【 三次創作 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】 (米ビーバー)
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【 序章 『邂逅 許しがたき好敵手』 】

食う者(攻め) ×(と) 食われるもの(受け)

ただみほエリを求めるもの

牙を持たねば生きてはいけぬ戦車道の町

あらゆるカップリングの可能性が呼応する 

ここは、西住流が産み落とした 熊本西住のシュバルツバルト(黒森峰)

エミの身体に染みついた珈琲の臭いに惹かれて 英国淑女(危険な奴ら)が集まってくる


今回『出会い』

エミカスが飲む、学園艦の珈琲は、苦い





  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 二次(三次?)」

   【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 】

 

 

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

 彼女とわたくしの因縁は、それこそはるかに昔。黒森峰女学園に彼女が在籍していたころまでさかのぼる。

 

 聖グロリアーナ中等部に入学したわたくしは、当時からその才覚を如何なく発揮し、他の生徒と切磋琢磨し、紅茶の園に入室する資格を得て、SNを戴くのを待つ身となっていた。

 

 一方で、天翔エミは当時まだ無名の生徒であった。

 

 だが、それも当然と言えば当然。戦車道において最も注目を集めるのは全体の指揮を執る車長であり、次いで敵を葬る砲手、車両を駆る操縦手であり、通信主や装填手といったポジションは、最も日陰で裏方のイメージであり、「適性の無かった者が選ぶみそっかす」という印象が大衆的であり、当時のわたくしも類に漏れず、車長としての適性を発揮した自身への羨望に有頂天になっていたのだ。

 

 その鼻っ柱を盛大にへし折ってくれた存在こそが、前述の彼女、天翔エミだったわけなのだが―――

 

 

 当時を振り返っても、あの日初めて遠目で見た彼女の印象は「ありえない」だった。だってそうでしょう?

おおよそ戦車道をするに値しない体躯。子供が紛れ込んだかのような小柄な少女が、Ⅳ号戦車にひょいひょいと乗り込んでいるのを見て、「部外者の子供が立ち入っている」と最初は思うだろうし、「新人を戦力外として思い出作りでもさせているのか?」と考えたとしても、誰も不思議には思わなかっただろう。

 そうこうしているうちに試合が始まり、わたくしが搭乗したマチルダはあくまで優雅に前進を続け、そして荒地の一角で彼女が乗った戦車に鉢合わせたのだった。

 

「砲撃開始」

 

ただ静かに命令を下す。衝撃とともに砲弾がはじき出される。わずかなズレもあってか、攻撃は反れてしまった。だが目的は着弾ではない。

 

『撃てッ!!』

 

 敵車輛からも砲弾が吐き出される。その前に急ぎ軸移動を行ったマチルダはその着弾を避け、軽く回り込む様にしてⅣ号戦車に近づいていく。いかにマチルダの車輛行進速度といえど、不整地であればⅣ号の速度よりもこちらの方が早い。相手の次弾装填までに十分に撃破可能距離に近づくことができる。逃げるようならばそのまま逃がすなり、通信して挟撃、包囲するなりまな板の上だ。キューポラから車内に頭を下げてお気に入りの紅茶とカップを手に、私は勝利を確信していた。

 

 

 

  ――――――この僅か二秒後までは

 

 

 

『撃てッ!!』

―――ガォンッッ!!!

 

 耳を劈く程の強烈な爆音と、身を揺らす衝撃に、わたくしの意識は数秒間彼方へとトんでしまっていた。何が起きたのか全く分からないわたくしが、同車輛内の誰よりも早く意識を取り戻すと、わたくしの乗るマチルダは、その胴体のど真ん中に砲弾の直撃痕を残しているだけでなく、気を失っていたわずか数秒間でさらに2発の砲弾を食らい、履帯は吹き飛び正面装甲がひしゃげた無残な姿を晒して黒煙を上げていた。車体上部から白旗が上がり撃破判定が告げられる。

 

「――なにが、起こったというの……?」

 

発射してからわずかに3秒未満。たったそれだけの時間で次弾を装填したⅣ号戦車は、回避行動から立て直して真っ直ぐ向かってくるマチルダをカモとして、正面から砲弾を叩きこんだ。ただそれだけの話なのだ。話なのだが……

 

「ありえません。あっていいはずがありませんわ―――」

 

 そうだ、あってはならない事象がそこにある。静止状態での単装填で3秒未満。それは上から数えたほうが早い部類に入る世界的な装填速度に至っている。そんな化物みたいな存在が、あっていいはずがない―――!!

 

「―――何なのよ、あのⅣ号戦車は……ッ!!」

 

手に持っていたティーセットは着弾の衝撃で手を離れて足元で無惨に砕けていた。

「いついかなる時も紅茶をこぼさないグロリアーナの流儀」に泥を塗った憎い相手を睨みつけ、わたくしはその時、唇の端が切れて血をにじませるほどに強く歯噛みしていた。

 

 それが彼女、天翔エミとの初めての因縁であり、以後延々と続く、彼女との戦いのスタートラインだった―――。

 

 

 

 

――

 

 

 *月×日 

 

非常識にも程がある!!

聖グロリアーナとして、伝統と格式ある紅茶の園の一員として!認めた相手に紅茶を贈った。

わたしを撃破した戦車の装填手であるあのありえない程の小柄な小娘に。

だのに何であの小娘はよりにもよって、その紅茶用のカップ(ティーポット・ソーサー付き一式で税込み-78,200)にグロリアーナでは禁忌に当たる黒豆汁を注いでわたしに差し出してきているの!?

信じられません!おのれ天翔エミ!名前は憶えましてよ!!

 

コノウラミ、ハラサデオクベキカ……!!!!

                             ―ダージリンの手記―

 

――

 

 

 

 

 

 

 

――― Side Emi

 

 

 

「―――すこし、よろしくて?」

 

 ひょいっと戦車の車体に乗せた手を支点に自分の身体を持ち上げてSAS●KEのアトラクションとかで生前みたような動きを再現してたらそんな声が後ろから聞こえた。思わずバランス崩しそうになって車体にちょこんと腰を下ろして振り返ると聖グロの制服着たへんなのがこっちを見上げている。

 え?初対面の相手に変なのはないって?いやいやないから、いかに相手が聖グロ、紅茶の国の学園だからって常にカップとソーサ―を両手で持って移動とかないから。とここまで脳内で考えてはたと思い当たる。

 

 父さん……これ、ダージリンです(推定)

 

で、推定ダージリンの言うことをよくよく聞いて見ると

・これからここで試合が始まります

・この戦車はその試合で使う車輛です

・その戦車は玩具ではありません

 

 

以上の会話内容を総合すると―――あれ?俺もしかして選手だと思われてない?黒森峰のPJ着とるんやで?おかしくね?

 

「いやいや私は黒森峰の選手でこの戦車の装填手です」

→「ハハハガール、大人をからかっちゃいけないよぉ(米男」

なやり取りを繰り広げてるとみぽりんとエリカが騒ぎに気付いてやってきて……

 

 そこからはうん、gdgdの押し問答、言葉のドッジボールだった。

 

エリカはもともと攻撃的なとこもあってダージリン(仮)に噛みつくしダージリン(仮)はブリカスムーブでのらくら煙に撒きながら「あんな子供に装填手が~」とか煽り入れて来るし、みぽりんは普段の大人しい様子のまま、なんか俺を護るように前に出てどいてくれないし。

そうこうしてるうちにまほ隊長がやってきて、あーだこーだ会話したかと思うとあちらもこちらもとりあえず沈静化。さすまほ!

 お互いに熱くなっていた部分もありました。申し訳ありませんでしたー ってことでこの場は収まり、一先ず試合は始まった。

 

 みぽりんが副隊長として初陣を飾る戦車はⅣ号F型。初陣ということもあってヤベー顔色をしていたはずのみぽりんなのだが、装填席に座って見上げるとなんか眼がヤベーレベルで燃え上がっている。エリカも何か燃え上がっている。声をかけるのが忍びねぇな。大人しくしとこ……。

 

 そうこうしている間に試合が始まった。

 

フラッグ車の通信手から通信を受け、偵察としてパンツァー・フォー!

『相手は不整地を得意とする英国戦車。だから不整地に陣取っているはず』

 という読みで動いており、偵察に回ったチームが敵主力部隊らしき姿を発見→まほ隊長が突貫。こっちも続くぞー!と意気込んで走っていくと、荒地の向こうからやってきたマチルダとはちあわせ。

 出会い頭で慌ててるみぽりんだったがそこはそれ、マチルダが先制砲撃すると大きく狙いがそれて着弾。弾着の爆音で正気に戻ったみぽりんは撃ち返しを選択。75mm砲が火を噴くも、マチルダは射撃後にすぐ回避行動をとっていたようで、砲弾はむなしく地面をえぐり取った。

 

「エミ!次弾装填!!」

 

車長のみぽりんよりも先にエリカが声を張り上げてることに苦笑しつつよっこいせと次弾をひょいっと装填。初めて見た時は仰天してたメンバーももはや慣れたもの、慌てることなく照準を―――

 

 

 

   ―――なんでマチルダ、真っ直ぐ突っ込んできてるのん?馬鹿なの?

 

 

 

「撃てッ!!」

 

 みぽりんの合図とともに射出された砲弾は、真っ直ぐ馬鹿正直に突っ込んできたマチルダに正面から激突、盛大に爆音を響かせた。たーまやー

土煙がもうもうと立ち込め、様子がわからないが、あの距離からの直撃弾なら……

 

「次弾装填!」

「エリカさん!?」

 

殺意マシマシで怒鳴るエリカにみぽりんが思わず声を上げた。

 

「マチルダの正面装甲のドコに当たったかわからない。まだ撃破判定が出てないんだからあと2~3発打ち込まなきゃ安心できないわよ!」

「えっと、その……」

 

エリカの強い調子に推され気味のみぽりん。そんな様子を装填を軽々と終えて見上げてる俺。エリカ強気責めみぽりんしどろもどろ受けいいですぞーコレェ。

 だが哀しいかな、俺エリみほよりみほエリなんだ……。

 

「ヘイエリカ。車長はみほだぜ?喧嘩はダメだ」

「なに言ってんの!あのマチルダ、十中八九あのふざけた女が乗ってるのよ!」

 

 

 

   ―――え?追撃の理由そこなの?

 

 

 

「―――わかりました。打ち方用意!エミさんは次弾装填用意!」

「……えっ?」

 

 

 

    なんで?(語彙消失

 

 

 

ケツイを込めた目で土煙の向こうを見るみぽりんの目には、再び闘志の炎がメラメラメララである。

 

 

  オイオイオイ、死んだわダージリン(仮)

 

 

 結局、追加で砲弾を2発叩き込んだところで白旗が上がったことが確認され、マチルダは撃破判定を受け退場。

だが俺たちもまた、無駄に追撃したために盛大に時間をロスしたこともあってまほ隊長が決着をつける主戦場には間に合わなかったのだった―――。

 

 試合の後でちょっとシャレオツなカフェでみぽりんとエリカを連れて打ち上げだー!してたら不意に「よろしいかしら?」とダージリン(仮)が近づいてきた。

試合の後はノーサイドってことで試合前のことを謝罪されたんで「謝ってもらうほどのことじゃない」と水に流す宣言したら、なんかティーセット一式を渡された。

 グロリアーナの伝統、中等部でも健在らしい。

試合の後でクタクタだったのもあってケーキセット頼んでたし、同席してるしでちょうどいいやってことで貰ったティーカップにこの店で一等気に入ってる珈琲ポットに入ってやってくる珈琲を注いでダージリン(仮)の前に置いたら卒倒された。

 

 

   ……何で?

 

 

気を失ったダージリン(仮)を抱えて後輩らしき生徒たちが下がっていくのを見送ると、微妙な顔で苦笑いするみぽりんがいて、エリカに至っては「えげつない返し方するわねアンタ」とドン引きしていた。解せぬ。

 

 

 

 後から知ったことだが、あれは京都で言うならば「笑顔でぶぶづけを顔面にシュー!」するレベルの暴挙だったらしい。

 

だがまぁ、みほエリの障害になるわけではないので、俺の記憶(ログ)には特に残らなかった。

 

 




序・破・何がQだよ!・急・終 の 5章予定です(


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【 破の章 『疾風 意地と見栄と恐慌の円舞曲』 】

 〇月×日

黒森峰との合同訓練。戦車一輛同士の模擬試合が始まる。
勿論、忌まわしき天翔エミのチームを指名。前回はマチルダで挑み、速度の差で接近を許されず敗北した。
 ならば速度。MkⅧハリー・ホプキンスで相手の疲労を待ち、至近弾で装甲の薄い部分を狙い仕留める。Ⅳ号の装甲ならば至近弾で的確に狙えばQF2ポンド砲でも貫通させることができる……はず!

 なんと完璧な作戦―――蝶のように舞い、蜂のように刺す。グロリアーナの優美な流儀にふさわしき作戦。「カーテシーに潜む薔薇」とでも名付けようかしら?


                 ~ ダージリンの手記 より ~



  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・破 】

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

 

 

 

―――ゴゥン!!

 

快速で疾走するハリーホプキンスのごくごく至近距離で、砲弾が炸裂する。

 

 

「ヒィィィィィ!!!!?」

「もう嫌ぁーー!!」

「ナンデ!?連射ナンデ!?アイエエエエエエエ!!!?」

 

 

轟音に軽戦車であるハリー・ホプキンスが揺れる。衝撃でガタンゴトンと車体が弾み、私以外の全員が半ば発狂に近い状況に陥っている。一部発狂している子もいるかもしれない―――。

 

 かくいう私も実のところ多分に漏れず、内心では今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。誰なのこんな作戦を考えたのは!?

 そうね、私ね!みんなごめんなさい―――!!

 

 

―――だってだって、あんなの反則過ぎるでしょう!?

 

 

 

 

  ―――試合開始から5分が経過しているのに、「装填速度が全く落ちていない」なんて―――何なのあの娘は!!?

 

 

 

 

試合開始とともに全速で逃げ回るハリー・ホプキンスに対し、Ⅳ号戦車は砲撃を当てられず、戦況は逃げる者とそれを狙う者という構図にまとまっていた。

 私の狙いはもちろんスタミナ切れ。装填3秒未満というスピードであろうと、生物である限り必ず息切れを起こす。あの子の矮躯で砲弾を装填し続けるのならば猶更スタミナは浪費される。

 

 あとはじわじわと蛇のように食らいつけばいいだけの話―――いえ、訂正。今のは英国淑女としていけない例えだった。

 

 じわじわと―――じわじわと……そう、真綿で首を絞めるように。相手が自滅するのを待つだけで良い。

直撃弾を食らえば一撃でアウトというリスクを伴う戦いではあるが、それでも逃げ回る時間はそう必要ない。

さて、天翔エミ。貴女はどのくらい保つのかしら……?30秒?1分?それとも、2分かしら?

 

 

 私は内心で勝ち誇り、操縦手に的確に指示を出しながら快速で駆け回り続けた。

 

 

 

 

―――私が『一体どれだけの常識外れ(アウトサイダー)』を相手にしているのか、その時は知りもしなかった―――。

 

 

 

 

―――開始から1分。

逃げ回り続けながら余裕で紅茶を嗜んでいた。

 

 

 

 

―――開始から2分

通信手からわずかな不安が見え隠れし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――開始から3分。

全く衰えず、平均3秒間隔で打ち出される砲弾の衝撃に悲鳴が生まれ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――開始から5分と30秒

 

 

 

『―――Ⅳ号戦車、残弾数ゼロ。よってこの試合、審議の末、引き分け―――!!』

 

 

 

「お―――おわった……の?」

 

 這う這うの体で呟いて、ぐったりと車長の席でグロッキー状態の私よりも、目下の光景は悲惨に尽きた。淑女として色々あってはいけないものが漏れていて、PJも涙だの唾液だの【漏れてはいけないもの】だのでもう酷い有様だ。

 

 車輛底面部のハッチを開いて全部垂れ流しにしたい気分だが、それを誰かに見られようモノならこの娘たちの将来が危うい。

 

 “美しき白鳥も水面下では醜く水面を掻いている”の言葉にありき

 

私一人で外に出て、ご挨拶の後にホプキンスを移動させるとしよう―――。

 

 

 

 

―――

 

 

〇月―日

 

チームメンバーに強烈なPTSDの発症が確認された。

主に砲弾の着弾音に対するパニック症候群だが、通常の症状はそれほどひどいものではない。

「連続着弾の音に過敏に反応する」タイプのPTSDだ。

 

―――おのれ天翔エミ―――絶対に許しませんわ……!!

 

追記

「カーテシーに潜む薔薇」作戦の永久凍結を決意。

もう二度と御免よ。

 

 

                   ~ダージリンの手記より~

 

 

 

―――

 

 

 

 

――――――Side Emi

 

 

 

 今日は聖グロリアーナとの合同訓練だ。

 

この間の一件からしばらく、ダージリン(仮)という「共通の敵」を通じて多少なりとエリカとみほの関係が柔らかな方向へ流れて行っている……気がする。

 そう考えるとダージリン(仮)というエッセンスを加えることで、水と油の二人の境界線を曖昧にすることで、みほエリの構築に一気に近づけるのではないだろうか?

 

 

 クォレハァ……来ちゃったんじゃないかな?みほエリの時代……!!

 

 

 

ダージリン(仮)を生贄にしてアドバンス召喚!みほエリ降臨せよ!!

 

 とかできるのであれば苦労などしない。みほエリの道は一日にしてならず。一日一歩。着実に歩を進めるのが一番の近道なのだ―――。

 

 

 

その先にきっとみほエリはあるぞぉ……だから、止まるんじゃねぇぞ―――!!

 

 

 

「―――天翔エミさん。ごきげんよう」

 

物思いにふけっていたら接近するダージリン(仮)に気が付かなかった。少しびっくりした表情の俺の前でダージリン(仮)が背筋を伸ばしたまま両手を軽く広げてお辞儀をする。 確か、カーテシーだったっけ?

 挨拶を返そうとして、

 

  ―――その時、エミに電流走る―――ッ!!

 

―――俺、ダージリン(仮)の名前、聞いたことねぇ という事に―――!!

 

やばいよ、ダージリンとか確かまだSN貰う前だし、その名前で呼ぶのはまずい。そもそも何でこいつ俺に名乗ってもないのにさも「知ってて当然でしょう?」という顔で挨拶に来てるの?ふざけてるの?

 

 まずい、何がまずいって英国式の挨拶してるタイミングで挨拶を返さずに沈黙でいるのがマナー的にアウツ。全アウツ……何かないか……?何か、何か……

 

 

悩んだ末に光明一筋。「私、貴女にまだ名前を教えてもらってない」と言うと、少し考える様子を見せて、教えてないことに思い当たったようだ。

よし、「なまえをよんで」作戦成功。持ってるわ―――。

 

 

「―――私の名前は―――『次!グロリアーナの7番!相手を選べ!』―――失礼。順番が来たようです」

 

 

間が悪いというかなんというか、ダージリン(仮)の名前は教官の声に遮られてしまった。残念!!

 そしたら目の前のダージリン(仮)が俺に向かって手を出した

 

「では天翔エミさん。私と一局(面)、踊っていただけるかしら?」

 

 

 なんと、やせいのダージリン(仮)がとびだしてきた(にげる不可

 

 

他のメンバーと相談してからと言ってチームメンバーを引っ張ってきたのだが、とにかくダージリン(仮)とエリカの仲が悪い。再び始まる言葉のドッジボールに、「またまほ隊長が来るぞ」と止めに入り、なんだかんだで試合開始。

 

 

こちらはおなじみⅣ号戦車F型。対する相手は―――

 

「あれは……ホプキンス?舐めてくれるじゃない」

 

エリカが怒りの限界を超えたのか、なんかイイ笑顔で不敵に笑っている。

みぽりんはみぽりんで静かな表情の背後に炎のオーラが見える。このままスーパー西住人に進化してしまうくらい燃え滾っている。

 

 

 いったいダージリン(仮)はこの二人に何をしたと言うんだろうか……?

まだ弱気でおどおどすることが多いみぽりんがこんだけメラメラしてるってよほどのことじゃなかろうか……?

 

 

―――試合が開始すると同時にハリー・ホプキンスは全速力で離脱行動を取り、黒森峰の練習場名物「黒の森」を利用し、木々の間を駆けまわりながら回避運動に専念していた。

 時折遠距離から砲弾が飛んで来るが、ホプキンスの主砲はQF2ポンド砲。距離が開きすぎてて回避も余裕だ。

 

 

 暫く砲撃しながら様子を見ているが、相手が近づいてくる様子が一向にない。

 

 

 

 

 

「―――もしかして……聖グロの車輛、装填手の疲労を待ってる……?」

 

 

 

みぽりんが小さく呟く。

なるほどなーと、すとんと腑に落ちた。アイツら逃げ回って装填速度が落ちたタイミングで接近、ゼロ距離射撃で装甲をぶち抜こうっていう魂胆だったかぁ―――

 

 

 だが、その作戦は失敗だ――――――なぜなら

 

 

 

 

 

 

「へぇ―――面白いじゃない」

 

 

 

誰よりもブチギレているエリカがここにいて、しかも悪いことを思いついたとき特有の残忍な笑みを浮かべておられるからだ(敬語)

あまりにあまりなエリカスマイルにみぽりんが完全にビビって尻尾丸めたわんこになってしまっている!!

 

 

 

「―――エミ。かまやしないわ!!!

 

 

 

 

 

 

      ――――とことんまでやんなさい!!」

 

 

 

 

 

   オイオイオイ、死んだわダージリン(仮)(二度目)

 

 

 

 

 

 

―――そこから先は、特筆すべきこともない。もともと試合開始から終了までペースを落とさずに装填することができる無尽蔵のスタミナと筋力のお陰で、こっちは早々にまほ隊長の車に移動させられかかったのだ。スタミナ勝負を挑むとかさぁ……

 

 

 

 

――――馬鹿でしょ?(烈海王感)

 

 

 

 

まぁ、「うぉぉぉん!」とばかりに人間スピードローダーと化した俺の高速装填からの乱れ射撃ちにより現場は大混乱。黒の森に次々とできるクレーターめいた着弾痕、必死で逃げるホプキンス。試合はシューティングゲームの様相を呈して来て……

 

 

 

―――うん。先に砲弾が尽きました(

 

 

 

 

勝負は引き分け。試合の後はノーサイドってことで挨拶に出向いたら、ダージリン(仮)だけが出てきてカーテシーでご挨拶。

そのまま「急いで反省会がありますので」と言ってそのままの体勢でバック走で逃げて行った。

 

 

―――あれ?名前……まぁ、俺の記憶(ログ)にはなにもないな

 

 

 

 

 

―――

 

 

〇月―日

 

今度はグロリアーナの艦上演習で聖グロリアーナとの模擬戦。

何故かダージリンの車輛が恐慌状態に落ち込んだため、砲撃、撃破した。

 

撃破した瞬間、エリカが喜んで手を掲げ、みぽりんと「はい☆彡たーっち!いぇい!」していた。

すぐに気づいてそっぽ向いて真っ赤になるエリカと嬉しそうなみぽりん。

 

 

 やばい。尊い。達する()

 

 

これは間違いないな。俺は確信した。

 

 

 

 ダージリン(仮)を倒せば、みほエリの仲が1段階進む!(確信)

 

 

 

―――

 

 




たまには、頭を空っぽにしてバカっぽい話にするのも悪くない(



いや、やりすぎた感がないわけではない(

だ、大丈夫。ストーリー的には終章につながってる。繋がってるから……(


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【 破の章 弐 前編 】



 

 ―月〇日

 本日は黒森峰との模擬試合の日。
また……勝つことができませんでしたわ……
憧れの紅茶の園の方々の前で敗北を喫するなんて……

憎々しきはあるけれど、試合の後はノ-サイド。優雅にご挨拶に行くと
そこには意外な方が天翔エミの前に居りましたの―――


                 





 ―月〇日 追記

天翔エミィィィィィィィィィ!!!!!!!!




             ~ ダージリンの手記 より ~






 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

 

―――また、負けた―――。

 

 

 

忌々しい、天翔エミ。あの娘と知り合ってからどうにも自分の調子がつかめない。

 

 白旗が上がったマチルダⅡから降車し、車体に腰かけてカップの紅茶を飲み干す。同じように降車してきた後輩にカップとソーサーを預け、私は天翔エミたちのチームメンバーにご挨拶に向かうことにした。

 

 

このところの敗北について悩んでいるうちに設営テントのエリアの前にやってくる

 

 

「―――ハハハ――――」

 

 

微かに、聞こえる声に聞き覚えがあった。

 

これは、この声は―――

 

 グロリアーナ女子ならば皆があこがれる紅茶の園、その聖グロリアーナ女学院の頂点に君臨する高等部現隊長

 

 

 

 

  ―――そう!!人呼んで【疾風】の―――

 

 

 

 

「あっはははははは!!!すごいわ!飛んでる!!たーのしーぃ!」

「はーいもう一回行きますよーたかいたかーい」

 

 

 

 

「―――天翔エミィィィィィィィーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・破 】

 

     『 疾風Ⅱ 「刮目なさい!我は「疾風」アールグレイ! 前編」 』

 

 

 

―――Side Emi

 

 

① 試合が終わってくつろいでいた

 

② 変なお姉さんがやってきた

 

③ 二の腕とか肩とか腰とか勝手にペタペタ触り始めた

 

④ 「どのくらい力があるの?」と聞かれたので足元に落ちてた手ごろな石ころを拾い上げて「スリケン!イヤーーーッ!!」→木にめり込む

 

⑤ なんかテンション上がったお姉さん。「ひょっとして、私を掴んで上に放り投げたりできる?」とグイグイ来る。

 

⑥ 「すごーい!とんでるー!たーのしー!!」→ ダージリン(仮)が大声で乱入してきた件

 

 

「―――以上です」

「大変申し訳ありませんでした」

 

俺が全行程を説明し終わるころには、ダージリンは全力で頭を下げていた。

件の姉さんといえばどこから持ってきたのかテーブルにソーサーとカップを持ってきて優雅にティータイムをキメている。

 

「で?この人誰?」と俺が尋ねると信じられないという表情をするダージリン(仮)。するとティータイム中のお姉さんが立ち上がり、優雅にカーテシーのポーズをとる。

 

 

「聖グロリアーナ女学院、現隊長。人呼んで「疾風」アールグレイですわ。以後お見知りおきを」

「―――そういうことです」

 

 

 

*****

 

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

(胃が)死ぬ。

 

目の前で行われていた奇行に思わず声を荒げてみれば、事情を聞くと全面謝罪する内容でした―――どういう茶番なのこれは……。

 

 

「で?この人誰?」

 

 

 頭を下げている間に聞き捨てならない言葉が聞こえた。何なの?何なのこの娘。

何で聖グロリアーナでもトップレベルに有名なこの方のお名前を知らないの?

 文句の一つも言おうとしたところ、おもむろに彼女が立ち上がり、カーテシーで一礼する。

 

 

「聖グロリアーナ女学院、現隊長。人呼んで「疾風」アールグレイですわ。以後お見知りおきを」

「―――そういうことです」

 

 

そこ。「ふーん」じゃありません!何なの本当にこの娘!?アールグレイ様もお腹を抱えてケラケラ笑っているし……あぁ……胃が痛い……こんなところを他の紅茶の園の方々に見られでもしたら……

 

 

「そ、それでアールグレイ様、何故このような場所に?」

 

 

 どうにか目的を早期に果たして帰ろうと話を振ってみると、アールグレイ様はにこやかに微笑んで天翔エミを見る。

 

 

「噂の「機関砲(オートカノン)」を見てみようと思って来てみたの」

 

 

 ―――「機関砲(オートカノン)」 それは天翔エミの装填速度から来る脅威の連射砲撃から付いた彼女の通り名。中等部で通り名を持ってる戦車道生などほとんどいないというのに、この娘は装填手というみそっかすの立場でそれを手に入れていた。

 

 本人も初めて聞いたのだろう。眼を見開いて自分を指さし、アールグレイ様がにこやかに頷くとおもむろにその場に着座して―――

 

 

 

「つ、謹んで辞退したいと思います(しめやかに土下座)」

 

 

 

 

―――は?(威圧)

 

 

 

 

 

――――Side Earl grey

 

 

 

後輩で目をかけている子が最近連戦連敗。同じ相手に負け続けて落ち込んでいる。

 

 

 そんな話を聞いた私は、噂の娘を確かめに黒森峰との模擬試合を見るためにお忍びでやってきたのだった―――。

 

 

いや、驚いたわね実際。連射間隔が体感で3秒あるかないか、戦車に乗って対峙しているのならきっと2秒半くらいに感じてしまうかな?

 

それにしても不思議だなぁ

 

 

【なんでこの程度の子に、あの子が敗けてしまうんだろう―――?】

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

―月〇日

 

試合の後で変な人がやってきた。全身をペタペタと触ってきた。

何なのこの人?そっちのケの人?やばい?やばない?(やばい)

 

「どのくらい力があるの?」とか聞いてきたのでイシツブテ(Notポ●モン)を近場の木に向かって【君に決めたッッ!】して幹に突き刺さる威力を見せたら手を叩いてはしゃいでいた。

―――で、結局誰なの?

 

 ひとしきり騒いだ後俺の手を自分の腰に添えてきて「じゃあ私を持ち上げられる?」とか言ってきたのでグッと力を入れて持ち上げてやる。砲弾に比べれば全然軽いし、砲弾でお手玉できるのにこの程度何も問題ない。

 

―――で、結局誰?

 

「じゃあ次は、高い高いとかできる?上にぽーんと放り投げてキャッチするの!」

きゃっきゃっとはしゃいでいるお姉さんに「危ないので」と断ろうとすると露骨に不機嫌になった上、手の上から手を添えて手を離させてくれない。何なのこの人……?(疲労)

 根負けして上に軽く放り投げたら「もっと高くできるよね?やって」

 

―――なんで?(

 

 教訓:テロリストに譲歩してはいけない。 を胸に刻みつつたかいたかいを続行してたら大声でこちらに向かって駆けて来るダージリン(仮)の姿。あ、この人ダージリン(仮)の知り合いなの?

 

 

―――で、この人結局誰?

 

 

 

 なんか第一印象が「色んな意味で危ないお姉さん」に設定されつつあるこのファンキーなお姉さん、名前を「アールグレイ」、紅茶の園の一員で、現在の聖グロの隊長を務めている人なのだとか。

 ダージリン(仮)が日ごろお世話になってる高等部在学の先輩で、ついた異名が

「疾風」なのだそうだ。

 

 

 ―――疾風てw(草) 疾風wwwwアールグレイwwwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ぼくのふたつなは「おーとかのん」らしいです

かんべんしてください。なんでもしますから

 

 

 

 




いつから「破」が1つだけだと錯覚していた……?(愛染感

こちらの後編は、なるべく早くします


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【 破の章 弐 中編 】

―――天賦の才、と呼ばれるものがある。


 欧州ではしばしば、「神から下賜されし者(ギフティッド)」などと呼ばれる。

それは努力だの、経験だのを軽々と凌駕し、ごくごく特定の状況に限定すれば、

同じ状況下の何者よりも優秀だと結論付けるだけの素質。




 天翔エミには それがある―――ただし、戦車道とは致命的に噛み合わない


 【あの娘とは、そういう意味で正反対だ】


               ~著書「アールグレイかく語りき」より~




     『 疾風Ⅱ 「刮目なさい!我は「疾風」アールグレイ! 中編」 』

 

 

 

―――Side Emi

 

 

 

   ぜんかいのあらすじ ~どげざしました~

 

 

 

 

 

やめてください辞退させてください二つ名とか痛々しい黒歴史になるに決まってるじゃないですかやだー!!

 

 

 そんな万感の想いを込めて全力で土下座してみたが、アールグレイさんからのお答えは「その願いは私のチカラを超えている」だった。クソッ!何て時代だ――!!

 

 まぁわかっていたことだよ。聖グロに蔓延してる通り名っていうのならこの先輩一人にどうこうできる問題じゃない。

 

 

 

 

 つまり害悪を垂れ流してる聖グロのマスゴミ広報部をシメればいいんだろう?俺は詳しいんだ―――!!

 

 

 

 

そんな雑な思案をまとめていたらさっきから小刻みにプルプル震えてたダージリン(仮)が「どういうことですか!!」と大声で怒鳴り声を上げていた

 

 ―――これは今(ダージリンから)聞いた話なのだが、

 

二つ名というのはとても名誉なものであり、中等部の時点でそれを周知させることはまず不可能であり、それが周知されてるというのがイコール、すごい戦車道選手なのだ。という一種のスケールになるのだということ。

 

わかりやすく言うと今回俺がやったのは、「戦国時代に朝廷から下賜された官位をその場で朝廷の使者に差し返して、『お帰り下さい』と言ったようなもの」らしい。

 

うん、ありえねぇわ。これ受け入れておかないとみぽりんにもエリカにもみほエリにも黒森峰にも全方位で迷惑がかかる行為だわ。織田信長ですら正面から突っ返したら朝敵待ったなしだから待たせておいて相手が帰るまで根気勝負した案件だわ……

 

 

―――これは後でケジメ案件かな?指一本(1ピロシキ)で足りるだろうか?

 

 

だが神は俺を見捨てていなかった。

アールグレイさんの方から「じゃあ二つ名をなかったことにしてあげる、貴女にはもったいない称号だし」と言い出した。

 

 

 勝った!第三部完!!さすアール!

 

 

釈然としない表情のダージリンだが先輩には何も言えないらしく黙っている。

 

 

 

よし、このままいけば俺の黒歴史は―――『ふざけないで貰えます?』―――は?

 

 

 

 

********

 

 

―――Side Free

 

 

 

『ふざけないで貰えます?』

 

 

 アールグレイの言葉を遮って、やや怒気を孕んだ声が上がった。

エミが起き上がって其方を見やると、設営テント群のエリアからこちらにやってきたらしいエリカとみほの姿があった。どうやらエミを心配してやってきたようなのだが、そこでエミは周囲を見回し、状況を整理する。

 

 

 

① 天翔エミは、背後になんか怖い表情で静かな怒りのオーラを放つダージリン、前方には現在意地の悪そうな顔をしたアールグレイ先輩 という布陣にサンドされた状態で土下座を慣行していた。

 

② 「君には勿体ないからしまっちゃおうねぇ~」とかそんな感じのライトな物言いで「二つ名」をエミから取り上げる発言をしていた

 

③ 二つ名とはとてもありがたいもので、自称するのではなく他人から呼ばれることで初めて名誉あるものと呼ばれるものである

 

 

以上の状況証拠から「今来たばかりのこの二人が一体どういう結論を出すだろうか?」

 

 

 

 

  ―――天翔エミは空を仰いだ。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

―――Side Emi

 

 

 こ じ れ ま し た 。

 

 

 

ダージリン(仮)を濃縮して英国面を強化しつつ愉悦を余った部分に余すところなく注ぎ込んだようなこのパイセン。

 

 いうまでもなく、『エリカと相性が最悪である』―――。

 

あーもうめちゃくちゃだよ―――。エリカダージリン(仮)のドッジボールよりももっとひどい。言葉の千本ノックだ。なおアールグレイパイセンにノックを受ける気がないので打ち出した言葉は一方通行で、よりエリカのフラストレーションが天元突破。もう止めどころを完全に失った暴走特急モードである。

 

 みぽりんはみぽりんでいつの間にかダージリン(仮)と俺の間に割り込む様に身体を滑りこませて俺を庇う様に立ってるし、ダージリン(仮)は何を言うでもなく俺のことを険しい表情で見てるだけー……なにこの千日戦争(サウザンドウォー)

 

 

 

 

「―――勝負なさい!!エミの名誉は、私たちがチームで守る!」

「―――へぇ……」

 

 

 売り言葉に買い言葉とかそういうレベルではなくただただ一方的にヒートアップしていくエリカがついにはパイセンに手袋を投げつけるレベルの宣戦布告に出た。

 

 

「―――お待ちなさい」

 

 

 そんなエリカを止めたのはダージリン(仮)だった。紅茶の園のメンバーに手を出すと最悪聖グロと黒森峰の全面戦争に発展しかねないと言う。

 

 やべぇよ……どんどん話が大きくなっていってる……やべぇよ……

 

内心の動揺が表情に出てたのか隣に立ってるみぽりんが腕をぎゅっと掴んで励ましてくれてる。尊いがこれはケジメ案件だな。俺の罪状は追加された。

 

 

『―――それなら、私から提案するわ。エキシビションマッチをね』

 

 

―――そんなことを言い出したのはアールグレイパイセンだった。

 

 

 

 

*********

 

 

 

―――Side Earl grey

 

 

 若いって良いわね。何処までも愚直になれて。

 

グロリアーナと違って他の学園というのもいい。条件が違えばここまで面白い子が育つ。

 

後輩はこういう突拍子もない子を育ててみるのもいいかもしれない。

 

 

 

 高等部の、高校での戦車道のレベルを見ることができるということで、演習試合の許可はあっさりと下りた。黒森峰には渡りに船だったかもね。実質タダでこっちの戦略を調査できるのだから。

 

 

 

「あの、よろしかったのですか……?」

 

 

 

おずおずと私に尋ねて来るあの娘に微笑みで返す。

 

 

「なぁに?私が苦戦すると思ってる?

 

 ―――冗談。この程度、グロリアーナの流儀を崩すまでもないわ」

 

 

グロリアーナの流儀、「いついかなる時も紅茶をこぼすことなく優雅たれ」―――。

私の言葉に何か思うところがあるのか顔を歪める。可愛いなぁ、けれどそれは良くない。淑女たるもの、表面は涼しい顔でないとね。

 

 

「お言葉ですが、アールグレイ様。

 

 

 

 

   彼女を、天翔エミを侮らない方がよろしいかと」

 

 

とげとげしさを感じさせる声質に、彼女の偏執が感じ取れる。これはあれね、この子の悪い癖が出てるわ。こういうところがなければいつでも飛び級仕様で紅茶の園の冠名を授けて上げるのに―――。

 

 

「―――古人に曰く 「下手な鉄砲も数撃てば当たる」―――。

 

 

  ―――その逆もまた然り、「数撃たぬ鉄砲など脅威たりえるものか」―――」

 

 

 私はそう告げて、PJの最後のボタンを留め、愛機「クロムウェル巡行戦車」に乗り込んだ。

 

 

「さぁ―――刮目なさい!!

 

 

  ―――我は【疾風】、アールグレイ!! Panzer Vor!!」

 

 

 

 

*******

 

 

 

―――Side Emi

 

 

 

 ど う し て こ う な っ た ?

 

 

 

 

あれよあれよという間に演習試合、エキシビションマッチということで1対1のハンディキャップマッチが開始された。

 

 

 

 ルールは簡単。

 

・Ⅳ号F型の砲弾が、アールグレイ駆るクロムウェルに掠りでもすれば勝利

 

・その前にⅣ号が戦闘不能に陥れば敗北

 

 

 

 

とてもシンプルだな。―――とことんまで舐められてるという点を除けば

 

 

 こんな条件の試合になってしまったせいで、ウチのエリカさんが以前のハリー・ホプキンスとの一戦以上にブチギレておられて戦車内の空気が半端なくギスっている。

みぽりんなんかもうありえないくらい縮こまってしまっていてどっちが車長だかわからねぇなこれ。

 

 

 

「―――あー、テステス、聞こえる?こちらアールグレイ。準備はいいかなー?」

 

「―――あ、はい。こちらⅣ号戦車、準備完了です」

 

「うんうん、いい返事だわ。

 

 

   ―――さて、それじゃ掛け金(ベット)を決めようか?」

 

 

 

―――は?(困惑)

 

 

 

勝負を煽っておいておぜん立てを整えて、その上で相手が盤上に乗ってから掛け金交渉を始める。汚いな、流石ブリカス汚い。

 

 

「ハンディキャップマッチだし?こっちが勝ったら――――

 

 

 

   ―――そうね。『機関砲』のあなたを一か月くらいウチにレンドリース。とか」

 

 

 

 

 

 

―――は?(戦慄)

 

 

 なんでそこで俺の名前が出るの?やっぱそっちのケの人なの?リリィなの?やばいの?(やばい)

 

 

 

「―――ざっけんじゃないわよ!!!」

「エミさんはモノじゃありません!!」

 

 

 

車長と副長が猛反発。二人の息の合ったコンビネーション良いぞーコレェ

でも二人とも俺の身体を両側からガードするのやめて、俺という物理的な壁でみほエリが純粋に完成しないの。 俺の罪状がまた一つ加算された。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

―――それを一言で表すならば……一方的過ぎた。

 

 

 

 

「あっははははは!!!どうしたの?撃ってこないの?どんどん行くわよ!さぁ、さぁ、さぁさぁさぁ!!

 

 

 ―――Kites rise highest against the wind – not with it.―――!!

 

 

 風に流されるオマエたちは……【疾風】には勝てない―――ッ!!」

 

 

 

高速で駆け回り続けるクロムウェル。その動きはかつて私が懸けた作戦「カーテシーに潜む薔薇」とよく似ていて、しかし大きく違っている。

 

 

 私が指示したハリー・ホプキンスは「Ⅳ号の有効打を受けないように逃げ回っていた」だけだった。

 

 だが、彼女のクロムウェルは違う。「駆け回りながら攻勢を行い、かつ逃げ回っている」

 

 

時に肉薄し、時に大きく離れ、速度をほとんど落とすことなく走り回って照準を定まらせない。加えて近距離に近づくたびに行われる接射撃でⅣ号の装甲をじわじわとはぎ取っている。

 砲塔がつかめない敵を掴もうと動き回るたび、クロムウェルはその動きを更に超えて動く。中学生と高校生の年齢の差、経験の差がここに如実に表れていた―――。

 

 

「―――すごい……」

 

知らず、声が漏れていた。

 

やはり、やはり隊長はすごい。凄い選手だ。日頃の酷い行動とは裏腹に、敵を誘い、かわし、穿つテクニックは隊長の隊長たる所以。

そして止まることのないクロムウェルは、正に『疾風』―――!!

 

 

 戦況は、どんどん一方的なものになっていった……!!

 

 




区切りが悪くなると困るしここで中編 ということで(震え




Kites rise highest against the wind – not with it.
「凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない。」

    ―――ウィンストン・チャーチルの言葉。


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【 破の章 弐 後編-1 】

気が付いたらスイッチがオフするようにオフトゥンに包まれていた。

続きを書いてる時間がないのであとで統合してまとめるとして、
後編の前の方を投稿します。




 木々の間を駆け抜けるクロムウェル。この程度の場所で速度を落とす必要などない。

 

 

「あの―――何故相手は撃ってこないのでしょうか?」

 

おずおずと、通信手がアールグレイに尋ねた。

アールグレイはただ静かに微笑んで通信手に答える

 

「当然よ。こちらが動き回って砲撃の距離感も角度も射線も、全て乱し続けているから。

 操縦手の技術あってのことだけど―――まぁ、今回に関してはそれだけじゃないわ」

 

 

アールグレイは片手に持ったカップに、備え付けられたティーポットを片手で支え、全速で駆け回る車内で正確に注ぎ淹れて見せた。

 それをクイと傾けて喉を潤し、唇を親指で軽く拭い、カップの端をPJに備え付けのナプキンで拭い

 

 

――――人差し指をひとつ、立てる。

 

 

「あのチームの弱点その1―――『砲手の経験値が足りない』―――」

 

 

 

 

     『 疾風Ⅱ 「刮目なさい!我は「疾風」アールグレイ! 後編」 』

 

 

 

―――Side Emi

 

 一言で言える 「 こ の 腐 れ ブ リ カ ス が 」

 

 もうね、この上なく戦車内部の空気が最悪です。

 

 

まず試合開始直後、アールグレイパイセンの指揮するクロムウェルは、雑木林方向に飛び込んだ。当然頭に血が上ってるエリカとそれを止めることもできない我々はⅣ号で追いかけた―――

 

 追いかけて雑木林の中に入り込んだ直後、背後で轟音。バキバキと言う音。

 

全速で駆け回りⅣ号の側面に大回りしたクロムウェルからの砲撃で『Ⅳ号の退路にあたる道が物理的に封鎖された』。砲撃がぶち当たった直後、割とでっかい樹がへし折れて退路を振座ぐ様に倒れたからだ。

 

 ―――狙ってやがったな 英国淑女(ジョンブル)―――!!

 

退路を断たれたⅣ号戦車の中で流石のエリカも追い込まれて罠にかかったことに気づき、前進して離脱しようとするも、木々の間を駆けまわるクロムウェルが的確にこちらの死角に潜り込もうとしてくる。

 加えてこちらの射線上に入る時は”近距離だったり遠距離だったり、場面場面で距離感を変動させている”

 

 ―――正直素直に舌を巻くレベルだわ。高等部になるとこうも違うのかと

 

ザクッと説明を省くが「ウチの砲手は砲手経験が浅い」

うん、これに関しては俺が悪い部分が多い。人間スピードローダ―による脅威の高速装填。その結果連射が可能になるので「精密射撃の必要が極めて薄い」

 それは砲手の成長を阻害するし、「外しても次がすぐ射撃てる」ってのは安心であると同時に慢心になると今気づくことになった。

 

 

―――で、今ですが。もう一度言います。

「 戦 車 内 の 空 気 が 最 悪 で す 」

 

 

 もうね、エリカはやすやすと挑発に乗って飛び込んだ結果が虎口で盛大に凹んでるわ、砲手の子は射撃ができない、照準を合わせる余裕がない、撃っても当たらなかったらエリカが何言うかわからないのでテンパってトリガーが引けない。

操縦手はどっち進んだらいいかわからない。下手に動くとクロムウェルから砲撃が飛んできて装甲をガリガリ削ってくる。

 

―――結論:地味に詰んでる。

 

 さて、どうしたものかなと黙考するのだけど―――みぽりんがさっきからずーっと黙ったまま地図とにらめっこしてブツブツ呟いているのが正直ちょっと怖いと同時に、なんかやってくれる一縷の望みを感じさせてくれた。

 

 

 

 ―――本当、頼むよみぽりん。お前が現状を突破する最後の光だ―――

 

 

 

 

******

 

 

 

―――Side Miho

 

 敵車輛はクロムウェル ミーティアエンジン搭載型 主砲は6ポンド砲

雑木林 倒木 腐葉土 行進間射撃 止まらない戦車 疾風 勝利条件 敗北条件

聖グロリアーナ アールグレイ ダージリン 逸見エリカ 天翔エミ アンブッシュ

 

―――左後方30度 右前方45度 正面0度 後方斜め22度 左側面90度 右側面38度 左前方13度 47度 88度 右後方33度…………

東南東、北北東、西南西、南東、西方、北方、

 

 

 

北東東北東東南東南南東東南東東南北東東南西南西西西西――――――――

 

 

 

*******

 

 

 

―――Side Earl grey

 

 

存外に呆気ないわね。あの娘を苦しめたとは思えないくらいに

 

 

そうなると次の可能性はアレか―――

 

 

―――特定条件下での才能の開花―――いやぁ、面白いわ。新人(ルーキー)

 

 

 ―――貴女の撃鉄(ささえ)は何なのかしら―――?

 

 

********

 

―――Side Emi

 

 いやぁ……クロムウェルは強敵ですね(現在進行形)

 

圧倒的ではないか敵軍は!とでも言おうか。全く手も足も出ないまま四方八方から攻撃を食らい続けてる。遠距離からの砲撃は呼び水で回避運動を取った瞬間、その死角になる位置に既に移動していて、接射撃で装甲にダメージを的確に入れて来る。

 もうね、Ⅳ号がボロッボロなの。正面装甲にも何発も被弾しててボコボコのボコだし側面の履帯をカバーする部分は装甲が薄いんでぶっ飛んでるし。

 

 エリカは自信喪失して涙目だわ操縦手は指示が来ないんでどうしていいかわかんないで固まってるわ砲手に至っては完全に心が折れてる

 

 ―――あれ?詰んでない?

 

 

「―――儘ならないなぁ……」

 

 

装填手用の座席をギッと軋ませてぽつりとつぶやく。

 

本当に儘ならないなぁ―――

 

 

 

―――なんで涙目のエリカを慰めるはずのみぽりんが俯いて我関せずなのかと!

 

 

 

 いや本当にね?このシチュエーション自体はご褒美なのですよ。さすアールにいいね!してもいいくらいに。普段強気で攻撃的なエリカが自己嫌悪で涙目になってるのは尊い。それを優しく慰めるべきみぽりんが今ここに、いない。

  ―――片手落ちでしょぉ……?

王手飛車取りをどや顔でキメてるけど自分は前の局面で王手食らってた みたいな致命的な片手落ちだわー、パイセンこれはないわー。

 

 

 そんなタイミングで、通信が入った。 パイセンから

 

 

「―――ハァイ、私アールグレイ。今雑木林にいるの」

「ドーモ、現在周囲が通信できる状態にないんで代理で通信させてもらいまーす」

 

 

やかましいくらいの駆動音が聞こえなくなったので、通信してる間どっかのブッシュに隠れてるらしい。芸が細やかなパイセンに舌を巻かざるをえない。

 

 

「―――で、まーだ続けるぅ?今なら投降も許可するわよ?」

 

 

 投降―――ギブアップ。まぁ正直其れも手ではある。

 

 未だブツブツと呟いてるみぽりんは現実に戻ってきてないし、この勝負そもそもエキシビションマッチとしては『大人と子供の戦い』なのだ。

「高等部まで研鑽を詰めばここまで強いんですよ」ってのをアピールする戦いとしてはこれ以上ない程の成果を見せてると言っていい。

 負けた時の条件「俺を一か月レンタル」ってのに関しても、まぁ通信相手のパイセンがガチレズで聖グロリアーナが百合の花園だったとしてもあまり問題にはならない(といいなぁ)

 みほエリの過程を一月も観察できないのは残念無念に過ぎるけれど俺がいないことで二人の関係が一歩進む可能性も―――『投降は、しません』―――お?

 

『投降は―――しません。エミちゃんは、渡しません」

 

グッと顔を上げて通信機の向こうにいるパイセンに強気の目を向けるみぽりん。覚醒みぽりんのケツイを込めた瞳はエリカにも勇気を与えたのか、エリカがみぽりんの手を取って二人で通信機に向かって声を上げる

 

「ええ―――よくもやってくれたわね。絶対勝ってやる ってとこよ」

 

通信機の向こうでケラケラ笑ってる声がする。あ、これすげーツボに入った時の笑い方だ。アールグレイパイセン的にはすごく面白い返しだったんだろう。

そして俺からも言いたいことがある。

 

―――ありがとうパイセン。さすアール。感謝します

 

みぽりんとエリカが手を繋いでお互い支え合って巨大な敵と立ち向かう。これだよこれぇ!!わかってるじゃないかぁ!俺のボルテージもMAXですよ!!

 

 

「そうねぇ―――じゃ、掛け金の変更として―――

 

 

 ―――――あなたたちどちらか一人が身代わりになる でもいいわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――  は  ?

 

 

 

 

 

 

 

 

*******

 

 

―――Side Earl grey

 

「あなたたちどちらか一人が身代わりになる でもいいわよ」

 

通信機でそう伝えた直後――――”空気が変わった”

ミシリと音をたてて、強烈なプレッシャーがあの戦車から放たれている。

 

 

―――私は理解した。【虎の尾を踏んだ】と―――

 

 

 

―――いいわ。あなたたち、すごくいい。きっと最高に愉しませてくれるのでしょう?抗って見せなさい―――新人(ひよっこ)ども

 

 

******

 

―――Side Erika

 

ミシリと、音をたてて空気が軋んだ―――ーいえ、『変わった』

 

ぐしゃりと音をたてて、砲弾を入れている鉄製のケースの端がひしゃげていた。

ケースをひしゃげさせた本人は、今迄見たこともないような笑顔を見せている。

犬歯をむき出しにして、今迄のような飄々とした表情とは違う、

 

 ―――とても綺麗で、好戦的な笑顔―――。

 

笑うという行為は本来攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である。

何処で見たのかは覚えてないけれど、そんな言葉を思い出した。

 

「―――アールグレイ先輩……ルールを確認しようか。

 

 ―――こちらのⅣ号が行動不能になる前に、砲弾を当てれば勝ち、そうだな?」

 

エミから今までにないくらい深い低音の声が漏れる。重圧に砲手も操縦手も怯え切っている。ただ一人、私と手を繋いでいる娘を除いて―――。

 

「―――ええ、そうよ。でもそれはあり得ない。貴女たちは【疾風】をとらえきれない」

 

通信機からやや真剣味を帯びたあの女(アールグレイ)の声が響く。その言葉は何よりも雄弁に今の現実を語っていて―――

 

 

 

 

 

「――――― 知 っ た こ と か 」

 

 

通信機をひったくったエミが、そう宣言した。

 

 

「―――先輩。こんな格言を知ってるかい?

 

 ―――人間には触れちゃならない傷みがあるんだ。其処に触れたらさぁ―――

 

 

 

 

    ―――あとは生命のやり取りしかねぇだろうが――――ッッ!!!」

 

 

 

 

 

グシャリと通信機が『握りつぶされた』。エミは本気で怒っている。冷静に、本気で怒り狂っている。

 

 その原因が「私たち」にあるって言うのが、なんだか少し、胸のあたりが暖かいのだけど―――

 

 

「―――みほ!考えてる作戦。あるんだろ?」

「ふぇ!?は、はい!あの……ただ、この作戦は一度しかできないし……今のままだと、相手の動きを止めることしかできないから……一撃で相手に当てる必要があって―――」

 

 

みほが口ごもる。車内に重い沈黙がのしかかった。

砲手の娘はもう完全に心が折れている。今のままでは役に立たない。みほがどんなに頑張っても――――これじゃ、もう―――

 

 

「―――大丈夫。マカセテ」

 

 

砲手の肩に手を置いたエミが、砲手の顔を自分の方に向けて、そう言った。今度は攻撃的ではない。仲間に向けるそれ。優しい微笑み。

 

 

―――不思議ね。アンタが言うと、信じてみたくなる。

 

 

色々と規格外過ぎて目を背けていたけれど、エミは人間だ。私たちに対していつも飄々としているけれど、怒る時は怒るし、泣くときはきっと泣くのだろう。

 

 

「みほ、アンタの作戦、聞かせなさい

 

 ―――砲手!!信じてるから、決めてやりなさい」

 

迷う事なんかない。どうせこのままだと詰みなんだし、ノッてやろうじゃない。

 

「はい!では……「ばったん作戦」について、説明します」

 

 

―――ごめん。今真剣なシーンよね?その作戦名はないわ。うん、ない。

 

 

 

****

 

 

 

―――Side Emi

 

―――おまん、みほエリを奪おうっちや?(維新志士感)

 

今、決定的に決まったぜ―――!!

 

俺が自分をピロシキする前に、テメェをピロシキする方が先だ――――ッ!!

 

滅・滅・滅・滅、亡・亡・亡ォォォ――――!!!!

 

 

 




今回はエリカのターン(と作者は思っている)


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【 破の章 弐 後編-2 】

―――― Side Darjeeling


みしり、 と―――

空気が震えて強い重圧が映像を介してここまで届いた―――。


嗚呼、―――拙い、これは拙い。


目が離せない。この戦いの行く末から


きっととんでもないことをやってのけてくれる




―――ねぇ、そうでしょう?天翔エミ――――!!



―――Side Emi

 

 脳内でピロシキの方法を20通り程羅列してそれをあのパイセンに行った際のシミュレートを流した結果、周囲のドン引き具合を加味することで少しだけ冷静になった。おれはしょうきにもどった。自分にやるならともかく、他人にやったらダメなやつだなこれ と―――。

 

 覚醒みぽりんの見せ場は確実に必要になる。と同時に俺は俺の目的を果たさないといけない。

 

俺へのピロシキ案件とパイセンへのピロシキ案件、それを両方こなしつつみぽりんに見せ場を用意する。そしてエリカへのフォローも行う。全部やらなきゃいけないのがみほエリの辛いところだ。覚悟はいいか?俺は出来てる。

 

「―――ここまでが【ばったん作戦】です」

 

みぽりんの説明が終わった。周囲に沈黙が落ちる。っていうか操縦手も砲手も引いてる。エリカもちょっと引いていた。

 

「―――みほ。

 

  教えてくれ。私は何をしたらいい?」

 

作戦の関係上、砲手が砲撃を行うのは「1回」。装填手としての仕事はほぼないと言っていい。なお、砲手が最も大事な仕事だと理解できた砲手が再びプレッシャーでカタカタとマナーモード携帯めいた震えを発症してたのでもっかい肩に手を置いて根拠はないがその場しのぎの言葉を添えると震えが止まり、目に光が戻った。

 やはりカミナの兄貴は偉大だと思う。

 

 再度視線をみほに戻すとなんか神妙な顔で「私も信じてますからね?」と念を押された。何が?

 

 

 

 

―――まぁ、最後の詰めをミスった場合も問題はない。 俺には最後の手段「うえぶ作戦」がある。

 

 

 

 

     『 疾風Ⅱ 「刮目なさい!我は「疾風」アールグレイ! 後編ー2」 』

 

 

 

 

―――Side Erika

 

 本当、この娘はよくわからない。

 

普段気が弱い態度で、どこまでも下向きなのにここぞというタイミングで突拍子もない視点から突拍子もないモノを導き出す。

 

「エミさん、そっちは、どうですか?」

 

頸にかかるスロートマイクに手を添えてみほが声をかける。通信相手の天翔エミは今Ⅳ号の中には居ない。みほが言った「疑念」を確信に変えるために外に出ている。

 

『こちらエミ。みほの言う通りだ。

 

 ―――倒木の根元に『決まった方向に折れて倒れるように細工がしてある』。確認した』

 

エミが調べているのは「私たちの退路を断った倒木」 みほが最初に抱いた疑念はそこからだった。QF6ポンド砲の一発で樹木が折れたとしてあちらの狙った方向に倒れるだろうか?という疑念。

 そして”あらかじめその方向に倒れやすくなるように細工をしていた”という可能性に至ったのがみほである。

 私は正直、このみほの持つ【明らかに普通とは違う視点】を少しだけ怖いと感じるときがある。でもそれは、きっと自分にはできないことに対する嫉妬であって、根源的な意味での恐怖ではないのだろう。

そもそも恐怖というのであればエミだけで普通は恐怖しても仕方がないくらい規格外なんだから今更恐れていられないというのもあるけれど―――。

 

 本当、なんであの子は【よじ登ることすらせずに脚力だけで木を駆けあがる】だの【枝から枝に飛び移り、戦車の死角である上空から移動】なんていう移動ができるのか―――。

 

 あんなの予測しようと思う方が無茶でしょ。私はおおよそ戦車道の戦略を根底から覆しかねない規格外の娘のことを頭から追い出し、作戦の概要をもう一度反芻した。

 

 

 

  ―――この時のエミの行動・戦術が、ずっと後になって黒森峰の戦車たちを対象に襲い掛かるとは、この時は想像すらしていなかった―――。

 

 

****

 

―――Side Free

 

十分に時間を与えた。さぁ、どう出るかしら?

 

アールグレイは操縦手に脚で指示を与え、再び全速でブッシュから飛び出した。十分な加速距離を稼ぐために大きく離れているが、視界の端にⅣ号の車輛は捉えている。東方向に向かう車輛の動きを見て取り、脚で合図を送る

 

「―――It's a show time. 幕引きといきましょうか」

 

 クロムウェルが駆ける―――標的を見据えて、木々の間を縫って。

 

「だ、大丈夫なのでしょうか?」

 

心配そうに尋ねる通信手に対してアールグレイは微笑みを絶やさない。ただ静かに、人差し指を立て、次いで、親指を立てた。

 

「あのチームの弱点、その2。【天翔エミは揺装填状態では高速装填ができない】」

 

 アールグレイは普段の言動から様々に言われているが、実際は聖グロリアーナで隊長を務めるだけあり、戦術・戦略に関してはすこぶる理性的で計画的である。

 彼我の戦力差を見て、各個撃破のために突破力を求めクロムウェルに行きつき、戦場を駆け抜け敵陣を横断して分断するぶっ飛んだ思考と胆力の持ち主ではあるが―――。

なので当然、天翔エミの乗り込むⅣ号戦車の全試合の内容を見ていた。あまり数があるわけではないが、模擬戦の内容、戦車の動き、砲撃の質、全てを見て、並べて、思考して―――

 

 そして行きつく。「Ⅳ号戦車は静止状態でしか連射能力を発揮していない」

 

高等部であっても行進間射撃が十全に可能な戦車道チームは国内にいない。大学生になれば違うのだろうが……だからこそ射撃は停車し射撃準備が整ってから放つものである。故に見落とす。

 違和感を感じたのは ハリー・ホプキンスの一戦だった。逃げ回るほうが軽戦車で速度の違いがあるとしても「静止射撃ならば命中させてもおかしくない場面が多々あった」し、「相手を脅すのが目的であれば的確に恐怖を煽るために、追いかけながら眼暗滅法で打ち続ける方が具体的に恐怖を煽れる」という点。

結論は「装填手は静装填しかやっていないか、或いはそもそも揺装填ができない」

 

 帰結したならそれを軸に戦略を組み立てればいい。相手が動くのなら射撃を恐れる理由はないし、止まっているのなら射線を作らなければいい。ただそれだけであの戦車は規格外の連射を生かせず堕ちる―――。

 

「さぁ、どうするのかしらね―――」

 

キューポラから上半身をのぞかせてⅣ号の背を視線で追う。詰み(チェックメイト)まではあと3手―――。

 

 Ⅳ号の無防備な背中が見えた。 あと2手―――。

 

 有効射撃範囲内まであと少し―――あと1手。

 

 

 有効射程。必倒の間合い―――

 

 

 「―――撃て(チェック)

 

クロムウェルから砲弾が吐き出され―――

 

 

 

     ―――――目の前に突然樹木が現れ砲撃を防いだ。

 

 

「―――は?」

 

思わず思考が停止するアールグレイと、目の前の倒木に足を止めざるを得ない。急停車したクロムウェル。

 

 

 

  ―――【疾風】は止まり、風は凪いだ―――。

 

 

 

 倒木の向こう側にⅣ号が見える―――【砲塔をこちらに向けて】

 

「―――!!緊急回避!旋回、急いで!!」

 

操縦手に指示を与えると同時に、砲華が咲いた―――!!

 

 

******

 

 

―――Side Miho

 

「―――エミさんからの確認が取れた以上。疑いようがないと思います」

 

私は地図を広げて、ペンで数か所を丸く囲っていく

 

「ここと、ここと、ここと、ここ。戦車の移動を阻害する大きさの樹木がある場所ですけど……多分この辺りにも細工がしてあるはずです」

 

私がこの作戦を考えるとしたら同じことをするから、わかる。【誘いに乗ってこなかった場合、どこから敵が飛び込んできても退路に蓋をする方法を考えるから】

 エミさんは戦車の中に居ない。今回の作戦に必要なため、外に出てもらっている。

 

『こちらエミ。配置についた、いつでも行ける』

 

エミさんからの報告を聞いて、私は操縦手の肩を蹴る。

 

「では、【ばったん作戦】開始します―――パンツァー・フォー!!」

 

 

 Ⅳ号は東に逃げる。遠くに見えるブッシュからクロムウェルが飛び出してきた。逃げるⅣ号と追いかけるクロムウェルという構図。

クロムウェルの速度は時速64km、対してⅣ号は整地状態で38km。倍に近い速度の差でどんどんと距離を詰められていく―――。

 

 じわじわと背中から追いかけてくるプレッシャーに、車内に緊張が走る。

うまくいかなかったらどうしよう……そんな不安がどんどんと大きくなっていく。

 

 

【大丈夫。私を信じろ。自分が信じられないのなら、貴女を信じる私を信じろ】

 

 

それは私に向けた言葉じゃないけれど、砲手の人も、操縦手の人も、エリカさんも、みんなその言葉に支えられて作戦を実行している。

 

 大丈夫。信じてるよ―――エミさん。

 

 

 

 作戦範囲にⅣ号が入ると同時に、クロムウェルが速度を緩めた。

 

 射撃が―――来る!

 

 

「エミさん!!!」

 

スロートマイクに手を当てて叫ぶ。私の声に反応して―――倒壊音が響いた。

 

メキメキと音をたてて樹木が倒れる。運良く砲弾を樹木が防いでくれた。

―――衝突を防ぐためにクロムウェルがブレーキをかけて停車した。

 

「行きます!」

 

運転手に指示を出して旋回する。目標は【すぐそばにある十分な大きさの樹】

 運転手の経験では超信地旋回はできない。信地旋回も難しい。

 

―――だから【腐葉土に突っ込んだ】

 

履帯が滑り、ドリフトのように滑走する。旋回途中なのでスピンターンのようにぐるりと半回転し―――【目標とする樹木に車体側面を激突させて停車する】

 

「―――砲撃用意!!」

 

あらかじめ衝撃に備えていた砲手は照準を必死で再動しようとするクロムウェルに合わせ

 

 

「――――撃てッッ!!」

   ―――ガォンッッッ!!!

 

砲弾が、放たれた―――。

 

 

*****

 

―――Side Emi

 

 さすみほ。

 

着眼点が普通の人と違うとは思ってたが、うん。見てるとこがおかしい、いい意味で。

 調査に出て欲しいと言われて戦車から降りてパルクールで木々を飛びまわり、最初に倒れた樹のところまで戻ってきた。調べてみると【特定の方向に倒れやすいように、折れやすいように切込みが入れられた形跡が残っていた】

 

 

「こちらエミ。確認した」

『わかりました。確認が取れましたので、【ばったん作戦】を開始します。エミさんはそのまま、配置についてください』

 

通信機越しに届くみほの声に「了解」とだけ返して再び木の幹を蹴って枝まで登り、木の枝から枝へ飛び移り、空を駆ける。

 

 できるんじゃないかと思って練習しておいたパルクールが戦車道で役に立つとは思っていなかった。人生何が役に立つものかわからないものだなぁと思う(確信)

 

 目的のポイントにやってきた。ここは【みぽりんが見抜いた、相手が細工を仕掛けている樹のある場所】である。木の根元の方を確認すると、確かに切込みが入っていた。自然倒壊することはなく、爆風をぶつけるくらいの衝撃で倒れるようになっている。

 肩に担いでいた車輛牽引用のロープを木の幹に引っ掛け、木の上に登ってロープが見えないように空中を介して準備完了。

 

【ばったん作戦】 それは簡単に言うと「相手が用意してた細工の入った樹にロープを引っかけて俺が引き倒し、倒木を利用して相手の進路を断ち、強制的に停車させる作戦」 だった。もちろんそれだけでは砲撃する準備を整えている間に相手が先に立ち上がってしまう。

 みぽりんが考えた作戦の軍神臭溢れる部分はここから。

雑木林の中でも腐葉土が多い場所を選んでそこに「履帯を突っ込んでまきこむ」。そうしてわざと車体をスピンさせて超信地旋回のように反転させる。もちろんこのままでは戦車が思ったように止まってくれるはずがないので、『傍にある樹に強引に当てて止まる』 というもの。

 作戦を提案したときにエリカや他の面々が引いていた理由、お判りいただけただろうか?

 

 うん、さす軍神。(くる)ってるわ(誉め言葉)

 

 そして作戦は成功する―――前にクロムウェルが砲撃しそうだったので倒木を落とすときにうまくタイミング合わせて砲弾を止めておくのを忘れない。

そしてクロムウェルが停車し、Ⅳ号は樹木に激突する形で止まり―――

 

―――Ⅳ号の砲撃が放たれた―――。

 




まだ長くなるのかよ……(

脳内出力が間に合わなかったのでここまで

次で破も終了。次は【急】の予定(予定


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【 破の章 弐 終 】

フートンに包まれてあれ(寝過ごしました)







―――

 

 咄嗟の判断で信地旋回に切り替えた。急発進による横向きのGに耐え、クロムウェルが半回転を終えてから身体を捻りⅣ号の方を見ると、Ⅳ号からは白旗が上がっていた。無理やりな停車と最後の砲撃のダメージで限界を超えていたようだ。

 

 

 そして――――

 

 

「―――あっは―――♪

 

 

 

 

 

 

 

 ―――あっははははははははははは!!!」

 

 

 

 

クロムウェルのキューポラから上半身だけを乗り出した状態で大声で笑う。

愉しい!実に愉しかったわ!

 

 

 

「――――お見事!!それしか言えないわね!」

 

 

―――クロムウェル右側面の装甲表面、そこには弾丸が通り過ぎた時に削り取った痕がしっかりと残っていた―――。

 

 

 

     『 疾風Ⅱ 「刮目なさい!我は「疾風」アールグレイ! 終」 』

 

 

 

―――Side Earl grey

 

 

 

 本当、期待を裏切らない娘たちだったわ。

だからこそ残念だなぁ。一人くらい連れて帰りたかったなー……。

 

「―――お疲れ様でした」

 

 試合の後はノーサイドは戦車道界隈での常識。私が車長の娘の前に出ようとするとブロックするように【機関砲】のあの子が割り込んでくる。

 

「お疲れさまでしたー。高校のレベルってのが良くわかりました。半端ないですね」

「高校戦車道もピンキリだけどね。”冠名持ち”(ネームド)は伊達じゃないの」

 

そんな風な言葉を交わして別れる前に、どうしても聞いて見たかったことを思い出した。

 

「―――そうだ。聞いておかなきゃいけなかったんだわ

 

 

  ―――あなた、何で戦車道を続けてるの?どういう意味なのかは理解してると思ってるから「好きだから」とかそういうのはいいから」

 

 私の言葉に後ろの二人が身構えた。あの娘の反応次第では食って掛かられるかなぁこれは……

 

 私の質問にしばらく考えるように首をひねった天翔エミは―――

 

「―――この道の先にしか、望む未来がないと思ってます。

 それがたとえ苦難だらけだとしても、踏み越えるくらい覚悟できてなきゃ……

 

 ―――じゃなきゃ、夢を追ってますなんて言う資格ないでしょ」

 

こともなげに、そう言った。

 

「―――は、ははははは……あははははははは!!!」

 

今度こそ、もう我慢なんかできないで大笑いしていた。もう無理、我慢なんかできない。

 

――――興味(おもしろ)すぎるわこの娘たち―――!!

 

 

「―――いや、ごめん、ごめんね。私ちょっと笑い上戸でね……笑わせてもらったお礼と、貴女の夢を嗤ったお詫びに何かしてほしいことがあったら応えて上げるわ。応えられる範囲内なら」

「あ、じゃあ【機関砲】っていう二つ名、アレ止めてください」

「あ、やっぱり?うん、いいよー」

 

 

私の言葉に即答する天翔エミに、即答で返す。

 

 

「―――【機関砲】なんて名前貰ったら砲手の子に悪いものねぇ」

「いや、別にそういうわけではない―――です」

 

 

 最後の方で口ごもったのが謙遜を隠しきれてないなぁ。まだまだだね、天翔エミちゃん。

後ろの二人も真意に気づいてか尊敬の目を向けてるし。本当、初々しいわー

 このままだとあの子が周回遅れになりそうだし、そっちも手助けしますか―――

 

 

「まぁ、それだけじゃちょっと少ないと思うから―――」

 

 

私の後ろで待機してた娘を前に押し出すようにして肩を両手で抑えて逃げられなくする。

 

 

「あ、アールグレイ様……?!」

「さて天翔エミ。私はこの子に近いうちに”冠名”ダージリンを与えようと思ってるの。でもそれを曲げて、貴女の与えたい名前を通し名にする権利を上げちゃいまーす」

 

 

 私の提案に天翔エミは怪訝そうな顔をした。未来のダージリン候補に通し名としてツバつける権利をくれてやるんだから破格の対応なんだけど―――聖グロのルール、やっぱり他校には浸透してないのねー……

 エミちゃんは私の言葉に「まぁそう言うなら」という感じでううむとうなっていたが、やがて決まったのか、私の方を見た。

 

 

「―――じゃあ、フッドで」

「了解、フッドね。聖グロリアーナ隊長、アールグレイの名のもとに承認しまーす」

 

 

 名付けが気に入らなかった烏帽子子が烏帽子親と口論してるのを見てまた笑いが込み上げてきた。駄目だなぁ……こういうの笑っちゃうんだ。

聖グロでチャーチル会とマチルダ会のぶつかり合いに参加しなきゃいけない無常さとか考えると、どうしてもこういう日々の楽しさを探しちゃうんだよねぇ……

 

 

 ―――それにしても、付け入るスキもないなぁこの子たち。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「―――よろしかったのですか?」

「……なにが?」

 

黒森峰連中が帰った後で、フッドちゃんが私に話しかけてきた。

 

「……アールグレイ様のことです。もしもクロムウェルが本来のMkⅧであれば……75mm砲ならば」

「ウンソウダネー。それ使ってたらイキってる先輩の後輩イジメ以外の何者でもないからねー?」

 

質問に端的に返してあげると絶句してた。予想外だったかー……

 一応私聖グロリアーナの隊長で、学園のトップなわけで……喧嘩売られたから買いましたーってだけで本気の本気で挑んで蹂躙するとかそれ学園の品性を下げるって一番言われてるから……

 

「常々言っているけれど……もっと視野を広く持ちなさい。戦場を俯瞰し、盤面を見るかのようにね」

「……はい。申し訳ありません」

 

 しゅんとしたフッドちゃんを前に考える。 天翔エミ、及び西住みほと逸見エリカというあの三人の『かみ合わせ』について―――

 

 戦車道における常道とはじゃんけんの様なものだ。 例えば包囲陣は一点突破に弱く、防御陣は一点突破に強く、包囲陣に弱い のようなわかりやすい三竦み四竦みがある。

 これらの戦術は名門が居たりする。例えば防衛の名門と言えばマジノラインを再現できるマジノ女学院だし、速攻というのであれば私よりも速攻にふさわしいのは西住流黒森峰が誇る電撃作戦だろう。

 

 それに対して、この娘の持っている特性は「対応の天才」。相手の戦術を受け止めることでその戦術に対する対応戦術を組み立てて戦うことができる。先のじゃんけんの例えで言うなら「一度だけ出した後で手を変えることができる」というもの。

 

 

―――だからこそ、「あの三人相手には勝ち目が薄い」

 

 

 常道における西住流。それを補強するのがどこまでも普通の娘、逸見エリカ。

発露に時間を要するが、相手の作戦・戦術をすべて理解してそれに対してのメタファーを構築する異質すぎる才能の西住みほ

 

そして何より。そんな水と油の戦術を展開する二人を、純粋な信頼でのみ縛り、状況に応じての手段の変化に寛容に順応させる存在。天翔エミ―――。

じゃんけんで言えば「グーとチョキとパーが同時に出てきて、最終的に一人でも勝っていれば勝利扱いになる」という馬鹿な存在である―――

 

 西住みほと逸見エリカの二人だけならばお互いに主張が交わらずまとまらない戦術も、あの娘がいることでパワーバランスが完成している。

そしてその民主主義的な結果を、どんな結果であろうと3人全員が納得して遺恨なしに受け入れる下地が完成している。

 

 

 ―――だからこそ残念だわ。もう少しあの状態を見て居たかったと思う。

 

 

クロムウェルに乗り込む前に、ついでに目の前のこの子にも一言、助言をすることにした。

 

「―――もしもあの娘、天翔エミにあくまで固執するのなら。決して目を離さないようにね?

 

 あの子はイカロスよ。絶対に届かない天空に向かって飛び続けようとする愚かな人類の象徴。その結果、彼女の理想が彼女自身に牙を剥く。

 

 ―――どうしようもない結果がいずれ訪れる。彼女自身の破滅を伴って―――」

 

 

 

 

****

 

 

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

「―――もしもあの娘、天翔エミにあくまで固執するのなら。決して目を離さないようにね?

 

 あの子はイカロスよ。絶対に届かない天空に向かって飛び続けようとする愚かな人類の象徴。その結果、彼女の理想が彼女自身に牙を剥く。

 

 ―――どうしようもない結果がいずれ訪れる。彼女自身の破滅を伴って―――」

 

 

 

 最後にアールグレイ様が残した言葉は、まるで胸の奥にしこりのように残っていた。

彼女が掲げる理想とはなんなのか?あの並外れた装填能力をもってして、何が破綻に通じるのか?謎だらけではある。

 

 ―――ただ、とても言いしれない嫌な予感がした。

 

 

 私がそれを知るのはこれより2年後。あの運命の大会決勝戦になる―――。

 




エミカス「―――この道の先にしか、望む未来(みほエリ)がないと思ってます。
 それがたとえ苦難だらけだとしても、踏み越えるくらい覚悟できてなきゃ……

 ―――じゃなきゃ、夢(みほエリ)を追ってますなんて言う資格ないでしょ(キリッ)」





しかし長くなったなぁ―――。
思い付きで原作にいないキャラを出すべきではない。心に刻みました(吐血)

ダー様をフッド呼びさせる。後に来る悲劇を予言するためのイベントトリガーアールグレイパイセン
少しずつだけど、本家様の時空と乖離しています(


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【 急の章 後悔と激昂と喪失の三重奏(トリオ)~プレリュード 】

やったことは、例え失敗しても

20年後には笑い話にできる

しかし

やらなかったことは

20年後には後悔するだけだ


(アメリカの作家 マーク・トウェインの言葉)


豪雨の決勝戦。

 

 

濁流の桟道、崩れる山肌、土砂の雨―――

 

 

―――ただ流されるしかなかったⅢ号J型―――。

 

 

―――濁流に飛び込む小さな人影。

 

 

―――そして―――

 

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能!よって、プラウダ高校の勝利―――!!』

 

 

  ―――その日、【常勝】黒森峰の鉄壁は崩れた―――

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・急の章 】

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

―月―日

 

高等部に昇級し、紅茶の園で会議に参加することを許された。

 

―――あそこは魔境だ。

 

 

チャーチル歩兵戦車の拡充を推し進めるチャーチル会、

クルセイダーをねじ込もうとするクルセイダー会、

そして最大派閥、マチルダ歩兵戦車を導入し、編成まで口出ししてくるマチルダ会。

これだけ灰汁の強い方々に囲まれてよくもまぁアールグレイ様の堪忍袋が保ったものだと感心する。と、同時にこれらに3年もの間苦労させられると考えると嫌気がさしてくる。

 同じように紅茶の園に参加し、アッサムの冠名を戴いた少女とともにため息をつく。「これからお互いに大変ね」などと軽口を叩き合いながら―――。

 

 

 アールグレイ様から未だ【ダージリン】は戴けていない。

 

 

 黒森峰の高等部では一年生に上がったばかりだというのに西住まほが頭角を現し、レギュラーメンバーを相手に大立ち回りを演じたらしい。

「何事をも武力で解決とは、流石野卑な方々ですこと」とはOGの方々の言。

個人的な意見で言うならば西住まほの行動に賛同したい自分がいるのだが、空気を読むという事を高等部の紅茶の園は私に教えてくれた。大人の社会の在り方を教えてくれる、得難い経験であろう。死ねばいいのに。

 

 天翔エミは今中等部で西住まほの妹が車長を務める戦車の装填手をしているらしい。早く進級して来てほしい。試したい戦術や新しく自分の車輛となったチャーチルでのマッチングも極めて興味深い。

 

 ああ、まるで恋をしているかのように待ち遠しいものだわ―――

 

 

 

―――相手が珈琲ジャンキーでなければ勘違いしてたかもしれませんけどね!

 

 

 

―月―日

 

 二年生に進級。アールグレイ様により【ダージリン】の冠名を戴き、正式に紅茶の園のメンバーとして通し名を手に入れた。

 

 紅茶の園のルールに従い、一年生相手はまず一年生で。ということで天翔エミの相手は新一年生たち。馬鹿みたいに早い装填からの速射砲に味方が溶けていくのを一年隊長が絶望顔で眺めるしかないのを肴に紅茶を一杯。

ああ美味しい―――。

 

試合の後で天翔エミに会いに行ったら開口一番「ようフッド」はないじゃありませんの。私はもうダージリンなんですからね!周りの一年生が「フッド?」って顔してるじゃありませんか!ああもう忌々しい!!

 お詫びといって泥水のようなモノを差し出すんじゃありません!喧嘩売ってますの?!売ってますよね!?買いますわよ!?格安で!!

 

 

 

―月―日

 

 天翔エミとの勝負は全国大会までお預けのようだ。二年生は色々としきたりを一年生に教える立場だとかで、一年生で見込みのある人間を推挙して自分の下につけるらしい。

 見込みのある人材を一人発掘。装填手としてよいバランスをしている。そのうち冠名を授ける立場になってもいいかもしれない。

頑張るのですよ。あの天翔エミのような装填手に育ちなさい。

 ―――何故そこで人生に絶望したような顔になるの?不思議な子ね。

 

 

 

―月―日

 

 ああ忌々しい。車輛のほとんどがマチルダのような鈍足でなければ包囲殲滅に引っかかることなんか無かったものを!!おかげであの子との決着が台無しではないですか!プラウダのカチューシャ!名前は覚えましてよ!!

 ―――とはいえ、あの子もかなりの統率力を持っているようですけれど、西住まほの能力の方が総合では上。結局のところ今年も黒森峰の連覇は変わらないようですわね―――

 

 さて、来年に備えて根回しをしておかなければ―――ああ忙しい、忙しい―――

 

 

 

 

 

 

 

―――何故私はその時彼女からを目を離してしまったのか

 

 

  ―――何故私は、手を差し伸べられなかったのか―――

 

 

 

 

 

―――後悔は、今も尽きない―――。

 

 




一気に時間が飛んでるのでひょっとしたら破と急の間に今後幕間とか挟むかもしれません。
ご容赦ください


あとみぽりんが転校するきっかけになった試合で聖グロがどこと戦って負けたか実はうろおぼえなのでカチューシャと戦ったことにしています。
誰と戦ったのかによってはその辺書き直しする可能性があります。ご了承ください


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【 急の章 『後悔と激昂と喪失の三重奏(トリオ)~オーベルテューレ』 】

本家様 アーマドコアの新作 氏の著作「俺はみほエリが見たかっただけなのに」

の第一話の時間軸にやっと追いつきました。そちらの日記を多少参考にしています。

↓↓第一話
https://syosetu.org/novel/175665/1.html


 

 

豪雨の後の悪天候での決勝戦。

 

 

濁流の桟道を進む戦車、敵の待ち伏せ―――

 

 

砲撃戦―――崩れる山肌、土砂災害―――

 

 

―――巻き込まれて流されていく黒森峰の戦車―――。

 

 

―――飛び込もうとするみぽりんを制して車外に飛び出す俺

 

 

―――そして―――

 

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能!よって、プラウダ高校の勝利―――!!』

 

 

 

 

  ―――その日、黒森峰十連覇の夢はあっけなく潰えた―――

 

 

 

  ―――だが、これでいい。

 

 勝ってくれるかもしれないと希望をもたなかったわけではないが、これでいいんだ―――。

 

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・急の章・零 】

 

 

 

 

―――― Side Emi

 

 

 

 

―月―日

 

 ダージリン(仮)改めフッドが高等部に行ってしまった。

残念だ。非常に残念な気持ちで一杯だ。

 あれが居なくなってしまったら一体だれを倒せばみほエリの仲が進展するのかの区別がつかない。かといって闇雲に敵をボッコるのも間違ってる気がする。

 二年生の折に嵐のようにやってきたアールグレイパイセンとの一戦からエリカは別の車輛に移り、そちらで車長として行動するようになり、自然に疎遠フラグが立ってしまっている。どうにか時間を合わせようにも俺とエリカ、俺とみぽりんという組み合わせの時間が多くなる。

 三年生になってみぽりんが隊長、エリカが副隊長という構図が出来上がり、一先ず一安心な部分は出来た。が、何かきっかけがなければこれ以上の進展は現状、望めそうもない―――。

 

 ―――これほどまでにフッドが欲しいと思ったことはない。経験値的な意味で、経験値的な意味で。

 

 ところで黒森峰の高等部では一年生に上がったばかりだというのにまほ隊長がレギュラーメンバーに喧嘩を売られて盛大にぶちのめしたらしい。

何やってんのまほ隊長―――と思ったが、どう考えても来年入ってくるみぽりんの副隊長化のためです本当にありがとうございました。

 相変わらず妹にダダ甘なお姉ちゃんのようで何よりだ。俺がみぽりんの代わりに救出イベントをこなした後、みぽりんを支える支柱は多いほどいい。エリカが認める支柱であればモアベターと言える。

 

 

 

 

―月―日

 

 やばい。全然わからん(授業的な意味で)

 

 戦車道の特訓をこなして自分の腕を維持し続ける代償として可もなく不可もなくスレスレを飛行していた俺の成績が徐々に下降の一途をたどり始めた。

進学が危ういというところまではいっていないが、このまま進むと本気でやばいかもしれない。黒森峰は進学希望のエスカレーターというわけではなく、進学を選んだ場合、それに合わせてボーダーありの受験を行い、最低成績の足切りを行う方式なので、勉強は欠かせないのだ。

 エリカやみぽりんからは「戦車道推薦枠」を推奨されたが、その場合大会決勝のあの事件の後、推薦を取り消されて即座にバイバイとなりかねない。もしそうなったらみぽりんとか確実に責任感じて曇る。みほエリとかそういう次元ではなくなる。

なので「自分の力で進みたい」とちょっとそれっぽい理屈で押し通す。

 

 

 

 ―――駄目。やめてそんな尊敬した目で見ないで取ってつけた理由だからッ!!

 

 

 

 追記

 見かねたエリカが勉強を見てくれた。ちょうどいいのでみぽりんも呼んで勉強会しようと言うとやれやれといった表情でOK出したのでみんなで勉強会をしました。とてもたのしかったです

でもとんでもない敗北感も同時に味わいました。中身アラサーなのになぁ……

 

 

 

 

―月―日

 

 俺が勉強ができない(NOT漫画タイトル)ことを聞きつけてフッドがやってきた。盛大に煽り倒して「ヲーホホホ」とかそういうのが似合う感じのハイソな高笑いを上げるので「煽りに来ただけなら口に珈琲豆ぶち込むぞ」と聞こえるような声で呟くと笑いが収まった。今後節分のように投げつける用の珈琲豆を常駐しようと思う。

 最終的に何をしに来たのかをぶっちゃけると俺の勉強を見てやろうとわざわざやってきたらしい。学園艦をまたいでのカテキョとか聞いたことないのだがグロリアーナ的にそれOKなの?と聞いたところ「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」とドヤられた。要は「私には私の目的がある。でもあなたにはそれがわからないでしょう」とドヤってきたわけなので「A goal without a plan is just a wish.(計画の無い目標は、ただの願い事に過ぎない byサン=テグジュペリ)」と返したらムキになったのか格言の応酬になりその日はつぶれた。

 

 

 ―――あれ?こいつが格言おばさんになるフラグ俺が立てたの?ねぇ?

 

 

 

 

―月―日

 

 高等部に上がりレギュラーメンバーを勝ち取った。みぽりんの車輛で装填手としてガッコンガッコン装填する日々が始まる。

 グロリアーナとの新人戦メンバーに抜擢され、出陣。受験勉強で鬱屈した日々を解消してくれる装填たーのしー!!していたらいつの間にか敵陣がほぼ壊滅していた。骨のない連中だな―――フッドの方がまだ反骨精神に溢れてたと思う。

 最後まで快速で逃げ回ってたカヴェナンターが履帯を自分でぶっ壊して転がった。何やってんだあれ……と思ったが、高確率でローズヒップ(仮)です本当にありがとうございました。

 

試合後にやってきたフッドに「よっすフッド」って挨拶したらキレられた。解せぬ。「ダージリンの由緒ある名前を貰ったのでダージリンと呼びなさい」と言われたので意地でもフッドと呼び続けてやろうと思う。

 聖グロの一年生たちにフッドの名前が浸透してなかったらしく怪訝そうな顔になっていた。まだムカついてるっぽいフッドに「これでも飲んで落ち着け」とポットに入ったオリジナルブレンドを差し出したら手袋を外し始め傍にいた別の二年生に取り押さえられていた。

 

 ―――あれ?コイツアッサムじゃね?(いまさら)

 

 

 

 

―月―日

 

中等部からこっち、エリカからの引き抜きに笑顔でみほと相談して決めろと丸投げするやり取りは変わらず。

 みぽりんの車輛メンバーにエリカの車輛のメンバーも含めて10名。笑い合い助け合い団結して―――

 

 

   ―――決勝戦が、始まる―――。

 

 

 

 

―月―日

 

 俺はみぽりんを守り切ることができた。感無量と言ったところだ

あとはみほエリを為すためにすべきことを為す。

 ああ、でも―――

 

 

 ―――もうダージリンと勝負することもないのか。

 

 

 

 

    何だろうな、少し物足りないこの感じは―――

 

 

 

 

 

 

 




今回はエミカスサイド視点のお話

プレリュードはあくまでダージリン視点のお話でした。


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【 急の章 『後悔と激昂と喪失の三重奏(トリオ)』 】

Without friends no one would choose to live, though he had all other goods.

友人がいなければ、誰も生きることを選ばないだろう。たとえ、他のあらゆるものが手に入っても。



 ~古代ギリシアの哲学者 アリストテレスの言葉~



―――― Side Darjeeling

 

 その【空気】に気づいたのが、練習試合の際だった時点で、既に状況は最悪に近いものになっていたのだろう―――。

 

 西住まほの妹が車長を担うⅣ号と、逸見エリカでしたか?あの気の強い娘が車長となったティーガーⅡの乗員たち以外の生徒たちの空気が明らかに違う。

 

 

 ―――いいえ違う。 孤立しているのだ―――彼女が

 

 

 その日の試合に於いて、西住まほが指揮する戦列に乱れはなかった。

撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れ無しという言葉通り、一糸乱れぬ隊列と感心するものだった。

 

 ―――それでも、言い知れない違和感を、盤面から感じた。

 

 定石で固められた盤上に、浮き駒が存在するような違和感を―――。

 

鉄壁布陣に僅かな綻びが見える。そのたびにそこを繕うようにティーガーⅡが、ティーガーⅡの不自然な動きを護るようにⅣ号が動き、盤面は変わっていないように見える。

 けれど気づくものは気づくだろう。そこを衝くことができる者ならばそこを突き崩す。僅かな綻びが出る限り絶対などない。少なくともそれができる人間を二人、私は知っている。

 

 

 天翔エミとⅣ号の活躍が映えることがない場所にⅣ号が配置されている点も違和感しかない。あの娘の高速装填は高等部でも変わらずトップクラスの速度を誇る。

その装填速度から来る即応性、連射性を生かした布陣にすべきなのに、後方に置かれたⅣ号はその性能を活かせないまま模擬試合を勝利で終えるまで後方で燻っていた―――。

 

 

―――苛々する。

 

 

降車する彼女の顔に精彩はない。

 

 

―――苛々する。

 

 

他の乗員たちも皆思うところがあるが何も言えない空気で、車長の西住まほの妹も俯いて何も言えないような雰囲気のまま降車していく

 

 

 

 

―――ああ、苛々する―――!!

 

 

文句の一つも言ってやろうと天翔エミのチームテントへ向かう。その途中で―――

 

 

「―――何なのあのザマは」

 

そんな、声が、耳に届いた。

 

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・急の章 】

 

 

 

 

「―――何なの?あのザマは。装填しか能がないのに後方支援もロクに行えないの?真面目にやる気がないの?―――答えなさいよ」

 

 強い語気で、まるで怒鳴りつけるような声の主は黒森峰の上級生だろうか?

対する天翔エミは何も答えない。ただジッと罵声を受け続け、耐えている。

 

 ―――実にふざけた話だ。”射線を塞いでいたのは味方の戦車だろうに”

 

試合を観戦していた人の中でも戦術眼のある人ならば理解しているはずだ。前線で乱戦を行っている車輛がⅣ号の前にごちゃごちゃと溢れていて、後方支援などできる状況ではなかった。

 それを自分たちの失敗など理解もしないでただ責めるだけ―――程度が知れる。

 

「―――天翔エミさん。よろしいかしら?」

 

 サクリサクリとちらほら落ちている落ち葉をわざと踏んで音を立てながら、優雅な姿勢で歩く。相手に威圧感を与えながらも気品を感じさせる貴族の歩き方。その効果は絶大で、黒森峰の上級生たちは怯む様にたたらを踏み、その隙間に割り込む様にして私は天翔エミの手を取り引っ張る。

 

 「さ、色々とお話もありますし―――あちらで一杯いかがかしら?」

 「―――ああ、そうだな。馳走になるよ、フッド」

 

少しだけ安心したような、柔らかい笑みで追従してくれたことに安堵し―――

 

 「―――あら?聖グロリアーナと密会のご相談?余裕があるのね。それとも、黒森峰の情報を手土産に聖グロリアーナに寝返るつもりかしら?」

 

 ―――背中からかかった上級生の言葉にはっきりとした悪意と敵意を感じた。

 

 言い返すことなく先を急ぐ様に手を引く天翔エミをやんわりと止めて、振り返り、生徒Aの方へ微笑みかける。微笑みを向けられた生徒Aが怪訝そうな顔をした。

 

「―――あぁ、失礼――――どちらさまでしたかしら?」

「―――なっ―――」

 

言葉に詰まったタイミングを逃さず、追撃に移る。

 

「―――あぁ、黒森峰の方ですわよね。わかりますとも、天翔エミと同じPJを着ておられますから。ですが失礼ながら、わたくし、貴女のお名前を存じ上げませんの」

「な、何でどこの誰かもわからない聖グロの小娘に名乗らなきゃいけないのよ!」

 

―――頭に脳がちゃんとついてるのだろうか?そんな感想が脳裏をよぎった。

 私の名前も顔もそれなりに有名であるし、昨年は一年生ながらグロリアーナの隊長である【疾風】アールグレイ様の部隊でともに戦場を駆けた姿を見かけたこともあるはずなのだが……いやはや

 

「―――こんな格言をご存知?勉学は光であり、無学は闇である。」

「ソクラテスだな」

 

私の格言に即座にサポートを入れる天翔エミに「よくできました」と返す。と、黒森峰生徒Aは怒り心頭か地面を踏み鳴らしながら詰め寄ってきた。

 

「―――馬鹿にしてるの!?人に名乗らせる前にアンタが名乗りなさいよ!」

 

はぁ、とため息を一つ。―――ここまで待ってあげたというのに、馬鹿ばかり

私は天翔エミの手を離し、黒森峰生徒Aに向き直った。

 

「―――これはこれは申し遅れました。わたくし、聖グロリアーナ女学院で隊長を務めております。ダージリンと申します。よもや黒森峰の方々が我がグロリアーナの隊長の名前すら知らない無学の徒だとは知り得ませんで、ええ」

 

丁寧に挨拶を行い優雅にカーテシーのポーズをとる。案の定、生徒Aがぽかんとしているうちにさらに畳みかける―――

 

「ところで―――先ほどわたくしのことを”小娘”と呼称されましたわね?あら困りました。これは正式に黒森峰の隊長ないしは責任者の方に厳重に抗議を行わなければなりませんわね。ええ、ことが当学院の沽券にかかわることですので」

 

ころころと微笑む私と対照的に生徒Aの顔色がどんどん悪くなっていく。

 

「―――では御機嫌よう。私も忙しい身ですので」

「―――ちょ……待っ―――」

 

追いすがろうとする生徒Aを手で制して、最後に最高の微笑みをひとつ

 

 

 

「―――申し訳ありませんけれど、ご遠慮願えませんこと?わたくし、忙しい身なので、これ以上邪魔をされるとあることないこと口にしてしまいそうですの」

 

 

 

 何も言えなくなった生徒Aを尻目に天翔エミの手を再び取って颯爽と去っていく。優雅に華麗にを意識した歩き方で―――

 

「―――やっぱお前えげつないわ」

「ええ、ありがとう」

 

笑顔で返す私に「褒めてねぇよ」「あら残念」と言ったやり取りをしながら私たちはその場を去ったのだった。

 

 

 

****

 

 

 

「―――まぁ、助かったよ」

 

そう答える天翔エミの様子はやや元気がなさそうに感じられた。

 

「一体何があったんですの?」

 

私の質問にいつもの軽い調子で話し始めた天翔エミだったのだが―――聞いた私の方が気を使わなければならない内容をあっさりと話していくのはどういう了見なのかと問い詰めたくなった。

 水没した車両を救おうと濁流に飛び込んだ結果、フラッグ車が撃破されて大会十連覇を逃した原因としてほぼ村八分になっている。簡単にかいつまむとそういう話なのだそうだ。

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 

 人道に従い人命を第一に救助した少女に敗北の責任を押し付けて他の面々は我が罪に非ずと来た。

 

「まぁ、エリカもみほもいる。まだ大丈夫さ」

 

屈託なく笑う彼女の表情に―――

 

「―――いいと思いますわよ?全部投げ出して、全部捨てて、どこかに逃げても―――例えば……グロリアーナにもまだまだ戦車道選手は貴重ですし―――」

 

そんな言葉が私の口をついて出ていた……

その言葉に天翔エミは―――

 

「え?いや、断るよ」

 

 

―――即答だった。きっぱりはっきりとお断りしてくれやがりました。

 

 

「私って言う叩きやすい的がいるから私一人で事が済んでるんだ。私が居なくなったら滑落した戦車の乗員やみほ、うちのチームのメンバーにも累が及ぶ」

「―――~~!!だから貴女は傷ついても平気だというのですか?!ふざけないで!」

 

 感情のまま吐き出すように怒鳴りつける。この娘にとっては己という存在が路傍の石程度の価値しかないのだろうか?翻って考えると先の生徒Aの叱責も、反論しなかったのは自身が反論することで別の対象へ罵倒叱責が飛び火するのを恐れてという事なのだろうか?

 

「―――仕方ないさ。ここまでとは思ってなかったが、こういう結果になると思ってなかったわけじゃない。それでももし、仮に事前にこうなるとわかっていたとしても、同じことをしただろうさ。だってあの時私が行かなければみほが同じことをしていただろうからね。

 

   ―――ああ、これはみほにもエリカにも内緒だぜ?」

 

 「ここだけの話ってことで」と、再び屈託なく笑う彼女に献身を見た。彼女にとって西住みほ―――西住まほの妹と逸見エリカ、ことこの二人は別格と言っていいほどの過保護の対象なのだろう。それこそ、自分を矢面に犠牲にしても良いほどに。

 

 

 ―――ああ、苛々する―――!!

 

 

「このままでいいと、本当に思っておりますの?」

「―――良くはないだろうな。でも、現状を打破する手段が何もない」

 

 彼女自身は八方塞がりだ。現状を打開する方法があるとしたら、隊長である西住まほ。或いは、黒森峰のOGを黙らせるしかない―――。

 

「―――今日は帰ります。文句の一つも言ってやろうかと思うほど不甲斐ない戦いでしたが、あの様子を見せられて何か言うほど小者になった覚えもありませんの」

「―――そっか。わざわざ悪かった、助けようとしてくれてあんがとさん、フッド」

 

彼女に背を向けてグロリアーナ学園艦へと戻る私の背中に向けてかかる声に応えることなく、私は一人帰路に就いた。

 

 

“ あの子はイカロスよ。絶対に届かない天空に向かって飛び続けようとする愚かな人類の象徴。その結果、彼女の理想が彼女自身に牙を剥く ”

 

 

いつかアールグレイ様が仰っていた言葉が、ぐるぐると胸の奥で渦を巻いていた。

 

 

 行動を起こすにも遅すぎたかもしれない。

 

 けれど、まだ間に合うかもしれない。

 

 

 聖グロリアーナの学園艦に戻り、紅茶の園には向かわず、自室へと向かう。

自室には私がスカウトした少女が一人、装填手としての腕を見込んで引き上げた一年生だ。

 

「おかえりなさいませ、ダージリン様」

 

 一礼する彼女の肩に手を置いて、「ついてらっしゃい」と背を向け歩く。行き先はもちろん。紅茶の園―――。

 

「―――先に謝っておくわ、ごめんなさい。貴女を巻き込んでしまうことを本当に申し訳ないと思う。

 

  ―――けれど時間がないの」

 

「―――?あの、おっしゃっている意味が、よくわからないのですが―――」

 

彼女の困惑を無視して紅茶の園の扉を開く。サロンのようになっている内部に居並ぶOG会のお歴々の前に彼女の背を推して送り出す。

 

「―――御機嫌よう皆さま。 唐突ですがわたくし、この度この娘に冠名『オレンジペコ』を与え、紅茶の園に参加させたいと思っておりますの。どうか宜しくお引き立てください」

「―――ふぇ!?だ、ダージリン様!?」

 

唐突に過ぎる展開についていけない彼女の肩に手を置いて、「いいからカーテシーで一礼なさい」と耳打ちする。ぎこちない動きだがきちんとできているようで何よりだ。

 冠名の下賜はつつがなく行われ、彼女は『オレンジペコ』になった。

紅茶の園を退室した後で、再び彼女、オレンジペコに頭を下げる。

 

「―――ごめんねオレンジペコ。貴女を味方に引き入れる必要があったの。

 

 ―――あとは、アッサムと……アールグレイ様が後ろ盾になってくださるようなら……」

「―――あの……私は……いえ、ダージリン様はこれから、何をなさろうとしておられるのですか?」

 

恐縮そうに尋ねるオレンジペコに、私は―――彼女が思わず短く悲鳴を上げるような、貴族的な微笑みを浮かべた。

 

 

「―――半年。いいえ、“3ヶ月以内に紅茶の園を掌握するわ”

 

  世論を味方につけるにも、足を引っ張る連中は邪魔でしかないもの」

 

 

 

―――どうかできれば早まらないで欲しい。私の手があなたに届くまで

 

 

 

 

******

 

 

 

―――Side Emi

 

 

──月──日

 

あの日以来黒森峰に俺の居場所は無くなってしまった。

方々から怒鳴り散らされ生徒たちからは非難の眼差しを向けられる。

親しかった友達も大半は離れた。この状況に陥って俺が思ったこと

 

―――原作大洗(第一話)でのあのみぽりんの闇がクッソ深い言動とか病んだ目とかこれが原因だろ確実に。

 

心からみぽりんを助けられたことをよかったと思える。そのくらい周囲のやり口が陰険で陰湿に過ぎる。

 

 

──月──日

 

 明日は聖グロとの練習試合がある。が、事前の布陣を見ると俺とみぽりんのチームは本来の部隊を解かれ、後方支援側に配属されていた。割り当ても端っこの端っこで、砲手の子も遠距離を狙う砲撃なんかはやったことがないし、これはちょっとないわ。と思ったが、まほ隊長が何も考えずにこんな編成を組むとは思えない。

おそらくは他の有象無象の声を無視できない事情からしばらく大人しくさせて置こうという配慮を含んでいるのだろう。

 

 

──月──日

 

 大 乱 戦 スマッシュパンツァーズ 開 幕 !

もうね、前線が一丸となって突撃する電撃作戦を真正面から受け止める浸透強襲戦術の前に、後方支援?なにそれおいしいの?状態である。

そもそも支援砲撃などやったことがないのがチームみぽりん。だってみぽりんもエリカも潜伏思考か突撃思考で支援とかそういうの考えないんだもの。

一先ず友軍が側面から奇襲とか受けないように動いてフォローはしてみるが、前線の連中こっちの射線とか全く考えないで動いてやがる、なんなのこいつらふざけてるの?後ろから撃っていいの?エリカが同じ戦車に乗っててしかもキレてたら撃ってたよ?(多分)

 

 試合はまほ隊長が敵フラッグを撃破し勝利。―――したのだが、試合の後でまほ隊長の取り巻き気取ってるパイセンに絡まれる俺イベント発生。ひょっとしたら原作でみぽりんが同じ目に遇ってた可能性があるかもしれない。俺GJ

 とりあえずこの場はなぁなぁで済ませないと砲手の子とかに飛び火すると思ったので黙って聞いてたらダージリンが割り込んできた。―――と思ったら今度はパイセンがダージリンに絡んでいた。

 

  ―――なんで?(焦り)

 

 え?パイセンその人知らないの?ダージリンだよダージリン。聖グロの隊長に就任してたよね?チャーチルに乗り換えた時これでもかってくらい目立って車上で優雅にティータイムしてる姿とか月刊戦車道に載ってたよね?

ダージリンも「こいつは何を言ってるの?」って顔で俺を見てきてるし。

 

「―――こんな格言をご存知?勉学は光であり、無学は闇である。」

「ソクラテスだな」

 

思わずペコったよ!(ペコる:オレンジペコの役割に立ってダージリンの格言に対して発言者の名前を説明で入れるリアクションを取ることを指す動詞)案の定パイセンがキレたよ!

 

オイオイオイ、死んだわパイセン(確信)

 

 そこから先はもう蹂躙劇だった。正式なご挨拶から入り相手がリアクション取れないでいる間に畳みかけるように責任問題になりますよ宣言。そして俺の手をひいてその場をさっさと離れようとし、追いすがる相手を一蹴。ついでに死体蹴り。

 

「―――やっぱお前えげつないわ」

「ええ、ありがとう」

 

―――褒めてねぇから(迫真)

 

 

・追記

 ダージリンに色々説明したところ「逃げてもいいんだよ?」と優し気な声をかけられた。だがすまんなダージリン。俺はまだみほエリを為しえているとは言えない。ここで逃げるわけにはいかないんだ(キリッ)

 実際問題、ここで俺が逃げを打ったらみぽりんに被害が及ぶ、確実に。

それだけは避けなくてはいけない。俺が消えるとしたらその辺の根回しをエリカとまほ隊長にやってからだ。

 去り際のダージリンの思いつめた表情に嫌な予感がした。余計なことはしないで欲しいんだがなぁ……下手な介入をするとバタフライエフェクトでなにが起きるか想像もつかん。

 




急の章はあと2話くらい?

クオリティを維持し続けるのは難しいと本気で思うであります(未熟


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【 急の章 『後悔と激昂と喪失の三重奏(トリオ)~メイン 』 】


もしも私が再びこの人生をくり返さねばならないとしたら、私のすごしてきた生活を再びすごしたい。過去を悔まず、未来を怖れもしないから。

モンテーニュ 「随想録」


―――― Side Emi

 

 

──月──日

 

しほさん

 

こわい

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・急の章 】

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

 アッサムは諜報部にも顔が利くらしい。情報が集まりやすいのは良いことだ。

アールグレイ様は私のためというよりも彼女のため―――能力を活かせないままで腐っていく環境そのものに対する嫌悪感から力を貸して下さるようだ。

OG会を掣肘する役割としてアールグレイ様。紅茶の園での目を集める存在は新たに紅茶の園に参加するオレンジペコに任せ、私はアッサムからの報告を待つ間、チャーチル会・マチルダ会両方に末端から接触し、影響力を浸透させていく。 

 

 

 ―――それでも、足踏みばかりの現状はどうにももどかしい。

 

 

―――Side ■■■

 

 

―月―日

 

「これまでに散々問われたとは思いますが今一度聞きます、あなたは自分のしでかしたことを理解していますか?」

「自分なりには、ですが。 私の勝手な行動で黒森峰の看板に泥を塗ったことは理解しています」

 

西住しほ―――西住流師範の詰問ともとれる静かな、しかし確かな圧を伴って発される言葉を正面から受けて、それでもエミはやや怯んだ程度の様子で向かい合い、頭を下げる。

 

「そして黒森峰と繋がりの深い西住流の名にも、ね。 師範代たちはひどく怒ってらっしゃいました。 ことはあなたが考えるよりはるかに重大です」

「はい。 謝って済む問題ではないとはわかっています。 お詫びの言葉もございません」

「まって、あれは私が──『みほ』―――」

 

ただ頭を下げる友人の様子にたまりかねたように、それまで身をすくませるだけだった西住みほが弾かれたように飛び出しエミの前に出る。

 

 

 ―――それを遮ったのはエミだった。

 

 

目を見開き潤ませるみほを宥めながら下がらせて、しほへと向き合う。

 

「私がやったことは、言い逃れのしようもない愚行でした。 多くの方々にご迷惑をおかけしまして、西住流本家の方にまでご足労をかけてしまい……」

「あなたはわかっていたはずよ、あの場であのような行動をとることがどれだけのリスクを伴うか。 あなたの経歴は調べさせてもらったわ。 幼少の頃より戦車道にいそしみ、なかなかの成果もあげていました。 あなたにわからないはずはなかった、なのに、なぜ?」

 

しほの追及にエミは少しだけ目を伏せ、やや考えるような仕草を見せる。

 

 そして、強い決意を宿らせた瞳でしほの目を正面から見据えて口を開く。

 

「―――友を見捨ててまで勝ちを拾いに行くなど、私の望む戦車道(もの)ではない、そう思ったからです」

 

 

 

******

 

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

「―――だ、ダージリンさま……?あ、あの……」

 

怯えたような声のオレンジペコの声がする。鏡を見てああ、と納得する。

 

 ―――どうやら私は報告を聞いて笑っていたらしい。オレンジペコは初めて見るようだから怯えてしまったのね。いえ、二度目だったかしら?―――まぁ、どうでもいいけれど―――

 

 アッサムは私とオレンジペコの様子を見て肩をすくめてソファに腰かけ、サーブされた紅茶を嗜んでいる。

 

「―――ご機嫌ね」

「ええ、とっても―――」

 

アッサムの言葉に“いつもの”笑顔で返し、報告書をまとめて重厚な造りの執務机のファイルに仕舞う。

 

 

 

 ―――あと少し―――あと少しでチャーチル会もマチルダ会も互いのけん制に躍起になり、周囲に目を向けることができなくなる―――

 

 

 この時の私は手が届く位置にある目標に目掛け、真っ直ぐに進んでいた―――。

 

 

常々アールグレイ様から言われていた

『一つのことに注視しすぎて全体が疎かになるきらいがある』

それを、私は見落としていた―――。

 

 

 

*******

 

 

 

―――― Side ■■■

 

「―――いや、本当……まいったね」

 

今月……いや、今週ですら何度目になるかわからない言葉をつぶやくエミを、エリカが心配そうな目で見ている。

 エミは上下ジャージ姿で、黒森峰の制服を着ていない。そしてその髪はしっとりと濡れていた。

エミが学園を出て帰宅する際、靴がなくなっていた。靴自体は近場の植え込みに放り投げられていたが、それを取りに向かった際に上から水が【落ちてきた。】

 

 

 ―――嫌がらせは遂にイジメに発展を始めていた―――。

 

 

 流石のエミにも疲労の跡が見える。エリカは何度も「しばらく学園に来ない方がいい」と言い続けていたが、エミは首を縦に振らなかった。

だがもう限界だ。エリカは無理にでもエミを押し込めて登校拒否の処置を取るつもりでいた。

 それは、その矢先でエミから切り出されたものだった―――。

 

 

「―――エリカ。みほのことを、頼む」

「……どういう意味よ?」

 

 

 聞き返すエリカに、エミは微笑みを返す。その微笑みも力のないものになっていた……。

 

 

「もうね。わからなくなってしまったんだ―――何が正しくて、何を悪とするのか……戦車道における善悪の概念ってなんなんだろう……とかね」

「それは―――」

 

 

エミの言葉にエリカは反論をしようとした。だが、今の黒森峰に蔓延している空気、OGからの、西住流からの叱責・罵倒という名の圧力。

 それらエミを取り巻くすべてが、エリカの反論を一蹴しうるもので、それ以上の言葉を続けられなくなるエリカに、エミは先ほどと同じように微笑み、

 

 

「―――だから、しばらく黒森峰(ここ)を離れようと思う」

 

 

 

―――訣別の言葉を、口にした。

 

 

 

******

 

 

 

―――― Side Darjeeling

 

 

 

 激しく机を殴打した勢いでカップが倒れ、紅茶が机に広がった。ジンと傷みが手首を走る。手首を痛めてしまったかもしれない―――。

 

 

 ―――あと一歩なんだ。チャーチル会、マチルダ会は動けなくなった。

 

 

ここから根回しを始めて、今からやっと―――

 

 

 

「―――アッサム。天翔エミと、接触を図りましょう。

  彼女を聖グロリアーナに引き込むだけの価値が―――」

 

 

―――Rrrrrr……

 

 

アッサムの直通通信(ホットライン)がけたたましく鳴り響く。通話を始めたアッサムの顔がみるみる強張っていく。信じられないものを聞いているような―――

 

 

 

「―――内部に潜らせた諜報員からの報告で―――

 

   ―――天翔エミの消息が、途絶えた。って―――」

 

 

 

 ―――その日、私の好敵手は、まるで最初からいなかったかのように、姿を消してしまった―――

 

 

 

*********

 

 

 

――――Side Emi

 

 

─月─日

 

ぼくは いま

 

おおあらいにいます

 

みぽりんとるーむしぇあです

 

 

 

なんで?????????

 

 




かなり短くなってしまったので多少追加して編集しなおすかもしれません(


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【 急の章 『後悔と激昂と喪失の三重奏(トリオ)~フィナーレ 』 】

「失敗とは、転ぶことではない。そのまましゃがみ込んだままでいることである。」

~カナダ出身の女優メアリー・ピックフォードの言葉~


―――Side Emi

 

─月─日

 

ぼくは いま

 

おおあらいにいます

 

みぽりんとるーむしぇあです

 

 

 

なんで?????????

 

 

 

********

 

 

 

―――朝5時手前。トレーニングに出るかどうかという時刻。まだ眠っていた俺の部屋のドアが微かにノックされた。

 

「―――エミさん。今、いいかな?」

 

 こんな朝っぱらにわざわざやって来る理由が全く思いつかない。が、みぽりんの最近の精神状態は俺を気にしてマイナス方面に吹っ切れてるところがあるように思える。とりあえずカウンセリングの真似事で話を聞いておこうと、ドアまで行って内鍵を開けた。

 

「―――鍵は開いてる。入ってきていいよ」

 

 一先ずパジャマの上から上着を羽織るだけのラフな格好でみぽりんをお出迎え

 

―――??

 

「―――おはようエミさん。単刀直入に言うね。

 

 ―――駆け落ちしよう!」

 

 

 

――――――はい?(右京さん感)

 

 

 スゴイ=ガタイノイイ=オトナを連れて現れたみぽりんがそう言って俺を躱して部屋の中へ。そしててきぱきと持って来た段ボール箱と新聞紙を広げて部屋の中のものを梱包して詰めていく―――

 

 

―――え?何で?(困惑)

 

 

 どういうことなの……(困惑倍増)

わけがわからないよ状態の俺を他所に、もともと荷物の少なかった俺の部屋はさっぱりと片付き、荷物はすべて荷造りされて運び出されていた。

呆然とする俺の肩に手を置いてから、みぽりんが急かすように手を引っ張って俺を連れて外へ―――

 

 

―――何で?(二度目)

 

 

 外にはやったらゴツい感じのトレーラーが横付けしていた。コンテナの中は居住スペースと荷台になっていて、荷台部分に俺の部屋から運び出された荷物が積み込まれている。

 

「―――みほ、急げ」

「うん。わかったよお父さん」

 

―――今お父さんって言った?言ったよね?あなた恒夫=サン!?恒夫サンナンデ!?(困惑上限) 事態は俺を完全に置き去りにして進み、もう何がなんだかわからない状態でただただ状況に流されるだけだった俺は―――

 

 

 ―――みぽりんに手を引かれるまま、黎明の時刻に熊本の地を後にし、遥か東の果て茨城県大洗町へとトレーラーの荷台の中で揺られていくのだった。

 

 

 ―――【何やってんだよミホぉぉぉぉぉ!!!】と叫ばなかっただけ、自分自身の忍耐をほめてやりたいと思った(現実逃避)

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ・急の章 】

 

 

 

―――Side Darjeeling

 

 

 ―――聖グロリアーナ女学院。英国淑女たれ、かくあれかしと教養と気品、礼節にて育成されるいと麗しき淑女たち―――

 

―――しかし今、彼女たちの表情はやや精彩を欠いていた。理由はただ一つ

 

「―――ダージリン様は、今日もお出でになられませんの?」

「お労しい……あの方に一体何があったというのでしょう……?」

 

紅茶の園の扉の向こうは、一般生徒たちは立ち入ることができない。彼女たちは想像を膨らませることしかできない―――

 

 

 聖グロリアーナ現筆頭ダージリンが、紅茶の園の分厚い扉の向こうから出て来なくなって……もう早くも半月が経過しようとしていた―――。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――ダージリン様。紅茶が入りました」

 

 オレンジペコの言葉に、のろのろと身を起こす。今は何時何分で、あれからどのくらいの時間が流れてしまったのか―――もう、ヨクワカラナイ。

 

ゴールデン・ルールで淹れられた紅茶は、カップの中でふわりと香りを膨らませ、私の気持ちを幾分かだけでも和らげてくれる。

 

―――けれど、私の気持ちは深く沈んだまま―――

 

―――泥の中に沈み込んでいくように、重くて、辛くて、身体が持ち上がらない。

 

「―――気分を変えてみましょうか!今日は良い天気ですし、日差しを入れるのもいいかもしれません」

 

オレンジペコは精一杯気を使って私を持ちなおそうとしてくれている。ありがとうオレンジペコ。

 

 でもごめんなさい―――今の私は―――

 

 

 

 よもや自分がここまで深刻なダメージを受けてしまうなんてことは、考えてもみなかった―――思えば当然の話だ。

 

 私は今まで「求めたものを手に入れる為に全力で挑み、そして勝利してきた」。グロリアーナの名の如く栄光ありきの人生を歩んできた。初めて思い通りにならなかったのは彼女。天翔エミ―――!あの娘とあの娘が周囲に巻き起こす様々な弊害は、私にとって無視できないものであったけれど、何故か彼女には勝てなかった―――。

その彼女に敗北したままで、彼女はまるで最初から存在していなかったかのように消え失せてしまった―――その喪失感たるや……予想などしたことがない。

 

 

 復讐を抱き続けるのも、執着を持ち続けるのも、全てエネルギーが必要になる。長い年月を過ごすうちに憎しみが薄れてしまうのも、エネルギーが足りなくなるからと言える

 

 

   ―――ああ、だとすれば私はきっと―――

 

 

 ―――私はきっと「忘れたくない」のだ。彼女のことを、天翔エミのことを、彼女に感じた感情を―――この命を身体を維持するエネルギーを代替えにしたとしても―――

 

 

 私の消沈した無様な姿に、アールグレイ様は憤慨して席を立ち、去っていった。紅茶の園のOG会は混乱から静謐を取り戻し、再び活動を再開した―――

 

―――そうして私が無気力で在った間に、ほぼ掌握しかけていた盤面は、元の木阿弥に戻ってしまっていた―――。

 

 

 

**********

 

 

 

―――Side Free

 

 

「―――あんなダージリン様、見ていられませんわ」

「ローズヒップさん……それでも、ダージリン様は、ダージリン様です」

 

紅茶の園の扉の前で、一年生二人がそんな会話をしていたのを聞きとがめたのは―――

 

「―――ごめんなさいね、ローズヒップ。オレンジペコも」

『―――アッサム様!!?』

 

やや疲れた顔で、ここしばらく姿を見せなかったアッサムが、二人の前に顔を出していた―――。

 

「―――少し待っていてね。世話の焼ける同級生を―――叩き起こしてくるから」

 

そう言って二人を置き去りにしたアッサムは、紅茶の園の扉を開けて、中に入っていった。

 

 

重厚な扉が閉じ、内鍵が掛けられる。もはや中の様子は全く分からない。

二人は、これから中で何が起きるのか、どうなってしまうのか、ただ天に祈ることしかできなかった―――。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――ダージリン」

「…………アッサム……?アッサムなの……?」

 

英国風のテーブルに備え付けらえた大きな背もたれの椅子に力なく座り、背をだらりと預けた姿勢でいたダージリンは、僅かに瞳を揺らしてアッサムの方へと顔を向ける。やややつれた様子の表情のところどころには疲労の跡が色濃く残っていて、幽鬼もかくやという生気の無さだった―――。

 

「―――ごめんなさいアッサム。こんなみっともない姿で……」

「―――そうね。殊更にみっともないわね」

 

さらりとそんな風にダージリンに嫌味を言える。それがアッサムとダージリンの関係の証左である。

 アッサムは持って来た手提げ袋から魔法瓶を取り出し、カップになみなみと注いで、目を伏せて顔をそむけるダージリンに差し出した。

 

「―――ほら、これでも飲んで」

「―――ええ、そうね―――」

 

アッサムからティーカップを受け取ったダージリンは少し伏し目がちなままカップを傾け―――

 

 

「――――ッッッ(にっが)ぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 

 

飲みかけていた『黒い液体』を盛大にテーブルの上にぶちまけた―――。

 

 

 

 

「―――あ、あっさむ……これ……なに……?」

「―――ご存知の通り――――――――珈琲ですけど?」

 

プルプルと震えるダージリンに、渾身のドヤ顔でふんぞり返るアッサム。

 

「あ、アッサムぅぅ……こ、紅茶の園の伝統と、格式を何だと思って―――」

「何が格式と伝統よ。そんなのただの建前で、自分がただお砂糖とミルクなしで珈琲が飲めないのが格好悪いだけでしょう?貴女」

 

未だ立ち上がることもできないでいるダージリンに、言いたい放題に言葉を叩きつけるアッサム。両者の力関係は今、完全に逆転していた―――!!

 

「―――私、貴女がそんなザマなせいで今ね、すごく、すごく大変だったの。

 わかる?諜報局の仕事をこなしながら、紅茶の園のお歴々相手にオレンジペコのフォローに回って、下級生が貴女を心配しているのを宥めて回って―――

 

 ―――ええ、大変だったわ。これまでそんな大変なことを片手間に済ませてきた貴女の大きさを改めて理解できた」

 

ダージリンはまだ立ち上がることができない。長く無気力で居た反動は、本人の思った以上に体を蝕んでいた。そんなダージリンの様子を一瞥して、アッサムは言葉を続ける。

 

「―――貴女が今までそうあれたのが貴女の心の在り様だったのは今までの有様で理解できた。だからこそ―――

 

 立ちなさいなダージリン。その冠名(なまえ)栄光ある女人(グロリアーナ)にしか名乗ることを許されないのだから―――」

 

 

 

*******

 

 

 

―――Side Darjeeling

 

「 立ちなさいなダージリン。その冠名(なまえ)栄光ある女人(グロリアーナ)にしか名乗ることを許されないのだから―――」

 

 

―――心が震えた。今まで私のことを上に据えて、一歩下がっていた彼女に、どこか同級生として、紅茶の園に入ったばかりのころと違った立ち位置のような、線引きを感じていた―――それがまるで壁のように感じていた。

 

 

―――トップに立つとはそういうものだと思っていた。

 

 

―――だからだろうか?私を『フッド』と呼び、私の立場など何処吹く風で対等に接してくれる彼女と居るのが心地よかったのは―――

 

 慕ってくれる人たちは多い。尊敬する上級生も多くいる。

でも、私の立場を気にせずに、対等に接する常識なしは、彼女しかいなかった。

 

―――それを理解したために、目の前の友人は己の矜持を押し曲げて、対等の立場に立って私を叱咤してくれている―――!!

 

 

 

 

―――動け、私の身体―――過去に縋りついて無様に蹲るなんて―――

 

 

 

―――――栄光ある女人(ダージリン)ではないでしょう――――!!

 

 

 

 

―――よろよろと、生まれたての小鹿か何かのような足取りで立ち上がる。テーブルに手を付き、暫く最低限にしか動かしていなかった身体が老人の様にギシギシと軋みを上げていた。

 立ち上がり、真っ直ぐにアッサムの目を見返す。力強い生気の宿った瞳で。

 

「―――ごめんなさいねアッサム―――、本当に、本当に迷惑を懸けてしまって……」

「―――構いませんわダージリン『様』、それが私の務めですから」

 

テーブルの上に残った真っ黒い液体が半分以上入ったままのカップを手に取り、思い切りぐいと飲み干す。

 苦みの走った中に、不思議と優しく深みのある暖かい味わいに―――

 

「―――美味しい―――」

 

そう、口に出して、思わず手で口元を抑えていた。

私の様子にアッサムはクスクスと笑っていて、なんだかバツが悪い私は、誤魔化すように「どこかの名のあるメーカーのものなのかしら?」と言うと、

 

「―――その珈琲のレシピはね、もぬけの殻になってた天翔エミの部屋で見つけたのよ。彼女のオリジナルブレンドみたい」

 

そう言って、また笑って見せる。

 

 

 私が動けなくなるほどの痛みを与えて置いて、しれっと私を復活させる。いなくなっても本当に自分勝手な猫のような娘だこと―――。

 

 

―――ええ、感謝しておいてあげますわ、天翔エミ。貴女にも、

 

私をもう一度立ち上がらせてくれたアッサムにも、私の快気を待ち続けてくれたオレンジペコにも、私を見捨てないで居てくれたローズヒップにも

 

―――私をダージリン(わたし)として認めていてくれた全ての人へ幾万の感謝を―――!!!

 

さて、まず最初の一歩目ね―――。

 

「なまった身体を、鍛え直さないと―――アッサム。オレンジペコとローズヒップを呼んできてちょうだい」

「ええ。仰せのままに―――」

 

部屋を出ていくアッサムを尻目に、カーテンを開けて窓から差し込む陽光を仰ぎ見る。疲労の濃い体にはそれだけでも毒なのか、やや眩しすぎて痛いほどだが―――

気合を入れなおすにはちょうどいい―――!!

 

 

―――待っていてあげますわ。天翔エミ!

 

 

何を一人で完結して悲劇のヒロインの様に蹲っていたのか、彼女が逃げ出してそのまま消えていくような無様な負け犬の【はずがない】!!

たとえひととき戦車道から背を向けても、きっと貴女は捨てきれない。戦車道と向かい合い、再び立ち上がり駆けあがってくる―――!!その時にこそ、

 

 もう一度!心から語り合いましょう!!

貴女に言いたいことがある。伝えたかった想いがある。だから、帰っていらっしゃい。私に倒されるために―――!!

 

 

 

**********

 

 

 

―――Side Emi

 

──月──日

 

みんなでショッピングだ!大洗たのちぃぃぃぃ!!!!

 




お互いの立場も内心も、わかるはずはない。

とはいえ客観的に見たらこの状況のエミカスは殴りたい(お目目ぐるぐる)



あ、ダージリンが珈琲は砂糖とミルクがどっぷり入ったカフェオレオレ()しか飲めないのは中の人の妄想です。悪しからず()


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【 何がQだよ!!の章 壱『唐突なるD.C.(ダカーポ)』 】

聖グロリアーナの庭の薔薇園の片隅には、誰が植えたのかわからないが、


『立派なきゅうりの畑』があるという―――


誰が手入れをして、誰が収穫をしているのか誰も知らない―――




―――ただし、収穫に前後して、紅茶の園でキュウリのサンドイッチが振る舞われ、

嬉しそうにそれを食べる英国淑女の姿が目撃されている―――。


( 聖グロリアーナ学園七不思議~薔薇の園に佇む緑の一画~ )


―――Side Emi

 

今日は戦車道の訓練が終わった後秋山優花里殿とたまたま二人きりになる機会があったのでそこでたっぷり雑談をした。

 

「―――それでですね!どの戦車にも個性や特徴がありまして!天翔殿は黒森峰でしたね!ティーガーやパンターなどの戦車はよくお目にかかったことと思われますが―――」

 

 ウキウキとした調子で話し続ける秋山優花里の、全身から溢れ出る「たのしいです」オーラを後光の様に感じながら、俺こと天翔エミは微笑ましそうにテーブルに座っている。飼いならされたわんこが尻尾を振って大好きオーラを全開にしてすり寄ってきてる感じに似ている。とてもかわいらしい。もしもこれが本当にわんこであったならば思う存分頭を撫でまわしていたに違いない。

 だが俺の信条としてそんなことは許されない。

そんなことを軽率に行ったと仮定しよう―――秋山殿のファンの方にズタズタに引き裂かれても文句は言えないだろう。もしも軽率にみほエリの間に挟まる輩が居るならば俺はためらいなくそうするであろうからだ。(断言)

 そも、誰もエミゆかなんぞ望んでいるはずもない。

アンタもそう思うだろ?

 

「―――あ、も、もうこんな時間なんですね。すみませぇん……お時間を取らせてしまったみたいで―――」

「いや、良いよ。こうして無駄な時間を楽しむのもたまには悪くない」

 

俺がそう言って微笑んで見せると秋山殿もはにかんで見せる。

―――あぁもう可愛いなぁくそう!!

 

 

帰宅するとなんか不機嫌そうなみぽりんが居た件。原因はわからないがこういう時の対処法は黒森峰時代から変わらない―――!

 

―――みぽりんの身の回りのお世話を甲斐甲斐しくこなしつつ、なんか居心地悪さを感じたみぽりんが手伝いに着たタイミングで―――

 

「はい、渡しそびれたけど、お土産」

「わぁ―――ボコだぁ」

 

―――心の中でガッツポーズをとる。長い年月に裏付けされた処世術というのはいつでも身を助ける武器になる。俺はそう確信していた。

 

 

 

**********

 

 

 

―――Side Darjeeling

 

「―――大洗女子学園との親善試合?」

 

日々鍛錬を重ね、衰えていた身体を叩き直している最中の私に降ってわいたのは、そんな話だった―――。

 ただ、私の記憶が確かならば―――

 

「大洗女子学園の戦車道は―――何年も前に廃止されたはずでは?」

「再開したらしいですよ?私も詳しくは知りませんけれど」

 

鏡を前にダンベルトレーニングをする私を横目に、アッサムがそう言って紅茶を嗜んでいる。GI6による諜報をしていないあたり、本当にどうでもいい案件のようだ。

 トレーニングを終え、汗をタオルで拭ってから、いつもの制服姿に戻って執務用のデスクに腰かけると、オレンジペコが紅茶を用意してくれる。

彼女の貌にもいつもの微笑みが戻り、紅茶の園は平穏を取り戻した。

幾つもの大切なものから目を背け、顔を背けていた私のそれまでの所業に、反省しかない―――そう思えば、アールグレイ様も、“彼女”も、私を見捨てて当たり前だろう―――。

 

 

「―――天翔エミの行方ですが―――」

 

 

 歯切れの悪いアッサムの言い方に、捜査の進展がないということは理解できた。そして、彼女がやや憔悴気味なのも見て取れた。成果が上がっていないことに追跡の目を増やし、捜索の範囲を広げているのだろう。

九州は熊本を出たトラックの足取りを追って、この間の報告では中国四国地方で足取りを見失ったと言われていた。その付近を捜索し、船を使用して目をくらまし敦賀の港から滋賀方面に抜けたという話をしていた。

 

―――実際はそれすらもデコイの一種であったことがわかるが、今の時点ではまだわかっていなかった―――

 

聖グロリアーナが誇る諜報組織GI6。そのエージェントの追跡すら振り切る手管に、彼女が一体何者なのかとOG会でも騒ぎになっているらしい。

 

 

「―――アッサム。もういいわ」

「ッッ……ですが―――」

 

 

逡巡するようなアッサムに、微笑みを向ける。上手に微笑むことができているかの自信はない……

 

 彼女がもしも立ち上がれずにいるのならば、一発引っ叩いてでも立ち上がらせてあげようと思って捜索を継続させたけれど―――それが原因で貴女がそんなに憔悴してしまっては、本末転倒じゃないの。

 ―――なんて、口に出すことはしませんけれど―――。

 

 

「始まりも私の我儘、おしまいも私の我儘―――本当にごめんなさい、アッサム―――貴女の頑張りを無駄にしてしまう私をどうか」

「いいえ、構いません。そのお心のまま、貴女らしくあられませ」

 

 

 そう言って微笑んでくれるアッサムに、私がどれだけ救われていることか……きっと貴女は想像もつかないのでしょうね。

 

 

「―――それで、大洗女子学園との親善試合、でしたっけ?」

「ええ、尤も―――あちら様、車輛もままならないらしく、5輛しかないそうで」

 

 

肩をすくめるアッサムに思案する。再開を決意して初めての試合となるであろう相手に、戦車道の戦い方を教えるのであれば―――5輛でのフラッグ戦など無粋の極み―――フラッグが即座に撃破されてしまえば他の車輛の面々は戦車道がどういうものかわからずに終わってしまう―――と、なれば

 

 

「……5対5の殲滅戦ルール―――かしら?」

「そうですね。それがよろしいかと」

 

 

ルールが決まれば次はメンバーと戦車の選別になる。久しぶりの練習試合ではあるし―――私のさび落としになってくれるといいのだけれど。

 

 

「大洗女子学園様ですか?戦車道を復活されたんですの?おめでとうございます。試合の件ですが、結構ですわ。

 

 ―――受けた勝負は逃げませんの」

 

 

オレンジペコとアッサムの表情を見る限り、通話している間の私はいつも通り自然に微笑んでいたらしい―――良い傾向、なのだろう

 

 

 

  彼女と再び相まみえる日までに、できる限り力をつけておきたい。

 

 

 

 

―――しかしこの時私は忘れていた。

 

 彼女という存在は、いつもいつもまるで交通事故のように突発的で、回避不能なシロモノであったことを―――

 

 

 

*********

 

 

 

大洗の港に寄港する。アークロイヤル級空母アークロイヤルをモチーフにした巨大規模の学園艦。それが我が聖グロリアーナ学園艦。すぐ傍に旧日本海軍の正規空母“瑞鶴”をモチーフにした大洗学園艦が見える。立体道路を進む5輛の戦車も見えた。

 

 

―――戦車―――なのよ、ね……?

 

 

 

「本日は急な申し込みにも関わらず試合を受けていただき、感謝する」

「構いませんことよ―――それにしても」

 

 

チラリと戦車群を見やる。

 

 【バレー部復活!】と大きく描かれた八九式中戦車。

悪趣味なほど金ピカに塗りつくされた38t偵察戦車。

真ピンクのM3中戦車リーに真っ赤なボディカラーに幟旗。真田六文銭に新撰組、風林火山にオーストリア国旗

 

 

 

―――ダメ、無理。これは無理wwwwww

 

 

 

噴き出しそうになる口元を抑え、何とか踏みとどまる。

 

 

「―――個性的な戦車ですわね」

 

 

必死で言葉を選んでお茶を濁し、気分を変えるために、唯一まともそうなⅣ号戦車に目を向ける

 

 

  ―――途中に、居てはいけないモノを見た。

 

 

 

 

 

 

 

    ――――――――はぃ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  目を擦る。しばし、目を閉じて目頭の辺りを揉む―――疲れているのかしら?

 

 

 

 

 

―――――居た。――――38tの上に―――。

 

 

 

 

 私の視線に気づいたらしい。片手を上げて「よっす!久しぶり、フッド」と軽い調子で挨拶をしてくる。私はダージリンだと言っているのに―――もう!

 

 

 ―――私がどれだけ貴女を探したと『天翔殿!!マチルダⅡだけでなくチャーチルも!あれが英国戦車を有するグロリアーナの戦車たちなのですね!!』

 

 

 

 

 

 

―――――――――は?(威圧)

 

 

 

 

 

 

「エミちゃん、秋山さんも、今整列中だから」

 

 

 

 

 

 

―――――は??(威圧)

 

 

 

 

 

 

最初に彼女に話しかけていた少女はともかく、もう一人の方は見覚えがあるような気がしますわね―――確か、“彼女”と一緒にアールグレイ様と試合をしたときの車長―――だったかしら?

 

 

―――成程、成程。謎はすべて解けましたわ――――!!

 

 

「―――よもやこんなところで出会うとは思っても見ませんでしたわ」

 

 

整列を乱してしまう事よりも、今はこちらが優先。38t偵察戦車の前に歩み寄り、“彼女”を見上げる―――!!

 

 

「―――こんな言葉をご存知?『此処で遇ったが百年目』―――

 全身全霊をもって、叩きつぶして差し上げます」

 

 

宣戦布告を、指先に乗せて叩きつける。

 

 

「―――いいから整列しろよ。フッド」

「私はダージリンだと言ってるでしょう――――ッッッ!!」

 

 

試合開始の緊迫した雰囲気など何処へやら、すっかりコメディな雰囲気にのまれてしまった―――それもこれもみーーーーんな貴女のせいでしてよ!!

 

 

 

 

―――――天翔エミッッッ!!!

 




――月――日

試合は当初、一方的な盤面で進んでいた。途中、履帯が外れた38tを放置してあの子犬のような少女と気弱そうな車長のⅣ号を追いかける―――

―――38tを仕留めて置かなかったおかげでルクリリが撃破されてしまったことは私の失態だ。本当に忌々しい―――!!天翔エミ!!


けれど、彼女が戦場に帰ってきたのだと実感できる―――すこし嬉しい。

試合は結局こちらの勝利でしたが、余裕打っていた結果マチルダを4輛失い、私のチャーチルもまたかなり大きいダメージを受けてしまった。

後でお名前を聞いて驚いたけれど、納得の指揮能力でしたわ、西住みほ。紅茶を贈らせて頂きますわ。
 貴女も私のライバルの一人に認定して差し上げます。優先順位は割合低めですけれどね。


追記:記録媒体を盛って来るべきでした。一生の不覚ですわ。

( ダージリンの日記より )


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【 何がQだよ!!の章 弐『我と彼の5センチメートルたる遁走曲(フーガ)』 】

 A definite purpose, like blinders on a horse, inevitably narrows its possessor’s point of view.

『目隠しをした馬のように範囲の限定された目的は、必ずその持ち主の視野を狭くする。』  (米国の詩人 ロバート=フロストの言葉)




―――Side Darjeeling

 

 戦車道高校生大会1回戦。対戦相手は―――BC自由学園。

1回戦は10輛制限を受ける。が、正直こちらにとっては数の制限はあまり意味がない。車輛はマチルダとチャーチルの混合。虎の子は温存すべきという私の考えから、マチルダ会の提案に阿る形で編成を満たす。

 とはいえ、対戦相手にはARL44が複数輛存在する。90mmの砲撃はいかにマチルダの装甲であろうと容易く撃破しうる。油断は禁物……

 

 

 

 

 

 ―――わけがわからないわ(困惑)

 

 

敵を撃破して喜ぶのはまぁ良しとしましょう。ローズヒップも良く歓声交じりの報告を上げては通信手の耳を破壊しておりますし……

 

 

 

 

 

 

―――それで……何故味方同士で誹り合うの?

 

 

 

―――何故味方同士で撃ち合ってるの?

 

 

 

『び、BC自由学園フラッグ車、走行不能!聖グロリアーナ女学院の、勝利!!』

 

 

アナウンスの声もやや戸惑っている。勝利を告げる放送を、被弾はあれど隊長車がただの一発も砲弾を撃つことなく聞くことになろうとは―――本当に、事実は小説よりも奇なり、と言ったところかしら……?

 

 

 

―――ごめんなさい。こんな時他にどうコメントを残していいかわからないの。

 

 

 

――月――日

 

 戦車道高校生大会2回戦―――対戦相手はヨーグルト学園。

ふざけた名前をしているけれど、ブルガリア由来の提携による戦車道を扱う学園で、保有車両も中々粒ぞろい。強敵、と言っても良いでしょう。ですが焦る必要などない。私たちは強い。誇り高き強豪校聖グロリアーナですもの!

 

 

 ―――などと、考えていた自分を殴りつけてやりたい。

 

 

『―――こちらニルギリ。撃破されました……申し訳ありません……』

 

通信機越しの報告に「そう」と応えて紅茶を一口。

 

「―――全車後退。高台を抑えられてしまう前に相手の撃破可能有効射程内から撤退なさい」

 

 相手に無防備なお腹を見せるわけにはいかない、全車で後退しつつ敵の攻撃範囲を避ける。丘陵を盾にして森の中へ進む―――その先に

 

『偵察隊より報告!T-34です!』

「なっ――――!?」

 

報告の声に耳を疑った。キューポラを昇り外を視認する私の目の前に、展開しようとしている3輛のT-34/85の姿。

 

「全車、雁行陣形。ひと当てして転身しますわ」

『了解!!!』

 

 雁行(がんこう)陣形。横一列に歩兵を並べる長蛇(ちょうだ)陣形の亜種で、陣形の実線をより太くし、斜方へずらしながら作り上げる防御陣。本来ならば後方に支援部隊や、疲弊した仲間が復帰するまでのわずかな時間を稼ぐための陣形である。当然、長期戦に向いた陣形ではない。

 

 丘の上を抑えられ相手の陣形を把握できないまま、森林内を逃げ回る。徐々に徐々に追い詰められていく展開に、額に汗が伝うのをハンカチで拭う事すら忘れていた。

 

―――こんなところで終われないのに。

 

 焦りは冷静さを奪い、冷静さを奪われた作戦は味方を不安にさせてしまう。

さながら、己の尾を食らう蛇のように、或いは真綿で首を絞められていくように、じわじわじわじわと聖グロリアーナの車輛が追い詰められていった。

 

 

「―――何輛残っていますの?」

『1番、5番。健在です』

『6番、8番、健在です』

 

 つまるところフラッグを含めて5輛。あちらは撃破報告はなし。倍の戦力差を、この貧弱な砲と鈍足な足回りのマチルダとチャーチルで覆さなければならない。ということ―――

 作戦を考える私の耳を打ったのは、直接回線(ホットライン)のベルだった。

直接回線の番号を知っている人間は限られる。OG会のメンバーと、学園理事だけ。ゆっくりと、通話機を手に取る。

 

『―――私よ』

 

 手短にのみ告げる言葉に、身がすくむ。

 

『―――これ以上は優雅ではないわ。反省会は後でします。投降なさい』

 

 

―――投降。屈辱の言葉が胸に沁み込んでいく―――!!

 それでも、聖グロリアーナのパトロンとなっているマチルダ会、チャーチル会、クルセイダー会の総意であれば、断ることなど―――

 

『―――もしもーし?聞こえるー?』

 

その時私の耳を打ったのは、違う声だった。

 

「―――アールグレイ、さま……?」

『そうよー?私の声もわからないくらい動揺してた?なっさけなーい』

 

揶揄う様な声に、何故か安心する。

 

『投降を勧められてるダージリンちゃんに、私からも一言言わせてもらいたくってねー

 

 

  ――――どう選択しようと自由よ。でも覚えておきなさい“あの子が見てるわ”?』

 

 

通信が切れたかも確認せずキューポラから身を乗り出した。森の中からでは、観客の姿など見えない。

 

 

 

―――けれど、もしもアールグレイ様の言う通りならば……

 

 

車長の席に戻った私は外部通信機を取り上げると

 

 

「ああ!戦車の揺れで通信機が!!」

 

 

紅茶を淹れるための熱湯をサーブするためのポットの蓋をちょんと摘まみ上げ、

 

 

 

 

―――中に通信機を放り込み、蓋を締めた

 

 

 

「さて、通信終わり。全車に通達

 

 

 ――――【アレ】をやります。ルクリリ、任せたわ」

「は――――はいっっっ!!!」

 

 

―――ああもう、本当に度し難い。

 

 

 

 

―――『あれ』が見ていると思っただけで、ここまで覚悟が極まるとは……。

 

 

「―――本当に、度し難いこと……」

 

冷めてしまった紅茶もそれなりに味わい深い。少なくとも、渋味と冷たさが、この身体の熱を刹那でも大人しくさせてくれる。

 

 

「―――隊長車よりルクリリ、及び秘密兵器へ」

 

 

 凛と声を張って、強く姿勢を正して

 

 

 

「―――“駆け抜けなさい”」

 

 

 

あとは手綱(リード)を手放すだけ

 

 

 

 

『ヒャッハァーーーー!!!!で、ございますわぁーーーー!!!』

 

 

 

 さぁ、胸を張って征きましょう。

 

 

 

 

 

 ******** > 試合終了後

 

 

 

 

 

「来ていないじゃありませんかッッッ!!!!」

「えー?アールグレイちゃんわかんなーい?」

 

 チームテントで感情のままに怒鳴り散らす私に、そんな風にしれッと返して揶揄う様にミルクロワイヤルを口にするアールグレイ様にぐぬぬと唇を噛んで睨みつける。本当にこの人はぁぁ……!!!

 

 

 

 これでは私、立つ瀬がありませんのですけど!?

 

 

 

思わず天を仰いで瞳を閉じる。気分は悲劇のヒロインもかくやというところ

 

 

 

 勝手に天翔エミの姿を幻視して

 

 天翔エミにみっともない姿を見せたくなくて

 

 勝手に一人合点してOG会の意向を無視して

 

 秘密兵器まで持ち出して

 

 結果すべて私の独り相撲!?

 

 

 

「―――でも、諦めずに済んだでしょう?」

 

 それまで揶揄う様子だったアールグレイ様の言葉尻に諭すような雰囲気を感じて視線を戻すと、机に片肘を突いて優しげな瞳でこちらを見上げるアールグレイ様の姿。

 

 

「優雅に華麗に大胆に。グロリアーナの矜持も立派だけど、勝つために泥臭く、どこまでも生き汚く、決して諦めない。

 

 

 

  ―――西住みほも、天翔エミも、そういう子たちでしょう?」

 

 

 

 パチリとウィンクして「グロリアーナには似合わないかもしれないけれど」と笑うアールグレイ様に、もう何も言えなくて私は仕方なく視線を外して窓の外を見た。

 

日差しにキラキラと光る薔薇園の薔薇たちは、土砂降りと言っていい水撒きに光を反射して輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなものはばーーーっ!ってやってやれば問題ありませんの!ですわ!」

「ローズヒップさん!?ちょ、止まって!ローズヒップさぁ――――ん!?」

 

 

外の悲鳴などは聴かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 ――月――日

 

「GI6からの報告書です」と言ってサイドテールに麦わら帽子と白のワンピース姿の天翔エミがいつか見た大洗の少女(アンツィオの制服姿)と楽しそうにアンツィオ高校の出店で和気藹々と食事をしながらデート感たっぷりの雰囲気で視察しているスナップショット複数点を書類と一緒に渡してきた。

 

 

 

 余裕ですか?ええまぁアンツィオ相手なら余裕でしょうね、ええそうでしょうとも

 

 

 

 そのバカみたいな余裕を見せる状況で【決勝戦で当たる相手であろうわたくしの試合を見に来ない】という時点でふざけすぎてますけれど!?

 

 

 キレてませんよ?この程度で激怒していたら血管も堪忍袋も足りませんから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キレてませんからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※ 時系列で言うと「本選Aブロック」→「本選Dブロック」で一日に複数個所で対戦するわけではなく日にちが別々になってる(大洗VSプラウダ戦とグロリアーナVS黒森峰の対戦日が違ってたので)ため、エミカスのタイムテーブルはアンツィオ戦前の秋山殿日記閲覧「ぜんぶなくなっちゃった!」事件→アンツィオ偵察編 のあたりのお話です


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【 終章『  』 】

1人の女と、1人の女が 戦車道の道を流星となって流れた

一瞬のその光の中で、人々が見たものは

愛、戦い、運命―――

今、全てが終わり、駆け抜ける悲しみ

今、全てのはじまり、煌めきの中に渇望(ノゾミ)が生まれる

終章『 』

僅かな刻限(トキ)に、全てを賭けて―――!!



「―――決着をつけたい」

「……望むところですわ」

 

 

通話を切って、まず一呼吸。深く深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 片手には薫り高くまだ湯気を上げる暖かい紅茶が満たされたカップ。だというのにその手の指先まで白く染まったかのように血の気を失い、カタカタと震えている。震える指で、しかし紅茶を飲むような気分にもなれず、ソーサーの上にカップを戻す。

 

 結局その紅茶は、香りだけを霧散させ、冷たくなるを待つ身となった。

 

 

聖グロリアーナの学園艦。紅茶の園と呼ばれる聖グロリアーナでも一握りのハイソサイエティしか入ることのできないその一室に今、かつての紅茶の園の同世代。

ダージリンとアッサムの二人が居た。

 ダージリンの語る内容を、じっと聞いていたアッサムは、フゥと息を吐いてソファに体を預けた。対してダージリンは、落ち着かない様子で立ち上がり、それでも何をするわけでもなく所在無くただ佇んでいる。

 

 

「―――ダージリン。本当にいいの?」

 

 

部屋のソファに腰かけてカップを傾けるアッサムの言葉に、ダージリンはただ一息深呼吸をする

 

「ええ、えぇ……構わないわ。だって―――」

 

アッサムの方を向くわけでなく、ダージリンは部屋の壁にある姿見の前に向かう。

自分が一体どんな表情をしているのか、それを確かめるように……

 

「―――受けた勝負は逃げませんの。騎士道精神に懸けて、絶対に―――」

 

鏡の向こうに映る自身の顔を睨みつけるように、強い決意の瞳がそこにはあった。

 

「本当にいいの?だってもうあの子は―――」

「彼女が」

 

アッサムの言葉を遮るようにダージリンは声を上げる。それはおおよそ淑女とは言い難い、荒い言葉だったが、その中に含まれる感情が伝わってか、アッサムはそれ以上言葉を続けることを止めた。

 

「―――彼女が、天翔エミが望んだ事なのよ……彼女と因縁浅からぬ相手の中で、このわたくしを選んでくれた――――――!!」

 

ドンとダージリンが姿見に拳を叩きつけた。全く力の入ってない拳は鏡を砕くことはなく、ただ壁を叩く音だけで。

 そんなダージリンの様子に、アッサムはソファから腰を上げる。

 

「相手はたぶん、Ⅳ号戦車とあんこうチームを集めて乗員を埋めて来るわ。私は砲手として協力する、ペコとローズヒップにも声をかけておくわ。当日までにできる限り仕上げて見せるから」

 

アッサムが退室した後、姿見にもたれかかるようにして、ダージリンはズルズルとその場に崩れ落ちた。

 

 微かな嗚咽の声だけが、静まり返った部屋の中に響いていた―――。

 

 

 

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに・If 三次」

   【  ■■■■■、■■■■■■■■■■―――  】

 

 

 

 

 

 

 

戦いは、熾烈を極めた―――。

轟音、轟音、衝撃、轟音、衝撃、衝撃、轟音―――。

 

 速度に劣るチャーチル歩兵戦車は、度重なる被弾で正面装甲も側面装甲も被弾痕が無惨に刻まれ、グロリアーナのパンツァーエンブレムも煤けてしまっている。

 

「何て―――無様―――」

 

ぽつりと呟く私に、アッサムが声を上げた

 

「泣きごと言ってないの!車輛指示!砲撃指示!!

 ―――ダージリン!!あなたの務めを!果たしなさい!!」

 

アッサムの声に私は脚で応える。操縦手の肩を踏み、方角を指示して射線から回避。わずかに遅れて着弾。爆風に車体が揺れる。

 

 

―――本当、何て……無様……!!

 

 

 

 

 

 

 

    ―――天翔エミ。貴女はこんなにも衰えてしまったの―――?

 

 

 

 

 

 

装填速度が遅い。全盛期の彼女ならばもっと早い、砲手の正確さを鑑みれば、もっと早くに決着はついている。私の敗北という形で―――

 

 

   ―――なのに何なの?このザマは。この戦いに、何の意味があるの?

 

 

私はいったい―――

 

 

   ――――――何のために、貴女と戦っているの―――?

 

 

 

「ダージリンさまぁ!!」

 

  ―――ゴゥンッッ!!

 

 

 

 大きな衝撃が車体を揺らした。手に持っていたティーカップを取り落とすことこそなかったが、車体底面には零れた紅茶の跡が点々と残る。この戦いのために、あんこうチームの面々と争うためにわざわざ手を貸してくれたローズヒップの悲痛な声が、私を再び現実に呼び戻してくれた。

 

「損害個所の確認。急いで」

「ダージリンさま!履帯が……!!」

 

着弾箇所はよりにもよってチャーチルMkⅦの大きすぎる履帯に命中していたらしい。幸いにも、転輪はまだ動くけれど、履帯交換をする猶予などない……。

 

「―――ローズヒップ。片方だけで構わないわ、僅かでも動くように見せかけなさい」

「わ、わっかりましたわー!!」

 

私の指示に元気よく答え、アクセルとシフトレバーを巧みに操り、ハンドル操作とアクセルの稼働だけで、数センチ動いて見せる。ただし履帯がないので不格好なほどにガタガタと車体は揺れ、中の状況は最悪極まりないけれど―――

 こちらがまだ動くことを理解したⅣ号戦車は、とどめを刺すために飛び込んできた。砲塔が、こちらを向く―――こちらは片輪しか動かせない。

 

 

―――だったら―――ッッ!!

 

 

「ローズヒップ!信地旋回ッッ!!」

「は、はいぃっ!!」

 

おおよそ優雅とはかけ離れた私の大声に、慌てながらもローズヒップは答えてくれた。

 

 ―――信地旋回。片方の履帯を固定した状態で、片輪だけを動かし、バスケットボールのピポットターンのようにぐるりと戦車を高速で方向転換する技術。回転運動で被弾を避けた私たちの車輛のすぐそばで着弾、爆裂の衝撃に車体が揺れる。

 Ⅳ号は停止状態から再動の気配はない。恐らくは、避けられると思っていなかったであろう、だが、驚くのはまだ少しだけ早い!!

 

「ローズヒップ!!ギアを逆に!!そのまま信地旋回で元の場所に戻る!!アッサム!旋回後に正面照準合わせ!撃ちなさい!!」

「は、はいっっ!!」「――無茶言ってくれるわ―――やるけど!!」

 

本当なら超信地旋回がしたかった。けれど履帯は片方イカれている以上、信地旋回しかできない。

 ギャリギャリと地面を噛んで履帯が奏でる金切り音が耳を襲う。キューポラから顔をのぞかせ、前方のⅣ号戦車を睨みつける。

 

信地旋回からの砲撃―――射線が定まらない!!停止しているⅣ号に命中せず反れた砲弾ははるか外れた場所に着弾する

 

「ペコ!次弾装填!!ローズヒップ!回避運動!!」

 

 指示を与えるも、衰えたとはいえ天翔エミの装填速度の前ではオレンジペコでは不足に過ぎる―――!!さっきの一度の信地旋回で回避運動の半径も、軌道も見切られている。次はない。

 

 

 

        ―――負ける――――――ッッ!!

 

 

 

 

『―――Ⅳ号戦車、白旗を確認』

「―――え……?」

 

目を閉じて、終焉を待っていた私の耳に、信じられない報告が飛び込んできた。

キューポラ越しに顔をのぞかせると、Ⅳ号戦車から必死にエミを引きずり出そうとしているみほさんとあんこうチームの皆さんの姿。

 

 

 

 

―――もうね、身体が以前のように、動かせないんだ

 

 

 それはこの試合の前に、彼女が告げた言葉。

 

 

―――永くは生きられないんだってさ。だから―――

 

 

 強い決意とともに、生気にあふれた言葉。

 

 

―――決着をさ、つけておきたいと思ったんだ――――――お前と

 

 

 

 

 

 

 

「天翔エミッッ!!!」

 

梯子を蹴って跳ねる。キューポラに躓いてうつぶせにべしゃりと倒れ伏す。

 

―――ッッッ!!こんなもの、邪魔だッッ!

 

手に持ったものを放り投げて車体に手をついて立ち上がり、駆ける。

優雅さなんかどこにもない、ただ、行かなければならないと衝動に突き動かされるままに―――

 車体を転がり地面に落ちたカップが砕ける間に、驚くような速さで私はⅣ号の車体にたどり着いていた。ぐったりとした彼女の身体をあんこうチームの皆が支えて降車させている。弱弱しい瞳に、色素が抜け落ちた白髪だらけの髪。運動の汗でメイクも剥がれ落ちたのか、成人女子とは思えないほどにボロボロになった天翔エミが姿を見せている―――。

 

 

「―――勝てなかったなぁ……」

 

 

ぽつりとつぶやいた言葉。かすれた声で、力のない言葉。

 

「―――エミさん」

 

私の言葉に、彼女は漸く目の前にいる私に気づいたようだった。私の方へ弱弱しい瞳を向けると、彼女は手を伸ばそうと、よろよろと動く

 

「あぁ……ダージリン……負け越しちゃった、な……」

 

ボロボロの姿で、ニッと笑って見せる。

 

「―――どこが……」

 

止まらない―――。

 

「―――この状況の、どこが、勝利なのですか―――!!」

 

被弾はすれど健在のⅣ号戦車と、履帯も失い、装甲はひしゃげ、満身創痍の様相のチャーチル。誰がどこを見たとしても、勝者は―――

 

「―――こんな結末で―――

 

 

  ―――私たちの決着が、こんな終わり方で、あっていいはずが、ない――――ッ!!こんな結末―――ッ誰も、望んで、ない……!!」

 

ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくなる、言葉の最期は歪んだ視界で見えなくなったまま、最後まで繋げられなかった。

 何故こんなことになったの?どうしてこんな理不尽が罷り通るの?!

 

 

 ―――神は何故、この娘と私に、こんな結末を用意したの―――!?

 

 

 

 

「―――あの、さ……こんな格言を、知っているか?

 

 

 

 

   ―――世界はいつだって……こんなはずじゃないこと、ばっかりだ。ずっと、昔から、いつだって……誰だってそうなんだ……」

 

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、目の前の彼女を見る。何処までも安らかな顔で語る彼女の手にはあんこうチームの手が添えられて、それが彼女に力を与えているようにも見えた。

 

 

「―――素晴らしい言葉です。でも、私は存じません……どなたの、言葉なのですか?」

 

私の言葉に、ニッと口の端が吊り上がった、ように見えた。

 

「リリ●ルなのは」

「アニメじゃん!!格言じゃないじゃん!!」

 

 武部さんがツッコみ、エミさんがばれたか、と舌を出す。こらえきれなかったように秋山さんが吹き出し、みほさんも苦笑している。

ぽかんと放心していた私に、ふつふつと怒りがこみあげてきた――。

 

「―――貴女ね……!!」

「―――それでいいんだよ」

 

文句を言おうと顔を上げた私を、エミさんが再度声で制する

 

「結果は締まらない結果だったけどさ……お前が勝ったんだよ。勝者が泣くなよ、勝った方ってのは、何時の時代も、どんな戦いでも、笑ってるもんだ……」

 

 

 

――嗚呼、本当に―――本当に、貴女って人は―――

 

 

 

「―――ええ。わかりました」

 

きっと優雅とは程遠い。だって何度も転びそうになって、泥だらけになって、涙をぬぐうこともしないで、顔はぐしゃぐしゃで―――

 

 

―――それでも、今この時この瞬間を超える笑顔などないと、私は思う。

 

 

―――だって、彼女は私を見て笑顔を見せてくれたから。「それでいいんだよ」と、その表情が教えてくれたから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その後のことは、正直あまり記憶に残らない事ばかりだった。

 

彼女はその後戦車道を続けることはできなくなり、私は私で、プロリーグの発足に従い、グロリアーナを代表する選手としてプロテストに参加するため、強化合宿などの関係上、彼女のことを気に掛けることはあれど、中々時間をとることができず、行動に移せなかった。

 

 

 

 

 

そうして数か月も経たないうちに――――突然に、彼女の訃報が届いたのだ。

 

 

 

 

 

 私の前に唐突に、交通事故のように現れた彼女は、止まることなく駆け続け、そして追いつけないままに消えてしまった―――。

 

 

 

 

 葬儀の席で、恥も外聞も忘れて泣き叫んだ。こんなにもあっけなく今生の別れを迎えるなんて、考えもしなかったから……

 

 何故私はいつでも会おうと思えば会えるなんて楽観視をしていたのだろうか?だって彼女はいつだって真っ直ぐに駆けて行って、追いつくことなどついぞできなかったのに―――

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その後も、私は戦車道を続けていた―――辞める理由が見つからなかったからだ。グロリアーナという名門の出身であることで私を持ち上げる人も大勢いたし、形ばかりのおべっかに辟易すれど、笑顔を崩さない程度の処世術はグロリアーナでの生活で身に着けていた。

 西住まほ、地吹雪のカチューシャ、ケイと並び、当年代四強と謳われはしたが、正直どうでも良かった。比較的仲の良かったカチューシャにしても、あの子を大層気に入っていたようで、対立を煽られようと何処吹く風で……

 

 

 私にしても、他の3人とライバル関係だったのかと問われるが冗談ではない。

 

 

 いつだって私が追いかけて、私が倒すべきだと決めた相手は彼女だけだった―――。 

 

 

 それからも、戦車道を続けていてもどこか空虚に感じていて……続けていくことに意義を感じなくなっていった。

 

 

 

   ―――いっそ、もうやめてしまおうか? そんな考えすら頭によぎっていたころに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          彼女が頭角を現した。

 

 

 

 

Ⅳ号戦車に乗り込む一騎当千の強者たち、あんこうチーム。その連射速度はかつての彼女を思わせる程。

 

秋山優花里、

 

彼女の傍で、誰よりも彼女の近くですべてを学んだ装填手―――!!

 

 

 

 

 

―――嗚呼、なんだ

 

 

 

 

       ―――そんなところにいたのね。「あなた」―――!!

 

 

 

 

 

―――そうね。

 

 

 

  ―――貴女との決着は、まだついてなかったのね。天翔エミ―――!!

 

 

 

 

嗚呼、何ということだろう。こんなにも時間を無駄にしてしまった。これからはもっともっと頑張らなくてはいけない。何せ、あの娘は、天翔エミは止まることを知らない。こっちが足踏みしている間にどんどん先へと進んでしまう。今度は逃がさない。追いついて、その肩に手をかけて、今度こそ誰もが納得する決着をつけるのだ。

 

西住まほ?カチューシャ?ケイ?島田愛里寿?―――【知ったことか】!!

 

 

ああ、天翔エミ、待っていなさい。貴女の全てを受け継いだあの子を完膚なきまでに倒して差し上げます。

 

 

 

        私の、わたしたちの決着を、つけましょう―――!!

 

 

 

 




寄稿した拙作に「ダージリンが病む」的なコメントがついてたから生まれたこの作品
いかがだったでしょうか?

なお、わりと病み堕ちレベルのオチになっていますが、作者の一押しキャラは「ダージリン」です(


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【 エミの章 前編 + interlude 】

終章『 』 の裏側的な部分になります。

また、ゆかエミ日記では「チームメンバーと戦った」とあったけど、
こちらではあんこうチームと一緒に戦った という描写になっているので、

その辺をコネコネしてアレな感じにつじつまを合わせるための部分補強でもあったり、なかったり(言い訳


【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ 終章 Side Emi 】

 

  

 

「―――決着をつけたい」

「……望むところですわ」

 

 

 

通話機から手を離す。壁に体重を預けていた状態から、起立に戻すためにぐっと腕に力を入れて、ふらつく身体を両手を軽く広げてバランスをとる。

 

 ―――たったそれだけの動作なのに、どうしようもなく体がだるい。

 

あとどれくらい保つ?勝負の日までに多少なりともマシに仕上げなければならない。

チームのみんなには迷惑をかけるなぁ……そもそもこんなバカな話に乗ってくれるかどうかも怪しい。

 

 ―――ただそれでも、あいつとは決着をつけておかないといけないと思ったんだ。

 

 

  誰より『俺』のために、そしてダージリンのために―――

 

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに If 三次」

 

   【  エミの章 『 あなたがおしえてくれたこと 』 前編 】

 

 

 

 

「―――嫌です」

 

 

 当然の如く、チームの皆からは断られてしまった。そりゃあそうだ、こんなスッカスカの搾りカスみたいになってしまった装填手のお守をしながら戦車道の試合なんかできるはずがない。よしんばできたとしてまともな試合になんかなりはしない。

 

 

「―――そっか。ごめんな」

 

 

短くそう告げると、最低限、みだりに周囲に言わないでほしいとだけお願いして、頭を下げ、俺は踵を返してその場を去った。足早に去るつもりだが、どうにも速度が出ない。

 

 でも、まだ身体は動く。

 

 そんな俺には、背後の彼女たちの様子は目に入る余裕なんかなかった。

 

 

『―――ごめんな、じゃないですよ……諦めてくださいよぅ……』

 

 

 ―――耳に届かないほど小さなその声は、俺には届かなかったんだ―――。

 

 

 

******

 

 

 

「―――結局、ここになるんだな―――」

 

目の前にはドックに寄港した大型の船舶。太平洋戦争中の日本の空母、瑞鶴をモチーフにしたフォルムの大型艦

 

 ―――大洗学園艦。

 

乗艦許可を得て、学園艦に乗り込む。目的は一つ。

ここに今、ある人がやってきているからだ。

 

 

 

******

 

 

 

「やーやーひっさしぶりだねぇ、天翔ちゃーん」

「……ご無沙汰してます」

 

大洗学園艦内、大洗女子校 その一室。生徒会室のソファに対面して座る。

目の前には生徒会室で執務に励む現生徒会長を尻目に、怠惰に優雅に干し芋を齧っている、見た目がほとんど変わってない少女の様な懐かしい顔

角谷杏、元生徒会長。

 

「それで?何の用だっけ?」

「―――戦車と、それを動かすチームを。それぞれ一台と、装填手を除く乗員を定員数。お願いできませんか?」

 

干し芋を齧っていた手が止まる。にこやかに笑顔を保ったままだが、その様子には真剣味が宿っている―――。

 

「―――本気なの?聞いてるよ、今の私は監督とかその辺にも顔が利くようになってるから」

「なら話が早い。お願いします」

 

 頭を下げる俺に、上から刺すような視線が襲う。目が合っているわけでもないのに、威圧感が身体を責める。まるでリアルに首に刃物が当てられているようだ。

 だが、それが彼女の成長の成果なのだなと納得して、なんだか楽しくなっている自分もまた、そこにいる。

暫く緊張した空気が流れていたが―――

 

「―――やーめたやめたぁ。降参こうさーん」

 

 杏元会長の一言で、場が弛緩する。机に座って書類仕事にいそしんでいた現生徒会長も肝を冷やしたのか、どっと疲れた様子で椅子に倒れていた。

 

「こーいうところは本当、西住ちゃんと変わらないんだからなぁ……頑固でほんと嫌になる」

「―――すみません」

 

苦笑してまた頭を下げる。あのころと変わらない調子でケラケラと笑った元会長は、懐から取り出した通信機の様なもののスイッチを入れた。

 

「―――かーしまぁ」

―――バァンッ!!

 

通信機に向かって、あの頃と同じようにダルい調子のイントネーションで語りかけた瞬間、出待ちしてたように―――っつーかこれ出待ちしてたろ―――河島桃先輩が生徒会室に飛び込んでくる。

 

「まかせたよ、かーしま」

「はい!お任せください!―――ほら、とっとと来い!天翔!!」

 

 ぐっと手を掴んで引きずられる。もう桃ちゃん先輩に抵抗できる力なんかないのでズルズルと引きずられるままだ。

 そんな俺の様子を見かねて、気づいたら桃ちゃん先輩におんぶされていた。

 

「すいません、桃ちゃん先輩」

「桃ちゃんと呼ぶな!何年このやり取りを続けるつもりだお前は!!」

 

学園内をおんぶで進む。急ぎ足になっている桃ちゃん先輩が、途中でぽつりとつぶやくように言った。

 

「お前は、なんでそこまでして―――」

 

途中で口ごもり、考えるような、戸惑うような、そんな様子を繰り返して

 

「―――いや、いい。会長が決めたことだ。きっとそれが一番いい結果になる」

 

良くも悪くも自分の物差しより元会長の物差しを信用する彼女だからこそ、余計な口出しをしないことにしたようだ。そのやり取りがかつてを思い出してなんだか面白いと思えてくる。

 

 

 

******

 

 

 

「着いたぞ」

「ここは―――」

 

桃ちゃん先輩の背中から降りてあたりを見渡す。

見慣れたガレージに、広いグラウンド。

 

 大洗女子校戦車道のガレージ。

 

「補給の為の寄港で、今の代の戦車道の部員は出払っている。だが、ガレージのキーは生徒会が管理しているからな。こうして中に入ることができる」

 

ガレージの扉を開く。鉄と油の独特の臭い。電気の付いていない空間に、ゆっくりと日の光が差し込み、内部を照らし出す。

 

 そこに―――

 

 

 

 

 

 

「―――待ってたよ。エミちゃん」

 

 

   ―――彼女が、いた。

 

 

 

 

>>エミの章 後編へ続く

 

 

 

 

――――― ■ interlude ■ ―――――

 

 冷泉麻子はその日、あんこうチームのメンバーとともに、メンバーの一人、秋山優花里に呼び出され、戦車カフェへ集まっていた。

何故かそこに毛色が違うメンバーが加わっていることを除けば、いつもの女子会的なソレだったのだろう。

 

「―――何よ」

「―――別に、なんでもないぞ―――そど子」

「そど子って言うな!!何年続けるのよこのやり取り!!」

 

園みどり子。当時の風紀委員長で、風紀委員会を取りまとめていた娘。

もう成人してるというのにまだトレードマークのおかっぱ頭のままというきっちりしすぎた性格の娘。

 

「なんかこの面子珍しいねー」

「懐かしいよねー。チームレオポン、再び!って感じ」

「久しぶりにみんな揃って何か整備してみようか」

「いいねいいねー!!」

 

チームレオポン。自動車部の4名。ツチヤ、ナカジマ、ホシノ、スズキの4名。

今は全員バラバラで整備工をやっているとか―――

五十鈴華は少し遅れているらしく、武部沙織がさっきから連絡を頻繁に取っている。呼び出した張本人の秋山優花里に、あんこうチームの車長、西住みほがまだ現れていない。約束や時間を護る彼女にしては妙な話だ。

妙なことが多すぎて、麻子は考えることを止めた。どうせ後で誰かが説明するだろうと踏んだのだ。

 

「やーやーおそろいでー。元気だったー?」

 

カフェの入り口から、秋山優花里を伴っていつもの調子でやってきたのは、麻子たちがよく知る人物。

 

「―――元生徒会長が何の用なんだ?」

 

―――麻子には本当は、おおよその検討は付いていた。

あの日事情を察して、それを秋山優花里に告げてしまった時から、

 

きっとすべてはこうなるように転がっていたんだ。

 

 

 

*****

 

 

 

「―――っていうわけでね」

 

話は麻子の想像通りだった。

 

・天翔エミは、もう戦車道を続ける力がない。

・まだ戦車道ができるだけの力があるうちに、決着をつけたい

・だから力を貸してほしい

 

要約するとこういう話である。

 

「それで、自動車部……っと、元自動車部のみんなには、戦車を完璧にチューンナップよろしくねー。費用は今の生徒会長からどーにか引っ張り出すから」

 

杏の言葉にレオポンの4人が二つ返事でオーケーを示す。もともと自動車を弄ってるだけで満足な連中だから、そのあたりは気楽なものだ。

 

―――問題は……

 

「―――元生徒会長

 

   わたしは、何のために呼ばれたんですか?」

 

そど子が手を上げて杏を睨みつける。当然だ。レオポンは戦車をレストアするために必要。自分たちあんこうチームは、優花里の立場からすればきっと、天翔エミのサポートのためのチームメンバーとして呼び出されたのだろう。

 

 ―――ならそど子は?

 

杏はあの頃の、生徒会長だったころの様な意地の悪そうな表情でそど子を見下ろし、告げる

 

「納得してもらうためだよ」

「―――納得!?何を!?」

 

掴みかかろうとする勢いのそど子を麻子が止めた。腕を掴んで引き留め、逆の手で肩を抑えて抑え込む。

そんなそど子の様子を意に介さず、杏は続ける。

 

「だってそーでしょ?天翔ちゃんはさー

 

   ―――カモさんチームじゃん?」

 

杏の言葉にそど子の動きが止まった。杏の手番(ターン)はまだ続く―――

 

「だから本来なら、ルノーを使ってカモさんチームで戦うのが、一番連携とかチームの呼吸としては戦いやすいと思うんだよ。

 

  でもさ―――ルノーとカモさんじゃ、勝ち目がない」

 

グッとそど子が言葉を詰まらせる。何も言えないそど子に向かって、杏の攻勢が続く。

 

「だからさぁ、天翔ちゃんと息を合わせられそうな西住ちゃんと、あんこうチームに協力をお願いしようと思ったんだ。でもね、何も言わずにあんこうチームだけ呼んでお願いしても―――他の2人はともかく、園ちゃんだけは、納得しないでしょ?」

 

そど子は何も言えない。言うことができない。そんなそど子の様子に杏はパンと手を慣らして

 

「っつーわけで、あんこうのみんな、よろしくねぇ。あ、西住ちゃんは先に大洗学園艦のガレージに行ってるから、天翔ちゃんとお話することがあるってさ」

 

杏はそう言って、言いたいことだけを言って、伝票に紙幣を何枚か挟んで帰っていった。

 

「―――帰る」

 

俯いて震えていたそど子がカフェの入り口を抜けて去っていく。

 

「―――沙織、五十鈴さんに説明頼む」

 

麻子はそれを、直感の赴くままに追いかけた―――。

 

 

******

 

 

大通りから外れた、閑散とした路地の奥で、そど子は何をするわけでもなくぼうっと立っていた。

 

「そど子」

「―――何よ。私を嗤いに来たの?」

「違う」

 

いつものようにそど子と呼んでも、それに反応しない程に、そど子は追い詰められていた。麻子はどう声をかけていいかわからず、ただ伸ばした手を宙に彷徨わせることしかできなかった。

 

「―――そど子」

「―――煩いッッ!!」

 

一歩踏み込んだ麻子に向かって、そど子が逆に飛び込んだ。不意を衝かれ、その場に尻もちをつく麻子。そど子は膝をつく格好で、麻子の胸元を両手でぐっと掴み上げる

 

「―――わかってるのよ!!私たちじゃ―――私じゃあの子のフォローまで回れない!」

 

吐き出された言葉は止まらない。

 

「ぜんぶ、ぜんぶわかってるのよ!納得しちゃってるのよ!!それでも納得できないのよ!!なんなのよこれは――――ッッッ!!!!」

「そど子……」

「初めて動かす戦車で、わけわかんないことだらけで、いろんなこといっぱいいっぱいで……でもあの子が居てくれた!

 

  ―――返したいのよ!あなたのお陰で頑張れましたって!戦車道しなくなっても、何か別の形でって、ずっと、ずっと―――」

 

 何処までも生真面目で、几帳面で、どこかズレているところもあるけれど自他ともに厳しいそど子にとって、天翔エミから受けた恩は如何なるものだったのだろう?麻子は自問する。自分はどうだっただろうか?彼女に何か返せていただろうか?彼女の余命の短さを知っている自分だからこそ、失われる命の恐怖を感じたことがある自分だからこそ、何か考える余地があったのではないだろうか?

 答えは出ない。代わりに、別の答えは見つかった。

 

「そど子」

 

麻子はグッと力を入れて体を起こす。そのまま、胸倉をつかんだそど子を自分の胸に抱きしめる

 

「そど子の分も、ついでに返しておいてやる。私も、エミに返さなきゃいけないものがたくさんあった。思い出せてよかった。ありがとな、そど子」

「ッッッッ!!!!あぁぁぁあああああああああああああ――――――ッッ!!!」

 

堰は切られた。溢れ出したモノは止まらない。

麻子は感情のままに声を上げて泣くそど子をあやす様に、背中をぽんぽんと優しく叩いていた。

 




後編?いつになるかはわからない(ティンときたら翌日には完成している)


そど子は光の当て方次第で輝くと思うんだ……思うんだ(希望


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【 エミの章 幕間 元黒森峰組 】

書いてて滂沱の如く涙が溢れた。

エミの章のエミカスはきれいなエミカスだけど、そうじゃないエミカスはピロシキすべきというアーマードコア氏の気持ち、ちょっとわかりました(




時系列的には終章『 』の少し前で、後編でみほ及びあんこうチームの協力を得た後くらいの時間軸になります


 

「―――何ですって?」

 

その連絡を受け取った逸見エリカは、最初何かの聞き間違いだと思った。

 

 

 

  【 幕間 『 どうしようもない現実に 』 】

 

 

 

「隊長。もう一度、おねがいします」

 

 

険しい表情のエリカの言葉に、西住まほはいつもよりやや強張った無表情で頷く

 

 

「―――天翔エミは、もう戦車道を続けられる身体ではない。そして、身体が動く間に、元聖グロリアーナ隊長、ダージリンと決着をつけるために、西住みほ及び元大洗あんこうチームに協力を依頼した。エリカには悪いことをしてしまったから伝えておいてほしい、と。みほから連絡を受けた」

「―――~~~~~!!!!馬鹿にして……ッッ!!」

 

 

湧き上がる衝動を抑えきれないまま、エリカはブリーフィングルームから飛び出そうとした。それを制したのはまほである。

 

 

「―――どこへ行く?」

「隊長!行かせてください!!あの子はいつもいつも私ばかり……ああもう!

 何でいつも私だけ―――ッ!!!」

 

 

溢れた感情は激昂を煽り、感情のままに言葉を吐く。エリカの中にずっとずっと、澱のように積み重なったモノが、今吐き出されていた。

 

 

 

 出会い、初めて声をかけてくれた日のこと。

姉の贔屓目で抜擢されたようにしか見えなかったみほのこと。

間を取り持ち常に気をかけてくれていたおせっかい焼きのこと。

 

三人で共に駆けた学園での戦車道のこと。

車長適正を見出され離れ離れになった日のこと。

疎遠を気にして気を使い続けてくれた少女のこと

 

 

 そして、全てが捻じ曲がったあの日のこと。

 

 

どうしようもない現実に押しつぶされそうな友人のこと。

みほのことを託され消えることを告げられたあの日のこと。

 

 

 そして、唐突に目の前から消えてしまった二人のこと。

 

 

再会して変わりのなかった友人のこと。

互いの主張を張って怒鳴りあった日のこと。

戦車道を通じて再び語り合える喜びのこと。

 

 そして、一人過ごす日々の寂しさを訴えたあの日のこと。

 

 

 

 

 

―――天翔エミというかけがえない親友のこと―――

 

 

 

 

 

 黒森峰を卒業して、まほに誘われ同じ大学戦車道チームに所属し、まほの補佐を行う副隊長として、一緒に行動し、寄港のたびにみほやエミと一緒に過ごした。

秋山優花里とのことを相談され、惚気に付き合いきれないと席を立った日のことも

その後みほと一緒にエミについて語り合ったことも

思い出そうと思えばいくらでも思い出されて来る。エリカにとってみほもエミも親友だ。かけがえないものだ―――

 

 

 

 

 

   ―――なのに何で私はいつも独りなの―――?

 

 

    ―――何で貴女は私を頼ってはくれないの―――?

 

 

 

 

 

 

「―――隊長。お願いです……行かせてください―――!!」

 

 

血を吐く様な想いで紡がれた懇願の言葉は

 

 

「―――許可はできない。明日は、大切な試合の日だ」

 

 

まほによって一蹴された。今やプロリーグに名を連ねるチームに所属しているまほたちは、明日の試合に登録されている。今ここで離れることはできなかった。

 

 

『―――隊長!!私からもお願いします!!』

 

 

ブリーフィングルームのドアの向こうから声が響き、ドアを開けて一人の女性が現れた。

彼女の名は赤星小梅。かつて黒森峰のⅢ号J型の乗員を務め、あの忌まわしい大会決勝で滑落し、エミに命を救われた人間の一人でもあった―――。

 

 

『お願いします!!私は……私が戦車道を続けてきたのはいつかこんな日が来た時のためなんです!!』

「駄目だ―――許可は、できない。隊長として、お前たちが居なくなって、もしもチームが敗北することがあれば……―――」

 

 

まほが最後まで言葉を続けることはできなかった。エリカが最後まで聞くことなくまほに掴み掛り、その身体をブリーフィングルームの壁に叩きつけたからだ。

 

 

「いい加減にしてよ!!チームの勝敗なんかどうでもいい!

  私は、エミのところに行かなきゃいけないんだ―――ッッッ!!!」

 

 

まほの胸倉を掴み上げるエリカの手を、まほの手が掴む。強い握力でその手を外し、まほは初めて深い怒気を孕んだ声で、それでも淡々と告げた――。

 

 

「いい加減にするのはお前の方だ。

 

 

 ―――お前たちは、また繰り返すのか?あの日と同じことを繰り返すのか?

 

 

 ―――あの日の天翔エミになったお前たちを、天翔エミがどう思うのかを、考えたことがあるのか―――?」

 

 

 

 

 

 エリカの身体から、急速に熱が引いていく―――。

 

あの日、人道に臨み、自分の意志で自分の正義を為した少女は、全てに裏切られて世界から孤立した。

彼女自身はそれを気にした風にしていなかったが、自分たちはとても苦しかった。

辛かった。何もできない自分が歯がゆくて仕方がなかった。

 

 

 

 自分たちがそうなったとしたら、その原因となったエミはどう思うのか―――

 

 

 

 

力なくその場に崩れ落ちたエリカは、ただ涙を流した。

あの日から強くなろうとしたのに、結局は何の力にもなれない自分の身が悔しくて、ただ、泣いた―――。

 赤星小梅もまた、その場に膝を突き立ち上がることができなくなっていた。自身の無力が恨めしくて、苦しくて、辛かった。

 

 二人の様子を見て、まほはゆっくりとその場を離れる。ブリーフィングルームを出て、自室に戻り、明かりもつけることなくただ立ち尽くす。

 

 

 

「―――撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れ無し―――

 

 ―――鋼の心―――西住流―――

 

 ―――撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れ無し―――……」

 

 

 

何度も何度も繰り返すまほの呟きは夜の闇に消えていく。固く固く握りしめた拳からは血が滲み、ポタポタと床の上に滴が後を残す。

 

 

 まるで血の涙を流すかのように―――。

 

 

 




連続で書いていくと心が死ぬので次は馬鹿な話を書きたい(


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【 エミの章 後編 】 

薄暗く、埃っぽいガレージの中で、時が止まったかのような印象を覚えた。

修理と点検のために外された履帯、油で薄汚れたボディと外された装甲。

唯一違うのは――――歴代に伝わっているコミカルなあんこうのエンブレム

鎮座するⅣ号戦車の前面装甲に手を添えて、こちらを振り返る姿に、デジャヴを覚える自分が居た。


“装甲も転輪も大丈夫そう――――――これでいけるかも”


かつてそう言って振り返った彼女の姿が幻視されて、目の前の彼女にぶれて重なる。……身長も伸びたし身体の成長は止められないけれど―――全然変わっていないと、そう思えた。


「待ってたよ、エミちゃん」


―――西住みほが、そこに佇んでいた。



「やっぱり、みほだったか」

「うん。当然だよ」

 

桃ちゃんに寄りかかるような態勢のままみほの方に顔を向けると、みほはにっこりと微笑んでみせる。その笑顔が、いつか見たかつての笑顔と全く変わっていないことがなんだかとても嬉しい。

 

「秋山さんと、角谷会長から聞いたの。他にも、沙織さんとか、華さんとか、麻子さんに……レオポンの皆さんも戦車の手入れに来てくれるって」

「そっか……迷惑かけちゃうなぁ」

 

昔の誼の有難さに申し訳なさを感じてしまう俺のところまで小走りで近寄ったみほが、俺の手を取る。そのまま視線を合わせて、すぅと半拍呼吸。

 

 

「みんなが来る前に、一つだけ聞かせて?―――――――なんで、ダージリンさんなの?」

 

 

ジッと俺の目を覗き込んでくる彼女の目は真剣なまま。半端な答えでは満足しないに違いない。

俺がダージリンを最後の相手に選んだ理由―――それは……

 

 

「―――中学のころにさ……戦車の端っこで筋トレしてたら、子供と間違えられたんだ」

 

 

ぽつりぽつりと話し始めた俺に、ただ静かに聞き入っているみほ。

 

 

「その後、エリカとダージリンがすごい剣幕で喧嘩してさ……大変だったよね?」

「―――うん、そうだね。懐かしいなぁ……」

 

 

遠い目をして、当時を思い出すようなみほの横で、俺は次の言葉を探す。

 

 

「あの時の惨敗で、ダージリンは私をライバル認定した。それからずーっと、あいつと競い合ってきた」

「うん。そうだね」

 

 

ハリー・ホプキンスとのおっかけっこに、艦上演習での練習試合。物理的な港の位置が遠い分サンダースよりは回数が少ないが、そのたびダージリンは俺と競い合ってきた。

 

 

「あの決勝での事故の後、私が居なくなってからしばらく呆然自失だったらしいんだよ。あのダージリンがだぜ?」

 

 

苦笑する俺にみほは何も答えない。俺の独白は続く―――

 

 

「高校を卒業して、留学から帰ってきたあいつと大学リーグで勝負して、それまで連勝してた私の勝ち星はどんどん減っていった。でもあいつは、自分が強くなったからだと思っていない。

 

 ―――私が本気を出せていないからだと思っている」

 

 

あの頃と違う環境、違う乗員、違う戦車。理由を考えて作るには事欠かないだろう。実際の俺を見ないで理想の先を見ている。だからダージリンは止まれない。

 

 

「それで、その果てに私のこの身体だ。アイツの中ではもう『今まで自分が勝ち続けてきたのは天翔エミが弱体化しているからだ』という妄想が事実になっているだろう。私はそれを許せない―――!

 

―――もう、あいつと勝負する機会は来ないのに、あいつはずっと、私の影だけを追いかけて生きていくんだ。……そんなの、認められないじゃないか」

 

 

 そうだ。認めてはいけない。

優花里さんに出会って、こんな気持ちになってはじめて気づくことができたこと。ダージリンはダージリンの人生を生きるべきであって、それが俺に固執するあまりブレてしまうようではいけないんだ。俺が好き勝手に生きて、みほエリを為すために利用してきた結果が今のダージリンであるのならば、俺は―――

 

 

「―――私は、まだ身体が動くうちにあいつと勝負してあいつに教えなきゃいけない。“お前は十分に強くなったよ”ってさ」

 

 

 聖グロにおけるダージリンの先輩、アールグレイパイセンがかつて語っていたことがある。『ダージリンは戦術における対応の天才だ』と。

あいつはその才能を今、俺だけのために使い俺に勝つためだけに他の全てを捧げている。そんな歪な成長、認めてはいけない。俺が既存の原作に存在しない俺であるからというだけでなく、天翔エミとして生を受けた一人の人間として、その生きざまに終止符を打たなければ未練になってしまう。

 そしてそのツケを後の皆に預けるわけにはいかないし、今後周囲がどれだけ強かったとしてもダージリンは納得しない。どんな相手に負けたとしてもきっと俺の存在を塗り替えるものたりえない。

 

 俺の答えが満足だったのかどうか、みほの表情からは見て取れない。

代わりにみほは一度深呼吸して、再び俺に視線を合わせた。

 

 

 

 

「―――エミちゃんは、何でそこまで頑張れるの?」

 

 

 

それはいつだったか聞いた言葉。

 

いつかの記憶には適当に考えて返しただけの質問。

 

俺はただ静かに目を閉じて、やがて閉じて居た瞳を開き、みほをまっすぐに見つめ返して、口を開いた。

 

 

 

「―――どうしようもなく戦車道が好きなんだ」

 

 

 ああそうだ。戦車道を始めたきっかけはみほエリのためだった。みほエリを見るために、みほに出会うために、エリカに出会うために戦車道を始め、黒森峰を目指してたゆまぬ努力を続けた。そのころの俺の人生はみほエリのためにあった。

 優花里さんと出会い、優花里さんと過ごして、想いを自覚して間違いに気づいて―――

 

 後に残ったものは【感謝】だった。戦車道には人生に大切なものすべてが詰まっている。ミカの言葉が脳内にリフレインして、ごくごく自然に言葉が口から溢れた。随分と長い長い回り道を続けてきた、そんな思いでいっぱいだ。

 

 

 

「―――天翔さんって、戦車馬鹿なんですね」

「―――ああ、そうだね」

 

 

いつかのように二人顔を見合わせて笑う。

みほは泣いていた。俺も涙を流しているんだろう。眼の奥が熱くて、前が良く見えなくて―――こんなにも心が温かい。

 

 

「―――よろしく頼むよ。みほ」

「うん。任せて―――」

 

 

 

 

 

 

「俺はただみほエリが見たかっただけなのに If 三次」

 

   【  エミの章 後編 『 あなたにつたえてあげたいこと 』  】

 

 

 

 

 

 戦いは熾烈を極めた――――――――なんて、外野から見ればそうなんだろう。或いは、一方的な試合に見えるのかもしれない。

 

 

「装填完了!!」『撃てっ!!』

 

 

 轟音を響かせてⅣ号から砲弾が吐き出される。その射撃はまっすぐに突き進み

 

 

―――回避運動を取って無防備な横っ面を見せるチャーチルの砲塔側面にぶち当たる。砲塔の回転と車体角度から避弾経始で受け流したが、グロリアーナのパンツァーエンブレムは抉られて煤ぼけたものに変わっていた。

チャーチルはところどころ被弾し、それでも持ち前の防御力でまだ動いてこちらを狙ってきている。一方のⅣ号は麻子の操縦で回避を行い、致命傷を受けることなく済ませている―――。

 

 

「行けてる!行けてるよエミりん!!」

 

 

 興奮した調子で握りこぶしを固める沙織さんは現在、揺れ動く車内で少しでも俺の負担を軽減しようと優花里さんと一緒に俺の身体を支えてくれている。耳元で戦況の優位を嬉しそうに語る沙織さんと対照的に、みほの表情は硬く、優花里さんも表面上は笑顔を繕っているだけの様子である。そして、対する俺も、内心でムクムクと鎌首をもたげている感情がある。

 

 

 

 

―――これは、怒りだ。

 

 

 

 

 

―――ふざけんなよお前。マジふざけんなよお前!!

 

 

 

装填速度が遅い。全盛期の俺に比べて遅すぎる。優花里さんががんばってサポートしてくれているけれど、それでも衰えた俺の身体では全盛期に及ばない。

 

 

 

―――だってのに何だこのお粗末な有様は!!

 

 

 

 理由は簡単だ。ダージリンはこの状況に至ってもまだ【あの頃の俺と戦っているつもりでいる】

 

 

 

―――回避運動に移るまでが早い。早すぎて、攻撃タイミングまで逃してしまっている。その早すぎる回避は俺の本来の装填速度から来る連射性ならば砲撃を避けられているはずのタイミング。しかし俺の装填速度が落ちているせいでタイムラグが生まれ、それがチャーチルに攻撃が命中している理由の一つになっている―――!!!

 

 

 

―――ああ畜生。儘ならねぇな―――ふざけんなよこの野郎。

 

 

 

 

―――もっと動けよ、俺の身体(このポンコツが)――――!!!

 

 

 

 

 思い通りに動いてくれない身体に、ダージリンにあんな無様を許してしまっている俺自身に、どうしようもなく腹が立つ―――!!何のために俺はこの勝負を挑んだのか、その理由すら翳ってしまっているこの状況に、ふつふつと自分への怒りが溢れ出して止まらない。悔しくて悔してやり切れない―――

 

 

「―――捉えました!!」

 

 

ゴウンッ!!とひときわ大きな衝撃音が響き、チャーチルの履帯が片方引きちぎれていた。走行不能に陥ったかと思われたチャーチルだが、片方の履帯だけでわずかに動き、戦闘継続の意思を見せる。一方で、俺の疲労も相当なものになっていた。悔し涙もさることながら、頭から顔に向けて流れる汗で目の前がうまく見えない程に疲弊してぜぇぜぇひゅうひゅうと荒い呼吸音が口の端から洩れていた。かつては試合の始まりから終わりまで延々と装填していても疲労などなかった身体だというのに情けないものだ。

 

 

「麻子さん、前進。華さん―――次で、決めましょう」

「わかりました」

 

 

有効射程より内側に踏み込むⅣ号。次弾を俺が取りやすい場所に持ち上げている優花里さんが俺を見つめているが、今の俺には砲弾以外映っていなかった―――。

 

 

 

 

―――次が最後の一撃になる。その事実がどうしようもなく俺を焦らせる。

 

 

 

まだ何も残せていない。何もできていない。なにも見せていない。何も、何も、何も―――!!

 

 

 

――――だから動け。俺のクソ身体――――――!!

 

 

 

「―――――ぁぁああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

停車と同時に、何処から出しているのかもよくわからない雄叫びのような声とともに全身全霊をかけて行った装填。その速度は、掛け値なしに全盛期と遜色ないモノで――――

 

 

「装填完了!」『撃てッ!!』

 

 

Ⅳ号を揺らす衝撃とともに放たれた一撃は――――

 

 

 

 

 

 

「―――――――――なんだよ……

 

 

 

    ――――――やっぱり、すげぇじゃねえか……ダ―ジリン……」

 

 

 

 信地旋回。コンパスのように片脚を軸に回転する動きをする、一部の車輛が得意とする動作である。片側の履帯が破壊されたチャーチルは、この信地旋回を壊れた履帯を軸にして成し遂げて見せ、俺の渾身の装填からの一撃を見事に躱して見せた。

 

 それはつまり―――『全盛期の俺の装填速度に合わせてダージリンが回避運動を取っていたこと』への証左であり、俺が当時のままだったら今迄の砲撃なぞ掠りもしなかったであろうという何よりも証拠に他ならない。

 

 

 

 

 

―――いや、思考してる暇なんかないな。次を装填しなきゃ。

 

 

 

“―――ちゃん!”

 

 

 

―――次の砲弾どこだ?早くしないと態勢立て直して撃って来るぞアイツ

 

 

 

“―――さん!”

 

 

 

―――ああ、周りの音がよく聞こえない。神経を研ぎ澄ますとゾーンに入るって聞くし、さっきの俺とかそういう感じだったのかも……

 

 

 

“―――ミ―――!!”

 

 

 

―――目の前が暗いな……優花里さん、次の砲弾取ってくれ……さっきのでコツが掴めた気がするんだ……もう一回、今度は大丈夫―――華さんなら当ててくれるだろ?

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――エミりんッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 ギュウと強く抱きしめられ、俺にようやくその声が届いた。

所在無く宙をさまよっていた俺の手を、優花里さんが、みほが、麻子さんが、華さんが、握っている。

 

 

“―――Ⅳ号、投降を確認。試合終了”

 

 

 

―――ああ、俺、もう動けなかったのか。こりゃあ明日は指一本動かせないかもなぁ……

 

 ピクリとも動かない俺を、みんなが必死で戦車から引っ張り出して、地面の上に横たえる。されるがままの俺はと言えば、試合の余韻というか、放心しながら試合の内容を思い出していて……あー……

 

 

「―――勝てなかったなぁ……」

 

じんわりと涙が溢れてくる。勝ちたかったなぁ、勝てなかったなぁ―――ぽつりとつぶやくように口にした言葉に、悔しさが止まらなかった。

 

「―――エミさん」

 

懸けられた言葉に視線を向けると、そこにダージリンがいた。

いつもの余裕ぶった優雅な淑女はどこにもいない。埃だらけで、煤ぼけていて、いつも持ち歩いているカップとソーサーもどこかに置いてきたのか、手ぶらで、地面をひっかいてでも来たのか、指先が土にまみれていた。

 

「あぁ……ダージリン……負け越しちゃった、な……」

 

抱き起こしてくれた沙織さんに支えられて、できる限り笑顔を作って見せる。うまく笑えているだろうか?

 

 

「―――この状況の、どこが、勝利なのですか―――!!」

 

 

血反吐を吐く様な、慟哭にも似た声と、ボロボロと溢れて落ちる涙。端正な顔をくしゃくしゃにして子供のように泣きじゃくるダージリンに、胸が痛い。

 

 

 

―――ポンコツな身体でごめんな。

 

―――こんなになるまで待たせてごめんな。

 

―――決着、つけたかったけどどうにもならなかったよ。

 

―――ごめんな。本当に、ごめん……

 

 

 

 

 せめても、笑顔でいて欲しくて、足りない頭で必死に考えて―――出てきたのはリリ●ルなのはの名言だった件――――本当、どうかしてたと思う(反省)

 

 

******

 

 

こうして、俺の(非公式な)最後の試合は終わりを告げ―――

 

 

―――俺は病室に担ぎ込まれて絶対安静の通達とともに優花里さんの付き添いで病室に押し込められた。

 

 

 

……その後は―――

 

 

『これを食べて元気を出しなさい』とスターゲイジーパイを持って来たダージリンと料理というモノに対して口論したり。

 

『何で声をかけてくれなかったのか』と怒鳴りこんでくるカチューシャと『病院ではお静かに』と窘めるノンナが経緯を聞いてお見舞いに来たり。

 

病室内でカンテレを弾いて意味深に微笑むだけのミカだったり、お見舞いに持ってこられたフルーツが根こそぎ無くなっていたり。

 

優花里さんに大泣きされて慰めてたところを物陰から観察してる一年ズと、なんかバツが悪そうな顔でお見舞いにきたそど子と会話を交わしたり。

 

オフモードで「誰だお前」なアンチョビと、病室にパスタとピッツァ持ち込んで来て看護師に怒られるペパロニがいたり。

 

試合に勝利して戦勝報告でやってきたエリカに開幕から本気で怒鳴られたりキレ気味に泣かれたり赤星さんに泣きつかれたり。

 

代わる代わるお見舞いに来るあんこうチームの皆とあの時の試合について語ったり、近況報告で談笑したり―――

 

 

―――そんな何気ない日々が過ぎて行った。ただそれだけの話で

 

 

―――なんていうか……楽しかったと思う。

 

 

あと何年、ひょっとしたらあと何日、もしかしたら明日にも……なのかもしれないけれど……

 

 

 

許されるならば、こうした日々が、まだ続きますように。

 




終章エミサイド、これにて終了。


色々考えた結果、「島田サイドいらなくね?」となり、差し替えました()


島田サイドは―――あるいは本家様が劇場版完結した後で「ティンッ!」ときたら本家様に許可取って書くかもしれません()


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IFルート
【 IF ダージリンルート などない! 】


こころがしにそうだったのです。

バカな話が書きたかったのです。

ゆるしてください!何でもはできませんけど努力しますから! (by竜胆路紬)


聖グロリアーナ学園艦の応接室に、三人の人物がソファに腰かけて相対していた。

 

かたや、大洗女子学園の制服、西住みほ。そしてその隣に黒森峰女学園の制服姿の逸見エリカ。

対するは聖グロリアーナの制服姿。元グロリアーナ隊長、ダージリン。

 

「ダージリンさん……その……その後、進展は……」

 

みほの言葉にダージリンは口に運びかけたカップを止め、再びソーサーの上に戻し、軽く俯いてかぶりを振った。

 

「―――ごめんなさいみほさん……グロリアーナの諜報部隊を駆使しているけれど……彼女の行方は……」

「そう、ですか……」

 

みほの表情が曇る。そんなみほの隣でエリカも苦渋の色に染まる貌を隠すこともせず俯いていた。

 

「―――黒森峰も同じよ……どこをどう探しても、あの娘の……エミの足取りがまるで掴めない―――!」

 

ダンッといら立ち紛れに膝を叩くエリカに、みほが肩に手を置いて止める。

 

 

―――天翔エミが失踪してから早くも1か月が経過していた。

 

 

 

  【 装填騎兵エミカス IFルート 】

  『これは絶対にダージリンルートではない』

 

 

 戦車道高校生大会のエキシビションマッチを終えた翌日。エミがどこにもいないことに気づいたみほがあんこうチームに連絡。武部沙織によるメール一斉送信により情報が大洗学園艦のみならず、主だった学園艦の隊長格に流出。

 各学園艦が垣根を超えて結束し、学園艦連合を発足。一斉捜索が行われたが一向に姿を見せることがなかった―――。余談ではあるが、ちょうどその日、大洗学園艦を接収、封鎖していた文科省の役人、辻何某がタイミングが良すぎる封鎖劇に連合に捕縛・拘留された結果、大洗学園艦の廃艦の話は有耶無耶のうちに無期限延期されたが、そのあたりは些末なことだろう。

 

 

暫くして、合同関係を維持・継続することは不可能と判断され、各学園艦連合体制は一先ず解散、それぞれが諜報を行い、情報を共有する形で今も捜索を続けている。

 

「―――ウチの赤星なんか鬼気迫るってのがしっくりくるわ。昔を思い出してるんでしょうよ」

「え、エリカさん……あの時は、何て言うかごめんなさい―――」

 

 あの時、とは 黒森峰からみほとエミがそろって突然に消息不明になってしまったことを意味してるのだろう。確か、エリカもエミも何も教えられておらず、エミは通信機器も逆探知などの可能性を避けるため処分されたのだったか……?とダージリンは記憶の糸を手繰り寄せて補完する。

 

「―――いずれにしても、調査は続行させます。報告書もきちんとあげさせましょう」

「はい……ありがとうございます」

 

ダージリンが立ち上がるとみほも立ち上がり、頭を下げる。と、何かに気づいたようにすんすんと鼻を鳴らした。

 

「ダージリンさん、何か、付けてます?独特の香りがするんですけど」

「……ええ、最近眠りが浅くて、香道の実習生から心を落ち着かせる香木を取り寄せて、部屋で焚いておりますの」

 

 カップとソーサーを両手で支えたままそう答えて、ダージリンはカップの紅茶を呷る。一息で飲み干すと、後輩に茶器を預けてカーテシーのポーズをとった。

 

「では、次の定期情報交換会まで、ごきげんよう」

「―――そうね、次に会う時までに手がかりだけでも手に入れなくちゃ―――」

 

険しい表情のエリカに対して、みほは何かをずっと思案する物憂げな表情のままで、学園艦に戻る間も、ずっと考えを巡らせていた―――。

 

 

*******

 

 

 学園艦の廊下を気持ち速足で歩くダージリン。行く先は紅茶の園、グロリアーナの生徒会の中心部であり、グロリアーナだけに伝わる階級制度におけるハイソサイエティの身が許される空間である。

 重厚感を感じさせる木製の扉を開き、室内に入ったダージリンは

 

 

―――まずは厳重に施錠を行った。

 

 

 内部からの施錠が完璧にできていることを確認した後、懐から何かを取り出し、部屋の四隅を念入りにぐるぐると周り、アンテナを伸ばしたものを 振り回し何かを探し続けているようだった。

 

 一連の動作が終わったダージリンは、紅茶の園の赤絨毯の端を掴み、持ち上げる。

 捲れた赤絨毯の下に、持ち上げ式のハッチが現れた。 そのままハッチを開き、

最後に周囲を確認して、赤絨毯の端に引っ掛けたテグスを引き、絨毯を戻しながらハッチを閉じる。

 

 後には、誰もいない密室だけがのこされた―――。

 

 

*******

 

 

カンカンと梯子を下りると、下には隠し部屋があった。グロリアーナに似つかわしくない鉄製のハンドルノブ付きの扉を開くと、

 

「―――おかえり」

「お帰り、じゃありませんわ!本当に……」

 

黒森峰のノンアルビールを片手に、部屋の真ん中に備え付けたアルコールランプでビーフジャーキーを炙って一杯やってる件の女生徒、天翔エミが居た―――。

 

 彼女がここにきて早一か月。ダージリンの精神的な疲労度は日に日に増していた。はじめてエミが訪れた時、彼女は吐血するほどに体調を崩し、震える声で「しばらく匿ってほしい。誰にも知られないように」と訴えていた。

 今やそんな酷い体調だったころなど嘘であったかのようだが―――

 

「捜索隊が結成されて二週間―――この場所はまだ見つかっておりませんが、私もグロリアーナ諜報局へ根回しして報告を遅らせる裏工作をしている身分です。こんなことがあの二人に知れたらどのような目に遇うか―――」

「すまない。でもこれは、必要なことなんだ―――」

 

 頭を下げるエミの様子に、ダージリンはそれ以上文句を言うことを躊躇った。

代わりに尋ねずにはいられない。

 

「エミさん。貴女は一体、何をしたくてこんな真似をしているのですか?」

 

ダージリンの問いに、エミはダージリンをまっすぐに見返して、告げた

 

「―――みほとエリカが先へ進むために、私が居ては邪魔なんだ」

 

 ダージリンは理解する。この目の前の少女はどこまでも彼女たちのために敢えて離れることを臨み、そして自身もそのために心を痛めているのだ と。

 エミの左手の小指に痛々しく巻かれた包帯。それはこちらに匿われてしばらくして捜索隊が結成され、みほとエリカが心を痛めているとダージリンからの報告を聞いたエミが、翌日「変な角度で転んでしまった」と語る傷跡だ。

人為的に起こった傷でしかなく、ダージリンはエミに「自罰的自傷行為によるストレス軽減癖」を見た。何処までも友達を想い、そのために力を尽くし、心を尽くし、その痛みを与えた自分への罰を行う。

 見捨てられるはずがない。例えその結果自分が後に誰に咎められ様とも。

 

「―――ええ、ええ。わかりました。覚悟を決めて上げますわ。

 これより貴女と一蓮托生。共犯者になってあげますとも―――」

 

ダージリンの言葉にエミは「そっか」と短く呟き。炙ったジャーキーにガブリと噛みついた。

 

「あぁでも、あまり香りの強い食べ物や飲み物を増やさないよう、今もそのジャーキーの野卑極まりない香りを消すために香木を使っておりますので、ええ、バレないために」

「―――コーヒーミルを持ち込むことを検討してたんだが―――」

「この聖グロリアーナにそのようなものは存在しません」

 

 グロリアーナの流儀に泥水をぶっかけようとする共犯者を笑顔で黙らせて、一先ずはこちらへ嫌疑を向けられないように隠蔽と防諜をより強化しなければ。と、意気込みを新たにするダージリンだった―――。

 

 

*********

 

 

 ―月―日 

 

あの日、みぽりんとエリカにサンドされてみほエミエリとなってしまった翌日。

 

 俺は血を吐いた。

 

 理想を追い求め、反吐が出る現実に邂逅し、精神性のショックで胃に穴が空いたようだ。そして頭に血が上っていた俺から適度に血の気が引いたことにより、灰色の脳細胞が新たな可能性を模索し、算出した―――。

 

 

 俺という存在が表舞台から姿を消すことで、みほエミエリからエミが消えてみほエリが完成するんじゃね? という方程式の完成である。

 

 

 とはいえ、黒森峰から大洗まで二人分の人間の痕跡を完全消去したみぽりんの身内の諜報能力を考えた場合、これは現実的ではない。

 

―――そう、俺一人ならば―――。

 

 方程式を脳内で構築した俺はすぐに計画を開始する。エキシビションマッチの夜、部屋にスマホなどの位置情報を特定できる電子機器の類を置き、穴の開いた胃のせいで吐血モードのままで聖グロの学園艦まで宵闇を駆けた―――。

 唯一の懸念点は、あのダージリンが俺のお願いを聞いてくれるかという点ではあったが、全力の土下座を敢行することでダージリンはこれを快諾。紅茶の園の奥にあるもしもの時の避難用の隠し部屋の奥に俺をかくまうことに成功した。

 

 

 こうして、俺の隠遁生活が始まったわけだが―――

 

 

 全学園艦合同での捜索隊とか、張り切りすぎじゃない?とダージリンに尋ねると

「御自分の身分と立場を考えてもう一度同じ質問をできるか考えてごらんなさい」と呆れた顔で言い返されたので、考えた末に同じことをもう一回質問したら呆れ顔が「何なのコイツ?」見たいな顔に変わって結局教えてくれなかった。解せぬ

 

 ともあれ、俺という存在が消えて、喪失感によりお互いを求めあうみほエリの未来があることを信じて、俺は隠遁生活を続けるぞージョジョォー!!

 

 それはそれとしてみぽりんとエリカを曇らせた責任として手始めに小指一本を指ぺキしたら翌日それに目ざとく気づいたダージリンに「今後そういうのはやめなさい。やめなかったらすべてを暴露して皆の前に突き出します」と脅された。

 

 まぁ、最終的に集計して行って、最後にまとめてピロシキすればいいか。

 

 これでみほエリがなされなかった場合、俺のやったことって許されることなのだろうか?いや、許されないだろう(反語表現)

 

 その時はこの世から潔くピロシキするまでだ―――。

 

 

 

 一か月が経過して、ダージリンが秘密裏に密輸()した黒森峰のノンアルを呑みながらアルコールランプでジャーキーを炙って一杯やってるとダージリンに「何故こんなことをしているのか?」と尋ねられた。

色々考えてはみたが、ここはダージリンへの義理もあるし、きちんというべきだろうと考えて、

「―――みほとエリカが(みほエリという)先へ進むために、私が居ては(カップリング的に)邪魔なんだ」と説明したところ、何やら感銘を受けたらしく、共犯者宣言してきた。

 

 ならコーヒーミル持ってきてくれ、と言ったら笑顔で拒否された。なんてやつだ

 

 

 

 そして今日も無理やり紅茶を飲ませようとしてくるダージリンをノンアルと炙りジャーキーで撃退する日々が始まる―――

 

 

 

 




みほ「―――うん。やっぱり違う。この香木の香りじゃない。微かに違う匂いが混じってる―――どういうことなのかな?ダージリンさん……何を隠してるんだろうね……?」





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【 IF おまけ⑤ルート with ダージリンファイルズ 】

―――朝の陽ざしに、天翔エミはのっそりと起き上がる。

力の入らぬ四肢を踏ん張り、腕の力と腹筋を使い状態を起こした。

英国風の窓と、その周囲を覆うレースのカーテン。何処のお嬢様の私室なのかと毎回思うエミであった。

 ―――ここは聖グロリアーナ学園艦のはずれにある洋館風の建物。
ハコモノを後から作ったため外観が英国風になっている。

 と、いうよりもコレは「エミのために造られた」ものだ―――。


カチリと時計が朝7時を示す。と、同時に―――


   ―――バァン!!!!


「おっはよぅございますでございますわー!!」



*****

 

 

「おっはよぅございますでございますわー!!」

 

 両開きの扉を【片方だけ持って体当たりするように開いて】やや桃色がかった薔薇色のセミショートヘアをした少女が転がりこんできた。ドタドタと床を踏み鳴らし、ドアを壊さんばかりに勢いをつけ、肩で息をして汗をかいているその様は、淑女たれというグロリアーナの校風に真っ向から中指立てて喧嘩を売ってるに値するに違いない。

 

「―――おはよう。ローズヒップ」

「ええ、エミ様もご機嫌麗しゅうですわ!

 

  では、さっそくお着替え始めさせていただきますわ!!さ、ばんざーいしてくださいまし!」

 

 

 服のボタンを外すのも面倒なのか上3つを外した時点で頸が通る大きさに襟元を開いて、長袖Tシャツか何かを抜き取る勢いで衣服を引っこ抜いていくローズヒップに、内心でやれやれと息をつくエミ。

 小さな子供にするようにスルスルと服を全て脱がせたら聖グロリアーナの制服を着せていく。その合間にも「はいばんざーいしてくださいましー」だの「だっこしますわーはーいどっこしょー」だのお嬢様から大きくずれた言動を繰り返し、エミの服を着替えさせ終わるころには、時計は7時30分を指そうとしていた。

 

「はい!お着替え完了ですわ!

 

 ―――では、参りますわよー!」

 

 

そう言ってベッドの横に立てかけてある折り畳み式の車椅子を取り出し、部屋の真ん中で展開する。

 

「あ、どうぞどうぞですわ!」

 

ニコニコと笑顔でエミの手を引くローズヒップに、エミは【これでもう10度を超える同じ返事を返した】

 

「―――なぁローズヒップ。よく聞いてくれ。そう、きちんと理解して覚えてくれ

 

   ―――ここは【2階だ。途中に階段がある】、車椅子はあくまで2階を動き回る用の補助なんだ」

 

数秒間、時間が止まり―――

 

 

「わ、わたくしとしたことがー!!」

 

 

ローズヒップが両手で顔を挟んで絶叫し―――

 

 

「―――い、いいえまだですわ!では階段を下りてからこちらを使いましょう!それまでエミ様は私の背中へ!」

 

 

 いつものように「エミを担ぎ上げて」両手で車椅子を抱えてローズヒップは駆けだした。

 両腕の力だけでローズヒップにしがみついたまま、エミは嘆息する。

どうせ今日も「面倒なのでこのまま行きますわー」とか言って階段を下りた後も空っぽの車椅子を押しながらおんぶ状態で聖グロの校舎まで駆けて行くんだろう。

 

 そしてそれは現実となった―――。

 

 

 

 

  「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

【 装填騎兵エミカス ダージリン・ファイルズ IF・おまけルート5 】

 

 

 

 

 

―――天翔エミを襲った理不尽。

 戦車道高校生大会決勝戦に起こった悲劇。流された車両を救うために濁流に飛び込み、果敢に仲間を救った少女。その濁流の中流れてきた流木から仲間を護った彼女は、代償としてその下半身を動かすための神経接続を失った。彼女にとって人生だった戦車道は、もはや再起叶わぬ夢幻の果ての存在となった。

 あの事故に直面したものも、学園で共に戦った戦友たちも、皆彼女の喪失を悲しみ、嘆いた。

 

 ―――それは黒森峰だけにとどまらず、聖グロリアーナにも少なからず嘆きを覚えた人物がいた。ただそれだけの話である。

 

 

「―――ごきげんよう。天翔エミ」

「―――おはようさん、フッド」

 

 

 紅茶の園に入室するまでローズヒップにおんぶされ、羞恥プレイもいいところの扱いを受け続けるのももう慣れっこで、紅茶の園でダージリンとこうしたやり取りをするのももはやエミにとっては定期である。

 

 

「―――お体の調子はいかが?」

「問題ないね。足が相変わらず動かない以外は」

 

専用の椅子の上にローズヒップがエミを下ろすと、オレンジペコが傍らのテーブルに紅茶をサーブする。お茶請けはバスケットに積まれたスコーンと、アプリコットジャムだろうか?

 

「―――モカブレンドをくれ」

 

紅茶から視線をそらしてダージリンを見据えるエミ。視線がぶつかり合い―――

 

 

「―――ローズヒップ」

「わっかりましたわー!」

 

 

やれやれとダージリンが折れる。見飽きた光景なのか、アッサムは困った顔をし、オレンジペコはサーブした紅茶をソーサーごと回収して苦笑している。

 

 

「一応、ここは紅茶の園、ここは聖グロリアーナなのですからね?本来あんなもの、あってはならないモノなのですからね?」

「わかってるわかってる」

 

 

 生返事で返すエミにダージリンはため息をつく。これで何度目になるかわからないやり取りだからだ。

 

 天翔エミが半身不随となってからしばらくして、エミ自身から西住まほに打診があった。曰く「もう戦車道を続けることはできない。ここにいても嘗ての想いを思い出して辛くなるだけだから、別の学園に引っ越そうと思う」と

 これに対してみほとエリカが強く食い下がった。事故の渦中の存在である赤星小梅とその同乗者チームメンバーも同じように食い下がったが、エミの決意は固く

「みほとエリカならやれるさ。二人で協力して優勝して、私に優勝旗を二人で支える姿を見せてくれ。今の私にとって、それが一番望む光景なんだ」

ほかならぬエミにそう言われ、二人は引き下がるしかなかった。代わりに二人のモチベーションは急上昇。黒森峰も命を賭けてクルーを救った英雄のたっての頼みとあり、一丸となって士気はかつてない程に高まっている。

 

 そうして、車椅子を自力で動かし学園を去ろうとしていたエミに声をかけて、聖グロリアーナに引っ張ってきたのは、誰あろうダージリンだった。

 黒森峰の西住まほ、及び黒森峰OGとその裏側にいる西住流師範、西住しほをも巻き込み大舌戦を繰り広げ、協力を取り付けて「エミ専用のバリアフリーを整えた屋敷」を作り上げ、ローズヒップを身の回りの世話に付けて今に至る。

 

「おまたせいたしましたわー!」

 

 パタパタと駆けながらやってきたローズヒップが泥のように真っ黒な液体をドンとテーブルに置く。それに慣れた手つきで角砂糖を1つ放り込み、ミルクも入れることなくグッと飲み干すエミ。

 

「―――はぁ……生き返る」

「色々と洒落にならない言葉やめてくださいます?」

 

 エミの言葉にダージリンは眉根を寄せる。

折角助けたのだ。できる限り永く生きて、そして新しい幸せを探してほしい。見つけて欲しい。ダージリンの願いはそこにあった。

 まぁ、下半身が動かない程度でしおらしくするようならばこの娘は天翔エミではないという事も同時に理解することになったのだが―――。

 

「そういえば、フッドが卒業したら私はどうするんだ?あの部屋あのままになるのか?」

 

エミの問いに紅茶を傾けていた姿のダージリンは、一気に紅茶を飲み干し

 

「心配ありません。わたくし、卒業後はこちらの学院の理事の椅子に座るつもりですので」

 

こともなげにそう言ってのけた。

 

「―――ですから貴女は【リハビリを頑張りなさい】。神経系統の名医、神医の類であろうと見つけ出して見せますわ。

  だからその後、快気の暁には、私と心行くまで勝負致しましょう?」

「あーはいはい。できたらなー」

 

できるはずがないといった調子のエミにダージリンは優雅に微笑んで見せる。

エミはそんな様子のダージリンを尻目にスコーンを片手で掴んで齧りながら、そういえば、と尋ね始めた

 

「みほとエリカはその後どうなってる?」

「あの二人なら、順調ですよ。数日後の大会では知波単との一回戦のはずです」

 

ダージリンの言葉に胸をなでおろすエミの様子を見て、ダージリンは内心で毒づいた。『まだあの二人を気にしているのか』と―――

 

 

 ―――ダージリンはあの日、黙考した。

 

なぜこんなことになったのか? だれが私のライバルを奪ったのだ?

 

―――黒森峰だ。西住まほだ、赤星小梅だ、名もなき生徒たちだ、

 

 ―――――――――西住みほと、逸見エリカだ―――。

 

 

 だからダージリンは用意周到に糸を張り巡らせた。戦車道を続けられなくなった彼女がすべてに絶望しないかを心配し、自殺しそうなスポットをGI6に命じて探りを入れ、要所要所を全て封鎖し徹底的に管理した。―――もっともこれは、無駄に終わるのだが―――。

 

 その後、西住まほに転校における学園艦退艦の申請と、退学届けを提出したという話を聞き―――

 

 

 ―――学園を去る前のエミと接触し、彼女をグロリアーナへと引き込んだのだ。

 

 

 彼女のために家屋を立てた。費用は罪悪感からさしたる抵抗もなかった西住流と、戦車道連盟から引きずり出し、維持費は黒森峰OGに美談を提供する代わりに引き込んで絞り上げている。

 ローズヒップならば彼女のアグレッシブに過ぎる性質も無効化して付き人として任務を全うできるだろう。

 

 

―――実のところダージリンとしては、天翔エミが再起できようと出来まいと、すでにどうでもいいと感じていた。

 自分を苦しめた装填手が自分の掌の中にいる。その優越感に浸るだけでもなく、達成感に酔うでもなく、彼女にとって天翔エミは特別な存在なのだと嫌でも認識できる内心に、彼女は「とりあえず保留」を選択し、今もこうして生活している。

 

 

―――不意に脳裏をよぎる謎の怪文書があるのだが、記憶に蓋をされたかのように思い出せない。

 ただ何となく、「天翔エミがどうしてもというのであれば最大限譲歩すべき」と感じている自身の内心が介在するのだ―――。

 

 

 

*******

 

 

 

――月――日

 

 あの日事故で半身不随のポンコツになってしまった身体。このままではみぽりんが曇り切ってしまう、戦車道を止めてしまうかも?と考えた俺は即座に作戦を実行。まほ隊長に全力でお願いをし、黒森峰を辞めて戦車道のない学校へ編入を希望。行く当てがあるわけではないが、もしもの時のために取り寄せて置いた大洗女子校のパンフを手に説得する。最終的には折れてくれた。ありがとう隊長。

 

 校門をくぐって帰ろうとしてたところにダージリンが待ち伏せていた。

 

 

――月――日

 

ぼくはいま、せんとぐろりあーなにいます

しんちくぶっけんにひとりぐらししています。

 

―――なんで?

 

 

――月――日

 

 この艦での生活にも慣れた。時折ダージリンから伝え聞く黒森峰の様子から察するに、みぽりんとエリカは協力して頑張っているらしい。

良し、狙い通りの展開だ。みほエリ来るで工藤!!

高校戦車道大会があと数日で始まる。黒森峰が優勝し、優勝旗を高く掲げる二人。近い距離感は精神の距離も近づける。そして――――――これやで!これやで工藤!!これを見るために生きてきたんやで工藤!!

 

 

――月――日

 

 ―――ちがうそうじゃない。俺が見たかったのはコレジャナイ

 

 

 

 

*********

 

 

―――すこし未来の話。戦車道高校生大会準決勝―――

 

 

「―――三人ともよろしく。今日は良い試合をしましょう」

 

笑顔で手を差し出すダージリンのその手をエリカが払いのける。

 

「エリカ」

「隊長。少し黙っててください」

「うん。ごめんねお姉ちゃん。ちょっとだけ黙ってて―――」

 

バチバチと火花を散らす勢いの二人の視線を涼やかに受け流し、ダージリンは優雅に微笑んでいる。

 

「―――難しいことは言わないわ。アイツを返しなさい」

「―――そう、そうだよ?ダージリンさん。エミちゃんをどうして閉じ込めるの?おかしいよね?エミちゃんは黒森峰の生徒だよ?」

 

二人とも目が笑っていない。エリカに至ってはいまにも噛みつきそうなほどの目をしている。

 

 

―――そう。真実には、天翔エミは「退学届けを出す旨をまほに納得させた直後にダージリンに連れ去られた」のだ。『在籍が黒森峰のまま』

故に黒森峰に在籍している扱いの天翔エミは失踪扱いになっており、いまだに黒森峰生徒、黒森峰学園艦所属の戸籍が残っているのだ。

 

 

―――ダージリンが【創った】グロリアーナ所属の戸籍以外の天翔エミが。

 

 

偏在する天翔エミの所有権を巡り、ダージリンと西住みほ、逸見エリカの間で争いが勃発。両者の溝は致命的になっていた―――。

 

 すべての情報を知らされていた西住まほの胃のダメージは深刻だったりもするが、そこは割愛する―――。

 

 

「―――取り戻したければ、本気で首を取りに来なさい」

「―――上等よ。蹴散らしてあげる」

 

 

売り言葉に買い言葉の代表挨拶を終えて、ダージリンが帰ってくる。

 

 

「―――そういうわけです。私が敗けたらあちらに引き渡しになるのでご容赦ください。その代わり、特等席で観覧する栄誉を差し上げます」

 

 

そう言って彼女は【エミを持ち上げて、そのままハッチを開いて乗車した】

 

 

 その様子を見て、エミも、エリカも、みほですらほぼ同じ言葉を脳内に浮かべて吐き捨てていた。

 

 「―――人質じゃねぇかこのブリカスが」と―――。

 

 

 

―――試合の結果『一年の半分は黒森峰で赤星小梅を身の回りの世話役として過ごし、残り半分をグロリアーナで過ごす』という取り決めが両者の間で結ばれた。

 

これは後に【天翔エミのペルセフォネの乱】と呼ばれる逸話となり、本人の意思に関係なく、彼女の死後も長く語り継がれることになる。

 

 

―――天翔エミは早世だったと記されているが、彼女の半生を鑑みるに、致し方のないことだったのではないだろうか?そう、歴史家は語る。

 

 

*****

 

――月――日

 

 絶対に成立したと思っていたみほエリがなされていなかった。なんということだ

この世からピロシキしようにも部屋のものも何もかも刃物になりそうなものがない。足も動かないから窓から飛び出るのも難しいし、よく見たら階下はいざというときのためのマットだのプールだので埋まっている。ダージリンめ、ここまで想定してたのかよ。

 安穏とした生活かと思っていたらその実監獄に近い状況だった。事実は小説よりも奇なりってか。

 

 みほエリがなされなかった以上この世に未練もないのだが……潔くピロシキできるタイミングを計るまで、今はこの生活に甘んじるとしようか―――。




もしも選手生命にかかわる怪我を負っていたら 編に三次創作ルート時空のダー様が介入していたら?


という妄想で生まれました。
ちょっと色々暴走しているので話をザクっとあとで書き直し入れるかもしれないです。


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【 IF おまけ②ルート異聞 前編 】

──月──日
 
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失
 
 
 
──月──日
 
しにたい
 
 
 
──月──日
 
貝になりたい
 
 
 
──月──日
 
ようやく少し回復した。
でも鬱だ、しにたい。
結論から言うと俺は黒森峰の受験に失敗した。
多分テストがだめだった、しにたい。
戦車道特待生なんて枠もあったが入れなかった、しにたい。
俺は、失敗した。
十数年もの努力漬け、入学なせずなにも得ず!
ものの見事に敗北者です本当にありがとうございました。しにたい。
 
 
 
──月──日
 
滑り止めには受かってた。
しかしこの心に刻まれた傷を癒すにはまるで足りない。
俺の十二年間の努力は一体なんだったんだろう。
ネタ抜きで死にたくなってきた。
でもまだ諦めたくない。
何故俺が転生などという数奇な―――
 

―――書いてて思ったが今時転生者なんぞ100g100円の価値もなさそうな気がする。
 
 まぁ、ともかく滑り止めに受かった学校もまたアニメに名前の出た学園艦だ。
可能性は0じゃない、最後まで諦めずに抗おう。
だめだったらその時はこの世からピロシキする、みほエリのないこの世に未練なんてないわよ!!


(ここまでほぼ本家様の日記の内容です)



 「俺はただみほエリが見たかっただけなのに 三次 」

 

  【 おまけルート2・IF 】

 

 

 

 『ガルパン世界にTS転生した俺はみほエリを求めていたが黒森峰への受験を失敗してしまったので渋々聖グロリアーナに入学して戦車道を続けます。略して聖グロルート』

 

 

 

 

──月──日

 

というわけでやってきました聖グロリアーナ女学院。

完全寮制のこの学院。門限アリ、規則厳守のお嬢様学院である。

 

 プリーツスカートの裾は翻ってはいけない。しずしずと歩くのがここでの嗜み

 

―――ってマリ●てかい!(セルフツッコミ)

 

―――ともあれ、ひとまずはこちらの生活に慣れなければならないだろう。切実に(確信)

 学生寮の部屋に入ってまず感じたのが、用途のよくわからない家具が多い多い……何なのこれ?本当に何なのこれ?

金かけるところ間違ってない?調度品に金かけるくらいなら戦車道方面に突っ込めよ!だからOG会に半ば乗っ取られるくらい困窮してるんじゃねぇか!

 

 あ、でも個室にシャワー完備してくれたのは助かる。地味に助かる。英国リスペクトしてる割にきちんと水回りが良いようで何よりだ。

 

明日からは街中を散策して錠剤とか手に入れられるツテを探さねばならない。

 

 

 

──月──日

 

変なお姉さんに遭遇した。

コマンド→にげる→しかしにげられない!

 

何なのほんと……なんなのこの人

 

 

 

──月──日

 

昨日は日記を書くどころの話ではなかった。

街中をパルクールで散策していたところ、建物の屋上で聖グロの制服を着た上級生らしき女の子とニアミスしかけた。空中で身を捻って方向転換しつつ屋上の床を蹴って跳び、隣の家屋の壁を蹴って戻ってきたら「ニンジャ?!ニンジャなの!?」と大絶賛を受けた。なんかベタベタ体触ってくるしスキンシップ過剰過ぎない?

 お互いに自己紹介するけど名前も聞いたことがない相手だし、多分モブだろう(推測) まぁ面倒が起きないうちに逃げることにして屋上の床を蹴って再度パルクールで逃走した。

 

 ―――「顔と名前は覚えたわよ!」とかヤ●ザみたいなセリフが背中から掛けられたけどなにそれこわい

 

 

 

──月──日

 

戦車道を履修することにした、みほエリとの接点を作るにはもはやこれしか手がない。さて、誰をメンバーに引きずり込もうかと思ってた矢先にぽんぽんと肩を叩かれる。

 

 ―――なんで???

 

 昨日の女子生徒がいた。ニコニコ顔のまま引きずられて行って同じ戦車に引きずり込まれた。なんで???

 他のメンバーは「この子が連れてきたのならまぁしょうがないか」みたいな顔してるし、本当なんで?何でこの子こんな俺のこと気に入ってるの?(困惑)

「ニンジャは何ができるの?」と聞かれたので「装填手です」と答える。周囲の他の連中が「嘘乙www」みたいな顔してる中目の前の娘だけは「へーそうなんだ。じゃ装填手で」と即決。

 目の前でひょいひょいと砲弾を持ち上げガッコンガッコン装填してたら他のメンバーがドン引きしていた。

 

 

 

──月──日

 

 俺を引っ張り込んだ彼女はどうやら中等部ではかなり有名らしい。なのに俺は聞いたことがない。これはアレだな。ソウルネームがどうとかそういうやつで、本名は聞いたことがない感じのアレだ。聖グロの生徒で本名がわかってる人いねぇし。ダージリンとか田尻さんとか呼ばれてるけどアレ本名じゃねぇし(多分)

 

 ―――ぼくのあだなが「ぶりゅんひるで」になりました。

 

 いや本当に何でだよ(困惑)何で?と尋ねたら本来ブリュンヒルデは戦乙女とかそういう神がかったモノじゃなくてあくまで人間で、怪力無双の伝説が残ってるそう。

 

 すまない……槍もっててシグルドに狂ってて槍ぶっさすイメージしかねぇ……本当にすまない……

 

 

 

──月──日

 

 彼女の戦車に引きずり込まれて3ヶ月。聖グロの戦車の「優雅に華麗に大胆に」のキャッチフレーズはどうかと思うくらい鈍足なマチルダと、不整地でも問題なく緩やかに動く静止状態に近い安定性のお陰で俺の装填がマッハで捗る。

 無事レギュラーメンバーの座を勝ち取ると同時に、周囲の同級生、上級生から恐怖の対象で見られ始めた。

 

―――ふと見たら上級生の一人がすげー目で睨んできてるの。わぁこわーい(棒)

 

 

 

 

―――「あなたを私のライバルに認定してあげますわ!」 

 お断りします(懇願)

 

 

 

──月──日

 

俺は友達が少ない。(迫真)

そもそも普段の生活スタイルがスパルタすぎるのもそうだが、パイセンと一緒に居るのがきっと大きい。

パイセンは色々とおかしい(精一杯穏便な言い方) 時折奇抜な行動に出る、突飛な行動の結果を俺や同じ戦車内のメンバーに押し付ける。気分屋でころころと調子が変わる。誰とでも友達になろうとするけどまともな感性なら友達になろうとせんわなそりゃぁ。

 そしてそんなパイセンを放置できない程度の善性を発揮した俺は当然の如くパイセンと同類に見られていて遠巻きに接されている。約一名を除いて―――

まぁ別に友達とかいらないけどね、未練とか残ると困るし。

 

 

 

──月──日

 

パイセンと件の自称ライバル様(笑)が部屋まで押しかけてきた。

結果内装を見てライバル様は絶句し、パイセンは爆笑していた。調度品のいくつかを組み合わせてトレーニング用の器具の代わりにしてからね、是非もないね(ノッブ感)

 ブチギレた自称ライバルが後日トレーニング用の道具とか取り扱ってる店とかに連れて行ってくれた、マジ感謝だわ。え?その代わり調度品を道具代わりにするな?前向きに善処いたします(日本人感)

 

なおライバル様が一番ブチギレてたのは部屋に置いてあったコーヒーサイフォンだった件。英国って紅茶の国って言われてるけどコーヒーも結構飲まなかったっけ……?いや、豆とか普通の大通りに売ってなくて路地裏のちょっと怪しげな日陰の店で買わなきゃならんけど。

 

 

 

──月──日

 

お金がない(切実)

トレーニング用の器具だのなんだの買おうと思うと真面目に先立つものがない。

アルバイト探さないと……

 マチルダ会とか名乗る怪しげな女性から資金援助を申しだされたがパイセンにブロックされていた。乗車をマチルダに固定するくらいなら別に問題ないんだけどな。どのみち装填しかできねぇし。

 

 

 

──月──日

 

 パイセンが紅茶の園にお呼ばれしてソウルネームを戴いたらしい。

戴いたソウルネームは「アールグレイ」。それに伴い戴いた個人的な資金を使って自分で購入したという中古レストアのクロムウェルMkⅧをガレージで見せてもらった。

 

 ―――アールグレイって設定すら出てきてねぇ絵師の妄想キャラじゃねぇか。わかるわけねぇだろこんなの!!(八つ当たり)

 

 「自分が現役のうちにこれを使って大会で優勝する。絶対に」と熱意を上げるパイセンに心の中で思う。「聖グロでなければ大丈夫なんだよなぁ」と。

パイセンの熱意は本当に頭が下がるよ。でも西住まほが黒森峰で同年代にいる限りそれはきっと無理だ。まして大学に上がれば島田愛里寿がいる。パイセンの指揮は認めるよ。認めるけど、あの二人に比べたらきっと劣る。

どこまでも優秀止まりなんだ、パイセンは―――そんで、聖グロの車輛はそれに加えて貧弱に過ぎる。

 

 ギュ●イが一人で率いるハイ●ックの群れがいたとして、それがア●ロとロン●・ベルと戦って勝てるか?って話だ。

 

原作でダージリンが三年かけて必死に政治的に戦ってクロムウェル1輛がやっとだという話を考えるとパイセンパネェって話にはなるけれどね……

 

 

 

──月──日

 

中等部大会では二位。プラウダと当たって撃破した。主にパイセンの活躍がすごかった。縦横無尽に走り回るクロムウェルに翻弄されている敵をマチルダとチャーチルがじわじわと追い詰めて、フィニッシュ!なお俺はパイセンの速度についていきながら装填とか無理だったのでマチルダに乗り換えて地味に活躍していた―――。

 

 その縦横無尽に駆けまわる速度からパイセンは【疾風】の異名を貰っていた。

わぁすげぇ中二病臭いネーミングwww

 

 ―――すいませんパイセンやめてください悪かったですからやめてください「これが私の秘蔵っ子の天翔エミ、またの名をブリュンヒルデよー」ってああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ(以下言語体系を為していない謎の文面が続く)

 

 

 

──月──日

 

 「あなたに負けてられませんの!」と対抗心メラメラ燃やした上級生の娘が勝負を挑んできた。のだが……俺、装填手。上級生、車長。

適性かぶってないやん!勝負にならへんやん!!な言い争いから同じ戦車に乗ってトレーニングまでを一連の流れとする(

 

 ―――トレーニングの後俺の部屋に上がり込むな、くつろぐな、シャワー浴びてんじゃねぇぞ……心臓止まるかと思ったわ(

 

 

 

──月──日

 

 アールグレイパイセンには独特の口癖がある。それが「古人に曰く」だ。

なにがしかの説得力をつけたいときに限ってこの言い回しをするため、もう覚えてしまった。上級生の娘は目ぇキラキラさせてパイセンのことみてるし、「私もあやかってみましたわ」とか言って【世界の格言集】とかそんな装丁の本を読みふけっている。

 

 ―――しかしコイツモブの割に存在感あるなぁ……どっかで見た気もするし。

 

 

「―――天翔エミ。あなたこんな格言をご存知?(ドヤァ」

 

 

 

――――――今気づいた、こいつダージリン(予定)だ。

 

 

 

 

 

 

~後編へ続く~




 
プラウダ戦記を見る限り、ダージリンって一年生のころカップをソーサーを常に持ってたわけではなく、格言を口にするわけでもなく、髪型もダブルお下げにしてるだけという地味な一年生だったという印象(


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【 IF おまけ②ルート異聞 後編 】

 
 
 は?勝手にシャワールームを使うな?

―――はぁ、まぁ勝手に使ったのは悪かったとは思いますけれど……

―――もしかして、潔癖症でして?


(~某月某日、とある場所にて~)

 


──月──日

 

ダージリン(仮)が修学旅行に行った。

と同時になんか俺にダージリン(仮)について色々聞きたい連中が押し寄せて来るようになった。面倒くさい。

俺もダージリン(仮)もアールグレイパイセンのお気に入りで、どういう経緯で知り合ったのかと聞かれて「ある日一方的にライバル宣言されて付きまとわれてる」というのを精一杯オブラートに包んだ言い回しで語ると『宿命のライバルなのね!好敵手という鎖で結ばれた絆……素敵ですわ!』という感じで妙な方向に熱を上げていた。解せぬ(

 

 ―――早く帰ってきてダージリン(仮)そしてこいつら全員引き受けて

 

 

──月──日

 

 ダージリン(仮)帰還。帰ってきたダージリンはいつもの三つ編みおさげを戦車に乗る時のように首の後ろでまとめてシニヨンにしていた。

 ―――一緒に修学旅行に行った同じ戦車のメンバーに聞いた話によると、奈良のシカに鹿せんべいを狙って包囲され逃げ惑う生徒を見て楽し気に愉悦していたら、自分は背後から迫るシカに気付かずおさげをもしゃられてたらしい。髪がシカの唾液と噛み跡で痛んでしまってるのでシニヨンでごまかしているらしい。

 馬鹿じゃねーのwwwwと笑いをこらえて居たら真っ赤になったダージリン(仮)にお土産の扇子でバッシバッシ叩かれた。白紙の扇子で中に抱負とか目標的なものを書いて記すインテリア扇子らしいので、やや悩んだ上で「初志貫徹」と記す。俺の目標はみほえり一筋なのだ。この学校でどこまで絡めるかわからんができる限り原作に介入してみぽりんを救わなければならないし、エリカとの仲を取り持たねばならない(使命感)

 いや、やらなければならない、ではない。やるのだ―――。

 

 

──月──日

 

アールグレイパイセンが高等部に上がっていった。年代的に西住まほが絡まない大会はこの一年だけなので頑張ってもらいたい。来年はまぽりんが高等部に上がるから難易度跳ね上がるしなぁ……とはいえまぽりんが居なくても大会を連覇していた黒森峰が相手だ。さすがにパイセンでも厳しいだろう―――。

 

 俺の乗る車輛がマチルダⅡから新隊長ダージリン(仮)の乗るチャーチル歩兵戦車に変更になりました。アールグレイパイセンの肝いりで隊長に任命されたダージリン(仮)に引きずり込まれてガッコンガッコン装填する日々が始まる―――。

 操縦手でもないのに肩を踏んでくるダージリン(仮)。何その目、サド?サドなの?『口に珈琲豆ぶち込むぞこの英国淑女』という意思を込めて睨み返すと笑顔と平静を装ってるが微かにカタカタ震えていた。

 

 

──月──日

 

靴を脱いで踏んできた。そうじゃねぇよ、踏むなって言ってんだよ。

何がしたいんだこのブリカスは……。

ダージリンファンにとってはご褒美かもしれないが俺ダージリンについてはみぽりんと(戦術的に)相性の悪いブリカスってイメージしかねぇし……。

 

ただ今後みぽりんが事故に巻き込まれて大洗に行くルートが変更できなかった場合、こいつの存在はみぽりんにとって確実に必要になる。その点でコイツを放置し続けるのは得策ではないし、適度に距離を保って友好関係を維持するのはみほエリのための布石になる。

 結論として一先ず我慢として無反応でガッコンガッコン装填してたらトレーニング後に部屋までやってきて平謝りされた。だから何がしたかったんだよこのブリカスは?(謎)

 

 

──月──日

 

 朝、出待ちしていたダージリン(仮)がロードワークに出る俺に絡んできた。

ロードワークという名のパルクールについてくる気満々だったがひょいひょいと壁を蹴って屋根を飛んで張り出し型のベランダを足場に下まで降りていくのを見て絶句していた。

 

 終わった後で「体幹を鍛えたいのならジムを紹介しますからあんな危険な行為は今すぐやめろ」という感じの旨を説明されたがそういうのにかける金がもったいない。学費とかそういうの馬鹿にならない。という内容で反論する。

 さらっと孤児院の話まで出す結果になりダージリン(仮)が申し訳なさそうな顔になってこの話は終わった。

 

 

──月──日

 

 パイセンに連れられて紅茶の園へお呼ばれした。ダージリン(仮)も一緒に、

ハイソな雰囲気の英国式サロンと言った風な豪奢な部屋に通されると優雅に紅茶を嗜む英国淑女な連中が居並んでいた。

「こちら二名。私のお気に入りの後輩ですの」と優雅にご挨拶するパイセンに倣って俺もダージリン(仮)もカーテシーで一礼する。流石にここで紅茶を断るようなKYな真似は出来なかった。

 ご挨拶と季節の話題を交えてマチルダ会とチャーチル会のOG様とやらが無駄にでかい顔して我が物顔で戦術を語ったり自慢げに過去の自分たちの栄光を語るのを聞き流しつつ心を殺して置物になるに徹する。

 

 ダージリン(仮)がダージリン(真)に進化した―――!がんばれダージリン。お前が来年からここで政治的に戦うんだ。お前ならやれる。やれるって信じるから俺を巻き込まないでくださいお願いします(懇願)

 

 

 ―――ぼくのそうるねーむはかわらず「ぶりゅんひるで」だそうです。ちくせう

 

 

******

 

「―――冠名を与えなくてよろしかったんですの?」

 

紅茶の園を退室後、気分が悪くなったと早足で寮に戻ったエミを見送って、ダージリンはアールグレイにそう尋ねた。

 アールグレイはダージリンの言葉に肩をすくめると、言った。

 

「あの子が紅茶の園の空気に慣れるはずがないでしょ。あの子は茨の檻に閉じ込められても自力で茨を引きちぎって王子様なんか待たずに強引に逃げ出す茨姫よ?」

「それはまた―――随分なお答えで」

 

アールグレイの言葉に苦笑するダージリン。その脳裏には美しいドレスに着せられてる感半端ないお子様少女がその矮躯に見合わぬ怪力で自分を拘束する茨を引きちぎり、眠気を珈琲で中和しながら茨に覆われていない壁の部分をぶち抜いて脱出するシーンがありありと想像され、盛大に噴出してしまう。

 アールグレイはそんなダージリンの様子を見てケラケラと笑っていた。

 

「―――昔ね。あの子に聞いたことがあるわ。『何故そんな無茶をしてまで戦車道にこだわるの?やればやるほど辛くなるでしょ?』って」

「―――お言葉ですが、あの子の装填技術は世界でもトップクラスです。それを―――」

 

反論しようとしたダージリンが押し黙る。アールグレイの目がそれを許さなかったからだ。

 

「―――うん、まぁね。ただあの子の装填は「あくまで優雅に余裕をもって」なウチの戦車道とは噛み合わない。連射性能が高くなっても優雅さを追求する以上速射砲の真似事やっても上から顰蹙を買うだけだもの」

 

肩をすくめてやれやれと首を振るアールグレイにダージリンは何とか反論を試みようとする。

 

「―――ファイアフライなどの固定砲台での装填ならば―――」

「うん。それは確かに考えられるけど、うちの戦術や戦車の種類に当てはまるものがないし、ファイアフライを使っても今度は装填速度と砲身冷却の時間がかみ合わないので宝の持ち腐れなのよ」

 

アールグレイの反論にぐうの音も出ないダージリン。必死に頭を回転させて反論を捻り出そうと四苦八苦するダージリンにアールグレイはクスリと微笑む。

 

「―――随分大事にしたいみたいじゃないの。私が先に見つけたんだけどぉ?」

「い、今は私の乗員ですし……ええ、他意はありません。強いて言うならあの子は私のライバルですから。ええ、骨のあるライバルがいなくなるとモチベーションの維持が困難になりますので」

 

意地悪そうな顔のアールグレイにダージリンはあさっての方に視線を逸らした。

 

「―――そ、それで……彼女は、何と?」

 

話題を反らしたくてダージリンがさっきまでの話題に引き戻すと、アールグレイは愉しそうに笑ってこう言った。

 

「―――意地、だってさ」

「……意地……」

 

 ぽつりとつぶやいたダージリンの脳裏にエミの行う苦行にも似たトレーニングの数々が思い起こされる。『自分にはこれしかないからな』とだけ語ったことがあるエミの、あの決意を胸に秘めた表情。それが意地によるものだとすると―――

 

「―――あの子ね。黒森峰の入学試験を受けに行って落ちてここに来たんだって。

 戦車道推薦も狙ってたみたいだけど、別の子に枠取られちゃってたらしいわ」

「黒森峰……」

 

 高校戦車道に置いての王者と言われるほどの強豪校。圧倒的な戦車の質・乗員の質で相手を圧死させる西住流の境地。

 ああ、だとすれば―――

 

「―――この学院で戦車道を続けている理由は―――」

 

呟いたダージリンに、アールグレイもニッコリ微笑む。ただしいつもの微笑みではなく、どこか獣めいた好戦的な微笑み。

 

「そう。きっと彼女の意地とは『自分を排斥した黒森峰への復讐。見返してやるっていう反骨精神』―――面白いじゃない。あの小さな体にどんだけの野心を詰め込んでるのかって話じゃない?そりゃ私も協力したくなるわ」

 

ケラケラと笑うアールグレイの言葉が耳を通り抜けていくのをダージリンは感じていた。一方的なライバル視をしていた関係の少女の過去。叶わなかった現実を打ち破ろうとする何処までも天を目指す反骨性。ハングリー精神。

 

―――今の自分に、彼女と並び立ちライバルと言い張れるだけの何かがあるのだろうか?ダージリンは自問する。答えはない……。

 

 ―――ただ、すごく『彼女らしい』と感じていた。

 

 

「―――ああ、さっきの話だけど。

 

 仮にだけど、カール自走臼砲とか使えるのならあの子の怪力ならぴったりかもね。一人で装填できちゃうかも♪ ―――まぁ、オープントップの戦車にレギュレーションが許可出せるはずないけど」

 

 

 

 数年後、アールグレイは自分の発言が予言になっていたことを知る

 

 

 

******

 

 

 

──月──日

 

 ダージリンが高等部に上がっていった。順当に行けば俺が隊長なのだろうが

「貴女に隊長なんて務まるはずがないでしょう」とはダージリンの言。さすがダージリン。よくわかってるじゃないか(信頼)

 

 

──月──日

 

 ―――おのれダージリン(憤怒)

 

 

──月──日

 

 ダージリンによって新規増設されたポスト「ご意見番」に今日も投書が投げられる。っていうか現行隊長しっかりしろよ。おどおどしながらこっちのご機嫌伺って会話しないでくれる?なんかどんどん新入生に恐れられてるんだけどぉ!?

ああでもこの若干自信なさげな態度でわかるわ。お前オレンジペコだろ(確信)

 

 

──月──日

 

舎弟が出来ました(困惑)

え?何で???何でお嬢様学校で舎弟とかできるん?どういうことなの……?

 

日課のパルクールで壁を蹴って落下中追いついてくる人影が一つ。

そして壁を蹴っても衝撃を殺せないでそのまま落下しそうな人影―――おい待てゴルァ!

 必死に壁を蹴って加速しつつ肩に担ぐ形で着地。カナディアンバックブリーカーになってしまったことは悪かったと思うが、死ぬよりはましだと思ってくれ。

日課でこの辺パルクールしてる姿を見て「なにあれかっけぇ」と思い俺の行くコースなら可能なんだと考えて自分でやってみたところ、身体がついていかなかったそうな。

 

 

 ―――ば~~~かじゃねぇの~~~~?(本音)

 

 

 戦車道履修生ということで俺の傍で色々勉強したいとか言い出して付きまとい始めた。やめてよね、マジでダージリンが付きまとうことがなくなってそれなりにひとりでいることに安心し始めたってのに……。

とはいえコイツ放置しておくと自分のトレーニングメニューを勝手にこなそうとして死にかねん。寝覚めが悪いにも程がある。

 

 何で下級生がこんな濃い衆ばっかなんだよ……(疲労)

 

 

──月──日

 

中等部最後の大会。準決勝で黒森峰と当たる。みぽりんとエリカの距離感は原作より若干離れているように感じた。泣きたい

 あ、試合は割とあっさり負けました。他の隊長が運用してるの見てはっきりわかる浸透強襲戦術という戦術の脆さとそれを戦術レベルまで昇華してたダージリンのありえない戦術力。あと浸透強襲戦術に遊撃隊による分断作戦をぶっこんだパイセンの優秀さ―――こういうの見ると自分がいかに凡人なのかわかるよな…… 

試合後、隊長と副隊長同士で「いい試合でした」って感じの挨拶を交わすので俺も出て行ってついでに挨拶を交わす。

 

 みぽりんとエリカに「同年代だし、一緒に切磋琢磨できる仲間は貴重だから」とアドレスを交換する。

ここまで長かった……いや本当に。パイセンが居たらパイセンが邪魔で、ダージリンが居た時にゃ戦車から出るなと言われて出してもらえなかったからなぁ……

 

 

 これを次の作戦の布石とする!(まぽりん感)

 

 

──月──日

 

聖グロは完全エスカレーター方式で、進学を選んだ場合外部編入組と違い中等部からは自動で高等部入りが完成している。ので勉強する意味はないのだが―――

 

 装填手としての腕前を落とすわけにはいかないので日々トレーニングにリソースをつぎ込んでいる俺の学力が地味にやばいラインに達そうとしていた。

しょうがないやん。アドレス交換してから日に3通は届くみぽりんからのメールの闇が深そうな内容にめっさ緊張するやん。あかんやんこれ……エリカ何とかしてやってくれと思うもエリカはエリカでこっちからメール送らないと返信してこないわ何通もメール送ったら逆にキレて電話してくるわ……この状況で俺に何ができるのだろうか?って考えるやん……考えるやん……

 

 

 ―――いや諦めてないんだけどね。みほエリを見るために俺は今ここにいるのだから―――!!

 

 

 

──月──日

 

中等部を卒業する。後を惜しまれながらも、二年連続で隊長を担うオレンジペコ(仮)のところに行くと舎弟となんか言い争いをしていた。何やってんのアイツら―――

 

 

 『天翔先輩!第二ボタンをください(ませ)!!』

 

 

―――何で?(素)

 え?お嬢様学校にもそういう風習あるの?そういうの男子の風習じゃないの?どういうことなの……?(震え

 

「どっちを選ぶの!?」みたいな修羅場感にうろたえてると背後から忍び寄ったダージリンが俺の服からボタンをむしり取って「これが大岡裁きというヤツね」と呟いて去っていった。ダージリンに感謝する日が来るとは思わなかったぜ……。

 

 

 

──月──日

 

高等部に上がり、上級生としてダージリンと再会する。パイセンも三年生として君臨している。オレンジペコ(仮)が紅茶の園にお呼ばれしてオレンジペコ(真)にランクアップした。これで公式にオレンジペコって呼んでも問題ない。

 

 舎弟がパイセンに気に入られていた。波長が合うんだろうなぁ―――。

 

「あ、そうだ。貴女にも冠名付けましょ。そうね……ローズヒップで」

「え?え?よ、よろしいんですか!?……あっ、で、ですの?」

 

 

―――ああ、こいつローズヒップだったのかよ(今更)

 

ノリは確かにそれっぽかったけど下町空気バリッバリで優雅感これっぽっちも演じてなかったから全く気付かなかったわこれ……オレンジペコと空気が合わないのもやむなしか……原作でも劇場版まで苦手意識持ってたらしいし。

 

 

 

  追記

 

―――あれ?ペコとローズヒップに慕われてる今の状況って十分にピロシキ案件じゃね? と思ったので久々にセルフ指ペキを敢行。小指一本では足りないかもしれないが大会前だから多少は自重しなければ……

 

 

 

──月──日

 

俺と、ダージリンと、パイセン。

それぞれに想う所を残して―――戦車道大会が、はじまる―――!!

 

 

 

──月──日

 

結果として、俺の目的は果たせなかった―――。

準決勝で出会ったプラウダ高校。なんかカチューシャにめっちゃ気に入られたのとノンナさんから猫耳バンド貰ったのは割愛するとして―――こいつらがクッソ強かったからだ。

 浸透強襲戦術による防御が役に立たない。分断作戦にも乗ってこないで防御を固め、じわじわと詰める俺たちを飲み込む様に包囲陣を完成させて包囲殲滅を完成させた。あまりにも鮮やかすぎてどうしようもねぇ―――これが包囲の天才ってやつか。

 試合の後で強引にカチューシャとノンナとアドレスを交換させられて戻ってくると、パイセンが自分のテントの中で肩を震わせて涙を流していた。

パイセンにとってもう後がない大会でのこの敗北は、俺にとって他人事ではない絶望感だ。「先輩の無念は、いつか形にして見せます」と言って頭を撫でると抱き着かれた。身長差のせいでぬいぐるみに抱き着いて泣いてるような状態なんだが、まぁ今回はしょうがない。

 

 

 ―――みほエリを為せなかったとして、この世からピロシキするまでのひとまずのロスタイムライフができた。だから未練とか残したくなかったんだがなぁ―――

 

 

 

──月──日

 

運命の決勝戦―――。

 

事故は―――起きた。

 

―――俺は、何も、できなかった―――。

 

 

 

 

──月──日

 

 翌日。みぽりんにメールを送る。

返信が来ない。

 

 

──月──日

 

 みぽりんにメールを送る。

返信が来ない。

 

 

──月──日

 

 黒森峰との模擬試合が組まれた。試合の際にみぽりんの様子を見る。

―――あれは何て言うか、駄目だ。

 

試合は黒森峰の勝利だが、それはまるで重要なことじゃない。俺は黒森峰のテントまで走った。走って走って、みぽりんが上級生らしき連中に絡まれているのを発見し、間に強引に滑り込む様にして割り込み、背中にみぽりんを隠すようにして立つ。他校の生徒が学内の問題に介入とか越権もいいところだ。いいところなんだが―――

 

 ―――これは俺の責任だ。失敗してしまった俺の責任なのだ。

 

 何を言われようと退くことなどないという意思を込めて上級生を睨みつけると、一瞬怯み、怯んだことを恥とでも感じたか平手が飛んできた。

甘んじて抵抗せず受ける。ジンジンと頬が痛い。首受けなどしなかったので脳が少し揺れて視界が揺れる。無抵抗のまま目の光だけは変わらない俺に恐怖してか、上級生から二発目が飛んで来る―――

 

「―――そこまでにしておきなさい」

 

 凛とした声が響く。

サクサクと落ち葉を踏む音が静寂に響き、貴族的な立ち居振る舞いで現れたのはダージリンだった。ダージリンは新たな闖入者に怯む上級生をジロリと睨むと

 

「こんな格言をご存知?―――“一発だけなら誤射”

 

  ―――二度目は、ありませんわよ?」

 

底冷えのする声にたたらを踏んで下がった上級生の背後からやっと現れたまぽりんに低い声で凄まれ進退窮まった上級生がその場にへたり込んで終了。

 騒動の後始末に「他校の問題に巻き込んで済まない」とまぽりんに頭を下げられ、みぽりんからは控えめな「ありがとう」を貰い、最後にエリカが「勝手に他校の問題に首突っ込んできて何様のつもりなの?―――とはいえ、醜聞にならずにすんだわ」とテンプレなデレがとうを戴きましたありがとうございます。

 

 ―――とはいえほぼ原作通りのこの状況。打ち破れるとしたら俺だけだ。

 

みぽりんには「何かあったら絶対にメールでも何でもいいから連絡をして。いつでも相談に乗るから」と約束をして、解散―――

 

 

 

 

 

 

 

「―――エミさん。正座」

「はい」

 

 

―――はい、わかってました。勝手な判断で動いた挙句に大事に発展しそうな状況作っちゃってサーセン!はんせいしてまーす(反省しているとは言ってない)

 でもまた同じことがあったとしたら首突っ込むし同じことするぞ。とは力説した。なぜそこまでと聞かれたが、答えは決まってる

 

 

「―――あんなの俺が求めたみほエリ(もの)じゃない。あんなものは認められない」

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「―――あんなの、俺が求めた戦車道(もの)じゃない。あんなモノは認められない」

 

 天翔エミの言葉を聞いて、ダージリンの胸にわだかまっていた何かがすとんと腑に落ちた。

 戦車道大会においてプラウダに負けてから、ずっと落ち込んでいた少女があの日、決勝で黒森峰があんな負け方をしてからというもの、様子がずっとおかしかったのはこのためだったのか と。

 

 自身をつまはじきにした黒森峰への復讐からの意地―――それもきっとあるだろう。だがそれよりも、かつてこの少女は戦車道が楽しいからやっていると言っていた。

 その少女が、人道を正義と奔った少女がその結果味方に弾劾されるなどという非道を許せはしないし、その結果その少女が何もかもを見失って絶望するなどあってはならないことなのだろう。何処までも高潔な少女に、ダージリンは【戦乙女(ブリュンヒルデ)】と名付けた先輩の真意を見た。

 エミを解放したのち、ダージリンは自分の携帯を取り出し、通話を始める。

 

「―――もしもしアッサム?ちょっと手配してほしいモノがあるの」

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

──月──日

 

 みぽりんを包む周囲の状況は日々悪化の一途をたどっているらしい。

おまけにエリカも見直し始めていたみぽりんが勝手な判断でフラッグ車を放置して人命救助に走ったことを「適切な対応を取らずに自分勝手な判断で現場を放棄した」としか見てないため当たりが酷い。

 事ここに至っては一度距離を取らなければみほエリは為されまい……

 

俺にどこまで介入できるかわからんが、大洗転校ルートの後の展開で出来る限りサポートしていくことしかできない……畜生め

 

 

 

──月──日

 

ここは、せんとぐろりあーなです。

 

めのまえに、にしずみみほさんがいます。

 

      ――――なんで?????

 

 

 

──月──日

 

西住みほ、神奈川に立つ。

ダージリンが気を利かせて転校手続きの書類一式をまとめて諜報部を通じてみぽりんに手渡したらしい。何で?

「見える範囲に彼女がいたほうが都合がいいのでしょう?貴女」とはダージリンの言。

 

 ―――なんだコイツ聖女か?(掌大回転)

 

みぽりんも、ほぼ唯一自分の味方をしてくれて、身体を張ってかばってくれた俺と一緒ならば戦車道を続けていけると精一杯気合を入れている。ええで、これは光明が見えたで!

 

 

 ―――あ、でも聖グロの車輛で黒森峰に勝たなきゃいかんのか……無理ゲーじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~そして、時は流れて戦車道大会準決勝~

 

 

 

 

黒森峰女学園の電撃作戦を相手に、真正面から受け止めるダージリン。

浸透強襲戦術の防御は堅く、防御に徹するならば簡単には貫けない。その膠着した戦線を―――

 

「―――今ですよ。【戦乙女の槍作戦(ヴァルキリーズジャベリン)】開始―――」

「―――その名前マジでやめろお前ぇーーー!!」

 

 

 

―――圧倒的火砲が、吹っ飛ばした―――。

 

 

 

 防衛陣が守護するその後方、高台の上に布陣する一台の戦車。それは原作で聖グロには存在しない重厚な戦車。世界で6輛というレアリティで入ればレジェンドレア級の重戦車―――。

 

 

      ―――A39。トータス駆逐戦車

 

 

「―――マジでこんなのどこから借りてきたんだよ」

「壊さないようにお願いしますわ?それ、博物館に戻す必要がありますので」

 

通信機越しに能天気なダージリンの声が響く。俺は両手でずっしりと重い32ポンド砲砲弾を一人で持ち上げ装填し、砲手に合図を送る。

 砲撃の華が咲き―――黒森峰の車輛が2輛、巻き込まれてフッ飛ばされた。

 

 

「―――こんな格言をご存知?“勝てば官軍。負ければ賊軍”」

「―――すいませんダージリンさん。それ、私にもちょっと痛いです―――」

 

通信機越しに会話するみぽりんからは悲壮な感情はない。もう完全に立ち直れたようだ。みぽりんはパイセンが餞別に貸し出してくれたあのクロムウェルに乗り込み、戦線が崩壊したタイミングでフラッグに突撃する役割として潜伏してもらっている。

 

 この戦い。なんとしても勝ってみぽりんの正しさを黒森峰に突き付け、エリカと仲直りさせる!!そのためにも

 

「―――勝つぞ!ダージリン!!」

「―――ええ、よろしくてよ」

 

 




 
なお仲直りはしますが別にみほエリがなされるわけではなく、
黒森峰に戻れる準備できたよー→「え?何で戻る必要があるの?」という感じで依存されてることに気付くエミカスが居ます。

その後、みほエミ、ペコエミ、ローエミの3択が目の前に広がっている可能性だと気づき、色々諸々から逃げる形でダージリンのとこで精神安定を図ったりする(妄想)

なおダー様はエミカスに恋愛感情的な好意がないわけではないが、恋愛感情で逃げを打たれるよりは戦車道ライバルの座が空位なんだからそこに座るのが賢いやり方だと無意識に理解している(妄想)

エミカスがピロシキしないよう適度に揶揄い適度にあしらい適度に愉悦し目を光らせるのがブリカス式エミカス飼育術である(なお寿命)


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【 IF おまけ②ルート異聞 の、さらにIF① 】

**今回、「ガールズアンドパンツァー最終章」第一話 のネタバレ的なそれを一部含みます。読む方は覚悟して読んでください**








高台の上に布陣する一台の戦車。それは原作で聖グロには存在しない重厚な戦車。世界で6輛というレアリティで入ればレジェンドレア級の重戦車―――。

      ―――A39。トータス駆逐戦車

 砲撃の華が咲き―――黒森峰の車輛が2輛、巻き込まれてフッ飛ばされた。

 この戦い。なんとしても勝ってみぽりんの正しさを黒森峰に突き付け、エリカと仲直りさせる!!そのためにも

「―――勝つぞ!ダージリン!!」
「―――ええ、よろしくてよ」

マチルダとチャーチルが守る防御陣を崩さんとするティーガーとヤークトの鉄血十字の一団。
 それを吹き飛ばす天上からの一撃。まさに『戦乙女の槍』

敵中を強引に突破するためにエリカのティーガーⅡが前に出てマチルダの陣形に穴をあけようとする。 その結果―――西住まほの乗るティーガー1の周囲に僅かな、だが決定的な綻びが生まれた―――!!

「―――ローズヒップ!!」
「かしこまり!!ですわ!!」

土煙を巻き上げ、地面を蹴っ飛ばす爆音とともに弾かれたように飛び出したクロムウェルMkⅧ。そのハッチから顔を覗かせ黒森峰のフラッグを狙うのは―――

「―――――――みほッ!!!」
「―――撃てッ!!」

敵陣を単騎掛けで駆け抜けたクロムウェルは乾坤一擲の神速で間隙を縫い、すれ違いざまにティーガーの背面装甲版の下、底板をぶち抜いた―――!!!

『く、黒森峰フラッグ車、走行不能―――!!聖グロリアーナ、勝利!!』

審判の宣言が高らかに鳴り響き―――

「ろ、ローズヒップさん!停車!停車してくださぁぁぁぁぁぁぁ‥‥…」
「あららららららららら―――――――!?」

砲撃の余波でバランスを崩しスピンしたクロムウェルが、独楽のように回転しながら下り坂を滑り落ちていく。

「あらあら……はしゃいじゃってまぁ」
「誰か止めろぉーーーー!!!」

トータスのハッチから飛び出した俺の絶叫が、試合終了後のフィールドに響き渡った―――

―――何だよこの状況……




「―――みほは勝ちました。全力の黒森峰相手に、仲間を犠牲にしない戦い方で」

「―――そう、だな」

 

試合終了後、俺と、みぽりんと、まぽりん、ダージリン、それにエリカの5名が集まっていた。

みぽりんとエリカは何やら話をしている。二人の間のわだかまりは解けているのか、お互いの距離は近づいたようだ。何より何より……

 

「私は黒森峰を受験して、失敗したクチです。―――こういうのは恥ずかしい話ですが、わだかまりがなかったわけじゃない」

 

俺の切り出した話に、まぽりんが聞く態勢に入る。ここからの話術が今後の肝になり得る―――!!

 

「私は、黒森峰で中等部から戦車道を学び、高校まで、大学戦車道もあるいはそのまま地元で―――なんて夢見てた時期もありました。それだけ憧れてたんです。黒森峰という常勝の学園に……

  ―――だからこそ許せなかった。私の考える戦車道の在り方を否定するあの先輩たちが」

 

ここが最初のポイント―――「ワタシ黒森峰は嫌ってナイヨー、あのパイセンのやり口が気に入らなかっただけヨー」というアピールから入る。黒森峰ヘイト満開とかまず会話が成り立たなくなる。確実に

 

「西住流を否定する気もありません。状況に応じて、誰かが盾になってでも勝利をもぎ取る必要はきっとある。―――でもそれは、手を伸ばせばどうにかなる仲間を放置してまで、相手を追い詰める理由にしていいものじゃないでしょ」

「―――それは―――」

 

まぽりんのカットインを阻止するように、言葉を繋ぐ―――

 

「もちろん、だからと言ってフラッグ車の車長が持ち場を離れていいなんて言うつもりはないです。あれはみほも悪かった。誰か別の車輛に報告を入れて救助に回すなど、やりようはあったはずです。―――でも結果的にみほはすべての行動を全否定された。あの子はもう、戦車道そのものへの忌避感を感じる程の痛みだったと思います」

「―――ああ、そうだな」

 

まぽりんがどんどんマイナスに振り切れていく―――あかん、これ思ったより心にクる――――――決勝戦終わったら腕一本くらい逝っとく?って気軽に考えてしまうレベルやで工藤―――。

 

「―――お姉ちゃん」

「―――みほ」

 

エリカと話が済んだのか、まぽりんの下へ走ってくるみぽりん。二人の会話に無粋な真似はしない。ガルおじはクールに去るぜ―――数歩後ろにだけど。

 

「―――みほ。見事だった」

「ううん。みんなが居てくれたから―――だから勝てた」

 

みぽりんの言葉にまぽりんがフッと微笑む―――これやで!これやで工藤!感動のエンディングやで!!

 

「―――みほ、少し待っていてくれ。黒森峰の綱紀粛正は執り行う。お前の正しさが証明された以上、きっとすぐにお前が戻れるように―――」

「―――え?あの、お姉ちゃん?私、グロリアーナで戦車道続けるよ?」

 

―――――――――――――はい?(右京さん感)

 

まぽりんが目線をこちらに向ける。いや、知らんし!私にもわからん!(鉄男感)

 

「―――黒森峰でのことは、今も嫌になるよ?でも、あの時エミちゃんが私を助けてくれた。ダージリンさんが私を助け出してくれた。だから私、戦車道を捨てずに済んだの」

 

みぽりんの中で俺とダージリンはなんかいい感じに聖人伝説を積み上げているらしい―――やばい血ぃ吐きそう(胃痛)

おいダージリンお前さっきから黙って紅茶飲んで成り行きを見守ってないで何か言えよ畜生!!

 

「―――私、辞めないよ。聖グロリアーナで、私の戦車道を貫いてみる。

 ―――西住流で、西住みほ流で、聖グロリアーナ流の、私だけの戦車道―――」

「―――そう、か―――そうだな。みほはみほの道を往けばいい」

 

まぽりんはみぽりんの言葉に感じ入ったか、微笑みを浮かべると俺に向かって頭を下げる。

 

「―――みほを、よろしく頼む。君ならば、信頼できると得心した」

 

―――重ォォォォォォい!!!(迫真) いや待って、ほんと待って!みぽりんが黒森峰に帰ってさぁ、エリカと仲直りしてさぁ!距離を縮めて行ってさぁ!!

 

―――みほエリが遠いじゃん!物理的にさぁ!!!

 

目の前が真っ暗になりかけた俺に、みぽりんが微笑みを向ける。

 

「―――全部エミちゃんのおかげ!ありがとうエミちゃん!エミちゃんのおかげで、私お姉ちゃんと分かり合えたし、エリカさんともまた友達に戻れた!」

 

―――エリカさんともまた、友達に戻れた―――!!

 

「―――いいや、みほ。それはみほが頑張ったからだよ。私はきっかけに過ぎないさ。みほが諦めなかったから、だからエリカともお姉さんとも分かり合えたんだ」

 

みぽりんに声をかけながら、俺の脳細胞は激しく回転を続けていた―――。

みぽりんはエリカとなんとか友達関係を修復できた。あとは遠距離でのコミュニケーションで心の距離を縮めていき、来年の戦車道大会でぶつかり合ってお互いの距離を一気に縮めればいい……幸いその時、最も面倒な障害になりそうなダージリンは卒業している―――!!!

  ―――勝ったで工藤!!みほエリの勝利の法則が今決まった―――!!!

 

俺は最後にエリカに向き直る。エリカは俺と言葉を交わすのは黒森峰のパイセンにぶん殴られたときの一件以来なため、エリカの方が距離を測りかねていて及び腰になっている。

 

「―――逸見エリカ。来年、今度は決勝まで当たらずに居られたらいいな。

 ―――次も勝つのは聖グロリアーナだけどな!」

「――――――――!! ……上等じゃないの!次はアンタたちなんかボコボコにしてあげるわ!!」

 

俺の言葉にハッとなり、好戦的な笑みを浮かべて啖呵を切ってくる。それでこそエリカだ!みほエリを為すためにもエリカが凹んだままってのはよろしくない。いつもは強気で、でもみぽりん攻め攻めの時にはヘタレるくらいがちょうどいい!

 

「―――雨降って、地固まる。を目の前で見ることになるなんて、今日は貴重な日になりましたわね」

 

終始無言を貫いていたダージリンが紅茶を飲み干して一言漏らし、背を向けて帰っていく。

 

「エミさん。次の試合も勝ちますわよ?次はきっと―――彼女たちが勝ち上がってくるわ」

 

―――――――――彼女たち?ああ、カチューシャのことかな?

 

そういえば、プラウダと戦うのドコだ?やっぱりサンダースか?

 

 

 

高校戦車道大会準決勝―――プラウダ高校の対戦相手は―――

 

 

「―――大洗……女子?」

 

 

観戦にやってきた俺は思わず声に出していた。

 

―――え?マジで勝ち上がってきたの……?軍神なしで?原作補正ってやつか?

 

 

 

―――しかし俺はここから「原作改変によるバタフライエフェクト」というモノのすさまじさを思い知ることになるのだった―――。

 

 

 

******

 

 

「――――おいおい……マジか」

 

思わず声に出して呟いている。隣でダージリンが怪訝そうな顔を見せた。

 

 

それもそのはず―――プラウダ戦に出場している大洗の車輛―――実に9輛。

 

あんこうチーム。Ⅳ号戦車F2型

アヒルさんチーム。八九式中戦車

カバさんチーム。三式突撃砲雪原仕様

ウサギさんチーム。M3中戦車リー

カメさんチーム。ヘッツァー(38t)

カモさんチーム。ルノーB1

レオポンチーム。ポルシェティーガー

アリクイさんチーム。三式中戦車チヌ 

 

―――そして――――

 

 

「―――マークⅣ……!!」

「それほど驚く程なの?貴女らしくもない」

 

ダージリンが怪訝な顔をしたまま俺の方を見ているが俺にそれに反応する余裕なんざない。

ツッコミが追い付かない。何で38tヘッツァーになってるの!?アリクイさんチームなんで今いるの!?

並んで立ってるねこにゃーさんが劇場版仕様の細マッシブになってるんだけどぉ!?

Pティーガーも何でいるの!?早くない!?レストア早すぎない!?

 

 

―――何より、なんでお前らが今居るんだよ――――!?

 

 

 

マークⅣ―――サメさんチーム……大洗船舶科の海賊どもが、そこにいた―――。

 

 

 

これはあれか!?原作改変してパワーアップしたオリーシュ勢に対抗して世界の修正力が敵陣営にテコ入れしてるとかそういうのなのか!?

 

 

―――なんてこった。これでは―――みほエリが為されるかどうかの指針がまるで役に立たないじゃないか!!(迫真)

 

 

天を仰ぐ俺。 そして―――試合が始まった―――。

 

 

 

******

 

 

 

勝負は、一瞬の出来事だった―――っつーか、常識の範囲で考えられる戦術の外からの奇襲―――そうとしか言えない戦いだった。

 

―――劇場版見たことがあるガルおじ以外の人間の発想で言えば だが―――

 

まず序盤―――マークⅣの鈍足に合わせての速度で進撃していた大洗戦車道チームは原作序盤の千載一遇のチャンスを受けることなく、カチューシャが待ち受ける包囲網の中に飛び込んだ―――フラッグである八九式と三突を除いて―――。

 

 まず、あのカチューシャがフラッグを見失うことがあるはずがない。カチューシャもそれは理解していた。同時に自軍フラッグを撃破できるだけの火力を持つ三突の不在を重く見て、フラッグ車の防衛のために包囲を解いた―――。

 

 そして、第二ラウンド。鈍足のマークⅣが戦場にたどり着いた。カチューシャが念のために自分たちの戦車を防衛に回し、目の届く範囲にフラッグを置いたうえで。

 対して大洗はフラッグを晒し、応戦態勢を取っていた のだが。ここでマークⅣの横、側面のドアが開き、操縦室に詰めているはずの爆弾低気圧のラムが顔を覗かせ―――

 

 

 

―――手旗信号を行う。

 

 

 

双眼鏡で思わず確認してしまったカチューシャに非はない。誰だってそうする。俺だってそうする。

 

―――結果的には、それが致命傷になった というだけの話だ。

 

 

 

―――マ・メ・ツ・ブ・タ・イ・チ・ヨ・ウ・コ・コ・マ・デ・オ・イ・デ―――

 

 

 

 

―――カチューシャがブチギレた。ノンナの静止も完全に振り切って全車に砲撃指令を出す―――ただし、マークⅣに向けてだ。

 

全車の砲撃を受けマークⅣが沈黙。同時に、次弾装填までの長い時間を必要とするかーべーたんが沈黙に入ったため―――

 

―――彼女たちを撃墜できる存在が居なくなった―――。

 

「―――ッ撃ぇーーーー!!」

 

ゴゥンッ!という空気を震わせる砲撃音を響かせ―――プラウダのフラッグ車が『斜め上方から直線で飛んできた砲弾に天板を貫かれて炎上した』―――!!

 

 

―――マークⅣの上部。吹雪く雪原の中でもなお外さなかったマストから大きく広がる海賊旗を模した帆の根元に、隠れる形で乗っかっていた三突がそこに在った―――。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――これは、予想外。ですわね―――」

 

ダージリンですら絶句している。無茶苦茶もいいところだ、こんな戦法考えるの、みぽりん以外にも居たのか……?

 

―――ああいや、戦略大作戦とかマカロニ作戦とか、割といるわ(安心)

 

―――ともあれ、決勝の相手は、大洗女子学園―――。

 

「エミちゃん!沙織さんたち勝ったよ!おめでとうって言いに行こう!!」

 

 すっかり明るくなったみぽりんが俺の手を引いて掛け出し、俺は引っ張られるままについていく。みぽりんがまだネガティブから立ち直れて無いころ、原作通りの練習試合の日程で組まれた試合を通じて、みぽりんの代わりにⅣ号の車長を務めるさおりんと仲良くなり、試合後にメアドと番号を交換して、今もメールを送りあったり電話したりしているらしい。彼女の回復にはさおりんが一肌も二肌も脱いでいるため、俺もやかましく言うことはできない状態である。

 それにしてもいやぁ、平和だわー。黒森峰の問題も片付いたし、優勝はしてもしなくても別にいいけどダージリンに恩もあるし優勝しておくかなーってレベルやし。大洗女子のテコ入れはビビったけどよく考えたら負けるきせーへんし?

 

 

そんな楽観的な思考で居た俺は、忘れていた―――。

 

 

「あ、いたいた!沙織さーーーーーん―――――」

「――――どういう事!?」

 

 

さおりんのところに駆け寄ろうと加速を上げ、声が届くくらいの距離に来たみぽりんが、さおりんの怒気を孕んだ声にビクリと身を竦ませる。

 

 さおりんは建物の影で見えないが、向こうにいる誰かと会話をしているようだった。

 

 

―――拙い。

 

 

俺の背筋にツララが刺さった様なレベルの悪寒が走った―――!これをみぽりんに聞かせてはいけない!!立ち去らなければ!!

 

 

俺がみぽりんの腕を引くよりも、先に―――――

 

 

 

「―――負けたら廃校って……どうしてよ!!!?」

「――――――――――――えっ?」

 

 

―――――みぽりんがそれを、聞いてしまった―――。

 

 




少女たちは選択を迫られる。

友情の果ての敗北か 矜持の果ての勝利か

それまで戦った相手を冒涜する真似などはできない。勝者の矜持に懸けて

けれど相手の事情を知ってしまった少女は迷う。答えのない、あるいは選べない選択に

世界の理不尽を破却するのは、いつであれ人の精神の在り方である。



少女の選択は―――――――!?





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【 IF おまけ②ルート異聞 の、さらにIF② 】

「―――負けたら廃校って……どうしてよ!!!?」
「――――――――――――えっ?」


 そんな会話を、聞いてしまった―――。

声を上げる前に口元を塞がれ、エミちゃんに壁際に引き寄せられる。沙織さんの顔、すごく怖い―――

―――でもあの、エミちゃん流石に距離が近すぎないかな?一緒におやすみしたことあるけどエミちゃんからこの距離に抱きしめられるのって初めてじゃないかな?ちょっと待って待ってあの、心臓ドキドキしすぎてパニック起こしそうなんだけどああもう集中できないよぉ―――――!?


「―――この大会で優勝できなければ、わが校、並びに学園艦は文科省の預かりになり、艦内の住人も含め、私たちは全国の学園に割り振られバラバラになる」
「そんなのってないよ!!どうして!?」
「―――納得ができません―――!!」


聞こえてくる声に心が冷えていく―――沙織さんと華さん。それと、大洗の生徒会長さん―――確か、角谷杏さん。あと、角谷さんの後ろに、河島桃さんと、小山廸子さんがいる―――。


「数年後に世界大会を開催するって、かーしまが説明したでしょ?それに伴って、プロリーグを設立するために、戦車道の無い学園、目立った活躍をしてない学園、生徒数が減ってきてる学園なんかを統廃合したりして、廃艦にすることで国内の財政をそっちに回そうとしてるんだってさー」
「大人の都合じゃない!!」

以前練習試合でお話ししたときと変わらない調子の角谷さんと、ヒステリックな沙織さんの怒鳴り声と、考え込む華さん―――。

「―――それで、戦車道を―――?」
「御名答!戦車道やってりゃー助成金も出るって話だしさー、優勝チームの居る学園を廃校にはできないだろうって啖呵切っちゃったしさー?まぁ、他に方法が考え付かなかったって話」

 華さんの言葉に我が意を得たり、という感じで同意する角谷さん。いつもと同じ明るい調子だけど、声が沈んでいるように感じる―――。

「―――ここを離れよう」

耳元で囁くエミちゃんの声にも、心が反応しない―――そのくらい私の身体は冷え込んでいた―――。


 ―――何でこんな理不尽なことばかり目の前にあるんだろう?


納得なんかできるわけがないよこんなの。だってみんな笑ってたのに―――勝ったら笑って、負けても次は勝つって笑っていて―――戦車道って楽しいねって、そう思えて―――



―――私たちが勝ったらみんなバラバラになっちゃうんだよ!?



―――いつの間にか、建物の影から遠く離れた場所までやってきていた。エミちゃんもいつの間にか離れてて……頭の中でさっきの会話が反響し続けている―――

「―――みほは一人で戻っていてくれないか?私は、少し話をする相手ができた」

強い決意と、怒りを感じるエミちゃんの目が、記憶に残っていた―――。





 トボトボという表現が似合うほど意気消沈した様子のさおりんが華さんと一緒に去った後、俺は生徒会の面々の前に顔を出した。

 

「おやぁ?聖グロリアーナの天翔ちゃんじゃないの。元気?西住ちゃんは一緒じゃないの?」

「―――みほは帰らせました。ここから先の会話を、聞かせたくない」

 

 俺の心は静かだ。人間心底から怒ると本当に冷静になるんだなぁと理解できる。

同時に、そこまでしなきゃいけないほど追い詰められてるんだとも思った。

 

「―――さっきの会話。聞いてしまいました」

「そっか……拙いとこ見られちゃったかな?」

 

少し気まずそうな顔を見せる柚子ちゃんと、敵愾心バリッバリの桃ちゃんに対し、いつもと変わらない飄々とした態度の会長。三者三様の面持ちだが……

 

「―――わざと聞かせたんですよね?みほに―――」

 

 友達想いで、仲間のためならば命を賭けられるみぽりんの性格をわかって、メンタルにダイレクトアタックをぶちかました。そうでないとこのタイミングで聞こえよがしな場所で、あの面々で公表はおかしい―――おかしすぎる。

 

「―――あ、バレた?」

 

ケロリとした表情の会長にも脳内が沸き立つことはない。我が心明鏡止水が如く―――握りしめた拳が内圧で逆に血管が切れそうなほど力が入っているが―――。

 

「―――みほがどういう行動に出るかまではアンタの責任じゃあない。

 ―――ただ、私は少なくとも今はアンタを許せねぇし、許さない。

 ―――アンタがそんな行動を取らざるを得ないほど追い詰めた文科省の連中もな―――!!」

 

 みぽりんを原作の闇深顔に戻しやがった罪は重い―――だが、原作キャラをこの場でボコボコにするのは観客(おれ)であってはいけないのだ―――

 

 

 

―――というかこんな状況に追い込んでしまったのは間違いなく俺のせいだし(バタフライエフェクト的に考えて)

 

 

 

もうね、自己嫌悪と自己憤懣で心が波立つ余地すらねぇの。目の前の古ダヌキがどうとかもうどうでもいいの。

 

 

―――あ、でもあの辻とかいう役人は死すらも生ぬるい痛みを与えてやる。主に胃に―――

 

 

 俺は精一杯吐き捨てる様に言い放つと同時に踵を返す。何か言おうとする桃ちゃんを杏会長が手で制しているのだけは目で確認した。

 そのまま数歩進んで、一度立ち止まる。

 

「―――なぁ、会長さん

 

  ―――――――今、戦車道やってて、楽しいかい?」

 

―――俺の言葉に―――

 

「―――わかんないよ。そんな余裕まるでないんだもの」

 

そう返してきた会長の言葉は、きっと本心だったんだろう。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「―――というわけで知恵を貸してくれ」

「馬鹿ですか?馬鹿ですよね?それとも舐めてますか?主に人生やわたくしのことを」

 

俺の言葉にワンブレスで罵倒を織り交ぜて返事をしてくるのは自称俺のライバルで聖グロ隊長のダージリン。罵倒と憤懣を露わにしながらも手にした紅茶はこぼすことなく、一息に反論してからまた一口。

 

「―――相手に廃校がかかっていようが居まいが、私たちには全く何の関係もございませんわ。立ちはだかる敵は十全な力で叩きつぶすのみ。獅子はウサギを狩るためにも全力を尽くしてこそ。己がその時もちうるすべてを使って戦い、勝利する―――それが私の戦車道ですから」

 

ぐうの音も出ない。今の状況に関しては圧倒的にダージリンに正当性がある。っていうか「相手が勝たなきゃ後味悪いんだけど何とかならないかな?」とかふざけた質問した俺にきちんと言って聞かせてくれるあたりダージリンってかなり有情なのではなかろうか―――?

 横で俯いて聞いているだけのマシーンになっているみぽりんなんかもう置物扱いになっていてそもそもダージリンが目線を会わせることすらしてないし……。

 

「―――天翔エミ。私からあなたに質問するわ。貴女は西住みほとは違う結論を出していると思う。

  ―――貴女はどうしたいの?」

 

わざわざ俺に質問してきたという事はもうみぽりんの要請については聞く耳がないってことなのだろう。

 俺の要求としては、確かにみぽりんとは異なっている。

 

 

 だってそもそも大洗を救おうと救うまいと、みほエリを成しえるために必要かと考えると必ずしも必要ではないからだ。(確信)

 

 

みぽりんの願いを尊重する限りで考えるならば、俺は別にもう優勝にこだわってるわけではないので優勝を譲ってやっても良いと思っているが、それは聖グロの立場から考えれば受け入れられないわけだから―――

 

「―――私は、わざと負けてやればいいなんてことは言えない」

「―――その理由は?」

 

ダージリンの視線を正面から見返し、みぽりんの見守る中、言葉を選ぶ。

 

「―――私たちは黒森峰に勝って決勝に進出した。全力で戦って、お互いに力を示し合って、認めてもらった。進むべき学院だと。

 ―――それはあの奇襲でとはいえプラウダに勝利した大洗だってそうだ。カチューシャは涙目で捨て台詞吐いてたけど、敗北を受け入れて、勝者を称えた

 

―――それを八百長で汚すのは、戦車道をする者すべてに対する冒涜だ」

 

俺の言葉はきっとダージリンが考える「天翔エミ」の正解だったのだろう。満足そうに頷くと、ダージリンは紅茶を一口飲んでから、口を開く

 

「―――ならば、貴女の考えるお願いは何なのかしら?」

「―――最後に生徒会長さんが言ってた―――「戦車道が楽しいかどうか、そんな余裕がない、わからない」ってね―――だから、楽しいと思えるかどうかわかるくらいの余裕はもたせてやりたい」

 

俺の言葉にダージリンは応えない。代わりに紅茶を飲み干してソーサーとともにテーブルに置き、口元を拭うと―――

 

「それでも、持ちうる限りすべての力を出し切って戦うのが私の戦車道よ?私に矜持を捻じ曲げろというの?」

 

 にこやかに微笑んで、そう言った。

 

―――ここで土下座でも敢行すればどうにか押し切れるのではないか?という俺の思考と、そんなプライド捨てるような真似したら逆に怒るんじゃないか?という俺の思考が真っ向からぶつかり合って喧々囂々状態の俺に、ダージリンに応える余裕はなかった。だが、代わりに―――

 

「―――あのぉ……ダージリンさん」

 

それまで置物だったみぽりんが動いた。手を上げて意見を提示する姿勢を見せたみぽりんに、ダージリンがみぽりんに視線を向ける。

 

「確認なんですけど―――その時ある戦力を全力で出すのが、ダージリンさん流なんです……よ、ね……?」

「ええ、そのとおりよ」

 

にこやかに返すダージリンに「それなら―――」とみぽりんが提示した方法を聞いて―――

 

「―――え、ええ……それならできますわよ……非常に、非常~~~に勿体ないことだけれど―――」

「―――お願いします。どうか」

 

ひきつった笑みに変わったダージリンがそう言うとみぽりんが頭を下げる。横で聞いてた俺。目からウロコである。なんだこの作戦。一休さんか(素)

 

その後、みぽりんの発案に沿う形で行く以上、アールグレイパイセンにも相談すると、爆笑した挙句に「やっぱ面白いわアンタたちwww」とコメントを戴いた。

せやろな(達観)

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 戦車道高校生大会決勝戦。

 

多くの戦車道ファンや、戦車道履修生が集まる中―――

 

「来てあげたわよ」

 

エリカが激励に現れていた。まぽりんを連れて―――

 

「コンディションはどうだ?みほ」

「うん、全然平気……」

 

まぽりんの言葉に返事するみぽりんだが、少し元気がないことに気付いたようだ。俺に視線を送ってくる。いや、目で会話させようとしても無理です(素)

 

「―――対戦相手の大洗女子は、負けたら今年度一杯で廃艦が決定するそうです」

 

包み隠さずゲロると、エリカがみぽりんに掴み掛っていた。ええい血の気が多い娘はこれだから!!

 

「―――アンタ……もしかして自分から負けようと思ってるんじゃないでしょうね?!ふざけないでよ!?アンタたちは私たちに勝って決勝に進んだのよ!!?勝者の義務を、果たしなさい!!」

「ストップだ逸見さん。勘違いしてる」

 

俺はみぽりんを締め上げるエリカの手首を取り、力を入れて手首の筋を押し込んで拘束を外し、そのまま自分の側へ向くように引き込む。

 

「みほだって何もわかってないわけじゃないし、誰であろうと救うわけじゃないさ」

 

―――相手、みぽりんの数少ない親友だけどな! とは言わない。言ったら拗れるし―――

 

 

 

*******

 

 

 

大洗女子 VS 聖グロリアーナ

 

 

大洗は9輛 対して聖グロリアーナは20輛。数の上では倍以上の差がある。

代表として前に出てくるのは生徒会長角谷杏と、あんこうチーム車長の武部沙織。

対してこっちは聖グロ隊長のダージリンと、俺こと天翔エミ。

 

「―――あのさー天翔ちゃん?聞いていい?」

「試合前なんで少しだけなら」

 

この間の一件もあって話しづらいだろうに、わざわざ俺を選んで話しかけてくる会長。

 

「そっちの戦車さぁ……マチルダとチャーチルとクルセイダーしかいないように見えるんだけど」

「ああ、それは―――」

「―――トータスはもともと黒森峰やプラウダの重厚な戦車集団用の隠し玉でしたから、使う必要性を感じませんでしたの」

 

上から目線で言い放ったのはダージリン。その様子に不審な顔をする会長。

 

「じゃあさ――――――クロムウェルだっけ?あれも見当たらないんだけど?」

「ああ、あれはもともとパイセン―――アールグレイ様が貸し出してくれてたものだったんで、返却しただけです」

 

俺の答えに「え?決勝戦の前に!?」と驚くさおりんに「うちの先輩は色々とフリーダム過ぎるんでねー」と返しておく。

 

 

―――みぽりんの発案はこうだった。

 

「トータス重駆逐戦車はもともと博物館から借りてきたものですし、クロムウェルもアールグレイさんからの借り物でしたし、これらを返却すれば、「今ある戦力で精一杯を出す」しかなくなりますよね?」というもの。

 もうね、パイセンはノリノリで「面白いわアンタたち」って協力してくれて、わざわざダージリンと喧嘩してクロムウェルを取り上げて帰ってったという小芝居まで演じてくれた。ダージリンは終始沈痛な面持ちだったが―――まぁ無理もない。トータスを貸し出してもらうために根回ししまくってたらしいからなぁ……。

 

 

「―――まぁそういうわけですの。ですが、車両数はほぼ倍。そちらの勝ち目はゼロ%から万に一つになった程度―――その程度、気にするまでもありませんわ」

 

思いっきり高飛車で感じ悪い悪役令嬢さながらのポーズで去っていくダージリンを追いかける俺に、背中から声がかかった。

 

 

「天翔ちゃん――――――ごめんね?」

「―――謝ってもらう理由がさっぱり思いつかないんですけどねー―――ごくごく個人的な事情ですし」

 

 

俺の言葉に不思議そうな顔をする会長の方に振り返り、自分の胸に手を当てる。

 

 

「こんなナリでしょう?装填手ですって言ってもだーれも信じない。受験しても体格で足切りされて黒森峰にも受からなかった。

 

 ―――嫌いなんですよねぇ―――【できるはずがない】って上から目線の大人」

 

 

これでいい。天翔エミは「意地」で生きている戦車道履修生。何よりも意地で進み、意地で挑み、意地で乗り越える生き物だ。これが一番「天翔エミ」としてしっくりくる理由になり得る―――

 

 

 ―――冷静になるとロールプレイしてる自分を客観的に見てとても死にたくなるんだが―――

 

 

「そっか―――じゃあごめんねじゃないね。天翔ちゃん―――ありがとね」

 

俺はその言葉に返事をしない。代わりに指を突き付ける

 

「会長さんさあ……前に「戦車道が楽しいかどうか、そんな余裕ない」って言ってたじゃない?

 

  ―――覚悟しててくださいよ?決勝戦で、余裕もって楽しんでもらいますんで!」

 

怪訝そうな顔をする会長をスルーして、俺は今度こそ自分のマチルダの方へ駆けだした。

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

 決勝戦は―――試合開始から、解説が困惑する試合風景を見せた。

 

聖グロリアーナの戦車隊は防衛陣を構築することなく前進し、大洗女子の戦車集団を分断。各個撃破に移るかと思われたが、なんと聖グロリアーナの集団も分裂。複数の場所で同時に戦車戦が起こる事態となった。

 

八九式中戦車には、ルクリリ隊。

 

ポルシェティーガーには、ローズヒップのクルセイダー隊

 

三式突撃砲には、ニルギリ隊

 

チヌとマークⅣ、にはそれぞれマチルダ小隊が付き―――

 

 

「アンタだけ2対1とか、舐めてんの!?」

「そーだそーだ!一年舐めんなぁ!!」

 

ルノーからはそど子、M3リーからは澤梓の不平を受け止めつつ―――紅茶を一口。

 

「舐めておりませんわよ?本気で侮るなら、他の全員相手にしてもよろしかったんですから―――」

 

ダージリンがチャーチルで2輛を受け止め。

 

 

「みぽりん!」

「―――沙織さん。さぁ、始めよう!この勝負の間に、私も答えを出して見せるから!」

 

 

Ⅳ号戦車あんこうチームと、みぽりんとそのチームが操るチャーチル歩兵戦車。

 

 

 

「―――こういう意味だったわけね」

「―――まぁ、そういうわけで、よろしく」

 

 

モブを車長に据え、俺を装填手としたマチルダ隊と、ヘッツァー改装型38tのカメさんチーム。

 対応する相手はお互いにそれなりに因縁があったりなかったりする相手ではある。

 

ダージリンが紅茶を一口飲んで、みぽりんに通信を送る。

 

 

「みほさん、作戦名をお願いね」

 

「はい!!

 

 

 ではこれより―――「タイマン作戦」を開始します!パンツァー・フォー!!」

 

 

 

―――こうして、決勝戦は始まった―――!!!

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「―――あの、何て言うかさぁ……ご、ごめんね??」

「―――ああうん、謝るんならそっちのあんこうチームにお願いしますね?」

 

目の前で煙を上げ、白旗が上がるのは『みぽりんが乗っていたフラッグ車』―――。

ただし、撃破したのはあんこうチームではない。というかⅣ号戦車からは恨みがましい目でさおりんがこっちを睨んでいる。―――あ、当事者が泡噴いた。

 

 俺はこの一見の当事者「桃ちゃん」に活を入れつつ肩をすくめてみせる。

 

「まぁ、しょうがないですよねー……釈然としない終わり方だったけども……」

「いや本当ごめんて!まさかこんなことになるとか思ってなかったんだから!」

 

会長が本気で焦った声で謝っている、ある意味貴重だと思う。

 

 

戦いは熾烈を極めた―――、一部、遊んでるだけのとこだったり、市街地をドリフト勝負してたりしたが、熾烈を極めていた―――。

 

みぽりんの駆るチャーチルとさおりんのⅣ号はお互いに遺恨を残さぬようにと全力でぶつかりあい、互いの想いを感じ取りあい、幾度となく交差する。

 

対する俺もカメさんチームのヘッツァーとぶつかり合い、殴り合い、撃ち合い。

とてもいい勝負だった。掛け値なしに―――。

 

 そして決定的な瞬間は訪れる。Ⅳ号が履帯の破損を気にせず突貫した一撃を、みぽりんは砲塔を回転させてダメージを受け流し、動けなくなったⅣ号へチャーチルを向き直らせた。

 

 ―――そこへ―――

 

「貰ったぞ!天翔ォーーーー!!」

 

隣の区画で追いかけっこしながらの撃ち合いをしていた俺たちとカメさんチームが合流。

 

 俺を狙って放たれた水平砲撃が――――何故か130度以上の曲線を描き―――

 

 

―――全く予想してなかった角度からの砲撃が『さっきさおりんから砲撃を受けた部分』に寸分の狂い無く命中し、チャーチルが炎上。フラッグ車が撃破されたのだった―――。

 

 

 

―――こんな時、どういう顔をしたらいいのかわからないの―――。

 

 ―――嗤えば、良いと思うよ。―――じゃねぇよ(おこ)

 

 

 

―――こうして、全くしっくりこないまま高校生大会が終了したのだった。

 

 

 

 

 

 ダージリンが最後までぐちぐちと嫌味を言い続けていたが、交換条件で「俺にできることだったらやってやる」と約束したら上機嫌だった。

 

何を命令されるのか、怖くて仕方がない。

 

 




ダージリンはエミの提示した「なんでも言う事聞いてやる権」をどのように使うのか!?

ダーエミはあるのか!?ないのか!?


だがそもそもこのIFルートの続きはここで終わるし続かないのだった!!



―――なおこの後原作通りの流れで学園艦接収→受け入れ先探し になったタイミングで
聖グロが全員を受け入れつつスキルアップ→劇場版の流れ に行く(プロット上)

―――アールグレイパイセンが無双したりする展開はたぶんない()


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【ダージリンファイルズ IF②異聞 derFilm ①】

しっくりこないまま終わった決勝戦。どうにもこうにもシマリが悪い。


気分変えて親睦会的なやつやろうぜ!ってことで強引に行われる大宴会!


互いに健闘をたたえ合い、ノンアルで乾杯してバカ騒ぎして――――


翌朝目を覚ますとベッドの上で、記憶がないが隣にはスヤスヤ眠るダージリンが―――


(嘘です)



 

「茶柱が立ったわ―――イギリスのこんな言い伝えを知ってる?―――“茶柱が立つと、素敵な訪問者が現れる”―――」

「―――もう現れてますよ。素敵かどうかは、別ですけど―――」

 

優雅に紅茶を嗜みつつ知を披露するダージリンに、呆れた調子でため息を吐きながら、それでも応じるオレンジペコ。そのすぐ隣のマチルダに搭乗している俺のところまで、その声は届いている―――

 

 

 ―――というか、この展開、知ってるようで全く知らないんだけど―――!?

 

 

「―――ダージリンさん。聞こえますか?こちらⅣ号。あんこうチーム臨時車長、西住みほです」

「―――ええ、聞こえましてよ。みほさん、そちらは?」

「丘を越えるのにちょっと苦労してます―――高台にJS-2が1輛―――多分ノンナさんです」

 

通信機の向こうから聞こえるのはみぽりんの声。その周囲では着弾音や爆音が響いており、戦闘の激しさを思わせる。

 

「―――結構。そのまま重戦車の相手を幾分か引き付けて置いてね?状況が好転したら挟撃に移れるように準備は怠らないように」

「―――はい!其方も頑張ってください!」

 

 

 

 

―――現状を確認しよう。状況は極めて『ガールズアンドパンツァー劇場版』に近い。限りなく近い―――ダージリンの乗るチャーチルと、俺の乗り込んだマチルダは互いにゴルフ場のバンカーにハマっていて、抜け出せない。盆地になっているくぼんだ地形のおかげで下部の薄い装甲の部分を隠すことができるので被弾から即撃破の可能性は減った。ただ逃げることもできない。詰んでる(確信)

 

 ここまでなら劇場版だったのだ―――。問題は、エキシビションマッチの内容にある。

 

本来は全15輛同士のフラッグ戦。

 

こちら―――大洗・聖グロリアーナ連合

フラッグはチャーチル。ダージリン・ペコ・アッサムのシスターズが搭乗

Ⅳ号戦車にあんこうチーム+みぽりん(本来のあんこうと言える)

マチルダにモブ車長を載せた俺、ルクリリ

クロムウェルMkⅢがニルギリ クルセイダーにローズヒップ

八九式中戦車、アヒルさん以下大洗の車輛8輛。

残る1輛だが―――優勝校と準優勝校のチームなので14輛で相手取ることになっている。

 

対してあちら―――“仏露連合()”

プラウダから かーべーたん(KV-2)、JS-2、T-34/85。 ニーナ・アリーナにノンナ、クラーラ、そしてカチューシャの4輛に、モブプラウダ生徒を含め7輛

そして、準優勝校である聖グロと1回戦で戦った相手―――

BC自由学園から合計8輛。ARL44が4輛にソミュアS35が4輛―――。

 

 

―――エキシビションのチーム分けは「優勝校・準優勝校を含めた「ベスト4」の4校と、「準優勝チームと一回戦で当たってしまったチーム」に限られる。

 

このルールにより、「準優勝チーム」である聖グロリアーナと一回戦で戦った「BC自由学園」が選考されたわけだ。

 

―――原作だと黒森峰と一回戦で当たった知波単が選考され、大洗知波単連合とプラウダ聖グロ連合での戦いになった。確かこの組み合わせ考えたのダージリンだったはずなんだが―――。

 

 

「―――何で優勝校と準優勝校がタッグ組んでるんだって話だよねぇ」

 

呑気な声を上げているのは聖グロメンバーに交じってバンカーにはまり込んでいるカメさんチーム車長、角谷杏。先の大会では大洗廃校の重荷を誰にも話せず背負ったままだったが、決勝の試合直前・及び試合中の色々でその辺を吹っ切ったようで、原作通りの人を食ったような会長に元通りしている―――。

 

「―――こんな言葉をご存知?“悪貨は良貨を駆逐する”」

「16世紀イギリスの財務官、トーマス=グレシャムの提言する『グレシャムの法則』におけるキャッチコピーですね」

 

ダージリンの言葉に即座にペコっているペコりん。流石と言わざるを得ない。

 

―――まぁ端的に言うと、「大洗戦車道の評判、悪すぎてやばい」というわけだ。

完璧な奇襲でいいとこなしにボコられたカチューシャはヘソを曲げてしまい「何で大洗と組まなきゃいけないのよ!」とそっぽを向くわ、戦ったことのないBC自由学園ですら、この戦闘に参加していない代表、マリー曰く「戦場で信用できない味方なんかと組むのは愚か者のすることよ」と言って、プラウダと組んでしまったのだ。結果、こうしてパワーバランスが著しくおかしな配置での試合が運ばれたわけだが―――戦力差の割にかなりピンチに陥っている。

 バンカーにはまり込んだフラッグであるチャーチルがスタックを起こして停止。それを護るようにマチルダが密集しており、正面からはBC軍団。背後から回り込んで救援しようとする大洗のサメさん、レオポン、あんこうがカチューシャ率いるプラウダ部隊と戦ってる(

 カメさん、ウサギさんは先行してやってきて盾になっており、アリクイさんは林の中でアンブッシュ。アヒルさんは敵を引き付けられないか陽動の真似事をしている―――。

 

―――改めて考える―――うん、これもう俺の知ってる劇場版からズレ過ぎてもう(試合の結末が)わかんねぇな(確信)

 

 

「前方10時の方向よりソミュアS35、4輛!」

「同じく前方2時の方向!ARL44、4輛!」

 

アヒルチームとカモチームの鳥コンビから報告が届く。どうやらBC自由は全車輛で確実にこちらを沈めにやってきたようだった―――。

 

 

「―――チャーチルの機動力65%、砲塔角度の問題から火力は44%まで低下してます。どうするんですか?ダージリン」

 

アッサムの報告を聞き、ダージリンはあわてず騒がず紅茶を一杯。

 

「―――天翔エミ―――」

 

俺の名前を呼ぶ。それに「応」と答えると、冷静に、一言。

 

 

 

「――――――砂地を掘り進んでここを戦車が隠れられる縦穴式塹壕にしなさい」

「私を無茶ぶりしたらそれに応えるやつみたいな風評被害流してんじゃねぇよ」

 

 

人を何だと思っているのか――――そんなもん、エキシビションの試合時間内にできるはずねぇだろ。

 

 

そんな掛け合いをしている間に、バンカーを中心にしたキルゾーンの設営が終わったようだ。左右から十字砲火の形に展開した二つの陣。ARL44重戦車の砲台陣と、ソミュアS35騎兵(中)戦車の突撃陣。

 

 

「―――敵布陣完成しました。データ上、ARL44重戦車は90mm、当たり所を問わずこちらの装甲では耐えきれません」

「これは拙いかもしれませんね―――」

 

流石に焦った声のアッサムと、同じく弱気が前に出てきているペコりんに対し、いまだに余裕のまま紅茶を傾けるダージリン。

 

「―――ピンチとチャンスは同じコインの表と裏なの。

 

  ―――コイントスをする勇気のない人間には、常に同じ目しか見えないのよ」

 

 そんな言葉を通信で寄越す紅茶キチの顔は見えないが、きっと渾身のどや顔をキメて見せているんだろう。

 

―――そして、砲撃の雨が降ってきた―――!!

 

 

******

 

 

 至近弾の衝撃で車体が揺れる。轟音が車内に反響し、周囲に悲鳴が溢れる。

阿鼻叫喚ってのはまさにこのことだろう。幸いにして、相手の砲撃精度は高くないのか、地面を削るばかりでこちらへの直撃はない、ソミュアの砲撃が掠る程度はあるが、マチルダの装甲厚ならば致命的なダメージにはなっていない。

 とはいえ、このままだと地味に詰んでる。みぽりんたちが攻め上がろうにもプラウダが邪魔しているらしいし、劇場版の展開みたいに大洗車輛を押しのけて突破するカチューシャ軍団の真似事ができるとは思えない。

―――いや、確かノンナが「素直に迂回すれば」と言ってたからP虎あたりで釘付けにして残りが迂回とかはできるかもしれないな。

 

「どどどどうすればいいのーー!?」

 

 マチルダの前に行ったり後ろに言ったり右往左往してるM3リーから悲鳴が上がっている。みぽりんズブートキャンプ未経験の一年生たちに覚悟ガンギマリの首狩りウサギになるだけの経験はまだないらしい。

 ここでルクリリのマチルダがARLの砲撃を履帯に食らったらしく、撃破判定を受けた。白旗が上がり、撃破したARL44から乗員が身を乗り出し歓声を上げる。

 

「も、申し訳ございませんダージリン様―――」

「―――大丈夫よルクリリ、むしろよくやったわ」

 

 ダージリンがそう答えるのと、砲撃の雨が止んだのはほぼ同時だった。

 

 

*********

 

 

 ルクリリの乗るマチルダⅡを撃破したARL44の乗員がハッチから身を乗り出し、「やったぁ!」とガッツポーズをとる。周囲の2輛のARLの車長も身を乗り出し、拍手で彼女を称える。リーダーエンブレムを掲げたARL44のハッチから勝ち誇った顔で登場した押田が、逆サイドのソミュアを見下すように胸を反らせた。

 

「―――どうだね?これが我々の実力だ!聖グロリアーナの車輛を見事撃破して見せたぞ!やはり我々に任せておけば我が学園は安泰なのだよ!」

 

押田の勝ち誇った声に反応して、ソミュアS35の搭乗口から憤懣を隠そうともしない表情の安藤が顔を覗かせる。

 

「ふざけんな!今のは我々が狙ってたマチルダを先に撃破できただけじゃないか!人の獲物を横からかっさらっただけのハゲタカが偉そうなことを言うな!」

「ハゲタカだと!貴様ぁ!!外様の分際で身の程を弁えず言うに事欠いて我々をハゲタカと罵るか!!そう言う貴様らこそ我らの獲物にかぶりつくドブネズミではないか!!」

 

 安藤の物言いに激昂した押田が言い返すとそこから大舌戦が始まった。互いに罵り合い、貶め合い、憎み合い、そして―――

 

「穴ぼこで撃破を待つ車輛たちなどいつでも狩れる!貴様らを先に始末してやる!」

「やれるものならやってみろ温室育ちの青モヤシどもぉ!!」

 

 

―――目の前で砲撃戦が始まった。

 

 

 

 

 

―――なんで?(定期)

 

何でこいつら獲物を前に仲間割れしてんの?こいつらの仲が悪いのただの演技じゃなかったっけ?(最終章話)

 

 

 

「―――あらあら。桃太郎がいないから、犬と猿が喧嘩を始めたわ」

 

 

クスクスと嗤う声が通信で届く。ダージリンの全てを見抜いてる感じの態度に他の車輛からも尊敬を感じさせる感嘆の声が響いている。

 

 

―――思い付きでバンカーに突っ込んでハマったのコイツのせいなんだけどな!

 

 

「天翔エミ。今のうちにスタックした履帯部分を砂地から持ち上げなさい」

 

 

 

 

平然と無茶ぶりをするダージリン。いやそのくらいならできるけども―――

 

 

 

―――ともあれ、被害をルクリリ隊だけにとどめた序盤戦は、バンカーを抜け出したダージリンが率いる連合車輛が互いにつぶし合いをしてるソミュアとARLを半壊させて終了した。

 

 

「―――お前のせいで部隊が壊滅しただろうが!!」

「先に我々を罵って砲撃してきたのはキミの方だ!!」

 

這う這うの体で逃げ出すソミュア1輛とARL1輛から顔を出した二人が罵り合い、車体をぶつけ合いながら撤退していく。本来なら追撃でボコるのが定石なんだが―――

 

 

「―――すみません!プラウダの一団、後退していきます!おそらく皆さんを背後から強襲しようとしています!」

 

 

みぽりんからの報告に、さっさと逃げるに方針を切り替え、市街地戦闘に場面は移るのだった―――。

 

 

 

 

――――なおダージリンはBCの連中の仲間割れとその後の逃げてる最中の漫才染みた一連の行動を見て口元を抑えて身体をくの字に折り曲げていたらしい。

 

―――そういえばダージリンって笑い上戸って設定あったっけ……。

 




劇場版プロローグ的なそれ()


多分ところどころぶっ飛ばしてダイジェスト感あふれる感じに仕上がります。

時間軸も立場も違うし本家様と状況がかぶることはない!―――きっと!


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【ダージリンファイルズ IF②異聞 derFilm ②】

何故市街地戦闘にする必要があるのか?

それは「大洗車輛が多すぎて、ネームドが増えすぎて、車輛の統一がままならない」ためである。


要は「マチルダもチャーチルも数がそろわない」ので、ダージリンお得意の浸透強襲戦術が取れない。

必然的にみぽりんが得意とするゲリラ戦術に持ち込むしかないわけだ。


―――そういう建前でみぽりんの見せ場を演出したかった俺がいるのもまた事実だ。


みぽりんが活躍しなきゃエリカの評価も上がらないからな!(信念)



「こちらBC自由学園リーダー押田。受験組のせいで部隊が半壊、現在私と金魚の糞の2輛が撤退中」

「―――だ、そうです」

とはノンナの弁。

 

「こちらBC自由学園リーダーの安藤だ。エスカレーター組のせいで部隊がほぼ壊滅。今は隊長車のソミュアと運良く生き残ったARLの合計2輛で撤退中」

「―――Это причина.(だ、そうです)」

とは、クラーラの弁。

 

 

「アンタら馬鹿じゃないの!?そもそもどっちがリーダーなのかはっきりしなさいよ!それと報告は主観を交えず的確にしなさい!

 

 ―――あとクラーラ!日本語ぉ!!」

 

 

 主観まるだしでのほぼ同じ報告が、自称リーダーから届いたカチューシャは、盛大にツッコミまくっていた。

 

「ああもう―――作戦が台無しじゃないの……」

 

丘の上に陣取っていた状態から後退しつつ反転、ゴルフ場のフラッグ―――チャーチルを目指して進みながら、上部から身を乗り出したままカチューシャはヘルメットの上からガシガシと髪をかきむしるような動作を見せる。

 

「Должен ли я поменяться ролями с ними?(やはり我々と担当を入れ替えるべきだったのでは?)」

「В таком случае, вы думаете, они могут стать щитом?(その場合、彼女らを盾として信用できますか?)」

「Это будет невозможно(それは……無理ですね)」

「ノンナ!クラーラ!日本語で話しなさいよ!!」

 

 移動中のJS-2とT-34/85から顔を覗かせる車長の二人、ノンナとクラーラの会話にカチューシャが文句の声を上げる。二人の会話はとても流暢なロシア語で行われており、カチューシャには理解できない言語であるからだ―――。

 

「クラーラは私たちが攻勢(オフェンス)に回り、彼女たちを防衛(ディフェンス)に置くべきだったのでは?と具申していたのです」

 

ノンナの言葉にカチューシャは「ハッ」と鼻で笑って見せた。

 

「馬鹿ね。いつ壊れるかわからない中戦車や重戦車の部隊を防衛に置けるはずがないじゃない」

 

カチューシャがそう言ってふんぞり返って見せる。フランスの戦車は当時のフランスの懐事情と開発技術の乏しさから、サスペンションやギア、ブレーキに至るまで全く信用できないレベルの信頼性だったとされる。そのことを言っているのだろう―――と、ノンナは結論付けた。 が―――

 

 

「―――ンー。確カ、後の開発計画で、大部分は改善されたデハ、なかったデスカ?」

 

クラーラの言葉にカチューシャが「えっ?」と振り返る。

 

「アー、デスが、砲塔部分が90mmを支えられる大きさがナイので、溶接していると、聞きまシた。確かニ、危ないデス」

「――――そうよね!」

 

ホッと胸をなでおろし、カチューシャは再び前を向く。「やっぱりカチューシャの判断に間違いはなかったのよ!偉大なるカチューシャ様だからね!」と胸を張り。

 

「―――Как далеко это правда?(それは本当の話なの?)」

「Это было не ужасно плохо(言うほどひどいものでもありませんよ)」

「だから日本語で話しなさいよぉ!!」

 

 

カチューシャの怒鳴り声がゴルフ場の林の中にこだました―――。

 

 

 

******

 

 

 

 市街地に向かう俺たちですが―――追いつかれそうです(迫真)

 

そら(マチルダやチャーチルなんて鈍足の戦車で逃げ切れるかっていったら)そう(なるだろう)よ―――。

 

俺としては満足できる部分もいくつかはあった。―――正直バンカーに突っ込んだチャーチルが動けなくなったタイミングで一緒にハマって動けなくなったのは半分くらいわざとである―――

 

 

 ―――いや、経験してみたいやん!?原作(劇場版)のワンシーンやぞ!?(ガルおじ感)

 

 

―――なお、現在進行形で俺は人生の岐路に立たされていた。

俺の乗るマチルダⅡは背後からじりじりと距離を保ったまま追いかけて来るJS-2に捕捉されつつある。今は逃げ込む路地が多い下町周辺を走っているからそうでもないが、そこを抜けた先はまっすぐで開けた複車線道路に出る。要は詰んでるという事だ。

とはいえ、『これ』をやれというのは無茶ぶりが過ぎないか?俺に何のうらみがあるというのかあのブリカスは――――

 

 

「―――天翔エミ?何をしてるの。早くなさい。時間がないわよ」

 

 

 急かすような声が前を往くチャーチルから響く。うるさいなわかってるよそのくらい!チャーチルのための壁になっているマチルダがやられたら次はフラッグが狙撃されゲームオーバー。完全に市街地に逃げ込む前に終わる。回り込んで待ち伏せとして合流予定のみぽりんの出番もナシ。

 

 

みぽりんが活躍できない→エリカの評価が下がる→みほエリの歩みが遅くなる→ガルおじ全ての夢が潰える

 

 

 それを俺の一存で迎えるわけにはいかない……たとえ一時の恥を晒すとしても、それは成しえなければならない世界の選択であるから―――!!!

 

 

「―――エミ様!!JS-2、砲塔がこちらを向きました!!捕捉されています!!」

 

 

車長からの報告。どちらにせよもはや猶予はない―――覚悟を決めた俺は

 

 

 

  ――――――――ダージリンとみぽりんから預かった『それ』を取り出した。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

―――~~~♪

 

 

砲手席で照準を合わせながら、ノンナは鼻歌を口ずさんでいた。曲名は「カチューシャの一週間」演奏は『楽団カチューシャ』、なお申し訳ないが歌詞などは利権関係がややこしいので載らない。

 

「―――捉まえた」

 

シュトリヒを計算し、確実に相手を捕らえられる距離を保ちながら追跡していたJS-2の照準に、マチルダⅡの姿を捕らえる。次の曲がり角を曲がった先、そこを狙い一撃で仕留める――――。

 

 

 JS-2が角を曲がり、照準を覗いた先に―――戦車の上に乗る人影が一つ。

 

 

 風に流される黒い髪の上にフワフワと揺れる猫の耳、短いスカートの下、黒のタイツと同化したようにお尻から伸びて風に揺れる猫の尻尾。揺れる戦車にしがみつく関係上、ポーズはまるで女豹のポーズ―――若干死んだ目をしてるが、黒い子猫のような姿のそれが

 

「――――にゃぁん」

 

 

     一声、鳴いた。

 

 

 

********

 

 

 

 

「―――ノンナさん?」

 

砲手席でトリガーを引くだけだったノンナの反応が消えた。一向にトリガーを引く気配がなく、そのまま追い続けることに怪訝そうな顔になるJS-2の車内に―――底冷えのするような声が響く。

 

「―――あのマチルダを追いなさい」

「は、はいっ!?でも―――」

 

操縦手が逡巡する。マチルダはフラッグ車であるチャーチルから離れ別の道に入っていった。フラッグだけを追い詰めるのがカチューシャ隊長からの命令であったはずで―――

 

「――――――Запустите его мгновенно(可及的速やかに)!!!」

「―――ひぃぃぃ!!わかりましたぁ!!!」

 

戦列を離れマチルダを追いかけるJS-2。追いかけられるマチルダⅡの上で死んだ目でポーズをとっている俺は、内心で血を吐きながら叫んでいた。

 

 

 

―――戦車道しろよぉぉぉぉ!!!お前らぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 

「―――クッ――――クッフwwwwwwww

 ―――失礼。よくやってくれたわ天翔エミwwwww流石ねwwww」

 

 

 何笑ってんだ口に珈琲豆詰め込むぞお前覚えてろよこの腐れブリカスが!しかもよく見たらこれカチューシャから貰った猫耳と微妙に違う別物じゃねぇか!どこで手に入れたんだよ!?どこで買ってきたんだよ!?そしてみぽりんは何のためにこれを持ってたんだよ!!

 

 

色々と内心でのツッコミが多すぎて儘ならないまま、俺は力なくがっくりとうなだれる。JS-2はなんか加速していて、できる限り距離を保って確実な撃破を狙っていた時とは違うノリでこちらを追走している。

 

―――とはいえ、どうにか勝負は市街地戦に持ち込まれることになりそうだった―――。

 

 

 

 

 

――――ちなみにその後試合はノンナを俺が、クラーラをみぽりんが抑えている間にダージリンとカチューシャの勝負に持ち込まれ―――

 

 

 

頼りになる両翼を無くしたカチューシャは、ダージリンに誘い込まれ、P虎の狙撃を食らって戦闘は終了した。

 

 

 

 

―――余談だが、押田と安藤はあの後プラウダと合流する前に仲間割れしたうえ、互いに撃ち合って仲良くダブルノックアウトしたらしい。何やってんのあいつら(素)

 

 どうでもいいが原作から乖離しすぎた勝負になったけれど『勝者は原作通りダージリン』だったわけだ―――この辺りは修正力というヤツだろうか?

 

 

 

 

 

―――俺の見通しが甘いのはいつものことではあるが、この時も俺は楽観視していた。『状況は大きく変わろうと、未来は変わることがない』なんて、楽観的に俯瞰していたのだ―――。

 

 

 

 

――――試合終了後、車内に点々と残っていた血痕に、ノンナを叱責しようとしていたカチューシャはノンナの怪我を心配したという。

 

 

―――なおノンナは自分を心配するカチューシャの様子に本気で罪悪感を感じていたらしく、終始申し訳なさそうな様子だったそうな―――。

 

 

あとJS-2内の乗員には緘口令が敷かれ、真実を口にするものはいなかった。

 

 

全ての歴史は影に葬られる―――――――

 

 

 ―――が、黒歴史として何故か鮮明なショットで写された写真が残り、後々聖グロリアーナの紅茶の園でダージリンが残した私物としてや、一部生徒の持ち物から発見され―――俺の胃を大いに痛めることになるのだが―――

 

 

 

 

―――それはまた別の話だ。

 

 

 

 




ちょっと短め。

エキシビション戦終了(カット)


久しぶりに割とマシなエミカスが書けたような気がする()


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【ダージリンファイルズ IF②異聞 derFilm ③】

―――あら?天翔エミ?エミさん?どちらへいらっしゃるの?これからエキシビションマッチの参加者全員で打ち上げ入浴会ですが―――え?キャンセル!?ちょっとお待ちなさい、勝利チームの立役者がそんなことで―――ああ!逃げるんじゃありませんわよ卑怯者ー!!!

 ~ エキシビションマッチ終了後、潮騒の湯の駐車場での会話 ~




「失礼、あの子猫はどこに居ますか?―――いえ、淑女たる教育を少々したいだけです。ええ、他意はありません」

 ~エキシビションマッチ終了後、潮騒の湯の脱衣場での誰かの会話 ~


 わかってほしいダージリン。原作キャラ満載のお風呂で裸の付き合いとか俺の中でジャッジメントタイム!デリート許可!が即決されるレベルやねん……そこは譲ったらアカンやつやねん……。

 そんなこんなでダージリンの追及を振り切って大洗町を散策している俺である。原作の聖地巡礼も巡りまくったガルおじにとってはもはや庭のようなもの。むしろ原作とリアルの街並みで違うとことかないか探してやろうという余裕すらある。

 

 

―――――~~~~♪♪♪

 

 

幽かに聞こえる弦楽器の音―――って、これは―――?

 聞こえてくる音に誘われるままにフラフラと誘蛾灯に引っ張られる蛾の如く大通りを歩いていくと、それなりにまばらな人垣ができており、その中心で

 

―――チューリップハットが特徴的な少女が、一般的には珍しい部類に入るカンテレという楽器を弾き語りしていた。

曲は「サッキヤルヴェンポルッカ」、ロシアに奪われたサッキヤルヴィの魂という望郷の歌である―――つか、何やってんだミカァァァァ!!!(内心)

 

 まばらな人込みは朗々と歌い上げる歌声と、カンテレの調べに目を閉じぼんやりと聞き入っている。かくいう俺も歌付きでこの曲聞くとか贅沢もいいところなので一言一句を聞き漏らさないように耳に届く音を拾い続けた。

 

なお歌詞は万が一の問題を考慮して載ることがない。悪く思わないで欲しい(説明)

 

―――~~~♪♪♪

 

 曲を聴いてると脳内で原作シーンが溢れ出て来る。やべぇわこれぇ――――

ジャンプ一番、スピンしながらパーシングにズドン。逃げ回る間にカールに肉薄する八九式とCV33にヘッツァー。横合いからぶつけられて転倒――――かーらーのー復活。熱い熱い戦いのシーンに懐かしさから微妙に涙出て来るわぁ……

 そして、カールが撃破されて、かたや転輪を撃ち抜かれ、それでもゴロゴロと片輪で進んでいくBT-42―――曲は終盤に差し掛かる―――!!

 

 

――――――ッ(ポロン)♪

 

「―――Tulta!!!」『――――えっ?』

 

 

 唐突に声を上げてしまった俺に周囲の視線が集まる。やべぇ、つい声に出てた。

空き缶をおひねり入れにしていたミカも唐突に入った声にきょとんとした顔をしてこっちを見てるし、身を翻して逃げるわけにもいかないわこれ、うん。

ちなみにTulta!(トゥー(ル)タ)とはフィンランド語で言う所の「火災」とか「炎」みたいな意味で、転じて「ファイア!」みたいな意味として使ってたっぽい。

 

「―――やぁ、思わず声を上げてしまったよ。ごめんね、演奏の邪魔しちゃって」

「え?あぁ―――いや、この曲はあそこで終わりだったからね、気にしないでいいさ」

 

そう言って微笑むミカ。さりげにススッと空き缶を前に出してくるので、懐から財布を取り出し―――あ、小銭ないし!ええいままよぉ!!!

 

―――空き缶の中にスッと千円札をねじ込む。周囲から「おおっ!」と歓声が上がった。そりゃそうよね、そうそういないよね。弾き語りに紙幣放り込む人ってブルジョアジーだと思うの俺。

 

「―――そ、それじゃ私はこれで」

 

サッと切り上げて逃げようと背を向けて走り出す。

 

「―――ありがとう。次に会うときは名前を教えてくれたら嬉しいな、聖グロリアーナの装填手さん」

 

――――バレてぇら――――そりゃそうだよね、俺有名人だものね(自虐)

 

 なおミカのいた場所から遠く離れた場所までパルクールを駆使しつつ逃げまわった後で、俺は自分が聖グロのPJを着たままだったことに気付いてその場に膝から崩れ落ちる羽目になるのだった―――そりゃバレバレのはずだよお前さぁ―――。

 

 

 

*********

 

 

 

 ―――一方の、潮騒の湯では―――

 

「はぁ、はぁ、はぁ――――は、――――は、ハ……どうした?息が上がってんぞぉ?温室育ちだから熱いのは得意なんじゃないのかい?えぇ?」

「―――そっちこそ、肩で息をして真っ赤な顔をしているぞ―――諦めるのなら今のうちだ―――!!」

 

押田と安藤の小競り合いは試合終了後も続き、サウナで我慢比べとしゃれこんでいた。数十分後には二人仲良く脱水症状で倒れることだろう―――。

 

 

「―――はじめまして、BC自由学園のマリーよ」

「こちらこそ、聖グロリアーナ女学院の隊長を務めます、ダージリンですわ」

 

湯船の上をプカプカと浮かぶトレイの上に、かたやティーポットとカップ、かたやクリーム白玉あんみつを載せた二人のご挨拶。その背後には政治力を背景にした人物にしかわからないオーラを纏わせていたり―――。

 

 

「―――もう上がっていい?」

「ちゃんと肩まで浸かって100まで数えて下さい」

「один、два、три―――」

「日本語で数えなさいよぉ!!」

 

カチューシャとその保護者二人のスペースがあったり。

 

 

各学園―――と、いうわけでもないがそれぞれのスペースでそれぞれの交流を行う姦しい空間がそこに在った。

 

「それにしても残念だなー……エミりんともこうして話してみたいのにねー」

「ごめんなさい。エミさんはちょっと事情があって、あんまり他人に肌を見せたがらないみたいで……ダージリンさんもそう言うのはやったことがないって」

 

沙織の言葉に申し訳なさそうにみほが答える。自分よりも長い付き合いがあるダージリンも経験がないという点で、踏み込むことはできないあたりはみほのみほたる所以であろう。

 

「―――ひょっとしたら、割と潔癖症なのかもしれませんわ。彼女の部屋でシャワーを戴いたことがありますけれど、その時も勝手にシャワールームを使うなと言っておりましたし」

「シャワー!?やっぱりそういう関係なの!?聖グロって完全寮制の女子校だからそういうのも一定の需要があるって雑誌にあったし―――」

「―――待ちなさい。グロリアーナに【そういった風潮】があるという事実無根の風評被害は捨て置けませんわ」

 

会話に混ざってきたダージリンの言葉に暴走する沙織とそれを嗜めるダージリンという構図にみほは苦笑で返すことしかできない。

 みほにとって天翔エミは唐突に現れたヒーローのようなもので、それまでの積み重ねなどはあまりない。中等部における最後の大会で戦い、その後アドレスを交換しただけの相手のために身を挺して守ってくれて、自分の我儘のためにダージリンと相対してくれる。

ダージリンもダージリンで、エミの言葉にはなんだかんだで一定の信頼を置いていて、彼女の行動に様々な世話を焼いている。ただしダージリン自身の譲れない事情を超えない範囲内でという限度があるが。

 

「―――いいなぁ」

 

少しだけ彼女が羨ましい―――と、みほは感じた。もしも出会う順番が違っていたならば、エミと自分はどういう出会いをしていただろう?どういう過程で友達になって、どういう道程を歩んできただろう―――?

エミは黒森峰を受験した結果、失敗して聖グロリアーナに入学して、今迄やってきたと言っていた。ダージリンとの縁もその時のものだとも―――

 

 ―――もしも黒森峰に合格していたら?彼女はどういう過程を経て、どういう戦車道を選び、そして、黒森峰を見てどう思い、どう行動しただろうか―――?

 

みほは一人、思案に耽る―――。仮定の果て、黒森峰で自分の身に起きた事件を振り返り、そして空想の果てに至る。その結末へ

 

 

 

 ―――あの事故が起きた決勝戦で、自分を押しのけて濁流に飛び込む少女の姿を幻視する

 

 

 

「―――みほさん?」「みぽりん!?どうしたの!?」

 

ダージリンと沙織の言葉で我に返ったみほは、自分が身を縮めるようにして蒼い顔をしていたことに今更ながらに気が付いた。予想図に過ぎないものなのに、嫌な気分が抜けない。温かい湯に全身浸かっているというのに、身体の芯から冷えているような心地だった―――。

 

「―――エミさんは、なんであんな風になれるんだろう―――?」

 

ぽつりとつぶやいたみほの言葉に

 

「―――意地ですわ」

 

そう答えたのはダージリンだった。

一緒の湯船に浸かっている皆が一時会話を中断して、その声に聞き入る。サウナを二人仲良く茹蛸になりながら出てきた押田と安藤も輪に加わり、ダージリンが考える天翔エミの人物像についてを興味津々という風に聞く態勢に入っていた。

 

「―――彼女は、天翔エミは所謂【意地】に依って立つ人種なのです。私の所見ではありますけれどね―――」

 

ダージリンは紅茶を一口一口、合間に含んで舌を湿らせては訥々と語りを続ける。

 

「―――まず彼女の小さすぎる体格。彼女はその体格が原因で【戦車道などできるはずがない】と見做された結果黒森峰を落とされた と思っています。原因が別にあるとしても、本人はそう思っています。

 だから彼女は証明したい。『自分は戦車道ができる。間違っているのは勝手な判断を下して自分を放り出した大人の方だ』と」

 

再び紅茶を一口。立て板に水と言った調子で弁士の弁は止まらず―――

 

「私の先輩……天翔エミを始めに見出した方なのですが、先輩の言に曰く、『彼女の適性は戦車道には向いていない』だそうです。

 ですから―――彼女は証明したい。『戦車道を自己の証明とする』ことで」

「―――つまり、根性ですね!!」

 

バレー部、磯辺典子の合いの手に曖昧に頷きを返してもう一口。

 

「大洗学園が廃校になる話は大人の事情ですから彼女にどうこうするつもりはなかったのでしょう。ですが、大人は約束をしてしまった。『廃校を撤回する条件』を提示して、『失伝した戦車道の無かった学園が優勝などできまい』と高を括ってあざ笑った―――。

 ―――許すと思いますか?あの【できるはずがないという大人を許さない娘】が―――」

 

ごくりと息をのむ音が聞こえる。みんな神妙な面持ちでダージリンの言葉を傾聴していた。ダージリンはあくまで優雅に紅茶を傾け、「あら、なくなってしまいましたわ」とカップをひっくり返し、ここでおしまいとばかりに肩まで湯船に浸かりこむ。

 

「―――そういうわけで、彼女の【意地】には周りが大変迷惑しておりますの。折角の優勝を掴める機会をふいにしてしまうほどには」

「―――あら?その割にはあの娘が自分のためのお願いを言い出すたびに嬉しそうだけど?『―――アッサム』―――はいはい」

 

軽く杏に嫌味を飛ばすのを忘れないダージリンに悪戯っぽく茶々を入れるアッサム。それを短く掣肘すれば二つ返事で引き下がる。

 

「―――まぁ、うちも天翔ちゃんに助けられちゃったクチだしねぇ……」

 

ぼんやりと湯船に浸かって干し芋を齧っていた杏の言葉に隣の柚子も桃も頷いている。もしも当の本人がこの場に居たならば「いや、あれは精々五分の勝負に戻しただけだし」というであろうが……。

大洗にとっての、聖グロリアーナにとっての天翔エミの存在というものを、その場の全員が再度実感する機会となった。

 

―――“大洗女子学園生徒会長の、角谷杏様。大至急―――”

「何だろ?……とにかく、先に戻ってるわ」

 

 アナウンスの声に杏が先に退室していく。

ダージリンがそれを見送り「―――彼女の予想通りね」と呟き、みほはその呟きを耳にして、言い知れない嫌な予感を覚えるのだった―――。

 

 潮騒の湯での打ち上げ会が終わり、最後にⅣ号戦車を見送って帰路に就いたみほの下に、その夜一通のメールが届いた。

 

 

 

*******

 

送信者:武部沙織

件名:なし

本文:

帰る場所が、なくなっちゃった

 

*******

 

 

 

 メールを読んだ瞬間ベッドから跳ね起きたみほは個室を飛び出してエミのところへ走る。消灯時間を過ぎた後での外出は厳禁だがそんなことを気にしている余裕などなかった。今すぐ彼女に相談しなくてはならない。

 

「―――エミさんごめんなさい。開けて、エミさん―――!」

 

 エミの部屋のドアを叩き、エミの名前を呼ぶ。しかし返事はない。

ノブを回すと簡単に開いた。廊下の向こうから騒ぎを聞きつけた寮長が歩いてくる音に部屋に飛び込みドアを閉める。

 

薄暗い部屋の中、殺風景な最低限の機能だけを残す部屋の真ん中、テーブルの上にエミのものと思しき書置きがあった。

 

 

【 ―――後のことを、ダージリンに任せる 】

 

 

 それはまるで二度と帰らない離別の手紙のような、そんな内容だった―――。




「―――このまま寮で翌朝とか確実にみぽりんとダージリンにお説教コースやん―――


 ―――よし!書置き残して外泊しつつボコミュージアム行って、レアなボコグッズ買って機嫌を直してもらおう!ダージリンは……まぁ適当に聞き流してもいいし、別にいいか。


【 後のことをダージリンに任せる 】と……よし、行くか」



―――某時刻、聖グロリアーナ学生寮内にて―――


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【ダージリンファイルズ IF②異聞 derFilm 幕間】

――月――日

もうこの日記を書くことはないと思っていた。
けれどもう一度書き記しておこうと思う。

この記録は、そう―――愚かな俺という生き物が、いかに罪深い存在かの証明となるだろう―――。

       天翔エミ



「エミさんが―――!!エミさんが―――ッッ!!」
「落ち着きなさい。英国淑女はいかなる時も狼狽えないのよ(カタカタ」
「だ、ダージリン様!零れてます!小刻みに震えすぎて紅茶が零れてます!!」

~ 何食わぬ顔でエミが「ただいまー」する5分前 ~



――月――日

 

ボコミュージアムで島田愛里寿とはじめましてした。モンブラン色のフワフワしてそうな綺麗な髪と人見知り気味の態度に保護欲が刺激されすぎてやばいことになりそうだ。

これはミミミが壊れるのもわかる(わかる)。

ボコのショーを(距離は離れてるが)一緒に見て、一緒にボコを応援して、ボコボコになるのを眺めて、それでもあきらめないボコにキラキラした瞳を向けている。

 

―――この子は本当にボコが好きなんやなぁ(確信)

 

 原作ではもう少し後で偶然ボコミュを発見したみぽりんが出会い、レアボコグッズの最後のひとつを取り合うことになる。が、今の時点ではまだそれは起きていない。閑散としたボコミュ内をウロウロ歩き回ってグッズ売り場でボコグッズを買う。

―――随分と懐が寂しくなるな……バイトしなきゃ(使命感)

どちらを買うかで悩んで居た俺を少し距離を置いてじっと見つめている愛里寿の姿。右の手をさりげなく左右に揺らすと視線がそれに沿って動く。ははーん、コレがレアなボコか(確信)

 悩んだ挙句に左手のボコを選んだように見せて、右のボコをこっちの様子を伺っていた愛里寿に差し出す。「いいの?」という顔をしている愛里寿に「私はこっちに決めたから」と言って会計を済ませて帰ろうとする背中に「ありがとう」と声がかかった。

 

「大丈夫、私は(もうこないかもしれないけど、みぽりんが)また来るから」―――。

 

 

――月――日

 

戻ってきたらすべてがやばい方向に吹っ切れていた。

どうしてこうなった!?なぜこうなるまで放っておいたんだ!?

色々と言いたいことがたくさんあるが、泣きじゃくり嗚咽交じりで抱き着いてくるみぽりんとかやめてくれよ―――腕一本くらい等価交換しておきたくなるじゃないか……

 

 ―――ちょっと待ってくれ。聞いてないんだけど!?(焦り)

 

大洗学園艦が廃艦となり、昨日一日かけて学園内の資料などを根こそぎ持ちだして、学園艦を見送ったらしい

 

 ―――見送ったらしい。

 

 

 

―――え!?戦車は!?(素)

 

 

 

大洗が決勝までコマを進めるためには相当にダーティーな手段を必要とした。それはまぁ前に聞いていたが、喉元過ぎたら全部忘れてるようなアンツィオ以外にそこまで嫌われてるとは思わなかったというか……比較的話が通じるおケイさんとも交流が無いから協力も頼めないとかでサンダースが来なかった=スーパーギャラクシーによる空輸もない。

 

―――詰んでないか?これ―――

 

 戦車ナシでこの状況を覆すのは無理。無理無理無理無理カタツムリって状態だ。

とはいえ、もはや学園艦はおそらく文科省の預かりとして、ドックに預けられ、解体待ちとなっているだろう。辻とか言う役人のうすら笑いが浮かぶようだ。

 自分がやってきた努力も、学園のためにと心を殺してやってきたことも全部無駄だったことで会長とかもう盛大に凹んでいた。

「天翔ちゃんにも無理させて、あんなに迷惑かけて結局こんなことになって、ごめん」とかすごいしおらしい態度で言われても、その、困る―――。

 

 そもそもの廃艦理由は、大洗の戦い方に問題がある ということと、決勝戦での聖グロの露骨な舐めプが問題視されたというのがあっちの言い分だった。

決勝戦で対戦相手の同情を誘い、相手に仏心を出してもらっておいて、やったことはフラッグが一騎打ちしてたとこに横合いからの不意打ちによる勝利。戦車道が健全な育成を目的としたスポーツの一種であるという理から見ればあんな勝利は認めてはいけないらしい。

 正論過ぎてぐぅの音も出ないと言える―――が、聖グロの行動が舐めプだと言われると黙っていられない英国淑女がウチにはいる。俺はその場にいなかったが、ダージリンがわざわざ文科省の件の役人のとこに電凸までして猛烈に噛みついたそうだ。『英国の騎士道精神を重んじる聖グロリアーナの校風を馬鹿にしているのか?』と。

 結果で言うなら、いかにダージリンでも文科省の役人相手に条件を付きつけて後のイベントを端折って大学選抜との試合条件を勝ち取る。なんてアクロバット交渉はできなかった。そもそもそう言うつもりで電話したのではなく、聖グロとしての面子の問題だったらしいし―――。

 

 

――月――日

 

 みぽりんの闇が深すぎてやばい。やばすぎるレベルに達しようとしている(確信)

今回の大洗廃校事件によりさおりんたちがみんなバラバラになると聞いて、もともと依存傾向が強かったみぽりんの依存心が天元突破。加えて先日の書置き失踪事件から、俺も不意に自分の元からいなくなるのでは?という漠然とした不安感からカルガモの子供かとツッコミが入るレベルで俺について回って離れない。

 一人では眠れなくなったと言って俺の部屋にやってきて一緒に眠るようになった。やばすぎる―――このままでは死ぬ。俺が(迫真)

この状況でみほエリ?無理に決まってるだろいい加減にしろ!

みほエミ?誰に需要があるんだよそんなカプがよぉ!!(怒号)

このピロシキ案件不可避な状況を緩和するべく打開策を考えるが――――そのためにはやはり「大洗廃校回避」が絶対案件になるだろう。

 

―――因果というものは巡り巡るものだ。ちょっとしたきっかけが大事件につながる。俺が【観客】という立場でいるなら原作に介入すべきではなかったし、みほエリのために介入を決めて行動に移したのなら、その行動の結末、終局どうなるかまでを計算に入れた上で後始末も含めて行動すべきであった―――

 

 俺がみぽりんを救い、ダージリンが気を回したことでみぽりんが聖グロにやってきた。聖グロでみぽりんは救われたが、代わりに救われない人間が出てきた。

それを目の当たりにしなければ、目をつむって犠牲に気付かないふりをできただろう。だがそれももう意味の無い仮定だ。だって俺はもう見てしまっている。

ならば覚悟を決めるしかない―――とりあえず決意と自戒をこめた左手小指をセルフ指ペキ敢行。翌朝一緒に寝た自分のせいで指が折れたのかと盛大にみぽりんに凹まれた。あれ?これ無限ループ?

 

 

*******

 

 

「―――と、まぁ。後味が悪いので大洗の戦車道履修生だけでも聖グロで預かれないか?しばらくの間だけでいいんだが」

「私、貴女に最近無理難題を押し付けられてばかりな気がしますわ。どこかの青ダヌキと勘違いしてませんの?」

 

紅茶の園のテーブルをはさんでダージリンと向かい合ってそんな相談を提案する俺と、呆れ顔のダージリン。オレンジペコは給仕に徹しているし、ローズヒップは相談をしている間、みぽりんについてもらっている。

 

「大体にして、メリットがありません。グロリアーナの校風にそぐわない野卑な方々を招き入れ、学園の気品を下げる行為は承服しかねます」

 

優雅な仕草を崩さず、紅茶を嗜みながらそう突っぱねるダージリン。俺がメリットもなしに感情論だけで交渉を持ってきているわけではないことを知っているからこその応答である。

 

「―――格納倉庫の隅っこで動かないクロムウェル。チャーチル会やマチルダ会のせいで部品が手に入らずに放置されてるよな?

 

 ――――アレを直せる存在がいる。と言ったら?」

「―――詳しく」

 

優雅に紅茶を嗜むポーズのままだが体の周囲にオーラのようにそわそわした空気が溢れている。この辺り非常にわかりやすい奴だと思う。

 

 

**********

 

 

「これ(クロムウェル)の部品、結構足りないけど、ないの?」

「じゃ、旋盤で削り出してから修理だね」

「クロムウェルならドリフトできる?できる?」

「結構なスピード出るし、できるんじゃない?」

 

四人のツーカーな会話でクロムウェル(Mk-Ⅲ)がレストアされていくのを呆然と見ているダージリン。こいつがここまでぽかんとした顔をするの極めてレアではなかろうか?

 

「―――事実は小説よりも奇なり―――それを体現する存在がいるとは思いませんでしたわ」

「うん。実際目の当たりにするとそうなるよな。私もここまでとは思わなかったが」

 

『聞いた話でしかないが』と前置きして自動車部の話をしたところ、試合ごとにボロボロになる戦車を即座に修理して次の試合に出場できるようにしている大洗の修理担当の話は都市伝説レベルだったらしく、『実際に見てから決めましょう』という事になり―――自動車部のメンバーだけ聖グロに呼んで格納庫に連れてったところ―――御覧の有様である。

 

「来年で3人が卒業ですけど、ツチヤさんという方は残るのですよね?あの方、我が校に移籍しないかしら?個人的に親近感が湧きますし」

 

ダージリンが表情を戻し、優雅を取り繕ってそんな風に呟く。無理じゃね?大洗の生徒は大洗に愛着ある子ばっかだし。

 

「それで、お眼鏡にかなったかな?」

「―――ええ、存分に」

 

 

大洗女子戦車道履修生の一時受け入れ先が、山間の木造校舎から神奈川県の聖グロが保有する校舎になった。彼女たちの戦車が無い以上、最低でも代用で戦車に乗っていないと調子がくるってしまうだろうし、これで代用になってくれればいいが―――

 

 

―――しかし、戦車をどうするかな。本当に―――

 

 

*******

 

 

 でっぷりと太った大型のカモメが飛び交う湊を背に、小さな影が歩いていく。

街並みを抜けて、平凡な喫茶店のドアを開ける。

 

~~~♪♪♪

 

店内に響くカンテレの響きに、その主の下へ。

 

「―――やぁ、ご挨拶は初めてだね。こんなところまでよく来たね。と、言いたいんだけど―――何か私に用事かな?

 

 ―――――――大洗女子の生徒会長さん」

 

涼し気な表情でカンテレを爪弾く少女を前に、角谷杏はまっすぐに目を見て告げる。

 

「―――仕事を依頼したいんだ。仕事内容は―――わたしたちの戦車の奪還。

―――できるんでしょ?“名無し”さん」

 




ダージリン(キタエリ)とツチヤ(キタエリ)でオーバーレイ!!

(親近感云々は中の人ネタです)


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【ダージリンファイルズ IF②異聞 derFilm ④】

 ―――草木も眠る丑三つ時―――というほど深夜でもないが、月明かりだけが照らす闇夜の海を


―――明かりもなしに障害物を避けながら、文科省の管轄内であるドックに近づく影が一つ。微かに流れる弦楽器の音と、姿を見せない闇に溶ける姿から、都市伝説に“海魔(セイレーン)”と語られる―――。


~~~~♪♪♪

カンテレが夜の静寂を踊るたびに

「ミッコ、左40度調整」
「はーいよっ!!」

 ミカの声にミッコが素早く舵を切り、真っ黒に塗られたタグボートが障害を避けてさらに進む。
 遮蔽物の無い海の上に響くカンテレの音が反響する場所。それを障害物として、さながら蝙蝠のように耳で聴き分けてミッコに通達。即座に反応する操舵が闇夜に明かりもなく忍び寄る“海魔(セイレーン)”の正体である。

こうして彼女たちは海路からドック内部に安置される学園艦に近づき―――

「―――彼女たちが言っていた船底部分の隠し通路というのは、これかな?」
「だろうねぇ。このサイズの学園艦って楽しみ!中を探検とかできたら楽しいだろうねぇ!」

前もって生徒会長、角谷杏経由で渡された「大洗船舶科が記した船底部、Bar“どん底”を含めた詳細な経路図」を頼りに、海水排出用の排気ダクトから潜入し、さながらデトロイトのスラム街かヨハネスブルグかというレベルの船底部分を越え、船内を抜けて地上部分へ―――

「―――内部に温泉とかあるねぇ」
「―――侵入できる場所は大体頭に叩き込めたし、今度はお忍びで来てみようか」

などと軽口を叩き合いながら地上部分―――甲板上に出て、一路大洗女子学園へ―――。
 ドックに保管してしまえばもはや手が出せないと高を括っているのか、驚く程ガバガバなセキュリティを余裕でスルーして、戦車が安置―――“放置”されているガレージへ―――

「手ごたえが無さ過ぎて面白味がないね」
「―――手ごわい相手に慣れ過ぎて、手ごたえの無い相手に油断する―――それもよくあることさ。油断はしないで行こう」

潜入時故にカンテレは自重して、アキの言葉にそう返したミカは、戦車の状態を確かめる。 しばらく放置されたままだったようで、ところどころに潮風による痛みがうかがえるが、問題なく運用可能だと判断できた。

「―――良し。それじゃ、運び出そうか」



―――その日、大洗学園艦を収容したドック内部で小規模な小火騒ぎがあった。その直後に学園艦から飛び出した一台のトレーラーが暴走し、最終的に路上に乗り捨てられているのが発見されたが、痕跡は何も残っておらず、積み荷も初めから何も載っていなかったかのように空っぽの状態だったという―――


―――そしてこの日、大洗学園艦内部に納まっていた戦車たちは残らず姿を消した。


「―――一仕事終えたという感じかな―――あの日の糧のお礼には、少し払い過ぎかもしれないが―――」

学園艦に携行されている連絡用の輸送艇の上でカンテレを鳴らし、楽な仕事だったね。と呟くミカだった―――。


―――余談ではあるが、この後“大洗学園艦のエンブレムが入った連絡艇”でプラウダの陸上ガレージに乗り込み、戦車を何輛か徴発して逃走するミカ達の姿が在り、後にカチューシャから抗議を送られる杏の姿が在ったりするが、その辺りは語られることはないだろう―――。




 

――月――日

 

 戦車どうするかなぁ?と考えながら翌日、陸の上の聖グロの校舎に大洗の面々を案内していたら校門前に鎮座した大洗の戦車たちがあったでござるの巻―――。

 

……何で?(謎)

 

「あらあら、親切な傘地蔵もいたものね」

 

なんてダージリンが言うものだから生徒たちは皆“ダージリンが一晩でやってくれました”と勘違いしている。だがこいつがそんな青ダヌキレベルのナニカができる存在なら日々紅茶の園で政治的に聖グロを圧迫してくる面倒なOGたちなんぞ一蹴して、今頃聖グロの戦車はブラックプリンスやコメット、センチュリオンになってるに違いない。

 

 Ⅳ号戦車の車体に貼り付けてあったメッセージカードらしきものには「ご依頼の品、確かにお届けしました From No name」という犯行声明にも似た文章が書かれていたので、誰かが依頼したのだろうが――――できそうなのがここにいない会長しかいない件。劇場版での単独交渉といい、何なのあの人……

 

 

 

――月――日

 

 みぽりんをあんこうチームの車長として据えて、大洗メンバーのスキルアップ教導員とする。決勝戦で一騎打ちさせてわかったが、基本的に搦め手や奇策に頼っていたというか、会長の作戦立案で行動していた大洗メンバーの実力はバラバラで、その辺りは本来隊長として武部殿が総括すべきなのだが―――彼女にノウハウがないためなあなあで済まされていたようだ。

やはり大洗の勝利の背景にはみぽりんズブートキャンプが不可欠なのだなと再確認するに至り、一先ずあんこうチームとの連携もかねてⅣ号で一緒に練習させる措置をとってみたというわけだ。

 

―――という建前で、ただ単にあんこうチームの戦車にみぽりんレスが違和感しかなかっただけである。やっぱりあんこうの車長はみぽりんじゃないと!!

 

 

 

――月――日

 

神奈川からボコミュに行くには少々遠すぎるため、外泊を余儀なくされる。

外泊を余儀なくされるということはみぽりんが放置されるということで、みぽりんが放置されるという事は戻ってきた時不安げになっているということだ。

それを解消するためにレアなボコグッズが必要なわけで、買いに行く→外泊する→みぽりんが不安になって戻るなりハグられる→俺にピロシキ案件が追加される→ピロシキした俺の怪我を見てみぽりんが不安になる→それを解消するために……

 という無限ループって怖くね?な現況を打破するためにも、武部殿のコミュ力に期待したい。俺が精神的支柱になるのではなく、他を精神的支柱としてほしい。

 でなければ今後俺が安全にフェードアウトしてみほエリの芽を残すことが難しくなる!!武部殿なら……武部殿ならきっと何とかしてくれる―――!!

頑張れ武部殿、お前が(コミュ力)ナンバーワンだ――――!!

 

 

******

 

 

「―――気を遣わせちゃってるよね」

 

 沙織の言葉にみほは「うん、そうかも」と返す。Ⅳ号戦車の車内はなんというか、女子力が満載されたクッションとこまごました小物があふれた状態であり、最初に見た時に唖然としたのをみほは覚えている。今はなんというか――――慣れた。

 沙織が言っているのはⅣ号にみほを慣れさせようとするエミのことであるが、沙織はみほを大洗メンバーと打ち解けさせて、人見知りをさらに下方修正したようなこの娘に友達を作らせようとする親心的なものを感じていた。

 聖グロリアーナが大洗を受け入れた話の背景にもエミが一肌脱いでいるらしく、彼女が大洗の戦車道女子に目を懸けていて、だがそれは順序が逆だと感じている。

 

―――彼女が大洗女子を助けているのは、全てみほのためではないのか?

 

 エキシビションマッチの後の打ち上げ会で、ダージリンが語った言葉。

「彼女は意地に依って生きている」という見解。それに倣うとするならば、彼女なりの何らかの矜持があり、それがみほを手助けする理由である。

 逆にいうならばみほがそうあったからこそ大洗は救われたということ。一介の女子生徒であり、戦車道のせの字も知らなかった武部沙織のこれまでの人生からすれば、西住流だろうと島田流だろうと「なにそれ?」という印象に過ぎない。そんな沙織にとってはみほはどこまでも普通の女の子であり、護ってあげたいと思うほどに危うい雰囲気の気弱な少女であり、戦車に乗っているときには頼れる車長であり―――彼女を護ろうとするエミも同じ心境なのかもしれないと思考を打ち切った。

 

 根本的に彼女が何故みほを特別視して、何故彼女のために動いているのか?という謎は解明されていないが、沙織自身は別にそのことについて重要視していないからだ。

 

 聖グロリアーナの学園艦は今洋上で、エミとみほとその他のグロリアーナ戦車道のメンバーが、「受け入れた大洗戦車道メンバーにグロリアーナの規律を教導する」という名目でまだ陸の上に残っている。風紀委員の園みどり子を筆頭にカモさんチームが嬉々として風紀取り締まりのために校則を教導されていたことを覚えている。

 それでも大洗女子の面々は、あの日失われた学園艦を忘れていない。今この場にいないダージリンと、角谷杏生徒会長と、そして天翔エミがそのために今動いている―――だからきっと今やるべきは、戦車道。

 戻ってきた戦車たちの意味が、きっと廃校回避のためにあるのだと沙織は思っていた。他のチームのメンバーはそこまで考えていないようだが、楽しそうだしいいかと切り替え、沙織はみほの指示を通信で各車両に送る仕事に戻るのだった。

 

 

 

*******

 

 

 

――月――日

 

 会長からの通信は「今から熊本に来れる?」というものだった

蝶野さんと一緒にお出迎えしてくれました。これからを思うと胃が痛いです。

 

 

 

――月――日

 

 

―――いがいたかったです(感想)

 

 

 

現在家元就任は成ったが、自分の娘が二人とも優勝できず準優勝とベスト4止まりという点をつつかれて色々大変なのか、目の下の特徴的なシワが2割マシマシで深くなっているしぽりん。本来その元凶である大洗に力を貸す謂れは無いのだが―――やっぱり廃校云々になってリベンジの機会が無くなると割と本気で拙いらしく、協力を約束してくれた。

 

「貴女が娘のためにしてくれたことに比べれば、微々たるものですが」

 

そう言ってくれるとなんかむず痒いのと恐縮なのと色々ないまぜになるのだが―――正座からの土下座はやめてクレメンス……胃が死んじゃう(恐縮感)

 

 家元就任を控えた師範の立場では娘を擁護することもできず、叱責を浴びせることしかできなかったというのを負い目として引きずってるらしく、そこからスマートにみぽりんを助け出した俺(助けたのダージリンだけど)に対して、いつか何かの形で恩を返すべきだと思っていたらしい。義理堅さは流石しぽりんと言ったところ。

 

 ―――しばらく出番もないし戻ったら左掌をハンマーでメシャっておこう。そうしよう。そしてそれを理由に劇場版にはこれ以上関わらない方向で行こう。

 

トータスが戻ってきていない以上参戦車輛にそれが加わることはない。もしも大洗側に参戦する車輛が規定数であったならば、俺とモブ車長の参戦で、知波単のモブあたりが押し出されることになる。ただでさえ原作よりも1輛多い大洗メンバーのために知波単が割を食うことになるのだから、これ以上無理をすると試合の行く末がマジでわからなくなりかねない―――。

 

 

 

 ――月――日

 

 

文科省の役人にしぽりんと蝶野さん、戦車道連盟のおっさんを連れてオラついてくる会長と別れ、せっかく熊本に来たのだからと黒森峰を見学に行く。

個人的には付いて行って役人が胃を痛めるのをリアルタイム視聴して愉悦したかったところだが、それよりも重要なことがある。

 

―――エリカとそれなりに親密になり、相談を受けられるようになることと、彼女のみほエリ度が今どの程度上がっているかの好感度調査だ―――!!

 

まぽりんとエリカに面通しをして、見学にきた旨を伝える。ついでに大洗の置かれている状況のうち、学園艦接収事件と大洗メンバー保護の話も話しておいた。

みぽりんが帰郷するイベントは、聖グロにみぽりんがいる以上存在しない。つまるところまぽりんが大洗廃艦について知る術は、しぽりんからの話が無い限りないだろう。なので伝えておくことで援軍として参戦してくれるフラグになるだろうと思ったからだ。

廃艦の顛末についてまぽりんは黙して語らず、エリカは「自業自得じゃないの」なんて悪態をついていたが、内心では「みほがアレだけ頑張ったのに」みたいな風に考えてるんじゃろ?俺は詳しいんだ。

 

「―――アンタはなんでそこまでしてあげるの?」

 

エリカがどうしても聞きたかったのか、俺にそう尋ねてきたので

 

「―――当たり前だろ。負けっぱなしで相手に逃げられて、その後の人生が面白いわけがないじゃないか」

 

と答えて置く。『意地』に生きる天翔エミとしてはこの答えがふさわしい。

 俺の答えは大層お気に召したようで、とてもいい笑顔を見せてくれますた。ありがとうございます。それから、割と根掘り葉掘りみぽりんの近況について尋も―――質問されました。エリカの中でみぽりんラヴが高まっているのを感じる―――勝ったぞ!この戦い、我々の勝利だ―――!!

 

 

 

 

 

「あの娘のこと、頼んだわよ?」

 

「―――任せてくれ(みほエリフラグ管理的な意味で)」

 

 

 

 

 

 

そんな会話をして、別れた。

 

 

 

――月――日

 

 

俺は大馬鹿野郎だ。

 

 

 

 

***********

 

 

 

 

熊本での交渉を終えた報告をダージリンに送り、「これから野暮用を済ませて戻る」とだけ答えた天翔エミは、そのまま消息を絶った―――。

心配する大洗及び聖グロの生徒たちは、エミと別れて臨んだ交渉から帰還した角谷杏から「廃校回避のための試合」について説明を受けることになる。

 

一方で、独自に調査をしていたダージリンは、GI6の報告から、熊本を離れてから彼女が立ち寄ったとされる施設、ボコミュージアムのエントランスにて包装用のラッピングが為されたボコグッズを発見していた。

 

 

 

【 みほ へ 】と書かれ添えられたメッセージカードには、僅かに血痕が付着していた。

 

 




「社会人を破ったチーム!?」
「いくら何でも無理ですよぉ!!」

ざわつく講堂で、皆を諫める角谷杏の様子をどこか心ここにあらずで聞いている西住みほの姿が在った。彼女は一時的にだが大洗の生徒扱いで陸の学校に降りており、グロリアーナの学園艦に戻っていなかったため、今回の話に巻き込まれる形で講堂に集まっていた。


 あの日から戻ってこない天翔エミに、心配を募らせる。
同時に、廃校回避で湧きたつ皆のために自分も力にならなければと心を落ち着かせるために何度も深呼吸するが、まるで落ち着かない


「みぽりん!?大丈夫!?」
「―――だ、大丈夫。平気……」

知らず蒼い顔で居たらしく、心配そうな沙織の顔が見える。心配を懸けさせまいと平静を取り繕うことができる程度には成長ができていた。だが内心でぐるぐると渦巻く不安をどう解消するべきか、その答えもまだ、みほには見えてこなかった―――。


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【 IF エミカス大勝利!希望の未来へレディゴー! 】

 

「―――プラウダ高校フラッグ車、行動不能!黒森峰学園の勝利―――!!」

ワッと歓声が上がる。みほの乗るⅣ号の中でも歓声が沸き起こる。だがそれよりも―――!!
西住みほは搭乗ハッチを開き上半身を覗かせ、雨の降り続く崖下、濁流の方へと視線を投げる。


―――そこに、Ⅲ号J型から乗員を救い出した天翔エミの姿を発見した。

 エミもまたみほの姿に気づき、片手を上げ、グッと曲げて力こぶを作るようなポーズを見せた。そんなエミの様子に苦笑しながらみほは手を振り、叫ぶ。


「―――エミさーーーん!勝ったよーーー!!」



 【 装填騎兵エミカス IFルート 】

 

 『 それは理想の未来へと続く道だと信じていた 』

 

 

 

 

──月──日

 

運命の決勝戦―――。事故は―――起きた。

そして、俺はやり遂げた―――!みぽりんを守り切ることができた。赤星さんを含め乗員の皆を救うこともできた。俺は成し遂げたんだ―――!!!

おまけにみぽりんが健在のフラッグは生き残り、プラウダを下し10連覇を成し遂げたという―――完璧だウォルター、光栄の極み。俺のこれまでの人生は間違いなく報われたのだ―――!!!

 あとはみほエリを成し遂げるのみ……一番の懸念だったイベントをクリアできた。もう何も怖くない!

 

 

 

──月──日

 

一夜明けての祝賀会―――なのだが、俺は開幕お説教タイムであった。

まぽりんとしても隊長として、西住流の人間として、人命を尊ぶ一人として俺に対して一言釘をささなければならないらしく、叱咤の言葉を受け入れる俺を尻目に「祝いの席でこんな話をしてしまい申し訳ない」と謝罪して祝賀会開始。

 いや最初にドン引きするテンションダウンが起きた割には周りは浮かれまくっているのでまぁ良しとしたい。命綱をほどいて牽引ロープ代わりにしたのはやり過ぎだった気がするしなぁ……。

 

******

 

「何でエミさんが責められないといけないの……?エミさん、頑張ったんだよ?私の代わりにって―――」

「やめなさいってみほ。隊長の言ってることは間違ってないわ……ただまぁ、今この場で言うことだったかはどうかと思うけど―――」

 

 

 

──月──日

 

 サンダース大学付属高校との練習試合。まぽりんの電撃作戦のタイミングを計ったように放たれたファイアフライからの砲撃で黒森峰部隊の足が止まり、その隙をついてシャーマン大隊が乱戦モードに移行する。

 

 ―――混迷を極める状況を打破したのは、みぽりんだった。

 

自分が駆るⅣ号に指示を出し独立で動き、エリカに通信を送り「フラッグを守って」と命令。

これを受けて、『なぜか、指示されたルートの先に移動し始めたシャーマン2輛』を華麗にスルーして全く違うルートで移動したエリカのティーガーⅡが『敵フラッグへの有効射程内に移動』、砲撃に慌てたフラッグが移動を開始したタイミングで迂回したⅣ号が前に現れ、撃破―――。

 

 ―――ああ、アリサが盗聴して突入タイミング測ってたなこれ―――。

 

 そしてみぽりんは敵に通信が漏れてる可能性を考えて、黒森峰の縦式命令系統を強く順守するエリカにわざと「命令」した。当然副隊長が隊長をスルーしてのオーダーなどエリカは聞きはしない。同時にみほがそんなことしてもエリカが聞く耳持たないことを理解しているから「真意を読む」

 で、結果こうなった と。

―――素晴らしいじゃないか。みほエリはこうも見事なものか!!

みほとエリカが互いに互いの性質を理解して、それを信じあっているからこそできるコンビネーションに、俺もはや興奮で動悸がすごい状態である(語彙激減)

 

 

 ただ一人、隊長だけが難しい顔で勝利に酔う黒森峰チームを俯瞰していた。

 

 

 

──月──日

 

 トレーニングの最中にみぽりんとまぽりんの戦術論が真っ向から反目した。

まぽりんの「撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れ無し」という西住流の体現たる一糸乱れぬ行軍に対してみぽりんのそれは稚拙ながら臨機応変に分岐する隊列で、相手の突撃に対して散り散りになり、各個集結からの包囲、ないしは迂回からの挟撃など多彩にわたる技術の応用によるゲリラ戦術。

あくまで王道に拘り王道を往くまぽりんに対しみぽりんのそれは奇策上等な喧嘩戦術ともいえるアウトローな戦術で―――。

 

 盤面演習はまぽりんの勝利で終わったが、みぽりんもかなり食らいついたいい試合だった。

 

―――でも何故だろうか……?なんだかとても嫌な予感がしたのだ。

 

 これまでも、この時も、俺はいつだって現実を見ず状況を見ず、自分の中の考えだけで完結していたのだと、後になって知ることになる―――

 

 

 

──月──日

 

 学内の空気がおかしい―――。最初に異変に気付いたのはエリカだった。

「なんだかみんな雰囲気がおかしい」と相談を受ける。この時みぽりんがいないことに違和感を感じなかったことがすべての失敗だったのだろう。

 

放課後になって、俺のところに赤星さんがやってきた。

赤星さんに連れられるままに歩くと、下級生と一部の上級生が集まってひしめき合う教室に案内され―――

 

「ようこそ、西住流西住みほ派の会合へ―――」

 

 ―――俺は罠にかけられたことに、その時になって初めて気が付いた―――。

 

 

 

*****

 

 

 

 西住まほを頂点とした縦社会。鉄の規律と鋼の精神。

そりゃあ歪みも生まれるだろうが、相手が西住流の名を体現する以上表立って文句など言えるはずもない。

 だが、ここに例外が存在した。西住まほと同じ西住の姓を持つ、まほの妹。西住みほ―――

ただこれまではみほの内向的な性格と姉の影から出てこない立ち回りから注目もされていなかった。だが先の10連覇を成し遂げた大会でのフラッグ車車長としての立ち居振る舞い、先日のまぽりんと拮抗し、かつ真っ向から反目する戦術性を見て、造反分子の評価は高まりまくっているというわけだ―――

 

 ―――そしてここにきて、俺、天翔エミという西住みほが絶大な信頼を置く鬼札が出てくる―――

 

今この会合に顔を出してしまった俺と赤星さんの様子はおそらく写真などの媒体で記録され、みぽりんを神輿に引き込むための材料にされる。みぽりんは大会での俺の行動を自分の負い目に感じている部分がある。造反分子の連中と一緒に綱紀粛正の対象になり処罰される可能性を考えれば、協力する以外の選択肢が残るかどうか正直怪しいと言えた。

 

 ―――ああ、迂闊すぎる俺に反吐が出る―――いっそこのままこの世からピロシキすべきではなかろうか?

 

 気分が悪くなったのでと赤星さんを連れて外に出て、十分な距離を歩いた後でおもむろに窓ガラスを素手で叩き割り、ガラス片を握りしめると指に裂傷が走る手前で赤星さんにしがみつかれたので手を緩める。

 推測だがと前置きしたうえで状況を説明してやると赤星さんはやはり利用されただけだったのか真っ青な顔をしていた。そんなつもりじゃなかったと涙ながらに訴える赤星さんを宥めて、一先ずあの連中と関わらないように言い含め―――

 

 

 ―――覚悟を決めた。

 

 

 

──月──日

 

 西住家を訪れる。手の包帯を適当に巻きすぎて若干痺れてるが利き手じゃないので問題にはならないだろう。

真正面から対峙するのは初めてだが、プレッシャーハンパないッスねしほさん(舎弟感)

まず開幕土下座からの謝罪から入る。迂闊な行動により西住流が真っ二つに割れかねない状況を生み出した俺の責任は重い。そのうえで、ことここに至ってはどうしようもないのだ。

 

 【みぽりんかまぽりん、どちらかが黒森峰を去るしか、この状況を収められない】

 

 しほさんの返答としては「そうなった場合、みほを放逐する他はない」とのこと。予想通りの回答である。まぽりんは幼いころから西住流次期後継として躾けられ、体現者と言っても過言ではない。これを放逐することにメリットなどない。

 

 「みほを黒森峰から放逐するとして、あの子が唯々諾々と従うと思いますか?」というしほさんの問いに「陰腹を切る準備はできています」と答えたら面食らっていた。貴重なびっくり顔ではなかろうか?(思案)

 

 

 

──月──日

 

みぽりんはさらっと納得してくれた。「一人では行かせない。私の責任だから私もついていく」という俺の決意が通じたようだ。

エリカには申し訳ないことをしたと謝ったが、本気で怒られみぽりんと二人して正座でお説教コースを食らう羽目になった。

 小一時間のお説教の後に「隊長と一緒にめんどくさい連中全部排除して、また一緒に戦車道できるようにして見せるから、それまで待ってなさい」とデレを見せてくれたりもした。尊い(確信)

 

 赤星さんから「いない間のことは私が逸見さんをお手伝いします!」と強い意気込みの決意を貰った。張り切ってるなぁ……無理もないが

 

 

 

──月──日

 

 結局原作の流れには逆らえないという事なのだろうか?俺とみぽりんは戦車道の無い学校、大洗女子に転校という形で黒森峰を去る―――。

 

 だが、みほエリの火は消えていない。みほエリは確かにここにあったんだ―――!!

 

 

 

 この日、黒森峰から西住みほ、天翔エミの二人の生徒が姿を消した。

 

 

 

 

******

 

 

 

~~~大洗女子

 

「天翔ちゃんと西住ちゃんさぁ……選択必修科目、戦車道取ってよ」

 

―――来た。と思った。原作通りの展開。だが、みぽりんを取り巻く環境は原作の状況とは違う。ここは毅然とした態度で―――

 

 

「―――やります」

「――――――――――え?」

 

 

即答したみぽりんににかっと笑顔で「そっかそっかー!ありがとねー」と手を振り去っていく生徒会長。

 

 

何だこれは?どういうことだ?何が起きたんだ??

 

 

 

「―――みほ?どういうことだ?」

「―――エミさん。私ね、ずっと納得できないことがあったんだ」

 

 

力強い決意の光を宿したみぽりんの目。これは見た覚えがある。

これは、覚醒後の……軍神西住みほの―――

 

 

「―――お姉ちゃんはさ、隊列は一つの生物であるべき、フラッグが心臓で他は体であり、手足である。心臓があるかぎり死なないのだから手足は心臓の代わりに盾となり剣となり戦うべし って、それが西住流だって言ってた

 

 ―――でも私はそうは思わない」

 

 

みぽりんの目に宿る決意がより強く輝く。

 

 

「みんな同じだよ。犠牲を強いる戦いなんかしたくない。みんなで協力して、だから戦車道は楽しいんだもの。

 エミさんが教えてくれたんだよ?私、戦車道やっててすごく楽しかった。エリカさんがいて、エミさんがいて、赤星さんやお姉ちゃんがいて―――

 

―――そんな仲間を踏み台にして得るものなんかに、きっと価値なんてない」

 

 

―――今、理解した。

 俺がみぽりんを覚醒させてしまったのだ と。

 

 

「―――だからお姉ちゃんにも教えなくちゃいけない。これが私の戦車道だよ?間違ってるのならお互いの戦車道でぶつかり合って決めようよ って

 

 ―――そうしないときっと、お姉ちゃんとわかりあう事なんかできない」

 

 

 俺は天を仰ぎ息を吐く。そうして首を振って考えを追い出すと、みぽりんの肩を両手でがっしりと掴んだ。

 

 

「―――オーケイ、みほ。後でエリカが怒鳴ってくるだろうが、付き合ってあげるよ」

「!!―――ありがとう!エミさん!!」

 

 

満面の笑みで抱き着いてくるみぽりんを受け止めつつ「このシチュエーションはダメだろ。ピロシキで言うと3ピロシキくらい行くレベルでアウトだろ」と内心で考えながら、俺は天を仰ぎつつ思わずにはいられなかった。

 

 

 

―――どうしてこうなった? と

 

 

 

 




奇人男氏の活動報告で書かれてた「エミカスが考える結果が割と成功した未来」を見て

自分的に考えた結果「こんな感じになりました」



あ、タイトルは見てわかる通り、嘘です(爆)


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時事ネタ・四次創作・小ネタ
【 装填騎兵エミカスえくすとら 『 ウァレンティヌスより哀意(アイ)を込めて 』 】


 大洗に補給のために寄港する。

久々の地面で浮足立つ感覚を抑えつつ、しっかりと踏みしめ―――


―――さおりんがめっさ浮足だっていた。


「―――急ごう!みんな!!」


―――というか燃えていた。眼がこう、メラメラと、メラミを超えてメラゾーマレベルで―――


「―――早くしないと、良い材料がなくなっちゃう!!」


――――――材料???


「沙織さん?!あの、何!?何の話?!」


さおりんの様子に慌てたみぽりんが袖をつかむが、普段よりもより強いパワーで引っ張られたのかそのまま引きずられ前方にたたらを踏むみぽりん。


「なにって!決まってるでしょ!!



   ―――――バレンタインデーだよ!!!」



――――――ああ、あったねそんなイベントデー(達観)





  【 装填騎兵エミカス ダージリンファイルズ 】

 

 『EXTRA MISSION 【バレンタイン作戦です!?】』

 

 

―――バレンタイン。それは日本の菓子メーカーが画策したイベントである。

 

 以上!閉廷!!解散!!!

 

「―――解散しちゃダメ―!!ハイ!集合!集ー合ー!!!」

 

1人テンションの高いさおりんに強引に集められる俺を含めたあんこうチームの皆。

 げんなりしている麻子、むしろ食い専な華さん。緊急糧食としての優位性を語り始めるゆかりん。

 

 

 ―――そして―――

 

 

 

「―――え?バレンタインの贈り物って、花束じゃないの?それに沙織さん、付き合ってる彼氏とかできたんですか!?」

「―――~~~~!!」

 

 

みほの言葉に何かに貫かれたかのように胸を抑えてくの字に折れたさおりん、そのまま強烈なアッパーカットを食らったボクサーのように大きくがくんと首を振り上げ、膝から崩れ落ちる。

 

「武部殿ー!!!衛生兵!衛生兵ーーーー!!!」

 

ゆかりんが崩れ落ちたさおりんを抱き起こし、なんかドラマのワンシーンの様な芝居を行っている間も、みほだけが「え!?え!?」と訳が分からない状態で周囲を見回していた――――。

 

 

 

 

 

―――話(せつめい)をしよう―――(指パッチン)

 

 

 

 ドイツ軍団の流れを汲む西住流では、割と色々なところがドイツである―――。

 

 

 それは日常の様々な部分でそうであるし、一説では、エリカのハンバーグ好きもドイツが影響している可能性を示唆していると言える(偏見)

 

 で。先も説明した通り、バレンタインのイベントってのは日本だけが特異なもので、チョコレートを贈るイベントとか基本他の国ではしない。中でもドイツの場合は完全に「夫婦」「恋人」が愛を確かめ合うイベントで、花束を贈り合うイベント行事なのだ。

 

 それで、まぁそういう学園の綱紀粛正がドイツな黒森峰と、厳格で厳粛な西住の家で育ったみぽりんは―――『バレンタインはそういうもの』という固定観念を持って育っている。

 

 

 ―――サン●スとかのコンビニでバレンタインフェアとか見かけることがあってもそれを誰か友達に尋ねるという選択肢がなかったのか?という問いに関しては、

原作一話のさおりん華さんとの 「名前で呼んでいい?」「みほ、って」「すごい!友達みたい!」 というやり取りで察してほしいと思う。(切実)

 

 俺が教えるという選択肢があるかどうかについては語る必要はあるまい。友チョコならばともかく、何で野郎にみほチョコをくれてやらねばならないというのか?時機を見てエリカとみほを巻き込み友チョコ交換会を催し、ひそやかにお互いの手作りチョコを食べ合う二人を鑑賞する野望が無いわけではなかったが、あの事件でみぽりんが俺と一緒に大洗に来てしまった時点で頓挫していた。

 ひょっとしたら今回のイベントを機にエリカを巻き込んで皆で友チョコを送りあう親睦会とか催せたらガルおじ垂涎の一大イベントになるのではなかろうか?というひらめきが俺の脳内に電流とともに走ったりもしたが―――

 

 

 【閑話休題】

 

 

 

「―――と、言うわけで!バレンタインは恋人の日なの!!」

「―――ソウダッタンデスネー」

 

 さおりんの熱い説得(?)を受けてみぽりんがカクカクと頷いている。原作第一話の「戦車道取ってね?よろしくねぇ」の後の死んだ目に近い表情で―――

 

 

 

「はいっ!そういうわけで―――チョコを作ろうッ!!決定ーーー!!」

 

 

  ―――そういうことになった(夢枕獏感)

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

   ~大洗女子学園・調理実習室~

 

 

 

 「まずは湯せんでチョコレートを溶かすよ。チョコは細かく刻んだ方が溶けやすくなるから、しっかり刻んでね」

 

トントンと包丁で板チョコを刻むさおりん。布巾で包んだハンマーで業務用ブロックチョコを砕いてる華さんとゆかりん。そんでもって

 

「ぃよっと(ベキベキ」

「すごいすごい!さすがエミちゃん!!」

 

みぽりんの隣で、華さんたちが格闘してるブロックチョコを素手で握り砕く俺と、それを受け取って湯せん鍋に投下していくみぽりん。

 

 

「――――Zzzzz……」

 

 

 そしてチョコ作りとか総スルーで部屋の隅っこで壁にもたれて眠ってるまこりん。

 

 

「こういうのも、楽しいですね」

「はい!みんなで一緒に作業するというのは戦車以外ですとあまり経験がありませんので!!」

 

 

さりげなく闇が深いセリフをすごくうれしそうな顔で吐いていくゆかりんのスタイルにみぽりんがうんうんと頷いている。

 

 

 

 はいやめ!この話題やめ!ウチの(学園内にいる)ぬこの話とかしようぜ!!

 

 

 

 と、さおりんの方を見ると、チョコではなく何か別のものを鍋でコトコト茹でていた。あれ?チョコ作りじゃないのん??

 

「さおりさん、何それ?」

「あ、これ?お芋茹でてるの」

 

即答されるがサツマイモとチョコレートが全く以て繋がらん……!!

ムムムとうなっているとさおりんが気づいたらしく、苦笑していた。

 

「あぁ……こっちのは近所のお爺ちゃんたちにお配りする分なの。お砂糖とか、チョコレートとか高カロリーで身体に悪いだろうから、お砂糖減らして、サツマイモの甘味だけで。寒天も買ってきてるから、芋羊羹にワンポイントでチョコレートを上にのせてアクセントにしようかなって」

 

 ―――なんだこの娘の嫁力。天使か(素)

 

女子力オーラが全開過ぎて他の面々が霞んでしまうぞこれぇ……2万、3万……馬鹿な、まだまだ高まるだと……!?

 女子力スカウターがボンッ!する前に視線を移すと―――

 

 

「武部。そのレシピで作った場合、干し芋でも同じように甘味として成り立つのか?」

「―――ふぇ!?あ、はい。できますけど」

 

 

いつの間にかやってきた桃ちゃん先輩がメモ帳を片手にさおりんに詰め寄るところだった。

いつ来たの?どうやってきたの?何で来たの?と様々な疑問が周囲のあんこうチームに浮かぶ中、桃ちゃん先輩はメモを取り終えると「邪魔をしたな」と去っていった。

 

 

 ―――何だったの一体?

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

「はい、50度で湯せんから上げてー、後は40度まで冷ましてー、テンパリングを済ませてからが本番だからねー」

 

 

 さおりん先生の指導の下、チョコレートの調温(テンパリング)が行われる。チョコレートってのは原材料になるカカオバターがとても不安定なもので、湯せんで溶かした後一気に冷やすと、まとまり切らない奇妙な形で固まってしまい、味がばらついてしまったり、脂分が表面に浮いて見栄えが悪くなったりするんだそうな。

 

 

「こういうひと手間ひと手間が、男の子のハートを魅了する必殺のチョコレートを作るんだからねっ!」

 

 

 ビッとひとさし指で空を指さしポーズを決めるさおりんに「おお~~!」と拍手が巻き起こる。

 

 

 

――――――素晴らしい言葉だ、感動的だな。だが(彼氏がいない状態では)無意味だ。

 

 

 

内心で独り言してる俺に対し、やはり昔からの知り合いってのはズバッというらしい。華さんが片手を上げて「あのぉ……そもそも、渡す相手がいるのですか?」ともっともな質問をし―――

 

 

 

 ―――――――瞬間、さおりんのテンションが地獄の底もかくやというレベルまでトーンダウンした。

 

 

 

「いいもんいいもん!!バレンタインデー当日に!素敵な彼氏に出会ったら、その場で手渡して、告白するんだもん!!」

 

 

駄々っ子のようにそう言ってテンパリング作業を続けるさおりんに、苦笑する面々。

 

 

 

―――ああうん。これだよ。この空気だよ!(違いの分かる漢感)

 

 

 

 

*********

 

 

 

さても姦しいひと時が終わり―――。

 

 

「でき、たぁーーーーー!!!」

 

 

さおりんの掛け声を全行程終了の合図に全員が安堵の息をつく。

 

 

―――いや、何この作業量。本場のパティシエール舐めてたわ。こんな疲れる作業繰り返してたらそら筋力付くし、体力もつくわ……。

 

 

「砲弾ほどではないにしろ……この運動量は、少々―――きついものが、ありますな……」

「は―――はぁ―――はぁ―――でも、楽しいです」

 

ゆかりんと華さんが笑顔を交わし、

 

 

「楽しかったね、エミちゃん!」

 

 

みほの言葉に「ああ」と笑顔で返し―――

 

 

「―――できたか?」

 

 

 

甘い香りにひくひくと鼻を鳴らして起き上がったまこりんを加えて、調理実習室のテーブルの上に各々のチョコレートが並ぶ―――。自分で作ったチョコを実食するまでが料理会です。

ちなみに、まこりんの分はさおりんがあらかじめ多く作っていた。なんだかんだで甘々じゃのぅさおりんや……さおまこは良い―――はっきりわかんだね(ほっこり)

 

 

 チョコをフォンデュしたマシュマロに、定番のショコラケーキ。Ⅳ号戦車の転輪を型取りしたチョコクッキー―――これはゆかりん以外の誰でもないな―――なんてものもある。

 

 

「これは……壮観ですね」

「早く食べよう」

 

 

華さんとまこりんがもう今か今かとスタートを待つ出走馬のようにうずうずしている。グルメ細胞でも活性化してるんじゃないかと思うレベルで目がギラついている―――大食乙女どもめ!!

 

 

 そして、実食―――!!!

 

 

 

自分の作ったのはシンプルなチョコブラウニー。ビターな味付けで甘さ控えめに仕上げてある。フォークでサクッと削って一口――――――うむ。普通()

 

 

 細かい味の微調整とかそういうのは中身アラサーおじさんに要求すべきベクトルではないと思う(迫真)

 

 

孤児院でもそういう細かい調整は俺の得手ではなかったし、当番もその辺ではなく材料の切り分け担当だったし……

もぐもぐと咀嚼していると、華さんの視線が俺のブラウニーに向いていたのでお皿を向けて寄せると「いいのですか?」と聞いてきたので頷いておく。ぱくりと一口味見して、ニコニコとしている。尊い(確信)

 

 

 

 ―――さて、俺の罪状はこの食事会でどの程度溜まっていくんだろうか……?(なおただ今のピロシキは累計で3桁に乗った)

 

 

 

 向こうではさおりんに、チョコフォンデューのマシュマロを刺したフォークを差し出されたみぽりんがぱくりと食いついて、モグ住殿と化している。その隣ではまこりんが親から餌を貰うひな鳥のように口を開けて次の餌を待っている。尊い(確信)

 

 

「―――え、エミ殿!!ど、どうぞ!!」

 

 

 

―――意を決したという表情で俺に向かってチョコマシュマロが差し出されていた。

 

 

 

 

―――え?

 

 

 

 

プルプルと震えてフォークを差し出したままのポーズで目を閉じているゆかりん。え?俺に?何で?どうして?

困惑する俺と目を閉じて待ちに入っているゆかりんを、他の4人が注目してみていた。

 

 

 ―――待って、いや本当、待って(迫真)

 

 

状況から考えて、これを断る選択肢は無理。ゆかりんが曇りまくる。他の面々もないわーってなる。無理。

 

 

   では食べるのか?これを?俺が?

 

 

 

―――いやいや待ってほしい。こんなん食った後に即自決案件じゃね?ピロシキ判定をするまでもなく自害せよランサーじゃね?

 

 

 だが手をこまねいてもいられない。この半端なく緊迫した空気をどうにかするためにも、食べねば―――

 

 

 

 

―――どくん、どくん

 

 

 

鼓童が早鐘のように鳴り響いてるのがわかる。目標まであと10センチ。

 

 

 

 

 

―――ドクン、ドクン

 

 

やばい。鼓動がやばい。ドッキドッキしすぎて気分がおかしくなってきそうだ―――目標まであと5センチ

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――ドクン―――ドクン―――

 

変な汗が出てきた。目の前がやや暗くなってきて、緊張で呼吸ができない―――やばい。これ、やばい

 

 

――――目標まで、あと1センチ――――

 

 

 

 

 

 

 

――――――――トクン…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

ぼくはいま、びょういんにいます。

 

 

 

 

突然に起きた不整脈による心臓発作で倒れた俺は、そのまま救急車で緊急搬送されたらしい。

当時の記憶がすっぽりと抜け落ちているせいで何が原因だったのかわからないし、他の面々も理由は不明という感じだ。何だったんだ一体―――。

 

 

 

 

 

 

 

―――あ、でも口の中がほんのり甘かったのは覚えてる。

 

 

 

 

・追記・

 

後日エリカにその話をすると「来年は私も参加するから!」と念を押された。

 

ははーん、みぽりんがあんこうチームと仲良くチョコ交換会とかやってたの聞いてやきもちやいてるな?

 

フフフ……「 計 画 通 り !!」

 

俺は来年のバレンタインの光景を想像し、みほエリの勝利を確信して空を見上げガッツポーズをとったのだった―――!!

 

 

 




恋心を自覚はしてないので、即死まではいかなかったのだろう(推理)
なお心臓発作によるリセットでピロシキ指数はゼロリターンしました(温情)



あとみぽりんのバレンタイン知らない説は竜胆路の勝手な妄想です。悪しからず


でも恒夫さんに贈る花束を一生懸命選んでるしぽりんは見たい。超見たい(確信)


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【 装填騎兵エミカスえくすとら 『 ウァレンティヌスより悪意(アイ)を込めて 』 】

「チョコレート?」
「そう、チョコレートだ」


ダージリンが不思議そうな顔をして聞き返してきた言葉を反芻させるかのように返し、俺は横浜中華街で配られてたチラシをテーブルに広げる

【バレンタインフェア開催中】という見出しがでかでかと載っているそれを一瞥して、ダージリンは鼻を鳴らした。


「―――天翔エミ。貴女は知っていて?チョコレートを贈る風習は―――」
「―――1960年前後に菓子メーカーがなじみの薄いチョコレートの売り上げ増を狙って作り出した捏造だ―――というのなら知ってる」
「――――――――であれば結構。議論の余地はありませんでしょう?ここは聖グロリアーナ。英国の精神と理念に生きる学院でしてよ?」


取り付く島もない―――といった風を“装っている”ダージリン。
なのでガルおじにはあるまじきことだが、致命的な爆弾を投下することにした。


「―――そもそも生徒のほとんどは日本人(神奈川県民)じゃねぇか」
「それを!言ったら!おしまいでしょうが!!!!!!」



【淑女の集まる】と噂の紅茶の園の内部で、優雅とはかけ離れた怒号が響き渡った―――。





 『EXTRA MISSION 【バレンタイン作戦……です??】』

 

 

 

「大洗でバレンタインフェアが始まったって沙織さん―――武部さんからメールが来たんだよ。『今年は素敵な彼氏に最高のチョコを作るんだ』って追伸と一緒に」

「―――こんな格言を知っていて?I will prepare and some day my chance will come.―――『準備をしておこう。チャンスはいつか訪れるものだ。』」

「アメリカ合衆国大統領、エイブラハム・リンカーンの言葉ですね」

 

 

空にしたカップをソーサーに戻し、どや顔で語るダージリンに紅茶をサーブしつつペコるペコりん。そんなペコりんに微笑んで頷きを返し、ダージリンが紅茶を一口。

 

 

「―――尤も、彼女の場合は「素敵な彼氏が欲しい」と言っているだけで計画性が全く無いように見受けられますので、どちらかというとこちらの言葉の方が正しいかもしれないわね―――A goal without a plan is just a wish.―――『計画の無い目標は、ただの願い事に過ぎない』」

「サンテックスか」

「正確には、フランスの作家で操縦士の、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの言葉ですね」

 

 

隣に立ってカップと紅茶を用意しようとするペコりんをやんわり手で制して「注釈サンキュー」と礼を言う。ニッコリと微笑むペコりんに思わずにはいられない。

 

―――この子はホンマに紅茶と詩集が大好きなんやな と

 

 

「―――武部さんをさりげなくディスる流れになりそうなんで話を戻すと―――この文化はウチでも取り入れるべきだと言っている」

「英国では、男性が女性に匿名で「あなたを愛する者より」というメッセージカードを送る日ですわ。導入してみます?」

「―――ストーカー被害と誤認されそうだな」

 

 

精一杯穏当な表現でお茶を濁す。仮に当事者の立場であったならチキン肌に蕁麻疹が酷いことになって犯人を見つけ出してボコボコにしたくなるわ(確信)

 

 

「そもそもが―――元々は皇帝ネロの怒りを買い、棍棒で撲殺され列聖されたウァレンティーヌス氏の命日だというだけの話なのに、何故チョコレートを贈るのか……理解に苦しむ話ですわ」

 

 

涼しい顔で紅茶を傾けるダージリン。そら先も言ったように日本の菓子メーカーのイベントだからだよな。こいつの論調は変わらない。「バレンタインなどいらぬ!」一押しである。

 

―――だがお忘れだろうか?こいつはブリカスである。確実になにか裏の事情があるはずだ―――

 

 ―――というわけで突き刺す方向を変えてみる(黒髭危機一髪感)

 

 

「そうか。良いセリフだ、感動的だな、だがメシマズ(ブリテン)には無意味な論だ」

「―――面白い挑発ね……目にものを言わせてあげようかしら?」

 

 

俺の言葉にあっさりと挑発に乗ってくるダージリン。お前……それでいいのか?(ブロ感)

こいつが俺を相手に見せる沸点の低さを見ていると、普段他の高校と戦ってるときの沈着冷静な判断力と明晰な頭脳で恐れられている格言紅茶おばさんと本当に同一の人物なのだろうか……?と時々心配になってくる。

 

 そんな俺たちのにらみ合いを必死になって留める影が二つ。

 

 

「駄目です先輩!!まだ死に急ぐ必要はありません!」

「そうですわセンパイ!ダージリン様は本当に容赦のない方なんですのよ!?」

 

 

 いつの間にかやってきていた舎弟ヒップとペコりんの心無い発言と、俺を擁護する姿勢にダージリンが静かにぶちぎれている。紅茶のカップを持つ手が震えソーサーとぶつかり合うカップがカチカチと音を鳴らし、心なしかダージリンの背後になんか金剛仁王像みたいなオーラが見える。あと仁王像が何故か四基八門の35.6㎝砲を背負ってる。

 

 

「―――わかりましたわ。では、勝負致しましょう!!見せて差し上げますわ。本場の、本当の、英国料理というものをね!!」

 

 

―――いや、チョコを学内で作る許可くれっつってんだよ。なんで英国料理勝負になってんだよ―――

 

 

「―――そういえば、西住みほさんはどうしたの?彼女もバレンタインとやらに乗り気だからあなたがやってきたと思っていたのだけれど―――」

「黒森峰はドイツだ。それで察してほしい」

「―――成程。ドイツね」

 

 

 納得がいったという顔でうんうんと頷いているダージリンに舎弟ヒップが「あれだけのヒントでわかるとは、さすがダージリン様ですわ!」と目を輝かせてるが、俺にはわかる。アレ多分わかってないけど頷いて分かったふりをしてるだけのハッタリだわ……汚いな、流石ブリカス汚い。

 

 

―――ともあれ、英国料理なー……フィッシュ&チップスや菓子以外食えたものじゃない とかそんな噂はよく聞くし、スターゲイジーパイだのハギスだの個性的(精一杯穏当な表現)な料理を見たことしかない。実食の機会はないわけだし、ご相伴預かるのに異論はあまりないのだが――――――

 

――――――相手がダージリンとはいえ聖グロメンバーの中に交じって食事会とかピロシキ幾つ分が妥当だろうか……?

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

 

ぼくはいま、びょういんにいます。

 

びょういんにいたるけいいにあたるきおくがありません

 

こわい

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「退院、おめでとうございます」

「お勤めご苦労様!で、ございますわ!」

 

 

ペコりんと舎弟ヒップの後輩シスターズに出迎えられる。あと舎弟。刑務所から出てきた時のセリフだからそれぇ……。

 

 

「ダージリンは?」

「紅茶の園であわただしくお仕事をされてます。今回の一件はアッサム様もお怒りでしたので」

 

 

 経緯を全く記憶してない俺には伝え聞きでしかないのだが、簡単にまとめると―――

 

 

 

①ダージリンが意気揚々と英国料理を持ってくる

 

→②最初の一口として俺がまず実食

 

→③何故か無言でその料理を平らげた上で「次を持ってこい。1つや2つじゃない。全部だ」と言い放つ

 

→④他の面々が食べることなくダージリンが持って来た料理を無言で平らげ、デザートに入ったころに蒼を通り越して土気色の顔色をしていた俺がダウン

 

 

 

 

→⑤入院()

 

 

 

 

 

―――思い出すと微妙に身体が恐怖を訴えているのでロクな記憶ではないのだろう。封印安置だわ(確信)

 

 

 紅茶の園の扉を開けるとダージリンが優雅にティータイムしているところだった。ペコりんが仕事をボイコットしたと言ってたが、その分の作業など片手間に済ませてしまうあたりがこいつがダージリンと言われている所以なのだろう。

 

 

「―――退院おめでとうございます」

「おう、そうだな」

 

 

涼やかに祝辞を告げるダージリンにそっけなく返して椅子に座る。

非常に長い沈黙が場を支配していた―――。

 

 

 

「―――この度は、そう―――この度は本当に」

「謝るなよ?」

 

 

ダージリンの言葉を遮って言葉をかぶせる。

 

 

「こんな格言を知ってるか?“喧嘩両成敗”

 ―――もとはと言えば持ってこられた料理全部食い散らかした食い意地張った私の方にも責任があるしな」

 

 

 食い散らかした経緯が思い出せない以上、割とこの辺は本心だったりするが――――――内心での本当の理由は別にある。

 

 

 

――――――いや本当やめてクレメンス……原作キャラが泣きそうな顔で謝罪してくるとかたとえ相手がダージリンでも俺的には自害せよランサーレベルのピロシキ案件なの。わかって(迫真)

 

 

「―――わかりました。では今度は改めてより改良を重ねた英国料理を―――」

「その前に武部先生のところに行こう。な?」

 

 

ガタガタと震えを訴える身体が拒否反応を起こしている。―――静まれ……静まれ俺の右腕(だけでなく全身)―――これを放置したら死ぞ!?という無意識下の警告に従い、俺は大洗女子との交流からの大正義武部殿によるダージリン矯正計画を強行しようと心に決めた。

 

 

 

―――なお聖グロ・大洗合同レクリエーション と銘打たれたこの交流会により、「聖グロ・大洗連合」という謎のタッグマッチ仕様で次回高校生大会への参加枠をもぎ取る角谷杏元生徒会長がいたり、辻何某とかいう役人が胃を痛めたり、俺とみぽりんが終生の友人を得たり忠犬秋山殿が運命とステイナイトしたりするのだが、

 

 

―――その辺は本件と全く関係がない―――はずだ。

 

 

 

 

 ―――なお、ダージリンのアレンジャー(NOTサーヴァントクラス)な料理の腕前について始まった武部殿ズブートキャンプについては……武部殿が燃え上がりダージリンが盛大に凹んだという事実を以て察してほしい。

 

 

 

 あと呼んでもないのにパイセンがやってきて盛大に騒いで帰っていった。いつの時代もフリーダム過ぎるぜパイセン……。

 

 

 

 

あ、去り際にチョコレート貰いました。実質モブだからセーフ(強弁)

 

 

 

 

*********

 

 

 

 

「わざわざOGがお越しになられずとも……」

「楽しそうなイベント催しておいて私を呼ばない方が悪い」

 

 

ダージリンの言葉をバッサリと斬って捨てつつ、アールグレイはニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「で?私はさっき渡してきたけど?友チョコ」

「―――友誼を深めるという意味で贈るものにわざわざあんなカカオの塊を送る意味を見出せませんわ」

 

 

そっけなく答えるダージリンに「呑気にしてるとトンビが攫ってくわよ?」と告げるアールグレイ。

そんなアールグレイに余裕の笑みを浮かべて、ダージリンは微笑んだ。

 

 

 

 

「―――恋人よりも好敵手で居たい。口付けよりも拳を交わしたい。

 

  ―――彼女はきっとそういう人種でしてよ?先輩」

 

 

 

 

 

―――なおそんなことはなかったと理解するのは数年後の話―――。

 

 

 




時系列としては

「みぽりん聖グロ加入」→「大洗女子戦車道と練習試合」→「圧勝」
→「武部殿を車長としたあんこうチームとメールアドレスを交換」→コミュ障気味秋山殿、この時点では声をかけることができず

的な時の流れを経ています(都合上)


IF「聖グロルート」からさらに派生して分岐した「ダージリンは優雅に勝利のロードを突き進んでいたと思ったらいつの間にか後ろから追い上げてきた伏兵にぶっちぎられていたウサギと亀のようです。略して秋山殿大勝利」とでもいうべきルートです(



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【ウァレンティヌス様は今年お休みになられております】

スゴク=ミジカイ です。小ネタなんで()








 大洗に補給のために寄港する。

久々の地面で浮足立つ感覚を抑えつつ、しっかりと踏みしめ―――


―――さおりんがめっさ浮足だっていた。


「―――急ごう!みんな!!」


―――というか燃えていた。眼がこう、メラメラと、メラミを超えてメラゾーマレベルで―――



―――デジャビュを感じる(ぐだ感)



「あの―――沙織さん!?一体何!?何があるの――――!?」


 猪突猛進なさおりんにズルズルと引きずられるようにして大洗の街並みを進まされていくみぽりん。


「―――早くしないと、良い感じのコーデがなくなっちゃうでしょ!!」


――――――コーデ????


「沙織さん?!あの、何!?何の話?!」
「なにって!決まってるでしょ!!



   ―――――2月14日だよ!!!」



――――――ああ、あったねそんなイベントデー(デジャヴ)



  【 装填騎兵エミカス ダージリンファイルズ 】

 

 『EXTRA MISSION 【2月14日――――です????】』

 

 

 

 2月14日。それは女の子たちの戦いの日。聖ヴァレンタイン・デー―――!

 

 

「―――え?あ、うん。それもあるんだけど」

 

 

―――はい?あれ?ゼクシィ武部殿??さおりん??あれ??

 

 

「―――あれ?バレンタインじゃないの?」

「うん。まぁ、チョコレートに関してはもう用意してあるし」

 

 

―――え?じゃあ何?何があるん??

 

 

「あの……沙織さん?バレンタイン?じゃあないとしたら、一体―――?」

 

手を挙げておずおずと尋ねるみぽりんに、さおりんが『良くぞ聞いてくれましたぁ!』とばかりにくるッとターンしてびしっと指を突き付けてみせる。

 

 

「―――今日はね!2月14日ってことで、下着売り場に行きまーす!!」

 

 

・・・・・・・・・・・・なんで?(素

 

 

 もしかしてアレかな?バレンタインデーにパンツ贈りつける謎のギフトがあったけど、ああいう変化球狙ってるのかな?かな?

 俺の中で微妙に黒いモノが渦を巻き始めたころ、ふと俺の後ろから付いて来ていた秋山殿が「あっ」と声を上げる。

 

「もしや武部殿……本日があの日だとご存知なのですか!?」

 

 知っているのか雷電(ゆかりん)!?

 

「あの日?―――秋山さん、あの日って?」

 

 みぽりんの問いかけに「はい!」と声を大きくお返事した秋山殿は―――

 

 

「本日は2月14日、日本ふんどし協会が認めた「ふんどしの日」であります!」

 

 

 ―――秋山殿の声は良く通る腹式呼吸が利いた素晴らしいものだった。

 

 

 

*********

 

 

 

「す、すみませぇん……」

「え、ええと……わ、わたしもごめんなさい……あんな恥ずかしい事大きな声で説明させちゃって……」

 

しょんぼり秋山殿とそれを宥めつつ自己嫌悪モードなみぽりんが後ろから、前を先導するのは武部殿で、なんか心なしかウキウキしてる様子の華さん、我関せずのまこりん―――と、なんか店の入り口で出会った二人。

 

「赤フン赤フン!!歴史的に見ても日本人ならば赤フン一択!真田六文銭のマーク入りのコレこそがな!!」

「いや、紋入りというなら腹掛け付きで黒フンも捨てがたいぜよ?」

 

 カバさんチームの歴女ーズから日本鯖―――もとい日本軸の歴女、おりょうさんと左衛門座がエントリーしていたりする。

 

「もっとこーかわいいのがいいってぇ!絶対!!」

 

 対抗馬、武部殿もノリノリの二人に押され気味である。

しかしまぁ、フンドシ―――所謂「パンドルショーツ」ってのは、実のとこ一定の需要がある。

 

 腰の紐で締め付けを調節でき、股下も布の引き締めで調節できる。締め付けるも緩めるも、慣れてしまえば割と楽で、着脱がしやすいという利点がある。

 

―――何より、動きやすいのだ。

 

 女性用のショーツってのは簡単にずらせないようにゴム部分が強めにしてあったり、よりピッチリと肌に吸い付く着心地を持たせるためにわざと小さめに設定してあったりと、オーダーメイドでもない庶民用の品物は、各自の身体的特徴に合ったものになかなか出会えない。必然的に、肌に合わない下着なんかを装着した日にはゴムが食い込む下着が食い込む、またはずれてずれてお宝映像待ったなしという有様である。

 

 この「締め付けるゴム」ってのは身体的にもよろしくないらしく、腰周りの重要な毛細血管などを圧迫するため足のむくみ、血行の淀み、それを原因とする生理不順や末端の冷え性にもつながることがあるらしい。

 

 そんなこんなな脳内情報の整理をしつつ、いつぞやの(OVA「ウォーター・ウォー」参照)水着ならば何でもそろう!アウトレットモール へとやってきた我々であった。(特派員感)

 

 『今!レディース褌がアツい!』

と銘打たれた一角があり、そこに大小様々なサイズ、色、材質の褌が所狭しと並んでいた。

 

 これを見た時私は思ったんですよ。ええ。「日本終わってるなぁ」って(インタビュー感)

 

「一口に褌と言うとしても、様々な褌の種類がある」

 

 唐突に語り始めるのは左衛門座。片目を閉じて斜に構えたポーズのまま、なんか語り始める。

 

「古くは戦国時代では褌を付けているかいないかで身分の良し悪しを見分けていたとも言われている。かの前田慶次も「褌だけはいつも綺麗にしておけ」と小姓に語っていたと言う話も伝わっている。褌という漢字が「衣」に「軍」と書く様に、フンドシは戦場に赴く男の戦闘服に由来するわけだが、元々女性も褌を着用しているものは多かった。古くは『日本書紀』までさかのぼることができる程だ」

 

 テクテクと陳列棚を歩きつつそんな説明をするんで左衛門座がまるで売り場紹介してるガイドさんにしか見えなくなってきたという不具合。早く修正されて、どうぞ。

 

「褌の語源もさまざまであり、真田庄のあったあたりは長野なのでふんどしのことは「モッコ」と言っていたりもする」

「土佐では「フゴメ」などと呼ばれたりするぜよ。土地ごとに呼び方は様々、ぜよ」

 

 そんな歴女の歴史トーーーーーーク!!!!を尻目に

 

「ねぇねぇ!これ可愛くない!?」

「こちら、動きやすそうです!」

 

キャッピキャッピした空間を作る武部殿と華さん―――とそれに挟まれて着せ替え人形待ったなしのまこりん。南無南無……

 

「じゃあ、皆で試着してみよっか!!」

 

 

 

 

――――はい?

 

 

 

 

「さっ!エミりんはこっちね!!」

 

 

 

 

―――――は?????

 

 

 

 あれよあれよという間になんか試着室に押し込まれ、手には一枚の布切れ。

 

 

 

 

―――着ろと?これを?俺に?

 

 

 

 いや別に褌締めるのが嫌なわけではないのだが―――白地に尻のとこに猫がプリントされてるお子様パンツさながらの褌ってどこに需要あんの???(謎

 

 

とはいえ、皆やってる状況で、今更逃げるタイミングを完全に失った今、着替える以外の選択肢などないわけで……

 

 

 

 

覚悟を決めて、着装!!して

 

 

 

「できたー?」

「え?あ、ハイ。一応ー」

「そんじゃ見せっこしてみよっか♪」

 

 

 

―――待って(震え)

 

 

 

え?この向こう側にみぽりんたちもいるの?褌締めてるの?

そんなん見た日には俺、この目をツブさなきゃならんでしょ。

むしろ見る前に自害せよランサーのレベルでしょ?

 

 

―――ダメでしょ?色んな意味で

 

 

「いくよー」

「ちょ、ま――――――――」

 

 

手でカーテンを押さえて一旦タンマを言い出したい俺のパゥワー(巻き舌)と、さおりんの勢いをつけたパワーは拮抗し、

 

 

カーテンレールを引きちぎって試着室のカーテンが無惨に床に転がるという結果で幕を閉じることになり―――

 

 

 

「―――――エミりん、何で直に履いてるの?」

 

 

 

―――スパッツの上から褌を試着したみぽりんたちがいた。

 

 

 

 

―――そら(普通お店の商品を試着するんだから)そう(やって直に履いたりするわけない)よ。

 

 

 

 

――――カシャーカシャーカシャーカシャー

 

 

 

 

時が止まったかのような空間で、ぼんやりと何か熱病に浮かされた様な顔でスマホの写真撮影ボタンを連射するみぽりんと、同じくぽやーんとした顔でこっちを見てる秋山殿を視界に収めつつ―――

 

 

 

―――スパッツの上からでもこの光景はアカン気がするし、帰ったら指全部逝こう。

 

 

 

そう心に決める俺だった―――。

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 この時撮影された天翔エミのあられもない姿が黒森峰学園艦のエリカの下へ転送され、黒森峰の内部で噂話やあらぬ妄想、賢者モードに至る業の深い淑女を生み出す要因になっていることを、幸運にも俺は知ることなく生涯を終えることになるのだが――――それはまぁ、随分先の話しである。

 




間に合わなかった……orz


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【 ②ルート異聞小ネタ とあるモブ生徒の昇格(プロモーション) 】

脳内に浮かんだ小ネタがそこそこいい文章量になってたのでこっちに書き出してみる


そろそろ本編急の章も完成させないとなぁ……と悩むけど古戦場始まった紬ダーマ!!(




・今回の話は『 IF おまけ②ルート異聞 』とセットで読んでみるといいかもしれません


――月――日

 

 

ついに!やってきたわ!聖グロリアーナ女学院!!

憧れだった紅茶の園!!麗しのお姉さま方!!スカートの裾は翻らぬように

優雅に華麗に上品に!淑女たれ!

 ここから私のサクセスストーリーが始まるのよ!!

 

―――入学前に気合を入れて門をくぐろうとしたらすぐ横を死んだ魚のような腐って濁った眼をした子供がトボトボと意気消沈した足取りで講堂へ歩いていった。

 どこかの生徒の妹か誰かかしら?でもここの服を着ていたわね……?小学校までは陸で通うのが習わしだし……もしかして生徒?

―――いやいや、いやいやいや……あんなちびすけに何ができるって言うのよ……?

 

 

 

 

――月――日

 

 

上級生の方々はやはり素晴らしい。麗しい歩み、尊いお姿、優雅な立ち居振る舞いはまるで貴族の様―――。

 

 寮の部屋で夜空を見上げていると空を舞う謎の影を見た。怖い―――

 

―――嘘じゃないわよ!本当に見たんだってば!!

 

 

 

 

――月――日

 

 

早朝のいい雰囲気でランニング。朝のトレーニングに最適な環境ね!素晴らしいわ!鳥たちも祝福しているよう―――!!

 

―――壁を蹴って張り出したベランダを蹴って、蹴って蹴って蹴って蹴って屋上まで飛び上がる小さな影を見た。

スパイディ!?スパイディなの!?しかもあの影、夜中に見た人影じゃないの!?

人体ってすごい―――!!

 

 

 

 

――月――日

 

 

あの上級生筆頭のお姉様に新入生のみそっかすが連れていかれていた。

なんなのあの子!?ありえないわ!皆の憧れであるお姉様がたの中でも―――多少!そう、多少他と毛色が違うとはいえ上級生のお姉様に取り入ってレギュラーの座を射止めるなんて!卑怯者!!

 

 

―――――何なのあの戦車……ありえないわ……ありえないわよ……何なのあの連射速度!?ええい!新入生のちびすけ、実はサイボーグとかそういうオチなの!?

 

 

 

 

――月――日

 

ちびすけに「烏帽子名」が付いていた。烏帽子名が付いたという事はレギュラーの座が約束されたも同じことだ。全く―――卑怯な女ね!しかも何!?―――戦乙女(ブリュンヒルデ)とか何なの!?カッコいいじゃないの!!

 

レギュラーメンバーの名前にあのちびすけの名前が載っていた。頭にくるわ……

依怙贔屓でレギュラーになったと周りは皆噂している……戦車道は甘くないのよ!

模擬試合で目にものを見せてあげる!!

 

 

 

 

――月――日

 

 

あのちびすけと同じ車輛に配属され、試合を行うことになった。直接戦闘で目にものを言わせてやることはできなかったけれど、こいつの不甲斐ないところを上級生にも見せつけてやればみんなの目も覚めるでしょ

 

―――あれ?その場合負けるのは私の車輛で―――?

 

 

―――――なにこの娘、怖い。片手で砲弾を掴み上げて、実質3秒もかからずに次弾装填を終えてる―――

ああもう!何なのこの子!化物なの!?他のメンバードン引きしてるんですけどぉ!?何で淑女の学院に野生のゴリラがいるの!?おかしくない!?

 

 

―――試合の後で撃破された車輛の車長をしていた上級生がライバルとして認め、宣言していた。―――いいなぁ、私もああいう戦車道小説みたいな出会いをしてみたい―――

 

―――ちびすけが土下座してた。なにあれウケる―――w

 

 

 

 

――月――日

 

 

紅茶の園の先輩方との交流会。優雅で華麗で淑やかに―――貴族の立ち居振る舞いで威のあるお姿。私もいつかあの場所に立てるだろうか―――?

 

あの子が「ブリュンヒルデ」として先輩方に紹介されたらしい。あの子を烏帽子子として召し抱えた先輩は紅茶の冠名【アールグレイ】を授かり、戦車道大会中等部の部に出場するらしい。

 

周りのただ陰口を言うだけの子たちと一緒の境遇に成り下がるつもりはない。

私だってあの娘と同じ場所に立ちたい。レギュラーの座をつかみ取って、そしていずれは紅茶の名を冠する冠名を戴き、聖グロリアーナの名に恥じぬ戦いをするのだ―――!!

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

――月――日

 

 

ダージリン様はいつも優雅で華麗だけれど、彼女と接するときだけは普段と違う反応をする。

それは、私たちにはできない所業で、彼女の破天荒さがそうさせるのだろう。

 

 そこは、少しだけ、うらやましい―――。

 

紅茶の園に呼ばれた。ドキドキする。一体何があったのかと思うと、怪訝そうな顔の彼女を連れたダージリン様が、アッサム様、オレンジペコ様、ローズヒップ様と一緒に居た。オレンジペコ様とローズヒップ様は正確には年下なのだけれど―――紅茶の名を戴いている関係上、様をつける習わしになっている。まだ中等部なのに、すごい。うらやましい。

 

 

 

「―――貴女に、紅茶の名を冠することになりましたの」

 

 

 

ダージリン様から要件を告げられ―――る?

 

 

 

 

―――え?嘘?本当に!?

 

―――やった!やった!!やった!!!憧れの紅茶の園に!私の努力は報われたんだ!嬉しい!私は今日この日を決して忘れない!!ええ、決して!!

 

「―――貴女なら彼女にどんな紅茶の銘を付けるのかしら?天翔エミ」

 

水を向けられた彼女は、じっと私の顔を見て―――何かに気付いたのかぽんと手を打つ

 

「―――」

 

それが私の紅茶銘(ソウルネーム)。紅茶の園の一員である証―――。なんと素晴らしいことか!

ああ今日のこの日よ!素晴らしき日を称えよう!

 

 

 

 

********

 

 

 

 

――月――日

 

 

ぱたんと日記帳を閉じて目を伏せ想いを馳せる。

あったあった。こんな日確かにあったわー、と思い出しつつ―――当時の想いを再確認した。

 

本日は戦車道高校生大会一回戦―――。私の高校生デビューと言っても過言ではない。気合を入れなおさねば―――

 

「ルクリリ?」

「はひゃいっ!?」

 

耳元で掛けられた声にビクリと身を震わせる。『戦乙女(ブリュンヒルデ)』天翔エミ様がそこに居た。様を付けると「様を付けるな様を」と謙遜するように窘めて来る不思議な少女。見た目は小学生そのものなのに、怪力無双という謎の存在―――。

 

「寝ぼけてる暇はないだろ?戦車の調整、もう始まってるぞ」

「あ、はい!ただいま―――!」

 

PJを羽織り、ボタンを留めて準備完了。部屋を出ると部屋の外で彼女は待っていてくれた。紅茶の園の現トップ、アールグレイ様と、次期トップ筆頭のダージリン様から信頼篤いという立場であるのに、名無しにも気さくで分け隔てない彼女は、入学当時のレッテルと違い、今ではすっかり場を和ませる存在であり、太陽の様に必要とされている存在と言える―――。

 

「どうした?」

 

私の顔を見上げる彼女と目が合った。じろじろと見てしまっていたようだ。いけないいけない、不躾すぎたわ―――反省反省。

 

「―――昔を思い出していました。まだ私が名無しだったころの」

 

「へー」っと気の無い言葉。私に気を配る余裕は無く、きっと大会のことを第一に考えてらっしゃるのだろう。本当に戦車道に対しては真摯で全力な御方だ。

 

 

 

―――私もいつか、この人の様になれるだろうか―――?こんな風に、戦車道に真摯で、一途で、全力で―――

 

 

 

「それで?何を思い出してたんだ?」

「うぇ!?え、その、ええと―――」

 

考えを読まれていたような気がして咄嗟に返答ができず慌てた私が口に出したのは―――

 

「―――その、―――何故私に、ルクリリという名前をくださったのです?」

 

そんな質問だった。

彼女は私の質問に、少し考えるような顔を見せた後

 

「―――ルクリリって顔をしてたから」

 

そう答えて「調整やったら、ミーティングが始まる。急がないとダージリン(あれ)が喧しいぞ」とスタスタと歩いて行ってしまう

 

「―――何ですかその理由――――」

 

彼女の背中を追いかける。

胸の内に落ちて行ったその「理由」に、何故か気持ちが軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――胸が高鳴ったりしたのはたぶん、不敬ではないはずですよね?ダージリン様のお気に入りですし?横からかっさらったりはしませんし?でもほら、烏帽子子みたいなものですし?親が子をかわいがる的な感じでお言葉を戴けたりとかそんな感じの師弟関係?みたいな?その―――(以下略)

 

 

 

 




当時を振り返るエミのコメント

「いや、後田さん(仮)の顔見た瞬間「あ、こいつルクリリじゃん」って気づいただけだし」




昇格(プロモーション):チェスでポーンが盤面最奥まで進んだ際に好きな駒に進化できるルール。大体普通はクイーンにするのでポーンがクイーンになるルールだと勘違いしてる人が多い(偏見)


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【 番外 みほエリは果てしなく素晴らしい・四次() 】

書いていいのは―――書かれていい奴だけだ!(R2)

いやまぁ今後四次創作とか多分書く機会全くないけども!



一応コレは奇人男氏の三次創作「パンツァークエストⅢ そしてみほエリへ」の
四次創作となっております。勝手に続き書いちゃいました!気になったからね!(
 ↓ 作品はこちら
https://syosetu.org/novel/179525/2.html


 

 

開会式の日。エリカが険しい瞳でずっと俺を見つめ続けていた。

戦車カフェに向かおうとするまほ隊長を止めて、別の場所へ向かう

 

―――あれだけ覚悟を決めて演じ切って、もう後戻りなどできない癖に、

 

   俺はまだ、みぽりんに憎しみをぶつけられるのを恐れている―――。

 

 取り返しのつかないことをしてしまった俺は、それでもみぽりんに敵意を向けられるのを怖がって、避けているんだ。

 

 度し難いなぁ俺よ―――許されたいと思うことすら分不相応だというのに―――

 

 

   『 ミヤマヨメナの花言葉 』

 

 

対サンダース戦。

フラッグ車を操るエリカが時間を稼いでいる間に稜線射撃で敵フラッグをみぽりんが仕留めた。

 

対アンツィオ戦。

マカロニ作戦をみぽりんが見切り、エリカがキルゾーンへの誘導を行い包囲殲滅。

 

対プラウダ戦。

ヘッツァーからカモさんチームに移ったエリカがそど子と怒鳴りあいながらも原作より長く逃げ回り続け、勝利を重ねた。

 

いよいよ明日は決勝戦。大洗女子と決戦を行う―――。

 ガタガタと震える身体が止まらない。眼を閉じて眠りにつくと夢の中でみぽりんやエリカが責め立てる声が響く。

 贖罪を求めているのだ。その声に安堵こそすれ、恐怖してしまってはいけないんだ。そうでなければいけないのに―――涙と嫌悪が止まらないんだ―――!!

 

どうしたらいいのかわからない。それでも、その苦悩こそが俺に与えられた贖罪の一部なんだ―――。

 

 

******

 

―――大洗

 

「―――う、そ……嘘だよね?エリカさん……そんなの嘘だよ……!!」

「アタシだって―――嘘だと思いたい。でもアイツが言ったの。全部、ぜんぶ自分のためだって―――!!」

 

吐き捨てるように叫ぶエリカの目にも、みほの目にも涙が浮かんでいた。

 

 『戦車道がどうしようもなく好きだから』

 

かつてあっけらかんとした顔でそう言っていた少女と―――

 

 『君たちに戻ってこられると迷惑なんだ』

 

せせら笑う様に告げる少女の声がシンクロする。だがそれはどう考えても噛み合わない癖に、噛み合わざるを得ない現実だった―――。

 

「―――なぁ、それ、何かがおかしくないか?」

 

二人の思考に一石を投じたのは、一人の少女の声だった。

挙手しているのは冷泉麻子。あんこうチーム操縦手の少女だ。

 

「―――アンタにアイツの何がわかるのよ」

「わからん。わからんが、今の論旨がおかしいのはわかる」

 

もぐもぐとオムライスをほおばり、咀嚼し、飲み込んで、一度一呼吸。

 

「―――お前らをスポイルしてた連中は全員排除されて、新人だらけになってるんだろう?そこでお山の大将やって何の意味があるんだ?西住まほの副官やってます。下は全員一年坊です。

 

 ―――それはどの程度の価値になり得るんだ?」

 

 エリカははっとして目を見開いた。麻子の言葉は続く―――

 

「実力主義で年功序列を無視してレギュラーを組んでいるんだろう?西住まほに気に入られているコネクションなぞ意味がないだろ。生き残ろうと思うのなら、お前やみほとチームを組んで事に当たる方が効率的だ。

 

 ―――そいつは何をしたいんだ?行動が支離滅裂でフラフラしている

 

  行動には理由があってそこから初めて行動が生まれるんだ。

  わたしにはそいつの「理由」というものが見えてこない」

 

それだけ告げると麻子は再びオムライスと格闘し始めた。

 エリカもみほも麻子の言ったことを反芻してみるが、エミが一体何を考えているのか、それが見えてこなかった。

 

「―――確かめなきゃ」

 

ぽつりと、みほが呟く。

 

「―――明日の試合で、勝って、確かめなきゃ。もう一度―――」

「―――そっか……そうね。問い詰めるにもまずは勝たなきゃ―――!」

 

意気込み気炎を上げる二人の様子を尻目に、麻子はオムライスを咀嚼しながら何か思案をしていた―――。

 

 

****

 

 

試合前の挨拶ではエミは整列の列にのみ並んでいて、代表者には現れなかった。代表としてやってきたまほに、みほが立ち会う。

 

「―――よくここまで来たな。みほ」

「……うん、負けないよ。エミさんに、勝って聞きたいことがあるから」

 

みほの宣言にまほは呆気にとられたような表情を見せ、次に微笑みを見せる。

 

「そう簡単には勝たせてやれんな―――私は次期家元の座を母と争うつもりでいるからな」

「――――えっ?」

 

まほの言葉にみほが聞き返すが、その時にはもう、まほは踵を返し自分の戦車へと向かっていた。

 

 

―――

 

 

「―――逸見、さん」

 

 カモさんチームのそど子と結局反りが合わず、ルノーからヘッツァーに移動になったエリカが機体の調子を確かめていると、背後から声を掛けられた。

声に振り向くと、そこに麻子が立っていた。

 

「どうしたの?Ⅳ号の方に行かないとみほが困るわよ?」

 

エリカの言葉にも無反応で、神妙な顔つきをしている麻子に、エリカも雰囲気を感じ取ったか真面目な表情を見せる。

 

「―――やはり、言っておくことにした。最初はみほにも伝えようと思ったが、みほの場合この後の試合に差し支える可能性がある。その点。逸見さんならヘッツァーだから作戦内容的にあまり問題にはならない」

「どういう理屈かは置いておくとして……何が言いたいの?」

 

エリカの問いに一呼吸して、麻子は口を開く。

 

「―――天翔エミとやらの行動で、思いつくものが一つだけあった。

 

  ―――泣いた赤鬼という昔話だ。 

 

 人間と仲良くなりたいが怖がられてしまう赤鬼のために、赤鬼の親友の青鬼は人間を襲い、人間を守ろうとする赤鬼に倒されどこかへ逃げてしまう。その行動が認められ、赤鬼は人間と仲良くなれました、めでたしめでたし―――だ」

 

「―――なによ、それ―――」

 

「この場合天翔エミの行動は青鬼に値する。青鬼は自分が悪役になることで赤鬼の―――みほとお前、二人と大洗の結びつきをより強め、倒された後、黒森峰内部での重要なポストに無理に入れられても贔屓目とは取られないであろう実績になることができる」

 

麻子は最後に「推測だけどな」と添えて締めくくった。

 

「―――かにしてくれるじゃないの……」

 

俯いて震えていたエリカがぼそりと呟く

 

「―――馬鹿にしてくれるじゃないの!!なに!?私はそこまでしなきゃ周囲を黙らせられない未熟者に見えるのか!!

 

 ―――いつまで保護者みたいに私たちを守ってるつもりだッッ!!あのバカは!!」

 

怒りに地面を何度も踏み鳴らし地団太にも似た動きを始めたエリカを尻目に、麻子はⅣ号戦車の方に戻っていく。

 

 

麻子は去り際に、エリカには聞こえない声で―――ぽつりとつぶやいた。

 

 

 

 

「―――泣いた赤鬼の青鬼は、最後は自分が消えることで赤鬼の幸せを願った

 

 ―――天翔エミは、どこまで青鬼の立場を全うする気でいるのかな……?」

 

 

 

その呟きは誰にも聞こえることなく消え失せて―――

 

 

 

      ―――そして、戦車道大会決勝戦は始まりを告げた―――!!

 




赤鬼は泣きました。泣いて泣いて泣き尽くしました。

青鬼は今もこの空のどこかにいるのでしょうか?赤鬼は空を見上げて青鬼を想います。


赤鬼は幸せです。 たくさんの人間と仲良くなれて幸せです。



だけど不意に―――寂しくなります。隣にいた青鬼がいなくて、寂しくなります。

青鬼の代わりは誰にもできません。だから赤鬼は、いつでもちょっとだけ寂しいのです―――。
 


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【四次創作・ウァレンティヌスだって無理なものは無理!】

*******


奇人男氏に「フィンランドでは~」とネタを投げたところ速攻でバレンタインネタを書いてくださったので、こちらも何か書くべきカナ?と思い、直接聞いてみたところ
「敗北者二人のバレンタインネタを書いて、どうぞ」 とリクされたので、今回の話をとりあえず4時間で仕上げました。0時ギリギリです()



********



「では、第……何回目だったかしら?定例会、及びXデーの計画立案を行いましょう」


モンブランをスプーンで掬って口元に運びながら語るのはBC自由学園の頂点に君臨する愛らしいクイーン。名前はマリー。

 対して対面に座って珈琲の注がれたマグカップをぐいと傾けるのは天翔エミ。

「―――バレンタインというイベントを使って、あの二人の関係を押し上げるにはどうするべきだと思う?」



―――無理じゃね?


 そう口に出さないでやるだけの優しさがまだ残っていたことに自分を内心で褒め称えるエミだった―――。



「さぁ!遠慮しないで案を出していいのよ♪私がケーキを食べ終える前に!」

 

そう言ってモンブランを食べ終えて、3段ツリーの真ん中に鎮座しているカップケーキを手に取り、ジャムを盛ったスプーンで一口分を掬い取って一緒に口に運ぶマリー。見ているだけで胸やけを起こしそうな光景に、エミはブラックコーヒーを胃に流し込むようにまた一口啜る。

 

「―――まず前提条件として、お嬢様は―――」

「あら?いいのよマリーで♪こうして二人きりの時は私とあなたは対等であるべきだわ。みんなの前では分を弁えてしかるべきだけれど」

 

マリーはそう言ってまた一口ケーキを口に運び、フフッと嬉しそうに笑う。子供のような微笑みだが、エミは知っている。その奥底に潜んでいるモノを

 

「―――失礼。んじゃぁマリーは前提として「あの二人はどうあるべき」だと思うね?」

 

エミの質問にマリーは小首をかしげる。質問の意味が分かりかねているようなその仕草の後に

 

「―――不思議なことを聞くのね?あの二人は「お互いに憎み合い、傷つけ合い、理解し合って、そしてその想いを昇華して愛へと至るべきだもの」

「―――そうかい。そりゃ意味のない質問をしたな」

 

肩をすくめて嘆息したエミは、次のケーキを攻略し始めたマリーの様子を一瞥して、思考に潜る。

 

―――つまるところ、押田ルカと安藤レナを互いにバリッバリに敵対させたうえで、お互いの健闘を称え合わせて、そして最終的に愛し合わせる と―――

 

目の前の少女はそれを目的として権謀術数を駆使し、今迄暗躍して来た。それはエミも知るところになり、正直ドン引きしたわけではあるが―――

 

―――マリーのその所業が明るみに出ることが無く、むしろ二つの勢力の融和に努めているのに諍いを諫めることができず苦心しているように見えるため、押田と安藤の敬意を集めている現状に憐憫を覚える結果となっていた。

 

 とはいえ、バレンタインのイベントというモノが行われるという情報。そのテストケースを体感して情報として発信できるのはエミにとってもプラスにつながる。

何しろドイツのバレンタインは「恋人」「夫婦」のためのイベントであり、「恋人未満が恋人に至るためのイベント」ではないのだ。みほとエリカに『こういうイベントがあったんだ。バレンタインって他所ではこういうのらしい』という情報ソースを送信し、実体験したイベントの雰囲気によって、みほとエリカの興味を引くことができれば―――友チョコ交換からスタートするバレンタインの定期イベントが出来上がる。距離が縮まる!みほエリが進む!

 

 勝利の方程式のためにも、マリーの作戦にノッてやろう。

 

エミは不敵な笑みを内心で浮かべつつ。策を練るのだった―――。

 

 

*******

 

 

―――あれは知ってるわ。内心で己の欲望のために動いている貌ね。

 

マリーはスプーンを持ち替えて、フォークでプチエクレアを寸断して口元に一口ずつ運びながら、天翔エミをそう評価した―――。

 マリーの最も得意な手腕は「政治外交手腕」と「人心掌握」である。

相手の求めるものを識る―――、相手の嫌うものを識る―――。

 

それらの積み重ねが人心を左右するエッセンスであり、それらを自然に操作することがマリーの最も得意とすることだった。

マリーからしてみればエミの内心の秘匿などお話にならない。小学生がおねしょをした事実を両親に隠そうとしているのと大差ないレベルで透けて見えている。

 

―――だからこそマリーはおかしくてたまらない。彼女の滑稽さが―――

 

西住みほと逸見エリカの距離を縮めるためにバレンタインのイベントはもってこいだと、それを体験したという報告を以て彼女たちにバレンタインのチョコレート作りを流行らせようとしている。その実行を以て彼女らの距離を縮める一助としようというのだろう。

 

―――まったくもって滑稽に過ぎる―――その方法で彼女たちが最初に思うのは「天翔エミに贈るためのチョコレート」であろうに。

 

 劇的な退幕劇をもってステージを去った少女。常に自分たちに目を懸け、自分たちを導いてくれた少女。その少女が、自分たちから離れても、まだ自分たちを気にかけてくれている―――その事実を知って、何故彼女たちがエミ自身に惹かれないと思うのか?

 

―――嗚呼、滑稽だわ。滑稽で、なんて愛おしい―――

 

お気に入りの玩具を扱う時のような純真な笑みを、天翔エミは与えてくれる。退屈な日々をほんの僅か忘れさせてくれる。

 

 そして同時に訓辞をくれる。「これはお前が失敗したときのお前自身の姿なのだ」と―――

 

本当に便利だわ天翔エミ―――貴女がいるだけで、私は自分が間違えないようにと心を引き締めることができる。 マリーは内心でそう独り言ちて―――最後の一口を口に放り込む。

 

「それで?貴女の案はまとまったのかしら―――?」

 

マリーはニッコリと微笑みを向けて、エミの言葉を待つ―――。

 

「―――ひとつ、思いついた作戦がある」

 

エミはマリーの顔をまっすぐに見返して「みほ風に言うなら―――」と前置きを述べてから

 

「―――固めの杯作戦 だ」

 

ニヤリと笑うエミの説明を聞くマリーの貌が、どんどんと喜色を帯びて愉し気になっていく―――

 

「―――いいわねそれ!それでいきましょう!!」

 

 

―――こうして「固めの杯作戦」は開始された―――。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

2月14日 その日は聖人の日というよりも―――さながら「聖戦の日」とでも言うべき光景が広がっていた―――。

 

「受験組を斃せーーー!!」『おおおおおーーー!!』

「エスカレーター組に負けるなー!!」『うおおおおおおおおーーー!!』

 

安藤が率いる受験組と、押田の率いるエスカレーター組が激しくぶつかり合う。

諍いはそこかしこで起こっており、学園内が革命戦争状態だ。

 

「壮観よねぇ♪」

 

 そんな光景を見下ろしながら、マドレーヌをナイフとフォークで上品にパクついているマリーと、同じ部屋で高窓から光景を見下ろしているエミ。

 

 

―――事の起こりは、バレンタインの前日にある―――。

 

 

 

【―――選ばれたただ一人のみがマリー様からチョコレートを下賜される】

 

そんな情報がどこからともなく囁かれ、それは爆発的に広まった。

そして、「我こそは」というものが立ち上がり、互いにつぶし合いを始めた

 

―――結果的に、最終的に二大勢力である受験組・エスカレーター組のメンバーがそれぞれの勢力で手を取り合い団体同士のぶつかり合い―――そのトップである押田と安藤のぶつかり合いに発展した。

 

「マリーからのチョコレートの奪い合い」が「互いの勢力の格付け」に偏移した。

 

マリーからチョコレートを下賜される=相手よりも格が上 という構図が彼らの脳内で成り立っているがゆえに起こった悲劇と言えよう。

 

 

―――もっとも、画策し、情報を流した人物がいてこその帰結なのだが―――

 

 

「―――そろそろ出番じゃないか?」

「あらそう?―――じゃああと一つだけ食べたら出るわ」

 

下で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図と言っていい泥沼の戦いを眺めていたエミの言葉に、マリーはそう答えて大ぶりのショートケーキをフォークで裂きながらこの後の狂言回しに想いを馳せた―――。

 

 

「―――いい加減、倒れろ!!」

「そりゃこっちのセリフだ―――青瓢箪が……ッ!!」

 

 

押田も安藤もすでにボロボロで、互いに肩で息をしている状態だ。BC自由学園の制服はところどころ破れ髪も乱れに乱れている。

 

 

「外様どもにあの方のチョコレートを渡すなど―――我らの恥だ!」

「温室育ちのお嬢様たちに腕っぷしで負けるなんてのは、私らにとっても恥なんだよォ!!」

 

 

フラフラの身体で立ち上がり、互いに力を振り絞り、正面広場で拳が交錯する―――!!

 

―――その瞬間!!

 

押田と安藤が互いにピタリと動きを止める。否、“止められている”

 二人が交錯するその寸前で、躍り出た人影が双方の拳を受け止めていた。

 

「―――天翔!!何故止める!!」「―――お前!!何のつもりだ!!」

 

二人から怒声を浴びせられながら、エミは内心で毒づいていた。

 

“―――しょうがねぇだろ、マリーお嬢が出てくる前に二人がダブルノックアウトとか収拾がつかなくなるんだからさぁ!!―――”

 

エミはそれを口に出すことができない。ただじっと、真打が登場するのを待った。

 

 

「―――いったいこれは、何の騒ぎなのかしら?」

 

冷ややかな声に、騒ぎがピタリと鳴りを潜める。

悠々と、ピンク色の扇子で砂埃の舞う空気から口元を隠しながら、マリーが階段を下りて来る。

 

“―――早く降りて来いよ段取りを護れよお前!!”

 

そう目で訴えるエミの視線も放り出し、マリーは階段の中ほどで立ち止まり、周囲を睥睨する。

 

「埃っぽくていけないわ―――外出できないじゃないの」

「!!―――申し訳ありません!」

 

マリーの責めるような言葉に、その場で片膝をついて目を伏せる押田と、同じように片膝をつくが、バツが悪そうに目を逸らす安藤。

 

「―――説明なさい。誰か」

 

どちらが言い出すかで互いに顔を見合わせる押田と安藤の間をすり抜ける様にして、一歩前に出たのはエミだった。他の2人と違い、膝をつくことなく一歩前に出て、マリーに宣言するように声を上げる。

 

「何でも……お嬢のバレンタインのチョコレートを巡る戦争、らしいぞ?」

 

肩をすくめるエミが目を伏せてやれやれと首を振る。その際に、僅かに視線をマリーに送ると、マリーも扇子で口元を隠しながら視線を返した。

 ここまでは前座、ここからが本番―――!

 

 

「あのねぇ―――私は、バレンタインだけに特別な何かを用意しているわけではないわ。いつでも学園を、みんなを広い愛で愛しているもの―――。

 だから―――」

 

マリーが開いていた扇子を閉じる。その扇子の奥から、少し大きめのハート型のチョコレートが顔を覗かせる。

 それを―――

 

 

 

「えいっ」

 

      ペキッ

 

 

 

安藤と押田。二人の目の前で二つに割って見せた。

 

「な、何と言うことを―――!!!」

「お嬢!!それはあんまりだろ!!」

 

口々に声を上げる二人に、マリーは微笑みを返し―――

 

「―――はい」

 

二人に、二つに割ったチョコレートを手渡した。

 

「今日はヴァレンタインデーなのよ?愛を示す日であって、殴り合う日ではないわ♪お互いに、そのチョコを食べさせ合って、今日だけは仲直り!ほら、頑張って♪」

 

ニコニコと微笑むマリーに顔を見合わせる二人。しばらくお互いににらみ合うような格好になっていた二人だったが―――

 

「―――――マリー様たっての願いとあれば、是非もない」

「お嬢の顔を立ててやるよ」

 

お互いに手にしたチョコを相手の口元に運び、一口齧り合う。

 

 

 

――――パチ、パチ、パチパチ……

 

 

 

ささやかな拍手は誰が最初であっただろうか―――?

 

 

 

――――ワァァァァァァァ!!!!!

 

 

 

周囲に巻き起こる拍手と歓声の嵐に、飛び交う花吹雪。

この日この時に限り、BC自由学園に共和の福音が舞い降りたのだ―――!!

 

 

 

 

******

 

 

 

 

―――ハァ。

 

 ため息を一つついて、やれやれと腰を上げるのは先ほどから姿を消していた天翔エミであった。拍手の皮きりとなるきっかけの一打。そして先の花吹雪の嵐。

 それらすべてはマリーによって綿密に計算された『仕込み』であった。

それを可能にしたのは天翔エミがもつ脅威の身体能力によるものである。他の面々の視線がマリーに向かったタイミングで素早く視界から姿を消し、単身、壁を走って昇り、上空から花吹雪を散らし、広場に仕込んだスピーカーから拍手の音を響かせる。タイミングをしっかり確認した上でだ。

 

 

 全ては「押田と安藤が互いに互いのチョコレートを食べ合う姿を祝福する光景」を作り出すために―――ただそのためだけに用意された舞台装置である。

 

 

 金遣いも人使いも荒い上に、自身は時間に無頓着で段取りなど考えないお嬢様思考のマリーに振り回される形になったエミは、何度目になるかわからないため息を漏らしながら―――すべての光景を映像に収めたカメラを回収し、ひっそりとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

「大成功だったわね―――!!!」

 

上機嫌でケーキを口に運ぶマリーを前に、エミは微妙な顔を必死に抑え込んでいた。

 

「最後のチョコレートをお互いに食べさせ合った後のルカとレナの顔を見た?二人とも気まずげに目をそらしてたのよ!素晴らしいわ!!距離感を計りかねる二人がいつ距離を踏み外すか―――!!楽しみねっ♪」

 

歌い出しそうなほどに浮かれているマリーに、エミは「それはさておき」と切り出した。

 

「おじょ―――マリー。その扇子と髪留めはどうしたんだ?」

「ああ、これ?レナとルカが用意してたプレゼントなのよ。チョコレートを自分がもらった時のためのお返しで買っておいたものなんだって」

 

―――ちなみに扇子は口元を隠すため、「あなたの笑顔を他に見せたくない」転じて「貴女の笑顔を独り占めにしたい」という意味合いを持ち、髪留めは「いつでも貴女と供に」という意味合いをとる場合がある、両者ともにかなり「重い」解釈が可能なアクセサリーである―――が、エミはそれを説明しようとは思わなかった。

 

 

 

―――気の毒すぎてとても突っ込めねえよ―――。

 

 

エミの内心のつぶやきは、内心のまま消えていった――。

 

 

上機嫌なマリーの様子にエミが珈琲の準備を始めようとしたところ、携帯がメールの到着を告げる。

 

着信はみほとエリカの両名から。二人とも、エミが送った動画「バレンタインってこういう行事らしい」という件名のそれを見て思う所があったらしく、「少し遅れたけどチョコレートを作り始めた」的な旨が書かれていた。

 

内容を流し見たエミは笑みを深める。内心では互いに作ったチョコレートをお互いに渡そうとして出合い頭で顔を突き合わせる聖者の贈り物染みた光景が脳内再生されているようだ。

 

 上機嫌だったマリーはそんなエミの様子を見て内心で嘲笑する。みほもエリカも、あの動画では「女の子同士がチョコレートを渡し合い、食べ合うイベント」としか認識していないだろう。よしんば意味を類推したとして、渡す相手は動画を送ってきたエミその人以外にあり得ない。そんなことにも気づかないエミの間抜けぶりに、しかしマリーはそれを指摘したりはしない。

 

 

―――だってその方が見ていて楽しいからだ。

 

 

―――こうして、敗北者二人は、お互いに自分こそが勝者であると誤認し、敗北者である相手にその事実を告げずにいる―――

 

 

 

敗北者たちに幸あれ――――!!

 

 

 

 




「なぁ、安藤―――お互いに腹を割って話そうと思う」
「あぁ、押田の―――私もそう思ってたところだ。つまるところあれだろ?」

『―――真のライバルは天翔エミってことだ(ろ)―――?』


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【四次創作・ウァレンティヌスさん酷使されすぎ問題~敗北者たちのホワイトデー~】

「―――エミ、後で少しお話しましょう」

エミの下へやってきて、ニコニコした顔でそう言うマリーに「はいはい、かしこまりましたよ」と返すエミの様子に、周囲の生徒たちがざわめいた。

内部生からは「マリー様へ敬意のなっていない答え」をしたこと、外部生からは「マリー様から気軽に話しかけられていること」に対する双方の感情が飛んで来る。それを気にする風でもなく、昼寝する猫のように受け流して、エミは席を立った。

「―――おい、天翔」

エミを呼び止める声に振り返ると、押田ルカがこちらに歩み寄ってきていた。

「マリー様がお前に何の用事があるの言うのだ!?」
「―――さてね?お嬢様の考えることはしょせん外部生の私にはわからないよ」

問い詰める様な口調の押田に、エミは肩をすくめてそう言って立ち去っていく。残された押田はエミの【所詮私は外部生】の言葉に苛立ちを隠せない。内部生である自分たちを差し置いて外部生のエミがマリーに近い位置にいること。それを強調されているように感じられてしまう。
―――エミとしては「私はしょせん外部生なんで、分は弁えてますんで」程度のへりくだった意味合いで使ったわけであるが―――人の受け取り方は様々だといういい例と言えよう。

 エミがマリーと共犯関係を結び、マリーから色々と便宜を図ってもらっているという事実から、エミは内部生からも外部生からも敵視されている。当人は当人で、戦車道におけるチームのメンバー以外と交流を持とうとしていないため、必然、孤立しているのだが―――まったく気にしていない。その様子からエミは内外の生徒たちから“野良猫”と揶揄されている。
 マリー様がそれなりに愛着をもっている不愛想な野良猫。
それがBC自由学園におけるエミの評価だった。

 尤も、戦車道関係者からすればその野良猫は、僅か3秒未満で中戦車の装填を終え、短距離ならば垂直の壁を助走なしで駆け上がり、ARLの90mm砲用の砲弾を軽々と持ち運ぶ野良猫であり―――エミのことを【シャパリュ(キャスパリーグの仏語版)】と呼ぶ者もいたりする―――。


*******


「おい、天翔」

こつこつと、靴の音を鳴らして廊下を進むエミに、横合いから声がかかった。
すぐ傍らの階段の下から、上向きに睨み上げる様な目つきの安藤レナがそこにいた。

「―――――」
「―――――」

互いに一言も語ることはない。かたや睨みつける様に見上げる視線。かたや興味なさげな見下ろす視線。

「―――――チッ」

舌打ちを一つ残して、安藤は階下に消えていった。残された方のエミはと言えば―――


―――俺マジで嫌われまくってて草wwwwwww


くらいのメンタルだったりする―――。



ヴェルサイユ王宮の貴賓室のような華美な内装の部屋。シックなテーブルの上に華美な洋装の食器や燭台が並び―――甘ったるい匂いがここまで届きそうなほどに溢れかえるお菓子の山が所狭しと鎮座する。

 

 

 

「―――来たわね?施錠は大丈夫?―――そう

 

 

 

 

  ――――それじゃ、始めましょうか。何度目かもう忘れちゃったけど、定例会ね!」

 

 

 

手近な位置にあったプリン・ア・ラ・モードを手に取りスプーンでひと掬い。

 

「―――バレンタインデーから全く進展がないあの二人の距離感を更に進めるいい案を出しなさい!!」

 

満面の笑みで無茶ぶりをするマリーに、頭痛を抑える様にこめかみに指を当てるエミがいた。

 

「ほら!おりしもホワイトデーよ!おあつらえ向きだと思わない?」

 

いい案でしょう?と自画自賛するマリーに、疲れた顔でため息を吐くエミは満面の笑みで次のお菓子に手を伸ばすマリーに向かって言った。

 

「あのなマリー。ホワイトデーってのは「バレンタインにチョコを貰った男子が女子に贈り物を返すイベントだ。

 ―――女子が女子にお返しするイベントじゃあない」

「あら?そんなの些細なことじゃあないの。そもそもが“バレンタインのお返しを贈る口実のためにわざわざ創られた日”なのだから、男女の軛で縛るなんてナンセンスだもの」

 

 マリーはふふんと鼻を鳴らして得意げに微笑み、マカロンをみっつまとめて串のような長い刃のフォークで刺して口に運ぶ。

 

ホワイトデーはもともとバレンタインデーの語源であるウァレンティヌス司教の殉教から一月後、彼に祝福してもらった恋人たちが、改めて愛を確かめ合ったという逸話から来ているとされる―――が、その割にホワイトデーが周知されイベントとされているのは東洋の一部の国だけであり、根拠としては薄い。

 

「―――大々的にバレンタインに戴いたチョコレートのお返しを贈る日とでも定めてイベントにすることも考えたのよ?」

 

そう語るマリーの目が少しだけあらぬ方向へ焦点を移している。

 エミは想像する。マリーがそれを大々的に発表した場合の生徒たちの反応を―――

 

―――外部生と内部生の融和を目指すマリーの行動は生徒たちの間でも周知される事実として受け止められている。……尤も、やっていることは対立を煽った結果を宥めているだけの盛大なマッチポンプだが……

彼らは思うだろう「こんなにも我々に心を砕いてくださっているマリー様に感謝せねば!それもこれもこちらに噛みついてくる内部(外部)生のせいだ! と。

 対立が完全に激化して暴徒と暴徒のぶつかり合いになってしまった場合、マリーでも完全に制御はしきれなくなる。感情を揺さぶって行動を誘発させるには理性が必要だからだ。結論、彼女はそこまでに至らないギリギリの匙加減での扇動でタイトロープな今の学園状況を制御している。

 

 薄氷を踏んで渡る様な状況でも尚、その上でタップダンスを踊る所業を止められないのは生来の業なのかもしれない。と、マリーは考える。退屈過ぎる日常に飽きて、ふと目の前にある消火栓の非常スイッチを押してしまうときにも似た感情。そういうものなのかもしれない―――

 

「さ、それで?何かないの?」

 

答えを急かす形になってしまったが、マリーの方も考えを振り払うことに忙しくそんな余裕がやや陰りを見せている。エミもそんなマリーの様子に気付いてか気付かずか、首を捻り思案の様子を見せる―――。

 

 

「―――とりあえず、押田と安藤の派閥に噂を流してくれ」

 

 

ややあってエミが口にした言葉と、噂の内容を聞き、マリーは少しだけ愉しそうに微笑んだ。

 

「貴女のことだから精一杯踊ってくれるのでしょう?」

「まぁ、期待した成果を上げるかどうかは分からないがね」

 

手をひらひらと振って退出する。その様子をニコニコと眺めるマリーは、エミが唯々諾々とマリーの言葉に動く理由に察しがついていた。

 要は今回の話もテストケースとして話題に変え、黒森峰の二人、西住みほと逸見エリカに送り、あちらで百合の花が咲き誇る夢を見るのだろう。

 

―――夢は所詮夢でしかないのに―――愚かで可愛らしい―――

 

くすりと嘲笑して、マリーはフォークでモンブランの上に飾られた栗の甘露煮を突き刺して口の中に放り込んだ。

 

 

 

*********

 

 

 

「天翔が調理実習室を?」

「ああ、時間を事前指定して貸出許可を得て、何やらやっているらしい」

 

安藤に呼び出され、やや険悪なムードの両派閥を押しとどめ、安藤の下に赴いた押田は、そんな話を切り出され面食らった。

 

「―――何が目的なのか、わかっているのか?」

「いや、決定的なことは分からない。ただ、最近周囲に噂になっている話がある

 

―――マリーお嬢の生徒融和政策の一環で、「ホワイトデーには男女を問わず、チョコレートを贈り合った相手へのお返しを贈る行為を推奨する」という話だ」

 

安藤の語った内容を、実は押田も自分の派閥で聞いたことがあった。来るホワイトデーに、バレンタインデーでのあの融和をもう一度成し遂げ、内外の生徒の軋轢を解消せしめんと日々苦心するマリーの姿を幻視し、押田は内心で深い敬愛を示すために敬礼をした。その噂と、調理実習室を借りて何かを作ろうとしている天翔エミ―――この二つのヒントが示す先は―――

 

「―――天翔がマリー様からチョコレートを下賜されていた?」

「―――やっぱり、そう考えるのが妥当だよな?」

 

マリーがエミにチョコレートを贈っていた。そのお返しにマリーへ贈るためのお菓子を練習している―――そう考えるのは筋違いでも何でもないだろう。

だって前提条件が間違っているのだから―――。

 

「とはいえどうすることもできない、か―――」

「いや、そうでもないと思うんだ。私はな」

 

押田が口元を歪めてむむむと唸る様子と逆に、安藤は我に一計ありとばかりにニヤリと笑って見せる。

 

「思い出してみろ。私たちはあの日、“マリーお嬢から”チョコレートを受け取って、それをお互いに食ったわけだ」

「―――成程」

 

そこまで言われて押田にも理解できた。つまり安藤はこう言っている。

『我々もマリー様にお返しを贈る権利を有している』と―――。

 

―――だがしかし

 

「安藤―――貴様、調理の経験はあるか?」

「自炊料理ならともかく、お貴族様が食べる様な菓子料理の経験なんか無いに決まってるだろ。そういうのはほら、エスカレーターで勉強の必要が無いお前らの領分だろ?」

「ふざけた理屈で我々に貴様らの怠慢の結果を押し付けるな。内部生にもお菓子作りの得意なものはいるが―――そういう連中はマリー様の専属についてしまっている」

 

―――言いようのない沈黙が周囲を包み。

 

「――――駄目じゃないか!!」

「煩い!!こういう時は大体外部生が悪いんだ!!」

 

 

掴み合いの喧嘩の場に発展する階段の踊り場を下から見上げて、「何やってんだあいつらは」とエミは嘆息するのだった。

 

 

 

******

 

 

 

「―――えー、それでは本日講師を務めます。天翔エミです」

 

 

―――どうしてこうなったのか?

 

エミ自身にもわからない。ただ確実に言えることは、千載一遇のチャンスであるという事と、限りなくローリスクでそれが行えるということである。

エミの目の前では今しも包丁を武器にして互いに切りかかりそうな面倒臭い剣闘士が二人、並んでエプロンと三角巾といういでたちでエミの講習を聞いている。

 

当初、エミが考えた展開では、二人がお菓子作りをしていく様を映像に残しつつ、自分が作ったお菓子との料理勝負染みた展開で二人が協力して制作するように仕向け、その結果として「お粗末!」なエンディングを予定していたのだが―――

 

 あの階段の踊り場での喧嘩の直後、面倒に感じたエミがどうどうと止めに入った結果、「だったらお前が教えろ!」という謎の結論に至った二人により、調理実習室の貸し切りが決定し、今エミは二人にお菓子作りをレクチャーする羽目になっている。

 

 

―――うん、経緯を再度思い返してみてもまるで訳が分からないよ!

 

 

脳内に浮かんだ猫のような白い畜生のイメージを振り払いつつ、一先ず教えるだけ教えようと気持ちを切り替え、エミは講習を開始したのだった―――。

 

 

―――と、言っても、お菓子を作る、料理を作る上で、最も大切なことは『分量を正確に量る』ということ。

料理に関しては曖昧な部分が大きく、個人個人の差が如実に出るが、お菓子作りに関してはよほどひどいどんぶり勘定でもない限りは一応そこそこ美味しく食べられるモノができる。エミ自身、自分で認めるバカ舌ではあるが、分量をきちんと量ってそこから逸脱せず作るだけ。工夫とかアレンジとかは武部殿クラスの達人になってからするものであるという持論がある。

 

 アレンジャー死すべしジヒはない。経験の無い創作料理は悪い文明!!

 

 なお目の前の二人にはまず最初の簡単なステップとしてシンプルなカップケーキの生地を作らせているのだが―――レシピを参考にさせているというのに勝手にドライフルーツや蜂蜜をぶち込もうとする二人に内心ツッコミを入れまくっているエミがいた。

 

「―――同じことをやっているだけでは貴様に勝てないからな」

「コピーするだけじゃ勝てないんだから普通は工夫するだろ」

 

は二人の言。だがエミに言わせてみれば―――

 

「―――そういういっぱしの口を叩くのはきちんと基礎ができてから言え」

 

である。後ろ回り(後転)の練習からスタートしているのにやったことのないバック宙をいきなりやろうとしている子供がいるとしよう。「体操舐めんなや」一択しかない(確信)

 

「―――今は我慢だ」

「―――覚えてろよ、お前より上達して見せるからな」

 

何故か敵愾心メラメラでエミを睨む二人から目をそらしつつ、エミも自分の調理に移った。

 

 

 

*********

 

 

 

「―――完成だ」

「こちらもだ」

 

押田と安藤が調理を終了したのはほぼ同時だった。同じレシピをもとに造ったので出来上がりは同じもの だが押田と安藤の性格や微妙な得意不得意の差がところどころに出ている結果になっている。

 

「じゃ、実食で」

 

エミはそう言って自分の作ったお菓子をお茶請けに、珈琲を淹れる。押田と安藤の分も含めて注がれた珈琲の豆の香りが疲労をいくばくか癒してくれるようだった。

サクリとナイフとフォークで一口分を切り分けて一口―――。

 

「―――不味くはないな」

「普通だな、及第点じゃないか?」

 

自画自賛するつもりはないが、これならまぁ問題ないだろうという評価をつける。口の中を流すつもりでコーヒーを一口。

 

『―――美味いな』

 

思わず口をついて出た言葉が二人とも同じ内容だったことに顔を見合わせると、エミは「おほめにあずかり恐悦至極ってね」とおどけて見せる。

 

「じゃ、次に、お互いのお菓子を交換して食べてみよう」

「……何故だ?こいつにくれてやる意味を感じえない」

「そうだな。ついでに言うとこいつの作ったものを食うのは御免被る。毒でも入ってそうだ」

 

エミの提案にお互いにそう言って、次に掴み掛ろうとする二人に向かって、エミは「はっ」と鼻で笑って見せる。瞬間、二人の敵意がエミへシフトした。

 

「自分で自分の作ったお菓子を食べる。自己評価は高いに決まってるだろう?苦労して作った分の甘さが加味されて当然だ。第三者の評価は辛口なほどいい。

で、押田。『そこにうってつけに相性の悪い辛口評価の相手がいる』じゃないか。そして安藤。『マリーお嬢に送るお菓子を作ってるのに毒なんか仕込むはずがないだろ常識的に考えて』だ。ご納得いただけたかな?」

 

相手からのヘイトを受け流しながら、あくまで理知的に言葉で二人を押し込むエミ。エミの言っていることに間違いはなく、正論であることからあまり強く反発もできず、しぶしぶと二人はお互いの作ったカップケーキを交換して、食べる。

 

「―――お砂糖の偏りが激しいな。甘味がするところとしないところがある。外部生はこういう繊細さが足りないからしょうがないだろうが」

「ちょっと粉っぽいぞこれ。粉の篩掛けと混ぜが甘かったんじゃないか?内部生のエリート様は細腕でいらっしゃるから困るな」

 

互いに相手のカップケーキの悪いところをあげつらって自分の方が上だとマウントを取り合う押田と安藤。二人の亀裂が決定的になる前に―――

 

「じゃあこれが及第点のカップケーキだ」

 

そう言ってエミが自分の品を取り出した。二人と同じカップケーキだが、出来上がりに雲泥の差がある。きちんとした手順を踏み、正しい分量をはかり、そして二人を合計してもまだ勝る体力とパワーで作られた一品は、器に盛られたホイップクリームを添えて差し出された。

 

「本来は上に最初から乗せるものだけど、アンフェアなんで後乗せできるようにした。さ、食べて」

 

顔を見合わせた二人がカップケーキをそれぞれ手に取り、一口。口の中に広がる味わいの違いに絶句する二人に、笑顔を見せるエミ

 

「その顔で大体わかった。自分だけじゃやっぱり正当な評価は出しにくくてね、ありがとう。―――大切な人に贈るものだから妥協したくなかったんだ」

 

 その一言に、エミの想いが集約されている気がした。と、押田と安藤は後に語る。

 

「―――天翔、非礼を詫びよう。私はキミのことを甘く見ていた」

「ああ、そうだな。こっちも詫びよう。そのうえで頼む。ホワイトデーまでに、もう少しマシなお菓子を作りたい」

 

二人とも居住まいを正し、真摯に頭を下げる。そんな二人の様子を見てエミは

 

 

 

――――いや、市販品買えよ。下手な手作りより確実にそっちのが喜ぶわ

 

 

 

そう思いはしたが、空気を読んで黙っていた。

 

「とりあえずバターだけのシンプルなカップケーキから。十分うまくできる様になったら、アレンジを加えたものを作ってみようか」

 

それをおくびにも出さず作り笑いで誤魔化して、エミは『長くなりそうだ』と感じていた。そしてそれは結局ホワイトデー前日まで続くことになった。

 

 

 

*********

 

 

 

「―――素晴らしいわ!!!!」

 

エミからもたらされた映像を前に、マリーは満面の笑みでこれを絶賛した。

押田と安藤が互いにお互いの作った菓子を食べ合い、酷評を上げていがみ合う姿から、相手のお菓子の良い点を挙げて認め合うところまで、多少の編集を含む「料理教室ダイジェスト版」を、エミは隠し撮りカメラで撮影していた。

無論、マリーに渡す用のもの以外に、みほとエリカに渡すメイキングビデオも含めて用意されている。潜入工作兵秋山殿ほどではないが、多少そういう作業にも慣れてきたエミだった―――。

 

「同じ作業を二人で行い、互いに切磋琢磨する。時にいがみ合い、時に認め合う。この積み重ねからいつしか友情が生まれ、愛に昇華する―――大いに素晴らしいわっっ!!」

 

大皿に乗ったレアチーズケーキを興奮のままに一口大のサイコロにサクサクと斬りつけていくマリー。興奮度は最高潮といった彼女の様子にやれやれと首をすくめてエミは嘆息する。

 

 押田と安藤が今回タッグを組んで対抗したのは「マリーにホワイトデーのお返しを贈るために調理をしている自分への対抗措置のため」である。それについても「黒森峰で仲が良かった友人に贈るため」と情報を正してある。誤解は解けているからあの二人が今後共同作業をする場合、その目的は「マリーのため」に他ならないだろう。様々なことに手が回るし口も回る、目も届く―――なのに自分の周囲と自分自身への好意に目が向いてない目の前の暴君に、エミは同情を禁じえなかった。

 

―――最近こき使われすぎてる気がするし、真実に気づくまではこのままで居よう

 

と思う程度には彼女に慣れた部分もある。これだから彼女に使われることに否やを挟めないのだとエミは肩をすくめた。毎回の結末とその真実に憐憫しかない。哀れな少女の夢想の果てに、彼女が絶望するのかはわからないが、せめて看取るくらいはしてやろうとエミは内心で同情を寄せる。

 そんなエミの同情の視線を受け取りながら、マリーはエミを内心で嘲笑する。

エミが自分で作った特製のカップケーキを黒森峰の二人に贈ったことはすでに知っていた。「最近はホワイトデーも多様化したらしい。だからいつもの感謝を込めて」とメッセージを添えられたそれは所謂「友チョコのお礼」程度なのだろう。だが彼女たちがどう受け取るか、それを考えていない時点でエミの浅はかさが露見する。

 

 定期的にイベントのたびになんだかんだと理由をつけて気を回してくれる。そんな友人、しかも恩義を感じる相手に特別な感情を抱かない相手はいない。たとえそれが同性であったとしてもだ。

 自己評価の低い目の前の少女はそれに気づかない。或いは、自分が選んだ二人は互いを至上としてお互いをお互いに一番としていると妄信しているのだろうか?

全く持って間が抜けている―――これだからこの娘を放置できない。

自分が見ていないところでどんな面白いことを起こすのだろう?もしその時を鑑賞できなかったらきっと後悔する。それが理由でマリーはエミを傍に置いている。

 目の前の突拍子もないことを平気で起こす道化師は、周囲を巻き込んで全てを喜劇や狂騒曲に変えるコメディリリーフだ。この娘のやることを眺めているだけで退屈はしない。そしてこの娘が自分の失敗した姿だと思うことで戒めとできる。

 

 道化師と表裏一体の女帝は内心の嘲笑を隠し、甘い甘いお菓子を口に顔をほころばせる。

 

 

―――その本質は全く同じで、すでに【敗北者】であることを、二人とも理解していない。

 

 

それに気づくことがあるとすれば―――きっとその時は「時すでに遅し」という状況だろう。

 

敗北者たちに幸あれかし―――

 

 




BC自由学園に転校したと報告を受けてから今まで、さまざまにやり取りをしてきた。そしてそのたびに、西住みほと逸見エリカの胸中に不安と焦燥が募っていることを、マリーもエミも理解していない。

明るく他人との垣根を感じさせない人懐っこさと、どこか秘匿性のある猫のような少女だったエミが送って来るBC自由学園の映像。ホームビデオのようなその風景に映し出されるのは、和気あいあいとした学園風景であり、内外の生徒たちの対立を描いたものであったり―――そして、内外の対立を収めようと尽力する一人の少女の存在であったりする―――のだが

「―――エミちゃんは、やっぱり―――」
「まぁ、エミなら間違いなく協力してるでしょうね。頑張ってる他人を放っておけない優しい性格の娘だもの」

 今もこうして、自分が居なくなった後の黒森峰の雰囲気を心配して、高圧的に振る舞う癖のあるエリカを、内向的で自閉的になりがちなみほを心配して手紙をまめに送って来るエミに感謝を禁じえない。そんなエミだからこそマリーを救おうとするだろうし、彼女の力になろうとするだろう。
そしてそれは、マリーという少女との距離感を縮めることに相違ないもので―――

「―――どうしよう……どうしたら……?」
「一先ずはこちらの状況を知らせた方がいいわね。そのうえで、エミが黒森峰に戻れるように綱紀粛正を徹底して頑張らないと……時間をかけるだけ不利になる―――」

みほとエリカの中で、最大のライバルに認定されたマリーは、後に否定するも、潜在的ライバルのポジションに置かれ、常に一定の猜疑を持った目で二人からにらまれることを、まだ知らない。


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【装填騎兵エミカスえくすとら 『偏向報道シスベシフォーゥ!!』】

大洗学園艦は救われ、一先ずの平和が保たれた―――。


新聞部が事の顛末を盛大に配布し、戦車道参加者は一躍ヒーロー(ヒロインだけど)扱いだ。ウサギさんの一年生たちははしゃぎまくって浮かれまくって今後入って来る後輩にどんな先輩面するかの相談とかしている。

みぽりんも普通科の他の生徒から一目置かれる存在として見られており、視線に晒されるのが落ち着かないのか借りてきた猫も顔負けのチキンぶりを見せて、事あるごとにさおりんや華さんや俺の傍でビクついている。視線=メンチビーム的なイメージでもあるんだろうか?

―――とはいえみぽりんに抱き着かれて縋るような目で見られてると血を吐きそうだ。
主に大会終了後にあったみほエミエリの結末から考えて―――。


「どうも!大洗学園広報課、新聞部のものです!」


新聞部の取材に適当に答えたのはそのころだった。油断がなかったわけではない。

ペンは剣より強しと言うが、戦車砲には負けるだろという確信もあったし。





 

 「エミさん―――!!」

 

みほを押しのけハッチから外へ飛び出したエミは、みほに笑顔を見せる。片腕をぐるりと回して「まかせておけ」と言わんばかりに。

 

「―――みほ、君は車長だ。だから私が行く―――君のために。チームのために

 

  ―――大丈夫。私は死なない、誰も死なせない、そのために往くんだ」

 

濁流に身を躍らせるエミ。その姿が濁流にのまれて消える。

みほにはただ祈り、エミのために勝利をもぎ取ろうと前を見据えた―――。

 

 

―――しかし、勝負の世界は非情に過ぎる。彼女の献身虚しく、プラウダの凶弾によってみほのフラッグ車は討ち果たされ、黒森峰10連覇を逃した敗戦の責任は、不用意にフラッグ車を離れたエミの身にのしかかったのであった。

 

「ごめんなさい、エミさん―――」

「―――かまわないさ。みほ、君を護ることができて良かった―――」

 

敗戦の責任を押し付けられ、最早イジメに発展する状況に陥っても、エミはみほを責めることはなく、その肩を優しく抱き寄せる。

 

「―――君が大切なんだ、みほ。君のためならば、私はどこまでだってこの身を捧げても構わない―――」

「―――エミさん―――」

 

ふるふると首を振るエミ。みほの瞳を覗き込む様にして顔を寄せれば、互いの瞳にはもう、互いの顔しか映らない―――。

 

「―――エミでいいよ……いや、違う。違うな……

 

  ―――エミと、呼んで欲しい」

 

「―――エミ―――」

 

二人の距離が近づいていく。互いの息遣いが感じられる距離まで―――

 

―――そして、二人は――――

 

 

~次回へ続く~

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(大洗女子新聞掲載小説「大洗の英雄。その軌跡」)

 

 

 

*********

 

 

 

「ああああああああああああああ!!!!(怒号」

 

悲鳴に近い発狂した声を上げながら、俺は壁に掲載されていた「大洗学園広報」を破り捨てた。

 ぜえぜえと荒い息を付きながらくしゃくしゃにした広報をより小さく圧縮して握りつぶす。

 

「な、何をなさいますか!!報道の自由の侵害ですよ!」

「っさいわ!報道の自由を謳うならもっと情報を精査しろよぉぉ!!!」

 

声を上げる新聞部の連中に怒鳴り返すと「ヒィ!」と声を上げて壁際まで後退する。

 

「―――あ、あのぉ……こんなやり取り、私も身に覚えがないです」

 

手を上げておそるおそると進言するみぽりん。せやろ!せやろな!?

 俺としても冗談ではない。こんなデマゴーグが黒森峰まで流れてエリカの耳に入って見ろ。みほエリの芽が芽吹く前に枯れ果てて草も生えねえ荒野が生まれるわ!そんなことになったら即この世からピロシキしてやんぞ!!遺書に糞マスゴミへあることないこと書きまくってからな!!(激おこ)

 

「さ、サイレントマジョリティを考慮した結果の熟慮でありまして……多少なりと、当人が含んでいたものを書き切るのがライターの腕の見せ所といいますか……」

「―――つまり捏造だよね?」

 

身長差の関係上下から睨み上げる様に詰めると「うっ」と後方に下がり始める。それを大洗女子制服のリボンタイを掴んで引き寄せつつ更に睨みを利かせる。

 

「―――訂正、お願いできますよね?」

 

〆にニッコリと笑顔を見せつつ、キュッとタイを絞り上げる。やんわりと相手を責めるときのマニュアル行動だ。

 

―――何故か相手は泡を吹いていた。解せぬ―――

 

ともあれこれでマスゴミは駆逐された―――!!

 

我々の勝利だ――――ッ!!!

 

「―――チョットモッタイナカッタカモ」

 

ひっそりと呟かれたみほの言葉が何だったのかは聞き取れなかったが、大事ではないと思考を切って、俺は意気揚々と凱旋した―――。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――エリカ。みほのことをよろしく頼むよ」

「―――どういう意味よ」

 

 沈む夕日に照らされたエミの姿がおぼろげで、エリカからはまるで今にも消えてしまいそうに見えた。

 

「黒森峰を―――ここを、去ろうと思うんだ。もうね、わからなくなっちゃったんだ―――正しいことをしたんだって、胸を張ってたつもりだったんだけどなぁ……」

「―――エミ―――ッ!!」

 

 消えてしまいそうなエミの姿に、エリカは思わず踏み込んで抱きしめた。このまま放っておいたら本当に消えてなくなってしまう。そんな不安が止まらなかったからだ。

 

「―――痛いよ、エリカ。放してくれ」

「嫌だ!放さない!アンタが居なくなったらみほはどうするの!?私はどうしたらいいの!?今更何もかも放り出して逃げないでよ!!」

 

恥も外聞もない泣き言を喚いている自覚はある。エミをここまで追い込んでしまったのは無力だった自分の責任だとエリカ自身が一番わかっている。

 

 けれどエミを失うことが考えられない。道理も何もなくただ嫌だと泣き叫ぶ自分が居た―――。

 

 

~次回へ続く~

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(大洗女子新聞掲載小説「大洗の英雄。その軌跡」)

 

 

*******

 

 

「―――もしもし?あ、エリカさん。大学選抜以来だね、その折は―――え?何?

 

 ―――新聞?え?!違う!違うよ!私何もヘンなこと言ってないよ!?ぁの……えっと……え、エリカさんは寂しがりやだよねってエミちゃんと世間話してたくらいで……えっと……あの……ご、ごめんなさい……はい、はい……ごめんなさい、ゴメンナサイ……ハイ……ハイ―――ハイ―――」

 

 

 ―――ドアの向こうから洩れ聞こえる謎の会話を前に、俺はそっと、ドアを開けることなくその場から離れた―――。

 

 

―――HAHAHA。やってくれた喃!!(虎眼感)

 

 

とりあえず掲載されている新聞を剥がしてダストボックスへシュー!!超エキサイティンッ!!した後で、自動車部に向かい、戦車用のモンキーレンチ借りてきて、広報課へ突貫することにする。

 

 

 

 以前言ったもんな?一度目は許したものなぁ私―――二度目はちょっとキツいぞぉ―――(半ギレ)

 

 

 

 殴り込みに行った先で俺が見たのは、黒森峰のPJを着た謎の覆面の一団に囲まれて盛大に土下座っている広報課の連中の姿だった―――俺が手を下すまでもなかったようだ―――。

 

 

 

*******

 

 

 

―――Ⅳ号の車体はまだそのころの私には少々大きすぎて―――

 

「―――ふっ―――――――うぅ~~~」

 

全身で伸びをするように腕を伸ばし、車体に手をかけ懸垂の要領で登ろうとする私。他の乗員は作戦会議に出ていていない。装填手の私は装填がお仕事だから、作戦会議に参加する意味はないし、出ていなかった。

 少し、仲間外れにされたようで寂しい―――自分から出ていないだけだからただのやっかみだけど―――。

 懸垂で上がろうとした結果、ぶら下がり健康法状態になってしまう。足が付かない、踏ん張りも効かない―――手を放して降りようか。そんな風に考えていた時だった。

 

「―――もし?お嬢さん(フロイライン)」

 

―――そんな声が聞こえて、私はふわりと優しく抱き上げられていた。

幼子を抱きしめる様に優しく抱き留められ、息遣いが届く程の距離で見つめ合う。宝石のような青い瞳と、キラキラ光るプラチナブロンドの髪―――

私はそのままゆっくりと地面の上に下ろされていた。対戦相手の聖グロリアーナのPJ、優雅な立ち振る舞い、この人も今回の模擬戦に参加するのだろうか?

 

「―――はしゃぐのであれば別の場所をお勧めいたしますわ。こちらの戦車は玩具ではありませんの。この後の試合で使いますのよ?」

 

多分親切心からの言葉だろう。だけど私からしてみれば昔から揶揄われている子供のようなこの体躯を小馬鹿にしたようにしか感じられなかった。

 

「―――私はこの戦車の乗員です」

「まぁ!お嬢さん、冗談はいけないわ。大人をからかうものではなくってよ?」

 

フフッと優雅に微笑む姿がより一層怒りに火をつける。助けてくれたことには感謝するけれど、この人には絶対に負けたくない。絶対に見返してやるんだ。

そう心の中で湧き上がるものがあった。元来負けず嫌いな私の奥底にある炎が、目の前のこの人に目にものを見せてやると逆巻き燃え盛っていた。

 

 

―――結局この後、他の乗員の皆がやってきて、口論を起こしたり、有耶無耶になったりしたけれど―――

 

 

試合の後で、カフェラウンジで再会した彼女は私にティーセットを手渡した。

「次の試合も楽しみにしているわ」なんて―――

 

 

後から聞いた話によると、聖グロリアーナでは、好敵手と認めた相手にのみ、紅茶を贈るのだと―――

 

 

 

―――この時の出会いが、後々まで続く彼女との―――聖グロリアーナ隊長、ダージリンとの因縁になるなんて、思ってもいなかった。

 

 

 

 

 

~次回へ続く~

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■(大洗女子新聞掲載小説「大洗の英雄。その軌跡」)

 

 

 

******

 

 

「―――いやまぁ、ほとんど嘘は言ってないな。うん」

 

掲載された内容を流し読みした結果の俺の反応は特にどうとでもないものである。

だって相手がエリカやみほならみほエリに確実に支障が出るけれどあくまで俺とダージリンなら別になんら支障は出ないし、決定的な行為にまで及んでないのでセーフと言い張れそうな内容ではある。

 

 

 ―――俺がまるで反骨精神に溢れてて相手の話を全く聞かないただの無鉄砲なやんちゃボウズみたいに書かれている点はともかくとして!(重要)

 

 

ともあれ客観的に見るとここからダージリンとの因縁がスタートしているわけで―――自分のスタートラインって思い起こすのは大切だと思わんでもない。

 

 

 

―――まぁ、今後英国淑女(ブリカス)に真っ向から喧嘩売った報道部が生き残っていればいいが―――。

 

 

 

俺は大洗広報課新聞部にこの後起こるであろう悲劇に対して20通りくらいのパターンを考え、まぁダージリンだし と結論付けて合掌した。

 

 

 

 

*********

 

 

 

「馬鹿な!空想における二次的な創作活動は自由の名のもとに認められてしかるべきであります!」

『それは名誉棄損とタップダンスする覚悟があってのものでしてよ?聖グロリアーナは今回の報道内容において創作活動と言えど剪定すべき根も葉もない事柄と断定致しました。独断により排除させていただきますわ』

「他校が学園内での生徒の活動内容にケチをつける謂れはないであります!自由と権利を主張するでありますーーー!!」

 

 

―――大洗広報課の一角で、怒号と悲鳴が響いた。

 




「―――話し合わなきゃ」
「―――そうね、まずは尋問(はなしあい)よね。ダージリンも含めたうえで、きっちりとOHANASHIしましょうか」



*******



『―――茶柱が立ったわ。こんなイギリスの言い伝えを知っている?茶柱が立つと、素敵な訪問者が――――あら?どなたかいらっしゃったかしら?』


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【装填騎兵エミカスえくすとら 『密着!エミカス(ほぼ)24時(建前)』】

西暦20XX年()大洗学園艦は、英国淑女の波動に包まれた。

マスメディアは沈黙し、情報流通はストップした―――――かに見えた!




だが、新聞部は絶滅していなかった―――――!!!




注意:エミカス本編軸ともIF時空とも全く異なる時間軸です。気にしてはいけません。
エミカスはほぼ登場しません。あとドラッグはダメ、絶対。



大洗女子学園―――戦車道が復活し、一度は廃校の決定が下されもしたがそれを潜り抜け存続が決定した学園。それなりに多くの女子生徒が通うありふれた学園である。その学園の片隅、『放送部/新聞部』というネームプレートが掲げられた一室では、散乱する書類の中、一人の女生徒がむむむと唸り声を上げていた―――。

 

―――彼女の名前は【王大河(おう・たいが)】、大洗女子放送部の突撃取材班であり、新聞部のコラム執筆者でもある―――生粋のブン屋である――――!!

 

「―――謎だわ―――」

 

頭を抱えながらも、大河は書類の束の中から一枚の個人情報メモをひったくるように抜き出し、コルクボードに貼り付ける。

 

―――天翔エミ 黒森峰女学園から大洗に転入。その後、選択必修科目で戦車道を選択。同じく転入組の西住みほとともに高校生大会を勝ち抜き、優勝の立役者となる――― と書かれている。

 

 

―――書かれているのだが―――あまりにも―――

 

「―――情報が少なすぎる……。何が隠されてるのか―――とても、興味深い、です―――」

 

 

 メガネの奥の瞳がキラリと光り、ブン屋のカンが脳内で特ダネの匂いを感じ取った。常日頃持ち歩いているメモ帳と、ハンディタイプのマイク式レコーダーを肩掛け鞄に放り込み、大きなリュックを背負って手にはカメラというスタイルで大河は部室を後にする。

 

「―――天翔エミさん―――貴女の全部、私に見せてくださいな♪」

 

 

 

【 EXTRA MISSON 『体当たり突撃取材致します!王大河です!!』 】

 

 

 

「―――はい!私王大河はですね!今回突撃取材という事で!話題の人、天翔エミさんに突撃をしたいと思い、時刻は早朝5時!タイムスケジュールに寄ればこの時刻、この近辺でトレーニング中のはずですが―――?」

 

 

空を見上げた大河の目に―――空を舞う一羽の鴉のような姿が映る。

 

 

「あぁーーーーっとぉ!あれは何だ!!?鳥か!?ヒコーキかぁ?!

 

 ―――いいえ違います!マンションの壁を蹴り黎明に舞うあの姿はまさしく!天翔エミさんだぁーーーーー!?そして今軽やかに着地ィーー!!」

 

 

 マンションの壁から民家の屋根へ、民家の屋根から別の屋根へと跳び移り、ブロック塀を飛び石代わりに地面に着地するまでをカメラに収めながら実況を開始する。

 

 

「よもや最近大洗で噂になっている【朝もやに紛れ空を翔ける幻影の怪人、ファントム】とは彼女のことだったのかー!?これは特ダネ!特ダネだわぁ!!!

 

 メモ帳に書きなぐるようにガリガリとペンを走らせる大河をスルーして、ウェイトランニングで家に戻るエミに気付かず、インタビューのタイミングを逃す大河だった―――。

 

 

 

******

 

 

 

「―――はい!こちら報道部、王大河です!時刻は正午を回ったあたり!お昼ご飯タイム後の天翔エミさんの行動を追ってみたいと思います!」

 

カメラを前に実況中継する大河。目標はⅣ号戦車を置いてあるガレージである。こそこそと接近してみると、中からエミが出て来るところだった。インタビューチャンス!大河はカメラとマイクを手にし、いつでも突撃できる体勢をとる。目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ―――

 

 

「―――天翔コーチ!!お昼が終わったなら、一緒にどうですか!?」

 

 

いましも突撃しようとしていた矢先に、エミのところに駆け込んできた人影に、大河は慌てて行動をストップし、状況を確認する。

 エミに声をかけたのは元バレー部のキャプテン、磯辺典子のようだ。

 

「―――前々から言ってるけど、私はコーチなんて呼ばれるガラじゃないよ」

「いいえ!コーチはコーチです!外国人のスパイカーのスパイクなんかものともしないレシーブを鍛えるためにも、天翔コーチの高高度高角度のハイジャンプスパイクが絶対必要なんです!!」

 

熱く語る典子に少し引き気味のエミ。大河は一連の状況を映しながらすっぱ抜き用のメモ帳に記録していく

 

「―――“バレー部大型増強!期待の新星は大洗の英雄!?バレー界に二度目の奇蹟を巻き起こすか?!”これは―――スクープだわ!特ダネだわ!!」

 

確固たる証拠はないし、バレー部だけが息巻いていて当のエミ本人にバレーをやる気があるわけでもない。が、そのあたりは燃え上がった大河には計算できないし、しようとも思わない。

 皆刺激を求めている。どこにでもある普通の学園、普通に進学するための普通科、特色がさほどあるわけでもない大洗の街。

それを一新したのが復活した戦車道の選択必修科目で、戦車道が起こした奇蹟が目下のところ生徒が求める刺激である―――大河の求めるものは「刺激を燃え上がらせるスパイス」である、常に人を突き動かす未知の刺激は人が成長するために必要な栄養素だと、大河自身が持論とするがゆえに。

 

「当人にやる気がないのならば外堀を埋めてしまえばいいのよ。そう、天翔エミさん、貴女がバレー界でどんな奇蹟を起こすのか―――興味深いです!!」

 

 

 キラリとメガネが輝く。大河は完全に目的を見失っていた―――。

 

 

 

********

 

 

 

「―――はい。申し訳ありません取り乱しました、私、王大河がお送りしております。時刻は現在夜の8時。晩御飯を終えてバスタイムに入る方も多いのではないでしょうか?」

 

号外としてバレー部員の記事をガリ版でテスト印刷して原本を作ったあたりで漸くトランス状態から復活した大河は、三度エミへの突撃取材を敢行しようとしていた。

 

「件の天翔エミさんですが、他の皆さまとお風呂に入ることがない。という情報が寄せられております。その件に関して当人にインタビューを試みたいと思います!一体つついた藪から何が飛び出すのか?!今から私、ドキドキしております!」

 

夜の8時、バイトを終えたエミが帰宅する途中に立ち寄る大洗学園艦の艦内の露天風呂。そこに大河は先んじて脱衣所に入り、スタンバイしていた。

 

「身体に傷があるのでは?という推測もされております―――もしそうならばそれはいつ誰によってつけられた傷なのか―――?黒森峰時代の上級生によるイジメ?孤児院の内部環境下での虐待?はたまた痴情のもつれ?―――くぅぅ~~~……実に興味深いッッッ!!」

 

カメラに向かって己の想いの猛りをぶつけることで興奮を抑え込んでいる大河の背後で扉が開く音がした。「あ゛~~」と年寄り臭い間の抜けた声を上げながら現れたエミは目ざとく大河を見つけて「あれ?先客?」と尋ねる。

 

「―――あ、いえ。私はもう上がるところなので」

 

一緒に入浴となると当人が逃げる可能性を考え、大河はすでに入浴を済ませ、さもマッサージを済ませてもう一度入るかどうか考えていた客を装っていた。カメラは脱衣所の衣服を入れた籠の中に起動状態で入っている。

 

 

犯罪である。もう一度言おう、犯罪である。盗撮、ダメ、絶対(強調)

 

 

 同席するのが気まずい客がそそくさと立ち去るような動きで脱衣所に立ち、自身の身体を壁にして脱衣籠を隠す。ややあって気にする必要がなくなったのか、エミも脱衣籠の前に立ち、服を脱ぎ始める。

バイトやトレーニングで使うためのどうでもいい衣服なのか、着脱のしやすい―――所謂ボタンなどの面倒なものが付いていないトレーナータイプのダボっとした上着とスウェットをぐるっと脱ぎ捨てる。雑に脱ぎ捨てている姿がどことなく自分のお父さんのようだと、盗み見ていた大河は思った。

 

「―――あの。何かあるの?」

 

チラチラとみていたのがばれたらしい。大河の心臓の鼓動が跳ね上がった。もしもカメラの存在がばれたらと考えると死ぬ。社会的にも生命的にも多分死ぬ。

努めて冷静に。心の中で強く何度も繰り返しつつ、震える手を抑えながら、大河は脱衣籠を指差した。

 

「い、いやぁ……雑に脱ぎ散らかしてるんで、服が痛んじゃうのになぁ―――って」

 

ひきつった顔でどうにか笑顔を繕うと、エミはそれ以上の追及はしなかった。「そっか。買い替えもバカにならないし、少し気を遣うかな」と言ってぐるっと残りの衣服を脱ぎ捨てて―――何故か水着を着こんで露天風呂の方へ歩いて行った。

 

「―――――――はぁぁぁぁぁ」

 

長い、長い溜息を吐く。危なかった。危なすぎた。生命的な危機を乗り越えた時の生の充足感は計り知れないと誰かが本に書いていたが、今まさに大河の心境はそんな状況だった。

 

「―――世の中から犯罪が減らない理由もこういうのだったりしたら嫌だなぁ―――」

 

己の行動を振り返り、大河は起動状態のカメラの電源をオフにし、着替えを済ませて上部甲板エリア―――地上に出る。

時刻は夜の9時。省電源で外套の明かりが減り、空に浮かぶ星々が見える様に調整されている。天を彩る星々の光を見ていると、先ほどの行いが胸を苛む―――。

 

「―――新聞部としてというより、人としてこれはないわね。見た感じ、背中はきれいなものだったし、映像を残す意味もないし―――」

 

 

大河がカメラを操作してデータを消去――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――お待ちになって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポンと、その肩が叩かれた。

 

 

 

**********

 

 

 

―――謎だ。

 

 王大河は、『放送部/新聞部』のプレートが掲げられた一室の真ん中でむむむと唸り声をあげていた。

目の前にはガリ版で印刷された一部の草稿。

 

 

「―――“バレー部大型増強!期待の新星は大洗の英雄!?バレー界に二度目の奇蹟を巻き起こすか?!”か―――

 

 

    ――――――――私、いつこんな記事書いたんだっけ―――?」

 

 

大河は首をひねり続ける。そうして空白の一日の記憶をどうにか取り戻そうと苦心するのだった―――。

 

 




小ネタに時系列とか求めてはいけない。イイネ?

なお途中でインターセプトが入りましたが、ストップがかからず、自重しない場合の迷惑なブン屋と化した王さん改め王カス(オーカス的な)だった場合は



―――黎明の時刻にトレーニングに出たエミカスを見送った後。部屋の中を探索して



―――例の日記を見つけることでしょう(闇)

 犠牲になったブン屋はいなかったのだ。こんなに嬉しいことはない()


深淵を覗き込むものは深淵に覗かれていることを理解しなくてはいけない(戦慄)




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エイプリルフール用ネタ 【 えみかすいんわんだーらんど 序 】 

まえがき

以前途中まで書いてたら寝落ちして先の展開が思い出せなくなって放置してたのを、続きをリクられてたので脳内でコネコネしていったモノです。

基本的にこの世界線はどこにもつながっていませぬ。
そして同時に「すべてに繋がっています」

そんな感じのアレです。


「―――――――――っ……~~~……」

 

 

微妙に重い頭を振り、鈍痛にも似た感覚を振り払う。

朧げな記憶をたどり、昨日のことを思い返してみる。

 

昨日は大規模合同演習の打ち上げで各校の代表選手がみんな集まって盛大に【かんぱーい!!】したのだ。確か。

PJ交換会みたいなノリでみんなが大洗の制服を着てた大学選抜戦を思い出したのか、それぞれグループに分かれて違う学園の制服だのPJだのに着替えるコスプレパーティー染みた大騒ぎをやらかしてー……

 

 

 

―――――――そんな有様をひとりノンアルビールでジャーキーをむっしゃむっしゃしてたら、疲労が蓄積してたのか、目元も足元も覚束なくなってきてー……

 

 

 

 

―――――――うん。記憶がないな(不安)

 

 

 

 

 

 俺が何をしでかしたかの記憶がないのが不安で仕方がない。もしやみほエリに致命的な溝を掘ってしまった可能性も……ああ思い出せ俺の頭!!

バリバリと髪をかきむしるようにして頭をデスメタルばりにブンブン振り回してみるも、何も思い出せない。

 

 

『―――騒々しいね……キミの朝は、いつもそうなのかい?』

 

 

思考の海にダイブしかけた俺をふいに横から聞こえた声が呼び戻した。首だけを其方に向ける前に部屋の装飾に不信を覚える。はて?俺の部屋はもっとシンプルだったよな?ここ誰の部屋だ?

 

 

 

  そうして、首を其方に完全に向けると―――

 

 

 

 

 

―――――3人分はあろうかという大きめのベッドのシーツをギリシャ彫刻の服のように巻き付けた姿のミカが居た。

 

 

ミカの様子から自分の身体を見下ろしてみる。

 

 

 

――――――裸。

 

 

 

一言で表すなら、裸。  「そうび Dなにもつけない」である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――よし、死のう(一秒)

 

 

 

 よりにもよって原作キャラに前後不覚のまま手を出してしかも記憶すらねぇとか許されざる愚行にして蛮行。この上は素手でハラワタ引きずり出して苦悶のうちに死ぬのが妥当と思われた。

そんな俺の行動に不審なものを感じてか、ミカが機先を制して俺の肩に手を置く。裸シーツというマニア向けの格好のミカが至近距離に近づいたことで俺の罪状は加速した

 

 

『人は失敗をする生き物だからね。これは事故に過ぎないよ。大切なのは、そこからどう学び、のちの実践に役立てるかということさ』

 

 

 いつも通りの態度のミカに若干冷静になり―――気づく。

“俺TSしてんじゃん。【ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲】ねーじゃん”ということに

 

 

 

 

   ……いや、だとしても俺のしでかしたことの罪荷は減ったりしないのだが

 

 

 

 

『―――騒々しい……こんな格言をご存知?“あなたは睡眠中に精神的な充電をしているのです。適当な睡眠は、人生の喜びのためにも活力のためにも、欠くべからざるものです” 』

『イギリスの劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの言葉ですね』

 

 

 

 ミカの向こう側からそんな声が聞こえ――――――――――半裸のダージリンとオレンジペコが起き上がって寝ぼけた目でこっちを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

  【EXTRA MISSON:『胡蝶の夢―――です??』】

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――状況を整理しましょう」

 

 ネグリジェ姿の上から器用にシーツを巻きつけた姿で盤面を洗うダージリン。ベッドのシーツを器用に切り分けてミカが巻き付ける分と、あとついでにペコが頭からすっぽりかぶるポンチョの様なデザインで簡易服を作っている。実に芸が細かい。

 

「そこの裸族もとりあえず羽織るくらいはしておくべきでしてよ?ねぇ?かつて『女同士だし別に構わないでしょう』と言ってみんなで裸の付き合いにお誘いしただけで即座に逃亡している裸族さん?」

「いや、私が着たら絶対足りなくなるだろ、それ」

 

 いかに俺の身体がこじんまりしているとはいえベッドのシーツは有限である。下着姿のペコとダージリンを直視したらこの目を潰すしかないかな?ってのは当然であるし、ミカに至ってはシーツがなくなったらどこまで裸族なのかわからないシュレディンガーの裸族モードなほどアンダーラインが出ていないのだ。シーツを取り上げようものなら推定有罪が確定死罪に格上げしかねん。

 そういう風に鑑みるなら―――俺が裸族で困る人間は多分いない。人前に進んで肌を晒そうとは思わんが周りが肌を晒すくらいならばこれが一番マシと言えよう。

 

「―――ひとまず“これ”の服を探しましょう。一刻も早く」

「異議はありません」

「同じく、異議なし。他の面々の精神にもよろしくないだろうね」

 

 俺を除いた三人がそんな感じの結論を出して頷き合う。―――いや、まず各自の記憶を探ろうぜ?(重要)

 

 俺としてはこの状況で自分が裸族であろうがなかろうがミカにもダージリンにも勿論ペコにも何ら危害を加えていないという確証が欲しいのよ?もし仮にこの状況で三人のうち一人でも、最悪全員に何らかの危害を加えて居たらと思うと―――今この場で全身の肉を引き裂いて挽肉にしても足りないって思うじゃん?それでも足りねーんじゃん??

 その辺の安堵が欲しいんだよぉ俺はさぁ!?

 

―――という俺の魂の叫びは表に出されていないためスルーされ、何か言いたげに見つめる俺を総スルーして各自散開してどことも知らない部屋の中を散策する。

 

 ほどなくしてダージリンが部屋の隅っこに置いてあるRPGでよくありがちな『何か入ってそうな木箱』の中から「とりあえず」の衣服を発見した。のだが―――

 

 

 

「―――クッフォwwwwwww」

「よくお似合いですよ」

「年相応―――と言っては失礼にあたるんだろうね」

 

 俺から顔を反らしてプルプルと震えているダ-ジリン。悪意全くなしに褒めたたえるオレンジペコ。そして何ともコメントしづらい飄々とした態度のミカ。三者三様の反応を見せる俺の姿は―――――――

 

 

―――ボコパジャマだった(眼帯つき)

 

 

 ―――これもしかして愛里寿・ウォーでみぽりんが愛里寿に着せてたやつじゃなかろうか?体格的にもこのくらいだった気がする……つーか眼帯いらねーだろこれ。

 

 

―――愛里寿の着た後のじゃないよな?ないよな?着回しとか有罪過ぎて指数本で済む話じゃない気がするんだけど!?

 

 

 

「さて、落ち着いたところで状況を整理しましょうか」

 

 

 ひと段落したとばかりに俺をスルーして呼吸を落ち着かせたダージリンが、俺の姿を視界に入れないように顔を軽く背けて話し始める。

 

 

・ひとつ。「誰も昨日のパーティーの後のことを覚えていない」

 

・ふたつ。「何故下着姿だったのかもわからない」

 

・みっつ。「少なくともダージリンとペコはアッサムやローズヒップの姿を、ミカはアキやミッコの姿を見ている」

 

 

「―――大した情報源になりませんわね」

 

 全くもってその通り。何しろこれでは『俺がこの子らに手を出したかどうかの精査が取れない』のだ―――精神衛生上非常によろしくない。よろしくないのだ。胃の辺りがさっきからギリギリを通り越してゴリュゴリュというありえない音を立てている錯覚を覚えるほどに。

 

「―――いずれにせよ。外に出てみるしか、無いでしょうね」

「同感だね。外に何があるかわからないけれど、こうしていてもはじまらない」

 

 ミカとダージリンの相談はその方向でまとまって、二人して部屋の外に通じるドアの前に歩き出した。俺もとりあえず何かあったらまず盾になれる位置に向かって若干足取り重く歩き出す。

 

 一体全体この状況はなんなのか。悪い夢か何かであって欲しいんだが―――

 

 鍵がかかっていないことを確かめたダージリンが周囲に目配せを行い、いざというときに備えてとりあえず傍にあった手ごろな大きさの椅子を掲げる俺を確認しつつ―――

 

 

 

―――ドアを開けた。

 

 

 

 

「……………Zzz……」

「この娘は……確か、大洗の操縦手でしたわね?天翔エミ」

 

 ダージリンが確認するように、眠っている少女の顔を覗き込んで俺に確認を促す。俺もそれに同意するように頷きで返した。

 

 部屋の向こう側は同じようにまた大きな部屋で―――

 

 

―――なぜかその真ん中で、学校指定のやつ(スクール水着)を着込んだ冷泉殿が敷布団の上で寝こけていた。

 

 

 

―――混迷する状況は、どこまでも混迷していく。

 




なんか気が付いたら続きものになってた。(1話完結で終わる自信がなかった)

ので続きます。続き?とりあえずまほルート書いてるからそっからな!(同時進行)


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エイプリルフール用ネタ 【 えみかすいんわんだーらんど 破 】

―――これは夢なんだろうか?







 たとえこれがただの都合の良い夢でもいい。




















―――もう私を置いていかないでくれ―――





「―――その娘は、起こさないの?」

「彼女の場合、起こそうとして起きるものでもないんだよなぁ……」

 

 スク水姿の冷泉殿を囲んでどうしたものかと悩む俺と、無理に起こそうとしない俺に不思議そうな顔のダージリンと他2名。だが冷泉殿を起こそうと考えるなら、入念な準備と人員が必要なのだと俺は知っている。

 少なくとも秋山殿の起床ラッパか武部殿。このどちらか、或いは両方が必要だろう。原作的に考えて。

 

 

「ダージリン様。あちらのクローゼットにグロリアーナの制服がありました」

「あら幸運ね。この格好でいつまでもいることになるかと思っていたけれど」

 

 

 部屋の中を色々調べていたオレンジペコが戻ってくるとそんな感じのやり取りをして、ダージリンはペコを連れてクローゼットのほうへ歩いて行った。ミカのほうも色々調査しているが、部屋の片隅に鎮座した個室用の小型冷蔵庫の中身をしげしげと眺めていたりする。

 

 どうでもいいけど本当にここはどこなのだろうか……?

 仮にラブホ的な場所だとするじゃん?冷蔵庫の中身とか勝手に持ってった場合その分減った体積量でセンサー感知して料金に上乗せとかそういうのだとして―――マッパでベッドに寝転がってた俺もダージリンとペッコとミカも、全員財布などというものは存在しないわけで―――

 

 

 結論:地味にやばい……やばくない?

 

 

 状況の把握と現金の確保が急務になりそうだと考えを改める俺であった。

 

 

 

*******

 

 

 

 「―――……沙織か?」

 

 唐突にむっくりと起き上がった冷泉殿がぼそりと線目で呟く。眠たげな様子のまま、顔を左右に振って部屋の内部をぐるりと見まわしている。

 

 

 

 

 

「……なんだ、やっぱり夢じゃないか」

 

 

 

 

 やがて俺の方へ顔を向けた冷泉殿は、そんなことを呟いた。

 

「いやいや冷泉さん、起きてくれ頼むから。武部さんも居ないから本気で寝られたら起こせる人間がいないんだよ」

「―――」

 

ぼーっとしていた冷泉殿がこっちの反応にピタリと止まる。何考えてんだかわからない表情でじっと微動だにしない冷泉殿。ひょっとしたらBGMに一休さんのとんちをひらめくときのアレが鳴っているのかもしれない。頼む冷泉殿、現状ヒントひとつないクソゲーなこの状況を打破してくれ!

 静かな時間が流れたのはどのくらいだったか―――不意にすっくと立ちあがった冷泉殿は、てくてくと部屋の端っこにあったラブホ特有のガラス張りの部屋に向かう。

 

 

「―――顔を洗ってくる。頭が回らない」

 

 

 そういって学校指定の奴を身に纏ったまま頭からシャワーを浴び始めた。

 

 

 

 

 え?俺はどうしたのかだと?最後まで見てたらこの目をくりぬいても足るはずがないだろいい加減にしろ!!

 耳に戦車道で使う専用の耳栓ぶち込んで、いざとなったら耳叩いて鼓膜を壊すつもりで「部屋の中を探索するぜー超するぜー」という感じで意味もなく部屋の中を物色してたに決まってんだろ!!

 

 

 それはそれとしてこの一件はゆるされざると思う。俺この施設を出るまでに五体が残ってるのか怪しくなってきたなぁ……

 

 

 ※ 現在のピロシキ予定 左腕 右足←New!!

 

 

 

*******

 

 

 

 「さて、冷泉さん……だったかしら?申し訳ありませんがお答えいただけません?何故貴女はここにいるのか」

「……寝て起きたらここだった。以外になにか答えがあるのか?」

 

 ダージリンにそっけなく答えて周囲をきょろきょろと見まわしている冷泉殿に、笑顔のままやんわりと視線を外したダージリンが俺にアイコンタクトを送ってくる。すなわち『なんなのこの子は』という意味合いで。

 冷泉殿の性格は慣れている大洗の面々ですら振り回され気味である。相手の反応を見て対応をやんわり変えていくダージリンでも飄々としたネコ科の生物のような冷泉殿への対応は一朝一夕にはいかないに違いない。

 

「だがまぁ……わかったこともある」

 

周囲を見渡していた冷泉殿が部屋の四隅を指差した。

 

「監視カメラの類が一切ない。ピンホールカメラの類でこっちを見てるとしても、視線らしきものは感じないし、感じなかった。ここに誰かが私たちを閉じ込めたのだとしたら、逃げ出す様子を見るにせよ、逃げ出さないように監視しているにせよ、それをモニターしていないとおかしい」

「―――成程」

 

 すぅっと目を細めるダージリン。冷泉殿の考察にその危険度が若干上がったのか、油断ならない目つきで冷泉殿を見ている。スッと手持無沙汰な手を横に延ばすと、さも当たり前かのようにオレンジぺコからカップとソーサーが指し出され、それを受け取って中身をくっと呷るダージリン。

 

 

 

 

 ―――それたぶん冷蔵庫の中にあった午●ティーだよね?後でお金が発生するやつだよね?大丈夫?今の部屋のドア開けたらニコニコした顔のラブホの店員がいたりしない?俺ら無一文よ??本当に大丈夫なの??やばくない?みんな楽観視しすぎじゃない???

 

 

 

 「ともかく、情報がこれ以上見つからないなら―――覚悟を決めて、次の部屋に行こうか」

 

 

 

ミカがそう言って、部屋の奥にある扉の前に向かう。正直このわけのわからない空間そのものが何らかの夢であってほしいとこれほどまでに思ったことはない。グロリアーナの制服に着替えたダージリンとオレンジペコはともかく、ミカァ!はまだ古代欧州の人みたいな布の服だし、冷泉殿に至っては微妙に湿っている学校指定の奴の上からバスタオルを羽織っただけという謎のフェチズムを醸し出す出で立ちである。おかげで冷泉殿に視線を向けることができん。下手に直視したら目をもって行かなくてはならないだろう(使命感)

 

 

「この先もまた部屋だったらどうする?性質の悪いホラー映画みたいにさ」

「やめて下さらない?冗談じゃありませんわ」

 

 そんなホラーな会話を真剣味もない表情でかわすダージリンとミカを後ろで眺めている俺と冷泉殿。

 

 

「―――お前は……私のことを麻子と呼ばないんだな」

 

 

 不意に冷泉殿がそんなことを呟いた。

大洗での冷泉殿とのファーストコンタクトの後、「麻子でいい」と言った彼女に対して「いやいや俺が原作キャラを呼び捨てとかアカンでしょ」と思った俺は「そこまで親しい間柄でもないし、その気になったら呼ばせてもらうよ」と適当にお茶を濁してその場を切り抜け、未だに「冷泉さん」で通している。

 

 

 ああ成程、これを機に吊り橋効果で近づいたし、そろそろいいんじゃないか?的な意味ですねわかります。

 

 

 

 だが断る(露伴感)

 

 

 

 俺如きが呼び捨てで呼ぶなどというなれなれしい真似をしたら、さおまこの波動が陰ってしまうかもしれない。そんなこと誰も望むはずがないのだ。

 そう思うだろ?アンタも(トリーズナー感)

 

 

 

「冷泉さんは冷泉さんだよ。違う呼び名で呼ぶのは、私じゃない」

「―――そうか」

 

 

 

 短く呟いた冷泉殿はそのまま黙って事の成り行きを見守る方向へシフトした。

どうやら俺の言いたいことを察してくれたらしい。そうだよ冷泉殿、武部殿がおるからさおまこの波動を高めて、どうぞ。

 

 

 

 

 

ギィ、と音を立てて内側に開いた扉の向こう側は―――

 

 

 

 安っぽいホテルの廊下のように見えた。

 

 

 

 

「どうやら……廊下のようだね」

「照明がついてないあたり……本当にホラー映画染みて来ましたわね」

 

 ゆっくりと全員で廊下に出る。赤絨毯の敷かれた廊下はひんやりしたものではなく、素足でも問題なく歩けそうだった。

 全員が廊下に出た後でパタンとドアを閉めるダージリン。薄暗い廊下の向こう側はそこそこ遠いのか、奥まったほうが闇色に見える。

 

 

 

―――キィ……

 

 

 

 金属のすれる音が聞こえた。思わず臨戦態勢をとる俺と、避難経路としてもと来た部屋へのドアに手を掛けるダージリン。しかし―――

 

「―――開かない!?」

 

 ガチャガチャとノブをひねるもドアはビクともしない。

 

 

 

 そら(ラブホならオートロック仕様だろうから)そう(なるだろう)よ

 

 

 

 キィキィと独特の車輪の音を響かせるなにかは近づいてくる。

ごくりと誰かの喉の音が鳴った。急激に始まったホラーゲーム展開に、一同の緊張が高まる中―――現れたのは

 

 

 

「―――エミ……?」

 

 

 

 憔悴したような様子で、“誰も載っていない車椅子を押している”安西千代美。

 

 

―――アンツィオのドゥーチェ、アンチョビだった。

 




エイプリルフールだったので()

QAK(急にエイプリルフールが来たので)というやつでひとつ()


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エイプリルフール用ネタ 【 えみかすいんわんだーらんど 急 】

 何が悪かったのか などと論じる価値もない。


 結果として私は間違えた。


 彼女を救うどころか追い詰めてしまった。




 彼女が居なくなってしまって、私に残ったのは後悔と絶望だけだった。







 嗚呼、神よ。もしも居るのだとしたら―――






 ―――私を裁いてくれなどとは言わない。






 ―――もう一度だけでいい。






     もう一度だけでも、あのころの彼女に会いたい。






        『そして、今度こそ間違えない』 






 キィキィと、ホイールの車軸がこすれた音を立てている。老人介護用の椅子らしきものを押して、ヨロヨロとおぼつかない足取りで歩いてくるその姿には、遠目からでも目立つ銀色のドリルテール。

 

 ドゥーチェ・アンチョビその人だった。

 

 

 何故ドゥーチェがここにいるのか?何故車椅子を押しているのか?そもそもここはどこなのか?色々考えることはあるが、死んだ魚のような目で車椅子を押しているクッソシュールなドゥーチェをどうしたものかと思っていたところ、背後からクイクイと袖を引かれてる件。

 引いている袖の根元をたどれば、ロリペド体型で超小柄な俺の陰に入るようにしゃがみ込んで身を縮ませたダージリンが居た。なお、当たり前の話だがめっちゃはみ出ている。

 

 

「どうせ貴女の担当なのでしょう?早くなんとかなさい」

 

 

 とかクソ偉そうに命令してくるブリカスに、目の前のドゥーチェが真に無害であると確信していたならば前方に軽く蹴り出してやるのにとか微妙に考えつつ、意を決して一歩前に出る。

 

 

「えっと……ど、ドゥーチェ?」

 

恐る恐る声を掛ける俺。微妙に声が揺れてたりする(恐怖)

だって考えてみて欲しい。目の前のドゥーチェの死んだ目が誰の仕業なのかという推論を重ねていく場合、ドゥーチェを罠にハメるくらいのとんでもない存在っていうのが、絶賛俺の背後で隠れ潜んでいるダージリン(ブリカス)か、同じように後方で距離をとっている継続の名無し(ミカ)くらいなのだ。

 

 じゃあ誰があのドゥーチェをこんな風に……!となるのが普通だが、それを尋ねるのにも勇気がいるのが現状である。

 

 そんなこんなな内心でのいろいろな考えを織り交ぜつつ声を掛けた俺の目の前で、車椅子を押していたドゥーチェが微妙に焦点の合っていない瞳を“フィッ”とこちらに向けた。

 

 

 そのまま数十秒の間、沈黙が場を支配して―――

 

 

 

「……エミ?」

 

 

 

 

 その瞳に、わずかにハイライトが戻った。

 

 

 

 *********

 

 

 

 カラカラ―――キィキィ―――

 

 

 絨毯で車輪の音が相殺され、ただただ車軸が擦れる音だけが響く。

 

 

「いやぁまったく!!何がどうなっているのかも分からないんだがな!」

「……左様で」

 

 何処までも続いているような廊下を歩きながら、アンチョビが快活に笑う。その快活さにはさっきまでの陰鬱な表情はうかがい知れない。

 

「ペパロニやカルパッチョもいるかもしれないな!いやぁそれにしても!皆と合流できてよかった!」

「―――そうだね」

 

 傍目には涼しげな顔で紅茶を傾けるダージリン。微妙な顔で後ろから付いてくるミカァ。ドン引きの表情のオレンジペコ。

 三者三様のリアクションなのはなぜか?それは

 

 

 

 

「―――ドゥーチェ?あのさ……この状況、なに?」

「あっはっは!!おかしなことを言うなぁエミは!!」

 

 

 

 

 そこに車椅子に載せられて運ばれとる俺がおるじゃろ?(震え声)

 

 いや本当……何なの?この状況……何なの……???

 

 

 

 

 ドゥーチェが正気を取り戻した後、なんかおもむろに「エミがまた身体を壊してしまったら私が悲しい」という理屈で車椅子に押し込められ、今こんな状況でなう(白目) どういうことなの……?(困惑)

 

「しかし本当になんのヒントもありませんわね」

「そうだね……この廊下もどの程度続いているのか判り辛い。かといって横に広がっている部屋もルームキーが無ければ開かないモノなのだろうし……」

 

 車椅子で運ばれている俺から極力目を反らす様にしつつ会話を続けているダージリンとミカァの二人。オレンジペコはどうしていいかわからないままである。マジ詰んでるなこの状況!

 

 

 

「―――なぁ、安斎さん」

「アンチョビでいいぞ!大洗の!」

「なら私も、麻子でいい」

 

 そっとドゥーチェに近づいたスク水姿の冷泉殿が話しかけると、パッと笑顔を見せて快活に笑い返すドゥーチェ。お互いに名前で呼び合うことを認め合うのてぇてぇわぁ……こんな状況でなければもっとてぇてぇを感じていたところだろう。

実際全く集中できねぇ状況に勿体なさが溢れてどうしようもないんだが。

 

 

 

「―――アンチョビの知っている“エミ”はどんな人物なんだ?」

 

 

 

 唐突に話を切り出した冷泉殿のその妙な言い回しに

 

 

 

 

「……自分の弱さを絶対に周囲に見せずに、いつも笑顔を皆に分け隔てなく与えている。そんな娘“だった”よ」

「そう――か―――」

 

 ドゥーチェとしてではなく、アンチョビとしての答えになんか感じ入るものがあったのか、神妙に頷いていく冷泉殿。……とはいえ、ドゥーチェが見てる俺の存在……美化されてる……されてない??(困惑)

 

 

「決して弱音を見せなかったエミの弱音を垣間見てしまったからこそ、私はこのままでいるべきではないと思った……

 

 ―――だからこそ、可能な限りあらゆる世話を焼くつもりで様々な準備をしたし、これまでそうやって生きてきた」

 

 

 ドゥーチェの中での俺は一体どんなトンチキな存在になってしまっているのか、これをこのまま聞いていていいのかわからんのだが、車椅子に載せられている状態では身動き一つとるのにも色々と気を遣う。その上頭の上に手を置かれてさわさわと優しく頭を撫でられている現在―――俺のPPはどれだけ蓄積していくのか現状全くと言っていいほど予想がつかないし、現在既にこの状況が死一等を減じられてなお自決を良しとするレベルではなかろうか?(疑問符)

 そもそも俺そこまでドゥーチェと絡んだことあったっけ……?と思わんでもないし、何らかの記憶が混濁している。或いは【瞬間、アンチョビの脳内に溢れだした……存在しない記憶】した可能性がある。実際死んだ魚のような目をしてたし

 

 

「どう思う?ダージリン」

「まだ結論は出ていませんが……事実は小説よりも奇なり、かもしれませんわ」

 

 

 ミカァとダージリンはなんかひそひそと会話している。あっちはあっちで現状打破のためのアイデアでも考えているのかもしれない。

 俺としても現状の打破ももちろん、みぽりんやエリカの状態が心配すぎる。もしもひどいことになっているのなら今すぐにでも助けに向かうべき事象だ。

 

 だがもしも、もしもだ―――

 

 二人だけでこのホーンテッドハウスな事象に巻き込まれてみほエリが二人で協力して苦難に立ち向かっていると考えた場合

 

―――その場面を見たいという心と、俺を含めた複数人数でお邪魔してフラグをへし折ってしまう可能性を天秤にかけてジレンマを感じてしまう。それが俺の脚を遅くさせて躊躇わせていた。

 二人を助けるべきではある、が、非日常的な状況下で頼もしい姿を見せる友達レベルには仲の良い相手を前に吊り橋効果でドキドキモヤモヤするアオハルタイムを邪魔してしまったらと思うと……どうにも積極性を出しづらい。

 

 

「私の知っているエミは……無理をしないでくれと言うまでは無理をする人物だった。愚痴をこぼしてくれたこともある、けれど何もかも全部をぶちまけることもしない。どこか一線を引いている娘だったよ―――私以外にはだが」

「そうか……」

 

 

 冷泉殿とドゥーチェの会話は続いている。今度は冷泉殿の天翔エミ像が語られているが……ドゥーチェのそれと違っているけれどまた妙に美化されている感がある。ドゥーチェの時とは違って、確かに俺は冷泉殿の世話を焼きまくっていた記憶がある。あるが、果たしてそれは冷泉殿がそこまで評価するほどだっただろうか?と、なった場合疑問符しかない。

 そもそも自分の内情を全部ぶちまけて弱音を吐いている場面なんぞ記憶にないんだが……

 

 

  つまり―――どういうことだってばよ?(ウスラトンカチ感)

 

 

 さっぱりわけがわからない。どういう事なんだ……

と、この奇妙な状況を思案していると、不意に

「ジリリリ」

と、ドゥーチェの腰の携帯がアラーム音を立てた。

 

 

「ああ、済まない。時間の様だ」

「時間?一体―――」

 

『何の時間なんだ?』そう尋ねようとした俺の座っている車椅子がぐるんと90度回転した。腰と背もたれが後方にそのまま倒れて両足と視点が天井を向く。

 

 

「ちょ、ドゥーチェ?!アンチョビ!?何?!これどういうこと!?」

「あっはっは!!おかしなこと言うなぁエミは。いつもやってたことじゃないか」

 

 

 怖いくらいニコニコと変わらない笑みを浮かべたままのドゥーチェが座ったままの俺のボコパジャマを引き剥がしにかかる。当然着ぐるみパジャマなので脱がすためには全部ひっくりめて引っぺがす必要がある。その結果、脱がしきる前に状況について行けず絶句していたダージリン、ペコ、ミカ、冷泉殿が正気を取り戻し、アンチョビに詰め寄って声を荒げることができた。

 俺?状況について行けないなりに必死に抵抗してたよ?ただ下手に力入れてパジャマが破けたりとかしたら下だけ脱がされかねないから本気で力をセーブして抵抗してたから誘い受けと誤認された可能性が否定しきれないが!!(最悪の状況)

 

 

 

「何をなさっているのですか!?」

「何って―――時間だからな。

 

 

 ―――エミのおむつを替えてやらないと」

 

 

 

 ぞわりと

 

 

 

 

 抑揚のない日常的な調子で語られたアンチョビの言葉に

 

 

 

 

「ぅ……わぁぁぁああああああああああああああああぁぁぁぁぁああああああああああ!!!?」

 

 

 

 

 

 俺はとっさにその場の全てをかなぐり捨てて逃走を選択していた。逆さまになっている態勢から両腕で倒立するように車椅子から身体を引きはがし、そのまま足の振りでとんぼを切って大きく跳躍、両腕両足で着地を決めた。が、恐怖で一時的に腰がアレだったため、そのまま四つ足の獣とか黒いアレよろしくカサカサと全力で逃走した。

 

 

「おい!待つんだエミ!!どこへ行くんだ!?」

「待つのは貴女の方です。何が狂ったらあんな訳のわからない行動に出られると言うのですか?」

 

 

 俺が全力で逃げる後ろでダージリンとアンチョビの言い争いが聞こえる。ミカや冷泉殿も少なからず口論に参加しているようだが、俺は振り返る気力すら湧かず、ただただ逃げるしかなかった。

 

 

 

 *********

 

 

 

「はぁ――――はぁ――――はぁ――――」

 

 

 

 肩で息をしつつ呼吸を整える。音を抑えて耳を澄まさないと、あのドゥーチェの様子と出会った直後の目の焦点が合ってないザマから察するに、追いかけられる系ホラゲーばりにハイド&シークする必要性がある。呼吸を整えて音を限りなく減らす、それだけで生存率はいくらか高くなる。

 どこをどう走ったのかパニックになっていた俺にはそれすらもわからないが、明らかにラブホにしては広すぎる。延々と広がってるようにも思える廊下も含めて今のこの状況がまるで呑み込めないんだが……どういうことなんだ本当に……

 

 

 

 

 

「―――エミ……こっち―――」

 

 

 

 

 微かに聞こえたそんな声に超絶反応して振りむいたのはきっと俺が予想外の出来事も含めてまるで余裕なんぞなく、柄にもなく恐怖していたからだろう。

 

 だが、仮にそうだとして―――廊下の一角、部屋のひとつを少しだけ開けて、

 

 

 

  怯えたような顔に決意の目を向ける島田愛里寿がいたとしたならば

 

 

 

 

 そりゃあ助けにいかないなど天翔エミ(おれ)ではないのだからしょうがないだろう。

 

 

 そうして、脊髄反射で飛び込んだ部屋。

 

 

 

 

 ガチャンと閉まるオートロック―――ではなく、“内鍵”

 

 

 

 

「―――よかった」

 

 

 

 

 安堵の表情を見せる愛里寿に

 

 

 

 

 

「―――これでずっと一緒だね。

 

 

 

 

 

        エミリ

 

 

 

 退路無き部屋に所狭しと並べられている大小さまざまなサイズの俺の写真だのポスターっぽい加工のものだの瓶に入った謎のあれやこれやという半端なく精神に来る風景に

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――あ、これアカンやつや工藤。 と思うのもしょうがないんじゃないだろうか?(諦観)

 

 

 

 

 

 

 ホラー映画で『俺は独りで逃げるぜ!!(キリッ』した人間が最初に襲われて死ぬやつだコレ!!!(絶望)

 

 

 

 




 次回 最終回


 えみかすいんわんだーらんど 終 でお会いしましょう(なお順当に考えたら来年のエイプリルフールである)


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エイプリルフール用ネタ 【 えみかすいんわんだーらんど 終 】

 ―――貴女に逢いたい。

 もう一度、貴女に。

 そう願ったのは真実で、だけど現実はどこまでも無慈悲で


―――折角訪れた非現実も、私が思っていたものではなかった。


 だって、わたし()が逢いたい“あなた(貴女)”は、もうどこにもいないのだから。



「……永遠の愛を、貴女に誓います。 ずっと、ずっと一緒です、天翔エミさん」
「生涯不敗を貫いて見せますわ。私に勝利して良い貴女はもういないのだから」



 

 

 

 コンコンコンコン……

 

 

 

 

 壁をガラスをノックする音が響いている。

 

 

 

 

 がりがりざりざりがりがりざりざり・・・

 

 

 

 

 

 爪で磨りガラスをひっかいているような音も響いている。気分は部屋の外にゾンビが居る状態でパニックを起こして身を縮こませている一般人である(恐怖)

 

 

「エミリ……開けて?どうしてにげるの?」

 

 

 シャワールームのドアを外から指でひっかき、拳でノックしながら抑揚のない声で囁くようなボイスで語り掛けてくるのは島田愛里寿。俺を部屋に閉じ込めた張本人である。

 

 あの後―――内鍵を閉められドアの前に陣取られた俺は、逃げ場を失い……

 

 

 

 

こうして、ラブホ特有の『なんか半透明で向こう側の景色がうっすら見えるシャワールーム』に立てこもっているというわけである。

 

 しかしサルでもわかる現実の情報として―――こんなもん一時しのぎにすらならない。壁をノックし続けている愛里寿が額やほっぺたをぺとっとくっ付けてるためその部分だけはっきりと映っててあとはうすぼんやりとしている見る人が見れば事象の地平まで萌え死ねる構図なのだが、生憎と今の状況のためか存在感だけひょっこりしているところが非常に精神的に恐怖をあおる構図になっている。

 

 

状況は完全に『詰んでいる』。 だって逃げる場所がねーんだもの……orz

 

 

 一先ずどっか行けそうなとこで思いついたのがこの場所しかなく、仕方なく逃げ込んだというのが近い。愛里寿もその辺がわかってるのかカリカリと摺りガラスをひっかいて囁いて籠城を決め込んでる俺に精神的な圧をかけるにとどめているのだ。道具もねぇ、武器もねぇ、逃げ場もねぇ。マジ詰んでるなこの状況!!

 

 

 

 そんなこんなな俺の絶叫が天にでも届いたのか、

 

 

     『ガツン!』

 

 

  と、天井付近から大きな音が響く。

 

 

 

 

 

 さらにもう一発 『ガツン!』

 

 

 

 さらにもう一発 『ガツン!』

 

 

 

 

 

 音の発生源を見上げた俺の視線の先にあったのは、通気ダクト。ネジで止められたその場所を、向こう側から誰かがこじ開けようとしていた。勢いよく何かが激突する『ガツン!』という音が複数回。

 

やがて留めていたネジを根本から吹き飛ばし、通気口のカバーもろともに吹き飛ばしてアーミーブーツの脚がダクトから飛び出した。

 

 

「ほっ!」

 

 

 スルリとダクトを抜けて降り立ったのは、20代前半~半ばのくせっ毛のかわいらしさを残す大人な女性。どっかで見たことのある人懐っこい瞳で俺を見つめて―――今にも泣きそうな、それでいて嬉しそうな、どこか寂しそうな表情を見せた。

 

 

「お助けに上がりました!エm―――天翔殿!!」

 

 

その声に、俺はとても聞き覚えがあったのだが―――脳が記憶とつながることを拒否していた。が、異常を察して慌てた様子で扉を叩き始めた愛里寿の様子にまずは逃げることを優先させることにしてフリーズした脳を強制的に再起動する。

 

 

 

「ありがとう!とりあえずここを出よう!

 

 

   ―――秋山さん!……で、いいんだよね!?」

 

 

 

「はい!不肖秋山優花里!お助けに上がりました!!」

 

 

 

 20代になって大人びた女性の姿をした秋山殿は、そう言って俺の記憶にあるままの、高校生のころと変わらない笑顔を見せて可愛く敬礼して見せた。かわいい(語彙滅却)

 

 

 

 *********

 

 

 

「移動しながらで申し訳ありません」

「いや、一刻も早い状況把握は必要だし、ありがたいよ」

 

通気ダクトによじ登ってダクトの中を這いずって進む。秋山殿の声を耳に拾いながら、後ろを確認しつつ距離感を感覚で測って追随しつつそんな返事を返す。

 

 前を見ない理由?秋山殿が先行していて、這って進んでいる。俺も同じ態勢で進んでいる。後は、わかるな?もしもの場合俺の目玉両方で済ませていい問題ではない光景にはちあわせが必至なのだから致し方ないだろ常考。

 

 

「荒唐無稽なお話ではあるのですが……」

 

 

 そんな語りから始まった秋山殿のお話は、普通は信じられないような話だった。

 

 

 

曰く、「ここは普通の世界ではない」

 

 

曰く、「ここにいる“天翔エミの知りうる皆”は“様々な未来からやってきている”」

 

 

曰く、「ここに来る人たちは『天翔エミにもう一度会いたい』と強く願った」

 

 

 

 

 荒唐無稽すぎて信じられない話だろう―――TS転生ガルパンおじさん()でなきゃ一笑に付してるね。

 

 

 転生案件というなろう味溢れる経験が生きたと言おうか……どんだけ荒唐無稽な話だったとしても、俺という実例を俺自身が知っている以上『そういう事もありうる』と理解してしまう。

 

 秋山殿のいう事には『ここで出会う人たちというのは別の時間軸で出会う女の子である』という事。

 

 

 

 つまり、“学校指定のやつ姿”だった冷泉殿の様子がおかしかったのも、

 

 

 空っぽの車いすを押して『おむつを変えないとなぁ……(ニチャァ』してたアンチョビも、

 

 

 部屋いっぱいに俺の写真を飾っていた愛里寿も、全部『別の世界線の俺がしでかした結果』ということになる。いったいどんな業を積み重ねたらあんな罪深い存在が生まれてきてしまうのか……?!別の世界線のクソ間抜けにもほどがある俺は一体何をしでかしてしまったというのか……?

本当マジで馬鹿じゃねーの!?マジで馬鹿じゃねーの!?(大事なことなので2回言った)〇ねよ別世界の俺!!いや多分死んでるんだろうけど。

 

 

 みほエリを為せずどころかあんなにも酷いことをしでかした別世界線の敗北者ども(俺たち)はまぁ酷い死にざまをして当然ではある。愚かにもほどがあるなマジで!俺のように謙虚かつ真面目にみほエリのためだけに生きられなかったんだろうか……?

 

 

「その理屈で言うと、秋山さんも別の世界の秋山さんってことだよね?」

 

 

 狭いダクトをスイスイと進む秋山殿にそんな風に聞いてみる。俺を助けに来た秋山殿は明らかに時間軸から違っている。未来の世界から俺を救いにやってきたらしいトランクスな秋山殿が一体どんなスタンスなのか興味が尽きない。

 

 

「ええ、私も違う世界からこちらにやってきました」

「その場合、秋山さんも私に会いたかったってこと?」

 

 

 俺としては『それ以外でこの場所にやってくる方法があるのか?』的なつもりだったのだが―――

 

それを訪ねた時秋山殿は少しだけ寂しそうに、嬉しそうに、どこか安心したような、それでいて沈んだ声で

 

 

 

「はい」

 

 

 

そんな風に短く答えた。

 

 

 

何故だろうか?その答えの言葉を聞いて、少しだけ死にたくなった。

 

 

 

 ********

 

 

 

「ひとまず一安心ですね」

 

 狭いダクトを抜けてさっきまでのラブホめいた通路で一息ついた秋山殿と俺。せまっ苦しいダクトを無理くりに這って進んだせいか汗だくなうえあちこち埃だらけである。20代の秋山殿の健康的な汗まみれ姿が実に思考に悪い。俺のPPが加速している感がすごい(謎語彙)

 

 

「先ほどの続きですが」

 

 

 そんな俺の内面に考慮とかするわけはなく秋山殿が説明を続けていく。その結果よりめんどくさい状況が明らかになってきた。

 

 

曰く、「様々な世界線からやってきているため、複数名同じ人物がいる」こと

 

 

曰く、「ただしパラドックスの問題なのか、お互いにお互いを認識できる距離に近づけなくなっている」こと

 

 

 つまるところ『同じ人物は同一空間内に存在しない』という事であり、あの天使の皮を被ったヤンデレという感じの愛里寿とも、別の愛里寿が傍にいれば近寄れないということらしい。

 

 

 

 

 

「―――よろしいかしら?」

 

 

 

 

 

 ポンと肩を叩かれ全身が総毛立つ感覚とともに身を翻して飛び退る。犬猫のように両手両足を付いて秋山殿を後ろに護るように立つ俺を前に

 

 

「全く―――どこの誰であっても変わってませんのね。あなた」

 

 

 そう言ってくすくすと笑っていたのはダージリンだった。

 

 

「ミカとオレンジペコは―――いや、違うな。お前“どこの誰だ”?」

「準応力が高いのね」

 

 

 俺の問いかけに答えになってない答えを返すダージリン。何がおかしいのかくすくすと笑っていて、だってのに冷や汗と悪寒が止まらない。得体のしれない恐怖というやつが全身を包んでいる感覚にいつでも飛び掛かれる体制を整えていると

 

「安心なさい。貴女をどうこうする気はないわ」

 

そんな風にしれッと返してカップと紅茶をどこからともなく取り出していつものダージリンポーズをとっていた。

 

 

「貴女に言ったところで欠片も理解できないでしょうけれど、私、戦車道以外で貴女を倒すことを考えておりませんの。その戦車道ですら、私が倒したい相手は貴女ではありませんし、ね……」

 

少しだけ寂しそうな、自嘲的な微笑みでそう言って「ついてらっしゃい」と先導を始める。ついて行っていいものか正直わからないが、秋山殿は敵意がないことを理解したのかついていく方針っぽいのでそれに追従することにした。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ではダージリンさんは英国で?」

「ええ、プロ戦車道プレイヤーをやっておりますの」

 

 俺を挟んでダブルサイドでにこやかに談笑する秋山殿とダージリン。おかしい……おかしくない?今までの不穏な空気どこ……?ここ……?

 

「って言うかお前20台(アラサー)だったのな。フッド」

「年齢のことを言うんじゃありません。ちょっと若いからって全くもう……」

 

 

 お互いの情報のすり合わせを行ってた結果出てきた【ダージリンにじゅう〇〇さい】という情報にもむくれた様子ではあるが懐かしいものを見る様子で朗らかに微笑んでいるダージリン。なんていうか、この大人の余裕よ……違和感がすごいわ。

 

 

「お前さんと顔を合わせたらとりあえず喧嘩売られるか怒鳴られるか叫んでるかだったからなぁ……違和感はんぱねぇわ」

「でしょうね。私も貴女くらいのころは余裕がありませんでしたから」

 

 

そんな風に談笑する余裕がある。なんつーか、大人になるって悲しいことなの……と言った偉い人もいるようだが、この変化は正直助かる。面倒くさかったからなぁ……フッドの相手するの。

 そんなこんなな談笑しつつラブホっぽい通路を征く。

 

 

「ところで―――この場所がいかがわしいホテルっぽいのにも理由があるのか?」

「ここが集合無意識の場所だから、でしょうね」

 

 

 若干言いづらそうな秋山殿の様子に、すんと澄ました表情でダージリンが続ける。

 

 

「要するに―――貴女に逢いたい女性たちの願いがそういうことなんでしょうよ。愛されてるわね、あなた」

「勘弁してくれ」

 

 

 

 一瞬胃袋にでっけぇ穴が開いたかと思うくらいのダメージが入ったわ。別世界線の俺何してくれとるん?げに(マジ)大概にせえよオイ……。

 というかもしかしなくても別の世界線で俺が死んでるの自決なんではなかろうか?いやまぁ彼女たちの豹変ぶりを見るに残当としか言いようがねぇが。

 

 

 

「―――探したぞ、エミ」

 

 

 ざり、と砂地を噛んだブーツの音を響かせて、黒森峰のPJを纏ったまぽりんが俺たちの前に立ったのはそのタイミングだった。臨戦態勢を取る秋山殿と、泰然自若でまぽりんに視線を送るダージリン。そんな二人に目もくれず、視線を後ろで様子を見ている俺にだけあわせているまぽりん。微妙にハイライトが見えないのは気のせいだと思いたい―――いやごめん、手に鎖と首輪持ってる時点でアカンわこれ。

 

 

「エミ……逢いたかった……私を置いて行かないでくれ……」

 

 

 そんな風に弱々しく声を漏らすまぽりんに違和感と罪悪感で死にたくなってくる。あの世界の俺は一体何をどうしたらまぽりんがこうなってしまったんだよ……。

 

 

「―――天翔エミ、先に行きなさい。そして扉の先にある【違う場所】を探しなさい」

 

 

 スッと一人前に出るダージリンはそんなことを言ってまぽりんから俺を隠すように立ち位置を調整する。その様子に秋山殿が俺を抱えるようにして後ろに下がる。

 

 

「―――ひとつだけ勘違いしないように言っておいてあげる。これは私が選んだ私の我儘。貴女が気に追う必要はないわ。あの日あの時貴女ではない貴女へしでかしてしまった罪の贖い―――できるとは思わなかったけれど」

 

 

 KAKUGOをキメた様子のダージリンに別世界の俺のスタンスってどういうものだったのか非常に気になったが

 

 

「―――サンキューフッド」

 

 

ただそれだけを残して俺は自分から踵を返し逃走した。背後から打撃音とか聞こえてきたがダージリンとまぽりんで一体どんな戦いを繰り広げることになってるのか全く想像がつかねぇ……。

 

 

 

 ********

 

 

 

 なんかめっちゃ涙流して抱き着いてくるペパロニだったり

 

 なんかKAKUGOをキメた表情でどっかの赤い弓兵ばりに愛里寿に立ち向かう赤星さんとか

 

 見覚えないのだが俺のために壁になってくれたなんかモブの方々とか

 

 

 その他にも色々な出会いがあって、別れがあった。記憶に遺すと精神ダメージが半端ないから端折って脳内からはじき出したが

 

 

 

 

 秋山殿と一緒にいくつ目かわからない扉を開けた先に

 

 

 

 

 

 「―――待ってたよ。エミちゃん」

 

 

 見慣れたガレージの、見慣れた景色の、見慣れた戦車の前に立っているみぽりんが居た。

 

 

 

「ここが終点。終わらせ方はエミちゃん自身が良く知ってると思うよ」

「随分とまたメタな話だな……」

 

 ニコニコと笑顔で俺にそんなことを言ってくるみぽりんは俺の様子に楽しそうにフフッと笑う。

 

「懐かしいなぁ……もうずっと昔の話みたい」

 

そう言って天井を見上げるみぽりんの表情は見えない。

 

 

「エミちゃんは―――帰りたいんだよね?」

「ああ……帰りたい」

 

 

正直実を言うと【もしもここでみほエリを拝めるのであればその辺はどうでもいい】と思っている。が、しかし。しかしだ―――

 

 

 この次元、全方位俺が挟まってるんだよ……orz

 

 

カチュエミノン みほエミエリ まほエミにエミ梅にまほエミエリ、まほエミチョビなんだわ。気が狂う(確信)

 

 

 だったら俺が着々と積み上げたみほエリの結実が待っている世界に戻りたいのが実情である。目の前のみぽりんには口が裂けても言えんけども!言えんけども!!

 

 

 

 気が付くと―――ガレージの中には誰もいなくて、

 

 

 秋山殿も、みぽりんもいなくなっていて

 

 

 目の前に、短いがしっかりとした作りの短刀があった。

 

 

 

 

―――あ、これ無限〇車編で見たわ。

 

 

 

その場に正座して、着衣を正し、スルリと手に取った短刀の刃の部分を頸に当てる。太刀じゃないのはまぁたぶん世界線的にアレだからだろう。

 

 

 

 

 じゃあな!ABAYO!ファッキンワンダーランド!!もう来ねぇよ!!!(恨み節)

 

 

 

 

 




「―――――――――っ……~~~……」


微妙に重い頭を振り、鈍痛にも似た感覚を振り払う。

朧げな記憶の果てに


「ああ、帰ってきたのか……」


と独り言ちた。


非常に得難い経験をしたが、あれは夢だったのかもしれないという感覚もある。というかぶっちゃけ夢であって欲しい。(懇願)


『おはよう、案外と寝坊助なのね、貴女』


思考の海にダイブしてた俺をふいに横から聞こえた声が呼び戻した。首だけを其方に向ける前に部屋の装飾に不信を覚える。はて?俺の部屋はもっとシンプルだったよな?ここ誰の部屋だ?


 あれ?デジャブ?無限ループって怖くね?




  そうして、首を其方に完全に向けると―――




―――天蓋付きの豪奢なベッドで俺は横になっていて



 ―――映画のピロートークのような姿で肘をついてこちらを見ているダージリンが居た。







「―――ちょっと!?天翔エミ!?唐突に気絶とか失礼にもほどが―――は!?ちょ、ペコ!!アッサム!!救急車を―――ああもう!!何ですのこの展開ーーー!?」







 4月“2”日

 ぼくはいまびょういんにいます















《私信》 大遅刻してしまって申し訳ない。今もう一つ書いてるのがあるのでそっちもできる限り早く投下しもす()


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【 エイプリルフール用小ネタ 天翔エミという人物について まほルート編 】

遅刻しました()

が、まだ始業式ということは実質4月初めと言えないこともない!!(強弁)



あ、はい。スイヤセン……








 

 「う~~~~~~ん……」

 

“月刊戦車道”の編集部。そのデスクに座ってうんうんと唸っている一人の記者。

そのデスクの上には、いくつかの写真と『今回の特集』と銘打たれた白紙のコラム枠。

 

「……写真だけだと弱いよなぁ~~~~!!!」

 

 首を捻りながらそんな風に絞り出す記者の目線はデスクの上の写真に写る一人の少女へと向けられていた。

 

 

 ―――“天翔エミ” 

 

 黒森峰の9連覇までの軌跡に一部関わっており、また、10連覇頓挫の原因とも言われている少女。そしてその少女は大洗学園艦に移り……やや遅れて合流した西住みほとともに、戦車道高校生大会に出場。決勝戦にコマを進め、かつての古巣黒森峰、そしてそれを率いるかつての相棒西住まほと対決するまでに至っている。いったいどういう経緯なのか?疑問は尽きない。

 

 しかし―――彼女の細かい情報が全くと言っていいほどない。

 

 秘匿されているわけではない。ただ、彼女が“装填手”であることが原因のひとつ。あまり表に出ない影の存在である装填手として名前が売れているというある種の矛盾が、彼女のミステリアスな部分という形で情報を秘匿させたままの方が面白いと―――そういう風潮を増長させているように記者には思えた。

 

 

「―――調べるか」

 

 

 黙って腕を組んでいても仕方がないと、記者は重い腰を上げた。戦車道後進国である日本が世界に打って出るという年に起こった西住流の事件ともいうべき騒動。そこから一転、失踪したと思いきや東の果て、大洗で再起した天翔エミ。その裏側に一体何があったのか?

 

 いずれにせよ、その情報を調べるにあたりこの少女について調査することが必要になると、記者は確信に至っていた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 「天翔エミさん……ですか?」

 

 寄港していた大洗学園艦に立ち寄り、まずは手ごろな生徒に声をかけた。不審そうな表情の女生徒に名刺を見せて、取材のためと近場にある喫茶店で対面に座る。許可をもらってレコーダーをテーブルの上に置き『こちらの手札は晒している』とアピールして切り出した。女生徒は名前を聞いて少しだけ意外そうな表情でこちらを見た。

 

 女生徒曰く、「大洗では西住みほさんの方が有名ですけど」という意味らしい。

 

 「西住さんに関しては西住家に直接尋ねるから」と言うと「だったらエミさんの話もそっちの方が詳しいんじゃ……?」と怪訝な顔になった。謎を解いていくつもりで謎が増えていく。西住まほの相棒であり、比翼の鳥の片翼。確かにそう聞いてはいるがそこまでガッツリと西住流に関わっているとまでは思っていなかった。

 まぁそれはそれとして『一般の意見も必要』ということで喫茶店での食事費用分は元を取らないと勿体ない。

 

 

「そうですね……でもエミさんについては、正直あんまり詳しいことはわかりません。というのも……だいたいみほさんや生徒会長だった角谷さんと一緒にいて、一人でいるときは大体どこかでバイトとかやってる人ですから」

 

 

 ―――とはいえ、やはり大した情報になりそうにはなかった。

 

 

 

 *******

 

 

 

 次に“戦車道を講習している女生徒”を対象に聞き込みを行った。

 

「天翔殿ですね!素晴らしい方です!!並々ならぬ努力を苦とせず、日夜励んでおります!」(匿名希望:装填手)

 

「エミりん先輩?みぽりんと麻子……えっと、西住みほさんと私の友達が無条件で懐いてるから絶対いい人ですよ!私の友達、危ない人には近寄らないから。

 

 ―――それより、このインタビューってテレビとかに出ます?……出ない?あ、そうですか」(S.Tさん:通信手)

 

「天翔さん?あの人は私の理想だ。困ったことに、どうやってあの人に追いついたらいいのか全く分からんのだが……」(カエサルさん(仮):装填手)

 

「天翔ちゃんねぇ……私としちゃ頭が上がらない相手だよ。なんたって私たちの学園艦の救世主だからね。西住ちゃんのスカウトも天翔ちゃんのおかげで簡単に終わったしね」(角谷杏:生徒会長)

 

「天翔か……あいつには感謝してるとも。会長もとても感謝していた。私にとっても大事な人生の転機に口添えをしてくれた人物だからな」(M.Kさん:装填手)

 

 

―――何人かに聞いてみたが総じて「すごい人物」という意見で一杯だった。相違する意見が少ないのはいいことなのだが、これでは記事として【薄っぺらい】。

 致し方ない。他の学園艦にも質問をしてみようと思い立ち、記者は踵を返し歩き出した。

 

 

 

 *******

 

 

 

「エミーシャ?とんでもない相手ね!いずれ【個人名のため検閲】様の意向に屈させて掌の上でコロコロころがしてあげるわ!“くっころ”っていうんでしょ?こういうの!」(プラウダ高校 戦車道履修生)

 

「同志エミーシャはいずれプラウダの同志になるべき人物です。彼女が望むか望まざるかの話になるならば―――望んでプラウダの門をくぐるように行動するだけのこと。……人となり?人懐っこいかと思えば踏み込んでこない猫か狐の類ですよ」(プラウダ高校 戦車道履修生)

 

「天翔エミ!?悪魔よあれは!!何なの!?アレといい西住まほといい戦略を戦術レベルの勝利で食い破って来るとかチートじゃないの!!殿堂入りにして高校戦車道から大学に飛び級して欲しいくらいよ!!」(サンダース大付属 戦車道履修生)

 

「エミ?ソーグッド!!正面にしか撃てない重厚な重戦車で、装填力だけでのし上がった正統派クリーンファイターよね!フェアプレイ精神を持ってるし、アンフェアの切り時も理解してるいい選手だと思うわ」(サンダース大付属 戦車道履修生)

 

「戦車道の能力だけで言うなら、努力の鬼才。戦車道をするために生まれたとは言えない肉体を無理やり己の夢のために戦車道をできる身体に鍛え上げた誇るべきお馬鹿さんですわ。人間性は最悪ですけど。人間性は最悪ですけど!!……(コホン)こんな格言をご存知?『生まれながらに才能のある者は、それを頼んで鍛錬を怠る、自惚れる。しかし、生まれつきの才能がない者は、何とか技術を身につけようと日々努力する。心構えがまるで違う。これが大事だ。』」(聖グロリアーナ女学院 戦車道履修生)

 

「日本の戦国武将、織田信長の言葉ですね」(聖グロリアーナ女学院 戦車道履修生)

 

「彼女は自由な風であるべきさ。……吹き抜ける場所もとどまる場所も選ばなくていい。自由とはそうあるべきだからね」(継続高校 戦車道履修生)

 

「いずれ決着を付けるべき相手で、心から頼れる親友(アミーカ)だ!!」(アンツィオ高校 戦車道履修生)

 

「うちのねーさんのマブダチッスよ!!マジありえねーくらい覚悟キマってる(ひと)ッスから、覚悟決めておかねーと初対面で呑まれて終わりッス」(アンツィオ高校 戦車道履修生)

 

 

 etc…

 

 

 

 

 

 

「―――総じて言うなら『努力の人』で『人に好かれる性格』で『怪物級の基礎能力の持ち主』と。これだと本当にこれまでの天翔エミの情報と大差ないな……」

 

 現場の声があるとはいってもこの程度の情報では採用されてコラムの1ページを飾ったとしても斜め読みで読み飛ばされるか、しっかり読んだ後酷評を受けるかのどちらかだろう。

 

 

 と、黒森峰女学園にアポイントメントを取ろうとした矢先に、学外を歩いている女生徒の姿を見かけた。学園内でのインタビューならアポイントが必要だが、学外の生徒に対しては本人との交渉で済むし、許可が下りるまでの間軽く話でも、と声をかける。

 

 

「すみません。少々お時間よろしいですか?」

「すいません私宗教と押し売りは受け付けてないんで」

 

素っ気なく返してこちらを振り向いたのは少女と言って遜色ない外見だった。遠目ではそれほどではなかったが近くによるとよくわかる。小学生のような体躯、しかし黒森峰女学園の制服を着ている。

 

「中等部の子かな?ちょっと高等部の生徒についてインタビューしてもいいかな?」

「はたちですけど!ふくし?のがっこうにかよってるんですけど!……いやすいません冗談です。でも私はこれでも高校生なんで」

 

 ふくれっ面を見せるようにして割と懐かしいネットのネタを披露した少女は高校生だと名乗り、高等部の学生章を見せてくる。成程、こちらが非礼のようだった。

 

「すまないね。それで、高等部の生徒についていくつか聞きたいことがあるんだけど、今お時間大丈夫ですか?」

「……そうですね。あるかないかで言うなら大丈夫です」

 

少し考えるようにしてそう答えて、『じゃ、確かあっちに珈琲の美味い店があったんで』と言って先を歩いていく少女を後ろから追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「天翔エミィ!?え?よりによってなんでその娘?西住まほとか西住みほとか逸見エリカとか赤星小梅とか色々より取り見取りでしょ?いや駄目だよ月刊戦車道さんさぁ……いち装填手のモブですよあれはー。そんなことよりも将来性のある生徒の話の方がウケがいいですってば!!

 

 え?去年の決勝戦?あー……天翔エミが逃亡したせいで黒森峰が負けたり西住まほが撃破されそうになったりっていうアレですね。いやほんと酷いやつですよわた天翔エミは!普段何も考えてないんでしょうね!ええ!隊長の命令を下に伝令して、自分はガッコンガッコン装填してるだけなんですから!実質フリューゲル隊の功績って車長と砲手と操縦手の腕前のおかげですよ?通信手が的確に伝令を伝えてるのもポイント高いですけど!!そう考えたらわた、天翔エミの活躍ってそんな大したことなくないですかね!?」

 

 

 

―――これだと思って引いた札はどうやら最悪の鬼札(ジョーカー)だったらしい。

 

 延々と続く天翔エミという存在への罵倒にも似た愚痴とかをICレコーダーに録音しつつ、俺は思っていた。

 

『このくだり、多分まるまるカットしないと西住流から圧力くるよなぁ』と。

 

 

 後日出来上がった【月刊戦車道】の特集コラムは、やはりいまいちパッとしない出来に終わってしまったが、収穫もあった。

 なんとあの西住まほが直々に天翔エミとのエピソードを語ってくれるというのだ。これは値千金の特集記事が組めるとホクホク顔の上司に見送られて自分のデスクに戻る。結局使われなかったインタビューの音声データ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のちにこれがお宝に変わることを、俺も編集部の人間も、誰一人知らなかった。

 

 

 

 

 




時系列で言うと「Only you」でフリューゲル小隊が【尾〇豊】するちょっと手前くらい。

イベントトリガーは「決勝戦の前に偵察に行って来る」と言った秋山殿についていく」という行動により分岐(ぇ)


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【 ペパロニ生誕記念 ~ Il nostro amato gattino ~】

#このお話は、本家様の「ifルート:Speciale Scenario6」をベースにしております。







―――何が悪かったって言うんスか……?


 伸ばされた手を握る。握り返す手は弱々しくて……


―――ねぇ、教えてくださいよ。


 呼吸器で声が遮られて聞こえない。けれど唇は動いている。動きを目で追うけれど、滲んで見えねぇんスよ……


―――誰か教えてくださいよ……私は、何を間違えたんスか……?



 らっしゃーせー!!は?月間戦車道?ウチはたーだのイタリアンのトラットリアッスよ?え?ペパロニ?

 

―――さぁ、誰のことっすかねぇ?

 

 

―――ドゥーチェ?……そっスか。いや、ねーさんの紹介なら別にいいッスよ?

 

あたしがアンツィオの特攻隊長、ペパロニだったッス!!なんでも聞くといいッスよ!!

 

 

 

―――は?天翔?

 

 

 

―――あー……ねーさんの紹介なら信用してやるッスよ。でも正直スゲームカつくから後で一発ぶん殴っていいッスかね?だめ?あ、そっすか()

 

 

しゃあねーなー……どっから話すッスかね?最初からッスかねー……

 

 

*********

 

 

 ―――そっすね。ソイツと最初に会ったのは―――確か、ねーさんが学園長のとこから連れてきたんスよ。

 

 

「天翔エミという。みんな、宜しくしてやってくれ!」

「あー……よ、よろしく?」

 

 すっげぇビミョーなツラでぎこちない笑顔だったのを覚えてるよ。

んで、あたしの下に付けられて、一緒に屋台やることになったんだ。

 

「エミッスね!!私はペパロニ!ようこそアンツィオへ!buona fortuna!!」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

 ショージキ「こいつ大丈夫か?」って言うのと「でもねーさんが連れてきたヤツだしな」って気持ちで、とりあえず使ってみる方向で任せてみたら―――いやカッティングはすげー早くて大助かりだったけど、味付けが大雑把すぎて戦力として見るとうーん……?って感じだったッスね。

 

 それでもちょっとずつちょっとずつ進歩していって、ガッティーノ(イタリア語で子猫)とか渾名もつけちゃったりして、仲良くやってたんッスよ。

 

 

―――何が悪かったんスかね……?

 

 

*******

 

 

―――ジュゥゥゥゥゥゥ……

 

 

鉄板の上で香ばしく焼ける香りが広がる。焼き色が付いたパスタの上でケチャップが踊り、トマトと賽の目に刻まれたチーズと、幾ばくかの肉とシーフード、そして野菜が鉄製のコテで宙を舞った。

 

 

「ガッティーノ!もーちょい具材へらしてイイっすよ!ドゥーチェがうるせーっすから!」

「はいよ!合点承知!」

 

 

アンツィオ名物【鉄板焼きナポリタン】の屋台でペパロニの指導のもと、テキ屋のおやっさんのように腕まくりした俺は料理にチャレンジしていた()

 

 

 

―――黒森峰で起きた事故の責任を取るというか、苛めを苦にという名目で学園を去った俺は、一路アンツィオにやってきて

 

 

―――何故かペパロニの弟子になってスクランブルエッグを焼いている。

 

 

―――なんで?()

 

 

 いや悪いことではないのだ。安定した生活を送りつつ、戦車道にそこそこタッチしてみほエリを経過観察し、可能なら多少手を差し伸べるくらいの立ち位置である。ただね―――アンツィオにやってきて、『こっちでペパロニ指導のもと屋台をやることになりました』って感じの手紙をみぽりんやエリカに出すだろ? 返事が来るだろ?

 

 

“ エミちゃん(アンタ)の作った鉄板焼きナポリタン食べてみたい! ” って書いてあるだろ?

 

 

―――懸けちゃうでしょ?全力を(使命感)

 

 

 だが悲しいかな、俺は自他ともに認めるバカ舌で、カッティングの速度は随一だが料理においてもっとも重要な味付けができていない。それをペパロニ師匠に相談したところ

 

「じゃあできるようになるまで身体で覚えるッスよ!」

 

 という大変スパルタンなお答えを戴き、こうして鉄板を前に具材や調味料の分量を「手に乗った調味料や具材の重さ」で判別できるようになるまで反復練習することで覚えようとしているのだ。

 料理ってのは必要な分の栄養さえ取れればそれでいい派だった俺であるが、作ったものを他人に食べさせる楽しさってのがちょっとわかってきた。エリカが何気にとても嬉しそうにハンバーグを作ってたのを思い出すわー。

 

「ガッティーノ、中々いい味になってきたッスよ。塩がちょっと足りねッスけど、足し過ぎたらパスタが固くなっちまうッスからその辺は微調整ッスね」

「了解でさ姉御!!」

 

思わずガテン系の応答にもなろう。テキ屋の魂おそるべしである。

 

「心配しなくても食った分のお代はこのペパロニ様が立て替えてるんで気にせずドンドン作ればイイっすよ。もったいねーから作った分はちゃーんと食い切ってやるッスからね!」

「ありがとうございます姉御!!」

 

 鉄板と向き合い、料理にいそしむ。戦車道ってなんだっけって思ったけどまぁ、とりあえずは今!今を生きることがみほエリを繋ぐこと!俺は今輝いてる!!気がする!!

 

 

******

 

 

 変化が起きたのはー……ドゥーチェだったッスね。やっぱり

 

あからさまにアイツを気にしてるけど、どう扱ったらいいかわからないって態度で2~3日そうしてたんスけど……

 

 或る日、突然憑き物が落ちたみてーな顔してみんなの前に顔出して来て

 

「私はエミの身体を元に戻すために世話を焼くことに決めた!しばらくの間後を任せる!!」

 

ってねー?ドゥーチェがいねーとみんなバラッバラなのに何言いだすんだろってもう謎過ぎたッスよ。ドゥーチェの左右を固めてたあたしだけじゃなくてカルパッチョも何も聞いてなかったんスから……そりゃ問い詰めに行くっしょ?

 

 

「―――お前たちには関係ない。これは私と、エミの問題だ」

 

 

 もうね。取り付く島もないってあーゆー感じッスかね?

それ以上に、目の前にいるはずのねーさんを見てこう思ったんッスよ。

 

“誰なんだコイツ”って。

 

 そのくれー異質で、ありえないくらい変わり果てたドゥーチェだったけど……あたしもカルパッチョも信用してたんスよ。

 

 だってドゥーチェはドゥーチェッスから。

 

 

 

―――本当。誰が悪かったのか……何が悪かったのか……。

 

 

******

 

 

「ドゥーチェ……?その、乳母車は……」

「おおカルパッチョか!これはエミが外に出るのに使えるとおもってな!!」

 

 ニコニコとした笑顔で話すドゥーチェ、アンチョビの表情からはその内面を読み取ることができない。気持ち悪いくらいに満面の笑みで、気持ち悪いくらい凹凸がない。人間の心というのはさざ波のようなもので、どんな状況に置いても一片の揺れもない精神、所謂“明鏡止水の極み”というのは特殊な訓練の結果、数秒間維持し続けることすら困難なモノである。それを常時維持し続けるなど土台無理な話であるから、逆説的にいうならば「アンチョビは何処か壊れてしまっている」と結論付けることができた。

 

「あの……天翔さん、ガッティーノの足はそんなに悪いのですか?」

「ん?いや、骨折自体はそろそろ治るらしいぞ。リハビリが必要だし、治りかけが肝心というし、油断はできないけどな!」

 

 快活に笑う様子に安堵したカルパッチョが微笑む。

 

「じゃあすぐに必要なくなりますね、それ」

 

 

 

 

「―――え?なんでだ?必要だろう?」

 

 

 

 微笑んだ表情のまま固まったカルパッチョに、笑顔のままアンチョビが続ける。

 

「エミのあんよはあんなにひ弱なんだぞ?歩いていればまた傷ついてしまう」

「あんよって……」

 

絶句するカルパッチョを気にすることなく、熱に浮かされたような表情で語るアンチョビの様子に、ペパロニは思った。

 

―――ドゥーチェを変えてしまったのは誰なのか?

 

―――誰が悪かったのか? と

 

 

「たーのもーーーー」

 

 

ペパロニの行動は早かった。カルパッチョがアンチョビの相手をしている間にエミの部屋まで突撃したのだ。

 

 そしてそこで、異様な光景に遭遇することになる。

 

 

******

 

 

―――あたしからしてもあれは異様な光景だったッスよ。

 

 テーブルの上に転がってる哺乳瓶に離乳食。老人介護用の用具やおまるや尿瓶。

そして―――おむつ姿でぐったりと転がっている天翔エミの姿。

 

「ガッティーノ!!何があったんスか!!?」

 

エミを抱き起こしてそんな風に聞いたんスよ。言葉少ななにっていうか……しゃべる元気もろくに残ってないというか……気力が残ってない感じでぽつぽつ語ってるとこに、ねーさんが帰ってきたんス。

 

「―――なにをしている?」

 

 もうヒエッヒエの声だったッスよ。地獄の底から出してんじゃねぇの?って感じで。そんで、あたしはそん時思ったッス。

あ、これ悪いのはエミじゃなくてねーさんの方だ ってね

 

 

 

―――誰が悪かったかとか、そんな考えがそもそも違ってたんスよね……きっと。

 

 

******

 

 

 エミの首根っこを掴む様にして引き上げる。慌てた様子のドゥ―チェから「おい気をつけろ!首が曲がったらどうするんだ!」という声が聞こえたけれど、本気で言っているのならもうねーさんはダメだ。

 

「―――ドゥーチェ。あたしはアンタが嫌いじゃなかったッスよ……

 でもこれだけは言える。アンタは間違ってるッス!!」

 

 あたしはそのまま、エミを担ぎ上げて窓を蹴破って外に飛び出した。

前に来た時に外にでっけー樹があったのは知ってた。幹に足をかけて減速させて、ドシンと地面に着地する。窓からこちらを覗き込んでるねーさんを尻目に、エミをかついで駆け出した。

 

 

―――行くアテなんか最初から考えてもいなかった。

 

 

 それでも動かなきゃいけねーって衝動に突き動かされて、あたしはそのままアンツィオの装甲車をブンどって、寄港地の外へ飛び出した。

 

 

 

―――最初のころはうまくいってたんスよ?

 

 

エミはドゥーチェとあたしのことを心配して色々世話を焼いてくれてる感じだったッスけど―――アテのねぇあたしのために他の学園艦の連中が世話焼いてくれて……実家の兄妹とかはあたしの味方だったし

 

理由を聞いた黒森峰と聖グロリアーナが協力してくれて、あたしは屋台を引きながら日銭稼いで、エミと一緒に逃げ回る日々を送ってたっす。2年か3年くらい。

アンツィオの方は中退扱いになってたらしいッスね。よく知らねぇけど。

 

 そんで、同じ境遇を続けてるとそれなりに愛着も沸くもんで、“コイツと一緒にどっかで店でも開くかな”なんて考えたりもしたッスよ。

 

 

 

―――或る日いきなりエミがぶっ倒れるまでは。

 

 

******

 

 

「―――エミ?」

 

倒れてピクリとも動かないエミに、最初何が起きたのかわからなかった。

頭が真っ白になるってのはこのことなのかもしれない。あたしはどうしたらいいかわからなくて

 

 

「……な、何やってるッスか?あたしそういう冗談は大嫌いなんッスけど」

 

 

 

 

ぐっと抱き起して

 

 

 

 

 

  エミの口から流れている血の量に

 

 

 

 

 

 

「―――う、うわぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 半狂乱で、救急車を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ペパロニ」

「……ねえさん……」

 

 

病院に搬送されたエミを待っているあたしのところにやってきたのはねーさんだったッス。あの頃と違って、目に活力が戻ってたねーさんにちょっと安心したッスよ。

 

「エミが、倒れたんだってな」

「―――あたしは、あの時のことを間違ってると思ってねぇッス」

 

俯いたまま、膝をぎゅっと掴んで声を絞り出すあたしの肩に、ねーさんはただ手を置いたんス。

 

 

「―――ごめんな

 

 

  ―――ごめん。本当にごめんな、ペパロニ。私、私が……私があんな風になっちゃったから……ペパロニも、カルパッチョも、みんなみんな私を支えてくれてたのにな……エミも私がちゃんとしてればきっと……!!」

 

「ねーさん……」

 

 

座ってるあたしを上から包むようにして抱きしめて来るねーさんに、涙が止まらなかった。昔のドゥーチェが帰ってきてたんスよ。嬉しかった。すげぇ嬉しかった。あたしは間違ってなかったんだって、思えたから。

 

 

 

―――じゃあ誰が悪かったんだって話なんだ。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「エミ。ドゥーチェが来たッスよ」

 

面会を許されたあたしとねーさんは、エミの病室に入る。エミは呼吸器で呼吸が許されている状態で、ハァハァと苦しそうに荒く呼吸を繰り返していた。

 

 

そのエミの様子を見て、あたしは自分が彼女を連れ出したのが間違いだったと、そう思ったんス。

 

 

 たとえ籠の鳥でも、ドゥーチェならこんなザマになることはなかったし、ひょっとしたら、その方が幸せだったような……

 

 

ぎゅっと、その手を握ると、握り返して来てくれた。弱々しくて、どうしようもないくらいの力で―――

 

その口が、何かを伝えようとして動く。

 

 

 

“「buona fortunaッスよ!」”

 

“「ヴォ……?何?」”

 

“「知らねーんッスか?buona fortunaってのはー……」”

 

 

 

“ buona fortuna(幸せがありますように) ”

 

 

「―――ぅぁ……ぅぁぁ……っっっ!!!!」

 

エミの手に縋りついて、泣きじゃくってた。よしよしと背中を撫でてくれるドゥーチェの手が優しくて、苦しくて、涙が止まらなかった。

 

 

―――その後?アンツィオに復学しないかってねーさんに言われたけど、まぁやりてーこともあったし?断って今こんな感じッスよ。

 

―――あああと、記事書くならいっぺんドゥーチェに見せて検閲受けてくださいね?でないと何があってもしらねッスから。

 

 

******

 

 

 栃木県のとある町に、風変わりなお店がある。

日本の片田舎な風景に溶け込まないイタリア風のトラットリア。気風のいい姐さん女房な雰囲気の店主が切り盛りするそこは、何故か遠く英国の有名な戦車道選手がSNSで拡散したり、九州を拠点とする戦車道の名家の師範が定期的に遊びにやってきたりするため異常な人気を見せる『隠れない名店』となっている。

 

店の名前は“ Il nostro amato gattino(我らが愛した子猫) ”

 

 

 

店名の由来については、謎のままである。

 

 




――月――日

いやぁ……草生えるわぁ()


よもや俺の身体能力が命を削っていた結果のシロモノであったとは……見抜けなかった、このエミハクの目をもってしても……(節穴)

唐突にやってきた心臓発作にデスノが現実に存在したのかと錯覚したりもしたが、病院に緊急搬送されて、呼吸器で息も絶え絶えなこの状況で、ペパロニに何を言ってもどうしようもないよなぁ……という心境。
でもペパロニには前向いて生きて欲しいよなぁと思う。俺のためにどうこうってのは未練以外の何物でもない。という想いを言葉に込めて、ペパロニに


“ buona fortuna《健闘を祈る!》 ”


という言葉を贈った。なんか泣き出した。

ドゥーチェもなんか悟った顔してるし、安心そうだ。




あー……みほエリを確認したかったなぁ……――――――





【 Dead END 】



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【 ダージリン生誕記念 】

本家様の闇、すげぇな(小者感)


―――リンゴーン……リンゴーン……

 

 

 遠くで鐘の音が鳴っている。ひょっとしたら、結婚式なのかもしれない。

そういえば、アッサムが結婚したのはいつだったかしら?などと思い起こして、彼女は手に持った大きな花束を投げた。

 

 

―――海に面した墓地に眠る。最大で最愛のライバルへ。

 

 

*****

 

 

 イギリスの緯度は、実のところロシアと同じなので、気温は低い。厚めのコートを着込んではいるが、どうしようもないほどに肌寒さを感じて身震いをしながら喫茶店へ入る。

 

「あ、こっちですこっちー」

 

明るい様子で手を振るのは、昔の面影を残すあどけない少女のような顔の女性。だがその実態は西住流分家、所謂“神奈川西住流”の初代家元となった西住みほである。一門衆も無く家元一人で分家立ちという憂き目に逢った彼女のためにと、赤星小梅と逸見エリカが入門し、師範代として頑張っていると聞いていた。

 

「遅いじゃないの……どうせ先に行ってきたんでしょう?アイツのとこに」

 

―――尤も、そのうちの一人は目の前にいたりする。

 

「ええ。特権は最大限に利用するのが英国式ですの」

 

ニッコリと微笑む私に「はぁ」と溜息を吐く逸見エリカ嬢。今年で御年―――

 

―――やめよう。年齢の話をすると私にもダメージが来る。しかも私の方が年上なのだから大ダメージだ。

 

「―――じゃあ、私たちも連れてって下さい」

「ええ、勿論ですわ」

 

 彼女たちがわざわざイギリスくんだりまでやってきたのにもワケがある。

 

 

―――ここに彼女が眠っているからだ。

 

 

【 ダージリン生誕記念 IF異聞“裏”ルート 】

 

 『 かくてイカロスは継承され届かぬ天を向く 』

 

 

 

 ―――その終わりは必然だった。

 

 

 天翔エミのカルテに記された“無慈悲な余命宣告”

 

それをどうしようもなく子供染みた我儘で、「嫌だ」と叫んだのは自分で。

 

だから私は彼女を私が留学する予定だった英国まで連れて行った。

 

 

 海外でならばきっと、彼女をどうにかしてくれる医療があるはずだと一縷の望みを懸けての渡英だった―――。

 

 

―――そんな都合の良い世界など、無いことは私自身が最もよく知っているはずだったのに。

 

 

 

何のことはない。

 

 

わたしはただ、目の前から零れそうなモノを、必死に手の上にとどめて居たかっただけなのだ。

 

 

わたしはただ、自分のエゴで彼女を連れ回し、そして他の誰も手が届かない場所で彼女に残された時間を過ごしたかったのだ。

 

 

 

 

―――嗚呼、反吐が出る。

 

 

 

 

 浅ましさに過去の自分を縊り殺してしまいそうだ。

 

 

 

 

―――けれど私にはまだやることが残っている。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 断崖絶壁に面した岩場の上に置かれた大きな墓石に花束で作った輪を掛けて、西住さんと逸見さんが祈っている。その表情からは内面は読み取れない。

目を開けた西住さんが、墓石に触れる。

 

「―――エミちゃん。ごめんね、ずっとお墓参りに来れなくて。わたしね、今西住流の分家を立ち上げたんだよ?エリカさんと、赤星さんが一緒に頑張ってくれて、なんとかやっていけそう。お母さんとも、お姉ちゃんとも分かり合えて、島田さんちの愛里寿ちゃんともときどき交流試合なんかもしてるの」

 

優しく墓石に触れて、ぽつぽつと呟くように、語り掛けるようにして言葉を紡いでいく。

 

「―――エミちゃんに、見て欲しかったなぁ……わたし、エミちゃんのおかげで頑張れたよ?分家の家元なんて、務まるはずないって思ってたころから、エミちゃんのおかげでがんばろうって―――身体が治ったら、きっと戻って来るって言ってたから―――言って―――言ってたじゃない、エミちゃんのバカぁ……!!!」

 

 墓石に伏して、涙を流す西住さんの声は、だんだんと涙が混じった嗚咽に変わっていった。逸見さんがそんな西住さんを、少しだけ辛そうに見ている。

 

 

―――どうしようもなく、胸が痛い。

 

 

 

******

 

 

 ――月――日

 

私の身体は、もう碌に動かせない。

ダージリンは切羽詰まった様子で駆け回っている。

無駄な努力に終わるとしても、動かずにいられないんだ。

 

―――それがどうしようもなく、心苦しい。

 

 

 ――月――日

 

「もういいよ」「もう十分だよ」

ダージリンには届かない。

泣きそうな顔でダージリンが言うんだ

「そんなことを言わないで」「私に任せて」と

 

―――辛い。辛いんだよ。

 

辛いけれど、もう戦車に乗りこむことも、装填することもできそうにないんだよ―――。

 

 

******

 

 

「エミちゃんは、最後に何か言っていましたか?」

 

プロチームの専用寮の自室で二人を持て成している最中、不意にそんなことを西住さんが切り出した。

 

「エミちゃんのことだから、ダージリンさんや、他の皆に何か残してそうな気がしたんです」

 

真剣な目に、私は目の前の紅茶を一口、それで舌を湿らせる。

 

 

「――――――西住さんには、“約束を守れなくてごめんなさい”と」

 

「ああ、やっぱり」という表情で、辛そうに苦笑する西住さん。

 

「逸見さんには、“すまなかった”と」

「―――何に対しての謝罪よ……アイツは本当に、何考えてるのかわからないわ」

 

少し怒った様な態度だが、西住さんの彼女への感情を知っているからこそそれ以上は言わない。今回のお墓参りも、逸見さんは西住さんについてきただけなのだろう。

 

 

 

―――胸が痛い。

 

 

 

*******

 

 

 

―――私が、蛻の殻の部屋に気付いたのは、徒労に終わった医師巡りを終えた後、彼女の部屋におやすみを告げに向かった際だった。

 

ベッドの上の温度を確かめる。冷たい。抜け出してからかなりの時間が経っている。

 

 

―――背筋に冷たい汗が流れるのがわかった。

 

 

 外に出ようとした私の目に、ベッドの枕元に無造作に置かれた一冊の本が留まった。何故か、その本から目が離せなかった。

 

時間がないというのに、その本を手に取って、私は――――

 

 

 

 

―――彼女について、まるで理解していなかったことを悟ったのだ。

 

 

 

*******

 

 

 

空港で西住さんと逸見さんを見送る。

去り際に「また会いましょう」とだけ挨拶を交わす。

 

私はプロリーグに参加して、国際試合に出場する。

その際は彼女たちとも敵対するだろう

 

「ダージリンさんは、まだ戦車道を続けていくんですか?」

 

西住さんの言葉の外に「あんなことがあったのに大丈夫ですか」という意味を感じて、私は―――

 

 

「当然ですわ。私は、証明しなければならないの」

 

 

―――知らず、獰猛な微笑みを浮かべていたらしい。

 

 

 

*******

 

 

 

 ――月――日

 

今日のこれは私自身について書いていない。

これはダージリンに向けて書いている

 

もういいんだ。もう無理しないでくれ

 

誰よりもお前の“世話になっていること”に耐えきれない。

ただ一つだけ我儘を聞いてくれるのならば

 

 

わたしが死ぬことを絶対に気に病むな

 

わたしが死ぬのは、わたしの責任であって、おまえのものじゃない

 

 

 

*******

 

 

 

 彼女は高潔だった。

 

アールグレイ様から【戦乙女】(ブリュンヒルデ)の名前を戴く程に。

 

彼女は高潔で、私のライバルで、そして切磋琢磨し合える仲間で、肝胆相照らす関係だった

 

―――そう錯覚していたのは私だけだった。

 

 

彼女は高潔で、彼女は対等で、彼女はライバルで―――

 

 

 

―――だからこそ【私にだけは頼りたくなかった】のだ

 

 

 

彼女を連れて行ったのは私のエゴで、

 

 

 

彼女を死に走らせたのは私の存在で、

 

 

 

―――だったら私は、最初から選択を間違えていたのだ。

 

 

 

 

―――そうして、海岸に打ち上げられた小さな死体のニュースに

 

 

 

 

 

―――衝動的に自分の手首にナイフを突き立てようとした私を止めたのは、彼女の言葉だった。

 

 

 

“わたしが死ぬことを絶対に気に病むな”

“わたしが死ぬのはわたしの責任だ”

 

 

 

 彼女は私から自責の死を奪って一人でさっさと逝ってしまった。

残された私に何ができるのだろうか?そう考えて、自分にできることなど、ひとつしかないことに、その時になってやっと気が付いた。

 

 

 

 

 

 その後、彼女の日記は火にくべた。

こんなもの、記憶に残すのは私だけでいい。

 

 

―――違う。これも私のエゴだ。

 

 

 

彼女の最期の言葉を正確に知りえるのは私だけでいいなんていう、私の浅ましいエゴだ。

 

 

 

ならばせめて、エゴを抱いて生きて、エゴとともに死のう。

 

 

私は私にできることで、彼女に報いることしかできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 英国のプロリーグに、日本から渡英してきた選手が目覚ましい活躍をしていると、世界にニュースが流れる程になっていた。
おりしも日本では西住流と島田流がレベルの高いぶつかり合いをしていて、日本人が注目されている時期であったことも理由だろう。

 勝利者インタビューで、その日30輛の敵戦車のうち半数以上を小隊規模で受け止めきって殲滅した、【防衛の鬼神】と称されることとなった彼女にインタビューを試みたレポーターに、彼女は思わずぞっとするほど酷薄で、されど美しい微笑みを見せた。

「―――プロ生涯不敗を刻んで見せますわ。私に勝利していいのは、ただ一人だけですもの」





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【 ダージリン生誕記念 その2 】

「―――しばらく黒森峰(ここ)を離れようと思う」
 
―――訣別の言葉を、口にした。エリカは何も答えない。何も言えない、というのが正しいのだろう。

 やることはすべてやった。あとは―――荷物をまとめて今夜中にでも此処を発とう―――。

―――願わくば、育ち始めたであろうみほエリの芽が、すくすくと伸びやかに育たんことを―――。


*******


 ―――夜の帳が下り、夜道を歩く一人の小柄な少女。

―――まぁ、俺なのだが()


 黒森峰を去る準備は出来た。後は明日にでも学園艦を降りて、野に下るだけ。
降りた後の行く先は―――

「―――大洗に行ってみるかなぁ」

ぽつりと、誰に言うでもなく呟いた言葉は空気に溶けて消える。
 みほエリを為すために俺が身代わりになった結果、一番割を喰ったのはあの場所だろう。みぽりんが転校してない状況では、運良くサンダース・アンツィオに勝ったとしてもプラウダで詰む。確実に詰む。
 だとすれば、とりあえず微力ながら助けになってやってもいい。みほエリが為されるかどうか確認するまで特にやることないし。
 軍神西住みほに比べたら車長適正もないただの装填手ではあるが、いないよりはまだマシと言えよう。黒森峰の訓練法も中等部の間に習ってきたことを復習すればいい。まぁ、やれるだけやってやれ―――の精神で行こう。

とりあえず方向性を決めて、荷造りの方向で自宅のワンルームのドアを開けて

「あら、おかえりなさい。お土産のお惣菜で申し訳ないけれど、食事は用意してありましてよ」

―――何事もなくテーブルの上に出来合いの総菜を並べて食卓を形成したブリカスの姿があったので、とりあえず一度ドアを閉めた。




【IFルート「その手は届いた。けれど余計なものもついてきた」】

 

 

 

「―――ご馳走様」

「ええ、お粗末様でした」

 

広げられた食事を、そのまま放置して食べられなくしてしまう。ただのゴミに変えてしまうというのは育ちの関係から憚られた。他の諸外国と比べると食に関しては飽和して豊かな日本とは言え、孤児院で食べる食事は充分であったかというとそういうわけでもなかったし、孤児院の院長の「食べることができる幸福」という有難い説法を聞かされて育った身分。加えて中の俺個人の精神性から【それを食べずにただ捨てるなんてとんでもない】状態だった。

 

「―――で、家宅不法侵入って110番で良かったか?」

「残念ですけど、家宅不法侵入は家主の許可を得れば不成立なのですわ」

 

しれっと言い放ち、『家主である大家様に許可を取りましたので』とすまし顔で答えるブリカス。ご丁寧に、さっきは持っていなかったカップとソーサーをどこからともなく取り出し、これまたどこからともなく取り出したティーポットに入った湯気の立つ紅茶を注いで一口。

 

 

「―――さて、では行きましょうか」

 

 

―――いや、どこへだよ?!(困惑)

 

 

「―――もちろん。我が栄えある母校、グロリアーナへ―――」

 

 

―――コイツ精神に直接干渉してやがるのか?

 

 

「いえ、ただ単に今の貴女がわかりやすすぎるだけですけど」

 

 

 

口元を隠して優雅に笑うダージリン。その目が真剣味を帯びて、俺を見据える。

 

「―――真面目な話をしますけれど。黒森峰を離れる貴女を、私は放っておけない。聖グロリアーナへいらっしゃい、天翔エミ。黒森峰で受けた貴女の痛みを癒すでも良い。反骨精神に懸けて打倒黒森峰を目指すでも良い。私はそれを強制しないわ。

 

 ―――ただ、戦車道に背を向けないで欲しいだけなの」

 

 そこには有無を言わせない迫力と真剣さが在った。

同時に、俺を真摯に心配している様子を感じ取れた。

 

 思えばコイツとはなんだかんだでライバル視されてぶつかり合ってやってきた仲ではあるし、俺が居なくなると張り合いがなくなるとか、そういう感じの心境なのだろう。

 

―――まぁいいか。

 

 そんな気持ちが俺の中に生まれた。もともと大洗に編入するかと思ったのは思い付きではあるし、みほエリを観測するのであれば別に学園に拘る必要はない。

 

―――だったら、昔からの誼を優先させても良いだろう。その程度の考えでしかない。

 

 

「―――ん。んじゃ、よろしくな。フッド」

「……ありがとう。貴女が私を選んでくれたことを嬉しく思いますわ」

 

 

―――いや、選んだのはグロリアーナな?何でお前を選んだとかそういう話になってるのか……

 

 

「では、編入手続きの書類がこちらに。サインをお願い致します」

 

 そう言ってダージリンは自身の胸元、聖グロの制服の内ポケットからスルリと編入届を含めた書類が取り出される。この手の漫画的な手法の収納術ってどうやって内部に収納できているのかさっぱり理屈がわからない。実は青ダヌキみたいに四次元のポケットでも内蔵してるのだろうか……?

 

ともあれ、写しも含めて書類にサラサラとサインをすると、保存用の写しをファイルに収め、また胸元にスルスルと収納されていく。不思議な光景である。

 

そうして一連の行動を終えた直後に―――

 

 

―――コンコン と、部屋のドアがノックされた。

 

 

******

 

 

 ―――重い。

 

こう、重苦しい雰囲気が周囲を支配していた。

 

 

「うぅ……うぅ~~~!!」

「―――はぁ……唸っても事態は好転しませんわよ?」

 

目の前には二人の人物。かたや先ほど俺をスカウトしたブリカス。そしてかたや俺を「駆け落ち」に誘いに来た大天使ミホエル。

 

―――いや、何で?(困惑)

 

 そもそも何でやってきた第一声が「エミちゃん!駆け落ちしよう!」なのか。訳が分からない。そういうのはほら、エリカに言ってやって。どうぞ。

いやそれでもしも本当に駆け落ちなんかしたら俺は【みほとエリカの今後を温かく見守り隊】(団員俺一名)を発足して西住流からの追っ手と戦いながら影ながら護るシークレットサービスに転職してやるところなんだが……

 

 ブリカスの手には俺が先ほど記入した『編入届』

 

この契約が、みぽりんの駆け落ちを食い止める防波堤となっていた。

 

 ―――俺自身の意見を言えばみほエリを為す一番の近道である「みぽりんエリカが一緒に黒森峰を引っ張っていく比翼の鳥ルート」という道筋を作った以上そこに軟着陸してほしい。が、みぽりんがこのまま一人で大洗に転入するようなら、俺が全霊を懸けて原作ルートにテコ入れをかまさねばならないだろう。

 

みぽりんの主張は「私のせいで戦車道が嫌になってしまったエミちゃんを、今度は私が護るんだ!」

 

対してダージリンは「彼女が立ち直るかどうかは彼女自身の問題です。その辺りは昔からのライバルである私がケアしますのでお帰り下さい。どうぞ」である。

 

編入届というクリティカルヒットなものが存在する以上、ダージリンの優勢を覆すことはできない。勝負は決まったな。

「うぅぅぅぅ」と唸っていたみぽりんだったが――――ふいに、限界を超えたのだろう。盛大に暴走した。

 

「―――だったら……私も一緒に行きます!!」

「ファッ?!」

 

思わず変な声が出た。ダージリンですら絶句している。この展開は予想外過ぎる!誰が予想できたというのか?!

 

―――おいそこのブリカス、「わかっていましたわよ」みたいな笑顔で取り繕うんじゃねぇ、紅茶飲んで落ち着くな、止めろ!止めろ!いやマジでとーめーろーよー!!!!

 

「み、みほ……?ほら、エリカとか、まほ隊長とかすごく心配すると思うんだ」

「そんなの!元々おとうさんに協力してもらって夜逃げ同然で駆け落ちするつもりだったから今更だもん!!」

 

 恒夫=サン!!?恒夫=サンナンデ!?何で愛娘の駆け落ち推奨してんの!?何やってんの!?しかもみぽりんそれでいいの!?

 

「―――みほさん。聖グロリアーナに編入するということは、貴女の生活は一変します。身に覚えのない罵声もあるでしょう、黒森峰の皆さんの風当たりも強まりましょう。

 

 ―――貴女に、その覚悟は有って?」

 

真っ直ぐにみぽりんの目を見据えて語り掛けるダージリンの様子に、たじろいだように後ろに下がるみぽりん。しかしそこは軍神、負けてなるものかと強い瞳で圧し返し―――

 

「―――エミちゃんが居なかったら、その罵声は私に降りかかっていたものです。だったら、受け止めます。それが私にできることだから―――!!」

 

覚悟を決めた西住の血ってのは、本当にガンギマッている。つくづくそう思った(確信)

 ダージリンはそんなみぽりんの瞳をジッと見つめ続けて―――

 

―――やがて根負けしたかのようにハァと息を吐いた。

 

 

「―――ええ、ええ、わかりましたわ。西住みほさん。貴女の編入を認めます」

 

 

「やったぁ!」と喜び俺の腕を取って抱き着いてくるみぽりんと対照的に、俺の内心がグルグルとやばい方向に回り始めていた。

 

 

―――どうしてこうなった……!?

 

 

俺の内心を一切の忖度なく書き出すならばこう。

正に「どうしてこうなった」状態と言えた。

 

 

―――それもこれもダージリンのせいだ。くそう覚えてろブリカスが!!

 

 

 

 

*******

 

 

 

 ――月――日

 

 

黒森峰から逃げ出すと聞いて居ても立ってもいられなくなり、私は単身黒森峰学園艦に乗り込んでいた。

 

 誰よりも早く彼女に接触し、できれば十分に話をしたうえで、我が校への編入を確約させねばならない。

 

そんな衝動に突き動かされるまま、気が付いたら彼女の住むワンルームマンションの世帯主である大家様に「姉です」と偽装して部屋の鍵を開けて貰っていた。

 

犯罪である。もう一度言おう、犯罪である。(良い子は真似してはいけません)

 

 天翔エミは割とあっさりとサインしてくれた。これで一安心。と思った矢先に、一足遅れで到着したのは西住みほだった。彼女も天翔エミを勧誘、というか……「駆け落ち」に誘いに来たらしい。流石日本人、発想がぶっ飛んでいる(かくいう私も日本人だが)

 

 だが私には『編入届』がある。これがある限り、彼女の身柄は当局のものである。優越感に微笑んでいた私の笑顔は

 

「―――だったら私も一緒に行きます!」

 

この一言で凍り付くことになるのだけど。

 

 

―――ああ、胃が痛い。この後の顛末を考えると胃がキリキリと軋みを上げて来る。

 己の我を押し通してさぞ気持ちよかろうな西住みほさんは楽観的に天翔エミとイチャイチャしてお出でで、聖グロリアーナへと向かう高速艇は夜闇に包まれた海域をものともせずに学園艦へと一路進んでいて―――

 

―――きっとこの後夜逃げに気付いた西住家の方々の追及が来るであろうことは容易に想像ができる。

 

それを誰が対応するのか?当然―――私だ。

 

 

―――妹を奪われた姉の呪詛だの

 

 

―――親友を奪われた女の泣き言だの……

 

 

そんな鬱陶しい戯言への対応を一手に引き受けないといけないとか―――

 

 

―――ああ……何故?何故こうなってしまったというの……?

 

 

 

 

―――ああもう!天翔エミ!!貴女のせいでしてよ!?責任をとりなさい責任を!!

 

 

 




一体いつから……【生誕記念のSSが一つだけ】だと錯覚していた……?


依怙贔屓してる?当たり前だろいい加減にしろこの作品のタイトルを良く読み返せ!(逆切れ)


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【 ダージリン生誕記念(2020) 】

なんざーん(なんざーん)


エミパートはまほルートと並行で書いてゆきますゆえー。一週間ほどお待ちを


エミパートでエミカスが当時何考えてどう行動してたかを暴露してゆきます。


つまり今回のパートはひぐらしうみねこでいうとこの「問題編」です()







 〇〇月――日 晴れ

 

 今日は待ちに待った日だ。

アークロイヤル級空母アークロイヤル型のスマートで麗しき学園艦。

聖グロリアーナ女学院、その中等部へと入学する記念すべき日。

校門を悠々と、優雅に潜って

 

 

―――死んだ様な虚ろな目で歩く小学生がそこに居た。

 

 

 

【ダージリン生誕記念2020 『ダージリンの追憶帳(ファイルズ) 体験版』】

 

 

 

 〇〇月――日 晴れ時々曇り

 

 まさかあの小学生が同級生だったとは……この私の目をもってしても見抜けなかった。そして小さな体にあんな規格外のパワーを持っていたことも予想外。

 これから中等部、高等部と同じ道を歩む仲間であり、ライバルと成りえる相手であり―――戦車道としては有能な装填手を得たと言える。

 

―――実に非常識ですけれど。

 

 

 

 〇〇月――日  曇り

 

 彼女は入学早々に紅茶の園の面々と知り合い、その中でも次代のアールグレイ様を受け継ぐと目されている方と懇意になったようだ。周囲の目を気にせず友好を深めている様子に周囲の反応が酷い。良い意味でも悪い意味でも。

 

 ここは聖グロリアーナ。暗闘渦巻く貴族社会の縮図を体現する学園艦。

 

 力あるOG会はアールグレイ様に首輪をつけるために『彼女』を紐付きにしようと画策し始めている。今のところ彼女は歯牙にもかけていないようだけど。

 

 

 

 〇〇月-―日 晴れ

 

 件の彼女に紅茶を贈った。「私の獲物です。手を出さないように」という意味を込めた周囲への牽制のために。

 彼女は私が飛翔するための踏み台にする。もう決めたことなのだから邪魔をしないで欲しい。OG会にしても同級生上級生に至っても、彼女が大きくなる(戦車道的な意味で)ための障害でしかない。あの子を私の糧にするためにはまだまだ飲み干せない程に大きくなってもらわなければ困る。

 

 ―――それこそ、高校を卒業するまでを使い果たしても足りないくらいに、ね。

 

 

 

 ******

 

 

 

 「―――ですので、まずは貴女のその部屋の中の奇行をどうにかしませんとね?」

「……何が?」

 

 目の前で“部屋を彩る調度品であるはずの壺に水を満たして紐で繋いで広背筋・上腕二頭筋三頭筋育成のためのトレーニング器具”に変えた目の前の少女というより幼女に近い見た目のお子様は、不思議そうに眉根を寄せた。

 聖グロリアーナ学院寮の一室。共同生活を通じて協調性を育成しよう という学院側の試みに真っ向から喧嘩を打っていくスタイルと言えるその有様を見ていると学院側の理念とは人の意思でかくも無惨になるものなのかと思わざるを得ない。

 

「貴女のその姿を見て、皆がどう感想を抱くかを考えなさいな」

「他人の目なんざ気にしてたら何にもできんだろうさ」

「最低限のTPOは弁えなさいと!!」

 

 思わず声が大きくなる。手に持っていたダンベルを取り落としてしまいそうなほどに。

 

 トレーニングは大切なものだ。だがそれは本来専用の器具を用いてやるものであって、こんなヘンテコなモノで用具を模してやるものではない。

 

「トレーニングジムなら紹介しても良いと言ったでしょう?」

「何度も言うがそんなトコに通うカネはねぇ」

 

 取り付く島もなく断られてはこちらも立つ瀬がない。

 かくなる上はと強引に連れ出して戦車道トレーニング用のジムに登録させる。私の身銭で。

 「今後の活動における投資ですわ」と制して強引に会話を打ち切ってしまったので多少空気が悪くはなった。これでは貧困に窮するライバルを金で上から殴りつけているようで気が引けてしまうけれど、能力のあるものがその能力に見合ったものを使えないというのは、見ていて苛々とするのだからしょうがない。

 

 翌日。あのヘンテコ道具でトレーニングをしていて失敗したといって左手に痛々しい包帯が巻かれていた。だから言ったことではない。私の選択は正しかったことが証明された。

 

 

 

 〇〇月――日 快晴

 

 今日は全国戦車道大会中学の部。その決勝戦。相手は当然、常勝黒森峰女学園―――厳しい戦いになりそうだと嫌が応にも緊張が高まる。隣に立つ幼女の顔をした類人猿も心なしか表情が硬い。

「緊張しているんですか?」と問えば

「してるよ。ここからがスタートだからな」と返ってくる。

 意味が分からない。実戦ならばこれまでに何度もやってきたし、これが初めての試合というわけでもない。だって彼女は聖グロリアーナ(うち)のレギュラーなのだから。

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 『こちらウーヴァ!敵右翼と思しき団体と接敵!』

「じわじわ詰めなさい。主戦力はこちらに来ているから落ち着いて」

 

やや強張った声の通信に落ち着いて返答を返し、一つ息を吐く。心臓の音がやけにしっかりと聞こえている。目前に迫る戦車の一団を率いるのは間違いなく、この時代の最強の一角。

 

 ―――西住流、西住まほ。

 

 逃げることはできない。私がこの場で敵を抑え込めなければ中央を抜かれた防衛線は決壊し、反転した部隊により挟撃に持ち込まれて他の部隊も各個撃破されるだろう。だから退けないし、迎え撃つとしても前に出すぎるわけにもいかない。

 

 それが私にできるだろうか?

 

 ふいに不安とともにそんな後ろ向きな考えが浮かぶ、手が震える。

唐突に通信機から声がした。別動隊として遊撃している“アールグレイ”を受け継いだあの人から。

 

 

『―――こちら“アールグレイ”、聞こえる?こちら“アールグレイ”

 ―――敵の突撃愚連隊と会敵!敵はティーガーⅠ“西住まほ”よ』

「……何ですって!?」

 

 

 敬語も忘れて叫んでいた。こちらへの攻め手である主力だと思った相手に西住まほがいない事実。そしてその西住まほはこちらの本隊を横合いから襲撃するために本隊を離れて別動隊をやっていた。

 つまり目の前にいるのは西住まほが率いる黒森峰ではなくて―――

 

―――聖グロリアーナ(わたしたち)にはその価値もないと―――

 

「―――舐めて下さいますわね……!!!」

 

ギリギリとシートの肘置きに爪が食い込むほどに、握りしめられた手に力がこもる。

 

 

 

許してなるものか。

 

許してなるものか。

 

あいつらに教えてやれ

 

勉強代を高い物として教え込んでやれ

 

 

 

「―――総員!防衛線を敷きなさい。迎え撃ちますわ!!いいこと?本隊を受け止め、じわじわと詰めて磨り潰しなさい!!」

 

 

 

***

 

 

 

 結果として言えば―――この対応は敵に読まれていた。浸透強襲戦術による防御陣はまだ完成しきっていない。練度が足りない防衛線は重戦車中心の黒森峰に食い破られ、屍を晒すことになった。

 

「申し訳ありません」と悔しさに涙を流す私を優しく慰めて下さるアールグレイ様にさらに悔しさが増す。

 

 

 ―――あの子はアールグレイ様の隣で、私たちが殲滅されるまで彼女を援護し続けることができたというのに―――

 

 

 力の足りないこの身が恨めしく―――結果を残したあの子が羨ましい。

 

 

 

 *******

 

 

 

 〇〇月――日 曇り

 

今日この日を私は忘れまい。

私の中で彼女を決定的なまでに焼き付けたこの日を。

 

 

******

 

 

 中等部の卒業を間近に控えたその日。聖グロリアーナの中に異質な“それ”を見つけた。

 

 着物姿の女性。直接の見覚えはない。けれどその姿は有名である。

 

 戦車道連盟のスカウトマン。井手上菊代―――その彼女が、よりにもよって“西住しほ”を伴ってやってくる理由。

 

 

 そんなものは、きまっている。

 

 

 ****

 

 

―――聖グロリアーナ学舎の裏手。焼却炉が鎮座するよくある校舎裏風景にそぐわない黒いスーツの女性と、その後ろに控える着物姿の女性。

 

 西住しほと、井手上菊代の前で所在無さげな様子―――というより達観した表情の少女。当然―――天翔エミである。

 

 考えてみれば当然も当然。決勝戦での大立ち回り、アールグレイ様との連携による西住まほの足止めの成功者で―――あの西住まほにライバルと認識されたような発言を受けた存在で―――今年は決勝で待つ彼女に会うことすらできなかった。

 

 

 それが私たち(グロリアーナ)の責任であるということ―――。

 

 

 アールグレイ様が居なくなって、遊撃による攻勢を失った私たちは、浸透強襲戦術の弱さが露呈した。結果として二回戦での辛勝から戦車の補充がままならなくなった私たちは、準決勝で敗退した。準優勝の非業か、優勝校である黒森峰とは決勝まで出会うことはないため、そこでリベンジの機会は失われた。

 

 

「―――それで、何の御用ですかね?」

 

 やや下手に出る形で天翔エミが切り出した。その言葉を待っていたかの様に井手上菊代が前に出て、名刺を取り出す。

 

「―――日本戦車道連盟からスカウトに来ました。優秀な専任装填手は貴重ですから」

 

 にこやかにそう言う井手上菊代から名刺を受け取って微妙な表情を見せている天翔エミ。

 菊代が言うように専任の装填手というのはなり手が少ない。そもそも装填手という日陰の存在に好んでなりたがる人間が少ないのだ。その装填手という筋力と体幹のみがものをいう役職で世に名前を売っていける存在がそもそもほとんどいない。

 そういう意味で言うならば天翔エミに戦車道連盟が目をつけるのはわからない話ではないのだ。問題は―――何故今なのか?ということ。

 

「中学卒業前のスカウトに裏がないとか思えないんですよ。グロリアーナ(ここ)で鍛えられちゃってますんで」

「あらあら……まぁ、確かにもう一つオハナシがあるのは確かですけど」

 

 微妙な顔で苦笑する天翔エミと対照的にころころと朗らかに笑う井手上菊代。口元を隠してフフと笑う彼女の真意は笑顔の陰に隠れて遠目で見ている私には追いきれない。

 

 

「―――単刀直入に言いますね。中学卒業とともに学園艦を降りませんか?黒森峰が受け入れる準備を推し進めているところなのですが」

 

 

 

 そうして―――真っ直ぐに差し出された秋波を

 

 

「お断りします」

 

 

 天翔エミは、にっこりと微笑んで両断して見せた。

 

 

「―――理由をお聞かせ願えます?天翔エミさん。失礼ながら貴女のことは調べさせていただいております。

 

 黒森峰の中等部入学試験を志願していたこと。試験に失敗して先んじて受かっていた聖グロリアーナに滑り止めで入学したこと。

 黒森峰に入学できるのであれば迷わず受けて下さると思っていたところがありましたので、お断りの理由を先方に伝える必要がありそうですので」

 

 ややひきつった表情で、それでも笑みを崩さない井手上菊代の言葉に、天翔エミは少しだけ言いよどんだ。

 私としてもその理由を知りたい。彼女は『黒森峰を見返すため』戦車道を続けているのだと思っていた。ならばこれは黒森峰の白旗にも等しい。彼女は勝利した。悔しいがグロリアーナに拘る必要などどこにもない。

 

 

Better be the head of a dog than the tail of a lion.*1とか、どうですかね?」

「寄らば大樹の陰。とはいきませんか?」

「一強が過ぎればエンドコンテンツ化が進みますからねー。西住まほと西住流で固められた黒森峰が連覇を続け過ぎればマンネリに成り過ぎますよ」

 

 あとはまぁ、と前置きをして天翔エミは天を見上げる。

 

 

 

「決着をねー……つけなきゃいけない約束とかもありますんで」

 

 

 

 そう言ってケラケラと面白そうに笑う天翔エミに困ったようにフゥとため息を吐くと、井手上菊代はひとつお辞儀で返した。

 

「今日は有意義な時間になりました。その戦車道連盟へのスカウトの話は本物ですよ。高校卒業の暁には準備を終えるプロリーグへの勧誘状になってますので」

 

 

 そう言って引き下がった井手上菊代と一瞬だけ、物陰に隠れている私の視線が交錯した。何だか見透かされていたようで居心地が悪い。

 

 

 ―――私が過去に言ったことを彼女が憶えていたこと。その事実が胸に火を灯した。

 

 

 そして同時に―――彼女に並び立てない自分が嫌になる。

 

 

 

 〇〇月――日 小雨模様

 

 高等部の門をくぐる。 彼女と一緒に。

自惚れではないのならば、彼女が誇る人間であろう。

 黒森峰を蹴ってグロリアーナに残る選択をした彼女に、報いることができる人間になりたい。

 

 

 

 ―――強くなりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 〇〇月――日 晴れ

 

 全国戦車道高校生大会準決勝。プラウダを退けた私たちは、決勝へとコマを進めた。勝ちあがることを疑う必要がないほどに強い西住まほの試合をGI6に任せ、私は彼女と一緒に、来年進級してくるであろう黒森峰の三年生、及び来年自分たちの戦力になるであろうグロリアーナの生徒たちを見るために中学生の部の視察にやって来ていた。

 熱心に黒森峰の試合を食い入るような様子で見つめている天翔エミの様子に真剣身を感じて、私も試合の様子をカメラに収めながら試合を観戦する。

 

 ―――黒森峰の次代の副隊長は、油断がならない練度の人物だと思えた。

 

 対して彼女の方は隊長の少女にも目を向けている様子だった。彼女が目を懸けるほどの何かがそこに在るのだろうか?

 

 

 

 〇〇月――日 曇りのち雨

 

 決勝戦。また私は勝てなかった―――。

 アールグレイ様を援護する天翔エミの姿はすでにグロリアーナの看板となりつつある。一方で私もダージリンとしてグロリアーナの中核を担っている。

 

 何のことはない。それは天翔エミが【冠名を持たない】からに過ぎない。

 

 天翔エミは冠名を拒否している。それは私がグロリアーナのトップに立っている現状を見たうえでそれが最も適しているからだと言っていた。

 けれど私はそうは思わない。

彼女はアールグレイ様に認められた少女だ。その事実だけで十二分に周囲を黙らせる力がある。私を使いこなすに足る存在であると思えるほどに。

 

 

 彼女に並んで立つと誓った。その彼女を踏み越えてより高みを目指すと誓った。

 

 

 だというのに肩を並べるだけで精一杯な私が居る。

 

 

 不甲斐なさに愚痴をぶつけてみれば、彼女は笑って言うのだ。

「お前はすごいよ。私なんかよりずっと」と

 

 そんなわけがない。自分への不満が、止まらない。

 

 

 

 〇〇月――日 雨

 

 己の理想と、勝利への渇望と。

 理念と不満と、血路と不信と。

 

己の道を進む以上に、彼女から向けられているであろう期待を得たい。

それでも矜持を捨てることもまたできない。

 

 彼女のために勝利を重ねたい。彼女へ並んで彼女を越えたい。

 彼女のために己を曲げられない。己を曲げずに勝利ができない。

 

 グロリアーナの貧弱な戦車でだましだまし勝利を重ねてきた。アールグレイ様はきっととっくの昔に気づいているはずだ。

 

 自分たちの優勝を遠のかせている存在が、誰であるかを。

 

 

 

 〇〇月――日 晴れ

 

 OG会の抑圧を跳ねのけて、遂に1輛入手することができた。

 

 コメット巡航戦車。

 

 77mmHV砲を装備した、今までグロリアーナに足りなかった17ポンドの火力を補う存在。ミーティアエンジンを搭載していて、この車輛ならば『アールグレイ様のクロムウェルの最高速の速度にも無理なくついていける』

 

 この戦車ならば―――天翔エミを十全に使いこなせる。

 

 

 

 〇〇月――日 快晴

 

 戦車道高校生大会。ついにこの日がやってきた。

今日この場で勝利することで、グロリアーナは前に進める。

天翔エミを足踏みさせることもなく、私もより上を目指し隊長として立つことができる。

 

 個としての勝利よりも、全体の勝利を。

 

 それが私がたどり着いた答えだから―――。

 

 

 

 〇〇月――日  曇り

 

 プラウダ高校との準決勝。

私はアールグレイ様の立てた作戦に、異議を唱えた。

 

 確固たる証拠があったわけではない。けれど私の考える作戦と、敵隊長カチューシャのこれまでの戦闘のデータ。それらを鑑みての意見具申ではあった。

 

「―――ブリュンヒルデ。君の意見を聞こう」

 

 芝居がかった様子で腕を広げ、皆の目線を誘導するアールグレイ様。こういう時の彼女は役が降りている状態なのか、時折しゃべり方も変わっていることがある。

 水を向けられる形になった天翔エミは、そこで話の内容を話半分で聞いていたことを謝罪しつつ、少し考えるそぶりを見せる。

 

 

 

「―――勝てるかどうかまではわかりませんが、勝算が高いかもしれないって点では―――ダージリンの作戦を推します」

 

 

 ―――意外だった。彼女はアールグレイ様に可愛がられていた子飼いのようなものだったから。

 

 けれどどうだろう?

 

 ただ彼女に認めてもらっただけだというのに、まるで階段を数段駆けあがったかのように一気に進歩したように感じるのは。

 

 

 

 結果として、アールグレイ様の作戦通りであれば包囲殲滅されていたことが後で試合結果を見てわかった。

「私も焼きが回ったわー」と苦笑していたアールグレイ様だが、その顔に悔しさがまるで見当たらなかった。

 

 

―――包囲作戦を先んじて発見した功労者は、紅茶の園でまったりと自由気ままに珈琲を飲んでいる。

 

 

 戦車から飛び出した天翔エミが町の残骸をもとに急遽作り上げた要塞の上から報告した敵の動きを軸に、私が包囲作戦を読み取り、要塞に籠城すると見せかけて撤退用の通路を用意し、全員その通路から逃げ出した『空城の計』

 これを可能としたのはたった1輛の『クルセイダー巡航戦車』。

 

 空っぽのお城を背に、包囲までの時間稼ぎをするかのように走り回って敵の軽戦車と追いかけっこを繰り返し「あたかもまだそこに敵が籠城しているように見せかける」ことで、敵の榴弾を余さず使い切らせて後方の森から片翼をもぎ取る。もぎ取った片翼を瀕死で残し、救助へと向かう敵一団を、相手のお株を奪う二重包囲で焼き尽くす。

 

 

 

 日本の戦国時代にこの戦法はこう呼ばれていた―――『釣り野伏』と。

 

 

 

 

 〇〇月――日  曇り

 

 いよいよ明日は決勝戦。相手は黒森峰女学園。

 

 あの時の雪辱を果たすことができる。西住まほを相手にきっと天翔エミとアールグレイ様が拮抗してくれる。或いは討ち取ってくれるかもしれない。

 

 西住まほの傾向は読めている。相手は『戦術を読み切られてもごり押しで蹂躙する』を得意とする鉄血の西住流。その戦法を読み切るのは難しい話ではない。

 また、フラッグが西住まほの可能性は限りなく低い。何故なら西住まほにとっては自分を抑え込める相手がいるチームとの戦いだから。だとして西住まほが列を組んで集団で進軍蹂躙をするかというならその可能性も低い。

 

 一度抑え込まれた相手をライバルと見込んだ以上、それをなぎ倒すための研鑽を積み、それを大舞台で叩きのめさなければ西住流に影を落とすことになる。

 

 

 大きな流派という枷が彼女の戦略を縛る。それは私たちが付け入る隙になる。

 

 

 

 ――月――日  雨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

 決勝戦は波乱が過ぎた。

 

突撃する西住まほの一隊を受け止めた天翔エミとアールグレイ様の部隊。

敵本隊を発見したクルセイダー偵察部隊。

こちらを目指して移動中のフラッグ車の本隊を受け止めるべく前進した部隊が敵本隊と衝突した盆地で―――

 

 

 ―――敵戦車の一部と私たちの戦車の一部を、決壊した川の濁流が飲み込んで―――

 

 

―――敵フラッグ車から飛び出し濁流に飛び込んだ車長の姿。

 

 

―――戦場を移しながら追いついた西住まほと、アールグレイ様を尻目に、

 

 

 

 

―――敵車長とともに皆を救うために濁流へと飛び込んだ天翔エミ。

 

 

 

 

 

 

 敵も味方も救助を優先する中で―――

 

 

―――一発の凶弾がチャーチルを捉えていた。

 

 

 

 ――月――日

 

 OG会によりコメットの使用禁止が提示された。

 

 OG会の抑圧を跳ねのけて「勝利のために」と強硬手段で手に入れた戦車なのだ。結局敗北してしまった私に反論の手段はなかった。

 

 あの時私は勝利よりも救助を優先した。敵の隊長もそうした。

 

―――ただ一人、勝利を何より重視した存在がいた。ただそれだけの話。

 

 

 

 ―――黒森峰副隊長、逸見エリカ―――

 

 

 彼女の行動を、しかし黒森峰は賞賛した。

 小学生のころに独逸で行われた西住まほの遠征試合。その現地で起きた事故においての彼女と同じ選択をした逸見エリカを、西住まほは「正しい行いをした」とインタビューの場で公言した。

 当然、賛否は両論。しかし、現在の戦車道における最大派閥のひとつであるという事実が、マスコミを、常識を鈍らせる。

 

 

 あれは正統な勝利であったと皆が認識してしまうほどには。

 

 

 

 ――月――日

 

 天翔エミの行動は間違ってなどいない。

 けれど私には彼女を助けることはできない。

 

 敗北の責任を取る形でアールグレイ様は苦い思いのまま卒業して行き―――

 

 

―――黒森峰では、逸見エリカが正しいと言われている陰で、一人の女生徒が戦車道の道から姿を消した。

 

 

 

 

―――これまでのすべてが崩れていく。

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

 天翔エミがグロリアーナを去った。

わたしがすべての元凶だと言う者がいる。

 

 

実際その通りなのだから―――そう評されるのは仕方がないのだ。

 

 

 

私が弱かったから勝利できなかった。

私が間違えたから隙を生んでしまった。

私が弱かったから天翔エミを救えなかった。

私が間違えたから積み上げたすべてが崩れて消えた。

 

 

 

私が弱かったから。

 

 

私が間違えたから。

 

 

私が弱かったから。

 

 

私が間違えたから。

 

 

 

 

 

私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が弱かったから。私が間違えたから。私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――わたしは、つよくなりたい。

 

 

 

 ――月――日

 

 反論は力でねじ伏せられる。戦車道の世界において勝利は何よりも雄弁だ。

英国人は戦争と恋愛においては手段を択ばない。わかっていたはずだった。

 

 

―――天翔エミのために手段を選んでいたからこそ、私は負け続けていたのだと。

 

 

 

 

 そんな言葉は言い訳だ。

わかってる。

 

 

 

 

 

 

 何より自分の強さは戦車道の中では目を向けにくい場所にこそある。

盤外戦術は戦術の内。使える手段を使って悪いことなどはない。

 

 

 ああ全く―――過去の自分ほど度し難い者はいない。

 

 

 

 

あの時の復讐を。彼女は望んでいない

 

 

 

あの時の仕返しを。そんな事無意味だ

 

 

 

あの日のやり直しを。覆水は戻らない

 

 

 

 

今年やり直して見せる。いつまで目を背けているのか

 

 

 

 

 

 

 

もしも私が貴女の敵であったならば、貴女は私を止めてくれるでしょうか?

 

ねぇ私の好敵手(天翔エミ)?そうしたら、貴女は私の前に立ちふさがるのかしらね?

 

 

 

*1
ライオンの尻尾になるよりも犬の頭になる方が良い:類義語『鶏口なるも牛後となるなかれ』




なお本作品は誕生日記念(大遅刻モード)のため

ぶった切りダイジェストモードになってます。


まほルート終わった後にでもアンケに登録追加して「次どのルートやるー?」って聞くかもしれません。









本家様が許すなら(予防線)


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【 ダージリン生誕祭(2020)裏 『えみにっき』

──月──日
 
鬱だ、しにたい。
結論から言うと俺は黒森峰の受験に失敗した。
多分テストがだめだった、しにたい。
戦車道特待生なんて枠もあったが入れなかった、しにたい。
俺は、失敗した。
十数年もの努力漬け、入学なせずなにも得ず!
ものの見事に敗北者です本当にありがとうございました。しにたい。
 
 
 
──月──日
 
滑り止めには受かってた。
しかしこの心に刻まれた傷を癒すにはまるで足りない。
俺の十二年間の努力は一体なんだったんだろう。
ネタ抜きで死にたくなってきた。
でもまだ諦めたくない。
何故俺が転生などという数奇な―――
 

―――書いてて思ったが今時転生者なんぞ100g100円の価値もなさそうな気がする。
 
 まぁ、ともかく滑り止めに受かった学校もまたアニメに名前の出た学園艦だ。
可能性は0じゃない、最後まで諦めずに抗おう。
だめだったらその時はこの世からピロシキする、みほエリのないこの世に未練なんてないわよ!!
 


──月──日

というわけでやってきました聖グロリアーナ女学院。
完全寮制のこの学院。門限アリ、規則厳守のお嬢様学院である。

 プリーツスカートの裾は翻ってはいけない。しずしずと歩くのがここでの嗜み

―――ってマリ●てかい!(セルフツッコミ)

―――ともあれ、ひとまずはこちらの生活に慣れなければならないだろう。切実に(確信)
 学生寮の部屋に入ってまず感じたのが、用途のよくわからない家具が多い多い……何なのこれ?本当に何なのこれ?金かけるところ間違ってない?調度品に金かけるくらいなら戦車道方面に突っ込めよ!だからOG会に半ば乗っ取られるくらい困窮してるんじゃねぇか!
 あ、でも個室にシャワー完備してくれたのは助かる。地味に助かる。英国リスペクトしてる割にきちんと水回りが良いようで何よりだ。
明日からは街中を散策して錠剤とか手に入れられるツテを探さねばならない。


 それよりもみほエリウムが足りない……みほエリはどこ……?ここ……?



 ――月――日

 

 ルームメイトと名乗る女生徒と軽く挨拶を交わし、お互いに許容できる範囲について綿密に詰める。面倒事になっても困るし、モブにかかずらっている暇はない。

寮内のルームメイトは共同生活を送るのもあるが、戦車道専攻とそうでない者を分けるわかりやすいパーテーションになっているはずなので、目の前の三つ編みおさげも戦車道を専攻するモブのはずだ。名前も聞いたことない名前だったし間違いないだろう。

 

 

 

 ――月――日

 

は????

 

え?は?????

 

 

 

 ――月――日

 

 新人戦が終わり、とりあえずの格付けが終わった。

放心状態だったのもあってか何も覚えてないが、無意識で続けていたトレーニングによるルーチンワークな自動装填で事なきを得たようだった。

 

 いや何一つ問題解決しておらんがな!!

 

 まず第1。新人戦の前からウザ絡みしてくるパイセンが上級生でもトップに位置するパイセンだということが分かった。―――けど半端なくめんどい……めんどくないこのパイセン?

 第2に、三つ編みおさげの同居人が戦車乗るときにはピシッとしたPJ着て、薄化粧して髪型変えてやってきたせいで真名把握(FGO感)した件。

 

 第3。ナン=デ=ダージリン!?

 

 ダージリンと同級生?ナンデ!?Do you coat told die !?

 

 どういうことだ説明しろ苗木ィィ!!!

 

 

 

 ――月――日

 

 何故ダージリンと同学年なのか?

みほエリはどうなったのか?そもそもダージリンと同年代ということは

みほエリに出会うまであと1年はみほエリレス状態ということ。

 もはやダージリンと同室であるとかそういうのがどうでもいいと言える。深刻なみほエリウム不足が心配になってくる。一年の間、妄想だけで生きていけるのだろうか?いや、どうにかもたせなければならない。

 

 みほエリの未来を担うための改変はもう始まっている。

 

俺というモブがこうして聖グロにいることがすでに歴史の特異点なのだ。ほんのわずかでも歴史に歪みを与える可能性がある以上、みほエリの理想的なエンドを諦めない―――可能性はゼロじゃない!!

 

 

 

 ――月――日

 

 部屋にコーヒーミルを置いただけでクソ以下の毛虫以下の何かを見るような目を向けられた件。何コイツ喧嘩売ってんの?(猜疑)血の代わりに紅茶が流れてるんじゃないかと思われる目の前の英国人かぶれは「紅茶の園のお膝元で紅茶以外を飲むとか非国民ですか?」とか言ってくるんだが―――英国って珈琲飲む人結構いなかったっけ?

 

 追記

 後日紅茶の園でパイセンに珈琲淹れたら普通に呑んでいた。

ダージリン(仮)が卒倒したがコラテラルダメージってやつでひとつ。

 

 

 

 ――月――日

 

 トレーニング器具も馬鹿にならない。サプリメントとかその辺もいいお値段するしバイトで食いつなぎつつ、器具を買いそろえるまでの間の間に合わせのつもりで部屋の調度品を組み合わせて機能回復訓練で使ってそうな筋トレ器具を作って訓練してたらダージリン(仮)に在り得ないものを見た時のような表情をされた件。毎度毎度思ってるけどお前喧嘩売ってるの?(謎)

 筋トレ器具を自作するなと言われたんで「カネがねぇんだよカネが!」と返したところ、強引にトレーニングジムに連れていかれたうえ、会員権登録料を奢られた上、なんか年間フリーパスみたいな会員証を発行されたんだが……

 

 いくら相手がダージリン(仮)とはいえこれはアカンやろ工藤! って思ったのでセルフピロシキを敢行。小指と薬指を軽くメシっておく。近いうちにレギュラ-選抜戦があるので負傷欠場はあきまへんからな(関西弁)

 

 

 

 

 後から考えてみたんだが―――俺、ダージリン(仮)に囲われてね??

 

 

 

 ****

 

 

 

 ――月――日

 

 大きく時間がジャンプして、現在は戦車道全国大会中学生の部。中学生だってのもあって戦術が固まってない連中相手に無双していく強豪たち。

 中学生で右も左もわかってねぇ連中にマジノラインをさせようとか馬鹿じゃねぇの?(素)ってコメントしたくなるマジノ中等部だったり、奇襲常套のグレゴールだったり、色々いたが軒並み浸透強襲戦術にパイセンの遊撃部隊を加えた聖グロリアーナ部隊は勝利を続けて行き、決勝まで上り詰めた。

 

 だが侮るなかれ―――決勝は黒森峰である。

 

 などと言ってはみたが、俺の内心はドッキドキであった。

学園艦の位置的に交流試合がなかなか組めなかったのもあって生まぽりんがこのタイミングなのである。まぽりん―――西住まほの戦いは映像で何度も見てきたが、直接対峙するのは今回が初だったりする。

 それよりなにより小学生のみぽりんがこの状況で試合見に来てないかなーという期待もあるにはある。

 

 そんなこんなで始まりました決勝戦。

 

 開始と同時に「ヒャッハー!」と飛び出したアールグレイパイセンを追っかけて、ダージリン(仮)に防衛を任せて全速でパイセンを追っかけるマチルダⅡの中で物にしがみつく形で衝撃を無効化していく。

 どんだけ揺られたかもうわかんない間にパイセンのけたたましい声。

「会敵!!対象はティーガーⅠ!マーカーは西住まほ!!」という声にざわつくマチルダの中の連中をどーにかこーにか抑え込んで、まぽりんの周囲を駆けまわっておちょくり続けるパイセンを援護するためにガッコンガッコン連続装填していく。

 ―――だがいかんせん、マチルダの砲撃貧弱過ぎワロタwww

マチルダの砲撃は命中している。けど結果として装甲にダメージ与えられてない。軽くへこみくらいは残せてると思うんだけどダメージではない。相手の照準を狂わせる程度の結果は残せてるんだと信じたい(願望)

 まぽりんはまぽりんでこっちを鬱陶しいと思っているんだろうが、それ以上に放置してると厄介だと思っているのかパイセンだけ狙っている。

 

 結果として、黒森峰本体がダージリン(仮)たちを殲滅するのが先で、そのころにはマチルダの砲弾が先に尽きて俺が置物になり―――パイセンが投降を認めて試合が終了した。試合が終わった後に観客席を見渡して探してみたが、みぽりんの影も見えず、全力を振り絞った俺はみほエリウム欠乏症で記憶が飛び飛びになっており、試合結果の後のことが完全にすぽーーーーんと抜けてしまっていたのだった。

 

 

******* Emi → Others

 

 

 ―――試合の後、勝利者インタビューでマイクを向けられた西住まほは、普段見せないような、悔しそうで、それでいてワクワクしているような、高揚感を隠せない表情を見せていた。余談だが、笑みというのは本来攻撃的なものである。

 

「この勝利は黒森峰の勝利です。ですが、私はこの勝利を誇ることはできません」

 

毅然とした態度で、胸を張って淡々と語り続けるまほにインタビュアーも二の句を告げられず、インタビューは続いていく。

 

「もしも相手が相応の火力を有した戦車であったならば、私の部隊は撃破され、逆に黒森峰は敗北していたかもしれません。あくまで仮定でしかありませんが、仮に相手が我が校と同等の戦力を持っていたのならば、私はあの二人を相手に勝ち残って指揮を執れたという自信と確証を得ることはありませんでした」

 

 ここまで相手を褒める西住まほなど見たことはなかった。転じて、その場のすべての人間が認識した。“あの西住まほに、好敵手と認められた存在が現れた”と。

 

 

 後日月刊戦車道にデカデカと載った記事を見て件のライバルの一人、天翔エミは死んだ目で「どうして?」と呟いたという。

 

 

 

 ******* Others → Emi

 

 

 

 ――月――日

 

 アールグレイパイセンがまぽりんのライバルに認定された。

ついでに俺が名指しでライバル認定されていた。なんでや!?(じゃパン感)

 

 

 

 ――月――日

 

 現実逃避していたが状況を把握せねばはじまらない。

要するに俺の装填に起因するサポートアタックが的確だったということなのだと結論付けた。つまりこれは―――砲手の功績だな!(名推理)

 

 つまり砲手の功績が、それをサポートする俺の功績として加味されているということ。つまるところ、放置しておけばそのうち真実が明らかになるということだろう。

 ダージリン(仮)がものすごいうらやましい目でこっちを見ていた上にクッソ愚痴られたんで「私は装填しかできないんだからお前の方がすごいやん」と相槌打ちつつ返してその日を終えた。

 

 

 

 

 

 ―――よし、指一本逝っとくか(自罰)

 

 

 

 ******

 

 

 

 ――月――日

 

 全国戦車道大会(二年目)。

プラウダ戦記の焼き回しの展開で、決勝に進出。しかしまぁ、当たり前のごとく黒森峰と当たり―――

 

 ―――プラウダ戦記のノリで普通に敗北した。

 

今回俺は全く目立っていなかったわけであるが―――それはまぁ、正直すまんかったパイセン。申し訳ないダージリンと言わざるを得ない。

 

 

 何のことはない―――一年間摂取されていなかった濃厚な生のみほエリウムにトリップしてしまっていただけである(処刑不可避)

 

 

 いややべーわ。禁断症状出てるとこに濃厚なのを食らってやべぇ顔でやべぇ声を上げていたらしく同じ車内のメンバーが全員ドン引きしていた上、しばらく目を合わせてくれなかったくらいヤバかったようだ。

 

 追記

 なんかまぽりんが勝利者インタビューでまたぶっちゃけたらしく「本気の彼女と戦いたかった」とか言ってた件。すいませんね、こちらこれで本気なんですよ(無意識だったけど)

 

 

 

 ――月――日

 

 生みほエリでトリップしていた俺は、背後から近づいていたダージリンに気づかなかった。トリップ中の俺は紅茶を飲まされ―――

 

 気が付いたら聖グロ学園艦に戻って来ていた。(名探偵感)

 

 連絡先を交換できなかった自分への後悔と何やってんだ俺ェ!という怒りを込めて全力で壁ドンしている俺を、なんか生暖かい目でダージリンが見ていた。何見てんだ紅茶かぶれが!あ!?(八つ当たり)

 

 何故俺は……あんな無駄な時間を……(ミッチー感)

 

 

 

 ******

 

 

 

 ――月――日

 

 割とあっという間に一年半ほどが過ぎて―――中等部最後の戦いは決勝にすら上がれず、みほエリと接点ができずじまい!どうしようもねぇな俺!!

 そんなこんなで季節は中学最後の冬休みに入ろうってタイミングで、いろいろと悩ましい来客がやって来ていた。

 

 何やってんですか西住しほ=サン。圧すごいッスね西住しほ=サン。目力怖いんですけど西住しほ=サン。

 

 そんな内心での舎弟魂バリッバリな部分を全力で内面に抑え込みつつ、しぽりんの動向を見守っていたらその脇から出てくる影がひとつ。和服の装いと佇まいはしぽりんの学生時代からの友人で付き人モードな戦車道連盟のスカウトマン、井手上菊代=サンである。

「戦車道連盟からスカウトにやってきました」と前置きして名刺を指し出されたんですが、相手間違ってません?俺クソモブですよ?ダージリンとかパイセンとかダージリンとかパイセンとかその辺じゃありません?? とは思ったが、なんか聞いたところによると装填手専門でやっていってるメンバーってあんまいないらしく、俺みたいなのは貴重なんだそうな。

 でもそれしぽりん連れてくる理由になってないですよね?(推理)

そんな俺の脳内で発生した濃い霧に対応するように言葉を選んで言ってみたところ

「You!聖グロなんか辞めて黒森峰に来ちゃいなYO!!」的な勧誘を戴きました。

 

 

 

  ( ゚ω゚ ) お断りします( ゚ω゚ )

 

 

 

 確かに黒森峰に行けばみほエリに直接介入できるだろう。みほエリの未来に向けての布石を打つことも可能だろう。

 

 

だがよく考えて欲しい……。

 

 

 

 ―――そう、俺はまぽりんにターゲッティングされているのだ。

 

 

 

つまりこの勧誘の裏側にまぽりんの事情が絡んでいることはしぽりんが付いてきていることからも明白。ホイホイ誘いについて行ってしまえば―――

 

―――俺は同年代ということでまぽりんに引き回され、みほエリの進展を見守ることもできず、まぽりんの距離が近すぎることで胃痛からの吐血コンボでアワレにもひっそりと路地裏で幕を閉じることになるだろう。

 正直みほエリを眺められるのであればそれでも悔いはないと言える。が、考えてもみてくれみんな。

 

 ―――まぽりんと一緒に高校一年生になる=みほエリはまだ中学三年生 ということなんだよ!!!

 

 わかるだろう?わかるよな?みほエリに干渉するためには少なくとも、距離感の近いまぽりんを相手に一年間我慢し続けなければならないということ。

 無理筋……無理過ぎない??無理じゃねぇかなぁ?俺は無理だと思った。

そう言うわけでお断り申し上げたわけである。本気で申し訳ないけど、申し訳ないけど!!

 諦めきれないのかよくわからんけど「理由を教えてください」って感じで食い下がられたので言い訳を考えていた俺に電流宿る―――!!

 

 

 

 ―――こんな格言を知っている?(紅茶狂い感)

 

 

 

 ダージリンの格言をダシにしてお断りの理由にしてみる。「鶏口牛後」という意味を持つ英語の格言である。それでもまだ食い下がられたしなんか後ろのしぽりんが圧凄かったので理詰めで今度は戦車道そのものについての問題を前面に置いてみた。戦車道がどうなったとしても俺自身にはあまり関係はないだろうけれどみほエリには大いに関係があるから潰れてもらうわけにもいかんのだから是非もないよね!!

 ついでにまぁ、ダージリンにもライバルとして決着つけたいとか言われてたしってことで理由になってもらう。すまんなありがとうダージリン!

 

 

 立ち去るまでずっとオーラ半端なかったッスよしぽりん=サン。マジ勘弁してくださいorz

 

 

 

 ――月――日

 

 高等部に進級する。進級と同時に腐れたツラのパイセンのとこに二人で向かって熱烈な歓迎を受けた件。聖グロ高等部の闇は思ったよりクソ深いらしい。

 

 頑張ってくれダージリン、お前がナンバーワンだ。

 

 

 

 ――月――日

 

 全国戦車道高校生大会準決勝をプラウダに勝利という形でクリアする。

生カチューシャはまだ一年生で掌握が済んでいないし三年生の影響がまだまだ強いとこだったのでそれほど脅威ではなかった。

 

 歴史の流れは『プラウダ戦記』に沿うような形で進んでいるように感じられる。

 

 だとすれば、ここから一年で戦車道連盟側の予算削減人員削減で中抜きが横行して、結果として決勝戦であの悲劇が起きるということになる―――とはいえ、菊代さんから名刺貰ってるとはいえ「お宅の連盟、中抜きやってますよ?」とか言ったところで「ソース出せ」と言われるのがオチ。この方面から攻めるのは無理。不可能と言える。

 

 ―――ならば簡単。来年の大会でプラウダを破って決勝に出ればいい。そうすれば戦略の違いから戦況が変わる、戦場も変わる。赤星さんも滑り落ちないだろうしみぽりんが責められる流れも作らずに済むかもしれない。

 つまり、ここからが俺のステージだぁ!!!(ユグさねぇ感)

 

 

 

 ――月――日

 

 黒森峰の試合は偵察に任せて俺は「次の世代を調査する」という名目で大会中学生の部へ向かう。目的?馬鹿野郎みほエリに決まってんだろいい加減にしろ!!

 ダージリンもついてくるということでお目付け役にダージリンを連れて大会会場へ。試合内容についてダージリンが質問してくるのを想定して試合を見ながらみぽりんとエリカの戦車を双眼鏡片手に内面のドロドロを抑え込んで見学する。

 

「あの副隊長、油断なりませんわね」とか言ってるダージリン。わかってるじゃねぇかお前。でもみぽりんをスルーとか許せんよなぁ?

 

 

 

 ――月――日

 

決勝戦です。負けました。

 

 

 

 ――月――日

 

「そろそろ冠名もってみる?」とパイセンに相談されたので

 

  ( ゚ω゚ ) お断りします( ゚ω゚ )

 

しておいた。それ以上パイセンは言うことなく話題は流されたので問題ないだろう。

 ダージリンがぐちぐち言っていたので「がんばれダージリン。お前がナンバーワンだ」ってのをできる限りわかりやすく穏当に言葉を選んで伝えておく。中間管理職をやってくれている稀有な存在であり、俺というモブに微妙に運命を狂わされている存在なのだから労わるだろJK。

 

 

 

 ――月――日

 

 ダージリンが頑張ってくれました(こなみかん)

 

 

 

 ――月――日

 

 正史の流れには存在しなかった戦車。

コメット巡航戦車。たった1輛とはいえコイツを手に入れるために半端なく苦労したらしいのはダージリンの疲弊具合を見れば理解できる。

17ポンドの火力による砲撃を俺の装填力で高速連射することでより破壊力を増すのだとか。―――いや、無理やりすぎるだろ(素)

 

 とはいえこの戦車は正史に存在しなかった。歴史は修正されているという証だ。

 

 

 

 ――月――日

 

 コメットの使用を巡ってOG会がしゃしゃり出てきているらしい。

「勝てばいいのでしょう?」はダージリンの言葉。

今まで勝てなかったのは車輛のせいだという言葉でごり押しして使用権をもぎ取ったダージリンマジはんぱねぇな!歪みねぇな!やっぱりお前がナンバーワンじゃねぇの?(賞賛)

 

 

 

 ――月――日

 

 ダージリンがなんか鬼気迫る表情をしている件。見ていていたたまれねぇ。

俺としても自分の無茶ぶりをどうにかして貰ってる感覚がするし、もしも最悪の事態が決勝で起きた場合、俺は確実に聖グロのすべてを裏切ってでもみぽりんを救うために行動を起こすだろう。俺が生まれた意味はそのためにあるのだから

 だからこそ、今のダージリンの様子がいたたまれない。申し訳ない気分で一杯である。

「肩の力抜けよ」と精一杯声をかけてはみたが、気負いが抜けてないのが丸わかりである。来年上がってくるであろうオレンジペコにダージリンの精神面のケアを期待したい。マジ頑張ってペッコ、君に決めた!!

 

 それはそれとして申し訳ないので無事決勝戦を終えたら片腕か片脚をハンマーで制裁しようと心に決めた。

 

 

 

 ――月――日

 

 戦車道高校生大会開催。ここからが本当の歴史のスタートだ。

 

 

 

 ――月――日

 

 準決勝、プラウダ戦。

「異議があります」と宣言したのは、意外にもダージリンだった。

作戦会議で『風雲!アールグレイ城』作戦を提唱したパイセンに異議を唱えて自分の作戦を説明しているのを横目に、作戦聞いてもよくわからん俺は寒さに軽く身もだえしつつ珈琲を啜っていたりした。

 なんかそうこうしてたら「君の意見を聞こうか!」って感じでヅカっぽい仕草でパイセンが俺に話を振ってきた件。

 すいません。俺そういうの門外漢なんで話聞いてなかったんですよ。

という言葉を精一杯のオブラートで包んで謝罪しつつ、考えるそぶりを見せる。が、答えなんぞ最初から決まっている。

 

 

「ダージリンの作戦を推します」

 

 

そら(アールグレイパイセンの作戦が失敗するのは原作知ってればわかるんで)

 

そう(いう前提でいくならダージリン一択で決まってるだろう)

 

 

 

 

結果としてダージリンの戦略がかっきりとハマり、プラウダ戦は最終的にウチの砲手がきっちりとカチューシャのフラッグを落として勝利をキメた。

 クルセイダーを必死で運転して、一緒に城を枕に生き埋めになってくれたルクリリの献身を、俺はきっと三日くらい忘れないだろう。

 

 

 

 ――月――日

 

 決勝戦。ダージリンはまぽりんの別動隊を率いての特攻を見抜き、そこに俺たちを当てる作戦を見せた。そのうえで可能なら撃破、できない場合ゆっくり後退して後方のダージリンたちと合流、包囲殲滅の作戦である。

 

 この釣り野伏を見抜いたのは―――みぽりんだった。

 

後方でゆっくりと前進する本隊が速度を上げたのを偵察隊から報告で受け取ったダージリンは部隊を転進。盆地を舞台に正面からの殴り合いに発展させた。

 曰く「受け止め続けて見せるから、西住まほを討ち取りなさい」とのことだ。

無茶を言ってくれるとは思ったが、この作戦を成功させるにはそれしかないのはパイセンもわかってたらしく、全力で支援しろとのお達しにKAKUGOをキメることにして―――

 

 俺たちはそうして激戦を展開した。

 

 

 

 変化が起きたのは、砲手のミスで、

 

 

 ティーガーの88㎜の砲撃があらぬ方向へと逸れて―――

 

 

 

―――砲弾が命中した山肌の向こう側は、前日まで降り続いていた雨で増水した川の水の溜まり場になっていて―――

 

 

 

 

 ―――在り得ないくらいあっさりと砕けた山肌の一部を基点に、川の水を受け止めきれなくなった岸壁は、あっさりと決壊した。

 

 

 

 ******* Emi → Others

 

 

 

「クソが!!!!!」

 

大声を上げたのは天翔エミだった。時折テンションがおかしくなるのは知っていたメンバーたちも、この激昂の声に驚きを禁じ得ない。

 

「―――パイセン!!本隊が危険だ!!決壊した川の流れは低い場所へ流れてる!!」

 

通信機をひったくるようにして通信手から奪い取り、アールグレイへと焦った声を上げる天翔エミの姿には、いつもの飄々とした態度はない。その焦りが誰に向いているのか、車内の面々には朧げながら見えていた。

 

『こちらアールグレイ!!戦場を移すわ!西住まほを誘導しつつ後方と合流する!後は後方の状況次第で救助優先かどうかは決める!!』

「―――了解」

 

 ギシリと歯がきしむ音を立てて、通信機をやや歪ませたエミが通信手に通信機を返して装填席へ戻る。苛々としたその様子もまた、今まで彼女が見せたことのない表情だった。

 ダージリンは対応の天才とアールグレイから呼ばれている。それは聖グロリアーナの中ではある種周知の事実である。

 

 

 

 

 だがその天才をもってしても、突然の鉄砲水を避ける術などあるはずがない。

 

 

 

 

 

そうして、彼女たちがたどり着いた先では

 

 

 

 

鉄砲水に分断された戦車の一団があって―――

 

 

 

 

黒森峰・聖グロリアーナ両方ともその戦車群の一部が流されてしまっていた。

 

 

 

 

 コメットのハッチを力任せに内側から跳ね上げて小さな影が飛び出した。

 

 

 

 その影は、中戦車の上を牛若丸のように飛び跳ねて濁流へと向かおうとする黒森峰のPJを纏った少女よりも先に、流星の様に空を駆けて―――

 

 

 ―――濁流に呑まれて流されそうな戦車に取り付いて、敵味方の判別もなく、すべてを救うためにその力を振るった。

 

 

 

 黒森峰の少女と、グロリアーナの少女の二人の行動に、一部の生徒は駆け出して救助に加わろうとした。

 

 

 他の戦車たちも、その結末を見届けるかのように一時的に静止した。

 

 

 

 

―――空気を震わせる砲撃の音は、ひとつ。

 

 

 

 

 

吹き飛ばされ無惨に横たわったチャーチルから、白旗が上がり―――

 

 

 

『聖グロリアーナフラッグ車、走行不能!!黒森峰女学園の勝利!!!!』

 

 

 

無慈悲な宣言が、救助を続ける一同の下へと響いた。

 

 

 

 ――月――日

 

 決勝戦が終わった。黒森峰の勝利という形で。

 

負けた側として言いたくはないがシナリオ的に考えるとみぽりんが独断で救助に動いた分の失敗のケツをエリカがサポートしたという形である。

 ベストではないがこの状況はベターである。みぽりんは救助のためにフラッグを放り出して飛び出した、が、敗北はなくエリカが積極的にみぽりんをフォローしたという状態。クォレハァ……みほエリ、ですねェェ……?

 

 聖グロのOG連中は騎士道精神にかけて救助を優先しましたとして戦車道連盟に抗議してるし、黒森峰の勝利に対しても言及はしている。が、ほかならぬまぽりんが『リトルアーミー』で似たようなことやって不問になってるし、連盟がこれを無効試合にすることはきっとない。

 

 問題があるとすればみぽりんではあるが、エリカはみぽりんのミスを完璧にフォローして見せた。こんなの絆なくして在り得ないじゃない?みほエリの絆は俺が手を出すまでもなく既に完成していたんだ!ラ〇ュタは本当にあったんだ!!

 

 

勝ったでガハハ!!!第三部完ッッ!!!

 

 

 

 ――月――日

 

 コメット使用禁止が言い渡されました。

ダージリンの精神面のダメージが半端ねぇのか日に日に疲弊してってるのがわかる。

 俺を庇うなと言い含めておいたし、そろそろアクション起こすだろ。

 

 

 

 ――月――日

 

 案の定、OG会が接触してきた。曰く「問題行動を不問にしてやるから入会しろ」ってことらしい(要約)

 いかに自分たちが素晴らしいか語ってる部分は耳にフタしてたんで情報が飛び飛びだったが、「断るようなら聖グロにお前の席はない」的な脅しを食らったのだけは理解できた。

 

 

 

 よっし、これで穏便に退学できるわ(安堵)

 

 

 

 ――月――日

 

 聖グロリアーナ学園艦に退学届けを(一方的に)置いて、クールに去るぜ!

 行く当ては今のとこないし、足を延ばして九州まで行ってみようと思った。

 みほエリをこの目で確認しないとイカンでしょ?

 

 

 

 ――月――日

 

どうして?(現場猫感)

 

 

 

 ――月――日

 

 九州に向かう前に立ち寄った戦車ショップで、みぽりんの退学を知った俺氏、困惑である。どういうことなんだ!?説明しろ苗木ィ!!!

 結局歴史の運命の流れには逆らえないのか?

 俺のやったことは盛大な無駄だったのか?

 じゃあ何のためにダージリンは精神をすり減らしたのか!?

 何のためにプラウダは優勝をふいにしたのか!?

 俺のやったことはどれだけ罪深いことなのか!?

 

 

 

 ――月――日

 

 精神的なダメージで胃がメシャッとなって血を吐いた俺は病院に搬送されていた。報告を受けて陸に上がっていたパイセンがお見舞いに来てくれて、深々と謝罪されました。やめてください死んでしまいます(精神的ダメージ増)

 

 「何かできることはないか?何でも言って」と言われたので

 

 その罪悪感を解消させつつご厚意に全力で乗っからせてもらうことにした。

済まないパイセン。全部終わったら俺、全力でピロシキするから……。

 

 

 

 ――月――日

 

 パイセンの伝手で書類を用意してもらい、大洗に転校・編入する手続きを終えた。後は退院したらすぐにでも大洗に向かうだけでいい。

 

 

 

 

 

 原作スタートにはなんとか間に合いそうだ―――。

 

 

 

 




以上、「エミパート」でした。


続きがどういう方向をたどるのかは―――



これがシリーズ化したときにでも。


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【1月31日はカチューシャの誕生日です】

さぁ皆で叫ぼう。


Ураааааааа!!







「貴女、“虎の翼”天翔エミね!?」

「え?あ、はい……」

 

 ―――それは初めての出会いの話。

 

 

「貴女見所あるわ!!カチューシャの同志にしてあげる!黒森峰に愛想が尽きたらプラウダにいらっしゃい」

「そうだね、もしそうなったら考えさせてもらうよ」

 

 社交辞令の断り方だ。と感じた。彼女の前には必ず精神的な壁がある。

 

 

 立ち入れない。踏み込めない。近づけない。

 

 

 そのくせ、私たちのガードは飛びぬけて踏み込んでくるのだ。こちらからは踏み入らせないくせに。

 

 ―――彼女の抱えているモノを知りたい。きっと彼女だけが背負っている何かがある。だって彼女は、常に何か遠くの目標を見ているような目をしているのだから。

 

 

  『カチューシャ生誕記念 【Хочу быть равным】』

 

 

 初めての出会い?は、一方的だった。

 プラウダ高校に入学する前、中学の頃に一度だけ。全国放送された中学生の部、戦車道大会の決勝戦。

 

 ―――圧倒的な強さを誇る黒森峰のリーダーとして燦然と輝く西住まほと、

 

 その隣で、同じくらい輝いている小さな少女。

 

 私にとって小さな身体はコンプレックスの塊だった。小さすぎる身体のせいでどこに行っても子ども扱い。どんなに助言をしようと、どんな提案をしようと、子供が言っていることだとまともに取り扱ってもらえない。

 だから努力した。何物にも負けないくらい。

 

 あの日あの時、戦車道の優勝チームとしてしどろもどろでインタビューを受ける彼女の姿は、正に私の理想形だった。自分よりも大きな連中の中で、圧倒的に光る存在感。皆に認められ、王者の軍勢の中央で並び称される彼女の姿に、私は自分の姿を重ねて―――かぶりを振った。

 

 そうじゃないわわたし。あの子の功績をかすめ取るなんて、わたしじゃない。

 

 イメージを調整する。彼女の隣に立つ私を、想像する。

 想像だけで終わらせない。彼女みたいに、実力を示せば皆が認める。【彼女は確かにそんな前例を今作った】

 これから卒業後、入学して通うことになるだろうプラウダ高校も戦車道の名門。私の望む未来は、私の手でつかみ取る。

 

 

********

 

 

 プラウダの下級生を掌握して、上級生が卒業して。一年目の高校生活が終わった。

 様々な事件があり、カチューシャは漸くこの場所で認められることとなった。

 唯一無二の同志もできた。名前はノンナ、スラっとした高い身長とその恵まれた体格による高い身体能力には目を見張るものがある。

 

 プラウダの他の面々も戦力として上場の強化ができたと自負できる。

ただ―――次弾装填3秒という脅威の速射砲への対策は出来ていない。

 

 

*******

 

 

 「どうした?迷子か?」

「あ、え?えぇと……」

 

 黒森峰の練習風景を偵察にやってきた私は、その圧倒的な実力差に這う這うの体で逃げ惑い、森の中で子熊のように震えることしかできなかった。そんな私に声をかけてきたのが―――私と同じくらいの身長の、あの娘だった。

 偵察行為は認められてはいるが、捕縛された捕虜への待遇は各学園艦預かりとなり、待遇面は各々の学園艦次第。

 目まぐるしく思考が回転する。混乱冷めやらぬ中で私が取った行動は―――

 

「貴女、“虎の翼”天翔エミね!?」

「え?あ、はい……」

「―――サインちょうだい!お姉ちゃんに自慢したいの」

 

―――“黒森峰の演習場に入ってきてしまった困ったお子様”を演じることだった。

 

 私の目論見がうまくいったのかどうかは分からない。けれど目の前の彼女はにっこりと笑って「ああ、はいはい」とメモ帳を受け取ってそこにサラサラとサインして、ぽんぽんと頭を撫でて帰っていった。

 

 ―――助かった……?

 

そう安堵してその場に腰を抜かした私のところに、ノンナがやってきたのだった。

 

 

 「災難だったわね」

「全くよ―――よりにもよって子供の真似をすることになるとは思ってもみなかったわ」

 

 帰りの船で悪態を吐きながらパラパラとメモ帳をめくる。メモ帳の最後に書かれた彼女のサインを見ると、目元が緩むのを止められない。

 

 

 

 

 Tigerflügel 天翔エミ     カチューシャへ

 

 

 

 

 ―――幽かな、違和感を感じた。

 

 

 

「――――あっ!!」

 

 私は自分の名前を彼女に告げてないことに、今更になって気付いていた。

つまり彼女は私の名前を知らなかったはずで、でもこのメモ帳には私の名前が……

 

 

 

 つまり―――最初からカチューシャがカチューシャだってバレていたの?

 

その状態で間抜けにも子供の振りをするカチューシャに合わせてあやされていたの?彼女に?

 

 

 

――――顔から火が出るとはこのことだろう。今更ながらに恥ずかしくて死んでしまいたいくらいだった。

 

「―――カチューシャ?」

「……ノンナ、次の大会で、絶対に黒森峰をぶっ潰すわ!」

「……да」

 

 恥ずかしさを紛らわせたのは怒りの炎だった。よくもカチューシャにあんな辱めを受けさせたわね!おぼえてなさいよ天翔エミ!!ぎったんぎったんのぼっこぼこにして土下座させてやるんだから!!!

 

 

 

 

******

 

 

 

 

そして――――あの運命の決勝戦を迎える。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 「エミーシャが、黒森峰からいなくなった?」

「да。黒森峰に紛れ込ませたKPB(プラウダ安全保障委員会)の諜報員からの報告です。黒森峰全体に箝口令が敷かれ、彼女に関する話題は学園内では一種の禁句になっている模様」

 

 あの決勝戦で優勝した後、エミーシャに勝利を誇ろうと彼女のところに向かおうとする私は止められて、あの日試合前に会った彼女が、私の見た最後の彼女の姿だった。

 

「―――それで?エミーシャの行方は?」

「目下探索中です」

 

 エミーシャの身体能力については私も把握している。本気で逃走に専念すればそこいらのプロ顔負けで逃げおおせることもできるだろう。

 

―――“あの決勝戦で戦車を捨てて単身でフラッグに潜伏車輛を報告するためにこちらに向かってきた時のように”

 

「―――まてよ?」

 

はた、と立ち止まった。

あの時の決勝戦での言葉を思い出す。ゆっくりと、鮮明に―――

 

 

 

「貴女見所あるわ!!カチューシャの同志にしてあげる!黒森峰に愛想が尽きたらプラウダにいらっしゃい」

「そうだね、もしそうなったら考えさせてもらうよ」

 

 

 

 ―――顔が紅潮していくのが分かった。これはアレね、季節外れの寒暖差から来る急な発熱ってやつよね?そうよね?

 

 

 

「―――カチューシャ?」

「べべべべ別にエミーシャのことはどうでもいいのよ!どうでも!―――あ、いや、よくない!よくないけどいいのよ!?」

「―――はぁ……」

 

 希望的観測よ!希望的観測すぎるわよカチューシャ!自省よ!自省しなさい!貴女はプラウダのトップなのよ!?できるでしょカチューシャ!できる子でしょ!?

 

「―――そうね。エミーシャの探索はほどほどでいいわ。代わりに黒森峰の内部諜報に回しなさい。エミーシャが居なくなったのなら、内部は今ガッタガタのはずよ。スッパ抜けるうちに抜かせてもらおうじゃないの」

「Я понимаю」

 

 一礼して退室するノンナのロシア語に「日本語!」と怒鳴り返す余裕もなかった。ノンナに見せまいとしてそっぽを向いていた顔がニヤケている。表情が戻らない。

 

 

―――もしかして、来ちゃうの?プラウダに?エミーシャが?

 

 

 ひょっとしたらの予想は、今希望的観測が大きく上回って確信として脳を支配していた。

 

 

 その日から数日間の浮かれ具合は、ノンナが「まるでカチューシャがサンタさんを待つ小さな子供みたいでした」とコメントするくらいだったらしい。死にたい。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

―――時は流れ、全国戦車道大会高校生の部 準決勝。

 

「斉射やめーー!!!――――三時間の猶予を与えるわ!!」

「―――構わないのですか?」

 

念押しするような調子のノンナに「構わないわ!」と返す。

 

「そうね……表向きは降伏勧告でいいわ。砲弾もタダじゃないんだから無駄は省かなきゃね?」

 

 使者に立たせる生徒を二人連れてきて、白旗外交のための特使腕章と旗を渡す。

 

「よく聞きなさいあなたたち。そして一言一句余すところなく伝えなさい。―――コホン。『これ以上の戦闘は無意味なので降伏勧告を行います。全員土下座すれば降伏を認めてあげる』いいわね?

 ―――まぁ、エミーシャのことだから降伏勧告なんて無意味だろうけど。戦車を応急修理する時間くらい与えてあげるわ。全力で、対等の立場で叩き潰してあげるんだから!」

「―――了解しました。確かに伝えます!」

 

 二人して頷いて、特使の子たちは立てこもりを続ける大洗の連中のところに歩いて行った。途中ノンナが何やら話をしていた様だけど―――頭を使いすぎて眠くなってきたし、ボルシチ食べてひと眠りして、それから―――

 

 

 

 

―――エミーシャと対等で本気の勝負がやっとできる。楽しみだなぁ。

 

 




『IF まほルート』におけるプラウダ戦裏話的なそれ。

なお準決勝で戦っていたのはみぽりんであって決してエミカスではないあたりがカチューシャの敗因である。


プラウダ戦前の「カチューシャのものになりに来たの?」はこの辺から来てます()


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【 河嶋桃 生誕記念(遅刻) 】 

【わーにん】【わーにん】【わーにん】【わーに!ん】【わーにん】【わーにん】


※今回のお話には【ガールズ&パンツァー最終章第2話】に登場した設定が使用されています。その辺のネタバレを気にしない方か、読んでも別に気にしないという方だけスクロールしていってください。


【わーにん】【わーにん】【わーに!ん】【わーにん】【わーにん】【わーにん】

















「―――おい、転校生」


―――私の所属する学園艦、大洗学園艦に季節外れの転校生がやってきた。


「―――はい??」
「はい?じゃあない!ええと……確か名前は……」


―――そいつは相当目立つ外見と、奇行が目立つ女で


「―――天翔。天翔エミですよ」
「そうそう、天翔だ。お前―――ここで見たことは忘れろ。いいな?」





―――その日、私は弱みを握られた。








『 かーしま? 』

 

 

 

 

 

 

 

―――学園艦が廃艦になると告げられる少し前。

 

 

「―――かーしまぁ!」

 

 

 大きめの声にビクリと身を震わせて首を向けると、やや責めるような目の生徒会長―――角谷杏ちゃんがいた。

 

「何度も呼んでるだろー?どうした?調子悪いのかかーしまぁ?」

「―――いえ、大丈夫です」

 

 短く答えて書類に向き直る。考え事をしていたせいで会長からの言葉を聞き逃していた。猛省しなければならない。

 

「―――それで、どうしたのですか?」

「いや、転校生の天翔エミについてなんだけど……」

 

 ドクンと心臓の跳ね上がる音を感じた。動揺を抑え込むために必死に呼吸を整える。ヒッヒッフーヒッヒッフー……

 

「―――おいかーしまぁ?どうした?」

「い、いいえええ!!ななんでもありませせん!!―――そ、それで、天翔がどうかしましたか?」

「あぁ、あの子の経歴、洗ってくれる?特に前の学園艦からここに来るまでの経緯」

「……は?あ、はい……では、取り掛かります」

 

 

 「よっろしくー」と明るい声の会長に見送られて生徒会室を出る。ぱたんと扉を閉じて、少し、考えてみる。

 

 何故会長が、そこまであいつを気にするのか?

 

疑問ではあったが原因がわからん。どういう意図があるのだ?と、考えてはみるものの、結局会長の―――杏ちゃんの考えは私程度には推測もできない。が、同時に気付いてしまった

 

 

―――これは、チャンスだ。 と―――

 

 

 生徒会長から直々の要請での調査という名目で堂々と【天翔エミの弱み】を調べることができる。私が握られている【弱み】と相殺、いやそれ以上の弱みを握ることだって不可能ではない!

 

 

「ふふふふふふ……よぉし!首を洗って待っていろよ天翔ォォ!!!」

 

 

気合を入れて、私は改めて足取りも軽く駆け出した。

 

 

 

*******

 

 

 

―――天翔エミ

 

身長:公称で124センチ。かなり低い

体重:約20㎏前後。高校生なのか!?

身体能力:

ベンチプレス150kg

平均速力30km/h 持久力:平均速度のまま2時間

趣味

トレーニング、珈琲

 

 元黒森峰女学園戦車道科生徒で、中等部のころには副隊長を務めたこともある。

また、中等部のころから隊長である西住まほの相棒として【虎の翼】という二つ名で呼ばれている。

 装填手でありながら二つ名を持っているという点で破格の選手であり、その装填速度は世界でも通用すると言われており、中等部時代に月間戦車道の特集にインタビューが掲載されたこともある。

 

 

 

「―――完璧超人かこいつはッッ!!!」

 

 何なのだこいつは!なんでこんなエリート選手が黒森峰を飛び出して大洗に来てるんだ!?というか黒森峰を飛び出したにしても戦車道の無い学校に来て何がしたいんだコイツは!?

 

 

 

*******

 

 

 

「ただいま」

 

 くたびれた街並みを足取りも重く帰宅する。収集した情報の処理で頭がパンパンだ。

 

 私はもともと、おつむが良い方ではない。―――見栄を張らずに言うのであればむしろ悪い部類に入る。

 ―――だから考えることは会長に、杏ちゃんに任せることにした。

丸投げではなく、彼女だからこそ信じられるから―――その選択を受け入れることに責任を持つ。私が失敗するとしたらその責任は選択をした杏ちゃんではなく、杏ちゃんに選択を委ねた私が負うべきものだから。

 

その代わり私はその選択を全力で支持しよう。この身この魂を懸けて推し進めよう。

 

 

「桃。おかえり」

「ももねーちゃんおかえりー!」「桃ちゃん?」「桃ちゃーん!!」

 

 いつもよりは血色がよい母と、ドタドタと廊下を軋ませてやって来る弟、妹たち。ただ、その数はいつもより少ないほどで―――奥からさらに声がする。

 

「よーし具材刻んだし、味付け任せたー」

「はーい!えみねーちゃん!!」

「ねーまだー?まだー?」

 

 台所でエプロンを付けて、出来あがりをワクワク待っている末っ子を後ろに上の妹と一緒に料理をしている【それ】に―――

 

 

 

 

「な、なななななななな―――なんでお前がここに居るんだ!!!!!!?」

 

 

 

 

―――私は思わず大声を上げていた。

 

 

翌日、私の報告書を読んだ杏ちゃんはとても驚いていた。

どうやら【虎の翼】とやらの有名さは戦車道を知らない世代にもそれなりに認知されているらしい。

 

 

 

――追記

 

天翔の持ってきた「家で余ってた食材」とやらはうちの食べ盛りの弟妹たちに大盛況だった。顔から火が出そうだ。

 翌日、何故か指に痛々しく包帯を巻いた天翔と顔を合わせたらおもむろに低姿勢で謝罪された。こいつの行動が全く意味不明で理解できない。

 

 

 

*******

 

 

 

 ――月――日

 

 みぽりんが黒森峰を辞めたとパイセンから報告受けて飛び出した俺は、勢いに任せて飛び出したせいで年明けから編入する形になり、めっちゃ悪目立ちするうえにみぽりんはまだ到着してないというアホすぎる醜態をさらしていた。

 馬鹿なの俺?死ぬの??

 編入してみぽりんのいるであろう教室をのぞきに行っていなかった時の衝撃はいかほどなものであったか。呆然自失で真っ白になった俺は学校の授業をそのまま受けて、頭が真っ白なままパルクールに仕えそうなルートを散策して、

“  わし  ぶんぐ  ” という看板の古めかしい店の前でたくさんの弟、妹を連れて買い物袋片手に只今帰宅中という感じの桃ちゃんに鉢合わせして、気が付いたら「ここで見たことは誰にも言うな」と脅されていた件。

 

 

 ――月――日

 

 “最終章第2話”で初めて描写された桃ちゃん一家(?)の家族構成と家の台所事情。テレビ番組で特集とか組まれてるドキュメンタリーによくありそうな子宝に恵まれ過ぎた弊害ってのはどこにでもある。調子悪そうに桃ちゃんを出迎えていた(最終話での話)母上様の姿を見る限り、日常生活にあのあばれ盛りを放置しておくのは大変だろうと想像に難くない。

 みほエリウムが欠如していた俺はこの時きっと色々おかしかったのだろう。

気が付いたら自室でちまちま調理してはサプリメントのアクセントとして食ってた食材を適当に詰め込んで桃ちゃんちに突撃していた。で、料理のお手伝いとかしてる上の妹さんを巻き込んで欠食児童(食べ盛りという意味で)の腹を満たすお仕事として、具材をカットカットカットカットカットカットカットカァットォ!!する枠として頑張ってみた。まあ味付けは俺がバカ舌なのもあって最終的に平均以下の料理になってしまうんだが、食べ盛りで質より量の連中には、具材を適当にカットして適当に煮込んで、雑に味付けしたポトフこそ至高だと言えよう。

 日記にここまで書いておいてなんだが今日の俺どう考えても不審者だよな?

編入して来てあんまり経ってない状態でよく知らないクラスメートの家に上がり込んで料理作ってるって普通に考えて逆に怖いよな?大丈夫?俺の常識大丈夫??

 明日桃ちゃんに全力で謝罪しておこうと思う。あと小指一本ピロシキしておこう。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――そういうわけで、来年度いっぱいで其方の学園艦は廃艦となります」

 

 頭が真っ白になるとはこのことだろうか?

 学園艦がなくなる?

 私たちの学校がなくなる?

 いやそもそも私の実家は―――わたしたちの家は学園艦上にあるんだぞ!?

 

「学園艦上にある家屋については、立ち退きに際して一定額の立退料が支払われます。そのお金でまぁ、陸の上で家を探すことをお勧めします」

 

 ただただ淡々と告げるだけの目の前の役人の男の声が耳に響かない。

“かわしま文具店”は、確かにうらぶれていて、売り上げも低迷している。デジタルに傾倒したこの世の中で文具は廃れるだけで、それでも家業として継いだ父が、身体の弱い母のために店を続けている。そんな店だ。

 古ぼけて汚くて狭くてどうしようもない家だが、こんな理不尽で潰されていい店などでは決してない。

 ―――けれど、国の命令など、覆しようがないじゃないか……!!

 

 

「―――じゃあさ、戦車道大会で優勝したら、廃艦にできないよね?優勝校を廃校にするわけにはいかないでしょ?」

 

 

 それまで黙って話を聞いて居た杏ちゃん―――会長が人を食ったような不敵な笑みを浮かべて、役人と正面から視線を合わせてぶつかり合っていた。

 できるはずがない。そんな風な人を馬鹿にした笑顔で二つ返事の約束をして役人は去って行った。塩でも撒こうかと憤っていた私に

 

「かーしま?―――戦車道、やるよ」

「―――はっ!」

 

覚悟を決めた会長の声が私を冷静にさせてくれた。

 

 

 

*****

 

 

 

 実際問題、八方ふさがりだった。

 

 金もない。人もいない。戦車もない。

 

 ない、ない、ないとどこを見ても行き止まり。頭を抱えたくもなろうというものだ。それでも会長はのんびりと書類のあれこれを調整して削減して余剰分を引っ張り出していく。

 

 私にできることはないのか?

 

 何かできることはないのだろうか?

 

 考えて考えて考えて―――

 

 

 

「―――会長!!!天翔エミを連れてきます!!」

 

 

 

 “それ”に思い当って生徒会室を飛び出していた。

 

 

 

 

―――家の弟妹たちとあまり変わらない小柄な天翔を両手で抱えて、悲鳴を上げる天翔を無視して、生徒会室に駆け込んだ。

 やった後で自分がどこまで追い詰められていたのかを理解して、必死に天翔に平謝りしていた。天翔が温厚な性格だからよかったようなものの、大問題だ。

 とはいえ、あとは会長が直々に交渉を行う。私と柚子ちゃんは左右で控えているだけ。必要と感じたら圧を掛ける役割となる。

 

 

「―――もう一度、ここで戦車道ができるんですか?」

 

 

 

 その天翔の言葉が引っかかったのは、私だけではなかったらしい。天翔がこちらの要請を受けて戦車道を受けてくれるとまとまった後で、天翔への情報収集をより精査に行っていく―――

 

 

 

 

“第62回戦車道高校生大会決勝戦において、搭乗車輛から降車して逃亡”

 

 

 

 

 この一文だけが、彼女の戦果の中で異様なほどに存在感を放っていた。

 その後、黒森峰学園艦から失踪。行方不明となっていた間は聖グロリアーナ女学院で過ごし、今年の初めに大洗へ編入。前半部分の安穏としてきらびやかなエリート街道から一転した転落人生と言っていい。だが―――

 

「わけがわからん……」

 

 そもそも、弾を込めるだけの装填手が他のメンバーを放り出して、試合を放棄して逃げ出すなどどういう状況なのだ……?

 考えてもわからないことは会長に任せることにするライフサイクルが板についてしまった私は、考えることを放棄して、書類を封筒に仕舞って鞄の中に放り込んだ。

 

「桃ちゃーん。ご飯だよー」

 

夕飯の準備ができたと呼びに来る上の妹に返事をしようと振り返って

 

「あ、今日は直売所のおっちゃんに芝海老貰ったんでおすそ分けに来ました」

「なんでお前は当然のように馴染んでるんだぁ!!!?」

 

当然のように台所で鍋を振るっている天翔エミに声を荒げていた。

 

 

 

*******

 

 

 

 それから、春が来て。

 

西住みほが転入してきて―――戦車道を広報して―――

 

 

 

サンダース戦。

 

 

アンツィオ戦。

 

 

プラウダ戦を、終えて―――

 

 

 

 

「―――明日が決勝戦……か。……あっという間だった気がするな」

「お疲れ様。ミルが終わったけど、どうする?」

「戴こう―――というか、もうすっかり慣れてしまったな」

 

 

 「料理は大人数の分作る方が安上がりだから」と言って強引にうちに通ってくるようになった天翔は、いつの間にかうちの新たな一員のように浸透していた。

最初の方こそ違和感が酷かったが、天翔は子供の扱いにも慣れていて、私の負担は目に見えて減っていた。弟妹たちが天翔にかまけているのを見るのは当初寂しい思いもあったものだが、天翔エミの生い立ちを知ると、そんな考えも起きなくなった。

 

 

 孤児院で育ち、天涯孤独の身で努力に努力を重ねて黒森峰に入学。

 

 

 それはどれだけの努力を重ねればできることなのだろう?

天翔は頭がよろしくない。下手をすると私と同レベルの成績を見るに、無事に黒森峰戦を終えれば待ち受けているであろう期末テストも惨憺たる結果になるだろう。

それはまぁ、私も同じだが……。

 ともあれ、勉強でどうにもならない壁を、戦車道の成績でこじ開けて、黒森峰の門戸を叩き、戦車道に明け暮れていた天翔は、本人曰く指揮センス皆無、砲手も落第、ギリギリボーダー以下が操縦手と通信手で、努力で何とかなりそうなポジションが装填手だけだった。と語っていた。

 それほどまでに戦車道が大好きだと公言しているこの娘が、敵前逃亡しなければならなかった理由は何なのか―――?

 

「―――熱っ」

 

 思案しながら口を付けた珈琲は、火傷するほどに熱く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして決勝戦を終えて、優勝を飾って。

 

 廃校問題が白紙に戻ったと泣いて喜んで

 

 

 

 卒業後の進路の問題にぶち当たって、同じように成績の問題で悩んでいる天翔と話し合いという名のどうでもいい愚痴大会を繰り広げtttttttttttttttttttttttttttttttttt

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ただいま」

「おかえり、桃」

 

 家に帰ると母が出迎えてくれた。

喪服を着替えて、台所に立つ。あのころから比べると多少はよくなった様だが、母ももう高齢だから無理をさせたくないと、私が料理を取り仕切ることになったのはいつの日だったか……?

 あいつの影響で戦車道を始めようと息巻いている上の妹や、中学から始めるためにと戦車道の教本を開いて勉強している妹を見ると自分たちがやってきた道のりの成果というか、そんなものを感じられた。

 あの時からずっと使っているフライパンや、使っていて壊れてしまったから、皆で出かけて新しく買い直した鍋や、まとめ買いした調味料なんかも―――

 

 

―――なにもかもが、エミを思い出させる。

 

 

 

「―――桃。今日くらいは私が」

「いや、いいんだよおかあちゃん。私にやらせてくれ」

 

 

 包丁を握って、具材を刻んでいく。

あの頃のように、軽快な響きは聞こえない。

 

 鍋に水を張って、具材を放り込んで―――煮込む。

あいつが初めてここに来た時の料理。

声を荒げて驚愕したあの時の自分と、どこであろうと変わらない気楽そうなあれの表情。

 『バカ舌』と自認していたあいつの味は、よく覚えている。

 

 

 

 

「―――――ふっ―――――――くっ―――――――」

 

 

 

 グツグツと煮える鍋からアクを取り出していく。

湧き上がる湯気で私の目の前もすっかり曇ってしまって、視界はにじんで見えない。

 

 

ぽたりと鍋に堕ちる雫は、ほんの少しだけポトフを塩辛くした。

 




******



「―――なぁ天翔。女が女を好きになるのは、間違っていると思うか?」


あーはいはい会長のことかな?杏桃おいしいです


「いや、それは人の価値観の問題だと思う。少なくとも私はいいと思うよ」
「そ、そうか……!」


 グッとガッツポーズを取る桃ちゃん。ああ~~杏桃いいッスねぇ~~。柚子桃も捨てがたいとは思うけど!ツーラビッツ、ノーラビッツ!悩ましいッッ!!


「天翔はその―――気になる相手は、いるのか?」
「いやいや桃ちゃんさぁ……私のこのナリで告白してくるやつがいたらそいつは正常な趣味してないだろ」
「そ、そうだろうか?いや……まぁ、そうなのかもしれない、が……」



 キョドってる桃ちゃんは珍しくもないが、なんかいつもにもまして挙動不審である。



「―――あのな、天翔。聞いてくれ。



 ―――私はな―――――――――――――」










~ 天翔エミが謎の喀血により病院に運ばれ、それまでいかにボロボロの身体を酷使していたのかを訥々と医者に告げられるまで、あと5分 ~


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【 装填騎兵エミカスえくすとら 『未来(みほエリ)への咆哮』 】

脳内小ネタだけで収まりませんでした(言い訳)





**時系列?そんなものはわからない**


**勢いで抽出したのでなんかこう、壊れている**


以上を胸の内にしまって読んでください(懇願)



 ――月――日

 

 今日は学園艦合同演習ということで各学園艦の連中が揃って内地に降り立った。

大洗、黒森峰、聖グロリアーナ、サンダース、プラウダ、アンツィオ、BC自由学園、果ては学園艦を動かしてない継続なども交えてもうお祭り状態である。

 秋山殿が立ったまま絶頂しそうなやばいくらいキラキラしたご満悦表情で「ふへっ」と時折やばい声の笑い声を漏らしながら各校の戦車群を見つめていた。

 

―――「練習のあとは、お風呂だよねっ!」と武部殿が言い出したので刹那でアンブッシュし逃げ切った俺の行動は誰にも咎められることはないと思う(確信)

 なお、お風呂を終えて湯上りモードの会長に絡まれている間にノンナに捕縛され、カチューシャの下まで連行された後風呂上りで寛いでいるカチューシャをかいがいしくお世話することになった。(PPが3アップ!)

 

 

******

 

 

「ねぇねぇ!!タピオカチャレンジ成功で人数に応じて豪華賞品だって!!」

 

 流行り物に飛びつく日本人の悪い癖というモノは商売人にも消費者にも均等に存在する。そいつは地方にいけばいくほど顕著になるものである(持論)

 

「―――ねぇ、やってみよ―――」

「武部さん。結果がわかっていることをやるのはね、徒労って言うのよ―――?」

「あ、はい、ゴメンナサイ」

 

 地の底から響くような声に武部殿が速攻で謝罪に走る。地獄の底の底を見てきたような表情のそど子、ただただ涙目のゴモヨ・パゾ美の風紀委員ズがそこに居た。

 

「ねぇノンナ。タピオカチャレンジって何?プラウダにもアレあるの?」

「はい、いいえ、ありませんね。タピオカチャレンジというのは、タピオカミルクティーの器を胸の上に載せて、こぼさないように飲めれば成功という挑戦です」

 

定位置で往くカチューシャはノンナの説明を受けて「ふーん」と思案するように軽く俯き、

 

 

「なんだ。楽勝じゃないの」

 

 

と胸を張った。

 ざわり、と周囲がざわめく。辺り一面の視線を受けてカチューシャが「ふふん」と鼻を鳴らす。

 

「どうやら、偉大なるカチューシャ様の英知を今ここで見せる必要があるようね!

 ―――店長!ミルクティーふたつ、ノンナの分と、カチューシャの分よ!」

『ハイヨロコンデー!!』

 

 カチューシャの命令を受けてテキパキとした動きでタピオカミルクティーを用意する店員。恭しく主人に献上するが如く差し出されたそれを、難なく胸の上にのっけてストローで飲み干すノンナ。そして

 

「どう?これがカチューシャの実力よ!」

 

えへんと“ノンナの上で胸を張り、ミルクティーを飲み干す”カチューシャ。

 

―――いや、ミルクティーの器、ノンナの頭の上に乗ってんじゃん―――

 

とは―――誰一人ツッコめなかった。誰にだってそう……ツッコめないことが、ある……きっと。

 

 

 

*******

 

 

 

「はい。成功よ」

「流石ですわダージリン様!!」

 

カチューシャのチャレンジを皮切りに、なんか戦車乙女たちの自尊心とか負けん気に火が付いたらしい。我こそはという娘たちがこぞってチャレンジしていく。

 俺の目の前で勝ち誇った渾身のドヤ顔でタピオカチャレンジに成功してるブリカスことダージリンとわんこローズヒップ。見せつけて喧嘩売ってるのかもしれないが、お前らはまず後ろで今にも人を殺せそうなほど殺意に溢れた瞳を光らせてるオレンジペコに気付いてやれよ。

 

「隊長!隊長がこんなことに付き合う必要は……」

「西住流に逃げるという道はない―――それが例え遊戯であろうとな」

 

向こうではまぽりんが触発されてチャレンジしているし、隊長がやるならとエリカもなんか挑戦しようとしている。そしてその後方では絶望に闇落ちしかけている赤星さんがいる件―――どう収集付けるんだよこれ。

 

「ねぇねぇミカ。ミカならいけるんじゃないの?」

「(~~~♪)この挑戦に意味があるとは思えないね」

 

継続高校は我関せずの様子で時折チラッチラッとサンダースとか大洗メンバーの方を流し目で見ている。それに最初に反応したのはおケイさんで―――

 

「アハハハッ!!みんななんかファンキーなことやってるじゃない!私たちも参加するわよ!そこの子たちも、飲みたいならここは私が持つから自由にLet's Drink!!」

「(~~~♪)そういうことなら、ご相伴に預かろうか」

 

 カンテレを爪弾きながらやれやれという態度で売り場に向かうミカ。微妙にそわそわしてるあたり気になってたのかもしれない。或いは、アレ1杯でラーメンと同等のカロリーだという情報から来る万年カロリー欠乏症のなせる業なのかも……

 

 

 

―――だが正直現状俺の中で何一つ燃え上がるものがない。

 

 

 

 いや、ガルパンキャラがキャッキャウフフしてるだけでほっこりするわけではあるのだが、このイベントがどういうエッセンスを経て何を為すのかという指針がない。というかどこにも発展しないだろう。故に俺としてはこう、CG回収イベントみたいな扱いの糞イベで―――

 

「ちょっと……麻子ぉ……!!」

「成功したぞ」

 

 ―――という考えが俺の中から吹っ飛ぶ光景が今、目の前にあった。

 

「もうほんとやだもー……」

 

 武部殿の豊かすぎるおっぱいの上に乗っけられたタピオカティーを、前から抱っこさせる形で乗っかった冷泉殿が飲み干していた。まこさお!新鮮なまこさおではないか!!圧倒的ではないか我が軍は!!

 

「……成程!そんな方法が!!」

「これなら1年生(わたしら)でもいけるかも!?」

「―――というわけで」

 

『河嶋先輩!!!お願いします!!』

「貴様らは揃って馬鹿か!!するかぁあんな真似!!!」

 

 ウサギさんの一団がゲザる勢いで一斉に頭を下げて桃ちゃんにお願いしていたが、秒で却下されていた。残当()

 

「おりょう!カバさんチームの名誉のために耐えてくれ!」

「おりょう!お前だけが頼りなんだ!!」

「おりょう頑張れ、お前がナンバーワンだ」

「おまんら……もーちょっと冷静になるぜよ……」

 

 

「ミカぁ!!」

「ミカ!!」

「――――(~~~♪)ふふっ……これは何の天罰なのかな……?」

 

 

「お嬢!これならお嬢でも行けそうじゃないか?」

「マリー様にそのような野卑な器に載せたモノを差し出そうとするな!」

「あらあら……両方飲めばいいじゃないの♪」

 

 

「キャプテン!流石にいくら根性でも無理なものは無理です!!」

「いいやできる!できないという考えを捨てた先に、根性の果てがあるッッ!!」

「だから無理ですよぉ!!大人しくみんなみたいにしましょう?!」

 

 

 冷泉殿の反則技を切っ掛けに、今度は皆で「他人のお山にのっけたタピオカティーを飲み干すチャレンジ」が横行し始めた件。これは――――滾るッッ!!(ガルおじ感)

まこさおを皮切りにおりょう総受け、ミカ総受け、マリ安・マリ押リバ在り、バレー部はまぁ置いといて―――

 

 

―――これは来てる!!流れ来てるよ!!神イベやないか!(掌ドリルスクリュー)

 

 

 

「いやぁ、流石に我々の胸では無理でありました」

「はぅぅ……」

 

耳まで真っ赤にしたみぽりんと、恥ずかし紛れに笑う秋山殿がこちらに歩いて来ていた。同じように断念したエリカの姿もある。

 

「―――こんな言葉をご存知?“一つ一つでは小さな火に過ぎないが、二つ合わされば炎となる”。一人でどうにもならないのなら、力を合わせることを考えるべきよ。私たちは同じ言葉を話す同じ人間という種族なのだから」

 

 コツコツと足音を響かせてやってきたダージリンがイイ感じのセリフでドヤッてキメてるが、言葉の出典はアニメの名言である()

 

「―――!!そうか!!エリカさん!!協力して!」

「は?え?ちょっとみほ、説明を―――」

 

 何かを思いついたような表情でハッと顔を上げたみぽりんがエリカのところに駆け寄って、怪訝な表情のエリカをギュッとハグし始める。

 

 

――――キタァァァァァァァ!!!!!!!!

 

 

 内心で溢れ出るリビドーに俺氏の何か色々とアレが決壊寸前だったりする(語彙消失)みほエリ!?みほエリキテル!?来てるよね?!これ来過ぎてむしろ行っちゃってるよね!?イッテイイーヨ!?(混乱)

 

 

「―――っ、はぁ……チャレンジ、成功です」

「あのねぇ……ちゃんと説明しなさいってば……」

 

 パッと離れたみぽりんの手には飲み干されたタピオカミルクティーの容器。

成程―――そういうことか。

 

「つまりエリカのバストでもみぽりんのバストでも、容器を乗っけて置くにはサイズが足りなかった。なので「0.5+0.5=1」という理論で二人が密着することで、お互いの欠けた部分を埋め合い、出来上がったみほエリの器にミルクティーを載せることに成功したというわけだな―――!!」

「ごめんなさい天翔エミ。私が焚きつけたことは謝りますから冷静に正気に戻ってくださる?早急に」

 

 

 うるせぇなブリカス!こんな光景を見て冷静でいられるわけがねぇんだよ!(逆切れ)

 

 

 

「―――じゃ、次はエリカさんだね」

 

 

 

―――おかわり入りましたぁ!!?(●REC)

 

 

 

 

 

こうして、盛大にバズりまくられたりしつつ、姦しい大タピオカチャレンジは終わり……豪華賞品として用意されていた幾つかの商品を分け合い、皆それぞれ各学園艦に戻っていったのだった―――。

 

 

 

 

 

さて―――俺は最後の仕上げをしなければなるまい。

 

 

 

 

陽のいと聖なるみほエリよ

あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもうガルおじたちの神よ

我が心を、我が考えを、我がピロシキをご照覧あれ!!

さあ、月と星を創りしものよ

我が行い、我が最期、我が成しうる “課するべき自制懲罰(セルフピロシキ)”を見よ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ステラァァァァァァ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――その日、一条の流星の如く学園艦から海面へと跳んだ一人の少女は、救助隊の決死の活躍で救助され、病院に緊急搬送された。

学園艦から転落したとみられるが、落下した地点までの距離と突入角の検証から、自分から飛んだのではないか?という意見が出ているが、答えは闇の中である。

 




おかしい……なんで私はこんな話を書いたのだろう……??(謎)


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【 一周年記念リク作品 】

 ××月××日

 負けた。完膚なきまでの大敗北だ。
三年の期間をかけてホームグラウンドに作り上げたトラップも
即座に展開できるように仕込んだ書き割り式の戦車の壁も
何もかも打ち破られ無惨に討ち取られた。どうしようもない力の差に心が折れそうだった。
 だが、そんな負け犬の私に黒森峰の隊長は言ったんだ。「胸を張れ」と。
次こそは負けない。次こそは勝つ!下を向くのはもうやめだ。胸を張ること、常に自信であふれた私であれ!西住まほに、天翔エミに誇れる私であれ!!


******


「あのさ……安斎さえよければ、黒森峰に来ないか?」
「―――なんだって?」

 唐突にそんなことを言われ、安斎千代美は思わず声を上げていた。
 目の前には提案をした少女、天翔エミが恐る恐るといった様子で千代美を見上げている。

「―――そうだな。君が居れば、助かる」

エミの隣で千代美を見送ろうとしていた西住まほがそれに同意する。

「歓迎しよう。安斎千代美―――

 ――――私たちと未来を作らないか?」

 ―――それはある種の殺し文句のようなものだっただろう。
自信に満ち溢れた少女の言葉と態度は、カリスマとしての効果を果たす。まるで彼女を中心にして世界が回っているような圧倒的な存在感。

「―――時間もないし、今答えを出すべきじゃない。と、思う。
 ―――すまないが、少し考えさせてくれ」
「そっか……じゃあ、連絡先交換しよう!」

 絞り出すように答えた千代美に、人懐っこい笑みのまま、エミが携帯を取り出して千代美とアドレスと電話番号の交換を行う。エミの携帯からまほへと伝達が続き、まほの携帯にも千代美の番号とアドレスが渡ることになった。

―――帰宅して、一人になって……千代美はベッドに仰向けになって天井を見上げていた。


―――次は負けない。次は勝つ。


 心の中にそう強く思ったのは事実だ。だが―――


―――“私たちと未来を作らないか?”


 どうしようもなく心が揺れた。

 西住まほ、天翔エミ。あの二人とともに駆ける戦場。

 その光景が―――脳裏に浮かび上がってどうしようもなく千代美を苛むのだ。


―――敵として戦いたい。けれど、ああ、全く度し難い―――


―――どうしようもなく、西住まほの誘いに惹かれている自分がいる と。




―――時は流れ、中等部を卒業し、涙を流して見送る西住みほと逸見エリカを筆頭とした下級生を背に、天翔エミと西住まほの二人は春休みを終え―――高等部へ。
そして―――


「―――天翔、西住。来てやったぞ―――!!」


 第三の戦車道乙女が、黒森峰高等部の門を潜るのだった―――。



『 まほルートIF:その時歴史が動いた ~ 黒き森の覇王 ~』

 

 

 ――月――日

 

 黒森峰高等部に進級して―――安斎千代美が仲間になった!(FFの例のBGM)

みぽりんエリカは中等部で仲良くやっていけるだろうという希望的観測の下、俺が手を出せないみほエリに代わるように手の届く範囲にまほチョビがね!!

 だが浮かれてかまけてばかりもいられない。ツーラビッツ・ノーラビットの精神を忘れることなく邁進すべし。Xデーまであまり時間もない。

 

 で、まぽりんの圧縮言語に慣れてない高等部編入組の方々、及び高等部戦車道でバリバリやってた方々を一瞬でブチギレさせたまぽりんの圧縮言語式ご挨拶により

 

 ―――状況がアホほどこじれました(達観)

 

 もうね、まぽりんの傲岸不遜としか聞こえない物言いに横のチョビの目が呆れまくりなんです。アキレマクリスティなんです。

 高等部の全員ぶっ飛ばして上下関係を叩きこんだうえで全員で『乾杯ッッ!!』したけどチョビの目が寒いんです()

 

「お前たちは毎回あんな感じなのか?」みたいな感じで呆れまくってたのでまぽりんの圧縮言語の本来の意味について語って聞かせるとね?チョビがバッサリ言うんですよ?「や、他の連中に分かんないなら言葉を話す意味が全くないだろ」と

 

もうフルボッコですわ(まぽりんが)

 

 

 ――月――日

 

 【悲報】まぽりん、大隊長ではなくなる【涙目】

 

 チョビがやってきて全体の統制を取るようになって―――まぽりんが攻勢指揮を、チョビが全体の統率をするような構図がしっくりくる形態に黒森峰全体がシフトしていった。

 まぁ実際はそこまでかっきり上下ができてるわけではない。黒森峰のOGには西住流が多く、そのOGが大きな発言力を持っている以上、チョビだけではどうにもならない部分はある。あるのだが―――うんまぁわかりやすく言うとまぽりんが割とチョビを信頼して全体の指揮を預けているため、戦場ではそんなこと【どうでもいいのだァ~~~!!】しているのだ。

 

 クォレハァ……まほチョビをぉ……感じますよねぇ?(ねっとり)

 

 

 ――月――日

 

 なんかまぽりんとチョビが二人でコソコソしているところをよくみかけるようになった。っていうか俺が宴会で『乾杯ッッッ!!』してる回数に応じてまぽりんがフリーになってるので、そこにチョビが出向いて行ってたりまぽりんから呼ばれてたりするっぽい。

 俺をないがしろにして二人でご相談……いいゾ~これぇ(トゥンク)

 じゃけんもっとまほチョビの鼓動を高め合って、どうぞ。

 

 

 ――月――日

 

 高校一年目の大会を危なげもなく勝ち抜く。

 まぁそれも当然と言えば当然。アホンツィオとか揶揄されるもノリと勢いに乗れば乗るほど統制が取れて強くなるアンツィオをノセてその気にさせる統制の天才ドゥーチェ・アンチョビに、統制の取れた部隊を率いての突撃に定評のあるまぽりん。この二枚看板が揃ってるのだ。生半可な連中で相手になるはずもない。

 俺?まぽりんの援護が精々のいち装填手ですが何か?

 全員集合して優勝旗を掲げるまぽりんとドゥーチェの横でさも優勝の立役者ですってツラしてるモブの一人として写真に納まる。

 なぜかチョビもまぽりんも微妙に不機嫌であった。やっぱ俺が隣に写ってるせいだろうか?(セルフ)す?(ピロ)す?

 

 

 ――月――日

 

 二年生になって、みほエリを迎えて無敵の布陣が完成した(確信)

 

 全体統制をとるドゥーチェ。攻勢指揮を執るまぽりん、防御指揮、及び非常時のゲリラ指揮に長けるみぽりん。それを補佐するエリカ。

 さらにここに天翔エミ(アライさん)もくわわるのだ!むてきのふじんなのだ!(フレンズ感)

 

 

 ――月――日

 

 高校二年目の春。戦車道高校生大会―――俺にとってのXデーは―――――

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 突出する形になったまほを二重包囲陣でエミから隔離するプラウダの戦術に嵌り、包囲の輪の中に絡めとられたティーガーⅠとヤークトティーガー。

 時を同じくして別動隊の攻撃を受け、退避を余儀なくされたフラッグ車のみほたち本陣部隊。

 逃げ道を塞がれ、桟道方向へと撤退を始めるみほたち。

 

「―――駄目だ!!そっちに行っちゃいけない!」

 

 声を荒げるエミに

 

「―――了解だ。水際防御になるが、まぁ任せろォ!!」

 

 明るい声が緊迫した空気をぶっ飛ばした。

 

 戦場を駆け抜けるパンターG型。その上部ハッチを跳ね上げて、雨風に踊る銀色のドリルテール。

 

「―――お前たちぃ!!

 

  ―――――お前たちは、何だッッッ!!!」

 

オープンチャンネルで声を張り上げる千代美の声に

 

 

『―――――黒森峰女学園です!!!』

 

 

 統制の取れた返答が響く。

 

 

 

「―――お前たちのすべきは、何だッッッ!!!」

『―――勝利(Sieg)!!勝利(Sieg)!!勝利(Sieg)!!』

 

 

 

 

「ならばお前たちはどうすべきだッッッ!!!」

『―――闘争(Kampf)!!闘争(Kampf)!!闘争(Kampf)!!』

 

 

 

 

「―――ならば―――それをやれぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」

『―――了解(Jawohl)!!!!!!』

 

 

 

 千代美の声に熱が伝播する。その熱は黒森峰全体を包み、染め上げ、崩れかけた統制を立て直した。桟道を背に反転したみほたちフラッグ車小隊の周囲に護衛車輛が集まり密集防御陣形を取る。追い立てるように集まったプラウダのまばらな数の追撃部隊が、桟道の向こうに伏兵がいたことを如実に示していた。

 

「―――天翔ぉ!!西住ぃ!!こっちはもたせて見せるッッ!!

 

 ―――いいかぁ!きっちり片付けて、間に合わせて見せろ!王子様諸君ッッ!!!」

 

―――千代美からの通信に熱を受けたのは黒森峰全体である。

 

「―――聞こえたか?エミ」

「ああ、取り乱してすまなかった」

 

 目をギラギラと攻撃的に光らせているまほと、熱を受けて逆に冷静にもどったエミ。

包囲しているのはプラウダのはずなのに、逆にプラウダが追い詰められているような感覚を受けているほどだった。

 

 

 

「―――援護は任せる!!」

「任せろ!!」

 

 

 

 

 

―――その日、戦略面で完全に敗北していたはずの試合を、戦術的勝利でひっくり返すという大逆転劇を演じた黒森峰は、見事10連覇を成し遂げたのだった。

 

エミ「カチューシャは泣いていい」

 

 

 

 

 ――月――日

 

 十連覇達成!みほエリを護ることができた!

俺はやった!やり遂げたぞ!!勝ったッッ!!第三部完ッッ!!

祝賀会でノンアル掲げて『乾杯ッッ!!』も今日は格別と言えた。

 

 

 ――月――日

 

 対外練習試合を何度か行ってきたが……どうにも様子がおかしい。

相手のチームの……なんつーか、やる気?そういうものが薄い。

 

―――嫌な気分だ。

 

 

 ――月――日

 

 「強者に弱者の気持ちなど理解できませんわ」

そんな風にバッサリと切って捨てられた。

ダージリンならばと恥を忍んで頭を下げたというのに全く分からない回答を返された件。「黒森峰と他の学園のことをもっとよく比べてごらんなさい」と言われて帰された。何もかもわかってるなら答えを寄越せと言いたい。

 

 

 ――月――日

 

―――そういうことか。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「黒森峰を、出ようと思っています」

 

 西住家にお邪魔して、まぽりんのツテでしぽりんと面会した俺はまず最初にそう切り出した。

 

「―――理由は?」

 

 ざわりと周囲の空気が軋む。重圧が半端ないッスねしほさん(舎弟感)

圧し負けないように気勢を上げて、しぽりんに向き直る。

 

「―――このままでは、“戦車道自体”に影響が出ます」

「―――続けて」

 

 俺の言葉に目が真剣味を増す。驚いた様子がないのは多分、しぽりんも似た様な結論に達していたからだろう。

 

「―――結論から言うと、【強すぎる】んです。今の黒森峰が。

 私と、まほと、千代美と、みほ。あとエリカや赤星とか粒よりの面々も含めて、強すぎるんです。実力があるメンバーが、他の学園艦より精強な戦車を有する学園に集まって戦車道やってるんですよ。

 

 ―――心が折れかけてるんです。おそらく強豪4校の中にすら出てるはずです」

 

 ―――そう。装填速度3秒で連射されるヤークトの砲撃。その砲撃支援を受けて間をすり抜けて飛び込んでくるまぽりん。部隊の統制を崩すことなく建て直すアンチョビ、防御を固めながらゲリラ戦術による奇襲ができ、できる以上奇襲への対策も万全なみぽりん。攻守走全てにおいて万全過ぎて隙が無い。

 あと一年で俺とまぽりんとチョビが卒業するとはいえ、その一年はお通夜状態になる。また、ワンサイドゲームってのはどうしても客の反応が渋くなる。客を沸かせる勝ち方に拘らなきゃいけなくなるならそれは本末転倒。西住流の理念からの逸脱にも繋がるだろう。

 

「―――プロリーグ発足のために各校が戦車道への造詣を深めていると聞いてます。そこでこの状態は非常にまずい。そう思うんです」

「―――それで?」

 

 しぽりんの様子は変わらない。ヒエッヒエに感じる空間で、どうにかこうにか声を絞り出す。

 

「―――黒森峰を出て、高校生大会の間だけ、別の学園に短期転校して、黒森峰と戦います。八百長ではなく、本気で倒すつもりで」

 

 短期転校手続きの書類を取り出して広げる。意思表明のために持ってきたものだ。

 それを見て、しぽりんは何故か溜息をついた。

 

「―――まほ」

「はい―――」

 

 隣で正座して成り行きを見守っていたまぽりんが懐からスッと封筒を取り出す。

 

 

―――短期転校手続きだった(なんで?)

 

 

「―――やはりエミだな。私と同じ考えに行きついていたとは」

「は?え?へ??」

 

 

 わけがわからん!!どういうことだ!説明しろ苗木ぃ!!?(ヘタレ眼鏡感)

 

 

「―――お母様。いえ、師範!我ら二名、戦車道の未来のため、何卒」

 

頭を下げるまぽりんに、深い深いため息を吐いたしぽりんは―――

 

 

―――なんか悟った様な諦めの表情をしていた(おい馬鹿やめろどうしてそこで諦めるんだよ頑張れ頑張れやればできる気持ちの問題ry)

 

 

「―――まほ。けじめとして、貴女を西住の家から勘当します」

「――――はい」

 

 

―――なんで?()

 

 

 いや、違うのよ。俺としては打算があったのよ?みほエリを護ったし、まほチョビもできそうだし、だったら俺がここで居なくなって完成させたうえで、できれば大洗に多少なりと力添えしてもいいなぁって思っただけなのよ?

 

 

 

―――どうしてこうなった……orz

 

 

 

******

 

 

 黒森峰女学園から転校し、東の端、大洗女子学園で、二十数年ぶりに復活した戦車道が二人(+なんかついてきたティーガーⅠ&ヤークトと乗員合計10名)を待ち受けていた。

 学園廃校の憂き目に抗おうとしていた生徒会長角谷杏は、降ってわいた幸運に思わず小躍りしたという。―――なお役員辻何某の胃は死んだ()

 

20年以上廃れて久しい戦車道を復活させるつもりでやってきたら学園側が戦車道を復活させていた件について、まほは「流石はエミだ」とコメントを残したという。

 

 

 

 そして遠くない未来。戦車道高校生大会にて―――

 

 

―――おいて行かれた少女が、【総統(フューラー)】と呼ばれ、軍隊の様に統率された圧倒的な鉄血十字軍による蹂躙劇を行う怪物に変貌を遂げていることを知り

 

 

 

 

 

―――人知れず吐血するエミの姿があった。

 

 

 




「もしもエミの『ウチくる?』にドゥーチェが『いいよぉー』してたら」でございます()


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三周年記念リク作品『グリモワール・オブ・アリス』 体験版()

 物心がついたころから、わたしは『名家』だった。

 島田の跡取りとして、日々研鑽に明け暮れる姉上の後を付いて回った。

 姉上と同じことをしたい年頃だった。だから当然、同じことをしたいと思った。








 そうしたら―――姉上が、いなくなった。






 ●●月××日

 

  ある日、突然従姉ができた。

母上の話では『もともと親戚筋だった娘が天涯孤独で孤児院に入っていたことがわかったので、改めて分家筋に養女として受け入れた』らしい。

 当初死んだような目をしていたけれど、わたしと目が合うとパッと花が開いたようなキラキラした笑顔を見せてくれた。何だかわたしで元気になってくれたみたいで嬉しかった。

 

 

 

 *******

 

 

 

 彼女は本当に努力家だった。

 毎日トレーニングを欠かさない。指揮官としての才能はないと母上が言っていたように、彼女自身もそれはわかっているらしくて、日々身体能力を鍛え続けている。

 

 彼女の身体能力は一言で言って……異常だ。

 

 2mくらいの高さの垂直の壁なら助走なしで駆け上がることができるし、わたしと同じくらいの身長と体格なのに本当にすごい。

 

 

 彼女はわたしとお話するときに、本当に楽しそうに話す。わたしと話をするのが本当に楽しいし、嬉しいと体全体で表現しているように見えるから、こっちも何だか嬉しくなってくる。

 

 彼女とお話をするのは、とても楽しい。

 

 

 

 ********

 

 

 

 ボコられ熊のボコについて彼女とお話しした。好きなモノについては熱く語りすぎてしまう。少しだけ早口気味に、それも一方的にしゃべってしまったことに気づいて真っ赤になったわたしを、やさしく微笑んで見守ってくれている彼女が、“お姉さん”という風に感じられる稀な時間だった。

 『欲しい』と望めば大抵のものは揃うし、我が儘がまかり通る家ではある。だからこそ、己を律することを考えて、できる限り望まないように生きて行くことを考えたのは、姉上の一件からだった。

 

 でも彼女に『頭を撫でて欲しい』と欲しがってしまうのはどうにもならない。彼女に撫でられている間は、とても落ち着く―――ずっとこうしていたい。

 

 

 

 *******

 

 

 ――月●×日

 

 彼女の本当の名前は、今の名前とは違うらしい。分家筋に養女になった時に過去の名前は改名してしまったと言っていた。その名前を、わたしだけに教えてくれた。

 

 

 わたしだけに、教えてくれた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 中等部を卒業した彼女は、そのままヨーグルト学園高等部に進学して戦車道をやっていくらしい。対してわたしは飛び級進学が認められて、大学戦車道でより洗練された戦車道をやっていくことになっている。 

 

「いつか愛里寿と戦車道できるといいな」

 

そんな風に屈託なく笑っている彼女をみていると、どうしても抑えられない気持ちが溢れ出てきてしまって―――

 

 

 

 

 わたしは、姉上の一件から久しくしていなかった“わがまま”を、母上に言った。

 

 

 

 ********   » Emi

 

 

 

 ――月――日

 

そうだ。東尋坊いこう()

 

結論から言うと俺は黒森峰女学園中等部への進学に失敗した。

多分テストが駄目だった。死にたい。

運動能力があるからスポーツ特待枠で黒森峰を目指したら?と孤児院のパイセンたちから勧められた。

 

 だが断る(露伴感)

 

 スポーツ特待ならまぁ俺の身体能力は人一倍であると自負しているし、できなくはないだろう。だがそれは同時に【スポーツすることを、強いられているんだ……!!】が日常になるということ。

 

 黒森峰に入学して生みぽりんや生エリカを拝むのは確かに強力なメリットだ。

でもね……

 

 

 それじゃみほエリがないでしょッッ!!!?

 

 

 ――いやそれ以前に試験落ちたからどうしようもないんだが……orz

 

 しにたい。

 

 

 ――月――日

 

 死にたい。一週間くらい何もやる気が起きなかった。

 

もしもの時の滑り止めで、原作にも出てきた学園の試験もいくつかは受けてはみたんだが、仮に原作通りの有名なとこ行ってもみぽりんの原作0話のあの決勝戦での事故を俺の手で止めることも俺が代わりに成り代わることももうできないだろう。

 だから次善策。みぽりんが大洗に転校した後にみぽりんを支えつつみほエリの完成のために駆けずり回る。そのためには有名校に所属するのは、枷が重くなりすぎる……!!

 

 

 結論:四大強豪と言われる学園艦を避け、かつトーナメントにエントリーできる学園に入学する。

 

 

 が……ダメ……ッ!!

 

 九州という立地条件的にサンダースか黒森峰以外の選択肢はないに等しい。

BC自由学園という選択肢を視野に入れつつ滑り止め試験の結果を待つ。

 

 

 

 ――月――日

 

 ぼくはいま、グンマーにいます。

 

 

 

 ――月――日

 

 激動のお引越しから一夜明けてぼくはいま日本の秘境()グンマーに居ます。

 

 滑り止め試験の結果に思いを馳せつつ失意のまま孤児院に戻ったら、日傘をさした育ちのよさげなご婦人がにこやかな微笑みで院長とご歓談中でした(丁寧語表現)

 何でここにおるんですか?ちよきち=サン(震え)

 

 え?ここ熊本ですよね?西住のホームグラウンドですよね?なんで島田がおるん?ほたるなんですぐしんでしまうん?(混乱)

 ――いや冷静に考えてみたら名家としての確執があるだけで、二人は元々友達以上、戦友でライバルだったはず。なら別に旧交を温めに~とかならおかしくはないのかもしれない。(推理)

 

 まぁそんな感じで悩んでると不意に「うちの子になって戦車道しない?」と声をかけられました。なんでや?()

 

ちよきちさん曰く「黒森峰に取られちゃったならしょうがないけど、黒森峰が落したのなら拾ってもいいわよね?」とのこと。

 「いやでも(島田本家の養子とか恐れ多くて)無理です」と断ったところ「じゃあ分家!分家で!」とめっちゃ詰め寄り(差し)された。

ちよきち=サン、顔近い近い近い(近い)

 

 んで結局割といい金額の寄付金を付け届けみたいなノリで孤児院に落してまるでお買い上げされる感じで【お持ち帰りぃ】された。

 

 

 ――月――日

 

 ありすかわいいよありす(語彙滅却)

 

 

 ――月――日

 

 あぁ~~愛里寿可愛いんじゃぁ~~~。

 

 

 ――月――日

 

 分家の養女となって数日間脳がいい感じにぶっとろけていたらしい(反省)

島田流戦車道と俺の身体能力はぴったり合致しているらしく、諜報専用のチャーフィーの装填手として任命され、島田がスポンサードしているヨーグルト学園に推薦入学という形で入学が決定した。

 

 

 ――月――日

 

 島田の分家筋の養女になるにあたって、過去の名前から略歴を辿られることを危惧したとかで名前を変えることになりました。旧名:天翔エミ。現名:長野エミリでございます。

 

 なんでやねん(ツッコミ)

 

 色々大人の事情というのがあるらしく、関西で青田刈りしたのが西住家にバレると後々クッソ面倒なことになるらしい。じゃあなんで九州くんだりまで来て青田買いしたんですか?(素)

 苗字に関してはある程度ロンダリングを済ませて元に戻す予定なのだそうな。じゃあなんで改名したんですか?(素)

 

 

 ――月――日

 

 長野エミリとして島田愛里寿と初ご対面。精神統一とこれまでの愛里寿ウォッチングによりなんとか正常な意識のまま愛里寿と挨拶が交わせた。

 それにしても愛里寿の可愛さが天元突破しすぎててやばい(やばい)

愛くるしさに精神がヤバい(ヤババい) 兎に角やばい(ヤババババババイ)

 

 

 ――月――日

 

 島田が裏から手を回している学園艦。まぁヨーグルト学園なんだが、そこに入学が内定していた。一応原作でもトーナメントにエントリーされるくらいには強力な学園である。

 なお俺の能力は指揮官E 射撃C 装填S 運転B 通信B というぎりぎり装填で浮いている状態である。

 

 

 ――月――日

 

 戦車道なのに戦車に乗っていることの方がレアです。なんでや?

 

 

 ――月――日

 

 島田が俺の能力で買ったのは『身体能力』だったらしい。

結論として言えば、原作の秋山殿のポジをヨーグルト学園で担うことになった。試合中に戦車を飛び出して平野を駆け回り、建物を駆けあがり、木の上を飛び回り、敵の位置をリアルタイムで送信し続ける。

 

 情報というのは『目』だ。

 

 相手の『情報()』を遮り、自分たちの『情報()』を届かせる。ただそれだけで必然、相手の頭を押さえた状態ができる。島田流は変幻自在。複数の戦術からその時に合わせた最適解を選び取るために情報が重要視されるため、俺のレギュラー入りは確定だった。

 

 

 ――月――日

 

 中等部戦車道で黒森峰とカチ合って生まぽりんや生みぽりんを拝むことができましたありがとうございますありがとうございます。

 

 ただやっぱり【フェイズエリカ】してしまったらしく、めっちゃギクシャクしてた。かなしい。

 ごめんねみぽりん、ごめんね。俺がそっちに行けなかったばっかりに……

 

いたたまれない気持ちからセルフピロシキを慣行。翌日目ざとく愛里寿に指のケガを発見され、傷口を舐められそうになり、衝動的に逃走した。やめてくださいしんでしまいます(滝汗)

 

 

 ――月――日

 

 ヨーグルト学園での三年間が終わり、高等部へ進学する。卒業式に愛里寿がやってきて花束を渡してくれた。枯らしてはならない……(使命感)

 

そのまま愛里寿はちよきちさんを連れて学園の方に向かっていった。ちよきちさんの用事のついでに卒業式のお祝いを渡しに来ただけだったようだ。

 

 

 ――月――日

 

 まって。待って(震え)

 

 

 




 春。

 桜の花が舞い散る季節、始業式の日。


「―――いい天気になってよかったね」

モンブランカラーの髪が桜色の花弁と躍る。嬉しそうにステップを踏んで、学園へと向かう少女の名前は―――島田愛里寿。
 数歩進んで振り返り、立ち止まったままのもう一人のところへと小走りで戻って、その手を取ってぐいと引っ張る。




「―――これからずっと一緒だよ!エミリ」




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まほルート 閑話『運命の決勝戦 その一幕』

プラウダ戦記の決勝戦の内容見てて脳内でまほルートの決勝戦を掘り起こしたらこうなりました(言い訳)


ちゃうんや。ここまでアレな流れになるとは思っとらんかってん……()





ーまえおきー

このお話は『ダージリンファイルズ まほルート』の一幕です。
具体的なタイムテーブルで言うと
『渦巻く答え』前後で書かれている過去回想シーンの話になっています。
https://syosetu.org/novel/179404/89.html

読んでよくわからない方はまずまほルートを既読後にもう一度読んでみると良いかもしれません()







 全国戦車道高校生大会、決勝戦。その前夜―――

 

 北の強豪プラウダ高校。そのトップであるカチューシャは夜半が過ぎても悩み続けていた。

 

 

 次の対戦相手―――常勝黒森峰女学園。

 

 重厚な戦車群と精強な選手たち。それを支える最強と名高い西住流の申し子、西住まほ。

 そして、それを支える屋台骨……

 

 

 

   ―――“虎の翼” 天翔エミ

 

 

 

 装填速度3秒未満の速射砲を放つ固定砲台となったヤークトティーガーへの対策は未だできていない。火力で圧し負けないためのKV-2は熟練がまだ足りない。何とか決勝までやってきたものの、対策として考えられているのは作戦ともいえない作戦しかなかった。

 

 どのルートかも絞り切れない西住まほの突撃に対して、広く展開した偵察による発見→即撤退から始まる包囲陣。相手が西住まほと天翔エミである以上、生半可な戦力では返り討ちに遭うことを想定し、自身とノンナを当てることが大前提となる。

 

 そうしてぶつけ合ったうえで、残った僅かな戦力を使って敵フラッグの位置を調査して別動隊で襲撃、敵の首を刈り取る己を囮とした斬首戦術。

 

 

 

 ―――はっきり言って神頼み運頼みもいいところの戦術よね。

 

 

 そう考えて頭を抱えるしかないカチューシャだが、これ以上の作戦が出せるわけでもなかった。

 

 

 優勝旗を学園艦へと持ち帰る。そのために戦ってきて、そのために勝ち上がってきた。

 

 

 “黒森峰だから”

 

 

 “西住流だから”

 

 

 

 “負けて当然だ” などと考える弱者のたわごとを蹴散らして勝ってみせると息巻いて

 

 

 今この瞬間、改めて圧倒的な力の差を前に戦術を必死で組み立てている。

 

 

 

 明日に備えて眠らないといけない、けれど目がさえて眠れなかった。

 

 無理やりにでも寝付くために睡眠導入剤を飲もうと水差しを取ると中身が空だった。さっきまでの考えの間に飲み干していたらしい。仕方なくカチューシャは夜の廊下を歩いて手ごろな飲料水を失敬しようと向かう途中で、こちらへ向かってきていたノンナと鉢合わせしていた。

 

「眠れないのですか?」と言われて「そうよ」と答えることができないのはカチューシャがカチューシャである限り仕方のないこと。

 

「べつに……お水が無かったから取りに来ただけ」

 

 ノンナにそう答えて持っていた水差しを洗いもののパーテーションに入れて、代わりに冷蔵庫に入っている飲料水のボトルを手に取るカチューシャに「少し待っていてください」とノンナ。

 

 

 ~♪ ~♪ ~♪

 

 

 ゆったりと静かにメロディを口ずさみながら、小鍋を用意してコトコトとミルクを温め「今日は特別ですよ」とそのミルクの小鍋に小さじで2杯ほどの黄金を落としていく。トロトロとゆっくり落ちた黄金は、白い海に溶けて消えて、甘い香りだけを残すにとどまった。

 

 ノンナから手渡されたホットミルクをゆっくり飲み乾して、促されるままにベッドに潜り込むと、さっきまで歌っていた歌を子守唄に、カチューシャはゆっくり眠りに沈んで行った。

 

 

 

 ********

 

 

 

 運命の決勝戦。その現地にたどり着いた黒森峰もプラウダも、険しい顔を崩せないでいた。前日の夜も降り続いた雨により、決勝戦の場となるフィールドは水嵩の増した河川、山肌を流れる雨水、ところどころに生まれた水たまりなど路面状況、戦場の状況が最悪と言えるものだったのだ。

 

 試合時間前に軽く戦場の状況を俯瞰で眺めたカチューシャが、ハッとした表情に変わる。そのまま急ぎ足でノンナを連れ立って作戦室へ向かい、地図とにらめっこを始めた。そのまましばらく考え事をしているような様子だったが、川のひとつを指でなぞって地図上をゆっくりと滑らせていく。

 

 

「―――勝てる」

 

 

 ぽつりと、そう呟いた。感情の無いままだったその声は、ゆっくりと繰り返し繰り返し、徐々に大きな力のある声に変わっていく。頬は紅潮し、喜びに震える身体を抑えきれず子供のようにピョンピョンと跳ねていた

 

 

 

「勝てる!!この勝負勝てるわよノンナ!!この雨は、恵みの雨だったのよ!!」

 

 

 

 カチューシャが各戦車の車長を集めて簡単に説明をする。

 

大雨の影響で川の水かさが増していること、土砂崩れの可能性があること。

その結果、足回りの鈍重な独戦車を使っている黒森峰は進軍ルートに制限を掛けずにはいられないと言うこと

 

「つまり昨日まで立てていた作戦の包囲陣形成のための人的要因がいくらか抑制できるわ。範囲を絞って西住まほの進軍ポイントにアタリを付けることができるんだから!」

 

 声を上げるカチューシャの表情には高揚が隠しきれなかった。これまで万にひとつくらいの勝ち目だったものが、より具体的な勝ち筋として目の前に広がったのだから無理もない。

 

「加えて言えば戦闘時の西住まほの突撃に対してヤークトティーガーの追従もやや距離をあけながらの追従になると思うわ。でないと西住まほのティーガーが悪路に躓いた時に共倒れになる可能性があるでしょう?距離を開けてくれるなら―――あれよ!ケンコンイッテキの作戦が黒森峰の二大看板をまとめてボコボコにして見せるわ!!」

 

 演説のようなカチューシャの説明が終わり、三々五々にそれぞれ散って戦車に戻っていく車長を尻目に、カチューシャは熱を持った息を吐いてクールダウンする。

 

 ―――これだけ有利を敷いてもまだ五分と五分。絶望的な戦力差は否めない

 

 直接戦闘となれば互いの練度がモノをいう。プラウダは個の戦力を覆すために集団での『面』での戦闘を重視した。だが西住まほは「隊」としての集団戦闘力と同等に、「個」としての強さを併せ持つ。加えてそこに「虎の翼」の姿がある。

 

 二人を同時に相手にするなど不可能。だからこそ―――“二重包囲”

 

 コンビネーションを分断し、各個撃破―――すると見せかけて、互いが互いを囲魏救趙の状況に落とし込んでやれば戦局が膠着する。

 西住まほが攻勢を強めたらヤークトティーガーを、ヤークトの砲撃が苛烈になるようなら西住まほの包囲を強めてやれば、互いが互いを救うために行動する比翼の鳥が互いの羽を狙う虫をついばみ歩みを止めざるを得なくなる。

 

 

「あとは偵察隊・襲撃隊がフラッグを見つけられるかどうかにかかってるわね」

 

 

 最後の懸念事項はある。が、そんなものを言い出したらはじまらないとカチューシャは思考を切り替え、試合に臨むのだった―――。

 

 

 

 

 結果として試合は『プラウダの勝利』として幕を閉じることになる。常勝黒森峰の看板は粉砕され、十連覇の夢も泡沫に消える。

 

 

 

  ********

 

 

 

 天翔エミと西住まほが二重の包囲陣に捕らわれ、膠着状態となったという知らせは、ヤークトの通信手からもたらされた。同時にそれは『戦闘状態に入った以上、西住まほからの次の命令が出せる状況にない』ことを意味する。

 これまで試合中、戦闘行動に入る前にある程度の指針をたてて行動し、常に的確な命令を下していた司令塔の消失は、少なくない動揺を残ったメンバーに与えていた。

 

 

「―――部隊を前進させましょう」

 

 

 そう口にしたのは―――西住まほの妹、西住みほだった。

 

 

「お姉ちゃ―――西住隊長のティーガーとヤークトティーガーの包囲は二人の撃破が目的ではなく、包囲による遅滞戦術だと考えられます。だとすれば、攻撃と防御の最大の要を奪った相手が考えるのは―――」

「―――本陣への奇襲。ってワケね」

 

 西住みほの言葉を繋いでそう返したのは逸見エリカ。ティーガーⅡでフラッグである西住みほの戦車の横に移動し、周囲を油断なく見まわしながらみほと声が届く距離まで近づく。

 

「大丈夫なの?隊長も先輩もいないのよ?」

 

 エリカの言葉にみほは一瞬だけ息を呑むような仕草を見せて―――「大丈夫」と短く返してエリカに困ったような苦笑いのような、そんな微笑みで返した。

 

 

 

「皆さん。私の指示に従ってください!

 

 ―――エミさんがあの時言っていたことは、きっと今のような状況を想定していたからです!」

 

 

 通信回線越しにみほの言葉を聞いた通信手に、戦車のメンバーに、過去の記憶がつい先日のようにフラッシュバックする。

 

 

 

「例えば攻勢と守勢の分隊を考えた場合、フラッグ車を護るための守備部隊への命令を、突撃したまほが担うのは間違ってる。かといって私にはそんな脳みそないし、そもそもまほの火力支援ダイレクトサポートで前線について行ってるんだから、後方の指揮なんか余計に無理無理。―――けれど、脳がもう一つあれば解決する。みほさんにはそっちを任せたい。加えて言うなら、彼女なら経験を積んでその先に活かせる」

 

 

 

 天翔エミの先見の明を感じるとともに、『天翔エミが認めた人物』という評価が後押しとなる。西住みほの言葉はそういう意図をもってメンバーに浸透し、受け入れられた。本人が意図したわけではなかったが、黒森峰の残留部隊は西住みほを『天翔エミありき』で保証を得て一枚にまとまることができたと言えた。

 

 

 ―――無論、西住みほ自身に影を落とすことにならないはずもなかったのだが。

 

 

 地図と実際の地形情報をリアルタイムで脳内更新しながらゆっくりと前進するみほ。途中途中で地図に補正を入れながら、最後にまほが交信した地点を割り出し、戦況を予測する。

 

「撃破報告はありませんから、まず間違いなく相手もこちらも互いに互いを撃破することができず戦況は膠着しているはずです。ですから相手の包囲を逆手に取りましょう」

 

 地図に描かれた増水した川の直ぐ傍ら、そこに走る細い桟道を指でなぞりながらみほは自分の考えを通信に乗せる。

 

「ここに、細いけれど桟道があります。ここを抜ければ、プラウダの後背を抜けて、半円逆包囲に持ち込めるはずです」

 

 とん、と地図の1点、プラウダに二人が包囲されている地点を指で叩いてそこに至る道筋を鉛筆で描き加えていく。同時に、それまでの情報から考える敵包囲陣の戦力を書き加える。

 

「多分、もともとティーガーとヤークトティーガーを相手に遅滞戦闘を行って、残存戦力で本陣を奇襲することが考えられていたはずです。だから奇襲部隊にはこちらを倒せる戦力を入れているはず……その場合、ロシア戦車主体のあちらの戦車のバランスなら、狭い桟道での砲撃戦は避けるはずです。滑落の危険がありますから」

 

 「それはこちらも同じですけど」と付け加えて、可能な限り砲撃は避ける様に言い含めておくのは忘れず、桟道の手前までたどり着いた。

 

 みほには自信があった。おりしも大会前の練習試合での一幕にて、同じような盤面での逆包囲を成功させたことがその自信に拍車をかけていた。

 

 だが・・・

 

 

『駄目だみほ!そっちに行っちゃいけない!!戻れ!!』

 

 

 みほにとって最も予想外で、最も致命的な場所からの否定の声に、みほから思考と言葉を一瞬の間奪っていた。

 だがそれも一瞬、戦場の空気に絶句している暇もなく気を張り直したみほの耳に、最後尾を付いて来ていたパンターから通信が入る。

 

「後方西側の森の中からプラウダの車輛!見える範囲で数は4!T-34/76!」

 

 声と同時に交戦音が通信を遮る。状況を把握して脳内のマップを更新するも、もう逃げる道は前方にしかないことにみほは気付いた。逆包囲における桟道の利用は、部隊を広げて一斉に戦う黒森峰の戦術とは正反対の部類に入る。そのため他の車長たちも連携を取りにくくなり、反撃がおぼついていないのだ。

 一刻の猶予もなく、判断をしなければならない。このまま反転して、桟道を背に戦うか、或いは桟道を突破して半包囲の作戦を遂行するか―――。

 

 

 

『―――ごめんなさい、エミさん。敵の別動隊から攻撃を受けてます。罠だとしても、桟道以外の道はきっと伏兵がいます。

 

 でもぎりぎりの幅しかない桟道なら伏兵を警戒せずに済みますから……』

 

 

 

 みほが選んだのは後者だった。奇襲部隊の数が少ないことも判断の要因のひとつだった。みほが同じ立場ならばどうするか……?と考えた際、釣り野伏――散発的に攻撃して撤退、追撃を誘って伏兵が包囲する戦術 を、警戒せずにいられなかった。そして仮にそちらだとするならば、桟道の向こう側に置かれている伏兵はいないか、いたとしても想定より少ないはずだと推測を立てていた。

 

 

 

 

 

 そうして、桟道を進んだ先で―――西住みほは自分の行動の結末を見届けることになるのだった……。

 

 

 

 ********

 

 

 

「エミーシャが外に飛び出したぁ!?」

 

 戦闘中に唐突に届いた通信に、カチューシャは声を上げていた。ヤークトティーガーの装填手であり、攻撃の要であると言っても過言ではない要石がひとりでに戦車を離れて飛び出したというのだ。二重包囲陣というこの稀有な策略で西住まほ達を追い詰めている立場でなくともきっと驚いたに違いない。

 

 

 カチューシャは目を閉じてエミーシャ―――天翔エミの性格を考える。

 

 

 単身で逃げ出す?そんなはずはない。

 

 ヤークトを捨てて移動している? 何故―――?

 

 

 可能性を模索するカチューシャのパズルのピースが、先ほどの別動隊からの報告とカッチリと噛み合った。

 

 

「エミーシャの跳んで行った方向は?!」

『え!?あ、はい!!―――』

 

 

 突然の質問に驚きながらも戦車から飛び出す天翔エミを見ていた車長は通信手越しに方角を伝える。カチューシャはそれをマップ片手に聞き取り、ペンを走らせて地図に直線を―――

 

 

「――フラッグとその護衛隊!!桟道出口に向かいなさい!!

 

 “そこにエミーシャがたどり着く前にフラッグを何としても撃破するのよ”!!」

 

 

 上擦ってやや悲鳴に近い様なヒステリックな声になったカチューシャの言葉に通信の向こう側でヒィという小さな悲鳴が上がった。即座に通信を切ったカチューシャはノンナに通信を繋ぐ。

 

「ノンナ!!急いで西住まほを倒して!!そいつがそこにいる限り私たちは後ろに戻れない!!」

『――よくわかりませんが、了解しました』

 

 

 ノンナの声に疑問が混じっているが、カチューシャの脳内ではそれどころではないのだった。

 

 

 

 天翔エミが向かった先にはまず間違いなく『別動隊の攻撃から逃げたフラッグ車を含む黒森峰本隊』がいる。

 ティーガーⅠ(西住まほ)とヤークトティーガーの組み合わせは恐ろしい。が、西住まほはともかく、ヤークトティーガーの最も恐ろしいところは“装填速度から来る雨霰の弾幕”にある。

 

 

 

 

 

 天翔エミは、単独でそれを成し遂げるピースであり

 

 

 

 

 ―――逆に言うならば『天翔エミがフラッグ本隊と合流した瞬間、そちらに装填速度3秒未満でアハトアハトを撃ち続ける砲台が生まれてしまう』のだ。

 カチューシャとノンナと、ニーナたちで必死に押さえつけていた化け物が解き放たれてしまうのである。主戦力のいない戦場で、暴虐が吹き荒れたとして、西住まほを倒せないままに桟道を抜けてきたそれらに挟まれれば―――無惨な敗北のヴィジョンは、カチューシャを混乱させるに十分すぎた。

 

 

 カチューシャたちはエミを過大評価し、当のエミ本人は己の影響力を知らな過ぎた。この戦いの結末を彩ったのは、そんな互いの認識の差異に他ならなかった。

 

 

 

 

 フラッグを守るために前を進んでいた戦車に攻撃が集中したことは当たり前の話で。

 

 

 ―――カチューシャの命令を忠実に実行しようとした彼女たちに非はなかった。

 

 

 

 けれど水嵩の増した濁流に、衝撃でバランスを崩した戦車は難なく呑み込まれ―――

 

 

 

 

 そして、それに気づいた人間も、とっさに動けた人物も―――ただ一人しかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これはただそれだけの、不幸なお話である。

 

 

 

 




途中ノンナが口ずさんでた歌のイメージ(外部リンクなのでとりあえず直リンク外し)


ttps://www.youtube.com/watch?v=vXijmuku9hs&t=11s




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【まほルート閑話 IF:この本が出版されたかは定かではない 】


 ――月――日  黒森峰学園艦


 中等部の学舎から見上げる空は曇っていて、曇天の空に星は見えない。
見上げている恰好から視線を降ろしたところに、湯気を立てるマグカップが差し出された。

「何か考え事かい?」

 珈琲の入ったマグカップを差し出した少女の問いかけに、空を見上げたまま呟いていく。


「―――西住流として敗北は許されない。だが、広く世を見れば猛者は多い。

 弱気を出すつもりはないが……超える壁は多いなと思ってな」


 湯気を立てるマグカップを両手で包むように手に持ち、見上げていた視線をマグカップに落す。そんな様子の私に、彼女は笑った。


「―――私には何を心配してるのかわからんね。

    西住まほに勝てない相手なんかいるのかい?」



 *******



 「ははぁ……そんなことがあったんですねぇ」

メモを取りながらの少女の問いかけに、いつもの無表情でコクリと頷くまほ。

「なるほどなるほど……そのころから彼女は真にあなたの理解者だったというわけですね!」
「ああ……エミには感謝してもしきれない」

見る者が魅了されるような柔らかい微笑みに一瞬ペンを落としかけた少女が慌ててメモを取り直す。しばらくの質疑応答の後に、少女は「ありがとうございました」と頭を下げた。

「力になれただろうか?」

枕詞が『あなたの』ではなく『エミの』だと理解できる言い回しに目の前の少女はにっこりと笑顔で返した。

「はい!万事この王大河にお任せください!!必ず素晴らしい記事にしてみせます!」




 ◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 中等部の学舎から見上げる空は曇っていて、曇天の空に星は見えない。

そんな虚ろな空を見上げている恰好から視線を下ろすと湯気を立てるマグカップが手の中にあった。私の手にマグカップを乗せた少女は自分のマグカップを手に隣に座る。

 

「何か考え事かい?」

 

その問いかけに再び空を見上げて、独り言のように呟く。

 

 

「―――この世界に猛者は多いなと思ってな」 

 

ぽつりと呟くように言っただけの言葉に、隣の少女は立ち上がり私を見下ろすようにして、マグカップを手に振り返って微笑んだ。

 

 

「この世に猛者が多いって?私が知る限り今この時、この世代ではたった二人

 

 

 ―――西住まほと天翔エミ。お前と私だ!」

 

悪戯っぽく笑う少女―――エミの様子に、自然と口元が緩んでいた。

全く以てエミには敵わないなと、そう思ったものだ。

 

 

             < 戦車道天翔記~黒森峰編 第一章「虎と翼」 >

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 >大洗学園艦 >> Emi

 

 

 

 

 「―――何ですかこれ?」

「広報課の記者が西住ちゃんのお姉ちゃん―――まほさんにインタビューして作ったらしいよ?」

 

 冊子を手に絶句する俺の言葉に干し芋を齧りながらそんな返事を返してくる会長様。どういうことですかね一体?(素)

 

「黒森峰と大洗の両方に聞き取りインタビューしてさ、作るらしいよ?天翔ちゃんの半生を天翔ちゃん以外から聞き取りした伝記ってヤツ?をさ」

「どういうことなの……?」

 

 

 一体何の罰ゲームですか?(素)

 

 そんな訳の分からんもの売れるはずもなければ印刷して販売するって時点で口から血とか色んなもの吐いてぶっ倒れる自信があるぞJK。

というかこんなやり取りもこんなこと言った覚えも全くもって記憶にないんだが……一体まぽりんは何をどうトチ狂ってこんな捏造の記憶を掘り起こしたのか……?

 

 

 恐らく、これは記念冊子みたいなもので、売れる売れないよりは広報課が黒森峰と大洗の共通の繋がりになる俺という存在を喧伝することで二つの学園艦の間の紐帯を太く結託させたいとかそういう目論見なのだろう。故に売れることは目的としていないからマスゴミレベルで美談化してる―――と推測できる。謎は全て解けた!(金田一感)

 そういうことならば問題はない。いくらでもモリモリに盛ってくれればよかろう。捏造記事で見た人間が「アホスwwwwwwwwこんなのいるわけねーだろwwww」みたいな反応で流して一時世を騒がせたあとはタ●クリアやメロ●イエ●ーのように存在を忘れ去られて消えゆくだけ。俺の存在を消し去る一助になりえると考えるとむしろドンドン行けよ行けばわかるさと推せるまである。

 

「まあ私の伝記なんざ興味もないでしょうけど、好きにしてくれたらいいですよ」

「……そーかなぁ~……?まぁ、天翔ちゃんが文句ないならこのまま行くよ」

 

袋から取り出した干し芋をもぐもぐしてる会長に「ないないないないそれはないw」と手を振って、記念にと貰った仮冊子を手に俺は生徒会室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 「大言壮語を吐いたその根性は褒めても良い。けど、大言壮語を吐く以上、その吐いた言葉の重みを知るべきよね?」

「―――それに関しては、仰る通りです」

 

 居並ぶ三年生を前に一人、前に出て他のメンバーを護るように立つ。胸を張り、威を張る。目の前の暴力に屈することなどないと意志を燃やして闘志を目に宿らせる。

 

「西住だから多少は許されるわ。でも、それだけじゃ収まらない連中もいる。それを抑えるのも“隊長(トップ)”の資質。言っている意味は分かるよね?“西住のお嬢さん”」

「―――正論ですね」

「……物分かりが良いようで結構。では、演習場に行こうか」

 

 1対30と言ったところか……と脳内で冷静に計算していく。どのように戦うか、いかにして勝つか、黒森峰の上級生という経験豊富な対象を相手にどう立ち回るかも、どのフィールドを選ぶかも重要になるだろう。後ろで委縮しているメンバーの調子もこれまでと違う環境と言える。目まぐるしく脳内で弾かれる算盤が脳内面積を圧迫し、返答が素っ気ないものになったのが原因か、相手の不機嫌さが増したように感じられた。

 

 

「―――よぅ、奇遇だねぇ西住」

 

 

上級生を連れて演習場に出た私を待っていたのは、今日は練習ができない旨を伝えて皆にそれを伝えに向かったはずの天翔だった。ヤークトティーガーに乗り込んでいた天翔以外のメンバーが焦ったような表情を見せている様子だが、天翔は飄々としたいつもの天翔であることから、おそらく天翔の独断であることは推測できた。

 

「今日の練習は中止よ?」

「上級生相手に胸を借りる機会ってそうそうないでしょ?ほら、私らってお互い二人でつぶし合ってる間に『センパイたちが勝ったの負けたのやって終わるでしょ?こっちは決着ついてすらないのに』。先輩たち相手に戦う機会があるなら私も混ぜろよって思いません?」

 

つとめて優しい調子でやんわりと嗜める隊長に対して、全力で煽り返す天翔の言い草に、隊長以下の上級生たちが色めき立った。やや怒りを込めた視線を受けても平然とした様子の天翔と、巻き込まれて青い顔になっているメンバーの皆の様子に、私は黙って前に出て天翔に対峙する。

 

「何を考えてるの?私が相手をすればそれで丸く収まるでしょう?」

「収まらねぇよ」

 

すっぱりと切って捨てた天翔が下から私を睨み上げる。強い決意を秘めた瞳に少しだけ気圧された。

 

「あの数に単騎で挑んで無事に終わるわけがねーだろ。勝ち目がなくても勝つために前に出て勝つのが西住流だっていうのならありがたく援軍を受けとけよ」

「それでも―――天翔に関係はないでしょう?」

 

私の言葉に天翔はややうつむくように下を向いた。何事かと顔を近づける私に―――

 

 

 がつんと衝撃が走り、後ろにたたらを踏んでいた。顔に傷みがある。目の前では頭を押さえている天翔の姿があった。頭突きを受けた。ようやくそう気づいた時には天翔が先に回復し、涙目でこちらを睨みつけていた。

 

 

「―――私の知らないとこで私以外に落されんな!!それが理由じゃおかしいか!!」

 

 

 一瞬、言葉を失った。どう答えていいのかわからない。胸の内に不思議な熱さを感じる。小さな小さな火種のような、それでいて消えることのない強い火種。

 

 

「―――天翔。援軍に感謝する」

「後で何か奢れよ!絶対だからな!」

 

 

 ティーガーⅠでヤークトティーガーの隣に並ぶ。敵は凡そ30輛強。こちらは僅か2輛。だが全く恐怖はないし、負ける気もしない。胸の内で燃える火種が、全身に熱を与えている気がする。

 

 

 そして、私は勝負に勝利して―――彼女は『虎の翼』と成ったのだ。

 

 

 

 

           < 戦車道天翔記~黒森峰編 第一章「虎と翼」 >

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「いやおかしい、絶対おかしい!!誰だこのイケメン!!俺にもちゃんと情報の裏取れよ王大河ァァァーーーー!!!」

 

 

 

学園艦の賃貸マンションの部屋から響いた大声に隣のみぽりんが飛び込んでくるほどの大音量を上げていた俺は、微妙に吐いた吐血に焦るみぽりんに「大声で喉を酷使したせいでちょっとアレなことになっただけ」と苦しい言い訳を晒す羽目になった。

 

 

 

 *******

 

 

 

 <えみかすさいど>

 

 

 

 ――月――日

 

何やら神妙な顔になって空を見上げているまぽりんを発見した。

この間の練習試合でチョビに結構してやられた感じになったのが原因なのかもしれないと思ったのでとりあえず珈琲入れてメンタルリセットを測ったところ、

 

「私に皆を率いて戦う立派な隊長で居られるだろうか?並みいる強者に勝てるだろうか?」

 

みたいな弱音吐く(NOTバーチャロイド)ので

 

「いや、まぽりんが(原作的にも最強だから)勝てない相手なんぞおらんだろ」

 

って言ったら目を輝かせて快気復活してた件。まぽりんちょろくないか?これがなぜああなってしまうのか……?

 

 

 

 ――月――日

 

 何かまぽりんから「今日は上級生と模擬試合があるから練習はない」と言われ、それを同級生全員に伝えるように言われた件。

まぁそれを伝えるよな→明らかに動揺してる同級生おるよな→そりゃ問い詰めるよな?

 

 →上級生が「生意気なことを言ってる下級生がいる」と言ってたのを聞いた同級生がいたらしい。

 

 

 → あ、これ「かわいがり」だ(確信)

 

 

 とりあえずヤークトのメンバーに相談して全員連れて行くという選択肢はあった。けどどう考えてもこのメンバー、上級生に盾突くとか無理無理無理無理カタツムリなのは確定的に明らか。いくらまぽりんが西住まほであろうとも、中等部初期のころは俺とモブのメンバーごときに足止めされるレベルの戦車の理に過ぎない。

 仮にこの状況のまぽりんを放置してボロ負けした場合、その後のまぽりんの人生がいくえふめいになるだろう。それはひいては今後のガルパンのストーリーに関係してくる。これを座して待つなどと言う選択は無い。

 

 西住まほ(原作キャラ)がやられそうなのに、日和ってるやついる?いねーよなぁ!!(東リベ感)

 

 というわけで私らだけでチーム練習しようぜ とメンバーを誘ってヤークトに乗り込んで演習場へ。まぽりんがまだやってきてなかったので軽くヤークトの内部チェックを全員でやってると向こうからぞろぞろと上級生を引き連れて処刑台に向かう罪人っぽい立ち位置なのにめっちゃ胸を張って闘志を燃やしてるまぽりんが来たんで「やぁ奇遇だね!」と気さくに挨拶してみた。上級生が「今日の練習は中止だよ?」と言ってたんで「私も入れてよォー!!(オカマエルフ感)」と返したらまぽりんに「私が耐えれば済むことだから」とか言ってくるまぽりんに「一人で勝てるわけねーだろ」と返したら「天翔には関係ない」とか返されてぐうの音も出ねぇ件。どうしたものかと思って俯いて脳内を回してみるがいい答えが出ない。とりあえず勢いで押し返そうと頭を上げたら顔を近づけてたまぽりんと盛大にGE☆KI☆TO☆THU・ROBOT!(レベル3)して目からリアルで火花出そうなダメージを受けた。が、どうにかこうにか必死に意識を保ちつつ、涙目で「お前を倒すのはこの俺だ!(野菜王子)」という理論で押し込み、なんとかかんとか説得完了。

 

 結果として俺とまぽりんは当然のように勝利し、ボス猿理論でまぽりんは黒森峰中等部のトップになった。

 

 

 

 

  ―――あれ?これ史実でまぽりんが一人無双してボス猿になったイベントだったんじゃね?(今更)

 

 

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

なんか俺の二つ名が【虎の翼】になりました。みんなそう呼んできます。

 

 罰ゲームかな?

 

 

 

 ――月――日

 

 車長の子がストレス溜めまくってたのでとりあえず飲みニケーションに連れてくことにした。まぽりんが学校内の食堂ではなく学園艦内の西住家関連のビアホールを貸し切りにしてくれたので、そこにヤークトのメンバーとティーガーのメンバー全員で飲み会をやってみた。とりあえず飲みニケーションは大事、古事記にもそう書いてあるから致し方ない。

 

 

 

 ――月――日

 

―――昨日のことは、思い出したくない(文字は掠れて今にも消えそうになっている)

 

 

 

 

 





王大河「大洗側の話も聞いたうえで、大洗編も纏めようと思っておりますので!」

みほ「私で良ければ―――エミさんのすごいところはたくさんありますけど……」





次回『戦車道天翔記~大洗編~』へ続(きません)


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【まほルート閑話 IF:メリィィクリスマァァス(ヴァジュリーラ感) 】


※まほルート中等部三年生時期で、『夏に出会ったアンチョビとまめに連絡を取り合っていると発動しないトリガーとなっている』ため、多くの人が取り逃がすイベントです()


 このイベントが起きると愛里寿との決戦イベント前に様々な方向へのイベントトリガーが起きるため、別名「IFルート」とも言われています





 というファ〇通とかの攻略本風に言ってみる()


 

 清なる星明りを受けて君は征く。電子的な明かりの無いこの闇の中を

 

 困ったような優しい目で。もろびとこぞる都会の街並みに背を向けて

 

 騒ぐ人並みを遠く向こうに。

 

 店先は光で満ちていて、きらめく町明かりは華やかだろう。俺も行きたかったなぁ……黒森峰のクリパ

 

 この聖夜の喧騒を、あのみぽりんの小さな肩を探してしまうのは間違いなく俺の性癖のせいだった。

 

 

 

「―――何をしているの?はぐれないように」

 

 

 

 振り向いて、言葉少なに君が言ふ。

 

 頷き返すと、すぐに前を向いてしまう。ただ一歩半だけ先に、それ以上離されないように必死でついていく。

 

 細心の注意を払いながら君は征く。

 

 

 

 

 聖夜の月明かりを受けて君はゆく。

 

 

 1歩半だけ先を、誰よりも優しく慎重に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ここから先は暗視ゴーグルと赤外線センサーを切り替えなさい。引っかかった瞬間警報が鳴り響きます」

「アッハイ」

 

 

 いつものピシッとしたスーツ姿から“そういう感じのお店で買ったようなミニスカサンタコス”で先を進んでいく西住流家元の言葉に死んだ目で返し俺は後を追いかけている。何で?(達観)

 

 

 

  *******

 

 

 

 ―――きっかけは、本当に些細なことだったのだ。

 

 

 

「エミ、そろそろクリスマスだな」

「……そういえばそんな時期だっけ……」

 

 まぽりんの言葉にそろそろそんな時期だっけ……?とはたと思いだす。日本という文化混合の極みでは仏教の本山だろうと何だろうとイルミネーションで彩られて聖夜を祝うし、除夜の鐘を聞いた足で神社に参拝して初詣に向かう。

 

 まぁ、クリスマスってパーティーする日って認識の連中多いだろうし、由来とか気にしない陽キャどもがウェーイ!!!してるイメージの日と言っていいだろう。

 

 

 「まほは西住家で過ごすのかい?」

 

 

 何気なく、本当に何気なくそんな風に言っただけだったのだ。まぽりんは当然という顔で「それはそうだろう」と答えてむふんと変わらない表情を微笑んだように口角をやや上げる。

 

 

「実家で穏やかに過ごしていないと、居場所がわからなければサンタさんが困るだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 一瞬、時が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和気藹々と練習後の『乾杯』を終えて皆でノンアルを飲み交わして騒いでいた空気がガチで一瞬で凍り付いていた。青キジでも来たん?ヒエヒエの実食べた人でもおるん?ってレベルである。

 

 

「……サンタさん?」

「ああ、サンタさんだ」

 

 

 にこやかに微笑んでいるらしい表情?のまぽりんの単語が単語なだけに妙な狂気を感じなくもない。ネタなのか?と一瞬思ったが、どうもこの表情、ガチのようである。教えて有識者!!これどう答えるべきなの!?

 必死に視線を巡らせて同級生の方へと視線を巡らせると、全てをあきらめた表情で首を横に振っていた。その時思ったね「あ、これガチなやつなんだ」って(諦念)

 

 

「エミはどうなんだ?……あ、いや、済まない」

「あ、ああ、いいんだよ。気にしないでくれ」

 

 

 まぽりんが言いよどんだのは俺が孤児院から出てきて一人暮らしモードだということを聞いていたのを思い出したからだろう。

 正直その辺(俺の私生活)についてはクッソどーでもいい。何ならクリスマス限定のバイト入れて生活の足しにしようかなって思ってるくらいである。その上で、黒森峰のクリパとかあったら参加してもいいかなって程度である。

 

 

「そうか……孤児院にはサンタさんは来ないのか……」

「いや、来る人には来るんじゃないか?ウチは宗派が違うとかそういうので」

「宗派!?」

 

 

 めっちゃ余談だがクリスマスの語源は生誕祭。要はイエス様が生まれた日である。なのでカソリックとかプロテスタントとかそういうの抜きで宗派で差別されることは多分ない。

 

 

「―――では、今年は家で過ごすと良い。きっとサンタさんもエミを認識してくれるはずだ」

「――――――――――はい?」

 

 

 

 この時、一瞬思考がぶっ飛びすぎて間抜けな声で返答を返してしまったこと。

 その後、それを聞いた黒森峰メンバーの『乾杯ッ!!!』の声にかき消されて否定ができなかったこと。

 後日黒森峰のクリパ予定に対して「あ、天翔さんは西住家のクリスマスパーティの参加準備に全力を注いでください!」とシャットアウトされ外堀が完全に埋まってしまったことで、俺は西住家のパーティーに参加を余儀なくされたのだった。

 

 

 

 

 ――――で、“コレ”である。

 

 

 

 寝なれない布団で就寝中、夜中に不意に気配を察して目を開けてみれば目の前にいたのはクリスマスサンタコス家元(★5激レア)である。ぎょっと目を見開いてしまった結果真っ直ぐ「メトメガアウー」してしまい、しぽりんに「見てしまいましたね?」と静かな声色で言われた。

 

 ―――土下座で対応したのは間違いではなかったと思う。

 

「なんでもするんで見逃してください」と答えた結果が―――“コレ”であった。

 

 

 

  ********

 

 

 

 しぽりん曰く―――

 

・西住家の人間として、サンタとして娘たちにプレゼントを置いて来なければならない。

 

・娘たちの部屋に至る通路にはセキュリティが定まっており、それをオフにして万が一があった場合を考えるとオフにすることは現実的ではない。

 

・故にサンタクロースとして娘たちの部屋までの万難を潜り抜ける必要がある

 

 

 ―――なんでやねん。と思う反面、セキュリティを切る時間帯、日にちがわかっている状態だと襲撃の絶好のチャンスだからみぽりんまぽりんの安全のためにもそれはしょうがないと思うところも確かにある。むしろ切っちゃダメだねそれは(確信)

 

 

 で、年々手を変え品を変えセキュリティを刷新していることもあり、自在に動けるミニスカ服の方が動きやすいという理由で今この恰好なのだという。

 

 

 

―――で、それ他の用途はないんですよね?(純粋な目)

 

 とは聞けなかった。聞いたら死ぬ気様ながしたから(ガクガクブルブル)

 

 

 

 *******

 

 

 

 廊下の床上30cmの位置にルパンが金庫破る時ばりに張り巡らされた赤外線のレーザーを“天井に握力だけでへばりついて進む俺”というとてもシュールな光景を前に、「もう貴女一人で大丈夫じゃないかしら?」と観戦モードのしぽりんを背景に、一人プレゼントボックスを背中のリュックに背負ってひょこひょこと進む。

 

 

 

 

 ―――でも冷静に考えたらみぽりんの無防備な寝室に忍び込むとか罪深さMAXじゃない?ピロシキ不可避じゃない?

 

 

 

 

 そんなこんなを考えつつ、みぽりんの寝てるお部屋にDIVE-ONである。

 

 極力みぽりんのスヤァ姿を見ないようにプレゼントボックスを置いてミッションコンプリート。ゆっくりと蜘蛛男のように天井から垂らしたシルク布を使ってシルクドソレイユばりの上り下りで部屋からクールに去ったのであった。

 

 

 

 

 

 ところ変わってまぽりんの部屋。

 

 

 シンプルな家具を避けるように“天井の継ぎ目を指で掴んで身体を支えて蜘蛛のように進み”つつ冷静に「今の俺普通に変質者じゃね?」と考えたりしている。しぽりんから許可を貰ったとはいえこれはアカンのでは?アカンくない?

 みぽりんのときでもそうだったのだからまぽりんの寝間着姿とか見たら目を潰さなきゃいかんでしょ?眠ってて、どうぞ(切実)

 

 

 

「―――エミ?」

 

 

 

 今まさにプレゼントを置こうとまぽりんに接近した瞬間、すん、と鼻が軽く動いたと思えば、まぽりんがうっすらと瞳を開けたのだった。

 

 

 

 そうしてぱっちりと視線が交差してしまう。お互いの瞳の奥にお互いの顔が映っているのが見える距離感に「あ、これアカンやつや」感がすごい(語彙減少)

 

 

 

 感覚としてはバジリスクに見つめられている状態の如く、石のように微動だにせず、焦点が微妙に合っていない状態で胡乱な光を湛える瞳のまぽりんと見つめあうこと少々―――

 

 

 ―――――すっ と手を伸ばしてきたまぽりんに宙吊りの身分では対応も反応もできず

 

 

 

 

    ―――ぎゅぅと力いっぱい ではなく、 ふわりと柔らかく抱きしめられて布団の中に引きずり込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば……!!!?(混乱レベルMAX)

 

 

 

 

 

こ、これアカンやつや工藤!あすなろ抱きっていうレベルじゃねーぞワレェ!!ふにんとやわらかいこれはなんですかおやまですかそうですかヤベーイマジヤベーイハザードレベル急拡大急上昇!AreyouReady!?できてねーよクソが!!(ガキガキガキィィィン!!!)ああ畜生思考がまとまらねぇ!力もそんなに入れられねぇ!下手にパワー!!してしまってまぽりんが覚醒したらこの状況どう説明する!?どうにもなりません現実は非常である!回答3!グッバイポルナレフ!!おおおおおおおおおちけつ!仙道ならきっとなんとかしてくれる早く来てくれ仙道ー!!どうなってもしらんぞーー!!!(この間思考0.5秒)

 

 

 胃袋がギシリギシリと軋みを上げて「ホナ・・・マタ・・・」と言っているのがわかる。けれど考えても見てくれ、まぽりんと俺は今現在密着している。つまりこの状況で吐血した場合、まぽりんのお布団と寝巻が深紅に染まることになる。どこの殺人現場かと誤解しかねないレベルの惨劇は確定的に明らか!!

 

 

 

 結論!!『絶対に吐血してはいけないまぽりんの寝所24h(24時間とは言ってない)』開催。ガキの使いやあらへんぞワレェ!!(混乱)

 

 

 

 

 ―――こうして俺は己の内なる血液の逆流を気合と根性で抑え込みながら、まぽりんが目覚める前に帰還していない俺の様子に状況を察したしぽりんが助けに来るまで吐血を必死に耐え抜くことに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 余談ではあるが、救出劇の後に西住家のトイレでたまりにたまっていたイノナカ=ブラッドを吐き出して青い顔で西住家を後にした俺の様子にしぽりんが手をまわした結果―――俺の余命が西住家上層部に知られることになっていたことを、この時の俺は知らなかった。

 

 

 

 PS 帰宅後ごく自然な事故と見せかけるために決意の階段落ちを敢行。無事左腕部単純骨折と左肩亜脱臼のピロシキを行い、1月以降3か月の休養期間を余儀なくされ

 

 

 ―――なんか一人で俺を帰してしまった罪悪感からまぽりんが親身になってお世話モードに入った件。無限ループ(ピロシキ)ってこわくね?

 

 

 




はい、クリスマス短編です(強弁)


年内にまほルート更新できたらいいなぁ(願望)


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【 まほルート 盤外 「例えばこんな未来の話()」 】

一周年リクではないけれど「その時歴史が動いた」系列(ぇ)


馬鹿な話が書きたかったのです。(シリアス方向書きすぎると馬鹿に振り切れたくなる中の人)






ピッ

 

 

 

ピッ

 

 

 

ピッ

 

 

 

 

ポーン……!!

 

 

 

 

 

 

皆様こんばんは。本日も始まりました『その時歴史がヒストリア』の時間です。

 

本日のテーマはこの人。

 

 

 

 

    『 天翔 エミ 』

 

 

 

 

 薄命であったことを惜しまれた悲運の装填手。彼女の生涯は、戦車道の歴史に名を刻んだ英傑の卵が多数輩出された時代と重なります。その中でも、ひときわ輝いた星々。

 

 

 黒森峰の西住まほ、逸見エリカ。

 

 聖グロリアーナのダージリン、アールグレイ。 

 

 プラウダの地吹雪のカチューシャ、ブリザードのノンナ。

 

 継続の名無し。アンツィオのドゥーチェ・アンチョビ。

 

 そして大洗女子の西住みほ及びあんこうチーム。

 

 

 皆、彼女とほぼ同期の選手です。そして、彼女はこれらすべてと深いつながりを持っていたのです。ライバルであったり、あるいは親友であったり。その関係は様々ですが、とりわけ西住まほと対等の相棒であったという事実が、彼女の存在を強く歴史に刻みつけたと言えるでしょう。

 

 

 

 *****

 

 

 

 ―――天翔エミ。

 

 

 彼女の経歴は、九州の孤児院から始まります。孤児院に預けられる前の記録は残っておらず、だれが母親だったのか、父親は誰だったのか。それらは不明のままです。当局も調査を行いましたが、証拠となるものはつかめませんでした。

 さて、孤児院で育った彼女ですが、まるで戦車道をやるために生まれてきたような子供だった。と、彼女の面倒を見ていた孤児院の院長は語ります。

 子供たちが遊んでいるのをそっちのけで身体を鍛え、ストイックに戦車道に適した身体づくりというものを幼いながらに行う姿は、周囲から孤立するに足るものだったそうです。ですが、当人は気にした様子もなく、ただただ鍛錬を欠かすことなく続けていきました。

 

 当時の院長が語るトレーニングの内容は、プロインストラクターですら「無茶苦茶だ」と言う程で、子供の認識でどれほどの無茶を行ってしまったのかと再現映像を作ろうとしたアクターの方々が本気で頭を抱えたという話があります。

 

 時は流れ、天翔エミは黒森峰の中等部の門戸を叩きました。それと時を同じくして黒森峰の門を潜った女性が居ます。―――そう、西住流の体現者と呼ばれ、『雷神』『ヴィットマンの再来』と恐れられた、後の黒森峰隊長、西住まほです。

 

 若者向けに描かれる絵物語などでは

 

「二人は出会った瞬間、お互いを認識し、互いに終生のライバルであり、切磋琢磨し合うことが可能なかけがえのない親友であると悟った」

 

 というドラマティックな演出がありましたが―――実際はそうでもなかったようです。

 

 というのも、天翔エミという少女。幼いころから行ってきたトレーニングにより成長ホルモンの偏重を招いてしまっていたらしく、体格が小学生のそれとあまり変わらない125cmほどしかなかったという記録があり……初めて戦車道の実習を行ったところ、西住まほの指揮する戦車に乗り合わせましたが、高速で動く戦車の中で姿勢を保てず、思ったように装填ができなかったそうです。もちろんまともな戦いになどなるはずもなく、天翔エミは西住まほと同じ戦車から外され、所謂『ファーム落ち』と同じ扱いを受けます。

 

 ですが、ここで天翔エミはその短い戦車道選手生命において彼女の最も信頼するメンバーである【フリューゲル小隊】の面々と出会うのでした。

 

 

 

『あの日戦車道を辞めようと思っていた私が、今操縦手として大成できたのは、ひとえにあの時天翔エミさんに出会えたからなのです』~フリューゲル小隊操縦手~

 

『彼女は私に砲手としての自信を与えてくれました。彼女がいなければ、私はきっと黒森峰の落ちこぼれの中で腐り果てるまでずっとあのままだったでしょう』~フリューゲル小隊砲手~

 

『彼女がいたから黒森峰はああなった。けれど彼女が居なかったら黒森峰の今はきっとなかった』~フリューゲル小隊通信手~

 

『いつもいつも唐突に、相談もせずに無茶なことばっかりするんですよあの人。それでも、あの人がいないとなんか違うんですよ。でもお願いだから相談して?』~フリューゲル小隊車長~

 

 

 

 月間戦車道のインタビューで語られた各メンバーの言葉は、皆から慕われていた天翔エミの人柄がよくわかるものとして黒森峰を題材とした作品などで度々引用されています。

 

 

 

 *****

 

 

 

 彼女を語る上で欠かせない言葉が、そう

 

 

 

『乾杯(プロージット)!!』

 

 

 

 今でも黒森峰の名物となっている練習後、試合後の宴での掛け声。これは天翔エミが始めたものだと言われています。

 

『戦車道は礼で始まり、礼で終わる。が、試合や練習だけが戦車道じゃない。試合や練習のあとに、それに携わったすべての人間を労うこと。これが重要なことなのだ』

 

 

 皆の「和」を大切にした言葉として、天翔エミの名言が黒森峰に伝わっています。

 

 

 

 ******

 

 

 

 天翔エミの転機であり、また西住まほの転機ともいえる「紅白戦」を経て、天翔エミの人生は激動期に入ります。

 

 西住まほとの和解。そして西住まほとの切磋琢磨の日々。

 

 平均レベルより頭二つは余裕で抜けている黒森峰の実力者と日夜繰り返された戦いにより、フリューゲル小隊の経験はパワーレベリングよりもはるかに早く極まっていきます。

 

 そして天翔エミのエピソードと言えば5本の指に入るであろう名場面。

 

 西住まほを語る上でも決して外せないエピソードになりますが……

 ある日、フリューゲル小隊といつものように試合終了までに決着をつけることができなかった西住まほは、打ち上げの時に天翔エミとどちらが勝ったかの口論を始めてしまいます。そして勢いに任せて「自分がフラッグであれば試合に負けていない」と豪語しました。それを耳にして黙っていられないのが上級生です。自分たちより格上だと豪語する西住まほを全員で懲らしめてやろうと意気込んで彼女を呼びつけ、強引に試合を組むのでした。

 集まりに集まった戦車の総数、実に大小30輛。対するは西住まほのティーガーⅠ。流石に分が悪く、それでも表情を崩さないのが西住家とばかりに無表情の西住まほでしたが、内心では覚悟を決めていたと言われています。

 そんな西住まほが絶望的な戦いに臨まんとする直前。戦場に一輛の戦車が割って入りました。

 

 

 

 重駆逐戦車ヤークトティーガーと、その上に軍神立ちする天翔エミでした。

 

 

 

 心強い味方を得た西住まほはなんと、天翔エミと二人で30輛からなる上級生チームを全て撃破し、逆に黒森峰隊長と副隊長の座をなし崩しに手に入れることに成功したのでした。

 天翔エミはライバルである西住まほの窮地に居てもたってもいられなくなり、強引にメンバーを引きずって援軍に駆け付けたということで、天翔エミの西住まほへの想いがよくわかるエピソードとなっています。

 

 

 情に厚く、仲間想い、そして努力家な装填手。天翔エミ。

 次回のエピソードは彼女が独学で作り上げ完成させたと言われている

『西住家翻訳システム』から語っていきたいと思います。

 

 

 では、また次回のお時間に――――

 

 

 

 

 

 NSK(日本戦車道協会)協賛 『その時歴史がヒストリア』製作委員会

 参考文書:『西住家歳時記』 『西住まほの日記』

      『黒森峰戦車道科の記録』 『アールグレイはかく語りき』

      『ドゥーチェアンチョビの我が半生』 『大洗女学園活動記録』

      『漫画:フリューゲル小隊、発進します』 etc……

 




これを見たエミカスの反応?これを見る頃には寿命で逝っているのでそもそも見れない。

もし見たら?訂正を求めて凸しつつ吐血して内臓吐いて死ぬんじゃないかな?(本家様の設定を見る限り)


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【 2023年 お年玉ネタ 年上組 『IF:まほルート軸 ???ルート 前編』】


―――前略。

 ある日、俺は転生していたと自覚した。

 自覚して、前世の記憶を思い出すほどに前世の想いを強く強く自覚した。

 すなわちそれは“みほエリをこの視界に納め、肉眼で視認し、そしてそれらを脳内視野に焼き付けてその後ゆっくりと或いは早急に人生を終える”ことに他ならない。

 そのために戦車道を始めたし、そのために人生を費やしてきた。

 我が半生、まだまだ半生にも程遠いが聊かの躊躇も無し。遍く全ては何よりも尊いみほエリのために。



 ―――そんな俺ですが。




「―――楽にして良いですよ」
「そうそう。オバさんたちのちょっとした興味本位だから、ね?」
「アッハイ」





 ―――今、人生最大の危機を迎えている。そんな気がしてならない。






 

 まぽりんと同級生という運命の神様の嫌がらせにめげることなく

 

まぽりんの戦車道と相性最悪という事実に打ちひしがれながらもヤークトティーガ―での固定砲台という立ち位置を手に入れ

 

 

 そして気が付いたらまぽりんの相棒のような立ち位置になっていた。なんでや?(素)

 

 

 そんなこんなの困惑した中等部一年目が終わり、二年目には入学してきたみぽりんとエリカが【フェイズエリカ】してしまうのを頑張って阻止し

 

 三年目にニアミス仕掛けていたまほチョビの足掛かりを作り

 

 そんで高等部に上がって早々にギスっていたまぽりんを助けてテッペン取る手助けをほんのちょっとやっただけである。

 

 

 

 俺が一体何をしたというのか……?

 

 

 

 俺は“ただみほエリが見たかっただけなのに”、そのために必死になってやってきただけなのに……

 

 

「―――エミ、母に会わせたいので元旦年始を西住家で過ごしてくれ *1

「……なんで?」

 

いやマジでなんで?(素)

 

元々説明が下手なまぽりんから説明を受け取りつつ翻訳→解釈の結果、『まぽりんの母=西住しほさんが関係している』ということが分かった。だからなんでや?(素)

 

 解析に解析を重ねてどうにかこうにか自分なりの解釈を交えた結果―――

 

 

・中等部のころから右腕ポジで頑張っとる平民()がおるやん

 

・西住家に呼んで直々に話してみたけど中々わきまえとるやん

 

・せや!高等部に上がったし家に呼んで西住流の下の(モン)にも教えたろ

 

 

 というそんな感じの解釈ではないか?という推測が成り立った。

西住流としても西住まほのサポートをしているフリューゲル小隊の面々のことは重要視しているのだろうし、ジッサイ=スゴイメンバーが集まっているのだから西住流のその筋の方々からスカウトというか唾つけみたいなのを受けてる子もいる。フリューゲル小隊に限らずみぽりんの車輛メンバーやエリカの車輛のメンバーなんかもそれら下部組織とでも言おうか、そう言う感じのしがらみの家の出が多い。

 

 ―――フリューゲル隊?「掃きだめに落されたいらんこの集まり」にそんなバックボーンあるわけねぇだろ(マジレス)

 

 

  閑話休題

 

 

 まぁそんなこんなでお誘いを受けたので「私をそういう顔見せの会に呼ぶならウチの隊のメンバー全員呼ぶべきじゃね?」とまぽりんに返事したところ

 

 「流石はエミだな」

 

という返答を戴き、「早速母に聞いてくる」と言って踵を返していった。ワイワイガヤガヤしてた練習後の飲み会がまぽりんの言動からシーンと静まり返っていたのだが、俺の返事で再び「ざわ……ざわ……っ」と騒ぎ始め

 

 

「―――天翔さん。ごめん、天翔さんに悪気はないとわかってるの。でもお願い、そこの床に正座して?」

 

 

 

 暗く沈んだ目をして絶望の表情を隠そうともしない車長にそう命令されて

 

 

 

 

 ―――俺は答えも疑問も返すことなく、ただ静かに椅子から降りて地べたに正座して土下座の態勢に入っていた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 ――月――日

 

 今年ももうそろそろ終わろうとしている中、学園艦の寄港にあわせてフリューゲル隊全員で上陸して西住家に向かっていた。

 俺以外のフリューゲル隊のみんながもうガッチガチのガチである。あがりまくりカッチコチで常に青い顔でゲロインに進化しそうな車長。ブツブツと礼儀作法の所作のハウツー本とにらめっこしながらややうつむき加減で牛歩してる通信手。ピシッと黒森峰の制服とロングコートで併せて着こなし「私はみんなと違いますんで」という雰囲気を纏いつつ足元が生まれたての小鹿ばりにシェイキットナウ!!してる砲手と、明らかに隠れられるスペースの無い俺というちびっこの背中に中腰で張り付くめっちゃみっともない姿を余すところなく見せつけてガタガタ震えている操縦手といういで立ちである。人目を集めないはずがない。

 動物園のパンダや水族館のペンギンの如く好奇の視線に晒されれば余計に委縮してよりえらいことになっていくメンバーを支えるべく内心を抑え込んでとりあえず「こちとら家元(予定)から呼ばれた側なんですがなにか?」という顔で悠々と前に出る俺を筆頭に進んでいくと端っこも端っこの席次に4人分の椅子が用意されていました。―――数おかしくね?

 

 ……まぽりんに連れて行かれた先では西住しほ=サンがお待ちかねでした。俺一人だけしぽりんのテーブルの下座、まぽりんの風下の辺りでお歴々の方々に混じってちょこんとお座りさせられています。 たすけて(ガチ)

 

 

 ――月――日

 

 新年のカウントダウンと除夜の鐘を聞きつつ深夜にお開きになったため、フリューゲル小隊のメンバーで一室お借りして皆でお布団敷いて横になりました。

 誰一人眠ることができず朝まで「西住家やばい」「西住流やばい」ってのをぽそぽそ話しつつ朝日を迎え

 

 ―――俺一人残してみんな眠い目をこすりつつ帰省していきました。ちくせう

 

 朝食にめちゃくちゃ厳かなでっけぇ重箱が並び、見たことのないおせち料理に舌の感覚がバグってなんも味しない状態で上げ膳据え膳されてお食事。女中?らしき方々が妙に甲斐甲斐しく俺のお世話してくるんだけどお気遣いで胃の辺りがすごくすごいやばいです。(ナリタ感)

 食後にしほ=サンのとこに呼び出されてマンツーマンでOHANASHIしました。いがいたかったです。何を話したか全く覚えてません。こわい(こわい)

 

 

 

 *******

 

 

 

「―――天翔エミはこのまま放置で」

「良いのですか?装填手としては是非世界大会の選抜メンバーにスカウトしたいので、スカウトマンとしては名刺のひとつでもお渡ししておきたいのですが」

 

 西住しほの私室で、対面に座してそう答えるのは日本戦車道協会のスカウトマンを兼任する井手上菊代その人である。

 次弾装填までの時間、平均3秒3。最速で2秒43。それを二人がかりで装填を行うはずのヤークトティーガーの砲弾でやってのける膂力と腕力。現代の女性版ヘラクレスと言ったところだろう。戦車道後進国としてこれから世界に打って出る日本としては、少しでも世界に対抗できる手札が欲しいところだった。

 

「―――あの子が今のまま正しくまほの傍についていることこそが、まほにとって最良の道となる」

「西住流にとって、ではないのですね」

 

 にこやかに微笑む菊代にしほが少しだけ目元を険しくさせた。

しほの目の前でにこやかに座っている菊代は同じ年代を共に生きてきた“夫以上にとは言いたくはないが己のことをきちんと理解してくれている女性”である。

 

「……真実を語るなら、まほの傍に彼女を置くべきではない。と答えるのが西住流師範の意見です」

「あらあら……」

 

絞り出すような言葉にしほの顔が苦渋に歪む。困ったようにほほに手を当てて首をかしげる様子の菊代の方にもやや困惑と焦りが見て取れた。菊代としてはちょっと軽くチクリと刺すつもりだったはずの一刺しが、致命傷に抉り込んでしまったような風に感じられたからだ。

 そんな菊代の焦りをよそに、そのままの表情でしほは語り続けた。

 

「……西住流とは勝利そのもの。勝利のために歩み、勝利のために戦い、そして勝利のための犠牲も厭わない。その強さの体現が―――まほです。

 ですが、その生き様は、その強さは、確実に人を孤独にする。孤高に立ち、俯瞰せねば立ちえない」

 

 目の前の湯呑で湯気を立てるお茶をぐいと飲み乾して、湿らせた口からすべてを吐き出すように―――

 

「まほはその体現者です。己の行く道がそうであると理解してなお、同じ道を歩むことになる妹をその道から逸らすため、歩を進めることを決めた。

 

 その道は茨。わたしとて、夫や貴女のような理解者が居なかったら―――」

 

 瞳を伏せるしほの両手は膝の上で握りしめられたまま、ぎゅうと力強く絞られている。血の気を失い白くなるほどに強く握りしめたままの手に視線を落とした後、菊代へと視線を戻す。

 

「―――だからこそ、あの娘の傍に置かねばなりません。天翔エミの献身と奔放は、西住流だけに固まりつつあるまほの戦車道を壊してくれる。今の西住流をさらにその先へと進めてくれる」

「彼女の献身が、お嬢様をより先鋭されたものにしてしまうかもしれませんよ?」

 

菊代の言葉にしほは少しだけ口角を上げた。

 

「まほがより先鋭化されたのなら、その時は“西住流まほ派”が生まれるだけよ。

 そんなものは【守破離】の結末に過ぎない」

「西住流の本家はあくまでしほ様が家元になり、跡を継ぐ者を選定するだけ―――と?」

 

 

 菊代の言葉にしほは答えを返さず、湯呑に残っていたお茶の残りを飲み乾した。

 

 

【守破離】……それは演劇や噺家など芸能・武道におけるプロセスを表す時の言葉である。

 “守”で、その流派の作法・所作をよく学び、修める。

 “破”で、その教えとは異なる所作・作法を納めるべく学ぶ。

 “離”で、それら全てを掛け合わせた己独自のスタイルを作る。

 

 西住流の跡継ぎとなるはずであるまほにとっては本来、“守破離”の“離”までは必要ない。己のスタイルを確立させるよりも踏襲されたスタイルに己を合わせるべきである。しかししほはそれを是とした。つまりそれは【今の西住流とは違う形でまほの西住流を立たせる】ということに他ならない。

 

 西住まほは今の西住流を体現している存在である。それを壊し西住まほの西住流を作るとなると、流派内の壮絶な反発が予想されるだろう。

 

 それを覚悟しての変革を、他ならぬ師範であり次期家元候補の一角であるしほが後押しする理由を、菊代は類推する―――が、

 

(どう考えても、子煩悩以外の何物でもないですね)

 

 しほの性格をよく知っている菊代にとっては、まほの自由意志を慮る以外の理由などないのだろうと独り言ちた。

 

 

 

 

 

 ―――同時に“とんでもなく面倒臭いことになった”とため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

*1
年始に行われる西住家の年始会に君を連れてこいと母から言われたのだが……予定は空いているだろうか?空いているのならせめてもの償いと言ってはなんだが年末年始を西住家で過ごすと良い。あ、空いていないのならば別にいいんだ。急な話で申し訳ない




後半へ、続く―――


なお「黒森峰の悲劇」が起きるのはこの一年後である()


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【 2023年 お年玉ネタ 年上組 『IF:まほルート軸 ???ルート 後編』】


 島田千代は悩んでいた。

ハァと儚げな様子でため息をひとつ。未だ若々しい30代経産婦には見えない美女のアンニュイなそれは見る者が居たら魅了されるもののひとつだろう。

 そんな千代の前には一枚の書類。

 『天翔エミリ』と書かれたその書類の内容に、彼女はどう決断すべきかを悩み続けていた。

「……そうね。百聞は一見に如かず、とも言うし―――」

千代はむむむと悩んでいた様子から決意を新たにした瞳でゆるりと立ち上がり

「―――会いに行ってみましょうか……本人に」




 

 

 ―――結論から言うと、俺はみほエリを守護れなかった。

 

 

みぽりんは単身赤星さんを救うために激流に身を任せ、エリカは桟道を征くみぽりんの後背を護るために殿にいたため状況の把握ができず、【西住みほがフラッグの指示を捨てて滑落車輛を救うために勝手に飛び出した】としか認識できていない。

 

 俺がそれをどうにか是正できればよかったのだが―――俺氏、西住本家……というかぶっちゃけしぽりんからの自宅謹慎命令により寮内にゆるやかに軟禁状態。学校へ登校すら許されていない。一方でまぽりんみぽりんも同じ処遇らしくお互いに連絡も取り合えない。これを見た諸君らの反応はどうだろうか?

 

 

―――これ【容疑者への取り調べで口裏合わせられないようにしてるやつや】って思うじゃん?俺はそう思った。

 

 

 現実的に考えれば俺が悪いってことでFA。他の面々が何言って居ようと「俺がやったんです!」で押しきれないかなって思ってた部分はある。でもこの状況では不可能……ッ!!圧倒的、不可能……ッ!!

 

 

 

 

 

  というわけで、西住のお膝元である熊本の地に寄港し皆が下船するタイミングを見計らい―――俺は黒森峰を出奔した。

 

 

 

 

 

 取り調べを受ける前に軟禁状態から抜け出して陸に上がり全てから逃走してしまえば「やはりあいつが悪かったのだ」という結論に至りやすいし、なんなら西住流という看板的に考えて家元(予定)の娘二人の経歴に傷がつくのはどうかと思ってるだろう西住流の重鎮の方々も俺に罪を擦り付ける下地ができて万事ニッコリやろ。

 

   全方向!ヨシ!!(現場猫状態)

 

 

 

  *******

 

 

 

 ――月――日

 

 とりあえず、追跡の手がかかるだろうが、出頭した結果事実が明らかになってみぽりんまぽりんの立場がやばくなるのはよろしくない。ということで軟禁状態から脱出した際に携帯を粉砕★玉砕★大喝采!!してGPS追跡を振り切ったついでにヒッチハイクと徒歩を織り交ぜ山道谷越えも織り交ぜることで捜査をかく乱。

 

 結果として実に1か月をかけて―――俺は今グンマーにいます。

 

 

 ――月――日

 

 Q:天使を見たことがありますか?

 A:グンマーにいた 

 

 

――月――日

 

 愛里寿可愛いよ愛里寿

 

 

 

 **********

 

 

 

「母上が、エミリに会いたいって」

「……なんで?」

 

 たどたどしい感じでそっと俺に寄り添ってくれてた愛里寿からの言葉に思わずそう返していた。が、よくよく考えてみれば当たり前のことであろう。

 グンマーにやってきた俺はとりあえず原作通りの流れになるのかを確認するためにグンマーで仮住居を手に入れ、人材派遣のアルバイトを始めた。

 正味力仕事なら体格に見合わぬ超絶パゥワー(巻き舌)と身のこなしにより人一倍働ける俺は即戦力として受け入れられ、そこそこまっとうに生活を送れるようになっていた。

 

 

 ―――そんで群馬の街中で、天使に出会ったのである(比喩表現)

 

 

 そうして週2くらいで愛里寿と会うようになりーの

 

 

 それが週4になりーの

 

 

 

 気づけば人材派遣会社に手が回っており、【島田家の小間使い】というバイト枠を斡旋されてこうして愛里寿経由で家の当主による圧迫面接の日取りを(一方的に)決められていた。なんで?(困惑)

 ふつうこういうのってメイド長とかそういうのとか人事総括してる執事さんみたいなのとするんじゃないん?と思ったが、よくよく考えてみると当たり前の話だった。何しろちよきちさん、愛里寿にダダ甘なのだ。

 

そら(愛里寿のお世話をする人とか選ぶなら)

そう(やって当主様御出座してくるだろう)

 

 つまり「愛しい娘の傍付になる下賤な犬っころの品定めしましょうね~^^」ってことなのだろう。親バカはここに極まれり!(クロノス感)と言ったところだろうか?

 

 

―――で、始まりました(圧迫)面接

 

「何故、こちらを希望しましたか?」と聞かれたんだが、本音を言えば「わかりません」一択なんよ……(素) え?あれ?そっちが手を回して斡旋してきたんですよね?って思ったんで素直にそう聞いたらなんかちよきちさんの様子が微妙に変化して―――

 

「娘がごめんなさい」とおもむろに手をついて謝罪されました。やめてくださいしんでしまいまs(不夜キャス感)

 

 種を明かせばまぁ簡単な話で、今回の斡旋、島田の人間を使って愛里寿が出したものだったらしい。で、ちよきちさんはそれを知らずに“最近愛里寿の周りにいる子”が派遣バイトとしてやってきたと聞いて“愛里寿に近づくためにきたんじゃないのか?”と勘繰ったわけだ。

 

 その後、色々と愛里寿に関して「あの娘は本当にかわいくって~」と散々我が子かわいいトークを聞かされつつ原作にない幼少の愛里寿の昔話を交えたトークで盛り上がり―――

 

「エミちゃん。貴女には愛里寿を支えるプリムス・ピルス*1になって欲しいわ」

「……なんて?」

 

 よくわからんけど認められたらしい。

 

 

 

 *********

 

 

 

 ――月――日

 

 愛里寿の戦車道教育に付き添うことになりました。なんでや?(河内感)

乗車はM10GMC(ガンモーターキャリッジ)―――ってアメリカ戦車じゃん(素)

いやでもチャーフィーもパーシングもM系列だしイギリス縛りってわけじゃないのか?ほな問題ないか……?

 黒森峰を離れてしばらく、戦車に乗ってなかったのでちょうどよかったし、なんなら愛里寿に「ダメ?」って聞かれたらOKするしかねーよなぁ?!

 

 

 ――月――日

 

 飛び級で大学に向かう前段階の模擬試合で愛里寿の懐刀扱いで試合に参加することになった件。相手は大学戦車道チームである。

 

 

 ―――まぁ普通に勝ったわけだが(残当)

 

 

理由?相手が中学生の愛里寿相手に本気で相手するわけじゃなくてあくまで編入テストだからね。ここに高速装填ができるM7の戦車砲備えた戦車に乗っとるのがおるじゃろ?()ティーガーのアハトアハトに勝るとも劣らないM7の徹甲弾は総重量は凡そ7kg~8kg。アハトアハトがだいたい10kgなので余裕と言えよう。

 

 

 ――月――日

 

 西住のおうちから公式にお電話()が来ました。そら当たり前よな(残当)

 

 

 

 ――月――日

 

 た す け t

 

 

 

 ********  >> Emi → othres

 

 

 

 「天翔エミの学籍は未だ黒森峰にあります」

 

スッと封筒から取り出した書類をテーブルの上に置く西住しほに対して、涼やかな微笑みを絶やすことなくソファに腰かけたままの島田千代。書類を受け取って静かに目を通し―――

 

「確かに……天翔エミは黒森峰の生徒として学園艦に籍を残していますね」

 

―――微笑みを絶やさぬままそれをテーブルに差し戻した。

 

「……でもね、西住師範?こちらにも、手札はあるのよ」

 

そう言って微笑みのまま語り続ける。その言葉を聞くにつれ、鉄面皮のしほの表情が微妙に強張り、険しい様子に変化していった。

 

 

「―――事実なの?」

「……時期は一致しているけれど、母親も父親も交通事故による死亡。DNA鑑定をしようにも調査しきれないというのが正しいところよ。確定ではない、けれど私たちは彼女の身元引受人と成れなくもない」

 

ずいと身を乗り出すようにしほに身を寄せて、声を潜める千代。ここから先の単語は、周囲に僅かでも漏れればそこで周知されてしまう。そうしたら“武器として見せるだけでは済まなくなる”から―――

 

 

「―――それで、西住師範。“島田の縁者であると理解した上で、天翔エミを身内に引き込む度量はあるの”?」

 

 

 にこやかに差し出された言葉の刃を

 

 

「―――では本人に尋ねてみると良いでしょう。彼女が娘と―――まほと過ごした日々に戻る気があるのか、無いのか」

 

 

 しほは真っ向から受け止め鍔迫り合いに持ち込んで、テーブルを挟んで二人して顔を突き合わせ、にらみ合うように視線を交差させた。

 

 

 

 ********  >> othres → Emi

 

 

 

「―――楽にして良いですよ」

「そうそう。オバさんたちのちょっとした興味本位だから、ね?」

「アッハイ」

 

 島田と西住の交流会と銘打った宴席で、お互い『ドコのスジモンの集まりなんですかね?』と言わんばかりのオッサンオバチャンの飲み会会場。笑顔で酒とか酌み交わしてるのに目の奥で心底笑ってる連中があんまりいないのが丸わかりなめっちゃ剣呑な宴会の中で―――

 

 

 ―――俺は“俺自身のルーツとなるお話”を聞かされていた。

 

 

結論:俺、なんか島田の人間だったらしい。

 

 と言われても正直「え?そうなん?」としか言えんのだが……だからなんなん?と言ってしまえばそこまでなのだろう。だがしかし、俺の反応が思ったものと違ったのか、少し困った表情のちよきち=サンと、そんなちよきち=サンと裏腹に勝ち誇った様子のしぽりん。両者に両隣に挟み込まれる形で奥の座の別室に連れ込まれた俺は―――

 

 

「エミは黒森峰の生徒で、私の半身だ」

「違う……エミリは島田の分家で、私の相棒」

 

 

 ―――所有権を主張するまぽりんと愛里寿のメンチビームを前に何も言うことができなくなっていたりする。たすけて(必至)

 

 

 俺が無断で謹慎も軟禁状態もブッチして逃げ出したというのに、まぽりんは俺を『黒森峰の生徒』のままいさせるために休学届を偽装し、承認して休学扱いにしていたらしい。無茶しやがって……!!

 一方で、グンマーでの俺は島田の小間使いとしてのアルバイトに就任しており、愛里寿の相棒的立ち位置という望外の立場にいる。この時点で本来なら二重契約だったはずなんだけども―――

 

 ―――なんか俺の名前『天翔エミリ』になってた(謎)

 

 よくわからんそんな状態での就職(派遣)により、“同一人物が別の場所で違う立場で存在する”というありえへん状況が確立してしまった。というわけなのだ。どういうことなの……?(困惑)

 ジッサイ、違法であるし、下手すると詐欺詐称に当たる。実刑止む無しショッギョムッジョである。しかも俺本人にとっては全く記憶にないことなので余計にこわい(こわい)

 

 

「それで……エミちゃんには二つの道があります」

 

 ちよきちさんが耳元で囁くように語りかけてくる。胃がミシリと痛んだ。

 

「一つは、可愛い可愛い愛里寿とこのまま群馬の大学選抜チームの強化選手として―――ううん。『島田エミリ』として島田の家に戻ってくる道」

 

ちよきち=サン、ひそひそと声を潜めてASMRするのやめてください(胃痛で)死んでしまいます。そんなちよきち=サンに対抗するように顔をずいと近づけてくるのは逆隣のしぽりん。

 

「もう一つは、黒森峰の生徒として学園艦に戻ってくる道。まだ休学期間は3か月と経っていないから、出席日数も含めて留年は免れます」

 

 静かに諭すように淡々と説明していくしぽりんの言葉には、『断ったらわかっとるよな?おう』という凄みを感じる。まるで物理的に首元に刃を【当ててんのよ!】されてるような気さえする。

 

 

 

「「 さぁ、どっちでも好きな方を選びなさいな 」」

 

 

 

2人の声が両耳にユニゾンして響いている中―――俺は胃痛に歯を食いしばりながらも、実は別のことを考えていた。

 

 

 

 

 ―――そら決まってるだろう?みぽりんのことである。

 

 

 話を切り出される前に訥々としぽりんが語ってくれたその後の黒森峰の話にチラッと登場したみぽりんなのだが―――

 

 ―――俺が出奔した理由を『自分の責任だ』と重く受け止めてしまったらしい。俺の中で自責の念から片手の指を残らずハンマーで叩きつぶすべきか悩むことになった。

 

 ―――そんで思い悩んだ結果『自分は戦車道を続けるべきではない』と考えたらしい。俺の自責ポイントがぐーんとあがった(ポケモン感)

 

 ―――んで、黒森峰を辞めて野に下る結論に達したので、原作通りに大洗に転校手続きを取っているらしい。

 

 

 

 ―――ここでカンの良いみんなは理解してくれたはずだ。

 

 

 あれ?みぽりんの戦車道へのヘイト、よりヤバくなってね?と……。

 

 俺が全ての責任をひっかぶろうとした結果、みぽりんの闇がよりバーストしてしまい、もはや戦車道に復帰する可能性がゼロを通り越してしまっているまである。このままだと原作スタートどころか会長や桃ちゃんに何を言われようと戦車道を始めることなく大洗学園艦からも逃げ出しかねない。

 

 

 

 ―――かといってこの状況、「すいません私大洗に行きます」とか言えない空気になっている。いつの間にかにらみ合いで所有権争いをしていたまぽりんと愛里寿も俺の回答を見守るモードになっている。

 

 

 

 俺は―――今、人生最大の危機を迎えている。そんな気がしてならない。

 

 

 

 

*1
古代ローマ軍における下士官・軍団兵の最高位の名称。センチュリオンの語源がローマ軍のケントゥリオ(百人長)だったことにちなんでるっぽい(エミ談)





選択肢

 『まぽりんを選ぶ』 → ???ルート(デッドエンド)

 『愛里寿を選ぶ』 → ???ルート(デッドエンド)

 『よし、逃げるか(大洗へ)』 → 原作(難易度マストダイモード)ルート(ワンミスでデッドエンド)


さぁ、エミ(リ)の選択はどれだ?





 <私信>

みんな!仮面ライダーアウトサイダーズ見ようぜ!!()


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まほるーとばっどえんど【病姉夜眠無】

こんな事実は(まほルートの)本編にはなかった。イフということです()





「野卑な野猿でしたが、それなりに愛着も沸くものですわね」
「そうか―――そうだろうな」

 語る言葉は冷ややかに。周囲の温度が体感的に3度は下がったと感じた。
煽ったつもりはなかったし、ただの報告のつもりだったのだが、ダージリンには目の前に居るのが同じヒト目の生物ではなく『我が子を見失ったままの手負いの母獣』か何かかと錯覚してしまう。

「それで―――エミは?」
「無事の知らせだけでご満足いただけませんこと?亡命には守秘義務というものが―――」


バン! と。


 ダージリンの顔の横を目で追えない速度で腕が通過した。日除けに使っていたそこそこの大きさの樹に縫い止められるかのように微動だにできない状況。内心で背に冷や汗が伝うのを止められない空気。それでも表層は平静を取り繕い、震えぬように細心の注意を以てカップとソーサーを支える。

「―――紅茶が飲みにくくなりましたわね。それで?こちらの腕は暴に訴えて情報を聞き出す意思の表れなのかしら?」

首を狩る前準備かとも思える顔の横の腕に手を這わせて、飄々とした雰囲気を崩さぬようにダージリンはまほに声をかけた。
まほはそれに何も答えず―――


「―――私は棄てられていない。棄ててもいない」


 ぽつりぽつりと、言葉をこぼす。
 まほの様子に「ああ」と頷いたダージリンは、


「不器用な人ね。貴女」


 ただそれだけ呟いてそっと腕に沿わせた手をのばしてまほの頬に触れる。撫でるように滑らせて、肩に手を載せ―――一歩踏み出して、抱きしめるような態勢で密着する距離まで踏み込んだ。そしてその耳元にそっと囁く。


「―――大洗に。私が知っているのはそれだけ、オフレコでしてよ?」


ふと何も知らぬ第三者が見れば首筋にキスでも落としている様に見える一連の動作の後にスッと離れ、まほの脇をすり抜けて「ごきげんよう」と去っていくダージリン。その背中に

「感謝する。―――いや、違うな」

 眉根を寄せて悩んだ後で、まほは去っていく背中に向けて胸の前でグッと拳を握り締めて、決意を載せる。


「―――ありがとう。ダージリン」


フッと薄く笑みを浮かべていたことに、まほ自身は気付いていなかった。





 ちなみにその光景を遠くで見ていた逸見エリカが手に持っていた書類の束をバサバサと地面にぶちまけることになっていたりするのだが―――それはまぁ別件である。



み属性を得たおちゃんのせいでれない俺はもう理じゃないかな?この先

 

 

 

******

 

 時はやや巻き戻る。

 

******

 

 

 

 

 

 西住まほの朝は早い。西住流として薫陶を受けただけではない。西住の家で規則正しい生活というものを叩きこまれた身体は反射的に起床時刻の前に目が覚めるようにできている。幼いころから細胞レベルまで浸透したそれよりも、割と早くに目を覚ましたまほは、身支度を整えて部屋を出る。

 

 向かう先は、学園寮の一室。すなわち、エミの部屋である。

 

 天翔エミが忽然と姿を消してからもぬけの殻になったこの部屋に、別の人間にあてがうことを禁止し、彼女が住んでいた状態のままを維持することを選んだ。

 理由は簡単。「ふらっといなくなった野良猫が、またふらっと戻って来ることが十分にあり得るから」だ。少なくとも、そういう感じの理由でこの部屋はいまだに天翔エミの持ち部屋として黒森峰学園艦の帳簿に記載されている。

 まほはこの部屋を「いつでもエミが返ってきて再度住むことになっても、依然と変わりない生活ができるように」と、毎日部屋の清掃を担っていた。日常の学業、戦車道、訓練に支障が出ないように考えた結果、睡眠時間をやや削って起床時刻をずらして対応している。

 

 清掃をしていてまほがいつも思うのは、エミの「モノへの執着の薄さ」というか「欲望のなさ」である。

 

 天翔エミという少女は、兎に角ストイックに戦車道に打ち込む少女だった。彼女が戦車道以外で熱心にやっていたのは皆と行う打ち上げ会と自己トレーニングぐらい。あとは、自室に置いてあるコーヒーミルとドリッパーを使った珈琲くらいのものだろうか?

 清掃道具を一揃え、テキパキと部屋を掃除して回るまほの脳裏には、在りし日の思い出がその度浮かんでは消えている。考え事をしながらも手は止めない。代わりに、思い出が現在に近づいてくるほどに手に力が、思いに熱が乗算される。

 

 

―――カタン。と

 

 

 机を掃除していてそんな僅かな音が耳に届いた。

簡素な勉強机の上には講習用の教科書と並んで簡易トレーニング用の道具やプロテインや栄養サプリメントなどの錠剤類が鎮座している。とてもではないが高校生の勉強机とは思えないのだが―――音がしたのは表層ではないようだった。

 

「引き出し―――か?」

 

 プライベートに踏み込むのはどうかという思考が頭に浮かぶが、もしも何か小さな生き物でも隠れて飼っているなどしていた場合、戻ってきたエミがそれの死骸とご対面、もれなく腐乱している など目も当てられない状況になりかねないと理論武装をして思い直し、意を決して引き出しを開けるまほ。

 

 

 

 何もなかった。

 

 

 こまごまとした雑多なモノがいくつか入ってはいるが、音を立てる生き物の類があるわけではない。が、違和感に気付くのは西住の特権か何かなのだろうか?

 

 

「―――外観と内部の奥行きが違うな」

 

 

 探偵か何かのようにコンコンと引き出しを外から中から叩くまほ。音の違いを聞き分ける耳は幼いころからティーガーやパンターの排気音や履帯の音を聞き分けることで鍛え抜かれた逸品である。故に―――

 

 

「二重底、か……?」

 

 

 仕組みに気付いてしまう。

同時に、この先へ踏み込めば天翔エミの「隠しておきたい何か」に触れてしまうという危険性を理解させた。唯一無二の親友であり、相棒ではあるが、親しき中に礼儀ありともいう。勝手に踏み入って、彼女と再会したときに再び同じ関係に戻った時にぎくしゃくすることを避けたほうが良いのではないか?

 

 そんな逡巡をするような―――西住まほではなかった。

 

秒で二重底を解除して上げ底部分を取り外したまほの前には

 

「これは……日記……か?」

 

 一冊の小さな日記帳が鎮座していた。

 

「何故こんな仕掛けまで……?」

 

 天翔エミの性格からはこんな風に隠れて何かを記しているようなイメージはない。が、件の天翔エミの部屋にそれ以外の人間の日記があるというのも変な話ではある。結論、これがエミのものであるのは自明の理であり―――

 

 ―――俄然、中身が気にならぬはずもなかった。

 

 

 

 

 その日、西住まほは学園に現れず、翌日やってきた西住まほは、何かの憑き物が落ちた様な―――あるいは、『憑き物を憑けたような』顔をしていたという。

 

 

 

*****

 

 

 

 或る日から、西住まほの様子が変わったと感じた黒森峰の生徒は多い。

だが、その原因が何に在るのかを知る者はいなかった。

 

 そうして聖グロリアーナとの練習試合の後、ダージリンと何かの話をしていた西住まほが、唐突に壁ドン、その後ダージリンと抱き合う様な姿を見た一部の生徒があらぬ妄想を捗らせても仕方のないモノであろう。

 

 そうして、何かを決意した表情の西住まほを乗せて―――黒森峰の飛行船が向かった先は―――

 

 

 

******* >>Emi

 

 

 

 数か月早かったorz

そうだよね、新年あけてすぐとか編入時期としてもおかしいよね。普通荷造りとか移動手段とか諸々考えて新学期からスタートよね。俺ホント馬鹿(さや感)

 

みほエリは何処……?ここ……?

 

 死んだ目で廊下をフラフラと歩く俺はこの時心神喪失状態と言っていい程周囲への配慮も危機管理もなっていなくて

 

 

「―――――――やぁ、エミ」

 

 

 その声に反応できなかった時点で、俺の運命は決定されていたのだろう。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 実を言うとそっから先のことは朧げである。

何でここに居るの?黒森峰どうしたの?俺捕捉すんの早くない?とまぁ色々言いたいことがあったし聞きたいこともあったしで学校早退して(みぽりんが原作で住むマンションだと思われる建物のみぽりんが借りると思われる部屋の近くの)自分が借りた部屋に案内して家に上げて、そんで珈琲が飲みたいって言うからミルでゴリゴリしてはいよっ珈琲一丁!って感じで談笑して―――

 

 

―――そんで、記憶がなかったりする。

 

 

床面から感じる適度な揺れとかを加味するに、高速艇の中だろうか?

 

 

―――ジャラン、と音が響く。言うまでもないだろう、鎖だ。

 

 

 気づいたときに既に破壊するかどうかの選択肢が脳内に浮かんでたんだが、これをやったのがまずまぽりんであろうという事実。これが歯止めをかけていた。

仮にこれを為したのがまぽりんとしよう。まぽりんの事情がわからんまま鎖を引きちぎって逃げたとしよう。

俺が逃げる → まぽりんがどういう行動に出るかの想像がつかない。

 

 とりあえず今は大人しくしておいて、黒幕が居るのか、いるとしたら誰なのか、これがまぽりんの独断なのか、そしてそうする理由とは何なのか。この辺りをはっきりさせてからでないとまぽりんが曇るだけでは済まない話になる。すでに原作開始ルートに向かって賽が投げられている以上、まぽりんがラスボスなのだ。それが曇って再起不能とかになったらみほエリの指針がまるで立たない。

 まぽりんを曇らせるってこと自体が特一級のピロシキ案件で、勝手に逃げ出した時点でそうなってもおかしくなかったのだ。追いかけてきて拉致るくらい元気ならまだマシなのかもしれない(現実逃避)

 

「―――エミ、起きているか?」

 

鉄製の重苦しいドアを開けて、まぽりんがやってきた。

 

「手荒な真似をして済まない。だが目の前に居るというだけで抑え込むことができなかった」

 

 ―――抑え込むって何を?殺意?殺意なの?勝手に逃げた俺に怒ってる?おこなの?ねぇおこなの?俺黙って断罪されて死ぬべきなの?

 

「―――大変だったんだぞ?この半年間。エミがいなくなって、初めてエミが支えてきたものの重みを知った」

「―――ああ、それに関してはすまなかったと思ってる」

 

 我ながら本当に馬鹿な真似をしたと思う。というか全く何の解決にもなってない無駄なムーブだった。我を忘れていたとはいえ……馬鹿じゃね?当時の俺。

 とはいえ情報は増えた。まずまぽりんは俺が居なくなった時の書置きを読んでいない。必然、誰か別の人間が俺が居なくなったことを最初に知ってその手紙を隠している。まぽりんは俺が居なくなった理由を知らないから俺を追いかけてきて、そのまま拉致。と―――あれ?解決策なくなったんじゃね?

 

ここで俺が逃げるだろ? → まぽりんが曇るか、或いはまぽりんが拉致問題で査問されるだろ? → まぽりん不在で黒森峰が勝ち進めるかって話だろ? → 知波単はまぁ何とかなるとして継続と聖グロは難しくね?

 

 → 決勝戦の相手がダージリンの可能性が高いなぁ―――あれ?みほエリ仲直りフラグが消滅してない?(重要)

 

 

結論:逃げ出せない(迫真)もしくは逃げるならだれにも見つからず問題にならない騒ぎにならないようにサイレントに逃げる必要がある(確信)

 

 

「で、私をどうするつもりなのか聞こうか?」

 

 

 さっきから首で自己主張が激しい【首輪】と、そこからリードのようにつながるじゃらりとやかましい鎖を軽く揺らして見せると、まぽりんの様子がすこしだけしゅんとなった。

 

「それに関しては申し訳ない。だが放っておくと目を覚ました後また足取りがわからなくなると思ったからな。幸い、今は洋上で、学園艦に着くのはあと数時間後だから外しても構わないだろう」

「じゃあ遠慮なく」

 

 そう前置きしてから鎖の繋がっている根元、壁に溶接してある方の留め金を引きはがして一息を吐く。やや唖然としていたまぽりんが一瞬で我に返って、

 

―――なぜか密着して来ていた。 なんで?

 

「―――まほ?」

「……鎖がなくなったらどこかに行きそうな不安が消えないんだ。こうしていないと不安でどうにかなってしまいそうになる」

 

 うん、今分かった。これはアカン(確信)どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!誰だよまぽりんをこんな風にしてしまった俺は!!

 とはいえこんな状況では会話も耳に残らない。どうにかこうにか説得して「鎖の端っこ持ってていいから」と納得させて対面する。首輪と鎖でまるで犬猫だが。

 

 

 

  そうして始まる尋問お話タイム。

 

 

 

 そして大体の事情を聞いたり話したりしつつ、わかったことは―――とりあえず

 俺は俺的には死ななければならないけれど今は死んではならないという事(矛盾)

 

 

 これまで頼られること、背に重荷を背負うことに慣れまくってたまぽりんと対等に並んで立つ肝の太いアホが居なかったとこに俺というアホが並んで立ってしまったのがそもそもの間違いだったと言うべきだろうか……?

 頼られることに慣れてしまっていた人間が「頼ることができる存在」を得た結果、今のまぽりんが生まれたという感じなのだろう。そんで寄りかかっていたモノが唐突に消失してそのままばったり倒れて起き上がれなくなる―――のが普通だった。ここまでならばまぁ、俺が死ぬべきじゃね?むしろ死のう。で済んだのだ。

 

 

―――相手が“西住まほ”でなければ。

 

 

 まぽりんが幼いころから培ってきたメンタルはそんなものでへこたれるほどではなかった。倒されるままに倒れることなく踏ん張り、よりどころを支えにして立ち上がった。けれど結果的に、寄りかかるモノがあったから支え切れていたモノを無理やりに抱え込んでいるだけに過ぎず、その足場はグラッグラなのだ。ジェンガの如く崩れて消えるのも時間の問題だっただろう。

 

 

―――そんでそこに、ダージリンが「預かってました。けど放流しました」の情報を伝えたわけだ。あのブリカスめが(恨み節)

 

 

 ダージリンの選択は間違っていない。転校手続きを出さずに学園艦を飛び出した以上、黒森峰生徒会にガッツリ関わり、学園運営にも口を出せる立場にいるまぽりんに話を持って行って、内内に話を纏めておかないと―――俺が留年しかねなかったから。

ただ、タイミングが最悪だっただけで。

 

 そんなこんなで、俺の居所を突き止めたまぽりんはなんか執念で大洗学園艦と航行ルート上近づける場所を割り出し、そのタイミングで学園艦同士の交流という名目で連絡艇を用意してこっちにやってきた―――らしい。

 なお俺の部屋で珈琲入れた時点で懐から取り出したモノを見えないように【サーーーッ】した結果が今の俺だそうな。

 

「エミがまた戻って来ると信じて待つつもりでいた。けれどエミの話をダージリンから聞いただけでこのザマだ……私はきっと、どこか壊れてしまっている」

 

ぽつりぽつりと悔恨するようにこぼすまぽりんにめっちゃ心が痛い。胃に穴が空いている感覚がする。喉元までせりあがってきたモノを嘔吐しそうなほどに気分が重い。

 

「―――エミ。この鎖を軽く引きちぎることだってできた君が逃げなかったのは、そういう意味ととってもいいのでしょう?私の傍に居てくれるって意味で、いいんでしょう?」

 

 西住流の言葉遣いもかなぐり捨てて縋りつく様な様子のまぽりんを振り切って大洗に逃げる―――わけにもいかなかった。原作ルートを踏襲させたうえでみほエリを成し遂げるためにはまぽりんは重要なラスボス枠なのだ。それをこんなメンタル崩壊状態にしておいて大洗に逃げ出したりした場合―――最悪大洗学園艦が轟沈しかねん。今の状態のまぽりんがどのレベルの病みかわからんが、少なくとも「逃げられないように」で即座に首輪と鎖という発想に至る辺りガンギマッてる可能性が高すぎてどうしようもなかった。

 

「―――(もうそれで)いいです」

 

 曖昧な表現で逃げに走っていると言わないで欲しい。

 

 

 

******

 

 

 

「今日の訓練は以上!!総員、礼!」

「「「お疲れさまでした!!!」」」

 

まほの号令で唱和、一礼を以て訓練が終了する。皆がワイワイガヤガヤと食堂に向かい、行うのは―――

 

 

「「「乾杯(プロージット)―――!!!」」」

 

 

 天翔エミが始めた皆での訓練終了後のこの宴も、彼女の不在とともに無くなってしまったものだったが、まほの主導によって「自粛をしていただけ」ということになり、復活していた。

 まほの号令も簡潔なものに洗練され、かつてエミが翻訳を務めていたころのものより格段にわかりやすくなっていた。黒森峰は平和となった。

 

―――ただ一人、この宴に立役者が存在しないという点を除けば。

 

「天翔先輩、噂だと大洗に行ったって聞いたけど」

「でも、あの人ほどの装填の腕があって戦車道チームに参加してないんでしょ?ガセだってば絶対」

 

宴の席の肴とばかりに話題にエミの話題が乗ると―――

 

「―――あん人は、もう戦車道が嫌んなったんかもしれんばい」

 

 ノンアルだというのに飲んだくれたやさぐれリーマンのような様子でテーブルに突っ伏す少女を、対面で座って静かに呑んでいる少女が肩にポンポンと手を当ててあやしている。

 

 

 

「―――何処に行ったんよぉ……天翔さぁん……」

 

 

 

 

――――――

 

 

カツカツと、急ぎ足で歩いているのは西住まほである。

練習が終わって皆に宴席を用意した後、乾杯の音頭を取ってからすぐに踵を返したまほは、自室へと向かっていた。

厳重に鍵が掛けられた彼女の自室には、ナンバーロックのほかに光彩認証が新たに追加されている。中の何を護っているのかは誰も知らない、知りえない。

 鍵が開くのももどかしい様子で、ロックが解除されると同時にドアを開けて中に飛び込む様にして入室したまほは

 

「―――ただいま」

 

 誰にも見せない笑顔で、中の人物へ笑いかける。

声を掛けられた人物は、ベッドの上で眠たげに目をこすりながら起き上がる。首に嵌ったままの革の首輪に続く銀色の鎖が“じゃらり”と音を立てる。

 

「―――おかえり、まほ」

 

 寝起きで水分が足りていないのかかすれ声で、それでもそれだけの言葉で、それだけの行動で―――

 

 

 

―――西住まほは、満ち足りていた。

 

 

 




********


 ――月――日

黒森峰に帰るなり、俺の部屋ではなくまぽりんの部屋に連れ込まれました。
どう考えてもどう見ても拉致監禁です。なにこれこわい(戦慄)
「ずっと見ていないといなくなるかもしれないから」と言って放してくれないの。
室内で首輪に鎖とかこれ見つかったらまぽりんが立場的にアカンやつやん。
 とはいえ逃げたらどうなるかもわからん。少なくとも学園艦で洋上に出ている以上陸の孤島で逃げ場はない。

結論:詰んでね?


 ――月――日

 た す け て


 ――月――日

 まぽりんの依存度が日々積もり積もっていっているのがわかる。
ただでさえ依存してた感が高かったあの日から累乗して言ってる感すらある。
日々「念のために」と増えていく施錠。節子、これアカンやつや(震え)
加えて「寝ている間は無防備になるから」と言ってあすなろ抱きでしがみつかれて眠っている状況に精神がゴリゴリとヤスリ掛けを食らっている感が凄い。
正直全く眠れないので昼間まぽりんが学業と戦車道に打ち込んでる間眠っている有様である。監禁状態ではパルクールも満足に行えないので徐々に筋力が落ちていっているのが理解でき、日を追うごとに脱出とか逃走とかが難しくなっていくのが何というかこう―――萎む()

 幸いなのはまぽりんのメンタルが外と内でくっきり分けられたことで対外的には完全回復したという事だろう。俺の犠牲は無駄な事ではなかったと考えるなら、ここで朽ちて果てることがまぽりんへの最後の慰みになるのではなかろうか?とも思えて来る。

―追記―

 まぽりんにみぽりんのことを聞くと露骨に不機嫌になって「大洗に転校したのがみほのためではないのか?」と延々問い詰められ続けたのでそれ以後質問しないでおこうと決意した。


 ――月――日

 外で凛々しい分まぽりんが自室の中でアホの子になっている(確信)
妹に甘々だった過去から察するに、自分が思いっきり好意をぶつけられる相手をどこかで求めていた節があるのだろうが、それにも(俺の胃の)限度というモノが在るだろう。
 セルフピロシキをするとなんかさめざめと泣かれてただ静かにぎゅーっと抱きしめられて『ごめんなさい』と謝られ続けたので以後もう絶対しないと誓う。これ(まぽりんのメンタルに)アカンやつやで工藤。


******


 全国戦車道大会高校生の部 決勝戦。

激戦を潜り抜けてきた大洗女子学園と、常勝黒森峰女学園の戦いは―――ある意味でとんでもない珍事となった。
 試合開始とともに森を突っ切って抜けた逸見エリカの一団が西住みほと交戦中、突如大洗女学園側に一部の部隊が寝返り、先遣部隊を撃破、その後大洗女子に合流し、市街地に隠れているマウスの情報により、大洗女子は被害を減らしてこれを撃破。ポルシェティーガーや三突による狙撃を含めたゲリラ戦で黒森峰車輛を削っていき、黒森峰から離反した逸見エリカの操るティーガーⅡと黒森峰からの流れ者である西住みほのタッグで西住まほと激戦を繰り広げた。

その裏側にいかなる事情が介在していたのか―――それを知る者は少ない。



■■■■■■■■■■■■


『ティーガー道場ー!!!』
「はい」

『日記の存在に気付かれたら逃れられません。ラン・スーの神に祈りなさい』
「はい」

『それと……娘がごめんなさい』
「はい」

※ティーガースタンプを1個獲得しました。


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まほルートバッドエンド『 修 羅 』

もしも時を戻せるものならば

もしもあの日あの時にさかのぼることができるとしたら

私は私を斃すだろう。一切の慈悲もなく、ただこの衝動のままに。



 森の中を駆け抜ける。振動は無視、地を跳ねる衝撃も無視。何もかもを無視して突き進む。ただ狙うは一点、

 

―――森を抜けた先に居る、敵のフラッグ―――!!

 

 

「―――撃て!」

 

 

寸分の狂い無く放たれた砲弾は敵フラッグ車“ティーガーⅠ”に突き刺さり、激しい炸裂音を響かせて沈黙させる。“シュポッ”という気の抜けた音とともに白旗が上がり

 

『選抜Aチームフラッグ車行動不能!よって、Bチームの勝利―――!!』

 

 次いで響くアナウンスが、私たちの勝利を宣言した。

 

 

******

 

 

 「「「乾杯(プロージット)―――!!!」」」

 

 ガツンとジョッキを打ち鳴らし、地元のものと思われる黒ビールで乾杯するチームメンバーに混ざって、一人黙々とヴルストとザワークラウトで食事を進めていく。そんな私に酒を勧めようとする者もいたが、すげなく断ることを繰り返していたら「そういうやつなんだろう」という認識で落ち着いたようだった。

 

 

“楽しくありたいだろ?食事を燃料補給と一緒に考えたら楽しくないじゃないか”

 

 

 いつだったか聞いた言葉。その言葉を語った少女の方こそ、各種栄養をサプリメントで済ませる正に『燃料補給』といった食事をしていたので、説得力に欠ける物言いだったものだ―――だが、いつも傍らに居てくれた彼女は、もういない。

 

 

『―――さぁ、本日記録更新成るでしょうか―――?!』

 

 

 誰かが付けたテレビの画面の向こうでは、世界陸上の映像が流れている。

今回流れているのはマラソン競技。今や世界的規模で視聴率を上げている。

 

 

理由は一つ。陸上競技における記録が最近、大幅に塗り替えられているからだ。

 

 

『現在中間地点を越えて独走態勢!!天翔エミ選手!!2位を突き放し、全く衰えることのないスピードで駆けて行きます!!』

 

 日本のゼッケンを付けたその選手は、少女の様なその姿からはまるで想像ができない程の速度で走り、そのままの勢いで駆け続け―――半年前にはハーフマラソンで『男子記録すら超える記録』を打ち立てていた。

 

 内心で「当然だ」と独り言ちる。戦車道をやっていたころでさえ、彼女の身体能力、特にスタミナはずば抜けていた。88mm砲弾だけでなく、128mm砲弾ですらも一人で軽々と持ち上げ、3秒で装填を終える膂力に、それを試合終了まで続けてもペースが途切れるどころか、落ちる様子すらないスタミナ。それらを加味すれば―――

 

『今先頭がゴールイン!!2位の選手を15kmと大きく引き離し、1時間27分15秒!!世界新―――!!!』

 

 大歓声が沸く中、冷ややかに画面を見つめる私の姿は、きっと非常に浮いて映ることだろう。

 

「―――なぁ、マホ?この娘、お前の知り合いだったって本当なのか?」

 

 そんな風に馴れ馴れしく話しかけてきたのは選抜メンバーの仲間だ。その様子に、私はきっとひどく冷たい目で応えたのだろう。彼女はヒッと小さく後ずさっていた。

 

「―――かつては同じ夢を追いかけた仲間だった」

 

 インタビューに答えるエミの様子を振り返ることなく、私は自分の部屋に戻った。

 

 ベッドに腰かけて―――――空を仰いで遠くに思いを馳せる。

 

 

 

 

「―――おめでとう、エミ」

 

 

 きっと私はその時、心からの笑顔を空に向けていたことだろう。

 

 

 

*******  → JK

 

 

 

 ―――戦車道高校生大会、決勝。

 

 勝ち上がってきた大洗女子学園と黒森峰女学園のぶつかり合いは、高校生大会史上でも類を見ない激戦になっていた。

 

 中でも目を引いたのは、かつての親友でありパートナーであった二人。

天翔エミと西住まほの一騎打ちと、同じく親友であり、ライバルでもあった西住みほと逸見エリカの一騎打ちという、2か所で起きたぶつかり合いであったろう。

 

 互いに互いの手札を知り尽くしたぶつかり合いは長く続くものではなかった。

 

 

 

 

そして―――試合は黒森峰に軍配が上がったのだ。フラッグ車の撃破によって、私たちの決着は有耶無耶になってしまった。

 

 

「―――試合は終わったが、私たちの決着は次の機会のようだな」

 

ティーガーⅠの車上から身を乗り出すようにして声をかける私に、ヤークトの中から出てくるはずのエミの姿はなかった。待ち続けること数分、漸くのろのろと姿を見せたエミは、私の方へ向き直る。

 

「―――遅くなってすまないな、まほ。決着を付けたかったんだが、残念だ」

 

そう言って寂し気な笑顔を見せるエミに、私は笑顔で宣言した。

 

「―――次に試合うときには、私が勝つぞ」

 

 私の言葉に困ったように苦笑するエミは―――その時、私の言葉に答えなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

「学園が……私たちの学校が……」

「そんな……こんなことって……!!」

 

 うわごとのように呟き絶望に膝をつく河嶋桃と小山柚子。それをどうしようもなくただ力なく見遣ることしかできない角谷杏。

 そんな三人の下にやってきた天翔エミはただ一言「私に任せて下さいな」と、告げて去っていった。

 今更そんな言葉が何の慰めになるというのかと毒を吐くことしかできない桃や、その言葉に縋るように祈る柚子と違い、杏だけはその言葉に強い覚悟の様なものを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そうして、文科省より『廃艦の撤回』が告げられることになる。

 

 いったいどんな魔法を使ったのか?という疑問より前に、廃艦撤回により学園を上げて喜び湧きたつ生徒たちの中を、杏は独り駆け回っていた。

 

 

けれど杏が探す生徒は―――天翔エミは何処にも居なかったのだ。

 

 

 突然大洗の学園艦を降りた天翔エミの行方は、実際すぐに見つかった。

彼女は文科省の預かりとして別の学園に転校手続きが取られており、そこで世界陸上への強化選手としての道を斡旋されていた。

 

 

―――杏でなくともその話を聞いただけですぐに察しがついた。

 

 

 天翔エミは、『自分自身を担保に学園艦を護ることを選んだ』のだと。

 

 

杏がどれだけ悔やんでももう決定を覆すことはできない。何よりこれは彼女自身が決めて選択したものだ。それを撤回することなど杏でなくても誰にもできない。

 

 

 

 

 そしてこの時になって、西住まほは自分たちが勝利したあの高校生大会の裏側で『大洗が、天翔エミが、西住みほが、一体どんな決意で大会に挑んでいたのか』を知ることになる。

 

 

 

******* JK → Pro

 

 

 

 エミが居なくなって、私はより戦車道に打ち込むようになった。

同じように戦車道に心血を注ぐ戦車道乙女は多くいた。

ダージリン、カチューシャ、安斎千代美、島田愛里寿かつてのフリューゲル小隊の面々、そして何より妹、西住みほと逸見エリカ。

 皆一様に思いは同じだった。

 

 

 

―――いつかきっと、天翔エミは戻って来る。だからその日まで、彼女の戻る場所を自分たちが作り、護り、待ち続ける。

 

 

 

 モチベーションの維持など必要はなかった。プロリーグ強化選手として選抜され、国際大会に向けて練習をする日々、その合間合間にエミは陸上選手として毎度違う競技に参加し、その都度あり得ない記録を打ち立て続けていた。

 テレビなどで取り上げられ、彼女の話が持ち上がるたびにどうしようもなく焦燥感を感じる自分が居た。強い怒りを覚える自分が居た。きっと他の皆も同じ思いだっただろう。共感する感情がわかるほどに、私たちは行き場のない思いを抱えて生きていた。

 

 

 

 

―――お前のいるべき場所はそこではないはずだ。 と願う心と、

 

 

 

 

―――あの輝く彼女を己のエゴで引き戻すのか? と考える自己嫌悪と、

 

 

 

 

それでもエミと共にありたい。彼女もそうであって欲しいと都合の良い考えを止めることなど、きっと誰にもできなくて―――

 

 

 

 いつしか戦車道は、そのやり場のない思いをぶつける手段になっていく。

 

 

 

 戦車道という世界で天道を外れ人道を逸れ、そして畜生まで堕ちぬよう、飢餓を忘れるようにただ心のままに戦場を駆ける―――ならばきっと、この身は修羅のそれであろう。

 

 

 

 

 

―――数年後、通算で何十枚目になるかわからない金メダルを受け取ったその表彰式の最中に

 

 

 

―――エミは倒れ、病院に搬送された。

 

 

 

 原因不明の病により、彼女は高速で年老いていき、やがて数年と経たずに老衰で死を迎えるという無慈悲な宣告に、私たちの目指す道の果ては、唐突に失われたのだ。

 

 

 

 誰を恨めばいいのか。

 

 

 何に怒れば良いのか。

 

 

 

 もはやそれすらも霧中の果てに消え、残された私たちは―――

 

 

ただ(かつ)えるままに勝つを繰り返し、

 

 

寂しさも錆び征くに任せ、

 

 

そして赦しを忘れ、赦しを求め、祈るように敵を屠り戦場に安寧を覚える。まさにそれは修羅のさまであるのだろう。

 

 

 

 

 

 

天翔エミの死は大々的に報じられ、今後破られそうにない伝説的な記録とともに歴史に名を残した選手の早逝に世界中が嘆いたという。

 

だが、そんなことは私にも、皆にもどうでも良い話だった。

 

 

 

 

 ゴールラインなどもはやない。けれど走り続ける足は止まらない。止めてはならない。彼女の意志を背負っていると"思い込んで”駆け続ける。

誰もわたしたちを止めることはできない。誰も止まろうと思わない。擦り切れて擦り切れて灰に塵に変わるまで、私たちの歩みは速度を増して続いていく。

 

 

 

 

 

 

******** >> Emi

 

 

 

 

 ――月――日

 

 

 この展開は予想してなかったorz

みぽりんとエリカのぶつかり合いでわだかまりが消えてくれるとかエンディングが素晴らしくなるとかそういう皮算用ばかりでエンディングに至らぬ可能性とか失念だらけやん俺。これはアカン。

 結論から言うと決勝戦で負けた。これで廃艦は必至。状況アウツ……全アウツ……ッ!!大洗が廃艦で曇りまくる、みぽりんも曇りまくる、エリカも気に病んで曇るに決まっている、まぽりんはどうかわからんが会長とか大洗の他の面々も絶望を絵にかいたような表情でいる。罪悪感がはんぱねぇ……!!

 

 トボトボと大洗の皆の元へ戻る途中、文科省の辻とかいうのが声をかけてきた。

 

曰く「大洗が廃艦になるんでウチの推薦する学校にきて陸上とかスポーツ特待でオリンピック狙いません?」とのこと。ふざけてんのかお前、イワしてやろうか?と内心で怒りゲージがガン上がりしている中、

 

 

 その時、(エミ)に電流走る―――ッ!!

 

 

 曖昧な返事で送り返した後生徒会の皆のとこへ。諦めに目が死んでいる杏会長に「任せとけよ」って返してまぽりんのとこへ。

まぽりんから色々話をされたけれど正直耳に残っていなかったりする。俺としてはこの後に起こす俺のアクションによって、もはや戦車道に戻ることはないだろうと踏んでいたからだ。すなわちまぽりんともみぽりんともエリカとも関係は切れてしまうだろうし、俺から会いに行くことは出来まい。

 大丈夫、遠くから見守ってるから安心してみほエリ、まほチョビを構築していって、どうぞ。

 

 

 

 ――月――日

 

 

 文科省の辻さんに連れられて、お偉いさんとこにご挨拶に向かう。

 

ここからが俺のステージだぁ!!(絶対ユグさねぇ感)

 

文科省の偉い人の前で「世界記録塗り替えて金メダルで軍人将棋させてやる」と啖呵切って見せる。実際のとこ己のスペックを鑑みれば大体不可能じゃないと思う。無理ならできるようにトレーニングすりゃあいい。

 条件は『大洗学園艦の廃艦撤回』。

さもなくばこの場で自害して文科省の中の人材一新させてやろうか?と脅しも込めてみる。鼻で笑われたんで手始めにテーブルの上にあったハサミを半分にしたような洒落たデザインの封切りを手に取って、無造作に二の腕を刺して見せた。痛み?あるに決まってんじゃん。

 

 確かにクッソ痛いがなぁ―――こんなもん大洗全体を曇らせた分のピロシキにも相当せんのじゃぁ!!!(切実)

 

 「本気度がわからないのならこの場で陰腹切ってから交渉しましょうか?」と止血しつつ慇懃に笑顔で接した結果なんかドン引きされて廃艦撤回を約束してくれた。口約束で反故にされるのも何なので念書と血判できちんと確約を取ることを忘れない。(安心)

 血の気が引いた顔で一応笑顔で退出する。隣の辻氏の胃とメンタルがボロボロになっていることだろうが、それに関しては謝らねえ。だって俺にしてみればこいつが諸悪の根源という認識だから(迫真)

 

 

 

 ――月――日

 

 

 トレーナーがさじを投げた。

今までやってきたパルクール式トレーニングだけでわりとありえないものだったらしい。解せぬ。あとトレーナーを探してきた辻氏が胃が痛そうにしていた。

が、正直どうでもよかったので、俺のログにはなにもないな!

 

 

 

******

 

 

 

 ――月――日

 

 

 今年で何枚目だっけか……?金メダルをパズルゲームのように並べると合体してデカいメダル一個にならないかなとかどうでもいいことを考えつつテレビをつけると戦車道特集をやっていた。

 もはや画面越しにしか姿を見ることはできないが、みぽりんにエリカ、まぽりんにチョビ、カチューシャにダージリンと懐かしい面々が大人になっている姿ってのは何て言うか―――感慨深い。

 風の噂では杏会長が他の2人と一緒になんか政治的影響力を増してきてるとか聞いたが、あの会長ならやりそうだなと思ったり思わなかったり。

 

 懐かしいなぁと思う。自分でちゃぶ台ぶっ壊しといてなんだけど。

 

 

 

 ――月――日

 

 

 気が付いたらベッドの上だった。

そして医者から余命を宣告された。何を言っているのかわからねーと思うが俺にもry(ポル感)

 

どうやら俺のスーパーパゥワー(巻き舌)は、寿命を削って行っていたものだったらしい。そんでこの年で老衰に至るとか……マジ草生えるわー(大草原不可避)

 

 

 

 ――月――日

 

 

 みぽりんとエリカが、ダージリンが、カチューシャとノンナが、愛里寿と取り巻きのミミミが、

そしてアンチョビとまぽりんが、それぞれ入れ代わり立ち代わりやってきて泣きつかれた。

 やめてくれよ本当。俺のことなんぞ忘れて生きてくれと言いたい。が、言えそうにない。この状況で「ぼくのことわすれてください」(うぐぅ)とか言えたらメンタル鋼クラスじゃね?言ったとしてその後の皆のメンタルのこと考えたらひっそり死ぬのが一番穏当じゃね?と思ったのもある。

 

 

 ―――寿命で死ぬより前に舌噛んで死ぬか(決意)

 

 

 

 ――月――日

 

 

 見舞いに来た辻さんに「アンタのこと最初っから大嫌いだったわ」って最後だし思いっきり本音をぶちまけてみた。

「そうですか奇遇ですね。私も貴女のことは苦手でしたよ」と平然と返された。この役人とはこんくらいの距離感で丁度良かったのかもしれない。

 あともう文科省から異動になるらしいので文科省の辻さんではなくなるとか言われたが、正直その辺クッソどうでもいい感。

 

 

 俺がやらかしたせいでねじ曲がってしまったセカイは、少しでもマシな方向へ戻ってくれただろうか……?

 

 

 みほエリの進展(こんご)を見守ることができないのが心残りだわ。死んだあと亡霊とかになって現世で見守ることとかできないのかね……?転生が許されるならあってもいいかもしれない。

 この日記は世には出せないし、メモリーカード引っこ抜いて胃酸で溶かすとしよう。さようなら俺の日記。

 

 

 




 天翔エミ

 戦車道の世界で華々しく名を轟かせた少女は、戦車道を腰かけにするかのように陸上界に転身。その類まれなる身体能力で次々と世界記録を打ち破り、永世破られるのではないかと思われる大幅な記録更新を成し遂げた部門すらあった。
対して腰かけにされた戦車道界隈では最初から名を売るために当時日本で持ち上げられていた戦車道をやっていたと言われ悪評、風評が絶えなかったのと同じく、彼女と轡を並べた者たち、彼女と戦った同世代の日本人戦車道経験者からは彼女の人となりについて好評がもたらされ、評価が二転三転することもしばしば。

 彼女の評価が最終的に決定したのは、彼女の死後だった。

 彼女が原因不明の不治の病で現役を引退し闘病生活の果てに死亡した後、関係各所に情報がリークされ当時の詳細な情報や彼女が交わした契約などが公表された。その結果彼女は『戦車道を腰かけに成り上がった女』から『戦車道(ゆめ)を捨ててまで戦友たちを護り抜いた守護者』として名を残すことになった。同時に当時の学園艦やプロリーグ誘致における最高権限を担っていた役員や政治家の何人かが責任問題で更迭されたり首切りにあったりしたが、その辺りは一時の話題になりはしても民衆の記憶にも残らなかった。
 天翔エミの当時の契約記録を含めた複数の重要な情報をリークした人物が誰であるかは、匿名のためわかっていない。




■■■■■■■■■■■■


『ティーガー道場!!』
「押忍!!」


『今回の敗因は……というか敗因もクソもないわ。
 ―――負けるんじゃない!!戦車道乙女たるもの、勝ってこそ!西住流は勝利を重んずる流派でしょ!!』
「返す言葉もありませぬ……」




ティーガースタンプを一つ獲得しました!


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詫び石:【 まほルートバッドエンド『修羅』・アフター 】『 “彼女”の死の向こう側 』


―――ピッ

―――ピッ

―――ピッ


 定期的に、断続的に、幽かな音が鳴り響いている。弱々しくて、けれど止まることなく―――鳴り響いていた。


 その間隔が長くなり始めたのはいつのころからだったか―――?


すぐ傍にある画面に表示されている波紋も小さく、今にも消えてしまいそうなほどで





 ―――そしてそれは、流れる川の水が海に行きついた様に、とても静かに消えてしまった。



 

 天翔エミ―――そう呼ばれたアスリートが居た。

 

 未来永劫打ち砕かれないのではないかと思われるような記録を様々な種目で更新し―――ある日突然その生涯に幕を閉じた。

残されたのは後の世に名を遺すアスリートの卵たちを絶望させる極悪なレコード記録であり……【殿堂入り】として将棋界などにおける【永世名人】として別枠に置いてしまう以外に方法が無かっただけに、日本以外の各国が結託してそれを推し進めた。

 

 斯くして、【天翔エミ】の名前は未来永劫歴史に名を残されることになったのだった。

 

 

―――その【天翔エミ】の残した『戦車道』における忌まわしい事件とともに。

 

 

 

 *******

 

>???

 

 茨城県大洗市。その港に寄港して補給中・艦内点検中の学園艦の外縁部で海を眺めていた。内懐からシガレットケースを取り出して一本咥え、「そういえばスーツのまま喫うことは今までなかったな」などと考えて、もう一度しまうか考えたが、結局は火をつける。

 

 スゥと一息に吸い込んで目の前の夜の空気に吹きかけた。眼鏡越しに見える陸の街並みは生活の灯りが灯っていて、賑やかさを感じさせる。

 

 

 「――補給中の艦内は禁煙だよ?どこで小火が出るかわかったもんじゃない」

 

 「……失礼。自由を謳歌する一歩目でしてね」

 

 

 横からかかった声に、顔を向けることなくそう答えて小型携帯灰皿に煙草を放り込んでふたを閉じた。そのうち燃え尽きるか火が消えておさまるだろうと懐に仕舞い直して、海の方へと視線を向ける。

 

「――辞めたんだってね」

 

 隣に歩いてきて手すりに両腕を乗せ、ぼうっと海を眺める女性が、私に話しかけてきた。私はその言葉に女性の方へ顔を向けることなく「耳が早いことで」と返す。そのままどちらとも言葉を投げることなく、波の音だけが聞こえる海風の中、最終的に私から「結局のところ」と言葉を投げることになった。

 

 

「――結局のところ、これまでの私の行動も、“彼女”の努力も、上の方々にとっては自分の今後のポストの糧に過ぎなかった。と、いうことでしょう」

「……お偉いさんの悪い癖だね。何でもかんでも『自分だからこそできた』って思いこんで、下の人間の手柄を動かした自分の手柄にしちまう」

 

 

 あっけらかんと言ってのけるような声色だが、その声が少しだけ揺れていた。私としても、自分の努力を蔑ろにされていい気分ではない。無論、“彼女”の行為についても言わずもがな。

 

「―――私はさぁ……」

 

 誰に聞かせるわけでもない独白のようにぽつりと彼女が呟いた。

 

 「私はさぁ……、後悔してんだよ……あの娘にそうさせてしまったこと。私が選んだ結果救われた人たちと天秤にかけていいものじゃないけど、後悔してるんだ」

「……でしょうね」

 

 女性の言葉に短くそう返す。彼女の独白は、まだまだ続くようだった。

 

「私たちが救われて、あの娘が夢を諦めてさ……後悔したし、感謝もした。神棚作って拝むくらいおどけた真似だってしてた」

 

 当時の状況を思い起こすようにして、女性は顔を上げて海を見下ろしていた視線を空に向けた。

 

「―――心のどっかでさ、勝手に思い込んでた部分があったんだ……。『あの娘なら、きっといつか自分の手で全部終わらせて、また戻って来る』って……」

 

 それは希望的観測だと言ってしまえばその通りだっただろう。だがそれを思わせるものが当時の“彼女”―――天翔エミには在った。

 

 

 日本記録はおろか世界記録をも大幅に更新して日本に持ち帰った金メダルは数知れず。複数の競技を股にかけて挑戦し、挑戦した先で選手たちの阿鼻叫喚と引き換えに日本にメダルを献上していく。幼女と見紛うばかりの小さな体躯からドーピングを疑われ、綿密な検査や各国の医療チーム立ち合いの下で薬物検査が行われたが何一つ怪しいものが出ることはなく、反対に『意図して薬物反応が出る検査結果を持ち込んだ』とある国が他の国の医療チームによって露見し糾弾される結果になった。

 

 

「――ひとつ、間違いがあります」

 

 

 私の言葉に、女性が独白を止めた。見上げるようにこちらの表情をのぞき込んでくる瞳にも一切揺れることなく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

 

「―――“彼女”の戦車道への復帰を阻害していたのは、この国です」

 

 

 ―――圧倒的な運動能力による記録の更新。それが成されるたびに諸外国への発言力を増す日本という国家。その国家的威信の源は、金メダル量産機になった一人の少女という事実。“彼女”が提示した条件など、とうに終わっているはずでしょう。と、『契約』の破棄、ないしは更新を上伸したことは何度もあった。

 

 それを『罪悪感』と呼ぶのなら適当なのかもしれないし、そうではないのかもしれない。けれどその訴えは退けられ続け―――“彼女”もまた、「戦車道の世界に戻るつもりはない」ときっぱりと言い切っていた。

 

 

 

 不意に、肩口を掴んで引っ張られ、そのまま胸倉を掴み上げられていた。

 会話相手の女性らしからぬ強い力に視線を女性の方へ向けると―――対話していた女性とは別の女性がそこに立っていた。片眼鏡のレンズの奥から覗く瞳は烈火の如く怒りに燃えていて

 

 ―――その炎すら揺らぐほど大粒の涙が溢れ返っていた。

 

 

 

「―――かーしま。やめな」

「……だって!!杏ちゃん!!!」

 

 

 いやいやと駄々をこねる子供のように首を振る女性はまるで子供に戻ったようだった。軽く吊り上げられるような状態になりながら、私はそれでも『ああ、そういえば彼女は“彼女”と同じ装填手だったか』などと、どうでもいい記憶を思い出していた。

 しばらく浮遊感と閉塞感を感じていた身体が解放され、眼鏡越しに強い調子で睨まれて、肩をすくめる私に「ごめんね」と隣の女性が代わりに謝罪を口にする。

 

「―――構いませんよ。貴女方にしてみれば、私は同じ穴の狢だ」

 

 胸元と襟元を正してそう返すと「それでもだよ」と返ってくる。

 

 

「あのさ」

 

 

 再び交わす言葉を失くした状態に戻った静寂を破って、隣の女性が声を上げた。

 

 

「―――アンタから見てさ、あの娘……天翔ちゃんって、どんな娘だった?」

「とんでもない娘でしたよ」

 

 

一言でそう答えると「アッハッハ!」とケラケラ笑い始めた。笑いながら、ポロポロと涙を流す女性をよそに、私は彼女から問いかけられた“天翔エミ”の思い出を思い出していた。

 

 

 

 *******

 

 

 

「―――何を考えてるんですか!?」

 

 

 それは文科省の上階、私の直接の『上役』へ取り次いだ後のことだった。

あろうことか“彼女”は「文科省のお偉いさん」と歯に衣着せない物言いのまま言い放ったのだ。

 

 

「―――私と『取引』しようぜ?手始めに来年。世界陸上の日本代表になって金メダル取って来てやるよ。対価は『大洗学園艦廃艦の無期延期』。約束が守られる限りオリンピックだろうと世界大会だろうと海外からトロフィーでも金メダルでも分捕って来てやる。10年後には金メダルで軍人将棋させてやるさ」

 

 

 大口を叩くにもほどがある。そう思ったし、目の前の人物も同じ考えだっただろう。面白そうに笑っていたその表情が、一瞬で青くなったのはその後。

 

 

「断ってもいい。この話持ってここに来た時点で交渉じゃなくてハイかイエスしか聞くつもりはないんだ。悪いね。ここで変死体出して省庁の役人の首すげ替えリストに載るの嫌でしょ?」

 

卓上にあった便箋用のカッターを手に取り、ざっくりと二の腕を大きくえぐって見せた少女に、かける言葉もなく。「君が約束を履行するなら」と焦った様子で救急車を呼ぼうとする『上司』を尻目に「言質はとったぞ」と退室した。その後の状況である。

 

 廊下に点々と赤い血痕を残し近くの休憩室で手慣れた様子で止血を済ませる彼女に怒鳴るように言葉を浴びせた。「ハイハイワロスワロス」ではない。連れて来た此方の立場も危ぶまれれば、何より少女がためらいもなく自分の腕をざっくり自傷して見せたことも規格外だった。

 その後私をギロリと睨んできたときの瞳は今も忘れられない。人を殺す視線とはこういうものなのかと思ったほどで、思わず当時は「ヒッ」と声を上げていた。

 

「―――アンタと同じやり口をアンタの上司がやらないとは限らないからな。私が金メダル取って来て『口約束なんで検討しただけですwww』ってやったら私がどういう報復行動に出るかの本気度を見せておかないと、反故にされてお終いじゃ私がみんなに合わせる顔がねぇんだよ」

 

 私が何をしたのか全く訳が分からなかったが、彼女が文科省の人間を全く信用していない事だけは、その時の言葉で心底理解した。

 

 

 ******

 

 

 ――“それ”を見かけたのは本当に偶然だった。

 

金メダル保証人。何て呼ばれ始め、『天翔エミの出場する大会で優勝はあきらめろ』などという言葉が国内外問わず囁かれていたころ

 

 

―――『戦車道特集』と銘打たれた番組を、憧憬の目で見ている“彼女”を見た。

 

 

 『もういいでしょう』何度その言葉を上司に告げたかわからない。

もう十分と言ってもいいほどに“彼女”は功績を上げ続けた。廃艦延期の約束は続き、その廃艦に関しても、政治方面で頭角を現した大洗学園艦出身のとある女性により大洗学園艦の廃艦決定は覆され最早契約の意味をなしていない。

 

 

 けれど“彼女”への期待は国家間発言力にまで及んでいてもうどうしようもないところにまで発展していた。

 

 

 *******

 

 

 メダル授与式の最中に突然喀血し、その場に倒れて動かなくなった“彼女”に誰より焦ったのが自分だという事実に、彼女の搬入された病院に荒い呼吸でたどり着いた時に気が付いた。

 

 そうして、医師から告げられた『彼女の秘密』に声を失い。

 

 

「そっかぁ」と軽い調子の“彼女”に内心でぶつけどころのない、独り善がりの憤りを抱えていた。

 

 

 私が“彼女”を勧誘して、“彼女”はそれを利用して学園艦を護るために奮戦し―――

 

 

   ―――そうして、その結果今こうなってしまった。

 

 

 余命宣告を受け入れる“彼女”は最後に「最後だから言うけどさ。アンタのこと最初から大嫌いだったわ」と私に向けて言った。

 

 

「そうですか奇遇ですね。私も貴女のことは苦手でしたよ」

 

 

そう答えることしか、私にはできなかった。

 

 

 彼女の担当である私が『天翔エミの健康面における責任問題』として尻尾切りに選ばれるのは、自明の理と言えば自明の理だった。

 

 懲戒免職ではなく異動辞令という形で僻地に飛ばされるのは、免職により守秘義務が失われるリスクを鑑みてか、或いは僻地で私を処分するつもりなのか……

 

 

 やるせなさに無気力にもなるというものだ。

せめて、彼女への最後の仕事とばかりに彼女の遺品を整理して。何も映さない携帯、衣類、学生時代の書籍など、生前の遺言に従って全部処分していく形で

 

 

 

  “それ”を見つけた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 胸元を直す時に胸のポケットから取り出したメモリを隣の女性に手渡した。

此方を見る女性に顔を背けて海の方を見る。

 

 

「いいの?アンタ、タダじゃすまないよ?」

 

 

 立派な情報漏洩だ。左遷ではあれど窓際で給料泥棒生活の身分も丸ごと無くなってしまうだろう という意味だろう。

 

 

「構いませんよ。もうすべて“どうでもいいこと”だ」

「そっか……そう、かもね」

 

 

 その女性は大事そうにメモリを両手で包み込んで、後ろに控えている女性を伴って帰る準備を始めた。

 

 

 

「さよなら、“元”文科省の人。もう会うこともないでしょ」

 

 

 

 小さく手を振る女性に、不意に悪戯心が首をもたげてしまったようで

 

 

 

「―――こちらこそ、もう二度と会いたいと思いませんよ。

 

 

  “元”大洗女子学園生徒会長、角谷杏さん」

 

 

そう答えて、昔彼女に見せたように精一杯の皮肉めいた笑顔で返したのだった。

 







 天翔エミが原因不明の不治の病で現役を引退し闘病生活の果てに死亡した後、関係各所に情報がリークされ当時の詳細な情報や彼女が交わした契約などが公表された。その結果彼女は『戦車道を腰かけに成り上がった女』から『戦車道(ゆめ)を捨ててまで戦友たちを護り抜いた守護者』として名を残すことになった。同時に当時の学園艦やプロリーグ誘致における最高権限を担っていた役員や政治家の何人かが責任問題で更迭されたり首切りにあったりしたが、その辺りは一時の話題になりはしても民衆の記憶にも残らなかった。

 天翔エミの当時の契約記録を含めた複数の重要な情報をリークした人物が誰であるかは、匿名のためわかっていない。


 彼女の死後、彼女の遺品は彼女の生前の遺言に従い念入りに焼却され、ひとつ残らずこの世に残らなかった。そのことを嘆く戦車乙女は多く、西住流家元、西住まほを筆頭に彼女の生きた痕跡を探す者たちは後の世に多く見られた。




 彼女が生前、小まめに付けていたとされる日記の存在がネットに上がったのは彼女の話が風化し始めたある日だった。


 その日記の処分の記録は残っておらず、しかしその日記の所在は当時を知る人間がほぼ居なくなった現在となっても未だ不明のままである。


【『月刊戦車道、特集!天翔エミという少女について』より抜粋】


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まほルートバッドエンド 【 微睡 】

年内にまほルート終わらせる予定だったけど、終わらなかったorz


 

「今年ももう終わりか」

「そうだなぁ……」

 

炬燵の中でだらんだらんと気だるげにしている俺の前で同じくおこたに入ってみかんを剥いているのはまぽりんこと西住まほ。

 

「今年は冷え込むって言ってたからなぁ……めっちゃ寒いわぁ」

「――大丈夫?エミは身体が冷えやすいから少し心配なのだけど……?」

 

 ごろんと炬燵で横になって潜り込む。こういう時にロリペド野郎垂涎のお子様背丈は便利なもので、たとえ寝転んでも邪魔にならない。のびのびと身体を伸ばして「くぁぅ」と欠伸を漏らすと少し離れた玄関口のドアが開いた音がした。

 

 

「寒いですわ寒いですわとってもとってもお寒いですわよ!!」

「ローズヒップ、ステイ」

 

 

 両手をスリスリ擦り合わせ、ぴょんぴょんと小刻みにジャンプしながらもどかしげに足だけでブーツを乱雑に脱ぎ飛ばして炬燵に飛び込もうとするローズヒップに一言告げるとそれだけでその場でピシリと立ち止まった。そのローズヒップの様子を尻目に優雅に靴を脱いで揃えて並べ、静かに部屋に入ってきたのは言わずと知れたプラチナブロンドのブリカス、ダージリンである。

 

「――買ってきましたわよ。はんぺんにちくわぶ、がんもに昆布巻き、それに濃い口醤油と青海苔*1

「―――は?牛スジにアキレスとタコ足、さえずりに薄口醤油だろうがよ。昆布巻き?昆布は出汁だろJK*2

 

 炬燵の中から見上げるようにして答えるも、鼻で笑ってみせるダージリンに若干イラッとしてる俺。

 

「寒さで動けない駄々っ子は黙ってなさいな。関東圏のおでんというものを味わわせて差し上げますので」

「おう、自分の調理スキル見直してから言えよブリカスが」

 

 言ってから「俺ここまで辛辣にダージリンにぶつける性質だったか?」と若干疑問に感じたが、ダージリンはなんかイイ笑顔でニッコニコのパフェコミ状態だったため、どっちかというとドン引きが先に来た。

 

「エミさーん!こんばんはー」

「隊長、先輩。年の瀬にお邪魔します」

 

 次にドアを開けてやってきたのはみぽりんとエリカ。二人そろって厚手のコートとマフラー装備でお出ましである。もこもこのブーツを脱ぐのに戸惑っているみぽりんをエリカが支えながら手伝っているその様子にさっきまでのドン引きもどこへやら、俺満足、お前らも満足、みんな満足最の高!であろう。

 

「エミーシャ!!来てやったわよ!!」

Добрый вечер(こんばんは)、御招きありがとうございます」

 

その後に続いてノンナとカチューシャが

 

「Buona sera!!ドゥーチェ!寒ぃからドア早く締めてください!」

「天翔!西住!来たぞー!!」

 

ペパロニとアンチョビが次々とやって来て、あっという間に多少広めの部屋は炬燵とストーブ前に陣取る組と、調理班に分かれてワイワイガヤガヤと騒がしい状態になった。物件的には広めとはいえこれだけの人数集まったら流石にやや狭い。

 

 

 

―――なんでみんな集まってるんだっけ……?

 

 

“――――起きて”

 

 

「では、調理に入ります」

「待ってろよぉー……本場アンツィオの料理道を味あわせてやるぞぉー!」

 

そんな感じで悩んでる間にノンナとチョビが持ってきた食材片手にキッチンへ向かってった。あちらでは既にみぽりんとエリカが調理モードに入っているところである。てぇてぇなぁ……(ほっこり)

 

 

……なんか悩んでる事がどうでもよくなってきたなぁ……

 

 

  *******

 

 

 「お待たせしました」

「待たせたな!アンツィオ流大晦日レシピを持って来たぞぉ!」

「Увидимся*3。こちらも準備完了しました」

 

 エリカが、チョビが、ノンナが次々と料理を運んできて、炬燵テーブルの上に乗せた拡張用の天板テーブル一杯に料理が並ぶ。

 

「ロシアの年末年始の伝統料理、オリビエです」

「アンツィオの年末年始はレンズ豆を食べるのが恒例なんだ!」

 

 皿一杯に盛られたレンズ豆の煮物とその上に乗っかった豚肉ソーセージ*4と、色鮮やかに盛り付けられた北国野菜のサラダ。それにイッツミー☆ハンバァァァァァグ!!!に年越し蕎麦。年末グルメとはこういうことだと言わんばかりのラインナップである。

 

 

“――――起きて”

 

 

 ――――はて?そういえば何故俺は皆で大晦日を過ごしているのだろうか……?

 

 

「エ、エリカさーん!ちょ、ちょっと手伝っ―――あっ!ダージリンさん!それ料理に使うモノじゃ……」

「あら?マーマイトをご存知でないの?イギリスのスープ料理ではオーソドックスな調味料でしてよ?」

「ちょ―――何作ろうと……臭っ!!何この匂い!?」

 

 みぽりんからの絶叫染みたヘルプの声と、ダージリンの調子の変わってないマイペースな言葉に反応して、ダッシュで取って返したエリカが悲鳴上げてる件。何作ろうとしてんだあのブリカス……

 

 

 

―――今何を考えてたんだっけ……??

 

 

“起きて――――『エミ』……!!”

 

 

 

 ********

 

 

 

―――ゴーン、ゴーンと、鐘の音が響く。

 

 

 自分の味音痴を理解してないブリカスによる「サバとヒヨコ豆(マーマイトベース)のカレー~ただしサバとヒヨコ豆が無かったので缶詰のサバ味噌と余ったレンズ豆で代用~」を食べて無事死亡したローズヒップを余所に、普段の様子で紅茶飲んでるダージリンを背景に、除夜の鐘をBGMにみんなで蕎麦をすすっている。

 

「エミ―――今年もよろしく」

「……ん」

 

 ちゅるちゅると蕎麦をすすりつつ短くそう返すと、フッとまぽりんがほほえましいものを見ているように口角を僅かに持ち上げる。

 

「天翔!西住!今年もよろしく!今年はアンツィオが勝利を飾る年だがな!」

「何言ってんの!今年こそはプラウダの年なんだからね!!」

 

チョビが、カチューシャが、間に割り込むようにして宣戦布告を始めると、口角を上げて微笑んでいたまぽりんの笑みが、好戦的なそれに変質していく。バチバチに視線を交錯させてにらみ合うチョビとまぽりんを見てるとなんていうかこう……フフ……下品ですけど……下品なのでやめますね……フフ……

 

 カチューシャに至ってはこっちに視線を向けて全力で打倒宣言して来てる。こういうの良いッスよねぇ~~~!やっぱカチューシャはこうでなきゃ!!

 

 

 

“起きて――――エミ!!!”

 

 

 

 

―――あれ?高校生大会は終わって、今大晦日で……みぽりんとエリカが和解してて――――

 

 

 

 

 

“お願い――――!!!”

 

 

 

 

―――今は【いつの話をしているんだ】―――?

 

 

 

 

 

 

 

“起きて――――お願いだから――――!!!”

 

 

 

 

 

「エミさん」「先輩」

 

 

 

 

 脳裏に過った疑問をたどる前にかかった声に顔を上げると、炬燵に入ったまま蕎麦を啜ってる状態の俺を立った状態から見下ろすようにして―――

 

 

みぽりんとエリカが二人そろって微笑んで俺を見ていた。

 

 

 

 

――――あーうん。

 

 

 

 

 なんかもう、その辺どうでもいいか―――。

 

 

遠く響く除夜の鐘。新年が始まり、みほエリはここに在って―――

 

 

 

 ―――だったらもう深く悩むことも考えることもないよな。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――どうして?」

 

 

 暗く沈んだ声で、悔しそうに、絞り出すように声を漏らす女性。モンブランカラーのストレートヘアを揺らして、とっくに色褪せたボコられグマのぬいぐるみを強く抱きしめて、ポタポタと涙の雫を落としていた。

 

 

見下ろしている下には……完全密閉された、まるで鋼鉄の棺桶のような器の中で、静かに眠っている少女 

 

 

「起きて―――“エミ”―――!!」

 

 

眠り続ける少女の棺に寄り添って、跪く様に身体を預けて、声をかけ続ける女性。

 

 

「起きてよ……エミ……

 

 

  ―――わたし、24歳になったよ……!!」

 

 

 

 勝者の権利として、天翔エミのコールドスリープを提案したのはまだ14歳の少女のころだった。期間は【5年】、ひとまずそこで一度解凍し、本人がこの停滞を受け入れるかどうかを選択させる。それが少女―――島田愛里寿の示した提案だった。

 

 当初こそ難色を示したエミだったが、結局は今にも泣きだしそうな愛里寿の懇願に、その提案を受け入れることになった。

 

 

「じゃあ―――5年後にまた会おうね、エミ。おやすみなさい」

 

 コールドスリープのポッドに入る前のエミにそう声をかける愛里寿に

 

「―――そうだね。おやすみ可愛い愛里寿。また会おうな」

 

 エミは確かにそう答えた。

 

 

 

 

 

「―――起きて……!!目を覚ましてよ……エミ……!!

 

 約束、したじゃない……!!」

 

 

 5年の間に島田と西住の家や日本戦車道、それらを取り巻く環境も大きく変わった。起きてくるエミのために、色々な話をしたくて様々な話を集めては、エミに語って聞かせることを考えて、日々を過ごしていた。

 

 

 

―――けれど、目覚めない。

 

 5年が過ぎて、愛里寿が19歳になった時にエミの解凍実験が行われた。

 

しかし、コールドスリープの解凍実験は失敗。エミの意識は戻らず、エミの肉体を保存するために再び凍結措置を取ることになった。

 

 この一件により西住と島田の水面下で激しい争いが激化。二家の関係は表向きほぼ断絶に近い状態になった。

 

その上で、当代西住家師範西住まほ及び師範代西住みほが秘密裏に愛里寿とコンタクトを取り、天翔エミに関する話し合いと対策を続けているのが現状である。

 

 

「―――話したいこと、行きたい場所、やりたいこと、一緒に、一緒……!!」

 

 

 ぼろぼろと機材と床を濡らす涙を止められなくて、島田愛里寿はさめざめと泣き続けていた。

 

 

 かつて西住まほがそうであったように、島田愛里寿も24歳を数えるようになった。いかに娘贔屓の母としても、婿取りを考える年齢となっている。かつて西住まほに行ったそれが、己の身に降りかかる状況を前にしても、島田愛里寿は変わらない。そして、眠り続けている天翔エミもまた、変わらずそこに在った。

 

 

 

 継ぎ接ぎだらけの、いつ壊れてもおかしくない世界で、眠り続ける少女と、目覚めを待つ女性の終わりが――――いつ訪れるのか、まだわからない。

 

 

 

*1
神奈川なので関東風の味付けである

*2
熊本なので当然、関西味である

*3
お待たせしました

*4
コテキーノというらしい





これにて今年の投稿終了!!

良いお年を!!



【追記】

アンケに福袋設置しました。3が日終わったらアンケ締めきって「投票数が多かった福袋」を準備します()


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まほルートバッドエンド 【 変わらないカノープス 】前編

>>> Side Emi

 ―――行く当てがあったわけではなかった。

ただ、そう―――ただ漠然と「次の行動(プランB)を起こさなければ」と感じていただけだったのだ。運の悪いことに、決勝戦で長雨に撃たれていた俺とまぽりんはともに風邪をこじらせて倒れてしまい、暫く二人とも絶対安静として面会謝絶となっていた。俺は結局、まぽりんに別れを告げることもできなかった。置手紙だけを残して部屋を飛び出して、ただ突き動かされるまま“大洗”へと向けて学園艦をも飛び出していた。


「――――何やってんだよぉ俺はさぁ……」


 そうして正気に戻った俺は行く当てが完全に行方不明状態で一人ぽつーんとリストラリーマンのおっちゃんよろしくブランコに腰かけている。
 キィキィとブランコを揺らして黄昏れていた俺に―――声を掛けて来たのは、


<分岐>

   神奈川をホームグラウンドにするパイセンだった
 ▷  何かと馴染みの深い紅茶狂いだった。 
   ドリルテールの少女だった 《※今この選択肢は選択できません》
   スーツ姿の家元さんだった 《※ルートが開通していません》



******



「―――何をやってるんですの?」


 ―――声を掛けて来たのは、今この状況で絶対に会いたくない人物だった。
プラチナブロンドの髪をラウンドシニヨンにまとめ、PJではなく聖グロリアーナの制服姿。紅茶とソーサーは持ってない。ここで会うと思ってなかったのかなんか大判焼きとかたい焼きとかが入ってそうな独特な茶色の紙袋を抱えている。
 言わずと知れている聖グロの隊長、ダージリンである。


「―――行く当てがなくってな……」


 黙っていてもしょうがないので簡単に状況を説明しておく。ここで「テメーには関係ないから」とか言えるメンタルであったならば話は大きく変わっていたことだろう。が、正直行く当てもねぇ泊まる当てもねぇ行く先が見えねぇで詰んでいた俺にはその辺の考えなど全くなかった。






 *******

 

 

 

 ――月 ――日

 

 全国戦車道高校生大会準決勝。ルーレットの結果選択されたのは聖グロリアーナ側、英国の原野を模した広い丘陵地帯と煉瓦作りの遮蔽物(家屋や城壁跡)が立ち並ぶ非常にわかりやすい戦場だった。

 

 

「―――良い試合を期待していますわ」

 

 

 優雅に前に出て握手を求めるように手を差し出すダージリンは、しかしスルーされる。黒森峰隊長として前に出て来た西住まほの視線はダージリンの方ではなく、後ろの方で列に並んで礼のタイミングを待っている一人に注がれていた。

 件の視線を注がれている少女はあらぬ方向に視線を向けていて、まほの視線を無視している。その姿にまほは視線をダージリンに戻し、所在無さげに差し出されたままの手を取った。

 

 

「……必ず勝利する。西住の名に懸けて」

「ええ、それを打ち破ります。グロリアーナの……いいえ、

 

 ―――このわたくしの意地にかけて」

 

 

 グッと固い握手を交わす二人の間に垣間見える炎と雷のようなエフェクトを、観戦者は見ているだろう。感じているだろう。二人の間に繋がる因縁のぶつかり合いを感じ取っているかもしれない。

 

 

 

 

 その真実は全く違うものであることを知る人間は、当人たち以外にはいないのだが。

 

 

 

 

*******  準決勝 → 黒森峰事件直後

 

 

 

 「元の場所に返してらっしゃい」

 

 黒森峰の制服を身に纏った幼女のような姿の娘を連れて学園艦に戻ったわたくしは、紅茶の園でそんな声に歓待された。

 

「行く当てがないと当人がおっしゃっておりましたので」

「だからってホイホイ拾ってこないの!ちゃんとお世話できるの?」

 

 対応が子供が捨て猫を拾ってきた時の親のそれである。しかも当人が狙ってやっていないのだから反応に困る。

 

「世話を焼く必要はないでしょう?グロリアーナの生徒として扱えば、それで事足りますわ。第一……この娘が大人しく私の世話になると思って?」

「……在り得ないわね」

 

 やや悩む様子を見せながらそう答えた彼女に「でしょう?」と返して一歩下がり、手前に出てくる形になった少女の背を軽く押して前に送る。

 

「では、よろしくお願いしますわね。―――アッサム」

 

 後の手続きを任せて外に出る。扉を背に「はぁ」と息を吐いた。

 

 ―――疲れた。

 

 彼女―――天翔エミを見つけた時は何事かと思ったものだが……話を聞いて連れて帰ることに決めたのは英断だったと思っている。

 

 

 天翔エミから聞けた話は全くノープランで学園艦を飛び出したというもの。

 逆を言えば「逃げ出したくなるほどの絶望」であったと言える。

 

 

 それがいかほどの絶望であったかなど、到底推測できるものではない。

それでも、たとえどのような絶望であったとしても彼女が西住まほの隣を放り出して、すべてを捨てて逃げ出したなんていう在り得ない現実をどうしても認められなかった。

 GI6を私的な目的で動かすことはできない。だからこそアッサムに天翔エミを見せることを選んだ。あとは彼女が動いて調査をしてくれるだろう。

 

 後日、黒森峰に正式に天翔エミを保護したという報告をしたところ

「エミのことを頼む」と短い返事が返ってきた。と、同時に黒森峰に正式に連絡船を送って天翔エミの荷物をグロリアーナに運び込むことになり、アッサムが有志数名を引き連れて旅立って行った。

 

 

 

*******  黒森峰事件後 → 日記

 

 

 

 ――月――日

 

 今日から黒森峰学園艦に入学する。

筆まめと言うほどではないけれど、できるかぎり日記を付けて行こうと思っている。

 

夢にまで見たあの黒森峰での戦車道。これからどんなことが起きるのかな?

 

 

 

 ――月――日

 

 初日から大失敗だった。装填手としてあの西住まほさんと同じ戦車に乗る機会があったのに、何もできなかった。動き回る戦車に振り回されて思うように動くこともできなくて、みんなに迷惑をかけるだけに終わってしまった。

 模擬試合が終わった後、私は彼女の戦車から降ろされた。

戦力外通告と言うことなのかもしれない。それでもあきらめるなんて言う選択肢はない。自分が戦車道に向いてないなんて聞き飽きてる。

 

 一歩ずつでも、前に進むんだ。

 

 

 

 ――月――日

 

 黒森峰のレギュラーと、レギュラー候補と、それ以外の分類分けは顕著だと思う。私たちはいわゆる「いらない子」なんだろうと理解できるほどみんなの表情が暗い。

 

 模擬戦でヤークトティーガーを使うように言われてみんながこの世の終わりみたいな顔をしていた、けれど私にとっては僥倖だ。足が遅いこの子なら、私は誰より役に立って見せる!

 

 

 ――月――日

 

 西住さんと仲直りできた。ヤークトティーガーが正式に私たちの戦車になったし、もう私たちはいらない子なんかじゃなくなった。

 新しい私たちの門出。私たちの―――翼!!

 

 

 ――月――日

 

 西住さんと私たちのぶつかり合いが、模擬戦での開始の合図になっている。

日本最高峰と言っても過言じゃない西住さんと並び立って戦っている自分が、今でも信じられない。

 これからもっと頑張って行かないといけないよね!

 

 

 ――月――日

 

 まほと友達になった。面と向かってまほって呼ぶのはそれでも馴れ馴れしい気がするし、周りの皆にも悪い気がしてるから西住さんって呼び続けてるけど……。

 

 西住さんとセットで見られていることが誇らしくもあり、荷が重い部分もあり……もっとがんばらないと……! 

 

 

 

********   日記 → 現在

 

 

 

 > Side Darjiling

 

 「で、これは何ですの?」

「見てわかるでしょう?あの子の部屋にあった日記よ」

 

 パラパラと序盤の数ページを眺め見て疑問を口にしたわたくしに対して、アッサムは憮然と返事を返す。

 

「―――わたくし、こういう悪趣味な真似は好みではありませんけど?」

「そうね、私も知ってるわ。これが【部屋の机の二重底の中から】見つかってなければ、私もプライバシーを侵害するつもりはなかったわ」

 

 アッサムの返事で、やや時間が止まった。序盤だけを流し見ただけではただの普通の日記としか見えなかったものだ。けれどそんな当たり前のものを、そんな数奇な方法で隠す必要などありはしない。

 

 

 

 つまり、【この日記にはなにかが隠されているはず】。アッサムは言外にそう言っているのだ。

 

 

 

「―――貴女のほうでも読み進めてみてくれる?ひょっとしたら文章にも何らかの法則性などがあるかもしれない。一人より二人よ」

「了解しましたわ。ダージリン様」

 

 事務的に一礼してコピーを手に退出していくアッサムを尻目に、わたくしは手元の日記に視線を落とす。シンプルでどこにでもありそうな日記帳は、今は得体のしれないモノのように見えた。

 

 

 

 ********  現在 → 日記

 

 

 

 ――月――日

 

 私たちがまほの翼で、まほをどこまでも遠くへと連れていく。

まほを支える翼であることが、私たちの誇りでもある。

同時に、私とまほはライバルなんだ。少なくとも、まほはそう思っている。

だからまほに並べ続けられるように努力していかないといけない。

 

 

 ――月――日

 

 一つ壁を越えるたびに、西住まほへの道に次の壁が目の前にある。

努力を繰り返して、乗り越えた先にもまた壁がある。この努力は身になっているのだろうか?と繰り返すたび、満足そうなまほの顔で安堵する。

 繰り返しが苦痛ではないとは言わない。けれど私には努力しかないから。

 

 これまでと同じだ。成功し続けていればいい。ただそれだけ。

 

 

 ――月――日

 

 まほの妹さんが入学してくるらしい。同時に、副隊長を妹さんにすることで、西住流としてハクを付けたいらしく、言い辛そうにしているまほが居た。

 別にそんなこと気にするものでもないだろうに、おかしな話だ。

 

 今の私の立場は全部、まほが与えてくれたものなのだから

 

 私から言い出すと感謝をされたうえで、「妹のことを頼む」とお願いをされた。

もちろん引き受ける以外の選択肢なんかない。もともと隊長と西住流と、いろんな立場で動けないまほの代わりに、私が色々見てあげないといけない。

 まほの相棒として、まほができない部分を私がフォローするのは当然の責任だ。

 

 

 

 *******  日記 → 現在

 

 

 

 ―――半ばまで読み終えて疲れてしまった目元を抑える。

 

 

 朝日はまだ昇ってきていないが、時計は黎明時刻ごろ。夜を越えて読み進めていたらしい。

 

 天翔エミの日記には天翔エミの苦悩と苦労と、苦難と自己否定が詰め込まれている。本人はこれを常識だと思っている節があるから本当に救えない。黒森峰ではこの生活が通常だったからこそ彼女の基本ルーチンは常人から見れば狂ってしまっているのだろう。

 

 

 ――正直、これを読んだ上で【どうすればいいのか】という話である。

 

 

 理解できた基本条項として、天翔エミが黒森峰に居る限り彼女は常に『西住まほに並び立つことを強いられる』ということ。そして彼女自身がそれを目標として文字通り血の滲むような努力を繰り返しているということ。

 それが彼女の強さの軸であり、同時に彼女自身を蝕み壊す毒であるということ。

 

 

 

 何をどうすれば最善なのか。その答えは出ない。

 

 

 

 彼女の強さは驚異的だ。そしてその強さの軸は西住まほだ。西住まほを己の目標として、対比する対象として己の立ち位置を確認している彼女にとって、西住まほがすべての基準である。

 今の彼女の軸がブレて見えるのはその軸そのものが存在しないからだ。

 『私が倒したい天翔エミ』は、西住まほがいなくては成り立たない。けれどこんなものを見せられてなお彼女に努力を続けさせることに躊躇いが生じないはずもない。

 

 まだ読み進めたいところだが、学校へ向かわなければならない。後ろ髪惹かれる思いのまま部屋を出る。

 教室に向かう途中でアッサムとすれ違った時、アッサムも欠伸をかみ殺していた。二人ともこれでは紅茶の園のメンバーとして示しがつかないと思う。

 さて、天翔エミに問いただされたときの言い訳はどのようにしましょうか……。

 

 

 

 

 ―――明日はさらに読み進めてみようと思う。

 

 

 

 ******* 

 

 

 > Side Emi

 

 

 

 ――月――日

 

 聖グロに連れてこられてはや3週間。黒森峰では何かしらの動きがあってしかるべきだろう。俺としては、みぽりんがどうにか軽い処分で終わって黒森峰に在籍という未来で終わっておいて欲しい。けれど敗北の責任という観点で見た場合、フラッグ車から降りて単身味方を救いに向かったみぽりんを黒森峰というより西住流が放置しておくとは思えない。

 仮にもしも原作通りにみぽりんが大洗に転校となった場合、みぽりんとエリカのためにはみぽりんのフォローのためにも大洗に転校することも視野に入れなければならないし、或いはエリカの状態を調査したうえで黒森峰にUターンしなきゃいけないかもしれない。

 

 いずれにせよ情報だ。情報が欲しい。

 

 

 ――月――日

 

 ダージリンに頭を下げて、黒森峰の状況を調べてくれと頼んでみた。

意外にもあっさりと許可が出たので、アッサムにお願いして一先ずこれまでの調査報告書を見せてもらうことになった。 

 

「貴女はもっと自分に自信を持ちなさい」と励ましてくれるアッサムマジ淑女。意味わからんけど。

 

 自信を持てと言われても正直現状持てるはずもない。まぽりんの相棒になって慢心した結果、みほえりのファクター足りえる決勝戦を見事に失敗した敗北者ぞ?我敗北者ぞ?我装填くらいしか取り柄のないクソモブぞ?

 

 

 ――月――日

 

 俺の失踪については、学園内で話題に上ることすら許されない禁忌として緘口令が敷かれているらしい。なにそれこわい(素)

 

 こんな忌まわしき事件を起こした身としてKEJIMEつけなきゃ……!とセルフピロシキを敢行。左手小指をコキャッとやったところ、目ざとく発見したアッサムとダージリンからガチ説教をくらいました。人為的にやったものか事故のものか見極めるブリカスこわい。今後はもっとうまく事故でなったように見せかけなければ……(使命感)

 

 

 ――月――日

 

 割と気を使ってくれてるのか、頻繁にパイセンが遊びに来る。

黒森峰の俺の部屋から色々荷物を持ってきてくれたらしいが、それから察するに、俺が聖グロにご厄介になっているのはまぽりんが知るところになっているのだろう。或いはまぽりんを通じて黒森峰に伝わっているかもしれない。

 

 

 ふと思い立って珈琲を入れてパイセンにサーブしたみたところ、普通に飲んで普通にコメントくれた件。紅茶の園とは何だったのか……?

 

 

 

 

 追記

 

 後日ダージリンがめっちゃ怒って怒鳴り込んできた件。

 今度四隅に小瓶に詰めた珈琲豆を配置して珈琲結界みたいにして撃退できないかを試してみようと思いました。

 

 

 

 

 

  >> 【To Be Continued】

 

 

 

 




********


>>> Side Nishizumi

 ――年――月――日

 エミがいなくなった。何も言わず、何も残さず、ただ家具だけがそこに残っていたため、一縷の望みをかけてその部屋にとどまった。
 寮の消灯時間に至り、すとんと腑に落ちるようにして「エミはもういない」のだと理解した。

 ―――涙を流すことなど、何年ぶりだろうか……?


 ――年――月――日

 エミの部屋で朝を迎えた。一夜が明けるとより一層確信を覚えて心が沈む。
 だが、落ち込んでもいられない。私は西住まほ、黒森峰を支える隊長で、西住流を背負わねばならない身だ。弱さなど見せていられない。
 そうして立ち上がって、ふと気づいた。陸の学校だったころは一人で戦うことが基本だったが、学園艦にやってきてからはずっとエミと一緒だった。

 西住流における自身の戦車道が、たちまちに揺らいでいくような錯覚を覚えた。

―――私はいつから「エミありき」の戦術に頼っていたのだろうか?


 ――年――月――日

 人の口に戸は建てられない。エミがいなくなった噂はすぐに広まった。
訓練でも練習試合でも、些細なところで齟齬が生まれ隊列に乱れが出る。悪循環を感じずにいられない。
 エミがいなくなった弊害がそこかしこに現れる。私はどれだけエミに依存して生きていたというのだろうか……?



 ―――私はどれだけ、彼女に負担を強いていたのだろうか?



 ――年――月――日

 聖グロリアーナからの通信を受ける。そこにはやや簡潔に「行く当てのない子を拾って帰りました」とあった。

 瞬時にこれがエミのことであると思えたのは、私がそうであってほしいと、それに縋りたかったからなのかもしれない。

 しばらく考えたのちに、ダージリンに連絡を取る。
「今の黒森峰にはエミにとって良くない感情ばかりが蔓延している。悪感情を駆逐するにも時間が必要なので、距離を置いてしばらく静養させておいてもらえると非常に助かる。だからその間【エミのことを頼む】」

 エミの生活において必要なモノがこちらにあっては困るだろうと思い、聖グロリアーナから特使を招いて学園艦の寮内にあるエミの必要な私物を取りに来てほしい旨を伝えておく。


 ――年――月――日

 がらんとした殺風景な部屋がひとつ。エミの私物はそんなに多くはないし、そもそもエミは部屋を飾り立てることをしないタイプで、ストイックに自己鍛錬に勤しんでいた方だった。

 だが、何もなくなってしまった部屋を見て、さしもの私も思わずにはいられなかった。


 “エミはもう黒森峰に戻ってこないのではないだろうか” などと、弱気なことを考えてしまって―――己を叱咤するようにかぶりを振った。



 ******



 何の私物もなくなってしまった部屋。



 あの人の痕跡がなくなってしまった部屋。



 あの子がいなくなって、

 あの人がいなくなって、

 孤高に立つ隊長を止められなくて―――



 私はそんなザマでなお副隊長なんかをやっている。滑稽な話だ



 あの人が残した手紙を、隊長に今更見せることもできない。


 あの人が残した「まほに伝えないで欲しい」を言い訳に―――



 私は今日も隊長のために規律を下の者たちに強いている。




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3月6日 逸見エリカ誕生日記念(大遅刻)

 「今日の練習は以上―――!!」

「「「お疲れさまでした!!!」」」


 全員で整列し、礼を行う。壇上から降りて更衣室へ向かう隊長の後ろに付いていつものように


「―――ああ、エリカ。今日は付き添わなくていい。帰れ」
「―――えっ?」



【逸見エリカのお誕生日会 in ダージリンファイルズ】




―――今日は最悪な一日だ。



 PJを着替えた記憶がなかった。けれど制服に着替えていて、授業も耳に残っていなくて……生きている実感が薄かった。


 隊長に拒絶された。


 そう感じてしまった部分があるけれど、そのショックが大きすぎている気がする。




 ―――いや、無理もないのか。だって今の私は【一人】なんだ。




 あの事件の後、突然いなくなってしまった私のかけがえのない親友たちは、遠く離れた場所で戦車道を続けている。私に何の相談もなくいきなり二人で消えてしまった。
 いや、正確には相談を一度されている。件の消えた親友の一人天翔エミから「私は学園を離れるから彼女のことを頼む」と、お願いをされた。その決意を覆せなかったから私は彼女を見送った。



 そうしたら、何故かもう一人の親友と一緒に消えてしまったのだ。なぜか。



 その居なくなってしまったもう一人が、あろうことかエミと一緒に居なくなって、しかもエミを連れて転校した先で戦車道を始めていたと知った時の私の感情は、筆舌に尽くしがたいモノが在った。



 ―――いや、そんな話は今はどうでもいい。兎に角、私は今一人きりなのだ。



 同じように一人になってしまった隊長を支えるために副隊長として頑張ってきた。努力を続けてきたはずだった。
 けれど突き放されて、今の感情が良くわからなくなった。



 話をする友人はいる。世話をする後輩もいる。けれど―――純粋に内面を預けられる親友は、今ここに居ない。





「―――はぁ……」


 こうしていてもはじまらない。トボトボとした足取りで寮へ向かう。なんだか心のザワザワが落ち着かないので今日はハンバーグを食べようと思った。スーパーなどのレンチンやインスタントではなくて、ひき肉から手捏ねで作るお手製のハンバーグだ。

 そうと決まったら足取りは迅速に、行動は脳内処理で。

 合い挽き肉ではなく、牛と豚のひき肉をそれぞれ買い込んで自前で配合するのが自作のトレンド。牛脂もついでにお持ち帰りしておく。素材の厳選を終えたら後は調理工程を脳内で反芻しながら寮のドアを開けて―――






「―――エリカさん!お誕生日おめでとう!!!」
「ハッピーバースディ!エリカ!!」






 それほど広くない寮の部屋のテーブルに並べられたケーキと、親友二人の笑顔が私を出迎えてくれた。


「―――な、なんで?え?どうして??」


 困惑する私に「あれ?もしかして聞いてない?」と呟いているみほの姿。

私はそんなみほたちの様子に、記憶の糸を手繰り寄せる。練習後のやり取りを、脳内で―――






『―――ああ、エリカ。今日は(誕生日だと聞いて居る。無理をしなくていいので)付き添わなくていい。(みほたちが準備をしているだろうから先に部屋に)帰れ』





 そこそこ説明を省いた端的なお言葉を反芻するに、そういう意図があったのだろう。正確に伝わっていないけれど―――




「―――おっ、ハンバーグの材料?いいねぇ!久しぶりにエリカのハンバーグ食べたいなぁ、いいなぁ~」
「もう、エミちゃん。今日はエリカさんが主役なんだよ?」

買い物袋を目ざとく見つめてさりげなくもないおねだりをしてくるエミと、それを嗜めるようにしつつこっそりと期待する様子のみほに



「―――しょうがないわね!大人しく待ってなさい」



 私はエプロンを取り出してキッチンに立った。






 ―――今日は素晴らしい日だ!!







*********



 ――月――日


 計 画 通 り !!


 学園艦の入港日程を会長に嘆願してズラしてもらい、エリカの誕生日に黒森峰学園艦と交流できる日程を作る。
そしてみぽりんを連れてサプライズパーティー!!これやで工藤!!みほエリの進化の一助になれり!!

 一応話を通しておこうとまぽりんには話を通したし問題はない。
あとはエリカとみぽりんのキャッキャウフフを特等席で眺めるだけの簡単なお仕事です。



 でも俺が身分的に同席するのがどうかと思うのでとりあえず3ピロシキくらいが妥当だと思いました。(後日滅茶苦茶執行した)





◀◁◀◁◀◁◀◁◀◁  時を戻そう(某芸人感)   ◀◁◀◁◀◁◀◁

 

 

 

「ハッピーバァァァスディ!!!」

 

 若干テンション高めに盛り上げようと声を上げる俺と、そんな俺を道化に思ってくれてたらいいナーと期待したい目下のみぽりん、そして赤星さんとエリカ。

総勢4名が集まっていた。

 

 

 

 

 【逸見エリカのお誕生日会 in 小梅ルート】

 

 

 

 

 黒森峰学園艦と大洗学園艦の姉妹同盟が締結され、島田愛里寿が入学を決めて年末。次期生徒会長選挙で俺が生徒会長をやることになり、まぽりんはドイツに旅立った。

 順調にリハビリを終え「天翔エミ復活ッ!!」と復活アピールしたときには暦の上では11月。まぽりんのドイツ行きの前に全員でお泊り会やって―――色々と戦慄を禁じえない情報を記憶に残してしまった。今も胃が痛かったりする。

 11月に退院したということで愛里寿の誕生日も、みぽりんの誕生日も逃してしまい、盛大に祝うことができなかった俺は「とりあえず一本逝っとく?」と脳内で決議案を提示したり、けど戦車道的に冬には無限軌道杯とかあるしなぁととりあえず保留したりと色々あった。無限軌道杯については――――病み上がりってこともあり俺出場できなかったんだけどさ(大人の事情)

 

そんなこんなで年が明けて、バタバタしてたら3月で―――Xデーやで!ってことでみぽりんにそれとなーく話を振ってみたんだが……

 

 

【悲報】黒森峰はストイック杉田【まぽりんの弊害?】

 

 

 なんということでしょうか……みぽりんたちは去年、誕生会を一切やっていなかったと言うではありませんか……。高等部一年目のあの決勝戦の前にやったエリカの誕生会が最後で、翌年の春は突然戦車道始めた俺のことでいっぱいいっぱいでそれどころではなかった上、例のロミジュリ事件(俺命名)があったしでどうしようもなかったそうな。……あれ?これ俺のせいでは?(PP+1)

 これはいかんよなぁ……テコいれもやむ無しよなぁ……?ということで赤星さんを巻き込み3人でエリカのとこに凸してみんなで誕生日祝おうぜ!ってノリと勢いで押し込んで全員でパーティータイムである。

 本来ならばいつも愛里寿が後ろをついて回って俺のピロシキカウンターをグルグル回転させているところなのだが、4月からの年度更新で進級して正式に大洗の制服を着ることになるとかで島田の家に戻って採寸作業の真っ最中らしい。試着した後アルバムに写真残したりするんだろう。主にちよきちさんとミミミが。

【閑話休題】

 

 

「一年越し、二年ぶりって言うのに……なんか懐かしい気分ね。でも……うん、悪くないわ」

「そうかい?気分悪くしなかったのならいいことだね」

 

 ジュースとノンアルで乾杯してエリカが若干嬉しそうに気恥ずかしそうに呟いているのを見てるとやってよかったなーと思う。なのでみぽりんも祝辞述べてやって、どうぞ。

 本日のお誕生日会はハンバーグ多めのコースになっております。エリカは本当にハンバーグ好きだよなーって話題振ったら「アンタが前に食べたいって言ってたからでしょ!?」と返された件。やだこの娘、天使かな?(PP+3)

 

 

 

 ******

 

 

 

「誕生日、お祝いにいくから」

いつものメールの末尾に、さらっと書かれた一文を流し読んでメールを閉じて―――

 

―――しばらくして見間違いかな?勘違いかな?と思いながらメールを確認して

 

 

「――――――みほっっ!!部屋を片付けたいから……手伝って!!」

 

 

 全力で迎撃準備を整えることを決めた私は、少しでも確実性を高める選択肢を選んだ。

 

 午前中に来て飾りつけとか色々をやっていくという内容にみほと一緒に部屋を片付けて、あれやこれやとエミを迎えるための用意を整えた結果、やってきたエミが「エリカはすごいね」と感嘆するほどになったが、気合を入れていつもよりも頑張った結果をボーダーに設定されたような気がして少し悩んだ。

 

 誕生会のために“もてなされる側”が料理を用意するというのは本末転倒なのかも?とみほも言っていたけれど、これはどうしても私が用意したかった。

 ついこの間まで入院していて、病院食以外が恋しいと軽口を叩いていた彼女が言っていたから。

 

「エリカのハンバーグ、アレ退院したら久しぶりに食べてみたい」って言っていたから。

 

 

 

 「美味しい」と言ってくれる彼女の姿で、努力は報われるから。

 

 

 

 夜にバルコニーで夜風に当たり、考える。これまでのことや、これから先のこと。

 三年生に上がり、私とみほで、隊長が抜けた穴を埋めて黒森峰を再び常勝の優勝校にしていかなければならない。そのとっかかりとなる三年目の大会で、エミがいる大洗女子には強力な敵が存在する。

 

 島田愛里寿。 隊長とみほの二人がかりでやっと打倒できた怪物。

 

 わたしにあの娘の相手が務まるだろうか?彼女の取り巻きである大学選抜の三人はいないけれど、その代わりにあちらにはエミと赤星がいる。あの二人の相手をしながら島田愛里寿を相手取る……現実的とは言い難いと思える。

 それでも、託されたバトンを私とみほで受け取り、次の世代に繋げる使命が、私にはある。みほの凄まじい才能を、エミの努力に裏付けられた力を見てきた私だからこそ、あの二人をして更に上に居る島田愛里寿の存在に、私程度でどうにかなるのかという諦観を―――赤星小梅の背中が吹き飛ばしてくれる。

 

 

―――負けてなるものか。

 

 

 トラウマを克服して、痛みをものともせずに、貫き通した凡人がその意地で西住みほを打ち破って見せた。ならば私にだってできない道理はないはずだ。諦めない限り、模索し続ける限り。

 

「―――エリカか?」

 

 肌寒さを感じて軽く身震いした私の後ろから声がかかり、振り返った先にはエミが居た。なんだか少し辛そうな表情をしているのが見て取れて、病み上がりに無茶をさせてしまったのかと不安になる。

 

「大丈夫なの?気分が悪そうだけど」

「ああ、へーきへーき。久しぶりに食べたハンバーグにちょっと食べ過ぎただけだよ」

 

 そう言ってニッと笑って大丈夫だとアピールして見せるエミに苦笑を返す。

 

「ならいいけど―――本当、無茶はやめてよ?大学選抜戦の時みたいなのはもう禁止だからね?心配するこっちの身がもたないんだから」

「言われなくても二度とやりたくないさ」

 

「おおこわい」と身震いして見せるエミの様子に内心で嘆息する。どうせこの娘は、どうしようもなくなったら同じことをするのだろう。そう心で理解できた。

だから―――

 

「ねぇエミ? 私、誕生日のプレゼントが欲しいわ」

「プレゼント?それならさっき交換会をやったじゃないか」

 

 誕生日会の最後に音楽とともにプレゼントをローテーションする恒例のプレゼント交換をやったことを指しているのだろう。エミは不思議そうな顔をする。でも私は知っている。エミがこっそりとタイミングと座っている順番を計算して操作して、赤星の手元に自分の用意したプレゼントが入れるように画策していたことを*1

 まだまだ赤星の傍で経過を見ながらあの子の世話を焼いていくという意志表現に思えて、同じように気づいていたみほとふたり、アイコンタクトで残念無念を分かち合った。

 

「―――アレとは違う、特別なやつ。一つだけでいいの」

「―――話が見えてこないなぁ……」

 

 私の様子に少し違和感でも感じ取ったか、バルコニーの狭いスペースに腰を下ろして私を見上げる様な態勢で言葉を漏らすエミに

 

「簡単なことだから。いい?」

 

 念を押すように、縋るように、そんな切に願うような声だったらしい私の言葉を受けて、エミは鷹揚に「いいよ」と頷いてくれた。

 私はそんなエミに視線を合わせるようにしてすっと手を差し出す。小指を伸ばして、「約束」と。

 お互いの小指を絡めて、ゆびきりげんまん。子供みたいなそれを、胸の内に仕舞う様に。

 

「―――エミは思い立ったらすーぐにどっかに飛んで行っていなくなっちゃう子だから、約束」

「そう言われると辛いね……前科があるだけに」

 

 困ったような顔をするエミと一緒に唱和する。

 

「ゆびきりげんまん。―――何処に行ってもいい。でも必ず私とみほのところに戻ってくること。その後どこかに行ってしまっても、また絶対に戻って来る事。いい?」

「―――なんだいそりゃ?」

 

 あの時、赤星は言った。「私一人ではエミさんを止めて置けない」と。

だから私だけでもきっと無理だ。もっと重石を増やさないといけない。だったら……あの頃と同じように、みほと二人でエミを抑え込めばいい。その後独占したかったら、その時みほと決着を付ければいいだけのこと。

 

「いいから約束!!私とみほが一緒に待っててあげるから、いきなりいなくなってもいいけど、絶対に戻ってきて」

「―――あぁ、わかったよ」

 

 強引でも、無理やりでも、私やみほがお願いすると「約束だ」と言ってくれる。

 

そんなエミが堪らなく好きだ。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ――月――日

 

 エリカの誕生日でヒャッハーしてきた。今日はすこぶる喜ばしいメモリーデイである!全世界のみほエリ信者よ!我が世の春が来たぁぁぁぁぁ!!!!

 

誕生日会が終わってお泊りモードの最中、ベッドが足りないので床にオフトゥン敷いて眠っていたら夜中不穏な気配に目を覚ますとみぽりんがすぐ隣で寝ていた。余りの状況に決して気付かれないように気配を殺してアサシン歩きでバルコニーまで飛び出したところ、エリカが外で夜風に当たっていたのだ。が―――

 あろうことか夜にエリカと小指絡めてゆびきりげんまんをすることになった俺である。この後エンコ詰めるべきかな?と思った矢先、エリカから重大発言が飛び出したのだ!

 

 

 

私とみほ一緒に待っててあげるから」と!!!

 

 

 

クォレハァ……みほエリ、スタートしちゃってるよね?あの衝撃の告白の夜(小梅ルートエピローグ参照)から僅か半年足らずほどではあるが……赤星さんの傍に付くことを選んだことで俺のフラグは見事に叩き折れていたようである。

 やはり俺の仮説は正しかった!!そして俺が消えたことで世界の摂理は正しくみほエリを描いている!!俺は勝った!運命に打ち勝ったのだ!!

 

 

嗚呼みほエリよ永遠なれ!!!俺は生涯この日を忘れまい!!

 

 

 

 

それはそれとしてこの後めちゃくちゃ【清算】した()

 

 

*1
賢明な方々はもうお分かりですね?「みぽりんにエリカの、エリカにみぽりんのプレゼントをそれぞれいきわたらせるため」に交換するルートの順番、音楽のタイミングを計っていたのがそう―――俺だ。




とまぁ、偏在する2つのルートVerエリカバースデー ということでひとつ。

まほルートVer?まだ完結してないから、またな!!()


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戦車道高校生大会公式実況系スレ(と非公式スレ)

■ ■ ■ い い わ け ■ ■ ■


ちがうんです。私はエミカスまほルートの続きを書いていたはずなんです。
ただ感想読んで「うわー色々感想くれてるうれしいなあ」って喜んでたら
唐突に脳内に電流が走っただけなのです。


掲示板っぽくできているかは不明。あの辺のノリ本当によくわからない……orz


▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

【第63回】今年も始まりました【戦車道全国高校生大会】

 

1:名無しの戦車乗り

 今年も始まりました!全国高校生大会!!

大会10連覇を阻まれ、雪辱に燃える黒森峰!

優勝校のプラウダ!他サンダース大付属に聖グロリアーナ!

四強の戦いにワクワクしよう!!

↓↓↓大会運営公式HP

ttps://**********

 

2:名無しの戦車乗り

立て乙

 

3:名無しの戦車乗り

運営の広報乙

 

4:名無しの戦車乗り

立て乙

 

5:名無しの戦車乗り

戦車道も年々下火なのによーやるわ。

 

6:名無しの紅茶党

今年は聖グロリアーナが熱いゾ!

 

7:名無しのM4A1

>>6 何処情報よ?ソース出せ

 

8:名無しの戦車乗り

喧嘩すんなwwwwwwwwwうぇwwww

 

9:名無しの戦車乗り

煽りたいのか自治厨なのかはっきりしろw

 

 

(以下しょぼしょぼとレス雑談が続く)

 

 

******

 

136:名無しの戦車乗り

トーナメント表キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

137:名無しの戦車乗り

プラウダがサンダースで、聖グロが黒森峰と同ブロックか

 

138:名無しの虎キチ

聖グロ乙カレー

 

139:名無しの紅茶党

は?

 

140:名無しの珈琲党◆Kilimanjaro

は?

 

141:名無しの戦車乗り

>>140

おいww異端者が居るぞwwwww

 

142:名無しの戦車乗り

>>140

wwww

 

143:名無しの戦車乗り

知波単終了のお知らせ

 

144:名無しの戦車乗り

こりゃ今年も決勝はプラウダと黒森峰かなー?

 

145:名無しの戦車乗り

車輛保有数で考えるとサンダースもありそう

 

146:名無しの戦車乗り

サンダースの1回戦の相手、聞いたことない名前なんじゃが?

漏れが情弱なだけ?

 

147:名無しの戦車乗り

>>146

安心汁。漏れもシラネ。何処だよ大洗って(謎)

 

148:名無しのグンマー民

>>146 >>147

大洗女子学園。20年以上前にはなんか強かったらしい。詳しく知らんけど。

ただ、学園艦持ってるくせに戦車道やらなくなって20年くらい音沙汰なかったトコだな。

 

149:名無しの戦車乗り

>>148 ありが㌧。

要するに昔強かった学校な。プロリーグの話が上がってて、学園艦全体で戦車道やろうって流れになってるから再開してみましたって感じかね?

 

150:名無しの戦車乗り

抽選会で大洗の代表になってる子、どっかで見たことあるんだけど?

どこだっけ??

 

151:名無しの戦車乗り

そんなことより青師団をすこれよ

 

152:名無しの戦車乗り

あの制服はヤヴァイ(確信)

 

 

(以下、何故か各学園のPJ談義へシフト)

 

 

 

*******

 

 

330:名無しの戦車乗り

一回戦一方的だったな。黒森峰やっぱ強いわ

 

331:名無しの知波

知波単魂に敬礼!!/)`;ω;´)

 

332:名無しの玉田

/)`;ω;´)

 

333:名無しの福田

/)`;ω;´)

 

334:名無しの細見

/)`;ω;´)

 

335:名無しの名倉

/)`;ω;´)

 

336:名無しの浜田

/)`;ω;´)

 

337:名無しの寺本

/)`;ω;´)

 

338:名無しの久保田

/)`;ω;´)

 

339:名無しの池田

/)`;ω;´)

 

 

(以下敬礼AAと黙祷AAが続く)

 

 

******

 

 

381:名無しの戦車乗り

一回戦Bブロック始まったぞー

 

382:名無しの戦車乗り

大洗の方5輛しかいねぇぞ?どういうことだ?

 

383:名無しの戦車乗り

>>382

戦車が集められなかったんだろ。質でも数で負けてるなら勝ち目ねぇじゃん

 

384:名無しの戦車乗り

大洗\(^o^)/オワタ

 

 

******

 

 

402:名無しの戦車乗り

おいおいおい……マジかよ

 

403:名無しの戦車乗り

えちょ!?ま!?

 

404:名無しの戦車乗り

こマ!?

 

405:名無しの戦車乗り

え?ちょ、え??

誰か風呂入ってた俺に説明頼む

 

406:名無しの戦車乗り

>>405

大洗がフラッグを見つける

→フラッグを追いかける

→サンダースが4輛残して4輛だけで追いかける(!?)

→追いついたサンダースが大洗をフルボッコ

→生き残った大洗のⅣ号がフラッグを撃破して勝利

 

407:名無しの戦車乗り

>>406

えぇ……?

 

408:名無しの戦車乗り

サンダースの舐めプで大洗が勝ったでおk?

 

409:名無しのファイアフライ

>>408

舐めプというな●すぞ?

ザッツ戦車道!と言え

 

410:名無しの戦車乗り

今年の隊長、ケイさんだからなー……フェアプレー精神が悪い方向に出ちゃったかー

 

411:名無しの戦車乗り

>>410

kwsk

 

412:名無しの戦車乗り

>>411

戦車道 ケイ でググれ。

そんでWiki開け、大体そこに書いてある通りだから

 

413:名無しの戦車乗り

あれ?大洗の38tに子供が乗ってる

 

414:名無しの戦車乗り

>>413

おいおいマジか?ソース出せ

 

415:名無しのM4A1

>>413

レギュ違反じゃね?運営に報告しなきゃ(使命感

 

416:名無しの戦車乗り

画像か映像はよ!

 

417:名無しの>>413

ほらよ

http//img.****.img.

 

418:名無しの戦車乗り

マジだ……マジか

 

419:名無しの戦車乗り

いや待て、ちょっと待て。

これ、【虎の翼】じゃね?

 

420:名無しの戦車乗り

何だその痛々しい名前はwwwwww

 

421:名無しのシュバルツバルト

>>420

は??(マジトーン)

 

(以下、「は?」だけの謎の一行レスが続く)

 

******

 

 

498:名無しの戦車乗り

で?結局何者なの?子供じゃないの?

 

499:名無しの戦車乗り

>>498

知らない人っているんだなぁ。

 

500:名無しの戦車乗り

>>498

化け物

 

501:名無しの戦車乗り

>>498

ょぅι゛ょの皮を被ったサイヤ人

 

502:名無しのシュバルツバルト

>>498

見た目は幼女、中身は天使よ?

 

503:名無しの戦車乗り

評価別れすぎワロタwwwwww

 

504:名無しの紅茶党

>>498

【虎の翼】天翔エミ

黒森峰で西住まほの相棒やってた子で、ヤークトティーガーの装填手。何が凄いって装填手で名前が知られてるとこ。

装填手で月間戦車道の特集記事に載ったこともある。見た感じ幼女だけど高校生やで?

 

505:名無しの戦車乗り

っていうかなんで黒森峰の生徒が大洗に居るんだってばよ!?

 

506:名無しのグンマー民

いや待て、大洗のⅣ号に乗ってたの西住みほじゃね?西住まほの妹。

 

507:名無しの戦車乗り

>>506

お前のその情報量なんなの……?(戦慄)

 

 

*********** **********

 

 

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

【第63回】決勝戦!大洗VS黒森峰【戦車道全国高校生大会】part334

 

1:名無しの戦車乗り

 第63回戦車道全国高校生大会決勝戦に駒を進めたのは

世界強化選手枠の西住まほ以下黒森峰女学園と、西住まほの妹、西住みほと西住まほの相棒天翔エミを擁する大洗女子学園。

ついに始まるかつての盟友との対決!!こうご期待!!

↓↓↓大会運営公式HP

ttps://**********

 

2:名無しの戦車乗り

立て乙

 

3:名無しの戦車乗り

立て乙

 

4:名無しの戦車乗り

立て乙

 

5:名無しの戦車乗り

立て乙

 

6:名無しの戦車乗り

立て乙

 

7:名無しの戦車乗り

立て乙

 

8:名無しの戦車乗り

立て乙

 

9:名無しの戦車乗り

立て乙

 

 

 

******

 

 

106:名無しの戦車乗り

そろそろ始まるな

 

107:名無しの戦車乗り

パンツ脱いだ

 

108:名無しの戦車乗り

おまわりさんこっちです

 

109:名無しの戦車乗り

いつかやると思ってました

 

110:名無しの戦車乗り

無茶しやがって……!

 

111:名無しの戦車乗り

袂を分かった相棒とのバトルとか小憎らしい演出してくれるわ戦車道の神様

 

112:名無しの戦車乗り

大洗車輛、なんかパワーアップしてね?

 

113:名無しの戦車乗り

本当だ!Ⅳ号がゴツくなってる!!38tの代わりにヘッツァー?っぽいのいる!

 

114:名無しの戦車乗り

38tからヘッツァーにクッソ強引に進化させやがったwww無茶するなぁwww

 

115:名無しの戦車乗り

いやいや待て待て待ちなさい。驚くとこが違うだろ。

ヤークトティーガーとポルシェティーガーが増えとるやん!

 

116:名無しの戦車乗り

>>115

チヌのこと忘れないであげて

 

117:名無しの戦車乗り

順当に数を増やして来てるが、ヤークトとかどうやって調達してんだ?

 

118:名無しの戦車乗り

>>117

さてはニワカだなオメー?虎の翼が元々乗ってた戦車が黒森峰のヤークトやぞ?

 

119:名無しの戦車乗り

そういや大会の間、あのヤークト黒森峰に1回も編成されてないな。

 

120:名無しの戦車乗り

装填手の代わりくらいいくらでも居そうなのにな

 

121:名無しのシュバルツバルト

>>120

はぁ??

 

122:名無しの粗挽肉

>>120

はぁ???

 

123:名無しの岬君

>>120

お前は何を言ってるんだ?(AA略

 

 

(中略 以下延々天翔エミの装填能力とか「嘘松乙w」によるレスバ)

 

 

******

 

 

206:名無しの戦車乗り

西住まほと一騎討ち始めたぞwww

 

207:名無しの戦車乗り

試合そっちのけで二人の世界www

 

208:名無しの戦車乗り

これは個別でスレ立てざるを得ないwwwww

 

209:名無しの戦車乗り

世界大会向けの強化選手とガチガチに押し合える辺りやっぱ只者じゃねぇわこいつ

 

210:名無しのグンマー民

>>209

そんな有能極まりない選手を外に放逐した西住流www

 

211:名無しのSMD

>>210

控えめに言ってどうしようもないなって……

 

212:名無しの戦車乗り

>>210 >>211

さては島田だなオメー(名推理)

 

213:名無しの戦車乗り

>>212

西住アンチはすべて島田だという風潮()

 

214:名無しの戦車乗り

村上流とかその辺りも思い出してあげて?

 

215:名無しの戦車乗り

日本で人気を二分してるからなぁ、お互いにアンチいるししゃーない

 

 

******

 

 

235:名無しの戦車乗り

マウスwwwww

 

236:名無しの戦車乗り

マウスがwwwww

 

237:名無しの戦車乗り

無茶苦茶してんなwwwwカモさんの中の人大丈夫かこれ?

 

238:名無しの戦車乗り

>>237

マジレスするなら特殊カーボンがあるし大丈夫だろ。

至近距離から128mm喰らっても装甲で止まって中の人怪我しねぇし

 

239:名無しの戦車乗り

>>238

そう考えるととんでもねぇな特殊カーボン

 

240:名無しの戦車乗り

あんな狭いとこに無理やりマウス突っ込むから……orz

 

241:名無しの戦車乗り

まるでいいとこなかったな、マウス(笑)

 

242:名無しの戦車乗り

世界最大の超重戦車(笑)

 

243:名無しのグンマー民

これは西住無能wwwww

 

244:名無しのクマモン

>>243

島田乙

 

245:名無しの戦車乗り

ええい!マウスはいいんだマウスは!虎を映せ虎たちの方を!!

 

246:名無しの戦車乗り

別スレ在るからそっちで語って、どうぞ

 

 

*******

 

 

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

【黒百合峰VSロリ洗】虎と翼について語ろうずww【キマシタワー!!!!】part12

 

 

120:名無しの戦車乗り

やべぇよ……やべぇよ……

何がやべぇって画面真っ直ぐに見られない(≧∇≦)

 

121:名無しのシュバルツバルト

安心していい。私もだwwww(≧∇≦)

 

122:名無しの戦車乗り

戦場の真ん中でアイを叫んだけもの(虎)www

 

123:名無しのM4A1

ロマンティックが止まらないんだけど!?

私こういう告白してみたい!彼に!!

 

124:名無しの眼鏡置き

>>123

やめとけやめとけ()

 

125:名無しの戦車乗り

だがスルーwww圧倒的スルーwwww

 

126:名無しの戦車乗り

いやまぁ、うん……試合の真っ最中なんだから返事返したりしないよな

 

127:名無しの道民

いやでもこの情熱たっぷりな告白に対する返事はリアルタイムで返信すべきじゃね?

 

128:низовая метель

応えてあげないってことはそういう意味なんじゃないの?

 

129:名無しの戦車乗り

>>128

なんやねんこいつ

 

130:名無しの戦車乗り

>>128

すまんがスレチだと思う。ここは虎と翼の関係を生暖かく祝福する場所なんで、帰って、どうぞ

 

 

******

 

 

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 

 

334:名無しの戦車乗り

試合終了――――!!優勝は大洗!!

 

335:名無しの戦車乗り

おめでとう!

 

336:名無しのわんこ

おめでとうございますですの!

 

337:名無しの詩集好き

おめでとうございます!

 

338:名無しのチハ

おめでとうございます!

 

339:низовая метель

Хорошо!!

 

340:名無しの戦車乗り

いやー改めて一からもっかい見たいわこの試合

 

341:名無しの戦車乗り

これは大会ダイジェストもダイジェストにならない(確信)

 

342:名無しの戦車乗り

むしろどこをピックアップしろというのか俺が編集だったら悲鳴上げるわ

 

343:名無しの戦車乗り

なんか運営が叫んでおるのう

 

344:名無しの戦車乗り

運営が叫んでるな

 

345:名無しの戦車乗り

何?なんかトラブル?

 

346:名無しの戦車乗り

なんかまだ戦闘続けてるのがいるらしい?

 

347:名無しの戦車乗り

オイオイオイオイいい感じに終わろうってときに空気読まねぇな

 

348:名無しの戦車乗り

でも市街地の方はもう止まってるぞ?

 

349:名無しの戦車乗り

虎つばや!あっちがまだ戦ってるっぽい!

 

350:名無しの戦車乗り

運営の報告聞こえてないっぽい?

 

351:名無しの戦車乗り

完全に二人の世界ですありがとうございました。

 

352:名無しのシュバルツバルト

何やってんですかあの二人ェ……

 

353:名無しのシュバルツバルト

>>352

虎つばスレとか今お祭りよ?

 

354:名無しの戦車乗り

中継が各校のチームテントで慌ただしく動いてる生徒がいるって映したら

アンツィオがメシの準備し始めてた件

 

355:名無しの戦車乗り

安定のアンツィオwwwww

 

356:名無しのローマ

ドゥーチェ!ドゥーチェ!

 

357:名無しのローマ

ドゥーチェ!ドゥーチェ!( ゚∀゚)o彡゜

 

358:名無しのローマ

ドゥーチェ!ドゥーチェ!( ゚∀゚)o彡゜

 

359:名無しのローマ

ドゥーチェ!ドゥーチェ!( ゚∀゚)o彡゜

 

 

(以下謎のドゥーチェコール)

 

 




大学選抜戦とかで距離2m位の位置でお互いに携帯取り出して



XXX:名無しの戦車乗り
大学側が追い詰めましたけどwwwwやはり島田が最強www

XXX:名無しの戦車乗り
は?これから逆転しますしおすし



ってコテハンで煽り合う家元とか見たいような見たくないような()


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 『 』三次作品 【 風信子 】 

■■■■ Warning!!! Warning!!! ■■■■


このお話は、本家様のガルパン二次短編『俺はみほエリを為せず敗北しました』のうち、


 『  』 という短編のさらに二次という 三次創作 です。

もととなった作品は割とガチで精神的にキツいシロモノですので、その二次であるこちらも、結構精神的にキツいと(中の人は本気で)思っています。


覚悟を決めた方のみ、スクロールして進んでください()


↓もとになった作品を含む本家様の短編集(一切のネタ抜きで閲覧注意という前書きあり)
https://syosetu.org/novel/179328/




















■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


「二度とこないでくれないかな?」

 

 

 

それは柔らかな声色で、だけど絶対的な拒絶の言葉。

殺意と悪意と敵意と害意とをドロドロに煮詰めて溶かして混ぜた様な、そんな聞いて居て気持ち悪くなるほどの重みを持った言葉。

 

 

「――――ぅ、ぇ――――」

 

 

 私の隣で蒼い顔をした愛里寿が口元を抑えて蹲った。

無理もない。年相応よりは大人に寄っている愛娘ではあるが、ここまで濃縮された悪意の塊をぶつけられたことはないだろう。

 後ろに控えていた三羽烏の一人が愛里寿を抱き上げてそそくさと立ち去るのを気配で確認して、目線はあくまで目の前の少女から外さず。

 

 

 

 

「――――――――――――ぃ、ぁ―――――」

 

 

 

 

 かさかさの肌で、かすれた声で弱々しく呟いたのは、ベッドに横たわる幼子のような少女。それを自分の名前だと瞬時に認識した目の前の少女が、こちらを最早背景か何かだと放り出して幼子のほうへと向き直る。

 

 私には聞こえないほどに幽かな声で、短く何事か会話していた。その度に少女はうんうんと大袈裟に相槌を返したり、ころころと顔色を変えていった。

 

 

 

「――――彼女が許したのなら、私にはどうすることもできない」

 

 不承不承ながらといった様子で部屋を出ていく少女は、去り際に殺意と悪意を凝縮した視線で、まるで射殺すかのように見つめてくる。

 

 

 

―――でもそれでいい。それが私への罰なのだとするならば、安いものだ。

 

 

 

******

 

 

 

 

 “なにもいりません。この子さえいればそれでいいんです”

 

 

 

 そう言って私のもとを去った彼女は、数年後にあっさりとこの世からも去った。

 

 死因は、わかっていない―――。

 

 残されたのは幼子がひとり。父親は―――――。

 

 

 

―――昔の話だ。

 

 

 

 私は結局引き取ることを放棄して、幼子を遠く熊本の地で放逐した。かつての縁を利用して、西住のお膝元で、その子がせめて何も知らず育ってくれと祈った。

 

―――反吐が出る話である。

 

 

******

 

 

 

 少女はすくすくと成長して、他と明らかに違う異常な偏執を見せていた。

調査させたところ、同じ年のころの孤児院の連中と絡むことなく、ただただひたすらに身体を作ろうとしているらしい。肉体をイジメるような過酷なトレーニングを行い、他の連中が食べるものから余分な食材を避けて必要な栄養素だけを選んで摂取し、身体づくりを勤しんでいる。

 

 理由は―――“戦車道”なのだそうだ。

 

 

 

―――血は争えない。そう言っているかのようだった。

 

 

 

*******

 

 

 

 黒森峰女学園に入学した彼女は、黒森峰でレギュラーの座を獲得したそうだ。

その上、類まれな身体能力による装填速度で月刊戦車道に特集ページを掲載されるほどになった。その「血筋」による頭角を、めきめきと現している。

 

 

 

―――彼女が気付いた様子はない。ないのだ。

 

 

 

*******

 

 

 

 愛里寿が生まれ、その素質を如何なく発揮し始めたころ、上の娘が邪魔になった。ただそれだけの話だ。

 分家の養女にと声を上げる者もいた。が、それは余りにも酷な話ではないだろうか?―――長女に直接話をしたところ、「家を出る」とだけ告げられた。

 

 

 

―――昔の話だ。

 

 

 

********

 

 

 

 

 

 ボコられグマのボコ という愛くるしい??クマのぬいぐるみに愛里寿はよく懐き、良く愛でている。ボコミュージアムという場所があると教えると目を輝かせていた。

 

 

 

 

―――そこで彼女と愛里寿が出会ってしまった偶然を、何と呼べばよいのだろうか?

 

 

 

 

―――親の因果が子に報い。という言葉では、きっと足りないのだ。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 黒森峰の10連覇をかけた戦いで、彼女はフラッグ車から飛び出し、濁流に呑まれゆく乗員を救うことを選んだ。

 そしてその結果10連覇を逃した黒森峰の上層部の怒りを、同級生の怨嗟を、西住流の恨みを受けて、そのまま死んでしまうのではないかと思われた。

 

 

 

 

―――あるいはここで手を差し伸べて島田で掬い上げることだってできたかもしれない。

 

 

 

 

 けれど私は踏み出すことができなかった。

 

 

 

 

―――怖かったのだ。彼女を目の前にして、拒絶してしまうことが。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 彼女は継続高校に渡ったと、風の噂に聞いた。

調査を送り込んだが、防諜が激しく情報が集まらない。なので、いっそのこと顔を合わせてみることにした。

 

 

 

 ―――この時の判断を、今でも後悔している。

 

 

 

この時顔を合わせなければ、あの子と再会することもなく、お互い知ることもなく―――すべてはきっと、誰も知らぬまま終わっていたはずだったのだ。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 大人は疑う生き物だ。

 

或いはすべてが『狙いすましたものだったとしたら?』

 

彼女は『全てを知っていたうえで、愛娘の愛里寿と出会い、黒森峰を出て、放逐した長女と出会い、今を過ごしているのだとしたら?』

 

そう考えてしまうのは、私が汚い大人として汚れている証左に過ぎない。

 

 

 

 

 

 

そして私は、自分から全てを崩壊させた。

 

 

 

 何も知らない彼女を怒鳴り付け、叩き、罵り―――そうして事実を突きつけてしまう。

 

 

 

―――時を戻すことなど誰にもできない。けれどこの時の彼女の絶望は、私には想像もつかない―――きっと。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 ―――因果は巡る。

 

 

何もかも壊れる。

 

 

 

 愛里寿は彼女の背景を何も知らない。あの子も愛里寿に罪がないことを知っている。だから何も言わない。

 けれどあの子からすれば愛里寿も私も同様に、彼女を傷つけるだけの存在なのだ。拒絶もするし、排斥もする。

 

 泣きそうな顔をする愛里寿だけでも、せめてと懇願する。

 

 

 

 ―――“自分のお腹を痛めた娘は、さぞ愛しいだろうさ”

 

 

 

 その言葉が、忘れられない―――。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 “私は気にしてませんから”

 

 

 

 

 彼女から語られたのはその一言だけだった。

 

どう接したらいいかわからないまま、何も知らない愛里寿にじゃれつかれている彼女を見ていると、自分への嫌悪感に我慢が出来なくなる。

 

 

 

 なんと嫌な女なのか―――

 

 

 

―――そう思うことで贖罪を求めているのだと理解する賢しい自分が嫌になる。

 

 

 ―――許されることなど、ついぞあり得ないというのに。

 

 

 

 

******

 

******

 

 

 

 

 定期的な間隔で、少女の身体に繋がれた機材―――心電図の音が響く。

もはやハァハァと苦しそうに息をする元気も残っていないのか、枯れ枝の様な身体をベッドの上に投げ出して、干からびた様な姿で、少女は眠たげにも見える濁った瞳を私へと向ける。

 

 

―――どう応えて良いかわからない。どう話しかけたらいいかもわからない。

 

 

 ぐるぐると渦を巻く心中を察してか知らずか、少女の唇が微かに動いた。

 ぱくぱくと、死にかけた金魚のように、かさかさの唇を動かして、何かを伝えようとしている。

 

 読唇術は、島田の斥候術の中でも初歩の方に属する技術であり、私も習得している。しっかりと唇の動きをつぶさに観察して、その動きから言葉を類推していく―――

 

 

 

 

 “ウ”

 

 

 “マ”

 

 

 “レ”

 

 

 “テ”

 

 

 “キ”

 

 

 “テ”

 

 

 “ゴ”

 

 

 “メ”

 

 

 

 

 

 

 ―――最後まで読み取ることなど、できなかった。

 

 

 

 言葉に出すことすらももはやできないような死に体の少女を抱きしめて、その耳元に、囁くような声で告げる。

 

 

 島田の家元として言ってはいけない言葉。

 

 

 家長としての立場から言うことができない言葉。

 

 

 

 あの日彼女に再び会いに行ったとき、本当はその時に言いたかった言葉。

 

 

 

 

 

 

 

―――あなたのことを―――

 

 

 ―――愛してあげられなくて、ごめんなさい―――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――本当に反吐が出る人間だとも――――島田千代(わたし)という人間は。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 その後、数日して少女は息を引き取った。

 

葬儀はしめやかに行われ―――少女と仲の良かった一人が戦車道の舞台から姿を消した。

 

 

 

 いつも綺麗に掃除が行き届いている墓石の前に、今日も華が手向けられている。

 

 

紫色をした、ヒヤシンスの花。

 

 

その花を見つけるたびに、『  』は心底嫌な顔をして、親兄弟の仇かのように、その花を投げ捨てる。

 

 

 

 

 けれどその花は、毎日欠かされることなく墓前に供えられている。

 

 

 




――――ちゃうねん(震え)


まほルートを書いてたはずやねん。こんな闇うちの中にあらへんねん(哀願)


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装填騎兵エミカスRS(IF:小梅ルート) ※ 完結 ※
【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート 】


――月――日

運命の決勝戦―――事故は、起きた―――。

―――俺は成しえた。みほを護り、赤星さんも、Ⅲ号の乗員も救った―――!
俺は、成し遂げたんだ―――!!!




―――――――成し遂げたはずだったのだ。




   『 天翔ける赤い星の軌跡 』

 

 

――月――日

 

あの事故の結果、Ⅲ号の他の乗員はみんなやめてしまった。

赤星さんだけは残って俺の擁護をしてくれている―――のだが、

俺への風当たりは大したことが無い。どちらかと言うと

―――マトにされているのは赤星さんの方だ。

 

 

******

 

赤星さんを含めたあの事故に巻き込まれたⅢ号J型の乗員は、俺の救出の甲斐もあり、命は助かったのだが―――どうしようもない心の傷を負っていた。

オープントップならば問題はないが、戦車のハッチを閉じて密閉状態にすると、過呼吸を起こし倒れる。完全に水没したときのトラウマが後を引いていた。

 

―――俺にはどうすることもできない。水際で没していく戦車を見て飛び出そうとしたみぽりんを止めたのが俺で、みぽりんと口論したのも俺。仕方がないやり取りとはいえ、水際から水没までのタイムラグを生み出したのが俺という異分子のせいで生まれた空白の30秒―――救出にモタモタした分を加えると1分間ほど。

 

―――その一分がこの惨劇を生んだのであれば、俺の背負うべき責任は計り知れない―――。

 

 どこか楽観視していた部分はあっただろう。「人が死んだことはない」と原作で秋山殿が言っていたから―――ガルおじにとってその情報は原作知識であり、絶対のルールであると脳内に刷り込まれている―――。

 

 ―――「確かに死んではいない」、でもこれは違うだろ―――!!

 

ガルおじとして生きた前世の記憶に、戦車の戦闘をリアルで見た記憶はない。なろう系と呼ばれるラノベタイプのアニメ化で、戦争の様子を凄惨に描いた描写などで心的外傷を負った兵士が居たり、現世にもあった戦争帰りの兵士が戦時のトラウマを想起して街中でドンパチ始めてしまう洋画だのは知識として知っていた。

 現実で、しかも年端のいかない少女のそれがここまで悲惨に映るものだとは思ってもいなかったが―――。

 

―――心のどこかで思っていたことではある「ここはガルパンの世界だ」と―――

 

―――観客気分で居た俺の心にくさびの様に何かが刺さったのは、この頃だったのだろう―――

 

 

―――それでもみほエリを諦めないし、観客気分が抜けきらないのが俺であるのだが―――

 

 

 

******

 

 

 

――月――日

 

戦車に乗れないまま、赤星さんが日に日に疲弊していくのをまぽりんが時折、周囲に見えない角度で辛そうな顔で見つめている。みぽりんも気に病んで曇り始めている。エリカはどちらかと言うとどこ吹く風で、一見厳しく当たっているように見せて一気に赤星さんを引き上げようとしているというツンデレの専売特許な励まし方を見せている―――俺はと言えば特に何ができるわけでもない。ただただ、話を聞いてやるだけしかできない。

 

 

――月――日

 

上級生にいじめられているところを目撃したので、傍に立てかけてあった特大のロッキングラチェットを手にゆらりゆらりとアブナイ人の歩き方で上級生相手に凄んで見せる。台所に居る茶色いアレのような速度で逃げ出した上級生たちを尻目に赤星さんを落ち着かせる。事故のトラウマと戦う生徒ということで注目を集め、隊長からも特別視されているこの娘を邪魔に想ったり狡いと思ったりした連中は少なくないのだろう。

 

―――だったらお前ら替わって見せろよ と叫び出したい。

 

 こういうのはいらないんだよ。女子校独特の後ろ暗くて陰湿でドロドロした世界とかみぽりんの闇がさらに深くなるだろうが―――!!

この話はみぽりんの耳にも届くことになり、みぽりんの闇が増した。エリカも激昂していた。ただし両者の憤りと闇には決定的な隔たりがある。

 ―――あくまで加害者へ怒りをあらわにするエリカと、

 ―――あくまで被害者の立場に立ち闇を深めるみぽりん。

この二人の思考の違いがCPにおける醍醐味と言えるが、この場面でのそれは、二人の意見の対立を招くものになり得る―――。

 

―――みほエリの苗が、根を張る土台が腐り始めている。そんな気がした。

 

 

******** Emi→Koume

 

 

―――気持ち悪い。怖い、息が詰まる―――

 

密閉された空間内。油と鉄の匂い。周囲から圧迫される感覚―――

 

「―――はぁ、は、は、は――――」

 

もう嫌!出して!ここから出して!!!

 

ハッチを開いて上部昇降口から顔を出してげほげほと咳き込む。

戦車に乗り込んで10秒も経過していない。

 

―――こんな調子で、私に―――もう、戦車道は―――

 

 

******** Koume→Emi

 

 

――月――日

 

赤星さんが黒森峰を去ることを決めた―――。

―――ちょうどいい。みほエリのためにも俺というファクターが一度離脱する必要があると感じていたところだ。便乗させていただこう―――。

 

―――彼女の病状に同情的な部分があったことは否定しない。自分の目的に抵触しない範囲で、可能ならばそれをどうにかしたいと思う程度の善性は、俺にも残っている。

 

まぽりんに「赤星さんがきちんと立ち直れるまでの間、彼女のことを見てやろうと思う」と伝え、赤星さんと同じ場所へ転入できる手続きを取り、転校願を提出する。

 

 当然ながら困惑されたうえ、もたもたしてたのでみぽりんとエリカが凸ってきた。

 

 理由を尋ねられたんでその辺を理由づけて説明する。

「このままじゃ俺、戦車道を続けたくなくなっちまうよ……」的な感じの言い回しをオブラートに包んだ理由を訥々と説明すると不承不承ながら納得してくれた。みんないい子やわ(確信)

 

「一度はなれて戦車道を見つめ直してみる。戦車道のためのトレーニングは欠かさない。きちんと赤星さんを連れて戻ってくる」と約束して、まぽりんと握手を交わす。みぽりんとエリカとも握手を交わし、最後に「そんな感じなんだけどいいかな?」という実に曖昧な事後承諾を赤星さんに提案した。正直こう、無理やり感溢れる台詞ではあったが、赤星さんが快く承諾してくれた。内心ガッツポーズで握手する俺であった。

 

 

 旅立ちの日に餞別代りにとまぽりんが用意してくれたのはⅡ号戦車だった。操縦席の前面部を解放させれば赤星さんのトラウマを刺激すること無く動かせて、3人乗り。砲手の必要がないなら実質乗り物という点でこの戦車のチョイスは素晴らしい。パーフェクトだウォルター。

 お礼を告げると昔話を始めた。みぽりんと一緒に子供のころにこれと同じものを乗り回していたらしい。っていうかそれ劇場版の過去回想シーンだよね?だんだんと昔話が『あの頃から妹はとてもかわいかった』系の話にシフトしていってる。これ長くなる奴や工藤―――orz

 

 

******

 

 

――月――日

 

大洗の街並をⅡ号戦車で走る。戦車のパンツァーエンブレムがある場所には鉄十字を模した黒森峰のエンブレムはもうない。

学校に乗り付けて自動車部のガレージに入れておくと、珍しい車を弄れるという事で自動車部が勝手に点検してくれる。便利だなー大洗。

 

 

****** Emi→Koume

 

 

「ヘイ!カノジョたちぃ!一緒にお昼食べなぁい?」

 

背中からかかった声に振り返る。二人の女子生徒が、私と天翔さんを呼び止めたようだった…。

 

 

******* Koume→Emi

 

原作イベントキター……だがみぽりん相手ではないさおりんのこのイベントに欠片も興味がわかねぇぇぇぇ!!

 原作通り、一緒にお昼食べて、名前で呼び合う会話してー

「じゃあエミりんと、コウメちゃんで」

赤星さんに対しては【~りん】というニックネームは付けられなかったようだ

 

―――赤りん―――星りん―――いやいや、やばいやばいやばい(やばい)

 

教室で仲良く会話していると、生徒会メンバーがやってくる。原作のイベント、開始である―――。

 

******* Emi→Koume

 

「赤星ちゃんに天翔ちゃんさぁ―――選択必修科目、戦車道取ってね?」

 

肩を抱いて体重をかける様にだらんと垂れ下がり、睨み上げる様な視線を送って来る生徒会長に―――

 

「―――私はともかく、赤星さんに戦車道は無理です」

 

私の代わりに答えてくれたのは、天翔さんだった……。

 

「赤星さんはここに来る原因になった事故がもとで、戦車に乗れない身体になってしまっている。とてもじゃないが戦車に乗せるなんてできない」

「―――えー?でもさぁ―――Ⅱ号戦車で毎日登校してるじゃない?」

 

―――事実だった。戦車に乗るためのリハビリとして、私はⅡ号軽戦車による登校を事実上黙認されており、天翔さんはそんな私のために操縦手を買って出てくれて、この一か月、一緒に登校していた。

 ハッチを開き、操縦席の窓も開けているけれどまだ息が詰まる様子の私に、ぎゅっと手をつないでくれた天翔さん。

 

その手を信じられるから、彼女と一緒ならば―――――

 

 

****** Koume→Emi

 

 

「あの―――私、戦車道―――やります」

 

――――――ちょっと待って、待って(震え) この展開予想してない。

 

 

 

 

―――これが後に「大洗を救った存在」と称される天翔エミの始まりであり、彼女を支え、支えられた黒森峰時代からの彼女の友人であるとされる赤星小梅の物語である。

 

 

そして―――

 

 

******

 

「秋山優花里と申します!不束者ですが!よろしくお願い致します!!」

 

******

 

「天翔ちゃんたちは、持って来た自前の戦車があるし、Ⅱ号戦車で練習してよっか」

 

******

 

「黒森峰のパンツァーエンブレムはもう付けられないし―――あんこうチームとかみたいな何かのマークが欲しいよね」

 

******

 

「【赤星】小梅 なんだから、これでいいんじゃないかな?」

 

「それいいかも――――!!!」

 

******

 

 

 

 

 

―――後の戦車道高校生大会にて、Ⅱ号戦車と、その後に加わった黒森峰のマークを剥がし、新しいエンブレムを付けたかつてのⅢ号J型のエンブレムが、その後も戦車道選手として歩みを続ける赤星小梅の原点であり、トレードマークとなっている。

 

 

天を翔ける一筋の赤い星。パンツァーエンブレムから名付けられた【真紅の流星】赤星小梅と、高速装填で知られる【強肩】天翔エミ。

 

 

彼女たちの乗り込む戦車とその小隊は、彼女たちのトレードカラーと自動車部の悪乗りによって、車体に赤いカラーパターンが刻まれ―――

 

 

―――いつしかこう呼ばれるようになった。

 

 

 

 

  ――――――【赤肩小隊】、レッドショルダーと。

 

 

 

 

 




自動車部「こいつの砲塔は赤く塗らないの?」

エミ「塗りたいのか?」


自動車部「ヘッ、冗談だよ」



最後のオチがかなり前から脳内でチラチラしていて、気が付いたら書き上げていた。

なお『必ず帰ってくる』と約束した仲間が別の学園で敵となって現れた時の黒森峰の動揺度()

あとこの世界線でも寿命は健在です(無慈悲)


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート② 】

~ 装填騎兵エミカスRS ~

己の血潮で濡れた肩。地獄の部隊と人の言う

大洗の街に、戦車道百合厨ガルおじの亡霊がよみがえる。

熊本の平野 有明の海に 無双と謳われた天翔エミ!

(セルフピロシキに)情け無用、(己の)命無用の装填騎兵!

この命、ただみほエリのためだけに―――

『レッドショルダー』 エミカス、(心停止の)危険に向かうが本能か?



「ナニコレ」「ぼろぼろ~」「ありえなぁい……」

 

一年生が口々に呟く中、赤星さんが目の前の戦車に歩み寄る。錆だらけの車体を眺め、転輪の破損がないかを確認し、最後に放置されたままの履帯を見る。

 

「装甲も転輪も問題ありません。多少さび落としとグリスアップが必要ですけど―――行けます」

 

赤星さんの声に「わぁ」と声が上がる。

そんな様子を傍らに立って眺めながら俺はこう思っていた。

 

 

―――このあと徐々にズームアウトしてってOPだな―――と(第一話感)

 

 

 

 

  『#2 戦車、乗ります!乗ってみせます!』

 

 

 

 

 

「こんなボロボロで何とかなんの?」 「た、多分ですけど…」

「男と戦車は新しいものがいいと思うよ?」

 

「―――じゃあみんなで戦車探そっか?」

 

―――そういうことになった(夢枕獏感)

 

 

 

**********

 

 

 

「エミりん、ぐんぐん進んでるけどどこに戦車があるかわかるのー?」

 

 とりあえずTASる事に決めた俺についてくるだけだった武部殿が声を上げる。

とはいえ、説明するとなると難しい―――「どこにあるか知ってるんで」とは言いづらい。何で知ってるの?って話になる。

やや考えてから―――俺はとりあえず額に手を当てて軽く俯くようなポーズをとる

 

 

「―――こっちに何かがある。そう囁くんだ、私のゴーストが」

 

 

―――何故かかわいそうなものを見る目で見られた。げせぬ―――。

 

 

―――ところでさっきからチラチラこっち見てる秋山殿スルーなの?赤星さん気づいてるよね?絶対気づいてるよね!?

 

 

 

******

 

 

 

 斜面に引っかかるように転がってる38tを発見すると同時に――――

 

「38tキタァーーーーーーーー!!!」

 

樹の影でこっちをうかがってた秋山殿が暴走。アグレッシブビーストモード(フェチズム全開)で38tに取りつき頬ずりを始める。

 

「うぇへへへへ……――――――はっ!?」

 

完全にガンギマリの目をしていたような気もしたが……目をそらす武部殿と逆に興味津々な華さんと―――それに、

 

「えぇと―――顔、油と錆と泥塗れですよ?動かないで」

 

ポケットからハンカチを取り出して秋山殿の顔を拭う赤星さん。顔を真っ赤にして「すみません」とされるがままの秋山殿―――ナニコレ尊い。こうゆか?赤ゆか?クォレハ新しいカプの発生では―――?

 

「え、えぇと―――普通2科二年、秋山優花里と言います。……ふ、不束者ですが!よろしくお願い致します!」

 

少しタイミングが前後したが秋山殿がパーティーに加わり、あんこうチーム(仮)は3名となった―――。

 

「五十鈴華です」「武部沙織」

「―――あ、私は」

 

「存じ上げております。赤星小梅殿に―――

 

  ―――天翔エミ殿ですよね!」

 

 

 

―――何故だろうか?秋山殿に声をかけられた瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がった感じがした―――。

 

 

 

 とりあえず、38t発見報告を生徒会に報告して、一度帰還することに―――

この間にも他のメンバーはそれぞれの車輛を発見してることだろう。

 

 

 赤星さんの事故の一件を考えると、八九式があった場所―――クリフハンガーも真っ青な切り立った崖の真ん中にある裂け目の中に戦車があったとか沼に水没したままの三突とか闇が深すぎる予想しかできないんだが―――一体大洗の戦車道が廃れた理由に何があったというのだろう―――?

 

 

 

いや、追及する必要はないだろうからきっと知ることはないだろうけど。

 

 

 

********

 

 

 

 全員で戦車を洗車する―――座布団一枚!(会長)

泥だの油だの錆だのでドロッドロの外装を塗装ごと剥がし、車内の水抜きと消臭。

結構な作業になるので全員肩で息をするレベルでクタクタになっている―――ただし俺と赤星さんを除く(素)

 黒森峰で積み重ねた戦車道の経験ってのは大幅な体力差になるし、俺に至っては試合終了までコンスタントにペースを落とさずに装填できる体力の鬼である。この程度、ウォーミングアップもいいところで、他の戦車の掃除の手伝いも一緒にやっていくくらいの勢いで―――実際一年生とかもう何て言うか『なっちゃいねぇな』というレベルだったので手伝いを強行した。

 

 ―――なお水着で掃除する柚子ちゃんとか全身濡れネズミの一年生ズとか武部殿とか華さんとか正直至近距離で見てはダメだろこれという感じで―――

 

 

―――その日俺は仮ピロシキとして左手の中指から小指までの亜脱臼を敢行した。

明日蝶野さんがやってきて試合だから本ピロシキは明日以降だ―――(決意)

 

 

 

******

 

 

 

―――翌朝、低血圧でフラフラしている冷泉麻子さんを発見。性質的にはみぽりんと似通った天使モードな赤星さんが放置しておくなどできなかったし、これは不可抗力。不可抗力だから(自己弁護)―――

 

―――Ⅱ号戦車に乗せて運んだ。スマートだろ?(台無し感)

 

「酸素が薄い」と文句を言われたが、最終的には「この借りは必ず返す」とあいさつをして別れる。

 

―――なおまこりんは戦車に乗って来る許可を持ってないからと厳重注意と「次からは規則違反と見做すから」という通達をそど子から受けていた。

 

~~~~~

 

「―――教官もー遅ぉぃ……焦らすなんて大人のテクニックだよねぇ」

 

―――さおりんの絶望まで、あと30秒。

 

 

 

******

 

 

 

Ⅳ号戦車Aチームに配属され、蝶野教官に急かされてⅣ号に乗り込む。

原作と違い、5人チームになっているので、俺が装填手。砲手に秋山殿。通信手に赤星さん。車長が武部殿、操縦手は華さんで疑似あんこうチームが完成。

 

ハッチを閉じて数秒―――

 

「―――はぁ、はぁ、はぁ―――は―――は―――、は、―――ぁ……」

 

赤星さんの呼吸がおかしくなったことに周囲が気づく。顔は青ざめ、呼吸は整わないまま荒い息使いでヒュウヒュウと喉を鳴らしている。

 

「コウメちゃん!?大丈夫なの!?」

「赤星殿!?大丈夫ですか赤星殿!!」

 

赤星さんを心配そうに見るさおゆかコンビを一顧だにせず、赤星さんが俺に視線を向ける。縋るようなその目に―――

 

―――手を取り、ぎゅっと掴んだ。

 

“大丈夫、ここにいるよ”という意思を込めて目と目を合わせる。ゆっくりと、徐々にだが呼吸が落ち着いていく―――。

 

 

「―――ごめんなさい。もう、大丈夫です」

 

呼吸が落ち着いて喋る余裕ができたのか、そう言って手を放す赤星さんに、自然と笑顔が浮かんだ。

 

 

―――赤星さんの経過が良好ならば、それだけ黒森峰に戻れる可能性が高まるし―――高校生大会に出ればみほエリの現状を目視で確認が可能になる。

 

 

―――赤星さんの回復からスタートした模擬戦は、横部分のハッチを解放させた状態で走ることで状況を緩和させ―――

 

 

 

―――まぁあとは変わらない。原作通り華さんが気絶し、まこりんが参戦。操縦手に収まった。

 

 

―――Ⅳ号大勝利の直後、みぽりんに抱き着く秋山殿が抱き着いてくる相手が、何故か俺だった。

 

 

 

     ―――よし、人差し指もピロシキに加えよう(決定)

 

 

 

 

試合後に全員で入浴―――俺は全力で逃げた――――――そして逃げ切った(やり遂げた感)

 

 

 

―――帰宅したらすごい不機嫌な赤星さんが居た。勘弁してください(震え声)

 

 

 

 

******Emi→Koume

 

 

 

 息が詰まる―――苦しい―――出たい。ここから、今すぐ―――!!

 

ひゅうひゅうと呼吸がままならない。心配するみんなの顔が見える―――私を心配そうにのぞき込む武部さん、おろおろしている秋山さんを、だけど私は返事を返さず―――

 

 

―――天翔さんに、手を伸ばした。あの日私を助けてくれた、小さな手、力強い手―――

 

 

 

―――ぎゅっと、しっかりと握り返してくれた手から、温かさが伝わる。

 

 

―――ごめんなさい。天翔さん―――ありがとう、天翔さん―――

 

 

 

 

―――

 

 

 

――――大丈夫。もう一度、もう一度頑張れる――――

 

 

 

 

 

 

    ―――ありがとう。『エミさん』――――

 

 

 

 

 

 

「―――ごめんなさい。もう、大丈夫です」

 

呼吸を落ち着かせた私に武部さん、秋山さんの二人に、操縦席の五十鈴さんも安堵の息を漏らした。

「でも一応、こっちを開けて置こう」とエミさんが横のハッチを開いて、そのままの状態で発進する。

 

 

―――中戦車の振動は、軽戦車のそれとは違う。こうして振動を感じるほどに、思う。

 

 

 

 

―――ああ、わたし、帰ってきたんだ――――此処に。

 

 

 

胸に溢れる嬉しさと、「まだ早い」と叫ぶ脳内(あたま)と、ないまぜで、涙が出てきそうだ―――。

 

 

―――ここが私のスタートライン―――ここから、また歩き出せる。きっと―――

 

 

―――途中で橋を渡ったり、被弾の衝撃で五十鈴さんが気絶してしまったり―――朝にエミさんが助けた女の子―――冷泉さんが操縦手として優秀も優秀過ぎる腕前だったり―――色々と立て続けに起きすぎて思い起こすのも一苦労だった―――。

 

 

―――試合後にみんなでお風呂に行くことになったけれど、エミさんは行く場所があると言って一人で帰ってしまった。黒森峰時代からいつもこうだったから気にしたことはなかったけれど―――何か寂しい―――。

 

 Aチームの操縦手に冷泉さん、車長は武部さん、砲手に五十鈴さん、装填手に秋山さんという役割分棚が決まった。

 

でもそうなると―――私かエミさんのどちらかが戦車を下りることになる―――?

 

 

 あの―――クッションを車内に置くとか、操縦レバーにハンドカバー付けるとか、カーテンとか色々黒森峰ではありえなさ過ぎて未経験です―――

迷彩塗装を塗り替えるのは勘弁してください!エミさん!お願い私だけじゃ止めきれないんです帰ってきて!!

 

 

 

*******

 

 

 

 翌日。真っ赤な塗装と旗印を掲げたⅢ号突撃砲や、『バレー部復活!』とでかでかと書かれた八九式中戦車とか、金色に塗りたくられて光沢を放つ38tとか、ピンク色一色になったM3リーの姿に、思わずその場に膝をついてしまった―――。

 

 

 

―――ありえないです。色々と、ありえないですこれ―――。

 

 

 

「―――あ、天翔ちゃんと赤星ちゃん。人数あぶれたの?だったら自前のⅡ号戦車があるんだし、二人はそっちに乗ったら?」

 

―――会長の言葉を鶴の一声に、そういうことになりました。

 

 

軽戦車に乗り込み、練習に参加する私をみんなが迎えてくれます。

 

 

黒森峰とは全然違う―――

 

 

―――でも、この雰囲気はとても暖かくて―――なんだか好きだな。

 

 

 

「軽戦車だと火力が足りないと思うけど、大丈夫かい?」

「大丈夫です!戦車の性能が戦車道の全てではありませんから!!」

 

 

―――私の返事に、何故かエミさんは不思議な表情をしていた。

 

 




とりあえず続けてみる()


能内で展開した結果原作6話くらいまで脳内で出力できたが―――


やはりガンダム名場面集がちらつく不具合―――。


あとエミカスの存在意義が序盤薄めだとは思う(後から濃くなるかは脳内出力次第なので小ネタ方面に置いておく)


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート 2.5 】

そら(本家の話だと携帯交換してるけど今回円満転校なんでしてないから)
そう(なるだろう)






*今回小梅ちゃん、出ません(小梅ルート??)
この辺で黒森峰問題とか解決しておかないとやばない?やばいって感じだったので


「急ではあるが、今度の日曜日、練習試合を行うことになった。

 相手は―――聖グロリアーナ女学院」

 

桃ちゃん先輩の言葉に他の面々に動揺が走る。急な試合に驚いている様子アリアリで、ついでに朝6時集合の宣言にまこりんがアリーヴェデルチ(さようならだ)である。「わたしのこと沙織先輩って呼んでみ!?」って独特のイントネーションが聞けたときちょっと満足感を感じたりした(ガルおじ感)

 

―――さて、赤星さんの性格でⅣ号の目覚まし空砲と起床ラッパが可能なんだろうか……?

 

 

 

 『#2.5 試合、やります!―――の前に寄り道です 』

 

 

 

*******

 

送信者:西住みほ

件名:どういうこと?

本文:何で大洗で戦車道やることになったの!?赤星さんは大丈夫なの?

ちょっと色々聞きたいことがあるから後でまた連絡するね。

 

*******

 

 

 みぽりんからのメールを閉じると同時に、携帯がけたたましく鳴り響いた。

画面に表示された名前は「逸見エリカ」。すこぶる嫌な予感を覚えつつ、通話をプッシュ。

 

「もしも―――『どういうことなの!?』

 

こっちの言葉を遮って、エリカのターン!ドロー!(ワンキルフラグ)

 

『何でそっちの学校で戦車道やってるの!?赤星の病気はどうなったの!?赤星も一緒に戦車道やってるの!?どういうことなの!?』

「―――オーケイエリカ。落ち着いて話し合おう」

 

思わず正座してしまうからその調子でしゃべり続けるのやめてくださいお願いします(土下座寸前感)

 俺とみぽりんとエリカが仲良くやっていた黒森峰時代でも、エリカの気性の激しさとツッコミ気質に強い語気は健在で、特に俺は孤児院暮らしだったこともあり、女学園でのマナーだの、配慮だのが決定的に欠けていた時期があり、その都度エリカに「正座」を言いつけられていたりする―――。とはいえ、多少エリカと打ち解けるためにもわざとミスしてエリカに教えられることで優越感を助長させた部分もあったりするが。

 ―――考えて欲しい。逸見エリカに「馬鹿じゃないの!?」って怒鳴られて正座させられて、教えを乞うという権利である。

―――値万金ではなかろうか?(提訴)

 

 まぁ、そんなこんなで俺もみぽりんもエリカの叱りつける声に関しては苦手意識というか、無意識的な屈服本能が芽吹いていると言って過言ではなかったりする。

―――まぁ本気で怒ってるときのみぽりんの「正座」の方が抗い難い凄味があるのだが―――だが、それがいい(傾奇者感)

 

 

【閑話休題】

 

 

『―――呆れた。こっちの事情も聞かないで一方的にそれって―――そっちの生徒会長アタマおかしいんじゃないの?』

「まぁ―――色々あるんだよ。きっと」

 

廃校云々については会長から聞いていない情報なので語らない。が、相当アレな話だと判断されたようだ。まあ正直多角的に見ても俺と赤星さん、被害者だからな。

 俺の言葉に向こう側でため息を吐く音が聞こえる。どうやら心底呆れられてしまったようだった。

 

「それに正直言うとさ―――チャンスだと思ってる」

『チャンス?』

 

聞き返すエリカに、俺は少しだけ声の調子を高める。

 

「―――みほやまほ隊長。それにエリカと、敵として戦ってみたかった」

 

俺の言葉に

 

『―――あっきれた……アンタ、大昔に辞めて失伝してる学校の戦車道で大会を勝ち抜けると思ってるの?』

 

再び心底呆れたという調子で返事が返ってきた。そしてその後で『でもまぁ』と追加されて

 

『―――そうね、確かにいい機会だわ。こんな機会でもないと本気のぶつかり合いは出来そうにないものね』

 

なんて、愉しそうな声でそう言っていた―――エリカは本当にマウント取りたがる子やなぁもう(近所のおばちゃん感)

ところでさぁ―――みほとはどうなんその辺さぁ―――?(ねっとり)

―――とか直に聞くことはできないので、慎重に言葉を選ぶ。

 

「ところで、そっちはどうなんだ?最近」

『―――そうね。少しだけ面倒くさいわ』

 

そう言って語ってくれた内容は何というか―――本当に面倒な内容だった。

 俺と赤星さんが黒森峰を去った後、副長をあくまでみほのままで行くという「みほ派閥」(実質は西住まほシンパ)と、装填手のせいとは言え撃破される車長に副長は務まらないという理論でみほをスポイルしようとする「副隊長逸見エリカ派」(実質アンチ西住まほ)に分裂して、こっちの言うことも聞かずに暴走していた らしい。

 

――――なんで?(素)

 

 いや聞きたいのはそういう事じゃないのよ。俺が聞きたいのは俺がいなくなったことによる二人の距離感なのよ。わかって(懇願)

とはいえそんな話聞いた以上放置するわけにもいかない。なぜならそんなめんどくさい対立派閥が生まれてるロミジュリ感溢れる状況で、二人が仲良く会話なんかできるはずがないからだ。特にみぽりんとか孤立するに決まってる。

 あの娘の不器用さを舐めてはいけない。黒森峰で友達になってから親密度をアップさせるべく会話を繰り返していたころ、不意に思いついて「私から話題を振らなかったらどうするだろうか?」と軽く会話の流れを止めてみたところ―――

 

―――実に30分間ほど、話題を切り出そうか、俺が何か切り出してくるかもしれないから黙っておこうかをウロウロウロウロ迷いまくった挙句、さらに10分経過した40分後に不意に近所のコンビニの陳列商品の話題を切り出し始めるくらい不器用なのだ。

 そら(原作最終話で「何か一言言って締めろ」って言われてテンパって色々と悩んだ挙句「パンツァーフォー」しか言えなかった娘に期待したら)そう(なるだろう)よ。

 

「エリカ。まほ隊長と話をする必要が出てきた。すまないが今日はここで」

『え?あ、うん―――じゃあ、赤星にもよろしくね』

 

最後の最後で赤星さんを気に掛ける言葉を残すあたりにエリカの優しさを感じる。デレの魅せ方が秀逸やん()

 

「エリカ―――この後黒森峰で何が起きても、まほ隊長と私を信じて欲しい。みほにも、そう伝えてくれ」

『――――?アンタ、もしかして何か―――』

 

通話を打ち切り、長い長い息を吐く―――。

これから俺がしようとすることは赤星さんにも他人事ではなくなる。きっちりと相談しておかなくては―――。

 

 

 

 

 ―――通話中に5分おきにみぽりんからの着信履歴があった件。その回数実に25回(エリカとの通話時間約2時間15分弱)

 

 

 

 

 もう一回くらいかけて来るかなと思って待ってみたがかかっては来なかった。あるいはエリカからみぽりんに通話が行っているのかもしれない。対立派閥の神輿で気軽に学園内での会話もできないとかマジでロミジュリじゃねぇの―――イカンでしょ?……救わなきゃ(使命感)

 

~~~~~~~

 

「―――エミさんが決めたことなら、私に言うことはありません」

 

割とあっさりと、赤星さんはオーケーしてくれた。あらやだ、天使かこの娘(素)

ともあれ、問題になり得る当人からの許可も得たので即座にまぽりんに電話をかける―――。

 

「―――あ、まほ隊長ですか?ご無沙汰してます。天翔です

 ―――そちらの状況をエリカから聞きました。そのうえで、ご相談があります」

 

俺の提示した内容に、まぽりんは少し考えるように沈黙し、

 

『確かに、その話ならば黒森峰にある今の空気は一部払拭されるだろう。

 ―――だが、代わりに君と赤星は―――』

「覚悟の上です」

 

即答する俺に、向こう側で息をのむ様子が手に取るようにわかる。まぁ自分から戻るべき場所を爆破して背水の陣を敷くとかどこの修羅の国の民かって話だわな。

 

『……天翔、君と赤星に感謝する―――!』

「いえいえ。みほとエリカのことを、よろしくお願いします」

 

通話を切り――――どっと襲ってきた疲労感にそのまま後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。さて……とりあえずは―――

 

 

 

――――携帯買い替えて、番号変えなきゃな。みぽりんから追及のお電話が来るだろうし。

 

 

 

 

 後回しにしてもどうしようもない問題を後回しにして致命傷になる未来を、今このタイミングで知ることなど誰にもできない。きっとこの時の俺がそうだった

 

――――んだと思う。きっと(震え声)

 

 

 

******

 

 

 

―――黒森峰女学園において綱紀粛正の嵐が巻き起こった。

 

 

 西住みほを担ぎ上げて反旗を翻すため、副隊長候補である逸見エリカをも抱き込み、クーデターを引き起こそうとしていた首魁。

―――それが天翔エミである。

赤星小梅を命がけで救うことで同シンパを集め、徹底的に西住まほを孤立させる目論見であった彼女の計画は、黒森峰の10連覇の阻止による西住まほの求心力低下をも視野に入れた悪辣なものであった。これに対して天翔エミを放逐、体のいい島流しにした。というのが天翔エミの転校の真相である。

 

 

 そんな噂が黒森峰内部に蔓延し、今後西住みほ、逸見エリカを担ぎ上げようとする連中に対しての強いカウンターとなった。

 

「―――何で……?どうして……?」

 

噂の渦中であり、フラッグ車の隊長として抜擢され、最も信頼を寄せていた親友が、実は自分を利用していた叛徒であったことから、西住みほを叩こうとする連中は鳴りを潜めた。逆に同情から彼女を擁護する人間が増えた。

同じく逸見エリカも同様に、二人を担ぎ上げようとする派閥の争いは激化することなく沈静化―――あとは西住まほの手腕次第で黒森峰は一枚にまとまるだろう―――。

 

「―――あの馬鹿―――何でつながらないのよ―――!!説明をしなさいよ―――!!!」

 

何度電話をかけようとしても繋がらない。苛立ちだけが募り、エリカは携帯を叩きつけたくなる衝動をどうにかして抑え込み、代わりに地団太を踏む様に地面を蹴った。みほは蔓延する噂を信じようとはしていないが、自分に集まる同情の根底にあるエミへのヘイトに気分の悪さを感じて軽いノイローゼにも似た症状を起こしかけている。

 

 かつてエミと過ごした、エミが居た部屋で二人集まって所在無く座り込む。彼女の真意がまるで読めない。いや、本当は分かっている。彼女が自分たちのためにやったことなのだということは。その結果自分が戻れなくなっては意味がないというのに―――。

 

「―――やはりここにいたか」

 

ドアを開けて入ってきたのはまほだった。驚く二人を前に、ドアの鍵を閉めてスタスタと部屋の中に入ってきたまほは、その場に座り

 

「―――公の場でこうすることが、私にはできない。本当にすまない―――ふたりとも」

 

深々と、頭を下げた。

 

「今の黒森峰を取り巻く状況はすべて私の責任だ。西住流として黒森峰隊長として私が至らなかったばかりに、ここにいない天翔が気を揉み今の状況を作り出した。天翔と赤星の戻る場所を奪ってしまった―――私は、自分が情けない―――!!」

 

ギュゥと強く血の気を失い白くなるほどに握りしめられた拳、深く深く悔いるような声、下げられた頭で表情は見えないが、ポタポタと膝の上を濡らす滴。

まほが好んでこの状況を作り出したわけではないが、それに強い責任を感じていた証左であった。

 

「―――お姉ちゃん。大会、頑張ろう?」

「みほ……?」

 

そっと、まほの肩に手を置くみほの言葉に、まほが疑問で返す。状況と会話のつながりがあまりにも見えなかった

 

「―――エミさんはいつもこうだから。私やエリカさんのためにいつもこうだったから―――でもエミさんは自分で選んで行動したから後悔はしてないって言うんだよ。ずっと、ずーっと」

 

ぽつりぽつりと独白するように、みほは語る。

 

「エミさんが何を考えてるのかわからないから、きっと大会なら顔を合わせることができるから―――その時にきっと全部聞ける」

「そうね。直接会って、場合によっては一発ぶん殴ってやるんだから―――!」

 

口々にそう言って笑うみほとエリカに、まほはうつむいたまま目元を袖で拭い、表情を戻す。

 

「―――ならば今回の大会。勝ちに行くぞ。天翔と赤星ならば、そうそう負けることはないだろう」

『―――はい!!』

 

まほの言葉に元気よく返事を返すみほとエリカ。ここに三人の団結は成った。黒森峰は、より強固な存在となって、大洗の前に立ちはだかる壁となる―――。

 

 

―――なお、未来の話になるが、一回戦でサンダースとの対戦を引き当て、準決勝でプラウダと当たるという逆ブロックに配置された大洗に、割と本気で勝ち上がれるかどうか心配になる三人の姿が在ったという―――。

 




「俺が悪者になる→エリカとみほが二人で会えるようになる→みほエリが進む→俺がフェードアウトしても誰も傷つかない状況が完成する
 完璧すぎる計画だな。穴の一つもない。問題は赤星さんも帰れなくなってしまう可能性がある点にあるが、本人がオッケー出したので問題なし。これはみほエリ大勝利フラグやで(キリッ)」


だいたいこんな脳内です()


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ③ 】

「―――赤星さんから見て、彼女たちはどう見える?」
「―――練度が足りませんね……でも、楽しそうに練習してます」


「―――で、聖グロ相手に勝てると思う?」
「―――ど、努力次第、としか……(目を逸らす」

~ 或る日の会話 ~






 聖グロとの試合は、5対5の殲滅戦。

なので出場車輛は八九式、Ⅲ突、38t、M3リー、Ⅳ号の5輛。

俺と赤星さんの乗るⅡ号はお留守番となる。

 

 ―――でも遊び駒はいらないってことで俺が38t、赤星さんがⅣ号に乗ることになった―――のだが

 

 

「―――はぁ、はぁ―――はぁ―――は、は、はっ―――――――は―――」

「もうやめよう!コウメちゃん!今すぐ外出て!息吸って!!吐いて!」

 

武部殿に外に担ぎ出される蒼い顔をした赤星さん。乗車練習を始めて30秒。徐々にだが慣れは感じさせてはいるが、改善というにはほど遠い。

 

「―――ごめん。あれ、本当だったんだね」

 

38tの車内で、申し訳なさそうな声で謝る会長の声。38tに4人は定員とはいえ若干狭く感じる。自分が小柄で良かったと感じるのは数少ない経験だと思う。

 

「構いませんよ。赤星さんが望んだ事なので」

 

 と、ここで一応後々の布石というか、その辺を踏んでおこうと、俺ははたと気づいて―――

 

「―――私たちを無理やりにでも戦車道に引っ張り込む必要が、あったんですよね?漫画とかドラマなんかの廃校だの廃部だのがかかったやつみたいに」

「さぁ、どうだろねぇ」

 

 とりあえず突っついてみる。が、有効な相手とそうでない相手はいる。角谷杏はそういう意味では徹底的に強者で――――

 

「そそそそそそうだぞぉ!!そんなわけがななななないではないか!!」

 

―――桃ちゃん先輩は本当、普段の動揺から来る自爆癖を何とかしたほうがいいんじゃないかなぁ と本気で心配になるメンタルクソ雑魚ナメクジっぷりですわ……

これでも普段交渉事(練習試合の交渉など)を引き受けてるし、劇場版で会長不在の状況を真面目にこなしてるんだから其処ら辺の素養はあるはずなんだがなぁ……

 

 

 

『#3 隊長!?が、がんばります!!―――ボコボコにして差し上げますから、覚悟なさい』

 

 

 

追求した結果簡単にゲロってくれた上、『ごめん、他の皆には黙っててくれない?そのうち皆にも話すから』と言われてその場は収まった。

 その後も色々とすったもんだがあった挙句、「赤星ちゃんは隊長やるべきだと思うから、赤星ちゃんを安定させる天翔ちゃんとセット運用で」ということで―――

俺がⅣ号の装填手に収まり、押し出されるようにゆかりんが38tに乗り込むことになった。

 

「―――本当ごめんね?秋山さん」

「いいえ!38tの内部も楽しみではありますから!!」

 

いや本当恐縮なんだよマジな話―――これがきっかけで秋山殿だけあんこうチーム(みぽりんレス)からハブられるようなことがあったらと思うと俺自決案件だから!赤星さんの治療よりも原作キャラの立ち位置を奪うことの方が重要な犯罪だからね?!

 とはいえ、武部殿に隊長としてみぽりんの代わりが務まるかと考えると。むーりぃー……と言わざるを得ない(森久保感)

 

 通信手としては優秀に育つし真面目で責任感が強く、おかん属性を持っておりコミュ力の権化である婚活戦士武部殿の手腕はとても優秀だと思う。だが戦時に置いてそれが役に立つかと問われれば答えはNO一択。戦場において【何て冷静で的確な判断力なんだ!】と一目置かれる存在になるには、終局、まぽりんのように鉄の精神を押し通して鋼の存在になるか、カチューシャのようなカリスマで部隊を統率し、ノンナのように恐怖で味方を縛るか、はたまた相手の性格を掴んでノセてまとめ上げるアンチョビのような独特の統率力というものが必要になる。

 その点から言うと……『武部沙織にそんな統率能力はない』、或いは、あると言えるのかもしれないが、それはどちらかと言うとレクリエーションにおけるみんなの意見のまとめ役に近い。作戦立案の決定権を与えられてもその場その場で脊髄反射で対応することしかできないタイプだ。戦術というものを学べばあるいはいい車長になる適性もあるかもしれない―――まぁ当人が戦車より男を優先しているし、ないない。

 

 

*******

 

 

 試合当日。まぁ、わかってたことだが『麻子が起きてこないんだけど!どうしよぉぉ~~!?』と電話がかかってきたらしい、赤星さんに。

そして赤星さん経由で俺に連絡が来て―――俺は最終的に決断せざるを得なかった。

 

「よ、Ⅳ号戦車で迎えにいこう」

 

―――試合の後で指2本逝っておこう。俺は決意した。

しょうがないこととはいえさぁ、こういう過去の原作キャラの功績をかっさらって俺TUEEEE!!するのはさぁ……なんか違うんよ……やめて!流石ですって目で見ないで!俺のメンタルが危ういの!!みぽりんだから!これ考えたのみぽりんだから!!(多分)

 

着替えとか一連の道具類を持ち込み、戦車と起床ラッパでお出迎え。空砲目覚ましでまこりんを目覚めさせて、操縦は秋山殿が担当。

 

 実のところ、もっとスマートにするのであればⅡ号戦車を使い、俺と赤星さんだけで行くという作戦もあるにはあった。が、Ⅳ号で行く作戦を推した理由が俺にはある―――

 

―――ぶっちゃけ、秋山殿を少しでもあんこうチームに慣れさせておかないといけない。俺と赤星さんがⅡ号戦車に乗る関係上この戦車の装填手は秋山優花里以外に居ないのだ。齟齬が出てしまうのは困る。

 

あと本質的に一時とはいえ秋山優花里(原作キャラ)の居場所を奪ってしまうという事実が俺にとって盛大な自決案件である。自害せよランサーレベルのピロシキ案件なのだ。今すぐその場で首つって死ぬべきじゃなかろうか俺という思考で一杯だったりする。赤星さんを完全復帰させて黒森峰に連れて帰る関係上できないけど。

 

大洗の廃校撤回のための戦いに与している理由も赤星さんが戦車道を続ける意思を示したというのが割合として7割くらい。3割はみほエリを間近で確認できる状況を確保できるという点である。

 仮に放置したり敗北したとして、大洗が廃校となった場合、俺も赤星さんも黒森峰に戻ることになる―――という選択肢も、この間までなら取れた。が、今は俺が黒森峰に戻ることはできないだろう。仮にその時に赤星さんだけを戻すとした場合、俺の最後の仕事として赤星さんに復調の兆しを見せて置く必要がある。

必然、取りうる選択肢は一つ。戦車道を続けるしかない。

 

 赤星さんが戦車道に復帰する意思を見せた以上、それを尊重せずして俺が付いてきた意味はないし、放り出すのも後味が悪い。それに俺にもメリットがある。

 

―――かつて友だった相手が敵となり、自分たちに立ちはだかる壁になる。一人では勝てない、ならば二人で―――!

 

 

このシチュエーションに距離が近づかない者はいない(断言)

 

 

決勝まで勝ち進み、黒森峰の相手として立ちはだかる壁になる。これやで工藤!!恋愛関係とかそう言うのって、ライバルとか当て馬がいるから捗る!そういうものだろう?

 

 

そんなこんなを脳内で処理しつつ学園艦から町へ降りるための道路を走ってると港に聖グロの学園艦がやってきた。アークロイヤル級空母アークロイヤルをモチーフにした巨大規模の学園艦。大洗学園艦の数倍の規模がありそうな大きさのそこから、4輛のマチルダと1輛のチャーチルが降りて来る。

 試合会場に集合して整列した戦車から、優雅に降りて来るのはプラチナブロンドに青い瞳のグロリアーナ隊長、ダージリン。

 

「本日は急な申し込みにも関わらず試合を受けていただき、感謝する」

「構いませんことよ―――それにしても」

 

チラリと戦車群を見やり、口元を隠す

 

「―――個性的な戦車ですわね」

 

語尾に「w」が透けて見える様な言葉尻に桃ちゃんがムッとしたらしい。が、それよりも先にダージリンが戦車をつらつらと眺めていた時にこっちと目が合った。

 

「――――――どこへ行ったのかと思えば……こんなところに居ましたのね。あなた」

 

やったらと挑発的にこっちに向かって敵意バリバリで威圧を飛ばしてくる。こう、すごく面倒臭い―――。

 

「貴女が相手だというのなら是非に及ばず―――全力でボコボコにして差し上げますわ!!!」

「―――相手がだれであれ全力で戦うのが騎士道精神だったんじゃなかったか?」

「お黙りなさい!!」

 

髪が逆立つ勢いで怒りをメラメラと燃やし宣言するダージリンに適当にツッコミを入れるとぴしゃりと返しが飛んでくる。

 ―――実を言うとダージリンとの因縁は、中等部のころにさかのぼり、そこから一方的にライバルとして認められたり、珈琲事件があったり、まぁ色々あってライバル関係としてはかなり恨まれてる感じだったりする。

だがまぁ、こいつが冷静さを失えばこっちの勝ち目が上がるのも事実なので―――

 

「―――まぁ、今日はよろしくな。フッド」

「ダージリンだと言っているでしょう!!」

 

 ギャンギャンと喚くダージリンの様子に困惑しっぱなしの他の面々を悠々とスルーして、Ⅳ号の装填手席に潜り込んでハッチを閉じる。

 

「そういえば、エミさんはダージリンさんのライバルでしたっけ」

「向こうが一方的にそう言ってるだけで、こっちは認めてないけどね」

 

赤星さんの言葉にそう返して肩をすくめると車内でクスクスと笑い声が響いた。どうやら緊張は解れたようだ。

 

 

 

――――まぁ、負けたわけだが。

 

 

 

どうにもこうにも、赤星さんは正直な性格をしているためか、搦め手、奇策と言った発想へ至ることが難しいらしい。半包囲陣形による一斉射撃を相手が突破して逆包囲しようとするところで、壊れたラジオみたいに「撃て撃てぇ!」としか言わない桃ちゃん先輩を黙らせて、フラッグのいない方のマチルダ2輛を集中砲火で黙らせたまでは良かった。だが、高台を捨てて逃げを打つ際に逆に相手に高度差を利用され、Ⅳ号以外が潰走。最終的に峡谷を舞台に3対1で戦い、1輛を撃破するも履帯を破壊されて動けなくなり、撃破された。

 結果として見れば相手に余力を残した状態で敗北。ここから先の大会で勝ち残れるかが不安になる戦果と言える―――。

 

「教本通りの戦い方ね。貴女らしくもない。拍子抜けだわ」

 

なんて、皮肉気に言ってくるダージリン―――

 

「―――違います!」

 

 

********Emi → Koume

 

 

「―――違います!!」

 

思わず一歩前に出ていた。相手が勝者で、私たちは敗者で、相手がどう思っていようと、それは文句の言える状態ではないのだろう。

 

―――でも違う。彼女のことを悪く言わないで欲しい。

 

 この試合における隊長は私で、私が叱責を受けるのは分かる。でも装填手であるエミさんを馬鹿にするのは間違っている。私のせいで、彼女が馬鹿にされるのは、許せない―――!!

 

「貴女にそんな風に言われる筋合いはないわ」

「あります―――私は隊長ですから。負けたのは私の責任です、エミさんが悪いわけじゃない―――貴女にこそ、エミさんを責める資格なんかない」

 

自分がここまではっきりと相手を否定することがあるとは思わなかった。今まで自分を前に出して強くいう事なんかほとんどなくて―――悪く言えば、皆を率いるには、自信と圧が足りないとよく言われていて―――。

 Ⅲ号J型の車長に抜擢されたときにも、思ったことがある。「小隊の隊長クラスが、自分の分なのだ。高望みをすべきじゃない」と―――。

 事実、5対5の小隊戦闘ですら、私は勝てなかった。皆に命令を飛ばす圧が足りなかった―――。けれど今、それを覆してでも大隊長になるべきだと湧き上がる思いがある。私を救ってくれた人のために、今も私を助けるために身を粉にしてくれている彼女のために、誰よりもそんな彼女に応えたい自分のために、もっと上を目指せと体の奥底から声がする。背中を押す力がある―――。

 

 

―――それと、何故かわからないけれど、この目の前の(ダージリン)が気に食わない―――。

 

 

エミさんの前に立つ私に、ダージリンさんは一歩引いて

 

「―――そうね。確かに天翔エミの責任ではなかったようね」

 

そう言って、私の目を強く射抜くような瞳で見つめ―――

 

「―――お名前を拝聴しようかしら?」

「―――赤星小梅です」

 

私が名乗ると、「そう」とだけ答えて、そのまま去っていった。

去り際に「大会でお会いしましょう。勝ち上がってこられるなら」とだけ言い残して―――。

 

その後―――記すにも恥ずかしい姿をご町内に晒すことになる。エミさんは気にしてないと言っていたが本当に恥ずかしかった。死にたい。

 

学園艦に戻ると、ダージリンさんからティーセット一式が贈られてきていた。

「聖グロリアーナでは、好敵手と認めた相手にしか紅茶を贈らないのだとか」と秋山さんが言っていたけれど……手にしたティーセットには、何か違う意味を含んでいるようで、重い重い何かを感じ取ることができた―――。

 

 

*******Koume → Emi

 

 

 俺のために大声を上げる赤星さん。強い決意を込めた瞳に俺は確信していた。

 

この子のリハビリが、順調に進んでいる と。

 

 正直不安ではあった。自分を前に出すのが苦手なこの娘は限界を超えて頑張る様子がわかりにくい。常に全力疾走で走っているだけでも表情に変化がわかりにくい場合はストップをかけ難いという弊害がある。だがこれだけ感情を表に出せるようになったのなら、ステップを速めて多少なりと荒療治が可能になるだろう。

 今のままだとサンダース戦で敗北する可能性が極めて高いし、可能な限り彼女のリハビリを推し進めておかなければならない。

 

―――ダージリンが意味深な微笑みで去っていったあとは、そう―――

 

―――あんこう踊りたのしかったです。みんな死んだような目をしていたし、赤星さんも今にも自殺しそうな表情をしていたが、楽しかったです(感想)

 

 その後の自由行動で別行動をとった俺は出会うことがなかったが、新三郎と華さんのお母さんとばったり会ったり、華さんが勘当されたりで戻ってきた時に赤星さんのテンションが底値を更新しそうになっていた。みぽりんがああなっていた可能性を考えて落ち込んでいたらしい。この子は優しすぎる天使か(確信)

 

 なお、別行動をとっていた俺はボコミュージアムである出会いを果たしていたわけであるが―――ここは割愛する。

 

 

―――翌朝、トレーニング中に転んで高所から落ちそうになり、身体を手で支えようとした結果左手の指が親指以外脱臼したと説明したら本気で心配されました。

後パルクールのコースも自重するように言われました―――ピロシキの理由を説明するのも一苦労かもしれない。

 

 

 その後、Ⅱ号以外の戦車が根こそぎぶっ壊れたので自動車部に甘味を賄賂にしてお願いしに行ったり、人間ジャッキやったり、

 相変わらず朝に弱いまこりんをⅡ号に乗せて、運転技術を磨く練習と称して運転席で軽くレクチャーを受けながら登校するのにも慣れた。

まこりんもそのうち戦車道健康法の効果で血行を良くし、朝にも強くなるだろう。

Win-Winとはこのことだ。

 

 

―――全国大会抽選会。代表として壇上に立った赤星さんが引いたカードは8番。

サンダースとの対戦が、決定した―――。

 

 原作の補正と言うのはやはり強固なものらしい。一回戦負けが見えてきたわけだが―――どうしたものかと頭を悩ませる俺の肩を

 

 

 

 

 

「――――――――やっと見つけたわ」『久しぶりだね、エミさん―――』

 

 

 

 

 

 

―――ポンと叩く手が、両方から―――

 

 

「―――すぐそこに戦車喫茶があるわ―――言っとくけど、逃がさないからね?」

『聞きたいこととかたくさんあるから、一杯お話ししようね―――エミさん』

 

 

「――――ハイヨロコンデー」

 

―――両腕にみぽりんとエリカ。背後にまぽりんと三人にがっちりとホールドされた状態で連行される俺の姿は、まるでメンインブラックがリトルグレイを連れていく例の写真そっくりだったことだろう。




お願い、死なないで天翔エミ!!

貴女が今ここで倒れたら、ダージリンやまほとの約束はどうなっちゃうの?

ピロシキもまだ残ってる。ここを耐えれば、原作的にサンダースに勝てるんだから!

次回、「天翔エミ死す」。パンツァーフォー!!


(*嘘です)


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ④ 】

――月――日

―――人生に苦難があれば楽だってある なんてどっかで聞いた言葉を夢想する。

世の中には理不尽が溢れているし、その理不尽を一時的にでも忘れ去ることができるのが人間の「忘却」という機能だったり、「健忘」というものだったりする。
幸福というものはこの現実逃避染みた行為の代名詞であり、それ以上でもそれ以下でもあり得ない―――


―――そんな厭世家的なコメントを残していた過去の俺、さようなら!!


―――なぜなら!今、俺は!幸せの絶頂にいる!!!

「―――はい。八九式はそのまま操縦訓練で。速度を活かした戦いができる様に」
「Ⅲ突は行進間射撃の練習!砲塔が旋回できないんだから、相手の死角に高速で回り込んだら即撃破できるように瞬間照準を心がけなさい!ほら!さっさと動く!!」

 黒森峰のPJに身を包んだ二人。西住みほと逸見エリカが大洗学園艦の演習場で檄を飛ばす光景を眺めながら、俺は内心で叫んでいた。


―――我が世の春が来たぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!


「―――あのさぁ、天翔ちゃん。そろそろちゃんとした説明が欲しいんだけど」

 どうツッコミを入れたらいいのかわからないでいる会長の疲れた声は、トランス状態の俺には届いておらず。説明までにはさらに30分の時間を要したことを追記しておく。



 戦車喫茶「ルクレール」の奥まった場所にある6人掛けのテーブルに4人が座る。

まるで連行された犯人の様にテーブルの奥、角の方の「逃げることができない場所」へ配置された俺は三方からの視線を受けていた。

 

 というか店員がドン引きしてるんですけど!?

 

黒森峰の制服を着た三人に連れられて宇宙人の如く連行される小学生っぽい外見の少女―――事案では?(推理)

 

 そうして始まる尋問会(おはなしあい)

 

 

 

  『 #4 強豪!シャーマン軍団!―――対サンダース特別講師!?です! 』

 

 

 

いや本当―――何故こうなってしまったのか……?

 

 

赤星さんの病状が改善の兆しを見せているが、いまだに俺がいないと戦車に乗れないことなども含めて現状を軽く説明する―――大洗女子廃校云々の話を除いて。

 

 

「―――何というか―――不運だったというべきか、僥倖だったというべきか、判断に困るな」

「ええまぁ―――はい、そうですよね……」

 

 

どういう形容をしたらいいのかわかりかねる表情で、非常にコメントに困ったような曖昧な発言のまぽりんと

 

 

「でも赤星さんも持ち直してきてるんでしょ?よかったぁ……」

「うん。其処は救いだと思う」

 

 

あくまで赤星さんが快方に向かっていることを喜ぶみぽりんと

 

 

「状況がうまくいきすぎてて逆にうさんくさいわ―――赤星のやつ、本当に病気なの?」

「いやいやエリカ、流石にそれは悪く考えすぎだ。彼女の症状は本物だよ、むしろあれが演技だったら私もう誰も信じられなくなるから」

 

 

逆に赤星さん仮病説まで立てて猜疑に走るエリカ。三者三様。

 

 

 頼んでいたケーキがやって来たので小休止。そして、黒森峰の現状についての話を聞く。状況はエリカが前に語ってくれた状態よりも良い方向にまとまっているようで

 

「―――よかった。心配してる最悪の展開は免れたな」

 

ほっと胸をなでおろす俺と対照的に―――

 

「良くないでしょ!!」

「そうだよエミさん!これじゃエミさんが悪者みたいだよ!」

 

テーブルを壊しかねない勢いでダンとテーブルを叩いて声を荒げるエリカと、同じく普段の気弱な調子はどこへやらのみぽりん。ここ店内なので皆の視線が集中するが、それよりも大事なことがある。

 ―――みほとエリカが今俺というターゲットに向けて想いを同じくして詰め寄っている=物理的な距離感もシンクロシンジアスカ並みに近いということ。順調に距離を詰めている、良い傾向だ―――!!

 

―――ああ駄目だ……まだ堪えろ……ここで笑ってはいけない―――!!

 

 テーブルの下でこっそりと脱臼して緩くなってる小指の関節を外し、右に10度ほど捻って痛みで感情を抑え込む。KOOLだ。KOOLになれ俺よ―――!!

 

「二人の言い分は尤もだと思う。でも考えて欲しい。

 

 ―――あのままの最悪の展開は、みほが西住の家を放逐される可能性があったことを」

 

 俺の言葉にみぽりんが呆然とした顔を見せる。まぽりんもそれにうすうす気づいていたのか苦渋に満ちた顔を見せた。その顔を見て確信する。俺のぶっ飛んだ提案をそれなりにあっさりと受け入れたのはやっぱり妹のためだったんだな と。

 

「―――どういう意味よ?」

 

察することができなかったのか、一人よくわからない顔になっているエリカに、なるべく淡々と説明をする―――

 

 西住みほと西住まほの姉妹と、西住流というものについて。

黒森峰に蔓延する「まほシンパ」と「アンチまほ」の水面下の派閥抗争。

そしてそれを影から手を回しているであろう「アンチ西住しほ」の分家筋と、それに踊らされている西住まほみほ姉妹を分断する被扇動者たる生徒たちのこと。

 

そして、「西住流」を体現する存在としての西住まほの価値と、その価値と比較した場合の派閥抗争の簡単な終結方法について―――。

 

 

********Emi → Maho

 

 

「―――アンタ、そこまで読んであんな噂流すようにしたの?」

「どこまで効力があるかは分からなかったし、大人しくなっている間にまほ隊長が自分で支配できる範囲を広げなきゃいけなかったけどね」

 

エリカの言葉にさらっと語る天翔エミの姿に、少しだけ彼女を「怖い」と感じた。

 

 この娘は昔からこうだったと言う。誰かのために自分を削る。私のために、みほのために、エリカのために、そして赤星のために、我が身を削って削って、傷ついても平気な顔をしている―――。

 この娘も人間なのだから感情や欲望というものがあるはずなのに、それがとても希薄なモノのように感じてしょうがない時がある。

 

―――この娘は一体、何を大事にして生きているというのだろう?―――

 

 ともすれば自分たちのために死すらも厭わない可能性を覚えるに、背筋を襲う悪寒に身震いしそうになる。

怖い―――目の前のこの娘が何を考えているのか、それがわからないことが、ただ怖い―――。

 

「エミさんは、私のために―――?」

 

みほが震える声で尋ねる。縋るようなその言葉に、でも彼女はかぶりを振った。

 

「違うよ。自分のためだ―――“家族は、すれ違ってもいい、でも繋がってないといけない”―――ひとりぼっちは寂しいし、嫌だもの」

 

 

―――目の前が開けたような気分だった―――。

 

 

 天翔エミは、孤児院で育ったと言っていた。生まれた時には天涯孤独で、孤児院の皆が家族のようなもので、でも家族ではなくて―――どこか線引きをしていたのだろう。 彼女は孤児院でも浮いていた存在だと言っていた。幼いころから戦車道に興味を見出し、他の子たちと迎合することなく戦車道のために生きてきたと、昔笑いながら語っていた。

 

 その孤独たるや、はたして私の様に家族とともに生きてきた人間に想像などできるだろうか―――?

 

黒森峰は、「西住流」は、心臓(隊長)を中核とした一つの生き物とし、さながら群れの狩りの様に、役割分担を明確にして行われる戦車道流派。

それは「隊長を長として動く部族のようなもの」で、いわば「家族」と言える。

 

 

 

 

―――彼女は、「家族(じぶん)」を捨てることで「家族(西住流)」を護ったのだ。

 

 

 

 

「――――天翔」

 

目の前の少女の―――――エミの手を取る。

 

「黒森峰は―――必ず私が統括する。君は黒森峰の一員だ。必ず君の帰る場所を―――

 

―――“家族の帰る場所”を作って見せる。約束する」

 

握る手の暖かさが、私に決意をくれる―――やって見せるさ。

ああ、だから頼ってくれ、私たちを。“家族”なのだろう?

 

 

 

*******Maho → Emi

 

 

 

―――すいません、せつめいしてください(震え声)

 

 察しの悪いエリカに説明して、自分のせいだと闇に飲まれそうなみぽりんに「そうじゃないよ」って語ってたらなんか色々と悟った様な顔のまぽりんが覚悟完了!してたでござる。

 どういうことだ!説明しろ苗木ィ!!?

 

状況が全くつかめずただただ困惑するだけの俺に関係なく、時間は進み、状況は流れて行く―――俺を置き去りに。

 

「―――とはいえ、サンダースは強敵だ。このままではエミたちは一回戦敗退の可能性もありうる―――多少なり、支援を考えるべきだと提案する」

 

まぽりんがそんなことを言い出したのも、それに拍車をかけていた。

もうわけわからん!誰か説明してくれ!!(困惑ゲージMAX)

 

 

 

********

 

 

 

「戦車道のコーチングアドヴァイザーとして来ました。西住みほです」

「同じく、逸見エリカよ。ビシバシ扱いてあげるから、覚悟して付いてきなさい!」

 

―――こうしてサンダース戦を前に、大幅なレベルアップを図る大洗女子学園があった。

 

状況が全く飲み込めないまま困惑する河嶋桃、小山柚子の二人を尻目に、割と早々に理解を放り投げて塞翁が馬の立場を貫いていた会長は、本当に英断だと思う。

 

ただ頼むから俺に説明を求めないで欲しい。だって俺にも何故こうなったのか全く分からないからだ!

 

―――あと、大洗の学園艦の部屋に戻ると赤星さんが部屋の中に居て、顔を見るなり抱き着かれた。盛大なピロシキ案件だと思う―――。

 

 

 

*****Emi → Koume

 

 

 

時間は抽選会の直後まで巻き戻る―――。

 

 隊長と副隊長、それに逸見さんと思しき面々に連れられて行ったと聞かされて、私は一先ずエミさんとの合流を諦めて、Ⅳ号戦車のみんなと一緒に喫茶店でケーキを食べていた。

 ただ、話がサンダース付属との試合の話になり、武部さんが軽い気持ちで「じゃあ決勝まで行こう」と言っているのを聞いて、内心で沈んでいく心が止まらない―――。

今のままではサンダースにすら勝てるかどうかわからない―――けれど、生徒会の方々が行う教本通りの練習や、私が中等部で習った戦車道では付け焼刃を増やすだけに終わる―――どうしたらいいのかもわからず、悩んで悩んで―――

 

―――結局、みんなと別れて一人、先に学園艦に戻ることを選んでいた。

 

 

 マンションの一室、そこは私とエミさんのルームシェアで借りた物件になっている。私の容体が悪化して、普通の閉塞空間でも過呼吸が起きてしまったらを考え、いつでも見ていられるようにと隊長が提案してくれたものだ。

部屋に戻ったけれど、エミさんはいなかった。制服を着替えて、一人で思案する―――と、

 

―――机の上に、見慣れない一冊の本が在った。

 

天翔エミ、と書かれたその見慣れない本は、どうやら日記のようで―――

 

―――私は、たとえ殺されるとしても好奇心を止められない猫だった―――。

 

 

********

 

 

 

―――こんなのおかしい。だって、悪いのは私じゃないか

何で被害者のはずの彼女が責められなければならないのだろう?

 

誰か教えて欲しい―――彼女は何か悪いことをしたの?

 

彼女はあんなにも苦しんでいるのに、まだ彼女は苦しまなければならないの?

誰が悪かったのか?なんて、決まっている――――――

 

 

 

 

 

 

私以外にいるもんか。

 

 

 

 

 

 

―――日記のページを捲る手が、冷たい。身体の芯まで冷え切ってしまったかのようだ。

 私は、これまで彼女の何を見てきたのだろう?こんなにも、自分を責めて、責めて、なのに私を心配して、私のために色々と気を回して―――隊長のためにも、副隊長のためにも、逸見さんのためにも―――周りの人のために身を砕いて、足りない、まだ足りないと与え続けている―――

 

いつか読んだ童話に在った「しあわせのおうじ」という話―――

街の苦しんでいる人々のために、ツバメに頼んで、宝石で出来た瞳を与え、全身の金の箔を剥がして与え、ボロボロの姿になり、自分のお願いのために越冬できず死んだツバメに涙を流し、鉛の心臓が音をたてて砕けてしまう。

 

 彼女を「しあわせのおうじ」にしてはいけない―――。

 

気が付くと、部屋のドアが開いていて、エミさんが居た。

感極まった私は、知らず身体が動いていて―――エミさんを力いっぱい抱きしめて、涙を流していた―――。

困惑するエミさんにただひたすら「ごめんなさい」としか言えない。そんな私が、たまらなく嫌いだった―――!!

 

 

 

********

 

 

 

 副隊長と逸見さん、二人が特別コーチとしてやってきた。48時間後にはヘリで黒森峰学園艦に戻るため、全員のコーチングの後にカリキュラムを組んでくれると聞いて、少し光明が見えた気がした。

 

「アンタたちと当たるとしたら決勝だからね!一回戦なんかで負けたら承知しないわよ!」

 

檄を飛ばす逸見さんの調子に黒森峰のころを思い出し、すこし微笑ましくなる。

 

―――副隊長たちと話をするエミさんを尻目に、独り、Ⅱ号戦車に乗り込む。

 

パタンと、ハッチを閉じ、全ての窓口を閉じ、戦車を密閉させる―――

 

「―――はぁ、はぁ――――――ぁ、はぁ―――は、は、は――――!!」

 

息苦しい―――辛い、苦しい―――此処から出たい―――嫌だ―――出して、ここから出して――――!!

 

 

―――――甘ったれるな!赤星小梅!!!

 

 

彼女と一緒に、肩を並べたい。心を圧迫する閉塞感を、気持ちで殴りつける―――!!苦しいなんて言っていられない―――これ以上迷惑なんか掛けられない!きっと、副隊長も、逸見さんも、もしかしたら隊長も、みんな同じ思いなんだ―――私だけ、蹲ってなんかいられない!!

 

暗くなる視界の中、僅かな光を感じて視線を上げる。伸ばした手を掴んで引き上げてくれたのは、エミさんだった―――

 

 

 

―――ごめんなさいエミさん。まだそこまで強くは成れないみたいです

 

 

 

でもきっと―――たどり着いて見せますから―――私にあなたを支えさせてください。

 

 




――――その日、西住まほによる黒森峰戦車道の統制はより攻勢を強めた―――。

特に、抽選会から「一人で」戻ってきた西住まほの決意のこもった目に威圧され、反抗勢力はその存在を一気に消沈させることになる。
痛みを恐れない改革の裏側に潜む強い決意と、その傍らに寄添う二人の副隊長に、黒森峰は揺るぎない地盤を備えた存在として生まれ変わる。

 その裏側には、いつか戻って来るであろう“家族”への想いがあった―――。




*まさか『家族』という単語でモロ被りすると思わなかった(だが在り方としてはたぶん正反対)


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑤ 】

あの日の捨てきれない夢の残滓の、その向こう側に、『彼女たち』が居た。


懸命に戦って、懸命に生きて、そしてあの強豪サンダース相手に奮戦していた。


―――今からでも、遅くないのかな?


―――一度逃げ出した私も―――そこに行っていいのかな―――?


悩んで居る暇が惜しかった。両親にも、カウンセリングの先生にも、必死で訴えた。そしてリハビリを行いながら、訓練を再開した。


 私も追いつくから―――ねぇ、待っていて―――私も、一緒に―――!!


 ―――あなたたちと、一緒に―――!!




『#5 一回戦、白熱してます!―――こちら【アンコウの灯(ランプ)】チームです!』

 

 

――月――日

 

 

サンダースの偵察に赴こうとしていた秋山殿を捕まえて二人で行くことにする。

髪の色が似てるのでサンダース志望の再来年中学生の妹と付き添いの姉という形で真正面から堂々と潜入してみた。通った(マジかよ)

 

 

「おおぅ!あれはM4無印!M4A1に僅か75輛しか作られなかったA6がありますよぉ!!」

 

 

ムッハー!とパンツァーハイを拗らせてる秋山殿を抑えて「戦車マニアな姉をなだめすかして歩く妹」という若干背反したキャラを徹底する。もうすぐ作戦会議。見学の妹ではなく「戦車道履修生」として参加して情報を得る時間だ―――。

 

 

―――結果として、情報は得たが盛大にばれてしまった。

 

 

まぁしょうがない、原作でもアグレッシブに質問しまくった挙句全力で逃げる羽目になっていたのだからなぁ……

 

 ちなみに今どうしているかと言うと―――

 

 

「―――アイエエエエエ!?ニンジャ!?リアルニンジャ?!」

「すっごーい!!なにあれ!?なにあれ!?ありえないわ!!」

 

 

アリサの絶叫と、おケイさんの若干ちのうしすうがさがってそうな声をBGMに

 

―――俺は、サンダース学園艦の甲板へ続く路を―――進まずに、壁を垂直に走って昇り、速度が落ちてきたところで壁際の通路に飛びこみ、多少助走距離を稼いだら壁に飛び出しまた垂直に駆ける―――を繰り返し、追っ手を振り切っていた。

 

 

トリックよ!トリックだわ! いいえジツよ!ジツなのよ! 実は人間じゃないのかも……? とか好き勝手に言われているが―――まぁ別に悪い気分じゃなかった。悲鳴と驚喜と称賛の声を背中に受けながら、俺は秋山殿を抱っこした状態でサンダースから帰還したのだった。

 その間ずっとお姫様抱っこされていた秋山殿が何て言うか、呆けていた。リアルクライミングとかフリーフォールとかあったので恐怖で多少感情がズレているのかもしれないな(推理)

 

 情報を持ち帰る途中で復活した秋山殿がテロップや邦題入れたりしていた。

 

 

―――でも俺がサンダース相手に大立ち回りしてるシーンに忍殺式解説ぶち込むのやめよう?な?(迫真)

 

 

情報を持ち帰った秋山殿がみんなから心配されたりお礼言われたりして恐縮したり、「部屋まで来てくださったのは皆さんが初めてです」とか若干闇を感じさせる発言が混じったりして潜入ミッションはつつがなく終了した。

 

 

 

――月――日

 

 

各戦車の塗装を塗り直したり、幟旗を外す決意を固めるために数日費やす歴女が居たり、空き時間にバレーの戦術練ったり―――自由だなぁ大洗と思う。

 

 赤星さんはみぽりんとエリカがやってきた日から、やや鬼気迫る熱心さでPTSDを克服すべく密閉した戦車の中で耐える訓練を続けている。

みぽりんとエリカがやってきたのは彼女にとってもカンフル剤のような役割だったのだろう。日が落ちる時刻まで練習している姿を見ているだけに、こちらもサンダース戦を勝ち抜かねばならないという意欲が湧いてくる。

 ともすれば俺の手で引導を渡していた可能性のあるこの学園艦で暮らして、日々を過ごして、情が湧かないわけがない。人情味溢れる大洗の人々をエキストラと十把一絡げで斬って捨てる真似など、見てしまった俺にはできやしない。

そんな感じの罪悪感交じりの動機ではあるが―――原作知識を用いてでも勝ちに行きたいと思うくらいには、俺も本気になれた。

 

 

 ―――問題は、教導員としてやってきて帰るまでの僅か48時間、実質教導時間だと20時間に届かない間に妙なカリスマを発揮して、大洗メンバーの半分くらいがみぽりんを尊敬している点にあるんだが―――大洗とみぽりんの相性、良すぎない?(雑感)

 頼られすぎてテンパるみぽりんとあわあわするみぽりんを助けに入るエリカのコラボレーションは最高でした! 最高でした!!(強調)

 

 

 

――月――日

 

 

 各自のパンツァーエンブレムの塗装―――なんだが、うちの戦車(Ⅱ号戦車)のエンブレムをどうするかで悩んで居た。

動物で行くべきか?Ⅳ号とは兄弟みたいなものだし海産物でいくべきか?などと唸っていると一年生ズがやってきて

 

「赤星小隊って赤星先輩が言ってたから、これが覚えやすいと思います」

 

 とエンブレムを半ば強制的に決めて、塗装して帰っていった。

が、まぁこのエンブレムならきっと赤星さんに否やはないだろう。

 

 『赤星』小梅を意味するような輝く赤い星のマーク―――これは中々シャレたエンブレムなのでは?レッドスターとかそういう感じの……

 

 

「―――おぉ、チョウチンアンコウの提灯部分?なかなか洒落てるねぇ」

「Ⅳ号戦車があんこうチームだし、敵を引き付ける囮車輛という意味ではぴったりのエンブレムだな」

 

 ―――会長と桃ちゃん先輩のこの会話がきっかけで、もうそういう感じにしか見えなくなったため、うちのⅡ号戦車は【あんこうの灯(アングラーズランプ)】、略して【ランプ】チームになった。

 

 ……Ⅱ号戦車のL型は山猫(ルクス)という通称が付いてるのでネコさんチームの方がまだましだったかもしれないとか思ったが、そんなものは後の祭りと言うのだろう。いやまぁ、原作に居ない『付属品』と言うのであればこの通称も妥当なのかもしれない……けど赤星さん不憫すぎない?

 

 

 

――月――日

 

 サンダースとの試合は―――激戦だった、掛け値なしに。

 序盤戦。ウサギさんチームが斥候に出たところに無線傍受したアリサの指示でM4が来襲。救助に向かったⅣ号と八九式のところには包囲するように合計で9輛の包囲陣。蓋をするように逃走方向に展開する敵戦車をかく乱したのは、赤星さんと俺のⅡ号戦車。ルクスの速力は最大時速60km/h。自動車に混ざって一般公道を走ることもできる走行性を持つ。柏葉姉妹とか自動車部などの本職のメンバーと並べられるとはっきり劣るが、操縦手の適正さえあれば、M4との速度差を活かして周囲をおちょくるように動き回ることはたやすいのだ。

 蓋をする役目の戦車をかく乱している間に逃げ切り―――指定ポイントに潜伏した後で、通信傍受機の存在に気付くことが無いあんこうの面々のために、某眼鏡のボウズ並みに「あれれ~?おかしいぞぉ?」まではいかないけれどガッバガバな行動で赤星さんに通信傍受機の存在をアッピルする。通信傍受機に気付いた赤星さんはⅣ号と合流してⅣ号に乗り換え、さおりんと連携して携帯で各車両と通信を取り合い、原作通りに1輛撃破した。

 ただ、このタイミングで通信傍受機の存在がばれたと気づいたアリサが方針転換。通信傍受を逆手に取られたことを報告して『バッカモーン!!』されたらしい(実際に聞いてはいないので伝聞だが)

 おケイさんの自裁式ペナルティにより敵車輛の数が減り、こっちを捜索する車輛は4輛だけになって――――――盛大なコン・ゲームが開催された。

 

 お互いにフラッグの位置を探す潜水艦ゲーム状態で、偵察車輛による遭遇戦アリアリの限界バトルである。 M4を撃破できる武装を持ってるのがⅢ突かM3リー、はたまたⅣ号くらいで、38tと八九式にルクスは備砲の関係上ほぼゼロ距離でピンポイントに薄いとこへ直撃でもさせない限りは難しいと言わざるを得ない。

 遭遇しては吊り出し、敵戦車に包囲される前にポイントにおびき寄せてそれぞれの連携とった戦車とのマッチアップで待ち伏せ砲撃で叩く大洗と、待ち伏せに気付いて踏みとどまり、再び追いかけながらファイアフライの射程内に追い込もうとするM4シャーマンの化かし合い。

 終わるころには双方がヘトヘトになる状況で、見所が続出した試合だった。

 観戦に来てたエリカとみぽりんが応援で疲労の色を見せるくらいにはハラハラ展開だったらしい。―――いや、ファイアフライに吶喊するルクスの場面で卒倒しかけたらしく、終わったらお説教予定だったらしいが。

 

 最終的には原作の様に、八九式がフラッグを発見して、追撃を誘発させておびき出し、いろいろあって最後に稜線射撃で撃破するというシナリオを逸脱することはなかった。

なかったが、思ったよりも追撃が追い付くのが早く、ファイアフライの足止めにとⅡ号がファイアフライの履帯に車体全体で体当たりして狙撃を阻止、その代わりに吹っ飛ばされて撃破判定を受けた―――。

 なお、指示を出したのは赤星さんである。覚悟を決めたらこの子も結構修羅だと思った(感想)

 

 

 

*******Emi → Koume

 

 

 

 ―――息苦しい。

 

 

「―――はぁ、はぁ―――は、はぁ―――は―――――――」

 

 

―――楽になりたい。

 

 

「―――ぁ――――はっ――――――はっ―――――――」

 

 

本来三人乗りのⅡ号戦車に二人。停止射撃時にはエミさんがその身体能力を活かして操縦席から素早く飛び出し、装填を行う。

 

―――気を使われている。と、思う

 

 黒森峰の戦車道教育はまず一定の適性検査を行ってからの個別カリキュラム指導。全くの素人からでもまず基礎教育を行い、「どんな配置でも最低限、一定の行動がとれる程度に鍛える」ことから始まる。そのうえで、砲手ならば砲手、装填手ならば装填手の道を教官から勧められ、それを受け入れるか自分で選ぶかは自由だが、選んだ役割の者たちが集まるグループでの教導、及び各グループから戦車に乗り込むメンバーを選択して練習。そのうちに一緒に戦車を動かすメンバーが自然に生まれる様になっている。

 だから私も、西住隊長も、副隊長も、逸見さんも、何かの際に同じ戦車に乗り合わせることになったとして、多少不慣れな部分はあっても役割分担が可能になる。

私も多分に漏れることはなく、砲手や装填手などを器用にこなせるように教導を受けている―――

 

だけど、エミさんは私に無理をさせまいと無茶をする。

 

 敵フラッグのM4A1を追いかけるⅣ号と自軍フラッグの38t。残りのシャーマンを受け止めるために反転するⅢ号突撃砲の皆さん。

 

『―――上から狙うから、時間を稼いで』

 

沙織さんからの通信。遮蔽物の無い丘の上からの稜線射撃。危険視されるのは狙撃。ならば止める目標は――――

 

「ファイアフライに突撃します。装甲を抜くことはできないと思いますので、履帯か転輪の破壊を目標にいきます」

「オーライ。ただし私は激しく動く車内での装填は苦手なんだ。連射に期待はしないでくれ」

 

おどけた調子のエミさんに知らず微笑みが浮かんでいた。呼吸もさっきより落ち着いている。私を勇気づけてくれる彼女を、とても身近に感じられる。

 

「―――灯火(ランプ)チーム、行きます――――!!」

 

肩を蹴って指示を送る。時速60kmのルクスの高速機動ならば照準を合わせることもさせずに相手に接近できる。ただし、さっきも考えたようにこちらの砲も相手にはやすやすと通じない。だから―――

 

「―――シャーマンを避けて、ファイアフライの正面、砲身の前を遮るように通り抜けます!!」

「―――無茶苦茶だなぁ―――まるでみほを相手にしてるみたいだ」

 

 ほぼノーブレーキで走るルクスが地面を蹴って跳ね、シャーマンをからかう様に蛇行運転で間をすり抜け、ファイアフライの砲の目の前を横切るように駆け抜ける。当然、その瞬間のみ相手の照準が遮られシュトリヒの計算が乱れる。

 それでもサンダースの砲手は冷静に、ファイアフライを停車して砲撃準備に入っていた。

 

「―――エミさん。――――――――なんですけど」

「―――訂正しよう。赤星さん、覚悟決めたらみほより無茶苦茶だよ」

 

ファイアフライの前を通り過ぎたルクスは十分に離脱し――――そのまま反転。

ファイアフライの側面、履帯部分をめがけて最高速で突撃する。

 

 総重量9tのルクスと33tのファイアフライの衝突。時速60㎞で突撃したルクスはファイアフライを大きく押しのける代わりに、吹き飛ばされるように弾かれて宙を舞い、横転。そのまま地面を削りながら滑っていき、ボロボロの姿を晒して白旗を上げる。

―――その代わりにファイアフライの砲撃はあらぬ方向へ逸れ、その砲撃失敗から生まれた空白の時間は―――わたしたちの勝利を決定するに十分な時間だった。

 

 横転して滑走するまでの間、宙に投げ出された私はふわりと抱き留められていた。そのまま上下が激しく逆転する視界に遊ばれるままに転がり、気が付くと衝撃が収まっていて―――あちこち傷だらけのエミさんがいた。

 こんなになってまで私を守ってくれることに、申し訳ない想いと、同時にとても嬉しくて、涙が止まらなかった―――。

 

 

 

********Koume → Emi

 

 

 

ええい!黒森峰の戦車乙女は化物か?!(修羅メンタル的な意味で)

 

 覚悟ガンギマリの赤星さんに同調してノリノリで戦車をかっ飛ばした自分が言うのも何だが冷静に考えると盛大なBANZAIアタックだったわけで―――内装をカーボンコーティングされてる戦車道のシステムでなければ爆発炎上して乗員全員アウト判定でもおかしくないんだよなぁ―――後で観戦に来てるみぽりんとかエリカとかに何を言われるか―――正直怖い(戦慄)

 吹っ飛ばされて転がる車内で赤星さんを庇って必死に抱きかかえ、収まった後、赤星さんが涙を流していた。

そら怖かったよね、だからこういう無茶もうやめてくださいお願いします(懇願)

 試合終了でノーサイドってことでおケイさんがやってきて「イッツソークレイジー!すごいこと考えるわね貴女!」と赤星さんをべた褒めしていた。「でもあんまり無茶しちゃダメよ?ザッツ戦車道、戦争と違って無鉄砲が称賛されるわけじゃないからね?」と釘を刺すのも忘れないあたりさすケイ!と言わざるを得ない。

 できれば知波単の方々にも言ってやってください(切実)

 

 試合終了後、「おばぁが倒れた」が発動。泳いで帰ろうとするまこりんに、エリカとみぽりんがまぽりんに打診→ヘリで送迎 の流れ。

少なからず大洗メンバーと関わったことで大洗メンバーに物腰柔らかな対応になってるエリカから難色もなく、ヘリが用意される。

 

「―――感謝する」

「いいから早く乗りなさい!あなたの大事な“家族”なんでしょう!?」

 

 

 ヘリのローター音に負けないように怒鳴るように大声を上げるエリカに促され、ヘリに乗り込むまこりんと、付き添いでさおりん。

 

 

「―――隊長、ありがとうございます」

「―――今の私は君の隊長ではないよ。まほでいい」

 

 

そう言ったまぽりんの口元が微かに微笑んでいた。

 

 

「―――ありがとうございます。まほさん」

「ああ。それでいい

 

 

 ―――――ただし、それはそれとして、先の戦いの行動についてはもの申す必要があると私は思う。故に―――――正座だ、エミ」

 

「はい」

 

 

 

―――ニゲラレナカッタ(絶望感)

 

 




快速で駆け抜ける軽戦車CV33軍団!

走破性と速度から生まれる脅威が大洗戦車道チームを襲う!!

重戦車P40の装甲の前にはルクスの砲撃も通用しない!

そして、お互いに切磋琢磨する関係の親友と再会したカエサル殿の想いの行方は!?


次回!『#6 次はアンツィオ戦です!!―――えっと、カットされます!』に


パンツァー・フォー!!(無慈悲)



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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑥ 】

エネミーズショックにより筆が停滞していたので少し短め。パンチ弱めかもしれない


だから闇の低さを補うためにちょっと考えただけなので私はきっと無罪(希望)








―――私だけじゃなかった。

やっぱりみんな―――戦車道を捨てられなかったんだ!!


―――でもきっと、あの子が居なかったら、私はまだ諦めたふりをしたままだった。


―――だから行かなきゃ。あの子のところへ―――!!!





 

 

――月――日

 

 

 私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ――――――

 

ごめんなさい赤星さん、ごめんなさいⅢ号の皆さん。

 

 

私のせいでごめんなさい―――――

 

 

 

――月――日

 

 

 私は彼女を守った。守ったはずだった。

あの日あの時の行動を後悔なんてしていない。

それでも命令違反だし、持ち場を離れたという罪は残る。

だから罰せられるべきだ。

 

 なのに皆は何故、被害者のはずの彼女を責めるの?

 

 

―――こんなのは絶対に間違っている―――

 

 

 

――月――日

 

 

 西住流の師範、西住しほさんがやってきた。私の行動を激しく批判した。

でもこれが当然の流れなんだ。私が責められたことで、彼女への風当たりが軽くなってくれると嬉しい―――だって彼女に罪はないんだ。彼女は悪くない

 

 

―――誰かを助けることが罪になるとは言わない。けれど今回罪と呼ぶべきものの所在は、私以外にあるはずがないんだ。

 

 

 

――月――日

 

 

 みんないなくなっていく……。―――あの日のⅢ号J型は乗員が誰も乗りたがらなくなってガレージの隅にしまわれたまま。この子も何も悪いことはしていない。事故は偶発的なもので、乗員のみんなの後遺症にしても、私が―――

 

 

―――なんだ。つまり私のせいじゃないか

 

 

 

――月――日

 

 

 最後まで残っていた赤星さんが、黒森峰を辞めて、戦車道の無い高校へ転校すると聞いた。

 

結局、みんないなくなっちゃった―――。

 

 

 

――月――日

 

 

―――私は、私の行動の責任を果たしたい。だからごめんね。自分勝手でごめんね

 

ごめんねみほ、ごめんねエリカ、ごめんなさい隊長。

 

私が圧し潰される前に、せめて赤星さんだけでも救いたい。

 

 

 

 

 

『#6 次はアンツィオ戦です!!~えぇと……カットされます!~』

 

 

 

 

 

 

――月――日

 

 

 いつもの5割増しで赤星さんがべったりだった件。

そして『日記を勝手に見てしまった』ことを平謝りされたうえで『貴女は悪くない。私は感謝している』と入念に説明を受けた。あと号泣された。

ああうん。ダミー日記見られてたかーいつ見たの?とは思ったが無造作に置いていた時期があったし、あるなら見るわな、誰だってそうする。俺だってそうする。

 とりあえずダミー日記は机の引き出しを二重底にして隠しておくことに決めた。夜神〇のようにシャー芯でロック解除する装置とか死ぬほどめんどいし、作れる自信がないし。

 あと人差し指の爪を自戒の意味も込めてベリっておく。死ぬほど痛いが己への戒めには成った、赤星さんには悪いが、あの日記を赤星さん以外―――みぽりんだのエリカだのが見ていた場合、赤星さんと同じ反応を見せていたと思うと、みほエリの芽が確定で死ぬ(確信)

 

 

――月――日

 

 

 第二次戦車発掘祭開幕!!

原作通り、ルノーB1bisとⅣ号のF2型の長砲身が発見され

 

 

 

――――武部殿が一年生と一緒に、迷子になった。

 

 

 

船底―――と言ってもサメさんチームがいるヨハネスブルグレベルのヤベー所ではなく、ただの倉庫みたいな場所だったなぁと記憶を洗っているところで―――

 

「―――助けに行きましょう!!」

 

声を上げたのは赤星さんだった。

 

 

 

******

 

 

 

ライト付きヘルメットで周囲を照らすグデーリアン秋山殿と、おばけが出ると聞いて蒼い顔をするまこりん、いつでもとにかく平常心な華さんのあんこう三銃士を引き連れたダルタニァンは―――

 

「―――す、すいま……せん……――――――はぁ――――――は、ぁ……はぁ……―――」

 

暗くて狭くてじめついていて水圧音と、戦車に酷似した機関室からの駆動音が疑似的な車内空間を彷彿とさせるのか、PTSDを発症して蒼い顔で壁に寄りかかるようにして――――それでも、前に進もうという気概を見せていた。

 

「赤星殿、大丈夫ですか?」

「無理はしない方がよろしいと思うのですが―――」

「……今にも倒れそうだ、地上に戻ったほうがいい」

 

三人の心配する言葉にも、

 

「―――へ、平気です―――。行かないと―――いけないんです。今度は、私が……」

 

気丈にそう答えて前に進もうとする赤星さん。

 おそらくは、あの日の事故のことを思い出しているのだろう。そしてそれがよりPTSDを強く引き起こす引き金になってしまっている。だが逆にこれを奇貨として、武部殿を救う=赤星さんの症状が緩和する という等式で赤星さんのPTSDに改善の兆しが見られるかもしれない。とも思う。

 そうすれば大会を勝ち抜き、廃艦を撤回させた後で、完全復活した赤星さんを黒森峰に帰し、俺は大洗で劇場版に備える名目でフェードアウトが可能かもしれない―――!!見えた!エンディングまでのルート!!(セカイ感)

 

『グデーリアン、西を探せ』

「西部戦線、ですね!了解しました!」

 

カエサル殿からの通信が来たということは、発見フラグも追加されたし。勝ったなこれは―――

 

 

 【武部殿+一年生ズ救出――――!!そして、ポルシェTを発見した!!!】

 

 

 

******Emi → Koume

 

 

 

「―――遭難、したそうだ」

 

冷泉さんが携帯電話のメールを読み上げながら、そんなことを口にした。

 

「船の底の方らしい、が、どこにいるのかわからないと」

「何か目印になるものがあるはずだ、それを探して連絡しろと伝えろ!」

 

怒鳴る河嶋さんと、冷静にそれをメールで送信する冷泉さん。けれど、その行動の遅れは―――あの日の私たちと

 

―――あの日のエミさんを生みそうで――――――

 

「―――助けに行きましょう!!」

 

思わず、声を上げていた―――。

 

 

 

*****

 

 

 

―――辛い。

 

「―――はぁ―――はぁ……は――――はぁ……はぁ……ぁ……」

 

全力疾走後の陸上選手が肩で息をするような、不規則な呼吸音を響かせて、私は壁に寄りかかる―――。

 

―――身体が重い。

 

―――空気が重い。

 

―――暗い―――狭い―――まるで、“あの日の戦車の中に居るよう”―――

 

「赤星殿、大丈夫ですか?」

「無理はしない方がよろしいと思うのですが―――」

「……今にも倒れそうだ、地上に戻ったほうがいい」

 

秋山さん、五十鈴さん、冷泉さんが私に口々に帰るようにと進言している―――けれど、帰るわけにはいかない。

 

 

―――今度は、私が【救う】番だから―――!!!

 

 

壁に手を付き、立ち上がる。ゆっくりと、通路を奥へ進む私の視線の先に、独り先行して危険を確認しているエミさんの姿が見えた。

 私の方を見て、心配そうにしているように見える―――

 

 

―――大丈夫です。エミさん―――私は、大丈夫。

 

 

エミさんを心配させないようにと必死で取り繕っては見たものの、きっとぎこちない笑みになってしまっていることだろう。まだまだ先は長そうで―――

 

「この先に倉庫らしき区画があった。そこに居るかもしれない」

「さっさと行って、帰ろう。もうこんな薄気味悪い場所は嫌だ」

 

スタスタと先行していく冷泉さんの後を、秋山さんと五十鈴さんが駆けて行く―――。

 

よろよろとした足取りで追いかける私の横に、エミさんが―――

 

「ほら、急ごう?もう少しだ」

「あ―――」

 

そっと手を差し出してくれるエミさんの手をとり、深呼吸する―――

 

「―――――――ありがとうございました。もう、大丈夫です」

 

エミさんの手を握っていると、安心できる。でもそれだけじゃいけない。

彼女に頼っているだけじゃ、あの日記のまま。エミさんを救うことはできない―――。

 

このままじゃ、エミさんはどこかで何もかもを犠牲にしてしまう。私を助けようとした時の様に―――それは、嫌だ。

 

 ぎゅっと強く手を握るとびっくりしたような顔で振り返るエミさんがいた。

ごめんなさい、決意表明です。いつかあなたに頼られるようになりますから、まだ今は、この距離で私を見守って居てください―――。

 

 

 

*******Koume → Emi

 

 

 

――月――日

 

 

 やるべきことはやった。さぁ、いよいよアンツィオ戦だ――――!!!

 

相手は軽戦車CV33がメインの高校―――八九式だけではなく、ルクスも最大に光り輝く大舞台に違いない!!熱い戦いの予感だ!!

 

 

 まぁ俺は装填しかできないけど!!!

 

 

 

 

*******

 

 

 

同じ頃、二回戦を先に終えた黒森峰にて―――

黒森峰のPJに身を包んだ西住まほが、黒森峰の制服を着た少女たちと会見していた。

 

 

「―――決心は―――」

『はい。変わりません』

 

 

4人の言葉は完全に重なった。まほはただ静かに息を吐く。

 

 

「―――正直、君たちの身体、精神を考えると推奨はできない―――が、

 

  ―――どうやら、想いは同じようだ」

 

 

まほの視線が彼女たちから離れ、ガレージの奥へと顔を向ける。彼女たちがつられるように、そこへ視線を泳がせれば

 

 

――――あの日、あの時から時が止まったような姿のままの、戦車が在った。

 

「―――彼女の力になるのであれば、必要だろう?誰も乗りたがらず、ガレージで朽ちるよりは良いだろう」

『――――――――ありがとうございます!!』

 

 

 黒森峰学園艦から、飛行船が飛び立った。その内に、強い意志を宿す4人と、一輛の戦車を載せて―――。

 

 

 

*******

 

 

 

――月――日

 

 

ぼくはいま、びょういんにいます。

 

 

 





新しく増えた戦車と、調整が終了して改装されたⅣ号F2型。
ただし次の相手は豪雪地帯。因縁深いプラウダ高校!!

地吹雪とブリザードに襲われ大ピンチの大洗!
その時、会長が告げる真実とは――――!?



次回!『#7 次はいよいよプラウダ高校です!~負けたら我が校は無くなるんだぞ!?~』

に、パンツァー・フォー!


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート 6.5 】

――月――日

ぼくはいま びょういんにいます。

アンツィオ戦の後、ルクスのメンテをしていた際に自動車部がレバーと床面の血痕に気づいたらしく、会長たちに報告。俺のグラブの内側が割と血まみれだったことを含め、血のにじむ包帯を巻いた指に付いて詰問され、「爪がちょっと剥げただけで、一本だけだし試合には影響ない」と言ったところ、

「―――天翔ちゃん。正座」
「はい」

―――俺最近正座してばっかじゃない?
 エリカともみぽりんとも違うほぼ感情論なしの理詰めの正論でのお説教は割と心にザクザク突き刺さったんだが―――その後、不意にぎゅーっと感極まったかのように抱きしめられた。

―――罪悪感から血を吐きそうだったので、今後ピロシキは控えよう。己の罪業については、ダミー日記を隠れ蓑に日記に記しておいて、人生の終末ノートで清算しようと思う。

追記:後で会長に抱き着かれたこととか含めて桃ちゃんにめっちゃ怒鳴られました。あぁ~~~嫉妬イイっすねぇ~~(杏桃的に考えて)


 天翔エミについて、私はあまりにも知らない。

けれどこの小さな救世主は、私たちにとって最も大切な破邪の剣であり、もう一本の剣を剣たらしめるための最も大切なファクターだ。

 

 

 あの日、廃校を突き付けられた私が一縷の望みとして提示した「戦車道高校生大会優勝」の条件。「できるものなら」と言いたげな役人さんの嘲笑が脳裏に焼き付いて、それが今現在までも私の反骨精神の火を燻らせている。

 

 ……とはいえ、戦車道が廃れて久しい学園で、どこまでのことができるのか。最後の思い出作り程度の考えがなかったわけじゃない。

 

それでも、大人の思い通りに「はいわかりました」なんて、口が裂けても言えなかったのもまた、真実だ―――。

 

 

 

『#6.5 幕間 ~大洗女子学園生徒会長 角谷杏のここまでの記録~ 』

 

 

 

――月――日

 

 

「まずは戦車道するためのメンバーを選考しないとねぇ―――」

 

廃校を突き付けられ、鼻で笑われ、それでも不敵に飄々とした態度を崩してはいけない。だって私の横にいつも付いて回る二人は、不安な顔を見せれば心が折れてしまうだろうから―――。

 

 

――月――日

 

 

「他校からの編入組に、戦車道経験者が居ました。それも2名」

「いいねぇ。幸先いいじゃん」

 

戦車道経験者を優先的にスカウトしようと中学時代に戦車道やってたとかそういう経験の有無を河嶋に当たらせていたら、編入組の中に二人の生徒がリストアップされた。

 

一人は赤星小梅。中学からの戦車道経験者で、あの黒森峰でレギュラーメンバーとして活動していた生え抜きのようだ。

 そしてもう一人が天翔エミ。戦車道界隈での「小さな巨人」と呼ばれる知る人ぞ知る有名人で、体格で足切りにあっていなければ国際強化選手の道すらあったかもしれない程の装填速度を誇る逸材―――らしい。

 

なんでそんな二人がこんな戦車道もない東の果てまで流れ流れてきているのか。について、私は最初「夢破れて」とかそう言うのだと思っていた。

 だからこそ「もう一度夢を掴める可能性」を提示すれば、それにノッて来ると思ったんだ……。

 

 

「―――赤星ちゃんに天翔ちゃんさぁ―――選択必修科目、戦車道、取ってね?」

 

距離を詰めるのは精神的に圧を掛けるため。覗き込む態度は相手の奥底を見つめるようにしてさらに圧を増やすため。一挙手一投足を相手を追い詰めて追い込むために使う。交渉や説得における“力押し”の基本―――。

 

「私はともかく、赤星さんに戦車道は無理です」

 

与しやすいと踏んでいたはずの方から飛んできた拒否の声に、私は内心で二人の立ち位置を修正する。目の前の私よりも背が低い少女には、はっきりとした強い意志を感じるから―――。

 

「赤星さんはここに来る原因になった事故がもとで、戦車に乗れない身体になってしまっている。とてもじゃないが、戦車道なんてさせられない」

 

そこに“赤星小梅を守る”強い意志を感じた。だけど私も退けないんだよ。

 

「えー?でもさぁ……Ⅱ号戦車で毎日登校して来てるよね?」

 

 過保護に護ることを悪いとは言わない。けれど赤星ちゃんはまだ戦車道を続けたいんでしょう?だから戦車に乗ってるんでしょう?

乗用車の送迎の様に毎朝戦車で校門をくぐり、自動車部のガレージに戦車を置いてやって来るこの子たちの存在は、戦車道を始めようとする生徒たちの興味を引く恰好の広告塔だ。

 私と天翔ちゃんの視線が交錯して、お互いの譲れない想いがぶつかる。

 

「―――あの、私……っ、戦車道、やります」

 

空気を打ち破ったのは、私が解放した赤星ちゃんの方だった。

 

―――その瞳に宿る決意に、ちょっとだけ気圧されたのは、内緒にしておこうと思う。

 

 

――月――日

 

 

戦車道を始めて、学園内で転がってたスクラップ手前の戦車を寄せ集めて、出来上がった5輛の編成。

八九式、M3、Ⅲ突、38t、Ⅳ号。

正直戦力としては頼りないにも程がある。けれどやるしかなかった―――。

 

 戦車道連盟を通して教導を依頼したところ、蝶野亜美教官という方がやってきてくれた。色々と豪快な性格で気風のいい「格好いい大人」だった。

 

 

―――ズブの素人だらけだけど、鍛えればそこそこは戦えそうだ。やっぱり、主力とすべきは赤星ちゃんと天翔ちゃんになりそうだと、改めて思った。

 

 

――月――日

 

 

 聖グロリアーナとの練習試合を、河嶋がまとめてきた。

強豪校の一角ではあるが、戦車の質を考えると最初の一戦で心がへし折られるよりはいいだろうと思うレベルだ。これから先の指針にもできるし、

 

何より近い。ここより近いところだと知波単くらいしか思いつかないし、あそこと最初にやり合ったら実力を勘違いしそうだしねぇ―――。

 

 試合は五対五の殲滅戦ルール。こっちの車輛は天翔ちゃんたちが乗る車輛も含め六輛なので、ルクスにはお休みしてもらう。

けれど車長隊長としての適性を見たいし、経験者なしで戦ってもグダグダの戦いになって実入りなんかないし、赤星ちゃんと天翔ちゃんは乗員の定員数の足りない38tとⅣ号にそれぞれ乗せることにした。

 

 

 

*****

 

 

 

――――ごめんなさい。と、謝罪の言葉を内心で繰り返す。

 

 

「―――はぁ、はぁ―――は、は―――ッ!――――ぁ……」

「もういいよ!もういいから小梅ちゃん!降りよう!外出て!息吸って!」

 

悲鳴の様な声を上げて赤星ちゃんを引きずり出している武部ちゃんの姿が見える。その様子には演技などと言ったものはなく―――いかに彼女の症状が深刻なのかを物語っていた。

 

「―――ごめん。あれ、本当だったんだね」

 

―――あの日、赤星ちゃんを護るように声を上げ、背に庇う様に立った彼女。

 

「いえ、赤星さんが望んだ事ですから」

 

 厳しい言い草だけど、赤星ちゃんが自分で臨んだ道を全力で助けようとする心を見て取れる―――それだけ大事なんだね。わかるよ。

 

 

――月――日

 

 

親善試合の日。やってきた優雅を絵にかいたような女性。あれがダージリンだね。隊長クラスは月間戦車道の特集で見て顔は覚えてるし。

 

 当初優雅だった彼女は、Ⅳ号戦車のハッチから顔を出している天翔ちゃんに気が付くなり、柳眉を逆立て、ゆらりと髪の毛が逆立つようなオーラが見え隠れし始め―――

 

うん、何やったのさ天翔ちゃん……

 

試合でボコボコにされた後で聞いてみると「黒森峰時代にライバル視されて困ってる。面倒くさい相手」だと返された。

いや、わけわかんないよ。一体何なのさ二人の関係性……

 

 

――月――日

 

 

「コーチングアドバイザーの西住みほです」

「同じく、逸見エリカよ」

 

―――ごめん、わけわかんない。説明して?

 

天翔ちゃんに尋ねたところ、天翔ちゃんがお世話になってた黒森峰の現隊長がこちらに寄越した とのこと。余裕ってやつ?かと思ったら、そうでもないみたいだ。

 

―――だからこそ解せないんだよねぇ―――どんな魂胆があるのやら?

 

 

「―――あのさ?何でここまでしてくれるの?そっちの隊長さんは」

 

考えてもわからないから素直に聞いてみることにした。嘘とか苦手そうな西住ちゃん―――西住まほの妹ちゃんに。

 

「えっと―――多分、ですけど。お姉ちゃんにとって、エミちゃんが他人ではないって思ったからだと思います」

 

まるで要領を得ない返答に、ちょっと困る。

 

「―――エミは“家族”だからよ。身内のために多少の手助けくらい、するでしょ?普通」

 

横からやってきた逸見ちゃんの説明で、それなりに納得できた。西住まほにとって、天翔エミは身内なのだ。だから、多少の融通は利かせる。大会で当たるとしたら決勝なので、そこまではいくらかの支援をしてあげようという感じだろう。

 

「エミから聞いた会長さんの手口について言いたいこともあったけど、やめておくわ。エミが何も言わない以上、私が何か言うのは筋が違うしね」

「ほんとにねぇ。天翔ちゃんも、悪態の一つくらいついてもいいと思うんだけど―――」

 

 本当にそう思う。表立って怒りをぶつけられたり、恨み言を吐かれる覚悟くらいはしているつもりなのに、彼女は無茶を振ってもはいはいと適当に頷いて、そして時に軽々と、時に仲間たちと一緒に、それらをこなしてしまうのだ。

 

「―――それはきっと、家族だからですよ」

「―――はぁ?」

 

思わず間抜けな声を上げてしまった私を気にしない様子で、西住ちゃんが言葉を続ける。

 

「エミちゃんが昔、言ってたんです。『私には家族はいない……いや、いなかった。でも今はチームのみんなが家族みたいなものだと思ってるよ。みんなと一緒に戦車道をやれて、本当に幸せだ』って」

「あの子は昔から、身内と認めた相手にはダダ甘だから困るの」

 

西住ちゃんの言葉に逸見ちゃんも追従して頷き合う。いや、それは確かにいい話だなーと思うよ?でもなんでそれが私に関係あるのさ?

よくわからなかった私の困惑に気づいたようで、逸見ちゃんが「わからないの?」という顔を見せた。

 

 

「―――大洗学園艦のみんなと過ごして、大洗が『家族』だって思ったんでしょうよ。癪だけど」

 

 

―――ずるいなぁ、天翔ちゃんは

 

 

―――本当、狡い。言ってよ、そういう事はさぁ―――

 

 

 

「そっか―――それは、嬉しいなぁ」

 

くしゃりと顔が笑みの形に撓む。嬉しくて仕方がない。

だって彼女も認めてくれたんだから。―――この街を、この艦を、この学園を、わたしたちを―――。

 

「―――言っとくけど、『家族』って言うのなら私たちが先だからね?そこは譲らないわよ?」

「えぇ……そこマウント取るところじゃないでしょ?逸見ちゃん心狭くない?」

 

軽口を叩き合えるのは良いことだ。背負ってた重荷が、ほんの少し軽くなった気がした。誰かを頼れるっていう事の大切さは、かーしまと小山でわかってたんだけどなぁ―――。

 

「―――でも、だからこそ気を付けてね?あの子は、身内のためにならどんな無茶でも無謀でも、やってのけようとする気概があるし、無茶できるだけの能力があるから―――」

 

 最後の逸見ちゃんの言葉が、何故かとても心に残った―――。

 

 

 

――月――日

 

 

 サンダース戦―――立ち上がりからピンチの連続だけど、通信傍受機を見つけ出して反撃して、そこからは、見敵必殺の殴り合いだ。

フラッグ車を発見したという報告に、全車輛で追い込みをかける。それでも、ファイアフライが追いかけて来る限り、じわじわと追い詰められていくのは私たちで―――

 

「―――灯火(ランプ)チーム。行きます」

 

通信からそんな声が響いたのは、そんな折だった―――。

 

「Ⅳ号が稜線射撃で狙います。私たちが時間を稼ぎますから、今のうちにポイントに追い込んでください!」

 

強い決意のこもった声の赤星ちゃん。天翔ちゃんが傍に居る限り、彼女の闘志は衰えないまま轟々と燃え上がる。

 

―――この試合は結局、稜線射撃でフラッグ車を貫いた大洗女子の勝利で終わり……なんだけど、

 

 

―――ファイアフライを止めるために全速力で突撃し、事故車輛のように色々な場所がひしゃげてボロボロの姿になったⅡ号戦車から、天翔ちゃんと赤星ちゃんを引っ張り出すことに成功した。

 

 

―――なんて無茶をするのさ―――!!

 

 

 思いきり怒鳴りつけてやりたかったけどもそれは私のキャラじゃないし、って考えていたら、黒森峰のPJを着た険しい顔の娘に正座させられていた。

あれ、西住まほじゃない?黒森峰の隊長の。何で?(困惑)

 

「天翔―――いや、エミ。私はあの日、君を家族の一員として認めた。無論、赤星もだ。だから無茶をするなら叱るし、痛みを悼んで涙も流そう。それが嫌だというのなら、こんな無謀はもうやめてくれ」

 

 本当、そう思うよ。いくらカーボンコーティングが万能とはいえ、あんなんじゃいつか致命的な事態を招く―――

 

「心には留めておきます」

 

 まぁ、絶対に「はい」と頷くことはないところが天翔エミなんだけどさ―――。

 

 

――月――日

 

 

 アンツィオ戦での大勝利を終えて、車輛整備をしていた自動車部から報告が上がった。「ルクスの車内に血痕が残ってる」って―――

そのことで天翔ちゃんを問い詰めたところ、彼女のグラブの内側が血まみれになってて、人差し指に巻かれた包帯から血がにじんでいた。

 

「―――あー……練習中に、一寸ひっかけて、爪がベリッと。人差し指一本だけだったし、試合には影響なかったですよ」

 

―――いや、言おうよそこは!!感染症とかさぁ!破傷風とか危なすぎるじゃないか!!!

 

とりあえず緊急検査入院という体をとって校長に車で病院に送ってもらうとして―――

 

 

「―――天翔ちゃん。正座」

「はい」

 

 

スッと堂に入った座り方。明らかに座りなれている。

これは本当―――矯正のし甲斐があるなぁ。

 

『家族』って認定されたんだもんね。上級生(おねえさん)としてその辺はきちんと躾けてしかるべきだよねぇ?

 

 

少なくともこれ以上の無茶はやめてよ天翔ちゃん。おねーさん。結構胃に辛いんだよ本当……。

 

 

―――まぁ、そんな私の祈りなんか吹っ飛ばす出来事が、この後も続くんだろうなぁとしか、思えないんだけど―――。




プラウダ戦前になんか入れておきたくなって「じゃあ入れようか」で挿し込んでみた()

多分小梅ルートのプロット出力し続ける方が脳に優しいので最後までこっちを先に突き抜ける所存。


チーレム主人公みたいになっていると思った人もいると思いますが、会長のポジはたぶん某所でのドゥーチェです(あそこまで突っ切ってはいない)


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑦ 】

今回はエミパート。



*******


「―――ごめんなさい」
「まぁ、うん……誰が悪いというわけでもないと思うよ、私は」
 
しんしんと降る雪の上、一面を覆う降雪の絨毯に囲まれた、廃墟の中で、ぽつりとつぶやくように告げられた懺悔の言葉に、俺は咄嗟にそんな、ギリギリフォローにもなってないフォローのような言葉を返すのが精いっぱいだった。
それは小さな声だったが、しかし静寂に満ちたこの空間ではやたらと響いて聞こえたようで、周囲で寄り集まって暖を取る皆もやや沈んだ表情を見せる。
 
「せめて……隊長の私がもっと偵察などで相手の動きを警戒していれば……」
「それだけでどうにかなるものでもないさ。ルクスの装甲で連中の砲弾なんか食らった日には一撃でアウトだし、偵察に出て撃破されました。隊長が不在でグダグダの状況で負けましたじゃ、シャレにならないでしょ」


 誰の責任でもない。を強調するも、赤星さんの顔は曇ったままだ。それだけ、受けたダメージは大きかったという事だろう。


窓ガラスがギリギリ残っている窓から外の様子を見る。雪景色を彩る空模様は昏く、吹雪が予想されるほどだ。 

「―――秋山さんたちが戻るのを、とりあえずは待とう」

俺の言葉に「はい」とだけ返した赤星さんは、毛布に包まって顔を隠し蹲ってしまった。その表情は読み取れないが、毛布を掴んでいる手に込められた力でわかる。

―――とりあえず俺に今できることは、その背中を撫でてやることくらいしかできない。周囲からの目が俺に集まっていることを感じながら、また窓の外を見上げる。
 室内に入り込んだ一陣の風が――――――

 ―――俺の頭の上で存在を誇示する猫耳を揺らした……確実に周囲の目を集めてる理由、これだよな?




 

 

 人間には触れてはいけない傷みがある。其処に触れてしまったら後は命のやり取りしかない。と言ったのは誰のセリフだったか――――

人が人たる所以として感情というものがあり、およそ生物においてはこれが行動の根幹を担い、時に有利に、時に不利に働くと言って過言ではない。怒りに任せた攻撃は単調になるし、怒りを制御して戦うことで攻撃の苛烈さだけが増す人だっている。

 

 そして赤星小梅にとって「それ」は、看過できない傷みであった。ただそれだけの話だ。

 

 

 

『#7 次はいよいよプラウダ戦です~「今の発言を、取り消しなさい」~』

 

 

 

――月――日

 

 港で補給作業のため、対プラウダ戦の買い出しに出かける。カートを押してる姿を単独で見られた場合「お嬢ちゃん?ママはどこ?」とか聞かれるのにも慣れたし、商店街の方にいくともうおじいちゃんおばあちゃんたちには周知されていて、色々とあーだこーだ世話を焼かれるので、大型デパートとかそっちに行くことにしてるんだが、このやり取り本気でめんどい……かといって大洗の制服着てデパートを歩くのもなんか恥ずかしい。

ジレンマの解消に一度武部殿を誘って二人でお買い物したところ、武部殿がママと誤認されてガチ凹みした結果、気の毒すぎて誘えなくなってしまった。

 この身体は筋肉とか脂肪とかがパワーの割についておらず、肉が少ないため保温効果が著しく悪い。なので冬場とか暖房装置がないと死んでしまう(確信)

次のプラウダ戦とか原作で吹雪とか起きてたし、カイロなどの暖房効果があるアイテムを大量に持ち込んでおかないと死活問題になりかねないので、必要な投資なのだ―――

 

―――後で必要経費として申請だけしておこう。受けてもらえたら儲けものだし。

 

 

――月――日

 

 会長にお呼ばれして赤星さんと二人、生徒会室で鍋パでした。

あんこう鍋うまかっ です 。

「ほらこれ、珍しいだろ、河嶋が笑ってんの」と嬉しそうに色々な写真を取り出して語っている会長と、懐かしそうに話す桃ちゃん柚子ちゃん。

 

「赤星ちゃん、天翔ちゃん。この艦を――――大洗をどう思ってる?」

 

会長の言葉の意味がよくわからなかった。赤星さんは「私は好きです。この街も、学園も、戦車道のみんなも」と答えている。俺も同感だし「黒森峰とはまた違ってますよね。でもここの雰囲気は、なんかいいですよね」と答えておく。

 それ以上何かを言うことなく、笑顔で俺たちを見送る会長。やっぱり廃校の話はしないんだなぁ……。

 

 

******

 

 

「良かったんですか?言わなくて……」

「―――天翔ちゃんの方はもう知ってるし、赤星ちゃんに負担かけさせたら危険だしね……ま、なるようになるさ。大丈夫」

 

炬燵に入ったまま、後ろにどーんと倒れ込んだ角谷杏は、天井を見上げる。

 

「“家族”にさぁ―――隠し事するのは、やっぱ辛いね」

 

杏のつぶやきは、誰にも聞こえることなく消えた。

 

 

 

――月――日

 

 今日はプラウダ戦だ。みぽりんという軍神のブースト抜きでどこまでやれるのか……やれるところまでやってみよう。

 

 

**********

 

 

「あははははははは!!!このカチューシャを笑わせるためにそんな戦車まで用意したのね?ね?」

 

うわぁ、生カチュだー背ぇ小せぇー、俺も同じくらいだけど。的なことを考えつつ、寒さに震える俺。大笑いするカチューシャの視線がそんな俺の方へ――――そして止まる。

目を丸くしてじーっと俺を見ているカチューシャ。何なの?

 

 

「ノンナ!!」「Я понимаю」

「日本語!」「了解しました」

 

 

それからのやり取りはまさに電光石火だった。阿吽の呼吸ってレベルで二人の声がノータイムでシンクロし、一歩で踏みこんだかのような錯覚すら覚える入身で、一息に間合いに踏み込んだノンナによって担ぎ上げられる俺。

 

「わぁぁぁぁぁ!?」

「エミさん!!?何をするんですか!!」

「大人しくしていてください。すぐに済ませます」

 

柄にもなく大声の悲鳴を上げてしまう俺と、困惑する赤星さん。俺を抱き上げたノンナは頭頂部から足先までを服の裾から取り出したメジャーをサッと伸ばし、その後ぐっとハグして解放する。やんわりと地面に降ろしてから俺の頭を「よく我慢できましたね」とでも言わんばかりにナデナデしてから踵を返し、カチューシャの前で恭しく傅くように片膝を突く。

 

「身長124センチ、誤差0.5以内。 体重22キロ、誤差100グラム以内です」

「―――――!! あなた、名前は?!」

 

ズイと詰め寄って来るカチューシャに、反射的に「て、天翔エミです」と答えると、グッと両手で俺の両手を包む様に握ってぶんぶんと上下に揺さぶり始めるカチューシャ。もう当惑しきりでなされるがままに上下に揺さぶられてる俺。

ちなみに先ほどの身長体重はこの間PJのために測定した結果と全く同じだった。何なのノンナ……マジ何なの……?(驚愕)

 

 

「気に入ったわ!カチューシャのтоварищ(同志)にしてあげる!プラウダに来なさい!こんなへっぽこ戦車と初心者だらけの学校、数時間後には砕いてミンチでピロシキの具材になってるんだから!ね?」

 

 

 なんかカチューシャにめっさ気に入られている件。なんで?(困惑)

 

思い当たる節と言えばさっきの実測なんだが……あれ?目線ちょっと俺の方が下じゃね?もしかして俺、カチューシャより背ぇ低くね??(驚愕)

そら大洗のメンバーがカチューシャにさほど驚きもないはずだわな。わかってたことではあるが実際に自分の背の低さを再確認すると、なんだ、その……凹むわぁ。

 お誘いは嬉しいんだが俺には赤星さんの治療とかみほエリを成しえるとかやらねばならないことがたくさんある。それはまぁプラウダでもできなくはないんだが……

 

「―――お断りします」

 

俺を引っ張り込む様にしてカチューシャから取り上げたのは赤星さんだった―――あの、顔険しいです赤星さん(敬語)

 

「―――なんなの?貴女」

「エミさんのお友達で、エミさんと同じく黒森峰から大洗に来た、赤星小梅です」

 

“エミさんのお友達”と“エミさんと同じく”を強調してるように聞こえるんだけど、マウント取ろうとしてる?してない?何で?(困惑Lv2)

黒森峰という単語にピクリと反応したカチューシャは赤星さんを見上げ……ムッとした表情でノンナを呼びよせて肩車モードに移行、そのまま赤星さんを見下すような視線を向ける。

 

「生意気ね貴女。このカチューシャを見下ろすなんて10年じゃ足りないくらい早いんだから!それに―――黒森峰ですって?去年ウチに負けた負け犬じゃないの。そんなところからやってきたとか自慢にも――――」

 

―――カチューシャの言葉は最後まで続かなかった。

 

 

 

「―――――取り消しなさい」

 

 

 

俺を後ろに降ろして、改めてノンナの上に乗るカチューシャを見上げる。強い怒気を孕んだ気迫を内に含んだ瞳で。

 

「な、何よ……凄んだって怖くなんかないんだからね!!」

「―――取り消しなさいと言っているんです!!黒森峰は負け犬じゃない!!私が失敗さえしなかったら!あの事故さえなければ黒森峰は―――――ッッ!?」

 

がくんと糸が切れた人形のようにその場に膝を突いて倒れる赤星さん。慌てて駆け寄った俺の耳に、ひゅぅひゅぅという息遣いが―――

 

「会長!ビニール袋!過呼吸だ!!」

「河島ぁ!!」

 

俺の声に反応して会長が叫ぶ。桃ちゃんが慌てた様子でこちらに駆け寄り、持ち歩いているビニール袋を赤星さんの口に押し当てるようにして応急処置を施し―――

 

「―――何なの?そんなザマでよくカチューシャに文句が言えたものね?……まぁいいわ、エミーシャ?そんな連中放ってウチに来なさい。試合の後に返事を聞かせてね?それじゃあね~、ピロシキ~」

 

言いたいことだけを言って地に伏す赤星さんを尻目に去っていくカチューシャ。

ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、か細い声で、赤星さんは呟いている。

 

 

「―――隊長の……みほさん……の……エリ……カ、さん、……の……――――

 

――――みんなへの、暴言を……っ!取り消して……―――ッッッ!!!」

 

 

 その悲痛な姿に、大洗の戦車乙女たちの胸に強い決意が宿るのは自明の理だった。

だが、怒りというものは冷静さを失わせる。

 

しんしんと降る雪が、多少なりとも炎を鎮めていれば、ああはならなかったかもしれない―――。

 

 

 

*******

 

 

 

「カチューシャ、先ほどの発言は―――」

「わかってるわよノンナ……試合の後でちゃんと謝るから。……にしても、あんな状態の選手を試合に出すなんて、どうかしてるわ」

 

 肩車をされたまま咎めるような口調のノンナに、ぶすっと口を膨らませるカチューシャ。当人もあんな結果になると思ってもいなかったようだ。

本来の予定では十分に相手に挑発を行い、冷静さを欠かせて包囲殲滅までの時間を短く済ませたいと思っての行動であったはず―――だったのだが、悲惨な様子の小梅にそれ以上の追撃もできず、心配そうに寄添うエミの様子に小梅を追い詰めた手前、どうにも仲良く声をかけることができず、割とどん詰まりの思考に陥っていた。

 

「―――エミーシャを引き抜くなら、まずあの娘を引き込まないといけないわね」

「……本気で彼女をプラウダに?」

「勿論よ。エミーシャとなら仲良くやれそうな気がするもの」

 

ニコニコと笑うカチューシャにノンナは思考する―――そうなった際の日々を……

カチューシャが居て、自分が居て、カチューシャと同じくらいの背丈で艶やかな黒髪の、子猫のような少女が居て――――

 

「――――――――」

「ノンナ?」

「Прости(失礼)、少し暖気を強め過ぎたようです」

 

鼻と口元を手で押さえるノンナに、カチューシャが心配そうに身体を曲げて覗き込む。ノンナはそんなカチューシャの頭を優しく撫でて、目を細め大丈夫だとアピールして見せた。

 

「―――では、私の方から和解のための品をお送りしておきます」

「ん。任せたわ」

 

上機嫌に戻ったカチューシャを乗せたまま、ノンナはプラウダ陣営のテントまで戻っていった。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――敵の作戦はおそらく包囲作戦です。そのため、敵は広く陣形を展開し、こちらを包む様に進軍、両翼が反転しての包囲だと思われるので、包囲が完成する前に敵陣を切り裂いて向こう側に抜け、反転してフラッグを叩きます」

 

 復活した赤星さんの作戦提示が行われる。作戦名「疾風怒濤(スツルム・ウント・ドランク)」雪中行軍という寒さを考慮して一気呵成に攻め込み、早期決着をつけようという目的の作戦である。―――原作からすると破綻するんだが、アンツィオに勝利した勢いもあり、大洗陣営はこの攻め攻めの作戦に超乗り気である。

 

 さぁこれから試合だと始まる前に、なんかプラウダから特使と名乗る二人組がやってきた。

 

「先ほどの謝罪にこれを、と、ノンナ様から」

 

そう言って俺にプレゼントボックスを手渡して去っていく。受け取った俺の方としては「?」なんだが……何で俺?(困惑Lv3)

 

 とりあえず開けてみる。

 

 

 

 

―――――フワフワした毛並みの猫耳カチューシャが鎮座していた。

 

 

 

――――何で?(困惑Lv4)

 

 

 

「―――連中、私たちのこと舐めてますよこれ!!」

「目にもの見せてやりましょう!!」

 

一年生ズが主に燃え上がっていた。なお熱は伝播し、大洗全体になんか半端ない士気高揚が起きていた。

 

 

 

 

 

―――なのでまぁ、状況としては当然の結果(げんさくどおり)になったといえよう。

 

 

 

 

会敵するまで真っ直ぐに駆けだした大洗軍はプラウダ陣営の一団と会敵、砲撃戦もそこそこに相手が後退を始めたので追撃。

 交代する相手が他の団体と合流、砲撃戦を行うも、その中にフラッグ車を発見。ここで全員の目がフラッグ車のみに釘付けになった。

分厚い装甲の重戦車とT-34の傾斜装甲で砲撃をいなしながらフラッグを逃がすプラウダに対し、大洗の追撃は敵中突破を是とした。

プラウダの車輛が軒並みフラッグを護衛して後退するのを追いかけるように前進する大洗車輛。

 

 村落のような石造りの家屋が立ち並ぶ場所でフラッグを追い詰め―――周囲の家屋から飛び出してくる他の車輛に囲まれたことに気付く大洗メンバー。

 

すぐ近くにある大聖堂というか、大型家屋の中に全車輛で逃げ込み何とか全員逃げ込む。逃げ込む際に履帯をやられて動けなくなった三突と、それを押し込む際に砲塔をやられたⅣ号。這う這うの体というのがよく似合う状況だ。

轟音と衝撃が鳴り響く中、耐えているとふいに砲撃が収まり―――

 

白旗を掲げた使者がやってきた。

 

「降伏の勧告に参りました。隊長はお優しい方なので、全員土下座すれば許してやる、とおっしゃっています」

「隊長はお優しいので3時間待ってやるとおっしゃっています。では、3時間後に、また」

 

そう告げると、きょろきょろと周囲を見回し始める二人組。

 

「―――あの、天翔エミさんという方はどなたでしょうか?」

「あ、はい、私ですが?」

 

手を上げて応える俺に、どこからか取り出したカメラを向ける二人組の一方。

 

「すいません。試合前に贈った猫耳を装着したうえで、写真を撮影させていただけないでしょうか?」

 

――――――――――何で?(困惑Lv5 上限)

 

「お願いします。断られると副隊長にお仕置きされる可能性が高く、我々も必死なのです」と泣いて懇願され仕方なく猫耳撮影会になった()

報酬として大鍋一杯のボルシチを受け取り

 

「はい、こっちに目線下さーい。いきますよー」

「――――にゃぁん」

 

死んだ目にだってなろう。一時の恥もこの後の反撃のための狼煙にすべきなのだ―――!!そう考えないと心が折れそうです(弱音)

 秋山殿の視線がなんかすごいやばい感じがするのと、真面目過ぎる赤星さんが若干現実逃避してるのと、あと会長がなんかちょっと怒ってるのとで大洗の空気はすごく……微妙です。

 

 

*******

 

 

「―――降伏は……したくありません」

「だよねぇ」

 

復活した赤星さんと会長の意見は一致している。周囲の大洗メンバーの士気もまだまだ高い。

―――とはいえ、寒さには勝てない。時間がたつにつれて闘志も萎えて来る。偵察に出ると言って出て行った秋山殿・エルヴィンペアとそど子・まこりんペアの二組が帰還するまで、ジッと待つしかない。

 

―――外は吹雪いてきている。ボルシチで十分に腹が膨れて体温も持ち直してはいるが……手持ちの暖房グッズが皆の士気をどれだけ維持していられるか、正念場と言えた……。

 

 




「この吹雪にあの状況――――大洗にとって状況は劣悪と言えるな」
「でも……エミちゃんもみんなも、まだ諦めてないみたい」


雪の降る中、まほとみほは並んで戦況を示す掲示板を眺めている。


「はい、温かい飲み物、買って来たわ」
「ありがとう、エリカさん」


ホットココアの入ったカップを手渡し、次にまほにも同じものを渡そうと移動するエリカの背後で


「熱っっ!!」


カップの上蓋を外し中身を一口飲んだみほが、あまりの熱さに声を上げ、手を離してしまいカップの中身を盛大に首元のマフラーにぶちまけてしまう。


「……ああもう、何やってんのよ本当にもう……!!」
「ご、ごめんなさぁい……」


みほのマフラーを急いで外し、首元を手持ちのハンカチで拭っていくエリカ。そんな二人の様子をなんだか微笑ましい様子で見ているまほ。
水分を吸ったマフラーはもう役に立たないので、持ち帰るためのサイドバッグに詰め込まれた。
 身を竦ませる寒さに吐く息白く、肩をすくめて身を縮ませるみほに


「ほら、使いなさい。私はそれほど寒さに弱くはないから」
「―――あ、ありがとう……」


自分のまいていたマフラーをみほに巻きつけて、ホットコーヒーをぐいと煽るエリカ。

「―――私もココアにすればよかったわ。珈琲ならエミの方がずっと美味しい」
「うん。そうだね」











「―――――今なんか良質のみほエリがどこかで起きた気がする!!」


エミの叫びは寒さによる幻覚で片づけられ、事なきを得たという―――。



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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑧ 】

斜面を滑り落ちていく衝撃と、斜めに引っ張られる感覚。着水の際の車体の傾き

暗い車内――――周囲を取り巻く水圧のゴウゴウという音。沈んでいくことを嫌でも意識する―――徐々に“くぐもっていく”車外の音。

特殊カーボンによる耐水性は問題ない―――気密性も、砲塔部分の密閉を行えば問題ない――――


―――では酸素は?


5人もの人間を収容して活動するにはやや狭いドイツ製の戦車の車内。きっと数分も経っていないというのに、思い当たってしまったなら感じてしまう。


―――空気が“薄くなっていないだろうか?”


パニックを起こし泣き叫ぶみんなを、宥めることもできず、私も精神的に限界だった。
恐怖と混乱と、心細さと息苦しさで気が狂いそうだった――――。



「―――30秒……いや、20秒後にハッチをこじ開ける。濁流に目や肺をやられないように全員衝撃と水に注意して―――私を待ってろ!!」



 通信機から飛び込んできた怒鳴るような叫ぶような声にどれだけ私が救われたか。彼女たちが救われたか―――。

ハッチを外側から水の抵抗に逆らってこじ開ける音。
 開いたハッチ部分から飛び込んでくる圧倒的な量の濁った水。
悲鳴と、恐慌が再び起こり――――

「目を閉じて!命綱だけを掴んで!!」

車内に投げられたロープを掴み、目を閉じて車内から外へと飛び出した。
強い力で下流に引っ張られる身体を、ロープを掴んだ手に力を込めてしがみつくように……目を閉じた闇の中恐怖に震える。息もできない。怖い―――苦しい――――怖い―――――――!!!

ぐんと強い力に引っ張られ、私たちはすごい勢いで水面上に引き上げられた。

顔を襲う水の圧力から解放され、必死で呼吸し、ぜぇぜぇと荒っぽく酸素をかきあつめる―――。

「―――そのままロープを絶対に放すな!!そしたら―――絶対助けてみせる!!!」

 崖の端、岩肌に乗り上げて立つ小さな姿。その小さな腕が、私たち全員を助けるために支えていた。
全員が助かったことへの安堵を覚える中で―――――

『黒森峰フラッグ車!走行不能!!プラウダ高校の勝利!!!』

―――無慈悲な宣告が、鳴り響いていた―――――。




『#8 絶体絶命です!~やっぱり、エミさんはすごい~』

 

 

 

雪の降り続く中、英国調の椅子に腰かけて試合を観戦するダージリンとオレンジペコ。

 

「あの分厚い包囲布陣……この寒さ……大洗女子にとっては、どんどん不利な状況になっていますね」

「―――ええ、でも、この程度“なんてことはないわ”。

 

 ―――そうでしょう?天翔エミ。そして―――赤星小梅さん?」

 

不安そうに大洗女子の立てこもる家屋の様子を見るオレンジペコに対し、ダージリンは静かにそう言い放って、湯気の立つ紅茶をくっと一口呷る。

 

「サンダース戦、振り返って、先の大会決勝。黒森峰での激戦―――彼女たちの前に、この程度の難局、それこそ何度だってありましたわ。そして、そのたびに天翔エミは道理を無理でこじ開けてきた」

 

愉しそうに、寂しそうに、悔しそうに、画面を見つめるダージリン。

 雪はまだ降り積もる。雪中籠城の様相を呈する大洗にとって、どんどん不安度を増す戦いになっていくのだった――――。

 

 

*********Emi

 

 

 さて、雪中籠城で原作ではクッソ寒くてどんどん気分が落ち込んでくる状況だったのだが――――実は現状はそんなことはない。理由は俺が「自分用」と称して買い込んできた大量の暖房道具(使い捨てカイロ)と毛布。そして先ほど尊厳と引き換えに手に入れた大鍋一杯のボルシチのおかげである。

 その後、秋山殿がエルヴィンを連れて帰還。そどまこチームもなんやかんやで帰還。二人の持ち寄ったデータをもとに敵の陣形を図面に構築する。

 

「この雪の中でこれだけ詳細な地図を作れるなら……光明が見えた気がします」

 

赤星さんの目に力が戻る。この後の作戦を脳内で構築していっているのがわかる。

いい傾向だと思う。この調子で作戦立案も実働も卒なくこなせるようになれば―――きっと俺がいなくなっても問題なく黒森峰で過ごせるようになるだろう。

 

 そうすれば後は俺はフリーダム。劇場版でまたひと働きする必要があるだろうが、そこはそれ、みぽりんとエリカなど頼れる仲間とのコネクションは会長が取り付けている。俺が何かをするまでもなく暗躍する全自動格言マシーンもいる。

 これは勝ったな(確信)

 

「敵陣の防衛陣の薄いところを狙って縦列陣形で一点突破。敵陣を食い破ってから広い場所に出て反転、敵車輛と決戦を強いるべきかと」

 

―――訂正。まだまだこの子は目が離せないわ。素直過ぎて軍師に向いていない。

 

 

******Emi → Koume

 

 

―――やっぱり、エミさんはすごい。

 

秋山さんたちが持ち帰った情報をもとに図面上に敵の陣形を書き記し、出来上がった盤面を前に、自軍を「どう動かしてこの陣形から逃げ出すか」を考えていた私は、防備の薄い部分を蜂矢の陣か、或いは縦列一点陣形で突破して敵包囲を解いてから反転、陣形を展開することを考えていた。

「ちょっと待った」と声がかかったのはそこから。手を上げて図面上に歩み寄ったエミさんは盤面上に拾い上げた小石を置いていく。

 

「一見して防備が薄く見えるこの位置だが―――突撃する間に左右の連中と、右翼端のこの車輛がこっちから回ることができる。包囲殲滅の完成だ」

「あっ!?」

 

―――盲点だった。確かにこちらの車輛とあちらの車輛が同時に挟み込みを行うことができる。一撃で相手の防備を突破できなければ左右から挟まれ、さらに後背を抑え込まれる。

 陣形を遠くから眺めてそれを看破して見せたエミさんに、尊敬の目が集まる。それを微妙な苦笑で受け流し、エミさんは一点を指した。

 

「敵の防備の最も厚い場所、フラッグ車の正面。其処へ向かい、フラッグを直接叩く―――――――そう見せかけて置いて、防衛のためにフラッグの傍に集まって防御を固めるであろう相手に適当に砲撃、その間に横をスルーする」

 

絶句する周囲を他所に、「しかる後に」と続き

 

「―――フラッグの八九式を護るようにウサギさんチーム、カモさんチームには頑張ってもらい、Ⅳ号とⅢ突がタイミングを合わせて物陰に退避してやり過ごす。

そうしてやり過ごしたら――――この二輛で、この陣地内にいるフラッグ車を、八九式が倒される前に撃破する。そのために敵をできる限り引き付ける必要がある」

 

そこで顔を上げる。

 

「敵を引き付けるのは私がやる。赤星さんはⅣ号で指揮を執ってほしい」

「そんな―――?!」

 

 操縦手だけでルクスを動かし、敵を誘導、逃げに徹して引き付け続ける。そんなことできるはずがない。

 

「―――信じて任せる。だから―――――――大丈夫だよね?」

 

ああ―――そんな顔しないでください……断れないじゃないですか。

 

「―――絶対に無茶しないでくださいね?」

「わかってるよ」

 

そう言って微笑むエミさんは、いつも通りのエミさんだった。

 

「それで、会長――――お願いがあります」

「いーよ」

 

 生徒会長に向き直ってそう言ったエミさんに、生徒会長が即答して見せる。一瞬焦った顔のエミさんは、表情を戻して「いいんですか?」と問うと、

 

「いーんだよぉ。……こんぐらいさせてよ?私にもさぁ……」

 

そう答える生徒会長の顔は、なんだか少しだけ嬉しそうだった。

 

 

******Koume → Emi

 

 

――月――日

 

Ⅱ号はもう動かせないらしい。カーボンコーティングも剥げまくって、車体はお釈迦状態。まぁ何て言うか―――よく助かったもんだなー。すごいな人体(達観)

 実際俺も「あ、これ死んだ」と思ったりしたし、それでも生き残ったのは日頃世のため俺のためにみほエリを求め続け、赤星さんをサポートし続けることへのご褒美みたいなものだろう―――と思っておこう。

 

 

 あの地獄のような凍土の中で行われた対プラウダ高校後半戦。

原作でのみぽりんの作戦をパクって赤星さんを説得、作戦を提示すると周囲に驚かれた。でも俺のこと「軍師」って言うのやめて、「今孔明」とかやめて左衛門佐。それ幸村の時代にいねぇから。原案みぽりんだから!

 ともあれ、作戦はまとまり、囮として動くもⅡ号ではきっと最後まで生き残れない。その時に作戦指揮ができる人間がⅡ号で一緒にお陀仏してたら意味がない。ってことで赤星さんをあんこうチームに乗せ換え、俺が一人でⅡ号を運転。砲撃もできないただウザいだけの偵察車輛による囮作戦を決行することになった。

当然、赤星さんは難色を示したが、これで俺と赤星さんが両方アカンことになった場合、確実に詰む。ということで、赤星さんを強引に「信じている」と押し込んで納得させた。そして会長にもお願いして敵車輛をおちょくって逃げてもらう作戦に参加してもらうことにする。

 会長はなんかめっちゃ乗り気でOKしてくれた。手間がかからなくてよかったが、釈然としない部分もある。

 

と、ここで桃ちゃん先輩が廃校について語る。一同が絶句する中、桃ちゃん先輩がみんなに向けて頭を下げ、最後に俺に向き直り、

 

「すまんな、お前の心意気を無駄にした」

 

そう言って申し訳なさそうに俺に頭を下げた。「ええんやで」という返事をオブラートで3重に包んだ表現で返す。実際、ここで話さなきゃ黒森峰戦前で言うと暴動まで行きそうだし……?

 皆の士気は背水の陣もあって下がるところなのだが、試合前のやり取りと赤星さんの様子が逆に作用し、皆の士気はむしろ高まっていた。最悪はみぽりんがやったように全員でバカやって連帯感を出す必要があったのだろうが……手間が省けた。

 

そんなこんなで3時間が経過し、やってきた特使に「降参はしません」と伝え帰らせ―――反撃の時間が始まる。縦列陣形から輪形陣に移行しつつ、敵フラッグの横をすり抜ける味方の代わりに前に出る俺のⅡ号と会長たちの38t。

 わざと包囲に薄い部分を作って待ち構えていたカチューシャが度肝を抜かれる突撃と、先行して前方の4輛相手に大立ち回りを仕掛ける俺と会長。

 

 

―――そう。こここそが今回最大で最後の、俺の見せ場だ。

 

 

 T-34/76、T-34/85にIS-2 4輛相手に吶喊する38tとルクス。

会長も本気モードで相対している。っていうか桃ちゃん先輩をなぜ砲手に起用したのかと小一時間(ry)

 そして運命のタイミングがやってきた―――。

 

4輛の戦車を適度に砲撃して煙に撒いた38tが速度を緩めた瞬間―――

 

 

―――38tを側面からぶち抜くノンナの一撃を、割って入ったルクスが真正面から受け止め、吹き飛んで雪原を転がっていく……白い雪原に黒煙が上がった。

 

「――――天翔ちゃん!!!!」

「足を止めるな会長!!行けぇ!!!!!!」

 

スロートマイクをONにして血を吐く様な勢いで声の限りに叫ぶと、38tは相手が次弾装填を完了する前に踵を返し、戦場から華麗に逃げ去っていった。

 

 

“Ⅱ号戦車、走行不能!”

 

 

白旗が上がり、アナウンスが鳴り響く。IS-2に乗り換える前のT-34の砲撃とはいえ、ド直球に直撃を食らったルクスの装甲はたやすくぶち抜かれ、特殊カーボンが無かったら戦車の中にいる俺ごと弾けたザクロでお陀仏だったことだろう。そのくらいやばい一撃だった。ファイアフライに体当たりキメたときとは段違いの衝撃で、フッ飛ばされて転がった時にあちこちぶつけてしまい、軽く流血すらしてる有様である。内部火災も起きたが消火器ひとつで解決する辺りが特殊カーボンの防御力を物語っている。

 

 

 

―――無論、これには訳がある。俺がここで会長の代わりに吹き飛び倒れる必要性が。

 

 

 

ひとつは「みぽりんという頭脳が不在という大洗の不安」

みぽりんがいない以上、Ⅲ突を地面に隠して下から撃ち抜くとかそんな機転赤星さんが出せるはずがない。だったら「雪原上をT-34よりも快速で動ける車輛」が「相手の足を止める」必要になる。その役目を38tにやってもらいたかった。

 

 

ふたつめは「俺が倒れたと聞いたうえでの赤星さんの状況」を知りたかった。

たとえ病症が回復したとして、それが「天翔エミが傍に居る必要がある」という条件のもとであれば意味がない。赤星さんが自分の足で立って歩いてこそ意味がある。俺というモブが傍に常についていないといけないなどという中途半端な回復など、あってはならない。

 

 

 今回の俺の被弾はその試金石のためにあるのだから―――!!

 

 

―――なお、余談ではあるが、この後試合後の反省会と称した打ち上げの始まりから終わりまで正座させられる俺の姿があったことだけを明記しておく。みんな俺に正座させ過ぎじゃない?

 

 

 

**********Emi → Darjeeling

 

 

 

「偵察車輛2輛で重戦車も含む4輛相手に!?無茶です!!」

 

電光掲示板に映し出される試合の様子を見守っていたオレンジペコが声を上げる。身をグッと乗り出すオレンジペコを制止するようにやんわりと手を腿の上に乗せるダージリン。湯気を立てる暖かい紅茶を一口呷り、ほうと息を吐く。

 

「―――こんな言葉を知っていて?“死中に生を求むべし”」

「……後漢書の公孫述伝の記述の一つで、ことわざにもなった一文ですね」

 

冷静なダージリンの言葉にオレンジペコが原典を辿る。ダージリンはその言葉に満足そうにうなずき、電光掲示板を再び見つめた。

 

 

 

********Darjeeling → Koume

 

 

 

なんだか思いつめた表情だった生徒会長に、周囲の皆にも不思議な空気が漂う。

……と、河嶋先輩が不意に顔を上げ「皆に聞いて欲しいことがある」と口を開いた。

 

 そして私たちは、大洗学園艦を取り巻く今の状況について、正しく知ることとなる。

 

―――――驚いて声も出ないとは、このことだった。

 

 

「―――すまんな天翔。お前の心意気を無駄にした」

「いえ、会長がタイミングを見て皆に話すと言ってましたし、今言うべきでしょ」

 

 そんな風に河嶋先輩と掛け合いをするエミさんは、大会よりも前にこの事実に気付いていたらしい。そのうえで口止めを受けていたと言う……。

 

「このタイミングで言わないと後で後悔しそうだしね」

 

悪びれない態度の生徒会長は他の生徒たちの質問に答えるために離れ―――

 

「―――赤星ちゃん……ごめんね、黙ってて」

「いえ……きっと真実を告げられないでいた生徒会長が、一番辛かったと思いますから」

 

背を向けた時にそっと、そんな風に私に声を投げた会長に、私はそう返すのがやっとだった。何故言ってくれなかったのか?という気持ちはある。怒りたくもある。

けれど、それはきっと“私のことを心配して”だったのだから―――怒れない。

 私の症状は、徐々に緩和してきている。けれど、気負い過ぎれば試合前のように過呼吸が誘発され、倒れてしまう。特に今回の戦いは、プラウダを相手にしている

 ―――あの因縁のプラウダを―――。

 

 

―――試合前の呼び出しを思い出す。あの食事会のような思い出話は、きっと今回のことを言おうとしていたんだと、今なら思えた。

 けれどその時は言わなかった。理由は―――きっと私だ。

自分が庇護されている自覚がある、その自覚が今の私を苛んでいる。

 

 

 

まだ足りないのだ。皆が安心して私を気にせず動けるようになるには、まだ足りない―――もっとしっかりしなければ、もっと強くならなければ、もっと―――

 

 

 

 三時間が過ぎて、プラウダからやってきた特使に「降参をしない」という宣言を行う。代表は私、正面からプラウダの制服の二人を見据えて、しっかりと宣言した。

 

「エミさん。この試合、勝ちたいです」

 

ぽつりとつぶやくようにこぼした言葉に

 

「廃校もかかってるし、みんな気持ちは同じだよ」

 

そう返してぐいっと口の端だけ伸ばして笑うエミさん。

 

 

そうじゃない。そうじゃないんです。

 

 

私は、私の正しさを証明するために勝ちたい。私の強さを信じるために勝ちたい。みんなに胸を張れるように勝ちたい。

 

 

 エミさんについて行けるように強くなりたい―――だから勝ちたい。

 

 

 

 

 結末だけを書くならば、勝負は私たちの勝利で終わった。

 

隊長車を挑発して追いかけさせている間に追撃の目から逃れた私たちがフラッグ車を探しに戻り、フラッグ車を護っていたKV-2を沈黙させ、集落外周を逃げ回るフラッグ車を追いかける。

そんな私たちに、M3とルノー、ウサギさんとカモさんの撃破報告が次々に飛んで来る。焦りに汗が頬を伝う私の下へ、アヒルさんから通信が一つ

 

『―――心配しないでください。こんな砲撃よりよっぽどすごい殺人スパイクを、私たちは経験してます!!』

「―――頑張ってください。私たちは私たちにできることをします」

 

窮地の中とんだジョークに思わずクスリと笑いが漏れる。そこへ―――

 

『こちら秋山。フラッグ車の侵攻ルートは―――』

 

高台に上った秋山さんからの報告に、脳内で図面を引く。フラッグ車の侵攻ルートをなぞり―――

 

『カメさんさんじょーぉ!!天翔ちゃんの分も、ばーっちしお返ししちゃうよぉ!!』

 

呑気な調子で声を上げる生徒会長とカメさんチームの38tが雪原を蹴散らしながら合流し―――

 

―――38tの至近射撃に履帯を傷めたフラッグ車が足を止めたところに

 

「――――撃てぇ!!」

 

私たちⅣ号と、カバさんのⅢ突の十字砲火が突き刺さり、試合に勝利することができたのだった―――。

 

 

 




「―――“He that fears death lives not.(身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ)”……それでこそ貴女ね……天翔エミ」

そうして少し悔しそうにやや俯き、カップを持つ手を震わせる。

「―――本当、負けてしまったのが悔しくてならない……あの子ともう一度戦いたかった―――無念とはこのことね」
「―――冬季大会も復活することですし、チャンスはまだあります」

僅かに俯くダージリンに、オレンジペコはそっと手を終え、そう言って微笑んだ。




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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑨ 】

――月――日

 赤星さんの転校が決まったみたい。エミちゃんが、何かを覚悟したような目をしていた。


―――あの目になったエミちゃんは、きっと止まらない。私には、応援することしかできない。


――月――日

 エミちゃんが居なくなったあの日から、徐々に何かが狂って行った。
―――少なくとも、私はそう思った。


エミちゃんが居なくなって、お姉ちゃんがみんなに説明して……


……それから、黒森峰戦車道は大きな亀裂が生まれたことを示すように、派閥が出来上がっていった……。


******

 
 「―――西住さんは副隊長にふさわしいとは思えません」

いつも通りにお姉ちゃんの指示に合わせて訓練を終えた後のブリーフィングで、そんな声が上がった。

「―――それは、私の決定に異を唱えると理解しての意見である。と、見做しても良いの?」
「構いません。辣言も時には必要だと、そう思っております」

声を上げ、同じ思いの人を複数名後ろに引き連れたその人は、お姉ちゃんに従っていた上級生の中でも中堅どころ、お姉ちゃんの補佐としていぶし銀的な立ち位置の人だった。

「黒森峰は実力主義、結果主義であるべきです。であれば、【乗員の離脱を良しとし、同様の挙句に撃破されてしまう副隊長など、副隊長の資質を問われても仕方がない】そう申し上げています」

彼女の言葉が否応にも私に突き刺さる。鋭いとげに刺されたような痛みを伴うそれに胸を痛める私に気付くことなく、お姉ちゃんと彼女の会話は続く。

「―――それは、みほを副隊長に選んだ私の目を疑っているという意味で取っても良いのだろうか?」
「―――構いません」

重々しい空気が場を支配する。彼女を睨みつけるお姉ちゃんの目の剣呑な輝きに、集団が怯んで一歩後ずさる。
ギリギリに膨らんだ風船が今にも破裂しそうなイメージを思わせる張りつめた空気は―――――――お姉ちゃんが怒気を抑え込んだことで不意に霧散した。

「―――考慮しておこう。私は意見を無下にするほど愚かな人間ではない」
「―――ありがとうございます」

 ほうと息を吐いて、びっしりと浮かんだ冷や汗を拭いながら、彼女は去っていき、後を追うように足取りのふらついた集団がついて出ていく。
対してお姉ちゃんは……何とも言い難い思いつめたような表情をしていた。

 きっと天秤にかけているのだ。私をこのまま登用し続けることと、私を副隊長のポジションから降ろした場合のチームのまとまり具合についてを―――。

その点について私が言えることはない。だって私は沙汰を待つ身なのだから……。



――月――日

 副隊長の座を空白として、一先ず“暫定”副隊長として私が座り、その後の状況を俯瞰することになった。お姉ちゃんの顔色は優れない。きっと私にはわからないところからの突き上げや、下からの陳情を受けているのだと思う。

―――力になれないことが、とてもつらい。

 一部の上級生と同級生が、「西住みほは不適格だ」と声を上げたあの先輩と口論をしていた。みんなの言い分としては「隊長の任命は絶対である」「だから副隊長は西住みほを於いて他に居ない」というもの。

 ―――その理由は『わたしのため』ではなく『西住まほのため』がある。私に期待しているわけではない。『西住まほが選んだから』私を擁護している。

 ―――あるいは『相手が気に入らないから私を立てている』のかもしれない

対して、向こうの先輩が副隊長に推挙したのは―――エリカさんだった。

西住まほの近くで、天翔エミ、西住みほとともに誰よりも西住まほをサポートしてきた人物であり、誰よりも規律に厳しい人物。その代表として、逸見エリカが推薦された。

「―――くだらないことに巻き込まれたわ……勘弁してよ」

当のエリカさんは疲れた表情で嘆息していた。廊下の片隅で顔を合わせた私たちは、こうして愚痴を吐露し合って笑い合う。
エリカさんが対立派閥の神輿に載った理由は『お姉ちゃんのため』。
「副隊長に座る人物として、私が座ろうとみほが座ろうと、どのみち隊長をサポートすることに変わりはない。どこの馬の骨ともわからない人間が立ち上がるよりもよほどいい」とはエリカさんの言。

―――この時は、これ以上状況が悪化するなんて考えてもいなかったんだ。


――月――日

 私を排斥する派閥の子たちに私が囲まれる危険があると言って、構内を歩くときには常に取り巻きが着くようになった。
結果的に同級生から距離を取られることになるし、エリカさんと会話を交わすこともできない……辛い……。

 エミちゃんがここに居たら……いてくれたらどれだけ頼もしいだろう……?


――月――日

 どういうことなの?


――月――日

 エミちゃんと赤星さんは戦車道の無い学校へ転校したはずだった。
お姉ちゃんもそう言っていた。
なのになんで「大洗女子で戦車道やることになった」なんてメールが届くの!?

エリカさんにも同様のメールが届いたらしく、足音荒々しくブリーフィングルームを飛び出していくのを取り巻きの子たちが追いかけていく様子が遠目に見えた。

一先ずメールを送っておいて後で連絡を入れてみることにする―――――出ない。
誰かと連絡を取っているみたい――――出ない――――出ない――――出ない。


通話中のエミちゃんの続く時間がそのまま、私とエミちゃんの今の距離感を感じさせているようで、どうしようもなく心が乾いていく様な気にさせる―――嫌だな…………こんなわたし。


―――通話していた相手はエリカさんだった。エリカさんもどうしようもなくて相談してみたらしい。エミちゃんは何か考えていることがあるらしいけれど、何も教えてくれなかったって……私やエリカさんに何も言わないで行動するとき、エミちゃんはいつも自分を犠牲にしようとする―――心配だな……。



『#9 クラスメイトです!(前)~『私も、私たちも前に進みたいから!』~』

 

 

――月――日

 

“黒森峰10連覇の夢が潰えたことも含め、すべては天翔エミが画策した陰謀によるものだった”

 

そんな噂が黒森峰を支配していた。

 

おかしいよこんなの。

 

なんで?どうして突然降ってわいたような与太話が真実のように広がっているの!?

 

 

 

「―――もう大丈夫だから、安心して。私たちは味方だから」

 

―――やめて

 

 

「―――大変だったでしょう?大切な友達だったんだものね……」

 

―――何も知らないじゃない

 

 

「―――あなたは被害者だもの」

 

―――そんなはずない――――

 

 

 

 

 

“―――あんな娘が、みほさん(本家の娘)の親友なんてありえないものね―――”

 

――――――もう嫌だ。聞きたくない!!こんな言葉――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今の黒森峰を取り巻く状況はすべて私の責任だ。西住流として黒森峰隊長として私が至らなかったばかりに、ここにいない天翔が気を揉み今の状況を作り出した。天翔と赤星の戻る場所を奪ってしまった―――私は、自分が情けない―――!!』

 

 

 

――――――エミちゃん……!!

 

 

 

 

****** Miho → Emi

 

 

 

 

――月――日

 

黒森峰戦を前に戦車の最終調整だが―――戦車がない()

今迄乗りこなしてきたルクスはプラウダ戦で完全にイカレてしまったらしく自動車部が困った顔でさじを投げる有様である。

 厳密には直せなくはないんだが―――やり方を聞いて「そこまでしなくていいです」とお断りすることになった。

 

―――やり方?旋盤でパーツを削り出して足りないパーツを補う自動車部の技術か、或いは3Dプリンターをもってしてしか再現不可能な方法です。察して?(無心)

 

 まぁそういうわけで、暇を持て余している俺は人間ジャッキとかしつつ自動車部の援護して時間をつぶしてたりする。

 

―――あ、あとチヌ(三式中戦車)とねこにゃーさんが仲間に加わりました。

 

 

 

――月――日

 

なんで?

 

 

 

――月――日

 

 旧赤星チーム、再☆結☆成!!(大☆喝☆采!!感)

同時に黒森峰から「誰も乗りたがらないから」と言われて下賜されたらしいⅢ号J型を持ってきた。やったぜ!

 

 

 同時に俺が完全にパージ対象になりました(安堵)

 

 

全員まだトラウマの影響が残っている状態だが、俺や赤星さんに勇気づけられて必死にリハビリをがんばって、何とか間に合わせたという状態で、それを率いるのはこの間のプラウダ戦で吹っ切れたのか、快調そうに戦車に乗り込む赤星さん。

 赤星さんはⅢ号の車長に座り、乗員はパンパン。俺は車長に適正もないし戦車もないしでのんびりと―――

 

「ヘッツァーかルノーが空いてるから、どっちか選んでおいてね?」

「アッハイ」

 

――――できるわけないよね。知ってました

 

 

 

――月――日

 

 一先ずルノーのカモさんチームに行ってみる。車長としての教育はともかく、俺の適性は装填10 操縦・砲手が2~3、ギリ4くらいの評価の可能性。一応素人集団のカモさんに教えることができる立場ではある―――あるが

 

 

―――俺なんぞのコーチングよりもぉ……教わるべき相手がいるでしょぉ?そど子ちゃんさぁ……(ねっとり)

 

 

正味、そどまこのリバが発生する貴重なシーンであるまこそど案件を俺程度の分際が邪魔していいはずなどないからね、是非もないね(ノッブ感)

 まこりんにそど子ちゃんの教育をお任せして、俺はクールに去るぜ!ゴモヨとパゾ美の担当にな!!

 

 

 

――月――日

 

 意識改革が起きない限りアリクイさんは戦力にならない。

黒森峰の戦力についてチーム赤星と俺が生徒会室に集まり、生徒会の面々と一緒に相談タイム。

 

原作での情報からの想像される戦力から察するに……という感じである程度の編成の予想は終わった―――のだが……

 

―――自室に戻り、考えに耽る。……内容はまぁ、アレである

 

 

 

 

 

―――ぶっちゃけ、マウスとかどうするんだろうなぁ黒森峰……?

 

 

 

 まぽりんだけだった場合でも、実質西住流所属のOGたちの突き上げで実装せざるを得なかったマウスではあるが……この世界線()では状況が大きく変わっている。

―――というのも、10連覇を逃したという事実は変わっていない。が、連覇を逃した原因は「西住みほが現場を離れたから」ではなく「天翔エミの行動の結果」にすり替わっているからだ。加えてみぽりんが黒森峰に居て、先の俺の流したウワサにより、西住流における西住家の罪の所在については木っ端レベルまで軽減されている可能性が高く、その場合――――――マウスをごり押しできる理由はなくなっているんではなかろうか?(疑問)

 

 そう考えると「有利になったんじゃね?」と思ってしまうにわかガルパンスキーもたくさんいるだろう。実質マウスとか撃破するの無理ゲー臭ハンパないから仕方がないと言えなくもない。

―――だが考えて欲しい。代わりに軍神が敵に回っているのだ(絶望感)

 

ぶっちゃけ、みぽりんを相手取るのよりもマウス相手に排気ダクト狙い撃ちするほうがはるかに簡単なんではないだろうか?(思案)

 

 そんなこんなを考えていたら、携帯にコール音。

 

 

 

 >>>着信:西住みほ

 

 

 

―――まさにタイムリーと言える着信!すかさず通話ボタンをプッシュする。

 

 

「―――こんばんは、エミちゃん」

「ああ、こんばんは、みほ」

 

 とりとめない会話を挟みつつ談笑できる関係を維持したままって言う状況ならでは、である。ところでどうなのさぁ?エリカとはさぁ……?(ねっとり)

 

 ―――なんて、直球で聞くわけにはいかないので言葉を選ぶ(デジャヴ)

 

「―――ところで、最近はどうなの?隊長とか……エリカとか」

「―――エミちゃん」

 

やや沈んだような様子のみほの声。え?マジで?なんかあったの?またなんかトラブルなの?ありえなくない?世界がみほエリを拒んでいるとでも言うの?マジふざけんなよ!もしも世界がそんな選択をするのであれば俺は!世界に!叛逆してやんぞゴルァ!!

 

 

「―――ねぇ、エミちゃん。お願いがあるの」

「任せろ!!何だって引き受けてやる!!」

 

そんなことを考えていた俺だったから、みぽりんの言葉にめっちゃ食い気味に答えた結果、なんか向こう側のみぽりんがちょっと引いていた。反省したい。

 

 

 

****** Emi → Miho

 

 

 

「―――ところで、最近はどうなの?隊長とか……エリカとか」

 

 何気ない会話から、エミちゃんがさらりと口にした内容に、内心でドキンとした。私たちを心配してくれているのがすごく嬉しい―――。

 

 

 

―――けれど、同じくらいつらい。

 

私たちはいつまで守られているのだろう?エミちゃんから―――。

 

私たちはいつになればお返しができるのだろう?エミちゃんへ―――。

 

 

 

胸の奥に積もり積もっていたものが、熱く熱を帯びている。何処までも、溢れ出て来る。

 

「―――ねぇ、エミちゃん。お願いがあるの」

「任せろ!!何だって引き受けてやる!!」

 

突然被せ気味に大声で返してきたエミちゃんにちょっと焦ってしまう。けど、これは私の―――私とエリカさんにとってのけじめのようなものだから

 

「―――エミちゃん。決勝戦、全力で勝負してほしいの」

「―――?いや、戦力を温存する余裕なんかウチにないぞ?」

 

エミちゃんの困惑した声が携帯越しに届く。ちがうよエミちゃん。そういう意味じゃないの

 

「エミちゃんにも、私にも、譲れないことだから―――本気で、全力で、勝負しよう?

 ―――でないと私もエリカさんも―――きっと前に進めない」

 

私の言葉に、エミちゃんは、暫く悩む様に無言を貫き……やがて、返事を切り出した。

 

「―――わかったよ、みほ。私も全力で相手をする。

 ―――いい試合だったって胸を張れるように」

 

エミちゃんの力強い声に、胸の奥が震えていた。じんわりと熱をもったそれが、決勝戦の試合でどんな戦いになるのかと、期待する思いに呼応するように、どんどん熱く、どんどん強く、身体の内側から溢れてくるようだった―――。

 

 

 

****** Miho → Emi

 

 

 

「―――エミちゃん。決勝戦、全力で勝負してほしいの」

「―――?いや、戦力を温存する余裕なんかウチにないぞ?」

 

いきなり何を言ってるんだろうねこの娘はもう(おかん感)

そもそもうちに舐めプできる余裕なんぞありません。つーかマジでねぇよ、廃校かかってるしね!口に出さないけど!!

 

 

「エミちゃんにも、私にも、譲れないことだから―――全力で勝負しよう!

 ―――でないと私もエリカさんも―――きっと前に進めない」

 

 

みぽりんの言葉に隠された強い決意の言葉に、暫く言葉が返せなかった。

だが、みぽりんの決意の言葉に、俺も全霊で応えなければ失礼に当たる……!!

 

「―――わかったよ、みほ。私も全力で相手をする。

 ―――いい試合だって胸を張れるように」

「―――ありがとう、エミちゃん」

 

 

みぽりんとの通話を終えて、空を見上げる。

月は煌々と輝いていた。

 

 

自分の不甲斐なさにこぶしを握り締め、涙すら流した。

 

 

俺という存在がみほエリフラグの邪魔をしているという可能性は、わかっていた。

だがよもや俺がおぜん立てする必要もなく、「みほエリを確立するためのフラグイベント化」しているとは思わなかった!見抜けなかった……このエミハクの目をもってしても……!!

そしてそれを、よもやそれをみぽりんから指摘され、(みほエリの二人で)前に進むために必要なことだからと、相談され宣言されるとは思わなかった!

 

すまなかったみぽりん!!だがよく言ってくれた!!感動した!!!

 

みぽりんもエリカも、俺の想定する状況をもう超えているに違いない。俺の想像するみほエリに至るまでに、きっともう俺の力は必要ないのだろう―――。

 

 

―――俺が今まで積み上げてきたモノは……全部無駄じゃなかった……。これからも立ち止まらないかぎり、みほエリの道は続く―――!!

 

 

 

 この空に浮かぶ満天の星と、輝く月に誓おうじゃないか!全力で相手をすると!!そしてみほエリのために全力を尽くすとな!!!

滂沱の如く感動の涙を流し、天に向かってこぶしを突き上げ声なき声で誓いを上げる俺。という、なんか客観的に見るとクッソ痛いキャラしてる今の状況を―――

 

 

―――まさか、見られていたとか想像するのは無理な話だったし――――

 

 

 

―――それ以上の爆弾が、起爆しようとしていたことを、俺は知らなかった―――。




後半へぇ続く(キートン風)



後半部分と同時にこっちも多少手直しするかもしれませぬ。ご了承ください。


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑩ 】

―――突然だが、「ぷよぷよ」をご存知だろうか?
 あれ系の所謂「おちものパズル」ってのは連鎖が醍醐味だと言っていい。綺麗に積み上げたものが一斉に消え去るテトリスな感じのもいいが、きっかけの1連鎖を契機にして2連3連とどんどん連続して消えていく様子は、何て言うかスッキリすると言えないだろうか?うまく伝わらなかったならばそれはそれで仕方がないが……

 ―――まぁ、何が言いたいかと言えば―――

 すでにこの時、状況は大洗にとっても、俺にとっても、黒森峰にとっても、赤星さんにとっても、全方位(俺にとって)面倒な方向へ突き進んでいたのである。


 さて、みぽりんとエリカの今後を考えると、「適度に強敵という状態を維持しつつドラマティックに敗北」という状況が望ましい。

 

―――となると、フラッグ車になる可能性があるヘッツァーよりはルノーなんだが……カモさんチームとルノーの火力で軍神モードのみぽりん相手にいい勝負できる自信が全くない件……ちょっと色々足りなさすぎるんだよなぁ……となれば選択肢はヘッツァーしかない。会長ならみぽりんにもある程度食いついていけるだろうし……

 

 ああでもないこうでもないと考えを巡らせる俺。しかしこれと言って重要な答えは出ず、【とりあえずヘッツァーでみぽりんと勝負する】ことだけ決めて眠りについた。

 

 

―――その翌日、快適な朝の目覚めを満喫し、いつもより快活にトレーニングを終えてウキウキ気分で赤星さんと一緒に登校する俺に、赤星さんの微妙に浮かない表情は見えていなかった。

 

 

 

 『#10 クラスメイトです!(後) ~我らが御旗~』

 

 

 

 俺がⅣ号に乗り込み、まぽりんを挑発。原作通りにまぽりんをⅢ号J型が待ってる校内に閉じ込めてから俺だけパージ。俺は単身フィールド上をパルクールで飛び回りながらヘッツァーに移動、そのまま乗り込んでエリカ・みぽりんと勝負し、大将戦はあんこうチームとチーム赤星に任せる。―――という作戦を練っていたのだが……正直西住まほという怪物を相手に2対1とはいえ軍神補正の無いあんこうチームで勝てるか?となると疑問ではある。

 最悪、俺という悪名を利用してみぽりんたち以外の他のメンバーを俺と赤星さんたちとで引き付ける役目を担い、大洗女子のメンバー全員で悔いの無いように戦ってもらう という作戦も考えていた。が、それも大洗車輛だけで西住姉妹+場合によりエリカを倒す必要があり、どう考えても無理ゲーです本当にありがとうございました。

 

 

―――結論:どうするんだこれ……。

 

 

 頭を抱えてあーでもないこーでもないとうんうん唸る俺の様子を心配そうに見ている大洗メンバー。楽観的な声を上げる一年ウサギさんチームとバレー部アヒルさんチームに「相手にみぽりんがおるんやで?」という旨をオブラートに包んでやんわりと説明すると初めて焦った様な様子になった。気づいてなかったのか、それとも意識的に考えから追い出していたのか……。

 

 

 

 

 

 

―――現状を再確認しよう。

 

 

 まず、みぽりんとは約束をしている。正々堂々本気で戦おう、と。この時点で一騎打ちを考えていたし、みぽりんもきっとそのつもりで言ったのだろう。

俺がみほエリにとってのラスボス。倒せばみほエリが一段階進み、エンディングフラグが立つ(仮定)

ただし俺には固有の戦車がない。いい勝負を演出するためには相応の腕前を持つメンバーが必要になる。加えて車長適正の高い人物が必要になる(俺は装填しかできないので)

 

 

 以上の理屈を前提に置いたうえで考えると、搭乗車輛はヘッツァー一択。俺が落とされる前提なのでヘッツァーをフラッグに置くのは却下―――となるとフラッグはⅣ号戦車しかないが……その場合、Ⅳ号は高確率でまぽりんのお相手をすることになるので、1対1ではⅣ号が瞬殺されかねん。抑えとして赤星さんを置く場合、みぽりんと一騎打ちの構図の間にまぽりんが交戦している情報が入ればほぼ確定でエリカが合流しようと向かうだろうし、その場合エリカを止めて置く車輛が存在しない。大洗の他のメンバーは黒森峰の他の車輛をバラバラに引き付けておくため、食い止める役割は期待できない。

 最悪はP虎を撃破して原作のように無理くりに上に乗り上げ乗り越えて合流。原作におけるまぽりんへのサポート力がみぽりん以上の可能性があるエリカが加わり無理ゲーが詰みゲーになってしまう―――

 

 

 

―――――結論:どうするんだこれ(二度目)

 

 

 

 兎にも角にも戦力が足りない―――嗚呼、それにしても戦力が欲しい……ッッ!!という感じでアゴが尖りそうなほどの渇望を脳内で反映していた俺のところに、

 

 

「天翔ちゃーん?なんか来客が来てるよぉー?」

 

 

と会長が直々に声をかけてきた。

この時期に客人、という言葉に首をひねるばかりである。だって俺孤児院でも孤立してたし親しくしてた仲間とかほぼ全員黒森峰だしなぁ。

 

 

 

 

 

―――後で振り返ってみてわかったのだが、これが遅れてきた連鎖の2連鎖目だった―――。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「―――お時間を取らせてすみません。」

「いえ……あ、いや、ごめんなさい。私、あなたのこと知らない気がするんだけど、どこかで会ったことある?」

 

学園艦内にある相談用の個室。私に会いに来た来客の女性―――というか誰なんだこの人?―――に、そこへと連れ出され1対1で向かい合う。何やら神妙な面持ちで俺に向かって頭を下げるその娘に、俺は一先ず誰なのかわからなかったのでいっそ聞いてみることにしたのだった。

 

「―――やっぱり、覚えてませんよね。私、黒森峰の生徒で、一応天翔さんの上級生なんだけど」

「……ということは、まほ隊長の?」

 

名乗ってもらった名前は全く持ってピンとこなかった。そもそもモブの名前をいちいち覚えておけるほどヌルい訓練を続けてきていなかったのが黒森峰時代である。

 ―――まぁみほエリ以外だとまぽりんと赤星さんくらいしか興味なかったしな!!

 

「まずは決勝出場おめでとうございます。面と向かってこの言葉を贈りたかったのも目的の一つだったので」

「え?あぁはい……ありがとう」

 

唐突なおめでとうに面食らった俺は―――

 

 

 

「―――それで、ここからが本題なのです。“我らが御旗”」

 

 

 

―――この娘の口にした言葉が理解できず、完全に後手に回っていた……。

 

 

 

 

 

 

******―――【戦車乙女密談中】―――******

 

 

 

 

 

 

 

「―――じゃ、今日はこれで。実りのある話し合いになったようで何よりです」

「―――ええ、それじゃあ、決勝で」

 

相手は会釈と意味深な笑みとともに、やってきた時と同じ黒森峰の飛行船で跳び去っていった―――あとに残された俺はと言うと……相談室を出て―――

 

(パルクールで物理的に)真っ直ぐに帰路に着き、自室のベッドの上にダイブする。

 

 

 

 

「―――――あwsれtrftぎゅひうじょいpこl@p;(あああああああああああああああああもおおおおおおおおおお)!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

枕に顔を押し付けるようにして怒鳴り声を殺し、俺は声帯を壊す勢いで叫んでいた。

いかに有益で有用であろうと、精神的にキてるものは別腹なんだなと再確認できました(確信)

 

 

 

 

 

****** 

 

 

 

 

「―――我らが……御旗……?」

 

 

怪訝そうな顔をする俺に、微笑みを浮かべたまま「ええ」と肯定する女性。

 

「西住まほを単独で追い落とそうとする気概、戦車道の無い学園へ都落ちしても自身の力で戦車道を立ち上げる意地、一騎当千の才を持つ選手を選別する審美眼に―――西住みほ副隊長と逸見エリカさんをコーチとして招聘するほどに、未だコネクションを残している用意周到さ。

 いずれも“決勝まで勝ち上がり、下剋上を成し遂げ黒森峰に帰還する”という意志を強く感じるものですわ」

 

うっとりとした表情で語る目の前の女性を前に、内心でテーブルに突っ伏して頭を抱えて転がりたい衝動と全力で戦っていた。というか腕にびっしりと寒イボが出ている。やべぇ、この人ガチでやっべぇ!!(戦慄)

 

 そこから目の前の女性が語った内容は、端々に慇懃にて美辞麗句を添えたもので……思い返すたびに俺の全身に虫唾が集団マラソン予選会状態だったりする。

曰く――――――

 

 

・都落ちしてもパイプを失うことなく二人と情報を交換できる立場で今も下剋上を狙う(!?)貴女こそがわたしたちのトップに相応しい。

・決勝戦の選抜メンバーの中にも私たちのメンバーが多数入り込んでいる。

・西住まほがわかっていても容易に排斥できないメンバーばかりなので大丈夫。

・決勝戦で合図とともに裏切り西住まほをはじめとする黒森峰のまほ派閥のメンバーを一網打尽にする。その後に西住みほを頂点に据えた新しい黒森峰が生まれる手はずになっている。

・西住みほと逸見エリカにコンタクトを取ることも味方に引き入れることも難しい状態だったが、貴女が居れば問題なくこちら側に引き入れることができる

・ともに西住まほを打倒して、正しい黒森峰を作り上げましょう。成功の暁には、黒森峰に大手を振って帰ってこれますわ

 

 

というもの。なにその裏の支配者感。何処のラスボスだよ(戦慄)

 

 もうね、どこをどう考えたらそうなるのかと。

とはいえ、今この状況は美味しくない。この状況で俺を連れ込んでいきなり話を切り出した時点で【そういうもの】だという認識に取れる内容の映像なりを物証として残しているという事だろう。俺にその気があろうがなかろうが、まぽりんへのチクリは封じたで とでも言いたげな行動と言えるし、俺という存在を鎖に、みぽりんを仲間に引き込み、なし崩しに俺たちを切り捨てられないエリカをも黙認役として引きずろうというところか……。

 

―――まぁ前回の俺を糾弾させるための噂を流したのが俺自身だから無駄なんだが。

 

 

 

 

 

 

「―――と、言うわけですが、この名前に聞き覚えはありますか?」

『……身内の恥を晒してしまったことを深く謝罪したい』

 

 

なので速攻でお電話した。電話口から聞こえるまぽりんの声に苦渋が満ちてるあたり、リアルで胃の辺りにダメージが入り続けてる感が溢れている。胃薬贈ろう(確信)

 まあ話を聞くにやっぱり切るに切れない存在だったらしいあの娘。暗躍してまぽりんを落としてからみぽりんを擁立。その後俺というフィクサー(笑)を使って傀儡政権を樹立するか、俺ともどもみぽりんをも追い落として王者になるかってところだったんだろう。

 

 

『あるいは、母の家元就任に対するカウンターとしては中々皮肉の効いた醜聞になったかもしれないな』

「あ~……」

 

 

 まぽりんの言葉に微妙に納得した。高校生活があと半年程度なのに、今更まぽりんを追い落とす必要性はあんまりない。というか黒森峰に混乱が巻き起こるのは間違いないし、今騒ぎを起こすメリットはゼロに近いだろう。だが、それがこの先の西住流というでっかい看板の根幹にかかわるものならば十分すぎる。つまるところ彼女が見ているのはハコではなくそこから出た後の自分のポストを盤石なものにするために親の権力を強化しようという所か。

 

 

 

―――だから生々しいんだよォいちいちさぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 

 

ガルパンにそう言うドロドロしたの要らねぇんだよぉ!!お気に入りの百合(CP)を愛でて、戦車乗ってたーのしー!大会で勝ってすっごーい!君は戦車道が得意なフレンズなんだね!ってやってるくらい日常風景はちのうしすう下げ下げで楽しんでいこうぜお前らさぁ!!

 

 

魂の絶叫は外に出さないように抑え込み、努めて冷静にまぽりんと会話を続ける。

 

「それで、対策ですが……決勝戦まで日程がない状態で派閥の人数を把握してパージする、というのは不可能に近いですよね?」

『ああ、十中八九試合中の内乱は起きる。だが君が気にすることはない。これは私が起こしてしまったことのツケに過ぎない』

 

あっさりとそう言うまぽりんに「いやいや」と食い下がる俺。ここで話を打ち切られてはたまらないんだよなぁ……決勝戦の是非にみぽりんとエリカの今後がかかっているから余計に!

 

―――勝負にさぁ……ミソ付けられるわけにはいかねぇんだよなぁ俺もさぁ!!!

 

 

 

「―――ひとつ、ご相談があるんですよ」

 

俺の説明をじっと聞くに任せていたまぽりんは、全てを説明し終えた後で

 

『―――効果的ではある。だが……みほとエリカにはどう説明する?』

「しません」

 

きっぱりと言い切る俺に向こう側で軽く息をのむ音がする。まぁそりゃそうだろう。この作戦……というか悪だくみ、最終的にみぽりんが何を信じるかで決行後の状況が変わる。『大丈夫なのか?』というまぽりんの言葉に「信じてますからね。みほも、エリカも」と返す。やや苦笑気味のくぐもった音が、通話機越しに届いた。

 

 

『―――少しだけ、あの二人が羨ましいな』

 

 

若干沈んだトーンだったんでまぽりんにも「勿論信じてるよ!」と言ったら軽く流された。いやー傷つくわー(棒)

 

 

 電話を切って、ひとつ伸びをする。ひと段落ついた状況に安堵し―――

 

 

「……とりあえず、会長には全部説明しないとなぁ……とはいえ、まずは―――」

 

 

決勝までの短い時間を有効に活用すべく―――みぽりんに倒された後でいい感じに二人を祝福するラスボスという演出を脳内でシミュレートする作業に没頭するのだった……。

 

 

 

 

―――この時、彼女が言っていた「決勝戦で合図とともに裏切り西住まほをはじめとする黒森峰のまほ派閥のメンバーを一網打尽にする」という部分に引っかかりを全く感じなかったことで、実はこの後また一波乱起きることになる―――尤も、その一波乱というのは、あくまで俺だけに限定されているわけだが……

 

 




前提【下剋上狙ってたが相手に気付かれ放校処分で都落ちした】生徒A

・戦車道の無い学校に転校したが、その転校先でまるで最初から存在したかのように学園をあげてのイベント扱いで戦車道を立ち上げる
・何故か縁の切れたはずのみほエリカをコーチとしてお誘いして、しかも当人が納得済みでコーチを引き受けている。
・強豪校相手に勝てるレベルの回避力や狙撃力に特化したメンバーが何故か存在している
・事件でトラウマ起こしてた旧学園のメンバーたち(決勝敗北の戦犯扱いだった面々)が大洗に転校して合流した。

・次の試合は決勝で、かつての古巣である黒森峰です


以上の箇条書きを見たうえで「転校した生徒Aがどういう心境で大洗で戦車道を始め、どういった心境で決勝戦へ挑んでくるのか答えよ」(配点10点)



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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑪ 】

 決勝戦の舞台。東富士演習場―――


黒森峰の戦車が死屍累々と転がる市街地の真ん中で、2輛の戦車が走り回りながら、時に離れ、時に接近して撃ち合いを繰り広げていた。
俺の乗り込むヘッツァーとみぽりんの指揮するパンターG型……ではない。


「赤星さん――――――ううん、小梅ちゃん!行くよ!!」
「はい!私の全て、ぶつけます!!」


赤星さんの指揮するチーム赤星が駆るⅢ号J型と、みぽりんと俺がかつて一緒に戦車を動かしていたメンバーたち(+装填手)の駆るフラッグ車。ティーガーⅠ
 そして俺は―――と言えば


「―――天翔。君はどう見る?」
「そうですね……みほは天性の才能を持ってます。少ない可能性でも関係なく、勝利をもぎ取るための道筋をつかみ取ることができる」
「ふむ……つまり、みほが優勢と?」
「―――どうですかね?赤星さんたちは頑張ってましたから」

すぐ横で停車して白旗を上げるティーガーⅠ―――その上部に腰かけて戦況を眺めているまぽりんに、同じようにヘッツァーの上に胡坐をかいて座り込み、達観した調子で感想を述べていく俺。


―――いや本当……どうしてこうなった……?!





「#11 激戦です!!(前) ~黒森峰に、帰れなくなるよ?~」

 

 

 

 東富士演習場―――前世では一年に一度、総合火力演習の時以外は入ることを禁じられており、ガルパンにおける高校生大会最終決戦の地として聖地巡礼を行うガルおじの行脚の場に登録されるスポットである。

 

 原作では山上の高台に陣取って攻勢の後、敵中をかき分けて撤退。そのままひばりが丘団地をトレスしたような市街地になだれ込み、マウスと遭遇戦。その後に後からやってきた黒森峰軍団を市街地で分断して斬首戦術。

改めて考えるとみぽりんの切れ者っぷりが半端ない。見通しの悪い迷路のような市街地、加えて戦車1台がせいぜいの狭い細道の連続での戦闘では各乗員の連携も何もあったものじゃない=「強力な戦車を有用な数揃えて弱点を補いながら前進して殲滅」という黒森峰(西住流)の一番の武器を殺しにかかるガチメタ張りである。

 

 まぁ、そうでもしないと勝ち目なんかなかったと言い換えることもできるんだが……。

 

 

******

 

 

「―――ごきげんよう」

「おう、御機嫌ようフッド。じゃあ調整があるから」

「お待ちなさい」

 

おざなりに挨拶してさっさと背を向ける俺に短く気勢の乗った声で待ったをかける英国産格言マシーン。

 

「あなたにこの言葉を贈るわ。“勝利は目的ではなく、目的に達するひとつの段階であり、邪魔を除去することにすぎない。目標を見失えば、勝利も空しいそれである。”」

 

お馴染みの格言が飛び出す。が、原典がわからん!

というわけで視線をお隣のオレンジペコに向けて目で『解説はよ!』と訴える。

 

「インド独立の初代首相、ジャラハルラール=ネルーの言葉ですね」

 

ペコがこっちに視線を合わせて『僭越ながら』とばかりにぺこりと頭を下げる。ペコだけに()

―――よくよく考えれば、この激励の言葉も変だったな。と俺が気づいたのは、これよりだいぶ後の話である。

 

「ハーイ!ニンジャ!!」

「天翔!起こしてくれて感謝するぞ!!」

「エミーシャ!来てやったわよ!!」

 

 おケイさんにアリサナオミ、ドゥーチェにカチューシャ、ノンナと続々と集まって来る件。俺の後ろでダージリンと相対してた赤星さんとかカチューシャを前にすると微妙に臨戦態勢に入ろうとするし、こう色々とgdgdになりつつある。原作でみぽりんが戦うと同時に関係を築いてきた相手とこうして絆を深めている赤星さんを見てると何て言うか……うん、感慨深いね。

 

 

 これなら赤星さんたちが黒森峰に帰ったとして、俺がいなくなっても問題ないだろう。

 

 

そうして各面々の激励を受けて、砲弾の積み込みを終えた戦車に乗りこんで整列する。代表者は各2名。

大洗側は会長と俺、黒森峰側はまぽりんとみぽりんの西住姉妹。

 

「天翔。今日はよろしく頼む」

「隊長。それこっちのセリフです。今日はよろしくお願いします」

 

などと軽く談笑して見せて、みぽりんに軽く目配せを送る。少し様子がおかしかったが、みぽりんの方もこちらの視線に気づいて視線を投げ返し、ゆっくりと微笑んだ。天使か(素)

 

 

 

「それじゃみほ、『後で』な」

「うん―――エミちゃん、『後で』ね」

 

 

 

お互いに短いやり取りを行って―――

 

 

『 よろしくお願いします――――――!!! 』

 

 

一同礼とともに、試合が始まったのだった。

 

 

 

―――そう。俺はここで気づくべきだったのだ。俺という「黒森峰にクーデターを起こそうとした不穏分子が喉元に刃を突き付けるが如く姿を現した」というのに、「黒森峰に誰一人として俺を責める視線を送る者がいなかった」という状況に―――!!

 

 

 

****** Emi → Koume

 

 

 

―――時間はプラウダ戦の直後程度まで巻き戻る―――

 

 

――月――日

 

 プラウダ戦で再起不能レベルのダメージを受けたルクスに代わり、Ⅲ号J型を連れてやってきてくれたかつての私のチームのメンバー。それは私たちがやってきたことが間違いではなかったと……私自身が苦難に耐えてエミさんと一緒に歩んできた戦車道は、決して私たちを裏切らなかったと強く実感できた。また、プラウダ戦以降、私自身のトラウマも軽減されたのか、発作が頻繁に起きることがなくなった。昔のように戦車に乗って指示ができることの喜びよりも、私の中にある喜びは―――これでエミさんに迷惑を懸けることなく、エミさんに並んで立つことができるかもしれないという希望だった。

 その反面、定員が埋まっているⅢ号J型にエミさんが乗り込む余地は無く、エミさんはヘッツァーのカメさんチーム、或いはルノーB1のカモさんチームのどちらかへの異動を余儀なくされ、それに対して悩んで居るようだった。

 

 

――月――日

 

エミさんの悩みはまだ続いているようで、難しい顔を続けて居る。悩みの種は自分が乗る戦車……だけではない。先日の生徒会の面々と一緒に行われた決勝戦の作戦会議では、現状把握から始まり、改めて黒森峰の車輛の質と量を再確認することになった。その物量は圧倒的で、こちらはそれに対して僅か7輛。

 以前に艦内の奥底で見つかった88mm砲塔を備えた戦車のレストアが終わったとして、それでも8輛VS20輛。倍以上の数の差に加え、軽戦車と中戦車主体の我々に対して、パンターを基礎としてヤークトやシュトゥルムを破城槌とした黒森峰の重厚な戦列では比較するも烏滸がましいと言える力の差が存在する。

 

―――西住隊長……いえ、副隊長ならば或いはこんな時、突破口を見つけることができるのかもしれないけれど、私にはそんな策を巡らせる力はどこにもなかった。

 

「プラウダ戦での機転を踏まえて、天翔ちゃんに期待したいとこだけど……まぁ、無謀な戦いだし、しょうがない部分はあると思うから。無理しないでね?」

「勝たねばならんのだ!がんばって策を捻り出してくれ」

 

エミさんが河嶋さんと生徒会長に水を向けられて苦笑しつつも、有効な策は出ず……いったん持ち帰って検討するという形でその日は終了した。

 

 

――月――日

 

 エミさんと一緒に作戦を考えてみる。けれどいい案は出ない。

そもそもの戦力差が大きすぎて、正攻法ではまず勝ち目が出ない。加えて戦車の質、さらには黒森峰という中等部からの育成方針による練度の高さ、その高等部レギュラーである乗員の質―――格差を挙げればきりがない。

 

「厳しいですね……」

「だろうね。でもまぁ、配られた手札でどうにかするしかない展開ばっかりだったからね。大洗は」

 

私の呟きを苦笑で返し、盤面を見据えてああでもないこうでもないと悩むエミさんを残して、私はⅢ号のみんなと合流して訓練を開始した。

 

「私は装填手だし、まだどの戦車に乗るかも決めてないから時間がある。だから赤星さんは赤星さんのやるべきことをお願いするね?」

 

なんて、エミさんに言われたからではないけれど……その日の訓練は上々の出来だった。

 

そういえば先日話題に上った88mm砲はポルシェティーガーの砲塔だったらしい。自動車部の方々がレストアを完了させた車輌の、試運転に立ち会わせてもらった。とても希少な戦車ではあるが、足回りを考えると欠陥車輛と言わざるを得ない。一応、それとは別に猫田さんと呼ばれる方が新たに加わり、自転車置き場に放置されていた三式中戦車が戦力に計上された。 とはいえこれで9輛。まだまだ彼我の戦力差は埋めきれない。

 

 

――月――日

 

「天翔先輩、大丈夫ですかー?」

「相手が誰でも根性で頑張るだけですよ!!」

 

乗員とのマッチングもそこそこに作戦を考えるべく机上での盤面整理を行うエミさんに、一年生のウサギさんチームと、元バレー部のアヒルさんチームが声をかけていた。二組とも持ち前の前向きさでエミさんを前向きにしようと彼女たちなりに考えているようだった。けれど―――

 

「―――相手にはみほがいる、それにエリカもね。あの二人が用意した訓練カリキュラムをこなして私たちはサンダースやプラウダと渡り合える戦力になり得た。だったら、それは“みほがそこまで成長するだろうと予測をたてて皆を指導した”ってことじゃないか?

 

 ―――あの子ならきっと、そこまで読み切ってくる。だから今のままじゃみほの策をかわしきれない……」

 

悔しさのこもった言葉に、二組とも何も言えずその場を離れるだけだった。

けれどその後、二組ともやる気を上げて練習に臨んでいる様子を見るに、エミさんの言葉は盛大な発破として効果を発揮したようだった。

 

 

――月――日

 

 エミさんの様子がおかしい。先日“エミさん宛の来客”と面会希望した人物に会いに行ってからずっと、何か思案とそれに対する迷いを繰り返しているようで、浮ついているというか……何か抱え込んだままの様子で―――

 

 

―――生徒会室の方へ歩いていくエミさんを、知らず追いかけていた。

 

 

 

*********

 

 

 

―――運命の引力というモノは、存在するのだと。そう、思うときがある―――

 

 

 プラウダ戦での地崩れによる滑落しかり、飛び出そうとしたみほさんを制して単身、私たちを助けるために飛び込んだエミさんの行動しかり、彼女の行動の結果敗北した黒森峰と、その後の彼女と私たちの置かれた境遇しかり。戦車道の無い学校へ転校した先で、戦車道を始めなければならない事態が起きて居たこともそう。

 

 まるで世界がそう望んでいるかのように、彼女は引き寄せられるように巻き込まれている。

 

 

『―――生徒会長。ちょっと相談があるんですけど―――』

 

 

 例えば、今この時のように―――

 

 

 

 

『内乱……ねぇ。黒森峰も大変なんだね~……』

『―――耳に痛い話ですが』

 

苦笑する声が聞こえる。生徒会室の扉越しに、私は耳をそばだてて中の会話を聞いていた。本当はこんなことは良くない事なのだと自分がよくわかっている。けれど止められない。止めてはいけないと頭の中で警鐘が鳴り響いていた。

それは或いは、経験則だったのかもしれない。自分ひとりで全てを背負い込む気質のある彼女に対する、過去の経験から来る対応だったのかもしれない。

 

『それで、それが決勝に起きるとして、ウチとどう関係すんの?』

『その内乱を利用します』

『て、天翔さん?あの……言っている意味がよくわからないのだけど?』

 

小山さんの戸惑ったような声が聞こえる。河島さんが怒鳴っていないところを見ると、ひょっとしたら河嶋さんは席を外しているのかもしれない。

 

『今回のクーデターは西住流の権力争いから派生するお家騒動の一種です。おそらくは、という前置きが付きますが。なので、今回の内乱に“西住流”を巻き込みます。まほ隊長ともすでに連携していて、現師範で家元候補筆頭の西住しほさんにもまほ隊長経由で話が行っている頃でしょう』

『手回しがいいねぇ~』

 

角谷さんのケラケラと笑う声が聞こえるが、きっと他の面々は絶句しているかドン引きしているのだろう。私だってそうだ。いつの間に用意を整えたのか、そのための伝手に苦心すらしないエミさんの持つ人脈の太さに改めて戦慄を隠しえない。

 

『それで―――試合開始からしばらくは撃った撃たれたの茶番劇です。互いに戦力を損耗しないように……アレです。“立ち合いは強く当たって後は流れで”のノリで』

『その辺はブックがあるんだね。それで?』

『その後、内応を起こすタイミングは私が特定のワードを全方位通信で上げた瞬間からスタートします。そのタイミングでまほ隊長も“隊長が信頼して選出した西住まほ近衛部隊”が裏切者たちと戦闘を開始します』

 

 こともなげに説明を続けるエミさんと、何も言えなくなっていく生徒会の面々。私も説明から想定される状況の推移についていけない。

その間も、エミさんの説明はスラスラと続いて行く。

聞き耳を立てる私の身体から、どんどんと熱が引いていく。エミさんが何をしようとしているのか、その結果何が起きるのか、それを理解してしまったから。

 

『あのさ、天翔ちゃん。それ、本当にやるの?』

『ええ、これが一番勝率が高い―――というより、正攻法だと無理過ぎるので』

『―――黒森峰に、帰れなくなるよ?』

 

 そう。エミさんの語る作戦では、作戦が発動した時点でエミさんは黒森峰に居場所がなくなってしまう―――いくら大会の後で隊長や西住副隊長が擁護したとしても、エミさんの居場所はどうにもならない……!!

 

『―――今更ですよ。それに黒森峰のあの状況は、私がいたから起きたことです。私が黒森峰に戻ればきっとまた似たようなことが起きる』

 

 

 違う。

 

 

決勝戦での事故は偶発的なものだった。私たちを助けようとしたのはみほさんとエミさんで―――みほさんが車長だったからエミさんが―――

 

 

―――違う。

 

 

エミさんもみほさんも私たちを助けようとしたことは悪くはない。それを悪としたのは―――

 

 

―――違う。

 

 

 勝利を是とすることに問題があるとは思えない。けれどそのために犠牲を厭わない行動を強いることに疑問を持つことを悪とするのは間違っている。

 

 

―――それならばきっと―――

 

 

 淀む思考を振り払うようにかぶりを振って、私はその場を静かに離れることにした。そのまま自室へ戻り、ベッドに身体を投げ出して目を閉じる。

 

「―――何をもってしても勝利を……鋼の精神……西住流……」

 

思考を吐き出すように呟きを漏らす。

エミさんの作戦を実行した結果起こるべくして起きる未来。その結果エミさんは黒森峰と断絶し―――私は……

 

「―――――――ッッ!!」

 

ベッドの上に投げ出した身をぎゅっと竦ませる。

いつか見た日記の内容を思い出し、その時垣間見た未来が現実になろうとしている。

 

 

―――それを許すわけには、行かないから―――!!!

 

 

 

 

 

 

―――運命の引力というモノは、きっと存在しているのだろう。

 

 

 だって、生徒会室へ向かうエミさんを見かけて追いかけたのが私で、

 

 

 エミさんの書いた“あの日記”を読んで、エミさんの抱えている闇を知っている唯一の存在である、私で

 

 

 エミさんが語る作戦から、エミさんがどうしてそこまでの手段を取ったのかを理解できてしまって

 

 

 だから―――

 

 

 

『―――珍しいわね。アンタが私に連絡とか』

「―――お話があります。これから独り言を言います……この内容は、本当は誰かに話すべきではないお話なので―――」

『何それ?赤星、何の話を―――』

「――― ――月――日 みんないなくなっていく……」

 

 

―――だからこの行動は間違いなく称賛されるものではない。むしろ非難されるべき行動だろう。

けれどこうでもしないと彼女は一人で走っていってしまう。

 

 

それはきっと、私も電話口の向こうの彼女も……きっと副隊長も隊長も、望んでいないと思ったから。

 

 

 




――月――日

決勝戦が始まる。
これまでに戦ったみんなが、エミさんに激励のために集まってくれていた。やっぱり、エミさんはすごい。戦車道を通じてわかり合い、友達を作る。
スポーツと言えど競技である以上、勝者と敗者という明確な差ができるというのに、そんなこと関係ないとばかりにみんな笑顔でエミさんに接している。

砲弾などの積載を終えた戦車を整列させ、エミさんは角谷生徒会長と一緒に挨拶に向かった。

挨拶を交わす西住隊長と副隊長と、エミさんと生徒会長。

そんな4人が挨拶を交わす傍らで、私も彼女と対面する。


「赤星……わかってるんでしょうね?」
「―――逸見さ……エリカさんも、宜しくお願いします」
「ええ、あの馬鹿に目にもの見せてやるってのよ……本ッ当……馬鹿なんだから……ッ!」

憤りを露わに黒森峰の列に戻っていくエリカさんを迎える同じ戦車の乗員たち。彼女たちも各々複雑そうな表情をしている。エミさんとは長い付き合いである彼女たちと同じ境遇である西住副隊長……みほさんの戦車に同乗するメンバーの表情は、それとは対照的に皆一様に硬い表情をしている。



―――これから決勝戦が、始まる―――。



―――私たちの、大洗の、西住流の―――未来を決める決戦が―――


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑫ 】

→Erika

 喉の奥がカラカラだ―――。

電話口の向こうで赤星の口から語られている内容が、耳鳴りのように反響している。辛い、苦しい、胸の奥に深々と刺さるものが延々と私を苛んでいる。

―――けれど止められない。止めてはいけない。

 赤星の語るそれが彼女の真実なのだとしたら、これは気付けなかった罰だ。
受け入れるべき痛みだ。この果てにこそ、続くステップがある。

「……結局、アンタは結局何が言いたいの?赤星」

自分でも驚くほどに底冷えのする声が口から漏れ出た。すでに体温は下がり切っているかのように錯覚している。ただ一つ、心臓の周辺に黒く渦巻く熱の塊だけが、私の感情を動かしている。

『―――逸見さんにお願いがあります。あの人を……エミさんを止めるために』

向こうから聞こえる声には決意があった。強い決意と悲壮な覚悟を感じさせる声だ。
 だから私は―――その決意に乗った。

「エリカでいいわ。これから、アンタと私は共犯よ」
『―――覚悟の上です』





 ねぇ?きっとアンタは望んでないわよね、こんな状況。
でもね、もう決めたの。だから覚悟してて――――――エミ。





『 #12 激戦です!!(中) ~そんなことは、私たちが自分で決める!!~ 』

 

 

 

****** Erika → Emi

 

 

 

―――決勝戦が始まった。

 

 一路、山上の高台を目指し速度を合わせて進軍する大洗車輛たち。

作戦としてはみぽりんの考えた決勝戦での案をベースにし、前半をプロレスで生き残り、後半戦。市街地に移動して黒森峰の戦車たちをバラバラに割ってから内乱を誘発。これを「まぽりんと一緒に討滅」して、その後に、ダメージを受けないように立ち回ってもらった赤星さん率いるⅢ号とフラッグのⅣ号でまぽりんを相手にしてもらい、俺はその間にみぽりんとケッチャコをつける。

 かなりガバガバな作戦ではあるが、これが一番勝率が見込める。少なくともみぽりんの案をそのまま全面採用して斬首戦術で戦うよりはよほど勝ち目があるだろう。

 

 耳にそっと手を当てる。先の挨拶の際にまぽりんから受け取ったインカムがそこに収まっている。作戦開始時の通信用にとまぽりんから手渡されたもので、まぽりんと個人間通信ができるようになっている。

 

 

―――スロートマイクで大洗全隊との通信を行い、インカムでまぽりんと通信を取り合う俺の姿って、ぱっと見コウモリ過ぎない?と思わなくもない。

 

 

そんなこんなを考えてるとさおりんから軽快な通信が響く。アマチュア無線2級取ってたんだっけそういえば―――とか考えて、

 

 

 

―――“それ”を思い出し、ゾクリと背筋に悪寒が走った―――

 

 

 

 

「―――全車警戒!!急いで!!」

「……?天翔ちゃ――――」

 

 

―――ゴォンッッ!!!

 

 

 空を割いて飛来した砲弾がⅣ号の傍をかすめて着弾し、盛大に周囲に爆風をまき散らす。揺れる車体の昇降ハッチの縁に手をかけてクリフハンガーよろしく腕力だけで外に飛び出し、ハッチ上で軍神立ちして周囲を見回せば―――

 

 

―――森を突っ切って先行してきた黒森峰の一団が、そこに居た。

 

 

 小隊長らしき先頭の車輛のキューポラから、見慣れた顔がのぞいているのが見える。

 

 

―――やっぱりエリカか。

 

 原作通りならこの騒ぎに乗じてⅣ号が狙撃されるんであろう。そしてねこにゃーさんたちが犠牲になる。だがその辺りは彼女との相談の結果なあなあのプロレスで終わっている―――はずだ。

だとすると―――

 

『天翔ちゃん!?どうなってるの!?』

 

 通信を使って声を上げる会長に、スロートマイクで全車へと返信を送る。

 

「―――総員、全車警戒しつつ全力で退避距離を保って!!独立小隊による奇襲だ!」

 

 叫ぶ間にも敵小隊の砲撃は続いている。戦車の上部から顔をのぞかせたエリカからは―――何というか、スゴ味を感じる……ッ!!何があったの!?何でこんな殺意高いの!?

状況がまるでわからないままに、一先ず「もくもく作戦」を始動。大量のスモークを炊いて周囲を煙で埋め尽くし、その間に移動を続ける。

 

 山上に陣取るために戦車4輛をワイヤーでつなぎ、ポルシェティーガーを引っ張り上げる―――という無茶をする予定だったが、少し事情が変わってきていた。

 

―――だって内乱組筆頭の子が根回ししてたはずのエリカが盛大にこっちにケンカ売ってきてるからね!

 

 いや、冷静になって考えるとエリカが激怒して俺を狙ってくる心当たりがないわけではない。そも、エリカはどっちかというと実直で、裏切りだの内乱だのそういうの大嫌いなタイプだ。だとすると、俺が反旗を翻す旗頭に立ち、エリカやみぽりんに何の弁解もせずこうしてぬけぬけと助力を当てにしていると見た場合―――

 

 

 

―――あ、殺しに来るわこれ(確信)

 

 

 

 ま、まぁ仕方がない。エリカの実直さ素直さを甘く見ていた俺が悪い。うん、エリカは悪くないし、まぽりんも悪くない。俺の責任と言えよう。

 とはいえ、エリカ小隊だけと考えるのも早計な話で―――

 

 

「会長。エリカたちは“煙に撒く”、会長たちは山上の占有をいったん諦めて山肌を伝って反転、そのまま市街地方面に向けて急いでくれ。最悪は別動隊が山上に向けて動いてて挟撃される可能性がある」

『ん。わかったよ

 

 ―――天翔ちゃん。無理はしないでね?』

 

 会長に「ええ」と返して俺は“戦車を足場にして、跳んだ”

 

 スモークが晴れる前に地面に降り立ち、もくもく用の発煙筒を新たに転がし、スモークを増やすと同時に戦車の位置を誤認させる。そうして出来上がったスモークの範囲を利用して、再び跳んだ。

 

―――目標は、言うまでもない。

 

 

 

****** Emi → Erika

 

 

 

『小隊長!煙幕、晴れません!追加で煙幕を炊いています!』

「慌てるんじゃないの!煙幕を張ってる以上、その辺りにいるのは間違いないし、煙幕が濃ければ相手からもこちらの姿は見えないわ!無駄撃ちして居場所をばらすんじゃないわよ!!」

 

 通信機に向けて怒鳴る勢いで告げて、晴れない煙幕の分厚い壁を睨みつける。眼光に圧力が付与されているのだとしたら、私の視線は煙幕を押し込んで向こう側の景色を通し見れているに違いない。

 

 発煙筒でもばらまいているかのようにより濃くなっていく煙幕。相手は一体何を考えているのか、その場から動かず煙幕だけを吐き出し続けるなんて愚策も愚策。

これでは本隊がこちらの場所をかぎつけて追いついてきてしまう―――

 

「―――そう、そういう事……」

 

 やっと合点がいった。ならばきっとこの煙幕は―――

 

「小隊、全車前し―――」

 

マイクをONにして指令を飛ばす私の腕と口を、空から降りてきた黒い影が抑え込み、塞いだ。

 

 

「―――やぁエリカ、久しぶり……って、さっき顔を合わせたばっかりだったっけ」

「―――戦車道なんだから、戦車に乗ってなさいよこの馬鹿……」

 

 

 口元を抑える手を放して自分の唇に人差し指を当てて「しー」っとジェスチャーをするそいつは―――私が今一番会いたくて、今一番顔を合わせたくない相手だった。

 

 

******

 

 

「―――それで、アンタが私のところに一人で来たってことは、もう他の連中は戦闘範囲外まで逃げ切ってるってことよね?」

「さぁ……どーだか?」

 

 煙幕晴れやらぬ煙の壁の中、戦車の上で座り込むエミと対峙する。私の問いにとぼけてみせるエミに多少イラつきを覚えるけれど、それよりも久しぶりに顔を突き合わせて会話している今が、試合中だというのに不謹慎にも少しだけ嬉しかった。

 

「―――逆に聞くよ。エリカ、君は“誰の味方なんだ”?」

「―――答える義理はないわ」

 

 エミの言葉にそっぽを向いてそれ以上会話をする気はないというアピールを見せると、やれやれとかぶりを振って諦めるエミ。この子の割り切りの速さは少し羨ましい。

 

「―――この奇襲、まほ隊長の指示ではないだろ?」

「決まってるでしょ?“ただ勝利を望み、そのために在るが西住流”よ。フラッグ車を仕留める千載一遇のチャンスを逃す手はないわ」

「私が言っているのが“そういう意味ではない”って、理解しているよな?」

 

 エミの声が語気を強めた調子に変わった。瞳も同じく真剣味を増していてまるで詰問するような調子になっている。それでも答えない私に、エミは呆れた様な表情を見せた。

 

「―――どうして隊長の邪魔をするんだ?黒森峰の膿をすべて吐き出す機会なんだ。今後の黒森峰の戦車道を左右する問題なんだぞ」

「アンタこそ、わかってるの?アンタがしてることは―――」

「黒森峰への裏切り、だろ?わかっているさ。覚悟の上だしね」

 

事も無げに言うエミに心が粟立つ感覚に襲われた。頭に血が上ってしまって、冷静に何かを言おうとする気持ちがなくなってしまった私は感情のままに言葉を吐き出すことしかできなくて―――

 

「―――アンタがやってるのは裏切りよ!!私のことも、みほのことも、隊長も、赤星も、みんなみんな裏切ってる!!」

「あぁ……そうかもしれないな」

 

 その時私に見せた泣き笑いのような、苦笑いとも違う表情は、私がそれまで彼女と過ごしてきた中で、一度たりとも見たことがないものだった。

 

「―――でも、私が居なくなる代わりに黒森峰が正常になるのなら、それはきっといいことだ」

 

 目の前のエミの透明な表情から真意を読み取ることはできない。でも今までの経験則からわかる。エミは本気で心からそう言っていると

 

「アンタ自身の戦車道はどうなるのよ……!!」

「どこでだってできるさ。黒森峰の戦車道に、私が必要なわけじゃない」

 

 気づいたら、エミの大洗女子PJの胸倉を、両手で力任せにひっつかんで絞り上げていた。ギリギリと力任せに引き寄せて、驚いた顔のエミの目を覗き込むように顔を寄せる。

 

「アンタ何様のつもりよッッ!!!!よく聞きなさい!馬鹿エミッッ!!

 

 ―――アンタが必要か、必要でないかなんてのは―――そんなことは、“私たちが自分で考えて決めること”でしょ!!アンタが決めつけることなんかじゃないッッ!!私たちを無礼るなッッ!!!」

 

 パッと手を離すと、エミは後方にたたらを踏み、車輛をトンと蹴って後方に跳び退くように着地して距離を取った。

 

「―――それもそうだね。じゃあ、改めて勝負だ。エリカ」

「―――上等よ、弱小高校の戦車なんかにウチの戦車がやられるものですか……!!」

 

気が付けば煙幕は随分薄まっていて―――

 

「待ってなさい、すぐに追いついて撃ち抜いてあげる」

 

私の言葉に―――

 

「―――いや、すまないエリカ。“ここで終わりなんだ”」

 

人差し指と親指を立てたポーズ。俗にいう“シュートサイン”と呼ばれる形を右手で作り、エミは銃を撃つジェスチャーで「ばーん」と手を振って見せる。

 

 

 

――――ガォンッッッ!!!!

 

 

 

 空を裂く轟音とともに飛来した何かが、私の乗るティーガーⅡを激しく揺さぶり、大きく吹き飛ばした。

 何事かと身体を起こして視線を投げた先に、回頭して逃げを打つポルシェティーガーの姿と、その上に飛び乗って去っていくエミの姿。

 私以外の小隊のメンバーは、指揮車である私の車輛が撃破されたため、指揮系統が確立できず立ち往生している。今から追撃を命じても遅きに過ぎる―――!

 つまるところあのエミの単騎行動も、煙幕の壁も、私との会話までもが、ポルシェティーガー以外を逃がしつつ、私に「もう大洗車輛はすべて逃げ出した」と思わせるための作戦で―――

 

 

『―――“黒森峰女学園、ティーガーⅡ、走行不能”!!』

 

「試合が終わったら覚えてなさいよ!!エミィィィィッッッ!!」

 

 

白旗を上げるティーガーⅡから、私の絶叫が周囲に響き渡ったのだった。

 

 

 

****** Erika → Emi

 

 

 

 煙幕を張り、単騎でエリカのとこに飛び込み事情聴取したらなんか胸倉掴まれた件()どういうことなの……?

今回のエリカの遊撃小隊による単独奇襲はどう考えても黒森峰の掲げる西住流“らしくない”。黒森峰の西住流であるならば先行する小隊を追いかける形で本体が後ろから一斉にやってきているはずなのだ。原作のように

 だが実際は小隊による単独の奇襲作戦であり、追撃も伏兵も存在してなさそうな攻撃で、その真意が見えなかった。これでは「ただ速攻でこちらをつぶしに来ただけ」なのだ。エリカにその理由があると思えない。

―――なのでこうして大洗メンバーを切り離して単独で話合いを行ったわけなのだが……

 

 

 

 結論:【こっちの思惑とか、最終目的とかバレてね??】

 

 

 

 なんだかんだで一番情報に対してシンプルに対処・行動するであろうエリカがこの有様ということは、他の面々に全方位俺の考える作戦の真の目的がバレまくってる可能性すらあるということ。

 今更いうまでもなく俺の(本当の)真の目的は「みほエリを成し遂げたうえで俺自身は離れた場所でそれを見守ること」である。そして可能ならそれはここ、大洗であれば言う事はない。

なんだかんだで愛着がわいた場所でもあるし、廃校云々の問題を片付けなければ秋山殿をはじめとした大洗メンバー全員が曇りまくる。そしてそれはきっとみぽりんの精神に特大の病みをもたらすであろう(予言風)

 そのあたりの危惧を加味した場合、【黒森峰に勝利しつつみぽりんに負ける】という条件で勝利する必要がある。そのうえで現在俺の考えている作戦は至ってシンプル。

 

 

【内乱を起こし、黒幕である“西住流での上位ポジの親を持つ娘”と“次期家元の娘”のぶつかり合いを公式に西住流の家元争奪戦というモノして周知させ、白黒はっきりつけさせることで黒森峰の中に溜まりまくった西住しほ派閥シンパとアンチしほ派閥の流れを一度全部引きずり出して浄化する。ついでにそのどさくさに紛れて黒幕撃破後のまぽりんを狙撃し勝利をもぎ取る】こと

 

 

 いかなまぽりんと言えど、勝利の瞬間に味方だと思ってた存在に背後から撃たれればひとたまりもあるまい。この勝負、勝ったな(確信)

 

 ―――まぁひとつ問題があるとすればこんだけアウトローにも程がある作戦を考え実行する以上、トチ狂ったあちらの黒幕さんは“おあしす”*1を徹底して俺を真の犯人として糾弾してくるだろう。この件に関してはまぽりんにタレ込んだ時点でしぽりんに通達が言っているし、書面として記録されているので、【西住流の確執を利用して勝利をもぎ取りに来た卑怯者】というレッテル程度で済むだろう。ほとぼり冷めるまで戦車道からはじき出されるだろうが、それは仕方ない。黒森峰の今の環境が続くことを考えると、みほエリの芽を護るため、赤星さんのような存在を生み出さないためにも、どっかで断ち切るためのきっかけは必要なのだ。

 

 

 しかし、ここでかなり予想外な状況が起きている。エリカが状況の裏の真相を推測している以上、こういう事には頭が回るみぽりんもそれを理解しているに違いない。ややこしいことになってなければいいのだが……

 

―――それはそれとして、このままエリカを放置した場合、エリカ小隊が独立愚連隊モードに入ってしまい、試合後に処罰される可能性があったので足代わりに残ってもらったポルシェティーガーの砲撃で沈黙してもらうことにした。

 エリカの怒号を背に浴びながらの逃走に胸が痛むし血とか吐きそうではあるのだが―――【でもこれで俺への奇妙な依存度が下がる一方で、みぽりんへの依存度が反比例して上がってくれれば結果オーライじゃね?】という結論に達し、一先ず小康状態を得るに至った。

 

 途中、エンジントラブルを起こしたP虎を走りながら直すレオポンに「さすレオ」状態だったのは言うまでもない。間近で見れた奇蹟に感謝したい(ガルおじ的感想)

 

 そんなこんなを行いつつ―――原作通り河の前で停車している大洗メンバーと合流する。

 

『おかえり、天翔ちゃん』

「ただいま戻りました。みんなも無事で何より」

 

 軽く挨拶を交わして、今度はⅣ号に移り、渡河開始―――そしてまぁ、原作通りというか、M3がエンストを起こして停車したのだった……

 

 

 

****** Emi → Koume

 

 

 

『こちらウサギさん。こっちは大丈夫です、先を急いでください!!』

 

 通信機から聞こえる言葉に、心臓を掴まれたような痛みが走る―――!!

 このままウサギさんを救助している間に黒森峰に追いつかれたら……なんて、考えるまでもなく大ピンチ。だけどここで彼女たちを見捨てるなんて選択を

 

『こちら“灯火”、私たちが助けます。必ず―――!!』

 

―――私たちが、取れるはずがなかった―――。

 

『―――そっか。そんじゃあカメさんは対岸の偵察に行ってくるねー』『あ、じゃあレオポンはこのまま停車して水流調整しますね』

『じゃあⅣ号とⅢ号で挟んでワイヤーで固定しよっか』『我々も何か力になれればいいのだがな……』

 

「―――えっ?」

 

 

 通信機から陽気な調子で次々と返信が届く。

 ヘッツァーは加速して河を渡り切り、周囲を大回りしてぐるりと走り回り始め、他の車輛は、その場にとどまってウサギさんのM3とわたしたちのⅢ号を護るように展開していた。

 

『ほら、コウメちゃん。早くやっちゃって!』

「―――すいません。お願いします」

 

 戸惑いを隠せないⅢ号のみんなを引っ張るように一人搭乗口から外に出る。

 やや強い川の流れと、その水流に中ほどまで入り込むⅢ号と、視線の先に見える川の流れに巻き込まれているM3の姿。

 

 

 

 一瞬、目の前の光景がブレる。

 

 

 

 青空は曇天に、景色はモノクロームに、雨交じりの光景と、河川の濁流―――まるで今にも沈んでゆきそうな戦車は―――Ⅲ号に。

 

 

―――知らず、弾かれたように飛び出して河に飛び込む私に―――

 

 

「―――赤星さん。それは無茶だよ……」

 

 

 

―――一足先に手を伸ばし、私の身体を支えたエミさんが苦笑していた。

 

 

「―――赤星さん。ほんの少しでいい、後ろを見よう」

 

 

 エミさんの声に後ろを見ると―――戦車のハッチから顔を出して私たちを見守るみんながいた。

 

 

「―――エミさん。私もう間違えません。みんなで救けます」

「うん、そうだね。救けに行くのなら、みんなで、だ」

 

 

 満面の笑顔を向けて、ウサギさんをみんなで救けるエミさん。Ⅲ号のみんなも、あの時の自分たちを救っているような気分なのだろうか?

 ロープとワイヤーで固定されたM3リーを牽引しながら渡河するⅣ号の上で、渡河前に私たちが進んできた少し小高い丘の方を、エミさんはじっと見ている。

 

 

 

「―――“みんなで、救けます”絶対に―――」

 

 

 

 エミさんの見つめる先、黒森峰の一団がこちらの救出劇をずっと見守り続けていたことに、私たちはその時になって気付くのだった。

 

*1
「おれはやってない、あいつがやりました、しらなかったんです、すんだことですし」




****** Koume →


―――エンジンが再動し、動き出したM3に安堵して渡河する大洗車輛の後方、河川を臨む丘上に、一列で隊列を組む黒森峰の小隊。
M3救助のため足を止めた大洗の一団に追いついたはずのその小隊は、しかし攻撃を一切することなく、その渡河を静かに眺めているだけだった。

『黒森峰車輛、沈黙していますね……』
「秋山さん、アレは放置で良い。絶対に撃ってこない」

確信めいた言葉のエミに促されるように、救助活動を続けるみんなと、Ⅳ号の上部に立ち、黒森峰の一団を見つめるエミ。
彼女には、小隊の隊長が誰なのか、わかっているように見えた。



「―――良かったんですか?フラッグを撃破するチャンスでしたよ?」
『―――撃ちたかった?』

具申に対する小隊長の返答に、ヤークトの車長は肩をすくめる。

「―――冗談でしょう?あんな話聞かされて、あの時のことを思い返すような今の状況で―――できるわけがない」
『西住流としてなら、きっと失格だろうけどね』

小隊長からの言葉に自分だけでなく、周囲の車輛からも複数の姦しい笑い声が響く。

「―――まぁ、今日の試合の隊長はあなたですから。私らは指示に従うだけですよ

 ―――西住隊長」
『―――よろしくお願いします』

フラッグ仕様のペイントが施されたティーガーⅠのハッチから顔を覗かせて

―――西住みほが、天翔エミを見ていた。


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑬ 】

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

苛立ち紛れに散々叫び続けた後で、私の通信機に通信が響く。



 ―――“黒森峰のものではない”通信機から



「―――こちら逸見。撃破されたわ」
「うん。聞こえた」

のんびりとした声に若干イラッとする。けれどついさっきまで叫び続けてた私の沸点は下がっていて、そこで怒鳴り返すほどではなかったし……そんな暇なわけでもなかった
通信機の向こうからは相変わらずのんびりとした調子の声が響く。


「それで?どうだった?」
「……アンタの言った通りよ。悔しいけど、不意打ちで撃破されたからこそ言えるわ。


 ―――あの娘が“自分の矜持を捻じ曲げてでも勝ちに来てる”って」


私の出した結論に、通信機の向こう側の声が収まりやや静かな調子に変化する。


「―――そっかぁ……やっぱり、無理させちゃってるんだね。天翔ちゃんには」
「負けたら廃艦で、廃校になって、みんなバラバラ。気にするなって方が無理な話よ。みほが知ったら動揺なんてレベルじゃないわ。勝たなきゃいけないのに勝つことをしたくない、できないなんて二律背反に圧し潰されて身動きが取れなくなるでしょうよ」
「それは―――西住ちゃんにも黒森峰にも申し訳ないねぇ……ウチとしては助かっちゃうんだろうけど」

 おどけた調子の言葉だが、声に力がない。彼女も心配なのだ。試合の後のエミの去就が―――。そこまで追い込んでしまったと自責の念を感じるのは、彼女がエミを巻き込んでしまった自覚があるからに他ならないのだろうが。エミのために自分のために協力を申し出たし、協力を引き受けた。だが私はもう盤面に参加する資格を失った。自分と引き換えにエミの立ち位置を確認することを選んだ結果だから仕方ないことなのだけれど……。


「―――本当……嫌になるわ。全部“あいつ”の掌の上って気がしてるのが、特にね」


むかむかとした感情をぶつける先が見当たらないまま、私は空を見上げた。



 『 #13 激戦です(後) ~「エミ、君は一体何をしたというんだ―――!?」~』

 

 

 

 あの娘。天翔エミは極めて正しく戦車道を戦車“道”として考えていると断じていい。と、私は考えている。

 

 かつて装填の訓練を続けるあの娘は言っていた。「自分には“これ”しかないからね」と。

 あの余人と一線を画すレベルの身体能力を以て行われる装填は、他の戦車道選手の追随を許さないものであった。少なくとも現在でも静止状態での装填ならば他のどの高校生戦車道選手であっても勝つことは不可能だろう。しかし、あの娘の軽すぎる矮躯が揺れる戦車内での装填を許さない。身体は左右に揺れて覚束なくなり、あの娘の膂力を活かす場面は喪われる。

 他のスポーツの分野ならば優にオリンピックすら狙えるであろう能力であると言っても過言ではない。けれどあの娘はそうしない。あくまで戦車道にかじりつき、装填手として戦車に乗り続けている。

 

「アンタはどうしてそうまでして戦車道に固執するの?引く手数多でしょう」

 

そう言ってやったことがある。その時あの娘は少しだけ考えるそぶりを見せて、こう言ったのだ。

 

「戦車道(これ)でしかやり遂げられないことがあるんだ。私はそれを成し遂げるために生きているんだよ」

 

 あの娘が戦車道に何を感じ入り、そして戦車道に何を求めているのか、それは分からない。けれどあの娘は戦車道に対してはいつだって真摯に向き合っていたし、あの娘なりの矜持であるという結論は揺るがないだろう。

 

―――少なくとも、「敵として戦ってみたかった」と言っていたあの娘が、敵として見た相手を前に正面からの戦闘をすることもなく「煙幕から他愛ない雑談で油断を誘い、盤外戦術から不意打ちの狙撃」などという手段を用いて相手を撃破するなどありえない。普段のあの娘の性質を知っているならば猶更の話だ。

 

 

 

『全方位通達――――――――!!“牙を突き立てろ”』

 

 

 

 チーム内の固有周波通信ではなく全方位への通信でのこの言葉は、エミの作戦が始まった合図であり――――私たちへの訣別の言葉ともいえる。

 

 

「―――お願いよ、みんな」

 

 

 天を仰いだまま祈るように呟く。私にできることはもうない。少なくとも、今のところは―――。

 

 

 

 

*******  Erika → Mob

 

 

 

 ―――嘘だ。

 

 砲火の華が咲く。そこかしこで起きる爆発音は、しかしわたしたちの勝利の凱歌ではなかった。

 

 ―――嘘だ。

 

 周囲に激震が走る。砲撃の余韻で空気が震え、連鎖の波で建物が揺れている。共振は振動となって空間を伝ってここまで走ってきている。

 

―――うそだ

 

 報告が届く、次々と―――

 

 

「―――嘘だぁ……」

 

 呆然と呟く私の声は絶望に満ちていて―――

 

 

「―――嘘ではない。当然の事実だ」

 

私の前を征くティーガーⅠから顔を覗かせる憎たらしい仇敵。

―――西住まほの声が、響いていた。

 

 

 

******* Mob → Emi

 

 

 

「―――以前に言ったはずだが、お前たちは学ばなかったようだな。

 

  ただ数を揃えるだけで勝てるなど、西住流に対する冒涜だ」

 

 ―――いや、それにしても限度があるだろ。

 

 内心で毒づく俺は今―――ティーガーⅠのまぽりんを取り囲むマウスとかませさんの配下が操る合計7輛のパンターとティーガーⅡの、“頭上”にいる。砲撃の雨に晒され割と倒壊しそうな斜めに崩れたビルの上、(かし)いだ屋上部分に座りこんで双眼鏡片手に覗いている俺である。

 

「―――いや、強すぎるだろまぽりん」

 

 そういえば、と思い出す。まぽりん高等部に上がってすぐのころに当時の高等部の戦車道生全員ぶっ飛ばすというサル山のボス猿理論でてっぺん取ったんだったか……そりゃ数の戦いに慣れてるわ。と納得もできん。どう考えても動きがおかしい。おかしすぎる。とはいえこの状況は拙すぎるんでスロートマイクを使ってレオポンに連絡を入れる。

 

「もしもしレオポン?作戦変更。砲撃支援しなきゃマウス以外速攻で落ちるよこれ」

『こちらレオポン。ごめーん、ちょっと無理ー』

 

 ―――は?と、思わず声が漏れた。

 

『なんかねー?こっちの照準が合う直前にー、なんかスッと動くんだよあの戦車―。こっちの攻撃が見えてるのかもー?』

 

 ―――悲報、まぽりんが人外過ぎた件。

 

 いや落ち着け俺、ビークール!KOOLになれ俺よ!相手は同じ人間なのだから。

―――言ってて自分で「いや俺も大概だよなぁ」と納得してしまったよ!畜生なんてことだ!!

 とはいえ思考停止してもいられない。

 

「んじゃレオポン。ここはいいからアヒルとカモさんの応援に行ったげて?あそこが装甲抜けない分一番辛いから」

『りょーかーい』

 

レオポンに指示を飛ばして、上から俯瞰して7対1の試合を観戦してみる。

 なお、この決着は僅か2分ほどでついた。同士討ちを考えて動きが固くなったパンターを次々撃破していくティーガーⅠに対して完全に置物のマウス。実質6対1で、動きにくい市街地の中でこんだけギャンギャン動けるって相当なんだが……

 

 で、上から見ててわかったこと。【西住まほは砲塔の方向から射線を見切り、その中心点から弾道のぶれまでを計算してあらかじめ回避距離を見切って動いている】

 普通にありえない。人間の所業とは思えない思考ではある―――のだが、どうしようみぽりんの原作の計算能力とか記憶力考えたら姉が同じことをできないとは全く思えない(恐怖)

 どうやってあんなのに勝てって言うんだよ……とまぁ、若干心がへし折れかけた俺の方向へ

 

 

―――ふっと顔を向けるまぽりんと、“目が合った”

 

 

 

―――バレてぇらぁ……(畏怖)

 

 

 

 

なんなの?なんなのまぽりんもみぽりんも、マジなんなの?人体のスペック勘違いしてない?おかしくない?どうやって気づいたの?気とか感じ取れるの?かめ●め波とか撃てたりするの?

 

 ―――想像して「西住波ー!!」とか叫んで気功波を撃ち出して戦車をぶっ飛ばすしぽりんの姿が幻視出来たので怖すぎるからこの思考終了!!

 

 『―――エミ。いるんだろう?降りてこい』

 

まぽりんから渡された通信機から声がする。逃げ場は―――なさそうだ。

 

『天翔ちゃーん?こちらカメさん、パンター1輛撃破したけどどっちに行こうか?』

 

能天気な会長の声が若干恨めしく―――

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

 

「―――会長。まほ隊長からのお誘いなんで、こっち来てもらえます?」

『え?私らでいいの?Ⅳ号の方が―――』

「会長たちの力が、必要なんです」

 

強い口調でお願いする。一縷の望みが見えたのだ、ここで逃げるわけには行かない。どの道、まぽりんを沈黙させなければ黒森峰には勝てないだろうし、フラッグのⅣ号で挑んで負けられない戦いなんかするのは無理ゲー過ぎる。

 

『―――そっかぁ。わかったよ、おねーさんにまっかせーなさーい』

「よろしくお願いします。それと―――」

 

俺は手短に指示だけを伝えると、通信を切って、“翔んだ”。

 

屋上からふわりと身を躍らせ、風を絡ませ落下。その途中で外灯を掴んで曲がっている部分を使って大車輪、片手車輪、かーらーのー隣の建物の壁に向かって射出。壁を蹴って減速、ベランダでもう一度減速して、ふわりとティーガーの前に降り立った。

 

 

「降りてきましたよ。生憎、戦車は来るまでもう少しかかるんでちょっと待っててください」

「そうか、では待ってる間、正座だ」

 

 

 

―――何で?(困惑)

 

 

 

「え?あの……まほさん?」

「正座だ」

「あの……ほら、黒森峰と大洗で、決勝戦で、あの」

「正座だ」

 

「――――――はい」

 

―――そういうことになった(夢枕獏感)

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「―――おまたせ~」

 

 5分後、コンクリの上に正座してティーガーの上からまぽりんに睨まれている俺のところに会長がやってきた。ちなみにマウスは沈黙したまま。隙をついて狙おうとしないのはすぐ傍に俺が居て着弾の爆風に巻き込まれるからだろうか……?

 

なお、5分間の間に戦場は激変していた。

具体的に言うと【まぽりんとみぽりんを除く黒森峰戦車が全滅している】。

ウサギさんの戦略大作戦だとか、うっちゃりヤークト撃破とかも見どころだし、カモさんアヒルさんのツインバードとレオポンの【ダックハント】も見どころと言えよう。戦車道大会決勝戦として、実に見どころある戦いだった。

 

 ちなみに今、大洗に大分有利に働いているのだが―――俺としては戦々恐々だったりする。

だってみぽりんがまだ残ってるからね。背水の陣を敷いて劣勢になればなるほど光り輝く逆転の化け物だからね!!(恐怖)

 

 

「―――では、始めようか」

「そうですね。始めましょうか」

 

バックステップで飛び退り、とんぼを切りながらヘッツァーを昇り、昇降口のハッチを開いて飛び乗る。いつも通り上からこちらをじっと見つめるまぽりんが、スッとコインを取り出し

 

 

 

 

 

 

―――ピィンと、指で空に向けて弾いた。

 

 

 

 

 

 

―――キィィィンッッッッ

 

 

「―――回頭!!全速前進!!」

「回頭!追撃だ!!」

 

 

コインが地面に落ちて金属質の音を立てたのをスタートの合図にヘッツァーとティーガーⅠが弾かれたように駆け出した。

 

 マウスを盾に死角に入り込むヘッツァーと、それを許さずこちらの向かう先を読んで回り込もうとするティーガーⅠ。あちらには行進間射撃のノウハウもあり、不利は否めない。加えて、さっきの回避力なら絶望的もいいところだ。

 

 

―――そこに付け入る隙がある。

 

 

虎視眈々と狙いを定め、俺は装填席で静かにタイミングを待つ。

 

「天翔ちゃーん?ほんとにそこでいいの?こういうのって車長は天翔ちゃんがやるもんじゃないの?」

「いいんですよ。ガラじゃないんで、それにまぁ、ここのが【らしい】でしょ?」

 

 

 

*******  Emi → Maho

 

 

 

 単調ではない、それなりに複雑に動き回っている。流石は偵察車輛と言ったところか。だが、こちらの装甲はやすやすとは貫けない。加えて、ヘッツァーは「こちらの車輛」だ。その移動速度や砲の可動範囲も熟知している。

 

 

―――君がもしも奇蹟を起こすというのなら、見せてくれ、エミ!!

 

 

 ティーガーを回頭させ、同時に後退のサインをスタンプ(踏)で送る。キックの強弱で速度の調整を、回数で微動か走行か、その差異は叩き込んである。

後退で加速しマウスの照準を躱す。エミが来たことでやや心が持ち直したか、惨めったらしくこちらを狙っているようだが……

 

「―――もはやお前(マウス)は私の“敵”ですらない」

 

後退に旋回を加えて移動。砲塔を向けて至近距離で一撃。

 

 

―――ゴガァンッッ!!!

 

 

 衝撃と反動が車体全体にも走ったが、履帯を覆うスカートを吹き飛ばし、片輪に咬みつかせることに成功した。これでもう身動きもとれまい。

 一仕事をする間にこちらに隙ができてしまったようだった。側面を取られ回頭したヘッツァーがこちらに向く。

 

―――左、旋回、高速、後退

 

足で指示を刻み、ティーガーを旋回させる。ヘッツァーの射界から完全に外れたことを確認して再度指示を―――

 

 

 

「―――うてぇーい!!」

―――ドォンッッ!!!

 

 

 

「―――なに……?」

 

 

 衝撃がティーガーを揺らした。砲撃が履帯を覆う前面装甲の一部に掠り、削られている。

 

 

―――どういうことだ?射線からは完全に外れていたはずだ。

 

 

 

「―――エミ。君は一体、何をしたというんだ―――!?」

 

 

 

 

******* Maho → Emi

 

 

 

 

「ちゃくだんかくにーん!よぉっしよっし!あたったよぉ!!」

 

 

会長の嬉しそうな声に

 

 

「かいちょぉ!もう無理ですぅ!ティーガーに追いつかれるぅ!!」

 

 

悲鳴を上げる柚子ちゃんと

 

 

「あ、当たった―――当たったぞ天翔!!見たかぁ!これが私の実力だぁ!!」

 

 

―――ものすっげぇ嬉しそうな声の桃ちゃん先輩。

 

 

 

 

 今頃きっと「何の魔法を使ったんだ」的な困惑をしているであろうまぽりんへ―――

 

 

 

 

  ―――わたしにもわからん!!(鉄男感)

 

 

 

 俺がまぽりんの動きから推測した「まぽりんは相手の車輛のデータを脳内に叩き込んでいて、射線と射撃半径を見切って避けている」という予測。そこから逆転の発想に至ったのは、会長からの通信のおかげだった。

 

 

―――データをもとに射撃を予測回避するなら、予測の効かない砲撃でどうよ?()という作戦でも何でもないただの博打である。

 

 

 まさかここまで覿面に当たるとは思ってなかった(迫真)

ともあれ、回避の予測が立たない砲撃にまぽりんのデータ回避は崩れ、勝負はこちらに有利な流れを取り戻した。

 

 が、それでも早々沈んでくれないのが西住が生んだ最強の刺客まぽりんである。

 

ヘッツァーの砲では数を撃たなければダメージを蓄積できない。その分撃ち続ける必要があるわけで―――

 

―――ぶっちゃけ言うと【桃ちゃん先輩の砲撃に対応し始めて来た】のだ。

 

 本気でありえねぇよこの人。みぽりんのやったような「相手の履帯攻撃して動きを止め、ドリフトで滑り込みながら接近して接射」か、或いは愛里寿みたいに「砲撃の射線を読み切れないようにコマのように回転しながら行進間射撃」がまぽりん撃破の最適解だったということだろう。極まりすぎてないこの人?

 

 

 

 ―――というわけで作戦Cを発動。

 

 

 

 十分に桃ちゃんの砲撃に慣れて、こっちの砲撃の射線のズレを修正してくれたところに

 

 

―――おもむろに会長が射撃をするのである

 

 

想定されていた射線のズレがないまま真っ直ぐ飛んできた砲弾に貫かれ、装甲のぶっ飛んだ履帯部分を破壊されたティーガー。

 

 

「会長!止めだ!!」

「はーいよぉ!」

 

 

快速でぶっ飛ばし、旋回する砲塔から逃げながら後部へ回り込むヘッツァー

 

 

 

 

 

―――勝った!!第三部完ッッッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

―――ゴリンッ と、なんか絶望的な音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ごめぇん天翔ちゃん。転輪はずれちった♪」

 

 

テヘペロッ☆ミ とおどける会長と、桃ちゃん柚子ちゃんの絶叫が響くヘッツァーは盛大にドリフトし、それでも意地でティーガーの背後に回り込んだ。が、砲塔が明後日の方向を向いていて―――

 

 

 

「「―――撃てッッ!!!」」

 

 

 

二つの命令と砲撃は同時で――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――黒煙が晴れた後には

 

 

―――白旗を上げるティーガーとヘッツァーの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「馬鹿な―――!?どこから……!?」


シュポッと気の抜けた音を立てて、Ⅲ号突撃砲から白旗が上がる。



~~~♪~~ゃ~~~~るぜ~~♪


軽快に鼻歌を口ずさみながら、足でダンスを踊るようにステップを踏む。
肩に刻まれるステップから読み取った砲手と操縦手は回頭と旋回を行い、次の狙いを定めた。


「―――撃てっ!」


ゴゥンッと重い音を立てて吐き出された砲弾が、大通りの向こうから“こちらに逃げて来る”アヒルさんチームの八九式に正面から突き刺さり、衝撃で前のめりに回転して吹き飛ばされた八九式はそのまま沈黙、白旗を上げた。


ゆっくりと、地面を踏みしめる履帯の音を響かせて、ティーガーが往く。


この大地は我がものぞと、誇示するように。


―――『黒森峰、ティーガーⅠ!大洗女子、ヘッツァー!行動不能!!』


運営の放送を耳にし、ハッチから顔を出してウキウキとしていた少女は、やや顔を曇らせた。


「―――そっか、エミちゃん、やられちゃったんだ……」


その内心を包んでいたのは「お姉ちゃんはずるいなぁ」という若干の嫉妬と、「お姉ちゃんを撃破できたんだ。やっぱりすごいなぁ」という憧憬。


「―――うん。じゃあ、当初の予定通りに―――」


後退して、と指示を送ろうとした少女は、不意に顔を上げて、大通りの向こうを見た。




「―――西住副隊長。―――いえ、みほさん



 ―――わたしと、“わたしたちと”、戦ってください」



赤星小梅と、Ⅲ号戦車が彼女を待ち受けるようにそこに居た――――。




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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート 第0話 】

 市街地をゆっくりと前進していく戦車。

その搭乗口から上半身だけ出して、周囲の索敵という名目で外を眺めている西住みほと、それに真正面から対峙するⅢ号戦車と赤星小梅。

「―――西住副隊長。わたしたちと戦ってください」

 先ほどの言葉をもう一度繰り返す小梅。声を掛けられたみほは―――


「―――えぇと……ごめんなさい。わたしこの試合だけは隊長で―――あ、いや、その、そうじゃなくて、あの、何て言うか……」


しどろもどろの返答に周囲の空気が弛緩する中、小梅だけは真剣な表情でみほを見ていた。


「―――では、西住みほさん。わたしたちと戦ってください」
「―――本気なんだね?」


小梅の様子に、みほも真剣な表情で応える。小梅はただ短く「はい」と返した。


  二人にとっても、周囲にとっても体感時間で永遠のような時間が流れる。


或いはそれは刹那であったのかもしれない。


「戦う前に、一つ聞かせて?―――それは、誰のため?」


 みほの問いかけに、小梅は目を閉じて黙考する。


これまでの全てを


自分を、ともにⅢ号に乗り込むメンバーを助けてくれた少女のこと

はじまりの一歩目を踏み出す勇気をくれた少女のこと

立ち止まるたび手を引いてくれた仲間のこと

奮起するためのきっかけとなった出来事のこと




―――すべてが終わった。或いはすべてが始まったあの日のこと。





【 #0 戦車道、辞めます ~『大丈夫。いくらでも付き合うさ』~ 】

 

 

 

*** Others → Koume

 

 

  “あんたたちがいたから―――”

 

 

―――声が、する。

 

 

  “折角の十連覇を―――”

 

 

―――声が、する。

 

 

  “ヤメテシマエ”

 

 

―――声が―――

 

 

  “イナクナレ”

 

 

―――声が―――

 

 

 

  “オマエタチサエ、イナケレバ”

 

 

 

―――ごぼりと。水に飲まれる感覚。ああ、でも

 

 

 

―――水の中なら、ナニモキコエナイ。何も感じない。何も―――

 

 

 

―――その代わり、息苦しい。人は魚ではないのだから当たり前で、悪夢(ユメ)から覚めるのも一瞬で

 

 

「―――は、はぁ―――はぁ、はぁ……は……っ……ッッ……ぁ……!!」

 

 

―――息苦しい。酸素が足りない。酸素を、もっと―――もっと―――!!

 

 

『ビニール袋を!急げ!!』

 

 口に袋状のものが押し付けられる。苦しい!やめて!息ができなくなってしまう!

呼吸ができないと溺れ死んでしまう!!助けて!!誰か!!

 

 

『赤星さん!!!落ち着いて赤星さん!!』

 

 

 もがく私の両手が、違う二つの手に捉まえられて、ギュッと抱きしめられていた。混乱していた思考がゆっくりと、波が引くように落ち着いていく―――。

だらりと力の抜けた腕に安堵したか、抱きしめる手が離れていく。それが少しだけ惜しくて、強張って震える腕に

 

 

 もう一度優しく手を繋いでくれた。

 

 

―――西住みほさん。私たちを助けようとしてくれた人。

―――天翔エミさん。私たちを助けてくれた人。

 

 

 私はどうしたらいいのだろう?どうしたいのだろう?

 

戦車道を始めて、自分に自信が持てるようになって、レギュラーメンバーの椅子を巡って争って―――やっと掴んだ一年生レギュラーの座が涙を流すくらい嬉しくて

 

 

―――けれど、あんなことになってしまって―――

 

 

 

 戦車に乗りこむ。ハッチを閉じる。暗室のような薄暗闇で、互いの息遣いが反響していく感覚―――。

 

 

―――どこからか、反響する声が、耳に届く。

 

 

  “ヤメテシマエ”

 

 

―――反響した声が全方位から聞こえるから

 

 

  “オマエタチサエ、イナケレバ”

 

 

―――何も聞こえない水の中が心地良くて

 

 

   “なんでまだ戦車道をやっているの?”

 

 

―――私は―――わたしたちは、水の中に溺れる方を選ぶ。

 

   『私を待ってろ!! 絶対助ける!!』

 

―――だけどすぐに息が続かなくなって溺れていく

 

 

      今日も私は医務室で目を覚ました。

 

 

 

******

 

 

 

「大丈夫?困ったこととかない?」

「いえ……大丈夫、です」

 

 医務室でずっと私に付き添ってくれていたのは天翔さんだった。あの事故の後、天翔さんもまた、「10連覇を台無しにした主犯格」として槍玉に挙げられた。

 

 けれど彼女は“人道を重んじて人命を第一に考え、水没する戦車から乗員を救助した英雄”という格好の題材に飛びついたマスコミによって持ち上げられ、黒い声は殆どが封殺されたしむしろ称賛の声だってある。その結果というのもおかしな話ではあるけれど黒森峰の中に残ったわだかまりは、事故の被害者である私たちの方へとその槍先を向けた。こんな風に言うと彼女を妬んでいるように聞こえるかもしれないけれど、私たちの誰一人として彼女を恨んでいることはないと自負できる。

 

 

 だって彼女は本当に命がけで私たちを助けに来てくれた。

 

 

 天翔さんの身体は、小さすぎる上に肉付きが薄く脂肪も筋肉もあまりついていない。(それなのに何故あんな怪力が出せるのかは不思議な話だけれど)その結果身体に熱が溜まり難くなっていて、冬場や肌寒い朝などはマフラーなどで断熱保温してトレーニングにいそしんでいると聞いて居る。(エミ「いいえ、寒がりなだけです」)

 そこまで寒さに弱い彼女が、あの大雨で気温も水温も下がっている中躊躇もせず濁流に飛び込んだことに、逆恨みを抱くなんてありえない事だった。

 

 

  ―――だったら誰を恨めばいいのか

 

 

 そこでどん詰まりの思考の渦に呑まれてしまって、最終的に「言われてもしょうがない。私たちが戦犯なのは事実なのだから」なんて、どうしようもない結論に至ってしまったのが、私たちの不幸だったのだろう。

 

 

*****

 

 

「―――ごめん。ごめんね―――」

 

 また一人、戦車道を去った。涙を流して悔しがりながら―――

一向に良くならない状況にも、自身の症状にも耐えかねて、諦めに負けてしまう。

その弱さを責める権利は私にはないし、誰にもあるはずがない。

 “やっと諦めたのね”

 陰口なんか、聞こえるはずもない。

 “清々したわ”

 

「―――赤星さん。大丈夫?」

「大丈夫……私は大丈夫です」

 

 心配そうに声をかけてくれる天翔さんが、やや当たりが厳しいけれどこちらを気遣ってくれているのがわかる逸見さんが、自分が声をかけることで起きる周囲の反応を考えて手を止めてくれている西住副隊長が、3人の心遣いがとても嬉しくて……

―――同時に申し訳なくなっていく。

 

 

 

******

 

 

 

 戦車の中にいると息が詰まる。

 

止めどなく反響するわたしを責める声。それから逃れたくて空想の水の中に身を溺れさせる。酸素がなくなり、水面に顔を出す。

 そうして、反響する“声”に晒される。

 どこまでもどん詰まりで、どうしようもなくて「出して、出して」と喚き続ける。悲鳴が鳴りやまない。心がひび割れていく。呼吸もままならない私たちに、無数の視線が突き刺さる。同情、心配、侮蔑、敵意、悪意―――なくならない。

 

 

 もう嫌だと一人が逃げた。釣られるように二人目が逃げた。

 

 

 歯を食いしばって耐えて、耐えて―――

 

 

「―――いい加減にしなさいよ。邪魔になってるってわからないの?」

 

 

 ―――ぷつりと、切れた。

 

 

 

******

 

 

 

「アンタたちが邪魔だからってだけじゃない。そんな苦しそうな顔で戦車に乗られていたら戦車道が誤解されるのよ」

 

言っていることはいちいち正論で

 

「アンタが戦車道にしがみつきたい理由もわかるわ。同じ立場になったことがないから完全には無理だけど」

 

けれど言葉の端々から見えるのは憐憫などではなく

 

「新入生たちの問題もあるし、私は【西住隊長の腹心として】あの人のサポートをする義務が在るもの」

 

悪意と敵意に撒濡れた泥のような―――

 

 

「―――だから、申し訳ないんだけど辞めてくれない?(さっさとお前も辞めてしまえよ)

 

 

 

******

 

 

 

「戦車道を、辞めようと思います」

 

私の言葉に、西住隊長は「そうか」とだけ返す。

 

黒森峰(ここ)に、もう私のいる意味はありませんから、ついでに転校しようかと思っています」

 

 名門校黒森峰にやってきたのは、戦車道のためだった。だからもう、戦車道を続けることがないのなら、いる必要なんかない。転校手続きの書類を受け取った隊長は、少しだけ悲しそうだった。

 でももう隊長たちに悲しい思いをさせることはないんだ。普通科に行ったみんなも、私が学園を去れば、きっと一人逃げ出した私にだけ非難が向かう。風当たりも弱まるだろうし、これが一番いい選択なんだ―――。

 

 

 

 

 

「―――まほ隊長、こっちもよろしくお願いします」

 

 私の横からひょっこりと顔をのぞかせたのは天翔さんだった。その手には書類封筒が握られている。

 

「―――天翔、これは……」

「転校願です。―――って、おやぁ偶然だねぇ赤星さん」

 

 ニコニコと笑顔で私に挨拶をする天翔さんに言葉を失う。なんでこの人が黒森峰を離れようとしているのか、それが全然わからない。理解できない。

 

「天翔。君が学園を去る必要は―――」

「あぁ私、自分の目的のついでに赤星さんのリハビリに付き合う予定です。彼女、放っておいたら戦車道を本気で捨ててしまうんで」

 

事も無げにそう言った天翔さんに、その場の皆が絶句している。

 

「―――エミさん!!」

「ちょっとエミ!!説明をしなさい説明を!!」

 

バタバタと部屋に駆け込んできたのは西住隊長の妹さん、西住みほさんと、天翔さんとみほさんの親友の逸見エリカさん。二人ともとても慌てた様子で肩で息をしていた。

 

「天翔、私からも説明を頼む。君が赤星の転校に付き合う責任はないはずだ」

 

厳しい目を向ける隊長に、天翔さんは真っ向から目を見返して

 

 

「―――ありますよ。だってみんな【私の責任】ですから」

 

 

 そう言って胸を張った。

 

 

「赤星さんたちのⅢ号が滑落したとき、着水よりも前に動こうとしたのがみほでした。私はその時「車長が持ち場を離れてはいけない」と彼女を止めました。そこで若干の言い争いになりました。

 ―――人命救助においては致命的なタイムロスです」

「―――それは―――」

「いいんだよみほ。フラッグの車長であるみほを諫めたのは当然の判断だったのかもしれません。でもね、そういう問題じゃないんですよコレは」

 

 

天翔さんの言葉に皆が呑まれている。淡々とした口調の中紡がれる重い言葉に、誰も反論を言葉にできずにいた。

 

 

「―――そんな私が“命がけで命を救った英雄”?持ち上げられすぎて頭がおかしくなりそうですって」

 

 

 ヘラヘラと笑っている天翔さんの内心がどういう心境なのか、私には分からない。けれど天翔さんは天翔さんなりの理由で、学園を離れようとしているのだ。

 

 

「一回黒森峰を離れて、もう一回戦車道を見つめ直したいんですよ。自分のためにも」

 

 

 天翔さんが私に向き直る。その瞳に見つめられていると思うと、戦車道から逃げ出そうとしていた自分が恥ずかしく感じられて、けれど目を逸らせなかった。

 

 

「―――と、言うわけなんだ赤星さん。ついでに赤星さんがもう一度戦車道に向き合えるようになるまで、私が一緒についてってもいいかな?」

 

 

 ここまで勝手に話を進めて置いて、最後は自信なさげに覗き込むような目で私を見つめて来る。断れる空気でもないし、それに

 

 

「―――こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 それに、ここまで私を見捨てないでいてくれる人が傍にいてくれるのなら―――棄てようと手を離した戦車道が、地に落ちる前に拾い上げられそうだった。

 

 

 

******

 

 

 

「餞別代りに」と西住隊長が用意してくれたのは、Ⅱ号戦車ルクス(山猫)だった。軽戦車で、最高時速は60㎞/h。これなら一般公道を走らせることもできるから、リハビリにもってこいの車輛と言えた。甲板からこちらに手を振る西住隊長、副隊長、逸見さんに手を振り返す天翔さんと私。出航の時刻になり、徐々に学園艦が沖へと離れていく―――

 

 

 

―――気が付かないうちに、私は泣いていた。

 

 

 

 ああ、これでもう黒森峰の生徒じゃないんだ。そう思うと涙があふれていた。

汚れるのも構わずに膝を着いて泣きじゃくる私の肩を、ぽんぽんとあやすように叩いてくれた天翔さんに縋りついて、その肩を涙で濡らしてしまった。

 

 

「大丈夫。いつか戻ろう?赤星さんならできるさ―――私で良ければ、いくらでも付き合うさ」

 

 

 その言葉にどれだけ救われただろう?

 

 

その後もどれだけ救われてきたことだろう?

 

 

 進展しないリハビリにも折れることも激昂することも、侮蔑の視線を向けることも失望することもなく、私に接してくれた天翔さん。惹かれるなというのが無理な話だと思う。

 

 

 

―――いっそこのまま、ずっとリハビリが進展しなかったら―――

 

 

 

 そんな私の弱さがより一層リハビリを遠ざけていく。

 

 

 そんな甘ったれの私を打ちのめす衝撃がある日唐突にやってくるのだと、この頃の私は知るはずもなかった。

 

 

 

 

****** Koume → Others

 

 

 

 

「―――あの人のため、とは言いません」

 

 

ゆっくりと目を開く小梅の視線の先に、みほがいる。みほの向こう側に、まぼろしの逸見エリカがいる。西住まほがいる。そして―――天翔エミがいる。

 

 

「―――自分のためです」

 

 

 小梅の答えに、みほは真剣な表情で小梅の目をじっと見つめて―――

やがて、笑顔を見せる。

 

 

「―――そっか。そうだね」

 

 

ピンと張りつめた戦場の空気に、張りつめて膨れ上がった風船のような少女を前に、みほはただ微笑んだ。

 

 

「赤星さん。とりあえず、一回深呼吸しよっか」

「―――え?」

 

 

 すぅ、はぁ、とその場で深呼吸して見せるみほに、釣られるように深呼吸する小梅。

 

 

「うん。もう一回」

 

 

 すぅ―――はぁ――――

 

 

「もう一回」

 

 

 

 

―――すぅ――――はぁ――――

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

「―――はい」

 

 

 怪訝な表情でみほを見る小梅。その瞳は剣呑な輝きは消え、いつも通りの貌を取り戻していた。

 

 

「私は、こういうのうまく言えないけど―――全力を出し切れなくて負けたら、きっと後悔すると思う。自分を責めて、責めて、大変なことになっちゃう」

 

 

みほのそれは、或いは独白か、ないしは自嘲だったのかもしれない。けれどその言葉は小梅の内側にするりと入り込み、奥底に届く。

 

 

「だから―――本気でぶつかろう?お互い、全力で、全部出しきって」

「―――はい!!」

 

 

 みほがティーガーの搭乗口から身体をよいしょと飛び出すと、乗員が次々と外に飛び出してくる。同じように、Ⅲ号からも全員が降車していき

 

 

「「「―――よろしくおねがいします!!!」」」

 

 

 一列に並んだうえでの、【礼】。 戦車道は礼に始まって、礼に終わる。今この時エミが主導に起こした内乱は終わりを告げ、改めて試合が始まったのだと周囲に告げるように。

 

 

 

「赤星さん――――――ううん、小梅ちゃん!行くよ!!」

「はい!私の全て、ぶつけます!!」

 

 

 改めて車輛に乗りこみ、搭乗口でお互いに檄を飛ばし、微笑み合う二人。

 

 

―――ラストダンスが、始まる。

 

 

 




「―――最後の決戦ですね」

内乱からのまほ無双、そしてそのまほと死闘を繰り広げるヘッツァーの一部始終。その外側で起きたみほ無双という見所満載の無双劇場に手に汗を握る様相のオレンジペコに、対照的に涼やかな様子で紅茶を片手に画面を見つめているダージリン。

「―――ダージリン様?」
「―――忌々しい」

膝の上に置かれた逆の手が聖グロの制服に強く皺が残るような勢いで握りしめられていた。その能面のような形相の目元が、僅かに歪む。

「―――あぁ忌々しい。忌々しいわ天翔エミ。大舞台の前で死力を尽くして戦えて、相討ちで満足でしょうね?ええそうでしょうとも。見てなさいな―――大観衆の見守る前で、わたくしは優雅にお前に完勝して見せて差し上げましてよ。その時はそうね……お前に身の程を弁えさせてあげましょうか。そうねそれがいいわ、私がどれだけ苦労しているのかも知らないで二人の世界で白熱した勝負できて満足気な顔とかどうしてくれようかしら……」
「ダージリン様!?ダージリン様!!?」

 膝の上の手を口元にもっていき、心底恨めしそうに爪を噛み、苛立ち紛れにブツブツと呟き続けるダージリンに、オレンジペコの声は届いていないようだった。


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑭ 】

「聖グロリアーナ、強敵でした……大洗の戦車だと、ほぼ装甲を抜けないのも原因ですけど」
「そうだなぁ……Ⅲ突とM3くらい?Ⅳ号が長砲身のF2になればワンチャンかなぁ……?」


「―――エミさんなら、ダージリンさんのチャーチルの装甲を、どう攻めました?」
「うーん……前面装甲はまず無理。157mmは至近距離でも抜けない。

 ―――なので突撃、と見せかけて車体を滑らせて敵車輛側面で停車、側面の装甲を近距離でぶち抜く、かな……?(ジッサイみぽりんがやってたし。失敗したけど」



―――それは聖グロリアーナとの練習試合直後の、何気ない1コマだったはずで。



【 #14 後には退けない戦いです ~『私と一緒に、戦ってくれるかい?』~ 】

 

 

 戦いは、静かに始まった。

お互いに礼の後は粛々と戦車に乗りこみ、起動。エンジン音を響かせて、二輛の戦車がそれぞれ動き出す。

 

 ―――お互い、距離を取るまで照準も合わせることはない。互いに射程の外へ。

 

 そうして十分に距離を取り合った後で

 

「「―――前進!!」」

 

 ―――ふたつは、同時に駆け出した。

 

 

****** Koume → Emi

 

 

 

 ―――どうしてこうなった!?(心の叫び)

 

 

 

 いやほんと、どうしてこうなってしまったのか……?

俺の当初の作戦ではかませ先輩とその取り巻き軍団にまぽりんが倒されそうならまぽりんに加勢してマウスと戦いつつ、まぽりんを適度に消耗、その後にまぽりんを狙撃で撃破。仮にかませ先輩ズが手も足も出なかったとしてもできた隙をついて狙撃してぶっ倒す予定だった。

 が、蓋を開けてみればまぽりんが一人無双ゲープレイヤーやっており、狙撃も偵察も見切られて失敗に終わり、偶発的ラッキーヒットを呼び水にまぽりんと相討ちになるのが限界だったわけで……

 

 

―――赤星さんの行動に至ってはもう予想すらできんかったし(迫真)

 

 

 ただし、何故赤星さんがみぽりんに挑んでいるのか。という予想ならなんとなくついていた。

 

 

―――そう。「俺というラスボスが不在だから」に違いない。

 

 

 物語におけるラスボスというのはその物語を締めるうえで絶対に必要な存在である。例えばドラ●エ。あれで姫を助け出すだけで●王が居なかったらなんか尻切れとんぼな印象を受けるだろう。兎角この手のストーリーモノに関しては、主人公を際立たせるために立ちはだかるラスボス!って感じの存在が必要不可欠なのだ。

 

 ―――ただ、惜しむらくは―――「赤星小梅」では「西住みほ」に比肩できるとは思えないというところ。

 

 それは俺であっても同じことだ。だからこそみぽりんと戦うための下準備を万全にと色々考えてきたのだ。それが全部灰燼と帰したわけで、やっぱり浅知恵で大きな流れに逆らうものではないなぁと再確認してしまったわけだが……。

 

「エミ。君は、後悔していないか?」

「……はい?」

 

 神妙な面持ちでそんなことを言うまぽりんに思わず素で聞き返してしまった。

 

「いや―――君は本当は、みほと戦いたかったのではないか……と、思ったんだ」

「ああ、いや、まぁ……約束、してたんですよ。みほと」

 

 この状況で言うのすごく辛いんだけど言わずにいるのも後でやばい約束の話を口にすると、まぽりんのテンションががくーんと下がった。表情があまり変わらないが落ち込んでいるのがもう手に取るようにわかる。

 

「あー……えっと、大丈夫ですよ?結果はコレでしたけど、どっちみちまほさんを打倒できなきゃ詰んでたと思ってるので、私が止めなきゃなりませんでしたし」

「……そうか」

 

 どうにかこうにかフォローの言葉を絞り出すとぽつりとそう言って再び画面を食い入るように見つめている。

 ―――やや口角が上を向いているように見えるので、多分テンションは持ち直したと思う……きっと(希望的観測)

 

 

 

 ―――なので勝負の最中にP虎で狙撃して倒そうと思ってた計画は墓まで持っていこう(使命感)

 

 

 

****** Emi → Koume

 

 

 

 ―――やっぱり、手強い。

 

 市街地の団地群を駆け回る。建物の合間を縫うように放たれた砲撃が車体をかすめた。

あの間隙を撃ち抜いてくる精度の高さに冷や汗が背を伝うのがわかる。一瞬でも気を抜けない。頭の奥がチリチリと痛むし、集中を切らさないように思考しすぎて頭がどうにかなりそうなほどだ。

 

 ―――でも、楽しい―――!!

 

 自分がここまでついていけていること。今みほさんと戦える程に強くなれたこと。自分の可能性が目に見えて広がっていること

 

 

 

―――ここまでを、みんなで一緒にやって来れたこと。

 

 

 

 スタンプ〈踏〉で操縦手に合図を刻む。減速、旋回、砲塔2時―――

 

「―――撃てッッ!!」

 

 轟音と衝撃が身体を揺らした。みほさんと同じように搭乗口から上半身を乗り出して、常に周囲を見渡しているのだから、身体が揺れる衝撃を必死で抑え込みながら、砲撃の先を見据える。

 

 

 ―――加速、蛇行、直進、右旋回

 

 

途切れることなく合図を送り、目線はティーガーから外さないように―――

 

 

 ふっと、団地の裏側を通り抜けたはずのティーガーが、“視界から消えた”

 

「ッッ!!―――緊急旋回!」

「撃てッッ!!」

 

 

―――ゴゥッッ!!

 

 

 放たれたティーガーの砲撃はしかし私たちを狙ったものではなく、“わたしたちの進路を塞ぐもの”だった。前方の建物の張り出したベランダ部分を砕いた砲撃の余波で、飛散した瓦礫が降り注ぐ。無理やりに突っ切るのならば車内に避難せざるを得ない。

 

 そしてそれは、“団地を隠れ蓑に減速停車して私たちをやり過ごしたティーガーを、さらに見失う”ことに繋がる。

 

「―――急停車して旋回。急いで―――ッッ!!?」

 

減速するⅢ号の背後で―――ティーガーが顎を開いた。

 

「―――撃てッッ!!」

 

 砲弾が放たれる寸前。

 

「―――砲塔旋回!3時!左後方旋回!超信地!!」

 

Ⅲ号はやや左後方へ逃げるように下がりながら、その場でぐるりとスピンし

 

 

―――轟音とともに飛び込んできた砲弾を、“受け流した”。

 

 

 殺しきれなかった衝撃に、団地の壁に激突し、衝撃で全身が悲鳴を上げる。肺の中の空気を一度すべて絞り出され、げほげほと咳き込んで酸素を取り入れた。

 

 

―――運が良かった。二度は不可能だ

 

 

 直感でそう感じた。まず間違いではないだろう。車体も軽く建物にめり込む形で押し込まれたが、次弾装填までにどうにか立て直して路地に逃げ込み

 

「―――――はぁぁぁぁぁぁ…………」

 

 そこで漸く、安堵の息を吐くことができた。

 

 

 

****** Koume → Emi

 

 

 

  マ、ワ、シ、ウ、ケ?(白目)

 

 

 何で?(困惑) いや赤星さんに「強くなったね……」って感じのエエ話的な言い回しで褒めてやりたいところではあるんだ。あるんだけど……

何で戦車で回し受けキメてるの?どうやったらあんなことできんの??みぽりんとか一瞬絶句して攻撃の手を止めちゃってたし。赤星さんチームが気が付かないうちに俺の知ってる戦車道と違うゲームやってるみたいに思えてきて、言葉を失っている俺に

 

「―――避弾経始か。しかし、偶然に近いものだな」

 

 思案するようなポーズでそう呟いているのは隣のまぽりん。え?もしかしてアレできるの?マジで?と思わなくはなかったが、よくよく考えると『戦車道ノススメ』で砲塔旋回させて狙撃を弾いてるシーンがあったなぁとか思い出した。が、納得はできない。なんかしてしまってはいけない気がするから(戦慄)

 

 だがこうして見てるだけの立場になるとこう、何というか……ものすごくもどかしいのと、申し訳ない気持ちが溢れて来る。

 

 赤星さんもみぽりんも、勝利することでしか前に進めないとぶつかり合っている。そのうち“どちらか一方しか”その結果を得ることができない。

 もちろんこれは勝負の世界なのだからそれは当たり前なのだが―――

 

 

「―――あそこに行きたい?」

 

 

 不意に“下から”声を掛けられてビクリとなった。下を見ると車長の席から搭乗口の俺を見上げている会長が「にひひ」と笑っていた。

 

「そりゃ……行きたくないとは言いませんよ。あの場に参加できるものなら参加したい」

 

 そう。それは偽らざる本音だ。あの場に本来居て、みぽりんと死闘を繰り広げるラスボス枠は俺だったのである。赤星さんに代役を務めさせている現状はなんかこう、もにょる。(語彙不足)

 会長は俺の言葉に「そっかそっかー」と何度もうんうん頷いて

 

「―――よっし、言質取ったよー。よっろしくー♪」

 

 

そう会長が言うと同時に―――

 

 

「「はーい」」

「ほら、さっさと行くわよ!天翔さん!!」

「うわわぁぁぁぁっっっ!!!??」

 

 

 路地の影からかっとんできたルノーB1が横付けし、不意を打たれた俺を車内に引きずり込んでいた。

 

「んじゃ、カモさん。“車輛メンバーの回収”ご苦労さん」

 

 ひらひらと手を振る会長を置き去りにして、ルノーはその場から全速で離脱していく。そうして周囲のパンターやティーガーを片付けた運営がヘッツァーとティーガーⅠの撤去にかかると

 

「どーもどーも。大洗カメさんチームヘッツァー、乗員“3名”、全員いまーす」

「……黒森峰、ティーガーⅠ。乗員5名全員揃っています」

 

 

 二組のチームはそう言って退場したのだった。

 

 

 

*******

 

 

 

「ちょっとこれ大丈夫なの!?」

 

 一方でルノーに誘拐された俺は、全速力で現場を離脱する戦車の中でそど子に叫んでいた。

 

「ルール上、乗員の戦車乗り換えは問題ないわ」

「いや、撃破された車輛から乗員が乗り換えるとか(原作でも)聞いたことないんだけど!?」

「構わないわ!だってそもそも天翔さんはヘッツァーの乗員として登録されてないし!!」

 

 

なにそれきいてない(素)

 

 

「こういうルールの穴を付くのってすごーくイヤなんだけど……今回だけ特別よ。学園艦の未来とかかかってるし……非常事態だし」

 

 そらそうだろう。自他ともにルールに厳しいタイプのそど子ちゃんがこんなルールぎりぎりセーフなとこをタイトロープしてるのはストレスだろうとも。学園艦廃艦って理由がずっしりと全員の肩に圧し掛かってるのだろう。

 

―――その辺深く考えると決勝戦をみぽりんのフラグイベント扱いしてる俺、酷くない?って考えに至るので無意識に見ないふりしてた部分はある。

 

「もう少しで合流できるわ」

「合流……?」

 

え?ルノーで行くんじゃないのん?どういう事?頭がハテナマーク状態の俺を置き去りに走っていったルノーが減速する。搭乗口から押し出された俺の前に

 

 

 

「―――お待ちしておりました!」

 

 

 

*******  Emi → Koume

 

 

 「―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――ハァ―――」

 

呼吸を一定に。思考を冷静に―――左。旋回、遅い、信地旋回!!

 

ギャリィ!!と地面を噛み軋ませて車体が滑り、すぐ傍を砲弾が通過した。

 

 ―――頭が痛い。眼の奥には針が刺さったようで、耳鳴りも酷い。

 

 今どれだけの時間戦ったのだろう?5分?10分?もっと長く?

もう限界だと脳が悲鳴を上げる。ギリギリと軋む頭を、ガツンと殴りつけた。脳が揺れて少し視界がブレる。

 

 けど、まだ戦える―――!!!

 

 まだ全部出しきってない。まだ何も見つかってない。まだ何も届いていない。

 

 

 

 ―――まだあの人の背中にだって手が届かない―――!!

 

 

 

 けれど私の想いとは裏腹に、限界を超えた思考は緩やかで

 

 

「―――撃てッッ!!」

 

そんな、みほさんの下令と同時に、こちらに向けられた砲塔が火を噴いて―――

 

 

 

 ―――ゴゥンッッッッ!!!

「「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」」」

 

 

―――横から飛び込んできたルノーB1が身代わりになって吹き飛んで転がった。そして、それに続くように滑り込んだ見慣れたシルエットの戦車がⅢ号戦車を背中に、ティーガーに向けて立ちはだかり

 

 

「―――そど子ぉぉぉぉぉぉ!!?」

 

 

 搭乗口から覗く車長と思しき人物が、とても慌てていた。

 

 

『こちらカモさん!行動不能!あとは任せたわよ!!負けたら化けて出てやるんだからぁ!!』

 

 

 通信機から怒鳴り声が響く。どうやらルノーのメンバーは無事のようだった。

私は改めて、目の前の戦車を見る。Ⅳ号戦車の上から両腕で搭乗口の縁を掴んで平行棒の要領で身体を支えている小さな影。よいしょっと身体を腕だけで跳ね上げて搭乗口の上に仁王立ちする姿は、体格よりもより大きく見えた。

 

 

「―――待たせたなぁ!!みほォ!!!」

「待ったよー!!無事だったんだねーエミちゃーん!!」

 

 

 お互いに声を張り上げて軽快に挨拶を交わし合っている。その様子を見て、独り言ちる。“ああ、終わったんだなぁ”と。

 私とみほさんの勝負はここで終わり。後はエミさんとみほさんが約束を果たして最後の決着をつけるのだろう。それは少しだけ寂しくて、けれど約束を果たす二人の様子は喜ばしいもので―――

 

「―――約束は守らなきゃいけないものな!」

「そうだね―――約束は大事だもの!!」

 

 

 

「―――じゃあ2対1だけど―――卑怯とは言うまいね?」

「“全力で”って言ったよ!私は!!」

 

 

 ニッと笑うエミさんに、微笑みで返すみほさん。そうしてエミさんが私を振り返る。やや南中を越えた太陽が、下から見上げる私からでは、エミさんを後ろから照らすように見えた。

 

 

 

「そういう事になったんだけど―――私と一緒に、戦ってくれるかい?

 

 

   ―――赤星さん」

 

 

 そっと手を伸ばして問いかけるその姿に、私は

 

 

「―――こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

搭乗口から飛び出して、その手を取った。

 

 

 

 

 いつかと同じ言葉で。今度は、対等の高さで――――。

 

 

 

 

 

 

*** Koume → Emi

 

 

 何やってんだそど子ォォォォォォーーーー!?(内心)

 

 

吹っ飛んだんですけど!?軽快に飛び込んでった直後に砲撃受けて吹っ飛んだんですけど!?大丈夫なの!?そど子大丈夫なの!?(焦り)

 

『こちらカモさん!行動不能!あとは任せたわよ!!』

 

 どうやら大丈夫なようで何よりだ、後で(会長に)お説教してもらおう(確信)

そんでみぽりんとお話タイム。若干の冗談を交えつつ、赤星さんを少しだけ休ませる。時間にして僅かなものだけど、雀の涙くらいは思考が休まったと思いたい。

 

 

―――なにせ赤星さんはこの戦いのキーマンなのだ。欠くわけにはいかない。

 

 

「そういう事になったんだけど―――私と一緒に、戦ってくれるかい?」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

俺の手を赤星さんが取り、チームが成立。

 

 さぁ正念場だぞ天翔エミよぉ―――ここからが本当に、正念場だ……!!

 

【みぽりんとの決着をつけ、きちんと敗北してみぽりんの一歩を見守る】

【赤星さんを勝利させ、赤星さんとチーム赤星の復帰第一歩を踏み出させる】

 

 

―――両方やらなくちゃいけないのが原作ルートを改変した俺の辛いところだ。覚悟は良いか?俺は出来てる(パッショーネ感)

 

 

 

 

 若干の回復時間を得たとは言え、まだまだ赤星さんの状況はグロッキーに近い。Ⅲ号戦車もところどころに被弾痕を残していて満身創痍。一方でⅣ号はほぼほぼ無傷である。が、何しろ車長の席に座っているのが俺という致命的な状況。長期戦になればなるほどこちらが不利になると言えた。

 

 

 ―――つまるところ、勝負を決定するのは一瞬。一撃勝負というやつだ。

 

 

 みぽりんもその辺りは分かっているのだろう。ニコニコとしているがこちらの射程に入ることなくじんわりと微速前進している。今更ながら軍神を敵に回した恐ろしさというモノを背中にひしひしと感じていたりする。にこやかに微笑んでいるだけなのにみぽりんからのプレッシャーが半端ない件(迫真)

 

 とはいえ、じっとしてたらいい的なので、動き出すことにする。

 

「あんこうチーム。急増の車長だけど、よろしく」

「大丈夫!エミりんならどんな状況でも、問題ないない!」

 

武部殿の根拠レスだが強い励ましを受け、

 

「砲手は任せて下さい。」

「天翔殿ほどではありませんが、不肖秋山優花里!装填は途切れさせません!」

 

五十鈴殿の優しい声と、秋山殿の使命感に燃える声に後押しされ、

 

「―――相手が西住さんなら、かなりキツめに行くぞ。

 

   ―――エミには恩がある。操縦(こっち)は任せろ」

 

冷泉殿の男前な言葉に支えられて車長としてⅣ号に乗車してる俺。こんなんピロシキ不可避じゃない?アカンことない?

 

 

 

 

―――うん。試合終わったら暫く試合ないだろうし、腕一本へし折ろう(使命感)

 

 

 

 

 

「それじゃ、行こうか赤星さん」

「はいっ!!」

 

 

 俺と赤星さんの準備が整ったのを見て、みぽりんもゆっくりと臨戦態勢に入った。さっきまでと変わらない柔らかい微笑みの中、瞳だけが闘志に燃えてメラメラと滾っていた。

 

 

「「「Panzer Vor!!!」」」

 

 

市街地に三者三様の“戦車前進”が響き渡った。

 

 

 




「―――そう。やっぱり最後を持っていくのね。天翔エミ」

いつの間にやら平静を取り戻していたダージリンが冷めてしまった紅茶を一口。
隣で慌てていたオレンジペコも胸をなでおろしていた。

「かたや満身創痍と言っていいダメージのⅢ号戦車。多少なりとダメージを負っているとはいえティーガーⅠ相手では置物にすらなるかどうか……」

状況を告げるオレンジペコの言葉に、ダージリンの瞳が、口元が、少しだけ愉しそうに緩やかな弧を描く。

「―――雨垂れ石を穿つ。努力と研鑽の日々は、無駄に終わることなどありはしないわ。
 ねぇ?赤星小梅さん―――」
「『漢書』の一節ですね」

オレンジペコの言葉に「よくできました」とばかりに微笑んだダージリンは再び電光掲示板を見つめる。


「まぁ―――お楽しみはこの試合の後なのですけど」

ダージリンの小さな呟きは、誰にも届かず消えた。


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑮ 】

――西住流宗家 西住家

 西住流一門衆、及び分家たちが今、一同に介していた。

 上座に座するのは西住流次期家元と目される師範、西住しほ。

対して下座で対峙するのは、今しも斬首に処される罪人の面持ちで平伏する一人の女性。別に彼女自身が悪いわけではない。むしろ彼女自身は被害者と言えた。
 彼女は西住流に対して真摯であったし、西住流の発展に対しても尽力していた。強いて彼女の間違いを上げるのであれば

 ―――娘の教育を間違えた。ただそれだけである。

 決勝戦の現地からリアルタイムで送られてくる映像に、はっきりと映し出される『クーデター』の様子。そしてそれを鎮圧する西住まほの様子。黒森峰OGの西住流派閥が肝煎りで押し込んできた超重戦車マウスが、逆に黒森峰を襲う脅威となる姿と、圧倒的な数の差を意にも介さず西住流らしく蹂躙する西住まほの姿。

「―――顔を上げなさい」

 しほの言葉にも平伏したままの女性に、普段通りの無表情のまましほは嘆息する。

「―――この度の“反乱”ですが……事前に情報が流れていました」

 ざわりと周囲の分家たちが騒ぎ出す。大なり小なり西住流の人間として黒森峰に圧をかけたり影響を及ぼしてきた者たちは少なくはない。それが西住しほを追い落とすためのちょっかいである派閥だって存在する。
 では誰がその情報をしほにリークしたというのか―――?

「―――我々は、考え、改める分岐点に居るのです」

 しほはそこで一拍言葉を区切り、画面の方へ視線を送る。
画面の向こうでは、件のまほが指揮するティーガーⅠと、大洗のヘッツァーとの戦闘が終了したところだった。画面が切り替わり、黒森峰フラッグのティーガーⅠと、大洗車輛のⅢ号J型が対峙している状況を映し出す。

 天翔エミと、赤星小梅。ともに黒森峰を出て行った二人が、黒森峰に牙を剥き、今まさに首元に突き立てようとしている。

「これは我々の姿です。愚かな我々の、未来の姿です」

 しほの言葉に周囲がしんと静まり返った。平伏していた女性が顔を上げ、しほと視線を交わらせる。

「―――変わらなければ、近い未来、この光景が西住流そのものになるでしょう

 ―――故に、変えなければなりません。我々の世代で」




 【#15 最後の決戦です! ~『 よォ、黒幕 』~ 】

 

 

 

*** Miho

 

 

 

 ―――やっぱりエミちゃんはすごいなぁ。と、再確認してしまう。

 

 複数の被弾痕を残し、さっきまで戦闘し続けていたⅢ号の動きは明らかに鈍くて、ところどころに隙ができ始めている。そのタイミングを狙って照準を合わせようと思うと射線を隠すようにⅣ号が邪魔をしてくる。時に砲撃で、時に車輛そのもので、時には、あからさまに隙を見せてこっちの視線を誘導してくる。

 

 それを“ごく自然に”やってのけている。不自然さもなく、露骨な隙を見せることで私たちからⅢ号戦車を、赤星さんを護っている。

 

「―――目移りしてたらダメってことだよね」

 

 うん。これはきっとエミちゃんからの挑戦状だ。露骨すぎる隙に目移りしていれば、いくら満身創痍のⅢ号であっても私たちを食い破る牙に成りえるということ。

 

「……スパルタだなぁ」

 

 なんだか少しだけおかしくて、クスッと笑ってしまった。Ⅳ号の搭乗口からこっちに顔を向けているエミちゃんと視線が合った。口ほどにものを言うと言われてはいるけれど、その目から何を言いたいのかは読み取れなかった。

 

 

 

****** Miho → Emi

 

 

 

 ―――みぽりん、こわいです。

 

 2対1でやり合ってるというのに有利な気が1つもしない。だって軍神だもの(迫真)。相手は軍神西住みほである。不利な状況になっても心折れることなく勝利の糸口を必死で探し、一縷の望みにオールインできる胆力を持ち、その胆力と西住流で磨いた腕前でどんな状況でも勝利をもぎ取ってきた傑物なのだ。

 こいつに勝利出来た存在が今のところダージリンしかいない時点でみぽりんの主人公補正を無効化するダージリンの恐ろしさを感じなくもない。でもダージリンだしなぁ……

 

 ―――話がそれたが、みぽりんマジみぽりん。

 

 もうね、一寸先は闇どころか奈落。ゴルゴを相手にワンミスで即死というクソゲーなFPSをプレイしている気分である。

 改めて言うまでもないんだが俺は車長の才能がない。からっきしと言っていい。

だというのにあんこうチームのみんなは車長の席に俺を座らせている上、信頼という見えないパワーで支えてくれているのである。このままだとどう考えても車輛の性能を生かすことなくぶっ潰されて終わりなので―――

 

 俺が決めて冷泉殿に下した指令は2つ

 

・冷泉さんの判断で行動していい。

・Ⅲ号が隙を見せたら合図をする

 

 これにより「赤星さんの判断が鈍ったタイミングで合図を送ると、状況に応じて冷泉殿が自己判断で隙を見せたり射線を遮ったりしてくれる」というモノだ。

自分で指示を組み立てて、それから合図を送って冷泉殿を動かしてると確実に間に合わないので、冷泉殿の天才さに全幅の信頼を寄せてお願いしてみた。

 「いいのか?」と聞かれたので「ええんやで」という言葉をオブラートで包んで返事すると、いつもの眠たげな目で「わかった、まかせろ」と男前なお返事をしてくれた。どの道俺の考えなんぞサルの浅知恵以下にしかならん。ならその方面の熟練者に全振りするだけだ。

 

 

 

****** Emi → Others

 

 

 

「―――いいのか?」

 

 天翔エミの言葉に、冷泉麻子は思わずそう聞き返していた。

 本気で戦う約束をした相手との大切な勝負。その総指揮に於いて、操縦のタイミングを操縦手に全て委ねる。それはいわば車長が置物に変わると言っても過言ではないものである。

 

「私は車長としての適性は最悪なんでね。どっかのたわけ様とかと同レベルかそれ以下か……まぁとにかく車長にだけは絶対置いてはいけないタイプなんで」

「そこまで卑下するものでもないと思うが……」

 

 たわけ様というのが何を意味するのか麻子にはわからなかったが、エミが自分自身の能力を低く見積もっているのは理解できた。

 

「それに元々4人で完結してたんだから、私がいきなり入ってあれやこれや言うのはノイズにしかならないだろうし」

 

 エミの言葉も何も、勝利を目指すとしては正しい。しかし、真剣勝負に於いて対戦相手の方を見ていないようにも見えた。そしてそれは、あんこうメンバー全員に、ある一つの理由を想起させる。

 

「―――それはやはり、私たちのせいですか?」

 

 砲撃を控えていたため手が空いていた五十鈴華の言葉に、やや重い沈黙が車内を満たす。外では砲撃が飛び交い、そのたびに車体を揺らして回避運動を取っているにもかかわらず、揺れる車輛に慣れた彼女たちにとってはあまり平静と変わらなかった。

 

「そうじゃないって言えばウソになるけど、それだけでもないな」

「じゃあ、何で―――」

 

 武部沙織の言葉に、エミはニッと笑う。

 

 

「そりゃ当然―――自分のためだよ」

 

 

 一瞬強く車体が跳ねた。砲撃を避けるために急激なS字旋回を行ったためエミの小さい体が左右に揺れる。それを上部ハッチに繋がる梯子に片手一本でぶら下がるようにして支えて、エミは続ける。

 

「私たちはさ、負けられないだろ?背負ってるモノがあるんだ」

「天翔殿……」

「それにみほも言ってたじゃないか、『お互い全部出しきって、全力で勝負しよう』って。だったら私は、誰に引け目を感じることもなく胸を張ってやるさ

 ―――『これが私の今できる本気で全力だ』ってね」

「―――はい!おっしゃる通りです!」

 

 砲弾を抱える両手をぎゅっと強く握りしめ、秋山優花里はエミを見上げるようにして力強く返し、敬礼する。

 

「私たちが天翔殿の力となるのであれば、十全にお使いください!天翔殿にも、赤星殿にも、私たちは皆感謝しているであります」

「ありがとう秋山さん、そんじゃこれから説明するよ。私の考えた作戦。―――みほ風に言うなら

 

  “とりかえっこ作戦”だ」

 

 

 

******

 

 

 

 散発的に攻撃を繰り返す二つの車輛に攻撃時の連携の浅さを感じて、西住みほは思わず周囲を見回していた。彼女が感じた脅威は「車輛に天翔エミが乗っていない」可能性を考えてしまったことにある。

 エミについて、みほが下した評価は「既存の戦術と同じ枠組みで考えて居たらいけない相手」である。エミに関しては通常、何をやってきたとしてもおかしくない相手として認識していた。

 

 将棋に例えるならば彼女は桂馬だ。特殊な動きをするから素人は使いどころに苦心するが、使いどころを間違えなければ王の首元に刃を突き立てることだってできる。

 

 油断などしてはいない。さっきまでの赤星小梅との戦闘での疲労はあるが、まだ十全に周囲にピンと索敵の目を張り巡らせるだけの余力は残っていた。そしてそれも『継戦能力のないあちら側の2輛が、こちらの疲労をより蓄積させるための作戦』であることも理解している。だがそれに乗らなければ、幻影の刃は本物になって自分の首を刎ねに来ることもまた事実だと理解していた。

 敵に回すと本当に面倒な相手になるのだなとみほは思考の端で独り言ちる。目の前では二手に分かれた車輛が大きな団地の裏手に、左右から回り込むところだった。

 

 

「―――止まって」

 

 

ガリガリと履帯が地面をひっかいて車輛を引き留める。団地の裏側に回り込んだ二人を追いかけることはしない。回り込んだとたんに合流した2輛から鴨撃ちされるのは明白だった。

 しかし、待てども裏側から出て来る気配がない。エンジン音は続いているので完全停車して機をうかがっているわけではないのだろう。順当に考えるのであれば、シザーススイッチで交差した2輛が左右逆に飛び出るためのタイミングを計っているのだろうが―――

 

「―――フェイント、かな」

 

 みほは周囲の建物の壁やベランダに注意を払いながら、ぽつりとそう呟いた。

左右から入ってスイッチ、左右から飛び出して攻勢―――と見せかけて、団地裏手で方向転換。そのままの位置で飛び出してきて、Ⅳ号を狙っている自分にⅢ号を囮にⅣ号で止めを刺しに来る。

 

 

―――だったら

 

 

「榴弾装填!右30度、撃てッッ!!」

 

 

ガオンッ!と轟音を立ててティーガーの砲が火を噴き、団地の一部を吹き飛ばした。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる瓦礫に、団地の裏手に通じる道のひとつが封鎖される。

 

 

―――だったら、片道を塞いでしまえばいい。これで出てくる場所は絞り込めた。

 

 

 みほは静かに、エミと小梅が飛び出て来るまでを待ち続けた。

 

 

****** 

 

 

―――ゴゥンッッ!!

 

 団地の間の道を砲撃が吹き飛ばした。巻き上がった粉塵で塞がれた視界を突っ切り、Ⅲ号J型が飛び出してくる。

 

「―――来たッ」

 

静かに照準を合わせ、迎撃姿勢を取るみほ。そのⅢ号の後ろ、影に隠れるようにしてⅣ号が続く。

 

 

「―――撃てっ!!」

 

 

 轟音を立てて飛び出した砲弾が、Ⅲ号の履帯を吹き飛ばした。衝撃で錐揉みながら回転し、砲撃があらぬ方向へと飛び出し、団地前の花壇に乗り上げる形で漸く止まった。

 その間にも、Ⅳ号は動いていた。ドリフトでもするように全速力で車体を振って、大きく円を描く動きで側面へと回り込もうとする。しかし

 

「―――きっと、そう来ると思ってたよ」

 

ティーガーは前進しつつ砲塔を旋回、白旗の上がっていないⅢ号が自分を狙っているのをしっかりと確認していた。互いの砲塔は互いの必殺の距離で照準を真芯に捉えている。が、先ほど砲撃したⅢ号よりもこちらの装填速度が上。

 Ⅲ号を沈黙させ、返す刃で相手の砲撃を躱し、追撃でⅣ号も叩く。みほの中で方程式が出来上がっていた。Ⅲ号を盾に、囮に使った最後の一撃もこれで―――

 

 

 

―――Ⅲ号を盾にⅣ号で突撃?あのエミちゃんが?

 

 

 

ありえない。あるはずがない。

 

 

 

 瞬時に思考を切って捨てる。天翔エミに赤星小梅を切り捨ててでも得る勝利などはない。ならばⅢ号を盾に囮にする意味は―――

 

 

―――ゾクリと、背筋に走った予感にみほはスロートマイクに向かって叫ぶ

 

 

「―――装填急いで!すぐに砲撃をk―――」

「―――撃てッッ!!!」

 

 

 時間にして僅か“3秒未満”、その刹那の間に装填を終えたⅢ号の砲撃で、ティーガーⅠが転輪部分を吹き飛ばされ、足を止める。

やや遅れて放たれた砲撃は、今度こそⅢ号に白旗を挙げさせた―――だが

 

 

「―――終わりです」

 

 

 足を撃ち抜かれ動けないティーガーの側部に回り込んだⅣ号の至近距離からの砲撃で、周囲が煙幕に包まれ何も見えない状況が続き―――

 

 

―――皆が見守る中、白旗が揚がったティーガーⅠを前に、“Ⅳ号戦車から顔を出した赤星小梅”は、“Ⅲ号戦車の装填席から顔を出した天翔エミ”と、ぐっと拳を向け合うハンドサインで勝利を彩るのだった。

 

 

“黒森峰フラッグ車、走行不能!よって、大洗女子の勝利―――!!!”

 

 

 

****** Others → Emi

 

 

 

 計 画 通 り !!(夜神スマイル)

 

 

 団地の裏手に移動したⅣ号とⅢ号から俺と赤星さんがそれぞれ移動、互いの戦車を乗り換える。Ⅳ号車長には赤星さん。Ⅲ号車長には装填手に座ってたモブ子さん(仮)が乗り込み、俺は代わりに装填席へ。

 はっきり言うと俺の乗るⅢ号は捨て駒だ。みぽりんの足を止めるため、みぽりんの砲撃の的になるため、ただそのためだけに死にに行く。そうしてできたかけがえのない時間を使って、赤星さんがⅣ号、あんこうチームと一緒にみぽりんのティーガーの側面、行けるようなら背面まで回り込み、一撃で貫く。シンプルな作戦と言えた。

 履帯をフッ飛ばされて片輪だけで錐揉みした結果、運よく花壇にぶっこんでみぽりんの方を向いていたのは僥倖だった。みほエリ神の加護と言えよう(偶像崇拝)

 2方向からの攻撃を受けるとき、移動する攻撃を躱すために軸移動を行うし、軸移動を行いながらの不確実な砲撃で移動する目標を攻撃するよりは、相手が移動していない目標を狙う。これは自明の理である。

そこに誤算があるとすれば、止まっている車輛ならば高校生でも屈指の速度で装填ができる俺という存在がⅢ号に乗っていたことと―――

 

 ―――赤星小梅、天翔エミという名前に気を取られて、同じ時間を練習に費やしてきた砲手の少女を、モブと意識外に置いていたことだろう。

 

 結果、俺はⅢ号でみぽりんに討ち取られ赤星さんはみぽりんに勝利する。二人とも勝利条件を達成し、かつ大洗が勝利したので廃校フラグもへし折った。

 正に完全勝利!栄光のロードは目の前に!!!

 

「ごめんね。貧乏くじ引かせちゃってさ」

「いいえ、天翔さんにやっと恩が返せますから……!」

 

 赤星さんの勝利のために巻き込んでしまったにもかかわらず健気にもそんな風に言われると罪悪感を感じざるを得ない。モブさんだけど俺の人生の終末(ピロ)式ノートにPPを加算しておこう(使命感)

 

 ともあれ、後は表彰式だ。夕日をバックに優勝旗を掲げる赤星さん、良いねぇ絶対絵になるねぇ。もしもそれがみほエリであったならば俺はそのまま尊すぎて死んでいただろう(確信)

 

 

 

****** Emi → Koume

 

 

 

 戦車を乗り換える。

エミさんの言葉であっても、最初私は躊躇していた。団地の大きな建物の裏で降車して作戦を説明される。けれど、軽々しく承服できない気持ちがあった。

 

 だって彼女たちは一緒に頑張ってきた。決勝戦にこの車輛()を連れてきてくれた。その彼女たちを捨て駒にして、私だけが―――

 

「―――行ってきなよ」

 

 私を送り出したのは、Ⅲ号のメンバーだった。私の背中を押して、Ⅳ号の方へ

 

「私たちの分まで、託したから」

「貴女と天翔さんが居なかったら、私たちはここにいなかったから」

 

背中に手が添えられている。見えない手が添えられている。

 

「「「「―――行ってらっしゃい」」」」

「―――いって、きます」

 

 4人分に見送られて、Ⅳ号に乗り込んだ。最後の勝負。本当の、本当の意味での正念場。ギリギリまで悟られないように、車両の中で、顔を出すことは禁止―――

 

―――膝が震える。失敗したときの光景(ビジョン)がどうしようもなく脳裏に広がる。怖い。怖い―――

 

 

―――そっと、膝の上の手に手が重ねられた。

 

「大丈夫です。天翔殿も、みなさんもついています」

「―――約束します。皆さんの想いも、最後の一撃に乗せて撃ちます」

 

秋山優花里さん、五十鈴華さん。

 

「きっと大丈夫だよ!コウメちゃんも、エミりんも、頑張ってきたんだもん!」

「……操縦は任せろ。履帯が切れようと、目的の場所まで送り届けてやる」

 

武部沙織さん、冷泉麻子さん。

 

 私の背中を、肩を、たくさんの手が後押ししてくれていた。これまでも、これからも、手を引いてくれる人がいて、背中を押してくれる人がいて、私は歩いていける。歩みを止めても、立ち止まってくれる人がいる。その人のために、また歩ける。

 

『準備いいかな?赤星さん。

 

 ―――【約束】だ。私とⅢ号に何があっても、絶対に足を止めるな』

 

エミさんの言葉に、私は―――

 

「はい!赤星小梅、いつでも行けます!!」

 

今この瞬間だけは、たとえ相手が誰であっても負ける気なんて欠片もしなかった。

 

 

 




*** Koume → Emi

「―――やっぱりエミちゃんはすごいね」
「私の力なんて大したことはないよ。私はほら、装填(これ)以外取り柄のない女なんだから」

 試合後の撤去作業。試合で倒壊した、破損した市街地の状況などを確認したり、戦車を回収したりで運営が走り回る中、大洗・黒森峰両学園のメンバーはこの後の優勝旗授与のためにクールダウンに入っている。

「それじゃ、私はそろそろ行くね」
「ああ、エリカにもよろしく頼むよ」

 エリカは完全にへそを曲げてしまっているのか会いに来ようとしていない。或いは俺が謝りに行くべきなのかもしれない。土下座の準備は万全か?俺は(覚悟が)できてる。一人になって、ぼんやりと何をするでもなく空を見上げて考える。


 思えば―――最初から、違和感しかない展開ではあった。


ゆっくりと、土の地面を歩く足音がする。


 ―――みぽりんとエリカの情報量の違い、まぽりんと示し合わせた会長の会話。


静かに忍び寄る蛇のように、音を極力なくしたまま、歩み寄る者がいる。


 ―――例えば、全ての盤面を俯瞰して動かしていたものがいるとしたら……?


数歩後ろで立ち止まり、悠然と微笑みを浮かべ―――




「―――よぉ、黒幕」
「あら?やっと気づいたのかしら?」



 俺の後ろにやってきた黒幕は、トレードマークのカップとソーサーを手に優雅に微笑んでいた。


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート 15.5 】

「―――私の聞き間違いかしら?もう一度、報告をお願い」

 その報告が届いたのは、折り悪く聖グロリアーナ高速艇で帰還している最中のことだった。

「―――黒森峰女学園はフラッグ車を撃破され敗北。優勝はプラウダ高校です」
「ありえないわ」

 諜報部からの報告をばっさりと斬って捨てる。
そう、ありえない。あるはずがないのだ。

 確かに、私たちと準決勝で戦ったプラウダ高校。包囲殲滅の天才、地吹雪のカチューシャと、正確無比の砲撃手、ブリザードのノンナのコンビネーション、練度、タクティクスは群を抜いていた。

 けれど足りない。それでも足りないのだ。あの化物(西住まほ)を倒すには。

 いくら計算しても届かない。絶対に。よしんば西住まほにその牙が届いたとしても、その牙が届く前に阻むだろう――――天翔エミを正しく運用できる西住まほならば、それが可能だ。負ける要素など何処にも無かった。

「―――桟道を進み包囲陣から脱出を狙っていたフラッグ車が待ち伏せに遭い、フラッグを護ろうと狭い桟道で動いたⅢ号J型ががけ崩れに巻き込まれ、水没。水没する車輛から乗員を救出するためにフラッグ車の装填手である天翔エミが単身、戦車を離れ救助に向かい、その結果、フラッグ車の前面を護る車輛の喪失と、装填手不在による砲撃不能が響き、撃破されてしまった と―――」
「運営は何をしていたの!!?」

 思わず怒気を隠すことも忘れて叫んでいた。
おりしも決勝戦では雨が降り川の水は増水していたと聞く。濁流にのまれた車輛はカーボンコーティングが完全に剥げない限りは無事だろう。だが中の乗員が無事かと言われれば、不安しかない。本来そんな事故が起きたのならば運営は直ちに試合を止めて車輛の救助に向かうべき事態だ。怠慢にも程がある―――!

 ―――思考を切り変える。

 色々と言いたいことはあるがそれを目の前の彼女に当たったところでなにが変わるわけでもない。

 ただ、不安が全くないわけでもなかった。
人命を第一に考えて救助に飛び込んだ彼女の行動は、正しさを以て受け入れられるだろうか?それとも―――



“あの子はイカロスよ。決して届かない天へと翔び続ける愚かな人類の象徴”

“その結果、彼女の理想が彼女自身に牙を剥く”

“どうしようもない結果がいずれ訪れる。彼女自身の破滅を伴って”



―――嫌な予感は、現実になろうとしている。そんなまとわりつく空気を振り払った私は

「―――アッサムに連絡を、GI6を動かしなさいと。今すぐによ」

―――私は考えを斬って捨てることをせず、行動に移すことを選んだ。




―――それがどんな結果と結末をもたらしたのかを知ったのは、全てがどうしようもない状況に陥ってしまった後だった。



『#15.5 黒幕Dの暗躍録 ~ 或いは、Dの贖罪、その足跡 ~』

 

 

 聖グロリアーナと黒森峰女学園の練習試合の日。

天翔エミと、西住まほの妹の車輛は、後方に配置されていて、ヨタヨタとしか動けないⅢ号J型とえっちらおっちら進むだけで、戦闘にもほぼ参加できないで試合を終えた。

 

 

「―――あなたのためを思って言っているのよ」

 

 

 天翔エミの不甲斐なさに苛々した気持ちのまま彼女の待機しているテントへと向かう私の耳に、そんな声が飛び込んできた。

 黒森峰のPJに身を包んだ集団に囲まれているのは同じように黒森峰のPJを来た少女の様だった。顔は見え隠れするばかりでしっかりと目に入れることができない。

 

 

「―――何やってるんですか?」

 

 

 ざり、ざり、と地面を引きずる音を立てて、自分の身長より大きな転輪用のラチェットを引きずりながら、笑顔でそんな風に声をかけるのは、見覚えのある小さな体躯。天翔エミだった。

 二言三言の押し問答?いえ、脅迫染みた天翔エミの慇懃な対応に蜘蛛の子を散らすように逃げていく集団を見送って、地面に座り込む少女に手を伸ばして「大丈夫。大丈夫だから」とあやしている。

 

「―――ダージリン様、こんなところにいらっしゃいましたか」

「ペコ……ええ、ちょっと気が向いて足を延ばしただけだから、もう戻りますわ」

 

 天翔エミとあの少女の姿を見て、文句を言おうと思っていた気持ちは霧散していた。あの状況を見た後で、文句の一つでもぶつけようなどと無粋なことを考える気にもなれやしない。興醒めもいいところだ。

 

「―――ペコ。天翔エミと一緒にいたあの少女を知っていて?」

「確か……赤星小梅さんです。先の事件の被害者の一人ですね」

 

 オレンジペコの言葉に思案する。

 

 彼女があのようなイジメと思しき状況に追いやられている原因―――おそらく十中八九、先の事故の後遺症による試合中のミス。だが、それはむしろ事故の後遺症であるので、仕方ないものとして妥協すべき点である。

 無理を推して練習を行っていて、それを諫めると言うのであれば、あのように詰問に至るはずもないし、天翔エミが味方をして有耶無耶に散らすこともない。

 

 ならば一体どうして……??

 

「ペコ、アッサムを通してGI6に指令を。今黒森峰に起きている事態を調査させなさい」

「―――は、はい。直ちに」

 

 わたくしの言葉に頷きぱたぱたと駆けて行くオレンジペコを尻目に、私は再び思考の海に埋没する。

 

 誰が彼女をあそこまで追い込んだのか?それを精査したうえで天翔エミに預けよう。彼女が無為に時間を浪費しているなど愚の骨頂だ。私のライバルであり、倒すべき相手である以上、日進月歩で私を置いていくくらいの勢いで歩んでいってもらいたい。そうでなければ私が困る。

 

 そう。これはひいては自分のためである。彼女に同情したわけではない。れっきとした己の欲望の行きつく先にそうあっただけのことである。

 

「――――ふぅ」

 

紅茶を一口、のどを潤し溜息を吐く。

 

「ダージリン様!!」

「あら?どうかしたのローズヒップ」

 

 ペコの後ろで待機していたローズヒップが、元気な声を上げて手を高く掲げ発言を要求するポーズで待つ。そんなローズヒップに「発言して良し」というニュアンスの返事を伝える。

 「はいですの!」と元気よく答えたローズヒップは嬉しそうに言葉をつなぐ。

 

 

「先ほどのお話ですが、赤星小梅さまがあの様な状態になっているのはダージリン様が原因ですわ!」

 

 

「――――――――――――――――は??」

 

 

ローズヒップの言葉に間抜けな声を上げた私は、盛大にカップを取り落とし、カップは無惨にも地面に落ちて砕けてしまったのだった―――。

 

 

*******

 

 

 天翔エミが起こした戦車から自己判断で飛び出し、その結果敗北を喫したあの事件。それに対する名もなき悪意から彼女を守るために私がとった行動は、ある意味でとても単純な行動だった。

 

 GI6の持ちうる情報屋、それと繋がる新聞社やマスコミに、今回の戦車道大会決勝における黒森峰の敗北の裏側にあった救助行動への関心をむけてやっただけのことだ。それとなく情報をリークして、注意を天翔エミの「救助」へと意識を向けさせた。彼女の行動は美談として処理されるように都合の悪い記事は社会の隅に押しやった。

 

 結果、彼女は「命を賭して人命を救おうとした英雄」になった。

 

 少なくとも、英雄としてのネームバリューを得た彼女が責められることはないだろう。後は足跡を完全に消すだけ。

 この一件で彼女の耳に入るのは顛末だけでいい。私という存在の痕跡を完全に消してこそ意味がある。彼女に無用な気遣いなどされたらと思うと蕁麻疹が出そうだ。彼女とは、対等な関係で、対等な立場で、全力で戦い、打倒する。それこそが私と彼女の正しい関係であり、私と彼女に在る確かなつながりというものだろう。と、私は思っている―――。

 

 

「―――つまるところ、天翔エミ様を英雄に祭り上げた結果、そのしわ寄せがぜぇんぶ被害者の赤星様以下、Ⅲ号の乗員に行ってしまったのです」

 

―――脱力感を感じた次の瞬間には、その場に膝をついていた。

 

言葉が出ない。

 

 愚かにも程がある。黒森峰の生徒は誰一人としてその結論に疑問符を浮かべることがなかったのだろうか?いや、無いからこそ今赤星小梅嬢はあんな状況に陥っているのだろう。

 

 だとすればコレは『相手の無知を把握できなかった私の落ち度だ』と言えよう。

 

 相手が自分たちと同等の知性と、良識と、精神を持ち合わせていると希望的観測を持ってしまったが故―――あの少女とその他の乗員たちにどれだけ詫びたとしても許されるものではない。

 

「―――ありがとうローズヒップ。とてもよくわかりましたわ」

「はい!お役に立ててうれしゅうございますですわ!」

 

 屈託なく満面の笑みを浮かべる幸せそうなローズヒップが少しだけ恨めしい。

ローズヒップの様子を視界の端に、私は思考を巡らせていた。

 

 この一件の落としどころをどうすべきなのか と。

 

 

―――この時点で、私の謝罪など何の足しにもなりえない程に致命的な方向へと事態が動いてことを、帰還した私はGI6からの報告で聞くことになる―――

 

 

******

 

 

 手をこまねいていた間に、件の赤星小梅さんと、彼女の乗員はすべて戦車道から身を退いてしまっていた。痛恨の極みである。

 誰かを助けるということは、誰かを助けないということ と言ったのは誰だったか―――?私は天翔エミを助けようとして、赤星小梅さんを致命傷に追いやってしまった。

 

 そして私のしでかした結果は、私にとっても最悪の結末で最期を迎えることになる。

 

 

 ―――赤星小梅とともに、天翔エミが学園艦を去ったという情報で、この一件は終焉を迎えた。

 

 

 

―――迎えたはずだった。

 

 

******

 

時は流れ、大洗女子が戦車道を再開したと報告を受け、練習試合を行った。

 

******

 

 

 ―――その日はわずかに上機嫌ではあった。

 天翔エミと、赤星小梅。二人の安否を確認できた上に、赤星小梅さんは戦車道に復帰していた。それを見守る天翔エミもまた、学園を変えても戦車道を続けて居たのだ。

 

 同時に、申し訳なく思う部分もある。

 赤星小梅さんの現状は、私の不徳の致すところだというのに、その尻拭いを天翔エミにしてもらっているに同じという今の状況は、誠に遺憾である。

 

 

 何らかの形で返さなければどうにも居心地が悪い。そんな風に考えていた。

 

 

*******

 

そしてさらに時間は流れ、戦車道高校生大会準決勝を終えた後まで時計は進む―――

 

*******

 

 

「―――ダージリンさん。貴女の知恵を貸してください」

「突然のお電話もそうですが、唐突過ぎて話についていけませんの。いきさつを説明して下さらないかしら?」

 

 準決勝が終わり、黒森峰を相手に敗北した私のところに連絡が入ってきたのは夜半を回ったころだった。夜更かしは体調面でも美容面でもよろしくないというのに無粋なお相手は不躾に要求を突き付けて来る。私ほど心の広い人物でなくては即座にお電話を切って居留守を聞かせて眠りについていることだろう。

 

「お願いします。このままだとエミさんが、戦車道を捨ててしまう―――」

「落ち着きなさい。眼を閉じて10数えて、そうしてきちんと落ち着いて、はじめからゆっくりと説明なさい」

 

 彼女が情緒不安定に陥っていることも、何とか説明しようとしているけれど断片的に情報が飛び飛びになっていることも、どうでもよかった。吐き出された情報を脳内でパズルのように組み合わせて―――

 

「つまり、要約するとあの子―――天翔エミは、“大洗と黒森峰、両方を救うために自分を犠牲にしようとしている”と?」

「……私には、そうなってしまうようにしか想像ができないんです」

 

 赤星小梅の話は要領を得ない。彼女だけに見えている“何か”が彼女自身の認識を形成している。と感じた。

 彼女だけが知りえるもの。それを理解しないことには、きっとなにもはじまらない―――

 

「赤星さん。貴女が何を不安に感じて、そういう未来を想定してしまったのか、それが私にはわからないの。

 

 ―――貴女は、何を理由にそう思ったの?」

 

 

―――そうして、私は彼女が感じていた不安の意味を知った。

 

 

****** Darjeeling → Emi

 

 

「―――それが、彼女に加担した最大の理由よ」

「――――――――はぁぁ~………」

 

 思わず頭を抱えていた。

要するにこいつの説明を端的に言うなら赤星さんが槍玉に挙げられたのも、赤星さんがイジメに遭ったのも、赤星さんが学校辞める羽目になったのも

 

「全部私のせいか―――」

 

俺というモブが無駄にみぽりんの代わりになろうとしてみぽりんを迷わせた結果、赤星さんと他の乗員皆がトラウマを負う羽目になり、俺をライバル視するダージリンが画策した結果、救われた俺の代わりにしわ寄せを赤星さんが喰らい、黒森峰の暗部からみぽりんを護ろうと頑張った結果、赤星さんがその闇を押し付けられた。

 思わず天を見上げて思わずにはいられない。

 

 

―――やはり俺という存在は許されてはいけないのではないのだろうか……?

 

 

 

 

 ―――ぽふっと、柔らかい感覚が顔を襲う。両頬をダージリンの手が挟み込んでいた。

 

「“あの話”を聞いて、“きっと全てを推理して完結してしまったら貴女は自分が全部悪いと思うだろう”、そう思ったからこうして全部包み隠さず話をしたのですわ」

 

反論を許さないといった風に、頬を押さえる手に力が籠る。アヒル口で非常に不細工な表情になっているであろう俺の様子に反応もなく、ダージリンは続ける。

 

「なのでまぁ、そういう未来を回避すべく、私はこうして暗躍したのですわ」

 

 頬から手を離して座ったままの俺と目線を合わせるべく、その場にしゃがみこんだダージリンに、今度は俺が聞き返す番だった。

 

「具体的に何をどうやったらこんなことになるってんだ……」

「言ったでしょう?貴女のその【自分がすべて悪い】という認識を根底からぶち壊すためにここまで暗躍したのですわ。なので私がとった行動原理はただ一つ

 

――――罪の分散と、共有。ただそれだけです」

 

 

****** Emi → Darjeeling

 

 

「聖グロリアーナの隊長殿が、我々になんの用があるって言うの?」

 

 目の前の喧嘩腰の少女の様子に何も答えず紅茶を一口。苛々した様子の少女を見るに、難易度が低すぎて仕様がないと内心で呆れるばかり。

 

「失礼。こちらの要件を語る前に舌の滑りを良くしておかないとなりませんでしたので」

 

 あくまで友好的に、微笑みを絶やさず。対応は柔らかく、時に棘を以て。

 

「天翔エミは、わたくしのライバルです。わたくしが、わたくしだけの力で打倒せねばならないと望み続ける相手です」

「それを私に語る理由がわからないんだけど」

 

 怪訝そうな表情を作る少女であるが、その表層を繕った程度で海千山千の暗躍、暗闘をこなしてきた英国式の薫陶で鍛え抜かれたこの目を欺けるはずもない。特に、目の前のこの娘が天翔エミに白羽の矢を立てたことは、赤星小梅さんからの報告で裏付けが取れている。

 

「―――常々思っておりましたの。彼女は大洗で再起した。けれど、わたくしが戦いたい天翔エミは、黒森峰の重厚な戦車に乗りこみ、常勝黒森峰の戦団を率いる彼女でなければならないと―――」

 

 私の言葉にピクリと反応を見せる少女に

 

「そうしたらあらなんと偶然にも、天翔エミが黒森峰に返り咲く作戦が諜報部から流れてきたではありませんの」

「―――何が目的なの?」

 

 剣呑な雰囲気を隠すこともしない少女に、それでもにこやかに笑顔を以て対応する。

 

「―――わたくしの願いはひとつだけ。天翔エミと決着をつけたい。ただそれだけですわ。それ以外は望みませんのよ?あの娘が黒森峰に戻ることができるのであれば―――協力は惜しみませんわ」

 

 私が天翔エミに固執していることは、周知の事実である。だからこそ、“それが理由”として成立する。

 

「―――具体的には?」

「情報封鎖を。あなた達の行動に対する欺瞞情報を、西住まほとその周囲に流して差し上げます」

 

 相手の利になり、こちらのデメリットが薄いギリギリのラインを提示し、さらにダメ押しを一手。

 

「嫌なら別に断っていただいても構いませんわ。彼女を黒森峰に戻したい人間は、他にもたくさん居るようですし」

 

 口にはしないけれど西住みほや逸見エリカ、さらに西住まほが候補者にいるという意味合いを込める。『断ればこの情報をリークできますけど』という脅しも込めた必倒の一手。受け入れる以外の選択肢はここで消える。

 自身の対応の何が悪かったのかと思っているのかもしれないが、一言で言わせてもらえば「貴女程度の愚者が、私と会話をしてしまったことがそもそもの間違いだった」と言わせて頂きたい。

 

「聖グロリアーナの協力に感謝します」

「いいえ、私も自分の目的のためですもの」

 

 

―――目的が「天翔エミを黒森峰に戻すこと」だとは一言も言っていませんけどね

 

 

*****

 

 

「赤星さんは逸見さんを口説き落としてください。貴女と逸見さんが共犯関係を築くことが、第一歩になります」

 

 赤星さんにそう伝えた結果、本人の頑張りと、彼女の記憶している“日記”が功を奏したか、不承不承ながらも私と対峙してくれている。

 

「それで?アンタは私に何をしろって言うの?」

「私が貴女に命令することなんかありませんわ」

 

 やや嘲笑的に微笑む。ただそれだけで頭に血が上るのだからどうにも手玉に取りやすいタイプだと思う。

 

「私が貴女に求めている答えは『貴女がどういう方法を選ぶのか』です」

「どういう意味よ?」

 

 意味が分かりかねるのか、怪訝そうな顔の逸見さんに、少し考えて、言葉を選びながら続ける。

 

「逸見エリカとしてのスタンスを確認したいのです。『何をもってしても天翔エミの行動を止めたい』のか、それとも『大洗に配慮をし、難易度が高くなったとしても両方救いたい』のか。それによって逸見さんに推奨できるプランが変わりますので」

 

 私の言葉に思案する逸見さんに内心で一息を吐く。もう答えは決まっているのだが―――彼女の性格と、彼女に伝わっている大洗の生徒会長の性格とを照らし合わせれば―――

 

「―――私は、エミを助けたい。あの子が全部背負うなんて間違ってる。それが例え、あっちの学園艦がツブされるとしても、艦の人々がその後どういう結果を辿るんだとしても―――私にはそんなの、知ったこっちゃない」

 

―――逸見エリカに大洗を救ってやる義理などはない。わかっていたことだ。

 

 天翔エミの日記とやらの内容は中々に心を抉るものだった。逸見エリカが多少気に病んでも仕方がないと言える。天翔エミを追い込んでしまったのは自分だと、直情すぎる彼女はそう思ったことだろう。

 

 ―――そう思うことで天翔エミを想うことを正当化したいのだから。

 

「でしたら、貴女に提案する作戦はひとつです。

 

 ―――“独立愚連隊による奇襲作戦”これによる『開始5分内でのフラッグの討ち取り』でしょう」

 

 私の提案は赤星小梅にとっては驚きの内容だっただろう。これを行えば確実に天翔エミの作戦が何であれそこで終了。すべてはご破算だ。

 同時に、天翔エミと一緒に、大洗もできれば救いたい赤星小梅には絶対に選べない作戦である。

 

「―――いや、でも……それは……」

 

 良心の呵責というのは時に決断を鈍らせる。何を犠牲にしてもかまわないと言った矢先だとしても、目の前に提示されれば躊躇を覚えるのは人間なのだから。

 

「時に、逸見さん。貴女も天翔エミに言われたそうね『敵として戦ってみたかった』と。ならばこの作戦は彼女がどの程度の意識で大洗を護りたいのか、その試金石にできますわ」

「―――どういうこと?」

 

 背中をそっと後押ししてあげるだけでいい。言い訳を与えてあげれば転ぶは易い。心情的な理由で行動を躊躇っているのならば理と義を与えてあげれば動く。人とはそういうものだと、私は知っている。

 

 

 

「奇襲を仕掛けた貴女に対して、天翔エミがもしもなりふり構わず貴女を撃破しに来たのならば、彼女の優先順位は『大洗を救う』比重が大きいということですわ」

「逆に私との決着を優先させて大洗車輛を逃がして私と一騎打ちするようなら、大洗は出来れば助ける程度で約束の方が上ってことね。

 

 ―――いいわ。アンタの作戦にのってやろうじゃない」

 

 逸見エリカの中で天翔エミの目的と優先順位がどうなっているのかは知らない。ただ、私の知る天翔エミは、どこまでも愚直で、救うべき対象を選ばない。取捨選択において己の存在を路傍の石ころと同じように扱うその有り様から考えるならば、逸見エリカはなりふり構わない作戦に討ち取られるだろう。

 

「逸見さんには辛い選択になるかもしれませんが、この作戦の肝は

 “この話も、天翔エミの現状も、何もかもを西住みほに知られてはならない”

 これを徹底していただくことになります」

 

 こちらの言葉に同意した逸見エリカは、私の出した条件を無条件に順守するだろう。頭に描いた図面の詰めまでは、あと三手。

 

 

 西住まほと角谷杏、そして西住しほ この3名を利で諭して縛る。それを赤星さんにも逸見さんにも気づかれてはならない。綱渡りのロープがまた一本増えたけれど、この程度は織り込み済み。

 

 

 詰めを誤るな、気を抜くな、全てが終わった後に再度気を入れる位で丁度良い。

 

 




****** Darjeeling → Emi


「―――あとはまぁ、本ッッッッ当に苦労致しましたのよ?西住まほとコンタクトを取りつつ、それをアンチどもに気付かれてはいけない綱渡りを行い、秘密裏に大洗の生徒会長とも繋ぎを作って貴女が考えているであろう計画の詳細を推測に根拠を交えて説明しながら、何とか信用をもぎ取って。極めつけは西住まほの伝手を使って西住流師範に謁見までしましたのよ?この十数日間、文字通り寝る間も惜しみましたとも」

 壮大なスケールで語られる八面六臂の暗躍に、内心でも外面でもドン引きしていた俺である。こいつ本当何なの?スーパー英国人なの?英国人を越えた英国人なの?そもそもコイツは―――

「―――ここまでやらかして、それでお前になんの得があるんだよ」

 思わず口に出していた。

「ありませんわよ。そんなもの」
「じゃあ何でわざわざこんな面倒くさいことを―――」



「―――こんな言葉を知っていて?【 Friendship doesn't ask for anything in return 】友情は見返りを求めない。何年貴女をライバルとして認め接してきたと思っているの?私の認める貴女は、路傍の石ではありませんわよ?」


 ダージリンの言葉に、こいつの今回の行動理念が何処にあるかの裏付けが取れた。やっぱりコイツは俺と赤星さんのために周囲全方位を巻き込んで、「誰が悪いわけでもない。みんなそれぞれ悪い」と考えてしまう状況を作り出したのだ。全員が口をつぐんで居れば真実が露見することもない。かませの先輩に関しても、黙って処罰を受け入れれば彼女の親まで責が及ぶことはないのでその後の人生でやり直しがきくだろう。


大昔の日本のことわざに「三方一両損」という言葉がある。
 地面に3両落とした男に拾った男が伝えたところ「落としたものはもうおまえのものだ」と突っぱねる男と「落とし主がわかってるものを云われなく受け取れない」と突っ返す男とで取っ組み合いになり、やってきた役人がそれに1両足して4両を2両ずつ分け合わせ「お前は黙って受け取れば3両戻ってきたがこのザマで1両の損。そっちは黙って受け取れば3両得だったがこうなってしまって1両の損。わしも身銭を切って1両の損。それでよかろう?」とことなく収めた話。
 コイツがやったことはある意味でコレだ。自分が一番割を喰っているにも拘らず、それを「全員なにがしか割を食っている」ことにしてそれを連帯感と結束の軛に変えた。知恵が回らなくて結局身体を張ることしかできない猿の浅知恵とはレベルが違う。


「―――西住流まで巻き込んだかぁ……」
「師範が喜んでおりましてよ?やっと恩義に報いることができる ですって」

 はて?と首をかしげていた。俺は一体西住流になんの恩義を貸したというのか?

「―――はぁ、喋りすぎて疲れましたわ。今日のところは帰ります。

 ―――また後日。お会いしましょう」

 断崖絶壁に追い詰めた船越英一郎へやってきた行為を自供する犯人のようなムーブで説明しきったダージリンは背を向けて去っていく。振り返ることはせずに、声だけを掛けた。

「―――色々とお疲れさん、フッド」
「―――――――」

 返事はない。そのまま去っていくダージリンを振り返らず見送った。
ありがとうなんて口が裂けても言うかブリカスめ。こっちの思惑も計画も台無しにしてくれやがって―――これでみぽりんや赤星さんの成長に支障が出るどころか、一切邪魔をせず赤星さんに至っては改善の目が見えているせいであいつにケジメさせることすらできん。

 どうしようもない疲労感に、寝っ転がろうかと思った矢先に、優勝旗授与のイベント開始が宣告され


―――いやこういうの俺がセンターに立っちゃだめでしょ?会長、会長来てくださいよ!赤星さんと俺で優勝旗ってどういう事?説明!説明を求める!!




 俺と赤星さんで優勝旗を掲げ、各校の拍手を浴びる中、俺はこの時になってやっと自分の勘違いに気づくのだった。




『―――この世界線の主人公枠、もしかしなくてもみぽりんじゃなくて赤星さんなんじゃね?』と―――(今更)



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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート ⑯ 】

「―――お疲れさん、フッド」

 天翔エミの言葉を背に、その場を後にする。
本当に今回は散々に苦労をさせられたものだと反芻する。何故こんなことになってしまったのかというのなら、それは自分のせいなのだからどうしようもないのだけれど―――

「―――ダージリンさん」

ふいに横合いから声を掛けられ視線を向けると、赤星小梅さんがやってきていた。

「あら、赤星さんごきげんよう。もしアレをお探しでしたらあちらに居りますわよ?」
「いえ、ダージリンさんにお礼を言いたくて」

 天翔エミを探しているのかと思いきや、お目当ては私だった。なんともまぁ、素直な良い娘だと思う。

「―――お礼を言われる筋合いはありませんわ。今回のことは、私自身の身から出た錆。むしろ赤星さんにはお詫びを申し上げたうえで殴られたとしても仕方のないと思っておりましたもの」

 そう。彼女には本当に申し訳ないことをしてしまったというどうしようもない負い目がある。聖グロリアーナにも存在する魔窟の存在、OG会とほぼ同等の存在から生まれ出る予備軍と考えると、彼女が日々どんな扱いを受けてきたのかを想うと慙愧に堪えないと思うほどに。

「それでも、ありがとうございます。ダージリンさんが居なかったら、エミさんをみんなで助けることはできませんでした」
「いえ、そもそも今の状況を作り出してしまったのが私の不徳のなせることで―――」
「―――でも、もし私が“こう”なってなかったら、エミさんは全てを背負って一人で大洗(ここ)に逃げてきた、今はそう思ってます」

 赤星小梅さんの言葉は正鵠を得ていた。もしも私が英雄というレッテルを用意して彼女を庇護しなかった場合、天翔エミは黒森峰に潜んでいる悪意に襲われていた。そしてそうなった場合、きっと彼女は全ての罪を引き受けて一人で転校して表舞台から消える。そう思ったからこそ私は彼女を守ろうとしたのだ。

「あの事故の後、黒森峰にずっと深く沈殿していたものが溢れ出しただけで、きっと最初から眠っていただけなんだと思ってます。だったら、それがたまたま私たちの世代で出てきただけなんですよ。そう考えたら、それを一人で犠牲もなしに事を収めてしまったダージリンさんにちゃんとお礼を言いたかったんです」
「―――お人善しね。精々、足元をすくわれないようにお気を付けなさい?
―――それと、忘れているのかもしれないけれど、貴女もまた、私が倒すべきライバルでしてよ?これからも、失望させないで頂戴ね」

 話は終わりと態度で示し、顔を背けてスタスタとその場を後にする。その背中に

「はい!今後とも精進します!ありがとうございました!」

と声をかけて来る赤星小梅さんから距離を取って、グロリアーナの陣地まで戻り、手近な場所に在ったアッサムのテントに足早に駆けこんだ。

「――――――~~~~~~~!!!!!」

 テントに駆け込むなりその場に膝を着いて座り込む私に、焦った様子で駆け寄って来たアッサムの肩を両手で掴んでもたれかかるようにしてしがみつく。

 もう限界だった―――。

 やめて真っ直ぐな目で見ないで自分が汚らわしく見えて仕方ないの何ですのあの素直過ぎるいい子何であんないい子が天翔エミに懐いてるの騙されてるのタラシにも程がありますわよ天翔エミ!!そもそも何なの「お疲れさん」って何なのわたくしがどれだけ苦労したと思っているのいえそれはわたくしの責任でわたくしだけの贖罪であるから天翔エミに背負わせてなどあげませんけど!あげませんけど!!でももっと言い方があるんじゃありませんのわたくしがその程度で喜ぶと思ったら大間違いでしてよああもう思考がまとまらない―――――

******


聖グロリアーナ隊長車砲手アッサムはこう語る

「私以外に気丈な顔しか見せてないからこんな無様を晒す羽目になるのよ」



『#16 ~ 「 世の中は本当に、こんなはずじゃなかったことばっかりだ 」 ~』

 

 

 ――月――日

 

本日はX-デイ。私が暗躍を是とした本当の、本来の目的の日である。

この日のために暗躍に暗躍を重ねて、そして本当に本ッッッ当に、苦労に苦労を重ねて、それでも全力を以て全てを成し遂げた理由。

 

―――エキシビションマッチの開催。

 

優勝校とベスト4に残った学園。及び優勝校と準優勝校が1回戦で当たった学園が参加できるスペシャルマッチ。

 

つまり、参加できる学園は6校。

大洗女子 黒森峰 プラウダ 聖グロリアーナの4校に、大洗と黒森峰が1回戦で戦った サンダース大付属と知波単学園を加えた合計6校による3対3の紅白フラッグ戦。この時を待っていたのだ。ずっと―――

 

―――だというのに。

 

 

「―――何故貴女は出場してないのですかッッッッ!!!!!」

 

 

 咆哮、という例えがしっくりくるほどの大声を上げていた。淑女としてはしたないかもしれないが、言わずにいられなかった。

ああもう!本当に私の思惑を悉く裏切ってくれるわね天翔エミ!!!!

 

「仕方ないだろ。このザマで装填ができるわけないしな」

 

怒鳴られたところで気にするわけでもなく、“ギプスがはまった腕”を振って見せる。

 

 天翔エミは、腕を骨折していた。

 

 決勝戦で色々と無茶をやったことで元々腕の骨にヒビでも入っていたのか、学園艦に帰還して、祝勝パレードを行った後、自室に帰って就寝していた深夜、突然天翔エミの部屋から悲鳴染みた絶叫が上がり、駆け付けた赤星小梅が、腕を押さえて苦しんでいる天翔エミを発見。緊急入院の結果、骨折と判断されたそうだ。

 

「―――折角公の場で貴女と決着をつける絶好の機会だというのに……!!」

「それについては本当、すまないな。このザマじゃ、暫くは戦車道に参加も許されそうにない」

 

 日々弛まぬ修練を積むことで高速装填と身体能力を得ている天翔エミからしてみれば、十全に身体が動かせない、トレーニングができないという状況は、それなりにストレスのたまる環境であるのか、その顔色は優れない。戦車道に向かない体格で常に周囲へと反骨精神を昂ぶらせている彼女にとっては、自分への自信の根幹を失っているに等しいのかもしれないと考えると、これ以上の追撃は躊躇われた。

 

「―――もういいです。その代わり、ここでしっかりと見て居なさいな!貴女のライバルであるわたくしの、その実力を!!」

「あーはいはい。試合始まるからさっさと整列しに行ってこいよフッド」

 

 そっけない素振りにキメた側としては少し腹が立ったので懐からサイン用のペンを取り出しギプスに麗しいチャーチルのイラストを描きこんだ。

 

 ―――少し気分が晴れた。精々見せつけて見せよう、私の実力を。

 

そして戦えなかったことを歯噛みすると良いのです。チャンスの神様は前髪しかないのだから。

 

 

 

****** Darjiling → Emi

 

 

 

 大会終了後、凱旋のパレードと祝勝会を行い、皆で意気揚々と帰還した。

そんで、騒いで、浮かれて、夜になって、帰宅してしばらく。

時刻は夜中を指し示すころ。

 

 

 

俺は―――ピロシキを敢行した(使命感)

 

 

 

 鈍い音とともに激痛が走り、思ったより痛かったので大声を上げてその場を転がった。後は騒ぎに気付いた赤星さんが飛び込んできて、救急車が出動。

 

 

 ―――とまぁ、そんな感じで、俺は腕を骨折したというわけなのだ。

 

 

 片手でも装填が出来ないわけではない。ただガッタガッタ揺れる戦車の振動を受けると激痛で意識がやばいので戦車に乗れないだけである()

 

 なお、俺もただ己への許せない罪状だけでピロシキしたわけではない。

理由としては赤星さんに抱いた疑念の証明のために俺が離れている必要があるからだ。そのためにわざわざ骨折を利き腕とは逆の腕にして単純骨折に抑え、カルシウムを過剰摂取して高濃度酸素吸入器などの施設を使えば再起できる(と思われる目算で)ぎりぎりを攻めてみた次第である。

 

 俺が抱いた赤星さんへの疑念。『この世界線、赤星さんが主役なんじゃね?』に対して、俺という原作に対する異分子が傍にいては検証ができない。それをこの劇場版からかけ離れて“何故かサンダースも黒森峰も集まってきている”エキシビションマッチで確認せねばならないのだ。

 なお試合は黒森峰+グロリアーナ+サンダース 対 プラウダ+知波単+大洗 で行われた。原作的にプラウダが大洗と敵対しているかと思ったが、優勝校と準優勝校が紅白に別れる以上ベスト4も別れざるを得ないのと、ダージリンが俺と決着を付けたがっていたからこの構図で別れ、後は原作補正で知波単がくっついてきた という事情なのかもしれない。(ダ「カチューシャの包囲力にサンダースの物量が加わるとか悪夢でしかありませんし」)

 

 

 ちなみに試合は当初優勢に進んでいたのだが、知波単の吶喊!で数の優位性が減ったのと、分断作戦でプラウダと大洗が分断され、カチューシャを聖グロ陣営とエリカ小隊が抑えている間に大洗陣営を原作大学選抜戦でやったレベルのまほみほコンビネーション無双で蹴散らされ、

 

 美味しいところ(フラッグ撃破)をダージリンが持って行った。(原作補正感)

 

 黒森峰無双を見ていて改めて思う。「ああ、これは劇場版序盤のエキシビションで黒森峰が出せないわけだ」と。非常にどうでもいいがプラウダと大洗の連携―――というか赤星さんとカチューシャにまだすさまじいわだかまりがあるらしく、試合中お互いに指揮系統をバラバラに分けて通信・指令を行ってた件。そら分断されるわ(確信)

 とはいえ、今回の敗北でカチューシャが折れ、「一応訂正してあげる」と赤星さんに宣言したのでその辺のわだかまりも解消されたはずだと思いたい。

 

 

―――で、一連の状況を外から見ていた俺はと言えば。

 

 

 赤星さんが主人公として見るとすげぇしっくりくるこの試合の構図と、俺今まで何を見てきたんだろうか?という自己嫌悪と罪悪感と、エリカとみぽりんがまぽりんの指示で的確に小隊編成で動きお互いに信頼し合って連携しているシーンに感無量な気分が混ざり合ってて混沌としていた―――。

 赤星さんが主人公だとすれば、決勝戦でみぽりんに善戦していたのも主人公補正ってことで頷けるし、俺が割って入ることも主人公補正の果てのテコ入れのようなものだとして考えられる。であれば主役が交代する分岐点があった部分として妥当なのは―――

 

 ―――まぁ、救出劇の遅れから来るトラウマの発生 だろう(推理)

 

 そう考えると「逆境からトラウマを克服して立ち上がり、かつての古巣に立ち向かいリベンジを果たし、凱旋」という王道主人公の立ち位置である。熱血系スポコン作品に割とありそうな題材だ。

 そしてこの結果を踏まえて、俺は自分のスタンスが間違っていないことを確信できていた。赤星さんを主人公とした場合、みぽりんは最後の壁であり、エリカやまぽりんも立ちはだかる強敵である。これらを打倒する物語として―――“脇役のサイドストーリー”は、結構いい感じに描写されやすい。

 

 つまり―――みほエリを諦めることなく追い続けることができる(重要)

 

むしろ主人公にならなくなった分そういうサイドストーリーに自由度は増しているはずだ。来てるよ!これはみほエリの流れ来てる!!(確信)

 

 

 高まる希望にグッとガッツポーズを取る俺。今、時代は俺に輝いている!!

 

 

 

 

 

 ―――なおこの10分後、試合の後はお風呂だよね!展開を思い出した俺は骨折していない腕と無事な両脚だけで決死の逃走劇を繰り広げ―――無事逃げ切った。

 

 

 

 

****** Emi → Koume

 

 

 

「―――試合は負けちゃったけど、楽しかったぁ……」

 

 Ⅲ号を降りた私たちは口々にそう語り合う。あの事故の後では考えられなかったことだ。今は事故以前の様にこうしていられることに感謝しつつ、こうして軽口を叩いて笑い合えている。本当に良いことだと思う。

 

「コウメちゃん、お疲れ様ー」

「赤星殿、お疲れ様であります」

 

 隣に停車したⅣ号から武部さんと秋山さんが降車して来た。後に続くようにくたびれた様子の冷泉さんと、涼やかな表情の五十鈴さんが降りてきて、会釈を交わす。

 皆で集まって、銭湯で疲れを癒すという試合後の慰労会。黒森峰では考えられなかったこれに順応してしまっている私がいた。

 

「ねぇ?それにしてもさぁ―――エンブレム、変わっちゃったけど、良かったの?」

「はい。これは―――私にとって“勲章”みたいなものですから」

 

Ⅲ号を見上げていた武部さんの言葉にそう答えて、私もⅢ号のエンブレム部分を見上げる。

 

 あんこうの“灯り(ランプ)”と呼ばれていた大きな赤い星のエンブレムには、擦過傷のような傷跡が刻まれ、まるで流れ星のようなシルエットを作り上げていた。

 この傷はあの決勝戦で、超信地旋回でみほさんの砲撃を受け流した時に砲塔部分に当たった砲弾が抉り取った部分で、自動車部が修理して新たにエンブレムをペイントする際にこの傷だけは残してもらったのだった。

 

「……この傷のせいで、赤星さんにも二つ名がついたんだったか?」

「ええ!戦車道において、自称ではない二つ名を得るというのは、とても素晴らしいステータスなのです!」

 

冷泉さんの呟きに反応して、興奮した様子の秋山さんが声を大きくする。私としては、なんともむず痒いもので―――身に合わない名前だと思ったりもする。

 

「“赤い流星”だっけ?カッコいいじゃん!二つ名持ってる選手って、有名選手の証だって言うし~、男の人にも人気になっちゃって~、私たちもモテモテになっちゃうんじゃないのぉ~?やだぁ♪もぉぉ~~~」

「……そうなると沙織は“あんこうの沙織”か」

「―――かっこ悪い!!」

 

 くねくねと身をくねらせる武部さんと、冷静に呟いてそれを正気に戻す冷泉さん。昔からの関係だという二人の様子から、強い信頼関係が垣間見える。

 

「―――そろそろみんな、集まってる頃ですよ?」

「あ、そうだね!じゃあ行こう?」

 

私が促すとみんな揃って銭湯の方へと向かい始めた。それを最後尾で追従しながら、最後にⅢ号を見上げる。

 

 エンブレムに刻まれた赤い星と、その上に走る横這いの集中線のように見える擦過傷。流星のようにも見えるエンブレムの形状。私と、Ⅲ号にあの日乗車していたみんなが戦った証。

 

 

「―――身の丈に合ってない名前、もらっちゃったなぁ……」

 

 

 ぽつりとつぶやいて足早に皆を追いかける。

もっと強くならなければならない。貰った名前に恥じないように、あの人(みほさん)に名前を誇れるように、あの人(エミさん)をいつか守れるように、あの人(エリカさん)と肩を並べて戦えるように、もっと、もっと

 

―――でなければきっと、私はまた彼女に無理を強いてしまうから―――

 

 

 

 

 入浴中に呼び出しを受けて、先に銭湯を後にした生徒会長が、寝耳に冷や水をひっかけられるレベルの話をされていたころ、まだ私たちはその話を知ることはなかったので、呑気に皆で談話していたのだった―――。

 

 

 

****** Koume → Emi

 

 

 

―――ピロン♪

 

 軽い音を立てて、メールが届いたという報告が俺の携帯に届いていた。

みぽりんかエリカあたりから逃げたことへの抗議か何かかと思い、携帯を取り出して画面を開く。

 

 

 

 

 *******

 

送信者:アリス

件名:約束、まもったよ

本文:

エミリとの約束、ちゃんと守れたよ。これで大洗も安心。

エミリも心配事がなくなって安心。エミリが安心で、私も嬉しい。

また、ボコミュージアムで

 

 *******

 

 

 

 

 ―――文面を読み返しながら、首をひねる。俺、愛里寿に何か言ったっけ?そもそも俺の名前違くね?

 

 

 

この疑問が解消されるのは数分後のことで―――

 

「―――天翔ちゃん!!悪いんだけど、今すぐ学校に戻ってきて!!」

 

焦った様な会長からの電話の声に、怪我の痛みも無視してパルクールで学校へ向かった後の話だった。

 

 

*****

 

 

「ってことで、大学側―――というか、島田家が用意した方々と試合することになったから」

「―――はい?」

 

 俺が校舎へと急ぐ間、他の皆にも声がかかっていたらしく、学園に一足先にたどり着いた俺に遅れること暫くして、大洗の皆々様だけでなく、黒森峰からまぽりん、みぽりん、エリカがやってきていた。 何で?(不思議)

 

 そして生徒会長のこの宣言である。 何で?(困惑)

 

「―――角谷さん。我々―――私たちも集められた理由は何故?」

 

まぽりんが口調を崩して会話している。この二人妙に距離感が近いんよね……あんまほ?まほあん?珍しい……珍しくない?このカプ()

 そんな俺の内心での妄想を置き去りに、会長の説明が続く。

 

曰く―――

・大会での黒森峰の内乱に乗じた勝利を認めるか否かで文科省上層が紛糾している

・そこに鶴の一声で割って入った存在が居た。

・それが西の西住に対して東の島田と言われた島田家である。

 

 

―――何で?(困惑Lv3)

 

 

曰く―――

・学園艦のスポンサー契約により島田が後ろ盾となることで優勝を認める認めないに関係なく学園艦廃艦問題は解消

・この契約の条項が校長と生徒会長に手渡された。

・契約内容、条項の頁に「天翔エミを大学戦車道候補生として飛び級で大学学園艦に編入させる」という条項を見つけたため、俺に声をかけた。

 

 

―――何で?(困惑Lv4)

 

 

曰く―――

・これに「待った!」を掛けたのが西住流家元、西住しほ。

・しぽりんはしぽりんでまぽりんみぽりんの「お願い」もあって独自に動いており、大洗と黒森峰を同盟関係として学園艦を大洗学園艦として独立させつつ、西住流の分家筋の扱いで庇護し、文科省のいざこざから守ろうとしていたらしい。

・要するに、西住流としては水面下で事を運んでいたところに目の前で油揚げをかっさらわれたわけでメンツが立たないということ

・島田にしてみれば大洗学園艦は「茨城」に所属しているので「関東(ひがし)」である。よって島田のシマなのでノーカン。むしろ西が介入して橋頭保にしてきていると反論し、泥沼に突入しかけていた。……らしい。

 

 

 

―――いや、何で!?(困惑MAX)

 

 

 

「そういうわけでさ。島田が用意した関東の勢力。主に大学レベルの連中から選抜された軍団30輛とガチンコの殲滅戦やることになっちった」

「―――あの。それって、どちらが勝っても大洗学園艦としては問題がないのでは?」

 

華さんの言葉に周囲が「そうだねー」と同意する空気を見せる。険しい表情をしているのはみぽりんとまぽりんだけで―――いや、冷泉殿もなんか考え込んでるわ。

 問われた会長はハァと溜息を吐いて、皆に聞こえる声で言った。

 

「ん~なコト言ってもさぁ……コレはアレだよぉ?わかりやすく言うと

 ―――『天翔エミを大学に売ることで、学園艦が無事で済む』って話だよ?」

 

 

 ―――ですよねー(知ってた)

 

 当然、周囲は騒然となり、人の好い連中の集団である大洗勢は「反対!反対!」とデモ行進ばりに( ゚∀゚)o彡゜してる件。ドゥーチェコールが捗るな……(現実逃避)

 黒森峰の皆様と言えば、無表情で内側から怒りのオーラがどす黒く燃え上がっているまぽりんとか、静かに内なる軍神が垣間見えるみぽりんとか、もう怒りを隠す努力すらしないエリカとか、全体的に激怒モードである。

 

 

 まさに『どうしてこうなった!?』状態の俺にさっき愛里寿から届いたメールの内容が脳裏に過ぎる。

 

 

 

―――もしかして……“そういう意味”なのか……?

 

 

 

 つまり目に入れても痛くないくらい溺愛してる愛娘の愛里寿のためにちよきちさんが【お母さん頑張る!】した結果、こっちも娘二人の願いをかなえようと陰で奔走してたしぽりんとブッキング。ブッキングした結果どうにか交渉でカタを付けようとしたけれど、お互い譲るわけにはいかない戦いが勃発?

 潰れかけてた大学選抜戦が意外過ぎるルートで戻ってきた件。しかも原因は明らかに俺である(白目) 胃がキリキリと悲鳴を上げているのがわかる。これは何て言うか――――――アカン()

 

 

 

「―――――ゴフッ」

 

 

 

 ぴしゃりと地面に鮮血が舞った。口元を押さえた俺の手の間から漏れ出た喀血が、地面に赤い染みを残す。

 

 

「天翔ちゃん―――!?」

「エミちゃん!?」「エミッッッ!!?」

 

 

 その場の皆が悲鳴じみた声を上げて駆け寄って来る様子を視界に収め―――

 

 

 

―――瞬間的に胃に空いた穴から結構えらい量の血を吐いたらしい俺は局地的な貧血で意識を失い、その場に倒れたのだった。

 

 

 

 

 

―――ああ畜生

 

 

 

 

 

―――世の中ってのは本当に、こんなはずじゃなかったことばっかりだ―――。

 

 




―――時は遡り、戦車道高校生大会期間中。

 ボコミュージアムで愛里寿と運命の出会い()を果たした後、ちょくちょくボコミュにやってきては愛里寿と僅かばかりの時間を共有していた俺である。大会の開催地は陸上なので、陸上で開催されてから一度、ホームの大洗に帰還して燃料を補給、その後海路で次の試合地まで移動して―――の流れなので、大洗に寄港するたびにボコミュに会いに行くというサイクルを行っていた。

 ―――今思うと、毎回俺がボコミュに行くと愛里寿がいるのおかしくない?と思うべきだっただろう。


「―――エミは、大洗のために戦車道を続けて居るの?」
「―――そういうわけでもないけどね。戦車道は楽しいし、好きだから。この道に人生を掛けるんだって決めたモノでもあるし」

 愛里寿になんかお話しないとって思って考えて、自分が戦車道をやっていることとか、黒森峰での話とか、大洗にやってきて赤星さんとのあれこれとかをなんかこう、気が付いたら色々話してしまっていた―――実はこの辺り誘導尋問に引っかかっていたんではなかろうか?(懐疑)

「エミは……やっぱり、大洗がいいの?」

アリスの言葉に、少し思案する―――

「―――大洗には色々お世話になったし、赤星さんのリハビリにもいいし……愛着も沸いてるからね。できれば助けたい、かな?」

そんな曖昧な答えを返していた。実際の話、大洗にそこまで重要性があるかというとそれほどでもない。みぽりんを助けられた以上、大洗は赤星さんのリハビリに必要な場所で、それなりに人情的な意味で愛着がある学園艦というだけの話だ。

「じゃあ―――大洗学園艦が助かったら、嬉しい?」
「ああ―――そりゃあ、嬉しいさ」

 それは嬉しいに決まっている。それはいわば俺にとってベストエンド。赤星さんが黒森峰に勝利し、優勝で大洗廃艦騒動終了!赤星さんも復活してみんなハッピー!俺も赤星さんが復活してくれて肩の荷を下ろせる。最高のエンディングと言えるだろう。

「うん―――じゃあ、約束」

すっと小指を差し出してくる愛里寿。

「約束、する。私がなんとかしてみる。約束」
「だから、全部なんとかできたら私とずっと一緒に居て欲しい。約束」

 ―――このとき、小指を差し出して指切りげんまん~ってやるとか俺許されざる俺じゃない?このあと小指ペキるべきじゃない?という想像で脳内が埋め尽くされており、「約束」の内容とか、どういう意味なのかをまるで聞いて居なかった俺がいた。



       ただそれだけの話()


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【 装填騎兵エミカス IF:小梅ルート エピローグ 】

―――お互いに譲れないモノがあった。

「―――エミちゃんはモノじゃない!!」
「―――そう。エミはモノじゃない。島田の養女になる。アリス(私の名前)から一文字取って、エミリ姉様。大学飛び級仲間でずっと一緒―――」

 ボコ人形を抱えたまま、宙を見上げ夢想している愛里寿に、いつもおどおどしている態度と違い、強い怒りと決意を灯した瞳のみほ。ぼうっと宙をさまよっていた愛里寿の瞳が、不意にみほを射抜く。

「―――でも、そのためには西住流が邪魔。だから叩き潰す。島田の名に懸けて」
「―――大きく出たな。その言葉、宣戦布告と判断する。西住流に逃げるという文字はない。当方に迎撃の用意あり。西住の名を背負うものとして、その奢りを打ち砕く」

 強い決意と殺意の入り混じった視線を真っ向から受け止めるのはみほの前に立ち妹を庇うように視線を遮ったまほだった。



―――譲れないモノのために、己を奮い立たせた。

「―――隊長の邪魔は、させない!!」
「それは我々のセリフだ!」「我らミミミの恐怖!」「その目に刻め!」
「「「バミューダアタック!!!」」」

三位一体の戦車たちがⅢ号J型を包囲するように、一糸乱れぬ動きを見せる。

「―――何やってんのよ!」

間一髪で飛び込んできたT-34/85が体当たりでパーシングを吹き飛ばし、できた隙間から脱出するⅢ号。フンと鼻を鳴らし、再び突撃体勢を取るために大きく旋回するミミミを睨みつけ、大きく胸を張るカチューシャ。

「偉大なるカチューシャ様なら、3対1でも余裕なんだから!―――でも、あ、貴女さえよかったら、一緒に戦ってあげるわ!」
「カチューシャさん……はい!よろしくお願いします!!」
「Хорошо!!いくわよ!……えぇと……ウメーリャ!!なぁにがバミューダアタックよ!!こっちは元黒森峰とプラウダで三帝同盟*1よ!!格の違いってのを見せつけてやるわ!!!」



―――この戦いに、もしも意味があるとするのならば。

「T-28、撃破しました」
「ですが、この後のわたしたちの生還率は―――」

「みほさん、小梅さん。お二人とも頑張って―――勝負は最後の五分間にあるのよ―――」

 ダージリンの脱落の報告を受ける中、ティーガ―Ⅰの履帯が破損し、足止めを受けるみほの下へ駆け付けたのは―――

「じゃじゃーん!みぽりん!こっちこっち!早く乗って!!」
「西住殿。いつかのコーチの時以来ですが、我々も研鑽を積んで参りました」
「わたくしたちで良ければ、力になれればと思います」
「……早くしろ。間に合わなくなったら意味がない」

エミと黒森峰で苦楽を共にしたチームメイトたちの無念も背負って、Ⅳ号に乗り込むみほ。

決戦のステージへと向かうのは――――わずか6輛。




―――それはきっと、各々の心の納得に過ぎないのだろう―――。

「一応、ちょっとずつ直していたけど、本当にいいの?」
「ええ、ちょっと痛むけど、運転は出来ます」

自動車部に礼を言ったのは数日前の話。

「―――さてそんじゃぁ……―――悪いけど、私と一緒に死んでくれ。Ⅱ号(あいぼう)

 軽快な音を立てて走り出すのは“Ⅱ号戦車L型、通称【山猫(ルクス)】”
大破して再起不能と言われていたあの車輛である。



―――双方の納得のいく解決法が見つからないからこそ、争いが起きるのだ。

「……何の策もない特攻に付き合わされるなんて、流石に予想外だったよ」
「ああそうかい―――私もミカ(お前)が乗り込んでるとは思ってなかったさ」

 って言うかなんでいるの?BT-42と一緒に「皆様の武運を祈ります」みたいなこと言ってなかった?

「なに―――因果は因果。他人の手で螺旋れる前に多少なりとどうにかしたい。そんな風が吹いただけさ」
「あー……もしかして、島田の?」
「さて?私は継続の“名無し”だよ。ミカというのも周りにそう呼ばれているだけさ」

 カンテレを爪弾き独特の旋律を奏でるミカに、それ以上の追及は無粋と思った。
島田ミカ説とか都市伝説だと思ってたが、事実は小説よりも奇なりってとこか。

「―――じゃあ何も聞かないし、何も聞かなかった。なんか変な理由で相乗りしてきた継続の人。悪いけど一緒に死ぬつもりで突撃してくれ」
「あの子を怪物にしたくない。それを止められるのならやってやるさ。君はどうなんだい?島田エミリさん」

 ミカの言葉に「やめてくれよ」と返答しつつ、より強くアクセルを踏み込む。

「―――私は天翔エミだ。天翔エミとして“約束”を果たしに行く」
「―――結構。“島田の亡霊(ゲシュペンスト)”ではなく、私もいまはただの【ミカ】だ。そう呼んで欲しい」
「オーケーだ。背中は任せたぜ!ミカァ!!」



―――互いにぶつかり合って生まれた結果に、双方が納得する結末は、あまりない。

 遊具の安全柵を突き破って強引にショートカットするセンチュリオン。必殺の間合いに晒された、Ⅳ号戦車。その射線の真っただ中に、飛び込んできた車輛が居た。

 6輛目の乱入者、Ⅱ号戦車ルクス。吸い込まれるようにその側面に砲弾が―――――



「ッッッッッエミちゃぁぁぁぁぁぁん!!!!!」







*1
正確には三帝同盟はドイツ帝国とロシア帝国以外にオーストリア=ハンガリー帝国がいるので1国足りない

   『 #XX 後日談です! ~ 「 こんな未来認めてなるものか 」 ~』

 

 

 ――月――日

 

 洋上の日差しは強い。昨今は海洋温度が上昇してるとかで海が荒れやすいらしいので、航路も頻繁に変動するらしく、日の光と雨雲の位置を良く調査したうえでプラントの畑に太陽光や雨水を与えるために最適な航海をしているらしい。

 

 

 激戦といって差し支えなかった大学選抜戦。その結果、大洗・黒森峰及び高校生連合が勝利し、俺は「天翔エミ」を守り通した。

 島田エミリとか胃袋吐き出すか胃が捩じ切れて死ぬ未来しか見えなかったのでそれはまぁそれとして拒否一択だったのだが―――。

 

 あれから一月―――季節は秋に差し掛かろうと言ったところ

 

「エミr―――エミ。起きてる?どこか痛むところはない?」

 

 (俺が逃げられないように)そこそこの高さで固定されている老人介護とかに使うハンドルで高さを調整したりできるベッドの端からひょっこりと顔を覗かせるのは栗色の髪の幼子、島田愛里寿。今は大洗学園艦に所属する高校生である―――。

 

 あの決戦の後、俺は島田への詫びをどうするか考えるよりも、静かに涙を流す愛里寿を見て瞬間的に死にたくなり、愛里寿から「約束」について改めて聞くことになり、一周廻って死ぬことなく一生苦しむべきじゃね?となり―――、

 

「―――約束は守らないといけないよな」

 

という結論に至った。だからといって島田に養子入りするとかぶっ飛んだ結論に至ったわけではなく―――“愛里寿・ウォー”を思い出しただけなのだが。

 原作の愛里寿・ウォーでは「みほとは敵同士で戦いたいから」と入学を断った愛里寿だったが、これを快諾する。だってみぽりん大洗にいないからな(当然)。

 同時に、愛里寿が大洗学園艦に所属することで島田が表立って支援の体をとることができ、大洗・黒森峰同盟の繋がりに配慮する必要もなく両家が手を取り合って大洗学園艦のバックアップができる体制が出来上がった。これで文科省がgdgd理由を付けて大洗学園艦を廃艦にしようとするような事件は、少なくとも俺が卒業するまでは二度と起きまい。その後のことは後の世代に任せればいいのだ。所詮俺も、みぽりんが気に病む赤星さんが気に病む人情的に辛いってだけの理由で頑張っただけなのだから。

 

 だが、同時に四六時中愛里寿が後ろをついて回ることになり、守護らなければと思う反面、秒間でPPが溜まっていくカウント音が鳴りやまない俺である。

 

 ―――まぁそうは言っても今現在、俺は至近距離でセンチュリオンの砲撃食らって吹っ飛んだⅡ号の中で必死にミカァを護ってたせいで全身打撲と複数個所の骨折・ヒビにより歩くこともなかなかできない身体だったりするんだが―――

 元々骨折していた左腕がヒビ程度まで治りかけていたところに衝撃を加えた結果、左腕を複雑骨折。右掌にかなり大きめのヒビ、右大腿骨に縦方向のヒビと極めつけは頭部に数針縫う怪我を負って戦車から引っ張り出された時は血ダルマだったらしい。朦朧とする意識の中でとりあえずミカァ!を護らなければと必死だったんでまるで覚えてないんだが―――。

 と、まぁ以上の理由で片脚と両腕が使えない状態。文字通り手も足も出ないといった状態の俺に大洗メンバーや呼んでもないのにやって来るダージリンに各校の隊長格などなど、入れ代わり立ち代わりで交代でお見舞いにやってくるのに加え、僅かな時間を縫ってやって来ては甲斐甲斐しくお世話されている現状。舌噛んで死ぬべき状況なのだが、やったら確実に愛里寿が曇るのがわかり切っているのでできない。終局、俺の終末ノートに新しく罪状が雪だるま式に増えていっているのである。

 

 

―――最終的に全部完済できるのかすらわからない件。

 

 

 幸いと言っていいのか不幸と言うべきなのか、黒森峰学園艦が大洗学園艦と姉妹同盟を結んだので、大洗にたびたび寄港するようになり、そのたびにみぽりんとエリカがお見舞いにやってくるようになった。愛里寿とも仲直りできたのか、お互いボコグッズを持ち寄って、順調に俺の入院している部屋をボコで浸食して行っている。

 

 いずれにしても、身体を早く治さなければならない。でなければ最悪の事態に成りえるからだ―――

 

 

 

 

 ―――そう。留年(ダブリ)である。

 

 

 そんなことになってみろ、確実に戦車道通信に面白おかしく書き立てられるに決まっている。それにみぽりんやエリカと一緒に卒業して大学生活でもみほエリの進展を見守らなければならないのだ。グズグズしていられるわけもない。

 入院している間、最先端医療を受けられるということで回復は本来の状態よりも早くなっているらしく、3ヶ月もあれば単純骨折した部分は再生してリハビリが順調ならば動かせるようになるのだとか。元々回復が早い方ではあったが明らかにおかしいレベルの再生力ではある。でもぶっちゃけ興味ないし人体ってすごいね!ってことで納得しておく。

 

 

「エミさん、今平気ですか?お湯貰ってきました」

「ああ―――もうそんな時間なのか」

 

 ノックを二回して声をかけてきたのは赤星さんだった。お湯とタオルを持ってきて、朗らかに微笑んでいる。俺は愛里寿が離れるのに合わせて腹筋だけで上体を起こして、病人用の羽織るだけ入院服をはだけて落とす。

 

「―――えっと、はい。では、清拭、していきますね」

 

 若干上ずった赤星さんの声を背に受けながら「あいよ」と返す。愛里寿は赤星さんが清拭―――お湯とタオルで俺の身体を拭いて回る間、椅子に座って正面から清拭を受ける俺と行う赤星さんの様子をじーっと見ている。何をするわけでもなくニコニコとこちらを見ている愛里寿を見てると「あぁ~愛里寿可愛いんじゃぁ~~」と心がぴょんぴょんしかねないので若干視線を外すのが俺の礼儀である。

 

「―――少し、席を外すね?またね、エミr―――エミ」

 

 ぴょんと椅子から降りてとてとてといった調子で外に出ていく愛里寿。

部屋には俺と赤星さんの二人が残されることになった。

 

 

 

 ―――丁度良いタイミングだったし、今言うことにした。

 

 

 

「あのさ、赤星さん」

「は、はいっ!!な、なんでしょうか!?」

 

 おっかなびっくりと俺の身体をタオルで拭っていた赤星さんがビクリと身を竦ませる。

 

「ああ、構えなくていいよ。赤星さんに、言いたいことがあっただけなんだ」

「―――はぁ……」

 

 ピンと来ていない様子の赤星さんに、俺は少しだけ苦笑する。なんていうか、こう―――鈍いところがあるんだよなぁ、赤星さんは……

 

 

 

「―――赤星さん

 

 

 ―――ありがとう、戦車道を諦めないでくれて。戦車道から目をそらさないでくれて。

 

 

 ―――ありがとう、大洗で戦車道をやるって決意してくれて。私は本当に嬉しかった」

 

 

 赤星さんからの言葉はない。なんかもう、全部言いたいことを言ってしまいたくなったので、ぶちまけることにした。

 

 

「赤星さんまで戦車道をやめてしまっていたら、きっと私は大洗で戦車道を続けていこうとは思わなかったと思う。赤星さんが戦車道を大洗で始めなかったとしたら、きっと私はプラウダに包囲されたときに最後まで戦おうとは思わなかったと思う。―――赤星さんが私を止めてくれなかったら、きっと私は、黒森峰戦で、取り返しのつかないことを“正しいことだ”と思い込んで突っ走っていたんだろう。

 

 

 ―――ありがとう赤星さん、今まで言う機会がなかったけれど、ずっと感謝ばっかりだったよ」

 

 

 

「―――――ずるいです」

 

 

 

赤星さんの声は、震えていた。

 

「エミさんは、本当にずるいです―――感謝なんて―――わたしの方が、ずっとずっとたくさん、してきました―――」

 

背中に重みを感じる。赤星さんが背中に寄りかかるようにして顔を押し付けて泣いていた。体重がかかっているので実はかなり痛いのだが―――不思議と今は、そんな些末な事などどうでもよかった。

 

「―――ごめんなさいエミさん。わたしのせいで、わたしたちのせいでごめんなさい。それだけを言いたくて、ずっとずっと言いたくて―――でも、ごめんなさいって言ったら―――エミさんが悲しむって―――だから……っっ!!……うぅぅぅぅ……!!!」

 

 

 背中に涙の熱を感じて、俺は何と声を掛けたものかと悩んで居た。けれど、それはまだ早すぎる選択だったようだ。

 

 

「―――だから……

 

 

 ―――ありがとうエミさん……ありがとう、私を支えてくれて

 

 

 ―――ありがとう、わたしたちを見捨てないでいてくれて……

 

 

 ―――ありがとう、わたしたちを護ってくれて―――

 

 

 ―――わたしたちのところに戻ってきてくれて、ありがとう―――ございます……」

 

 

 

 最後の方は嗚咽が混じっていて、声がかすれていた。ポタポタと零れ落ちる涙が背中に落ちて熱を生んでいる。その熱がどうにも熱くて熱くて―――傷に染みてすげぇ痛いから―――

 

 

 

―――だから俺も涙が止まらなかった―――。

 

 

 

 せまっ苦しい病室の中で、二人で泣き明かした後は、何だかすっきりとした顔で笑い合えたような気がした。

 

 

*******

 

「みほさんよりも危険度は高い―――けど、エミリのために小梅さんは必要……」

「エリカさん……休戦協定……ダメかな?」

「一緒に居る時間よりも密度が濃かった分、赤星がかなりリードしてるみたいだし……いいわ、当面の間協力体制で行きましょうか」

 

*******

 

 

 ――月――日

 

 今日は久しぶりに日記を書いている。今までアタフタしてたし、両腕が使えなかったせいで携帯使えなかったししょうがない。

今回日記を書いているのはほかでもない。原作から逸脱したイベントが目の前で起きてしまっていたからであった。

 

 

*****

 

 

 

「天翔ちゃんさぁ――――生徒会長、やってみない?」

「―――は?」

 

 思わず間抜けな声を上げていた。

俺が次期生徒会長??いやいやいやいや……ありえない(迫真)

第一、次期生徒会長って――――――華さんやん?(原作(ドラマCD)的に考えて)

 

「あー……私には荷が重いんじゃないかなって―――」

「いやぁ……逆に聞くけど、誰が適任だと思う?」

 

 何やら意味深なことを言ってくる生徒会長。

 

「いや真面目な話ねぇ――――西住流と島田流のバックアップを受けてる状態のウチの生徒会長をさ―――両方に伝手のある人間以外誰ができるって話なんだけど?」

「あ、はい。わたしやります(棒」

 

 

―――ド正論過ぎて反論できねぇ!!?(戦慄)

 

 

 こうして俺は次期生徒会長に就任する羽目になったのだった―――。

 

 

 

 ――月――日

 

 馬鹿な――――ありえない。

 あっていいはずがない。こんな未来認めてなるものか……!!

 

 

 

*****

 

 

 

「天翔エミ復活ッッッ!!天翔エミ復活ッッッ!!天翔エミ復活ッッッ!!」

 

 テンションを上げた状態で海王コピペで復活アピール。

大学選抜戦から約半年―――長かった……本当に()

 

 危うく溜まりに溜まったPPにベッドの上で自害を考えるか迷うところだったりもしたが、どう考えてもあの状況で死んだら大洗メンバーとか無理に時間空けてやって来る赤星さんとかあと愛里寿とかその時の当番が疑われるし、曇る(確信)。俺とて学習はするのだ。俺がピロシキで死ぬのならそれは誰に疑いの目が向くこともなく、そして誰も曇る可能性がない状態でそうすべきだろう。

 

 そんなこんなで復帰初練習を終えて、みんなで入浴を回避しつつ―――

 

「おかえりなさい、エミちゃん」

「おかえり、エミ」

「―――ただいま」

 

みほエリカの二人が並んで復活をお祝いしてくれて、二人並んでるときの距離が近いことを確認して内心でガッツポーズを取ったりもした。

 

 

 

―――が、これはどういうことなのだろうか??

 

 

 みほエリカがやってきたのは黒森峰学園艦が寄港したかららしい。

加えて言うと暦の上では冬到来。まぽりんがドイツに留学するという話をされる。

 

「ちょうどいい機会だし」

 

ということでなんか女子会のノリで体育館を使ってみんなで布団並べて夜通しお喋り会である。「ああそんなこともあったねー」という話をして色々盛り上がっていくんだが―――話が割とところどころ俺の話になるたびに「正座」って言われるの草生えすぎて大草原なんだが……。

 

 

 

 しばらくそんな話で盛り上がって―――やがて、誰からというわけでもなく眠りについて―――

 

 

 

 

「エミ―――まだ、起きているか?」

 

まぽりんの声が聞こえる。

 

「―――寝ちゃったみたい」

 

みぽりんの声も聞こえる。でもなんか近い。すげー近い。

目を開けるのが怖い。なんだこの嫌な予感は―――

 

 

―――聞かなかったことにしよう!(超法規的措置)

 

 

アッハイ。俺寝てるよぉー超寝てるよー。グースピーグースピースヤァスヤァー

 

 

「―――眠ってしまっているか……暫く逢えないからもう少し話をしたかったが」

「仕方ないよ……エミちゃんも久しぶりの戦車道だったし……」

 

 

 まぽりんみぽりんの声がバイノーラル音声ばりに耳元に聞こえる件。眼を開けたら死ぬ(確信) ウーンウーンムニャムニャー

 

 

「―――まほさんはドイツで頑張って……エミリのことは私にまかせて」

 

 

 愛里寿緊急参戦。しかもなんか右腕に熱源反応!!抱き着かれてます!胃袋!もちません!!メディィィーック!! 

 

 

「―――そうはいかない。みほが残る以上、島田の思い通りにはさせんさ。エミの帰る場所は黒森峰なのだから」

「おぉっとぉー……天翔ちゃんは大洗の生徒会長だよぉ?おねーさん、ちょぉーっとそればっかりは見逃せないな~?」

 

 

 生徒会長!?生徒会長ナンデ?!どういうことだ!?説明しろ苗木ィ!!()

ここにきて漸くではあるが好意のあるなしくらいはハッキリと俺にも理解できている。同時に胃に穴がポツポツ空いている感覚がすごい(語彙減少)。

 

 

「大洗にはさー、赤星ちゃんもいるし?ウチのチームの結束は強いよぉ?島田とか西住とかそういう家のつながりはどーでもいいけど、大洗か黒森峰かって言うのなら、おねーさんは譲れないねぇ」

「―――やはり貴女とは決着を付けるべきだったわね。角谷さん」

 

 

 まぽりんが口調を崩して会話してるのを耳だけで聞いてるとすごい違和感()

だが会話内容は半端なく俺の胃壁を削っていっている。でも寝ている間にこれ以上の爆弾が埋没していたらと思うと思考放棄して眠ることもできん!なんだこれ!?いつのまにこんなことになってしまったというんだ?!

 

 

「大洗なら…関東(ひがし)。島田のシマだからノーカンってお母さまも言ってた」

「エミちゃんは黒森峰(にし)だもん。通さないよ?」

 

 

 みぽりんと愛里寿の声が左右の耳からステレオサウンドで聞こえてくる。加えて両腕に負荷がかかっている感覚がすごい()

 胃がキリキリすりゅぅ……いっそ血を吐いた方が……いやだめだ、確実に全員曇る(確信)。

 

 

  ―――まほエミにあんエミ?アリエミに加えてまほエミあんとかまほエミアリとかどこを向いても邪魔なものがついて回っている!!なんてことだ!!あってはならない!!

 

 

 俺が内心の憤怒と胃の痛みに耐えている中この姦しい談話は夜更けを越えて続き―――朝、疲労の果てに眠った俺が目を覚ました時には俺を中心に円陣を組むかのように寄り集まっている構図が出来上がっていて―――

 

 

 

 

―――なんか逃げ場がないように感じられた俺は、反射的に「上空」に逃げていたのだった。

 

 

 

 

「―――やぁフッド、この際紅茶でいいんだ。なんかこう、胃に優しいものをくれないか?」

「夜討ち朝駆けされる筋合いは有りませんが―――大丈夫ですの?死にそうな顔をしてますわよ?」

 




―――時は流れ、俺は大洗女子を無事に卒業し―――


「西住隊長!全員揃ってます!」
「―――ああ、ではこれより、作戦会議だ」

 俺の言葉に鷹揚に頷いたまぽりんが作戦議長の席で弁舌を振るう。
それに大人しく作戦目的やコードなどを聞き入っている連中の輪の中に紛れ、俺は一息吐いて肩の荷を下ろした。

「―――お疲れさまです、エミさん」
「ありがとさん―――――赤星さん」

―――あのとんでもない事実が判明した後、死ぬほど考えた俺は、

 結局赤星さん(しゅじんこう)にくっ付いてコバンザメすることに決めたのだった。

 主人公の補正というのはどんなストーリーであろうと強力な補正として仕事をする。たとえば、主人公の親友ポジってのは大体が、時折イイ感じの見せ場を貰ったりする代わりに主人公を引き立てる空気のような扱いを受けるものだ。

 ―――つまり、俺が赤星さんの傍についているだけで、自然と他のフラグは消えていくという寸法だ―――!!

 そう考えたら赤星さんが俺に依存している傾向は別段気にすることはなく、むしろ多少依存を含んだ信頼というくらいでちょうどいいとまで考えていた。我ながら鬼畜な思考だと思わないでもない。

―――あの後、大洗女子のメンバーの中核を担う人物はかなりごっそりと卒業してしまい、翌年はなんていうか―――大洗女子というより「島田」といっていい感じのチームメンバーになってしまった部分もあってか、高校生大会は本当に大変だった―――おケイさんが居なくなってこれで好き勝手に「卑怯汚いは敗者の戯言よぉ!」ってノリで動けると思ってたアリサがかわいそうになるほどボコボコにされたりしたが、決勝の黒森峰と大洗の決戦は見所の試合になったと思う。

 そんで、アールグレイパイセンが手を尽くして中等部時代になかったことにした俺の二つ名【機関砲(オ-トカノン)】に代わる二つ名【強肩(アームストロング)】が授与され―――今度は断れなかった。

そんなこんなで高校生活が終わりを告げ―――赤星さんを一度黒森峰に連れて帰るという「約束」を果たすために一路熊本に向かった俺がしぽりん以下西住流に囲われそうになる【西住事件】だの、その西住の囲いを突破して俺を助けに来た継続・大学連合の事件【島田重勇士】だの、まぁ色々アレな事件が起きたりもしたが、おおむね平和だったと思う(棒)

―――そんで、ドイツから戻ってきたまぽりんに誘われる形でホイホイと熊本を本部とするプロチームに参加。赤星小隊を率いる独立遊撃部隊で試合に参加している俺である―――。

―――尤も俺たちの隊は二人の二つ名を併せた通称で呼ばれることの方がはるかに多くなったのだが。

「―――作戦は以上。エミ、赤星と共に小隊を率いて威力偵察を行え」
「了解ッッ!!行くよ!赤星さん!!」


「―――はいっ!チーム【赤肩(レッドショルダー)】、これより威力偵察に向かいます!!」


 ―――目下のところ、赤星さんの俺を見る目に俺の胃が軋む回数が増してきている点が問題点である。最近なんか身体の調子も悪いしなぁ……ちょっと胃の調子とか調べてみるかなぁ……?







 のちの戦車道において、「赤肩小隊」と呼ばれるチームが存在した。
プロリーグに在籍しているこの部隊の練度はすさまじく、また、どんな状況でも決して諦めることも、相手に屈することもなく、最後まで戦い抜く姿勢をやめない点から、強く支持されている。
 この部隊の隊長は、実は鬼籍に入っている人物で、彼女の遺志を継いだとされる副隊長がその名前を永久に記し、隊の名前を恒久に戦車道に残さんとしている。らしい―――



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【 装填騎兵 エミカスF(フライング) 】
【 プロローグ 】


新規時空なので実質初投稿です(強弁)


「―――まだ戦車道を続けているとは思わなかった」

「お姉ちゃん―――」

 

 みほを見下ろす無機質な瞳に、同じテーブルに着いている全員が何も言えないでいた。西住みほと、西住まほ。二人の間に何があったのかを正しく類推できる人間は、きっとこの場には―――

 

 

―――俺しかいないだろう。

 

 

「―――行きましょう、隊長」

 

 後ろから先を促すエリカに押されるようにして、まぽりんが別のテーブルに向かって歩いていく。

 俺と、おそらくみぽりんくらいだろう―――“たぶん何をどう言えばいいかわからず店員におまかせ状態で奥の席に持っていかれたのだろう”という事実を推測できるメンバーは。

 去り際に二人ともがこちらをちらりと振り向いて視線を投げた。

 

 エリカはみぽりんに、まぽりんは―――――俺に。

 

視線の意図までは分からない。まぁ多分みぽりんに声を掛けた結果俺に声をかけそびれてしまって気まずかったとかそういうのだと思う。

 

「―――ごめんね。まほは何て言うか―――言葉が足りないから」

 

代わりに席を立って頭を下げる俺。なんか逆に卓上のテンションがさらに下がった件……。

 

「えっと……みぽりんのお姉さん、なんですよね?あの人。エミりん先輩とも、何か関係が?」

 

武部殿の、おずおずと軽く挙手しながらの問いかけに、ちょっとだけ悩んで、

 

「―――まぁ、何て言うか……

 

 ―――まほが許していてくれるのなら、戦友だと思ってるよ」

 

 

 俺こと、“天翔エミ(原作にいないモブ)”は、それだけ応えて苦笑いするしかなかった。

 

 

―――いや本当。まぽりんの内面が視線からだとわからんのよ……言語フィルターはできるようになったから、声に出してお願いします(懇願)

 

 

 

  【 装填騎兵エミカスF(フライング) 】

 

 

『 プロローグ ~ 転生者は無条件で原作主人公と同級生だと思ってた時期が、俺にもありました ~』

 

 

 

***** JK → JC

 

 

 

 ――月――日

 

 転生して12年の歳月が流れ、俺は今日、黒森峰女学園の門をくぐることになる。

思えば辛く険しい道のりだった―――戦車道の本場であり乗員10万人を超える学園艦であり、そして屈指のマンモス校であるここ黒森峰は、戦車道の実力だけでなく、相応の学力をも必要とする―――この学園、実質西住流の傘下で次代の西住流を育成する場所と言っても過言ではないらしいからなぁ……そら学力や礼法も相応に必要だろう。知らなかった俺がその辺りを知ったのは2年ほど前で、慌てて礼法の勉強とかやりはじめたんだったか―――孤児院育ちには辛すぎる勉強地獄だった……。

 

 

 

 ともあれ、入学してしまえばこちらのもの。俺のスクールライフが幕を開けるのだ!

 

 

 

 さて、あらためて自身の目的を脳内で展開して、今後の方針を打ち立てていく。

 

・まず、みぽりん。西住みほと早期に接触する。できれば同じ校舎(クラス)、同じ寮内がベター。ただし同じ部屋で共同生活とか胃が捩じ切れる未来が見えるので消極的却下。

 

・次いで逸見エリカ。彼女にも接触して、二人の間を取り持つための下準備が必要―――できればエリカかみぽりん、どちらかの戦車に乗り込んで一緒に戦車道をする程度の仲に収まりたい。

 

・そして原作におけるターニングポイント、“プラウダとの決勝における事故”。ここでみぽりんの身代わりとなり、乗員を救出しなければならない。

 

・最終的にみぽりんとエリカの未来を作り上げる。そのためにこの人生を捧げてきたと言っても過言ではない。まだ12年だが今後も捧げる予定なので捧げてきたと宣言する。

 

 本日、俺は桜の舞い散る道を征き―――俺の戦車道人生の幕開けとなる、黒森峰の門をくぐった―――。

 

 

 

 

「貴女も新入生?私も今年から黒森峰(ここ)に通うことになっているの。よろしくね」

 

 

 

 

――――――――あるぇぇぇ??

 

 

 

 どっかで見たことある人がいるんですけど?今年から通うとかいってるんですけど?

 

 

 どういう事?これどういう事?

 

 

 

 誰か説明して(懇願)

 

 

 

 

――月――日

 

 

 やはりまぽりんだった(失意)

俺はどうやらみぽりんやエリカとは一年の差をつけて黒森峰に入学してしまったらしい。つまり向こう一年の間はみほエリの兆しも何もあったもんじゃねぇということ。失望しました。那珂ちゃんのファン(なってないけど)やめます。

 しばらくの間放心状態だった俺。自分の振り分けられたクラスを右から左に受け流し、フラフラとした足取りで自分のクラスへと向かう。俺の半端なく小柄な体型も相まって周りからの視線が凄い(悪い意味で)。

『プラウダ戦記』だの原作の黒森峰のみぽりんへの陰湿な雰囲気イジメだのを鑑みると、5連覇中の黒森峰の内部は多分緩やかに腐っていっているか割と最初から腐ってたかのどっちかだろう。そう考えると俺が一年早く生まれてみぽりんよりも年上になった理由は火を見るよりも明らかと言える―――。

 

 

―――神は言っている。『未だ(みほエリの)運命ではない』と―――

 

 

 俺がこの学年に生まれた理由はきっと。みほエリの土台を整えるための準備期間なのだ―――!!そう考えると活力が再びみなぎって来る。

 俺はまだ昇り始めたばかりだからよ―――この果てしなく長い百合道(みほエリ)坂を―――!

 

 

 

 

 ――月――日

 

 まぽりんと同じクラスになりました。これもまた一つのチャンスタイムと言える。俺という存在をアッピル()し、レギュラーの座を手に入れる機会である。

 

 ―――と、思っていた時期が俺にもありました。

 

もうね、舐めてましたまぽりんの戦車道というモノを―――。

 

 

*****

 

 

「わぁぁぁぁぁぁ――――――!!!?」

 

 右に、左に、振り回されている。ガリガリと地面をひっかく音とともに戦車が振れる。中の俺たちも振り回される―――!!

 

「反応が遅い!!次、右60度!装填急いで!!」

 

 

―――無茶を言いなさる!!こんな状態でどうやって装填せいというのか―――!!?

 

 

高速で動き回る戦車にブン回されながら、揺れる視界とブレる意識の果てに俺は思った。

 

 

―――俺とまぽりんの戦車適性、相性最悪じゃね?? と―――。

 

 

俺とまぽりんのファースト戦車道は、こうして(試合内容という意味では)クソミソな結果に終わったのだった。

 

 

 

 ――月――日

 

 まぽりんの戦車から降ろされました。(残当)

 

 もうね、まぽりんの視線がクッソ冷たいの。「この役立たずが」と言っているように見えるの。失望しました。那珂ちゃんのファンやめます(2度目)

 俺のこの全く大きくならなかった身体は高速で動く戦車と致命的に相性が悪い。動き続ける戦車の中では俺は姿勢を保てず、故に安定して装填を続けることができない。そしてそれは常に動き続けるまぽりんの突撃姿勢と相性が最悪だった。

 

 ああ、このガチロリ体型とペドホイホイな小柄体格が恨めしい―――。

 

 今日は紅白戦。まぽりんとは別のチームに分けられた。つまり敵にまぽりんがいるという事である。―――絶望じゃね??(迫真)

 

 なお、俺は捨て駒として周囲のメンバーから弾かれた所謂「コミュに適合できなかったメンバー」を寄せ集めた集団の一員として、“まぽりんが突撃してくるであろう地点”に肉盾扱いで配置された。搭乗車輛はヤークトティーガー―――って言うかこれ絶対中等部では誰も扱えなくて放置されてただけの車輛だろ(確信)

「できるだけ大きくて硬い戦車を用意してやったから、精々時間を稼げ」と来たものだ。言い方にもムカついたし、昨日まぽりんに振り回されてばっかりで全然動けなかったのもあるし、フラストレーションは溜まりまくっている。

 

 

 

    ―――やってやろうじゃん? “!?”

 

 

*****

 

 

「―――舐められたものね」

 

 試合開始と同時に真っ直ぐ敵陣に切り込んだまほは、高台の上に座している“それ”を見た時、失望の色を隠せなかった。

 ヤークトティーガーの砲撃力は高く、重装甲に裏付けられた十分に過ぎる防御力がある。故に狭い道の上に用意して進軍を阻むという運用は間違いではない。が―――

 

「―――中学生に運用させる車輛じゃあないでしょ」

 

 ばっさりと斬って捨てる。ヤークトの砲弾は総重量30㎏にも達する。そんな連射の利かない車輛など、案山子と同じだ。

つまりは―――ただの壁に過ぎない。

 

「西住流を甘く見過ぎよ―――」

 

相手の砲撃を一撃躱して、一息に近づいて、それで終了。

 

あとはそのまま敵陣に切り込み、一人で勝負を終わらせる。相手が別方向から攻勢に出ていたとしても守備隊が護っている間に事足りる。それがまほの認識であり、普通の戦車乗りの認識であった―――。

 

 

 

 

 この日、中等部に入学し西住流の時代を継ぐと目され、幼少より圧倒的な強さを見せつけ、『怪物』『傑物』『神童』と称され続けてきた西住まほは、自身の了見がまだまだ狭かったことを知る―――

 

 

 

 

       己の敗北、チームの敗北という形で。

 

 

 

 

*****

 

 

 わーい!装填たーのしー!!(ナチュラルハイ)

 

ホラホラどんどん撃って!どんどん装填するよー!

 

ヘイヘイ!どうしたぁ!敵さんビビってるよー!超ビビってるよー!

 

逃げるヤツぁ敵車輛だぁ!逃げないヤツぁよく訓練された敵車輛だぁ!

 

 

 

本当に戦車道は地獄だぜぇ!フゥハハハハハーーーー!!!

 

 

 




******* JC → JK


 ――年 ――月 ――日

 戦車道カフェで、家を出た妹と再会した。

 正直驚いていた。あれだけの事故を目の当たりにし、あれだけの悪意に晒されてなお「まだ戦車道を続けて居るとは思わなかった」から。

 幼いころは活発で悪戯好きなところのある妹は、中等部から鳴りを潜めて大人しく我を殺している印象があったが、根にある芯の強いところは変わってないようで何よりだ。

 それもこれも、きっと彼女が関係しているのだろう。

 できれば貴女の言葉で語って欲しい。いつか、機会に恵まれればいいのだけど



―――ねぇエミ、『貴女は何故、黒森峰(わたし)から逃げ出したの?』


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【 まほルート 第XXX話 この程度で諦めるなど天翔エミの恥さらしよ…… 】

思いついてしまったら止まらなかった。

あ、まほルート本編及びダージリンファイルズ内のどこにもつながりませぬ。




なので実質初投稿()


もうね、舐めてましたまぽりんの戦車道というモノを―――。

 

 

*****

 

 

「わぁぁぁぁぁぁ――――――!!!?」

 

 右に、左に、振り回されている。ガリガリと地面をひっかく音とともに戦車が振れる。中の俺たちも振り回される―――!!

 

「反応が遅い!!次、右60度!装填急いで!!」

 

 

―――無茶を言いなさる!!こんな状態でどうやって装填せいというのか―――!!?

 

 

高速で動き回る戦車にブン回されながら、揺れる視界とブレる意識の果てに俺は思った。

 

 

―――俺とまぽりんの戦車適性、相性最悪じゃね?? と―――。

 

 

俺とまぽりんのファースト戦車道は、こうして(試合内容という意味では)クソミソな結果に終わったのだった。

 

 

 ――月――日

 

 

 まぽりんの戦車から降ろされました。(残当)

 

 もうね、まぽりんの視線がクッソ冷たいの。「この役立たずが」と言っているように見えるの。失望しました。那珂ちゃんのファンやめます(2度目)

 俺のこの全く大きくならなかった身体は高速で動く戦車と致命的に相性が悪い。動き続ける戦車の中では俺は姿勢制御を保てない。故に安定して装填を続けることができない。そしてそれは、動き続けるまぽりんの突撃姿勢と相性が最悪だった。

 

 

 ああ、このガチロリ体型とペドホイホイな小柄体格が恨めしい―――。

 

 

 今日は紅白戦。まぽりんとは別のチームに分けられた。つまり敵にまぽりんがいるという事である。―――絶望じゃね??(迫真)

 

 

 なお、俺は捨て駒として周囲のメンバーから弾かれた所謂「コミュに適合できなかったメンバー」を寄せ集めた集団の一員として、“まぽりんが突撃してくるであろう地点”に肉盾扱いで配置された。乗車車輛はヤークトティーガー―――って言うかこれ絶対中等部では誰も使えなくて放置されてただけの車輛だろ(確信)

「できるだけ大きくて硬い戦車を用意してやったから、精々時間を稼げ」と来たものだ。

 

 

 ―――だが、如何せん先のまぽりんとの戦車道によって心がぺっきり逝きかけてた俺にそれに抗う術はなかった。結局のところ、どれだけ鍛えようと、所詮俺如きが抗うなど土台無理な話だったのだろう。

 

 実際のとこ、みほエリもまだやってきてもいないのだし、このまま空気に溶け込んでしまうのも仕方なし。人生からアイキャンフライするのもやぶさかでもなし―――

 

 

 

 

※※ ざんねん!おれのぼうけんはここでおわってしまった!! ※※

 

 

 

 

******

 

 

 

 ―――気づくと、見知らぬ場所に立っていた。

 

 

 

どっかの古武術道場のような空間。床の間には『虎に翼』『戦車馬鹿一代』と達筆で描かれている掛け軸に、リボンがキュート?なパンツァーファウスト。

 

 

「―――どこだよここ?」

 

 

辺りをきょろきょろ見回して、自身を顧みて―――

 

 

―――なんで俺、ブルマなん??(困惑

 

 

「―――ようこそ、ティーガー道場へ」

 

 

 唐突に黒髪JKが、鍵十字マークの付いた軍服にパンツァーファウストというスタイルで現れた。

 どこか既視感がある―――どっかで見たことがあるような、ないような、もっと老けていたような……??

 

 

 

「―――知恵捨ォ!!」―――ガォンッッッ!!

 

 

 

  俺の頭部に、刀に見立てた様に両手で持ち上げられたパンツァーファウストの打ち下ろしが轟音を立ててめり込んだ。

 パンツァーファウストの形状から考えると流血や脳挫傷不可避だが、何故かめっちゃ痛いだけでたんこぶ程度で済んでいる。なにここ?ギャグ時空??とはいえ俺の身体能力を以てしても全く反応できない神速の一撃に、一瞬意識がぶっ飛びかけた。というかかなり鍛えていた分割とショックなんだが……

 

 

「全く何を呆けているのですか、弟子一号」

「で、弟子?」

 

 

 どうやら俺はTS転生だけではなく突発性転移にも巻き込まれていたようだ。

 

 

「ここ、ティーガー道場は進むべき道の果てにある大いなる勝利に向かうこともできない軟弱者のための救済所。此度の選択、西住流にあるまじき失態。伏して反省なさい」

「いえ、私は「知恵捨ォ――――!!!」―――はい申し訳ありません」

 

 

 「私は西住流でも何でもないんですけど」と言いかけた言葉を遮るように再び”ガォン!”と振り下ろされた一撃を髪の先数本だけの犠牲で躱せたのは偶然か、わざと外されたのか―――いずれにしても会話が通じない相手っぽいので土下座って赦しを乞うてみる。

 

 

「―――まぁ、一応対策を用意して差し上げます。とはいっても最初の方は簡単な問題ですけれど」

 

 

 どっかで見たことのある既視感染みたものを感じつつ、土下座を継続。

 

 

「―――戻って違う選択肢を選びなさい」

「―――雑ぅ!!」

 

 

 思わず顔を上げた俺の目の前数センチにパンツァーファウストの発射する方(8.8cmロケット弾)が向けられている件。

 

 

「―――行動の指針が分かったなら、さっさと目覚めなさい」

「お目覚めバズーカ!?」

 

 

 轟音を立てて炸裂するパンツァーファウスト、もうもうと上がる粉塵とめらめらと立ち上る炎。その光景を背景に、黒髪JKは背を向けて去っていく。

 風景が止め絵状態になって徐々に遠巻きになっていく―――そして流れるのは

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ゲットワイルド!!?」

「ひゃぃっ!?」

 

 

 装填手の席で瞳を見開いて突如叫んだ俺に、周囲から驚きの声が上がる。

周囲を見回す。鉄臭い匂い、油の独特の臭気、狭い密室に女子が複数という独特の交じり合う匂臭。

 

 ―――あぁ、ヤークトの中だこれ(覚醒)

 

 

「―――て、天翔さん?大丈夫??」

 

 

 おどおどした様子でおずおずと声をかけて来る砲手の娘に「ああ、大丈夫」と返して状況を確認する。

今の状況は―――試合前。相手はまぽりんを含む紅白戦の敵チーム。こっちは“みそっかす混合メンバー”と“ヤークトティーガー”。

 

 そう、俺は『役立たずが』という目でまぽりんから放り出されて流れ流れてこの状況だった―――気がする。

 

 

「そ、そろそろ試合開始だから……」

「あー……うん」

 

 

 何かの夢を見て居た気がする。が、思い出せない。

状況をどうにか思い出そうとするより前に―――試合開始の通信が入る。

 

 

 

 

※※※ 天翔エミの選択肢に『やってやろう、じゃん?“!?”』が追加されました ※※※

 

 

 

 

 

 

※【実績】ティーガースタンプを1つ取得しました

 




『ぼくはわるくない』(遁走術)


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【 まほルート 第一話 親友(MY FRIENDS) 】

“大洗女子、M3中戦車リー、走行不能!!”

 後ろから追いついてきたシャーマン軍団。その背後から威圧感とともにやって来るシャーマンファイアフライ。M3中戦車、八九式中戦車、Ⅲ号突撃砲と次々に討ち取られていく。残るはフラッグである38tと、みほの乗るⅣ号のみ。

「―――もう時間の問題ですね」

 隣の逸見が呟く声を背景に、電光掲示板で見る卓上図を盤面として再現。敵フラッグの逃走ルート、追撃する大洗の走行ルート。後ろから追い上げるシャーマンたちの進軍速度。それらを加味して

「―――ああ、“時間の問題”だ」

 どこか自信の無いみほであれば、ここで心が折れる皆を奮い立たせることができるかが分水嶺だろう。だがそんな心配も想像も無意味と言いきって良い。


 何故なら今あの場には、みほを支える翼がある。


 エミがみほを奮い立たせる。みほが皆を奮い立たせる。相乗効果は竜巻の様に、その士気の高さが大洗に勝機を呼び寄せるだろう。
どれほどサンダースが上手に逃げ切ったところで所詮は「時間の問題だ」。
味方が追い付いたことで助かったと弛緩してしまったフラッグに、必死に避けるだけの“心”ももはや残っていないだろう。


 そして、想像通り、稜線射撃でフラッグを撃破した大洗女子が勝ち抜きを決めたのだった。


*****


「―――わたしたちの乗ってきたヘリを使って!」

 おばあさんが倒れて病院に担ぎ込まれた。泳いででも行くと騒いでいた少女に、そう叫んでいた。逸見と少女、冷泉さんとそれに付き添う少女、武部さんを載せて、黒森峰のヘリが飛び立って行く。

「――――ありがとう」

 みほの呟くような声はヘリの飛び立つ音でかき消されそうなほど。だけど確かに耳に届いた。答える必要はない。みほなら必ず勝ち残るだろう。すべては決勝で語ればいいだけだ。


「―――まほ」

行く手を遮るように立っていたのは、エミだった。

「―――何も言わないのかい?」
「―――今はその時ではない」


 エミの横をすり抜けて、その場を立ち去った―――。





「色々と語りたいことはあるけれど、今この場でそんな談笑をする空気じゃあないし、それにこんな場所で長々と会話していたら着替えたとはいえ試合後で汗をかいているから風邪をひいてしまうかもしれない。場所を変えるにしてもこのあたりの地理を知らないしヘリを貸してしまったので帰る時刻まで【今はあまり時間がない】。どの道勝ち進んでいけば決勝で会えるのだし、試合後にお互い語り合えるだろう―――かな?

 ――――圧縮言語過ぎてもうわからんね、こりゃ」




 その時のエミの言葉が私に届いていたら、そのまま立ち去ることはできなかっただろう。



『 ~ 副隊長に必要なスキル?空気を読む能力と、隊長の会話を翻訳する読解力かな? ~ 』

 

 

 

******* JK → JC

 

 

 ――月――日

 

 今日も平和だ。

黒森峰に入学して、まぽりんと同級生というフライング入学に絶望して、その後紅白戦でまぽりんを抑え込んで勝利に導いた存在として賞賛されて。

 

「―――きみのことを読み違えていた私の浅慮を謝らせてほしい」

 

 ―――うん。その場で頭を下げるまぽりんに胃袋がミシィ!ってしたけどその程度である。

 

 俺のこの体躯と反比例する装填スキルに対してなんか陰湿なイジメでもやってくる連中がいるのかと思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。

 どっちかというと俺、なんか小さい子供を相手にする対応をされてる件()

 

 なんだろうこの……なんだろう?俺の警戒心とかを返してくれ。なんかこう、黒い想像とか勝手な偏見をして過度に身構えてた俺が一番黒くね?むしろ生徒さん方に失礼だったんじゃね?とかそんなこんなで思考のデフレスパイラルである。(現在ストップ安を更新中)

 

 

 ――月――日

 

 俺とまぽりんの組み合わせが強すぎてバラバラに分けられた件()

まぁ、突撃するまぽりんが“後ろから撃って来る(ヤークト)の砲撃”の射線を悉く避けて突撃するんでミスショットが一切ないのが一番の原因だと思うが。

 とにかく二人が組むと暴力だったらしい。神速で突っ込むまぽりんと、それを援護射撃するヤークト。とにかくヤークトの砲撃が途切れない。俺はただガッコンガッコン装填するだけで砲手がガッツンガッツン撃っていくので俺が原因ではなく砲手の腕前なんではなかろうか?

 まぁなんだ……他の面々が練習にならないとかで俺とまぽりんがバラバラのチームに分けられて紅白戦とかすることに別に異議は無いのだが―――

 

―――「天翔には西住を当てろ!他では抑えられん!」って言うのやめない?

 

 実質俺とまぽりんが一騎打ちしてる間に他の面々が戦況を決しているという事態。これでチーム戦とかできるんだろうか?

 

 

*****

 

 

「お疲れ様、天翔」

「ああ、お疲れ、西住さん」

 

 練習を終えてクールダウン中、まぽりんに声を掛けられたので挨拶を返す。何やら不機嫌そうな表情のまぽりんであった。なんで?(素)

 

「―――私のことはまほでいいと言っているでしょう?」

「悪いね。こういうのは中々直せないもんでね」

 

 無論、嘘である。

俺如きがまぽりんをファーストネームで呼ぶとかイカンでしょ?百歩譲ってさん付けでしょ?そんな俺の内心を知ることなく、まぽりんは何やら我に秘策アリという表情。僅かに口角が上がって目の輝きが若干増している(間違い探しレベル)

 

「―――だが貴女の抵抗も一年で終わりよ。来年は、私の妹が中等部に上がって来るのだから」

「―――、へぇ――――」

 

 内心の動揺を抑え込み、適度な相槌でどーにか誤魔化す。ここで早速みぽりんに繋がる情報が出て来るとか思わなかったわ。まぽりん色々と軽くない?何でこの子が原作アニメであんな固くなるん??(疑問)

 

「まぁ、それは良いとして。天翔、今日の勝負はわたしの勝ちだ」

「―――いや、私たちが勝ったろ?」

 

敵フラッグを討ち取ったのは俺たちのチームである。其処は間違えてはいけない。

 

「いいや、私が貴女に有効打を与えた。あのままならば私が貴女を撃破して残りの面々を殲滅していた」

「いや待った西住、それは詭弁だろ。実際私がお前を抑えている間に味方がフラッグを撃破した。これは揺るがない事実だろ」

「それは私の敗北ではないわ。だって『私がフラッグだったなら勝っていた』」

 

 いや、それを言ったらダメだろ。

 

 ―――まぽりんはまだ一年生だ。なので年功序列の上でフラッグを任されることはない。そもそもフラッグ戦の場合、まぽりんをフラッグにしたら、“フラッグ車が誰よりも真っ先に突撃する軍団”が出来上がる。心臓に悪いことこの上ない。

 

 

 

 なお、この後まぽりんは上級生に「クソ生意気な事言ってる一年坊がいる」と目を付けられ、呼び出された結果―――

 

「天翔!援護は任せた!!」

「後で(巻き込んだウチのメンバーにジュースとか)奢れよ!絶対!!」

 

俺とまぽりんで呼び出した上級生たちを戦車道にのっとって逆にぶちのめし、「虎の翼」とか言う謎の異名を付けられる羽目になった。罰ゲームかな?()

 

 

 

 ――月――日

 

 今日は黒森峰と聖グロリアーナの一年生の対抗練習試合である。が―――なんか普通に勝ちました。開始とともに進撃するまぽりんとまぽりんについて統制の取れた進軍をする部隊と、それに後ろから付いていくヤークトの中の俺。

 まぽりんの突撃をやや削られながらも受け止めるグロリアーナの防御力には流石にぎょっとなったが、まぁ全く問題になってなかった。

 

 何故かって?ここにヤークトと、装填時間3秒弱の俺がいるからさ()

 

 通常ならまぽりんの突撃を受け止めて、逆撃とばかりに浸透強襲戦術でじりじりと圧し返して磨り潰す目算だったのだろう。が、ここには『3秒くらいで次弾を吐き出す冗談のような存在の重戦車』がいた。当然の如く防衛陣は削り取られ、削られた部分の立て直しを赦すほど、西住まほは甘い存在ではなかったということだ。

 

 

*****

 

 

 快勝の祝いにノンアルでかんぱーい!してたら「よろしいかしら?」と声を掛けられた。振り返ったらプラチナブロンドをお下げにした少女を伴った一人の女性が立っていた。立ち居振る舞いから考えて一年生ではなさそうだ。

 

「―――失礼。私は聖グロリアーナ二年生の***と申しますの」

「はぁ……黒森峰一年の天翔です」

 

個人名で名乗るってことは原作でネームドにならないモブの娘かね……?それよりなによりお付きでついてきてる方の子の目力ハンパないんですけど

 

「こっちの子がどうしても一言言いたいらしくてね?」

「―――これで勝ったと思わない事ね!!」

 

 横にずれた女性と入れ違いで前に出た少女は俺に向かって指を付きつけるとそんなことを喚き始めた。

 

「あの人間離れしたヤークトの砲撃さえなければ私たちは西住まほの進撃を食い止めて勝利しておりましたわ!あのヤークトの連射性能のおかげだということを忘れないことね!」

「―――はぁ。それで?」

 

 どうコメントしろっていうのか(素)

え?何?負け惜しみ言いたくてここまで来たの?どういうことなの?なんなのお前?そもそもヤークトで装填手やってたの俺なんですけど?相手見て文句言えよおう(威圧)

 

「―――だが、相手の戦力を把握しきれなかったことが貴女の敗因でしょう?」

 

俺たちの間に割って入るようにやってきたのはまぽりんだった。まだ開いてないノンアル缶を俺にひとつ手渡し、少女の方へ鋭い目を向ける。

 

「ええ―――わかっておりましてよ。これはただの言い訳。見学のお子様に言う話では御座いませんけれど―――」

 

 は?見学??誰が?――――俺が?

 

「まさか戦車の中にゴリラが乗っているとは思いもしませんでしたから」

 

 

 

  ―――あ゛?(重低音)

 

 

 

「30kgに及ぶ砲弾を高速装填するなど並みの中学生には不可能。二人がかりで装填するヤークトティーガーだとしても二人とも全身筋肉のような存在に決まっております。搭乗メンバーの整列時にそれを隠し通せたそちらが上手だっただけのこと」

 

 無言で俺を見るまぽりん。俺もどう反応していいかわからんので見ないで欲しい。

 

「―――それで?件の人間ゴリラは何処に居りまして?わたくし、ライバルと見込んで紅茶を贈るつもりで持参いたしましたのですが?あ、それともバナナの方が良かったかしら?」

「あー……ならバナナの方がマシだな。私珈琲党なんで」

 

 俺の声に「はぃ?」と振り向いた少女に

 

 

 

「ドーモはじめましてお嬢=サン(フロイライン)。野生のゴリラです」

 

 

 

 

そのまま襟首を掴んで胴上げしてやった。襟首を掴んでるのだから落とすことはないし、それほど高く上がるわけでもないのに悲鳴を上げるとかどうかしてると思う(雑感)

 

 

*****

 

 

後に『ダージリン』の冠名を授けられ、当代四強の一角を担う『守りの天才』にして聖グロリアーナの隊長となる少女は、この日のことを後にこう語る。

 

 

『生きた心地が致しませんでした!あの日の屈辱は忘れませんからねッッッ!!』

 

 

 




 *****


 ――年――月――日

 彼女と私は互いに切磋琢磨する関係になった。
敗北を経てこそ得るモノが在る。という言葉に倣うのならば、私が手に入れたのは、彼女だ。
そして同時に、私が手に入れた彼女が居れば、まさしく「(ティーガー)(天翔)」と言っても過言ではない。
ただ、彼女とはもっと近しい関係で居たいのに、彼女は私を名前で呼んではくれない。

 やはり私の方から彼女を名前で呼ぶべきだろうか?



 ――年――月――日

母から指導を受ける。「西住の女である以上、無駄な口を叩くことは悪徳である」と語って聞かされた。成程確かに、口は災いのもととも言う。私も精進しなければ……

 試しに母の真似をしてみるとしよう。きちんと習得できれば良いのだけれど……


 ――年――月――日

 上級生に呼び出され、「指導」と称した“かわいがり”を受けることになった。
正直にいう事は美徳だと聞かされていたのに、何が悪かったのだろうか?
呼び出された件で戦車道で指導を受けることを教えて今日は戦車道に参加できないことを彼女に言伝すると、彼女は自分の戦車のメンバーを集めてヤークトで援軍にやってきた。
「後で奢れよ」と言う彼女の心遣いを有難く受ける。
私の背中を彼女が護ってくれている限り、私は誰よりも強いと自負できる。
この「指導」で、それを強く実感していた―――。


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【 まほルート 第二話 突撃!知波単魂(ラブハート)】

「うぅ……ひどい目に逢いました……」

 這う這うの体で黒森峰のテントを後にした少女は、腰の抜けた間抜けな姿を誰にも見られたくないのか木の影を縫うようによろよろと歩き、へなへなとその場に座り込んだ。

「―――古人に曰く。“口は禍のもと”よ。いい勉強になったでしょう?」
「―――お姉様、楽しんでらっしゃったでしょう?」

 咎めるような視線を正面から受け止めて「ええ、当たり前じゃないの」ところころと笑う上級生の少女。

「―――まぁでも、わかったでしょう?言葉とは武器であり、防具なの。相手を傷つける刃になるし、身を護る盾にもなるのよ。英国淑女はね―――目で見て耳で聞いて、そしてそれを口で彩って糧にするのよ」
「―――わかっておりますとも……うぅ……」

 ちょっと煽るつもりがあの体たらく。己の言葉の軽率さを身にしみて感じた少女は改めて言葉というモノの重みを理解し―――三年の時を経て、彼女は色々な意味で周囲を振り回す存在に成長することになる。誰が相手でも常に気品を持って優雅たれ、ただし天翔エミテメーは駄目だ。とばかりの態度の豹変ぶりに、慣れていない人物は戸惑いを隠せない二面性の淑女となるのだが、その原因となった人物は、そんなことを覚えていなかったため「まぁダージリンだし」で済ませたりもするが―――それはまた別の話。



【 ~ 圧縮言語を翻訳する方法?相手を理解しようというフィーリングかな? ~ 】

 

***** JC → JK

 

 

 丘の上に布陣して、吶喊してくる敵を薙ぎ払う黒森峰女学園の姿。

試合結果の映像を見ている生徒会の面々も、その圧倒的な火力に声もない様子である。

 それでも弾幕を突破して肉薄した隊長の西絹代が操るチハをあわやという所で冷静に撃ち抜き、黒森峰に軍配が上がった。

 

勝利者インタビューに「当然の結果です」とだけ答えた西住まほの様子に、みほは少しだけ悲しそうな表情を見せる。

 

 そんなみほの背中をぽんぽんとあやすように叩いて、少し思案する様子を見せていたのは天翔エミだった。

 

「―――圧倒的過ぎてどうしたらいいのかもわかんないねぇ……まぁ、この後勝ち抜けたらの話なんだけど」

「ですが……勝たねばなりません」

「ええ……勝たないと、うちの学校は……」

 

暗く沈んだ声の河嶋桃、小山柚子の二人とややあきらめを含んではいるが空元気で明るくしようとしている角谷杏の声。

 

「―――まぁ、勝ち目なんざ最初からひとつしかないですがね。その辺はみほもわかってるだろうし」

「―――分断作戦によるフラッグ車の誘導・隔離による強制一騎打ちからの斬首戦術。これしかありません」

 

 重く低いが確信を持ったみほの言葉に、一縷の望みと生徒会が顔を上げる。

 

「誘導は多分できるんだ―――私がいるからね」

 

 エミが言葉を引き継いで、画面の向こうのまほを見つめる。

 

「まほは多分、私に執着している。だからきっと、私の行動次第で、私を追ってくる―――と、思う」

 

だから、と続けることをせず、エミはみほの方に視線を投げた。大事なところはみほに任せるという様子を受けて、みほが頷きで返して顔を上げる。

 

「―――今は皆の練度を高めないといけません。決勝戦は20輛ずつのフラッグ戦。こちらは5輛しかいないので、隊長との決戦の間、他の車輛を引き付けられるように―――」

 

みほの言葉に頷きで返す生徒会メンバー。より一層の練習と、他の戦車の捜索に熱を入れる面々で「それにしても」と杏は画面を再び見やる。

 

「勝って当然。とか常勝黒森峰は言うことが違うねぇ……」

「あ、生徒会長。それは違いますよ。ね?エミさん」

 

杏の言葉に否定を示してみほはエミの方を見た。エミは少しだけ考えるそぶりを見せて―――やがて口を開く。

 

「―――『先の大会の敗戦から戦術ドクトリンの見直しを図ったこともありますが、知波単学園の突撃の練度は高く、この苦戦は“当然の結果です”。むしろ知波単に賞賛を贈りたいと思っています』―――かな?」

「うん。私も多分、そう言っているんだと思う」

 

 コクコクと何度も頷きを返すみほが笑顔で「やっぱりエミさんはすごいなぁ」と言っている横で、翻訳を聞いた杏は困ったような顔でエミに聞いた。

 

「あのさぁ天翔ちゃん?何でそこまでわかんの?」

 

問われたエミは、杏にこう答えたという。

 

「―――慣れです」

「そっかー、慣れかぁ」

 

杏はそれ以上の質問を止め、再び画面へ目を戻す。

 

「ははは!!西住殿は相変わらずのご様子!ですが西住流にそこまで言われると何とも面映ゆいですな!知波単の誉れとさせていただきたく!」

 

 豪快に愉快そうに笑う西絹代の姿があった。

 

 

 

****** JK → JC

 

 

 

 ――月――日

 

 無事二年生になったので、これまでの一年を振り返ることにした。

あの「上級生のかわいがり(ただしかわいがりする方は逆)事件」から、まぽりんが上級生よりも立場が上になったのでなし崩し的にフラッグ車を任されることになり―――周囲の胃痛が増えた。

 まぽりんは相変わらずまぽりんのままというか……周囲の人間のステータス的なものを把握したうえで『そいつがポテンシャルの最大値を出した場合』を想定して動いてくる。なので周囲としては常に限界ギリギリで全力疾走し続けている状態なのだ。当然、限界を要求され、毎回その限界を超えて行っている面々の伸びは素晴らしく良いのだが、同時に心も折れやすくなる。

 俺にできることは少ない。できることと言えばガッコンガッコン装填することと、飲み会やって連帯感を増すことで折れた人間が戦車道を辞めづらくさせる位だろう。ノンアルをグビりつつできたてのソーセージをガブリのコンボは偉大。シュトロハイム先生も「ドイツは世界一ィィィィ!!」と言っているだけのことはある。

 飲みニケーションを馬鹿にしてはいけない。大多数と同じことをして同じように盛り上がる一体感というのは人を結束させるのに最も適している。

 故に俺は黒森峰を支えるために今日もノンアル片手にソーセージをカッ喰らうのだ(理論武装)

 

「「「―――乾杯(プロージッド)ッッッ!!」」」

 

 

 

 ――月――日

 

 振り返り(記憶)上映会二日目の巻。 まぽりんが隊長に、俺がまぽりんの推薦で副隊長に就任―――やめてくれよ(震え)

 俺は装填しかできない人種なんですよまぽりん。副隊長とかあかんねん、他の人にして?という言葉を丹念にオブラートに包んで説得してみたが、「エミが最適だ」で譲らなかった。ちょっとよくわからないです(胃痛)

 ここ一年の間、色々な相手と練習試合やったし、中学生戦車道大会にも参加した。

 多分ケイだと思しき人とかおケイさんの先輩っぽい裸ジャケット疑惑のミさんとか、あと継続のスナフキンとかスナフキンの先輩枠にいるミの人とかBC自由がBC自由だったり、目立たない方のミの人がいたり、まぁ色々―――濃かった(雑感)

 ただ残念なことにアンチョビと思われる人物とは出会わなかった。まぁアンチョビってアンツィオに高校進学時に推薦でスカウトされてからあの姿でドゥーチェやってたので探す難易度がクッソ高いのだろうけど―――できればまほチョビの種を生み出す絶好の機会だったので是非見つけ出したかった……(欲望)

 

 中学生大会?3秒で弾丸を吐き出す固定砲台と呂布がいるのにそこいらの厨房に負けるはずないだろ(迫真)

 

 

 

 ――月――日

 

 振り返り(記憶)上映会三日目。

 常勝黒森峰と謳ってはいるがそれは大会での話。練習試合で悔しい思いをすることだってあったし、勝利で〆てノンアルでかんぱーい!する流れだって多かった。

 とまぁ語ってきたが、この一年で一番面倒な事態が起きたとすれば―――まぽりんにある。

 

 端的な言い方をすると、まぽりんが「西住まほ」になったことだろう。

 

鋼の心=西住流 とばかりに語彙が少なくなったというか、言葉を交わすことが少なくなった。冗長な会話をすることがなくなり、代わりに皆に対して短い言葉で命令とも何ともつかない会話ともいえない会話を行うようになる。

 

 俺は思った。「これは確実に今後の禍根になる」と(確信)

 

 のちの黒森峰の歪みがもしもこのまぽりんの態度による黒森峰の空気の変質が原因だとすれば俺はここで座して待つべきではない。まぽりんの作り上げる空気をできる限り緩和すべきなのだ。

 西住まほという女性と深く付き合うことのない新入生や、そもそもまぽりんに苦手意識を持っている人物なんかは、まぽりんの言葉に不快感や疎外感、或いは敵意に近しいものか隔意を覚えるかもしれないが、それは間違いなのだ。

 西住まほは戦車道には真摯な人物であり、また、同じように戦車道に打ち込む仲間をないがしろにする性格などでは決してない。言葉からは伝わりにくい真意をくみ取れなかったことで隔意が生まれ孤高≒孤独になるまぽりんなど俺としては見たくない。みほエリのために入学した俺が一年というフライングを果たした結果、出来上がったまぽりんとの日常は、俺の中でそんな決意を固める程度には未練を作っていた。

 

 『行間を読む』というのは基本、空気を読まない人間には難解なシロモノだったという感想を添えて、言語フィルター取得の難しさに変えさせてもらいたい。

 

 

 

*****

 

 

 

「―――操縦手としてレギュラーを取れない立場なのは分かっています。けれど、私は操縦手として戦車道を続けたいんです―――!!」

 

血を吐く様な下級生の言葉に、まほは表情を変えることはなく

 

「そうか―――装填手の練習を積んでおけ」

 

ただ一言、そう言った。

 そのまま背を向けて歩いていくまほの姿に、その場で膝を突きさめざめと涙を流す一年生の肩をとんとんと叩くものがいる。子供と見間違うほどの体格のその少女は、西住まほと並び称される【装填の鬼】、天翔エミだった。

 

「―――ごめんね。まほはいつも言葉が足りないんだよ」

 

 頭を下げてから少しお道化た調子の声で、子供をあやすように語るエミの言葉に、知らず一年生の少女は聞き入っていた。

 

「多分だけど―――あれは、『操縦手として必要な操縦のセンスは一朝一夕で身に付くようなものではないが、その道を目指すのならばまず基礎体力よりも体幹とシフトレバー操作のための広背筋及び上腕筋の筋肉を鍛えることが必要だと私は思う。なのでそれらを効率よく戦車道をしながら鍛えたいのならば【装填手の練習を積んでおけ】、それらが貴女の成長を邪魔することは決してない』―――って感じの意味だと思う。

 

 ―――大丈夫。西住まほは誰も見捨てたりしない」

 

「―――ありがとうございます。天翔副隊長―――」

「礼なら道を示してくれたまほに言いなよ。私にできるのはこの程度さ」

 

 ニッコリと笑顔を見せたエミは、一年生の傍を離れまほの方へと駆け出していく。エミの向かう先では、表情が変わらないまほが、眉だけを困ったようにひん曲げてエミを待っていた。

 

 

 

*****

 

 

 

 ――月――日

 

 今日は俺の待望の日である!そう―――

 

 

「―――ついに!(みほとエリカが)やってきたわに!!」

 

 

ここから俺のみほエリを成し得る栄光の覇道(ロード)が始まるのだ!!!

 

 




******

 ――年――月――日

 二年生になり、私は決めた。彼女のことを名前で呼ぶことにする。
以外とすんなりと彼女はそれを受け入れた。
「だから私のこともまほと呼ぶように」
「いやそれとこれとは別問題だろ」
 ―――何故だ?


 ――年――月――日

 彼女が「まほ」と呼ぶまで返事をしないことにした。
周囲の騒音がぐっと減ったが、私の精神的にもやや辛い……
だが、彼女ともっと強い信頼関係を結ぶためにはやはり名前で呼び合うことが必要になる。私がそう信じるのだからきっとそうだ。


 ――年――月――日

 下級生が何やら彼女に抗議らしきものをしていたようだ。
翌日、彼女が私を「まほ」と呼ぶようになった。下級生が何か意見を具申したことと関係があるのかもしれない。
 「エミ」と呼ぶ私と「まほ」と呼んで来る彼女。うむ、悪くない。


 ――年――月――日

 この一年を振り返っていた。とアルバムを整理しているエミに釣られて一年を振り返ってみた。
 数々の強者と対戦を繰り返してきたと同時に、思う。
 ―――やはりエミは反則だと。
装填だけでも目を見張るものがあるが、何よりエミに恐怖を覚えたのは対継続戦だった。執拗にゲリラ戦術を繰り返し決して正面から相対したりしない彼女たちの猛攻に、足回りの弱いドイツ戦車は動けなくなったものから脱落していった。
 エミの乗るヤークトも、履帯を狙撃されて立ち回れなくなったその時、
「ああ、ヤークトの支援射撃はもう無理だと思う。なんで、私偵察に出るから連絡を待っててくれ」
 そう言って戦車を飛び出したエミは、縦横無尽に森林の木々を飛び跳ね、戦車の弱点である上空を巧く利用して敵車輛の配置をリアルタイムでこちらに送り続けた。当然、隠れることのできなくなった継続車輛は私たちに討ち取られ、私たちの勝利となったのだが―――エミの身体能力がどれほど反則染みているかを目の当たりにした私としては。その力が私たちに向いていないことがどれほどまで幸運なことかと胸をなでおろすばかりだった―――。

 敵に回すと恐ろしいが、味方で居ると心強い。エミに対する忌憚なき意見だと思う。


 ――年――月――日

 みほが黒森峰に入学してきた。一緒に戦車道をできることは何より嬉しい。
しかし妹に箔を付けるためにも副隊長に就任させたいのだが、エミは私にとっても重要な存在―――どうしたらよいのだろうか……?


 ――年――月――日

「妹さんに箔をつけたいんだろう?」
そんな言葉と共に副隊長を退くとエミが伝えてきた。私の考えていることを的確に読み取って、その想いを組んでくれる友人がいることに深く感謝したい。
 同時に少し不安でもある。みほが副隊長という重責を重荷に感じないだろうかという点と、副隊長だったエミの求心力が、良からぬ方向に走らないかという点。
「しばらくの間は私がサポートするよ」
エミに不安を伝えると、最初から答えを用意していたのだろう、そう言ってくれた。何事にも私の内心をくみ取ってくれる。エミはやはり得難い存在だと思った。
 これからもエミが傍にいてくれるのならば、たとえ万の軍勢であろうとも臆することなく戦えると真に思う。





******

 ――月――日

 「隊長と何があったのか知りません。知るつもりもないのです。
 でも怖いんです。この冷戦状態をどうにかしてくだしあ」
そんな嘆願を下級生・同級生全員分集めて総勢30名ほどの『決死隊』と書かれた鉢巻を付けた集団に土下座されました(白目)

 いやもうほんとやめてくれよ私が何をしたって言うんだよ(胃痛)

追記:「まほ」と呼ぶたびに胃に微ダメージが入る。慣れてくれるといいなぁと思いつつ今日も胃薬をかみ砕く。


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【 まほルート 第三話 (アンチョビ回?)そうだよ。 】

―――戦車道高校生大会2回戦。対アンツィオ戦である。

「はーっはっはー!!」

 オープントップの車に足かけハコ乗り状態で登場したのはドリルツインテの総統、ドゥーチェ・アンチョビその人である。

「久しぶりだなぁ!!天翔ォ!!!」

 前に飛んで車から降りたドゥーチェは盛大に生徒会長をスルーして俺の手を強引に掴んでブンブンと上下に振って来る。加えてそのままハグから頬スリスリのコンボである。イタリア式ご挨拶なのだが俺の胃が軋み続けている―――どこか遠くの方から視線も感じる。
 即座に離れたいのはやまやまだが、頬をスリスリしてたチョビが目線を合わせた後、唐突に滂沱の如く涙を流し始めた。

「ごべんな゛ぁ゛……わだじがアンヅィオ゛を選んだばっかりにあんな゛ごどにな゛っでごべんな゛ぁ゛天翔ぉ……西住ぃ゛……ずっどな゛ぁ゛……、後悔はじでな゛い゛げどぉ、ずーっど気に病んでい゛だんだよ゛ぉ゛……!!」

 ずびずびと鼻を啜る音を響かせながら涙声で懺悔の様に「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と繰り返すチョビ。節子、これアカンやつや(胃痛)

「わたしがぁ……わたしがおまえたちといっしょにいたらさぁ……お前が全部抱え込む必要もなかったし、西住妹と一緒に黒森峰を辞めることもなかったんだぁ……!!」

 感情の振れ幅がでっかいチョビをよしよしと撫でることしかできない俺。後ろで呆然としていたみぽりんもその様子に困惑していた。

 時間にして5分ほど、『わぁんわぁん』ではなく『お゛ぉ゛ん゛お゛ぉ゛ん゛』と泣いていたチョビは、大泣きしていたかと思うと某柱の男の様にスッキリした顔で持ち直して見せた。

「―――ふぅ。すまないな、恥ずかしいところを見せた。はじめましての諸君ははじめまして。わたしがアンツィオのドゥーチェ、アンチョビだ!敵が西住流だろうと島田流だろうと、天翔であろうと私たちは負けない―――じゃなかった、勝つ!!」

 チョビは再び高笑いをしながら去って行き、後に残されたのは微妙な表情で絶句する大洗メンバーのみ―――

「いっやぁ……濃かったねぇ」
「―――いや、悪い子ではないんですよ?面倒見がいいし、何より強い」

 俺の言葉に、みほが「あっ」と声を上げる。

「―――もしかしてあの人……愛知の?」
「思い出したか。まぁ、そういうこと。―――強いぞ?安斎千代美は」

 俺はチョビが去っていった方を見ながらさっきまでスリスリされてたほっぺたを軽く撫でながら、思った。


―――とりあえずさっきのもピロシキノートに加算しておこう。(PPが1上がった)



*****



「アンチョビねーさん。あの人知り合いなんスか?」
「あ、私も知りたいですドゥーチェ」

運転手のペパロニの言葉に一緒に乗っていたカルパッチョが追従する。二人の質問に「ああ、そうだなぁ」と若干もったいぶった様子を見せたアンチョビは


「―――倒すべき敵で、最愛の友(ミリィオーレ アミーカ)だ!」


フフンと胸を張って誇らしげに宣言した。




『 ~ 今回まぽりんの影薄い……薄くない?(薄い) ~ 』

 

 

 

 ****** JK → JC

 

 

 

 ――月――日

 

 みぽりんが入学した以上、みぽりんが副隊長になるよね?って感じでまぽりんに話を切り出して「副隊長やめまーす」宣言をする。

まぽりんもその辺を考えてたらしく「感謝する」と頭を下げるまぽりんになんか悩んでる様子が見えたので、自前の珈琲振る舞いつつお悩み相談開始。

 で、原因は俺にあると。

 とはいえ俺は別にこれまで副隊長として仕事をしてきたというイメージが全くない。作戦出すのまぽりんだし、それを伝えるのが俺って感じの役割分担なんで、ぶっちゃけ装填手兼通信手という感じで戦車道をやっていた感じでしかない。なので副隊長がみぽりんでも全く問題はないと思うんだが―――問題は多分アレだ、みぽりんに飲みニケーションはレベルが高いという意味だろう。

 それならそっち方面俺がサポートすればいいだけじゃね?と思ったのでその辺を含めて語ったらまぽりんも安心したようだった。

 しかしこの隊長、妹にゲロ甘である。改めてそう思った。

 

 

 ――月――日

 

 みぽりんが副隊長に任命される。みぽりんが顔を真っ青にして壇上に上がって皆に顔合わせを行うのだが―――場内の空気が最悪です。なんでや()

 みぽりんの態度がどうとかそういうのではなく、まぽりんの方針にみんな何がしか言いたいことが溜まっている様子で、その空気に当てられてみぽりんが精神ダメージでゲロインに進化してしまいそうなほどに追い詰められている。これはちょっとよろしくない。

 

 

 この後めちゃくちゃ乾杯した。(プロージットォォォ!!)

 

 

 ノンアルによる場酔いもプラスさせて、みぽりんも交えて飲みニケーションで全部吐き出させてみた結果……俺は思っていたより周囲に評価されていたらしい。

 

 でもな下級生及び同級生(モブさんたち)には悪いんだけど副隊長とかガラじゃないんよ。こっちは装填スキルしか誇れるモンがないんよ。その装填も限界に達しててこれ以上の成長は見込めそうもないんよ。将来性考えたらみぽりん一択なんよ

 

 という俺なりの結論を、説得力のある理由を思いついた端から並べて繋げてジョグレス進化させた結果、周囲も納得してみぽりんも納得してみんなで笑って乾杯できた。とりあえずつかみはオーケーといったところだろうか……?

 

 

 

*****

 

 

 

「天翔副隊長以外に隊長の隣が務まるとは思えません」

「いきなりやってきて、『もう決まったことだ』*1と言われても……」

「正直、西住隊長の妹さんが副隊長に相応しいと思えません」

 

 否定的な意見を受けて、エミの隣で小さく縮こまるみほの背中に手を置いてグッと前に押し出すようにするエミ。「はわぁ」と声を上げるみほにエミは「胸を張りなよ」と声をかけた。

 

「皆の思う所はもっともだとは思う。みほさんはまだ黒森峰での日も浅いから心配するのも当然だ。だからまぁ、その辺は私がサポートするから心配いらない。それと副隊長交代の件だけど―――ぶっちゃけこの間私とまほで相談して決めた」

 

 どよめく周囲にエミはニッと笑顔で返し、ノンアルが注がれた器をぐいっと飲み干してテーブルにカンッと叩きつけるように置く。

 

「―――前からずーっと考えてたんだよ。もともと私は副隊長ってガラじゃないってまほには何度も言ってたし。なかなか聞き入れてもらえなかったんだけどね。まぁ、それはともかく、黒森峰は今まほがトップで、作戦命令もまほを中心として一個の生き物になってる。西住流かくあるべしって感じでね。でもそれだけじゃこの先どこかで絶対詰まるんだ」

 

 新たに注がれたノンアルで喉を潤して言葉をつなぐエミのその言葉に、皆一様に聞き入っていた。彼女の言葉を聞き逃さぬように、音がなくなったかのような空間が出来上がる。

 

「例えば攻勢と守勢の分隊を考えた場合、フラッグ車を護るための守備部隊への命令を、突撃したまほが担うのは間違ってる。かといって私にはそんな脳みそないし、そもそもまほの火力支援(ダイレクトサポート)で前線について行ってるんだから、後方の指揮なんか余計に無理無理。―――けれど、脳がもう一つあれば解決する。みほさんにはそっちを任せたい。加えて言うなら、彼女なら経験を積んでその先に活かせる」

 

 その先、というのは自分たちが卒業した後だと暗に語っていた。エミもまほも、まだ二年生の身でありながらとっくに先を見据えて行動していたという事実に、改めてこの飲み会に参加したメンバーは感嘆の声を漏らす。

 

「―――あの」

 

おずおずと手を上げたのは下級生の一人だった。少し自信なさげに上目遣いにエミの方を見て、口を開く

 

「さっきの西住隊長の『もう決まったことだ』というのは、その……天翔副隊長と決めたという意味で?」

「そうだよ。そのまんま何の裏もなく私とまほで決めたことだって意味*2。―――あぁ、そういう意味ではみんなの意見を聞かずに決めてしまったことは謝らなきゃいけないかもしれない」

 

後輩の言葉にそう言って「すまなかったね」と頭を下げるエミを慌てて止める後輩の少女。

 

「いえ!天翔副隊長が決めたことであれば私たちに異論はありません」

「そっか。まぁ、みんなが納得してくれたなら何よりさ」

 

 そう言ってエミは茹でたてで湯気を放つヴルストをフォークで刺してガブリとかぶりついた。

 モグモグと咀嚼する様子を見て周囲が小動物がモグモグしてる様子にほんわか癒されている事実を、エミはまだ知らない―――。

 

 

 

*******

 

 

 

 ――月――日

 

 三年生になったので(以下略)

二年生としての一年をみほエリの下地作りのために費やした(端的)

劇場版の子供時代に出てきた腕白でまぽりんを引っ張っていくレベルの快活さが何処へ行ったのかって程内向的で引っ込み思案なみぽりんを強引に連れ回して飲みニケーションで強引に周囲と交流させていく―――裏でエリカと交流して【フェイズエリカ】してるのを緩和していった。エリカは多少直情傾向で割と熱しやすいが、面倒見が良いツンデレなので、丹念に丹念にみぽりんと交流させることで結論を言うならどうにか関係を改善方向へ持っていくことができた。

 ただ、みぽりんとエリカに構ってる間放置してたまぽりんがスゴイ=フキゲンになってた。無表情で背景にチリッとした炎が揺らめいて見えるの。コワイ(確信)

 

 

 ――月――日

 

 会うたびに人のことをゴリラ呼ばわりしてた煽り罵倒厨がダージリンだと発覚しました。嘘だろ承太郎……(懇願)

 今後のみぽりんを決勝戦で救えなかった可能性を考えると俺が今コイツを再起不能にしたら最悪みぽりんが大洗に行った後で地味に詰む可能性があるやん……。過去の俺が問答無用でぶっ飛ばさなくてよかったと思った。

 

 

 ――月――日

 

 中等部大会も二連覇して破竹の勢いってのは学園に良いムードを呼ぶ。

が、まぁ適度に慢心し続けるという弱点もあるわけで……あわやピンチだったりした話もある。練習試合を申し込まれて伊勢湾に寄港。対戦相手は学園艦ではなく無名の学校。「しゃちほこ」だかなんだかって名前だったと思う。

 開幕突撃しようとしたまぽりんと先行偵察部隊は先んじて森中の細い山道の先に構築された分厚い防御陣を発見し、一旦進軍停止して後続との合流後に突撃しようと機を窺うことにした。この時点で俺の中にある種のデジャヴが過っていた。

 そんで、横方向に広がった索敵班からも恐ろしい速度で構築された防御陣の報告。これで三方を包囲する形で陣形を造られていることがまぽりんに伝わる。

 「無名と侮り過ぎたか……」と歯噛みするまぽりんの声。

 

 しゃちほこ、=愛知、中学、そして“常識的にありえない速度での陣構築”

 

脳内でパズルのピースが噛み合うように構築された。

―――『あ、これマカロニ作戦だ』

 まぽりんに「大丈夫だから」と一言断ったうえでヤークトの主砲で前方の防御陣を吹っ飛ばすと、書き割りの後ろでせっせと防御陣を構築している戦車たちが居た件。そこそこgdgdした戦況となったが、危なげなく勝利をつかみ取ったのだった。

 

 

 

*****

 

 

 

「三年かけてせっせと作ったんだがなぁ……“墨俣作戦”が破られるとは思わなかったぞ」

「あぁ……墨俣の一夜城か。そりゃこの辺の地方に良く似合ってる作戦だな」

 

 試合終了後、健闘を称える握手を交わすのは、黒森峰の装填手天翔エミと、チームを率いていた少女。三つ編みに眼鏡の地味っぽい少女。名前を―――安斎千代美。

 

「良い作戦だった。相手が黒森峰(うち)じゃなきゃ引っかかってやられてただろうさ」

「だが黒森峰には通じなかった―――それが全てだよ」

 

 かなり自信がある作戦を初見で見破られたショックからか、千代美の声は優れない。そんな千代美の下へと、まほがやってきた。エミにノンアルの入ったカップを渡して、千代美の前に立つ。まほの姿に一歩後ろに下がってノンアルのカップを傾けるエミ。対して黒森峰の隊長の突然の登場に慌てた様子で俯き、視線を外す千代美。

 まほは何を言うわけでもなく千代美をじっと見つめていたが、唐突に何かを思いついたように口を開いた。

 

「―――胸が重いのか?」

「はぁ!?」

 

 まほの言葉にびっくりした声を上げたのは千代美だった。いきなりセクハラから入って来る隊長の言葉にエミが呑んでいたノンアルを盛大に毒霧(プロレス的な意味で)に変えた。

 

「―――違うのか?」

「違うとか違わないとかそういう問題じゃない!!―――おいそこの!!お前のとこの隊長どうなってるんだ!?」

 

 顔を真っ赤にしてエミに詰め寄る千代美に、ノンアルを噴出した勢いで器官にでも入ったかげほげほとむせるだけのエミは答える術がない。そんな二人の様子を眺めるようにして、まほが首を傾げる。

 

「―――ずっと猫背でいるのでな。胸が重いのかと聞いただけだが」

「そんなわけ――――――――わけないだろ!!」

 

一瞬口ごもる千代美。PJを圧迫して存在を主張するそれに関して、思う所がないわけではないようだった。

 

「―――ならば胸を張れ、前を向け。自分たちは黒森峰をあっと言わせた存在だと誇示すればいい。正直なところ驚かされた。エミが居なければ奇襲を受けて半壊もありえただろう」

 

 まほが珍しく冗長になっていた。長々と喋るのは悪徳であると戒めてきたというのに、目の前の少女に言葉が止まらなかった。

 

「貴女は、貴方達は自分たちを誇りなさい。黒森峰(われわれ)と戦い、一時でも圧倒したと誇ればいい。私たちは常勝黒森峰、不退転の西住流。この名この身に自負がある以上、私たちを圧倒した貴女を認めよう。その強さを称えよう」

「―――お前……」

 

エミから視線をまほに戻す千代美に、まほは相好を崩して微笑んだ。

 

「私は黒森峰隊長、西住まほだ」

「私は……安斎千代美だ」

 

互いに名乗り合い、微笑みを交わす。猫背だった背をしゃんと伸ばし、胸を張って前を向く千代美。その視線はまっすぐにまほに向いていた。

 

「西住!今日は負けたが次は負けない!―――いいや、勝つ!!」

「いいや、次も勝つ」

 

 再び短文モードに戻り、無表情に戻ったまほに「むきー!」と気炎を上げる千代美。そんな二人の様子を見て、エミは一人背景と同化することを選んでいた。

『これはまほチョビ来てますわぁ』

そんな呟きを誰にも聞こえないように漏らしながら―――。

 

 

 

*******

 

 

 

  ――月――日

 

 「卒業したらウチ来ない?」とチョビを誘っておいた。あとメールアドレス交換とかした。

遠距離恋愛って拗れやすいっていうし、筆まめなまぽりんの想像がつかんし。メールもすごい圧縮してそう。

予想外のポイントでまほチョビの芽が生えた。みほエリと共に見守っていける気がする。だがツーラビッツ・ノーラビッツ、という格言もある。みほエリを第一に、まほチョビはできれば程度に抑えて置く必要がある。

 故にの「ウチ来ない?」である。

アンツィオは省略されたしぶっちゃけ大洗にみぽりんが行ってしまうルートでもたかちゃんのフラグ以外に見る部分ほぼないし、ナポリターン習得イベントがあるかないかくらいじゃない?と考えると別に気にしなくてもいいとこだと思うし、愛知から栃木に越境入学してアンツィオ立て直しに行くくらいなら熊本にも来れるんじゃね?と考えたわけだ。

 まぁ、原作補正が働くのならアンツィオに行ってしまうのだろうけど、そこは仕方がない。駄目で元々というヤツだ。

 

 

 

******* JC → JK

 

 

 

“P40、走行不能!よって、大洗女子の、勝利―――!!”

 

「―――諸君。試合だけが戦車道じゃないぞ!勝負を終えたら、試合に参加したすべてのスタッフをねぎらう―――

 

  ――――これが、アンツィオの流儀だぁ!!」

 

 というわけで始まりましたアンツィオのメシの流儀(NOT漫画タイトル)

貨物の中から出て来るわ出て来るわアホな量の食料が。

 

「ほら天翔ぉ!こいつはお前さんも得意な奴だろー?」

 

 試合前のテンションが戻って最高にハイッってやつだぁぁ!!!なアンチョビが俺に乾杯を促してくる。まぁ、みぽりんに任せることもできなさそうだし―――

 

「そんじゃ――――」

 

グラスを掲げるのに合わせて皆も思い思いにグラスを掲げる。

 

 

「「「「「乾杯(プロージット)ッッ」」」」」

「「「「「Cin cin――――!!!」」」」」

 

 

―――あ、そこ統一しないのか。

 

 

*1
『皆には悪いとは思っているが、天翔とも相談したうえで“もう決まったことだ”。これに異論があるのならば直接意見して欲しい。みほも一年生の身分、まだまだ至らぬところがあるだろうが、指揮等諸々を見たうえで皆の評価を聞かせてくれ』

*2
圧縮言語を理解している人間がいないので故意に「そういう事」にしています。




 ××月××日

 負けた。完膚なきまでの大敗北だ。
三年の期間をかけてホームグラウンドに作り上げたトラップも
即座に展開できるように仕込んだ書き割り式の戦車の壁も
何もかも打ち破られ無惨に討ち取られた。どうしようもない力の差に心が折れそうだった。
 だが、そんな負け犬の私に黒森峰の隊長は言ったんだ。「胸を張れ」と。
次こそは負けない。次こそは勝つ!下を向くのはもうやめだ。胸を張ること、常に自信であふれた私であれ!西住まほに、天翔エミに誇れる私であれ!!


 ××月××日

 天翔エミからは「卒業したら黒森峰の高等部に来ればいい。歓迎する」とお誘いを受けた。西住まほも満更ではなさそうな様子で、そこまで私を買ってくれたことがとても嬉しい。けれど私は、あいつらと肩を並べて同じ戦場で戦うよりも敵として戦いたいと願っていた。負けっぱなしで終わってたまるかとふつふつと燃え上がるモノが在るんだ。
 卒業前にスカウトにやってきたという栃木のアンツィオ高校のオファーを受けて、あいつらと敵対する進路に進む。
 待ってろよ天翔に西住!!私は今度こそ、新しい学園でお前たちと並ぶ戦車道チームを作り上げてみせる!!


 ××月××日

 アンツィオに編入して一年。まだまだ先は長い。
先代が残した遺産に、自分なりに金策したりして重戦車を手に入れるべく今日も出稼ぎだ。何か年計画なのかはわからないけど、受け継いだ意志を背負って進んでみせる。小さいながらも一国一城の主と言えるアンツィオの隊長になった旨を天翔と西住に慣れない操作で「お誘いを断ってすまなかった」謝罪と一緒にメールを送った。
 天翔からはお祝いの返信が、西住からは「再戦を期待している」と短い激励を貰った。目標へと前進する意欲が高まる。


 ××月××日

 戦車道高校生大会の黒森峰の敗北の記事。最初に受けたのは衝撃で、次にやってきたのは悲しみだった。
 彼女たちならばきっと常勝黒森峰を常勝のまま勝ち続けていると無条件に信頼していた自分が居たことに驚いていた。それくらい、彼女たちの強さを妄信していたのだろう。どうしよう、何も手に付かない。
 彼女らにどう声をかけていいのかわからない。自分がどういう立ち位置で居たいのかも、朧げでわからなくなっていった。


 ××月××日

 屋台を引いて出稼ぎ出張の日々。風の噂を耳にする。
 天翔エミと、決勝でフラッグ車の車長だった西住の妹が黒森峰を出て行ったらしい。頭の中が真っ白になったみたいだ。周りの誰の言葉もゆらゆらと届いて来ない。わたしが天翔の誘いを受けて黒森峰に行っていたら、私は彼女たちの力に成れたんじゃないのだろうか?彼女たちが折れる前に何か言葉をかけることもできたんじゃないのだろうか?

 たらればを考えたところでどうしようもないのは分かっているけれど、考えずにはいられない。

 実の妹も旧知の親友も失って、それでも西住流を続けなければならない西住まほは、今一体どういう気持ちで戦車道を続けて居るのだろうか?私はあの日あの時と同じ彼女たちに再会できるのだろうか?あの日と同じ思いでぶつかり合えるのだろうか?答えは出ない。まだ出してはいけない。


 ××月××日

 あいつらは諦めていなかった!何だ何だ全く心配をさせておいてなぁ!!

 ―――違う心配などしてなかったぞ。天翔は戦車道馬鹿で、西住は堅物の西住流。その妹もきっととんでもない戦車道馬鹿に決まっている。捨てようとしても捨てきれるものか!
そうだ。心配などあいつらには不要だったんだ!聞けばあいつらが再起したのは20年以上前に戦車道が廃れた学園艦。条件は私よりも悪いことだろう。

 ―――だからどうした?西住の妹だ、天翔だ。そんな不利なんか跳ね飛ばしてくるに決まっている!私が今できることはなんだ?すべきことはなんだ?

 ―――全力で、本気で、ぶつかることだ。我がアンツィオの全力で、天翔にあの日の続きを―――いや、あの日できなかった勝利をもぎ取って見せる!!


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【 まほルート OVA 「 これが本当の安斎千代美(アンツィオ戦)―――です! 前編 」 】

「ハァ……ハァ……ゼッ……ゼッ……」

 カランカランと地面に模擬弾が転がる。

三突の砲の高さに合わせた台の上に、砲弾を据えて拳で押し込む。


 これを10回1セット。それを繰り返す。回数にして実に6度。
三突の積載砲弾数54発分。その間装填を途切れさせないように。
それでも徐々に装填速度は落ちていく。最後は肩が上がらず、砲弾を持ち上げる動きものろますぎてどうしようもない程で―――

「―――ハ―――ハァ……ぁー……ぁぁー……」

 汗だくになりながら、精も根も尽き果てた状態で縁側に腰を下ろして仰向けに転がった。まだ理想には程遠い。

 あの装填を見てから、その姿が頭から離れない。


―――人知を超えていると言っていいあの速度、あの練度。


ちっぽけなその背中が、とても大きく、そして遠くに見えた。


―――あの場所まで追いつきたい。


―――あの境地まで至りたい。


―――私は“皇帝(カエサル)”だ。その名を戴き名乗っている以上、その責任を果たすべきだ。

 たとえ一時の恥を晒したとしても、己の名に恥じないように―――


「―――私を弟子にしてください」
「―――いや、無理」


―――断られた。



*******



「私のやり方は全く参考にならないから」
「そこを何とか!後生に!後生ですから!!」

 そう言ってきっぱりと断られた私だったが、そこで引き下がるようならカエサルなどと名乗ってはいない。米つきバッタもかくやと言ったペコペコ加減で全力で頭を下げてみせると向こうも明らかにたじろいだ様子を見せ始める。

「―――いや、でもなぁ……私の場合地力ありきなんだよ。パワーで無理くりに砲弾を持ち上げて、そのまま砲弾を持ち上げた勢いを殺さないようにして押し込んでいくだけなんで―――多分無理。っていうか不可能?」

 たどたどしくそう言って説明をしてくれるも、それで納得が行く私ではない。
だってそうだろう?目の前の少女はまるで子供と同じような華奢で可愛らしい姿をしているのに、私よりも力があるというのだから。
 そんな『納得が行きませぬ』という私の様子を見て、目の前の彼女は憮然とした態度で胸を張った。

「―――カエサルは、時速30㎞で走れる?」
「……は??―――あ、い、いいえ」

 時速30㎞となると100m走で12秒前後を出すタイムなのだが……瞬間でなら鍛えれば何とかなる……か……?

「垂直跳びで2m跳べる?」
「無理です」

一般的な高校生女子の平均値は40cm~50cmだ。

「ベンチプレスで150kg行ける?ダンベル何個持てる?」
「―――いや、あの……どこまで本当なんだ?」

思わず敬語を忘れていた。ちなみに150kgとなると専門の筋肉を作ったアスリートでも90kg程度の体重がないとおかしいとされる。筋肉密度の関係で最低でも85kg程度は科学的に考えて、なければ成立しない。

「ちなみに私は体重すくなめ、体脂肪率で言うと水に浮かばないレベルだ」
「何もかもがおかしい!!」

 思わずツッコミも入れるだろう。誰だってそうするはずだ。
そんな私の失礼な態度にも関せずうんうんそうだろうそうだろうと頷きを返してくる。

「だろう?私は自分がどうしてこんなパワーが出せるのか自分でもよくわかってない。ただ、子供のころからトレーニングは欠かしてないんで、凄いな人体って思ってるけど、それだけだ。そんでそのパワーを使って装填手としてやっていってる。教えることなんか何にもないんだよ。強いて言うなら―――効果的な身体の動きくらいか」

そう言って彼女は足元に転がった『Ⅲ号突撃砲用の砲弾』を片手で掴み

「―――ふっ」

 そのまま握力だけで支えて膂力のみで持ち上げ、流れるような動きで下から逆手を添えて肩まで引き上げて、目の前に在る『Ⅲ突の装填手の高さに合わせた台』にするりと叩き込んでいた。

「―――こんな感じで、足元にせよ、腰の高さの砲弾置きにせよ同じことでね?体重移動と力の移動でアレコレって感じ?詳しく説明するより身体で覚えたクチなんで、ね?参考にならないだろ?」
「―――はい」

 パッと見ただけで理解できるならば私は既に彼女の技術を体得しているだろう。理想としていたモノを本当の意味で手にするためにはまるで体力も筋力も足りないと言われ、流石に心が折れそうだった。

「正直なとこ、装填手で一番参考にできるとしたら―――桃ちゃんか、或いは秋山さんじゃないかな?でも、カエサルはカエサルのスタイルを貫くべきだと思う。今のままでも伸びしろはあるんだから、変に別の人のスタイルに合わせたら、成長できなくなると思うよ?」
「―――金言、有難くいただきました」

 柄にもなく焦っていたのだと、その時に気付いた。
きっと、あの子からのラインが原因なのだろう。



 ――月――日

 

なんかカエサルに「弟子にしてください」とか言われました。

……なんで?(困惑)

とりあえず俺の装填とかどう考えてどう参考にしようと全く役に立たんだろうというのが俺の結論なんでお断りします(AA略)した。

「そこを何とか」と言われたんで―――とりあえず俺とカエサルのスペック差を理解させたうえで、一回装填を見せて現実をわからせてみた。

 

 

 ――月――日

 

 みぽりんとカバさんズのやり取りとか聞きたかったので一緒にシェアハウスにお邪魔しつつP40のデータを調査。

「 そ れ だ !! 」  に参加しました。

超たのしかったです!!!

 

――追記

 

 家に帰って調子乗ってたことを反省して小指の爪を軽くベリッておいた。

アンツィオが相手とは言え気を引き締めなきゃいかん時に俺余裕すぎるからね!是非もないね!

 

 

 

 ――月――日

 

 声を掛けようとしたがスルーされて落ち込んでいるねこにゃー嬢を発見。

がんばれねこにゃー殿。でもお前さんの出番まだなんだ、すまんな()

 

 本来の出番より前に登場を許してしまうと今後の方針に歪みが出る可能性がある。俺の存在とまぽりんのあの進化がすでに歪みを生じていると言える以上、これ以上歪んで本筋がズレきってしまうとみほエリに致命的な影響が出かねないのだ。涙を呑んでスルーしよう!

 

 申し訳ないねこにゃー殿!俺あとできちんと自責の念を込めてピロシキするから!!

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

『Panzer Vor!!』『Avanti!!!』

 

 

二者二様の掛け声で、戦場を駆ける二つの車輛団。

 

かたやイタリア戦車団、アンツィオ高校。

もう片方はごった煮連合軍、大洗女子学園。

 

 

 

 試合のスタートは、静かに始まった――――。

 

 

 

 

「―――アヒルさん、ウサギさんは両翼の偵察に出て下さい。他の車輛はあんこうと一緒に正面を進みます」

 

 みほの号令に合わせて全車輛が動く。みほの緊張した面持ちとは変わって、38tの中のエミは楽天的だった。

 

 エミにとってアンツィオ戦は“勝確”の勝負である。原作を知っているからこその態度でもあるが―――しかし、天翔エミは忘れていた。

 

 

 

 

―――アンツィオの「マカロニ作戦が失敗に終わった後、どのように進化したのか」を―――

 

 

 

 

『こちらアヒルさんチーム!十字路北側にセモヴェンテ2輛、カルロヴェローチェ3輛、すでに配置完了しています!!』

『こちらウサギさんチーム。街道南側に敵発見!カルロヴェローチェ4輛、セモヴェンテ2輛が陣取ってます!』

 

 斥候として先行した2輛からの報告を聞いたみほは、敵車輛の数が多いことに違和感を覚えた。

 

「これ、やっぱりエミりん先輩が言ってたやつじゃない?『さすまた作戦』とかそういうやつ!」

「墨俣作戦、ですね」

 

 武部沙織の言葉に即座に訂正を入れた秋山優花里がみほを見る。砲手の出番はまだ先なので五十鈴華も思案顔で何やら悩んでいるようだった。

 

「―――確かめるしかないかな。 アヒルさん、ウサギさん。機銃と砲撃で牽制をお願いします。ただし、交戦になるようなら逃げてください」

『『了解!!』』

 

 

 その後、アヒルさん、ウサギさんから「配置されている車輛はすべて書き割りの偽物だった」という報告が届き、みほは脳内でのマッピングを張り直して中央を前進する方針を固める。

 

そうして前進を始めた直後だった。

 

 

『こちらアヒルさん!街道北側からF24地点へ向かう途中の雑木林の中にセモヴェンテ1輛、カルロヴェローチェ3輛発見!!防御陣地を敷いてます!』

「えっ―――?!」

 

アヒルさんチームからの焦ったような声の報告と

 

『こちらウサギさん!A20地点で敵影発見!ですがまた書き割りでした!すみません!勝手に攻撃してしまって!!』

 

ウサギさんから沢梓の申し訳なさそうな声が響く。

 

『ああ、また書き割りなのか。よっし!サービスエース!!』

「!?待って!アヒルさん!!」

 

みほの制止の声より早く砲撃音が響き―――

 

 

『うわっっわわわわっっ!!?』『きゃぁぁぁ――――!?』

 

 

通信機から悲鳴が轟いた。

 

 

「アヒルさん!応答してくださいアヒルさん!!」

 

 

状況が読めないみほはⅣ号を茂み(ブッシュ)に停車させてスロートマイクに向かって呼びかけ続ける。

 ほどなくして『こちらアヒルさん!』と応答が返り、みほはほっと胸をなでおろした。

 

『すみません西住隊長。書き割りの豆戦車とセモヴェンテの向こう側に本物のセモヴェンテが―――直撃は避けましたけど戦車は見失いました』

 

アヒルさんからの報告を受けて、みほは相手の作戦を推理し、そして戦慄した―――!!もしもこの想定が本当であるならば―――

 

「ウサギさん!アヒルさん!もし敵戦車の姿を見かけたら壊したりしようとせずに迂回してください!見つからないように!!」

『アヒルさん了解!!』

『え!?は、はい!ウサギさん了か―――きゃぁぁーーーーーー!?』

 

応答を返しているウサギさんチームのほうから悲鳴が上がり、続けて響くバチバチという装甲を叩く音で通信がままならない。

 

「ウサギさん!応答してくださいウサギさん!!」

『西住殿!!これは―――!?』

 

優花里の言葉にみほは顔をこわばらせたまま答える。

 

「―――無数の書き割り(ダミー)の中に本物が紛れてる。どれが本物かを調べようとして、本物が混じっていたら被弾する可能性が高くて、迂回し続けても多分―――どこかで対応しないといけないけど、敵の本体も分隊も、無数のダミーに隠れて探せない―――!!」

 

 侮っていたわけではない。けれど、心のどこかで油断があったとみほは猛省する。アンツィオにいたあの少女がいかに強かったとしても、以前にエミがその作戦を軽々と見抜いていた。ならば今度も―――という気持ちが慢心を生んだと、みほは薄く気づき始めていた。

 みほ自身に自覚はないが、みほはかなりの割合でエミに依存している。同じように、あんこうチームにも傾倒してはいるが、それは対等のお友達としての立場での傾倒であり、『己の立場も、過去も知っている信用ができる年上の人』というポジションに座っているエミに対して、心を預けている自分に気づいていない。

 ―――もっとも、気づいていないからこそエミは心労や胃痛程度のダメージで済んでいるというファインプレイなのではあるが。

 

 

「―――ウサギさんは退却してください!!7時方向へ回頭、街道沿いに山道を下って、本体の後方に回り込む形で敵戦車を引っ張ってください。もしも敵戦車が撤収を開始したら深追いはしないで!本体と合流する途中にもしも敵影を発見したらその場所を迂回して本体近くまで戻ってきてください」

『りょ、了解!!』

 

「アヒルさんはとにかく見つからないように街道北側を回って、発見した敵影の地点を教えてください。もし敵に発見されたらすぐに撤退してください」

『わかりました!!』

 

 通信を切って、ふぅと溜息を一つ。脳内のマップはすでにグシャグシャで、敵配置が正確に把握できない以上作戦の立てようがない。

 けれど逆にいうとそれもまた、敵の思惑通りという可能性がぬぐえない。

 

「でたらめに配置された大量の立て看板。その中に紛れた本物の車輛。

 これでは迂闊に動くこともままなりません……」

「どうしたらいいの!?もういっそ全部壊して回る!?」

「―――いえ、全部の書き割りを壊して回るにはそれなりに時間がかかります。それに、砲弾も……」

「書き割りがいくつあるかわからないが、砲弾は有限だ。むやみにバカスカ撃ってたら……あっという間に弾切れになって撃破扱いを受けるだろうな」

 

 あんこうチームが口々に意見を上げていく。みほはそのすべてを取り上げながら打開策を探すのだった―――。

 

 

 

******

 

 

 

『ねーさん!「マカロニ作戦Ⅱ(ツヴァイド)」大成功ッスよ!奴らビビって逃げていきました!』

「そうか。深追いはするなよ。あとダミーを破壊された場所は報告しろ。その場からすぐに撤退して別のダミーの裏に潜むんだぞ?」

 

 

 ペパロニからの通信を切り、宙を見上げる千代美。

その目はどこか遠くの、昔日を思い起こしているようだった。

 

 

「―――お前たちのおかげだぞ。天翔、西住―――」

 

 

ぽつりとつぶやいて、ギュッと手に持った鞭を握りしめる。

 

 

 

 

―――あの日、すべてをかけて挑んだ作戦は、無残に打ち破られた。

 

 

 

幾重にも仕込んだホームグラウンド上のトラップも、

 

 

三年間をかけて仕込んだダミーの書き割りも、

 

 

それらを使った考え得る限り最高の戦術も、すべて打ち破られた。

 

 

 

絶望の果てに、完敗の果てに、心が折れている自分を―――

 

 

 

 

“胸を張りなさい”

 

 

 

 

―――引きずりあげた(ひと)がいた。

 

その心に感謝を贈りたい。感謝の言葉よりももっと彼女が喜ぶであろう―――一撃で!

 

 

 

―――だから努力できた。

 

 

―――だから諦めずに居られた。

 

 

 

 わざわざ越境入学をしてまでスカウトを受け、学園艦にあるアンツィオ高校に渡り、牛の尾を蹴り鶏口に納まったのだ。

 

 

 

 すべてこの日のために。この日を越えた先のために。

 

 

 

「墨俣作戦をベースにしたマカロニ作戦をさらに改良した『マカロニ作戦Ⅱ』。天翔、これは私なりのあの日の答えで、お前への挑戦だ!!」

 

 

ニンマリと笑みを深める千代美の顔がスイッチを切り変えるようにアンツィオを導く偉大なる指導者、ドゥーチェ・アンチョビへと変わる。

 

 

 

「―――さぁ、大洗の諸君。我が友(アミーカ)天翔。

 このドゥーチェ・アンチョビの張り巡らせた「マカロニ作戦Ⅱ」、果たして打ち破ることができるかな?」

 

 

 

 




「何故だ!?アホンツィオと呼ばれるくらい単純で楽観的な連中がそろったアンツィオだぞ!?それがこんな頭脳プレーを繰り広げるだと!?」
「かーしま、うるさいからちょっと落ち着け」


ギャンギャンとわめき続ける桃ちゃんと、それをどうでもよさげな顔で干し芋を齧りつつ見ている会長。そんでオロオロしている柚子ちゃんと、俺。


正直なところ全くの想定外である。マカロニ作戦がより強大なⅡになって襲ってくるとか予想外にもほどがあった。っていうかマカロニ作戦Ⅱってカバさんがアンツィオの作戦をヒントに考え出した作戦だよな?おかしない?アンツィオが使ってくるのおかしくない??


え?これ俺のせい??もしかして俺のせいなの??過去の因果が助走つけてバタフライエフェクトで殴りつけてきた感じのやつ??俺責任とってピロシキすべきじゃない??


と、俺の脳内は今グルグルと超絶混乱中であり、まっとうにものを考えられる状況ではなかったのである―――。


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【 まほルート 第四話 「風は予告なく吹く  そんなものさ」 】

※※※ 注意 ※※※


今回の話にはガルパンスピンオフ作品「フェイズエリカ」の内容を含みます。
そういうネタバレはどうかと思う。な方はそもそも読まないか、読んでうえで頭を空っぽにして新鮮な気持ちで「フェイズエリカ」をお楽しみください(無理難題)


※※※ 注意終わり ※※※







―――戦車道高校生大会2回戦。 黒森峰女学園 対 継続高校

 その試合はある意味、一方的と言えた。

 遮蔽物の多い森の中に潜む継続の車輛。率いる隊長は【名無し】、皆からは「ミカ」と呼ばれている謎に満ちた少女である。
 
「―――全く。参ったね、これは……」

 フラッグであるBT-42の中でカンテレを抱えチューリップハットを目深にかぶって肩をすくめるミカ。
 森林の茂みを踏み潰し、細い木々を薙ぎ倒す黒森峰の巨体。


―――超重戦車、マウス―――。


その装甲は底板を除けば最も薄いところで60ミリ。通常狙える位置にある装甲は160ミリ、最も厚い部分で240ミリと来ている。

「どうするのー?ミカぁ」

同乗しているアキの言葉に困ったような表情で苦笑したミカは、答える代わりにカンテレを軽く爪弾いた。

「―――風が凪いでしまっている……勝算はまるで無いね。ここは敗北を受け入れよう」
「えー?まだ試合途中じゃなーい」

 不満そうにぶーぶーと声を漏らすアキと同様に、エンジンを切って物陰に潜んだまま運転できないでいるミッコも不服そうな表情を見せる。ミカはそんな二人の様子を何処吹く風で、運営に通信を入れる。


“継続高校、投降を確認!!黒森峰女学園の勝利!!”


 白旗の上がったBT-42の搭乗口から身を乗り出したミカは、マウスのずっと後ろでこちらをじっと見つめている視線の主に目を向ける。

 ―――ティーガーⅠの上から上半身を覗かせる姿で、西住まほがミカをじっと見つめていた。

「―――せめてT-28を修理できる資金があればね……いや、たらればを言うのは残心が成っていないか……」

 ミカが見つめる先、ミカの方をもはや興味外とばかりに視線を外し、隊をまとめて去っていくまほの姿。


「成程、風が凪ぐわけだ。―――こんなにも乾いている」


 誰に聞かせるわけでもなく独り呟いて、ミカは空を見上げて日差しに目を細めるのだった。



『 ~ 逸見エリカの激情 前編 ~ 』

 

 

 

 継続高校との第二回戦。対戦相手の投降により勝利した黒森峰。

 

『手ごたえの無い相手でしたね』

 

 勝利者インタビューで語っているのは副隊長の逸見エリカ。鋭い瞳でまるで睨みつけるようにしてカメラを―――その向こう側にいるであろう人物を射抜いている。

 

『―――少なくとも、試合を途中で諦めたりする半端者は、黒森峰にはいません』

 

 エリカの言葉に棘を感じる。剥き出しの刃を向けてきている。そんなイメージを受ける。エリカの言葉を受けてみぽりんの瞳が曇っているのを見て、そっと背中をぽんぽんとあやすように叩く。

 かつて信頼し合っていたパートナーから向けられる辛辣な言葉。辛いよなぁみぽりん。その気持ちは俺にもよくわかるし―――刺さる。

 

 

 ―――でも大丈夫、今度こそ間違えない。もう俺はブレたりしないから。

 

 決意を胸にみぽりんを支える。―――けれどこの時の俺は、何処までも間違えていることに気付いていなかった。

 

 

 

****** JK → JC

 

 

 

 中等部3年生になって―――私は副隊長に任命された。

 

 隊長のいない黒森峰で、副隊長になった。

 

 あの人に認めてもらいたい。あの女に勝ちたい。

 

 私の隣で、隊長に任命されたあの女が居た。

 

 胸がざわつく―――疼きが止まらない。

 

 

 

******

 

 

 

 私が黒森峰の一年生として入学したとき、あこがれた隊長の横にはすでに“彼女”が居た。遠距離から途切れない重戦車(ヤークトティーガー)の弾幕と、それとダンスでも踊るかのように合間を縫って進むティーガーⅠのコンビネーション。

 中等部で扱えるような戦車ではないはずなのに、大人でも二人がかりで装填するような砲弾を一人で軽々と持ち運び、空いたもう一人分の装填手のスペースにも余分に砲弾を持ち込み、50発近い砲弾をよどみなく3秒ほどの間隔で装填する化け物。

 

 ―――黒森峰の『虎の翼』、天翔エミ。

 

 あまり語ることが得意ではないらしい、色々と言葉が足りないところがある隊長の言葉をきちんと皆に伝えることができる稀有な才能を持っている彼女は、常に隊長に頼りにされている。

 

 それが私には、とても羨ましい―――。

 

 

 

******

 

 

 

 ―――誰一人として、彼女が私たちを相手に本気で怒ったところを見たことがない。

 

 

 彼女はいつも笑顔でいるか、或いは困ったような顔をしていた。戦場で苛烈に攻め込む隊長を後方から火力で補佐する彼女は、冷徹な隊長と対照的に温かい印象を周囲に与えていた。

 

 

―――孤独に高みに浮かぶ月と、高みから人を癒す太陽。

 

 

 黒森峰には二つが同時に存在していた。お互いを相殺することなく存在するそれが、黒森峰をより強くしていると思えるほど。周囲を気にすることなくただそこに在る西住まほ(孤高の月)と、周囲を気にかけて熱を与える天翔エミ(慈愛の太陽)のコントラストはなるほどぴったりと印象にハマっていた。

 

 

 その蒼月(西住まほ)から直々に任命されたのだ、「副隊長を任せる」と。

 

 

 その太陽(天翔エミ)から直々に頼まれたのだ。「隊長を支えてやってくれ」と―――。

 

 

 

―――なんで私が?と思わなくはなかった。けれど任じられたことが純粋に嬉しかった。

 頼られている。ただそれだけのことが、とても嬉しかった。

 

 

 

*******

 

 

 

 ―――始まりは2年前。

 

 黒森峰に、あの人を追いかけるようにして入学した。練習初日。あの人から短いながら激励の言葉を貰った。

その直後、「副隊長を交代する」と宣言された。正直、私だけでなく周囲の皆が困惑しきりの中、壇上に上がった少女は「西住みほ」と名乗った。

 

「納得ができません!」

「何故天翔さんが副隊長を下ろされるのですか!?」

 

 一部の上級生が抗議の声を上げるも『決まったことだ』と返されけんもほろろに跳ね返される。それならばと今度は天翔先輩の方へと向かった上級生と一年生は、

 

「―――よぅし!みんなの意見はよくわかった。

 

  ―――とりあえず飲むか!!」

 

 

―――何でよ?

 

 

 

 どういう脈絡があるのかさっぱりわからない。けれど気が付いたときにはみんなあれよあれよと引きずり込まれ、皆でテーブルを囲んでノンアルコールビールとジュースで乾杯していた。

 

 そうして、皆で飲み交わして落ち着いたところで、天翔先輩は皆に詳しい説明を語って聞かせていく。彼女の人心掌握術は乾杯と共にあるのだろう。

 上級生の皆さんも一年生の皆さんも「天翔副隊長が決めたことなら」と引き下がった。けれど私は引き下がれない。引き下がりたくない。

 

 「―――すみません天翔先輩」

 

 だから踏み出した。他の皆よりも一歩、踏み出した。

 

 

「―――あの子と勝負をさせてください」

 

 

 

****** 

 

 

 

 ――月――日

 

 みぽりんのことに周囲が納得する中、エリカ一人が納得できなかったらしい。

流石エリカだぜ。反骨精神は折り紙付き、自分で納得しないと気が済まないのか決意は堅そうだったので「いいよぉ」とOKを出す。

 本来の【フェイズエリカ】よりずいぶんと見切りが早いがそんなのは誤差だろう。ならば対価としてエリカが言い出すのは「私が戦車道を辞めます」だ。

 だがそんな対価は通せんよなぁ?みぽりんに条件伝える以上みぽりんは絶対に勝たないマシーンになるし、そしたらフェイズエリカの展開的にクッソ拗れるに決まっている。俺が軽いノリでオッケーした理由はここに在るからだ。

 ついでにエリカが勢いで言ったことについても含めて説明するとめっちゃ謝罪された件。内心で心臓バックバクだったりする。

 

 

 

*****

 

 

 

「あの子と勝負させてください」

「いーよぉー」

 

 皆と別れた後、一人エミの後を追いかけてきたエリカの言葉に、二つ返事で鷹揚に頷く様な態度でエミはそう答えた。 最初は断られたり理由を聞かれると思っただけにエリカは拍子抜けしてしまった。

 

「あの……言っておいてなんですけど、そんな簡単でいいんですか?」

「いいよ。そんだけ覚悟して来てるんだろ?」

 

 エミの言葉にエリカは表情を引き締める。こちらの覚悟も思惑も全てを見透かしている様な目。ニコニコと微笑んでいるエミがまるで得体の知れない存在に見えてきていた。

 

「ええ、私の戦車道と彼女の戦車道のどちらが正しいか。それをはっきりさせる為なら私のこれまでを全部賭けても後悔は有りません」

 

 勢いで全賭け(オールイン)してしまったことを少しだけ後悔するエリカだったが、エミはニコニコと微笑んでいるだけ。エリカは心なしかその微笑みが生暖かいものになっていると感じていた。

 

「じゃあ、何を賭ける?」

「もしも私が敗けた時は―――私が、戦車道を辞めます」

 

 エリカの決意の言葉を受けて、エミはそれでもニコニコと微笑んでいた。

 

「そうか。じゃあ―――みほが敗けたら私が黒森峰を去ろう」

「――――えっ!?」

 

 一瞬、言われた意味が分からなかった。西住みほと試合をして勝つことで自分の正しさを証明したいというのに、彼女に勝ったらエミが黒森峰を辞めると言っている。これでは割に合っていないなどという話ではなかった。

 

「何故ですか!?天翔先輩は関係ないじゃないですか!」

「そうだね、関係ないね。

 ―――でも敗けたら辞めます何て条件付けたらみほは気にするからね。敗けたら私が辞める位の条件付けないと、勝とうとしないから」

「―――何ですか、それは」

 

 腸が煮えくり返るとはこのことだろうか?

エリカの内でふつふつと怒りが湧き上がってきていた。目の前のエミではなく、エミにそこまでさせているみほに対してだ。

 

「何で、そこまでできるんですか?」

 

 エリカは納得がいかなかった。みほにそこまで賭けることができるエミが、まるで依怙贔屓をしているように感じていた。

 エリカの様子を見て、エミは事も無げに言ってのける。

 

「何でって―――エリカが辞めたら私が困るからだよ」

「―――はぁ??」

 

 エリカにはまるで意味が分からなかった。みほのことを言っていたのに自分のことについて語られている。わけが分からない。どうにか理解しようとするもエリカの茹だった頭では堂々巡りにしかなっていなかった。

 

「―――すみません。できればもっとわかりやすく説明をお願いします」

「―――あぁ……うん。私も言葉が足りなかったわ。まほのことを言えないなぁこれは」

 

 そう言って可笑しそうに笑うエミは、ひとしきり笑った後でゆっくりと説明を始める。

 

「―――まず大前提として、みほは優しすぎるんだ。だから“誰の意見も無駄にしたくないし、救える命に手を伸ばすことを躊躇わない”。だから、あの子はエリカが『敗けたら辞める』と言い出したなら、絶対に勝たない」

「そんなの―――ッ!!」

 

 『そんなのは一緒に戦っている皆に対する裏切りじゃないか』、そう言いかけたエリカの前に指を一本立てて異論を封じて、エミは続ける。

 

「エリカの言いたいことは分かる。けどさ―――エリカ(お前)がそれを言うのかい?」

 

 ニコニコと微笑んでいたエミが不意に真剣な表情を見せた。心臓を掴まれているような感覚に、エリカは思わず身を竦ませて退こうとする自分に気付いて慌てて立ち止まった。

 

「その場の勢いで口にしたことでも、反故にはできないぜ?エリカが戦車道を辞めるとして、辞めさせるきっかけになったみほに、エリカと仲が良かった子たちはどういう感情を抱くかな?それを許可したまほや私にどういった感情を抱くかな?自分が勝った場合の自分の立場を考えるのに、負けた時に勝者がどうなるかを考えてないのなら、そいつは片手落ちってレベルじゃないぞ?」

 

 エミの言葉がエリカの中で何度も木霊する。

 確かに茹だった頭で考えなしに口にしてしまったことが、そこまでの問題に派生するなどとは考えてもいなかった。今更ながら自分がしでかしたことにその背を冷や汗が伝っていた。

 

「―――考えが足りませんでした。申し訳ありません」

「いいよいいよ、わかってくれたらそれで。そんで、代案としてなんだが―――」

 

 頭を下げるエリカに終始にこやかに『勝敗条件』を語るエミと裏腹に、エリカの表情はみるみるうちに非常に嫌そうな顔に変わっていった。

 

 

******

 

 

 ――月――日

 

 かくして、みぽりんとエリカのマッチングが出来上がった。

 お互い戦力差を造らないためにⅡ号戦車と35tのどちらかをフラッグ、どちらかを僚機として使用しての2対2のフラッグ戦である。

 フィールドは黒森峰名物【黒の森(シュバルツシルト)】。森林あり坂道あり高台に廃墟などの遮蔽物ありの、多目的の訓練に対応した広大なフィールドである。

 先手は高台を制したみぽりん。しかしエリカも負けじと挟撃を仕掛けようと連携を行った。が、Ⅱ号戦車のエンジン音と履帯の振動に気付いたみぽりんにより悠々と避けられフィールドは移動。峡谷を背景に突撃するエリカに煙幕(もくもく)で視界を奪ったみぽりんに攪乱され、煙幕の晴れたところを狙い撃ちされたエリカ隊の僚機が脱落。2対1となったところで勝気に逸ったみぽりんの僚機の赤星さんの隙をついてエリカが赤星さんを撃破。一騎打ちになったタイミングで白旗を上げる35tの背後から狙いをつけていたみぽりんが冷静にエリカを狙撃し、試合はみぽりん勝利で幕を閉じたのだった。

 

 ―――そんで敗者の罰ゲームという名のご褒美の時間。

 

俺の出した条件は「エリカが敗けたらみほと友達になってもらおう」というもの。とはいえ、無理強いをするわけではない。後日、俺が個人的に情報を集めていたシャレオツなカッフェーェ(巻き舌)にみぽりんとエリカを連れて行き、「それじゃ、後は若いお二人で」と席を外して少し離れた場所で二人をこっそりほっこり見守るのだ。きっかけさえ与えてあげればきっとみぽりんもエリカも仲良くなるだろう。それが運命であるがゆえに!

 あとカフェでの云々が終わった後で今回の俺美味しい思いしすぎだと思ったので利き手ではない方の小指ペキを敢行。骨折ではなく脱臼で収まってしまった。なんというか、やっちまった感が半端ないので今度はきちんとやろうと思う(使命感)。

 

 

 

 ―――なお、俺が隠れて座っている席の対面に何故かまぽりんが座していて、スゴイ=フキゲンな表情をしていらっしゃった件。

 

―――なんで?(素)

 

 




 ――年――月――日

 みほを副隊長に推挙する。当然ながら反発があった。
けれど心配などしていない。何故ならこれはエミと共に『決まったこと』だからだ。エミならば反発の声を聞いたうえで適切に対処するという信頼がある。
 果たしてエミはきちんと対処できたようだった。反発の声は薄れ、みほも胸をなでおろしたように見える。しかし、みほの内向的な性格を何とかしなければ、今後みほが西住の人間として見られている時などに困ることになる。
 西住流は王者の態度を崩さず、悠然と毅然としていなければならない。
それが母の望んでいる姿なのだから。


 ――年――月――日

 みほのフォローに下級生の世話、同級生との親睦会。上級生との(以下略)。忙しいのは分かる。私の代わりに周囲の雑事を全て引き受ける勢いで庶務に走り回っているエミを見ていると感謝が絶えない。
 ただ不満である。贅沢な悩みなのかもしれないが、最近エミと揃って行動することがなくなっている。エミが常にみほを気にかけて行動しているからだ。
有難い、とても有難いのだがそれまで切磋琢磨していたパートナーが傍にいないと不意に不安になる。

追記:エミから教えてもらったアドレスを使い、千代美に相談すると「馬鹿だなあ西住は」という返信が飛んできた。私は何か愚かな行為をしているというのだろうか……?


 ――年――月――日

 先日エミに抗議を行った生徒、逸見エリカとみほの練習試合が行われることになったとエミから聞かされる。そうなった理由と共に。

「彼女はすごく優秀だよ。みほや私のフォローができるくらいに、いずれなる」

そう語るエミの瞳は輝いていた。エミが言うならばそうなのだろう。実際訓練の結果を見る限り、跳びぬけて優秀な生徒だと思われた。
 ただ何というか……他人を持ち上げて語るエミを見ているとあまり良い気分ではない。


追記:千代美に相談してみたが、またも「西住は馬鹿だなぁ」という返信が戻ってきた。もしや千代美の語彙は私が思っているよりも少ないのだろうか?


 ――年――月――日

 試合の結果、エミが二人を連れて喫茶店で懇親会を行うらしい。疎外感を感じてしまったので追跡に興じる。
 遠巻きに二人の様子を眺めるエミの目が怪しいこともさることながら、すぐ対面に私が座っているのに気づくことなくみほたちの方を見ている。それがなんだか気に入らなかったので気付くまでジッと見つめ続けてみた。
 途中から気付いていたのだろうが見て見ぬふりを続けて居たのでより目に力を入れて視線で訴える。やがて根負けしたのか平謝りしながらこちらに向き直ってくれた。仕様の無いパートナーだと思う。

追記:千代美に顛末を報告すると「馬鹿だなぁ西住は」と三度返ってきた。やはり千代美は語彙が少ないのかもしれない。



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【 まほルート 第五話 「絶対零度θ飲まンティック」 】

―――ざあざあと、雨が降っている。


「―――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ―――!!」
『エミ?!聞こえないのかエミ!!?何処へ行くんだ!!!』

耳に付けたインカムから響く声は届かない。


 俺は独り、雨の中森を突っ切り疾走していた。



―――あの事故が起こる桟道へと。







―――やめてくれ





「―――ハッ、ハッ、ハッ、ハ――――ッッッ!!!」






―――ふざけんな






「―――ァ―――ハ……――――ハ――――――ッッ!!!」





ぬかるみに足を取られないように水たまりを避けて、木の根を踏み場にして跳ぶようにして駆ける。



 一刻も早く、あの場所へ、間に合えと――――







『―――黒森峰、フラッグ車走行不能!!プラウダ高校の、勝利――――!!』




―――そうして絶望的な報告が届いたのは、俺が桟道へたどり着いたところだった。



―――俺は間に合わなかった。救うことができなかった。





―――失敗した。




―――失敗した。





失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したおれは失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した――――




 ガツンと殴りつけられるような感覚と、吹き飛ばされる身体。



 拳を振りぬいた姿で、エリカが立っていた。



「―――――――――――――!!!!!」



 叫んでいる。けれどその声が聞こえない。聞こえないんだ。
















「―――――――――ッッッッ!!!!」



 びっしりと汗が浮かんでいる。呼吸も荒い。なのに身体の芯から冷え込んでいる。凍り付くようだ。ギシリと音を立てて肩の筋肉が軋みを上げて、いっそちぎれてしまうほどに強く肩を抱きしめて、震える身体を押さえつける。
 またあの日の悪夢を見た。

アンツィオでアンチョビに再会できて、一緒に騒いで、浮かれていた俺に、俺の中の俺が言っているのだ。


―――【忘れたふりをするな】と




―――あの日、俺は失敗した。

―――どうしようもない失敗を、犯してしまった―――――――。



『 ~ 圧縮言語の可能性は無限大だ……ただし個人差がある ~ 』

 

 

―――戦車道高校生大会 準決勝

 

 

「―――来たわね、エミーシャ!!」

 

 

 ノンナに肩車された姿でやってきたカチューシャを前に、みぽりんが若干顔色を悪くしている。あの時のことを思い出しているようだ。かくいう俺も顔色が悪い。気分は最悪だ。夢見が悪かったのもあるだろう。

 

「カチューシャを笑い死にさせるためにこんな戦車をかき集めたってわけね!それとも、負けてカチューシャのモノになる準備ができたのかしら?」

 

 カチューシャの煽るような物言いに、桃ちゃんがイラッとしているのが目に見てわかる。だが会長が手で制しているのと、俺の様子、みぽりんの様子が気になるからか暴走を自制してくれているようだった。

 

「―――何よ、反応が薄いわね。昔みたいにドーンと構えて飄々としてなさいよ」

「―――カチューシャ、そろそろ時間です」

 

 カチューシャを制してノンナが踵を返す。「じゃーねー、ピロシキ~」と言葉を残して、カチューシャは悠然と去っていった。

 

 

 ―――俺は何も言い返すことも、軽い調子で返事することもできず、ただだんまりを決め込んだまま突っ立っていただけだった。

 

 

「―――天翔!!お前何か言い返せなかったのか!?いつもの勢いはどうした!?」

「かーしま」

 

 怒り心頭な様子の桃ちゃんがこちらに矛先を変えてきたのを会長が止めた。直立不動で言葉を慎む桃ちゃんを尻目に、俺の前にやって来る会長。

 

「―――去年の優勝校、なんだってね?」

「―――ええ。私の―――忘れることもできない“因縁”です」

 

 俺の言葉に、スカートの端を掴んで俯いていたみぽりんが、ぎゅっと一層強く握りしめる様にして、苦しみに耐えるように目を瞑った。

 

 

 

*******  しばし、時は巻き戻る。

 

 

 

―――西住流宗家。

 

 

 和の装いの畳間に座しているのは、西住流師範、西住しほと、その娘、西住まほ。

 

 テーブルの上に新聞が広げられている。

 

「―――貴女は知っていたの?まほ」

「―――はい」

 

 短いやり取り。まほがギュッと膝の上で結んだ腕に力が籠る。

 

「―――西住の名を背負っているというのに勝手なことばかり……」

「――――――ッ」

 

 ぎりりと、食いしばられた歯が口の中で軋みを上げる。

 

 

 撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れ無し。鋼の心、それが西住流。

 

 

 それはまほが幼いころからずっと教えられてきたことだ。

 孤高たれ、強くあれ、人を率いる先端であれ。

 

―――それでもまほは知っている。

 

 年月にして4年半、これまでの人生にしてみれば四分の一。その間を埋めて決して譲らない存在を。自分が自分であり、そして彼女が彼女であれば決して負けることなどありえないと、“西住流でなくても負けることなどありえない”と自身の心に強く訴える存在を。

 

「―――次の試合、私も直々に向かいます」

 

 しほの瞳が冷徹な輝きを宿す。まほにとってはそれは死刑宣告に等しい輝きで、そして、まほが案じる“彼女”と、妹のみほにとっても同等の重みを持つ。

 

 

「―――あの子に勘当を言い渡すために」

 

 言葉とは、その人の人となり、印象により意味合いが制限されるものの筆頭と言っても良い。

 だからそう。まほはしほの“西住流次期家元”としての立場を軸に、その言葉の真意を理解していた。それが正しいのか間違いであるのか。それを解明できるものは、今ここには居なかった。

 

 

 

*******  JK → 2 years ago

 

 

 

 ――月――日

 

 

 高等部に進学し、いよいよ本格的にXデーに近づいてきた。

みぽりんエリカとはしばしの別れではあるのだが、俺が居なくなっても中等部の雰囲気は変わらないだろう。和気藹々とした団結力の集団であって欲しいと願っている。

 で、入学して最初の戦車道の時間なのですが―――まぽりんはね、中等部の時点で「高等部に進級した直後から隊長が内定していた」のですよ。

 で、まぽりんの圧縮言語に慣れていない高等部からの編入組とか、上でバリバリやってた方々がね?ええ、圧縮言語を理解できなかったわけだ。

 

 

 こ じ れ ま し た 。 (残当)

 

 

 俺もね?中等部の三年生になったあたりでまぽりんの圧縮言語とかどうにかしなきゃなーと危機感を持ち始めたのだ。このまま進むとマジで「ああ」「うむ」「いいや」「よし」くらいしか言わなくなりそうだなと。

 でもね?まぽりんに注意したんですけど、まぽりんが言うんですよ。

 

「―――エミがいる*1って

 

 ―――頑張るしかないやん?

 

 

******

 

 

「黒森峰女学園高等部隊長の西住まほです。早速ですが皆の練度を知りたい*2

 

 「高等部戦車道にようこそ」からスタートした二年生三年生の歓迎ムードの中、一年生代表として前に出た西住まほの初手火の玉ストレートに、周囲の状況は氷点下クラスまでヒエッヒエに落ち込んでいた。

 なお当の本人は無表情のままで、状況を理解など欠片もしていない。

 

「―――おい西住の。それが挨拶か?」

「―――そうだが、何か問題でも?」

 

 周囲で押さえようとしている上級生を押しのけるようにして前に出た上級生の一人の言葉に平然とそう答えるまほ。前に出た上級生の額にピクリと怒りを示すように血管が浮かぶ。

 

「―――西住流の連中ってのはどいつもこいつも人を舐め腐った様な態度しかないようだな……中等部ではかなりイわしてたようだが、高等部のレベルは中等部とは一味も二味も違うってことを教えてもらいたいらしい」

「―――ああ、そうだな。是非ご教授願いたい*3

 

 拳を振りかぶるような動作の上級生を2~3人の生徒が集まって止めている。対するまほの方は嫌味でも何でもなく素で言っているのだからまるで状況を理解していない。

 流石に遠巻きに眺めていた一年生たちも状況のまずさを理解したか慌て始めて―――

 

 

―――救世主へと、視線で訴え始めた。

 

 そんな視線を受けた件の【救世主】、天翔エミは状況を見守っている態度からのっそりと動き出し―――ひとまず、まほを引っ張って後ろに引き下げた。

 

「―――とりあえず先輩方。色々と言いたいことはごもっともなんで、

 

 

 ―――試合しましょうか」

 

 

 

 エミの言葉に、上級生たちは怪訝そうな顔をしていたが、エミの言葉を聞くうちにみるみるうちにその表情が険しいものに変わっていった。

 

 

 

―――曰く。

 

 ・こちらは2輛。ヤークトとティーガーⅠだけ。乗員は全員揃っているので心配はない。

 

 ・其方は何人でもOK。むしろ全員で来ても良い。

 

 ・こちらがどちらも大破して動けなくなるまで試合続行。

 

 ・好きなタイミングで「指定のスタート地点」から戦車を増援で発進させても良い。

 

 ・もしこの条件でこっちが勝った場合、そちらにひとつ「お願い」を聞いてもらう。

 

 

 

 

 上級生を舐め切っているとしか思えない条件を付きつけて来る子供のような背格好の少女に怒り心頭の上級生たちはこれを了承。「ボコボコにしてやるよ」と息巻いていた。

 

 

 なお、結果として西住まほは上級生を相手にその【威】を見せつけ

 

 

 

「「「「「「「乾杯(プロージット)ッッッ!!!」」」」」」」

 

 

試合終了後の「お願い」で上級生全員を巻き込んだ大宴会を催し、天翔エミは上級生の多くを味方に付けることに成功した。

 

 

 

*****

 

 

 

 ――月――日

 

 

 上級生相手にやらかしてくれたまぽりんに、下級生たちが今にも死にそうな目で

こっちを向いて訴えてくるのですよ。

 まぽりんとしては上級生がどの程度の力を持っているのか「胸を借りたい」。

そして同時に「自分がどの程度高等部のルールで戦えるのか知りたい」といったところだろうか?解釈としてはそれほど間違っていないと思うので、とりあえずその線で提案してみた。

 「アンタら全員と、うちら二人で勝負しようぜ」的なニュアンスを込めてできる限り丁寧に。丁重に言葉を選んだ。まぁ怒らせて全員でかかってくるように仕向けたのだが。

 

―――手を掴んでいたままのまぽりんの方を見上げると「よくやってくれた」とばかりに口角の上がった独特のご満悦表情をしていた。僅かに達成感を感じる。

 

 それはそれとして、多分やってこないだろうけど全員で万里の長城(横一列に並んだ横列陣で速度を揃えて突っ込んでくる陣形)とかされたら倒しきれなかった分で包囲されて詰むので、地形を考えてスタート地点を決定。高台の上から狙い撃ちできる場所を用意して、まぽりんは単騎駆け、俺はヤークトで稜線射撃を使ってハメ殺した()

 

 卑怯?馬鹿を言ってはいけない。“ヤークトの装填速度で考えたらまぽりんも俺も各個撃破されてる”条件でのバトルなのだから、卑怯などという言葉は意味を持たないだろう(理論武装)

 

 そんでボス猿理論で“「上級生をフルボッコにしてボスの座に収まる」を達成したまぽりんの祝勝会”と称して下級生を、“上級生の皆さんに「お願い」を使って親睦会しましょうぜ”という名目で上級生を集めて

 

 ―――めちゃくちゃ乾杯した。

 

 

 多少のわだかまりは飲めば忘れるし、生意気な態度も実力さえ示せば険を無くす。

 

 まぽりんが『威』を示して引き締め、俺が『宴』でもって緩める。無敵のコンボと言えよう。

 

 だからノンアルとヴルストでグビってガブッてヒャッハーするのは必要なことなのだ(理論武装)

 

 

 

 

―――だがこの時すでに、俺の、まぽりんの足元には黒く深く淀んだ闇の部分と言うべきものが、口を開けて獲物がかかるのを待っていたのである。

 

 

 

*1
意訳:エミが私の言葉を皆に伝えてくれるのだろう?だったら大丈夫だ。「エミがいる」限り私は今のままでいいのなら、エミと離れる未来などありえないのだから、このままでいい

*2
意訳:高等部隊長をすることになりました西住まほです。とはいっても西住流次期家元の娘というだけで推されたのでは皆さんもわだかまりがあるでしょう。そこで、早速ですが皆の練度を知りたいので、練習試合という形で皆さんとぶつかり合ってみようと思います。胸を借りるつもりで行きますので、どうかよろしくお願いします

*3
意訳:自分が高等部でどの程度戦えるのか、それを私も知りたいので願ってもないことです。是非ご教授を願いたい。よろしくお願いします




「―――貴女は知っていたの?まほ」
意訳:みほが戦車道を続けて居るって知っていたの?だったら教えて欲しかったわ



「―――西住の名を背負っているというのに勝手なことばかり……」
意訳:みほが何かをするたび、西住という名前があの子の邪魔をするようになりかねないし、西住にとっても悪い結果につながる。双方デメリットしかないわね



「―――次の試合、私も直々に向かいます」
意訳:みほの、みほだけの戦車道を邪魔されないように、私が出向けば周囲も黙らざるを得ないでしょう



「―――あの子に勘当を言い渡すために」
意訳:みほの戦車道にとって西住の名前は邪魔に過ぎるわ。いっそすっぱり切ってしまった方があの子のためになる



カス「だいたいこんな意味だと思う(推測」

マホ「嘘だと言ってくれ(震え」


※ 真実とは限りません。エミカスの圧縮言語翻訳術による翻訳です ※


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【 まほルート 第六話 「WHY」 】

「いやぁ……予想外だったね」

 微妙な顔をしている角谷杏の目の前では

「あったかくておいしー!!」「「「おーいしー!!」」」

 ウサギさんチームが大鍋に満たされたアツアツのボルシチに舌つづみを打っている。

「これは……生き返るぜよ」
「地獄に仏とはこのことか」
「……」

偵察に出ているエルヴィンを除く歴女たちも、バレー部も、風紀メンバーも皆一様にボルシチで暖を取っていた。

 プラウダの包囲作戦に引っかかり、崩れかけた建物に逃げ込んだ大洗女子の下にやってきたプラウダからの使者は、彼女たちにこう告げた。

「隊長は全員土下座すれば降伏を認めると言っています。―――が、隊長はその後こうも言っていました。
―――『どうせエミーシャが降伏するなんてありえないんだから無駄な時間よね?故障した戦車を応急修理する時間くらい与えてあげる。実力の差を見せつけてあげるから全力で掛かってきなさい。じゃーねーピロシキー』―――と。そして、こちらのボルシチはノンナ副隊長からのご好意です」

 3時間の猶予と大鍋いっぱいのボルシチを置いて去っていったプラウダに、警戒の色を隠せない大洗陣。河嶋桃が「毒でも入ってるんじゃないのか?」と警戒を露わにする中、天翔エミは誰よりも先に踏み出してお玉でボルシチを掬ってそのまま飲み下して見せた。

「―――安心したろ?みんなで温まればいいよ」

 そう言って笑うエミの表情には、カチューシャへの警戒など微塵もなかった。

「何でそこまで信じられるの?天翔ちゃんの因縁の敵じゃないの?」

そう尋ねる杏に、エミはただ苦笑を返すだけだった。




『 ~ 敵に塩を送るという諺は、上杉謙信の義の心を描いたものだと言われているが、実際は塩が買えなくなった武田家に塩を暴利で売りつけに来ただけだ。汚いな、流石上杉汚い。  by 左衛門佐 ~ 』

 

 

「―――私も偵察に出てくる」

 

 

そう言い残して、立てこもっていた建物の、開いている方の窓から外へ飛び出した。

 

 吹雪に変わりそうなほどに降りしきる雪の中を、ただ駆ける。

 

 身体に当たる雪の礫が、あの日の雨を思い出させて心が沈む。相手がプラウダということもあって、嫌でもあの日のことが頭をよぎる。

どうしようもない俺の暴走のこと。

 

そして、置き去りにされた「答え」のこと

 

 

 

****** JK → 2 years ago

 

 

 

「―――ドイツ?」

「ああ、そうだ」

 

 ―――まぽりんからその話が出てきたのは高等部一年生で全国高校生戦車道大会を優勝した後のことだった。

 

「三年の夏の大会が終わったら―――国際強化選手としてドイツに行く」

 

 そういえば最終章だとそんな感じの話があってエリカが孤軍奮闘してるんだっけ……?独りぼっちは辛いもんな……じゃけんみぽりんと二人で盛り上げて、どうぞ。

 

「―――エミ。君さえよければ、その……一緒に来てくれないか?」

「―――は?」

 

 飲んでた珈琲のカップを取り落としかけた。殆ど飲んでいたためにテーブルにバシャーするのだけは避けられたが、唐突過ぎる状況に間抜けな反応を見せるだけで声を失っていた。

 

「エミの装填能力は群を抜いている。世界でも通用するほどに。その力を、世界で試してみないか?」

「いや……いきなり言われてもなぁ……」

 

 実のところ世界の戦車道とかにさして興味はない。これまで鍛え上げてきた成果を他でもないまぽりんに強く評価されているのは悪い気分ではない。ないのだが―――

 

 

―――率直に言うと、ドイツに留学してる間みほエリをリアルタイム確認できないのが辛い(素)

 

 

 我が新たなる人生はみほエリに費やすと決めて人生を戦車道に注いできた。戦車道を続けてきた理由はひとえにみほエリのためにあると言っていい。中等部でまぽりんと今の関係を築いてからその理由も半分くらいはまぽりんに失望されたくないのとまぽりんについていくためになってはいたが……やはりツーラビッツ・ノーラビッツ。どちらも取ろうとすると失敗しかない。それはひいてはみほエリの未来の喪失につながるだろう。

 俺の思案はわずかな間だったが、まぽりんにとっては長い時間だったようだ。

 

「―――いや、言葉を飾るのは悪徳だな」

「……まほ?」

 

 まぽりんは不意にキリッと真剣な表情を見せる。高校の学食の一席なので周囲のザワザワが「ざわ……ざわ……」ってノリに僅かに静けさを湛える程に収まった。

 

 

「―――エミ。君が欲しい、どうしてもだ」*1

 

 

 

ま――――――

 

 

マホォォォォ―――――――!!!?*2

 

 

 内心で絶叫を上げつつも口をパクパクさせて声も出せない俺からわずかに視線を外すようにして、まぽりんは続ける。

 

「エミにとって、私がどういう存在なのかは私にはわからない。けれど、私にとってエミはもはや半身も同じなんだ。エミ無くして私は成り立たない。だから私と一緒に歩んで欲しい」*3

 

 

 周囲のざわめきが凄いことになっている気がする。いや実際なっている。どうすんのこれ!?どうすんのこれ!?俺にどう答えろと言うの!?この状況で断れって?無理ゲーすぎないか!?そんなことになったらまぽりんは曇るわお互いの距離感が酷いことになるわひいてはみぽりんやエリカにまで飛び火するだろうし、何より今後の戦車道内の空気が最悪になる(確信)

 

「―――私はエミとなら、一歩先のステージに進めると思っている。答えはまだ出さなくてもいい。留学の前までに聞かせてくれ」

 

 スッと席を立つまぽりんをどうすることもできない。周囲の視線が辛い。胃の辺りがミシィ!!ってしてる。血とか吐きそう。(胃痛)

 とはいえ、選択肢の期限は二年先まで伸ばせるようだ。其処から先は強制イベントだがな!(蒼白)

 

 

 率直に言うと、悩んでいた。

 

 

 まぽりんをあんな短文マシーンにしてしまったのは俺が翻訳係として頑張り過ぎた結果のような気がしないでもない。放っておいてもああなってた可能性はあるが、俺がそれを促進してしまったのだとすれば海外で言語格差がある状況、まぽりんを放置すべきではない。それでもし国家間問題まで発展するとかになったら罪悪感で即ピロシキする自信がある。

 とはいってもドイツ留学期間中みほエリを近くで眺めていることができないというのもなぁ……

 

 どうしようか迷うということは、その時点でまぽりんとみほエリの比重が大分天秤として均等になりつつあったのだと、その時はまだ気づいておらず―――

 

 

 

―――俺が学食を後にしてから、何故か学食の方でノンアルが売り切れになり、盛大に学食内で『乾杯ッッ!!』の声が唱和されたという。

 

 

 

*****

 

 

 

「あー……敗けた敗けたぁー!!……嫌になるくらい隙が無いわねあのコンビネーション」

「―――お疲れさまですわ。アールグレイ様」

 

 

 パンツァージャケットをばさりと脱ぎ捨てて聖グロリアーナの制服を羽織り、淑女とは思えない乱暴な動きでどっかりと椅子に腰を下ろしたアールグレイに苦笑して、ダージリンが手ずから紅茶をサーブする。ぐいとカップを傾けてほぅと息を吐いたアールグレイは、不貞腐れた表情から普段の顔つきに戻っていた。

 

 

「西住まほと天翔エミ……あの二人がかみ合っている限り攻略は難しいかと……やるならば分断しなければならないでしょうね」

「分断は出来なくはないのよ……ただ、戦場で分けたところで無駄ね。あの二人を本当の意味で分断できなければ、分かれた先から連携して攻略されるわ」

 

 顔の前で手を組み深く思案する様子のアールグレイに、ダージリンが渋面で呻く。

 

「それでは攻略など不可能という事なのでは……?」

「いいえ。無理ではないのよ?ただそれは私の趣味じゃないのよねぇ……」

 

 アールグレイが言っているのは所謂「ハニートラップ」とかそういうモノで、策略で言うならば『離間の計』と呼ばれるものだ。どちらも女やん!同性やん!というツッコミを入れる者がいないところに聖グロの闇を垣間見る者もいるかもしれない(偏見)

 

「―――或いは……外的な要因で崩れる、とか……?」

「あり得ますの?そんなことが……」

 

 ダージリンの言葉に、アールグレイは「さぁ?」と両手を広げてみせる。

 

 

 

「でも、どんな堅牢な堤防も、蟻の一穴で崩れ去るものよ」

 

 

 

 

****** 2 years ago → X-Days

 

 

 

 

 ―――降り続く雨の中。桟道の入り口で、一人跪く小さな影。

 

ずぶぬれで、泥だらけで、力なくただそこに在る。

その傍らには、傘を差してその小さな影を雨から守る少女が一人。傘は一つだけ。目の前の一人を守るのだから、少女もまた、ずぶぬれになっていた。

 

 

『―――何故だ』

 

 

 かかる声に答えは無い。光の消えた瞳に目の前の姿は映っていない。

 

 

 

「――――――――――――かった」

 

 

 ざあざあと降り続く雨が声をかき消していく。光を映さない瞳で小さく呟き続けるのは、子供のような姿の少女で―――

 

 

 

「―――――――れなかった――――まもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかったまもれなかった―――――

 

 

 

 ――――俺は……俺だけが護れたはずだったのに……」

 

 

 

―――その頬を流れているのは雨垂れなのか、涙なのか―――

 

 

『―――答えてくれ、エミ――――――

 

 

  ――――何故、持ち場を――――――――――ヤークトティーガー(わたしのとなり)を離れたんだ―――?』

 

 

少女の、西住まほの言葉に天翔エミは答えない。耳に届いているのかすら疑わしい。

今の彼女に普段の明るさも飄々とした態度も存在していない。瞳の奥には深い深い闇が広がっている。

 

 それでも、まほは問いかけ続ける。いつものように彼女に応えてもらいたくて、何度も何度も問いかけを続けて居た。

 

 

―――全国戦車道高校生大会 決勝。その日、黒森峰10連覇の夢と、常勝黒森峰の看板は、無惨に打ち砕かれた。

 

 

 

 

 ―――そして天翔エミはその数日後、突然に消息を絶った。

 

 

 

*1
「君の力が欲しい。どうしても必要だ」(エミの翻訳)

*2
(まぽりん公衆の面前で何言ってやがんだこの阿呆――――!!の略)

*3
「長年パートナーとしてタッグでやってきたから今更ソロはしっくりこない。責任を取って一緒に来て、どうぞ」(エミの翻訳結果)




「あの二人に、何が起きたのでしょう?」
「さぁ……?わからないわね」

試合を観戦していたダージリンとアールグレイは、結果を見て驚きを隠せない表情で会話をしていた。

「けれど、この後天翔エミをどう扱うかで、黒森峰は遠からず破綻するわね」
「―――確かに群を抜くレベルの選手ではありますが、装填手に過ぎませんわよ?」

怪訝そうな顔のダージリンに、アールグレイは微笑んで見せる。

「―――天へと届く塔を建てた人類は、その傲慢さが故に塔を壊してしまい、そうして人は相互理解を失って散り散りになってしまった」
「―――バベルの塔、ですわね」

ダージリンの言葉に微笑んで頷いたアールグレイは、どこか遠くを見る様な瞳で呟く。



「―――自分たちの利を浅はかに求める者が多ければ―――折れた塔の責任を押し付け合い争い合うでしょうね。でもそうなったら……相互理解を行う子もいなくなって……あの子は一体どうなるのかしらね?」


アールグレイの言う“あの子”がどちらを指しているのかは―――ダージリンにはわからなかった。



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【 まほルート 第???話 まだぽんこつなころのまぽりんの留学準備 】




「独逸留学―――ですか?」
「ええ。貴女も、西住の家を継ぐものとしての心構えが必要でしょうから」

 そう言ってぐっと湯呑を傾け中身を一口に飲み干し、涼しげな顔のまま私を見つめているのは、私の母――西住しほ。

 私は―――西住まほ。西住流戦車道を継ぐ長子として生まれ、幼いころから戦車道を叩き込まれてきた。当然、母のこの提案に対し文句等はない。独逸での留学も問題なくこなし、独逸の戦車道に「日本の戦車道、西住流戦車道ここにあり」と刻み込んでやらねばならない。それをするだけの実力があるのは、過去に陸の学校時代に渡欧した際にあちらで十分な力量を見せた経験に裏打ちされている。





 であればまずは―――「準備が必要だな」






 一人、部屋に戻りむぅと唸ってしまう。悩ましい問題は満載だ。

 

渡欧、独逸へと単身向かうとして、解消せねばならない問題はたくさんある。

 

 

 まず何を置いても「食」に関する問題を解消する必要があるだろう。

 

 日本から見た独逸のイメージはディアンドル姿の女性が給仕をしていて、温かいビールを茹でたてのソーセージと一緒に食べている。そんなイメージが主流だろう。黒森峰がそういう行事をやっている時点でそういうイメージが根底にあるのだろうからまず間違いないはずだ。

 だが食生活というのは基本肉体を形作る上で最も重要な位置づけと言っていい。

運動の結果を効果的に発揮させるためには十分な栄養バランスの食事が無ければならない。そして日本人というカテゴリはこと「食」においては決して妥協を許さない。

 

 具体的に言うなら「他の国で確実に食べない「猛毒を持った魚」をどうにかして食べられないか試行錯誤した結果「二年かけて塩漬けとぬか漬けを繰り返して理由はわからないけれど毒が抜ける」ことを発見して食べていたくらい食に対しての妥協が存在しない。

 

 そう考えるならば日本から食材を持ち込んであちらでも和食を―――と考えるべきなのだろうが、海外へ向かう際に生ものの類は検疫を避けられないため税関で止められてしまう。となると独逸で手に入るものでモチベーションを維持できる食生活を維持するために様々な方法を取るべきだろう。行きつけの店のようなものが出来上がるまでの【つなぎ】でも構わない―――と考えて、はたと立ち止まった。

 

 黒森峰で食事をとる場合、多くは学食で食事を行うが、それ以外の場合は―――エミが自室で調理をしている際にご相伴に預かる形が多い。もともと孤児院で食材のカッティングを担当していたエミの手際はとても速い。本人曰くバカ舌だそうで、調理の味付けに関しては雑に振り切っているが、その料理には何というか―――“温かみ”と言うものを感じた。

 その後、食費の一部をこちらで供出することでエミが料理を作る際には“練習後にネームタグを裏返しておく”と言う合図で学食利用かどうかを決定するようになった。

 

 

 

 

 ―――となると、“食に関してはエミが居れば何とかなる”と言うことになる。

 

 

 

 

 成る程、考えてみれば簡単な解であった。

 

 

 

 *******

 

 

 

 次に考えるべきは“戦車道”。独逸留学は即ち「戦車道留学」に他ならない。ならばこれは避けては通れない話となる。

 

 日本という国は戦車道後進国と言われている。実際、戦車道というモノが広まりスポーツとして認識されたのはごくごく最近の話。欧州ではもっとはるかに昔から戦車道が認知されていたと言われている。それだけ戦術に置いても戦略においても先を征かれている。

 黒森峰にて西住流という日本でも1・2を争う流派の上澄みで生きて来た私にとって「追いかける」という認識は新しいものだ。

 

 

 ―――待て。 “本当にそうだろうか?”

 

 

 中等部に入ったばかりで陸の学校のころに進み続けていた己の強さを真っ向から圧し折ってのけた存在が、すぐそこにいるのではないか?

 そしてその存在は私と肩を並べて歩んでくれており、彼女が居るからこそ生まれている戦術が存在する。それはおそらく世界でも初めての試みであり、到底真似のできる戦術とは思えない。となると―――それは独逸でも十分通用すると言えるのではないだろうか?

 

 

 

 否、通じないはずがない。なぜならこれは彼女とともに切磋琢磨の結果彼女と私の二人三脚で生まれた戦術なのだから。

 

 

 

 

 

 ―――となると、“戦車道に関してはエミが居れば何とかなる”と言うことになるな。

 

 

 

 

 箇条書きにした問題の答えの部分にメモを残して、私は次の問題にとりかかった。

 

 

 

 ********

 

 

 

 最後にして最大の問題となると―――【言語の壁】だろう。

 

独逸語に関しては十全とは言い難いが日常会話程度は問題なく行える。これは陸の学校時代に独逸への短期留学した際の賜物と言える。そちらに関してはまぁ、問題はないだろう。

 

 むしろ問題は“私の方にある”

 

 中等部の途中から薫陶を受け、身に沁み込んだ【西住としての言葉使い】。言葉を冗長に語るは悪徳、美徳とは言葉は少なくとも行動で示し、良妻賢母とは夫の為すべきを見定め差し出がましくならないタイミングを測り予め準備を終えておくこと。それは西住が戦車道を淑女の在り方として語る際の基準点。

 

 だが、現実問題として言語の習熟が不十分な相手へとその不備のある言語で通じるのか?という心配が付きまとう。とはいえ私はもはやこの言語形態を是正するには年を重ね過ぎた。今さら付け焼刃で改正を目指したところでより難解で酷い結果を及ぼしてしまうだけとなるだろう。せめて通訳でもいれば問題はないのだろうが――――

 

 

 

 

 

 

 

 ―――私は最後の問題点に【エミが居れば何とかなる】と記した。

 

 

 

 *******

 

 

 

 むぅ、と唸る。

 

 こうして考えただけでもそれなりに問題点が浮かんでくる。やはり留学となると問題は日本の比ではないと言える。

 

 

 

 

 

 

 「食」に関して ・・・ 【エミが居れば何とかなる】

 

 

 

 「戦車道」に関して・・・ 【エミが居れば何とかなる】

 

 

 

 「言語の壁」に関して・・・ 【エミが居れば何とかなる】

 

 

 

 

 

 

 ―――自分で書いた箇条書きの問題点とその回答を見下ろしてみる。

 

 

 

 成程、大体の問題はエミが居れば何とかなるということか。

 

 

 つまりはいつも通りという事になるな―――心配は無用のようだ。

 

 

 脳裏に一瞬過ぎった釈然としない謎の感情があったが、記憶には残らなかった。

 

 

 

 

 

 ****** >>【 まほルート 第六話 】 

 

 

  

 

「―――ドイツ?」

「ああ、そうだ。……三年の夏の大会が終わったら―――国際強化選手としてドイツに行く」

 

 海外では9月が学年度の切り替えとなっているため、これに時期を合わせる形で留学という状態になっていた。

 そう考えると来年の大会が最後の日本の公式大会ということになる。感慨深さも感じるが―――その前に、私も一歩踏み込まなければならない。

 

 

ざわつく思考を抑え込むように目に力を入れるとさざ波のように音が引いていく感覚を憶えた。

これが明鏡止水の境地というものなのかもしれない―――。

 

 

 喉の渇きを訴える脳と喉を無視して、声を絞り出すを大きく超えて、強く声を張る。それでもやや、揺れた声色になってしまった。

 

 

 

 

「―――エミ。君さえよければ、その……一緒に来てくれないか?」

 

 

 

 




久々にリハビリのために前にちょろ書きしてたのを改修して投稿しました()




とりあえず活動報告でも言った「悪役令嬢転生もの」と並行でまほルート書いて仕上げてます。













太閤立志伝久々におもすれぇ!!


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【 まほルート 第七話 「渦巻く“答え”(SPIRAL ANSWER)・前」 】

「これ以上は時間の無駄ね」

踵を返し去ろうとする母を―――

「―――待ってください」

―――私は、その手を掴んで引き戻していた。

「―――勝負はまだ、終わっていません。大洗はきっと……勝ち上がります」

 強い調子で断言する私に、母は少しだけ驚いたような顔を見せた。そして次に、険しい表情で私を見下ろした。

「まほ。貴女のその自信はみほの力を信じているからなの?


  ―――それとも、“あの子”への未練がそうさせているの?」


 母の声はまるで詰問するかの様だった。けれど私には、とても軽い言葉に感じられた。
 私は、真っ直ぐに母を見つめ返して


「―――未練ではありません」


 母を射抜く程の意志を込めて―――言葉を紡いだ。


「―――私は今でも、エミを朋友(とも)だと思っています」





『 西住まほの足跡(ここまで) 』

 

 

******* JK → JC

 

 

 ―――黒森峰10連覇。それは別に私にとってさして大切なものではない。

 

 10連覇などと大仰にはやされてはいるが、勝敗というものは水ものであり、連覇の数は西住流戦車道にとっても私にとっても大切なものと定義されてはいない。

 

 無論、西住流にとって勝利とは大切なものである。その第一の定義を考えるならば、「勝利すること」自体は大切なものだ。

 だが、勝利にもいくつかの種類が存在する。西住流にとっては「大きな勝利」を得ることが大切なことであり、「小さな勝利」を積み重ねることで大きな勝利に繋がる。と、教えられてきた。

 ―――みほにはそのあたり、どういうものなのかわかっていないようだった。実際のところ、私も推測でしかわからない。だが、これは“そういうもの”なのだと理解した。

 

 ―――故に私は勝利した。勝利し続けた。己の道を正しいものとするために。

 

 陸の小学校時代にも戦車道にて勝利をし続け、そしてドイツからの来訪者にも勝利し、己の戦車道を確立していった。中等部に上がってからも、己の戦車道が正しいからこそ勝利をし続けていて、正しい道を邁進できていると信じていた。

 

 

―――そんな私の傲慢をへし折って、過ちを正してくれた。

 

理不尽で、

唯一無二の、

最高の相棒と出会うのはその後のことである。

 

 

 

******* JC → 2 years ago

 

 

 

 高等部に昇級するまでに様々な戦いがあった。様々な経験をした。

得たものが多かった。失ったものは―――何だろうか?

 

「―――得るものが多かった中等部の生活だったけれど……得るものがあるのと同じ様に、きっと失ったものがあると思う。けど……それは何なのだろう?」

「いや、私にわかるはずないだろ」

 

 部屋の中で顔を突き合わせて相談した相手―――天翔エミのそっけない返しに、少しだけ不満があるぞと頬を膨らませて見せる。

 

「―――エミは意地が悪いな」

「いや別に意地が悪いとかそういう問題じゃないだろ」

 

 ゴリゴリとコーヒーミルが珈琲豆を磨り潰す音が、殺風景な部屋に響く。

彼女の、天翔エミの部屋はほんとうに殺風景だった。必要最低限のものと、トレーニング用の道具しか置いていない。寝具などの生活必需品以外で唯一目立ったものがあるとすれば、このコーヒーミルだろう。

 

「―――よし。コーヒー淹れるけど、飲むよね?」

「……飲む」

 

 珈琲を淹れるために立ち上がり、会話はそこで一度途切れてしまった。

テーブルの上のコーヒーサイフォンに合わせるためにか、エミは『中挽き』という挽き方で挽くことが多い。稀にペーパードリップを試してみる、と言って『中細挽き』という挽き方をすることもあるが、基本はサイフォンを使って淹れることが多い。そして彼女の淹れる珈琲は美味い。初めて淹れて貰った時からすっかりお気に入りになってしまっていた。

 

「はい、どうぞ」

「―――ありがとう」

 

 初めてのころを思い出す間に、彼女は珈琲を淹れ終えていた。湯気を立てるカップに砂糖を一つ落として一口。

 

「―――やっぱり、エミの淹れる珈琲は何というか……とても落ち着くわ」

「サンキュー、誉め言葉としては最高だ。プロが淹れるものに比べればそうでもないけれどそこそこ研究もしてるし、そう言ってもらえると嬉しいね」

「私は、お世辞や冗談でこんなことを言ったりしないんだけど?」

「知ってる」

 

 どうにもこちらの言葉に信を置かれていないように感じて不機嫌を態度で見せるもするりと躱されてしまう。捉えどころのないエミをどうやって捉えるべきか……?ひょっとしたらそれは、西住流の戦車道よりもはるかに難しい問題なのかもしれない。

 

「―――さっきの質問だけど、何を失ったかを知っているのは、まほしかいないと思う。それは、本人だけが気づくモノなんだ」

「そういうモノ……だろうか?」

 

 エミに言われて自身を振り返ってみるが、自分では何を無くしてしまったのか皆目見当もつかないままなのだ。だが、本人が“気づく”というものならば、いずれきっと答えにたどり着くのだろう。そう考えると今悩む必要性は薄いものだと思えた。

 やや悩みが晴れた様子に気付いたのか微笑んだエミが、はたと気づいたように「ああ、ひとつあった」と呟く。

 

「分かるのか!?私は一体何を失ったんだ?」

 

 詰め寄る私ににやりと意地の悪い笑みを浮かべて、エミは言った。

 

 

「日本語」

「それは……きっとエミのせいよ」

 

 

 

―――かけがえのない時間だったと、今も思う。

 

 

 

******* 2 years ago → X-Day

 

 

 

「敵の包囲が早いな……エミ、援護を頼んだ」

「了解。何処を突っ切る?」

 

 まほの言葉にエミは短く了解を返す。その言葉とほぼ同時にまほは操縦手に全速前進の指示を出していた。砲撃支援を行うヤークトティーガーを背後に残し、勢いよく走り出したまほのティーガーⅠは敵の包囲のまだ完成していない部分を寸断するために突撃する。

 

 しかし―――

 

「―――これは……してやられたな」

 

敵包囲陣を突破したと思われたティーガーの目前にはIS-2とKV-2の姿。加えて左右に広がっていたT-34もまほのティーガーに狙いを定めていた。

 二重の包囲陣。 西住まほを確実に仕留めるために緩やかな包囲を作り、突破できる場所を狙った突撃に合わせ後方にもう一つ包囲陣を作る。そしてヤークトとティーガーを分断して二つの包囲陣でこの二つを同時に攻撃する。

 包囲の天才カチューシャの本領発揮と言えた。

 

「まほ!!」

 

 通信機から届くエミの声に、まほはキューポラから顔を覗かせて敵の一団を静かに見据えた。

 

「―――5分……いや、3分でいい。耐えてくれ」

「一気に蹴散らすぞ!!」

 

 まほの短い言葉に、珍しく好戦的に応えたのはエミだった。エミの様子に一瞬違和感を感じたまほだったが、状況はそれを待ってはくれなかった。

 

 

*****

 

 

 ―――西住まほは幼いころから西住流を教え込まれた。

 

 ドイツ戦車のエンジン音の聞き分け、戦車に乗った状態での音の聞き分けから各種戦車の砲身や砲弾の種類、装甲厚や傾斜で受け流せるケースや避弾経始などありとあらゆる状況と対応を叩きこまれた。

 まほの視界内にいる戦車の砲塔がどちらを向いているか、車体がどの向きか、その情報だけで“相手の攻撃範囲が透けて見える”。

 

 故に、たとえ包囲されていたとしても問題などなかった。

 

 

 

 

―――なかったはずなのだ。

 

 

 

 

『こちらフラッグ車!!守備隊とともに救援に向かいます!!』

 

 

 みほからの通信が入ったのは、戦況が動いてから1分程が経過したころだった。

 

『桟道を抜ければ逆包囲にできます。敵戦車は桟道まで追っては来れないですから、追撃をかわすこともできます』

 

 みほの声は力強く自信に満ちている。大会前に行われた継続高校との練習試合で見事に逆包囲をこなして見せたことがみほの自信を後押ししていると思われた。

 みほが逆包囲の形をとることができるのならば、包囲状態を崩すだけでなく一気にフラッグ車を追い詰めることができる。同時に前向きなみほの様子が周囲の指揮を盛り上げていた。

 

 

 

 

『―――駄目だ!』

 

 

 

 

 

 これに異を唱えたのは―――エミだった。

 

『駄目だみほ!そっちに行っちゃいけない!!戻れ!!』

「エミ!?」

 

 切羽詰まった声を上げるエミにまほは困惑していた。こんなにも焦った様子のエミを見るのはまほですら初めてだった。

 

『私とまほで全部蹴散らすから!みほはそこを動いちゃだめだ!!』

 

 まるで懇願するような、叫びにも似たエミの声に―――

 

『―――ごめんなさい、エミさん。敵の別動隊から攻撃を受けてます。罠だとしても、桟道以外の道はきっと伏兵がいます。

 でもぎりぎりの幅しかない桟道なら伏兵を警戒せずに済みますから……』

 

 

 そこでみほの通信は途切れ、

 

 

 

 

 

―――ヤークトのハッチを跳ね上げて、黒い影が飛び出したのは、その直後だった。

 

 

 

 

『―――エミ!?何処へ行くんだ!エミ!!』

 

 

 ヤークトから飛び出した人影―――天翔エミへ向けて通信機に声を上げる。その瞬間だけ、まほの周囲への集中は途切れていた。

 

 

 そしてそれはこの状況下では……致命的だった。

 

 

―――轟音が車体を揺らし、まほも含めた乗員が揺さぶられて床に転がる。

ティーガーⅠの転輪部分にIS-2の砲撃が命中していた。

 

 身動きの取れないティーガーⅠに向けて、IS-2の次弾が装填され、砲塔がゆっくりと狙いをつける。

 

 

 

 

 

“黒森峰フラッグ車、走行不能!!プラウダ高校の勝利―――!!!”

 

 

 

 

 

 ティーガーへと振り下ろされるはずだった止めの一撃よりも前に、運営の報告が響き―――

 

 

「―――フラッグ撃破に救われましたね」

 

 

 IS-2から顔をのぞかせた砲手―――ノンナの声が、静まり返った戦場にかすかに響き渡った。

 

 

 

*******  X-Day → JK

 

 

 

 ―――何かを得る代わりに喪ったものがある。

 

かつてそう考えた私に、エミは「自分で気づくものだ」と言った。

 

 

 

ならばきっと、私がエミという友を得る代わりに失ったものとは

 

 

 

―――私が失ったものは……【西住流としての強さ】だったんだと、その時理解した。

 

 

どうしようもない敗北の痛みとともに―――。

 

 

 大会終了後、フラッグ車を撃破されたみほは正に針の筵と言った状況だった。それは容易に想像できたため、母と私はみほを登校させず、一時的に休学扱いにすることにした。

 そして、黒森峰にもう居場所はないだろうと判断した母は黒森峰からの転校をみほに命じて、実質実家からの放逐処分を行った。

 

 

 

―――私は一体どうすれば良いのだろうか?みほにどんな言葉をかけてやればよいのだろうか?

 

 

 

千代美に連絡を取ることは―――できない。これは黒森峰の問題だ。

 

「―――エミ。いるんだろう?話があるんだ、聞いて欲しい」

 

 エミの部屋の前に立ち、ノックをして声をかける。

もうどうしていいのかわからなかった。私が道に迷った時、いつも彼女が私を導いてくれた。私のしたいことを手助けしてくれた。

 

「―――エミ、助けて……自分では考えがまとまらないの―――」

 

もう一度ノックをする。返事は返ってこない。

 

 

 

 

「―――エミ?」

 

 

 待てども返事が返ってくることは無く

 

 

 ―――鍵は開けっ放しで

 

 

 

 

 

「エミッッッ!!!?」

 

 

跳ね開けたドアの先―――生活臭のしない殺風景な部屋。

いつも通りのエミの部屋。

 

 

けれど、その部屋の主は、どこにもいなかった。

 

 

*****

 

 

 天翔エミがいなくなった噂はすぐに広まった。だが、それ以上の噂の拡大などは起こらなかった。

 当然だろう。西住まほがエミのことを話すことがなくなった結果、黒森峰内部では天翔エミについて触れることが一種のタブーのようなものだととらえられ、無意識に話題は封殺され生徒たちの会話にそれが乗ることはなくなった。

 

 

 一方で、西住まほにも変化が生まれていた。

 

 

 より西住流として完成すべく西住しほに再び教育を受け、圧倒的な個としての強さを見せつけて周囲を引っ張る隊長となった。

黒森峰は元々隊長が一人でチームを引っ張ってきたのだという認識に、周囲がすり替わっていく。同時に黒森峰はより質実剛健なチームへと形を変えていった。

 

 

****** JK → NOW

 

 

 

“プラウダ高校、フラッグ車走行不能!!よって、大洗女子の勝利―――!!”

 

 

「勝ったのは相手が修理の時間を与えたからよ」

「―――ええ、そうでしょうね。ですがみほはその時間を有意義に使用し、皆チームが一丸となってみほと、エミの下で力を合わせることができた。これはその結果の勝利です」

 

まほの言葉に、しほは険しい表情を見せた。

 

「まほ、貴女は―――「―――この身は既に西住流です。その名に恥じぬよう、全力で戦い、敵はすべて倒します」

 

しほの言葉を遮るように、まほが断言する。それ以上何も言うことができないまま、しほは何かを逡巡するように視線をまほと宙とに彷徨わせて―――やがて、何も言わずにその場を立ち去った。

 

 一人残されたまほの言葉は

 

 

 

 

 

「――――――――。」

 

 

 

 

 

誰にも届くことなく、消えた。

 

 




 ――月――日

プラウダ戦も危うげなく勝ち抜くことができた。
俺というイレギュラーの行動によって起きたバタフライエフェクトがどのように作用するか皆目見当もつかない状況でも、やはり原作補正は強いという事だろうか?
 雪の降る中駆け回り情報を集める役目を自分で言って飛び出してみたが、寒さに凍えそうになり、若干走馬灯にも似た過去の記憶を思い出すことになった。

嫌な記憶だ。

そんな嫌な記憶を引きずって、寒さに震えながら戻ってきたら

―――あんこう踊りのシーンまで状況が推移していた。

偵察に出ていた俺の情報は、偵察に出ていた他4名とかぶりまくってた……orz

「え、エミさんの情報のおかげで裏付けが取れましたし!」
「そ、そうだよエミりん先輩!さっすがー!!」
「そうですよ!天翔先輩殿!己の仕事を全うしたのですから胸を張ってよいはずです!!」


皆の優しさが胸に沁みるわぁ――――――後でノートに加算しよう(PPが5上がった)



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【 まほルート 第八話 「渦巻く“答え”(SPIRAL ANSWER)・後」 】

>>> Side Emi

 ―――行く当てがあったわけではなかった。

ただ、そう―――ただ漠然と「次の行動(プランB)を起こさなければ」と感じていただけだったのだ。運の悪いことに、決勝戦で長雨に撃たれていた俺とまぽりんはともに風邪をこじらせて倒れてしまい、暫く二人とも絶対安静として面会謝絶となっていた。俺は結局、まぽりんに別れを告げることもできなかった。置手紙だけを残して部屋を飛び出して、ただ突き動かされるまま“大洗”へと向けて学園艦をも飛び出していた。


「――――何やってんだよぉ俺はさぁ……」


 そうして正気に戻った俺は行く当てが完全に行方不明状態で一人ぽつーんとリストラリーマンのおっちゃんよろしくブランコに腰かけている。
時期はまさに先日高校生大会決勝が終わった後、季節はまだ―――秋口にもなっていない。


 お分かりだろうか……?“まだ原作が始まっていない”ということを。


 脊髄反射にも程があったわ……しかも戻ろうにももう学園艦は駿河港を出て沖合に出ているころであろう。戻ろうにも戻れない、かといって行く当てもない。何で俺はこんな中途半端な時期に学園を飛び出してしまったのか……

「―――もうそろそろ日が暮れるけれど、迷子かしら?おまわりさん、呼ぶ?」
「あ、いいえ、大丈夫ですんで――――」

 キィキィとブランコを揺らして黄昏れていた俺に声が掛けられた。どうも小学生か何かと勘違いされたようで、適当に返してどっか野宿のアテでも探しつつ大洗近辺で職探して食いつなごうか などと考えて顔を上げた俺は―――

「……あら?“虎の翼”じゃない?もしかして、学園艦に乗り損ねたの?」
「―――あー、えっと……すいませんけど、何も言わずにそちらの学園艦に暫く置かせてもらえませんか?行く当てが、ないんです―――」

 ―――ここが“神奈川県”(聖グロのホームグラウンド)だったことを、目の前の女性(アールグレイパイセン)の存在で漸く気づくことができたのだった。




天翔エミ(おれ)決勝戦後(あれ)から大洗(ここ)まで 』

 

 

******* JC → JK

 

 

 

―――戦車道高校生大会準決勝   黒森峰女学園 対 聖グロリアーナ女学院

 

 

 

「こういう時、どんな顔で相対したものかと……ずっと考えておりましたわ」

「―――そうか」*1

 

 相対するのは黒森峰の隊長、西住まほと、聖グロリアーナ隊長、ダージリン。

 

「よもや“貴女だけの黒森峰”と戦うことになろうとは思いませんでした」

「―――そうか」*2

 

 まほの返事は変わらない。同じ言葉を、同じ抑揚で繰り返すように。

けれどダージリンはこらえきれない様子でくすくすと笑い始める。怪訝そうな顔をするオレンジペコと、まほの隣の逸見エリカを気にすることもなく、耐えきれなくなったかのように紅茶のカップをオレンジペコに預け、身体をくの字に折り曲げるようにしてくつくつと笑っていた。

 

「……はぁ、失礼……お見苦しいところをお見せ致しました」

「―――構わない」*3

 

 まほの短い返事に少しの時間をおいて、また「くっ」と噴き出す手前のモーションに陥ったダージリンは必死に耐え、平静を装ってその場に立つ。

 

「本当に……あの子の言ったとおりね。理解できると楽しいものだわ」

「―――そうか」*4

 

 先ほどまでと同じやり取りだが、まほの声のトーンが若干下がった。ニコニコと笑顔のダージリンは、まほではなく隣のエリカへと視線を向ける。

 

「貴女が新しい副隊長ね?隊長さんの言うことは、しっかりと聞いて居ないといけませんわよ?」

「―――そんなの!余所者のアンタに言われる筋合いはないわよ!!」

 

 声を荒げるエリカを手で制して、まほが顔を上げた。その視線がダージリンを射抜くように真剣味を帯びる。

 

「……親切心からの忠告ですのに……ああ、これは所謂余計なお世話、というものかしら?」

「―――だろうな」*5

 

 まほへ顔を向けながらそう言ったダージリンへと短く、だがハッキリとした拒絶の意志を見せるまほ。その様子にダージリンは肩をすくめてかぶりを振る。やれやれと言った様子で。

 

「……ダージリン。君には感謝しているが、それとこれとは別の話だ」

「―――ええ、わかってますわ」

 

 互いに握手を交わし、戦意を滾らせた視線をぶつけ合う。

 

「―――決勝で、待たなければならない相手がいる」

「―――決勝で決着を付けなければならない相手がおりますの」

 

2人とも決意を口にして、その場を離れ試合前の礼に入る。

 

 言葉にしてはいなかったが、この場の誰もが感じていた。

 

―――彼女たちが決勝にやって来る事を信じて待っている相手が、同じ人物なのだということを。

 

 

 

******* JK → X-days After

 

 

 

 「ごきげんよう、ダージリン」

「……ごきげんよう、アールグレイ様」

 

 入室してきたアールグレイに若干躊躇いを見せながら答えるダージリンに構わず自分の席へと優雅に座るアールグレイ。ここは聖グロリアーナ学園艦。数日前に荷物の積み下ろし等の補給を終えて神奈川を出航し、今は海洋上を進みながら次の寄港地までの艦上生活の最中であった。そんないつもと変わらぬ状況の中、ダージリンはいつもと変わらぬ飄々とした態度のアールグレイに不満を隠せずにいたのだった。理由は勿論―――アールグレイが「拾ったの」と言って連れて帰ってきた一人の少女のことである。

 

「あの娘を……どうなさるおつもりですか?」

「なぁに?気になっちゃってるの?」

 

 さらりと言葉を返すアールグレイにダージリンは鋭い目を向ける。冗談ではなく張りつめた空気に、お茶の用意をしていた下級生たちが給湯室に引っ込んでしまっていた。

 

「―――私が聞きたい答えはもうお分かりですよね?でしたら、きちんとお答えを戴きたいのですわ」

「きちんとと言われてもねぇ……私は何も強制しないわ。あの子が事情を話さない以上は無理に聞き出すつもりはないし関わらない」

「しかし―――」

 

 アールグレイの言葉に反論しようとしたダージリンを手で制して、アールグレイは紅茶のカップを傾ける。カップに残っていた紅茶で喉を潤してほうと一息吐いて―――改めてダージリンを睨む様に鋭い目を向ける。

 

「個人的な干渉までは止めないわ。けれど、恩義をかさに虎の尾を踏む行為は優雅ではないわ……前に言ったでしょう?口は禍のもと、よ」

「―――彼女は、一体何をしようとしているのですか?」

 

 ダージリンは呟くように問いかける。アールグレイはその問いに答えない。

 

「……私は、あの子の才能が活かされない今の状況が、どうしようもなく嫌なのです……」

 

 吐き捨てるように漏らした言葉は誰に向けたモノでもない。ダージリンはそのままフラフラと紅茶の園を退室していった。後に残されたアールグレイは空のカップを傾けて、後から中身が入っていないことに気付いて顔を僅かに顰めて天井を見上げる。

 

「―――それでも、相手の意志を無視した押し付けは……余計なお世話にしかならないのよ、ダージリン……」

 

 アールグレイの言葉はその場にいないダージリンに届くことはないし、アールグレイ自身、ダージリンの成長のために自身で気づくべきものだと思っている。

 それでも、居たたまれない気分にただ呟かずにはいられなかった。

 

 

 

******

 

 

 

 聖グロリアーナの学生寮。その一室で、俺こと天翔エミはただ何をするでもなくぼーっと天井を見上げていた。

 やることがないわけじゃあない。日々部屋の中でトレーニングは続けているし、己へのセルフピロシキとしてここに来て数日は指を対象にピロシキを敢行していたくらいだ。まぁ、セルフピロシキに関してはアールグレイパイセンが「次そういうことやったら四六時中私の部屋かダージリンの部屋で監視付きで過ごしてもらうから」と割とマジな調子で脅されたので封印されているのだが……

 

 ―――まぁ、俺がこうしている理由はただ一つ、自分のこれまでを振り返っているだけである。タイムリミットはみぽりんの行動を確認できるまで。

 

 みぽりんが大洗に向かわないに越したことはない。或いは俺の行動により俺が悪者になってみぽりんへの圧がちょっとでも減ってれば御の字なんだが……それをするなら俺は黒森峰にとどまって悪意をずっと浴び続ける必要があったんだよなぁ……

 

 ……何故俺はあんな無駄な行動を……(ミッチー感)

 

 こうして考えれば考える程思考はデフレスパイラルに沈んでいく。黒森峰を飛び出したこともあるが、何より先の大会中の独断行動―――俺は結局のところ、まぽりんのことも、みぽりんのことも信じていなかった。俺が信用したのは原作で起きたイベントだったのだ。

 実際に、みぽりんの護衛についていた赤星さんの乗ったⅢ号は崖から滑り落ち、フラッグ車はみぽりんが救助に向かった間に討ち取られた。だが、そんなことが起きるなんて誰も思っていなかった。なのに俺は桟道に向かうみぽりんの報告を聞いた瞬間に、もう無理だと考え衝動的にヤークトを飛び出してみぽりんたちの下へと走り出していた―――情けねぇことに俺はみぽりんが桟道に向かったと聞いたタイミングでもうその末路を想定してしまい正気を失っていた。

 みぽりんを護りたかったのならまぽりんとタッグを組まずにみぽりんの護衛にでもおさまっていればよかった。まぽりんを放っておけないなら、みぽりんが桟道に入る前にプラウダを全部蹴散らすつもりでまぽりんと一緒に突撃かませばよかった。なのにそのどっちも選ばなかった、選べなかった結果がこのザマである。ツーラビッツ・ノーラビッツと何度も己に言い聞かせていたというのに、どちらかを見捨てた時点でみぽりんが曇る結果がありありと想像できてしまった時点で俺自身が詰んでいたともいえるのかもしれない。

 あの時点で最善の選択は、事故が起きることを理解してても結果が出るまで無視し、まぽりんと一緒に突撃かまして事故が現実になる前に敵を鏖にしてやる勢いで戦い、そのうえでもしも解決までに事故が起きてそれが原因で敗北してしまったのなら、その後で改めてみぽりんを守護るというものだったのだろう。

 だが時すでに時間切れ……いや本当に何故俺はあんな……(エンドレスエイト)

 

 ―――そんなこんな考えても仕方のない自問自答の半分引きこもりの日々が半年ほど続いたある日のこと……年が明けて正式に紅茶の園を引退したアールグレイパイセンから「黒森峰に動きアリ」という報告が届いた俺は、紅茶の園へとやってきたのだった。

 

「おじゃましゃーす」

「邪魔するのなら帰って、どうぞー」

 

 パイセンの返事に「はーい」と一回扉を閉める、お約束お約束。扉を開けて戻ってきたらダージリンがものすごく何か言いたそうな顔でこちらを睨んでいた。

 長期間顔を合わせる機会に恵まれて初めて分かったことだが、このパイセン随分と素っ頓狂な性格をしている。「何も言わずに学園艦に匿ってくれ」と言ったのは俺ではあるが、それを真っ向からオッケーしてそのまま学園艦までハイエースしてきた上本当に何一つこっちの事情を尋ねることなく、また、他の面々にもそれを徹底してきた。

 

「―――西住流だけど……フラッグ車の車長だった西住みほを放校処分、という方向に舵を切ったようね」

「……やっぱり、そうなっちゃったか」

 

 そうなるんだろうなぁという予感はしていたのでするっと口から言葉が飛び出していた。結局のところ原作の修正力というのは過程がどう転ぼうとそうなるようになっているということなのかもしれない。

 

「まるでそうなるだろうと分かっていたかのようね?」

「まさかだよ。まぁ、いくつか考えてたパターンの中でも最悪ではないにせよ、割と悪いパターンだったけどな」

 

 ダージリンの皮肉めいた物言いにそう返すと少しこっちを見る目が険しくなった件。聖グロで亡命生活()を送っている実に半年以上の間、こいつとは度々ぶつかり合っていた。正直どんどん思考が落ち込んでいく中、適度に思考をぶった切ってくれたという点では感謝してもいいかもしれない。どうしようもない思考の落とし穴で藻掻くよりは幾分かマシと言えただろう。

 

「ちなみに、一番悪い展開は?」

「―――まほが全ての責任を取る形で西住家や黒森峰など周囲の反対を押し切って西住を捨てて逐電する」

 

 ダージリンは絶句して、パイセンは面白そうに口元を歪めた。

 ダージリンの目が「現実的ではない」と言いたげな様子なのだが、ぶっちゃけまぽりんの糞真面目でぶっ飛んだ思考を理解しているなら正直どう転んでもおかしくなかったんで最悪のパターンとして考えていたりする俺である。勿論、本来ならそうならないようにストッパーが存在するのだが……当のストッパーに成りえる役割が何も言わずに消えた俺という有様では暴走の可能性がありありと予想できたんだからしょうがないやん……こっち来て初日に片手の指を残らずあらぬ方向へ圧し曲げても当然の報いだと思うやん……暫く日常生活に微妙に困ったけど。

 

「GI6からの情報によれば……西住みほちゃんの転校先は大洗女子高校。学園艦ではあるけれど、戦車道は廃れてもう存在しないみたいね」

「ありがとうございます。―――それと、これまでありがとうございました」

 

 一礼する俺に「ああ、やっぱりねぇ」とでも言いたげな表情で、でも何も言わないアールグレイパイセンにもう一度頭を下げて退室する。

 

「―――お待ちなさい」

 

 俺を呼び止めたのはダージリンだった。

 

「勝手にやってきて勝手に居座って勝手に出ていく……どこまで無法を働くのですか躾のなってない猿ですかこのゴリラ!」

「―――迷惑かけたな」

 

 強い口調で言葉を浴びせるダージリンへと一度だけ、深く頭を下げる。ダージリンの立ち位置はさっきと変わらない。距離にして1メートル、そこに物理的な壁でもあるかのように踏み込んでは来ない。それ以上の言葉もないダージリンに背を向ける。もう俺がここを出ていくことは決定事項なのだと理解しているから。

 

「既に廃れた戦車道を1から立て直すのは至難の業よ?」

「んな事ぁわかってるさ」

 

 背中越しにかけられた声に、背中を向けたまま答える。「でしょうね」と呆れた様な、諦めた様な声が聞こえる。また必ず戦車道で戦うことになると確信しているのだろうと、何となく理解できた。

 

 

 

―――実はこの後大洗に向かった俺はみぽりんが転校してくるよりも先にたどり着いてしまい、その結果生徒会の面々とひと悶着あったり、廃校問題を先に聞かされたり、廃校問題への対策中にみぽりんが居合わせてしまったりと色々と酷いことになったりもしたが……まぁおおむね本編軸で進んでいったのだ。うん……

 

 

 

 

*1
「“そうか”もしれないが、それはそれ、これはこれ、だ。互いに思う所があろうと良い試合にしたい」

*2
「エミを預かってもらっていたのだし、彼女が黒森峰に戻るだろうと思っていたのならばそれも“そうか”。だが、実際はこうなってしまったんだ。期待に沿えず申し訳ないな」

*3
「不意に笑いがこみあげて来るなどという情緒不安定な動作も、よく見るものだとエミも言っていたので“構わない”」

*4
「“そうか”、エミが教えたことを理解できる人物が多くて素直に羨ましいと思う。が、それはそれとして何だか気恥ずかしいものだな」

*5
「ダージリンには申し訳ないが、エリカが自分で気づいて自分で得るべき答えだ。他所から手を加えてはいけない“だろうな”」




>>> Side Nishizumi

 ――年――月――日

 エミがいなくなった。何も言わず、何も残さず、ただ家具だけがそこに残っていたため、一縷の望みをかけてその部屋にとどまった。
 寮の消灯時間に至り、すとんと腑に落ちるようにして「エミはもういない」のだと理解した。

 ―――涙を流すことなど、何年ぶりだろうか……?


 ――年――月――日

 エミの部屋で朝を迎えた。一夜が明けるとより一層確信を覚えて心が沈む。
 だが、落ち込んでもいられない。私は西住まほ、黒森峰を支える隊長で、西住流を背負わねばならない身だ。弱さなど見せていられない。
 そうして立ち上がって、ふと気づいた。陸の学校だったころは一人で戦うことが基本だったが、学園艦にやってきてからはずっとエミと一緒だった。

 西住流における自身の戦車道が、たちまちに揺らいでいくような錯覚を覚えた。

―――私はいつから「エミありき」の戦術に頼っていたのだろうか?


 ――年――月――日

 人の口に戸は建てられない。エミがいなくなった噂はすぐに広まった。
訓練でも練習試合でも、些細なところで齟齬が生まれ隊列に乱れが出る。悪循環を感じずにいられない。
 エミがいなくなった弊害がそこかしこに現れる。私はどれだけエミに依存して生きていたというのだろうか……?



 ―――私はどれだけ、彼女に負担を強いていたのだろうか?




 ――年――月――日

 みほがいない。エミがいない。中核を支えるべき屋台骨が消失した黒森峰を支えてくれたのは―――みほが助けた赤星小梅という生徒と、中等部からその優秀さを見せていた逸見エリカだった。
 エミと一緒にヤークトティーガーに搭乗していたメンバーがエミの代わりに糾弾されるかもしれないため、私はエミの話題を強く自制し胸の内にとどめた。結果、エミのことを話題にする生徒は居なくなった。少しでも彼女たちの負担が減らせていればいいのだが……



 ――年――月――日

 一度黒森峰に寄港して、実家で謹慎状態だったみほと対面する。
エミがいなくなったことは―――言えなかった。
 母にエミのことを相談し、その上でもう一度母に頭を下げる。

「どうか私に、もう一度西住流としての指導をお願いします」と。



 ――年――月――日

 補給が終わり、出航の日。黒森峰の皆を集める。
皆に私の考えがきちんと伝わってくれているかどうかなどわからない。私にはこの生き方しかなかった。それを皆に分かるように仲介してくれていたエミはもういない。けれどもう、自身を矯正することもできそうにない。
 『黒森峰の戦術を見直し、変革を行うべきかもしれない』と、提案をする。
 『だが、私は西住流の人間だ。これ以外の戦術は邪魔になるし、これ以外の戦術は無駄と切り捨ててきた。皆が違う戦術を知りえるのならば、それを私に提唱するのならば、どうか教えて欲しい。努力は惜しまない』と強く訴えた。
「隊長は隊長です。私たちはそれについていくだけです」
と、逸見は言った。周囲も、これまでの黒森峰で、西住流の黒森峰で行くべきだと賛同しているようだった。

 皆が支えてくれるのならば、私はこの道(西住流)を征こうと思った。

もしもこの道が間違っているとすればきっと―――――きっとエミは―――(この先はぐちゃぐちゃに塗りつぶされている)




******



「―――変革を、すべきかもしれない」

 西住まほの言葉にザワザワとざわめく周囲を手で制して「静まりなさい」と声を上げたのは逸見エリカだった。静まった周囲を確認して、視線で次を促すエリカに軽くうなずきを返すまほ。

「だが私は西住流だ」

 しんと静まりかえったその場に、淡々とまほの言葉だけが響く。

「これ以外を知らない。これ以外できない」

 何かに苦悩するように顔を歪めるまほ。苦悶の表情にも思えるそれを、エリカも周囲の皆も、天翔エミを想ってのことだと思った。
 皆が何も言えない中、エリカが一歩前に出た。

「―――隊長は隊長です。私たちはそれについていくだけです」

 ―――エリカのその言葉に呼応するように、「私もです」「私も」と声が上がる。それはいつの間にか歓声となって周囲を包んでいた。




 ――年――月――日

 黒森峰を西住流で纏め上げる。規律で縛り統率する。そうすることでしか今の学園の戦車道の質を保てない自分の無能さに嫌気が差す。
 こんな時エミならばどうするだろうか?
そんな考えばかりが脳裏に過ぎる。削ぎ落し、研ぎ澄まさなければならない。

 以前は連絡を取り合っていたものだが、あの日以来疎遠になってしまった千代美からは音信がない。彼女も元気でやっているだろうか……?



 ――年――月――日

「我がグロリアーナにはそぐわない野卑なゴリラが一匹、半年ほどこちらで過ごしておりましたの」

 聖グロリアーナとの練習試合の後で、ダージリンがそんな話を切り出してきた。
普段から礼節をもって接する彼女が「ゴリラ」と揶揄する人物など一人しかいない。

「―――今もか?」
「いいえ、彼女が出て行ったからこそこうしてお話をしておりますの」

 ダージリンの言葉に棘を感じるのは、間違いではないだろう。

「―――君と聖グロリアーナの皆に迷惑をかけて申し訳ない。そしてありがとう」

 学園艦を飛び出して、その後どこで何をやっているのかもわからなかった彼女の手がかりにはならなかったが、無事に生活していられたのならば何よりだ。思わず気分も高揚もしよう。


 立ち止まっていたエミは歩き出した。きっとこれはそういうことだ。


ならば私は彼女に恥じない自分であろう。そして彼女に尋ねるのだ。

なぜあの時突然いなくなったのか、何故私から逃げるようにいなくなってしまったのか。




 その答えはひょっとして、みほにあるのではないのか?



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【 まほルート 第九話 「Only you」 】

あけまして初投稿です(嘘です2回目です)


 

 私は所謂「憧れ」で戦車道を始めたクチだった。

 

 

 

重厚な戦車を一糸乱れぬ動きで行軍させる西住流に、黒森峰の門戸を叩くために必死で努力して、そうして中等部に入学して

 

―――現実の厳しさを目の当たりにした。

 

 ゆるく「戦車道を楽しもう」と言う私の言葉は、黒森峰のエリートさんたちには受け入れられない言葉だったらしい。練習初日の厳しさもあって、私は即座に「使えないやつ」のレッテルを貼られて他の「集団から弾かれた底辺」と一緒に上を見上げるだけの存在になった。

 

 

なったはずだった。

 

 

 

「できるだけ大きくて硬い戦車を用意してやったから、精々時間を稼いで」

 

 そう言われて用意されたのはヤークトティーガー。人数も足りない。おずおずと上申をしてみても「こちらも人数はぎりぎりだから、どうせロクに仕事がないのだから通信手か車長が装填手も兼任すればいいでしょ」と言ってけんもほろろに放り出された。涙が出てきそうだ。

 

 

「―――やってやろうじゃん……」

 

 

 小学生と見間違えるほど小さな少女が一人、強く意気巻いていた。強い闘志のようなものを感じさせる瞳と態度に、小さな体躯だというのに私よりも大きな姿に見えた。

 

 

 

「―――砲手の人ぉ!いいかぁ、狙いなんかいちいちつけなくていい。照準内にティーガーが入ってると思ったらトリッガーを引けばいい。相手は西住まほだ、当てようと思うな。フッ飛ばせばいい!」

「は、はいっっ!!」

 

 無茶を言う子だと思った。ヤークトの砲撃がどんなにとんでもない威力だとしても、連射の利かない車輛の砲撃なんか、一発外したらすぐに迫ってこられておしまいだ。慎重に狙撃しなきゃ意味がないのに……

 

「―――次弾のこと、考えてるね?」

「え?あ、は、はい……」

 

 すみませんと謝る私の肩をぽんぽんと叩いて、その子は笑顔を見せた。

 

「安心していいよ―――私は装填(こいつ)しかできない代わりに、装填(これ)だけなら他の誰にも負けないつもりだ!」

 

 子供のような姿でそんな風に豪語するその子が―――彼女が言っていたことが真実であったのだとわかったのは、その後決着がつくまで西住まほをその場に釘付けにしていたことをはっきりと脳が理解した後だった―――。

 

 

 

―――天翔エミさん。小さな身体に見合わぬすごい力の持ち主で、

 

 

 

「天翔さんすごい!すごいよ!西住まほさんたちに勝っちゃったなんて!」

「何言ってんのさ、私は装填しかしてないよ。相手を足止めしたのは、砲手の腕だろ?」

 

 

 

―――私に自信をくれた人。

 

 

 

 天翔さんはすごい人だ。いつもそう思う。

 二人がかりで装填するはずのヤークトティーガーの砲弾をたった一人で、速度を落とすことなく、平均3秒で装填を終える。

 私がどれだけ砲撃を失敗しても「大丈夫大丈夫。ほら、すぐ撃てる」と言って笑っている。

 誰とでも打ち解けるし、まほ隊長とも仲良くしている。

 

 そんな人と同じ戦車に乗っていることが誇らしい。

 

 

 

―――だから私は、黒森峰で一番の狙撃手になろうと決めた。

 

 

 

 

 

 『 ~ 黒森峰組(わたしたち)の選択 ~ 』

 

 

 

 

 

 

 私は人づきあいが苦手な方だった。他人とうまく会話ができない。だからなるべく会話をしなくてもいいポジションとして、操縦手を選んだ。

 

 

―――それがどれほど甘い覚悟だったかを知った時には後の祭りで……

 

 

 矢継ぎ早に繰り返される旋回指示、高速で振り回される車体を安定させたまま旋回するための速度調整、停車、砲撃、から即座の転進へと移る判断。

目まぐるしく移り変わる戦況に対応もできずただ流され流され流され―――どうにもならないと『素質無し』のレッテルを受けた。

 

 当然一緒に組んでくれる人なんかいなかったし、だから私は新人戦を機にこのまま戦車道を辞めて普通科に移るのもいいかもしれないと思うようになっていた。

 

 「人数が足りないから、このチームに入って。操縦手だったでしょ?」

 

 そんな風に言われて引き合わされた子たちはみんな、周囲から弾かれた子たちばっかりで……

 

 

―――ただ一人、装填手の子だけが腐るわけでもなくただただ燃え盛っていた。

 

 

 その試合が、私にとっての初勝利であり、操縦手としてのスタートだった。

 

 

 その後何度目かの試合を終えた後、皆で打ち上げ気分で乾杯する中装填手の少女―――天翔エミさんに「もう辞めようと思っていた」と零してしまった。

 

 だってそれだけ彼女が眩しかったから。どうしようもなく遠くに感じたから

 

 きっと彼女もこんな私に呆れてしまって、厳しい言葉を向けるだろうと思っていた。

 

「―――そっかぁ……それは、幸運だったなぁ」

「―――えっ?」

 

 予想外の答えだった。理由を尋ねたくて彼女の方を見る私に笑顔を見せる天翔さん。

 

「戦車道が好きなのに辞めなきゃいけない子を、こうして一人止めることができた」

 

 私は、ただただ絶句していた。

 黒森峰で戦車道を続ける自信がない。けれど、戦車道が嫌いか?と問われれば、答えは「NO」だった。私は戦車道が好きで、黒森峰に憧れて、だからここにやってきたんだ。

 

「―――辞められると、少し困るな」

「ま、まほ隊長?!」

 

 スッと唐突に天翔さんの後ろから現れたのは西住まほ隊長だった。少しだけ不機嫌そうに眉根を歪めているのは、天翔さんの隣が空いていないからなのかと思って席を譲るように腰を浮かせると、「そのままでいい」という様に手で制される。

 

「―――私はまだ、天翔と決着を付けていない。今辞められてしまうとヤークトティーガーの操縦手がいなくなるでしょう?」

「そんなの―――誰でもいいじゃないですか」

 

 真っ直ぐにじっと見つめて来るまほ隊長に、思わず俯いてそんな言葉をこぼしてしまう。

 そんな私に、天翔さんとまほ隊長の二人は、顔を見合わせる。

 

 

「え?嫌だよ。折角いい感じにまとまってるチームなんだし」

「そうね―――私は天翔を加えたヤークトティーガー、あなたたちに勝ちたいの。操縦手が変わってしまったら今のチームではなくなってしまうでしょう?」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 

 無茶苦茶すぎて言葉もない。代わりになんだか笑えてきた。

 

ああなんだ。私が悩んでいたことってこんなどうでもいいことだったのか。

 

 そう思えたらなんだかおかしくて笑っていた。

 

 

 今思い返してもあの時が私の原点なのだ。私が『この車輛(ヤークト)だけは他の誰にも負けない。誰よりも上手に操縦できるようになる』と決意したその原点は。

 

 

 

********

 

 

 

「「「乾杯ッッッ(プロージット)!!!」」」

 

 

 試合後の食堂で軽快な音が響き、木製のジョッキに注がれたノンアルビールを傾ける姿がそこかしこにある。

 もう名物になってしまったと言っても過言ではない、黒森峰の練習後の風景だ。

 

 

「みんなー!おつかれさーーーん!!!」

 

 

 これを私たちのルーチンワークにしてしまった人物は、音頭を取るようにして円の真ん中で笑っている。規律を厳に、鋼の精神、強き意志が誉れたれと語られた黒森峰は一体どうなってしまったのかと悔やまれる限りである。

 

 

 すべてはあの女、天翔エミが原因だ。

 

 

 ヤークトティーガーの通信手として乗員の枠を得てはいる。が、天翔エミに劣等感を感じずにはいられない。

 まほ隊長からの指示は時折要点を省略しすぎていて元がどういう命令なのかの判断がつかない時がある。とはいえそれで部隊の動きが鈍くなってしまっては本末転倒なのだ。

 

 

「―――さん。今のまほの命令はこうだ」

 

 

 そんな場面で唯一まほ隊長の言葉を“読み取る”ことができる天翔エミが間に立つことで、まほ隊長の命令を要約してチームの行動をサポートしてきた。

 

 ほどなくして隊長直通の通信(ホットライン)を天翔エミが握り、天翔エミによって翻訳された命令を全車輛が受け取るという通信システムが構築されることになった。当然の話だろう。通信を受けて、天翔エミにそれを尋ねて、返事を聞いて、命令を送る。などという冗長な回り道など味方に死ねと言っているようなものだ。

 

 こうして私は通信手とは名ばかりの役職でヤークトティーガーに搭乗して、天翔エミが翻訳した内容を周囲に通達する中間管理職に甘んじている。

 じくじくと心が傷んでいく―――腐っていく。どうしようもない。周囲の目が全て自分を責めている様にすら感じる―――居心地が悪い―――。

 

 

「こんなのが通信手の仕事といえますか!?」

「―――っていうか……まほの言うことを理解したいんなら教えるから、学べ」

 

 

 ある日突然爆発して八つ当たりをした私にそんな風にさっくりと返した天翔エミは、その日からまほ隊長と一緒に彼女の部屋でレクチャーを受けることを強制してきた。

 まほ隊長の手短な物言いは、高等部に上がるまでに洗練の極みがかかっており、その言語に余分なものどころか、ポロポロと大切な部分も省いてしまっているため、意訳が多岐にわたるものが多い。そのすべてを「なんとなく」というニュアンスだけで把握してしまうあたりに天翔エミと西住まほの関係性を連想させる。長い付き合いにおける暗黙の了解というか、そういうものの存在を感じさせて、絶望的に感じられたものだ。

 

「そこまで難しく考える必要はないよ。私だって、まほの言ってること全部理解できているってわけじゃあない」

 

 そんな風に苦笑する彼女に「私はエミがいてくれて非常に助かっているぞ」と言わんばかりに抗議の意味を揉めて眉根を寄せて不機嫌そうな表情をしているまほ隊長。その雰囲気を見ていると成程、天翔エミの言わんとしている「空気を読む」「雰囲気を読む」「行間を類推する」の意味が分かって来るように思えた。

 

 

 高等部一年目の夏。これまでの時間は何だったのかと思うくらいに充実していた。私は何をしていたのだろうか?抱えてきた苦しみが一瞬で霧散し、後には後悔と未来が残った。意地を張り続けていた自分を殴り飛ばしたい。

 

 

 

 

 

―――そして私のこれまでの遅れを本当に後悔する出来事が、この後にやって来る。

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 ―――お飾りでもいいから。

 

 

 

 

 最初に、そう言われた。ヤークトティーガーの車長として抜擢されたわけではなく、『寄せ集めのお飾り』に据えられただけだ。

 たとえ『寄せ集め』でも、てっぺんにそこそこの才能があれば、十全とは言えなくてもせめて3か4くらいは動かせるだろう。というチームの判断だった。

 

 理想と現実の違いに折れている砲手、自分の才能を過剰評価してる通信手、根底から圧し折れて抜け殻の操縦手に、人数の足りない上に子供のような装填手。これを「戦力にしろ」と言うのは無理があると思う。どうかしている。

 

 

「―――砲手はそっちで、操縦手がこっち……じゃあ、アンタが車長かな?」

「え?ああ、うん」

 

 

 周囲を見回して一人ずつポジションを確認していく装填手がこっちを向いた。思わず頷いてしまう。

 

 

「天翔エミです。よろしく」

 

 

 ニッと笑う瞳に強い好戦的な光を感じて、一瞬怯んでしまった。

 その感覚に間違いはなく、私たち『寄せ集めチーム』は西住まほを足止めしてチームを勝利へ導くという大戦果を挙げたのだった。

 

 

 

~~~

 

 

 

 「右方向から来てる!2時!―――いや、相手は西住さんよ!狙いをつけるなら1時方向を狙って!撃て!!」

 

 私の指示に砲手が応えてトリッガーを引く。轟音と衝撃とともに放たれた砲弾は、やはり西住さんを捉えることはなく地面へ着弾した。

 

「次!行ける?」

「問題ない!もう終わった!!」

 

 声をかけると即座にそんな返事が返って来るのは装填席。砲撃が終わり排莢を終えたばかりなのに、二人がかりで持ち上げる砲弾をたった一人で持ち上げて、即座に装填を終えている。相変わらずの化け物ぶりが非常に頼もしい。

 

 それでも私たちと西住さんの決着は付かず、今回はフラッグ部隊の殴り合いで決着がついて、穴だらけの戦場でお互い停車・降車して握手を交わす。

 

 

「―――次は勝つ」

「次も釘付けにしてやるさ」

 

 

 試合が終わればノーサイド。食堂で全員で器をカチ鳴らして大騒ぎする番だ。

 

 

「「「乾杯ッッッ(プロージット)!!!」」」

 

 

 大学行ってもこのチームで行きたいね。なんて、冗談めかして語り合う。本当にそうだねって笑い合う。砲手の子も熱を上げて練度を上げている。操縦手も日夜頑張ってる。通信手の子は、なんだか少し思い悩んでいる部分はあるけれど、連帯感の強い、良いチームに育った。

 

「私がフラッグだったら私の勝ちだった」

「いやいや、そんなこと言い出したらきりがねぇじゃん」

 

 ふと見たら、天翔さんが西住さんに絡まれていた。なんていうか本当にご苦労様なことだなと思う。あんな風に実力者に目を付けられて生きるなんて、きっと生きた心地がしない事だろう。大変だなぁ、お疲れさまだなぁと心の中で合掌を送った。

 

 

 

 

 

 

 ―――あのね天翔さん。西住さんが心配だったのは分かるの。でも説明して?行動を起こす前に一度だけでいいから説明をしておいて?いきなり上級生にカチコミかけることになった時の私たちの心境わかる?わかるよね?天翔さんは人の心がわかるやさしい人だものね?だったら私の言いたいこともわかるよね?わかるでしょ?わかるって言ってくれるって私信じてる。西住さん一人でどうにかなる相手だとは思ってないよ?西住さんがボコボコにされて嬉しい人なんか同級生にそうそういないよ?私だって悲しいよ?みんな悲しいよ?でもカチコミかけるならかけるで相談して?やらないわけじゃないの、心の準備が欲しいだけなの。わかって?わかるよね?わかるでしょ?わかってよ!!あれぇおかしいなぁどこ行くの天翔さん?今日は私の愚痴に付き合うって言ってくれたよね?約束したよね?ここ奢るから好きなだけやっていいって言ったの西住さんだよね?天翔さんも最後まで付き合うって言ったよね?言ったよね?何で逃げようとしてたの?ねぇ?……(以下略)

 

 

 

 ―――今思い返すと良い思い出だと思う(思い出補正)

 

 

 

 

 

 高等部に昇級して、高校の戦車道のレベルの高さに驚いて、それでも誰一人心が折れるなんてことはなくて―――通信手の子も憑き物が落ちたみたいになっていた。

 

 このチームでなら、西住隊長と天翔さんなら、10連覇なんてケチ臭いことは言わない。在学中は連覇するし、彼女たちが続けるのなら、大学で戦車道を続けてもいいなぁ……なんて思ったりもしていた。

 

 

 

 

 

~~~

 

 

 

 

 

『―――エミ!!何処へ行くんだ!?戻れ!!エミッッ!!!』

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 装填手を欠いたヤークトティーガーに新しい装填手が加わった。

けれどどの子もすぐに自信を無くして移動を申し出る。

 

「―――装填が遅すぎる。狙いをつけているのに砲撃ができない。ありえない」

 

 砲手の子の言葉だ。正論ではある、彼女の言う『自分に合わせた装填速度』を満たすことができる装填手が黒森峰のどこを探してもいないことを除けば。

 

 ヤークトティーガーを降りることになって、砲手の子と操縦手の子が普通科への転科を願い出た。

 

「私はこの車輛以外を操縦する気はないです。この車輛で、あの人が一番やりやすいように操縦したかったから今まで続けてきただけなので」

「私がいたら装填手の方々の迷惑になりそうですので」

 

 さっぱりとした去り方だった。もう未練は何処にも無いような、そんな去り方だった。

 結局私は別の車輛で車長を続けている。通信手の子も同じように。時折何かのノートとにらめっこして、必死に難解な数式を解くかのように頭をひねっているが、どうにもうまくいっていない様だった。

 

 

 

 

 あの日から、うまく笑えていない。

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「―――乾杯ッ(プロージット)            ……なーんて」

 

 

 

 誰もいない食堂で一人、木製ジョッキを掲げる。遠い昔のように思えるあの日の残影が、私の掲げたジョッキに重なって、まぼろしの音を響かせる。

 

 西住流としての指導を受けて、皆を集めて語って見せた西住隊長は、私の知っている西住隊長ではなくなっていたように思えた。

黒森峰は規律に厳しくなり、西住流の理念の下に統制を重視した戦いを主として生まれ変わった。

 

 そこにかつての黒森峰にあった食堂での大騒ぎなんかは「邪魔なものだ」と誰かが言った。だからなくなってしまった。

 

 

 

 まるで黒森峰の全てが、彼女を否定しているようで―――

 

 

 

 誰もいない食堂に、カァンと木製の器を叩きつける音が響いた。

 

 

 

*****

 

 

 

 “亡霊”(ゲシュペンスト)の噂。 そんなものが蔓延していた。

 

 

 練習を終えた後、夜にひとりでに動いているらしい戦車の話。

その戦車が「あの天翔エミの乗っていた」ヤークトティーガーだという話。

誰も乗らなくなって、予備の部品取り用に置いてあるだけの車輛が勝手に動いている。と言う話にみんなざわめいていた。

 

 

 

―――気づいてみれば誰にでもわかる答えだというのに。

 

 

 

******

 

 

 

「プラウダに勝ったんだってさ」

「あんなポンコツだらけの戦車で勝つのもすごい話だよねぇ」

 

 黒森峰の戦車道科の内部ではその噂でもちきりだった。

黒森峰から突如姿を消して逃げ出した天翔エミが、東の果てで放校処分になった西住みほとともに反逆の旗を掲げ、今まさに決勝戦まで勝ち上がってきた。

 黒森峰から捨てられた逆恨みに負けてなるものか などと言う子だっている。

 

 

 「ふざけるなよお前ら」と喉元まで出かかった声を抑え込む。

 

 

 試合の映像を見て居ればわかる。

彼女は楽しんでいた。戦車道を楽しんでいた。

彼女の新しい仲間たちもみんな楽しんでいた。はじめての戦車道だろう、キラキラしていた。楽しそうに試合をしていた。

 

 

 あんな目をした子たちが、復讐のためなんかでやってくるものか。

 

 

 

~~~

 

 

 ガチャガチャと乱暴に金属を打ち鳴らす音が響く。

亡霊(ゲシュペンスト)の噂から施錠がしっかりと為された戦車倉庫の一角。件のヤークトティーガーが眠っている倉庫の前で、二人の女生徒がチェーンと格闘していた。

 なんという浅はかなことだろうか。

両方とも、既に戦車道科を転科して普通科に去った子たちである。その二人が二人してやって来る理由など、ひとつしかない。

 私は彼女たちの背後に忍び寄り、手に持ったモノを振り上げた。

 

 

 

「―――どきなさい。阿呆ども」

 

 

 

 ガツンと強い衝撃が手に走り、登山部の部室からかってきた*1ピッケルがうなりを上げて叩き込まれ、錠前部分を叩き割った。

 

 

「ぬしゃらぁ阿呆か!?こぎゃんとばうっぱずすっとにぃ道具もかってこんとどぎゃんしようとや!?」*2

「声、声押さえて、あと言葉、方言出てるから」

 

 

 ここのところのフラストレーションもあって怒鳴ってしまった私を何とか宥めようとする二人の様子にぜぇぜぇと肩で息をしながらテンションを戻していく。

 

「で、どうするの?全くのノープランなんでしょう?」

 

 彼女たちの考えくらいわかる。ロクな戦車がないあの人のために、使われていないこの子を届けようとしたのだろう。言っておくが立派な窃盗事件だ。あの継続高校ですら『事前に届け出を出して車輛を盗んでいる』のだ。試合後に返却すら行っている。

 ノープランで脊髄反射で動いただけらしい二人は顔を見合わせてどうしたものかと青くなっている。面倒な事に巻き込まれてしまったものだけれど、施錠をぶち壊してしまった以上、私も同罪だ。何とかしなければと考えている矢先に―――

 

 コツコツと音を立てて、物陰から悠然とやって来る人影があった。

 

「―――ヤークトティーガーの廃棄申請、通しておいたわ。明日の朝に改竄に気付かれたらアウトだから、今夜中に高速艇で学園艦の外に運び出さないといけないけど」

「―――何で……?」

 

 歩いてきたのは、通信手だったあの子だった。やれやれと呆れた顔でわたしたちを見ている。私の言葉に肩をすくめてかぶりを振った彼女はこう言った。

 

「勘違いしないで。私はあの人に文句を言いたいの。決勝戦じゃ言いたいことの1割も言えないし、だったら、言いたいこと全部ぶちまける機会があったから乗っただけ。―――それよりあなたこそいいの?そっちだって黒森峰のレギュラーでしょう?しかも車長」

 

 睨みつける様な視線を受けて、私は―――

 

 

 

「せかぁしかぁ!!!」*3

 

 

 

 色々とたまりかねていた感情が爆発していた。

 

 

 

 

 ―――黒森峰女学園から忽然と消え失せた一輛の戦車と数名の生徒たち。

 

その報告を聞いた西住まほはただ一言「そうか」と呟いたという。

 

*1
(勝手に)借りてきた

*2
「アンタら馬鹿じゃないの!?こんなもの取り外すために道具も持ってこないでどうしようって言うのよ!」

*3
うるっさいわぁ!!知ったことか!




みほ「おそらく相手戦車は―――ですが、これではあまりにも戦力の差が……」
ユズ「どこかで戦車のたたき売りでもしてませんかねぇ……?」
杏「色んなとこから義援金貰ってるけど、戦車は無理かなぁー」




―――大洗に鋼の救世主()が届くまで、あと数時間。


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【 まほルート 第九.五話 「破滅の純情」 】

「ははは!!西住殿は相変わらずのご様子!ですが西住流にそこまで言われると何とも面映ゆいですな!知波単の誉れとさせていただきたく!」
 
 豪快に愉快そうに笑う西絹代がいる。

 ―――頭の奥がチリチリする。

「―――ねぇ」

やめておけばいい。やるべきではない。頭の奥で警鐘が鳴り響いている。

これは私らしくない。黒森峰の流儀ではない。なのに私の足も口も止まってはくれない。いきなり不躾に近寄って声をかけたものの、西絹代は私のことを知らなかったようだ。

「確か―――現黒森峰副隊長殿でしたか?」
「逸見エリカよ」
「これは失礼しました!知波単隊長の西絹代であります!それで、何かご相談でもありましたか?」
「―――何であんたたちは負けたのにそんな顔ができるの?」

 私の言葉にきょとんとした顔の西絹代。彼女は少しだけ思案する素振りを見せて、答えた。

「質問の意図がわかりかねますが……それはきっと、我らが知波単であるからでありますな!」
「―――なによそれ」

 わからない。彼女が何を言っているのか全く分からない。
負けたのよ?今までの努力も何もかも意味がなくなったのよ?どうしてそんな顔で居られるの!?

「―――納得できかねる、と言う顔でありますな」
「―――当たり前でしょ?今までの努力が全部無駄になったのよ?そんなやり遂げた顔で居られる意味が、私にはわからない―――!!」

 吐き捨てる様な私の言葉はまるで相手をただ殴りつけてるようなもので―――けれどそんな中、彼女は快活に笑い飛ばして見せた。

「ははは!!どうやらまだまだ了見が狭いご様子。ですが逸見殿のお言葉を借りるのでありますれば―――『何一つ無駄になってはおらぬが故』とお答えしましょう!」
「―――どういう意味よ?」

 まるで禅問答か何かの様だ。彼女が何を言いたいのかが、まるで理解の範疇にない。ただ聞き返すことしかできない。

「知波単の魂は、私の中に息づいております。また、下の者たちにも確かに伝わりました。我らはただ一時の戦場にあらず、上に立つものの意志を下の者たちが受け取り、そして伝え行く―――伝統とはそうあるべきものであります。
 黒森峰も―――いえ、西住流も、きっとそういうものでありましょう」

 自分は伝えるべきを伝えた。全部を渡しきった。だから負けても問題ない。
彼女はそう言っていた。少し切なそうではあるが、走り切った後のランナーのような、そんな顔をしていた。

「できれば勝利の美酒の味を後輩に教えたかったものでありました!―――ですが強豪黒森峰のフラッグに肉薄、首の皮一枚。十分に誇れる武勲でありますれば!」

 「では失礼」と敬礼をひとつ残して、西絹代は去っていった。後に残されたのは一人きり。呆然とその背を見送ることしかできない。
 空を見上げる。快晴の空に、浮雲がひとつ。まるで私のようだ。

「―――西住流がどうかなんて、わたしにはわからないのよ……」



『 ~ 逸見エリカの激情後悔・後 ~ 』

 

 

***** JK → JC

 

 

 

 ――月――日

 

 先輩たちが卒業して―――あの子の下で副隊長として過ごす一年が始まった。

 

 西住みほ。西住まほ隊長の妹で―――天翔エミ先輩からも一目置かれている存在。

 彼女の下で副隊長として補佐に回って数か月。日々彼女の能力の高さに驚かされている。

 同級生・下級生を問わずすべての生徒の詳細な能力を把握し、得意なポジション、不得意とされるポジションとその原因を調査・把握して適宜適用し、可能ならば生徒の弱点を克服するための労苦も厭わない。

 それ故に彼女は多くの生徒に慕われている。常に人を気にしている彼女は、西住まほ(あね)とは真逆の存在だ。

 

 西住まほは後ろを見ない。振り返ることなく前を征く彼女の背を見て、多くの人は彼女について行こうとする。後にも先にも彼女の背に追いついて、肩を並べている存在などはあの人以外にあり得なかった。

 

 そして、常に他人を気にかけているという点で、西住みほは、あの人にとても良く似ていると言えた。

 

 いつかあの人のいる場所と重なった時―――その時あの人は、また彼女にその立場を明け渡すのだろうか?いつかのように、粛々と―――

 

 

 

****** JC → JK

 

 

 

 大会第二回戦を対戦相手の投降という拍子抜けの結末で終えて、一人チームテントに戻ってくると、そこには先客が居た。

 

「―――やぁ」

「……継続の隊長……だったかしら?何でここにいるの?」

 

 カンテレを携え、チューリップハットをかぶったジャージ姿の少女は、何故か黒森峰のチームテントの奥の方で、非常時の軍用携行食などが入っている木箱の上に座って、こちらを意味ありげに見上げ薄く微笑んでいた。

 その懐が不自然に膨らんでいる。

 

「―――ここ、黒森峰のテントなんだけど?」

「そうだね。私も驚いているよ」

 

 あたかも「何でここにいるのかわからない」と言いたげな雰囲気でそう言うとカンテレを軽く爪弾く少女。

 

「―――あぁ、自己紹介が遅れたね……継続高校の隊長の『名無し』だよ。みんなからは【ミカ】と呼ばれている。好きに呼んでくれたらいい」

「―――黒森峰副隊長の逸見エリカよ。それで、なんでここに居るのかしら?」

「……風は、自由なものさ―――」

「答えになってない!!」

 

 こちらを馬鹿にしているようなミカの言葉に苛立ち紛れにバンッと手近にあった木製テーブルを叩くと、上に載っていたものが幾つかバラバラと地面に転がった。

 

「―――どこにでも吹く風でありたい……常にそう思っているだけさ」

「だから!答えになってないと言ってるでしょ!!」

 

 いい加減人を呼ぶべきかと思った矢先に、彼女は不意に顔を上げて私の目を見つめる。その瞳は何もかも透過して私の最も深い場所へと問いかけている様に感じられて、その視線が真っ直ぐにこちらの内面まで切り込んでくるようで、一瞬怯んでしまった。

 

「じゃあ、答える代わりに、ひとつ、教えてくれないかな?

 

 ―――超重戦車マウス(あれ)の指示を出したのは、西住まほかい?」

「―――ええ、そうよ」

 

 その質問に、思わず答えていた。

 マウス投入は確かに隊長が提案したものだ。

「継続相手のゲリラ戦術に時間を割いてなどいられない。また、二回戦で大きな損害を被ってなどいられない」

と、そう言った風な説明を受け登用した結果、事実としてフィールドを蹂躙して被害なしに勝利して見せた。

 私の答えを聞いて「そうかそうか」と数回小さく確認するように頷いて見せるミカ。

 

 

「――――やっぱりそうか―――西住まほの真実に気づいた人間がその中に何割いたのかな?」

「―――どういう意味よ?」

 

 

 ミカの物言いには嘲笑の意図はない。そこには隊長への憐憫の含みが感じられた。私たちを嗤うのはまだいい。だが隊長を貶めることは到底許されることではなかった。

 一息に詰め寄って彼女の襟首を掴み上げようと手を伸ばす。その手を、ミカの手が制して抑え込んでいた。

 

「―――昔の西住まほなら言ったはずだよ?『一度見た戦術など西住流には通用しない。前に出るから援護を頼む』とかなんとかね」

「――――――!!!」

 

 

 声も出ないとはこのことだろう。私が内心でうすうす気づいていたことを、目の前の敵から語られている。隊長は……西住まほはそういう性格だったはずだと脳裏に声が響く。

 

 では誰が西住まほ(隊長)を今の思考に走らせているのか―――?

 

 

「翼を失った虎はこんなにも脆いものかね……?いや―――少し違うな。

 

 ―――――――――――『翼が逃げるのも理解できる。誰も彼もみんな、彼女を孤高の虎だと思い込んでいるじゃないか』」

 

 

 一方的に言い放つそうにそう告げて、背を向けると「聞きたいことは聞けた」とばかりに去っていくミカ。その背に手を伸ばすこともできない。何も考えられない、考えたくない。

 

 

 

「―――あぁ、だから彼女は乾いていたのか

 

 

 

 ――――今の西住まほは――――――――“怖くない”」

 

 

 

 ミカの呟く様なその言葉が――――無性に心に残っていた。

 

 それとチームテントの軍用携行食が根こそぎ消えていた。

 

 

 

****** JK → 2years ago

 

 

 

「―――これが通信手の仕事と言えますか?!」

「まほの言ってることを自分でも理解したいのなら教えるから、学べよ」

 

 そんなやり取りがあったと人伝に聞いた。

 

 

 「ずるい」と、そう思った。

 

 

 私だって隊長の―――西住隊長の言っていることをちゃんと知りたい。あの人を信用していないとかそういうのではなくて、私が、きちんと自分で理解したい。

 

 来年だ。来年―――高等部に進級したらその時に天翔先輩に願い出よう。

その為にも今は―――ここで私のできることをしよう。

 

「―――エリカさん?」

「……なんでもないわ。隊長」

 

 上部から身を乗り出して肉眼で周囲を確認する私とみほは、顔を合わせる機会も多い。だから彼女には私の浮かない表情や、心理的な迷いなども見て取れるのだろう。そういうところは彼女のすごいところだと思う。

 けれど彼女は踏み込まない。自分が踏み込まれることを好まない彼女は、自分からそこに踏み込もうとしない。そこだけは―――あの人とは違っている。

 

 

 ―――――あの人とみほは、違う。

 

 

 

****** 2years ago → X-Day

 

 

 

 雨が降っていた。

 

 降り注ぐ雨が、まるで泣いて居るようだった。

 

 

 

 ―――ジンジンと、拳が痛い。

 

 当たり前だ。拳を振りぬいたというのに“手首を痛めない拳の使い方”なんか知らないのだから。

 殴られた相手は立ち上がろうとすらしない。虚ろな瞳が光を灯していない。放心状態というやつだろうか。

 

 

「――――言ってくれたじゃないですか」

 

 

 私の頬を伝う涙は、負けたことによる涙じゃない。

 

 

「―――“みほのことは任せる”って、言ってくれたじゃないですか……!!」

 

 

―――悔しかった。

 

 憧れた背中に肩を並べて前を征く彼女たちから託されたから。

託された私たちができることを全てやって見せようと思った。

 

 確かに結果として、崖から転落した赤星の戦車がいて、それを助けようと走ったみほを止められなかった。必死にフラッグを護ろうとして―――できなかった。

けれどそれを全て起きる前から否定されてしまったようで悔しくて、悲しくて

 

 

 

―――きっとこれは、託された私の全てを否定された八つ当たりのようなものだったのだ。

 

 

 

****** >>>X-Days After

 

 

 

 「天翔先輩……」

 

 試合から数日。隊長と天翔先輩はどちらも長雨が原因で風邪をひいたらしく、学校に出てこなかった。同じくみほは自宅謹慎を言いつけられて今学園艦に乗ってもいない。

 残った生徒たちで反省会を開くも、戦犯について喧々諤々、やれ天翔先輩の試合放棄が原因だの、みほがフラッグを放り出したからだの、赤星が滑落したことが原因と被害者のはずの彼女まで槍玉にあげられている。誰が悪いとかを言い争ってもどうしようもないというのに……本当にどうしようもない。

 赤星以外のメンバーは居たたまれなくなって普通科に転科したか、あるいは学園艦を降りてしまった。隊長と天翔先輩が復帰すれば、きっとこの空気は払拭されるとは思う。その間ずっと最悪の空気を引きずることになるけれど―――

 

 

―――これは罰だ。これまで隊長と天翔先輩に頼り切っていた私たちの罰なのだ。

 

 

 規律を以て皆を引き締める隊長がいない。宴を以て皆を緩和する天翔先輩がいない。間に立って皆を仲裁できるみほがいない。私一人では収まらない。

 早く2人に戻ってきて欲しい。そんな弱気な心でいることが、たまらなく屈辱だった。

 二人の面会謝絶が解けて、私はまず天翔先輩の住む学園寮の部屋に向かった。

まほ隊長は西住家でみほと母親の西住しほと三人で今後の相談をするのだそうだ。

 

 

 ―――まずは謝らなければいけない。あの時のことを謝って、そうして天翔先輩と話をしたい。

 

 

 そうしたら次に天翔先輩を連れて隊長のところに行こう。隊長と先輩と、わたしの三人でみほが戻って来れるようにすればいい。学内の空気も、二人が居ればきっと何とかなる。みほが飛び出した時に止められなかったのは私だ。私にだって彼女の責任を背負う義務がある。だって私は隊長と先輩に託されたのだから―――。

 

 

 

 

 

けれど部屋はもぬけの殻で

 

 

 

 

テーブルの上に、書置きと思われる封筒が残されていた。

 

 

 

 

 

 それを手に取り―――封を開ける。

 

 

 

 

 

「―――――――うそつき」

 

 

 

 私の呟きは、誰もいない部屋に響いて消えた。

 

 

 

******  After → JK

 

 

 

 「―――なにか、御用かしら?」

 

聖グロリアーナのチームテントへと帰路に就くダージリンの前に立ちはだかるようにして、私は立っていた。黒森峰の陣営からこちらまではかなりの距離があったため、全力疾走した後でハァハァと肩で息をしていて言葉がままならない。

 

「―――聞きたい……ことが……ある、のよ……!!」

「……答えられない質問も、ありましてよ?」

 

 私の目を見たダージリンは諦めた様な様子を見せた。私が決して退くつもりがないと理解したのだろう。聡い女ね―――少し羨ましい。

 呼吸を落ち着かせて、最後にもう一回深呼吸して、その間紅茶を飲みながら待っていたダージリンへと向き直る。

 

「天翔先輩は―――何故大洗に行ったの?」

「私に分かるわけがないでしょう?私はあの子じゃないのですから」

 

 当然だろうという態度でそう返すダージリンに食い下がる。

 

「―――貴女の意見を聞きたいのよ。私よりよっぽど聡いし、頭もいいんでしょ?あの人は……なんで黒森峰を捨てたの?」

「ああ――――――そういう意味でしたのね」

 

 私の言葉でなにを理解したのかわからないが、ダージリンは紅茶のカップを傾けて一度長く溜息を吐くように息を吐いて……私に尋ねた。

 

「―――真実を知ることが、必ずしも幸福とは限りませんわよ?」

「―――それでも、よ」

 

 真実を知りたい。ダージリンが考える理由が、もしも私の考える理由と同じなら……?私の考えた理由と異なっていたら……?その時私はどうしたら良いのだろうと考えると、答えなど出ない。

 

 けれど隊長はきっと自分の見つけた答えを持っている。その答えで彼女と向き合っている。

 

 だから私が同じステージに立つには―――あの子と同じ場所であの子と向き合うには、感情を整理する必要があるのだ。でなければ私は、あの時と同じように見当違いの感情のまま暴走して、きっと今度こそ決定的に、隊長の、先輩の、みほのつながりを断ち切ってしまう。

 ダージリンは私の顔を覗き込んでその瞳を見つめていた。その奥底にあるモノを見透かすように、じっと―――。

 どのくらいそうしていたのか……刹那であったような、数分間、一時間にも感じられたそれを、不意に視線を外して背を伸ばしたダージリンによって解放された。

 

「―――あくまで私の予想ですよ?……彼女が、天翔エミが大洗に向かった理由は、『西住みほ』のためです」

 

―――ああ、やっぱりだ。そう思った。

 あの人はいつもみほを特別視していた。みほとわたしに目をかけて、隊長の世話を焼いているのに、みほの世話を焼いているイメージだけが私の中に残っている。

 

「―――そしてそれは、黒森峰の状況を確認してから動いたものよ」

「……どういう、意味よ……?」

 

 みほが大洗に向かったと聞いてみほのために大洗に向かったという意味なのだろう。けれどダージリンの言い草はなんだか違うような含みを持たせた言い方だった。

 

「あの子は言っていたわ。『西住みほが放校処分にされる展開は予想していた中でも悪い方にある』と、そしてこうも言っていたわ。『最も恐れる展開は、西住まほが周囲の説得も何もかも振り切って責任を取る形で黒森峰を出奔。野に下ること』だと」

「――――――――」

 

 言葉もない。そんなことがあり得るのだろうか?という疑問よりも前に『天翔エミがそう予感したのならばあり得る』という確信が先に立つくらい私も、きっと他のメンバーも、西住まほという人間について知らぬまま従っていたという事実。

 

 だとしたら―――天翔先輩が残した手紙の意味も変わって来る。

 

 

『この手紙を読んでいるとき、私はもう学園艦にはいない。艦を降りて陸に上がっているだろう。もしもこれを読んでいるのがまほであるなら、約束を守れなくて申し訳ない。さよならも言えなくて申し訳ない。けれど悠長にしている時間が惜しい。状況は刻一刻と差し迫っている。最悪の未来だけは避けなくてはいけない。

 もしもこの手紙を読んだ人間がまほ以外だった場合、この内容をまほに告げないで欲しい。悪いのは私だ。護ることを約束しながら護れなかった私の責任だ。それこそ、全ての責任を私にかぶせたってかまわない。西住まほの戦車道と、西住みほと逸見エリカの未来が輝けるものであって欲しいと願う。』

 

 

 

 私はこれを『逃げ』だと感じた。けれど違う。ダージリンから聞いたあの人の言動と彼女の見立て、そしてこれまでのあの人の行動と、この手紙の内容を加味するならば―――――

 

「―――あの人が帰って来れなくなったのは、みほが出て行ったから……」

 

 違う。みほを『追い出した』のは私たちだ。

責任のなすりつけ合いをやり始めた西住流の派閥の争いを『きっと先輩たちなら何とかしてくれる』と放置した私たちが、みほの居場所を奪った。居場所がなくなったみほが出て行った。みほを護るために先輩はみほを追いかけることを選んだ。

 かつての黒森峰を壊したのは、私たち自身だった―――。

 

「貴女のことはGI6の諜報で知って居りましてよ、逸見エリカさん。天翔エミが西住みほと同じくらい気にかけていた後輩で、現副隊長」

「―――だから何だってのよ」

 

 今にもその場に崩れ落ちてしまいそうなほど身体が重い。自責の念で潰されてしまいそうだった。ダージリンはそんな私を見下すように、フッと薄ら笑いを浮かべて、言った。

 

「いいえ。ただ―――私はこう思っておりますの。“天翔エミが黒森峰よりも西住みほをえらんだのは……黒森峰には貴女がいたからではないか”と」

「―――――どういう意味よ……!!」

 

 聞き捨てならなかった。ふつふつと浮かんできた怒りに支配されるままにダージリンに殴りかかりそうになるのを抑え込み、敵意と怒りを込めた目を向ける。

 ダージリンはそんな私の様子に溜息をひとつ吐き、どうしようもないものを見るような目を、私に向けたのだ。

 

「―――劣等感の塊のような娘ね、貴女。天翔エミも浮かばれませんわ」

「―――!!!! アンタに……何が!わかるって言うのよ!!!!」

 

 立ち上がってダージリンの胸倉をつかみ上げた。手から離れたカップとソーサーが地面に落ちて砕けて散った。

 ぶん殴るつもりで引き絞った私の腕は、後ろで誰かに止められていた。怒りに任せたまま振り返った私の視線の先に―――――隊長が、いた。

 急激に怒りが消え失せていく。同時に深い後悔が私を襲っていた。

 

 なんてことをしてしまったのか。私は何をしようとしていたのか。

 

 そのまま地面に座り込む私を、ダージリンが見下ろしていた。

 

「―――天翔エミが西住みほを選んだ理由はごく当たり前のことです。

 

 西住みほは一人きりで、西住まほと貴女には、お互いがいたからですわ」

 

 心臓を掴まれたような痛みが走った。胸の内にぽっかりと開いていた穴から、全身至るところまで走ったひび割れによって、身体がボロボロと崩れ落ちていくような錯覚を覚える。

 

 ―――私は託されていた。知らないうちに託されていた。

 

 

   違う。

 

 

 

 ―――私は託されたままだった。あの時からずっと、「みほのこと」も、「彼女がいない間の隊長のこと」も、託され続けていた。

 気づいていなかったのは―――私だけだった。

 

「―――無粋なことを致しましたわ。謝罪します」

「―――いや、君は悪くない」

 

 頭を下げるダージリンを、隊長が手で制していた。私は身体を動かすこともできずに、ただただ呆然と状況を眺めることしかできなくて―――

 

「では、ごきげんよう、逸見エリカさん」

 

 ―――去っていくダージリンを、見ていることしかできなかった。

 

 

 

******

 

 

 

「大丈夫か?」

「……隊、長……」

 

 身体を起こすこともできずその場にへたり込んだままの私に肩を貸して立ち上がらせる隊長に、情けなくて涙が出てきた。泣きじゃくる私を、隊長はただじっと見ていた。

 

「―――私には、無理です」

 

 ぽつりとつぶやいた。できるわけがない。何も気づかず、ただ状況が混迷化して、最悪の引き金すら引きかけた。先輩が隊長に行先も何も言わず出て行ったことで、隊長は後を追うという選択肢も無く、黒森峰への責任感と先輩の悪評を封じる意図で口をつぐんだのは分かっていた。けれどそれだけだ。誰も話題に上げなくなっただけ、隊長の真意は理解できていない。

 それを私があの人の代わりに伝える?できるはずがない。

 

「私では、あの人の―――天翔先輩の代わりにはなれません」

「―――違う」

 

 私の泣き言に、隊長が否定を重ねる。顔を上げた私を覗き込む様に、隊長が私を見ていた。顔を逸らさないように、両手で顔を挟み込んで逃がさないようにして、私を正面から見据えていた。

 

 

「―――エミの代わりなどいない。ここに居るのは逸見エリカだ」

 

 

 ―――――涙が、溢れた。

止めどなくあふれる涙と、嗚咽が混じって声にならない声を上げて、私は隊長の胸に飛び込んで泣き続けた。子供のように、泣き続けた。

 




この手紙を読んでいるとき、私はもう学園艦にはいない。

(次のプランのため大洗に向かうために)艦を降りて陸に上がっているだろう。

もしもこれを読んでいるのがまほであるなら、約束を守れなくて申し訳ない。
さよならも言えなくて申し訳ない。けれど悠長にしている時間が惜しい。

状況(原作スタート)は刻一刻と差し迫っている。最悪の未来(みほエリエンドの断絶)だけは避けなくてはいけない。

 もしもこの手紙を読んだ人間がまほ以外だった場合、この内容をまほに告げないで欲しい(まぽりんの言語翻訳が変な方向に走ったらまぽりんが後追い出奔しそうなので)

悪いのは私だ。(みほエリを)護ることを(心の中で)約束しながら護れなかった私の責任だ。

それこそ、全ての責任を私にかぶせたってかまわない(みぽりんがそれで救われてエリカとらぶらぶちゅっちゅな未来へ進むなら思いっきりやってくれ)

西住まほの戦車道と、西住みほと逸見エリカの(みほエリの)未来(エンド)が輝けるものであって欲しいと願う。


(エミカスの意図した内容)


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【 まほルート 第零話 「TRYアングラー(あんこう)」 】

*** 聖グロ出発 → 大洗女学園新年始業式


 >> Anzu


 ――月――日

 冬休みが明けて、始業式を迎えた。あと3ヶ月ほどで二年生が終る。
 高校生として最後の一年。振り返って約二年、色々なことがあった。
 水かけ祭りとか、泥んこプロレスとか、あんこう踊りとか……馬鹿らしいお祭りだったけど、みんなでやると楽しいものだった。
 最後の一年―――良い一年になるといいなぁ……。


 ――月――日

「突然だが、転校生を紹介します」
と、始業式の翌日はそんな担任の言葉から始まった。
 紹介されてやってきたのは子供のような身長の子。いや、私も人のコト言えた義理じゃないけどさ……?
 【天翔エミ】と名乗ったその少女のことが妙に気にかかった。
どっかで見た気がするんだよねぇ……どこだったっけ……?


 ――月――日

 “虎の翼”じゃん!?なんで関東に来てるのさ!?何で黒森峰転校し(やめ)てんのさ!?
色々聞きたい気持ちはあるけどどうにも聞いていい話かもわかんない。黒森峰を辞めて大洗まで来たってことは、戦車道から距離を置きたいってことなんだろうし……
 でも一体全体、何があったって言うの?あんなに楽しそうに戦車道してたじゃん。西住まほと一緒に。


 ――月――日

 1年生の教室前でウロウロしてる不審者がいた。
っていうか天翔さんだった。何やってんの?
「―――馬鹿な……こんなことが……」
とかなんとか呟いてフラフラどっかに歩いて行った。なんだったの?ホント。

その日以降なんか天翔さんが死んだ目をしていた。うちの1年生に誰か探し人でもいたのかな?


 ――月――日

 ―――ふざけた話をされた。呼び出された先で、文科省の辻さんとやらに実にふざけた話を語られた。
 この学園艦も、学校も、全部なくなるって?大人の都合で?
「戦車道のプロリーグ、及び世界大会に向けての計画なので」
そう言われてハイそうですかって引き下がれるはずがないでしょ?
この年齢まで過ごしてきたんだよ。この学園艦で、この学校で、やってきたんだよ。

―――やってやろうじゃん。優勝すればいい話でしょ?

戦車道でさぁ!!!


 ――月――日

 思いっきり啖呵を切っては見たモノの。生徒会予算案をいじくりまわしても、結局とこ無い袖は振れない。
戦車一台買う予算なんか捻出できない。それに戦車道を始めるための準備も重要だけど、メンバーも探さなきゃいけない。
 新入生へのクラブ活動・選択必修科目のためのオリエンテーションの時間を取って大々的に宣伝とか、特別依怙贔屓な条件もつけちゃうか!
 とにかく、やれるだけのことはやってみるしかない。

―――それと後は……【彼女】を勧誘しなきゃいけない。彼女が味方に付いてくれるなら心強い。なにしろあの黒森峰のレギュラーメンバーだったんだから。



『 ~エミ(おれ)(わたし)と、時々しぽりん(おかん)~ 』

 

 

****** >> Emi

 

 

 ――月――日

 

 数か月早かったorz

そらそうよね。みぽりんが放校処分受けてから、皆に転校伝えて学園艦を降りて、家で荷造りしてーの、住居決めてーの、大洗に向けて電車なり車なり、はたまた船なりで行くとしてもタイムラグあるよね……俺ってホント馬鹿……(さや感)

 ノリノリで2年生の教室でご挨拶して、とりあえず一週間我慢してみぽりんの教室に状況確認に行ってみた結果……誰もいないの。

 

 みほエリは……みほエリはどこ……?ここ……?

 

 

 ――月――日

 

 死んだ目のまま数日授業を受けていたらしい。どうにもこうにも意欲がわかない。どうしようもない。みほエリウム欠乏症で記憶すらも曖昧になっている気がする―――だが、みぽりんの力になって、今度こそみぽりんを守護り、最終的に黒森峰に戻るフラグを確立するためにも、まだ倒れて死んでいるわけにもいかん。

 

 とりあえず毎日のトレーニングは欠かさず続けていたらしい。無意識に(謎)

 

 

 ――月――日

 

「天翔ちゃぁん。ちょっといい?」

そんな感じで猫なで声でやってきました生徒会長。先日なんかお呼ばれしてどっか行ってたことから考えると、おそらく文科省の通達云々のフラグったやつだろうか。原作だと春先だったかと思ったが……誤差かな()

「来年度から戦車道復活させるからさ、戦車道取ってよ」

ってのが本題だったんだろう。ただこっちの事情をある程度類推してたっぽく、迂遠に迂遠に回りくどく確認しつつ話を振って来る会長に

「もう一度ここで戦車道ができますか?」と思わず食い気味にせかしてしまった件。

反省せざるを得ない。

 

 

******

 

 

「―――もう一度、ここで戦車道ができるんですか?」

 

目の前の少女、天翔エミは角谷杏の両肩を掴む様にしてそう言った。

 生徒会長である杏の両脇に控えていた河嶋桃、小山柚子の二人はエミがそのまま杏につかみかかろうとしていたのかと誤解して、思わず引きはがしてしまったのだが……そんな状況を見えていない程に杏の脳内で目まぐるしく情報の整理が始まっていた。

 

「もう一度戦車道ができるのですか?」と、彼女はそう言った。

杏は天翔エミについてあまりにも知らなすぎたことを悟っていた。エミのことは戦車道について国を挙げて沸き立っているから知っただけだ。雑誌に紹介されていた国際強化選手の話。西住まほ、そしてその相棒ともいえる存在としてピックアップされた少女、天翔エミ。

 黒森峰から転校した理由も定かではない。しかも転校してきた転校元は【聖グロリアーナ】となっていた。

 訳が分からない。けれど今はこの縋る手を掴んで引き上げることが必要だった。

 

「―――来年度からスタートするからさ。必要になりそうなもの、そろえなきゃなんだよ。戦車も今のとこ自動車部が把握してるのはガレージにひとつだけみたいだしね」

 

杏はそれだけ告げてその場を離れた。エミのことをもっと調べる必要性を感じていた。

―――それから数日後、角谷杏は天翔エミが起こした事件。黒森峰決勝戦での行動を知る。

 

 

―――プラウダに二重包囲され、西住まほと分断されて後、ヤークトティーガーから離脱。戦線を放棄して逃亡。その後、フラッグ撃破による黒森峰の敗北―――

 

 

 戦車道における通信記録などは本来開示されることはない。通信記録には作戦用の暗号・作戦コードなどが使用される場合があるため、それを流出させるということは通信傍受などで作戦内容が割れる危険を孕んでいる。そのため黒森峰女学園の会話内容は秘匿されたままの決勝戦でのエミの行動が記録として残るすべてだった。

 

 

 

******* 大洗女子学園新年始業式 → 原作第一話~

 

>> Anzu

 

 

 ――月――日

 

 敵前逃亡。それが退学の理由?聖グロリアーナで戦車道を続けられなかったのもそれ?

 「それはおかしい」と、思った。天翔エミの情報を集めるため行った雑記掲載の記事の切り抜き、月間戦車道に乗っていた彼女のインタビュー、西住まほやその周囲の生徒がインタビュアーに語る天翔エミの性格、そして何より「彼女を擁する黒森峰」と戦ってきた他の学園の名だたるメンバーの彼女を評価する声。

 それらすべてが『あの状況で西住まほを、全ての生徒を見捨てて我が身可愛さに逃げるなどありえない』と結論付けるに十分だった。

 まぁいずれにしても戦車道経験者でプロ顔負けの装填技術を持ってる人間。スカウトしないという選択肢なんかないんだけど……

 

 

 ――月――日

 

 新学期からの新入生・編入生に戦車道経験者がいるかどうかを河嶋に調べさせていたら、超ド級のレアモノが紛れ込んでいた。

 

 西住みほ。あの『(ティーガー)』西住まほの妹。

 

 天翔エミについて調べてた時に大体の情報は手に入っている。

 決勝戦で水没した味方車輛を助けに向かったフラッグ車の車長。勝敗よりも味方の安否を気遣うところは注意が必要だけど、指揮能力の高さ、戦車道の経験、それらは群を抜いている。絶対に必要な駒だ。

 「彼女は絶対にスカウトすべきです」と河嶋も言っている。希望が見えたことで河嶋にも小山にも笑顔が増えた。

 ―――守らなきゃいけないんだ、私は。

 

 

 ――月――日

 

 西住ちゃんを勧誘した日の放課後、オリエンテーションを行った後で天翔ちゃんが生徒会室にやってきた。

 「みほには最初から本当のことを言ってもらえませんか?」

 そんな風に言う天翔ちゃんにはこっちの裏の事情まで筒抜けのようだった。

 最近挙動がおかしかったのは西住ちゃんに顔を合わせづらかったとかそういうのかもしれないな、と思ったり……まぁそれはどうでもいいんだけど。

 どこまで知っているのかわからなかったし、とぼけつつ質問してみたらこっちの廃校・廃艦問題まで知っているようだった。

 

 ―――失策があったとするなら、それを西住ちゃんに聞かれてしまったことだろう。戦車道の紹介動画を流すにあたって見せ札として紹介した天翔ちゃんの姿を見て思わず生徒会室に突撃してきちゃったらしい。西住ちゃんと天翔ちゃんの関係性を甘く見積もってた部分はある。けどまぁ、結果的に天翔ちゃんの望みに沿う形になったし、いいんじゃないかな?

 

 

****** >> Miho

 

 

「―――エミ……さん……?」

 

 戦車道の動画を終えて、壇上で説明を続けている生徒会長さんの言葉も耳に入らない。私の目はただ真っ直ぐに、壇上の生徒会長の横で微妙に所在無げに立っている少女―――黒森峰でお姉ちゃんと一緒にいるはずの天翔エミ先輩に向けられていた。

 

 オリエンテーションの後、沙織さんと華さんの言葉も耳に残らない。何も考えられない。どういうことなのか、何もわからなかった。

 

「―――ごめんなさい。確かめなきゃ―――!!」

 

 悩むよりも先に駆け出していた。生徒会長のところまで、真っ直ぐに。

あの時と同じように、反射的に駆け出していた。

 

 生徒会室の扉の前で、一度深呼吸して息を整える。ノックの手間も惜しいと扉を開けて中へ―――

 

「―――天翔ちゃんの言う通りだよ。この学校を廃校から救うために、戦車道が必要なんだ」

 

 

 

 

   ――――――えっ?

 

 

 

 

 

****** >> Emi

 

 

 ――月――日

 

待って。ちょ、待って(動揺)

ごめんこんな展開予想してない。マジ勘弁して……!!

 

 

 ――月――日

 

 計算外だ―――!!なんであのタイミングでみぽりんが……!?

 いや考えれば当然なんだけども……壇上に立たされたのは俺で、紹介もされた。名前も出された。他人の空似ではない。

 

結論:普通どういうことか問い詰めに来るわな。

 

 プラウダ戦でいきなり暴露されるよか多少は胃にやさしい可能性があるのと、俺のせいでかなり極まった感があるまぽりん相手に大洗戦力の底上げするのにみぽりんに早めにKAKUGOをキメさせておかないとまずいと感じたのは確かだが、もう少しやりようあったんじゃないかと今更思っている。これはケジメ案件ですわ……戒めの意味も込めて小指一本の関節をコキャッと外しておく。近いうちに蝶野教官呼んで「戦車、乗ります」があるし、戦車探さなきゃいかんしで指イわしてると参加できなくなるからね。本格的なピロシキは後日だ。

 

 

 ――月――日

 

 昨日は家に帰り着くなりみぽりんからのお電話ラッシュ。わざわざ携帯買い替えてエリカやまぽりんからの連絡もシャットアウトしたんだが流石に教えないわけにもいかんかったからしょうがない。なお聖グロでお世話になっているころに買い替えのためにダージリンに付き合ってもらったのでダージリンも番号を知っている。かかってきたことはないけど。

 色々聞かれてぼかしぼかし答えつつ会話してるんだけど……みぽりんの追及がどっかの紅茶好きな特命の方並みに切れ味鋭くて草()

 なんなの?みぽりんのこの変に勘の鋭いとこマジなんなの……?

 「もしかして、わたしのせいなの?」みたいなこと言われたのでそこは全力で否定しておく。みぽりんのせいとか言ったら確実に曇るのは自明の理すぎる(確信)

 

 結論として色々ゲロることになりました(観念)

 

 ただ俺も詳しいこと知らなかったんだけど、雑誌とかだとあの決勝では俺が敵前逃亡したことになってるらしい。まぁその分みぽりんの風当たりが弱くなってれば別にその辺は構わないと考えてたんだが、なんかみぽりんは決勝の後学園艦に乗らずに西住の実家で謹慎食らってたらしい(衝撃)

 どういうことなの?え?エリカどうなったの?みほエリの波動どうなっちゃったの??みほエリ……どこ……??どこなの……??

 

 ―――やばい、まぽりんなりエリカなり事情を知ってる人に連絡したい。でも俺から連絡するのは拙い。ジレンマで胃に穴が空きそう。病むぅ。

 

 

 ――月――日

 

 指導と練習をこなして数日、桃ちゃんが聖グロと練習試合を纏めてきた。

予想外なほどに食い気味に「よろしくてよ!」とオーケーしてくれたらしい。

 あの時の去り際の言葉通り、俺が戦車道を復活させて来ると信じて疑ってなかったらしい―――戦車道復活させたの俺じゃないけど!!

 

 

 ――月――日

 

 聖グロとの練習試合。結果はまぁ―――言わずもがな。

いくら俺やみぽりんという経験者が居ようと経験者の数で言うならあっちは全員歴戦の戦士たちである。

 兵士が凡庸でも将が優秀なら……という意見もあるが、相手はあのダージリンだ。みぽりん相手に(原作では)唯一公式に負けたことがない相手である。まぁ負けて元々の試合だったので会長的にも善戦した方だと思ってるようだった。

 

 あ、あんこう踊りは楽しかったです(雑感)

 

 

 ――月――日

 

 高校生戦車道大会抽選会。黒森峰とは逆ブロック。原作通りの配置におさまった。―――こっちを見るまぽりんとエリカの表情が正面から見れない。怖い。

 帰りにみんなで戦車カフェで談笑中、原作通りにまぽりんとバッティング。

こう、色々と足りないところは相変わらずらしい―――俺居なくなってみんなとちゃんとコミュニケーション取れているんだろうか……?エリカがいれば安心なのかもしれないけど、かなり心配になる。まぽりんがこの状態になったのはきっと俺のせいだしなぁ……指一本くらい圧しっておくべきだろうか?(使命感)

 

 

 ――月――日

 

 サンダース前の偵察に向かう秋山殿を途中でキャッチ。会長の許可貰って生徒会のバックアップ込みで潜入ミッション。

 まぁ盛大にバレて逃げる羽目になるんだが―――。

 

 情報は持ち帰ることができたし問題はないだろう。

 

 

 ――月――日

 

 サンダース戦。特別特筆すべきところはない。

原作通りに稜線射撃できっちり仕留めて終わり。

試合後の「おばぁが倒れた」イベントと「私たちのヘリを使って」も正史に従い起きてる。問題はない。

 

 あるとすればまぽりんの言語能力が明らかに圧縮度に磨きがかかってきている点だろうか……?これその内俺にも理解できない部分まで進化を果たしてしまうかもしれない……もうやめてしぽりん!まぽりんの語学力はゼロ(に近い)よ!!

 

 

 ――月――日

 

 アンツィオ戦。手前の潜入ミッションには申し訳ないが秋山殿だけで行ってもらった。何の事はない、後回しにしたかっただけだ。

ここ最近大洗で楽しく過ごし過ぎてたために記憶の隅っこに追いやっていた。俺のやらかしてしまった罪。

 俺がしでかしてしまった決勝での敗北。これによりアンチョビのメンタルがえらいことになってた可能性―――つまるところはまほチョビの可能性の寸断―――!

 

 それを確認するのが怖い。どうしようもなく恐ろしい。

 ぶれないことを選択した以上俺はその一件に対して命でペイすることができない。それが申し訳ない。

 

 

 ――月――日

 

 アンツィオ戦。38tの中にも慣れてきた。

ちょっと原作改変した影響でみぽりんも俺もめっちゃ焦る羽目に陥ったが勝敗を覆すほどではなかった。

 試合の後、皆で乾杯する。わだかまりを解くためにわざわざ心を砕いてくれたアンチョビマジドゥーチェ。これは尊敬する(確信)

 

 

 ――月――日

 

 嫌な夢を見た。あの時のどうしようもねぇ俺の夢だ。

俺は結局のところあの時どうしたかったのだろうか?あの日何を思っていたのだろうか?まぽりんの誘いをどうしたかったのだろうか?

 今更考えてもどうしようもないことなんだが考えずにいられない。

 

 

 ――月――日

 

 プラウダ戦を前にカモさんが加わり、俺の乗車がルノーに変更された。

上級生ということでみぽりんと物理的に距離があるのであまり一緒に時間が取れないため、みぽりんのメンタル関連はさおりんに一任されてしまっている現状。さおりんのオカン力に期待せねばならない。

 まぁ原作ではみぽりんのメンタルを完全に補強し軍神まで強化した実績がある。俺が下手に手を出さずとも大丈夫だろう。

 

 ―――夢見が悪い。眠るとあの日の夢ばかり見るようになった。これはきっと俺が俺自身に目を逸らすなと言っているのだろう。

 

 

 ――月――日

 

 プラウダ戦。試合前も試合後もカチューシャはカチューシャだった。

ノンナ曰く「態度を変えたら貴女が気を使うと思っているのです」だそうな。

俺としてもしおらしく謝られても今更困るしカチューシャがそんな態度とか自分になんか色々赦せない気持ちが湧いてきてしまうので非常に助かる。

 「実は廃校がかかっているんだよ!!」「な、なんだってー!?」 という暴露を受けた一同のメンタルだが……まぁみぽりんとさおりんがどうにかしてくれたようだった。

 

 

 ――月――日

 

 ポルシェTと三式中戦車を加えたとしても戦力差があまりにひどい。

加えてまぽりんは西住流としての個を鍛え上げてきているようだし、かなり分が悪い。状況がハードモード過ぎる気がする。運営はよ!

 

 

 

 

 ――月――日

 

 待って。待って(震え声)

ごめんなさい許してくださいあのね、違うのマジで違うの。あの時はほら私正気じゃなかったって言うかねほらあのね?まぽりんにもさよならいってないから順番的にもね?忘れてたわけじゃないんだよ?わたしみんなのこと(モブとしては)大事に思ってたし大切な仲間だと思ってたよ?でもほらあの時はね?時間の関係とか事情とかこみいってたしね?あのr―――(これ以降文章になっていない文章が続く)

 

 

 

 

 ――月――日

 

 ヤークトティーガーと“フリューゲル(ドイツ語で『翼』という意味)”小隊が大洗に加わりました(白目)

俺の胃も天元突破しそうです。助けて。

 黒森峰でエリートとしてやってきたんじゃん。その5年間蹴って大洗に転入とかマジで人生踏み外してんじゃん。俺の責任が重大過ぎんじゃん……orz

 どげんかせんといかん ってことで震える手でまぽりんに電話。

 

 結論:まぽりんマジ神だった。大天使マホエル降臨

 

 何とまぽりん、話を聞いてすかさずヤークトティーガーの廃棄申請改竄の書類をそのまま正式に受理したうえで、件の4人の短期転校手続きを申請させていた件。マジ助かった!!さすまほ!!

俺の「ありがとう。助かった」に対して、「礼には及ばない。あの子たちのことをよろしく頼む」と返すまぽりんは心なしか嬉しそうで、やっぱまぽりんもあの4人のことを気になってたんやなぁ……立派な隊長やないか……と思わずほっこりした。

 

 

 ――月――日

 

 鳴り物入りでやってきたヤークトティーガーだが、部品取り用に置いておかれたのは伊達ではなく、ところどころ部品が足りない状態だったのか、動かすと危険と判断された。

 申し訳なさそうにしてる4人の方々よご安心為され。大洗が誇る最強のメカニックを紹介しよう!!というノリで甘味をデリバリーしつつ自動車部に拝み倒して修理してもらう。

 旋盤で部品削り出す匠の技に通信手の子とか信じられないものを見たような顔をしていた。やっぱり黒森峰から見ても異常なんだなぁ自動車部……。

 

 

 ――月――日

 

 いよいよ明日は決勝戦。明日の朝には富士演習場へ到着する。

今からエリカやまぽりんだけでなくあの日別れも告げずにいなくなってしまった黒森峰の皆と顔を合わせると考えるとクッソ気が重い。胃が痛い……血ぃ吐きそう。

 

 

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

 

 

 

 

 

 




 ****** 大会決勝戦前夜 → JC~JK(天翔エミ出奔まで)
>> Nishizumi



 西住しほは悩んでいた。原因は我が娘、西住まほにある。

 陸の学校(小学生)のころから優秀で、西住流としての心得をしかと叩き込み理想の西住流体現者として成長してくれた。
 だが、それが中等部に進級し、学園艦に乗った矢先に敗北し、その相手と友誼を結んだという。まるで状況がつかめない。
 しかし情報を問い質そうにもまほは既に学園艦とともに海の上、戻ってくるのは最短でも3ヶ月は後になるだろう。



  ******



 実家に戻ってきたまほは溌溂としていた。生きる気力に満ち溢れていた。
その様子を見てしほは理解した。まほは、これまで勝って当然の生き方をしてきた。そんな中で、負けて悔しい思いよりも「自分が勝てない相手」と出会えたことを喜ぶ気概が彼女をより一段高みへと導いたのだと。
 ならば、と、しほは考えを改める。自分に今できること、まほが一番必要とするべきもの。
 ―――西住流として、より高みを目指すためのさらなる薫陶を―――!



 ******



 まほを負かした相手は、天翔エミ。
 車輛が停車状態であれば3秒未満でヤークトティーガーの装填すらやってのける。しかも二人がかりで装填すべきその車輛の装填をたった一人で仕上げてしまう怪物だった。もしも彼女が体格に恵まれ確りとした重心を得て居れば行進間射撃を3秒未満で行うヤークトティーガーという無双の怪物が生まれていただろう。
 まほとの関係も良好。突撃するまほとそれを砲撃支援できる連射が可能なエミのコンビネーションは、高校生のレベルで言うなら脅威の一言に尽きる。

 ―――どうにかして西住流に取り込めないか、という考えだって過る。



 ******



 安易に言葉を弄するのは悪徳。それが西住の女として生きる上で必要な事。
 男尊女卑の考えが長く続いた日本ならではの大和撫子の定義は「夫を立てる女子であるべし」。故に無駄なことを口走り、お家の窮地を招くことは避けねばならず、夫より弁の立つ妻が居れば夫の立つ瀬がない。黙って夫の三歩後を行きその功名の立役者であり続ける。
 その弊害として、言葉少ななになることは避けられない。隊長として寡黙であることは孤立に繋がる。孤高の存在として皆の模範であることは、孤独と隣り合わせなのだ。

 ―――けれどまほにおいてはそんなことを心配する必要は皆無と言えた。

 彼女を理解して、彼女のために動いてくれる親友がいる。
 天翔エミ。彼女の存在がまほを支え、まほのために下を統制し、黒森峰を一枚岩にしてくれる鎹の役割を担っている。公私においてパートナーとして申し分ない働きを見せるエミを、しほが疎んじることなどありえなかった。

 だが、危険視をする派閥がいることもまた事実だった。



  ******



 首輪をつけるべきだ。 誰かが言った。
 天翔エミに首輪をつけるべきだ。彼女は危険だ と、声が大きくなった。
 連覇を続け、安定を求める唾棄すべき者たち。取り除こうにも理由が薄く、代わりもいない要石。しほが座して眺めることしかできない相手。それが声高に主張している。天翔エミを【管理】せよと。
 彼女の存在はまほを支える稀有なものだ。故に彼女を押さえることができればまほの進退を決定づけることができるし、実質、黒森峰の全体を支配できる可能性すらある。だからこそしほは敢えてエミに触れることをせず傍観者の立ち位置に徹していた。
 大人が学園の戦車道の在り方に下手に手を出しても彼女たちの成長を阻害することしかできないから。
 まほが西住流として薫陶を下級生に授け、下級生がそれを手本に西住流を学ぶ。これは構わない。だがそれを『強要』してはいけない。生まれながらの西住流であるまほやみほには他の選択肢を選ぶことはできないだろうが、真っ新な原石にそれを強要することは彼女たちの成長を無視して型に嵌める行為であり、そんなことをしても劣化品が出来上がるだけ。無意味に人材を浪費することに繋がる。

 西住の家に生まれたみほが、西住流宗家の教えに合致しない性質をしているように、人の成長は千差万別なのだから。



 ******



 決勝戦での顛末を聞いて、しほは頭を抱えていた。
 ボタン一つを掛け違えたことで起きた連鎖的な瓦解と言える。戦況と通信記録、そしてそれらを照らし合わせて見える『天翔エミが見ていたであろう戦場の光景』を見た場合、彼女の取った選択肢は―――正しいか間違いかを考えるとどちらとも取れなかった。

 結果としては『滑落した車輛の救助にフラッグ車の車長が向かう』という前代未聞の行動による敗北。
 それよりも『敵前逃亡したヤークトの乗員の行動による連携の途絶。それによる西住まほの不落の伝説の崩壊につながる危機』を重要とする声。

 意図は読めている。天翔エミに責任をかぶせることで彼女に物理的に『首輪』を付けようというのだろう。西住流が便利に使える駒として彼女を適宜『管理』するために、汚名返上の機会を恩義に彼女を縛ろうとしている。

 しほの行動はそれに反するものでも迎合するものでもなかった。

 みほの処遇を早期に決定。その上で沙汰がある謹慎という名目で実家に隔離し学園艦から引き離してもとに置いた。みほが悪意に呑まれてしまうことをまほもエミも望んではいないと感じたがゆえに。
 そしてエミに責任が集中する前に、みほを放逐という手段で『責任の損切り』を行う必要があった。西住家としての責任の取り方として愛娘を放逐する。まほにも意図が理解できているはずだ。


 現状、【親友(エミ)(みほ)、どちらかしか助けることはできない】。そして、まほの今後に必要になるピースは、前者であるということ。


 そのうえでしほには打算があった。みほの内にある才能は西住宗家の教えでは開花するかも危うい。加えてみほは戦車道に対するトラウマすら持っている可能性が高く、その回復には時間がかかる。
 みほ自身が自分の道を決める。その時間を与える意味でも、黒森峰に置いておく必要性は薄く、黒森峰にとってもみほは爆弾だ。外に放逐する必要性はあった。


西住しほにひとつ悪手があったとするならば、この一手。その『順番』にあった。


 もしも西住しほがこの時、天翔エミとの対話を先に行ってからみほの進退を決める という手順を行っていた場合、結果は全く違ったことになっていたに違いない。なぜならこの時点で天翔エミは既に学園艦を離れており、彼女の不在の理由をしほが類推し、その真意を(間違っているとはいえ)くみ取る余裕ができていたからだ。

 だが現実としてはしほは先に『親子姉妹での対話』を選択した。この手順の遅れが、黒森峰に致命的なヒビを与えてしまったのだと、しほは後に自分の著書に記している。


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【 まほルート 第十話 「 僕ら(フリューゲル)の戦場 」 】

「あのね天翔さん?わたし言ったよね?前に言ったよね?相談してって言ったよね?天翔さんが居なくなってからわたし大変だったの。すごく大変だったの。わかってくれる?わかるよね?隊長のこともわたしたちのことも気にかけてくれるやさしい天翔さんだものね?わかってたよね?なんであんなことしたの?決勝戦?ちがうよ?決勝のことは怒ってないよ?天翔さんの判断だもの後でちゃんと説明してくれるって思ってたもの。勿論そっちの件も説明してくれるよね?わたしたち仲間(チーム)だもんね?分かち合える部分は分かち合いたいじゃない?
 ――――そうだよね?ね?」

「学べよって言っておいて本人が消えるのってどう思います?無責任だと思いませんか?残された方の気持ち考えたらないですよねぇ?翻訳ノートもまばらで半信半疑で翻訳して、周囲の温度差に四苦八苦して、胃を痛めてる通信手が居たらしいですよ?どう思います?ねぇどう思います?」

「何で来たのかって……天翔さん以外じゃ気持ちよくなれないからですよ!私を(3秒間隔の装填から来る連射の)トリコにしておいて……責任とってくださいよ!!」

「前も言ったけど、私天翔さんが居なかったら辞めようと思ってましたし、戦車道を続けるなら天翔さんの専属かなって……あ、迷惑だったら言ってください。その時はすっぱり辞めて陸に上がっ(ちゅうたいし)大洗(こっち)で働くなりするので」



―――どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!!俺ェ!!(震え声)





 >> Emi

 

 

「ごきげんよう」

「よっすフッド」

 

やってきたダージリンと適当に挨拶を交わし―――

 

「ハァイ!激励に来たわよ!ミホー!それとニンジャー!」

「エミーシャ!ミホーシャ!カチューシャ様が見に来てあげたわよ!」

 

大洗陣営ガレージの前で、入れ代わり立ち代わり、これまでの対戦相手から激励を受けるみぽりんの姿。そうだよな、ガルパンはこうでねぇとな。アンタもそう思うだろ?

 

「―――不思議な子ね。彼女は」

 

 みぽりんに最初に挨拶に着た後、後続に道を譲って隅っこに移動してたダージリンが俺の後ろから話しかけて来た。視線がみぽりんを向いているため、俺も背を向けたままで「だろう?」と答える。

 

「貴女と西住まほの薫陶あっての彼女なのでしょうけれど」

「―――まさか。みほのあれはみほ自身の性質だよ、あの子なら放っておいても何処までも高みへ至るだろうさ。……私はただの装填手に過ぎないんだ」

「―――こんな格言を知っている?『子は親の背を見て育つ』……後背に続くものは、先を征く者の背を追いかけて進むものよ。その背に映る先達の意志を見て、ね」

 

 中々に含蓄深い言葉が出てきたものだと内心感心した。毎回常にこう言った格言をストックして会話の端々にぶち込めるというのは最早才能と言っていい。

 

「貴女は、貴女が思う以上に他人に影響を与えているわ。良くも悪くも、ね」

「それは―――よくわかってるよ」

 

そう。よくわかっているのだ―――実際にその影響をより強く受けた存在が、これから戦う相手なのだから。

 

 

 

―――しかし、結局千代美(アンチョビ)は来なかったな

 

やはり原作通りに寝坊してるんだろうか……?

 

 

 

****** >> Others

 

 

 

 準備にかけ足を取る生徒がちらほらと見える黒森峰のチームテントの一角で、まほは一人目を閉じていた。

 

今日の試合でみほが、エミが取って来る可能性のある作戦を思い浮かべ、どう対処するかを思考し続けている。

 

 

 

 今までこんなことはしなかった。守備をみほに任せて自分は前に駆け続けているだけで良かった。

 

味方は後からついてくる。後ろから支援してくれるエミがいる。みほを補佐するエリカがいる。

 

攻守ともに揃った精強な黒森峰がそこにあった。

 

 

 

だが、今はもうない。

 

 

 

「―――何だ何だぁ?元気がなさそうじゃないか」

 

 

 

 

 不意に響いた声に目を開く。

 

チームテントの入り口で、外からの光を後光にするようにして安斎千代美が立っていた。

 

 

「―――千代美か」

「……相変わらず……いや、より悪くなってるなぁ、その喋り方」

 

 呆れたような顔で「全く、しょうがない奴だな西住は」と苦笑する千代美に、まほは眉根を寄せて困ったような顔をした。努力しようにも、もうどうにもならないことに自身が諦めてしまっているのだからしょうがない。

 

 

「すまない。エミがいてくれればよかったのだが……」

「気にするな。私だって友達の端くれだ!多少なら読み取れるぞぉ!!」

 

「はっはっは」と胸を反らせて笑う千代美にまほも相好を崩した。たった一人残った隊長として、ずっと張りつめてきた心が幾分か和らいだように、まほには感じられた。

 

 

「もうすぐ試合だが……どうした?」

「おいおいご挨拶だなぁ西住!―――友達の応援に来ちゃいけないのか?」

 

 

 ニコニコと笑顔で語る千代美に声を失うまほ。黒森峰の隊長として、エミが居なくなってからこちら、そんなことをしようとした人物などついぞいなかった。

 

 

「天翔のほうは二回戦で戦った時に思いっきり言いたいことを言えたからな。

 ―――一人くらい、西住のことを応援するのが居たっていいだろ?」

「――――――」

 

 

 長く、とても長く感じられた沈黙の後に、漸く絞り出せたまほの言葉―――。

 

 

 

 

 

「―――――――ありがとう、千代美」

「―――ああ、どういたしましてだ。西住」

 

 

 

 

 

 まほと千代美は顔を見合わせて微笑み合った。

 

 

 

******* >> Emi

 

 

 

 ――S県、東富士総合演習場。決勝戦の舞台。

 

 

富士の裾野の、と謳われるそこに、決勝に挑む2つのチーム。

 

かたや20車輛。ドイツ戦車鉄血軍団、黒森峰。

 

かたやⅣ号、三突、八九式、M3、ヘッツァー、ルノーB1、ポルシェティーガー、三式、そしてヤークトティーガーの僅か9車輛。軽重も車輛国籍もバラバラな寄せ集め、大洗女子学園。

 

 チームとしての人数も規模も違う二校が、互いに対等であると意思を見せる。

 

 ―――一部、非常に気まずそうな顔のチームもあるんだが。

 

 

「両チーム隊長、副隊長、前へ」

 

 審判の蝶野さんの声に、黒森峰からは隊長のまぽりんと副隊長のエリカが、大洗からは隊長みぽりんと―――なぜか副隊長の俺が、それぞれ前に出て挨拶を交わす。

 

「―――この日が来ると確信していた」

 

 まぽりんの目は隊長であるみぽりんではなく、俺へと向いている。その視線から、意図は読み取れない―――言葉から類推しようにも、意図が読み切れない。

 対してみぽりんの方はと言えば、エリカの真剣な熱い視線が注がれているのを俺は見逃さなかった。この展開―――来るぞ遊馬!!

 

「―――みほ。試合が終わったら時間を貰える?……多分、長話になるだろうから」

「え?―――うん。じゃあ、試合の後で」

「―――ええ、いい試合にしましょう」

 

 そのままグッと握手して帰っていくエリカを尻目に、握手した手を確認するように何度もグーパーしたり撫でたりしているみぽりん尊い(迫真)

 クォレハ確信していいですよね?みほエリ仲直りフラグよね!?

一体何があったのかさっぱりわからんが、みぽりんとエリカの間にあった確執がなくなっている!!このままいけば試合後に仲直り!みほエリのロードが舗装されて出来上がる!!

 

 

 俺の歩んできた道は間違いじゃなかった!これからも歩き続ける限り道は続いていくんだ!だからよ……止まるんじゃねぇぞ……!

 

 

 

「―――カヒュッ―――」

「―――エミ?」

 

 

 興奮のあまり過呼吸を起こしかけてたのをスロートマイクを触るふりして喉仏の辺りをセルフ首絞めで落ち着かせてまぽりんに向き直る。やばいやばい、試合前に【仰げば尊死】するところだった―――。

 

「―――エミ。私も試合の後に話がある。できれば時間を貰えないか?」

「……わかった」

 

 真剣な表情のまぽりんに俺も呼吸を整えて受け、しっかりと答える。とりあえず精神を落ち着かせて、試合に挑まなければならない。

 

「―――エミ。今日の私はこれまでとは―――違うぞ?」

 

 まぽりんの言葉に感じた幽かな違和感。

―――さっきの発言には『圧縮された部分』がなかった。そのままの意味だ。

 

 

 となると―――どういう意味なのか?

 

 

 俺が不思議に思っている状況を背景に全チーム揃っての「一礼」が終わり、各員がそれぞれ戦車に乗り込み移動を始める。―――その裏側で

 

「あのっ!西住さん!!」

 

―――赤星さんによるみぽりん報われるイベントが発生していた。うむうむ。よかったねぇみぽりん報われたね。これできっとみぽりんも過去を断ち切れるようになる―――?

 

「――――――」

「……西住さん?」

 

 赤星さんの言葉を聞いて一瞬嬉しそうな表情を見せたみぽりんの表情が固まった。視線は赤星さんを見て居なくて―――その向こうを見ている。

 

「―――ごめん赤星さん、わざわざありがとう。試合、がんばろうね」

「―――はいっ!」

 

 ハッと気づいた様子で赤星さんに向き直りそう言って手を振って見送るみぽりん。しかしこっちを向いたときにはもうその表情は真剣そのもの。どうしようもなくこわばった顔をしていた。

 

「―――エミさん、生徒会長のところに行きます。ついて来てください」

「え?あぁ……うん」

 

 もうそろそろスタートやで?とは思ったが、半端なく神妙な面持ちのみぽりんに二の句が告げられない俺氏、後ろからレミングスよろしくえっちらおっちらついていくことに。

 

 

―――みぽりんが会長と俺とを集めて話した内容は、俺をして驚かせる内容だった。

 

 

「―――本当に?だって去年の今年だぞ?」

「―――間違いありません」

「西住ちゃん?もしそうだとして、何がまずいの?」

「これまで考えていた作戦がほぼ無意味になりました」

 

 

 みぽりんの言葉にカメさんチームに動揺が広がる。

 まぁ当然だ―――誰も考えもしなかっただろう。

 

 

 

―――西住まほが『フラッグ車ではない』という可能性なんぞ。

 

 

 

 そもそも、まぽりんがフラッグではなくみぽりんがフラッグであった去年の決勝で無惨な敗北を喫してしまったのだ。二の轍を踏まないために、まぽりんをフラッグに置いた戦いで今まで勝ち上がってきた。今までの流れから考えれば決勝でも当然フラッグはまぽりんになっていないとおかしいし、何より周囲がそれを赦すような状況に成りえるだろうか?

 

 

 それを捨ててここでまぽりんが一兵卒になっている理由―――

 

 ―――だめだわからん。

 

 

 

「―――兎に角、当初の作戦のまま、有利な地形を取りに行く方針で行きます。ただ、お姉ちゃん―――西住まほの突撃は他のそれと比べて群を抜いています。厳しい戦いになると思います」

 

 皆に通達するみぽりんの声も硬い。この先の展開も、もはや想定ができない。

 

 

「―――なぁみほ……作戦があるんだが」

 

 

―――だったら、俺のやるべきことはひとつしかないだろう。なぁ?

 

 

 

******* >> Others

 

 

 

 西住まほの立てた作戦に、はじめ黒森峰の隊員の多くが難色を示した。

当然と言えば当然。一年前、フラッグではないまほを隔離しての斬首戦術に討ち取られた苦い過去を皆忘れられないのだ。

 

 ―――が、この提案は予想外の場所からの後押しを受ける。

 

 黒森峰内部の西住流の派閥がまほの提案を後押しした。西住まほに対するイエスマンであることで媚びを売っているとも取れるし、或いは何も考えていないとも取れる。が、内実は微妙に違っていた。

西住流、西住しほが肝煎りで育てた西住まほはいわば「西住流の体現である」と明言されている。それが先の大会で晒してしまった無様な姿を払拭する必要がある。

 

 フラッグ車を逸見エリカが搭乗する『かつてみほが乗っていた』ティーガーⅠに、そうして自身は切り込み隊長に。開始の合図とともに隊列を組んだ黒森峰の一団から離れ、僅かな護衛車輛とともに全速で戦場を駆ける。そして短期で敵フラッグを刈り取る斬首戦術。よしんばそれが叶わなかったとしても敵陣を攪乱させている間に森を抜けた本体が半円包囲、しかる後に殲滅。

 

 

 ―――ティーガーⅠと護衛車輛による真田作戦。それがまほの取った行動だった。

 

 

 森を迂回し、丘の上の高台に続く裾野へと向かうまほのティーガーⅠとわずかな護衛車輛たち。隊列も何もあったものではない。ティーガーⅠは最速で突撃し、それにパンターが必死に追いかけるような構図で戦場を駆け抜けていく。

 

 最速で駆けるティーガーの上部から顔を出して彼方を見やるまほの脳裏に、焦燥感にも似たチリチリとした感覚があった。

 

 

 

 

―――この先にこそ、自分が待ち望んだものがある―――そんな確信があった。

 

 

 

 

 

「―――4時の方向!丘上にヤークトティーガー!!」

「―――やはりな」

 

 

 相棒(エミ)ならば、きっとこちらの意図を読み取って来るだろうという確信が。

 

 

 

******

 

 

 

急勾配の丘の上、程よい広さの足場を、おそらくは【用意した】のだろう。

ヤークトティーガーがそこに座して、ティーガーの方向へ砲塔を向けている。

 

ふわりと風を纏う様にして、翼を広げて空から鴉が舞い降りた。

 

 ティーガーの前に降り立った一羽の鴉は、濡れ羽色の髪をかき上げてその下にある瞳で車上から顔を覗かせるまほと視線を合わせる。

 

―――しんと静まり、まるで時が止まったような感覚にその場の全員が何も言えない空気を感じていた。二人の間にある空気に何かを言う事すらただの無粋に過ぎた。

 

「昔を思い出すなぁ」

「―――確かに」*1

 

 エミの言葉に短く答えるまほ。その言葉に深く長い意味が込められていることはエミだけが理解している。そしてまほは、それでいいと思っている。

 

「あの頃にさぁ、鬱陶しいくらいに言われてたことがあるよな?」

「―――それは?」

 

 エミの言葉が何を指しているのかわからなかったのか、怪訝そうな顔を見せるまほに―――――エミは、いつもまほに、黒森峰のメンバーに見せていたように、口の端を思い切り伸ばして「ニィッ」と笑って見せた。

 

 

「―――“西住には天翔を当てろ。他では相手にならん”

 

 ―――今はあの人の言葉に納得してるとも。私とフリューゲル(こいつら)じゃなきゃ、まほは止まらない。止められないってな!!」

 

 

声を大きくして「ここで止める」と宣言するエミに

 

 

 

「―――――同感だ。だが違うぞ―――――今日はお前を越えていく」

 

 

 

 まほはただ僅かに宣言し―――それにエミが応える。

 

 

 

「―――上等だ。釘付けにしてやるよ」

 

 

 

 エミは後方に跳び退り、丘の上のヤークトに岩場を蹴って戻っていく。

 

まほは何もせず、ただその背を見送り―――

 

「―――お前たちは本隊と合流しろ―――私以外でエミが止まるなどありえない」

 

ただ静かに護衛車輛を送り出した。

 

 

 

****** >> Emi

 

 

 

 よし、釣れた。

 

 

 計 画 通 り !(夜●月感)

 

 

 

「―――こちら“翼”(フリューゲル)。“虎”を釣りあげた。後は任せる」

『こちらあんこうチーム!エミさん!よろしくお願いします!!』

『こちらカメさん。天翔ちゃん、任せたよぉ!!』

 

 

 とりあえず俺の役目はここで【まぽりんの相手兼時間稼ぎ】だ。

 

何故俺が単騎でまぽりんの足止めをやるって言い出したかって?

 

 

 

 

―――決まっている。みほエリのためだ。

 

 

 

 

 なぜそうなるのかわからない人のために説明をしよう。(指パッチン)

 

 

 

 

 俺がまぽりんの相手をするだろ?

 

      ↓

 

原作にない存在が消える分原作により近づくだろ?

 

      ↓

 

まぽりんが居ないラスボス枠が誰になるか?そらエリカだろぉ?

 

      ↓

 

つまり―――最終話はフラッグ車(みほ)フラッグ車(エリカ)の一騎打ちだろぉぉぉぉ?

 

 

 

 

 

 そうなるとラストの夕日をバックに「優勝おめでとう」とかその辺のシーンもまぽりんの部分を全部エリカに置き換えることができるのではないだろうか?いいや、できるにちがいない!!(反語表現?)

 

 

 その輝かしい未来のために―――「―――私はここでお前を足止めする!!」

 

 

「車長!!いつも通り頼んだ!!」

「了解!!そんじゃみんな!!!

 

 

 ―――“翼小隊”(フリューゲル)Artillerie-Schlacht!!!(砲戦・始め)!!!」

 

 

 車長の号令に『了解(Jawohl)!』と唱和が返る。懐かしい感覚。

まるで時間が戻ったような錯覚を覚える。

 

目の前にはあの頃と同じような光景、西住まほとティーガーⅠ。

 

 俺の手元にはヤークトの砲弾。さて―――――

 

 

 

 

「―――――――やってやろうじゃん……!!」

 

 

 

 

いくらでも装填してやんよォ!!砲手はガンガン撃っていけよォ!!

 

*1
『なるほど―――この状況は【確かに】初めて君と戦ったあの時と同じような状況だ。懐かしいな……思えば、あの時からエミと私の関係は始まっていたのだろうな』




「ところで天翔さん?足止めはいいんだけど―――別に倒してしまっても構わないんでしょう?」

おいやめろ馬鹿(フラグ)


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【 まほルート 第十一話 「 故意のドッグファイト! 」 】

「ヤークトティーガーとティーガーⅠ……虎と虎の戦いになりましたね」

興奮した様子のオレンジペコに、対照的に冷ややかな様子のダージリン。

「そうかしら?私にしてみれば、天翔エミが虎などと鼻で笑って差し上げましてよ」
「そう……ですか?虎は群れを護るために戦う獣ですから、それほどおかしいとは思いませんけれど」

オレンジペコの様子にハァとため息を吐き、いつものように蘊蓄や格言を言い聞かせるように人差し指を立てて、訥々と語る。

「天翔エミは装填手なのです。獲物を狩るのは砲手、獲物を探すのは車長と操縦手。ほら、彼女は何もやっていないでしょう?

 なのに周囲が勝手に獲物を狩って彼女に運んで来る。この条件に当てはまる生き物は虎ではないわ。


  ――――雄のライオンよ」


渾身のどや顔で済まして見せるダージリンは、目を細めて電光掲示板に映るヤークトティーガーを射抜く。


「―――そう。雄のライオンが本気で戦うときは、『自分の大切な家族を護る時』だけですものね」





『大洗女子学園!三式中戦車、走行不能!!』

 

「―――ごめん西住さん。もうゲームオーバーになっちゃった」

 

 たははと苦笑いするような調子のねこにゃーの声に、怪我の有無を尋ねるみほ。

問題なく無事だと聞いて胸をなでおろし―――

 

「もくもく作戦を発動します!みんな、準備を!!」

 

 

―――即座に他のメンバーに作戦を通達し、煙幕で周囲を包み身を隠す。

 

 

「―――忍者じゃあるまいし、鬱陶しい―――ッ!!」

 

 ギリッと歯噛みの音を響かせて、全体に砲撃命令を出そうとするエリカが、手の甲に在る『それ』に気付いて即座に停止する。

 “西住流”

そう書かれたその文字は、フラッグ車に搭乗する際に自身で書き記したものだ。

 西住流の模範たれ。フラッグ車に乗り込む以上、西住まほの代わりに皆を率いる以上、西住流の名を貶める戦いだけはしてはならない。

 

 

 

―――――――スゥ――――――――――――ハァァァァ―――――

 

 

 

 深呼吸を一度。思考を入れ替える。

隊長ならばどうしたか?これまでの試合も隣で見てきた私だからこそわかること。

 

「―――無駄弾を撃っては駄目よ。煙幕も無限じゃない。ポルシェティーガーがいる以上、鈍足にならざるを得ないんだから相手の位置を確認してからでも遅くない」

 

 そう、きっとこれでいい。仮に山上に陣取られたとしても相手が陣を敷く位置なんて限られている。それぞれに対応したマニュアルは頭に叩き込んである。私は慢心しない。西住流らしく、黒森峰らしく―――深く言い聞かせるように、エリカは内に向けて静かに繰り返す。

 

「―――撃てば必中、守りは堅く―――進む姿に、乱れ無し―――!!」

 

 目標を見据える。煙の向こう、ワイヤーでお互いをつないで牽引して上り坂をありえない速度で昇っていく車輛の姿。自分では考えもしなかった戦術、それを可能とする発想力と行動力。

 

「―――みほ、アンタはすごいわ……でもね。だからこそ負けられない……!!」

 

 インカムに向かって声を上げる。

 

「全車!榴弾装填!!目標、丘陵地帯中腹!!煙幕をフッ飛ばしなさい!!」

 

 

 そうして、煙幕の晴れた向こう側でエリカとみほの第一ラウンドが幕を開ける。山上に陣取るみほと、麓で陣形を整えるエリカ。

 

 「「―――砲撃開始ッ!!」」

 

2人の声は、同時に戦場に響いた―――。

 

 

 

 

******* >> Maho

 

 

 

 

 轟音。揺さぶられる車体。激しく縦に横に揺れる車内で、体幹と下半身で軸を作って揺れを抑え、時に揺れに身を任せ、標的を見据える。

 土煙の向こう側には砲口をこちらに向けるヤークトティーガー。当たれば痛いなどという言葉では済まない128mmの巨砲を前に、背に冷や汗が伝うのはどうしようもない。

 

 

「土煙が車体の位置を誤魔化してくれる―――そうそう当たるものではない。目暗滅法大いに結構―――!エミの装填がいかに優れていても、弾数には限りがある」

 

 動揺する乗員に、自分自身にも言い聞かせるようにそう告げる。鋼の心、西住流。ああ―――だがしかし、いけない。これは、駄目だ。

 

 

 

 

―――愉しい。

 

 

 

 

 戦場で愉悦に浸る。そんなことはあってはならない。勝利を至上とする西住流において、勝利よりも優先すべきものなどはないと教えられてきた。

 

 

 

 

 

―――嗚呼、だというのにこれはどうだ?

 

 

 

 

 

「――――――エミ。きみもそうなのだろうか?」

 

 ハッチから顔を出してヤークトティーガーを見る。相手の車輛からこちらを見ているのは車長だけで、装填手がこちらを見ているわけではない。けれど、感じる。

 

 

「ああそうだ。私を見ていてくれ、エミ―――――!!」

 

 

 どうしようもない。心が震える。歓喜が広がる。

 これはきっと毒だ―――抗いようのない毒なのだろう。西住流として、勝利を至上として揺れぬ心、乱れぬ意志、ただ勝利のために邁進する精神をと教えられ生きていたというのに。

 

 

―――私は今、何よりこの戦いが続くことを望んでいる―――――――!!!

 

 

 

 

 

******  >> Emi

 

 

 

 

 

 まぽりん。怖いです。なんか車長の報告だと上から顔出してるまぽりんが薄く笑ってるらしくてより怖い。早く終わって欲しいとヤークトの乗員全員がそう思ってるんじゃなかろうか!?

 

 車長から悲鳴じみた声が響く。操縦手が踊るように車体を動かし砲手がそれに必死で応えて砲の先に居るティーガーへと照準を計算して狙撃していく。だが別に車体を狙うわけではない。こっちの狙いは「釘付け」なのだから、わざわざ狙いにくい相手を狙ったりしない。

 

 狙う場所?決まってるだろ「地面」だよ。

 

高低差から来る加速度ってのは恐ろしいモノ、加えて突入角度も斜め下を狙う時点で語るに及ばず。

 基本的に128mm砲弾で地面を抉る衝撃だけで近くにいる戦車は爆風だの粉塵だの破砕礫だのの餌食になる。そして、まぽりんの乗っているティーガーⅠはただでさえ部品が壊れやすいドイツの戦車の中でも圧倒的に故障率が高いと言われる逸品である。

 57トンの重量を支えるのに適してないあの車体と履帯は圧倒的に切れやすく転輪も破損しやすいくせに直すためには全部外さなきゃならない謎構造をしている。不整地だと故障率倍率ドン!となる。故に俺は今まぽりんを物理的に釘付けにするために「整地状態の平野をクレーターだらけにする」作業に勤しませてもらっているというわけだ。

 

 

 ―――なお黒森峰時代にもこの作戦でまぽりんを釘付けにしてた時期があったが、まぽりんの車輛の故障回数があまりにも多すぎて当時の整備班がブチギレて「自分らで整備しろよお前ら!!」って怒鳴られた過去があったりする。

 

【閑話休題】

 

 

 

 

 

 だがまぁ、それでも―――だ。

 

 

 

 ―――西住まほは【怪物】なのだ。はんぱねぇことに。

 

 

 

 

「―――何であんな化け物じみた動きができっとや!?」

「車長!語尾!言葉遣い!!」

 

 苛立ち紛れにダンッと内壁を叩く車長に通信手のツッコミが飛ぶ。

 周囲を穴だらけにしようとするとそれを地面の小さな段差を使って軽く跳ねるようにして躱し、飛び越え、急停止は旋回運動の遠心力を砲撃で相殺して急停止急旋回を行い、こっちの砲撃によるフィールド破壊効果をかわしながら戦場を駆けている。その行動の結果からこっちへの攻撃は少ないため、装甲の傾斜で被弾を弾いているんだが、そのたびにアハトアハトの衝撃でこっちの足元が揺らぐ。

 

 

ええい!西住流の戦車乙女はどいつもこいつも化け物か!!

 

 

 こっちとしても装弾数に限りがある以上、あまり手をこまねいてもいられない。

我らがヤークトティーガーは装填手が俺一人であるためその分余分に砲弾を積み込んでいるとはいえ、基本弾数は40発ほどなのだ。そうそう何発もバカスカ撃っていたら速攻で砲弾切れ起こして審判に白旗認定を受けてしまう。*1

 

 俺が内心で頭を抱えていると、山肌を通じて衝撃が響いた。どうやら山を利用した陣地構築からの砲撃戦は無事始まり、黒森峰の反撃で山が鳴動しているらしい。

 

『―――フリュ……なんだっけ?えーっと……もういいや!つばささんチーム!!こちらあんこうチーム!残った車輛全部で山上から撤退するから!援護しながらついてきてください!!』

 

 通信手の持ってるヘッドセットから割と切羽詰まった声が響く。通信手が「了解」と短く返して車長を見た。

 

「―――戦車、転身!!皆と合流してこの区域から撤退する!!」

「「「「了解(Jawohl)!!!」」」」

 

 

 

******

 

 

 

 

「エミッッ!!何処へ行くんだ!!まだ勝負はついていないぞ!!」

 

 突然転身し、一転して逃げに走るヤークトティーガーを前に、まほは声を上げる。まほの言葉が届いたかどうか定かではないが、車上に飛び出したエミが車長にその身体を支えられながらまほの方へと向き直る。

 

「―――その足場を乗り越えてついて来れるか?決着をつけるのはここじゃない。なぁに、一足先に待ってるさ。Wir sehen uns wieder(また会おうぜ!)

「待てッッ!!待つんだエミッッ!!」

 

 まほが操縦手に合図を送り、ティーガーⅠが悪路を迂回してヤークトを追いかける。

 

 だがヤークトもティーガーも走破性能はほぼ同じ、整地で40km/h、不整地で20km/h前後。その差は縮まることなく両者の距離は一定のまま―――釣りだされているという感覚もないままにまほはエミを追いかけていた。

 

 

 

 

******* >> Emi

 

 

 

 途中で足止めされてるみぽりんたちに合流する。川渡ってる途中にウサギさんがエンスト起こして立ち往生していたので川渡る手前で弁慶さながらに背水の陣敷いてみたりしたけれど俺は元気です。

 ウサギさんを助けるときにみぽりんが武部殿ぱわーですらどうにもならなかったのはちょっとマジで焦ったけど、ウチの乗員が出した助け舟が功を奏したらしい。俺その時偵察に出てたんでよくわからんけど!!

 

 

 

*****

 

 

 

『私たちのことは気にせず、先に行ってください!』

『後から追いつきますから!!』

 

 

 ウサギさんから届く通信の内容に、みほの脳裏にフラッシュバックする過去の残影。崖を滑落して濁流に呑まれていくⅢ号戦車―――だけではない。

みほの脳裏に浮かんだのはその手前。自分が桟道へと逃げ込む前の、必死な声を上げるエミからの通信。そして―――それを無理に押し通した結果生まれたあの事故からの敗北―――。

 

 

あの時と同じ判断を、自分はしようとしているのではないか?

 

 

あの時と同じように、勝手な判断でまた負けてしまうのではないのだろうか?

 

 

 

 

―――そのうえで、もしも負けることがあれば、皆は学園も学園艦も失うというのに―――私のこの判断は、本当に正しいモノなのだろうか?

 

 

 

 

みほの思考は定まらない。踏ん切りがつかない。けれど時間だけは無常に過ぎていく。M3中戦車は流水に弄ばれ転覆の危険と隣り合わせ。背後からは黒森峰の一団が迫っている。沙織の「行ってあげなよ」の言葉にも、足が震えてしまっていた。

 

 

『―――後ろっから来とんは、まかしんしゃいな』

 

 

唐突に入ってきた通信にハッチから後ろを見ると―――ヤークトティーガーが川岸に停車して、川に背を向けていた。

 

『ぬしゃ、ぬしの仕事せんね。天翔さんば偵察に出とんば、あたしが代わりにこぎゃんしとったい。―――大方、天翔さんならこげんするつたい』

 

 ヤークトの車長からの通信に、「でも」と声を上げるみほに―――

 

 

 

『やぁぜぐるしかぁぁ!!!!』*2

 

 

 

 彼女はただ一言、吠えた。

 

『あーだこーだ言うてんおこなえんばい!!大事なば、西住さんばどげんしたいかと違うんか!?』*3

 

 ハァハァと通信機の向こうから荒い息が聞こえた。スゥと深く息を吸い込んだヤークトの車長は、静かに諭すように言葉を続ける。

 

「―――西住さんがそうしたいのなら、私も天翔さんも、他の皆も手伝うよ。西住さんがそういう子だってのは、この場の皆がきちんとわかってる。わかっていて、だからみんな西住さんについて来てるんだよ」

 

 車長の声と、みほの手に添えられたⅣ号の皆の手と視線に―――

 

「―――秋山さん!ロープとワイヤーを!」

「はい!お任せください!!」

 

 

みほの目から、もう迷いは消えていた。

 

 

 

 

****** >> others

 

 

 

 みほがM3を救助し、皆で川を渡り切るまでの間、黒森峰の車輛たちはその光景を遠くから見ていた。

 その光景を見送らねばならない程に【天翔エミが乗っているヤークトティーガー】が脅威だったから―――だけではない。

 

 皆が皆ではないが、少なからず思い出してしまっているからだ。あの日あの時に起きてしまった悲劇と、その時躊躇わずに救助へと向かった少女。その顛末と、自分たちが取ったその後の行動による今の惨状を。

 

「―――状況は?」

 

 合流したまほの声にエリカは一瞬だけ安堵した様子を見せるも、まほの硬い表情を見て表情を引き締める。

 

「見ての通り……川を渡ろうとしていた戦車の一輛がエンジントラブルで停止。流される車輛を見捨てられず、フラッグの車長が救助に向かっているところです」

 

 エリカの説明に、まほは川の中で救助活動を行っている戦車たちを見る。その手前、川岸に座してそれを護ろうとするヤークトティーガーの上に、胡坐をかくように座り込んでこちらを見ている少女が一人。

 

 

 誰も動けない。誰も撃たない。ただ静かな時が流れ―――

 

 

『つばささん。こちらあんこう、全員川渡ったよ!』

「―――オーケイ。じゃあ先に行っててくれ」

 

 

 通信にそう返答したエミは、そこいらで拾ってきた適当な長さの棒でこちらを見ているまほを指すようにその先端を向ける。訝し気な様子のまほに、棒の先端を川に沿った先に移動させ、装填席に潜り込んだ。

 

 

 ガガガガッッッ!!!と、砂利を砕いて履帯が回り急発進したヤークトが川に沿って一人違う方向へ走り出していく。突然の行動に動揺する黒森峰一同に

 

 

 

「―――狼狽えるな」

 

 

 

 まほの鋭い叱責が飛ぶ。ピタリと静まった一同を見渡して、まほはエリカに向き直った。

 

「エリカ。後のことを任せる」

「隊長……」

 

 

 不安そうなエリカに、フッと口元を緩ませるまほ。

 

 

「心配はしていない。逸見エリカの西住流を、みほに見せてやれ」

「―――はい!!」

 

 

 迷いの消えたエリカの瞳に満足そうに頷き、まほは操縦手に指示を送る。

 

 

「―――決着はこの先―――――そういうことなのだろう?エミ」

 

*1
【戦車道ルール:白旗認定を受けていない車輛でも審判が試合続行不可能とみなした場合撃破判定を受けたものとして処理される】

*2
鬱陶しいわぁ!!

*3
「あーだこーだ言っても仕方ないでしょ!大事なのは、西住さんがどうしたいかじゃないの!?」




―――この後は市街地で対マウス戦が待っているんだが。まぁ実のところ全く問題視していない。

 まぽりんは二回戦という早い段階でマウス導入に踏み切り、継続相手に負けの目を完全にぶっ潰した。が、同時に圧倒的悪手を取ったともいえる。




―――なにせ、軍神にきっちりと対策を取るだけの時間を与えてしまったのだから




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【 まほルート 第十二話 「 もういちど(TRY AGAIN) 」 】

 『天才』という定義について、どのようなイメージを持つだろうか?

 ある戦車道乙女はこう答える。
「―――天より与えられた才能、天賦の才。すなわち『天才』です」と


 別の戦車道乙女はこう答える。
「天に愛される才能ね!『天に助けられる才能』!つまりカチューシャ様のことよ!」


 さらに別の戦車道乙女はこう答える。
「才に溺れず己の才を鍛え伸ばし、極めて天に至った者のことですわ。それこそが即ち『天才』だと、わたくしはそう思いますの」


 そして、ある戦車道乙女はこう答えた
 

「―――真に天才が存在するとすれば、それは決して努力では埋められることのない部分だろう。努力で埋め切れるものであれば必ず辿り着けるが、それで天の頂に至れるかどうかというならば、そんなことはあり得ない」





 川に沿って上流へ駆け抜ける二輛の戦車。

先導するように駆ける駆逐戦車(ヤークトティーガー)を後ろから追いかけるティーガーⅠの砲塔は、ジグザグに進む目の前の相手を見据えている。

 ただし車長から「撃て」の命令が来ないため、砲手は気を張り続けているため、ジリジリとした焦燥感をずっと感じ続けていた。

 

「隊長―――撃っちゃだめですか?」

「駄目だ。無駄弾はない」*1

 

 ザックリとした短い拒否にガックリと項垂れて、ややヤケクソ気味に照準を覗き込む砲手。操縦手も目の前のヤークトの一挙手一投足に注意を払っているため、この二人の消耗は特に激しかった。

 しかしそれは相手も同じである。ならば常勝黒森峰のレギュラーであるという自負、隊長西住まほの戦車の乗員であるというプライドが彼女たちを支えていた。

 

 

 

 ――― 一方で、追い立てられる側であるヤークトティーガーの内部では

 

 

 

「撃ってきませんよね!?天翔さん!?これ一方的に撃たれる位置ですよね!?」

「大丈夫大丈夫。狙いを外すように動いてればまほなら撃たない。しっかり狙える状況になったら問答無用で撃って来るし、当てて来るけど」

 

 操縦手の必死な操作と砲手の悲鳴に呑気に応える天翔エミの姿があった。

 

「―――西住まほならば威嚇目的以外で無駄な砲撃はしない。2~3発撃って来るかもしれないけどそれだけだよ。この辺の地理に詳しければ、袋小路に追い込むために砲撃で逃げ場を制限してくるだろうけどさ」

「……信用してるんですね、隊長―――まほさんのこと」

「信用―――ではないかなぁ」

 

 エミは少しだけ考える様な仕草で唸るようにあーでもないこーでもないといった様子を見せた後、やがて合点がいったように砲手へと顔を向けた

 

「―――今のまほは“西住流の西住まほ”だ。そういう意味で言うならこの上なく対処しやすい」

「はぁ……??」

 

 エミの言っていることの意味が分からず、砲手は曖昧な返事で応えることしかできなかった。

 

 

 

*******

 

 

 

 「これは……」

 

 森を抜ける手前で大きく旋回したヤークトティーガーは、木々を挟んでティーガーⅠと向かい合った。第2ラウンドはここだと言わんばかりの態度に、まほは追撃から戦闘に意識を切り変える。

 

「―――(どうやら敵はここを戦場と決めたようだ。油断せず確実に仕留めるぞ。狙うべき場所は分かっているだろうが勿論)敵側面(だが警戒を怠るな)前進!」

 

 脚で旋回移動を刻みながらまほはヤークトから視線を離さぬように上半身を車外に置き、目視で追い続ける。一方でヤークトティーガーは速度を重視したか車長は周囲の確認をせずそのハッチは閉じられたまま。砲塔の旋回ができない駆逐戦車だからこそ視界を捨てているのだろう、とまほは判断した。

 

「―――西住流に、逃げるという文字はない」

 

 勝利のために前に歩を進めるのが西住流。母であり師範であるしほに頭を下げもう一度一から研鑽を積み直した。その西住流としての強さでエミに立ち向かう。

 

 

 ―――【西住流】である【西住まほ】が、【天翔エミ】を倒す。

 

 

 そうすることで去年の惜敗への禊を終える。そうしなければならない。少なくとも―――大人はそう思っている。だからまほは戦っている。

 

 エミの逃亡が西住流内部でのまほの立場を悪くしているというわけではない。エミの今後の立場を慮った場合、まほがエミを抱き込むことこそが最適解であるとまほ自身が思うからこうして行動しているのだ。

 

 

 だがそれ以上に―――

 

 

『―――懐かしいなぁ!エミ!!!』

 

 

 饒舌になっている舌が勝手に言葉を紡いでいた。スロートマイクをONにして、片手で態勢を保持しながら声を上げる。

 

 

 

 

―――オープンチャンネルで。

 

 

 

 

 

『―――昔はずっとこうだった!あの時まで、ずっとこうだった!!』

 

 

 全速のまま、張り出した木の根を踏んで車体が跳ねる。側面を見せまいと信地旋回で動き回るヤークトの射角に入らないように速度を調整しながら、ティーガーⅠが木々の間を駆けまわる。

 

 

『―――あの頃は充実していた!何もかもが!私を何処までも押し上げてくれると信じられた!!』

 

 

 歌う様に、語り掛けるように、まほの言葉は止まらない。

 

 

『―――――やはり私は、君が居ないと駄目だ!!エミッッ!!!」

 

 

 まほの叫びがスロートマイクを介さずとも森の中に木霊している。

 

 

 

 

 

―――繰り返すがオープンチャンネルである。

 

 

 

 

 

『もう一度やり直そう!黒森峰でともに歩もう!!私がエミを護ってみせる!!約束する!!』*2

 

 

 

 

 

 

―――再三にわたるが、オープンチャンネルである。

 

 

 

 

 

 

電光掲示板に映るその様子を遠くから見ていたスーツ姿の女性がやや険しい表情で、内心では頭を抱えていた、らしい。

 

 

 

 

 ******* >> Emi

 

 

 

 

「もう一度やり直そう!黒森峰でともに歩もう!!私がエミを護って見せる!!

 

魂の告白とも取れそうなそれを聞いて俺は―――

 

 

 

「――――――コhuッ」

 

 

 

―――喉元までせりあがった嘔吐感を抑え込み、鉄錆の味が喉奥に広がる中、口からこぼさないように必死に耐えていた。

 

口元を巻き付けたマフラーで覆い、口の端に漏れ出たモノを見せないように必死に拭って抑え込む。

 

 内心「何言ってんだマホォォォォォ!!!」と叫びたくなる気持ちを必死に抑えて装填席でつとめて冷静に振る舞って見せる。

さもなくば同乗しているメンバーがめっちゃイイ笑顔でニヤニヤしているこの状況、言質取ったと勘違いした面々が悪戯半分で周囲に吹聴した結果、言い訳無用な外堀が埋まってしまう可能性がある。

 

 そうなったらもうこの世からひっそりとピロシキするほかない。まぽりんには輝かしいロードがあるべきで、それを俺という路傍の石に躓いて台無しにするなど到底許される所業ではないからだ。

 

 

「みんなちょっと落ち着こう。あれは―――」

 

 

俺がどうにか説明しようと声を上げたタイミングで

 

 

 

“―――黒森峰、マウス!走行不能!!大洗女子、ルノーB1、走行不能!!”

 

 

 

 そんな運営の報告が上がり、俺の反論は有耶無耶になった。運営の人が微妙にやけくそ気味に聞こえたのはきっと気のせいではないと思う。

 とはいえ、状況は大きく動いた。マウスが撃破され、原作と違って撃破されるはずだったⅢ突やヘッツァーが残り、ルノーだけの被害で済んでいる。加えてここに釘づけているのであちらにまぽりんは居ない。

 

 

 

結論:「勝ったな」「ああ……」

 

 

 

 後は勝利のロードを突き進むのみ!!そして大洗廃校を食い止めてみぽりんのメンタルを持ち直させつつ、エリカとわかり合ってもらう!!そのためにも

 

 

 

「―――全員!気ぃ引き締めろ!!まほを何処にも行かせるな!!」

「「「了解!!(Jawohl)」」」

 

 

 

******* >> Side Emi → Side Miho

 

 

 

『こちらカモさん!全員無事!!

 あとは任せたわよ冷泉さん!!約束は守るから!!』

 

 ボロボロの状態で転がるルノーB1と、“砲塔部分が微妙にへし曲がってボコボコにされている”黒森峰の超重戦車マウスの姿。どちらも白旗が上がっている。

 

 みほが立てた作戦。それは可能ならば初手で全てを決める必殺の一撃。

 路地で動きを制限されたマウスへの全方位飽和射撃により、砲塔、或いは砲口への精密射撃による内部破壊。

 

「狭い路地の中では的になる可能性が高いですが、同時にチャンスでもあるはずです」

 

そんな一言ともに始まったみほの作戦は、当人も意外な結末を見せた。

 

 

―――最初は、マウスが登場時に路地の角で砲を旋回させた際、建物に砲をひっかけて旋回できなかった。ただそれだけの話だったのだが―――

 

 

「へー……」

 

 

 それを見ていた角谷杏が意味深に呟いたと思えば、路地の周囲を89式とM3を連れて全開で駆け回り、周囲から散発的に機銃と砲撃で攪乱を始めた。マウスも最初はノーダメージの攻撃を無視していたが、Ⅳ号以外の戦力を削ぐことを考えたか、砲塔を旋回させる。

移動しながらの旋回なので建物への配慮もあまりなく―――再び砲が建物に引っかかったタイミングで

 

 

「―――今だぁ!!」

 

 

 突撃するカメさんヘッツァーにカモさんルノーがタンクデサントしたまま建物とマウスの間を抜けるような位置で突っ込み―――位置を測ってヘッツァーが駆け抜けた。

 当然、カモさんのルノーは―――ピタリと高さが合った砲の側面に真正面から突っ込み、まるでタッグマッチでクローズラインの出待ちをしているとこに振られたレスラーよろしく下から上への円運動でぐるりと反転してヘッツァーの上から投げ出され地面を転がった。車内の園みどり子以下風紀委員メンバーの状況は通信手の武部沙織のところから車内に響くレベルで悲鳴が轟いた点で推して知るべしである。

 

―――幸いにして特殊カーボンのおかげで軽傷で済んでいるのだが―――

 

 

 だが奮闘の甲斐があったか、マウスの砲もまた、ルノー決死の体当たりで壁とサンドされた結果主砲が目で見えるレベルでひん曲がっており、もはや砲撃=暴発のリスクを余儀なくされ―――

 

 

 

―――攻撃手段を副砲のみとされたマウスはポルシェティーガーやⅢ突の砲撃を対応できない方向から受け続け、シュルツェンと履帯、及び転輪部分に次々とダメージを受け続け、そのまま飽和射撃でダルマ状態のまま見せ場もなく路地裏でひっそりと幕を閉じる羽目になったのである。

 

 

 

「無茶苦茶ですよ会長ぉ!!」

「勝ったんだからいーじゃんいーじゃん!」

 

操縦席で悲鳴を上げる柚子に干し芋片手にピースサインでドヤ顔の杏と、報告に唖然とするみほ。その他各車も状況にやや言葉を失っているも、

 

「最大の障壁を撃破できた!勝利は目前だぁ!!」

 

 勝鬨の声にも似た桃の言葉を他所に、みほは独り思案していた。状況からは勝ちの要素しかないのだが―――どうにも嫌な予感が消えない。

 

 

 

 

―――楽に行き過ぎている。

 

 

 

 

 

 そう。黒森峰がまほのワンマンチームであるならばこの結果はおかしな話ではない。だが、大洗が相手にしているのは常勝黒森峰。しかも去年の敗戦の結果より強度を増している状態のはずなのだ。この体たらくで終わるとは思えないし、マウスの撃破も既定路線かのような終わり方だった。

 

 

 

 まだ何かがある。

 

 

 

 西住流の薫陶を受けたみほの脳裏に残る謎の不安がジリジリと思考を苛んでいる。

 

「―――みぽりん?」

 

 沙織の言葉でハッと意識を現実に向けたみほがブンブンとかぶりを振って思考を等速に戻す。試合の中で試合を忘れ思考に没頭しすぎていた自分に反省を少し。

 

「皆さん。当初の作戦通り、一度市街地の外縁部を持ち回りで回って。ウサギさんは高台からやって来る黒森峰の本隊を警戒してください」

「「「了解!!」」」

 

 散開して行動し、周囲の索敵・警戒に努める各車輌の様子を俯瞰して、みほは脳内で市街地の地形を思い浮かべる。沙織や他車輛からの通信を聞きながら、脳裏に浮かべたマップに「クリア」の旗を立てていく。

 

 

 そうしてほどなく市街地エリア内全体の大雑把なクリアリングが終了し、ウサギさんから通信が入る。

 

 

「―――黒森峰の車輛群、来てます」

「では、全チーム集結してください。最後の作戦―――“ふらふら作戦”を開始します!!」

 

 

 みほの号令の後、大通りを進むⅣ号を発見した黒森峰の一団がフラッグを追いかける。その一団を、路地の影から、曲がり角の向こうから、散発的に挑発攻撃を行い、一枚、また一枚と護衛車輛を引きはがしていく。

 Ⅳ号の護衛車輛についていた八九式もポルシェティーガーとともに離れ、黒森峰のフラッグと数輛の護衛でⅣ号を追いかけているという構図に変化していく。

敵フラッグと自フラッグとの一騎打ちによる斬首戦術。それがこの作戦の真骨頂。

そのはずなのに、違和感がぬぐえない。嫌な予感が未だに脳の端っこでジクジクと苛んでいる。どうにも嫌な汗が止まらないみほは、スロートマイクで各車輌と連絡を取り合う。

 

 

「こちらアヒルさん、パンター3輛釣れてます!」

「こちらカバさん、パンター2輛と交戦中」

「ウサギさん、象さん(エレファント)に追いかけられてまーす」

「こちらレオポンー。所定の場所で待機中ー。敵影なーし」

 

 

 自分を追いかけてきているのがフラッグ含めて合計5輛。アヒルさんとカバさん、ウサギさんが合計6輛。エミが相手をしているまほで総合計は12輛―――

 

 

 

―――違和感のピースが繋がった。

 

 

 

「全員!気をつけて下さ――――――!!」

 

 みほがスロートマイクに焦ったように叫ぶよりも前に

 

 

 遠くでドォンと砲撃の音が響く。

 

 

 

「―――不覚」

「―――無念、ぜよ」

 

 白旗を上げるカバさんチームのⅢ号突撃砲。路地に隠れ潜んでいたはずの彼女たちを“さらに後方から狙撃した”パンターが、悠々と路地から現れる。

 

 

“大洗女子、Ⅲ号突撃砲、走行不能―――!!”

 

 

 

 街の外縁部を単独で周回して索敵をしていた間も、気配を殺してエンジンを停止して、音を立てずずっと息をひそめていた。

 

 獲物が単独でフラフラとあたりを徘徊していたというのに。

 

 そこで獲物を食らうよりももっと確実に相手を仕留めることができるタイミングでの襲撃のために我慢し続けていた。

 

 

 

 そのことに気付いたみほは戦慄を禁じ得なかった。

黒森峰車輛の総合計は14輛。しかし各チームが担当している車輛の数の総計は12輛。先の伏兵以外にもみほたちが把握できていない車輛があと1輛いる。

 

 

「こんな作戦―――いったい誰が……!?」

 

 

 脳内でクリアリングしたマップが意味をなさなくなり、作戦前提が徐々に崩れ始めている。一刻の猶予もないままに。

 

 戦の行方に暗雲が立ち込めていくような感覚を、みほは覚え始めていた。

 

 

 

******

 

 

 

『こちら“凶鳥”、伏兵成功せり!』

「そう―――よくやったわ」

 

 通信を受け取り、逸見エリカは静かに口元を緩ませる。

やられっぱなしの戦況に、最高のタイミングで死角から殴りつけることができた。その達成感に酔いしれそうになる頭を軽く拳骨で揺らして気を引き締める。

 

 

「みほ―――アンタのことを間近で観察し続けていたのは、エミ先輩だけじゃないのよ―――!!!」

 

 

 西住みほの強さは終盤にある。それまで蓄積した周囲の地形情報と、敵情報、敵の戦力と自戦力計算。その集大成が現れる終盤戦でこそ、みほの能力は光り輝く。

これまでは天翔エミ、西住まほによって影に隠れていた才能。“前哨戦で大方の決着がついてしまっていた”からこそ黒森峰で見落とされている才能。

 それを誰よりも知っているのは彼女のサポートをしていた天翔エミ―――だけではない。

 

 

 ここに居るのだ、もう一人。

 

 

 西住みほをサポートする役目を受け、中等部のころから彼女の後ろで彼女をずっと見続けてきた―――天敵が。

 

 

「―――アンタの考えることくらいお見通しよ……みほ」

 

 

 西住みほの強さが終盤に在るのだとすれば、それまでのデータを集積して作戦を実施するタイミングにこそ、最適なウィルスのタイミングがある。

精巧に、精密に作戦をはじき出すコンピューターであればこそ、最適に『刺さる』一点で『情報の信用度が損なわれる一手』を打つことができれば―――勝機だって掴むことができる。

 

 

 

 

 

「今日はアンタに勝つためにここに居るのよ――――隊長でも、先輩でもない、この私が―――!!」

 

 

 

*1
駄目だ。この状況下で何をやって来るかわからないエミを相手に無駄弾を撃って、仕留めきれないままいざヤークトと対決する際に残弾が心もとないというリスクを作るべきではない

*2
「もう一度黒森峰で親友としてパートナーとして、ともに戦って欲しい。敗戦の責任を取らせようとする輩からは私が西住の名を使って黙らせてでも守る。約束する。」(翻訳:天翔エミ)




――――――ミシリ――――――ガシャンッッ




ダ「―――あら?カップが……不吉の前触れかしら?」

ペ「あの……ダージリン様……持ち手の部分が指の力で圧し折られたように見えるのですが……」

ダ「気のせいですわ」

ペ「いえ……その……」

ダ「気のせいです」

ペ「――――――そうですね。ちょっと、席を外して替えのカップを用意してきます」



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【 まほルート 第十三話 「 永遠 」 】

「大洗、ピンチですね」
「―――西住まほを抑え込む役目は天翔エミにしかできなかった。けれど、天翔エミを抑えに回してしまったために、敵の足を確実に止めることができる存在が失われてしまった……。それでも、“今までの黒森峰”なら問題はなかったのでしょうけれどね」

 少しだけ愉しそうに紅茶を傾けるダージリンに、さっきまでの剣呑なオーラはない。オレンジペコはホッとひと息吐きつつ、疑問に思っていたことを口にしてみた。

「ダージリン様。昔と今と、黒森峰の何が変わったのですか?」
「あら?わからないの?」

少し意外そうな声を上げるダージリンは、やや考えるような仕草をしてから―――

「―――じゃあ、これは宿題としましょうか」

そう言ってくすくすと笑って見せた。




「―――やられた」

 

 丸めた手に頭突きするように自罰をひとつ。

黒森峰に西住まほがいる以上、黒森峰は「西住まほのためのチーム」であるという絶対的な信用が、西住みほには存在していた。

 今回はそのみほの想定の裏側を行かれた。翻って見ればそれだけの話なのだ。

 

 【西住流の黒森峰】のルールは単純。「西住まほが心臓であり、その心臓を護るための手足が他のメンバーである」ただそれだけ。手足に思考は必要ない。命令に即応して即行動できることが求められ、一糸乱れぬ動きこそが誉れであるとされる。

 

それこそが「撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れ無し」の言葉に収束される。

 

 この西住流から唯一外れることができていたのが【虎の翼】、天翔エミ以下フリューゲル隊であるという事実から、天翔エミの存在の大きさが類推できるものだろう。―――とはいえ、エミがまほの命令に背いて好きに動いたことは余りないので有名無実化していた部分があるのだが。

 

 今回その西住まほを動けなくすることで命令系統を奪うことができた。代わりに大洗側も間隔3秒で放たれる128mmの後方火力支援という大きな鬼札を切って足止めに使っている状態ではあるが―――それを加味しても相手の頭を抑え込んだことが後々に大きく響くことになる―――はずだった。

 

 

 

「―――お姉ちゃん……もしかして……?」

 

 

 

 みほは脳裏にちらりと過った考えを、今は無駄なものだと振り払う。兎に角今は我武者羅に逃げ惑う状況から、一手を導き出すタイミングなのだ。

 

「―――間もなくHSに入ります。レオポンさん、今どこですか?」

『こちらレオポン。HS入りましたー』

 

 レオポンからの報告を受けて、みほの脳内でのマップに各車の位置が新たにアップデートされる。

 状況は徐々に混迷に向かっている。一刻の猶予もない。

 

「0017に移動してください」

 

 チリチリと嫌な予感は消えない。けれど―――

 

「やるしか……ない―――!」

 

 みほの覚悟は決まった。予断を許さぬ状況で新しく情報を詰める余裕などない。

 

 先の報告ではウサギさんチームがエレファントを撃破して残りは13輛。対するこちらはアヒルさん、カメさん、レオポンさん、ウサギさん、あんこうの5輛。数の上ではまだ2倍以上の差が存在する。

 

 みほの作戦は単純明快。HS地点、【学校】の校舎をケージ代わりに中庭にフラッグを誘い出し、玄関口をレオポンのポルシェティーガーで塞ぎ、強制一騎打ちによる斬首戦術。

 

 あんこうが連れている5輛をレオポンに引き受けてもらって、アヒルさんを追いかけている3輛にカバさんを仕留めた1輛とカバさんを相手していた2輛で合計11輛。まほを除いた相手の車輛中の把握できていない1輛が思考にノイズを生んで行く―――。

 

 

 

―――わたしがなんとかしなくちゃ―――!!

 

 

 

 奮起するみほの心の根幹に在る“それ”は、まほの軛に名乗りを上げ、自ら捨て石になったエミの存在が大きい。そうまでして自分に託してくれたのだ、それを置いても【勝たなくてはいけない】というプレッシャーが、みほの心に雁字搦めに鎖を掛けていく。

 

 

 

 HS地点に差し掛かった。

 

 

 

 Ⅳ号が校舎の正面を抜ける―――

 

 

 

 追いかけるティーガーⅠがその後に続く―――

 

 

 

 

 ポルシェティーガーがその入り口をふさぐ様に座して、砲口を追いすがる5輛に向ける。

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 中庭の、二宮金次郎でも置いていたかのような台座を中央に置き、円運動を描いて2つの車輛が向かい合った。

 

 

 片やあんこうのエンブレム。大洗Ⅳ号戦車、西住みほ。

 

 片や鉄十字紋章、黒森峰ティーガーⅠ、逸見エリカ。

 

 

「ここが決戦の地―――ってわけね」

 

 みほへと強い視線を向けるエリカに、無言で視線を返すみほ。そんなみほの姿に、エリカは―――

 

 

 

 

 

 

 

―――口元を歪ませた。

 

「――――――“だと思ったわ”」

 

 

 

 

 

 

 

―――みほの耳に僅かに届いた“異質なエンジンの音”に―――

 

「―――緊急前進!!」

 

 咄嗟に反応ができたのは西住流としての薫陶のおかげと、冷泉麻子という天才のなせる業であったと言えよう。

 

 

 ―――さもなくば、ここで終わっていたのだから。

 

 

 逃げ遅れた後部増加装甲(シュルツェン)を剥ぎ取って中庭の地面を抉った砲弾は―――エリカと対峙するみほの更に後方、校舎の影に隠れた『Ⅲ号J型』から放たれたものだった。

 

「―――やっぱり、赤星さんだったんだね」

「―――こんな形で戦うのは、本当に不本意です」

 

 申し訳なさそうな赤星小梅の姿に、僅かにムッとした表情を見せるエリカ。

 

「何言ってんのよ赤星。勝負ってのは“こういうモノ”でしょうが!」

 

 エリカの言葉に、大ピンチの状況とはいえ少しクスリと笑ってしまうみほをエリカが睨みつける。器用にⅢ号とティーガーⅠの砲撃軸を調整しながら微速前進をするⅣ号の上で、みほはエリカと赤星へと順番に視線を向ける。

 

―――状況は最悪の一歩前。けれど、越えなければならない相手。

 

 己を奮い立たせるみほの目下では、心配そうにみほを見るあんこうチームの皆の姿。

 

「―――落ち着いて、ひとつひとつ、できることをやっていくだけです」

 

 絞り出す声と同時に、心に火を入れる。ぎゅぅと握りしめる手を胸に、心臓を叩くように。

 

 

 

 恐れるな

 

 恐れるな

 

 心を燃やせ

 

 炎を灯せ

 

 

 

 恐怖を灼き尽くせ

 

 

 

 

 「さぁ!始めましょう最後の勝負を!!」

 

 してやったりのエリカへと、キッと気迫を込めた目で返し―――

 

「―――受けて立ちます!」

 

 みほは言うが早いか矢継ぎ早に麻子に指示を送り、全速で駆けだした。

 

 

 

*******

 

 >> Side Miho → Side Emi

 

*******

 

 

 

「―――後輩はいつの間にか成長するものだな」

 

 小さく呟くまほの言葉は戦車の音にかき消され、誰にも届かなかった。

通信機から届く情報と、運営からの撃破報告から、戦況の様子を俯瞰図に加えていく。ヤークトティーガーとの『位置取り合戦』は膠着の一途を辿り、未だ混迷晴れず。操縦手と砲手だけが消耗を増していく事態に発展していた。

 

 ヤークトの操縦が兎に角巧みなのだ。あちらからの砲撃が飛んできていないのは、発射後の硬直時間を考慮してのものなのだろうとまほは結論付けた。

 

 何しろ“天翔エミは動きながらの装填ができない”のだからしょうがない。

 

そしてその割に“こちらをよく見ている”。回り込もうとするこちらの動きにきちんと対応し、木々をバリケードにし、車体を信地旋回させ、時に超信地旋回まで使用して“きちんと真正面で”こちらを睨みつけて来る。

 速度に重点を置くためにハッチを閉じているにも拘らず、こちらの動きをおそらくは『音の反響』で読んで動いている。その練度の凄まじさよ

 

「エミも他の面々も―――良くぞ育った」

 

 ともに歩んできた者として、その成長を喜ぶ己がまほの中にいる。強敵に胸躍るまほがいる。この刹那よ永遠であれと願うまほがいる。

 

 

 

―――だって終わってしまったら“もう黒森峰として戦うことはできない”のだ。

 

 

 

 大会の終了は、試合の終了は同時に、ドイツ留学へのカウントダウンだ。

まほにとって、心を燃やしてともに駆けることができる最後の戦いだ。

 

 

 

「―――こんな気持ちは初めてだ」

 

 

 

 終わりたくない

 

 終わらせたくない

 

 時よ止まってくれ

 

 後生だ。後生だから。

 

 

 

 

「―――私は、西住まほは――――“黒森峰の西住まほ”は、これで終わりなんだ……。

 

 ―――エミ……私はもっと、君と語り合い(たたかい)たい―――!!」

 

 

 血を吐く様な重みを持って紡がれた言葉に―――

 

 

 

「――――何言ってんだ?西住まほさんよ」

 

 

―――空から鴉が舞い降りた。

 

 

 

****** >> Emi

 

 

 

 「―――私は、西住まほは――――黒森峰の西住まほは、これで終わりなんだ……。

 ―――エミ……私はもっと、君と語り合い(たたかい)たい―――!!」

 

 

 ―――ああ、畜生。今更ブレんなよ畜生。

 

 

 左手の小指をへし折れそうなほどに握り曲げる。樹上の枝の一つに両足をひっかけて蝙蝠のようにさかしまに、俺こと天翔エミは“戦車の外に居た”。戦車の中が居たたまれなかったわけではない。ないから。作戦だから(震え声)

 何のことはない。戦闘中に木々の影に隠れた一瞬のタイミングで車外に飛び出し、そのままフリークライムで木の上に。あとは戦場の空気に合わせて木の上を飛び移り、的確にティーガーⅠの動きを通信手に報告し続けるだけの簡単なお仕事です。……“だった”。

 

 本来、俺の、俺たちの仕事は『西住まほの足止め』なのだ。無理に相手を撃破する必要はないし、それならば無駄に砲弾をばら撒くのではなく、俺の索敵能力を生かし、相手を牽制し続けるだけでいい。俺の装填能力という幻影に踊らされて正面戦闘を避け続けるのはひとえに―――『これまでの西住流黒森峰における西住まほ』にある。 そう思っていた。

 

 

 違ったのだ。

 

 

 まほは「この戦いを続けたい」と願っていた。

 

 この戦いがいつまでも続いて欲しいと思ってくれていた。

 

 俺たちはただ、その願いに便乗して、踏みにじって今ここに立っていただけだった。

 

 

「―――ままならねぇな。糞が」

 

 

 自分の察しの悪さと馬鹿さ加減に腹が立つ。先の告白もどきも脳に残らぬほどに頭の芯から沸騰しそうに沸き立っていた。

 通信機を手に取る。通信手に向けて、短く、ただ一言

 

「―――“やるぞ”」

 

告げる。

 

『―――いいんですね?』

 

確認の返信に、「応」と返した。

 

 

 ああ、全く――――

 

 

 

―――俺って糞野郎は――――ブレてばっかりだ。

 

 

 樹上から身を翻し、空中でくるりと反転してティーガーの上に降り立った。

漸く俺がさっきからどこにいたのかを理解して唖然とするまぽりんに向けて、顔を上げて目を向ける。

 

 

「―――何言ってんだ?西住まほさんよ。

 

    ―――上から見てんじゃねぇぞ?私たちはどっちが上でも下でもねぇだろうが」

 

 

 精々笑ってやろう。其処意地悪くニヤリと笑ってやろう。

ティーガーの装甲を蹴ってジャンプして、背後の木を蹴って飛び跳ね、体操選手のように身を翻して四肢を伸ばして獣のようにヤークトの上に着地する。

 

 

「―――来いよまほ……矜持なんざ捨てて掛かってこい!!」

 

 

 一度点いた火は消えない。燻っていたのもあって燃え上がるのも早い。

 

 みぽりんの方は原作通りエリカ(フラッグ)を引きずり込んだと聞いて居る。其処にいささかの想定違いがあったとしても―――まぁ原作補正できっと何とかなる!

 ならば俺のできることは一つしかない。

 

 

 ―――“しでかしたことの責任を取る”ことだ。

 

 

 くしゃくしゃの顔を袖口で一つ拭えばそこには建て直した鉄面皮。それでもその背後に、ザワザワと波立ち揺れる湖面と、そのうえで燃える炎が見える。

 

「―――西住流に―――――いや、違う。違うな。

 

 ―――わたしに、“西住まほ”に、この勝負から逃げ出す道などない」

 

 宣言する西住まほは、これまでのどの試合よりも、日常のどれよりも晴れやかに笑っていた。その笑顔の奥に在る炎に、対峙する俺たちは恐れを感じていて、同時に―――光栄で、上等で、素晴らしく糞ったれで、

 

 こんな気分でセルフピロシキするのなら、そのまま逝っても良いなどと、分不相応にも思ってしまった。

 

 

 

*******

 

 >> Side Emi → Side Miho

 

*******

 

 

 

 ガリガリと石畳を削りながら、Ⅳ号がまたシュルツェンの一部を剥ぎ取られた。

内部棟の周辺を周回しながらティーガーⅠと交差するたび88mmの、Ⅲ号の50mmの砲撃に晒され、 そのたびに一枚また一枚と装甲を剥ぎ取られていく。

 じりじりと追い詰められていく感覚に、それでもみほは折れない。挫けない。

 

 

「―――やっぱりアンタは凄い……ここまでされてまだ諦めてないのね……みほ」

「やっぱり、みほさんは凄いです……!!」

 

 エリカの呟きは誰に向けたモノでもない。ただ漠然と口から飛び出しただけのそれは感嘆なのか、賞賛なのか―――それともあるいは、嫉妬なのか。

 

 西住みほは諦めない。どんな状況でも、勝つための戦術を考えて実行する。

「必ず勝つ」ことを至上とし、勝利するために歩みを進める西住流の果てに、今の西住みほがいる。西住まほが居る。

 

 あの場所までたどり着かなければならない。逸見エリカの願いはそこに在る。

 

 みほが見ている世界と、まほがいる世界は違う。けれどきっと、まほがエリカに教えようとしている地平は―――今、みほがいる方の地平なのだ。

 

 

「ねぇみほ―――私に見せてよ……アンタの全部を」

「みほさんに全部ぶつけます―――あの時助けてもらった私の、私たちの、全部!」

 

 

 

*****

 

 

 

「―――こちらレオポン。あんまり持ちそうにないよー?」

 

 既に砲撃を受けて片方の履帯と転輪が大破し擱座しているポルシェティーガーはただの的と変わらない。それでも88mm砲を撃ち返すも、砲塔旋回範囲外からの飽和射撃にじわじわと装甲が悲鳴を上げていく。

 

 そうしてあっさりと、終わりが訪れた。

 

 シュポッと拍子抜けする音を立てて白旗が上がる。もはやどこを見ても満身創痍のポルシェティーガーが地に伏した。黒森峰の車輛たちが校舎へと殺到するも、ポルシェティーガーの車体が入り口をふさぎ、ティーガーやパンターといった車高の高い戦車では乗り越えて入り口を通ることは困難と言えた。

 

『回収急いでよー!』

『ゆっくりでいいよぉー』

 

 呑気なレオポンと、急かす黒森峰たちのコントラストの取り合わせの中に

 

 

「―――――吶喊(とっかぁーーん)

 

 

 陽光を反射する何かが駆け抜けた。

 

 “それ”はレオポンに殺到して止まったパンターの上に乗り上げて

 

 “それ”はポルシェティーガーの上にも乗り上げて

 

 

 強引に入り口に車体をねじ込ませる。凡そ3mの車高のパンターやティーガーより一回り小さなその体躯は上部で玄関口の天井を削りながらズルリと滑り込んだ。

 

 

 

*****

 

 

 

 ―――拙い。

 

 みほの中で焦りがどんどんと大きくなっていく。攻撃のたびに上手くいなし続けているが、ジリジリと追い詰められていっているのだ。Ⅳ号のシュルツェンはもうほとんど残っておらず、装甲もところどころが食いちぎられそうなほどに満身創痍。このままでは、最後の一撃を狙う事すらもできずに動けなくなってしまうかもしれない。

 

「―――危険ですけど、Ⅲ号を無視してフラッグを撃破します」

「大丈夫なの!?2対1だよ!?」

 

 沙織の心配そうな声に「大丈夫」と返しはするが、みほの中で到底確約できるものではなかった。

 けれどここで攻勢に打って出なければ、磨り潰されて終わってしまう。

 

 

『―――やーやー西住ちゃーん?お困りみたいだねぇ』

 

 

 そんな焦燥を、あっけらかんとした声が吹き飛ばした。

 

 

『こちらカメさん。Ⅲ号の方はまーかせて』

 

 

 玄関口から飛び込んできたヘッツァーが、追い立てるティーガーとⅢ号の間に割り込み、強引に3号の鼻先を車体で蹴っ飛ばして引きはがす。

 

 

『頼むぞ西住!お前に託した!!』

『勝って下さい。お願いします!』

 

 通信機から河嶋桃の声が、小山柚子の声が響く。

 

『ここまで来れただけでも御の字だよ。

 

 さー西住ちゃん。張り切って行こうか!!!』

 

 この状況でも飄々と調子の変わらぬ角谷杏の声に―――

 

「―――はい!行きましょう!!」

 

 みほの声に力が戻った。さっきまでの焦りに満ちた様子は何処にも無い。万の軍勢を味方につけた様な力強い瞳で、追いかけて来るティーガーの上、逸見エリカを見る。

 

 最初と同じ、中庭で対峙する2輛の戦車。突撃のタイミングを計り、引き絞られた弓のように、ピリピリと空気を張りつめさせていく。

 

 

 

 逸見エリカは西住みほを見続けた。その戦いの全てを、見続けてきた。

 

 だからこそわかる。『西住みほが狙う場所』を。

 

 グロリアーナとの練習試合。敵側面へ回り込んで接近射撃を行う迂回特攻。

 

「―――戦車前進(PanzerMarsch)!!」

 

 

 西住みほは考え続けた。前へ前へと進みながら。

 

 だからこそ進む。前へと―――歩を進める。

 

 グロリアーナの時より“より進化した”迂回進撃。敵戦車の後背部まで滑り込む必殺の一撃。

 

「―――前進!!」

 

 

 

 

 

 ―――両者に違いがあるとするならば、ただ一点。

 

 ―――前へと歩を進める少女の歩みの早さを読み切れなかったこと。

 

 

 

 

 

 

『黒森峰フラッグ車、走行不能!! よって、大洗女子の、勝利――――!!!』

 

 

 




******



『黒森峰フラッグ車、走行不能!! よって、大洗女子の、勝利――――!!!』



アナウンスが大洗の勝利を告げている。






―――けれど、




『戦闘中の車輛は戦闘を中止してくださーい!あの!聞こえてますよねぇ!?』





―――止まらない。



―――止まれない。





 ヤークトの砲撃を躱しきれないと直感した瞬間、前進の指示を出していた。砲塔を旋回させ、ゼロ距離に踏み込む。ヤークトの砲塔を肩に担ぐ様にして安全地帯に滑り込んだが、同時に備砲を旋回させてもこちらからヤークトを砲撃できない位置を取ってしまった。




―――愉しい。


―――嬉しい。


―――この時間よ永遠なれと。



 まるでダンスを踊っている様に、互いの履帯が前面装甲に当たり軋みを上げる。



ヤークトが退く、離されないように追いすがる。

ヤークトが押し込みをかける。潰されまいとこちらは併せる様に退く。ワルツのように、押しては退いて、退いては押して、




 un,deux,trois



 Eins, zwei, drei



 片方の履帯が互いに食み合い同時に千切れた。ヤークトの向かって右側と、ティーガーの左側。





―――まだ、終わってほしくない。




 そんな願いに戦車が応えてくれたかの様に、踏み込んだティーガーの転輪とヤークトの転輪が噛み合った。お互いを喰い締めるように噛み合った二つの転輪を橋掛けにして、互いの外側の履帯が前進する動きに合わせて、円を描く。ぐるぐると、尾を食らう蛇のように、その場で回る。



 これではまるで比翼の鳥だな。



 なんだか無性におかしくて、笑っていた。ケラケラと笑って、笑って―――



―――涙が止まらなかった。




運営の回収車がやってくるまで、くるくる、くるくると、2輛の戦車は廻り続けた。




「決着は付かなかったか―――未練になるな」




 “だがきっと、これでいい”




私は最後の言葉を飲み込んだ。声に出してしまったらそれが最後だと思ったからだ。




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【 まほルート 第十四話 「 yanyan(意味深) 」 】

夕日を背に立つ一人の少女、逸見エリカ。
少女に相対する少女、西住みほ。

「優勝、おめでとう」
「あ、ありが―――とう」

 たどたどしいみほの様子に意地悪そうににやりと笑って、さも傷ついたような表情でそっぽを向く

「―――やっぱり、あんなことがあった後じゃエリカって呼んでもらえないわよね。私たちは所詮敗者で、敗けた弱者にかける言葉なんてないわよね」
「そ―――そんなことない!!」

 エリカの様子に声を荒げたのはみほだった。これには演技していたエリカも流石に驚いて身を竦ませる。

「そんなことない!一歩間違ってたら―――あそこでヘッツァーが助けに来てくれなかったらきっと負けてた!エリカさんたちは強かった!!」

みほの言葉は止まらない。胸の内にとどまっていたものを吐き出す勢いで、これまでの戦いを振り返っていく。
 サンダース大付属の物量戦。アンツィオの練度の高い機動戦に、伏兵作戦。プラウダの重厚な包囲殲滅。どれひとつとっても、一歩間違えたら負けていた戦いばかりだった。皆強かった。その相手を貶める様な真似を、たとえ自嘲であろうと西住みほは許せなかった。

 ぎゅっと、不意に抱きすくめられてみほの言葉が途切れた。エリカが正面から踏み込んで、みほを抱き留めていた。

「―――本当にもう、アンタってやつは……!!」

 抱きすくめられてフリーズしているみほの目に映らないように、エリカは涙を滲ませていた。感情がないまぜになって収まっていない。でもこの泣き顔を目の前の少女に見られることを、エリカは受け入れられなかった。

「―――ねぇみほ?私ね……自分の気持ちにやっと気づけたんだ」
「エリカさん……?」

 抱きしめたままぼそぼそと、小さく耳元で呟くように、エリカはぽつりぽつりと語り掛ける。

「―――私ね、アンタに嫉妬してたんだわ。嫌な女よね……?アンタの才能に、アンタの人望に、アンタの持ってる私が持ってない全部に……嫉妬してたのよ。きっとね」

 思いを吐露してしまえば、止まらない。エリカはただ訥々と惨めな自分を吐き出していく。いかに自分が的外れだったのか、それを教えてもらうまで気付けなかった自分自身が大嫌いだった。
 みほはエリカの告白にエリカ自身を縛る鎖を見た。責任感と自責の念と、強豪校の伝統の影に積み重ねられた呪いの如きそれは、かつてみほ自身を縛っていたものだ。立場と名前を変えてまほを絡めとっていたものだ。
 西住まほ(あね)もかつては鎖に捕まっていた。それを引きちぎって、駆け回る自由をくれたのは―――逃げる様に大洗に渡ったみほに立ち上がる力を与えてくれた少女と同じ人物だ。きっとエリカも、その鎖を引きはがす役目を担ったのは、みほたちと同じようにあの少女なのだろう。

「―――届かない背中を羨んで歯噛みするのは止めにした。見てなさい、絶対追いついてやるからね?」

 身体を離したエリカの目にもう涙はなかった。みほはエリカの様子に少しだけ微笑んで―――手を差し出す。答える様にエリカも手を差し出し―――健闘を称え合う握手を交わして







「―――よろしいかしら?」

空気を読まない闖入者は、そっと、みほの背後から忍び寄っていた。



 回収車に乗せて運ばれていく2輛の戦車。

お互いに転輪が溶接されたんじゃねぇのこれ?ってレベルで噛み合ってしまったためくっ付いた状態で固定されて運ばれている。いつはがれるかわかんねぇから載せる側もいい迷惑だよなぁあれ……。

 

「―――決着は、付かなかったな」

「そうだなぁ……」

 

 今思い返すとめっちゃ恥ずかしいことをやっていた。火が消えてテンションが戻ってくると「俺なんであんなことやったの?」って後悔が半端ねぇんだけど?!

 

「―――エミ。私に応えてくれて、ありがとう」

 

―――だがまぁ、まぽりんのこのやり遂げた表情見てるとやってよかったなぁと思う。思ってしまう。

 

 

「―――そういえば、試合前に言ってた話って、何だったんだ?」

 

 ふと、思い出して振り返ると、沈み始めた夕日に照らされたまぽりんの表情がちょうど影になって見えなかった。そのまま少しだけ間をおいて、まぽりんが口を開く。

 

「―――私は、あの戦いで全部語りつくした。もう十分だよ」

「そうか?―――いや、まほがそう言うのなら別にいいけども」

 

 決着が付かず時間切れでお流れなら語りつくせてないってことじゃなかろうか?とも思ったが、まぽりんが話す気がないなら無理やりに聞き出すのは俺の仕事ではないし、無理強いもなぁと思ったのでスルーした。

 

 

 

「―――話は済んだようですね?」

 

 

 

―――やってよかったなぁと思った後で、「やっぱやるべきじゃなかった」と思わせて来るのが人生というものだ。

 

 

「明日まで時間をいただいてきました。今宵は寝かせるつもりはありません」*1

 

 

 思わずすくみあがるような威圧感パネェッスねしほさん(舎弟感)

俺を庇う様に家元と俺の間に身体を割り込ませて立ち位置を入れ替えるまぽりんと、それと対照的に身体が既に屈服しているため地べたに膝をついて沙汰を待つ罪人モードの俺である。

 

 

 ―――説明(はなし)をしよう(指パッチン)―――

 

 

 俺こと天翔エミは、かつては黒森峰で西住まほの相棒をやっていた。

西住まほの相棒としてやっていたのだから、当然家元にご挨拶に行くこともあったし、みぽりんのサポートも同時にこなし始めてからは割と家ぐるみのお付き合いみたいな感じになっていった。菊代さんとか「お嬢様のことをお願いいたしますね」とか念を押されたりお互いに「西住流圧縮言語やばない?」とかそんな感じの話とかもしていた。具体的に解決策なんぞでなかったから今あんな感じなのだが。

 ―――すごいどうでもいいが今更過去のまぽりんの説明を省いた言葉に他の生徒たちが酷い妄想をしていたことを思い出して精神に急激に負荷がかかっているなう。《注釈》マホ「エミ、母に紹介したいので会ってくれ」(練習後の黒森峰大食堂にて)

 そんな立場であるにもかかわらず、俺はあの時「本家に何も言わずに黙って逃げた」状態になってるので、おそらくしぽりんにかけた迷惑とか考えるとしめやかに自決するかしぽりんにこの場で斬首されても文句言えないんじゃないかな?と思っている現在(なう)である。

 

 

「わかっていますね?」*2

 

 

威圧感バリッバリのしぽりんの言葉に

 

 

 

 

「―――白装束がチームテントにありますんで、少し時間をください」

 

 とりあえず覚悟を決めようと形から入ることにした。

 

 

 

*******

 

 

 

>> Side Emi

 

 

 大洗学園艦に戻るみんなから別れて、地元のお宿へ。

道連れは3人。西住みほ、西住まほ、そして―――逸見エリカ(なんで?)

 

 

「まずは―――優勝、おめでとう」

「あ、ありがとう……お、おかあ、さん……」

 

 通された和室の畳の上で萎縮しまくって正座モードのみぽりんが今しも吐きそうなほどの顔色でカクカク頷きで返している。やや険し気な表情を見せてるしほさんがみぽりんを責める前に―――

 

「―――昔日の一件に対する謝罪を今、この場では無粋とは思います。ですが、何卒受けていただきたい。申し訳ありませんでした!!」

 

 しぽりんのアクションを遮るようにして進み出る様にして平伏し、土下座の構え。身を清めて伊達政宗さながらで白装束姿でお宿にやってきた俺に宿の人が若干引いてたのを今思い出したりもしたが、意識を謝罪に集中させる。

 何故このタイミングで割り込んだか!?エリカがみぽりんを支える様に半歩身体を寄せたからだよ!!

 

 

 俺がタゲとるからよ!みほエリを止めるんじゃねぇぞ―――!!

 

 

 俺の全力の土下座に―――俺の隣で誰かが同じように頭を下げていた。

誰か?なんて考える必要もない。みぽりんとエリカが寄添っていて、この場に残ってる人間なんて、一人しかいない。

 

「―――お母さま!エミの一件、全ての咎は私に在ります!!エミがあんな行動に走ってしまった背景には、私が原因なのです―――!!」

「―――説明*3

 

 短く告げられたしぽりんの言葉に「はい」と返してまぽりんが語り始める。

あの時俺が考えていた様々なケース。最悪のケース。そして最悪の回避のために俺が取った最善手こそが、まぽりん自身を踏みとどまらせる神の一手だったという説明を。

 

 

 

―――チクりやがったなあのブリカスめが(おのれダージリン)!!

 

 

 

 聖グロでダージリンとパイセン相手に語った内容が含まれてるってことはまぽりんにその辺の情報を流した誰かが居るってことで、パイセンが面白半分でやるには話が重すぎてあの人の食指が動くとは思えない。となると必然、動いたのはあのブリカスである。

 

「エミがもしも私に相談をしていたら―――私はエミを追って全てを投げ出していたかもしれません。それほどにあの時の私は……追い詰められていました」

 

 次期後継者としては失格も良いところなまぽりんの吐露を受けて、難しい顔をしているしぽりん。俺をどうすべきかで悩んでいるのだろう、きっと。

 

「―――ならば、どうしますか?」

 

 しぽりんの言葉は短い。まぽりんとかしぽりんのこの言葉の意味をどう考えているのかわからんが、親子なんだから大体意味は通じているのだろう……きっと(楽観視)

 対するまぽりんは伏していた顔を上げ

 

 

 

 

「―――独逸への留学の一件。再考を願い出る次第です」

 

 

 ナパームを投下した。 なんでや工藤(服部感)

 

 

 

 え?今その話してないよね?何で?何でそんなことになるのまぽりん?まぽりん!?

 しぽりんの言葉はアレよね?『あなたは今後どうすべきだと思ってるの?』的な、逆にまぽりんに放り投げる感じの意味だったよね?『じゃあどう責任とるんじゃお前?』っていう893のオトシマエ的な意味じゃないよね??

 え?ちょ、これ俺のせい?俺のせいなの??俺が行動を起こした結果まぽりん独逸留学やめますって話になってんの!?

 

「―――それは、貴女の家中の立場、ひいては西住流次期後継としての貴女の立場にも関係のあることだと理解しての発言なのかしら?」

「―――覚悟の上です。今の私は、人の上に立てる器であると胸を張ることができません」

 

 重いよぉ!?場の空気が重すぎるよぉ!?エリカとか場違いな状況に放り込まれて胃袋が軋んでるのかさっきと逆にみぽりんがフォローしてるんだけどぉ!?でもこの構図みほエリって感じがする。てぇてぇ()

 

 

―――じゃねぇよ俺ェ!!!

 

 

 どうするの!?これどうしたらいいの!?俺はどうすべきなの!?これこの状況で俺が切腹なり自決なりしておさまる問題じゃないよね!?どうやってこの場を納めたらいいの!?

 

 ―――しぽりん!?何で俺を見るの!?この状況で「なんとかしなさい」って顔で俺を見るの!?どうしたらいいのこれ!?どうやってもどうにもならん気がするんですけど!?

 

 

「―――あー……発言しても?」

「宜し」

 

 手を挙げて発言を求める俺と秒で許可するしぽりん。視線が通った瞬間、まぽりん相手でもできなかったアイコンタクトで通じる想い―――きっとある。

 

 

“なんとかしなさい”

 

“無茶言わんで!!!”

 

“そこを何とか!”

 

 

 そんな感じの押し問答を視線のみで行う事―――だいたい1秒。

発言を許されてからタメを作ってるふりをすること―――だいたい10秒弱。

 

 

 

「―――考えてはみたが、何にも浮かばなかった」

 

 

 

 ―――残当(迫真)

 

ただ、盛大に間をハズしたことで空気が弛緩した。この違いは大きい(結果オーライ)

 

「エリカ?まほはああ言っているが、エリカはどう思う?

 ―――西住まほは、隊長失格か?」

「そんなわけがないでしょう!!!?」

 

 唐突にブン投げられた質問に、いつも下級生や同級生と話してる調子で声を荒らげて返してしまい、その直後状況に気付いて「す、すみません」と謝るエリカ。

 

「そんなわけがありません。隊長が隊長でなければ、黒森峰のこれまでの躍進はあり得ませんでした」

「理由は?」

 

 “西住しほ”としてのしぽりんの視線を正面から受け止めて返し、エリカはきっぱりと言い切る。

 

「黒森峰を牽引できる存在が西住まほ以外に居ないからです」

「だが私は―――二度も黒森峰を敗北させた無能な指揮官だぞ?」

 

 そう皮肉げに語るまぽりんにエリカは「違います」と即答する。

 

「フラッグ車が心臓で、手足は心臓を護るためにある。だというのにフラッグ車を差し置いて隊長を優先させていた今までの黒森峰が異常だったんです。

 隊長―――隊長は、それを教えるために敢えて去年と同じ形にするために私をフラッグにしたんでしょう?」

 

まぽりんは答えない。エリカはそれを肯定として、続ける。

 

「去年のあの敗北から、みほが学園に来なくなって、先輩と隊長が風邪で学園を休んで、その間正直な話学園はめちゃくちゃでした。そのうえで私を含めた一部の真っ当な生徒は『隊長と先輩が戻ってくれば正常に戻してくれる』とお二人に縋っているだけでした。それほどまでに、みほも含めた三人に依存していたのがこれまでの黒森峰だったんです」

 

 エリカの言葉にしぽりんはただ黙って逸見エリカという西住の家とは関係ない少女を見据えていた。目力ハンパないので気圧されて若干エリカが早口になっている。

 

エリカの吐露は止まらなかった。

 

自分たちがいかに俺やまぽりん、みぽりんに頼り切っていたかということ。

その結果として『依存していた先』こそが責任を取るべき立場に追いやられたということ。

それを未然に防ぐために西住まほが率先して行動すると考えた天翔エミ―――俺が、先んじて行方をくらませたことでまぽりんが早まった真似をしないでくれたということ。

 

「つまりエミ先輩が黒森峰を飛び出したのは、隊長のためなんです」

 

 

 

 ―――あれ?俺の行動、美化されすぎてない?おかしい……おかしくない??

 

 

 

「いや、流石にそれは買いかぶり過―――」

 

“いや、それは買いかぶり過ぎだ”と言いかけて、止まる。

もしも冷静だった場合俺はまぽりんに相談すべきだった とでも言おうものなら先のまぽりんの「相談されてたら手に手を取って一緒に逃げてました」を肯定してしまう。これは駄目だ!弁解に使えない!!

 どう答えていいものかわからず「なんでもありません」と訂正して再び元の位置に戻る俺に、しぽりんは何をどう解釈したのかわからんが溜息を吐いた。

 

「―――貴女の言い分はよくわかりました。

 そのうえでまほ?貴女は黒森峰を支えるために残りたいの?」

 

 しぽりんの言葉にまほは「いいえ」と否定を返す。

 

「―――見届けたいのです。私が託した後輩が、黒森峰を率いて行けるかどうかを」

 

 冬季大会“無限軌道杯”の復活は、まだこの時点では公式になっていない。が、戦車道公式大会でなくとも大規模な戦いの場というのは冬の非公式親睦大会が後輩の成長を見る機会となるため、まぽりんが独逸留学に旅立った後ということになるわけで―――スケジュール的に詰んでるわけだ。

 大学選抜戦も未来見てきた人間でもない限りこのタイミングであるとは断言できないものなぁ……詰んでない?

 

 

 

 

 

「―――まぁ、それはそれは……渡りに船とはこのことでしょうか?」

 

微笑ましい声とともに、和室の襖をスライドさせて現れたのは、場違いな英国基調の女だった。

 

 

 

******

 

 

 

「それで……どうなったの?」

 

ボコミュージアムの物販店の片隅にあるベンチに腰かけて、愛里寿はそんな風に問いかけてきた。

 

「まぁ、その乱入してきた空気読めない紅茶かぶれ……ダージリンなんだけど、そいつが提案してきたんだよ。

 

 ―――“エキシビションマッチをやりましょう”ってね」

 

 

 詳しい話は後に各隊長を集めて日程を詰めて行うけれど、それに黒森峰と大洗を参加させて、非公式ではあるけれど各学園の親睦を深めるための大々的大規模戦を行おう という企画だった。

 当然、西住流としての西住しほはこれに反発せざるを得ない。公式に戦車道の催しを仕切っている戦車道連盟に対しての非公式の大規模試合というのは連盟の動かせる人数を調整しきれない可能性があり、それはひいては去年の二の舞を呼びかねない。―――とはいえその辺のいざこざは、限界を超えた俺が吐血してぶっ倒れた ために有耶無耶になったのだが(最悪の結末)

 エキシビションそのものは認可が下りて、隊長格で集まって色々相談を交わしたらしいのだがその辺は俺に入ってきていない。ただ、エリカもまぽりんも非常にやる気になっていたので感謝と敬意をこめて「サンキューフッド!」と送っておいた。

 

「大洗の市街地を含めた演習地で、決勝よりも大規模な部隊を使っての大規模戦闘。三年生の最後の晴れ舞台ってことらしい」

 

 (ガルおじ)にしてみれば大学選抜戦、ひいては無限軌道杯の前哨戦という印象なんだが―――知らない人間にとってはそういう印象になるだろう。

 目の前の、モンブランカラーの髪を揺らす少女は椅子に腰かけた状態で首をかしげてこっちを覗き込む様に見上げて来る。あぁ~~愛里寿可愛いんじゃぁ~~

 

「試合の日程。決まったら教えて欲しい―――――応援に、行くから」

「そっか……ありがとうな!」

 

 そう言って微笑むと微笑みを返してくれる。てぇてぇ(語彙減少)

みぽりんが転校してくる前に転校して来て失意の内に放心状態だった俺。そんな俺が脳裏に浮かんだ場所がここ、ボコミュージアムだった。みぽりんが来る前ならみぽりんに気付かれることなくボコミュに入り浸って色々レアボコとか集められるんじゃね?ということに気付いて即座に行動して―――

 

 ―――そうして出会ったのがこの天使(愛里寿)である。

 

 やや人見知りだった初見のころから比べるとこちらに懐いてくれていて、その一挙手一投足が俺の心の琴線に触れてやまない。マジ尊い(確信)

 

 当日は応援に来てくれるとか実に張り切って戦に挑めると言えよう。

でも俺如きが調子に乗りすぎてると思うので帰ったら指2~3本外しておこう。

 

*1
「安心しなさい。西住家のヘリを用意していますから、明日の朝まで時間はたっぷりとあります。今晩は眠れるとは思っていないでしょう?」

*2
「―――何の話をするか。もうご理解はいただけていると思っています」

*3
「詳しく説明なさい。早急に、詳細に」






「もしもし、母上。お願いしたいことが―――」

電話を終えて、愛里寿は手元を見る。
あの日あの時譲ってもらったボコのアクセサリーをギュッと握りしめ、

「―――大丈夫、私が助けてあげるから」

小さく呟いた。


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【 まほルート 第十五話 「ギラギラ(した思惑だらけの)サマー」 】

 雑木林を抜けて、ぞろぞろと群れで現れるのはM4シャーマン軍団。
サンダース大付属の物量ここにありと誇るように、悠々と行軍する。

 数の暴力という点で言うならば―――数だけならば負けていないのがこちら、知波単学園。……とはいえ保有車両はチハ―――九七式中戦車しかないんだが。

 丘の上に居並ぶチハの群れと、それに向けて進軍してくるシャーマン軍団。

隊長の西絹代は、やや時代がかった調子で―――後ろを振り返る。

「―――では、先生!お願いします!」
「どーれぇぇ……!!」

 用心棒の先生への言葉の如くやや冗談染みた芝居がかった声に反応して、こっちも用心棒の先生のテンプレで返す俺。そのままチハの中で一人めっちゃ浮いてる存在感を醸し出すヤークトティーガーの装填席へ飛び込み、砲手にグッと拳を突き出すとコツンと拳を当てて返す砲手。

「さぁて――――いつもと勝手は違うから“当てる必要はない!むしろ何にもない空間を狙ってけ”!!」
「了解ッッッ!!」


 ―――ぼくはいま、ちはたんといっしょにたたかっています。なんでや工藤()



「―――相手は突撃しか能のない突撃馬鹿でしょ!!狙い打ちなさい!」
「無理!無理ですよ!!足を止めてゆっくり狙ってたらこっちがぶっ飛ばされま――――いに゛ゃぁぁぁぁぁぁ!!!!?

 ゴァンッッ!!という鋼板をへこませる大きな音を立ててシャーマンの1輛が錐揉みながら吹き飛ばされた。通信機からドップラー効果を纏いそうな大絶叫が上がり、思わず片耳を押さえるアリサのM4A1の直近に、砲弾が着弾して大きく地面を抉る。128mmの砲撃はただ地面に着弾したその地響きだけで転げるほどに車体を揺らし、盛大に恐怖を煽る役目を果たすのだった。


「か、回避っ!全車回避よっ!急げーーー!!」
「りょ、了解――――えっ!?ちょ、ぎゃーーーー!?」


 女子にあるまじき悲鳴が上がったかと思うと、回避のための旋回運動に入っていたM4の横っ腹に、勢いそのままに吶喊してきたチハが盛大に激突。シャーマンがひっくり返り白旗を上げた。


「細見が目にもの見せたぞー!!我らも続けえーーー!!」
「「「おおおおおおおおお――――――――!!!!」」」


 遠方からの砲撃支援を受けての騎馬特攻。戦術としてはもっともオーソドックスな形である。が、例えば同数のぶつかり合いの場合、騎馬と砲兵に兵隊を分ける割合が例えば15:15での編成の場合、15騎で30の防御を砕かねばならない。
 かといって砲兵の数を減らしてしまうと支援射撃の意味を損ない、騎兵は狙い打たれるが必定である。

 だが、例えば遠距離砲撃支援するのがたった1機で、「ガトリング砲並みの連射速度で飛んで来る艦砲射撃」であったならばどうだろうか?


「―――――全軍抜刀、全軍突撃!!!……じゃなかった、ええと……全車突撃ぃ!!後方支援に報いるために、己が命をかけて奮戦せよ!!総員!連呼――――ッッ!!」
「「「全車突撃ぃーーーーーッッ!!!」」」


―――答えは、目の前で統制を失ったシャーマンが突撃してきたチハとぶつかり合い、1対2くらいのキルレシオで押し相撲をしている状況に集約する。


 知波単とサンダース、どこにこれほどの差が出たのか?

答えは決まっている―――“覚悟”の差だ。
 知波単の連中は“至近弾の着弾”をものともしない。こっちが積極的に何もないとこを狙っているとはいえ、誤射の可能性は未知数だというのに速度を落とすことなく吶喊していく。対してサンダースは正面から128mmが自分たちの方を向いているのを見ながらの戦闘なのでより恐怖をあおられ、逃げ惑う羽目になる。
 結果として―――不安定な体勢の戦車に安定した突撃姿勢の戦車が突撃するわけだ。車輛の重量差*1で逆にシャーマンが跳ね返す時もあるが、大体は突撃時の速度×重量から生まれた衝撃に耐え切れず横転、白旗を上げていく。


 広場に死屍累々と転がるシャーマンの群れが、戦の結末を如実に表していた。


なお試合後にアリサが死んだような目をしていた。反省会、するらしい(合掌)




*1
シャーマンは約30t、チハは新砲塔仕様で約15t

『 インターミッション:エキシビションマッチ“大饗宴” 』

 

 

 ――月――日

 

ぼくはいま、びょういんにいます。

 

 

 白装束をいのち(胃の血)で染めて、なかなかアバンギャルドな装いになった俺が救急車で運ばれる羽目になったあの日、詳しくは何がどうやり取りされたかは知らないが、どうやらエキシビションマッチは夏休みが終わって新学期に入った後、秋口の開催になるようだった。―――時系列、ズレてない?大学選抜ねじ込まれて拗れたりしない??という疑問は残ったが、まぁ今の段階で未来のことがわかる人など普通いないんだからしょうがないわな。最悪廃校問題が立ち上がって大洗がピンチになったとして―――自分が主催側に立って催しているイベントを直前に台無しにされたブリカスが一体どんな報復行動に出るかを考えると……万の軍勢を味方につけたようなものだ。この上なく安心できる。

 決勝を終えて、みほエリ間のわだかまりはなくなっていると確信できた。あの宿での二人の距離感を考えたらみほエリは目前。あとは時間の問題で、くっ付くまでを遠くから眺めるだけの楽なお仕事と言えよう。

 ともあれまぽりんのドイツ留学撤回を食い止めてくれたダージリンには感謝しなければなるまい。俺だけであの状況を食い止めることはできなかった。

 

「サンキューフッド!」の賛辞を贈ると「でしたら各校への根回しに協力なさい」と返って来た。よくわからんができることであればやってやろう。

 

エキシビションの参加者がいなければまぽりんが安心して後輩に託せない→ドイツに行かない→日本の戦車道が取り残される→政府のプロリーグ設置が遅れて票田集めに仕えない→財源確保(しゃぶらせるアメ)のために学園艦廃校が加速する→(みほエリもまぽりんの未来も)いくえふめい()

 

のドミノ倒しが発生する可能性がある。実際起きたらデフレスパイラルどころの話じゃなくなるだろうが。

 

 

 

 ――月――日

 

 

 なにそれきいてないんだけど?

 

 

*******

 

 

「―――親善大使?」

「ああうん……そんな顔になるよねぇ」

 

 そこまで変な顔をしていただろうか?とむにむにと自分の顔を手で捏ね回す天翔エミに苦笑する角谷杏。

 入院して数日、検診の後に「問題なし」の診断書を貰って退院して大洗学園艦に帰って来たエミを待っていたのはそんな話だった。

 

 ダージリンが提唱する『大規模エキシビションマッチ』の実現に向け、学園艦をハシゴしつつそれぞれの学園艦の代表と親睦を深めてエキシビション参加の意欲を高める努力をして欲しい というのがダージリンからの要請なのだそうだ。

 

「なるべく多くの学園艦の協力を得られればそれだけエキシビションが大規模で豪華なイベントになるし、そうすれば聖グロリアーナが今後戦車道連盟にでっかいパイプを作れるんだってさ」

 

 そんな風に語る角谷杏の表情にも若干の興味の色がうかがえる辺り、大洗の学園生徒会も一枚噛んでいるのだろう。と、エミは納得した。目の前の生徒会長が他人だけが一方的に利益を得る状況を放っておくなどありえないという確信があるのだ。

 

「どうする?厳しいなら代案として黒森峰に行ってもらう予定のあんこう(西住ちゃん)に代わりに行脚してもらう感じに調整案もあるけど」

「やります(のでみほエリの邪魔しないで、どうぞ)」

 

 エミはとてもいい笑顔で食い気味に即答した。杏はちょっと引いた。

 

 

 

******

 

 

 

 ――月――日

 

 

今日はアンツィオに来ています。

 

「天翔も災難だよなー」といつもの調子で笑ってる偉大なるドゥーチェよ。だったら助けてくれてもいいんじゃねぇかな?と言いたくなるわ。

 あ、でも歓迎の山盛りパスタは美味かったです。ドゥーチェの手作りと聞いてPPが加速したけど(PP+12)

 

対戦相手はBC自由学園。当初の作戦ではひなちゃんことカルパッチョのセモヴェンテと左右に展開して十字砲火―――のはずだったんだが……

 

 

 

******

 

 

 

『森の奥で味方のはずのソミュアに砲撃を受けました!行動不能です!!』

「なんだと!?……チッ!あの躾のなってない野猿どもめ!こちらを撃破してアンツィオ撃破の栄華を独り占めにしようとしているのか!?」

 

 

『なんでARL44が持ち場を離れて――――うわぁぁぁぁ!?』

「クソが!エリ―トどもが本性を現しやがったな!!私らを敵もろともなで斬りにってわけか!舐めやがって!!」

 

 

 

「―――これが我々の『マカロニ作戦・Ⅲ(ドライ)』だ!!」

「ああうん……えげつねぇな」

 

 ARLとソミュアの立て看板の向こうから砲撃を行って、立て看板をすぐ傍の塹壕の中に放り込んで撤収しただけなのだが―――BC自由学園が勝手に同士討ちを始めた。原作再現原作再現()

 今回試合に参加せずに観戦席で山盛りのケーキに舌鼓を打っているマリー様はそんな様子を実に愉し気に眺めている。いい趣味だな、ある意味で感動的だわ。だが(カプ要素皆無という意味で)無意味だ

 

「天翔の的確な敵陣偵察がなければワナに嵌められなかったからな。感謝してるぞぉ」

「―――そうかい?まぁ、褒められるのは悪い気分じゃないな」

 

 内心でガッツポである。軍師キャラと化したドゥーチェはまず俺を単独で斥候に飛ばし、忍者のように森を進む連中の位置を把握させた。その敵陣配置を見るや『二虎共食』が狙える位置を割り出し、そこへヤークトとセモヴェンテを配置。立て看板で同士討ちを狙わせ、同時にお互いの通信を乱れさせるために敵小隊長枠の履帯を狙って散発的に砲撃して逃げたりしている。

 

「さぁ、十分に数が減ったらBuon appetito!(いただきます)の時間だ。C'è anche una ricarica(おかわりもあるぞ)!!」

comprensione(ヒャッハー)!!!」

 

アンツィオ+翼 VS BC自由学園 は、盛大な同士討ちで数を減らしたところへの波状攻撃によりアンツィオに軍配が上がることになった。

 

 

 

******

 

 

 

 ――月――日

 

 

 今日も今日とて傭兵生活。船に揺られてヤークトと一緒に渡り鳥である。

今日の学園艦は―――プラウダだ。

 

 

 

「―――よく来たわね!エミーシャ!!」

еланный(ようこそ)。歓迎致します」

 

 カチューシャにお出迎えされてロシアンティーでおもてなしである。

 雪原フィールドでヤークトティーガーはこう、冬将軍を彷彿とさせてものすごく縁起が悪いとかで、カチューシャが提案したのはフリューゲル小隊から俺だけパージして俺をプラウダの車輛に乗っけるという案だった。

 一応フリューゲル小隊の他の面々はかーべーたんとかT-34などの各車輌に乗り込んでプラウダのやり方を学ぶという名目で色々するらしい。

 

対戦相手はメイプル高校。北海道の学園艦でカナダの戦車を使う一応大会にも参加してたそれなりの強豪校である。

 

 

―――まぁ全く危なげなく包囲して殲滅して勝利したのだが。

 

 

 やはり4大強豪とそれ以外だと地力が違うというのを再確認できる内容だった。

というかカチューシャがチートすぎるんだろう。敵のやって来る方向を偵察車輛で発見した後相手車輛が集結する場所を割り出し、高速で包囲網をくみ上げて文字通り蟻の子1匹逃げ出せない程の密度で包囲を完成させた。

 やっぱり4大隊長はどいつもこいつもチートや!チーターや!!といった印象は崩れそうにない。

 

 IS-2からノンナに抱っこされて降ろされ戻ってくるとカチューシャが不機嫌ですって顔でお出迎えしてくれた。

 ははーん。冷泉殿の時(ドラマCD話)と同じようにノンナを取られた感じがして嫉妬してるんだな?俺は詳しいんだ。あぁ~~カチュノンイイっスねぇ~~~(至福)

 

 

 

*******

 

 

 

「―――で?エミーシャの使い心地はどうだったの?ノンナ」

「……想像以上でした。彼女が装填手で傍らに居てくれるのであれば、狙撃の撃破率は格段に向上しますね」

 

 エミ達が帰還した後で、不機嫌そうなふくれっ面を見せるカチューシャがそう尋ねる。

カチューシャとしては自分の乗るT-34に同乗させたかったのだが、砲手として今回妥当なのはノンナだということもあり、それでも納得できない部分で不機嫌さを隠すことができないのだ。

 それでもノンナにとっては珍しくべた褒め評価が返って来たことに、カチューシャはニヤリとあくどい笑みを浮かべる。

 

「―――そう。じゃあ、例の話、ノるのよね?」

「Да。持ち込んできたのが彼女という点を除いても、悪くない話であると愚考します」

 

ノンナの答えに満足そうに頷いて、カチューシャは胸を張る。

 

「それじゃあカチューシャたちも参加しましょう!!

 ――――エキシビションマッチ“Большой праздник(大饗宴)”に、殴りこむわよ!!」

 

グッとこぶしを握り締め天に掲げるカチューシャに、ノンナは溜息をひとつ返す。

 

「―――何事か練習していると思ったら、ロシア語で言えるようになるためでしたか」

「い、いいでしょ別に!!」

 

 

 

*******

 

 

 

 季節は夏休みに入ったある日。陸のとある場所で―――

 

学園艦所属の戦車道専攻の隊長格がイベント用多目的会議室の、あつらえた様な円卓に座して一同に介していた。

 

 

「皆様、まずはお集まりいただき感謝いたしますわ」

 

 

今回の催しを企画した立案者として上座に座るダージリンが恭しく一礼する。

 

「さて―――ここにいらしたということはもう答えは出ているとは思われますけれど……再度、皆様のお答えを拝聴いたしますわ」

 

 ダージリンがニコニコと笑顔で手を差し伸べて、隣の席に発言を促す。

隣に座っていたサンダース大付属隊長、ケイは椅子に座ったままのラフな態度でサムズアップする。

 

「サンダース大付属は参加するわ!こういうお祭りは踊らなきゃ損でしょ!!」

「プラウダも勿論参加するわ!勝利はカチューシャが貰うんだから!」

 

サンダースに続いてカチューシャが椅子の上に立つようにして自分をアピールする。隣で座ったままのノンナも無言で肯定するように一度頷いて見せた。

 

「BC自由学園、参加を希望する。他校の力を知るチャンスでもあるしな」

「知波単学園!参戦致します!!!」

「アンツィオもだ。西住には悪いが全力で行くぞ!」

 

代表としてやってきた押田ルカが立ち上がり参加を表明すると隣の西絹代も立ち上がり敬礼して見せる。その更に隣で、銀色のツインテールを揺らしてアンツィオのドゥーチェ、アンチョビが立ち上がって手にした鞭を掲げて見せた。

 その隣、黒森峰の席に座るまほと大洗の席に座るみほに続く間の席に座った少女は、立ち上がることなく卓上に置かれたカンテレと呼ばれる楽器を静かに爪弾いて見せる。

 

「―――継続は、保留するよ。

 ―――この戦いに意味があるか、わからないからね」

 

 ややけちが付いた形になった継続の保留表明にダージリンが少しだけ眉根を寄せた。が、気を取り直して黒森峰に視線を向ける。

 

「―――西住流に、逃げるという文字はない。当然、参加しよう」

「お、大洗も勿論!参加します!!」

 

 まほとみほが立ち上がり参加を表明する。その様子を見てダージリンは満足そうに頷き―――

 

 

「結構。では―――細かく詰めてまいりましょうか。

 

 

 大規模バトルロワイヤル戦“大饗宴(グランドフェスタ)”について―――!!」

 

 

 

会議の始まりを告げた。

 

 

 

*********

 

 

 

「―――ダージリン。どういうつもり?」

「どういうつもりも何も……おそらくは受け取ったままの思惑でしてよ?」

 

 

 日程など大まかな段取りを取り決め、全学園艦の日程調整を終えて全員退室を終えた会議室で、西住まほとダージリン、そして西住みほだけが残っていた。

 

「―――この試合の勝者の権利については?」

「……それも、『これまでの天翔エミの活躍を見た貴女ならわかっている』と、そう思っておりますけれど?」

 

 ダージリンの言葉にまほが言葉を詰まらせる。

 ダージリンが強調しているのはこれまでのエミの活躍―――“エキシビションのための根回しで学園艦から学園艦へ飛び回っていたころの試合記録”である。

 決勝戦でまほは、心の内側でくすぶっていたものを吐き出した。それこそ自分でも自覚していなかった心のうちに在るモノすらも。

 

 それは“独占欲”と言えるモノであり、同時に“自己顕示”でもあった。

 

 

 “自分だけが天翔エミの唯一無二のパートナー足りうる”

 

 

 そう主張して止まない自身の浅ましさが露わになったことで、まほは結局最後の最後で、エミに尋ねることを躊躇してしまった。

 

 そのまほの主張に、ダージリンがもたらした試合記録は真っ向から喧嘩を売っているともいえた。

ダージリンは複数の名のある学園艦の隊長のもとで目を見張る活躍を見せるエミの姿をまほに見せることで、『天翔エミは、西住まほの隣でなくともそれを活かすことのできる将のもとで才能を枯らすことなくあり続けることができる』と、まほの主張を正面から否定して見せていた。

 

 そのうえで、今回の『大饗宴』の“勝者へのご褒美”ともいえる【裏の取り決め】をカードとして切って見せた。

 

 

 

 『大饗宴の勝者は、卒業後の天翔エミを自身の進路の先へと勧誘する権利を得る』

 

 

 

 権利、というだけで、結局はエミの意志次第ではある。

 だが黒森峰から大洗に流れ流れた天翔エミと角谷杏のやり取りは、聞かされた各学園艦の面々に『戦車道ができる環境であれば、最初に誘われた場所に割とホイホイついてきそう』という印象を抱かせるに足りた。

 唯一印象を抱くことがなかったのは、黒森峰から飛び出した後匿っていたにも拘らずフられる形になってしまったダージリンだけなのだが……対外的にエミに対するダージリンの態度はひねくれているを3度ほどねじくれさせたモノなので他の面々にとって参考にはならなかったらしい。

 ともあれ、『大学以降の戦車道』において天翔エミを得るということがどれだけのアドバンテージになるか?という点で鑑みれば各学園艦の実力者たちが諸手を上げる現状がなによりも雄弁に語っていた。納得が行かないのはまほとみほなのではある―――が、天翔エミの未来を考えると何も言えないみほと、自身の浅ましさと直面し『本当にエミのためを思うのなら』を考えるまほにとっては、全力でダージリンに異を唱えることができないこともまた事実だった。

 

 ただし同時に解せない話でもあった。この一件におけるダージリンのメリットが、どこにあるのかが見えないのだ。

 

 

 

「ダージリン。腹の探り合いは止めにしよう―――君は何がしたいんだ?」

 

 

 まほの言葉に、ダージリンは紅茶を飲み干したカップとソーサーを卓の上に置き

 

 

 ―――空を仰ぐ様に明後日の方向の天を見上げて両手を広げた。

 

 

 

「―――私はただ、見たいだけなの。

 

 決勝戦での、あなたと天翔エミの戦いの続きを―――」

 

 

 “そしてできれば、その時の天翔エミの相手が私であればなお良し”

 

 

 ダージリンの言葉の続きは、心の内だけにとどめられ西住姉妹の耳に届くことはなかった。

 

 

 




「さて―――それはそれとして西住まほさん、西住みほさん。
 私人としてではなく、聖グロリアーナのダージリンとしては『礼儀のなってないゴリラ』を勧誘する権利を手に入れてもしょうがないというのが本音なのですが。

 ―――バトルロワイヤルにおける同盟相手、欲しくありませんこと?」

「―――かつてエミが君について言っていた評価があるが……今ほど的確だと思ったことはない。―――このブリカスが」


 大洗と黒森峰、明確にスタンスの別れる二校を前に「どっちの味方をしてもいいのですけど?」と公然と言い放てるダージリンに、思わずまほは毒づいた。 



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【 まほルート 第十五.五話 「ギラギラ(した思惑だらけの)サマー 裏」 】

「はぁ~……」

 重い重いため息を吐いて、桃ちゃんが机に突っ伏していた。
季節は春が終わり夏が来る手前、期末の成績が返されたところである。まぁ結果はあの顔色を見る限り言わずもがな。―――っていうか最終章でのセンター試験の結果から大体の想像つくけども。
 河嶋桃が大学を目指す理由については―――『ガルパン最終章第2話』で大体語られてるので割愛する。

 まぁ俺も他人のことは言えない成績なんだが!!

 大洗女子に来てからこっち、黒森峰のエリート気質とうってかわって大らかで自由奔放な校風とゆるーい学園のボーダーラインにすっかり気が緩んで赤点ギリッギリか赤点に片脚突っ込んだ生活を続けている俺である。

「天翔ぉぉ……お前は違うよな?お前は“わたし側”だよな?な??」

 縋るような目で見上げてくる桃ちゃんに、まぁこの先留年しない程度にしか勉強するつもりもないし卒業してみほエリを見守る以外に何かしたいことがあるわけでもないので、

「大丈夫。私もあんまり成績伸びてませんし……むしろ若干下がり気味ですし」
「ほ、本当か?本当だな?信じるぞ!?私を置いて(成績上位に)行ったりしないんだな!?私を一人(浪人地獄に)放り出したりしないな!?」

 なんか地獄に仏を見たような涙目で縋りつかれた件。それでいいのか?その思考は駄目なんじゃないか?とも思ったが―――よくよく考えるならここで桃ちゃんが一念発起して成績上位になった場合……無限軌道杯に参加するモチベーション薄くなるよな。みほエリの構築のために無限軌道杯は外せないよな。と考えたので、とりあえずそのまま放っておくことにした。

 ごめんね桃ちゃん。君は悪い人間ではなかったが、君がいないとみほエリのためのイベントが起きないからアホの子のままでいて下さい。



『 インターミッション:エキシビションの前準備 2 』

 

 

 

「てぇん翔ぉぉぉぉぉーーーーーーーッッ!!!」

 

 

 学園艦傭兵ツアーを終えて帰ってきたフリューゲル小隊の面々に、最初に飛び込んできたのは、そんな声だった。

 漫画やアニメで見るような爆走状態で突撃してきた桃ちゃんはそのままの勢いでレスリング選手顔負けのタックルを見せる――――俺に。

 

 

―――なんで?(困惑)

 

 

 

「裏切ったな天翔ォ!!私の気持ちをもてあそんで!裏切ったんだ!!絶対に許さんぞ天翔ォォォ!!!」

 

 

がっくんがっくんと桃ちゃんに揺さぶられている俺。体格差のせいで膝をついて俺に縋りつく様なポージングの桃ちゃんと先のセリフのせいで誤解が加速していく。ちょっとやめないか(動揺&困惑)

 

 

「うわぁ、修羅場だぁ」

「天翔先輩と桃ちゃん先輩がぁ?」

「桃ちゃん先輩をめぐって会長と天翔先輩が修羅場!?」

「さんかくかんけぇ~?」

「えー?柚子ちゃん先輩も含めて四角関係じゃない?」

「いや、この場合会長たちは関係なくない?むしろ西住隊長の方が―――ヒッ」

 

 

 ウサギさんチームの無責任なガヤに外堀埋めたてが加速していくのがわかる。とりあえず最後の澤ちゃんの言葉をメンチビーム(視線)で黙らせて、ギャン泣きの桃ちゃんを引きはがすことに専念する。ってうわぁこの人力強ぇ!!いや腐っても装填手だもんね!是非もないよね!!?

 

「おー?まさかのかーしま参戦かー?いっやぁ、モテモテじゃーん天翔ちゃーん♪」

「桃ちゃん……と、とりあえず一旦落ち着こう?桃ちゃん?ね??」

 

 干し芋片手に観戦モードの会長とオロオロしているだけの柚子ちゃんもさぁ!止めようとしてくれ!物理的な意味で!物理的な意味で!!

 

 結局、駄々っ子のように俺にしがみつこうとする桃ちゃんを引きはがして大体の事情を聞くのに30分ほどかかり―――この糞忙しい時にいらん騒ぎを起こしたからだろうか、みぽりんが静かにキレ気味で、背後に虎のオーラを浮かばせた無言の圧力に屈した桃ちゃんが白目向いて失神したりした。

 

 

―――そうして聞かされる。“副賞”のお話。なにそれきいてないんだけど?

 

 

 

 ******

 

 

 

 ――月――日

 

 桃ちゃんに絡まれて、エキシビションの顛末について聞かされた。

副賞の話とか寝耳に水過ぎて胃袋にダメージが凄かったんだが(恨み節)

あのブリカスめが、俺に一切の相談もせずに何勝手に決めてやがるのか……!!

 

 

 ――月――日

 

 ダージリンの言うことがいちいち正論過ぎて反論ができないうえに、きちんと事前に俺の受け答えから事後承諾を取れる形を取っている辺り性格が悪い。

 加えて俺に拒否権があるから俺のデメリットは(俺の精神やセルフピロシキのことを除けば)なく周囲の納得を得る意味でメリットしか生まれない。こいつのこの蜘蛛の巣みたいな用意周到さ何なの本当……。

 

 

 

******

 

 

 

 それは入院していた時のこと。

 

 俺が入院生活で暇を持て余していたころ、ダージリンがお見舞いにやってきて、最近の大洗や各学園艦の話を聞いて居た時のことだった。

 

「そういえば―――エミさんは進路はどうされる予定なの?」

 

何気なく、本当に自然にそんなことを聞いてきたダージリンに、

 

「―――特に、考えてないなぁ……」

 

そんな風に、するりと答えていた。

 別にまぽりんと交わした会話を忘れていたわけではない。「ドイツについて来て欲しい」という話も、その答えをまだ返していないこともおぼえている。

ただしぶっちゃけ俺にとってその辺の話は「終わったこと」という認識だった。なぜなら俺はもう黒森峰の生徒ではないのだ。黒森峰学園艦のサイクルと大洗学園艦のサイクルは違うもので、留学についていくにしてもその手続きなどが可能とは思えない。なのでこの話は自然消滅。次回にご期待ください。という状況のつもりだったのだ。

 

「そもそも大学入試に受かるとは思えないしなぁ……私の成績知ってるだろ?」

「ええ、ゴリラに人の知識は難しいものでしょう。ええ」

「森の賢人ディスってんじゃねぇぞ英国かぶれ」

 

 隙あらばゴリラ認定してくる目の前のブリカスに睨みを利かせても、目の前にいるのは聖グロリアーナで隊長を務め、揺れる戦車の中で紅茶をこぼすことのない変人格言マシーンである。メンチひとつで怯むような相手ではないし、むしろこっちが視線を向けている状況を楽しんでいる節がある。

 

「―――まぁ、実際問題。私は大学行って何やろうってわけでもないし……高卒でどっか自分の身の丈に合った仕事探して、働くことになると思うよ」

 

 ベッドの上に倒れ込んでそんな風に呟けば、ダージリンは目線を俺から隠すように少しだけ俯いた。

 

「戦車道推薦枠でなら、行けるかもしれませんわよ?」

「よしてくれ。私は今の段階で極まってる。これ以上伸びしろがないのは自分でもわかってるんだよ―――私はそれでも必死でくらいついて居たかったから頑張ったんだ。それももうこの先だましだましでも難しいし、その理由ももうないからな」

 

 そう。俺にはもう戦車道を頑張るという理由が存在しない。

もともと戦車道はみほエリを見るために、みぽりんのあの事件に介入するために、みほとエリカの仲立ちのために努力してきたものだ。何の因果か一年早く生まれてしまい、まぽりんのサポートのために、フリューゲル小隊の皆のためにとその理由が若干横道にそれてしまったが、理由の本筋は変わっていない。俺はただただ純粋に、みほエリを見たいがために頑張ってきたのだ。

 そのみほエリのためのフラグはすべて立て終えた。わだかまりを無くした二人はこれ以降俺の手を離れても問題なくみほエリへと向かうだろう。そのためのイベントトリガーである大学選抜戦の前哨戦たるエキシビションや、無限軌道杯のフラグは既に立っている。これ以上俺がやるべきことはない。

 

「ほら、お前さんなら知ってるだろ?『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』だ」

 

 

―――老兵は死なず、ただ消え去るのみ。

 

 

 マッカーサー元帥が引退するときに語った演説の一節として知られているこの言葉の意味は、「役目を終えた者は潔く表舞台から去る」というものである。

 

 

「old soldiers never die, they just fade away―――ということね」

「そうそう、そういうこと。私はもうやり切ったってことで。それでいいんだよ」

 

 

 俺の言葉が何がしかの答えになったのかどうかわからないが、ダージリンはその後ただ静かに紅茶を飲んでいるだけで、お互いに何も言わない空気になって―――紅茶を飲み干したダージリンはそのまま去って行った。

 

 

 

 

 

―――認めませんわ

 

 

 

 その呟きは病院の入り口で呟かれた言葉で、俺の耳には届かなかった。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――つまるところ、考え方の違いなのです。“あれ”がもう自分の役目が終わったと思っているのなら、思い出させてあげるべきでしょう?

 

 ―――“まだここに、決着がついていない存在がいる”と」

「それが今回の動機、というわけだな」

 

 ダージリンが語った“事の発端となる出来事”を聞き、まほはゆっくりと嘆息する。

どうしてこう、目の前のダージリンといい、安斎千代美といい、カチューシャといい、あの少女は妙な執着を持つ女性ばかりと人脈を作っているのかと、己を棚に上げてまほは独り言ちた。

 

 

「ええ、そうですとも。まほさん―――あなたはきっと今こう思ったはずです。『子供染みている』と。ええ、そうでしてよ!これは子供の意地の張り合いなのですから」

 

 

 ミュージカルのように、大仰な身振り手振りを加えるダージリンの行動は、まほにダージリンの一挙手一投足を関心付けるに足りた。

 街角で踊るパフォーマーや演劇を生業とする者たちのそれと同じく、ダージリンの身振り手振りはまほに印象を濃くするための努力の端くれである。その行動に言の葉を乗せ、ダージリンは弁舌を続ける。

 

「―――天翔エミがこのまま消え去るなど、誰が認めようと私が許しません。まほさんも、カチューシャも、アンチョビもみほさんも、逸見エリカさんであろうとそうでしょう?彼女と関係の深い生徒全てが、何らかの形での彼女との因果の清算を行うべきなのです」

「―――そのための“大饗宴”か」

 

 バトルロワイヤルと銘打ってはいるが、実質天翔エミvsエミと因縁が深い者たち という構図。その他エミを戦力として求める学園たちはその裏側に隠された真意を誤魔化すための賑やかしに過ぎず、空気を読めない連中は即興同盟なり一時休戦なりをするそれらになで斬りにされるための獲物ということになる。

 そのうえで生き残る可能性が高いのは【最初期にもっとも生き残る可能性が高いところと同盟した相手】ということ。

 

「―――なんと性質の悪い話なのか……」

「あら?実益も勿論あるでしょう?天翔エミという鬼札を得る機会は値千金。ただ強い生徒が欲しいだけの学園にはそれを為すだけの因縁がない分確率が渋くなっているだけの話で、副賞に関してはただの宝くじにすぎませんもの」

 

 

 さらりとまほの言葉を受け流し、紅茶を一口。

 

 

「私が貴女の同盟相手となるために貴女に求めるものはただ一つ。“天翔エミとの一騎打ちを認めること”

 

 

 すっとまほへと人差し指を突き付けて、ダージリンは宣言する。

その為の同盟。そのための大饗宴。すべてはそのためだけにあると、ダージリンは公言して見せた。

 

 

「何故そこまで……何が君を駆り立てるんだ……?」

「あら?貴女がそれを言うの?―――まぁ、そうね。

 ……こんな言葉を知っている?“ Less is more ” 人生は、執着するものが少ない程、よりその可能性を増す」

 

 

 ダージリンはただ静かにそう答えた。

 

 

 “人生はただ一つを取捨選択し、それのみに没頭したほうが可能性の幅は広がる”という意味合いを持つとある詩の一節である。断捨離などはこの一節から派生した代物だとも言われている。

 

 

 

つまりダージリンは、

 

 

あの日天翔エミに出会い、

 

 

天翔エミにしてやられて、

 

 

それからずっと天翔エミを打倒するためだけに、

 

 

 

 

―――天翔エミのためだけに―――

 

 

 

 

ずっとずっと、努力を重ねてきたという事。

 

 

 

 

「―――私、勝ち逃げなど許しませんから」

 

 

 

 うっすらと笑うダージリンの偏執的ともいえる行動に、まほは周囲を巻き込んでここまでの大騒ぎを起こせるその才能に舌を巻くべきか、それとも呆れるべきか本気で迷っていた。

 

 

 




「“Less is more”。人生は、執着するものが少ない程、よりその可能性を増す」
「イギリスの詩人、ロバート=ブラウニングの言葉ですね」


西住まほのもとを去り、聖グロリアーナの連絡艇の中で、独り言ちるダージリンへと、オレンジペコが即座に返す。



Less is more.



それは道のみを追い求める求道者への言葉であり



それはただ一つを突き進める者への言葉であり



そしてそれは―――【戦車道】、【装填手】の茨の道を歩み続けた天翔エミを指している。




「―――ですが彼女は今その道を何のことはない路傍の石と同じ様に見ている。故あれば棄てられる何のことはないモノになり果てている。
ならば―――きっと彼女の中に他の何かがあるのです。己の今までの人生のすべてをかけてきた戦車道が理由に過ぎない程の「何か」が。私は、それを知りたい」

 
それは例えば、戦車道を続けることで相棒として並び立ち続けることができた“西住まほ”なのか?


それともあの時己を捨てて、戦車道に背を向けても救助に向かった“西住みほ”なのか?


それとも或いは、“逸見エリカ”?“赤星小梅”?







―――【そんなもの】のために私を無視して一人で消えるなど、私が許すはずがないでしょう?天翔エミ―――!!


















「―――屈折してるでしょう?あの子の愛情は」

「アッサム!!聞こえていてよ?それにこれは愛情ではないわ!ドロドロとしたこの情念は、憎しみと怨みと根源的な嫌悪以外の何物でもありませんでしょう!?」




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【 まほルート 第十六話 「涙目爆発音(ダージリン的な意味で)」】

6月に入ってしまった……orz

Σ( ゚Д゚)ハッ

新しい月に入ったし、じっしつはつとうこうということでは?


「押田くん!栄光あるヤークトティーガーとの戦いは君に譲ろうじゃないか!我々小物一同はチマチマと雑魚どもをつぶして回るとしよう」

「いやいや何を言うんだ安藤君!君たちの高まった練度であればこそあの弾丸の雨を抜けて肉薄できると思うのだよ?ARLでは少々速度に欠けるからね。ゆえに我々一同、涙を呑んで先駆けを譲ろうじゃないか!」

「いやいや押田くん!何を言っているんだい押田くん!BC自由学園の誉れとしてここは内部生に見せ場を譲らねばなるまい!」

「いやいや安藤君!気持ちは嬉しいが我々に必要なのは功の平均化だ。なので合併で外からやってきた君たち外部生にこそ誉れが必要だと思うのだよ」

「いやいやいや押田くん!」

「いやいやいやいや安藤君!!」

 

 

 譲り合い精神という名の“ババの押し付け合い”を繰り広げるS35とARL44の一団を―――側面から突如現れた軍団がターゲットにおさめ、食らいついた。

 

 

「どきなさい雑魚ども!!獲物を前に舌なめずりしてるんならメインディッシュの前のオードブルに添えるつもりで薙ぎ払うわよ!!ノンナぁ!クラーラぁ!やっておしまいなさい!!」

『『Арахора Сассер!!』』

 

 

 

 ロシア語で答えているのだが耳で聞く分には発音が日本語とほぼ同じなため気づいていないカチューシャと、そんなカチューシャに満面のトロ笑みを内心で浮かべつつ突貫するノンナクラーラの左腕右腕コンビ。全速で駆け抜けつつ自軍小隊に命令を出し、クラーラは押田側、ノンナは安藤側から曲線を描くように迂回進撃を行いながら、鶴翼陣形からの半円包囲を作り上げた。

 

 

「―――обжиг(放て)!!」

 

 

 号令ひとつで半円状のプラウダ車輛から全体に満遍なく砲撃が放たれ、押田と安藤を含めたBC自由学園の車輛を呑み込んでいった。

 

「縦深戦術のいい練習台になったわ。じゃぁね負け犬さんたち。ピロシキ~」

 

 カチューシャがパッパッと手を振るとノンナ・クラーラがハンドサインで合図を返す。同時にプラウダの一団の一斉射が止まり、周囲には白旗を挙げたBC自由学園の車輛たちが死屍累々と転がっていた。

 

 

「……くそっ!これが格の差ってやつかよ……!!」

「―――だが我々は……まだ……!!」

 

 

 かろうじて白旗の上がっていない押田と安藤が味方の屍の中から動き出し撤退していく様子を尻目にカチューシャは悠々と前を向き進んでいく。

 双眼鏡で見る彼方の先には、ゴルフ場のフェアウェイを睥睨する形で周囲に散発的な土塁を配置し、高台になったティーグラウンドの上に陣取るヤークトティーガーと、その周囲に構える大洗の車輛たち。Ⅳ号、三式中戦車、ルノーB1の3輛。

 

「―――厄介なⅢ突とポルシェティーガーがいないわ。ノンナ!クラーラ!周囲警戒!見つけ出しなさい!」

『『Арахора Сассер!!』』

「さっきから何なのよその掛け声は!?」

 

 通信機から響くユニゾン声にようやくカチューシャがツッコミを入れた。

 

 

 

******

 

 

 

 「……いませんね」

 

 周囲のブッシュを押し破り、突き抜けた先には何もいないようだった。ノンナは上部から顔を覗かせ周囲の索敵を行い、カチューシャに通信を行う。

 

『カチューシャ。周囲にⅢ号突撃砲、ポルシェティーガー、どちらも見当たりません』

「―――他の連中と戦闘中なのかもしれないわね。いいわ、こっちは一斉砲撃の準備が整ったし、相手の動きもないから一気に決めて次に行くわよ」

 

 通信を受け取ったカチューシャは周囲に展開した車輛に通信を開く。

目標はヤークトティーガーとその周囲の護衛車輛たち。

 

 

「―――обжиг(放て)!!」

 

 

 カチューシャの号令による全車輛からの飽和砲撃が、高台で鎮座するヤークトティーガーを周囲の3輛ごと呑み込んで、盛大に周囲に轟音と土煙を上げる。もうもうと巻き上がる土埃が煙幕のように天然のカーテンを作り上げ、向こう側が見えない状況の中でカチューシャは自身が指導し鍛え上げた戦術に絶対の自信を持っていた。

 

縦深戦術を基盤とした、点ではなく面による制圧飽和斉射。包囲戦術の申し子であるカチューシャだからことできる敵陣形の圧縮と特に相性が良いこの戦術は、決まれば理論上、西住まほといえど逃げ場をなくし、ただ討ち取られるのみ―――。

 

 

 

―――だがそれは、“決まれば”という大前提の上に成り立っている。

 

 

 

 土煙が晴れた後に転がる、“戦車だったものの残骸”。ばらばらと地面に散らばっている木片と、一部金属片。

 

「―――これは……!?」

 

 

 

 跡形もなく消え失せた車輛たちの姿に、カチューシャがそれを悟ったころには―――もう、すべてが噛み合った後だった。

 

 

 

 

「―――今だぞお前たち!攻めこめぇ!!」

 

「―――オラオラオラァ!!!てめーら、後れを取るなよ!!」

「「「「ricevuto!!」」」」

 

 

 丘陵のところどころにあった土塁がエンジン音を響かせてはじけ飛ぶ。上から土塁の色に合わせた布をすっぽりかぶり忍者のように擬態していたCV33が、カチューシャが組み上げた包囲網の間をしっちゃかめっちゃかに駆け回り分断を始めた。豆戦車なのでプラウダ戦車の装甲を抜ける威力はないが、機銃が装甲をはじく跳弾音が反響してひたすらに鬱陶しい。その上、その反響音は的確に車内に残響音を残し、正確な通信伝達を阻害し続ける。

 

 

「豆戦車なんか気にしてないで態勢を立て直しなさい!ノンナぁ!クラーラぁ!!偵察中止!反転包囲陣!!ボッコボコにぶっ叩くのよ!!」

 

 

 通信機に向かって呼びかけるカチューシャ。だがその声に返ってくるべき応答はない。

 

その一方で、CV33を指揮するP-40。その上部で顔を覗かせ戦場を俯瞰する安西千代美は片手の通信機を弄びながら心底面白そうにニヤリと笑った。

 

「―――自分が一番頭がいいって考えてる奴ほどハメ易いものはないってやつだな。……西住ぃ、そっちはどうだ?」

『―――捕捉した。感謝する』

 

 通信機から返ってくる手短な返答に「そうかそうか」と返して通信を切る千代美の表情は、アンチョビのものに戻っていく。

 

「―――一時同盟は終了!西住まほが相手の一番の懐刀を抑えてる間にカチューシャを討ち取るぞ!!」

「「「「ricevuto!!」」」」

 

 

 

*******

 

 

 

「―――すみません。直ちにカチューシャのところに戻らねばならないのですが」

「そうか。無理だな」*1

 

 ゴルフ場のブッシュの向こう、唐突に開けた場所になっている平野を舞台に、ノンナと対峙している車輛がひとつ。

 

 エンブレムは黒森峰。ティーガーⅠ、西住まほであった。

 

「―――理由を聞いても?」

「私が望んだ」*2

「意味がわかりません」

 

 端的なノンナの質問に短く答えるまほ。その言葉の真の意味を理解するには、ノンナでは役者が足りなかった。まほの言葉の意味を推測するノンナに、まほはただ静かに目を閉じて、それからゆっくりを目を開き決意を秘めた瞳をノンナへと向ける。

 

 

「西住流に敗北は許されない―――あの時の借りを返しに来た」

「……今のは理解できました。どのみち逃げられるとも思えませんし、放置してカチューシャの下へ通すわけにもいかない……受けて立ちましょう」

 

 

ぶつかり合うティーガーとJS-2。その一方で、違う戦場では―――

 

 

「―――ハァイ!正々堂々、フェアプレーで行きましょう!」

「オーケーオーケー。おケイだけにね!なんつってー」

 

 ヘッツァーとM4シャーマンが鎬を削る。その一騎打ちの傍らでは、ファイアフライの砲撃支援を止めるために足元を狙い続けるポルシェティーガーと、同じようにアリサが駆るM4A1と僚機のM4シャーマン2輛との追いかけっこを繰り返しているアヒルさん、ウサギさん、アリクイさんの3チーム。

 

「天翔エミも西住みほもいないアンタたちにやられてやるほど、ウチは弱くないのよ!さっさと落ちなさい貧弱車輛どもがッッ!!」

「車輛の強弱が強さ弱さに直結はしないんじゃないですかー?八九式は強くないかもしれませんけど、この子と一緒にチームで戦ってますからね?私たち」

 

 車内で地団駄を踏むようにして指示を飛ばすアリサに、さらりと返して砲撃をかわし続ける八九式とアヒルさんチーム。その回避と移動の合間を縫って、ウサギさんの砲撃がしやすいように誘導を忘れない。

 けれどウサギさんのほうもシャーマンと追いかけっこをしている傍らでアリサを討ち取れるほどの余裕はない。お互いに拮抗した盤面のまま戦況は続いていた。

 

 

 

******* Others → Emi

 

 

 

「―――ひまだねー」

「周囲に敵影もありませんから……冷泉殿もうたた寝しているみたいです」

「ちょっ……!麻子!?寝ちゃダメだってば!操縦手がいざという時に動けなくてどうするのぉ!?」

「―――ねてないぞぞぞzzz―――」

「寝てる!!寝てるってば!!」

 

 そんなこんななあんこうのやり取り実に美味しいです。天翔エミです。

 今俺たちは、小高い感じの開けた丘の上でⅣ号戦車とヤークトティーガーで待機任務についています。

 

 

 何故待機任務が必要なのか?それは―――

 

 

 

「―――この機を活かしましょう」

 

 そんな風にみぽりんが言い出したのがきっかけだった。

 

 決勝戦で、或いは2回戦のアンツィオ戦で、プラウダ戦で、みぽりんは作戦指揮における戦略的な意味での失敗を経験している。そのたびに盤面をひっくり返して逆転勝利を収めて来たけれど、反面自分に自信が生まれていない。

 要するに今のみぽりんは『覚醒フラグが立っているのに軍神になり切れていない』状態なのだ。

 

 なのでみぽりんが考えているのは『チーム全体の経験値の底上げ』だった。

どのみちこのエキシビションマッチは半分はお遊びで、残り半分がガチモードという仕様で出来ている(ダージリン曰く)ため、勝ち負けが進退にただちに影響するわけではない。俺へのスカウト権にしたって最終的に判断するのは俺なのだから、【お断りします】すればよいだけの話である。

 俺にとってもこの試合はあくまで『まぽりんが安心できるように』という意味合いが大きい。エリカが、黒森峰が、西住まほに頼らずとも大丈夫だと安心できるチームであることがまぽりんがドイツ行きを納得する条件であるのだから、大洗が多少善戦しなくなったことで相対的に黒森峰が活躍する機会が増すのであれば願ってもないことだったし、諸手を挙げてこれを快諾。あんこうチーム以外のメンツが心配そうな顔を見せる中、「信じてますから」の一言で皆を安心させるあたりみぽりんマジ隊長だと思いました(安堵)

 

 そんなわけで仮想的として挙がったのはサンダース大付属だったりする。理由はなにしろシャーマンだらけで敵として相手する分には十分な防御力、機動力、攻撃力を持つ相手だということ。隊長のおケイさんはフェアプレー精神持ちなので車輛の数を絞って挑めば相手に合わせて数の差を揃えてくるであろう点などが上げられた。

 

 その間、ヤークトとⅣ号が無防備になるんだが、そこをなんとか埋めるべく同盟先を用意したのが―――そう、アンツィオだ。

 

 アンツィオも今回の試合はどちらかというと経験値稼ぎのための試合で、資金稼ぎのための自己アピールの場でもあるため、対戦相手を限定させるための同盟は願ったり叶ったりだったらしく、俺がチョビに話を持っていくと感激して全力でハグされて同盟締結が成った。でもチョビさんや、感激したのはわかるけどイタリア式の感謝の行動やめて、マジやめてください死んでしまいます(不夜キャス感)

 

 

 ―――とりあえず試合終わったら片手の五指全部逝っとこう(覚悟)

 

 

 ともあれ、そんなわけで急ピッチで準備が進み―――“マカロニ作戦(ドリュット)~虎よ煌々と燃え盛れ~”が生まれたわけである。

 自動車部が用意した金属のガワに立体的に描かれた書き割りをはっ付けるだけの作業ではあるが、それらをパーツに分解して運搬→建築(クラフト)という作業工程をほとんど時間かけずにやり遂げるアンツィオのDIY力に感服の声しか出ない。もうTO●IO系戦車女子でチャンネル作って金稼いだほうが良くないかこの子ら!?と思ってしまうほどに。

 

 そんでそれをデコイにして周囲の敵を釣りつつ、本命の俺たちはいざって時に援軍できるように待機。

 秘密裏にまぽりんと連絡を取り合ったチョビが「雪辱を果たす機会を作ってやる」と言ってまぽりんを動かしてノンナにぶつけ、カチューシャ本体の足止めを引き受ける。クラーラの情報は大会までのデータしか集めてないチョビの計算外とはいえ、俺から教えるわけにもいかないから申し訳ないけど放置。

 BC自由学園が半壊したのは僥倖だった。ダージリン率いる聖グロは黒森峰と同盟を組んで補佐に回っているらしく、まだ前に出てくる段階ではないらしい。

 

 

 詰まるところ戦況は確定し、膠着していると言えた―――当面の問題は一点。

 

 

「―――西住隊長!天翔殿!我々は引き続き潜伏による突撃待機でよろしいのでしょうか!?」

 

 いつもの定位置で周囲を見回しているみぽりんに後ろから声をかけてきたのは知波単隊長の西さん。何故か“大饗宴”が決定した直後にいの一番でやってきて『我ら知波単一同、傘下の杯を交わしたく』とか謎の宣言で大洗と同盟を組んでしまったのだ。―――なお一同整列して敬礼&臣下の礼をされた時のみぽりんのテンパり具合は色々と筆舌に尽くしがたいものがあった。

 ※この後俺にも臣下の礼とか取られてめちゃくちゃピロシキチャレンジ(指)した。

 

「えっと、はい。ひとまず戦況が落ち着いてこちらへの攻勢を行う相手が決まるまではこのままでおねがいします」

「承知致しました!!」

 

 みぽりんの言葉に素直に従い敬礼を返してチハで元の場所まで帰っていく西さん。決意に燃えている反面、背中に「突撃はよ!はよ!」という意思が見え隠れしている。

 

「で―――みほとしては誰が残ってやってくると思う?」

 

 ヤークトの上によじ登って座る俺の言葉に「うーん」と考える様子で唸るみぽりん。まぁ答えは大体想像できているのだが―――

 

「―――やっぱり、お姉ちゃん……黒森峰は残ると思う。聖グロリアーナと同盟しているから、ダージリンさんも」

 

 この辺りは鉄板だろう。攻撃力でいえばてっぺん級の黒森峰と、防御力に定評のあるダージリンが手を組んでいる。機動力の差に難点があるとはいえ生半可な戦力で太刀打ちできる相手でもない。

 本命黒森峰。対抗にプラウダ。大穴でサンダース くらいの認識でいるのが今のみぽりんだと―――俺はそう認識していた。

 

 

 

 

「―――気になるのは、直前で飛び入り参加してきた継続のミカさんと、ヨーグルト学園の皆さんかな……?」

 

 

 

 

 だが、軍神の直感はこの後の嵐の予感を如実に感じ取り、すでに警鐘を鳴らしていたのだった。

 

 

 

 

*1
そうか。気持ちはわかるが千代美との約束でここを通すわけにもいかないし、私にも理由があるから残念ながら無理だな

*2
私が貴女との再戦を望んだからだ。その願いを汲んで、千代美がおぜん立てを整えてくれた。その心意気に感謝をしている。それが理由だ




――― >>>???





「―――残存車輛の……報告を……ッッ!!」

 通信機に向かって絞り出すように声を上げるのはラウンドシニヨンのプラチナブロンド、聖グロリアーナ隊長のダージリンである。

『ニルギリ及びルクリリ小隊、まだいけます!』
『ローズヒップ以下クルセイダー隊。わたくしとクランベリーのみ行動可能ですわ!』

 返ってくる被害報告から残存戦力の計算をアッサムに任せ、車上ハッチから顔を覗かせるダージリンが見据えるのは、目の前の車輛。

 群馬県代表、ヨーグルト学園のエンブレムを刻んだその車輛から顔を覗かせるのは―――

「―――まさか。ですわね……西住まほ、天翔エミのほかにこんな化け物が存在していたなど―――」

 履帯をやられて行動不能にされたチャーチルからはもう興味も失せたのか踵を返して去っていくその車輛は




 ―――英国戦車、センチュリオンだった。




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【 まほルート 第十七話 「弾丸(とっかん)ソウル」 】


―――時はやや遡り。夏休みの始まる少し前のこと―――



 じわりと自分を押し包むような重圧の中、それでも表面上は平然とした様子で紅茶を傾ける。そんな英国淑女(ダージリン)が一人。お隣には重圧を作り出している人物のうちの一人、西住流家元である西住しほ。
 相対するのは文科省役人の辻何某氏と、その隣で同じように重圧を作り上げている人物。島田流家元、島田千代。

 ゴゴゴゴゴゴゴ―――だの ドドドドドドド…… だのという少年漫画で空気を揺らしているエフェクト音すら聞こえてきそうな状況で、辻とダージリンの思いは同じだった。


 “もうお家に帰りたい”


 それでも会談にやってきている以上何の進展も得られないまま帰るわけにもいかないのが文科省であり、“大饗宴”の成功へ向けての意義という点で話を聞かないままというわけにもいかないのがダージリンである以上、状況を素早くまとめるしかないという点で二人は座して待つことしかできないのであるが。


「やはり問題では?」

 口を開いたのは西住しほからだった。提出された詳細な内容にざっと目を通し、目の前の文科省役人へと視線を向ける。
 辻はひそかに呼吸を整え、表面上は冷静さを装ったまま、薄く微笑んで見せた。

「―――いいえ、ちょっとした考え方の違いというやつですよ。

 この非公式な大会の副次賞品から考えた場合の―――ね?」

 重圧に負けないようにやや早口ながら必死でペラを回して見せる。寿命が縮まるとはこのことだろう。お隣で優雅に微笑んでいる島田の家元が「ちゃんと理由を示せば怒ったりしない」と言ってくれていなければ西住の家元を怒らせてプロリーグへの協力を白紙撤回される可能性を恐れてこんなことは言えなかっただろう。

「つまりこういうことですよ。
 ―――“いち生徒の将来を褒賞としている”のならば、『受け入れる側』にもまた、大会参加の資格があって然るべきではないか? ということです」

「―――それが大学生たちのチームの参加打診の理由ですか?」

 紅茶を一口。舌を湿らせてダージリンが切り込んだ。舌鋒は鋭く、深く切り込む様子を見せるも、すぐ隣の島田の家元に阻まれる。

「ええ、娘の愛里寿もそちらの西住の娘さんたちと同じように天翔エミちゃんにお世話になっておりまして―――」


―――やっぱり貴女の関係じゃないの天翔エミィィィィィィ!!!


 内心での絶叫は心の奥底に封印し、しれっと「あらそうでしたの?」と澄まして見せるダージリン。その内心での絶叫の余波は、首筋につつと流れる一筋の冷や汗にとどまった。

「もちろんこちらは大学生ですから、練度の差も含めて“手加減”を致しますわ。当然の話ですものね、高校生と大学生では戦車道における習熟が違いますもの」
「―――必要ありません」

 ダージリンと島田千代の会話にそんな風に口をはさんだのは、ただ座っていただけの西住しほだった。憮然とした表情の端にやや怒気が見え隠れしている。

「―――戦車道において実力主義は当然。練度の差など織り込み済みで然るべき。
 手加減(ハンディキャップ)など不要。余計なお世話になりましょう」

 ―――何を勝手なことを言っているのだろうこの人は。
 そんな言葉を飲み込んで、表向きは優雅に紅茶のカップを傾けるダージリン。
そもそも西住しほはこちらの計画における後見人(ケツモチ)として抜擢はしたものの、その実際の運営はダージリン以下高校戦車道履修生代表たちに丸投げされている。学生が学生の立場で考え、試行錯誤して今のルールに落とし込んで皆で作り上げてきたのだ。
 もしもの時にやかましく言ってくるであろう文科省や戦車道連盟を黙らせる威として協力を申し出たことを軽く後悔しそうになっていたダージリンは、もはや状況を覆せないと判断。ダメージを可能な限り軽減するために長丁場の舌戦になるだろうと―――覚悟を決めた。

 結果として大学選抜チームは『シークレットチーム』として
【どこかの学園が脱落確定したタイミングで参加する】というルールと、高校生たち各学園の編成車両が各15輛に対し、大学生側は選抜された僅か5輛という数の差でエントリーを受け付けることになった。


 ダージリンに落ち度があったとすれば、これが『東の島田』の仕込みであったことと、大会参加をぎりぎりで表明してきた『ヨーグルト学園』の関係性に気付くタイミングを取れなかったことだろう。


その「時間を取れなかった」ことすらも島田の仕込みであったことではあるが。



 *****


「話はつけてあげたわ。徹底的に叩きのめしなさい」
「ありがとうございます母上」

 電話を切って、ポケットに手を入れる。
取り出されるのはポケットサイズのボコのぬいぐるみ。

 ボコミュージアムで初めて出会った時に、彼女から譲ってもらったぬいぐるみ。

「―――もう少しだね」

 ぬいぐるみを撫でて、微笑む少女。
 部屋に並べられたたくさんのボコグッズと、ボコのポスター。

それらに混じって壁にちらほらと飾られているのは――――写真。

艶やかな黒髪に茶色っぽい瞳。少女と同じくらいにも見える小さな体躯を包んでいるのは―――大洗のパンツァージャケット。



「―――早く遊びたいな……『エミリ』」




写真に手を伸ばして撫で、口元をほころばせる。その無邪気な微笑みに狂気を感じるかは、人次第なのだろう―――きっと。







 

 >> Miho

 

 

「この機を活かしましょう」

 

 そう言ったのは私で、その言葉にも嘘はない。

 

 真実は建前半分、本音が半分。

 

「西住ちゃん」

 

 ミーティングの後、各自のグループに分かれてのチームアップに向かう途中、生徒会長の角谷さんに声を掛けられた。

 角谷さんは困ったような、寂しそうな、いろいろとないまぜになった苦笑いにも似た表情で笑っていた。

 

「こっちは私が何とかするからさー……天翔ちゃんのこと、ちゃんと見ててあげてね?」

「―――はい」

 

 きっと会長は全部わかっていて、それを呑み込んだうえで今回の提案にGOサインを出したんだって、その表情と言葉で理解できた。

 だから私はそれに真っ直ぐ答えて、決意を秘める。

 

 

―――この“大饗宴”で『エミさんを、たとえお姉ちゃんであろうと戦わせたりしない』という決意を。

 

 

 

******

 

 

 

 私のお姉ちゃんと肩を並べて戦っていたみんなの憧れの先輩は、みんなのために黒森峰を去って……私のために聖グロリアーナから大洗へ転校してきて―――

 

 ―――そうしてあの日、病院へ運び込まれた。

 

 

 

「―――――――っゴHu――――」

 

 

 

 くぐもった声、地に額をつけるような土下座にも似た体勢で絞り出された声。

 

 

「―――エミ、さん……?」

 

 お母さんとエキシビションマッチについて話し合いをしていたダージリンさんが信じられないようなものを見たような顔を見せている。あまり表情の変わらないお母さんが目を見開いている。後ろから見ている私とエリカさんからはその光景は見えなくて―――

 

「―――エミッッ!!!」

 

 隣で同じように頭を下げていたお姉ちゃんが声を荒げてエミさんの身体を抱えた。全く抵抗もなく押されるままにごろりと転がったエミさんの、その白装束をまだら模様に染め上げているのは―――口元から流れ出るおびただしい量の―――

 

 

 

 

 

 

「―――ぃやぁぁぁぁああああああああああッッッ!!!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を上げたのは誰が最初だったのか。阿鼻叫喚とはこのことだろう。誰しも冷静な判断力などその時点ではなくて、ぐったりと顔面蒼白のエミさんを抱き起した形のお姉ちゃんが、表情をより固くこわばらせたお母さんと何か言葉を交わして、救急車が呼びつけられて―――エミさんはそのまま病院に担ぎ込まれた。

 

 

 

******

 

 

 

 病院に運び込まれ、一時は出血量から集中治療室に担ぎ込まれたエミさんは、一先ず命に別状はないということですぐに一般病棟に戻された。

 病名としては【精神性ストレスによる消化管潰瘍】。胃壁に穴が空いて、そこから逆流した血液を吐瀉したというのが今回の吐血の原因だと説明をされた。

 

 

 それから―――わたしは、わたしたちは、エミさんにどれだけの負担を強いて来たのか と、そう考えるようになった。

 

 

 

 

 思い起こしてみても、いつもエミさんは誰かのために生きている。

 

 

 

 お姉ちゃんのために副隊長になって、お姉ちゃんとみんなの齟齬を埋めるために奔走して、

 

 

 西住流のために副隊長を私に譲って、だけど副隊長としての仕事はそのまま引き受けて、でもそれを苦にしないような笑顔のままで

 

 

 決勝戦で、みんなのために自分の戦車を捨ててまで駆け出して―――。

 

 

 敗北の責任をと喚く大人たちから黒森峰を、西住流を護るために一人で背負って消えてしまったエミさんは―――

 

 

 

 ―――何もかも嫌になって大洗に逃げ出した私がまた戦車道に向きあえるように、匿われていたはずの聖グロリアーナから追いかけてきてくれていた。

 

 

 

 

 そこまで飛躍して考えるのは流石に少し考えすぎで、自分本位な解釈なのかもしれないけれど、エミさんはずっと誰かのために無理ばかり繰り返しているのだと、思い返してみて確信できた。

 だから、これ以上の無理は本当にダメだと思うから―――だから今回のエキシビションで“みんなに経験を積ませるために”という名目を掲げることにした。

 

 実際、効率を最優先にを考えるのであれば、ヤークトティーガーを前面に、得意の連射で相手をバラバラに散らせて各個撃破の形を作り上げてから皆に掃討させればいい。この作戦ならばサンダース大付属に拘らなくても【誰が相手でも一定以上の戦果を期待でき、リスクも少ない】 けれどそれは病み上がりのエミさんにより負担を課すということ。だから次善の作戦を考えた。エミさんを後方に待機させて、いざという時の援軍という形を作る。

 そうして、みんなを前線に向かわせて、私はエミさんを見張るように一緒に待機している状況を省みると、どうしようもなく胸が痛い。罪悪感を感じずにいられない。けれど周囲も納得はしている。このままでは自分たちはおんぶにだっこのままなのだと―――エミさんの他校での活躍を見聞きしてしまった今ならば。

 

 他校への交渉という名目での「各学園に編入されたエミさんの活躍」を、ダージリンさんは『大饗宴をより活発にするための撒き餌』だと言っていた。けれどきっとダージリンさんの言葉をそのまま額面通りに受け止めてはいけないんだ。

 お姉ちゃんはダージリンさんの行動を『自分への挑戦状』なのだと言っていた。

だけど私は―――大洗は彼女がこう言っているように思ってしまうのだ。

 

 

 

 【あなたたちの下でなければ天翔エミはこうも輝いて見せるのだ】と。

 

 

 

 実際に、私の提案に賛同した大洗の面々の一部には焦燥感を感じさせるほどの意気込みを見せるチームもあった。感じている想いが同じなのだと理解し得るほど。

 

「―――仕方がないとはいえ、やっぱり待ってるだけっていうのは暇だなぁ」

「エミさんもまだ病み上がりなんですから……無理しちゃだめですよ?」

 

 エミさんが車上に這い出てきて欠伸交じりの声を漏らしたことで、私の意識は内側から戻ってきた。Ⅳ号の隣で停車しているヤークトティーガーの上で胡坐をかいて眠そうにしているエミさんの様子はまるで日向ぼっこをしている猫のようで少しだけ心が和む。同時に、より強く【護らなきゃいけない】と意識させられる。

 

 お姉ちゃんもダージリンさんも、エミさんと戦いたがっている。けれどあんな身体で無茶を続けていたら、いつか致命的な結果に繋がりかねない。

 

 

 

―――天翔エミを護る。

 

 

 私が私の意志で決めたこと。西住流ではない、西住みほが決めたこと。

 

 

 

 

******* Miho → Emi

 

 

 

 ―――現状、とても暇である。

 

 

 ヤークトティーガーの中で談笑していると否が応でも「進路はどうするんですか?」という話になってくる。そうなると操縦手・砲手のコンビは「どこにでもついていくつもりなんで」っていうスタンスを崩さないのでキリキリと胃の辺りに重めの痛みが続くわけなのだが……自分の幸せを見つけて欲しいなぁ……モブさんズもさぁ……。

 

 みぽりんの「この機を活かしましょう」の発言からスタートした一連の作戦は、最奥で待ち受けてる俺とみぽりんという構図に気づいた連中が勝手に潰しあいを始めているという状況。らしい―――らしいというのは武部殿がサンダースと戦ってるみんなの話やチョビから伝えられた情報を総合的に判断して解釈した結果なので実際は違うかもしれないが。

 なんというか……“予選会”を待ってるチャンピオンの気分なんで居たたまれない部分はある。そのあたりは俺がチャレンジャーの気持ちで人生を生きているからなのだろうけれど―――だが考えて欲しい。こちとら人生をかけてみほエリに挑む挑戦者なのだ。まんじりと待ってるだけとか人生を浪費してるような気分で当然ではなかろうか?

 “命短し恋せよ乙女”

 乙女で居られる期間ってのは短い。後悔の無いように生きなさいという良い言葉だと思う。でも「年齢なんか関係なく乙女は恋していれば乙女なんだよっ!」って武部殿も言ってたしその辺はきっとフレーバー的なそんな感じのアレなんだろう。

 

 

 ―――キュラキュラと、履帯を擦らせる独特の金属音とエンジン音に反応して、みぽりんの表情が真剣なものに変わる。同時にヤークトの中でも車内の姦しい空気が一瞬でクールダウンしてエンジンに火が入った。

 

 

 砲口を音の発生源の方へと向けて緊張を走らせる二組の前で、ゆっくりとやってきたのは―――

 

 

「―――エミ。“応援にきたよ”」

 

 ―――センチュリオンの車上で顔を覗かせて、花が綻ぶような笑顔を見せるのは

 

  島田流の後継者にして一人娘、島田愛里寿だった。

 

 

 

***** Emi → Miho

 

 

 

「応援って、そういう意味だったのかー……」

「驚いた?―――驚かせたくてがんばったから、驚いてくれたのなら嬉しい……」

 

 車上で呆れたような、予想外のモノを見たような表情で頭を抱えるエミさんと、そんなエミさんの様子をニコニコと笑顔で見ている女の子。年齢は多分、わたしたちよりも下。その年齢でセンチュリオンの車長をやっているというだけで、その実力は計り知れない。

 

「―――エミさん?その……その子は?」

「―――ああ、そういえば紹介したことなかったし、初対面だったっけ」

 

 私の言葉にエミさんがいつもの調子に戻ってヤークトの外に飛び出して女の子を紹介するように手を向ける。

 

「島田愛里寿。島田流戦車道の後継者で、みほと同じでボコが大好きなんだ。愛里寿。こっちは前に話した西住みほ。ボコ大好きだから友達になれるって言ってた子だよ」

「―――よろしく」

「こ、こちらこそ!」

 

 ぺこりと軽く会釈をする愛里寿ちゃんに慌ててこちらもお辞儀で返す。

 

 

―――お辞儀の間、こちらから視線を切っていたけれど、愛里寿ちゃんからの視線は途切れなかったように感じられた。

 

 

「それじゃ、挨拶も終わったし―――始めよう?」

 

 

 ゆっくりと、円運動のような軌道でセンチュリオンは動いている。こちらからの砲撃の範囲を避けるように、有利な位置取りを探るように。

 

「―――始めるって、何を?」

 

 察しの悪い―――というか、愛里寿ちゃんの目的がわかっていないエミさんは今の状況に気づいていない。それ以前に、愛里寿ちゃんの戦車に描かれたエンブレムにも気づいていないのかもしれない。

一度身内に引き入れたら疑わない、信頼するエミさんらしくもあるけれど―――今は状況が悪すぎる。

 

「―――他に何輛いるんですか?」

「みほ……?」

 

 背に伝う冷や汗が止まらない。得体のしれない相手と情報もないまま戦うなんて経験は殆どない。試合の前には情報収集が必須だったし、黒森峰を離れて大洗にやってきてもそれは変わらず。秋山さんという諜報要員が潜入して先に情報を仕入れてきてくれていた。だからこそ無情報で戦う現在に恐怖がジワリと身体を蝕んでいく。

 少しでも情報が欲しい私と、そんな私に怪訝そうな様子のエミさん。二人の温度差を感じ取ってか、愛里寿ちゃんは子供相応の柔らかい笑顔で微笑んで見せる。

 

「―――同じ立場なら、あなたは言うの?」

「―――言わないかな」

 

 苦笑したつもりが引きつったような笑みになってしまったと思う。

 死線が目の前にある。じわりじわりと迫ってくるそれを、越えずにエミさんを守り切れる自信はない。けれど超えてしまったなら―――Ⅳ号とそれに乗ってる私たちは、きっと逃げ切れないだろう。

 

 

「―――ね?エミ。私もエミと戦車道し(あそび)たい」

 

 

 子供らしいあどけなさ、無邪気さでニッコリと微笑むその瞳の奥底に、ドロリとした深淵が見える。

 島田流という家に生まれて、お姉ちゃんや私と同じように幼いころからずっと名家としての重責を背負い続けてきた彼女を救ったのが、私と同じであったのなら―――

 

 

 ―――おとなしく状況が収まる可能性なんか、何処にも無い。

 

 

「エミさん、逃げて―――できればお姉ちゃんたちと合流して」

「みほ!?」

 

 麻子さんの肩を蹴って指示を飛ばす。Ⅳ号を前に、ヤークトティーガーを護るように。

 

「―――ごめんなさい。沙織さん、華さん、優花里さん、麻子さん。ちょっと、勝てないかもしれない」

 

 今までなかった絞り出すような不安の混じった声に、みんなに動揺が広がっているのがわかる。

 

「―――まぁ、負けても何があるってわけじゃないし。いいんじゃない?」

 

 そんな風に沙織さんが軽く言ってくれたことで周囲の反応がやや和らいだ。

 

けれど違う。

 

 私が負けたら、エミさんは為すすべなく撃破され、奪われてしまうのだと直感で理解している。理由なんてわからない―――強いて言うなら

 

 

 

 ―――“同種だから” としか言えない。

 

 

 

 あるいは育った環境が今と同じ前提で、けれどお姉ちゃんと私が赤の他人で、お姉ちゃんとは全く関係のないところで私がエミさんと出会っていたのならば―――目の前の少女はそんな私の幻像と重なっていくように思えてならないから。

 

 

「だめだみほ!今戦っても勝ち目はない!」

「それでも―――エミさんが逃げる時間くらいはどうにかするから。逃げて―――エミさんとお姉ちゃんならきっと―――」

 

 

 

 

****** Miho → Emi

 

 

 

「エミさんとお姉ちゃんならきっと―――」

 

 

―――いや、無理だろ!!(迫真)

 

 

 

 悲壮な決意を固めて声を絞り出してる感あふれるみぽりんを前に内心で必死のツッコミを入れている俺である。

 一体何を言い出すんだこの子はもう!俺なんぞただの装填手で、ヤークトの乗員たちだって名前もオープンに出てきてねぇただのモブなんだぞ?それが寄せ集まったってネームドに勝てるわけねぇだろ!?

 

 そもそも愛里寿やぞ愛里寿!!まぽりんとみぽりん相手にヴォイテクのファインセーブがなかったら普通に勝ってた可能性があるレベルのラスボスやねんぞ!?(混乱)

 

 いずれにせよ、理由はまったくわからんが愛里寿がこちらを狙っているというのだけは理解できた。だって目がもう捕食者のそれをしているんだもの。これがわからねぇのはゲームや漫画の鈍感系難聴タイプの主人公くらいのモノだろう。

 

 

 理由としてはおそらくではあるが―――島田のちよきちさんの差し金に違いない。

 

 

 劇場版におけるボコミュの資金難フラグはこれまでの流れからみて立っているはず。みぽりんがボコミュにたどり着いてないが、資金難はみぽりんに関係なく時間の問題で起きていただろうし、ボコマニの愛里寿がそれを座して放置などありえない。

 だとすると目的は―――俺という“西住流と関係の深い対象”を含めた車輛の全撃破による島田の威を示す示威行為。

 

 大学選抜戦とやや違う部分もあるが高校生で名うての連中が揃っているこの“大饗宴”。襲撃を掛けるにはおあつらえ向きだったと言えるだろう。汚いな、さすが島田汚い。

 

 

 とはいえどうしたものか……この状況、俺が代わりに前に出ようとしてもみぽりんは納得しそうにないし、何より俺とヤークトで愛里寿のセンチュリオンとこの場で1対1とか相性が最悪すぎて1秒もたない可能性が高い。それこそこっちが照準を合わせる前に横をすり抜けつつくるくるとダンスするかのように回転するセンチュリオンに為すすべなく回り込まれて無防備な背中のラジエーターとかをふっ飛ばされて白旗を上げる展開しか見えない。

 

 劇場版の無双シーンみたいに!ボコの詩の無双シーンみたいに!!

 

 

 じりじりと圧に押し負けるように体が後ろに押し込まれている感覚を覚える中

 

 

 

「―――吶喊――――ッッ!!!」

 

 

 

 号令一下、センチュリオンと私たちを遮る川のように、戦車たちが押し寄せた。

 

「―――勝手な判断で動いてしまい申し訳ありません!ですが、状況を見たうえで、動くべきだと判断致しました!」

 

 俺たちに背を向けるようにして、知波単隊長、西さんがそこに居た。

 

 

「―――時間は我々が稼ぎましょう。みなさまはその間に転進を」

「でも、西さん―――!!」

 

 声を上げるみぽりんに西さんは顔を半分だけみぽりんのほうへ振り返らせて、ニヤリと笑って見せる。

 

 

「心配はご無用!!なに、皆が逃げる時間を稼いだら残った車輛で転進しますとも!すぐに追いつきますのでご安心下さい!!」

 

 

 全力でフラグを立てていく西さんのスタイルと漢立ちのポーズにもはや声も出ない俺であるが、西さんは俺のほうへは顔を向けず、背中で語ってくれた。

 

 

「―――天翔殿は我々知波単に、知波単の後を征く者たちに……“勝利”を下さいました!!

 

 知波単の魂は、私たちが受け継いで次代に託しております。しかし勝利の美酒を与えるとなると、なかなかこれが難しい話なのです。―――私が卒業する前に、後輩たちにそれを教えてあげたかった。その願いを叶えて頂いた。

 

 これが如何ほどの御恩と成りましょうや!?知波単の誇りにかけて申しましょう――――――ここで死ぬに聊かの躊躇いも無しと!!」

 

 

 ドンと握りこぶしで自分の心の臓の辺りを叩く西さん。『己の命を賭ける』という決意を秘めたそのポーズを、絹代だけでなく、チハのトップから姿を覗かせた全ての知波単車輛の車長達が見せていた。

 

 

「―――故に我ら知波単戦車道生徒一同!!今ここでその覚悟を胸に死兵となるに、いささかの躊躇もなし!!」

「「「恩に報いるは今がゆえに!!!」」」

 

 

 細見が、玉田が、福田が、皆一様に同じポーズのまま愛里寿に立ちふさがる壁となった。

 

 御恩と奉公。かつての日本の武家社会の構図を垣間見るこの光景を前に多くの生徒が関心を寄せるそれを、俺は正面から見ていることができなかった。

 

 

―――喉元までせり上がり込み上げる吐血の感覚を抑え込むことで一杯だったのだ。

 

 

 本当やめてくださいよそういうの。申し訳ないから、申し訳ないから。

 

 

「みほ―――!!大洗の皆と合流するぞ!!」

「―――――はい!!」

 

 ヤークトとⅣ号が同時に身をひるがえしてその場から離れていく様子を、愛里寿はただ見送っていた。

 

 

「―――やっぱりそうなるよね。じゃあここからはわたしたちとみんなの勝負だよ、『エミリ』」

 

 

―――唐突な俺スキルの話ではあるが、俺はそれなりに耳が良い。聞きたくなかった情報も聞こえてしまうくらいに。

 

 

 

 兎にも角にも、俺とみぽりんはこうして尻尾を巻いて逃げることになったのだ。

 

 

 そしてそのころ戦場のあちこちで起こっている対決に“どんな介入が起きているのか”を知ったのは、この後大洗メンバーと合流してからである。

 

 

 

 

 *******  Emi → others

 

 

 

 

「―――見逃して頂けたようで、感謝を」

 

 ぺこりと軽く頭を下げる西の様子に、愛里寿は答える代わりにポケットからボコのぬいぐるみを取り出して、軽く撫でる。

 

 

「―――立ちふさがるなら、島田の流儀にかけて撃破する。

 でも聞かせて?なんで勝てないってわかってるのに戦うの?」

 

 

 愛里寿の言葉に、西は「ははは」と快活に笑い飛ばした。

 

「―――勝てないから戦わないなど、戦車乙女(わたしたち)にあるまじきことでしょう!!」

 

 

 西の言葉に「そう」と答える愛里寿の顔は、少し嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

「―――総員!傾注――――!!

 

 ―――命はここに捨てて行け!想いは胸に抱いて逝け!!我ら総員一丸となって

 

 

 

  ――――――――――突き進め!!」

 

 

 

 

「「「突撃ぃ――――!!!」」」

 

 

 

 

 

そうして、幾ばくかの時間の後に

 

 

 

『―――知波単学園、全車走行不能を確認。脱落!!』

 

 

 

無慈悲なアナウンスの声が、フィールドに鳴り響いた。

 

 

 






西「やはり無理でありましたなー」

玉田「しかしこのやられっぷりこそ我々でありますなぁ!」

細見「そうでありますなぁ!!」

福田「知波単魂ここにありであります!!」



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【 まほルート 第十八話 「 BIG BANG!! 」 】

>> Miho


 ―――戦場を駆ける。

 戦うためではなく、逃げるために―――。

 『西住流に逃げるという言葉はない』
あの日のお姉ちゃんの言葉がノイズのように耳に響いている。

「―――みほ?どっちに向かう?」

 Ⅳ号と並走して走るヤークトティーガーの上部から顔をのぞかせているエミさんの言葉に雑念を振り払って、必死に思考を巡らせる。


―――プラウダと戦っているアンツィオは論外。カチューシャさんがこちらの言い分を聞いてくれるかどうかもわからない。

―――大洗の残りのメンバーは今サンダースと戦うことで練度を鍛えている状態。サンダースにも少なからず被害が出ている。合流したとしてそこに追いつかれた場合……

 ―――だから。選択肢はもうないようなもので―――


「―――黒森峰と……エリカさんとお姉ちゃんたちのところに向かいます。共闘を持ちかけても話を聞いてくれる可能性がありますから。沙織さんは、大洗の皆さんに通信を。戦闘を一旦中止してバラバラに逃げてって伝えてください。合流のポイントは後で指示します」
「任せて!電波飛ばすよ~」

 沙織さんにお願いして大洗の他の皆に通信を飛ばしてもらって、後方を確認する。西さんたちはああ言っていたけれど、あの娘が逃げる暇なんかを与えるはずがないし逃げ切れるとも思えない。
 改めて西さんたち知波単の皆さんの献身に感謝して、それを決意を固める材料に変えた。


 ―――独特なエンジン音とクリスティー式の駆動音がすぐそばのブッシュの向こう側から響いて来たのはそんなタイミングだった。


「華さん!砲塔旋回40度!」

 一瞬で意識を切り替えて華さんに指示を飛ばして、続けて麻子さんにスタンプを送る。減速するⅣ号に合わせて追いかけるようにヤークトが慌てて減速し、足を緩めたところに横合いから“それ”は飛び出してきた。


―――BT-42。車体に刻まれたエンブレムは継続高校のもの。


「……間に合ったかな?どうやらまだ撃破されていなかったようだ」

 上部から顔を覗かせるのはチューリップハットを目深にかぶった女の子。
あまり見たことのない楽器を爪弾きながら、片目を瞑った左右非対称の表情でこちらを上目使いで見るように、俯き加減で帽子の下から覗き込んできた。

「―――わたしは継続高校の隊長の『名無し』だよ。みんなからは『ミカ』って呼ばれてる。すまないが今回はただのメッセンジャーなんだ、私のことは気にしないでほしい。
 単刀直入に言うからよく聞いて。―――私たちが知らないチームが参加している。そいつらはヨーグルト学園を配下に従えて、今戦場で戦闘を続けているすべてのチームへ向けてその刃を向けている。わたしに伝言を託したダージリンからのお願いはひとつだけ。“残りの参加チームの残存勢力を合流・統合したうえで敵勢力を打倒したい”という打診だよ」



*******

 

 

>> Emi

 

 

―――なぜこんなことになってしまったんだ!?(マン感)

 

 

 唐突にやってきたミカァ!の言葉によると愛里寿の参加はダージリンが認めたもので問題はない。が、本来愛里寿たちは「シークレットチーム」としての参加、かつ「どこかのチームが脱落したタイミングで追加」というものだった。が、愛里寿はこれを“ヨーグルト学園に短期転校手続き”という方法でクリアーしつつ、本来のシークレットチームは温存。島田の後押しでそれなりに強化されたヨーグルト学園の戦力で防御陣を形成中の聖グロを襲撃。半壊させて悠々と去って行った、らしい。

 

 

 

 

 Q:―――なぜ全滅させなかったのか?

 

それはシークレットチームが参加するルールに抵触するから。

 

 

 

 

 Q:―――なぜシークレットチームの参加を遅らせる必要があったのか?

 

それは、“西住みほ”と“天翔エミ(おれ)”にシークレットチームの存在を知られないため―――だったのだろう。

 

 

 

 

 仮にみぽりんに存在がバレてしまった場合、その時点で何らかの対応策を考えるのは自明の理である。その対応を考える暇を与えないように……と考えるならわからないでもない。

 ―――だがそれでも腑に落ちない点がたくさんある。ありすぎる。

 みぽりんもそのあたりは考えが及んでいるのか思案し続けている様子で、その様子を見ていると俺の猿知恵など意味はないのかもしれない。

 

 

『応援に来たよ』

 

 

 愛里寿は確かにそう言っていた。その言葉に嘘がないと考えるのならば、愛里寿は『応援』に来たのだろう。そこに島田のちよきちさんの意図が含まれているだけで。

 

 

 

 

―――ならば“応援”とは何なのか?

 

 

 

 

 愛里寿が俺の真の目的(みほエリを成すこと)に気づいているとは思えない。ならば俺の目的を別のモノだと推理して、それを能動的にお手伝いしている可能性がある。

 とはいえその「目的」ってのが何なのかわからないのだが。本当何なんだろうなぁ……愛里寿の目的……。

 

 

 とはいえ新しい発見もあった。みぽりんが合流相手に「黒森峰」を指定したこと。そして頼れる姉のまぽりんよりも先にエリカを名前に挙げたこと。

 これはさぁ……進展、してるよねぇ?(ねっとり)

 決勝での一騎打ちからこっち、メールとか電話とかで何度か連絡取ってるのは見かけたことがあったんだが、遠恋ってすぐ破綻するイメージがあるから結構心配をしてた俺がいる。

 ―――だが、どうやら俺の杞憂であったようでとても安心した。これ以上俺が何かをするまでもなくみほエリの未来はすでに9分9厘完成していると言っていいだろう。

 

 

 

 

 

―――だから、今ここで俺がすべきことは……『ない』

 

 

 

 

 

 ―――割と真面目にもう手を出す必要がない。後は眺めているだけの簡単なお仕事ですありがとうございました。

 ひとまず心の余裕を取り戻せたので状況を再再度確認。

 事態は今の世界線では起きなかった原作における劇場版、大学選抜戦の流れと言ってもいい。学園艦の廃艦こそかかっていないが、相手は愛里寿とミミミの大学チームで、ヨーグルト学園の編成から見るに多分あっちのチームの乗員ごとそっくり入れ替えててもおかしくない。っていうかちよきちさんならやりかねん。

 大学選抜チーム5輛+ヨーグルト学園15輛の合計20輛。

対してこちらは大洗が9輛。サンダースがおケイさん、アリサ、ナオミ他シャーマン軍団の合計7輛。聖グロが履帯修理中のダージリン、ルクリリ、ニルギリ、ローズヒップ+1の合計5輛。継続高校が1輛。BC自由学園は押田安藤の2輛以外は状況不明。プラウダがカチューシャとノンナ、クラーラ、ニーナ含めたカチューシャ軍団総合計11輛。これにアンツィオが4輛。そして黒森峰が15輛で総合計は50輛である。数の上では圧倒的過ぎるな。

これは勝ち確ですわ。ガハハ勝ったな!ちょっと風呂入ってくる、試合中なんで無理だけどな!

 

 圧倒的過ぎる戦力差をもってすれば相手が愛里寿であろうと飽和攻撃で殲滅余裕と言えよう。劇場版で見せた島田流の避弾経始とか回転回避とかすごかったけど、ドット避けすらできない飽和弾幕の前には無意味である。

 

 

「―――エリカさん?ごめんなさい、ダージリンさんから通信は……うん。

 ……そう、エミさんを―――……うん、うん」

 

 エリカと通信をしているらしいみぽりんが神妙な面持ちからやや安堵した表情に変わる。どうやら話し合いは円満に終わったようだ。

 

「エリカさんたちは一応無事みたい。―――麻子さん。このまま右手の森を突っ切ってください。そのほうが早く合流できます」

 

 冷泉殿に合図を送って一息を吐くみぽりんに道すがら話を聞くことになったのだが―――おいちゃんはさぁ、距離感近い感じになってるエリカとの話のほうが気になるんだよなぁ……とは思ったがそこはそれ、さすがに言い出せなかった。

 

 

 

*******

 

 

 

「―――だから!効率を考えなさいよ効率を!!」

 

 エリカたちと合流したところ、通信機相手に絶賛論争中だった件。

合流したみぽりんが話を聞いた結果、どうしたらいいのかわからないといった表情で悩み始めた件(なんで?)

で、話を聞いた結果なのだが。

 

 

―――カチューシャ及びプラウダ軍団とサンダース小隊が合流を拒否したらしい。なんでやねん工藤(困惑)

 

 

 

 

 おケイさん曰く

 

『50輛近い車輛で半分以下を蹂躙?ナンセンスね!戦いはフェアプレーで行かないと!』

 

 カチューシャ曰く

 

『あいつら蹴散らしたら試合再開なんでしょ?連合を組む必要なんかないわ!カチューシャ様とプラウダでぶっ飛ばしてやるわ!!』

 

 

 

 

 

 ―――うん。どっちも気質が悪い方向に出てるなぁ、としか言えんわ(迫真)

劇場版では戦力を同数に合わせることでサンダースの協力を取り付けたんであろうダージリンマジ有能だったことが証明されてしまったが、今の状況で車輛の数を減らすとか無理筋である。無理無理無理無理カタツムリであろう。

 みぽりんは思案するように顔を俯かせて何やら考え込んでいる。

 

「―――プラウダとサンダースの動きを遊軍代わりにしてこちらが呼吸を合わせて波状攻撃の形にしましょう。プラウダにこちらの部隊を1部隊随伴させて連絡を取り合う形で―――」

「それなら赤星に行かせてるわ。アンタの考えることくらい読めてるから」

 

 顔を上げたみぽりんの提示する作戦を先回りしてフォローしているエリカの姿にちょっとこみ上げてくるものがすごい(語彙現象)俺である。この二人、ホンマにツーカーな仲になって……と、思わずおかん的なしみじみ感あふれる感想が浮かんでくる。俺のやってきたことは無駄ではなかった。これからもみほエリは続いていくんだからよ―――止まるんじゃねぇぞ……!!

 

 脳内がほっこりして精神的に余裕ができたところで改めて盤面を更新してみる。

赤星さん率いる黒森峰分隊5輛がカチューシャ隊と合流。プラウダのカチューシャ隊とおケイさんたちで18輛に赤星さんたちを加えて23輛。数の上ではギリギリフェアプレーといえる。

 対してみぽりん+エリカの大洗黒森峰部隊。他のメンバーが合流するまでしばらくはかかるだろうけど大洗9輛と黒森峰主力部隊と合わせて24輛。部隊が真っ二つになってるレベルである。もしかしたら、これも愛里寿の策略なのかもしれないと考えてしまうのは流石に穿ちすぎだろうか……?

 

―――でも大軍団が部隊を二つに分けたとこで片方に攻撃を集中させて食い破るのって寡兵が大軍を斃す時のテンプレなんだよなぁ……大丈夫かこれ……?

 

みぽりんが戦力の逐次投入を許すはずがないのは当然として、この状況もまだ愛里寿の掌の上である可能性は否めない。だって島田だし、愛里寿だからなぁ……劇場版でみぽりんの策を見切って203高地に陣取った一団をカールでフッ飛ばしたのは伊達ではない。

 思えば劇場版前哨戦でカチューシャがカール相手に手痛いダメージを受けたのはカチューシャの慢心を抑え込むためだったのかもしれないなーとか思ったり――――――

 

 

「―――持ってきてない、よな……??」

「エミさん?」

 

 

 みぽりんの声も耳に入らない。え?持ってきてないとは言い切れないよな?この状況で、敵兵力を分断したうえで合流した一団は敵のいるであろう場所へまっすぐ向かってるとこで―――愛里寿が襲撃してきた位置は俺たちがいたゴルフ場で―――

 

 

 

「エリカ!!赤星さんに連絡!即時散開!カチューシャたちがヤバい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 俺がその結論にたどり着いてエリカに叫んだタイミングで

 

 

 

 

 

 

―――地を揺るがす衝撃と、空気を震わせる轟音が周囲を埋め尽くした。

 

 

 

 




 やっと戻ってきたぁ


 元気 ■■■■□□□□□□ 満

 やる気■■■■■■■■□□ 満


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【 まほルート 第十九話 「 HOROBI NO UTA 」 】

 指揮官は戦場を俯瞰するために、最初は一歩引いた状態で自分の部隊の全体を見て、適切な判断で前に出る。それは西住流であれ、島田流であれ、基本中の基本である。

 ―――まぁ中には「我に続け!突撃!!」する隊長もいるのだが。

 ともあれ、敵部隊の発見と同時に包囲戦術を組むつもりで部隊を先行させ、後方で陣形調整を行っていたからこそ―――――カチューシャは生き延びることができたと言える。



「―――な、なに……?何が、起きたの……??」

 空を引き裂く飛来音とともに着弾、炸裂したナニカの衝撃で微妙に機能障害を起こしている聴覚では情報を精査できず、カチューシャは揺さぶられた脳のおかげでくらくらする視界を必死に戻しながら目を前方に向ける。


―――その光景を、何と形容すればいいのか。


 カチューシャは記憶からいくつか似た光景を浮かべていく。

 斜面になっていた地面を平らに慣らすような勢いで抉り取り、歪なクレーターめいたものを残す着弾痕。すぐそばにあった戦車たちは衝撃で吹き飛ばされ、近距離にあったものたちはひっくり返って横倒し、もしくは逆さまになって白旗が起動して機能停止してしまっていた。

 呆然自失は数秒。やにわに響く通信の音がカチューシャを現実に引き戻した。


『―――こちらあんこう!プラウダ隊・サンダース隊の皆さん!現地点から離脱してください!敵は長距離砲でこちらを狙撃しています!平地ではマトにされます!』
「ミホーシャ!!アレは何なの!?」

多少ヒステリックな叫びになったカチューシャの言葉に「おそらくは」と返して、みほは応答を返す。


『―――ロケット推進音がしませんでした。シュトゥルムティーガーではありませんから……

  ―――推定ですけど敵性車輛は、カール自走臼砲です』




『 本編と関係ないモブが出てくれば歴史は少しずつ―――いやどう考えてもこんな展開予想できんわ 』

 

 

 

>> others

 

 

 

「カール自走臼砲……って、そんなの認可が下りるの!?ありえないじゃない!!」

 

 けたたましいカチューシャの怒鳴り声に、隣に横付けする形で停車したシャーマンから顔をのぞかせたケイが肩をすくめる。

 

「―――生憎、サンダース(ウチ)が交渉してたのよ、カール」

「―――マウス対策?」

「イグザクトリィ!(その通りでございます)」

 

 ケイの言葉だけでその運用法に行きつくカチューシャに、ケイが神妙に頷いて見せる。

 超重戦車マウス。惜敗のリベンジに燃える黒森峰の上層部がテコ入れをして黒森峰女学園に齎された圧倒的な火力と装甲を持つ『戦車道のルール上最大を誇る超重戦車』である。これを運用するという話は黒森峰を偵察した学園艦は軒並み手に入れており、『いかにして攻略するか』で頭を悩ませていたのだ。

 カチューシャにしてもマウス対策のために街道上の怪物、KV-2の火力をあてにしていた部分がある。

 とはいえ、決勝戦での大洗のありえない倒し方を前に恐れおののいていた学園たちが皆度肝を抜かれたのではあるが。

 

「―――現行のルールでオープントップの車輛に許可が下りるはずがないわ。そんなのはカチューシャ様でなくてもわかるはずよ?」

「だから改良案と一緒に提出したのよ。オープントップ部分を全部天蓋になる装甲で覆って、自動装填の装置を取り付けて完成ってプランをね」

 

 つまるところそういう形でプランニングをして「これならOKでしょ?」と申請を出してお返事待ちだったところ同じような仕様で実装されたケースを目の当たりにしたという状態である。目の前のケイはホームコメディのジョーク枠よろしく「やってくれたわねー!HAHAHA」といった様子ではあるが、内心までを推し量ることはできない。が、それを問い詰める必要も余裕も今はない。

 カチューシャは思考を切り変える。

 相手に大火力の曲射砲が存在する以上、壁を用意しての押し包む包囲戦術は役に立たない。上空からやってくる魔弾が強引に包囲に風穴をあけてくる以上、戦術的に破綻してしまう。

 

「―――カチューシャ隊!応答しなさい!!ノンナ!クラーラ!ニーナ!アリーナ!!」

 

 通信機を手に大声を張り上げるカチューシャにケイも会話を切り上げてアリサに通信を繋ぎ残存戦力の確認を行う。

 

「ウチはアリサとナオミたちだけみたい。やってくれたわね、ホント」

「プラウダは6輛。でもノンナもクラーラもかーべーたんも健在よ!まだいけるわ!」

 

 被害総数は9輛。ものの見事に半壊させられてしまったプラウダ・サンダース連合が一旦状態を立て直す選択をしたタイミングで―――

 

「―――そりゃ来るでしょうね。カチューシャが相手の指揮官でもやらない選択肢はないわ」

「Woops!千客万来ね!」

 

 ―――敵追撃部隊。大学連合とヨーグルト学園の混成部隊が集結しつつあるプラウダ・サンダース連合に迫っていた。

 

 

 

*******  >> Others → Emi

 

 

 

 「助けに行きます!」

「無茶を言うな!お前はこの同盟の中心なんだぞ!?」

 

 Ⅳ号で救援に向かおうとするみぽりんと、それを止めるチョビの姿がある。

 カールの砲撃を食らったカチューシャたちからの報告は簡素なものだった。部隊は半壊、だが半数は生きのこっていて、ノンナクラーラも無事。不幸中の幸いとはいえ、追撃部隊が迫っているという。

 

「―――こうなったのはカチューシャの責任だからね。ミホーシャたちは残った戦力で作戦を考えなさい。カチューシャたちはここで追撃部隊を食い止めてあげる。プラウダの実力、見せつけてあげるわ!いい?絶対に助けに来ようなんて考えるんじゃないわよ!ミホーシャの性格を相手はわかっていて追撃部隊を仕込んでるはずだからね!!」

 

 カチューシャからのこの報告を聞いたみぽりんは当然「助けに行かないと!」と考えるわな。みぽりんならそうする。ガルおじならみんなきっとわかってると思う。そんなみぽりんの様子に待ったをかけるのはドゥーチェ・アンチョビ。何しろみぽりん率いる大洗が中心とならないと大同盟が破綻する可能性が高いのだからしょうがない。あーだこーだという押し問答を繰り広げている間にも時間は進む。

 

 

 ―――そんな様子を呆けた状態で見やっている俺は天翔エミ。元ガルおじのTS転生者である。

 

 

 いや実際ね?みぽりんをどげんかせんといかんとは思うんですよ?

 でもね?愛里寿がわからんとです。何考えてるのか全く分からないので真意を問いたださないと何もわからんとなんです―――。

 正直チョビの言うことも尤もで、カチューシャを救出に行った結果、追撃部隊の周囲に兵が広く配置されてて釣り野伏だったり、或いは囲呉救趙、という可能性がありありと見えているんだろう、チョビの脳内では。

 

 そんな逡巡を脳内で高速回転していた俺の背中を、誰かがとんと押した。

バランスを崩されて前に軽くジャンプする形になった俺はヤークトから降車する。振り返った俺の視線の先に、車長の姿があった。

 

 

「―――行きんしゃいな。天翔さん」

 

 

 そんなことをイイ笑顔で言ってくる車長に戸惑いを隠せない俺氏、困惑である。

 

 

「天翔さんがどうしたいかくらい見てればわかるよ。みんなを巻き込みたくないとかふざけたこと考えてるみたいだから、ちょっと行ってちゃっちゃっと片付けてくればええんよ」

「ヤークトで待っててあげるから。カチューシャさんが言ってたのは『部隊』であって、天翔さん単騎なら問題にならないでしょう?」

 

 砲手の人もハッチから顔を覗かせてそう言って笑う。

 

 いや違うんですよ、カチューシャを助けるとかそういう話ではなくてですね?―――と脳内で弁明していた俺に、その時電流走る―――!!

 

 

「―――ありがとう。行ってくる」

 

 

 俺はとりあえずいつも通り笑顔で応えて単身森の奥に消えようと―――

 

 

「―――待てエミ。私も行く」

 

―――できなかった。何でやまぽりん(服部感)

 ティーガー1に乗ったままのまぽりんが地上の俺の横に幅寄せする形で止まり、上からまぽりんが俺を見下ろしている。

 

「―――ノンナには『いざという時はカチューシャのことを頼む』と頼まれている。今はその時だと強弁できる。

 

 何よりも―――あの時と同じように単身君がいなくなることが不安でたまらない」

 

 

 ―――マフラーで口元を隠し俯く俺。こらえているのは当然―――吐血である。

いや本当待って、不意打ちで殺しに来るの待って。俺今ここで血とか吐いたら没収試合やん。どう考えてもこの状況で倒れるとかヤバすぎるやん。まぽりん消化不良でドイツ行き保留で西住流がヤバい。みぽりん曇る、エリカも曇る、大洗はまぁともかくとして没収試合となったら愛里寿(島田流)と文科省が何してくるか読めやしない。ここは耐えろ。耐えるんだ俺―――!!

 

 

「―――ワカッタ、イッショ、イク」

 

 

 原始人か日本に来たばかりの外人ばりのたどたどしい日本語でそう答えるしかなかった。

 しょうがないやん。口の中が血の味で舌が回らなかったんだから。

 

 

 

 ****** >> Emi → Maho

 

 

 

 「―――行きんしゃいな」

 

 ヤークトの車長の言葉に困惑するエミを見て「ああ」と心の中でスゥと腑に落ちる部分があった。

 

 エミはカチューシャたちと自分たちのどちらを救うべきか天秤にかけていると。

 

 島田愛里寿をどの程度の強者とみているか、エミ自身のその物差しはエミにしかわからない。が、少なくとも『私ですら後れを取るかもしれない』というのが彼女の考える島田愛里寿なのだろう。

 

「―――待てエミ。私も行く」

 

 知らず、そう口にしていた。

黒森峰は新体制に移行すべきだから逸見に任せる。連合の要はみほが担うべきなのでみほが気後れを起こす私という存在はむしろ不協和音に成りえる。そう考えるとこの選択はベストではないがベターな判断と言える。

 

 が、所詮は後付けだ。

 

 私がエミについていくと決めた本当の理由。それは―――

 

 

 

 

 

「―――待ってたよ。エミリ」

 

 

 

 

 

 ―――この女とエミを二人きりにしたくなかっただけの、何とも浅ましい―――底の見える情念に過ぎない。

 

 

 

 




****** >> Maho → Emi



 カチューシャを助けるために戦闘行動に入ったらどっかで単独行動して愛里寿を探さないとなー

 なんて考えてた時期が俺にもありました。

まさか相手から待ち伏せしてるとか思わんやん。まぽりんが考えた『相手の裏を突くコース』やぞ?畜生!島田のニュータイプ(新生児的な意味で)は化け物か!!戦車道のトップに君臨する連中はどいつもこいつもソナーか瑞雲でも詰んでるのかってレベルでこっちの行動を先読みしてくるな本当に!!

「島田愛里寿。居ると思っていた」

 そんな俺の内心でのあらぶり加減と全く関係なく、いつも通りのクールなまぽりんに内心の俺は沈静化する。どうやらまぽりんは愛里寿に裏をかかれたのではなく、わざと愛里寿が読んでくると思ったコースを選んだらしい。何だこの達人の盤上遊戯。

「―――単刀直入に言う。お前は何を考えている?」
「……私もそれが聞きたかった。愛里寿、君は何がしたいんだ?」

 まぽりんが話しを切り出してくれたおかげで俺も質問がしやすくなった。
おかげで愛里寿の真意を聞きだすことができる。まぽりんの顔を横目で見るが、まぽりんの視線は愛里寿から外れない。外せないと言うのが正しいのかもしれない。

 愛里寿は、モンブランカラーのきれいな髪を揺らして子供らしい愛らしい笑顔を浮かべて、言った。


「―――私が『天翔エミの戦車道の生涯における、最後の敵になる』

 そのためには、他の学園のライバルは皆わたしが潰さなきゃいけないもの」


 可愛らしい笑顔に似つかわしくないクッソバイオレンスな一言が飛び出していた。



「エミはもう何も気にしなくていいんだよ?わたしがエミを助けて見せるから。
 エミを助けるから、残りの人生を島田で生きて欲しい」

「―――待て、どういう意味だ?」


 愛里寿の不穏な言葉にまぽりんが突っ込んだ。
 そんなまぽりんを愛里寿はかわいそうなものを見るような目で、同時にとても憎らしいものを睨みつけるような凄みのある恨みのこもった目で見つめて、口を開く。


「―――あなたのせい。あなたがエミをここまで酷使したから―――


 ―――天翔エミの戦車道生命も、生命そのものも、あと10年もせず尽きる」




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【 まほルート 第二十話 「 HOROBI NO UTA・後 」  】

ダー「天翔エミィィ……何故貴女が人外の力を発揮できるのか?
   何故日常生活を送っているのにふとした時に吐血するのか?
   何故味覚や視覚が鈍くなっているのか!!その答えはァァ―――」

まほ「それ以上言うなー!!」



【覆面装填騎兵(ライダー)エミゼイド 18話『暴かれしTRUTH』】





うそです(AA略)



~『 私とみほ?よく似ているだろう?……姉妹だからな 』~

 

 

 

 

 >> Emi

 

 

「―――天翔エミの戦車道生命も、生命そのものも、あと10年もせず尽きる」

 

 

 な、ナンダッテー!?(AA略)

 

 

とまぁ内心でトマルとナワヤに叫ばせてみた。

 

 俺の内心としては―――人生短すぎてワロタwwwwwww蝉かよマジ草生え過ぎて水田できるわー大豊作だわー。的なコメントしか浮かばない件。

 

 いやしかし、俺の超絶パゥワー(巻き舌)が一体どこから湧いてくるのかまるで分らなくて「すごいね人体」って言葉で刹那で忘れちゃった!して目を背けていたが……よもや火事場のクソ力どころではなく我が身を削って(強制的に)パッシブ発動してたとは―――見抜けなかった!このエミハクの目をもってしても……!!

 

 ともあれ、現状問題になるのは―――この話が愛里寿以外誰に周知されているのか、である。

 

 何故って?こんな話が大洗のなんだかんだで人の好い戦車道メンバーに知られた日には戦車道の世界に俺の居場所なんぞ無くなってしまう。

 だがそれはまぁ別にいいんだ、多少惜しいと思うところがあるだけでそれほど重要なことじゃない。大事なのはみぽりんとエリカ、この二人に情報が渡ってしまうのが最も不味い。

 なんだかんだで俺との接点が多いあの二人に情報が渡るようなことになれば、大体が内向きにネガティブなみぽりんは自分のせいだと謎の自己嫌悪を発症するし、エリカの場合最悪ヘイトを西住家に向けてしまうかもしれない。そうなったらみほエリの成就という芽吹いたばかりの若草だらけの花畑の如き俺の理想郷(アヴァロン)は無尽の荒野にジョブチェンジ。不毛の大地に変わり果てたセカイに墓標のごとく戦車の砲塔がそそり立つ丘で独りピロシキして果てるだけの未来が待つだろう。

 

 そんなもん世の中の誰も望んじゃいないだろうし俺も望まない。そう思うだろ?アンタも。

 

 そんなこんなな内心をできる限り内側に隠しつつ、ティーガーにタンクデサントした状態のまま愛里寿に声をかけてみる。

 

「―――愛里寿。その話は、誰か他に言ったか?」

「ううん、言ってないよ。だってエミはそんなこと望んでないもの」

 

 俺の言葉にさっきまで憎々し気にまぽりんを睨んでいた愛里寿がパッと目を輝かせて微笑みを見せる。恐ろしく早い変わり身、俺でなきゃ見逃しちゃうね。二重人格を疑うレベルの変質ではあるが、笑顔で天使な愛里寿を見ているとさっきまでのが幻覚か悪い夢だったと思えてきてしまうのだから始末が悪い。

 すーはーと深呼吸を繰り返して、努めて平静に言葉を続ける。

 

 

 

「―――だったら話は簡単だ。その話は、ここだけの秘密ってことにしておいてくれ」

 

 

 

 そう言ってハッチから上半身を覗かせているまぽりんの方へと視線を投げる。無表情な中にわずかに動揺が見える視線の揺れだけを見せて、まぽりんは視線を愛里寿から切らずに静かに頷いて見せた。

 

「そっか……それがエミの答えなんだね」

「言った私が言うのもなんだけど……愛里寿はそれでいいのか?」

 

 どうして?と問うこともなく俺にそう返す愛里寿に逆に俺の方が戸惑いを隠せない。なんで?

 

「いいよ。もともとエミ以外に伝えるつもりはなかったから……そこの元凶を見ていたら我慢できなくなっちゃっただけ。そういう意味ではごめんなさい」

 

 神妙に頭を下げる愛里寿。だがそれでもまぽりんから視線を切っていない辺りお互いに戦闘中という認識で居るのだと理解できた。

 

「エミ。単身で行かせることになるが、カチューシャたちの方へ向かってくれないか?

 ―――わたしはここでコレを足止めしておく」

 

修羅ガンギマリしてる目で愛里寿を睨みつけているまぽりんからそんな提案が飛び出てきたことに驚きしか感じ得ない。が、まぽりんがどうやら俺の命をさほど気にしていないようで若干俺の胃袋が平穏を取り戻してくれている。

 

 

 

「―――任せた」

 

「任せろ」

 

 

 

 短いやり取りを残して、ティーガーの上からジャンプ一番樹の上に。そのままその場を後にした。背後では北斗練気闘座がBGMで流れそうな光景が広がってることだろう。

 

 

 ―――正直まぽりん単騎で愛里寿を足止めできるのかとなると若干不安が残る。

 

 

 だが大丈夫だ。 だってまぽりんは、西住まほなのだから。

 

 

 

 ********  >> Emi → Maho

 

 

 

 目の前の愛里寿から視線は切らない。エミを追うことがないのは【視線を切ったら討たれる】と理解しているからだろう。

 油断をすれば食い破られる拮抗。

それが今の目の前の敵と自身の能力の差。互いに譲らない程度の力量差を埋めるのは―――覚悟と集中と経験の差。

 

 

「―――平然としているのね」

 

 

淡々と、責めるように声を上げる目の前の敵に―――

 

 

「―――当然だ。私は……“私たちはすでに知っていた”」

 

 

 そう、返していた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「……今、何と仰られたのですか?

 

 ―――もう一度仰って下さい、お母様!!」

 

 

 後半、声を荒げてしまった自分が居る。ぎゅっと握って和室の畳の上についた手がそのまま畳にめり込みそうなほどに力が体重がこもっている。その反面、血の気は失せていってまるで幽鬼のようだ。

 

 

 

 

―――だってそうだろう?

 

 

 

 

―――母は今何と言ったのだ?

 

 

 

 

 

「―――天翔エミの余命は、長くてもあと15年。これは医師の方の診断によるもので、診断書も出ています。疑う余地がありません」

 

 

 

 

 

―――こんなこと、あっていいわけがないじゃない。

 

 

「療養は―――できないのですか?」

 

 

 もしもこの時「できる」と答えが返って来ていたら、私はエミのいかなる弁明も無視して万難排して彼女を監禁に近い状態で無理やりにでも療養させていただろう。

 

 

「―――無理よ。死因は……老衰なのだから」

「馬鹿な……!!」

 

 

 詳しい診断書に書かれていた情報すら断片的で、予想の域を出ないものであった。そのエミの身体能力は専門家の目をして一言で「ありえない」というもので、そしてその代償が【その命を削っている】という説明に膝から崩れ落ちそうな自身を支えることで精いっぱいだった。

 先日の戦車道高校生大会決勝戦。その後の西住家の話し合いの場に同席したエミの突然の吐血騒動。その醜聞を隠すためとはいえ、西住家の影響力の及ぶ範囲の病院にエミを運んだのは僥倖だったのかもしれない。唐突な吐血に不審に思った母がエミの身体について詳細に診察させたことも、その結果この診断結果が手元に来たことも。そこに計り知れない運命というものを感じる。

 

 

 

 

 『天翔エミの細胞における分裂速度は常人のそれを上回っており、それが傷の回復を早めている要因であり、筋力などの底上げにもつながっている。反面、細胞増殖の限界に達する速度も速く、常人の三倍ほどの速度で成長・老化している。齢30を数える頃には常人で言うところの90歳。そこまで生きずして限界を迎えて老衰で死亡する。』

 

 

 

 

 

 その診断書の淡々とした文章に心がへし折れてしまいそうだった。

 

 

「みほには―――どう伝えるのですか?」

 

 

 ようやく絞り出した私の言葉。ただそれだけがやけに億劫だった。

母はしばらく考えるように沈黙して、やがて口を開いた。

 

 

 

「―――あの子は、今は西住ではありません。この意味がわかりますね?」*1

 

 

 

―――つまり、【伝えない】ということなのだろう。

 

 

 

 みほは優しすぎる。その心根は大切なものだが、エミのことになると致命的になりかねないから、母の判断は妥当だと言えた。もしもみほがこの事実を知ったとしたら―――エミを有無を言わさずにやんわりと拘束し、軟禁に近しい状態で【保護】を強弁しかねない。 

否。仮に私がみほと同じ立場に立たされ、結果みほと同じようにエミに助けられていたのならそうするだろう。

 

 そして“それはエミが望んでいる答えではないのだと確信ができているからこそ、みほには黙ったままでいるべきだ”と、私の心が背中を押した。

 

 

 かくて、私は何一つみほに伝えることはなかった。同じようにみほと情報を共有する可能性のある対象である逸見エリカ、赤星小梅を含んだみほと同期のメンバーにも口をつぐみ、信頼できるティーガー1の車輛メンバーにだけ、緘口令を敷いたうえで真実を打ち明けた。

 はじめは皆驚き、そして同時に酷く嘆きを見せた。そして「エミをこれからどうすべきなのか」という相談を始めるに至った。

 

 

 

 そのタイミングで提案されたのが天翔エミの各学園艦傭兵記録と、そこから派生した【大饗宴】である。

 

 

 

 間が悪いと言ったものではないと最初は思った。だが“副賞”の話を聞き、ダージリンの真意を問い正した時、私の中に確かな火がともった。天翔エミの今後を左右するこれこそが、エミ自身に未来を選ばせることができる分岐点なのだと。

 すべての情報が出そろった翌日、私は黒森峰の生徒たちを集めた。そして彼女たちの協力を仰いだ。

 

 

「天翔エミの未来は、天翔エミが決めるべきものだ。だから私はエミの未来を決める権利を得て、その権利でエミ自身に未来を選択させたい」*2

 

 

 私の言葉に、皆賛同を示してくれた。

 

 

 ダージリンとの同盟目的も、“勝者となってエミを助けるため”に置き換わった。周囲を騙す形になったとしても、最悪の場合は後ろからダージリンを討つ覚悟すら決めていた。その決意が無駄になったことにほっとしている己も確かにいる。

 

 

 

 ******

 

 

 

「―――だったら何故エミを殺そうとするの?戦車道を続けている限り、エミはじわじわと死んでいくのに」

「―――わからないだろうな。お前には」

 

 咎めるような憎しみの瞳を、嘲笑で返す。自分でも驚いているほどに、胸の奥底でグルグルと螺旋を描く黒い感情が止まらない。

 

「―――エミにとって戦車道はこれまでの人生すべてだ。己の命を懸けて挑んできたものだ。私にとっての西住流と同等、それ以上のものだ。

 それを取り上げておいて“自由に生きろ”と告げるお前の方こそふざけている。エミをじわじわと殺している?それはお前の方だ―――偽善者が」

 

 中学生ほどの少女に向ける感情としてはやりすぎかもしれない。けれどこの感情の抑えどころを、今の私は知らなかった。

 何故なら目の前の化け物はそれと同じかより強い憎悪を宿して私にぶつけてきているのだから―――。

 

 

「―――キモチワルイ 自分が正しいと欠片も疑っていない 酷い女」

 

「―――お互い様だ」

 

 

 言ってからするりと自分の中に合点がいった。

 

 

 

―――目の前のこの少女は私だ。

 

 

―――エミに出会うことなく、名家の重圧を苦にしていなかったころの私だ。

 

 

―――そしてエミに出会って、エミを失った直後の私であり

 

 

 

 

 

――― エ ミ が 他 人 の 物 に な っ て い た 場 合 の ―――

 

 

 

 

 

 

「――――ははっ」

 

 

 小さく吐き出されたのは自嘲の声。

 

 

 

成程こんなにも目の前の存在が憎いわけだ。

 

 

こんなにも目の前の存在が醜く映るわけだ。

 

 

ならば彼女が間違えていると諭すのも、正すのも、倒すのも―――

 

 

 

 

 

 

「すまない。私はどうやら勘違いをしていたようだ。

 

 

 

 ―――お前を倒すのは、私の義務だ。それ以上でもそれ以下でもない

 

 

 

 

 目前の敵を見据え、瞬きすら忘れたように視線を集中させる。

合図を今か今かと待っている操縦手に向けて―――“踏”をひとつ

 

 

 

 

―――そうして、決戦が幕を開けた。

*1
あの子は今は西住の家から勘当されている扱いだから私からは公に干渉できないの。だから貴女から適当なタイミングで伝えてちょうだいね?

*2
マホ「エミの未来はエミのものだ。私はエミに選んで欲しいと思っている」




>> Maho → Others


「―――ここまで、ですか」

 カチューシャのT-34を護る盾としてその身体で守りを固めていたノンナが小さく呟いた。JS-2の装甲にはいたるところに被弾痕を残し中破状態。その後ろでT-34の隣に立ち砲撃しているKv-2が次の役目を引き継ぐつもりで一歩前に出た。

『―――カチューシャ、私とニーナが殿を務めます。サンダースを連れて撤退してください』
「何言ってるのノンナ!!犬死にするつもり!?」

通信機から響く声をカチューシャのけたたましい声が被さって打ち消した。

『状況を正しく認識してください。我々は詰みに近い―――わかりますか?【詰みではない】のです。
 カチューシャ。貴女はこの戦いになくてはならない存在です。ウラル山脈より高い理想とバイカル湖よりも深い思慮を秘めている!!貴女と“彼女”ならばきっと―――』

 通信を遮るように、炸裂音が通信機から響く、間をおかず衝撃を浴びて車体が揺らぐ。JS-2の履帯が片側破損し、もう動けなくなっていた。

『―――命ある限り、仕留めてみせます。あとは任せましたよ、カチューシャ』

覚悟を決めたノンナの遺言めいた言葉に、カチューシャの目から零れ落ちた涙。

「撤退よ」そうカチューシャが声を上げようとした、その時―――



「―――すまん。ちょっと、遅れた」



ぽつぽつと、降り始めた雨の中、空を割いて―――“鴉”が舞い降りた。

 鴉は悠々と空を駆けるように舞い、そのままJS-2の上に両足で着地する。
ハッチを開いた黒い姿が転がるように車内に入り込み、装填席の後ろにそのままぽすんと収まった。


「―――何故来たのですか?来るなと言っていたでしょう」


咎めるようなノンナの言葉に


「ノンナはカチューシャを見捨てろって言われて諦めるのかい?」


揶揄うようにそう返して、装填手と交代した鴉―――天翔エミはニヤリと笑って見せた。


「―――無理です」
「じゃあ自分が無理なことを人に言うのやめよう、な!?」


 勢いで押し切られる形になったノンナはひとつ溜息を吐いた。そうしてカチューシャに通信をひとつ。


「カチューシャ―――すみません、状況が変わりました。周囲を掃討するためにも、部隊に指示をお願いします。
 ―――それと、JS-2(こちら)は残弾すべてを打ち切るつもりで行きます。終わったら、そちらに乗り換えを具申します」

『―――さっさと終わらせなさい!!試合が終わったらラーゲリ送りでお説教なんだからね!!エミーシャ!貴女もよッッ!!!』


 涙声を上書きするような怒鳴り声に、エミが「なんで?」と呟く。
「ご愁傷さまです」と返して、ノンナはクスリと笑って照準を覗き込んだ。

「―――では、“吹雪(ブリザード)”の本当の恐怖を刻んで差し上げましょう。よろしいですね?同志エミーシャ」
「了解。装填は任せろ!!」

全弾を吐き出す覚悟を決めた以上、照準をしっかり狙う必要はない。
次弾に懸念する要素もない。

ノンナは照準の向こうに映るヨーグルト学園の戦車たちの冥福を、ほんの少しだけ祈って、カチューシャを怖がらせた罪と相殺したうえで秒で忘れて引き金を引いた。


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【 まほルート 第二十一話 「 一度だけの故意なら(いっぱつだけならごしゃ) 」 】

「“虎の翼”確認―――アレは“今はまだ”隊長の獲物だから撤退するわよ」
「下手に戦うとこっちがやられるし、勝ち過ぎたら落しちゃうしね。『撃破してはダメ』とか、隊長も難題を出してくれるわ……」

 M26パーシング2輛が後退を始めると、撤退支援のためにヨーグルト学園のチャーフィーとT-34が前に出て盾になった。次の瞬間そのチャーフィーを駆るヨーグルト学園の名もなきモブはIS-2に狙撃され白旗を挙げる。その直後懸かるに3秒、照準移動に僅か2秒の5秒程度で次の魔弾が放たれ、チャーフィーに続いてT-34が軽くノックバックしながら白旗を挙げた。

「―――本当。反則過ぎるわ、連射が利く重戦車って―――」

 メグミが肩をすくめてそう呟き車内にもぐりこんだ。そのまま逃げに徹する3輛のパーシングは被弾することなく華麗に逃走を成し遂げた。




> Others

 

 

 「―――状況、終了。追撃よりも撤退を具申します」

「間違いなく撤退支援も含めてカールの狙撃が来るだろうしなぁ」

 

 ノンナの報告とエミの呟きを、カチューシャは仏頂面で聞いていた。IS-2から自分のT-34/85に乗り込んできたエミからぷいと顔を背け、クラーラのT-34/85に乗り込むノンナも無言で見送っていた。

 

「あー……その……ごめんね?」

「何でカチューシャが謝ってもらわなきゃいけないの!?勝手に突撃して、勝手にボコボコにされたのはカチューシャの方でしょ!!」

 

 おずおずと問いかけるように声をかけたエミに逆切れを決め、再びそっぽを向くカチューシャ。取り付く島もない様子のカチューシャに、エミは少しだけ考え込む様子を見せたが―――

 

「それでもごめんと言わせてくれ。今の状況は私のせいなんだから」

「……何なのよもぉ……」

 

 エミはそういって深々と頭を下げる。こうなるとまるで自分が意固地で聞き分けのない子供のように感じられてしまうカチューシャは小さく悪態をつくことしかできない。素直に失言を撤回したくとも、自分のちっぽけなプライドに邪魔されて言葉に詰まってしまう。

 そんなカチューシャの様子を尻目に、エミはやや考え込む様子をみせた。

 

「―――どうあれ、下がってみんなと合流して欲しい。できれば……いや、まほの救助は多分できないから急いで合流しよう」

「マホーシャの援護が必要じゃないの?」

 

意外そうな声を上げるカチューシャに、やや答え辛そうにあらぬ方向を向くエミ。

言葉を選ぶようにして、ぽつりぽつりと説明していく。

 

「……正直、まほの相手―――島田愛里寿は化け物だ。それも状況によってはまほ以上のね。疲弊した戦車、それも間に合わせの寄せ集め部隊で突撃してもいいカモにしかならない。最悪まほがこっちをフォローしようとして撃破される可能性がある」

「……そこまでなの?」

 

ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。カチューシャは知っている。西住まほがいかに“規格外の化け物”なのか。そして目の前の少女がベクトルこそ違えど同じくらい在り得ない規格外だということを。その彼女をして【化け物】と言わしめる見た目通りの幼さの少女は一体どれほど在り得ない高みに居ると言うのか……?

 

「まほも状況は理解してるはずだ。時間を稼ぐことを念頭に置いて、ダメージを避けて戦ってると思う。その間に本体と合流して全員で救助に向かえば、愛里寿は本体と合流するなり本隊を別動隊としてこっちにぶつけようとするなりするはず。その間にまほが逃げる隙が生まれるはずだよ」

「―――よく見てるのね」

 

 戦術眼と戦力を図る眼。その目から見た全員の戦力の図に明確な差を感じて、カチューシャは面白くなかった。自分の手の中におさめようとした宝石が、はなから自分を見ておらず、お決まりの場所しか見ていないような錯覚。

 これまで自分がやってきたことが独り相撲で益体のないものに感じられてしまう。

 

「―――なんかもう、なんだろ……」

「カチューシャとみほが組み合わされば、多分愛里寿を封殺できる戦術が組める……と、思う。みほのあきらめない戦術と、カチューシャの包囲戦術ならきっと」

 

 ぼそりと呟くカチューシャの言葉も届いていないのか、エミはかつてないほど饒舌に作戦について語っている。まるで焦りをごまかしているかのように。

 

 

―――否。焦っているのだ。

 

 

 戦友の危機に、これ以上ないほど焦っている。表情もやや硬い程度で見透かせない程の薄さではあるが、エミの様子の違和感をカチューシャはそう結論付けた。

 

 彼女と西住まほは比翼の鳥だ。そう誰かが言った。

 

 比翼連理とは、互いのどちらが欠けても成り立たない。けれどダージリンは証明した。

 

 

 

―――天翔エミが殆どの相手にとっても【比翼】に足りえると。

 

 

 

 そんなエミを己の翼として羽ばたきたい戦車乙女たちがこぞって参加したのがこの大饗宴、だというのにその件の【翼】はただ一人しか見ていなかったことになる。この状況はどうだ。これでは自分はただのピエロではないか。

 

 

 

「……Как дурак(馬鹿みたい)

 

 

 

 カチューシャはぼそりと呟いて、ノンナ・クラーラが乗るT-34/85へと通信を繋げる

 

「ノンナ!クラーラ!あなたたちはマホーシャの援護に向かいなさい!マホーシャを援護して可能なら即撤収!いいわね!これで貸し借り無しにしてきなさい!!」

 

『『Арахора Сассер!!』』

 

「だから本当その掛け声何なの!?」

 

 

声を揃えて駆けていく戦車を怒鳴り声で見送るカチューシャは、手がかかってしょうがない子供を見送る母親のような表情をしていた。

 

 

 

 

 ―――と、天翔エミはのちに語った。(戦車道広報より)

 

 

 

 

 

*******  Others → Emi

 

 

 

 逃げるやつぁ大学選抜兵だぁ!逃げないやつぁよく訓練された大学選抜兵だぁ!

本当に戦車道は地獄だぜぇー!!フゥーハハハァァァァァ!!!!

 

 

 

 

―――とか、そんな感じの素敵な夢だったのさ……(夢想感)

 

 

 愛里寿のショッキングな宣言だとか、知波単の「この命を懸ける!」とか、この短期間で起きた色々な精神的なもにょもにょするフラストレーションを全力でYA☆TSU☆A☆TA☆RI☆ミした結果、IS-2の残弾と引き換えに敵戦力は潰走。パーシングのミミミは初手全力で逃走したんでどうにもできなかったが、代わりに攻めてきたチャーフィーとT-34は撃破できた。敵部隊は合計で20輛なので残りは18輛。対してこちらはカチューシャ、クラーラ、ニーナたちの3輛とアリサナオミおケイさんの3輛の6輛+黒森峰赤星隊5輛のうち3輛が生きのこったことになるので9輛。みぽりんたちの部隊と合わせると35輛。一応まだギリギリ倍の兵力差がある。

 

 

 

 

 ―――が、ちぃーーっとも安心できなくなってきた件。ええい!島田の戦車道娘は化け物か!!

 

 

 

 

 そんなこんなな内心の叫びを押し殺しつつカチューシャの戦車に乗り込んでみれば、「私不機嫌ですけど」オーラが周囲に垂れ流されて車内の空気が御通夜ってレベルじゃねーぞ!な世界がこんにちわである。

 察しの悪い転生主人公とかは「何で?」って思うだろうし口に出すだろう。だが、このガルおじ道〇〇年。転生してもまだガルおじ道の俺、天翔エミは一味違うのだ。この程度の不機嫌、何が原因か一発で理解できると言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ごめんねカチューシャ!そらそうよね。

 

 

 俺などというモブが乗り込むよりノンナがこっち乗ったほうが良かったよね!!ノンカチュ的に考えて!!

 

 

 死を賭して盾になろうって決めたノンナの劇場版屈指のかっけぇシーンから奇跡の生還!これは感動的なノンカチュてぇてぇですわぁ……になるべきはずのタイミングでめっちゃ無粋に邪魔してしまったよね本当申し訳ない!これは責任問題として定義すべき議題と言えよう……!!本来ならノンナが乗り込んできて感動的に抱き合ったりするとこだよなぁ……そう思うだろうアンタも?

 

 

 

 

―――とりあえず「(ノンナじゃなくて)ごめんね?」と謝ってみた。

 

 

 

 

 不機嫌オーラが倍増した。

 

 これアカンやつや節子。いやごめんね!マジごめんね!今俺なんぞよりノンナと顔逢わせてお互いの無事を称えたいよね!本当にごめんね!?全部終わったらケジメるから許して!!

 

 

 ―――気分を変えるために思考を試合に切り替える。愛里寿はまぽりんが抑えている。二人ともまだ前哨戦なのだからそこまで無茶はしないだろう(希望的観測)

そのうえで、できればカールを無理くりにどうにかしておきたい。原作ではミカァ!の獅子奮迅の活躍と、会長とチョビの合わせ技でものすごい力技な倒し方で勝ったけれど、フィールドが違う現状、おなじ倒し方ができるとは考えにくい。だがカールの撃破方法なんぞどうすればいいのやらといった状態。頼みの綱になりそうなのはカチューシャ隊のかーべーたんとウチのヤークトでパワーで押し切るくらいしかない。幸い確かカールの装甲板って非装甲処理されたただの鋼板で、厚さも10mm程度のホントにただの鉄板みたいなものだったはずだし、128㎜なら悠々突き抜けて致命傷を与えられるはずだ。

 

 

 

―――頭使い過ぎて色々壊れそうだわ……のんびり静かにみほエリとかその他を生暖かく見つめて余生を過ごしてぇよなぁ俺もなぁ……。

 

 

 

 

あと10年くらいで燃え尽きるらしいけどな俺!(他人事感)

 

 

 

******* Emi → Miho

 

 

 

「―――隊を2つ、もしくは3つに分けましょう」

 

 私の言葉に最初エリカさんは難色を示していた。

エミさんからの連絡で残存車輛は相手の約2倍の数だということは計上できた。けれど戦力の差や今後の方針を考えるうえでどうしても切り離せない問題が出る。

 

 “将”が多すぎる。

 

 大同盟と銘打って盟主として大洗が陣頭指揮を執っているけれど、お互いのスタンスと各陣営の被害の具合で指揮系統に乱れが生じる。ケイさん、カチューシャさん、エリカさんにお姉ちゃん、ダージリンさん。各陣営の隊長・副隊長の持つ自分たちの戦術眼ごとに各陣営への指示もバラバラになってしまう。その隙を許すほど甘い相手じゃない。それは島田愛里寿ちゃんの姿を見たあの時に肌で感じた。

 

「今のままだとお互いに作戦指揮がぶつかってまともに運用ができません。各陣営の小隊長以下へと指揮下に敷くことで隊を運用できると思います」

「……確かに、今のままだと隊が空中分解しかねないけど……」

 

数の上で勝っている状態から隊を分散せざるを得ない状態に、エリカさんの逡巡もわかる。今の状況は大軍を運用する将としては愚策も愚策と言える最悪の展開だから。

 

「―――もしもあちら側が部隊を各個撃破するために戦力を集中させるなら、フリーになった部隊にカール自走臼砲を撃破に向かってもらいます。相手が部隊を分けて当たってくれるなら、数の利を生かして戦いましょう」

「……そうね。今のままじゃそれ以上の作戦はない。か……」

 

 最終的にはエリカさんも納得してくれたので部隊の振り分けに入る。

各隊長格の作戦能力と戦術を鑑みて、お互いの主張が重ならないように吟味しながら、空を見上げる。

 

 曇天の空は雨になりそうでならない、嫌な空模様でまるで今の自分たちのよう。

 

「―――お姉ちゃん……エミさん……」

 

 思わず口をついて出る言葉には、自分の弱さが外に出ているように感じられた。

 

 

 

 

 

*******  > Miho → Others

 

 

 

 

 ――― 一方で、西住まほと島田愛里寿の方は

 

 

 

 死闘 と呼ぶことすら生ぬるい激戦の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 雑木林を駆け抜けるセンチュリオン。停車と発進を繰り返したチェンジオブペースで駆け抜け照準を定めさせない愛里寿を相手に、最小限の動きで狙撃を狙うまほ。お互いの車体には避弾経始で殺しきれなかった被弾痕が刻まれている。

 

 互いにノーガードとは言わない。が、どちらも退くことはなく強い殺意を剥き出しにした二匹の獣が牙を突き立てようと接戦を繰り広げていた。

 

 

 

互いに考えていることはひとつ。

 

 

 

 

“ここでこいつの息の根を止める”

 

 

 

 

奇しくも一致したお互いの想いはお互いを殺す殺意に変貌し、互いに己のダメージを考慮しない殲滅戦へと転化した。お互いの搭乗員は隊長を信頼し心酔し、そして互いに「己の隊長こそ最強だ」という自負を持っているため止める人間などいない。どちらが先に潰れるかのチキンレース。デッドヒートは苛烈さを増していく。

 

 

 

そこへ―――

 

 

 

 

 ドォンと空を裂く音が響き、二人の戦場の脇を抜けて立木のひとつにぶち当たり半ばから圧し折って見せた。

 

 クラーラの指揮するT-34/85が雑木林を抜けてゆっくりと現れる。 衝撃と新たな乱入者に動きを一度止めた二人の前にクラーラとノンナが顔をそろえて姿を見せた。

 

「―――貴女らしくもないですね、西住まほ。こちらの状況は終了しました」

「そうか。少し待っていてくれ」*1

 

 

 変わらず戦闘を再開しようとするまほのティーガー1の至近距離に、T-34の砲弾が着弾する。

 

 

「―――何のつもりだ?」

「それはこちらのセリフです。カチューシャから『マホーシャを連れて帰れ』と言われています」

「……関係ない」*2

 

 

 ただ目の前の愛里寿(てき)を殲滅するために気炎を上げるまほに、ノンナは絶対零度の視線とともに、まさに“吹雪(ブリザード)”といわんばかりの冷たい言葉を浴びせ続ける。

 

 

「貴女のその有様を見て、エミーシャはどう思うでしょうね?」

「……エミなら理解してくれる」

「そうやってエミーシャに寄り掛かっておんぶにだっこが貴女の真実ですか、そうですか本当に救いようがないですね」

 

 

 冷ややかな瞳を向けるノンナとクラーラを尻目に戦いを続けようとするまほと愛里寿の後ろから

 

 

「姫様~?こっちも撤収してくださいってさー」

 

 

 履帯の音を響かせて愛里寿の後ろから現れた新手が今度は愛里寿に声をかける。

無言でまほを睨みつけていた愛里寿がその声に反応し、やがてふいと視線をまほから切って踵を返した。

 

 

 

 

 まほは動かない。愛里寿の後ろから現れた戦車が自分を狙っているから

 

 

 

 

「―――次は潰す」

 

呟くような宣言に、まほは視線のみで返した。

まほは、愛里寿ともう1輛の戦車が消えるまでその姿をじっと見つめていた。

 

 

 

「―――では戻りましょう。カールの砲撃が飛んでくるかもしれません」

「―――待て」

 

 

みほたちのところに合流するために旋回するT-34の上のノンナをまほが呼び止めた。訝し気な視線を返すノンナに、俯いた表情のままのまほは、しばらく黙ったまま……

 

 

 

どうにかこうにか、絞り出す様に言葉を捻り出す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――その……やはり、怒られるだろうか……?」

「―――私に聞かれても知りませんよ」

 

 

 これが我々を真に恐れさせた“虎”なのか と、脱力感とともにクラクラとした眩暈を覚えるノンナだった……。

 

 

 

 なお、まほのティーガー1の惨状を目の当たりにしたエミの様子に激レアも激レアな“狼狽え続ける西住まほ”の姿にただただ困惑し放心する西住みほの姿があった。

 

 

 

 

 

 

> Emi

 

 

なんで?(絶望)

 

 

なんでティーガーⅠボコボコのボコになってるん?これどうするの?まぽりんこれ戦えるの?ヤバない?ヤババない??まぽりんとみぽりんのタッグでどうにかこうにか愛里寿を撃破せんと勝ち目なくない?

 

 

あ、でも今回負けても俺の去就以外に問題はない……のか……??

 

 

 

 

 

*1
「そうか」了解した。今ここでこいつをぶち殺す必要があるので「少し待っていてくれ」すぐに片付ける

*2
それはそちらの都合だろう?私とこいつの因縁には「関係ない」し、エミのためにもこいつの息の根を止めねばならない




> ???


林を抜けて、丘状に陣取る一団に合流する二つの車輛。

かたやダメージを引きずるセンチュリオン、島田愛里寿。

それなりにボロボロの様子のセンチュリオンを見て泡を吹いて卒倒しそうなほどのショックを受けた副官の三人に「しばらく休んでてくださいね!!」と強い調子で言われ、センチュリオンのメンテナンスと補給のために自陣にひっこむことになった愛里寿。


なお強い調子でお説教されしゅんとなる愛里寿に内心で庇護欲と忠誠心を噴き出しているのが副官ズである。



 そんな様子を呆れたような表情で見遣るのは先導をしていたもう一つの車輛から顔を覗かせるもう一人の隊長格。


「それで?作戦は?」

その女性の声に副官の一人、ルミがコホンと咳ばらいを一つ。


「―――隊長が選んだ貴女を信頼して、ヨーグルト学園の部隊のうちひとつを預けます。隊長の読み通りなら、寄せ集めの烏合の衆になることを危惧して隊を幾つかに分けて運用するはず。各個撃破のために我々は3輛で動きます。任せましたよ?」

隊を預けると言われた方の女性はプラチナブロンドの髪を揺らして、





―――仰々しくお辞儀をして見せる


「お任せあれ。信頼に応えてこその―――英国淑女ですから」



漆黒のカラーリングを施されたクロムウェルに乗り込み、傍らのカップを手に取りくっと飲み干す。



「―――さて、お馬鹿な後輩たち。貴女の罪を暴きにいきましょう」
















■■■■■■■■■■■■



ひ、ひさしぶりー?げんきだった?(震え声)

展開進まなくて本当申し訳ぬぇ……

でもあと多分3話くらいで(このルートは)終わる予定




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【 まほルート 第二十一.五話 「 HELLO 」 】

時間ないわーまじないわー


ライスちゃん育成せな……()







久しぶりのリハビリなのに全く登場しない主人公がいるらしい()


【 西住みほの葛藤 】

 

 

>> Miho

 

 

 

 隊の再編成が終わった。

 

 カチューシャさんのところにノンナさんクラーラさんのT-34、ニーナさんのKV-2に加えてポルシェティーガーのレオポンさん。

 

 ケイさん、ナオミさん、アリサさんのシャーマン軍団にウサギさんチームのM3リー。

 

 アンチョビさん、ペパロニさん、カルパッチョさんのアンツィオ軍団にカバさんチームの三突。

 

 黒森峰はエリカさんと赤星さんを筆頭にした1チーム。

 

 わたしたち……大洗はカメさんを筆頭に、カモさん、アヒルさん、アリクイさん

 

 あんこうチームは全体のバランスをとるために中継点に。

 

 

 チームメイクを辞退した継続高校と、整備を終えたばかりのダージリンさんたち聖グロリアーナは後方待機をしている。

 そして独立小隊としてお姉ちゃんとエミさんとフリューゲル隊のみなさんが遊撃に回ることでチームアップを図る。

 

 

 小隊規模に別れた面々が散開して動き、ぶつかった場所から敵陣形を割り出して遊撃隊や付近の味方が合流して撃滅する。出会い頭に戦闘が起こるから、『こっつん作戦』。

 

 

 島田流を相手にするには心もとない作戦かもしれない。けれどカール自走臼砲がある限り、陣形をまとめて攻めあがることはできない。少数精鋭による小隊編成でぶつかって、カールの位置を割り出して真っ先に撃破しなければ、勝機も見出せない。

 

 

 

 その件のカール自走臼砲は今のところ沈黙している。意味もなく連発すれば位置を特定されてしまうからだと思う。

 

 

 

 

でも、それにしたって―――

 

 

 

 

「静かすぎる……」

 

 

 口元に手を当てて、スロートマイクが誤起動しないように思案する。

 

 

 静かすぎるんだ。あまりにも……

 

じりじりと自分たちがまるで追い詰められているような感覚。本当にこの作戦で対抗できているのか?そんな風に考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【自分に自信が持てない】  それが私の最大の欠点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が出した結論で、自分が考えた判断で、私はいつも失敗を繰り返している。

 

 

 

 

 ―――そしてその失敗は、いつだって他人を危険に晒す。

 

 

 

 

 

 黒森峰での失敗。エミさんの言うことを無視して赤星さんを危険に晒し、黒森峰も壊れかけた。お姉ちゃんはエミさんを失って、エリカさんとお姉ちゃんで必死に繋いで黒森峰の崩壊を食い止めた。

 

 

 

 聖グロリアーナとの練習試合。練度の足りない部隊を率いての戦いで、あと一歩届かなかった。途中、路地の果てに追い詰められたときに会長が、エミさんが助けてくれなかったらそこで終わっていた。

 

 

 

 戦車道高校生大会、二回戦。

 アンツィオ高校を相手に、アンチョビさんの作戦にハマって大苦戦を展開した。

エミさんとカバさんチームが居なかったら―――。

 

 

 

 準決勝。因縁のプラウダ戦。

 周囲の意見を跳ねのけきれず速攻を行った結果、包囲殲滅の危機に晒された。敗北=廃校・廃艦という話を聞いていただけに本当に今すぐ消えてしまいたい程に自責の念を感じた。

 優花里さんが、麻子さんが、エルヴィンさんが、園さんが、みんながいなかったら―――きっと―――……

 

 

 

 

 

 

 決勝戦。黒森峰の戦術は頭に叩き込んでいた。

 お姉ちゃんの性格はわかっていた―――はずだった。想定通りにお姉ちゃんをエミさんがひきつけて抑え込み、作戦通りに市街地を決戦場に仕込み、そうして袋小路にフラッグを引きずり込んで―――

 

 

 

 

 ―――私の戦術は読み切られていた。

 

 

 

 

 追い込んだはずの私は追い込まれていて―――カメさんのヘッツァーが救援に来てくれなかったら私は二正面作戦を余儀なくされて討ち取られてしまっていたに“違いない”。

 

 

 

 

 ―――私は間違えてばかりで、そのたびにみんなに助けられて今こうして立っている。

 

 

 

 

 そんな私が、他の学園艦の戦車道メンバーを代表して采配をとっている現実に、押しつぶされそうになる―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私なんかより……お姉ちゃんのほうが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ぇる!?

 

 聞こえてんのミホーシャ!!敵車輛発見よ!!』

 

 

「は、はいっ!!」

 

 

 思考を打ち切る鋭い声に身をすくませて返事をしていた。少し声が上ずってしまったのか、通信の向こう側のカチューシャさんの声がやや苛立っている。

 

 

『ボーッとしてんじゃないわよミホーシャ!!敵・車・輛・発・見!!』

「―――すいません。敵車輛の判別をお願いします」

 

 

 思考を切り替える。雑念を一度振り払って集中を高めると、通信機の向こうでもやや落ち着いた様に見えた。

 

 

Да(了解よ)。ポイント1120(ヒトヒトニマル)でチャーフィー(M24)と遭遇。数は1輛……多分偵察ね。逃げたから追撃したところで敵車輛の防衛線と遭遇したわ。車輛はチャーフィーも含めて合計で3輛。マチルダとパンター。正面から当たるのは分が悪いから正面からノンナたちが当たってる間にウチのかーべーたんとポルシェティーガーでブチ抜けないか狙ってる。相手もわかってるから側面を晒さないように無駄に頑張ってるけどね』

 

 

 通信機の向こうでは砲撃の音がやや大人しいが響いている。小規模なぶつかり合いによる戦闘行動で頭の中のマップを更新する。広げた地図のポイントに敵車輛の種類と、数と、自分たちの陣営を書き記していく。

 

 

「―――敵車輛の数が少ないのが気になります。伏兵に注意してください」

『そんなのミホーシャに言われるまでもないわ!こちとらプラウダの指導者、無敵のカチューシャ様よ!!』

 

 

 『大船に乗った気で任せておきなさい!』と自信満々に言ってのけるカチューシャさんが、少しだけ羨ましくて、そして自分の自信のなさが再びむくむくと鎌首をもたげてくるような感覚に、私は小さくかぶりを振った。

 

 

 

「みぽりん!サンダースの皆の方からも通信!!」

 

 

 

 カチューシャさんが通信を終了すると同時に、沙織さんから報告が入る。同時に通信機から砲撃音。

 

 

「ケイさん!!アリサさん!!ナオミさん!応答を!!」

『オフコース、ミーホ!今のところ問題はないわ!ただちょーっと、ジリジリ押し込まれてるの。―――ポイントはヒトヨンヒトマル!敵車輛は2輛!どっちもM26!!』

 

 

 ケイさんから通信が届く、と同時に砲撃の音が響き、それにかき消されないようにかケイさんがやや声を張り上げるようにして通信を飛ばしている。

 M26パーシング―――アメリカが第二次世界大戦末期にドイツ戦車ティーガー1に対抗するために造りあげた中戦車*1。機動力と装甲、十分な火力を持つ、最強ではないけれど十分すぎる優秀な車輛。

 

 

『今はとりあえずしのいでるけど、残念ながらスペックの差がありすぎてこっちからも手が出せないの。M3リーを護るので精一杯。』

『ああもぉ!!こっちはM4なのよぉ!!なんで上位互換と戦わなきゃいけないの!レギュレーション考えなさいよぉ!!草野球にマーくん連れてくんなぁ!!!』

 

 

 ケイさんの回線に割り込むようにアリサさんの悲鳴染みた喚き声が響く。M4シャーマンの発展形であるパーシング相手では、流石のケイさんたちでも苦戦しているようだった。

 

 

『――距離はそこそこあるけど、こいつらぶちのめしたら合流できるわ!ミホーシャ!エミーシャをよこしなさい!三人がかりで3方から砲撃すればマチルダの盾なんか意味ないわ!瞬殺よ!』

『ふっざけんなぁ!!そんなことするくらいなら最初からこっちに天翔エミを寄越しなさいよぉ!!それならヤークトが来てくれるまで耐えしのげばいいだけのミッションになるじゃないのぉーー!!』

 

 

 意気揚々と声を上げるカチューシャさんと、それに反論するアリサさん。二人の言い分はどちらも真っ当で、どちらを片付けるのが先かの問題に過ぎない。カチューシャさんたちもケイさんたちもどちらも攻めあぐねているだけ……。

 でも、それはとてもたくさんの負担をエミさんにだけ強いることになる―――。

 

 

 

 カチューシャさんたちには余裕がある、ケイさんたちには余裕がない。

 

 

 

 でも、エミさんを迂闊に動かすことが相手の戦術だったら……?

 

 

 

 思考がグルグルと渦を巻く。時間は刻一刻と流れている。まんじりとしているだけじゃどちらも成り立たなくなる。けれど決めあぐねてしまう。自分の決める方向に自信が持てない。どうしたら―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――よろしいかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に回線に割って入ってきたのは、ダージリンさんだった。

 

 

『少々、気づいたことがありますの。確証を得たいのでグロリアーナ隊は単独行動に出ます。つきましては、天翔エミをお借りしますわね』

 

『ちょ……何を勝手に―――』『ざっけんなぁ!!こっちは死活問題で―――』

「ダージリンさん?!」

 

 

 声を荒げるカチューシャさんとアリサさん。二人と一緒に驚きの声を上げる私に全く我関せずで『ではごきげんよう』と一言残して、ダージリンさんは通信を打ち切ってしまった。

 

 

「ど、どーするのみぽりん!?」

「え、えっと……とにかく、カチューシャさんとケイさんたちの地点に、近くを哨戒してる他の皆さんに援護の通信をお願いします。それと、エミさんとダージリンさんに通信を―――」

 

 

 

 ダージリンさんにすぐに連絡を取ろうにもカチューシャさんもケイさんアリサさんも見捨てられない。その分どうしても対応が遅れざるを得なくて……

 

 

 

 

 

―――その間にダージリンさんは、エミさん(と、お姉ちゃん)を連れて悠然と前へと抜け出していた。

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 

 

> others

 

 

 ゴルフコースの間の森を抜けた先にある開けたフェアウェイの上。

 そこに座して動かず、通信機を片手にチェス盤を戦車の上に載せて駒を弄んでいる女性が一人。

 通信機からの報告を受けてにこやかな笑顔で駒を前進させる。

 

「……サンダース側かプラウダ側、どっちでもいいけど、もし天翔エミが現れたらもう片方にミミミを向かわせてね。それだけで西住みほ(あの娘)は自分の決定への自信を喪失していく。大将が自分の作戦に自信を持てなくなったら大軍なんか烏合の衆。加えてそれが大同盟なら同盟関係なんか破綻は必定。放っておいても勝手に自滅していくわ」

 

 ニコニコと笑顔で、えげつない発言を通信機に雑談するようなテンポで語り掛ける女性は、近づいてくる車輛の音に反応して顔を上げる。

 

 

 

「―――ごきげんよう、アールグレイ様。お紅茶はいかが?」

「―――生憎と試合中なのよ。終わったら戴くわ」

 

 

 お互いフェアウェイ上で、必中だが必倒ではない距離で立ち止まり、戦車の上から顔を覗かせる二人の淑女。ニコニコと笑顔を振りまきながら水面下ではバチバチと火花を散らしている。

 

「―――よもや言葉通りだとは……*2

「あら?信用して付いて来たのだとばかり」

 

 憮然とした表情のまほと、その言い様にショックを受けたような言葉をすまし顔でさらりと流すダージリン。

 

「―――陣形の展開、カチューシャとサンダース隊とも敵のぶつかり合い。聞いた時点で思いつきましたわ。貴女の得意な戦術でしたもの。

 

 “ブランデー入りの紅茶”作戦―――でしたわね?」

「御名答」

 

したり顔でにやりと口元を歪めて見せたアールグレイは、自分の手に持ったティーカップの上にティースプーンを乗せて見せた。その上に角砂糖を置き、ブランデーをたらりと落して角砂糖をブランデーの色に染め上げる。

 

「ブランデーで作るティーロワイヤルはね。スプーンの上で作って紅茶に流し込むのよ。角砂糖は防衛陣。ブランデーはあなたたち」

 

 火口箱から火元を取り出し角砂糖の上にそっと添えると、色鮮やかに角砂糖が燃え上がった。角砂糖にしみ込んだブランデーが発火し、熱量が角砂糖を溶かしてカラメル状に溶けた砂糖はそのままトロトロと紅茶の中に堕ちていく。

 

「勿論紅茶は私たちの本命。じわじわと時間をかけてる間に引きずり込まれ、後は美味しく飲み干すだけってね」

 

 アルコールが飛ばされてブランデーの香りだけが仄かに香る紅茶をくっと飲み干して、にっこりと微笑むアールグレイにダージリンは微笑みを返す。

 

「ですが―――そうはなりませんわ。そのためにわたくしたちがここにおりますの」

「ええ。“想定済みよ”」

 

 アールグレイはそう言い放って車内に“踏”を送る。ミーティアエンジンの音を響かせてクロムウェルが戦闘速度へと推移していく。

 同時に、歌うように両手を広げた大仰な態度のアールグレイに呼応するように、重低音のハーモニーを響かせるもうひとつの無限軌道の音。

 

 

「角砂糖はわたし、ブランデーは貴女たち。そして“これ”が、

 

 ―――ド本命の紅茶というわけだ!!」

 

 

 ゴロゴロと地に響く様な音を立てて現れたのは、パーシングと同じくドイツの重厚な超重戦車マウスを駆逐するために設計されたが、開発時期を逸したため試作機が2輛しか開発されず、その後の設計計画も頓挫したと言われている105mmm砲を備えた超重戦車―――

 

 

 ―――T-28重戦車だった。

 

*1
当時のカテゴリでは重戦車だったが現在は中戦車カテゴリに属する

*2
「ダージリンの推論である以上、最悪、よもやエミを連れ出してこの場で一騎打ちの約束を履行させるつもりなのかと勘繰ったが、まさか途中で自供した言葉の通りかつての隊長が作戦中枢にいるとは思わなかった。多少過小評価していたことは謝ろう」




> ???


 地響きにも似た駆動音を響かせるT-28の車内。

 学芸会の演劇で宇宙人役の子供がつけているような頭飾りを頭の上でフリフリと無邪気に揺らして首を楽し気に左右に振っていた女性は、車外の様子を車内で眺めながら―――



「―――フヒヒッ……驚いてるおっどろいてるぅ~~♪



   さぁ、西住まほォ……天翔エミィィ……



 あんときの延長戦、や・ろ・ぉ・ぜ―――!!」


 心底愉しそうに、にたりと口元を歪ませたのだった。




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【 まほルート 第二十二話  「 約束 」 】

辻「天翔さん。貴女の身体能力ならば引く手あまたでしょう!オリンピック強化選手になりませんか!?待遇は最上級を保証しますとも!」

カス「―――今の私は、装填院エミカス斎」

辻「・・・・・・はい?」

カス「――天翔エミは死にもうした」


沙織「優花里さん。エミりんは何やってんの?」
秋山「天翔殿は、スカウトを待っているのです。
戦車道からの―――黒森峰からのスカウトを」




    花のエミカス~みほエリの彼方に~(嘘です)



 > Emi

 

 

 ゴリゴリと、芝の地面を削りながら重厚な音を立てて戦車がゆっくりと前進してくる。

 

 T28重戦車。ドイツのティーガーを相手にするために開発されたのがM26パーシングなら、この戦車はドイツの誇る最大の超重戦車マウスを駆逐するために開発された対戦車用駆逐戦車である。

 その装甲は驚くことに厚さ実に300mm。通常攻撃ではまず落とせないと言ってもいい化け物戦車である。反面、速度は時速15kmが精々。重量は実に80t級(特殊カーボン製なので実際の重量よりは軽いが)の超重戦車クラスの鈍重な戦車だ。

 

 

 これがフラッグ戦であれば終始無視してフラッグを撃破に向かっていただろう。そのくらい圧倒的な装甲の持ち主である。

 

 

 だがこいつは【殲滅戦】なのだ。故にコイツ1輛でも残っていれば試合は終わらない。放置はできない。

 

 

 

 ―――が、こいつを倒せる手札となった場合……

 

 

 装甲厚300mmをぶち抜くために必要な車輛としてはやはり、128㎜砲を持つ最大戦力であるヤークトティーガーしかないだろこの状況……

 

 

 

 

 

 ―――とはいえ……

 

 

「さぁ!さぁ!さぁさぁさぁさぁ!!!どうしたどうしたどうしたどうしたぁぁぁ!!?」

 

ガリガリと地面をひっかく音を立てて、無限軌道が回る。割と結構な速度で周囲を駆け抜けていく―――パイセンのクロムウェルが。

 

 

 これが割とガチで鬱陶しい。

 

 

 たかだかクロムウェルと侮ってはいけない。こちとらまぽりんではないのだ。ヤークトの背面部にはジェネレーター排気ダクトがある。弱攻撃しか持たないクロムウェルであろうとそこをブチ抜かれたらこっちの白旗が上がる。周囲を駆け回るクロムウェル相手に先に攻撃すべきなんだろうが―――このパイセン、兎に角止まらない。その上間合いの内側に入り込んでくる。

 

 

 

 ヤークトティーガーの砲塔は回らない。

 

 

→回らない砲塔で相手を撃破するためには最小限の動きで相手の方を向かなければならない。

 

 

→だがパイセンは間合いの内側に入り込んでくるため、距離を離しながら旋回しなければならない。

 

 

→つまり余計に手間がかかりそれだけタイムロスが増える。

 

 

→その間にパイセンは新たに回り込んでいる

 

 

 

 これである。加えて先のジェネレーターの問題もあり、死角をパイセンに晒すわけにはいかないのだ。なのでパイセンに兎に角背中を向けないように立ち回らなければならなくなる。するとどうだろう―――

 

 

 

  ―――照準なんぞつけることができない上、俺の装填に支障が出るのだ(切実)

 

 

 

「わ、が、ぎゃ、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――!!!!?」

 

 思わず悲鳴染みた声も上げるだろうよ。急発進から急停止、かーらーのー信地旋回。かと思ったら急旋回に超信地、さらに急発進・急停止。車内はさながらミキサーの中かロデオマシーンの上である。せやかて工藤、こんなん無理筋やで工藤(服部感)

 こんな状況が長時間続けば操縦手のストレスもマッハ、スタミナ切れて運転なんぞ無理無理のラッシュ。その前に中の連中がバターになるか火事場のクソ力だけ天空に封印されて抜け殻になりかねん。

 

 

―――さて、賢明な戦車オタクの方々からは『なんでヤークトがそんなに動けるねん』ってツッコミが来ると思う。そんな問いにはこう返そう。

 

 お前それ自動車部見て同じこと言えんの? と。

 

 ティーガーを魔改造して軽ワゴン並みの居住性を持たせることも可能と豪語するわ、ルール上違法だがティーガーにクルセイダー並みの速度と足回りを持たせることも可能だと言ってのけるクソチートやねんぞコレ。なお自動車部が足回りの安全性をサポートしてくれなかったらとっくの昔に機関部に異常が発生してるか転輪か履帯が動作異常を起こして立ち往生の模様。今度またスイーツ持って土下座行脚しようそうしよう。

 

閑話休題。

 

 

 

 こんな時に頼れるのは実に最強な相棒であるまぽりんなのだが―――あっちはあっちで厳しい戦いになっている。

 

 

 何故か?―――そこに(愛里寿と無茶苦茶バトルした結果ボロボロの)ティーガーがあるじゃろ?それじゃよ。

 

 

 

 応急処置として短時間で履帯チェックだけでもやってくれた自動車部には感謝しかない。なかったら今頃履帯がぶっ壊れるか足回りが故障して立ち往生(弁慶的な意味で)してたに違いない。そのくらいまぽりんのティーガーはボッコボコのボコだった。そんなまぽりんは今、思うように動けないティーガーでそれでも果敢にヤークトの死角を塞ぐ形で動き回ってくれている。が、如何せん満身創痍のティーガーではそれが精一杯。防戦一方で手が出ないのだ。

 そんでそんなこんなな防戦を繰り広げてたらT-28から不意にでっかい一撃がぶっ飛んでくるという有り様である。

 

 

 え?ダージリン?チャーチルとマチルダの混成集団にクルセイダーが混じっただけの集団に何ができるんだよJK。件のブリカスは自分の出番が来るとは微塵も思ってないのか優雅にティータイムとしゃれこんでやがります本当にありがとうございました。

 

 T-28もパイセンも、正直いつでもぶっ殺せる上に脅威にもならない相手よりもこっちを優先してるらしい。パイセンのクロムウェルが鬱陶しく周囲を動き回ることでこっちの動きを制限して、制限され縮こまったところにT-28がぶっこんでくるというクッソオーソドックスな戦術。

 

 

 なのに対応できない。

 

 

「旋回を減らせないの!?このままじゃ狙える的も狙えない!」

「わかってる!けどこれ以上抑えたら回り込まれて落とされるんだってば!!」

 

 車内の空気もクッソ険悪である。加えてこっちは振り回されるだけでどうしようもねぇ!まぽりんの方にもまるで余裕がねぇ!マジ詰んでるなこの状況!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――天翔エミ』

 

 

 

 

 

 

 

 通信手が車内にぶら下がって振り回されながら車内の状況に耐える俺の耳に通信機を寄せる。通信機から聞こえてくるのはダージリンの声だった。

 

 

『―――アールグレイ様の方に集中なさい。大物(T-28)はこちらでいただきますわ』

「―――できるのか?」

 

 

 先も言った通り、ダージリンたちの戦車でT-28を撃破するなんぞほぼ無理ゲーである。劇場版でこそナオミと組んで捨て身の戦法で撃破したが今回は陸地で陸橋なんかもない。

 

 だというのに僅かなりとでも時間を稼ぐとかそういう話ではなく、『いただきます』と言ってのけるダージリンにそんな言葉が口をついて出ていた。

 

 

 

『―――あの方の言葉を借りるようで癪ですけど。

 

 ……天翔エミ。“私を誰だと思っているの貴女?”わたくしは聖グロリアーナ隊長、ダージリンでしてよ?

 

 降って湧いた強い武器に浮かれてそれナシで生きられなくなったような下品な連中と一緒にしないでくださる?』

 

 

 何の迷いもなく、きっぱりはっきりと言い放つダージリンの言葉に

 

 

「―――んじゃ任せた」

『ええ。よろしくてよ』

 

 そんな短いやり取りで通信は終わった。そして

 

 

 

 

 

「―――聖グロ最速がぁ……まいりますわよーーー!!!」

 

 

 

 

 

 けたたましい声を上げながら吶喊してきた2輛のクルセイダーに真横から時間差でドドンと体当たりされ、大きくぐらつきながらフッ飛ばされるクロムウェル。その間にクロムウェルとT28の間に割って入るチャーチルの姿。

 

 

「ダージリン!!!」

 

 

 ティーガーの上から声を上げるまぽりんに、ダージリンは上部から身を乗り出して、何時ものように涼し気な表情のまま顔だけをまぽりんの方へと向ける。

 

 

「―――まほさん。貴女と交わした約束、覚えてますわね?いえ、覚えてらっしゃらずとも結構。どうあってもきちんと履行させていただきますから」

「―――感謝する」

 

 

 ダージリンの言葉に短く返して、フッ飛ばされたクロムウェルにだけ集中するまぽりん。ヤークトの車長も、まぽりんに従うようにしてクロムウェルにだけ視線を向けた。

 T-28とクロムウェル。二つに分断された敵を相手に向こうも二手に別れ、それぞれの場で戦闘が開始される。

 

 

 速度に勝るクロムウェルを相手に満身創痍のティーガーとヤークトティーガー。

 正直戦力的に相手すんの逆じゃない?と思うだろう。

 

 

「大丈夫なのか?」

 

 

 まぽりんの問いかけに

 

 

「―――大丈夫だよ」

 

 

 短くそう返すと「そうか」とだけ答えてそれ以上はもうダージリンの方を見ることもなくなった。

 

 

 

 というか今の状況、ダージリンが落ちたところでどうと言うことはないからな!(迫真)

 

 

 

 ********  Emi → Otheres  

 

 

 

「最初に言っておきますけど、チャーチルやマチルダであの装甲を抜くのは無理よ?1000パーセント無理」

「ええ、アッサムの見立て通り、無理ですわね」

 

 グロリアーナの戦車たちだけでT-28に挑むことになったダージリンへと非難するようにジト目を向けるアッサムに、涼しい顔でそう返して手に持った紅茶を一息に飲み干しソーサーの上に戻すダージリン。

 

「―――ゆるりと前進。T28の射線上に入らないように動きながら、雑木林に誘導なさい」

「ダージリン?あなたが何かを狙っているのはわかるけれど、あの二人を放置して、相手がこちらを追いかけてくる保障はないわよ?」

 

アッサムの言葉にダージリンは優雅に微笑んで見せる。

 

「付いてきますわ。―――あの人、面白そうな方に向かう性質がありますもの」

 

ダージリンの言い様は、まるで相手の戦車の中に誰が乗っているのかまで見透かしているようだった。

 

 

 

 ――― 一方で、T28の中では

 

「ふ、フフフ……面ッ白ぇぇじゃんっ……ッさぁ~~!!ただ頑丈なだけが取り柄の戦車で、より頑丈な移動要塞を攻略しようっての、マジウケルわ~!!

 

 リリ!方針変更!!先にグロリアーナの連中をぶっ飛ばすぞ!追えーーー!!」

 

 ダージリンの読み通り、車長がダージリンの策見たさに相手のフィールドへ飛び込む様子を見せていた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 散発的な攻撃を繰り返しながら、ゴルフコースを横断するマチルダとチャーチル。砲撃を意に介することなく、地ならしするかのように地面を抉り固めながら追いかけるように進みゆくT28重戦車。

 

「オイオイオイオイ……わざわざついてきてやったんだよォ……?何の策もないのかい?白けさせんなよぉ~~~~!!!?」

 

 車内で少しだけイラついたような、もしくはワクワクしているような声色でそんな風にだらけた声を上げているのはT28の車長。名前はトウコ、本名かどうかは不明。元継続高校の隊長で、まほやエミと比べて1年年上に当たる。

 卒業後大学に行くわけでもなく、社会人チームに入るわけでもなく、継続の地で適当に過ごしつつ今後の戦車道、今後の人生についてモラトリアムを過ごしていた少女は、島田流から勧誘を受けた際に当初はにべもなく断った。そんな彼女が島田の勧誘を受けて大学選抜チームとして参加している理由はひとつ

 

 

“西住まほや天翔エミ、その他次代を担うという少女たちと敵として楽しく遊べる”からである。

 

 

 トウコにとって今回の盤面においての勝敗は関係ない。島田が用意した重戦車に唯々諾々と乗り込んでいるのも、自分の策略を献策しないのも、この勝負の結末にまるで興味がないからなのだ。今彼女を占めているのはただ一つ。

 

「―――せっかくの延長戦なんだよぉ~?……震えるくらいすっごいの見せておくれよぉ~~~?なぁ……ダージリンさぁ……?」

 

 ぽつりぽつりとつぶやいては「クヒヒ」「フヒヒ」と含ませた笑いを漏らす。

 

 じわじわと砲撃を交えてさらに逃げるチャーチルを追うT28。2度ゴルフコースをまたぐように雑木林を踏み荒らしてゆくと、緩やかな下り坂でその足が唐突に止まる。車内では微細な振動とともにアクセルとギアチェンジを焦ったように行う操縦手の様子がトウコに映っていた。

 下り坂に入り、左右への旋回よりも前進の速度がやや勝ったことで、避けきれない位置にあるOB用に用意されたブッシュに混じった林木に外側の転輪が挟まれるように絡んでスタックしたのだ。どうにかスタックを抜けようとするT-28の目の前で、マチルダとチャーチルが正面と側面・背後の三方向からそれぞれ砲口を向ける。狙いは履帯と備砲の砲口部、それに背面。

 

「マチルダやクルセイダーはQF2ポンド砲……ですがこのチャーチルMkⅦは75mm砲。無傷とはいかないでしょう?蝶のように舞い、蜂のように刺す。優雅に勝利して差し上げます」

 

オープンチャンネルで軽やかに宣言するダージリンに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――その程度なのかよ、ガッカリだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつりとつぶやいて、トウコは何かのスイッチを押した。

 

 

 

 

 ばちばちばちばちぃっっ!!!

 

 

 

 激しい音を立てて履帯の辺りで炸裂音が鳴り響き、T28の“二重になっている履帯の外側部分が切り離された”。

 T28重戦車の履帯は内側と外側の二重式になっており、外側の履帯を取り外すことができる。トウコは本来吊り上げるなどして数人で取り外しを行うそれを、要所を留めるボルトを爆砕ボルトにすることで結合部を無理やり吹き飛ばし履帯側面を覆うシュルツェンごとアーマーパージして見せたのだ。

 外側の転輪を切除してやや身軽になったT28は少しだけ速度を上げる。動き出したT28の姿に動揺して動きがままならないままのルクリリ隊が砲撃を受けて吹き飛び白旗を上げる。次いで、全力後退を始めたチャーチルの壁になる形で立ちはだかったニルギリのマチルダが砲撃の犠牲になった。

 犠牲を出しながらも後退砲撃を行うチャーチルだが、狙いは定まらず前面装甲に弾かれるにとどまった。ズルズルと下り坂を後退するチャーチルと再びそれを追う形になったT-28を上部から顔を覗かせ涼しい顔のままのダージリンは、ただ静かに紅茶を傾ける。

 

 

 

 

 

 

「―――先ほどの状態でカタが付いていれば、優雅に終わったのですけどね……」

 

 

 

 

 

 

 

 ダージリンはそうぽつりとつぶやいてカップとソーサーを下に差し戻し、代わりに通信機を手に取った。

 

 

 

「―――ウサギと亀のお話を知っている?」

 

 挑発するようにダージリンが薄く微笑む。余裕綽々の態度に、トウコはやや不審感を覚える。状況からここまで余裕に成れる理由を類推する。何故こいつはこんなにも余裕を残しているのかと、考えを巡らせた。が、その理由はわからなかった。

 

 

「有名なお話ですわよね。亀に負けてしまったウサギさんのお話

 

 

 ―――ではあなたは“何故ウサギが亀に負けてしまったか理解できまして?”

 

 

 

 戦場で、砲身を向けられて、蛇行運転で逃げまどいながらも、ダージリンの声はオープンチャンネルで朗々と響く。揶揄うような、嘲るようなその調子に知らず知らず呑まれて行っている様に感じられたトウコが砲撃を促すが、すんでのところで回避され、着弾の衝撃で揺れる車体でもダージリンの余裕の表情は崩れない。

 

 

 

「―――それは、『勝負の中で兎は亀を見ていた。けれど亀は兎ではなくゴールを見ていた』から」

 

 

 

 シュポッと気の抜けた音とともにチャーチルの真上に信号弾が打ちあがる。

同時にヤークトと対峙していたクロムウェルの方からアールグレイの声が通信機越しに届いた。

 

 

 

 

『天翔エミが単身で飛び出したわ!!!』

 

 

 

 

 トウコは瞬時に頭を巡らせた。ダージリンの言葉の意味、天翔エミの行動、信号弾の意味、兎と亀。

 

 

「全員車外への入り口を塞げぇ!!天翔エミが乗り込んでくるぞぉ!!!」

 

 

 天翔エミによる“盤外戦術”それ以外にありえない。トウコは舌打ちを隠せなかった。在り得ない事態だ。『直接戦車に乗り込んで乗員を捕縛ないしは戦車を内部から破壊』など誰が読み切れると言うのか―――!!!

 

 

 

 

 

 

 『―――そういう発想しかできないあたりが『戦車道を舐めている』とわたくしに言わせるのよ。貴女』

 

 

 

 

 

 

 通信機から響いたのはダージリンの声。ハッと気を取り戻したトウコがペリスコープを開いた時には

 

 

 

「駆け抜けますわよーーーーー!!!!!」

 

 

 後ろに折れた木を結わえたクルセイダーが周囲を駆け巡り、視界を奪っていた。

 

 

 ペリスコープからでは視界を確保できない。視界を確保するためには上から顔を覗かせる必要がある。が、【いるかもしれない】天翔エミの存在がそれを許さない。

 

 トウコは頭を巡らせる。ダージリンの思惑を、推理する。

 

 けれど見えない。これまでの行動からの相手の思惑が。

 

 

 

 

 

「―――相手が砲撃したら煙も晴れる。それまでは前進だ」

 

 

 

 苦し紛れにそう告げることしかできない。目を塞がれ相手のいいようにされ続けている。自分のお株を奪われている。

 上空から突然来るかもしれない天翔エミを警戒してハッチを押さえて顔を出すことができないまま、それでも相手の攻撃は通じない以上、状況は変わらないとトウコはじりじりと背筋を伝う嫌な予感を振り払う。

 

 

 

『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』

 

 

 

 パチパチと、拍手の音が土煙の向こうから響く。オープンチャンネルで響くその声色は揶揄うような調子でまるで歌っているかのように挑発的に響き渡った。

 

 

 トウコは予想した。ダージリンの狙いを

 

 

「―――ノッてやろうじゃないか。照準、操縦!声の方に合わせて進路併せ!!」

 

 

“踏”を刻んで命令を送る。オープンチャンネルで声が響く方へと頭を向けて、鋼の塊が駆けていく。

 トウコが読んだダージリンの作戦は単純。目を奪い、視界を奪い、世界を狭めたうえで声を頼りに誘い込んでの“自分を狙う砲口へのピンポイントショット”。それ以外にT28を撃破することなどできない博打も博打の一手だった。

 

 

 

 

「狙えるモンなら―――狙ってみろっつぅんだよぉッッッ!!!!」

 

 

 

 

 ゴォンッ!!と空気を震わせる音とともに、周囲の煙幕を切り裂いた一撃は

 

 

 

 

 ―――何もない空間を貫いてはるか向こうの地面に着弾した。

 

 

 

 

 

 

「―――は?」

 

 

あっけにとられるトウコが状況を理解する前に、一瞬車体の重心が後ろにかかり、次いで一瞬の浮遊感。そして―――

 

 

 

 

 

―――ドズンッッッ!!!

 

 

 

 

 下から突き上げる重い衝撃とともに―――T28はその動きを停止させ

 

 

 

 

 

『―――ええ本当に。もっとスマートに勝利したかったものだわ』

 

 

 

 通信機から響くダージリンの声が轟音にかき消され、

 

 

 

 ―――斜め前方向に大きく傾いた状態でT28が完全にその動きを止める。

 何が起きたのか、まるで分らないまま飛びだしたトウコの目の前には

 

 

 車体の前方右半分の履帯をバンカーの窪みに落ち込ませ白旗を上げるT-28と、

 

 そのT28を“バンカーの中にはまり込んでスタックした状態で、T28の底板を撃ち抜いたチャーチル”が、その車体の前半分をT28の履帯に踏み潰され白旗を上げる姿があった。

 

 

 

*******  Otheres → Emi

 

 

 

 ―――ええい!戦車道やってる連中はみんな化け物か!!!

 

 木の上ですべてを見ていた俺のコメントは以上である。

 

 

 

 時間をやや巻き戻そう。ダージリンの作戦に乗ってアールグレイパイセンに集中した俺とまぽりんは全力で戦場を移動させた―――はずだった。

 

 

 手ごろな場所まで移動した俺たちの前で、パイセンは何を思ったか車上で優雅にティータイムを始めた。何でや工藤(服部感)

 

 

「―――我々を馬鹿にしているのか?」

 

 

 チリッと周囲に黒っぽいオーラが見えるまぽりんがそのまま射殺せるんじゃないかってレベルで睨みつけるも、パイセンは平然と紅茶を注いでいる。だがしかしその動きは正確で、こっちの射線に入る前にゆるりと移動しながらのらりくらりと攻撃をかわしている。

 まぁパイセンのやりたいことはわかる。ダージリンとT-28の決着がつくまで膠着状態を作ってこっちの援護を止めるってことだろう。そもそもT-28とチャーチルと対戦っていうマッチングが無理ゲーすぎるのだ、現実に考えればこっちがパイセンを撃破して援護に向かうまでダージリンは防御に徹していると考えるべきである。

 

 

「露骨な時間稼ぎに構うつもりはない。一気に攻めるぞ、エミ」

「いや、別に構わない」

 

 

 俺の言葉が真に意外だったのか車上でティータイムやってるパイセンですら不思議そうな顔を向けている。まぽりんに至っては激レアな驚愕の表情である。

 

 

「加勢に行かなくていいのー?」

「ダージリンが相手をするって言ったんだから、加勢したら後でぶっ飛ばされますよ」

 

 

 パイセンの言葉にそう返す。実際あのブリカスのことだ、自分が一人でどうにかするって言っている以上、カチューシャの時と違って無理やり加勢したらそれを盾になんか妙な約束を取り付けようとするに違いない。俺は詳しいんだ。

 

 

「―――勝てると思ってるの?」

 

 

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべているパイセン。遠くから響く地響きのような振動と雷のような砲撃音。

 

 

『聖グロリアーナ女学院 マチルダⅡ!走行不能! 同じくマチルダⅡ!走行不能!!』

 

 

立て続けに続くマチルダの撃破報告。それをBGMに―――

 

 

「勝ちますよ。だってダージリンですから」

 

 

 ――きっぱりはっきりと言い切った俺にパイセンは薄く笑みを浮かべた。

 実際ダージリンは劇場版でT-28を撃破してるのだから、あそこまで豪語してる以上何らかの作戦があるんだろう。多分きっとメイビー。

 

 まぁ何なのかは知らないが。

 

 

 なんてことをやってたら俺の携帯にメール着信音が響く。差出人は武部殿である。どうやらダージリンはオープンチャンネルでトークバトルを繰り広げるため、通信機が使えないのでわざわざ武部殿経由で携帯メールでこっちに指示を飛ばしてきたようだった。

 

 

 その内容を見て思った感想。“どういうことなの?”以上。

 

 

 正直意味が分からんが、T28攻略のための一手なのだろうし、パイセンはパイセンで時間稼ぎしかしてない以上俺がここで暇を持て余す意味もない。

 

 

「まほ、ちょっと行ってくる」

「―――任せてくれ」

 

 

 何故か妙な対抗意識を帯びているまぽりんを残しつつ、俺はヤークトから“跳んだ”

 

「天翔エミが単身で飛び出したわ!!」

 

 通信機を片手に声を上げるパイセンの姿がある。追いかけようとする様子はないらしいが、まぽりんは既に殺る気スイッチ()が入ってしまっているらしくティーガーが既に戦闘機動モードである。小破状態でもお構いなしの態度は流石まぽりん。さすまほ!と言える雰囲気ではないんだよなぁ……本当に大丈夫なのかまぽりん……

 

 

 

*****

 

 

 

 俺がヤークトを蹴って樹の上に飛び乗ってから、戦況はめまぐるしく動いていた。

 

 

 俺がメールを受け取る前に準備をしていたらしいローズヒップとあともう一人がクルセイダーのケツにサンダース戦の時ばりに木の枝とかを括りつけ、T-28の周囲を快速でゴリゴリ走り回り大規模な土煙の壁を作り上げた。

 その間もチャーチルは土煙の壁に隠れるようにスルスルと後退し、相手の視界から完全に消えることに成功した。

 

 T28の中の人は俺が直接乗り込んで制圧するとでも思っているのだろう。頑なに外に出てこない。が、俺がダージリンから受けたメールはそんな内容ではなかった。

 

 【 わたくしたちの華麗なる勝利を特等席で見ていなさい。車外に単身で飛び出して、木の上にでも座っていればいいわ 】

 

 これである(素)

 

 最初はこれで池にでも落すのかと思った。が、コースの関係上池にドボンさせるにも遠すぎるし、相手のT-28の中の人はコースを熟知してるらしく土煙の中でも池の方向からは距離を取っている。

 ―――が、ダージリンの目的はそもそも池なんかではなかった。

 

 『鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪

 

  あんよが上手、あんよが上手♪』

 

 めっちゃビブラートの効いた無駄に流麗な歌声で揶揄うように歌うダージリン。これ相手の立場でいたら大概の連中がブチギレてるわ(確信)

 相手方も例にもれずというか、盛大にブチギレでもしたかダージリンの声がする方へ飛び込んでいく。

 

 

 ゴォンッッッ!!!

 

 

 轟音を響かせて煙幕をぶち抜く一撃が放たれ

 

―――バンカーの中に身を潜ませていたチャーチルの頭上を飛び越えて行った。

しかもあの位置からだとペリスコープを開いたとしても角度の関係で車内からチャーチルの姿は見えない。

 完全に敵を見失ったT28はそのままバンカーへ足を踏み入れる。バランスを崩してバンカーに落下するその数秒間。がら空きの底板が見えるその瞬間を見逃すことなく

 

 

 ダージリンは一瞬だけの勝機を見事につかみ取って見せた。

 

 

 

 まぁその結果白旗を上げてバランスを崩しバンカーに落ちるT-28の下敷きという運命から逃れきれず、前半分を押しつぶされて相討ち状態で終わってしまったのだが。

 

 

「しっかり見ていましたかしら?この私の勝利を」

「いや、やられてんじゃねぇか。相討ちだろ」

 

 

 胸を張り、木の上で待機してる俺に向けて渾身のドヤ顔を見せるダージリンに冷静にツッコむと、ダージリンは心外そうに鼻を鳴らした。

 

 

「どこをどう見てそう言っておりますの?T-28(あちら)は撃破されましたが、わたくしたちの戦力はまだ生きています。故に、わたくしたちの完勝です」

 

 

 再び胸を張りそう宣言するダージリンは、チャーチルの中からゴソゴソと通信機を引っ張り出す。

 

 

「聞いておりましたわね?ローズヒップ。

 

 ―――聖グロリアーナの。わたくしたちの、誇りも、願いも、すべて貴女に託します」

 

『わっかりましたわーーーー!!!!!』

 

 ギュルンギュルンと周囲を旋回するクルセイダーからローズヒップの能天気な声が響く。聖グロの生き残りはローズヒップともう1輛のクルセイダーしか残ってないというのに元気な犬のように駆け回ってたりする。お前後ろから付いてくるもう1輛のクルセイダーとの温度差に気づいてやれよおう。

 

 

「――んじゃ私はヤークトに戻るわ」

「あら、相棒が心配?もう少し落ち着いていてもいいでしょうに」

 

 

揶揄う様なダージリンに若干イラッと来たのでなんかうまい返しができないかと少し考えて

 

 

「こちとら亀を見てる兎になる気はないんだよ」

 

 

 我ながら最高に上手い返しができたのではないだろうか?(自画自賛)

 




********  Emi → Darjeeling



「こちとら亀を見てる兎になる気はないんだよ」

 局地戦の勝利にこだわって、大局を見誤る気はない。ということだろう。彼女らしいと、私は思った。


 結局のところ彼女の意思は変わらない。であれば、この大饗宴という舞台での目的はほぼ果たされたと言える。


 そう思って空を見上げる。曇天の空はぽつりぽつりと再び雨を降らせ始めた。ぐずる空模様はまるで先の見えない今の戦況を示しているようで、肌寒さを感じたので、紅茶を一息に飲み干して、カップを車上にそっと置いた。


 もしも心残りがあるとするならば―――


「―――できれば今日、雌雄を決してしまいたかった……!!」


 口惜しさに拳を震わせるなど、淑女にあるまじきこと。あの子には決して見せたりなどしない。



 *******  Darjeeling → Otheres



“ 降って湧いた強い武器に浮かれてそれナシで生きられなくなったような下品な連中と一緒にしないでくださる? ”


 ダージリンのその言葉は、二人の少女に静かに火を灯していた。


「―――ああ、そうね。そうだわ。全くもう……」


 ガツンと、T-34の内部で激突音が響く。ヘルメットごと頭を盛大に壁に叩きつけた矮躯の少女の名前は―――カチューシャと言う。

「カチューシャ!?」
「五月蠅い!!騒がないで!!」

 慌てた声を上げる車内のメンバーに大声で怒鳴り返し、涙目になった顔を乱暴に袖でグシグシとぬぐって、メラメラと闘志に燃える瞳を前に向ける。

「―――言ってくれるじゃない。言ってくれるじゃない。

 言ってくれるじゃない!!ダージリンッッッ!!!!

 こちとら無敵のプラウダの隊長カチューシャ様よ!!ザッけんじゃないわよ!!」

大声で啖呵を切ってのけたカチューシャは通信機をひったくり、声を上げる。獰猛な獣のように、闘志をむき出しに。

「ノンナ!!クラーラ!!ニーナ!!それと大洗の!!

 ―――損害なんか関係ないわ!!ボッコボコのギッタンギッタンに、叩きのめしなさいッッッ!!!!」


 ******


「言ってくれるじゃないのぉ……四大強豪とは名ばかりの頑丈なだけの貧弱戦車どもの分際で……

 サンダースを!!舐めんじゃないわッッ!!!天翔エミ!?ハッ!!そんなモンハナっから当てにしなけりゃいいんでしょうがッッ!!!

 ザッけんな!!こっちは強豪サンダースでレギュラー張ってる作戦参謀、次代キャプテンのォ―――アリサ様だっつーのッッッ!!!」


 心の内側から肉体全てに拡がった熱をそのまま声に載せて、アリサは乱暴に砲手と操縦手に指示を送る。

「隊長ォ!!!作戦指揮はお任せください!!あいつらが土下座して謝るくらいの戦果!たたき出してやりますッッ!!」
「――オッケーアリサ。今のアナタ、いい貌してるわよ!」


 上部から顔を覗かせて、隣で同じように周囲を索敵するケイにそう告げると、ケイが笑顔でサムズアップして見せる。


「アンタたち!こっちの指示に欠片でも遅れたらぶっ飛ばすわよ!!ついてこいッ!!サンダースの恐ろしさ!連中に叩き込んでやるわッッッ!!!」
『ヒュー!アリサさんかっこいー』
『アリサさん、燃えてるー!』
『私たちもやりますよー!ね!桂里奈ちゃん』
『あいあいあーい!!』
『―――』『沙紀もメラメラしてます!』

「うっさいわアンタらぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ウサギさんチームを怒鳴りつけて強気の姿勢で前を向く。アリサの脳は高速で回転し、格上相手の戦術を弾き出し始めた。


違う場所で同時に起きる局地戦。牽制を続けるだけだった二つの盤面は





「「Panzer Vor!!!」」





―――ほぼ同時に、唐突に口火を切った。



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【 まほルート 第二十三話 「 駆け続ける者(ランナー) 」 】

 “降って湧いた強い武器に浮かれてそれナシで生きられなくなったような下品な連中と一緒にしないでくださる?”


 その言葉を、黙って聞いていた。


 “たまたま同級生だった(降って湧いた)天翔エミ(強い武器)”に依存していた私たちは、ただ黙ってそれを聞いていた。



同時にこうも思っていた。



 ―――依存していただけじゃない。



 ―――私たちは努力してきた。



 ―――あの人のために、隊長のために、愚直に努力を続けてきた。







 ―――“圧倒的な力(天翔エミ)”に相応しい担い手(メンバー)であるように――!!





「まほ、ちょっと行ってくる」

「―――任せてくれ*1

 

 まほに一言確認を取ってから、天翔エミは“翔んだ”。

ひと蹴りでヤークトティーガーの頂上から手ごろな樹の枝へ、枝をワンテンポで踏んで蹴ってそのまま上へ。背中に羽でも生えているかのようなグンと伸びるような飛翔に流石のアールグレイも一瞬呼吸を忘れてしまう。 が、その様子をぽかんと眺めているわけにもいかず、ひとまず通信機に「天翔エミが単身で飛び出した」という報告だけを大声で伝える。やや焦った声になってしまったのはアールグレイの失策と言えるだろう。切羽詰まった様子で声が届けば、曲解してしまうかもしれないと内心で反省を一つ。

 

 

 そんなアールグレイの前には、天翔エミ()が外れた西住まほ()が目を光らせていた。

 

 

「―――ヤークトティーガーは待機。エミの帰る場所を守れ」

「ですが―――」

 

 反論の声を上げようとするヤークトの車長を「命令だ*2」と短い声で制止して、まほはティーガーⅠだけで前に出た。ほぼ同時に加速を開始したのはアールグレイのクロムウェル。速度を上げて駆けまわるクロムウェルと、最小限の動きで後背への回り込みを阻止するティーガーⅠ。先ほどの焼き回しが再開された。

 

 

 

 ******

 

 

 

 全速で周囲を駆け回るクロムウェルMk-Ⅷ。速度を落とすことなく――いや、正確には“落しているところを狙えないように”上手に立ち回っている。旋回時の減速を時に木の陰で、時にティーガーの旋回速度で追いつけない場所で減速してぎりぎりの速度で旋回、足を止めることなく駆け回って砲撃範囲から逃げ続けている。

 

 

 

 “戦い方が上手い”と、まほは素直に感心していた。

 

 

 

 同時にこうも思っていた。“なんともいじましい努力だ”と―――。

 

 

 

 火力の足りない貧弱な戦車による遠回りな戦術。どこまでも遠い勝利へと、一歩一歩確実に歩を進めてたどり着く。そこまで一切のミスをも許されない綱渡り。

 

 何という遠回りな勝利なのか―――そうまでしなければ勝利を掴めない。だからこそその道を追求し、そのために身を尖らせた。

 

 まほはこの戦いを通じて“疾風”の二つ名の真の意味を理解する。

 

 

 求めて得た名前というわけではない。だがその名前は学園艦(グロリアーナ)の理念であり、存在を体現するものである。

 

 

 

 

 つまりそれは、黒森峰における西住流であり―――

 

 

 

 

「―――」

 

 

 たん、と“踏”をひとつ。操縦手がその意味を把握して真意を測りたいとばかりにまほを見上げた。見上げる操縦手の視線とまほの見下ろす視線が交錯する。その瞳に宿る意思を測るまで一秒にも満たない。その短い時間に内心を推し量るなどできない。ただ操縦手の少女には本当は最初から分かっていた。

 

 

 

 決定を下した時点で彼女を止められる人間など、知る限りただ一人しかいない。

 

 

 

「―――この勝負の後、どうなるかわかりませんよ?」

「―――西住流に逃げるという文字はない」

 

 

 いつもの調子の隊長、いつもの西住まほに苦笑を隠せないまま、操縦手はアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 ******

 

 

 

 アールグレイが違和感を感じた瞬間には、状況は加速していた。

 

 全速で駆けまわるアールグレイのクロムウェルに“追いすがるように駆け始めた”ティーガーⅠ。

 

 

「――自棄になったの……?」

 

 

 あんな運転をしていて、小破より中破に近いティーガーが保つはずがない。放っておいても自壊して履帯かエンジンが使えなくなるだろう。

 

 

 なのに止まらない。車内で軋み続けているであろう内燃機関の痛みの声をそのままに追いかけ続ける。

 攻守は逆転した。

逃げ回るクロムウェルと追いすがるティーガー。ティーガーの備砲の攻撃範囲内に入ったら問答無用で砲撃が飛んでくる。衝撃でガタが来ている車体の寿命がさらに短くなるだろうに、止まらない。

 

 アールグレイの頬を冷や汗が伝う。

 

 駆け回り追い詰めるはずの自分が、駆けずり回って逃げ回る立場になっている。

 

 攻撃を繰り返し勝利の糸を手繰り寄せるはずの自分が、“攻撃を避け続け、相手が音を上げるまでを祈る”ようになっている。

 

 あべこべだ。なにもかもが逆なのだ。強者を相手に立ち向かっている自分が、逃げ回る弱者の立場を甘受している。アールグレイはこの違和感の果てに思考を巡らせる。何が問題なのか、と。

 

 

 

 

   答えは単純明快なのだ。

 

 

 

 

       ―――『自分はどこまで行っても西住まほを恐れている』

 

 

 

 

 

 

「―――ハッ

 

 

 

 結論を鼻で笑い飛ばし、アールグレイは操縦手に“踏”を送った。送られた合図にクロムウェルの操縦手が目を向いて声を上げる。しかしアールグレイの“踏”は変わらない。何なら声を上げている。

 

 

 

「―――真っ向勝負よ!ティーガーⅠに向かいなさい!!」

 

 

 

 知らず好戦的に微笑んでいるアールグレイがそこにいた。

 

 

 

 ******

 

 

 

 ―――西住流とは、“勝つための流派”である。

 

 西住まほは幼いころからその教えの中で生きてきた。それを続けてきた。

 

 

 故に彼女は己をこう称する。『この身は既に西住流である』と。

 

 

 その幼い心に刻まれた【 勝利 】、その勝利というそのものへの疑問が生まれたのは

 

 

 

 

 ―――初めて敗北というものを知ってから だった。

 

 

 

 

 

 「―――母が見れば『西住流らしくない』と言うのだろうな」

 

 

独り言ちて、顔をしかめている母の顔を浮かべて口元を緩ませるまほ。戦闘中に、戦場でこんな考えに耽るのもあり得ないことだった。

 

西住流として、粛々と勝利を得るのならば迎撃にのみ主眼を置いて相手の速度を見切って砲撃で仕留めるなり、砲撃で徐々に行動範囲を削って仕留めればそれで済む話だった。そのための戦術も脳内で構築しているところだった。

 

 

 

 ―――だが『それで良いのか?』とまほの頭の中で語り掛ける存在が居るのだ。

 

 

 

 まほの人生において、もっとも強く影響を与え、その在り方を歪めたのは天翔エミであるとまほ自身もそう思っている。

 

 エミに敗北し、己の浅慮を反省した。考え違い、間違いを認めてからまほ自身の中に生まれたのは“西住流として考える勝利するということ”への疑問だった。

 

 

 西住流として勝利を重ね、大きな勝利を得ると言うこと。そのための足跡となる小さな勝利

 

 

その“勝利”とは何なのか?何を以て勝利したというのか?どういうものが“勝利”と呼べるのか?

 

 

 その疑問はその日から絶えずまほの中に存在し、まほ自身の中でグルグルと渦を巻いていた。

それはエミが居なくなってからもずっとずっと、むしろより強く、まほの中でしこりのように残っていた。

 

 

 

 何を以て“勝利”と呼ぶのか?“勝利”とは何を指すのか?自分はこれまで【 勝利 】してきたのか?

 

 

 

 西住流の言う勝利……これまで重ねてきた“勝利”と、エミと戦ってから己が煩悶する“勝利”は、同一のものではないのではないか?

 

 

 

 その燻ったままの“答え”が、今この瞬間のまほを突き動かしている。

 

 

 

 ―――これこそが、この戦いで勝つことが“勝利”だと。

 

 

 

 相手の戦術に合わせてより確実性を求める勝利を間違っているとは思わない。

 

 けれど今この瞬間、この戦いにおいてはきっと―――

 

 

 

 ガツンと車体がぶつかり合い、お互いの速度と重量差により互いに弾かれ軽く錐揉み状態に陥った。三半規管のズレを起こさないように回転に合わせ視点を動かすも、ややブレが生じて頭を軽く振って落ち着かせるまほ。だがそれはアールグレイも同じようで、クロムウェルの上でティーガーを見落とさないようにしていた彼女もまたふらついた様子でかぶりを振っている。

 

 

 

 だがそれでも互いに闘志が萎えてなどいない。むしろより強く燃え上がっている。

 

 

 

 ふらつく視界で合図を出して前進させる。一寸遅れて互いに砲手が回復したか、あるいは目暗滅法か砲撃を外してさっきまで互いの戦車が居た場所を撃ち抜いている。意識を集中して視界を整えながら、次の指示を飛ばす。思考を途切れさせた瞬間敗北するのは自分だと、互いに理解しているからだ。

 

 

 

 車上で顔を覗かせる対戦者(アールグレイ)と視線が交わった。

 

 好戦的な目でこちらを睨みつけている。

 

 ギラギラと野心を隠すことなく、油断なく、隙あらば喉元を食い破ってやるという強い意志を見せる瞳。

 

 

 

 

 ―――嗚呼、そうだ。

 

 

 

 

 

 「―――推して参る!!」

 

 

 

 挑戦者の気持ちで口にした言葉に、まほの口元の綻びが止まらない。感情を殺した無表情の下から、熱が鉄面皮を溶かしていく。西住流の教えと、己の内の獣性と相反するものを飼い慣らしながら、まほは前を向いた。

 

 この戦いの果てに、自分はまた一歩成長できると確信して。

 

 

 

 

 猛追するもの(アールグレイ) と 挑み征く者(西住まほ)

 

 

 二人の戦いに優劣があったとするのならばそれは―――

 

 

 

 

 

 

 『西住まほ(目標)へと並ぶ(至る)ことが目標だった少女』と、

 

 

 『より高みを目指しどこまでも前を向き前へ征く者』の差だったのだろう。

 

 

 

 

 

  『ヨーグルト学園チーム! クロムウェルMk-Ⅷ 走行不能!!』

 

 

 

 

 *******

 

 

 

  > Emi

 

 俺がヤークトティーガーのところに戻ってきたときには、パイセンとまぽりんの戦いは既に終わりを迎えていた。

 

 白旗と白煙を上げ横転するクロムウェルと、被弾の痕跡だけでなく全身に痛々しい被害痕を残すティーガーⅠ。小破だった状態から中破レベルのダメージを受けたことで、転輪も微妙にダメージを負っているのか、全速が出ないようでややゆっくりと歩んでいる。

 

『なんでそんなボロボロになってんねん』という疑問も込めてまぽりんの方を見ると、なんか獲物を咥えて飼い主のとこにやってきた時の猫のような誇らしげな瞳を返された件。なんやねんホントにもう……

 

 しかしどーすんだコレ……まぽりん抜きで愛里寿に勝てるのか……??

 

 島田愛里寿を倒さなければ殲滅戦の終わりはない。バミューダアタック三姉妹にいくらか刈り取られたとはいえ、原作では一人無双した怪物であり、みぽりんまぽりんの西住姉妹コンビネーションでも負けそうになった相手でもある。無策で挑むとか無理無理無理無理カタツムリ、俺たちとヤークトなんぞ無謀もいいとこだろう。

 

「……っはは……全く―――つくづく反則よね……」

 

  そんな嗜好をしているうちにずるずると横倒しのクロムウェルから這い出てきたパイセンが力なく呟く。

 だが、悪態を叩きつつもその目はそれでも死んでいない。大体にしてこの結果は見えていたはずなのだから、これ以上の何かをまだ用意していると考えて良いはずだ。正直このパイセンが俺の目の前に現れるタイミングというのは盛大に原作の流れをぶっ壊してアナザー展開突入が垣間見える瞬間でもある。このまま終わってくれるのがベストなんだが……

 

 

 

 

『サンダース大学付属! シャーマン! 走行不能!!』

『同じくサンダース大付属! シャーマンファイアフライ! 戦闘不能!』

 

 

 

 

立て続けに撃破報告が響く。同時に通信手の通信機越しに叫ぶような声。

 

 

『エミーシャ!マホーシャ!戻ってきて!!サンダース側の小競り合いにエンブレム付きのパーシング3輛!!各個撃破に来てる!』

 

 声の主はカチューシャだった。してやったりという表情のアールグレイパイセンと、納得した表情のダージリン。

 

「――成程。この戦闘も含めて囮であったと。そういうことですのね?」

「……そ。天翔エミ、西住まほ、この二人が戦場に参加せず私たちのところにやってきた場合、重戦車を中心にこちらを遠距離から撃破できる火力を持つ戦車を各個撃破する。島田の戦術にブランデー入りの紅茶作戦を組み合わせた策よ」

 

 自分の撃破も含めて計算にぶち込み、冷静に勝つための一手を指していってたのだろう。策が成ったことへの安堵と愉悦に悪役じみたニヤリ顔のパイセン。

 

 

 だがパイセンの目の前で紅茶を傾けているブリカスはそんじょそこいらのブリカスとはワケが違ったのだ。平然と紅茶を飲み干して

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――では、これで飛車角の交換としましょうか」

 

 

 

 そう言ってにこやかに微笑んだ。

 

 

 

 

『大学選抜チーム! カール自走臼砲 行動不能!!』

 

 

 

 

切り札(エース)が雁首並べてこちらの攻め手を刈り取っているのですから、その隙を付かないはずもないでしょう?長距離砲が鬱陶しかったのはこちらも同じ事です。そして―――西住まほと天翔エミに目を奪われ過ぎですわ、アールグレイ様。

 

 

 ―――西住みほ。彼女こそ、劣勢において最も頼りにできる存在でしてよ?」

 

 

 

 勝ち誇った顔のダージリン。だが実際は本人が言った通り飛車角の交換に過ぎない。おケイさん、アリサナオミを失い、ウサギさんチームの撃破報告はまだ来てないが、3人に追いすがられて逃げ切れるほどあの6人は操縦が上手なわけじゃないし、時間の問題じゃねぇかなぁ……?

 だがそれよりなにより聞き捨てならねえ部分がひとつ。

 

 

 

 

 

 このブリカスぅ、結構前からみぽりんのことロックオンしてた……?……ロックオンしてたんじゃない……?

 

 

 

 

 獅子身中の虫じゃない??今サクッとやっておくべきじゃない??

 

 最悪のタイミングでトンビが油揚げを攫って行く展開がありありとアリアリアリアリアリーヴェデルチなこの状況。

 

 戦況なんぞよりもダージリンを処す?処すべき?で頭がいっぱいな俺がいた。

 

*1
『わかった。エミが居ない間に目の前のこれは片付けておく。それなりに大変だろうが大丈夫だからここは私に“任せてくれ”』

*2
『装填手のいないヤークトは一発限りの置物に過ぎない。置物になってしまった後のヤークトを守りながらでは手に余る相手だ。それにエミが戻って来た時にヤークトが傷ついていたらきっと悲しむ。故にこれは“命令だ”エミのために耐えてくれ』




*******


 > ???


 戦場から離れた最後方。拠点陣地ともいえる簡素とはいえしっかりした防衛が敷かれたその場所で―――



「――――ーって●ぁーるぜー……」*1



 息を潜めていた暴力が、再び動き出した。

*1
著作権対応で伏字



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【 まほルート 第二十四話 (難易度が)インフィニティ 】

 エミに出会って、色々なお話をした。

 エミのこと、黒森峰のこと、大洗のこと

 私のこと、戦車道のこと、学校の授業のこと





 エミの人生は、戦車道のためにあった。


 その生き方は、まるで西住か島田のようだった。



 「何でそこまで頑張って戦車道ができるの?」

 私はそう尋ねたことがある。

 私は島田の後継者として、西住まほさんは西住の後継者として、
 互いに家のために戦車道をせざるを得なかったし、流派の後継者として拙い所作など見せられなかったという事情がある。けれどエミにはそれがない。
 私が訪ねると、エミは困ったような照れたような、感情が上手く読み取れない複雑な苦笑いにも似た表情で―――



 「―――どうしようもなく、戦車道が好きなんだよ」



 ―――そう、言った。

 羨ましいなぁ。と素直に思った。


「愛里寿にもあるだろ?―――これになら文字通り、命を懸けるくらい本気になれるものがさ」


 そう言われて自分を振り返ってみる。

 ―――ボコられ熊のボコだろうか?と、答えが浮かんだ。
 答えに窮している私に、エミは優しく頭を撫でてくれた。


 この時間が、私はたまらなく大好きだ―――。


 けれど、いつも時間は無常に過ぎる。お別れがやってくる。

「じゃあ愛里寿、また今度」
「……うん、また今度ね。エミ」


手を振って、別れた。



 **********



 島田の家で、島田千代は深く思案に耽っていた。

 天翔エミ。黒森峰を飛び出した少女で、愛里寿が最近楽しそうに語る少女。
問題は、彼女が元黒森峰の人間であるというだけではなく、あの西住流、西住まほの懐刀だったという点。

 西住流からの刺客ではないのか?という者もいる。

 逆に、西住流から出奔してきた有能な人材だ。という者もいる。

 賛否は両論で、取り入れるか、排除するかも二極化。

 現在に至っても、答えは出ていない。おりしも高校生大会が開かれるのだから、その結末を見てからでも答えは遅くはないだろう。千代はそう結論付けて、成り行きに任せることにした。島田は変幻自在の流派。状況に対して臨機応変に対応することが強みなのだから、今は静観の構えを崩さず、懐柔ならば西住流にもアクションが必要だし、排除ならば彼女に直接会う必要があると考えていた。




 なお、その決勝戦での西住まほの『もう一度やり直そう!黒森峰でともに歩もう!!私がエミを護ってみせる!!約束する!!』に島田流がめっちゃザワつくことになる未来を、島田千代はまだ知らない。





「母上、どうでしたか……?」

 

 戦車道高校生大会決勝の試合後、エミが倒れたという知らせを受けた私は湧き上がってきた感情を抑えきれずに表情を崩して涙をこぼしていた。あまりの豹変ぶりに傍で控えていた三人が狼狽えてオロオロと周囲をせわしなく歩き回るだけの徘徊者になってしまったほどに。

 そうして、感情を落ち着かせる間もなく焦った様子で母上に電話をかけた私は、兎に角エミの様子を知りたくて、「何でもするからエミの容態を調べてください」と母上に願っていた。

 

 

 

 その結果、知ることになったのだ。“エミがどれだけ酷使されていたのか”を

 

 

 

 子供ではあるが、エミの人となりは彼女と一緒にいる黒森峰の連中よりも理解している。加えて、エミから聞いたあの時の答えからもエミが好きで戦車道を続けていることも理解できている。

 

 けれどこれは理屈じゃない。彼女がここまで体を酷使しているのは黒森峰という環境のせいだ。それだけは変わらない。

 

 ただ愚直に戦車道を続けてきた少女の力に、西住流の少女も、黒森峰の少女たちも、皆一様に頼り集った。エミはその期待に応えようと必死に努力して、黒森峰をその小さな体に乗せたままずっとずっと支え続けて

 

 ―――そうして身を削って立ち続けたからこうなったんだ。

 

 

 

  何が『守って見せる』だ。白々しい!!

 

 

 心の奥で何かがグルグルと渦を巻いている。それを抑え込もうとするとより大きくグルグルと渦を巻いて、澱のように沈んで心の奥底に溜まっていく。

 

 ―――うまく眠れない日が続いた。

 

 

 

 

 “愛里寿にもあるだろ?―――これになら文字通り、命を懸けるくらい本気になれるものがさ”

 

 

 

 あの時のエミの言葉が―――耳から離れない。

 

 

 

 自分の命を懸けてでも本気になれるもの。それはきっと―――

 

 

 

 ********

 

 

 

 聖グロリアーナのダージリンが提案した『大饗宴』。それはエミの残り少ない炎の揺らめきを増し、同時に加速度的に短くしていく所業だった。

 エミがこの話を了承して、ダージリンにマッチングを任せたと聞かされた時に、私はエミが何を望んでいて、何を求めているのかを理解した。

 

 

  ―――エミは“己の身命を賭して戦う強敵”に飢えている。

 

 

 黒森峰との決勝戦。決着はつかなかった。西住まほも燃焼不足だったようだが、エミと語り合ったこと自体には満足しているらしい。「語るべきは語りつくした」と言っていた。と、エミから聞いた。

 

 でもエミはまだ満足していないんだ。

 

 西住まほと語り合って、ぶつかり合って、ダージリンの要請で各校を転々として様々な相手と即席チームで練習試合をして――

 

 

 

 

 

 ―――それでもまだ“足りていない”。

 

 

 

 

 

 ―――「だから、私が満足させてあげる。エミリ」

 

 

 

 

 天翔エミの“飢え”を全て受け止めて、そうして彼女だけが持っている不安。“自分が居なくなった後の戦車道”に対する答えも解消させる。

 

 

 

 天翔エミを縛っている強迫観念はきっと―――“先を征く者だけが持つ焦燥”だ。

 

 

 歩を進める皆への渇望。強くなる相手への敬意と感謝。それを食らいつくしてもまだ消えない“飢え”―――

 自分という存在が黒森峰の中核であり規範の根源であるという自覚から来る『自分という目標点の存在確認』―――

 

 

 エミは恐れている。『自分という目標を失った後の皆の迷走』を。

 

 

 エミは求めている。『自分を打ち破って新しい皆の目標となる人物』を。

 

 

 

 

 だから、私が代わりにそうなってみせる。

 

 

 

 

 エミの代わりに私がエミを打倒して、みんなも叩き潰して、そして皆が挑んでくる相手としてみんなの上に立つ。

 そうしたらきっとエミは安心できるはずだ。自分が居なくなった後のことなんか考えなくてすむし、もうこれ以上頑張らなくたっていいはずなんだ。

 

 

 

 ―――母上と約束をした。 “エミを島田に迎え入れる”という約束。

 

 

 

 西住よりも島田の戦術に合致するエミの偵察向けの身体能力に以前から目を付けていた分家の連中も、未だ真実を知らない分乗り気で居る。私という後継を補強する柱の一人としてエミを迎え入れる準備もできていた。

 

 エミの寿命という結末が出て来さえしなければ―――!!

 

 

 

『―――やーらーれーたーぁ!!?』『後ろに目でもついてるのかこのお子様はぁ!?』

 

“大洗女子! ヘッツァー、走行不能!! ”

 

 

 

 思考の合間にこちらに狙いをつけていたヘッツァーの砲撃を躱して、返す刀で沈黙させる。信地旋回と旋回移動を組み合わせて独楽のようにくるくると躍るセンチュリオンの上で、思考は夢想に至りつつも、周囲の索敵はしっかり。

 

 

『西住隊長!!こちらアヒルさんチーム!!敵はセンチュリオン!!みんなと合流を――』

 

“大洗女子! 八九式中戦車、走行不能!!”

 

 

 とはいえ大洗の練度は比較的緩い。この程度ならば片手間に殲滅できる。

 

 

 

 

 

 でも目的は大洗の殲滅じゃない。私の目的は別にある。

 

 

 

 

 『何なのよ!!何なのよこいつゥ!!!』

 

 

 足を止めて砲撃してくるルノーを視界に納めながら、逆方向で急旋回するチヌを射界に納める。

 

 

 

 『に゛ゃぁ゛ーーー!?』『ぞなぁーーーー!!?』

 

“大洗女子! 三式中戦車 走行不能!!”

 

 

 『無視すんじゃな―――――――』

 

“大洗女子! ルノーB1bis 走行不能!!”

 

 

 

 周囲の敵を掃討して、改めて周囲を見渡す。しんと静まり返った森の中、戦車から這い出してきた大洗の学生たちが悔しそうな瞳を向けているのが見えた。

 瞳に映るのは恐怖ではなく、“次は負けない”“負けてたまるか”という気概を込めた決意の色。やっぱりエミが褒めてた子たちはみんなすごい。エミと一緒でどんなに絶望的な状況でも絶対に諦めないで食らいついてくる。

 

 

 

   ――だからこそ、“良い”

 

 

 

 移動することもなく佇んでいる私のところに、無限軌道の音を響かせてやってきたのは

 

 

 

「―――来るのはあなただと思ってたよ。大事なお話、しようか」

 

 

 

********  Alice → Emi

 

 

 

“大洗女子! ヘッツァー、走行不能!! ”

“大洗女子! 八九式中戦車、走行不能!!”

 

 

 立て続けに響く撃破報告。さらにカチューシャたちを襲っているバミューダ三姉妹(姉妹じゃないが)。この状況から導き出される答えはひとつ。

 

 

 

 ―――“ボコの詩”無双、始まったでこれ(絶望)

 

 

 

 原作(劇場版)通りならこの愛里寿の単騎無双とバミューダアタックによってみぽりんとまぽりん以外の全員が狩り取られてしまう。が、現在の状況はあの大学選抜戦ではないし、何よりあの時のシチュエーションよりも生きのこっている車輛が多く状況は有利である。

 よって―――!!

 

 

「―――間一髪で間に合うとかそういう情緒なんか関係なく、間に合いさえすりゃあ救助に問題などないってことだ」

「天翔さん、たまにぽすとほうがもにゃぁこつば言うとね?」

 

 

 俺(フリューゲル小隊)とかなり満身創痍のまぽりんが黒森峰勢と合流する地点としてカチューシャのとこを指定して移動→一足先に到達→ミミミ、暴れるだけ暴れて撤退→被害はサンダース組のみ←いまここ

 

 原作と違い、現状レオポンとカチュノンが生き残っている。代わりに攻撃から逃がしつつ本隊に危機を知らせる役割としてウサギさんを送り出したので、M3とははぐれているが、状況はより良い方向のまま進んでいると言っていい。満身創痍なまぽりんの現状に若干以上の不安が付きまとっているが、それはまぽりんと全力でやりあった愛里寿もおそらくは同じ。対して、原作よりも戦力が残っているという事実がそれを補強してくれる。

 

 これは勝ち確ですわHAHAHA!!

 

 愛里寿には後できちんと何かしらフォローを入れるとして、みほエリのためにもこの戦いに負けてはいられない。

 

 

“大洗女子! 三式中戦車 走行不能!!”

“大洗女子! ルノーB1bis 走行不能!!”

 

 

 カメさんアヒルさんに続いてアリクイさんカモさんが撃破されたらしい。これで状況としては小隊編成した大洗組は残らず撃破されたことになる。今頃みぽりんが苦痛そうな表情を浮かべているだろうと思うと「辛いんだろう……叫び出したいんだろう……わかるよ……」とどっかの水柱ばりの心境と「だからエリカに全部ぶちまけて慰めとか激励とか貰って心の距離近づけて、どうぞ」と全力支援の呼吸に目覚めそうな期待感がある。

 

 

『こちらアンツィオ!!天翔!西住!!合流できるか!?』

 

 

 通信機から響くのはチョビの声。アンツィオは襲撃を受けていないらしくこちらへの合流を狙っているらしい。まぽりんが黒森峰組と合流することを伝えると其方に合流すると言うことで話はまとまった。

 

 

「ところで―――みほはどちらに向かったんだ?」

『西住妹は皆でカールを撃破した後、追撃を忌避して散開したから正直わからん。

 ――ただ、散開した後の大洗組が襲撃を受けていることを考えると、居場所を特定して救援に向かうべきかもしれない』

 

 

 チョビの言葉にやや重くなった空気を「みほなら大丈夫だ」とまぽりんが軽減する。この辺りの影響力はマジで流石まぽりんですわ。さすまほ!(確信)

 一先ずは黒森峰・アンツィオと合流した後でみぽりんとの合流を目指すという結論でまとまり、黒森峰メンバーの待つ地点へ。

 

 

 案の定、満身創痍のまぽりんを見てエリカ以下黒森峰メンバーが卒倒しそうになってた件(残当)

 

 

 何なら後からやってきたチョビですら「何やってんだ西住ぃ!!」って叫んでたからね。

 

 

 

そら(信じて送り出した親友が死にかけて戻ってきたら)

そう(いう反応になるだろう)

よ。

 

 

 

 なんなら「お前が付いてて何やってんだ天翔ぉ!」って一緒に怒られたからね。

俺?チョビのお説教とかある種ご褒美では?地べたに正座してOHANASHIされてました。横で神妙に小さくなってるまぽりんと一緒にお説教喰らってる俺の姿見て黒森峰勢がドン引きしてんの草だったわ。

 

 

 

 

 ―――後に、この現場に居合わせた黒森峰生徒たちから伝聞ゲームが始まり、“あの西住まほと天翔エミに土下座させた女”という風評被害とも伝説的偉業とも取れるはた迷惑な称号が付くことを、安斎千代美はまだ知らない――。 

 

 

 

 




 部隊の統合が終わり、みぽりんへの通信を何度も打診していたチョビが「おかしい。武部に通信が繋がらない」と不審に思っていたタイミングで、


『こちらウサギさんチーム!!みんなどこにいるんですか!?』


 その通信は、届いたのだった。


「こちらアンツィオ、アンチョビだ。どうした?何があった!?」

 チョビの声に安堵したようにワイワイと声を上げるウサギさんチームの一年生たち。口々に「やばいです」「激やばです」と言ってるだけで伝わらないのを澤ちゃんが押しとどめ、通信機越しに悲痛な声が響く。





『―――西住隊長とあんこうチームが―――大学選抜側に付きました―――!!!』




「―――――――――――はい?」


待って、待って、なにそれ?何この展開?どういうこと?




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【 まほルート 第二十五話 「偽りの“翼”」 】

「澤さん。ごめんね―――みんなに伝えて?」
「西住隊長……!!」

 何かを言わなければならない。けれど何を話せばよいのかも分からない。澤梓の逡巡は一瞬だけ、その逡巡を振り払うようにぐっと肩を掴まれ、下に押し込まれるように体重をかけられた。押しのけるように前に出たのはM3のメンバーの一人、山郷あゆみ。

「……わかりました。私たちは“伝える役”なんですね……?」
「うん。後ろから撃ったりしないから……ごめんなさい。詳しい事情は話せないけど、大洗の皆やエミさんのことが嫌いになったわけじゃないんだ……」
「それは――隊長の顔を見ればわかりますよ」

 あゆみがそう言って苦笑してみせる。みほも困ったように微笑もうとしたが、その微笑みが随分ぎこちないものになっていた。そのみほの様子からあゆみは“きっともう説得とかそういう次元の話ではない”と理解した。

「梓、逃げよう。帰ってみんなに伝える以外、私たちには何もできないよ」

 車長である梓を押しのけてそう告げたあゆみは砲手席に戻る。解放されて元の高さに戻ってきた梓がもう一度みほの方を見るが、みほの表情は変わらず浮かないまま。けれどその瞳の決意は揺るがないものを感じさせた。


「―――回頭、全力で撤退!逃げろぉぉぉぉ!!!」


 号令と“踏”に応えてM3が駆け出していく。その逃げ去る背中を見つめるみほの姿を、梓はじっと車上から見ていた。



「冗談言ってる状況じゃないでしょ!!何考えてるのよ!!」

 

ウサギさんチームから報告をうけた逸見エリカはそう怒鳴り返していた。

 

 エリカはずっと見続けてきた。西住みほという少女のことを、西住まほという西住流の体現者を、天翔エミという二人の理解者であり献身を形にした様な少女のことを。

 西住流というだけではなく、一人の人間としての西住まほに付き従い、肩を並べ対等の立ち位置で共に戦う二人の少女たちを羨望の目で、憧憬の目で見ていたひとりの少女を知っている。

 

 

 だからこそ信じられなかった。

 

 

 あの西住みほが天翔エミを裏切るなど、あるはずがないことだから。

 

 

『本当なんです!!西住隊長が私たちにそう言ったんです!!』

 

 

 ウサギさんからの通信は頑なに一点張りで、それを聞いているエリカが段々と険しい表情になっていく様を通信手が青い顔で診ていることしかできない。

 

 

「もういい!!戦車前進!!みほの位置なら大体わかる!私が直接問いただす!!」

「―――いいや駄目だ。エリカ、一度冷静になれ」

 

 イラついたまま操縦手に命令を送るエリカに冷ややかな声を浴びせたのは西住まほだった。いつものように無表情ながら、その内面にはいくつもの感情が渦を巻いているような感覚を抱かせる強い意志を持った瞳に、エリカの内にある炎が鳴りを潜めていく。

 

 

「……みほが意味もなく裏切るとは思えない」

 

 

 そう言ったのは、まほのティーガーⅠの隣で停車するヤークトティーガーの上で座したまま黙考し続けていた天翔エミだった。

 

 

「理由があるとすればそれはきっと―――私のせいだ」

「エミ!!それは―――」

 

 

 ぽつりと漏らしたエミの言葉を遮るようにまほが大きく静止の声を上げる。まほの言葉にそれ以上は口を噤んだエミだったが、エミのその言葉はエリカの中に不安を灯すには十分だった。

 

 西住まほと西住みほしか知らない何かがあり、それが理由でみほはまほを見限った。そしてその原因が天翔エミにある。

 

 それが今回の顛末なのではないか?エリカの中でそう結論付けることができた。

 

 

「考えることはあるが、それよりも優先すべきは“どうするか”だ」

 

 

 そう言って空気を変えたのは、アンツィオの隊長安斎千代美(アンチョビ)だった。

 

「西住、天翔、意見を聞かせろ。 どう戦う?どう編成する?」

 

 アンチョビの言葉にしばらく黙考したまほが、ゆっくりと顔を上げ、視線を合わせた。

 

「―――小隊編成で相手の戦力を分散させて個々の能力で撃破する。島田愛里寿とその腹心の3名、みほをそれぞれ別々の戦場に分散させなければ乱戦に持ち込めば相手の思うつぼだ」

 

 まほの作戦は理に適っているものであり、みほの戦車道の性質を良く理解したものであり、“西住流らしからぬ作戦”であった。

 

 

「―――私からひとつ、提案がある」

 

 

 そう言って手を挙げたのは、いつもなら隣でまほの作戦を聞いてその通りに従っていた天翔エミだった。普段まほの隣でまほの作戦にただ従っていたエミのこの行動に、黒森峰サイドにやや動揺が広がる。

 

 そうしてエミの提案を聞き、その場の一同はまほに視線を集める。集まった視線を意に介することなく、まほは微かに無表情の口元を緩ませて

 

「――エミがそう考えるのなら、きっとそれが一番愛里寿に刺さるはずだ」

 

 まほの肯定に、作戦は決定した。そのうえで

 

「まほ、エリカ、それと―――」

 

 エミの言葉に「流石にエミの言葉でも」と躊躇を見せたのは、意外にもまほだった。そして「エミ先輩がそう考えたのなら、それが最も良い作戦でしょう?」と先のまほ自身の言葉を返して、エリカが笑って見せると黒森峰の一堂に微笑ましいくすくす笑いが広がる。やや無表情に差した紅を隠すようにそっぽを向いたまほは黒森峰以外の他の面々を見遣る。

 

「―――作戦は以上。各自編成ごとに別れ、準備完了次第作戦に移る。

 

  作戦名“Schwarze Tri-Stars”!Panzer Vor!!」

 

 

 

 ********  

 

 

 

>> Emi

 

 

  だれかせつめいしてください(懇願)

 

 

 

 あ、ありのまま、起こったことを話すぜ……

 

 

俺はみほエリが見たかっただけなのに気が付けばみぽりんがラスボス化して劇場版ラスボスとタッグを組んでヘルミッショネルズばりの怪物タッグになっていた。

 

 

 な、なにを言っているのかわからねーと思うが俺も何が起きたのかわからねー。

あ、頭がどうにかなりそうだったぜ……!!超展開とかバタフライエフェクトとかそんなチャチなもんじゃ断じてねー。

 もっと恐ろしいものの片鱗を……ごめん、ポルナレフ構文で落ち着こうと思ったけどやっぱつれぇわ(心折れ)

 

 

 一体何があったというのか?あんこうチーム含めた全員が裏切らねぇ限りⅣ号がまるっと裏切るとかありえねぇ。つまりそうなるだけの何かがあったということ。

 

 

 ――まぁ、まず間違いなく“俺の命の残量”が原因だろう(確信)

 

 

 というかそれ以外ありえないくらい手がかりがないんだもの。

 

 まず前提としてみぽりん――西住みほは“天使である”(ドヤァ)

見ず知らずの命にすら心を砕くほどに無際限の優しさを持ち、滑落したⅢ号戦車から赤星さんを助け出すために、降りしきる雨の中単身急斜面の崖を駆け下りるという二次遭難不可避な行為も打算なしに行うくらいに。

 そんなみぽりんが、まぁそれなりに親しい『俺という存在の寿命』という札を切られたとして、まぽりんに不信を抱かないとは言い切れない。そしてみぽりん以下チームメイトでありクラスメイトでもあるあんこうチームの4名。武部沙織、冷泉麻子、五十鈴華、秋山優花里の面々も、負けず劣らずに人が良い連中である。4人とも(?)戦車道に知識もなく、傾倒してるわけでもない一般人メンタルで一般的な女子高生(?)の人間性を持ってる方々ばかり……

 

 

 結論:多分これエミ()を助けるため」とかそういう感じの理由で動いてるわ

 

 

 嬉しくないわけではないが、嬉しいより前に申し訳ないという気持ちでいっぱいである。俺なんぞのために味方の評価も同じ大洗の仲間からの評価もダダ下がり不可避。どうにか穏便に状況を収めなければ周囲から白い目で見られ帰ってからも針の筵。

 

 嗚呼……俺はただみほエリを成し得てそれを付かず離れずの距離間で微笑ましく眺めていたかっただけなのに……なぜこんなことになってしまったのか……!!こんなんピロシキ不可避だろ、試合終わったら両腕粉砕玉砕大喝采だろ(使命感)

 

 

だがしかし、嘆いてばかりもいられないのだ。俺がここでピロシキして場が収まるのであれば腹を十字に掻っ捌くのも辞さないがンな事しても何一つ解決にならん上に周囲が曇りまくる。後の禍根にしかならんので却下。つまるところ目下やらなければならないことは『どうにかこの状況を収めつつ、みほエリの可能性の火を絶やさないように軟着陸させる』しかるべき後に『俺がひっそりとこの世からピロシキしても誰も傷つかないやさしいせかいの基盤を作る』こと。

 

 後半はまだ考えなくていい。目下早急にどうにかすべきは前半部分なのだ。足りない頭をフル回転させろ、心を燃やせ、前を向け、この状況を作り上げてしまった責任を取れ俺よ!!

 

 

 

 

「もういい!!戦車前進!!みほの位置なら大体わかる!私が直接問いただす!!」

「―――いいや駄目だ。エリカ、一度冷静になれ」

 

 

 

 そんな感じのまぽりんとエリカの掛け合いが耳に届いて一旦正気を取り戻した俺は、とりあえず周囲の認識の差異を埋めるべく「みぽりんが普通に裏切るわけねぇだろJK」ということをオブラートに包みつつやんわりと浸透させる。そのうえで俺の寿命に関してカミングアウトを―――できなかった。まぽりんのインターセプトにより若干不穏な空気を漂わせただけにとどまる。

 が、これに関してはあとから暴露された方がダメージがでかい。愛里寿は「ここだけのはなし」といった時に了承してくれたのだが、みぽりんにその話を暴露したということはみぽりん=西住家=ノーカンという図式が脳内にあるのかもしれないし、それを肥大化して西住家=西住流=黒森峰もノーカンという等式が導き出される可能性だって十分にある。

 

 と、なれば、選ぶべき選択肢はこれしかない。

 

 

 

「まほ。……黒森峰のメンバーには本当のことを告げておきたい」

「しかし!―――いや、エミの決めたことならば、私は異論を唱える立場にはないな……」

 

 

 まぽりんに提案したところ、難色は示したが最終的には折れてくれた。まず最初のとっかかりはどうにかなったな!

 

 

 愛里寿の問題も解決する。まぽりんの不安も取り除く。みほエリの中も取り持つ。

全部やらなきゃいけねーってのがガルおじの辛いところだなぁ。

 

 

 覚悟はいいか!?俺はできてる!!(黄金の風)

 

 

 

 *******  >> Emi → Otheres

 

 

 

「みほさんが仲間になってくれたから、あの子たちは一度見逃したんだよ?」

「……わかってる」

 

念を押すような愛里寿の言葉に神妙に頷くみほ。一度落ち着くためにⅣ号の車内に戻って一息つくと、心配そうに自分を見ている3人分の視線に困ったような微笑みを返した。

 

「―――ごめんなさい。みんなも巻き込んじゃった……」

「ううん!いいんだよみぽりん!アリスちゃんの言葉が本当なら、私だって賛成だもん!」

「ええ――命より優先されて良いものはありませんから」

 

 砲手席の五十鈴華が微笑み、通信席の武部沙織がそう言って笑い返すとみほの表情が幾分か和らいだ。無言で操縦席に座って運転する冷泉麻子は、ただ静かに淡々と零していく。

 

「――私はどっちが正しいとかはわからない。だが、心情的にみほさんに同意できるし、恩義がある。協力に異議がないから手伝ってやる」

「麻子はすぐそういう事言うー!」

 

 運転中の麻子の頭をぐりぐりと強めに撫でる沙織に「運転がブレる」と文句を言いながら首を振って避ける麻子。いつものような談笑のノリにみほの緊張も緩やかになっていった。

 

 

 

 

『みほさん。来たよ』

 

 

 

 ―――それが束の間の和みなのだと理解していても。

 

 思考を切り替えたみほは表情を硬くしたまま車上に顔を覗かせる。双眼鏡で遠くを見る愛里寿の視線の向こうに土煙が見えた。

 

「――車種はティーガーⅡ。エンブレムは黒森峰」

「バウアーさんですね」

 

 車種の特定から即座に返答したみほは麻子に“踏”を送る。

 

「予定通りに、私が引き受けます。愛里寿ちゃんは、きっとお姉ちゃんが別動隊で来ると思うから―――」

「わかってる。西住まほは私が引き受ける」

 

 お互いに視線を交わして、Ⅳ号が全速で前に飛び出した。前進してくるⅣ号に合わせるように方向を変えて転身するティーガーⅡに追走して、戦場を変える。

 

 

島田愛里寿は『西住まほを相手にする』

 

西住みほは『島田愛里寿を狙ってくる相手に対応する』そして『可能ならば味方に引き入れる』

 

 

 数の上ではカチューシャたちプラウダ組とサンダース組に撃破された5輛とカール自走臼砲、T-28重戦車、クロムウェルMk-Ⅷの合計8車輛が撃破され、大学選抜+ヨーグルト学園混合軍は10輛+Ⅳ号戦車の11輛。それに対して大洗メンバーがほぼ撃破されサンダースが全滅したとはいえ、西住まほを筆頭に黒森峰が13輛、聖グロリアーナにクルセイダーが2輛、プラウダが3輛。生きのこった大洗のポルシェティーガーとⅢ凸、M3リーとアンツィオのP40とCV33、セモヴェンテの合計6輛。合計で21輛に、撃破報告を受けていないけれどどこにいるのかわからない継続高校とBC自由学園の二人で合計3輛も計上すれば24輛。倍以上の勢力になる。

 

 だからこそ、可能な限り味方に付けられる相手は味方につけて戦力を均等に均す。大学戦車道の練度の差なら同数程度まで持っていけば押し切れると愛里寿とみほの見解は一致していた。そのため、愛里寿の副官であるアズミ、メグミ、ルミには別々に部隊を率いさせて連合軍の部隊をばらけさせて、みほが説得可能な相手とみほを対面させる作戦を、ほかならぬみほ自身が提示してそれを愛里寿が採用した。

 

 

 そうして、ミミミでもみほでも抑え込めない相手が斬首戦術で愛里寿を狙いにやってくる。それは間違いなく西住まほと天翔エミになるという確信が、愛里寿にはあった。

 

 

 

 

―――そう言った大向うの予想を覆すのが、規格外と呼ばれる存在であるのだが。

 

 

 

 ********

 

 

 

 戦場を移動して開けた場所にやってきたティーガーⅡが速度を緩めると、みほも麻子に“踏”を送って距離をとり待機状態を取る。

 

 

「バウアーさん!私の話を聞いて下さい!!」

「……いいえ、お生憎様ね」

 

 

声を上げてティーガーⅡに語り掛けるみほに対して、ティーガーⅡのハッチを開いて車上に顔を覗かせて来たのは

 

 

 

「聞かせてもらおうじゃない、みほ。アンタとアンタの仲間が私たちを裏切った理由とやらを」

「エリカ……さん…………!!」

 

 

 みほのティーガーⅠで大会に参加していたはずの、逸見エリカだった。

 

 

 

 




 偵察車輛としてチャーフィーを走らせ、報告に合わせて会敵して討つ。オーソドックスな戦術で敵戦力の磨り潰しを考えていたミミミの戦略は、初手で出鼻をくじかれる形となった。




「ヒャァァァッハァーーーーーー!!!逃げるやつは偵察車輛ですわ!!逃げないやつぁ大学選抜で訓練された偵察車輛でぇーーすわーー!!」




 チャーフィーと同じように快速全速でアクセルをベタ踏みしているように駆け回り、偵察車輛にベッタリと張り付いて嫌がらせをするクルセイダーが居たからである。
 偵察車輛の“目”を潰された状態で【待ち】に徹していたルミ小隊に襲い掛かったのがカチューシャ率いるプラウダ組+ポルシェティーガー隊だった。

 これに慌てたのがアズミ小隊とメグミ小隊だったが、そのうち片方、市街地を避けて山林沿いを駆けるアズミの前に


 ―――無傷のティーガーⅠがヤークトティーガーとP40、CV33を引き連れて現れたのだった。


「――天翔エミも逸見エリカも、隊長の獲物ではなくなってる。撃破します」

 そう命令を告げるアズミの前で、ティーガーⅠから車上に上半身を覗かせた影は、何かを懐かしむように目の前の敵ではなく、後ろのヤークトティーガーとP40に向かって語り掛ける。


「―――長く久しい、という気分だ。私と君が、こうして同じ目線で戦うことが」

声に応えるように、ヤークトの装填席のハッチを開いて小さな少女が顔を覗かせる。

「……あの時とは違う。だろぉ?なぁ―――まほ」

 少女、天翔エミの言葉にフッと口元を笑みに変えて「ああ」と短く答える。



「―――あの時夢に見た“三人の戦車道”、その結実だ。ともに征こう―――千代美!」
「任せろ!!足手まといにならない程度には練度があるぞぉ!アンツィオは弱くない!じゃなかった―――強いんだ!!」





*************** >> Emi


 計 画 通 り !!!(夜神スマイル)

 エリカが(原作と違って)乗ってたティーガーⅠをまぽりんのボロボロのティーガーⅠと交換→ボロボロのティーガーⅠをティーガーⅡのバウアーと交換→まぽりんのエンブレムが付いたティーガーⅠを囮としてそこそこの腕前であるバウアーが動かし、それに従うようにして「偽まぽりん隊」を作り愛里寿を欺く


 → ティーガーⅡのエリカを与しやすいバウアーだと誤認したみぽりんが説得にくるだろ?


 → ざんねん!かわいいエリカちゃんでした! するだろ?


 → あの時(決勝戦)の焼き直しリベンジ戦がおきるだろぉ!?


 → 当然、みほエリの鼓動が巻き起こるにきまってるだろ!?


 → プラスワンでまぽりんと俺のタッグにチョビを組み込むことでまほチョビも供給できるかもしれない!一石二鳥やない!全部乗せてんこもりやで!!(電王感)


 これでエリカが勝つことができれば将来有望ってことでまぽりんが納得して独逸に留学できる!みぽりんが勝った場合でも無傷とは言えないだろう。その場合愛里寿の撃破と合わせて今回の試合ノーコンにして、改めてまぽりんを納得させればいい。


 俺たち()の戦いはこれからだ!!!















<私信>

活動報告にてとりあえずアンケ設置中。ワイの更新遅れたので期間伸ばしました()


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【 まほルート 第二十六話 NEVER SAY DIE 】

 「―――西住まほ(あの女)はどこ?」

 島田愛里寿の目の前には10輛の黒森峰車輛。率いるのはボロボロのティーガーⅠ。そのティーガーⅠの車上に姿を見せた眼帯の少女を睨みつけるように強い“圧”を放つ愛里寿に、眼帯の少女、バウアーの頬に一筋汗が伝う。ビリビリと身を震わせる、見た目とは裏腹の凶悪な圧力に怯む黒森峰の車輛たちに


「―――教えてやる義理は、無い!!」


 負けてやるものかと叫んだ。虚仮でもなんでも構わない、相手の圧力を吹き飛ばすように声を張り上げた。


「―――お前たち!!前を向け!拳を握れ!!胸を張れ!!

  ―――もう二度とあの人に、あの人たちに恥じない自分であれ!!!」


 心の内に抑え込んだ熱を想いとともに吐きだしていく。不思議と、熱を吐きだしても吐きだしても消え失せることはなく、吐きだした熱は広がり、伝染していく。
黒森峰の車輛一つ一つが繋がり輪になり一塊になる。


 【黒森峰の戦車道は、撃てば必中守りは固く進む姿に乱れ無し。部隊は手であり足であり、心臓を護るための肉体であれ。己の隣は他者ではない。同じ肉体の細胞のひとつであり、ともに心臓を護るための部位である】


 西住まほの教えが、黒森峰(わたしたち)をまとめ上げる。


【辛いとき、苦しい時に隣を見ろよ。酒酌み交わしてメシ食って、一緒に笑ったダチが隣にいるんだ。怖いものなんかなーんもねぇさ】


 天翔エミの在りし日の言葉が、黒森峰(わたしたち)を強くする。



 その二人が袂を別ったのは、私たちのせいで、

 今の中途半端な黒森峰のせいで、隊長は迷い続けている。



 彼女たちに胸を張って誇れる自分でありたい。




「―――多少時間はかかるけど、貴女たちじゃ、私を打倒できない」

 淡々と、黒いオーラのようなものをちらつかせる島田愛里寿へと、バウアーは眼帯に覆われていない方の目を向ける。その瞳に強い決意を宿らせて




「黒森峰を無礼るな」



ただ静かに一言言い放った。





「くそっ!!ルミやメグミがいれば……!!」

 

 アズミは苛立ちまぎれにダンと戦車内壁に拳を叩きつけた。M26の性能も、乗員の練度も目の前の敵には負けていない。引き連れている他のM26の練度も決して弱くはない。

 対して相手はどうだ?ティーガーⅠの西住まほ、ヤークトティーガーの天翔エミ。いずれも傑物ではあるが、コンビを組んでいたのは黒森峰時代。乗員も一度は戦車道を辞めた身で、大洗で多少取り戻したところでかつてに比べて間違いなく劣っている“はず”なのだ。部品の調達もままならない大洗の台所事情に黒森峰の西住流が手を貸したなどという情報もない、弱体化は必至。

 加えて異分子がふたつ。アンツィオの安斎千代美の乗るP40と懐刀のペパロニのCV33。コンビネーションを発揮しようと豆鉄砲に過ぎないCV33と当たれば砕ける装甲のP40、何の障害にもなりはしない。

 

 

 

 なのに崩せない。

 

 

 

『B1!CV33に間に入り込まれました!A1の影に入れません!』

『B2!ヤークトが旋回中、ティーガーは右回りに回頭!』

 

 矢継ぎ早の報告に脳内パズルを組み立てる。高速機動で戦闘する以上車上に顔を出す意味は薄いため、周囲の戦車を偵察兼壁役兼砲台として運用するのはアズミでなくとも良く行われる戦い方である。

 教本にもある と言われればそれまで、だがそれゆえに【手堅く戦う】見本であり―――

 

 

 ―――教本を破るのは“策略の鬼才(ヤン・ウェンリー)”なのだから。

 

 

 

 *******

 

 

 

「ペパロニ!一旦戻れ!天翔と西住が体勢を立て直したら撃破されないように駆け回れ!!“できるよな!?”」

『当ったり前ぇッスよねーさん!!あたしはアンツィオの特攻隊長!度胸と根性なら誰にも負けねぇ!!!』

 

 力強い声で返事を返したペパロニに車内で小さく微笑む。手に持った鞭を弄ぶようにして含み笑いを漏らすその様はどこかのアニメか何かの悪の幹部さながら。上機嫌なアンチョビにペパロニからの通信が続く。

 

『しっかし流石ねーさんッス!!やつら完全にビビリ散らかしてブルっちまってますよ!!あたしらとあいつらのコンビネーションとか考えてもなかったんでしょうぜ!!』

 

 ケラケラ笑うペパロニに、アンチョビは目を細めた。閉じるほどに目を細めて、薄く開けた瞳の向こうに幻視した景色を見る。

 

 

 西住まほが居た。

 

 

 天翔エミが居た。

 

 

 精強な黒森峰と、あの日の敗北の試合があった。

 

 

 

「―――当然だ。ああ、当然だとも」

 

 

独り言ちるように声が漏れる。

 

 

 

「腑に落ちないだろうなぁ。大学選抜……だがそれも当然だ。あの日の誘いなど誰も知らない。あの日の想いを誰も知らない。私の思いを私以外誰も知らない」

『……ねーさん?』

 

 手にした鞭をギシリと捻じ曲げる。張り詰めた弓のように弧を描く鞭にさらに力を入れて、夢想の向こう側を見ながら、アンチョビの独白が続く。

 

 

「―――あの日から、一度たりとも思わない日はなかったさ!!

 

 何度だって想った!何度だって考えた!!“私たち三人ならどう戦うか”なんてな!!

 

  ―――悩んで、悩んで、考えて、考え抜いて、試行して、試験して、改良して、苦悩して、足掻いて、鍛えて、自虐して、反発して、想い描き続けた!!」

 

 

 目を開いて車上に上半身を晒す、旋回途中の風圧に髪が靡いて流れて暴れる。

同じ態勢で、倍ほどの速度で駆けているティーガーの上、顔を出して戦う西住まほと目が合った。回頭させて射線を開くヤークトの中に居るであろう天翔エミの方を見た。頬に伝った一筋の涙は風圧で歪に流れて消えていった。

 

 

 

「私はなぁ―――いつかこうやって戦う日を

 

 

  あの日の選択を、悔やまない日はなかったんだ――――!!!」

 

 

 

そうしてアンチョビはするするとそのまま車内に戻る。心配そうな表情でこちらを見ているアンツィオのメンバーの前で、アンチョビは車長席に座って

 

 

 

 

  いつもの笑顔を浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

「それと同じくらい、あの日の選択を正しかったと思わなかったことはなかった!!当たり前だろう!私はアンツィオのドゥーチェ・アンチョビだぁ!!

 

 行くぞぉ!!私が鍛え上げたアンツィオの精鋭たち!!

 

 わたしにあの日が間違ってなかったって―――教えてくれ!!!!」

 

 

 

『ったり前ぇッスよねーさん!!てめぇら気合入れろ!!』

 

『『『Avanti!!!』』』

 

 

 

 ******  → Emi

 

 

 

 なにこれなにこれ、すっごーい!(けもの感) 

 

 

 いや真面目にドチャクソ動きやすいんだけど!?なんなのこれ、戦術が加わるだけでこうも動きやすいものか!?いやまぽりんが悪いわけではないし黒森峰はあれはあれでまとまってたんで問題なんかまるでないんだが……、西住流ってのは基本守りを固めてまとまって攻撃するっていう堅実な攻撃方法である。そこに俺という固定砲台が加わったことでまぽりんが編み出したのが電撃作戦と鉄血兵団を組み合わせた改良戦術。本来決勝戦でみぽりんに負けた後新戦術として試行錯誤していた『黒森峰全体での電撃作戦』と西住流のいいとこどり。

 普通こんな戦術成り立たない。だが“西住まほ”と“3秒ごとに砲弾ぶっぱなすヤークト”がそろった結果、ここに偶然成ってしまった。

 

 確かにそれは強いんだ。だが―――それは“後に続かない”強さだった。

 

 チートなヤークトと西住まほというチート、二つが揃ったからこそ出来上がった戦術。逆に言えば『それが無ければ生まれない』戦術なのである。発展性、まるでない!俺という装填手の存在が生みだした理外の戦術なのである。つまるところ、黒森峰の閉塞的な状態は俺が作り出してしまったようなものなのだ。

 

 後悔はあんまりしていない!何故ならそうしないと黒森峰戦車道でやっていけなかった=みほエリを成すための一歩目を刻めなかったのだから。

 

 だが同時に責任は感じている。この状況を作り出してしまった責任のつもりでまぽりんの緩衝材を受け持った部分はある。それはそれとしてまぽりんのフォローせんとまぽりんが孤立するフラグしか見えなかったからフォロー不可避だったけど。

 

 

【閑話休題】

 

 

 まぁそれはそれとして、アンチョビの指示が的確過ぎる件。この娘……やはり天才……!!

 ヤークトの射線を避けて突撃するまぽりんの動きを完全に読み切って走り回りながら砲撃するP40。ティーガーの死角を抜けるように動くパーシングに対して絶妙のタイミングで時に突撃、時に砲撃し、車体で、砲弾で、ペパロニで相手の攻めのリズムを乱すし、防御のタイミングもずらすし、そんな針の孔を徹すような行動を“まぽりんの突撃もヤークトの砲撃も邪魔することなく”こなしている。何ならその上でこっちに支援砲撃や行動のフォローを行っている。目が4つ5つついてて独立視点で動いてると言われても信じるような戦い方に舌がローリングである。さすドゥーチェ!!

 

『―――エミ!!聞こえているか!?』

 

 心底楽しそうなまぽりんの声に「応」と短く答える。本当にワックワクが止まらねぇぜってノリノリのまぽりんが声を弾ませていた。

 

『千代美はいいぞ!!来年が―――楽しみだ!!』*1

 

 柄にもなく饒舌で昂奮した調子で叫ぶまぽりんの声に、頬が緩んでいくのを止められない。マフラーで抑える余裕なんぞ砲弾持ってるのでできないんで、ヤークト内の皆の表情が微妙に生ぬるい件。だがそんなことは今、どうでもよかった。俺の思いはただ、ひとつ!

 

 

―――このまぽりんの態度…間違いなくまほチョビの鼓動が共鳴している―――!!!

 

 

 

 ********  Emi → Others

 

 

 

 「聞かせてもらおうじゃない。アンタが何で先輩を裏切ったのか……!!」

 

 まほたちとアズミが激しく戦闘を繰り広げているころ、対峙する二輛の戦車。Ⅳ号とティーガーⅡの車上で、二人の少女が視線を交わしていた。

 

 

かたや天翔エミに助けられ続け、その天翔エミの手を放した少女 西住みほ

もう片方は、あの日天翔エミの手を放し、後悔を忠誠に変えた少女 逸見エリカ

 

 

 お互いに天翔エミを信頼しているという点で同じなのだと考えていたエリカの思いはみほの裏切りで打ち砕かれた。静かな怒りがエリカの内でとどまっている。

 ひとえにそれは、こんな状況に陥っても、目の前に敵として対峙していても、西住みほという少女の在り方を、逸見エリカが信じているからに他ならない。

 

 

「聞かせなさいよ、みほ……アンタの目的を」

 

 

 エリカの声は怒りを抑えたためかとても冷ややかで、そのためか、みほが車上でビクリと肩を震わせた。何をどう話していいかを逡巡するようなその様子に、気が短いエリカはより深く深呼吸して、極力怒気を抑え込んでゆく。

 

「黙っているなら私も、私のやり方でしかアンタにぶつかれない。アンタにはアンタの目的があって、だから島田に与した。―――そうじゃなきゃ、アンタの戦車の他のメンツが黙って従ってるはずがないもの」

「エリカさん……」

 

 まほに冷や水を浴びせられる形となったあの時から、エリカは脳内で思考をずっと巡らせ続けていた。みほがエミを裏切る理由、みほにあんこうチームが従う理由、どちらも相当の理由が無ければ有り得ない。

 

 その理由は、天翔エミ本人から知らされた。

 

 けれどそれが理由だとして、“裏切る理由になどなりえない”。

 

「――説明しなさい。アンタが何をしたいのか」

 

エリカの鋭い視線に、目を逸らしていたみほが決意を込めて視線を返した。

 

「――エミさんの、エミさんの命は……」

「もうあまり長くないんでしょう?さっき本人から聞いたわ」

 

 つとめて事も無げに淡々と告げるエリカの口調にみほが目を見開いてエリカを見た。件のエリカの、戦車の影に隠れて見えない左手は爪が皮膚を食い破るほどに強く握りしめられ血色を失っている。

 

「エミ先輩のことはショックだとは思うわ。でもアンタが先輩を裏切る意味が分からない―――!!」

 

 みほが仮にエミを救おうと考えたとして、それが島田に与して大洗や黒森峰を倒す行動に繋がったりしない。みほがどうして島田に味方するような行動に出たのか?そこがエリカにとって不可解な点だった。

 

「……西住家がアンタに黙っていたのが気に食わないのなら―――」

「そんなのじゃない!!」

 

 みほの代わりに声を張り上げたのは、武部沙織だった。みほの代わりに答えるように他のメンバーがⅣ号の各部のハッチを開いて次々に顔を見せる。

 

「私たちは天翔先輩を救いたいと思っています」

「―――だから!先輩を救うためって言って、何をどうしようって言うのよ!!」

 

 要領の得ない回答に苛立ちが限界を越えた。怒りを顕わに怒鳴り返すエリカに、みほをかばう様に前に進み出た秋山優花里が声を上げる。

 

「失礼ながら、不肖秋山優花里、みほ殿の代わりに申し上げます!みほ殿は島田愛里寿殿に、天翔殿を救うための時間を提示されたのです!!」

「―――時間……?」

 

 優花里の言葉に聞き返すエリカに、みほは優花里に庇われていた状態から前に身を乗り出した。

 

 

「―――今の医学では、エミさんは救えない。たとえ未来にエミさんを助ける手段があったとして、エミさんの寿命が尽きてしまう方が先になる」

「だから先輩から戦車道を取り上げて寿命の進みを少しでも遅らせようって言うんでしょう?そんなもの、気休めにもならない―――!!」

 

 吐き捨てるようなエリカの言葉に、みほは首を横に振った。

 

「……島田流家元の千代さんと、愛里寿ちゃんが約束を交わしてた。この勝負でもしも島田が勝利して島田の威を示すことができたなら、エミさんの病状の改善に全力を尽くすって」

「だから―――そんな時間は残ってないって言ってるでしょうが――ッ!!!」

 

 エリカの怒号に、みほは決意を込めた目で応えた。

 

 

「――医学の発展にかかる時間、その結果失われる寿命を、天翔エミを“冷凍睡眠”させることで留め置く。

 

 

 

  5年。5年後に、エミさんにもう一度選んでもらうの。

 

 

 

 

 

 

 

   たとえ私たちと離れても、戦車道を続けるかどうかを」

 

 

*1
あの日エミと私が見出した通り、安斎千代美は素晴らしい傑物だ!!来年、私が独逸に留学しても、しなかったとしても、成長した彼女と再び戦う時が楽しみだ!!




26話で終わらせる予定があと4話はかかる不具合()


理由?だいたいパイセンとアンケの結果だよ!!


次回はエミカスとかみほエリ以外の戦場じゃーい!(アンケには忠実勢)


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【 まほルート 第二十六.五話 (ちよきち=サンの)傘の中 】

目も完治したので加筆しつつ編集投稿ー。

まほルートの続き鋭意執筆中。今少しお待ちを





 重厚な履帯痕と着弾痕で凸凹になり、吹っ飛んだ際に装甲や履帯・転輪の破片が散らばり何だったら地面は油まみれになってるであろうゴルフ場。税金で直す確約が無かったらオーナーが首を括りそうな出来栄えのアバンギャルドなフェアウェイ上に赤絨毯を敷き、死屍累々の戦車たちの中でテーブルを囲んで紅茶を嗜む英国淑女たち。

 

 

「――もう少し後ならオ-タムナル*1の時期だったのが残念ね」

「でしたら、旬の時期にまたグロリアーナにお越し下さいませ。先輩なのですから」

 

 涼しげな顔でカップを傾けるアールグレイに微笑みで返すダージリン。ダージリンの背後にはオレンジペコ、アールグレイの背後にはアッサムがそれぞれ付いてサーブ係を務めていた。

 

 

「―――天翔エミの……彼女の身体については」

「もちろん……存じ上げておりました」

 

 アールグレイの言葉に静かにそう言って紅茶のカップを傾けて見せる。

ダージリンにしてみればそれは当然の話であった。そも、ダージリンはあの“天翔エミ吐血事件”に居合わせてしまった当事者であり、西住家・黒森峰とは無関係の人間である。西住家が情報封鎖を行う上でどうしても情報を止めるために抱き込むべき人材だったため、西住しほとしても情報の開示を行わなければならなかった相手なのだ。

 

 

「ならばなぜ、あの子の寿命を縮めるような大会を決行したの?」

 

 

 紅茶で舌を湿らせて、アールグレイははっきりと切り出した。

対するダージリンは紅茶をくっと飲み干して、後ろめたさを隠しきれず眉を曇らせる。それでも彼女の目だけは真剣なまま、アールグレイから視線を外さない。

 

 

「アールグレイ様もおっしゃっていたでしょう?あの子はイカロス……決して諦めることはしない。どこまでも高く高く飛び続けて―――いずれ墜ちる」

 

 新しくサーブされた紅茶を一口。そして重くてどうしようもない口を開いて言葉を絞り出す。

 

「あの子は誰が止めても続けます。たとえ世界の戦車道からはじき出されたとしても、戦車道を続けるでしょう。西住も島田も関係なく、あの子は立ち止まれない火のついたネズミ花火のような生き物ですから」

「酷い言い様ね」

 

アールグレイの言葉に、「それでも」と返してダージリンが言葉を続ける

 

「あの子の人生はこれまで戦車道のために存在しました。そのこれまでを打ち棄てて「高校までで戦車道を捨てる」とあの子が言った時、私は気付いたのです。

 

 あの子はきっと、自分の身体のことをうすうすではあれど理解している と」

 

 

 人生の全てを戦車道に捧げてきた天翔エミ。その天翔エミが「戦車道を捨てて野に下る」などという選択肢を選ぶ理由。それをダージリンは推理した。ダージリンの考える天翔エミの人生とは西住まほとともに駆け抜けた黒森峰でのこれまでであり、天翔エミ自身の内心にある渇望とはスタートラインが違う。その齟齬が生み出す認識のズレがダージリンの結論に生じさせた歪み。それが今回の顛末だった。

 

 

「相手の意思を無視した押しつけは余計なお世話―――アールグレイ様、貴女は以前そう言いました。ですからこれは“余計なお世話”なのでしょう。あの子に恨まれるかもしれません。それでも、です」

 

 カチャンと強めにカップを置いた音が響く。

 

 

「私たちの誰もが、あの子の影を引きずって前に進めなくなる。その未来が見えたのです―――あの子がそれを後悔しつつも立ち上がることすらできず、失意のうちに死んでいくなど、到底看過できません」

 

 

 それはいくつか存在する、“ダージリンがエキシビションマッチを開いた理由”のひとつ。いくつか存在する、譲れないもののひとつ。

 

 

 

 *******

 

 

 

「―――こちらを寡兵と侮り過ぎだろう」

 

 ルミの呟きは履帯の音にかき消された。後ろから追いかけてきているのはカチューシャの操るT-34とノンナ・クラーラのT-34。それにKV-2、ポルシェティーガーの4輛に対しルミはルミのパーシングとチャーフィーの2輛。

 

 

 しかし捉えきれない。

 

 

 技量の問題だけではない。T-34は整地状態で50km/h、不整地状態で30km/hに対し、ポルシェティーガーとKV-2は整地状態でも35㎞/hが精々である。それに相対するM26パーシング、M24チャーフィーは整地状態で40~50㎞/h、不整地状態でも30km/hで走行が可能である。

 カチューシャが得意の包囲戦術に持ち込もうとするも速度を鈍足の二人に合わせた結果、奇襲効果は半減してしまい、膠着状態に持ち込まれた。そのうえで、ルミはアズミ・メグミへの合流を優先し、撤退戦へ移行。追走するカチューシャとクラーラに対し、一歩遅れる形になるKV-2とPティーガーが追いすがる。

 

KV-2は重心の問題から足を止めなければ砲撃後の姿勢制御に問題がある。

ポルシェティーガーは足回りに問題を抱えておりそもそも移動に不安を持つ。

 

 決定打を持つ重量級の2輛が揃って同じような欠点を抱え、逃げる戦車相手にはデメリットが大きすぎたことが、カチューシャ組の不運といえる。実際は、そうなるように見越したうえで足回りに問題のないIS-2を先に潰した島田愛里寿の読みが上を行った結果なのだが―――。

 

 

「……アズミのところには西住まほと天翔エミがいる。メグミと先に合流して、そこでとりあえず連中を払いのける!」

 

 

 ルミの選択は「メグミとの合流」だった。アズミが時間を稼いでいる間に他の車輛を駆逐しながら三者合流を目指す方向に舵を切ったからには、その行動は迅速だった。後続を連れて進む分、どうしても一手遅れることは免れないカチューシャを背に、ルミはメグミのいる地点へと進む。

 

 

 

 

 

 

 ――― 一方で、メグミの方は

 

 

 

 

「くそっ!!……今までもそうだったが、今まさに思う!回る砲塔が欲しい!!」

「同感―――ぜよ!!」

 

 後方から追い立てられるようにして駆け抜けるⅢ突の中で悪態を吐くエルヴィンと、同意を示すおりょう。自走砲という車輛の欠点として、載せられた備砲の旋回ができないため、横・後ろからの攻撃に対して反撃ができない。これまで幾度となく弱点を突かれて来た中で、ナポリターンという急反転等速バック走というアクロバット技を体得したりもしたが弱点の克服には遠かった。

 

「反転しようにもこの状況は―――辛い!」

 

 ナポリターンで反転して砲撃を狙おうにもパーシングの機動力を考えると反転で速度が緩んだ瞬間横に並ばれる予想が消えない。じりじりと追い立てられているそこへ――

 

 

 

『たかちゃーーーーーーーーーん!!!』

 

 

 

 オープンチャンネルで大きな声が響き渡った。

 

 

 「ひなちゃん!!」

 

 

声に反応して笑顔で声を上げたのは―――装填手のカエサル。

 

 Ⅲ突の向かう先から逆走するように飛び込んでくる車輛がひとつ。

セモヴェンテM41――アンツィオ高校のエンブレムを付けた車輛の上から顔を覗かせる金髪の少女。アンチョビの右腕をペパロニとするならば、彼女は左腕。

 

 アンツィオの副官カルパッチョが、ほわほわした表情で呑気に手を振っていた。

 

 

 

「んっ……んんっっ!!―――カルパッチョ!アレでいくぞ!!」

『わかったわ!任せて、たかちゃん♪』

 

 

 

 車内の他の三名の生暖かいニヤニヤ顔に赤面しつつ咳払いをしたカエサルは通信機を奪い取ってカルパッチョに通信を送る。

 

 アンツィオと同盟を結んでからしばらくの間、アンツィオの学園艦から積極的に大洗に出稼ぎという名目でアンチョビとペパロニ、カルパッチョがやって来ていた。そのうえで、カルパッチョが積極的にカバさんチームと連携を取れるように進言した存在が居たため、短い期間とはいえ大会までの間2チームは連携訓練を密に行っていた。

 その結果生まれた戦術が―――

 

 

 Ⅲ突と交差するように前に出るセモヴェンテの砲撃を躱してセモヴェンテに対峙しようとしたメグミの横をそのままスルーするセモヴェンテ、どちらを追撃するかで迷っている間に勢いを殺さずに駆け抜けたⅢ突は方向転換しメグミたちの方向へと回頭する。メグミが麾下のパーシングと散開して挟むように回り込もうとしたタイミングで、回頭したセモヴェンテが戻ってくる。

 

 回頭→突撃のタイミングを合わせてまるでメリーゴーランドのように戦車をぐるぐると交換させる戦術を、こう呼ぶ。

 

 

 ―――戦車回転木馬戦術(タンクカルーセル)

 

 

「見たか!上杉謙信公譲りの“車懸かりの陣”だ!!」

 

 

 左衛門佐の渾身のドヤ顔に「いやロシアの近代戦術タンクカルーセルが」だったり「むしろ2輛で車懸かりは無理があるぜよ」などのツッコミが反響するⅢ突車内だった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 エキシビションマッチの様子は現地の人々へと映像提供されている。これは非公式とはいえ戦車道というモノの基本的事項である。

 

大型電光掲示板に映し出される各所での戦いの様子に沸き立っている中、その戦場を遠くから俯瞰するように見ている影がふたつ。

 

 

 かたや戦国武将のように簡易椅子に座り、泰然自若の様子で戦場を眺める黒髪の女性――西住流家元、西住しほ。

 かたやその隣で日傘を手に涼やかな微笑みを絶やさず、オペラグラスのような道具で戦場を眺める女性――島田流家元、島田千代。

 

 

 西の西住、東の島田と呼ばれる二つの流派の家元が並んで戦場を眺めていた。

 

 

 その視線の先では、家元の次代の後継者と目される娘たちが戦っている。故に嫌が応にも周囲は見てしまう

 

 

 

―――『この戦いが西住と島田の因縁の延長線にある』と。

 

 

 

 *******

 

 

 

 西住流家元、西住しほは内心で頭を抱えていた。

 

 

 西住まほと島田愛里寿の殺し合いもかくやという戦い、そして西住みほの裏切り。

 

戦車道にとって、西住流にとって、醜聞どころの話ではない。何よりそれ以前に母としてこの状況に頭を抱えずにいられない。だが、外聞と風聞に直結する今の場面が、しほにそれを表情に出すことを許さなかった。

 

 

 それを全てわかっているような表情で見ている旧知の友人の内心は今のところ推し量れない。が、それを表情に出せばこの衆人環視にも似た状況で悪手以外の何物でもない。確かめるためにも携帯端末を陰で操作する。

 

 

 ―――帰ったら常夫さんに色々愚痴を吐きだしまくりたい。精神的な意味で本当に本当に楽になりたい。でもきっと家族会議の方を優先しないと危ない。何でこう、ここ最近あの娘の影響が良い方向にも悪い方向にも出てしまうのか……!!

 

 

 悪態のひとつくらい吐きたくもなる。けれどそれを“自分たちの事情のために命を削ってきた少女”に向けて吐きだすような慮外者のような真似など、できるはずもない。

 

 

 

 内心の苦渋が目元の皺に直結する西住家の母は現在進行形で胃痛と戦っていた。

 

 

 

 

 

 一方で、島田千代も実は内心で頭を抱えていた。

 

 

 「西住流を徹底的に叩き潰せ」と言ったのは千代本人だ。

そうすべきだという島田流の“流れ”を前に、そう愛里寿に伝えるしかなかった。

 それに対してカール自走臼砲を手配して、それを推挙してきたのは文科省だ。武器として運用し辛くもあるが威力とインパクトは最大級の戦車であり―――数に制限を掛けられた状況であれば強力な武器だという触れ込みで用意されたものだった。

 

 600mmの砲撃に晒され無惨に吹き飛び転がる戦争ドキュメンタリー映画さながらの様子に観客からは当初どよめきと同じレベルで歓声が上がっていた。インパクトとして存在感は重要で、そのため【興行の見世物】としての迫力は上々だったためだ。

 

 

 問題だったのはその後の西住まほと娘、島田愛里寿の死闘と呼ぶべき全力戦闘。

お互いに相手を殺すつもりでやっていると思ってしまうほどの熱の入った戦闘に、『とにかく特殊カーボンがあればへーきへーき』という認識でいる観客が若干の疑念を抱くに足る内容だったこと。

 

 

 戦車道が危険なモノだというレッテルが作られ、そして誤解されたままとなると今後プロリーグを誘致するにあたって折角煮詰めたルールを大幅に緩和せざるを得なくなる。それはひいては戦車道がただの“おままごと”になってしまう危険を孕んでいるし、世界的な視点でそれを見た諸外国の戦車道にとって日本をスポイルするに足る話題になりえた。

 

 

 

 故に表情を崩してはならない。焦った表情を見せればこれを“ハプニング”だと群衆が理解してしまう。そうなれば憶測が憶測を呼びどういう結末を辿るのか予想もつかない。それは最悪、自分の流派だけの問題ではなくなる。

 

 

 

 

 ―――表情を崩すことなく、お互いに距離を取って「最初からわかってました」という表情で戦場を見続けることで、この一件を『プロレス』に落とし込める。

 

 

 

 つとめて冷静な貼り付けた柔和な笑みのまま、娘の死闘を見続けなければならない母親の精神的なダメージはいかがなものだろうか?答えは貼り付けた表情の影、日傘の中の持ち手の影に隠された携帯端末が知っている。

 

 

 

 

 

 

*******

 

送信者:しぽりん

件名:説明なさい

本文:

 

 

*******

 

 

 

 

 怖い。

 

 

 どうしようもなく恐ろしいこの空メールから感じる静かな“圧”に、千代は表情を崩さないようにつとめて冷静に日傘で隠してメールを返信する。

 

 

 

*******

 

 

送信者:ちよきち

件名:Re:説明なさい

本文:

後日釈明の機会をください

 

 

*******

 

 

 

座ったまま、泰然自若の様相を崩すことなく身体の影で携帯に視線を落として文章を確認し、表情を崩すことなく視線を千代の方に向けるしほ。

『弁解は罪悪と知り給え』と言っているかのような視線を感じながら前を向く千代に返信メールが届く。

 

 

 

*******

 

 

送信者:しぽりん

件名:Re:Re:説明なさい

本文:

 

   今 ここで

 

 

*******

 

 

“いや、無理!無理なのよ!わかって!?しぽりんお願い!!”

 

 

 

 動揺をおくびにも出さず内心で絶叫する。見えない背中側に汗がひどい。

 

 

 終わったらシャワーとか浴びたい。むしろ温泉とか入りたい。身も心もリフレッシュしたい。

 

 

 そんな気分でいっぱいの島田千代だった。

 

*1
ダージリンオータムナル:10月~11月くらいが旬の茶葉





> 大饗宴が始まるよりすこーしだけ前


******



 ――月――日

 アンツィオとの合同練習に対して俺の意見をチョビが聞いてきたので
かねてより考えていたことを提言してみた。

 決まってるだろう? ひなたか合同練習(てぇてぇ)だよ!!

ひなちゃんたかちゃんのもはや出来上がってる関係を生暖かく見守ること
それを見てみぽりんがその関係性に憧憬を感じてくれればみほエリの関係の
後押しになるのではないか?そう考えた俺である。

 俺の計画通り、ゆりゆりしい二人の様子にわかってる感あふれる他の歴女ズは遠巻きにニコニコと生暖かい笑みを浮かべて観戦モード。視線に気づいて気まずそうに照れ顔で怒鳴るカエサルの様子にみぽりんも微笑みつつもなんか羨ましそうな表情を浮かべている―――フッ……勝ったな。




 ******



 ヒナ「ドゥーチェのお友達のこと、誤解してました!いい人ですね!!」

 チョビ「そうだろうそうだろう!」

 ヒナ「でも念のためにドゥーチェには色々と頑張って頂きたいです!」

 チョビ「うん……うん……?」



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【 まほルート 第二十七話 夢(みほエリ)の道(ロード) 】

聖なる泉(ミホエリウム)枯れ果てるとき、凄まじき戦士(まほルート)雷の如く出で、太陽(エミ)(病み)に葬られん



「こんなIFルート(寄り道)はさせたくなかった。君には、冒険(みほエリ)だけしていて欲しかった―――。ここまで君を付き合わせてしまって―――」




   Episode 48 『96式装輪装甲人員輸送車(クーガー)



 うそです()




 >> Side 【黒森峰女学園】

 

 

 黒森峰の戦車道は「隊長を中心とした一糸乱れぬ連携」にある。それは西住まほが隊長でなくとも小隊長麾下の小隊でもいかんなく発揮される。西住まほという傑物による大隊運用が目を見張るだけで、中隊以下の小規模であってもその隊列に乱れが生じないようにたゆまぬ努力の果てに、黒森峰レギュラーメンバーは在る。

 

 

 ―――それ故に、弱点もわかりやすい。

 

 

 

 小隊長バウアーの乗るティーガーⅠは、西住まほの酷使によりボロボロだった。とてもではないが戦闘に耐えうるような状態ではない。だが、それは指揮を執るだけならば必ずしも必要ではない―――ただしそれは戦闘と関係ない場所で指示を出す場合に限るという前提が必要だ。

 だからこそ、攻撃を受けるバウアーのティーガーを護るために射線上に飛び込んで防衛する車輛に攻撃し、一枚一枚じっくりと外装を剥ぎ取るように護衛車輛を殲滅していく。愛里寿の戦術は徹底して【鏖殺】と呼べるものだった。

 

 

 「―――状況、終了」

 

 

 転輪を破壊され、エンジンから火を上げて白旗を上げるティーガーⅠ。

動けなくなったティーガーの上からヨロヨロと顔を覗かせるバウアーは、愛里寿の無表情に不敵に笑みを浮かべて見せる。

 

「先に言った通り、あなたたちじゃ私には勝てなかった」

「―――わかってたよ。

 

  あぁ、わかってたさ。そんなことは!!」

 

 血を吐く程に声を張り上げてバウアーが嗤う。

 

「我々は黒森峰、西住流の隊長のため己を鍛え上げて来た!!たとえ僅かでも、隊長のために、天翔さんのためにお前をここに足止めできたなら―――それで我々は役目を果たした!!」

 

「口惜しいがな……」と僅かに漏らしたのはバウアーの掛け値なしの本音だったのだろう。顔を歪ませて目を逸らして、それから気を取り直したように愛里寿をキッと睨みつける。

 

 

「お前を倒すのは私たちの役目じゃない」

「そっか……」

 

 

 短くそう返しただけでふいと顔を背けて“踏”を送り、センチュリオンがその場を後にする。バウアーはティーガーの上でその姿が消えるまでを見送って――

 

 

 

―――ただ一度、戦車の装甲板を強く殴りつける音が響いた。

 

 

 

 ******* >> Side 【鉄血同盟】

 

 

 

 メグミとルミが合流して、カバさん・カルパッチョチームと合流したカチューシャたちが即興の連携を繰り広げているころ―――

 

 

   大学選抜チーム!M26パーシング、走行不能!!

 

 

 ―――アズミ機が白旗を上げていた。

 

 

「ひとまずこれで1手、だな」

 

 それなりのダメージを負っているがまだ健在のP40の上から、やや疲れが見えているもまだまだ動けるCV33を背にアンチョビがメモを取る。

 

「――残りの二人がどうなってるかと、島田愛里寿相手に黒森峰の連中がどれだけ時間を稼いでくれたか次第なんだが……」

「――5分……いや、もっと短いかもしれないな。不甲斐ないことだ。

 それよりも千代美、この後の作戦を―――」

「――!!オイコラ手前ェ!自分とこの仲間に何て言い方してんだぁ!!ねーさんの知り合いだからって容赦しねぇぞァ!!」

 

アンチョビの言葉にぽつりと短くまほが返す。さらりと返した物言いに、ペパロニが食ってかかろうとする。

その様子に―――何故かアンチョビはやれやれと首を振り、他のメンバーは総じて微妙に生暖かいような微笑みを浮かべていた。

 

「天翔。説明してやってくれ」

「あー……ペパロニさん?今まほはこう言ったんだ。

 

 『バウアーを含めた黒森峰の皆の士気は高い、だが島田愛里寿の練度はその上を行く。善戦はしてくれるだろうが稼げたとして【5分、いや、もっと短いかもしれない】。だが、その時間は彼女たちの成果であり何より貴重な時間だ。こうして力になれないこの身が【不甲斐ないことだ】が、【それよりも】この貴重な時間を可能な限り有効に使うために【千代美、この後の作戦を考えてくれ】』

 

 ってさ」

「もう原文が残ってねぇじゃねぇッスか……ねーさん、ねーさんの友人関係、色々ありえねぇッスよ?」

 

 アンチョビの言葉にさっと割って入ったエミがすらすらと意訳して見せるとまほが満足そうに「そうだぞ」と言わんばかりの表情で頷いて見せる。それ以上どういう言うのすらどうでもよくなったペパロニが困ったような表情でアンチョビに愚痴を漏らして戦車に引っ込み、その場はなんとかおさまった。

 

 

「問題は島田愛里寿の動きと、西住の妹の方だろうな」

 

 アンチョビが空気を変える様に作戦について語り始める。

 

少なくとも3機連携の可能性はこれで潰せたのだから一歩前進はした、が、いまだ健在が2輛存在していて、そこに島田愛里寿が合流すると連携されて手が付けられなくなる。危惧する最大の問題に手を付けたい、が、西住みほと逸見エリカの戦いがどう転ぶのかが悩みの種だった。

 

 

「ドゥーチェ」

 

 

 アンチョビに向けて声をかけたのは、ヤークトティーガーから顔を覗かせる天翔エミだった。『千代美』ではなく【指導者(ドゥーチェ)】と声をかけるエミに、アンチョビはやや表情を引き締める。車高の高いP40の上に陣取るアンチョビを見上げるようにして、エミは口を開いた。

 

「みほとエリカなら、心配いらない。あの二人の戦いの邪魔が入らないようにしないと遺恨が残る。愛里寿と残りを分断して戦うことを考えてくれ」

 

みほとエリカへの強い信頼を感じさせる言葉に、アンチョビは「そうか」と短く返す。

 

 なんとなく、ほんの少しだけ羨ましさを感じて、アンチョビは思考を巡らせ始めた。

 

 

 

 ****** >> Side 【みほエリ】

 

 

 

「5年。5年間、エミさんには眠っていてもらう。もし5年で治療方法が確立しなかったら、その時もう一度エミさんに選んでもらう。このままもう一度眠り続けるか、それとも、残りの時間をみんなと一緒に生きるか」

 

 みほの声は絞り出したような様子で、苦渋の末に決断したのだろうとわかる。

 

「―――それを先輩が納得すると思うの?」

「それでも……私はエミさんにもっと生きていて欲しい」

 

 みほの根底にあるのは【エミの命を守る】こと。延命の可能性に縋り続けること。それを―――

 

 

 

「―――お話にならないわ」

 

 

 

 逸見エリカは、バッサリと切って捨てた。

 

 

「人は永遠に変わらず生きるなんてできない。先輩が5年間時を止めている間私たちは歩みを進めてる。先輩が起きた時、私たちが昔の私たちのままでいられるはずがない。それに先輩はきっと、耐えられない」

 

 

 真っ直ぐにみほを見つめるエリカ。瞳の奥に潜むものを推し量る様に、ただまっすぐに。

 

 

「そんな難しいことどうでもいいよ!!」

「そうです!私たちはただ、同じ学校の先輩が早世することを止めたいだけなのです」

 

 

 武部沙織が、五十鈴華が口々に声を上げる。エリカはそれを無視するように一瞥してみほをただ見据えていた。

 

 

「―――私は、論理的な面で言えば逸見さんに賛成だ」

 

 

 操縦席のハッチを上げてけだるげな顔を見せたのは操縦手の冷泉麻子だった。

 

 

「天翔さんの症状も、寿命の問題も聞いて理解したうえで、それでも人は人としての生を全うすべきで―――そういう意味では、本人の意図しない延命は余計な世話でしかない」

 

訥々と、淡々と語っていく麻子の言葉に沙織が声を上げようとするも、それを華が手で制する。沙織の方を一瞬だけ見たうえで、麻子は「それでも」と続けていく

 

 

「……もし私がみほさんの立場で、天翔さんの位置にいるのがおばぁなら―――わたしはみほさんと同じ行動をとらないなんて言えない。

 

 私はまだ、おばぁが居なくなることを呑み込めるほど大人になってない」

 

 

 だから自分は西住みほに協力しているのだ。と、麻子は宣言した。

 

 麻子の言葉を聞いて、じっと黙考するように止まっていたエリカが、すっと瞳を上げてみほを見据えた。瞳の圧に気おされる様に一瞬身をすくませるも、みほも負けじと強い決意でエリカを見つめ返す。

 

 

「―――昔、アンタと勝負したことがあったわよね?」

 

 

 唐突にそんな話を始めたエリカに「えっ?」と虚を突かれたように声を上げるみほ。そんなみほにかまわず、エリカは自分の言葉を続けていく。

 

 

「中等部に入りたてのころ……アンタが先輩を押しのけて副隊長になったのが私にはどうしても呑み込めなくて、思い立ったら先輩に直訴してた。『西住みほと勝負させてください。もしもこれで負けたら私は戦車道を辞めます』ってね」

 

みほにとってそれは初耳の話で―――エミが意図的に伏せていた話で。

 

「その時にね、先輩が言ってたの。『みほは優しすぎる。だから誰の意見も蔑ろにしたくないし、助けられる相手は助けようとする。だからみんなから慕われてるエリカが負けたら戦車道を辞めるなんて条件つけたら、彼女は絶対勝とうとしない』って」

 

若干情報が盛られてはいるが、それは紛れもなく天翔エミの言葉だとみほ自身が理解していて、

 

 

「―――ねぇ、みほ。あの時の勝負、もう一回しましょうか」

「……えっ?」

 

 

 困惑するみほとあんこうチーム、だけではなくエリカの車内のメンバーにも動揺が伺える。そんな中、エリカは喋り続けた。

 

 

「ルールは簡単。1対1(タイマン)で、撃破された方の負け。アンタが勝ったら好きにすればいい。私はもう止めたりしない」

 

 

突き放すような言葉にみほがぐっと息を詰まらせる。「だけど」と一拍おいて、エリカは再び言葉を紡ぐ

 

 

「もしも私が勝ったら―――アンタは勝者の権利なんてまどろっこしいモノ捨てて、真正面から先輩を説得しなさい。その時は私も一緒に頼んであげる」

 

 

 みほが目を見開いてエリカを見た。ハッチから顔をのぞかせているあんこうチームも皆一様にエリカを驚いた表情で見ていた。車内からは「小隊長?!」と声を上げる様子が聞こえてくる。けれどエリカにはそのあたりはどうでもよかった。

 らしくないと自分に言い聞かせながら、言葉をもにょもにょと口の中で遊ばせては封じて、言語を限りなく選んで、選んで、やっと口を開く。

 

 

「―――らしくないのよ。私の知ってる西住みほは、いつだって先輩に助けられてて、先輩を助けてて、お互い様で―――あぁもぅ面倒くさい!!

 

 どうせ私が勝つんだからいいでしょ!!やるの!?やらないの!?」

 

 

癇癪を起した子供のように苛々とした様子で怒鳴るエリカに、みほは普段の日常で見せるような柔らかな表情で微笑んで

 

 

「うん!!やろう!!エリカさん!!!」

 

 

エリカの宣言にそう応えた。

 

 

 

 *******

 

 

 

「うん!やろう!エリカさん!!」

 

力強く宣言するみほの声に一瞬だけ下を向いて、エリカは「ごめんね」と小さく呟く。

 

 

 エリカが今回みほと対峙する目的は所謂「分断」に他ならない。みほの思惑がどうあろうと、エリカにとっての目的は「みほを他の戦場に向かわせず、ここで足止めをすること」である。ではそれをどのようにして成し遂げるか?そう考えた時エリカが思いついたのは―――

 

 

 

 黒森峰と大洗のあの決勝戦での西住まほと天翔エミの戦いだった。

 

 

 

 自分が決めたとはいえ味方を裏切るという選択を取ったみほがそれを負い目に感じないはずがない。そんなみほの心の動揺や罪悪感などみほをずっと見て来たエリカには手に取るようにわかる。

 だからこそ“刺さる”。「この場に逸見エリカを留め置くことが島田愛里寿との約束にも叶う条件であり、罪悪感も何も考えずただ無心に戦うことができる」という心の安心につながる選択肢に、みほは必ず食いつく。

 

 番外での交渉戦術はエリカの本来得手とする部分ではないし、そんな風に相手を陥れるのは自分の心に変な重しを載せていくような感覚を憶えるものだと、どこか他人事のように感じつつもエリカは気を引き締め直してみほを強く見つめた。

 何事か言いたそうだが結局口を噤んだ冷泉麻子からは意味ありげな視線を送られていた。『これで貸し借りはなしだ』とでも言わんばかりの視線に噛みつき返すような強い圧を送るとさらりと透かして操縦席に逃げて行った。

 

 

 いつかの焼き回しのようにティーガーとⅣ号がお互いに十分な距離を取る。決闘の流儀のように、お互いに有利不利を取らない立ち位置に移動し

 

 

「―――戦車前進(Panzer Marsch)!!」

「―――戦車前進(Panzer Vor)!!」

 

 

二人同時に操縦手に指示を送り―――決戦が始まった。

 

 

 

 *******  >> Side 【鉄血同盟】

 

 

 

「島田愛里寿は私が押さえる。千代美は他のメンバーと合流して掃討に回ってくれ」

 

そんな風に切り出した西住まほに、アンチョビは難色を示した。

なぜなら西住まほは島田愛里寿と少し前にお互い万全の状態で戦い、死力を尽くした戦いを演じた挙句お互いにボコボコになっている。それほど拮抗した戦力の戦いの場合、何がどう転ぶか全くわからないからだ。

 

 だが

 

「ドゥーチェ、行かせてやってくれ」

 

 まほの背中を押すように、天翔エミがアンチョビにそう進言した。こうなるとアンチョビにも止める理由が薄くなる。結局アンチョビたちアンツィオチームがカチューシャたちと合流し、メグミ・ルミと戦う。その間にまほとエミの虎コンビが島田愛里寿と戦うという作戦で決着し、二手に分かれることになったのだ。

 

 

 

 

「―――ごめんなドゥーチェ。私もいつまでも逃げてないで、そろそろ現実を見るころみたいだ」

 

 

 

 

 去り際にそんな風に呟いたエミの声を耳聡く拾ってしまったアンチョビは、エミのその言葉を反芻して類推する。彼女の言っていた「逃げていないで」という言葉と、「現実を見る」という言い回しにわずかに違和感を感じながらも

 

 

 

 

「最後の選択は自分で、ってことなんだろうなぁ……」

 

 

 

 西住まほとともに戦いに臨むエミの背中を思い出して

 

 

 

 

 ほんのちょっとだけ、寂しさに目元が潤んだ安斎千代美だった。

 

 

 




 >> Side Emi


―――ドゥーチェたちから離れてまぽりんと二人、ヤークトとティーガーⅠで愛里寿のところへ向かっている。

 ドゥーチェがこっちの説得に従ってくれたのは幸運だったなぁと思わんでもない。まぽりんと愛里寿のあのダメージレベルから考えて、直視したらSAN値が削れそうなくらいの死闘を繰り広げたのであろうことは想像に難くない。

 そんな光景見たらまほチョビの進展度がぶっ壊れかねん(必死)

 自分のために命を懸けてくれる王子様にキュン死する姫ポジってのは恋愛モノの王道ではある。が、生々しい生死を掛けた戦いを目の前で見てキュンキュンするのはどう考えてもサイコパスです本当にありがとうございました。普通に一般的な精神状態の人間ってのはそんな状況になったらまず恐怖を覚えるかドン引きするものだろう(推論)

 それとは別に思惑が無いわけでもないのだが―――

先頭を進むまぽりんの後ろに追従しつつ、盤面を確認する。


三羽烏の一角は倒して、その上で残り二人をカチュノンとたかひなが相手している。偵察隊のチャーフィーはわんころ(ローズヒップ)が追っかけまわしている。
みぽりんはエリカと良く話合って将来のこととかキメてやって、どうぞ。

そして島田愛里寿(ラスボス)のところには【西住まほ】が向かっている。


もはや誰の目であろうと疑う余地はないだろう。



 ―――この世界線の主人公が【西住まほ】だということが。



俺は何故……あんな無駄な時間を……(ミッチー感)


 そう考えるとすべてのつじつまが合う。

俺が一年早く黒森峰に入学していたこと。

まぽりんが戦友で隣人ポジだったこと。

俺がまぽりんのサポートをするために黒森峰にやってきたような流れだったこと。

俺の乗るヤークトティーガーに集められた寄せ集めのメンバー(モブさんズ)が、どれもこれも殻を破ってないだけの強キャラだったこと。


つまるところこの世界線での俺の担当ポジは―――まぽりんのサポート枠だったわけだ。謎は全て溶けた!真実はいつもひとつ!じっちゃんの名に懸けて!!


 ―――だったら俺が決勝でやったまぽりんへの裏切りとその後黙って消えたの永久戦犯レベルのやらかしじゃない?自害せよランサーじゃない?アカン……アカンくない??


 とりあえずまぽりんへの詫びを考えるよりも前に、絶望とともに希望アリとはよく言ったもので、俺には今、特上の希望が存在していた。



 つまりみぽりんはサブキャラってことだろ?


 →恋愛系や日常モノなどの例を出すまでもなく「サブキャラの恋愛ってのは基本蛇足部分」だろ?


 →蛇足で用意された本編のエッセンスであるそれに「ライバルキャラなんか生まれない」だろ?


 →つまり「みほエリの邪魔をするものはどこにもいない」だろぉぉぉぉぉ!?



 そう、みほエリの達成はど真ん中ストライク、邪魔なんか全くないフリーダム!
そのままストフリに進化してハイマットフルバースト、マルチロックオールクリア、種割れからの大勝利ですわガハハ!なのである。

だったらそれをこの目で拝んで確認するまでは―――


「―――絶対に死ねねぇ―――!!」


強い決意を胸にぐっと拳を握りしめる俺をまぽりんが見ていたことに、その時は気付いていなかった。



****** 



 どうやら今は安定しているらしい。と、西住まほは胸をなでおろした。

 エミの状態は急変がありうる。先の決勝のあとの突然の吐血騒動の時のように唐突に倒れてそのまま―――などが十分にあり得る話だ。と、まほは内心で考えていた。
 それでも今回の大会はエミが自分で道を決める最後のチャンスと言えるため参加に踏み切った。そこに横やりが入ってくるなどまほは想定していなかったのだが。


『5年間、エミさんを冷凍睡眠で止めておく』


 エリカの通信から漏れ聞こえたその情報を聞いて、まほはメリットデメリットを素早く計算した。それによりどんな状況の変化が生まれるかも含めてシミュレートを繰り返し―――

 島田愛里寿の思惑に気づいたとき、車内に聞こえるほど大きな舌打ちを漏らしていた。


 5年間 この年月の重みはとんでもないモノになると言える。

 5年後、エミはまだ18歳のままだが、他の皆は違う。5年後、まほは23歳。24を目前に控える年齢になっている。


 そのころには西住流流派を継ぐものとして、まほには『婚姻』が差し迫っているだろう。或いはすでに既婚となっているかもしれない。

 西住流の次期後継として育てられ、西住流を邁進してきて、今更義務を放棄などできるはずもない。母しほが父と出会ってそうなったように、まほにもそういった出会いがあるかもしれない。そう言ったことを考えたこともある。だがそれよりも、一緒にいて安心する存在が傍にいるのだからこれ以上何も望むことが無かった結果、今まほはこうしている。

 となれば当然、宗家の娘として考えられるのは『政略結婚』。世継ぎを残して流派を廃れさせないための女の役目を果たせとせっつかれることになる。



では転じて島田愛里寿は? 彼女は飛び級で大学に進学している14歳。5年後には19歳~20歳。大学に在籍している年齢であり―――『半年後に卒業して進学するエミを迎え入れる立場にいる』ことになる。


どうあがいても埋められない『年月の差』を埋めたうえで、ライバルを先にゴールさせて潰す恐ろしい戦術に、気づいたまほは内心で戦慄していた。同時に溢れ出る嫌悪感から舌打ちを止められなかったのだ。

エミを救う可能性としては考慮に値するだけに、用意周到さに恐怖すら覚えた。


「―――負けるわけには、いかないな―――」

強く拳を握り、決意を新たにするまほだった。





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【 まほルート 第二十八話 「そこにあるのが未来(みほエリ)だから 」  】


 砲撃の音が林の木立を揺らす。衝撃は波になって木々を揺らし、そんな太くない幹くらいならぶっ飛ばしていく。


 アハトアハトの砲撃が空を揺らして地面を抉る。


「―――こんなことをして何になるというのだ!!!」

 いつもの西住節すらない西住まほの叫びに


「意味ならあるさ―――私と彼女たちにはね」



 そう言ってチューリップハットを揺らした少女はカンテレを爪弾いた。



 

>> Emi

 

 

 

 「――何のつもりだ?*1

 

 

 

 

 静かにチリチリと闘志が立ち上っている感覚がある。というかまぽりんの背中から虎の形にオーラが立ち上っているように見えるだが?

 

 場所としては愛里寿が居ると思われていた山林方面へと続く野道。そこで俺とまぽりんが遭遇したのはカールを撃破した後姿を見かけなかったミカァ!と、序盤に早々にボッコボコのボコにのされて2輛だけで逃げ回っていたBC自由学園の押田ルカ・安藤レナの二人の三者三輛だった。

 

 

「―――これはバトルロイヤルだよ?風向きが変わるままに、こうしているだけさ」

「―――そういう意味だな?*2

 

 

 まぽりんの声にやや焦りの様子が感じ取れる。理由はおそらく愛里寿に関してだろう。ボコの詩無双が始まって大洗勢がほぼ壊滅している現状、みぽりんとエリカがぶつかり合ってるうちに愛里寿を倒すのが作戦の最も重要なポイントである以上こんな場所で手をこまねいている時間はないんだから当然だろう。っつーかミカァ!もそうだが押田安藤の二人は何でここにいるのん?(純粋な疑問)

 

 

「察しが悪くて済まんが、そっちの二人はなんでミカに付いてるんだ?」

 

 

 って言うか大同盟組んだ時にメンバーに入れてたけどこいつら合流すらしてなかったんだよなぁ……

 

 

「――私たちの目的は彼女とは別だ」

「おう!私らの狙いはお前の方だからな」

 

 

 

 

……なんで?(素)

 

 

 

 

 え?お前らと因縁何もなかったよね?なんで俺ロックオンされてんの?おかしくない?どういうこと?

 

「私、お前らに何かしたっけ?」

「逆だ。“何もなかったから”お前と戦うんだよ」

 

 

 

 意味が分からん(困惑)

 

 

 

 押田安藤の二人の言い分としては

 

・自分たちは天翔エミとあまり深い因縁はない

・なんだったら戦う理由とかもない

・マリー様の御意向で今回参加している

 

 

 

 

 いや、だから何?(素)

 

 

 

 

 

「―――つまり、我々はお前、天翔エミの身体的な寿命について聞かされたとしても特に何をしようというわけではないのだ」

「そうそう。こいつと意見が合うのはどうかと思うが私もこいつもお前がどうなろうとお前の自由だと思ってる。私らのせいでそうなったら多少悪いことをしたと思うだろうけどな」

 

 口々にそう言って苦笑染みた表情で揶揄うように笑って見せる二人。

 

 

 

……いやそれはわかったから、結論はよ(はよ)

 

 

 

 

 「まぁざっくり説明すると―――うちの先輩の命令が発端だ」

 

 

 

 

 

 あ、合点がいったわ(得心)なら最初から言えよ(おこ)

 

 

 押田と安藤、BC自由学園には三羽烏のうち先ほど撃破したアズミが在籍していた。つまるところ体育会系によくある縦社会の命令であっち側に付いた、ということなのだろう。

 長々と言い訳になってない説明を上げたのはせめても「あたしアンタには興味ないから裏切っただけで、アンタと仲良かったらこんなことしてなかったんだからね!」的な「俺は悪くねぇ!!悪くぬぇ!!」ムーブというところだろう。

 

 

 ―――いやまぁ、「だからなに?」なんだが(残当)

 

 

 上から命令されて立ちはだかってるんですよと説明されてもこっちとしては「あなた…覚悟してる人ですよね?(黄金の風感)」一択なんよ。まぽりんはその辺の事情なんざ全く考慮しねぇよ?もちろん俺もそんなもん考慮の予知なんぞないよ?蹂躙ぞ?オレサマオマエマルカジリですわぞ?お?(威圧)

 

「別に構やしないが……時間をかけてもいられないんでさっさと終わらせようか」

「――!!お前と西住まほののそういうとこマジ性格悪いからな!!」

 

 ブチギレ気味の安藤に怒鳴り返された。いや正直若干酷いこと言ってる自覚はある。が、こっちはみほエリが正に進展しようとしているシーンをおあずけされてる上に愛里寿とまぽりんがこれから死闘を繰り広げるのを目の当たりにせにゃならん苦行待ち状態なんで心の余裕なんぞないんだよわかれよオラァン!(圧)

 

「我々をただの踏み台かそれ以下だと言わんばかりの傲慢。後悔してもらおうか」

「そのふざけた調子の横っ面、絶対ぶっ飛ばしてやらぁ!!」

 

 俺の思考の間も時間は流れていて、ぼーっと間抜けな顔で見ていた俺の様子に、ブチギレ金剛で息巻いて炎がメラメラメララと燃え盛ってる二人と対照的に、飄々とした様子でまぽりんと対峙しているミカァ!の方は、どちらかと言うとまぽりんの方が熱くなっている様子ではある。なんかあっちはあっちで会話していたのかまぽりんの表情が戦闘モードになってるから多分納得がいったのだろう。

 

 

「―――ミカ。君の事情は分かった。だが私には関係ない」

「あるのさ。君にも、彼女にも、愛里寿にも―――ね」

 

 

 ミカァ!がまぽりんの耳に口元を寄せる。

 

 

 何事か囁いて――――まぽりんの目の色がはっきりと変わった。

 

 

「―――付いてきなよ。話の続きはそこでしよう」

「待て!!お前は――――――!!!」

 

 

 BT-42に戻ろうとするミカァ!をまぽりんが捕まえようと手を伸ばすも、それをするりとすりぬけて、カンテレをひとつ爪弾いて踊るように乗り込んで発進した。まぽりんには珍しく急いでティーガーⅠに乗り込むとこちらを見ることもなく追走し始めた。

 

 

「あっちはあっちでやるから、こっちはこっちで決着を付けよう。という話だ」

「覚悟しな!西住まほのいないお前らにそうそう簡単に討ち取れる相手じゃねぇぞ私らはな!!」

 

 

 口々にそう言ってソミュアとARLに乗り込んでいく押安の二人に対して、俺氏―――めっちゃ置いてけぼりなんですが……我装填手ぞ?そういうの車長とすべき話じゃないん??我モブぞ?装填手のモブぞ??

 

 

 

 

「―――上等ォじゃぁ……。うちたちば隊長ん付属品っち言うあたたちば絶対ェ許しゃん。こん手でぶちんめす―――!!!」*3

 

 

 

 

 なお車長は静かにブチギレ金剛していた。これは……血を見ますねぇ……(確信)

 

 

 

 ********

 

 

 

 両者静かにブチギレ金剛していた状況とはうってかわって、戦況は膠着状態を辿っていた。

 

 

 ゴルフコースの林道を駆け抜けて広い場所に出るや否や押田と安藤は二手に別れ、片方を狙おうとするともう片方が背面に回るそぶりを見せ、強制的にこちらの砲撃を封じる作戦を展開。お前ら仲悪かったんじゃないんか?と思わずツッコミを入れたくなるコンビネーションを展開しつつこちらの攻め手を封殺。

 それでも、あちらにもどの角度から狙ってもこっちの装甲を問答無用で一撃粉砕☆玉砕☆大喝采!する火力があるわけでもない。ARL44の90mm砲は厄介な火力を持つ反面射撃姿勢を取る必要があるため移動しながらの射撃に対してリスクが高い。とはいっても、本来ならば普通の相手が対象の場合そのリスクは相手も負うのだからあってないようなものだ。

 

 

 ―――俺が相手でさえなければ。

 

 

 装填手の能力の差は次弾装填による行動の再起動までの時間に直結する。移動しながら装填もできなくはないが止まってる状態のそれと比べると圧倒的に速度が落ちる。必然、姿勢制御のために止まって砲撃、装填して移動が高校生大会における主な攻撃手段である。大学選抜戦で大学側が使ってきたしみぽりん含めた上澄みの大連合がやってたので行進間射撃が容易いと思ってる同志ガルパンスキーもいるだろうが、そんなナイーブな妄想は捨てろ(禿感)

 ガルパンにおけるフィニッシュブロウも基本的には静止して射撃体勢を整えてからスナイプしてる点を鑑みても、行進間射撃というのは効率的ではない射撃方法なのだ。―――つまり自衛隊の練度はおかしい(確信)10式の性能の差もあるんだろうがスラロームしながら全弾命中ってなんだよ……

 

 

 まぁその辺の戯言はさておき、俺の装填力―――3秒以内に次弾装填完了というのは一般論で『圧倒的な差』となりえる。お互いに砲撃を外したら、相手は【俺が次弾装填する前に逃げに入らないと反撃でぶっ飛ばされるのが脳に刻まれるレベルでやべぇ】と相手に認識されているくらいにはありえない装填手なのだ。言うて所詮は装填手なんで砲手の腕前依存なんだけども。

 

 

 地面の上を跳ねるようにしてあぜ道を駆け抜けるヤークトティーガーと、数秒遅れてあぜ道を飛び越えて地面をバウンドしてドリフトを決めるソミュアと、同じように駆け抜けて追従するARL44。二輛の戦車の行動は“圧をかける”だけ。攻め入るわけでもなく、ヤークトティーガーの動きを制限するように駆け回り、有効射程距離の外を保つようにしてまるで包囲でもするかのように立ち回っていた。

 

 

 

「―――聞こえているか!天翔!!」

 

 

 

 駆け回りながら、ARL44の車上から上半身を乗り出して声を張り上げる押田。オープンチャンネルの通信なんていう無粋なモノは使わずに肉声で無限軌道の音に対抗している。

 

 

 

「私はな―――後悔をしてるんだ!!!」

 

 

 

 ガリガリと地面を削る無限軌道の音が響く。でも俺今背後を取られまいと急旋回した拍子にめっちゃ内部が揺れて、装填席から吹き飛ばされかけて通信手の子に優しく抱き留められて瞬間的に吐血しかけて耳に入らんのよ。

 

「お前たちを前にこいつと―――安藤と下らない押し付け合いをしてあたら兵を失った!! 情けないことに私はお前たちと戦う心の準備ができてなかったんだ―――!!!」

「私だって同じだ!!!」

 

 押田の声に重ねるように安藤の声が上がる。ARLと並走するソミュアから上半身を乗り出して、押田がヤークトを睨むようにして声を張り上げた。

 

 

―――ごめん手ぇ放して通信手の子ぉ!?急旋回の繰り返しで俺がブンブン振り回されてるのはわかるの、でも台詞が入ってこないの。お願いだから離してマジで(ストレスUP)

 

 

「待ち構えてるお前らを見て、情けないが腰が引けていた!西住まほと肩を並べてたお前らにビビッて逃げ腰になっていた!!

 

 

  ―――そんな自分が、許せないんだよ!!!」

 

 

 血を吐くような切実な叫びに、安藤の目じりに一筋涙が浮かぶ。しかしそれは一瞬のことで、すぐさま風で流れて消えた。己の不甲斐なさに、悔しさと苛立ちで装甲板を叩いて叫んで、強い意志を以てヤークトティーガーをにらみつける。ARLとソミュア、二つの車輛から強い意志を持った二つの視線がヤークトに注がれていた。

 

 

「「だから天翔―――

 

 

    ――――私たちと戦え!!私たちの未来(これから)のために!!」」

 

 

押田と安藤の声が重なり、響き渡るそれに対して

 

 

 

 

 『うるせぇぇぇぇぇぇ!!!知るかぁそんなもん!!!』

 

 

 オープンチャンネルの爆音の叫びが答えを返した。

 

 

 

 *******  >Others

 

 

 

 『お前らの主義主張なんざどーーーーでもいい!!今の私には時間が無ぇんだよ!!挑みたいんならとっとと挑んで来いや!!』

 

 

 血を吐くような叫びだった。切羽詰まった天翔エミの声が戦場に響き、西住まほとミカにも響いたその声に思わず足を止める。

 

 

 『足を止めてる暇なんざねぇんだ!今しかできないことがあるんだ!!それを邪魔するってんなら誰だろうがぶちのめして、私は私の(ミライ)を行かせてもらうだけだっつってんだよォ!!』

 

 

 とてもとてもシンプルで、力強い宣言に―――

 

 

「―――ああ、わかったよ天翔」

「お前に全力で挑ませてもらうから」

 

 

ソミュアとARLの上で、押田と安藤が視線を交差させる。お互いの考えを確信して、二人同時に声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「「よろしくお願いします!!!」」

 

 

 

 二輛の戦車が勢いよくヤークトティーガーへと向けて飛び出した。

 

 

 

*1
これは一体何のつもりなのか、答えてもらおうか?返答次第によっては実力行使も辞さない

*2
つまりは『我々を撃破するつもりで現れた。敵対者である』と、“そういう意味”ということでいいんだな?

*3
上等だよぉ……私たちを隊長の付属品扱いしたお前ら絶対イワしたるからな?




 「ここならもうエミの耳にも届かない」

ゴルフコースを抜けて、市街地へと続く山道方向へと向かう途中で足を止め、まほが声をかける。まほの声に反応したようにBT-42が停車し、上部からミカが顔をのぞかせた。

「―――先ほどの言葉は、どういう意味だ?」

 険しい表情を消すことなくミカを睨みつけるまほに、ミカは意味深に微笑んで見せる。



「そのままの意味さ。

 ―――あの娘と彼女の……“家族の問題”に水を差してはいけない」



 カンテレが独特の寂しい音を立てる。揶揄うようにクスリと微笑んで、ミカがまほに向き直った。


「それ以上を聞きたいのなら、私を倒して聞いてみるといい」
「―――理由がわからない。*1


まほの言葉にミカは応えることなく。代わりに砲撃で返事を返したのだった。



 *********

本日の(カスの)意訳

カス「お前らの主義主張なんざ(機会があったら最終章で聞いてやるから)どーーーでもいい!!今の私には(みほエリの確認に行きたいから)時間がねぇんだよ!!(早くしないと戦いが終わっちまうだろうが)挑みたいんならとっとと挑んで来いや!」

カス「(みほエリのために)足を止めてる暇なんざねぇんだ!(みほエリのために)今しかできないことがあるんだ!!それ(みほエリ到達)を邪魔するってんなら誰だろうがぶちのめして、私は私の(ガルおじの)道を行かせてもらうだけだっつってんだよォ!!』

*1
君と争う理由はそれでいいが君が私と争う理由になっていない、意味が分からない。どういう意味だ?



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【 まほルート 第二十九話 「君に届け → 俺の(もう勘弁してくださいって)思い」 】


 ――私は“家”が嫌いだった。


戦車道の名門ということで、流派の教えを継ぐものとして幼いころから戦車道を教え込まれたことが不満だったわけではない。

 “それ以外を学ぶ意味などない”と一顧だにせぬ態度で捨て去られたことが嫌だった。だってそうだろう?その理屈で言うなら“流派を継ぐものとしてあり続けなくては私は私で居られない”ということになる。


 戦車を指揮して、自分の戦車の指示を出して、全力でやり遂げた後で戦車の上で感じる風は格別だった。自由に空を駆け巡り吹きすさぶ風が、羨ましいと感じた。


―――■■流を継がないとは言ってないし、■■流が弱いとも言ってはいない。けれど私は“他の流派にも学ぶべき部分がある”と感じて自流以外の情報を手に入れてきた。それが流派のお歴々には気に入らなかったのだろう。今ではそう思う。




―――私は“家”が嫌いだった。でも、“家族”は嫌いではなかった。




 物心ついたばかりの妹が盤上遊戯で教育を受けていた。その様子、その盤面を見て心の奥底で戦慄を禁じ得なかった。幼いころから天才ぶりを発揮した妹は、お歴々にとって“担ぎやすい神輿”に見えたのかもしれない。
 新品の乾いたスポンジが水を吸収するように、めきめきと力を付けて来た妹の様子に焦燥感よりも頼もしさを感じた。けれど家から見れば頭の痛い問題だったらしい。姉として家を継ぐべき長子よりも潜在的な実力のある妹。家中の勢力図を二分して割る事にもなりかねない構図は母も願うべき状況ではないようだった。


 「長子を養子として分家に流し、島田愛里寿を時期後継者に」


 そんな意見が家中で出ていたらしい。詳しくは知らないが







「―――島田の家を出るか、親類として分家に残るか。どちらかを選びなさい」

 冷ややかな声。母にあるまじき声。冷静に、整った呼吸で、扇子で口元を覆い告げるその人物に


「―――なら、家を出ます」


 そう、一言告げて荷物をまとめた。





―――私は“家”が嫌いだった。でも“家族は嫌いじゃなかった”。


 私が親類の家に名前と存在を残せば、聡明な妹は自分の立ち位置と私の立場を理解してしまう。“妹に後継者の座を奪われ、傍家としてその下で首を垂れる姉”その構図に妹はきっと精神を毎秒鑢で削られるような思いをすることになる。


だったら一度きりの傷で済ませた方が良い(わたしなんていなくなった方がいい)。ただ、そう思っただけだ。




 聡明な妹が、年齢に似つかわしくないほど頭のいい妹が―――その喪失にどれほどの痛みを憶え、どれほどの喪失感に渇いていたかなど、当時の私には考えも及ばなかった。



 

 

山道のダウンヒルの傾斜の中、地面を無限軌道の足跡だらけにしつつ2輛の戦車が駆けていた。

 

 かたやカテゴリは自走砲、BT-42。もう片方は重戦車、ティーガーⅠ

 

木立ちの多い林道をスイスイと駆け抜ける自走砲を、ルートを選びながら追いかける構図になったティーガーは、木々の影に隠れながら蛇行するBT-42を照準にとらえきれず追走することしかできない。

 

 

「―――ミカと言ったな?貴様は“誰”だ?」

「その質問に、答える意味を感じないね。私は“名無し”だよ。ミカって言う名前も、みんながそう呼んでいるだけに過ぎない」

 

 オープンチャンネルで言葉を交わしながらも異様に物騒な構図のツーリングが続く。地上に這い出ている木の根が天然の地雷になりえる厄介な足回りの関係上、ティーガーにとってこのフィールドは確実な不利になると感じてはいても、車長であるまほにはミカを追いかける以外の選択肢は残っていない。

 

 

「家族の邪魔をしてはいけない」「続きが聞きたければ私を倒せ」

ミカの言葉がまほを縛り付けていた。

 

 

 エミと出会い戦友となった時から西住の家がその出生を調査しなかったはずがない。それでも何ひとつまほの耳に入ることがなかった『エミ自身の出生に関する何か』。それを目の前の敵が持っている。たとえ僅かでも全く手に入らなかったそれを目の前のこの人物が握っているという事実。

 まほにとってそれは抗いがたい魅力を秘めた罠であり、わかっていても手を出さずにいられないものだった。そんなまほの内心を理解できるティーガーⅠ内部の黒森峰の生徒たちもまたそれに従うくらいにはエミへの恩義と興味があった。

 

 

「エミの出生に愛里寿が……島田流が関わっているとして―――それとこの戦いに何の意味があるというんだ!?」

 

 少し開けた場所を見つけて加速し並走させたティーガーで体当たりするように幅寄せを行うまほに、するりと減速と旋回運動で躱し続けるBT-42。ふわりふわりとつかめない様子が、まほにはまるで幽霊のようにも感じられた。そんな幽霊のような戦車の上から顔を出したままのミカが薄く笑って見せる。

 

「――意味ならあるのさ。彼女たちにとってはね」

「――――ッ!!!」

 

 ティーガーの後ろに回られたまほは減速させず木の根を避ける方向に旋回させ、唐突に超信地旋回で方向転換、背後からの砲撃を警戒してミカと対面する方を選んでいた。山の中という遮蔽が多い方が自走砲の、加えて伏兵戦術を得意とする継続の有利に働くと理解してなおこの場でとどまりミカと戦うことを選ぶまほに、ミカはただ静かにカンテレを爪弾いている。

 

 

 ―――不意に、反転したBT-42がティーガーに正面から突撃した。自走砲に搭載された砲は接射距離であればティーガーを妥当しうる可能性はあるが……と、流石のまほも自爆特攻染みた狂気の沙汰に一瞬判断が遅れた。

 

 

そのタイミングを見計らったように、BT-42は“跳んだ”―――。

 

 

 ティーガーが避けた地面に張り出した木の根と、その根元から伸びた木の幹を使って車体を斜めに傾がせて反転するようにジャンプして見せたのだ。その特異な軌道に照準を合わせようとしていたティーガーの砲手の視界から一瞬姿が消える。

 

 その一瞬で横向きから反転状態まで回転しながらティーガーの正面でピタリと砲口を合わせたBT-42。狙っているのはティーガーの砲塔の根本、回転する砲塔の構造上、必然的に装甲が薄くならざるを得ない部分―――

 

 

 

「――――――前進」

 

 

 切迫した状況で、まほが選んだのは後退でも牽制砲撃でもなく前進だった。

目の前に迫る空中を滑るように突進してくる反転した戦車を相手に、本来あっけに取られていても不思議ではない操縦手は

 

 

「了解」

 

 

ただ一言と同時にアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 ゴギャギィィィィィンッッッ

 

 

 それなりの質量を伴う金属と金属がぶつかり合う事故特有の轟音が響き渡り、総重量の差と空中と地上というフィールドの差により跳ね飛ばされたBT-42は、盛大に空を舞って地面にしたたかにたたきつけられた。

 シュウシュウと白煙を上げる車体から、白旗がシュポッと情けない音とともに飛び出し、走行不能を告げる。

 

 

 

 

 

『継続高校 BT-42 走行不能!! 継続高校、脱落です』

 

 

 

 

 

 *******

 

 

 

 「―――君、無茶苦茶だって言われないかい?」

「勝ったぞ。さぁ」

 

 

 煤ぼけたヨレヨレの服装でボロボロの戦車から這い出てくる様子を上から見下ろすような鉄面皮のまほに、やや恨み節を投げるミカ。しかしミカの様子にも取りつく島もなくまほは自分の要求のみを告げる。そんなまほの様子に小さく肩をすくめたミカは、カンテレを車内から引っ張り出し、調律を始める。

 車外に完全に姿を晒してティーガーの上部でたんたんとリズムを刻むようにフットスタンプを繰り返すまほの表情は変わらないままだが、その表情の内側に「早くしろ」という無言の圧をミカへと向けられている。余談だが、ウサギはストレスが溜まっているときに地面をたんたんと足で叩く習性がある。

 

 

「昔々、或る少女が居ました」

 

 

 物悲しいリズムでカンテレを爪弾きながら、ゆっくりとミカは語り始めた。

 

 

「――少女は戦車道を楽しんでいました。けれど流派から逸脱することを周囲の大人は許しませんでした。

 

 

 そのうち、妹が生まれました。とてもとても優秀な、母親のことをよく聞く良い子。

 

 

 

 ―――大人たちは、姉ではなく、妹を流派の後継者に擁立しようと考えました」

 

 

 カンテレの奏でる曲が徐々に激しさを増して行く。物悲しい曲だったものは情熱を感じさせる曲調に変化して、山場を盛り上げるように強さを増していった。

 

 

 

「―――姉は自分の居場所はもうこの家にないと思いました。でも、母は家に残って分家筋の養女となるかを選べと言ってきた」

 

 

爪弾く弦が「ビィン」と不協和音を立てた。

 

 

「だから少女は、家を出た」

 

 

 唐突に止まったカンテレの音が静寂を強め、まるで一瞬世界が静止したかと錯覚する静けさが周囲を支配した。

 

「―――エミではあるまい?*1

 

 カンテレが再びポロンと音を立てる。ゆっくりフゥと息を吐いたミカは、何かを悔やむような目で空を見上げた。

 

 

「少女が家を出る前にかすかに耳に届いた“親類の言い回し”が気にかかったので、生活がある程度落ち着いてから独自に調査をしたところ、或る事実がわかりました」

「……?」

 

 ミカの遠回りな言い回しに口を挟もうとするまほを制するように、ミカはカンテレを再び強く一度だけ爪弾いた。

 

 

「―――少女が生まれた年、実は分家筋の家に“少女と同い年でわずかに先に生まれた子”が居たのです」

 

 

 ミカの言葉の意味するところを瞬時に察知したまほが言葉を失う。カンテレの音とミカの言葉だけが周囲に響く中、ミカの言葉は止まらなかった。

 

 

「―――何という運命のいたずらか……分家の家で早産になり生まれた、私よりほんの少しお姉ちゃんだったその子は“流派の家の序列を乱す可能性”として宗家のお歴々……つまるところ島田のお偉い方々によって切り捨てられてしまったのです―――」

「―――嘘だ」

 

 

 震える声が言葉になる。

 

 

「―――分家の家の娘……その子の母に当たる女性は、我が子を捨てることが耐えられず、家を捨てて逃げることを選びました」

「―――嘘だ」

 

 

 寒気を感じたようで、まほは両腕で身体を抱きしめるように身をすくめた。

震えは止まらない。なのに原因であるミカの言葉を聞き漏らせない。

 

 

「―――かくして、関東を離れ遠く関西の西の果てにやってきた両親とまだ物心ついていない娘は、しかし新たな生活を始める前に事故でその命を失ってしまったのでした。……今わの際に、それでも我が娘を護ったのだから、母の愛は本物だったのだろうね。羨ましい限りだよ」

「―――嘘を吐くなァッッッ!!!!!!」

 

 

 声を荒げたまほにミカは我関せずで肩を竦ませチューリップハットを被り直した。もうこれ以上話すこともないと言いたげにカンテレからも手を放している。

 

 まほの中でぐるぐると感情が渦を巻いている。

 

 エミの出自などさしたる問題ではない。けれど天涯孤独なエミに“家族”がいたという事実は、まほにとってもエミにとっても喜ぶべきことのはずだ。

 

 

 

  ―――喜ぶべきことのはずなのだ。

 

 

 

 

「私には家族と呼べる人はいないんだよ。事故で両親もいなくなっちゃったし、孤児院のみんなは家族っていうより同じ場所で過ごした友達みたいなもんだしな」

 

 

 

 過去の記憶に残るエミの顔が言葉がフラッシュバックする。

 

 

 

「同じ学校で、同じ戦車に乗って、同じ飯食って、一緒に飲み交わして―――今はこのメンバーが家族だと思ってる。自惚れじゃなきゃいいんだけどな」

 

 

 

 エミの言葉がよみがえる。エミにとって家族とは特別なモノで、彼女のそれは既に失われたもののはずで―――だからこそ大事で―――

 

 

 

「―――彼女が“家族を捨てる”か、“家族を選ぶ”か。その選択の場に、君がいるのは好ましくないんだ。彼女は―――天翔エミは君に執着しすぎている」

「――――――」

 

 

 まほが無言で歩み寄り、ミカの胸倉を掴み上げていた。感情のままに行動するのは悪徳である。常に冷静に、鋼鉄の心であれと西住流が背を叩いている。だがそれでも今の衝動を抑え込むにはまるで足りなかった。

 

 

「……そろそろ、彼女のところに愛里寿が到着しているころだろう。そして、同じ話をしているころだろうさ。

 

  ―――見届けなくて、いいのかい?」

 

 

 バッと手を離すと片手で釣り上げられていたミカが地面に尻もちをつく形で落下した。咳き込みながら呼吸を整えるミカを一瞥し、まほは最後に口を開いた。

 

 

「―――最後に一つ聞かせろ。お前は“誰の味方だ”?」

 

 

ケホケホとせき込んでいたミカは、見上げるようにまほに視線を送り

 

 

「―――決まってるだろう?“彼女の選んだ答え”の味方さ」

 

 

そう答えて、自嘲気味に口元を歪めて見せた。

 

 

 

 ******** >> Emi

 

 

 

「―――これが真実。だから私はエミを島田の養女に戻したい。分家筋に戻して島田姓ではなく分家の姓なら跡を継ぐ問題に関しても無視できるし、エミの家族にだってなれる。

 

 

 ―――ね?エミ……島田になろう?エミリ姉様って呼びたい。呼ばせて?」

 

 

 目がガンギマってる愛里寿に語られた内容は「それどこ制作の二次創作ですか?」と言ってツッコミたい内容だったでゴザル(戦慄)。嘘でしょ……?{震え声)

 可愛いしぐさで首をかしげて「ダメカナ?」とアピールする愛里寿可愛いよ愛里寿。ハイライトが消えてなければ「いーよぉ」って言ってた(確信)どこまでもあざと可愛い愛里寿、俺でなきゃ見逃しちゃうね(手刀感)

 

 

 え?押田と安藤はどうしたって?

 

 

 

 戦ってる最中に唐突に後ろから愛里寿に撃たれてそこらへんに転がったまま放心してますが、何か?この世界はBC自由学園に優しくないってはっきりわかんだね。

 

 

 戦車の中からじっとこっちを見つめている4人分の視線。目の前からは愛里寿のねっとりとした視線。どっちも重圧と熱量が半端なくて胃袋へのダメージがしゅごいのぉ……。放っておくとスリップダメージだけで吐血しそうなのだが……ぶっちゃけどう答えたら正解なのかわからない。教えてえらいひとぉ!!!

 

 

 考えろ……考えるんだ俺よ。

 

 

 愛里寿のフラグをへし折る。しかし愛里寿を完全に折ってはならない。だって彼女はラスボスなのだから。

 

 同時に―――今まさに別の場所で戦っているみほエリのフラグのためにも愛里寿とまぽりんが戦わなければならない。みほとエリカの戦いにまぽりんが介入したら折角のフラグが根元から圧し折られかねない。

 

 

 詰まるところ、俺の目的は二つ。

 

・みほエリのフラグを成立させるためにまぽりんと愛里寿のバトルを成立させる。

・島田への養子入りを防ぐために愛里寿のフラグを“修復できる範囲で”へし折る

 

 

絶妙なかじ取りが必要な案件でいっそのことこの場でピロシキしたほうが人生イージーモードなのかもしれない。だがそんなことをしようものなら、目の前でガンギマった目をしている愛里寿がどのような行動に走るのか全く分からない上、中途半端に始まったみほエリがどのような結末に至るかもわからない以上、無責任に放り出すことなど、俺にはできないのだった。だが、同時に言質を取らせてしまうのもまずい。この状況―――詰んでない?

 

 

 考えて考えて、考えて考えて……

 

 

 

―――その時俺に電流走る―――ッ!!!

 

 

 

「―――車長。カッターとかそういうの、持ってないかい?」

「え?ええと……多目的仕様のキャンプナイフなら……」

 

 通信手の子が車内の内壁に挿さっていたナイフを車長に手渡し、そのまま車長を経由して俺の手におさまった。

 

「エミ……?」

 

訝し気な表情を見せる愛里寿と視線を合わせないようにどうにか視点をずらして顔だけを向けて、

 

 

 

―――背中を覆う長い髪を手で纏めて

 

 

 

 

「これが私の答えだよ」

 

 

 

ナイフを使って纏めた場所からざっくりと一息に切り捨てたのだった。

 

 

そう。言質を取らせるわけにはいかない。迂闊なことを喋ることもできない。

 

 

なら態度で示すしかないよなぁ!?

 

 

 

古来より、“髪はおなごの命”と言う。つまるところ「ごめんなさい勘弁してください」という意味を含ませるのにこれ以上ない態度と言えよう。

 結構上の方でバッサリいったからもっさりと割とたっぷりとした量になったのを両手で纏めて、とりあえず普段髪をまとめていたリボンで括って束にしてみた。どことなく遺髪っぽくなってしまったがまぁきっと大丈夫だろうメイビー。

 

 

「エミ……!!!?」

 

 

 聞こえてきた声に振り返ってみれば、駆動音を響かせて駆けて来たティーガーの上でまほが信じられないものを見るような目をしていた。愛里寿も目を見開いて俺の方を凝視し続けている。あれ?俺またなんかやっちゃいましたか?{震え声)

 

 距離を取ったまま、ティーガー、ヤークト、センチュリオンの乗員は誰一人として動くことも口を開くこともせず、しばしの時が流れ―――

 

 

 

 

 不意に、愛里寿がゆっくりと手を挙げた。

 

 

 

 

「―――提案。10分間の休戦を求める」

「認める」

 

 

愛里寿の言葉にまぽりんが秒で了承して、ちょっとの間の休戦が決定した。何で?

 

 

 

「エミ、正座」

「エミ、正座だ」

「――――なんで?」

 

 

 10分間の休戦の間、俺の正座が確定した。何でや?(河内感)

 

 

なお、10分の間まぽりんと愛里寿の間でなにかしらの相談があったらしいが、その内容まではわからなかった。その間車長と通信手にざっくりカットした髪の毛を整えることになり、正座状態のまま好き勝手に髪の毛を弄り回されていたからである。

 

*1
自身の昔話とエミに何の関係がある?よもやその少女が【エミ】というわけ【ではあるまい?】




 *******


 「これが私の答えだよ」


 エミはそう言って、きれいな黒髪をバッサリと切り捨てた。首を露出する高さで切りそろえたエミの髪型もとてもかわいらしくて―――違う、そうじゃない。

 古来より、髪は女の命である。

女が己の髪を切るというのは、それ相応の覚悟と未練を断ち切るという意味を持つ。それを私の―――島田流の前で見せるということは



  ―――つまり、エミは島田を見限ったのだ。



 それでも、私への視線に混じる好意の感情は消えていない。つまり私のことは“島田流とは関係なく好意を寄せてくれている”ということ。


 それ自体は、とてもうれしい。


 ただ―――エミはもう少し自分を大事にして欲しい。あんな鋭利で大ぶりのナイフで目の届かないところを雑に切り払うとか、危なすぎるじゃないか。


 視線を前に向ける。遅れてやってきた西住まほが呆然とした様子でエミを見ていた。不倶戴天の敵である西住流の後継者と、ぼんやりと視線が交錯する。



「―――提案。10分間の休戦を求める」
「認める」



―――どうやら、想いは同じようだった。不本意ながら、



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【 まほルート 第三十話 「SHOOT & SHOOT 」 】


「―――目の前で断髪。ね……」

報告を聞いて、チューリップハットを目深に被り直したミカはそう呟いて俯いた。
下を向くミカの表情は、目深にかぶったチューリップハットと彼女の腕によって見えない。


――――ふっ


 声が漏れる。吹き出すような吐息とともに


「―――っは……あっははははははは!!!そうかそうか、やっぱりそうなったか!……彼女もやっぱり、あの家を見限ったか―――!!」

 こらえきれない笑いが飛び出した。陰鬱な表情がパッと明るく変化して空を見上げ、ミカはそのままBT-42の上にごろんと寝転んで空を見上げる。目元を隠すように腕を掲げてそのまま笑いをこらえることもなく笑っていた。車内でその声を聴いていたメンバーのアキとミッコが心配そうな表情でミカの様子を見るために車外に飛び出してくるも、ミカにはそれを気にする様子もない。


「私だってそうした!だから彼女がそうしない理由なんかなかったんだ!!」


 懇願のような声を漏らす。自身に言い聞かせるようなその声に、徐々に嗚咽が混じり始めた。


「―――だから……彼女の選択を喜ぶべきなのに……


  ……あぁ、愛里寿―――君が一人ぼっちになってしまう……!!」


 呟いて、空を掴むように手を伸ばした。しかしその手は何も掴むことはなく、そのまま顔の前に落ちて表情を隠す。

 隠れた表情の影から流れ落ちるそれが、雫となってBT-42の甲板の上に落ちてはじけた。





 

 

「―――それじゃ、始めようか」

「ああ、始めるとしよう」

 

 

 10分ほどの休憩の後―――まぽりんと愛里寿は十分な距離を取ってお互いの戦車に乗り込んでいた。互いに真剣な表情で、改めてこれから死闘が始まると予感させる。そのビリビリとした気迫と気合がヤークトティーガーに乗り込んでいる車内の俺にまで届いているほどである。

 

 

 ただね?まぽりんも愛里寿もさ、その手に持ってるの何なの?ヤークトの中のメンバーも一人に付きひとつずつ持ってるし。“俺の髪”を。

 

 

 だめでしょもう!他人の毛髪とかばっちぃでしょ!!捨てなさいそんなモノ!って俺がいっても「大切にするってみんなで分けたものなので!」「縁起物なので!」といって引き下がらねぇし何なの……?もうなんていうかこう……何なの……?(困惑)

 

 まぽりんと愛里寿の発案?(議論?)の結果、ケツイを力に変えた俺の断髪式()の後、結構バッサリ切って捨てた髪の毛は休憩時間の間に指で纏められるくらいの小さな房に分けられて紐で結わえられて、なんか土産物屋の店先に並んでるアクセサリーの端っこに付いてるふさふさのアレみたいなデザインのモノに生まれ変わっていた。その数も結構な数に上っており、愛里寿が「うちはあと最低6つは欲しい*1」と交渉して揉めに揉めた結果4房。あとはまぽりんがヤークトと自分のティーガーの乗員に配った分以外は「管理する」と言って全部自分の懐に入れているっぽい。いったい何をどういう意味で管理するのかと説明して欲しいくらいなんだが?

 

 聞いたところで絶対理解できんだろうけど。*2

 

 

 

「―――こっちも準備完了だ」

「10分間の休憩がこちらにもイイ感じに働いてくれたぜ」

 

 

 

 俺とヤークトティーガーの前には、あのギャグ展開さながらの不意打ち劇から華麗に復活したARLとソミュアが並んで今か今かと時を待っていた。被弾痕は残っているし、ダメージも割とあるようだが、「撃破報告も上がってない。白旗も上がってない」という二人の強い訴えと、休憩時間中ずーっと車内整備と修理に当てていた結果どうにかこうにか撃破判定を免れ、こうしてしぶとく復活してきている。

 

「マリー様のためにも、何の成果も得られないまま帰るわけには行かない」

「お嬢がわざわざ今回に参加の姿勢を見せたんだ。こんなザマで帰れないだろ」

 

 口々にそう言って俺とヤークトのメンバーを睨みつける二人の言葉の端々に乗って出てくるマリーという名前。ガルパン最終章で登場した【BC自由学園のリーダーであり、指導者】という立ち位置の少女である。常にケーキを摂取するか、薔薇の風呂に入ってないと死ぬ病にでもかかっているのかというレベルで空気を読まず戦場を俯瞰できる場所で敷物敷いて戦車の外でティータイムとケーキブレイクを行う頭のおかしい娘なんだが―――戦の真っただ中で戦車の中で茶ぁしばいてるブリカスがいるからなにもおかしいことはないのかもしれない。

 

 

 

 ……いやどう考えても試合中に戦車から降りて休憩するのがおかしいわな。常識的に考えて(素)

 

 

 

 

 しかしまぁ、この二人が口々に「マリー様」「お嬢」って言ってるの見てると押安派閥にとって罪深い存在だなぁマリー嬢。百合カプの間に挟まるのはゆるされざる愚行よね。アンタもそう思うだろ?人の振り見て我が振り直せともいう、明日は我が身と思える存在って貴重だなー、ありがたやありがたや……。

 なお戦車内で南無南無と両手を合わせてイマジナリーなマリー嬢に静かに拝む様子を見て、車内の他のメンバーは「天翔さんがこれから倒す相手の冥福を祈っている」と勘違いされていることに俺が気づくことは、この後もついぞなかった。

 

 

 後から聞いた話だが、1対1で戦場を移動し始めるまぽりんが視線をヤークトティーガーの方に向けたらしい。が、車内に引っ込んでいた俺はその視線にその時は気付かなかった。

 

 

「「仕切り直しといこう(ぜ)」」

 

 

 ゆっくりと左右に展開するソミュアとARLを前に、車内の空気がピリピリと張り詰める。

 

 

「―――“翼小隊”(フリューゲル)Artillerie-Schlacht!!!(砲戦・始め)!!!」

了解(Jawohl)!』

 

 

 

 

 

 ********  >> Emi → Elika

 

 

 

 

 

 大洗の街並みを、二輛の戦車が駆けていく。

 

戦場をゴルフコースの林から移動しながら交錯する二つの影は、そのフィールドを商店街の方角へと変えていた。

 

 ガリガリと石段を削って滑り落ちるように神社の階段を駆け下りるⅣ号に、躊躇なく同じ進路で石段を駆け下りていくティーガーⅡ。

 前を征くⅣ号の上でちらりと後ろを振り返ったみほと視線が合った。中等部や高等部のころとは違う―――決勝戦で見たあの娘の瞳。

 

 不敵とまではいわないけれど、試合を愉しんでいる好戦的な瞳。

 

 いつも自分に自信を持っていなかったあの娘は、黒森峰ではずっとずっと「これで良いのだろうか?」という心境を移したような瞳をしていた。不安げで、儚げで、いつも私や赤星や、他の誰かの意見を、肯定を必要としていた。いつだって先輩の評価ありきで信頼を持たれていたあの娘は、自分に自信が持てなかった。

 

 そんなあの娘が、今私に視線を向けている。

 

 強い意志を持った。自信に満ちた“愉しんでいる”瞳。

 

 

 

「―――妬けちゃうなぁ」

 

 

 

 ―――私は西住みほに嫉妬している。彼女の才能にも、彼女の環境にも、彼女とあの人との関係性にも。その彼女に私が敵わないという現実にも。

 

 

あの日、初めて見たみほが姉の威光で副隊長になったように見えて、それを祝福している元副隊長のあの人が不可解で、全てをかけても自分の我を通したいと思った。

 

 

 きっかけは浅ましい情念だった 

“彼女を倒したら、私のこと見てくれますか?”

 

 

 決勝戦で、それまで彼女を見続けて研究し続けて彼女の作戦を看破して、赤星小梅と協力までして、結局私の刃はみほまで届かなかった。

 

 

 それは辛くて悲しい現実だった

“私の努力は彼女の才能を越えられなかった”

 

 

 決勝戦。西住流の体現者である隊長と対等に渡り合い、互いに死力を尽くした結果引き分けたあの人を見た。

 

 

 ―――そしてそれは私の原動力である。

“努力が才能を凌駕した瞬間を、私は確かに目の当たりにしたのだから”

 

 

 住宅地の小道を利用して先を逃げていたみほの戦車が視界から消えた。四つ辻をぐるりと回り込んで背後に出られる可能性を瞬時に危惧して真っ直ぐに速度を上げて駆け抜け、次の交差点を左折して上部から顔を出して周囲を見回す。ほどなくⅣ号戦車が海浜ホテル方面に向かって走る姿に追走を再開した。

 

 住宅越しに並走し、やや幅の広い道路に入るタイミングで互いに砲撃を交わす。命中しなかった砲弾は住宅地のブロック塀の一部を吹き飛ばした。税金で立て直しをするので観客席では今頃阿鼻叫喚狂喜乱舞中だろう。

 

 

 ホテルの傍を駆け抜けて、砂浜の上でパンツァーチェイス。足回りの弱い独逸戦車、こちらもあちらも無茶はできない。

 

 

 パンツァーチェイスの最中だというのに、みほの背中を見つめていると、戦車で駆けている振動がまるで自分の足で走っているかのように錯覚していく。

 

 まっくらで、音も光も何もない世界の中みほの背中だけが見える。駆けていくみほを後ろから走って追いかけている自分を錯覚する。追いついて、その肩に手をかけるビジョンが見えなくて、錯覚を振り払うように頭を振った。

 

 

 長い砂浜区画を駆け抜けて、海岸線の向こうに船着き場が見えた。その手前に、それなりの広さの広場があって、そこで私とみほは向かい合った。

 

 

 奇しくも決勝のあの場面がリフレインして、敗北の記憶が頭をよぎる。

 

 

 

“―――エリカさん。行くよ?”

 

 

 

 決意を固めたみほの瞳がそう言っているように感じた。これは想像でも妄想でも希望でもない―――確信だ。

 

 

「―――前進!!」

 

 

 真っ直ぐに飛び込んでくるⅣ号を迎撃態勢に入る。有効射程に入った瞬間の砲撃が、こちらの右履帯を撃ち抜いた。履帯に加えて前部転輪の一部が破損した様で、代わりにこちらの砲撃は大きく振れたⅣ号の後部増加装甲を巻き込んで吹き飛ばし、その向こうにある水族館か魚市場かわからない建物のある高台に続く階段の中ほどに突き刺さってクレーターを作り上げた。

 

 

 弧を描いて、Ⅳ号が大きく回り込みをかける。履帯がコンクリートの地面を削って火花を上げている中、時間にして1秒にも満たない刹那で―――私は、

 

 

 

「……前進!!」

 

 

 

 動かない右履帯を無視して前進指示を“踏”していた。

無理やりに回る転輪は車体を前進させるには至らない。でも左の履帯は地面を掴んでベクトルを生み出した。結果―――信地旋回のように半円を描いて左回りに旋回する。もちろん右転輪がゴリゴリと切れた履帯の上で不協和音と不定振動を与えるので車内のコンディションは最悪だ。

 

 

 ―――でも何ら問題はない。私たちは【この状況でも正確に砲撃できるように練習をしてきた】のだから。

 

 

 

 あの日の敗北から、足回りを破壊されて砲塔の旋回よりも背後に回り込むⅣ号の方が早かったあの日の敗因と、対策を考えて作り上げた私の対処法。高速で滑り込み回り込んでくる敵戦車に対して、砲塔を旋回させて追いかけながら砲撃するというのは悪手でしかない。足をやられているとしても、照準移動と砲撃焦点制御を同時に行わせるのは負担が大きい。

 だからこそ“この場で差し違える覚悟で、履帯を無視して敵戦車に正面を向ける”方法をとる。砲塔を動かさず、目標をセンターに納めたらトリガーを引ける状態のまま、目標をセンターになるように操縦手が誘導する。無理な駆動で生まれる縦横無尽の振動によるブレを抑え込むのは、じっと耐え続ける砲手のウデ次第。

 

 

 でもこれを現実に使うことはないだろうと思っていた。条件が限定的すぎて実用には程遠いから。

 

 

 

 

 

 ――でも相手がもしもみほならば話が違う。

 

 

 

 

 

 

 西住みほならば、条件が整えば同じ行動を起こす。“それが勝利する条件に最も合致する”ならば。

 

 

“特定条件下における最速の勝利の模索”西住みほの戦車道の神髄。

 

 

 「―――だから、この状況下ならきっとあの時と同じ状況にもっていくと、思ってた!!!!」

 

 

 左旋回するティーガーⅡと、みほ視点で左方向に車体を振って右旋回するⅣ号。お互いの砲塔は正面を向いたまま、互いが正面を向く瞬間―――

 

 

 

 

 

 

「「撃てッッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 ドォン!という音が二つ重なり辺りがもうもうと舞い上がる排煙と粉塵で包まれて―――

 

 

 

 

 

 

―――――――――その場に、白旗を上げる2輛の戦車があった。

 

 

 

 

 

 

『大洗女子、Ⅳ号戦車走行不能!!』

『同じく黒森峰女学園、ティーガーⅡ走行不能!!』

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

「―――引き分け、かぁ……」

 

 白旗と白煙を上げる戦車の外で回収車を待ちながら、一人ぽつりとつぶやいた。

 他のメンバーたちと大洗の面々は、水族館の方に併設された電光掲示板の前で隊長と島田愛里寿の戦いと、アンツィオの隊長たち連合軍と島田の副官の戦い、エミ先輩とBC自由学園の二人の戦いがカメラを切り替えながら流れている様子を見て一喜一憂している。

 

 

 みほのメンタルを揺らして、彼女から“勝利への渇望”を奪った。

 

 

 みほの自信の無さに付け込んで“成功した戦術に攻撃を限定させた”。

 

 

 みほの行動を洗いざらい調べて研究して、万全に練った計画だった。

 

 

 

 

 ―――それでもなお、1対1でみほを越えることすらできず、相打ちどまり。自分への不満で涙が出てきそうだ。

 

 

「―――エリカさん、お疲れ様」

「……ええ、本当に疲れたわ。誰かさんが裏切ってくれるから本ッッッ当にね」

 

 おずおずと声をかけてくる声の主にそう言って皮肉をぶつけてやると、「ご、ごめんなさい」と委縮した様子を見せ小動物のように縮こまっている。これがさっきまで射貫くような視線でこちらを見つめて鋭い攻め手を見せていた少女と同じ人間なのだから性質が悪い。

 

「―――先輩の身体が心配だったんでしょ?謝るんじゃないわよ馬鹿」

「う、うん……そうだね……」

 

 実際謝られても困る。彼女の行動も、その理由も理解できる範疇のもので、同じ行動をとらなかったかと言われると、私の立場・私のスタンスから私が出した結論を、みほの立場でできたかと言われたら必ずしもそうではないかもしれないと、自分なりに結論づけられるくらいにはみほのことを理解してきているからだ。

 

 

「―――アンタも大変なのよね……」

 

 

 みほは気付いているだろうか?自分の中の“欲”と“感情”に。

 

 

―――姉が取れない方法で先輩を救いたい。

 

 

―――姉へとむける感情よりも自分に向いている感情の方が強いと信じたい。

 

 

 それは姉の部分をみほに、或いは先輩に置き換えれば、私自身が黒森峰でみほと一緒に同期として過ごしていた時期の自分の想いであって―――あの決勝戦で、自覚した感情だった。

 

 

 私はずっと―――西住みほになりたかったのだ。

 

 

 先輩がみほに向ける感情の数割が、みほのサポートをする私に向けてくれる。みほのおまけとして。

 

 先輩を失った隊長が輝けるように、自分が支えなければならない。先輩の代わりとして。

 

 

 みほが先輩のことをどう思っていて、どうなりたいのかは知らない。けれど同気相求むというわけではないけれど、みほが先輩に強い感情を持っていて、その感情故に暴走して今の状況に陥ったとして―――その原因は姉である隊長への劣等感と、自己嫌悪のダブルパンチだろう。

 

 だって自分がまさにそれだったのだから。

 

 

「あの―――エリカさん」

 

 

 勇気を振り絞った様子のみほが、いつになく真剣な瞳でこっちを見てくるのでこっちも居住まいを正さずにはいられなかった。妙に真剣味を帯びた瞳に、ちょっとだけ緊張が走る。

 

 

「その……勝負の前の約束のことなんだけど……」

「約束……?」

 

 

 みほの言っている約束というのは「私が勝ったら勝者の権利をあきらめろ。貴女が勝ったら私は貴女の行動をもう止めない」というアレだろう。冷静に考えたらあんな約束あってないようなものだし、何よりみほにもわたしにもそれを履行する権利などないのだから意味などないものなんだけど……

 

 

「ひ、引き分けの時って、何も考えてなかったなって……」

「あぁ……」

 

 

 飛んできた言葉に脱力して適当な返事を返していた。みほを自分へ釘づけるために言った約束ではあるし、先輩の身体は心配だし、別にみほに協力するのはやぶさかではない。やぶさかではないのだが―――

 

 

「……どうしようかしらねぇ~……賭けは無効ってことなんだろうし?」

「え、えぇぇ……そんなぁ……」

 

 

 そんな風に悪戯っぽく揶揄ってみれば。どうしようどうしようとブツブツと呟きながら焦ってウロウロとそのあたりを所在無く歩き回るみほ。私が一緒に先輩に頼み込んであげると言った時から彼女の中では『逸見エリカと一緒にお願いをするという前提での行動』が脳内のヴィジョンにセットされていたのだろう。それが無かったことになった今、多分高速で脳内計算をして別の解を導き出そうとしている。

 

 どんな状況でも諦めないし、勝利を捨てない。羨ましいこの娘の強さ。

 

 

「……そんな情けない顔してるんじゃないわよ。アンタは走行不能で負け。私はまだ生きのこってる味方がいるから負けてない。だったら賭けは私の勝ちよね?」

 

 

 詭弁である。勝負は引き分け、或いはあれだけ有利な状況で相打ちになった時点で私の中で負けたという認識が勝っている。けれど目の前のみほはパッと表情を明るくして「ありがとう!」と頭を下げるのだ。

 

 

「―――敵わないなぁ。負けたくないけど」

 

 

 電光掲示板の闘いを見入っているあんこうチームのメンバーに歩いて行くみほを見送って、私もティーガーⅡのメンバーの方へとみほと同じ歩調で歩いていく。歩きながら、自問する。

 

 

 さて、この後は大変な大勝負が待っているぞ?逸見エリカ

 

 

 あの“誰かのために簡単に自分を投げだせる先輩”を私たちだけで説得しないといけない。しかも先輩の行動を全肯定するであろう隊長も含めてだ。

 勝利を投げ出さないみほは状況を完全に把握してない。してたとしても諦めない。だったら私は約束した手前みほを裏切れない。絶望的な状況でそれでも折れないみほが折れるまでか、先輩が折れるまでか―――長丁場の大一番だ。

 

 

「……覚悟しててくださいね。先輩、それと隊長」

 

 

 あなたが育てた後輩は、隊長の妹は、二人そろってとても頑固ですよと決意して、ティーガーⅡのメンバーもついでに巻き込もうかなんて考えてみる。少しだけ気分が軽くなったように思えた。

 

*1
自分用、メグミ用、ルミ用、アズミ用、神棚用、保存用、日常携帯用

*2
「大切な人の御髪とか古代日本では至宝だから」






 そのころのえみかす


通信手「またBC自由学園の連中の高速機動に巻き込まれないようにしっかりホールドしますね!」


カス「やめてくださいしんでしまいます(懇願」


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【まほルート 第三十一話 『(エミ)が全てだ ……って、マ?』】



「っあー……畜生」

 ずるずると戦車から這い出して、ごろりと戦車の上に転がる。体に力が入らず、心ここにあらずでそのまま空を見上げた。戦車の中では他の乗員がぐったりと地に伏していることだろう。
 隣では同じように戦車から這い出して、それでもエリートの矜持か倒れることをせず戦車に腰かけるようにして、それでも精魂尽き果てた様子で背をもたれさせるようにして空を見上げていた。


「―――強かったな」
「あー……あぁ、そうだなぁ……」


 圧倒的だった。

 それまで“傷を負わないように”牽制に徹していただけのヤークトティーガーが、傷を厭わない攻勢に打って出たのだ。ソミュアに背後を取られても気にしない、攻撃を装甲で受け止めて撃ち返す。損害を考えない反撃の積極性は攻めの回数を増やし、気が付いたらこっちが防戦一方。逃げ遅れた瞬間、3輛の中で最も軽量なソミュアは吹き飛ばされて転がっていた。


 歯牙にもかけられていなかった。


 それまで【脅威ですらなかった】だけなのだ。



 逆を返せば、私たちは『天翔エミに脅威を感じさせる程度には強かった』と自惚れて良いのだろう。だが―――


 「―――遠いなぁ」
「ああ、遠い。圧倒的過ぎて今は手が届かない」


 独り言のつもりが、押田にも届いてたようだった。押田も同じ気分だったらしく、悔し気な言い方だが―――その言葉に言う程の悔しさが感じられなかった。


「マリー様には感謝しかないな。冬を前に―――良い経験ができた」
「ああ……お嬢のおかげでこっちはまた強くなれそうだ」


 全く以て、ウチのトップのお嬢は底が知れない。

 押田も私も、今回の経験を経てより成長できるだろうと理解できた。が、それもこれもあのお嬢にとっては『期待値』なのだろう。

 スパルタにもほどがあるわな……。


 それでも、全くの成果なしではなかった。



 今はまだ。だが、それでも『自分たちならいずれ手が届く』と感じられた。



「―――冬季大会、復活するんだよな……?」
「あぁ……リベンジはそこで、だな」


 精魂尽き果てた体を無理やり起こして戦車から降りて押田のところまで歩く。あっちもあっちで戦車の上で体を起こした。


「なんだ?歩いて来れねぇのか?温室育ちのお嬢様」
「泥臭い地面は好きじゃないんだ。外様にはお似合いだがな」


 からかい半分で皮肉を向けると秒で皮肉を返してくる。こいつは本当にムカつく嫌な奴だ。上から見下ろす形なのも気に入らない。引きずり降ろしてやりたいと思うのも無理はないと皆思わないのだろうか?


 伸ばした手が届くギリギリの範囲で立ち止まってグッと握った拳を向けた。


 コツンなんてお上品なものじゃない。上等だとばかりにガツンと拳をぶつけ合って、私たちは決意をもぶつけ合った。



 

 > Emi

 

 

 前略、(顔も微妙に覚えてない)おふくろ様。俺は今―――

 

 

 

 ―――やっちまったぁ という状態で俺は今装填席で落ち込んでいます。

 

 

 

 

 

 立ち上がりはゆっくりと―――お互いに距離をとっていたのだ。

 

 

 ヤークトティーガーが問答無用で弾幕を張らないところに義理堅さを感じてでもいるのか、押田と安藤が一度だけ会釈のように頭を下げた。

 

 実のところ、俺としては正直、瞬殺でカタを付けてしまいたかった部分があった。ほんの数分前、「さぁこれから始めようか!」というタイミングでの【みぽりんのⅣ号とエリカのティーガーⅡの撃破報告が鳴り響く】までは。

 

 例えばこうなってしまった状況がダージリンの長い口上の結果であったりした場合、「無駄にしゃべり倒しやがってこのブリカスが!」とダージリンに八つ当たりするだけで済んだだろう。ダージリンとしてもこっちを怒らせる意図があっての長口上だったのだろうから『願ったりかなったりしてやったりぃー!(CV:杉田』と言ったところだろうし俺が予想以上に冷静にブチギレてボッコボコのボコになったとしても自業自得と言える。(強弁)

 

 

 だがしかしだ、今回の場合誰が悪いというわけでもないから始末が悪い。

 

 

 俺が愛里寿の誘いを断るために断髪した結果10分の休憩時間を取ることになったのだから強いて言えば俺が悪い。だから誰も恨むことはできない。状況が悪かったとか、運が悪かったとか、そういうのじゃなくて俺のせいだ。みぽりんとエリカの運命のぶつかり合いを見れなかったのは俺のせいなんだ。とかそんな愚痴をぶっちゃけながらライフルの銃口をしゃぶる欲求に駆られて脳内で実行してるなう。(現在戦闘中)

 

 

「―――許せねぇ……」

 

 思わずぼそりと呟きが漏れていた。

 

 

ああそうだ。これは“八つ当たりだ”

 

 

 てめーらのせいでみほエリの決着を見届けられなかっただろっていう、ただの八つ当たりに過ぎない。

 

 

だからきっとやった後で本気で後悔するんだろう。

 

 

「損耗を気にしないでいい。速攻でぶっ潰すぞ」と車長に言っちまったのも俺である。本当に救いようがないわ。我装填手ぞ?何車長に命令してんだよ俺ェ!

 

 

 そんなこんなで絶賛テンション最底辺。魂が口から出てる状態である。俺がそんな調子なので車内の空気は最悪です。なんか車長も通信手もめっちゃそわそわしてるし砲手も操縦手も俺の方をチラチラ見てる。いやすまねぇ……やっぱつれぇわ()

 

 

 ―――いや反省はあとにしておかんとな。

 

 

 ぱぁん!と両手で顔面を張り飛ばす。ややピロシキも含めた一撃だったんで脳がシェイクされて若干クラクラしたが気合は戻った。あとちょっと鼻血も出たんで袖で乱暴にグシグシと拭い落とす。

 

 

「天翔さん、まほ隊長の方は―――」

「いや、まほよりも向かうのはアンチョビの方だ」

 

 

 車長の提案を遮ると信じられないような表情を見せた。いやうんわかるよ?今の状況まぽりんが心配よね?

 

 せやけど工藤。ワイらモブやねん……どうあがいてもみぽりんレベルにまぽりんのサポートしながら戦うことができると思えんのよ……

 

 とはいえそれだけが理由というわけじゃない。

 

 

「アンチョビのとこにはカチューシャとノンナ、それにカバさんチームとレオポンがいる。敵はルミとメグミだ―――あの二人が愛里寿に合流したら最悪詰む可能性がある」

 

 原作と違い、落されているのはアズミ。原作厨が「最初にみほの奇策に対応できる可能性があるルミが落されていたのが勝機に繋がった」とか「カチューシャが生き残ったことに意味があった」ともてはやされるように、ミミミの数を減らさないと愛里寿と合わせられる存在が生き残ってしまった場合、合流されたらどんだけパワーアップされるのかわからない。特にルミは原作の方で落されてるからどんな化学反応を起こすかわからん。もしもまかり間違ってスーパー島田人状態にでもなられたら今の不安定なまぽりんじゃ太刀打ちできない可能性が高い。

 

 

「あっちの戦力を落として、こっちの戦力を増強する。それを一手で行うにはアンチョビの支援に回る方がいい。安斎千代美は西住まほを助けることができるキーマンだ。できることなら助けたい」

「……安斎千代美が戦略家なのはさっきの一戦で認めます。

 

 ですが、まほ隊長の相棒は我々。そこは譲れません」

 

 難しい顔でむむむと唸りつつそんな風に絞り出す車長。うんうんと頷いてる砲手に操縦手、あと通信手。まぁ気持ちはわかる。中等部からこっち、5年以上相棒やってんだからぽっと出の女に隣譲りたくないわな。(NTR絶許脳感)

 

 

 でもね車長。俺……まほチョビ派なんだ。本当に申し訳ない

 

 

「―――アンチョビ……千代美は中等部の三年目で戦ったんだけど、その時にまほと私が是非にって高等部に誘ったことがあるんだよ。その時は断られちゃったんだけどね」

 

『隊長と天翔さんのお誘いを蹴った!?』とガタつくメンバーをどうどうと手で制してとりあえず話を続ける俺。

 

「私たちとは敵として戦いたいんだってさ。気持ちはわかるからそれ以上誘えなかった。でも、千代美はずっと「私たちと一緒に戦った場合」を想定してくれてた。それがさっきの戦いの正体だよ」

「―――だとしても」

「だからこそ、だ」

 

 車長の言葉を遮って強い語気で黙らせる。ここで押し込めば雰囲気で押し切れると踏んで瞳に力を籠める。眼力にちょっと怯んで涙目になってる車長ほんとにすまんやで!許して!後でピロシキするから!

 

 

「私たちだけだとまほが『西住流の西住まほ』になる。千代美がいればそれを加味しても作戦を練ってくれる」

 

 

「あの―――天翔さん」

 

 

 おずおずと手を上げる通信手。いつもの様子と違って微妙におびえている。何で?

 

 

「この間、決勝戦でも言っていましたけど……『西住流の西住まほ』って、どういう意味ですか?」

「ああ、それは―――いや、移動しながら話すか」

 

 

 

 ******** > others

 

 

 

 「―――なんで?」

 

  呟きは砲撃の音にかき消される。すぐ横を砲弾が通り抜けて地面に着弾、轟音を上げる。風圧に目を閉じることもなく砲撃の先を見据えるのは髪色と同じモンブランカラーの瞳。視線の先には交差するもう一つの視線。

 

 西住まほは答えない、ただ静かに獲物を見据えて“踏”を送る。

 

 ティーガーⅠの動きに合わせて島田愛里寿もまたセンチュリオンに“踏”を送り、動きに対応して独楽のように超信地旋回と慣性ドリフトを組み合わせて方向転換と追走を行う。その愛里寿の様子を視界の端に映しながら、まほはさらに手早く“踏”で命令を与えていく。

 

 

「……一人でも貴女はこんなにも強いのに……」

 

 

 愛里寿の呟きは徐々に力強く、苦渋に満ちた響きを伴っていく。

 

 

 ドンと衝撃が愛里寿の背後の樹の幹を襲い、砲弾がめり込んだ樹木はめきりと音を立てて倒れてはじけた。至近弾にも揺らぐことなく、愛里寿は“踏”を送る。車長が崩れないのだから、中で車輛を操る者たちも崩れることはない。

 

 

「……貴女はたった一人でも十分に強いのに

 

  ―――何でエミに寄り掛かるの……!!」

 

 

 きゅっと結んだ拳に、先ほど分けたエミの髪の房がひとつ。愛里寿の中にあるのは、或る種の恨みにも似た弾劾で―――

 

 

「……一人じゃない」

 

 

 愛里寿の言葉に応えるように、まほは静かに呟いた。

 

 

「私は―――たとえ離れていても、今でもエミと繋がっている」

 

 

 胸の前で拳を握りしめるまほは毅然とした姿でそう言い放った。

 

 

 愛里寿を真っ直ぐに見つめ返すまほの脳裏に、あの日あの時がフラッシュバックしていく。

 

 

 

 ざあざあと降り続く雨。ずぶぬれで膝をつく天翔エミ。

 

 

 ―――立ち尽くすことしか、エミを責めるように問いかけることしかできなかった自分の姿。

 

 

 あの日、自分から放してしまった手を、浅ましくももう一度取りたいと願った。

 

 

 ダージリンからもたらされた情報は、まるでエミがこう言っているように思えたからだ。

 

 

 

    『私はここにいる。そこで待ってろ』と―――。

 

 

 

 しかして、エミはまほの想像通りに勝ち進みやってきた。

 

 

 まほの考える通りに、まほの行く先に待ち構えていた。

 

 

 まほが願う通りに正面からの戦いを望んできた。

 

 

 

 

 その全てが何よりも物語っていると、まほには確信があった。

 

 

 

 

「私とエミの―――これまでの絆は、たとえ多少離れたとしても微塵も揺らぐことはない。今でも、きっとこれから先も」

「―――ずるい」

 

 

 絞り出すように、そんな言葉が愛里寿から飛び出した。

 

 

「―――エミの隣には私がいたのに」

 

 

 センチュリオンが回る。ティーガーの背後に回るように大きく旋回しながら、独楽のように回転して

 

 

「―――エミは私と一緒に島田で過ごしてたはずなのに」

 

 

 ティーガーの射線を高速で滑り抜け、背後を取られまいと超信地旋回で追いかけるティーガーの速度をやや上回るように滑り抜け、慣性が途切れる前に履帯を沈ませて前進する。

 

 

 

 

「―――エミと一緒に居られたのは

 

   西住まほ(あなた)じゃなくて、私だったはずなのに――――!!!」

 

 

 

 

 それはただの恨み言に過ぎない。

けれど起きてしまったことの過失は、愛里寿にはない。だからこそ、愛里寿には現実が我慢できなかった。

 そうして、島田家のやらかしたことにどうしようもない捻りを憶えながらも、母親を説き伏せてエミを島田に戻して一緒に居られると―――

 

 

―――そう考えていた矢先に、エミのこれから先の人生も奪われていた。

 

 

「エミが島田にずっといたなら……」

「たらればを語る意味などない」

 

 

愛里寿の妄執にも似た感情を、まほは一言で叩き切った。

 

 愛里寿には愛里寿の言い分があるのだろう。けれどそれはまほにとって切って捨てる程度のものでしかない。もとより、相手の言い分に大人しく従ってやる義理も精神性もまほには無かった。

 

 ひゅぅと一息、呼気を短く細く、肺の中身を入れ替えるように。

 

そして、まほの眼光と身に纏う雰囲気が変わった。その変化を敏感に感じ取り、愛里寿も恨み節のような言葉を止めて、感情をリセットし静かに速度を落として距離をとった。

 

 =========================

 

 『―――西住流は、“相手より強い戦車を、相手より多く用意して、常に相手より優位を取って戦う”戦法なんだよ』

 

 エミの言葉にフリューゲル隊の面々は先を促すように小さく頷く。エミもその様子を確認して、続きを語っていった。

 

『西住流において“隊長というのは心臓だ。だからいざという時、自分の隊が撃破されることを避けなければならない”それが精神に刻まれている。

 

  ―――でもそれは西住まほにとってマイナスでしかない』

「どういうことですか?」

 

 納得がいかないという様子の車長を手で制して言葉を続けていくエミ。

 

 ==========================

 

 戦場は、“側面・背後を取りあうドッグファイト”から“損耗を厭わない撃滅戦”に移行しようとしていた。とはいえ、互いに装甲に微細な傷や小破に届くかどうかといった傷はあったが機能に支障が出るほどのダメージは出ていない。

“今はまだ”互いに互いの射線を見切って、行動から発生する動線上を避けて行動しながら攻撃しあっているからだ。

 

 まほの“踏”を受けて、恐れることなくセンチュリオンに肉薄するティーガーⅠに対し、愛里寿の“踏”を受けて接触を避けながらも射線を残すように信地旋回で対応するセンチュリオン。

 

 ==========================

 

「西住まほは本来徹底した一匹狼(ソリスト)だ。ワンマンアーミーとして完成されているそれを“抑え込む鎖”が西住流なんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!おかしいですよ!?」

 

 

 車長を押しのけて通信手がエミに食って掛かる。

 

 

「隊長は西住流の体現者です。実際に黒森峰中等部ではその実力を発揮して連覇している!」

『ああそうだ。西住流として完璧で、強かった。“だから西住流ではない西住まほは必要なかったんだ”』

 

 

 言外に「これまで戦った相手が本気の実力を出すほど強くなかった」と言ってのけたエミに通信手も言葉を失った。「まぁそれは理由のひとつでしかないけど」と続けてエミが語りを続ける。

 

 

『公式の大会で“西住流の西住まほ”でいるためには仕方がないことなんだ。まほがそうあるべき隊長でいられないなら、まほが受けて来た薫陶をみほも受けることになる』

 

 

 西住まほは、西住みほの未来のために己を押し殺す決意を決めた。エミはそう言い切った。「もちろん、自分が長女だってことも原因だろうけど」と付け加えてから、困ったように少し笑って見せるエミに、車内のメンバーは言葉を返せない。

 

 

『まほが自分勝手に損害を気にせず戦ってるのは、私たちと模擬練習で一騎打ちしてる時くらいだろ?まほは、“西住流としての西住まほでいないといけないから西住まほで居続けている”んだよ』

 

 

 西住まほは“西住流であることを強いられている”とエミは語る。

 

『まほもみほも、西住流の“軍勢を率いての戦い”ができるけど、それよりも西住流にそぐわない戦い方ができるし、多分そっちの方が本当は得意なんだよ』

 

 

 そのエミの言葉に対し、

 

 

 

 

「―――それは、違いますよ」

 

 

 

 ==========================

 

 

 センチュリオンの砲撃を紙一重でかわし、装甲表面と砲弾の外殻がこすれ合って悲鳴を上げる。ティーガーの装甲表面に痛々しい擦過傷のような傷痕がまたひとつ刻まれた。お返しとばかりに放たれた砲撃をセンチュリオンは独楽の動きで受け流し、履帯側面を護るシュルツェンの一部が軋みを上げ、砲弾の衝撃を受けて後方に下がりながらグルグルと回転するセンチュリオンの上で、愛里寿が視線を揺らすことなくまほを睨んでいた。

 

 

 

 ==========================

 

 

 

 

 そのエミの言葉に対し、しかし「違う」と声をあげたのは

 

 

「―――それは違いますよ、エミさん」

 

 

 声を上げたのは―――操縦手の少女だった。

 

 心折れて辞めようとしていたところを助け上げられた。悩みを笑い飛ばされ立ち直ることができたその少女は、憧れとともにずっとずっと二人を見続けていた。逸見エリカが西住みほを見続けていたような距離で、天翔エミを、西住まほを、ずっと。

 

 

「隊長が西住流を捨てていられるのは、フリューゲル隊が―――エミさんがいるからです。ヤークトティーガーの援護があるから自由に羽ばたくことができる。一人なんかじゃありません!!隊長はいつだって、私たちを背に戦っているんです」

「あん人が本当に求めとんは、安斎さんじゃなか」

 

 

 車長がエミの肩をぐっと掴む。

 

 

「―――あん人が今一番来て欲しいんは、天翔さんに違いなかっと」

 

 

 ぎゅっと力強く両肩を支えてエミの瞳をのぞき込むように告げる車長に

 

 

 

「―――わかった。まほのところに向かおう」

 

 

降参だとばかりに両手を上げたエミがやれやれと息を吐いてそう告げたのだった。

 

 

 

 




 ******** > Emi



 どうしてこうなった……orz


俺がチョビをヨイショしすぎたせいかフリューゲル隊のみんなが意固地になってしまったんでどうにかこうにか説得をしようと努力してみた。途中通信手の子がまぽりんのことについて聞いて来たんでこれ幸いにと今のまぽりんが俺のせいでどんだけとんでもない突撃仕様になってしまったのかを訥々と説明してみたんだが……


―――だが駄目……ッ!!俺、人望、ナシ……ッ!!


 長年一緒にやってきたパートナーを自負するメンバーの方々に団結されたら、所詮いち装填手に過ぎない俺だけが説明してもどうにもならなかった。かといって俺一人戦車飛び出してチョビのとこに向かってもヤークトがただの置物に成り下がるだけで全く意味がねぇ。かといって「俺はまほチョビが見てぇんだよ馬鹿野郎」とも言えるわけがない。結論!詰んでる!!


 嗚呼、畜生――――人生は本当に“こんなはずじゃなかった”ことばっかりだよ……!!


とはいえここでジーっとしててもドーにもならねぇ。チョビの方はカチューシャもいるし粒ぞろいの連中が揃ってるし、運を天に任せるしかないとして、まぽりんのとこに向かう方向に調整して俺が折れることにした。





 神様仏様ドゥーチェドゥーチェ!どうか他のミミミを撃破してアンチョビが颯爽と王子様ムーブしてくれますように!!(祈り)


そんな他力本願な考えで両手を組んで瞳を伏せて真摯に祈る俺の姿をヤークト内部の他のメンバーがどう見ているかなんて、その時の俺には考える余裕なんぞ全くなかった。




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【まほルート 第三十二話 『 雷 音 』】

ちがうんです。タボボとシービーとお嬢と三女神とラモーヌがわるいんです()











 

 ガリガリと緩やかな坂の地面を履帯越しに転輪が削る。戦車の重量分に推力と遠心力が加わった圧力で轍を残して等速旋回したティーガーが砲塔を逆旋回させる。ティーガーよりも大回りで木立ち越しに逆方向に旋回運動をしていたセンチュリオンは逆旋回する砲塔の範囲からすぐに抜け出したのか、旋回しながら背後を狙うセンチュリオンの狙いから逸するようにティーガーも速度を落とすことなく前進と左右スイング旋回を繰り返して射線を躱しながら移動を続ける。

 

 左右に振れ続けるティーガーから上半身を覗かせ不動の姿勢でセンチュリオンを睨みつける西住まほと、同じようにセンチュリオンの上から顔を出して西住まほを視界に収めたままの島田愛里寿。互いの戦車には微細な擦過弾痕や接触の結果剥ぎ取られた増加装甲跡が痛々しく刻まれていた。

 

 巡航戦車であるセンチュリオンの速度は整地不整地関わらず凡そ34km/hに対し、ティーガーⅠの速度は整地状態でなら40km/h。ただしティーガーは足回りに不安を抱えながらの走行を余儀なくされるため、常時8割かそれ以下の出力で駆け回っているため、両者の速度はほぼ互角。拮抗していた。

 

 だが、それは“今この瞬間は”という話だということをまほは理解していたし、愛里寿もまほ相手に隠す意味はないと詳らかに見せつけている。

 

 ただでさえ、下生えの短いとはいえ丈の有る草を巻き込みながら回る転輪は動作不良の恐れを想起させるだろう。それに加え機動戦闘により地面は履帯で砲弾でと抉られ続け、秒刻みで不整地状態になっていく。時間をかければかけるほど状態はティーガーの不利に働いていく。そのためまほもじわりじわりとフィールドを切り替えるように移動しながら愛里寿の回避方向を転換させながら追い詰める方向をコントロールしている。だがそれが逆に決定打に至る道筋を遠回りにさせているという悪循環を生んでいた。

 

 

 ――― 一か八か、突っ込むか?

 

 

 不意にそう頭をもたげる感覚に、直感的に首を振る。

愛里寿はそれを待っているのだと脳が警鐘を鳴らし続けている。まほの中にある西住流としてではなく西住まほとしてのこれまでの戦場のカンとでも呼ぶべき何かが【それこそが悪手だ】と訴え続けていた。

 

 

 

―――詰め切れない。

 

 島田愛里寿も、西住まほとは違う意味で攻めあぐねていた。

 

 西住まほを倒す。それ自体は不可能ではない。ただしそれは【相打ちになる覚悟で】という前提が必須となる。

 

 アズミ・ルミ・メグミのうち一人はすでに落されている。残り二人はあの時撃ち漏らした面々を含めた集団を相手にしている。二人の能力を疑うことなく計算しても、敵を全滅させることはできないという想定で考えると勝利条件は「限りなく自分のダメージを少なくして西住まほを撃破する」必要がある。だからこそ“相手に少しでも悪条件を追加するために路面を悪路に染め上げている”のだ。

 

 

 撃滅戦の様相を呈してはいるが、ダメージを気にせず愛里寿を追い詰めるまほと、それを可能な限り抑えて勝利しなければならない愛里寿。戦場の天秤はどちらかというとまほの方に傾いていた。だがそれも薄氷の上、刻一刻と盤面は愛里寿の優位に動いている、足回り―――転輪に異常が起きればそこでお終い。文字通りたった一手で跳ね返る程度の優位にすぎない。

 

 

 ―――だからこそ二人とも望んでいる。この盤面を大きく動かす介入者を

 

 

 

 *******

 

 

 

 ―――俺は考える、この状況をいかにして打開すべきかを。

 

 現在、ヤークトティーガーはまぽりんの援護のために愛里寿とまぽりんの戦っている場所へと真っ直ぐに向かっている。その間戦車の中のテンションは爆上がり、俺の周囲だけ【島田ぶっ潰すぞ!!】で一致団結しており色々とヤバい。そんな中一人黙ったまま装填席で静かに座っている俺のことを通信手だけが気にしている状態である。

 

 俺の目的を大雑把に設定するなら―――

 

 1:愛里寿を倒す。※ただし曇らせてしまう。

 

 2:まぽりんを守護る。※まぽりんからの信頼やばない?

 

 こうなっている。もちろんこれは俺が設定したわけではなく【今現在なりゆきでそうなった】という状況である。

 俺としては正直【現在愛里寿を倒さなければ島田家に養子入りしてしまう】だけで愛里寿を倒すのに2の条件は必要ない。だが俺が許してもフリューゲル小隊の総意がそれを許さないだろう。必然、2が必須条件となる。

 

 

 ―――いずれにしても状況の見極めが必須。

 

 

 

      ……そう思っていた時期が、俺にも在りました(達観)

 

 

 

 断続的に鳴り響く轟音と、空振り砲弾の着弾・衝撃で抉れる地面。時折聞こえるギャリリと耳障りな金属音は装甲表面に接触した砲弾が走行を削り取る音。殺気の入り混じる視線が互いに飛び交っているのが遠目からでも分かる。

 

 目の前に広がる殺戮空間を前に、フリューゲル小隊の面々はヤークトで突撃できずそのまま遠巻きに立ちすくんでしまっていた。

 

 

 

 

 ―――なんだアレは?

 

 

 

 

 目の前に広がる光景を前に、浮かんだのはそんな疑問だった。

 

まぽりんと愛里寿の戦いは、流派の溝とかそういうものを既に逸脱していた。

いや、目をそらすのはやめるべきだ。

 

 

 ―――アレは、俺が成した結果だ。

 

 

 まぽりんは“俺を自分の相棒として守り通すために”

 愛里寿は“俺を島田の養子にして肉体を回復させ救うために”

 

 互いに俺が理由で死闘を演じている。

 

 

「――――――――g」

 

 

 口元まで競りあがってきた吐き気を必死で抑え込む。ここで吐血など許されない。あってはいけない。ここで俺が失血から動けなくなったら―――

 

 

 ―――この戦を止める人間がいなくなる!!!

 

 

 

「―――s。車゛長゛……ケフッ。……頼みがある」

「は、はい―――!?」

 

 吐血を必死で呑み下して。ゲホゲホと咽せた涙目で車長を見上げると、車長がドン引きした表情でちょっと物理的に下がっていた。すまんね見苦しいトコ見せちゃって。でも急いでるんですまんけど頼むよと心の中で焦りを抑えつつ、提案を告げる。

 

 

 

 ―――当然ながら俺の提案により車長が死んだ目になったが、後日また飲みにつれてく約束でどうにか了解を得た。

 

 

 

 ********

 

 

 

 「……足回り、少し厳しいです」

 

車内に潜り足回りについて尋ねた時のやや泣き言に近い操縦手の声に「そうか」と返す。操縦手がそう漏らすということは、あまり時間をかけるわけにもいかないという事だろう。拙速は悪手ではあるが、そうも言っていられないようだ。

 

 瞬間。衝撃が車体を揺らした。頭を引っ込めていたことが功を奏したのか、或いは引っ込めていたから被弾したと考えるべきか―――

 

「損害個所を―――」

「砲塔旋回に異常。旋回から戻せるか怖くて試せません」

 

 照準をのぞき込んだままの砲手から報告が届く。成程と頷き、瞬時に命令を変更

 

「―――操縦手。これより駆逐戦車を操縦していると思え。砲手もそれと同様、駆逐戦車のつもりで照準を合わせろ」

 

 動かせない旋回装置ならば“動かさなければ良い”。相手にとっては“動かさない”のか“動かせない”のかを悩むことにもつながる。ヤークトティーガーやエレファントとでも思えば【何も問題はない】

 

 

 「―――決着を付ける。次の合図で飛び込んで……一撃で決める」

 

 いつもの西住流としての命令ではなくはっきりと言葉に出した。揺らがぬ決意の表れとして。不退転の決意を以て戦車上部から顔を覗かせ島田愛里寿を見据えれば、島田の方もこちらを強い意志で睨みつけていた。

 

 

 

「―――――――前s―――!!?」

 

 

 “前進”の指示を踏で送った瞬間。

 

 

 

 二つの戦車の間を駆けるように砲弾が駆け抜け、そのまま立木のひとつに命中して圧し折り倒していた。

 

 

 

「「―――エミ?」」

 

 島田と二人、砲弾の飛んできた方向を見ると、戦車の上で車長に寄り掛かるような姿で立つエミの姿があった。

 

 

 

『―――道を』

 

 

 

 ぼそぼそと俯いて声を絞り出すエミに、車長が拡声器を車内から引っ張り出して手渡した。

 

 

 

 

 

『―――――――戦車道をなんだと思ってやがんだぁぁぁぁぁああああ(ガピ―)――――!!!』

 

 

 

 

 咆哮。そう例えるに相応しい大声に、思わず2人して耳を塞いで衝撃に耐えた。拡声器が音割れを起こした以上に、音波という波は衝撃となって耳朶だけでなく全身を揺らす。

 一声で声を使い果たしたのかゲホゲホと咳き込むエミを車内に引っ込めて、車長が代わりに拡声器を引き継いで、やや足元が震えた様子で私たち二人を見る。今にも吐きそうな青い顔で、それでいて目だけは揺らぐことなく―――

 

 

「……え、えー……【大洗女子所属】のフリューゲル小隊からの総意を、装填手に変わり代弁させていただきます」

 

 

 

 ―――中指を突き立てた。

 

 

 

『―――戦車道を舐め腐った馬鹿どもが!!!二人纏めてかかってこんね!!!!』

 

 

 

 半ばヤケクソの様相で言い放つと、逃げるように車内に引っ込む車長。ほどなくしてヤークトティーガーが動き始める。“私と島田、両方を標的におさめて”

 

 

 

「―――どうして?」

 

 ぽつりと呟く島田愛里寿に

 

「―――わからないのか?それとも……わからないふりをしたいのか?」

 

少しだけ恨み節を利かせてそう返して“踏”を送る。

 

 

 

 

 

「柄にもなく戦に酔い過ぎた―――エミが叱るのも仕方ないことだろうな」

 

 

 

呟いて、最強の敵を相手取る覚悟を決めた。

 

 

 

 

 そして、戦場に砲火の華が大輪咲く。

 

 

 

 *******

 

 

 

 

『戦車道をなんだと思ってんだ』

 

よくぞ言えたもんだと思わんでもない。俺ごときが何を語ってるのかと思う人だらけだろう。誰だってそう思う。俺もそう思う。

 

 だが必要なことだった。

 

すべてはそう……“好感度調整”のために―――!!

 

現状の問題は『まぽりんが俺を信頼しすぎて相棒として見ている』ことと、大天使愛里寿が『俺への好感度が高いため俺を見捨てられず肉体回復のために無理筋を通している』ことが原因だ。

 

 

 ―――だったら俺への好感度を下げる要因を作っちまえばいいよなぁ!!(名案にごつ)

 

 

 西住流と島田流。戦車道の二大流派の継承者に「戦車道とか何か」を手前勝手にぶちあげて中指おったてる。これにより流派からの印象は最悪!まぽりんも愛里寿も大事な時に自分の味方をしてくれない相手にもにょること請け合いである。

 全部終わった後で「わたしがぜんぶやりました」でとりあえずメンバーの罪状を軽減してどうにかチャラまでもってければよしとしよう。

 

などと考えていると俺の言葉を引き継いでぶっこんだ車長が青白かった顔を紅潮させて車内にもどってきてふんすと鼻息荒く意気込んでいた。

 

 

「やってもうたばい……これで逃げられんね!!」

「天翔さんがいる以上逃げることなんかできませんよ」

 

 

通信手があきれたようにそんなことを言っているんだが……むしろヤークトという車種の特性上、逃げることの方が多いと思うんだが?

 

 さて冷静に考えた場合、状況は難易度マストダイを通り越してるレベルである。

 

西住流の体現者であるまぽりんと島田流継承者の愛里寿。さっきまで死闘を演じていただけあってダメージは目に見えてわかるレベルで小破くらいは行っているだろう。だが勝ち目なんぞ全く見えない。メンバーは【アンタほどの人がそう言うなら……】ってついてきてくれたので俺になんか作戦があると思ってるのかもしれない。

 

 

 

 

 すまんな!!なんもないんだ!!諦めて一緒に死んでもろて!!

 

 

 

 

 

「―――さぁて……やるだけやってやろうぜ」

 

 

装填席に座ってふぅ―――と呼吸を長く整える。吐血もピロシキも後回しだ。とりあえず今はこのラストダンスを乗り越えてから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天翔さん―――ひとつ腹案があります。たった今思いついたものですが」

 

 

 

 




『―――――――戦車道をなんだと思ってやがんだぁぁぁぁぁああああ(ガピ―)――――!!!』



その大声が戦場を支配したとき、場外は一瞬しんと静まり返った。
戦闘を続けていたアンチョビたちですらも足を止めて声の方向を見てしまった。


そうして


「……くっ……ぶはっ!!

  あっはっはっはっはっは!!!!流石天翔だなぁ!!!」


快活に、爽快に大笑いしたのがアンチョビ―――安斎千代美だった。


「ねーさん!!ね-さんのダチっ子気合キマりすぎじゃねっすか!?」

うっはー!かっけぇ!!と叫んでCV33の上から顔を出してキラキラと目を輝かせているのはペパロニと、あちゃーと顔に手を当てているノンナと訳が分からない宇宙猫状態のクラーラ。ペパロニと同じ情動を抑え込んでいるカチューシャなど反応は様々である。



「なぁ大学選抜のメグミさん、ルミさんだっけ?賭けをしないか?」



 ひーひーと悲鳴染みた笑いをどうにか抑えて呼吸を整えた千代美が涙目で、漸く正気に戻って戦闘を再開しようとする二人に声をかける。


「ここの勝敗、全部“あっちの勝敗”に賭けないか?私は個人的には天翔に賭けたいとこなんだが、西住が生き残る方に賭けるとするよ。」
「だったらカチューシャはエミーシャに賭けるわ!!良いわよね?!」


 えっへんと胸を張るカチューシャに頭を手を当てて頭痛のポーズのノンナがはぁとため息を吐いた。なおクラーラはまだ宇宙猫から戻ってきていない。

「イカれてるって言われない?」
「あっちよりマシだろ?それに―――」

 戦車の上で上半身だけ覗かせたルミがそういうと秒で言い返した千代美は相手が同意したものとして完全に戦車から外に出て戦車の上に座り込み、電光掲示板に表示される三人の戦いが良く見える位置に陣取った。



「―――あんな勝負、こっちの戦いの片手間に見たら損だろ?」


 ニヒッと笑う千代美に「確かにそうか」とつぶやいて、大学選抜側も戦車から電光掲示板を見上げ始めた。








 そんな場面の裏側で、赤絨毯の上でティータイムしてた淑女の一人が大爆笑したりもう一人がティーカップを叩き割ったりする珍事があったらしい。


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【まほルート 第三十三話 『 砲火後オーバーフロー(吐血) 』】



 カチン  カチン


 空砲ですらない。トリガーを引き絞ってもスカスカと手ごたえはない。


 カチン  カチン


 引き絞るトリガーに手ごたえはない。


 カチン  カチン


 頭の中でカウントダウン 「いち にぃ さん」


 カチン  カチン


 手元に返る答えはない。



 【 大丈夫大丈夫。ほら、すぐ撃てる 】


 引き絞ったトリガーにやっと手ごたえがあって、次いでガォンッと空を引き裂く音が響いた。


 カチン  カチン


 車内はあわただしくて騒がしいのに、私の耳にはトリガーの音しか聞こえない。
頭の中で数える自分の声しか聞こえない。















【 ほら、すぐ撃てる 】



 ――― 一番欲しい、言葉が聞こえない。





 ******* 

 

 

 

  ガォンッッ!!!

 

 

 

 

 

 ガォン、と空を引き裂く音が耳に残響として残り―――続けざまにまたやって来るガォンという音にかき消されて耳鳴りのように脳を揺さぶる。

 

 3秒未満の連射に、小刻みな超信地旋回を組み合わせた砲撃の雨は、射線を緩やかに5度~10度程度刻むようにして偏差射撃のように砲撃をバラまいている。ヤークトティーガーという“回らない砲塔”でそれを行う操縦手の力量と、砲撃の高低にブレがないという点で見た砲手の力量。何より、砲撃後のスパンを3秒で纏めている装填手―――天翔エミという鬼札の存在。

 

 

 ―――ギャリリと残響を残して地面を削りながら砲撃から逆回りに回り込もうとしていたセンチュリオンが超信地旋回で砲身を向けられ再び元の場所へ大きく迂回して舞い戻る。その間弾丸の雨が一時的にだが止まるのでこちらも突撃の準備をと思うのだが……

 

 

 ―――背を向ければセンチュリオンはこちらを狙うだろう。という確信がどうしても過ってしまう。

 

 

 奇しくも、エミの【二人纏めてかかってこい】という発言と、その後のヤークトティーガーの【島田と私のどちらも相手にした立ち回り】は、盤面上で1対1対1という状況を作り上げていた。

 

 

「―――全く、成長したものだ。エミも……フリューゲル小隊の者たちも」 

 

 

 

 *******

 

 

 

 ガォンッッ!!!

 

 

 空を裂く音を響かせ、衝撃で車体内部を揺るがしてヤークトの砲弾がカッ飛んで行く。ターゲットには当たらないが地面を削って穴を穿つそれは路面を戦車の無限軌道でも容易に進行させにくい状態へと推移させる。だからこそ“しっかり狙いを付ける必要はない”

 

 

 “いち”

 

 

 頭の中でカウントを始める。目を閉じてふぅ――と息を吐く。

次に瞳を開いた時にピントを合わせるために軽く目を閉じた状態で目をぐるりと時計回りに動かして視神経周りのマッサージを一度。

 

 

 “にぃ”

 

 

 口の中がカラカラに乾いている感覚。舌先がピリピリとしびれている様子で、唾液もろくに出てない。潤っていると言えない口の中をどうにかしたくて砲手席の下に伸びているストローを軽く咥えて吸い上げる。ボトルの中に入ったままのミネラルウォーターが喉を潤して、ほんの少し余裕を感じられる。

 

 

 “さん”

 

 

 連射の時、【合図を待たない】。それは天翔さんと私が決めた絶対のルール。

高速移動する西住まほ隊長をしとめるために、最速の連射を実現するために。

 

 

 

 

 ――“三つ数えたらトリガーを引け。数えるまでに装填は終わってる”

 

 

 

 ガォンッッッ!!

 

 

 

 三つ数えると同時に引き絞ったトリガーが撃鉄が薬莢を叩いた時の衝撃を手に返してくれる。あの人の言葉通りに目を閉じてルーティーンを開始する。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

ただそれだけ。頭に数を思い浮かべながら瞳を開き、照準に沿ってシュトリヒの計算を終えてトリガーを引く。狙い撃つのは後でいい。必要なのは足を壊すこと。動けなくなったところで仕留めればいい。

 

 だって天翔エミ(この人)がいる限り装填待ちに意識を裂く必要なんかまったくないんだから。

 

 

 

 ********

 

 

 

 砲弾の雨に身を晒して、すぐそばを通り過ぎていく砲弾を無視してヤークトティーガーを見つめる。

 

 

 どうして……?

 

 

 そんなどうしようもない思いだけが心に浮かんでこぼれそうな涙を押しとどめる。泣いてはいけない。だって泣いてしまったら……心が折れてしまう。

 

 折れた心のまま戦う事なんかできない。心が負けたら立ち上がれない。どんな苦境であろうと心折れることなく前を向け―――ボコのように!

 

 

「どうして……?」

 

 

 それでも口を衝いて出てしまう言葉を止められない。

 

 

 

 ―――どうして残り少ない命を燃やし尽くそうとするの?

 

 

口をついて出そうになった言葉に対する答えは

 

 

 

 

“どうしようもなく戦車道が好きなんだよ”

 

“愛里寿にもあるだろ?―――これになら文字通り、命を懸けるくらい本気になれるものがさ”

 

 

 

 

―――もう、貰っていた。

 

 

 

「―――そっか」

 

 

 センチュリオンの上から顔をのぞかせていた状態から車内に戻り、何があったのかと不安そうなメンバーを尻目に通信機を手に取る。エミのヤークトティーガーの―――大洗の固有周波数で通信を開いた。

 

 

「―――エミ、聞こえる?」

 

反応は帰ってこない。でも、それでいい

 

 

 

「―――エミの決意、わかったよ。だから私もワガママを押し通すね。

 

 

 エミのこと―――叩き潰してでも私のエゴを通すから―――」

 

 

 通信を切って、顔を上げるとこっちを見てるメンバーの顔があった。操縦手以外の全員と順番に目を合わせて決意を目だけで伝える。伝わるかどうかは不安だったけど……伝わったと信じて、キューポラを上る。

 

 

「~~~~♪」

 

 

 ―――歌う。

 

 

「~~~~~♪」

 

 

 

 

 ――――声を上げて、歌う。勇気をくれる歌を。あきらめない歌を。

 

 

 

 “踏”の代わりの合図にタブレットをタップして車内にミラーリングした端末に指示を送る。同時にこれまでの“試合中のヤークトティーガーの回避運動・通常軌道時の傾向”を参照。回避経路と履帯損耗率の計算。

 

 

 一撃で勝負を決めるために

 

 

 ぐうの音も出ないレベルで叩き潰すために

 

 

 

 当初の予定からそうだったように、エミの最期の敵として

 

 

 

 

     ―――私がエミを叩き潰す―――!!!

 

 

 

 ********

 

 

 

 センチュリオンからの空気が変わったのを肌で感じた。

車外に顔を出した状態でビリビリと感じる気配にゾクリと総気立つと同時に、口角が上がってしまう己を戒める。

 

 

 島田愛里寿の気勢に、戦場の愉悦を感じたわけではない。

 

 

 

 『エミの意図にやっと気づいたのか』という優越感から来ているのだと己で気づいているからだ。

 

 

時間を同じくして、車内の通信機ではなく、私個人の携帯通信機(ホットライン)がけたたましい音を立てる。この個人回線を知っている人間は限られている。

 

 エミか、もしくは母くらいのものだ。

 

 

「―――はい」

 

 

 通信機を取った私の耳には『私です』と母の声。

 

 

『多くは言いません。西住流として叩き潰しなさい』

 

 

 母のエミに対する宣告に

 

 

「―――西住流戦車道に逃げるという道はありません」

 

 

 いつも通り返して、通信を切った。さて、エミも待ちくたびれているかもしれない。

 

 

―――島田だけでは物足りないだろう?私もすぐに向かうとしよう。

 

 

 

 *******

 

 

 

「多くは言いません。西住流として叩き潰しなさい」

 

 

 やや大きな声でそう言って、まほの答を待ってからしほは通信を切った。周囲から向けられていた視線が、やや安堵したように離れて行った。椅子に深く腰掛けて不動の姿勢でいるが、実際は背中に冷や汗すら浮かんでいる状況に内心でため息を履いていた。

 

「―――あの娘には感謝してもしきれないわ。……原因もあの娘にあるのだけれど」

「……同感。本当に……抜群のタイミングで横から殴りつけてくれたわね」

 

 遠巻きに陣取って観戦している面々には聞こえない声で、隣で立つ島田千代と視線を前に向けたまま囁き合う。

 

 

“戦車道をなんだと思っているんだ”

“戦車道を舐め腐った馬鹿どもが、二人纏めてかかってこい”

 

 

 それは先ほど天翔エミとヤークトティーガーの乗車メンバーが叫んだ言葉。

おりしも試合は撃滅戦の様相を呈しており、島田と西住による殺し合いもかくやといった全力の潰し合いだった矢先の話。試合を観戦していた人々からも「これ本当にプロレスなのか?」という疑念が混じり始めていたタイミングでの横からの強襲。そして全方位に喧嘩を売ってからの、これまでと打って変わっての“戦車道らしい試合様相”。

 

 

 これに全力で便乗して『大人たちの指示で動いていた』と錯覚させる。

 

 

 島田千代は携帯端末を操作して、西住しほは個人用通信機で、それぞれ島田愛里寿と西住まほに「徹底的に叩き潰しなさい」という命令をこれ見よがしに送っていた。周囲の目が集まったタイミングでである。

 最悪の事態が起きたとしてもその責任を被るのは大人である自分たちであるべきだから。

 

 

 

 ―――ただしそれはそれとして試合が終わって家に戻ったらお説教の時間だ。

 

 

 二人の思惑は完全に合致していた。

 

 

 

 

 最も―――この試合の結末はこの場の誰もが予想していないものだったのだが。

 

 

 

 *******

 

 

 

 “腹案があります”

 

そう語った通信手に対して俺は「じゃあそれで行こう」と秒で返した。

 

 何一つ打開策が無かったからね!是非もないよね!!(ノッブ感)

 

一瞬、面食らって言葉を詰まらせた通信手は神妙な面持ちで「聞かずに即答していいんですか?」と尋ねてきたが、時間がねぇんだよ時間が!!説明はよ!!という意気込みを言葉に乗っけて言うと苦笑で返された件。これはあれですねぇ……呆れられてるねぇ。とはいえなんも作戦なくてただ死ぬだけなんだから藁にも縋りたいとこだからね、しょうがないよね。

 

 

 そんで通信手から“腹案”について説明を受けてーの

 

 

 「それ本当に大丈夫なやつ?」って俺が聞くじゃん?

 

 →「他に作戦があれば憂慮しますし、お任せします!」って返されるじゃん?

 

 →ないんだよなぁ!これが!! ってなるじゃん?

 

 

 

 そんなわけで今、高速装填とチョン避けみたいな軸移動で砲撃しつつ機を待っているのであるが……

 

 

 ―――血ィ吐きそうなんだが……?何なのこの作戦……

 

 作戦の関係上、車長と通信手は車内でスタンバってるので外の様子を見ることはできない。故に背後に回られたらオシマイレベルなのだが……ぶっちゃけ愛里寿とまぽりんが連携を取らないおかげで、ギリギリの戦いになっていた。

 

 

「そろそろ均衡が崩れる頃です―――始めましょう」

 

 

 通信手の言葉に、操縦手が「了解」と答えて

 

 

 

 

 グンと遠心力が車内の全員を襲った。急加速・急旋回で一気に距離を引き離そうとしたのだと理解できる爆走状態に、しがみつく手に力がこもり―――喉元にせりあがってたイノナカ・ブラッドがえらいことになりつつある。

 

 長期戦はできそうにない。この一撃で決めなければ―――!!

 

 砲弾を握る手に力を込めて、俺はその“機”を待ち続けた。

 

 

 

 *******

 

 

 

 砲撃の雨が続いたのは1分半ほど。その90秒間で凡そ30発の砲弾を吐き出したヤークトティーガーは急加速と急旋回でその場から距離を取り始めた。大きな円運動で旋回して悪路を無視してフィールドを移動し始めた。

「どうしますか?」との操縦手の声に「追撃だ」と短く返して車上から身を乗り出して周辺状況を把握すべく視線を巡らせる。視界の端でセンチュリオンを収めながら追撃先の進路を割り出して前進命令を送る。

 センチュリオンの方も逃げるエミを追い詰める方に舵を切ったようで、こちらを視界に収めながらの移動を始めた。緑の木立ちが乱立する初秋の野を駆け抜けてヤークトの背中を照準に納めるも、その場で即砲撃ともいかない。次弾装填までの時間を作らなければセンチュリオンがこちらに牙をむく。ヤークトを撃破するためにはまずセンチュリオンとヤークト両方が隙を作らなければ撃破に向けることはできない。

 

 だがそれは島田愛里寿も同じ。だからこそまだヤークトへの攻撃は為されていない。

 

 

 

 >>>  >>>

 

 

 

 砲弾を十分に撃ち尽くした。

 

 

 転身するヤークトを見てそう思った。だから真っ直ぐにエミを追いかけた。ヤークトティーガーは決して早く動ける戦車じゃない。けれどそれは砲弾を満載に乗せている状態での速度。当然、砲弾を消費しきった後の速度はわずかながら早くなる。その速度の僅かな差が計算を狂わせることを、私は知ってる。視界の端にとらえているティーガーⅠはヤークトをとらえているけれど、こちらの漁夫の利を警戒しているのか、砲撃を行う気はないように見えた。

 

 

 

 バツンッ

 

 

 小さな、けれど決定的な音が響いた。

 

右に傾いだティーガーⅠが足を止める。転輪が破損するより前に、無理を強いた履帯が外れたらしく動けないティーガーⅠを尻目にヤークトティーガーが逃げる勢いのまま反転した。

 

 

 そうして ガォン と 火を噴いた火砲を―――

 

 

「砲塔旋回、右後方信地旋回修正20度」

 

 

 短い言葉で行われた命令に瞬時に従い―――

 

 

 甲高い悲鳴にも似た音を立てて、ティーガーⅠが衝撃に弾き飛ばされ―――それでも撃破されず、生き残っていた。

 

 砲塔の旋回部分で避弾径始を行って砲弾を後方に受け流したんだと理解すると同時に、ヤークトの千載一遇のチャンスを逃すことなく、私は踏み込んでいた。

 

 

急旋回と同時に砲撃した以上、態勢を崩したエミが装填できる状態を取り戻すまでやや時間がかかる。その時間を使って距離を詰めて、至近距離で砲塔下部の装甲の薄い点を撃ち抜く―――!!

 

 真っ直ぐに突撃するセンチュリオンの上でヤークトティーガーを真っ直ぐ見据える。

 

 間近に飛び込んだセンチュリオンの砲塔が接射距離に達する―――その直前に

 

 

 

 突然に殴られたような衝撃。逆廻しになる視界、高速で世界が後ろ向きに跳ね飛んで―――地面を金属がひっかいて抉るけたたましい音と衝撃。

 

 

 

 予期せぬ脳の揺れに混乱していたのは数秒。その数秒の間に―――

 

 

 

 

『ヨーグルト学園チーム センチュリオン 走行不能を確認!!』

 

 

 

 

 ―――勝負は決していた。

 

 高速移動後の3秒装填。それを成しえたヤークトティーガーの一撃によるセンチュリオンの撃破。言葉にすれば簡単なことだろう。だが―――

 

 

「……ありえない」

 

 

 その場面を見ていた西住まほですらそう呟いていた。

 

 

 

呆然と、白旗を上げたセンチュリオンを見上げたままの島田愛里寿から視線を切ってまほは車内のメンバーに命令を送る。

 

 

 

 

 

「進地旋回で移動!!しかる後に履帯を修繕する!急げ!ヤークトの射線外に出ろ!!」

 

 

 





 ――― 一方で、ヤークトの中でもえらいことになっていた。


「―――成功しましたね!」
「よっしゃぁ!!もういっぺん行っと!」


 両側から車長と通信手の声が響く中、俺こと天翔エミは



「―――ごめん。連発はキツいわ……」


 そう返すだけが精一杯で、喉元にせりあがり来る嘔吐感を我慢するので精一杯だった。










//////


 ※【何があったのかは、待て次回!】


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【 まほルート 第三十四話 「あいあいあーい!! ←覚えていましたか?」  】


 待 た せ た な !!











     イヤホントマジデモウシワケナイデスハイ(土下座)





 

 

 「天翔さんの弱点は、『重心の不安定さ』です」

 

まず口火を切ったのはそんな一言からだった。

 

「時間がないので簡潔に説明します。天翔さんが揺装填ができない最大の理由は天翔さんの小さな肢体と体重では装填席に自身を据え置きにできないから。体が固定できていないから遠心力や慣性の法則で身体が振り回され流されてしまうので態勢が崩れ、装填ができないんです。つまり―――」

「身体が流されないようにすれば移動しながらでも装填ができる。ってことね」

 

 車長の言葉に我が意を得たりと頷く通信手。成程、そこまで説明されると俺にもだいたい通信手が言いたいことが理解できた。

 

「つまり、『移動しながら装填ができない』って相手が思い込んでるのを利用して、移動後にホイホイ近づいてくる相手を【撃っちゃうんだなぁ!これがぁ!】しちゃうってことか」

「端的に言うとそういうことです」

 

 通信手の子が頷いたのを確認して、俺はひとまず装填の手を止めて

 

 

 スッと装填席から下りて、車内の隅っこに転がってた“それ”を拾い上げた。

 

 

 

「つまり―――遠征授業用のテントペグとかをブッ刺して足を椅子に固定するってことだな!?」

「私そんなサイコパスな提案するような女に見えてました?後でお話しましょうか?」

 

 

なんか怒られた。げせぬ

 

 

 

 *******

 

 

 で、時刻は戻って現在。ペリスコープの向こうには煙を上げるセンチュリオンの姿。対して車内では―――俺の両脚に片方ずつ絡みついてしがみついてお互いしっかりと抱きしめるようにして俺を挟んでサンドイッチしてる車長と通信手の子の姿。密着度合いに俺の精神がキリキリと悲鳴を上げているだけでなく物理的にも胃袋に大穴が空いている気さえするしなんなら喉元までせりあがってきた嘔吐感は吐血かもしれなくて怖くて吐けない件。

 

「―――成功しましたね!」

「よっしゃぁ!!もういっぺん行っと!」

 

両脚の左右からそんな声が響く中、喉元まで競りあがってる吐血のヤバさ加減に絞り出すような声で「ごめん。連発はキツいわ……ちょっと一旦体勢を立てなおそうか」と言ったはずだった。

 

 

「ごぇ……でんばつぁぃつ……っと、ぃった、たいぜぇ―――」

 

 青い顔で口元を抑えながらそんな風に呻く(外見は)ロリ娘の姿は大分目と頭に悪かったらしく、通信手も車長も泡を食ったように離れてくれた。呼吸を落ち着かせる意味で深く息を吸って吐いてを繰り返していると、ティーガーの方では履帯の修理を行うために外に飛び出していた面々が車内に大急ぎで戻っているところだった。

 

「こっちも後退!幸い相手は履帯が切れてる。射線外に一度出ればそこからは追ってこれない」

「了解!!」

 

 車長と操縦手の阿吽の呼吸とでも言おうか。俺の下半身にしがみついてた状態から離れて立ち上がった状態での言葉に秒で頷いてスルスルと後退する。支えの無い状態の俺や車長がバランスを崩さない速度で、凹凸のある道をスルリと抜ける操縦は流石と言う外無いなこれ。

 

 

 

 そうして距離を取って さぁどうしようか? と悩み始めるのが我々である(迫真)

 

 

 実際のところ、まぽりんたちの戦車は今履帯が切れており、転輪もダメージが入っている。すなわち“足周りが死んでいる”状態である。ゆえに、砲手と通信手は「この機を活かしましょう」と言って“回り込んで確実に仕留める”を提案している。実際のとこ、相手が攻撃できない場所から攻撃するのは当然の選択である。

 

 

「―――本当にそれで満足か?」

 

 

 異を唱えたのは俺である。その言葉に全員がしんと静まって俺の次の言葉を聞く態勢に入ったことで次の言葉を慎重に探すことになった。

 

 いや俺としては『このタイミングで島田も西住も撃破してしまう俺らヤバくなりすぎない?』って思っただけなんだが……両方に喧嘩売って両方から喧嘩買われて、その結果返り討ちにして【イッェェイ!ア~イム、ウィナァー!!】したとしてその後、この業界に身の置き場あるの?って……思うじゃん?(弱気)

 

 なので俺は、仮に勝利するとしても倒すなら正面から。でないと足回りがやられてなければ……みたいな言い訳の余地を与えると逆にめんどくさいことになると判断した。本来ならそれは言い訳としてまぽりんを擁護する言葉になりえるだろうが、相手は常在戦場、勝利するための西住流の西住まほである。そんな擁護の声はまぽりんを擁する連中のサポートにはなっても当人にとっては屈辱以外の何物でもないだろう。

 

 

 そんなこんなで悠々と真正面から履帯の音を響かせて堂々登場ヤークトティーガー!!したところ、目を見開いたびっくり顔を見せるまぽりんという超絶激レアなものを見ることができたのは良い思い出と言えるのではなかろうか?

 

 

 

 ******* Emi → Maho

 

 

 

 ―――背面から回り込まれたら、その時点でほぼ“詰み”だろう。

 

そう、思っていた。履帯トラブルを解決しようと外に出たメンバーを内部に全員収容したのはフリューゲル隊による次の攻撃が即座に飛んでこなかったため。エミが次弾装填するための何かが足りないという状況から一時撤退を選ぶと踏み、同時に【そのわずかな時間で履帯を修理していたら、周囲の音が聞こえずヤークトティーガーを見失う】からこそ、あえて修復を放棄して待ち受けることに徹することにした。正直防壁としてはそれほど期待できない古木に向けて僅かに後退して履帯の上ギリギリまで車体を動かして背面を護りつつ、視界を全面に使えるように上面から顔を出したまま、耳で目で索敵を密とした。

 

 

 

 そうして警戒をしている目の前から堂々と、彼女たちはやってきた。

 

 

 

 その姿が言っていた。

 

 

 

【真っ向勝負だ】と―――

 

 

 

「操縦手!一挙手一投足を見誤るな!!」

 

 飛ばした檄に『はい!』と返ってきたことを確認して、目の前に向き直った。砲身の方向から弾道予測。そして小刻みな移動により避弾径始でダメージを可能な限り受け流し、逆撃でヤークトティーガーを沈黙させる。達成困難なミッションに違いはないが、やることがシンプルになった分、他のメンバーの動揺も少ない。

 

 

――嗚呼。願わくば“こんな満身創痍の姿でなければよかったのに”

 

 

 エミと―――エミたちと対峙しているときに不意にそんな風に思ってしまう。後悔よりも残念な気分だ。こんな無様な姿でなければもっと正面から勝負ができたというのに……!!

 

 

 互いに有効射程距離。88mmと128mm、どちらもこれまでの戦闘のダメージから装甲に対して垂直に喰らえば一撃で装甲を穿ち白旗が上がるだろうと推察できる。避弾径始が有効かどうかによっては互いに一撃目で決着がつく状態―――身動きが碌に取れない現状が恨めしくもある。だがそんな事を言ったとて意味のないことだ。戦場で万全の状態で戦えることが稀有なことなのだから。

 

 互いに静かに砲口を向け合い

 

 

 

「「―――撃てッ!!!」」

 

 

砲華が咲いたのは同時。砲撃による衝撃を後退の引きがねにすることで衝撃をも推進力に変えてティーガーが滑るように動いた。次いで衝撃―――!弾き飛ばされたかのような衝撃が一瞬走り、脳が揺さぶられる。やや揺れる視界の端に同じように後ろに下げられたヤークトの姿が映った。同時に目線を下げて砲口の向きと車体の向きを確認。弾道修正―――!!

 

「10時方向!操縦修正できなければ砲旋回を許可する!」

 

ややしっかりとしてきた視界の向こうでは、ヤークトティーガーも車体を持ち直してこちらに狙いを定めるべく動き始めていた。

 

 改めて被弾個所を見る。被弾したのは車体前面、向かって右隅。車体を避けさせた結果車体前面の追加装甲と装甲板を幾許か抉り取り凹ませて砲弾は後方に滑り抜けたようだった。同時に右転輪にもダメージが入っている可能性は否めない。操縦は役に立たないだろう。つまり―――次弾で決まる。

 

 

 ドクンドクンと、己の心臓の鼓動が聞こえる。しんと周囲が静まり返るほどに目の前に集中しているのが理解できた。

 

 装填手の「装填完了」の合図を受けて、砲手のタイミングで撃てと返答し、ヤークトティーガーに向き合った。

 

 

 この時間が早く終わって欲しいと、肉体(からだ)と神経が悲鳴を上げている。

 この時間がまだ続いて欲しいと、精神(こころ)と記憶が嘆いている。

 

 

 互いの砲が互いの目標を向いたのはほぼ同時で―――

 

 

 

 

 

『リミッター外しちゃいますわよおおおおおおおおおおおお!!!!?』

 

 

 

 

 

 爆音を巻き上げながらチャーフィーを跳ね飛ばした闖入者が、こちらに向かって飛び込んできた。時速80㎞程度だろうか?

 

暴走車並みの速度で飛び込んでくるクルセイダー。

 

戦車の上部から上半身を出している自身。

 

目の前に広がる車体。

 

 

 

  ―――ガオンッッ!!!

 

 

 

 ―――――――横合いからの砲撃を受けて、目の前で直角に曲がるように吹き飛び転がるクルセイダー。

 

 

次いで、ティーガーⅠからの砲撃による衝撃と―――

 

 

 

 

  ―――直撃を止む無く、白旗を上げているヤークトティーガー。

 

 

 

『――大洗女子、ヤークトティーガー! ヨーグルト学園!チャーフィー、及び聖グロリアーナ女学院、クルセイダー!走行不能を確認!!これにより聖グロリアーナ女学院、ヨーグルト学園、ともに全車走行不能により脱落!!』

 

 

―――呆然と、そんな宣言を聞いていた。

 

 

 

 ******* → Others

 

 

 

 目の前に広がる光景に、即座に反応できたのは自分だけだった。

 

突然雑木林の向こうからなにもかもブッ飛ばす勢いで飛び込んでくるクルセイダー。暴走しているのは誰の目から見ても明らかだった。

 

 問題はその方向がティーガーⅠの上に乗り上げるかもしれない方向だったこと。

 

 西住隊長が車体上部に姿を見せていたということ。

 

 最悪の想像が脳裏に過る前に―――反射的に私は、引き金を引いていた。

 

 

 

 吹き飛んでいくクルセイダーを見て、無事な西住隊長を見て、安堵して―――

 

 

 

 ―――今その相手が“敵”であったことを思い出したときには

 

 

 

 衝撃で揺さぶられる。天翔さんが座席から投げ出され、通信手の子が必死に抱き留めそのまま床面に転がった。外の方で白旗が飛び出したシュポッと言う情けない音が聞こえる。

 

 

 ―――思い出したときには、全てはもう、終わっていた。

 

 

 

 

 

「―――ごめん。ごめんなさい―――わたし……わたしが……!!!」

 

 砲座でボロボロと悔し涙を流すなんて初めてだった。西住流の端くれとして、大洗のチームとして、ヤークトティーガーの砲手として、誰よりも何よりも自分たちの勝利のために貢献できている自負があった。砲撃無くして勝利はあり得ない。自分の立場こそが最も重要で、天翔さんの装填があってそれが成しえる。天翔さんの活躍を何より顕著に周囲に喧伝できる立場だからとあの日あの時からずっと、心に留めてきていたのに。最後の最後で勝利を逃してしまった。

 

 ヤークトの砲撃なら、ティーガーの正面を真っ直ぐ狙えばノックバックで隊長への被害もなく勝利できていたに違いない。でもわたしは今は倒すべき敵である隊長を優先した。

 この試合には天翔さんの未来がかかっている。それは試合の前に説明されて何度も自分の中で反芻してきたことなのに―――

 

 

「―――よくやった。やるじゃん」

 

 

 ぽんぽんと、あやすように頭を叩く手の感触に、涙でボロボロの顔を上げればそこに天翔さんが目線を合わせるように背伸びして立っていた。

 

 

「でもわたし……勝てなかった……勝っていたはずなのに」

「勝利より大事なことはないのか?あるだろ?」

 

 

 体調が悪いままなのだろう、青白い顔でフラフラとしているけれど、そんな顔でもにっこりと笑って見せて、天翔さんは言葉をつづけた。

 

 

「―――胸を張って、誇らしく語れよ。お前さんは西住まほを救ったんだから」

 

 

 ―――目の前が見えなくなるほどの涙に溺れながら、天翔さんに縋るように抱き着いて、わんわんと泣き叫んでいた。

 

 

 

 *****

 

 

 

「―――ティーガーⅠはどのみちもう走行もできない。白旗を上げろ。この試合から棄権する」

 

 普段より口数多くそう告げる西住まほに、車内のメンバーは静かに従った。

 

シュポッと音を立てて上がる白旗に、審判の声が響く。

 

 

『黒森峰女学園 ティーガーⅠ走行不能を確認!これにより黒森峰女学園、脱落!!』

 

 

 停止した車内からまばらに降車したティーガーⅠのメンバーが、足早にヤークトティーガーの前まで駆けていく。そしてそのまま横一列に並び

 

 

「「「「―――ありがとうございました!!」」」」

 

 

 その“ありがとう”には試合の終わりを意味する言葉以外に、きっといろいろな意味が詰まっていたのだろう。

 

 

 

 *****

 

 

 

「賭けは私の勝ちなわけだが―――どうする?」

 

 一連の状況を見終わった安斎千代美は、納得いかない表情のカチューシャと、色々と諦めたような表情の大学選抜メンバーに向き直った。

 

「……ノンナ!白旗よ!!賭けは彼女の勝ちだもの!

 

  ―――でもあのクルセイダーの車長はラーゲリ送りにして木を数える仕事させてやるんだから!!!」

 

憤懣止まずといった様子のカチューシャだが、粛々と白旗を上げる。その様子に大学選抜のメンバーも習うようにして白旗を上げた。

 

 

 

「―――よし。んじゃ私たちも棄権するか」

「え!?いいんスか!?ねーさん!?」

 

 隣で目元をわずかに光らせて試合を見ていたペパロニが目元を拭って声を上げた。

 

「ん-……なんていうかさ、これで漁夫の利は無粋ってもんだろ?」

「そういう事なら、ノーコンテストってことでいいんじゃないか?」

 

横からそんな声を上げたのは、カバさんチーム車長エルヴィンだった。

 

「アンチョビさんとペパロニさんが白旗を上げる。その後、残ったひなちゃんことカルパッチョとたかちゃんことカエサルを擁する我々が同時に白旗を上げる。これで引き分け、ノーゲームでどうだろう?」

「そうなると……あれ?その場合天翔の進退は天翔任せだから、問題ないのか?」

 

 勝利者無しという状況に首を捻っていた千代美が今回の優勝賞品に気づき、ぽんと手を打った。今回の優勝賞品は天翔エミを誘うことができる権利の優先権。勝者がなくなることはむしろ何の問題もないと言えた。エキシビションという『高校生が考えた大騒ぎの大会』というものの終わりとしても、わちゃわちゃの方が大人たちへの配慮としても申し分ない。

 

 

「よし!じゃ早速やってしまおう!」

「よっしゃー!任せるっスよねーさん!!」

 

「やれやれ……何のために参加したのかしらね、私たち」

「同感……先に脱落したアズミが頭抱えてるんじゃない?」

 

思い思いの言葉とともに白旗が上がり―――

 

 

 

 

『残存車輛、確認します――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――大洗女子、残存車輛、1!よって、大洗女子の勝利―――!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここどこぉ……??」

 

 

    ―――エキシビション勝者。M3中戦車リー:“ウサギさんチーム”

 




  >???

「―――さぁーん?今日帰り飲みに行くんだけどー、どぉ?」

 少し気だるそうな調子でそう聞かれて

「……や、いいです」

そう答える。短くて素っ気ない否定の言葉になんだか相手の方が面食らったような様子を見せ、そそくさと退散していった。そんな様子をどうでもいいかと視界の端に追いやって、自分の分の仕事を終えてからデスクを軽く片付けて退勤の手続きをして会社を出ていく。

「だから言ったろ?やめとけやめとけってさ。アイツ人付き合いとかそういうの終わってんだから」

そんな声が去り際に背中の方から聞こえた気がした。聞えよがしな大声だが、相手をするのも面倒臭いなと考えて足はそのまま帰路を選んでいた。




 電車に揺られての帰宅。『車持たないの?』は両親の言葉。


私の答えはいつも一緒。


 【―――変な癖が付いたら困るから】


両親は不思議そうな顔をしていた。問いただしていたけど最近はもう何も聞かない。私も答えるつもりはない。だって自分の勝手な独りよがりの誓いを口にして、“彼女”に迷惑が掛かるのは嫌だったから。


 ―――――~♪


 軽い調子の音が響いて、スマートフォンが鳴る。
会社に戻らないといけない緊急の要件か何かだろうか?と、うんざりしてスマホを取り出してロックを解除すると、そこには懐かしい名前。登録はしていたけれど、あれから全くのお見限りの名前。電話ではなく短いメールで、ただ一文。


件名:報告
内容:
“翼が呼んでいる。あの日を忘れていないなら、彼女のためにもう一度集え”



 詳しい事情などどうでもいい。私にとって“これ”は何よりも優先すべき事柄だから―――だから


「―――辞職……は、止められそうだし、溜まってる有給全部吐き出そう」

 余らせたままでも会社に迷惑だもんね。






                     これはいつかのさきのはなし



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【 まほルート 第三十五話 「アイドル・トーク(偶像的な意味で) 」 】


「天翔先輩!私たちが勝者ってことで交渉役になりました!!」
「お、おう……」

 元気よく手を上げてエミの前に立つのはウサギさんチームの一人であり車長の澤梓。その後ろには他のメンバーがそろって整列している。

「―――色々、考えました。先輩の体調とか、色々……!」
「……うん」

 神妙な面持ちの梓に、エミも緩めていた表情を少し強張らせる。静かに瞑目していた梓が顔を上げてエミの方を見た。

「やっぱり私、私たちみんな、先輩に居て欲しいって思ってるんです。

 ―――だから先輩!留年してもう一年大洗で戦車道やりましょう!!」
「「「「やりましょう!!」」」」


「――――できるわけないだろうが!揃いも揃って馬鹿どもがぁぁぁッッ!!!」


 ラ〇ワゴンのノリで深々と頭を下げながら手を差し出す澤梓とシンクロして一様に頭を下げるウサギさんチームに対して、秒で河島桃からの怒号が飛んだ。



―――なお、「もう一年みほエリの進展を一緒に見ていられるのならアリじゃね?」と澤梓の手を取ろうとしていたエミが我に返ったのは怒号が響いたタイミングだったりする。


    < そんな一幕 >



 

 

 ―――ヤークトティーガーとティーガーⅠ。虎と虎。

 

 かつてはともに肩を並べていた二人。決勝で思いをぶつけ合った二人。

お互いにダメージを負いながら、奇しくも同じ形で向かい合った二匹の虎。

 

 お互いにあまり余力はない。一撃、もしくはその次で―――

 

 

「先輩。準備、出来ました」

「―――あ、そう?了解」

 

 携帯と一緒に日記帳をパタンと閉じて一緒に備え付けの個人机の引き出しに放り込んで、少し背の高い椅子からぴょんと飛び降りた天翔エミは、エプロン姿の逸見エリカの少し慌てた様子に「大丈夫大丈夫」と笑顔で返して見せる。

 パタパタとスリッパの音を響かせて先導するエリカに続くようにてくてくと後ろを歩くエミの元気そうな姿をチラリと確認してエリカは内心で息を吐いていた。

 

 白旗を上げたヤークトティーガーから担ぎ上げられるようにして出て来た時、エミは青白い顔で今にも倒れそうなくらい具合が悪かったように見えた。それを見てこれまで見たことのない取り乱した様子でエミの下へ駆け寄りその身体を抱き上げるまほの姿に、その深刻さにエリカの隣で映像を見ていたみほも顔面蒼白で肩を貸さなければ立っていられないほどだった。

 

 

 ―――実際は、ヤークトティーガーの高速機動からの揺装填の無茶により三半規管が揺さぶられたうえ、座席に無理に身体を抑え込んでいた反動で内臓・及び筋肉が【タッパーの中の豆腐】状態になる衝撃に慣れていなかったことが原因だと聞いて全員心から安堵したのだが―――

 

 

 そんなこんなで医務室→病院と輸送されたエミのお見舞いに向かった際、

「何か欲しいものとかないですか?」と尋ねたエリカにエミが返した答え

 

 

「――じゃあ、久しぶりにみんなで食べたいなぁ。エリカの作ったハンバーグ」

 

 

 そんな風に言われたのだから、逸見エリカとしては腕を振るわないわけには行かない。俄然張り切って、万難を排して万全を期して、黒森峰の学園艦から備蓄している肉類を取り寄せ、プラウダの学園艦、聖グロリアーナの学園艦と交渉してより質の良い野菜や香辛料の類を揃え、大洗の地元で手に入る新鮮な野菜も厳選して過去最高の味を完成させようとしたのも無理はない話であろう。

 

 

 

 エミが大洗女子学園の食堂にたどり着くと、そこには大勢の人たちが居た。

 

 各席に各学園艦の隊長。ダージリン、カチューシャ、ケイ、マリー、ミカ、西絹代。その隣に副官と小隊長数名。アッサム、オレンジペコ、ローズヒップ。ノンナ、クラーラ、アリーナ、ニーナ。アリサ、ナオミ。押田ルカ、安藤レナ。玉田、細見、福田。エキシビションで出場した原作名前あり(ネームド)の面々勢ぞろいに加えて―――

 

「みほ、これはどちらに配膳する?」

「あ、こっちにお願い―――お姉ちゃん」

 

 

 ―――どっから持ってきたのかディアンドル姿で配膳作業をしてる西住姉妹の姿。*1

 

 

学食の奥、本来おばちゃんたちが調理してるスペースで、四個口のコンロの上に巨大な鉄板を敷いて大量のハンバーグを焼いているのは逸見エリカと生徒会長の角谷杏。

 

「はーいこっちあがったよー!……おっ、主役もそろったねぇ。善哉善哉、そんじゃ、はじめよっかぁ」

 

 

 最後のハンバーグをしっかりと焼きあげて皿に移してカウンターテーブルに置き、配膳係が運ぶのを尻目に慣れた手つきで火を止めた直後のまだ熱い鉄板の上にピッチャーの水をぶちまけて冷やしながら油汚れを浮かせ、そのままの勢いでキッチンペーパーで水ごと油汚れを拭き取りついでにすぐ隣の流し台まで誘導して流し込んでハイお終いとばかりに額のタオルを取って調理場を降りて悠々と歩いていく杏に、傍に控えた河島桃が自然な動作で上着を差し出すとそれを受け取り優雅にも見える動作でスルリと着込んで着席する。

 

 

 座ったエミを中央に、周囲に、西住みほ、西住まほ、逸見エリカの3人が右側に。

 

 島田愛里寿、“名無し”ミカ、角谷杏が左側で座って全員の席にハンバーグと、ノンアルコールビールが並ぶ。サラダやサイドメニューなどはビュッフェ方式で採れるように用意されている。

 

 

「んじゃ、天翔ちゃん。音頭取ってー」

「……なんで?」

 

 

 唐突に“フリ”を受けて微妙にひきつった表情を見せたエミだったが、ゆっくり立ち上がってジョッキを手に取って

 

    ――――高く天を突くように掲げた。

 

 

 

 

「―――“乾杯(プロージット)”ッッ!!」

「「「「「“乾杯(プロージット)”!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 *********

 

 

>> Side Emi

 

 

 

 ――月――日

 

 

 撃破報告を受けて、泣きじゃくる砲手に「まぽりん助けたんやろ?やるやんけ」って声かけたら抱き着かれてわんわん大声でなき叫ばれた件。やめてください死んでしまいます(俺が)

 

 とりあえず自然に泣き止むまで精神と胃袋が保たないと感じた俺は必死に背中ぽんぽんしたり頭撫でたりして泣きじゃくる砲手をあやし続け―――

 

 ―――砲手が泣き止んだことを確認した直後「もうゴールしてもいいよね?」って心の声に素直に応じて必死につなぎとめていた意識を手放していた。

 

 

 

 ――月――日

 

 

 ぼくはいまびょういんにいます

 

 

 

 ――月――日

 

 

 お見舞いにやってきたエリカとみぽりんの間の距離感に尊死しそうになるのを必死に抑えていると具合が悪いのかと勘違いしたエリカに

 

「久しぶりにエリカのハンバーグ食べたいなぁ。(みぽりんとまぽりんと黒森峰の)みんなで」

 

 と答えたところ快くOKしてもらえたので布団の中でグッとガッツポーズ取っていたりする。

 

 

 

 ――月――日

 

 

 なんで?

 

 

 

 ――月――日

 

 

 「(エリカやみぽりんやまぽりんと)みんなで一緒にハンバーグ食べたいなぁ」

 

 が、『今回参加した学園艦のリーダー集めてお疲れ様会しようぜ』となっていた。なんでやねん(素)

 

 当然少人数ではなく大人数になってしまった以上大洗学園艦の食堂借りての大宴会になったわけで、本来予想していたものとは異なる形になってたそれを、エリカひとりで人数分のハンバーグ用意するの大変だからと会長が名乗りを上げて調理補助に入り、カチューシャの命令でノンナも補助に入りーの、チョビの代わりにペパロニが名乗りを上げ―の、それに触発されて立ち上がりかけたダージリンを押しとどめるアッサムがいたりーの、ハンバーグのレシピと調理風景をうんうんと頷きながらメモに取ってる三羽烏がいたりーのとツッコミが追い付かねぇ状態になっていた。

 

 あ、ハンバーグは大変美味しゅうございました。(鉄人感)

 

 あとモグ住殿になってたみぽりんの口元のソースをエリカがやれやれ顔で拭ってあげているというとても素晴らしい光景を見ることができた奇蹟に感謝したい。

 

 

 

 ――月――日

 

 

 みぽりんとエリカに「今後のこと」について相談を受けて、みぽりんの部屋にみんなでお泊り会のノリで集まった。ちょっとお高いとこのケーキとか持ってったら「すごい!お友達と誕生会するみたい!」って感激された件。やみ闇深*2

 

 まぁ俺の回答としては「高校戦車道は引退だなぁ」としか言えんのだが。

 

まぽりんも俺に無茶を強要できる状況ではないと理解してるからこそ食事会の時にいつも言ってた「ドイツについてきてくれ」とは言わなかったし、言える空気でもなかった。渡独に関しては「もう黒森峰は大丈夫だろう」と言ってたので、まぽりんがドイツに行くのは確定として、ズタボロ雑巾の俺を連れていく選択肢はもう残ってなかったってことだろう。ってことで俺の仕事はこれで終わり!閉廷!解散!!あとはみほエリとまほチョビを眺めるだけのお仕事ですご愛読ありがとうございましたエミカス先生の次回作にご期待ください!!

 ということでエリカとみぽりんは翌日から大洗の街並みを巡るってことで天翔エミはクールに去るぜ―――しようとしたが回り込まれてしまった件。なんで?

 

 

 そして結果としてみんなで雑魚寝という状況である。 だからなんで?(困惑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――エミちゃん、もう眠い?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――月――日

 

 

 なんだこれは

 

 

 ふざけるな。

 

 

 ありえない

 

 

 ありえないありえないありえない!!

 

 

 

俺のチャート選択は完璧だったはずだ!確かに多少のミスはあったしオリチャーに入りかけたこともあった!だが最終的になんかいい感じにまとまって、心配だったまぽりんの執着も断ち切れてみぽりんとエリカは仲直りしてめでたしめでたし、

ふたりここで永遠を誓うよエタァァァァァナァァァァル!!の流れじゃないのか!?どういうことだ説明しろ苗木ィィィィィィ!!!!!

 

 

 いやまてKOOLになれ!KOOLになれ天翔エミ!混乱している場合ではない!状況は刻一刻と拙い方向に進んでいる。俺がここで手をこまねいていたら最低最悪のバッドエンド直行便だ!

 

 

 何とかしなければ……何とか……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――――あっ

 

 

 

その時、俺に電流走る――――――!!!

 

 

*1
カス「そうか、ここが天国(パライソ)であったか……」

*2
やはりみぽりんの闇は深い の略





あの日みぽりんの家で何があったか は


本家作者様の「俺はみほエリが見たかっただけなのに」の


『ガールズ&パンツァー エクストリームバーサス フルブラスト』を参照ください(ぇ)


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【 まほルート 第三十六話 「未来はオンナ(みほエリ)のためにある!(強弁) 」 】


―――それはまだ、俺が無茶した結果入院していたころのこと。


「さぁ天翔エミ!!私と貴女の運命の日を決めておきましょうか!
 ―――それで?いつになさいます?大安吉日?それとも仏滅かしら?」

「待て待て待て待て近い近い近い近い」

 お見舞いと称して鉢植えをチラ見せした上でさっさとローズヒップ(わんこ)に下げさせておいてススッとスケジュール手帳を取り出し満面の笑みでグイグイと詰め寄りしてくるブリカスを手で制しつつ声を上げる俺。ちょっと他と違うところがあるとすれば転生してTSしたガルパンおじさんってことカナー?名前は天翔エミ

「その話なんだが……」
「……よもやと思いますが私との約束を反故にするとでも?……貴女、高校戦車道を引退するつもりでしょう?―――いえ、例え貴女にそのつもりがなかったとしても世間が、状況が、他の人々がそれを“許さない”」

訥々と、淡々と事実を告げていくダージリン。それを黙って聞いている俺。
ただ静かな病室で、ダージリンの言葉だけが響く。

「使わないままなら身体は衰えていく一方。……貴方がベストのコンディション、ベストの能力の時に雌雄を決することが私の願い。そこは決して誰にも譲れませんのよ?そのために聖グロリアーナとしての勝利を捨てて、西住まほと交渉したのですから」

 一歩下がった上でベッドに寝っ転がる俺を見下ろしてそう言い放つダージリン。
微妙に目のハイライトが薄れてる感がすごい(語彙減少)。流石ブリカス、約束事を自分から合理的に反故にすることはあっても相手がそうすることは許さないクソ仕様が如実に見て取れる。

 ふぅと一息ついて、俺は


「―――わかったよ。考えとく」


根負けしたようにそう答えた。



>> Emi → Maho

 

 ―――空港で、たくさんの人が見送りを行ってくれた。特に黒森峰だけでなく大洗学園艦が熊本に寄港して見送りに来てくれたことに驚いた。

 

 それでも、そこにやはりエミの姿はなかった。退院した後に大洗学園艦を降りた、と聞いている。その後の身の振り方やあれこれに忙殺されているのだろう。

 

 

 それでも見送りに来てもらいたかった。と望んでしまうのは浅ましい願いだろうか?

 

 

 ―――止めよう。エミにはエミの生き方が在って、私とともにあるためにそれを捻じ曲げてくれていた。だが、それももうできない。ただそれだけの話なのだ。

 

 

 

 見送りに来た黒森峰の生徒、大洗の生徒たちに背を向けて飛行機の前に立つ。搭乗口から乗り込む前に、隣を見てしまう。

 

 

 

―――そこに、誰もいないことを確認して     理解して

 

 

 

  シートに背を預けて―――つぅ、と、涙が零れた。

 

 

 

 

 

 ―――そうしてたどり着いた独逸の地で

 

 

 

「―――日本(ヤーパン)にはニンジャーが居るってGróßvaterが言ってたがありゃマジだったんだなぁ」

「いやいやいやいや、それは流石に過大評価だぜ。私はどこにでもいるモブだよ」

「嘘吐くな。お前みたいなのが日本人(ヤーパニッシュ)の一般人だったら今頃アジア圏は日本が覇権取ってるだろうぜ」

 

 

―――いるはずのない存在を、そこで見た。

 

 

 

「―――エ、ミ……?」

 

 震える声でそう呟き、よろよろと覚束ない足取りで近づいていく。

幻を見ているのだろう。私はきっと幻覚を見ているのだ。

 

 

 あと5m 周囲の声が気にならない。私の様子は幽鬼の様だったのか、この時周囲は私の様子を恐れていた らしい。

 

 

 

 あと3m 足音と気配に気づいたのか、傍らの独逸人の様子から察したのか、彼女がこちらに気づいた。

 

 

「あ、まほ。久しぶ―――」

 

 

 残り2m強。一歩で詰め寄っていた。無言で至近距離に詰め寄られたことで面食らったのか、それとも私の様子に驚いたのか、一歩下がろうとするエミを

 

 

 

 ―――跪くように態勢を落としてぎゅっと、抱きしめていた。

 

 

 

「エミ……!!」

 

 

 夢では、無かった。腕の中に伝わっている温かさがそれを理解させてくれた。

堪えきれない思いのまま強く強く抱きしめて、涙を流していた。

抱きしめる手を強く噛みしめるほどに涙が止め処なく溢れ出る。ぽんぽんと、あやすように何度も背中の辺りを優しく叩かれている。嗚呼……エミだ。間違いなく、夢などではなく――――目の前に一番会いたかった人が居た。

 

 

 

 

 

 

「――――ぃ、おい!!聞いてんのかお前!!タップだタップ!!手ぇどけて離れろ!!!」

 

 

 

 耳元に怒鳴りつけるような声とともに引きはがされ、青い顔で息も絶え絶えなエミの姿に、理性を失っていた自分を恥じ入ることになったのは、余談である。

 

 

 

 ******* >>Maho → Emi

 

 

 

「―――な、なぁ……天翔?こんなところまで私を連れてきて、どういうつもりなんだ?」

「ま、ま、悪いことにはなりませんから。ね?」

 

 

 ―――あの夜の事件から一夜明けた翌朝

 

 

 俺は何も聞かなかったことにしてみぽりんとエリカを見送り

 

 

 

   ―――しめやかに洗面所で吐血していた。

 

 

 

 

 その後まぁ、色々あって*1今―――俺は会長に相談したうえで桃ちゃんをお借りして陸路を使って、

 

 

 

  こうして、“熊本県某所に存在する西住家”へとやってきていたりする。

 

 

 なお、海路を使って沖合を大回りで進んでいるまぽりんたち黒森峰より早く到着したのはこの後の俺の目的のためであり―――しぽりんへ無茶ぶりするための布石だったりする。

 

 

 

「―――数日ぶりですね」

「……先日は試合中の出来事とはいえ、失礼を致しました」

 

 居間に通されお茶とお茶請けを用意され、しぽりんの前でまず初手土下座から入る俺。ちなみに桃ちゃんはキャパオーバーにより正座したまま白目剥いて失神しているが、このままの方が話がしやすいので結論まで放置しておくことにした(無慈悲)

 

「……それで?」

「本日単身参りましたのは――――」

 

 

 俺の言葉を静かに聞いていたしぽりんの表情がだんだんと険しくなっていき、同時にチリチリと背筋を襲う寒気と重圧が増していく感覚を感じながら、頭を下げたまま言葉を続けていく。途中桃ちゃんが重圧に覚醒して、その後無事再度失神したりしたが、まぁ多分コラテラルダメージということで済むと思う(希望的観測)

 

 

「――それを、私が承服すると?」

「……成りませんか?」

 

顔を上げてしぽりんを見る。見下ろしている瞳が微妙に揺れてるのは俺の提案に思案している表れなのかもしれない。同時になんか哀れみみたいなものを感じるのは多分気のせいだろう。

 

 

 ―――そのまま静かに時間が過ぎて……庭の鹿威しが“かこーん”と音を立て

 

 

「―――はひゅ

 

 復活した桃ちゃんが再び座ったままカクンと首をひん曲げて失神した。

 

 

「……はぁ……」

 

 そしてしぽりんが先に折れた。

 

「貴女の体調を慮ればその提案は承服しかねます」

 

絞り出すように言った言葉に嘘はないのだろう。こっちを純粋に心配している瞳をしていた。本当は怒鳴りつけたいんだろう、叫び出したいんだろう。わかるよ(水柱感)

 

 でもねこれは俺も譲れないのよ。ごめんねしぽりん申し訳ないねしぽりん胃痛の種になってる自覚はあるんよほんまにごめんねしぽりん俺落ち着いたら改めてピロシキするからね(使命感)

 

 

「一つだけ聞かせて頂戴。何が貴女をそこまで駆り立てるの?」

 

 

 しぽりんの目は真っ直ぐに俺を見つめていた。チャラけた回答なんぞでは許さないという凄みを感じる。ここにきて本音トークと申したか。ならば抜かねば不作法というもの……とはいえマジで本音として「みぽりんとエリカのフラグをへし折りつつ原作(最終章)のためのフラグを申し分程度立てて後始末したいんです」とも言えないので多少足りない頭をフル稼働させて言い訳を捻りだしていく。

 

 

 

「――――――――――」

 

 

 

 そうして、その答えはまぁ、しぽりんのお気に召した回答だったようだ。とだけ記しておく。

 

 

 

「それはそれとしてそこの気絶している娘は?」

「あ、そうでした」

 

 そう言って肩トントンして桃ちゃんを起こし、再びオーバーフローする前に一歩引いて座り直して桃ちゃんを前に出す形に移行した。

 

 

「―――将来の西住家家令候補ってことで推挙しにきました」

「天翔!?」

 

 

 ごめんねぇ桃ちゃん。君は良い友人だったが、君のお父上がいけないのだよ(実家の商売的な意味で)

 

 

「……考え方の違いですよぉ。いざという時に推薦だけで就職できるアテがあるならそれに越したことないでしょ?私が言うのもなんだけど、桃ちゃんの装填はなかなかのモンですよ」

「3秒で装填するお前に言われてもなぁ……」

 

 実際のところ桃ちゃんの推挙はついででしかない。最終章における桃ちゃんのモチベを減らすための俺のこすっからい仕込みに過ぎないのだ。

 

 最終章で桃ちゃんが大将で参加して戦う事になったのは何故か?

 

それは当然―――“進学と就活のため”である。浪人生活を回避するための戦車道推薦を得るための箔付けとして参加したのがガルパン最終章のモチベーションである。

 

 では、“桃ちゃんにそのモチベがなくなった場合、どうなるか?”

 

 

 

 そりゃあ当然……『西住みほが主人公として隊長で参加する』に決まってるよなぁ!?

 

 

 

 そうなったら当然―――【決勝で黒森峰VS大洗】

 

 

 

 

 つまり【みほエリ隊長一騎打ち対決】というわけだよなぁ!!!?

 

 

 

 

そのために桃ちゃんを俺の持てるコネクションで一番使えそうな枠として【西住家の紐付き】ポジを与えることで進学就職ともに有利を取れるように推挙という形を用意して見たのだ。

……ちなみに距離的な関係で島田の方が近かったのではあるが……ぶっちゃけ愛里寿とまぽりん相手の大立ち回りと好感度調整した手前、関係性が薄い島田の家に顔出しに行くとか無理ゲーだと思ったのでスルーして西住を選んだというのもある。(逃げ腰)

 

 

 最終章で桃ちゃん隊長での参加も別にいいんだ。それは作品として素晴らしいと思う。

 

 でもね、状況がそれを許さないの。俺に対する好感度がみほエリのそれを上回ってる以上、どっかでテコ入れしてみほエリ好感度爆上げMAX!狙わんといかんのよ(切実)

 

 戦車道大会決勝で、本来みぽりんとまぽりんがぶつかり合うはずだった原作を捻じ曲げ、まぽりんの相手を引き受けてみぽりんとエリカの対決をセッティングした結果、二人は和解してわかり合い今のポジションに落ち着いた。

 

 

 つまりもっかい同じ状況で分かり合えば倍率ドン!さらに倍!

 

 

 しかしその場を「俺が作り上げた」場合、その効果は半減してしまう。なので俺はその場に存在してはならず、あくまで状況に合わせた形で、自然にそうなってしまうのが望ましい。

 

 

 

 そのための、桃ちゃんです(碇ゲンドウ感)

 

 

 

 桃ちゃんのモチベのために参加したのが最終章の展開なら、桃ちゃんのモチベを減らしつつ、また【西住流の紐付き】としては大会に不参加などあってはならないから参加は必須要項。また【西住流家元の娘】であるみぽりんを立てないで隊長に座るなどありえない、あってはならないのでみぽりんが隊長に座ることになる。(忖度)

 

 我ながら完璧なお膳立てである。まるで(詰め)将棋だな。

 

 

 俺の熱烈な推しアピの甲斐も(きっと)あり、グラグラしつつも再度の失神は耐えきった桃ちゃんに対するしぽりんの反応は上々であり―――

 

 ―――帰りに飾り紐をあしらった短布を貰っていた。畳んだ布の内側には西住家の紋が入っているもので、衣服の腰や肩口、胸前あたりにさりげなく付けて置けるシロモノである。これは勝ち確ですわ(迫真)

 

 

 そんでもって帰る道中緊張の糸がブッチブチのブッチギリな桃ちゃんが完全に落ちてしまったので、放心状態のJKを担いで帰宅する幼女という世にも珍しい構図で街中を練り歩く羽目になったりした。

 

 

******

 

 

 

「―――と、言うわけで今私はここにいるってわけなんだ」

「……訳が分からない」

 

 

 まぽりんに唐突に抱きしめられて距離感に「これアカンやつやないかい?」と必死にタップを繰り返していたが、逆によりグイグイ身体を押し付けるようなハグが続行され危うく意識が飛びかけた俺だった。しかし、どうにかこうにか色々押しとどめてこれまでの敬意を説明した。結果なんかまぽりんが微妙に宇宙猫状態になったわけだが。

 

「西住家にお願いして、あとダージリンに頭下げて戦車道連盟のお偉いさんに面会して、どうにかこうにか【独逸戦車道連盟】にねじ込んでもらった。日本ではもう活動できないからさ……こうする以外に戦車道続けられないからな」

「無茶をする……!!*2

 

 まぽりんの目が座っているが、俺の翻訳能力から察するにこれは心配の表れである。なので退くことなく笑って見せた。

 

 現状、俺の状況は背水の陣だが、まぽりんという砦を攻略すれば後はオートでゴールまでまっしぐらという状態。是が非でもまぽりんを説得しきらなければならない。そして、そのための切り札はもう手元にあった。

 

 

「なぁ、まほ。虎は何故強いと思う?」

「―――何を…?」

 

俺の言葉に戸惑ったまぽりんを他所に、俺はもったいぶったようにじっくりと間を開ける。

 

「虎はな、元々強いから強いんだよ」

「だから―――*3

「だからな?翼なんかなくたって虎は強いんだよ」

「―――――」

 

 まぽりんが息を飲んだことを確認して、最後に一歩詰め寄るようにして、間近からその目を見上げた。

 

「―――でもな?翼は背中に生えてるもので、単体じゃ生きていけないんだよ。虎は独りでもなんとかなるかもしれないけど、翼は虎が居ないとなにもできないんだよ」

「―――――ッ!!」

 

 完璧なクリティカルヒットだったようで、まぽりんが下を向いて何も言えなくなっていた。どうやらこの言葉が最も“刺さる”言葉だったようだ。ここまで徹底して『西住家の力がないと戦車道界で生きていけないんです』アピールをしておけば、強者の使命として弱者を護るまぽりんは見捨てていられない。

 

単身独逸の土地によるノスタルジックに負けて寂しさに感情爆発して抱き着いてきたときは「俺もう駄目かもしれない」と辞世の句を内心で詠む手前だったが、まぽりんの目がKAKUGOをキメた様子になったのを確認できたし、どうにかなったように思える。

 

 

まぁ、問題はこれから先の独逸での戦車道生活なんだがな……。

 

 

*1
その時、俺に電流走る―――ッ!とかやってた辺り

*2
西住だけでなく戦車道連盟まで……君も「無茶をする」……!どれだけ危ない橋を渡ったのかわかっているのか?何が君をそうさせたんだ

*3
「だから」何だと言うんだ!?質問に答えてくれ!





******


―――時間は渡独の前に遡る。


渡独のために日本戦車道連盟の偉い人に口利きしてもらうためにしぽりんに話を通したわけだが、一応ブリカスに話通しておかないとと思い直し、ダージリンに通話してみた。その結果、なんかダージリンも付き添って話を聞いていくとか言って一方的についてきたわけである。


「貴女がそんな非常識なお馬鹿だとは―――いえ、お馬鹿でしたね!」

とかなんとか人をクソ小馬鹿にしながらもなんかニッコニコなダージリン。なんやお前?馬鹿にしてんのか?

「仕方ないだろ。日本で活動できない以上、世界で活動しないと戦車道を続けられないんだから」
「言っていることはわかります。が、行動原理が理解できないと言っているんです」

 ああだこうだぎゃーのぎゃーのと言い合いながらも、その後の戦車道連盟会長との会談についてはかなりスムーズに事が運んだ。


「……ってなわけで、独逸で戦車道続けるから“あの約束”についてはもう少し先の話になるな」
「……待ちなさい。貴女私との勝負を有耶無耶にするために今回の話を考えたのではないでしょうね?」

厳しく鋭い目つきになったダージリンを鼻で笑って見せる。

「何言ってんだお前。【独逸戦車道でもっと強くなってやる】って言ってんだよ」

日本は戦車道後進国だからドイツで学ぶものが多い。だから西住まほは世界大会強化選手枠でドイツに渡ったのだ。だったらこの答えで問題ないだろ。


 その結果未来に何が起きたかを知っていたなら、俺はこの時こんな答え方をした俺をぶん殴ってでも止めていただろう。




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【 まほルート三十七話 「キズナ→スパイラル(捩れまくってるという意味で)」 】

明けましておめでとうございます

初投稿です(今年は)


 

 ――月――日

 

 大洗学園艦を降りて、独逸へ向かう。

桃ちゃんに「誰にも言わないで下さいね」って約束したはずなんだが秒で会長にバレていた件。ほんまにもう桃ちゃんは駄目だなぁ(いいぞもっとくれ)

 

「天翔ちゃんにはお世話になったからきちんと見送らせてよ」

 

って言われたら何も言えねぇじゃん。

一応みぽりんやエリカには内密にとお願いしたし多分大丈夫だろう。

 

 

 ――月――日

 

 陸で荷造り。何故かフリューゲル隊のみんなで(謎)

なんか車長と通信手の二人は黒森峰に戻るために下野。操縦手と砲手は一時下船手続き申請したらしい。

「天翔さんが居なかったらヤークトの装填手がいませんし」と言われても……普通に二人装填手探したらよくね?(正論)

 夜までかけて荷造りを終えたし、これが今生の別れかもしれんしで皆でノンアルでめちゃくちゃ乾杯(プロージット)した。

 

 もう車長のエンドレス愚痴説教もないと考えると寂し―――いや、やっぱつれぇわ……。

 

 

 ――月――日

 

 独逸に到着。住むとことバイト先を探し回り生活基盤を整える。

まぽりんが留学する予定の学校の戦車道科に編入されたのでとりあえずみんなの前で挨拶。

 

「ここはガキの来るとこじゃねーぞ日本人(ヤパ-ネリン)

 

とかガタイの良い独逸女子にめっちゃ笑われた件。

そらそうよね。俺みたいなロリペド体型のちっさい小娘が「戦車道、やります!」とかそらガタイとタッパのある外国人にとっちゃ笑いものだよな。HAHAHA!

 

 

 

「こんなのが相棒とか日本(ヤーパン)のニシズミってのも―――」

 

 

 

 

 あ゛?(重低音)

 

 

 

 ――月――日

 

 やりすぎてしまったかもしれん(だが私は謝らない)

 

 

 ――月――日

 

 なんか独逸の戦車乙女たちから【琥珀(トリエグル)】って呼ばれてる件。

 

 

なんでや??

 

 

 ――月――日

 

 独逸戦車道のあれやこれやはそれなりに学んだ。まぽりんが来てもスタートダッシュで出遅れることなく俺が引っ張ってけるだろう。

大饗宴の結果一か月半くらい編入が遅れてるからなぁ……少しでも取り返せるようにせんとね(使命感)

 あと最初に喧嘩売ってきた独逸淑女とチームメイトになった。

「日本ではヤークトに乗ってた」と言ったらヤークトティーガーのメンバーに引き合わされたんだが、それがこないだのだったというアレだった。

 

 戦車道選手としてはかなり良い部類らしい。レギュラーメンバーの一人なんだとか。

 

 

 ――月――日

 

 (戦車で)タイマン張ったらダチっしょ(脳筋理論)

 

一応ボッコボコにしたのもあってこっちの力量を認めてくれたっぽい独逸女子。

名前聞いたら「マチルダ」だっておwwwwww

いや人の名前を悪く言うつもりは一つもない。ないけどよりにもよってそれかい!!が正直な話。世界に渡っても俺はブリカスっぽいミームから逃れられんのかもしれない。とか言ってみる

 

 それはそれとして親睦を深めるためにドイツでも『乾杯(プロージット)!!』した。

 

飲みニケーションは世界共通、総てを救う。はっきりわかんだね。

 

 

 ――月――日

 

 遅れること約半月、まぽりんがドイツにやって来た。

 

 

 ――月――日

 

 危うくあの世が見えたかと思ったぜ!

やはりまぽりんも人の子よ。心細さから同郷の人間に出会って感極まった結果

全力ハグを実行してしまったらしい。この展開は見抜けなかった……このエミハクの目をもってしても……!!

 

 

 ――月――日

 

 しってた(笑)

 

 

 

 ********

 

 

「西住流を修めております、西住まほと言います。個人的な都合により留学が間に合わず編入となりました」*1

 

ピシリと背筋を伸ばして自己紹介する西住まほの姿に、目じりの辺りを指で梳いて生温い表情で眺めている天翔エミ。

 ともあれ、その表情は次の瞬間凍り付くのだが

 

「――多少言葉が足りぬのは許してほしい。その上で、時間が惜しいのでドイツの戦車道がどの程度か知りたいので、模擬戦の相手をお願いしたい」

 

そう宣言したことでざわつく周囲を睥睨するように眺め見て、西住まほはさらに続けた。

 

「――乗員は問題ない。黒森峰でともにティーガーに乗っていた面々を連れてきているし、ティーガーⅠも黒森峰から持ってきている。留学中に共に轡を並べて争う者たちは、戦っていれば見繕えると思われるだろうと信じている」

 

ざわつきが敵意を含んだ視線に変わったが平然と無表情で淡々と言葉を続けていたまほの様子に天翔エミと同じ車輛に乗り込むメンバーが一斉にエミを見たが、エミは顔に手を当てて「あちゃー」とでも言ってそうな様子のまま、「はぁ~~~~~」と長い長い溜息を吐くと。

 

「―――悪いみんな、一緒に地獄見てくれ」

 

何もかも吹っ切ったような笑顔をメンバーに見せて、そんな風に声をかけると

 

 

―――西住まほの隣に立った。

 

 

「―――えー……まほが言葉足らずで申し訳ない。でもまぁ間を取ってってなると滅茶苦茶めんどくさいので

 

  ―――試合しようぜ!!」

 

 

 ********

 

 

 ――月――日

 

 なんとかなった(こなみかん)

 

流石に2輛VS残り全部とか無理ゲー過ぎた。

半分くらいはどうにかなったけどその時点でもうボッコボコのボコでろくに動けなくなっていて、飽和砲撃を喰らってジエンドであった。

 そんで負けたはずのまぽりんと言えばクッソキラッキラの瞳で勝者として負け犬のツラを拝みに来た性根の悪い方の連中ににこやかに話しかけては「素晴らしいな」を連発しつつ爽やかさ5割増しのイイ笑顔で話しかけてるため相手めっちゃ戸惑ってた。ウケるwww。そのままの勢いで「もう一戦!いいだろ?なっ?」と繰り返してるんで焦り散らかした独逸少女たちがあの割かし良いガタイで及び腰になってるの地味にじわる件。

 

 この後滅茶苦茶【乾杯(プロージット)】した――――!!

 

 

 ――月――日

 

 渡独から早3か月程。暦は12月末。日本ではそろそろ大晦日でみぽりんたちが生徒会代替わりの打診を受けてるころだろう。ドイツでは冬に行われるEUリーグのための準備期間。所謂「国内予選」というものが行われ、まぽりんも俺も普通にレギュラーとして選抜されてたりする。

「テンチョー!!飯行こうぜー!」ってナ〇ジマみたいにやってきて飯を一緒するダチ公もできた。なお俺とまぽりんはセットが当たり前状態と認識されているようなので必然、三人での飯になる。

 その辺チョビとメールしてる時に話題に出したら「へぇ~~~」とクソデカ感情を感じさせる文面が返ってきた。あぁ~~~まほチョビを感じさせますねえ~~!

 

 

 ――月――日

 

 同じ学園のメンバーとも打ち解け、よっしゃEUリーグいっちょ優勝してやっかぁ!と気合を入れ直して――――

 

  ―――は???????

 

 ……馬鹿な……!!ありえない……ありぃぇえなあぁぁぁぁぁい!!!(闇のゲーム感)

 

 

 *******

 

 

 ――EUリーグ予選。

 

 欧州を股にかけた割と大々的な大会―――なのだが、欧州での戦車道ってのは国によってまちまちで、貴族のいざこざを解決するためのレース的なものに落されたり、サロンでの話題作りに自分の手持ち戦車を「すごいぞー!かっこいいぞー!」するためのものだったりする。そんな中でドイツはどちらかというとガチな方なので、EUリーグってのは大体ドイツとかノルウェー辺りが勝利するようにできてるらしい。

 

 ―――らしいの、だが……

 

 

「――ごきげんよう。未来の英国代表として御持て成し致しますわ」

「……なんで?」

 

 目の前でカーテシーをキメて恭しく一礼してるブリカスを前に思わずそんなことを口にしていた。

 

 ナン・デ・ダージリン?なんで?なんでなんで??

 

「英国留学を早めましたの。大学戦車道の前に、留学制度を使って英国の高校戦車道を体験して知見を深めるために、ね」

「無限軌道杯は!?日本で復活したよなぁ?!」

 

 そうだよお前何英国に渡ってんだよブリカスが!!お前聖グロの不動のセンターポジだろうが!

 そんな気持ちを込めた絶叫染みた声に目の前のブリカスは―――

 

「貴女のいない大会に、意味があると思って?」

 

そんな風にさっくりと突き返してきた。

 

「あるだろ……っ!!こう、なんかこう……そう!聖グロリアーナとしての矜持的な!!」

「矜……持……??」

 

 そこで首をかしげてんじゃねぇよブリカスが!いいからとっとと国へ帰れよ最終章にダ-ジリン抜きとかありえねぇだろ!!

 そんな感じのあれやこれやの感情を、フシャー!と威嚇する獣のように全開で向けてみるも、目の前のブリカスはどこ吹く風。

 

「矜持も何も……聖グロリアーナの矜持はもう既にオレンジペコとローズヒップに伝えておりますし……隊長に関してもアッサムがいる以上遅れは取りませんわ」

 

 そんなことをしれっと言い捨ててにこやかに微笑んで、その瞳が一瞬でスッと睨むように細まった。

 

 

 

「―――貴女が言ったのでしょう?【独逸戦車道を学んでもっともっと強くなる】と。

 

  ……それを、私が。このわたくしが、黙って見過ごしていると思っておりましたの?」

 

 どこからともなく取り出したカップの中身をくっと傾け、にっこりとほほ笑むダージリン。にこやかな中に確かな“圧”を感じる。『ゴゴゴゴゴゴゴ』だの『ドドドドドドド』だのそんな感じの効果音が背後に見える感じすらする。

 

「貴女が海外でより強くなるというのならば、私もまた、海外で追いつくために強くなりましてよ?日本という後進国でちんたらと研鑽していたのでは、追いつけなくなってしまいますからね」

 

人差し指をピッと立ててこっちを指さしてくるブリカスに、過去の発言を思い返し、それが獄大の地雷だったことに今更ながら気づいて脳内で頭を抱えていた……。

 そんな風に脳内で頭を抱えつつ現実では呆け切っていた俺に、目の前のブリカスがさらなる爆弾を投下した。

 

「カチューシャも今頃ロシアの学園で自分の手駒を作ってEUリーグに殴り込みをかける準備をしているところでしょうね」

「―――――はぁ!?」

 

 なにいってんだおめぇ?……いや待て冷静に行こうKOOLだ、KOOLになれ天翔エミ。最近肉体の寿命がわかったし身体が思ったよりボロボロで、戦車の中で速射装填による連続砲撃なんかやってんだし耳が思った以上にヤババババなことになってたんだろう。そう、これは聞き間違いであろう(希望)

 

「いやぁ、済まないダージリン。ちょっともっかい言ってくれ。カチューシャがどうとか聞くはずのない名前が聞こえたんだが」

「ええ。ですからカチューシャもロシア留学を早めてあなたたちと戦う時の下準備をしているはずでしょうね、という話ですけれど」

「……なんで?」

 

 脳内が「???」で一杯なんだが?どういうことだ!?説明しろダジ木ぃ!!!

 

「ああ、そうそう。メッセージを受け取っていたのを失念していましたわ」

 

 こっちの思考を読んだようにポンと手を打ってからそう言って、居住まいを正した。

 

「――コホン。

 

 『エミーシャ!マホーシャ!首を洗って待ってなさい!負けたままじゃ終わらないんだからね!』 と、言っていましたわ。愛されてますわね」

 

 

 ニコニコとそんな風に言うダージリンになんか感じ入った様子でうんうんと頷いているまぽりん。そんな様子も目に入らないくらい、俺は今混乱しまくっていた。

 

 

――え?ダージリンだけでなくカチューシャも海外来てんの?これ最終章どうなってんの?いやいや待て待て前向きに考えろ。ポジティブに至るんだ!ライバルが減ったってことは予選の間がかなり楽になる。つまり決勝戦で黒森峰との対決が盛り上がり最高潮ってことだろ!?だよな!?

 

「英国戦車道に日本の風が混ざってきていますし、ドイツ一強もこれまでと知りなさいな」

「偉そうに言ってくれるな。お前さん一人でどうにかなるってのか?」

 

 やや当たり強めになってしまったが俺としては「ダージリン独りで何ができんだ?」って話だしさっきから消化しきれないくらいの情報量でぶん殴られて色々混乱していたので全く余裕がないのである。

 

 

 

 

  ―――ひとりじゃ、ないよ?

 

 

 

 

 背中から声がかかって、同時に服の裾をクイクイと引っ張られる。

 

 次の瞬間、ぐるんと視界が天地を一周していた。後で知ったことなんだが、脅威を感じた瞬間に動いたまぽりんが、俺の手を取って柔術の“崩し”と“投げ”の技術の応用で俺を雑に振り回しながら背後に隠したらしい。

 

 

「―――この間ぶりだね。エミ」

 

 

 そこに居たのは、あの大会からこっち全く会うことが無かった島田愛里寿だった。

 

「ダージリンからお話、聞いたんだ。エミが海外でまた無茶しようとしてるって……」

「“お願い”の中に島田愛里寿の名前はありませんでしたし、渡英後のコネクション繋ぎに島田家は重要なパイプになりますから」

 

表情を隠すようにして扇子を広げて目を背けるダージリン。おう何目ぇ逸らしてんだよブリカスが、お前責任とれよお前なぁおいお前―――!!

 

 

「高校戦車道で慣らして、戦力を作ってからもう一回勝負しようね?半年後になるかな…?」

 

 

 半年後にまぽりんと血で血を洗う争いが再開するのが確定したんだが!?おいそこで目を背けてるブリカスぅ!!お前責任とって愛里寿の手綱握れよぉぉぉぉ!!!

 

 

抱っこしたボコぐるみの手を振って「またね」と背を向けて帰っていく愛里寿を見送ってその場で静かに崩れ落ちる俺と対照的に新たなライバルの出現に好戦的に不敵に微笑んでいるまぽりん。めったに見ないレア表情尊い。

 

 

 

いやそうじゃないんだよマジどうなるんだよ今後……!! 

 

 

 

「―――どうしてこうなった……?」

 

*1
まぽりんはドイツ語で話しているため圧縮されておりません




次回、えぴろーぐ()


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