The Boss in Ikebukuro (難民180301)
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The Boss in Ikebukuro

 某国 紛争地域 後方キャンプ

 

 簡素な布切れとアルミの骨組みを組み合わせた粗末なテントが無数に並んでいる。硝煙混じりの砂風が天幕を激しく揺らし、テントの中からむせ返るように濃い血と腐肉の匂いが漏れ出た。

 

 前線から離れた後方キャンプの中でも、ここは特に回復の見込みがない傷病者が放り込まれる一画だ。テント内部のベッドの上には顔が半分吹き飛んだ者や、全身黒焦げでかろうじて呼吸だけしている者、四肢を失いながらも強い殺意のこもった目で天井を睨みつける者、麻酔の過剰投与で幻覚を見ているのか虚空に向かって爆笑している者など、心身ともにボロボロな人間が寝かされている。建前上手の空いた衛生兵が後で来ることになってはいるが、衛生兵が助かる見込みのない傷病者に構うほどヒマになることはありえないため、実質死体置き場と変わらない。

 

 そんな死臭漂う場所でひときわ異彩を放つ男がいた。

 

「ボス、君はもう十分戦った」

 

 ブロンドの髪をなでつけ、くたびれたスーツを着込んだ英国人の男。両脇を護衛の兵士に固められた彼は、こういった戦地よりもオフィスを戦場とする方がしっくりくる雰囲気をまとっている。

 

「私は不安だった。君の戦いぶりを見ていると、敵の銃弾ではなく過労に倒れるんじゃないかとね」

 

 彼が声をかけているのは、敵味方問わずボスと呼ばれる女兵士だった。頭に巻かれた包帯には血が滲んでいるものの、死体に等しい周囲の兵士たちとは違い、すさまじい眼力で英国人の男に視線を送っている。

 

「何が言いたいの、ゼロ」

 

「休暇をとれ、と言っている」

 

 身のすくむような眼光に怯まず、英国人の男、ゼロは淡々と告げた。

 

「君にはサイファーの立ち上げから今までずっと世話になってきた。君がいなければ、凡百のPMCと同様、適当な捨て駒にされて消えていただろう。分かるか、ボス? 君には恩がある。今回のようなくだらない偶然で君に死んでほしくないんだ」

 

 零細企業だと侮って明らかに無茶な依頼も数え切れないほどあった。敵対組織の首領の拉致、敵根拠地の完全破壊、大国の軍の駐屯地への潜入工作――そういった無茶苦茶な依頼をたった一人で完遂し、サイファーの名声を高めてきたのがボスだ。伝説の傭兵に惹かれ入社志願者は激増、またたく間に規模を拡大したサイファーは、無数の武装勢力や正規軍に出る杭理論で狙われた。全額前金の依頼を受けて現地に赴けば依頼人に銃口を向けられることもザラだった。あらゆる窮地をボスのカリスマと武力、諜報力を侍みに乗り越えてきたのだ。

 

 だからこそ、ゼロはボスに休んでほしかった。

 

「ものは言い様ね。組織のイコンとしての価値を、犬死で下げたくないだけでしょう」

 

「……かもしれないな」

 

 ゼロは自嘲気味に笑った。大手PMCの代表としての立場と、友人を思う気持ちとの区別は、彼自身にも曖昧になりはじめていた。ボスが榴弾の破片で頭部を負傷したと聞いたとき、即座に後方へ送って情報統制をしいたことも、友人を心配する気持ちより英雄の名声を下げたくなかったからかもしれない。

 

 気まずい雰囲気が漂う中、沈黙を破ったのはボスだった。

 

「私は生まれたときから衝動に従って生きてきた。戦わなければならないという衝動に」

 

「ボス?」

 

「自衛隊に入隊し、除隊後に家族との縁を切って戦地に飛び、お前と共に戦った。衝動の源は分からないままだった。だが――」

 

 ボスは両手で顔を覆い、声音が数段弱くなる。ゼロも精鋭の護衛二人も見たことがないほど弱々しいボスの姿に絶句する。

 

「ようやく思い出した。私は世界を一つにしたかったのだ。すでに世界は一つになって、それでもなお争いは続いているというのに……」

 

「ボス、一体君は――」

 

「教えてくれゼロ。私は何のために戦ってきた? 何のために戦えばいい? 何のために生を受けた?」

 

 何のために、何のためにと繰り返すボスを前に言葉を失っていたゼロは、やがて口を真一文字に結び、無表情で口を開いた。

 

「君はクビだ」

 

 かくして、争いあるところに必ず現れると言われた伝説の傭兵、ザ・ボスは戦場から姿を消した。一説には包囲された仲間を救うため我が身を犠牲にして劇的に果てたとも、潜入任務中に捕虜となり拷問死したとも言われる。中には明らかにウケ狙いの突飛な噂もあったが、奇天烈な真実に近い噂は一つとしてなかった。

 

 現地民兵の訓練中に起きた榴弾の爆発事故に巻き込まれ、そのショックで前世の記憶を思い出し、戦う理由を見失って弱ったところを見た社長が同情して直々に解雇を言い渡した――そんな真実にたどり着ける者は誰一人いなかったのである。

 

 

 

---

 

 

 

 日本 東京 池袋某所

 

 池袋の繁華街にはあらゆる人間が集う。スーツ姿で汗水垂らして営業に回る会社員、制服姿で青春を謳歌する中高生、私服で遊び回る大学生。変わり種では、米国のカラーギャングを真似ているらしい青い帽子を一様にかぶった若者たちや、青と白で彩られた割烹着姿の黒人もいる。種々雑多な人々が街の雑踏を形成し、風景として溶け込んでいる。

 

 その中にあってなお強烈な異彩を放つ女性がいた。

 

 後ろでくくったブロンドの短髪に、広い肩幅と長身。堀の深い顔立ちには彫刻めいた美しさがある。これだけなら外国人観光客としてさほど目立つことはなかっただろうが、周囲と違うのは目つきだった。

 

 猛禽類のような目つきから鋭い眼光がまっすぐ前に発されている。青い瞳はどこまでも澄んでいて大海のような深みがある。視線の先にある雑踏は無意識のうちに彼女を避けて割れていた。特に理由があるわけではなく、熱いものに触れたとき手を引っ込めるのと同じ反射的な行動だった。

 

 彼女はただまっすぐに歩いているだけだったが、なんとなく住む世界が違うと全員が察していたのだ。感覚的には、ミステリー小説にアメコミヒーローが乱入したような違和感に近い。

 

 割烹着姿の黒人だけは一瞬、呼び込みの言葉を止めて無言で彼女を一瞥したが、考えこむように視線を伏せた後「ヘーイ、シャチョサーン、スシ、スシクイネェー」と呼び込みを再開した。

 

 そうして一身に注目を浴びる彼女――伝説の傭兵、ザ・ボスは眉をひそめる。

 

(ゼロ、日本は外国人に寛容ではなかったの?)

 

 脳裏に過るのは遠い戦地にいる友人、ゼロだ。ゼロはボスを解雇すると、すぐにボスが平和な環境で落ち着けるよう手配した。ボスの生まれ故郷である日本の友人に連絡をとり、都心の一等地に物件を確保。更にもう何人かの友人に頼み込んでボスの戸籍を用意した。元々のボスの戸籍は生死不明後に死亡認定されていたので、新しく用意した方が都合が良かった。後は退職金をたんまり持たせて飛行機に乗せ、ボスは言われるがままに空港から電車を乗り継ぎ都心に近い高級マンションに向かっているというわけだ。

 

 ゼロには日本の平和と多文化性について散々宣伝を受けた。一応日本出身のボスには釈迦に説法だったが、ボスが日本を離れている間に情勢が変わったのかもしれない。飛行機内でも電車でも、外国人の見た目だからかずっと注目されっぱなしだ。

 

 潜入任務の経験もあるボスは、カモフラージュ率が下がっている気がして落ち着かない。道行く人々の頭上に赤色のビックリマークさえ見えてきた。

 

 ボスは辟易し、細い路地に入る。後ろからまだ視線を感じるが、少なくとも前には誰もいない。ようやくアラート状態のような緊張から解放され、ほっと息をつく。

 

 池袋は一本通りを変えると違う世界のように雰囲気をガラリと変えることがある。ボスが入った路地はその好例で、街灯はまばらで人通りもほとんどない。薄暗い夜の闇と物寂しい空気が沈殿している。

 

 ボスは静かな夜道を、考えをまとめるためにゆっくりと歩き出す。自分の戦う意味、もう一度生を受けた意味とは――

 

(……まったく。日本は一体どうなってしまったの)

 

 しばらく静かに歩を進めていたボスは、深いため息をついて足を止めた。

 

 後方の物陰に一人潜んでいる。尾行が始まったのは路地に入ってからだ。動きからしてプロではない。しかし害意だけは人一倍だ。

 

 ボスは戦地で行方不明扱いになっていて、日本にいる情報はゼロが徹底的に隠蔽している。伝説の傭兵に差し向けられた刺客とは考えにくいが、万が一情報が漏れることはあり得る。念の為対応しておくのが堅実だろう。

 

 ボスがそう考えをまとめたタイミングで、物陰から飛び出した人影が、勢いよくボスの背中に迫る――。

 

 

 

---

 

 

 

 チンピラは不満だった。

 

 高校を中退後、親の金でパチンコと違法カジノをハシゴしているうちに愛想をつかされ、家を追い出された。ひったくりと万引きでどうにか食いつないでいると、違法カジノで知り合った暴力団関係者に声をかけられ、池袋に無数にある任侠系暴力団、小波会に入る。

 

 形としてはヘッドハンティングされたチンピラは、自分にその道で食っていく才能があると強く思い込んだ。すぐに出世してテレビで見るような舎弟を持ち、アゴでこき使えるようになる。ゆくゆくは組長に気に入られてボスの座を継ぐのだと。

 

 しかしチンピラを待っていたのは出世街道とは程遠い下っ端生活だった。闇金の取り立てに向かっても、債務者の家の扉を蹴り立てて怒鳴り声をあげるのは兄貴分の連中だ。チンピラはただ兄貴分がタバコを出したらすかさず火をつけるだけの役目だった。少しでも遅いと殴られる。不満を表に出すと殴られるし、無言で耐えても「なんだその目は」と殴られる。鬱屈した不満は爆発寸前だった。

 

 そんな彼にとって、今回の仕事は降って湧いた幸運だ。地方から家出してきた少年少女、不法滞在の外国人を拉致する仕事。拉致した人間は系列の店で働かせたり、どこぞの製薬会社に売り払うらしいが、チンピラは知ったことじゃない。重要なのは暴力が振るえる点であった。

 

 拉致ということは多少暴力的にならざるを得ない。その拍子に自分の不満と有り余った力を解消できる。一も二もなくその仕事に飛びつき、違法改造されたスタンガンとある情報屋制作のリストを渡された。リストに載っている人間は攫っても騒ぎになりにくいものらしい。

 

「見つかんねーよ畜生!」

 

 チンピラはリストを地面にたたきつけた。彼は無能な上運も悪かった。リストにはそれぞれの人物の生活区域、時間帯まで親切に記されていたが、どの人物も見つけることができなかった。

 

 このまま事務所に帰ればこんな簡単な仕事もできないのかと殴られるのは目に見えている。殴られるのは嫌だし、何より自分の無能をつつかれるのは最悪だ。どうにかしなければ――

 

 そうして池袋の大通りで頭を抱えていたとき、見つけたのがボスの後ろ姿だった。

 

 追い詰められた彼は気づけない。危険な猛獣を避けるように、雑踏が彼女を中心に割れていることを。怒らせてはいけない人物として名高い巨大な黒人男性、サイモンさえもが彼女を見て警戒の色を見せていたことに。

 

 どこまでも自分勝手で、都合のいいことしか見えないチンピラは、ボスが路地に入ったのを見るや否や、嬉々として後を追いかけた。頭の中ではすでに、自分がスタンガンと暴力で無力な外国人を一方的にいたぶる姿を幻視している。

 

 路地の中でもまったく人気のない箇所でボスが立ち止まった瞬間、チンピラは弾かれるように飛びかかっていった。

 

 

 

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 ボスの動きは迅速だった。

 

 向かって左側から迫るスタンガン。それを保持するチンピラの右手を左手で絡め取りながら、空いた右手で打撃を二つ。一つは喉に、もう一つは顎に。

 

 脳の揺れたチンピラは力なく崩れ落ちるが、ボスはすかさず追撃の膝蹴りで鳩尾を突き上げ、とどめとしてチンピラの左手を軸に投げ飛ばした。喉と鳩尾を打撃され呼吸すらままならないチンピラは、悲鳴の一つもあげられない。

 

 ボスは奪い取ったスタンガンをチンピラの眼前に突きつける。

 

「何者だ? なぜ私を狙った?」

 

「あ……が……」

 

 念の為尋問しておく。自分の危惧するような事態ではないとボスも分かっているが、万が一平和な日本にどこぞの傭兵や殺し屋がやってきたとなると洒落にならない。チンピラの返答次第では指の一、二本は折ってでも情報を聞き出す覚悟だった。

 

 が、チンピラの様子がおかしい。

 

 かすれたような声を出すのはまだいい。しかし口から泡状の血を吐き出しているのはどういうことか。

 

 ボスが訝しんでいるうちに、チンピラは白目をむいて気絶してしまった。全身がピクピクと痙攣している。

 

「まさか……!?」

 

 ボスは慌てて携帯を取り出し119番通報。全力疾走でその場を後にした。

 

 

 

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 ザ・ボスの修める近接格闘術、CQCにおいて、打撃は牽制の意味合いが強い。人体の硬い部位を柔らかい部位へ的確にめりこませることで相手の動きを止め、その隙に関節技や投げ技をかけて無力化する。

 

 しかしいかに牽制技といっても、前世と今生あわせて七十年近く研鑽を積み、戦場で磨き上げた彼女の技術は殺人的なレベルに昇華されている。今や打撃一つとっても強固なプロテクターや防弾チョッキを通して衝撃が内部に伝わる威力を誇り、投げ技は敵の骨格にもっともダメージの見込める角度で落とせるようになった。

 

 ボスが今まで戦ってきたのは一日中重い装備をかついで戦場を駆け回る頑強な戦士だったため、威力の変化に気づけなかった。彼らは自前の装備や筋肉でダメージを軽減していたが――大した運動もしていない一般チンピラが技を受けるとどうなるか。

 

「下顎複雑骨折、右肩関節複雑骨折、尾てい骨粉砕骨折、内蔵破裂複数。面倒なことになっちまった」

 

 チンピラの所属する小波会事務所。その一室で男たちがため息混じりに天を仰いだ。チンピラの診断書を投げやりに放り出す。

 

「見舞いに行ったのは誰だった?」

 

「俺っす。ミイラみたいになってましたよ」

 

「そのままガチでミイラになってくれりゃあな」

 

 リーダー格の冗談に、男たちはゲラゲラと笑う。チンピラへの同情や心配はかけらも見られない。

 

 彼らはチンピラの兄貴分たちだった。チンピラとは違って先の仕事をつつがなく済ませ、軽い打ち上げをしていたところにチンピラの負傷の報が入った。仕事を失敗したヤキを入れてやると息巻いたものの、追い打ちを入れると即死するような重体だったので、おとなしく医者から診断書をもらってきたところだ。

 

「あいつは誰にやられたって?」

 

「目つきの鋭い金髪の外国人らしいっす」

 

「んだそりゃ。ったく面倒くせぇ……」

 

 心底面倒臭そうにリーダー格が腰をあげると、取り巻きたちもけだるげに立ち上がる。組織の中では彼らも下っ端に過ぎず、その舎弟であるチンピラはいくらでも替えのきく消耗品に過ぎない。それでも組員にここまで分かりやすく手を出され、しかも上にこの件がすでに知られている以上、報復に動かないわけにはいかない。

 

「現場はブクロだったな? とりあえずそこらへんの金髪外人片っ端から袋にすんぞ」

 

「大丈夫っすか? あそこじゃサイモンっつーでかい黒人が」

 

「だーから、目立つ前にぱぱっとやって撤収すんだよ。舐めたヤツをキチンと締めてきましたって上に伝わりゃそれでいい」

 

「なるほど!」

 

 どこまでも自分勝手で体面しか頭にない発言だったが、彼らにとってはこれで筋が通っているようだ。

 

「やっこさんが多少喧嘩に覚えがあっても、この人数で囲めば関係ねえ。こっちには得物もあるしな。それでも敵わねえヤツは平和島静雄かサイモンくれーだ。いいかテメーら、さっさと済ませるぞ」

 

 池袋の危険人物ニ大巨塔の名を出して発破をかけると、舎弟たちはへーいと気のない返事。

 

 こうして、極めて勝手な動機による通り魔的リンチ集団が、池袋の街へと繰り出し――数時間後、全員が瀕死の状態で病院に搬送されたのだった。

 

 

 

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 池袋某所 立体駐車場

 

(一体ここはどこの途上国なの)

 

 深夜、ボスは薄暗い立体駐車場の最上階で車止めの縁石に腰掛け、疲れた表情でため息をついた。

 

 日本にやってきて一ヶ月の間、ボスが落ち着ける暇はなかった。初日のチンピラを皮切りに、明らかに堅気ではない人相の集団に連日襲われた。集団の得物はスタンガン、特殊警棒に匕首などは序の口で、最近は拳銃や日本刀まで見かける。はて、確か日本では銃刀法があったはずだが気のせいだったか。

 

 住処にまでやってこられてはいよいよ平穏な生活が不可能になるので、ゼロが手配した川越街道沿いの高級マンションには一度も行けていない。ゼロの友人らしい元衛生兵の闇医者は出張が長引いていて頼れない。ゼロ本人もボスが残してきた娘たち――コブラ部隊がボスの行方を聞こうとうるさく、対応に追われていて連絡がつかない。

 

 結局今のボスにできることは、池袋の異国じみた治安の悪さにため息をつきつつ、寝床を転々としながら火の粉を払うことだけだった。

 

「……来たか」

 

 縁石の上で仮眠をとっていたボスは、ごく小さな足音を聞きつけ瞬時に覚醒した。

 

 音のした方を見ると、異様な人影が目に入る。

 

 その人影はまさに影としか言いようのない黒だった。首元からつま先まで混じりっ気のない黒のライダースーツに包まれ、電灯の光を照り返す部分がかろうじて立体感を出している。傍らのこれまた真っ黒なバイクに乗ってきたようだが、おかしい。ボスの聴覚にはエンジン音など微塵も聞こえなかった。

 

 今までの連中とは何かが違う。

 

 最大限の警戒と戦意をにじませ、黒いライダーを睨みつける。

 

「用向きは?」

 

 沈黙。ライダーは黙ったまま。表情をうかがおうにも黒いフェイスカバーが一切の感情を覆い隠している。

 

 陽動か、時間稼ぎか。異様な外見のライダーで注意を引き、別働隊が不意打ちの機を窺っている。もしくは爆破やガスの散布など、大規模な破壊工作を進めている。一介の暴力団がそこまで組織的な行動を起こすことはほとんどありえないのだが、ボスは一度拳銃を向けられたことで完全に戦士としてのスイッチが入っていた。

 

 敵の行動を予測したボスは、眼前のライダーに大きく一歩を踏み出す。

 

『っままま待て! 借りた金は返せ!』

 

 が、ライダーの突き出した携帯情報端末――PDAの液晶に表示された不可解な文章を前に、ピタリと動きを止めた。

 

 

 

---

 

 

 

 世界観がおかしい。画風が違う。

 

 それが黒いライダー――セルティがボスをひと目見て抱いた印象だった。例えるならホラー映画にインフレバトル漫画の主人公が乱入したような違和感。そういったちぐはぐな感覚が服を着て歩いている。

 

 もっともセルティだって人のことは言えない。彼女はアイルランド出身のデュラハンと呼ばれる妖精だ。フルフェイスヘルメットの下には首がないし、真っ黒なバイクは愛馬であるコシュタ・バワーをバイクに憑依させた姿だ。変わり者の多い池袋の街でも飛び抜けて変わった住人であると言わざるを得ない。

 

 ある高級マンションに人間の男性と二人で暮らすセルティは、紛失した自分の首を探すかたわら、運び屋の仕事を請け負っている。今回受けた依頼は闇金の重債務者である女性が池袋中を逃げ回ってなかなか捕まらないので、捕まえて事務所に連れてきてほしいというものだった。

 

 人さらいじみた依頼に難色を示したセルティだったが、報酬額はとても魅力的だった。それに、闇金相手に借金を重ねた挙げ句逃げ回るような人間に同情の余地はない。非合法なブツを運んだこともあるし、依頼人の素性が真っ黒なのも今更だ。いざとなれば力づくで引っ捕らえることも視野に入れ、その人間の居場所に出向いたのだが――

 

(ヤバい。なんだこの人間、ていうか本当に人間か?)

 

 縁石に座る彼女と視線を合わせた瞬間(セルティに目はないが、感覚的に)、セルティは全身が硬直して動かなくなった。

 

 どこまでもまっすぐで力強い瞳。猛禽類を思わせる鋭い視線はどれほど遠くまで見通しているのだろう。両の瞳の奥に燃えたぎる情動は歪みなく、爆発寸前の爆薬のような不安定さと力に満ちている。

 

 ヤクザから逃げ回っている時点で相当にタフな人間だろうと見当はついていた。しかし彼女のまとう雰囲気はセルティの想像の範疇をはるかに超えている。

 

 セルティには同じ妖精などの異形を感じ取れる力があるが、そういった異形の気配が一切感じ取れないことが逆に恐ろしい。目の前の彼女が実は太古の昔から生きる強大な吸血鬼だった、と判明した方がはるかに安心できる。それほどまでに、人間としての彼女はすさまじかった。

 

「用向きは?」

 

(待て待て、住む世界が違うだろどこのハリウッド映画から抜け出してきたんだこの女!? むしろマーベルか!?)

 

 自分のことを棚に上げながら混乱するデュラハンはボスの質問を聞き逃す。

 

 我に返ったのはボスが攻撃の意思を固め一歩を踏み出したときだった。すばやくPDAに文字を打ち込む。顔がないためしゃべれないのだ。

 

『ままま待て! 借りた金は返せ!』

 

 ボスが動きを止めたのを認め、ここぞとばかりに長文をたたみかける。

 

『あんたが何者かは知らないが、借りた金は返すのが常識だ! 借金を賭博で溶かしてまた借金して、挙げ句ヤクザに追われ逆ギレして逃げ回るって、人として恥ずかしくないのか!?』

 

「……どういうこと? 元よりあなたたちの始めたことでしょう?」

 

 たしかに違法賭博も闇金も依頼人が始めたことだけど。と、セルティはボスの言葉を曲解してしまう。

 

『それでも金を借りて賭け事をしようと決めたのはあんただ! 大人なら自分の行動に責任をとるべきだろ。だから一緒に来い! 私も口利きしてやるから!』

 

「……」

 

 ボスは一度目を閉じ、大きく深呼吸した。わずか数秒のことがセルティには数時間のように感じられる。首がなくてよかった、もしあったら冷や汗でヘルメットの中が酷いことになっていただろう。

 

 現実逃避するように関係ないことを考えていると、ボスがぽつりとつぶやく。

 

「なるほど。不名誉を被るのは慣れているけれど、気持ちのいいものではないわね」

 

 遠い目で暗闇を見つめるボスはもう一度目を閉じ、開く。底冷えするような殺気が周囲に充満した。

 

「あなたの申し出は拒否するわ。今すぐ帰りなさい。さもないと――」

 

 ――交渉決裂か!

 

 彼女が言い切るよりも早く、セルティは腕を掲げた。手先を中心に影が滲み出し、一つの得物を形成していく。三メートル超の大鎌。セルティの黒中心の見た目や鎌の形状からして、死神の大鎌を連想させる代物だ。

 

(――は?)

 

 が、影で鎌を形成するほんの瞬きほどの隙に、彼女はセルティの懐に入り込んでいた。鎌を持った左手を絡め取りつつ、鳩尾に裏拳。怯んだところを投げ飛ばす。奪い取った大鎌は彼女の手に握られたとたん、粒子状になって消え去った。

 

 セルティの痛覚はかなり鈍い。一連の攻撃で痛みもダメージもなかったが、精神的なショックは大きかった。いつの間にか大鎌が消失し、自分は地面に仰向けになっていた。人よりもはるかに長い生の中で初めての経験だった。

 

「ちっ!」

 

 呆然としていたセルティを現実に引き戻したのは、愛馬の獰猛ないななきだ。

 

 弾かれたように起き上がって声の方を見ると、彼女がバイクにまたがっている。普通のバイクならこのまま盗まれていただろうが、正体はバイクの形をとった首無し馬だ。主であるセルティに仇なす敵を振り落とそうと、前後左右へ無茶苦茶なウィリーを繰り出している。

 

 しばらくは馬をなだめるように粘っていた彼女だが、セルティが立ち上がったのを見るや舌打ちしてバイクから降りた。

 

「いい馬ね」

 

(ああ。私にはもったいないくらいいい馬だよ……!)

 

 セルティの体から猛烈な勢いで影が噴き出す。火山の噴火のごとき影の奔流が示す通り、セルティは激怒していた。

 

 愛馬、コシュタ・バワーとセルティの付き合いは長い。セルティにとっては首と一緒に記憶を失くしてからもずっとそばに寄り添ってくれた大切な半身だ。いくらフィクションの世界から飛び出てきたような化物じみた人間が相手でも、手を出されて怒らないはずがない。

 

 噴き出した影はセルティの怒りに従い、凶暴な形を成していく。暗がりから浮かび上がるは無数の黒い槍。それらが標的を定め、生き物のように飛び出していった。

 

(マトリックスっ!?)

 

 セルティは絶句する。

 

 影の槍の弾幕はかわされた。彼女は前のめりに跳んだかと思うと、槍の隙間を縫うように体を踊らせ、弾幕を通り抜けた。

 

 映画ならスロー演出は確定な体さばきで、彼女は再びセルティに迫る。接近する勢いをのせた、ヘルメットごと意識を刈り取る威力の上段蹴り。

 

 驚きで反応の遅れたセルティは回避が間に合わず――ヘルメットが吹き飛ばされた。

 

 

 

---

 

 

 

 謎のライダーとの戦いから数分後、ボスは池袋の裏路地を隠れるように駆けていた。

 

(いい加減、驚くのが馬鹿らしくなってきたわ)

 

 首のないヘルメットの下を晒しながらお構いなしに動き回るライダーの姿を思い出す。

 

 打撃や投げの手応えから何か奇妙だとは思っていたが、まさか頭部なしで生存できる怪物とは。まっとうな手段での無力化は不可能と判断し、隙をついて逃げるしかなかった。まっとうでない手段――たとえば爆薬を体内に埋め込んで木っ端微塵にするなどの方法はあるだろうが、法治国家でそんなことができるわけもない。

 

(どうなっているの、この池袋という街は――いえ、この世界は)

 

 ボスの前世の世界と比べ、この世界は明らかにおかしい。

 

 思えば戦場にも妙な人間がいた。特殊なパラサイトセラピーの力もなく素で光合成ができる少女、スズメバチを操るフェロモンを生まれつき持っている少女、戦士の霊を憑依させて戦う自称霊媒師。非現実的な動きで次々に味方を殺害した元サーカス団の男も記憶に新しい。

 

 それに加えて先の首無しライダーだ。科学的な現実を基礎としつつ、幻想的な非現実が内包され、現実と共存している世界。前世の記憶を取り戻したボスはこの世界に対し、そんな印象を抱いた。

 

 しかし今は幻想がどうこうと言っている場合ではない。

 

 どうやら闇金の多重債務者という汚名を被せられて、その汚名にゴロツキたちが吸い寄せられているようだ。この誤解を解かなければ、ゴロツキだけでなく先程の首無しライダーのような、フリーのプロフェッショナルと事を構えることになる。海外からさらに厄介な連中が呼び寄せられれば、池袋は混沌と化すだろう。

 

 そうなる前に決着をつける。

 

 ゴロツキたちがジャパニーズマフィア、小波会に所属していることは分かっている。撃退した幾人かから事務所の場所も聞き出してある。それでも何もしなかったのは、対話による平和的解決の道を探っていたからだった。

 

 だがゴロツキたちは場所も構わず出会い頭に仕掛けてくる。周辺被害を出さないためにも迅速に無力化するしかなく、話し合いの端緒すらつかめない状況が続いていた。

 

 頭を悩ませていたところにあの首無しライダーが現れた。もはや悠長に構えてはいられない。

 

 伝説の傭兵は、本部事務所へのカチコミを決意した。

 

 

 

---

 

 

 

 川越街道沿い某所 高級マンション

 

『理不尽にも程があるだろ! ギャンブル依存症の多重債務者って、もっとこう、分かりやすくチンピラっぽいヤツが出てくるのがスジじゃないか!? あんな出演作品を間違えたような強キャラが出てきていい場面じゃない! まったく、シューターに手を出されるし、頭はふっとばされるしで散々だ!』

 

 セルティは精一杯の愚痴を書き込んだPDAを同居人の男性、新羅につきつけると、彼が文章を読み終わらないうちにソファに寝転がってふて寝を開始した。

 

 新羅は同居人の珍しい態度に目を丸くすると、気まずげに切り出す。

 

「あー、セルティ? 精励恰勤と働いてきたところ、大変言いにくいんだけど……今回の依頼、受けるべきじゃなかったよ。ごめん」

 

『どういうことだ?』

 

「ターゲットの女性、調べてみたけど多重債務どころか一つの借金もしてない。そりゃそうだよね、一ヶ月前に上京してきたばかりの一般人なんだから」

 

『は?』

 

「まあまあ、依頼人には苦情を入れて、依頼料の七割をふんだくってきたから」

 

『……寝る』

 

「ああっ、機嫌直してよセルティー!」

 

 むくれたセルティは、寝室で一人影で作った繭に引きこもり、翌朝まで出てこなかった。



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2話

 ――はい、私です。ああ、これはこれは、お世話になっております。

 

 ――ええ、あのメールはすべて真実ですよ。世界中の紛争地域で語られる伝説の傭兵、ザ・ボスは姿を消しました。そして偶然にも池袋にザ・ボスそっくりの女性が現れた。どう解釈しようと、あなたがたの自由です。

 

 ――ですが仮にザ・ボスと彼女が同一人物だとすると、事は池袋にとどまりません。彼女には私の友人を筆頭に、個性的な戦友が多い。彼女が不名誉を被り、あなたがたのご同業に不毛な争いを強いられていると知れば、海の向こうから誰がやってくるか知れない。――脅しじゃありません。ただの事実です。

 

 ――ほう、あなたがたのシマで発砲事件? ――なるほど、無用な忠告だったようですね。彼ら、小波会には同情しますが。

 

 ――いやいや、本当ですよ。けが人が増えるのは医者として喜ばしい限りですが、死人はなんのありがたみもありませんからね。

 

 ――はい、はい。ではメールの件も合わせ、よろしくお願いしますね。

 

 

 

---

 

 

 

 池袋 繁華街

 

 繁華街を満たす人々の雑踏が割れる。人の海が割れた中心で堂々と歩を進めているのは金髪、長身の女性――かつて二度にわたり伝説と呼ばれた兵士、ザ・ボスその人である。

 

 しかし今はザ・ボスの名を捨て、友人の用意した戸籍では「井上」の名字を冠するハーフの日本人女性だ。

 

『よう、イノウエ・サン。スシ食ってかねえか?』

 

『こんにちは、サイモン。ええ、いただいていくわ』

 

「ヘーイ、一名様ゴアンナーイ」

 

 日本に移住して早二ヶ月。ボスは池袋の街に馴染み始めていた。出演作品を間違えたような、歴戦の戦士じみた風格で人の海を割るのも、一種の名物として街の風景に溶け込みつつある。二メートルを超す巨漢の黒人、サイモンが彼女の迫力に構わず声をかけ、店に呼び込むまでがセットだ。ロシア語と日本語混じりの奇怪な会話ももはや目立たない。

 

 店に入ると厨房で作業中の白人店主と目が合い、軽いアイコンタクトで挨拶。「上握りセット一つ」と注文し、カウンターに座る。

 

(やっと生活が落ち着いたわね……)

 

 おしぼりで手を拭き、熱いお茶をちびちび飲みながらボスはほっと息をついた。

 

 ボスがカチコミをかけた小波会の本部事務所はもぬけの殻だった。事務所には血痕や弾痕、大きな刀傷など争いの痕跡が多数見られ、どこか他の組との抗争があったと思われた。実際ボスの予想は正しく、小波会がボスに対して初めて拳銃を使った場所が他の組のシマだっただけでなく、ボスとの戦いで多くの組のシマが侵されたらしい。複数の組の怒りを買った小波会は、彼らなりのやり方で「ケジメ」をつけられた、らしい。

 

 らしい、というのはボスも伝聞の形でしか真実を知らないからである。

 

 ゼロの友人の闇医者――ヴェノムと名乗る男に事件の収束を知らされ、それきりパッタリと襲撃を受けなくなった。

 

 なぜ争いの当事者であるボスはなんのケジメも迫られないのか、そもそも小波会との抗争はどこから始まったのか――ヴェノムの話では解せない部分も多かったが、ゼロの友人という立場を考えて信用した。平和な日本でまで争いと腹の探り合いをしたくなかったのもあるが。

 

「四八五人っすよ!」

 

 座敷から声が聞こえた。横目で見ると、畳敷きと高級大理石という奇妙な座敷で、若い男女三人が話に花を咲かせている。

 

「確認戦果だけで四八五人も殺してるっす! これに潜入とか工作任務とかの未確認の戦果を入れたら、絶対四桁いくっすよ。あ、ちなみに確認戦果っていうのは、死体とか体の一部とか、殺害の傍証がある戦果のことっす」

 

「知るか。ネットでちょっと調べた程度の知識ひけらかしてんじゃねぇ」

 

「ゆまっちが三次元の女性にそこまでお熱なのは珍しいよねー。まあ分かるよ。ザ・ボスかっこいいもんね」

 

 ゆまっちのトークに目つきの鋭い男は顔をしかめているが、若い女性がうんうんと頷いて同意を示した。

 

「圧倒的なカリスマで敵味方問わずボスと慕われ恐れられ、ボスといえばその人って意味で定冠詞がついて、ザ・ボス。本人のチートっぷりも相まって設定がラスボスみたい。日本人はどうしてもコーヒーのブランド連想しちゃうけど」

 

「さすが狩沢さん話が分かる! 今ネット上だと、ヘイヘとルーデルとボスで三つ巴させたら誰が勝つかっていう強さ議論が熱くて――」

 

 熱く語りだすゆまっち。爬虫類のように細い瞳の奥で、強いものに憧れる男の子特有の輝きが揺れている。男性の方は消極的だが、女性の方は非現実的なザ・ボスの逸話に食いつき、ゆまっちの熱い語りに張り合っていた。

 

「黙らせるか?」

 

「大丈夫よ。ありがとう」

 

 無表情で包丁を彼らの座敷に向ける店主。やんわりと断ったボスは、湯呑の中のお茶に映る自分の像を見つめながら、小さくため息をついた。

 

 

 

---

 

 

 

 そうして平穏な日常を謳歌していた反動だろうか。

 

(一人、素人、女性。念には念を入れましょうか)

 

 スシを満喫した後、同じマンションの隣人さんに引っ越しの挨拶をしていないことを思い出し、握りセットを一つお持ち帰り用に注文。上機嫌で帰路についたとたん、何者かの尾行を察知する。

 

 数も素性もこちらに伝わるような稚拙な動きからして絶対にプロではない。ザ・ボスに恨みの有る兵士崩れや殺し屋の類でなければ大した脅威ではないが、一般人を巻き込まないようボスは郊外へ足を向けた。

 

 しばらく歩いていると人気のない廃工場を見つけ、割れた窓から中へ入る。尾行者はもう隠れるのをやめ、堂々と入ってきた。

 

「会いたかったわ。ボス……」

 

「どこでその名を――いえ、今はネットがあったわね」

 

 尾行の犯人は、主婦然としたごく普通の女性だった。年は二十代後半から三十代前半。髪はきれいな黒髪だが手入れを怠っているのか、無造作に前髪が伸びている。

 

 普通と大きく違う点があるとすると――右手に握られた大ぶりの日本刀と、血のような赤色に染まった両の瞳だろう。

 

「私はあなたを愛してる。愛してるわ、ボス」

 

「愛してると言いながら刀を人に向けないで」

 

「それはできない。私は斬ることであなたを愛せる。あなたは斬られることで私の愛を受けられる。だから仕方ないの。一つになりましょう、ボス?」

 

「話にならないわ」

 

 ボスは懐に手を入れる。ゆっくりと見せつけるように取り出したそれを見て、女性の目が大きく見開かれた。

 

「もうボスったら、この国は銃を持っちゃいけないのよ?」

 

「人のことを言えないでしょう」

 

 黒光りするそれは銃だった。拳銃よりも一回り大きな口径の銃に、ボスは百連装のサドル型マガジンを装填し、遊底を引いて女性に向けた。

 

「警告よ。今すぐ家に帰りなさい。あなたにも家族がいるでしょう」

 

「家族……私は家族よりも、あなたを愛したいわ」

 

 地面を蹴り、爆発的な加速でボスに迫る女性。それに対しボスは、なんのためらいもなく引き金を引いた。

 

 銃声もマズルフラッシュもない。薬莢も落ちない。亜音速のケースレス弾薬が静かに女性の足元に着弾し、いくつかは女性の足へ直撃するかと思われた。

 

 しかし女性の手元がブレたかと思うと、火花とともに弾丸が弾かれる。高速のひと振りで弾を切り裂き弾き飛ばしたのだ。

 

 素人とは思えない神業にボスは眉をひそめるものの、構わず引き金を引き続ける。女性の方は狂気的な笑みを顔に張り付けたまま、危険なコースの弾丸だけを見切って弾き飛ばしている。

 

 弾幕を張るボスと、防御に徹する女性――膠着状態が数分は続いただろうか。ついに均衡がくずれた。疲労のためか女性の手元がわずかに狂い、女性の利き足と右腕を五.五六ミリ弾がえぐる。刀を取り落とし、足が後ろへ反れた反動で前のめりに倒れる女性。

 

「おか、しいわね。その銃、何発入ってるのかしら?」

 

 どんな銃であろうと弾数には限りがある。弾幕をしのぎ、リロードの隙をついて接近するのが女性の思惑だったのだろう。しかしボスに対する戦術としては愚策と言わざるを得ない。

 

「この銃は絶対に弾切れしない。なぜなら――マガジン内部の給弾機構が無限大の形になっているからよ」

 

 弾数無制限。五.五六ミリ弾を無限にバラ撒ける。それこそがボスの愛銃、サプレッサー内蔵型ソードオフ自動小銃、エグザイルの真骨頂だ。この特性に比べれば、ハンドガンの携行性とアサルトライフルの火力、威力と隠密性を両立させた内蔵型サプレッサーもおまけに過ぎない。

 

 日本での暮らしには必要ないと考えサイファー本社に置いてきたのだが、小波会とのいざこざを知ったゼロが護身用のためと言い張って送りつけてきた。ヴェノムの帰りが遅れたのはこの銃の受領に手間取ったかららしい。

 

 日常で持ち歩くには少し物騒だが、小波会といい今回の日本刀女性といい、池袋で暮らすにはちょうどいいような気もしてきた。それに、CQCと違って銃の威力は常に一定なので、加減の難しい素手よりも一般人の鎮圧には向いているだろう。

 

「そん……な……」

 

 ボスの謎理論を聞かされた女性は徐々に目の輝きを失い、パタリと昏倒した。脈を確認するとまだ息がある。ボスはすばやく携帯を取り出した。

 

「ヴェノム、すぐに来てちょうだい」

 

 

 

---

 

 

 

 川越街道沿い 高級マンション

 

 愛馬であるシューターを車庫に入れ、セルティはエレベーターに乗る。顔がないため表情はわからないが、雰囲気からして安堵しているようだった。

 

 一ヶ月前は散々だった。依頼人に騙され、化物よりも化物らしいインチキ人間と戦わされ、直接依頼人に苦情を入れようにも事務所ごと姿を消していて不満の矛先もなくなった。おかげで運び屋の依頼を受けるたびに警戒する癖がついてしまったし、現場に行くとあの人間がいやしないかと周囲をうかがうようになってしまった。

 

 とはいえ、もう一ヶ月。あれほど目立つ人間を見ないとなると、もうどこかに去ったと考えていいだろう。つまりそろそろ安心しても大丈夫なはずだ。

 

 セルティは知らないことだったが、同居人の新羅はセルティの恐怖心を見抜き、気を使って池袋ではなく新宿方面の仕事を中心に回していた。そのため池袋で有名になりつつあるボスに気づけなかったのだ。

 

 そして不幸な勘違いとすれ違いは、セルティのさらなる恐怖体験という形で結実することとなる。

 

(さて、明日は休日だし、録りだめしてた世界ふしぎ発見と、志村動物園とめちゃいけと――あ、あとあのアニメも見て――)

 

 エレベーターの中で、目的の階が近づくにつれウキウキしだすセルティ。

 

 目的の最上階に着くやいなや、弾むような足取りでエレベーターを飛び出し――

 

「あら。こんばんは」

 

(!!??!?)

 

 非常階段からぬっと現れた化物人間、ザ・ボスに挨拶され、頭が真っ白になった。もちろん物理的に頭はないし、むしろ色は黒い。

 

 体から触手のように飛び出した影が合鍵を引き出し、自室の扉を解錠。すぐさま扉を開けると、ゴムのようにしなる影にすがりついて弾丸のように自宅へ飛び込んだ。

 

 当然、中にいた同居人の岸谷新羅は目を白黒させて狼狽する。

 

「ちょ、セルティ!? ダイナミック帰宅をかますのはいいけど、どうせなら僕の胸に飛び込んでぐべぁ」

 

『ふざけてる場合じゃないぞ新羅! 外に化物がいる!』

 

 新羅の戯言を腹パンでふっとばし、顔があれば涙目必至な心情でPDAを突きつける。

 

「ば、化物って、君が言うとジョークにしかならないよ」

 

『ジョークならどれほど良かったことか……!』

 

「ていうか君が化物って呼ぶレベルの存在とか、もうどうにもならないんじゃない? 万事休す、明鏡止水の精神で輪廻転生でも祈るほうが生産的だよ」

 

『だからふざけてる場合じゃ――』

 

 インターホンが鳴ると同時にセルティは奥の部屋へ飛び込み、影の繭に引きこもって動かなくなった。同居人の珍しい一面を見て顔をニヤけさせながら、新羅は平然と玄関へ向かう。

 

「はーい。ああ、井上さん。こんばんは」

 

「こんばんは、岸谷さん。少し遅くなったけれど、これ、引っ越しの挨拶に」

 

「露西亜寿司ですか! わざわざありがとうございます。美味しいとは聞いてるんですが、仕事柄なかなか行けなくてどうしようかと思ってたんですよ」

 

「それは良かった。ところで、同居人さんを酷く怖がらせてしまったようね。ごめんなさい」

 

「いいんですよ。お互い不幸な行き違いがあったってだけです。これからは仲良く、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。あの子にもよろしく伝えておいて」

 

 にこやかに隣人の井上さんと挨拶を交わした新羅は、スキップに近い足取りで奥の部屋へ向かった。スシをリビングのテーブルに置いてから、セルティの引きこもる影の繭へダイブする。

 

「怖がりモードの君も素敵だよセルティ! 悪い夢を見ないように今日は僕が添い寝してあげようねぇぐべら」

 

 影の中から突き出したセルティの足が新羅の顔面を直撃。新羅はニヤけ顔のままノックアウトされた。

 

 耳のないセルティは影を通して世界を見る。玄関先での会話は伸ばした影でまるっと盗み聞きしており、ボスが井上さんの名前で同じマンションに住んでいることも、敵意はないことも理解できた。

 

(嘘だろぉおおぉ……)

 

 といっても、初対面時に植え付けられた苦手意識はそうそう忘れられず。現実を受け入れたのは、影の繭に一晩中引きこもった後になるのだった。



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3話

 池袋の街には様々な存在が集う。首無しライダー、情報屋、喧嘩人形、俳優、殺し屋、妖刀――日常と非日常、現実と非現実の垣根なくあらゆる存在を受け入れ、街の雑踏として溶け込ませる。主張の強い色が渾然としているものの、混沌とした灰色ではない独特の雰囲気を形成していた。

 

 そんな池袋で一層強い輝きを放つ女性――一般には井上さんとして知られているボスは、悠然と繁華街を練り歩く。人々は彼女を本能的に避け、人の波が割れる。現実味のない光景だが、いつものことなのかボスも人々もまったく動じていない。

 

「死にくされクソ野郎がァア!」

 

「腐ってるのは君の頭じゃない? それ普通に器物損壊だよ、シズちゃん?」

 

 バーテン服のグラサン男がコンビニのゴミ箱を片手で掴み上げ、黒いコートの男にぶん投げる。黒コートは人を食ったような笑みを浮かべつつ、ゴミ箱をかいくぐってバーテン服に接近。折りたたみナイフを太ももに突き立てた。

 

「んなもんで刺されたらケガするだろうがァ!」

 

「いやケガしてくれよ。筋肉と骨の隙間狙ったのになんでナイフの方がイカレてるのさ」

 

「持ち主に似たんだろうなァクソイカレ野郎ォォ!」

 

 ひしゃげたナイフを仕舞い、黒コートはバーテン服に背を向けて逃走開始。怒り狂うバーテン服は路上の道路標識を片手で引っこ抜き、バットのように振り回しながら追いかける。犬猿の仲として名高い二人の日常風景だ。喧嘩がエスカレートすると二メートルを超すたくましい黒人、サイモンが力づくで仲裁に入る。この街では大して珍しくもなく、遠巻きに見物していた野次馬はめいめい解散して散っていった。

 

 足を止めて遠目に眺めていたボスも興味を失い、目的のない散歩を再開する。

 

 ボスが池袋にやってきて三年がたったある日の一幕だった。

 

 

 

---

 

 

 

 日本刀女性の襲撃以降、ボスの日常は穏やかに過ぎていった。池袋の騒がしい風景を楽しみながら散歩して回り、気分によっては露西亜寿司に顔を出して寿司を味わう。時折青い帽子や黄色い布を身に着けた少年少女たちに因縁をつけられることはあったが、直接的な暴力を振るわれる場合を除き、微笑ましい青春として受け流した。変わり者の隣人二人との関係は良好で、マンションの通路でばったり出くわすたび動きが固くなっていたセルティは、ボスの挨拶に軽く会釈を返す程度の余裕を取り戻している。

 

 一つ気がかりだったのは、例の日本刀女性の家族が強盗に殺された一件だ。銃創の治療を請け負ったヴェノム伝手に聞いた話によると、幼い一人娘を残して夫婦が殺害されたらしい。犯人は捕まっていない。

 

 あれほどの技量を持つ女性を殺害できるとなると間違いなくプロの犯行だろう。それともあの女性自身が――ボスはそこで考えを止めた。

 

 そうした緩やかな平穏の中ボスはゆっくりと思索にふけり、前世の無念と今生の生き方について、すっかり考えがまとまったのだった。

 

 池袋西口公園。東京芸術劇場に隣接し、中央に設置された噴水と開放的な広場が特徴的な公園でボスは足を止め、植え込みの境の手すりに体を預ける。広い空間のためあからさまにボスを中心に人垣が割れるようなことはない。

 

「こんにちは、ボス」

 

「ええ、こんにちは。あなたは――」

 

 声をかけられ振り返ってみると、先程バーテン服に追い回されていた黒コートの男性がにこやかな笑みを浮かべていた。

 

「僕は折原臨也といいます。隣、いいですか?」

 

「もちろんよ」

 

 臨也はいかにも気分が良さそうにボスの隣に移動する。彼が何かいうよりも早く、ボスの方から口を開いた。

 

「いつも楽しませてもらっているわ。バーテン服の彼とはもう仲直りしたの?」

 

「……いやぁ、伝説の傭兵さんに楽しんでもらえるなんて光栄だなぁ。でもシズちゃんとは仲直りとかどうとか、そんな関係じゃないので」

 

「そう。奥深いのね、青春って」

 

 臨也の笑みがわずかに歪む。額に浮かんだ青筋はあえて見なかったことにした。

 

「僕なんかのことはいいんです。それより大丈夫ですか? こっちでは井上で通っているんでしょう、ボス?」

 

「伝説の傭兵にそっくりの一般人、井上としての建前が法的に生きている以上、問題はない。真実が露見しても害はない」

 

 カマをかけても揺さぶっても柳に風。やりにくい相手だ、と臨也は内心で顔をしかめる。

 

 新宿を拠点に情報屋を営む臨也の耳にボスの噂はもちろん入っていた。明らかに堅気ではない強そうな外国人、井上さん。五年前の小波会との抗争の当事者としても噂され、ネット上のミリオタたちのアイドル『ザ・ボス』とうり二つな外見を持っていることでも知られている。

 

 臨也の情報網は都心を中心に狭く深く張り巡らされているので、海外で活動するザ・ボスと井上の関係の裏は取れないままだったが、仮に同一人物であれば――この街にどれだけの波乱を巻き起こしてくれるのか、楽しみでならなかった。

 

 ザ・ボスは近現代でもっとも多くの人命を奪った個人とも言われている。それだけの存在が動けば、街のあらゆる勢力を総動員した馬鹿騒ぎに発展することもあり得るかもしれない。その争いの中で人々はどう動き、どのように自分を楽しませてくれるのか。

 

 期待に胸を膨らませた臨也はあくまで傍観者として、井上に扮するボスを放置して様子見に徹した。相手次第では臨也自身が出向いて状況を引っかき回すのだが、今回は相手を選んだかたちとなる。馬鹿騒ぎの火の手があがるのを今か今かと待ち続け、胸焦がれる思いを抱いて三年――臨也の期待は満たされないままだった。

 

 そうしてついに痺れを切らし直接真意を聞きに来たのが現状である。カラーギャングの少年少女に絡まれた際の反応からして好戦的でないことは分かっており、危険はないと判断した。

 

「害はない、ですか。あなたが殺した兵士の遺族や、名声を狙ったゴロツキが街に殺到することもないと?」

 

「リスクリターンの問題よ。私を殺すことのリターンは、一時の満足と名声に過ぎない。それだけのためにリスクを犯す愚か者は、戦場で勝手に淘汰されて死んでいる」

 

「なるほど、抑止論ですか。大した自信だ」

 

 ザ・ボスを個人的な理由で付け狙うリスクは三つ。一つはサイファーの工作員だ。戦場でならまだしも、組織のイコンであるボスの平穏が不当に脅かされたと判明すれば、業界最大手のPMCを敵に回すことになる。もう一つはボス直属の親衛隊、コブラ部隊の存在がある。コブラ部隊はサイファーの利権ではなくボス個人のためだけに動く。ボスに危機が迫れば何を置いても駆けつけ、排除にかかるだろう。

 

 最後の一つはボス自身の戦力だ。最強の兵士として名高いボスの戦力は、後ろ暗いところで生きる連中のほとんどが知っている。ボスに挑むことが手のこんだ自殺であることも周知の事実だ。

 

 つまり、池袋で平穏を謳歌するボスに手を出すプロはいない。敵国への核攻撃が実質自国への核攻撃を意味する抑止論のように、ボスは報復の鎧をまとっている状態なのだ。

 

「いやぁ恐れ入りました。さすが現役最強の傭兵――あなたほどの力があれば、この池袋でどんなことでもできるでしょうね」

 

 心底感心したような臨也の言い方にボスは眉をひそめ、一拍置いて苦笑した。

 

「私が何らかの陰謀を企んでいると?」

 

「そう考えている人もいるようですよ。たとえば池袋を拠点に現地で兵士を募り、第二のコブラ部隊に育て上げクーデター、国家転覆を図っている、とかね」

 

「その人に映画の見過ぎだと伝えておいて」

 

 ボスはわずかに口元を緩ませ、天を仰ぐ。春先の青空に雲はなく、カラリと晴れ渡っていた。

 

「戦うことに疲れたのよ」

 

 臨也は口を閉じ、値踏みするようにボスの独白を傾聴する。

 

「私は平和を夢見ていた。人種も思想も宗教も関係なく、一つになった世界で人々が手を取り合い、互いの違いを尊重して共存できる世界。それを実現するために戦っていたはずだった。だが――」

 

 憎々しげに拳を握りしめるボス。

 

「所詮は理想に過ぎなかった! 二分された世界が一つになろうと、人々は争い続ける! ならば平和とは何だ? 人々の思惑が関与しない、絶対的な平和とは?」

 

「……いや、ないでしょ。そんなの」

 

「そうだ。人の本質は競争と多様性にある。そんな種族が平和を説いたところで真の平和は訪れない。――だがそれでいい」

 

 再び空を見上げるボスの瞳は、空よりも清々しい青を湛え、澄み渡っていた。

 

「存在しない幻想を追い求めて人は生きる。その過程で人は平和のミームを遺す。遺されたミームは予想もつかない進化を遂げ、何世代も先の未来で花を咲かせるのだ」

 

「……呆れた。結局は問題の先送りじゃないか」

 

「当然だ。問題に答えがない以上過程を追求するしかないだろう」

 

 ああ、コイツはダメだ。当たりは当たり、多分この先一生ないレベルの大当たり。でもある意味最悪の大ハズレだ。臨也はボスの独白を聞いた上でそう評価した。

 

 折原臨也は人間が好きだ。だからこそ人間のことを知りたがる。時に口八丁手八丁で他人を追い詰め、虫の足を一本ずつ引きちぎる幼子のように、純粋な好奇心で残酷な選択を強いることもある。面白みのある人間に情報を与え、行動を誘導してコマのように弄ぶこともある。そうした冷酷な実験のような工程を経て人間を深く知り、人間への愛を深くする。それが臨也のライフワークだ。

 

 伝説の傭兵もまた、ライフワークに利用できないかと期待した臨也だったが、結果は大ハズレ。

 

(悟りでも開いてんのこの人? 完成されたキャラクターほど、物語に絡ませにくいものはないよねぇ)

 

 ザ・ボスは人間として完成されていた。体はもちろん、心もだ。自身の強い部分も弱い部分もすべてあるがままに受け入れ、それでいて山のように安定している。臨也がどれほど言葉と策を弄しても揺れ動くことはないだろう。臨也はなんの動きもない山よりも、砂場の砂山程度の心をぶち壊すことに楽しみを感じるタイプだった。

 

 コマとしての利用価値はあるものの、利用のリスクが高すぎる。ヤブをつついてコブラが出て来れば洒落にならない。

 

 端的に言えばボスは、臨也にとって初めてのケース――弄り甲斐はないが人間という種族の一つの到達点であり、コストが高すぎて触れないコマ――だった。

 

 空を眺めていたボスはハッと我に返ったように臨也に向き直る。

 

「一人で長々と、悪かったわね」

 

「いえいえ、貴重なお話でした。たいへん興味深い話でしたね」

 

「ありがとう。話を聞いてくれて嬉しかったわ。お礼にジュースを奢りましょう」

 

「は、はぁ?」

 

 止める暇もなくボスは近場の自販機で缶コーヒーを買ってきて、臨也に手渡す。かつてないほどペースを握られていることを自覚した臨也は引きつった作り笑いを浮かべ、当たり障りのない雑談をしてからその場を後にした。

 

 

 

---

 

 

 

 池袋六ツ又歩道橋

 

 山手線の上で首都高と複雑に絡み合う歩道橋。夕日に照らされるそこで、ボスは欄干によりかかっていた。右手には缶コーヒー、ブランドはもちろんBOSS。露西亜寿司で話を聞いた翌日、試しに飲んでみると見事にはまった。それ以来、一日一本を限度に毎日飲んでいる。コーヒーを泥水と呼んで憚らない紅茶党のゼロに知られればサイファーの内部分裂は必至だ。

 

(聞き上手な子だった)

 

 臨也はとても話しやすい子だった。戦場でメンタルケアを担当していたカウンセラーと同じような感覚だった。自分なりの答えを明確に言葉としたことでより考えがはっきりした。ぜひともまた会いたいものだ。ボスはすっかり臨也を気に入っていた。

 

 歩道橋が臨む池袋の町並みは夕日で赤く染まり、建物の影にあたる細い路地にはひと足早く夜の帳が降りていた。学生や社会人、チンピラ風の若者、ごつい外国人にカラーギャングの少年少女など、雑多な人種が入り乱れ、池袋独特の雰囲気を強調している。きっと今日もどこかで彼ら彼女らが入り乱れ、三年前にボスが巻き込まれたような馬鹿騒ぎが起こるのだろう。それぞれの陰謀と思惑が交錯し、けが人どころか死人さえ出るかもしれない。しかし池袋は人の生死もひっくるめて風景として許容する。

 

 ボスはそんな池袋の多様性に世界の縮図を見ていた。

 

 街から缶コーヒーに視線を落とす。

 

(この街は、いえ、この世界は残酷で歪んでいる)

 

 残った中身を一気に飲み干し、欄干に置いた。カン、と小気味よい音が鳴る。

 

(ただ、残酷な世界に暮らす人々の生き様は――)

 

「美しい……」

 

 切ないほどに、美しかった。



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4話

 夜、川越街道。街灯の光に照らされた歩道の上を一人の女性が歩いている。広い肩幅、一八〇センチに迫る長身、彫りの深い顔立ちと鋭い目つき。道行く車のヘッドライトで時折彼女の常人離れした眼光が露わとなり、通行人が思わず目を向けるが、彼女の顔を見るなり興味を失ったように視線を戻した。中には顔見知りもいるのか、「こんばんは井上さん」と挨拶をする者さえいる。井上さん――もとい伝説の傭兵と歌われた女兵士、ザ・ボスは微笑とともに「こんばんは」と挨拶を返す。三年の間にすっかり日本に馴染んだボスの帰宅風景だった。

 

 ボスは三年間を前世の無念と今生の生き方についての思索に費やした。しかし二四時間三六五日の三倍を丸々使ったわけではない。長年を肉体労働の極致とも呼べる職場で過ごしてきたことと生来の仕事中毒の気質も相まって、すぐに体を動かしたい衝動に駆られ、簡単なアルバイトを探し始めた。

 

 ただ、現代日本に伝説の兵士を受け入れる職場は多くない。空白期間として偽装された傭兵時代のせいか書類選考の段階で落とされ、どうにか面接に進んでも面接官がすっかり萎縮してしまって会話にならない。奇跡的に採用されたコンビニバイトでは、客が入店してボスの顔を見るや回れ右して逃走するトラブルが相次ぎ、初日で解雇となった。

 

 そういった就職活動の苦労はボスにとって初めての経験で、BOSSを片手に新鮮な気持ちを味わうこと半年――ボスの動きを聞きつけたヴェノムから仕事の打診があった。

 

 仕事の内容は警備員。新宿や池袋を中心に警備員を派遣する企業がスタッフを探しているらしく、その企業とコネのあるヴェノムが気を利かせてくれたらしい。就業規則に「勤務中は顔を隠すこと」、「依頼内容を詮索しないこと」とあるあたりあからさまにきな臭いが、傭兵時代の汚れ仕事に比べればなんのその。他に当てもないボスは話を受け、定職が決まった。

 

 実際の仕事は後ろ暗い連中の用心棒のような内容が大半だったものの、大したトラブルもなくほとんどの現場は平和だった。唯一不満だったのは支給された備品の不備で、同僚との連携に使う無線機の質があまりにも悪く、秋葉原でいくつか自腹を切って購入する羽目になった。その際掴まされた粗悪品は自宅の空き部屋に転がっている。

 

 今日も今日とてグレーな臭いのする依頼をこなし、現場から直帰している最中だ。

 

「あら。こんばんは」

 

「……! 『こんばんは』」

 

 自宅のマンションに入ると、エレベーターホールで隣人と出くわした。夜の闇に墨汁を溶かしたような黒いライダースーツ、黄色を基調としたヘルメット。池袋では都市伝説になりつつある異形の首無しライダー、セルティである。

 

 セルティはびくりと肩を震わせた後、『こんばんは』と打ち込まれたPDAを取り出す。二人は数秒間無言でエレベーターを待つ。扉が開くと同時に乗り込んだ。

 

『そういえば』

 

「何?」

 

『今日は昼から仕事だったんだが、出ていくとき、井上さんの部屋から怒鳴り声がしたぞ』

 

「怒鳴り声? 珍しいわね……」

 

『余計なお世話かもしれないが、彼女たちも事情が事情だ。一応伝えておこうと思ってな』

 

「そう。わざわざありがとう、セルティ。確かに聞いたわ」

 

 セルティが頷くタイミングでエレベーターは目的階に到着。先に出たセルティが自宅に入っていき、姿を消す。ボスもボスの自宅へ入っていった。

 

 玄関で靴を脱ぎ、広々としたリビングへ。

 

「おかえり、ボス」

 

 入ったとたん五人の少女たちが笑顔でボスの帰りを歓迎し、ボスはどこか照れくさそうに「ただいま」と返すのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 彼女たちこそ、ボスの親衛隊として知られる特殊な兵士の集団、コブラ部隊――ではなく、それぞれ家に帰りづらい事情を持つ中学生の少女たちである。もちろん全員が純粋な日本人であり、経歴にはどこにも後ろ暗い部分はない。

 

「あなたたち、いいかげんボスと呼ぶのはやめなさい」

 

「えー、でもボスってこの部屋の主だし、井上さんって呼ぶよりしっくりくるよ。ねえ蛇野?」

 

「そうだな。私もボスのことはボスと呼びたい。三ヶ島の言う通り、しっくりくる」

 

「コーヒーもBOSS派だしな」

 

「……フン」

 

「……ンーンンー」

 

 いたずらっぽく笑う三ヶ島、男勝りな蛇野、軽薄な雰囲気の数原が反論する。そのやりとりに猫田がニヒルな笑みを浮かべ、静原は天井を見上げたまま我関せずとばかり独特な鼻歌を歌う。

 

 相も変わらず騒がしい五人の様子にボスは苦笑し、部屋着に着替えるため寝室へ向かった――彼女たち五人は現代日本の孤児だ。

 

 ボスが長年身を置いてきた途上国や紛争国で子どもたちを孤児にした原因は、戦争と貧困がほとんどのケースだった。しかし三ケ島たち五人の少女を孤児にしたのはそのどちらでもなく、両親からの虐待だった。直接的な暴力、誹謗中傷、兄弟姉妹間の悪質な差別、ネグレクト――家に帰っても歓迎されず、それどころか有形無形の暴力が待ち受けている。彼女たちは学校が終わっても帰るに帰れず、池袋の街を深夜までぶらついていた。

 

 当然、中学生の少女が深夜の街を歩いていれば目立つ。五人のうちの一人、三ヶ島に警察よりも早く目をつけたのは、深夜の路地に生息する悪漢、いわゆるチンピラ集団だった。

 

 そこに通りかかった仕事帰りのボスは、埃を払うようにチンピラ集団を追い払い、三ヶ島を諭した。

 

『子供がこんな時間に何をしている? ――帰りたくない? ――家が嫌い? ならウチに来なさい』

 

 ボスの眼光に怯える三ヶ島は途切れ途切れに事情を話す。するとボスはまたたく間にタクシーを手配し、三ヶ島が文句を言う暇もなくこのマンションへ連れ込んだ。見た目と口調はともかく、基本的に優しいボスに三ヶ島は懐き、ことあるごとにボスの自宅をたまり場にするようになる。蛇野たち四人はいつの間にか三ヶ島が連れ込んでいた。

 

 ともすれば罪に問われかねない行為であることはボスも理解しているが、血のつながった子供に愛を与えない親などボスにとってはそこらのチンピラと同じようなもので、物理的にも法的にも一切の脅威を感じない。むしろ警察沙汰でもなんでも受けて立つ覚悟だった。といっても、三ヶ島たちが長くて一週間、二週間とボスの家に屯していてもなんの騒ぎにもならず、ボスの覚悟に対抗する者は一向に現れない。その事実が余計ボスの神経を逆なでした。

 

 部屋着に着替えたボスがリビングに戻ると、ダイニングテーブルに五人が行儀よく腰掛けている。テーブルの上には色とりどりの料理。

 

「先に食べていても良かったのよ?」

 

家主(ボス)を置いて食べるほど、私達は子供じゃないよ?」

 

 代表して答えた三ヶ島にボスは再び苦笑し、六人そろって夕飯にありつく。

 

「蛇野、誰もとらないからよく噛んで食べなさい」

 

「ウマすぎるっ!」

 

「やかましい」

 

 リーダー格の三ヶ島に次いで個性の強い蛇野をたしなめつつ、ボスは懐かしさに目を細める。名字で呼び合う程度に関係が薄い少女たちと食卓を囲うのは、初めての経験ではなかった。

 

 三年前、日本刀の女性に襲われた事件から一ヶ月ほどたったころ、三ヶ島たちと同じように池袋の街を一人でうろついていた女子小学生を保護した。虐待の痕跡と思しき体中の生傷を手当し、十分な食事を与えて自宅に送り届けた。結局あの日以来とんと見かけなくなったが、元気でやっているのだろうか――

 

「むぐっ!?」

 

「もう蛇野ったらー、お願い静原」

 

「……」

 

 意識を現在に戻す。喉をつまらせた蛇野に三ヶ島が呆れ、静原が無言で水を差し出す。ボスはその様子を前に微笑みながら、何気なく切り出した。

 

「あなたたち、昼間ケンカしていたそうね?」

 

 空気が凍った。

 

 全員が箸を止め、蛇野はコップを傾けた姿勢で固まっている。

 

「別に怒ろうってわけじゃないわ。言いたくなければ言わなくていい。今のあなたたちの様子からして、心配なさそうだしね」

 

「……う、うん。心配ないよ。もーびっくりしたなぁ、なんで知ってるの?」

 

「お隣さんから聞いたのよ」

 

 目の泳いでいる三ヶ島を見るに隠し事をしているのは明白だ。だがこれ以上追及する気はなかった。ボスは彼女たちの親ではないし、彼女たちだって隠し事の一つや二つはおかしくない年頃だ。

 

「この部屋の防音がしっかりしているとはいえ、カラオケには及ばないわ。一応、近所迷惑には注意しなさい」

 

「わ、分かったよ」

 

「そ、それよりボスにはまだ話してなかったな。三ヶ島にコレができたんだ」

 

 わざとらしく小指を一本たてる蛇野。ボスは「ほう」と感心したような声をあげる。

 

「それはよかったわね。いつから? 馴れ初めは?」

 

「二ヶ月ほど前だ。私たちが逆ナンしたのがきっかけで――」

 

「逆ナンって?」

 

「おいおいボス、冗談キツイぜ」

 

 数原が茶化すように言うが、ボスには本当に覚えのない単語だった。ちなみに逆ナンとは男が女に声をかけるナンパの逆バージョンのことで、女が男に声をかけることを指す。

 

 キョトンとするボスに対し、三ヶ島たちはかわいそうなものを見たとでも言うように目を伏せた。

 

「そっか……ボス、ナンパするのもされるのも無縁そうだもんね……」

 

「ああ……よしんばナンパされたとしても、目が合った途端降伏するだろう」

 

「そうだな……俺なら手を後ろに組んで腹ばいになるところだ」

 

「……フッ」

 

「ンーンンー」

 

「あなたたちどういうことなの? 特に猫田、今鼻で笑ったでしょう。それと静原、悲しいメロディーを流すのはやめなさい。なぜか心に来るわ」

 

 伝説の傭兵、ザ・ボス。三十X歳、独身、派遣スタッフ。今生の彼女に男っ気は絶無であった。少なくとも、年端もいかない女子中学生が憐憫を覚える程度には。

 

 気まずい空気を払拭するように三ヶ島は努めて明るく、

 

「え、えーっとねー、その人、紀田正臣くんっていうんだけど、すごいんだよ? 最近池袋で幅をきかせてる黄巾賊のリーダーなんだ! ボスは黄巾賊って知ってる?」

 

「あの黄色い布の子たちね。あそこには礼儀正しい子が多い。きっとその紀田くんも素敵な子なんでしょう」

 

「えへへー、まあね」

 

 照れ笑いを浮かべる三ヶ島。ボスは、仕事中に細い路地でばったり出くわすたびに敬礼してくる黄色い布の少年少女を思い出す。これはボスも三ヶ島も知らないことだったが、この態度の原因は、黄巾賊を裏で動かすとある情報屋が「目つきの悪い金髪の女には絶対に手を出さないように。下手したら死ぬよ?」と警告していることだった。

 

 ボスはお節介とは知りつつも、念のために釘を差しておく。

 

「最近そこの子たちが青い帽子の、たしかブルースクウェアの子たちとケンカしているのをよく見かけるわ。子供のケンカとはいえ、組織のトップの関係者として一応気をつけておきなさい」

 

「……うん、分かってるよ!」

 

 三ヶ島は張り付けたような笑みで首肯する。さらに蛇野たち四人の表情がわずかに曇った。

 

 その様子からボスは確信に近い予感を覚え、眉間にシワを寄せつつわずかに瞑目する。しかし次に目を開けたときには全員いつもの調子に戻っており、結局この時点でボスができることは少女たちの健やかな成長を祈ることだけであった。

 

 

 

---

 

 

 

 池袋で活動するカラーギャング、黄巾賊とブルースクウェア。黄巾賊は主に中学生の少年少女で構成され、創始者である紀田正臣がさほど好戦的でないこともあってチンピラじみた行為に及ぶことは少ない。一方、ブルースクウェアは小中高、もしくはそれ以上の幅広い年齢層から成り立ち、好戦的な者も多くいかにも不良といったメンバーも多い。

 

 そういった似て非なる組織が活動場所を同じくすれば、対立するのは当然の流れだった。

 

 小さな諍いから山火事のように抗争の規模は大きくなり、次第に手段を選ばないブルースクウェアが優勢となっていく。黄巾賊はとある情報屋を参謀として頼り、徐々に巻き返す。

 

 やがて黄巾賊の勝利が見えてきたある日――その抗争は最悪の形で決着を迎えようとしていた。

 

 

 

---

 

 

 

 黄巾賊の創始者、紀田正臣の自室。正臣は学習机に行儀悪く足を駆け、ぼうっと天井を見上げていた。考えているのは黄巾賊とブルースクウェアの抗争についてだ。

 

 あと少しで勝てる。あの折原臨也とかいう情報屋の言いなりになっていることだけは気に入らないが、ようやく勝利が見えてきた。彼女も、三ヶ島沙樹もきっと喜んでくれるはずだ。

 

 果たしてこの争いが本当に正しいものか、何か間違えているようなモヤモヤした感覚は何なのか。正臣はそれらの疑念から目をそらし、目前の勝利に意識を集中させようと試みる。

 

 その時、不意に携帯が鳴った。画面を見ると、黄巾賊幹部の雉村という男からだ。

 

『紀ー田ー正ー臣ーくぅーん?』

 

「……誰だお前? 雉村じゃないよな?」

 

『はーじめましてぇ。ブルースクウェアのトップの泉井くんでぇす。今日はクイズ大会でぇす』

 

 粘つくような間延びした声に絶句する正臣。泉井は動揺する正臣とは裏腹に、余裕たっぷりに『クイズ大会』を進行していく。正臣のとても大切な人が、特別ゲストとして泉井のもとにいること、その人が今どんな格好をしているのか、そして――

 

『ま、その答えは後のオ・タ・ノ・シ・ミ。第三問はチャンス問題でぇす。……ぶぐふぉっ!?』

 

『あっ、やば、つい反射的に……ご、ごめん』

 

「その声、沙樹!? そこにいるのか、沙樹!?」

 

 正臣が思い浮かべた通りの大切な人、恋人である三ヶ島沙樹の声が聞こえる。何かが潰れるような音と泉井の悲鳴はこの際どうでもいい。沙樹の無事だけが正臣の頭を占めていた。

 

『ちっくしょうがぁ、なんちゅう危険なアマだ! おい、この暴力女すまきにして転がしとけ! 後でフクロにしてやる』

 

「てめえ! 沙樹に、沙樹に何しやがった!?」

 

『うるせえ! ……くそっ、興が冷めちまった。おい、今から指定する場所に一人で来い。警察なんかに言やぁ、てめえの女の初体験は不特定多数になっちまうぜぇ?』

 

 一方的に場所を告げられ電話を切られた正臣は、しばらく動くことができなかった。電話が切れた瞬間に動き出せなかった自分を責めながら、正臣は歩き出し、情報屋に連絡をとる。黄巾賊を勝利目前まで導いた、折原臨也に縋ったのだ。

 

 しかしいくらかけても留守電の機械音声が流れるばかり。しばらく連絡を入れ続けた正臣だったが、やがてがくりと膝をつき、力なくうなだれた。

 

 薄暗く、路肩に停められたワゴン車を除けば人気のパッタリ途絶えた細い路地。正臣は地面についた手を固く握りしめ、動くことができない。

 

 そんな正臣の耳に、か細い少女の声が届いた。

 

「こちらクワイエット。目標の沈黙を確認。オーバー」

 

『こちらCP了解。各員、プランBへ移行。繰り返す、プランBへ移行。アウト』

 

「お前はたしか……沙樹と一緒にいる……」

 

 建物の影からにじみ出るように姿を現した少女は、沙樹といつも一緒にいる四人の少女たちの一人だった。異様に無口で常に鼻歌を口ずさむ彼女の名は、静原。おしゃべりな正臣とは対極にいるような少女で、あまり話したことはない。

 

 大型の無線機を手にした静原は静かに正臣との距離を詰め、決然として口を開く。

 

「日本には、忠を尽くすという言葉がある。意味分かる?」

 

 

 

---

 

 

 

 同時刻 池袋某所 立体駐車場

 

 バンダナを巻いた少女、蛇野は正面から駐車場に侵入する。柱の陰で身を縮めて耳をすませば若者たちの騒がしい声が聞こえ、音の具合からして作戦目標――三ヶ島沙樹が捕まっている車両が一階にあるであろうことが分かった。

 

 イヤホンを接続した無線機に小声でつぶやく。

 

「こちら蛇……スネーク。敵施設に潜入した。目標は一階にいるようだ、オーバー」

 

『こちらCP了解。――もう一度確認しておくが、私たちは当作戦の間コードネームで呼び合う。万が一ブルースクウェアの連中に顔と名前を覚えられれば、私たちだけじゃなくボスにも累が及ぶからな。頼むぞ』

 

「こちらスネーク、了解」

 

『オセロット、了解』

 

『クワイエット了解』

 

 数原もといCPの釘差しに返答。一拍置いて更に通信が入る。

 

『三ヶ島の尊厳と貞操を守る貞淑(バーチャス)な作戦だ。各員心してかかれ』

 

「スネーク、了解。今から、バーチャスオペレーションを開始する」

 

 柱の陰で蛇野、もといスネークが身を起こし、作戦行動を開始した。脳裏に過るボスの声に従い、身を低くして駐車場を奥へ進んでいく。

 

 本来の歴史にはありえない名無しの少女たちによる救出作戦が、ここに幕を開けた。

 

 

 

---

 

 

 

 ボスは三ヶ島を助けた際、簡単な投げ技を使用した。敵の殺傷および無力化を念頭に置いたCQCではなく、その基礎となる合気の投げ技だった。

 

 ボスにとっては呼吸よりも簡単な技だったが、家庭での虐待や学校でのいじめなどで無力感を募らせていた三ヶ島の目にはとても眩しく、頼もしい力に映った。三ヶ島からその話を聞いた蛇野たちもそろって教えを乞い、CQCの基礎の基礎の部分を習得することとなる。身につけた力は彼女たちに自信を与え、人格を成長させた。習得の度合いは蛇野についで沙樹が高く、電話口で泉井に足を折られそうになったとき、反射的に反撃して泉井の鼻を折ったほどである。

 

 しかしボスが彼女たちに教えたのは護身術だけではない。ボスも、彼女たち自身も気づいていない大きな影響――それは思想(ミーム)だった。

 

「忠を、尽くす? なんだよ、こんな時に謎掛けかよ、やっぱ不思議ちゃんだなお前」

 

 池袋某所、路上。人気の少ない深夜の通りで相対するクワイエットと正臣。

 

 絶望していた正臣は突然の質問に対し、諦念混じりの笑いを浮かべた。

 

「知るかよ。誰かの言いなりになるってことじゃねえの?」

 

「それも一つだ。忠誠、恩義、自分への誓い、誰かへの愛情――どんな形であれ、譲れない個人の信条を忠と呼ぶ。お前はどうだ? お前に忠はあるか?」

 

「俺は――」

 

 正臣は言いよどむ。静原の理屈で言えば、正臣自身の忠は沙樹への愛であるはずだった。しかし敵に囚われた沙樹を助けに行く途上で膝を折った現状は、正臣の忠と矛盾している。

 

 自分は沙樹を見捨てた。こんな臆病者に忠なんて大層なものは――

 

「お前は、どうなんだよ? いつも沙樹に金魚のフンみたくくっついてるお前に、忠なんてあんのかよ?」

 

「私の、私たちの忠はただ一つ。三ヶ島への恩義だ」

 

「はっ、じゃあなんで――」

 

『こちら蛇……スネーク。敵施設に潜入した。目標は一階にいるようだ』

 

 それならなぜ沙樹を助けに行かず、こうして正臣と言葉遊びをしているのか。そう皮肉を返そうとした正臣は、静原の無線機から響く声に言葉を飲み込む。

 

 今のは沙樹と一緒にいる、蛇野という少女の声だ。敵施設とは何だ? 

 

 眉をひそめる正臣だったが、通信を聞いているうちに一つの予想に至る。

 

『三ヶ島の尊厳と貞操を守る貞淑(バーチャス)な作戦だ。各員心してかかれ』

 

『スネーク、了解。今から、バーチャスオペレーションを開始する』

 

「お、お前らまさか……!?」

 

 沙樹への恩義、尊厳と貞操――点と点が連想の糸でつながり、正臣は愕然とした。まさか自分が諦めたことを、この少女たちが今やっているというのか。果たして正臣の想像はまったくその通りだった。

 

「私たちは三ヶ島の救出のため動いている。なぜか? ……彼女は私たち四人に声をかけてくれた。どこにも居場所がなく、ただつるんで街を徘徊するだけだった私たちに声をかけ、あの方――ボスに会わせてくれた。まああの折原とかいう情報屋は気に入らないが」

 

 最後の部分だけ吐き捨てるように言うと、静原は決然と言葉を結ぶ。

 

「三ヶ島がいなければ私たちはボスに会えなかった。だから私たちはその恩に報いる。それが私たちの尽くすべき忠だ」

 

「……ははっ」

 

 ――敵わない。

 

 燃えるような覚悟を静原の瞳に認め、正臣は再び絶望に襲われた。自分と同じ年の少女たちがここまで腹をくくっているというのに、この体たらく。男として情けないことこの上ない。

 

「忠に動いているのは私たちだけではない。三ヶ島もそうだ」

 

「……え?」

 

 満身創痍、諦めの境地に沈んでいた正臣は続く言葉に顔を上げる。

 

 静原は沈痛な表情で視線を落とし、信じられないことを口にした。

 

「彼女は……ブルースクウェアに拉致されることを知っていた。折原臨也の指示だったんだ」

 

 

 

---

 

 

 

 数日前 ザ・ボス自宅

 

『沙樹ちゃんさ、ちょっとブルースクウェアに拉致られてくれない?』

 

「……え?」

 

『敵に囚われたお姫様を正臣くんが助けに行くかどうか、見てみたくってさ。ちょっと乱暴されるかもしれないけど、正臣くんならきっと助けに行くから大丈夫。沙樹ちゃんだって正臣くんのことを信じてるだろう? なんたって君の愛しい恋人なんだから』

 

「はい、もちろんです」

 

『じゃ、よろしくね。こんな悲しい抗争はこれで全部終わるよ。日時と場所は追ってメールするから』

 

 通話はブツリと切られた。スピーカーモードで通話を聞いていた蛇野たちの顔には怒りが浮かんでいる。

 

「ふざけた男だ。人をなんだと思っている!」

 

 蛇野の言葉はその場の全員の気持ちを――沙樹以外の人物の気持ちを代弁していた。こんなふざけた指示を聞く意味はない。沙樹も了承したフリをしただけで心中では同じ思いのはずだ。

 

 しかし沙樹は、学校の授業で教師に指名されたときのような困り顔で、蛇野たちを絶句させた。

 

「痛いのは嫌だけど、頑張るしかないかー」

 

「なっ!?」

 

 蛇野はテーブルに身を乗り出す。拳が天板を叩き轟音が響いた。

 

「何を考えている!? ブルースクウェアの手口は知っているだろう! 紀田正臣の恋人であるお前に、奴らが容赦するワケ――」

 

「分かってるよっ!」

 

 蛇野の怒鳴り声よりもさらに大きい三ヶ島の大音声。初めて聞いた親友の声に蛇野たちは言葉を飲み、数瞬遅れてその声が震えていることに気がついた。

 

 いや、声だけではない。三ヶ島は自身の体を抱きしめるように腕を回し、体を震えさせていた。

 

「自分が何されるのか、よく分かってる。臨也さんが無茶苦茶なこと言ってるのも分かってる。でも臨也さんには従うよ。ううん、従わなきゃダメなの」

 

 臨也への狂信的な信仰心。今の三ヶ島を支配しているのはそんな感情だと蛇野たちは推測する――が、直後に間違いだと知ることになる。

 

「それが私の忠だから。意味もなく街をうろついてた私を拾ってくれて、正臣に会わせてくれた。臨也さんがいなかったら、蛇野たちにも、ボスにも会えなかったよ。だから――私は私の忠を尽くす」

 

 その言葉を言い終える頃には、三ヶ島の震えは止まっていた。

 

 家族からの虐待によって植え付けられた三ヶ島の信仰心は臨也へとシフトし、ボスの思想に触れたことで報恩という名の忠に転化していた。どこまでもまっすぐな三ヶ島の決意に蛇野たちは何も言えず、さりとて親友が傷つくことに賛成もできない。

 

 しばらく言葉をつまらせた蛇野は、拗ねたように言い捨てる。

 

「いいだろう。そこまで言うなら勝手にしろ」

 

「……うん」

 

「その代わり、私たちは私たちの忠を尽くす。こっちも勝手にやらせてもらうぞ」

 

 なお、セルティがボス宅の前を通りかかったのはこのやり取りの最中であった。

 

 

 

---

 

 

 

 そうして臨也の指示どおり沙樹はブルースクウェアに拉致され、蛇野たちは蛇野たちの忠を尽くすために救出作戦を立案。作戦に先立って、ボスが秋葉原で掴まされた粗悪品の無線機を拝借し、実行しているのが今の状況だ。

 

 すべてを聞かされた正臣は情報を受け止めきれず、ただただ呆然とするだけだ。

 

「なんだよ、それ……」

 

「三ヶ島がそうまでして折原臨也に報いたい恩は何だ? 居場所を与えられたことか? 私たちやボスと出会えたことか? それともお前と――紀田正臣と出会えたことか?」

 

「……」

 

『こちらスネーク! 目標を確保したが敵に見つかった! 増援を頼む、オーバー!』

 

 無線機から音割れした少女の声と、男たちの怒号が響く。

 

 うなだれたまま何も答えない正臣に痺れを切らし、クワイエットは正臣へ手を差し伸べた。

 

「知りたければ共に来い。そしてお前の忠を尽くせ。お前の忠は何だ、紀田正臣!」

 

「……ヘヘッ、あんた、意外とおしゃべりなんだな、静原さん」

 

 正臣は気の抜けた声で軽口を返し、そして――

 

 

 

---

 

 

 

 遡ること数分前。

 

 スネークは柱の陰や駐車した車に身を隠しながら、声の聞こえる方へ徐々に近づいていく。特に持ち場を与えられていないブルースクウェアのメンバーを数名見かけたが、物陰に息を潜めてやり過ごした。

 

 スネークの役割は敵地への単独潜入および目標の救出だ。いくらボスに護身術を習ったといっても、複数人の年上の男性相手に女子中学生四人が勝てる見込みはない。そこで、もっとも運動神経に優れ、護身術の覚えもいいスネークが単独で潜入、救出するのが効率的な判断だった。

 

 作戦立案にあたり、黄巾賊のメンバーに助力を請う案も出たが、すぐに却下された。黄巾賊は折原臨也の助言で規模を拡大してきたため、折原臨也を盲信するメンバーが無数にいる。そのメンバーから臨也に情報が漏れるとどうなるか分からない。

 

 警察は提案すらされなかった。蛇野たちは家族からの虐待を幾度も交番に訴えたが、取り合ってくれた試しはない。そんな経験から公権力に何も期待していないのだ。

 

(あれか。見張りが三人、武装は鉄パイプ、金属バット……折りたたみナイフ)

 

 考えながら進んでいくと、目標と思しき黒塗りのバンが見えてきた。車両を囲うように青い帽子の若者たちが三人たむろしており、近づくことは難しい。

 

(この感覚は……? いや、今は作戦に集中しろ)

 

 見張りの一人が大きめのダンボールを椅子に使っているのを見て奇妙な既視感を覚えるが、頭を振って雑念を振り払った。

 

 スネークは目標車両にもっとも近い車の陰に隠れ、そこへ事前に持ち込んだトラップを設置。車の扉をノックした。

 

「何の音だ?」

 

「あの車の後ろからだ」

 

「ちょっと見てくる」

 

 見張りの一人が近づいてくる。スネークは車と隣接する柱の陰に移動し、推移を見守る。

 

「おほぉっ! これは、いいものを見つけた!」

 

 スネークが設置したのはコンビニで購入した青年漫画雑誌だった。これみよがしに巻頭グラビアを開かれたその雑誌に、見張りは釘付けとなる。

 

 完全に注意が集中したタイミングを逃さず、物陰から躍り出たスネークは見張りの首に腕を回す。CQC――ではなく、普通の裸じめだ。極まれば普通は抜け出せない。

 

(まずは一人)

 

 見張りが完全に落ちたのを確認すると、音をたてないようゆっくりとその男を柱の陰に隠す。一連の行動は車の陰で行われており、他の見張りからは見えない。

 

「あいつ遅いな。何やってんだ?」

 

「ちょっと見てくる――おほぉっ! いいものを見つけた!」

 

 後は流れ作業だった。全員を同じ手順で無力化し、ホームセンターで購入した結束バンドで親指と足首をくくり、口には粘着テープ。

 

 見張りのいなくなった目標車両に、隠れながらも慎重に近づいていくスネーク。最終的には、車両の右後ろに位置する柱の陰に到着した。じれったい気持ちを抑え、待つこと数分。ようやく待ち望んだ展開が訪れる。

 

「あれぇ? あいつらどこいった?」

 

「連れションじゃね?」

 

「見張りが全員で連れションとかバカかあいつら! おいてめぇら、今すぐあいつら引きずってでも連れてこい! ぶん殴ってやる!」

 

「へいへい」

 

 車両の扉が開き、三人の男たちが出てきた。車両の中には声を荒げるリーダー格の男と――黄色と黒のトラロープでぐるぐる巻にされた三ヶ島の姿が見えた。

 

 逸る体を抑え、三人の男が遠ざかっていくのを待つ。彼らの足音が完全に聞こえなくなるまでの数十秒間がやけに長い。

 

 そしてついにスネークが動く。

 

「ああ? なんだあ?」

 

 車両の側面をノック。リーダー格の男――事前調査によると泉井というらしい――が訝しむ声が聞こえる。

 

 気のせいだと思ったのか、泉井はそれ以上のアクションを起こさない。スネークはもう一度、強くノックする。

 

「くそっ、なんだってんだ!? ぐあっ!?」

 

「くっ!?」

 

 苛立たしげに扉が開かれた瞬間、スネークはすかさず泉井につかみかかる。が、ここで想定外が発生した。

 

 本来の予定では泉井の喉を殴って声を封じた後、車外へ引きずり出して裸じめで絞め落とすことになっていた。しかし、泉井は沙樹の反撃により鼻の骨を負傷しており、鼻のあたりを手で強く抑えていた。

 

 つまり、首元が腕でガードされていたのだ。

 

 スネークの渾身の喉突きは泉井をよろめかせるだけに留まる。

 

(落ち着け……私の任務は敵の無力化じゃない。三ヶ島の救出だ)

 

 即座に意識を切り替えたスネークは、泉井が復活するよりも速く縛られた沙樹を抱え、車外へ飛び出す。

 

「ぐ、お、重い……!?」

 

「くそがぁ! てめえ何もんだ! おい! 誰かいねえのか! すぐに集まれ!」

 

 沙樹は顔にアザをこさえぐったりしている。意識のない人間を抱えて走るのは、一般的女子中学生であるスネークには非常な重労働だった。もたついている間に泉井は復活し、被発見(アラート)状態に移行してしまう。

 

 泉井の声は立体駐車場に反響し、散開していたブルースクウェアのメンバーがぞろぞろと集まってきた。沙樹を抱えたまま包囲網を突破するのは極めて難しくなった。

 

「こちらスネーク! 目標を確保したが敵に発見された! 増援を頼む、オーバー!」

 

『こちらオセロット了解。すぐに行く。なんとか持ちこたえろ、アウト!』

 

 発見された場合に備え待機させていた猫田、もといオセロットに増援を要請し、スネークは走る。四方八方から近づいてくる青い帽子の包囲網のうち、一番薄い部分を目指してひた走る。沙樹を抱える腕から徐々に感覚が失われ、酸素を求めて心肺が悲鳴を上げている。

 

 だが人一人を抱えた女子中学生と、高校生以上の男性では基礎的な運動能力が違う。すぐに壁際へ追い詰められ、半円状の包囲網に捕まる。

 

「ヘッ、たしかその女といつもつるんでるガキか。お仲間を助けに来たかぁ?」

 

「……」

 

『こちらクワイエット、プランB続行。繰り返す、プランB続行』

 

 イヤホンからの通信に、作戦が次の段階へ移行したことを知る。ただ、絶体絶命の状況をすぐに覆す情報ではなかった。

 

「このクソアマが、どこまでも舐めくさりやがって……てめえら二人ともボコボコにしてから全員でマワしてやらぁ! やっちまえ!」

 

 包囲網がじりじりと迫る。スネークの呼吸はなおも荒い。沙樹を地面に横たえてボスの構えを真似するが、気休めだ。この状況を打破できるような技術は身につけていない。

 

 スネークの気迫に警戒していたブルースクウェアのメンバーだったが、ついに意を決して飛びかかるその瞬間――かわいた破裂音が鳴り響く。

 

「いてっ!」

 

 同時によろめく泉井。ブルースクウェアの面々が警戒の面持ちで音の方向を見ると、そこには怪人、山猫が立っていた。

 

 平凡なTシャツとジーパン。ごく普通の少女の部屋着を思わせる服装だが、リアルな山猫がプリントされた安っぽい紙のお面と、どこで買ってきたのか時代遅れな拍車つきのブーツが異様な雰囲気を漂わせる。

 

 そして極めつけは両手のリボルバー拳銃。余裕綽々で華麗なガンプレイを披露しつつ、拍車を鳴らして歩を進める様にはすさまじい迫力がある。ブルースクウェアのメンバーはごくりと生唾を飲み、闖入者の動向を注視する。

 

「……遅かったじゃないか、オセロット」

 

「待たせたな、スネーク」

 

 天井で頼りなく光る蛍光灯が、まるでスポットライトのように二人を照らす。雰囲気に呑まれたブルースクウェアは思考が止まるが、泉井が声を荒げて我に返った。

 

「馬鹿野郎ただのエアガンだ! まとめてぶっ殺せ!」

 

 ハッとしたメンバーたちはニヤニヤと余裕の笑みを取り戻し、山猫怪人――オセロットに標的を定める。

 

 最初に撃たれた泉井が看破した通り、オセロットのリボルバー拳銃はただのエアガンだ。それも対象年齢一〇歳程度の安物。たとえ直接肌を撃たれても少し痛い以外に害はない。なんのツテもコネもない子供が用意できる最大限の武器だった。

 

 状況は依然、絶体絶命。むしろ被害に遭う女子が増えた分悪化したとも言える。

 

 とはいえ、オセロットの役割は敵勢力の撃滅にあるのではなかった。彼女の目的はとうに果たされているのだ。

 

 にやっと口元を歪めるオセロット。

 

「一分二十二秒」

 

「ああ?」

 

「私がこの場に現れ、お前がおもちゃの銃を大げさに痛がり、お前たちが私のガンプレイに見蕩れていた時間だ。――ああ、こうしているうちに一分三十八秒になった」

 

 両手を広げ、舞台役者のように振る舞うオセロットの役割は、陽動と足止め、時間稼ぎ。数の暴力に酔いしれていた泉井がやっと理解したその瞬間、立体駐車場に乱暴なエンジン音とスキール音が響き渡り、何のための時間を稼いでいたのか嫌でも理解させられた。

 

 全員が音のした方を向くと、扉の開いたワゴン車が爆走状態でこちらに向かっている。開いた扉から身を乗り出しているのは――

 

「沙樹ぃぃいいぃ!!」

 

 一度は心折れた黄巾賊のトップ、紀田正臣その人であった。

 

 

 

---

 

 

 

 その後はあっという間だった。

 

 ワゴン車で駆けつけた正臣と、目つきの鋭い大柄な男の二人が中心となってブルースクウェアの面々を圧倒。元々正臣のケンカの強さに惹かれて黄巾賊が結成されたこともあり、正臣一人の戦力はすさまじかった。

 

 ブルースクウェアの混乱が頂点に達したところで、ワゴンの中から現れたCPとクワイエット――数原と静村が撤退を提案し、仲間を全員回収してから駐車場を飛び出した。

 

 そして気絶した沙樹を病院に連れて行くため、夜の国道を走行しているのが現在の状況だ。

 

「で、誰だあんたら?」

 

 スネークは警戒の目つきで車内のメンバーを睨みつける。

 

「今回の作戦にあんたらみたいのが絡むとは聞いていない。何者だ?」

 

 今回の作戦――バーチャスオペレーションにはプランABCの三プランが想定されていた。プランA、正臣が恐怖に屈せず単身でブルースクウェアのアジトに乗り込み、スネークたちは彼を全力で補佐する。プランB、恐怖に屈した正臣を説得し、それと並行してスネークが沙樹を救出して逃走、正臣は説得が済み次第増援として働いてもらう。正臣のケンカの強さはスネークたちも知っており、戦力になることは分かっていた。しかし沙樹の救出に来るかどうかは未知数だったため、ケースごとにプランを決めておいたのだ。

 

 スネークの睨みを受けたワゴンのメンバーは顔を見合わせ、快活に笑った。

 

「中学生の心意気に感動した通りすがりっすよ! あ、僕は遊馬崎っす!」

 

「そうそう! 私は狩沢で、そっちの人はドタチン、運転してんのは渡草っちね!で、クワイエットちゃんだっけ? クワちゃん? その子が紀田くんを説得してるのを見かけてさ、もういても立ってもいられなくって!」

 

「……つまり、善意の協力者か。ありがとう、助かった」

 

 スネークに倣い他のメンバーも頭を下げると、ドタチンと呼ばれた男がやめろとばかりに手を振った。

 

「もう脱退したとはいえ、俺たちも元ブルースクウェアだ。うちのバカどもが迷惑をかけた。すまなかったな」

 

 沙樹を攫ったという知らせを受けドタチンたちはすぐにブルースクウェアを脱退し、件の立体駐車場近くの路上で沙樹を助け出す手はずを話し合っていた。そこに正臣とクワイエットが現れ、二人の問答を通してスネークたちの作戦を知ったのだ。すぐにクワイエットと正臣、司令塔役の数原を回収し、大急ぎで駆けつけたというわけだ。

 

 律儀に頭を下げるドタチンにはまっすぐな誠意と謝意しかなく、スネークたちは頭を上げてもらう。

 

「ところで、一つ気になったんだが……プランCは何だったんだ?」

 

「紀田くんの説得に失敗し、私たちだけで三ヶ島を助け出すプランだ。紀田くんの戦力がない以上、玉砕と変わらん。来てくれて助かったぞ、紀田くん」

 

「いや……クワイエット、静原さんの言葉がなければ、俺はきっとあそこで折れてたと思う。沙樹を助けに行かなかった罪悪感をずっと背負ってたはずだ。本当に、ありがとう……!」

 

 ひとしきりしんみりした空気が漂った後、ドタチンは心底呆れたようにつぶやく。

 

「近頃の中坊ってのはみんなこんなもんなのか……?」

 

「いやいや、この子らが異常なだけっすよ門田さん。特にスネークちゃん? 君、実は前世が伝説の兵士か何かで、TS転生とかしてない? 敵の本拠地に単独潜入とか無鉄砲ってレベルじゃないっすよ」

 

「TS転生?」

 

「あー、ネットの二次創作でよく見るやつかー。あれって何が面白いの? よしんば転生して作品の世界に入り込むにしたって、性転換の意味なくない?」

 

「意味あるに決まってるじゃないっすか狩沢さん! 男だった前世と女である今生とのギャップをどう受け入れていくのか、その過程の心情描写だけで十分面白いですし、何より読者の投影対象である主人公を性転換させることで女になりたい願望を持つ読者の需要を――」

 

「たしかにオリジナル主人公の場合はそういうのもありだけどさ、元ネタがあるキャラクターを性転換させるのって無粋じゃない? 好きなことができるのは二次創作のいいとこだけど、それは原作への愛が前提であって、考えなしな性転換は二次創作としての品性が――」

 

「また始まった……すまねえな嬢ちゃん方。適当に聞き流しておいてくれ」

 

「ああ。まったく、転生などバカらしい。一度死んだ人間が別の世界に転生するなど、非科学的にすぎる」

 

 ましてや遊馬崎たちが論争するように、別の作品の世界に転生するなんてあるはずがない。同意を求めるようにスネーク改め蛇野が数原、猫田、静原に目をやると、その通りだとばかり、全員が深く頷いたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 嵐の過ぎ去った後のように、しんと静まり返った立体駐車場。大規模な暴力事件の当事者としてブルースクウェアを補導するパトカーのサイレンが、遠く響いている。

 

 そこに放置されたダンボール箱が不意に動く。ダンボールの下から箱を持ち上げ、放り投げて現れた人影の正体は――

 

「どうやら本当に心配はいらなかったようね」

 

 池袋の有名人、井上さんことザ・ボスである。

 

 あの日の沙樹たちのリアクションから、彼女たちが深刻な事態に陥っていることを察するのは難しくなかった。とはいえ子どもたちが自力解決を試みているところに大人が割って入るのは野暮と判断し、本当に危険な状態になるまでは身を潜めながら子どもたちを見守っていたのだ。

 

 そもそもなぜ駐車場の真ん中に大きなダンボールがあったのか? それはブルースクウェアの車両が駐車すると同時に、ダンボールをかぶったボスがメンバー全員の死角を縫って車両に横付けしたからだ。ブルースクウェアのメンバーはダンボールの存在に違和感を覚えたものの、それ以上に座り心地の良さそうな箱だったので、椅子として利用していた。

 

「……」

 

 ボスは駐車場内の自販機に立ち寄ってから、非常階段で屋上階へ上る。

 

 屋上の手すりに肘をつき、購入した缶コーヒーを開封。銘柄はもちろんBOSS。一口口にすると、絶妙に調和したコクとキレが口内に広がり、ほろ苦い旨味が舌の上を転がる。よく冷えた液体が爽快なのどごしとともに胃へ落ちていき、ボスはふうと息をつく。

 

 彼女たちは最後までボスに助けを求めなかった。想定外の事態に陥ったときも、敵に囲まれたときでさえ、状況を打破する一手を考え続けていた。一般的な女子中学生であるはずの彼女たちにそこまでの勇気を与えたのは、ひとえに友情という名の忠だろう。

 

 この世界は残酷だ。戦争や貧困が蔓延し、子どもたちの未来が脅かされる。たとえそういった脅威が少ない先進国であろうと、虐待などの新しい形となって子どもたちに襲いかかる。どこまでも残酷で、救われない。

 

 ただ、残酷な世界で紡がれる子どもたちの絆は――

 

「輝かしい……」

 

 目を灼くほどに、輝かしい。



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5話

 新宿 折原臨也のオフィス

 

 完成されたキャラクターが主役の物語はそう多くない。ここで言う完成っていうのは、たとえば精神的に成熟していたり、バトルものの世界観で最強無敵の力を持っていたりすることを指す。

 

 なんでそういったキャラクターが主役になりにくいのか。答えは簡単、物語が盛り上がらないからだ。強大な敵や障害に絶望し、努力し、乗り越えて成長する基本的な面白さがないんだ。まあネット上の無料小説や同人界隈なんかじゃ、こういう成長しきった最強のキャラクターが快刀乱麻の大活躍を見せる展開が好まれることもあるけど、俺は面白いとは思わないねぇ。人間は変化や揺らぎがあってこそ。リアルに明鏡止水の境地に至った人間がいたとしても、レアケースとしての価値しかないよ。

 

 だから今回、黄巾賊とブルースクウェアの抗争に彼女――ボスを巻き込んだのはほんのついでだった。特に何かを期待したわけじゃなくて、ちょっとした思いつきだったんだ。沙樹をボスに接触させ、無理やり抗争との関係をこじつけるまではよかったんだけど、その後がいけない。

 

 沙樹はボスにすっかり宗旨替えするし、正臣くんは立ち直ってるし、おっさんくさい女子中学生が出てくるし、絵に描いたようなしっちゃかめっちゃかっぷりだ。

 

 あの蛇野とかいう中学生たちだって、当初は僕の手駒にするつもりだったんだ。でも僕より早く沙樹が接触してボスに引き合わせたもんだから、手出しできなくなった。まあ、あんな無茶苦茶な子たちを手駒にしたってむしろ損してただろうし、結果的にはよかったんだろうね。

 

 そう、よかった。ハッピーエンド。正臣くんと沙樹を主役に据えた悲劇なんてなかった。メインキャラはみんな笑顔で幸せになってめでたしめでたし――なんて、俺が絶対に認めないよ。自分の趣味がここまで、しかも無自覚に邪魔されておいて黙っていられるほど、俺は我慢強いタチじゃないんだ。厭らしく陰湿にねちっこく仕返しをさせてもらうさ。

 

 大した額も出せない君にこうして格安で情報(しょうひん)を売ってあげるのも、仕返しの一環だよ。

 

 自業自得? 彼女の情報じゃなくて俺の失敗談だろうって?

 

 やれやれ、ケチをつけるくらいなら自分の携帯で検索してみなよ。「兵士 最強」で検索すれば彼女の情報はいくらでも転がってる。え、ネットの使い方?

 

 ……それは極めて貴重な情報だからねぇ。本来なら一万はもらうところだけれど、特別に学生割引で五千円だ。どうだい?

 

 取り引き? ――コブラ部隊の幻の隊員、生霊、ザ・ソロー? あんまり調子に乗っていると祟られる?

 

 なるほど、都市伝説の類にしか聞こえないけれど、君みたいな存在が言うと説得力があるねぇ。参考程度に覚えておこう。

 

 いやいや、うちは現物交換なんて時代遅れなことやってないからね? ほら、情報が欲しかったら出すもの出しなよ。君の大好きなボスのことがたった五千円で分かるんだ、安いもんだろう?

 

 

 

---

 

 

 

 池袋 サンシャイン60通り

 

 池袋駅からサンシャインシティに通ずるこの通りには、池袋最大の繁華街が形成されている。平日の昼間ではあるが、さかんなキャッチセールスの文句が飛び交う中、営業で飛び回るスーツ姿のサラリーマンや最後の青春を謳歌する大学生たちの姿が入り乱れ、雑多な雰囲気を醸成していた。何か事件でもあったのか、路地に設置された自販機の周りに人だかりができているものの、不穏な空気も含めて街の風景に溶け込んでいる。

 

 しかし通りに面したあるハンバーガーチェーン店の店内に、街の空気から若干浮いた一画があった。

 

 テーブル席に一人で座り、機械的にハンバーガーを咀嚼している女性。彫りの深い顔立ちや後ろでくくった金髪、青い瞳などの日本人離れした容姿が人目を引いているが、恐ろしく鋭い目つきを見たとたんにみんな揃って目をそらす。硝煙と血の臭いを連想させる剣呑な空気が、彼女の体からにじみ出ていたからだ。

 

 そんな彼女――井上さんことザ・ボスに背後から近づく人影があった。徐々に距離を詰めていく人影を見て、通行人はすわ刺客か暗殺かと目をむく。

 

「――フッ!」

 

「ぐほぉっ!?」

 

「……ジョニー? 何をしているの?」

 

 が、人影がボスの肩に手をかけようとした瞬間、人影は前のめりに崩れ落ちた。座ったまま体をひねって繰り出されたボスの肘鉄が、人影の股間に直撃したのだが、あまりの早業のため一般人にはジョニーと呼ばれた人影がひとりでに倒れ込んだようにしか見えない。

 

 よく分からないけれど何かすごいものを見た気がする、と曖昧に感動して去っていく野次馬たちを尻目に、ボスはどこかバツの悪い顔でジョニーの背中をさすった。

 

班長(ボス)ゥ……俺はただ、ボスの驚く顔が見たかっただけなのに……」

 

「悪かったわね。最近気が立ってるのよ。ケガしたくなければ、気配を消して背後から近づくのはやめた方がいいわ」

 

「先に言ってくださいよぉ……ふぅ」

 

 ジョニーは脂汗を拭い、ボスの向かいの席に腰をおろした。ボスが街中であることを意識して威力を加減したとはいえ、なかなかタフな青年である。

 

 青年の名は今村ジョニー。名前が示すとおり日本人と白人のハーフであり、スッと通った鼻稜と涼し気な目元はハンサムと言う他なく、性別にかかわらず魅力を感じさせる顔つきである。といっても、お調子者で要領の悪い内面が外面の良さをすっかり中和しているのだが。

 

 ボスの同僚でもあるジョニーは、ボスともう一人のスタッフと合流して午後の現場へ向かうため、待ち合わせ場所に現れた。すると店の入り口からボスの背中が見えたので、ちょっとしたイタズラを企んだというわけだ。

 

「しかし気が立ってるって、午前の現場で何かあったんですか?」

 

「違う。最近妙な視線を感じるのよ」

 

「視線なら今だって集めまくってるじゃないですか。ほら、俺がハンサムだから美男美女のカップルと思われてるのかも!」

 

「言葉では言いにくいけど、厭らしくて陰湿でねちっこい、奇妙な意思を感じる」

 

「俺の決死のジョークはスルーですか……」

 

 妄言をサラっと流されて落ち込むジョニー。いつものことなのでボスは気にせず、最近の妙な気配について考えを巡らせる。

 

 明確にいつからといえば、黄巾賊とブルースクウェアの抗争が決着した一ヶ月前からだろうか。外に出るたびに奇妙な意思のある視線を感じるようになった。当初は自分の容姿に対する好奇の視線かと思ったのだが、ボスがいくら周囲の雑踏を観察しても出どころがまったくつかめない。しかし隠密に長けたプロの類に特有の、粘ついた害意は感じられない。長い戦場での生活では感じたことのない何者かの意思に、ボスは警戒を厳としていた。

 

「そういうことだから、しばらくは私の背後に立たないで」

 

「元々ラスボスっぽい顔してるくせに、どこぞのサーティーンみたいなことまで言い出したぞ……まったく、最近の自販機通り魔の件といい、物騒な世の中になっちゃいましたね」

 

「そう? 元からでしょう」

 

 自販機通り魔とは、近頃池袋を騒がせている自販機の連続破壊事件のことだ。なぜか特定のブランド名が印字された自販機が次々に破壊されているのだが、異様な破壊痕に注目が集まっている。

 

 破壊された自販機は、まるで一刀両断されたかのように真っ二つになっているのだ。切り口は工業用裁断機を使ったようになめらかで、得体のしれないサムライか何かが潜んでいるなどの噂が絶えない。中には同業他社が雇った凄腕の殺し屋が云々、などと突飛なものさえある。

 

 ただ、ボスにとっては「池袋なんだからその程度普通でしょう」くらいの感想しか湧かない、ありふれた日常だった。

 

「それより、午後の現場には三人で向かうと聞いている。もう一人は?」

 

「さあ、俺もいきなりこっちに回されたんで詳しくは……あ、来たみたいですよ!」

 

 ジョニーの視線の先に目を向けると、バーテン服を身にまとい、サングラスをかけた金髪の男が店に入ってくるところだった。男は入り口で何かを探すように店内を見渡すと、まっすぐボスとジョニーの席に向かってくる。

 

「お疲れ様、静雄」

 

「……お疲れっす」

 

 ボスと日本人特有の挨拶を交わした青年の名は、平和島静雄。池袋最強の喧嘩人形、喧嘩を売ってはいけない人物として知られ、一度キレると自販機でもポストでもコンビニのゴミ箱でもぶん投げて武器にする人間離れした怪力が特徴だ。

 

 といってもその力とキレやすい性格が災いしてか高校を出た後の職探しに苦労しているようで、黒に近いグレーな仕事が多い企業――つまりボスの所属する警備会社に最近入ってきた。ボスとジョニーは静雄と何度か同じ現場で働いたこともあり、知らない仲ではない。

 

 といっても、知ってる仲だからこそ調子に乗るのがジョニーの性格だった。

 

「よーう静雄! 待ち合わせ時間ぴったりに登場とは偉くなったなぁ! 先輩を待たせるなんてどういう了見だ?」

 

「……」

 

「ジョニー」

 

 静雄の眉間に亀裂のようなしわが一つ。ボスはジョニーをたしなめるが、先輩風を吹かせるジョニーの耳には入らない。

 

「社会人なら十分前行動は基本だろ! まったくこれだから最近の若者は……」

 

「……っせぇな」

 

「ん? なんだ聞こえないぞぉ?」

 

「うるっせぇっつってんだよ! テメーだって最近の若者だろうがクソ野郎ォ!」

 

 激昂した静雄の魔の手がジョニーの胸ぐらに伸びる。大型自販機を片手で投げ飛ばす静雄の手にかかれば、ジョニーを力任せに窓へぶん投げて店の外へ放り出すことだって簡単だ。実際、静雄はそうするつもりだった。

 

「あいてっ!?」

 

「……!」

 

 が、そこにボスが介入する。瞬時に席を立ったボスは、すさまじいエネルギーを宿した静雄の手を絶妙な角度で払い除け、もう片方の手でジョニーの頭をはたく。

 

 腕を払われ呆然として固まる静雄と、大げさに痛がるジョニー。ボスはまず、ジョニーを睨みつけた。

 

「ジョニー。あなたに悪気がないことは分かっている。でも、もう少し言われる人間の気持ちを考えなさい」

 

「は、はいぃ……」

 

「静雄。気持ちは分かるけど、仕事の前に人員を減らされると困る。今はこれで手打ちにしてくれる?」

 

「……はい。このクソ野郎をぶっ殺すのは後にとっとくっす」

 

「ええ」

 

「ええ、ってボス!? 俺、後で殺されるの確定!?」

 

 喚くジョニーを無視し、ボスと静雄は席に着く。静雄は何事もなかったかのように持ち込んだ菓子パンを食べ始め、ボスも食事に戻った。不平たらたらのジョニーだったが、二度も同じ失敗をすると静雄より先にボスに制裁を食らいそうだったため、しぶしぶ黙り込む。

 

 三人が現場を同じくしたときにはおなじみの光景だった。

 

 

 

---

 

 

 

 ジョニーのような口の軽いタイプ――良い言い方をすればムードメーカータイプの人間が静雄を怒らせ、仕事の現場に行く前に行動不能にさせられるトラブルはよくあることだった。同じトラブルがあまりにも連続したので、人事担当が静雄の解雇を考え出したころ、安定した仕事ぶりでクライアントからの覚えが良いボスに静雄を同行させた。すると驚いたことにトラブルはゼロ、クライアントからは静雄もボスも礼儀正しく真面目との高評価を得る。静雄の世話がボスに丸投げされるきっかけはこの件だった。

 

 昼食を終えた三人は、クライアントに指定された店舗へ向かう。池袋の喧嘩人形こと平和島静雄と、大作ゲームか何かでラスボスを張ってそうな迫力のある井上さんことザ・ボスが並んで歩いているので、道中では雑踏が割れに割れた。二人の後ろで「ふっ、俺の威厳に恐れをなしたか」などと調子のいいことを言っているジョニーには誰も目を向けていない。

 

 到着したのは大通りから一本外れた路地に建つ小さなビルだった。いくつかのテナントが入っているようだが看板には何も掲げられていない。ボスは勝手知ったるとばかり中へ入り、エレベーターで地階へ降りていく。

 

 エレベーターを出ると、ボスたちはそれぞれ男女に別れてトイレへ入り、クライアントに支給された制服に着替える。男物のフォーマルな黒スーツだが、女性であるボスが着ても違和感がなかった。

 

 代表してクライアントへ挨拶に行ったボスが帰ってくると、軽いブリーフィングが始まる。

 

「念の為仕事を確認する。私と静雄は店の入り口で客の顔と会員証を確認する。新規会員希望者がいれば、紹介元の人間と一緒に別室へ案内。ジョニーは店内で客を監視し、異常があれば適宜対応する。いいわね?」

 

「了解っす!」

 

「……はい」

 

 今回の現場は、会員制の高級バー――の皮を被ったカジノの警備だった。ボスの所属する会社には用心棒のような仕事が多いが、きちんと警備員らしい仕事もある。その中でもこの現場は会員制で客をふるいにかけているためトラブルが少ない一方、覚えることが多くて難しい現場として知られていた。

 

 まず、現会員の顔と名前を暗記しなければならない。新規会員を別室へ案内するには最低限の接客マナーが要求される。店内の警備では、客のイカサマに目を光らせる必要がある。

 

 それだけの仕事を任されるということは、相応の信頼と責任が発生する。それらを背負った上できちんと仕事ができるスタッフは、今のところボスだけだった。

 

 ボスと静雄が店の入り口に立ち、ジョニーが店内へ姿を消して数分後、店の営業時間が始まる。ほどなくスネに傷のありそうなごつい男連中が押しかけてきた。

 

「うぃーす、お疲れさん。ほい、会員証」

 

「確かに。どうぞ、いらっしゃいませ」

 

「……いらっしゃいませ」

 

「おっ、そっちの兄ちゃんは新顔だな? 細い体だけど大丈夫かぁ?」

 

「……」

 

 絡まれる静雄。彼は無表情のままだが、メキメキと音の鳴るほど握りこまれた拳から苛立ちを察し、ボスがフォローに入る。

 

「彼は実によくやってくれています。お客様がたの安全は私と彼が保証しましょう」

 

「ヘッ、そりゃ安心だ。頼んだぜ」

 

「ええ、ごゆっくりどうぞ」

 

 男たちは喧騒とともに店へ入っていき、ボスと静雄の間に再び沈黙が落ちる。

 

 その沈黙を、不意にボスが破った。

 

「静雄」

 

「……何すか」

 

「よく我慢したわね」

 

「……いえ」

 

 静雄が些細なことでも激昂する人間であることは分かっていた。そんな静雄があからさまに柄の悪い連中に絡まれたのに無言、不動を貫いたのだ。ボスとしては缶コーヒーを一本贈りたいほどの偉業だった。

 

 しかし同僚の成長を喜ぶ一方、ボスの胸中に疑念が湧く。

 

(やはり解せない。なぜ静雄をこの現場に?)

 

 喧嘩人形として恐れられる静雄だが、一見すると線の細い好青年にしか見えないし、言動も物静かで大人しい。いわゆる荒くれの男たちと顔を合わせる今回の現場では、静雄の外見を侮った男たちに絡まれ、トラブルに発展することは自明だ。

 

 ボスが静雄の手綱を握っていると勘違いしているのか、それとも別の思惑があるのか――どちらにせよ、派遣元に意見する権利はない。できる限りのことをするだけだ、とボスは考えを打ち切った。

 

「なんや偉いヒョロそうなあんちゃんやなぁ。そんなんで警備務まるんか?」

 

「……精一杯、がんばらせて、いただきます」

 

「ほーう、謙虚なこと言うやん。そういう姿勢、嫌いやないで。がんばってなー」

 

「ごゆっくり、どうぞ……!」

 

(がんばってる、あなたはすごくがんばっているわ!)

 

 拳を握りしめ、地獄の底から響いているような恐ろしい声音で客に応対する静雄。その三点リーダーでどれだけのイライラと殺意を抑え込んでいるのだろうかと考え、ボスは感動と称賛を禁じ得ない。

 

 そうしてボスと静雄が客の応対に追われていると、ボスの無線機に通信が入った。

 

『ボスゥ! 助けて!』

 

「ジョニー? 状況報告、どうぞ」

 

 涙声で助けを求めるジョニー。ボスは嫌な予感を覚える。

 

『き、客のイカサマを指摘したら、逆ギレされてっ……応対してたらストレスで腹がぁ……!』

 

「……了解。あなたはすぐにトイレへ行きなさい。絶対に店を汚さないように」

 

『ああっ、も、漏れるぅぅ!』

 

 胃腸が弱いのはジョニーの欠点だった。手先が器用で目端も効くのでイカサマの監視には向いているが、その後の応対がほとんどできない。静雄がジョニーをクソ野郎と呼ぶのは割とそのままの意味の罵倒だった。

 

 ボスは静雄を一瞥し素早く対応を考える。一人で静雄を店内へ送るのは論外だが、ボスがトラブル対応に向かっている間に静雄が悪質な客に絡まれる可能性がある。そうなれば店の入り口が半壊するかもしれない。

 

「ボス、行ってください」

 

「静雄」

 

 ハッとして静雄を見る。無線機の音量は大きめで、当然彼にも聞こえていた。

 

「俺が一人で中に行っても状況が悪化するだけなんで。ここならまあ、一人でもちょっとはどうにかなりますし」

 

「……そうね」

 

 結局、選択肢は一つしかなかった。ボスは「任せたわ」と言い残し店内へ向かう。

 

 この店は会員制であるため、悪質な客は少ない。静雄のように大人しそうな外見の若者に絡むような客もいるが、全体で見れば数は少ない。そういった客がボスのいない短時間にピンポイントでくる可能性は、かなり低いだろう。

 

「なんだコラァ!? 人の運をイカサマ扱いしやがって、証拠でもあんのか、ああ!?」

 

「ですから、詳しくは別室でお話しさせていただきたくてですね……んもう、警備、警備は何やってんの!?」

 

「ここに」

 

 店へ駆け込んだボスは、イカサマを看破されて大声で逆ギレしている客を発見し、背後から肩に手をかける。客の体を無理やり振り返らせ、すかさずフックの要領で下顎をかすめるように打撃した。脳を揺らされ、客は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

 

「お騒がせしました」

 

 意識のなくなったイカサマ師を抱え、別室へ運んで店員に任せた後、男子トイレへ直行。すさまじい異臭を発する個室の扉を強くノックし「ひぃっ!?」という悲鳴を聞いてから、店の入り口へ戻る。

 

 半分期待、半分危惧の心持ちで戻ったボスの見たものは――

 

「人の悪口を言うなとは言わねえよ。人間だから好き嫌いはあって当然だ。でもよ、俺の知ってる人間の悪口を、当人のいねえところでコソコソ言いやがって――しかもそれを煽りに使うような陰湿な連中は、ぶっ殺されて然るべきだって、そう思わねえか?」

 

「ぐ、か……」

 

 人相の悪いチンピラの首元を締め上げ、宙吊りにしている静雄の姿だった。

 

 段々青くなっていくそのチンピラの顔と、ボスの会員リストが照合した瞬間、ボスは動き出す。

 

 静雄の膝裏に鋭い足刀。体の落ちる静雄の腕をとり、静雄の自重にボスの力も加えて地面へ引き倒す。解放されたチンピラは四つん這いになり、激しくせきこんでいる。

 

 そうしてボスは、どこまでも忠実に職務を遂行した。

 

「申し訳ありません、お客様」

 

 

 

---

 

 

 

 池袋 六ツ又歩道橋

 

 すっかり日が落ち、多くの人々が帰路を急ぐ時間となっても、池袋の賑わいは変わらない。繁華街などは人工の光と夜に活動する職種の人々がひしめき合い、むしろ昼よりも騒がしさが増したようだ。

 

 にわかに夜の活気をまとい始めた中心地からほど近い歩道橋の上に、静雄の姿はあった。いつものバーテン服に着替え、手すりにもたれた彼は、隣接する首都高速をぼうっと見上げていた。

 

(またやっちまった……)

 

 脳裏に過るのは、気に食わないチンピラに平身低頭する上司(ボス)の姿。思い出すだけで腸が煮えくり返る思いだが、静雄がもっとも強い怒りを向けるのはチンピラでもボスでもなく、彼自身だった。

 

 静雄は自分の馬鹿力が大嫌いだ。平穏が欲しいのに、自分の体も周囲の人間もまとめて破壊するこの力を嫌悪している。いくら超人的な動きができたって本人は何も嬉しくない。

 

 高校を出てからは力と短気な性格のせいで仕事を転々とし、なおさら力への嫌悪を強める。そんな折に出会ったのが今の上司(ボス)だった。

 

 ボスはいつでも簡明直截だ。静雄の嫌いなあいつのように理屈をこねくり回すことなく、徹底的に分かりやすい物言いで接してくれる。静雄の怒りを敏感に察して力を振るう前に止めてくれるし、力を振るっても決してうろたえず、傷つかない。静雄の性格も力もすべてを受け入れてくれる、家族以外では初めての人間がボスだ。

 

「お疲れ様、静雄」

 

「……お疲れ様です、ボス」

 

 と、ちょうどそのボスが現れた。トラブルの後クライアントに追い出された静雄は一人でたそがれていたのだが、ボスも今仕事を終えたようだ。彼女の手には缶コーヒーが二本。

 

 そのうちの一本を無言で静雄に差し出し、「どうも」と静雄が受け取る。

 

 二人はしばし無言で缶コーヒーを呷った。頭上の首都高速を大型車が通ると歩道橋が揺れ、眼下の線路を車両が通るたび微風が吹く。

 

 やがて、ポツリとボスが切り出す。

 

「今日はよくがんばったわ」

 

「……嫌味っすか」

 

「言葉通りの意味よ。前までのあなたなら、キレて手を出す場面が少なくとも四回はあった。よくこらえてくれた」

 

「でも、結局最後はあんな風になっちまって――すいません」

 

 不器用そうに、小さく頭を下げる静雄。しかしボスは首を横に振る。

 

「若者が失敗するのは当然よ。少しずつ前に進んでいけばいい」

 

「……少しずつ前に進んでます。色んなもんをぶっ壊しながらね」

 

「何が言いたいの?」

 

 静雄は自嘲気味に笑いながら訥々と語りだした。大嫌いな自分の力のこと、苦悩してきたこと、傷つけてきた周囲のこと――ボスは終始一言も発さず聞き役に徹する。

 

 すべてを聞いた後、コーヒーを一口やって一言。

 

「折原くんはよく生きてるわね」

 

 キュキャリ、と高い金属音。見ると、静雄のもたれる手すりの一部が手のひら型に陥没している。これだけの力を持つ静雄に追い回されてよく生きているものだ、という率直な感想だったのだが、静雄に彼の名前は禁句だったらしい。

 

「あいつの名前は出さないでもらえますか」

 

「そうしましょう。でも、私はあなたの力も性格も好きよ」

 

「は?」

 

「私だけじゃない。あなたのすべてを必要としている人間もごまんといる。その人たちがどんな仕事をしているか、分かる?」

 

「……分かんないっす」

 

「傭兵」

 

「はぁ?」

 

 あまりにも非現実的な単語に静雄は耳を疑った。人間離れした静雄であっても生まれつき平和な国で育ってきた身だ。ボスの言葉が冗談にしか聞こえない。

 

「軍人ではない一介の兵士であれば、あなたはきっと肯定される。もちろん苦労も多いけれど、ありのままのあなたでいられるでしょう」

 

「……ぷっ、ははは。そういうことか。ありがとな、ボス」

 

「?」

 

 生真面目なボスが冗談を言ってまで励まそうとしている、とようやく理解できた。とたん、ボスの仏頂面と突拍子のない冗談のギャップがおかしくなり、思わず噴き出してしまう。笑いと一緒に、ネガティブな気持ちは霧散していた。

 

 もちろん、長年を戦場で過ごしてきたボスがその手の冗談を言うはずはない。静雄に傭兵という過酷な仕事を勧めたのは決して本意ではないが、この広い世界にありのままの彼を受け入れる職場はあるのだと彼女なりに伝えたかったのだ。

 

 微妙なスレ違いを察したボスだが、微笑を浮かべる静雄からは暗い陰がとれている。多少でも若者の助けになれたなら、問題はないだろう。

 

「あー、こんな話をした後だと、言いにくいんだけどさ」

 

 慣れない敬語ではなく、素の口調をさらけ出す静雄。言葉通り相当言いにくいことらしく、手すりを指でトントン叩きながら悩ましげに唸る。

 

「焦らなくていい――とはいえ、私も家に子どもたちを待たせているから、そうね、これを飲み終わるまでゆっくり悩むといいわ」

 

 ボスは悩ましげに言葉を探す静雄を横目に、ゆっくりと缶を傾ける。表面にプリントされたBOSSが街灯の光を受け、キラリと輝いた。

 

 この世界は、とてもシビアに出来ている。戦いのない平和な国の少年に過剰な力を与え、苦悩させる。その力に振り回された少年の性格は力を中心に形成され、周囲とは大きく違う独自の個性を生み出した。かといって、その個性を受け入れる環境は少年の手の届くところにないときている。まったくもってシビア極まりない。

 

 ただ――シビアな現実と必死に向き合い、あがき続ける若人の姿は――

 

 

 

BOSS(ボス)は二人もいらない」

 

 

 

 キン、と澄んだ音色と共に、ボスの姿が消失する。宙に残された缶が真っ二つに割れ、落ちる。

 

 落ちていく缶から一滴の液体もこぼれないのを見るに、中身はとっくに干されていたらしい。事態の急転に理解が追いつかない静雄は缶を目で追いながら、とりとめもなくそう考えた。

 

 すると、ボスが立っていた場所に真上から人影が降り立つ。

 

「私のボスはあなただけ。ボスは一人でいいの」

 

「……合点がいった。ここ最近の妙な視線もお前か」

 

 その人影を簡潔に表すとすれば、大人しそうな女子中学生だろう。池袋ではおなじみの中学の制服を行儀よく身にまとい、肩にかからない程度の長さで切りそろえた黒髪と丸眼鏡がいかにも優等生らしい。

 

 ただ、眼鏡の奥で真っ赤に輝く両の瞳と、右腕に携えた日本刀は、非行や素行不良と表現するにはあまりにも現実離れしている。

 

 上からか下からかは分からないが、どうやらこの少女が日本刀でボスに斬りかかり、ボスは素早く後ろへステップして回避した、と静雄は少しずつ理解していく。

 

「まあ、姿を替えても私のことが分かるなんて、やっぱりあなたは私の運命の人なのね」

 

「願い下げよ。怨霊か寄生虫か知らないけど、すぐにその少女を解放しなさい。さもなければへし折る」

 

「ああボス、いいわ、その目。その輝き。今までに見たどんな人間より、どんな魂よりも強く輝いてる。私はあなたが欲しい、一つになりたい、つながりたい!」

 

「ちっ……静雄」

 

 頬を上気させた中学生が猛然と斬りかかり、ボスは舌打ちしながら回避に徹しつつ、静雄の名を呼ぶ。返事が遅れ、再度呼んだ。

 

「静雄!」

 

「お、おう!」

 

「あなたを見込んで頼みがある」

 

 静雄は身構えた。状況は理解の範疇を大きく越えているが、ボスが危ないヤツに絡まれているのは理解できる。恐らくボスは「手を貸せ」と言うはずだ。そう考えると、ボスに手を出した女子中学生に対する怒りがふつふつと湧いてきた。怒りは全身の筋肉のリミッターを外していき、喧嘩人形の由来ともなった超人的怪力が総体にみなぎっていく。

 

 が、その怒りもエネルギーもこの時点では空回りだった。

 

「そこの空き缶を片付けておいて」

 

「……は?」

 

「飲んだ後はゴミ箱へ。人として最低限のルールよ。私はこいつの相手をしてくる。今日はお疲れ様」

 

「あ、お疲れ様です――いやいや、んなこと言ってる場合か!」

 

 と、静雄がついノリツッコミをしたときにはもう遅い。

 

 ボスは歩道橋から飛び降りて線路へ。前転で衝撃を逃しながら起き上がると、スプリントで走り去っていった。赤目の女子中学生もそれを追いかけ、後には静雄と斬られたBOSSが残される。

 

「クソが……!」

 

 怒りのボルテージがどんどん上がっていく。平和島の噴火警戒レベルはとうに既存のレベルを超え、天変地異に等しいエネルギーが静雄の体に満ちる。

 

 静雄にとってボスは大切な存在になりつつあった。大嫌いな自分の力も性格も当然のように受け入れ、時には注意してくれた。冗談混じりに励ましの言葉もかけてくれた。だからこそ伝えたいことがあったのに、その覚悟を決めかねているうちに訳の分からない女子中学生が横槍を入れてきた。

 

 そういった事実をしっかり咀嚼、嚥下したとき、静雄の心を一つの意思が席巻する。

 

(ぶち殺す)

 

 女子供に手を上げることについて、静雄には人並み以上のためらいがあるものの、かつてない強い怒りが静雄の倫理道徳を乱暴に抑えつけていた。

 

 その怒りのままに静雄は二人を追いかけるため歩道橋の手すりに足をかけ――

 

「くっ……!」

 

 自分の分とボスの分のBOSSと目が合う。飲んだ後はゴミ箱へ。たった今聞いたばかりのボスの言葉が反芻され、缶を回収してから近場のゴミ箱を探しに向かう。

 

 ゴミ箱なら自販機の横に大抵は置いてある。近場の自販機のもとへ駆けていく静雄だったが、連日の自販機通り魔事件のせいでどの自販機の周りにも規制が張られており、なかなか捨て場所が見つからない。

 

 いいかげん缶を力任せに空へ放り投げたくなってきたとき、南池袋公園にゴミ箱を見つけ、ようやく廃棄に成功する。そして静雄は持ち前の並外れた膂力をもって、乗用車に匹敵するスピードで夜の街を駆け抜けた。

 

 高校時代は散々ぱら学校やチーム同士の抗争に巻き込まれてきただけあって、静雄は喧嘩に使える街のスポットを熟知している。廃工場、ある学校の第二グラウンド、利用者の少ない立体駐車場など。

 

 そのうちの一つ、都市部から少し離れた廃工場でついに静雄はボスたちの姿を見つけ、言葉を失う。

 

 件の女子中学生とボスは息のかかるような位置で密着し――ボスの体を貫いた白刃に、鮮血がしたたっていた。

 

 

 

---

 

 

 

 遡ること二十分前。歩道橋を飛び降り、一般人を巻き込まないよう人気のない通りを駆け抜け、ボスは数年前に訪れた廃工場にたどり着いた。

 

 窓から中へ飛び込んで振り返ると同時、無数の斬撃がボスに降り掛かる。距離をとって自衛用の銃を取り出す暇もない速攻である。

 

「あははっ、同じ轍は踏まないわ。あのインチキ銃を使う暇なんかあげないんだから!」

 

「インチキではない。サイファー独自の科学だ」

 

「あなたたちは世界中の科学者に謝るべきね!」

 

 軽口を交わしながらも攻撃の手は緩まない。ボスは経験と勘を総動員し紙一重で刃を避ける。

 

 CQCをかけようにも、女子中学生はボスの技術を知っているらしく、技をかけられる決定的な隙を見せない。ボスは回避に徹しつつ、相手の素性を推測する。

 

(おそらくは刀に宿った怨霊。あるいは刀そのものが持ち主を操っているのでしょう。ザ・ソローは妖刀と呼んでいたわね)

 

 手がかりは三年前の日本刀を持った女性だ。彼女も眼前の女子中学生と同じく、明らかに戦いとは縁遠い外見にもかかわらず神がかり的な剣術を披露していた。さらに両目が爛々とした赤に輝いていて、同一の刀を振り回している。であれば、持ち主の精神を乗っ取る超常の刀、いわゆる妖刀の仕業だろう。

 

 超常的な一部の兵士たちを率いてきただけあって、ボスの発想は大胆な飛躍を経て真実にたどり着いていた。

 

(となると、持久戦がベスト)

 

 その上でボスは最適解をはじき出す。刀が持ち主の意思を乗っ取り、剣の技術を与えているとはいっても、所有者の体の持久力までは上げられないはずだ。このままボスが回避を続けていれば、重い鉄の塊を振り回している女子中学生の体が先に動かなくなるだろう。動きの鈍ったところに技をかけ、刀を奪い取り溶鉱炉へ廃棄。

 

 ボスの案は確かに最適ではあったが、同時に冷酷でもあった。

 

 ブチブチ、と何かが千切れる音が響く。その音は女子中学生の肩からだった。

 

「あはぁ、やっちゃった。杏里ったら、いくら鍛えてもてんで筋肉がつかないんだもの。嫌になるわね」

 

「……宿主の体でしょう? 寄生虫なら少しは弁えなさい」

 

「嫌よ。それどころじゃないの。ねえボス、みんなあなたのおかげなのよ?」

 

 閃く白刃。ブチリと何かが千切れ、メキメキと何かが軋む。

 

「この子には愛が欠落していた。だから私の愛の言葉が届かなかった。でもボス、あなたのことを強く思えば――この子の心に届いたの! 私は愛しか知らないから、この気持ちが何なのかは知らないわ。でも、私がこうしてあなたと話せているのは、あなたのおかげなのよ」

 

 何が言いたいのか、ボスには半分も分からない。ただ、一つ分かることがあるとすれば、ボス自身の蒔いた種であるということだった。

 

 女子中学生の振るう妖刀、罪歌(さいか)はかつてボスが無力化した女性に寄生していた。罪歌はその女性の死亡に伴い、娘である杏里に寄生。しかし杏里は特異な経験によって愛するという機能が欠落しており、愛の力による罪歌の精神支配を無効化した。これにより、杏里は罪歌の膨大な愛の言葉を常に聞かされることを代償として、罪歌の戦闘経験を自在に引き出せるようになる。罪歌の支配は効かないはずだった。

 

 しかし、罪歌の愛の言葉は徐々に形を変えていく。人類への普遍的な愛の言葉から、ある特定の個人への愛へ。個人への愛から、罪歌も杏里も経験したことのない謎の感情へと変化した。

 

 その感情の正体とは「恋」だった。

 

 普遍的な愛ではなく、個人への純粋な好意。罪歌は前の所有者が無力化された際、完成し完結したボスの魂に一目惚れしていたのだ。罪歌自身がこの感情を受け入れるまでに時間がかかったため、杏里の精神を乗っ取ったのはほんの最近のことである。

 

 もともと罪歌が杏里を支配する可能性は残されていた。罪歌の戦闘経験を利用すると、杏里の体は半自動的に動く。戦闘経験を提供するのと同じ要領で、愛とはまったく波長の違う恋の力を杏里の心に与えると――杏里の体は罪歌の恋の力に支配された。罪歌そのものと化した杏里は情報屋からボスの情報を買い、街でボスではない方の某ボスを見かけるたび壊して回る。

 

 罪歌は人類への愛を忘れたわけではない。ただ、恋に焦がれて宿主ごと果てることにためらいはなかった。

 

「ボス、あなた子どもに優しいんですって? あのコブラ部隊とかいうのも元は戦災孤児だったって、ネットで見たわ。素敵ね」

 

「……」

 

「言っておくけど、杏里の体はただの中学生よ? このまま動かしていれば――」

 

 ボスが回避に専念するしかない連撃を、ただの女子中学生が無理やり繰り返していればどうなるか。全身の骨と筋肉が酷使され、後遺症や、最悪の場合は――

 

 ボスの決断は速い。

 

 即断即決。

 

 ピタリと動きを止めたボスは、その刃を身をもって受け止めた。

 

 

 

---

 

 

 

 罪歌は人を斬ることによって人を愛し、人の精神を支配する。そのため、宿主となる人を殺すような斬撃は原則しない。

 

 しかし恋は盲目で、ボスに対する攻撃はすべて殺傷率の高い急所狙いだった。だからこそ、ボスはその一つを完璧に読み切った。

 

「ボス……」

 

 喉元への刺突。ボスはそれを右手で受ける。刃は手のひらを貫通し、ボスの耳元をかすめて虚空へ伸びた。女子中学生の口から恍惚とした声が漏れる。

 

 その瞬間、ボスの脳内に罪歌の膨大な愛の言葉が流れ込む。人類への普遍的な愛に加え、ボス個人への病的な恋情は、どす黒い奔流となってボスの心を蝕んでいき――

 

「黙れ」

 

 が、力強い拒絶の念が罪歌の気持ちを相殺した。罪歌の愛と恋にも勝る鋼の意思の力。それはかつて、死してなお男たちの心に輝き続け、半世紀にも渡る血みどろの闘争を引き起こした原初の意思であり――己の死と引き換えに弟子と世界の成長を願った、一人の女性の愛でもあった。

 

 罪歌の愛と恋を同時にねじ伏せたボスは、貫かれた手のひらを滑らせて罪歌の鍔を鷲掴みにする。

 

「捕えた」

 

「くっ――!」

 

 慌ててボスの手を縦に裂こうとする罪歌だったが、もう遅い。投げ飛ばされた杏里の体は宙を舞い、罪歌はボスの手に奪取される。武装解除と投げによる無力化。CQCの基本技能である。

 

 右手から罪歌を引き抜き、コンクリートの地面に勢いよく突き刺すボス。

 

「愛は一方の気持ちだけで成立するものではない! 人を愛するというなら、まず接し方を考え直すべきね」

 

『で、でもボス? 私って刀だし、斬る以外に人と触れ合う方法なんて――』

 

「何のための言葉なの? まずは対話。話し合いで譲歩と妥協点を見い出せばいい。そもそも刀と人の関係が斬ることしかないなんて考えは、時代遅れよ。あなた、老けてるって言われるでしょう」

 

『老けっ……!?』

 

 莫大な意思力と言葉による追い打ちで罪歌を黙らせると、ボスは倒れた杏里の元へ向かう。幸い骨に異常はないようだが、筋の損傷は外見での判断が難しい。

 

 とりあえずは医者を呼ぼうと携帯を取り出す。

 

「うぉおおあああああ!!?」

 

「静雄? ――!」

 

 しかしボスに休む暇はない。タイミング悪くやってきた静雄は位置関係や薄暗い環境が災いして、「ボスが刺された」と勘違い。刺されたという点だけは勘違いではないのだが、致命的なケガではなかった。

 

 そんな判断をできるだけの思考力は静雄に残っていなかった。歩道橋の上から今まで溜めに溜め込んだ怒りが大噴火。割とピンピンしているボスの姿すら目に入らず、倒れ込む女子中学生にとどめを刺すべく地面をける。

 

 爆発音に等しい踏み込みの音が轟く。初速からトップスピードに乗った静雄の突進はもはや砲弾だ。

 

 ボスはいくら鍛えているといっても人間に過ぎず、静雄のように頑強な体も特異な力も持っていない。砲弾を正面から受け止めることなど不可能だ。

 

 ただ、その砲弾が人間の形をしている今回のような場合に限り――ボスは無敵に近い防衛力を発揮できる。

 

 倒れた少女に振り下ろされる拳を手に取り、肩越しに静雄を背負う。腕を軸として静雄の体を運び、腕を放す。静雄の体は突進のスピードそのままで飛んでいき――工場の一画が倒壊した。

 

 CQCは対人戦闘を前提とした近接戦闘術。相手が人の形をしているなら決して負けはしない。

 

 といっても、ただの背負投でここまで激しい破壊が発生するのはさしものボスとはいえ初めてのことだった。倒壊する工場の壁で生じた土煙に対し、こわごわと呼びかける。

 

「し、静雄? 大丈夫?」

 

 返答はなかった。

 

 即座に携帯を取り出し、頼れるメディックにSOS。

 

「ヴェノム、すぐに来て! 急いで!」

 

 その時のボスの声について、ヴェノムは後にこう語る。いくら伝説の兵士でも、やっぱり焦ることくらいあるよな、と。

 

 

 

---

 

 

 

 川越街道沿い マンションの一室

 

 幸せな家族の夢さえ見ないほど深く眠った杏里の耳に、男性の穏やかな声が届く。その声はどこか気まずげだが、同時に何かを見つけたような清々しさに満ちていた。

 

『やっぱ俺、仕事やめるよ』

 

『なんでって聞かれると、言い訳みたいに聞こえるかもしれないけどさ。俺はあんたに頭を下げてほしくないんだ』

 

『分かってる。部下のために上司が頭を下げるのは普通のことだって言うんだろ? それは違うんだ。俺が頭を下げてほしくない上司(ボス)はあんただけなんだよ。他の上司がどんだけ俺のために頭を下げようが、土下座しようが俺は別に――さすがにそりゃ言い過ぎだな。普通に嫌だわ』

 

『でも、あんたが頭を下げるのだけは死ぬほど嫌だ。あの蛇野とかいう生意気なガキ共とか、その刀、罪歌だったっけ? そいつらとボスの話を聞いてたら、余計そう思った。あんたが俺のために頭を下げたら、俺は自分を許せなくなると思う』

 

『あと俺、ギャンブルとか嫌いだしな』

 

『ああ、子どもだよ。子どもだから、あんたの言う通り焦らずゆっくり、少しずつ進んでいくさ』

 

『……うん』

 

『さて、んじゃ俺は帰るわ。あ、そういえばその刀どうする? なんならこの場でスクラップにできるけど』

 

 男の声にわずかな怒気が混じるとともに、杏里は異常に気がついた。罪歌の声が聞こえないのだ。眠っている間でさえ、蝉鳴のように頭の中で反響していた愛の声が聞こえない。それどころか体の中に宿した罪歌の気配さえ感じられない。

 

 罪歌は心の一部が欠損した杏里の義肢であり、よりどころでもあった。そんな歪んだものをよりどころにする自分自身に不安を抱いたことはあっても、罪歌に消えてほしいと思ったことは一度もない。この思いは、罪歌に精神を乗っ取られたことを自覚した後でさえ変わらない。

 

 もしも罪歌がスクラップになんてされたら――

 

 どうしようもない寂寥感に襲われ、杏里はまどろみを振り払って飛び起きる。

 

「――っあ……!?」

 

 とたん、全身に引きつるような痛みが走り声にならない悲鳴をあげた。

 

「無理をするな。全身の筋肉が酷く傷ついている。しばらくは筋肉痛でまともに動けないそうだ」

 

「あ、なた、は……?」

 

「私は蛇野。ここじゃスネークで通ってる。ボス、目を覚ましたぞ」

 

 傍に控えていた少女、スネークが杏里をゆっくりと横たえる。見た目も声も杏里と同じ年頃の少女なのに、妙な風格が漂っていた。

 

 スネークが声を上げると、部屋の扉が開いて一組の男女が入ってくる。男の方は平和島静雄、女の方は井上さんことボスだった。

 

 荒事には縁遠い杏里でも知っている池袋の有名人二人組だが、杏里はその二人を前にしてもひるむことなく、痛みをこらえて手を伸ばした。

 

「さ、さいかは、どこ、ですか? スクラップは、ダメ、です」

 

「……静雄」

 

「まだ何もしてねえよ。いや、まだってのは言葉の綾だから、泣きそうな顔すんなって」

 

 ボスとスネークに睨まれ、杏里には号泣一歩手前の顔を向けられ、静雄は肩身が狭そうにしつつ踵を返す。杏里が首をかしげていると、彼は杏里が求めてやまない大切な相棒を手に戻ってきた。

 

 砂漠で水を求めるように、激痛にも構わず杏里が手を伸ばす。静雄は罪歌の柄をその手に握らせようとしたのだが――罪歌はまるで生き物のように、するりと静雄の手を抜ける。

 

 むき出しになった刀身が自重で傾き、切っ先が杏里の手に触れた。罪歌はたちまち杏里の柔肌を貫き、滑り込むように体の中へ消えていく。戻ってきた罪歌の声は杏里を気遣うように小さくなっていたが、欠けた心を補うにはそれで十分だった。安心感と共に意識が遠のく。

 

「失くした心の痛みは、いつまでも疼く。まだここにあるように、一生消えることはない」

 

 スネークの声が聞こえる。昔を思い出すように、強い実感がこめられた彼女の言葉は、杏里の胸に沁みていく。

 

「その痛みを誤魔化す方法は二つしかない。時間と、痛みを理解してくれる仲間だ。彼女にとっての仲間はたまたま刀の形をしていて、とびきりやんちゃだった。そういうことだろう、ボス?」

 

「ええ、そうね。静雄もそれでいい?」

 

「別にいいけどよ。一つだけ言わせてくれ」

 

 意識がまどろみに落ちていく寸前に杏里が聞いたのは、「お前ほんとに中学生か?」という呆れた静雄の声だった。



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6話

『我々は親を捨てた』

 

『すべての(しがらみ)から解放され、この池袋と一体となる』

 

『そこには親も、学校も、PTAの連中もいない。我々は大人たちに頼らず、媚びず、同じ痛みを抱えた者同士で生きていく』

 

『だが我々に明日はない。社会はどこにも属さない子供を決して野放しにはしない。様々な困難に直面し、平穏でまともな生活は望めないだろう』

 

『そうだ。我々は、地獄に墜ちる』

 

『しかし我々にここ以上の居場所があるか? 我々は誰のためでもない、自分たちのために生きる』

 

『ここはそれ以外に生きる術のない者たちが最後に集う、唯一無二の楽園』

 

『それが我々の――』

 

 

 

---

 

 

 

 ネット上 某チャットルーム

 

【なんですかこの音声ファイル】

 

《だから、今池袋で話題のチームの演説ですよ! どうですかどうですか?》

 

【いろいろとツッコミどころがありすぎて……】

 

【まず声。何なんですかこのハスキーなのに妙な渋みのある感じ?】

 

【それと思いっきり公権力やら社会やらにケンカ売ってるような内容ですけど、削除とかされないんですか?】

 

《声の威厳は当然ですよ! なんたってボスの教えを受けてますからね、この子!》

 

【あ、また出たボス。さっきから誰のことです?】

 

《何度も削除されて、なんなら垢バンも食らってますけどそのたびに再投稿されちゃうんですね!》

 

《で、このチームに興味を持った子どもたちが投稿主に接触してチームの規模が拡大! 今やダラーズに次ぐ勢力になりつつあります!》

 

《その名も》

 

---甘楽さんが退室されました---

 

【ちょ】

 

【タイミング悪すぎでしょ! 名前は!? 音声ファイルもそこだけ加工されて失くなってるし!】

 

【あとボスって結局誰――!?】

 

 

 

---

 

 

 

 池袋駅 東武東上線・中央口改札前

 

 午後六時過ぎ、会社や学校から帰宅する人の波で満たされた広大な地下空間の隅っこに、一人の少年がポツンと立っている。視線は携帯電話の液晶に向いており、先日のチャットルームのログを読み返していた。しかし地方から上京してきたばかりで緊張している状態ではろくに内容が頭に入ってこない。入ってきても気になる終わり方をしているせいで悶々としてしまう悪循環。

 

「帰りたい……」

 

 すっかり萎縮している彼の名は竜ヶ峰帝人。その名前にはいかにも物語の主人公めいた特別な響きがあるし、実際その通りなのだが、都会の荒波を前にした彼は早くもくじけかけていた。

 

 そんな彼に近づく人影が一つ。

 

「よっ、帝人!」

 

「……え、あれ、紀田くん?」

 

「疑問系かよ。ならば応えてやろう。三択で選べよ、1紀田正臣 2紀田正臣 3紀田正臣」

 

「わあ、紀田くんだ! 久しぶり!」

 

 帝人に独特のセンスの謎掛けを仕掛けたのは、紀田正臣だった。帝人の小学生時代の友人で、帝人が上京してきたのもチャットルームで彼と交流していたことが大きい。今回は帝人を下宿先のアパートに案内しつつ、池袋の街をガイドする約束をしていた。

 

 サラっとボケを流されて釈然としない様子の正臣だったが、再会のあいさつもそこそこに歩き出す。

 

「じゃ、どっか行きたいとこあるか?」

 

「ええと、チャットでも言ったけど、サンシャイン60とか……」

 

「今から? まあ俺はいいけどよ。行くなら彼女の一人でも連れて行った方がいいぞ。俺みたいにな! ちなみに俺は沙樹と――」

 

「ボトルコーヒーで頭割られたくなかったら黙って?」

 

「おっと、この話はお前に毒だったなぁ!」

 

 帝人は正臣にコーヒーをぶっかけたい衝動に駆られた。

 

 正臣には二年前彼女が出来た。詳しい経緯を聞くとはぐらかされるのだが、名前は三ヶ島沙樹といい、ボーイッシュなショートヘアがよく似合う小悪魔系女子らしい。チャットルームで甘々な惚気話を聞かされるたび帝人はボトルコーヒーをがぶ飲みし、いつかワインボトルよろしくコーヒーボトルで正臣のドタマをかち割るんだ、と小さな野望を抱いている。いわゆる非リア充の嫉妬である。

 

 地下から地上に出てすぐのところにある自販機のコーヒーに帝人が剣呑な視線を向けると、正臣は慌てて話を変え、池袋ガイドを再開した。

 

 人であふれる大通りを歩きながら、帝人はテレビやネットで仕入れた池袋の知識を正臣に聞いていく。すると暴走族やカラーギャングの話題に発展し、大げさに怯える帝人を正臣がたしなめる。

 

「暴走族もカラーギャングも数は結構いるし、それ以外にも危険はあるから絶対安全とは言わねえよ。最近は小波会の残党が裏で動いてるって噂もあるし、一般人の中にも絶対敵に回しちゃいけないヤツとか、触ると病気になるヤツとかいるしな。でもま、帝人は自分からケンカ売るようなヤツじゃねえし、基本大丈夫っしょ」

 

「……触ると病気になるヤツ?」

 

「やあ正臣くん、奇遇だねぇ!」

 

 爽やかな青空を思わせる明るい声。その声が横から聞こえたとたん、正臣の表情が歪む。抑えきれない嫌悪の念が滲み出し、まるで電源の落ちた夏場の冷蔵庫を数日ぶりに開ける直前のような顔である。

 

 二人がそろって振り返った先には、眉目秀麗を具現化したような好青年が立っていた。人の良い笑みを浮かべてはいるが、帝人は正臣の表情が気になってどうにも気を許せない。

 

「あっ臨也さん! まだ生きてたんですね! そろそろ静雄さんにそのイケメンフェイスを陥没させられてるかと思ったのに、残念だなぁ!」

 

「……君も元気そうで何よりだよ」

 

 出し抜けに明るく言い放った正臣。それに対し笑みを深める臨也。帝人はどこかでゴングが鳴ったように聞こえた。

 

「帝人、触ると病気になるヤツってのはこの人な。折原臨也ってんだ。イザヤ菌がうつるから近づくな」

 

「えっ!?」

 

「それと話すだけでも洗脳されるから気をつけろ。歩く情報災害だ」

 

「ええっ!?」

 

「随分嫌われちゃったねぇ」

 

 本気で嫌っているのか、正臣独特の寒いギャグセンスは鳴りを潜め、小学生のいじめレベルの罵倒が連続した。しかし罵倒された当人である臨也という青年は、余裕を崩さずニヤニヤしている。

 

「でも俺を本気で嫌っているなら、こうしてお友達と一緒に相対してくれるのはなぜかな、正臣くん? あのとき一人じゃ立ち上がれなかった自分への怒りを、俺にぶつけているだけなんじゃないのかい? 君が憎いのは俺じゃない、君自身――」

 

「いや、変にこじつけ過ぎっすよ。いいか帝人、この人のこの顔にピンときたらすぐ一一〇だ。後で防犯ブザーも買っとけよ。じゃ、サヨナラ」

 

「ま、待ってよ紀田くん!」

 

 人の心にするすると絡みつくような臨也の語り口は、すでに正臣に通用しなかった。足早に背を向けて去っていく正臣と帝人。その背中を見つめる臨也は不敵な笑みを浮かべるだけだった。

 

 完全に臨也の姿が見えなくなったところで、帝人が口を開く。

 

「結局あの人何者なの? そんなに悪い人には見えなかったけど」

 

「黒幕だ」

 

「黒幕?」

 

「池袋で物騒なことが起きれば八割方あの人のせいだ。そう、バタートーストのバターを塗った面が下になって落ちるのも、世界から争いがなくならないのも、政治家の汚職も、みんな折原臨也ってやつのせいなんだ」

 

 正臣は臨也が大嫌いである。

 

 臨也は二年前、正臣の創設したカラーギャングに取り入って別組織との対立を激化させたばかりでなく、正臣の恋人を故意に抗争に巻き込み、大怪我をさせようとした。結果的にその企みは防がれたものの、正臣が臨也を許せる道理はない。しかし臨也がいなければ正臣と沙樹は出会えなかっただろうし、沙樹も臨也のもたらした出会いについて感謝している。そういった恩と憎しみのバランスもあって、あからさまな嫌悪と警戒という今の態度に至った。

 

 もちろんそんな事情を知らない帝人には正臣の態度が理解できず、「そ、そうなんだ」と苦笑するばかりである。

 

「あの人の根城は新宿だから、池袋で会うことはないはずなんだが――こりゃ、またなんか企んでんな」

 

 正臣は一つため息をつくと、気を取り直すように明るい口調で池袋ガイドを再開する。大通りから一本それたボウリング場のある通りで、板前姿の黒人に声をかけられ、若干ガラの悪い黄色い布を身に着けた少年たちと談笑し、池袋を練り歩く。帝人は正臣の顔の広さに感心しながら、様々な人種が渾然一体となっている池袋の街並みを脳に焼き付けていく。池袋では有名な都市伝説、首無しライダーが音もなく道路を走り去っていく様子まで目撃できたことで、帝人のテンションは最高潮に達した。

 

 十分堪能したから、そろそろ下宿先に行こう。正臣にそう言いかけたその時、帝人の視線がある一点で釘付けとなる。

 

「あれ? ボスだ。こんな時間に珍しいな」

 

 複雑に絡み合う首都高の高架に、寄り添うようにかかった歩道橋。そのたもとに佇んでいる女性がいるのだが、彼女の周囲だけが異様な雰囲気に変じている。

 

 後ろでまとめた金髪に長身、広い肩幅と鋭い目つき。時折自動車のヘッドライトでライトアップされる目元は、百戦錬磨の兵士を思わせる。見た目でいえば先の首無しライダーの方が目立つだろう。だが非日常を何よりも求める帝人には分かっていた。彼女が首無しライダーと同類の非日常そのものであると。

 

 特に何かを見ているわけでもないし、誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。

 

 帝人が見とれていると、彼女は胸ポケットから携帯電話を取り出した。

 

「私よ。――カズターノが無断欠勤? そう、で? 私はオフよ。――ジョニー、あなたこの仕事私より長かったわね。少しは先輩としての意地を見せなさい、いいわね?」

 

(案外通話の内容は普通だった……)

 

 勝手に落胆する帝人。すると正臣が当然のように「おーいボスー」とその女性の元へ駆けていくので、帝人は慌てて後に続いたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 同時刻 某地下駐車場

 

 薄暗い地下駐車場に、男たちのうめき声が響く。地面に倒れ伏す男たちの周囲には折れ曲がった鉄パイプや粗末なナイフなどが転がっており、点々と飛び散る血痕が物騒な空気を際立たせる。

 

 そんな中二つの人影が相対している。一つは倒れる男たちと同じくガラの悪い若者で、腰の抜けたような姿勢で身を震わせている。もう一つはフルフェイスのヘルメットに真っ黒のライダースーツを身にまとった、首無しライダーその人だった。

 

「あの、あの、ちょ、ちょっと、ちょっととと、待ってくくださいよ。ちょ、待ってくださいよ」

 

 腰を抜かした男が後ずさりながら命乞いを口にする。武器を手にした仲間が一瞬で無力化された彼にできるのは命乞いだけだった。

 

 乞われた方の首無しライダーことセルティはというと、無言で男を見下ろすだけで微動だにしない。男の恐怖心が増大した。

 

(うん、やっぱり人間ってこんなもんだよな。ボスとか静雄とか杏里ちゃんみたいなのばかりじゃない。これが普通の人間なんだよ)

 

 男とは対照的に、セルティは安心していた。

 

 セルティは人間ではなく、アイルランド出身のデュラハンと呼ばれる妖精だ。訳あって日本に渡り、愛馬のコシュタ・バワーをバイクに憑依させて運び屋稼業に身をやつしている。形状、距離、質感、性質などを自由自在に変化させられる謎エネルギーの影や、人を遥かにしのぐ身体能力など、人外らしい力を持つ。

 

 が、この池袋には人外の全力をぶつけても平然と反撃してくる人間が少なくとも三人はいるのだ。そのせいでセルティは人間に対する畏怖に近い警戒心を抱いており、眼前のチンピラのような普通の人間を見ると安心するようになっていた。

 

「ちょっ、人違いです。俺は何もしてませんごめんなさいごめんなさい」

 

 セルティがしみじみしているうちにチンピラはペコペコと頭を下げだした。

 

 ここまで平身低頭している人間に追い打ちをかけるほどセルティは無慈悲ではない。くるりとチンピラに背を向け、駐車されたバンに向かって歩き出す。

 

 セルティが今回受けた依頼の対象はこのバンの中身だ。不法入国者や家出してきた少年少女たちを標的にした人さらい集団に依頼人の知り合いが拉致された。集団の居場所を教えるから、チンピラたちを制圧してバンの中を確認してきてほしい、とのこと。

 

 依頼完遂のためバンの扉に手をかけようとしたその時――

 

「待ってくれ」

 

 奇妙に渋いハスキーボイスがセルティの動きを止める。次いで、命乞いをしていたチンピラのくぐもった悲鳴。

 

 振り返った先には、セーラー服の女子中学生が立っていた。素朴な顔つきだが眼光は鋭い。ケガでもしたのか、右手に包帯を巻いている。どうやら逃げ出したチンピラに追い打ちをかけたらしく、チンピラは白目をむいて倒れていた。

 

『スネークちゃん、別に追い打ちしなくてもいいじゃないか』

 

「嫌な予感がしたんでな、念の為だ」

 

 彼女はセルティが苦手とする人外より人外じみた人間――の弟子だった。本名は蛇野というらしいが、いつの間にかスネークというあだ名が定着しセルティもそれに倣っている。

 

 首のないデュラハンであるセルティとの意思疎通はPDAを介して行われるが、両者ともすっかり慣れた様子だ。

 

「それよりセルティ、そのバンに用があるのか?」

 

『ああ、仕事でな。中の人間を確認して依頼人に連絡を入れることになっている』

 

「ターゲットが被ったか。珍しいこともあるもんだ」

 

 セルティの依頼とスネークの仕事のターゲットが重なったようだ。苦笑するスネーク。一方のセルティは、呆れたようにPDAに文字を打ち込んだ。

 

『危険だとか子供らしくないとかはもう言わないけど……女子中学生がやること?』

 

「中学生だからこそだ。真に居場所のない子供たちの味方になれるのは、理解のある大人じゃない。同じ子供だけだ。それは我々――『アウターヘヴン』の理念でもある」

 

 アウターヘヴン。それがスネークの所属する組織の名前である。

 

 初期メンバーはボスに保護された三ヶ島沙樹、スネーク、カズ、オセロット、クワイエットの五人と、成り行きでボスが拾ってきた園原杏里を合わせた六人。彼女らはスネークを中心に、地方から家出してきた少年少女や不法入国、滞在者など、社会的な庇護が弱く居場所が保証されない者たちの保護を行ってきた。当初はオセロットの情報網に引っかかった人物とスネークが接触し、同意を得た上で合流する小さな活動だったのだが、あるスポンサーを獲得したことで活動規模が拡大。それに伴い、ネット上でスネークたちの知らぬ間にアウターヘヴンの名が定着していた。

 

 スポンサーの協力を得てネット上にスネークの演説を投稿するとまたたく間に人員が増加。池袋を中心に複数用意されたアウターヘヴンのアジトにメンバーを住まわせているのが現状だ。

 

『ふーん。って、スネークちゃんが来たってことは、こいつら子供をさらったってこと?』

 

「そうだ。しかも我々のスポンサーにあたる人物をな」

 

 いたいけな子供に手を出すとか、人として最低だな。私がとどめを刺しておくべきだった。

 

 静かに憤慨するセルティをまあまあとスネークがたしなめる。

 

「そいつは少し気の小さいところがある。セルティがいきなりドアを開けると、まあその、女としてかわいそうな醜態を見せるかもしれん」

 

 全身真っ黒なセルティの格好は異様だ。ヒーロー物の物語ならヴィラン側にいてもおかしくない。大人にさらわれた気弱な子供が目にするのは確かに毒だろう。

 

 セルティは納得の意味をこめて一つ頷くと、バンの前から一歩退く。するとスネークは機敏に扉を開けて車内に入ったかと思うと、二人の少女を抱えてすぐに出てくる。

 

 一人は丸眼鏡をかけたくせ毛の少女。もう一人はサラサラの髪を肩口で切りそろえた、可愛らしい少女だ。

 

「遅かったじゃないか」

 

「待たせたな、オタコン。で、こっちの子は誰だ? 情報にはなかったが、知り合いか?」

 

 オタコンと呼ばれた少女はずれた眼鏡の位置を直すと、不安げに身を小さくしている少女の肩を抱いた。

 

「紹介しよう。僕の友達の粟楠茜だ。茜、もう大丈夫だからね」

 

「ほ、ほんと……?」

 

 粟楠茜。どこかで聞いたことのあるような?

 

 はてどこで聞いたんだったか、とセルティが記憶を掘り返そうとするものの、「私たちをアジトまで運んでくれ」というスネークからの依頼によって思考が途切れる。

 

 結局、追加依頼を完遂して自宅に帰った頃にはきれいさっぱり忘れているのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「これが冗談だって!? みんなで寄ってたかって一人を囲んで、物を投げつけることが! どう見たっていじめじゃないか! どうしてこんなことが平気なんだ……! まともなのは僕だけか!?」

 

 ある日の放課後、空き教室から響いてきたその声に、粟楠茜は耳を澄ました。

 

 いつもどおり楽しい一日を学校で過ごし、先生にもあいさつして後は帰るだけというタイミングで宿題のドリルを教室に忘れたことに気づく。取りに帰るか、明日朝一番で宿題をすませるか。比較的真面目な彼女は取りに帰ることを選択し、少女の悲鳴を聞きつけたのだ。

 

 こっそり教室の入り口から中をうかがってみると、丸眼鏡をかけた同級生が集団に囲まれて物を投げられている。初めて見るいじめの光景に茜は声を失った。

 

 茜はまっすぐな少女だった。間違っていることを見過ごせない。しかし今回ばかりは迷いがあった。助けに入れば今度は自分がいじめられるのでは、と。

 

 迷っている間にもいじめはエスカレートしていき、いじめっ子の一人が丸眼鏡の少女のランドセルを漁った。そして出てきたのは一枚のフロッピーディスク。

 

「やめろ! それに触るな!」

 

 少女が必死で抵抗するが、数の暴力で抑え込まれる。そしてその反応を楽しむかのように、いじめっこたちはディスクを踏み潰した。

 

 少女は茫然自失となり、うずくまって泣き声をあげはじめる。いじめっ子たちは満足げに笑い合って教室を出ていった。

 

 茜はなんと言えばいいのか分からず、おずおずと教室に入っていった。助けられなかったことを謝るべきなのか、慰めるべきなのか。

 

 しかしいじめられていた本人はケロっとした様子で立ち上がった。

 

「やれやれ、加減を知らない分、子供は大人よりタチが悪い。ん? 君は?」

 

「え、えっと、その、大丈夫? それ、大切なものなんでしょ?」

 

 潰されたディスクを指差すと、少女は鷹揚に首を振る。

 

「全然。今どきフロッピーディスクなんて誰が使うのさ。本命のデータは自前のUSBと各端末、学校の共有サーバーにバックアップしてる。そのディスクはただのガラクタだよ」

 

「え? でもさっきはあんなに――」

 

「演技に決まってるだろ?」

 

 いたずらっぽく笑う少女。茜には、彼女のセリフから学校のサーバーが私物化されていることなど分かるはずもなかったが、彼女が食わせものであることはなんとなく分かった。

 

「さ、君はもう帰るといい。いじめられっ子と話しているのを見つかると、後々面倒だからね」

 

「う、うん。もう帰るけど……」

 

「何だい?」

 

「私は粟楠茜っていうの。あなたは?」

 

 少女は目をまん丸にして茜を見つめた後、苦笑しながら眼鏡を押し上げる。

 

「無鉄砲なのは父親譲りなのかな……」

 

「え、今なんて?」

 

「なんでもない。僕は春田。仲間内じゃオタコンで通ってる。よろしくね」

 

 オタコンは学校一の変わり者として有名だった。女なのに一人称が僕であることや、子供とは思えない落ち着いた言動が否応なしに人目を集める。その上テストでは満点しかとらないとなると、異物の排除のためにいじめっ子が出現するのは自明だった。

 

 茜はオタコンと知り合ってから何度もいじめを止めようとしたのだが、踏ん切りがつかず迷っているうちにいつもオタコンに止められた。

 

『君は父親が何の仕事をしているのか知ってるかい?』

 

『えっと、絵を売ってるんだって。私も大きくなったら絵をたくさん描いて、お父さんに売ってもらうんだ!』

 

『……そ、そうか。うん、素敵な夢だと思うよ。でもそれなら、なおさらいじめには関わっちゃダメだ。ケンカになって手をケガしたら絵が描けないだろう?』

 

 茜は夢を応援してくれたオタコンに深くなついていく。その関係は対等な友人同士というより、姉と妹の関係に近かった。一人っ子の茜には常に落ち着いていて自分を気遣ってくれるオタコンがとても頼もしく見えたのだ。

 

 オタコンの趣味に付き合って渋谷や秋葉原、池袋のアニメイト本店を巡るうち、オタク文化と通称されるサブカルチャーにも詳しくなった。遊馬崎や狩沢というオタク仲間のフリーターとも仲を深め、交友関係とともに世界が一気に広くなったようだった。

 

 そんなある日、オタコンが唐突に切り出した。

 

『茜。君に会わせたい人たちがいる。僕の恩人と友だちだ』

 

『友だちって、前から言ってたスネークちゃんたちのことでしょ。でも恩人って?』

 

『四年前、どこにも居場所がなかった僕に優しくしてくれた人でね。彼女がいなければ今の僕は――オタコンはいなかったと思う』

 

 茜は嬉しかった。それだけ大切な人に会わせてくれるということは、友だちとして自分が信用されてるからだと考えた。

 

 その彼女とは池袋でBOSSばかり飲んでいることからボスと呼ばれている女性らしく、ある歩道橋の近くで待ち合わせを取り付ける。いつもどおり池袋のアニメイト本店でグッズ漁りをしていた茜とオタコンは、つい興が乗ってしまい店を出るのが遅れた。

 

 そのため狭い路地を近道しようと女児二人で無防備に歩いていたところ、件の組織にさらわれたというわけだ。

 

 

 

---

 

 

 

 池袋某所 アパートの一室

 

 帝人の下宿先のアパートは駅から数分の距離にあった。建物全体が小さなヒビやツタに覆われている状態で、築何年か見当もつかない。当然、どこぞの高級マンションのように防音もしっかりしておらず、意識しなくても隣室からの物音が聞こえてしまう。

 

 しかし帝人は引越し業者の置いていった荷物も放置して、隣室の音に聞き入っていた。薄暗い四畳半の部屋で壁に耳を引っ付ける彼の姿は、結構不気味である。

 

『ほう……杏里、お前また大きくなったんじゃないか?』

 

『や、やめてください……カズさん……』

 

『そんなこと言って、本当は嬉しいんだろう。体は正直だ。罪歌のやつだって口出ししてこないじゃないか』

 

『さ、罪歌は面白がってるだけで……ひゃっ!? だ、ダメ! そこはダメです!』

 

『ふふ、女に生まれたことに今日ほど感謝したことはない。女同士であれば、セクハラはすべてスキンシップとして容認される……!』

 

『助けてボスぅ……!』

 

 壁の向こうから小一時間聞こえてくる嬌声に、帝人は前かがみで釘付けになっていた。彼は非日常に憧れている一般的男子高校生。壁一枚隔てた向こうで女の子達がキャッキャウフフしているとなると、盗み聞きの罪悪感にフタをして、真っ赤な顔で聞き入るしかできない。

 

 どうやらカズと呼ばれる好色な女の子が、杏里と呼ばれる大人しそうな女の子を襲っているようだ。もう一人サイカという人物がいるようだが、声は聞こえない。

 

 カズは越えてはいけない一線の直前のあたりをギリギリ保っているようで、そのせいで杏里は本気の抵抗をためらっているようだった。スキンシップの名を借りたセクハラだ。

 

 本当に嫌がってたら通報できるのにな、スキンシップなら仕方ないよな――帝人が自分に言い聞かせながら頭に音声を焼き付けていると、重い破裂音が響く。扉が蹴破られたような強烈な音だ。

 

『スネークパァンチ!』

 

『ぶげらっ!?』

 

 続いて打撃音とくぐもった悲鳴。隣室に誰か入ってきたらしい。

 

『仲を深めるのは結構だが、場所を考えろ。このアジトの防音はないようなものだ。お前たちの声を聞いて良い気分になってるヤツがいるかもしれんぞ』

 

 帝人の肩がビクリとはねる。動くと見つかりそうな錯覚に囚われ、壁に耳をつけたまま動けない。

 

 乱入してきた女の子の声はいかにも女性らしいハスキーボイスだったが、時間を重ねた大樹のような威厳と重みがある。

 

『つ、つまり別のアジトならいいんだな? 杏里にあんなことやそんなこと――』

 

『スネークキィック!』

 

『おごぉっ!?』

 

 カズは沈黙した。失神したのかもしれない。帝人はよくやったとスネークを内心で称賛しつつ、なんてことをしてくれるんだと非難もする。

 

『あ、ありがとうございます、スネークさん』

 

『……なあ杏里。私の勘違いならそれでいいんだが』

 

『なんですか?』

 

『お前、実は満更でもないんじゃないか?』

 

 沈黙。あまりにも長い沈黙が満ちる。早鐘を打つ帝人の心臓の音さえ外に聞こえかねない、無音のときが数十秒。

 

『……そっ、そんなことっ、ないですよ?』

 

 やがて杏里が裏返った声で否定するのを聞き届けると、帝人は満足げに頷いて壁際を離れ、パソコンを立ち上げた。池袋に来て初日に体験した素晴らしいイベントを、ネットの海に刻み込むためである。

 

 なお、この件がきっかけで帝人は後に、顔を耳まで真っ赤にした杏里に斬りかかられることになるのだが、今の帝人には知る由もないのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 はだけたセーラー服を着直した杏里は、スネークの後ろから二人の小さな少女が入ってくるのに気づいた。どちらも小学生高学年か中学生程度の年頃のようだ。黒髪の少女が丸眼鏡の少女の腕にコアラのごとく抱きついている。何か怖い思いをしたのだろう。

 

 アウターヘヴンの加入希望者をスネークが連れてくるのは珍しいことではない。アジトをたまり場として使わせてもらっていることだし、お茶くらいは淹れよう。そうして杏里は立ち上がったのだが、

 

「おさかんなことだねぇ」

 

「オタコン、今のって何をしてたの?」

 

「何って、ナニだよ」

 

 小学生の二人組のやりとりにずっこけた。顔が熱い。今すぐ罪歌を取り出して切腹したい気分だ。罪歌は杏里を切れないので、そんなことをしても無駄なのだが。

 

 杏里が羞恥で悶絶している間に、気絶したカズを押入れに片付けたスネークが戻ってきた。

 

「もう夜も遅い。今日は泊まっていくといい」

 

「そうさせてもらうよ。茜はどうする?」

 

「泊まる!」

 

「じゃ、じゃあご両親に連絡を入れないとね」

 

 オタコンが茜の剣幕に引きながら連絡を促すと、茜はしぶしぶ携帯電話を取り出す。通話がつながると、杏里の耳にも両親の怒鳴り声が聞こえてきた。現在時刻は午後八時過ぎ、小学生の少女が連絡も入れず街をうろついていい時間ではない。

 

 茜は涙目で何度も謝りながら、最終的には友だちの家に泊まることだけを伝えて一方的に切った。

 

 むしろ余計心配させるだけなのでは。そう危惧する杏里と茜の目が合う。

 

「あ、おさかんなお姉さん」

 

「――!?」

 

「き、気を悪くしないでくれ! 悪気はないんだ」

 

 茹でだこのように赤くなる杏里。すかさずオタコンがフォローに入り、お互いの名前を名乗り合う。オタコンはオタコン、茜は粟楠茜というらしい。

 

 明らかに本名ではないオタコンはさておき(スネークたちのコードネームで慣れっこになっている)、粟楠という名に杏里は聞き覚えがあった。だがある程度記憶を掘り起こすとモヤがかかったようになり、どこで聞いたのか思い出せない。

 

「杏里、私は二人の着替えを調達してくる。しばらくここを任せていいか?」

 

「……え? あ、はい」

 

 任された杏里は思考を中断した。思い出せないなら大した情報ではないのだろう。それよりも二人の世話だ。

 

 アウターヘヴンにおいて家事や年少組の世話を任されるのは決まって杏里か沙樹である。他の連中はというと、蛇でも鼠でも拾い食いする悪食に、女性とあらばすぐに手を出す好色家、諜報活動でほぼアジトに顔を出さない山猫と、闇医者に懐いて別行動してばかりの無口など、てんで使えない。

 

 人と付き合うのが苦手な杏里もこんな環境で何度も世話を任されれば慣れる。まずは二人に手洗いうがいをさせて――

 

「あ」

 

「どうした?」

 

「あの、今朝ここに来たら、洗面所の鏡が粉々になってたんですけど……何か知りませんか?」

 

「ああ、それか。実は今朝洗面所で足を滑らせてな。とっさに手をつこうとしたら鏡に突っ込んで、この有様だ。散らかして悪かった」

 

 バツが悪そうに包帯の巻かれた右手を掲げるスネーク。責任感の強い彼女が散らかった場を片付けもしなかったということは、相当急な用事があったのだろう。杏里は小さく首を振った。

 

「いえ、大丈夫です。それよりケガは平気ですか?」

 

「問題ない。――それじゃ、少し出てくる」

 

 スネークが足早に出ていき、杏里たちが見送る。彼女の足音が遠ざかって聞こえなくなったころ、茜がぽつりとつぶやいた。

 

「あの人いくつ?」

 

「へ? たしか私と同じ、十六だと思いますけど……それが?」

 

「なんかあの人見てると、うちのおじいちゃんの姿がチラついて仕方ないの」

 

「まあスネークはここの中でもかなり大人びた人だからね」

 

 オタコンに「そういうのブーメラン発言っていうんですよ」と言いたいのを年長者の意地でぐっとこらえ、杏里は二人の女子小学生をかいがいしく世話するのだった。

 

 

---

 

 

 

 池袋 某歩道橋上

 

 絡み合う首都高速の高架に寄り添う歩道橋の上で、ボスは一人夜景を眺めていた。すでに帰宅ラッシュも過ぎ、街を歩く人々の姿もまばらになり始めている。

 

 先程オセロットから連絡があった。ボスが待ち合わせをしていたオタコンがトラブルに巻き込まれたものの、セルティの協力もあって解決できたという。

 

 オタコンはボスがスネークたちに会うよりも前にボスが遭遇した子供だ。スネークたちの立ち上げたアウターヘヴンのスポンサーとして、つい最近ボスと再会した。

 

「……」

 

 ボスの表情は晴れない。オタコンと再会できたことが嬉しくなかったわけではない。問題はオタコンを含む、子供たちの変化だ。

 

 オタコンはボスに出会って以来、機械工学と電子技術の才能に目覚め、今は親元を離れフリーの技術者として生活しているらしい。まだ小学生の身だが、偽造に偽造を重ねた戸籍と高い技術力でまったく生活には困っていない。学校のコンピュータールームにあるPCを秘密裏に改造したり、サーバーを私物化するなどやりたい放題だ。

 

 スネーク率いるアウターヘヴンは、どこから学んできたのか諜報と隠密の技術を総動員して子供たちだけで生きるすべを確立した。たとえば地権者の弱みを握ってタダに等しい家賃で建物を借りたり、複数勢力の下っ端に特定の情報を売り与えることで争いを誘発させ、さらなる情報を生み出すなど。彼女らに百円玉を貸し与えれば、一時間後には万札数枚で返ってくるだろう。

 

 子供たちは変わった。誰にも愛されず、生きる気力を失っていたあの頃の面影はもうない。どんな理不尽にも屈せず、戦う力を身に着けた。

 

 だが本当にこれで良かったのだろうか?

 

「ボス?」

 

「……静雄。久しぶりね」

 

 思い悩むボスに声をかけたのは、金髪とグラサンが特徴的な青年。ボスの元同僚でもある、平和島静雄だった。

 

 彼は上機嫌そうに笑いながら、軽い足取りでボスの隣にやってくる。

 

「おお、マジで久しぶりだな。聞いてくれよボス、俺、今の仕事はかなり長く続いてるんだ。上司のトムさんは話しやすいし、俺がキレても文句を言われねえ。まあ客の連中は腹立つヤツばっかなんだがな」

 

「そう。元気そうで嬉しいわ」

 

 微笑ましげに目を細めるボス。静雄と街で出くわすのは、彼がボスの職場を離れて以来よくあることだった。

 

 あるときは仕事を首になった愚痴を聞き、あるときは臨也にハメられたイライラを受け止め、あるときは無口な首無しライダーを含めて三人でコーヒーを飲んだ。今回もその例の通り、静雄が話し役になるのかと思われたのだが――

 

「そういうボスは珍しく元気がねえな。何かあったのか?」

 

 キレていない静雄の感覚は鋭い。表情の幅が狭いボスの雰囲気から、悩まし気な思いを感じ取った。手すりに身を預け、横目でボスを見やる。

 

 沈黙。考え込むように、ボスはしばし目を閉じる。

 

 そしてゆっくり目を開き、訥々と語りだす。

 

「私には平穏に生きる資格はない。この手はあまりに穢れている。今更平和を望むなど、厚顔無恥も甚だしい」

 

「あぁ?」

 

「だが過去の行いは変えられない。たとえどれだけ恥知らずであろうと、今よりいい明日を作るしか生きる術はない。私はずっとそうして生きてきた」

 

「お、おう」

 

 静雄の額に浮かんだ青筋が引っ込む。もしボスが悲劇のヒロインを気取ったような自虐を口にすれば、歩道橋を倒壊させてでも黙らせるつもりだった。

 

 もちろんボスにその手の葛藤はない。戦場で人を殺し続けた罪悪感も、戦い続けた徒労感も、すべてを呑み込んで今を生きる。それがボスの生き方だと割り切っている。しかし――

 

「しかし、私の生き方は少なからず子供たちに影響を与える。スネークたちはその筆頭だ。彼女たちは私のミームを知らぬ間に受け継ぎ、変化した。もはや普通の女の子に戻ることは望めまい。出会い自体に後悔はないが……本当に彼女たちの進む道はそれで良かったのかと……悩む」

 

「……」

 

 ボスの自己認識は極めて正確だ。こと戦闘能力については過小評価も過大評価もせず、完全な客観で把握している。しかし一つだけ過小評価している点があるとすれば、ボス自身のカリスマだろう。

 

 あまりに強いボスの意志は、ボスにその気がなくとも周囲に影響を与える。現にスネークたちはボスの何気ない言動や立ち居振る舞いから考えを吸収し、成長した。

 

 自分の生き方は決まっている。ただ、その生き方がそこまでの影響力を持つなら――

 

池袋(ここ)に来るべきじゃなかった、って言ったら、俺はあんたを許さねえ」

 

「静雄……」

 

 静雄の手中で手すりがひしゃげていた。静雄は怒りで暴走する全身の筋肉を抑え込み、言葉を探していく。

 

「俺はあんたほど頭が良くないから、気持ちは分からねえ。でもよ、あんたの影響を受けて変化して、成長して、その良し悪しを決めるのは本人だろうが。本人を差し置いて勝手に悩むなんざ、何様のつもりだ」

 

「……そうね。私がバカだったわ」

 

「!」

 

 静雄の頭上に赤いビックリマーク。怒りも忘れ、全身から脱力してその表情を見つめる。

 

 微笑みでも苦笑いでもない。威圧的な笑みでも、母性のあふれる笑みでもない。すべての仮面を取り払った、一人の女性として照れたように笑うボスの顔が、そこにあった。

 

「ありがとう、静雄」

 

「……べっ、別に」

 

 プイと顔をそらす静雄。横目でボスをのぞき見たときにはもう、いつもの頼もしいボスの顔つきに戻っていた。

 

「お礼にジュースをおごりましょう」

 

「ジュースだよな? この時間からコーヒーは眠れなくなるから勘弁だぞ」

 

「もちろんよ」

 

 ジュースを奢るといいながら毎回コーヒーを渡されるというボスの悪評をからかいつつ、二人は連れ立って歩道橋を降りていく。

 

 その時、ボスの携帯に着信。

 

 画面にはオセロットと表示されている。珍しい相手だ。

 

 静雄に断りを入れてから通話ボタンを押す。

 

 そしてボスは、池袋に来て以来最大級の驚きを経験することとなる。

 

『ボス! スネークが病院へ搬送された! 詳しくは直接話すから、まずは来てくれ! 来良総合病院――』

 

 

 

---

 

 

 

 一時間前

 

 突発的なお泊りに必要なものは多岐にわたる。替えの下着、バスタオル、歯磨きセット、寝具、年齢によっては各種生理用品などなど。それらのうちのほとんどを二四時間販売しているのがコンビニだ。アジトを出たスネークは当然そこに向かい、お泊りセットをアウターヘヴンの経費で購入すると思われた。

 

 しかしスネークはコンビニのある大通りには向かわず、わざと人通りの少ない裏路地を遠回りで歩き回る。うろつくこと自体を目的としているように、時間をかけてゆっくりと。

 

 そうしてニ、三十分は過ぎただろうか。スネークは足を止め、しびれを切らしたように声を張り上げた。

 

「いつまで隠れんぼを続けるつもりだ?」

 

 その声に呼応して物陰から姿を現したのは、人相の悪い男たちである。そろいもそろって目つきが悪く、派手な柄のシャツの下に大仰な入れ墨が覗いている。細い路地の前後を固め、スネークは完全に包囲された。

 

 スネークを地下駐車場から尾行していた連中だ。ボスの訓練を受けたスネークは当然これを察知し、あえてそのままアジトまで放置した。あのアジトは無数にあるうちの一つに過ぎず、仮に乗り込んできても全員で撤退することは容易だった。

 

 しかしスネークはある目的のため、あえて一人で彼らと相対したのだ。

 

 男たちの中から、体中に傷のある小男が歩み出る。下卑た笑みとは裏腹に、その両目にはすさまじい憎悪の念が燃えている。

 

「何を企んでんのか知らねえが、一人でこの人数をどうにかするつもりかぁ?」

 

「雑兵は蹴散らされるものと相場は決まっている。特にこの池袋ではな」

 

 小男の額に青筋が浮かぶ。

 

「……お前らアウターヘヴンは粟楠会を敵に回した。ごっこ遊びはもう終わりだ」

 

「粟楠? そうか、話が見えてきたぞ」

 

 粟楠会とは、池袋に事務所を構える任侠系組の一つで、目出井組系粟楠会として裏の世界で幅を聞かせる極道である。そうそうない名前の響きからして、オタコンの友人である茜は粟楠会の関係者なのだろう。つまり、スネークたちは夜も遅い時間に粟楠会の関係者をアジトに拉致した、と難癖をつけられているわけだ。

 

「だが分からんな。ここで私に手を出したところで、後で茜が勘違いだったと証言すれば、お前たちの立場が危うくなるはずだ」

 

「……知らねえよ」

 

「何?」

 

「知らねえっつってんだよ! 俺たちゃああのボスとかいう女をぶっ殺せりゃあ、どうなってもいいんだ!」

 

 男の目に正気はない。あるのはただただ熱い憎悪の炎だけだ。

 

「五年前の小波会壊滅以来、俺らの名声は地に落ちた! お前をタテにあの女ぁ脅して、土下座させてクツなめさせる。俺らはボスを倒した英雄として粟楠から独立する! そうだろうがてめえら!」

 

 雄叫びをあげる男たち。要領を得ない男の独白に、スネークは眉をひそめた。

 

 スネークが知らないのも無理はない。そもそも気炎をあげる男の存在を認知していたものは誰一人いなかったのだから。

 

 彼はボスが来日した初日に、過剰防衛で病院送りにされたチンピラである。

 

 小波会はボスの過剰防衛に対して報復の連鎖を繰り返し、その過程で粟楠会の系列店に誤って9mm弾を打ち込んだ。即座に抗争へ割って入った粟楠会は、小波会事務所を襲撃。ボスに対しても何らかの報復を図っていたものの、ボスの正体と明らかに人とは思えない戦闘能力を前に開戦をためらう。

 

 粟楠会や小波会のような組織は、一度争いを始めれば徹底的にやるしかない。ましてや相手が組織ではなく個人であれば、停戦や降伏などできるはずもなかった。組織としての体面が死ぬからだ。

 

 上位組織である目出井組も含めての協議の結果、ボスには完全不干渉という姿勢で臨むこととなった。彼女が表立って組織に敵対しない限りは何もしない。個人の戦闘能力が組織を抑止したのである。

 

 だがもちろん、その結果を不服とする組員もいた。意見を同じくした彼らは反ボス派として徐々に勢力を拡大していき、やがてもっとも強くボスを憎む人物が加入したことで派閥は暴走を始めた。

 

 その人物こそ、ボスに倒されたチンピラである。抗争の発端ともなった彼だが、粟楠会からはボスの戦力を測るためのかませ犬のようにしか認知されておらず、誰一人として彼を気にかけることはなかった。

 

 そんな影の薄さを利用して粟楠会に下っ端として潜入。ある情報屋から反ボス派の情報を買い、少しずつ派閥を拡大してきた。彼に人の心を動かす話術や営業力は皆無だったが、憎しみの炎はチンピラにチンピラらしからぬ能力を付与していた。

 

 後は開戦のきっかけを待つだけという段階でついに、ボスと関係のある女子中学生が粟楠会会長の孫娘を拉致したと報告を受ける。組織の身内に手を出された報復。その名目のもとに反ボス派を扇動し、スネークが一人になったところを狙い撃ちにしたのだ。

 

「まあそういうわけだ。殺しはしねえ。手足折って全員でマワして、顔面潰して虫の息であの女につきつけてやる。――かかれ!」

 

 前と後ろから男たちが殺到する。

 

 スネークは姿勢を落とし、もっとも早く攻撃圏内に入る男を分析。

 

 見極めが終わるや否や、最初の標的に躍りかかった。

 

 ドスを振りかぶる男。振り下ろしに合わせて手首を絡ませ、ドスを奪い取る。並行して金的を打拳し、後頭部をドスの柄で殴りつける。

 

 崩れ落ちる男を尻目に次の標的へ。左から特殊警棒が迫る。腕を取り、肩を極めながら後ろへ回って、固まった肘関節をドスの柄で折り砕く。

 

 男の体を強く押し、次の標的へ突進させる。怯んだ男の顔面に、ドスを握り込んだ拳を叩きつける。前かがみになった男の顔面へ更に膝蹴りを叩き込んだ。

 

 背後から殺気。振り返りざまに肘鉄を放つと、男の鳩尾に突き刺さる。小柄な男はスネークの体と相性が良く、首元に手を回して喉元にドスを突きつけ、拘束。男たちへの盾とした。

 

「な、なんだこのガキ!?」

 

 またたく間に四人を無力化したスネークに対し、動揺が広がる。スネークの眼光が彼らを射抜き、一歩、ニ歩と後退させた。

 

「怯むんじゃねえ! てめえら一生下っ端で終わっていいのか!? あの女ぶっ殺せば引く手数多だ! どこの組だって俺たちに頭下げて盃をよこすはずだ! ガキ一人やれねえ腰抜けは一生使いっぱしりだぞ!」

 

 男たちの目に暗い炎が宿る。彼らは皆似たもの同士、安っぽいプライドと暴力を糧に生きている。そのためなら多少の恐怖を誤魔化すことだってできる。

 

 第二波、第三波と波状攻撃がスネークを襲う――

 

「ぐあぁっ!?」

 

 すでに一時間はたったころ、スネークが苦悶の声を上げた。

 

 路地の壁に鮮血が散る。右目から滝のように血が流れ出る。顔面の右半分が燃えるようで、右の視界は真っ赤だ。疲労でわずかに動きの鈍ったスネークの右目付近を、男たちの特殊警棒が抉った。

 

「いいぞ! そのまま畳んじまえ!」

 

 じりじりと包囲網を狭める男たち。

 

 対するスネークは脂汗と血を滴らせながら、苦々しく笑う。

 

――やはりこうなるか

 

 分かっていたことだった。沙樹を助けた頃よりも成長しているとはいえ、十六歳の女の体だ。物量で攻められれば体力がもたない。スネークの技と心に体がついていかないのだ。相手が特に訓練を受けていない素人であっても、この不利は覆し難い。

 

 分かっていても。

 

 たとえ分かっていても、スネークはあえて一人でこの無謀に挑んだ。彼女はそうしなければならなかった。

 

「スネークさん!」

 

 唐突な声と、金属音。上から降ってきた人影が、スネークの前に降り立つ。

 

 それと同時に男たちの数人が倒れ伏す。登場と同時に仲間たちを無力化した新しい敵を前に、男たちは色めき立った。

 

「な、なんだお前!?」

 

「わ、私は、えっと……ファンの一人ですよ」

 

 リアルな狐の顔がプリントされた安っぽいお面に、日本刀。お面の覗き穴からは真っ赤な光が漏れ出し、動くたびに赤い線が描かれる。

 

 コードネーム、フォックス。作戦行動中における杏里の姿である。

 

「フォックスか……なぜここに?」

 

「帰りが遅いから、探しにきました。アジトはカズさんとオセロットさんに任せてます」

 

「そうか……それは安心だ」

 

「スネークさん!?」

 

 無力感と安心感に襲われ、スネークの体が落ちていく。

 

 罪歌を装備した杏里の力はすさまじい。体の負荷を無視すれば、あのボスと互角に渡り合えるという。武器を持っただけの素人集団相手では、苦戦することすら難しいだろう。

 

 すでに勝負の決した戦いを放棄し、スネークはあっさり意識を手放したのだった。

 

 

 

 



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7話

 早朝 アパートの一室

 

 駅から数キロ離れた古いアパート。その中でも一番間取りの広い一室で、一人の少女が目覚めた。就寝前からつけっぱなしのラジオが古い外国の歌謡曲を流している。

 

 上半身裸にパンツ一枚というあられもない姿だが、胸というより大胸筋と呼ぶ方がふさわしい鍛え抜かれた肢体がエロスを感じさせない。電気もつけずのそのそと起き上がり、洗面所へ向かう。

 

 蛇口をひねり、冷水で口を軽くゆすいでから顔を洗う。決まりきった朝のルーチンだ。冷たい水が頬を叩くたび、寝ぼけた意識が覚醒していく。

 

 ひとしきり顔を洗ってから鏡に向き合い、身だしなみチェック。これもルーチンの一部である。あまりにはしたない格好をしていると、組織の仲間に小言を言われてしまう。

 

 ピタリ、と動きが止まった。

 

 少女は鏡の中の自身と向き合い、ポカンと口を開いている。続いて自分の顔に手を伸ばし、様々な角度から体や顔つきを観察していく。その様はまるで初めて鏡の中の自分を認知した動物のようだった。

 

 数分後。鏡と向き合い再び動きを止めた少女の口元が、ニヤリと歪む。

 

 それと同時、少女の小さな拳が鏡に叩きつけられた。鋭い破片が柔肌を裂き、血しぶきが散る。

 

 拳の痛みにも構わず少女は依然笑っていた。

 

 ラジオの歌謡曲が次に移る。陽気なDJの読み上げた曲のタイトルは――

 

 

 

---

 

 

 

 午後五時 池袋某所

 

 池袋の広い道路を黒いバイクが疾駆する。タイヤのホイールからマフラーまで真っ黒に染められたそのバイクは、影がそのまま立体化して走っているようだ。バイクにまたがるライダーも光をほとんど反射しない黒のライダースーツとフルフェイスヘルメットを身に着けているので、なおさら影としての印象が強い。池袋ではおなじみの都市伝説、首無しライダーことセルティである。

 

(まったくあの人は、人を宅配か何かと勘違いしてるんじゃないか?)

 

 セルティは自分の首を探すかたわら、副業として運び屋を営んでいる。

 

 今回の依頼は近年稀に見るレベルの高報酬、低難易度の仕事だ。ある荷物を指定の時間に指定の場所へ届けるだけ。楽に稼げるのはいいが、わざわざ自分に頼まなくても、と思ってしまう。

 

 指定の時間まではまだ余裕がある。あまり早く着いてもまずいし、どこかで時間を潰すべきか。

 

 そう考えたセルティの視界に見慣れた顔の少女が入ってきた。きれいに切りそろえた黒髪に丸眼鏡、真新しい高校の制服。セルティがバイクを路肩につけると少女も気づき、ぺこりと頭を下げた。

 

「こんにちはセルティさん」

 

『こんにちは。杏里ちゃんは今帰り?』

 

 園原杏里。ある女性をきっかけに知り合った高校生の少女で、体内に罪歌と呼ばれる異形の刀を内包している。自分と同じ人外を宿す人間として、セルティはなんとなく親近感を覚えていた。

 

「はい。スネークさんのところに寄ってから帰るつもりです」

 

『ああ、そういえば退院もうすぐだったっけ。あの子、元気すぎてケガ人って感じがしないんだよね』

 

 本音半分なセルティの冗談に杏里はクスクスと笑う。スネークの負傷からすでに一週間経っていた。

 

 負傷した右目はまぶたの筋膜が深く損傷していたものの、眼球自体は無事だったので失明の危険はなかった。しかしアウターヘヴンメンバーの強い勧めもあって、念の為一週間は病院で大人しくする運びとなる。

 

『例の件のことは話した?』

 

「いえ……きっと悪いことじゃないと思うんですけど……」

 

 例の件とはスネークが単独で多数の敵に挑んだ理由のことだ。

 

 意識を取り戻したスネークは傷を押して仲間たちに頭を下げ、多数の敵の存在を察知していたのにあえて報告せず、一人で挑んだことを告白した。なんなら戦っている最中でも無線で助けを呼べたのに、それさえしなかったと。

 

 仲間たちは怒りよりも強い困惑を覚えた。スネークがこと戦闘において非合理的な選択をするとは思えなかったからだ。必ず何か理由がある――そう信じて再三聞いているものの、スネークは謝罪するのみ。杏里を含め、アウターヘヴンのメンバーが表情を曇らせるのは当然だった。

 

 セルティとしても、あの男らしい筋の通った女の子が変な理由で仲間に心配をかけるとは思えない。シュンとする杏里の肩に手をかけ、大文字フォントでPDAに文字を打ち込む。

 

『大丈夫。必ずいつか話してくれるさ』

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 月並みな慰めだったが、杏里の顔に柔らかな微笑みが浮かぶ。

 

 その後共通の知り合いについて雑談(ほとんどがカズについての愚痴)をしていると都合の良い時間になったので、セルティは愛馬のエンジンをいななかせ、依頼人の指定した場所へ出発した。

 

 

 

---

 

 

 

 同時刻 某立体駐車場

 

 駅からは少し距離のある立体駐車場の屋上階。手すりにひじをかけ、肩を並べる人影が二つあった。

 

 一つはボスだ。沈みゆく太陽の赤い光を受け、金髪がキラキラときらめている。眉間にシワを寄せ目を細めたその表情は、怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。

 

 もう一つ、ボスよりも頭一つ分は小さい女の子が一人。病院の患者服もそのままに街並みを眺めているのは、病室で安静にしているはずのけが人、スネークである。右目の眼帯に痛々しさは不思議となく、むしろあるべきものが正しい箇所に収まっている安定感がある。

 

 二人の会合はボスの提案がきっかけだった。話したいことがあるので都合の良い日時を連絡してほしい、とのメールに今すぐとだけ返信し、急遽場所を決めて合流したのだ。顔を合わせた二人はどちらともなく肩を並べ、夕日に向き合った。

 

 お互いにそのまま黙り込むことしばし。建物の影が数センチは長くなったころ、出しぬけにボスが口を開く。

 

「久しぶりね、スネーク」

 

「……ああ。本当に、久しぶりだ」

 

 ボスはあえてスネークの見舞いに行っていない。それでも会ってないのはほんの一週間と数日だ。数十年ぶりに再会したかのようなスネークの口ぶりは、異様に響いた。

 

 しかし二人の間に違和感はなかった。二人にしか理解できない、二人だけの空間が形成されている。

 

「お前は私を許せない。お前と私が同じ道を歩むことはできない」

 

「その通りだ。あんたは銃を捨てた。一度ならず二度までも」

 

「お前は銃をとった。戦わなくてもいい国で、戦士としての道を選んだ。結果、無様に敗北した」

 

「……」

 

「スネーク。あなたは平和な国の女の子よ。いくらでも生きる道はある。それでも戦士に戻るというの?」

 

 答えは決まっていた。だからこそ仲間に迷惑をかけてまで、かつての自分を取り戻そうとしたのだ。スネークは深く首肯する。

 

「居場所も立場もない子供たちがいる。そいつらが胸を張って生きるには、戦うしかない。今を生きて、今より良い明日を作るために、戦い続ける。それが俺の選んだ道だ」

 

「ならば――」

 

 スネークの肩に手が置かれる。振り向くと、寂しげなボスの瞳がまっすぐにこちらを見据えていた。

 

「流されてゆけ。私はここが終端だ」

 

 スネークが何か言うよりも早く、ボスの体が離れていく。そして背後から音もなく忍び寄る気配を感じ取り、弾かれたように振り返る。

 

 すると、そこには真っ黒なバイクにまたがった影のように黒い人影があった。スネークとボスの共通の知り合い、運び屋のセルティである。

 

 セルティはスネークを一瞥すると呆れたように肩をすくめる。病院を抜け出したことを揶揄しているのだろう。しかしそれ以上は何も言わず、ボスに向けて二つの円柱を放り投げた。

 

 ボスが受け取ると共に、セルティはさっさと駐車場を出ていく。

 

「手向けよ」

 

 そう言ってボスがスネークに手渡したのは、ボスの名の由来ともなった有名なブランドの缶コーヒーである。スネークは苦笑いしつつ、プルタブを開ける。

 

 そしてボスと共に缶を傾けた瞬間、異変に気づいた。ラベルがいつもの缶と違う。缶のサイズが一回り大きく、容量が多い。しかし大容量といっても味はよく、コーヒーらしい苦味と渋みの後にスッキリした甘さが残り、よく冷えた液体が爽やかな喉越しとともに胃へ落ちていく。

 

 このBOSSとはひと味違うガツンとした飲みごたえは――

 

『BIG BOSS』

 

 夏季限定、クール専用。350gの大容量。ボスがコネをフル活用して調達した季節違いの一本だ。

 

 思わずボスの方を振り返ると、ボスはBOSSを片手に不敵な笑みを浮かべている。つられたスネークもくつくつと笑いを漏らし、夕日に照らされる街を肴に少しずつ味わっていく。

 

 

 

---

 

 

 

 この世界は実に奇妙だ。

 

 強い思いで結ばれた二人が残酷なめぐり合わせで引き裂かれることもあれば、数奇な縁に導かれ、遠いどこかで再会することもある。まるで無数の支流が絡み合う大河のようだ。まったく奇妙で、理不尽なこと極まりない。

 

 ただ――遠いどこかで再会した師匠(弟子)と、肩を並べて飲む一杯は――

 

「ウマい……」

 

 この上なく、ウマい。






次章予告
 


 物語が加速する。

『あなたがたはボスの平穏を脅かした。すでにサイファー上層部では報復論の機運が高まっている。無用な犠牲を避けるためにも、誠意ある対応を――こ、こらクワイエット! ステイ! 今は電話中だ!』

 闇医者と無口な少女。

『もちろん、私らもこんな商売してる身だ。相手が誰だろうと、事を構えるとなれば徹底的にやりますとも』

『でもねぇ旦那。そうなると池袋は戦場になりましょう』

『男も女も、子供も赤子も、チンピラも売女も関係ない。死体が風景の一部になった、血なまぐさい戦場に……』

 池袋の先行きを懸念する、赤鬼の異名を持つ武闘派幹部。

『ボス。リンギーリン大佐を覚えているか?』

『我々と彼の商社で共同開発した新兵器が奪取された。犯人は池袋に向かったようだ』

『安心しろ。君に何かを頼むわけじゃない』

『ただ、我々も手をこまねいているわけにはいかん。取り急ぎ手の空いたスタッフを現地に向かわせた』

『君には悪いが、しばらく池袋は騒がしくなるだろう』

 サイファーからの刺客。

『サイファーの特殊部隊は全員、特異な能力を持つことで有名だ。実に興味深い。セルティくん、君はたしかボスと仲が良いんだったね? 解剖用のサンプルを一体、ちょこっとだけ寄越すよう頼んでくれるかね?』

 サイファーに接近する某製薬企業の男。

『分からん……なぜ無限大の形が縫い込まれているだけで、弾薬が減らなくなるんだ? 飛んでいった弾丸が手元に戻ってきてるのか? それとも異次元から新しく召喚しているのか? 気になって仕事が手につかない……って言ったらどう答える、ヴァローナ?』

『回答不能。サイファーの技術は奇天烈怪奇。既存の科学に準拠する思考は時間浪費します。残念無念、スローンの仕事は現時点で凍結の模様』

 新装備とともに暗躍するロシア人の兵士たち。

『待て! どこ行くんだ!?』

『決まってるだろ! 園原さんを助けに行くんだ!』

『お前一人で何ができる!? ……くそっ、分かったよ』

『蒼天已に死す、ってな。黄巾賊復活だ』

『共同戦線と行こうぜ、ダラーズ』

 ぶつかり合い、手を取り合う少年たち。

『随分と好き勝手してくれるねぇ……まあいいさ。蚊帳の中の人間は外の蚊に手を出せない。せいぜい外からうるさい羽音を響かせてやるさ。君もそう思うだろう?』

『……』

 人を愛する情報屋と、宙に浮かぶ少年。

『あー、なるほどな』

『大の大人ががん首そろえて、何追いかけてんのかと思えば、ハハ……』

『……このクソロリコン野郎どもがぁああああぁ!!』

 大噴火する平和島。

『あ、杏里お姉ちゃん……!』

『大丈夫……追い込まれた狐は……ジャッカルより凶暴です……!』

 追い詰められる少女たち。

 そして――

『ボス……どうしてなんだ!?』

『お前も分かっているだろう。私は自分に忠を尽くす。これまでも、これからも』

『ボスゥゥゥ!!』

『来い!』

 異なる世界、異なる因果で再び対峙する二人のボス。

 様々な思惑が絡み合い、池袋は混沌のるつぼと化していく。

 果たしてこの動乱の末に生き残るのは誰か――



第二章




池袋動乱 〜Children of The Patriot〜




『彼女たちは戦うことでしか生きられない。とても不器用で、哀れな生き物だ』

『ただ――どこまでも愚直に、忠を尽くして果てていく、彼女たちの生き様は――』



To Be Continued...




---



(書きたいものを全部書いたので、アイデアの断片をダイジェストにまとめまして、当二次創作は完結となります。ここまで目を通していただいて、ありがとうございました)


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