ダンジョンに智慧を求めるのは間違っているだろうか (冒涜アメンボ)
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<●>0

レベル4縛りしていたらミコラにワンパン敗北したので初投稿です。


 ダンジョン*1の中層の一角で、男が三人死にかけていた。

 地に伏す者、或いは横たわる者。

 大柄の男、細身の男、小柄の男。

 大柄の男と細身の男は血に染まった黒いローブを羽織っており、小柄の男は白とグレーを基調とした僧衣を纏っている。

「ここまで逃げおおせたはいいが、もう帰る体力もねえ」

「帰りのことを考えてないとか、必死すぎるにも程があるな……」

 ローブを着た二人が力無く呟くのを聞いて、僧衣の男は息も絶え絶えに応える。

「諦めないで、くれよ……。折角追手を撒けたんだぞ。ここから、再起するんだろうが」

 ローブの二人はそれを聞いて苦笑した。

 大柄の男も細身の男も深手を負っており、回復アイテムも尽きた。そして僧衣の男もマインドダウン*2寸前で回復魔法も使えない。

 追手から逃げられたとはいえ、ダンジョンの中層でこのザマではモンスターの餌食になるのを待つだけだ。

「ああ、我らが神よ……。何故このような時に限っていてくださらないのですか」

 小柄の男は嘆いたが、知っている。彼らの神がいないタイミングを見計らっての襲撃だと。

 もっとも、神がいたところで何が変わったということも無いのだが。神が人間の争いに直接手を下すことはない。それが下界に降りた神々のルールだ。

「ふん。神なんぞにすがるな」

 大柄の男が吐き捨てる。

「あんなもんは害虫だ。人生を捧げた俺たちの悲願も、すべてを捨てた復讐者の憎悪も、奴らには消耗品の娯楽でしかない」

──悲願。その言葉に細身の男も小柄の男も小さく体を震わせた。

「なあ……闇派閥(イヴィルス)*3は今どんな感じなんだ」

「バルダー派は全滅。ゴードン派はもう俺たちだけ。まともに残っているのはザルトホック派だけのはずだ」

 小柄の問いに細身が答える。大柄は深く溜め息をつき、言った。

「ザルトホック派の間抜けどもに何ができるものかよ。あんな連中が闇派閥の残りを仕切ることになるとはな。馬鹿丸出しで暴れて、後は駆除されるだけだ」

 そんな大柄に細身が声をかける。

「なあ、バルザック」

「なんだよ、ヘルゼーエン」

「見ろよ、あれ」

 正面の壁にヒビが入っていく。

「たっ、たすたすたすけ……」

「諦めろよ、コッコリス」

 取り乱す僧衣の男を、細身の男──ヘルゼーエンが力無く諭す。

 オラリオ*4のダンジョンはモンスターを生みだす。今、まさに彼らの目の前の光景のように、ダンジョンの壁から生まれ落ちるのだ。

 バルザックは力無く嗤った。

「夢半ばだが、まあ、俺みたいなクズにはできすぎた人生だったぜ」

 ヘルゼーエンは「俺もだ」と頷き、コッコリスは項垂れた。

 正面の壁に入る亀裂は大きく広がっていき、遂には破砕音とともに崩れ落ちた。

 岩壁の欠片や砂埃が舞い、視界が塞がれる。

 どさり、となにかが地面に落ちる音がする。

 まさに、モンスターが産み落とされたのだ。

 ダンジョンは深度によって産み落とされるモンスターの強さが違う。産まれる場所が深ければ深い程モンスターは強いものになる。

 瀕死の三人は、最早自分たちは助からないと確信した。

 だが、ダンジョンの岩壁から産み落とされたモンスターは産声の一つも雄叫びあげずに、砂埃の中うずくまっている。三人は訝しんだ。

 砂埃が収まっていく。ダンジョン内で薄く輝く水晶がモンスターの姿を照らしていく。三人はその影を注視しようとする。

 その瞬間だった。

「ウオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 その影が甲高い雄叫びを上げた。

 その影はモンスター然としてはおらず、人間の姿をしていた。

「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 叫ぶ人間のようなものをおぼろげな光が照らす。

 それは、奇怪な姿をしていた。

 赤と紺のコート、土色の衣服。しかしそれらはひどく汚れ、血に濡れていた。そして何よりも、檻のようなものを頭にかぶっていた。その檻*5は縦長く、六角柱のような形状をしていた。

 その奇怪な人間?は立ちあがり、またも叫んだ。

「おお、オドンよ!姿無き上位者よ!虚無に落ちる瞬間、私は確かにまみえたぞ!確かに(しるし)を受けと立ったぞ!そして乳母よ!そしてゴースよ!貴方達の真意にも触れた!おお……!おお……!これが新しい思索、超次元か!」

 三人は呆気にとられた。ダンジョンから人間が産まれ落ちる。そんなの聞いたことも見たことも無い。いや、事実今見たのだが。

「アッハハハハハ!アッハッハッハッハッ!ハハハハハハハハ!!マスター・ウィレーム!ローレンス!ゲールマン!ルドウイーク!聖歌隊共!見たか!私は!私が!私だけが!彼らに触れ、成し得たのだ!アッハハハハハハハハハハ!!」

 謎の檻頭はひとしきり笑ったのち、三人に気付き、向き直った。

「そこの君たち。チョットいいかね」

 三人ともびくりとし、戸惑った。

「ここは何処かね。いや、そもそも言葉が通じているのかね?」

 三人は顔を見合わせて、バルザックが奇怪な人物に問うた。

「あ、あんた誰だ?人間か?何故ダンジョンの壁から出てきた?」

 檻頭は顎のあたりに手をやり、「ふむ」と呟いた。

「訊いているのはこちらなのだが、どうやら言葉は通じるらしい。ならばいい」

 檻頭はにたりと笑い、三人に歩み寄ってきた。

 三人は表情を、いや、全身を固くし、動けないでいた。

 檻頭の目は、瞳は。深淵よりも重く冷たいものを宿していた。一瞬にして三人ともそれに引きこまれてしまった。

「まずは言葉を交わし、語り明かそうじゃないか」

 檻頭はそう言って差し伸べるように手を伸ばした。

 バルザックも、ヘルゼーエンも、コッコリスも。縋るようにして、差し出された手をとった。

 

 

*1
地下迷宮。広くてでかい。妄想が捗る。

*2
所謂MP切れ。精神力が切れるとぶっ倒れてしまう。美女がマインドダウンしたら……妄想が捗る。

*3
悪くて怖いやつら。妄想が捗る。

*4
ライトノベル『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の舞台になる都市。妄想が捗る。

*5
周回を重ねると頭部装備欄がこれだけで埋まる。保存箱に放り込もう



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<●>1

「ふうむ、化け物(モンスター)を生む地下迷宮(ダンジョン)。俗世に塗れて過ごす神々*1神の恩恵(ファルナ)を受けてダンジョンに潜る冒険者か。俄かには信じがたい話だが、しかし……」

 バルザックから今いる場所について訊き出した檻頭は顎に手を当てるような仕草*2をして考え込む。

「私とて聖杯(ダンジョン)*3素人というわけではない。かつてはビルゲンワースの一人として、ゲールマンやゲールマンの徒と供に聖体を暴き、持ち帰ったものだが……」

──ビルゲンワース?ゲールマン?聖体?この変態は何を言っているんだ?

 檻頭の男はバルザックの言葉に納得がいっていない様子だったが、その反応を見るコッコリスには檻頭が言っていることの方がちんぷんかんぷんだった。

 ばちん!檻頭は手を打ち鳴らし、提案した。

「まあ、こんな薄暗いところで話ばかり聞いていても埒があかないね。どこかゆっくり出来るところに移動しないかね」

「移動といっても……」

 コッコリスが異論を挟もうとしたところで物音がした。その物音は唸り声を伴って近付いてきた。

「来たか……」

 バルザックが音の方向を睨む。奇怪な檻頭の相手をしていて忘れかけていたが、そう、ここはダンジョンの中なのだ。モンスターがうようよ徘徊している。

 唸り声と共に現れたのは双頭の巨犬と巨大な餓鬼。巨犬は口腔から火の息を漏らし、赤く輝く目でこちらを見据える。餓鬼は貧相な手足と巨大な腹のアンバランスさが嫌悪感をかきたてる。彼我の距離は10(メドル)*4程か。

「犬とガリガリ……。なるほど、ここはまさしくダンジョンだね」

 檻頭はどういうわけか、納得した素振りを見せる。

 落ちつき払った檻頭の態度に腹を立てたかのように、巨犬が咆哮(ハウル)を放つ。死にかけの三人を怯ませるには十分な迫力と魔力を伴うそれを正面から浴びた檻頭は「おお!?」と愉しげな表情を見せた。

 そして、次の瞬間には巨犬が檻頭に飛びかかる。10Mはあった距離が一瞬で縮まる。下位冒険者では反応すらできずに死ぬ、それ程の速度の突撃だった。

「フン!」

 それを檻頭は正面から殴って叩き落とした。双頭の巨犬の殴られた側の頭は一撃で陥没し、目玉は飛び出し、耳からは液状の何かが漏れ出ている。巨犬は地に伏しながらも残った側の頭で噛みつこうとするが、それよりも速く、檻頭の手刀が残った頭を叩き割る。血と脳漿をまき散らしながら巨犬は絶命した。

 これにはコッコリスは目を見張った。他の二人も同様だった。中層のモンスターを蹴散らすなど第一級冒険者には朝飯前だ。しかし、それを素手でやるなど、聞いたことが無い。

 檻頭の怪力を目撃し、動揺した餓鬼は壁を殴った。壁が割れ、中から棍棒を取り出した。これこそが、このダンジョンがモンスターに提供する天然武器(ネイチャーウェポン)。檻頭の膂力と反応速度が並のそれでないことは判ったが、武装したモンスターと対峙するとなると話が変わる。

「グオオオオオオオオッ!!」

 棍棒を振り上げた餓鬼が雄叫びを上げながら走りかかり──次の瞬間には絶命していた。

 檻頭の袖口から飛び出した青白く輝く複数の触手に胴を貫かれ、餓鬼は声を発することもできずに死んだ。

 檻頭が触手を引きぬくと、餓鬼の胴に空いた大穴から鮮血が吹き出し、次いで臓物が零れ落ちる。そして餓鬼は足下に零れた臓物を追うようにゆっくりと崩れ落ちた。

 眼前の光景に、三人はいよいよ言葉を失った。素手で中層のモンスターを殴り殺し、更には形容し難い一撃をもって武装した餓鬼を屠ったのだ。

「ふむ。手に負えない化け物というわけではないようだね」

 檻頭はパンパンと衣服の埃を払った。それは、触手ではなく人間の手だった。

「あ……、あんた……」

「うん?」

 バルザックが声を振り絞り、訊く。

「あんた……何者なんだ?どこのファミリアの冒険者なんだ……?レベルは……?」

「おいおい。さっきの私の口ぶりでわかるだろうに。私はファルナなど授かってはいないし、冒険者などというものでもないよ」

「馬鹿な……」

 完全にコッコリスの理解の範疇を超えた。この檻頭の男はなんなのだ。

「それより、早く移動しようじゃないかね。私はこんなところの土地勘など無いんだ。道案内してほしいんだが」

「ま、待ってくれ。俺たちにはもう体力が……少し休ませてくれたら、動けるようには、なるはずだ」

 ヘルゼーエンの言葉を聞いた檻頭はこれ見よがしに溜め息をついて、言った。

「ならば仕方が無いね。では、休憩がてら、もう少し話を聞こうか。この世界と、君たちを取り巻く環境について」

「あ、ああ……。だが、その前に、あんたの名前だけ教えてくれ。なんて呼んだらいいんだ」

 バルザックに言われて檻頭はハッとして表情を見せた。

「おお、私としたことがまだ名乗っていなかったね。これは失敬」

 そう言うが否や、檻頭は両腕をがば、と広げて、芝居じみた、仰々しい名乗りを上げた。

「私はミコラーシュ。高次へのアセンションを……。夢を追う者だ」

 

 

 

 

 

*1
ダンまちの神様は美男美女揃い!妄想が捗る。

*2
檻が邪魔で手が顎に当たらない

*3
…私はマラソンに疲れました。もう、この貞子に何も見えないのです…

*4
ダンまち世界の長さの単位。1メドル=1メートルくらいじゃないだろうか。知らんけど。



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<●>2

 バルザック先導の下、コッコリスたちはダンジョンの18階層まで上がってきた。

 18階はモンスターの生まれないセーフティ・ポイントとして知られている。

「ここは本当に地下なのかい?景色ががらりと変わったり、豊かな緑が生い茂っていたり……。いやはや、未知に溢れているね、ここは。心が躍るよ」

「あんた、あんな下層手前の中層にいたのに、本当にダンジョンのことを知らないんだな」

「それについてはさっきから言っているだろう。私についても君たちについても、詳しいことは落ちつけるところで情報交換したいものなんだが」

 初めてオラリオに出てきた田舎者が広大な都市に驚くように、檻頭の変人は移動中もダンジョン内をきょろきょろ見回していた。

 会話していると、バルザックが立ちどまった。

「よし、ここだな。俺も気を付けてはいたが、周りに他の冒険者の類はいないよな」

「ああ、見かけてないぜ」

「俺もだ」

 コッコリスたちの会話をミコラーシュはぽかんと見ている。

 バルザックは頷くと、彼の戦斧を構えた。ヘルゼーエンもメイスを構えて壁の岩肌を壊し始める。

「彼らは何をしているんだい。工事の仕事にでも来たのかね」

「違う。見てろ」

 レベル2の二人が手早く壁を破壊すると、その奥に通路が現れた。「行くぞ」とバルザックが進み、他の三人も後に続いた。

「この通路、さっきまでとはまるで感じが違うじゃないか」

「勿論そうさ。本当に違うんだからな」

「なんと!さっき壊したばかりの岩がもう塞がり始めているよ!」

「おっさん、ちょっと静かにして」

 そのまま歩くと目の前に巨大な扉が現れる。人造迷宮(クノックス)の入り口だ。バルザックが扉の鍵となるマジックアイテムをかざすと、重低音を響かせながら扉が開いた。

「なんだね、それは?……目玉かね?目玉が扉の鍵とは、なんとも冒涜(ヤーナム)的だねェ」

「……もうすぐで休める空間に着く。そのヤーナムってのも含めて、細かく訊かせてもらおう」

 

 

 

「しかしよかったのか?見知らぬ人間をクノックスに連れてきて。ディックス*1の野郎にはおいそれと人に知られるなと言われてただろう」

 ゴードン派に割り当てられた部屋でひと息つき、コッコリスはバルザックに尋ねた。

「仕方ないだろう。そもそも、この男がいなけりゃ俺たち全員くたばってたぜ」

 隠してあった回復薬で傷を癒し、保存食で飢えをしのいだ。檻頭は何も口にせずに三人のやりとりを見ていたが、ようやく口を開いた。

「では、聞かせてくれるかね。この世界とこのダンジョンについて。そして、人間と共に暮らす神々について……」

 

 

 

 コッコリスたちは自分たちの知るすべて、とは言わないがオラリオと自分たちについての基本的なことについて語った。ミコラーシュと名乗る男も疑問点があれば質問を挟んできたので、とりあえずは知識として必要最低限なことは得たのではないだろうか。

「しかし神の恩恵(ファルナ)か。人間の()()の可能性を引きだして未知に挑むと言えば聞こえはいいが、その実オラリオとダンジョンに人生を縛りつけ、他の生き方を奪う呪いだね。何より、暇を持て余した神々の遊びだ*2。まるで道化芝居(ファルス)だ」

「あ、あんた……ファルナについてそう解釈したのか」

「きみらのバイアスのかかった説明を聞けば誰だってそう思うよ」

 ミコラーシュはやれやれと言った表情で首をすくめた。

「私のいた世界の上位者(グレート・ワン)も人間に好意的というわけでもなかったが、この世界の超越存在(デウスデア)もろくなものじゃないね」

「そう、あんたのいた世界についてだ」

 ヘルゼーエンが口を挟む。

「今度はあんたのいた世界について聞かせてくれ。……というか世界ってどういうことだ。あんたはダンジョンから産まれ落ちたがモンスターではないのか。ダンジョンが異世界に繋がっているとでもいうのか?そもそも異世界など実在するのか?子供向けの英雄譚や創作童話の類ではないのか?」

「いっぺんに言わないでくれたまえよ。私とて状況を整理したいのだ。……君たちに話を聞いておいて悪いが、先に地上に出ないかね。実際のオラリオの都市というものをこの目で見てみたいし、地上に上がるまでに君たちに聞いたこと、聞かれたことを含めて考えを整理したい」

 コッコリスは「おい、そりゃ話が違う」と言いかけたが、バルザックが了承したので地上を目指すことになった。

 

 

 

「もうすぐ地上だ」

 血で汚れたボロ切れを脱いで一般的なオラリオ市民の服装に着替え、クノックスを出た。そしてダイダロス通り*3の地下水路を歩く。

「オラリオは区画によってある程度の住み分けがある。底辺の住処や工業区、金持ちの宅地とかな」

 ヘルゼーエンの説明をミコラーシュが「ほう」と興味深く聞いている。

「俺たちイツァムナー・ファミリアの本拠は、ギルドの登記上は出稼ぎ労働者の為の団地が多い区画にあるんだが、今は工業区の一画にある廃工場を使っている。今や追われる身なんでな」

「隠れ家というわけかね」

「まっ、そんなところだ」

 言っている間に光が差し込んでいる通路が見えた。

「やっと空の下に出れるな。三日ぶりにシャバの空気が吸える」

「着替えたとはいえ油断するなよ。闇派閥の幹部級の首には賞金がかけられてるんだ。俺たちだって例外じゃないはずだ。悪目立ちするなよ」

 帽子を深々とかぶりながらバルザックがコッコリスに注意する。

「判ってるさ。……というか悪目立ちというなら、ミコラーシュの旦那」

「なんだね」

「地上に出る前にその檻をはずせ」

「えっ」

「いや、そりゃそうだろ。っていうかなんだその檻は」

「今まで誰も何も言ってこないから、この世界でも標準的な装飾*4だと思っていたよ」

「そんなわけないだろう……」

 緊張感の無い会話をしながら外に出る。

 穏やかな太陽光が一向を照らす。

 死を直面していたコッコリス達の状況とは反対に、空は極めて爽快に、青々としていた。

*1
血の業に狂い、それを上回る悪意に酔った男。こわい

*2
ベルくんを巻き込んでモンスターエンジンのショートコントSSを書いていたのですが、普通に元ネタの丸パクリになったのでやめました

*3
変人の作った複雑怪奇な作りの市街。

*4
ヤーナムでも変です




地上に出るだけでやたらと時間食ってしまった。


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<●>3

設定考えたりブラボやり直したりSEKIROやってたら半年以上経ってしまいました。すいません。


「なんだこれは」

 これが、青空のもとに出て、ミコラーシュが最初に発した言葉だった。

「なんだってなんだよ」

 突然の問いにコッコリスが問い返す。ミコラーシュは被った鉄の檻を外し、空を仰ぎ、叫んだ。

「空が!!青い!!」

「えっ」

「空が!!青い!!ハハハハハハハ!!ぬけるようにあおいそら!!アッハハハハハ!!」

 謎の小躍りをしながら嗤い叫ぶ狂人。コッコリスたちは言葉を失い、互いの顔を見合わせた。狂人は空を見て嗤い続ける。だがその顔は到底喜んでいるようには見えない。目玉が飛び出すのではないかというほど目を剥き、その目は血走っている。

「おい」と見かねたバルザックが声をかける。「落ち着けよ、頼むから」

「そうだね」

 そのひと言と共に狂人は落ちついた。テンションの落差が激しい。精神に異状があるのではないかと三人は訝しんだ。いや、疑うまでもなくどう見ても異状な存在だが。

「さっきも言ったが、目立たないようにしてくれよ。俺たちはお尋ね者で。秘密のアジトに向かうんだ」

 バルザックの懇願に対し、ミコラーシュはニタリと微笑み頷いた。

 

 

 

 一向は黙々と歩いた。時には人目に付かぬようにこそこそと。時には道行く出稼ぎ労働者にまぎれて堂々と。一行の懸念であった異世界狂人も大人しいものだった。被っていた巨大な檻は頭陀袋に入れて担いでいる。こうまで大人しいと逆に不安になってしまう。不安に耐えかねたのか、コッコリスが口を開いた。

「なああんた、オラリオを歩くのも初めてなんだろう?大丈夫なのか?」

「随分と大味な質問だね。なにをもって大丈夫とするかは判らないが、一歩進むごとに未知と遭遇する。好奇心と興味のおもむくままに手当たり次第に解剖、標本したいくらいだよ。だが、衝動のままに行動して物事を台無しにするのは愚か者のすることだ。それにヤサに帰れば君たちがこの世界のことを教えてくれるという。私もまずは基礎知識が欲しいからね。見るものすべてに興味を持つならばこそ、尋ねるべきことを整理して順序立てて置きたい」

 意外と落ちついているらしい。物騒な単語が出てきた気がするがそこには触れないことにした。

「こっちだ」

 バルザックの先導に続き、脇道に入り、薄暗い道を行く。

「おやおや、さっきまでとは雰囲気が違うね。建物も古く、人も見当たらない」

「ああ。細かい説明はあとでするが、このオラリオは他所にはない工業技術と製品の輸出で成り立っている。その工業技術が発達するたびに新たな製品を作るための工場も要る。そうして工業区画は増築、改築、再開発を繰り返していてな。オラリオの城壁内のスペースは限られているから、再開発する場所はギルドっていう集団が主導して選定する」

「ふむ、その選定にも何かしらの条件や事情があり、こうして古いまま放置されているところがあるというわけかね」

「ま、そんなところだ」

 異世界狂人の疑問にヘルゼーエンが応える。

 尾行されていないか周囲を確認する。人気は無い。

 あるのは野良猫の死骸。死肉を啄ばむカラス。そこにたかる鼠。

 そもそも、捨てられた古工業区に居付いているのは家賃も払えない食い詰め冒険者、労働災害で身体の一部を欠損しまともに働けなくなった労働者といった手合いだ。時折新顔が増えるが、ここに流れ落ちてくるような連中に忍耐や堪え性など無く、表層区画に出ては野盗/乞食まがいのことをして駆除されている。

 淀んだ空気と陽の光も満足に届かない薄暗い道。岐路を曲がり、階段を上り下りして進む。幾層にも改築を重ねた挙句に捨てられた区画の煩雑さはダイダロス通りの比ではない。まともな市民は寄りつくことも無い。

「薄暗いねェ……。まるでヤーナムみたいだ」

「……そのヤーナムってのはなんなんだ?あんたのいた世界なのか」

「そうだね。生前の私が過ごし、肉体を捨ててからも真理の探究にあけくれた呪われた聖地さ」

「生前?肉体を捨てる?聖地なのに呪われている…?」

「ああ。肉体は檻だ。魂という人間の本質を大地に繋ぎとめる楔ともいえる。宇宙……空に到達するためには不要だ。更に言うなら人の血肉こそ獣欲とは不可分の存在。獣の愚かさを我々にもたらす。上位存在に進化する上での妨げでしかない。そして呪われた聖地というのは……簡単に言うと、神々の神秘を暴き持ち帰ったからこそ聖地となり、故に呪われたということかな」

 ミコラーシュとヘルゼーエンの会話。神が子に神秘の力を目覚めさせるこのオラリオですら聞かない話。バルザックもコッコリスも聞き入り、息をのむ。さっぱり意味がわからない。

「フフ。私としたことが、身の上語りなど性分ではないな。異世界で未知に触れ、少なからず昂揚しているようだ。ところで、君たちのアジトにはまだ着かないのかね」

「もう着く。そこの階段を下った先にある廃工場だ」

「やっとだ……生きて帰ってこれた」

 工場の上に工場。工場の下に工場。

 オラリオの魔石工業黎明期に建てられた区画。ギルドの規制も法も無く、企業*1主体で無秩序に増改築を繰り返された一帯は取り壊しすら危険ゆえされずに放置されている。

「これはこれは、なるほど。一際古い区画だね。建築技術も先程まで見てきたものにくらべ未熟なのに、建屋が密集し、そこを無理やり増築し高楼にしている。……地面も掘って地下にも工場を作っていたのか?このような危ないとこに寄りつく人など無し、君らのようなお尋ね者のねぐらになるわけだ」

「そういうことだ。闇派閥でも金や組織力がある連中はもっとマシな隠れ家を用意してるんだがな」

 バルザックはミコラーシュに応えつつ、壁や扉に耳を当てる。

「よし。入るぞ」

 扉を開け、廃工場に入る。建屋の一角にある階段を更に下り、地下にいく。

「随分埃っぽいねえ」

「綺麗にしてたら人がいるのがバレるからな。人のよりつかない区画とはいえ糞真面目な正義気取り連中がこの辺を捜査してる時もある」

 ランタン片手に階段を下りきり、灯りの無い廊下を進む。

「この階の部屋が俺たちのねどこというわけさ」

「やれやれ、やっとかね。……しかし、人ならざる気配がするのはなんだね」

「まさか…!?」

 バルザックとヘルゼーエンが奥に駆けだす。「ま、まて!」コッコリスも追う。ミコラーシュもそれに続く。

 扉を開け放つ。

 そこには頭に蛇を撒いた老人と薄汚い緑色のローブを被った男がいた。

「おお、よく帰ってきてくれたな、我が子らよ」

「ほう、生き延びたか。正義ファミリアの連中も本腰を入れて闇派閥狩りに参加していたらしいが」

 バルザックとヘルゼーエンは緊張の糸が切れたのか、その場にへたりこんだ。

「あんたらこそ……オラリオに帰ってきたのか」

「ああ、つい先程な。追手を二人ばかり殺したのでまた賞金首が上がったかもしれんが」

 コッコリスとミコラーシュも部屋に入る。

「彼らは?」

「あ、ああ。老人がイツァムナー、俺たちの神だ。もう一人がジェイ、腕ききの冒険者だ。違う闇派閥系ファミリアにいたんだがそこが解散してな。ウチに流れてきた」

 ミコラーシュはコッコリスの説明を聞きながら「ふうん」とだけ言った。

 神と神の託宣に興味津々だったはずの異世界狂人は神に目も向けず、冒険者としては軽装にすぎるローブを着た男に視線を向けていた。

 

*1
国家を解体する戦争をおっぱじめるようなだいそれた存在ではない




もうすぐメタルウルフリマスターが出ますね。楽しみです。


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<●>4

闇派閥(イヴィルス)の面々も、随分とこっぴどくやられたそうだな」

 ロッキングチェアに背をあずけ、揺られながら神イツァムナーが言った。

「ああ。バルダー派は幹部たちが会合しているところを襲撃され全滅。元々頭数の少なかったゴードン派はもう俺たち以外狩られた。情報網を広くもつザルトホック派は健在だが……」

「あいつらはただの社会不適合者の破壊分子でしかない。バルダー派の三下を取り込むかもしれんが、じきに駆除されちまうでしょうよ」

 バルザックとヘルゼーエンが主神に応える。

「……闇派閥(イヴィルス)とやらの中にも更に派閥があるのかね?君らはザルトホック派とやらを嫌っているようだが」

「あ、ああ。ひとことに闇派閥と言ってもピンキリでな。大本にしている主義、思想で三つの系統があるんだ。といっても、同系統の連中だって特別仲間意識があるわけでもないが」

「コッコリス、そちらの人間は?我が子ではないようだが」

 イツァムナーが問いかける。

「はい。こちらはミコラーシュという人でして、ダンジョン中層で野垂れ死にかけていた我々の前に現れたのです」

「中層に現れた?一人でか。闇派閥に味方する上級冒険者にたまたま出くわしたのか?」

「い、いえそれが……」

「この男、突然ダンジョンから産まれ落ちたのです。それこそモンスターのように」

 言葉に詰まるコッコリスに代わり、ヘルゼーエンが言った。

「ダンジョンで産まれた?人間なのか?」

 驚愕と好奇を隠さない神。その横に立つジェイは深くかぶった薄汚いフードの奥で喉を鳴らして笑った。

「とんだ拾いものをしたようだな、バルザックたちは。いや、拾われたのか」

「ああ……正直のとこ俺らもわけがわからん」

「君ら以上にわけがわからないのは私だよ。いい加減このオラリオ?とやらについて教えてくれ」

 

 

 

 イツァムナー・ファミリアの面々がミコラーシュにオラリオ、ひいてはこの世界について説明をするのにはひどく時間を費やした。というのも、1を言うたびに10を質問してくるため、話が進まないからだ。

「とりあえず通り一編に説明すればいい。細かな疑問はあとで受ける。君もその方が系統付けて確認できるだろう」とはジェイの提案。知的好奇心・探究心の権化のような異世界変人もそれに納得したようで、とりあえずの説明を終えた。

「ふむ、ダンジョンの中で聞いた話の疑問点を解消しようとしたのに、新たな疑問が次々浮かんでしまったよ。この世界、実に興味深いね。謎……明らかになっていない真実が多い。とても面白い。神々が天界から降りてくる気持ちがわかるよ」

 心底愉快そうにくくく、と嗤い「と言っても、神が実在することも、下界に住まう者も神の存在そのものに疑問を持たずに生きているという前提が既に驚愕なんだがね。啓蒙に満ちている」と続けた。

「啓蒙ってなんだ?」

「まあそこはいいじゃないかバルザック。我々の疑問を彼にぶつけるのは明日でもいいだろう。君らも疲れただろう、見廻りは私がしておくから休むといい」

「すまねえ。そうさせてもらう」

 バルザックたち三人が部屋を出ていく。着替えや食糧、寝所は別の部屋にあるのだろう。

「それでは我が神よ、私は外に上がり敵の警戒をしてくる。貴方も休んだ方がいい」

「そうさせてもらう。今回の神会(デナトゥス)闇派閥(イヴィルス)を陥れる悪辣極まりないものだった。私も大層疲れたよ」

 頭に蛇を巻いた老人が首をゴキゴキ鳴らし、「で、ミコラーシュと言ったか。君はどうするのかね」

「どうすると言われてもね」

「散歩がてら私が連れていくさ、我が神。彼もまだまだ訊きたいことがあるようだし、()()()()()()()()()()()答えておくさ」

 イツァムナーは頷き、「仲良くしてくれよ」と愉しそうに言った。

 

 

 

 松明を左手に持ったジェイが夜道を先導する。

「もうすっかり夜だな。向こうの輝きを見ればわかるように、工業区画は夜でも稼働している*1んだが、この捨てられた区画は魔石灯すらまともに点いてない。自分で灯りも持たずにいた場合、月と星を雲に隠されたらもう何も見えない。正真正銘の暗闇だ」

「だが、その方が君好みなんだろう?」

「ああ。結局は私も暗闇に生きる性分なのだろう。ヤーナムを思い出す」

「そうか。ところで私は君のことをなんと呼べばいい?ファミリアの彼ら同様にジェイと呼べばいいかね」

「そうしてくれ。この世界ではそれで通っている」

 元々は鮮やかな深緑だったが、すっかり色褪せ、薄汚れたローブ。手元や足捌きを暗闇に紛れさせる黒い手袋とズボン。かつてはビルゲンワースの徒として()()()()()に潜っていた男はミコラーシュの問いに答えた。

「しかし驚いたよ。見知らぬ世界に迷いこんだと思ったら旧知の狩人に出くわすとはね。こんなところで何をしているのかね?君は悪夢*2に呑まれ、消えていったものだとばかり思っていたよ」

「小さな鐘*3が共鳴した」

「鐘?」

「我々狩人が持つ道具だ。この世界の言葉を借りればマジックアイテムとでも言うのか。呪いとも神秘ともつかぬ、我々狩人を無限の闘争に引きずり込むスグレモノだ」

 フードを深々と被った狩人は小さく嗤った。

「鐘が共鳴し、新たな闘争の世界に侵入したはいいが与すべき狩人も殺すべき敵も見つからぬ。帰ろうにも共鳴破り*4が機能しない。こうして私は異世界に残され、冒険者ごっこをしながらファミリアを転々とし、()()()を探しているというわけさ」

「ふむ……」

 それはつまり、ジェイをこの世界に呼びよせた狩人がいるということだ。ジェイ以外にもヤーナムの狩人がいる。そしてジェイ同様に、呼ばれたまま帰れなくなった狩人がこの世界を彷徨っている可能性も考えられる。

「ところでミコラーシュ、貴様は何故ここにいる?」

「さあ、私にもわからんよ」

「そうか」

 訊きはされたが特に興味も無いのか、ジェイはそれ以上追及せずにそのまま歩き続ける。一方、ミコラーシュはこの世界で生きる狩人に興味津々だった。

「君はファミリアを転々としていると言ったな。そして今はイツァムナー・ファミリアに居ると。君も神の恩恵(ファルナ)を授かっているのか?そしてレベルだ。君ほどの実力者なら現在最高とされている7なのか?ああ、あと──」

「一度にいくつも訊くな。私は神の恩恵(ファルナ)など授かっていない。この世界一般で言う、レベル0の無契約者だ。その事実を知っているのは私を面白がって飼う神くらいのものだがな。そしてレベルだが、ギルドにはレベル4で登録されている」

「4?随分微妙な……目を付けられないように実力を隠しているのかね」

「いや、妥当なセンだ。レベル5以上、一級冒険者は桁違いの化け物ということだ。それこそマスター・ゲールマンや聖剣のような……待て、止まれ」

 急にジェイが立ちどまり、鋭い視線を前方の暗闇に向ける。

「この存在感は……運がいいぞミコラーシュ。いや、悪いのか?早速この世界のレベル4と遭遇だ」

 言われてミコラーシュも目をこらして暗闇を見つめるが、何も確認できない。一方、ジェイは「さっさと出てこい」と言わんばかりに松明をぐるぐる振り回した。突如、暗闇から声がした。

「気配を隠していたつもりだが、噂通り鋭いな。【冒涜者】め」

 若い女の声。

 通路の奥から棒きれのようなものをもった者が一人現れた。

 月明りが照らす。木刀を持った若い女だった。尖った耳と月明りの下でもはっきり判るほどに整った美しい容貌。まさしく先程聞いていた説明にもあったエルフのそれだ。

「ほう、よりにもよってレベル4でも頭一つ抜き出た実力者で、潔癖な正義中毒者の【疾風】殿のお出ましか」

 冗談めかしてジェイが言うと、エルフの女は突き刺さるような視線を向けてきた。

「貴様、今日もまた追手を手にかけたそうだな」

「有象無象に殺されてやるほどお人よしでもないのでな。私は私が死ぬに足る戦場、私を殺すに足る相手にしか殺されてやらんさ」

「では私がここで殺す」

 エルフはそう言って、美しい風貌とは不釣り合いな獰猛な殺気を纏い木刀を構える。

「まあ待て、【疾風】」

 言いながらジェイは一歩前に出た。左手の松明を掲げ、続ける。「見ての通り私は丸腰だ。正義の徒であるはずの君は、構わず丸腰の人間を武力制圧するというのか?」

 しかし【疾風】はジェイの問いには答えを返さずにすばやく口を動かした。ぼそぼそと何かが聞こえた途端、幾つもの輝く光球が彼女の回りに浮かんだ*5。光球を纏ったエルフの女を中心に周囲の空気の流れが変わった。まるで彼女が風を従えているかの如くに。

 尋常ならざる光景を目の当たりにし、ミコラーシュは心が躍った──我々の神秘とも異なる超常の力、あれが魔法か。

 ミコラーシュの前に立つジェイが息をのむ。

 光球はエルフの周囲を旋回し輝きを増す。その輝きは殺意を具現化したかの如くの圧を放つ。

 踏み込みの姿勢か、【疾風】は腰を落としながら告げる。

闇派閥(イヴィルス)よ、卑怯とは言うまいな」

 

*1
闇夜を照らす美しい街灯りは労働者の輝き

*2
終わりが無いのが終わり。それが狩人の悪夢である

*3
正式名称は「共鳴する小さな鐘」。オンラインで他ユーザーと共闘するのに使うが、ブラボ人口が減ったかのレベル帯によっては全然野良マッチングしない

*4
正式名称は「共鳴破りの空砲」。これを使うと共闘から離脱できる

*5
実はダンまちアニメは観てないんですけど、リューがルミノスウインドを使う場面はあるんですかね?あるなら観てみたい



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<●>5

 鮮やかに輝く緑色の妖精(エルフ)と薄汚くくすんだ緑色の墓暴き。

 "魔法"を発動させ、いつでも踏み込める姿勢をとった【疾風】。それに対峙するジェイは左手に松明を一本持つのみ。徒手空拳に等しい。

 彼我の距離は十分にある。だが、歴戦の狩人ならば瞬き一つの間に詰められる距離だ。だが、先程ジェイは自らを「レベル4が妥当」と評した。ならば相手のエルフ──向こうもレベル4だ──も同様にこの距離を詰める術、あるいは身体能力を有していても不思議はないということだ。

 ミコラーシュにはふと、ジェイの(からだ)から力が抜けたのがわかった──諦め?いや、これは狩人の"狩り"だ。不要な力みを捨て縦横に駆け、必要に応じて全身の筋肉を瞬時に連動させる。エルフが魔法を発動させ得物を構えたのと同様、彼もまた戦闘態勢に入ったのだ。

 脱力したジェイの周囲の空気と、殺気を纏う【疾風】の周囲の空気がぶつかり、視界が歪んでいるように錯覚する。

 緊張が走った。

 不用意に動けば空気ごと首を切り裂かれるのがわかる。

 ジェイから数歩下がったところから見ているミコラーシュでさえ、心拍数が加速する。

 たまらぬ緊張感であった。

 だが、そこでミコラーシュは考えた──【疾風】は魔法を発動し光球を纏っているが、それには大変な集中力を割くのではないか、と。

 先程廃工場のアジトで聞いた説明によれば、魔法の発動には精神力なるものを消費する必要があり、更にはコントロールをするにも集中力が要るという。

 ならば、得物を構え、魔法を発動し、その状態で自らは隙を見せずに相手の隙を窺わねばならない【疾風】の負担は如何程のものであるのか。

 ましてやジェイは歴戦の狩人だ。隙など見せぬ。

 この世界の冒険者がどのような修羅場をくぐっているのかはミコラーシュは知らぬが、同様にこの世界の冒険者も狩人の狩りを知らぬ筈だ。

 時間(とき)は経てば経つほどにジェイが有利になる。それは向こうも判っていよう。ならば、しびれを切らして先に飛び出すのは向こうだ。そうなればあとはジェイの"狩り"だ。

 その結論を導き出したミコラーシュは幾分か安堵しつつ、新たな興味が湧いた──この世界の実力者の闘いをこの目で拝みつつ、更にはその死を見届けることができるのだと。

 突然、ジェイが動いた。

 いや、歩いた。

 松明片手に不用意に──迂闊な程に軽やかに距離を詰めようとした。

 その露骨にすぎる動きに【疾風】は面喰い、出遅れた。

 一瞬のうちにその(かお)に驚き、次いで闘争を軽んじるような振る舞いに怒りの形相を浮かべた。

 彼女の表情の変化は、本当に一瞬のうちのことであった。

 先程の緊張感を生みだした手練れならば、即座に戦闘に再度集中を戻したであろう。

 だが、一瞬とはいえ感情の揺らぎ。

 狩人は見逃さない。

 狩人の"加速"──一瞬で距離を詰める。

 松明。

 【疾風】の目には巨大な火球が音よりも速く飛んできたように映ったろう。

 左目に突きだされた松明をかいくぐり、すんでのところで回避する【疾風】──虚を衝いた一撃を後退ではなく前進で回避するあたり、勇敢な戦士なのだろう。

 そのままジェイの左脇走り抜け距離を取ろうとするが、掠ったのか、姿勢がふらつく。

 ジェイは既に松明を逆手に構え直しており、自分の左を駆け抜けようとする【疾風】の脳天に突き下ろす。

「ふっ!」

 十分な距離も取れず体勢を直す前に追撃を受けた【疾風】は、不安定な姿勢のまま木刀を振り上げ松明を弾いた。

 がら空きになるエルフの胴。

「GRRRRUHHHHHHH!」

 ジェイは雄叫びと共に、その胴に、()()()()()()()()()()()を振りおろした。

 今度こそ、エルフの(かお)が驚愕と恐怖に染まった。

 直撃。

 狩人の膂力で振りおろされた巨大な金槌と地面にサンドイッチされたエルフの口から血とも臓物ともつかぬものが飛び出した。

 エルフ越しに地面に伝播した衝撃は路面を粉砕し、砂埃を巻き上げた。

 反動で撥ねるジェイの右腕。

 バウンドし、転がるエルフ。彼女が血反吐を撒き散らしながら突っ伏すと、周りに浮かんでいた光球は霧消した。

 魔法が消えた──今の一撃で戦闘不能のようだ。

 結局魔法を用いた攻撃を目にすることはなかったが、裏を返せばジェイにとっては魔法を駆使した戦闘をさせないことが肝要だったのだろう。

 既に勝負あったかのよう見えたが、ジェイは即座に左手で金槌の()()を作動させた。金槌の撃鉄が起こり、炉に火が入る。

 ジェイが手にするのは工房*1の異端「火薬庫」*2が作りし"爆発金槌"。小炉付きの巨大な金槌であり、撃鉄を起こした後の一撃は火を巻き、着弾時に激しい爆発を起こす──獣を叩き潰し焼きつくすような武器を見目美しいエルフに使えば、どうなってしまうのか。

「ぐ……ぁが……」

「ほう、まだ息があるか。たいしたものだ」

 着火し、高熱を吐きだす炉をエルフに近付ける。最早【疾風】には顔を背ける力すらも残っていないのか、熱気をもろに浴びる。

「君は私より多才で強力な冒険者だが、残念だったな。アストレア・ファミリアのエースを木端微塵に吹き飛ばせば、押され気味の闇派閥(イヴィルス)も少しは活力を得るだろう」

「木端微塵にしたら死体の判別ができないじゃないかね」

「おっと、そうだな。焼け焦げた臓物を撒き散らしながら死んでくれ」

 そう言って彼は爆発金槌を振り上げ──

「何してんだコラァアアアアア!!」

 怒声。

 並び立つ工場群の上層から桃色の物体が落ちて来、ジェイは瞬時に飛び下がる。

 桃色の髪をした小さい女だった。小人族(パルゥム)というやつだろうか。

 次いでもう一人、黒髪の女が到着する。

「リオン……?」

 黒髪の女は、血反吐を吐き散らしたまま転がり動かぬエルフを見やり、ジェイに憤怒の貌を向けた。

「殺す。貴様ら、切り刻んでから死体をバベルに吊るしてやる」

 貴様()。どうやらミコラーシュも対象に入っているらしい。

「ほう。一人きりだとは最初から思ってもいなかったが思ったより早い到着だな、アストレア・ファミリア」

「リオン!」

 ジェイが応えると、通路の奥から更にもう一人赤い髪の女が現れた。

 バルザックたちに聞いた話だとアストレア・ファミリアの構成員は第二級冒険者を中心に10人超。まだ更に増え、囲まれる可能性がある。

「あまり近付かれても困るな」

 その手に持った爆発金槌を小さく振り、駆けよってこようとする赤髪の女の動きを制する。

「まだ【疾風】を殺し切っていない。彼女には私の手の内を見られているので確実に殺したいのだが」

「テメー頭脳が間抜けか?リオンにトドメ刺すよりテメーが死ぬ方が早いぜ」

「私としては君らのような猛者と闘い、理不尽に死ぬのは本望なのだがね」

 並々ならぬ殺意を向けられジェイは爆発金槌を構え直す。現れた三人も相当な手練れなのがわかる。先の【疾風】一人を相手にするようにはいくまい。

「待ってライラ!」

 赤髪の女が小人族(パルゥム)を止める。

「それよりリオンを!早くマリューたちと合流するの!リオンが死んじゃう…!」

「チィ……!」

 エルフを抱き起こす赤髪の女を守るように小人族(パルゥム)と黒髪の女がジェイの前に立ち塞がる。

 ミコラーシュには【疾風】は致命傷を負っており助からないように見える──それこそ血の聖女*3の施しでも無ければ。だが赤髪の女の口ぶりではまだ助ける術があるようだ。それもこの世界の魔法や奇跡の類なのだろうか。

「私たちをこのまま見逃すと言うのなら、私も君らの撤退を邪魔しない、と言ったらどうする?」

「……!」

「真に受けるなアリーゼ。このクズ共が約束を守る訳が無い。結局相手取っている間にリオンが死ぬ。リオンを犬死にさせない為にもここで殺すべきだ」

「アタシも同感だな」

「いいえ。撤退するわ。団長命令よ」

「……了解」

 言い合うこの間に仲間の命が失われていくのが惜しいのか、赤髪の女の判断は早かった。彼女は死にかけのエルフを抱え上げると、ジェイを睨みつけながら数歩後退した。

「……やれやれだな」

 ジェイも素直に武器を下げ、数歩下がった。

 赤髪の女は踵を返し、瞬く間に走り去った。見た目には華奢な少女だが、人を抱えてああも動けるものなのか。

 次いで小人族が、そして黒髪が呪詛の言葉を吐きながら撤退していった。

 残ったのはミコラーシュとジェイの二人。

「……行かしていいのかね」

 ミコラーシュは訊いた。

 先程の闘いから判るのは、強力な冒険者に対してジェイがアドバンテージを持つのは"加速"や虚空から武器を取り出す狩人の(わざ)だ。そして、それらをこの世界の冒険者が知らぬからこそ不意を衝ける。あのエルフが生き延び、手の内を広く知られてしまったならば……?

「構わん」

 ジェイはこともなげに言った。

「ユニークアビリティやレアスキルと括られる類のものは口頭で言ったところで他人は解さんさ。どのみち、あのエルフは命を繋いだところで当面は戦列には並べん」

 そう言い、ジェイは巨大な金槌を懐に仕舞った。

「さあ、人目に気を付けつつ帰ろうか。私も組織人だ。今の闘争を闇派閥(イヴィルス)の今後に役立てる案を練らなければな」

 さもどうでもいい風に言い、歩き出す。

 ミコラーシュはジェイの後を付いていこうとして、一つ思いついた。

 エルフの撒き散らした血反吐に近付き、指で掬う。匂いを嗅ぎ、舐める。

 匂いも味も、人間の血と違いはなかった。

 彼は笑った。

 

*1
狩人の為、或いは狩人に協力し仕掛け武器を拵える個人、或いは集団

*2
変態

*3
cv.花澤香菜



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<●>6

 アストレア・ファミリアとの戦闘の翌々日。

 晴れた日。

 ミコラーシュはギルドの運営する図書館の隅で数冊の本を読んでいた──『共通語(コイネー)大全』『地方出身者のための共通語(コイネー)教本』『アマゾネスでもわかる!やさしい共通語(コイネー)教室』などが彼の脇に平積みされている。つまり彼は共通語(コイネー)の勉強をしに来ているのだ。

 というのも、【疾風】を撃退した翌日にイツァムナー・ファミリアに彼自身の話を聞かせている時に──ジェイは白々しくも「ヤーナムって怖いところですね!すごいです!」と言わんばかりの反応をしていた──この世界は英語を使っていないことがわかったのだ。彼自身、オラリオの人たちと普通に会話できていたのでそこは疑いもしていなかった。発音や口頭文法がブロークンなのは、オラリオが世界中から多種多様な人間が集まるからであり、英語力の習得に差異があるからなのだとばかりに思っていた。

 幸いにも──不思議にもと言うべきか、英語と共通語(コイネー)は共通する部分が少なからずあり、知的探究心を擬人化したような変態中年男性には習得は困難ではなさそうだった。

「ギリシャ文字のようなもの、ラテン文字のようなもので構成された英語らしき言語。それらを標準としているくせに単位はヤード・ポンド法ではなくメートル法らしきものを用いている。イギリスが世界の中心でありながら実際はフランスの考え方で動いているようなものだ。ちぐはぐだね」

「俺にはお前が何を言ってるか全然わからん」

 テーブルの向かい側、ミコラーシュの正面に座るコッコリスがぼやいた。

 コッコリスは付けヒゲとウィッグと眼鏡で変装している。一方、ミコラーシュは黒々としたロングヘアーのウィッグを被るに留めている。アストレア・ファミリアに顔を見られた以上、ミコラーシュも外に出るならば変装をすべきだ、というのがバルザックの意見。それに対しジェイは「コイツの顔の醜さと目の腐り具合は強烈に過ぎ、生中な変装でどうにかできるものではない」と返した。結局顔も隠れるロンゲを使うことで落ちついたのだった。

 教本を黙々と読み進めるミコラーシュを見ながらコッコリスが訊く。

「あんた、この世界に馴染もうとしてるが、帰ろうとは思わんのか?」

「むろんヤーナムにもやり残したことは多々ある。しかし今は神秘と未知で満ちたこの世界を満喫したいと思っているよ」

「…あんたがヤーナムでやりたかったこと、やり残したことってなんだ」

()()()()さ。だが、そのうちのいくつかはこの世界の神秘を用いれば実行できるやもしれんね」

 ミコラーシュはそれだけ言うと、気になる点があったのか別の教本を開いて読み比べ始めた。会話はそこで終わった。

「……」

 コッコリスはミコラーシュの読み終わった本を開き、パラパラを軽く読む。

「そもそも、オラリオは世界の中心なんかじゃなかったし、共通語(コイネー)だって後から入って来たんだ」

「ほう?」

 呟きに異世界狂人が食いつく。

「字が問題なく読めるようなったら歴史書や文化史を読んだり、あとはギルドの資料館にも足を運んでみるといい。結局この都市の賑わいも神の道楽でしかないし、オラリオで開かれる祭りだって元々この地域にあった文化でもない」

「それは……以前言っていたきみらの思想や主義に繋がる話かね」

「ま、そんなところだ。こんなとこでする話でもないがな。それをキリのいいとこまで読み進めたら外に出ようぜ。腹が減った」

 

 

 

 二人は裏通りで営業しているこじんまりとした食堂に入った。

 厨房に立つのは獣人の男女二人。夫婦で経営しているのだろうか。

「ああいうの、食べ物に獣の毛が混入したりしないのかね」

「そういうことを言うなよ。獣人を畜生扱いなんてしたら、気性の荒い獣人だったらぶち殺されるぞ」

 大皿で魚料理とパスタが出てくる。かつての、聖地として栄えた頃のヤーナムで見られたようなまともな料理だ。

「これだよ、これ。これが旨いんだ」

 コッコリスはフォークとスポーンで盛り分け始めた。

「馴れた手つきだね」

「ま、常連だからな。俺みたいな底辺は安価でうまいもん食うのくらいしか楽しみが無いのさ」

「君ら、収入源は?」

「冒険者らしくダンジョンに潜ったり、あとは()()()の為に雑用したりとかだな」

 それを聞く限りでは典型的な木端組織の三下だ。だが──

 と、そこに入店者。三人組の男──人間、虎人、エルフの組み合わせ。三人ともが武具を身につけており、冒険者なのがわかる。賞金首の闇派閥(イヴィルス)であるコッコリスはお喋りをやめた。

 三人組は席につくと武器を床に置いたり、椅子やテーブルに立てかけ、それから注文をした。背もたれに体重をかけながら伸びをする者、疲れた様子でぐったりする者。各自がめいめいに脱力?をしている。

 ミコラーシュたちが静かに料理を食べていると、エルフが喋り出した。

「聞いたか?アストレア・ファミリアのこと」

「ああ。【疾風】がやられたんだろ」

「イツァムナー・ファミリアだったか。闇派閥(イヴィルス)では中堅どころだと聞いてたが、そんなツエーやつがまだいたんだな」

「ちょっと前にギルド主導で大手ファミリアが闇派閥(イヴィルス)狩りしたし、あとめぼしいのはルドラ・ファミリアとその系列団体くらいしか残って無いと思ってたんだがな」

 つい先日の、ジェイが大立ち回りを演じた件だ。ミコラーシュとコッコリスが聞き耳と立てるすぐ隣で三人は話を続ける。

「それで、私も主神に相談したんだが」

「何をだよ」

「我々もアストレア・ファミリアに助力するべきではないかと」

「ばっ……」

「ナニ考えてんだお前」

「そうするべきではないのか!?ロキ・ファミリアもフレイヤ・ファミリアもギルドに課されたノルマ以上は動かず、幅広く活動しているガネーシャ・ファミリアは対闇派閥(イヴィルス)ばかりに力を注げない。他の第一級冒険者を有したファミリアの神たちは手勢惜しさに傍観を決め込んでいる。ならばこそ我々のような第二級冒険者を有したファミリアこそが……」

「死ぬぞ!?あの【疾風】を返り討ちにするようなやつを相手にできるわけねえだろ!?」

「お前だけじゃねー、俺らだってくたばっちまう!地元に残した女房やガキだって俺の仕送りを待ってんだぞ!」

「ならばどうするというのだ!貴公に愛する家族がいるように、闇派閥(イヴィルス)に踏みにじられる人たちも誰かが愛する家族だろう!それを見て見ぬふりなど──」

 三人がヒートアップする。

 ジェイと【疾風】の闘いは、ただレベル4同士の戦いというだけでなく、この街の秩序や平和という点で大きな影響があったようだ。

「会計」

 コッコリスが店員を呼んだ。「出るぞ」

 

 

 

 帰路、すれ違う冒険者や市民たちの会話に耳を済ます。雑多な会話の中、先日の戦闘絡みの話も聞こえてくる。

──【疾風】が敗北した。

──闇派閥(イヴィルス)にはまだ戦力が残っている。

──アストレア・ファミリアは闇派閥(イヴィルス)の暴力に屈する者を非難しておきながら、自分たちは命惜しさに取引した。

──正義(アストレア・ファミリア)は負け犬だ。

 人気の無い区画まで来たところでミコラーシュは切り出した。

「いろいろ、話が膨らんでいるね。これも君らの仕事かい?」

「イツァムナー様が他の闇派閥(イヴィルス)の神に話をしたそうだ。その神が自らの団員に話し、そいつらが色々流言を撒いてるんじゃねえのか」

 吐き捨てるように言うコッコリス。

「君は、というかイツァムナー・ファミリアの面々は他の闇派閥(イヴィルス)を随分嫌っているねェ」

「自らのルーツも知らず哲学を持たない破壊者どもなど、好ましく思う要素が無い」

 思想や哲学があろうとなかろうと殺される側からすればどちらもいい迷惑なのには違いないが、そこは指摘せずにおいた。

 そのまま捨てられた古区画に続く路地を進もうとして、ミコラーシュは歩みを止めた。

「どうした」

「おや、アジトのある区画に多数の冒険者がうろついているぞ」

「なに!?いや、何故それが判る?」

「私の()に映った」

「目?なにを言って……」

「そこはいいだろう、別に」遮り、続ける。「だが、装備や意識の配り方から察するに、先日のアストレア・ファミリアの面々のような手練ればかりというわけでもないようだ。どうする?」

 考え込むコッコリス。

「ジェイとバルザックは人造迷宮(クノックス)に潜ってる。アジトにはイツァムナー様とヘルゼーエンだけ……やれるのか?」

 と、そこへかけられる声。

「お前ら、そこで何をしている」

 声の方を向く。

 首にかかる程度の短めの藍色の髪。麗人と呼ぶのに抵抗の無い容貌とスタイル。軽装だが、槍とも錫杖ともつかぬ武器を持ち、油断なくこちらを見据えている。

「シャクティ・ヴァルマ……!」

 コッコリスが後ずさる。聞き覚えのある名だ。そう、たしかこの街で名の知られたファミリア、そして冒険者について教わっている時に──

「団長!」

「姉者!そいつらは!?」

 囲まれる。不用意に近付くこともなく、しかし確実に包囲する動きにはこのテの経験が豊富なことが判る。()に映った連中と違い、手練れだ。

「お前ら、闇派閥(イヴィルス)だな」

 ガネーシャ・ファミリア団長、レベル5の女冒険者は武器の穂先を二人向け、構えた。

 




なんだか投稿するたびに一話あたりの文字数増えちゃってますね。
長々とスクロールをするのを面倒に感じるタチなのですが、もっと区切って小出しにするのも違うし、かと言って削れるほど情報を詰めているわけでもないですい、考えものです。


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<●>7

 ミコラーシュは思案する。

 ジェイはレベル4の【疾風】と対峙した際、斬り結ぶの避け、その老練さと狩人の(わざ)をもって撃退した。その後、アストレア・ファミリアの面々に囲まれた際には死にかけた【疾風】の救護を邪魔しないことを対価に敵を撤退させた。

 そして今。

 レベル4相当のジェイはおらず、ミコラーシュとコッコリスの二人。敵はオラリオでも指折りの戦力を有するガネーシャ・ファミリア。眼前にはレベル5のシャクティ・ヴァルマ。後ろにはシャクティの部下たち。二人。三人。四人。続々と駆けつけてくる。

 やりあっても到底勝ち目は無いが……

「イルタとカニス以外は古工業区での捜索に戻れ。このような隘路では多勢であることは優勢にならん」

 シャクティの指示に従い団員達は足早に移動する。残るのは双剣を構えたアマゾネスと槍を構え突撃姿勢の狼人。

 ガネーシャ・ファミリアの三人はそれぞれ時計回りにゆっくり歩を進めながら、徐々に距離を詰めてくる。

「くそ、三人ともレベル5じゃねえか……」

 コッコリスは額に大粒の汗を浮かべながら呻っている。この危機的状況を脱する術を見出そうとしているのだろう。一方ミコラーシュは思考は冷静であった。逃げようと思えばいくらでも逃げられる。初めてここに来た時から、既に自ら編み出した秘儀のネタを至るところにしかけているからだ。

 しかし、第一級冒険者に囲まれた状況に興奮してもいた。ジェイをもってして化け物呼ばわりさせた第一級冒険者の闘争とはどのようなものか、興味があった。

 ミコラーシュはかつて、ヤーナムで遭遇したとある狩人のことを思い出す。

 ヤーナムでは永い、実に永い時をかけ、己が目的の為に悪夢を介してメンシスの徒を手足のように動かし、究極の怪物、「再誕者(ワン・リボーン)*1を創り上げた。あれは聖杯(ダンジョン)に現れる「死体の巨人」*2に着想を得て創った。ただ死体を混ぜ込んだのではなく、"死"の概念そのものを()り合せて創ったが故にそれ自身に死が与えられることはない、ミコラーシュの最高傑作だった。それをポッと出の狩人がノコギリ片手に解体してのけ、更にはミコラーシュが上位者(グレート・ワン)の叡智を授かり創り上げた悪夢の世界に侵入し、彼を殺してすら見せた。

 第一級冒険者の暴力はあの狩人に匹敵するのではないか──一度そう考えると知的好奇心が止まらない。

 シャクティが通路脇、排水路のすぐそばにゆっくり歩を進める。そこで、秘儀を発動させた。鼠の死体が飛び出し、シャクティに襲いかかる。

「!?」

 不意を衝かれたシャクティは驚愕の貌を浮かべたがしかし、即座にそれを斬り捨てる。シャクティの部下二人も思わずそちらに視線をやってしまう。

 機。

「んかあっ!」

 ミコラーシュは吠えた。続けざまに秘儀を発動する。彼の()となっていた鼠や烏、野良猫の死骸が雨あられと構造物の隙間や上層から飛び出してくる。

「あ、姉者!」

「落ち着け!的は小さいが動きは単調だ!」

「マッハで蜂の巣にしてやんよ!」

 三人は怖ろしく速い武器繰りで降り注ぐ死体を撃墜する。

 だが、三人が死体の撃墜に集中している隙にミコラーシュは両手を頭上で組み、更なる秘儀の構えをとっていた──彼方への呼びかけ。本来の目的であった異界への呼びかけはついぞ叶わなかったが、代わりに得たのは小宇宙の爆発。*3彼のもつ最大攻撃秘儀。

 一瞬のうちに、目を灼く程の白い光玉が彼の周りに無数に顕現する。

 

 

 

「!?まずい!」

 その光景を見、シャクティは【疾風】のルミノスウィンドを連想した。だが、【疾風】のそれとは明確な違いがある。闇派閥(イヴィルス)の仲間らしき男は呪文の詠唱を一切せず、魔力の流れも一切感じなかった。既存の魔法の類ではない。

 光玉はその小ぶりなサイズからは到底考えられない程の光量を放ち、それに比例する熱量を持つことを察せられる。そして何より、あの光を一目見た瞬間の、脳が、背筋が沸騰するような、今までの冒険者家業でも体験したことがない衝撃──やばい。よくわからんがこいつは兎に角やばい!

 一拍置いて、シャクティの部下二人もその結論に至った。だが、その間が明暗を分けた。

 爆音。

 音が衝撃派となり周囲の構造物を揺らし、ガラスを粉砕する。

 だが、シャクティの部下を貫いたのは音よりも速く飛来した光玉だった。

「ちょっ待っ」

 この言葉を最後に、【蛮獣(サヴェージビースト)】の二つ名を持つレベル5は蜂の巣めいた前衛芸術になった。

 イルタは即死こそ避けたものの、脇腹を焼き穿たれ、左足首と右肘から先が吹き飛ばされた。

 そして、シャクティは──飛来する光玉の軌道を読み切りそれらをかいくぐった。一つの無駄も無い洗練された動きで男の胸を槍で刺し貫く。が、しかし、眼前の男は血反吐を吐きながらも愉悦の貌を浮かべている。

 突然振り下ろされる右の手刀。

 ガード。咄嗟の判断で左腕で頭を庇う。

 一撃で手甲が砕かれ、衝撃でへし折れた骨が反対側の肉と皮膚を突き破り飛び出す。

 苦悶の声を上げる間も与えられずに、右の拳が迫る──ガードしたら、その部位を破壊される。シャクティは身を捩り、無理やりかわした。

 後手に回れば何もできずに殺される──恐怖と苦痛を闘争心で塗りつぶし、動く右腕で槍を引き抜く。胸から青褪めた血が噴き出し、シャクティの顔を染める。

 男の体がぐらりと揺れる。

 シャクティはそのまま、男の腹に槍を突き立て、捻り、そこから上に突きあげた。穂先が男の腹の中で暴れ、内臓をシェイクしたのち、肺と心臓を今度こそ破壊した。男は逆流した血を口から撒き散らし、シャクティに浴びせながら彼女に力無く覆いかぶさってきた。

「……はっ。……はっ。……はっ」

 息が整わない。

「うぐ……あ、姉者……」

 この場に在る音は自分の荒い呼吸音と、妹分の呻きのみ。*4密着している男の心音もない──死んでいる。

 槍を引きぬくと、死体は重力に従いそのまま倒れた。

「勝った……のか」

 自分もよろめき倒れそうになるが、槍を支えにして堪える。

 先の爆音だ。ガネーシャ・ファミリアの団員たちもすぐに駆けつけてくる。むろん自分たちの治療はさせるが、団長が力なく地に伏せているわけにもいかない。今回は闇派閥(イヴィルス)の捜索を主目的としており、本来の主兵装の拳装(メタルフィスト)ではなく、遠目にも目立つ装飾を施した象杖槍を装備していたが、それが生きた形となった。

「イルタ、無事か?カニスは?」

「とりあえず、生きてる。でも、カニスは……」

 イルタは横に転がる死体を見、かぶりを振った。

「……クソッ」

 槍を杖代わりにして部下の亡骸に歩み寄った。普段はお調子者だったが、才気と向上心を併せ持ち、戦闘の際には常に一番槍を担う頼れる戦士だった。

 だった……もう過去形だ。

「あ、姉者!」

「どうしたイルタ……!?」

 イルタの指差した方を見ると、先ほど殺したばかりの男の死体が、靄と化して消えていくではないか。

「ば、馬鹿な!何が…!」

 駆け寄ろうとして転ぶ。顔を上げた瞬間には死体は跡方も無くなっていた。

「Oh!Majestic!」

 どこからか、突然響き渡る奇声。

「冒険者とはまさに冒険を為す者なのだな!未知の脅威に対してさえ!」

 新しいおもちゃを手に入れた子供のようにはしゃぐ声を聞き、シャクティは何に対しても勝利できておらず、何も終わっていないことを悟った。

 屈辱と怒りのままに、右拳を地面に叩きつけた。

*1
高次周回のゲロはまさに宇宙悪夢的地獄である

*2
まともな2ndOP血晶石を全然落とさないクソボス。きらい

*3
失敗した際の爆発が強力な攻撃手段とか、ゼロのルイズかな?

*4
ミコラーシュのそばで突っ立っていたコッコリスは何が起きたかもわからないまま巻き添えを喰って死んだ



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<●>8

誤字報告、感想ありがとうございます。
今回は少し長いです。


 メインストリートの一つを歩く。

 多くの人が行き交い混雑しているが、レベル6の私たちの姿を認めると道が拓いていく。

 もうすぐ工業区だ。この調子なら目的地に思ったより早く着くだろう。

「ったく、なんでわしが工業区くんだりまで出向かなあかんねん、え」

 並んで歩くおっさんが文句をこぼし始めた。言いながら露店で買った焼き鳥串を頬張り、酒瓶を呷る。残った串を放り捨て、肩を揺らしながら歩く。潔癖で見栄を張り、お高く止まるエルフとは思えない振る舞いだ。道行くエルフたちもそれを見て顔をしかめる。そもそもの見た目が、船乗りのように短く切りそろえた髪とモミアゲまで繋がる顎髭、筋肉質で体格もあったりと、遠目にはエルフに見えない。

「主神サマの思し召しでしょう」

「へっ。思し召し、かい。オヤジの道楽にも困ったもんやで」

「文句なら本人に直接言ってくださいよ」

「勿論言うたったわ。オヤジ、わしらの本分はなんやと思てますんや。なにが悲しうて三下の探偵ごっこに付き合うてやらなあかんのです、てな」

 この男、相変わらず言葉を取り繕わない。主神に対してもこの調子なら、他の市民に対してはどうなのか、お察しだ。

「そしたらなんて?」

「どうせ暇だろ、言ってこい。こんな具合や」

 まったくもって主神サマの言うとおりだ。

「でも、今回の件は私たちが直接出向く価値があるんじゃないですか?」

「ほーう?聞こか」

「レベル4でも頭一つ高い評価を得ていた【疾風】が闇派閥(イヴィルス)構成員と一騎打ちをして敗北。その後、アストレア・ファミリアから報告を受けたギルドが事態を重く見てガネーシャ・ファミリアを動かす。主力のレベル5三人が敵に遭遇し、戦闘。ガネーシャ・ファミリアは一人死亡、一人重傷。団長のヴァルマは敵を殺したものの、その敵は生死、行方ともに不明。殺したのに生死不明って意味がわからないですね。つまり、そこいらのレベル5の手に負える案件じゃないし、私たちにとっても殺し甲斐があるというものです」

「誰に講釈垂れとんねん、こら」

「貴方が聞こうと言ったのでしょう」

 面倒くさいやつだ。

 うっとうしいおしゃべりエルフの相手をしている間に目的地が見えてきた。

 カナヤマヒコ・ファミリアの本部事務所だ。高さこそ控えめで三階建てだが建坪はやたらと広い。企業──工業系ファミリアの大手であるカナヤマヒコ・ファミリアは団員の他にも多くの労働者が従事しており、敷地内にはこの本部事務所以外にも魔石加工工場や製品生産工場、保管倉庫が並んでいる。

 正門に守衛がいたが、私たちの顔を見やると、停めもせずに素通りさせた。顔パスだ。もっとも、止めようものならば横のおっさんの怒りを買う羽目になる。

 建屋入口に若い虎人の女が立っていた。今回の件で来訪者達の受付をしているのだろうか、私たちに気付くと「こちらです~!」と手をぶんぶん振った。なかなか可愛い。

「すまんな、オヤジに言われて報告書に目を通してたら遅なったわ。で、()()()()()はどこやった?」

 酒臭い息を吐きながらその言い訳は無理がある。

「みなさん既に集まられてます。突きあたりの左手に階段がありますので、二階にあがってください。階段を上ってすぐ右にある大部屋が今回の会議場です」

「ご丁寧にどうも。ほなお邪魔しまっせ」

 このおっさん、若い女が相手だと随分と愛想がいい。案内係が自分のような中年男だったら私に相手をさせ、自分は鼻でもほじっていただろう。

 案内された場所はすぐに判った。大部屋の入り口に墨書された立て札がある。立て札には『旧工業区画における闇派閥残党・イツァムナー・ファミリア構成員及びその協力者対策本部』とある。

「えらい仰々しい()()やな、え」

「そうですね」

 お前の本名の方がよっぽど仰々しい、とは言わない。

 おっさんの相手も程々に、会議場に入る。ガネーシャ・ファミリアのシャクティ・ヴァルマ(左腕を包帯でぐるぐる巻きにして吊るしている)やアストレア・ファミリアのアリーゼ・ローヴェルといった名の知れた冒険者を中心に"秩序"側の冒険者とギルドを介して召集を受けた実力者、総勢30名程集まっている。

 今回の進行役らしき、カナヤマヒコ・ファミリアの男が私たちに反応し、名簿を読み上げようとする。

「あ、えーと、ホテイ・(アオイ)さんに、バン、バンッダー……」

「BBでええ」

 言い淀む男に対し、エルフのおっさんは適当に応え、空いている席にどかりと腰を下ろした。

 名前を正しく呼ばれなかったが彼に気を害した素振りは無い。というのも彼の名は共通語(コイネー)圏の人には馴染みが無い発音であり、彼の部族特有の複雑な姓名もなかなか覚えづらい。事実、私たちアシュラ・ファミリアの仲間も彼のことを「BB」や「団長」としか呼ばない。彼のことをまともに名前で呼ぶのは主神のアシュラ様くらいのものだし、彼自身も「アシュラは一度で自分の名前を覚えたから」というだけの理由で余所から改宗(コンバージョン)したくらいだ。

「えー、それではみなさん揃ったので、もう一度簡単に説明します。今回皆さんにお集まりいただいたのは、イツァムナー・ファミリアの戦力についてです。闇派閥(イヴィルス)の中では、規模は中堅程度ですが、活動歴史は永く、多数の反体制過激派に影響力を持っています。というのも、闇派閥(イヴィルス)は無軌道な無法者集団の総称であり、それら自体が計画性をもって組織的行動を起こすのは稀ですが、イツァムナー・ファミリアはその構成員の多くが『オラリオ解放戦線』『新自由主義会派』『真オラリオ人総連協会』といった過激思想の政治団体や新興宗教の指導者・幹部を兼ねており、神の恩恵(ファルナ)を授かっていない一般市民まで動員して都市に対する破壊活動、ギルドやファミリアの活動に対する妨害行為を繰り返してきました」

「オラリオに出張ってきたはええが、儲けれる仕事につけずに腐ってたり冒険者として挫折したクソ共を誑かして手足代わりに使うてたってこっちゃな」

「あ、はい」

「でも、イツァムナーって善を司る神様よね。なんでそんな反社会的悪党集団の主神なんてしているのかしら」

「人間基準の正義や道徳でモノを考えていないんじゃないか。神の考えることなんてわからないさ」

「そもそも、下界に降りてきている時点で娯楽に飢えている神々の同類だろう。本分とはかけ離れて自分が楽しみたいだけじゃないのか」

「そもそも、私には悪事に走り他人を傷つけ奪うことで生きていこうなんてする人の考えが理解できないわ!」

「陽の当たる場所から出たゴミ食うて生きとる虫もようけおるっちゅうこっちゃ」

 BBが進行に口を挟んだせいで話が横に逸れていく。私は進行係に続きを促した。

「えー、ですので、ギルドは無法者暴力集団の最大手であるルドラ・ファミリアと並んでイツァムナー・ファミリアを重点壊滅目標の一つとし、有志連合の活動も相まって多くの構成員を捕縛、または殺害しましたが、最高幹部であるバルザック、ヘルゼーエン、コッコリスの三人だけ生死を確認できていませんでした」

「先日、連中の集会現場を襲撃したのは我々ロキ・ファミリアの部隊だった。実働班によれば深手を負わせたはいいが、その後の死亡までは確認できなかったという」

 発言をしたのはロキ・ファミリア*1のレベル6、リヴェリア・ナントカ・カントカだ。こいつもBBほどではないが長ったらしい名前をしている。エルフとはこんなのばかりなのだろうか。

 リヴェリア・ナントカ・カントカの話ではイツァムナー・ファミリアの集会は安全階層(セーフティポイント)である18階層で行われていたという。たしかに冒険者の街がある18階層なら冒険者がうろついていてもおかしくはないし、安全ではある。しかしなんとも肝の太いやつらだ。

 実働班に襲撃を受けた連中は死んだり捕まったりしたが、一部のくたばりぞこないが下の階層に逃げ込んだ。わざわざ追いかけずとも重傷を負った身ではモンスターのいる場では生き伸びられないと考え、2日間交替で19階層に繋がる通路を監視し、上がってこなかったことから死亡したと判断し引き揚げたという。

 だがその後、アストレア・ファミリアの団員がイツァムナー・ファミリア構成員との闘いで重体を負い、ガネーシャ・ファミリアに至っては死傷者が出た。それもレベル5だ。ちなみに、その時コッコリスとかいうやつも死体で発見された。

「というわけでして、組織的な活動を危険視こそすれ、個々の戦力としては特筆すべき点の無かったイツァムナー・ファミリアが短期間でいかにしてこのような戦力を得たのか、考察し対策を練る必要があります」

「でもそれってよ、ロキ・ファミリアがきっちりぶっ殺していれば問題なかったんじゃないのかよ。こんだけの面子が揃ってロキ・ファミリアの尻拭いをするのか?」

「おいおい、そう言ってやるなよ。ロキ・ファミリアだって万能じゃない。おっと、万能といえば、万能者(ペルセウス)*2はいないのか?あのネーチャン俺好みのイイ女だし飲みに誘いたかったんだが。ていうかヤリてえ」

 フレイヤ・ファミリア*3のアレン・ナントカがケチを付ければ、そこにどうでもいい話を続けるのはビアー・ファミリアの団長。二人ともレベル6の実力者だ。

「おいおい、ほんまに協調性てなもんがないな冒険者は。話が全然進まん。ろくでなしばっかりやで」

 私の横でろくでなし代表が酒をラッパ飲みしながらほざく。

 

 

 

 こんな調子だったのでこの会議が終了したのは陽が傾く頃だった。出た結論も『高レベル冒険者がイツァムナー・ファミリアに合流した可能性がある。各ファミリアで独自に情報収集し、得た情報を共有すること。有事の際には協力し合い闇派閥(イヴィルス)を制圧する』というなんともくだらないものだった。

 面倒事は他人に押し付けるか、手柄は一人占めしようとするのが冒険者だ。ましてや今回の会議に出席した実力者たちはそうやって生き抜いてきた連中だ。事実私たちも自分たちの手で【疾風】を打ち負かしたレベル4や【蛮獣(サヴェージビースト)】を殺してのけた謎の人物と闘い、ぶち殺すことにしか興味が無い(後者は生死不明だが)。

「ま、わしとしては闇派閥(イヴィルス)なんぞよりあの場におる連中相手に戦争したった方がおもろいと思うがな」

「私の心を読まないでください」

「お前の考えそうなことなんざわかっとるわ」

 私とBBは三階の応接室で茶を飲んでいた。広い部屋に品のいい家具や装飾品が並べられている。

「すいませんアシュラ・ファミリアさん。お待たせしました」

 扉が空き、カナヤマヒコ・ファミリアの副団長がキャリーバッグを引きながら入ってきた。

「今月の分です。お納めください」

「おおきに。ま、折角わしが直接おじゃましたさかい、貰うもんだけもろて帰るのもなんやしちょっとお話ししまひょ」

 差し出されたキャリーバッグの中身を確認もせず、BBは副団長に椅子を進めた。

「カナヤマヒコ・ファミリアさんみたいな気前のええ企業や商会のおかげでわしらはあくせくダンジョンに潜らずに左うちわで暮らしてますねん。それなのにまあ、おたくさんのお膝元で虫ケラ共がオイタしくさったみたいで」

「ええ、正直困っています。既に労働者たちにも動揺が広がっていまして、欠勤者も増え作業効率が落ちています。それだけでなくこれを機に他のファミリアが用心棒気取りで恐喝してきたり、闇派閥(イヴィルス)が直接ちょっかい出してくるかもしれない」

「それはあきませんな。勿論わしらはわしらで動きますが、おたくらも何か情報があったらわしらにください。有志連合とは名ばかりの、あんな足並みの揃わん連中なんか当てにしてもなんの足しにもなりませんで」

「当然です。頼りにしています」

 ここに来るまではぶつぶつ言っていたくせになんとまあ、金が絡めば真面目に団長をするものだ。私は感心した。

 我々アシュラ・ファミリアは第一級冒険者を複数人擁するが頭数としては20人弱。ダンジョンに潜る探索系ファミリアを標榜しているが、企業や商会のレアアイテム収集等の依頼が無ければ滅多に潜らない。自主的な探索は、せいぜい腕がなまらないように時折階層主狩りに出向くくらいだ。あくせく潜るよりも、このようにトラブル解決を名目に、傘下団体から上納金を回収したり友好団体から()()を募っていればそれで十分だからだ。

 とはいえ、アシュラ・ファミリアがトラブル解決を名目に多くの団体と付き合いをしているのには金以上に大きな理由がある。我々の存在意義にも関わることだ。

「周りの企業や商会がケツ持ちを頼んでるファミリアは実際にトラブルが起きてもろくに動いてくれないことが多いですから、いつも即座に動いてくれるアシュラ・ファミリアさんには今回も期待しています」

「わしら喧嘩大好きですから。なんなら、クソバエにタカられて困ってる商売人がおったらわしらを紹介したってください。いくらでも首つっこんだりまっせ」

 主神アシュラの特性上、集う団員も血の気が多い。トラブルは闘争の元であり、付き合いが多ければ多い程首を突っ込む価値のあるトラブルも増えるというものだ。首をつっこむ価値の無い程度の低い闘争しか発生しないような案件なら、傘下の団体(ファミリア)*4に任せておけばいい。

 そう意味では組織的に活動する暴力団体であり、人によっては我々を闇派閥(イヴィルス)以上に毛嫌いすることがある。BBなど、そのことで噛みついてきた【疾風】に「秩序を守る為に暴力を振るうお前らと暴力を振るう為に秩序を守るわしらになんの違いがあるんじゃ。お前らはわしらに文句言えるほど上等なんかい、え」などと屁理屈を言って半泣きにさせたことがある。

 

 

 

 工場の労働者や周辺住民への聞き込みを傘下団体にさせることを約束し*5、私たちはカナヤマヒコ・ファミリアを後にした。

「どうします?今日はもう戻りますか?」

「ついでやし【疾風】の見舞いでもしてこか」

「わかりました」

 【疾風】は現在バベルの治療施設に入院している。潰された臓腑も治っていないくせにすぐ施設を抜け出して闇派閥(イヴィルス)狩りをしにいこうとするため、ベッドに括りつけられているらしい。

 アシュラ・ファミリアは工業区からバベルを挟んだ向かい側に位置するので大した寄り道にはならない。話ができるようならばジェイとかいうレベル4や古工業区のことも訊けばいい。露店で土産に果物を買い、バベルの治療施設に向かった。着いた頃には既に陽は沈んでいた。

「で、【疾風】が入院している部屋はどこです」

「知らんがな」

「は?」

「今回の騒動の重要参考人の一人や。ギルドもどこにおるなんて公開せんやろ。その辺の雇われ治療士(ヒーラー)にゼニでも握らせて喋らそ」

 とは言うが既にこんな時間だ。真下にあるダンジョンは24時間()()とはいえ、夜は医療従事者もまばらだ。

 と、そこに見覚えのある人間が通りかかった。燃えるように赤い髪を"ぽにーてーる"に結った女と、腰まで真っすぐ伸ばした美しい黒髪を"ひめかっと"に整えた女。アストレア・ファミリアの団長アリーゼ・ローヴェルと副団長ゴジョウノ・輝夜(カグヤ)だ。

「おう、じょうちゃんたち。【疾風】の見舞いか」

 いきなりヒゲ面のおっさんに話しかけられた少女たちがぎょっとする。私はおっさんの前に歩み出し、果物かごを胸の前で軽く揺らしながら「私どもも曲がりなりにも秩序側の仲間ですし、お見舞いに、と思いまして」と敵意の無いアピールをした。

「でも、リオンは今絶対安静中だし…」

「いや、面会謝絶というわけでもないし別に構わんのじゃないか」

 渋るアリーゼを輝夜がとりなす。

「でもなあ…」アリーゼがBBをちらりと見る。

「ま、【疾風】がわしを毛嫌いしとるんはわかっとる。なら葵だけでも会わせたってくれんか。こいつは真面目に心配しとったさかい」

 口からでまかせもいいとこだが、私も「一目伺って、軽くあいさつしたら帰りますので」と頭を下げた。結局アリーゼが折れ、私だけ【疾風】に面会することになった。とは言ってもアリーゼと輝夜も同席するが。

 BBだけ下のロビーで待つことになり、三人で【疾風】の病室に移動し、入る。なんと、本当に【疾風】はベッドに括りつけられているではないか。流石に笑いそうになってしまった。

「リオン!アシュラ・ファミリアの人がお見舞いに来てくれたわよ!」

「アリーゼ……静かにしてください。狐人(ルナール)……?アシュラ・ファミリアの【首輪付き(カラード)】が何故ここに」

 私の耳と尻尾を見て【疾風】は呟いた。

「ホテイ・葵です。お元気そう、というわけではないですが、命の心配は要らなさそうですね。よかったです」

 土産の果物かごを輝夜に渡して椅子に座る。【疾風】の顔色を窺いながら話す。

「アリーゼから聞いているでしょうが、イツァムナー・ファミリアの戦力がいよいよ危険視されましてね。レベル6を保有するファミリアも駆り出されることになりました」

「それで……私に話しを訊きに?」

「いえ、ただのお見舞いですよ。本当ならまだ喋るのも辛いのでは?」

「……」

 【疾風】は眉を寄せた。このエルフはもともとおしゃべりなタイプではないが(うちのおっさんエルフがおしゃべりなだけだ)、いつも以上に口数が少ないと思ったらどうやら図星だったようだ。

 だが、私はここでふと違和感を感じた。

「貴方とお話するのはまたの機会にしましょう。今日は顔が見れただけでもよかった。お大事に」

 違和感の正体を探ろうと、【疾風】の顔を覗きこむようにして立ち上がる。

「……ギルドの出した報告書に、載せれていないことがあります」

 突如【疾風】が喋り出す。

「ちょっとリオン、なにそれ」

「落ち着けアリーゼ。リオン、話せるなら話してくれ」

 【疾風】は整った貌を苦痛に歪めながら話しだす──イツァムナー・ファミリアのジェイは今までに見たことの無い奇妙な技術を使うと。一筋の光と化し、一瞬で距離を詰める技術。丸腰と思いきや、どこからか巨大な得物を取り出し振るう。その武器には我々冒険者の常識には無い奇怪な機構が備わっている。

「今まで、喋ろうにもまともに喋れなかったし、私の記憶が混乱しているものと、思っていました。申し訳、ありません」

「謝ることじゃないリオン。しかし、奴が手の内を見られたと言っていたのはそういうことだったのか」

「でもそれだけ聞いてもいまいちイメージが掴めないわね」

「いや、大変参考になりました。つらいのにありがとうございます、リュー」

 実際のところ私もイメージが湧かないが、その事実を把握しているだけでも大分違うだろう。

 しかしこいつ、まともに喋ることもできないくせに闇派閥(イヴィルス)狩りに行こうとしたとか頭おかしいのか?と、ここで違和感の正体に気付いた。【疾風】の碧い瞳の奥、今までに見たことのない煌きが宿っている。夜空の星々のような……碧い瞳の中に広がる昏い夜空……?なんだ、これは?この娘、こんな瞳をしていただろうか?吸いこまれそうな、それでいて何かが飛び出してきそうな……

「ちょっとちょっと!顔が近いわよ!」

「あいや、失礼。リューの瞳が綺麗だったもので、つい」

「今更何を言っているんだ……じゃなくて、うちは女ばかりのファミリアだが、()()()()趣味の集まりではないぞ」

「ご心配なさらず。確かに私は同性愛者だが既にパートナーがいるので」

「「えっ」」

 二人とも、いや、ベッドの上の【疾風】まで引いた。不要なカミングアウトをしてしまったようだ。

 

 

 

 病室を出てからアリーゼ、輝夜と軽く雑談し、ロビーに戻った。BBのおっさんがいない。どこ行ったんだあのおっさん……

 少しだけ待ち、そろそろおっさんを追いて帰ろうかと思った時にBBがノコノコやってきた。

「なんや、もう戻っとったんかい」

「滅茶苦茶待ちましたよ。どこに行ってたんですか」

「ガネーシャ・ファミリアのイルタのとこや。あいつもここで入院しとる」

 初耳だ。いつの間にそんな情報(ネタ)を掴み、行動していたのか。流石は我らの団長、ただのおしゃべりクソエルフではない。

 バベルを出て歩き出す。外には星空が広がっている。

「なんかおもろい話は訊けたか」

 私はジェイという冒険者が未知のスキル、アビリティ、更には装備を有している可能性があることを伝えた。これは大きな収穫だ。だがBBは「ふむ」とだけ言い、顎髭を手でさすり「他には」と続けて尋ねた。

「いや、【疾風】も満足に喋れる状態ではなかったですし、これで十分だと思いこれ以上は……」

「【疾風】自体になんぞおかしなとこはなかったか?前までとは違うとこがなかったか?」

「そういえば、瞳がなんというか……瞳の奥に不思議な輝きが、いや、何かが潜んでいるようなとも、どこかに繋がっているようなとも……」

 我ながら何を言っているか判らない。だが、BBは。

「やっぱりな」とだけ返してきた。

「やっぱり?ではイルタも?」

「団員全員に招集かけろ。オヤジも寝とるやろうけど叩き起こせ」

 BBは夜空を見上げた。

 輝く星。

 いつになく大きな、素晴らしい月。

「レベル4や5を蹴散らす戦闘能力だけやない、()()がある。嫌な予感がするな。オラリオ、荒れるかもしれん」

 

*1
オラリオを代表する二大勢力の一つ。主神がカッコカワイイ。すき

*2
ヘルメス・ファミリア団長。気苦労の多い美人

*3
オラリオを代表する二大勢力の一つ。主神がおっぱい美人。すき

*4
第一級冒険者が出張って抑える必要がある案件などそうそうなく、大半は下部団体の仕事である

*5
靴底をすり減らしてあっちこっち駆けまわるのは、いつ・どの業界でも三下の仕事




誤字脱字だけ気を付けて必要な単語を入れ忘れるという痛恨のミス


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<●>9

TORCHTORCHから出るアメンドーズシャツ欲しいですね
ミコラーシュシャツ?罰ゲームかな?


「オラッ!凶器(ドーグ)持ってこい!あるだけ全部出せ!」

「魔剣も用意しなさい!なんなら古区画ごとぶっとばせるだけ持ってくわよ!」

 アシュラ・ファミリアはこれからファミリア同士の抗争でもするのかというくらい物々しい雰囲気だった。アシュラ・ファミリア本拠地に戻って数分後、全員で武装し古工業区に殴りこむことが決まったからだ。決まった、というより団長のBBは最初からその腹積もりだったようだ。

「しかし、ガネーシャ・ファミリアが連中と戦闘したのは昨日の話なんですよね。まだ居ますかね」

「馬鹿やないやろし、もうどっか失せとるやろ」

 (アオイ)の疑問に対してBBはしれっと答えた。

「え、じゃあなんでこんな」

「ま、ちょっとしたアピールや」

「アピールって、何に対してですか」

()()()()、や」

 BBは葵に明確な答を提示せずに団員たちに向き直った。

「おう、用意できたか」

「いつでもいけますぜ」

「よっしゃ、()()にでかけよか。障害になるやつは他所の冒険者やろうが自由に排除してもかまへん。くそったれの闇派閥(イヴィルス)もどんくさい浮浪者も、目に入る端から全部ぶち殺したれ」

 物騒な遠足がはじまるよ!

 

 

 

「もう、暫くは地上に出られそうにないよ」

「何で!?」

 人造迷宮(クノックス)の一角。

 ミコラーシュの突然の言葉にバルザックは気色ばんだ。

「さっきガネーシャ・ファミリアの団長とやりあってね」

「なに!?」

「レベル5を一人殺したはいいが、こちらもコッコリスを殺されてしまったよ」

「なん……だと……?」

「突然のことだったから私も彼を助けることができなかった。すまない」

「……!」

 しおらしく頭を下げるミコラーシュを前に、バルザックもヘルゼーエンも言葉を続けることができなかった。

「おいおいミスタ・ミコラーシュ、情報が多すぎて二人とも固まってしまったぞ」

 小汚いフードを深くかぶった男──ジェイが笑いを堪えて言った。

「ヘルゼーエン、一体なにがどうなってるんだ?」

「俺にもわからん……アジトでイツァムナー様と今後の方針を練っていたらこいつがいきなり鏡から飛び出してきた。そしていきなり『逃げるぞ!』なんて言いやがる。訳を聞いても『後で説明する』としか言わないし、仕方なくこうやって人造迷宮(クノックス)まで来たわけだ」

「……なら、うちの神サマは?」

「いきなりバベルに向かっちまった。俺が止めるのも聞かないで」

「あのあたりはガネーシャ・ファミリアの団員がうろうろしていたから捕まったかもしれないねえ。とはいえ、彼らも仲間の治療のために撤退したかもしれないが」

「……」

 バルザックは目をかたく瞑り、目頭を揉んでいる。色々大変そうだ。正義の味方の襲撃を待たずに心労で死んでしまうかもれない。

「ひとつ訊いていいか?ミスタ・ミコラーシュ?」

「どうぞ、ジェイくん」

「貴公が殺したレベル5というのは誰だ?」

「狼人の男さ。名前は知らんよ。コッコリスが『あいつらみんなレベル5だ』と言っていただけさ」

「……【蛮獣(サヴェージビースト)】か?あれを殺すとは大したものだ。で、肝心のシャクティ・ヴァルマは?」

「どうにもならなくてね、尻尾を巻いて逃げてきたよ」

 ミコラーシュは肩をすくめた。

 バルザックはしばらく固まっていたが、やがて立ち上がり「少し相談してくる」とヘルゼーエンを連れて人造迷宮(クノックス)の奥へと消えた。

「おやおや、仲間はずれかね。私はともかく、君はイツァムナー・ファミリアのメンバーだろう?」

「ギルドの登記上はな。彼らにしたら私などただの風来坊さ。信用に値しないだろう」

 ジェイは言って、懐から巨大な青白いものを取り出した。肉を食べ終わったあとのフライドチキンのような形*1をしている。これも狩人の仕掛け武器なのだろうか?しかし、見ているだけで頭の奥がちくちくしてくるのはどういうことか。

 ジェイがフライドチキンの骨を振ると、関節らしきものが転回して伸びた。気持ち悪い。

 ミコラーシュが汚いものを見る目でフライドチキンを振り回す不審人物を見ていると、ジェイが切り出した。

「で、実際のところはどうだった?レベル5は」

 ファミリアの二人がいなくなった途端、墓暴きの狩人は気取った言い方をやめ、ぞんざいな口調になった。

「殺すだけなら不意を衝けば問題ない。君の(わざ)と同じだよ。この世界の冒険者は対抗する術を持たない」

「ほう」

「ただ、正面切ってやりあうのは無理だね。実を言うとだね、この(からだ)はもう人間のそれではない。上位者の叡智を経て、人外の力を得るに至っている*2が、それでも呆気なく殺されてしまったよ。」

「道理で。貴様の纏う空気、私の記憶にある貴様を遥かに上回る気持ち悪さだと思っていた……しかし、殺されたのならば何故生きている?」

()()()()()()()()()()。もっとも、私は自力で『悪夢』に至ったのだがね」

「……」

「この世界で数日暮らしてわかった。レベルの低い者も高い者も同じだ。真実……世界の隠された裏側に触れる力が無いし、見ることも叶わない。故に遅れをとっても殺され切ることはないだろうと踏んだのだが、事実そうだったよ」

 ミコラーシュの言葉を聞き、ジェイはにやりと笑った。

「そうだ。彼らは『啓蒙』を得ていない。彼らがというより、彼らに力を与えているはずのこの世界の神たちが持ち合わせていない。天界に置いてきたのか、元から無いのかは知らないが」

「……実際には神の恩恵(ファルナ)を授かっていなくとも、君は一応神イツァムナーの眷族ということになっているのだろう?どこまで話しているんだい」

「特になにも。彼も訊いてはこなかった。未知こそが娯楽という馳走のスパイスになると言っていたくらいだ」

「やれやれ。彼の本当の眷族(こども)たちは気の毒だね」

 バルザックもヘルゼーエンも、そして死んだコッコリスも、彼らなりの思想を持ち合わせている。それについて深い質問をしたことはないが、彼らは自分の思想に対してはいたって真面目なようだった。そこにどこの馬の骨ともわからない輩を放り込んで楽しむとは……

「ま、どうでもいいがね」

 興味もない。

 最初こそ「神が力を与える」という話には興味を持ったが、ただの身体強化の粋を出ないのならば、かつて、とある同胞が手に入れた『獣の抱擁』と大差が無い。

 そして、高次元の思考を求めもせずに、地べたに這いつくばり泥臭い思想に拘泥する愚かな闇派閥(イヴィルス)に肩入れする気も無い。

 会話も終わり、再びジェイがフライドチキンを振り回すだけの時間が訪れる。

 そこへ、相談が終わったのかバルザックとヘルゼーエンが戻ってきた。

「う゛わ゛!なにしてるんだお前!?」

「暇潰しだ」

「あ、そう……」

 伸びるフライドチキンの骨に驚くヘルゼーエンを尻目に、ミコラーシュはバルザックに訊く。

「今後の活動方針は決まったかね?」

「ああ。俺たちの主神がバベルに向かったなら、他の神たちと話をするのが目的のはずだ。人造迷宮(クノックス)には他の闇派閥(イヴィルス)出入りしているし、とりあえずそいつらに合流する。そいつらも主神から何か聞いてるかもしれないしな」

 つまりは何もわからないから何も決められないし、他人を頼るしかないというわけだ。あれだけ自分たち以外の闇派閥(イヴィルス)を見下して嫌っていたというのに。思わず鼻で笑いそうになる。

 しかし、他の闇派閥(イヴィルス)に合流するというのはミコラーシュにとって重畳だった。他の勢力、他の冒険者ならば己が試みようとしていることに有用な何かを持っているかもしれない。

「俺たちはまだ終われないんだ……悲願を為すまでは……!」

 今度こそ笑いだしそうになった。ジェイなどは「その意気だ」などと煽っているが目が嗤っている。

 報われることのない判り切った結末に目を背けて、意固地になって突き進もうとするのは愚かとしか言いようがない。それとも、自分たちには新たな可能性があると本気で思いこんでいるのだろうか?

 だがしかし、不意にかつてヤーナムで起きたことと彼らの共通点を一つ見出した。

 獣の病を──獣の愚かさを克服しようとし、脳の内に見出した獣を活用しようとした挙句自らも病に罹患し、獣になり果てたかつての同胞。そして目的の為にダンジョンに潜り自らを鍛え上げ、(つい)ぞ人生のすべてをダンジョンに縛られる冒険者たち。彼らにどれほどの違いがあるものか。

 とはいえ、仮に自分も彼と袂を別たずに行動を共にしていたら、結末が判り切っていると彼を止めただろうか。目の前のバルザックたち同様に、自分の望む可能性以外の結末から目を逸らしていただろうか。

「ふふ……」

「どうした」

「いや、なんでもない。くだらない感傷さ」

 追憶が、戻るはずもないのだけれど。

 

*1
ネタ武器じゃないぞ

*2
ダンまち世界の神もやろうと思えば似たようなことをやれるらしいが、彼らはそれを"改造"と呼び忌み嫌っている



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<●>10

 雑誌を手に取ろうとした瞬間、苦痛に顔をしかめた。松葉杖に体重を預けるべく姿勢を変えようとするが、それがまた痛んだ。

()っつつ…」

「ああっ、大丈夫ですかリオンさん。もうっ、団長の言うとおり寝てた方がいいですよっ」

「だ、大丈夫ですよセルティ。臓物はもう修復されています。これは今まで身体を動かしていませんでしたから、筋肉や腱の問題です」

 リューは我ながら苦しい言い訳ではないかと思ったが、小人族(パルゥム)の少女は「そうですかぁ~」と安堵の表情を浮かべた。なんともまあ素直な少女である。素直すぎてむしろリューが心配してしまった。同じ小人族(パルゥム)でもライラとは大きな違いだ。

 昨日ギルドの治療院を退院したリューは、セルティとギルドが運営する図書館に来ていた。

 リューは退院早々に戦線に復帰することを望んだが、仲間にも主神にも叱られてしまいアストレア・ファミリアの仲間であるセルティの付添のもと、近況把握のためにギルド広報が公開している活動報告書や、報道系ファミリアが発刊している雑誌を読みに来たのだ。

 目当てのものをテーブルにどさりと置き、椅子に腰をおろす。その隣にセルティがちょこんと座った。

「リオンさん、これ全部読むんですか?」

「いえ、私が知りたいのは闇派閥(イヴィルス)関連の情報です。特に、イツァムナー・ファミリアについてものを」

 イツァムナー・ファミリアの名を聞いてセルティの顔がこわばる。一ヶ月前、リューを生死の狭間に叩き落としたのがまさにイツァムナー・ファミリアの構成員だからだ。

「治療院の中でも最近の闇派閥(イヴィルス)の活動は小耳に挟んでいましたが、今の状況を十分に把握できているとは言い難いですからね」

 まずはギルドの情報誌を読む。リューがイツァムナー・ファミリアに敗北しギルドの治療院にかつぎ込まれたこと、ガネーシャ・ファミリアの団員が謎の自分と戦闘し死亡した事実が端的にまとめられている。順々に読み進めていると気になる記事を見つけた。アシュラ・ファミリアの【首輪付き(カラード)】がリューの見舞いに来た翌日の出来事だ。

『古工業区でアシュラ・ファミリアが大規模戦闘。広範囲に渡り構造物が崩壊、死傷者多数。肝心の闇派閥(イヴィルス)の損害については詳細不明』

 ギルド広報資料にはそれ以上詳しいことは載っていない。他ファミリアの刊行物をめくっていく。

 アシュラ・ファミリアが古工業区を襲撃した翌日の記事を見つけた。

 

──『夜間の大規模破壊行為!真に都市を追放されるべき破壊者は誰なのか!?』

 昨夜半、オラリオ屈指の暴力集団であるアシュラ一派の中核組織、アシュラ・ファミリアが古工業区を襲撃した。賢明なる本誌読者諸君においては、アシュラ・ファミリアがどのような存在であるかは今更語る必要もないだろう。しかし、悪名高い暴力集団は我々の常識、いや良識をまたも飛び越えた。

 まず、経緯を説明しよう。ここ数日で急激に存在感を増した闇派閥(イヴィルス)のひとつ、イツァムナー・ファミリア。彼らの秘密基地が古工業区にあるとギルド主導の有志連合は推察していた。イツァムナ・-ファミリアはアストレア・ファミリアやガネーシャ・ファミリアの実力者をすら下したので、ギルドは高レベル冒険者が合流したのでは?と警戒し、有志連合には慎重な調査と情報共有、共闘を課した。

 しかしアシュラ・ファミリアはその有志連合会議が開かれた当日、魔剣まで持ち出して古工業区を手当たり次第破壊したのだ。有志連合への相談もギルドへの報告もしておらず、これは明確な独断専行であるとともに都市への破壊行為であるに他ならない。

 彼らが撤退したのち、ガネーシャ・ファミリアが古工業区の被害状況を調べに向かったが、多くの建物が破壊され、古工業区に居付いた浮浪者たちの死骸も崩壊した建屋に潰されており惨憺たる光景であったという。また、肝心のイツァムナー・ファミリアの安否は確認できておらず(仮に死んでいても、死体を発見するのも困難であろう)、アシュラ・ファミリアの行動の成果は不明だ。

 破壊者たちの行動に対し、ギルド長のロイマン・マルディール氏が出したコメントは以下のものになる。

「たとえ闇派閥(イヴィルス)壊滅の為の行動だとしても、彼らの行動は都市の秩序を乱すものであり、到底看過できない。ギルドはアシュラ・ファミリアに対し、厳正な処罰をくだすだろう」

 ガネーシャ・ファミリアやアストレア・ファミリアのような、被害を出しながらも真に都市の平和と秩序の為に尽くす組織に報いる為にも、ギルドは断固とした姿勢でアシュラ・ファミリアに当たるべきだ。

 

 リューは別の雑誌にも目を通す。アシュラ・ファミリアが古工業区を襲撃した一週間後の記事だ。

 

──ギルドはアシュラ・ファミリアに対し、古工業区への破壊行為に対しての処罰として200億ヴァリスの罰金とダンジョン到達階層更新の強制任務(ミッション)を課した。200億ヴァリスなど我々庶民には想像もつかない大金だが、アシュラ・ファミリアは都市内外に所有する不動産や美術品等の資産を売却し支払う方針と見られる。また、ダンジョン到達階層更新には傘下団体と連携して向かうものと思われる。

 しかし、ギルドが下したこの処罰は形ばかりのものであるという批判がある。

 というのも、かねてより古工業区の再開発はオラリオの発展のために大きな課題となっていた。オラリオの外貨獲得は魔石産業に大きく依存しているが、工業系ファミリアが活動を発展させようにも新しく工場を立てる場所の確保が困難だからだ。老朽化した建物が密集した古工業区は取り壊しも困難であり、ギルドも工業系ファミリアも有効な手段を見いだせていなかった。それを今回アシュラ・ファミリアが闇派閥(イヴィルス)壊滅を名目に区画ごと破壊したことにより、少なくとも取り壊す際の人的被害を考慮する必要がなくなり、ギルドも工業系ファミリアも早くも古工業区の再開発に動き出し始めた。崩壊後わずか一週間、被害状況の把握もできないない内から再開発計画が動き出すのは不自然としか言いようがなく、アシュラ・ファミリアを含め彼らの間で裏取引があったのではないかと推察される。

 また、ダンジョン到達階層更新の強制任務(ミッション)に対しては明確な期限が設けられておらず、「準備が整い次第」という曖昧なものになっている。アシュラ・ファミリアと友好関係にある工業系・商業系ファミリアも彼らへの支援の意図を明確にしており、活動資金に困窮することは無いのは明白だ。

 アシュラ・ファミリアはかねてから経済活動に従事するファミリアのからの依頼を多数受けており、彼らの発展の一端を担ってきた。アシュラ・ファミリアと彼れらは持ちつ持たれつの関係であり、オラリオの発展の為にもアシュラ・ファミリアの戦力を実際に削ぐ判断はできないというのがギルドの実情だろう。

 

 リューは軽く眩暈がした。正義の為の自分の闘いも、秩序の為のガネーシャ・ファミリアの犠牲も、悪辣な大人たちの手にかかれば商売の種として利用されてしまうのか。

 無力感、嫌悪感、虚無感……ネガティブな感情が自分のうちに渦巻くのをリューは止められなかった。

「リオンさんっ!顔色が悪いですよ!やっぱり帰って横になりましょうっ!」

「え……ええ……」

 病み上がりの身には憤怒に身体を震わす体力すら無く、リューはそれももどかしかった。

 誌面を読み進めている上で、『ルドラ・ファミリア大々的な行動』『集団幻覚か?満月の夜に巨大な化け物の目撃証言多数』『新興宗教団体、"第三の瞳"によるものとみられる誘拐事件多発』等の気になる記事もあったが、最早それらを読む気力も無い。

 リューは自分よりも小柄なセルティに肩を借り、支えられるようにして図書館を出た。そこで、一人の人間の女とすれ違った。

「おや、リュー・リオン。こんなところで何をしているんですか。退院こそしたとはいえまだ安静にしていてほしいのですがね」

 声をかけてきたのは全身を白い装束で包んだ妙齢の女。彫りの深い整った顔以外のすべての肌を覆い隠しており、手も白い長手袋で覆っている。元来潔癖で貞操観念の固いエルフのリューですら「ここまでするか」と思わせるほど素肌を見せていない。

「すいませんラーギーさん。寝ているだけというのも性に合わなくて調べ物をしていたのですが、やはり貴方の言うとおりのようだ」

「キッサ先生、ごめんなさい、しばらくは私たちファミリアのみんなでリオンさんを大人しくさせてますから」

 二人はキッサ・ラーギーに頭を下げた。

 彼女はギルドの治療院に出入りしている医療従事者だ。どこのファミリアにも所属していないが、高い医療技術と豊富な知識や斬新な発想を持っており、ディアンケヒト・ファミリア同様に多くの住人や冒険者に頼りにされている。特に、今までは重傷を負った冒険者が命からがらダンジョンから脱出してもそのまま息絶えてしまうことが少なくなかったが、彼女が開発した人工輸血液を治療院で施せるようになってからは多くの冒険者が命を繋いでいる。

 元々は異邦の医師らしく素性も明らかではないが、オラリオは元々流れ者が多い土地であり、彼女のように多くの人々に貢献し信頼を勝ち得たならば、誰も素性など気にしない。リューとて彼女同様の流れ者であり、闘争ではなく平和的な手段で人々への貢献を成している彼女にリューは尊敬の念を抱いている。

「リュー・リオン。あなたの正義への忠誠心と悪への闘争心は尊敬に値する。だがあなた自身が身体を労らない理由にはならない。自愛しなさい」

「は、はい」

 そもそも半死のリューを治療したのは他ならないこのキッサだ。彼女独自の新しい治療法の臨床試験の協力*1ということで、ディアンケヒト・ファミリアとて手を焼くような大怪我を治療してもらい、治療費の負担すら免除してもらったのだ。元来アストレア・ファミリアは闇派閥(イヴィルス)との闘争の矢面に立つゆえに怪我人が絶えず物資も多く必要なため、資金繰りも決して余裕があるわけではない。そんな彼女らにとって、死にゆく仲間の命をつなぎとめるほどの手術の治療費を負担せずに済んだのは大きい。そういう経緯もありアストレア・ファミリアの面々は彼女に頭が上がらない。

「それでは失礼します」

「お大事に……いえ、ひとついいですか」

 リューたちは去ろうとしたが、キッサにまた声をかけられ振り返る。

「リュー・リオン、施術してからひどい頭痛に襲われたり幻覚を見ることはありませんか?もしくは身体の節々が痛んだりするようなことは?」

「いえ……無いですが。そのような可能性があるのですか?」

「いえ、理論上は大丈夫なはずですが、なにぶん実績も無い治療法だったので。ましてや今回の研究も人間相手を前提としていたので、エルフのあなたにどんな影響があるのかなんとも言えなくてね。何か異変があれば教えてください」

「ええ、勿論です」

 リューとセルティの二人は今度こそ歩き出す。キッサに見送られながら。

 通りには多くの人が行きかう。二人のような冒険者もいれば冒険者の妻子や労働者もいるだろう。彼らにも彼らの暮らしがある。闇派閥(イヴィルス)の暴虐に晒されていいはずもない、そう思うといてもたってもいられないが、キッサの言うとおり自分は身体の調子が十全になるまで大人しくしていなければならない。

「リオンさん、気になる本があるなら私たちが持ってきますからっ」

「ええ、すいませんがお願いします。セルティ」

 健気な小人族(パルゥム)の少女の提案に微笑みながら応える。自分を想ってくれる仲間がいる。支えてくれる人がいる。いじけた憐れなエルフにの小娘には過ぎた環境だが、だからこそ彼女たちの意志に応えなければならない。

 リューは決意を新たに歩みを進め───

 

 

(ふる)き血を畏れたまえ

 

 

 振り返る。

 通りには多くの人が行きかう。リューのそばにいるのはセルティのみ。

「リオンさん?忘れものですか?」

「……いえ、行きましょう、セルティ」

 すれ違った人の声が、やたらと鮮明に聞こえただけだろう。リューは深く考えず、再びセルティと並んで歩き出した。

 

*1
人体実験とか言わない



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<●>11

みんなでたのしくおしゃべりばかりしている回です


 満月が煌々と街並みを照らす。

 オラリオ居住区の片隅にある、とある廃教会。

 打ち棄てられ、誰もいないはずの建造物には少なくない人が集っていた。

 壁や屋根はひび割れところどころ崩れているが、何かが焚かれているのか、馥郁たる香りが廃屋を満たしている。

 祭壇には騎士像や女神像が祀られているが、それらは一様に小さい。像として小さいものではなく、モチーフからして小柄なのだ。

 祭壇の前に立つ小人族(パルゥム)の男は手を掲げ言った。

「……ですから、我々の女神であるフィアナ様*1こそが、この宇宙の唯一にして真なる神なのです。今の神時代に天界から地上に降り立った神々など、取るに足らない矮小な存在であり、仕えるに値しないのです」

「嗚呼……フィアナ様……」

「ありがたや~~ありがたや~~」

 司祭らしき小人族(パルゥム)の男の話を聞く信徒たちは小人族(パルゥム)が多いが、他種族の者も数人いる。

「我々の真摯な祈りこそが天界の遥か彼方……外宇宙におわすフィアナ様に届き、預言者を介して我々に届けられた言葉……真の託宣(ミュステリウム)こそが、我々を進化させ、新たな次元に到達する力を与えたもうのです。神の恩恵(ファルナ)などという紛い物の力に縋る邪教徒に対抗する手段になるのです」

「フィアナ様……」

「フィアナー!俺だー!結婚してくれー!」

「こら、やめないか」

「構いません。フィアナ様の愛は無限で、みなに平等です。さあ、皆さまも唯一にして聖なる女神・フィアナ様に祈りを……」

 一同は独特な祈りの姿勢をとった。左腕をまっすぐ天に向けて伸ばし、右腕を地に対し平行になるようにまっすぐ伸ばす。

「ええ、そうです……右腕で邪悪なる偽神に支配された大地の悪い気を抑えつけ、左腕で遥か外宇宙におわすフィアナ様に向けて祈り捧げるのです」

 彼らは暫くの間、珍妙な姿勢で祈りを捧げていたが、やがて腕を下ろす。

「それでは、今日の集会はここまでにしましょう。ああ、お布施はこちらに……」

 と、司祭らしき小人族(パルゥム)が信徒らしき小人族(パルゥム)の少女を案内した、その瞬間。廃教会の扉が吹き飛ばされた。

「ビアー・ファミリアだ!全員動くな!」

 武装した集団が廃教会に突入してきた。総勢15人程で突入してきた集団はみな黒い戦闘衣(バトルコロス)に身を包み、顔も目出し帽や覆面で隠している。数人が二又の戟を持っているが、それ以外の武装は共通しているようで、金属製の細長い棍棒(メイス)を持ち、腰には大振りな山刀(マチェテ)を佩いている。

「手を頭の後ろで組んで跪け!抵抗するな!」

 逃げ出そうとした青年を集団で囲んで棒で叩く。青年は瞬く間に半殺しにされた。

 武装集団の動きは統率され、連携もよく取れている。

「貴様が頭目か!手を頭の後ろで組んで跪け!」

「わ、わたしは」

「抵抗するな!」

「グワッ!アバッ……」

 へっぴり腰で釈明しようとした司祭の小人族(パルゥム)も手際よく四肢と肋骨を割られた。

「確保!」

「制圧完了!」 

「全員捕縛しろ!」

「人もブツも全部運び出せ!チンタラしてるとガネーシャ・ファミリアがやってくるぞ!」

 

 

 

「見ろ。あれがギルド公認の武装強盗団、ビアー・ファミリアだ」

「いやはや、随分と手際がいいね」

「あいつら、チンケな暴行犯や侵入盗には見向きもしないが、組織だって動いてる連中には容赦ねえ。組織暴力は自分たちの専売特許だと思ってやがる。なにより、犯罪組織はアジトに金品を溜めこんでることも多いからな。結局のところそれを押収するのが目的なのさ」

 廃教会から離れた処にある高楼から、遠眼鏡片手にルドラ・ファミリアのジュラがミコラーシュに説明した。

「で、きみら闇派閥(イヴィルス)も彼らにはこっぴどくやれている。そういうわけかい」

「ああ。アストレア・ファミリアやガネーシャ・ファミリアも大概鬱陶しいが、俺らの天敵はあいつらさ。金や物の動きをから悪だくみを察知しやがる。金に鼻が利くのかもな。とにかく、準備を整えていざドンパチだと意気込んでる瞬間にカチ込んできて全部持っていきやがる。おつむの弱い連中が悪だくみしてもあいつらを出しぬけねえ」

 逆に言えば、犯罪集団でも金目のものも持っていないのが判っていれば捨て置くということだ。貧乏くさい思想家の寄り合い所帯であるイツァムナー・ファミリアとか。

 ミコラーシュは手に持ったオペラグラスを覗きこむ。縄で縛られた信者たちを馬車に詰め込む者。廃教会に何かが隠されていないか捜索する者。手際こそよく、場馴れしているのもわかるが……

「一人一人が特別実力者というわけではな無さそうだね。よくてレベル2といったところか」

「ああ。実際に現場に出向くのはレベル2以下の仕事だ。第一級や第二級も数人いるが、デカイ事件でもなけりゃでばってこねえ」

 ジュラは言ってから、「バケモン連中が目立つせいで感覚おかしくなってるけど、レベル2でも十分強いんだぜ、ほんとは」と付けたした。

 

 

 

「なんだと……もう居住区の廃教会が潰されたのか」

「驚くこっちゃねーだろう。そもそもお前らはそのつもりで教祖サマや運営資金をヨソにうつしてたんだろ」

「しかし、主要メンバーや物資は既に別のとこに移したとはいえ、『第三の瞳』がこうも早く叩かれるとはね。驚いたよ」

「おいおい、随分ノンキなリアクションだな。実際のとこどうするつもりなんだよ」

 魔石工場が立ち並ぶ工業区。その中には労働者向けの簡易居住区も数棟建っている。その一室で残存する闇派閥(イヴィルス)の主要団体の幹部が頭を付き合わせていた。

「そもそもの話をするとね、私は『第三の瞳』でちょっとした実験をしているんだよ。きみらの悪行の片棒を担ぎたいわけじゃないんだ」

「おいおいそりゃねーぜミコラーシュさんよォ~!無辜の民からあくどい手練手管で金から人足まで掠めといて何言ってんだよ」

「ヴァレッタ、静かにしろ。死に損ないなら死に損ないらしく大人しくしていろ」

「なんだとバルザックこの野郎!レベル3*2の分際で舐めたクチ利いてんじゃねーぞッ!」

 表向きには『27階層の悪夢』*3で死亡したことになっている女、ヴァレッタ・グレーデ*4が怒声を上げ立ち上がる、が。

「静かに」

「ヒッ!?」

 突如として自分に絡みつく巨大なナメクジに小さな悲鳴を上げる。

「おいおいヴァレッタちゃ~ん、ナメクジが苦手か~~?可愛らしいとこもあるじゃねーの!ギャハハ!」

 ジュラが囃したてる。

「君も静かにしてくれ。話が進められないだろう」

「わ、悪い」

 ヴァレッタとジュラも腰を下ろし、ミコラーシュの話を聞く意思を見せた。そしてようやくミコラーシュは切り出した。

「私はオラリオに、もう一つ世界を創ろうと思っている。人々の無意識領域で構成された精神世界だ」

「「「???」」」

 バルザック、ヴァレッタ、ジュラの三人とも首を傾げた。

「その為には悪夢が必要だ。都市の人々の脳内に悪夢を創る、極力多くのね。その悪夢を私の秘儀を用いて連結し、一つの大きな悪夢……夢の世界とでも言った方がわかりやすいかな?それを創る」

「「「??????」」」

「かつて私はヤーナムで上位者(グレート・ワン)の力を借り、似たようなことを成した。もっともその時は自ら上位者(グレート・ワン)に伍することしか考えていなかったが。幸か不幸か、この世界には上位者(グレート・ワン)はいないが数多の神がおり、神々から力を賜った人もいる。その力の発露の経路さえ解明すれば、上位者(グレート・ワン)の助力無くとも私だけで悪夢の世界を築き上げ、ひとつの大海とした人々の潜在意識を掌握し自在に操れるようになる」

「「「?????????」」」

「今は手始めに信者を増やしたい。小さくとも精神世界の実験場を創りたい。『第三の瞳』初期メンバーはバルザックたちが率いた社会に不満を持つ人々を集めたが、信者をもっと増やし、且つ彼らを起点にオラリオに広く悪夢を根付かせるには君たち闇派閥(イヴィルス)の協力が不可欠だ」

「……なあ、ミコラーシュさんよ」

 ヴァレッタが口を挟んだ。

「いろいろ理解不能だし、細かく訊いたところで多分わかんねーと思うけどよ。いっこだけ訊かせてくれ」

「訊いて、どうぞ」

「もう一つ世界をつくるつったが、それは何のためだ?それにも目的があるだろ?」

 ミコラーシュはニタリと笑い、言った。

「聖人を創るのさ」

 ヴァレッタは顔をしかめて俯いた。訊いた自分が莫迦だったと言わんばかりだ。

「まあ、最後まで聞きたまえ。たとえば、君らは神の恩恵(ファルナ)を授かり、レベルアップまでして物理的には超人的な身体能力を得ただろう。だがしかし、肝心の精神はどうだ?」

「なんだよ、悪事ばかりしてる俺らが下劣な糞野郎だっていうのか?」

「そう、そこだ」

 ミコラーシュの質問に答えたジュラを指差すミコラーシュ。「指をさすな」と注意するジュラを無視して続ける。

「その善悪も人々が生活する社会を成立させるために築かれた価値観に基づく。そして我らの自我もその社会規範や価値観の中で右往左往し、押しつぶされたり、時には君らのように抵抗する。だが人間の精神は本来広大且つ深淵。まさに大いなる深海の如しであり社会構造などに左右されるべきではない」

「ああ、またわけわからんこと言いだしたぞ」

 ヴァレッタがお手上げ~の動作をしながら茶化したが、異世界狂人はそれを無視し、言葉に熱を込めて続ける。拳まで振上げちゃったりして。

「しかしこの深海を自由に泳ぎ切り、行き来できるようになればどうだ?精神の強化・改造ができるようになれば、人の身のまま思考そのものを高次元に昇華(アセンション)できる!それこそ神の如くに!人類の幼年期は終わりを告げ、神の玩具(オモチャ)などではない、人間の人間による人間の為の()時代を手にすることができるのだよ!」

「何を言ってるのか私にはさっぱりわからん。お前らはわかるか?」

「俺こういうの知ってるぜ。学区出身の知識層気取った世間知らずなボンボン集めてよ、進化どうのこうのっていう詐欺まがいの啓発講習やって金稼いでだことあるぜ」

 ジュラとヴァレッタの反応に今度はミコラーシュがお手上げ~~になった。

「駄目だ……思考の次元云々の前におつむが弱すぎる……」

「……俺は協力する」

 バルザックが腕を組みながら言った。

「オラリオのみならず、この(しん)時代は神なんぞにすがっている者が多すぎる。神こそが呪いであり人の自由意思を抑えつける軛だ。元々俺はそれを破壊するのが目的だったんだ」

「おお、素晴らしい!(しん)時代にあっても神への叛逆を貫くとは!ジュラもヴァレッタも彼を見習いたまえ!」

「「お、おお~~……」」

 ミコラーシュがバルザックを賞賛*5すると、ジュラとヴァレッタも続いた。レベル3に到達する程に神の恩恵(ファルナ)を活用している人間が吐いていい言葉ではないが、そこは誰も指摘しないであげた。

*1
小人族たちが信仰していた女神。しかし、千年前に地上に降りてきた本物の神々の中に小人族の女神に該当するものはなく、その信仰は偽りとして廃れてしまった

*2
ちょっと前に2から上がった

*3
怪物進呈でわちゃわちゃしているところにボスモンスターも引っ張ってくるという合わせ技で沢山の人が死んだ事件

*4
外伝7巻のイラストではなかなかの美人っぽいし格好もえっちだ

*5
微妙なテンションの拍手




且つ

ミコラーシュがヒップドロップしてるようにか見えない


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<●>12

 リューが退院してから一ヶ月経った。

 リューが本調子になるまではと、団長のアリーゼはリューに闇派閥(イヴィルス)との戦いやダンジョンの浅層以降に潜るのを禁止していたが、ようやくリューはアストレア・ファミリアの面々とパーティを組んでより奥への探索の参加を認められた。

 

 

 

「ぬわああ、疲れたもおおおおおお」

「疲れた……」

「今回は随分とキツかったわね」

「辞めたくなりますわぁ~遠征ぃ」

 文句を垂れながらも、ライラを先頭にアストレア・ファミリアの面々はダンジョンから地上へと帰還した。

 遠征とは言うが彼女たちの到達記録には到底及ばない浅い階層で踵を返してきた。アストレア・ファミリアはリューと輝夜というアタッカーが二枚揃ってこそ十全に力を発揮できるチームである。回復したとはいえ、アリーゼも仲間たちもいきなりリューを矢面に立たせて連戦を続けようとはしなかった。

 当のリュー本人以外は。

「アリーゼ、本当によかったのですか?これではギルドに課されたノルマをこなせていないのでは?やはりせめて深層までは行くべきだったのでは……」

「もう!何度言わすのよリオン!みんなで決めたことでしょ!」

 今回の遠征は下層の序盤で引き返す──最初からそう決めて潜った。

 リューを気遣ったというのもあるが、チームとしての連携もある。リューが抜けた穴が本人の復帰で埋まったとはいえ、二ヶ月も本来のフォーメーションとは違う形で行動していたのだ。パーティの全員が以前どおりの連携ができるだろうという楽観的な考えは持たず、想定外のトラブルが起きても個々の能力での対処が不可能ではない領域までで止めておいたのだ。結果としてはその判断は正解だった。損害らしい損害は無いが、連携にもたついた団員たちの疲労はなかなかのものだった。

 魔石やドロップアイテムの換金を済ませた彼女らは貸倉庫に道具や装備を預け、ギルドに併設された施設のシャワーで身体を清めて、すっかり月の上がった夜の都市に繰り出すことにした。

「さっぱりした~!」

「酒飲みたくない?」

「ビール!ビール!」

「甘いもの食べたい!」

 探索を成し遂げた達成感と地上に出てきた解放感からか、各自が己の欲望に忠実になっている。

「みんな、疲れているのなら今日はもう戻って休むべきでは?」

「な~に言ってんだよリオン~~、探索後の打ち上げこそが冒険者の醍醐味だろが~!」

 正論を吐くリューにライラが絡む。この小人族(パルゥム)は何か呑む前からもう酔っているのか?リューはいぶかしんだ。

「そういえばわたし、おいしいおみせしってる!」

 ちょっと舌ったらずなところのある犬人(シアンスロープ)の少女の提案で、一行はとある酒場に向かうことにした。ファミリアの仲間は好きだが大人数でわいわいがやがや騒いで飲み食いをするというのが苦手なリューは断りを入れて先に帰ろうとしたが、アリーゼの「団長命令よ!」のひとことで強制連行されることになった。

「リオン」

「ぐむ…」

 アストレア・ファミリア内でリューと鎬を削り合うエース・アタッカーの輝夜が顔を寄せてくる。極東出身者特有の真っすぐ伸びた艶やかな黒髪、彫の浅い小顔に整った小鼻やすっきり流れる切れ長の目にエキゾチックな化粧。オラリオでも珍しいタイプの美少女に不意をつかれる形で接近されたリューは動揺してしまった。

「たまにはこういう場で息抜きでもしろ。【冒涜者】にやられて以来、貴様は気を張り詰めすぎだ。周りの者も気を使う」

「……!」

 リューも自覚はしていたが、それでもこうして正面から言われるとこらえるものがある。言い返せずに固まったリューを見た輝夜は満足げに笑い、「と、いうわけで今日は正気を失うまで呑ませてさしあげますわ~!ライラと一緒に裸踊りとかしてもらいましょう!」とおちょくるように言った。

「おいおい、いくらアタシでも酔ったからって裸踊りなんかしないぜ」

「ま、まてッ!輝夜ッ!裸踊りとは新年会の時にライラがやっていたあれか!?わ、私は絶対にあんなことしないッ!」

「えっ、ちょっと待って。アタシしてたの?マジで?」

 困惑するリューとライラをけたけた笑いながら一行は歩みを進め、「あっ!ここだよ!」と犬人の仲間が一軒の建物を指差した。『豊穣の女主人』と書かれた看板が掲げられたの店はたしかに、表を通りかかった者の胃袋を直撃するいいにおいを垂れ流している。

 仲間たちも「あ~、ここ聞いたことある」「私も行こうと思ってたんだ~」と会話しながら敷居を跨ぐ。ウマイ店というのは冒険者たちの口コミで評判になるのがオラリオであり、その点ではこの店は間違いなさそうだった。

 リューも仲間に続いて店に入ったが、一番最初に目についたのは店員でも内装でも料理でもなく、テーブル席についている三人組の女だった。ヘファイトス・ファミリア団長の椿・ゴルブランド、アシュラ・ファミリア最高幹部のホテイ・葵、そしてビアー・ファミリア団長のメイ・トヒースだった。

 ヘファイトス・ファミリアはともかく、リューはアシュラ・ファミリアとビアー・ファミリアにはいい印象は持っていない。両ファミリア共にオラリオ内ではトップクラスの存在感を持つが、用心棒という名目の恐喝や搾取に始まり企業や商会と結託しての密輸・密売等の黒い噂も付き纏う。彼らが対闇派閥(イヴィルス)の戦線に加わるのは目障りな商売仇を皆殺しにする為だというのがもっぱらの噂だ。

 両ファミリアと距離をとりたいのはリューの仲間たちも同様のようで、彼女たちの座るテーブルから離れたところに着席した。

 猫人の店員に注文を頼むと、程なくして酒が出てきた。

「それではっ!無事の帰還とリオンの快気を祝して……カンパーイ!」

「乾杯!」

 アリーゼが音頭をとり、団員たちが続く。各自が好き勝手に喋りながら酒や茶、ジュースを喉に流し込む。ドリンクを呷っている間に料理が次々と運ばれてくる。この店は酒も料理もたしかに旨い。女子だけの集団に旨い飯と旨い酒。会話が盛り上がれば酒も進み……

「ったく、なんで私みたいなイイ女にカレシができないんだ……」

「それでぇ…このチーズはこうやってぇ…食べ合わせるとぉ…ンマァ~~~~イッ!」

猛者(おうじゃ)───ッ!抱いてくれ────ッ!」

「見ろ!みんな!アタシを見ろ!」

 疲労が溜まっている分、酔いが回るのも早い。2時間もすれば、敬愛している主神アストレアには到底見せられない痴態の地帯になってしまった。少量とはいえ、輝夜やライラに強引に呑まされた*1リューも陽気になっており、半裸で踊るライラを囃したてていた。

 と、リューはふと自分たちを見る視線に気付いた。メイ・トヒースとホテイ・葵だ。妙にするどい視線、しかし敵意は無い。   

 そこで、リューの酔っぱらった頭はひとつ気付いた。べらべら喋りながらも料理をバクつく椿を尻目に、クールビューティーの葵がメイにやたらとベタベタくっついている。葵はレズでありパートナーがいると言っていた。ならば葵のパートナーはメイ*2と推察できる。イコール、メイもレズ。レズ二人(しかもレベル6だ)が酔っぱらった美少女集団を品定めするように見つめている……!*3

 アルコールの分解が追い付いていないエルフの少女は一瞬でテンパってしまった。

「ライラッ!服を着ろ!イスカ、そんなところで寝るな!ああ…アリーゼも潰れてないで手伝ってくれ!って輝夜はどこだ!?」

「ウップス……」

 テーブルに突っ伏した団長を引っ叩いて起こすと、姿の見えない副団長を探した。他の団員たちに呑ますだけ呑ませておいて、自分は外で夜風にでも当たっているのだろうか。あの極東出身のお嬢様はそういうとこがある。

 リューがひとりてんやわんやしていると「ちょっとあんたら」と声をかけられた。振り向くと、大柄な女が立っていた。従業員のエプロンを着ているが他の従業員たちは怖れをなして遠巻きに見ている。店主だろうか?

 そして、ただデカイだけではない。強い。リューは直感的に理解した。

「たしかにウチは酒も料理も自慢だよ。お客さんにもそれで機嫌よくなってもらえるならアタシも言うことないさ。でもね……」

 大女が圧を発する。リューは青褪めた。

「馬鹿丸出しで暴れられちゃ迷惑なんだよ!」

 あっという間に全員叩きだされた。

 酔い潰れていたとはいえ、第二級冒険者の集団を力づくで追い出す店員がいる酒場とは……仲間のゲロにまみれながら、リューはオラリオの魔都っぷりを改めて体感したのであった。

 

 

 

「おいおいミア、いたいけな少女たちになんてことすんだよ~~、可哀想だろ~~?」

 店の中ではリューたちを叩き出したミア*4にメイがチャチャを入れていた。

「うるさいね、あそこまでいくと営業妨害なんだよ。第一ああでもしなきゃあんたが襲ってただろ」

「おいおい、ノンケのガキを襲うような外道タチじゃないぞ俺は~~?」

 ミアは「どうだか?」とだけ言ってちらかった皿やグラスを片付け始めた。

「というかあんたらもいつまでいるんだい。そろそろ店仕舞いだよ」

「フガガフガモググフガッ!」

「椿、食べながら喋らないでください」

 葵に注意された椿は酒で口の中のものを胃に流し込むと「まだ出された品を食べきっておらんのでな!もう少し待ってくれ!」と主張した。

「別に急かしやしないさ」

 ミアはやれやれといった表情で店仕舞いの準備を始める。店員達もミアと共に掃除をしている。

「で、進捗はどうなんだゴルブランド?割増料金で解決するなら払うぞ」

「モガガ。金に文句があるわけではない。元よりお主らビアー・ファミリアは上客よ。単に素材の調達とこちらの人手の問題だ」

 他の客がいなくなったのを機として彼女たちは元々の目的としていた会話を再開した。

「こちらも努力するが、そちらも手前の要望は聞いてくれるんだろうな?」

「わかったよ。お前らの新しく拵えた武器の試し切りに付き合うさ」

「助かる。手前ひとりですべてを試すのは骨が折れるのでな。それはそうとお主の主兵装も手前に依頼せずともよいのか?」

「俺自身は葵製の呪道具(カースウェポン)を愛用してるからな。どんなに出来がよくても通常の武器には今更戻れねえよ。一応共通兵装は装備してるけどな」

 メイは言って腰に履いた山刀(マチェテ)を軽く叩いた。この山刀(マチェテ)はヘファイトス・ファミリア製であり、ビアー・ファミリアの標準兵装として大量に制作依頼、購入している。無論、装備者のレベルに合わせて品質は変えて注文しているが。

「しかしまあ、団員すべての予備兵装を新調するとはな。闇派閥(イヴィルス)はもう下火だというのに、まるで戦争でもするようではないか?」

 椿はメイの瞳を覗き込むようにして訊いた。ガネーシャ・ファミリアとは毛色が違うとはいえ、ギルドから都市の治安を任されている組織の長が武具購入の依頼を出してきたのだ。気にならない訳が無い。だがメイは「最近物騒な事件が多いからなあ」と答えるだけだった。

 

 

*1
アルハラはやめましょう

*2
他ファミリア間での男女交際が厳禁でも、女同士ならいいじゃない理論

*3
同性愛者がみんな性に奔放だと思うのは偏見だが、結局そういう連中が目立ってしまうものだ

*4
豊穣の女主人の女将さん。めっちゃつよい



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<●>13

Oh Amygdala, oh Amygdala...
Have mercy on the poor bastard...


ビアー・ファミリアによる『第三の瞳』信徒、小人族(パルゥム)の青年:プロフェット・ワンストーの聴取

 

──『第三の瞳』とは何だ?知っていることをすべて話してくれ。さっきも言ったが、協力してくれるなら手荒なことはしないと約束しよう。

 

そんな紳士ぶらないでも、あんたらに隠し事なんてしないよ。怖いからさ。というか、どうせそっちの鏡、マジックミラーの向こうにあんたらの神様がいるんだろ?嘘なんか言っても仕方ないさ。で、俺らが何だって言われてもな。俺だって多くを知ってるわけじゃないよ。逆にあんたらは何を知っているんだ?知りたいことがあれば一個一個訊いてくれ。答えられるなら答えるし、知らないなら知らないって言うよ。

 

──君たちの集団の主神は誰だ?ギルドに届け出を出してないファミリアなのか?

 

いや、俺らには主神なんていないよ。だから神の恩恵(ファルナ)だって授かってない、レベルゼロさ。他の信徒も同じじゃないかな。ああ、でもどっかのファミリアに入っているやつはそこの神様から貰っているんじゃないか?

 

──君たちは宗教団体なのだろう?なのに他ファミリアの団員がいるのか?

 

え、そうだよ。どっかのファミリアの団員ってやつもちらほらいるよ。

 

──何故所属している?

 

そんなん俺に言われても知らないよ。自分の神様がいるのになんで『第三の瞳』に入ったかなんてさ。本人に訊いてくれよ。いや、そいつがどこの所属でどこに住んでいるかなんて知らないけどさ。でもほら、冒険者なんていつ死ぬかわからないだろ?だからこそ、何かに祈るっていうか、すがりたくなるんじゃないかな?主神なんて言ってもさ、実在こそしてるけど神の力は封印してるから眷族がダンジョンに潜ったらもう何もしてやれないだろ。ほら、あんたらのビアー様だって一緒にダンジョンに潜るわけにはいかないだろ。だからこそフィアナ様みたいな偶像にすがりたくなるんじゃないかなあ。まあ憶測なんだけどさ。

 

──そのフィアナ様だが、かつて小人族(パルゥム)が古代に信仰していた女神フィアナのことか?

 

そうだよ。あんた、フィアナ様を知ってるのか。なら話が早い。そう、実在しないとされてる女神さまさ。俺たちはそのフィアナ様を崇めているのさ。いや、さっきは偶像と言ったけどさ、俺たちは本当にフィアナ様を信じているんだよ。

 

──何故、信じられる?地上に降りてきた神に該当する存在はいないし、彼らもフィアナなどという女神は知らないと言っているが。

 

そりゃ簡単さ。神様ですら知らない、本当に上位の、隠された神様だからさ。

 

──神々ですら知らない上位の存在を何故君たちが知り、信じることができる?

 

預言者様が言ったからさ。

 

──預言者様とはなんだ?君たちの指導者か?何者なんだ?

 

たしかに俺たちの指導者さ。でも何者かなんて知らない。俺もお会いしたことなんてないしさ。

 

──会ったこともない者の言葉を信じるのか。それは何故だ。

 

俺も最初から信じてたわけじゃないよ。俺も工場の同僚が『新自由主義会派』のシンパでさ、その付き合いで『第三の瞳』のミサに顔出しただけなんだ。晩飯奢ってくれるっていうから仕方なくさ。でも真の託宣(ミュステリウム)を見せられたらさ、信じちゃうっていうか。お布施だって払っちゃうよね。

 

──『新自由主義会派』とは神からの解放を謳う思想団体ではなかったのか。何故それが偶像崇拝の『第三の瞳』に関係がある?そしてミュステリウムとは何だ?預言者が信者たちに何かをしていたのか。

 

いっぺんに何個も訊かないでよ。俺も『新自由主義会派』と『第三の瞳』がどういう繋がりがなんて詳しくは知らないよ。ただそいつが『新自由主義会派』の集会に顔出したら、そこのえらい人が『第三の瞳』も勧めたらしいんだ。それ以上のことは知らないよ。

 

──『新自由主義会派』のえらい人というのは闇派閥(イヴィルス)のイツァムナー・ファミリアの幹部か?

 

さっきも言ったけど知らないって。っていうか『新自由主義会派』と闇派閥(イヴィルス)って繋がりがあったの?あれも結構労働者や商売人に人気でいろいろお布施や寄付を集めてたよね。それの運営が闇派閥(イヴィルス)ってことは、資金源になってたってことなの?怖いな。で、ええと、真の託宣(ミュステリウム)のことだけどさ。あれはほんとにすごいんだ。たとえばあんたら冒険者は死地をくぐってランクアップするだろ?でも預言者様の真の託宣(ミュステリウム)はさ、そんなの抜きで人をめちゃくちゃ強くするんだ。ああ、どこかのファミリアの団員が来るのも、そういう噂を聞いたからっていうのもあるかもしれないな。

 

──それは、人の手で強制的にランクアップさせるということか?神の恩恵(ファルナ)も授かっていない者を?

 

俺はそういう理解をしているよ。

 

──それはどういう仕組みなのか?信徒のすべてがそのミュステリウムを授かっているのか?

 

どうやっているのかなんて知らないよ。それに信徒みんなってことはないさ。現に俺なんて普通のレベルゼロだろ?司祭様を通して真の託宣(ミュステリウム)を授ける信徒を指名してるんだ。選ぶ基準はあると思うけど、それはなんなのかってのはわからないよ。とにかく、すごいんだ。司祭様が指名したやつを預言者様のとこに連れていくらしいんだけどさ、次に会った時はレベル2の冒険者みたいな身体能力になってるんだ。魔法を使えるようになったやつもいるんだ。……でも、真の託宣(ミュステリウム)を授かったっていうお披露目をしてからは、その人をミサで見かけることはなくなったなあ。「教団幹部たちと運営の手伝いをしてるんじゃないか?」なんて噂してる信者もいたよ。

 

──そうか。では質問を変えよう。最近オラリオでは市民や冒険者の失踪が相次いでいる。失踪者の多くが多額の借金を負っており、そこを追跡したら彼らの債権を君ら『第三の瞳』の関係者が持っているパターンが多い。これについては何か知っているかね?

 

知らないよ。そもそもそんな借金持ちと関わりがあることすら知らないよ。最近は俺たちを人さらい扱いする報道も多くて正直困ってるんだ。根も葉も無い噂を広める連中をなんとかしてくれよ。風評被害もいいとこだ。ああ、あと……

 

 

 

 

 マジックミラー越しにビアー・ファミリア団長のメイ・トヒースと女神ビアーは小人族(パルゥム)の供述を聞いていた。神には嘘が判る。嘘を吐けば即座に取り調べをする団員に合図を出し、叩きのめさせて()()するのだが……

「駄目だねえ、これは。こいつも嘘を吐いてない。他にひっとらえた連中の知っていることと大差ないねえ」

「クソ鬱陶しい。時間の無駄だな」

 メイは何本目になるかも判らない煙草をもみ消した。クリスタルの灰皿は既に底が見えないほど煙草で埋まっている。

「鍵はミュステリウムとやらを受けた信者と司祭級の幹部だねえ。預言者とやらに会っているのはそいつらくらいだろうけど……」

 女神ビアーが煙草を咥え、メイはそれに火を点けた。次いで自分も煙草を咥え吸い点けた。

「まったく、眷族の暴力にモノを言わせてふんぞり返っていられるかと思ってたのに最近は大忙しだねえ。毎日毎日聴取の付き合いだ。お気に入りの眷族を侍らせて好き勝手ふらついているロキやフレイヤが羨ましいよ」

「主神に労働を強いる不甲斐ない眷族ですいませんね。折角司祭をひっ捕らえたのにいきなり死んじまったからな。あれが痛かった」

「奥歯に毒を仕込んでる*1なんてねえ。どっかの国の暗殺教団顔負けの機密保持っぷりじゃないか。鍵を握ってるやつを捕まえても、捕まえた端から血反吐ぶちまけて死なれちゃあたまったもんじゃないよ」

 先の尋問でも出ていたが、最近は都市内での失踪が多く、ギルドが気を揉んでいる。ろくに税金も払えないような債務者ばかりだったので今まで放置されていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()者だけでもいかんせん数が多い。治安の面で不安がる者が増え、ようやくギルドが重い腰を上げビアー・ファミリアやガネーシャ・ファミリアに調査を依頼したのだ。

 ビアー・ファミリアは失踪者の金の流れから『第三の瞳』という新興宗教団体との繋がりを発見し彼らをマークすることにした。捕まえた信者の証言からイツァムナー・ファミリアの幹部が先導していた思想団体との関連が判り、今回の失踪にも闇派閥(イヴィルス)が一枚噛んでいるのではないかと疑っている。

 しかしどうにも核心に迫れる証言は無い。先のワンストーのような流されて参加した莫迦もいれば敬虔な信徒もいた。だが捕まえられる三下が教団について持っている知識は似たり寄ったりなのが現状だ。

 メイは違う着眼点からのアプローチが必要ではないかと考え始めていた。

「ったく、何が悲しくてこんな真面目に働く羽目になってんのやら。頭数の多いガネーシャ・ファミリアが人海戦術で闇派閥(イヴィルス)の巣を掘り出してくれりゃあとは皆殺しにするだけなのによ」

「……でも気になるねえ」

「なにが?」

「ミュステリウムを授かった信徒はどこにいるのかってことさ」

「ああ……」

 ビアーが口にしたことはメイも気になっていた点だった。

 少なくない信者が真の託宣(ミュステリウム)を授かり超人的な身体能力を得た者を見ている。にも拘わらず、今まで確保した信者たちはみなレベルゼロ、或いはうだつのあがらない屁みたいなレベル1のみだ。

 この教団は上級冒険者に相当するであろう身体能力を持った信者を何人か囲っている。それらをどこに隠しているのか。

 その手合いとやり合った時の為にヘファイトス・ファミリアに武具の都合を頼んだが、いかんせん『第三の瞳』の戦力は未知数である。レベル6のメイとやり合えるような化け物クラスはそうそういないだろうが……

「今度緊急の神会があるから、ガネーシャや他の神にもネタくれるように言っとくよ」

「たのんますよ」

 ギルドにはガネーシャ・ファミリアと協力しろと言われているし、言われずとも自分たちだけで面倒を被るつもりもない。しかし美味しいところを持っていかれたら面目も立たない。

「チッ」

 捜査の進まない苛立ちをぶつけるように、煙草を灰皿に強く押し付ける。

 クリスタルの灰皿には、駆けだしの冒険者では一日ダンジョンに潜っても買えない程の煙草の山ができていた。

 

*1
立場ある者なら自ら死ぬべき時もある。教団の秘密を守るには速やかに死ぬ事が必要だ。秘薬は使うとき、奥歯で噛み締める。それだけで、死ねる。




さ~て、次回のミコラさんは~?


こんにちは、ヘルゼーエンです。
夜には鈴虫なんかが鳴いていますが、日中はまだまだ暑いですね。
みなさんはどうお過ごしですか?
俺は最近めっきり出番が減りましたが、自分が矢面に立ってヘイトを集めるようなマネはごめんだから丁度いいですね。
むしろジュラやヴァレッタにはもっと悪目立ちしてくれよなって感じです。
自分こそ闇派閥代表だ!みたいなツラをしてるんだから格好いいとこみせてほしいですね。
さて次回は、『リュー・リオン、イルタにときめく』『人さらいは重労働』『虐殺』の三本です。


次回もまた読んでくださいね~
ジャン、ケン、ポン!(先触れ)
Ah hah hah hah ha!


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<●>14

 

「っしゃあああッ!」

 【赤戦の豹(バルーザ)】の二つ名を持つアマゾネスがダンジョンを駆ける。

 眼前の猪頭の小巨人めいたモンスターも彼女を迎撃するべく牙を剥くが、アマゾネスは跳躍すると更に壁を蹴り急激な横移動でモンスターの視界から消える。敵を見失ったモンスターが周囲を見回そうとした瞬間、()()()二本の牙が突き立てられる。天井を蹴り急下降した戦士の双剣に貫かれたモンスターはなおも反撃を試みるが、それよりも速く、身体に突き立てられた刃で全身を切り裂かれ絶命する。

「うお~~、相変わらずスゲー動きするな。完全に復帰したって感じだ」

 リューの横でライラが感嘆の声を上げる。

 ここはダンジョンの深層。

 リューたちアストレア・ファミリアの主力パーティはガネーシャ・ファミリアのパーティと協力してダンジョンに潜っている。両ファミリアは元より都市の安寧と秩序の為に協力していたが、どちらも先日イツァムナー・ファミリアに痛手を負わされたこともあり、より細かな情報共有や戦術面での連携を図るようになった。*1

「まっ、ざっとこんなもんかな!」

 彼女は言いながら双剣を素早く振る。血がびしゃりと払われる。

 ガネーシャ・ファミリア副団長のイルタ・ファーナは深層のモンスターを瞬殺してのけるとニカッと笑う。

「こら、調子に乗るな!」

「アダッ!あ、姉者ぁ!少しくらい褒めてくれもいいじゃないか!」

 姉貴分のシャクティにズビッとチョップを喰らったイルタは額を押さえながら訴える。

「何を言ってる。もうカニスに尻拭いしてもらうことはできないんだ。ダンジョンの中で油断をするようなことは厳禁よ」

「ああ……」

 シャクティが闇派閥(イヴィルス)との戦いで命を落とした仲間の名を口にした途端、イルタの相貌に闘志が戻る。

蛮獣(サヴェージビースト)】ならリューも知っていた。お調子者のきらいがあったものの、前衛としての能力は本物だった。

 自分を撃破した【冒涜者】に、レベル5を三人相手取った上に【蛮獣(サヴェージビースト)】を殺害してのけた謎の存在。イツァムナー・ファミリアの戦力は例えレベル6が対闇派閥(イヴィルス)の戦列に加わっても決して楽観視できるものではないのかもしれない。

 ましてや、彼らは以前シャクティたちと戦闘して以降目立った活動をしていない。シャクティは「殺したが相手はまだ生きていて、どこかに身を隠している」と傍目には意味不明な証言をしたが、【冒涜者】と闘ったリューは彼女のその言葉がすんなりと腑に落ちた。連中は地下に潜り、次の行動に備えて準備をしている──そんな確信めいたものがある。

「でも実際イルタすごいわよ!前より動きがよくなってるじゃない」

 アリーゼが手放しで褒めるとイルタはまたもやにへっと笑う。

「まあな。左腕と右腕はキッサさんに復元してもらったんだけどさ、冗談抜きで前よりも動きがよくなったぐらいさ」

 言いながらイルタは左脚でバンバンと地面を踏みならし、右手に持ったカトラスを素早く振った。

 イルタがキッサの名を出したとき、アストレア・ファミリアの面々はリューを見た。リューも潰された内臓や砕けた骨をキッサ・ラーギーに再生してもらったのだ。 

 オラリオの回復魔法や回復アイテムは奇跡としか形容できないほど強力な効果を発揮するものがあるが、失ったものを創ることはできない。千切れた手足をくっつけたり、裂傷を高速で回復させることはできても欠損した部位は二度と手に入れることはできないのが今までの常だった。ディアンケヒト・ファミリア*2の面々にさえ不可能なことだった。

 それを今回、キッサは完全に破壊されたリューの内臓も光線で蒸発したイルタの手足も治してみせた。ならば、それは奇跡を超えた奇跡だ。

「医療技術というべきか魔技というべきか。しかしラーギー先生にしか無い(わざ)なのが惜しいな」

 周囲に敵影がないか警戒しつつ輝夜が言う。

 確かにこの医療技術があれば多くの傷痍冒険者が、いや労働災害を被った労働者までもが回復できるだろう。ところがキッサは「技術の公開は誤用と悪用を招く」とし、自らの秘匿としている。

「ラーギーさんは実績の無い治療法と言っていました。おいそれと施術して悪影響が出てもいけないと思っているのでしょう」

「そうだよ。それ、私も言われた。なんか血や肉体の機能をめちゃくちゃ活性化?させてるんだって。私やリオンはレベルが高くて頑丈だからやってみたけど、普通の人がやったら体が爆発するかもしれないって」

 リューの言葉にイルタも便乗した。

「どんな医療技術よ……」

 シャクティが呆れたようにかぶりを振ると前方で索敵をしていた輝夜が「来たッ」と声を張り上げた。

 猪頭の小巨人が二頭と燃える肉体を持つ猿が二匹。パワー系とスピード系が揃ってエンカウントした形だ。

 シャクティとアリーゼの指揮のもと隊列を整えようとした瞬間、イルタが飛び出す。

「こら、イルタ!」

 シャクティが制止するもイルタは聞かない。

 攻めかかるイルタに反応した猿の一撃をかいくぐったイルタはすれ違いざまにその腹を切り裂き屠る。そして呪文を詠唱しながらも次いで襲い来る猿をカウンターの一撃で首を刎ね、猿の首を刎ねた勢いのまま跳躍し猪頭の脳天に両手のカトラスを叩きこむ。深々と叩き斬ったためか、カトラスは猪頭から抜けず、イルタは得物を離して着地。カトラスの突き刺さった頭から噴き出した血がイルタを濡らす。

「ブモオオオオオオオオッ」

 同胞を殺された残りの猪頭がその巨躯を持って丸腰のイルタを圧殺しようと突貫をかけるが、「ハイドラ!」イルタが並行詠唱していた魔法を発動、光弾を撃ちこむ。一発一発の火力は控えめだが一度に複数の光弾をバラまくそれを至近距離で叩きこまれた猪頭は大きな衝撃を受け、その場で体勢を崩しへたりこむ。

 その時、イルタの行為をその場で見たものは自分の目を疑った。或いはイルタの頭を。

 イルタは予備の得物を使うでも猪頭に刺さった得物を回収するでもなく、徒手空拳の右手を弓のように引きしぼり、全身のばねを使い猪頭の胴体に深々と突き刺した。

 突き立てた右手は皮膚を突き破り、筋肉を裂き、胸骨を叩き割り、内臓に到達し、抉る。

 ぼきり。ぐちゃり。

 イルタが猪頭の内臓をほじくる。

 何秒ほどそうしていたのか。目にしたもののあまりの衝撃にリューたちは固まっていたが、実際には一秒にも満たない一瞬のことだったのかもしれない。

 時間の経過がどうであれ、次にリューたちが見たのは、イルタが猪頭の内臓を周囲の血肉ごと引き抜きつつ、胴体を弾き飛ばしているところだった。

 猪頭の小巨人は身体中の血をすべてぶちまけたのではないかという勢いで血をまき散らし、絶命する。

 返り血を全身余すことなく浴びたイルタは、魔石灯の輝きを浴び、赤黒く輝きながらその場に立っている。

 モンスターの臓物を持ったまま両手を軽く広げて立つ彼女の姿におぞましさを感じてしまう。だが同時にも、リューは確かに彼女に言いようの無い美しさを見出してしまう。

「お、おいイルタ」

 シャクティが困惑しながらも真っ先にイルタに声をかける。イルタは手にした臓物を投げ捨てシャクティに振り返る。

「すまない姉者、先走ってしまった」

「それはいいが……大丈夫か?」

 頭が、とは言わない。

「ああ、大丈夫さ。本当に手足がよく動くし、今まであんなに鬱陶しかったモンスターも返り血もどんと来いって感じさ」

 転がるモンスターの死体をイルタは蹴飛ばす。

「死線をくぐったからかな?身体をどう動かせばいいか、どうすれば獲物を狩れるかがなんとなく判るんだ。自分の中で何か新しい力が目覚めたみたいなさ。ステイタスに新しいスキルが載ってたってわけじゃないけど」

 そう言って血塗れアマゾネスは今まで見せたことの無い艶のある笑みを見せる。

 その艶のある笑みを見た瞬間、リューは身震いした。

 今までに感じたことのない怖気。

 戦いの中、返り血に塗れることなど今までいくらでもあった。

 自らの頭を割られ、噴き出した自分の血で視界が染まったことも。

 だが、今目の前にいるイルタは今までに見聞きした、或いは体感した血塗れとは何かが違う。

 周りの皆も血塗れで微笑むイルタに若干引いているが、それだけだ。

 自分の反応とは違う。

 自分の中、脳から背筋を伝い冷たい何かが降りてきて体中に広がっていこうとしている。

 冷たい?

 いや熱い。

 わからない。

 わからない何かだ。

 リューは自分の躰を抱くようにしてふらつく。

 様子のおかしいそんなリューを傍にいたアリーゼが抱きかかえた。それを見た若い女性団員は小さく黄色い声を、男性団員は小さくガッツポーズ*3をとった。

「ちょっとリオン?いきなりどうしたの?」

「わ、わからない……でも、大丈夫だ」

「そのザマで大丈夫だなどと言われてもね。悪寒でもするの?」

 アリーゼは自らの額をリューのそれにこつんと重ねた。今度こそ周囲から黄色い叫びと大げさなガッツポーズがあがった。

 二人は2、3秒ほど額をくっつけていたが、額を離してからアリーゼが言った。

「リオン、熱が凄いわよ」

「おいおい大丈夫か?」

 輝夜も駆け寄り三人で相談し、結論を出した。

「ごめんなさいシャクティ、私たちアストレア・ファミリアはここまで。地上に引き返すわ」

「なっ!?ま、待てアリーゼ!これくらい、少し休めば……うぐっ」

「大人しくしろポンコツエルフ」

 アリーゼに異を唱えたリューを輝夜が羽交い締めにする。それを見たシャクティは苦笑しながら「構わんさ」と言った。

「どのみち私も引き返そうと思っていたところだ」

「ナニッ!?まだまだこれからじゃないか姉者!」

「お前が久々の深層で興奮しすぎているからだよ。そんなんでは一人で突撃してモンスターに囲まれるのがオチだ」

 シャクティに諭されながらもイルタはぶーぶーと文句を垂れたが結局両ファミリア共に帰還することにした。

 リューは仲間のアマゾネスに背負われながら、帰路でも先陣を切るイルタを眺めていた。

 元々前線に立つ戦士だったが、その姿はアマゾネスの闘争とは様変わりしていた。

 ひたすらに殺し、幾度も血を浴び続けるイルタを見て、リューは思う。

 美しいと。

 羨ましいと。

*1
あっちでもこっちでも共同戦線張る羽目になってシャクティに過労死のおそれが

*2
魔法、技術ともに優れた医療従事者が多い

*3
ガッツ石松の勝利の姿がガッツポーズの由来である、というのは正確ではない。とはいえ、日本でガッツポーズという言葉が広く認知されるようになったのは確かにガッツ石松の功績が大きい。いずれにしろ、ガッツ石松のいない世界にもガッツポーズは存在する




なんかもうミコラーシュとか無視してアストレア・ファミリアの百合百合したしあわせなSS書きたくなっちゃう…
誰かリューを主人公にして百合ラブコメSSかいて(懇願)


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<●>15

Master Willem was right.
Evolution without courage will be the ruin of our race.



 何かが聞こえる。

 ぼんやりと目が覚める。

 だが視界は悪い。

 灯りの乏しい、薄暗い部屋。

 体は動かない。

 ただ意識だけがある。

「これが今度の実験体かね?」

「ああ、資料では元レベル4だとか」

 声。

 会話する男が二人。

 薄暗い視界の中、何かが動く。

「なるほど、例のルートからか」

「負債は相当な額だったそうだ」

「夢破れたりか……ハハ。だがこの実験で生まれ変わるさ」

「生きていれば、だろう?」

「ま、そういうことだね。では、始めようか」

 天井の魔石灯が点く。

 眩い白い光が視界を埋め尽くす。

 

 

 

 

 

 大小様々な建築物が所狭しと立ち並ぶ繁華街。

 工事中の高楼の梁場でバレーナは待機している。

 雨は降っていないが、分厚い雲が月明かりや星明りを覆い隠している。

 夜に紛れて行動するにはいい夜だ。バレーナのように不審者丸出しの格好をした者ならなおさらだ。

「なあバレーナ。こんなクソ闇夜だとよ、ラキア最後の夜を思い出さねえか」

 バレーナと同じく不審者丸出しの格好をしたエムローが声をかけてくる。

 頭には黒いフードを深々と被り、上半身は黒いローブで覆い、腕には長い黒手袋。下半身は黒ズボンと黒ブーツ。極めつけにボロきれのような黒マントを羽織り、その上から荒縄を幾重にも巻き付けている。

 オラリオ不審人物選手権があれば、辺境の民族衣装を着た獣人や異境の儀式装束を着たエルフを蹴散らし、二人して優秀賞を手にするだろう。バレーナはこの装束を身につけるたびにそう思う。

 ちなみに最優秀賞候補は二人にこの装束を授けた檻頭の狂人だ。

 それはそうとラキア最後の夜?バレーナは思う出そうとして、やめる。昔話をする気分でもなければ状況でもない。

「いつジオメイから連絡が来てもおかしくない。静かにしてくれ」

「へっ。わかってるよ」

 バレーナとエムローは二人ともラキアの軍人だった。更にいうなら、他国への潜入や破壊工作を担う部隊の所属であり、派手な行軍や形式ばった剣術とは無縁の汚れ仕事集団だった。そして二人してラキアから出奔した。

 ラキアは軍事大国だが生来の戦士や金筋の軍人には向かない場だ、とバレーナは思っている。

 軍事国家でありがら国を仕切るのは王家と貴族──国家の主神たる戦神アレスを担いで建国した連中とその取り巻きの子孫であり、軍に指示を出すのは彼らだ。そして彼らに指示を出すのは戦神アレス。

 アレスにとって戦争はライフワークであると同時に道楽だ。やっていることは戦争という大仰なものだが、思考自体は結局のところ娯楽を求めて下界に降りてきた神々と大差は無い。人の都合で始めた戦争ではない。

 戦場や闘争にこそ自らの存在価値を見出した者たちは戦神のあほうな戦争に見切りをつけ、あの手この手でラキアから出奔する。バレーナたちのように。そして傭兵となり自分で戦争を選び、陣営を選び、戦場と選ぶ。バレーナたちのように。

 耳の後ろの魔力痕が小さく振動する。ジオメイからの魔法交信だ。バレーナは魔法痕に指を当て、魔力を注ぐ。ジオメイの声が聞こえる。

『パーティが解散し、標的が一人になった。予想通りそっちに向かってる。作戦通りやるぞ』

「了解」

 ジオメイに魔法交信を送り返すと、エムローにジオメイの言葉を伝え、二人は行動を開始する。

 便利な魔法だ、とバレーナは思う。

 ジオメイの交信魔法は、ジオメイが魔法痕を与えた者であれば遠距離であっても会話を可能とする。送信者が魔法痕に魔力を注ぎ込めば受信者の魔法痕が反応する。受信者が魔法痕に魔力を注げば送信者の発した言葉を拾うことができる。その仕組み上魔力を持たない者──まさにエムローのようなパーフェクト脳筋戦士は利用できないが、そんなやつは魔力を持っている者と行動を供にすればいいだけのことだ。

 ジオメイはかつては東国の暗殺組織にいた。その後、組織から離れ傭兵になり、戦場で知り合ったバレーナたちとチームを組んで仕事をするようになり、やがてオラリオに来た。

 暗殺組織に居た頃は、()()()()()()をする上ではこの魔法は大いに役に立ったのだろう。

 二人は移動し、それぞれ待機場所を変える。標的が実際にここにやってきたら手際よく済ませる為に。

 やがて、精悍な男が歩いてくる。通りの一角にある金貸しの事務所に入っていく。

 フォドラ・ファミリアのレベル4、ゲンイチィ・ロウだ。

 かつてゼウス、ヘラの二大巨頭の時代、ヘラ・ファミリアと同盟を結んでいたフォドラ・ファミリアはそれなり以上の存在だった。しかし主戦力がヘラ・ファミリアと共に黒龍討伐*1に向かい失敗して以降、凋落してしまった。

 当時主力ではなかったゲンイチィも今ではレベル4、フォドラ・ファミリアの団長だ。

 ゲンイチィは団長となって以降、フォドラ・ファミリア再興の為に尽力しているのは広く知られている。その為にあの手この手で金策に手を出していることも。それらが実を結んでいないことも。レベル4の実力とこれまでの実績を担保に莫大な借金をして商会や企業の投資に参加し、焦げたのた。

 借金返済の為に借金を重ね、彼は抜け出せないところまできた。しかし金貸しが取り立てようにも無い袖は振れない。レベル4が相手なら、威して払わせるのも困難だ。だからこそ、借金取りは匙を投げ、債権は巡り巡って第三の瞳が買い取り、このバレーナたちがやってきたのだ。

 借金だらけの間抜けめ。ランクアップを繰り返しレベル4に達したことで万能感でも持ったか?貴様の能力には限界があるというのに。冒険者としての技量も支払能力も。無敵にでもなったつもりで借金取りの要求を突っぱねたのか?たかだかレベル4風情が?

 バレーナが苛立ちを募らせている間に標的はしかめっつらで金貸しの事務所から出てきて、歩き出す。大方、ダンジョン探索のアガリを報告し、返済期限を延ばす交渉をしにきたのだが、望ましい結果が得られなかったのだろう。 

 バレーナは物陰に身を隠し、夜の闇に溶けながら追う。エムローも同様だろう。

 ゲンイチィの行先は判っている。アシュラ・ファミリアの傘下団体が運営する闇カジノに行き、ガネーシャ・ファミリアやビアー・ファミリアの手入れが入らないか見張り、同時に客がふざけた真似をすれば叩きのめす仕事をする。

 今回の作戦は至ってシンプル。闇カジノに向かう道中、人の目が失せたところで標的を攫う。

 闇カジノでの勤務後に攫うこともできるのだが、そのような場所ではいつどんなトラブルが起きてもおかしくはない。先にあげた治安維持ファミリアが踏み込んできたり、アシュラ・ファミリアの系列団体と敵対関係にある組織が殴りこみにでもきたら人さらいどころではない。

 ゲンイチィを攫う機会はすぐにやってきた。人気の無い細い通り。一人歩みゆくゲンイチィ。

 前方から清掃業者に扮したジオメイが歩いてくる。巨大な麻袋を担ぎながら。

 後ろからバレーナは近付く。しかし標的はバレーナに気付かない。バレーナは完全に気配を殺している。

 バレーナが足をすくう。標的の躰が宙に浮いた瞬間に脇から飛び出したエムローが素早く首を絞める。太い腕と強固な筋肉。人間の壊し方を知り尽くした軍人のスリーパー・ホールドはゲンイチィの頸動脈を見事に圧迫する。レベルが上がり心肺機能が向上していようが、脳味噌が血液を必要としているのは同じだ。

 ゲンイチィが抵抗しようとするが、バレーナとジオメイががっちりと抑え込む。三人に勝てるわけないだろ!

 数秒後、意識を失ったレベル4の四肢を、ジオメイは素早く手製の拘束道具で固定し、麻袋に放り込む。

 三人は夜の闇に紛れて素早くその場から離脱する。

 借金を重ねたレベル4はすべての自由を奪われた状態でミコラーシュの前に差し出され、やっと何が起きたか気付く。

 実に手際よく拉致されたことに。

 自分の人生が終わることに。

 

 

 

「流石だな。見事なものだ」

「そう思うならもっとマシな仕事を振ってくれ」

 商業区の古倉庫を改修した作業場の休憩所。

 バルザックとジオメイが会話しているのを、バレーナは蒸留酒を飲みながら聞いている。エムローは既にソファで横になり寝入っている。

 以前はイツァムナー・ファミリアと対等以上の闇派閥(イヴィルス)構成員だったのに今じゃ連中の使い走りか。俺たちも堕ちたもんだ。怒りも屈辱もなく、バレーナはただただそう思う。

 三人はオラリオに来てから最初は冒険者系ファミリアに所属していたが、主神が高名な女神の怒りを買い、天界に送還されてしまった。次いでそこそこの規模の闇派閥(イヴィルス)に誘われる。三人ともその時点でレベル3に到達しており、なにより彼らの持つ高度な技術は悪党どもに魅力的だった。

 三人が入ったシユウ・ファミリアの水は彼らに合っていた。

 せこせことした小銭集めのための詐欺や、非力な小市民を痛めつける退屈な作業とは無縁で、ひたすらに都市への破壊や秩序勢力との闘争に明け暮れた。

 次の戦闘の為の戦闘。次の殺しの為の殺し。

 神の性質もあるが、破壊も闘争も殺戮も略奪も団員たちの自由意志のもと行われた。あほうな戦神の道楽の為では無く。

 秩序勢力相手に知恵と技術を振り絞り闘い続けた彼らはいつしかレベル4になる。

 しかしそんな日々も終わる。『27階層の悪夢』の騒動に紛れて、主神シユウが天界に叩き返されてしまった。高度な戦闘技術を備えたレベル4の猛者たちは、あわれ無力なレベルゼロに成り果てた。

 そして今もなお、彼らは新たな神の眷族になっていない。レベルゼロの()()だ。

 むろん、いくら技術が秀でていてもレベルゼロのままでレベル4を拘束することなどできない。できるだけの理由が彼らにはある。その理由こそが彼らをイツァムナー・ファミリアの使い走りに留めてもいるのだが。

「やあ、ジオメイ。バレーナ。エムロー…は寝ているか。いつもありがとう。感謝しているよ。」

 ()()が血塗れの白衣を脱ぎながら現れた。数歩後ろには同じような血塗れの白衣を着たヘルゼーエンがいる。

「ふふ。君たちのおかげで実験は順調だよ。実用段階に入ったものをお披露目するのが楽しみだ。もっとも、それも更なる研究の為の足がかりにすぎないのだがね」

 白衣を着た異世界狂人は、今日は檻を頭に被っていない。代わりに医療用の頭巾とマスクをしている。

「そうかい。それで俺たちはいつまでこんな雑用すればいい?あんた悪巧みはヴァレッタやジュラとばかりしてるしよ」

「悪巧みとは人聞きの悪い。適材適所というやつさ。もう間もなく君らにも暴れてもらうことになるよ」

 ジオメイの問いにミコラーシュは淀みなく答える。

「そいつは重畳」バレーナは蒸留酒を飲み干し、ミコラーシュの前で跪き(こうべ)を垂れる。「久々に()()()()()()()()()()()()()()()。いつでも暴れられるように」

 ミコラーシュが汚い笑みを見せ、手をバレーナの頭にかざす。

 光の渦のようなものが頭の周りに発生し、不思議な感覚に全身を包まれる。神の恩恵(ファルナ)によるステイタス更新の時には無かった感覚だ。

 そして、光が一際強くなり、消える。

「更新完了だよ」

 ミコラーシュが告げる。

 狂人に跪くのはバレーナにとって面白いことではないが、本来神が行うステイタス更新のように半裸になり血を垂らされるよりは余程いい。

 彼は神と違い、ステイタス更新してもそれを紙に書き記すことはない。個々人の感覚で何がどう伸びたかの把握に努めなければならない。

 否、問題はそこではないのだ。

 彼は神でもないのにステイタスの更新をしてのけるのだ。それも、神を失いレベルゼロとなったバレーナたちに、かつてのレベル4の頃の続きを。

 神の恩恵(ファルナ)もなく、背にステイタスは刻まれていない。間違いなくレベルゼロ。しかし身に宿る力は、間違いなくかつてのレベル4のそれだ。

 ただごとではない。この世界の理に反している。

 しかしミコラーシュはこの(わざ)について細かな説明をしない──研究と神秘の賜物だよ。おっと、神秘といってもレアビリティの神秘ではないよ。

 だが、バレーナは深く聞くつもりはない。そして、エムローとジオメイも。

 大事なのは何故こうなったか?ではない。何をするのか。

 まだ戦える。まだ殺せる。

 それに尽きるのだから。

 

 

 

 

 

 手術が終わった。

 ミコラーシュは血まみれになった医療用の長手袋を外して一息ついた。

「いやはや、異世界に来ても尚医療と宗教に携わるとはね。業が深いよ、まったく」

 手術台に横たわるのはエルフの青年。第三の瞳の敬虔な信徒だ。

 彼の頭部、腹部、胸部にはそれぞれできたてほやほやの縫合の痕がある。つい今の今までミコラーシュが()()をしていたのだ。

 ミコラーシュとヘルゼーエンは手術室を出る。

「ひとまず、こんなところか?」

 医療用長手袋を外しながら、共に施術をしていたヘルゼーエンが言った。

「そうだね。ごくろうさん」

 ミコラーシュは満足げに表情筋を歪めた。

 廊下を進み、二人は別の部屋に入る。

 その部屋には大量のストレッチャーがあった。それらの上には先程の青年同様の縫合痕のある者たちが括りつけられている。その部屋に、壁にもたれるようにして立つ男が二人。バルザックとジェイだ。

「首尾は?」

「上々だよ。デモンストレーションはきっとうまくいくよ」

「あちらのお嬢さんの調子は?」

 ジェイが顎をしゃくった先に、ストレッチャーではなくソファで横になり寝息を立てている小人族(パルゥム)の少女がいる。

 彼女は小人族(パルゥム)であることを考慮しても小柄だった。10歳になるかならないかの子どもなのだ。

 彼女こそが『第三の瞳』の教祖──フィアナの預言者として活用するべくミコラーシュが幾度にも渡り『力』を与えた存在である。

 そして、"デモンストレーション"の為にまた新たな力を与えた。

「ああ、安定しているよ。リスクなく()を行使できるはずだ」

 悪夢の構築に必要な力。

 人類の進化の為の第一歩。

「彼女こそが、我々のメンシスだ」

 

*1
世界最強戦力を誇るオラリオが世界に求められている三大クエストの一つ。当時オラリオ最強勢力だったゼウス、ヘラの両ファミリアが挑んだが、果たせなかった



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<●>16


Behold! A Paleblood sky!


 ダンジョンから地上へ。

 仲間と共にバベルから外に出たリューは空を見た。

 紅い満月が出ていた。

 リューが今までに見たことのない、見事なまでに紅く、大きい月だった。

 夜空総てを血の色のように紅く染め上げる月に、リューは胸騒ぎを覚えた。

 それは、リューの仲間も、道行く同業者も同じだったであろう。

 天体や暦に詳しい者にとっては殊更驚くことはない、周期に基いた、夜空に在って然るべき月だった。

 しかし、世の大半の者はそのような知識など持ち合わせていない。

 紅く輝く大きな満月に、言いようのない不安を感じることを誰が責められようか。

 例え、これから起こる惨劇のことを知らずとも。

 

 

 

 

 アストレア・ファミリアの本拠地、『正義の館』。

 そこで、ダンジョンから帰還したリューは愛用の木刀──さるエルフの森に生える大聖樹の枝で作られた第二等級武装《アルブス・ルミナ》を磨いていた。

 妙チクリンな趣味嗜好を持つ神々は彼女の木刀を「スーパー洞爺湖ソード」だの「(セイント)☆お木刀」だの好き勝手読んでいたが、リューがそれらのたわごとにいちいち反応することは無かった。

 リューにとって武器とは道具であると共に、命を託す相棒でもある。そういう意味では仲間に等しい。

 いつかは壊れてしまう道具にそのように入れ込むのは良くないと言う者もいる。しかし、壊れてしまうものだからこそ、壊れぬように手入れし、壊れるまで共に戦う。それも戦士のあるべき姿のひとつだという哲学を持っていた。

 アストレア・ファミリアの仲間たちも、程度の差はいくらかあるが、武具を丁寧に長く扱い、戦い続けることを是としていた(ファミリアの財政的に新しい武装をぽんぽん購入するのが難しいというのも真実だが)。

「おーおー、精が出るこったな」

「ライラ」

 レベル3の小人族(パルゥム)の少女に声をかけられる。

 道具の整備や管理に関しては、リューはライラを参考にしているところが多々あった。

 種族的に身体能力や魔力も獣人やエルフに劣りがちな小人族(パルゥム)である彼女は武具の整備に並々ならぬ努力を割いている。武装(こいつら)がアタシの命綱さ、と言い切る彼女は武器や防具のみならず、戦闘支援のアイテムや副兵装も入念な手入れを欠かさない。生き残るためにはなんでもする、という冒険者は多いが、彼女ほど「なんでもする」冒険者をリューは知らない。リューにとってライラは尊敬に値する部分を多く持つ冒険者だった。

「リオンもよ、そんな色気のない手作業ばっかしてないでよ、女として男の精も出してやれよ。手作業で!息抜きさ。いや、こりゃ抜き抜きか?ダハハ!」

 いきなり尊敬できないことを言ってきた。

「地上に上がってもいつ闇派閥(イヴィルス)と戦闘になるかもわからない。いつでもやり残しがないようにしておきたいんだ」

 尊敬に値しない部分を聞き流して答えると、「処女のまま死んだりしたら、それこそヤリ残しだぞ!」と、これまた尊敬に値しないことを言ってきた。まったく、酒場の酔っぱらったおっさんのような言動さえなければ余すところなく尊敬できるというのに。リューは呆れながらライラを見つめた。

「そんな目で見つめるなよ。私はノーマルだぞ」

「私もですが?」

 くだらない、いつものやりとり。だが、敗北し、死んでしまえばもそれももうできなくなることを二人は知っている。

 ライラもリューを茶化してはいるが、地上に帰還してから真っ先に武具の整備をしていたのは他ならぬ彼女だ。

「それはそうとよ、リオン。地上で私らの敵になるのは闇派閥(イヴィルス)だけだと思うか?」

「……それは、どういう?」

「ビアー・ファミリアのダチが言ってたんだ。都市じゅうから幅広く寄付を貰ってる新興宗教があるんだけどよ、羽振りのいいはずのそいつらが表向きには全然金使っているように見えないんだってよ。本部集会場は二束三文で買い取った廃屋、備品もボロボロのままときたもんだ。ギルドに登録されている幹部陣が私腹を肥やしているわけでもない」

「はあ……」

 話を聞いているだけでは何が問題なのかぴんとこなかった。貯蓄をしつつも質素倹約を是としているだけではないのか?信徒が病気やけがでもしたときに援助をしてやる為に手をつけてないのではないか?

「それの何が悪いんだって顔してるな、リオン。真面目で誠実なのはお前のいいところだが、他のヤツらまでそうだ思っているのはお前の悪いところだぞ」

「どうして私の性格の話になるんですか。どこぞの宗教団体の話をしているのでしょう」

 リューがむっとして*1言い返すと、すかさずライラが言葉を続ける。「その新興宗教の運営に、闇派閥(イヴィルス)との繋がりが疑われていた思想団体が一枚噛んでいてもそう言えるか?」

「ライラ、それは」聞き捨てならない情報にリューが反応するが、ライラは構わず続ける。

「ビアー・ファミリアは都市の内外に多くの目と耳を持ってる。戦力だけじゃない。いろんな方法でいろんなイヌを飼ってるんだぜ。都市じゅうのファミリアのキンタマを握ってるんだ。そんな連中によ、金の流れを暴かれずにこそこそ活動する宗教団体が善き隣人だとは、アタシには思えないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいミコラーシュ、お前マジで言ってるのか?」

「信者が必要だっつったのはお前じゃねーかよ!そんなことしたらガネーシャ・ファミリアもビアー・ファミリアも黙ってねーぞ!いや、都市の全勢力が『第三の瞳』の敵に回るぞ!闇派閥(私ら)が暴れてた頃の比じゃねー!」

 ジュラとヴァレッタがミコラーシュに詰め寄る。二人はミコラーシュの今回の行動を聞いていなかったのだ。

「君らがそんな反応を見せるなんて意外だね。秩序に歯向かい都市に混乱をもたらすことこそ君らの本懐ではなかったのかね」

「そりゃそうだが、限度ってもんがあるだろ!」

「禁忌とは聞いているが、それはこの世界の者の話だろう?私には関係ないよ」

 二人に対しミコラーシュは残念そうな貌をして言った。

「集めた信徒を皆殺しにされたら意味がねえつってんだよ!」

「大丈夫。皆殺しにされても彼らの魂は天に還らない。オラリオで悪夢の糧になる。決して無意味などではないよ」

「……!?」

 地上に暮らす人々は神の子であり、彼らは死したらみな天の神の元に還る。この世界の定めであり輪廻の(ことわり)である。それに叛くことを言った異世界狂人に二人は今度こそ絶句した。

「大丈夫さ、問題ない。なんだかんだで君らのような悪を必要とする存在があったからこそ闇派閥(君ら)は勢力を拡大できたのだろう?今回も……いや、今回は更に多くの人々に求められるさ」

 商業区のとある高楼。闇派閥(イヴィルス)に協力していた商会の所有する建物に三人はいた。

 闇派閥(イヴィルス)の暴力は一見無秩序のようでいて、支援を申し出る企業や商会に対して危害を加えることは滅多に*2なかった。闇派閥(イヴィルス)は商売仇の工場を襲撃したり、輸送中の物資を強奪する等の()()を経済主体から任されることも多々あり、それらを遂行することで資金を得ていたこともある。*3

「それに、見たまえ」

 ミコラーシュが指差したほうをジュラとヴァレッタも見る。

 10人程の集団がみっつ──大半が小人族(パルゥム)だ──がまばらな列をなしてバベルに続くメインストリートを歩いていく。誰ひとりとして武装などしておらず、都市の警備を任されているガネーシャ・ファミリアの面々も彼らを咎めることもない。

「もう始まっているんだ。今更止められないよ」

「……あれは、バルザックやヘルゼーエンは知っているのか?」

「勿論。いの一番に相談したよ。イツァムナー・ファミリアの()()だからね」

 コイツはイツァムナーの眷族ではなかったはずでは?ジュラもヴァレッタもそう考えた。たまたま行動を共にしたしただけで仲間意識など持っていないはず。だからこそバルザックがルドラ・ファミリアと仕方なく合流を決断した時もミコラーシュ一人だけがジュラと積極的に意見交換し、行動を共にしていたではないか。それがどういう風の吹き回しだというのか?

「ふふ……まったく」ミコラーシュは笑って言った。「何者も我らを捕え、止められぬのだよ」

 喜色満面の笑みでひとりごちるミコラーシュに、ジュラとヴァレッタは『悪』とされている自分たちとも根本的に違う何かを感じた。

 よもや、神を殺そうなどとは。

 

 

 

*1
かわいい

*2
言うことを聞かない、理解できないあほというのはどこにでも一定数いる

*3
大手商会との繋がりを強くする好機です。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?



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