝わり安堵に息を吐いた。

 しかし周りは完全な闇だ。灯りを灯そうにもランプ等の道具も落としてしまった。《領域》の感覚で判断するしかないが、感じるのは地面と壁面のみだ。

 

「モモンガさーん! いませんかー!」

 

 ネイアはモモンガを探そうと呼びかけるが帰ってくるのは静寂のみ。手持ちの道具は肩にかけていた矢筒と弓くらいだ。仕方なく手探りで回りを捜索するがモモンガどころか道具さえも見つからない。

 

「モモンガさーん!!」

 

 もう一度大きく呼びかける。すると動きがあった。壁面の一部に動きを感じる。しかし、それがモモンガなのかどうか判然としない。

 

「モモンガさん!?」

 

 期待に感覚を研ぎ澄ますが、それは明らかにモモンガではなかった。感じる気配が巨大すぎる。《領域》では感じられるのは大まかな大きさと輪郭くらいだが、巨大で凹凸がほとんどなく、長さもかなりある。巨大な蛇のような感じだ。

 

「……何これ!?」

 

 完全に闇に閉ざされた世界の中、向かってくる何かに恐怖を感じ、思わず避ける。

 ザザザッとその何かは地面を擦りながら領域の外へと消えていった。そしてそれがいた場所を《領域》で探ると壁には穴のようなものを感じる。

 

(……ここから出てきたの?)

 

「モモンガさーん!」

 

 ネイアは速足でその場を離れる。モモンガを探すのであればできるだけ元の場所を離れないほうがいいかもしれない。しかし、今感じ取った何かは危険すぎる感覚がある。

 移動した先でネイアは周りの異常を感じる。先ほども感じ取った壁面の穴、それは一つだけではなかったのだ。周りに複数の巨大な穴があいている。

 さらに奇妙なことには谷底の中心付近に木のようなものが生えているように感じる。二つの枝を上に向けているようだ。

 

(こんな地の底の闇の中で木!? 何なのここ……何が起こってるの)

 

 先ほどの気配が近づいてくる。穴の中からだ。ネイアは思わず弓を構えるがどの穴から出てくるのか分からない。地中をすごい速さで移動しているようだ。

 

(……左!?)

 

 ネイアは《領域》に意識を集中し敵の位置を感じ取る。急いでその穴に弓を向けようとするがとても矢を射る余裕はない。突然飛び出してきたそれを間一髪でかわす。

 

(駄目。間に合わない! だったら……地中にいる時攻撃してやる!)

 

 ネイアは武技《能力向上》《能力超向上》を使い身体能力を引き上げる。そして弓を弾き絞り属性を付与して地中へと撃ち込んだ。しかし、手ごたえが全くない。威力が殺され届かなかったのだろうか。

 

(……ダメ、相手の速度も上がってきた。次は避けられない……かも)

 

 矢による攻撃を警戒してかソレの速度が上がる。ネイアは中央にある木のようなものを背にする。それしか周囲に遮蔽物になりそうなものがないからだ。

 あのスピードとパワーでは樹木など気休めにしかならないが他に選択肢はない。そして穴の中から飛びだしたソレは樹木など無視してネイアへと襲い掛かり樹木にぶつかった。

 

―――その瞬間。

 

「GYAAAAAAAAAAA」

 

 樹木のようなものにぶつかったそれが悲鳴を上げてのたうち回っているのを感じる。そしてその樹木のようなものがのそりと動いた。ゆっくりと二本の枝が地面へと下がっていく。地へと刺さった根が引き抜かれる。

 

「あー、びっくりした。何で突き落とされたんだ?」

「モモンガさん!」

 

 そう、樹木のように感じたそれは地面に頭から突き刺さったモモンガであった。頭から刺さってたのでネイアの声が聞こえなかったのだろう。そして目の前に横たわるものに気づく。

 

「なんだこれは? 大地の長虫(アース・ワーム)か? 少なくとも60レベルを超えるモンスターだな」

「モモンガさーん! 何やってるんですか!」

 

 完全な暗闇で孤独と不安の中、敵に襲われ死も覚悟した中でやっと会えたモモンガ。地面に突き刺さったままでいるとか何を考えているんだこの骨は、とは思うが安心感からネイアはモモンガに抱きつく。

 

「ネイア、無事だったのか。安心した。いや、いきなり突き落とされて意味が分からなくてな……。しかし、このモンスターは今のネイアには厳しいか……も……って。ええっ!? ネイアその……恰好は……」

「え?」

 

 恰好と言われても真っ暗で何も見えない。モモンガの姿さえ見えないのだ。

 

(そういえばモモンガさんは闇を見通せるんだっけ)

 

「《永続光(コンティニュアル・ライト)》」

 

 モモンガが魔法の明かりを作り、周りを照らす。そこに照らし出されたもの、それは――鎧姿のモモンガ、それにぶつかった衝撃でもがいている巨大なミミズ、そしてベルトとともにズボンを失い服も破れ、半裸でモモンガに抱き着いている自分の姿であった。

 かつて全裸を見られている時とは違い、モモンガに対しては複雑な感情を持っているネイア。大裂け目の谷底に可愛らしい悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 崖下を見ていたクアゴアの氏族王、リユロは衝撃音とその後の静寂、さらに時間が経過しても何も起こらないことに安堵のため息を吐く。ドラゴンを従え、リユロの全力でも突き落とせなかった相手にまともに勝てるとは思えなかったのだ。

 

「よくやった。ヨオズ」

「はい、ありがとうございます! しかしあれは何だったんでしょうか。見たことのない種族でしたが……」

「人間と言うらしい。ドラゴンを使役していたんだ、只者ではないだろう。しかも俺の力で突き落とそうとしたのにビクともしなかった。あれはやばい……本当にやばい。あんなものがドワーフたちに付いてみろ。それこそ俺たちは終わりだった。あと少し……あと少しでドワーフどもを滅ぼせるのだ。バハルス帝国だか何だか知らんが邪魔をさせてなるものか」

「オラサーダルク様に頼むという手もあったのではないですか?」

「白き竜王か……いや、頼むと見返りがでかい。それは最後の手段だな。謁見させると称してお互いをぶつけて共倒れも狙ってみたのだが……な」

 

 それはあの正体不明の仮面のドラゴンに邪魔されていた。リユロとヨオズは渋い顔をする。クアゴアは望んでフロストドラゴンに従っているわけではない。力により強制的に支配され、貢物を搾取されている。いつかは倒そうと思っている相手だ。

 

「まぁ、どんなやつらでもこの崖下のアレから助かるとは思いませんが……。しかし、リユロ様……あいつら……気のいいやつらではありましたね」

「まぁ……な。確かにあいつらは何も悪くない。だが、俺たちが生き抜くための必要な犠牲だ。ドワーフも倒す。フロストドラゴンもいつか倒す。俺たちクアゴアの繁栄のためにな」

 

 リユロの力強い言葉にヨオズは胸が熱くなる。クアゴアは確実に力をつけてきた。そして繁栄への道を向かっている。バラバラだった氏族たちに力を示し、説得し、束ねてきたこの男こそ王の中の王。誰一人まとめることの出来なかったクアゴア氏族すべてを率いるにふさわしい王者だ。

 

「なるほどな……それがお前たちの選択か」

 

 リユロとヨオズの二人しかいない空間に突如声が響き渡った。周りを見回すが誰もいない。

 

「種族として繁栄を望むのは間違ってはいないだろうし、弱肉強食は世の常。まぁ、だからといって滅ぼされる方はたまったものでないがな。今回の依頼上それは受け入れられないな」

「だ、誰だ。どこにいる」

「ここだ」

 

 リユロの後方、何もない空間から二人の人物が現れる。モモンガとネイアだ。

 

「お……おまえたちは確かに谷底に落ちたはず……それがどこに隠れていたのだ」

「崖下には落ちたが、転移で戻ってきただけだ。不可視化の魔法を使ってお前たちの話は聞かせてもらっていた。さて……どうしてやろうか。お前たちのせいでなぁ……」

 

 モモンガの声に黒いものが混じる。それを感じ取ったのかリユロとヨオズは震えながら後ずさるしかなかった。

 

「モモンガさん待ってください。あの……聞きたいことがあるんです。なんでドワーフたちを滅ぼす必要があるんですか」

「……」

 

 リユロは押し黙ってネイアの言葉を聞く。表情は分からないが驚いているようだ。そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 

「私にはあなたたちがそんなに悪い人に見えませんでした。望んで人を害そうとするような人たちには見えませんでした。それが何でドワーフと争うんですか」

「お前たちはドワーフたちと手を結ぶため人間の国から来たのだろう。我々とドワーフは不倶戴天の宿敵。そんなドワーフにドラゴンを従えるほどの力を持つお前たちが付いたらどうなるか。クアゴアは滅ぼされる。そんなことを黙ってみているわけにはいかない」

「だからどうしてそんなにドワーフといがみ合ってるんですか」

「……鉱物だ。鉱物は我々クアゴアにとって食糧であり、それにより肉体を作る。生存に絶対に必要なものだ。それをあのドワーフどもは道具を作るために掘りつくす。このままでは我々の食料がなくなる。だから、やつらを野放しにはできん」

「それで相手を切り捨てるということですか。私たちもそれが理由で谷に落として切り捨てたと」

「……そうだ。必要な犠牲だ」

 

 必要な犠牲。それは大義のために大を取り、小を捨てること。国として、王としてそれは正しい判断なのかもしれない。

 

(でも……切り捨てられる方は……)

 

 力なき少数派は淘汰される。帝国でエルフたちも世の中から切り捨てられ迫害されていた。ここではネイアたちがその立場になったということだ。

 

(……クアゴアたちの立場で言えば仕方のない事……これが切り捨てられる人たちの気持ち……)

 

 世の中に必要ないとされることの悲しさをネイアは感じる。

 

「……この事はあのクアゴアの子供たちや奥さんたちは知っているんですか」

「いや……これは我々戦士の仕事だ。女子供には関係がない」

 

 これはクアゴア全体の意思というのではなく、二人のクアゴアが汚れ役を引き受けたのだろう。

 

「ネイア、もういいだろう。やってしまおう。こいつらのせいで私はまたネイアの裸を見たと怒られて……」

 

(怒ってた理由それなの!? いや、恥ずかしくて怒ったけど……)

 

「くっ……来るか!」

「リユロ様御下がりください! ここは私が!」

 

 リユロが鋭い爪を構える前にヨオズが飛び出る。

 

「ヨオズ!?」

「私が少しでも時間を稼いでみせます。その間にリユロ様はお逃げください!」

 

 ヨオズの体は震えている。勝てないと分かっているのだろう。それでも王のため、一族の誇りのために体を張っている。ネイアには部下から、そして一族からこれだけ慕われているリユロと剣を交える気にはなれなかった。そもそもその理由もない。

 

「……モモンガさん、もう行きましょう。この先にドワーフの国があるんでしょう」

「いいのか? ネイアはもしかしたら死んでいたかもしれないんだぞ」

「……それでもお父さんを殺して、一緒にご飯を食べたあの子に嫌われるのは何だか嫌です」

「そうか……。まぁ、一宿一飯の義理はあるか。命拾いしたなクアゴア」

 

 モモンガは指を指して警告すると、背を向けて歩き出した。ネイアもそれに続く。

 

「……何なんだ。何なんだ! おまえたちは! ドワーフの味方ではないのか!」

「ドワーフの味方じゃありません。帝国の味方でもありません。ただ……思うんですけど。リユロさんは殺しあってた氏族同士をまとめあげたんでしょう? だったら……ドワーフとだってそれができるんじゃないですか?」

「なっ……」

「さようならリユロさん。キノコのスープ美味しかったですよ」

 

 ネイアとモモンガがつり橋を渡っていく。その背は隙だらけだ。今なら背後から襲うこともつり橋を壊しもう一度渓谷に落とすこともできるだろう。しかしリユロはあれほどの裏切りを受けながら、敵対しながらもそれを許したネイアの言った言葉の意味を考え、一歩も動けないのであった。

 

 

 

 

 

 

「陛下! モモン殿とバラハ殿が帰還いたしました!」

「なんだと!? まだひと月もたっていないぞ……」

 

 フールーダは三か月と言ったが、アゼルリシア山脈の調査にはそれ以上を要するとジルクニフは考えていた。しかし、それをたった一月とはどういうことなのか。一時帰還と言う可能性が第一に考えられる。いや、そうとしか考えられない。でなければ漆黒に関する情報をさらに集め、エルフたちの使い方等策を張り巡らせる計画を破棄する羽目になる。

 

(……そうだ。そうに違いない。補給物資でも必要になったのだろう。ならばそれを用意してやりさらに恩義を植え付けてやるか)

 

 ジルクニフは頭の中で計画を練り直ししつつ計算を繰り返すが、彼らの力を見くびっていたことをその場で知ることになる。

 

「そ、それで……彼らは今、ドラゴンに乗って中庭に……」

「何!?」

 

 ドラゴン。それは強大な魔力を持つこの世界最強の生物だ。評議国が数匹のドラゴンに統治されていると聞くが、ジルクニフでさえ噂でしか聞いたことがなく、この国で見たことがあるのは数百年の年月を生きるフールーダ・パラダインくらいだろう。

 急いで窓に駆け寄り、中庭を見て驚愕する。

 

「白い……ドラゴンだと!? なんだあの仮面は? 背に乗っているのはやつらとドワーフか!?」

「見たことのないドラゴンですな。しかし……ドラゴンを使役するとは……ふははははは! すばらしい! すばらしいですぞ。陛下。彼らは我らの予想を超える超越者だったようですな」

 

 フールーダが狂喜を目に宿しながら笑っている。魔法の深淵を覗くこと、そのためにはどんな犠牲も厭わないこの老人は目の前の超越者にその可能性を見出しているのだろう。

 

(何を考えている。ドラゴンとは何だ? そんな情報はなかったぞ。最初から使役していたのか? ならばなぜエ・ランテルでの戦いで使わなかった? いかん、思考が追い付かん。ともかく会って情報を引き出さねば……)

 

「分かった。まずは二人をここに呼んでくれ」

 

 モモンとネイアが謁見の間へと案内され現れる。乗ってきたドラゴンはとても中へ入れそうにないので中庭で兵たちに囲まれながら不安そうに窓の中を見上げている。

 

「陛下。お約束通りアゼルリシア山脈にてドワーフ国を発見し、国の代表の一人をおつれしました。それから中庭に無断で入ったことはお詫びいたします。街に降りられそうな場所があそこと闘技場くらいしかありませんでしたので」

「あ、ああ……それはいいが……それで……あのドラゴンはなんなんだ」

「陛下は優秀……えっと……優秀な人材を欲しているとのことでしたので連れてきました」

「人材……」

 

 どう見ても人間じゃない。人間種には拘らない、亜人種でもいいとは言ったが人間の形さえしていない者を連れてくるとは思ってもみなかった。

 

(あとなぜ優秀というところで言いよどんだのだ?)

 

「それはどういった経緯で支配したのだ? 魔法道具か?」

「いえ、違います。あのドラゴン、ヘジンマールと言いますが、何でも引き籠っていた家を怒った父親に追い出されたとかで……ぜひ働くところを紹介して欲しいと言うので連れてきました」

 

(こいつ……調べようがないからとふざけているのか!? 家を追い出される引きこもりドラゴンなどどこにいると言うのか)

 

 どうやらモモンは本当のことを言うつもりはないらしいとジルクニフは判断する。

 

(それに……)

 

 ちらりとモモンの隣の女を見る。

 

(何でまたそんなに睨んでいるんだー!? 何か? これ以上詮索するなとでも言うのか)

 

「えー……あのドラゴンが帝国に仕えるというのか?」

「ええ、食べるものと寝るところをしっかり準備してもらえれば大丈夫だそうです」

「……言うことを聞くのか? 帝国のために働くのだよな?」

「……」

 

 返事がない。不安が募る。

 

「はい」

 

(なんだ今の間は!?)

 

「陛下。我々は依頼を完了しました。それで……エルフたちの件はどうなりましたか」

 

(……来た。どうするか。糞! こんなに早く戻ってくるとは思わなかった。考える時間が欲しい。しかし、一度引き受けた以上後には引けないか……)

 

「ああ、エルフたちのことだが、奴隷として買われているものたちは調べて解放するように動いている。傷つけるものには罰則も検討中だ。ただし、市民権を与えるわけにはいかない」

「それは……なぜですか」

「その者たち奴隷ではなくなると言うこと。それはエルフ国の民として認めた上でのことだ。他国の市民権を持つものに帝国の市民権がないのは当然のことではないか?」

 

(さあ、どうする。エルフたちの数は多くはないが、市民権もなく帝国では仕事には就けない)

 

「さて、解放されるエルフの数は100名弱。今はまだ調査中でもあるので、解放したら君たちに知らせようじゃないか。それで……その後はどうするんだい? 君たちが養うのかね? 私が力になれることがあれば相談に乗るが?」

 

 言外に個人でどうこうできる問題ではないだろうということを匂わす。これでさらに貸しを作ることが出来ればこの超越者たちを鎖で縛れる。しかし、ジルクニフの予想はさらに外れる。

 

「いえ、結構です。そのエルフたちは我々が責任をもって国に返しましょう」

「なっ……」

「ご尽力ありがとうございました。あとドラゴンのこと預けますので! 後はよろしくお願います! それでは!」

「お、おい」

 

 余計な荷物を置いていくように礼をするとそそくさとドアを開けて帰ってしまった。扉の向こう側から話し声が聞こえ、玉座の間から遠ざかっていく。

 

―――本当に優しくてイケメンですよねー。皇帝って

―――確かに優しいが、そのイケメンっていうのやめろ。傷つくから、俺が

―――えー、モモンガさんもイケ……メンですよぉ

―――おい、何で目をそらす

 

(何なんだあいつらは。なんて自由な奴らだ。何を考えているのか分からなくなってしまった)

 

 ジルクニフはこの国の皇帝として生まれて自由などほとんどなかった。政敵から身を守ることと排除することに心血を注いできた。国内に敵がいなくなってからは潰してしまった政敵の分まで国のために働いてきた。

 

(自由か、羨ましいな……。それに私が……優しいだと? そんなことを言われたのは久しぶりだな……)

 

 強く、頼れる、そして恐ろしい鮮血帝と言われることはある。しかし、優しいと言われるのは新鮮であった。

 

「陛下、彼らが無礼を……」

「よい。捨て置け」

 

 ドラゴンを得られるというのであれば様々な使い道が浮かぶ。移動手段、偵察任務、周辺国への威嚇等ジルクニフは頭の中で戦略を練ってゆく。

 

(面白いやつらだ。私を試しているのか? いいだろう。使える者はなんでも使う。この鮮血帝の真価をみせてやろうじゃないか!)

 

 

 しかしその後、漆黒たちが置いて行ったドラゴンは図書館に引きこもりまったく働こうとしなかった。厄介者として放り出すわけにもいかずジルクニフは頭を悩ませるのだがそれは別のお話。

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフにニート(ヘジンマール)を押し付けてきたモモンガとネイア。特に断られなかったことにほっとしつつ、話を戻す。

 

「モモンさん。クアゴア達のことは言わなくてよかったんですか」

「ドワーフから伝わるだろう。あとはもう彼らの問題だ」

「そう……ですね」

 

 帝国がどう動くか分からないが、それはネイアにどうこうできる問題ではない。自分の力のなさを少し寂しく思いつつ帝都の街並みを二人並んで歩いていると怒鳴り声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがある。

 

「その子たちを渡せ!」

「渡せません!」

「あれは……あの子たち!」

 

 それはネイアが救った3人のエルフたちであった。二人が武器を構え、一人は5歳ほどの小さな女の子たちを守るように抱いている。金色のサラサラした髪にあどけないその顔は天使のようであるが、顔は青ざめ気を失っているようであった。

 

「何があったんですか」

「ネイア様!」「ネイア様だわ」「ネイア様」

「いや、様はやめてって……」

 

 エルフたちはネイアを見て顔を輝かせる。その周りを見ると黒服の男たちが倒れ伏して呻いていた。そして目の前には対峙するように4人の男女。その恰好はどう見ても一般人ではない。軽装で二刀流の鎖鎧を着た戦士、弓を構えたハーフエルフ、神官と思われるわずかな顎鬚を生やした男、そして十代と思われる金髪の少女は杖を構えている。

 どう見ても冒険者かワーカーと言った感じの様相だ。

 

「この人たちが子供を攫おうとしてたんです!」

「困ってる人を助けるのは当たり前です! だから私たち……」

 

 目の前で人が攫われそうになっているのを見て居てもたってもいられなくなったらしい。ネイアは自分の想いがエルフたちに伝わっていたことに胸が熱くなる。

 

「それで衛兵にこの子たちを預けようと思ってるんですが、この方たちが……」

「私はその子たちの姉、アルシェ。クーデリカとウレイリカを返して!」

「あなたが保護者という保証がありません。衛兵にお渡します」

「いやいや、待ってくれよ。事情があんだよ。俺はヘッケランって言うんだがよ。話を聞いてくれ」

「そ、そうだ! 私たちを衛兵に引き渡したらあなたも困ることになるんですよ、フルトのお嬢さん」

「っ!?」

 

 ヘッケランと言う男の話を遮るように倒れていた男の一人が声を荒げる。衛兵に渡されて困るとはどういうことだろうか。モモンガも疑問に思ったようだ。

 

「どういうことだ?」

「私たちはフルトのお嬢さんの両親に金を貸している。だが、一向に返してくださらない。それでご両親に相談したのですよ。働いて返してもらってもいいですよ、と。お宅のお嬢さんにね、とね。それでフルト家はこの子たちを差し出したのですよ。借金のかたとしてね」

「人身売買や強制労働は犯罪ではないのか。それに人さらいもな」

「ちっ……。ああ、犯罪だがそれがどうした。このまま衛兵が来れば我々も捕まるが、我々よりもっとも罰せられるのはこの子たちの両親だ。しかも皇帝に目を付けられ、貴族位を廃された元貴族様が首謀者なのだからな。悪けりゃ縛り首だろうな」

「……だから衛兵を呼ぶのは待ってほしい。お願いする」

 

 悔しそうにアルシェという少女が頭を下げる。それを借金取りの男はニヤニヤと笑ってみていた。しかしモモンガは動じない。

 

「だが、それが事実である保証がない」

「そんな!」

「それに……なんだ。それが事実だとして娘を犠牲者とする犯罪を行った両親をかばおうというのか? 君は」

「それは……私がきっと改心させてみせる。それにこの子たちは私が連れ帰って守る。もう両親には会わせない」

 

 帝国に切り捨てられた元貴族だと言うアルシェの両親。立場の弱くなった彼らが、さらに弱い立場の自分の娘を売る。そんな両親をまだ見捨てないと言う、さらに子供たちは引き取ると言うのだ。借金取りが憤る。

 

「馬鹿なことを言うな! 私が貸した金をどうする気だ! 金も返さない! 金づるのこいつらも取り返す! そんな都合のいい話があるか!」

「確かにそんな都合のいいことが認められるはずもないな。両親か妹か選んではどうだ」

「でもそれじゃ両親が……」

「それが(カルマ)というものだ」

 

(……業?)

 

 突然出てきた聞いたことのない言葉にネイアは首を捻る。

 

「それまでの自分たちの行いの結果だ。悪を働けば業はマイナスに傾き、善を成せば業はプラスに傾く。そしてその結果によって自分の未来は左右されるのだ。もしお前の両親が善行をなしているのであればどこからか助けが現れるだろう。だが、誰も助ける手がないのであればそれはその者の業による運命というものだ」

 

 ネイアの脳裏にクアゴア達の氏族王、リユロの姿が浮かぶ。彼はネイアたちを襲ったが、その彼を慕う氏族たち、部下がリユロを守ろうとした。その姿がなければ見逃す気にもならなかったかもしれない。ならばこの女の両親は……。ネイアはその業という考え方に共感を抱く。

 

「……分かった。両親のことは運命に任せる」

 

 悔しそうに俯いていたアルシェはそう言って杖を降ろす。武器を構えていた他の3人もそれに納得したのか、それともモモンガに敵わないと思ったのか、衛兵が来るまで何もしなかった。そして犯罪者たちは捕まり、幼女たちは保護された。

 

 その後、フルト家の家長は失踪することとなり、妹たちは姉が身元を引き受けることとなる。それが誰の仕業だったのかわからなかったというが、きっと業の仕業なのだろう。

 

 

  

 

 

 

「さあ、転移門を開くぞ」

 

 奴隷となったエルフたちを集め解放するまで数週間を要したが、約束通りジルクニフはエルフ達をモモンガたちへと引き渡した。そして今、エルフたちから聞いた国、エイヴァーシャー大森林の王国への道をモモンガが作ろうとしていた。

 帝国の町中では目立つと言うことで郊外で間諜対策を施したうえで行っている。ネイアは最初歩いて行くのかと思っていたがさすがにこの人数で旅するのは厳しいらしい。何が厳しいか聞くと「こんな美人ばかりの中で男が一人とか緊張してヤバイ」らしい。私と一緒の時はヤバくないのだろうか。今度問い詰めてみよう。

 

 

 エイヴァーシャー大森林に一瞬のうちに転移し、エルフたちの案内でエルフの王国へと向かう。そこは見たこともないほど巨大な木々で囲まれていた。恐らく百メートルは超えていると思われる針葉樹たち。樹齢の長さは想像も出来ない。その中にまるで隠れるように開けた土地があり、家々が、そして遠くには巨大な白い城の尖塔が見える。

 連れてきたエルフたちの知り合いがいたようで事情を説明すると、門番はすんなりと中へ入れてくれた。ネイアの助けたエルフたちはそれぞれの家族のもとへと走り去っていく。

 そんな中、白い鎧を来た騎士の恰好をした女エルフがモモンガとネイアの前に立ちはだかった。

 

「そこの二人。黒い鎧のあなたと、顔を隠したあなただ。城まで来ていただこうか。王がお呼びだ」

 

 剣呑な雰囲気が漂い、モモンガが何かを言おうとする前に闘技場でネイアの助けたエルフの一人がその前に立った。彼女たちだけはまだネイアのそばを離れなかったのだ。

 

「モモンガ様、ネイア様! 行ってはいけません! あの王は……危険です!」

「……おい、貴様。仮にも自分の父親によくそんなことを言えるな」

「父親?」

 

 ネイアの救ったエルフがこの国の王のことを辛そうに語る。今まで黙っていたということは恐らく何もなければ話したくなかったのだろう。

 

「王は……父は強大な力を持ってこの国を支配しています……。そして戦争に駆り出されているエルフ達はすべてエルフの王の子供たちなんです。この国の王は母を含めた多くのエルフたちと事に及び、そして子供を産ませているんです。王の力で支配されているこの国では王に求められれば拒否はできません……。そしてその子供たちを法国との戦争へ向かわせ、犠牲が出ようがお構いなしなんです……私もそれで法国に捕まって……」

 

「酷い、なんてことを……」

「王がお待ちです。お早く……」

 

 ネイアの呟きが聞こえたのか、騎士のエルフはぶるりと震えている。この騎士も好きで命令を聞いているのではないのかもしれない。

 

「行かないとあなたが罰を受けるのですか?」

「……」

 

 辛そうな表情で俯いた無言の表情がそれを肯定していた。

 

「会うだけ会ってみるか。転移してすぐだと言うのになぜ我々を察知できたのかも気になる。それに帝国のエルフたちを助けたせいでこのエルフを苦しめてたのでは意味がないからな」

「……モモンガさん」

 

 王城へと行くことを告げると、闘技場で助けたエルフは心配して後ろをついてきている。本当は危ないので外にいて欲しいのだが、彼女たちは頑として譲らなかった。

 エルフの王城へと入るとそこはまさに白亜の城と言うのが相応しいものであった。いかにして作ったのかきめ細かな細工が施された調度品が並び、床には塵ひとつなくやわらかな絨毯が敷いてある。

 玉座の間だと紹介された部屋のドアを開けるとそこには玉座に座った美しいエルフの若者がいた。左右の目の色が違い、頭には意匠をこらされた王冠を被っている。女性かと思うほど整った顔をしており、見た目ではとても先ほど聞いたような鬼畜な所業を行った者とは思えなかった。

 

「よく来たな。『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスター、モモンガさん」

 

 開口一番モモンガの過去の称号を持ち出してきたエルフの王。その声は現実離れした見た目と反し、ネイアの第一印象は、『まるで一般人』である。モモンガと初めて会った時に感じた印象と近い。

 

「なっ、なんだと!? お前……プレイヤーか!」

「ああ、そうだ。私もユグドラシルプレイヤーだ。いや、だったと言ったほうが正解だな」

 

(……プレイヤー? なんの話をしてるの?)

 

「なぜ私のことを知っている。いや、そんなことよりも! 俺の仲間たちを知っているか!?」

「仲間だって?」

「アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちだ! なぁ、どこにいるのか知らないか!?」

「……知らないな。今回の100年で来たのはあんただけじゃないか? 私も情報収集していたが引っかかったのはあんただけだったからな」

「……100年? 100年とは何だ? 何の話をしている」

「何も知らないのだな。この世界には100年に1度俺たちのようなユグドラシルプレイヤーが転移してくる。500年前の八欲王しかり、200年前の十三英雄しかりな。ああ、600年前の六大神ってのもいたらしいな。だが、アインズ・ウール・ゴウンについての情報は今回が初めてだ」

「私個人のことを知っていたのはなぜだ」

「あんたは有名人だからな。あの世界最大級の悪のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を知らない人間は少ないだろう。そしてその『ギルドマスター』モモンガの名もな」

 

(悪? モモンガさんが悪のギルドのトップ!? 何を言っているの)

 

 モモンガの過去にまつわる話をしているのは分かる。しかしネイアは頭がついていかない。

 

「なるほどな……確かに私たちは有名ではあったな。しかし、仲間のことは知らないのか。残念だ……。それでお前はここで何をしている。なぜエルフたちを法国との戦争へと駆り立てる。何が目的だ」

「……それを私に聞くのか? 私のしてることはあんたと同じじゃないか」

「私と同じ?」

「そう、あんたと同じ……。『実験』だよ」

「実験?」

「そう。私は強者を作る実験をしている」

 

 エルフの王は玉座から乗り出すようにして両手を広げ、楽しそうに話し出す。

 

「この世界のやつらは俺たちプレイヤーと違って弱い。だが、プレイヤーとの子供はある程度の強さが得られる。しかしそれでもプレイヤーには及ばない。それは何故か。恐らくレベルキャップというものだろうと俺は思っている」

「レベルキャップだと?」

「そう、特定条件を満たさないと超えられない壁だ。この世界ではユグドラシルプレイヤーの血を受け継いだ者から神人と呼ばれる強者が生まれることがある。そのためには過酷な環境に身を置く必要がある。命の危険が存在するような過酷な戦場の中で生存本能を刺激し、力への渇望を魂に求めさせる。それが限界を超えさせるのではないかと思っているんだ。そのための戦争だ」

 

 どこかで聞いたような話だとネイアは思うが思い出せない。しかし、そのためにこのエルフの王がやっていることは許されることではない。

 

「そのためにエルフたちにしたくもない戦争をさせてるんですか! そんなことのために!」

「ああ、お前がモモンガさんのモルモットたる正義っ娘か。方々で聞いているようだから聞かれる前に答えてやろう。正義とは強者のことだ。すなわち私やモモンガさんのような強者が何が正義かを決める。モルモットは黙っているがいい」

「何で私のことまで知ってるの……」

「情報収集は基本だろう? お前たちは目立ってたからすぐ情報は入ってきたよ。召喚したしもべに命じて調べさせてな。そこで知ったのさ。お前がモモンガさんの実験動物(モルモット)だとな」

 

(実験動物? 何を言ってるの? モモンガさんが私で実験を……?)

 

 考えてみると思い当たる節はある。モモンガはネイアが新しい能力を得るたびに非常に嬉しそうにその時の状況や内容を聞いてきた。そして過酷な戦いをあえてネイアに与えていた気がする。

 

「……モモンガさん?」

「っ!?」

 

 不安そうにモモンガを見つめるが、モモンガはネイアに目を合わせようとしない。

 

(……否定してくれないの?)

 

「実験対象に人間を使おうとは私は思わなかったが……意外とよかったかもしれないな。寿命が短く使えないと思っていたが、そこまで強く成長させるとはさすがだ」

「……」

「だが、永遠を生きる俺たちと人間は違う。あまり感情移入しないほうがいい。人間はすぐに死ぬ。いくら一緒にいても死んだらまた一人ぼっちだぞ?」

「一人?」

「ああ、そうだ。よく考えてもみろ。その女はあと何年生きられる? 30年か? 40年か? 俺はビルドにより老化しない特性を有している。永遠を生きる我々にとってその時間はあっという間だ。すぐに別れることになるぞ。だが、俺は違う。」

 

(私が死んだらモモンガさんが一人ぼっちで永遠に……)

 

 その言葉がネイアの胸に突き刺さる。自分はモモンガの本当の仲間にはなれないのだろうか。実験動物として見られているのだろうか。永遠の命を持つ者の気持ちが今のネイアには分からない。

 

「……何が言いたい」

「つまりだ。仲間にならないか? 私とあんたの二人だったら実験も捗る。二人で世界を永遠に支配して君臨してやろうじゃないか。きっと楽しいぞ。俺は女を孕ませ戦場に送る。あんたは死んだ兵士をアンデッドにする。レベルの高い死体のほうが強いアンデッドを創造できるだろうからな。無駄なく強者を作り出せるいいアイデアだろう。どうだ? なんなら、その女はそこそこ強くなったようだし孕ませてやってもいいぞ」

 

 ネイアはエルフの王の考えの悍ましさに眉を顰める。ここでモモンガが提案を受けようが受けまいがネイアは覚悟を決めなければならない。

 

「お前が私の仲間になるだと?」

「同じユグドラシルプレイヤーという仲間ではないか。さぁ、もうギルドの仲間のことなど忘れてしまえ。この世界に来なかったということはゲームを引退していたんだろう? もうあんたのことなんて忘れちまってるさ。そんな()()()()()連中のことなんて忘れて俺と仲間になれ」

 

 エルフの王が玉座より立ち上がりモモンガへと手を差し出すが、モモンガは微動だにしなかった。ネイアを振り返ることも意見を聞くこともなくただ一点、エルフの王を睨みつけている。

 

「その手は取れないな」

「……なぜだ。あんたにもメリットがある提案だろう」

「くだらない……私の仲間をくだらないといったな!? 教えてやろう! 私にとって仲間とはギルド『アインズ・ウール・ゴウン」の仲間たちのことだ! お前では決してない!」

「だからそいつらはもういない……」

 

 エルフの王の説得をかき消すようにモモンガはつぶやく。

 

「……もし、たっち・みーさんがここいたらお前のやっているような悪逆非道は決して許しはしないだろう」

「何?」

「……もし、ペロロンチーノさんがここにいたらハーレムを作ろうとすることはあってもエルフたちを不幸にするようなことはしないだろう」

「何を言っている」

「そして、もしウルベルトさんがここにいたらこう言うだろう。お前には『悪の美学』が分かっていないとな!」

「私の仲間にはならないと言うのか? そんな今はいないギルドメンバーたちのために」

「ああ、そうだ」

「そうか……残念だ。ならばあんたは邪魔な敵というわけだな。おい、エルフども。ここから離れろ。お前たちが巻き込まれたら確実に死ぬ。無駄な消費はもったいない。さっさと消えろ」

 

 このエルフの王はエルフたちをあくまで実験動物として見ている。まるで道具が壊れるのが嫌だから片付けておこうと言っているようだ。モモンガがどう考えているかは分からないが、ネイア個人としてこのエルフの王は許せない存在だ。

 

「モモンガさん! 私も一緒に戦います!」

 

 しかし、そんなネイアの決意をモモンガの冷たい声が消し去る。

 

「ネイア、邪魔だ。ここから離れろ」

 

 それはとてもとても冷たい声だった。そして、先ほどのエルフたちを道具として見なしたエルフの王の言葉がネイアの脳裏をよぎる。モモンガのその言葉はこう言っているようにネイアには聞こえた。『壊れたらもったいないからここから離れていろ実験動物』と。

 そして周りに冷たい気配が漂う。ネイアは思わず窓の外を見た。太陽が砕けたのではないかと思ったのだ。ネイアについて来たエルフを見ると恐怖の表情で体を震わせている。ネイアは自分の手を見るとそれもガタガタと震えていた。

 モモンガの体から漆黒のオーラが漂っているように見える。

 

(これが……モモンガさん?)

 

「ではいくぞ。《最終戦争・善(アーマゲドン・ジャスティス)》」

 

 エルフの王の周りにキラキラ光り輝く翼を持つ者達が現れる。光に導かれたそれは正義の象徴、天使と呼ばれる者達だ。ネイアの目から見ても計り知れない力を感じる。それが複数。それに対するモモンガは漆黒の鎧を消しさり、本来の姿を現す。

 

「ひぃ! ア、アンデッド!?」

 

 モモンガから溢れ出るオーラに恐怖していたエルフの女たちから悲鳴が上がる。

 

「ならばこちらもいくぞ。中位アンデッド創造『死の騎士(デスナイト)』」

 

 モモンガが呼び出したのは、フランベルジュと呼ばれる大剣と巨大なタワーシールドをもったアンデッドであった。黒色の全身鎧には、血管のような真紅の紋様があちこちにあり、鋭いトゲが所々から突き出している。顔は腐り落ちた人間の顔で、ぽっかり開いた眼窩の中には、生者への憎しみと殺戮への期待が見て取れた。

 

「上位アンデッド創造『具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)!』『集眼の屍(アイボール・コープス)!』」

 

 モモンガがさらにアンデッドを召喚する。それは先ほどのアンデッドを上回る、死を象徴するようなモンスターだ。周りに死と腐敗の気配をまき散らしている。そしてその一体の名には聞き覚えがあった。

 

(あれが……あいぼーるこーぷす……さん?」

 

 それは白濁した無数の眼を持つ直径2メートル程の浮遊するピンク色の肉塊だ。ギョロギョロと周りを見つめている不気味な眼が心を削り取っていくように周囲に不安をまき散らしている。とても妖精には見えない。

 

「私の仲間を侮辱したこと。死をもって償ってもらうぞ」

 

 そう言ってどこからともなくどす黒い赤色のオーラが揺らめく7匹の蛇が絡み合ったような形のスタッフを取り出す。

 かたや光り輝く天使たちを率いるエルフの王、かたや(おぞ)ましいアンデッドを率いる死の王。今、ネイアの目の前にいるのは愉快な骨などではなかった。黒く輝く後光をまとい、その眼窩に宿るのは血のように赤黒い炎、そして周りに恐怖と不安をまき散らす悍ましい死のオーラを纏ったアンデッド。そこにいるのは紛れのない邪悪の化身であった。

 

「ネ、ネネネネネイア様! にににに逃げましょう!」

 

 必死に恐怖に耐えながらエルフがネイアの手を引っ張る。ネイアはそれに抗ってまでこの場に残るだけの気持ちが持てなかった。そのまま手を引かれて場を離れる。そしてネイアの胸にはモモンガが否定してくれなかった一つの言葉がしこりのように残っていた。

 

(私が……モモンガさんの実験動物(モルモット)……)



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第12話 人間

 帝国で助けたエルフに手を引かれて城から出た瞬間、城の上部、先ほどまでネイアたちがいた天守部分から閃光が走り、直後爆風がネイアたちを襲う。地面に屈み、爆風が通り過ぎた後を見ると城の上部が完全に吹き飛んでいた。そしてそこから光と闇の集団が上空へと昇ってゆく。その二つは時に炎を時に雷鳴を轟かせながらぶつかり、遠くエイヴァーシャー大森林へと消えていった。

 

「モモンガさん……」

 

 ネイアの心にモモンガは無事だろうかという想いがよぎる。あのエルフの王はモモンガのことを知っているというようなことを言っていた。その上で戦いを挑むということは勝ち目があると見ているのだろう。ネイアではとても計り知れないが、エルフの王からはモモンガと同じように超越した力を感じた。

 それにあの天使たちの軍団だ。天使たちはアンデッドの苦手とする神聖属性の攻撃を得意としている。あの数の天使たちを相手では分が悪いのではないだろうか。

 ネイアはモモンガのことを心配している自分に気づき、ハッとする。今自分が心配している相手は、自分のことを実験動物と思ってるかも知れないというのに。しかし……。

 

(ううん、私がモモンガさんを心配するのはおかしくない。大切な人が傷つくのを心配するのは当たり前のことだもの……。でも……モモンガさんは旅に出るときに何て言った? 死んでも蘇生するから問題がないって言ってたよね? それって……)

 

 ネイアはモモンガとともに聖王国を出た時のことを思い出していた。あの時は気にしなかったが、普通だったら例え蘇生できると分かっていても、大切な人たちが死ぬどころか傷つくことさえ忌避するのではないだろうか。

 

(……それを死んでもいいって)

 

 今までのモモンガの行動を思い出す。ネイアが戦っているとき、助けてくれたことが何度あっただろうか。大地の長虫(アース・ワーム)を見た時くらいではないだろうか。それもネイアが一当たりするまでは気にもしなかった。ブレイン、王国の冒険者や六腕と戦った時もそうだ。ワーカーとしての依頼を選ぶ時も闘技場での戦闘を優先させた。

 あれはエルフの王が言っていた極限状況に置くためにその子供たちを戦争に送り出すことと同じなのではないだろうか。そしてそれは何の優しさも愛情もないただの実験という行為。

 

(それに……私が武技を覚えるたびに嬉しそうにしてた……あれは実験がうまくいって喜んでいただけなの?)

 

 ネイアはモモンガとの旅が楽しかった。たくさん冒険をして、いろいろなものを一緒に見て、たくさん笑って、たくさん泣いた。時には喧嘩もしたし、仲直りもした。例えアンデッドでもネイアにとって大切な……愉快な骨だった。面白くて優しくて少し抜けてて、そんなモモンガと一緒にいることが心地よかった。

 

(それなのに……全部嘘だったの?)

 

 ネイアは悲しくて涙が出てくる。拭っても拭っても涙が止まらない。手を引いてくれていたエルフがそれに気づきネイアを抱きしめてくれた。何も言わないその優しさが嬉しかった。

 エルフの王は言っていた。モモンガは永遠の時を生きると。永遠の時を生きるモモンガと人間であるネイアでは分かり合えなかったと言うことだろうか。

 やがて遠くから響いていた戦闘音が止まったことに気づく。どちらが勝ったのかは分からない。モモンガが勝ったとしても今どのような顔をして会えばいいか分からない。しかし、それでもネイアはモモンガの無事を祈ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 エイヴァーシャー大森林からエルフの都へと闇が降りてきた。モモンガだ。手には気を失ったエルフの王を抱えている。そして、そのまま広場に降り立った。

 

「あー、酷い目にあった……。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの自動迎撃システムが働かなかったら危なかったな……。待たせたな、ネイア」

「ひいいいいいいいいいい」

「アンデッド……アンデッドよ」

 

 広場に集まっていたエルフたちから悲鳴が上がる。それはそうだ。見たこともないほど強大で邪悪なアンデッドが現れたのだから。

 モモンガが驚いたように自分の顔を撫でた。

 

「あ……」

 

 姿を変えないまま来てしまったのに気づいたのだろうがもう遅い。ところどころから恐怖の悲鳴が上がり、波のように広がっていく。しかし、それはアンデッドを見たからと言うだけではなかった。モモンガから立ち上る黒い邪悪なオーラ、それが人々の恐怖を呼び起していたのだ。

 それはネイアも同じだった。謁見の間で見た時と同じような邪悪さをモモンガから感じ震えが止まらない。

 

(……やっぱりモモンガさんは私のことを実験動物としか見ていない邪悪な化物なの?)

 

「あっ! ごめん! 絶望のオーラ出しっぱなしだった!」

 

 ネイアが震えているのに気づいたモモンガは急いでスキルを解除する。その瞬間、モモンガから溢れ出る邪悪さが無くなり、周囲のエルフたちの悲鳴も小さくなった。

 

(えっ……)

 

 ネイアの前で周りをキョロキョロして見回して謝っているのはいつものモモンガであった。先ほどまで感じていた恐怖はなくなっている。しかし、まだネイアの心には未だモモンガに対する疑問と不安が溢れていた。

 

「ネイア、無事だったか。よかった……って、え!? 何で泣いてるの!?」

 

 モモンガはグスグスと泣いているネイアに驚いて固まっている。帝都で助けたエルフはモモンガから守るようにネイアを抱きすくめた。

 エルフの頭越しにネイアはモモンガを涙目で見つめる。

 

「……モ゛モ゛ン゛ガざん゛」

「あ、はい」

 

 何を言われるかと緊張したモモンガが直立不動に姿勢を正した。

 

「あー、えーっと……ネイア……さん。何で泣いていらっしゃるのでしょうか……」

 

 不安そうに手をワキワキさせながらネイアに尋ねる。その自信のない様子は初めて会った頃のモモンガを思い出させた。ネイアは勇気を振り絞って声を出す。

 

「モモンガさん……私……。実験動物なんですか?」

「……」

 

 モモンガは謁見の間で聞いた時と同じように無言になる。しかし、意を決したようにポツリポツリと語り出した。

 

「その……それは……そうだ。私はネイアで実験をしていた。この世界の人間の成長に興味があったし、世界を知るとともにその限界も知りたかったんだ」

「やっぱり……ううっ……うぇぇ」

 

 否定してくれることを期待していた。そんなことはないと言ってほしかった。しかし、モモンガの口から出たのはネイアを実験動物と認める言葉であった。悲しくて心が張り裂けそうになる。

 

「ちょ、ちょっと待って。泣かないでくれ」

「モモンガさんは私のこと実験動物としか見てなかったんですか? 今までずっと……私はモモンガさんのこと……大切に思ってたのに」

「それは……最初は実験のつもりだったというのは本当だ……でも……それだけじゃない。私だってネイアを……」

「じゃあなんで、私のこと死んでもいいって言ったんですか!」

「え!? そんなこと言った!?」

「言いました! 死んでも蘇生させるからって……死んでもいいって!」

 

 涙目で睨むネイアにモモンガがたじろぐ。空っぽの頭をフル回転してネイアに言った言葉の記憶を探り、冒険に出る際のことを思い出す。

 

「ああ、そういえば言ったな……そうか……確かに命が一つしかない世界であれは悪かったな。ユグドラシル……私のいた世界は死んでも蘇生されるのが普通だったんだ。その感覚で言ってしまった。だが、今はそんなことは思っていない……。一緒に旅をしていく中であれだけ一緒にいて……そんなこと思えるはずがないだろう」

「……本当ですか?」

「ああ」

「じゃあ約束してください。もう隠し事はしないって」

「もちろん。もう隠し事はしない。またネイアに怒られてしまうからな」

 

 照れくさそうに顔を背ける骨。ネイアはそこに嘘がないことを感じる。そもそも嘘をつくのであれば実験動物として見ていたなんて言わずに最初から否定するだろう。ネイアは涙を拭うと顔を背けた。

 『ネイアに怒られてしまう』。まるで夫婦の間の会話のように感じたのだ。チラリとモモンガを見るがそんな気はなかったのだろう。平然としているモモンガを見て、この関係が続くことに安堵する。

 しかし、心の中に一つだけエルフの王が言った言葉が残っていた。永遠の時を生きるモモンガはいつか一人きりになってしまう。その時モモンガはどうするのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 和解を済ませたモモンガとネイアは敗れたエルフの王の処分を改めて考えていた。魔法道具で拘束され、地面に転がされている。周りではエルフたちが人だかりを作っているが、アンデッドであるモモンガを警戒してか近づいては来ない。

 

「あの……。殺しちゃったんですか?」

「ん? ああ、あの時は頭に血が上って……いや、血なんて流れてないんだけど……。殺したと言えば殺したんだが、死ななかったというか……」

「何を言ってるんですか? 死ななかった?」

「復活アイテムを所持していたんだ。それもかなりの数を。それで、何度も何度も殺した結果……レベルの消失で力を失ってな……麻痺で眠らせて魔法道具で拘束させてもらった」

「え? あの……それじゃあ今は弱体化してるんですか?」

「ああ、ネイアでも簡単に倒せるだろうな。しかし、この世界で拘束系の魔法道具(マジックアイテム)はチートだな。ユグドラシルでは降参(リザイン)すればペナルティをもらってログアウトも出来たんだがな……」

 

 モモンガがまた訳の分からないことを言っているが、いつも通りのモモンガだ。あの時の邪悪の化身のような雰囲気はなんだったんだろう。

 

「モモンガさん、そういえばここに来た時も黒い雰囲気と言うか、何かが出てましたけどあれ何なんですか?」

「ん? あれは絶望のオーラと言う能力(スキル)だ」

「絶望のオーラ?」

「なかなか使える常時発動能力(パッシブスキル)でな、レベル1で恐怖、レベル2で恐慌、レベル3で混乱、レベル4で狂気、レベル5では周囲に即死の効果をまき散らすと言うスキルだ。召喚した(しもべ)も同じような能力を持っていてな、それは精神系ではないため精神系無効対策をしていても効果を発揮すると言う……」

 

 嬉々として語り始めるモモンガ。まるで当たり前のことのように話をしているが、あの世界が崩壊したかと思うほどの恐怖はモモンガのせいだったらしい。

 

「モモンガさん! なんって能力(スキル)使ってるんですか!」

「ええ!? いや……つい、つい怒って漏れてしまったと言うか、えー……とそんなに怖かった?」

「怖かったなんてものじゃないですよ! 何ですかちょっと漏れただけって! ちょっと体が匂ってたからごめんみたいなそういうところ! そういうところ直してくださいよ!」

「いや……ほんと……ごめん。レベル5まで出さなくてよかった……」

「当たり前ですよ! 大惨事じゃないですか! 少しは常識をですね……」

「ごめんって……」

「あと! あのあいぼーるこーぷすさんはなんですか! あんな目玉のお化けだなんて聞いてませんよ!」

「え!? アイボールコープスはもともとあんなモンスターで……」

「いいえ! あいぼーるこーぷすさんは可愛い妖精さんです! 私のあいぼーるこーぷすさんを返してください!」

「えー!? いや、あの……」

 

 ネイアに肩を掴まれてカクカクしている骨。二人がギャーギャーと騒いでいるのを見てエルフたちのモモンガへの恐怖が無くなっていき、代わりの別の感情が心に湧き上がる。そして、地面に横たわるエルフの王を見て国民たちはまわりの仲間たちと顔を見合わせた。

 

「王が倒された……」

「王が倒されたのよ……」

「これで私たちもう戦争に行かなくていいのね……」

「自由……私たちもう自由よ!!」

 

 一人、二人と喜びの声を上げお互いの肩を叩き、抱擁を重ねる。それはやがて国中へと広がっていく。長く国を苦しめた暴君が倒れたのだ。割れんばかりの歓喜と感謝の声がモモンガとネイアを包み込み、そこに種族の壁はもう存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

「さて、それで()()の処分は決まったのか?」

「はい。モモン様」

 

 コレとはエルフ達の王、いや元王のことだ。王は政治的なことはすべて官僚に任せていたようで、王が廃されることによる混乱は最小限ですむとのことであった。

 ネイアたちの前にいるのはその官僚の一人。ただ問題は法国との戦争が終結していないと言うことである。

 

「もともとこの戦争は王が法国の要人を攫い、子供を産ませたことにあります。要人と子供は法国の特殊部隊に連れ去られていますが……未だに法国はそれを許してはいません。ですので、王を廃したこと、そしてその身柄の引き渡しを条件に停戦の交渉をしようと思います」

「そうか。まぁ、頑張ってくれ。私たちは……どうするかな。ネイア」

「帝国に帰りますか。ワーカーの仕事もあるでしょうし」

「お待ちください。ネイア様、モモン様。王があれだけ拘っていたということはお二人はよほど高名な御方かと存じます。法国との停戦協定への立ち合いをお願いできないでしょうか」

「はぁ……?」

「我が国と法国、王が原因とはいえお互い相手を殺しすぎました。話自体を穏便に済ませるためにも第三者の仲介をお願いしたいのです」

「……何をすればいいんだ?」

「ただお名前を拝借できれば結構です。法国への書状に連名でお名前を拝借したいのですがよろしいでしょうか」

 

 戦争が続くことをモモンガもネイアも望んではいない。ネイア個人としてもずっと寄り添ってくれていたエルフには感謝しているし、力になりたいと思う。ネイアの視線に気づいたモモンガは軽く頷いた。

 

 

 

 

 

 

 スレイン法国の大議場、その上座にあたる一段高くなった席に複数の男女が腰を掛けていた。年齢は壮年の者から初老の者まで様々だ。スレイン法国最高責任者たる最高神官長をトップに据える、六大神殿を受け持つ神官長たちだ。

 そしてその前に膝をつき頭を垂れる男が一人。頬に傷を持った感情を表さない目を持ったその男は亜人討伐のため聖王国へと派遣されていたニグンである。

 

「ニグンよ。よくぞ戻ったな。長期間に渡る任務ごくろうであった」

「はっ! ありがたきお言葉!」

「おぬしが戻ってきたということは聖王国での計画は予定通りにことが進んだのだな?」

「はい。聖王国には滞りなく、新しい王が即位しました。そして例の彼女たちは予定通りこちらへ向かっております」

「ふむ……あの程度の兵力ではそうは力が続かんと思ったが、予想よりも長く持ったな」

「やはり、リ・エスティーゼ王国より奪ったかの剣の力が大きかったかと。予想を上回る成果です。亜人どもの殲滅にまでは至らなかったとはいえ彼女の力はもはや神人クラスに匹敵するのではないでしょうか。あれだけ殺しただけはあります」

「れべるあっぷなる儀式も滞りなく完了したようで何よりだ」

「はっ! それで、蘇生の準備はいかがでしょうか?」

「心配ない。すでに触媒も術者も揃っている。ふふふっ、彼女たちは法国で生まれ変わるのだ。新たな神の使徒としてな。どうだ? こちらへつきそうか?」

「おそらくは問題ないかと……。もはや聖王国は見限っておるでしょうし、蘇生による恩義により心は縛ることができるでしょう」

「それは重畳。念のため洗脳の準備もしておいたが必要なさそうだな」

「姉と主人の命には代えられますまい。ところで……かの神についてはその後いかがなさっておりますでしょうか?」

「かの神か……。王国で人々を救い、帝国の闘技場で最強とされる亜人を打ち倒し人間の力を示した。やはり、人類のための新たな神と見て間違いなかろう」

「ほぉ! やはり我々の目に狂いはなかったのですね! ではすぐにでも迎え入れましょう!」

「それがな……帝国でエルフの奴隷たちを手にしたところまでは情報があるのだが、そこからの足取りがつかめなくなった」

「それはいったいどういうことでしょうか?」

「突然全員消え失せたのだ。転移魔法にしてもあれだけの数を一度とは……。いや、神ならば可能か。今捜索をしているところ……」

「失礼いたします!」

 

 突然、議場の扉が開けられ、神官の一人が走りこんでくる。話の腰を折られた最高神官長は眉間に皺を寄せた。

 

「ノックもせずに突然なんだ! 今大事な話をしているところだ! 後にしろ!」

「そ、それが……緊急を要すると思われまして……」

「どうした」

「エルフの国より使者が参りました。エルフの王の引き渡しを条件に停戦したいと……」

「なんだと? あの王がエルフたちに倒されたというのか? ありえん。時間引き延ばしのためのブラフではないのか?」

「そ、それが書状には連名にて……モモンの名が!」

「何!? ……ニグン。どう思う?」

「これで繋がりましたな! かの神は我らが宿敵たるエルフの王を討たれた! これは人類を救うための救世主たる神をこの国にお招きするしかありますまい!!」

 

 議場に集った者たちは歓喜と狂乱の入り混じった表情で肩を叩き合う。悍ましき八欲王に弑された六大神。それを失ってから人類は強大な力を持つ亜人や異形たちの中、信仰を力に人類圏を守ってきた。そこに新たな神が降臨したことを確認したのだ。信仰上の神ではなく、本物の現人神を。

 

「おお! やはり……やはり神は我らを救うために現れなさったのか! よし、すぐに使いに書状を持たせよう!! 絶対に失礼のないようにな!」

「はっ!」

 

 

 

 

 

 

「さて、スレイン法国についたわけだがどうする? まさか私たちを交渉人(ネゴシエーター)に指定してくるとはな……」

「交渉なんてしたことないんですけど……。私たちがエルフの国のことをどうこう決めちゃっていいんですか?」

「私も営業の交渉くらいしか……。まぁエルフたちが認めたからいいんだろうが……ちょっと信用しすぎじゃないか? ううっ、胃が痛い……」

 

 鎧姿のモモンガは胃などないのにお腹を押さえている。法国からの返事は交渉に応じるというものであり、その交渉人としてモモンガとネイアを指定してきたのだ。他国のことに口を出すのを渋る二人であったが、帝国で助けたエルフたちを始め、エルフたち総出で頼まれたこともあり、断り切れなかった。

 引き渡すために連れてきたエルフの王は拘束して従えている。最悪これを置いてさっさと帰ればいい。そんな不安もあり、法国の首都を前にして足を止めていた。

 

「その漆黒の鎧は! モモン様ですね。ネイア様も! ようこそスレイン法国へお越しくださいました! おお……神よ!」

「……神?」

「さぁ、こちらへ! 従者の方も一緒にどうぞ」

「……従者?」

 

 首都の中から気づかれたのかモモンガたちへと神官が満面に笑みを浮かべて走り寄ってきた。交渉人としてきたはずであるのに、少しおかしな対応である。

 だが、歓迎されているということだけは分かった。そのまま神官に案内され、街の中を歩いている間も周りから歓声が聞こえ、中には跪いて祈りを捧げるものまでいる始末だ。

 訝しく思いながらもそのまま大きな建物に入ると、議場と思われる部屋へと通された。二人が部屋に入った瞬間、その場のものが一斉に膝をつく。その中に見覚えがある顔が一人、あの聖王国で出会ったニグンという男が一歩前に出る。

 

「お久しぶりでございます。モモン様。我らが神よ」

「神!? さっきからなんなんだ神って……。我々はエルフの交渉人としてきただけでだな……」

「いえ、おっしゃられずとも分かっております。モモン様のこれまでのなされたことを考えますれば」

「俺たちのやったこと?」

「まさに。あなた様こそわれら人類の神たるお方でしょう。聖王国にて亜人討伐における目覚しい活躍。そして聖王国の愚王を見限り、この世界の現状を知ろうと旅立ったのですよね。王国にてアンデッドに苦しめられてる人々を救い、犯罪組織をせん滅し、帝国にて人間の力というものを示された。そして、この度は我らスレイン法国の宿敵たるエルフの王を打ち倒してこちらにお越しくだされた。ともに人間の平和のため戦いましょう神よ」

「な、何を言っているのだ? ネイア?」

「わ、私に聞かれても分かりませんよ」

 

 いきなりモモンガを神呼ばわりし、畏敬の視線を向けている老若男女たちは何なのだろうか。戦争の停戦の話をするのではなかったのだろうか。ネイアには訳が分からない。

 

「……神なのですよね? その強さといい、100年目に突如として現れたタイミングといい……伝説の通りです」

「そういえばこいつ……エルフの王も言ってたな。ユグドラシルプレイヤーが神聖視されていると……六大神だったか?」

「さようでございます。六大神こそ我らの神。ですが、八欲王に弑され今我らは新たな神を必要としているのです」

「そうなのか……。だが残念ながら私は神ではない。何度も言うが今日はエルフの国の交渉人としてきたのだ」

「はぁ? 交渉……ですか?」

「エルフ国はスレイン法国に対し停戦を申し入れる。今までお互いに確執があるだろうが忘れて欲しい。その代わり戦争の原因を作ったこいつに責任を取らせる。そのはずではないのか」

「そのとおりでございます! あなた様が倒されたのですね! 我らが憎きエルフの王を!」

 

 

 

「……お父さん?」

 

 その時、議場の隅から一人の少女が歩み出た。年齢は10代前半といったところだろうか。長い髪の片方が白銀、もう片方が漆黒の色をしている。さらにエルフの王と同様に瞳の色も左右で異なっていた。

 突然の闖入者の登場に、運命を待つばかりであったエルフの王が顔を上げる。

 

「お前は……お前は……おお! そうだ。私こそがお前の父。ああ、会いたかったよ、我が娘よ」

 

 その言葉に周囲の老人たちが顔を顰める。それとは対照的に少女は薔薇のように微笑み、パチパチと手を打ち鳴らした。

 

「お父さん……お父さんだよねー……ああ、私も会いたかったよぉ」

「そ、そうだ。お前の父親だ。なぁ、助けてくれ。親子だろう」

「うん、そうだね。あー……嬉しい。本当に嬉しいよ」

「……そうか。ではこの拘束を……」

 

 首輪をじゃらじゃらと鳴らしながら手枷を娘へと差し出すエルフの王。

 

「……うん、取ってあげる」

 

 唇の端が裂けるほどの笑顔を見せたかと思うと少女は戦鎌(ウォーサイズ)を振りあげ、そのまま振り下ろした、王の鎖でなく、その首へと。

 

「あははははははは! やった! やったあ! このっ! この糞野郎!」

 

 エルフの王の首が落ち血が吹き上がる。議場にむせ返るような血の匂いが充満していく。そして少女は斬り飛ばした首をどうするかと思えばさらに壁に向けて蹴り飛ばしていた。

 

「誰じゃ、あの子を連れてきたのは」

「仕方なかろう。父を討つのはあの子の悲願だったんじゃ……」

「あんな風に育ておって……前任の神官長どもめ……」

 

 神官長たちは困惑はしているものの止める気はないようだった。モモンガがたまらず疑問を投げかける。

 

「どういうことだ? 何をしている。まだ交渉は終わっていないのではないのか」

「あの子は……母を犯され、そして産み落とされ、ずっと父親を、あのエルフの王を恨んできたのじゃ……神よ。…許してほしい」

 

 あのエルフの王は死んで当然のことをしてきたのだろう。それがこの結果ということなのだろうか。だが、実の娘が実の父親を殺し、それを嬲るという光景にネイアは眉を顰める。

 

「話を戻そう。エルフとの停戦は受け入れると言うことでいいのか」

「よかろう。この王が現れるまでエルフとは共存の関係であったのじゃ。あとは亜人どもを滅ぼすだけじゃな」

「……この際だから聞いておきたい。お前たちは何がしたいのだ。エルフとは共存できるのに亜人は無理なのか? 人類の守護者を標榜しているが、何をしたいのかが分からない」

「それはこの私ニグンから一度お伝えさせていただいたとおりございます。神よ。私たち人類が本当に安全に暮らせる地、真の人類圏を作り上げるのです」

「そのために人間以外の存在は許容できないと?」

「そのとおりです。六大神はそうおっしゃった! 六大神の言葉は絶対です」

「そこにいるのが平和的に暮らしているものたちであったとしてもか? 君たちを傷つけるような存在でなかったとしてもか?」

「彼らは我らに比べて生まれつき強く、さらに長命です。一人残らず殲滅せねば安心できません」

「はぁ……そうか。ではネイアに代わって聞かせてもらおう。お前たちの正義とは何だ」

「おおっ……我らをお試しですか、神よ。正義とは6柱の神が示しております。正義とは人間のこと、その人間を救うべく亜人や異形を廃し、真の人類圏を確立することです。この世界における人類圏は荒れ狂う大洋に浮かんだ箱舟のようなもの。はるかに強大な力を持つ亜人、異形、ドラゴン、それらに太刀打ちするためには必要なことなのです」

「……お前たちは六大神とやらが示した正義を疑うことはしないのか? 亜人や異形だからと決めつける必要が本当にあるのか?」

「六大神を疑うなど不敬です! ありえません」

「……お前たちの正義は誰かに示してもらわなければならないものなのか? 私はそうは思わない。彼女は……自分の足で正義を探しに世界へと出たぞ」

 

 突然話を振られてネイアは驚く。ネイアが旅に出るときに思っていたことはそんな大仰なものではない。もっと小さな自分の手の届く範囲でのことだ。

 

「ちょっと、モモンさん。やめてください。私はそんな大した人間じゃないです」

「そんなことはない。ネイアは一歩踏み出した。だが、お前たちはどうだ? そこから何も踏み出そうとしないのか」

「亜人や異形たちを滅ぼすことを認めないということですか? 神よ」

 

 ニグンの、そして神官長達の目が細くなる。

 

「……そうだ。敵対しない限り誰かに手を出すつもりはない」

「分かりました。では私たちは手を出すのをやめましょう」

「なに?」

「じゃが、代わりに神自身で滅ぼしてもらうとしようかの。カイレ!」

「はっ!」

 

 神官長の後ろから現れたのは、枯れたと言うのが似合うほどの皺だらけの老婆であった。白銀の生地に天に昇る龍が金糸で刺繍された変わった衣装を纏っている。そのスリットから見える肢体はゴボウのようだ。

 その金糸の龍が光り輝いたかと思うと、光の竜が議場へと顕現する。そしてそのままモモンガへと襲い掛かった。

 

「ネイア!」

 

 モモンガはネイアを突き飛ばすと、素早くその龍の(あぎと)から離れる。しかし、モモンガの人間離れしたスピードにもその龍は反応し向きを変える。モモンガは回避しつつ魔法で打ち消そうとするが、効果は発動しなかった。モモンガに命中し、その体が光へと包まれる。

 

「魔神よ。我らに従い、真なる神となるがいい!」

「……」

「モモンさん?」

 

 ネイアは不安そうにモモンガを見ると、その鎧が溶けるように消え失せていた。中から馴染みのあるローブを着た骸骨が姿を現す。

 

「無駄だ、神の従者よ。神はわれらの術によりもう操られておる。しかし、その姿……スルシャーナ様? いや、であれば従属神たるあの者が動いておるはず……」

「……それはワールドアイテムか? スルシャーナ、それがお前たちの神の名か?」

 

 モモンガは何事もなかったかのように立っていた。操られているようには見えない。そしてその赤い眼光に警戒と怒りを宿し、攻撃を放った老婆へと向ける。

 

「な……なんだと? 神のアイテムが効かない!?」

「ワールドアイテムだなそれは! やはりお前たちの言う神とはユグドラシルプレイヤーなのだな! それをどこで手に入れた? いくつ持っている?」

「嘘じゃ! なぜ効かん!!」

「ワールドアイテム所持者にワールドアイテムは無効だ。《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》!」

 

 モモンガの魔法が老婆へと直撃する。

 

「『傾城傾国』……特性耐性すべて無視の上に永続魅了効果だと。あの糞運営め! チートアイテム作りやがって!」

「皆の者! 神ではなく魔神と認定する! ここで滅ぼすぞ! 神に命を捧げよ」

 

 現れたのは十数人の集団。ネイアの目がその中で数人からは計り知れない強さを感じる。とてもネイアがかなう相手ではない。

 

「モモンさん……」

 

 そのことをモモンガに伝えようとすると、すでにそこにモモンガはおらず老婆の前へと移動している。ネイアはモモンガから目を離してはいない。瞬間移動だろうか。

 さらに、そのモモンガから老婆を庇うように二人の黒ずくめの男たちが立ちふさがっていた。この二人もいつの間に移動したのか分からない。

 

「ふむ、時間対策をしている者は二人……いや、さっきの女を含めて三人か?いいだろう。見せてもらおう。お前たちをまずは丸裸にしてやるぞ」

「モモンガさん! 私も戦います! 私もモモンガさんと一緒に!」

 

 ネイアの脳裏にエルフの国でモモンガから逃げ出してしまったことがよぎる。今の自分はモモンガを信じている。モモンガも隠し事をしないと約束してくれた。ならばここで自分だけ逃げだすことなど出来るはずがない。

 

「いや、ネイア。君は先に逃がす。《探知対策(カウンター・ディテクト)》!」

「え……なんでですか!」

「これで追跡は不可能だろう。ワールドアイテムに対抗するにはワールドアイテムが必要だ。私は一つ持っているが、ネイアに渡せるワールドアイテムはない。ここは逃げてくれ。できるだけ遠くにな」

「……私じゃ足手まといですか?」

「いや……そうじゃない……そうじゃなくて……。ここでネイアに死んでもらっては困る。ずっと……ずっと一緒にいたいと思っているからな」

 

 もう隠し事はしないと言った手前、嘘もつけなかったのだろう。照れくさそうに顔を背けて手をネイアへと向ける。そしてネイアが何かを言おうとする前に魔法がネイアへと発動した。

 

「《上位転移(グレーター・テレポーテーション)》!」

 

 ネイアのいなくなったその場に残ったのはモモンガと法国の特殊部隊。その特殊部隊が転移阻害を発動したのをモモンガは感じる。ネイアをぎりぎりで逃がせてよかった。しかし、モモンガはここで逃げるつもりはない。

 

「……私と彼女がともにあるためには、おまえたちはここでつぶしておく必要があるようだな」

 

 

 

 

 

 

 転移させられたネイアはあたりを見渡す。見覚えのある山々があった。聖王国からアベリオン丘陵の方向に見えていた山々だ。ここは法国と聖王国を分かつアベリオン丘陵のどこかなのだろうと判断する。

 

「モモンガさん、なんで……」

 

(ずっと一緒にいたいって言っても……。でもそれは……)

 

 ネイアはエルフの王が言った事を思い出す。永遠を生きるアンデッドであるモモンガとはいつか別れの時が来るということを。人としての人生を全うできるネイアはそれでもいいかもしれない。だが、モモンガはどうなんだろうか。モモンガは一人きりで永遠に生きていくのだろうか。

 もちろん、新しい仲間ができてそうならないかもしれないし、今までもそう生きてきたのかもしれない。だが、それでもネイアの心には無力感があった。先ほどのことでもそうだ。

 

(私に力がないから……最近助けられてばっかり……一緒にいても足手まといになっちゃうかな……)

 

 モモンガに見合う力がない。モモンガのことを守ろうと思っても隣に立つだけの資格もない。ネイアでは相手にならないほどの超越者が現れた時、その圧倒的な力で理不尽がなされたとき、自分は守られるだけなのだろうか。

 

(今はここを離れないと……)

 

 モモンガは出来るだけ法国から離れるように言っていた。ネイアが聖王国へと足を向けようとしたその時……。

 

 ズルズルと何かを引きずるような音がして振り返る。遠くに人影が見えた。追手ではないようだ。ネイアより少し背の高い人影が一つに、小さい人影が二つ。近づいてくる小さい人影は何かを引っ張っている。

 ネイアの鋭い目がそれを捉えた。棺桶だ。その白く立派な棺を引っ張る体は人の子供のように小さい。しかし、その額に生えた角のようなものがそれが人でないことを証明していた。

 

(亜人の……子供? それにあの人は……)

 

「レメディオス団長……」

 

 亜人たちの前を歩いているのは聖王国の聖騎士団長レメディオスであった。聖騎士の証である白い鎧とマントを羽織ってはいるが、頬はこけ、落ち窪んだ眼がギラギラと輝き幽鬼のような鬼気をはらんでいる。腰には聖騎士団長の代名詞ともいえる聖剣サファルリシア。さらにネイアの知らないもう一振りの剣を帯びている。 

 連れている亜人はみすぼらしい麻の囚人服のようなものを着せられ、全身は傷だらけ、息も絶え絶えで必死に棺を引いていた。

 

「ネイア……バラハか」

 

 一人は亜人を殲滅するために。一人は本当の正義を探すために。聖王国から外の世界へと旅立った二人がアベリオン丘陵で邂逅することとなった。



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第13話 本当の正義【完】

 ネイアに気づいたレメディオスが足を止めると、後ろの亜人たちも足を止める。そして亜人たちは倒れるように膝をついた。

 

「一人か? こんなところで何をしている」

 

 モモンガがいないことを気にしているのか、周りを見回している。

 

「団長こそこんなところで何を……」

「私が聞いているのだがな……。まぁいい。ネイア、国を離れたお前は知らないのだろうが……カルカ様は亡くなったぞ」

「え……。えっ!? 遠征は……失敗したんですか……」

 

 それはモモンガや帝国の皇帝なども予想していたことであった。あのまま続ければいつか失敗すると。しかし、遠征を途中でやめることはできたはず。ということは最悪の事態が起こるまで歩みを止めなかったと言うことだ。

 

「失敗などしていない! 私は負けてなどいない! 卑怯にも亜人どもが後衛にいたカルカ様たちを奇襲したのだ。ケラルトもその時一緒に……糞! 法国のやつらめ! カルカ様の守りは任せろと言っておきながら! 私がいれば絶対にお守りしたものを!」

 

 レメディオスは血が滲むほど唇を噛みしめ、連れている亜人を睨みつける。

 

「ひ……ひぃ!」

 

 亜人の一人が怯えた声を出し目を伏せる。幼く甲高い声は女の子だろうか。しかし、もう一人は荒い息を吐くだけで声も出ないようだ。それを見てネイアは疑問に思う。聖騎士団の団長ともあろう者がなぜ部下も連れず、こんなところに一人でいるのだろうか。それに国に残してきた両親のことも気がかりである。

 

「国は……聖王国は無事なのでしょうか」

「ああ……お前の両親も無事だ。彼らは遠征に出ていない。九色の称号をもらっておきながら国の防衛を主張しおって……。まぁ、国が手薄になる隙をついて亜人が攻めてくると言う予想は当たっていたがな……」

「ほかの聖騎士の方々はなぜいないのですか?」

「あいつらか……。あいつらは皆裏切り者だ! カルカ様が亡くなり、国に戻るとその責任をカルカ様に押し付けた! そして新たな聖王を立て……カルカ様の葬儀を行うというのだ!」

 

 戦争を主導した王が責任を取るのは当然であるし、亡くなったのであれば次の王を立てるのは妥当だ。レメディオスは何をしようとしているのだろうか。

 

「カルカ様以外を王として立てるなど絶対に認められん! ケラルトも死んだ以上、国に蘇生魔法を使えるものはいない。だが、法国には蘇生の秘術があると聞く。ともに聖戦を戦ったのだ。蘇生を断ることはないだろう」

 

 蘇生魔法。死者を蘇らせる奇跡の御業(みわざ)だ。だが、国の王が亡くなったからと他国に蘇生を依頼する者などいない。

 それを依頼すると言うことは国として相手に首を差し出すに等しい見返りを求められる。国を犠牲に自身の蘇生を求める王に誰がついてくるというか。

 だが、レメディオスはそんな主張をする者達を恩知らずの裏切りものと罵り、カルカとケラルトの遺体を持ち出したのだ。

 

「っと、そんなわけで急いでいる。お前を相手にしている暇はないな。さあ、さっさと歩け」

 

 レメディオスが亜人へと激を飛ばすが、亜人たちは動かない。いや、動けない。

 

「はぁ……はぁ……うぐぅ……」

「お兄ちゃん!」

 

 亜人の一人が膝をつき、もう一人の亜人が駆け寄った。どうやらこの亜人の子供たちは兄妹のようだ。傷つき弱り切っている。

 

「どうしたさっさと歩け」

 

 レメディオスが冷たい瞳で見下すと、剣を抜きそれを膝をついた亜人の兄へと突きつけた。まさか殺そうとでも言うのだろうか。

 

「団長……その子たちは……なんなんですか?」

「敵の捕虜だ。国を出るときに手が足りなくてな、連れてきた」

「なんで……こんなことを? この子たちが何かをしたんですか?」

「何かしたかどうかなど関係ない。亜人は亜人だろう。滅ぼした集落にいたやつらだ。戦いもせず簡単に捕まった臆病者どもだ」

 

 戦いに参加していない。それは人間を傷つける意思のない無抵抗の非戦闘民ということではないのか。ネイアにはなぜレメディオスがこのようなことをしているのか理解できない。

 

「どうした。さっさと歩け」

 

 亜人の兄妹は立ち上がらない。お互いに体を支え合って震えている。

 

「なんだ? もう歩けないのか? そうか。まぁ、ここまで役には立ったか。ではお前たちの役目もここまでだな。……死ね」

 

 レメディオスが剣をふるう。少年は倒れるように何とかそれを躱そうとするも背中をしとどに斬りつけられ、血が舞った。

 

「お兄ちゃん!」

「動くな、次はお前の番だ」

 

 レメディオスの無慈悲なその言葉に亜人の妹が唇を噛みしめながらその理不尽の元凶をを睨みつける。

 

「……悪魔」

「なんだと?」

「この悪魔! あんたなんて悪魔よ!」

「邪悪な亜人が……私に向かって悪魔だと!?」

「私たちを殺す悪魔じゃない! お父さんも……お母さんも……友達もたくさん殺した! きっと私たちの命を犠牲にして棺の中の魔王を復活させるんだわ!」

「私だけでなくカルカ様を魔王呼ばわりとは……許せん!」

 

 レメディオスの顔が真っ赤に染まる。怒りに任せて妹を斬りつけようとするが、そこで、動けなかったはずの兄が妹を覆いかぶさるように抱き着いて(かば)った。兄はさらに斬り付けられ口から血を吐き出す。

 

「お兄ちゃん!」

「……」

「お兄ちゃん! 死んじゃやだ! お兄ちゃん!」

 

 亜人の子供が兄に抱き着いて泣いている。それを見てネイアは両親が言っていたことを思い出す。

 正義とは愛する人を守ることと二人は言っていた。この二人にお互いを守るだけの力はない。だが、お互いに支え合い、大切な人を守ろうと身を挺するこの兄妹に正義がないと言えるだろうか。亜人だからとここで命を散らせることを許せるだろうか。

 ネイアのそんな想いを無視するようにレメディオスはとどめを刺そうと剣を振りあげた。

 

「やめろ!!」

「……なんだ、ネイア・バラハ。まだいたのか」

「団長! あなたは何をやってるんですか!!!」

「邪悪な亜人を殺しているだけだ。それがどうした」

「それが……どうしたですって!? あなたはこの子たちを見て何も思わないんですか!」

「何を思う? 私はカルカ様の目指す誰も泣かない世界を目指す。それを実現させようとしてるだけだ」

「誰も……泣かないですって?」

「?」

 

 レメディオスは訳が分からないと首を傾げている。それとは対照的にネイアは怒りのあまり金色の髪が逆立ち、視界が赤く染まる。怒髪天を衝くとはまさにこのことだろう。

 

「誰も泣かない世界を目指すというのなら! 今すぐこの子たちの涙を止めてみせろ!」

 

 ネイアは片手を兄妹に向け魔法を発動させると、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。

 

「《重傷治癒(ヘビーリカバー)》!」

 

 兄妹の傷が見る見るうちに消えていき、兄は息を吹き返す。妹は驚いたようにネイアを見上げた。ネイアはレメディオスを睨んだまま兄妹に告げる。

 

「逃げなさい」

 

 驚きながら傷が治った体のあちこちを触り、異常がないことを確認した兄は頭を一度下げると、ふらつく足で妹の手を取り走り出した。

 

「何をしている! ネイア・バラハ! 貴様悪に堕ちたか!」

「悪……ですか。確かに私には何が正義なんてわからないかもしれません。ここまで旅をしてきていろんな人に会いました。その人たちはそれぞれがそれぞれ正義を語っていました……。答えはまだ出ません。それに……私には世界中のだれもが泣かない世界なんて作れない。世界を変えることだって出来ない。でも……目の前で泣いている子供を助けるくらいはできますよ!」

 

 ネイアは短剣を引き抜く。

 ミラーシェードを上げてレメディオスを睨みつけるとその強さに震えが走った。今までネイアが相手をしてきた誰よりも強大で計り知れない力を感じる。

 

「どけ、ネイア。あいつらを生かして帰したら人類の敵となるぞ」

「どきません! 団長……私たちとあの子たちの何が違うっていうんですか!」

「はぁ? 何を言っている」

「敵になるって何で決めつけるんですか。人間にだって善人と悪人がいます。でも、どんな悪人だって心を入れ替えることはあるし、どんな善人だって悪に手を染めるようになることはあります。あの子たちが悪に走ると決めつけないでください!」

 

 ネイアの脳裏に旅に出てから出会ったたちの姿が浮かんだ。望まない悪に手を染めてしまった者、正義と信じて悪を成している者、だが、そうと決めつけて断罪してしまっては決して分かり合えないだろう。

 

「人間も亜人も……アンデッドとだって分かり合えます。話を聞いてください」

「亜人だけでなく生者を憎むアンデッドとだと?」

「……私たちだって、一皮むけばスケルトンじゃないですか! 分かり合えないはずはないんです!」

「お前とは話にならない! 亜人やスケルトンと分かり合えると言うお前の戯言に耳を貸す気もない! ネイア・バラハ、貴様を人類の敵とみなし、悪の芽はここで断つ!」

 

 レメディオスが剣を抜く。蒼く透き通った刀身を持つ美しいその剣はネイアの見たことのない剣だ。悪を討つと言いながら正義の象徴たる聖剣サファルリシアを使わないと言うか。

 

「……聖剣を使わない?」

「聖剣……か。使いたいところだが切れ味が悪くてな。使い物にならん。亜人を斬りすぎたせいかはたまた呪いか……。だが、こちらの剣はいくら斬っても斬れ味は変わらん。行くぞ!」

 

 ネイアは武技《領域》《能力向上》《能力超向上》を発動し、短剣を構えると走り出した。力では劣るネイアは動きで翻弄するしかない。レメディオスから目を逸らさないように慎重に間合いを図るが、相手の力はそれすら許さなかった。

 ゆらりとレメディオスの体が動いたかと思うと背後に気配を感じる。身をよじって躱そうとするが既に斬りつけられた後だった。

 

「っ!?」

 

 斬りつけられたというのに痛みがない。しかし、驚きは後から来た。ポロポロと足元に落ちる残骸。それはモモンガからもらったあの弓の一部だった。まさか弓を斬られるとは思ってもみなかった。見た目の割にそこいらの防具よりよっぽど頑丈であったはずなのに一刀のもと、斬り裂かれた。

 

「お前は遠距離攻撃が得意だったからな。逃げられて狙撃でもされたら面倒だ」

 

 ネイアは思い出す。レメディオスは普段の言動こそおかしいところがあるが、こと戦闘に関しては天才的な勘を持っている。だからこそ聖騎士団長に任じられているのだ。

 距離を取ってレメディオスの剣の届かないところからの攻撃。それはネイアも考えていたことだが、真っ先にそれが封じられた。

 

「悪あがきはするな。さっさとお前を倒してあの亜人どもを追わねばならない」

 

 今度はレメディオスが正面から迫る。先ほどのスピード、捌ききれる自信はない。

 

(なら……)

 

 ネイアはブルークリスタルメタルの短剣を横に構え、レメディオスを待ち構える。避けることが出来なければ受けきり、隙をつくしかない。レメディオスの剣筋に割り込ませるように短剣で受け流そうとして……。

 

(ぇ……。うそ……)

 

 ネイアは驚愕する。レメディオスの剣がまるでバターでも斬り裂くようにネイアの剣に食い込んだのだ。そしてそのまま刀身を抜け、ネイアの体へと向かってくる。それでも剣筋を逸らすことだけには成功したようで右肩を斬りつけられるだけで済んだ。

 

「うぐっ……剣が……」

 

 モモンガからもらった短剣が斬られた。折られたのではない斬られたのだ。この短剣の頑丈さはよく知っている。今までどんな武器とぶつかり合っても刃こぼれ一つしないほど頑丈であった。しかし、それを一太刀で真っ二つだ。

 斬られた傷は致命傷ではない。すぐに動く必要があるが、《領域》から感じるレメディオスの速さはそれを上回っている。

 

(……速すぎて目で追えない。後ろ!?)

 

 距離を取ろうと駆けだしたところで背中に気配を感じたと思ったら瞬間、さらに斬りつけられた。直前に気づいたことでわずかに身をよじったが、今度の傷は大きい。

 

「うまく避けるものだ。何かの武技か? だが、ここまでだ」

 

 レメディオスがネイアへと死刑宣告をする。ネイアにはもう打つ手がない。弓は失った。短剣も失った。肉体能力では相手が圧倒的に上。逃げることも敵わない。

 

(もう……終わりなの……いえ、まだ……諦めない!)

 

 反撃をするにしてもまずは武器だ。レメディオスが一歩一歩とネイアに近づいてくる中。ネイアの目が吸い寄せられるようにレメディオスの腰の得物を捉えた。

 そこにあるのはもう一振りの剣。聖剣サファルリシア。まるでネイアに使ってほしいと言っているように目を引き付けてやまない。

 

(でも団長は聖剣が斬れなくなったって言ってた……そんな剣を奪っても……。いえ、待って……)

 

 ネイアの脳裏にモモンガの言っていた言葉がよぎる。帝国で言っていた(カルマ)という考え方だ。善行を成せば(カルマ)がプラスに、悪行を成せばマイナスに傾く。聖剣サファルリシアは善を力に変え、悪を討つ聖剣だ。

 

(サファルリシアが斬れなくなったってことは団長の悪行のせい? 無抵抗の亜人を殺戮するという悪行の……)

 

 答えは出ない。だが、試す価値はある。ネイアはそう判断する。

 

(あれを……あれを奪うしかない。でもどうやって……)

 

「さらばだ、ネイア・バラハ。亜人に心を奪われし者よ……」

 

 ネイアは武技で身体強化をしているがレメディオスのスピードにはついていけない。剣を避けることなどこの傷ついた体でできるだろうか。だが、やるしかない。

 覚悟を決め、レメディオスに突っ込む。待っていてもジリ貧だ。ならば死中に活を見出すしかない。

 

「玉砕覚悟か!」

 

 レメディオスの懐に飛び込もうとするが、それより先に目の前に白刃が迫る。とても避けきれるわけがない。

 

(駄目……やられる!?)

 

 それでも目を逸らさず左手でレメディオスの腰に手を伸ばした。

 

(掴んだ!)

 

 そしてそのまま剣を引き抜くと同時に二人の体が交差する。そして……。

 

 

 

 ネイアは立っていた。左手には聖剣を持っている。しかし、逆に右腕に鋭い痛みを感じる。手首から先を失い、血が溢れ出ている。

 

「《重傷治癒《ヘビーリカバー》》!」

 

 治癒魔法で右手を治療するが、なぜ避けられたのか分からない。今のは絶対に首を刎ね飛ばされるところだった。あれを避けられるような肉体能力はネイアにはない。ならば……。

 

(武技? 体がスライドした? あのエルヤーが使っていた……)

 

 武技《縮地改》。足運びなく体を水平移動させる武技だ。それが発動したおかげで首が飛ぶところを右手だけで済んだ。

 

(そういえばモモンガさんが分析してた……。本気で、本気で必要と思った時、それに見合う力を持っていれば新しい武技を覚えられるんじゃないかって……)

 

 モモンガのことを考えると少しだけ勇気が戻ってきた。

 だが、もう魔力は空っぽだ。同じような怪我をしたらもう次はない。

 ネイアは最後の希望として手にした聖剣を見下ろす。聖王国が誇る正義を司り、その正義を力へと変える聖剣サファルリシア。

 

(なにこれ……初めて握ったのにすごくしっくりくる。まるで力が流れ込んでくるみたい……)

 

「き、貴様! 貴様のような亜人に狂った邪悪な人間が……カルカ様より授かったその剣に触れるなぁ!」

「団長! 善悪は人によって違うんでしょうけど……今! 私にとっては貴方のほうが悪です!」

 

 ネイアは握りしめたサファルリシアの剣先をレメディオスへと向ける。まるで剣がそうしろといっているようだった。

 

「なに!?」

 

 レメディオスが困惑の声を漏らす。ネイアの心に呼応するようにサファルリシアが光を放ったのだ。その光には見覚えがある。かつて彼女が悪を斬り裂くために力を示した断罪の光だ。

 

「な、なんだ。なんなんだその光は! なぜだ! 私には使えなくなったと言うのに……なぜ聖剣が……サファルリシアが……正義の象徴がお前に応える!」

「分かりません……ただ……この剣が私を認めてくれた……? そんな感じがします」

「そんなことはない! カルカ様はそんなことは認めない!」

 

 レメディオスが剃刀の刃(レイザーエッジ)を、ネイアが聖剣(サファルリシア)を構え対峙する。

 武器を手にしたが、ネイアにとってレメディオスはいまだ到達不可能な領域にいる強者だ。震える手を必死に握りしめる。

 お互い譲れないものがある。もはや言葉は不要。

 レメディオスが怒りに任せ上段から剣を斬り下ろしてくる。それに呼応するようにネイアも剣を振るった。

 そして……二つの剣が、剃刀の刃(レイザーエッジ)聖剣(サファルリシア)が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 打ち負かされたのはサファルリシア。何でも斬れるとの異名の通り、聖剣の刀身さえ斬り裂き、ネイアの持つサファルリシアはその刀身を真っ二つに斬り飛ばされた。

 

―――しかし

 

 刀身は斬り飛ばされようともその剣の放つ光は消えることなくますます輝きを強くする。そしてそのままレメディオスの体を光が包み込んだ。そしてその聖なる光がレメディオスの体を焼く。

 ネイアがレメディオスにダメージを与えることに成功したのだ。

 

「ぐうううううう」

 

 だが、レメディオスは顔を体を光に焼かれる激痛に耐える。そして……。

 

 倒れたのはネイアであった。理由は圧倒的なレベル差。いや、そのレベル差でレメディオスに重傷を負わせたというのは僥倖である。奇跡とも言えた。しかし、戦意を挫くほどのダメージは与えられなかったのだ。

 反撃に肩から胸まで斬り裂かれたネイアは倒れ伏す。血が止めどなく溢れ、地面を染めていく。

 ネイアは無力感に打ちひしがれていた。目の前で泣いている子供さえ守れない無力感に。そして残していく大切な人たちに。

 

(モモンガさん……ごめんなさい。一人ぼっちにしちゃって……)

 

 

 もう力が入らない。立つこともかなわず失われていく体力にネイアの目が霞み、それを閉じようとしたその時―――

 

 突如黒い空間が目の前に現れたかと思うと場違いで能天気な声が聞こえてきた。

 

「あー……酷い目にあった。他にも世界級(ワールド)アイテムがあるとか……まったく。しかし、収穫は上々……ん?」

 

 そこへ現れたのは豪奢な漆黒のローブに赤い眼光を宿し、ひび割れた眼窩を持つ骨。モモンガだ。

 

「何!? アンデッドだと!?」

 

 ネイアを打倒し、自身の傷を癒そうとしていたレメディオスが再び剣を取り上げる。

 

「ネイア!? ちょ、大丈夫……じゃないよな! なんで!? どうしてこうなってる!?」

「次から次へと! なんなのだおまえは! 滅びろアンデッド!」

「おまえは……聖王国の? おまえが……やったのか!?」

「……モモンガさん……気を付けて」

 

 ネイアは掠れるような、とても聞き取れそうにない弱弱しい声でモモンガへ警告を送る。その声、そして溢れ出る血を見てモモンガは一刻の猶予もないことを知った。

 レメディオスを無視すると、素早く無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を開け、指輪を付け替えた。

 しかし、その判断が、一手行動を遅らせるその判断がすべての運命を変えた。

 

「《大治癒(ヒール)》」

 

 モモンガの治癒魔法によりネイアの傷が一瞬で完治する。声が出せるようになったネイアはあらためてモモンガへと警告を発する。

 

「モモンガさん! その剣は何でも斬り裂きます! 気を付けて!」

「……なんでも?」

 

 モモンガは相手の戦力分析から入ることにする。まずは相手の能力、装備の把握が勝利を目指すうえで重要だ。相手の実力は聖王国にいるときに把握済み。一撃受ける覚悟で分析をし、勝てそうになければ撤退すればいい。

 

「《道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)》」

 

 レメディオスの持つ剣についてモモンガの頭に入ってきた知識。それはネイアの言っているとおり何でも斬り裂く剣であった。

 ―――剃刀の刃(レイザーエッジ)

 弱者が使えば大した代物ではなかったかもしれない。だが、レメディオスは亜人の討伐に討伐を重ね、高レベルに達していた。

 さらに恐ろしい情報が頭に入ってくる。能力(スキル)までも貫通して斬り裂けるというものだ、その耐性さえも……。それはモモンガの即死無効という耐性さえ無視できるということ。つまりこの剣で首をはねられればダメージではすまない。

 モモンガは2つの魔法を連続で放ったことにより、2手反応が遅れたことを後悔する。しかし、もう遅い。モモンガが首を守るように出した右手が斬り飛ばされるとレメディオスの剣の切っ先をその首へと向ける。

 

「くぅ……」

 

――敗因は情報不足と油断。

 聖王国では情報収集をし、モモンガに対抗できるほどの人間がいないことを知っていた。だが、まさかこれほどの速度でレベルを上げ、さらにモモンガの能力(スキル)さえ貫通する魔法道具(マジックアイテム)を所持しているなどどうして予想できようか。今から時間停止の魔法を発動させることも間に合いそうにない。

 

(モモンガさんが……やられる……いなくなっちゃう……)

 

 ネイアは後悔する。これは自分のせいだ。自分が始めた戦いにモモンガを巻き込んだ。そして自分の弱さゆえに敗れ、モモンガは窮地に陥っている。

 

(私が何とかしないと……)

 

 ネイアの脳裏にあったのはバハルス帝国で発動を失敗した武技だ。その名は武技《疾風走破》。時間を歪めるほどの速度を有するあの武技ならば間に合うのではないか。

 

(ここで……ここで力を使わないででいつ使うのよ!)

 

 新しい力を得るために必要なもの。生存意欲と力への欲求、それが必要だというのであれば今こそその時だ。

 ネイアは武技を発動させる。《能力向上》、《能力超向上》、《縮地改》。身体能力を高め、速度を上げ、一直線にモモンガへと駆ける。だがまだ足りない。

 

(もっと……、もっと速く!)

 

 そしてネイアの力への欲求は限界を超える。新たな武技の発動だ。あのクレマンティーヌが発動していた武技《疾風走破》。すべての武技を同時に発動させたその速さは時間さえも超えた。

 

 

 

 

 

 

 モモンガはスロウに見える空間の中、突き進むネイアの姿を捉える。そして動けないままの自分が刃の先から押し出されるのを。

 

(時間停止!? いや、時間加速か!?)

 

 モモンガの意識が一瞬ネイアの能力に行くが、目の前の凄惨さにそんな考えは吹き飛ぶ。モモンガの目の前にあったのはレメディオスの剣により心臓を貫かれたネイアだった。

 

「ネイア! くぅ……《大治癒(ヒール)》!」

 

 モモンガは体制を立て直し、再度ネイアへ向け治癒魔法をかけるが……。

 

「ごほっ……」

 

 ネイアが大量の血を吐き、倒れ伏す。治癒魔法は効果を発揮せずその胸に空いた傷が治ることはない。致命攻撃による即死状態だ。

 

「くそ! 邪魔をしおって、アンデッド! 次はお前の番……」

「やかましい! 《完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)》」

 

 モモンガの頭脳が現状への最適解をはじき出す。肉体能力を100レベル戦士のそれへと変え、レメディオスの剣を軽く躱すと殴り飛ばした。

 身体能力が劣る魔法詠唱者よりレベル的に上位となる戦士職の能力を得た方が対応できると判断したためだ。

 吹き飛び、気を失ったレメディオスから剣を取り上げる。この剣さえなければこの程度の戦士は怖くない。振り返ることなく急いでネイアに駆け寄った。

 

「ネイア。何で……何で……こんなことに……」

 

 モモンガの眼窩の中で赤い炎が悲しく揺れている。

 

(モモンガさん……泣いてる?)

 

「《大治癒(ヒール)》! 《大治癒(ヒール)》! くそ!治癒魔法が効かない!」

 

(私が傷ついて……悲しんでくれてる……)

 

 ネイアにはそれが少し嬉しかった。死んでも復活させればいい、そんな気持ちは微塵も感じない。ネイアが死んだらモモンガは蘇生をさせるとしても。

 しかし、それでいいのだろうか。モモンガを守って死ぬのならば後悔はない。しかし、心残りが一つだけ。エルフの王が言っていた言葉。

 

(いつか……私が死んでしまったらモモンガさんは一人ぼっちになってしまう……)

 

 それはたとえ生き返ったとしても、寿命を持つ種族にいずれ確実に訪れる未来だ。

 

(だったら……)

 

 ネイアがこれからすることにモモンガは怒るだろうか。それとも悲しむだろうか。これは賭けでもある。ネイアは薄れゆく意識の中、モモンガへのほんの少しの意地悪とほんの少しの期待を胸に想い、先に謝っておくことにする。

 

「……ごめんなさい……モモンガさん」

 

―――ネイアの人生はここに幕を閉じた。

 

 

 

 

「《真なる蘇生(トゥルー・リザレクション)》!」

 

 ネイアの体が魔法の光に包まれる。しかし、それはすぐにかき消えてしまった。

 

「なぜだ! なぜ生き返らない!」

 

 ネイアの命が失われてからというもの、モモンガは蘇生魔法をかけ続けていた。しかし、何度かけようと蘇生は一向に成功しない。

 

「あの剣の効果によるものか? いや、そんなことはない」

 

 モモンガが調べたあの剣の効果は、すべての効果を斬り裂き無効化するというものだが、それは死後の蘇生を阻害するようなものではなかった。ならば答えは一つ。しかしモモンガはそれを信じたくはない。

 

「蘇生を……拒否しているのか?」

 

 頭の中ではそれを否定したがっている。だが、それしか考えられる原因はなかった。

 

(なぜだネイア……もう生きていたくないのか? もしかして……嫌われたのか? 俺のしたことがやっぱり許せないのか?)

 

 確かにネイアを実験対象として見ていたこともある。しかし、それは強くなるために必要な事だったともいえるし、今はそんな気持ちは微塵もない。これからも一緒に……ずっとともにありたいと思っていたのになぜという想いが胸を締め付ける。

 それ故にモモンガは蘇生魔法をかけ続けていた。

 

「……だが何故だネイア。何が悪かったんだ……。俺の何が……。教えてくれ! どうすれば生き返ってくれるんだ!」

 

 頭蓋を掻きむしり悲しみを胸に叫ぶが返事はない。静寂のみが丘陵を支配している。その静寂こそがネイアが蘇生を拒否している証拠のように思えた。そして限界を超えた悲しみはアンデッドの特性による精神の鎮静化により静まる。

 しかし、悲しみが去ると代わりにモモンガの心を抗いがたい欲求と怒りが支配した。

 

(……知りたい。ネイアが何を考えていたのか……。()()をすれば本当に嫌われるかもしれない……。だけど、それでも知りたい……)

 

 例えネイアに嫌われようと一緒の世界にいたい。それが出した結論だった。ならばやることは決まっている。目を閉じるように眼窩に宿る炎を細め、モモンガは決意する。

 

(蘇生を拒否すると言うのであればするがいい……。もう……ネイアの意思などとは関係なしに生き返らせてやろうじゃないか!)

 

 モモンガはネイアの遺体を優しく抱えると転移の魔法を唱える。もうネイアを生者として生き返らせることはできない。ならば答えは一つだ。

 モモンガは暗黒儀式を行うため、必要とされるもののある場所へと転移の魔法を発動させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 時間の存在が不確かな世界の中でネイアの意識は朦朧としている。自分がどこにいるかさえ分からない。ただただ何もない真っ白な水のような空間の中をたゆたう存在だ。

 

 悠久の時間の中でどれだけ経ったか分からないが、自分へと水面から手を伸ばす存在がいることに気づく。それは白く優しく、恐る恐る指し伸ばされた骨の手であった。

 

 しかし、ネイアはその手を取らない。その優しさに甘えてしまいたくなるが、取るわけにはいかない。

 

 それを取ってしまってはネイアの望みは叶わないから。

 

 その優しい手の持ち主の望みは叶わないから。

 

 しかし、その優しい手は諦めなかった。何度も何度も手を差し伸べる。

 

 早く握ってくれと。

 

 早く自分の手を取ってくれと。

 

 しかし、ネイアは動かない。

 

 何もない空間に漂いながらネイアは人生を振り返っていた。

 

 思えば今のこの状態はネイアが本当の正義を探そうとは思い国を出た結果だ。

 

 飛び出した広い世界には本当にいろんな人がいて、本当にいろいろな正義があった。

 

 

―――剣のみに生き、その高みを目指した剣士はこう言った「正義とは剣」だと

 

 

―――在りし日の母を想い、苦しみ。忘れられなかったアンデッドは言った「正義とは母」だと

 

 

―――仲間たちと共に人々を救おうと奮闘する冒険者たちは言った「正義とは懲悪」だと

 

 

―――世の中に絶望し、堕ちて行かざるを得なかったならずども達は言った「正義とは塵芥」だと

 

 

―――この世界で一番の頭脳を持つ王女、賢王の二つ名を持つ獣は言った「正義とは忠義」だと

 

 

―――死しても大海を愛しそれが汚されることに全力で抗う亡霊たちは言った「正義とは海」だと

 

 

―――他人を犠牲にしようと、自分への誇りのみを信じ続ける男は言った「正義とは己」だと

 

 

―――大国を、一族を率い、その命を預かる預かる偉大な王たちは言った「正義とは繁栄」だと

 

 

―――超常の力を持ち、その力のみですべてを支配した超越者は言った「正義とは強者」だと

 

 

―――今は亡き神々の教えを守り、人類を守り続けた神官たちは言った「正義とは人間」だと

 

 彼らにとってはそのどれもが本当の正義であったのだろう。

 

 しかし、そこにネイアの求める正義はあったのだろうか。

 

 

―――せいぎってなぁに

 

 

 幼いころに父と母に尋ねたことを思い出す。そこで両親は愛する人を守ることと答えた。

 自分には守る力などないと思っていた。守りたいその人は強く、ネイアの力など必要としていなかったのだから。

 

 あの時の傷ついた亜人の兄妹がお互いをかばう姿を幻視する。お互いに支え合い、立ち上がっている二人。

 

 そこに力の有無など関係なかった。ただ、その人がそこにいること。それが大切なのだ。

 

 ネイアは思う。いつか一人ぼっちになってしまう大切な人のために傍にいる。それだけでその人を守っていることになるのではないかと。

 

 

 どれだけの時が経ったのか。突如、何もない真っ白な空間が完全なる闇に包まれた。

 

 そして闇の中から手を差し出される。しかし、それは今までのような恐る恐る伸ばしてくるような手ではない。

 

 ネイアの意思に関係なく、力強くネイアの手を掴んで強引に引っ張り上げる手だ。

 

 しかしネイアはその手の力強さに心が喜びでいっぱいになった。

 

 その手は自身の意思でネイアを必要だと、絶対に離さないと握りしめている。

 

 ネイアはその手へと身を任せると自分の本当の正義を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは非常に見覚えのある場所であった。そこは聖王国の城壁の外側。はじめてモモンガに会った場所のすぐ近くだ。聖王国を襲い、返り討ちにあった亜人たちを埋めた場所でもある。ネイアは自分の胸に手を当ててみる。かつてそこから感じた鼓動を感じない。

 

(……心臓が止まっている)

 

 そして目の前に立つ人物に目を向けた。豪奢なローブに身を包んだ骨、モモンガだ。何だかバツが悪そうに顔をそらして両手の指をソワソワと動かしている。

 一方、ネイアの気分は良かった。これまでにないほどの充足感を感じる。眩暈もしなければふらつきもしない。ネイアは立ち上がると目の前の骨の顔を見る。モモンガもネイアへ顔を向けた。

 そして、まるで示し合わせていたように二人が同時に頭を下げる。

 

「「ごめんなさい!」」

「「え?」」

 

 声が重なる。ネイアはまさか謝られるとは思わなかった。責められるのは蘇生を拒否したネイアではないのか。だが、目の前の骨はネイアに求めてもいないのに言い訳を始めた。

 

「蘇生を拒否したことは分かっている。生き返りたくなかったのに無理やり生き返らせて……しかもアンデッドとして生き返らせて……怒ってると思う。……だけど聞かせて欲しい。何で……蘇生を拒否したんだ? それがどうしても聞きたい。なぁ、どうしてなんだ?」

「……怒ると思ってました」

「ん?」

「蘇生を拒否したこと」

「それは……」

 

 モモンガは否定はしない。やはり怒っていたのだろう。当然だ。蘇生には触媒も必要だろうし、何より善意で行ってくれたことに対する裏切りなのだから。

 

「ごめんなさい! 私……モモンガさんのこと試しました!」

「えっ!?」

「私のこと、本当に必要としてくれるのかって、私が蘇生を拒否しても無理やり生き返らせてくれるかって」

 

 ネイアは目を瞑りモモンガの返答を待つ。自分のことを必要としてくれてるか試したことを告白し、恥ずかしくて目を開けてられない。

 

「なっ……ネイア……本当に蘇生されなかったらどうするつもりだったんだ……」

「……賭けました。モモンガさん旅に出る時言いましたよね。蘇生を拒否するなって。拒否した場合アンデッドとして蘇生するしかなくなるって……」

「あー……言ったかも。でも試すなんて……そんな……」

 

 好きな人の気持ちを確かめるみたいだ、と言う言葉をモモンガは飲み込む。

 

「モモンガさんも私で実験して試していたでしょう? お返しです」

「うっ……確かにそうだな。ふふっ」

 

 人体実験のことを持ちだされモモンガが黙り込むと、ついおかしくて笑ってしまう。

 

「そうだ! アンデッドになってしまったんだぞ!? それはよかったのか?」

「アンデッドになったことは後悔していません。お父さんとお母さんにちょっと悪いかなって思いますけど……。でも、私モモンガさんを一人ぼっちにしたくなかったから……」

「……ネイア」

「いえ、それだけじゃない。私が、私自身がモモンガさんとずっと一緒にいたいんです」

「それって告白……」

「それで……モモンガさんはどうなんですか?」

 

 答えなど聞かなくても分かっている。法国から逃がそうとしてくれた時、一緒にいたいといってくれたから。それでももう一度ちゃんと聞きたかった。

 顔を赤らめて上目遣いに見つめるネイアにモモンガは思い出したように手を打ち鳴らす。

 

「えーっと、そ、そうだ! ネイア! ステータス! ステータスを見せてくれないか!?」

「はぁ!?」

 

 あっけに取られるネイアをモモンガはまじまじと見つめる。魔法を発動させると、捲し立てるように話し始めた。

 

「今回のは死者の蘇生と言うよりは暗黒儀式によるクラス取得というのが正解でな、アンデッド作成スキルによらないから支配権などは私にはない。安心してくれ」

 

「私がクラスを取得するにも大量のプレイヤーの死体が必要でな。昔仲間たちが融通してくれたんだ。ここに埋葬した死体が役に立ってよかった」

 

「ほぉ! 職業レベルに種族レベルが加わって……。レベルも私に匹敵するじゃないか!」

 

「しかもカルマ値が善のアンデッドなんてレアだな。聖騎士の屍(ホーリーナイト・コープスと)とでも言ったところか」

 

「神聖魔法に対する耐性もあるし、恐らくある程度魔法も行使可能になっているだろうな。それから……」

 

 照れ隠しなのか、マシンガンのように語り出した骨はネイアに興味津々だ。先ほどまでの甘い雰囲気は何だったのかと思うが、これがモモンガなのだから仕方ない。

 

 愉快で、ちょっと抜けてて、実験好きで、失敗もすれば間違いだって犯す、人間よりも人間らしい骨。ネイアがずっと一緒にいると決めた相手だ。

 

 ネイアはモモンガを見つめる。これからたくさん冒険して、いろいろな人に出会って、別れて、喧嘩もするだろうし、失敗もするだろう。

 

 それでもネイアは絶対にモモンガのそばを離れないと決めていた。

 そしてネイアの好きなこの骨に精いっぱいの笑顔を向ける。今まで誰にも向けたことのない一番の笑顔を。

 

 モモンガもネイアを見つめている。目と目があう。見つめ合い、そしてお互いの顔が近づき、そして―――

 

 

 モモンガは照れくさそうに、いつかこの場所で初めてネイアと交わした言葉を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 

―――顔こわっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ネイア・バラハの冒険 完~




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最後まで見ていただいた方いましたらありがとうございました。

それでは!


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