ありふれた錬成士は最期のマスターと共に (見た目は子供、素顔は厨二)
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第一部 序章 暗黒魔獣巣窟オルクス 《副題》 〜邂逅〜
プロローグ/立香編


この二つの作品にどハマりしていますので書かせていただきました。
何人かこれと同じクロスオーバーをしている方を見かけましたが別ルートですのでお許しを。
大概なんでもありな方には楽しめてもらえると思います。
お願いいたしますね!


「あ〜、平和だなぁ〜。ここ最近」

「先輩、それは黒髭さんで言う『ふらぐで御座るぞ〜』というものでしょうか?」

「うん、そうとも言うよね。けど後で黒髭の野郎シメる」

「? 訳は分かりませんが、そう言うことなら私も助力しますね! 先輩!」

 

ここは『人理継続保証機関 カルデア』。文字通り人理の乱れを修正する組織だ。魔法協会の中でも異端の組織であり、解析などの魔術のプロフェッショナルが集う化け物の巣窟でもある。

 

『人理継続保証機関 カルデア』は今まで多くの功績を残してきている。一度壊滅に追い込まれた歴史の修復に『ビースト』と呼ばれる生命体の討伐、世界樹に支配された世界の破壊、他にも様々な世界の危機を救ってきたのがこの組織だ。

 

そんな様々な輝かしい功績を残している組織の中で椅子に座り、微笑ましい談笑を交わせる少年と少女。一見場違いな印象を与える二人ではあるが侮ること無かれ、彼らこそその輝かしい功績を生み出してきたのだ。

 

少女の名はマシュ・キリエライト。薄紫色の髪を持ち、一見大人しそうで可愛らしい少女。しかしその実、カルデアの持つ『召喚システム』を支える幹部にして最強の守護者。

 

そして少年は藤丸 立香(ふじまる りっか)。魔術の才能のないただのマスター候補、というのは最早昔の話。今ではマシュとともにこのカルデアを支える幹部となっている。様々な英霊(サーヴァント)、すなわち過去、現在、未来の英雄を模した特殊な霊体との縁を持ち合わせており、彼らをノーリスクで召喚、そして英霊に認められているマスターだ。

 

だからこそ周囲の職員は彼らを見ると老若男女問うことなく、二人に畏怖と敬意をもった挨拶を忘れない。それほどまでに彼ら二人の存在はこの場では非常に大きい。

 

ただマシュと立香はそこで偉そうにするような人間ではない。むしろ職員に挨拶されるたび、少しこそばゆい感じを覚えながらも挨拶を返す。

 

立香は職員が通り過ぎて行くと、困ったように眉を寄せる。マシュも同様の感情を覚えたようだった。

 

「なんというか…ちょっとどうしたらいいか分からないよね」

「そう、ですね。『幹部』という大それた称号は元々ダヴィンチちゃんの悪ふざけによって生まれた物ですからね。ダヴィンチちゃんもおふざけが過ぎますね」

「本当にそれだよね」

 

そして引き続き当たり障りのない話をしていると、急に警報アラームが鳴り始めた。

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。直ちにマシュ・キリエライト、藤丸 立香は司令室に直行したください』

「「!!?」」

 

二人は一瞬動揺する。この世界における危機は出来る限り潰したのだ。特異点が現れたところで小さな物ですしか無いはずであり、緊急性を帯びるものではない。

 

だが流石は『幹部』と呼ばれる二人。次の瞬間には立ち上がり、走り始める。

 

「行こう、マシュ!」

「はいっ! 先輩!」

 

彼らが向かうのは司令室。残りの『幹部』がいる場所へと進む。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「ダヴィンチちゃん! さっきのアラームどういうこと!」

「ダヴィンチちゃん! もしや新たなビーストが現れたのですか!」

「あー、二人ともとりあえず落ち着いて! …全く、『幹部』とあろうものがそれほどまでに動揺しちゃいけないぜ」

 

レオナルド・ダヴィンチ、通称ダヴィンチちゃん。カルデアが呼び寄せた英霊の一人であり、カルデアの技術顧問でもある彼女は立香、マシュにとってかけがえのない仲間である。ちなみに見た目はモナリザである。性別? んなもの芸術の前ではどうでもいい。

 

「「あれはダヴィンチちゃんが勝手に…」」

「はいはい、話を進めるよ〜。二人とも。心の準備はできたかい? 今回の話は正直『チェイテピラミッド姫路城』とか『ぐたぐた事件』とかそんなレベルじゃないぜ」

「あ〜、二つとも楽しかったよね」

「先輩…むしろあれに動揺せず、笑ってしまえるのは少なからず先輩だけだと思いますが…」

 

どちらの特異点も普通の魔術士であればクトゥルフ並みのSAN値直葬案件なのだが、精神力チートたる立香にとってはただの面白い話にしか過ぎないらしい。…元一般人とはとても思えない図太さ、もしくは能天気さである。

 

思い出しながら口を開けて笑っていた立香。そう言えばと話の内容を思い出し、改めてダヴィンチに何が起きているのかと問いただす。

 

「今回ばかりは流石に立香君でも笑ってスルーするのは無理だよ。なんだって…『異世界召喚』がホントに起きちゃったんだからさ」

「異世界…」

「召喚…ですか? ダウィンチちゃん?」

 

何故か自慢するようにそう言い放つダヴィンチ。その言葉に呆気に取られる立香とマシュ。目は点だ。

 

だがダヴィンチちゃんは止まらないっ!

 

「そうさ、異世界召喚だとも。いやー、ホントにテンプレートって奴に沿っていたよ。ある学校の教室で異常なほどの空間の歪みが発生したのさ。最初は『あー、また特異点? よし、新しいマスター候補の子に行ってもらうか』といった具合だったよ。けれど正直空間の歪みが神代レベルにまで変動していたのさ。それでホームズに頼んで解析して貰ったらまさかの地球にあるはずのない場所を一瞬だけれど見つけてしまった。しかも空間の歪みが起きてからというもののその教室に生命反応は見かけられなかった。一瞬解析できた限りでは向こうの世界では神代レベルの力がある。その上レイシフトができるかもわからない場所だ。新しいマスター候補の子たちでは対処しきれない。そんなわけで君達に後は任せた〜、というわけさ」

 

ダヴィンチの長々とした説明が終わると、その場はまさしく静まり返っていた。笑い声どころか周りの音が全て遠慮したような静まり。そして立香の目は死んでいた。

 

「…何というか、凄いね。異世界召喚なんて幻だと思ってたのになぁ〜」

「流石の君も容量オーバーだね。私も最初理解した時、こめかみをぐりぐりとしたものさ」

 

二人の目がやけに遠い所を見ている。立香は今までの経験よりもエゲツない非常識ぶりに。ダヴィンチもまた発見当初の驚愕を思い返したらしい。二人の口からは何かが漏れていた。

 

「と、ところでダヴィンチちゃん。…異世界と言っていましたよね。レイシフトはそんなところまで可能なのですか?」

「うむ、いい質問だ。だが相手はこの天才、ダヴィンチちゃんだぜ! 修正に修正を重ねて完成させたのさ」

「「さ、流石ダヴィンチちゃん! 天才だ!(ですね)」」

「ふふ〜ん。いいよ、もっと褒めてくれたまえ」

 

流石にここまで来れば天才と言わざるを得ない。何と言っても異世界召喚に近い現象を解析し、それを再現したと言うのだ。二人はいつも以上にダヴィンチに『天才コール』を送る。ダヴィンチもまんざらでない様子だった。その証拠にコールが来る度にポージングを変えている。ある時はジョジ◯的な、またある時は仮面◯イダー的な。あ、荒ぶる鷹のポーズまで!

 

「お前たち! 遊ぶのも大概にしたまえ。今は特異点があるのだぞ! 何を呑気にしている!」

「「あ、局長いたんですか」」

「…貴様等、最低限のマナーと言うものをしらんのかねっ!?」

 

ゴドルフ・ムジーク。元々は立香達を追い出し、カルデアの利益を我が物としようとしていた男だった。しかし立香とマシュに危機を助けられ、ボーダーで旅をしていく間にカルデアに愛着を持ち始め、成長した男だ。利益にがめつく、ハニートラップなどには非常に弱いが善悪の認識はきちんとついている。今でも局長として働き、幹部としての見合う功績を上げるぐらいには。

 

「…まあ、たしかにミスタームジークは中々にキャラは薄く、影もまた薄いが声に出してはいけないよ。君もミズキリエライトも」

「ホームズさん! ダヴィンチちゃんが言っていましたが、本当に今回の解析はホームズさんが…」

「ああ、私だね。あの様なもの私からすれば朝飯前だよ」

「流石です、ホームズさん! 凄いです!」

「ちょっと待ちたまえ、ホームズ! さりげなく私をディスらなかったか!!?」

 

シャーロック・ホームズ。カルデアが召喚したサーヴァントの一人。元々は仮想の人物であったが『座』によって霊基を固定され、召喚された。彼もまたカルデアの幹部の一人である。答えのある謎ならば彼は必ず解き明かす。解析部門においての最高顧問でもある。

 

彼等彼女等こそがこのカルデアにおける幹部メンバーである。あとシオンと呼ばれる少女がいたりするが、今この場にはいないようだ。

 

「まあまあ、そろそろレイシフトするとしようぜ。というか最近立香君たちがレイシフトしない所為で英霊からクレームが溜まりに溜まってるんだ。『安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様』とか『立香はどこ!? あいつ一回デュへってやるわ!』とか『この未熟マスターどもをぶっ飛ばせばマスターが出てくるか!?』とか『マスターったら悪い子だったのね。いけないわ、いけないわ』と言った感じだね。正直」

「皆んなに愛されてるな〜」

「先輩先輩。少なからず一回は絶対死にそうなのですが!!? どうして平然と感動してるんですか!?」

 

立香は最近、現れた特異点を担当していない。というのもマスターの後継者を作るためだ。立香の形跡は非常に大きく、正直サーヴァント達の多くが立香に依存している所がある。また立香以外の言葉は受け付けない、と言った英霊が殆どだ。今こそいいが後に立香が死んだり、活動不可能になった時に英霊達がどうなるか。…最悪の未来しか見えてこない。

 

結果、サーヴァントの立香への異常な執着を無くす為にも他にもマスターをカルデアは取り込み、小さな特異点を担当させている。

 

しかしこれが何とも効果が無く、むしろ悪化。サーヴァント達は『マスターを戻せ』派と『この未熟者殺せばマスター帰ってくる?』派、『私たちの世話しないマスター死すべしナウ』派と分かれている。恐るべきなのは一番最初の派閥のサーヴァントが一番少ない点だろう。ちなみ最後の派閥は立香と関係(・・)を持ってしまった者達が大概だったりする。

 

閑話休題

 

「ま、そんなわけだ。しかし今回のレイシフトではこちらとあちらの通信を繋げる事自体が難しいかもしれない。さらに地球から離れるということはサーヴァントの知名度降下による弱体化が起こる可能性が非常に高い。我々が予知もしないトラブルの発生もありうる。流石に召喚自体ができなくなる、なんて事態は立香君の魔術回路(・・・・・・・・)がある限りないだろうがね。それほど危険度が高く、それこそゲーティアが作った特異点や異聞帯並みだ。しかもあちらには無力な一般人までいる。彼らを守り、かつ帰す方法を考えなければならない。マシュ、立香君。覚悟は…あるかい?」

「もちろん、大丈夫!」

「マシュ・キリエライト。準備オッケーです!」

「よろしい! それでは局長、最後に一言宜しく頼むよ」

「ふん…。いつもの如く貴様等ならやり遂げてくるだろう。期待している。」

「オッケー。それでは二人ともレイシフトといこうか。長旅にもなる、是非とも今回のエクストラオーダー、気をつけてくれたまえ」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

『アンサモンプログラム、スタート。 霊子変換、開始。ーーーー全工程、完了。エクストラオーダー、実証を、開始、します』

 

遥か彼方の世界へと向かうその最中。

 

「絶対に帰って来よう、マシュ」

「はい、勿論です。先輩」

 

二人はいつものように、しかし勇気を持って言葉を交わせる。

 

そして向こうの世界で待つ運命は今すぐそこに…

 

 

ーー第一部 序章 暗黒魔獣巣窟オルクス

副題 〜邂逅〜

攻略難易度 E



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プロローグ/ハジメ編

2話目です。今回はちょっと少なめ、かな?
それはともかく今回は相当原作の序盤を略してオリジナル要素をいくつか加えたものになっております。
是非ともどうぞ!

ヘブンズフィール続編楽しみです!


 ハイヒリ王国と呼ばれる国の王立図書館。世界でも最大級の本の数を所蔵するこの図書館には一人の少年の陰があった。

 

 彼は本を読んでいる。その内容は『北大陸魔物図鑑』という題名だけで内容が分かってしまう面白みのない物。だが彼の側にはそういった本がいくつも並んでいた。

 

 少年の名前は南雲(なぐも) ハジメ。この世界、トータスに地球から召喚されたクラスメイトの一人であり、唯一戦力外のレッテルを貼られた『神の使徒』である。彼は並みのステータスしか持ち合わせておらず、また職業も【錬成士】というこの世界では十人に一人が持つありふれたもの。他のクラスメイトがこの国の団長を驚かせた中、ハジメに対してだけ微妙な顔をされたのは今でも嫌な思い出だ。

 

 二週間に及ぶ訓練を得てもその値は一切伸び代を見せない。その伸びなさ具合と言えば…下の通りである。

 

 ==================================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

 天職:錬成師

 筋力:12

 体力:12

 耐性:12

 敏捷:12

 魔力:12

 魔耐:12

 技能:錬成、言語理解

 ==================================

 

 一応、比較すると通常(・・)の人族の限界が100から200、天職持ちで300から400、魔人族や亜人族は種族特性から一部のステータスで300から600辺りが限度である。こうして比較するとこと尚更ハジメのステータスの低さが伺える。ハジメは最悪そこにいる子供にすら負けるのだ。最初の頃の『異世界召喚ですか? まじですか?』といった希望など水泡の如く潰れ去った。

 

 そうして本当に訓練をしていても結局の所、戦力外ということを悟ったハジメは訓練を最低限行い、代わりに知識と彼唯一の武器である“錬成”の腕を磨いている。

 

 そういった経緯でハジメは図書館に来ていたわけだが、他にも理由が無い訳では無い。まずこの王国の人々の目がハジメに対して攻めるように酷いことだ。あまり人の悪意などは気にしないハジメだが王城の人々は誰しもがハジメにそういった眼を向けるのだ。流石のハジメにも無理がある。

 

 またハジメはクラスメイトにも味方という味方がいない。それは地球にいた頃から変わらない。それは一つの要因としてハジメが重度のオタクであることもあるだろう。事実、ハジメは『趣味の合間に人生』という人生の格言を持ち合わせている。その言葉に沿うかのように学校では登校は遅刻ギリギリ、過ごす時間の大半が居眠り、昼飯は10秒チャージ、そして学校が終わった瞬間即時帰宅!といったライフワークを営んでいる。

 

 しかしハジメの身嗜みは一般的なもので不衛生ではない。またテストもいつも平均点は取っているため問題はない。しかも話を始めればオタク話以外の話題でも十分に話せ、むしろ聞き上手なくらい。周りには迷惑をかけるような人間ではなく、自身に与えられた役目はキチンと果たすぐらい。あまり批判されるような人間ではない。

 

 それにも関わらずハジメに対する当たりが必要以上に酷い。ならば何が理由なのか。その理由は…

 

「南雲くん、南雲くん。この本とかどうかな? 『見習い錬成士でも作れる! らくらく簡単! 武器一覧!』だって! どうかな?」

「あ、ありがとう。白崎さん。でも僕なんかに構ってて大丈夫?」

「うん? …ああ〜! ホントだ! 訓練に遅れちゃう! ゴメンね、南雲くん! また後でね〜!!」

 

 ーーただ今城の訓練所へと走って行った少女、白崎 香織(しらさき かおり)である。元々ハジメがいた学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 

 そんなスクールカーストでも上位に立つ香織はあろうかとかカーストから出ているハジメに必要以上に構うのだ。ハジメはあくまでも香織のそれは優しさから来るものだと知っているものの、人生の生き方を譲歩する気は無かった。

 

 だからこそその結果、周りの人間は面白く思わない。よってクラスメイトはハジメに男なら嫉妬を、女なら『白崎さんにああまで言われてるのに態度を直そうとしないのはどういう事なの!?』という感情を含んだ視線を叩きつける。特に檜山(ひやま)を中心とする四人組はハジメに対し、嫉妬を隠す事無く悪意をぶつける。学校にいた頃は罵詈雑言を並べ、見下す事しかしなかった。だがこちらに来てからはそれはエスカレートしていった。

 

(まだ…お腹痛いな)

 

 ハジメは思わず己の脇腹をさする。その服の裏には青い痣ができていた。また顔には擦り切れ傷。足にも立つ度に痛むほど怪我がたしかにある。

 

 これはつい先日、檜山達四人組が『訓練』と表してハジメを痛めつけたためだ。陰湿なのはこれを隠れた裏路地で行なっていた事だろう。お陰で彼らのなされるがままに魔法や蹴りをお見舞いされ、地面を転がる目にあった。彼らの気分が晴れる頃にはハジメは体の一部の感覚が麻痺するまでに至っていた。その後ハジメは香織に発見され、その場で治療を受けた。

 

 ちなみに香織はこの一件の真相を知らない。ハジメはあくまでも『魔物が出てきて、痛めつけられた』と説明してある。もし香織が真相を知れば、檜山達に何らかの注意を行うだろう。そうなれば更に彼らの嫉妬は増幅する。最悪死に至るかも知れない。だからこそハジメのその判断は正しいと言えるだろう。

 

 二週間後にはオルクス迷宮と呼ばれる魔物の巣窟へと向かうことになる。正直に言って前途多難もいい所だ。ハジメは思わず溜息を吐いた。

 

 するとやけに視界の端の方が目に入った。ハジメをしても何故かはわからない。しかしハジメはその端の方へと少しずつ、少しずつ目を向けていく。

 

 そこにいたのは一人の少年と一人の少女だった。彼らは本棚から書物を取り出しては、ページをパラパラとめくるということを繰り返している。

 

 男の方はイケメンというわけではないが顔は整っていた。彼の傍らにある少女に関しては優しい印象の香織や彼女の親友であり、学校の二大女神たる八重樫 雫(やえがし しずく)のクールさとはまた違う美人だ。それこそ保護欲を擽るというか、そんな感じの。

 

 だが注目するべきなのはそこではない。彼らの服装、そして男の髪色だ。女子の方の髪色は薄紫色でこの世界の人々と大差無いのだが、男の方は黒髪だ。今の所黒髪はこの世界ではそれこそクラスメイトぐらいしか見ていない。

 

 また服装も丁寧な作りでこの世界の服よりも何世代も上を行っている。また素材に関しては地球でも見たことが無いほどに立派なものが使われており、ハジメの素人目で見てもただの服とは思えない一品だ。

 

 ハジメは結局彼らにこの日声を掛けることは無かったが、それでも記憶に確かに残していた。もしかしたら、という希望も残して。

 

 迷宮へと足を運ぶまでの期間は少ない。それまでに悔いの無いようにできることをしよう。ハジメは新たに決意を確かにした。

 

 ハジメはまだ知らない。この後に待ち受ける悲惨な運命も。その果てに生まれる本来ない出会いも。




ちょっとしたアレンジ一覧とその理由。
・檜山達のイジメを香織達にバラさない。(この後に檜山に奈落に落とされるけど、あの現場を香織が見てたら少しは違和感待つんじゃね?という違和感から)

・オルクスまで残り二週間(一つとしては香織をユエと並ばせるための処置。この作品はユエと香織がメインヒロインです。二つ目は立香との友好関係を結ばせるため。少なからず立香が助けたい、と積極的に思うぐらいには。(まあ、立香ならそんなことせんでも行きそうだけど。))

・最後の二人(言わずとも立香とマシュ。ここにいる理由は後々説明。)


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異世界で初めての般若さん(?)

タイトルでもう誰が出てくるか、少なからず一人は確定できますね。
3話目、どうぞ!


 ーーハジメside

 

 それから三日間、ハジメは何度も図書館に来ては例の二人組をどこかしらで見かけていた。机に座って読書に読み更けている二人。ハジメは司書が気にかけていない様子だったので、常連なのかなどという考えに至った。

 

 なのでここ最近は特に気にすることもなく、ハジメは自分の調べ物に没頭していった。最も香織が来るとハジメの作業は様々なことが原因で滞ったが。だがそれでもステータス自体は上がる気配はしないが、“錬成”の扱いは始めて二ヶ月足らずの割には上手くいっているように思えた。また迷宮に行く前に迷宮についての様々な本を手に取れたのも有難い。最強の冒険者が辿り着いた六十五階層の魔物の情報も頭に入っている。今のハジメなら情報量だけなら負けない、そんな自負がある。

 

 そうしてハジメに余裕が(少なからず情報収集に関しては)ついに出来始めた。檜山達のイジメは未だに収まりはしないが、具体的な解決策が無いため今は保留にしておく。

 

 そして今日、ハジメは二人の方をじっくりと見てみた。二人は親密そうに、けれど必死に何かを読み込んでいた。青春らしき気配がしたがハジメは敢えてスルーする。

 

 だが二人が手に取る本はどう見ても…絵本だった。しかも文字の意味があまり関係ないリズム重視のもの。この事実に気がついた瞬間、ハジメは戦慄したものだ。

 

(なんで、なんで絵本!? どう見ても二人とも僕と同年齢ぐらいだよね!? あ、もしかしてこの国ってそれぐらい識字率が低いのかな? 異世界系でもそんなシーンはよくあるし…。でも二人とも育ちが悪そうにはとても…。それにしてもなんで絵本であんな雰囲気が出せるんだろう? う〜〜ん…)

 

 ハジメはそう唸りながら二人をジッと見つめる。二人の顔は必死そのもので「先輩! ここはもしや『いないいない、ばあ』と書かれているのではないでしょうか!?」とか「そうかも知れないな! それじゃあその線で読解してみるか!」と日本語で…

 

 …日本語で?

 日本語で。

 間違いなく日本語で彼らはそう言った。

 

 次の瞬間、ハジメは何かに押されるかのように椅子から立ち上がった。勢いよく立ち上がってしまったためかなりの音が鳴ってしまったが、今のハジメからすればどうでもいいことだった。

 

 絵本を読んでいる二人もこちら側に気がつく。そして彼らは驚いたように顔を驚愕で染める。なぜそんなにも驚くのか。それもまた今のハジメにはどうでもいいことだった。

 

 ハジメの歩む速度は段々と増していく。増す度に高鳴る鼓動。それは何かの予感か。それとも得体の分からない何かへの焦燥か。

 

 ハジメはついに二人の前で立ち止まった。三人三様に固まる。ハジメは何らかへの確信を。男は驚愕で。女は何らかの緊張を持って硬直に至る。

 

 先に切り出したのはハジメだった。無礼にも声が低く、自分でも驚くほどであったがごく自然と口に出る。

 

「貴方達は…誰ですか?」

 

 それは一見すれば意味の分からない質問。応えようは幾らでもあり、ましてや初対面の相手とあらば答える必要性すらないような、そんな質問。

 

 だがハジメの問いに男は応えた。

 

「…そっか。君は『召喚者』の一人なんだね」

 

 その言葉にハジメは驚愕を隠せない。使徒として有名な他のクラスメイトならまだしも、ハジメは王国の恥というレベルで存在を秘匿されている。きっと使徒の中に無能がいる、ということで批判を防ぐための処置だろう。

 

 だが目の前のこの男はそれを迷わず、明確に一言でハジメの今の状況を答えた。

 

 ハジメの記憶の限りクラスメイトの中にこんな男はいなかった。もちろん隣の女の子の方も。またつい最近、ここ以外で見かけた覚えもない。こんな目立つ服装ならば一目でわかるだろう。

 

 だからハジメの存在など知るはずもないのに。

 

 驚愕するハジメ。しかし男は止まらない。更に続きを応えた。

 

「俺は『人理継続保証機関 カルデア』の幹部、藤丸 立香。どうぞよろしく、『召喚者』。いや、使徒様って言うべきかな?」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ーー立香side

 

 立香は内心物凄く、それは物凄く慌てていた。

 

(いやいや、何で神の使徒(笑)がこんな所にいるの!? ここ城の中じゃないよね? それに俺、“認識阻害”の魔術使ってたよね!? まるで普通みたいに看破されてる!? …流石にここ最近覚えたとはいえ、落ち込むなぁ。)

 

 今、立香は自身とマシュに“認識阻害”の魔術をかけている。元々メディアなどのキャスターが主として使っていた魔術。ここ最近立香の魔術回路がまともになった(・・・・・・・)ため、教えてもらった魔術の一つだ。その時立香が「俺もようやく魔術師っぽく…」と感動し、その裏でカルデアにいるオカン系サーヴァントと立香と関係を持つサーヴァントはこっそり泣いていたりもする。

 

 覚えたてとはいえ、この世界の魔術はやけにレベルが低い。その内容といえば常に魔法陣を装備に用意し、詠唱をしなければ使えないレベル。最高ランクでも詠唱を短縮することしかできないという。

 

 立香としても詠唱を必要としない魔術をいくつか持っているのだ。キャスタークラスのサーヴァントを呼べば無双できるのでは?と思っていたりする。

 

 閑話休題

 

 そんなわけで今回は立香が練習も含めて“認識阻害”の魔術を使っていた。事実今までバレた覚えはなく、こんなセキュリティバリバリの所にもすんなりと入ることができた。しかしまさか魔術を覚えて数週間としか習っていない人物に看破されるとは思っていなかったので内心凹んでいる。ただ表に出さないのも復活が早いのも立香クオリティーである。

 

 だが立香にとって驚くべきことは他にもある。その内容はマシュが立香の魔術回路を通して告げた。

 

『先輩先輩。どうしてこの方はあんな難しそうな本を易々と読めているのでしょうか? 日本語とは明らかに別の言語なのですが?』

 

 そう実は立香達、こっちに来てからというものの言語も文字も分からない。今までの特異点ではダヴィンチのサポートなどもあり、普通に話すことができていた。今はまだ通信が繋がっていないので無理があるが…。また地球上には存在しない言語であるので例え通信が繋がっても翻訳しきれない可能性が高い。

 

 だからこそ二人で精一杯、絵本を解読していたのだ。(恥ずかしいので“認識阻害”は全力でやった)しかし目の前の『召喚者』は何の不自由もなく、本を読み上げている。きっと召喚による副産物なのだろうが立香からすれば「ここ数日の俺の努力とはいったい…」といった心境だ。

 

 しかしメリットもまた大きい。一つは保護すべき一人を確認できたこと。もう一つはやはり使徒と呼ばれる元地球の人々は何らかの力を持たされている(・・・・・・・)という点だろう。それは神と名乗るものによっていつでも取り外しのできるものなのかはわからない。しかし今の所は使徒は危ない目に合うことはないと分かり、立香は安心する。

 

 しかし立香が安心して彼の顔を再び見ると…何とも胡散臭そうな顔をしていた。

 

「えーっと…何かな? 何か疑問でもあった?」

「…じんりほしょうきかん…かるであ? 何処ですかそこ?」

 

 それも当然、表には絶対に出てこない機関の名前である。知るはずもない。

 

「私たちは短直に言えば貴方方を助けに来た組織です」

「っ!? 方法があるんですか!?」

「いえ、まだ方法は見つかっていません。しかしこれからその鍵を探している、という状況です」

「そう…ですか。そうですよね。そんな簡単に見つかりませんよね…」

 

 男の子は溜息を吐いた。もしかしたらっ!と思ったのだろう。それも無理はない、と立香は思った。

 

「落ち込まないでくれ。あ、こっちの女子はマシュ・キリエライト」

「よろしくお願いします!」

「えっ、はいっ! お願いします。僕の名前は南雲ハジメです」

 

 ハジメは立香に頭を勢いよく下げた。きっと緊張からだろう、顔にありありと書いてあった。立香は思わず吹き出してしまう。するとハジメはその立香の動作に不満げな顔になってしまっていた。慌てて立香は訂正に入った。

 

「ごめんごめん、南雲くん。そんな堅くならなくていいよ。高校生でしょ? 俺と同級生ぐらいなんだから、さ。もうちょっと軽く行こうよ」

「…うん。分かった。よろしくね、藤丸くん」

「うん。よろしく、南雲くん」

 

 ハジメは恐る恐る、それでも少し安心を乗せて手を差し出す。立香は一切躊躇うことなくその手を取った。流石コミュ力チートである。

 

 続いてマシュもまたハジメに右手を差し出した。同様に握手をするつもりらしい。

 

「これからお願いします。南雲さん。貴方にはきっとお世話になるでしょうから」

「…力になれることなら頑張ります。キリエライトさん? で良かったですよね?」

「はい、お願いしますね。南雲さーーー」

 

 ーーーゾワッ!

 

 それは歴戦の立香やマシュをしてさえも驚愕に値するほどの殺意。ハジメなど「すわっ! これが殺意!?」と顔を青くしてぶるっと震えている。まるで立香が初めて清姫を見たときみたいに!

 

 そしてその原因に気がつかない立香ではない。本当に自慢ではないがストーキングされた回数は数知れず。例えどれだけ魔術を編み込もうと看破していくハジメの目は簡単に捉えた。本棚から飛び出してきた少女を。

 

 その少女は立香が知る少女とはまた別のタイプの美人だ。しかし…雰囲気だけはとある三人組(溶岩水泳部)を思い出す。最近立香は普通に慣れつつあり、関係も持ってしまった三人組を。

 

 彼女の顔を見れば瞳孔が縮小しており、そのくせ口元は笑顔だ。歩く度にズシーンッ! ズシーンッ!と鳴るのは彼女のステータスが埒外に上がっているもの。人はこの限界突破を『恋は盲目』という。また、彼女が進む度彼女の背後が揺れ動く。スタン◯だ! 般若の面を被る女がそこにはいる! …なんだか立香には後ろにいる人が見覚えのある母のような気がしてならない。そう、例えば鬼殺し系の…。

 

 やがて立香の前を颯爽と通り抜け、マシュを一度睨みつける。握手をしようとしていたマシュの頰が固まる。『“認識阻害”働いてないじゃん!』と愚痴りたかった立香も思わず黙り込む。

 

 彼女はハジメとついに正面で向かい合う。ハジメは未だに謎の恐怖に縛られている模様。半分スタン状態だ。意識も半分ほど抜けていってしまっている。なんといっても一般人なのだ。清姫並みの殺意を向けられて平然としている立香の方がおかしいのだ。

 

 そして彼女はハジメの胸ぐらを掴む!

 

「ねえねえ南雲くん! この人たちは、この可愛い女の子は誰!? まさか…恋人!? 夫婦!? それとも前世からの運命の人だったりするのかな!?、 違うよね、南雲くん! 違うよね、ねえねえ答えてよ!南雲くん! 違うって言ってよ! ねえってば!」

「ああっ! 南雲さんが息をしていません! 泡を吹いています!」

「やばい! これだけ大声を出されると流石の“認識阻害”も解除されちゃうんだけど!? 一旦みんな外に逃げるぞ! マシュ! そっちの女の子は任せた! 最悪ガンドを打ち込む!」

「了解しました、先輩! マシュ・キリエライト! 行きます!」

「ねえってばー! ねぇってばぁああああ!!!!!」

 

 結果、なんとか図書館の人々に正体をバラすことなく出ていくことができた立香達。しかしこの後、図書館では痴話喧嘩をする幽霊が現れる、という都市伝説が一つ街を震え上がらせるのであった。




次回、ついに四人のまともな会話が始まります。
説得は…コミュチートがいるから大丈夫やな。


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だから俺は戦い続ける

今日二度目の投稿でーす!
いや、テンション上がったせいかスラスラと…自分でも驚愕ものですわ。
とはいえ原作トレースのところも一部ございます。ご注意ください。


 ーー立香side

 

「改めて自己紹介を。俺は藤丸 立香。好きなものは美味しいものなら何でも。嫌いなものは絶望と人の死。地球のある組織、カルデアでマスターをしてる魔術師さ。どうぞよろしくね、二人とも」

「…(白目)」

「南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くん南雲くんーーー」

「先輩! まずこの状態で話を進めようとしないでください! まだ色々問題があります!」

 

 ここは王立図書館の屋根上。ここならば誰にも邪魔されまいと立香がセレクトした場所だ。…ガンドで行動不能にした二人を背負いながらクライミングしてきたのだが。「チェイテピラミッド姫路城サクラダファミリア万里の長城に比べればまだマシだなぁ」と言った元ただの一般人。何が彼をここまで変えたのか。きっとカルデアを代表する筋肉マン・ウーマンのせいである。

 

 しかし場所は変わっても状況は変わっていない。未だにハジメは般若スタ◯ドに気絶しているし、香織もまた般若スタンドを進化させていっている。もはやカルナ並みに目で殺そうとしている!

 

 そこで立香はある種の強行突破を行う。右手を突き出して、左手を右腕に添える。口ずさむは詠唱。

 

「今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆ーー」

 

 それは立香が他ならぬ『座』に与えられた力。生きたまま抑止として生き続けることを代償に手に入れた彼だけに許された絶対の魔法。そしてそれは彼の生きる道を指し示したもの。

 

「ーー来たれ覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は救う者、万人に癒しを与える者。杯の巫女は抑止の輪より今ここにっ!!」

 

 立香は右手を空高く天へと掲げる。収束する白き光玉の数々。天衣を着飾る頼れるサーヴァントの力が今ここで解放される!

 

「顕現せよ!『白き聖杯よ、謳え(ソング・オブ・グレイル)』!」

 

 やがて光は形を作り、完全な形で形成される。杯の形だ。そして空に溶けるかのようにふわっと広がり、ハジメと香織を包んだ。白い光が晴れる頃には二人の顔からは恐怖や怒りが消えていた。それを見て立香は上手くいったと頷く。

 

「やっぱりアイリスフィールさんの宝具は喧嘩の仲裁には便利だなぁ」

「先輩先輩。宝具ってそんなに軽い扱いをしていいものでしたっけ? もっとしっかりと状況と場所を考えた上で使うべきだと思うのですが?」

「でも使わなきゃ止まらなそうだったしね。仕方がないよ」

「そうなんでしょうか? なんだか自分の魔力で宝具を使えるようになってから軽く扱い過ぎだと思われるのですが…」

「大丈夫、俺が使うのは模造品(レプリカ)だから。本物じゃないから」

 

 そう、これが立香の魔術回路に刻まれた力の一つ。己の魔力から擬似的な宝具を作り出し、その力を再現する。エミヤよりもランクが落ちるとはいえチートも過ぎる能力だ。しかも今の立香の魔力は一般的に見ても膨大。その上これでも力の片鱗(・・)なのだから余計にタチが悪い。

 

 この魔術を覚えてからというものの、立香は何だかんだで使用することが多い。それこそ英雄の矜持を踏みにじるような行為には至ってはいない。しかしそれでも風を仰ぐのにわざわざドラ◯もんに頼むレベルで乱用している。流石のサーヴァントもこめかみをぐりぐりするのは仕方がないことだろう。

 

 閑話休題

 

「ねえ、南雲くん。そういえばこの人達は誰なの? 恋人では、無いんだよね?」

「うん、ついさっき図書館で話しかけただけだよ。この二人日本人ぽかったから」

「日本人…あ、そういえばこの二人日本語使ってるね。本当に日本人なんだね!」

 

 ーー今気がついたんですか、白崎さん

 

 この言葉を三者三様に思い、口を閉じた。これを口に出しも別に現れることはないだろう。しかし三人とも、特に恋愛沙汰にネガティブなハジメは地雷原が何処か分からないため下手に話せない。

 

 だが香織の方は合点がいった模様でポワポワと「なるほど〜」と何度も何度も頷いている。ハジメは未だに混乱しているが。

 

 この一方で立香とマシュは「これって…アレだよね?」、「はい、間違いなくアレかと」と端の方で話している。二人は香織の心境を悟ったようだ。

 

 そしてそれから般若さんが現れることもなく互いの情報交換はトントン拍子に進んでいった。終わる頃にはハジメと立香も互いを「立香くん」、「ハジメ」と呼び合うようになった。同年代かつ立香のコミュ力チートと持ち前の優しさがハジメの琴線に触れたようだ。この間香織は立香のコミュ力チートぶりに戦慄した。この時だけ般若さんの陰がウニャウニャと出てきていた。

 

「聖杯に英霊に人理焼却に特異点…地球ってマジでファンタジーだったんだ…」

「本当だよね。まさか藤丸くんがソーシャルゲームの主人公みたいな人生歩んでるんだもんね」

 

 ハジメが遥か遠くにあるはずの地球を眺めるが如く遠くを眺める。それに香織も香織らしかぬセリフで賛同。何故そんなことを知っているのか、聞ける人はこの場にはいなかった。

 

「異世界召喚後にはどんな仕組みかは分からないがステータスが付与されて? そしてクラスメイトの大概が即戦力レベル?」

「しかも魔人族という種族と戦うために迷宮に入る、ですか」

 

 また知らされた事実に立香とマシュは怒りを露わにする。

 

 この世界、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

 魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

 その内の一つが魔人族による魔物の使役。

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生態は分かっていないらしいが、それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

 本来、魔物は本能のままに行動しており、使役は基本不可能。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

 これの意味するところは、人間族側の“数”というアドバンテージが崩れ、均衡が破れるということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えている。

 

 この危機を知った人間族の守護神エヒトは異世界からハジメ達を召喚し、類い稀な力を持つ彼らを『使徒』とした。そして彼らにより戦力の拮抗、可能ならば魔人族の滅亡を『使徒』に使命として課せている。

 

 そして今は訓練を受けており、二週間足らずで迷宮へと足を踏み込むことを強いられている。

 

 ーー以上がハジメから知らされた情報だ。立香はこの聞かされた事実に歯噛みする。

 

「ーー巫山戯るなよ。何が神だ! 何が使徒だ! そんなものが神だと!? 俺は認めない! 己の人の子を信じないなんて…神とは認めない!」

 

 立香は知っている。神は人を好む者もいれば、人を嫌う者もいると。

 

 立香は知っている。神は人を救おうとする者もいれば、滅びを与えようとする者もいると。

 

 立香は知っている。神はそれでも、決して理不尽な存在ではないと。なお考えて、己の意思の果てに子供達をどうするか“愛”を持って決定すると。その“愛”がどれだけ吹き飛んだものでもそれは神が子供を知り、見て、そして下した結果であると。そう立香は知っている。

 

 だがエヒトという神は違う。己の子に与えるべき試練を、義務を、責任を全て己の知らぬ別世界の子供(他人)に任せている。

 

 それが立香にとってはどうしても、許し難いことだった。

 

 己が知り、尊敬し、中には愛する者がいる神霊を馬鹿にされたような錯覚に陥り、憤慨する。

 

「先輩、一先ず落ち着きましょう。その神が一体どんな者であるか、知るべきです」

「ああ…ごめん、マシュ。ちょっと頭に血が回っちゃったよ」

「いえ、私も十分に怒髪天に至っています。イシュタルさんは兎も角、エレシュキガルさんやケツァルコアトルさん、ゴルゴーンさん達の顔にまで泥を塗ったのは許し難いです」

「うん、イシュタルは兎も角、ね」

 

 どこかで金星の女神の絶叫が聞こえてきたような気がするが…気にしないことにする。

 

「状況はわかった。とりあえず俺たちカルデアは君たち神の使徒を監視する。ダヴィンチちゃんと連絡が取れてからはここにサーヴァントを置いて、帰還方法を模索するよ」

「その、立香くん。一つ聞いていい?」

「いいよ、ハジメ。どんなこと?」

 

 ハジメは一瞬遠慮したように見えたが、決意を新たに立香を見て尋ねる。

 

「なんで立香くん達は俺達を守ろうとするの?」

「ーーーぷっ」

「ッ!? なんで笑うの!?」

「いや、ごめんごめん。ハジメ」

 

 それはかつて立香が己とともに戦ってくれるサーヴァント達に聞いた質問とほぼ同じだった。

 

 ある英雄は言った。「正義のヒーローになりたかったのだ」と。

 

 ある英雄は言った。「戦いがあってこその俺だからだ」と。

 

 ある騎士は言った。「オレはお前の騎士だ。これ以上言わすな、バカヤロウ!」と。

 

 あるロクデナシは言った。「殺される前の人の顔が酷くおかしいのだ」と。

 

 その後も様々な英霊は立香に答えた。彼らは全員、似てはいても同じ答えを出すことはなかった。しかし彼らは誰一人として迷う者はいなかった。ここで立香は悟った。

 

 サーヴァントは決して英雄だけではない。むしろ英雄というのは極一部で他にもロクデナシや狂人、犯罪者まで存在している。

 

 しかし彼らは迷わない。

 決意を踏み間違えたりしない。

 己の道を突き進む。

 

 それを立香が知った時、どうしようもなく憧れた。

 

 あの日から立香は思ったのだ。

 

(そうだ俺はーー)

 

 ハジメは立香の応えを待っている。

 香織は立香を見ている。

 マシュは立香に微笑んだ。

 

 そして立香は応える。

 

「俺は、まだ答えを見つけていない。まだ英霊(あの人達)のような意思がない。ただ俺は英霊(あの人達)を否定されたくないから戦ってる」

 

 そう、立香は英霊(あの人達)を侮辱することを許さない。だから立香の知らない、英霊(あの人達)のいない世界を踏みにじった。

 

「だから俺はまだ道に立ってる途中だ」

 

 そう、まだ立香は英霊(あの人達)のように辿り着いていない。そしてまだ死んでいない。

 

「そしていつか…英霊(あの人達)のように答えを出せるために俺は戦い続ける。俺は求め続ける。英霊(あの人達)に追いつくために」

 

 だから少年(立香)は戦う。答えを求めて。求め続けた先にある答えを手に入れるために。

 

 理想を形にするために。

 

 その決意を立香は恥じるこもまなく言い切った。言い切ってみせる。そしてその想いはハジメにはとても眩しく思えた。

 

 空はもう夕暮れを告げる頃だ。青い空はやがて赤くなり、紫がかってやがて紺色へと変わるだろう。

 

 そんな空にさえもハジメは何かを思って、でも強く胸を打たれる。

 

 ハジメと立香はここで別れた。しかしきっと彼らはまた、己が目標のために交わることになるだろう。




ここで立香の戦う理由を一先ず作りました。
彼は道の途中だからこそ迷い、戸惑い、苦しむ。
でも後悔をしない理由を求めて戦い続ける。

矛盾しているようですが、これが立香です。
それぐらいじゃないと異聞帯を破壊するなんて思考にはいかないと思ってます。

次回は正直ノープランです。どの話で行こうか検討中です。学校もあるのできっと投稿遅めです。
ご容赦あれ♡


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ハジメの受難

はいはい、思ったよりも早く投稿できました。やったぜ。
今回は完全にハジメのお話です。どうぞよろしくオネシャス。


 ーーハジメside

 

 立香との話し合いを終えて、ハジメと香織は城へと帰ることとなった。ーー香織と一緒に、しかも遅くに帰ってきたのだ。

 

 これにより今の状況は作られていた。

 

 クラスメイトにハジメが囲まれており、その視線は非難殺到。またハジメの姿勢は紛れもなく正座である。横に香織もいるが、香織にはむしろ同情とか好意の目しか行っていない。

 

 そんな中ハジメは今、一人の男に説教されていた。

 

「南雲、いい加減に香織の優しさに漬け込むのもいい加減にしたらどうだ? 図書館で本でも読んでて、時間が遅くなったから香織が心配したんじゃないか。香織の大切な自主練の時間を削らせてまで何がしたいんだ? 俺だったらその時間は自主練にでも使うさ。何、これぐらい『使徒』として普通のことだろう? そうは思わないか、南雲?」

 

 今、ハジメに説教をくどくどとしているのは香織と同等のスクールカーストの位置にいる男、天之河 光輝(あまのがわ こうき)だ。いかにも勇者っぽいキラキラネームの彼だが、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能のまさに漫画から取り出したかのような完璧超人だ。

 

 サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に細身ながら引き締まった体。誰にでも優しく、正義感も強い。

 

 小学生の頃から近くの道場に通う門下生で、全国クラスの猛者だ。ダース単位で惚れている女子生徒がいるそうだが、いつも一緒にいる雫や香織に気後れして告白に至っていない子は多いらしい。それでも月二回以上は学校に関係なく告白を受けるというのだから筋金入りのモテ男だ。

 

 またこの世界に来てもそのチートぶりは変わらない。天職は勇者で訓練を始めて二週間少しの今でさえもステータスはオール200。完全なるチートである。またモテぶりも変わらず、彼が廊下を歩くだけでハートでその場が埋め尽くされる。

 

 そんな光輝だが、難点が一つある。それは思い込みが激しい点だ。そのくせにその言葉には全く悪意は無く、本人のことを思った上で言っている。そのためハジメにとっては余計にタチが悪い。

 

 光輝が掲げているのは基本的に「こうだったらいいなぁー」という理想論ばかり。しかし彼にはそれを実現できてしまうスペックがある。故にその発言は一見正論に見えても独り善がりで他人のことを表面的にしか捉えないお粗末なものだ。

 

 そして光輝はあまりハジメを気に入っていない様子だった。どうやら光輝の目にはハジメは『香織に気を使ってもらっているのに全く態度を改善しようとしないサボリ魔』的な印象を持っているらしい。だからこそ彼が気がついているかは知らないが、ハジメに対する言葉には棘がある。

 

 事実あまり自主練には顔を出していないハジメだが、それはハジメに実戦能力がなく、そのスペックの低さを他の点でカバーするためだ。図書館に通い詰めていることもそれが理由だ。またハジメの天職である錬成士としての訓練は個人的に試行錯誤している。

 

 だがあくまでハジメは角を立たせないためにも極力反論はしない。ハジメは非暴力主義だ。そのためやんわりと光輝の言葉を肯定する。

 

「そうだね、僕も少し気をつけてみるよ。ハハハッ」

「少しじゃダメだ、南雲。お前には覚悟が足りない。この世界の人たちのために頑張ろうとは思わないのか!?」

 

 正直、元の世界に帰りたい。ここの人達にはむしろ邪険にされた記憶しかない。しかしそれを実際に口にするとこれ以上に光輝の中でハジメが悪者になる。そして光輝に好意を寄せる女子達がハジメを校舎裏(ぽいところ)に連行するだろう。そのためハジメは逃げの一手を探し始める。

 

 しかしハジメのその逃げの作戦の模索は無駄になることとなった。言わずと知れたもう一人よクラス二大女神の一柱によって。

 

「光輝、流石に南雲くんを責めすぎよ。あと香織の話によると南雲くんはずっと魔物みたいな迷宮についての情報を集めたり、“錬成”についての本を読んで自主練にふけているそうよ。それのどこが自主練じゃないのかしら?」

 

 彼女の名は八重樫 雫(やえがし しずく)

 

 ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークである。切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。

 

 百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった体、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。

 

 雫は香織と親友であり、光輝とも古くからの仲である。というのも光輝の通う道場の娘であり、そこで光輝とは知り合っている。光輝と同じく全国レベルの成績を残している。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。

 

 そんな雫は何だかんだで香織と話すことでクラス中の批判を買うことが多いハジメの味方をしてくれる人間だ。ハジメはその理由が何故なのかは知らないが、それでもハジメとしては有り難い。

 

 こちらに来てからの天職は剣士。これが女子に男らしいと言わせる要因を更に作り出してしまったのだが、今は言うまい。

 

「し、雫は南雲の味方をするのか!?」

「味方とかそんな問題じゃないでしょ? 第一、非戦闘職の彼に実戦訓練をさせてる時点でおかしいとは思わないの?」

「だが呼ばれた以上は彼らのために戦うべきだろ!?」

「高待遇されてる私たちは兎も角、非難の目を延々と向けられてる南雲くんにそんな余裕があるとでも思うの?」

「ッ!! でもそれは南雲の日頃の態度がーー」

「んなことどうでもいいだろうが、光輝。どちらにせよ訓練にやる気がねぇんじゃ意味がねぇだろ? そんな奴にどうもこうも言ったところで意味はねぇよ」

 

 どんどんエスカレート(実際にしてるのは光輝だけ)していく口論に口を挟むのはこのクラスの光輝、香織、雫にならぶスクールカーストの頂点にいる男だ。

 

 坂上 龍太郎(さかがみ りゅうたろう)、光輝の親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプである。

 

 龍太郎は努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間なので、ハジメのように学校に来ても寝てばかり、こちらでも訓練にやる気を見せない人間は嫌いなタイプらしい。現に今も口を挟んですぐにハジメを一瞥した後フンッと鼻で笑い興味ないとばかりに無視している。

 

 だがその言葉もあり、今回はハジメは放置の方向で場は決定しようとしていた。ただ香織とハジメが共に行動するのはどうか、という意見は大きく、香織はハジメと強く関わらないようにという雰囲気になっていった。

 

 こちらでの天職は拳士。脳筋をステータスにすら証明される男である。もっとも本人は気にしないだろうが。

 

「だから香織は南雲に気を使うのはもうやめろ。これ以上は香織のためにならない! 俺達と一緒に頑張ろう!」

 

 光輝はそう言い切った。雫はもう頭が痛い!と眉の辺りを指圧する。檜山達は下卑たに笑っていた。場が満足行ったという方向になり、ハジメが安心したその時。

 

「え? 何でみんなに私の行動を決められないとならないの? 自主練なら間に合ってるよ?」

 

 空気を読まない権化たる香織さんが思いっきりその場の決定をぶった斬った。流石のその場も硬直していた。

 

 少し苦笑いしながら光輝は香織に尋ねる。

 

「で、でも俺達は呼ばれたんだぞ『使徒』として。ならこの世界の人のために行動すべきじゃないか?」

「でもこの世界の人みんな南雲くんに異様に厳しいし、むしろ私は嫌いだよ? だから私はこの世界の人のために戦おうとは思わないよ」

 

 香織の言葉に一同絶句。ついでにハジメは更に絶句。ついでにもはや殺意へと進化した周りの視線に青く震える。今日はよく殺意を浴びる日だな、というのは今日のハジメの感想だ。

 

 そしてついに光輝の硬直が溶ける。その瞬間、勇者のご都合解釈は爆発する!!

 

 すなわちーーー

 

「南雲!! お前、香織に何をやったんだ!!?」

「〜〜ッ!!?」

 

 ーーハジメが悪者だ!的な感じである! 急に光輝のタゲが再びハジメに向く! ハジメは「また僕ですか!?」と思わず自分を指差す。ついでに涙目になる!

 

 だが勇者は止まらないっ!

 

「当たり前だろう! 香織は今までこんなことを言わなかった! なのにいきなりこんなことを言い始めたのはお前のせいだろう、南雲!」

「え? なんで光輝くんは私のことを全部わかった気でいるの? 私の本心は私しかわからないし、光輝くんもそうだよね? 勝手に否定されるのは何だかむすっとするんだけど…」

「香織、今は俺は南雲と話してる! 静かにしてくれ! それでだな、南雲! お前はやっぱり真面目に訓練に参加すべきだ! お前の不誠実ぶりが香織に移ったらどうする!」

「え、え、いや。あの〜」

「黙れ! こうとなったらお前を殴ってでも矯正してやる!」

 

 まだ何も言ってないよ!?とハジメは心の中で否定する。が、ここで救済の手が二本伸びる。

 

「光輝!? 流石にそれは南雲くんが死ぬわ! 落ち着きなさい!」

「やりすぎだ、光輝! さっきも言ったがこんな奴は無視しとけ! 香織の方にもツテはあるって言ってたから考えはあるんだろうよ!」

「南雲ぉおおおお!!!」

 

 雫と龍太郎が光輝を抑え込む。流石に二人ともやりすぎだと判断したらしい。ちなみに雫は途中から止めようと思ってはいたのだが、あまりもの旧友の意見にポカンと呆れていたのだ。

 

 この後、ハジメは槍の雨の如き視線を潜り抜けて、自分の部屋まで戻らねばならないのだが…ハジメからすれば抜け出せるだけ良好と言うべきだった。

 

 ちなみに場の喧騒からぬるっと抜け出したハジメにこれまたぬるっと抜け出した香織は笑顔で一言。

 

「また明日も立香くん達に会いに行こうね、南雲くん」

 

 と、そう言って光輝たちを止めにまた戻っていった。

 

 この騒動はあくまでも香織が八割方原因ではあるのだが…それでもハジメには少し最後の香織の言葉には救われたような気がしたのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 ハジメは部屋に戻ると着替えることもせず、ベッドに寝そべった。ハジメの寝る布団は他のクラスメイトのものほど清潔なものではない。あくまでも世話をしてやっている感がそこにはある。ハジメからすればそれでも追い出されないだけまだマシなのだが…。

 

 ふと今日知り合い、人生初の友人とも言える仲になった立香が別れ際に言った言葉を思い返す。

 

『また明日、ここに来てよ。こっちの言語、出来れば教えて欲しいんだ。それに二人にすごい魔術の先生を教えてあげたいしね!』

 

 そう、香織のツテとはまさしくこれのことである。ハジメとしても何らかの魔法の手段を手に入れられることはとても有り難いので何としても城を抜け出して図書館に行こうと決意している。ただ今日の騒ぎでそれも厳しくなったのだが。

 

 だがハジメは今日の出来事を思い返す。どれもろくなものではなく、驚きと恐怖の連続ばかり。ただ手に入れた物もあり、どうもそれは放し難いものだった。

 

英霊(あの人達)のように答えを出せるために俺は戦い続ける。俺は求め続ける。英霊(あの人達)に追いつくために』

 

 立香の決意がふとハジメの脳裏で響く。

 

 この時だ。ハジメが立香との間に大きな溝があると思ったのは。

 

 立香の眼は膨大な熱を宿していた。

 

 同時に立香の眼は哀しみも宿していた。

 

 きっと立香はハジメのような人間とは無縁の人生を歩んでいる。立香が言っていたファンタジーよりももっと薄暗く、悲しい影の中を歩んだのだろう。

 

 だからだろうか。ハジメがハジメをちっぽけに思うのは。

 

 だが思うのだ。ハジメは立香の隣に並びたいと。

 

 戦闘職でも、今まで戦ったこともないハジメがそう思うのはふざけているのかもしれない。

 

 だが確かにハジメは立香の歩みに近づきたい。それ故に考える。己の戦う意味を。

 

 その日は結局、ハジメは思考とともに夢の世界へと飛び立っていった。

 

 しかし後に嫌でも戦う意志をハジメは持つこととなる。

 

 その真実を知るのはまだ先のこと…




すごい先生、いったい誰だろな〜。
あ、ビックバンナンチャラコンチャラーじゃありませんよ。
…途中で書いていてみんなそう誤解しねぇかな、と考えたためここで否定させてもらいます。
ちゃうんやぞ!!

あと勇者のバカっぷりは書いていて楽しいです。
やー、アイツアホやわ。
これからも勇者(笑)を楽しくウザく書かせていただきます。


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簡易召喚

頑張った。
六千字超えた。
頑張った。
…後半辺り適当感ぱないけど。
許してね。


 ーー立香side

 

 王立図書館の隅の机。そこには二人の陰がある。しかし誰一人目もくれることなく、己の作業に集中している。別に彼らの影が某深淵卿の如く薄いわけではない。

 

 その正体はやはり“認識阻害”を己らにかけた立香とマシュだ。二人は図書館に訪れる客の反応を見ては一安心をしている。

 

 なんといっても昨日に二人も“認識阻害”を軽々と突破する人間が現れたのだ。片方は『恋は盲目』パワーを使ったとはいえ、もう片方は素で、ごく当然のように破ったのだ。立香が神経質になるのも仕方がない。

 

 するとマシュが立香の様子を見て微笑ましそうに笑う。立香は思わずマシュの方を振り返った。

 

「…? どうしたのさ、マシュ。いきなり人の顔を見て笑って。顔に何か付いてる?」

「いえ、先輩の顔は変わらず整っていますよ!」

「お褒めの言葉ありがとうございます、マシュさんや。だけどそれなら一層なんで笑ったのか気になるのですが?」

 

 いきなり顔を褒められ、赤く顔を染める立香。だがやはり笑った理由は気になるようだ。再度立香はマシュに尋ねる。

 

 すると帰ってきた答えは、立香にとっては意外な言葉だった。

 

「単刀直入に言いますと…先輩が楽しそうだったからです」

「楽し、そう? 俺が? そんないつもしかめっ面だったけなぁ〜?」

「あ、いえ。そうではないんです。先輩はカルデアに来てからというものの『同年代の友人』という方と会っていませんでしたから。私や皆さんと会う時とは様子が違ったので楽しそうだな、と思っていたのです」

「…確かに、そうだなぁ」

 

 立香は元々は普通の中学生だった。もうじきに受験期に入るという頃にレイシフト適正が見つけられ、カルデアに連れてこられたのだ。

 

 今こそ後悔はないが最初の頃はカルデアの何もかもが新鮮で、驚きの連続だった。しかし苦痛や人の死を見る度に立香は家族や過去の友人の姿を幻視した。ある事件があって立香の家族は死に、友人とは連絡のつけられない立香にとってはハジメの存在は希少なものだと言えるだろう。

 

 それをマシュに言われるまで気がつかないとなると、立香自身あの頃に戻りたいとさほど思っていないのだろう。

 

 今はもう魔術師としての生活を基本としており、英霊の背中を追い続けている。また自分を肯定してくれる人も沢山いて、最愛の人も隣にいる。

 

 それでもマシュに気づかれるほど喜んでいたというならば、立香も少しは未練があるのかもしれない。

 

「うん、きっとそうだね」

「はい。先輩に大事な方が増えたこと、私は嬉しいです」

 

 屈託のない笑みを浮かべ、立香の幸せをまるで自分の幸せのように共有してくれるマシュ。彼女は花のように華やかな笑顔を浮かべていた。つられるようにまた立香も笑った。

 

「でもさ、マシュもじゃない? 白崎さんとは始めての女子友達でしょ?」

「そうなの、でしょうか? 私はその方がありがたいと思っているのですが、白崎さんが困らないかと…」

「マシュはそろそろ自分を低く見積もるのはやめた方がいいよ。自信、少しは持ちなよ」

「先輩はその方がいいですか?」

「うん、おしとやかなマシュもいいけど率先して進むマシュも見てみたい、彼氏としては」

「ふふ、それなら少し頑張ってみますね」

 

 今二人は“認識阻害”を使っている。故にこの静かなイチャイチャを知る者はいない。だが周りの男たちはどうしてか右手を握り、目から血を垂らして歯ぎしりする。桃色オーラはどうやら見えずとも有効であるようだ。

 

 周りに血の海を無自覚に作り上げる立香とマシュ。そんな二人の耳に図書館の扉が開く音が聞こえた。振り返るとそこには友人となった二人の姿があった。

 

 立香とマシュはその姿に顔を喜色に染めてから…硬直した。具体的に言えば混乱している。何アレ?と不可思議なものを見ているような、そんな感じだった。

 

 果たして二人の視線の先にいたのは…。

 

「ごめんねハジメくん。光輝くんたちを撒くにはこうするしかなかったの。ごめんね」

「…(目がグルングルン)」

「「何があったの(ですか)!!?」」

 

 なんとも死屍累々としたハジメと申し訳なさそうにハジメを治癒する香織の姿だった。なんだか香織の後ろ側には某ラスボス系ヤンデレヒロインの姿がゆらゆらしていた。

 

 結果、またもや図書館から急いで抜け出し、壁をよじ登って屋根で会議することになるのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「ーーというわけで僕がこっちに来るのが非常に厳しかったんだよね」

「だから私が南雲くんを担いで強行突破するしかなかったんだよ」

「それは(今日のハジメの帰ってからの心労が)お疲れ様」

「それは(白崎さんに担がれた際の南雲さんの心労が)ご愁傷様でしたね」

「うん。…ありがとう立香くん、キリエライトさん」

 

 ハジメの心はそれは本当に死んでいた。話を聞いている精神チートたる立香にもハジメのここ最近の苦労は厳しそうである。

 

 というのもつい先ほどまでハジメはご都合勇者モードの光輝と妬む男子を率先とした一団に追いかけられかつ罵られ、とある殿下に真の敵だと目をつけられ、香織に担がれた上に何故か発現している黒桜スタ◯ドの無機質な目をずっと見続けたのだ。しかも恐ろしいレベルの速さで。

 

 それに同情した立香はハジメと香織に救いの手を差し出した。

 

「明日からは俺が“認識阻害”かけてあげるよ」

「「ありがとうございます!!」」

 

 ハジメ、綺麗な土下座。思わず立香もマシュも黙り込む。この姿だけで英霊となれるのではないかと思わされるほどの芸術的な土下座。まさしく『黄金律(土下座)』だった。ちなみにこれを見た香織はうっとりとしている。謎の感性をお持ちのようだ。立香とマシュはそう判断しスルーした。ハジメは気がついていない。

 

「それでハジメ。ちょっと“言語理解”使ってこっちの言葉の日常語言ってみてくれない。日本語訳はつけないで」

「…? 日本語訳はつけないでいいの?」

「うん、そうしてくれると時短に繋がるので」

「わ、わかった。それじゃあ。『はじめまして、僕の名前は南雲 ハジメです。出身は地球です』とかーー」

 

 そこからハジメは猛烈な速度でこちらの言語を話していく。初めこそはゆっくり話していたのだが、他ならぬ立香のオーダーだ。聞かないわけにはいかなかった。

 

「ーー。これで日常生活に使えそうなものは全部言ったけど、これからどうするつもりなの、立香くん」

「うん、オッケー。大体わかった。今からトータス語でハジメと会話してみるよ」

「え、うん。分かったよ」

「じゃあ…『俺の名前は立香。地球出身の普通の子供さ!』」

「っ!? 」

 

 まさかの完コピ、どころかむしろアレンジを加えている。まさかの学習能力にマシュを除く二人が瞠目する。

 

 立香がハジメに目配せをする。きっと何か言ってこい、という合図なのだろう。

 

「ええっと。『貴方の好きな食べ物は何ですか?』」

「『エミヤのご飯。正直あれは麻薬レベルなんだよね〜。あ、禁断症状出てき始めてきたな…』」

「『何それ!? いったい日頃何を食べてるのさ、立香くんは!?』」

 

 何もそれも一般的な盛り付けのメニューである。あくまでも料理人が閻魔の孫と正義のヒーローというW料理チートとその補佐達が有能すぎるだけである。ちなみにこの二人についても『料理七番勝負 カルデア厨房(クッキング)』という場にて正統的に決まった地位である。二人の戦いは七日間ぶっ通しで行われたが決着は付かず。その結果、満腹によるダウンから唯一耐えていた立香さえもぶっ倒れ、カルデア全メンバーを行動不能にしたのはいい思い出だ。きっと、いい思い出だ。

 

 閑話休題

 

 ともかく、コミュニティーチートたる立香は速攻で言語をマスターしてしまった。どんな原理で理解したかまでは分からないが、本気で人間なのか!?とハジメと香織は戦慄した。

 

 ちなみにマシュは今更のことなので黙っている。なんといってもバーサーカー語やら古代ウルク語すらもマスターしているマスターだ。しかも聖徳太子レベルの聞き分けもできる。サーヴァントはここ最近マスターの超人ぶりに頭を抱えていたりするが、立香は気にしない。

 

「さてマシュには後々伝えたらいいし、今から二人の訓練を開始するぞ〜」

「本当に訳が分からないんだけど…それで先生っていう人は今どこにいるの?」

「今から召喚する」

「「へ?」」

 

 そしてハジメと香織の混乱の声を無視し、右手を差し出して立香は詠唱を始める。

 

「今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来たれ覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は正義の志を持つ者、未だ己の道を歩む者。愚者は抑止の輪より今ここにっ!」

 

 それはいつかハジメが聞いた詠唱。多少違ってはいるが、ハジメはまた不思議な道具でも出すのかと考えた。

 

 しかしここまでが立香が独自に編み出した前詠唱。ここから始まるは本来の『座)に呼びかける真詠唱。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師アニムスフィア。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 立香の腕にうっすらと光が満ち始める。同時に立香の足元に魔法陣が展開される。精密で巨大な魔法陣。しかし異世界召喚とはまた別種の独特の雰囲気がそれにはある。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 詠唱が繰り返される度に光は鼓動する。光そのものが生きているかの如く。緩やかな血脈の如く。

 

「ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 立香に纏わりつく光は応えるように光を増させる。脈動も一層激しく揺れる。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 立香は光る右手を額の前に。言葉を紡ぎ、呼び立てる。信頼なる立香の英霊(サーヴァント)を。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 立香の腕が焼けそうなほどに光り輝き、辺りを埋め尽くす。しかし彼は最後の一節を告げる。

 

「汝は今ここに身を墜とし、顕現せよーーー!!」

 

 光は今満ちた。降り立つ者は風と共に。陰は風に姿を隠し存在を確定させる。

 

 ハジメはその姿を二度と忘れることはないだろう。始めて見た真の神秘に胸を高鳴らせる。見れば隣の香織も満ちる光に、風に瞳を輝かせていた。

 

 そして呼ばれた存在は今、マスター(立香)に問うた。

 

「サーヴァント・アーチャー、エミヤ。召喚に応じ参上した。…といっても君は知っているのだろうがね、我がマスター」

 

 その人は白髪で褐色だ。髪型はオールバックで、赤いコートをまとった長身の男。引き締まった筋肉は膨大でないものの鍛え上げられたものだと理解できる。

 

「もっちろん! お久しぶりー、エミヤ!」

「エミヤさん! お久しぶりです!」

「ああ、マシュ・キリエライトもいるのか。後ろにいる者達については後々聞かせてもらうとしよう。それでだなマスター。一つ言いたいことがあるのだが、宜しいかな?」

「どうしたのさ、エミヤ?」

 

 エミヤと言った男は立香の承諾を受けると、立香の前まで進み歩く。不思議そうに何が起こるか理解していない立香。そしてついにそれは起きた。

 

「この…大馬鹿マスターめがっ!!」

 

 思いっきり拳骨を落とした! エミヤの拳骨は立香にクリティカルヒット! スタン状態に陥る! だがエミヤはそのまま説教を始める。

 

「担当マスターが少し少し変わることは構わないとしよう! しかし君はそれを私達に伝えんか! 報!連!相! 社会での基本だ! それを少しは学ばんか! アホタレマスターめっ!!」

「え、エミヤさん! 先輩が、先輩が動いていません! 止まってください! 死んでしまいます!」

「マシュ・キリエライト。これ如きで死ぬのであればマスターはとうの昔に死んでいる。それにマスターが一番死にかけたのは『正妻戦争』の時だろうよ」

「確かにそれはそうですね(即断)」

 

 気になるワードをまるで当たり前のように流し、会話を続ける立香とマシュとエミヤ。ハジメは困惑を隠せない。

 

 しばらくスルーされ続けながらハジメと香織は気長に待つのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

「ーーまぁ、そんなところだ。気をつけ給え、我がマスター」

「はい、ごめんなさい。気をつけます。これから永遠に」

「いい心がけかと思われます、先輩。私もまだ先輩を死なせたくありませんから!」

 

 ようやくエミヤとマシュによる説教が終わり、口からエクトプラズムの生産を終了した立香。ようやく解放されたとばかりに肩をぐるぐる回す。

 

「さて、私が今回呼ばれた理由とは何かね? どうやら今回の私は戦闘能力に関してはほぼ与えられていない様子なのだが。どういうことかね、マスター?」

「ああ、『簡易召喚』だからね。戦闘能力に関してはほぼ皆無。でも魔術はしっかりと使えると思うよ」

 

『簡易召喚』。これは立香の魔術回路が有する固有魔術の一つ。サーヴァントの霊基を意図的に下げることで少ない魔力量の消費でやりくりをすることができる。代わりに性能を生贄にするのもこの召喚の特徴である。

 

 今回の召喚ではエミヤの『魔力』以外のステータスを何段階か下げている。チンピラ相手には十分、程度の実力だ。

 

 早速エミヤが召喚結果がどのようなものか確認する。

 

「どれ…『投影開始(トレース・オン)』。…ふむ、しっかり使えるようだね。だが何故戦闘能力は省いたにも関わらず、魔術は使えるようにしてあるのだね?」

「それはですな…ハジメ、白崎さん。こっち来て」

「う、うん。わかった」

「今行くね、藤丸くん」

 

 今の今まで空気だったハジメと香織が呼ばれたことに驚きながらも立香達の元へとたどり着く。エミヤはハジメと香織を一瞥する。

 

「…ふむ、二人ともまともに魔術回路すら開いていないな。酷いものだ。まさかマスター、こんな者達に魔術の仕方を教えろとでも言うのかね?」

「その通りにてございますよ、エミヤセンセッ」

「はぁ…ふざけるのもよし給え、マスター。まさか一般人に魔術を教えるなどということをわざわざすると思うかね?」

「それが残念ながら必要なんですよ。実はねーー」

 

 エミヤに一通り説明していく。異世界召喚が起きたこと。神から魔術とは別種の力を受け取ったハジメ達は戦線に送られるということ。この世界では魔術回路が開いていないのが普通だということ。神がとても胡散臭いこと。etc…

 

 話を聞くたびにエミヤの顔がどんどん曇っていく。特に勇者(笑)の話の辺りなど「黒歴史の私でもそんな馬鹿ではなかった…筈だよな?」と自問自答していた。ただエミヤの若い頃は現実や自分の弱さを含めてなお決意したのに対し、勇者はただ夢を見ての、自身の力に酔っての決意。両者の決意の違いは明らかだ。

 

 そこまで聞いてエミヤは二人を改めて見る。今度はじっくりと観察をするように目を細め、注意深く二人を直視する。

 

 ハジメとエミヤの目が合った。エミヤの目はまるで問いかけているかのようだった。「お前は何故力を求めるか?」と。

 

 ハジメは未だに戦う理由は出せていない。そもそも戦う決意など出来ているかすら怪しい。未だに戦いの渦中に己がいることを認められずにいた。

 

 だがハジメは同時に思う。死にたくない、と。こんな望んでもいない世界で死にたくはない、と。

 

 だからハジメは瞳に決意を宿す。「死にたくないからだ」と。純粋で幼稚で、それでも己に忠実な命の覚悟を込めて、エミヤを見る。エミヤは「ほぅ」と笑うだけでそれ以上のことは何も言わず、今度は香織の方を見た。

 

 エミヤと香織の視線の邂逅が終わり、エミヤは一度腕を組むと言い放った。

 

「合格だ。君達に魔術を教えよう」

「そんな簡単にいいの、エミヤ?」

「ああ、少なくとも己を騙す輩では二人ともないようだからね。とりあえずは、と言ったところだが」

「そっかそっか。それじゃ、よろしくね」

「「よろしくお願いします!」」

「ああ、私に出来る限り頑張らせてもらおうか」

 

 こうしてエミヤによる魔術の訓練が始まった。




次回からエミヤさんによる魔術レッスンです。
多分短めになるかと。
…というかエミヤさんの教室コーナーは今回で終わらせる気だったんだよなぁ…


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エミヤさんの魔術教室

かけましたー。
なんだかんだで今回も4000字ですな。平常運転です。
次は多分…伸びるかなー?
ともかくどうぞ!


 ーー光輝side

 

 そこはハイリヒ王国の城が誇る訓練場。そこには聖剣を振るう勇者の姿があった。もちろんハイヒリ王国が所有する戦力、完全チートの天之河 光輝である。

 

 光輝は聖剣を振り、鍛錬を行なっている。しかしその剣筋は何処かブレていて、剣を振ること自体が疎かになっていた。

 

「全く、南雲のやつまた香織を連れてどこかに遊びに行ったんだな。何で香織はあんな不真面目な奴と一緒にいくんだ!? おかしくないか? やはり南雲が香織に何らかの洗脳を…」

 

 そう、今光輝の頭の中では香織を正気から遠ざけ、己の乱行に付き合わせている悪い奴ことハジメのことで頭がいっぱいなのだ。ちなみにこれは光輝的には何の冗談でもない事実として受け取っている。己の中にある真の気持ちにすら気がつかず、光輝はハジメを責めていた。

 

 ハジメと香織が図書館に入り浸るようになって三日。光輝は早くも限界を迎えていた。もはや光輝の中では完全にハジメは悪役にキャスティングされているようだ。

 

 するとそんな光輝の頭に鞘が軽くぶつけられる。どうやら背後からの攻撃のようだった。遅れて光輝は前へと飛び、後ろを振り返った。その人物は光輝にとってよく知った顔で…。

 

「…雫?」

「ええそうよ。油断だらけみたいだったから突かせて貰ったわ。真面目に訓練してると思ったら…まさか鬱憤散らすために剣を振ってるだなんてね。少し見放したわよ、光輝」

 

 溜息を漏らしながら光輝にジト目を向ける雫。それはまるで正しいことをしている光輝(・・・・・・・・・・・・)が責められているようだった。光輝はむすっとしながら雫に言い返す。

 

「…雫はやけに最近やたら南雲に味方をしないか?」

「ええ、そうかもね。少なからず私は光輝よりも南雲くんの意見の方に賛同だからかしら」

「賛同? 雫は南雲のどこに賛同できるって言うんだ!? 図書館に入り浸っては遊んで、香織の自主練の妨げすらもする奴を俺は正しいとは思わない! むしろクラスの協調性を乱すような奴だ! そんな南雲に雫は何で味方できるんだ?」

「…光輝、それ本気で思ってるの?」

「本気? ああ、俺は本気でそう思っているし、南雲を認めない。最近はやけに隠れるのが上手くなって…夜に南雲の部屋に行って説教してやろうと思ってるんだ」

「…はぁ。ごめんなさい香織、南雲くん。私には流石に荷が重いわ」

「? 何か言ったか、雫?」

「…とりあえず、部屋に行ってまで説教するのはやめなさい。相手の了承も取らずに勝手に人の部屋に入る、これ悪いことだとは思わない?」

「そ、それは悪いことだ。でも今回はちゃんとわけがあって言っているんだぞ、雫! 雫! おーい、聞いてるのかー? 雫ー!!」

 

 雫はもう一度、心の中でごめんなさいと言った。今回ばかりは光輝の暴走具合が激しかったため仕方がないのだが、己の役目と考えていた雫は心の中で親友とその親友の想い人に詫びた。

 

 結局雫は光輝の方に振り返ることなく、訓練場を後にした。光輝はなんとも…なんとも納得がいっていないような顔だった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 エミヤによる訓練が始まり三日目。ハジメは己の魔術回路を確かめる作業を幾度となく行なっていた。

 

『魔術回路』、それは魔術師の生命線であり、魔術師にとっての何よりもの財宝。これがなければまともに魔術を扱うことはできず、精々扱えても初級魔法が限界となる。

 

 その話をエミヤから聞き、この地味な作業も大切なことだと理解しているハジメ。だがここで問題が一点存在する。

 

「ふむ…本当に君には魔術の才能が皆無だな。南雲 ハジメ」

「あ、あははは。すいません、エミヤ師匠」

「なに、落ち込むことはない。それが普通だ」

 

 そう、三日間ずっとこれをしているのだ。にも関わらずビクともしない魔術回路。正直、ハジメが「魔術回路とやらを覚えれば強くなれるのでは!?」と希望を抱いたのだが…報酬は本当に皆無だ。本当にこの世界はハジメを上げては落とすな、とそう思えた。

 

「ただしこの作業は君にとっては特に意味がある作業だ。物作りなど集中力無くしては扱うことはできない。この訓練は魔術回路を開くと同時に集中力も高められる。その辺りもきちんと学んでくれ給え」

「はいっ!」

 

 それでもハジメは己の“錬成”という武器の強化のためにこの練習を続ける。事実ハジメの“錬成”はこの頃恐ろしいまでの成長率を見せており、既にその腕は下手な一級なみ。そう遅くないまでに王宮錬成士の高みまで追いつくことすらも可能としている。だからこそこの訓練をハジメは幾度となく繰り返す。

 

 しかし香織の方はというと、その成長率がハンパでは無かった。香織の頰と両腕には立香のような光が発生している。魔術回路だ。香織はなんとこの短い期間で魔術回路の使用方法を習得していた。今は“身体強化”の魔術の訓練中である。

 

「…南雲 ハジメ。彼女はあまり参考にしない方がいい。一般人であれほどの魔術回路を持つ方が稀有だ。君のように魔術回路を使用できなかったり、使えても意味のないものの方が普通だ」

「…はい」

 

 エミヤも何やら遠い目をしていた。同時に「なんでさ…」と素でつぶやいている。どうやらこの成長速度はエミヤをしても驚愕の事実らしい。少しばかりホッとハジメは内心息を吐いた。

 

 ちなみにこの間立香とマシュは城の方に出かけている。どうやら残りの使徒の様子を見に行っているらしい。

 

 香織とハジメは午前の訓練が終わるとすぐにこちらにくるので正直、最近そこまで城の様子を知らない。帰ってもハジメの場合は部屋に引きこもって鍛錬を行うため、特にだ。

 

 もう一度ハジメが己の魔術回路を確認しようと座禅を組む。するとその時、鐘が鳴り始めた。12時に至ったことを知らせる鐘の音だ。

 

「よし、二人とも午前の分はこれで終わりだ。マスター達には悪いが先にお昼としよう。今日はサンドイッチだ」

「「わーーい! いただきまーす!」」

 

 エミヤが弁当箱を取り出した瞬間、二人が目をキラキラとさせた。二人がここまで訓練に臨めている理由にはこのご飯も一因している。『エミヤのご飯中毒』という立香の謎の言葉も今のハジメには素晴らしいほど理解できた。確かにこれは1日に一回は食べたくなる。

 

 子供のように頬張るハジメと香織。その姿に「やれやれ」と言いつつもこっそりとナプキンを用意するエミヤ、その姿はまさしくオカンだ。

 

 途中で立香達も帰ってきて、場は大いに賑わった。その間、エミヤはやはりオカンのようなちょこっとした気遣いを忘れることはなかった。

 

 その食事の間にハジメは尋ねた。

 

「そういえばエミヤ師匠。何で僕らにだけ魔術を教えるんですか? 天之河くん達の方が僕よりも使えこなせそうな気がするんですけど」

 

 その言葉に香織も「確かに戦える人は増やしておいた方がいい気がします」と賛同する。しかしエミヤはその言葉に眉をしかめた。

 

「いや…何というかね。私は私なりの流儀がある。少なからず魔術を覚える人間はきちんと性格を整えて欲しいと思うほどにはね。少なからずその天之河とやらは聞いている限り私の好む性格ではない。それに見ればクラスの大半が現実を直視できていない。精々君達と八重樫という少女ぐらいな者だよ」

「ハジメ。つまりはエミヤはハジメと白崎さんを気に入った、ってことだよ。胸を張ったらいいと思うよ」

「そう、なのかな?」

「うん! 南雲くんはすごいよ! 私が保証するよ!」

「ありがとう、白崎さん」

 

 エミヤ、立香、そして香織と連続して褒められたハジメ。なんともむず痒い感覚を覚える。あまり人に褒められるのが慣れていない、というのが一因しているのだろうが。

 

「マシュ、二人とも最初の日よりかは…」

「ええ、進展しているかと」

「なんというか…初々しいなぁ」

「はい、白崎さんには是非とも頑張って貰いたいですね。先輩!」

「しっ! 声が大きい!」

「?」

 

 端の方で立香とマシュが話し合っていたが、ハジメの耳にそれが聞こえることは無かった。

 

「さて、君達。休憩はここまでだ。再び訓練へと戻るぞ」

「「はいっ!!」」

 

 エミヤの号令とともにハジメと香織が先よりも一層元気よく返事する。

 

「あ、そういえばエミヤ師匠の魔術、どういったものなのか後で教えて貰えませんか? もし魔術回路が開いたら使えそうなので」

「…ああ。まあ君の魔術回路が開いたら、の話だがね」

「あははは…」

 

午後の訓練はここから始まる…

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 訓練が始まってから三日目の夜、宿屋には三人の陰があった。立香とマシュ、そしてエミヤだ。ちなみに寝る際にはエミヤは霊体化して、城の様子を見に行くようになっている。立香とマシュは…少なからず昨日までの夜はお楽しみでしたね、とでも記しておく。

 

「それでエミヤ。実際、二人の訓練模様はどんな感じなの?」

「たしかに気になりますね。見たところ白崎さんの成長は凄まじいものがありましたが…ハジメさんはあまり変化が無く思えます」

 

 立香とマシュはあまり二人の訓練の様子を見ていない。昼飯を食べ終わればまた城の中の様子や情報収集を行うため、僅かばかりしか二人の様子は見れないのだ。

 

 ハジメの方は厳しそうだなぁ、と同情してしまう立香。元々能力が無かった立香には今のハジメの心境はとても理解できるものだったからだ。

 

 しかしエミヤの答えは予想外のものだった。

 

「いや…厄介なのはむしろ南雲 ハジメの方だとも。今こそ魔術回路を扱えていないが…もし魔術回路が働き始めれば白崎 香織以上に大成する」

「え? マジで?」

「信じられんことにマジだとも」

 

 ただ立香にも心当たりがないこともない。“認識阻害”をごく普通のように看破する目。“錬成”に影響が出るほどに凄まじく成長する集中力。どちらも魔術師には大きな武器となる。そう言われれば納得できなくもないな、と立香は思った。

 

 しかしエミヤは更に続ける。

 

「まず彼の魔術回路は“強化”と“投影”に特化している。私のような固有結界は持ち合わせてはいないが、その分彼の“投影”は全ての武器に適用する。…もっともまだそこまで繊細な魔力操作は覚えておらんだろうし、“錬成”でどうにかした方が今はメリットが高い。しかしどちらとも十全に扱えるようになり、かつ身体能力も手に入れれば恐ろしいぞ」

「…マジで?」

「ああ、しかも私の無茶な方の鍛錬も見られてしまったからね。恐らく自分の部屋で今頃、そちらもしているだろうよ」

「あれを? でもあれって相当堪えるんじゃ…」

「…君レベルではないが彼も十分に精神力は化け物だ。少なからず『使徒』などと呼ばれる連中の中では一番鋼鉄の心臓を持っているぞ」

 

 ハジメも十分チートなんだな、と立香は思った。しかし今のエミヤの言葉で引っかかる点がひとつあった。

 

「…ねぇ、エミヤ。ハジメでそれだったら俺は何?」

「…君は…あれじゃないか? 冥府にいるエレシュキガル並みの精神防御力じゃないか?」

「酷くない!?」

「確かに先輩はそのぐらいあっても不思議ではありませんね」

「マシュ!?」

 

 やはり立香は精神チートだった。

 

「ま、彼の魔術回路はそれこそ身体が変質するレベルで無ければ解放されない。今のところは問題ないだろうさ」

「あ、それなら良かったよ。下手にそんな魔術回路が出てこれば地球に戻った時大変そうだし」

「そうですね、最悪封印指定がかかるかもしれませんですから。それを考えると南雲さんには悪いですが、今のまま開くことがないのを望みたいですね」

「全くだ。さて私はそろそろ行くよ」

「「いってらっしゃーい」」

 

 そうしてハジメの一件は特に注意されることなく、現状維持ということで結果が出た。

 

 しかしこの後の運命を知る者は誰もいない。




即覚醒と思っていた皆様、残念ですが今はまだ才能なしです!
代わりに“錬成”のレベルを上げました! 香織さんチートに対する最低の処置です。

まあ、フラグは置いといたが。
皆さまならどのタイミングで魔術回路が出てくるか、わかるでしょうな。

あと何話かでついに奈落です。
楽しみやわ〜。


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お誘いは突然に

本日2話目。とはいえ相当短いです。
というのもここで区切った方がよくね? となったからです。
申し訳ありません。
おそらく明日中の投稿は難しいと思われます。
できるだけ、頑張りますが…


 ーーハジメside

 

 特訓が始まりもう一週間ほどになる。相変わらずハジメに魔術回路が発現することは無いが、代わりに“錬成”の技術は王宮の人々に認められるまでになった。ただ相変わらず光輝や檜山を中心にしたメンバーはハジメに良い印象を抱いてはいないが。

 

「さて、迷宮に入る前の訓練はこれで終わりだ。各自気をつけて帰るように。特に南雲 ハジメ! 君は厄介な連中を出来るだけ避けて行動するように! また迷宮に入る当日まで自主練習を忘れるな。ただ白崎 香織、君の魔法陣を必要としない魔術の力はこの世界では異端だ。場を注意した上で使い給え」

「はい! 気をつけます」

「もちろん気をつけます! エミヤさん」

「それでは…解散!」

 

 ハジメと香織の特訓はこれでひとまず終了となる。流石に迷宮に行くまで残り数日となると様々な準備が必要となり、ここに来れる時間も無くなってくる。そのため魔術の訓練はこれから自主練となるのだ。

 

「にしてもしばらくハジメに会えなくなるのか…寂しいな」

「今生の別れじゃ無いんだから落ち着いてよ、立香くん。また地上に戻ったら図書館に行くからさ」

「そっか…そうだよね。何だかんだでハジメも強くなったしね」

「うん、本当にエミヤ師匠には頭が下がるよ」

 

 ここ一週間で相当に仲が良くなったハジメと立香。最早お互い、親友として相手を見ている。ハジメにとっては初めての友達であり、立香にとっては最早できないと思っていた友達。結果、お互いに特別として認識している。

 

 すると後ろから影を潜めていたかのように現れるエミヤ。二人の死角から現れたエミヤは当然のように話を始める」

 

「ふん。そう言って貰えるとは何よりだ、南雲 ハジメ。最後に一つ忠告しておこう」

「何ですか?」

「…はぁ。何というか、これを言うのは黒歴史のような気がせんでもないが…もし君が勝てないと思った相手と合間見えた時、せめてイメージしろ。現実で敵わない相手なら、勝てるものを幻想しろ。…以上だ、精進し給え」

「イメージ、ですか?」

「ああ、常に敵に勝てるビジョンを持ち給え。勝てない、などと思っていては以ての外だ」

「…今は何かピンと来ませんけど…それでも何か分かった気がします。ありがとうございます」

「ふん…それではこれで失礼しよう。武運を祈っている」

 

 そう言ってエミヤは虚空に消えていった。実際は立香が『座』に戻したのだが、まるでハジメには太陽の光へと溶けていったかのように見えた。

 

 ハジメは再び頭を下げた。今度は深々と、ハジメにとっての師匠の消えていった太陽に向かって。立香はハジメのそれを見て微笑んでいた。

 

 一方でマシュと香織もまた別れの挨拶をしていた。

 

「白崎さん、凄く見間違えたと思います。いえ、元々可愛らしかったですし、凄かったのですが…でも決意が変わったように思えます」

「ありがとうね、マシュさん。…って何か言いづらいね。ねえ、マシュって呼んでもいいかな? あとマシュさんにも私のことは香織って呼んで欲しいな」

「え? いえ…いいんですか、白崎さ…」

「香織」

「……香織…さん、ですか?」

「うん! よろしくね、マシュ!」

「はいっ! またいづれ会いましょう! …ところで香織さんはいつ南雲さんに告白を?」

「へ? へ? …何のことかな? かな?」

「分かりますよ、流石に。それでいつ頃、結婚される予定ですか?」

「と、飛びすぎだよ、マシュ!? あと私は告白の予定なんてまだ…」

「そう思っていると側室が大量にできてしまいますよ! それどころか自分が側室になる可能性すらあるのですから!」

「ま、マシュ…何というか現実味が溢れてるような気がするんだけど…」

「それはもちろんです。私は先輩の正妻で先輩には他に沢山奥さんがおられるのですから」

「へ? ………本当に?」

「はい、ですから早く攻めることをオススメいたします。少なからず告白までは行かずとも名前呼びは…」

「…うん、分かった。ありがとうマシュ。私、やってみるよ!」

「その心意気です! 頑張ってください! 結婚式には是非とも呼んでくださいね、香織さん!」

「うん! 絶対に呼ぶね!」

 

 ただその女子トークは本能的にハジメも立香も脳に入れることを避けているようだったが…仕方がないことだろう。

 

 

 そして立香に背負われて、降りた後ハジメと香織は並んで城までの帰宅路を歩んでいた。なお二人には“認識阻害”がかかってあるので周りの人間には見えない。もし見えていたものならば騒ぎが起き、香織にプロポーズの嵐が巻き起こったことだろう。もっとも香織の天然によりそれはプロポーズとすら認識されずお断りされるだろうが。

 

 すると香織は道の途中でとあるポスターを見つける。

 

「…花火大会」

「へえ、こっちにも花火ってあるんだね。誰かが“錬成”で作ったのかなぁ」

 

 それは丁寧なイラストで書かれた花火大会のポスター。どうやらこちらの世界にも花火はあるようだ。ハジメは錬成士として興味が湧く。

 

 やがて香織は尋ねた。

 

「…ねえ、ハジメくん。一緒に行かない?」

「………へ?」

 

 それはハジメの予期しないような質問、いやお誘い。思わずハジメはだらしない声を発してしまった。

 

 それでも香織は顔や耳を赤くしてまで再度問う。

 

「…私は、ハジメくんと、一緒に…花火大会に行きたい、です」

 

 声が詰まり、途切れ途切れの言葉。しかしそこには紛れも無い好意があった。流石のネガティブ思考なハジメも頰を染める。

 

 ハジメは“認識阻害”で誰にも見られていないはずだと言うのに周りの視線が気になった。それほどまでに動揺していると言ってもいい。

 

 やがてハジメの口から答えが返ってきた。

 

「僕で、よければ」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

「ーーというわけで明日花火大会行ってくるね、雫ちゃん!」

「…本当にここ最近の香織は積極的ね。少し変わった?」

「あはは。雫ちゃんそれ、マシュにも言われたよ」

「ま、マシュ? 」

「うん、新しく出来たお友達だよ! 凄く可愛い子なんだよ!」

「そ、そう。良かったわね、香織」

「うん!」

 

 今、この場に男子が入れば「ご馳走さまでした!」と言って自主的に首を吊るだろう。なんといってもこの部屋は学校の二大女神が寝巻き姿できゃっきゃっと笑い合っているのだ。男子どころか下手な女子でも殺到ものである。

 

 そんな彼女たちの話題は香織の想い人の話だ。男子が聞けば、その男に嫉妬の炎を立ち上らせることは間違いないが、今ここでは無縁の話である。

 

「それで、南雲くんは香織のお誘いに乗ったのね」

「うん! 一緒に行きたい、って言ったらオッケーしてくれたよ!」

「…それにしてもあの(・・)南雲くんが、ねぇ」

 

 雫からすれば信じられない話だ。地球にいたころでは「他人と話すことより睡眠」といった感じで、香織とはそこまで友好関係を築けていないと思っていたのだが…どうやら杞憂だったらしい。

 

 香織の初恋に実りの可能性を感じた雫はホッと一安心する。まさしく…オカンだった。

 

「どうしたの、雫ちゃん?」

「いえ、なんでも無いわ。それで? どうするつもりなの? まさか…花火見て終わり、なんて言わないわよね?」

「うん! もちろんだよ! エミヤさんからこっそり教えてもらったからプレゼントは万全です!」

「へえー、プレゼントも用意してあるの?」

「うん、魔術による強化繊維を編み込んだものだから丈夫だし、しかも軽くできてるんだよ! だからきっとハジメくんも身につけやすいと思うし、ハジメくんが好きそうな本の主人公がよくつけてたからきっと間違いないよ!」

「…そう」

 

 香織は自信ありげに袋を取り出した。服ぐらいなら入りそうなほどの大きさである。

 

 しかし香織のセリフ的にそれはきっと厨二装備では無いか? そしてそれは間違いなくハジメ的には黒歴史ではないか? と瞬時に思う雫。同時にハジメにお詫びを心の中で告げた。

 

 あくまでも香織に注意はしない。親友が頑張って作り上げたものなのだ。たとえハジメ的には黒歴史であっても受け取って貰わねばならない。

 

 香織の涙は見たくない、そう切に思う雫はやはりエミヤと同質であった。

 

 そんなこんなでアーメンを告げている雫を脇に香織は呟く。

 

「絶対に、喜んでもらうんだからね!」




次回、原作の「月下の語らい」代わりの回です。
あくまでも今回はそれの前日談。
大体余分な感じです、今回は。

でもな、どうしても女子トーク入れたかってん!
しゃあないやん! あとマシュと香織の呼び名改善したかってん! なんだか回りくどいもん!

となわけで次回頑張りやーす!


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火花の誓い

未熟ですいません(土下座)
難しいわ、こんな感じの恋愛パート。
少なくとも覚醒魔王様の方だったらまだ書きやすそうかなぁ…
それはともかく今回も始まるよ!


 ーーハジメside

 

 ハジメは今、城の外にいる。ちなみに立香による“認識阻害”は今この場にはない。昨日の時点で本来は外に出る用事は無かったのだ。本来ならばハジメだって外にはいない。

 

 ならばハジメは何故外にいるのか。その理由たる張本人はハジメの横でアイスもどきを食べていた。

 

「…南雲くん。これあまり美味しくないね」

 

 そしてハジメも同じくアイスもどきを一口食べる。

 

「…どうしても日本のと比べると、美味しいとは言えないかな」

「だよね〜」

「あ、あっちのお店とかどう? 白崎さん」

「うん! 行ってみよう!」

 

 二人は笑い合いながら、アイスもどき屋のおじさんが地味にキレているのを気がつかずに食べ歩きをしていた。時間的には今は午後。もうじきに夕方になる時間帯だ。

 

 にも関わらずハジメと香織のいる大通りは大いに賑わっている。それは今日行われる花火大会のためだ。ハジメも香織に花火大会に誘われたため、今日ヤベー勇者などを筆頭とした『南雲、白崎さんに近づけるな委員会(非公認)』の目を盗んでまで抜け出してきたのだ。

 

 ここ最近、ハジメは自惚れではなく本当に香織と友好関係を築いている。でなければ光輝達を敵に回すと分かりながらここに来ることは考えもしなかっただろう。少なからず昔のハジメならばBダッシュばりの速さで逃げただろう。

 

 今でも光輝達に帰れば説教されると考えると頭が痛い。しかし…

 

「南雲くん! ここの店のは中々に美味しそうな香りしてるよ! 並んでみようよ!」

「うん、そうだね」

 

 少し前の方で笑いながらハジメを呼んでいる香織との時間はハジメにとっては後の説教を考えても余りあるものだと思える。

 

(…楽しいなぁ)

 

 こんな時間が続けばいい、そうハジメはふと思ったのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーマシュside

 

「あれは…香織さん。頑張ったんですね」

 

 今ここは商店街の大通り。“仮装”という立香やマシュだという認識を曖昧にし、その正体をバレづらくする魔法を使いながら情報収集を行っていた

 

 マシュは、楽しそうにハジメの横で露店に並ぶ香織の姿に微笑ましそうに笑った。同時に香織へと心の中で応援を送る。

 

 だが次の瞬間、深刻そうな唸り声がマシュの隣から聞こえてきた。

 

「なん…だと!?」

 

 驚愕に顔を染める立香。その様子に小さくない驚きを見せるマシュ。

 

 立香は本当に精神力チートと呼べる存在であり、大概のことを笑ってスルーする男。なんといってもカルデア三大悪夢を全て笑いながらクリアした男だ。そのチートぶりはもはやカンストレベルとも言えるだろう。

 

 そんな立香があろうことか目を見開いて、声を詰まらせたのだ。マシュからすれば天変地異でも起きたのか!? という状況である。だが次の言葉はなんとも拍子抜けな言葉であった。

 

「ハジメと白崎さんが…デート、だと!?」

「…先輩、驚くことでしょうか?」

「まさか白崎さんが誘ったのか!? それともハジメが!? …いや、ハジメは自分に凄くネガティブだからそれはないな。だが花火大会に誘うなんて下手すれば告白だぞ!? 白崎さん、恐るべし!」

「あ、先輩。私の話聞いてませんね」

 

 なんだか立香は戦慄していた。どうやら香織の大胆な行動に慄いているようだ。ふるふると僅かに震えている。

 

(先輩、びっくりしてますけど…先輩の場合無自覚でもっと大胆な行動に出るんですよ。…特に昔は)

 

 マシュからすればそれこそ立香の方が見事な天然ジゴロぶりを発揮し、それはありとあらゆるサーヴァントに誤解を生じさせてきた。実際にマシュ自身も何度か誤解をしたことがあった。今こそ立香は恋心を自覚して、ちゃんと周りの女性に気を配っているので頻度は少ない。

 

 マシュは溜息を珍しくも吐いた。立香は基本的に気遣いもよく、頼りになるのでほとんど文句の付けようがない彼氏だ。しかしたまーに、本当のたまーにマシュも頭を悩ませるようなセリフを言うのだ。本当に惜しいとマシュは思っていたりする。

 

「…よし、調査取り止め。二人に“仮装”、発動。…今から立香、二人の尾行を始めるぞ!」

 

 そして下世話な行動を開始する立香。なんというか…もの凄く楽しそうだ。

 

「…私も気になります! マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 ただしマシュもまた生まれて初めての友人の恋の応援を応援するため、結果下世話な行為に走るのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 やがて空は赤から紫へと霞がかっていく。魔道具によるアナウンスがそこら一帯に広がり、もはや大通りは人だかりでいっぱいだった。

 

 一方でハジメと香織はその人だかりを既に抜けていて、城下街の公園にまで来ていた。ここのエリアは花火を見やすいのだがその反面登る必要があり非常に辛いという難点がある。そのためわざわざ来る人はいない。

 

 しかしハジメと香織は違う。ハジメこそステータス、能力ともに凡才ではあるが、香織の新たに覚えた魔術“身体強化”の補助があり、楽々と登ることができた。改めてハジメ自身の落ちこぼれぶりを思い知らされる結果となった。

 

「魔術ありがとうね、白崎さん。お陰で助かったよ」

「ううん。むしろ私が南雲くんと二人きりになりたかったからね」

「…へ?」

 

 ここ最近、香織はハジメに大胆とも取れるセリフをよく使う。地球の頃はそれでも「優しさですね、わかります」と断言できた。

 

 しかしこうも一緒に行動しているとそのセリフが思い違いであるはずなのにどうしても勘違いしてしまう。そうハジメは思っている。

 

 今日の香織の衣装は実にシンプルかつ大胆だ。着ているのは白くてふんわりとしたワンピースなのだが、どうも丈が短い。そのため腕や太ももなどを惜しげなく晒しており、大通りを歩いている途中も香織を見つめる目線は非常に多かった。何故か途中から不自然なくらいにパタリといなくなったが。あとは肩に片手で持てる大きさのカバンをかけているぐらいだ。余程大切なものであるらしく、一度も手放すことなく持ち歩いている。

 

 話を切り出したのは香織だった。

 

「南雲くん。どうか次の迷宮の探索に参加しないでくれないかな?」

「…僕なりに頑張ったつもりだったんだけどね。やっぱり戦力外だったかな?」

「そうじゃ、ないんだよ! 南雲くんがこれまで頑張ってきたのは誰よりも私が知ってる! けど…ただ怖いの」

「怖い? 何が?」

 

 香織の顔は真剣なものだった。真剣にハジメを思って、震えている。今にも泣きそうなほど香織は迷宮を恐れている。

 

「…夢を見るの。南雲くんが迷宮の奥に消えていく夢を。ただ一人、奥に消えていく夢を」

「…僕が、消える?」

 

 呆気に取られるハジメ。なお香織は懇願を続ける。

 

「うん。…夢だって分かってる! それでも…ハジメくんが心配で心配で仕方がないんだよ。だから…どうか…」

 

 一時の静寂がその場を満たした。その合間に香織は何を思ったのか、今のハジメには推し量ることができない。

 

 それでも香織の心配は痛いほどに分かった。今のハジメの心に揺らぎが出来たほどには。やがてハジメは答えた。

 

「ごめん。それは無理だよ」

 

 しかしそれでもハジメの決心は鈍らなかった。

 

「…理由を聞いてもいいかな?」

「これ以上僕の味方をしてくれる白崎さんの評判を落としたくないのもそうだし、なによりも…逃げたくないから、かな」

 

 上手くは言えなかった。しかしハジメの心はその覚悟があった。たとえ戦えずとも逃げないという覚悟だけはしていた。

 

 そんなハジメを見て香織は、笑った。そしてどこか安心したように言の葉をこぼした。

 

「…そっか。やっぱり南雲くんは、変わってないんだね」

「…?」

「知らなくても当然だよ。でも私の中では南雲くんは…誰よりも強い人だよ」

「強い…そうかなぁ。僕、喧嘩とか相当弱い自信があるんだけど」

「そんな強さじゃないんだよ。南雲くんは誰よりも心が強いんだ」

「心、が?」

「うん! 心が!」

 

 香織はまるで自分のことのようにハジメの強さを誇る。だがハジメからすれば思い当たる節がなく、頭の中でクエッションマークを大量に量産していた。

 

 すると香織はどこか懐かしそうに空を見上げた。既に空は紫一色。いくつもの星が瞬いている。

 

「あれは、私が中学生の頃だったの。あるおばあさんと男の子が悪い人達に絡まれてたの。その悪い人達、男の子にタコ焼きでズボン汚されたからってクリーニング代をおばあさんに要求してたんだよ。だけどその人達はクリーニング代どころかおばあさんの財布ごと取ってたの」

「…あ」

 

 それはハジメの記憶にもあるハプニングの一つだ。ハジメも思い出し始めた。

 

 男の子が不良連中にぶつかった際、持っていたタコ焼きをべっとりと付けてしまったのだ。男の子はワンワン泣くし、それにキレた不良がおばあさんにイチャもんつけるし、おばあさんは怯えて縮こまるし、中々大変な状況だった。

 

 偶然通りかかったハジメもスルーするつもりだったのだが、おばあさんが、おそらくクリーニング代だろう――お札を数枚取り出すも、それを受け取った後、不良達が、更に恫喝しながら最終的には財布まで取り上げた時点でつい体が動いてしまった。

 

 といっても喧嘩など無縁の生活だ。厨二的な必殺技など家の中でしか出せない。その時ハジメが仕方なく行ったのは…相手が引くくらいの土下座だ。公衆の面前での土下座はする方は当然だが、される方も意外に恥ずかしい。というか居た堪れない。目論見通り不良は帰っていった。

 

 その一部始終を思い返していると香織はハジメの顔を覗き込んで「思い出してくれた?」と嬉しそうに笑った。ハジメは「…見てたの?」と思わず聞いてしまった。勿論、香織は頷いた。

 

「私ね、あの時動けなかったんだ。警察に電話することも思いつかなかった。ただ誰かの助けを待って、ずっと見てただけ」

「白崎さん…」

「だから私の中では自分よりも強い人を相手に誰かを守ろうとした南雲くんは…誰よりも強いんだよ」

 

 ハジメはあんな所を見られていたのか、と恥ずかしく思うと同時に香織の過大評価ともいえるハジメへの思いに照れくさく思えた。そして今までハジメに香織が話しかけてきた理由がその一件にあったのかと理解した。

 

 すると香織は何かを決意したように頷く。そしておもむろにハジメへと近づいていく。

 

 ヒュルルルーと花火が上がるその時、香織は言った。

 

「だからね、私が守るよ。南雲くんを守るよ」

「えっ」

 

 花火が今、夜空を彩った。

 

 その時に香織はカバンからある物を取り出す。そして自然な動作でハジメの首元にそれをかけた。

 

「これはその約束の印。私が南雲くんを守るっていう覚悟の証。…元々は普通にプレゼントって思ってたんだけどね。ちなみにエミヤさんから教えてもらった強化繊維で作ってあるから丈夫さは折り紙つきだよ」

「…白崎さん」

 

 巻かれたのは綺麗な紅色のマフラー。薄く、されど丈夫に作られた魔術によるマフラーはハジメの首元を覆う。冬でもないのに、何という感想は出てこなかった。大事にしようと手をそのマフラーに触れさせる。

 

 花火は何度も上がり、夜空を瞬く。マフラーの色と花火の色はよく似ていた。

 

「あとその呼び方、やめようよ」

「じゃ、じゃあ。何て呼べば…」

「香織」

「…え゛?」

「香織って呼んでくれないかな? 私は南雲くんのことハジメくんって呼ぶから。…うん、それでいこう!」

「ま、待って白崎さ…」

「香織」

「えっ、でも…」

「香織」

「…香織さん」

「香織」

「今はこれで勘弁してください! 香織さん!」

「…うーん、まあいいか! あ、花火上がってるね! 見ようよ!」

「うん!」

 

 花火は何度も、何度も上がった。まるでハジメと香織の新たな決意を祝福するように。二人を何度も照らした。

 

 

「ーー絶対に守ってみせるからね、ハジメくん」

「ーーありがとう、香織さん」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「ふざけるなふざけるな! なんでアイツと白崎が!!」

 

 そしてその二人の陰を見上げている者がいたこと、それはこの時点では誰も知らないことだった。




うむ、いずれかここ書き直そ!

それはともかく次からはオルクス迷宮ですな。
…楽しみやわぁ


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迷宮探索

今回はまだコメディーパート。
次からだぜ、地獄はな!!

あとお気に入り100人突破!あざっす!
これからもますます頑張ります!


 運命の日は訪れた。

 

 平穏は今に崩れ去る。

 

 物語の始まりは、もうすぐそこに。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーマシュside

 

 ハジメたち使徒が始めて迷宮探索を行うその日、立香たちもまた迷宮へと来ていた。あくまでも立香たちの目的は『召喚者全員を地球へと帰すこと』だ。だからこそいつでも守れるように“認識阻害”で隠れつつも立香たちはハジメたちの後を追っている。

 

 そして今、立香たちは迷宮前の広場まで来ていた。しかし二人の顔は何というか、曇っていた。

 

「…ねえ、マシュ」

「…はい。先輩言いたいことは分かります。何というか…ダビデさんやシバさんの雰囲気を感じます」

「あ、やっぱり? …どの世界でもがめつい人はがめついんだなぁ」

「ですね、先輩」

 

 てっきり迷宮と聞いたからそれはもう禍々しくて、それはもう瘴気が漂ってる、みたいなことを考えた立香も悪い。そんな場所なら一般人どころかここにいる全員が皆殺しである。

 

 まあ迷宮はそんな立香の過剰な緊張を差し引いてもこれは無いだろう、という仕上がりなのだが。迷宮の入り口が明らかにテーマパークなのだ。がめついと思うのも、仕方あるまい。思わず立香もマシュもジト目である。

 

 見ると使徒のパーティーの中にいるハジメも複雑そうに苦笑いをしている。どうやら同じように商人の情熱(パトス)を味わったらしい。

 

 ただハジメを見た瞬間立香は吹き出して、地面をドンドン叩いた。ついでに転がり回って涙を流しながら笑っている。途中咳き込み、息苦しそうに呼吸していた。マシュは軽く呆れている。

 

 理由はわかっていたがマシュは様式美として尋ねておく。

 

「…どうしたんですか、先輩?」

「いや、いや、アレは無いって…。ダメだろあんなの。反則だって。いや、ちゃんと白崎さんが送ったもので大切だっていうことは分かってるよ。けどさ…アレは無いってぇ」

 

 拳をガンガン地面に打ちつける立香。“認識阻害”で周りには気づかれてはいないが(ハジメは除く)、その破壊力は凄まじく打ち込む度にひび割れが大きく成長していく。スパルタ式トレーニング、恐るべし。

 

 なお立香が思いっきり笑っているのはハジメの首に巻かれているドキツイ紅の襟巻(マフラー)だ。正直に言って浮いている。ハジメも「あ、これ厨二びょ…」と受け取った後で気がついた代物。それでもなお巻いていることから余程大切なことが裏付けられるが。

 

 先日、出歯亀的に食い入りながら様子を見守っていた立香とマシュだが香織の渡したものに気がついた瞬間、立香はもちろん声にならないほど吹き出した。マシュの方は関係の進歩に喜びを感じつつも、プレゼントの内容に頭を悩ませた。

 

 なおその間、立香は“仮装”の発動を一時的に忘れていたというミスを犯していた。すぐに気がつき、張り直したため立香はそれで問題無いと思っていた(・・・・・)

 

「あ、先輩! そろそろ入りますよ! 私たちも行きましょう!」

「あー、笑った笑った。…あ、そういえば迷宮入らなきゃな。行こうか、マシュ」

 

 ハジメたちの受付はどうやら終わったらしい。事実、先頭からぞろぞろと中に入っていっている。それを確認したマシュが今もなお笑い転げている立香に報告し、呼びかける。

 

 立香の空気が瞬間、切り替わる。子供のように声を出して笑っていた立香が嘘のように立ち上がり、真剣さを帯び始める。なんともギャップが凄まじい。マシュの頰が僅かに桃色に染まる。

 

 そうだ、これなのだ。あらゆる英雄に、愚者に、王に、狂者に、戦士に、魔術師に、そして宿敵にすら認められた人の横顔は。誰にとってもの光になれる愛しい人の瞳は。

 

 あの日、マシュを絶望から救い出してくれた手は、他ならない(立香)のものなのだから。

 

 だからマシュも応える。

 

「…はい! 先輩!」

 

 愛しい人の背中を追いかける。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 迷宮の中は思っていたよりも整備されていた。もっと薄暗いかと思っていたがいくつか灯りがあり、きちんと道が見えるようになっている。緑光石、錬成士たるハジメならば知っていて当然の代物だ。

 

 帰ってくるときに“錬成”でいくつか貰っていこうか、そんなことを考えていると藪から棒にハジメの肩がつつかれる。ハジメにこんなことをしてくる相手は一人しかおらず…

 

「…何やってるのさ、立香くん?」

『いやー、悪いけど声に出さずに喋ってくれない? 俺が“念話”で黙りながら話せるようにしたからさ』

『…これでいいの? 立香くん? 魔術ってこんな便利なこともできるんだね』

『はい、南雲さん。これは“念話”と言いまして、考えるだけで会話できるという魔術です』

『本当にこっちに来てからファンタジー要素強めだなぁ…』

 

 ただやけにそのファンタジーが地球発であるのだが、ハジメは気にしないことにした。多少目がイっている。

 

 だが横から何かの気配を感じる! ふと見るとそこには笑顔の立香。ただし…後ろに黒い鬚のおじさんが立っていた。よだれを垂らしてはぁはぁ言っている変態ス◯ンドだっ!!

 

 いや〜な気配を感じ、Uターンを決めようとするハジメ。しかし奴は止まらない! ハジメの肩をグワシッ!と掴み、尋問を開始する。

 

『それでですなぁ、ハジメ殿。その襟巻、大切そうに巻いておられますが一体誰から貰ったのですかな?』

「ッ!!?」

 

 奴だ! 振り返れば奴がいる! 普段カッコ悪いのにいざとなればその台無しを帳消しにするカッコよさを合わせ持つ変態がそこにはいる! 衝動的に叫ぼうとするハジメの努力も無駄に終わる!

 

『おっと、口に出してもらっては困りますなぁ。グヘヘへへ』

『知ってるでしょ!? 昨日途中からやけに人目無くなったもん! 絶対その場にいたでしょ!?』

『知りまへんなぁ〜。ま、帰ったらじっくりこっとりとOHANASHIしようぜ』

(困りました。先輩が黒髭さんの悪い影響を受けています! …またアルテラさんに頼みましょうか…)

 

 ハジメが変態(のスタン◯を背負った立香)の相手をして、マシュがカルデア平和委員会に調査報告を送ろうと決意する。なんというか…迷宮の中とは思えない平和ぶりだった。

 

 ハジメが立香のいじりに困惑し、誰かから助けを貰おうと視線を巡らせる。するとぱっちりと横にいる香織と目が合う。

 

 ちなみに本来ならば中衛にいるはずの香織が何故後衛に、そしてハジメの横にいるのか。単純である、香織の突撃モードによりハジメの横を陣取ったのだ。お陰でハジメは殺意の視線を突き立てられまくり、光輝からの説教とフルコースを味わった。まあ、ハジメも結構慣れ始めてきつつあるのであまり意味はないのだが。

 

 閑話休題

 

 兎も角、隣にいる香織に助けを求める。すなわち「後ろに変態がいます! 誰か助けてください!」だ。まるで子犬のようにプルプル震えるハジメ。香織が分かったようにニッコリと微笑む。よし、助かった!と思った瞬間。

 

「ハジメくん、藤丸くんと仲よさそうだね」

 

 何故か香織の後ろに般若が現れた。久々の満を辞しての登場である。般若さんの周りは雷がバチバチと迸っている。

 

 ハジメは思った。違う、それではないと。頭を横に回転させ、否定の意思を香織に伝える。

 

 だが般若様は止まらないっ!! 黒髭以上に!!

 

『牛王招雷・天網恢々…』

『え? ちょっと待って? これマジの頼光さん? え? どうやって召喚してるの?』

(ガクガクブルブルガクガクブルブル)

『ああ! 南雲さんがマナーモードに!? 誰か! ナイチンゲールさんでも構いませんから!!』

 

 …本当にここは迷宮だったのだろうか。

 

 ちなみに四人がこんな感じのやり取りをしている間、魔物は一切出なかったりする。光輝たちの世話役をしている騎士団長のメルドも困ったように眉をしかめていた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 一方で光輝は後ろの喧騒を聞いて、胸をざわつかせていた。

 

(南雲のやつ、ここは迷宮だぞ? だっていうのにあんなにも騒いで…ふざけるんじゃない。雫が賛同できるからって少しは見逃してやってたのに。全然反省の色も真剣さもないじゃないか。何で本当に香織はあんな奴に構うんだ? 構ったところで別に役に立つような奴でもないのに…。やっぱり南雲が何かしらの洗脳を? それともまだ黒幕がいるのか…。まさか!? 南雲の奴、魔人族と協力してるんじゃ…。ふざけるな! そんなことやっていいはずがないだろう! 何を考えているんだ、南雲の奴は!!? やっぱりあんな奴と香織を近づけさせるわけにはいかない! 地上に出たら香織に嫌われようとあいつを引き剥がして、一度痛い目に合わせてやる!)

 

 とはいえ彼自身の妄想が膨らんでいた、というだけだ。特に後半など確かな確証もない癖にそれを事実と確定し、南雲を責めている。

 

 それを持ち前のオカンスキルで察したのか雫は溜息を吐いた。雫の後ろでは…僅かではあるが赤い外套を着たオカンの姿がブレていた。

 

 

 さらにそのまた一方でハジメの方を比喩抜きで目から血が落ちるのではないかというほどに見開く男の姿があった。

 

 四人組の中でいつものようにハジメに対して愚痴を呟いていた。しかし内心ではどす黒く、聖杯の泥のように悍ましい何かが噴き出ていた。

 

(ふざけるなふざけるな、なんであんな奴が白崎といる。あの日もあの日も、あの花火の日も。ふざけるなふざけるな。南雲のくせに…南雲のくせにぃいいいいい!!!!!)

 

 人はそれを嫉妬と呼ぶ。だが男のそれは嫉妬と呼ぶには、あまりにも汚すぎた。あまりにも醜すぎた。

 

 そんな感情を煮えたぎらせながらも20階層のあたりまで来た時、その男は聞いた。否、聞いてしまった。

 

「あ、ハジメくん! あの鉱石、綺麗だね!」

「あれは…グランツ鉱石だね。…本で読んだ限りじゃあんな大きくて純度が高いのなんて中々出てくるようなものじゃないと思うんだけど…」

「…綺麗」

 

 それが、男にとっての始まりで、そして終わりの合図でもあった。




いや〜、ハジメさんの厨二力強化は良く思えば前回書き忘れてたのでここで。
立香が笑うのも良くわかるわー。(つーか作者の思いを代弁してる立香である)


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悪夢は現れる

どーもどもどもどもどもども。作者でございます!
筆が乗ったので割と長めかと。
つーか次回がもっと長めになるな、こりゃ。

一部原作からのトレースもありますが、ご容赦あれ。


 ーー立香side

 

『それにしても…迷宮って思ってたよりも魔物弱いな。てっきりもう少し骨のある奴らかと思ってたんだけど』

『…ねえ、それは戦闘能力皆無の僕に対する当てつけかな? 立香くん? 僕はそこら一帯の魔物全部が怪物に見えるのですが…』

『でもハジメくん、上手く対処できてると思うよ!』

『はい! 南雲さんの知識は今ここで役立っていると断言します!』

『そうだぞハジメ。第一お前の錬成士としての力自体はもう十分チートだろ。…どうやらエミヤの秘密訓練してるみたいだし』

『えぇ? いつからバレてたの!?』

『それもこれも全部地上に帰ってから説明しまーす!』

『そんなぁ…』

 

 立香達はなんとか二十層までたどり着いた。途中まで魔物は全くと言っていいほど出てこなかったのだが、般若(すごく頼光さんぽい)さんが引っ込むとここぞ!とばかりに出てきたのだ。ちなみにこの間、立香とマシュは見ていただけだ。二人には実力も十分にあり、別に魔物を倒したところでレベルが上がるわけでもない。つまりはメリットが無かった。

 

 あとはサーヴァントの知名度補正が無い、という点を考慮していることもある。マシュも立香も知名度補正は小さくないほどにかかっている。今この世界でどれほどまでが限界か知らない立香は出来るだけ無駄に魔術回路を使いたくはないのだ。

 

 だがそれを含めてもここの辺りでは一切の問題はない。ここらの相手ならば強いと言っても立香達からすれば一捻りレベル。正直、知名度補正が無くとも勝てる相手だ。何なら“ガンド”だけでも勝てる自信がある。

 

 周りの魔物の質を見て、状況判断をしっかりと行う立香。このような点が立香が『最高の』マスターの名を欲しいままにする理由の一つだろう。

 

 また冗談ばかりを話す立香の口だがその内心、花火の日の夜の香織の言葉を考えていた。

 

(ハジメが消えていく夢…根拠自体はないけど用心しなきゃならないな。夢って割と現実になるからな…正直ハジメに俺かマシュか最悪香織を近くにいさせないとな)

 

 立香はカルデアのマスターということもあり、特殊な夢を多く見る。だがそれらはなんだかんだで役に立つものがあったり、現実に反映してたり…兎に角立香には一蹴することのできない要素だ。

 

 そのためマシュにはハジメが孤立するような場面になった時、すぐにハジメの元に駆けつけてくれと頼んである。今の立香ならば余程の相手(サーヴァント並み)でなければ速攻で負けることはない。延長戦なり、防衛戦に徹底すれば生存の化け物たる立香は相手に回したくない相手でもあるのだから。

 

 すると立香の目に大きな鉱石の輝きが目に入った。横にいるハジメ達もどうやら気がついたようで、その輝きを眺めていた。

 

「あ、ハジメくん! あの鉱石、綺麗だね!」

「あれは…グランツ鉱石だね。…本で読んだ限りじゃあんな大きくて純度が高いのなんて中々出てくるようなものじゃないと思うんだけど…」

 

 流石はハジメ。サラリとその鉱石の正体を看破する。ハジメの知識量からすれば当然のことなのだが、立香はやはりそう思わずにはいられなかった。

 

「…綺麗」

 

 香織がその鉱石の輝きに目を奪われる。だが香織も気づかないわけがない。目に付きやすいような場所に、あんな目立つ鉱石がある理由。それは十中八九、罠だろう。“直感”を発動させるまでもない、あまりにも単純さが過ぎるお粗末なものではあるが。

 

 立香の目には見える。魔法陣の幾何学模様が。そしてその中にある転移の力を。

 

(ま、そんな罠にかかるような奴はそう簡単にいないだろうな。最悪、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)双腕・零次収束(ツインアーム・ビッグクランチ)を使えばいいと思ったけど…必要ないか)

 

 基本『対応策が無ければ宝具に頼ればいいじゃない』思考の立香もここでは謙虚に行く。もしもの時に合わせ、少しでも力を残しておきたいというのが彼の思いだ。

 

 すると突然ハジメの肩に誰かの手が巻きついた。その男の顔はなんとも不快にも唇の端を釣り上げていた。目からどす黒い瘴気のようなものを出しているように立香は幻視した。

 

(あれが…檜山って奴か。見ただけで鳥肌立つなぁ。エミヤから聞いてたけど…ハジメと白崎さんに対する執着が凄い。あながちハジメには嫉妬、白崎さんには独占欲って言ったところかな?)

 

 見れば隣のマシュも腕で己の体を抱きしめ、姿勢を後ろにしていた。つまりは物凄く引いていた。

 

 立香は檜山の中にある香織に対する意識の大きさに少し驚愕していた。ただ…英霊のそれとは質も量も違うのだが。むしろ英霊と比べるのは失礼だな、と立香は考えるのをやめた。

 

「南雲ぉ〜? アレってんな珍しいもんなのかぁ?」

「檜山くん!? …グランツ鉱石自体はそんなに珍しいものじゃないよ。鉱石自体に何の力もないただの宝石。あくまで綺麗だから貴族の階層の人達に人気なだけ。…でもあれだけの大きさのものは中々珍しいと思うよ」

 

 ハジメは苦手な対象の一人である檜山に少し顔を青くしながらも淡々と事もなさげに説明する。単純でかつ目の前のグランツ鉱石の希少さが伺える説明、思わず光輝や檜山、メルドは目を点にしていた。ちなみにこの間香織、立香、ついでにマシュは胸を張っている。ちなみにマシュは少し遠慮がちだ。

 

「おぉ、小僧。よく知っているな。その通りだ。図書館に行っていたっていうが鉱石の勉強もしていたのか」

「ええ。まあ付け焼き刃ですけど…」

「いや、むしろよくこの短時間でそれだけの知識を身につけたものだ。お前さんには戦闘力は無いがその分、知識を貸してもらう形になるかもな。よろしく頼むぞ」

「はい。頑張らせていただきます、メルドさん」

 

 メルドは誤算だったとばかりに豪快に笑い、ハジメの背中を叩く。威力が思いのほか強く、ハジメは途中むせていたが認めてくれる人が増えたことを喜んでいるようだった。立香の顔は穏やかに笑っていた。

 

 だが次の瞬間には立香の表情は急変することになる。

 

「だったら俺たちで回収しようぜ!!」

(……はっ?)

 

 それは檜山の声だった。目には狂気的なまでの何かを宿らせ、鉱石に向かって歩き始める。メルドが諌めようと注意するが、檜山は軽い調子で受け流し、鉱石に手を伸ばした。

 

(まずっ!!?)

 

 立香はここで迷ってしまった。なんならばここで檜山を気絶させるなり、宝具を使って魔法陣を破壊するなりしていればこの状況は免れた。

 

 しかし立香にとっては欲に目が眩んだ人間の奇行に脳が一時止まっていた。立香が今までいたのは戦場。故に仲間も油断のスキもないような人ばかりで局長でさえも、いざという時には感が良かった。

 

 だからこそここで立香はミスした。他ならない自分以外の誰かの過ちという要因によって。

 

「ほら取れた、っと」

 

 檜山が鉱石を掴んだその刹那、空間が揺れ動いた。

 

「トラップだ! 全員防御態勢を取れぇえええ!!!!」

 

 メルドの司令は迅速であった。しかしここにいるのは多くが実践慣れをしていない者たちばかり。突然のことに困惑をし始める。

 

 しかしそんな中、立香の“念話”は冴え渡った。

 

『マシュ!』

『はい! “誉れ堅き雪花の壁”、発動します!』

『白崎さんも周りの人達にバフをお願い! 出来るだけ周りに無詠唱で白崎さんが使ってることをバレないようにするから!』

『わかったよ! “身体強化”、“耐久付与(エンチャント)”』

 

 立香の指示に従い、マシュと香織がクラスメイト全体に防御の強化を付ける。クラスメイト達の認識の外で魔力の光が降り注いだ。

 

『三人とも、防御態勢準備!』

『はい!』『うん!』『わかった!』

 

 すると立香は詠唱を唱え始める。

 

「仮初めの王の権能は今ここに。手に取るは我らの王の覇権。答えよ、者達。我が意に背く事なかれ」

 

 立香の詠唱はいつも以上に、やけに澄み渡った。突然の事態に怯えていた少年少女の震えを鎮め、その声に意思を委ねる。そして彼らの背後に立つ立香の姿を目にとめる。

 

 裂帛の呼吸、それに続き立香は叫んだ。

 

「“全員構えろ! 死ぬな!”」

 

 王の血筋を継ぐ者達に、戦場を我先にと駆け抜けた戦士に許されたスキル、“カリスマ”。立香の詠唱はそれを一時的に我が身に降ろすがためのもの。

 

 結果、臆病な少年少女はそこから消えた。全員が瞳に決意を宿した『使徒』となる。

 

「お前さんは…?」

「リッカ・フジマルと言います。ワケがあって貴方方を死守させて頂きます。…ご迷惑だったでしょうか?」

「いいや、素晴らしいまでの指揮だった。今から行き着く先は分からん。正直に言って助太刀は助かるさ」

「それは何よりで」

 

 戦闘準備は完了した。意思を固めた『使徒』達は光へと呑み込まれていく。他ならないハジメも立香も、だ。

 

 そして光は弾け、目の前には見慣れぬ景色が映し取られる。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 それは巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

「ッ!!?」

 

 ハジメはその景色を見た瞬間、肌を泡立たせた。図書館である本を読んでいたハジメは図らずとも今自分達がいる階層を把握する。そして同時にここにいる怪物の名を脳裏に映す。

 

「まさか…ここはっ!」

「どうしたハジメ!! 何があった!?」

「…げて。逃げて、みんな!!」

 

 現実を理解したが故にパニック状態に陥り、過呼吸になったハジメ。それにいち早く気がついた立香はハジメの背中をさすり、静かに回復魔術を行使する。

 

 それにより平静を取り戻したハジメ。しかしそんなハジメから飛び出してきた言葉は撤退の喚起だった。臆病風でも吹いたのか、と光輝や檜山を筆頭に鼻で笑うが…次のハジメの言葉に凍りついた。

 

「ここは65階層! 当時最強と言われたパーティーをしても敵わなかった怪物、ベヒモスがいる! まだそいつが現れてない今が逃げる好機だ!」

「でも俺たちならやれるんじゃ…」

「当時の最強のパーティーは光輝くんたちのステータスを越していた! それでも勝てなかったんだよ! だから!」

 

 ハジメがかつて手に伸ばした本、『迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)』。オルクス迷宮を舞台に広げられた英雄達の実話に脚色を入れたものでハジメが迷宮攻略に役立つのでは?と考え読み始めた本だ。中の内容は迷宮よりも主人公達の輝かしい功績について書かれていた。ウンザリしたハジメは読むのをやめようと思ったが何だかんだで役立つ知識は多かったので最後まで読み続けていた。

 

 結局ほとんど主人公達は勝利を収めていたのだが…物語の最後にある主人公のパーティーはほぼ壊滅状態となり、撤退を余儀なくされた。その正体こそが『魔獣』ベヒモス。その一体に敗れ去ったパーティーは少なくない命を落とした。

 

 なんとか説得を試みようとするハジメ。その意思が生半可なものでないと立香は判断し、改めて“カリスマ”を用いようとした。

 

 しかし、時は既に遅かった。

 

 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物トラウムソルジャーが溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方に『使徒』の目線は向いていた。

 

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

 

 ハジメが叫び、逃げを選ばせた『魔獣』ベヒモスは、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。それだけで立香の“カリスマ”を砕くには十分だった。再び少年少女は顔を青く染め、喚き始める。

 

 本来の立香の“カリスマ”ならばそれほどヤワなものではない。なんといっても百騎倒千の英雄達の指揮を務め、己自身も『座』に認められたのだ。そんな人間の“カリスマ”は本来ならばこれほどではない。

 

 しかし立香の“カリスマ”は『座』から真のスキルとして断じられたもの。それが知名度補正によって弱体化、どころか立香の魔術として機能させられない。すなわち立香自身も知名度の弱体化を少なくとも受けていた。

 

 結果困惑と恐怖の中、少年少女達にトラウムソルジャーは襲いかかる。指揮官も中心もいない彼らは、脆く弱かった。今こそステータスの差で倒せているが…すぐに崩壊することは間違いなかった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 一方で冷静を忘れた光輝達もまた反対側から攻めてくるベヒモスに対応せざるを得なかった。

 

「ーーっ!! いくぞ、香織! 雫! 龍之介!」

「う、うん!」

「これは…。仕方ないわね!!」

「おうよ!!」

「…メルドさん」

「ああ、後ろの奴らを守るぞ!」

「「「「おう!!」」」」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

「ーーーっ!?」

 

 そしてその立香は先ほどの己の判断ミスを悔やんだ。何故自分はあの魔法陣に誰かが触れることを予期しなかったのか!?と。同時に何故あの場面で破壊しなかったのか、と。

 

 羞恥と後悔で歯噛みする立香。そんな立香の背中に暖かい温もりが伝わった。

 

「先輩、傲らないでください。先輩は万能ではないのですから。それに、そんな時のために英霊(私たち)はいるのですから」

 

 それはマシュの抱擁だった。立香の悔やみはスッと引いていく。同時に立香の瞳に力強さが篭る。

 

「マシュ…そうだな。やるべきことをしよう。マシュ! とりあえずベヒモスを食い止めてくれ! カルデア(向こう)と繋がってない俺たちじゃアイツを倒すまでは無理だ! 俺は逃げる方法を探す!」

「はい! 先輩、マシュ・キリエライト戦闘開始します!」

 

 こうして65階層での死闘は開始した。

 

 そして残された『無能』はーーー




どうだったでしょうか。今回は知識のあるハジメをベヒモスの恐怖を植え付けるための舞台装置にしました。
あと最強たるベヒモスに異名が付いていないのも変だったので『魔獣』なんていう称号が付いています。これが安直かつベストだと思う。(真顔)
次回、序章で唯一の山場です。

うん? 奈落? …知らね(すっとぼけ)


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だから僕は前に立つ

次でこの迷宮のお話はラストかな?

ある意味この回は『だから俺は戦い続ける』の対比になっているのかもしれません。
とりあえずどうぞ。


 ーーハジメside

 

 右側の橋の先ではクラスメイトの全員が吠え、喚き、それでもトラウムソルジャーの群れを前に進んでいく。爆炎が咲き、剣の銀の色が瞬いた。

 

 もう一方の橋では『魔獣』たるベヒモスが光輝を中心としたパーティー、メルド、そしてマシュが勇猛果敢にも立ち向かっている。

 

 そんな中ハジメはどうすればいいか、迷っていた。混乱していた。

 

(ベヒモス。僕が知っている魔物の中で何の対策法も見つかっていない怪物。…誰も倒したことのない、最強の魔物。…逃げるしかないのに、何で立ち向かえるんだろう)

 

 ハジメはこの中で一番、ベヒモスの脅威を知っている。今、この場にいるメンバーを総動員しても勝てないような魔物である、と。だからこそ選ぶべきはトラウムソルジャーを倒し、逃げるほかない。そうハジメは判断を下していた。

 

 だがそれにはベヒモスの注意を逸らすべき相手がいる。その作戦自体はある。ビジョンだって見える。

 

 しかしハジメは自ら考えた作戦に青く震える。要は怖いのだ。この作戦で一番危険なのはハジメなのだから。

 

 ハジメは唯一の『無能』。それを強く実感しているからこそ己を今の今まで鍛えてきた。エミヤがしていた訓練を自主的にも行ってきた。激痛にも耐え、“錬成”の腕だって周りが目でないほどにメキメキと成長してきている。

 

 だが前に立つ覚悟はしていなかった。今ようやくここでハジメは己の他人よがりを自覚した。

 

 更にはこの作戦自体が成立しづらいというのもある。この作戦にはハジメの力以外にも沢山の人々の協力がいる。だがハジメは香織、立香、マシュ、あとはギリギリ雫とメルドにしか助力を願えないと確信している。ハジメは煙たがれている。香織と必要以上の関係であることもそうだが、光輝のカリスマによるハジメへの敵意、雫がハジメを庇うという形式を面白がらないことによる害意、そしてなによりも己の『無能』というレッテル。これら全てがハジメの作戦を虐げる。

 

(…こんな時まで、僕はっ! …無力なのか?)

 

 こんな誰もが悲痛の声を上げているような場で唯一取り残された少年。己の無力に苛まれ、涙が溢れる。

 

 同時に己を責める。何故、自分は『無能』なのかと。何故、自分はこんな状況で何も出来ないのかと。唇を嫌というほどに食いしばり、血を垂らす。

 

 それでも足らず、己の拳を振りかざしてハジメはその拳を地面へと振りおろす。

 

 

 ーーパシッ

 

「やめよう、ハジメ。今そんなことしたって、何も始まらない。そうだろ?」

「…立香くん?」

「うん、立香さんですよっと。…お前の力を借りにきた。ハジメ、お前ならアイツから逃れる方法、わかるんじゃないか」

 

 ハジメの拳を止めたのは立香だ。立香が何故ここにいるのか、分からないという風なハジメ。そんなハジメに立香は求めた。

 

 立香は単刀直入にハジメの力、知識を求めた。立香は魔術により、先ほどこの階層まで自分たちを送ったトラップを逆展開させることで元の階層に戻れると解釈した。そしてそのトラップの存在位置は、トラウムソルジャーの群れの奥。

 

 立香は今、攻めの技をあまり行使しづらい状態にある。知名度補正の虚無による力の剥奪は攻撃手段から奪われている。今立香ができるのはサポートを中心とした宝具展開、小技ばかりの魔術、そして…ある変則的な技だ。最後の技ならば立香はマシュとともにベヒモスを止められる自信がある。

 

「ーーだがそれも数分だけだ。正直にいってそれだけの時間で『使徒』たちがトラウムソルジャーを殲滅できるとは思えない。だから、俺はあの怪物を一分一秒でも長く引き止めるためには…必要なんだ」

 

 それはハジメの知識があればどうにかできるという確信を持った言葉だった。ハジメの心臓が一瞬波打ったような幻覚を持つ。

 

「ハジメ、お前は賢い。きっとそうやって自分を責めてるのも今の状況を理解して無力を嘆いてるんだろ? …俺も昔、よくやったから分かるよ。辛いよな、自分が無力なのって…」

 

 立香の言葉には重みがあった。ハジメの知ることのない重みが。立香に戦う理由を聞いたあの時のように、自分と立香の差を思い知る。

 

 瞬間、橋の片側で爆音が轟いた。ベヒモスがいる方向だ。その音はあちらの状況が一転したことを示唆している。

 

 立香はこれに素早く反応した。「…行ってくる」と言って、未だに立ち直れないハジメに背を向ける。それがどうしてもハジメには拒絶のように思え、ハジメは再び失意に沈む。

 

 しかし立香は一言、その場に残した。

 

「最後に一つだけ。…ここじゃお前は『無能』なんかじゃない。必要な力なんだ。どうか、前に向いてくれ」

 

 ハジメはあの日の己の決心を思い返した。ーー立香の横に並びたい、というあの日の決意を。

 

 瞬間、燃え上がるような錯覚をハジメは覚えた。爆撃のような衝動を身に、ハジメは目を見開く。

 

(何をここで絶望してる!?)

(立てよ!立ってみせろ!)

(何もせずに立香の横に並ぶなんて…ふざけてる!!)

(絶望なんかいらない、欲しいのは覚悟だ! 生きて帰ることだっ!)

 

 次々とみんなの言葉がハジメの中で回帰する。

 

 ーー常に敵に勝てるビジョンを持ち給え。勝てない、などと思っていては以ての外だ。

 

 そうだ、何故諦めている。たかがハードルが高いだけ。たかが危険があるだけ。それら全てを避けて勝利を掴みとるだけだ。

 

 ハジメは俯いていた顔を上げる。そして立ち上がる。

 

 ーーだからね、私が守るよ。南雲くんを守るよ。

 

 そうだ、あの人は守ってくれると言った。彼女は自分が強いと言ってくれた。ならその期待に応えねばならない。

 

 ハジメはマフラーに指を触れた。彼女がくれた約束の決意を力に、熱に変えて勇気を発露する。

 

 この地に来て、繋がった縁が全てハジメに力をくれる。ならば弱音など言っていられない。ハジメが否定した可能性を全て掴み取ってでも実現してみせる。

 

 決意は遥か先に。ならばハジメは無謀でもそれを追い求め続ける。

 

 ならば、とハジメは走った。親友の期待に応えられるように。

 

 いつか彼に追いつくために。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー優花side

 

 トラウムソルジャーの群れと交戦する少年少女。しかし彼らの体には既にいくつもの傷が刻まれており、疲労困憊としていた。だがそれでもベヒモスの恐怖から我先に逃れようと隊列なども無視して、彼らは己が武器を行使していた。

 

 園部 優花(そのべ ゆうか)もその一人である。天職『投擲士』の優花はナイフなどの獲物でトラウムソルジャーを一体、一体と仕留めていく。

 

 優花は比較的に冷静を保てていた。故に周囲のクラスメイトに危険が及んだ際にはナイフなどを飛ばすなどをして遊撃をするなど余裕がまだある。そのため優花の周りはまだ隊列の崩れがあまり崩れていない。進行スピードも周りよりも早かった。だがそれでも未だに優花達の視界は不気味な骸骨の顔ばかりで埋まっていた。

 

(ーーっ! まだ、先が見えない!)

 

 心の中で悪態をつく。優花は空を斬りながら手元に帰ってきたナイフを片手で掴みとり、再び前方に投げつけようとした。

 

 だが優花が踏み込もうとした足の元にはトラウムソルジャーの死体、骨があった。それを勢いよく踏んでしまった優花は、簡単に転んでしまった。

 

(まずっーー)

 

 そう思うのも束の間。トラウムソルジャーはその隙を逃さない。機械の如く腕を軋ませながら振りかざされる。無機質なトラウムソルジャーの頭蓋骨が不気味に舌なめずりをしているように見えた。

 

 次に来るであろう攻撃を体をひねることで避けようとしたが、体が言うことを聞かない。痛みが来るという予想に対する恐怖が引き起こした一時的な体の麻痺。それが致命的だった。

 

 トラウムソルジャーが突く形で優花に剣技を見舞う。その先は喉元。優花を死に至らしめる一撃が今、放たれ…ようとしていた。

 

「“錬成”!!」

 

 それは『無能』であるクラスメイトの象徴たる詠唱文。たかが鉱物を加工するだけに磨かれた技。それがこの場では直死の運命を回避する。

 

 トラウムソルジャーの足元が急に形を変える。油断をしていたトラウムソルジャーの姿勢が一気に崩れた。

 

「園部さん!」

 

 その声は安否を聞いたものか、それともトラウムソルジャーに対する追撃の合図か、今の優花には分からなかった。しかし優花の硬直はこの声で嘘の如く消えていく。

 

「言われずともっ!!」

 

 優花は片手で空中にあった体を浮かせ、一回転。そして懐から取り出したナイフを姿勢を崩したトラウムソルジャーに向けて一閃する。閃光のように空を斬った一撃はトラウムソルジャーの頭蓋骨を打ち砕き、骸へと還した。

 

 着地すると無理な動きが響いたのか体の所々が痛んだ。少し涙目になったのは愛嬌というやつであろう。

 

 そんな優花の様子に気がついたのかハジメは懐から回復薬を取り出し、優花に手渡す。そして本人なりの気遣いなのか、一言告げていった。

 

「園部さんなら負けないよ! なんたってチートなんだから!」

 

 そう言って反対側の橋、ベヒモスのいる方向へと瞬時に駆け出していったハジメ。優花は何故か呼び止めようとしたが、ハジメは意に返さずといった様子で止まらなかった。

 

 優花はハジメの走っていく後ろ姿を見て、何故か唇が緩んだ。本当に何故かは分からないが。

 

「…帰ったらコーヒーでも入れてやろっかな?」

 

 優花はそんなことをぼやきつつも、再びナイフを両手に備えてトラウムソルジャーの群れる橋を進んでいくのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「はあぁっ!!!」

『ブモォオオオオオ!!!!!』

 

 ベヒモスの灼熱の角によるすくい上げの攻撃にマシュが白銀の盾をぶつけることにより、流す。それによりバランスが崩れるベヒモス。足をたたら踏み、倒れまいと踏ん張った。

 

 そしてそこで迫るは白光の斬撃。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――“天翔閃”!!」

 

 ベヒモスの冠に直撃し、しかしその一撃は散った。圧倒的なまでの攻撃力不足。

 

「くっ!? これでも倒れないのか!!?」

「こいつは…倒しようがないぞ?」

 

 己の持つ中でも上位の破壊力を持つ光輝の“天翔閃”。それが無傷となれば流石の光輝も悪態をついてしまう。それを見たメルドは頰に冷たい汗を伝せる。

 

 その状況を“ガンド”などによって補助を行なっている立香もまた焦っていた。

 

(これじゃあ、攻撃手段はない。後ろの方もまだ骸骨の群れを突破できていない、か。クソっ! どうすれば…)

 

 だがそんな絶望的な状況でも、勇者は諦めない! 聖剣を翳し、前に進む!

 

「それでも…やるしか無いんだ!!」

「…へっ! 言うと思ったぜ、付き合ってやるよ!」

「行くぞ!!」

 

 光輝の親友たる龍太郎も覚悟を決め、突貫を決め込む。だが光輝には静止の言葉がかかることとなる。

 

「待って、天之河くん!」

「…南雲?」

 

 光輝の動きがピッタリと止まり、ハジメを照準に合わした。ハジメは呼吸を幾度か繰り返すと、光輝に必死の形相で迫った。

 

「天之河くん! トラウムソルジャーの突破をするには君の力が必要なんだ! 頼むから! 今すぐ後ろに行って!」

 

 端的にハジメは光輝がトラウムソルジャーを倒すために必要なのだと説明する。そして同時に懇願する。

 

 しかし光輝は目を釣り上がらせるとハジメに説教(・・)をし始める。

 

「いいか、南雲! お前に構っている時間はないが言ってやる! 今、ベヒモスを倒すには俺の力は必要なんだ! 俺がいないとこのベヒモスは倒せないんだぞ! それをお前は何て言った!? 『後ろに下がれ』? 馬鹿げてるだろ! 俺はこの世界に呼ばれた勇者だ! だからこそこんな逆境ぐらい乗り越えてみせる! それに後ろのみんなも試練を乗り越えているんだ! それを俺が邪魔しちゃだめだろ! 第一、南雲! お前の言うことなんて信じられるわけがーーー」

「うるさいよ!!!」

「ッ!!?」

 

 戦場であるにも関わらず説教を始める光輝。しかしその言葉を途中で荒々しく、強制的に止めたハジメ。本来のハジメならばありえないまでの怒気を込められた言葉に光輝は固まった。

 

「僕の言うことが信じられない!? 何を言ってるんだよ! それにベヒモスを倒す!? そんなことが今の目的じゃないだろ!!」

「そ、そんなこと!? 南雲! だから俺たちはこの世界の人たちのために力をーーー」

「今、重要にするべきなのはこの世界の人たちじゃないだろ!! ここにいる全員で帰ることだろ!!! それを世界のため、世界のためって…それじゃあ天之河くんはここにいるみんなが死んでも、君だけ残ってベヒモスを倒せればそれでいいのか!? この世界のためですって頷けられるのか!!?」

「ーーっ!!? ちが…そうじゃなーー」

「そうじゃない!? じゃあ、今すぐ後ろにいけ! 今後ろにはみんなをまとめられる人がいない! そのまとめられる人が天之河くんだろ!! ここから誰一人として死人を出さないようにするには天之河くんの力が必要なんだよ!!」

「でも…だったらここには誰がーー」

「立香くんがいる、キリエライトさんがいる! それじゃあ不満足か!!? 見てただろ! さっきキリエライトさんがベヒモスの攻撃を防いでいたところを! だったらそれで十分だ! トラウムソルジャーを倒して、逃げ道を確保できればそれでいいだろ!!」

 

 ハジメが光輝の胸ぐらを掴み取る勢いで言葉を飛ばす。光輝のそれは今ここでは必要ないと。全員で生き残るのだと。ハジメは力説する。

 

 光輝は眉をしかめ、更に反論を繰り返そうとする。しかし光輝の腕を引き、後ろに行こうとする者がいた。二人も。光輝は驚愕に目を剥いた。

 

「雫!? メルドさん!!?」

「…南雲くんの言っていることは正しいわ。引きましょう。見てる限り、キリエライトさんって人も立香さんって人も…手練れよ」

「坊主…信じるぞ」

「…お願いします!」

 

 ハジメは雫の信用に瞳を濡らし、メルドの言葉に頭を下げた。同時に一つ目の難題はこれで突破できたのだと、安堵する。

 

 なお、これでもまだ懲りない勇者はーー

 

「ま、待て南雲! 話は終わってーーー」

「「アンタは(お前は)いい加減にしろ!!」」

「いたぁっ!!?」

 

 ーーこのように拳骨を喰らう羽目となった。

 

 龍太郎はハジメの説得に「?」となっていたが、とりあえず雫が怖かったので渋々引き下がった。だがハジメの本気の怒気にどこか清々しい笑顔を浮かべていた。

 

 そして香織はーー

 

「ハジメくんは…逃げないの?」

「うん。まだやるべきことがあるから。…大丈夫、死にはしないよ。香織さんがくれたこのマフラーがきっと守ってくれるから」

「…わかった。信じるよ、ハジメくん」

「うん。ありがとう」

 

 彼女もまた後ろへと下がっていった。今の冷静さを失っている光輝だけでは後ろの隊列を立て直せる効果が薄い、そう考えたハジメはクラスをまとめる四人全員に下がってもらう他なかった。「守る」と言ってくれた香織を後ろに下がらせなければならなかったのは少し辛かったが…自分のことは大丈夫だ。そうマフラーに触れながら己を鼓舞した。

 

「ハジメ! それで、どうするんだ!!?」

「南雲さん!! 長くは持ちません!」

 

 そして二人は、頼ってくれた。この『無能』の力を。

 

 ならば全力で答えてみせる。

 

 この世界で手に入れた絆を裏切らないためにも。

 

 だから(ハジメ)は前に立った。




どうだったでしょうか?
いやー、これ以上ないほど勇者が扱いづらかったです。アイツ暴走しすぎワロタww

それはともかく次でいよいよ奈落へ…ですな。ネタバレかもしれませんが、まあ大体の人は察してるでしょう。

そして最後に…魔法少女優花さん出せた〜!!


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『無能』の最後

はい、一日遅れてしまい申し訳ない。
だが…しゃあないんや。今回大ボリュームなんや。
9051文字、今回これを二日で書き切ったんや。
…個人的には「つーかこれが限界!」的な心境や。

つーわけで、始まるよ!


 ーー立香side

 

 勇者一行が下がり、今この場には立香、マシュ、そして『無能』たるハジメがベヒモスと対峙していた。

 

「立香くん! キリエライトさん! ある程度時間を稼いで! その間に僕は“錬成”の準備をするから!」

「“錬成”!? まさか“錬成”でこれを止める気か!?」

「時間稼ぎとしては僕の“錬成”がベストだ。地上に戻る時も僕の力は使えないから、ここで使った方がいい。でも、それだけじゃ無理だと思う。精々、動けなくするのが関の山。僕が“錬成”をやめたらすぐに僕が殺される。だから立香くん。アイツを横に倒して欲しい」

「横に…って今、そんなに力無いんだけど!?」

「それは正面から倒そうとするからだ! ベヒモスみたいな造形の敵は側面から攻撃したら倒れやすい! だから僕の準備ができたらすぐにやって欲しい。…できる?」

 

 ハジメはこの迷宮の魔物に関する知識を人一倍頭に入れてある。その中には魔物の弱点も刻まれている。ベヒモスに関しては弱点など書かれていない。しかしハジメはこれより上層にいる魔物の弱点からベヒモスの弱点を割り出していた。

 

 それでもあくまでも正面よりはマシ、なのであって側面でも十分ベヒモスは踏ん張りが効く。本来ならばそんなことを見つけた程度で状況は一転しない。

 

 しかしここには立香がいる。多種多様な力を持ち、きっと勇者以上の力を出せる存在がここにはいる。ハジメにとってはそれは確認するまでもなく立香ならばできると確信していた。

 

 そして事実、立香はその手段を手にしている。ならば親友の信頼に、全力で応えるまで!

 

「っ!! オッケー、任された! ハジメも頼むぞ!」

「了解! キリエライトさんも、お願いします!」

「はいっ! 信じますよ、南雲さん!」

 

 マシュがベヒモスを再び弾く。大楯による豪快かつ精錬された捌き方は全力でなくともベヒモスの攻撃を受け付けない。その間にハジメは座禅を組み、魔力を精錬していく。

 

 そして立香は右手を前に出し、魔術回路を解放する!

 

「今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来たれ覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は戦場を駆ける者、不死を煩わし者。最速は抑止の輪より今ここにっ!」

 

 魔力のあまりもの膨大な波に反対側にいるはずの光輝達すらも瞠目する。それも当然、今から起こるのは神性を持つ者の特殊顕現。それが矮小であるはずがない。

 

 詠唱は今、ここに終息する。

 

「汝、この呼び掛けに応えるならば我が剣と成せ。我が身となれ。今ここに力は呼応する。ーー来い、我が覇道を拓くが為に!!」

 

 光の爆砕。空間の痛哭がその場に響く。風は立香を中心とし、そのまま収束する。

 

 そしてその場に現れたのは、『最速の英雄』アキレウスの力をその身に宿した立香。彼の象徴たる槍と脚を持って、立香は眼にベヒモスを捉える。

 

 立香の肉体は変質している。純粋な黒であったはずの髪は毛先が緑がかっており、またその肉体も神聖を帯びた防御力を誇る。

 

(問題は…これがどれだけ持つかってことだけどな)

 

 残りの魔力に関して思案しながら、爪先で何度か軽く飛んだ立香は、地面を這うように加速。『最速』を借りた立香は今、風となる。

 

『グモッ!!?』

 

 あまりもの速度で迫る敵の速度にベヒモスは眼を驚愕で見開く。同時にベヒモスは立香に最大の警戒を露わにする。

 

 立香はそれを確認すると、飛んだ。本来の人間には辿り着けるはずのない天井へと。ベヒモスの目には立香が消えたように見えただろう。そして立香は丸腰の獲物に容赦はしない。

 

「ふっ!!!」

 

 切り裂くような呼吸とともに立香は天井を蹴り、落ちる。翡翠の流星を幻想させる一撃が今、ベヒモスの腹を直撃した。骨の折れる音が連鎖するように響く。

 

 されど流石は“魔獣”。ベヒモスはすぐに角を灼熱に帯びさせ、空中にある立香にそれを見舞おうとする。神性を纏っていると言えど元々再現度は低い上に知名度補正の無いこの世界では明らかに不完全。立香とてこの一撃は重い。

 

 しかし立香の相棒(マシュ)はそんなことを許すわけがない。

 

「“時に煙る白亜の壁”!!」

 

 ベヒモスの攻撃を防ぐはマシュ固有の防御障壁。他人を守ることに特化したマシュの盾は知名度補正が無くとも、貫くことは出来ない!

 

 ベヒモスの角は弾かれ、再び立香に隙を晒した。そして『最速』は獰猛にその隙を逃すことはしない。空中で錐揉み、立香は槍をベヒモスの首に見舞った。

 

 攻撃力の再現力が低かったのか、ベヒモスの装甲を貫くことまでは無かった。それでもベヒモスの敵意は完全に立香とマシュに向いた。

 

「そうだ…来いよ。準備が整うまでお前さんには指一本触れさせるわけには…いかねぇのさ」

 

 今、その身に宿した英雄の言葉で立香は好戦的に笑った。

 

「…先輩は英霊を憑依するたびに…なんというか。…性格が変わってしまいますね」

 

 対してマシュは少し呆れつつも、最高の相棒(立香)の勇姿に微笑むのであった。

 

 そして橋の上で今、異界の英雄と迷宮の怪物の戦いは白熱の一途を辿った。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「ーートレース、オン」

 

 ハジメは両手の魔法陣を合わせ、魔力を練り集中する。師の言葉を真似、今意識を深くへと引き込んだ。

 

 体の所々が燃えるような痛みがハジメに襲いかかる。ハジメは魔術回路自体こそは未だに手に入れていない。されど“錬成”の魔法の特殊派生として、この行動を途中まで、材質の解明の魔法を自力で獲得していた。

 

 物質の材料を理解する魔術、そして物を加工するだけの魔法。それだけの力しか持ち得ないはずのハジメの背中はあまりにも堂々としていた。

 

 魔力を高まらせ、ハジメは今その手を床へと置く。

 

「ーー構成材質、解明」

 

 一瞬床に魔力の光が迸った。ハジメの脳には今、あまりにも多大な情報が鯨波の如く過ぎていく。だがこのプロセスを幾度となく踏んだハジメはその中から必要な情報を摘まみ取っていく。

 

 より己の“錬成”の無駄を省くために。己の唯一の武器をより強固にするために。ハジメは情報の波を泳いでいく。そして集められた情報はハジメの“錬成”を組み立てていく。

 

 瞑っていた瞳を今、ハジメは開いた。そして今もなおベヒモスの注意を削いでいる立香に合図の言葉を放つ。

 

「立香くん! 準備が出来た! ベヒモスを倒してくれ!」

「了解! ーー今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来たれ覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は祈りを捧げし者、邪なる竜を退けし者。聖女は抑止の輪より今ここにっ!」

 

『最速の英雄』の脚で超速な助走をしながら詠唱を唱える。詠唱の途中、立香の肉体は元に戻っていく。英雄を身体に降ろした痛みが体を苛むが立香はその体を鞭打ち、宝具を放つ!

 

「“荒れ狂う哀しき竜よ(タラスク)”!!」

 

 そう! とある聖女の鉄拳制裁が今、ベヒモスの横っ腹を陥没し吹き飛ばす! なお竜はいない。この宝具の場合、再現されるのは拳の威力が優先だったりする。

 

 そしてベヒモスはその衝撃のまま空で四、五回ほど回ると地面に崩れ落ちた。これがハジメが理想としていた形だ。…もっともやり方がハジメの予想以上に強烈だったが。

 

 立香とマシュは一気に後方へと走る。活動の限界、それを悟ったが故の撤退だ。

 

「ハジメ! すまんが俺もう無理! あとは頼んだ!」

「南雲さん! お願いします!」

「了解! ーーー“錬成”」

 

 酷く冷静な声がその場に響いた。決して大きくは無いが、透き通るように広がるハジメの超短文詠唱。不思議とその言葉は光輝とともにトラウムソルジャーを退けている香織の耳にも聞こえた。

 

「ーーっ。…ハジメくん」

 

 その声は風に乗ってハジメの耳に届けられた。ハジメは片手でマフラーに触れ、もう片手に魔力を滾らさせる。それは鮮やかな、紅をしていた。

 

 そして『最弱』の牙は今、『魔獣』の首へと襲いかかる!

 

 紅い筋が地面を走った、そうかと思うと地盤が震え始める。そしてそれはやがて鉱石の綱を作り上げていった。

 

「ーー行け」

 

 ハジメの命令とともに土の縄はベヒモスの至るところに巻きつく。しかし決して無策に拘束するのではない。関節や力の入れづらい場所を探し出し、それらを基点として捕縛し、やがて地面へと埋まらせていく。

 

 本来ならばこのような現象、“錬成”にはできない。しかしハジメの深い集中力と“解明”の魔術がハジメの実力を十二分に発揮する。

 

 ベヒモスは訳の分からない拘束に対抗しようとしたものの、全身が力を込めようとしようとも動かない。それほどまでにハジメの“錬成”は的確にベヒモスを拘束した。

 

 そしてやがてベヒモスは抵抗をやめ、逆さの状態で地面へと引きずりこまれていった。

 

「何とか、出来た! …かな?」

 

 ハジメは魔力の底が尽き、倦怠感を覚えつつも己の役目の達成に少し無邪気に喜んだ。

 

 一方でクラスメイトの方はトラウムソルジャーの群れをついに突破し、制圧しきったようでトラウムソルジャーを出現させていた魔法陣もついには破壊されていた。もう脱出はすぐ目の前まであることを理解し、ハジメは安堵した。

 

 何とか立ち上がろうとするものの、倦怠感は途方もなく激しい。なんといってもただの“錬成”で“土魔法”に近い能力を発揮したのだ。『無能』の魔力量ではこれが限界でも仕方は無かった。

 

 ハジメが視線を前に向けると困惑している者が大概ではあったが、中にはハジメへの風向きを変える者もいたようだ。ハジメに対する視線がいつもよりも暖かいものであった。

 

 見れば親友とその恋人はサムズアップをハジメに向ける。二人ともベヒモスとの戦闘によってボロボロで、活力も薄かったが。だがそれでも二人は嬉しそうにハジメの偉業を讃えた。ハジメもまた限りある体力でサムズアップを何とか決めた。

 

 そして香織もまたハジメの偉業にとびっきりの笑顔で破顔した。香織も回復魔法や補助魔術、更には光魔法などの多用で疲労していたが、ハジメの元に駆けつけようと膝を立て、立ち上がろうとしていた。

 

 誰もが勝利を確信し、同時に全員の無事を安堵していた。

 

 しかし香織も立香もマシュも。三人ともこの時こそを恐れるべきだった。

 

 何故ならば…立香が一番恐れていた状況、『ハジメがただ一人で残されている』が今この場には自然と生み出されていたのだから。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

 ーーーふざけるな!ふざけるな!ふざけるなぁあああああああああああああああああ!!!!!

 

 ーーー何でアイツと白崎が一緒に喜んでる!? 何であんなヤツと俺の白崎(・・・・)が!!? 何でだよ、何で!!?

 

 ーーーしかもアンナヤツを地面に埋めるだと!? あの南雲のくせに! 南雲のくせにぃいいいいい!!!!!

 

 ーーー認めない! 認めたくない! 認められるはずがない!! 南雲なんかが俺の白崎と笑いあって、喜び合うなんて!! そんなこと有り得るはずがない!!!

 

 ーーー嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダ嫌イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダゼッタイヤダヤダヤダヤダヤダヤダイヤダヤダイヤダヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダヤダヤダーーー!!!!!?

 

 その男は、既に狂っていた。黒い心を激情で焦がし、炙り続ける。燃え盛るは『嫉妬』という名前の炎。粘ついた視線を『無能』に叩きつけ、歯軋りを起こす。

 

 沸き起こるのは酷く穢れた愛。今、他人に笑っていることを許せないと思うほどに我儘な独占欲。

 

 その何かに『無能』は気がついたようで両腕も上がらない状態で体を震えさせた。

 

 今、『無能』たる南雲ハジメは弱っていた。故に男の脳裏に最悪の決断が下される。

 

 ーーー殺して仕舞えばいい。

 

 ーーー何かきっかけさえあれば。

 

 ーーーこの場でヤツを落とせば。

 

 ーーー俺の白崎は他のヤツに笑わない。

 

 ーーー俺の白崎は俺の元に来るっ!!

 

 そして事態は急変した。

 

 周りが慌てふためいた中、男は舌で唇を舐めて目を血走るまでに見開いた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

『ふむ…つまらぬな』

『主よ。お気に召されませんか?』

『ああ、酷くつまらぬ。犠牲なき冒険譚など山場が無いに等しい。全く…『最弱』ごときが良くやるなぁ』

『それでは、私めがいくらか“分解”を…』

『そういうことではない、ノイントよ。要はあのベヒモスに対する恐怖を、我が玩具には植え付けねばならぬ。でなければ、奴と立ち向かう際に面白みに欠けるであろう?』

『我が主が仰るならば。ではいかにしましょうか』

『我自ら手を加えよう。そうよなぁ…一度倒したと思った怪物でも復活させてやろう』

『ですが一度退けた相手。さらには逃げることも可能な状況では?』

『なあに、実際に殺すのは駒にでもさせておけばいい。…それこそうってつけがいる』

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

(ハジメ! …まさか本当にやってのけたのか!)

 

 今もふらつく親友。しかしハジメの力は今ここで見事に見せつけられた。やっかみをぶつけていた同郷の者達の態度の軟化が立香の目に見て取れた。

 

 それも当然だ。倒した、というわけではないが『無能』と呼ばれていた少年が一人、不敗の魔物を地面に埋めて戦闘不能としたのだ。ベヒモスは未だに脚を使ってもがいているが、逆さに埋まっているため脱出は非常に困難だ。そこから立香もまた警戒を解いていく。

 

 ふと香織が我先に、とハジメの元に寄ろうとする姿が見えた。あまりにも微笑ましい。立香は出歯亀ながら「あとは若い二人に任せておくのじゃ」的にニコニコしていた。割とマシュも同様である。

 

 一部のハジメのクラスメイトが「ああ、感動のシーンですか。チクセウ」的な感じでハジメと香織の行く末を見守っている。特に見れば雫など赤いアーチャーを後ろに顕現させ、二人一緒にハラハラと見守っている。…見るからにどちらもオカンだった。なお物分かりの良くない勇者と脳筋はハテナマークを作りまくっていた。

 

 この戦いはまだ終わっていない。地上に帰るまでには20ほどの階を突破していく必要がある。しかしこれで危機は無くなった。

 

 ーーそう、思っていたのだ。

 

『ーーーー』

「「ーーっ!!?」」

 

 光のような何かがベヒモスを照らし、そして天使の歌声のような言葉が紡がれた。それに立香とマシュは肌を粟立たせた。

 

 そして悪夢のような奇跡が連続して起こる。

 

 まずベヒモスを捕縛する土が自ら意思を持ったようにほどけていく。丁寧に丁寧に。そして幻想的にその光景は作り出される。

 

(ーーなんだこれは?)

 

 次に支えが無くなったことで地面へ叩きつけられるはずだったベヒモスが宙に浮く。ベヒモスが未だにもがくように暴れることから任意で発動させている力では無いと理解できた。

 

(ーーなんなんだ、これは?)

 

 そして宙に浮いているベヒモスに灯る神々しいまでの後光。ベヒモスはその光を受けると、立香が傷つけたいくつもの傷が、ハジメによる土砂の汚れさえも取り除かれていく。まるで元から無かったかのように、全快した。

 

(ーーなんなんだよ、これは!!?)

 

 立香が感じるものの正体。それは神性。他ならぬ神の真意が『魔獣』を再誕させる。それも神の僕として召喚された『使徒』を神敵とするかのように。

 

 神による寵愛をその一身に受けた『魔獣』は今、再び地に降り立った。

 

 そして憤怒の宿った瞳は真っ先に、ハジメへと向けられた。

 

 ハジメとベヒモスの距離は近い。ベヒモスが駆け出せば、すぐにでもハジメが轢き潰されるまでに。

 

 ようやくハジメも死に物狂いで己が体を引きずり、逃げ彷徨う。されどハジメの状態は文字通りの死に体。確実に逃げ切れる前にベヒモスに捉えられる。

 

 人々は魔法を打とうと詠唱を始めるが…遅い。発動できる頃には必ずハジメはベヒモスの生贄となるだろう。

 

 だからーー

 

「ハジメくん!!」

「ハジメぇっ!!!」

 

 香織は走った。あの花火の元で誓った約束、それを違えぬためにも。香織は秘密であった『魔術回路』を火種にハジメの元へと。

 

 立香もまた走った。軋む体などその鋼の魂で無視する。ただもう二度と大切なものを失わないためにも走ることだけを肯定する。

 

 ハジメは立香と香織の叫びを聞いた。そしてその顔に喜色を宿す。魔力により脳に血がろくに回っていないが、ハジメは信念だけで歩みを早める。生きるためだけに、大切とまた笑うためにも。

 

 ベヒモスはその間にも角を白熱に帯びさせ、その四肢をたたら踏む。身を屈め、ただ己の大敵(ハジメ)を殺すための突撃を開始する。

 

(ーー間に合わないっ!! …ならばっ!!)

 

 立香は走ると同時に一滴ほどにもない魔力を練り上げて、ベヒモスに指を向けた。

 

 それは超短文詠唱の、立香が得意とする速攻魔術。

 

「“ガンド”!!」

 

 魔力による塊はベヒモスと立香の間にあった差を一瞬で埋め尽くした。そしてベヒモスが反応できないほどの速度で、ベヒモスの眼球を蹂躙する。

 

『グォオオオオオオオ!!!!!』

 

 轟く咆哮。されど香織も立香も止まることなく前へ、前へ駆け抜ける。ハジメも臆することなく一歩でも、少しでも前へと体を引きずって行く。

 

 そして香織は、ベヒモスよりも先にハジメの元へとたどり着く。腕をめいいっぱいハジメまで伸ばす。ハジメもまた感覚がないはずの腕を信念で上げ、香織の手を取った。

 

「ハジメくん! 行こう!」

「…うん。ありがとう、香織さん」

 

 香織はハジメの腕を引いてベヒモスに背を向ける。明確な対象の『逃げ』に片目を鮮血で溢れさせるベヒモスは突撃を開始する。

 

 しかしその瞬間ベヒモスの動きを多種多様の魔法が阻害した。

 

「野郎ども! 坊主だけにカッコいいところ見せんなぁあ!! 今こそテメェらの勇姿、見せつけろぉおおおお!!!」

「「「はいっ!!」」」

 

 ハジメの横をナイフが、螺旋の焔が、氷が、ハジメを救出するがためにベヒモスへと襲いかかる。ひとたまりもない一斉放射にベヒモスも立つことしかできない。

 

 その間に立香もまたハジメの元へと辿り着く。立香はハジメの空いていた手を掴み、引っ張る。

 

「ハジメ! 白崎さん、俺がもう一方の手引くから合わせて!」

「立香くん…ありがとう」

「ありがとうじゃないよ! ハジメくん、本当に凄かったんだから!」

「でも…心臓に悪かったよ、ハジメ。次はもうちょい余裕持ってやってくれ」

「本当にだよ、ハジメくん! 結果オーライだけど今回ばかりは許さないよ!」

「あははは…ごめんね」

「「全くだ(だよ)!」」

 

 魔法の嵐の中、立香、香織はハジメを支えながら前へと進んでいく。彼らも既に限界を超えた身。それでもなお大切な者のために体を前へと傾け進む。

 

「先輩! 今そちらへ行きます!」

「香織! 待ってなさい! 今すぐいくわ!」

 

 一方でマシュと雫もまたこちらへと駆け出して来る。二人とも焦ってこそいて、恐らくあとで無理をしたことに関して軽く怒られるだろうなぁ、と立香も香織も苦笑いした。

 

 魔法の乱射は未だに続く。ベヒモスを退け、ハジメ達から遠ざける。

 

 その時、立香はある魔法の軌道がふと目に入った。白い炎の弾丸だ。それだけ何かが違うように思えて。

 

(あれ? これだけベヒモスに対してじゃないような…)

 

 立香は気づかなかった。本来の立香ならば気がついたはずの違和感。しかし死力の限りを尽くした立香には、無理な話だった。

 

 そして悲劇は起こる。

 

 炎の弾丸は香織と立香の間、すなわちハジメを穿って吹き飛ばした。

 

 この時、立香の時間は停止した。先ほどまであった手の温もりが幻の如く消える。香織も同様だった。間抜けた顔でハジメが後ろに吹き飛んでいく姿を見ることしかできなかった。

 

 そしてベヒモスは獲物が吹き飛んで来たことを目視した。灼熱の角が轟っと燃え上がる。ベヒモスは鯨波のような魔法をその時だけは無視した。ハジメを狩るためだけに四肢を突き動かす。

 

 ハジメがなけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲う。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

 そして遂に…橋が崩壊を始めた。

 

 度重なる強大な攻撃にさらされ続け、更にはハジメによる“錬成”が橋に耐久度が極端に弱い箇所を作り上げていた。

 

 結果、石造りの橋は遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

 そしてハジメにはもはや力は残ってはいなかった。なされるがままに、重力にしたがって落下して行く。

 

「ハジメぇえーーーー!!!」

「先輩! 落ち着いてください! このままでは先輩さえも!」

 

 千切れんほどの絶叫と共に立香は落ちて行くハジメに手をかざす。小さくなって行くハジメを追いかけようとするが、マシュに止められる。

 

 マシュ自身もハジメの落下に顔をしかめたが、それ以上に立香の命を優先してくれている。立香は少し冷静になるものの、崩れた橋の方を眺め、己を責めることをやめられなかった。IFなど考えても仕方がないのは分かっているが、それでもやめられなかった。

 

「ハジメくん!! 離して! 離して、雫ちゃん! ハジメくんが!」

「離さないわよ! もし離したら…香織が死んじゃうでしょ!」

 

 同時に香織もまた雫により捕らえられていた。香織はもがく。涙を流しながら必死にハジメを助けようと。

 

「約束したの! 絶対に守るって! 私がハジメくんを守るって言ったの! だから…」

「すまんが、少し眠っていてもらうぞ」

 

 未だに奈落へと落ちようと、ハジメを助けに向かおうとする香織。だが辿り着いたメルドの手刀により、気を失った。元々気絶していない時点で香織はおかしかったのだ。手刀に耐えられる道理はない。

 

 メルドは肩に香織を担ぐと申し訳無さそうに立香を見る。それにどれだけの思いが込められていたのか、立香には推量れなかった。

 

「…帰るぞ、お前ら。坊主のことは、ここにいる全員で帰ってから考えるぞ」

「「「……」」」

 

 一度自分たちを救ってくれた『無能』の落ちた先、奈落。それを眺める『使徒』達はそれぞれの思いを抱きながら、それでもメルドについて行く。

 

「…ハジメ」

 

 立香もまた奈落を呆然と眺めると、メルドについていった。立香の目的はあくまでも『転成者』を地球へと返し、人理の乱れを直すこと。

 

 だから今回も立香は…悔やみながら前に進むことしかできなかった。




んなわけでエヒトさんちょこっと登場です。
いや〜、最初は出てくるはずじゃなかったんだけどなー。
人生って本当に斜め上ね!

それはともかく『ありふれゼロ小説二巻』、めちゃくちゃ遅いですが買いました!
…なぜ遅れたかって?
もちろん財布が寒いからに決まってるじゃないかwwww

いやー、明日学校で読むの楽しみね♡


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信じる強さ、立ち上がる強さ

今回相当短め。特に前と比べたら三分の1近く少ない。
その辺り悪しからず♡


 立香の人生は沢山の人々を救い出してきた。人理を二度救ったことはもちろん、見ず知らずの死の運命にある人達の手を取っていった。まさしく立香の進んでいった軌跡は英雄のそれと言っても遜色ない。

 

 しかし立香はそれでも満足することは無かった。立香は常に己を責め、嘆く。

 

 ーー何故、見捨てたんだ!

 

 悲痛を嘆き消えていく少女の死を見た。

 立香を助け、散っていく英霊達を見た。

 罪もなく蹂躙された一般人を見た。

 狂気により殺された己の親を見た。

 己が壊した世界の果てを見た。

 自分を庇い、心臓を貫かれた天才を見た。

 愛しい人の死を一度見せられた。

 そしてーーこの世界から存在を抹消した英雄の姿を見た。

 

 だから立香は己を許すことは、ない。何度も悔やんでは弱音を吐いて、それでも死んでいった人々が正しかったと自分に思わせるために歩いていた。次こそは誰も取りこぼさないために、同じ失敗を繰り返さないためにも。

 

 だが今回も立香は嘆くこととなった。

 

「……ハジメ」

 

 迷宮での決死行から一週間の時が経った。寝台に横になり、立香は己の半開きになった掌を延々と眺めていた。

 

 その手は世界で唯一の親友をその手から溢したのだ。手放したのだ。

 

「…畜生っ! 何で、何でだよ…」

 

 泣き言を呟きながら、立香は布団の中でくるまった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

「おはようございます。立香さん」

「あの時はありがとうございました、藤丸さん」

「藤丸さん。…私たち帰れるんですか?」

「立香さん」「藤丸さん」「藤丸さん」「藤丸さん」……

 

 そこはハイヒリ王国、王城の廊下。立香が歩いている『使徒』と呼ばれる男女はいずれも立香に挨拶をする。誰もが輝いた瞳でこちらを見る。そこには嘆願も含まれていた。

 

 立香は迷宮での死闘を終えると治療という名目で立香を城へと運び込んだ。実際には立香ほどの戦力を見過ごせなかった、という打算もあっただろうがメルドは少なからず恩義を感じた上で立香を連れて帰ってきた。

 

 その経緯で立香の正体はある程度、『使徒』達にはバラしてある。彼らに隠すようなことでも無ければ、そちらの方が協力してもらえると思ったからだ。結果、『使徒』達の大半はすっかり立香に甘えるようになってしまったのだが…

 

 また一週間ほども休むと『英霊憑依』の魔術による負担完全と言ってもいいほどに無くなり、後遺症もほぼありはしない。

 

 しかし立香の体は思いの外、重かった。

 

 きっとそれはまだ心の中で大切(ハジメ)との記憶が、あの時の楽しかった感情が込み上げてくるからだ。きっといつものように時間が経てば、忘れられる記憶だ。

 

(そうだ…ハジメのことは、忘れろ。俺の使命はより多くでも『使徒』を助けることだ。…だから忘れろ!)

 

 立香は必死に言い聞かせた。自分に。いつものようにハジメを悔やむべき『過去』とするために。

 

「…先輩」

 

 だから隣にいるマシュの、立香を心配する顔には気がつかないふりをした。

 

 そして立香は自らの心を殺して、今にも恐怖に呑まれそうな『使徒』達に言った。

 

「大丈夫、俺がなんとかしてみせるから」

 

 立香のその時の顔は普通に笑っているようではあったが、隣のマシュだけは立香の顔にどこか悲しげにしていた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーマシュside

 

「香織さん…大丈夫ですか?」

 

 マシュがいるのは香織の寝室だ。もっとも今、その部屋は香織の病室となっていると言ってもいい。一週間の無理がたたった結果だ。魔術回路は死んではいないが、それでも酷使されたことで身体中が蝕まれていた。

 

 立香が宝具を使ってまで治療したことでもうすぐすれば元どおりになれるだろう。事実、香織の顔の血色は元どおりになっており、魔法も魔術も元どおりに使えるらしい。

 

 だがマシュが聞いているのはそんなことではない。ハジメのことについてだ。

 

 香織は数日前、目覚めた時にハジメが奈落に落ち、行方不明になったと聞かされている。その時、香織の精神は一気に溢れ出た。ハジメの死を認めないように叫び、泣いて、自分を責めて、心を壊しかけた。立香の“白き聖杯よ、謳え(ソング・オブ・グレイル)”が無ければ本当に、そうなっていただろう。

 

 今の香織はその現実を認めている。だが認めたからと言って平静でいられているわけではない。香織は静かにしている今も唇から血が滴るまでに怒り狂っている。

 

 マシュは思った。立香にとっても香織にとっても、この死は平静でいられるものではなかったのだと。

 

 マシュにとってはハジメは友人(香織)の想い人という認識。仲良く、ハジメが死んだ時もショックではあった。しかしあの時落ちかけていた立香を思えば「それよりはマシだ」とどうしても思えてしまった。

 

 しかし立香と香織は違う。二人にとっては完全な『大切』。失った時の心の傷は決して浅くなど無い。特に香織など比較にならないほどにそれは深いだろう。ハジメは香織にとっての揺るぎない『特別』だったのだから。

 

 勇者は「強くなって南雲が良かったと思えるぐらい人々を救おう!」などと香織に言っていたが…。マシュはあの時は全力で勇者にドン引きし、部屋から全力で追い出し、ついでに小盛りの塩を扉の前に置いた。地味に勇者は傷ついていたりもする。

 

 マシュは出来ることならば香織の力になりたいと、そう思っている。つい最近まで香織はただの一般人。今回の一件は耐えられるような半端なものでは無い。実際にクラスメイトは全員が死の危険を案じ、中には戦場から離れる者まで出てきた。エミヤに魅入られるほどの精神力はあったとしても立香ほどでは無い。

 

 だからマシュはきっと香織も他の『使徒』と同じように苦しんでいるのだろう、とそう思い尋ねた。

 

 だが帰ってきた答えは、マシュの予想を見事に覆すものだった。

 

「ーー死んで無いよ」

「…え?」

 

 マシュは思わず香織の答えに驚いていた。マシュが考えていた言葉と違ったというのもあっただろう。しかしマシュは香織の言葉のあまりもの意思の強さに驚きを隠せなかった。

 

「ハジメくんは…絶対に死んで無いよ。だって、誰よりもハジメくんは強いんだから」

 

 そうだ。香織がハジメを意識したのは誰よりも強靭な鋼の精神があったからだ。折れず、それでも美しいハジメの優しさがあったからだ。

 

 奈落に落ちたから死んだ? ふざけるな。きっとハジメは生きている。その強靭な心で運命さえもねじ伏せている。香織の目にはそんな確信があった。

 

 マシュは香織の強さに驚くと、香織の強さを見くびっていた自分を恥じた。香織もまた先輩と同じく『強い人』であるのだと。

 

 だからマシュは香織の手に己の手を重ね、笑ってみせた。

 

「そうですね。南雲さんなら…ええ、きっとそうかと」

 

 マシュもまた信じる。ハジメの強さを。あの時誰よりも前に立ってみせた『最弱の英雄』たるその背中を。

 

 そして二人の女子は確信する。きっとハジメは大丈夫なのだと。

 

 部屋の向こう側にいる誰かも、二人の言葉に少し笑って。そして新たな決意をここに立ててみせた。

 

「…待ってろよ、ハジメ!」

 

この時少年は初めて、失敗を『過去』から奪い返すために動き始めた。




次かその次かあたりで序章ラストです。

思ったよりも序章長くて私びっくり…ホンマはこんな長くなる記憶なこうたんよ…
何故、これほど伸びたのか…
それは神のみぞ、知る。

それはともかく立香はこちらでは相当までに自分を押し殺す性格でした。ロマ二やオルガマリーを過去の人とし、それらを後悔してまた戦う。相当なクレージー野郎ですな。

でも立香はここで変わります。この話がある意味立香にとってのターニングポイントなのかもしれません。
次回もお楽しみに〜♡


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カルデアの意思

…すげぇタイトルがありふれた原作の何処かで見たような感じに…。
でもこれ以外になかったんよ、許せ。

さて、多分次でラスト! 作者ちゃん頑張っちゃうぞ〜♡


 ーー香織side

 

 香織はマシュと話し終わったあと、ひっそりと魔術回路を開いていた。今にも溢れ出そうな感情を抑えるためだ。

 

(早く…早くハジメくんを助けにっ!!)

 

 あの日約束した言葉を、あのマフラーに誓った約束を香織は絶対に守るため。まだ酷使していい体ではないのは分かっている。だが香織はこうでもしなければ今すぐにでも『オルクス迷宮』へと一人でも行きかねない。

 

 だからこれは香織にとって必要なことだ。体が万全になるまで休むためにも。

 

 香織は信じている。例え周りの人々が失意に沈んでいたとしても、光輝が香織だけの心配のためハジメの死を悲しんでいたとしても。

 

 だがマシュは香織と同じ意思をしていた。雫でも詰まらせた言葉を唯一言ってくれた。香織にとってはそれは兎も角ありがたかった。どこか救われたような気もした。

 

(だから…待ってて、ハジメくん!!)

 

 そうして己の魔術回路を確認し、魔力をコントロールする途中。ふと香織のベッドの脇の方に置いてあった封筒を見つけた。

 

 いつから置いてあったのか気になったものの自分宛のものだったため香織は封を切り、封筒の中を探った。封筒の中には一通の手紙と一枚の銀盤が入っていた。

 

 手紙の内容は以下のものだった。

 

 ーー今日、白崎さんに話したいことがある。この封筒に挟んである魔道具を使って俺の部屋まで来てくれーー

 

 手紙の送り主は立香だった。伝えてあることは簡素で、まるで告白の文みたくなっている。立香はそんなこと一切考えず書いただろうが、隣にいたマシュは「先輩…下手すれば誤解を招きますよ」と嘆いていたに違いない。

 

 ただ天然を地でいく香織はそんな思考をしない。むしろその内容の真意に気がついた。

 

(まさか…ハジメくんのこと!?)

 

 そう思うと居ても立っても居られなかった。香織は銀盤型の魔道具を発動させると、扉を開け駆け出した。後にクラスメイトが香織がいなくなったと大騒ぎすることになるのだが、香織には知らない話だった。

 

 銀盤の魔道具は誰にも香織の動きを察させることなく立香の部屋の前まで導いた。銀盤には“認識阻害”が働いており、下手なものでは気がつくことすらない。今の勇者一行では看破することなど無理な話である。

 

 意を決した様子の香織は扉をコツコツと叩いた。すると「入って」とだけ簡素な答えが返ってくる。香織は迷うことなく扉を押し開けた。

 

「待っていた、白崎さん」

 

 奥にいたのは椅子に座っている立香とマシュ。立香は香織の席を引き、香織の近くに寄せてくれた。立香がモテる理由、少しは分かったような気がした香織であった。

 

 そして香織が席に座ると立香が魔術を部屋にかけた。どうやら防音の魔術らしく、声が外に漏れないようにしたらしい。

 

 立香はそれだけして周りに人がいないことも確認する。そしてようやく話が始まるのかと思った。だがその前に第四者の声が部屋に木霊した。

 

『ーーハロー! 相当遅れたが天才ダヴィンチちゃん、ここに登場だぜ!』

 

 少し暗かった雰囲気が全て吹き飛ばされるレベルの台無し感、ここに極まれり。立香やマシュも苦笑いしていた。

 

 とりあえず香織は困惑し、言った。

 

「…誰?」

 

 それはものすごーく、ごもっともな質問であった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 今から話を始めようと立香が思った時、そして立香にとっては素晴らしいタイミングで通信が繋がった。

 

『お、そこにいる黒髪の子が香織ちゃんかな? ずっとボイスだけだから脳内再生するしか無かったが…創作意欲湧いてきたや』

「ダヴィンチちゃん、自重して。今ものすごーく大切な話始まるところだから!」

「というかダヴィンチちゃん! 今までこちら側の情報は音声で手に入っていたのですか!?」

『おおともさ! 受信だけは音声だけならば可能だったのさ。流石に完全に通信を繋げるまでは大変だったが…何とかなるものだぜ!』

「流石はダヴィンチちゃんです。…ですが、今は香織さんとの話を優先したいと思うのですが…」

 

 どうやらこちらの情報や状況は音声を通して伝わっていたらしい。それだけでどれだけ話がスムーズになるか、ありがたかった。

 

 ダヴィンチの声を何とか静止しようとするマシュを片手で止めて、ダヴィンチに立香は聞いた。

 

「ダヴィンチちゃん。音声で今までの情報が入ってたっていうなら…ハジメの情報も入ってるよね?」

『君たちがよく話してたからね。もちろん入ってきているとも。…彼がどうしたんだい?』

 

 一部声が詰まっていたのはダヴィンチがハジメの奈落への落下を知っているためだろう。少し言いずらそうにしていた。

 

 だがそれならば好都合だと立香は、頭を下げた。

 

「お願いします…今から俺は。カルデアを、カルデアの意思を、裏切ります」

 

 それは懇願だった。同時に立香の、『人理の救世主』としての立場ではあってはならないことだと理解した上での願い。だから立香は自分を手助けてくれるカルデアに謝罪の言葉を送った。

 

 その言葉に向こう側で反応したのは、ムジーク局長だった。

 

『藤丸立香…まさか貴様、その南雲ハジメと言ったか? そいつを助ける気なのか?』

「…局長、すみません。俺は、助けたいんです」

『貴様はっ! …ダメだ! それでは幹部としての示しがつかんだろう! 貴様はカルデアの代表として、そこにいるのだぞ!』

 

 ムジークの言うことは、最もだった。『人理を救う』、その意味は非常に大きい。そしてもちろん、カルデアという組織もそれほどまでに意味合いとしても大きい。

 

 だからこそ立香の言葉は裏切りだ。人理の全てに背いてまで、いるかも分からない誰かを救おうとしているのだ。愚者と言われようと仕方がない道なのだ。

 

 だが立香もそれを分かった上での言葉だ。無責任に、何の覚悟もなく言ったわけではない。

 

「もう…『大切』を失うのは嫌なんだ!!」

『ーーーーー』

「今まで必死に言い訳してきた! 自分が無力だって、ずっと責めてきた! 苦しかった! 泣きたかった! 何でみんな置いていくんだって、喚きたかった!」

 

 それはあまりにも若く、世界を救った者の心の中だった。全ての弱音を今立香は吐露していた。心に鋼の鍵をつけ、今まで漏らさないようにしていた、立香の本心だった。

 

 立香のことを詳しく知らない香織ですら胸が締め付けられた。立香の言葉はそれほどに重く、苦しげだった。

 

「でも…それでも彼らが死んだことを無意味にしないために戦ってきた! それが自分の責務なんだって、納得してきた!」

 

 そう少年は戦い続けた。自分を無理矢理頷かせ、屍を超えて戦ってきた。何度も心に鎖を巻き、必死に言い聞かせてきた。それが己の罪の償いなのだと。

 

「だけど今回は…希望がある! まだハジメは死んでない! アイツはまだ、死んでなんかいない!」

 

 立香は見た。ハジメが奈落に落ちた日の出来事を。

 

 誰よりも現実を見て、誰よりも必死に足掻き、誰よりも勇ましく前に立ってみせた。

 

 立香にとってはそれが親友として誇らしく、そしてハジメに英雄の姿を幻視した瞬間だった。

 

 そしてそんな『最弱』の英雄ならば、きっと今でも戦っている。きっと折れることなく、生存を望み戦う。

 

 それが立香には眼に映るように感じられた。

 

「だから。…どうか俺に、チャンスをくださいっ!!」

 

 立香は心の中を全て吐き出した。あとはムジークが納得するかどうかにかかっていた。

 

 ムジークはなにかを言おうとし、そしてマシュに遮られた。

 

「私からも、お願いします! 先輩に出来た新たな『大切』を、見捨てたくはありません!」

『……』

 

 ムジークはしばらく黙り込んだ。瞑目し、葛藤していた。

 

 やがてムジークは局長として、判断を下した。

 

『…却下だ。『使徒』全員を見捨て、一人だけを助けにいくなど許されるわけにはいかん』

「……っ。……はい」

 

 立香は拳を握る。爪が食い込むほどに強く。

 

 マシュは叫ぼうとした。ムジークに向かって。しかし立香が腕を引き、首を振った。

 

 香織もまた顔に陰りを見せた。同時にやはり一人で行くしかないのか、と振り出しの思考に戻る。

 

 ムジークはそんな三人の反応をあえて見ないかなように、この後の立香達の行動について話し始めた。

 

『…ではまず藤丸立香。お前は『使徒』達の保護とともに帰還方法を探す必要がある。この帰還方法、貴様には何か意見は無いか?』

「…いいえ。知りません」

『よろしい。ではこちらの作戦で行くとしよう』

 

 立香は再び心を鎖で繋ぎとめようとした。自分は『人理の救世主』であらねばならないのだ、と認識を改める。そしてハジメを『過去』とし、己の罪の一つとカウントした。

 

 マシュが今にも泣きそうな顔となり、香織が険しい顔となっていた。ムジークは作戦を簡潔に伝えた。

 

『オルクス大迷宮を、攻略せよ』

「…え?」

 

 それはつい先ほど救うのを却下された少年が落ちた場所。先ほど行くことを否定されたはずの場所。それなのに何故、と立香は心の鎖の締めを緩めた。

 

『よく聞け。そちらの世界にはどういうわけか…聖杯に近い存在が7つある』

「っ!!?」

 

 聖杯ーーそれは立香達が戦ってきた『特異点』、『異聞帯』を作り上げた聖遺物。これにより本来あるはずのない歴史を作り出し、人類史は滅亡へと追いやられていた。

 

 だが聖杯など地球にしかないはずのものであり、異世界とはいえそんなものが存在するはずがない。だが願望機があるということはすなわち…

 

『すなわちその聖杯もどきを7つも集めれば、『使徒』の帰還に使えるやも知れん。本当にどういうわけか知らんがな。そんなわけだ藤丸立香。まずは一番聖杯が近くにあるオルクス大迷宮を攻略してこい』

「え? は、はい」

『あと…その…なんだ…。もし余裕があるのであれば…南雲ハジメも助け出して構わん。あくまでもメインのミッションはオルクス大迷宮の攻略だぞ! その辺りを考えてから行け!』

 

 要はムジークはこう言いたいのだ。

 

 ーー御託はいい。いつもの如く手を伸ばし、助け出してこい!、と。

 

 見ればムジークの目の下には隈が有り得ないほど濃く、くっきりと出ていた。いったいどれだけ寝なかったのだろうか。

 

 きっと探し出していたのだろう。立香が正統的に迷宮へと行き、ハジメを助け出せるための方法を。

 

 心の中の鎖が音を立てて崩れていったような気がした。心に住み着いていた何かが消えていったような気がした。誰かが背中を押してくれたような、そんな気がした。

 

 憑き物が晴れたような顔で、立香は笑う。そして言い切った。

 

「了解です、局長! ミッションを果たして来ます!」

 

 その言葉に立香の周りにいる少女達も、画面の向こうにいるカルデアのみんなも、そして最愛の恋人も、みんなが破顔した。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーカルデアside

 

「それにしても、まー局長殿は形式を大切にするね〜」

「う、うるさい。技術顧問! それよりもきちんとあちらでの『知名度補正の弱体化』、それに対する対策は出来たんだろうな!」

「ああ、バッチリだ! 立香くんが今から呼ぶ英霊達は全員、こちらで活動するぐらいのレベルで戦えるぜ!」

「…流石は天才だな。仕事が早い」

「それよりも君、きちんと寝たらどうだい? ここ最近、ずっと建前探して寝てなかったじゃないか」

 

 ダヴィンチの言ったことは事実である。送られてくる情報を全て飽くことなく分析し続け、ついに見つけ出したのが今回立香に言ったことだ。正直、もうムジークの活動は限界と言えた。

 

「建前などではない! それも目的の一つだ!」

「でも…立香くんが助けに行って欲しいと願ったのも、また事実だろう?」

 

 ダヴィンチは見透かしたようにムジークに言った。ムジークは「うぐっ!」と呻くと一拍、溜息を吐いて言った。

 

「…無理があるだろう。私だってあの時、助けられたのだ。奴の優しさにな。奴の言葉を、覚悟を無視するわけにはいかんだろう」

「ふふっ。そうだったね。君は…いや、世界の人々は彼の優しさと勇気で助けられたんだからね」

「そうだとも。…それにな」

「? なんだい。まだ何かあるのかい?」

 

 ムジークはどこか染み染みと、少し嬉しそうに言った。

 

「奴が泣き言を言ってまで助けを乞うたのだ。…答えないわけには、いかんだろうよ。大人としては、な」

 

 ダヴィンチもまた、その言葉に深く頷く。

 

「ああ。彼はずっと…自分を殺し続けていたからね。ようやく彼を解放できた、そんな気分だね」

 

 ムジークとダヴィンチ。二人の幹部が言った言葉は立香を深く、優しく思っての言葉だった。

 

 そんな二人の幹部の言葉に、カルデアの全員もまた思いを馳せた。




…局長ってさ、いいヒロインしてるよね。

というかやはりムジークさんは時にはやる男だと思ってる、信じてる。
ちょこちょこポンコツだけど…そこがいい!
これからもちょくちょく…出てくるかなぁ(?)


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本当の召喚

まず謝罪を。
ごめんなさい、次で本当に序章完です。
本当は今回で終わらせる気だったんだよ!
ただ…思った以上に同じ話で入れづらかったんですよね〜。
ごめんねごめんねー。
+タイトルも変更、ミスりました。
さーせん!


 ーー香織side

 

 その後、色々情報を交換して通信は一度切れた。

 

「それじゃ、ダヴィンチちゃん達と話も終わったから…これからのことについて話したいと思う。まずーー」

「待ってくれないかな!」

 

 それはつまり、オルクス迷宮に潜ることについての話だろう。香織は唾を飲み込んだ。そして覚悟を決めると、話を続けようとする立香の言葉を遮り、口を開いた。

 

 それは香織が立香が自分に言おうとしていることを察したからだ。

 

「私は、藤丸くん達について行きたいと思ってる」

「香織さん…」

「だって…約束したから。藤丸くん達に任せて自分だけここにいるなんて…我慢できないよ」

 

 そう、香織はあの日誓った。それは香織の中での絶対の理。たとえこの中で香織が無力であったとしても、それでもと思ってしまう。

 

「どうか…お願いします。私を一緒に連れて行ってください」

「先輩…」

 

 マシュが立香に視線を向けた。それは複雑な感情を孕んだと同時に、全ての判断を立香に任せたもの。香織の感情も、今の状況もどちらも理解できるが故の判断であった。

 

 立香はマシュに視線で答え、すぐに香織に答えを言った。

 

「…ごめん。そればかりは無理だ」

「…どうしてか聞いていい、かな?」

 

 立香は香織の覚悟を無下にしたことを謝った。香織の気持ちが痛いほどに理解できる立香。しかしそれでも判断は変わらなかった。

 

 香織は立香に尋ねた。もしかするとそれは、香織なりの一つの儀式なのかもしれない。立香は頷いた。

 

「一つ目としては、オルクス迷宮を攻略するには…白崎さんの実力は、酷く低い。所長からの情報をアテにするなら…ベヒモスで手こずってはいられないから」

「……」

「二つ目は、『使徒』の監視を白崎さんとエミヤにお願いしたいから」

「…えっ?」

 

 香織が目を点にした。それは香織と一緒に『使徒』の監視を担う人物に、想定外の人間がいたためだろう。

 

「エミヤは『簡易召喚』で呼び出す。“念話”で情報交換をしつつ、いざという時に『使徒』を守れる人間が欲しいからね。更に白崎さんの実力を上げるためにも、ね」

「…私は、こっちで強くなれるんだね」

「うん。いつかハジメをここに連れて帰るから。その時ハジメを確実に守れるように…そしてハジメが帰ってくる場所を作るためにも、お願いしたい。…ダメかな?」

「ううん! 守る! 雫ちゃん達もハジメくんも守れるように! 私、頑張るよ!」

 

 香織の全身が一気に炎が灯ったような、そんな感覚が宿る。あの日守れなかった約束を、次こそは守れるようにするためここに決意を新たにした。

 

 そして次こそは、手放さないようにするために。香織は手放してしまった右手をグッと胸に置いた。

 

 それに納得したような様子を見せる立香。次には香織の予想だにしないような言葉を言ってみせた。

 

「そっか。それじゃ、とりあえず『本物』の英霊召喚、見せてあげるね」

「…え?」

 

 そして立香は右腕の袖を捲り上げ、魔術回路を晒した。

 

 立香は次に詠唱を謳った。ただ請うように輝く腕を天へと突き刺して、言の葉を紡いでいく。その有様は正に、星に願うかのようだった。

 

「今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来たれ覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は赤雷を纏う者、王の後ろを歩む者。又汝は戦いに生きし者、神を殺せし者。叛逆者と影の女王は抑止の輪より今ここにっ!」

 

 魔術回路は歌に乗せて呼応する。だが今回はレベルが違う。香織にはそう思えた。

 

「ーー素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師アニムスフィア。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」

 

 以前にも聞いたことのある詠唱。ただし異なる点が二つ存在する。

 

 一つは腕から放たれる魔力の光の強さ。あまりにも強すぎる光は部屋を光で満たしていた。何の準備もしていなければ「目がぁ!! 目がぁあ!!!」と叫ぶ結果となっただろう。

 

 二つ目は煌々と輝く魔法陣の数が二つ(・・)あること。そのどちらもがエミヤが呼ばれた時と同様のレベルの精密さを持っていた。

 

「ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 やがていくつもの光玉は人の形を作り出す。風がそよぐ。それはこれから現れる者達の力の顕現。

 

 香織は立香の詠唱を見守りながらダヴィンチと立香の会話を思い出していた。もっとも初心者の香織にはまだついていけない話だったが。

 

 

『さて、そちらでは深刻な知名度補正の弱体化が起きているはずだ。しかも世界の法則性さえも違う。正直そちらにある聖杯もどきの力と立香くんの魔術回路が無ければ、英霊から力を借りることさえも無理なレベルだ』

「うん。…もしかしてダヴィンチちゃん!? もう…」

「まさかダヴィンチちゃん…こんな短時間で…」

『ビンゴだ、二人とも! 私はそちらでの知名度補正の弱体化に対する対策法を生み出した!!』

「「流石ダヴィンチちゃん!! 天才か!?」」

『ふっふ〜。褒めてくれたまえ、褒めてくれたまえ!』

『ダヴィンチ! 早く説明をせんか! 南雲ハジメとやらの命が…ごほん! ミッションの達成は早い方がよいのだぞ!!』

『ああ、そうだったね。私としたことが失念していたようだ…。さて、これに関しては立香くんの魔術回路を利用したものだ』

「俺の? 利用したところであまり意味はなさそうだけど?」

『ところがどっこい! さっきも言ったろ? 立香くんの魔術回路が無ければ既に『英霊召喚』なんてシステム、そっちじゃ破綻してるって』

「つまり…先輩の魔術回路が知名度補正をサーヴァントの皆様に掛けていたというのですか!?」

素晴らしい(Excellent)!! 理解が早くて何よりだ。そう私達は立香くんの魔術回路を解析、そして回路にあった知名度補正のシステムをまるっといただいたのさ!』

 

 言葉にするは易し、行うは難し。簡単に言ってのけるが通信状態が曖昧なのに立香の魔術回路を解析し、その上でシステムを再現するなど…カルデアの技術者達には驚かされてばかりだ。

 

『そんなわけで立香くんを起点として周囲1キロメートルまでは知名度補正が付くようになった。ま、サーヴァントが立香くんからそこまで離れることなんて滅多にないだろうが…』

 

 

 そして立香はついに…本来の『召喚』を実行した!

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 瞬間、人型の光が弾けて空間にヒビが入るのではと錯覚するほどの轟きが発生する。それは英霊が持つ武威によるもの。香織は本来の英霊(サーヴァント)の威厳に目を剥いた。

 

 そして現れた陰は、二人。

 

 一人は白と赤の鎧を全身に纏った騎士。明らかに人間がつけては体が動かせないような過重量の大鉄塊。また地面に突き立てる剣もまたその騎士が持つ超弩級の強さを感じさせるものだった。

 

 もう一人はなんというか…全身黒タイツとしか形容のしようが無い女。赤がかった腰まで伸びる髪としなやかなスタイルは非常に扇情的で、それでも底知れない武威があった。獲物として携える槍は人の等身大並みの大きさがある。

 

「…すごい」

 

 それは香織の口から自然と漏れたものだった。たしかに立香が自分のことを『戦力外』だと断じたのも理解できた。てっきり立香と同レベルの力の持ち主が現れると思っていたが、結果は想定外。

 

 すると騎士の鎧が、消えた。そして中にいた人の輪郭が露わになる。騎士の姿は…本当に最低限だった。下半身はまだいいだろう。所々危うい気がしなくもないが露出はそこまでない。

 

 しかし上半身は、圧倒的にアウトだった。隠してあるのが胸と腕全体、あとチョーカーのようなものだけ。しかも胸も本当に大事な場所しか隠していない。ヘソなど丸見えだ。

 

「…これ、いいの?」

 

 思わずボヤいてしまう香織。だが二人は立香の方を見ると喜色を顔に表し、そして高らかに宣言した。

 

「我が名はモードレッド! …テメェはおっせぇんだよ!! お陰でテメェの代わりに偉そうにしてきた木偶の坊ども、全員ぶちのめしたんだぞ!!」

「影の国よりまかりこした。スカサハだ。…そこの男女の言う通りだ。全く、遅いぞマスター。あのような軟弱者どもを寄越すなど…聞いて呆れるわ。貴様のしている百分の一で音を上げるのだ。説教するのすらバカらしい」

 

 二人とも物騒なことを言いつつも、立香との再会を喜んだ。そう、特にモードレッドなど死人出てね?的なことをサラッと言った。香織的には気になることが多過ぎる! 正直只今、絶賛混乱中である!

 

 だがそんな香織には息をつく間すら与えられない。なぜならばベヒモスが稚拙に思えるような殺気が吹き荒れたからだ。

 

「お? スカサハ? 前言ったよなぁ? 女つったら殺すってよ。テメェ喧嘩売ってんのか、オラ?」

「…ハッ」

「鼻で笑ったか? 笑ったな? よぉし、表出ろ! 一騎打ちだ!」

「よかろう。腕試しとなれば、応えぬわけには行かぬな」

 

 すらっと軽く喧嘩ムードが始まるが、その殺気は非常に濃密。物理的な効果すら錯覚させるほどの威圧。ベヒモス? あんなものこの二人に比べれば生温い。せめて十頭連れてこればまだ片方の半分ぐらいには届くかも、そんなレベルだ。

 

 一瞬、香織は余波のそれで気を失いそうになる。慌ててマシュも止めようとしたが、何とか香織は持ちこたえた。二人を直視しながらも意識を保つ香織。きっと強くなると決めた覚悟が香織を支えているのだろう。

 

 マシュがそんな香織の成長を内心、素晴らしく喜んでいたその時。なんと立香が英霊同士の殺意空間に入っていくではないか。流石の香織もこれには唖然。そして何とか止めようとしたその時。

 

「モードレッド、スカサハ。とりあえずステイ! ごめんだけど、喧嘩は後で! ダヴィンチちゃんから話は聞いてるよね? お願いしていい?」

「お? マスターか。構わねぇぜ? 俺はなんつってもお前の剣だって決めてるからな!」

「良いだろう。…ところでその『おるくす』と言ったか? 手応えのありそうなのはいるのか?」

 

 立香の軽い一言で二人の殺意は嘘のように霧散した。マシュこそ慣れているが、香織は例外。「藤丸くんって何者!?」的な感じで立香を凝視していた。

 

 一方でマシュは立香の別の点が気になったようだ。立香の頰をツンツンとして、ある事を尋ねた。

 

「あのー、先輩。付かぬ事かと思われるのですが…なぜ先輩が付き合っている方々を召喚されなかったのですか? …最悪「また他のサーヴァントと浮気してる!」とされて先輩が殺される可能性があるような気がするのですが…」

「あー、そういや黒い父上も馬に乗ってる父上も帽子かぶってる父上も全員キレてたぞ? …ありゃあ怖かった。特に黒い父上なんて更にオルタ化しそうな勢いだったぞ?」

「…そういえばもう一人の私が「次会った時、アヤツマジコロス」と言っておったぞ? ちゃんともう一人の私のためにアイスは大量に買っておけ」

「あはははは。よかった〜。愛想尽かされてないみたいで」

「「「なんでそんな呑気なんですか(なんだよ)(なのだ)!!?」」」

 

 なお話を聞けば立香ブライズの他、立香に懐いている子供達、王様ズが比較的ヤベー奴になっているらしい。それこそプロフェッサーMがビビって出てこなくなるレベルには。

 

 そんなピンチな状態なのに、何故また嫁達の腹を立たせるようなことをするのか。理由は割と単純だった。

 

「ハジメを助けるために向かうのに…説得に時間かかりそうだったので。なのですぐに説得できそう、かつこっちの世界でもすぐに動けそうな二人を選んだんだよね」

「「「なるほど」」」

 

 今度は全員納得していた。

 

 というか香織的には「父上」とか「もう一人の私」と気になるワードがいくつかあったが…気にしないことにした。そして立香から少し離れた。別に色魔だとか同性愛を気にしているわけではない。ないったらないのだ。

 

 だがそんな視線をさらっと無視してしまった立香は『使徒』達にその旨を伝えることを決定し、そして全員に中庭に集まるように指示する手紙をしたためるのであった。




さて…納得してもらえました? 知名度補正のシステム?
…まあ、軽く読んでくれるレベルがありがたいのですが。
作者の知能ではこれが限界! つーか無理っ!!

んなわけでこれで納得してくだちぃ!!


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宣言

どうも、ようやく終わりました序章!
まずはご覧ください! どうぞ!


 ーー立香side

 

 立香の手紙により中庭には全ての『使徒』が集まっていた。ただ『使徒』というにはあまりにも立香に縋るような目線を送っているのだが。つまりは立香が帰還の方法を見つけたのでは!?といった希望を孕んだものだ。

 

 そんな他人任せな視線に対し、立香の脳内には声が響き渡っていた。犯人は、霊体化しているモードレッドとスカサハ。そしてマシュだった。

 

『なんだこいつら!? いーち、にー、さーん…数えてもキリがねぇぐらいに軟弱者ばっかじゃねぇか!!? 大丈夫か、コイツら!? 『使徒』なんて大層な名前でいいのか、コイツら!?』

『…しかもあの無駄にキラキラしておるのがここのリーダーであろう? …カオリとやらの方が先導者として相応しいぞ? アレの何処が…いや、冗談なく何処に先導者としての才覚があるのだ? 全くわからん』

『お二人とも、とりあえず落ち着いてください! つい最近まで一般人だった人々です。いきなり戦士となれと言えども無理があるのでは?』

『『いーや、アレはない。特にあのキラキラはない』』

 

 たしかにこの『使徒』達は今、戦士としての才覚が一切ない。それは『南雲ハジメ』という人間により明確な『死』を理解したこと、そして立香という希望が出てきてしまったことにある。

 

 また光輝は光輝でハジメがいなくなって以来、更に自己中心的な考えが極まりつつある。光輝の独りよがりな発言で心折られている人間も少なくはない。

 

 そんな彼らの視線を一斉に浴びる中、立香はこれから自分がする行動を一つ一つ、『使徒』達に伝えた。

 

 まず元の世界に帰るには特殊なアーティファクト(聖杯もどき)を7つ集める必要があること。そしてそれがオルクス大迷宮の奥底にあるということ。だから今からそれを取りに行くということ。『使徒』達にはその間、自分達の力を少しでも強くしていて欲しいということ。そのついでにハジメも救ってくるということ。(立香的にはメインだがそれをそのまま言うと面倒なことになりそうなのでメインとは言わない)

 

 立香がそれを言い終わると、『使徒』達は大いに騒ぎ始めた。曰く、何故ここで俺たちを守ってくれないのかと。曰く、オルクス大迷宮に行くのは自殺行為だからここにいてくれと。曰く、ハジメのことなどどうでもいいと。兎に角、立香を引き止めようと『使徒』、否子供は泣き叫ぶように、喚くように言い続けた。

 

 一方でハジメの話が出てきた瞬間、何人かが安心するような動作をした者もいる。特に園部と言った女の子は「良かった…」と少し目から涙を流すまでに喜んでいた。立香はこれにキュピーンと反応。内心でハジメのジゴロぶりを笑うという何ともブーメランなことを考えていた。

 

 しかしそんな一方で立香を食い止めようとする者の中には檜山や光輝がいた。この二人は特に必死に、ハジメの点について言及していた。

 

 まず檜山は気持ち悪いような笑顔で立香にこう言った。

 

「南雲なんざ結局は落っこちた雑魚だ! 『無能』だ! そんな奴よりも俺らを守ってくれた方が絶対いいに決まってるぜ! なあ、藤丸さん。アンタもそうは思わねぇか?」

 

 これに対し、立香は黙っていた。それをどうやら肯定として受け取ったらしい光輝は立香の説得にかかった。

 

「南雲はたしかにあの日前に出て戦ったが、結局は統率性の無い奴だ! 立香さん、悪いことは言わない。俺たちと一緒に世界を救おう。そうしたらきっとエヒト神が俺たちを救ってくれるよ。南雲なんて置いて俺たちと一緒にーー」

 

 だがその光輝の言葉、『使徒』達の必死の説得は全て断ち切られることとなる。

 

 本来の力を取り戻したデミサーヴァントたる立香が持つ特殊なカリスマ、“先導のカリスマ”が放つ、威光によって。

 

 それはオルクス大迷宮で見せたあの時のカリスマを遥かに超えるほどの重厚な権威。あまりもの威光は殺意に似た圧力となり、『使徒』達の膝を強制的に折らせた。

 

 裏切られたような顔で立香を見上げる『使徒』達。そんな顔が横並びしている事実に立香は苦笑しながらも、静かにキレた。その雰囲気にカリスマを受けていないマシュ、モードレッド、スカサハ、香織、優花、その他のハジメの心配をしていた人々でさえも息を飲んだ。

 

 元々立香は温厚な性格だ。カルデアで起こる事件に対し、大体は笑って積極的に事件の解決に回り嫌な顔一つせずこなしていく。また険悪なムードになりやすいサーヴァントの仲介も良くこなし、基本的には人柄が良いと言えるだろう。

 

 だがそんな立香にも逆鱗はある。一つは人類悪が姿を現した時。一つは仲間を奪われた時。更に一つは仲間を馬鹿にされた時。

 

 そして最後に、気高き者への侮辱。これを立香は決して許さない。

 

 カルデアには善人も悪人も等しくいる。しかし彼らはいずれにせよ自分だけの意思や覚悟、誇り高い夢を持つ。それを立香はなによりも尊いものだと信じている。

 

 立香の中ではハジメは親友であると同時に、そんな気高き者の卵だった。きっとこれから先、強く己の道を歩んだであろう尊敬にたる人間だった。

 

 それがどうだ。身を挺してまで守り抜こうとした姿を侮辱され、ここにいない身にしながらコケにされて。…言うならば我慢の限界だった。

 

 立香は自分でも驚くほどに低い声で光輝に告げる。

 

「…天之河光輝。俺は、あくまでも人類の味方だ。決してこの世界自体の味方じゃない。それに、俺はあくまでも君たちを守る『べき』人だとは思っても、一緒に戦いたいとは一切も思っていない。そこの辺り勘違いしないでくれ」

 

 そう、立香にとってここにいる人間はそのほとんどがあくまでも保護対象。本当に『使徒』として戦えるような存在は数人しかいないと考えているのが実情だ。

 

 立香はこれ以上は見たくも、話したくも無かった。

 

 すでに王都にいくつか防御手段は仕込んである上にエミヤも『簡易召喚』済み。いざとなれば令呪によってエミヤを強化し、守らせることも可能だ。エミヤは元々知名度補正の関係がない英霊だ。立香の知名度補正の範囲内におらずとも戦うことが十全に可能だ。

 

 つまりはやることはやっていた。また『使徒』達の断りを入れる意味もない。それ故にもうオルクス大迷宮に赴こうとした。

 

 しかしまだ三文芝居は続けられるようだった。立香に行かせまいと立ち塞がるのは『勇者』天之河光輝だった。聖剣を抜刀し、立香に刃を向けている。

 

「貴方に聞くつもりがないなら…力づくでも止めてみせる!!」

 

 慌ててマシュが戦闘態勢を整え、モードレッド、スカサハが霊体化を解こうとしたが、立香がそれを抑えさせる。親友を貶された件も含めて、全部返すと決めたがためだ。

 

 立香はカリスマを解除すると光輝に手招きをするという挑発をし、ついでに言った。

 

「俺の方はスキルも魔術も使わないでやる。来い」

「ーーっ!! 行くぞ、正々堂々と勝負だ!!」

 

 陰でマシュなどサーヴァント組が「アイツ、よく正々堂々って言えたな。ハンデ盛り盛りだぞ?」とか「正直…引くな」とか「あの方は…バーサーカーの適正がありそうですね」と割とガツガツ言っていたが勇者には聞こえない!!

 

 力強く踏み込んで聖剣の輝きを立香に今放った。光輝から見れば魔術の無ければ立香は一般人に等しいと判断したのだろう。勝利を確信した顔が、そこにはあった。

 

『…馬鹿が』

『全くだ。マスターの皮の厚さに化かされおったな』

 

 光輝には聞こえることのない歴戦の戦士の“念話”が立香の頭に響いた。

 

 そしてそれに応えるごとく、勇者の目は驚愕に剥く。

 

 ただの拳に逸らされた己の聖剣。そして光輝の懐にいとも容易く侵入する立香の姿。

 

「ッ!!?」

 

 光輝は“縮地”により何とか逃げようと画策する。上体が浮き、不自然な形となったが逃れられたと安堵する。

 

 しかし立香の目には格好の隙として映った。瞬間、立香の姿がブレる。そして三度鳴る床の割れる音。

 

 いつのまにかぬるりと立香は光輝を再び己の間合いに引き込んでいた。再び逃げようとする光輝。しかし今度は許されなかった。

 

 深く光輝の左胸、すなわち心臓を打つように放たれる一撃。いわゆる所のハートブレイクショット。もちろん光輝に抗う術はない。いとも容易く床に倒れこんだ。

 

 立香は『勇者』などと言われる存在の弱さに溜息を吐いた。そして光輝に己が模倣した技の正体を言った。

 

「奥義“无二打(にのうちいらず)”。ま、もっとも今のは『宝具』として放ったわけじゃないからそれほど強いはずじゃないんだけどね。大丈夫、死にはしない。死ぬほど痛いだけだから」

 

 そしてようやく出発するぞ、と『使徒』に黙認させたところで行こうとしたところ。またもや邪魔をする陰があった。

 

「待ち為され、リッカ・フジマル殿、マシュ・キリエライト殿」

 

 彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏まとい、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

 

 その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

 もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。

 

 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で立香に話しかけた。

 

 自然と引き寄せられるような謎の魔力を帯びたかのような言葉。しかし当の話しかけられた立香達はというと…

 

「………マシュ、あの人誰か知ってる?」

「………すいません先輩。覚えがございません」

『………とりあえず性根は曲がってそうだな』

『………気持ちの悪い爺よな』

 

 どうやら記憶から目の前のお爺さんについて思い出そうとしているらしい。コミュ力チートの立香が思い出せない相手、どうやら相手は相当に影が薄かったようだ! もっともそんな立香が今も気づいていない暗殺者がいたりするのだが…

 

 一方で法衣集団の一人はその言葉を不敬であると憤り、立香の方に進み出た。

 

「貴様ぁ! 我らが聖教教会にて教皇! イシュタル・ランゴバルド様を知らぬと申したか!! そこに直れ! 貴様の罪深さを思い知らせてくれる!」

「まあまあ落ち着くが良い。…ところで貴方様は我らが神のエヒト様の加護を受けているのでは? それほどの力、間違いはないでしょう」

「…加護? 俺が? まさかそんなわけありませんよ」

 

 イシュタルの顔には光悦とした赤みがかかっていた。それは立香の先にいると信じてやまないエヒト神に対するものなのだろうが、とても気持ちが悪かった。

 

 一方で立香の言葉を謙遜として受け取ったらしいイシュタルはとある勇者と同じように手を差し出した。

 

「どうでしょう。我らが聖教教会の一員になりはしないでしょうか? 我らが神の寵愛を受けている貴方です。きっと愚かな真似は…」

「嫌です。無理です。断ります」

 

 否定三段活用で綺麗にイシュタルの勧誘を切り捨てた立香。お陰で聖教教会の皆様は呆気に取られた。あまりにも軽すぎるのだ。世界を敵に回す発言が。

 

 イシュタルもまた怒気を隠せなかったが、何とか抑え改めて立香の勧誘を行おうとする。

 

「…ですが貴方は『いや、無理なものは無理です』偉大なる神の力を『お断り申し上げます』持っており、『正直不快です』なによりも人は『聞きたくすらもないです』神の意志を尊重すべきで『あんなのに仕えるぐらいならば俺死にます』………やれ」

「「「ハッ!!!」」」

 

 流石のイシュタルも勧誘の言葉の途中に何度も偉大なるエヒト神を馬鹿にされたとなれば我慢できなかったらしい。告げるは立香の処刑宣告。法衣の男達が詠唱を始める。

 

「…気持ち悪い問答をするぐらいならこうすればよかったのになー」

 

 と、立香はぼやきつつ詠唱を始める。

 

「今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来たれ覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は堅なる者、思慮深き者。軍師は抑止の輪より今ここにっ!」

 

 それは立香が誇る英雄達の武器。神に縋るごときの人間達には到底抗えぬ一撃。

 

 ヒラリヒラリと炎の槍などをかわしながら立香は最後の詠唱を砲声する。

 

「顕現せよ!『石兵八陣(かえらずのじん)』!! ーー破ってみせろ」

 

 瞬間、法衣の集団を囲む柱が空から降り注ぐ。そして男たちに襲いかかるいくつもの呪縛。身体を麻痺させ、呪いが蝕み、倦怠感を発生させる。抗える者はただ一人としていなかった。

 

 まるで見えない力に押し倒されるかのようにイシュタル達は無様に地面に転がった。魔術回路を輝かせる立香はイシュタル達を置いて外に出ようとする。

 

 しかしイシュタル達は立香を認めない。静止の声を憤激を隠さず叫んだ。

 

「なぜ! なぜ貴様はエヒト神の意志を否定する! エヒト神の力をエヒト様のために使おうとせぬ!?」

「…俺の力を馬鹿みたいな神と一緒にしないでくれ。あんなヤツと…一緒にされたくはない」

「あんなヤツ!? 貴様ぁ!! エヒト様に何という侮辱をーー」

「最後に言う。俺はあくまでも人の味方だ。決して世界の味方でもなければ、神とやらの味方でも無い。俺は…人類のためならば神にすら背いてやる!」

 

 それ宣言するとそれ以上は立香は無視した。マシュ達に「行こう」と告げ、振り返ることなく城の出口へと踏み出した。

 

 すると扉の側にはメルドがいた。一瞬立香はまた刺客かと魔術回路を覚醒させようとした。ただ他の人々のような敵意はない。むしろどこか立香に申し訳なさそうに耳元で囁いた。

 

「…小僧のこと、頼んだぞ」

「…はい。頼まれるまでもなく。メルドさんこそ、みんなのこと頼みます」

「任された。お前さんが来るまで守ってみせるよ」

 

 それ以上の言葉は二人には要らなかった。互いに背中を向け、各々の場所へと歩き始める。

 

「待ってろよ、ハジメ…」

 

 立香の異世界(トータス)における旅は、今ここから始まる…

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 そしてその頃、オルクス大迷宮の遥か深く。薄暗いながらも『緑光石』の光がその空間を照らしていた。

 

 そして光の元映ったのは人の形を保った何か、そしてそれに踏まれている猛獣の死体だった。

 

 その死体は左腕を抉り取られ、眉間のあたりが爆ぜていた。死んでいてもなお凄まじい強さを感じさせるそれは、ごく当然のように死んでいた。

 

 そしてその猛獣の腹は強引にナイフで削られ、喰われていた。

 

「…っち。やっぱりマズイな。相変わらず痛みはあるが…構わないな。むしろ良好だって言える」

 

 それは人の形でありながらも、明らかに人とはかけ離れた存在だった。髪も白く、眼球も赤く変質しており、頰と右腕には常に紅の魔力光が鮮烈までに発光していた。左腕が欠けていたが、纏う空気は魔物のそれ以上。

 

 彼こそが立香が助けると決意した少年ーー南雲ハジメ。その変わり果てた姿だった。唯一変わらないのは自然と首に巻かれた右腕に灯る光と同じ紅のマフラー。所々ほつれ、焦げていたがそれでも原型は留めている。

 

 するとハジメは仕留めた魔物を食い終わったようだ。骨に所々肉がこびりつき、そこらに血が飛んでいるという獣のような食い方である。

 

 ただハジメはもうその獣の存在にもはや意味を見出していないようで、立ち上がりその場を旅立つ。そしてハジメは己に己に課せた約束をいつものごとく呟いた。

 

()に残っているものは何もない。何も覚えちゃあいない(・・・・・・・・)。故に俺が唯一妥協できないのは命のみだ。それ以外は、何も要らない。だからこそーー」

 

 懐から取り出したのは一丁の拳銃。それを己の額の前に掲げると、最後の覚悟を宣言した。

 

「俺の前にいる者は全て殺す。殺して喰らう。それが俺の唯一のルールだ」

 

 紅い瞳に鋭い光を宿らせ、まだ見ぬ敵を直視した。

 

 

 

 

 ーー第一部 序章 暗黒魔獣巣窟オルクス

 副題 〜邂逅〜

 攻略難易度 E

 

『運命交差』




どうでしたでしょうか、序章?
この話のタイトルは二重の意味を持つものです。
立香の神を認めない覚悟。
ハジメの全てを敵とする覚悟。
それらを象徴したタイトルとしております。
一章ではどうなるのか…楽しみにしておいでください!

ただ一つだけネタバレに近い発言をさせていただきます。
『ありふれたゼロ』見ておいた方が楽しめますよ〜!!


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幕間の物語:それぞれの道

遅くなりましたー!!
機種変更やら部活やらで大変でしたので、結構間が空きました!
…申し訳ない。

さて、今回は『使徒』目線のお話。
皆さま大好き(?)、勇者(笑)視点はないよ!
ごめんね!


 立香が去ってから三日、クラスメイトの多くは部屋に籠ってしまった。立香という希望が消えてしまった今、彼らの中では死の恐怖が住み込んでいる。『最弱』の死は決して重く無かったと言えるだろう。

 

「みんな大丈夫さ! 今度こそは、誰も死なせない!」

 

 光輝はこう言ったが香織にはその言葉はあまりにも軽く思えた。事実、それで立ち上がる人間は少ない。あの日の立香のカリスマに比べれば光輝のそれは何と薄っぺらいことか。

 

 それに光輝の言葉はどこか焦っているようにも思えた。危うさの感じられる、そんな雰囲気だ。

 

 神を侮辱し、神官達に手を上げたことにより、立香は『異端者認定』を正式に受けることとなった。それも当然で『神山』のすぐ近くで「神? んなもんどうでもいいわ!!」的な発言をしたのだ。神敵とされても仕方がない。

 

『異端者認定』とは聖教教会の教えに背く異端者を神敵と定めるもので、この認定を受けるということは何時でも誰にでも立香の討伐が法の下に許されるという事だ。場合によっては、神殿騎士や王国軍が動くこともある。

 

 そしてつまりは『使徒』も立香の討伐に駆り出されるということであり、一同は顔を一気に青くした。敵対した時点で立香がどうしてくるかは分からないが、光輝やイシュタル達さえも瞬殺した男だ。最悪死ぬかもしれないと恐怖している。

 

 どちらにせよ、クラスメイトの大半はもう『使徒』として機能していない。元々誰かに頼っていたばかりの集まりだ。壊れるのは容易かった。

 

 しかし同時にそんな中でもなお、立ち上がる者達もいた。

 

 ーー香織side

 

 立香が出て行ったその日に、メルド団長から次の迷宮攻略に挑むメンバーは七日間以内に自主的に名乗り出て欲しいという報告を受けた。一気消沈していた勇者一行の多くは、部屋に引きこもってしまっていたが。

 

 未だにベッドに横たわっていた香織はそれを聞くと一目散にメルド団長に頼み込んだ。強くなると決めたからだ。今度こそは守り抜くと、そう決めたからこそ。

 

 なお光輝は香織の意思を何か勘違いし、喜んでいた。

 

「死んでいった南雲の為にも頑張ろう!」

 

 こう光輝は言ったが、そもそも香織はハジメが死んだとは一筋も思っていない。立香が助けに行った以上、ハジメは必ず帰ってくると確信している。だからこそハジメが死んだと確信している光輝の言葉は、哀れにしか思えなかった。

 

 また香織によく懐いているハイリヒ王国の王子、ランデル殿下も恋敵がいなくなったことでむしろ安堵していた。尤も、その香織は未だにハジメを想っているので、ランデルが恋愛対象になることはまず無いのだが。

 

 兎に角も、死んだことにされているハジメへの当たりは基本的に厳しいものだった。死人に口無しと言わんばかりの八つ当たりで、光輝もそれに便乗していた。『使徒』が戦意を失ったことの原因がハジメの死であり、『最弱』であったことから、鬱憤が止まらないのだろう。

 

 もし雫や霊体化しているエミヤがいなければ、とうに香織はブチギレていたかもしれない。暴力に走るようなことはなかっただろうが、それでも険悪にならないよう、セーブしてくれる存在は有り難かった。

 

 そして香織が動けるようになったのは立香が出て行った翌日のこと。香織が己に回復魔法を掛けまくっていたのも要因だ。動けることが分かると、すぐに香織はエミヤと共に訓練場へと向かおうとした。

 

 早速、ベッドから体を起こした香織。しかし香織の部屋の扉を塞いでいる親友の姿がそこにはあった。

 

「…雫ちゃん」

「香織…ごめんだけれど行かせないわ」

 

 一目でわかる。雫は香織を案じているのだと。疲労が無くなり、立てるようになったとはいえ、治りたて。香織の“回復魔法”がこの世界では飛び抜けたものだと分かっていても、香織を訓練には行かせないだろう。

 

 だが香織はこれ以上休もうとは思わないし、とても思えない。むしろ休めばきっと狂ってしまうだろう。あの時の過ちを繰り返さない為にも、力を我武者羅に求めている。だから返事は決まっている。

 

「ごめんね、雫ちゃん。その言葉は聞けない」

「…香織。ダメよ、行かせないっ。ただえさえそんなボロボロなのよ!」

「それでもだよ、雫ちゃん」

「っ! 貴方なんでそこまで…南雲くんが本当に生きてる保証もないのに!」

 

 雫も香織の覚悟は分かっている。それでも香織はただ真剣に香織のことを心配し、止めようとしている。だからこそ不思議なのだ。本来ならば死を信じる他ないハジメの奈落への落下を見ておきながら、未だに折れない香織の姿に。その瞳に危ういものがないことに。

 

 だが香織には信じられる要素などいくらでもある。

 

「藤丸くんが、マシュが言ったから。絶対にハジメくんを連れ戻してくるって」

 

 香織は立香ともこの数週間で良き友達関係を結んだ。そして同時に立香の心も強いことを理解した。だからこそハジメのことを諦めないと信じられる。

 

 マシュもだ。彼女もまたきっと諦めずに手を伸ばす。二人ともが馬鹿らしいほどにお人好しだからこそ、香織は信頼できる。

 

 そして何よりも、香織が信じているのは最愛の存在。

 

「何よりも、ハジメくんが奈落に落ちた程度で死んじゃうはずが無いもん」

「ーーーっ」

 

 信じている。あの日、弱者でありながら強者に歯向かった人の背中を。香織はその勇気が折れていないと分かっている。たとえどれだけボロボロになっても、一度諦めても、それでもなおもがき続けると断言できるから。

 

「私は、今度こそ約束を果たさなきゃダメなんだ…だから、ごめんね」

 

 あの花火の元、誓った約束を忘れてはならない。必ず守り抜かねばならない大切なもの。今も胸に宿る想いの為にも、香織は進む。

 

 雫は項垂れると、それ以上止める事はなかった。香織の進路上から退き、走り去っていく香織の姿から目を逸らした。見なかったことにしてくれたのだろう。香織は前を向いて走り去っていく。目指すのは訓練場。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー雫side

 

「…知ってるわよ。そんなこと」

 

 ただ一人残された香織の寝室。病室という簡素な作りであり、白を主体とした病人に安心を施してくれる部屋だ。ついこの間まで寝込んでいたこの部屋の住人に気遣ったフルーツのバスケットがベッドのそばにある棚に手もつけられず置かれている。

 

 慌しく香織が出て行ったことが一目でわかる乱雑に放置されたベッド。もみくちゃになっているシーツを直しながら、雫は独り言を呟いていた。

 

 ーー僕には気を使わずに頼って欲しいな。いっつも助けて貰ってるから。

 

 思い出されるのは香織も知らない、彼と二人だけの思い出。もっとも彼が憶えているかは途轍も無く怪しい話。それでも雫は憶えている。そっと胸にしまいながら。

 

 少しだけある胸にある温もり、手を触れて少しの間瞑目する。すると瞼に浮かぶのは少しだけ薄暗い路地裏だ。その奥には息を切らした彼がいて…

 

「…どう頼っていいのか。結局最後まで…分からなかったわね」

 

 少しだけ残念そうに雫は呟く。ほんのりと頰が桃色に火照り、すぼめられた唇の端が上がる。奈落に落ちたはずの少年、しかし親友が言うように、落ちたとはとても思えない自分がいる。本当に最後だとは一筋も感じていない自分がいる。

 

 あの、勇敢に立ち上がった少年の姿は未だに雫の瞳に焼き付いている。きっと雫が死の恐怖に膝を折らないでいるのも、そして一部の生徒が立ち上がっているのもきっとその雄姿にこそある。

 

 病室の窓からは王都の図書館が見える。幼馴染と少年が毎日、訪れていた場所だそうだ。張本人が言っていたのだから間違いない。

 

 かつての記憶にある少年の言葉、それを思い出してクスリと笑った。

 

「…それでも、貴方なら手を伸ばしてくれたのかしら?」

 

 その答えは、今は分からない。だけれども記憶の中の少年はーーー

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

 無事、雫以降誰にも止められることはなく、香織は訓練場へと辿り着いた。中はがらんとしており、かつてあったクラスメイトによる賑わいはない。改めてハジメの奈落落下がもたらした影響をそこで感じた。

 

 そして香織は今、訓練場で正座をしていた。普通の者が見ればだだ広い訓練場の中、ただ一人の少女が正座していると言うなんともシュールな絵面だ。しかし勿論、香織の前には誰かがいて…

 

「さて、それでは本日から本格的に魔術の訓練を開始する」

「はい! エミヤ師匠!」

 

 カルデアが再び呼び出した英霊、エミヤだ。アサシンの者には及ばないまでも見事なまでに気配を消している。アーチャークラスにとっては気配の操作は言うまでもない技能。当然とも言えるが、それでも凄まじい。

 

 エミヤの号令に香織が元気ハツラツに返事! やっぱり人は元気が一番! オカンなエミヤも思わずニッコリ。ついでにホッコリ。

 

「返事がよろしいようで何よりだ、白崎香織! …さて、今まで君に教えてきた魔術、“強化魔術”。これは君の魔術を扱う上で基礎となる」

「…へ? 私の魔術は“強化魔術”じゃないんですか?」

「違うな。南雲ハジメほど奇異な魔術では無いが…君も余程だ。…ポンポンと例外は出るものではないのだがね…はぁ」

 

 なんだかエミヤさん、頭が痛い様子。大丈夫? 飴要ります?

 

「いらんよ。…さて、君の魔術だが『雷の概念』を身に落とす魔術、つまりは降霊系統の魔術だ」

「雷の…概念?」

「訳が分からない気持ちもよく分かるとも。しかしそうとしか言えなくてね、元素魔術の類や転換魔術とも全然違うのでね。そうとしか言えないのだよ」

 

 曰く、その魔術は香織自身に雷の魔法を香織自身、装備、そして魔法にさえも付与する。

 曰く、敵に麻痺を強制的に付与する。

 曰く、敏捷の“強化魔術”の伸びが爆発的に増加する。

 曰く、一時的にだが“飛行”の魔術が可能。

 曰く、その下拵えとして“強化魔術”を今まで反復させていたとのこと。

 曰く、この魔術による戦闘では近接戦が最適解。

 

「…キ○ア?」

「まるでその通りだな。…ま、君の天職とはまるで真逆の能力だ。その点、南雲ハジメは天職とベストマッチの魔術だ。私と同じく本来の魔術の形とは離れていることもだ」

 

 確かに香織の本来の力は後方支援を主体とした遠距離攻撃型。決して接近戦を行うスピードアタッカーではない。そういう点では香織の魔法と魔術の相性は最悪とも言える。“強化魔術”と“投影魔術”の魔術回路を持つハジメとは大違いだ。

 

 だが同時にエミヤは言う。

 

「しかしこれは攻撃力の無い君には十分な力となる。ただでさえ君の“強化魔術”は強力だ。その上で敏捷を強化できるとなれば、君を捉えられる生物などそうはいない。恐らくは指で数えた方が楽なほどだ」

「…はいっ!! 私、頑張ります!」

 

 香織の光魔法は基本的に、攻撃系統を含まない。それは香織の『治癒師』という天職故のものである。

 

 だがこの魔術をものにすれば、香織はハジメを守り抜くこともできるようになる可能性が高くなる。ならば香織に逃げるという道は一切無い。

 

「よろしい、それでは…“投影開始(トレース・オン)”。これを使うといい」

「へっ?」

 

 エミヤから受け取ったのは細身の二双の剣。西洋のレイピアのようでありながら、両刃剣としての強かさを備えている代物。人の腕一つ分ほどの長さでありながら、重量感を感じさせないそれはまるで翼の如く。

 

 だが不意にそんな代物を渡されてもその真意が分からない香織。するとエミヤの両手に新たな白黒一対の双剣が“投影”される。

 

 更に困惑を極める香織であったが、次の瞬間に爆風と見間違う風が吹き荒れた。それは所謂殺気というもの。しかしベヒモスとの戦いを経験した香織でも、一瞬それが何か理解できなかった。

 

 何故ならば、そんな相手とは比べ物にならないほどの濃密さがあったからだ。モードレッドやスカサハの時とは違い、完全に己に向けられたそれに、香織は汗を吹き出す。常人なら気絶にすらもいたるそれ。しかし香織は根性で耐えてみせた。

 

「…ふむ、一応覚悟自体は軟弱で無いようで安心したな」

「師匠、これは…」

「ああ。先程言っただろう? 君の魔術を使うには接近戦が義務だ。しかし私は双剣以外に接近戦の類をあまり知らないのでね。そういうわけだ。君には双剣術を私から習ってもらうとする」

「!?」

 

 あまりもの唐突な提案に思わず香織は目を見開いた。立香は『簡易召喚』のため、エミヤの実力は十全に満たないなどと言っていた。しかし…敵う気など、全くしない。それほどの武における差がそこにはあった。

 

 しかしならば逃げるかと言われれば、それもまた違う。香織は深い呼吸を行うと、腰を落とし構えた。それに対しエミヤは双剣をぶらりと落とした隙だらけの構え。だというのに死角がないようにも思える、無形の構え。

 

「剣技に手解きはない。実践が効率的だ。身を通して理解してもらうぞ、白崎香織」

「…お願いします!!」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そして昼十二時頃、土だらけになっている香織の姿がそこにはあった。辺りには金属の破片がいくつも散らばっている。見れば銀の剣は今にも折れそうなほどに刃の跡を残している。更に訓練場の端には銀の剣の残骸がいくつも残されている。何度も叩き折られたことが推測される。

 

 一方でエミヤには埃一つ無い。本気でこれで弱体化しているのか不思議でならない。もっとも魔術などを使えばパラメーターのごり押しで倒せるだろうが、そんな目先の勝利が香織の求めるものでは無い。剣技の習得、それが今の香織の当面の目標である。

 

 地面に大の字で転がっている香織。雫がいればはしたないと注意したのだろうが、生憎ここにいるのはそういった格好に慣れているジゴロ系英霊。その程度ではドキリともならない。

 

 そしてそんな彼は片手に笹もどきで巻かれた弁当を持ってきた。いつもバリエーション豊富で驚かされる香織だが、今回はその中でも群を抜いている。何たってその料理は…

 

「さあ、お昼休憩だ。今日は簡単なものだが塩おにぎりもどきとした。この前米らしきものが市場で売られていてね…日本人ならば擽られるものがあるだろう?」

 

 日本古来から伝わる『コメ』であるっ! てっきり西洋系ばかりしか無いと思っていたが…香織は思わずびっくり。一口食べで、更に硬直する。

 

 なお立香は一口もこのコメもどきを食えていない。どうやらこのコメもどきが市場に卸されたのは立香が迷宮に旅立ってすぐのことらしい。…ドンマイだ!

 

 ともかく硬直し、ふるふる震える香織さん。エミヤは思わず心配する。あれ? まずい? まずい? 的な感じだ。マジでオカンである。

 

「…師匠」

「む? まさか食う元気もないか? …少し初日からハードが過ぎたか?」

「いえ、そうではなく…こちらの方もご指導お願いしたいんです」

「…厳しいぞ?」

「それでもです。…なんだか今後も敵は増えそうですので」

「任された。君を一流に仕立てよう」

 

 なんだかエミヤさんも香織もこちらの方がマジトーンである。先程までのシリアスよりも更にシリアス雰囲気を纏う。確かに香織からすれば今後の為にも武器を増やしておきたいのは自明の理。だってハジメくんと仲良くなる為に読んだ本の中にヒロインがめちゃくちゃいる奴あったし! ハジメくん、それっぽいし! という不安からの判断である。それが相当間違いでは無いことを後に理解する香織である。…とある金髪ロリと戦うことになるのだから…っ!

 

 そんなノリでとりあえずおにぎりのレシピを習得。シンプル故の奥深さを知り、その後剣技の訓練。結果今日一日間は魔術に触れることは無かった。更に剣の腕も急激に変化することも無かった。それでもエミヤ的には目だけでもエミヤの動きを捉えていたのでオッケーのようだったが。

 

 ただ香織は帰りごろに訓練場の隅の方で一人、ナイフをスローイングしている少女の姿をチラリと見た。身体の疲れであまり注意深くは見ていなかったが…その人物が後の敵となるというのは、あくまでも相当後の修羅場への布石である。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー檜山side

 

 ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 

 だが実際は……

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

 暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

 

 そう、あの時、軌道を逸れてまるで誘導されるようにハジメを襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。

 

 階段への脱出とハジメの救出。それらを天秤にかけた時、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ? と。

 

 そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。

 

 バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。

 

 だが奈落に落ちる直前、ハジメが己に向けた瞳を思い出す。あの時檜山は反射的に歪んだ笑みを向けた。きっと呆けた可笑しな顔をしているだろうと。

 

 しかしハジメは日頃の間抜けたような顔ではなかった。日頃見せることのない怒り。それが見開かれた瞳だけで分かった。あの時のことを思い出す度に、邪魔者が消えたと思うと共もにもし生きていたら…という恐怖が己を震わせる。相手は『最弱』、だというのに震えが止まらない。

 

 そしてハジメが奈落に落ちた後、それを追うように立香が『オルクス大迷宮』へと向かったのも気掛かりだ。勇者である光輝でさえも一撃で葬った男。そんな男がハジメを助けようとしているのだからたまったものではない。必死になって止めようとしたが、結果は失敗。

 

 そればかりがどうしても不安を誘う。

 

(まあ、奈落に落ちて死なないわけがない。…そうだ! アイツはもうーー)

 

 そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。

 

 その時、不意に背後から声を掛けられた。

 

「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

「ッ!? だ、誰だ!」

 

 慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

 

「お、お前、なんでここに……」

「そんなことはどうでもいいよ。それより……人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」

 

 その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 呆然と呟く檜山。

 

 それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

 

「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたらどうなるかな? 特に……あの子が聞いたら……」

「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」

「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

 

 檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉。まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。

 

「ど、どうしろってんだ!?」

「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

「そ、そんなの……」

 

 実質的な奴隷宣言みたいなものだ。流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なくハジメを殺したのは檜山だと言いふらすだろう。

 

 葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。それにも目をくれず、その人物は面白そうに話し続ける。

 

「…少し言い方を間違えたかな? 僕と神の下僕(・・・・)になりなよ? そうすればエヒト様は僕達にそれ相応の報酬をくれるらしいよ。例えばーー」

 

 そして檜山が攻撃をしむけようとした。しかしその前に悪魔の如き甘言が檜山の耳に届いた。

 

「白崎香織を手中に入れられる、とかね?」

「!? …な、それは本当に」

 

 暗い考えなど一瞬で吹き飛ばされた。その檜山の様子にニヤニヤと笑う人物。そして引き続き勧誘を続けた。もちろん甘い誘惑も込めながら。

 

「エヒト神は僕らをゲームの駒みたいに仕立ててる。ようは面白い展開になればどうでもいいんだろうね。…そして僕らはその面白い舞台の設置さえすればそれでいい。そうすれば…すぐに僕らの欲しいものが手に入る。君は白崎香織を…そして僕は…ふふふっ! …いい提案だって思わない?」

 

 小馬鹿にするような調子を崩さない。しかしその内容は檜山にとっては願ってやまないこと。未だにハジメの生存を信じる香織の様子がただの優しさなどとは一切思っていない。それがまた泥のような嫉妬を噴きださせる。

 

 どれにせよ選択肢などとうに一つしかないようなもの。己の欲のままに檜山は従う他なかった。

 

「…その神さまとやらに従えば…本当に?」

「本当だよ〜? なら後ですぐに声も聞けると思うから。で? 返事は?」

 

 ニヤリと口元が裂けるのがわかった。神の盤上? 駒に見立てられた自分達? 知ったことではない。己の渇望はただ一つ。それが手に入るならば、邪神とでも手を結ぼう。

 

「ーー従う」

「ふふ。オッケー。なら僕と君はしばらくバディだ。コケないでよ? 僕も面倒になっちゃうんだから」

「ああ…俺の目的のためにも、なぁ!」

 

 悪意が『使徒』の中に紛れ始めた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

 そして一週間後、決意を新たにしたメンバーが発表された。次の迷宮攻略に挑むのは光輝達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 

 むしろ香織からすれば意外と言える。香織の場合は再びハジメと出会った時に守り抜く為に強くなると決めた。だが、他のクラスメイトにはその死への恐怖を超えてでも立ち上がる動機がないとおもっていたからだ。

 

 だが雫から聞けば、理由が納得できた。光輝や小悪党組は違うようだが、その多くは奈落に落ちたかの少年に影響されたらしい。つまりは憧れたのだ。あの英雄の如き背中に。『最弱』でありながら、ベヒモスを一度は地に落とした彼に。

 

 それを聴くと少し香織の気分は良くなった。てっきりこの国にはハジメに良い印象を持っているのは本当に全然いないと思っていたからだ。

 

 香織はここ一週間の訓練で剣技を少しは使えるようになった。というのも剣戟による恐怖が薄れてきた為だ。こればかりは意思とは別で慣れが必要だった。剣技が実戦でしか教えられないといったエミヤの指導法に納得したのも、それを実感できたその時だった。

 

(もっと強くならなきゃ…)

 

 それでも道はまだ遠い。少なくとも香織はハジメと再会するまで、絶対に強くなるという決意が消えることはない。むしろ轟々と鳴り上がるばかり。

 

(だから…待ってるよ、藤丸くん。…ハジメくんっ!!)

 

 それぞれの想いを乗せ、新たなる勇者パーティーは迷宮へと駆け出した。




なおここで香織の魔術が強くなったのは…色々訳あり。
単純に香織の力を言えば…
・スピードだけならバグウサギに勝つる。
・全ての攻撃にスタン付与あり。
・+初期から使徒モードみたいな感じ。
強いよ、間違いなく。
…そして家事力も。


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序章キャラまとめ

これで完全に序章完です。次からは一章となりますが…明日は試験などがありますので難しそうです。


ーーFGOside

 

真名:藤丸立香

クラス:ーーー

出典:Fate/Grand Order

地域:カルデア

属性:中立・中庸

性別:男

パラメーター

筋力:ーー 、耐久:ーー 、敏捷:ーー 、魔力:C 、幸運:EX 、宝具:EX(真名未開放)

クラススキル

・騎乗F

・陣地作成EX

・単独行動EX

・単独顕現D

・対魔力E

スキル

・先導のカリスマA+

・直感A+

・戦闘続行B

・■■■■

概要

…『座』に登録される全ての英霊が『藤丸立香』という人間を知り、認めていることにより逆説的にデミサーヴァントとなった人間。サーヴァントとしては未覚醒の状態にあるが、魔術回路と魔力を『座』から与えられており、一級魔術師相当の実力を持つ。『人理継続保証機関カルデア』の幹部でもある。そんな彼が残した成果は大きいものの、世界に知られるようなことはない。知っているのは彼と共に歩んだ者たちのみである。なお、『カルデアが生んだ怪奇!バグ人間!』や『コミュチート』、『サーヴァント限定色魔』の他など数多くの二つ名を持つ。

宝具:■■■■■

ランク:???

種別:???

概要

…まだ未覚醒で、魔術回路の形をしているが立香はこの宝具の副産物により、以下の魔術を使用可能としている。また下記に記す魔術の対象となる英霊は立香がサーヴァントとして認識しているサーヴァントかつ地球の『座』に登録されているサーヴァントにしか適用されない。そのためトータスのサーヴァントは『簡易召喚』で様々な制約を盛り込み、霊基の格を下げることでしか適用できない。

 

・召喚英霊特定魔術

…『今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来た覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝はーーー者、ーーー者。(又汝はーーー者、ーーー者。)ーーー(とーーー)は抑止の輪より今ここにっ!』

という上記の詠唱を『模倣宝具展開』、『召喚魔術』に付随させることにより、召喚する英霊を決定することが可能となる。なお『ーーー』の部分は召喚する英霊のイメージを埋めなければならない。

 

・模倣宝具展開

…『顕現せよ!『ーーー』!!』

という上記の詠唱を用いて宝具のレプリカを一時的に使用する魔術。なおこの際には必ず『召喚英霊特定魔術』を使用する必要がある。この魔術で使用される宝具に対する理解、使用する宝具の持ち主との絆が高ければ高いほど性能が上昇する。なお『ーーー』には使用する宝具の名をつける必要がある。

 

・召喚魔術

…『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師アニムスフィア。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する。ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!』

という上記の詠唱より発動される魔術。冬木の『聖杯戦争』から使われ始めた特殊な使い魔の召喚法であり、様々な触媒、多大な魔力を必要とするはずの儀式。しかし立香は宝具の影響により何の触媒を必要とすることもなく、少ない魔力で使用が可能となっている。

 

・簡易召喚

…『汝は今ここに身を墜とし、顕現せよ!!』

という上記の詠唱により発動される魔術。『英霊召喚』の語尾にこれをつけることで召喚される英霊に様々な制約をつけ、霊基の格を下げることで消費魔力を少なく召喚可能となる。トータスの英霊もこれにより、『トータスの英霊』から『よく分からない英霊』として上書きすることで召喚できる。ただそれで召喚されたサーヴァントは知名度補正が欠陥し、戦闘技能を失う。

 

 

真名:マシュ・キリエライト

クラス:シールダー

出典:Fate/Grand Order

地域:カルデア

属性:秩序・善

性別:女性

パラメータ

筋力:B 、耐久:EX 、敏捷:C 、魔力:A 、幸運:B 、宝具:?

クラススキル

・対魔力A

・騎乗C

スキル

・誉れ堅き雪花の壁

・時に煙る白亜の壁

・奮い断つ決意の盾

概要

…英霊ギャラハッドが憑依したが故にサーヴァントとしての力を得たデミサーヴァント、というのは過去の話。立香同様、『座』にいる英霊達に認められたことで彼女自身もサーヴァントの身として『座』に登録された。ゲーティアにより侵略された人理の救済、世界各地にあった異聞帯の消去、デミサーヴァント『藤丸立香』を中心として巻き起こった『正妻決断戦争 フジマル』で最後まで生き残ったなど数多くの偉業を成し遂げている。それらの功績により元々の彼女よりもパラメーターは上昇しており、サーヴァントの中でもトップクラスの実力を持つ。それが今の彼女、マシュ・キリエライトの英霊としての姿である。

宝具:■■■■■

ランク:???

種別:対悪宝具

…様々な功績を残したが故に発展した彼女の宝具。その気高き心が折れぬ限り、彼女が顕現させる城に必ず罅が入ることはない。英霊達曰く「絶対防御」。

 

 

真名:エミヤ (本来)/(簡易召喚状態)

クラス:アーチャー

出典:Fate/stay night

地域:日本

属性:中立・中庸

性別:男性

パラメーター

筋力:D/E 、耐久C/E: 、敏捷C/E: 、魔力B/C: 、幸運E/F: 、宝具:?/?

クラススキル

・対魔力D/E

・単独行動B/B

スキル

・心眼(真)B/E

・鷹の瞳B+/C

・投影魔術A/A

概要

…『抑止』というシステムから英霊として召喚される存在。本来ならば英霊として召喚されるような人間ではなかったが、『抑止』により英霊であると定義され、こうして立香に仕えている。今は立香の『簡易召喚』により様々な力を制限されつつあるが、本来は地球の知名度補正が存在しづらいトータスにおける最適解たるサーヴァント。なおトータスにて南雲ハジメと白崎香織という弟子ができ、熱心に彼の技能を吸収していっている。

宝具:無限の剣製(Unlimited Blade Works)

ランク:E〜A++/使用不可

種別:???

概要

…固有結界と呼ばれる特殊魔術。一定時間、現実を心象世界に書き換え、今まで術者が視認した武器、その場で使われた武器を瞬時に複製し、ストックする。ただし、複製した武器はランクが一つ下がる。なお『簡易召喚』のままではこの宝具の使用は不可能である。使用にはマスターから令呪を一画貰い受け、その魔力で己の霊基を復活させ、宝具を解放しなければならない。

 

レオナルド・ダヴィンチ

…カルデアが呼び出したサーヴァントの一人にしてカルデア技術顧問。幹部の一人であり、立香達の旅のお供をどんどん作り上げる天才。最古参の一人でもあり、特異点攻略などに大きい貢献をしめした。なお、本人の天才アピールは結構激しい。

 

ゴドルフ・ムジーク

…現在のカルデアの局長。幹部の一人であり、事実上の責任を担う人間でもある。基本的にチキンではあるがやる時はやる男。それなりに信頼されているのもそういう点からだろう。

 

シャーロック・ホームズ

…カルデアが呼び出したサーヴァントの一人にしてカルデアの解析顧問。幹部の一人であり、現在はトータスの解析を休まず行っている。

 

フォウ

…忘れてた(汗) 登場は恐らく一部終わってからです。ごめんなさい。

 

 

ーーありふれたside

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:5

天職:錬成師

筋力:15

体力:15

耐性:15

敏捷:15

魔力:78

魔耐:15

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+解析][+精密錬成]、言語理解、集中[+瞑想][+心眼(真)]

 

概要

…『無能』と呼ばれるほどの低いステータスであり、天職もまたありふれたもの。しかし立香という友人への憧れ、香織という人間の支え、エミヤという師など地球では無かった出会いを元に技術的にありえない成長を遂げている。特に“錬成”は、彼の作品を見た王宮錬成士が思わず唸るほどに成長している。事実、迷宮から無事帰ってきた際には王宮錬成士達から部屋に引き込まれて一級の錬成士として成長していたことだろう。覚醒自体はしていないが“投影”と“強化”に特化した魔術回路を持っている。精神力は人の並みではなく、英雄と呼ばれるに相応しい器を持っている。立香とは親友と言える間柄で、立香の横に並び支え合いたいと考えている。また香織には以前よりもはっきりとした感情を向けており、惹かれてもいる。もしサーヴァントのクラスで表すとすれば現在はキャスター。

ーーーだが彼は奈落で生まれ変わった。

 

 

白崎香織 17歳 女 レベル:8

天職:治癒師

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:350

魔耐:100

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破]、光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇]、高速魔力回復、言語理解、魔術回路[+魔力操作]、付与魔術[+付与数増加]

 

概要

…本来であれば回復と光魔法にしか適性がないはずだったのだが、魔術回路を開いたことにより新たに“付与魔術”を獲得している。また魔術回路が開いたことにより、ある程度まで詠唱を省くなどの権能を手に入れている。後々、完全無詠唱で魔法を唱えることも可能になるだろう。この世界ではそのような力は神の使徒か魔物しかないため、出来るだけエミヤはその力の秘匿を言いつけている。なぜ彼女がここまで努力をするのか。それは女性のみが知ることだろう。もしサーヴァントのクラスで表すとするならば現在はルーラー。

なお般若スタ◯ドや頼光ぽい何か、黒い桜さんなどといった人々を後ろによく召喚する。立香には召喚士の才能があるのでは?と疑われていたりする。

 

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読

高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

概要

…天職、勇者を持つ超ハイスペック青年。全てが一定の水準以上で行えるため、今まで苦労したことがない。そのためか独り善がりな発言が多く、その上でカリスマがあるのでタチが悪い。香織を連れ回していると認識しているハジメには良い印象は抱いていない。実はハジメが死んだことにそこまでのショックを受けていない。もしサーヴァントのクラスで表すとするならばクラスはセイバー。

 

 

檜山大介

…天職、軽戦士。香織と異常に仲良くするハジメに対してドス黒い嫉妬の心を持つ。そういえば描写するのを忘れていたがハジメを殺した犯人。次の章で頑張ってそこのシーン書くので許して…

 

 

八重樫雫

…天職、剣士を持つ香織、光輝、龍太郎の幼馴染。何だかんだで苦労人、というかオカン。そのオカンレベルは某赤い弓兵さんにまで匹敵する。なおハジメと香織の仲に関しては応援している。もしサーヴァントのクラスで表すとするならばセイバー。

 

 

坂上龍太郎

…脳筋。基本的にやる気があるかないかで人をみる脳筋。殴り合ったら友達意識を持つ脳筋。なお、香織、光輝、雫とは幼馴染である。ちなみにハジメが光輝に正面向かって説得していた場面でハジメを少し見直していたりする。もしサーヴァントのクラスで表すとするならば…アサシン、かな?

 

 

メルド

…ハイヒリ王国の騎士団長。誰に対しても真摯に打ち込める人柄を持つ人徳者。ハジメも立香も尊敬している相手。なおハジメにはそれなりに期待していたようでショックは隠せてはいない。もしサーヴァントで表すならば間違いなくセイバーです。

 

 

イシュタル

…狂信者。以上。




さて、ここで皆様に一つお願いがあります!
どんどん「こここうした方がいいんじゃね?」的なやつください!
場合によってはそれをここに組み込んだり、別の章で組み込んで行ったりします!

ちなみに今のところカルデアの方が力の入れ具合凄いですが、後々ハジメの方も凄いことになっていきます…
頑張らねば…

どうぞ皆様のご協力をお願いします!


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第一部 一章 暗黒魔獣迷宮 真オルクス 《副題》〜奈落の怪物〜
プロローグ 奈落の底の英霊


今回プロローグなので相当短めですね。
今日試験だったのに頑張った私を褒めて!!

なおオリキャラもモブまがいながら登場です。

それでは一章始まるよ!


 ーー???

 

 鉄と鉄のぶつかり合う音が緑光石の下、響き渡る。

 

 場所はオルクス大迷宮が遥か奈落の底。そこで繰り広げられるは人とは思えぬ一対一の闘争。砂塵が渦巻く中、二つの面影は残像すらも残して己が武器をぶつけあった。

 

 方や燃えるような赤い槍を携えた緑髪の男。名をヒュルミド・ゼルジーナ。遥か昔、オルクス大迷宮から地上へと現れた災害『大蛇』ヨルムンガンドをエヒト神から授かった槍のみで打ち払ってみせた遥か昔の孤独の英雄。その雄姿は『迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)』の一節にも書き記されている。

 

 そんな伝説たるヒュルミドが放つ一撃一撃は非常に重い。放つ槍が波動を生み出し、音すらも置き去りにする。荒々しく、されど流麗さを感じる身のこなし。相手が並であるならば押されるのは自明の理。

 

 ならばその攻撃を難なく受け流し、追撃をしてみせる目の前の男は何者だ? かの英雄を吹き飛ばしてみせるこの男は何者だ?

 

 予想外の己の損傷。ヒュルミドはその予想外の事態に混乱しながらも目の前に悠々と立つ男を睨みつけた。

 

 その男はひたすらに黒色だ。身に纏う紳士服は黒で統一されており、手に持つ獲物もまた黒。そして結われている髪もまた黒い。見ているだけでは体の細い、爽やかで紳士的な青年。しかしその実、彼からは並外れた圧力が渦巻いていた。それはヒュルミドすらも息を呑むほどの圧力。

 

 ヒュルミドは黒の男の並外れた実力に思わず喚きにも近い声を上げた。

 

「貴様ぁっ!? 我らがエヒト様の寵愛を受けない身でありながらその実力…何者だっ!!? 『聖杯』から情報は与えられいる! だというのに…貴様のような男、存在しない!!」

 

 すると黒の男は右手の中指を瞳と瞳の間でクイッと空振った。何とも言えない顔になると深く溜息をついて呟いた。というか煽った。

 

「…戦いの合間にお喋りとは、随分と余裕だね?」

「ーーっ!! ほざけぇえ! 俺が真の実力を出したと思うな!!」

 

 そうとだけ告げると男は槍を水平に構える。それと同時に槍の刃先が灼熱を帯び始める。まだ真の火力では無いにも関わらず部屋は既に熱の余波が伝わっていた。

 

「これこそ我がエヒト神の寵愛が証拠! エヒト神が司りし真なる炎! それを象形せし槍が一撃、異端者如きには受け切れまい!!」

「…神の寵愛を受けた人間は御託を並べないと満足できないのかい? 糞食らえな神にも同情の念が湧くよ」

「エヒト神への冒涜を行う罪深き貴様など…この槍にて断罪してくれよう!!」

 

 そしてヒュルミドは一条の光となる。まさしく光へと果てる逸話とさえなった一撃。それはまさしく迷宮を翔けし、エヒト神の炎!

 

 男はその『宝具』の名を高らかに叫んだ!

 

「なおも輝き、神敵を討ち滅ぼさん!! 『迸る一条の灼光(バルク・ルミナ)』!!」

 

 灼熱へと遂げた槍が今、黒の男に放たれる。

 

 だが黒の男の出で立ちは自然体。気だるそうに右手に持っていた獲物を差し出す。そしてその『宝具』の名を淡々と告げた。

 

「『■■ ■■ “■■”』」

 

 

 

 

「…はあ、やれやれ。これで五人目、『ランサー』討伐完了だね。あとは…『アサシン』か」

 

 黒の男は体についた砂埃をはたき落とすと身を翻した。彼が背いた先にはある男の焼却死体が放置されてあるのだが、後々光となって消えることだろう。

 

 それに男の興味は別の方向に向かっていた。

 

「それにしても…『かるであ』と言ったかな? 神の敵となる者達…か」

 

 それを呟いた口の端は僅かに上がっており、高揚する気持ちが抑えられていない、または思い焦がれていたものが訪れたかのような様子だった。物思いにふけることしばらく、彼は歩き始めた。

 

 また中指を眉間のあたりで空振りさせると一拍、彼は呟く。

 

「果たして、もう一人の方はどうかな?」

 

 まるでその英霊は何かを観察するように瞳を細め、やがて光の粒となり姿を絡ませたのであった。

 

 

 

 

 

 ーー第一部 一章 暗黒魔獣迷宮 真オルクス

 副題 〜奈落の怪物〜

 攻略難易度D+




勘のいい皆様ならばその正体、分かるでしょうね。
一応知らない人もいるかもなのでコメントの際もある程度ボカしてくださいね。
それにしても…何者だ?

なお明日には立香の姿が見れますよ、…多分。


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迷宮攻略開始

はいはい。一章本格スタートです。
立香視点、お楽しみに〜。


 ーー立香side

 

「なぁ、マスター。なんつーか、名前が大層な割に弱くね? ここの奴ら?」

 

 香織達と別れてから二時間ほどの時間が経った。なおオルクス大迷宮に来るまでに一時間を費やしており、更に一時間経って今の階層まで辿り着いている。

 

 なおもし彼らの走る速度を見たならば人々は唖然とするだろう。この中で一番遅い立香でさえも風が通り過ぎたかのような速さなのだ。最速のクラスたるランサーのスカサハなど、考えるまでも無いだろう。

 

「うん。俺もあの日、苦戦したけど知名度補正無しの状態だったからなぁ。今戦ったら『宝具』一発で倒せそうなんだよなぁ」

「逆に『宝具』を使わねば勝てぬのか? 貴様、鍛錬を怠っておったか?」

「むしろ素手で魔物殴り飛ばせる方々たる英霊が凄いんだけどね…。最近は周りに英霊しかいなかったからそこの辺り麻痺してたんだよね〜」

 

 なお立香は元一般人である。感覚が麻痺していたり、時折人外ぶりを見せるがキチンと霊長類のヒト科である。

 

 たとえステータスプレートを持ってなくて、本来ならばオルクス大迷宮に入る前に門前払いされる所を門番に対し口一つで説き伏せて迷宮に入ったとしても人間である。『宝具』も発動できるが人間である。『ただの』などとはつけられないが人間である。

 

 するとマシュが何かに気が付き、立香に向かって叫んだ。

 

「先輩! そろそろです!」

「そっか…もう六十五階層か」

 

 立香が下の階層に降りる階段を下る度に目に宿す光を鋭利に研磨していく。何と言ってもこの先にいるのは立香にとっての悲劇を作り出した魔物に他ならないのだから。

 

「…マシュ、モードレッド、スカサハ。ごめんだけど…」

「わかってますよ、先輩。手出し無用ということですよね」

「…何で分かったんでせう?」

 

 断りを入れ、あの憎たらしい魔物を殴り飛ばそうとしたがそれを言い切る前にマシュに内心を暴かれた。立香は解せぬといった風に語調が崩れた。

 

 すると立香の後ろにいたモードレッドとスカサハがその理由を告げた。

 

「いや、マスター。お前結構分かり易いぞ。その辺りは最初の頃から変わらず安心してるぞ」

「っ!?」

「なお貴様のフィグルスな本の隠し場所はカルデア全員が知っているぞ?」

「っ!?」

 

 なおフィグルスな本と言ったらカルデアで言えば…一般高校生がベッドの裏に隠すような本のことである。言わずもがななことであるが一応である。

 

 兎に角あっさりと自分の心のパーソナルスペースの少なさに戦慄する立香。まさかケルトな事情すらもモロバレとは…。立香の顔からシリアスが僅かな間、退散する。ついでにカルデアに帰った際には机に火薬を仕込んだ二重底に隠すことを決意した。

 

 するとマシュは立香の背中をそっと指で押した。

 

「先輩、行ってきてください。これはきっと先輩のために必要なことですから」

「マシュ…」

 

 他の二人もマシュに賛同であると頷き、立香に視線でとっととやってこいと応援(エール)を送る。

 

 立香は魔術回路を解放し、そして頼りになるみんなに背中を向けて歩いた。

 

「みんな待ってて。1分以内に済ませてくるから」

 

 立香の大胆不敵な宣言。勿論返ってきたのは信頼の頷きであった。

 

 そして立香はただ一人で橋の中央へと渡る。なお邪魔されないようにトラウムソルジャーの現れるはずである魔法陣は先に崩してある。この戦いに水を差されたくないのが立香の本心であるからだ。

 

 あの日、地獄を見せられた光景が再現される。立香の前に現れ、スパークを放つ巨大な魔法陣。立香はそこから現れるであろう魔物を幻視し、やがてその姿を実際に己の瞳に再び写してみせた。

 

「…ベヒモス」

 

 この怒りが筋違いであろうことは分かっている。

 

 事実を言うならば侵入者は自分達の方。あくまでも自分達は死と冒険、それを天秤に乗せた上でここに立っていることも。

 

 だがハジメはあくまでも巻き込まれた男だ。あの時見せつけた力も必要に駆られたが故に身につけた力。

 

 故に立香の中では今にも腹わたが煮え繰り返るかのような怒りが奮起する。神の我儘、飛んできた火球、それを助けられなかった己自身、ハジメを蔑んだ二人の男、そして目の前に現れた『魔獣』。

 

 ベヒモスの身体は立香が見た最後の傷ついていた魔物の姿ではない。全てが巻き戻ったかのように傷一つ無い怪物の姿。

 

 それを見ているとあの日の神の悪戯を思い出し、余計に立香の中の炎に薪が放り込まれる。

 

 目の前の怪物は吠えた。どうやらあの日の光景など一切知らないようで、立香を侵入者としてしか見ていないようだった。それも当然で、あの時ハジメを追いやった怪物はハジメと同じく、奈落へ落ちていたのだから。

 

 もっとも今の立香にはそんなこと、どうでもいいのだが。

 

「忘れたって言うなら…味わってもらうぞ?」

 

 そう言って立香は魔術回路を全開にする。そして口ずさむは超短詠唱の魔術。立香がある意味、もっとも得意としている魔術だ。

 

「ーー“ガンド”×15」

 

 ふざけた詠唱だった。しかし立香にはそれで十分。指からいくつもの魔弾が連射される。

 

 その魔弾はあの日のものよりも巨大で速かった。ベヒモスの身体に直撃すると、前脚を浮き上がらせて立香に隙を晒した。

 

 そして立香は次に魔力を己の力に変える。発動されるのは燃費自体が悪く、邪道と言える技。しかし立香にはどうしようもなく相性の良い魔術の一つ。

 

「ーー筋系。神経系。血管系。リンパ系。擬似魔術回路変換、完了」

 

 魔術回路が全身にまで渡る。とある魔法少女が誇る宝具を真似たものなのだが、どこぞのエミヤを連想させるほどに己を傷つける技でもある。故に身体に致命的な欠陥が出ないようにするにはこの技は一瞬にする必要がある。

 

 だが立香にとってはその一瞬で十分だ。

 

 足を踏みしめ、発動するのは…“身体強化”。

 

 暗き迷宮は純白に染まり上がる。もちろん立香の魔力のあまりの多大さ故の過剰な魔力光によるもの。

 

 目の前で光を帯びる立香にようやくベヒモスは察する。立香が尾を踏んではならぬ虎であったと。そして自分がどういうわけかその尾を踏んでいたのだと。

 

 本来、衝突という攻撃手段しか持たぬはずのベヒモスがこの時始めて後退を選んだ。それは迷宮の魔物にあるはずのない『逃げ』。しかし前足が地面についていない状態では空に浮く脚をかくぐらいしかできる術はない。

 

 逃れることのできない目の前の光景に『魔獣』は生来得ることのないはずだった恐怖を知った。

 

 しかし立香はさながら死神のように告げた。

 

「ーー奈落に堕ちてろ」

 

 純白が爆ぜた。

 

 揺れるは橋。波打つは空気。

 

 そして吹き飛ぶのは『魔獣』が視界。見ていた世界が一転。ことごとくをシェイクされる。

 

 立香が放ったアッパーカット。単純が故に対処の困難なそれはベヒモスを吹き飛ばし、奈落へと追いやる。

 

 ベヒモスが重力に従い落ちる様を確認すると立香は魔術回路を一斉に解除した。倦怠感が体を支配するが、立香には関係のないことだった。

 

「みんな〜、終わったよ! 早く次の階層行こう」

 

 すると階段から降りてきた英霊達が立香の言葉に唖然とする。

 

「え? 先輩ならてっきり奈落で大胆なショートカットをするのかと?」

「だな。ステラ野郎の心臓に悪いアレにすらも躊躇なく飛び込めるんだ。てっきり落ちるんだなってばかり…」

「急に人間らしい感情を思い出したか?」

「逆に俺、何か重病者扱いされてない? ねぇ、ねぇ」

 

 なお立香は最近、ビビるという体験はほぼしていない。某周回王さんの紐なし逆バンジーや某黒王のライディングにも普通のように対処している様は最近の『カルデア七不思議』の一つに認定されていたりする。曰く、「え、あのマスターの鋼の精神一体なんぞ?」的な感じで。

 

 確かにそうなってくると立香が本当に可笑しいのだが、立香にその自覚は皆無。故に三人は立香の疑問には答えず、奈落から落ちない立香を不思議そうに言及した。

 

 自分に対するイメージを問いただしたかった立香だが、溜息を吐き理由を言う。

 

「別に奈落から落ちてもいいんだけど、代わりにそうなってくるとハジメと途中ですれ違う可能性があるでしよ? だから俺は階層一つ一つを踏破した上でいこうと思ってる」

 

 つまりは安全第一(ハジメの)で行こうぜ!ということらしい。

 

 訳を聞くと三人は安堵した。ただ安堵の対象が立香的には非常に解せなかったが。

 

「なるほど。先輩にはそんなお考えがあったのですね!」

「良かったぜ。マスターの脳みそに何かあったら親父殿にキレられるところだったぞ」

「貴様、どれだけ我々が心配したと思っておるのだ?」

「え? 責められるの俺なの? ねぇ、ねぇ?」

 

 解せないなぁと言いつつも立香は結局進むしかなく、この後も続くであろう迷宮踏破に挑むのであった。

 

 

 

 そして今立香は地上から考えて百階といえる地点まで降りていた。なおここに辿り着くまでに費やした時間は入り口から二時間と経っていない。軽く考えて世界新記録である。

 

 だが立香の顔は晴れない。その理由はもちろん一つ。

 

「ハジメ…」

「見つかりませんね。ハジメさんならば無事なのでしょうが…」

 

 一つ目はハジメが見つからないと言う点。すれ違いの可能性は四人の索敵能力から見て無いと考えていい。

 

 ならばハジメは死んだと考えるのが通常だ。地上では事実、百階こそがこの迷宮の最下層であるはずなのだから。

 

 しかし立香の目の前にあるのは『門』だ。さらに言うならばその『門』こそが更なる下の階層へと続く扉(・・・・・・・・・・・・)なのだ。

 

 そして立香が見るからにハジメが生きているとするならばこの先にいる可能性が恐ろしく高い。それは奈落の底がこの階層になってもまだ先があったからだ。

 

(そんな高い場所から落ちて…ハジメは無事なのか?)

 

 最悪なにかがクッションになっていれば…と立香は考える。ここまで少しずつ芽生えていた不安が一気に心の中を支配していく。

 

 ーーあの時のように、手遅れではないのか?

 ーー今までのように、無駄な足掻きだろう?

 

 思い出される己の罪の数々。その中にハジメの血に沈んだ姿が幻であるはずなのに鮮明に映し出される。

 

 そう思うと立香は恐怖した。『大事』を守りきれないという可能性を。あの苦渋の記憶の再現を。心の奥から恐怖した。

 

 だが立香は一人ではない。

 

 立香の拳に暖かい温もりが訪れた。いつのまにか音を鳴らすほどに握りしめていた掌が自然と解ける。笛のような音を鳴らしていた喉が正常に戻る。

 

 そして立香は己の手を握る最愛の笑顔を見た。

 

「…マシュ?」

 

「はい。私はここにいますよ、先輩」

 

 その言葉だけで恐怖に怯えた体から震えがスッと消えた。立香の心を風が凪いだような、そんな気がした。

 

 ーーきっと大丈夫だ。

 

 そんな確信が立香の中に現れる。

 

 そして立香の言葉を待つ三人の仲間に立香は告げる。

 

「ここからは地上で存在すらされていないとされる完全未知の領域だ! 俺だけじゃきっとここを潜り抜けるのは無理! だから…力を貸してくれ」

 

 もちろん三人の答えは決まっていた。

 

「ハッ! 上等だ! 俺はテメェの騎士! どこまでもついて行ってやるよ」

「ふん。今更なものよ。ここで怖気付くような者、英霊とは名乗れまい」

 

 二人の信頼できる仲間は立香にそう答える。

 

 そして最愛もまた答える。

 

「先輩の横だけが私の居場所ですから。どこまでもお付き合いいたしますよ」

「…マシュ。みんな。ありがとう」

 

 そして立香は目の前の『門』を見つめ、やがて叫ぶ。

 

「行くぞみんな! 真の迷宮、攻略開始だ!」

「はい!」「おう!」「わかった」

 

 立香はそして扉に手をかけて、押す。キィイと金属の擦れる音が鳴り、重厚的な重みが立香の掌に伝わった。

 

 立香が目指すのは迷宮の最下層。そして親友の元。それらに思いを馳せ、立香は攻略を決意する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそ。異端者一行様方」

 

 そして狂気の神の眷属は色の落ちた漆黒のマントを纏い現れる。




最後のキャラはなお前のお話のあの方ではございません。
完全なこの作品のオリキャラです。
そこの辺りご注意を。


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異界の英霊

少なめですかねー。
しばらくはそこまで多くならないよね!
ま、是非もないよね!


 ーー立香side

 

「ようこそ。異端者一行様方」

 

 目の前に立つのは全身を色あせた黒のマントで包み込んだ男の姿。顔は見えない。純粋に陰りがその顔には指しており、不思議とその顔は輪郭をはっきりとさせない。ただ猫背により小柄に見えるその背中には男の背丈に似つかわしいほどの銀の大剣。にも関わらず手にする獲物はいくつかのナイフ。だがそのナイフには血がナイフに赤錆のようにこびりついていた。

 

 立香の肌に走る怖気。本能的に感じ取った濁ったような何か。それが男からは感じられた。

 

 いや、立香はこの嫌な感じを知っている。そう立香が『使徒』達に別れを告げた直後の、あの狂人のような信仰心だ。

 

 何故男が自分達が神に背く意思を持っているのが分かるのかは見当もつかない。しかし立香は間違いなく敵であると目の前の男を認識した。だが神の僕だとしてもこんな階層にたどり着けるなど可笑しい。

 

 何故だと考えていくうちに、立香の頭の中でムジークの言葉が蘇っていた。

 

 ーーそちらの世界にはどういうわけか…聖杯に近い存在が7つある

 

(もしかして、目の前のあの男は地下の聖杯から召喚されたサーヴァント!?)

 

 ここまでたどり着いた経緯といい、立香達の都合を知っていることもそれならば辻褄が合う。

 

 聖杯は現界させたサーヴァントに知識を与える。並小さい出来事ならば知識には入ることなどないが、立香ほどの実力者が教会に反発の意思を示したのだ。あの一件がきっとこのサーヴァントにも入っていると言うのは自明の理。

 

 そしてこちらのサーヴァントであるならば、知名度補正は言うこともないほどに大きい。それこそ立香達が受けている知名度補正など比較にならないほどに。

 

「…へぇ。少しは骨がありそうじゃねぇか」

「真の迷宮とやらは少しは楽しめそうであるな」

 

 一方でモードレッドは犬歯を剥き出しにし、スカサハは槍を構える。二人とも大胆不敵に笑ってみせるが、しっかりと目の前のサーヴァントの脅威を感じ取っていた。瞳の光が剣呑さを増す。

 

「ほう。心地良き殺気であるな。良き(かな)良き(かな)

 

 そして目の前のこちら側のサーヴァントは、名乗りを上げた。もちろん真名は隠した上で、だが。

 

「我が名は…そうだな『神山のアサシン』とでも名乗っておくとしようか。汝らの相手をつかまつろう」

「『神山』?」

 

 立香にはそこが頭に引っかかった。本来ならば聖杯の召喚は何かしらの因果を持った上でサーヴァントが現れる。それは例外の多かったグラウンドオーダーの旅でも殆ど変わりは無かった。

 

 ムジークから聞いた話では『神山』にも聖杯の気配があったと聞いている。ならば『神山』と深い関わりを持つサーヴァントならばそちらで現れるのが正常だろう。

 

 だがこのサーヴァントはそれを明らかに無視している。立香からすればそれは不可解なことであった。

 

 しかし『神山のアサシン』は柳に風と立香の困惑を受け流す。そしてついでとばかりに立香に煽りとも取れる言葉を告げた。

 

「気に留める必要は有らず。所詮はこの迷宮で朽ちる身であろう。ならばその灯火如きの命、ここで燃やすが懸命なり」

 

 するとそれに反応したのは立香ではなく、モードレッドだった。

 

「さっきからご大層なことばっか言ってやがったが…テメェの目は節穴か? 芋虫」

「…芋虫と呼ばれるとは心外であるがな。我の目の何処が節穴であるか?」

「マジかテメェー。自覚無いとかマジで末期だろ! こりゃあ傑作だ! 極まってんなぁ、狂信者とやらは!」

「戯れ言は要らぬ。我の目の何処が節穴たるか答えよ、女」

 

 モードレッドは一瞬、肩を震わせた。しかし直ぐに口に笑みを浮かべると、『神山のアサシン』に向かって指摘した。

 

「テメェはマスターの命が灯火程度つーたな。それに関しては全く否定しねぇよ。実際こん中で一番ザコだし。よっえーし」

 

 立香は静かに泣いた。いや、たしかに弱いですけど。それでも出来ればオブラートに包んで欲しかったかなと思わなくは無い。背中を撫でてくれるのはマシュだ。流石は正妻、気遣いが違う。

 

 一方で『神山のアサシン』は不思議そうに首を傾げた。

 

「ならば汝が否定する訳が分からぬ。不明瞭である」

「ハッ! 単純だ、アサシン! マスターの前ではなぁーーー」

 

 モードレッドの身体に赤雷が迸る。モードレッドの臨戦状態だ。辺り一面に電撃が走り、地面を爆ぜさせる。

 

 そしてモードレッドの宝具、『クラレント』が抜かれる。身を屈め、モードレッドは砲声する。

 

「ーーーんなことじゃ絶望にすらもならねぇってことだよ!!」

 

 赤雷は今地面を這い、剣を振るった。

 

『最優のクラス』、セイバー。その内の一人であるモードレッドは単純な戦闘のみではカルデアの中でも上位。奇襲を得意とするアサシンクラスであれば避けることは兎も角、真っ向から太刀打ちなど不可能。

 

 ーーあくまでもそれは普通の場合(・・・・・)に限るが。

 

 金属特有の鍔迫り合いの音。軋み合う『クラレント』とアサシンのナイフ。小振りでありながらモードレッドの一閃を真っ向から受けてしまう有様は下手なCGのようにも思えた。

 

「ーー赤雷よ!!」

 

 瞬間モードレッドの剣から稲妻が走り、アサシンを強襲する。電撃に蹂躙されるアサシン。抗う術などありはしない。

 

 しかし再度言おう。ーーあくまでもそれは普通の場合(・・・・・)に限るが。

 

「…笑止。羽虫の方がまだ張り合い様が有るぞ」

 

 アサシンは尚も健在。マントの奥から覗く瞳が不意に揺らめく。

 

「避けてみせよ。女」

「っーーー!!?」

 

 ナイフの赤錆色がモードレッドの視界を埋め尽くした。モードレッドは“直感”に従い紙一重で避けるが、それでも追いつかない。モードレッドの肌にはすぐにいくつもの傷が刻み込まれた。

 

「っ! “ガンド”!!」

「見えているぞ。童」

 

 見兼ねた立香がアサシンに向けて、高速の弾丸を放射した。だがアサシンは難無く迎撃。それどころか空中で回転すると赤錆の短剣がいくつも立香に向け、発射される。

 

「させるかよ!!」

 

 それを防ぐのはモードレッドの雷撃。指向性を持たせた雷はナイフの推進力を殺し、地面にはたき落とす。

 

 思うように行かなかったアサシンに背後からの新手。赤き槍がアサシンへと刃先を向ける。

 

「しかと喰らえ」

「否。喰らわぬよ」

 

 アサシンが木の葉のようにごく自然とスカサハの一撃を避ける。空中であるまじき回避。武術の高みの一端にいるスカサハと言えど瞠目する。

 

 マントがはためき、スカサハの視界を埋める。それによりスカサハの動きが刹那の合間に止まる。そしてそれほどの隙が許されるような相手をしているのではない。

 

 いくつものナイフがスカサハの肌を裂く。地面に赤の斑点が散らばり、スカサハの顔を苦悶に滲ませる。

 

 三騎士クラスの二人をしても、ものともしない一体のアサシン。その存在に立香は冷や汗を垂らした。

 

「知名度補正…ここまでの違いがでるのか!?」

 

 アサシンたる敵がモードレッド達に優勢をかざしている理由が立香にはそれぐらいしか思いつかなかった。しかしその言葉は事の当事者によって直ぐ様否定される。

 

「そんなんじゃねぇよ、マスター!! コイツは…きっと素で強い! サーヴァントなんて器じゃなくてもだ!」

 

 するとモードレッドとスカサハを襲っていたナイフの群れが止んだ。それと同時に辺りに響く拍手の音。

 

「ほう。慧眼であるな。女」

「たく…何でいきなり攻撃の手を緩めたんだ? 余裕ぶっこいてんのか?」

「そうとも言えるのだが…どうせだからな。我が神の遊戯用の駒を一つ、ここで潰すのは惜しいと、そう思ったまでよ」

「…んだと?」

「貴様、神が狂っていることを知っておるのか?」

 

 アサシンのセリフはまさしく立香の考えと同じく、エヒト神が狂っていることを理解した上での言葉だ。でなければこの世界の人間のことを『駒』などとは言わないだろう。

 

 するとアサシンは可笑しそうに、笑った。

 

「今更であろう? 我は故に…この身を神に捧げたのだ。悲劇を二度と、繰り返さぬためにもな」

「悲劇? …お前は神が狂っていることを何とも思わないのか!?」

「思わぬよ。そんな青い感情などとうの昔に捨てた。我は神の遊戯の駒故に。…おっとそろそろ『キャスター』が来るな。退散させていただこう」

 

 どこか感慨深く、そして自嘲気味に思えるように立香に告げたアサシンは何かに気がついたようだった。そしてその姿を奥に消していく。

 

「少しの間、さらばだ異端者。次合間見えた時には…我が殺法の真の極致をお見せしよう。…その前にきっと奴に貴様らは消されるだろうがな」

「…『奴』?」

「見ればわかる。…おっと我ながらお喋りが過ぎたようだ。…それでは」

 

 赤い血に濡れたオルクス大迷宮の真の一階。モードレッド達が起き上がる中、立香だけは。

 

 立香だけは嫌な胸騒ぎを感じ取っていた。




アサシンさんマジ強い(汗)
ま、そんぐらいの強キャラだからしゃあないんだけど。

なおこのキャラに関しては相当考えてあります。
早く正体かけねぇかなぁ?


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45階層

はいはーい、ここ最近コメント欄のお陰でテンションあがってる単純な私でーす!
ここでUA20000突破!ありがとうございます!
これからも誠心誠意努めていきたいと思います!


 ーーハジメside

 

「…煩わしいな」

 

 オルクス大迷宮の奈落の底。更にその奥地に存在する『真の迷宮』。そこで男はただ一人で45階層まで辿り着いていた。

 

 そして辺りにいたのは夥しいほどに視界を埋め尽くす蟲型の魔物の群れ。その全てが地上で最強と恐れられる『魔獣』ベヒモスを上回る性能と厄介さを持つ。中にはムカデ型の魔物や樹の形をした魔物までいた。

 

 本来ならば物量で押しつぶされ、この男は死ぬだろう。しかし男は軽く周囲を一瞥すると、己の獲物を抜いた。

 

「ーー死ね」

 

 それは単純で平凡なありふれた、しかし死刑宣告にも聞こえる男の声。そして次に発せられた声をきっかけとして魔物達は…殲滅される。

 

「ーーー“投影開始(トレース・オン)”」

 

 男の頰と右腕の紅が鮮烈な光を放つ。それだけが魔物に許された最後の光景。見えたはずの光景が黒く塗りつぶされる(・・・・・・・・・)

 

 その声に続くように響いたのは轟音と断末魔。そして繰り広げられるは地獄の再現。奈落の底で、魔物達は怪物から逃れることすらも不可能だった。

 

 だがここで死ねた魔物は幸せだっただろう。何故ならば激痛を一瞬患うことでこの世から去れたのだから。

 

 あえて残された魔物は爆心地の中心がふと目に入った。そこにあったのは紅き光の筋が入った地面の壁。そしてそこから現れたのは、健在の怪物の姿。

 

「さて…お前らには俺の糧にでもなってもらうぞ?」

 

 そして殲滅に要された時間は2分とも経たず、終幕する。

 

 残されていたのは炎の残滓と…喰い千切られた魔物の死体の数々。蹂躙という言葉でも足りないほどのワンサイドゲーム。その犯人は魔物の殻ごと噛み砕く。本来ならば魔法でさえも防ぐほどに強固であるはずの殻を煎餅のように喰らう姿は、間違っても人ではない。

 

 もはや体を蝕んでいる痛みすらも気にならないようだ。全てを軽く平らげると何事もなかったかのようにそこを後にする。だが、男にはするべきことがあと一つ。

 

 死臭漂う樹海の成れの果て。その真ん中で聞こえる、ただ一つの契り。『最弱』が階層を降りる度に己に言いつけるように、つぶやく言葉。

 

 そしてその掟はこの場においても例外ではない。

 

「俺に残っているものは何もない。何も覚えちゃあいない。故に俺が唯一妥協できないのは命のみだ。それ以外は、何も要らない。だからこそ、俺の前にいる者は全て殺す。殺して喰らう。それが俺の唯一のルールだ」

 

 ふと首に巻いてある襟巻へと自然と行く指。何故かは分からないが不意にその温もりを求めた己の体。

 

 自分でも思いすらしなかった行為に男は呆然とする。だから口から不意に出たその言葉も何ら不思議ではない。

 

「俺は…何者なんだ?」

 

 現在男、ハジメが踏破した階層は、39層。

 

 ーー再会の時は近い

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

『神山のアサシン』と戦い合い、三日の時が経つ。あれ以降は特に苦労することなく到達階層を増やしていっている立香達。

 

 その間色々あった。石化光線を放ってきた魔物を見て全員が「アレ、メデューサ!? メデューサと血縁アリ!?」と少しだけ思っちゃったり、六本の足を持つ猫を見て困惑したり、毒カエルの魔物に対し平然と立ち向かっていた立香が逆に魔物に驚かれたりと色々あった。

 

 また階層の至る所に黒く粘つく泥のような何かがあった階層はモードレッドが静まり込んだ。曰く「オレの“直感”が告げてんだ。オレ、ここで無闇に動くなって」とのこと。そこではスカサハがサメを一突きで仕留めたので良かったのだが…。階層を抜けてから泥を一部拝借し、モードレッドに雷で着火してもらった。結果、凄く熱かった。みんなが“直感”に感謝した瞬間だった。

 

 ある階層では魔物ではない豚のような動物を発見。その瞬間全員が一時的に発狂しながらその動物を乱獲した。久々の新鮮な肉だったので仕方がなかったが、全員がその時のハイテンションぶりを恥じたりしていた。

 

 大体そんな感じで順調に進んでいった立香達。しかし立香を始めとする一行の顔は、途中から階を進むたびに困惑したように硬直していく。否、立香達は進むたびに確かに困惑していた。違和感を感じていっていた。

 

 別に階層を進むたびに魔物達がそれほど強くなったわけではない。むしろ立香達が到達階層が上がる程に攻略速度は確かに増している(・・・・・)。そしてそれはこの44層でもまた、同様であった。

 

 その理由は至極単純。魔物の姿が跡形も無くなっているためだ。

 

「どうなってるんだ…」

 

 立香の目の前にあったのは焦げた階層と食い破られた魔物の死体。とても人のするようなことではなく、立香は絶句する。

 

 スカサハもまた警戒心を跳ねあげながら、考えられる限りのことをまとめていく。

 

「『神山のアサシン』が要因ではあるまい。奴が我々の攻略難易度を下げるような真似、わざわざせんだろう。むしろアサシンクラスだ。何かしら裏工作などをして、我々を妨害するのが自然よな」

「確かに…なら犯人は誰が?」

「『神山のアサシン』が言っていた限りではこの真の迷宮では我々以外にも二人、『何か』がいる」

「…『奴』と『キャスター』のこと?」

「それ以外には考えづらい。もっとも貴様の話を聞く限り、その二人の候補どちらにも南雲ハジメとやらはおらんだろうが…」

「っ…」

 

 ハジメの手がかりは未だに一つも見つかっていない。どの階層にも残っているのは些か派手すぎる『何か』の痕跡のみ。威力も酷く大きく、魔物を食い荒らすという人ならざる技。もちろんただの錬成士の範囲に留まるハジメにもできるわけはない。

 

 そんなわけで今のところハジメは見つかる様子が一切無い。立香は静かに追い込まれ、それでもまだ下にいるかもしれないと望みをかけて降り続けている。

 

「先輩…」

 

 マシュも寄り添うことしか出来なかった。無闇に「大丈夫」などと軽く言えるようなことではない。それをマシュは長年におよぶ立香との付き合いでしっかりと理解していた。

 

 モードレッドやスカサハもまた静まりこむ。場に不自然なまでの静寂が訪れた。苦々しい間であった。

 

 それを食い破ったのは、不意に下の階層から訪れた凄まじいまでの熱気。地面から燃えるような高温が立香を炙った。

 

「これは!?」

 

 間違いなくアサシンの言うところの『奴』か『キャスター』だ。下からの熱は迷宮を尋常ならざる方法で踏破している者が生み出した地獄の余波。

 

 瞬時に状況を理解する立香。そして走り始めると三人に指示を出す。

 

「急いで下に降りよう! もしかしたら…ハジメの情報を持っているかもしれない!」

 

 立香は『神山のアサシン』以外の人から情報を手に入れようとしているらしい。非常にハジメに辿り着くには無謀にも思える。だが立香はそんな無謀を乗り越えてきた男。故に三人の答えは、勿論肯定。

 

「はい!」

「しゃあねぇ! 行くぞ、スカサハ!」

「命令するで無い、男女」

「よぉし! 後でテメェ墓送りにしてやんよ!」

「お二人とも早く!」

 

 割と余裕感が抜けないが、それでも立香が走る元へと三人もまた駆けていく。向かうのは45階層。恐らく獄炎のような光景が広がるであろう場所へ。

 

 一方で立香は三人のことを忘れたかのように無我夢中で走る。それこそ魔術回路による“身体強化”を全力で行使してまでだ。それほどまでに立香を突き立てるのはハジメが見つからない故の焦りによる衝動。そして一縷の望みにかけたが故の必死さが立香の足を前へと突き動かした。

 

 やがて階段を下り終わり、立香は目の前の光景を見る。

 

 炎に彩られる世界。そこらの魔物に炎は移り、見栄えの悪い円舞曲を踊っている。本来ならば湖があったはずの階層は今、完全にその輪郭を確実に失っていく。これが上層のような光景を生み出した過程であるのだろう。

 

 立香の視界は赤色ばかりで染め上げられる。炎を鎮火させるために何かしらの『宝具』を使おうとした立香。

 

 しかしその手は不意に目に映ったものにより静止せざるを得なくなる。

 

 血のような赤の炎が揺れ、渦巻く荒廃の地の中で確かにそれは存在を示していた。

 

『紅』の光が。

 

「ーーーッ!!?」

 

 見覚えのある『紅』の魔力光。それは立香が他にいない親友といた時、練習風景としてよく見た光の色。

 

『魔獣』を前にした絶望の中、一人だけ前に立って『最弱』の魔法を行使し、誰一人をも救ってみせた親友の力の色。

 

 そしてそんな親友が形見のように持っていた襟巻の色。

 

 マシュもまた立香の視線の先を探り、そして見つけたようだ。他に染まることない強固な光を。

 

 光を放つのは異常に突起した地面。いくつもの『紅』の回路が走り、『盾』としての力を“強化”している。他ならない親友の師が得意とした魔術の一つ、“強化魔術”だ。

 

 これを見て立香の中の直感は、確実な現実へと昇華される。

 

「…ハジメ。ハジメなのか?」

 

 それ以外には考えられなかった。この世界でエミヤの技を知るのはここにいるメンバーと香織、そして行方不明だったハジメのみだ。そして本当に使うとなれば、エミヤが「才能がある」と言った親友のみだろう。

 

 何故、親友が魔術を使えるようになったかは分からない。それでも喜びを胸に、未だに燃え上がる炎を立香はおもむろに歩く。目指すのは勿論、『盾』を担う土の壁へと一歩ずつ進んでいく。

 

 これから起きるであろう再開に、三人は微笑んだ。立香の様子で悟ったのだ。あの中にいるのが恐らくは立香が探して求め続けた『大切』なのだと。

 

 やがて回路が壁からスッと引き、土の壁が地面へと還元されていく。壁の先にある男もきっと立香の気配に気がついたのだろう。動揺の気配が微かに、されど確かに感じ取れた。

 

 そして壁がついに一人の人間を隠すほどまでの大きさとなり、顔が現れるであろうという時。

 

 一気にその場は動き出す。

 

 きっかけはただ一つ。壁の奥から聞こえた冷酷(・・)な声。

 

「ーーー死ね」

 

 立香が硬直する中、壁の先にいた男が持つ黒い銃。その殺意の先が恐ろしい光沢を宿らせていた。




結構気になるところで終わったかもですが…ついにハジメと立香合流!
さて、次回以降どうなるのか!?

続く!


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紅の悪魔

多少遅れましたかね?申し訳ありません。
今回は何度か書くの失敗したので…やり直し回数がちょっと…

ま、ともかくどうぞ!


 ーー立香side

 

「ーー死ね」

 

 壁から覗く、黒光りの銃口。立香はそれが己に向いていることを確かに見た。

 

 立香を見つめる紅の瞳。そこには最早、感情は無くただ立香を『殺すべき対象』として見つめる。

 

 男は引き金を引く。迷う事なく敵を死へと直結させる武器を立香に向けて。

 

「何を呆けておる!? マスター!!」

 

 スカサハがハジメをその場から吹き飛ばし、槍を振るった。同時に場に響くのは乾いた音。スカサハと男の間で火花が弾け、衝撃を生み出す。

 

 本来ならば有り得ないような銃の無効。しかし男は攻撃の手を止めない。引き金に引っ掛けている指に力を込め、リボルバーを回転させる。スカサハもまた飛来する弾丸を視認、そして一つも見逃す事なく槍にぶつけて相殺する。

 

 一方でその姿を吹き飛ばされていた先で男の姿を確認する。すると全く己の親友とはかけ離れた姿をその男はしていた。

 

 まず体格が違う。ハジメの体格は一般的なオタクな高校生といったもので、それはこちらの世界に来てからも変わらない。しかし目の前の男は筋肉の密度もかけ離れており、身長も威圧感を発揮するような高さまで届いていた。左腕は欠けており、無残に抉れている。

 

 また男の肌には赤黒い線がいくつも伸びていては脈打っている。まるで魔物にある血管のようだった。髪など白へと抜け落ちたかのような状態に、瞳は紅く純日本人であったハジメの姿はない。

 

 それでも立香はその男をハジメだと肯定する。

 

 たとえ姿が違えどよく見れば顔はハジメのものからあまり変わってはいない。更に銃を作り上げる知識や錬成の技術はハジメ以外には考えづらい。何よりも魔力光の紅がハジメの存在を確定させる。

 

 ーー彼の魔術回路はそれこそ身体が変質するレベルで無ければ解放されない

 

 かつてエミヤが言っていた言葉を立香は思い出した。ハジメの頰や右腕で爛々と輝くのは間違いなく『魔術回路』。ならばその覚醒の鍵は一体どこで手に入れたと言うのか。想像することすらも困難である。

 

(ハジメは一体…どれほどの苦難を!?)

 

 そんな時に側にいてやれなかった悔やみ。立香は唇を噛み締めた。

 

 

 

 一方でハジメとスカサハの均衡もすぐに崩れた。ハジメの銃はレボルバー式。一度に装填できる弾の数は限られている。スカサハはそこを狙ってハジメに接近した。

 

「チッ!!」

 

 ハジメは忌々しそうにスカサハへ舌打ちを送る。だがスカサハはそんなもので攻撃を躊躇うような英霊ではない。ハジメに確かなダメージを、されど致命傷にはならないように槍を持ってハジメの後頭部を打とうとする。

 

 しかしそこで聞こえたのは、予想外の言葉。

 

「…“錬成”、“強化”」

 

『最弱』の魔法と物質の性質を高めるだけの魔術。本来ならば戦闘には用いられることのない二つの技。エミヤの技を再現していることには驚くが、この場では適していない。

 

 しかし立香は思い出した。ハジメは『最弱』と呼ばれていた頃ですらも恐ろしいほどの力を持っていたことを。そして変質した今、それすらも凌駕していることを。

 

「ッ!!?」

 

 スカサハはいち早く反応した。己の下から現れる武器(・・・・・・・・)に。紅の筋を纏った土の槍がいくつもスカサハに強襲した光景に。

 

 スカサハは合間を縫って、紙一重で避けていく。槍で砕こうとしないのは“強化”による強度を舐めてはいないためだろう。

 

 だがこの間にもハジメはスカサハの領域を抜け出し、リボルバーを回す。そして懐から弾丸を取り出し…

 

「させねぇっ、よ!」

 

 赤雷が落ちた。ハジメの後頭部を確かに狙い撃った一撃。モードレッドが今まで息を潜めていた真の理由。ハジメは確かに油断したその時を突かれたのだ。

 

 ハジメの手から弾丸が零れ落ちた。それと同時に“錬成”も止まる。魔術回路も点滅し始めた。

 

「大丈夫だ、マスター! 死んではいねぇよ! んなことよりも早く安全地帯に行こうぜ!」

「う、うん。ありがとう、モードレッド。スカサハ。助かった」

「マスターめ。油断してくれおって。お陰で我もなかなかに危うい状態におったわ」

「ごめんごめん。次は油断しないようにするよ」

 

 ハジメが何故こんなことになったのかは分からない。しかし兎も角ハジメが無事であることに安堵した立香。同時に自分も相当平和ボケをしていたのだなと反省した。

 

 モードレッドがハジメを担ぐ。力無くハジメはモードレッドの成されるがままとなる。

 

 そして兎も角階層の階段で一時的に休憩することにした。その時。

 

「あ?」

 

『紅』が、再び爛々と輝いた。勿論、モードレッドの赤雷ではない。

 

 誰もが理解する前にその『紅』の男は動く。

 

「“身体変形”…“豪脚”」

「ガッ!!?」

 

 気を失っていたはずのハジメが嘘のようにモードレッドを吹き飛ばし、空中を踊る。否、ハジメは空気をさも当然のように駆ける。

 

 やがてモードレッドが壁へと衝突し、ハジメが遙か遠くに着地する。先程モードレッドから喰らった赤雷のダメージは一切見られない。むしろ先程よりも動きのキレは増している。

 

 同時に立香は見た。ハジメの脚を。紅い血管が夥しいほどに現れ、凶悪さを増させたその脚を。

 

 事実吹き飛ばされたモードレッドは攻撃の寸前、鎧を顕現させて身を守った。しかし蹴りはそれを容易に砕き、モードレッドへとダメージを与ええていた。

 

 どこが『最弱』か。もはやハジメの体は魔物よりも歪であった。危うさすらも感じさせる超変化。同時に空中を跳ねる動きには見覚えがある。最初の階層で見た兎の魔物。その特徴に似ていた。

 

 立香が胸中に名状しがたい不穏さを覚える一方で、吹き飛ばされたモードレッドは再び『クラレント』を降臨させる。そして己の身体から赤雷を迸らせる。

 

「…テメェ。覚悟はいいんだろうな」

 

 モードレッドがここで遂にキレた。赤雷がモードレッドの感情を表すように立ち昇る。“魔力放射”。ここでモードレッドは本気を目の前の標的に見せる。

 

 一方でハジメの方は笑った。獰猛に、狡猾に、そしてどこか狂ったかのような笑みでモードレッドに応えた。

 

「むしろ本気を出してなくて負けました。なんて言うなよ? 本気で来い」

「上等だ。…死ねぇ!!」

 

『クラレント』が極光で辺りを蹂躙する。赤雷と共に高まる魔力量。

 

(まさか…『宝具』っ!?)

 

 いち早く立香はそれに気がつくとモードレッドを止めるために声をかけようとした。

 

 しかしそれよりも先に響く、死神の声。

 

「“投影開始(トレース・オン)”」

 

 ハジメの魔術回路が一瞬、爆発したかのような光を生み出す。そして次に変化が現れたのは、頭上。

 

 モードレッドも。立香も。スカサハも。マシュも。全員が上を見上げた。そして同時に“投影”された代物に目を剥いた。

 

 黒い粘ついた泥のような何か。かつてモードレッドが“直感”で躱すことができた地獄の再現。しかし今度は避けることなど不可能。モードレッドの『宝具』も既に半解放済み。危機を回避するにはあまりにも遅すぎた。

 

 ーー3000度にも及ぶ地獄の業火。その身でとくと味わえ。

 

 そそり立った紅き壁の向こうで、ハジメがそんなことを言ったような気がした。

 

 モードレッドの赤雷がついに黒き泥へと接触した。故にここから始まるのは、地獄の再現。

 

 立香はようやくここで理解した。ハジメはこの状況に追い込むために、自分たちを一纏めにして発火剤となるモードレッドをキレされたのだと。つまりはハジメは元から気絶などしていかったのだと。

 

 歯軋りしながらも全滅を避けるために、立香達は全力を尽くす。同時に立香も切り札の一つを解放した。

 

「ーーー令呪を持って命ずる!!」

 

 そして炎は産声をあげる。迷宮をことごとく灼土へと変え、今ここで燃え広がる。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「結局は魔物と同レベルか…。殺意もねぇし、俺が狙いだったようだし…結局何者だったんだ?」

 

 “錬成”で急遽作り上げた壁の中でハジメは首を傾げた。今までの魔物は全部殺意のみでハジメを潰そうとしてきた。しかしむしろ今回の四人はどうもハジメを救おうとしていたようだった。

 

 もしや以前の(・・・)の知り合いか?とは思うものの、すぐにそのような興味は消す。今のハジメにとっては過去などもはやどうでもいいのだから。

 

 そう思いつつハジメは“気配感知”を用いて、壁の向こう側を探った。あくまでも念のための行為だ。人間があれほどの高熱を前に生きていられるわけがないのだから。

 

 フラム鉱石。たった100度ほどの熱で着火し、辺りを3000度にも及ぶ灼熱で蹂躙する鉱石類の一種。ハジメはこれを“投影”することで自由に辺りに豪炎を見舞うことができる。

 

 なおならば何故ハジメが無事なのかといえば目の前の壁に断熱性の“強化”を施したため。“強化”と“投影”を覚えてからというもののずっとこの戦法で辺りを焼き尽くしてきた。そしてどの魔物も平等に死を与えていったハジメの単純にして最悪の技。

 

 そのため本来ならば防げるはずもない。そう思いつつもハジメは辺りの生命反応を調べ、次の瞬間瞠目した。

 

 横に飛んでその場からすぐさま離脱するハジメ。次の瞬間にはその判断が正しいことを改めて実感した。

 

「Take That, You Fiend!!」

 

 爆散したはずの赤雷が壁に落ちた。“強化”が施されているとはいえ壁は壁。砂埃を大量に舞い踊らせ、直ぐに崩壊した。

 

 だが彼女はそんな砂埃すら厄介なのか赤雷は辺りに散る砂すらも焦がしていく。中央に立つ者とは…言うまでもない発火元となったはずの金髪の女。肌が焼き爛れており、呼吸も肺がやられたのかまともに動いていないようだ。

 

 それでもなお、あの騎士は健在。あの時、ハジメは避けることなど不可能なタイミングでフラム鉱石をモードレッドに落とした。赤雷がフラム鉱石を発火させて、モードレッドを炙っていたのは間違いない。

 

 では何故所々火傷がつく程度までに落ち着いたのか。

 

 その疑問の答えは残りの三人の方にあった。黒髪白服の男の片手の文様。それが一部消えていた。

 

(なるほど。アレが何かしらの力を持っていて、コイツを無事に済ませたのか。厄介だが回数制限があるのか。なら、まだマシだな)

 

 この予想は恐ろしいまでに大正解だった。立香の持つ『令呪』。これの命令権を一つ使って、モードレッドにフラム鉱石の攻撃を避けさせたのだ。なお立香の令呪は立香のお手製だ。ある程度時間があれば作れるというのが本人談。聖杯戦争の御三家一角もお手上げ案件である。

 

 攻略方法があるならばとハジメは再び銃を取り出した。弾丸は既に込めてある。ハジメは警戒心を最大まで上げ、赤雷の敵を全力で倒すことを決意する。

 

「ぶっ込み行くぞ!!」

「ーー死ね」

 

 互いにとっての死刑宣告が響く。

 

 モードレッドは『クラレント』を手に、赤雷を推進力としてハジメへと飛ぶ。構えは縦一文字を繰り出すような形だ。

 

 一方でハジメもまた紅の雷を纏う。固有魔法“纒雷”。即席のレールガンを作り上げた真のハジメの一撃を今向けた。

 

 立香が二人を止めようとし、マシュもまた防壁により防ごうとする。

 

 しかし時はもう遅い。互いの一撃は既に放たれた。弾丸はモードレッドの頭へと飛来。剣は孤を描き、ハジメの腹へと吸い込まれる。雷と雷が今混じり合い、赤と紅が衝突する。

 

 ーー決着の時は今。

 

 誰もがそう思った。

 

「黒傘 十式 “聖絶” ーー局所展開」

「「!!?」」

 

 二人の一撃は陽色の壁により遮られることとなる。

 

 予想外のイレギュラーにハジメは“縮地”で、モードレッドは体を雷としてその場を離脱する。同時に新たな気配を掴み、見上げた。

 

 そこにいたのはひたすらに黒い男。黒い紳士服が熱風でひらめき、括られた長髪が揺れる。汚れ一つないその体はこの『迷宮』という場では異様さを際立たせていた。

 

 その男は嘆息し、瞳の間を何故か中指で空振った。何かに違和感を覚えたのかまた溜息を吐く。…何がしたいのか、全く持ってわからなかった。

 

 やがて男は、サーヴァントは告げた。

 

「僕の名前は『オルクスのキャスター』。どうぞよろしく頼むよ、神敵君達と奈落の怪物くん」

 

 奈落の底は、ついに全容を現した。




全容とか言っちゃいましたけど…あと一人そう言えばいたような、いなかったような…
出すけどね!!


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第二の英霊

がんばった…
明日も頑張る(雑になってきた前書き)


 ーー立香side

 

『オルクスのキャスター』。黒いサーヴァントはたしかにそう告げた。『神山のアサシン』が言っていた『キャスター』の正体。それが目の前の男に違いなかった。

 

『オルクスのキャスター』はハジメとモードレッドの間まで降りる。その時ハジメは目を険しくさせて『キャスター』を睨み、モードレッドは臨戦態勢を整えた。

 

 殺意が『キャスター』へと集中する。しかし『キャスター』は柳に風としていて、むしろ紳士的に右手に胸を添えた。文句無しの礼儀ではあるが、ここは奈落の底。秩序など持ち込めるはずのない場所で見せられる余裕。立香は『キャスター』の危険度を心の中で上げた。

 

 やがて『キャスター』はハジメの方をまじまじと見る。ただ『キャスター』の関心はハジメ自身ではなく、銃の方へと向いていたが。

 

「…なるほど。とんだ怪物がいたものだね。そこまで精密なものを少ない期間で創り上げるなんて。僕には到底難しいかな?」

 

 その一方でハジメもまた『キャスター』を爪の先から、持っている傘まで余すことなく目を配る。

 

「…テメェが言うか? とっくに『錬成士』って枠組み超えてるだろ。んなもんを作れるような奴の方が怪物ってもんだ」

 

 ハジメは立香達以上に『キャスター』を警戒していた。何故かは分からないがハジメにとっての明らかな格上を見た、そんな風に立香には見えた。

 

 たしかに立香にも『キャスター』は『アサシン』同様、強敵に思える。『キャスター』の場合は伝承の場所での召喚のため、知名度補正も高いだろう。

 

 それでも立香には『キャスター』が『アサシン』以上の難敵には思えない。戦闘スタイルを見ていないということもあるのだろうが、『アサシン』の方が得体の知れない強さがあった。

 

 しかしハジメは立香の反応には目もくれず、銃を『キャスター』に向ける。

 

「それで? テメェは何者で、テメェが今ここで出てきた理由は何だ?」

「先ほど自己紹介はしたと思うのだけれどね? 足りなかったかい?」

「ああ。奈落で一番の脅威だ。警戒するに越したことは無いだろう?」

 

 この間モードレッドが「一番強えのは俺だ!」と叫ぼうとしていたが、立香がステイさせる。ついでにスカサハもムズッとしていたが、そちらもまたステイさせる。マシュだけは何も言わず防御をいつでも行えるように準備していた。多少、立香の精神衛生が良くなった。

 

 すると『キャスター』は少し吹き出して笑うと、見定めるような瞳をハジメに向けた。

 

「なるほどね。でも、まず君も名乗ってくれるかな? 相手のことを知りたいならまず自分から、というのは一般的な礼儀だと思うよ」

「…テメェ、さっき『奈落の怪物』って言っただろ。それだけ知ってたら充分じゃねぇか」

「そういうことじゃ無い。あくまでも僕が知っているのは表面的な情報だけだ。君の名前も知らなければ、ここに来る前の素性も知らないしね」

 

 だからどうぞと『キャスター』はハジメに正体の開示を促す。

 

 ハジメは頭をかき、指を僅かにマフラーに触れさせる。少しの間、瞑目するとようやくハジメは『キャスター』の質問に答えた。

 

「知らん」

 

 投げやりに短く、それでも偽りのないハジメの言葉。

 

「…それは、どういうことかな」

「文字通りだ。俺自身名前どころか目覚めてからの記憶ってものが一切合切消えている。記憶喪失って奴だろう。目が覚めた頃には左腕が消えてて、幻肢痛に悩まされたよ」

 

 もういいかとハジメは『キャスター』へと問い返す。だが到底その言葉を無視できない人間がここにいた。

 

「本当なのか、ハジメ!!?」

「…『はじめ』? つーか、お前は何もんだ? 俺のフラム鉱石の攻撃も効かねぇし…魔物か?」

 

 まるで始めて聞いたように自分の名前をハジメは口ずさんだ。だが聞いても心当たりがないらしく、立香の正体の方に意識を向けた。確かに奈落の底に居られるだけの実力、先ほどまでは聞けるような状況で無かっただけに気になるのだろう。

 

 立香はようやく話を聞いてくれる状況になったことを理解し、ここでハジメを食い止めようと決意する。

 

「違う! 俺はここに落ちてくる前のお前の友人だ!」

「…はぁ? そんな俺の友人様が何でこんなところにいる? まさか助けに来たなんていわないよな?」

「その通りだ! ハジメ、俺はお前を助けに来たんだよ!」

「もしかしてだが…その『はじめ』ってのが俺の名前か?」

「ああ! 南雲ハジメ、それがお前の名前だ!」

「なぐもはじめ、か。そうか…」

 

 自分の名前を何度か復唱するハジメ。やがて納得したかのようにハジメは立香に瞳を向けた。

 

「恐らくお前にとって俺は大切な存在だったんだろうな。それこそこんなところまで来て、わざわざ手加減してまで俺を連れ戻そうとするぐらいには。…少しだけ知れてよかったよ」

「なら!!」

 

 どうか手を握って欲しい。それが立香の紛れも無いこの場での本心。しかしハジメの瞳に宿るものは、そんな想いさえも踏みにじる。

 

「だが、結局知ったところで俺には興味がない。今の俺の目的は…生きることだけだ。俺を助けるためだけに来たって言うなら、もう帰ってくれ。これ以上ここで俺の邪魔をされれば…殺しちまう」

「…ハジメ」

「勘違いするな。最早俺にとって前の俺(・・・)には一切、なんの悔いもない。そこに居たであろう、お前達もだ」

「…なんで、なんでだよ!?」

「それが俺に残された唯一のルールだからだ」

 

 ハジメは額に拳銃を当てて、告げた。

 

「俺に残っているものは何もない。何も覚えちゃあいない。故に俺が唯一妥協できないのは命のみだ。それ以外は、何も要らない。だからこそ、俺の前にいる者は全て殺す。殺して喰らう。ーーだから俺は少しでも俺の危険になる可能性のあるお前達と一緒に行く気はない。自分の命は自分で守る」

 

 それだけ言うと、立香をハジメの鋭い瞳が捉えた。そして銃口の標準は今、立香に合わせられた。そして瞳が立香に問いかけてくる。

 

 ーーお前は俺の前に立ち塞がるのか?

 

 次の動きだけで立香の運命は変わる。最悪死すらも覚悟せねばならない。常人ならば足もろとも縮こまり、大人しく手を引いただろう状況だ。

 

 しかし立香は、そんな軟弱者でも常人でも無かった。

 

「ああ。お前がなんて言っても…俺はお前の友人を止める気はない。それすらもお前が認めないって言うなら、俺は全力で抗ってやる」

 

 立香の瞳に迷いも後悔も何一つない。むしろハジメの友人であることに胸を張る。そんな風な威風堂々とした出で立ちだ。

 

 ハジメは一体、何を思ったのだろうか。茫然とすること数秒間。瞼が一度閉じられた。紅い光が、一度だけ揺らいだような気がした。

 

「…そうか。ーーなら死ね」

「“聖絶” ーー局所展開」

 

 乾いた死を招く一撃はまた一言によって遮られる。すっかり存在が蚊帳の外にいた男が何故かまた目と目の間を中指で盛大に空振らせる。習慣故に行ってしまうのだろうか、少し悲しそうな雰囲気がなくもない。

 

「ナグモ・ハジメで良かったかな? ーーここで一つ提案をしたい」

「…何だ? いきなりしゃしゃり出てきやがって?」

「まあまあ、落ち着いてくれるかい。とりあえずこの男の子を攻撃しようとしないでくれるかな?」

「もし、それでもって言ったらどうするつもりだ?」

「どうなると思うんだい?」

 

 獲物として扱っている黒い傘を担いで、逆にハジメに問いかけた。答えるまでもない。『キャスター』は言外に、立香達の味方をすることを告げた。

 

 立香がことの状況を見つめていると、ハジメが折れた。手からブランと力を抜き、それでも油断ならない半身の自然体で『キャスター』を一瞥する。

 

「それで? ここからどうするつもりだ?」

「まずは君が利口であったことに感謝しよう。それからまだ頼むようだけど…君一人でこの階層から降りて貰いたい。君だってそうしたいだろう?」

「…後ろの奴らが許しそうにねぇぞ。どうするつもりだ」

「単純だよ。“錬成”」

 

 それはハジメと同様に『最弱』であるはずの力の詠唱。だがそれがどうだ。傘の石突きの部分を地面に刺す。吹き荒れる陽色の魔力。それら全てが埒外の現象を引き起こした。

 

 地面が…割れた(・・・)のだ。

 

「チッ。ほら見ろ。化け物じゃねぇか」

 

 常識を遥かに超えたその力にハジメは悪態をついた。だがそんな僅かな間に、下の階層への穴が完成した。

 

『キャスター』はこともなさげに笑った。そしてハジメを再び見る。

 

「…分かったよ。テメェみてぇな怪物を相手にしたくもねぇし、時間も惜しい。ここは乗っかってやる」

「協力、感謝するよ。『希代の錬成士』くん」

「バカはせめて寝ぼけてから言え」

 

 ハジメは『キャスター』に罵倒を入れると、立香の方を向いて言った。別れの言葉であった。

 

「ここは引き下がる。だが…もし次も懲りずに来るならば、その時ばかりは容赦する気はない。これ以上馬鹿な真似は…やめておけ」

 

 言い終わるとすぐにハジメは穴から落ちた。落ちていった横顔はどこか懇願じみたものがあった。それにより一時的に立香は迷ってしまった。

 

「“錬成”」

 

 そして思考が定まり切る前に響く『最弱』の詠唱。それが割れた地面を繋げ、元どおりに修繕した。

 

『キャスター』は更に、この場に新たに机と椅子を地面から作り上げた。

 

 そして立香達一人一人に目を配って、『キャスター』は笑顔で告げた。

 

「さて。まずは座ってくれないかい? 今のままじゃ話し合いもまともに出来ないからね」

 

 この言葉に逆らう理由は立香達四人には思いつくことは無かった。



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奈落でのお茶会

土日なので早めの投稿です!
割とほっこり回…なのか?


 ーー立香side

 

 今立香は自分達がいる場所の情報をを思い出していた。

 

 異世界トータス。ファンタジー感溢れた世界。そんな世界でも類を見ないほどの危険地域、『オルクス大迷宮』。そしてここはその大迷宮でも未開拓領域。未だに世界に知られることのない真の迷宮。

 

 もちろんそんな場所に足を踏み込めば、誰もが足を竦ませて緊張感漂う中で迷宮を攻略していくことだろう。

 

 …あくまでそんな話は普通の場合にのみ限られるらしいが。

 

「おー、『キャスター』! この紅茶、うめぇな!」

「ふふ。褒めてもおかわりとその紅茶に合うクッキーしか出てこないよ」

「おかわり!!」

「これ、モードレッド。貴様騎士だろうに謙虚のカケラもないではないか…。あ、もちろんお代わりを所望するぞ、『キャスター』」

「なんだか癒されてしまいますね。本当に美味しいです、『キャスター』さん。すみませんがおかわりを貰えますか?」

「了解したよ。…久しぶりに人に振る舞うとなると感慨深いものがあるなぁ」

 

 めちゃくちゃまったりと、それは物凄くまったりとしていた。

 

 具体的に言えば『キャスター』が作り出したとてもカジュアルな机と椅子でくつろぎ、クッキーと紅茶に舌鼓を打つ。そんな流れになっていた。

 

 もちろんここは奈落の底。全員椅子に武器を置いたり、霊体化させていたりなどの臨戦態勢は取っている。

 

 ただそれでもこれは無いだろうというレベルでだらんとしていた。スルースキル一級品の立香でも戸惑うというもの。更に言えば『キャスター』が出してくるクッキーがネコさんやクマさんなどのファンシーなものであることもシリアス霧散の大きな要因である。

 

「…早くハジメの方に行きたいんだけどなぁ」

 

 これは立香の現在の心境である。ハジメが無事なのは分かったので少し安堵している部分はあるが気掛かりな点が多過ぎる。普段ならスルーできるであろう目の前の光景を柄にも会わずジトッと見ているのはその感情が原因である。

 

 するとハジメの方にもクッキーと紅茶が並べられた。もちろん並べたのは『キャスター』である。『キャスター』はご丁寧に砂糖やクッキーに合うフルーツソースなどを並べると、立香を宥める。

 

「彼のことを気に病むのは大切だよ。でもね、君は焦りすぎている。今もう一度会いに行ったところでさっきのように拒否されるのがオチさ。それに気を張りすぎていては冷静な判断も出来ない。ほら、デメリットだらけだろう?」

「それはまぁ、そうですけど…」

「だったら一度とことん休むべきさ。ほら紅茶が温かいうちにいただくべきだよ?」

 

 意を決し、立香はティーカップを摘まむ。じんわりとした暖かみが立香の手に伝わった。そして紅茶を一口含み、飲み込んだ。

 

『キャスター』が立香に視線を向けた。恐らくは味の感想を聞いているのだろう。立香はもちろん答えることにした。

 

「…女子力高いですね、『キャスター』さん」

「…かつて仲間にもそう言われたような気がするよ」

 

 ただ内心ではエミヤの方が凄いよなとは思いつつも言わない立香。流石にキッチンの大英雄と紳士を比べるのは部が悪過ぎるよなと反省した。

 

 なお赤い外套の弓兵は必ず否定するだろうが…

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「さて、まず僕と君たちで情報交換をしたいと思っている。いいかな、リッカ・フジマル」

「それより前に…何で俺の名前を知ってるんですか?」

 

 最もな疑問だと『キャスター』は頷いて、説明し始める。

 

「これは特殊なアーティーファクト『聖杯』から授かった知識だよ。君が今の教皇にとんでもないことをやったからね。君とマシュ・キリエライトに関しては既にトータスの人類史に書き連ねられている。神の敵、『異端者』として、ね」

 

 これで『アサシン』が自分達の事を知っていた事情が明確に分かった。『聖杯』の知識だとは推測はしていたが…そこまで大事になっていたとは。立香は地味に遠い目になった。反省も後悔もさらさら無いが、取り敢えず「めんどくさいことになったなー」感は否めないのだ。

 

 だが地上に出てからは最悪『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』を使えば強力な認識阻害が使えるので問題ない。まあ“仮装”でも問題はない。それこそハジメクラスの看破能力が無ければ無理なのだが。…本当に『宝具』の大安売りである。

 

 そんなわけで地上出てからも問題ないな、と再度確認する立香。マシュやサーヴァント勢は立香の「何かあれば『宝具』を使えばいいじゃない」的な考えにこめかみをグリグリとする。いつもランスロットのことを「穀潰し」呼ばわりするマシュやウザがっているモードレッドまで、心の中でランスロットに詫びた。

 

 情報を伝えようかと思った立香。しかしある考えが立香の頭の片隅で現れた。そしてそれは立香にとっては無視できないものであった。故に立香は愚直に尋ねた。

 

「もしかして貴方は、エヒト神の信者でーー」

「まさか。あんな奴に仕えたくもない」

「さいですかー」

 

 即答だった。

 

 この間、立香はルーラークラスから“真名看破”を借りて『オルクスのキャスター』に使用していた。しかし名前も素性も一切が封じられていた。恐らくは『キャスター』の能力か『宝具』だろうが。

 

 そんなわけで「もしやこの人もあのクソ野郎の信者では!?」と思い、尋ねたわけだったのだが、結果はこの通り。素晴らしく危ういぐらいの速度だった。顔で全力で神に対する嫌悪感を示している。凄まじいまでに首を振った。もはや立香ですら神様ドンマイと思えるほどにエヒト神を否定した。

 

 流石にそこまでオーバーに嫌っている分かると信者ではないだろうと立香は自分が知る限りの情報を明け渡した。カルデアのことや人理修復のこと、そして最終的には神殺しも辞さない意思を伝えた。

 

『キャスター』はそうか、と顔を綻ばせながらも、情報を引き出してくれた。

 

「まずエヒト神に関しては君の言う通り、クソでカスでゴミで信仰されるまでもない見事なほどまでのエセ神なわけだけどーー」

「言ってません。俺、そこまで言ってません」

「あのエヒトはこの世界を盤上として捉えている」

「聞く耳持たずですね。ええ、分かります」

 

『キャスター』にスルーされたが立香は問題ない。何故ならば『キャスター』以上に話を聞かない面子はカルデアには山程いるのだ。こんなの序の口、問題ない。

 

 そして『キャスター』の話を聞けば聞くほどに立香の顔は険しいものとなっていった。

 

 神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は“神敵”だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

 そしてその神こそが人類の味方であるはずの『エヒト神』だった。

 

 エヒト神は己の眷属に種族ごとに神託を送らせ、種族間での戦争を引き起こした。そしてエヒト神はその様を嘲笑い、また次の駒で遊ぶことをしていた。

 

 中には神の真の姿に気づき、反乱を目論んだ者もいたそうだ。しかしその反乱はエヒト神による信者達への言葉、「その反乱者こそが我が敵である」というものによって守る人々に殺されていったそうだ。

 

「もしかして…貴方も神に抗った人間だったんですか?」

「…そうとも言えるね。でも僕は最終的には撃つことができず、こうして『反英霊』としてここに顕現している。僕らでは果たせなかったんだよ」

 

 この世界ではエヒト神こそが正義だ。故にそれに逆らう者こそが『神敵』、大悪人である。

 

 だからこそ立香には許し難かった。誇り高き『英雄』が、意思も持たない『愚者』により貶められたという事実。この瞬間、立香は決意を新たにした。

 

「必ず…討ち滅ぼします」

「…エヒト神を殺すというのかい? ただの同情しーー」

「これは俺の生き方ってものです。たとえ一人でも、俺はアレを地に堕とします」

 

 それは立香が掲げる絶対。ハジメのことで怒ったことと同様に、立香の逆鱗に触れた。だからこそ戦うのだ。

 

『キャスター』はそんな立香を見て痛快そうに苦笑した。

 

「君…そんな簡単に人を信じて、騙されないかい?」

 

 立香はそんな問いにあっけからんとして答えてみせる。

 

「騙されたことなんて数しれませんけど…そうじゃないと俺も納得できませんし、こんな俺だからみんな信じてくれるんです。だから、進み続けますよ」

 

 立香はこれまで何度かも呆れるほどに手を差し出してきた。それが一般人だろうと英雄だろうと悪人だろうと、構うことなくその手を取ってきた。

 

 それは破滅の道だろう。いつか破綻するに決まっている道だ。

 

 しかし英霊達はそんな立香だからこそ認めている。守るもののために、飽くなきほどに我武者羅に人を救い出す立香を信じられる。それ故に彼らは立香に剣を、魔術を、呪いを、手を、知恵を全て注ぎ、立香と共に戦ってくれる。

 

 だからこそ、異世界でも立香は変わらない。

 

 マシュは変わらない立香に満足したように頰を綻ばせ、モードレッドは「それでこそ俺のマスターだ!」とやんややんやと笑う。スカサハは呆れつつも「神殺しか…腕が鳴るな」と既に戦う気満々である。本当に立香は仲間に救われていると実感した。

 

『キャスター』はそんな立香の道に何を見たのだろうか。どこか感慨深そうに目を閉じて、密かに微笑んだ。

 

 そして『キャスター』は立ち上がり、ティーカップなどの食器を地面に“錬成”して還元していく。

 

「僕はこれで行くよ。君の覚悟を知れて良かったよ。次会うときは、またよろしく頼むよ」

「ええ。そのときは是非とも力を貸してください」

「ああ。勿論だよ、リッカ・フジマル」

 

 そして『キャスター』が虚空に消えていくその時、『キャスター』は不意に思い出したように助言という置き土産を残した。

 

「もしこれでもまだハジメという少年を追いかけるならば…まずは『アサシン』を探し出すといい。よくわからないけれど、あのサーヴァントが少年に何かをしている」

 

 ーー真に気をつけるべきなのは『アサシン』だ。

 

 そう言って次こそ『キャスター』は消えていった。

 

 そして『キャスター』が作り出した机に残るクッキーの最後の一枚を手に取って、立香は呟いた。

 

「…ハジメ」

 

 奈落の底には再び冷たい風が吹いた。




さてこれで一章前編、終了です。
次からは中編ですね。
一気に展開していきますから…頑張りやす!!


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怪物生誕

さて中編、スタートな訳ですが…まずはハジメ視点です。
それではどうぞ!

改稿しました。
ハジメの名前が分かっているのはおかしいということで名前などを隠すことにしました。
無理やりですが、すいません(汗)


 ああこれは夢だ。あの時の、俺が生まれた頃の酷い記憶。

 

 何もない虚無感の中、己に契約を突き立てたあの日。

 

 俺が怪物として奈落に立った光景を今、思い返した。

 

 

 ーーハジメside

 

「ぁあ? …何だここは?」

 

 俺が目を覚ますと、暗い闇の中だった。光はない。すっかり冷えた地面の感触だけはやけに今もよく覚えている。

 

 そのあまりもの冷たさにぼぅとしていた意識を覚醒させた。するとふと自分の左肩の方に意識が向く。何故向いたのかは分からなかったが、目に映ったものは俺の頭に焼き付いている。

 

 左腕の付け根から全くが抉れ、消えていた。

 

「あ?ーーーッ!!?」

 

 腕が無い、それを脳が遅れて認識すると急に身体が悲鳴を上げた。無いはずの腕が、すっからかんの胃が俺の脳に杭を打ち付けた。

 

 予想外なことにその痛みはあまり苦しくは無かった。ただ何故腕が無いのか。それを思考し続けた。

 

 断面は思ったよりも綺麗で、刃物で切断されたようだった。傷自体は新しいと言うのに、出血は止まっていたのは何とも不思議だ。

 

 やがて俺は目の前の窪みに溜まっている液体に気がついた。同時に自分の口も濡れていて、それが同様の代物だとも理解する。その液体が上にある蒼い鉱石から出ているのも。

 

 それが分かると鉱石に触れ、どうしてか覚えていた(・・・・・・・・・・)『最弱』の詠唱を唱えた。

 

「…構成物質、“解明”」

 

 そして頭の中に流れ来るふざけたほどの情報量。恐らく前の俺であってもここまでの鉱石は見なかっただろう。何とかその情報の重要部分を掻い摘み、理解する。

 

 物質の構造自体は単純だった。魔力が圧力などにより圧縮され、規則的に並んだことにより完成した結晶。それがこの鉱石の正体だ。問題はこの鉱石を作るために必要な魔力量。俺にとっては馬鹿らしいほどに多い。

 

 同時にこの鉱石が生み出す液体は魔力が液体として抽出されたものであり、その液体を飲んだ生命体の細胞を活性化させて超速の回復をもたらすらしい。まさしく出鱈目な回復アイテムだった。

 

 これがある限りは死なない。それを理解したハジメは兎に角、飢えを何とかすることを決定した。回復薬により、死ぬことはないが活力がほしい。生存本能がそう訴えていたからだ。

 

 そうして一匹の狼を“錬成”で捕縛、その後直ちに槍の先を硬質にした電気を流さない粗悪品を織り交ぜたうえで表皮を蹂躙して殺した。なお俺が電気を流させないようにしたのは狼の狩りを見たからだ。油断して殺されるなどたまったものではなかったため、よく観察してから殺した。

 

 仕留めた後、俺は直ぐに肉を食いちぎって腹の中に入れていった。今更思うと獣のような捕食ではあったが、今でもあまり変わっていないため気にはならない。

 

 その時は兎に角尋常ではないほどに飢えが来ていた。だからこそ我慢も出来ずにそうやって喰らった。血肉を貪り続けた。

 

 やがて俺の体に痛みが走り始める。最初は腹痛かと勘違いしたが、すぐに全身に走った痛みにようやく悟った。この狼の肉には何かがあったのだと。痛みと共に細胞が崩壊していくのが分かった。

 

 このままでは死んでしまうと理解するや否や口に回復薬を含み、細胞を癒していく。しかし細胞の崩壊は終わらない。なおも食らった肉片により俺の体は壊れていった。

 

 やがて回復薬と狼の肉による回復と破壊は均衡し始め、より体を強靭にしていくことがわかった。痛みにはとうに慣れてしまった俺はそれをよく理解した。

 

 ーー置いて…行かないで

 

 それは、紛れも無い以前の俺の声だった。

 

 後悔の声。ただ泣き言のような、絶望に満ちた己の声。

 

 そこから分かったことは、ただ一つ。俺が弱さを怨んだことだ。

 

 だからこそ俺は、この場で思った。

 

 ーーもっと強く

 

 この言葉が胸に宿ると、体が鼓動を鳴らしたような気がした。

 

 俺はこの感覚を覚えると、凄まじいと思えるほどに“集中”し始めた。その意識の矛先は、俺自身の体へと。

 

 ーーもっとだ…もっと、寄越せ!!

 

 細胞が更に弾け飛び、再生する。俺が体に叱咤を打つ度に力が湧き上がる。血管が広がり、脈打っていく。

 

 ーー力を…生きるための力を、もっと!

 

 俺は制御し始めた。己の体を。体の進化を促進し、更なる進化を目指す。

 

 時期に俺に桁違いの痛みが襲いかかった。雷に打たれたかのような衝撃や痺れ。あまりもの痛みに視界が白く染まったのだが、次に映ったのは鮮烈な紅。

 

 俺が気がついたのは右腕で爛々と輝く紋様。刺青のように紅がスパークし始める。

 

 記憶を持たないはずの俺の記憶がこれが何かを探り当てた。

 

「…魔術、回路?」

 

 ボヤけた思考がかつて誰かが言っていたことを思い返した。それこそが魔術を使えるようになる力だと。

 

 そして直ぐに俺の体から痛みが引いた。まるでそんな痛みは無かったかのように。どっと疲れが来たが、それよりも前に俺は懐にあった『ステータスプレート』を取り出して起動させた。

 

「さて…どうなってんだか…」

 

 ==================================

 

 ■■■■■ ■■歳 ■ レベル:11

 天職:錬成師

 筋力:450

 体力:400

 耐性:350

 敏捷:350

 魔力:600

 魔耐:320

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+解析][+精密錬成][+鉱物系探査]、言語理解、集中[+瞑想][+心眼(真)]、身体変形[+胃酸強化][+進化促進]、纒雷、魔術回路[+魔力操作][+強化魔術][+投影魔術]

 

 ==================================

 

「…へぇ。コイツはいい」

 

 あまりもの変貌ぶりに本来ならば驚くだろう。確か俺の本来のパラメーターは二桁、しかも前半辺りだったと記憶している。それがいきなりこの値だ。平均的なパラメーターなど知らないがそれでも高い方だと思える。

 

 また技能まで数が凄まじくなっている。魔術回路が目覚めたのを含まずとも新たな技能にいくつも目覚めている。“纒雷”に関しては狼の使っていた力だろう。試しに使ってみる。イメージは狼のスパークだ。

 

「“纒雷”」

 

 すると腕に宿る魔術回路が更なる光を宿らせてスパークする。明らかに狼のものよりも高出力だ。

 

「…凄まじいな」

 

 とはいえ良好と言わざるを得ないが。今手札が多いのは喜ばしい。少しでも生き残る手段を持てるならば越したことはない。

 

 “身体変形”は恐らくは先程の無理矢理の進化の中で目覚めたのだろう。先程のように身体の成長を促す力。俺が力を求めたが故に手に入れた力だ。

 

 だが今回の目玉はやはり…“強化魔術”と“投影魔術”だろう。

 

 まずは“強化魔術”。これは魔力を込め、物質の性質を高める魔術だ。例えば剣ならば切れ味を高め、盾ならば強化を増させる。俺の場合は無機物に対する方が良いだろう。恐らくは天職も相まって鉱物の性質などを強められる筈だ。

 

 そしてもう一方の“投影魔術”。これはある時代の武器を真似て呼び出すというもの。これはオリジナルには劣る上に魔力消費量が高く、時間が過ぎればすぐに消えるというものだ。

 

 恐らくは前者の方が使い勝手は良いだろう。俺は歴史上の武器などまず知らない。それを考えると明らかに“強化魔術”の方が使い勝手はいい。

 

 ただ俺の“投影魔術”は、それだけでは無いような気もするのだが…。

 

「まあ、今大事なのはそこじゃ無いな。ともかく武器を作るか」

 

 魔術に関しては後々強化していくことにする。使いこなせる武器(錬成)を使い、強力な武器を作り出す方が効果的だ。

 

 ただ武器を思い出しても使いこなせる自信の無いものばかりだ。近接武器でもいいのかもしれないが、俺がまともな戦闘をした覚えなどない。作り出した所で悠長に武器を使いこなす時間など無い。

 

 つまりは今回作り出すべきなのは一瞬の内に敵に圧倒的な破壊力をもたらせる、そんな必殺だ。

 

「…とりあえず目ぼしい鉱石を探し出して、そこから武器を考えるか」

 

 そしてハジメは壁に手をつけ、“解析”で壁の素材を理解していきながら洞窟の大きさを広くしていく。外に行かないのは敵がいる可能性があるからだ。

 

 そうして“鉱物系探査”、“鉱物系鑑定”、“解析”。それら三つを駆使して俺は鉱物を探し続けた。全ては一撃必殺の武器を作り出すために。

 

 故に見つけ出したのだ。その武器を作り出せる鉱石を。

 

 ==================================

 燃焼石

 可燃性の鉱石。点火すると構成成分を燃料に燃焼する。燃焼を続けると次第に小さくなり、やがて燃え尽きる。密閉した場所で大量の燃焼石を一度に燃やすと爆発する可能性があり、その威力は量と圧縮率次第で上位の火属性魔法に匹敵する。

 ==================================

 

「…ハハッ」

 

 つい笑いがこぼれた。我ながら悪い笑みを浮かべるものだとは思うが…仕方があるまい。目的を達せる武器を、ようやく俺は思い出したのだから。

 

 思いついてからは単純だった。最初の辺りは苦労したが、コツを掴んでからはあまりにも楽だった。腹が減ることもなければ、睡魔が襲ってくることもなかった。最悪、回復薬を飲めば作業にずっと取り組めるなとは思っていたのだが、必要も無かった。

 

 なお俺はこの時点では気がついていなかったが、この間約二時間だったようだ。もっとも“集中”や“身体変形”のせいで体内時計が狂いに狂っている俺には分からないことではあったが。

 

 音速を超える速度で最短距離を突き進み、絶大な威力で目標を撃破する現代兵器。

 

 全長は約三十五センチ、この辺りでは最高の硬度を持つタウル鉱石を使った六連の回転式弾倉。長方形型のバレル。弾丸もタウル鉱石製で、中には粉末状の燃焼石を圧縮して入れてある。

 

 すなわち、大型のリボルバー式拳銃だ。

 

 名前は名付けない。これはあくまでも道具の一種だ。わざわざ名前を付ける必要もないだろう。

 

 それは兎も角、ついに揃ってしまったのだ。ここで生き延びるための武器の数々を。

 

 そして俺は決意する。この俺が生まれたこの洞窟で、唯一無二のルールを決める。

 

「俺に残っているものは何もない。何も覚えちゃあいない」

 

 この奈落で残っているものは生き延びる意思と生きるための武器だけ。それ以外の記憶など、もうとうに無い。

 

「故に俺が唯一妥協できないのは命のみだ。それ以外は、何も要らない」

 

 記憶もない今、俺に恐るものは命の危険のみ。ただ一つの俺が俺であるための核。これを奪うことだけは許せない。

 

「だからこそ、俺の前にいる者は全て殺す。殺して喰らう」

 

 俺を餌とするならば逆に俺が喰らってやろう。俺に興味がなくとも俺の脅威になるならば殺そう。妥協できない唯一の為に。

 

 ふと首に巻かれている赤い布切れが気になったが、いずれ役に立つかもしれないと放っておく。

 

 その合間にも俺は創り上げた武器を額まで掲げる。何と無くだ。特に理由はない。そうするべきだと思ったからだ。

 

「それが俺の唯一のルールだ」

 

 ーー奈落の怪物は、今ここで誕生を迎えた。




というわけで過去の一部公開です!
まだ全容ではありませんけどね!
んなわけですが次回もまたハジメ回です。
そろそろ展開が来ますよ!


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開かれる封印

さあ、ハジメ視点続行!


 ーーハジメside

 

 そうして俺は順調に階層を進んでいった。その間に多くの魔物が現れたが、もはや餌にしか見えない。弾丸で風穴を開けるとすぐに喰らった。

 

 最初のように回復薬を使う、なんということは無い。“身体変形”の恩恵かは知らないが、俺は喰らった魔物の力をそのまま体へと変質出来るようになっていた。痛み自体はあるのだが、慣れれば問題ない。

 

 その間、俺は“強化魔術”などの魔術の訓練も自主的に行っていった。武器は一つでも多くあるべきだと思ったからだ。“強化魔術”に関しては一階層を出るとすぐに使えるようになった。“解析”で鉱石の性質をよく理解できたため、“強化魔術”へのプロセスが割と簡単に進んだためだ。

 

 一方で“投影魔術”に関してはあまり兆しはない。しかし自身の“投影魔術”をよく解釈していくと、本来の“投影魔術”ではないことが分かった。

 

 俺の“投影魔術”は過去からの武器を呼び寄せるものではない。むしろ一から物質を生成する魔術となっている。もちろん情報量は恐ろしく多い上に、魔力量のコストは悪い。だが虚像でもなく、本当に物質を生み出すのだ。もはや“投影”と言うのも怪しい感覚がする。

 

 だがこの特性を理解するとすぐに鍛錬を重ねた。上層で見つけたフラム鉱石。これを好きに産み出せるようになれば、魔物でもひとたまりも無いだろうと考えたためだ。

 

 そこから鍛練を幾度となく重ね始めたが…中々上手くはいかない。恐らくは本来の“投影魔術”よりも自由度が大きい分、コントロールが難しくなっているのだろうが。

 

 使えるようになったのは俺が最初にいた洞窟から数えて41層の時。俺が持つ他の攻撃手段と違い、範囲殲滅も可能なため“投影”したフラム鉱石による炎上をメイン攻撃とした。これを始めてやった時には魔力が足りなくなり、回復薬を飲まざるを得なかったがそれから以降はより効率的に“投影”できるようになったのでそんなこともなくなった。

 

 そうやって順調に階層を重ね…途中で怪物どもと会ったのは全く僥倖とは言えないが。

 

 正直、雷を纏いながら攻めてくる剣士もとんでもない速さで突撃してくる槍兵も盾を持った女もパラメーターが高く、知能も高い。上から俺を助けに来た、などと言っていたがあんな奴らと一緒に居ては落ち着かない。本気で戦っていたらと思うと今でもゾッとする。

 

 そしてなによりもあの黒衣の男だ。アレだけは絶対に可笑しい。存在自体が桁違いだ。装備していたものといい、あまりにも危険すぎる。

 

 てっきり自分に錬成士として勝てる人間はそういないと思っていたが…最初にあった錬成士に鼻柱を折られるとは思っていなかった。というか装備に俺が知らない鉱石が大量に使われていた。

 

「まだ…俺も弱いってことか」

 

 俺はステータスプレートを眺め、そう呟いた。

 

 ==================================

 

 ■■■■■ ■■歳 ■ レベル:67

 天職:錬成師

 筋力:1100

 体力:1050

 耐性:960

 敏捷:1200

 魔力:1450

 魔耐:950

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+解析][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]、言語理解、集中[+瞑想][+心眼(真)]、身体変形[+胃酸強化][+進化促進][+部位強化][+耐性強化]、纒雷、魔術回路[+魔力操作][+強化魔術][+投影魔術]、天歩[+空力][+縮地][+豪脚]、風爪、夜目、遠見、気配察知、魔力感知、気配遮断、毒耐性、麻痺耐性、石化耐性

 

 ==================================

 

 現在五十層。ここのボス格らしき魔物はすでに蹴散らした。下に降りる階段も見つけたため、本来ならばすぐに下に降りるところだ。

 

 それでも俺がわざわざ装備を整えているのは目の前の扉が理由となる。

 

 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 

 急に現れた変化だ。避けるつもりは毛頭ない。壁の向こうには脅威はそれほど感じはしないが、先日のようなハプニングに備えて鍛錬を一日まるごと費やした。充分に睡眠も取っている。

 

「さて…鬼が出るか蛇が出るか」

 

 と扉の前に進む前に俺の“解析”に異質な反応が出た。まず罠の存在。“錬成”などによる無理矢理の侵入を防ぐ魔法だ。扉は“錬成”で突破しようとしていたが…痛手だな。

 

 そして扉の近くよ壁の一部に異物が二体、控えていることだ。“気配感知”から察するに扉の前に立った瞬間に侵入を阻むために現れる守護者だろう。残念なのは隠密していたつもりが普通に看破されている点だろう。

 

「先に分かってればいくらでも対処は可能だなっと」

 

 そうとだけ言うと壁に潜む魔物に悟られない距離で銃を抜いた。そして呟くのは魔術の詠唱。

 

「“強化”」

 

 詠唱が終わると拳銃に紅い光が灯る。そして“纒雷”による電磁加速により強化された弾丸は放たれた。

 

 容易く二発の弾丸は壁に埋っていた魔物二体を貫いた。しばらくすると壁と同色であった灰色の肌が暗緑色に変わる。恐らくはバレないつもりの保護色だったのだろうが、あまりにもチンケな隠密だったと思う。なお魔物の姿は一つ目の巨人だった。

 

 “強化”によって鍛えた性質は『射出威力』。肌が分厚そうだったので拳銃自体の射出を“強化”したが、結果はこの通り。すぐに終わった。

 

「もしかしたら“強化”もいらなかったかもな」

 

 魔力量を無駄にしてしまったな。俺はしっかり反省しながら魔物の体内に埋まっていた魔石を“風爪”で抉り抜く。これが扉を開けるための鍵らしい。

 

 魔石を扉の窪みに埋めると扉から赤黒い魔力光が迸り、魔法陣に魔力が込められた。周囲の壁が強烈な光を放つ。久々の光だった。そしてギミックが音を鳴らしながら扉が開いた。

 

 部屋の中には一切の光がない。とりあえず“暗視”を用いて部屋中を見渡す。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

 その立方体を注視していると何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

 

 近くで確認しようと扉を“錬成”によって開きぱなしで固定しようとする。もし部屋の存在自体が罠で、部屋に閉じ込められればたまったもんじゃなからな。

 

 そんなわけで“錬成”をしようとする前に、俺に声が掛かった。

 

「……だれ?」

 

 あの怪物ども以来の人の声だった。思わず俺は目を見開いた。掠れていて今にも消えそうな淡い声。立方体から生えているもの。それから聞こえてきた声だった。

 

 俺はようやく“暗視”と“気配感知”でその正体を理解した。

 

「人…なのか?」

 

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

 流石に封印部屋で厳重に封印されているのならば出口なのでは!?と期待していたのでこれは予想外の遭遇であり、少し驚いた。

 

 やがて俺は深呼吸して、生えている女を…無視した。

 

「さて。この部屋に帰るためのギミックはねぇかなぁ」

 

 とりあえず部屋一帯を“解析”で罠や隠し扉を探っていく。だが無かった。精々壁の向こうにアーティーファクトが一つあるぐらいだった。柱の一つ一つも探っていくが、やはり無い。天井に何かしら怪しい気配があったが、下手にこの部屋に干渉しなければそれが出てくることもないらしい。

 

 と、なれば手段は一つだ。

 

「勝手にお邪魔しました。失礼いたします」

 

 何故、敬語を覚えているのかは謎であったが仕方ない。本当に俺の記憶は断片的に残っているのだなぁと改めて知らされた気分だ。ともかく俺はこの部屋から出ようとする。

 

 しかしもちろん女もそれは許さないらしい。

 

「……待って! ……お願い、助けて。……なんでもするから」

 

 呟くような小さな声。きっと長い間使われていなかった喉を使ったのが理由だろう。それでも必死さが伝わってきた。

 

 しかし俺は無視する。話すまでもない。こんな部屋で封印されているのだ。危険な人間でないはずがない。

 

 俺は生存のみを求める。そのためには一切の妥協もしないとも決めてある。だからこそこの女の言葉も全て無視する。それが俺の中での唯一のルールだかーー

 

「……裏切られただけ」

 

 掠れた声の中でその声だけがやけに俺の耳に入った。

 

 ノイズが掛かった映像が俺の脳裏に流れ始める。目の前に炎が迫っている映像だ。僅かに画面の両端には手があって、()の手がそこから零れ落ちた。

 

 その後にはすぐに衝撃が来て…画面の向こう側で笑う■■の顔がふと目に入った。視界が濡れてボヤける。

 

 心が黒く塗り潰されて、そこから溢れる漆黒の感情。

 

 ーー許さない

 

 ここで映像は途絶えた。

 

 フラッシュバックが終わると俺はその場でへたり込んだ。妙な気分だ。吐き気がする。見たくもない前世を見せられた。

 

 俺なのに俺じゃない記憶。それにより俺の境界線が、ルールがめちゃくちゃに潰れていく。

 

「ハァ、ハァ…」

 

 柄にもなく脂汗が止まらない。こんな恐怖、黒衣の怪物にも覚えなかった。

 

 自分が自分でいられなくなる瞬間。訳がわからないほどに俺の手の震えは止まらない。

 

「…裏切られた、か」

 

 どうやら俺も同じだったらしい。裏切った奴の顔も名前も忘れた。ただどす黒い感情がどうしようもなく湧き出る。

 

 同時に同情してしまった。部屋の奥にいる女に。

 

 上にいる何かは必ず、あの女を解放すれば俺の前に出現する。つまり危険を余計に一つ増やすこととなる。本来ならば俺の中では許されないような思いだ。

 

 ただそれと同様に。否、それ以上に俺は奥にいる女に、せめて事情だけでも聞かねば前に進めないらしい。

 

 俺は扉にかけていた手をそっと離し、振り返って立方体の墓の前、つまりは女の目の前まで進んだ。

 

 女は驚いたように俺を見ている。どんな気持ちなのかは一切わからない。随分と俺は人の感情に希薄になったらしい。

 

 ただ、前に進むためにも俺は女を直視した。

 

「テメェの事情を聴かせろ。俺が助けるかトンズラするかはそこからだ」

 

 女はきっと気づいただろう。俺にも同じような思いがあることに。

 

 だからこそ女は一切偽らず話してくれた。少なくとも俺の目からは嘯くようなそぶりは一切無かった。

 

 話を聞けばどうやら女は『先祖返り』と呼ばれるとんでもないほどの魔法の才能に恵まれており、吸血鬼族の女王らしい。

 

 というのも魔力がある限り永遠の命が保証されており、陣や詠唱を一切必要としない上に全魔法への適性があるらしい。そしてそれを認められた結果、吸血鬼族の王女として小さな頃から祭り上げられたらしい。

 

 なるほど勇者の実力を軽く凌駕している。だからこそ利用されたのだろう、この女は。

 

 全ては上手くいく。女はそう思い、民のために力を振るっていたようだ。

 

 しかしそれでもーー裏切られた。

 

「……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 この時俺はどんな顔をしていたのだろうか。心に住み着く複雑な感情といい、よくわからない。ただ面倒なことに、同情してしまったのだ。

 

「……お願い、助けて」

 

「……」

 

 俺と女はしばらく互いを見つめ合い続けた。それが何分だったのか、それとも何秒間だったのかは分からない。

 

 だが俺の覚悟は決まった。

 

「構造物質…“解明”」

 

 女を閉じ込めている箱の材質を確認する。どうやら魔力を霧散させられる代物であるらしく、そのため“錬成”での加工も困難であるらしい。まともにやれば俺の魔力の7割は持っていかれるだろう。

 

 あくまでもまともにやれば、の話だが。

 

「“錬成”」

 

 “解析”により見つけ出した裏道。それに沿って俺は“錬成”を始める。

 

 部屋を満たすのは他ならない『紅』の魔力光。女がその光をぼうっと眺めていたが、俺には関係のない話だ。

 

 “錬成”によりどんどんと目の前の立方体がインゴットとして再び固められて、地面にどんどん落ちていく。これは後々使えそうなので回収しておく。

 

 やがて女の体が鉱石の檻から露出し始めた。ここまでくると俺もこの石の“錬成”に慣れてきつつあり、そこから女を救い出すのにはもう数分もかからなかった。

 

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込みそうになった。

 

「危ねぇな。頭打って事故死するつもりか」

 

 とりあえず女の肩を支え、倒れないように処置する。折角助けたのだ。その命を簡単に失ってもらうわけにはいかない。

 

 結局この鉱石の檻を破るのには3割ほどの魔力で済んだ。力技でやるよりもコスパが断然良くて安心した。お陰で女に無様な姿を見せることなく、こうして立てている。

 

 女を支えるため俺はある程度屈んでおり、それこそ女と俺の顔は間近で、という状態で静止していた。

 

 ここからどうしたものか、と思っていると女は首にかけてあるマフラーに手を触れて、笑顔を俺にも向けた。先ほどまでの無表情からの変動が凄まじく、少し動揺してしまった。

 

「……ありがとう」

 

 こう言われると助けた甲斐もあったものだと安堵する。こんな柄では無かったはずなのだが、不思議な心境だ。

 

 とはいえ自分のルールに反してしまったのは間違いない。後でどうするべきか、と思案していたその時。

 

 天井が軋み、やがて大量の罅を量産していった。




あと一話でハジメ視点、一旦終了です!
頑張りまーす。(え? 中途半端なところで切りやがったな? 知らなーい)


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再誕

 ーーハジメside

 

 天井から破砕音が響いた。元々気づいてはいたので俺は慌てることもなく、女を脇に挟んで“縮地”することで危なげなくその場から遠ざかる。

 

 俺を狙っていたのだろう。俺が先ほどまでいたその場所にその魔物は落下してきた。

 

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 

 一番分かりやすいたとえをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方が賢明だ。明らかに今までの魔物とは一線を画した強者の気配を感じる。

 

 感じる、のだが俺は本来感じるはずの恐怖は一切無く、むしろ目を輝かせてしまった。サソリも俺の感情を感じ取ったのか少しばかり後退する。

 

 俺はとりあえず女を背後に座らせておく。女は魔力が尽きている状態らしい。回復薬を飲ませれば戦えるようになるだろうが…俺一人でも十分だ。

 

 女が心配したように見上げてくる。女の目は凪いでいた。そう見えるほどに澄んでいて、俺に全ての信頼を預けたが故だろう。

 

「ああ。心配せずに大人しくしておけ。直ぐに終わらせてやる」

 

 俺は足裏に仕込んである魔法陣を起点として、“錬成”を始める。俺と女との間に壁を発生させる。ついでに耐久面での“強化魔術”も施す。女が気になって戦闘に集中できないとなれば本末転倒だ。

 

 生きるために戦う。たとえこの場でも俺のその信条は必ず変わらない。

 

 サソリもどきが気持ちの悪い予備動作を始めた。距離的には恐らくは飛び道具だろう。ただサソリもどきは残念だ。飛び道具ならば、俺の方が早い。懐から拳銃を取り出し、すぐさま引き金を引いた。

 

 電磁加速により紅い軌跡を描き飛ぶ弾丸。先ほどの巨人すらも葬った一撃だ。

 

 ただサソリもどきの殻は硬い。それこそ俺の弾丸ではその装甲を貫かれないほどに。それは当然で、俺の“解析”でもしっかり理解していた。奴が纏っている硬質な金属の正体を。

 

 だからこそ、これはあくまでも牽制。ある程度まで俺がサソリもどきまで接近すると俺が生来持っていたらしい魔法を使用する。

 

「“錬成”」

 

 地面が隆起し始める。サソリもどきが慌て始めたがもう遅い。どこに逃れようと俺の射程範囲内だ。

 

 サソリもどきの四方が壁となって逃げ場をなくす。サソリもどきの周りの地面が波打とうとするが無駄だ。俺の“錬成”がそれ如きの固有魔法で抗える道理はない。

 

 尾を俺に向け、何かしらの攻撃も加えようとするが俺の領域、半径3メートル内にいる時点で無意味。瞬間壁から新たに土の縄を生成して尾を強引に上に向けた。

 

 すると尾からは散弾銃のように針が飛ぶ。勢いよく射出された針は重力に従い、雨のように俺とサソリもどきへと襲いかかる。俺は“錬成”により、天井を作ることで無効化したがサソリもどきがそんなことはできるはずはない。

 

 結果、サソリもどきの殻にいくつもの針が突き刺さる。それでも殻は全く突破される気配はない。

 

「シュタル鉱石…流石だな。タウル鉱石以上の強度だ。ただ突破するには厄介だから、少し反則技を使わせて貰おうか?」

 

 そう言って俺はサソリもどきの足を捕縛し、同時に手を殻へと触れて詠唱する。

 

「“錬成”」

 

 紅い魔力の咆哮。それだけであっという間に装甲がインゴットとなり剥がれていく。金属ならば俺に成す術などない。

 

「キシャアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!」

 

 甲高い怪物の唸り声が場を満たした。外骨格を無理矢理剥がされているのだ。内部の肉とそれはもちろん繋がっていただろうし、それはもちろん発狂するほどに痛いだろう。

 

 余程痛かったのか拘束もヒビ割れている。それほど必死にもがいた結果だろう。

 

 ただそれでも同情する気は一切無い。

 

 殻が既になくなってしまい、肉が剥き出しになった箇所に俺は銃口を向けた。

 

「ーー死ね」

 

 死刑宣告の元、サソリもどきは体を跳ね上がらせて血を吹き出す。間違いなく死んだ。

 

 あっさりと終わった戦闘に拍子が抜けた俺はシュタル鉱石を全て剥ぎ取る前に、女の前にそびえさせていた壁を地面に戻す。壁の向こう側にいた女の顔は…驚愕一色といった様子だった。

 

「……信じられない」

 

 どうやら壁の向こうにいたのに状況を把握していたらしい。流石は吸血鬼族の女王だった、というべきか。

 

 それならば俺の天職が錬成士であることもよく分かっただろう。

 

「…とりあえず外に出るか?」

 

 長年閉じ込められていた部屋だ。あまり見たくもないだろう。

 

 とりあえず女を封じていた鉱石、封印石とシュタル鉱石。二つを引きずって女を脇に挟みながら俺は部屋を出た。

 

 女が途中「……何か、違う……」と言っていたような気がしたがスルーしておく。効率優先だ。その上何故かマフラーが元気にブンブン回っていたが…風も吹いていないのに。

 

 ふと自身の将来に関して怖気を感じたが…俺はとりあえずここを出ることにした。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 俺は魔物三体の死体に女、そして見つけた新たな鉱石の数々を外へと輸送した。

 

 割と骨が折れたが、その分魔物達からは“金剛”と呼ばれる防御強化の固有魔法や“魔力放射”、“魔力圧縮”といった魔力自体の操作に対する技能を手に入れた。

 

 それに鉱石に関しても今後のことを考えると有用に使えそうだ。最悪これだけの量を持ち運べずとも“投影”で好きなだけ作れる。本当に“投影”は便利な魔術だとつくづく思わされる。

 

 特にシュタル鉱石に関しては新たな武器、対物ライフルの生成に勤しむ。今回の戦闘では苦戦は一切しなかったが…人型の化け物どものことを考えると一つでも武器は多くしておきたい。特にあの黒衣の野郎に対しては、だ。

 

 あの黒衣の男に関しては一切勝機が見えない。できるならば敵にも回したくはない。

 

 あの男は錬成士だ。ならば戦闘手段も俺と少なからず寄る筈だ。違うところは多々とあるかもしれないが、武器をメインとした戦いになるだろう。俺は銃を、あの男は得体の知れないアーティーファクトの数々で。

 

 そのため今は一つでも多く武器を揃えておく。それが俺のやるべきことだ。

 

 すると俺の服の裾が引っ張られていた。もちろん俺が助けた女だ。先ほどまではボロボロで真っ裸だったが、回復薬を飲ませ風呂敷がわりに使っていた服で何とか間に合わせた。

 

 いつのまにかあの男に対する感情が顔に出ていたのだろう。女は

 

「……ハジメ。……大丈夫?」

「あ? …問題ねぇよ。それよりテメェはこれからどうするつもりだ? まさかだが…俺についてくるなんて…」

「行く……絶対」

「そ、そうか」

 

 寡黙な奴だと思っていたので食い気味に反応され、少したじろいだ。まあ、こいつには行く当てもないだろう。道連れ感覚で連れて行くのは手かもしれない。

 

 それに話を聞いていれば相当の魔法の手練れだ。あの黒衣の男に対する切り札にもなるかもしれない。正直、気は進まないが残念なことに断る理由もなかった。

 

 なお名前をしつこく聞かれたのでこの前会った人間から聞いた名前を言ってある。割としっくりきているのはもしかしたら本名なのかもしれない。

 

 それにしても、だ。

 

(俺も…丸くなったもんだな)

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 俺は今まで何故かは分からないが一人で戦い抜き、生きることを決意していた。本当に何故かは分からない。もしかすればそれだけがただ唯一の前世の心残り(・・・・・・)なのかもしれない。

 

 だからこそそれを今までは忠実に守ってきた。内心、なにかを恐れながら。

 

 するといつのまにか震えていた俺の掌に他人の手が重なった。あまりにも小さな手だ。

 

「……大丈夫」

「…なに? お前は何を言って…」

 

 混じり合う女の慈愛に満ちた目に俺は無意識に目を背けた。何とも形容し難い何かが俺の中で湧き出てきたためだ。

 

 ーーいや、だ

 

「ーーッ!!?」

 

 まただ。

 

 また俺では無くなる。

 

 不可思議な、奇妙な感情が湧いては溢れる。それが言葉に出来ないほどに恐ろしい。

 

 脂汗が一瞬にして流れた俺の頰に女は指先を触れる。俺を安堵させようとしているかのようだった。

 

「……ハジメのことは、……私が守る」

 

 ーーだからね、私が守るよ。■■■くんを守るよ

 

 不意に火花を背後にした黒髪の女が、目の前の奈落の少女に重なって見えた。

 

 そしてそれをキッカケに俺の、僕の頭の中は氾濫する。

 

 ーー俺は『人理継続保証機関 カルデア』の幹部、■■■■。どうぞよろしく、『召喚者』。いや、使徒様って言うべきかな?

 

 ーーまた明日も立香くん達に会いに行こうね、■■くん

 

 知らない記憶が、感情がノイズの向こうの映像から思い出される。

 

「ぁあぁぁ…」

 

 ーーああ、常に敵に勝てるビジョンを持ち給え。勝てない、などと思っていては以ての外だ

 

 ーー坊主…信じるぞ

 

 ーー…ここじゃお前は『無能』なんかじゃない。必要な力なんだ。どうか、前に向いてくれ

 

 あの日勇気を与えられた言葉が、■■■■■という人間の中で復活し始める。覚悟が、芽吹くように宿った。

 

「なんだ!? なんなんだ!!?」

「■■■!? ■■■!?」

 

 ■■ハ■■は揺さぶられた。しかし■■■■■にはそんなことを気に留められる余裕などない。

 

 ーーハ■■くん!!

 

 ーー■ジメぇっ!!!

 

 慟哭の叫びが聞こえた。ノイズが走り、いつか見た橋の情景が浮かぶ。視線の先には必死に叫び、手を伸ばす二人の陰が。

 

 そして南■ハ■メはその結果を知っている。

 

 恨むべき相手も、その後の出来事も全て大瀑布の流れの如く頭の中に入ってくる。否、蘇っているという表現の方が的確だろう。

 

 ーー置いて…行かないで…

 

 ーー嫌だ…待って。待ってよ…

 

 奈落で掠れた声を■雲ハジ■呟いたのも。

 

 ーー助けを求むか、少年よ

 

 南雲ハジメの額に剣が突き刺されたことも。全て。

 

 ようやく、全ての記憶が集った。

 

「ハァハァ…」

 

 悪夢を見た気分だ。いや悪夢よりもシャレにならない過去だ。

 

 今の俺にとって…なによりも辛い、苦しい過去。

 

(なるほど…どうやらアイツ(・・・)は正しかったらしい)

 

 俺は心の中で、少しだけ悪態をついた。そして今もまだ震える脚を必死に御して、立ち上がる。

 

「ーーハジメ!? ハジメ!?」

 

 不意に声が聞こえた。そうだ…そういえばここにもいるのだった。

 

 認めてはならないーー忘れなければならない存在は。

 

 そしてこの前にあった白服の男と紫髪の女。アイツらもまた同様の存在であると。

 

 俺は女の方を振り向かず、無心で数歩前に出た。女が丁度届かない位置だ。そこまで来ると俺は、別れの言葉を告げた。

 

「女。事情が出来た。ここで別れだ」

「嫌! ……私の居場所は、隣! ……ハジメの、」

「黙ってくれ。下手すれば…殺しちまう」

「……何で?」

「そうせざるを得ないからだ」

「……どうしても?」

「ああ。身勝手な理由だが…絶対だ」

「……嫌。行かないで」

 

 本当に身勝手な理由だ。俺だけが満足する理由だ。だが奈落で再び培ったものでもある。だから譲る気は、無い。

 

「後にとんでもないお人好し、立香って奴がきっと来る。そいつらに保護してもらって、久々の地上を見にいけよ。大丈夫だ、信頼はできる」

「……嫌。嫌!!」

 

 きっとあの大馬鹿ならば見捨てはしないだろう。最後に俺が救ったこの女を、アイツならばきっと守り抜いてくれるだろう。

 

「ついでに立香に伝えておいてくれ。『もう俺に構わないでくれ、立香』ってよ。あと…コイツをお前に。香織って奴に返しておいてくれ。…頼んだぞ」

 

 俺は首に巻いていたマフラーを解き、女へと渡した。女は投げ渡されたそれを荒げなげなく取り、立ち上がって俺を追いかけようとする。

 

「…“錬成”」

 

 そびえ立つのは高い、高い壁。何の“強化”も施されていないただの岩の壁だ。女の魔法ならば破壊できるだろう。

 

 しかし女は凍りついた。俺の拒否の意思に。

 

「待って! ……待って! ……ハジメぇ!」

 

 これでいい。これで全て上手くいく。

 

 俺は振り向くこともなく、壁の向こうにいる少女には聞こえないような小さな声で言った。

 

「少しの間だったが…楽しかったぞ」

 

 温もりが無くなった首元は、やけに寒々しく感じられた。




はい! ハジメ視点から次からは立香視点へとチェンジです!
中編、もうじきに山場です!
頑張ります!


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絶対に否定させない

結構雑です(今更)

やっぱりシリアス回ってむずいわー。
矛盾してないか気配らねばならんからマジ鬼畜。

そんな作品でも許して、読んでください!


 ーー???side

 

 ーー我は本当にこれで良かったのか?

 

 彼はいつものように自身に問いかけた。赤錆がすっかり取れなくなったナイフを握りつつもそう思わざるを得なかった。

 

 これは長い間、神山で彼が神命を果たしていた頃でさえも少しだけ脳裏に浮かんでいたことはなかった。あの頃は神の駒となり、己を殺していたから。

 

 だが、白服の男を見るとどうしても思い出してしまった。

 

 ーー今日からこのパーティーの名前は、■■■■■だ!!

 

 悔やまずにはいられない己の過去を。それでもどこか美しく思える過去を。

 

「…まだ我も、青いな」

 

 だが彼がすることは変わらない。神からの命、酷い物語を紡がねばならない。だからあの時、彼は少年を助けたのだから。

 

 時期に、もう少しでその時は来る。

 

 だから『アサシン』は嗤った。己の最期の時と同じように。

 

「全ては…我が神が為に」

 

 狂気の光を瞳に宿し、今は見えない天を仰いだ。

 

 彼が背に負われた銀の大剣には一度も触れることは無かった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

『キャスター』との会談が終わると立香達は再び階層を降り始めた。しばらく休んでから行動したためか焦土となっていることは無い。魔物達が部屋の中に満ち溢れ、立香達を阻んだ。

 

 確かに最初の魔物よりは断然強い。だからといって立香に抗える道理はない。

 

「魔物如きが! ウルセェんだよ!!」

 

 赤雷を纏い、敵を一網打尽にするモードレッド。

 

「ふっ!!」

 

 裂帛の呼吸とともに的確に敵を仕留めていくスカサハ。

 

「“バンカーボルト”、リロード!!」

 

 大重量の一撃を持って葬っていくマシュ。

 

「顕現せよ! 『絡繰幻法(からくりげんぽう)呑牛(どんぎゅう)』!!」

 

 魔性特攻の宝具で敵を仕留めていく立香。

 

 正直に言って、奈落如きの魔物では相手にすらもならなかった。一つの階層を制覇しきるのにも時間はかからなかった。

 

 再び階層を進み始めて二日、最初の階から数えて五十階層となる場所へ訪れた。

 

「ふむ…やはりここの魔物自体は強くはないな。…あの小僧とサーヴァント二騎に関しては話は別であるが」

 

 これはスカサハが不意に漏らした率直な感想だ。実際に立香達も同様なので指摘も何もしなかったが。

 

 ここまでハジメのあの後に関する情報は一切無い。ただ途中で死んだ、などと言うことも無いだろう。少なくとも『アサシン』辺りがハジメを襲ったとしても、逃げるぐらいなら可能なはずだ。

 

 一方で不安要素は『キャスター』だ。恐らくはこの奈落の中で一番の実力を持っている。今こそ味方ではあるが、敵となった時も考えねばならない。もっとも共に神を恨む者同士、そんなことは滅多に無いだろうが。

 

 そうやって状況を整理しながら魔物を片手間に追い払っていると立香達の目にとんでもなく大きい扉が映った。モードレッドはそれに大いに反応した。

 

「おん? …何だこの扉? もしやだがアレか? ダンジョンボスへの扉か?」

 

 まさしくそうとも言える豪奢な扉だった。サイズ的にもそう思わずにはいられない。それこそド◯クエの魔王がいそうな入り口だ。

 

 ただ、そうと言うには一つ気がかりな点がある。

 

「…開いていますね」

「開いてるね」

「うむ。紛うことなく開いておるな」

「あの白髪野郎がもう突破しちまったんじゃねぇか?」

 

 なおこの時モードレッドは凄く嫌そうな顔をしていた。別にハジメを嫌っているとかそう言ったものでは無い。ただあの時の決闘の終わりの形に納得していないようだ。

 

 ここ最近モードレッドはよく「あんの黒服、いつかぶっ飛ばしてぇな」と言う。どうやら『キャスター』はモードレッドの不満を地味に買っていたらしい。立香は静かに黙祷を授けた。もっとも『キャスター』ならばまた女子力全開でモードレッドの興味を食べ物に移動させるだろうが。

 

 扉の中に入ってみると案の定地形が変化し過ぎていた。こんな真似が出来るのはハジメか『キャスター』だ。そしてハジメが少しでも迷宮の変化を見逃すはずがない。十中八九ハジメだろう。

 

「うーん。やっぱりハジメはもうここを突破してそうだなぁ」

「では、下に行きましょう。先輩」

「そうだぜマスター。とっとと行ってオレは再戦してぇんだ。のこのこしてる間はねぇっての」

「『アサシン』や『キャスター』にも注意を払うのだぞ、モードレッド」

 

 すぐに階段は見つかった。次の階層は51層。もう地上で明らかになっている迷宮は百階。この真の迷宮も同様の階層と考えると折り返し地点だ。

 

(まだ不安要素は多くある。一つ一つをよく理解してーー)

 

 立香の思考が遮られた。というのも階段の段に倒れ込んでいる少女の姿があったからだ。

 

 倒れている少女はうつ伏せるように寝ており、顔が見えない。髪は金色で、少女の足まで届くほどに長い。着ているのは非常に汚いボロ布だ。

 

 一気に四人の緊迫感が高まった。『アサシン』といいハジメといい、ここで出会った人間は大概普通じゃない。二度あることは三度ある、それを理解していない立香達ではない。

 

 しかし目の前の少女は…一切起き上がる気配は無い。

 

 試しにマシュが自分に防御バフという保険をかけつつ少女を指先でつつく。少女はビクッとする。

 

 そのまま少女は勢いよく顔を上げた。そして立香達の目に映った少女の顔はこれでもかというほどに必死だ。叫ぶこと一言。

 

「ハジメっ!?」

 

 立香達が良く知る少年の名を叫んだ。

 

 少女は立香達を正視すると一気に落胆した。何度も「……ハジメ。……ハジメ」と呟いている。

 

 だが立香には少女の言葉は無視出来ない。必死に少女の両肩を掴み、立香は尋ねた。

 

「君は…ハジメを知っているのか?」

 

 立香の口から探し求める人の名を言われたがため、少女は一気に喜色に顔を染めて立香を見た。そして何か思い当たる節があったのか、一人納得したように頷く。

 

「……『リッカ』?」

「ッ!?」

 

 それは本来ならば初対面の少女が知るはずのない自身の名前。それを知っているということは誰かから教えてもらったということであり…

 

 立香が驚いている中少女は優雅に立ち上がる。着ているものがボロ布であるはずなのに、気品を感じさせる姿だ。そうして立ち上がると少女は頭を下げた。

 

「……たすけて。……ハジメの、こと」

 

 この時ようやく立香は気がついた。彼女の手に紅い色のマフラーが握られていることに。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「なるほど。つまり貴女は年齢が300歳以上で…」

「先輩?」

「……マナー違反」

「…小僧?」

「すんませんでしたぁああああ!!!」

 

 とりあえず階段の段を有効的に使い、一時的に立香達と少女は情報を交換していた。その間に少女の過去も。

 

 なおその際に立香がサラッと年齢の話を上げてしまい、その結果モードレッドを除いた三人から睨まれることとなる。スカサハに関しては割と本気で怖かった。改めてクー・フーリンがかわいそうと思った瞬間である。

 

 ちなみに名前も聞いたのだが、

 

「……ハジメに、名付けて貰う」

 

 とのこと。この瞬間立香もマシュもスカサハも悟った。なおモードレッドは全く気づいていない。ワイルド系円卓にはそんな高尚な恋愛感情を持つものは…本当に希少なのだから。

 

 こうやって進んでいった情報交換の際、立香経由でハジメの個人情報は相当バラされていた。少女が必死にそれら一つ一つを覚えようとしている光景は少し面白かった。またハジメが異世界出産だと知った瞬間、「……付いていく」と速攻で決意を新たにしたのも親友のジゴロぶりを改めて感じて少し面白かった。

 

 同時に「アイツ、一級建築士だな」と呟いていた。何のかはあえて言わない。その呟きが聞こえてサーヴァント三人が凄い顔を立香に向けたが総スルーすることを決定した。何でも気にしていればカルデアのマスターなど…務まりはしないっ!!

 

 一方で立香の方に入ってきた情報の中でも成果は非常に大きかった。

 

「…対物ライフル製造に、俺たちの記憶が戻ったらしい言動。その上で拒否、か」

「拳銃でもずっとやばかったてのになぁ」

「もはやそんなもの…宝具の域に差し掛かってはおらんか?」

 

 たしかに冗談ではない。ただでさえサーヴァントの一撃に当たることのない威力を生み出していた拳銃。その破壊力を上回るものが生み出されるとなれば、対人宝具とさえも言える。

 

 確かにスカサハの言い方は的を得ていた。

 

「南雲さん…」

 

 一方でマシュの顔は曇っている。それは立香も同じくであった。

 

 ハジメに何があったかは分からない。だがそれでもハジメに真の意味で拒否されたというのはあまりにも悲しかった。

 

 しかも今も少女の手に握られている紅い布。間違いようもない。あの花火大会の日に香織がハジメの首に巻いたマフラーだ。ハジメと香織の契約の象徴だ。

 

 それら全てをハジメは己の手で拒否した。認めなかった。だから立香は辛かった。本当の、立香にとっての親友だったというのに。

 

「ハジメ…」

 

 あの日々は、ハジメにとってはどんな風に映って見えたのだろうか。偽りだったのだろうか。

 

 そうだとするならば、立香がここまで来た理由とは一体…

 

「…ふ、ふ」

「……リッカ?」

「…せ、先輩?」

 

 少女やらマシュやらが立香を見て慌てふためいた。まるで笑っているからのようだったからだろう。気が触れたか!?的な反応である。

 

 だが、立香はそんなに精神的にはヤワではないのでそんな理由ではない。

 

「ふざけんなぁああああああ!!!!!」

 

 ブチギレた。階段で響く絶叫。咆哮にも思えるそれはまさしくバーサーカーのそれに近い。思わず四人は耳を塞いだ。

 

 だが周りの反応に目が回っていないのか立香は目の前にいないハジメにマジギレする。

 

「再会できたと思ったら記憶喪失で!? 速攻でドパンされて!? その上なんかエゲツないぐらいにイメチェンしてて!?」

「せ、先輩。流石にアレをイメチェンと言うのは…」

 

 少なくとも立香的にはイメチェン範囲内らしい。霊基変換がよく起きるカルデアでは確かにお着替え程度なのかもしれないが…

 

 マシュのツッコミをサラッとスルーして立香は更に鬱憤をブチまける。

 

「その上忘れてるからお前らどうでもいいわーとか言ってきて!? そんで勝手にどっか行ったとか思ってたら女の子と出会ってて!? その子に伝言任せて『もうくんな』とか言ってきて!? 更には初恋の子も奈落で出会った子も泣かせるような真似して!? もう色々まとめて…ふざけんなぁぁああああああああああああ!!!!!!」

 

 立香が思うままに叫ぶ。まるで泣き言のようであった。しかし立香の瞳は段々と定まっていく。

 

「せめて面と面で向かい合って言えや!! じゃないとこっちも納得できないんだよ!!」

「先輩…」

 

 立香は怒りの衝動を体で表すように立ち上がる。純白の魔術回路は輝いた。立香にとっての『大事』を守る為に。

 

「よし、会いに行ってやる! お前が断ろうと知ったもんか! そっちから勝手な事やってんだ! 今度はこっちの番だ! 厨二装備も必ずまた付けて貰うぞ!!」

 

 そして降り始める。今度こそ想いをぶつけ合う為に。

 

 あの日々を、他ならない『南雲ハジメ』という人間に否定させない為に!

 

 階段を駆け下りるハジメにすっかり毒気が抜かれた四人もまた笑い合って追いかける。なおマフラーもブンブン回っている。…きっと立香が見ていれば礼装である可能性を疑っただろう。

 

「ハッ! それでこそオレのマスターだ!」

「諦めに関しては一級と言ってもさしえんほどに悪い…あの小僧も不憫なものよ」

「……ん。……私も、追いつく」

「ーーマシュ・キリエライト! 行きます!」

 

 四人四様に己の体を震えさせ、立ち上がる。もはやそこには陰りなど一種もない。

 

 あの人類を救ったマスターが真の意味で立ち上がったのだ。立ち向かえない問題など…ありはしない。

 

 少女はそんなこと知らない。しかし確信があった。この男ならばきっと救える、と。

 

「待ってろよ…ハジメ!」

 

 この時、英雄は再び立ち上がった。




こうして中編の山場へと参ります!
中編が終われば一章エンドも見えてくる…
二章も幕間も…書きてぇなぁ…

なお明日からバレンタインイベがfgoで始まります。
それに伴いこの作品の進行速度がだいぶ遅くなります。
チョコ集め終わったらこっち来るから!
ごめんね!!


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戦いの狼煙は上がる

今からバレンタインイベやってくるね!
なのでこれで一日か二日は休む!
少なくともエリ様は!エリ様は!!


 ーーハジメside

 

 もう進んだ階層の数など数えてはいない。■■■は最早求めているだけだ。

 

 あの時の銀の煌めきを。

 

 目の前には大量の恐竜型の魔物。何故かファンシーな感じで頭の先に花が寄生している。本来ならばあまりものギャップに脱力するだろう。

 

 しかし今の■■■にとってはただの障害物。

 

 故に言い渡されるのはいつも以上の冷気を含んだ淡々とした言葉。

 

「“錬成”」

 

 それだけで恐竜達は地面に呑まれていく。足から沼に浸かった様に沈んでいき、そのまま束縛されていく。生死は問わない。

 

 目障りだからこそ沈めた。今の■■■にとってはそれが理由になり得た。

 

 襲いかかる恐竜は我武者羅に■■■の方へ突撃してくる。その度に歪な墓標が量産されていく。頭の先端の花はまるで墓に飾られる造花の様だった。

 

 やがて洞窟に入ると面倒臭そうな魔物の気配があった。そんな■■■に対し、その魔物は姿を現した。

 

 所謂所のドリアードのような魔物だ。この魔物は体から緑色の粉末を発散させている。恐竜達が考えもなしに■■■に襲いかかってきていたのはこの魔物が操っていた為だろう。

 

 恐らくは■■■もまた恐竜と同じように操られていると誤解したのだろう。だからこそ愚かにも■■■の前に姿を曝け出してしまったのだ。

 

 そしてそれは致命的な隙であった。

 

「死ね」

 

 ーードパンッ

 

 死の命令と共に繰り出される■■■の絶対必殺。事実ドリアードは反応すらも許されないまま意識を遥か彼方へと放り出した。

 

 だが■■■は無残な死体を傍目にも見ず、そこにいた存在に話しかけた。

 

「…おい、出て来い。『セイバー』」

 

 すると洞窟の奥に影が現れた。ぬるりと意識の垣根をすり抜けてかの存在はそこに立っている。

 

 黒い色褪せたマントをたなびかせるその姿はまさしく冥界の使者とも言える風貌だ。手には八本の赤錆のナイフが握られている。

 

 怒気を隠すこともせず、『アサシン』は問いかけた。

 

「…少年。我のことは『アサシン』と呼ぶようにと申した筈。何故かの忌々しきクラスで呼ぶ」

「俺を救ったのは間違いなくそちらの方だ。間違えても『アサシン』の方のテメェじゃねぇよ」

 

 互いの間で少しの間、常軌を脱する剣呑な雰囲気がおとずれる。弱者であればすぐにでも足元の感覚もおぼつかず気を放り出すであろうそれ。先に折れたのは『アサシン』の方だった。

 

「…致し方無し。良かろう。でだ少年、汝は何の為ここへ足を運んだ?」

「さっき『セイバー』を呼んだ時点で察しはついてんだろう?」

「明確に汝の口から聞きたい。何故汝は我の忌々しき力を求むのか、答えよ」

 

 ■■■は少し眉をひそめたが、すぐに不敵に笑い答えた。

 

「全部俺の中から消し去るためだ。覚えていても…邪魔になるだけだ」

 

 ただ■■■の笑みはどこか我慢するもののようにも思えた。何かに堪えるかのようだった。

 

「俺は生きるために戦う。だからこそ過去も感情も、全てを捨てる。…そう、決めたんだ」

「…左様か。過去を清算するか」

「ああ。ここを出れば記憶のない俺を神山にでも連れて行って、神の人形にでもしとけ。それがお前にとっても俺にとっても最優の道だろうよ」

「然り。ならば我が力、ここにて顕現させてくれよう」

 

 すると『アサシン』から色褪せた群青の魔力光が吹き荒れた。それは変化の予兆。『アサシン』が保有する真の力の解放。

 

 だがその変貌はすぐに止まった。■■■も同様に何かに気がついたようで、嘆息する。

 

「…来るなって言ったはずなんだがなぁ」

「甘い。かの童は屈強なり。必ず心が折れることは有らず。ならば体を砕くが良かろう」

 

 どうやら『アサシン』にとっても上から降りてきた来訪者は厄介らしい。顔など見えはしないが、引きつっているのがよくわかる。

 

「らしいな。…『アサシン』」

「ああ。力を貸そう。汝は童と決別するが良い。我は英霊二騎を止めてくれよう」

「頼む。アイツら三人なら新しい“投影”ですぐに無効化できる。是が非でも上に戻ってもらうさ」

 

 すでに■■■は臨戦態勢を整えている。『アサシン』もまたナイフを取り出す。赤錆のナイフからは血が滴っており、『アサシン』の不気味さを増させた。

 

「…然り。これが…正しき道なり」

 

『アサシン』の呟きが■■■の耳に入るようなことは無かった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 地面に埋まっている魔物の群れ。中には窒息死する生命までいる。

 

 地面には血の跡はただ一つもない。それは何一つの戦いが無かったということではない。あくまでも戦いと呼ばないまでに一方的で片手間での対応だったためだろう。

 

 そしてその恐竜たちの窒息をしている数は非常に稀であった。つまりは埋められてから時間がそれほど経っていない、ということである。

 

「……ハジメ」

 

 恐竜達が埋まることで出来上がっていた不細工な道の先に少女は誰を見たのだろうか。恐らくは立香が見たのと同じ人物だろう。

 

 それにしてもベヒモスとの戦いの時よりも本当に強くなったのかとこの光景を見て改めて立香は感じた。前ならば魔力を空にしてやっと一体を封じられたのが関の山だったというのに。

 

 ハジメが何故これまでの進化を遂げたのかも、過去を拒否しているのかも一切分からない。

 

 ただ立香はそれを直接聞くまでは勝手に終わらせるつもりはない。

 

 恐竜達が作り出す道をなぞり、立香達はハジメがいるであろう場所へと進んでいく。“錬成”によって埋められたというのに地面自体はまっさらで陥没の一つもない。どれほどまでに“錬成”を進化させればここまでたどり着くのか、立香には分からなかった。

 

 やがて洞窟が進路上に見えてきて、その洞窟の少し前で恐竜の道は途絶えている。つまりはそこにハジメがいる、と示唆していた。

 

 全員の顔に喜色が現れると同時に瞳に光を宿らせる。立香はもう一度ハジメと話し合うために、ここにいる。その意思を再度自身に装填した。

 

「待て、異端者供」

 

 全員が突撃しようとした瞬間、立香の耳にそんな声が聞こえて来た。

 

「っ!? 『神山のアサシン』!!?」

 

 背後からまるで耳を噛むような距離まで接近を許していたことに歯噛みつつ立香は前に飛んで距離を取る。

 

 だが『アサシン』は立香に攻撃を仕掛ける気配はない。代わりに『アサシンは瞳をモードレッドとスカサハへと移す。それ以外は眼中に入っていない、そんな様子である。

 

「…へっ! お呼ばりが掛かったみてぇだなぁ!! マスター、先行ってろ!」

「私も後で行こう。何、すぐに終わらせてくれる」

 

 二人はすでに闘志を燃やす。己の獲物を携え、立香達を守るような形で立つ。きっとハジメの元に行くまでの間、必ず邪魔はさせないという意思表示だろう。

 

 だから立香はすぐに洞窟の方へと走る。振り向きはしない。代わりに三人なりのエールを信頼できる仲間へと送る。

 

「ありがとう、二人とも! また後でね!」

「負けないでください、モードレッドさん! スカサハさん!」

「……ファイト」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーモードレッドside

 

 マスター達が残していった置き土産にモードレッドは思った。ああ、必ず勝ってみせようと。恐らくは隣にいるスカサハもまたそう思っているだろう。少し口の端が上がっている。

 

 一方で『アサシン』もまた歪んだ笑みを浮かべる。まるで裂けたかのような不気味な笑い方だ。爪先で何度か己の体を宙に浮かせる。

 

「汝らは通さぬ」

 

 そして『アサシン』は這うかのような低姿勢で飛ぶ。赤錆の軌道を描かせ、二騎のサーヴァントへと五月雨の如く襲いかかる。

 

 だが二騎のサーヴァントにはもう効かない。

 

「ハッ! 同じ手口にゃあのらねぇよ!!」

「ふっ!」

 

 強引に吹き飛ばされる赤錆の時雨。まるでカーテンのように目の前を埋め尽くされていた景色が晴れると、『アサシン』の姿が見えた。

 

『アサシン』は愉快そうに嗤っていた。

 

「良き哉、良き哉。一度合間見えた時よりもなお輝いている。流石は異界の勇士よな」

 

 それに返したのはモードレッド。剣を片手で担ぎ、もう片手で中指を立てた。

 

「上等ぉ! ヤキ入れてやらあ!!」

 

 スカサハもまた寡黙に身を半身にして、槍で弧を描いて下段に構える。

 

 奈落で英雄三騎の、あまりにも前哨戦と言うには過激すぎる戦いが始まった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 洞窟の入り口は薄暗くて、狭かった。立香達は身を屈めて進んでいく。なお少女に関しては身を屈める必要すら無いようだが。

 

 段々と進んでいくと広いスペースに出た。地面には緑色のカスが散らばっている。それから腹を抉られたドリアードのような存在も。勿論既に死に至っている。

 

 この変死体があると言うことは、勿論探し求めている男もいるはずだ。しかも死体の傷は未だに出血している。必ずこの付近にいることは間違い無かった。

 

 立香達がドリアードに近づこうとしたその瞬間、マシュだけは咄嗟に気がついた。

 

「先輩!」

 

 だがその声は既に遅い。

 

「“投影開始(トレース・オン)”」

 

 その声と怪物は上から現れた。紅い光ととともに。

 

 マシュはこの間に立香と少女を吹き飛ばした。だが、肝心のマシュ自身は次の瞬間体を覆われ、囚われる。

 

「マシュ!!?」

 

 黒い鉱石に身を包まれたマシュ。立香はそれがフラム鉱石かと誤解し、着火させないようにハジメの次の動きを潰そうとした。

 

 だがその前に少女か立香を止める。

 

「待って……下手に行けば……捕縛される」

「ご名答だ、女。なるほど、自分が長年封じられていた檻となれば見ただけで分かるか」

 

 封印石。長年少女を封印し続けた魔力の作用を妨げる鉱石の一種。

 

 サーヴァントの多くは魔力により体を、力を手に入れる。だからこそこの鉱石は天敵のようなもの。それはデミサーヴァントであるマシュでも変わりない。

 

 だからこそ本来ならばすぐに破壊できるような黒の拘束からマシュは逃れられない。

 

「……でもどうやって」

「…“投影”か」

その通り(That right)。ま、これだけ師匠の魔術をパクってるんだ。気づかれないわけがないよな」

 

 意外にもハジメは饒舌にも立香の推測を肯定した。どこかご機嫌そうでもある。

 

「それで? 何でテメェらはここに来た? 来るなとは、言った筈だが?」

「それはこっちのセリフだ。何でお前は俺のこと覚えてるのに遠ざけようとするんだよ?」

 

 南雲ハジメ。藤丸立香。

 

 二人の主人公は武器(魔術回路)を解放し、互いに疑問を問うた。

 

 奈落の物語はついに佳境へと迫る。




次回はハジメと立香、どちらもの視点です。
ここ最近シリアス回が過多だけどここ終わったらホンワカ回がくるから!
束の間だけど!!


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覚悟と決意

なんだかんだで早く書けたので送信!

あとバレンタインのメカエリチャンが神過ぎる件。
…ヤベェって、死ぬって。
人型特攻入ってるって…


 ーーハジメside

 

 やはりこの男は来た。

 

 何となく■■■は立香は降りてくるだろうと理解していた。たとえ短い間の付き合いであろうと、立香は諦めることなく手を伸ばしてくるほどに愚者であると良く知っていた。

 

(本当に、この男はお人好しだ)

 

 それでよく世界を何度も救ってきたものだ、と呆れずにはいられない。いやむしろそれだからこそ掴み取ったのかもしれない。全ての力を借りて、前に進んできたのがこの男なのだろう。

 

 だが今の■■■にとってはどうでもいい。

 

 もはや目の前の男は『過去』として、そしてこれから忘れる存在だ。興味など持たない。たとえ持とうとも放棄せねばならないのだ。意味がない。

 

 ■■■のその決意に魔術回路が応えたような気がする。身体はこれ以上にないほどベストコンディション。追い払うのも簡単だろう。

 

 身体から“纒雷”による紅きスパークが轟きあたり一面を照らした。同時に立香に滝のようなプレッシャーを浴びせる。技能や何でもない、奈落の怪物が故の威圧感。

 

「今なら猶予をやる。あの英霊とやらを連れて、とっとと上に上がれ、立香」

 

 黒光りの銃口は今、立香に向いた。“集中”や“心眼(真)”を持つハジメ、その狙撃から逃れることは困難を極める。

 

 そう立香に向けられているのは絶対必殺。処刑の鎌ならぬ弾丸だ。

 

「その前に聞かせてくれ、■■■。何でお前は俺たちから別れようとするんだ?」

 

 それでもなお、この男は愚かにもハジメのことを気にかけている。■■■のことを少しでも理解しようとする。

 

「…こんな時に俺のことか?」

「ああ。俺にとっても、この子にとっても大切なことだ」

「……ん、■■■。……本当のこと、聞かせて」

 

 何故裏切った自分を、真っ直ぐな視線で見られるのか。ハジメには不思議でならない。

 

 あの日、少年に弾丸を放った。差し出された手を払った。

 あの日、少女を突き放した。孤独へと再び追いやった。

 

 だというのに、この二人は■■■のことを諦めない。

 

 意味が分からなかった。もはや人を信じたくもない■■■には、理解すらもできない。

 

 だが■■■の口は動いた。何かに、応えたい。無自覚にもそう思いながら。

 

「単純だ。俺は過去と決別する。そして…俺を殺すためだ」

「……自殺?」

「違う、女。無感情な人間になるだけだ。俺はそうなることを求める。それが…俺がこの奈落で見つけた最優の答えだ」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香slde

 

「無感情な人間になるだけだ。俺はそうなることを求める。それが…俺がこの奈落で見つけた最優の答えだ」

 

 ハジメの目はまるで何かを悟ったかのような、同時に諦めたように光を失っていた。その姿はどこか『アサシン』を彷彿とさせた。

 

「きっと立香や香織、女にキリエライトに師匠と歩む道もあっただろうな。その道を進んでも俺はきっと幸せになれるだろう」

「だったら!!」

「それでも、ほんの一瞬だ」

 

 連れ戻そうとする立香の言葉を遮るハジメ。彼の話はまだ終わらない。

 

「俺は地上にいた頃は、恵まれていた。今まで知らなかった感情を沢山知った。城下町で買い食いもしたし、頼れる師匠から魔術について教えて貰いもした。色んな物を与えてもらって…恋だってした。天之河から面倒くさい説教を受けもしたが、それでも悪くないとは思えたよ。きっとあっちで錬成士として大成するって未来やまた迷宮にみんなと挑むなんて未来もあったろうな。…今だって少しは惜しいぐらいには思ってるよ」

 

 懐かしそうに緑光石の埋まっている天井を見上げる。かつてハジメと立香が図書館の屋上で見た夕焼けの色はない。暗く寂しい暗緑色が薄く伸びているだけだ。

 

「だがその平穏は終わった」

 

 するとハジメは、憤怒を露わにする。奈落で出会ったハジメの中で一番感情的に剥き出される激情は辺りに広がり、恐怖で体を凍らせる。復讐者(アヴェンジャー)に匹敵するかのような純粋な怒り。殺意などでは終わらない、残虐性すらも感じさせるハジメの心の叫びが響く。

 

「今考えても憎い…檜山。アレだけは許さない。俺を落とした。その様を見て嘲笑った。地獄を見せられて、そして…」

 

 ハジメの頰に赤黒い魔物の血管が広がり脈打った。縮小された瞳がここにはいない幻想に向けられる。そして立香は理解する。

 

「孤独を、アイツは俺に与えた」

 

 その孤独こそが、今のハジメにとって最も恐ろしいものなのだと。

 

「ああ、怖かったよ。何よりも、何よりもだ! 襲いかかってきた飢餓感よりも、幻肢痛で痛む左腕よりも、身近にあった死よりも! 孤独こそが真の恐怖だと、奈落の底で味わった!!」

 

 ハジメは身を震えさせる。それは武者震いなどでは無く、純粋な恐怖から来るもの。

 

「そこから感情が恐ろしいほどに芽生えた! 恐怖も寂しさも怒りも絶望も! 負の感情ばかりがフツフツと溢れた!」

 

 立香は何度目かもわからない後悔をする。何であの時、ハジメの手を握れなかったのかと。離してしまったのか、と。

 

 ハジメもまた自身の決意を新たに宣言する。

 

「あの時は『アサシン』の奴が俺を一時的に殺してくれたから何とかなったが…感情って奴があれば俺はいつか壊れる」

 

 だから、とハジメは続ける。

 

「俺はアイツに記憶も感情も、全て消し去るように頼んでいる。そして永遠に全てに無感情でいられるよう、神の駒にでもなるさ」

 

 ハジメは力を抜いていた銃の照準を改めて立香に向ける。魔力が咆哮のように大気を揺らした。

 

 紅が世界を染め上げた。

 

 その世界の中、ハジメはさながら空間の支配者であるというかのように堂々と君臨する。先程までのような感傷は既に無い。

 

 有無を言わさないプレッシャーの中、ハジメは問う。

 

「もしそれでもお前が敵だっていうなら…お前の脚を砕いてでも俺の邪魔はさせない。覚悟しろ」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 ■■■は自身がこうなった経緯も決めた覚悟も全て立香に告白した。

 

 今の■■■■■はそういう者だ。孤独を、感情を何よりも恐れる。だからこそ全てと決別し、全てと無関係であろうとする。

 

 我儘なのは分かっている。自分勝手も承知の上だ。だがもう■■■■■という人間はそうでしか生きられない。

 

 このまま立香達と再び行動を共にしたとしても、また立香達が目の前から消えてしまった時に■■■が理性を抑えられるかすらも分からない。今度こそ心を壊し、全てを敵とみなすだろう。

 

 それほどまでにトータスに来てからの友好関係は■■■にとっては重たかった。もし立香とも会わずに、香織とも仲良くなれていない以前のままであれば楽だっただろう。

 

 だからこそ■■■■■という人間は今、立香と面を向かいあわせる。奈落で鍛え上げられた殺意と共に。

 

「もしそれでもお前が敵だっていうなら…お前の脚を砕いてでも俺の邪魔はさせない。覚悟しろ」

 

 千万の思いを乗せて、■■■は告げた。

 

 例え『過去』といえど傷付けたくはなかった。綺麗な記憶のまま、■■■は立香とは繋がりを断ちたい。

 

 だからどうか引いてくれ、■■■は率直にそう願った。

 

「なあ、■■■」

 

 やがて立香の言葉が聞こえた。

 

 ■■■は立香の顔を見ない。見たくも無い。あんな真っ直ぐな目を、在り方を。眩しすぎる生き方を。

 

「お前は、■■■■■は本当に…その結果でいいと、そう思ってるのか?」

 

 尋ねられたのは■■■■■にとっては今更な言葉だった。

 

 だからこそ■■■■■は立香の言葉を鼻で笑って、答える。

 

「ああ。その通りだ。お前らのことなんざ…本当に散り屑ほどにも思ってないさ」

 

 それが、■■■■■としての答えだ。これから先、永劫に変わることのないこの世の真理だ。

 

 感情も無く、誰かに理解されることもなく、ただ世界のシステムに則って生きること。それが今の■■■が答えだ。言われるまでも、ましてや言うまでも無い。

 

「…そんな寂しそうに、してるのにか?」

「………は?」

 

 想定外の言葉に■■■は呆気に取られた。立香の顔は何かを訴えるようなものだった。

 

 その立香の表情を見て、少しだけ気になった。今の自分の顔は、一体どんな顔をしているのか、と。

 

 そしてふと気がついた。■■■の頬に伝った冷たい感覚に。

 

「お前が今流してるものは、一体なんだ?」

「…知るか。理想のために感情すらも捨てると決めたんだ。今更気にしていられるか」

「…そうか」

 

 すると立香は純白の魔力を咲き誇らせる。清流のように緩やかで、人々の心を救うような聖なる力の顕現。まさしく世界を救った英雄に相応しき風貌である。

 

「だったら俺も、お前を否定しなきゃならないな」

「………なんだと?」

「否定するって、そう言ったんだよ」

 

 立香は怒りを宿した瞳を■■■へと向けた。理不尽な怒りでは無い。それは■■■を思うが故の感情だった。

 

 ■■■が唖然とする中、立香は告げる。

 

「お前が自分の感情にすら気づかないって言うなら…俺はお前を本気で殴ってでも目を覚まさせてやらなきゃならない」

 

 これこそが立香の決意。■■■が感情を捨てることを選ぶならば、立香はその感情を肯定する。

 

 立香のその様が■■■にもよく分かった。分かったからこそ、瞳の光を鋭くする。

 

「…そうか。もう、言葉は要らないな」

 

 ■■■の周囲の空気が凍る。紅の魔力とは正反対に絶対零度の空間を作り上げる。

 

「ああ。もう要らない…下がっておいてください。巻き込んじゃいますから」

 

 一方で立香は陽だまりのように辺りを照らした。そして少女を端の方へと追いやる。その時、無念そうに少女は言った。

 

「……ハジメのこと、頼んだ」

「はい、任されました」

 

 そして少女がマシュの元へと行き、二人が岩の影に隠れる。その瞬間、火花は散った。

 

「お前を砕いてでも俺は俺を殺す。それが俺の覚悟だ」

「俺を傷つけてでもお前を救う。それが俺の決意だ」

 

 奈落での一人の少年の運命を掛けた戦いは今、始まるーー




それでは今からエリちゃんとカーミラさんのボイス聞いてきまーす!


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諦めが悪い英雄

やぁ〜遅くなりましたーー!!
ついにハジメVS立香開始の合図でーす!

それでは〜レディー…ゴォオオオ!!!!


 ーー立香side

 

 立香が紅の初撃を避けることが出来たのは、単なる偶然であった。盛大に背中に伝った恐怖、それに従ったがための大きくその場を跳ねた回避行動。それが功を実らせただけだ。

 

 迷宮の床が抉れ、砂埃を散らす。目に阻害物を入れないようにする体の生理的な行動。その間に状況は動く。

 

 ーードパン、ドパン、ドパン、ドパン!!

 

 乾いた爆撃と共に何かが砕ける音。それはまさしくガラスが割れたかのような音の連鎖。

 

 目を開けると視界は黒に染まっていた。緑光石による灯りが銃撃によって奪われたのだ。それに気がつかず目を開けてしまったことで一時的に感覚が奪われる。

 

 そして更に状況は動く。

 

「“身体変形”、“縮地”」

 

 その言の葉を瞬時に理解した立香は周囲に神経を巡らせ、やがて瞠目する。なんといっても先程までたしかに距離があったにも関わらず、相手がいたのは立香の極間近、背後だったのだから。

 

 即座に立香は防御に移る。

 

「ーーっ!! 概念礼装、『1999年の残滓』装填(セット)!!」

 

 手のひらに槍が呼び出される。立香は仮にもデミサーヴァント。概念礼装を扱うこともできる。一種類だけならば予め用意していれば、こうして武器として使用も可能となる。

 

 呼び出したのは若き光の御子、クー・フーリン(プロト)がお祭りの際にくれた代物。本当に戦いに扱え、かつ取り出しも宝具に比べて容易だったためこうして愛用している。

 

 しかし立香はまだ半端者の英霊。武器の扱いはまだ熟練に達していない。

 

 その上相手はその辺りの兵士などではない。奈落が生んだ怪物だ。付け焼き刃の武器などハジメの前では通用しない。赤黒い脚が視界いっぱいを埋め尽くしていた。

 

「“身体変形”、“豪脚”」

 

 盾としてかざされた槍の柄が抵抗の余地なく砕かれる。そして立香に襲いかかる暴風と猛威。頭を狙った攻撃に咄嗟に立香は左の腕を上げて咄嗟に盾がわりとする。魔術回路も扱い、一時的に自分の防御も上げる。

 

 立香に破滅の一撃が振るわれた。腕がひしゃげて顔が苦痛に歪む。激痛が立香に脂汗が遅れたように溢れ出た。

 

 だがそれでは終わらない。気づいた時には壁がすぐそこにあるのを立香は知覚した。腕はまともに動かず、体も命令を効かない。慌てて立香は身を屈めて壁に衝突する。その衝撃で肺の中にあった空気が一気に吐き出された。

 

「がぁっ!?」

 

 一瞬の間、立香の頭が白に染まる。それでも立香はすぐに気を立て直し、ハジメの蹴りの一撃で吹き飛ばされた事実を認めた。

 

 だが相手はその停滞を許すような存在ではない。

 

「いくぞ?」

「ッ!?」

 

 繰り出される二度目の風切り音。砲撃のような脚撃を立香は危なげなく蹴りを大袈裟に避ける。あの蹴りでは余波ですらも吹き飛ばされるという立香の判断故だ。

 

 しかし立香の耳に更なる声が聞こえる。

 

「“錬成”、“強化”」

 

 そして突き立てられる岩造りの刃の数々。紅の光によって硬質を更に高めた一撃はスカサハですらも警戒せざるを得なかったもの。何とかしてその攻撃の直撃を避けようと一歩、後ろに進んだ。

 

 しかし立香の足は囚われることとなる。本来抵抗のあるはずの地面が液状になるという変質によって。

 

(まさかーー!!?)

 

 二重の“錬成”。片や立香を攻める刃。そしてもう片方は立香を捕縛する底なし沼。その罠に見事に立香は嵌った。底なし沼は既に硬質な床に元通りとなっている。すなわちそれは、立香に付けられた拘束具だ。

 

 立香の太腿に、肩に、脇腹から尽く赤が飛び散った。そして更に刃が刺さろうとする。

 

「“破断”!!」

 

 吸血鬼の女王の勅命の元、その針の筵が強引に吹き飛ばされることとなるのだが。

 

 その間に立香は自慢の怪力で床から足を引っこ抜く。一応鉱物なので本来ならば速攻で抜こうとするなど本来ならば可笑しいはずなのだが。

 

「すみません! 助かりました!!」

「……ん、これくらいーー」

 

 少女のお陰で危機を脱した立香が礼を告げる。しかしその間にも怪物は蠢く。

 

 紅の光が少女の背後に爛々と宿る。そして僅かに指を触れ、鍵言だけの詠唱を残した。

 

「“投影開始(トレース・オン)”」

 

 少女がマシュと同様に黒の檻に沈められる。必要最低限の部分だけを捕縛しており、魔法特化の少女にはそれだけで十分だった。不安定な状態で捕縛された少女は地面に倒された。

 

 封印石の檻を作り出した張本人はそこら一帯に威圧感を広げる。

 

「邪魔をするな」

 

 そうとだけ告げると立香へと再び視線を戻した。紅の光を渦巻かせ、物理的な威力すら魔力が纏う。

 

 立香は少し不思議そうにハジメに尋ねた。

 

「…俺にはそれ、使わないのか?」

「ああ。お前は根からへし折らないと諦めないだろうからな。真正面から潰すと、そう決めてんだよ」

「そうか。なら…」

 

 立香は腕を前に翳し、魔力光を高まらせる。

 

 ハジメはその光景に眉をひそめた。それはその技を知らないからではない。立香のその行動が不思議でならなかったからだろう。

 

 現にハジメは吹き出して、立香に告げる。

 

「正気か?」

「ああ。正気だ。じゃないとお前相手にやらないよ」

「俺は相手の変身シーンを黙って見てやるような出来た人間じゃないんだが?」

「だろうな。でもこうでもしないと勝てないからな」

「…なるほど。覚悟した上でってか」

 

 立香がしようとしているのは“英霊降霊”。我が身に英霊を落とすことでハジメを倒す、そう考えている。

 

 確かにそれしか方法が無いのは明確だ。“擬似宝具展開”の一撃では倒せる自信がなく、その上詠唱も“英霊降霊”と同等の長さ。他の魔術では攻撃力が低いのは確かであり、英霊をこの場に呼ぶとしても恐らくはハジメが封印石を“投影”するだろう。つまりは現状では手詰まりなのだ。それを打開するには、一時的であれど英霊の力を呼び込める“英霊降霊”の方が圧倒的に良い。

 

 だが一方でデメリットも高い。魔術の詠唱の長さ。これがどうしようもないほどにネックだ。

 

 相手が並の者であるか、それか頼ることのできる仲間がいるからこそ立香の魔術は強い。長い詠唱に見合う力がある。しかしその分、速攻性が皆無なのだ。その詠唱の間、何の魔術も使えない立香だからこそこの場では苦しい。そしてその長い詠唱の間をハジメが流すわけがない。

 

 だがそれでも立香にはこれしかハジメに拮抗できる術がない。

 

 つまりこれはハジメが立香を倒し心を砕かせるか、心が砕ける前に立香が詠唱を完成させるかの勝負となる。

 

「今我はーー」

「なら…」

 

 詠唱が始まるのを皮切りにハジメは爆進した。

 

「ーー遠慮なく行かせてもらおうか」

 

 両手をクロスさせた立香に凄まじい連打が襲いかかる。紅い光が空中で跳んでは立香を蹂躙する。ハジメは空中から落ちることなく、天を舞って立香を蹴り続ける。

 

「ーーここにッ!! 我が、唯一ッ!? にして、無限のっ、宝具はぁ…我が絆ぁ!!」

 

 だがその連撃にも立香は意識を保ち、詠唱を続ける。無駄なモーションを省き、ただ身を固めて防御する。今の立香ではハジメの攻撃を捌けないと理解したためだ。

 

 その鉄の魂で立香はハジメの攻撃を受け続ける。が、ハジメも黙っているだけではない。

 

「“纒雷”!」

「がぁっ!!?」

 

 紅の雷撃が立香を鞭打った。

 

 だがなおそれでも、立香は崩れない。

 

「ーー来たれっ! 覇道よっ!」

 

 生身の立香は脆い。今も骨など既に砕け、立っているのさえままならない状況。されど立香の詠唱は止まらない。立香が生来持っていた唯一の武器(意志)だけは不屈を貫く!

 

 この心(立香の決意)は決してーー間違いなどではないのだから!

 

「今っ、呼び起こせぇええ!!」

「ッ!!? うるせぇんだよ!!」

「我が道は! 今ぁっ、我、等が! 覇道となる!!!」

「黙れっつんてんだろ!!」

 

 この状況で追い込まれているのは確実に立香だ。その命を危険に晒し、滴る血が立香の体から体力を奪い続けている。確実に一方的で無様なやられようだ。

 

 しかしそれならば何故、ハジメの方が苦しそうに叫ぶのか。ここで今にも泣き出しそうなほどに喚くハジメはいったいどうしたというのか。

 

 ただ悪夢を振り払うようにしてハジメは立香を空に磔にし、蹴りをさらに加速させ、加えていく。急所ではなく、何故か腕や脚を狙って。

 

来たれ(聞け)!!」

 

 やがて光は収束する。力を求めてやまぬ立香(マスター)に手を添え、応えるように。

 

来たれ(聞け)ぇえ!!!」

 

 光は極光を生む。そして芽吹く。誰かの真の夢を、守るがために。

 

 立香は更に詠唱を加える。ハジメを、取り戻すがために!!

 

「汝はーーー!!」

「“身体変形”、“部分昇華”、“豪脚”!!」

 

 

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「はぁ、はぁ。…ようやく黙ったか。心よりも先に、体が潰れるなんざとんだ皮肉だな」

 

 ■■■の目の前には今、立香の壁にもたれる姿があった。その胸には三つの大きな傷が作られていた。心臓までには達していないが致命傷だ。立ち上がることはできないだろう。

 

 結果的に言えば■■■の完勝だ。傷一つなくここで立っている■■■の姿とボロボロで壁に背中を預け、項垂れる立香の姿を見れば明らかだ。

 

 しかし今回の戦いは■■■の心の中に多少の遺恨を残した。

 

(…俺は、本当に正しいのか?)

 

 感情を捨てると決めた。後悔しないために。また『大切』を目の前から失って、苦しまないように。全てを忘れ、『大切』を無くすとそう決めたというのに…

 

 目の前の男はたとえ進む道が幻想とどれだけ違えど進む、そんな風に思えた。『大切』を意地でも失わないという確固たる覚悟がそこには見えた。■■■にはそれが愚かだ、と思うと同時に少し眩しくも思えたのだ。本当に…何故かは分からないが。

 

(いいや、コイツの言うことなんざ理想論だ。…俺にはとてもそんな考えで生きるなんざ無理だ)

 

 心のノイズを振り払い、ともかく■■■は『アサシン』の方に向かおうとする。まだ戦いの音が鳴り止んでいないところを聞くと加勢は必要だろうと思ったのだ。

 

 ■■■は立香に背を向けるようにして踵を返し、洞窟の穴から出ようとする。

 

「待ちなよ」

 

 不意に洞窟の上からそんな声が降りてきた。

 

 ■■■は少し肩を震わせ、やがて再び後ろを向く。しかし今度は立香ではない別の男の人の陰を。

 

「…『キャスター』か」

 

 そうその陰こそは『オルクスのキャスター』だ。見れば男の上の天井が風穴を開けている。またあの日のような無茶苦茶な“錬成”で階層を超えてきたのだろう。

 

 そんな神業をしておきながらそれを誇りもしない。それどころか普通に■■■との会話を始める。

 

「うん、そうだね。お久しぶり…とは少し違うね。とりあえずこんにちは、とでも言っておこうかな?」

「こっちは挨拶するために振り返ったんじゃねぇよ…一応聞いておこう、何が目的だ?」

 

 頭を乱暴に掻き回しながら■■■は銃口を向ける。だがその一方で男も傘を横に構える。

 

「僕はリッカを資格者として相応しいと思っているからね。少しだけ構ってしまっても仕方がないだろう?」

「資格者、ね。で? 今から俺を潰すってか? なら俺も容赦する気は無いが?」

 

 悠々と語る『キャスター』に■■■は威圧をぶつける。出来ることならば戦いたく無い相手だが今の■■■にはもう逃れる道などない。故にヤケでも突破してくれると覚悟した。

 

 しかしその覚悟はすぐに『キャスター』の言葉によって無駄なものだと知る。『キャスター』は瞳の間で指を空張らせ、少し残念そうな顔をして答えた。

 

「いや僕の出る幕はないよ。だってまだ…戦おうとしているらしいからね」

「…何?」

 

「僕は君をここに留まるためだけに来た。野暮に君たちを殺したりはしないさ。ただ…終わっていない戦いが勝手に終わるのはおかしいと思ったからね」

 

「何を…何を言っている!!?」

 

『キャスター』は傘を持つ手から力を抜くと横に逸れた。そして■■■に忠言する。

 

「よく耳を澄ましてご覧よ。そしてよく見なよ。まだ彼は…折れてはいないようだよ?」

 

 やがて聞こえた掠れて聞こえないような声。されど強かで意思を感じる詠唱が■■■の耳に入ってきた。

 

「ーーえるなら…ば。我…剣と、成せ」

 

 どこかで聞いたことのある詠唱が、あの時の共に戦った時の詠唱が■■■には聞こえた。

 

「我が……身と、なれ」

「…やめろ」

 

 直視出来ないとばかりにその詠唱の聞こえる先から目を背ける。同時に漏れ出した泣き言のような制止の声。無意識でありながらそれは■■■の心をよく表していた。

 

「今、ここ、に力は…」

「……やめろ」

 

 止まらない。途切れない。

 

「呼応…するっ!!」

「ッ!! ーーやめろ!!」

 

 ■■■は思わず激昂する。

 

 目障りだった。悍ましかった。自分が振り払おうとしようとも■■■から手を離そうとしない立香の在り方が。どこか歪で、恐ろしく思えた。

 

 自分の何がこの男をここまでさせるのか、分からなかった。

 

「ーー来い゛、我がっ…覇道をっ!!」

「やめろと言っているのが…聞こえないのか!!?」

 

 ついに耐えきれなくなったのか、■■■は右手に己の獲物を握る。同時に紅い光が走る。“強化”だ。今、目の前の存在を否定するために■■■の全てが全力を込める。

 

 相手は死に体だ。しかし我慢ならなかった。

 

 これ以上ーー以前のような淡い希望を、持ってしまいたくなかったから。

 

「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」

 

 何もかも認めないとそんな子供染みた絶叫を持って、■■■は引き金を引いた。

 

 そんな■■■に聞こえた、最後の詠唱。

 

 ーーー拓くが為に!!

 

 その時、純白がそこらに吹き荒れた。まるで希望の光はここにあると、そう主張するかのようだった。

 

 飛来する弾丸はその渦に突っ込み、やがて曲がる(・・・)。立香を避けるように飛ぶ弾丸は横の壁に風穴を開けるにとどまった。

 

「なっ!!?」

 

 驚愕の中、■■■は見た。

 

 純白のカーテンが開き、そこから現れる勇士を模した立香の姿を。

 

 あの時、冷静を失っていた■■■は知らなかった。立香が詠唱していた極一部の内容を。その詠唱がどの英雄を表したものであるのかを。

 

 ーー勇ましき者、潰えぬ者。光の御子は抑止の輪より今ここに

 

『クー・フーリン』

 

 ケルトのアルスター神話を代表する伝説の騎士。影の国の女王スカサハの弟子であり、『クランの猛犬』とも呼ばれる英雄。

 

 青がかった黒髪にスカサハ同様の赤の槍を携えて、何故か全身タイツらしき服装を纏いながら立香は笑いそこに立つ。傷は未だに深々とある癖に。

 

 これこそがクー・フーリンが持つ特性の一つ。異常なほどの生への執着。たとえ瀕死であろうと戦い続ける強さ。それが立香の心とかか合わされば…立ち上がることなど動作もない。

 

 やがて野獣を彷彿とさせるような大胆不敵で豪快な笑みを立香は浮かべた。

 

「待たせたなぁ!! ハジメ!! …止めてやるよ、全力でなぁ!!」

「…止めれるものならやってみろよ。俺は…もう手加減なんざ出来ねぇよ」

 

 純白の魔力が獣のような気迫を醸し出し、紅の魔力がさながら諸刃の剣のような危うさを感じさせる。

 

 再び、少年と少年は槍を、銃を持って駆け出した。




はい、すみません。
唐突に概念礼装を入れた上にそれが役に立たないと言う摩訶不思議な現象を起こしてしまい申し訳ありません。
作者をしても急にテコ入れしちまったな感があります。
ですが今後の展開に必要なので強引に入れさせてもらいました。
違和感あったらごめんなさい。

なおクー・フーリンさんを今回召喚したのは今のハジメがかつてのエミヤの如く摩擦しきって、真の自分が見えていない状態だからです。
だったらぶつけんの士郎じゃねぇの?と思われるかもしれませんが個人的にエミヤさんの永久のライバルはランサーなので。
…あとスカサハを読んどいてランサー呼んでないのは違和感かな?と思ったので。
さらに言えば“矢避けの加護”がハジメに対して効果抜群というのもありました。
すなわち…大量にワケありです。

次の投稿もまた遅くなります。ご容赦を。


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回帰

あー、限界じゃ。
バトルむず過ぎじゃ。

皆さん、ド下手な小説ですが文句を言わず読んでいただければありがたいです。
…この後『アサシン』もあるのに…大丈夫だろうか?

ともかく始まりますよ!


 ーー立香side

 

「がっ!!?」

 

 立香は呆気なくハジメの蹴りに吹き飛ばされた。立香は空中で輪を描き、着地するがハジメは空を蹴って追随する。

 

 立香には一切、安らぎの時は存在しなかった。

 

「ーーッ!!」

 

 腹にある傷は少しずつ癒えているもののまるで雀の涙。ほんの気休めでしかなかった。今も出血は止まっておらず、だくだくと血を流しては霞む視界で状況を理解する。

 

 立香が“英霊憑依”をしてから場の戦況は一切の変化を起こしていない。せいぜい立香の手札が増えたということだけだ。

 

 マシュや少女の復活は見込まなければ、二騎のサーヴァントの復帰も難しい。もっともこの場において彼女達の乱入は無粋と言わざるを得ないが。

 

『キャスター』は乱入することなく、ただマシュ達の近くで…紅茶を飲んでいた。立香がもしそれに気がついていたならば流石にイラッとしただろう。しかしそんな事に気を割く余裕は全くない。

 

 紅の光が立香へと飛来する。ハジメの弾丸だ。

 

 しかし立香が純白の魔力を帯びると直ぐに紅の軌跡は曲がり、壁だけを抉り取った。

 

 クー・フーリンの持つ“矢避けの加護”。立香は“英霊憑依”によってその力の恩恵を一部得ていた。だからこそここまで死なずに生き延びている。

 

 しかしこの力には弱点も存在する。もっともそれは立香の“英霊憑依”の不完全さが引き起こした弱みなのだが。

 

 というのも基本クー・フーリンはこれを性質として気に止めることもなく、常なるものとして使用している。そのためクー・フーリンは接近戦だけに集中できるのだ。それはとんでもない強みである。立香もそれが目的でクー・フーリンを憑依したのだ。

 

 しかし立香の場合、“矢避けの加護”を受ける際に少し意識を発動に向けねばならない。とはいえそれはほんの些細な意識のブレ。本来ならば大きな損害とまで言えるようなものではない。

 

 しかしハジメは違う。遠距離だけが武器なのではなく、あくまでもその『銃』でさえも道具の一部。蹴りや風の斬撃、雷、更には“錬成”と“投影”による予想外の戦術を用いる。全てが平均以上の馬鹿げた威力でだ。

 

 そしてハジメはきっと“矢避けの加護”の難点を理解している。でなければわざわざ弾丸を無駄に使い捨てるような真似はしない。

 

 ここで立香は確信する。南雲ハジメは最早、パラメーターや技能だけでなく、読み合いなどにも長けた英霊(サーヴァント)並の相手であると。

 

 また立香の体から命の血潮が一滴一滴と零れ落ちた。あと満足に戦える時間ももう短い。立香の敗北は紙一重の場所までジリジリと近づいている。

 

 そして敗北が決まった瞬間、立香の命はここで潰える。

 

 立香はその状況に青ざめながらも…笑ってみせた。不敵に。追い詰められたことすらも忘れさせるほどに。

 

 何故ここまでボロボロになってでも戦うのかなどという疑問は、立香には一切浮かばない。

 

 ーーー貴方達は…誰ですか?

 

 警戒心が酷く露わになっている少年が尋ねてきた、立香にとっての最初の言葉。脳裏に浮かぶと立香はフッと小さく微笑む。そして槍を弧を描かせるように薙ぎ、爛々と己の宿す光を燃え上がらせる。

 

「必ず…お前を救ってやる!!」

 

 神意すらも振り払う人類の英雄が覇道は今、灼熱の一途を走った。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

(意味が…分からないっ!!)

 

 暗闇の中を三条の光が駆けた。光は純白を放つ男、立香の周辺で歪む。そしていつのまにか後ろへと飛んでいくということを繰り返していた。

 

 ■■■の絶対必殺、銃という反則兵器を無効化にする技。その名を“矢避けの加護”。確かに■■■からすれば罵倒したいほどに訳の分からない技だろう。

 

 しかし■■■が悪態を吐くのはそこではない。仕留められるはずなのだ。今の手負いの立香ならば。

 

 事実、今放った三つの弾丸は全てブラフ。その後に“風爪”を纏わせた“豪脚”を持って立香の命を確実に奪う。そう思い描き、事実それは実現できる、そのはずだった。

 

 だが“縮地”を持って立香へと接近し、いざその一撃を叩き込もうとすると一瞬己の体が神経を途絶えさせる。言うことを聞かなくなる。

 

(またっ!!?)

 

 その間にもちろん立香は槍で突きを放つ。甘いことに四肢ばかりを狙ってくる。

 

 そんなもの“心眼(真)”には容易く予想可能だ。四肢を狙う槍を“強化”を施した銃身で逸らす。そして“風爪”で再び立香を攻撃しようとして…また硬直する。

 

 こんな事を繰り返してばかりで■■■は決定打に持ち込めるものの、そこから何故か踏み込めずにいた。

 

 一方で目の前の男には限界が差し迫っているはずだ。“風爪”による負傷からは血が溢れ、生命を脅かしている。いつ、立香が死んでもおかしくはない。

 

(だっていうのにーー!!!?)

 

 それでも立香は一切妥協していない。未だに■■■を取り戻そうと戦っている。満身創痍であろうと脚に力を込める。

 

 立香が倒れる、その光景を■■■には捉えきれないでいる。

 

「ふざっ…けろぉおおお!!」

 

 悪夢を拭うように■■■は紅の魔力を迸らせ、雷が立香を襲う。立香はそれをまともに喰らうものの、気を失うことなく猪突猛進に突き進む。

 

 その姿に■■■は歯を軋ませ、吠えた。

 

「ふざけろ!! テメェの夢なんざ…せいぜい御伽噺だ! 俺はそんな夢…とうに諦めたんだよ!!」

 

 ■■■の頰に汗が伝った。それは体のヒートアップによるものではない。恐れているのだ。

 

 ーーたす…けて

 

 ーー置いて…行かないで…

 

 ーー嫌だ…待って。待ってよ…

 

 ただ一人であることを。孤独であることを。

 

 だから■■■は全ての感情を排除する。友愛の情も、憎悪の衝動も全て投げ捨てて、過去を清算するために。

 

 故に■■■は必ず認めてはならない。立香の、まるでファンタジーのような明るき理想を。いずれ必ずその手から大事な何かを取りこぼすには違いないのだから。

 

「俺に、その思想を…押し付けるなぁっ!!!」

 

 “豪脚”が唸りを上げ、立香の腹を捉えた。

 

 立香の傷口からは血が溢れる。同時に立香の体が宙を泳いだ。

 

 その脚に■■■の指がそっと触れる。

 

「“投影開始(トレース・オン)”!!」

 

 紅が発光、それと共に顕現する魔術師にとっての枷。

 

 もはや立香の姿をこれ以上、見たくはない。故に自主的に封じていた一手に■■■に頼った。

 

 立香にあった青の英雄の力が霧散する。されど赤の槍を手放すことが無い。獲物だけは残っているのは封印石の質の甘さか、英雄の力を塞ぎ込めきれなかった故か。

 

 だが、力を失った立香を支える者はいない。空中で動きを止めさせられた立香に単なる蹴りが見舞われる。血が噴き出したかと思えば、嘘のように地面に叩きつけられる。

 

 立香と■■■の間に開いた距離は5メートル。はたしてそれは二人の心の距離を表したものか。近づくことは出来ても、困難な距離。

 

 立香は無様にも地面で這い蹲るのに対して、■■■の体には埃一つも無い。

 

 この構図だけで子供でも分かる。立香の敗北を。

 

 ■■■はその結果を知り、再び立香を嘲笑って弾丸を立香の足元に放った。

 

「見ろ! これが感情に全てを任せたお前の成れの果てだ!」

 

 弾丸の余波で立香は吹き飛んだ。盛大な土埃が辺りを舞う。立香の脚は焼け、最早立つことすらも有り得ない。

 

 地面に流れる血の量は致死にいたるまでの量。少なからずもう動くことなど…できる訳がない。

 

 今度こそ、■■■は勝利を確信した。ここまで命の危機に晒せば折れる、そう思ったからだ。踵を返し、今度こそこの洞穴を出ようとする。

 

 だがふと■■■の耳にある呟きが風に乗って聞こえた。

 

「…甘いですね」

「…あ?」

 

 声の在り処はマシュだった。檻の中で未だにもがきながらもその目は立香と同じように一途。■■■にとって悍ましいまでの愚直な信頼がそこにあった。

 

 マシュは続ける。

 

「確かに貴方は先輩の事をよく知っていると思います。ですが…それは友人として」

 

 ーーザスッ!

 

 何かが地面を突き刺す音さえ鳴らなければ。

 

 ■■■は静止した。

 

 体は飽くなきまでに砕いた。

 魔術は封印石で無意味と化した。

 脚など使い物にしなくした。

 無力さを骨の髄まで理解させた。

 

 そこまですれば普通、誰もが折れる筈だと…そう思った上で。

 

 しかし■■■■■は知らない。

 

 己が屈服させようとする男が、一体どれほど険しい道を突き進んできたのかを。これほどの傷など、幾度となく引きずってなお前に進んだ事を。

 

 そして何よりも…

 

 ーー先輩の、人としての強さを

 

 振り返って、その男の姿を改めて見た。やはり立てる身などでは無い。こんなもので立ち上がるのはせいぜいゾンビか何かだろう。

 

「…テメェは…何なんだ?」

 

 知っている筈だ。しかし、そこに宿る決意は■■■が知らないほどの人の身を超えたもの。だからこそ思わず尋ねた。

 

 偶然、初めて出会った日と同じ質問を。

 

 目の前の男は笑って、赤の矛先を■■■に突き立てて答えてみせた。

 

「俺は『人理継続保証機関 カルデア』の幹部。そしてお前、南雲ハジメの唯一無二の大親友…藤丸立香だ!!」

 

 ■■■はこの言葉に名状し難い感情を覚えた。とうに捨てたはずの感情が■■■の中に溢れ出る。涙が、嗚咽が吹き出す。

 

 ーー否定する。

 

 それらの感情は認めてはならないもの。『過去』として捨てねばならないもの。

 

 ■■■は必ず、そのような感情を認めてはならないのだから。

 

 溢れる全てを歯を食いしばることで堪える。鎖を巻いた鉄の感情で、引き金を引く。

 

「ーーー消えろ!!」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

「ーーー消えろ!!」

 

 紅の猛威が吹き荒れる。その数6。立香の全てを否定するがために、全ての弾丸を用いてハジメは咆哮を上げた。

 

 紅の光が立香へと飛来する。その未来は当然、死のみ。脳髄や心臓をブチまけて、今度こそ永遠に地面へと倒れる。

 

 その…はずだった。

 

 流麗に、無駄のない歩行が弾丸を紙一重で避ける。その度に凄まじい熱気が立香の肌を焼く。だが死ぬことはない。立香は気にするまでもなく、歩を進めた。

 

「ーーッ!! “投影開始(トレース・オン)”!!」

 

 創り出されるのは六つの弾丸。空中でそれらを装填すると再度射撃する。

 

 だが結果は同じ。すり抜けるように極自然と歩いていく。

 

 きっと、この世界の『ステータスプレート』を立香が手に入れていたとするならば…このような技能が載っていたことだろう。

 

 ーー“瞬光”と。

 

 未来()を掴み取るため、立香が血を吐き、泥まみれになってまで突き進み続けたが故に手に入れた一つの極致。

 

 立香の目には今、世界が色あせて見えていた。モノクロームの世界で、全てのモノがゆっくり動く。その中で、ハジメだけは普段通り動けるのだ。

 

 本来ならば“天歩”や“縮地”などの技能を持たなければ手をかけられないはずの場所。立香は意地と覚悟だけで辿り着いてみせたのだ。もはやその生き足掻く様は、人としての可能性を芽生えさせる。

 

(勝ってやる…お前に、必ず)

 

 負けられないと思った。『大切』を二度と失わないためにも。今度こそ…『大切』を守り抜くためにも!!

 

 紅い流星が吹き荒れる中、立香はまるで舞を踊るかのように足をスライドさせて移動していく。そして槍に純白の魔力が纏われ始める。

 

 封印石の枷すらも、立香は無視する。この一撃に…立香は全てを賭ける!

 

「今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来た覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝は勇ましき者、潰えぬ者。光の御子は抑止の輪より今ここに。顕現せよ…」

 

 枷が徐々にヒビ割れていく。立香の光の元、崩壊を起こして消えていく。純白の魔力が今、紅の世界を押し上げた。

 

 やがて二人の間は二メートルを切る。そこが二人の土壇場。互いの切り札がついに切られる。

 

 ハジメは背中に背負っていた真の必殺技、対物ライフルを。

 

 立香は赤い槍に隠された回避不可たる絶対の、対人宝具を。

 

「ーーー死ね」

「ーー『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』!!」

 

 互いの宣言と共に、紅と赤の極光が解放された。どちらもが宝具の名に違わぬ程の威力。

 

 弾丸と槍が嫌な音を立て、崩壊を始める。

 

 先にヒビが入り始めたのは…『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』の方だった。ビシビシッと槍が破片を落とし、砕いていく。

 

 この光景にハジメは一瞬、眉をひそめたがすぐに不敵な笑みを作り上げた。

 

 だが人理の英雄は、笑っていた。全ての逆境を乗り越えてきたように。今回もまた突き進もうと、誇り高く笑う。

 

 そしてそれに呼応するように、彼を愛する人は応援(エール)という加護を立香へと送る。

 

 ーー負けないでください

 

 魔術回路が、今燃え上がった。まさしく灼熱。立香を燃やし尽くすほどの想いの丈。それらも目の前の決闘への力として、立香へと還元される。

 

「…負けるかよ」

 

 唸るように声を上げる。まだこんな道半端では止まれない。藤丸立香の覇道は、まだ終われない。

 

 まだ何も果たせてもいない。死に至った人々に、何も示せてはいない!

 

「負けて…たまるか!!」

 

 赤い槍が純白で包まれていく。その光は一秒でも、一分でも相手に勝とうとする立香の覚悟。

 

 骨が軋みを上げる。肉が負担に耐えかね破断する。血などもはやありはしない。

 

 それでも前へ。この負けられない戦いに勝つために。

 

 意地を張ってでも前へ。

 

 恐れてでも、前へ。

 

「ぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 咆哮が轟く。みっともない雄の叫び。されど生き抜く人の強さがそこにはある。

 

 赤い光が純白を呑み込んで伸長する。初めてこの時、紅が劣勢へと回る。

 

 弾丸の光の尾が縮小する。そしてついに砕けた。

 

 そして不可避の刃が対象を貫く。

 

 勝利の凱旋とでも言うのか、槍が対物ライフルを砕く音が甲高く一面に響いた。

 

 砕いた勢いのまま槍はハジメの喉元へと突き立てられる。あと少しでも立香が手を動かせばハジメの命はない。

 

 即ち、立香は告げた。

 

「…俺の勝利だ。ハジメ」

 

 これにハジメも応えた。

 

「…ああ。俺の敗北だ。立香」

 

 この時、ようやく奈落での二人の戦いは終わりを迎えた。




というわけでハジメVS立香は立香の勝ちでエンドマークです。
…やっぱりエミヤVS士郎に似てる感が凄いな、この戦い…

次回からは『アサシン』VSモードレッド&スカサハとなります。
…本気で大丈夫かね、私。


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敗北の味、そしてもう一つの戦いへ

書き終わりました。
最近二日に一話ペースになっており、申し訳ない…
一話ごとの文字数、ただえさえ少ないのに…
ただ次回は嫌でも長くなりそうだなぁ…

…エグイなぁ


 ーーハジメside

 

「…俺の勝利だ。■■■」

 

 ■■■の必殺である対物ライフルは立香の一突きで砕かれた。もはや使い物になどならない。また相手の獲物はボロボロと言えど健在。今、■■■の喉元に突き出されていた。

 

 別にここからどうとでもなる。問答無用で蹴り飛ばすのもあり。“金剛”で槍を逆に壊すのもあり。“纒雷”で焼くのもあり。相手は瀕死の身で、■■■は未だに傷一つない。立香の言葉はそこから考えると支離滅裂だ。

 

 しかし■■■は何処かで、自身の敗北を悟った。その上でまだ結果を認めず、立香を倒しにかけるのは…他でもない■■■が許さなかった。

 

 すなわちこの時を持って■■■は敗北せざるを得なかった。だからこそ、■■■は口惜しくも降参する。

 

「…ああ。俺の敗北だ。立香」

 

 そう■■■が告げると喉元に添えられていた槍は光の粒となり、淡く消失した。続いて立香の体から力という力が抜けると、まるでシャットダウンしたように前へと倒れ込む。

 

 仕方がないので■■■が両腕で立香の落下をやんわりと止める。負けを認めたというのにその相手が地面に頭をぶつけて死んだなどとはあまりにも居た堪れない、そう思えた為でもある。

 

 そうして受け止められた立香の顔は、血の気が引いていた。当然だ。立香は何度も限界を超えた身。そもそも血が体にどれだけあるかも怪しい。死人のそれにも近い風貌である。

 

「……………■■■、もう俺は疲れたよ」

「…俺はパトラッシュじゃねぇんだよ。…たくっ」

 

 だというのにネタに走る立香。案外余裕があるのではないだろうか。思わず■■■も反射的に突っ込んでいた。

 

 とはいえ立香がこうなっているのも大体■■■のせいだ。それで見殺して天使が降りてくるという展開も流石に酷い話だ。なので懐から回復薬(試験管入り)を取り出し、乱暴に立香の口に差し込んだ。飲ませ方が大層乱暴なのは少し負けた腹いせも含んでだ。

 

 無理矢理異物を口に挿入された立香。なんだか吐き出しそうになっていたが、何とか堪えたようだ。そして喉仏が何度か動くとみるみるとその身体が癒えていった。流石は凄い回復薬。なお■■■はその本来の名前自体は知らない。

 

 焦げていた脚も裂かれていた腹も殆ど原形を取り戻した立香。流石の精神チートも唖然とする。

 

 何度か奇妙にも口をパクパクし、■■■が持つ試験管を指差し、またもやパクパク。どうやら動揺して声を発するのを忘れたらしい。流石は凄い回復薬。立香をも今までにない程驚かせた。

 

 やがてようやく声を発するという人間の機能を取り戻した立香が叫んだ。

 

「何そのナイチンゲール並みの回復宝具!!?」

「…宝具? じゃねぇよ。回復薬だ、回復薬」

「それほどの性能で!!?」

「ああ。道端で拾った」

「嘘つけ!!」

 

 一応嘘ではない。“錬成”で作られた洞穴にたまたまあったから。

 

 やがて『キャスター』によって封印石の枷を解かれた少女二人がこちらに駆け出して来た。もちろん立香と■■■、一人ずつにだ。

 

「先輩!」

「■■■!!」

 

 マシュは立香にすぐに駆け寄り、魔術による回復を行う。白銀の魔力が立香の体力を少しでも沸きあがらせる。立香は「い〜や〜さ〜れ〜る〜」と呑気にほわんほわんしている。さっきまでのシリアス、仕事しろと言えるレベルだ。少し■■■の口の中がザラザラし始めたのも幻覚ではないだろう。

 

 ただ■■■も全く人の事は言えない。なんたって少女が腕に抱きついてきたのだから。彼女の脇に挟んであるマフラーも風が何かで■■■に絡まった。…風など吹いていないのだが。本格的にマフラーに何かが取り憑いている可能性が心中に湧き上がり、ブルっとした。

 

 少女とマフラーが痛いほどに■■■の体を締め付けてくる。ギリギリと音を鳴らす二人(?)に■■■は顔を歪めるが、その暖かさは悪くは無かった。

 

 上目遣いで瞳を濡らす少女が、■■■に微笑んだ。そしてマフラーを掴むと■■■の首に巻いていくれた。首から全身に一気に熱が灯ったような気がした。それほど長くは別れていない思い出の品の筈だったのだが、久々に感じられた。一度捨てたというのに、どうやら何処かで未練が■■■にはあったらしい。

 

 ■■■がその温もりに少し視界がボヤけた。それが何か分からず、思わず目をこするが、それでもなお瞳からは情けなく、水が溢れ出てくる。

 

 そしてそんな■■■に三人が笑顔を差し出した。

 

「さて…ハジメ。戻って来たか?」

「南雲さん。ようやくですね」

「……ん。……お帰り、ハジメ」

 

 どれだけ三人を傷つけ、どれだけ三人を無下にしてきたのか。それでも三人はハジメに居場所を作り出してくれた。受け入れてくれた。

 

 だから、ハジメもまた応えた。

 

「ああ。…ただいま!」

「おう!」「はい!」「……ん!」「(ブンブンブンブン!!)」

 

 ようやく■■■はハジメへと戻ったのだ。

 

 そして外では爆音が響いた。

 

 もう一つの戦いの決着。それを暗示した音だ。

 

「…行こう、ハジメ」

「ああ。…そうだな」

 

 四人は駆け出す。目的地は洞窟の外、モードレッド、スカサハが『アサシン』と対峙しているその場所だ。

 

 もう一つの戦いの終着を見るために。

 

 

 

『キャスター』は出て行った背中をそっと眺め、微笑んだ。やがて口を開き、出口とは反対方向に進んでいく。

 

「またいずれ会おう。南雲ハジメ(・・・・・)

 

 そして『キャスター』は魔力の残滓を残し、洞窟の中から姿を消した。

 

 彼が何処へ行ったのか、それはまだ誰も知らない。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーアサシンside

 

 時は遡る。

 

 戦いが始まり、たったの数分。しかしその僅かな間で状況は劇的な変化を見せていた。そう…

 

「…馬鹿な」

「はっ! あん時の威勢はどうしたぁああああ!!?」

 

『アサシン』の劣勢という形で。

 

 知名度補正は未だに『アサシン』が格段に上。また『アサシン』自身になんらかの負荷(デバフ)が掛かっているわけでもない。

 

 つまり考えられる変化は相手側、すなわちモードレッド達の方。しかし以前見せつけた差は一度見逃しただけの合間で埋められるものでも、ましてや追い抜かれるものでも無かった。

 

 だというのに。

 

「背中が空いておるぞ?」

「ッーー!!?」

 

 目の前の英霊(怪物)達は『アサシン』の思考のほんの些細な隙に付け込み、確かな負傷を負わせていく。現に今も背中の大銀の剣を避け、脇腹を串刺しにされた。『アサシン』が止まることなく動き回っているにも関わらずだ。

 

 劇的なステータスの変化では無い。ならば考えられる事など数少ないが、そのどれもがあの僅かな戦いではあり得ぬことだった。しかし目の前の戦士はどちらもそれを実行している。そう。

 

「ーー我が術、かの刹那の間に読み切ったとでも言うか!!?」

「ーーそん、通りだっ!!」

 

『アサシン』の動き、癖、思考をあの一回の戦いだけで二人は熟知したと言うことだ。全く信じたくも無い冗談。恐怖しか感じない。

 

 己の『アサシン』としてのナイフ型の宝具、『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』の鯨波のようなナイフの群もすぐに全弾弾かれた。

 

血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』はかつて『神山のアサシン』がエヒト神から賜り、扱った代物。敵の体に刺す度に負荷(デバフ)を掛けていくという厄介極まり無い彼の常用武器。

 

 真にこの武器の恐ろしいのはこの武器に際限が無いということ。いくら投げようとも懐にいくつも再装填されるのだ。何故かは分からないが、『アサシン』にはどうでもいい。おそらくは神の御技とやらだろう、と適当に考えている。

 

 だが際限がない故にそのデバフ効果は酷く強い。一気に投げつけたならば、相手からすれば針の筵。いくつかならば弾けるかもしれないが、それでも擦り傷ぐらいはつく。ましてやその投擲者は他ならない『神山のアサシン』だ。本来ならば敵の体は嫌という程に重たく、虚弱になっているはずだ。

 

 それがどうか。この神敵たちの体には一切の傷が見られない。これほどの敵、一度も見たことがない。

 

 そしてそこから現れる心の焦りが謙虚に戦闘に現れた。戦闘中に敵二人、どちらをも見逃すという根本的なミスを犯すと言う形で。

 

 その過ちに気付いた時には既に遅い。二人の戦士はその隙を見逃すような生易しい相手などではないのだから。

 

「喰らいやがれ!!」

「遅いっ!!」

 

 上空からの薙ぎ下ろしの一撃と地を這う一閃。それがクロスするかのように『アサシン』を襲った。

 

 咄嗟に身を捩り、少しでも損傷を減らす。しかしそれでも左肩が半分ほど絶たれ、脇腹を負傷するという重症からは逃れることは出来なかったらしい。

 

 悪態代わりとばかりに『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』を上空へと投げ、己の周囲にばら撒いたが無意味。赤雷が当たり一面を焼き払う。趣味の悪いSFのようだ。

 

 その間にスカサハが場を逃れようとする『アサシン』を強襲する。『アサシン』もまた複製された宝具で鍔迫り合いを行おうとするものの、スカサハが一歩先を行った。

 

 その場にいたはずのスカサハの姿がまるで影が落ちたかのように消え去る。

 

 “魔境の智慧”、世界の理からすらも離れた場所へ身を置くが故にほぼ全ての権能を高い水準で得られるという力。戦闘中においては“千里眼”と呼ばれる未来予想の力すらも発揮されるこの力により、スカサハは一時的に『アサシン』の知覚領域外へと踏み込んだ。

 

 槍との交差どころか何一つの抵抗もなく、空振りに終わる『アサシン』の一撃。標的が消えたが故のこの状態は正に格好の的。

 

「死ぬなよ?」

 

 そう告げられてコンマ数秒。その間、『アサシン』は完全に防御へと徹しざるを得なかった。いつのまにか携えられた二双の槍。瞬時にそれらが『アサシン』の体を蹂躙したが故に。

 

「ガッーーー!!?」

 

 血の華が迷宮を彩った。全身に夥しいほどの生傷が作り出され、『アサシン』は成すすべもなく地面に崩れ落ちた。四肢はほぼ完全に絶たれた。立ち上がる余力すらも『アサシン』には無かった。

 

「ふむ…これまでかな?」

「チェックメイトってなぁ!! こんの芋虫が!」

 

 そう、正真正銘の詰みの形だ。

 

 だが同時に『アサシン』の頭に思い浮かんだのは、ある洞穴の中で力無く倒れていた少年のこと。かつての自身に、似ていた少年の姿だった。

 

 かの少年は、今かつての仲間と決別できたのか。それが『アサシン』の心残り。彼の英雄としての情けないまでの過去に渡る『後悔』の、その形。

 

 そして時は、さらに遡ることとなる。

 

 それはかつて、『最強』と呼ばれたパーティーの物語。『迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)』と言う本に記された実話の、その裏側へと。




そんなわけで!
次回!
『アサシン』、過去の話!
興味ない人は飛ばしてね!!


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アサシンの過去(前編)

三日ぶりです。
これだけ遅くなったのは今回の字数です。
ーー6997文字
これでアサシン過去前編です。
後編がまだあるし、その上それだけでは一章中編は終わらない!
…一章終わりの先が長い。
今年から受験期だし…大丈夫だろうか、私?


迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)

 

 この本については様々な脚色が付け足された上で、構成されている。

 

 例えば英雄ヒュルミドはまるでヨルムンガンドを一人で倒した、かのように言われている。

 

 しかしそうではなく、ヒュルミドが追い込まれていたところをたった一人の少年が片手間で討伐。あまりもの高速の剣技に困惑していたヒュルミドがその場でずっと固まっているといつのまにか英雄としてはやし立てられ、その伝承により英雄の力を得た。

 

 そんな風に嘘が割と混じっている一冊の本。もちろん当時の最強のメンバーについても脚色はされている。

 

 ただしそれは他とは違い、過小評価と言う意味で、だ。

 

 それは、ヨルムンガンドを一人で倒してみせた本当の英雄が成人した後のお話。

 

 ーーアサシンside

 

(これは…私の、過去か)

 

 戦闘の瞬く間、『アサシン』はかつての記憶を思い返していた。

 

 

 

『ヴェルカ王国』、王都ヴェルニカの近郊ヴェルシア。

 

 大迷宮の一つ、『オルクス大迷宮』を国内の領土に保有している『ヴェルカ王国』の中でも最もその迷宮に近いヴェルシア。この街では冒険者の割合が他の国に比べ、なお一層多く存在する。ならず者から片手間で営む者まで。ギルドはブラックリストの制度こそあれど、来るものを基本的に拒むことはない。夢や希望に憧れて、今日も窓口に新参の冒険者達が訪れていた。

 

「それじゃ、ここにサインよろしくね」

「はいっ!!」

 

 また一人の少年がサインを書き、冒険者への道を歩もうとしていた。あるパーティーに対する過剰なまでの憧れ。そのためあまりにも若い年でここへと来てしまった。

 

 ギルドは来るものを拒まない。されどギルドに所属する者もが、というわけではない。むしろ先ほども言ったようにならず者は多く存在する。

 

 そんなならず者達はサインを終え、はやくもダンジョンへと向かおうとする少年の方に向かうと、彼の足に己の足を引っ掛けた。

 

「あわっ!!?」

 

 案の定、少年はそれに反応できず間抜けた声を上げて床へとダイブすることとなる。この時の男達の顔というのが非常に気色の悪いものだった。女子の一人が見てられないと顔を背けた。

 

 だが少年が床に転げ回るという事態には陥らなかった。少年はある男の片手により、空中で華麗に一回転してそのままそっと着地させられた。

 

「よう、大丈夫だったかい?」

 

 その男は大して巨漢というわけではなく、また少年と同い年に見えるようなそれは若々しい人だった。黒い短髪が逆さに釣り上がっており、顔からは陽気で風来坊な感じが伝わってくる。身長は170並みで普通としか言えない高さだ。また服自体が鎧などではなく、農民の服のようなボロ布。一般的に見ればギルドの客であると十人中十人が答えるような姿だ。

 

 しかし後ろに控えている4人のメンバー。彼が背負う最強を表す唯一無二の銀の大剣。そして彼らが武器に付けている共通の剣を模した焼印。それだけでここにいる全ての人間はわかる。彼らの、そして少年を止めた男が何者であるかを。

 

 ヴェルカ王国、最強の冒険者パーティー『キルギ・メラス』。

 

 構成員は『結界士』のルリファ・シャルナ。『魔術士』のズドラ・メギロード。『重装士』のアイル・センドラゴ。副団長兼参謀兼パーティーのオカン兼『投擲士』のマイナ・センドラゴ。

 

 そしてその団長である『剣士』カーグ。世界一とすら言えるほど卓越した剣技の使い手である。

 

 そんなカーグが少年の頭を乱暴に撫で、「頑張りな!」と一言掛けて背中を押した。少年はそれだけで感激の極みだと言わんばかりに瞳を潤わせ、ギルドから出て行った。

 

 一方でならず者達はそろーり、そろーりと逃げ出そうとする。しかし時すでに遅し。ならず者達にあっけからんとしつつも、何処か怖気を感じさせる気迫が轟っと音を鳴らし放たれた。

 

「ギルガ、ナルマ、ソイノ、コルズメ。どこ行くつもりだ?」

 

 逃げようとしたならず者は名前を呼ばれてビクッとする。こうなったら大人しく捕まらねばならない。じゃなければきっと死ぬ。それを即刻理解したならず者達はUターンを決めて、床に正座する。熟練の技がうかがえる流れであった。

 

 やがてならず者のリーダーが冷や汗を垂らしながら質問した。

 

「兄貴ら…いつのまに帰って来てたんですかい? 次は60階層クリアするまで帰って来ない的なことを言っていたような…」

 

 そう、今『キルギ・メラス』はかつてない挑戦を行なっている。今までの迷宮の最大攻略階層は59層。それを越えるため、カーグ達はつい昨日に旅立ったはずなのだ。

 

 にも関わらず早過ぎる。かつて59階層をクリアするには一ヶ月、パーティーは潜り続けたというのに。

 

 もしや失敗したのでは? と思ったが故にならず者達は問うたのだ。実際に周りも「まさか」「まさか」となっている。

 

 一方でカーグはこう告げる。凄いいい笑顔で、だ。

 

「必要か?」

「いえ! とんでもない!!」

 

 カーグが威圧的に問い返す! それを見て、ならず者達はすぐに己の質問を撤回する。判断が早すぎる!

 

 ただ威圧もすぐに無くなり、欠伸をでかくかますと今度は普段の人の良い顔でカーグはワケを説明した。

 

「ま、一応言っといてやるよ。もう60階層は突破した。ただそこからは未知の領域なワケだし、警戒して参りましょ☆ というウチの参謀の判断だ! あとその参謀が生理だ!!」

「アンタ!! 下らない嘘、吹いてるんじゃないわよ!!」

 

 というのは苦労人のマイナである。赤髪のスレンダーなパーティーの女傑。流石に生理などという嘘言われれば腹が立つのも無理はない。手が少し腰のホルスターに伸びている。ナイフ準備、オッケー。いつでもヤレるぜい。

 

 マイナの投擲は正確無比。百メートル離れていたとしても百発百中の腕前、当然こんな至近距離ならば外すなどとということはない。カーグも「ひぇー、おっかねぇ」と飄々としつつも、ビビっている。

 

 するとそんなマイナの頭に手が置かれ、そっと宥めるように優しく彼女を撫でた。どうやらカーグを心配してくれて、アイルはマイルを諌めてくれているらしい。カーグの顔はわあっとアイルに感激の涙を流した。

 

「マイナ、落ち着いて。流石にギルドの床汚しちゃダメだって」

 

 どうやら味方はいなかったらしい。カーグは現実の無慈悲さに泣いた。

 

「アイルぅー! なんでお前マイナの味方すんだよーう! 俺たち昔からの親友だろーう!?」

「口調変わってるし、あと流石にその嘘は酷いと思うよ。ここがギルドじゃ無かったら僕も参加してたし」

「本当に慈悲ねぇじゃん!!?」

 

 なおアイルとマイナは夫婦の関係である。そのためアイルは基本的には優しいのだが、カーグのセクハラ染みたセリフは看過出来ないらしい。少し血管が浮いていることを見ても、静かにキレているのが分かった。

 

「なーなー。早くギルドの方に60階層クリアを伝えよ。カーグがボコられるのはその後でいい」

「えっ!? ちょっ!? 俺がボコられんのは決定事項ですか!!? なのですかい!!!?」

 

 こう言うのは面倒くさがりのズドラである。相当な難ありの性格だがパーティーに馴染んでもいるし、いざこざは無い。故にズドラもまた自分を受け入れてくれる『キルギ・メラス』を気に入っているようだ。

 

 だがこれとそれは話が別と言うようにマイナ達の味方に入る。一応言っておくが確実に、カーグの方が悪いであろう。

 

 カーグは残りのメンバーであるルリファの方を仰いだ。ルリファは心優しい女の子。きっとカーグが傷つくのも嫌だと泣いて止めてくれるだろう。

 

 事実、ルリファは頷いた。

 

「大丈夫です! ボコボコにされちゃっても私が癒してみせますね!!」

「俺に仲間はいなかった!!」

 

 ーー殴られる前提の話ではあったが。

 

 ガッデム!! とカーグは叫んだ。そしてこの時ばかりは日頃、祈りもしないエヒト神に仰いだ。藁にでも縋る気持ちだ。もっとも神と藁を同等扱いするカーグは相当罰当たりだろうが。

 

「嗚呼、この世のスッゲェ神よ。ナイスガイな神さまよ。どうか俺に慈悲を! 慈悲をください!!」

「日頃からお祈りもしないような野郎のところに誰が恩恵やるか」

「ま、それはこのパーティー全員だけどね」

「この街、全員の間違い」

「神様に納め物するよりも実際に食べ物食べた方がいいですからねー」

『違えねぇ! 神なんぞ知ったもんかぁ!!』

『ああ。むしろ酒が神だ!』

『むしろエヒト神とやらが酒の眷属だ!!』

 

 なかなかこの街の人々、太々しかった。「信仰もクソもしらねぇよ! ペッ!」的な思考の人々ばっかである。ギルドの人々も笑いながら総スルーしている時点で相当である。むしろ何故ここまで言いつつも、罰せられないのか気になってくるぐらいだ。

 

 というのもこの街、確かにならず者ばかりでロクでも無い。しかしこの街はその代わりとして迷宮の探索の速度上昇に大きく貢献しているのもあり、処罰が非常に難しい。街全体がこんな感じなので処刑としても街全部燃やす勢いで無ければならない。本当に正教教会からすれば厄介なそれ以外の何者でも無かった。

 

 そんな風情もあってか、この街は『神の堕ちた迷宮街』と呼ばれている。人々は今日も迷宮へ夢を馳せながらも、自由に生きる。『キルギ・メラス』はそんな人々の最もたる例である。

 

「だぁあああ!!! もう俺、家帰るぅーー!!!」

「シッ!!」

 

 カーグは脱兎の如く逃走する。入り口を追い求め、クラウチングスタートだ!!

 

 その背中にいくつものナイフが強襲する。マイナさんに慈悲はない。そんなものは既に母のお腹の中に置いてきたと言わんばりの迷いの無さである。

 

 しかしカーグは認識から外れるような動きでそれらのナイフを紙一重で回避。まるで残像が生まれたかのようなカーグ独自の回避法。ただオカマのように腰やら腕やらを気持ち悪くクネクネさせながら避けている。たまには投げキッスも入れてくる。思いっきりマイナを煽っていた。

 

 案の定マイナは速攻で仕留めにかかる。狩人の如く颯爽と追う。目には殺意しか無かった。手に持てるだけのナイフをごまんと持っている時点でそれがよくわかる。

 

「あ、待て! クソっ! クネクネして避けるなぁあーー!!」

「フハハハハ!! アリアベル直伝の逃走法に不可能は無ぁいっ!!」

 

 なおアリアベルは『キルギ・メラス』メンバー同様の金ランク冒険者である。一店の服屋を務めている店主さんでもある。なおアリアベルは筋骨隆々とした長身の男である。フリフリ服を己の筋肉に食い込ませるという悪魔的なファッションをしているが、人間である。

 

 二人がもう人間をやめた並みの動きで逃走と追撃を行なっている光景にギルドの人々は唖然としていた。しかし残りのパーティーメンバーはほっこりしながらのほほんと会話していた。

 

「アレ、もう名人の域だよねぇ」

「本当にアイツ『農民』なのか気になる」

「どちらにせよ、薬調合しておきますねー。怪我してなくても飲ませますー」

「「それはやめて差し上げろ」」

 

 アイルはとりあえずマイナを治めるための準備を、ルリファはなんだか危なそうな薬をゴリゴリと乳鉢でかき混ぜ、ズドラはそれを制止にかかる。

 

 まさしく自由を体現したかのようなパーティーの姿にならず者もギルド員も等しく笑顔を咲かせるのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「やれやれー。マイナの奴め、ナイフを同時に百本投げるか普通…」

 

 ギルドでの騒動が終わり、マイナの機嫌もアイルによってある程度治ったところでカーグは自身の家へと戻ってきていた。

 

 カーグの家は街とは少し離れた地域にひっそりとある。これはカーグの嫁の希望あってのことだ。一応カーグもそれに不満は無かったので、現在こうなっている。

 

 ドアノブを捻り、今扉を開けようとしたその瞬間。

 

「「遅いっ(です)!!」」

「qあwせdrftgyふじこlpっ!!?」

 

 大きな陰と小さな陰のダブルドロップキックがドアの向こうから炸裂した。まさか家に帰って早々そんな攻撃を受けるなどとは思っていなかったカーグ。そんな無防備な腹に見事な一撃が決まった。当然、クリティカルである。歴戦のはずの腹が痛い。

 

 なお犯人はわかる。というかこの家にはその二人しかいないはずなのでわからないはずもない。

 

「何で!? マルナ! シシリア!!?」

 

 ただ何故ドロップキックかまされたのかは一切分からない。ので反射的にも尋ねる。俺なんかしましたっけ!?と。

 

 するとドロップキックしてきた長身の女性、カーグの妻であるマルナが笑顔のまま尋ねてきた。

 

「連絡も無くダンジョンに出かけ、しかも新記録を挑戦しに行ったそうではないですか?」

「おおー。土産話聞く?」

「それは非常に楽しみですが、それはともかくそんなボロ布でダンジョンに出かけないでください。流石に心配しますから」

「…はーい」

 

 確かにダンジョンに入る前に家に軽装の鎧を忘れていたことに気がつき、ヤバイなとは思っていた。元々回避を主とするとは言え、限度と言えるものがある。どうやら妻には心配をさせていたと反省する。

 

 その反省が良く分かったようで、カーグに回復魔法を施すと家の中に入るように促した。中からはいい匂いがする。階層到達の新記録への祝いも兼ねてだろう。娘のシシリアもにかっと笑っている。

 

「お帰りさま、です!」

「お帰りなさい、あ・な・た?」

「おう、ただいまー」

 

 

 

「パパ様! 今日も稽古お願い、です!」

 

 娘のシシリアは食事やらお祝いやらを終えるとすぐにカーグの方に剣を構えた。なお、剣は木刀。真剣はまだ早い。

 

「お〜、いいよ〜。シシリアのためならパパ頑張っちゃう!」

 

 なおカーグがここまでノリノリなのは娘に頼りにされているのと、将来娘に近づく害虫()に対しての抵抗法としてのことである。我が家のリトルエンジェルは絶対に嫁にやらん! そんな確固たるカーグの決意が伝わってくる。

 

 ただ、夫がそう考えていても妻まで同じ考えというわけではない。

 

「…あ・な・た?」

 

 事実カーグの肩がミシミシと不吉な音を漏らしている。背後から伸びたマルナの手がカーグの肩を握力のみで潰しているのだ。なおマルナの天職は『家政婦』。決して戦闘系ではない。

 

 たまにカーグはマルナのステータスが気になる。もしかしてカーグ専用のスレイヤー系統の技能を持っていないのか…と。

 

「俺はあくまでも将来来るがいちゅーーごみくーー変態共からシシリアを守ろうとしているだけだ!」

「全く言い直せていませんが…。あとこれ以上シシリアが強くなってしまうとそれこそ嫁ぎ先が無くなると申しますか…」

「嫁げなくとも俺とお前がシシリアを愛すれば充分だ!!」

「溺愛が過ぎるでしょう!?」

 

 ここで何度目か分からないカーグとマルナの夫婦喧嘩が始まる。なおこの夫婦の喧嘩の内容はいつもシシリアの教育方針に関して。他の場合は基本的にカーグが譲る。しかし娘の為なら是非も無く戦うパパでもある。故にシシリアのこととなると基本的にヒートアップが常のものとなっている。

 

 しかしここでシシリアが元気に手を挙げた。あら可愛らしい小振りな手だ。パパさんは一気にデレっと笑顔になる。

 

「パパ様、ママ様! シシリアは平気なのです! シシリアは将来騎士になるのでそれで食べたいって、パパ様もママ様も幸せにするのです!」

「シシリアーー!!!」

「ふふっ。そうですか」

 

 娘の親孝行宣言に二人は一気にデレた。カーグは感激の涙を流し、マルナは少し照れ臭そうに顔を赤らめた。家族に温和な雰囲気が戻った。

 

 ただ、次の娘の宣言に二人は硬直するのだが。

 

「ただ子供は欲しいので、養子は取るのです!」

「「……ん?」」

 

 アレ? 子供が欲しいなら普通は結婚じゃない?

 

 そんな思考が二人にはあったのだが、そんな二人の様子に気がついていないシシリアは続ける。

 

「結婚するとしても私よりも強い相手が好ましいのです。なおその際は剣士であろうが、勇者であろうが構いませんです! ただ軟弱者は無理なのです!」

 

 どうやら我が家のお姫様は相当思考がバーサークしているらしい。なおシシリアの歳は今6歳。だというのに今でも学生の剣士に劣らない実力を持つ。…確かに同い年の男の子達は眼中に入るわけもないだろう。

 

 更に将来性もある。カーグが教えるのは『柔』の剣。力は要らず、技を持って戦いを進める。そういった戦法だ。その極地にいるカーグを師としている時点で、シシリアは将来並外れた剣の力を持つことは確実だ。

 

「……あなた?」

「…うん。これは流石にやり過ぎた感が否めないな」

「……あなた?」

「…ああ。それと明日にはまた迷宮に戻って65層突破してくるわ」

「……あなた?」

 

 壊れたラジオみたいだった。しつこいぐらいにリピート再生を繰り返している。なおマルナは素晴らしい笑顔だ。ただその目が笑っていない。怒りを通り過ぎたレッドゾーンだ。

 

 それを敏感に感知したカーグは速攻でシシリアを脇に挟んで家を飛び出した。

 

「よし! シシリア! 今から行くぞ! パパ、新しい技を教えてやる!!」

「わーい、です! 速攻で覚えてやるなのです!!」

 

 やはり娘はエンジェルである。多少物騒ではあるが、是非ともこうして成長してほしいものだ。パパはほんわかとそう思った。

 

 ただし後ろから凄まじい勢いで迫っている妻のせいで心の余裕が一気に無くなったが。

 

「……あなた?」

「くそぉっ!! 何で俺の敏捷に追いつけんの!!? マジでお前スレイヤー系統の技能持ってない!!?」

「パパ様! 早いの、早いの〜♫」

 

 最強パーティーの団長の一家はそれはもう騒がしかった。




次からアサシンの絶望編です。
このほんわかムードとの落差にビックリしてください。


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アサシンの過去(後編)

…何ぞコレ?

テスト週間にCCCイベントが来るとか何ぞ?
CCCはイベントシナリオ長いらしいから受験期には来ないといいなぁーとか思ってたけど、コレは何ぞ?
神よ! 俺がそんなに嫌いかぁあああああああ!!!!?

そんなストレスを解消する為に殴り書いた今回。
アサシンの過去、ご覧あれ。


 ーーアサシンside

 

「ふっ!!」

 

 大銀塊が振るわれると同時に兜を被った魔物が木っ端微塵に吹き飛ぶ。頭自体が吹き飛んだことで血が噴き出した。

 

 65階層、橋の上での決闘はすぐに決着した。後にベヒモスと呼ばれることに魔物は下半身だけ取り残され、奈落へと落ちていった。カーグはそれを見て、嘆息する。

 

「…呆気ねぇなぁ」

 

 この言葉は『キルギ・メラス』の総意だった。

 

 決戦に要した時間はたったの1分間。それだけで橋という迷宮の戦場は処刑場と成り果てていた。背後では無数のトラウムソルジャーがいたはずなのだが、召喚魔法陣ごとズドラの範囲殲滅魔法で焦土と成り果てた。

 

 なおこの間マイナとアイル、シャルナは物足りなさそうにガッカリしていた。カーグとズドラが獲物を独り占めしたせいだろう。

 

 だがそれも仕方がない。このパーティーのレベルはそれほどに隔絶している。一つの例としてカーグのステータスを記す。

 

 ====================================

 カーグ・○○○○ 31歳 男 レベル:98

 天職:農民

 筋力:980

 体力:1200

 耐性:1020

 敏捷:1500

 魔力:700

 魔耐:900

 技能:剣術[+斬撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+鎧貫][+無念有想][+幻影露剣]・剛力[+魔闘法]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読[+投影]・気配感知・魔力感知・隠業[+幻撃]・限界突破[+覇潰]

 ====================================

 

 確かにパラメーター自体も高い。しかしそれ以上に技能の派生が異常である。特に剣技が群を抜いて派生技能が現れていた。

 

 他のメンバーもカーグよりは低いものの、同様のステータスの高さを誇る。なお、面倒ごとになるのでギルドの方には全員嘘のステータスを知らせている。ただえさえ多い勧誘の声が更に増すからである。そういったしがらみを嫌うメンバーは全員一致で勧誘を総スルーするとは決めているが、無いに越したことはない。

 

「…なんか思ってたよりも65階層も弱かったわね」

「本当に。このまま行けば楽勝」

「ですね! 防御の役目ですのに今のところ役目ほとんどありませんし! 強い敵が出てきてほしいです!」

「…シャルナ。障壁で魔物を潰してるところを見るとシャルナが防御役というのは少し違和感があるのだけれど…」

「…アイル。それをシャルナに言っても無駄よ。あの子最近『障壁とは攻撃の為にあるんです!』とか血迷ったこと言い出すことがあるから…」

「ま、とりあえず帰るか? 俺はカミさんに逐一報告を今日から義務付けられてしまったのだ。とっとと帰ろう」

「…アンタ、風来坊気取ってる割にはマルナさんには弱いわよね」

「仕方ないじゃん! 怖いんだもん! アイツ最近俺に対するスレイヤー系統の技能持ち始めたと思われるもーん!!」

「…マルナさんだったらあり得るわね」

「…だろ?」

 

 マルナの亭主関白ならぬ主婦関白ぶりは『キルギ・メラス』の全員が知るところ。最強のパーティーの団長が嫁に尻で敷かれている様はギルドに戦慄を呼んだこともあった。

 

 65階層をこうして談笑しながら去ろうとしていた『キルギ・メラス』。しかし次の瞬間、聞き、見る事となる。

 

『ーーーーー』

 

「「「「「ーーーッ!!!?」」」」」

 

 まず聴こえてきたのは天上の歌のような声。それが直接頭に響いたものだった。有無を言わさず流れる甘い声に『キルギ・メラス』のメンバーは瞬時に戦闘態勢を敷く。

 

 次に見たのは銀色の光。最初はただの光粒であったそれが拡大し、同時に人の形として変質していく。

 

 その人陰は白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏い始める。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。まるでワルキューレのようである。

 

 銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして、天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。

 

 バサァと音を立てて広がったそれは、銀光だけで出来た魔法の翼のようだ。背後に月を背負い、煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

 

 夕日に反射してキラキラと輝く銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ち、全てのパーツが完璧な位置で整っている。身長は、女性にしては高い方で百七十センチくらいあり、愛子では、軽く見上げなければならい。白磁のようになめらかで白い肌に、スラリと伸びた手足。胸は大きすぎず小さすぎず、全体のバランスを考えれば、まさに絶妙な大きさ。

 

 だが、惜しむらくはその瞳だ。彼女の纏う全てが美しく輝いているにも関わらず、その瞳だけが氷の如き冷たさを放っていた。その冷たさは相手を嫌悪するが故のものではない。ただただ、ひたすらに無感情で機械的。人形のような瞳だった。

 

 そして抑揚もなく、ただ冷たい声で彼女はカーグ達へと話しかける。

 

「初めまして、エアートと申します。『キルギ・メラス』一行様。貴方方は神に選ばれました」

「…神に?」

「ええ。今すぐ本山へと向かいなさい。良かったですね。人の身にはあまりにも不相応な名誉です。しかと己を讃え、喜びなさい」

 

 きっと神とやらはエヒト神のことを指すのだろう。それをすぐにカーグは理解する。そしてそれを理解すると同時に、『キルギ・メラス』の全員が応えた。

 

「シッ!!」

「“炎槍”!!」

「ふっ!!」

 

 ナイフと白の炎、飛ぶ斬撃という攻撃的な答えで。

 

 それらの攻撃は瞬時にエアートとの距離を詰め、淡く消える。銀色の無機質な魔力が閃いたかと思えば、瞬く間に力を失せて消えていったのだ。

 

「…もう一度、機会を与えましょう。本山に来る気はあるでしょうか?」

 

 問われると同時に浮かぶのはカーグの故郷の姿。ただ一人の村人が神の御石に触れただけで炎に覆われた悪夢の光景。

 

『これは、神罰である』

 

 狂った笑みを浮かべた男達が次々と人々の胸を貫き、焼いていく。必死に森の中へと逃げた途中に聞こえてきた声。それが今も耳にへばりついては離れない。

 

 そして仲間達も同じような過去を持っている。苦しく、血に塗れた神が作り出した無情な光景を。

 

 歯向かう理由はそれで十分だった。

 

「すまんが俺らは全員、神様とやらを良くは思ってないんでね! リーダーとしてんなもんお断りしますってなぁあああ!!!」

 

 感情のこもっていない業務的な勧誘にカーグが怒りを滲ませ、拒絶する。それと同時にエアートの胸で交差するのは銀の斬撃と銅の衝波。カーグが“無念有想”で距離を瞬く間に詰めて、アイルが“衝撃変換”による圧倒的な破壊力を顕現させる。

 

 本来ならばこれだけで決着は着くはずだ。トータスでも化け物としか揶揄できない1000を超える攻撃力を誇る二人が同時に放ったのだ。相手が無事であるはずがない。

 

 ーーだというのにそれらの攻撃を弾く肌を持つ目の前の女は、何者だ?

 

 パラメーターの明らかな違いを瞬く間に理解させられたカーグとアイル。その二人の耳に入った言葉こそ、死刑宣告に違いないものだった。

 

「私の間合いに入ってきた度胸は見事です。それでは私も全力で潰すことにいたしましょう」

 

 神の断罪という名の刃が二人に振るわれた。その背の丈に見合わない巨大な双剣。カーグは“無念有想”により回避出来た。相手の無意識に漬け込むような歩行術。それにより紙一重であり、風圧によりダメージは免れなかったが、代わりに命を失うことはなかった。

 

 しかし代わりに失うこととなった第一人の犠牲者。アイルの体が冗談のように真っ二つに切断された。切り飛ばされた上半身の頭は痛みも苦痛も分からず呆けていたような表情だ。もっともすぐにその顔には目障りとばかりに大剣が見舞われ、赤い花が咲いた。

 

 血は彼女を汚すことさえも許さない。今なお純白を誇るかの『神の使徒』。エアートはアイルに瞳を少し向けると、淡々と告げる。

 

「まずは、一人目」

 

 一切の高揚も悲哀もない、ただの事実だけの呟き。その聞こえてきた声が『キルギ・メラス』に現実逃避を認めさせなかった。

 

「ふ、ふざけんなぁあああああああああーーーー!!!!!」

 

 炎を纏った小型のナイフが風を切り、流星の如く空を飛んだ。マイナの投擲である。物理的な威力と魔法的な威力が相乗した一撃。それらがミサイルの如く殺到するのだ。

 

 だがその刃の豪雨は霧の如くエアートの前で消え去ることとなる。そしてマイナ本人も存在自体が消え失せる。

 

「二人目」

「あっ…」

 

 マイナが己の最後を理解し、呟きを漏らした。だがその後の言葉はない。その形姿自体が消えたのだ。出来るはずもない。

 

 ようやくここで残りの三人は理解する。目の前にいる存在の別格さを。強さとしての異次元ぶりを。

 

 だが更に二人の姿がノイズを走らせ、歪み消える。シャルナとズドラだ。何の抵抗すらも許される事なく、体を分解された。痛みもなく、ただその場に呪詛を残すことさえも許されず。

 

 世界から、消えたのだ。

 

「三人目、そして四人目。…まだ抵抗なさるつもりで?」

 

 エアートは残されたカーグに問いかけた。

 

 残るメンバーはただ一人。カーグのみだ。風圧により、鎧が割かれているが、未だその身は健在。しかしそれでも目の前の怪物に勝てる要因はない。

 

 だが…

 

「上等だ…“限界突破”…“覇潰”っ!!」

 

 だが、屈するなど許されない。必ず神など認めないという覚悟。それが『キルギ・メラス』の掟。残り一人となり、命欲しさに神に従するなど死んでもさらさらするつもりはない。

 

 カーグの体を群青の魔力が包む。その魔力はただ高められたのではなく、精密にコントロールされた上でカーグの体に力を灯す。これがカーグが魔法の才能が無い代わりに得た“剛力”の派生技能“魔闘法”。“覇潰”と“魔闘法”により、身体能力は計8倍までに強化される。

 

 これでも恐らくは目の前の怪物には及ばない。されど、カーグには今まで納めてきた技の数々がある。それらで、“神の使徒”を打ち破る!!

 

「…そうですか。ならば死になさい」

 

 白い魔力が全方面へと波のように広がる。先程のマイナ、ズドラ、シャルナをこの世から消し去った技だろう。

 

 しかしカーグの刃はその鯨波を断つ。本来ならば消え去るだけのはずの剣は傷一つ無い。カーグが剣技を納め、行き着いた極地“幻影霞剣”。対象も距離も有無を問わず、斬りたい物だけを斬る剣技の究極地。たとえそれが切れない物であろうと切り裂く、カーグが最強を欲しいままとする理由こそがこれにある。

 

 同時にエアートは違和感を覚えた。己の右の指先に。

 

 エアートが持っていたはずの大剣が地面に突き刺さる。うっかりでこぼしたわけではない。ただ、それを持ち続ける指が無かった。それだけだ。

 

「…なるほど。非常に惜しい才能ですね。我が主が駒として欲しがった理由もよく分かります。きっと神代であろうと貴方の力は通用したことでしょう」

 

 左の大剣に更なる銀色の魔力が宿った。双剣が使えなくなったが故の判断だろう。残された右手は盾として使う気のようだ。

 

「ーーですが慈悲などありません。死になさい」

「ーーテメェが腹ん中ブチまけて死にな!!」

 

『神の使徒』と『稀代の剣士』。オルクスの橋の上で、階層にはそぐわぬ戦い。その戦いは火蓋を切って落とされた。

 

 

 

 

 決着がついたのはたったの20分後のこと。

 

 65階層はもはや使い物になどならないほどに悲惨さを極めていた。橋という原型は既にない。半分ほどは斬り落とされており、一部はごっそりと消失している。何故橋自体が落ちないのか不思議でならないほどだった。

 

 壁も天井も例外はない。焼け爛れ、斬撃の跡が残り、空洞が開き、衝撃にクレーターを作り上げ崩壊しているという地獄の光景。瓦礫が次々と奈落の底へと呑まれていった。

 

 そんな中、カーグは息を切らしながらも笑い、告げた。

 

「はぁはぁはぁ…俺の勝ちだ。『神の使徒』」

 

 カーグの目の前には銀剣で壁と挟まり、胸を突き刺されたエアートの姿があった。その発する魔力は弱々しい。本来ならば神とのリンクにより無尽蔵であるはずのエアートの魔力。そのリンクをカーグは断ち切ることで勝利を収めたのだ。

 

「…見事、そう言っておきましょう。ここでは貴方の勝利だ」

 

 それだけを淡々と告げると、エアートの瞳から光は失せた。『神の使徒』の死。あまりにも呆気なく、その体からは魂が消える。

 

 カーグはエアートの死を確認すると辺りを見回した。唯一残っていたアイルの死体は無い。恐らくは二人の戦いにより、潰されたのか。それとも奈落へと落ちたのか。どちらにせよ助かるはずもなかったのだが。

 

「…何が勝利だ」

 

 勝ったと言えどもカーグの体は既に半ば死体だ。“覇潰”の本来の限界である三分。それを余裕で超えたのだ。体どころかそのダメージは脳にすらも渡っている。恐らくはここから先、冒険者業は続けられないだろう。

 

 失った物の数があまりにも多い。仲間も将来も神に潰された。それを思うとあまりにも、カーグは虚しさで胸がいっぱいになる。

 

 ただそれでも生きねばと、そう思ったから。

 

 カーグは上層への階段へと歩き始める。足元は覚束ないが、それでも名人級の技能を持つカーグは制御し、進んでいく。

 

(もしここで魔物が来たら…それはその時か)

 

 笑えない冗談だ。本当に魔物の一匹とでも遭遇してしまえばその瞬間を持ってカーグは死ぬ。だが体力がまだ残っている現状で動かずにいるのはむしろ悪手。故に進むしか無かった。

 

 ただ何階層まで登ったところだろうか。ようやく脳が少し回復し始め、思考が安定した時。ようやく何も自身に襲いかかって来ないのが分かった。

 

 手負いのカーグはこれに違和感を覚えつつも、足は休めない。引きずりながらも、這い蹲りながらも外を目指す。無様でも生還するために、カーグは外へと向かった。

 

 そしてようやくカーグの目に地上の光が見えた。一階層、その入り口が姿を現したのだ。

 

 目の前には恐らくは商魂逞しい商人たちとそれを必死に値切ろうとする冒険者。そして活気に湧くヴェルシアの街がある。

 

 ただ一人だ。しかしそれでもここまで生き残れた事実に歓喜が渦巻いた。

 

 しかしカーグはこの時点で気づくべきだった。

 

 魔物は確かにカーグの近辺にはいなかった。これはもしかすれば凄まじい奇跡で済ませられたかもしれない。

 

 だが『冒険者』が一切いないのは。カーグと一度たりとも遭遇しなかったのは何故か。

 

 その答えは入り口を抜けた先の光景にあった。業火に彩られたヴェルシアの街という悲惨な光景が、雄弁にカーグと冒険者が出会わない理由を指していた。

 

 冒険者が一切いなければ、出会うはずもないのだから。

 

「…なんだよ、これ?」

 

 商人達は死んでいた。金品を奪われた上で、理不尽な炎に晒されて。

 剣士達は死んでいた。相棒とも言えた己の剣で胸を突き刺されて。

 魔法士は死んでいた。魔法を詠唱をするための舌を引き裂かれて。

 錬成士は死んでいた。汗と共に作り上げた己の武器を撒き散らせて。

 拳士は死んでいた。腕も足も捥がれ、己の一生をコケにされて。

 一般人は死んでいた。ただ意味もなく、私欲のために殺されて。

 ギルド員は死んでいた。命を請う間もなく、頭を砕かれて。

 

 過去、カーグの村も炎で覆われたことがあった。神罰として。

 

 そして聴こえてくるあの日と同じ言葉。

 

「これは神罰である!」

「異端者どもに天罰を!」

「一人たりとも残すな! 」

「全ては我らがエヒト神が為に!!」

『『『『『然り! 然り!』』』』』

 

 狂った神の信者は逃げ惑う人々の背を笑いながら貫いていく。それはもう狂ったように声を上げながら。

 

 阿鼻叫喚。この場を表すにはそれで十分。

 

「来ましたね。カーグ・○○○○」

 

 やがて聞き覚えのある声が耳に通った。先程まで、あの奈落での決闘中に聞いた声だ。嫌な汗を吹き出しながらもカーグは視線を声の元に向けた。

 

 結果、瞳には白い『神の使徒』が映ることとなる。先程とは違うシスターのような服装だ。だがその顔も、無機質さも何も変わってはいない。間違えるはずもない。

 

「てんめぇえ! 生きてやがったのか!!?」

 

 思い返すのは奈落で行われた瞬く間の蹂躙。仲間が霞みのように消えていった白昼夢のような光景。今でもその怒りは一時も消えてはいない。

 

 しかし『神の使徒』は気にも止めず、屈託なき些事をカーグに送る。

 

「よもやエアートを、主の使徒たる一人を倒してここまで来るとは思っておりませんでした。『剣聖』、そう名乗っても支え無いほどの実力でした。ここに拍手を」

 

 そして周りから聞こえてくる拍手の数々。カーグが辺りを見るとそこにはいくつもの、数百と渡る少女の顔。己の街が燃え上がるという状況も相まって、もはやタチの悪い悪夢のよう。だがカーグは理解した。

 

「…まさか、俺が倒したのは本当に『神の使徒』の一人だけだった。そういうことか…」

「その通りでございます。なお私の名はノイントです」

「ははっ…。クッソ、笑えねぇ冗談だ。で? アイツの仇討ちにここにきたのか? そんで俺を追い詰める為にこの町も焼いたってのか?」

 

 カーグは“覇潰”と“魔闘法”の発動を準備する。これならば身体が燃え尽きるまで戦い、朽ちようと決意したためだ。

 

「ふざけんなよ、ど畜生ども?」

 

 使徒は何百といる。だというのにカーグからは手負いの身とはとても思えないような凄まじく危うい武威が吹き荒れる。そのプレッシャーに優勢であり、感情などないはずの使徒達が僅かに後ずさった。

 

 しかしノイントの後ろからある人(・・・)が歩いてきた。それを見て、カーグの決意や思考は凄まじく弾けた。

 

「この方々がどうなっても?」

 

 マルナとシシリア。どこかふらついた様子で二人がゆったりとカーグの前まで進んできた。ただカーグの方は一切見えていない。むしろ蕩けた目をしており、焦点が合っていない。言うまでもなく状態異常が発生していた。

 

 そして今、マルナの方にノイントの掌が差し出された。

 

 二人の様子にすっかり警戒を怠っていたカーグは直前になり、ようやくノイントが今からしようとしていることに気がついた。純白で残酷な魔力の塊を見たから。

 

「やめろぉおおおおおおおおおーーーー!!!!!!」

 

 カーグは瞬時に銀剣を握り、一閃しようとする。今にも“分解”をしようとするノイントの首を刎ねる為、“幻影霞剣”が今目覚める。

 

 だがその前に二人の使徒がカーグから剣を奪い取る。“覇潰”と“魔闘法”を怠ったが故の代償。あっさりと己の相棒はカーグの掌から離れた。

 

 故にカーグが見るのはようやく正気を取り戻し、カーグの方をハッとして見たマルナの顔。その顔が粉雪のように空気に溶けていく。あっさりとほんの刹那の間にマルナはこの世界から退場した。

 

 もはやカーグの心境は絶望に達していた。どれだけもがこうと誰もが消えていく。

 

 視界の端に見覚えのある少年の顔があった。昨日ギルガ達のイタズラから自分が救った新人の冒険者の顔だ。そのすぐ横にはギルガ達もいた。少年の前で突っ伏しているところを見ると彼らは最後の最後に根性を見せたのだろうか。

 

「貴方が抵抗なさいませんのなら、この子供の命だけは救いましょう。さぁ、神の駒として仕えなさい」

 

 目の前で今も正気を取り戻さない世界でもうたった一人だけの『大切』。それすらも守らなければきっとカーグの心は完全に壊れる。彼女だけがカーグの心の防波堤だ。

 

 だから、もう楽になりたかったから。

 

 無力に、後悔したくはないから。

 

 ただ一人の『大切』だけはどうしても失いたくは無いから。

 

 復讐の心に胸を焦がしながらも、己の心を見ぬフリをして。カーグは余った力を使って跪く。

 

「誓おう。エヒト神に、シシリア以外の我が全てを捧げることを」

 

 

 

 

 この日、『神の堕ちた迷宮街』は神の使いにより滅びを迎えた。オルクス迷宮の前にはただ一本の銀剣が残されることとなる。まるである男の過去が捨てられたかのように。

 

 そして神山には新たな暗殺者が迎えられた。神の敵を忠実に殺す模範的な神の従者。

 

 彼の最後はヴェルカ王国と共に迎えた。エヒト神の言葉一つでその暗殺者が王宮にいる者全てを骸へと変えた為だ。そして最後に城壁の上へと登り、自殺した。

 

 彼は最後にこう告げたらしい。

 

『我らが神に祝福を! 我らが神に新たなる世界を!!』

 

 彼の名は誰にも知られていない。ただ通称として『赤錆のマーダー』と、そう後世に伝えられている。新たなる神の国を作り出した英雄として。

 

 本当の彼の歴史など、誰も知らずに。

 

 

 

 

 だから、もう自身のような愚者をこれ以上作り出さない為にも暗殺者は刃を振るう。

 

 かの少年もこれから何かを取りこぼし、後悔するに決まっている。かの神がいる限りは、必ず。

 

 暗殺者は失いかけていた四肢を踏み込んで、赤錆のナイフを手に広げた。背の銀剣は使わない。今の彼には使ってはならないものだから。

 

「ーーーこの世界の為、死ぬがよい」

 

 この世の人々から感情を消し去る為に。神によって苦しむ人をこれ以上は出さない為に。

 

 彼は『神山のアサシン』として、生き続けるのだから。




8509文字ですね。今回。
…何気に最高記録かね?

そりゃあこんなに時間かかるわな。
次次回ぐらいでVSアサシンラストです。
彼が救われることを、私は願う、


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出来なかった事

アサシン編ついに次回でラストです!
ヤッタァあああ!!!
これで本編進められるよう!!!
アサシンのことも書き切れる!!
やったぜ!
そして早く二章以降に行きたい!

…なおここまで最近遅くてすいません。
ですがテスト週間なのとCCCイベントがありまして…それらが鬼畜で…
すみません。
メルトが…欲しいっ!!!


 ーーアサシンside

 

 なおも届かない自身の刃。どれだけ知名度補正のパラメーターで押し切ろうとも、目の前の英霊二人は技で愚直な戦法を防いだ。生前の『カーグ』としてならば、同じく技で目の前の女を倒せた。

 

 しかし今の『アサシン』には“狂化”のクラススキルが発生している。故に思考は回らづらく、結果的には技を使えど少し不恰好なものとなってしまう。柔の戦法を主とする『アサシン』にとっては酷いハンディキャップだ。

 

「オラオラぁ!! どうしたぁ!!?」

「ッ!」

 

 一見モードレッドの闘いぶりは乱暴で洗練のカケラも無く思える。しかし代わりに獣としか言えないようなある種の極まった戦法でもある。“直感”に身を任せるという愚かにもほどがある戦闘。本来ならば破綻している。

 

 事実『アサシン』はモードレッドの剣を小型のナイフで流し、喉をその口で千切ろうとする。すかさずモードレッドは迎撃しようとするがそれもナイフで逸らす。

 

 そして『アサシン』の口がモードレッドを捉えようとした、その時。

 

「遅い」

 

『アサシン』の首をL字型の腕が絡まった。

 

 プロレスで言うところのアックスボンバーと呼ばれる技。スカサハがモードレッドへの一撃を阻止する為に放ったのだ。なおこの技をスカサハが知っているのはとあるルーラー2名が原因となる。

 

 華麗とまでに言える程に決まった一撃は『アサシン』の体を大車輪の如く吹き飛ばす。やがて着地した『アサシン』。しかし喉を潰された事による酸欠や神経の乱れが発生する。それ故に出来る硬直。

 

 ただサーヴァントの身であるためにすぐにその状態からは解放される。しかし『アサシン』にとってはあまりにも遅い解放である。

 

 赤い稲妻、飛来する『クラレント』が『アサシン』に投擲される。ただでさえも宝具。あまりものぞんざいな扱いに元剣士の『アサシン』は凄まじく動揺する。

 

 すぐに天井に逃れる『アサシン』。天井を蹴り、得物を失ったモードレッドを強襲しようという打算故だ。赤錆のナイフが嫌な光を纏い、モードレッドを狙い打つ。そうしようとした。

 

 だがモードレッドの姿は先程までの場所には見られない。では、何処に?

 

 その答えは横から現れた。

 

「おっせぇんだよ!!」

 

 赤雷が天井ごとブチ抜いた。大雑把とも言える広範囲攻撃。しかし天井という回避が困難な場所では有効打となる。雷が『アサシン』の体ごと焼いた。何とか致命傷は天井を跳ねることで回避したものの、その代償か腹が持っていかれることとなる。

 

 もはやこの戦いは『アサシン』が何処まで粘れるかどうかの戦いとなっている。勝ちはあくまでも目の前の英雄二人に既に献上されているも同然だった。

 

(…ここまでか)

 

 これ以上、喰いさがる気は無い。それは洞窟の方でも、かの少年は人の感情を取り戻してしまった。そんな気配がする。

 

『アサシン』の正義は誰も不幸にならないこと。だからこそ無の感情を望んだ。

 

 そんな哀れな願いを胸に『聖杯』の呼びかけに応じた。そして奈落の底で洞穴の中、孤独による感情の波乱を巻き起こしていた少年に出会ったのだ。

 

 それはもう酷い有様だった。我すらも忘れ、ただ「りっ…か。かお、り…さん。きり、えらいと」と『大事』の名を何度も何度も呟いていたのだから。

 

 酷く同情した。かつて一人になった己を重ねたから。白銀の使徒達に囲まれながら、孤独になって己の無力を嘆いたあの時と。ただの『錬成士』である彼と自分が重なって見えた。

 

 だから救ったのだ

 

 こうしてハジメの記憶を斬ると言う方法で消した。己の宝具によって。あまりにも強い力のため、立香達の存在はハジメの中で完全に抹消された筈だったのだ。

 

 しかしそれでもなお、思い出せたのは…きっとハジメの強い心が立香達を求めたから。たとえ生きるために捨てようとしても、心の叫びが捨てようとするのを許さなかったから。

 

 その感情が、今でも『アサシン』にはわからない。分かっているはずだ。いずれ全てを取りこぼす日が来ると。神敵たる少年(立香)も、怪物たる少年(ハジメ)も。それこそ分かっているはずだ。

 

(何故だ。何故、この世界の人々は、これほどまでに馬鹿なのか。感情という枷を捨て切れないのか。神の駒となるのを良しとしないのか)

 

 諦めるべきなのだ。踏みにじる者がいる限り、この世に悲しみは絶えない。ならば感情など否定すべきだ。それをよくハジメも理解していたはずなのだ。

 

 だからこそ、分からない。ヒトが感情を捨てようとしない理由が。

 

「何故だ…何故、貴様らは感情を捨てぬ。上位にある者に、何故従わぬのだ!!?」

 

 戦う気はとうに尽きた。だが胸中に溢れるこの疑問だけはむしろ増すばかり。『アサシン』は気づけば思わず叫んでいた。

 

「強者に、たとえ理不尽な者であろうと従うのが道理! 感情を殺し、駒となるのが最優の答えである! だというのに、何故貴様らは抗う!? 何故、捨てぬ!? 何故…『人』としてこの世にあるというのだ!!?」

 

 不思議で仕方がない。炎と神の狂気の地獄を見て、生まれた『アサシン』。残ったただ一人の娘を救うため、心さえも捧げた男には何一つ分からない。神の駒として人生の大半を生き、狂気に呑まれた殺人鬼には分かることができないのだ。

 

 何も考えずに、抱え込まずに進める楽な道だというのに、それでもなお険しき道を進むハジメの、そして立香の考えが。

 

 すると叫んだ『アサシン』に蹴りが入った。警戒すらもしていなかった『アサシン』はボールのようにアッサリと宙へと舞い、地面にバウンドする。

 

 唖然とする『アサシン』が前を向くと、そこには一人の騎士が立っていた。

 

「教えてやるよ、こんの芋虫が!」

 

 モードレッドだ。叛逆の騎士と呼ばれるアーサー王の時代に終わりを迎えさせた円卓の英雄。

 

 モードレッドのこめかみには青筋がこれでもか!というほどに浮いており、内心も荒れ狂っているのがよくわかる。赤雷が立ち昇るのはそんなモードレッドの内心の反映によるものか。

 

「てんめぇの話聞いてたら…結局は負け犬の考えじゃねーか。失敗したらヤダ。何も失いたくなーい! だから待つもん何もなくなれば済む? あー、アホらし。俺こんな奴に一回ボロクソに負けたのか!? こんなガキに? 芋虫すらも失格な奴に? あー、これがあんの弓兵の言う『黒歴史』って奴かー」

「聞いて…いればっ!!」

 

 思わず『アサシン』もモードレッドの罵倒の数々に反応する。そしてその憤怒とともに己の宝具たるナイフを雨の如き勢いで投げつける。

 

 しかし怒りで歪んだ攻撃などいったい誰に効くだろうか。スカサハが動くまでもない。モードレッドは『クラレント』で瞬く間に辺り一帯ごと吹き飛ばした。

 

 だが虎の如く襲いかかる『アサシン』は力の赴くままにナイフを閃かせた。モードレッドの『クラレント』はそれを受け止め、鍔迫り合いという形で拮抗する。

 

「我とて最初から望み、このような惨めな者になったのではない!! 抗い、それでもなお屈せざるを得なかった。愉快なる人々を、誇り高き仲間を、そして愛する妻まで! 私は神によって失った!! だからこそ我は神の駒となった! だからこそ…貴様らが愚かだと言わざるを得んのだ!! 身の程も知らぬ貴様らを!!」

 

 鍔迫り合いという力が物を言うものでは圧倒的に『アサシン』が有利。傍観を務めていたスカサハもすかさず横槍を入れようとした。

 

 しかしスカサハのそれは実行には移されない。モードレッドが認めなかった。

 

 しっかりと『アサシン』の巨力を真っ向から受け止める。赤雷は今、後ろで何度も爆ぜ、刃へ込める力へと変換する。ありえない拮抗をモードレッドは再現してみせたのだ。

 

 モードレッドは真っ向から叫んだ。

 

「余計なお世話だっての!! テメェとウチのマスターを一緒にすんじゃねぇよ!! テメェが何でそうなったかは知らん! さぞ名のある剣士様が狂信者なんぞに落ちたかなんざ興味がねぇしな!!」

 

『アサシン』のナイフ、『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』からビキッと音が響いた。神の武器といえど武器は武器。限界は当然ある。

 

 宝具破壊という未曾有の危機に『アサシン』は鍔迫り合いを解き、新たなナイフを取り出し、立て直そうとする。

 

 だがモードレッドがそうはさせない。意地でもナイフから『クラレント』を離そうとしない。赤雷がナイフを沸騰させ、金属を溶かしていく。

 

「だが…戦場にまで説教しにくんな! この芋虫がっ!!」

 

 ーーーキィィン

 

血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』の破壊。『クラレント』が赤雷を踊らせる中、『アサシン』の身体中にあった赤錆のナイフが消えていく。この時を持って『アサシン』の武器は消えたのだ。

 

血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』は無限に量産が可能ではある。そこがこの宝具の強みなのだ。しかし代わりに彼の手元で破壊されれば宝具自体が暫くは使えなくなるという代償がある。いつもは投げナイフとして使っているため、そのような代償など無いに等しいのだが。この場面では話が別だったらしい。

 

 同時に『アサシン』の腹に巨外の蹴りがぶつけられる。よく言うヤクザキックだ。赤雷の爆発力を推進力とした一撃は『アサシン』の体を遥か彼方にあったはずの壁へと直撃させる。

 

 赤雷が野原に瞬く。そんな中で追撃は無い。そしてまるで仕切り直しとでも言うかのような声が聞こえた。

 

「…抜けよ。背中の剣」

 

 確かに『アサシン』としての武器は消えた。しかしまだ『セイバー』としてならば戦える。

 

 だが、『アサシン』は抜こうとしない。否、抜けないのだ。

 

「我は、昔にこの剣と決別した。…終わりだよ。我が首を持っていけ、赤の剣士よ」

 

 そう『アサシン』はあの地獄の中、この剣を置いてきた。そして神の駒となったのだ。もはや自身に握る権利はない。握る気もない。

 

「断る。テメェの本気とやらを、オレに見せろ。それまでオレはテメェをぜってぇに殺さん」

「頑なだな。まるで子供だ。何を持って貴様はそれほど我の真の姿を見たいか」

 

 そう言いつつも『アサシン』はその辺の石片を拾った。鋭さは足りない。しかし彼ならばこれで自分ぐらいならば殺せる。つまりは自害するつもりなのだ。あくまでも質問は気を逸らさせるための種でしかない。

 

 一方でモードレッドは即座に質問に答えた。単純明快に。獰猛に答えてみせた。

 

「戦いたいからだよ。お前自身と」

「何を言うかと思えば…貴様は我と戦っていたろうに。それで十分ではないか。貴様の勝ちだ」

 

 石片がしっかりと拳に握られる。そしてついに己の首に打ち付ける。その瞬間だった。

 

「なあ、テメェの仲間は今のお前を見て…笑ってくれると思うのか」

 

 拳に入っていた力が勝手に抜けた。無意識のものだった。ふと思い浮かんだかの日の幻想、それに一瞬心奪われたのだ。

 

 きっとモードレッドの問いに関しては否、そう言わざるを得ない。このような、神の思うがままに従う己を彼らが誇るわけがない。きっと己のことを失望するだろう。

 

「……知らぬよ。我には関係など無い」

「俯くな。大体関係あんだろ」

 

 その言葉で漸く自分がいつのまにかモードレッドから目を離していたことに気がつく。しかし直す暇もない。『アサシン』の情緒は荒れ狂っていたから。

 

 神に縛られた心の叫びを、『アサシン』は慟哭として叫んだ。

 

「無いに、決まっているだろう。捨てたのだよ。私は。あの過去の日の事など! かつての仲間も、愛する妻も。あの日から全てに背を背けた! その方がいっそのこと楽だったからだ!! つらき思いをせずに済む! それが正しい道だーーー」

「歯ぁ食い縛れ、こんの馬鹿野郎が!!」

 

『アサシン』の頰に赤雷の鉄槌が打ち込まれる。マントに覆われた顔を熱と蹴りが二重になって襲いかかり、『アサシン』の俯いた顔を強制的に上げさせた。

 

 呆ける『アサシン』の様子など気にしない様子で、モードレッドは目を釣り上げる。だが次の瞬間には呆れたように『アサシン』を見て、そこから溜息をついた。

 

「こんなんだからあの時、マスターは強いつったんだよ。それもテメェよりよっぽど、な」

「…あの童が、か?」

「ああ。確かにアイツはよっえーよ。そりゃあ弱い。作家共にも勝てるか怪しいぐらいに弱い。それは確定だ。戦闘なら下の下だな」

 

 カラカラと笑うと、モードレッドはそれでもここにはいないマスター(立香)を何処か眩しそうに幻視した。

 

「それでも、アイツは誰よりもお人好しだ。だから自分のせいで犠牲になった人々に何度も謝ってる。外では平気な面して、一人で何度も何度も頭を下げていた。…分かったろ。アイツは一切過去から逃げない。自分の過ちを全て受け入れて、それでもーーー進むんだ。テメェには何でか、分かるか?」

「…何が言いたい」

 

 ほらな、とモードレッドは『アサシン』を鼻で笑った。

 

「アイツは、全てに応えようとしてるんだ。自分の所為で死んでいった『英雄』って奴等の願いに、な」

 

 あまりにもそれは壮大だった。

 

 人が思う正義などそれこそきりがない。何処かで差異が生じ、また軋轢が生まれ、やがて争いが発生する。そして無限の悪夢を見る。それが真理だ。

 

『アサシン』は聖杯を通して、何故かは分からないが立香の過去を知っている。即ち『カルデア』の進んだ歴史を。それはあまりにも悲惨な光景が繰り広げられ、そして様々な英雄たちが付き添って進んだ道だ。

 

 その英雄たちの願いも、死んでいった人々の夢も背負うというのだ。ただの少年一人が背負うにはあまりにも、馬鹿らしいほどまでに辛い道だというのに。

 

 それなのに、全てに応えようとするなど…

 

「…馬鹿なのか、あの者は」

「ああ。特殊合金の筋金入り大馬鹿だ。ウチのマスターほどの馬鹿はこの世にゃあいねぇよ」

 

 なるほど。『アサシン』よりもよっぽど強い。過去を繰り返すのが怖くて逃げた『アサシン』には取れなかった道だ。死んでいった英雄達に背中を押され、逃げずに突き進んだ少年の道はあまりにも眩しすぎる。

 

「どうだ? 憧れねぇか。テメェも英雄の端くれなら。全てを救おうとするアイツの馬鹿らしくても真っ直ぐな背中は?」

 

 今度こそモードレッドは屈託無い笑みを浮かべた。少年のように晴れやかに立香のことを誇っていた。脇にいるスカサハも同様に笑っていた。

 

 そして、問われた『アサシン』も。何処か胸に宿るものがあった。しかし同時に悲しさも積もった。

 

「ああ…。きっとそのような道も、あったのかもしれぬな。だが…もはや死んだ身である我には遅過ぎた憧れだ。どうにもならぬよ。…どうにも」

 

 もう『アサシン』は死んでいる。ここから心を入れ替えたところで何にもならない。それに『アサシン』はもう神の傀儡となり過ぎた。汚れているのだ。己は。

 

 だが差し出された手は、雄弁に答えた。

 

「ここからやり直せばいいだろ? サーヴァントになってから反省したやつなんざそれこそ大量にいるさ。…遅いなんてねぇんだよ」

 

 そう、カルデアには何人もいる。己の生前の行動を悔やみ、英雄となった身で少しでも正しさに憧れたものなど沢山いる。

 

 だからこそ言った。そんな汚れた体で意地を張るなと。

 

「テメェの本気、ここで見せてみろよ」

 

『アサシン』の心に熱が灯った。百年ほど前に冷め切った心。もはや失われたはずの彼、『カーグ』の心が燃え上がった。

 

 単純だ。『カーグ』はそう思わずにはいられない。また夢を追い続けるだけなのだから。その先でまた、失敗するかもしれないのだから。

 

 だが、同時に恐れることは無かった。あの日失ったはずの『大切』の面影がようやく笑ってくれたから。そして「進め」と、そう背中を支えてくれるから。

 

 もう一度、あの日の自身へ。

 

 捨てたはずのあの己へ。

 

「ありがとう、異世界の騎士よ。()は、もう一度立つよ。…本当に遅すぎるけどな」

 

 表情筋が死んでいて、あの日のように飄々と笑えない。それでもカーグの心は明るく満たされていく。

 

 彼は、再起する。

 

「ああ。…その背中の剣。抜くのか?」

「勿論だ。その前に、改めて一つ尋ねたい」

「ん? 何だ?」

「てめぇの名前、教えてくれ」

「…ハッ! いいぜ、教えてやるよ!!」

 

 モードレッドは赤雷を纏い、獰猛に笑う。そして名乗りを高らかに、この迷宮で告げて見せた。

 

「我は騎士王アーサー・ペンドラゴンの唯一にして無二の継承者! 円卓の騎士、モードレッド!! クラスはセイバー!」

 

 赤雷と同時に騎士としての高潔な威圧が渦巻いた。それにカーグは痛快そうに口角を上げ、背中の銀剣を抜いた。久々の相棒の重さに年月の間を知らされた気にもなった。だがその重量感は彼を何処か安心させた。

 

 続いて体が群青色の魔力で纏われる。そして行われる『霊基変換』。彼が持つはずだった本来のクラスへ、変換されていく。

 

 寂れていた黒のマントから一変。銀の軽装へと早変わりする。最低の場所だけを守る設定となっているこの鎧。蘇ったことを啓示するように鎧に鋭い光沢が宿った。

 

 続いて男の顔も露わになる。髪は短髪でオールバック。灰色の髪は少し不気味さを覚えさせるものだ。顔は整っているとも言えないが、それでも只ならぬ剣士の武威がそこらに吹き荒れた。その剣士の極致の男を前にモードレッドが肩を震わせる。

 

「だったら俺も名乗ろうか。ーーー『神山のアサシン』、『オルクスのセイバー』改め、セイバー、真名カーグ・ロギンス!! オルクス迷宮の最強の剣士だ!! 文句あるってなら…かかって来い!!」

 

 二人の剣士が笑いあった。

 

 そしてここから行われるは純粋な決闘。互いの力だけがものを言う世界。強者しか上がり込めぬ領域の戦いに肌を震えさせ、勝利を求めて爛々と瞳を輝かせる。

 

「上等!!」

「いくぜぇええええ!!」

 

 

 

 

 

『真名解放』

 真名:カーグ・ロギンス

 クラス:セイバー/アサシン

 出典:『迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)』/『ヴェルカ王国史』

 地域:ヴェルカ王国

 属性:中立・中庸/秩序・善

 性別:男

 パラメーター

 筋力:C/B、耐久:D/B 、敏捷:B/A 、魔力:E/E 、幸運:F/E 、宝具:B/D+

 クラススキル

『セイバー』

 ・対魔力D

 ・単独行動A+

 ・剣術EX

『アサシン』

 ・狂化B

 ・気配遮断D+

 ・対魔力C

 スキル

『セイバー』

 ・魔闘術E(一時的なアーツ強化的な奴)

 ・強化B

 ・静寂の剣EX(恐らくは無敵貫通系統の力)

『アサシン』

 ・狂える神の使いD(デメリット付きの大幅攻撃強化)

 ・幻想の舞B(回避系)

 ・憤怒の形相C(敵全体への弱体効果)

 概要

 …元々はヴェルカ王国の中でも随一の実力を持ったグランドクラスの剣士。またオルクス大迷宮を探索した中で最も本当の最奥に行けた可能性を持っていたパーティーの団長だった男。その剣は天を裂き、地を割ることさえもできたと言われるほど。ただし神に歯向かった姿勢によって彼の住んでいた街ごと消される事となった。だからーーもう神の駒へと成り下がった。

 その後の彼の行いの方が有名であり、ヴェルカ王国丸々一つは彼の手によって落とされた。その際に扱われた武器が『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』。城内にいた者全員がこれで四肢を断たれ、頭を貫かれて死んだ。その残虐な行いからアサシンクラスの方は『赤錆のマーダー』と名付けられた。

 そして今、彼は回帰する。

 宝具

『セイバー』:■■■■■■

 ランク:B

 種別:対人宝具

『アサシン』:『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)

 ランク:D+

 種別:対人宝具

 …神から賜った無限の棘型の赤錆色をしたナイフの宝具。その棘に貫かれる度に敵にはいくつもの呪いがかけられる。懐から取り出す度にその数は増大し、手元で破壊されない限り限界はない。そのため鍔迫り合いに持ち込むか、彼が投げる前にナイフを砕きにかかるかのどちらかがこの宝具の突破口となるだろう。




7916文字
アサシン編は捗るなぁ〜
これから以降も捗りそうなところはあるけどさー。
凄いわ、コレ(汗)


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戦士の意地

メルトきたぁああああああ!!!!(作者のFGO事情)

そんなテンションで書き上げました。
…これで大丈夫だろうか(汗)


 ーーモードレッドside

 

 赤の牙が哮り、嘶いた。だが瞬時に群青の風が吹く。その風に飲み込まれて、稲妻が消え去った。

 

 モードレッドは剣を振るうがカーグの剣は尽く、赤雷ごとたった斬る。距離も何もかも関係無いと大銀塊で風切り音を鳴らすのだ。

 

『セイバー』となった今、カーグのパラメーターは下がっている(・・・・・・)。『赤錆のマーダー』という『アサシン』としての呼び名。その名の方が只の御伽噺であった『セイバー』よりも明らかに知名度が高い。

 

 なお『セイバー』の際のカーグの力は本当に微弱だ。『迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)』で唯一失敗談を書かれたカーグ。そんな彼には『弱い』という世間一般の印象が植え付けられており、知名度補正がむしろマイナスに働いている。

 

 故にカーグのパラメーター自体はモードレッドと大差無い。先程までの『アサシン』クラスでの戦闘でこのパラメーターでは間違いなく、死んでいただろう。

 

 しかし『セイバー』のカーグには狂化が無い。それは生前に培った剣技の極致を振るえることを意味している。

 

 だからこその拮抗。距離すらも意味がない剣の斬撃の数々がモードレッドを死地へと追い込む。

 

 背の丈ほどある大剣はもちろん超重量武器。だというのに軽々しく振り回すその姿から現れるのは狼のような剣呑さ。そんな暴虐の一撃の数々には流麗と言える技も成立していた。

 

 斬撃が弧を描き、延長戦を吹き飛ばした。カーグの“幻想霞剣”による剣技の究極地たる技。

 

 しかしモードレッドも負けてはいない。むしろ獅子のような不敵の笑みをカーグに向けた。敵としてでは無く、好敵手として認めたが故のものだ。

 

 “直感”を頼りに音速の斬撃波を危なげなく避けていき、赤雷を足に纏って爆砕。すぐにカーグへと接近する。

 

 見える場所全てを間合いとするカーグ相手に距離を取るのは悪手。だからこその判断だ。

 

 もちろんカーグとて赤雷の獅子にタダで近づかれるつもりはない。銀が弧が何重にも描かれる。それによりカーグの周辺を飛ぶ斬撃の盾が即席で作り上げられる。

 

 避けるという選択肢は不可。カーグは何手の先を見据えて攻撃をしている。ならば避けたところでその対策はとうに練られているだろう。

 

 故に考えられるのは奇想天外の馬鹿な方法。斬撃の嵐の突破のみ!

 

「ぶっ飛びやがれ!! 『燦然と輝く王剣(クラレント)』ぉおお!!!」

 

 瞬間、手元の白き邪剣が赤い稲妻を一層輝かしく放った。そしてモードレッドは斬撃に向かって一回転。その遠心力に任せ、雷が光線の如く解き放たれた。

 

 当然ただの斬撃の嵐。宝具の光に敵うことは無く、一蹴される。しかしその先にいるカーグはそうはいかない。

 

「てめぇがなぁっ!!!」

 

 “無念有想”。認識を尽く潜り抜ける特殊な歩行術。それによりいつのまにかモードレッドすらも目を張るほどの接近。気づいた頃には銀剣の斬撃跡がモードレッドにいくつも走った。

 

 要所は瞬時に顕現させた鎧で晒したが、狙ったものだけを切り裂いたいくカーグの剣術にはその防御すらもあまり効き目がない。肌に浅くない負い傷を食らった。

 

 だがそのカーグの奇襲は同時にカーグの遠距離の利を奪うもの。故にここからは刹那の油断すらも許されない乱撃。

 

 赤雷の獅子と群青の狼。二匹の獣が牙を剥き出した。

 

「「オラオラオラオラオラァアアアアアア!!!!!」」

 

 轟く咆哮。それと共に嘶く火花の散る鉄の音。赤と青が交わる度に辺り一面に斬撃の衝撃で波打たせた。

 

 剣戟が繰り返され、刃が交差すれば舞う砂埃。そこに完成された流麗さなどかなぐり捨てられている。表現するならば獣同士の争い。獅子眈々と敵の喉に食らいつく瞬間を狙っている。

 

 赤雷が敵を焦がせば、青の風が肌を切り裂いていく。

 

 蹴りが盾となった大剣を弾けば、鈍器と化した大剣の腹が打ち叩く。

 

 両者が加減など無用とし、血が灼熱のように燃え上がった。そして『セイバー』の二人が叫んだ。己を前に進ませる為に。相手に一歩でも競り勝つ為に!

 

「ぁああああああああーー!!!!!」

「ぅおおおおおおおおーー!!!!!」

 

 赤雷と青の風の激闘。それを中心として逃げ場の無くなった衝撃が爆発のように辺り一面を吹き飛ばした。それは勿論、二人の戦士も例外では無い。

 

 しかし二人は瞬時に空中で着地の体勢を整え、詠唱した(・・・・)

 

「ーー我は王に非ず、、その後ろを歩む者。彼の王の安らぎの為に、あらゆる敵を駆逐する…」

「ーー我が運命は今ここに定まらず。ただ有るは自由なる意思のみ。故に振るわれるは無二の約束…」

 

『宝具』。示し合わせたように二人の規格外の武器が轟っと雄叫びを上げた。

 

 広い迷宮の空間は最早二色で染め上げられる。片方は煌々とした眩き赤で。もう一方は精錬された青き刃の極光。

 

 幕下ろしを選んだ運命。果てに決まる勝者。それを掴み取るが為、鍵言を二人は叫んだ。誇り高く己の武器を、歩んだ歴史を誇示するかのように。

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ぁああああああああ!!!」

「応えよ!『 神は戦場に非ず(キルギ・メラス)』っ!!!」

 

 赤と青の光が満ち満ちて、瞬く間に辺りを呑み込んでいく。そして鮮烈な赤がカーグへと、澄んだ青がモードレッドへと襲いかかる。

 

 決着の轟音が、迷宮で鳴り響いた。

 

 果たして勝利の祝杯はーー

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 洞窟の中を急いで駆け抜ける。とはいえ回復したとはいえ、血は全く足りていない。そのためマシュにおんぶされるという結果で落ち着いた。

 

 そんな為、狭い洞窟の出口を出るのには苦戦する。今の己の動かない体が恨めしかった。

 

 だがすぐに外に出るのは楽になった。途中から出口が抉られたことで大きくなっていた為だ。洞窟の鉱物は今にも融解している。

 

「…おいおい。この鉱石、熱には相当強い筈だぞ? だったのにこれか…。おい、立香」

「モードレッドの仕業だよ。多分、宝具」

「アイツか、なるほどな」

 

 間違いなくモードレッドの『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』の赤雷による被害だ。宝具により出現する赤雷は普段の雷よりも遥かに高い熱量を持っている。

 

 それほどの宝具の使用の判断を簡単に踏み込むモードレッドではない。つまり『アサシン』との戦いはそれを発動せざるを得なかった状況であった。その状況の危うさを立香はすぐに理解した。

 

(モードレッド! スカサハ!!)

 

 そして洞窟を出ると未だに砂埃が階層を包んでいる。砂埃はすぐに落ちる気配はなく、真実を包み隠すように立香の視線を阻んだ。

 

「モードレッド! スカサハ! 無事なの!!?」

 

 思わず立香は叫んだ。このような壮絶な光景だ。仲間の事ばかりを気にする立香にとっては落ち着けと言っても無理があるものだ。

 

 すると砂埃に一つの影が指した。ちょうど一人分の影だ。

 

 もしや『アサシン』なのではと立香を含めた一同に緊迫が走る。ハジメは既に拳銃を握り、マシュもシールドを虚空から出現させて、少女も魔力を高鳴らせた。

 

 だが次に聞こえてきた声により、その臨戦態勢は全て無駄となる。

 

「待て待て待て。貴様ら、急いでモードレッドを斬撃から救出したというのにその仕打ちか? もう少ししていればモードレッドは死んでいたのだ。だからこそ必死の思いで追いかけたというのに…」

「スカサハ!」

「モードレッドさん! 何て酷い傷なのですか!?」

 

 モードレッドを背負っているスカサハが砂埃のカーテンの向こうから現れた。その顔はしかめっ面だ。出会い頭に攻撃されそうになったのだ。不服なのも仕方がない。

 

 そしてモードレッドの損傷は中々に酷いものだ。英霊とはいえ、腕を片方失っている。また所々にある斬り傷。それらも浅くはないもの。

 

 だがモードレッドはすぐに背中から弾けるように飛んだ。動けるような状況ではない。それでも無理をしようとするその反応にハジメもスカサハもマシュも気がつく。

 

 砂埃の向こう側にいる男の気配を。

 

「…戦いは、終わってねぇよな? 偉大なる騎士、モードレッド」

 

 そこにいたのは己の武器である銀の剣すらも失った男、カーグのボロボロの姿。最早限界のはずだ。モードレッド同様片方の腕を失っている。それでも立つのは剣士として果てる覚悟がある為か。意地が彼を突き動かしていた。

 

「ああ。終わってねぇよ。最優の剣士、カーグ・ロギンス」

 

 その名前に立香、ハジメ、マシュが驚愕して、目を見開いた。特にハジメなど「マジかよ…」と呟いていた。なんと言ってもかの騎士団長の姿を彷彿とさせる名前だ。もっともハジメの驚きはそれだけではないようだが。

 

 もう魔力光が輝くことはない。血が地面におびただしく溢れ、立つのがやっとの状態。それでも二人は眼には輝くものがある。勝利を掴みとろうと意思を研磨させ、前へと進む。

 

 周りが止まることはない。これも戦士達だけに許された聖域。それを邪魔するのは戦士達への侮辱に他ならない。それを立香も、ハジメもよく分かっていた。だからこそ全員が傍観に移った。

 

 やがて脚を引きずりながら歩き続け、二人の距離は無くなる。モードレッドの頭がカーグの顎にコツンと当たった。

 

 二人はしばらくの間、瞑目した。そして力無く、されど獰猛に笑って告げた。

 

「決戦を」

「ああ…終わらせようぜ、カーグ」

 

 そこでようやくなけなしの力を振り絞って拳を握る。互いの血に濡れた拳。その拳が握られるとすぐさまに上半身を捻って、拳打を繰り出した。勢いも狙いも定かではない限界故の酷いものだったが。

 

 だが二人は避けようともしない。拳が相手を打ち、敵の拳に打たれてまた打ち返す。自身の余りある力全てを敵を倒すために使う。

 

 そして同時に避けようともしない。恐らくはそれは戦士としての礼儀であり、意地。同時にそれを相手にもあると信じているからこそ迷いなく己の拳を握れる。

 

 血濡れながら美しい戦士としての誇り高き戦い。それに立香はもう何度目かも分からない英雄に対する憧れを燃やした。眩く輝く彼らの中の真摯な心の在り方に。

 

「……」

 

 隣で黙って見つめるハジメもまた、きっとそんな風に思っているだろう。笑うことも無く、真剣にその戦いの決着を見守る。

 

 そして漸く戦いは幕引きを選んだ。

 

「ああぁっ!!!」

「うらぁっ!!」

 

 互いが脚を踏み込んで腕を引いた。ギリギリと限界まで後ろで込められた死力の限りを込めた拳。二者間で交差し、互いの頭を捉えあった。

 

 血が辺り一面を散らし、放たれた拳を赤く染める。

 

 モードレッドは膝を折って地面に崩れた。力がもう無くなったのだろう。一ミリたりとも動くことなくその場に倒れこんだ。だが、そうなってもなお彼女は告げた。

 

「…オレの…勝ちだぁ」

 

 力も無く、それでも高らかに彼女は告げた。

 

「負けたか…くっっそ。悔しいな」

 

 それにカーグもまた悔しそうに返した。

 

 その場に立っていたカーグの体からは光の粒が溢れ出す。サーヴァントとしてのこの世に留まり続ける限界を振り切ったための消滅。つまりはカーグの敗北を示していた。

 

 ただそれでも光に帰る彼の顔は酷く満足気だ。心から己の負けを悔やみ、されど誉れ高い戦いに彼は笑った。『アサシン』として感情を捨てた頃には無かったであろう表情だ。

 

 するともうじきに消えるカーグに一人、近づく陰があった。思わぬ来客にカーグは少し驚き、笑う。

 

「おお、お前か。坊主。…わっりぃな。約束、果たせなくなった」

「……」

 

 ハジメは何かを言おうとしたが、きっと何を言えばいいか分からず顔を伏してしまった。

 

 そんなハジメにカーグは力無く拳をハジメの胸に添えた。破顔するカーグは泣きそうになるハジメに遺言を残す。

 

「でももう…てめぇにはダチがいる。それもこんな場所まで付いてきてくれる馬鹿野郎だ。俺が一人になるべき…とか言ってたが、そんなことも無いらしい。そいつらはきっと、お前を孤独にゃあしねぇよ」

「…ああ、きっとそうだな」

「その通りだ、坊主。俺も結局、この感情ってタチが悪いもんを手放せないらしいしな! …どうか、強く生きてくれ」

 

 もうカーグを消し去る光は下半身を消し去っている。タイムリミットはもうじきに終わる。だからその前に、とハジメはようやく頭を上げた。

 

「カーグ・ロギンス。きっとこの世で最も屈辱に濡れた剣士。ありがとう。そして…安心してくれ。あんたが守りたかったものは、救われている。貴方の子孫は、自由を掴めていたよ」

 

 その言葉にカーグ・ロギンスは眼を見開いた。やがてカーグはハジメに何かを聞こうとしたが、その前にハジメが言った。

 

「ああ。貴方の娘、シシリア・ロギンスは貴方の時代の後の、ハイリヒ王国の騎士団長となった。そしてそこでシシリア・ロギンスはあらゆる人々を救ってきた。老若男女、人種問わずだ。…『慈愛の剣士』として呼ばれていたそうだぞ?」

「…あいつが、か」

「ああ。そのあと養子を二人ほど取って…その子供たちにも剣の道を育てたらしい。今のハイリヒ王国の騎士団長、メルド・ロギンスも貴方の子孫だ。誇り高い剣士だよ、貴方の子孫は。だから、安心してくれ」

 

 カーグの瞳からは涙が流れた。そして口からは「良かった…良かった」と言っていった。

 

 それを見て顔を綻ばしてハジメは拳銃を額につける。そしてフッと笑った。

 

「偉大なる剣士、カーグ・ロギンス。どうか見守っていてくれ。俺は…負けない」

 

 何に負けないのか、そんな野暮な言葉は要らない。今のハジメがどうカーグの瞳には映ったのかは分からない。ただカーグは今のハジメを見て、ただ一言。

 

「…ああ、安心した。お前は…きっと負けない」

「当然だ」

 

 ハジメとカーグが互いに笑う。絶望に縛られた二人が、この時きっと感情を縛る鎖を解いた瞬間。

 

 そして黄金の光がカーグの全身を包み込む。その時、辺りに響いたカーグの最期の言葉。

 

 ーーー力になろう。いつかお前たちが神に刃向かう時の刃になってみせるよう。お前たちに…幸あらんことを

 

 それだけを残して『オルクスのセイバー』、カーグ・ロギンスは消えていった。

 

 取り残されたハジメは、光の残滓を見つめる。

 

「カーグ・ロギンス。貴方が大切なものを気づかせてくれた。…貴方に最大の感謝を」

 

 奈落での神の駒は、完全に砕け散った。その瞬間だった。




中編終了!
次からは一章後編です!
まだ残っているサーヴァント!
そして戦いは最終階層へ!!

…とはいえ次回はほのぼの回ですね。


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ゆっくり語らい

早くできてしまった…
久々のほのぼの回とあってかきやすかったです。

とりあえずご覧ください。


 ーー立香side

 

 カーグ・ロギンスが英霊としての活動を終え、一行はとりあえず一旦休憩ということになった。

 

 それはもちろん今回の戦闘で痛手を負った立香とモードレッドの手当ての時間として割かれたものであった。特にモードレッドの場合は欠損部分も多く、すぐさまにハジメの持つ宝具並みの回復アイテムが使われようとした。

 

 しかしその立香の判断は他でもないモードレッドが止めた。それはカーグとの戦闘で負った傷が原因となるらしい。

 

「しばらくは戦闘技能が奪われた状態になっちまってる。…恐らくはアイツの剣技だろうよ。しかも厄介なことに一旦『座』に戻ることも不可能だ。…何でも斬るとか豪語してやがったが、本気でアイツ何でも斬るな…」

 

 つまりはカーグの剣技はサーヴァントとしての機能自体にも影響を及ぼしているらしい。機能自体の問題であるため例の回復薬でも表面上のケガは治せど、その機能の損傷までは難しいだろう。

 

 その為しばらくは戦えないことからモードレッドは霊体化をすることになった。『座』にも戻れないための緊急措置だ。せめて立香達の負担にならないよう、という心遣いからだろう。

 

 そうして立香達はモードレッドを除いた五人でこれからは降りることとなる。もっともモードレッドもあくまで霊体化なので会話自体は可能なのだが。

 

 そうとなるともちろんこれからについて話し合いが必要であり…

 

「そうすると、お前は少なくとも300歳以上なわけか?」

「……ハジメ、マナー違反」

「(ペシッ! ペシッ! ペシッ!)」

「「「『………』」」」

 

 本来ならばここで脊髄反射並みの速度でハジメを非難するはずのスカサハとマシュ。しかしマフラーが「流石にそれはダメだよ!」と言わんばかりにハジメをペチペチ叩くという謎の光景を見て固まった。

 

「…先輩、アレ礼装ですか?」

「違うと思う。魔力は感じられないし…その代わり清姫とかその辺り染みた気配は感じるね」

「なるほど女子の恋慕か? …貴様の親友とやらもモテるのか?」

「あー、うん。ハジメは少なくともあの子含めて三人には好感持たれてたよ。内一人は助けてもらって意識してるレベルだけど」

『なるほどなぁ〜。類は友を呼ぶとはよく言ったもんだ!』

「…否定できないなぁ〜」

 

 するとハジメの方が一層騒がしくなった。どうやら名前のことについての話をしているらしい。

 

 なんだかんだで下世話な立香は後ろの方に「デュフフフフ〜」と笑う変態おじさんを憑依し、聞き耳を伸ばした。マシュ達はそんな立香を諦めた目で見つめているが。

 

 少女がハジメの肩を掴み、少し威圧的に催促する。

 

「……さあ、ハジメ。早く名前!」

「いや付けろって言うがお前元々の名前あんだろうが!?」

「……昔の名前は捨てる。第二の人生だから」

「俺に本気で付いてくる気か!? 一度お前を捨てたんだぞ!!?」

「……連れて行く気、無い?」

「っ…というか俺と一緒にいたらロクな目に会わねぇぞ? それを覚悟の上か?」

「……『覚悟』とは、暗闇の荒野に、進むべき道を切り開くこと!!」

「なぜそれを知っている!!? というかなぜ今それを!!?」

「……たとえハジメの道が、どれほど厳しくとも…付いて行く」

「…そうかよ」

「……だから早く名前、付けて?」

 

 この時点で一般人男性ならば砂糖を口から量産、ブラックコーヒーが甘くなるという現象が発生していたこと請け合いだ。それほどの桃色空間なのだから。

 

 しかしここにいるのは戦闘馬鹿二人と他の追随を許さないリア充二人。完全にその桃色空間の威力を抵抗してみせた。ただマシュは「どうしましょう…このままでは香織さんが…」と戸惑っていたが。やはりこの場にはいない友人に思うところがあるようだ。

 

 だがそんなマシュの心配を他所にハジメが思いついたように少女を見た。

 

「『ユエ』なんてどうだ? とは言ってもネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「……ユエ? ……ユエ……ユエ」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で『月』を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ綺麗な月みたいに見えたんでな……どうだ?」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「ああ、喜んで貰えたなら何よりだよ」

 

 ポワポワ〜と桃色の光景が一層勢力を広めた。もはや固有結界だ! めちゃくちゃ強固である。これをハジメが天然で実現させているのがなんとも恐ろしい。

 

 なおハジメの名前をつけた理由を聞いて立香がうぼわぁと後ろに倒れた。ある意味当然である。なんといっても友人がめちゃくちゃジゴロなことを言っているのだ。『綺麗な月』なんて言葉、夏目漱石の言う『I love you 』のようなものである。つまりは親友のロマンティックさがツボに入ったのだ。

 

 一方でマシュも「香織さんすみません…私ではハジメさんの天然ジゴロぶりを抑え切ることができませんでした…不甲斐ないです」と謝罪していた。少し涙が出ている。心の底から香織の不憫ぶりに同情しているらしい。

 

「『……なんだこの状況は?』」

 

 そんなカオスな空間にスカサハとモードレッド(霊体)がツッコミを入れた。というかカオスに耐えきれず思わず呟いた。ある方向では桃色が、あるところでは躊躇いなく笑う男、そして悲しみに暮れる女の子。確かにカオスが極まっていた。

 

 結局その場にいたスカサハが四人を冷静にさせ、その上でこれからの方針を話すこととなった。

 

 だが四人がまともになる間に様々な自体が発生したのだが、それはまた別のお話。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 これからの階層を進む際のフォーメーションなどや互いの知り得る情報を立香とハジメが交互に話していった。

 

 その時、ハジメが『回復薬』と豪語していた液体が実は『神結晶』と呼ばれるSSSクラスの超レアアイテムから取れる『神水』というこれまた神話レベルの代物であるととユエが言ったことで一波乱あった。

 

 またハジメが奈落で起きた過去に関してゆったりと話していた。

 

 奈落に落ちたらすぐに蹴りウサギに左腕を折られ、その後白熊にその左腕を今のような形にされたこと。それでも何とか“錬成”を用いて洞穴を作り、白熊から逃げおおせたこと。そこで孤独の辛さを味わったこと。そこから段々檜山への怒りが湧き、寂しさが湧き、壊れかけたこと。その時にカーグが現れ、『セイバー』の霊基となってハジメの以前の記憶を斬ることで記憶喪失にしたこと。魔物の肉を食って死にかけたこと。

 

 それはもう凄惨を極めた過去だった。

 

「きっと…カーグ・ロギンスが記憶を消してくれてなきゃ今頃俺はあの洞穴で廃人になってたよ。お前らと出会っても…きっとそうなってたら何も感じなくなっていただろう。それを考えると、アイツは俺を救ってくれていたんだよ」

 

 恩人だった、とハジメは自身の過去を締めた。ユエなどその過去を思ってか泣いている。立香も話を聞き、カーグに心の中で改めて礼を告げた。ハジメを生かしてくれた、かの剣士に。

 

「……ハジメ、可愛そう」

「いいんだよ。もう過ぎたことだ。それに…今はこうしてまたみんなといれる。かお…白崎に関しては心残りだが、それだけで十分だよ」

 

 鼻をすすり、泣くユエを撫でて落ち着かせるハジメ。やはりジゴロがある。むしろ奈落に落ちて増したような…。マフラーが怒り心頭なのかブンブン風切り音を鳴らす。…何かが降霊してるわけじゃないのにな。

 

 気を取り直して立香はこれからの方針についてハジメに質問を始めた。

 

「そういえば…ハジメは地上に出たらどうするつもりだ? ハイリヒ王国にでも帰るつもりか?」

「冗談がキツイぞ、立香。あそこに俺の居場所はほぼ無いも同然だ。しばらくはお前たちと旅を共にするよ。あっちの世界にも帰りたいからな」

 

 そうだ。ハイリヒ王国という場所は『南雲ハジメ』という人間にとっての敵があまりにも多過ぎる。力を持った上で帰ってきたとしてもきっとただの駒として扱われるのは目に見えている。それはカーグとの約束に反するもの。ハジメがそんなものを許容するはずがない。

 

 それに南雲ハジメはもう一つ、重大な爆弾を抱えている。

 

「…それに、復讐に走っちまいそうだからな」

「…檜山のことか?」

「ああ。確かに俺の感情自体を否定する気は無くなった。だが…この激情のままにアイツを殺すってのもまた違う話だろうな…もっとも目に入ったら即座に殺すかもしれないが」

「…そうか」

 

 そう、南雲ハジメは奈落の底で感情を摩擦し切らなかった代償として『憎悪』という弩級の爆弾を抱えている。それを出来ることならば解き放ちたくはないのだろう。だが、その感情を否定しきれる訳でもないようだが。

 

 その答えに立香が少し悲しそうな表情を浮かべたものの、少し口ごもるだけで反論することはない。それに少し意外だったのか、ハジメは立香に質問した。

 

「否定しないのか? てっきりお人好しのお前なら『復讐だけは許さない』とか言い出しそうと思った上で言ったんだが…」

「…復讐は、人の権利だ。それを否定する気は俺にはない。ジャンヌだってエドモンだって彼らならのポリシーを持って、それを悪意で否定されたからこそ怒り狂ったんだから。それはお前もそうだからな、だから否定する気は、無いよ」

 

 立香は『英霊』という人々の誇りを心の中で重んじている。故に復讐者(アヴェンジャー)の心の闇もとうの昔に受け入れている。それはきっと『人』として当然の感情であると。

 

 立香の中にだってきっとある。大事な人々を死なせた敵に、獣に。今だって抑えきれない熱い何かを感じる。だからこそ、ハジメのそれを否定することなどあり得ない。ハジメもまた自分の意思で、その感情を持っているのだから。

 

「そう言ってもらえると助かる。この感情ばかりは譲る気は無いからな。余計な衝突をせずに済んで安心したさ」

「でも。一つだけ、約束してほしい」

「…何だ?」

 

 立香は真剣な眼差しでハジメを見た。

 

「常にその復讐は正しいのか、考え続けてくれ。それがあるからこそハジメが前に進めるのか。それが自身の人生のターニングポイントとして必要なのか。…しっかり見極めてくれ」

 

 先ほども言ったように立香は人の負の部分をあからさまに否定する気はない。嫉妬も憤怒も悲哀も絶望も、人として当然の感情として捉えている。

 

 だが何も考えず己の感情に引きずられてそれに従うのはまた違う。それはただの愚かな人間として、立香はきっと見てしまう。それが立香にとって許せないことなのだから。

 

 だから自分を律した上で、復讐が必要ならば構わない。つまりはそういうことだった。

 

 貴重な友人のアドバイス。それを無碍にするほどハジメは堕ちてはいない。だからこそ、いつものように拳銃を額につけて契りの言葉を告げた。

 

「…ああ、分かった。必ずこの約束を裏切らない。それをここで誓うさ」

「うん。…というわけで、ハジメは俺たちの旅に付いてくる! それでいいな!」

「あ、ああ。…お前さ、切り替えっぷりが凄いな」

「よく言われるゼッ、ハジメ!! 」

「何のキャラだ、お前は。…そういやユエは大丈夫か? お前もついていくことになるが…嫌だったりはしないか?」

 

 確かにハジメが立香の旅に付いていくとなると当然ユエもその旅に同行することとなる。念のためハジメは尋ねた。

 

 しかし相手は当然300歳ほどの超大人の吸血鬼姫。そこは軽ーく頷くところ…

 

「……………………………………ん」

 

 めちゃくちゃ嫌そうに頷いた。感情だだ漏れである。

 

「二人だけが良かったかぁ〜。しかぁしっ!! ごめんだけどハジメは貴重なウチの戦力な上に、俺の大親友! 故に手放す気はございません!」

「…………別に、二人きりとか。考えてない」

 

 と言いつつも視線は遥か彼方に。出来れば二人が良かったらしい。ハジメがユエの頭を撫でることでその機嫌もすぐに治ったが。

 

 すると立香は何かを思いつくとニヤリと笑い、ハジメの肩をコンコンと叩いた。

 

「ところでもう一つ質問大丈夫?」

「あん? 今度は何だ?」

「なんで白崎さんのこと『香織さん』から『白崎』にシフトチェンジしたんだ? 全員呼び捨てになってることから考えると『香織』って呼ぶのが自然な流れかと思うんだが?」

 

 ピキッとハジメが頰を赤らめて硬直した。非常にわかりやすい。行間の長さから呼び捨てが照れ臭かったのが予想できる。本当にシャイである。本人がいない場所でも下の名前を呼び捨てで呼べないとはよっぽどだ。

 

 だがしかし、立香の質問の真意はそんなことでは無い。そして立香の企み通りに事態は動いた。

 

「……カオリって…誰?」

「…あのー、ユエさん? 明らかに不機嫌ですが何かあったのでしょうか?」

「……いいから、答えて」

「…お人好しだよ。俺がまだまだ弱かった頃にわざわざ構ってくれた。そんでこのマフラーをくれた…恩人で、友人だ」

 

 この時点で相当照れ臭そうである。特に友人と言ったときには顔をそれこそ赤くし、視線をウロウロ彷徨わせていた。

 

 しかし吸血鬼の女王はそんなありふれた返答では満足しない。ハジメの反応から少なくとも『大切』であることを理解しているユエ。なので色々かっ飛ばした質問をブッ込んだ。

 

「……質問を変える。私と、香織。どっちが好き?」

「はっ!? ちょっ、ユエさん!? 何を言ってるんだ!!? 白崎は俺のことを好きなわけではーー」

「(ペシィッ!!)」

「痛ぁあっ!!? 何でマフラーが俺を!? 意味がわからん!」

 

 あくまでも香織が優しいだけだと説明しようとしたハジメ。しかしその言葉はそのとうの本人がくれたマフラーが遮った。「それ以上言わせてなるものかぁああ!!」という鋼の意思を感じた。

 

 続いてそのマフラーの援護射撃が入った。

 

「いや、アレ明らかに好意あったぞ? アレに気がつかないとは…よっぽどの鈍感だぞ?」

「先輩、恐ろしくブーメランです」

 

 これにハジメは冷や汗をかいた。どうやらユエにも香織にも好意など持たれているはずがないという生来のネガティブ思考が未だに生きていたらしい。ただ立香も昔、こんな感じだったので酷く人のことは言えないのだが。

 

 それはともかく立香はそういう道では先輩だ。マシュの鋭き目線を咳払い一つすることで紛らわし、マフラーの打撃とユエの無表情ジト目を受けるハジメの肩をポンポンと叩いた。そして言うには。

 

「お前もジゴロ、そういうことだ」

「………どうして、こうなったっ!!?」

「……ハジメ、早く」

「(ペシィッ!! ペシィッ!!)」

 

 とか言いつつもハジメは少し嬉しそうであった。




ようやくハジメさんは二人の想いに気がつきました。
このハジメさん、以前の性格がまだ根本的に生きているために原作よりも鈍感率は高めです。
ご注意を。


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100階層、そして…

おまたせいたしましたー!
ついに次回から後半、本格スタート!!
頑張りまっす♡


 ーー立香side

 

 一行は一通り回復を済ませると階層を一気に下っていった。モードレッドがいなくなったのは痛手であった。しかし代わりにサーヴァント並みの実力を持つハジメと本調子を発揮できるようになったユエがパーティーに加わったことで以前にも勝る速度で階層を突破していった。

 

 なお何故ユエが本来の実力を発揮できるようになったのか。それはユエのある特性にあった。

 

 ユエが不死であるのは技能の“自動再生”によるもの。魔力さえあれば死にはしないというチートぶり。また“高速魔力回復”や“魔素吸収”により、三百年という封印された月日を過ごすことを可能としていた。

 

 ハジメと出会い、一度神水を含むことで魔力も一時的に満タンになったがそれでも補給をせねばいつまでも本気を出せるはずはない。

 

 そこで“血力変換”だ。これは吸血鬼の持つ固有技能で血を摂取すれば魔力や体力を回復するというもの。ただユエはこの行為をハジメ以外にはするつもりは毛頭無く、結果ハジメと和解するまでは魔力は節約しつつ戦っていたのだ。

 

 そのためハジメと合流後は血の摂取の効率が高くなる“血盟契約”をハジメと結んだこともあり、万全のコンディションで迷宮を突破できたのだ。相手の魔物達からすれば…悪夢だろうが。

 

 そうしてかつてカーグと始めて戦った『オルクス大迷宮』深層一階から数えて100。即ち百階層へと辿り着いた。上層の『オルクス大迷宮』が百階層式であったことからここが深層の最終階層であると予想できる。

 

 事実、今立香達の目の前の豪奢で巨大な扉からは嫌なプレッシャーが立ち込めている。

 

 そのため立香達はここで三日ほど猶予を設け、それぞれ万全のコンディションへと整えていた。

 

 ハジメの場合は武装の充実。立香が破壊した対物ライフルも復活した。材料は“投影魔術”で間に合わせた。魔術の乱用がハンパないと立香は思った。

 

 なおハジメは自分が作り出した武器に名前を付けるようになった。本人曰く「前は道具としてしか見ていなかったが、今は相棒と思えるんだ」とのこと。普段から愛用する大型リボルバーは『ドンナー』、そして対物ライフルは『シュラーゲン』と名付けられた。きっとこれからも強化されていくことだろう。

 

 次にユエはハジメから血液を搾り取った。それはもう…凄いぐらいに。マフラー含めて抵抗したハジメだったが、それは虚しく灰になりそうなぐらいカプッとやられた。その後神水を使わざるを得なくなったのは仕方がない。

 

 また立香の方はモードレッドの回復を目論んだのだが…流石に霊基そのものを調整など不可能なので結局は失敗に終わった。ここで戦える戦力は増やしておきたかったのが立香の心境だったが、無理は言えない。

 

 そして今、迷宮での最後の晩餐が迎えられていた。全員が気負うことなく食事を行なっている。

 

 ただ立香からすれば少し気がかりな点があった。

 

「そういえば、『オルクスのキャスター』は何者なんだろう?」

 

 古き時代の神への反抗した者にして、立香との共和関係を結んだ者。ただそれでもその正体は一切分かっていない。

 

 ユエにもその情報は開示した。しかし彼らしき情報は得られなかった。代わりに神に背を向けた者として、『反逆者』と呼ばれる古代に生きた反英雄のことが分かったが。

 

『反逆者の首魁』ミレディ・ライセン。世界数多の聖人たちを悪とし、反乱を目論んだ主犯。その神の力によりあらゆる人々を押しつぶしたとされる。まず女なので『オルクスのキャスター』ではない。

 

『黒眼鏡の悪魔』オスカー・オルクス。反逆者の参謀。その悪魔的な眼鏡はを見ると人々は固まったとされる。夥しいほどのアーティーファクトを武装している。なお彼の所為で眼鏡は使ってはならないものとなった。目の悪い者はコンタクトレンズを使わねばならない。『オルクスのキャスター』は眼鏡をかけていなかったのでこの男でもない。

 

『赤錆の陽炎』ナイズ・グリューエン。赤髪の男。二つ名はその名の通り、いつのまにか消えては現れる陽炎のようだったことから。髪は赤かったらしく、まず『オルクスのキャスター』ではないと伺える。

 

『悪海の支配者』メイル・メルジーネ。水色の髪の海人族。神に反した者でありながら、聖人のような治癒力を持っていた。女性かつ海人族なので『オルクスのキャスター』には当てはまらない。

 

『裏切の騎士王』ラウス・バーン。元々は正教騎士団の閃光騎士団団長。魂魄魔法と呼ばれる神代魔法の使い手。どうやら禿げているらしく『オルクスのキャスター』でないことは明白だ。

 

 あと2名はリューティリス・ハルツィナとヴァンドゥル・シュネー。だがユエはその二人に関してはそこまで知らないとのこと。聞いても「……まだ原作、行ってない」と謎のメタ発言を繰り返した。だがそれでも森人族と魔人族らしいので『オルクスのキャスター』とは違う。

 

 彼等七人はユエが言うには神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策したと言われる七人の眷属。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 

 その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この『オルクス大迷宮』もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

 と言うのが表向きの話。きっと彼等にも『オルクスのキャスター』と同じように訳が何かしらあるのだろう。そう立香は同情した。

 

 だが同時に立香はその迷宮の奥ならば『聖杯』もどきがあるのも納得できるとようやく理解した。またえっちらおっちら地上に上がることもないだろうと、地上への出口もあると予想している。

 

 だが結局はそれだけだ。『オルクスのキャスター』のことは一切分からない。そんな訳で全員が頭を悩ませている。ユエもそれ以上の情報は無いものかと頭を悩ませた。

 

 一方でハジメも何か合点がいかないような顔をしていた。まるで今の立香達を訝しんでいるようで、眉にシワがよっている。その様子に疑問を感じた立香はハジメを心配する。ユエも同様のようでハジメを気遣っていた。

 

「……ハジメ? 魔物の肉、あたった?」

「…いや、そうじゃない。ちょっと不思議な点があってな。それを考えていただけだ」

「そうなのか? それにしてはかなり思いつめて多様な気がするんだが…」

「小僧、少し休むか? 先日の吸血ショックがまだ抜け切っておらんのではないか?」

「…いや。むしろ早く百階層突破と行こう。何も無ければ、それでいい」

「…? わかった。それじゃあ、行くか」

 

 ハジメの様子も気にはなった。しかし下手に心配しても意味はないと立香は割り切って百階層の扉の方へと向かう。

 

(…この迷宮での戦いも、あと少しで終わりか)

 

 そう思うと全身に帯びる熱が沸騰するかのように湧き上がる。ひとまずもうじきに第一の『聖杯』を獲得できる。それを思うと興奮せずにはいられない。

 

 やがて扉が一人でに開いた。立香達が近づいてきたのに反応したようだった。

 

 しかし、その後に突如襲いかかる浮遊感。これに三人が声を上げた。

 

「なっ!!?」

「これは!!?」

「っ!!? 先輩!!」

 

 ハジメ、立香、そしてマシュだ。三人は襲いかかる浮遊感に覚えがあった。思い返すのはかの上層での罠。宝石の煌めきが起こしたあの日の、悲劇が起きたかの日の転移。

 

 それに肌を粟立たせ、声を上げる。だが時は遅い。

 

 立香の耳に届いた二つの絶叫、それらは突如として途絶えた。代わりに脚が再び地面に着いた。転移が終わった証拠に他ならない。

 

 だが周りにいた仲間達の姿は無い。心当たりは当然先ほどの光と浮遊感。つまりは転移のみ。

 

 それが示唆するのは…

 

(分断された、のか?)

 

 この事実に立香は顔を青く染めた。立香の戦闘の特徴はあくまでも前衛、後衛が揃ってのオールラウンダーとしての万能さ。ハジメやスカサハのように一人で完成した戦いを身につけているわけでは無い。むしろ仲間がいてようやく本領を発揮するタイプだ。

 

 ハジメの時は何とか詠唱を紡ぎ切る事が出来た。それはハジメの決心がまだ完成していなかったからこそ。しかし今度の相手は迷宮。意思など無いも同然である。

 

「……リッカ。私もいる」

 

 その声は足元から。灯台下暗しとは言うがまさにこのこと。立香が足元を見るとそこには見覚えのある少女の姿が…

 

「ユエさん!? …ごめんですけど、脚を引っ張ることになるけど…大丈夫?」

 

 ユエだ。どうやら他のメンバーはいないようだが、何とか一人だけという最悪の状況は免れたらしい。それに一安心し、立香はユエにあらかじめ謝罪をしておく。

 

 だがそれにユエはサムズアップし、一言。

 

「……ん、大丈夫。後ろで詠唱、頑張れ」

「少なくとも“英霊憑依”の時間を稼いでもらうんですが…」

「……構わない」

 

 何とも強い返答ばかりだった。というか肌がツヤツヤしている。血を飲んだお陰でご満悦らしい。ただとうの吸われた本人はダメージを負っているだろうが。

 

 そして心の余裕が出来たためか、立香は今いる階層の様子をしっかりと掴むことができた。無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

 暫しその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒する立香とユエ。柱は立香達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

 

 立香達は暫く警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。神経を張り巡らせながらも二百メートルも進んだ頃、行き止まりに止まる。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「やっぱりここが…」

「……ん。ボス部屋」

「うん。他の階層に比べて一段と綺麗だし…プレッシャーも凄い。間違い無いと思うよ」

「……ん。とっとと片付ける。それからハジメを……くふふっ」

「ちょっとー、そこのユエさーん? 余裕が過ぎませんかねー?」

 

 ある種のコントを立香とユエが行なっていたその瞬間、扉と立香達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 

 立香は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、ハジメが奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

「…これヤベェ奴じゃ……」

「……負けるわけには、行かない!!」

 

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする立香とユエ。光が収まった時、そこに現れたのは……

 

 体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が立香達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が立香達に叩きつけられた。

 

「“聖絶”お願いします!それまでに俺も詠唱済ませますから!!」

「……ん。まかされた!」

 

 赤い紋様を宿らせたヒュドラの口から豪炎が放たれた。万物を融解せんばかりの炎。しかしそれを阻む壁はここに。

 

「“聖絶”!!」

 

 炎がユエとその後ろにいる立香を避けるように爆進した。逆に二人は無傷。ただ、威力は予想外のものだったらしくユエは息を上げた。

 

 一方で、立香はただ唱え始める。己の唯一の技を。

 

「今我はここにーー」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーマシュside

 

 一方でマシュとスカサハ(ついでにモードレッドの霊体)。赤銅に溶けた金属が脇の方でフツフツと煮えたぎる。その光景はまさしく地獄のあり方そのもの。マシュの料理の師匠である紅閻魔の実家のそれだ。

 

 そしてマグマの奥から黄金の魔獣が咆哮する。

 

「グォオオオオオオオ!!!」

 

 悠然とマグマの滝を割り、現れた百獣の王。体躯にそれほどの大きさは無い。それこそベヒモス程度のもの。今まで様々な旅を行なってきたカルデアのメンバーならば驚くことはなかった。

 

 このマグマで赤く染まる階層の中、星のように煌めく獅子の分厚い肌。一目でわかる。そこらの鎧などよりも、それこそ鋼よりも堅固であると。たなびく尾は金色を纏い、額にもまた黄金の紋章。その出で立ちはまさにヘラクレスの神話に出てくるネメアーの獅子のそれ。

 

 ネメアーの獅子はヘラクレスでも太刀打ちが不可能なまでに硬い肌を持っていた。また馬力も獣のそれ以上であり、正しく百獣の王と言える存在だったとアーチャーのヘラクレスは言っていた。恐らくは目の前の獣もネメアーの獅子から遠くはないだろう。

 

 そして水面のように凪いだ黄金の瞳。体から滲み出る獣の王者たる覇気。階層全体に吹き荒れる嫌でも感じる圧力。

 

 ネメアーの獅子は問いかける。

 

 ーーお前達は敵か?

 

 体に電撃が走った。英雄達ですらも硬直せざるを得ない絶対的な威圧感。一般人ならばその時点で跪くこととなるだろう。

 

 だがスカサハもマシュもただの人間では無い。『座』に英雄として認められた絶対的な実力者。引き退るなど、そんな道は見えていない。

 

「…マシュよ。油断ならんぞ?」

「はいっ! マシュ・キリエライト、行きます!!」

『テメェらぁ! 頑張れよーー!!』

 

 マシュは身の丈を覆うほどの白百合の盾を。スカサハは可憐な赤き二双の槍を顕現させる。

 

 そして百獣の王が四肢に力を込めたその時、マシュは呟く。

 

「…行きますね、先輩」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 そしてただ一人、南雲ハジメは漆黒の柱に囲まれて立っていた。その部屋は見る限り全てが超硬質の鉱物。錬成士たるハジメであれば本来は目を輝かせるほどのものだった。

 

 しかしその紅き瞳は今、鋭く細められている。それは目の前の男を警戒して故のこと。

 

 あの日と同じように黒い服で身を纏った男。あの日と同じように腹が立つほどに自然体で立つ男。ハジメは『オルクスのキャスター』に話しかける。

 

「…で? テメェはどんなタネを使って『反逆者』というワードとお前を立香達の頭の中で繋げさせないようにしたんだ『オルクスのキャスター』? それとも、こっちの名前の方がいいか?」

 

 小さく微笑んだ黒衣の男。その男にはあるものが付け足されていた。

 

「『黒眼鏡の悪魔』、オスカー・オルクス?」

 

 その男の鼻に掛かるもの。すなわちーーー眼鏡である!!

 

 敢えてもう一度言おう。黒〜いフレームの眼鏡だ!

 

 これが『オルクスのキャスター』の鼻に掛かるだけであら不思議、「コイツヤベェ…」的な腹黒いオーラが吹き出てくる。そしてあっという間にオスカー・オルクスに早変わりだ!!

 

 オスカーは以前から空ぶっていたように眼鏡のフレームをくいっと上げると哀愁漂う雰囲気となり、ハジメの質問に答えた。

 

「別に僕自体は何も彼等に干渉していないさ。…ただ、眼鏡を外したら英霊『オスカー・オルクス』としては認識されなくなり、僕に関連する情報全ても無意識に認識から外されるらしくてね。ミレディの言った通り、僕の本体は眼鏡なのかもしれないね…」

 

「…そうか」

 

 なんだか申し訳ない気持ちになった。決してハジメは悪く無いのだが…人の傷口を知らないうちに抉っていたらしい。オスカーの目は死んだ魚のように早変わり。心の中でハジメは南無阿弥陀仏と唱えてあげた。

 

 しかしオスカーが気を取り直すために咳払いしてすぐ、部屋一帯に陽光の魔力が広がる。優しげでありながら、ハジメを脅かす魔力そのものに宿る物質的な圧力。南雲ハジメの中で警鐘は凄まじく鳴り響き始める。

 

「それで? 君は何の為に戦う、南雲ハジメ?」

 

 ハジメは知らないことだが、この質問はかつて立香も尋ねられたものだ。

 

「それは…必要な質問か?」

「うん、必要だね。リッカに関しては分かってはいるし、あの吸血鬼に関しても君に着いて行くと分かりきっている。でも…君はわからない。だから是非とも、教えてくれないかな?」

「あー、そうだなー」

 

 それを聞いてハジメは頭をおもむろに掻いて、赤い瞳をオスカーに向けた。何かを定めているようだ。そして口を開け、オスカーに言い渡す。

 

「ーー死ね」

 

 ーーードパンッ!!

 

 死刑宣告に紅い一条の光という慈悲のない一撃を乗せて。

 

「黒傘 十式 “聖絶” ーー局所展開」

 

 だがその光を阻む、照り輝いた黒き傘。聖なる光は奈落の怪物の一撃に揺らぐことなく未だに灯っている。

 

 そしてオスカーはコートを捲る。その中にはあり得ないまでのアーティーファクトの数々。立香は気づいていなかったが、ハジメは気がついていた。魔術“解析”によって理解した。オスカーの手により作り出された宝具の数々を。だからこそ、ハジメはオスカーを怪物と断じたのだから。

 

 アーティーファクト『黒傘』を閉じ、肩に担ぐ。そしてアーティーファクト『黒眼鏡』のフレームをくいっと上げる。オスカーの丁寧な口調とは真逆に陽光の魔力は一層強く吹き荒れる。

 

「やれやれ。それじゃあ無理矢理吐き出させるしかないね。奈落の怪物くん」

 

 一方で鮮やかな紅はとどろ渦巻く。その様子はまるで竜巻で、見るものを圧倒するような威圧的なもの。そして拳銃、『ドンナー』を握り、言い放った。

 

「やってみせろ。このバケモノが」

 

 

 三つの試練の間で行われる五人の戦い。

 

 奈落での探索はついに最終決戦へと岐路を向けた。




何でユエと立香?
何でマシュとスカサハ?
何でハジメ単体?

と思った方、いるかもしれません。
ただ…作者としてはこれがベスト!!
特に最期の戦いはやりたかった!!
錬成士VS錬成士、燃えない?
次回の戦いはユエ立香からスタートです!

なお、オスカーの眼鏡ネタはこれで終わらん!!


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黄金の獅子

ティ…ティオが、カッコイイ…だと!!?(漫画本編の感想)
嘘だ!? 俺が知ってるティオはあんな感じじゃ無くもっと残念感が溢れる…
ーーーハッ!! 分かった! お前偽物か!!
俺は騙されないぞぅ!!

ああ、あと今回は結局スカサハ&マシュの戦いです!
前回の次回予告とは大幅にズレてますが…どうぞ!


 ーーマシュside

 

 ネメアーの獅子は四肢を踏み込んだ。マシュは次に来るであろう突撃に備えて盾をかざした。

 

 しかしネメアーの獅子はそのありふれた未来予知を易々と裏切った。その踏み込みで己の体を空へと吹き飛ばしたのだ。

 

 予想外の行動に気をとられるマシュとスカサハ。その間にネメアーの獅子は体を四、五回ほど縦に回転。そのままその鉤爪を地面へと振り下ろした。

 

 それがネメアーの獅子の初手。数十メートルも離れたマシュ達には届かないはずの一撃。

 

 だがマシュは濃密な戦闘経験からの勘により危険を察知した。そして盾を構えるのでも、その場から逃げるのでもなく、足を踏み込んでしっかりと体の軸を固定する。

 

 そしてすぐにその行動は正しかったと証明される。地震の発生(・・・・・)という形で。

 

 凄まじい振動。日本で発生したものならば震度7は優に超える規模の揺れ。辺りの鉱石のマグマが飛び散り、津波を発生させる。それだけでこのネメアーの獅子の固有魔法が発生させた力の一部が垣間見える。

 

 同時にマシュとスカサハの動きも一瞬静止する。戦士としての観察眼から体の軸はぶらさずに済んだものの予想外の規模。むしろ咄嗟であろうと対応できた二人も凄まじいのだが。

 

 同時に地面へと着地したネメアーの獅子。するとまた黄金の腕に魔力が収斂する。

 

(まさか、また!?)

 

 ただえさえ深い振動、だというのに更に振動が増すとあればたまったものではない。

 

 だがその前に赤い流星がネメアーの獅子の額へと飛ぶ。

 

 もう一度空へと飛び、地面を揺らそうとしていたネメアーの獅子はそれには対応できない。槍の一撃をもろに食らい、体ごと後ろへと飛ばされる。

 

 吹き飛んだネメアーの獅子、しかし空中で不規則な歪みを空間に生み出して地面へと着地する。その動きはハジメと同じく空中を飛ぶ動き。“天歩”の固有魔法を持っていることが容易に想像できた。

 

 凄まじい勢いの投擲であったにも関わらず、ネメアーの獅子の額は槍が突き刺さるどころか刺さった気配すらもないことだ。ニヤリとネメアーの獅子が嗤った気がした。己の力を鼓舞し、敵の戦意を挫けさせるように。

 

 一方でそれを投擲したスカサハはネメアーの獅子の無傷を一瞥すると、少し不満気に呟いた。

 

「…硬いな。ならばこれでどうだ?」

 

 スカサハの手に更に槍が生み出される。それどころか彼女の指示に従うように槍が宙に召喚される。これこそがとある青髪の弟子が立つ瀬を無くしたスカサハの多槍流。本来ならばあり得ない数十という槍が同時にネメアーの獅子へと矛先を向ける。

 

 ネメアーの獅子が瞠目する。まるで「え? え? ちょっと待ってーな、キツすぎませんがな? さっきのだけでも痛かったんやで? アンタ頭おかしいんちゃうん?」という感じで素っ頓狂に呆けた。

 

 だがもちろん、スカサハに容赦と言った言葉は無い。右手の槍を指揮棒(タクト)のようにネメアーの獅子を切っ先で指す。

 

 そして影の国の冷徹なる女王の命令は告げられる。

 

「行け…耐えてみせるが良い」

 

 ーーーガガガガガガガガガガッッッ!!!!

 

 数十に及ぶ槍は放射される。ネメアーの獅子は黄金の光を強靭に輝かせる。宝具級の槍の数々が弾き飛ばされては虚空へと消えていく。恐らくは防御系の固有魔法。それもハジメの“金剛”よりも硬い防御。

 

 正面から己の槍の総射に耐えてみせるネメアーの獅子。その様子にスカサハは笑みをこぼす。だがそれは悪魔の笑顔にも似ていて…

 

「ふふっ。ならばこれはどうだ?」

 

 続いて第二射、第三射の槍が乱れ飛ぶ。ネメアーの獅子はまたもや黄金の鎧でその身を纏う。今度も正面から受ける気らしい。

 

 だが新たに生み出された槍が残り数コンマ秒で接触するというところで、ネメアーの獅子は凄まじい反応を見せる。己の足元を爆砕させ、後ろに飛ぶと同時に、“天歩”と同等の技能であろうもので空をかけ、槍の強襲から逃げる。

 

 ネメアーの獅子がいた場所へ、いくつもの槍が剣山のように突き刺さる。それに応じ、槍に描かれた謎の文様(・・・・)が光を放った。

 

 その光は力を顕現させる。音と熱を辺り一面に散らし、ネメアーの獅子がいた場所を跡形も無く吹き飛ばした。ネメアーの獅子の背後にあった鉱石のマグマの滝もその衝撃により跡形も無く破壊される。

 

 その原因は何か。それはスカサハ本人の口から嫌でも分かった。

 

「ほぅ。ルーン文字にも反応するか。野生の勘とやらはアテになるようだな。見事だ」

 

 ーールーン文字、スカサハが扱う文字を刻むことで万能の効果を発揮させる地球の神代の魔術。その一種である。なおキャスターとしてのスカサハの方が扱いは上手いが、ランサーのスカサハでも使用には問題ない。

 

 今回使われた文字は『アンサス』。炎を意味する魔術だ。並大抵の炎の威力では無く、壁に刻んだものならばその壁を瞬く間に全焼させてしまうほどのものだ。

 

 スカサハは召喚した槍の数々に『アンサス』を刻み、その上で解き放ったのだ。ネメアーの獅子が気がつくのが遅ければ、今頃は爆撃に血肉をばら撒き、死んでいたことだろう。まさしく間一髪の回避。

 

 ここからが攻守交代だ、そう言わんばかりにネメアーの獅子はスカサハの方に顔を向ける。

 

 一方でスカサハは何もすることなくネメアーの獅子を眺めている。

 

「ーーだが、その手は悪手だぞ?」

 

 否、スカサハが見つめていたのはネメアーの獅子の頭上。天井で止まっていた白百合の輝き。

 

「はあっ!!」

 

 気合の篭った声と共にネメアーの獅子の後頭部に巨大な盾が振り落とされた。ネメアーの獅子の黄金の膜は回避に夢中で破れていたため、為すすべなく、地面へと堕とされる。

 

 だが天井を蹴り、空中を飛ぶマシュの更なる追撃の手がネメアーの獅子に迫った。

 

 盾を振り回し、回転することで遠心力をつけた盾。それでネメアーの獅子を叩きつけ、地面に減り込ませた。普通の耐久度の人間ならば地面に新しいシミを作り出す慈悲のない一撃。

 

 だがネメアーの獅子の耐久は常識など逸している。故に次の瞬間にはネメアーの獅子は攻撃に出た。

 

「グァアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 辺り一面に響き渡る咆哮。それが空間ごと揺るがし、平衡感覚さえも狂わせる。恐ろしいほどの音の爆発。

 

 遠くに離れていたスカサハは耳を塞ぐだけで耐えれたが、盾でネメアーの獅子を抑え込んでいるマシュは違う。宝具の盾を通して、振動がマシュの体を通し、耳に爆発する。

 

 同時に、マシュの体の血管がいくつも決壊し始めた。

 

「あっ…」

「マシュ!!?」

 

 これがネメアーの獅子、『レグルス』の固有魔法“震撼”。その体に宿る多大な魔力を振動へと変換する攻撃的な魔法。当初の地鳴りも今の音爆弾も全てこの魔法による攻撃。厄介なのはその攻撃範囲とその性質。

 

 振動はどれほど硬質な肌を持っていようと人の内部にまで伝わる。また振動を伝える媒体などこの世には山ほどある。空気も武器も地面も、全てが振動を伝えるものである。

 

 何をされたのかも分からず、マシュは鮮血を辺りに散らす。レグルスの“震撼”を間近で受けたものならば本来ならば四肢が裂けるように内部から爆発を起こすのだが、そこはマシュが誇る防御力で何とか耐えきった。

 

 マシュは完全なサーヴァントではない分、他のサーヴァントよりも肉体的なダメージに弱い。それでもマシュを傷つけるなど本来ならば神話の類のサーヴァント、もしくはこの世の摂理を離れた何かでなければ不可能。恐らくはこのような一撃であっても少し不快感がある程度。耐久EXは伊達ではない。

 

 しかしこの世界では話が違う。マシュはこちらに来てしまったことで本来の力もなく、宝具も真名を解放できない。更にレグルスの“震撼”も合わさり、マシュにダメージが入ったのだ。

 

「…“時に煙る白亜の壁”っ」

 

 何とかこの後入るであろう“震撼”による追撃に備え、マシュは己に防御付与を行う。そしてそのまま地面から離脱しようとするレグルスを盾で再び抑えた。

 

 レグルスは“震撼”により、マシュを今度こそ壊そうとするが“時に煙る白亜の壁”まではかき飛ばせない。マシュの真髄は敵意ある攻撃を弾く防御壁。獣の殺意であろうとそれは変わりない。故に振動さえも今のマシュには届きはしない。

 

 そしてスカサハにも、その振動は届かない。マシュより後の空気は淀むことなく、凪いでいる。

 

「スカサハさん! ルーンで…トドメを!!」

「承知した! …『ソウェーーー」

 

 スカサハは一単体のみを発火させるルーン文字『ソウェル』でレグルスを焼こうとする。『アンサス』では巻き込みかねない。そう判断した故だろう。

 

 しかし時は満ちた。

 

 階層そのものが、再び“震撼”し始める。

 

 地面を媒体にした振動、故に軋み始める天井。天井からはマグマがチロリと溢れ始める。

 

 マシュに捕らえられたはずの魔物。それが何を起こそうとしているのか。すぐにスカサハは悟った。

 

「マシュ!! 今すぐ其奴にトドメをーーー」

『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

 

 スカサハの声は虚しく獣の最期の唸り声の中、霧散する。今までとは段違いの振動にマシュも反発により吹き飛ばされた。

 

 スカサハはその力無く倒れそうになったマシュの元へ駆け走り、横抱きに抱える。そしてそのまま上の瓦解に巻き込まれないように逃げようとしたが…

 

『ガァアッ!!!』

 

 その前に獣が吠えた。それと同時にスカサハの片脚が搔き消える。

 

「ッーーーー!!」

 

 内部から足が破裂するという前代未聞の感覚にスカサハが歯を食い縛り、倒れる。マシュを守るように己の体をクッションとし、何とかマシュに追い打ちをかけないようにしたが…それ故に、仰向けになったが故に彼女は見てしまった。

 

 ーーーーズガァアアアアアンッ!!!

 

 天井から雪崩れ込む鉱石のマグマを。

 

 一方でレグルスは身を黄金の鎧で固める。マグマの中、生きるにはそれしかないだろう。

 

 先ほどまでのスカサハならば壁にひっつくことで何とか回避できた。しかし足が破裂した今、頼れるのはマシュしかいない。そしてとうのマシュは今血塗れとなり、意識を混雑させている。

 

 そしてスカサハが判断に迷ったその挙句、二人の姿はマグマに呑み込まれた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーレグルスside

 

 結局はいつもの如くだ。

 

 敵は確かにいつもよりも強者であった。

 

 今まで痛みなど感じたことが無かった私には新鮮な感覚であった。だが、とても煩わしい感覚であった。

 

 故にいつもの如く殺した。

 

 基本どいつもこいつも揺らせば死ぬのだがこの敵は違った。特にあの薄紫髪のあの女は間近で受けながら私を捕縛してきた。正直守護者(同類)か御主人様かと考えた。

 

 だがそんなわけは無く守護者(同類)はほぼ全員人型では無い。人型の奴らもいるにはいるが乙女座と射手座の形態は確認している。あと御主人様はほんの数日前に出会った。

 

 つまり仲間でもなく、主人でもない。ならば手加減する気はない。

 

 故に第二プランとして考えていた天井崩しを行った。

 

 結果は目の前の通り。全てがマグマに呑み込まれている。敵の死体がと呑み込まれているはずーー

 

 しかし次の瞬間私の中から火種が起こる。間違いない、敵の一味の技だ。魔法でその刻印を揺るがし、消し去る。己にも損傷は入るが惜しくはない。

 

 だが何故ーー何故貴様らは生きている!!?

 

 万全を喫した上で殺した筈だ!

 

 あの盾使いは使い物にならない!

 

 あの槍の女も逃れる術はない!

 

 ならば…何故!!?

 

 やがてマグマの中から何かが起伏し、姿を現わす。

 

 そこにいるのは傷があるまま(・・・・・・)盾使いの敵。そして敵二人を覆い囲むようにして輝く白百合の眩き輝き。その輝きがマグマを退け、マグマの害を拒んでいる。

 

「すまんが…卑怯な手を使わせて貰うぞ?」

 

 レグルスが驚愕で目を剥く中、槍使いは私に再び槍を向ける。私はそれを何とか回避しようとする。先程のような例もある。あの槍使いが何かを仕込んでいないはずがない。

 

 だが赤い光が鮮烈に光り出し、私のその思考は脆く崩れ去る。同時に全身が警鐘を鳴らす。

 

 ーーアレはダメだ

 

 叫ぶのだ。そのように。私に叫ぶのだ。

 

 槍使いは私に告げる。

 

「貫き穿つ死翔の槍《ゲイボルグ・オルタナティブ》…受けてみせよ」

 

 だが槍使いは負傷を負っている。脚は片方掻き消している。ならば投擲したところで速度は出ない。ならば攻撃は当たらない。すぐに避けられる。

 

 しかしその見積もりは、恐ろしく甘かった。私はもう一人の化け物の存在を忘れていたのだから。

 

「“バンカーボルト”、リロード!!」

 

 槍使いが片足で宙に舞う。そして次に盾使いの盾が槍使いの脚へとぶつけられる。本来ならばそのまま空中でミンチになるような所業。されど相手はかの槍使い。片脚であろうとそれを足場にするなど動作もない。

 

 次の瞬間、槍使いはその勢いのまま私の元へと距離を詰めてくる。槍の光はなお赤く輝き、私に食いつかんと私を追う。

 

 だが私には絶対の攻撃がある。この揺るがす力が。

 

「ガァアアッ!!!」

 

 私はいつもの如く槍使いを爆散させようと振動を放った。槍使いには先ほど一切抵抗させずに脚を吹き飛ばせた。あの盾使いのようなことはないだろう。

 

 だがその一撃は白百合色(・・・・)の盾で弾き飛ばされる。既視感があった。私をかつて地面へと押し付けた盾の色、そのものだ。

 

 振動できない、それを悟った私はすぐに逃げようとした。しかしその前に、地面から何かが噴き出した。光の弾丸だ。

 

「グァアアアア!!!?」

 

 ルーン文字、『光弾』。夥しいほどの光の弾丸を作り出す刻印だ。それらがレグルスのいく先を阻んだ。

 

 そして光の弾丸の(カーテン)が降りると、次には眼前に赤の光が差し込んだ。

 

「終わりだ。貴様は」

 

 そして全身を駆け抜けた壮絶な痛み。赤の光が眼を貫いたと同時にそれらが私の痛覚を蹂躙する。

 

 私の意識はそこで途絶えた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーースカサハside

 

 レグルスの瞳を穿ち、全身を貫いた。

 

 赤の流星はそのまま壁へと衝突。そのままマグマだらけの地面へと落ちそうになる。

 

 だが同時に地面に敷き詰められていたマグマがあっという間に消える。それと同時に天井が修復された。恐らくは試練が終わったという迷宮の意思表示。恐らくはマシュとスカサハは合格だろう。

 

 故にもう立ち上がる余力は無かった。全身血だらけのマシュもそうだがスカサハも流石に脚を思いっきり盾で殴打され、ノーダメージというわけではない。というかむしろ折れている。

 

 そのため体の休めという叱咤に従い、スカサハは倒れ込んだ。

 

「…多少、無理が過ぎたな」

「です…ね。南雲さんからいただいた神水を早速飲ませていただきましょう。流石にこのままでは血が足りなくなってしまいます」

 

 マシュはどうやらスカサハの元まで歩いてきたらしい。体の髄まで乱されているというのに歩けるとは、彼女のガッツはよほどらしい。スカサハは少し呆れた。

 

「そうだな…私にも一本寄越せ、マシュ」

「どうぞ。…しばらく休んでから、奥の扉をくぐりましょう」

「…ああ。もうここであの妙なライオンが現れることはないだろうからな」

「ついでにあの死体も回収しておきましょう。南雲さんはきっと喜びます」

「そうだなぁ。…あの小僧やマスターは今頃どうしていることやら…」

「ええ。ですのですぐに回復して進みましょう。もしかしたら先輩や南雲さんの力になれるかもしれませんし」

『お前らー! ボロボロじゃねぇか!! あんなライオンに思うツボにやられちまってんじゃん』

「「モードレッド(さん)は黙っていてください(おれ)!!」」

 

 こうして赤銅の部屋の試練は終わりを迎えた。




前回ご感想がメガネ過ぎて笑いました。
何でかとあるメガネ掛け器様もおられましたし(笑笑)

というかレグルス強いなぁ〜。
固有魔法“震撼”は応用性高そうですし、ハジメ喜びますね!!

さて、次回こそは立香&ユエのタッグ戦です!
大丈夫、ハジメはラストだから!
今度こそ予定がズレることはない!!


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檻からの解放

ごめんなさい、遅れましたね!!
というかCCCクリアがーーー!!!
あとメルトの鍵をーー!!!

そんな感じの作者ですがお許しを!!


 ーー立香side

 

「ーー我が道は今我等が覇道となる」

 

 まどろっこしい。煩わしい。

 

 立香はこの長い詠唱が早く終わらないかと、焦っていた。それは目の前で聖なる防壁を張り続ける少女を思ってのこと。

 

 赤頭と緑頭に青頭が炎を吐き、風刃を散らし、氷の礫を放つ。それぞれが深層の怪物すらも比較にならないほどの威力を込めさせながらユエの“聖絶”を削り取っていく。

 

 ユエはそれでも立香を信頼し、幾度も“聖絶”を張り続ける。それによりこの互いにノーダメージという状況は保たれている。

 

 しかしその“聖絶”が途絶えて仕舞えば、きっと状況は一転する。だからこそ立香は焦っていた。

 

来たれ(聞け)来たれ(聞け)

 

 この詠唱の時間が全くもって長い。ハジメとの戦いでも痛く味わった。立香のネックがその詠唱の長さだと。ユエは今も闘っている。だと言うのに自分が今できるのは『座』に仰ぎ、力を請うことだけ。今までと同じく、守られているだけだ。

 

 それが酷く立香に無力を感じさせる。

 

 立香は守られてばかりだ。人理を取り戻す戦いでも、未来を修復する旅路でも。立香は守ろうとして、守られて、そしてその度に失ってきた。

 

 だからこそ立香の意識の深層では嫌でも意識してしまう。立香が取りこぼしてきた過去を。

 

(今…『過去』を思い出すな! 目の前の戦いだけに意識を!!)

 

「汝は試練を超えし者、守り抜きし者。狂える者は抑止の輪より今ここにっ!」

 

 立香は叫ぶ。力を請うのはかの英雄。他でもないヒュドラを倒してみせた偉大なる強靭な戦士。その者をこの身に宿す。

 

 だがもうじき詠唱が完成するその頃に、状況は一変する。

 

 絶叫が部屋一帯に響いたのだ。他でもないユエの声で。

 

「いやぁああああああああ!!!!!」

(っ!? ユエさん!!)

 

 “聖絶”が虚空へと消えていく。それと同時にユエがその場で崩れ落ちた。立香には何が起きたのか判断できなかった。

 

 ただヒュドラの能力であることはよく理解した。

 

 ユエに青頭のヒュドラが迫る。牙でユエを噛み砕くつもりのようだ。そればかりはさせてなるものかと立香は走る。

 

(…“瞬光”っ!)

 

 立香が己の技能を発動させると同時に、世界がグレーに染まる。そしてスローに時が流れ始めた。そんな世界でただ一人、凄まじい速度で走りながら立香は詠唱を叫ぶ。

 

「汝、この呼び掛けに応えるならば我が剣と成せ。我が身となれ。今ここに力は呼応する」

 

 “瞬光”によりゆったりと流れる景色を立香は必死に駆ける。炎や風に身を晒されるが、致命傷に至るものだけ危なげなく避けるか、“ガンド”で吹き飛ばしていく。ただ大きな怪我に至らなそうならば肌を焦がしてでも無視した。

 

 そしてギリギリのタイミングで立香はユエの元に辿り着くと、詠唱を完成させる。

 

「ーー来い、我が覇道を拓くが為に!!」

 

 そして手に生み出させる金属塊とも言える歪な石斧。上半身はほぼ剥き出しで胸に百獣の王の胸鎧がつけられているだけ。下半身も腰当があるだけで、それ以外はほとんど何もない。

 

 ただその分変質したかの如く、その体は巌のように引き締まり、肥大化している。更には血管も大きく脈動していた。まさしく別人のようだ。そんな立香からは歴戦の戦士のような狂気じみた存在感を感じさせた。

 

 立香は石斧を振り上げると、青頭の顎を瞬く間に掻き飛ばし、その鎌げた首を大きく上に仰け反らせる。それだけで立香の身に宿った英霊の巨力の一部を理解できるというものだ。

 

 ーーヘラクレス。第五次聖杯戦争において『最強』とされたギリシア神話の英霊。凄まじいのは【狂化】により衰えたはずの技の冴え。それはしっかりと立香にも受け継がれている。

 

 まさしく『最強』の力を反映した立香はユエを片手で抱えこむ。片手で身の丈以上の石斧を扱うのは本来ならば無理ならば、今の立香ならば何ら問題はない。

 

 迫り来る炎の渦を石斧で吹き飛ばし、風の刃を“瞬光”による身の加速で紙一重で回避する。“瞬光”を完全に制御しきる立香だからこそ長時間の使用を発動できる。今の出力は40%ほどのため、頭にダメージが入ることもない。まさしく天武の才である。

 

 そしてその一方で抱え込むユエを揺さぶり、正気を取り戻させようとする。しかしユエは呻き声を上げるだけで、立香に答えることはない。

 

「ユエさん! ユエさん! 返事して!!」

「……ぁああぁあああ」

「くそっ! これじゃあ神水も使えない!!」

 

 ヒュドラ達は立香に波状攻撃を仕掛けている。炎を凌いだかと思えば、風の刃が乱れ飛ぶ。風の刃を防げば、今度は氷の礫が降り注いだ。そしてそれを吹き飛ばしても赤頭が強襲を仕掛ける。

 

 更にはその頭を吹き飛ばせど、次には白色の光に包まれてその頭を修復してしまう。六首のヒュドラの中で一番奥に控えている白頭によるものだろう。

 

 その為立香は休む暇もなく、迎撃に身を費やさねばならない。少しでも時間があれば、ハジメから預かった神水でユエを回復させるというのに。

 

 ヒュドラもきっとユエを警戒し、更には立香に遠距離攻撃が無いことを野生の勘で感じ、立香を休ませないようにしている。

 

 ここで無理に攻めに出てもユエを抱えていることで身動きが効きづらく、どちらか二人の致命傷は間違いなく発生する。また白頭による治癒が相手側にある限り、いくら倒しても意味はない。

 

 ここで攻めに出るにはユエの助けがどうしても必要だ。ユエの反則級の掃射があれば、敵側にも隙ができる。そうすれば白頭を吹き飛ばし、ワンサイドゲームに持ち込める。

 

(だから…早く目覚めてくれ、ユエさん!!)

 

 立香はこの戦いの勝機になり得る少女に、そう叫んだ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーユエside

 

 ユエは暗闇の中、心を塞いでいた。

 

『アレーティア、お前のような怪物はもう、この世にはいらないのだ。精々、この奈落の奥で眠っているがいい』

 

 ユエが見たのはあの日の悪夢。ただ女王としてその身を粉にし、弱音も吐かず、献身した己の末路。自分は確かに信じていた者全てに裏切られた。

 

 そして味わったのは暗闇の世界、何一つの音も許さない世界。つまりは孤独だった。誰かに認められるために人生を費やしていたというのに、結果は真逆。なんとも酷いものだ。

 

 更に時は流れ、無情にも心を満たすものは現れなかった。何度夢で笑顔に囲まれた昔の事を思い出したかは分からない。目覚めるたびにまた一歩、絶望へと自身を刻々と追いやって行ったことだけは覚えている。

 

 いっそ狂えて仕舞えばどれほど楽だっただろうか。何度も何度もそう思った。

 

 しかし狂うことは許されなかった。固有魔法、“自動再生”によって。その生まれながらの技能は体どころか精神さえも平静に戻させる。だからこそ感情を投げ出すことさえも許されず、一刻一刻と時が流れるのを待つしかなかった。

 

 だからこそ、美しかった。鮮烈に輝く紅の瞳は。

 

 名前も知らない人だった。色素の抜けた髪に、赤黒い血管が全身に浮かび上がっている。身長は高いといえるほどだった。そして彼の頰で煌めく瞳の色と同じ紅の紋様。首に巻かれた襟巻きもまた同じ紅の色。

 

 彼も入ってすぐに自分に気づいてくれた。目を見開いて驚愕していたのが新鮮な空気の揺らぎから手に取るようにわかった。

 

 ーー何故あなたはこんな所にいるのか。

 

 ーー何故あなたは奈落の底で生き延びているのか。

 

 ーーあなたの頰の紋様はいったい何か。

 

 ーーどうしてあなたの肌には魔物のような血管が全身に張り巡っているのか。

 

 ーーあなたはどれだけ悲しい過去を背負っているのか。

 

 胸から湧き上がるいくらでも疑問は尽きなかった。ただ全身に雷が落ちた。そんな錯覚を覚えた。同時に理解したのだ。

 

 ーーこの人こそが、運命の人。

 

 安直に助けが来た、と思ったからではない。この人だからだ。きっと自分がここで待ち続けていたのはこの人だった。それをこの全身が感じとった。

 

 だから彼が外に出ようとしたのは許容できなかった。付いて行きたかったから。彼に自身の一生をかけると決めたから。ろくに動きもしない喉を必死に開けて叫んだ。

 

『……裏切られただけ』

 

 こちらを見向きもしなかった彼がその一言で不意に止まった。蹲り、脂汗をかいて、それでもどこか同情心を覚えたのかこちらに向かってきた。

 

 そこから大まかな自身の人生について話した。能力のことも、反乱のことも全部。

 

 嘘はつかなかった。むしろつけなかったの方が近い。生涯共に居たいと願う人に嘘をつくなど以ての外だと感じたから。もし話を聞いて、それでも助けないと彼が断じるならばそれもそうだと納得できただろう。

 

 でも彼はその過去も全て許容した。そして彼が長い間不動であった檻に手をかけた。

 

 そして、忘れもしない。奈落の闇を切り裂く紅き稲妻を。

 

 あっさりと檻は彼の“錬成”により溶解していく。やがて堅固を誇っていた檻は瞬く間に金属片へと成り代わり、床に散っていった。

 

 奈落の底でただの『錬成士』が生き残っていることも驚いた。でもそれ以上に紅く光る魔力光は永く持つことがなかった安堵の感情をくれた。心に温もりが灯る。

 

 でも目の前に凶悪なサソリ型の怪物が現れた時には終わりかと思った。彼は錬成士、戦える技能などないと思っていたから。自身は魔力さえ回復すれば戦える自信はあった。ただ、その魔力が著しく足りない。だからこそ世界がまた自身の幸福を拒むのかと、そう思った。

 

 しかし予想は裏切られた。彼は錬成士でありながら、凶悪な魔物の装甲を瞬く間に剥がし、その命を絶った。錬成士としての技量もおかしかったが、それ以上に錬成士ではあり得ない動きであった。

 

 その後、脇に抱えられまるで荷物のように運ばれたことで少し不満に思ったり、マフラーから若めの女の匂いを敏感に察知したりもした。だが久しぶりの人との温もり、それを手放すなど不可能だった。

 

 だが、彼は自身の手を離した。

 

 目の前に現れた大きな大きな壁。彼の意思によって生み出された心の心象風景。ようは己を拒んだ証明に他ならない。

 

 捨てられた。

 

 再び。

 

 あの日のように。

 

 分かり合える誰かだと思っていたのに。

 

 己の手は、誰にも掴まれない。

 

 だから己は泣くことしかできなかった。彼を追うこともできず、奈落の底で再び捨てられたことに絶望することしかできなかった。

 

 そして今も、もしかしたら捨てられるかもしれない。迷宮を踏破した後、「バケモノ」と罵られ、捨てられるかもしれない。そう思うと心がひどい虚無感に襲われる。

 

 弱い、己でもそう思う。

 

 再び手に入れた温もりは己を弱くした。

 

「……誰か、助けてぇ。ハジメぇ…」

 

 闇の中、ユエは泣き言をこぼした。

 

 誰かに手を取ってほしい。またあの手で、もう一度。温もりが欲しい。もう彼がいなければ、ユエは絶望することしかできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当に?

 

 本当にそれでいいのだろうか。

 

 ハジメという自身の手を握った少年もまた、弱かった。孤独ということに恐怖を覚え、故に仲間を感情を手放そうとした。

 

 ならば、彼の隣に立つというならば。自分が今の位置に甘んじていていいのか。

 

 彼の温もりに触れ、己の孤独を埋めるだけでいいというのか。

 

「……わけが、ない」

 

 彼の隣に立つというならばハジメの親友のように、立香のように隣で支えるような存在にならなければならないのではないか?

 

 ならばここでうずくまっている時間はあるのか?

 

「……ない。そんな、時間!!」

 

 ユエの周りを取り囲んでいた闇がひび割れ、晴れていく。そして震えていた足に力を込めて立ち上がった。

 

 声が聞こえる。己を呼ぶ仲間(立香)の声が。ハジメの『大切』の助けを求む声が。

 

 ならばと魔力が吹き荒れた。黄金の魔力光だ。

 

 そして己の愛しき人の為に、ユエは立ち上がる。ハジメを二度と、悲しませない為にも。

 

「私はユエ! ……絶望には、屈しない!!」

 

 心の闇が音を立てて瓦解する。

 

 ユエはもう、囚われの姫などではない。戦う女なのだから。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 ユエが戦闘不能になってから五分が経過した。その間立香はヒュドラに何一つ致命傷を負わせられていない。

 

 それも白頭のせいで、頭を潰しても片っ端から回復させて行く。白頭を狙おうと氷の礫を弾き返したこともあったが、丈夫な黄頭によりそれは塞がれた。

 

 防御、回復、攻撃。見事にそれらが揃っている為、立香は攻めるにも攻められない。

 

「はぁはぁはぁはぁ…」

 

 魔力は相当減っている。“英霊憑依”と“瞬光”の能力は凄まじいものだ。故にそれに払う代償も非常に大きい。“瞬光”の方も出力を減らしているとはいえ、頭にダメージが少しずつ入ってきてしまっている。長時間の戦い故の“瞬光”の欠点が今ここで現れ始める。

 

 だが、諦める動機などない。不屈を体現したような男が今更逃げるはずなど無いのだから。

 

「ォオオオオオオオオ!!!!!」

 

 獣のような唸りを上げ、立香は来る炎の渦と風の刃、氷の棘の波状攻撃を迎撃していく。

 

 しかし精神的な面が無事だからとはいえ、体が無事とはいえない。それは立香の膝が不意に折れたことから証明される。

 

(まずっ!!)

 

 地面に倒れこむ立香。抱えるユエは何とか己の身で庇って、地面への直撃を防いだものの、それでも大きな隙。ヒュドラが見逃すはずがない。

 

 今までと比較にならないほどの火炎が地面を爆進し、立香へと目掛けて迸る。熱波がブワッと立香を襲う。

 

 立香は何とか立ち上がろうとするも膝が言うことを聞かない。体に余りある力が立香の身を滅ぼしたのだ。その弊害もあり、立香はすぐに立ち上がることができない。

 

「くそっ!! 立てよ、俺ぇえ!!!」

 

 だがそんな叫びも虚しく、膝は動かない。

 

 石斧を杖に立ち上がろうとしても、回避には間に合わない。

 

 いっそ擬似魔術回路を作り、防御力の底上げを図ろうとする。後ろにいるユエをせめて無傷で済ますためにも己を盾にする。

 

 しかしその前に吸血鬼の女王の鍵言が放たれる。

 

「……“聖絶”!」

 

 聖なる防御壁が炎を断割し、立香を避けて這い進む。

 

 呆然とする立香の肩に小さな手が置かれる。

 

「……待たせた、リッカ。神水飲んで」

 

 ユエから試験管が渡される。中に神水が入った超絶回復薬だ。

 

 今の立香は火傷どころか、膝が壊れ、魔力ももう微弱だ。神水の残り本数を考慮しても飲むべきだ。

 

 立香はユエの血色の戻った顔を見てニカッと笑う。そして神水を受け取り、一気揚々と叫んだ。

 

「…プハァッ! 了解!! ぶっ潰しますよ、あのトカゲ!!」

「……上等!」




なお次回が立香&ユエの中編or後編です。
作者、どちらにするか未定です。
…まあ、字数しだい?


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第二形態

相当遅くなりましたーー!!
※ここから先言い訳タイム
何たってCCC→テスト→模試→リア充とやることがありまくりだったのです。
え? 遊びが二つほどある?
仕方がない、人間だもの。
というか未だにウチのカルデアにB.Bが実装されない…
あの菩薩強すぎない? ねぇってばぁ!!?

そんな感じで、今回のお話どうぞです。


ーー立香side

 

ついに幕を開けた第2グラウンド。その開始の合図はユエによる鍵言から始まる。

 

「“緋槍”! “砲皇”! “凍雨”!」

 

あり得ないほどの速度で魔法は構築され、猛威を振るうユエの魔法。白熱と成した何十もの炎の槍が宙で舞えば、斬撃を纏った旋風が盾役の黄頭を後ろ側へと弾き、氷の雨が鋭さを持ってヒュドラの全身を襲う。頭の破壊まではいかずとも、たしかにダメージを負う。

 

そうとなれば流石のヒュドラもこうとなればユエを無視するわけにはいかない。赤頭の顎門がユエへと向かう。恐ろしいほどの遠距離攻撃を凄まじい速度で放つのだ。当然警戒はそちらに向く。

 

ただ、『最強』をその身に宿した男を全てのヒュドラが見失ったのは愚策とも言えた。

 

ようやくヒュドラの首のうちの一つがその存在に気づいた頃には立香は白頭の方へと駆け出していた。石斧を背負うように持ち、這うように前進する。

 

残り数十メートルとなったところでようやくヒュドラ達が立香に魔法を打ち出した。先ほどまで魔法の追撃で精一杯だったがため、それで十分と踏んだのだろう。

 

しかし、先ほどまで立香が手こずっていたのはあくまでもユエを抱えた上で戦っていたから。

 

“瞬光”とヘラクレスの巨力は全開。立香は迎撃することもなく、ヒュドラの懐に潜り込む。

 

ヒュドラはそこで魔法を乱れ打とうとしたが、ここまで接近されると魔法のでの迎撃の際、己自身も攻撃してしまうこととなる。白頭の回復があるためすぐに回復できるのだが、判断に迷ってしまった。

 

その刹那の迷いの挙句、赤頭の頭が弾け飛んだ。そして弾け飛ぶ前に見たのは石斧の鈍い光。

 

「まずは一個っ!!」

 

瞬時に水平飛びし、赤頭を吹き飛ばした立香。もちろん空中では移動手段は無い。

 

それを理解して今度は黄頭が立香を噛み砕こうと迫る。耐久力の高い黄頭ならば立香の今の筋力をしても吹き飛ばせない。まさしく死の顎門が立香を喰らおうとしているのだ。

 

だが立香には余裕がある。何故ならばこの世界で最もと言えるほどの魔法士がいるのだから。

 

「“来翔”」

 

瞬間、立香は黄頭の狙いとは少し上に逸れた。それに対応し切れなかった黄頭は頭上の立香を虚しく通り過ぎる。

 

一方で立香はその黄頭に足を置くとすぐさまにその首を伝って走る。

 

ここでようやくヒュドラ達は立香の狙いを察した。何故ならば立香が目指す先にいたのは、六首のヒュドラの内の唯一の治癒師(ヒーラー)、白頭だったのだから。

 

白頭に対するヒュドラの防衛は完璧だ。遠距離攻撃ならば黄頭で必ず防御され、接近しようにもその間に大量のヒュドラの防衛がある。本来ならば不可能。

 

しかしユエの魔法による援護と立香の今の速度ならば話は別。たとえ上空に舞えど、ユエが一時的に滑空させるのだ。ならば立香は白頭目掛けて走りきるのみ。

 

勿論ヒュドラ達の猛攻は激しい。もはや黄頭の損傷など勘定に入れず、立香の先行を阻止しようと幾多もの魔法が放たれよう顎門が開かれる。

 

「“天灼”」

 

落ちる落雷。顎門がそれにより、強制的に塞がれ行き場の無くなった魔法がヒュドラの口内で弾ける。緑頭と青頭が同時に黒い煙を上げ、萎れるかのように崩れ落ちた。

 

白い光が2体を照らそうとするがその頃には立香は再び白頭へと飛び上がっていた。邪魔できる首が無く、白頭も回復に集中していたことから防御も回避も遅れている。

 

しかしその時、立香の頭に急に悍ましい過去が流れ始める。それはヒュドラの黒頭による恐慌の魔法。ユエにもう効かないと理解し、その上で立香の動きに焦ったヒュドラが用いたのだ。

 

脳裏に今まで失ってきた人々の背中が映った。手を伸ばせど、行き着いた頃には遅く血に塗れた人々を見続けた。そして沢山の英雄が立香を庇い、死んでいった。身を焼くほどの後悔の激情が立香の胸を焦がす。

 

だが、それでも立香は前に進むととうの昔に決めている。

 

「ぅぅぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

己を奮い立たせる為に咆哮する。それだけで心の闇は晴れた。

 

再び明瞭(クリア)になった視界。寸前には白頭がいた。まさか立香がこんなすぐにも抵抗してくるわけがないと踏んでいたようだ。

 

慌てて逃げようとする白頭。避けられれば立香の跳躍は虚しくヒュドラを通り過ぎることとなる。

 

「“来翔”」

 

しかしその前に風が立香の背中を押す。その支援を微塵も疑わなかった立香は石斧を引き絞るように振りかぶると、風に乗って一回転する。

 

遠心力から放たれれば、轟音が白頭を押し潰す。風穴から吹き出た血飛沫が立香の頰に濡らす。

 

一方で残った黒頭と黄頭は立香へと喰らい付こうとするが、女王に目を背けたのは圧倒的なミスである。

 

女王の冷たい勅令が響くと、空が天井に創り上げられた。

 

「“蒼天”」

 

まさしく吸血鬼の女王に逆らったら天罰とでもいうかのように、炎系統最上級魔法がヒュドラ達を押し潰す。残った二本の首は瞬く間に炎の中、無様に踊り狂い焼却された。そしてヒュドラの原型すらも吹き飛ばす。

 

「…これ、俺いらなく無かったのでは?」

 

ヒュドラと共に焼却処分にされないよう逃げてきた立香。未だにヘラクレスの力を借りている。恐らくはユエの“蒼天”から全力で逃げるためにその形態を維持したと思われる。

 

なおユエの“蒼天”は強力ではあるが、それでもユエ一人では六つの首全てを相手取るのは難しかっただろう。きっと発動の前に焼かれるのがオチだ。だがあまりにも強力だったので少し目を白に剥いている。

 

なんとかユエが立香を励まし、ヒュドラの背後にあった巨大な扉に二人は向かう。その間に立香はヘラクレスの力を解除しようともした。

 

だがその前に二人に凄まじいプレッシャーが襲いかかる。それは先程まで相手していたヒュドラなどよりも強大。その正体はヒュドラの残った半身から、煌びやかな銀色の光の輝きと同時に現れる。

 

音もなく七つ目の銀色の頭部が胴体部分からせり上がり、二人を睥睨する。かつての危ういハジメと同等の威圧感に立香とユエは意識せずとも硬直した。

 

「…ユエさん」

「……ん」

 

立香がヘラクレスの憑依を持続すると同時に神水を口に含む。これにより憑依により潰していた立香の内臓を回復し、魔力量も底上げする。ユエも飲み込み、魔法を構築し始める。

 

その前にかのシュラーゲンを彷彿とさせる凄絶な光を放つ光弾が数十もの軌跡を描き、立香達へと飛来する。

 

「ーーっ! 筋系! 神経系! 血管系! リンパ系! 擬似魔術回路変換、完了っ!!」

「“聖絶”!!」

 

立香の全身に仮初めの魔術回路が浮き上がる。そして同時に身体魔術により、己の肌を堅固なものへと作り変える。ユエの前に上がると石斧を盾にし、構えた。

 

一方でユエにより、立香を守るように現れる光の障壁。二重三重にも重ねられた光系統最上級魔法、そう容易に破られるものでは無い。本来ならば立香の防御は無駄なものとなっただろう。

 

それがどうか。まるでその膜を透過するかのように砕き、立香の石斧を破損させていく様は。立香の肌を焦がしていく光の無慈悲な熱量は。

 

何とか原形こそとどめたものの、肌は融解し酷い有様。脂汗が浮き出ており、今立っているのが立香の必死の限界であるのがわかる。特に石斧を支えていた両手が酷く、上がる気配がない。

 

「“来翔”!!」

 

立香にやがて第二の光の弾丸が飛来。急いでユエが風で立香を離脱させる。同時に己も吹き飛ばし、柱の影へと飛び込んだ。

 

「ごめん! 助かった!!」

 

立香は声こそ元気だが、そのダメージは深い。また立香の体にノイズが走ったかと思えば元の白いカルデアの制服へと戻った。強制的な憑依の解除だ。

 

バーサーカークラスの憑依は強力無比。かつ『狂化』のクラススキルの発生ももたらされることもない。そういったよう、基本的にはメリットばかりが目立つ。

 

ただその分制御に関しては困難であり、被ダメージ量が一定値に達すればすぐに解除される。また並外れた変質を体にもたらすため、逐一損傷を体に与える。

 

「リッカ、口開けて!」

「グボォッ!!?」

 

立香の口に試験管が突っ込まれる。中には神水が入っており、立香を復活させる、そのはずだった。しかし結果は立香の回復はない。

 

「なんで!?」

「まさかアイツ…毒でも仕込んだのか?」

 

大当たりだ。実は銀頭の放つ光の弾丸には回復作用を妨害する成分が含まれている。一応立香の肌は癒されてはいるが、微々たるものである。神水でさえもこれなのだから、ほかの回復魔法ならば何の効果も無いだろう。

 

我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・ブレッジ)』や『白き聖杯よ、謳え(ソング・オブ・グレイル)』を発動できれば立香の治癒は可能だろう。だがその詠唱間、隠れている柱が光弾に耐え切れるわけがない。それどころか今にも柱は破壊された。

 

雪崩れ込む光の弾丸の雨。数秒間の合間に削れ切ったことから対応が遅れる二人。だが弾丸が二人に猶予を与えるわけもない。

 

ユエの体にいくつか被弾し、また立香にも襲いかかろうとする。

 

だが光の弾丸は次には尽く火花となる。もちろん二人は何もしていない。背後から現れた赤の槍と白百合の盾。

 

「全く…どのようなタイミングだ、我がマスター」

「今のうちに回復を、先輩!」

「「マシュ! スカサハ!?」」

『オレもいるぜー、マスター!!』

 

モードレッドの霊体(人魂)が立香の肩にコテンとのる。立香はそれに気付くことなく呆然としていた。

 

「試練が終わったので扉をくぐったのですが…気づけば先輩が重傷でしたので駆けつけた次第です!」

「恐らくは迷宮の意思によるものであろう。お陰でこうしてお主が死なずに済んだわけだ。とりあえず迷宮に五度祈っておけ、マスター」

「あははは。もっとも殺そうとしてきたのも迷宮側だけどね」

 

どうやらスカサハ達は立香達がこの部屋に入ってきた入り口から別の次元に繋げられてここに来たようだ。本当にこの迷宮は現代魔術にも劣らないシステムが盛りだくさんである。地上との魔法の格差があまりにも激しい。

 

さて、とスカサハとマシュが続ける。

 

「先輩、そんなわけですからここから先は私たちが」

「お主もユエもとっとと脇に行って回復しておけ」

 

ーーまた、守られる。

 

ドクンと立香の心臓が鳴いた。マスターであって魔術師では無かった立香。故にできたのは彼らの側に寄り添うことだけ。

 

ずっと守られ続けていたあの頃を思い出し、立香に耐え難い衝動が襲いかかった。

 

ーーあの時と変わっていない

 

変われていない。立香が嫌だと嘆いた自分から。

 

助けると決めたのに。未だに助けられたばかりだ。

 

「いやだ…」

 

そうだ、自分(立香)は認められない。

 

変わりたいのだから。

 

ならばどうすればいいか、決まっている。

 

感覚などないはずの手は握られた。そしてその手は地面をつき、己を突き上げた。

 

(立て! 立て! たとえ限界でも!! 明日の分まで捻り出せ!!)

 

隣で座っていたユエも立香の様子に気がついた。そして頷き、彼女もまた立ち上がる。きっと彼女も想いは同じ。ならばと前に進んだ。

 

(並びたいなら! 無力から変わりたいなら!! この身を焦がしてでも前へ!)

 

フラフラと血を滴らせながらも歩く。全身が限界に悲鳴を上げるが、根性だけで前へと。

 

好きな人々(マシュ)に守られてばかりの自分じゃいやだ!! 英雄達(スカサハやモードレッド)に庇われてばかりの自分なんて耐えられない!!)

 

前に進もうとしたマシュとスカサハの言葉と動きが止まる。何故ならば彼女たちの腕は立香とユエに掴まれていたのだから。どちらも瀕死の身。ユエは自己再生の力を持つが、ヒュドラの力で回復など仕切れないし、立香はただの人の身。言わずもがな動いてはならないような状態。

 

「…先輩」

「ごめん、マシュ。ここは譲れない」

「お主ら…」

「……ここは、通してもらう」

 

狂っている。瀕死の身でありながら戦場に立とうなど。いっそのことやけになったと言われたならばマシュ達も止められただろう。無謀だと一蹴できたことだろう。

 

だが彼らの眼は定まっている。やっけになったのではない。一重に覚悟を持って前に歩んだ。狂いながらも選んだのだ。

 

全ては己の決意と相反しない為。

 

ならばその行く先を見ずして何が英雄だ。ふふと笑いマシュもスカサハもその身を翻し、立香とユエの脇を通って戻っていく。

 

「どうかご無事で」

「間違っても死ぬなよ?」

「ありがとう」

「当然。死なない」

 

やがて待ちくたびれたとばかりに銀頭のヒュドラが再び現れた瀕死の挑戦者達を睥睨する。だが今度は二人とも固まる事はなかった。

 

「キシャァアアアアアアア!!!!」

 

その様子が気に食わなかったのか銀頭は叫び、光弾の我武者羅に、されど残酷なまでに放った。その数は暴力的なほど。先ほどまでの光弾の雨が稚拙に思わせた。

 

しかし立香がユエを抱え、次の瞬間残像が残るまでの速度で光弾を避ける。

 

景色はグレーとなり、世界を置いていく。“瞬光”は更なる速度を持って立香を加速させる。肉体が耐えきれないまでの速度を出してでも避けてみせる。

 

肉片を散らしながら、それでも立香はもがく。技能に頼るまでもなく、その意思は不屈。決して折れる事はない。

 

「ユエさん! さっきの魔法で倒せます!?」

「……火力が足りない。“蒼天”が二発分無いと無理」

「…マジで!!?」

「こんな時まで嘘つかない」

「憑依とか『擬似宝具』でも厳しいぞ、ソレ…。せめてみんなと連絡が取れればなぁ」

 

今の立香では“蒼天”にならば破壊力は生み出せない。あくまでも立香が憑依させるのは擬似英霊。『簡易召喚』で人の体でも耐えきれるほのまでに格を下げた上で己の体に憑依させている。そのためパラメーターは比べるまでもなく下がる。

 

その例外の特殊な召喚もあるものの、その対象である英霊達とは連絡が取れない。恐らくは拗ねて立香を無視しているのだろう。それを思うと非常に悔やまれた。

 

すると銀頭の口から今までの光弾とは比べものにならないほどに膨張した光が収束する。もはやその様子はレーザー砲だ。

 

(あんな威力のもの放たれたら…逃げきれない!!)

 

ユエは何とか持ち得る魔力を持って相殺しようとするが、あくまでもその魔力量は一瞬で練ったものであり、ヒュドラのものと比べると矮小。叶うはずはない。

 

やがて光は満ちる。

 

 

 

 

 

 

 

『ふん。相変わらず貴様は無様に転げ回っているな。』

『本当に。SE.RA.PHの時もだけれどアナタはもう少しスマートに動けないの?』

『まあ、そういったところも安珍様の素敵なところでもあるのですが』

 

そこは純白の部屋。先ほどまでヒュドラと戦っていたというのにそのヒュドラや脇に抱えていたユエの姿は一切無い。

 

だが目の前の巨大な白百合色のの円卓に座る十二人の美女。彼女達には見覚えがあった。

 

「…え? 何でみんなここにいるの?」

 

そう彼女達は立香と関係を持つ十二騎のサーヴァント達だった。




次回で立香編ラストです!
封印指定目前の力がついに暴れまわります!!
ヒント:絆が強ければ強いほど立香の魔術は強くなる


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十三の花の盟約

遂にかけたぁああああ!!!

次回でハジメの方だから…マジで一章ラストが見えてきました!
なお今回は7000字ボリュームでお送りしておりまーす!!
…遅くなってごめんなさいね(目逸らし)

あとやっぱ、白米さんの書く『ありふれ』ワールドが好き過ぎる!!
サーカスってことは優花ちゃん欠かせないヨネ!!
あととある卿のイリュージョンあるヨネ!
期待しちゃうなー、おもろ過ぎる!!

私も少しでも近づけるよう頑張ります!!


 ーー立香side

 

 戦闘中急に久しく会えていなかった彼女達と再会を果たすという異常な事態から、立香は目を点にしていた。立香はトータスに来てからというものの驚いてばかりだと思う。

 

 一方で彼女たちは立香の様子を少し満悦したようだ。てっきり長い間ほったらかしていたのでキレられるかと思っていたので意外感が否めない。

 

「とりあえず座りなさいよ。話はそこからよ」

「了解、ジャルタ」

 

 ジャンヌ・オルタが足を円卓に乗せながらそう言う。なお、彼女の言ったことはその場にいた全員の総意らしく清姫は猛烈な速度で椅子を立香のために引き、椅子に座るよう促した。

 

 なお漏れ無く立香に「早よ座れ」的な視線が高低関係なくぶつけられる。主にジャンヌ・オルタ、メルトリリス、セイバー・オルタの三人は雄弁だ。立香の神経が図太く無ければ死んでいたかもしれない。なお立香は普通に返事し、座る。

 

「…アンタ、本当に神経怪物ね。タダの人間だったくせにこの殺気じみた空間サラッと無視するとか」

「カルデアで鍛えられましたので」

 

 立香がむず痒そうに頭を掻く。ついでに呑気にのへっと笑った。その様子にジト目を向けながらジャンヌ・オルタがゲンド○ポーズをしながら議題を話し始める。

 

「褒めてないわよ…さて、アンタをここに読んだのは他でもない。契約を結び直す(・・・・・・・)ためよ」

「結び直すため? 『十三の花の盟約』のこと?」

 

『十三の花の盟約』と呼ばれるそれは立香と、関係の持つマシュとこの場にいる十二騎間において結ばれた特殊な契約。立香が唯一、詠唱を省いた上で憑依などを行える手段でもある。

 

 というのも立香の英霊魔術は立香と英霊が刻んでいった絆の元、行われる。絆が強ければ強いほど立香が扱えるその英霊の力も強大。ならば恋人関係にある彼女達を魔術で扱う際に他とは比較にならないまでに強くなるのは自明の理。それを魔術的な契約で結び直したことで詠唱を省く。そして憑依ならばその英霊の力をそのまま顕現させ、召喚ならば対象ごとに更なる力が与えられるようになっている。

 

 ただ立香はこのトータスという世界で久々に戦いに出た際にはその力を扱うことが出来なかった。少なくとも立香は長い間会えなかったせいで愛想を尽かされたと踏んでいたのだが…こうしてヒュドラと戦っている間に会いに来てくれたことを考えればそうではなかったらしい。

 

「安珍様、安珍様。恐らく安珍様は『十三の花の盟約』が途切れてしまった本当の理由を知らぬ様子。というわけでこの清姫、安珍様が簡単に分かるために計五百六十五頁に及ぶ紙芝居をご用意ーーー」

「清姫、その気持ちには悪いのだけれど立香の意識を借りられる時間は限られているのだわ。だから単刀直入に説明すべきだと思うのだけれど…」

「…なん、ですって!?」

「むしろそれほど説明に時間がかかるものだったか? 頑張って11ページ行くかどうかではないか?」

「何をおっしゃるのですか!? 契約が切れてしまった際の私の想いごと乗せた結果これほどの量に…」

「それなのだわ」「それだな」「それね」「恐らく何処かに和歌が入っておりますね」

「っ!? 何故それを!!?」

 

 清姫が広○苑レベルの分厚さの紙芝居を取り出した瞬間、エレシュキガルが止めにかかる。なお少しはみ出した紙芝居のセリフ側を見ると一枚とは思えない虫眼鏡が必要なレベルの文章量が。改めて清姫の情愛の丈を立香は理解したような気がした。

 

 そして話が思いっきり清姫の紙芝居問題に脱線してしまったので立香は手を挙げて説明を求めた。

 

「あのー、そろそろ説明をーーー」

「「「「「「「「「「「「……あ」」」」」」」」」」」」

「忘れられてたの、この短期間でっ!!?」

 

 まさか清姫問題の議論がヒートアップしていたとはいえ速攻で存在を忘れられていたとは思わなかった立香、驚愕。全員が目を逸らしたことに地味に涙した。

 

 そしてようやく議論の原点回帰を果たした静謐のハサンが説明をくれた。

 

「マスターと私達は長い間、出会えませんでした。それにより、私達の間にある契約の一つである『共に在り続ける』が果たせず、破棄されてしまったのです」

 

『十三の花の盟約』にはいくつか契約があり、それが破綻されれば盟約自体が無かったこととなる。それが立香がカルデアで活動しなかったことから破られた、というわけだ。

 

「…ごめん、約束果たせなくて」

 

 口からそうこの言葉は出てきた。ずっと言いたいと思っていた。たとえ訳があったとしても、それを果たせなかったのは立香の責任だ。だからこそ彼は机に頭をつけ、謝罪する。

 

 すると帰ってきた言葉は、とても優しいものだった。

 

「謝るな、マスター。別に貴様が悪い訳ではなかろう。貴様の魔術回路の存在を協会から秘匿していたのは承知していた。…我々全員な」

 

 そう、セイバー・オルタの言う通り立香の魔術回路は協会にバラす訳にはいかなかった。過去の英霊を何の制限もなしに好きに召喚できるなど、詠唱のコストを考えてもあまりにも規格外。更に限定的とはいえ、十二騎は詠唱すら飛ばし、召喚できるのだ。

 

 その存在が魔術協会に知られればまず良くて封印指定。最悪、協会の魔術師が立香の魔術回路を奪おうとやっけになることだったろう。

 

 だからこそ、カルデアは秘匿の道を選んだ。私利私欲のため、立香の存在をバラそうとした裏切り者は一切現れなかった。カルデアの職員は全員大小ともかく、立香に尊敬の念を抱いている。故に立香を売ろうとするなど、誰も考えもしなかったらしい。

 

 そのような流れから小さな特異点は新たにカルデアに来たマスター達に任せていた。立香という最強のマスターから魔術協会の目を逸らさせる狙いあってのこと。その目論見は見事成功。立香は『素人の魔術士』という以前と同様のイメージで魔術協会から見られている。

 

 とはいえ、立香が長い間彼女達を放置してしまっていたのは事実。だからこそ立香は不思議でならず、子供のような質問をした。

 

「…怒ってないの?」

「怒っておるわ。あれほど無視されておいて怒らないわけがないだろう」

「…ごめん」

 

 立香は申し訳なさそうに目を伏せた。しかし次の言葉にその目はすぐに引き上がる。

 

「だが、それで愛想を尽かす訳はないだろう。我が親愛なるマスター」

「あっ…」

 

 見れば円卓を囲む彼女達は立香を見て、笑っている。ようやくの再会への喜びを隠しきれていなかった。普段感情を表に出さないようなセイバー・オルタまでも、だ。

 

「もちろん『オルクス大迷宮』とやらの攻略が終わればすぐに我々を呼べ。そして粉骨砕身で我々の命令を聞いてもらうぞ? それは正妻(マシュ)にも譲る気は無い。絶対だ」

 

「うん。その時は喜んで」

 

 セイバー・オルタの言葉に全員が深く頷いた。長い間ほったらかしにされたことに関しては立香に責任をキチンと取らせる気らしい。その際には恐らくハジメとユエに対してのエロテロリスト案件になるのでは無いか、と思いつつ承諾。

 

 そうしていい感じに纏まりそうになったのだが…次のネロ(ブライド)の言葉に彼女達が看過できないと食いついた。

 

「余の為、絶対に生き延びよ!! あなた!!」

「ちょっ!!? ネロ!! 何でアンタそんな呼び方ーー」

「うむ! 以前マスターの部屋で言ったのを思い出してな! どうせであればこの機会に『あなた』と呼んでみては…と思った次第だ!!」

「「「「「「「「「「「却下!!」」」」」」」」」」」

「ぬぅおう!!? 何故だ!!?」

「私以外のセイバーは私怨的に処理します」

「ふふふ、『湧いた蝿は天網恢々』…長い間紡がれてきた諺で御座います」

「違うな、頼光。ここでは『出る杭はロンゴミニアド』と言うのだ」

「後で全力でコブラツイスト、いっきマース!!」

「殺す気か!? これを機に余を殺す気なのか!? マスター、助けてくれたもう!!」

「はいはーい。みんなストープッ!! はい! そこ! 宝具発動しようとしない!!」

 

 こうは言いつつも何だかんだでこれもいつもの流れ。一応全員本気で殺す気は無い。…たとえメルトリリスが「腹膝」とか言い出していても! たとえ清姫の瞳孔が縮小し、炎を轟っと燃え上がらせたとしても!!

 

 立香が手慣れた様子でその騒動を何とか宥めると、部屋が揺らぎ始める。本気でもうじきにこの空間とはお別れらしい。その事実に気がついた十二騎は先程までの巫山戯た雰囲気を瞬く間に散らし、円卓から降りる。そして同時に立香の方向に跪いた。

 

 やがて彼らは告げる。契りの言の葉を。

 

「我らは貴方と共に」

「誓うは三つの掟」

「一つ、我らは御身の側に寄り添りて、我らが剣を捧げること」

「一つ、我らの心は御身が元に。御身が心は我らと在ること」

「一つ、御身は我らを照らす光として永劫の刻まで在ること」

 

 契りの言葉が告げられる度に光が立香に集う。そして鳴動する立香の魔術回路。今までに無いほど純度を増した、純白の魔力が輝く。

 

「これを持って我らは御身に生涯に渡り付き従うことを示す」

「これを持って我らは御身と共に光となることを示す」

「故にこの言霊は御身の力と成りて、御身の覇道を切り拓く破魔となる」

 

 純白の空間にヒビが入り始める。立香の魔術回路がスパークを弾けさせる。魔術回路から炎が噴き出したような幻痛が襲いかかる。契約が終着した証だ。

 

 そして十二騎の英霊は霊子となり、立香を包む。まさしく『共にある』ように。魔術回路へと吸い込まれ、十二色の魔力光が立香の純白の魔術回路から光を指す。

 

 そして景色は純白に呑み込まれる。きっと気づいた頃にはまたあのヒュドラとの戦いへと巻き戻ることだろう。

 

 だが何の問題があるだろうか。

 

 愛しき人達と共にあるのだ。最早立香が負けるなどということはあり得ない。

 

『さあ、行け。我らがマスターよ』

 

 くすりとくすぐったそうに微笑み、立香も心中で応えた。もちろん、と。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そして再び極光が立香を呑み込む、その場面へと立香は立ち戻る。脇にはユエを抱え、ヒュドラの攻撃から逃げおおせていた。

 

「絶対に……負けない!」

 

 ユエが光に呑まれぬように魔法を構築し始める。彼女の体内にある全ての魔力を使ってのものだろう。全霊を込めて、一分でも一秒でも生きようとする人の覚悟。その姿に不思議とハジメの姿を幻視した。

 

 立香が引き止めたあの日から、ハジメは成長している。戦闘的な強さもそうだ。スカサハやマシュの戦闘スタイルを見て、その一部を自身の無駄の無い戦闘へと昇華させている。

 

 だがそれ以上に、ハジメは心が強くなっている。誰にも曲げられない屈強な強さがある。孤高というのも違う。立香達も思いやった上で凄まじい速さでハジメは駆け上がっていく。

 

 きっとハジメを強くしているのは、あの日の約束。『負けない』という今は亡き恩人に告げた決意。それを胸にハジメは飛躍というのも生温い進化を続けている。

 

 ユエもその姿に憧れたのだろう。だからこそ彼女は足掻く。たとえ時間稼ぎだろうと関係なく、生きようとする。

 

 そして立香もまた思う。立香はハジメの親友だと自負している。ならばその成長を見ているだけなど許されない。彼の横に並ばねば何が親友だ。いやむしろ、一歩だけであろうとも先を行かねばならない!!

 

「だから…力を貸してくれ!! セイバぁああああああ!!!!」

 

 そして立香の魔術回路が白と黒を融合させ、光を放つ。同時に立香の右手に握られる黒王の宝剣。冷徹な金属光沢を宿らせるその様はまさしく邪なる剣。見た者、振るわれた者構わず失墜させる反転された聖剣でもある。

 

 更には髪が白く変質、眼光が金に輝いた。同時に角ばった黒の鎧に身を包む。セイバー・オルタが本来着る細やかな鎧ではなく、魔王の装備のように分厚いもの。見るだけで敵を萎縮させる『反転した騎士王』の姿がそこにはある。

 

『ふん、今回の標的はアレか。…蹂躙するぞ、マスター』

 

 その声と共に常闇は剣に集う。万物を灰塵へと還す黒に染まった呪力が愛しい恋人の号令の下、収束する。

 

 ユエは立香の様子が変わったことから構築しかけていた魔法を気づけば霧散させていた。それほどまでに立香の姿も雰囲気も保有する力も懸け離れたものとなっていたのだから。

 

 だがヒュドラの光を打ち消す対城宝具はその思考ごと打ち消す。

 

「さあ、卑王鉄槌…受けるがいい。『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』!」

 

 ヒュドラの極光と黒王を身に宿した立香の一撃が交差したかと思えば一瞬、対照的な光が混ざり合い、辺りを吹き飛ばす。互いの一撃が拮抗した結果だ。

 

 瞬く間に生み出した一撃とは思えないほどの暴虐的な破壊力にユエは瞠目する。だがそれも当然、セイバー・オルタは十二騎の中でも特出するまでの攻撃力を持っている。それを考えれば当然の摂理と言えた。

 

 銀頭は思わずその鎌げた首を仰け反らせ、二色の爆破を流す。一方で立香らは後ろへと飛び、爆撃によるダメージを軽減させる。分厚い鎧に少しヒビが入る。余波だけでこれなのだ。ヒュドラの極光も馬鹿げた威力がある。そう立香は冷や汗を垂らした。

 

「リッカ…その姿は?」

「ああ、ユエか。…問答は後で聞く。今は兎も角奴を倒すことに集中だ」

「……リッカなら許す。ハジメの親友だし」

 

 どうやらユエさん、この後に及んで呼び捨てに関して少し思うところがあったらしい。なお立香の方はセイバー・オルタを身に降ろした影響で唯我独尊的な性格になり、こんな物言いになっている。しかしその事情を知らぬユエからすれば、たしかにいきなり呼び捨てになったのは不思議であっただろう。ただ、想い人の親友ということでオッケーではあるようだが。

 

 しかしセイバー・オルタを身に宿したことで細かなことは気にしなくなった立香はユエのそんな様子をあっさりスルー。そしてして欲しいことを率直に尋ねた。

 

「…? まあいい。ユエ、ヒュドラの動きを止めることは可能か?」

「……出来ないことは、ない」

「ならば良い。動きが少しでも止まれば、俺が令呪のリソースを消費し、全身丸ごと吹き飛ばす。それが奴を倒す最善手だろうからな」

「ん、異論なし」

 

 立香の『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』は先ほどのものこそ“蒼天”にはギリギリ及ばない。しかしもし立香が更に令呪による魔力上昇を行なった上で宝具を放てば話は別、確実に上を行く。

 

 それをよく理解し、ユエは己の役割は足止めであることを承知した上で頷いた。

 

 すると立香はユエを抱えていたのをおんぶする形に変える。その方が戦闘に支障が出づらいからであるが、少し雑にユエをおんぶったことから今までの立香の様子からはかけ離れた行動に困惑をユエは隠せない。

 

「よかろう。では蹂躙を開始する。よく捕まっていろ、ユエ」

「……本当に、何があった…」

 

 呆然とするユエの一声は何処へやら。立香は“瞬光”を発動し、その体を爆進させる。

 

 そしてようやくヒュドラの攻撃は再開される。別に立香の攻撃を待っていたわけではない。ただ先ほどの爆撃のダメージが少なからずあったため、体のエネルギーを一時的に回復に費やしたのみ。それ故にヒュドラの体は万全に回復している。

 

 一度やられかけたのだ。もはやヒュドラに油断は無い。光弾の全てが計算され、立香を誘導するが如く飛来する。しかも立香の色褪せた世界でも光弾の数は馬鹿げている。避けることさえも困難になりつつあった。

 

 しかし立香は不敵な笑みを晒す。不気味に思ったのか光弾を更に飛ばすが、その前に鍵言がヒュドラに向け砲声された。

 

「“蒼天”!!」

 

 次の瞬間天井ごと撃ち落とし、蒼の炎が現れた。そして天井は溶解炉へと成り代わり、ヒュドラへと落ちる。勿論ヒュドラに身動きが出来るわけはなく、蒼の炎に焼かれ、土の拘束具に囚われる。

 

 だが第二形態のヒュドラもまた怪物。最初の戦いであれば“蒼天”だけで倒せたのだが、なおそれでも倒れることはない。己を抑え込む天井の溶解炉もすぐに光弾の弾幕で吹き飛ばした。瞬く間の復活に本来の人間であれば恐れ慄いたことだろう。

 

 しかしその間に立香の姿はヒュドラの知覚できぬ場所へとたどり着いていた。そして銀頭にはすぐにその居場所はわかる。

 

「令呪を持って、我が身に命ずる。…打ち倒せっ!!」

 

 吹き飛ばされた天井を足場に立つ、黒き剣士の姿がそこにあったから。

 

 ヒュドラは最大威力の極光を己の体から絞り出し、放つ。先程立香と拮抗を見せたものよりも更に強大。瞬く間に光に呑まれていたことだろう。

 

 しかし立香が使った令呪の画数は三。ただの魔力リソースの効果しかないが、その貯蔵量は異常。故に立香の握る剣からは途方も無い黒き呪いの波動が渦巻いている。

 

「墜ちろ、銀の蛇よ。我らが覇道が為に。ーーー『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』っ!!!!」

 

 そして黒の暴風は上からヒュドラを押し潰す。極光など瞬く間に飲み込む闇。そしてヒュドラの銀頭を覆い、地面ごと抉り潰した。

 

 あまりもの威力に狙いが外れたものの、それでも頭を中心とした大部分が立香により吹き飛ばされた。もう新たな頭が生えてくる様子もない。つまりこの時を持って立香とユエの勝利だと言えた。

 

 そしてそれが分かると立香は重力に逆らえず落下し始めた。

 

「…あれ、これやばい状況では?」

「……もう、“来翔”する元気も…無し」

「…俺も憑依解いちゃったし…あれ? 最後の最後で死んだ?」

 

 倒したことがわかりすぐに憑依を解いてしまった立香。その判断の甘さに「あれー?」と困惑する立香。まともに焦る元気すらないようだ。

 

 そしてもうじきに地上のシミになる直前。

 

「先輩!!」

「マスター!!」

『やったなーー! テメェらぁああ!!!』

 

 後ろから飛び出してくるマシュとスカサハ。ついでにモードレッドの人魂もゆらゆらと。天井から自由落下する立香をキャッチした。

 

「…助かったーーー…ぐぅ」

「え、先輩!!? 寝るの早くないですか!?」

 

 どうやら無事が分かった瞬間、今度こそ立香は意識を手放したらしい。見事に鼻に提灯を作ってぐたぁっと寝はじめた。

 

「……もう、無理」

「ユエ!? よもや貴様もか!!?」

『…マスターもユエも寝つき良すぎねぇか?』

 

 何とか試練を無事終えた二人。それ二人の顔は、それはもう満たされていた。




なおここで『十三』となっているのはマシュという正妻含んだ13人の花嫁との契約だからです。
一応その場にはいませんでしたが、契約がなされたことはマシュさんも直感的に知り得ています。
…もちろんマシュにもある力がもたらされておりますが、知名度補正の問題で出来ない様子。
デミサーヴァントという霊基故のデメリットでもあります。


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伝説の錬成士

さて遅くなりました!
次回でラストかな?と思っています!
頑張りやーす!


 ーーハジメside

 

 また時は遡る。

 

「ーー“投影開始(トレース・オン)”」

 

 空になった弾倉に紅いスパークが迸ると、すぐに六発の弾丸が生成された。本来の銃の弱点であるリロードの合間。ハジメは初めてモードレッドやスカサハと戦った際にそれを痛感し、この技を編み出した。ドンナーの威力を考えればまさしく鬼に金棒。休む暇さえも無いという無慈悲な技だ。

 

 しかし目の前にいる黒衣装の怪物はそれに物応じた気配は無い。黒眼鏡の奥で細められた瞳は凪いでいる。

 

 放たれた二発の弾丸。それらはたった一言の短い詠唱で文字通り撒き散らされる。

 

「黒傘 六式 “大嵐”」

 

 黒い布地の傘から指向性を持った暴風が巻き起こる。それだけで紅き稲妻は勢いを弱め、虚しく地面に落ちた。

 

「ちぃっ! 面倒だな!! “錬成”! “強化”!」

 

 そう言いつつもハジメは踏み込んだ足に仕込んである魔法陣を利用し、オスカーの周りの地面は槍として貫こうとする。紅い魔力が篭った致死性の一撃だ。

 

「ふふっ。“錬成”をここまで攻撃的にする錬成士は初めてだよ」

 

 だがオスカー・オルクスは笑ってその佳境をあっさりと乗り越える。忘れてはならない。彼こそがこの世界で『稀代の錬成士』として恐れられたことを。そして“錬成”を極めた男であることを。

 

 ハジメの魔力光があっさりと霧散。槍型となっていた地面は変形をやめ、静止する。

 

「“身体変形”、“部分昇華”、“豪脚”…“風爪”」

 

 一方でそんなことを既に予想済みのハジメは“縮地”により、オスカーの懐へと入り込んでいた。脚に赤黒い血管が駆け巡り、一撃を補強する。そして爪先の先が少し揺らぐ。風の刃が発生した他ならない示唆だ。

 

 先程までの攻撃は全てブラフ。敵の宝具が恐ろしいならば使わせなければいい。その判断から選んだのは接近戦。

 

「吹き飛べ、眼鏡」

 

 爆発的とも言える速度でハジメは右脚を振り上げた。その狙いは確実にオスカーに。黒い衣装ごと一刀両断する未来を幻視する。

 

「宝具展開『黒コート』、防御形態」

 

 だがその鍵言により、風の刃はコートの上を火花を散らさせながら虚しく逸れる。ハジメはオスカーが着ている服装もまた宝具であることは見抜いていた。しかし予想以上の防御力に目を剥いた。

 

「さあ、お返しだ。受け取るといい」

「っ!! “身体変形”、“部分昇華”、“金剛”!!」

 

 そしてその間にオスカーは『黒傘』を閉じると大きく振りかぶった。ハジメの“心眼(真)”がオスカーの動きを予知し、堅固な盾へと右腕を変質する。

 

 ただの傘を叩き込まれるだけならば、ハジメはここまでせずとも耐え切れただろう。普段のパラメーターでもハジメは十二分に怪物。その上で“金剛”などむしろ傘の方を心配するべき事態だ。

 

 だが実際に起きたのはそのパラメーターを裏切るかのように体がくの字に折れ曲がったハジメの姿。幸いなことに右腕が破壊されることは無かった。

 

 オスカー・オルクスの宝具、『黒傘』。その正体は本来防水性の布で出来た傘地の部分まで金属を糸として編んだ、総重量8キロの鈍器にすらなり得る武具(アーティーファクト)だ。使用者からすれば付与された“身体強化”で軽く扱える代物でも、敵対したものからすれば凄まじい棍棒(メイス)のようなもの。

 

 つまりは吹き飛ばされなかったハジメの方が異常とも言えた。ハジメは腕に響く痛みを無視し、再度引き金を引く。銃身には紅い光が発されており、“強化”されていることは確実だ。距離は1、2メートルが妥当。外す訳も、ましてや避けられるはずもない。

 

 乾いた発砲音が響く。紅い弾丸がオスカーの頭蓋へと迫り…虚しく紙一重で避けられる。そう、視認して避けたのだ。まるでかの立香のように。

 

「なっ!!?」

 

 地球の銃(オリジナル)を超える速度を放つハジメのドンナー。その弾丸を視認するなど馬鹿げた話だ。ましてや1、2メートルの距離で避けるなどあり得ない。

 

 オスカーも特殊とはいえ、ただの人。神経の伝達速度は並のはず。だからこそこの至近距離ならば確実と思った故の一撃。それを避けられるということは別の要因がハジメの未来予想を邪魔したと考えられる。

 

 相手は錬成士。かつその代表的なアーティーファクトは未だに力を表していない。そこから考えるとハジメには一つのものが目に映った。

 

「その眼鏡か!!」

「おや、『黒眼鏡』に注目するとは御目が高い」

 

 宝具『黒眼鏡』。オスカー・オルクスが生前作り出したアーティーファクトの中でも代表的な一品。一見は黒いフレームのスタイリッシュな伊達眼鏡。教会連中から見れば悪魔の一品。

 

 しかしその小さな形状に反して、込められた性能は盛りだくさんの一言。全自動洗浄機能から赤外線フィルター、熱感知モードまで存在している。地球の現代エージェントも驚きの宝具。今回使われたのはその機能の一部、“先読”。相手の動きを想定する機能だ。

 

 よって避けられたハジメの弾丸。更にハジメは連射することで相手の間合いから逃れ、一旦立て直そうとする。だが『黒眼鏡の悪魔』により、追撃の手が振るわれる。

 

「黒傘 一式 “風刃”」

 

 オスカーが『黒傘』をハジメに横薙ぎする。届かない距離だったので無視しようとした。しかし白熊と同様の気配を感じたことで、ハジメは瞬時に上に逃れた。次にはその行動が正しかったことが証明された。それは遥か向こうの壁に一条の溝が作られたことからだ。その溝は言わずとも、『黒傘』が振るわれた延長線に作られている。特筆すべきはその攻撃範囲。ハジメといえどもただで済むわけはない。

 

 空中に逃れることが出来たと思うも束の間。

 

「宝具展開『黒ブーツ』」

 

 オスカーはハジメのように空を蹴る(・・・・・・・・・・・)。そしてハジメの懐へ入る。

 

「っ!! “投影開始(トレース・オン)”! 本当に嫌な相手だな!! この眼鏡がっ!!」

 

 もちろんハジメもただで済ますつもりはない。改めて“投影”により、ハジメは弾丸をドンナーに装填。そして発砲音が重なるまでの速度で弾丸を放ち切る。狙いは残酷なほどまでに冷静。どれだけ的確に避けようと、弾丸一つは被弾するように計算されている。

 

「眼鏡と揶揄するのはやめてもらいたいな」

 

 しかしオスカーにそのような計算は効かない。三発の弾丸を打ち払い、残りの三発は身を翻して避けてみせる。

 

『黒傘』がハジメに向かって刺突される。今まで丸かった石突きの部分が“錬成”により、鋭利になっており凶悪さを帯びている。ハジメは先程の“風刃”を警戒し、紙一重ではなく“縮地”により大幅にその攻撃を避ける。

 

 だが今回告げられた鍵言はその限りではない。

 

「黒傘 二式 “衝壁”」

 

 爆裂。

 

 炎が暴風に乗り、ハジメを石畳へと叩き落とす。己の中から嫌な音が鳴り、肋にヒビが入ったことを理解する。肺も少し焼かれた。

 

 だがオスカー・オルクスの攻撃はまだ終わっていない。むしろここから、というべきだ。

 

 そしてハジメは見た。コートの裾を叩き、脚に取り付けられたレッグホルダーから夥しいまでのスローイングナイフが現れる瞬間を。そしてハジメの“解析”が無慈悲までに知らせた。

 

 それら全てが、国宝までに達する魔剣であることを。

 

「流石に…馬鹿げてるだろ」

 

 魔剣とは本来魔法の力が篭った剣であり、一級品であるならば間違いなく国宝とされるもの。ハイリヒ王国にいた頃、錬成士ということで気の良い王宮錬成士に見せて貰い、当時感嘆したことを覚えている。

 

 しかし目の前の小型ナイフはその大剣の魔剣よりも凄まじい威力を持つ。それが数百と複製されているとあらば、もはや悪夢と言う他無い。

 

 だが埒外の攻撃はまだ終わらない。オスカーがそれを掴み、一斉に八つ投げつけた(・・・・・)。国宝級の魔剣を使い捨てにするという愚行に目を張るハジメ。

 

「避けてみると良いよ、南雲ハジメ」

 

 銃による迎撃を行おうとしたハジメ。しかしオスカーの言葉と共に、八つの魔剣は光を放つ。

 

「宝具展開『爆裂式』」

 

 階層を揺るがすまでの炎の爆散。辺り一面を炎が焼き払う。

 

 だがハジメとて負けてはいない。“縮地”による回避により、オスカーの横に移動。そしてハジメの体から雷が弾丸の如く弾けた。

 

「“砲雷”!」

 

 雷を己の体から発射する“纒雷”の派生技能、“砲雷”。紅い稲妻が轟音を鳴らしながらオスカーに爆進する。

 

 しかしオスカーは“聖絶”を発動することで、それを妨げる。そして更なる迎撃が。

 

「宝具展開『黒眼鏡』、発光」

 

 そう! 眼鏡がピカーンと膨大な光を放ったのだ!

 

 大切なことなのでもう一回。眼鏡が光を放ったのだ!

 

「っ!!? こんにゃろうが!!」

 

 不意打ちにより視界を奪われたハジメ。視界が点滅するハジメはオスカーに好きなようにさせはしないと全体に手榴弾をばら撒いた。全域に攻撃できる手軽な手段のためだろう。

 

 しかしオスカーはその爆発域には足を掛けない。代わりにハジメに投げつけられるこれまた小型の魔剣。だが先程の『爆裂式』とは明らかに別種。投げられた瞬間に炎を帯びたことからそれは一目瞭然だ。

 

「宝具展開、『灼熱式』」

 

 手榴弾の爆発を貫通し、魔剣は爆炎を溶かすかのように吹き飛んでいく。鍵言により破壊力を宿らせた魔剣がハジメの頭蓋へと襲いかかった。

 

 ハジメの頭が逸れたのは奇跡だった。光に目を眩ませたハジメがぼんやりと目を細め、何かが光ったように思えたから。その直感に従いハジメは頭を少し回転させた。

 

 それが生死の境を分けた。だが失われた代償は重かった。

 

 ハジメの右目に凄まじい熱が湧き出す。一瞬何が起こったかは訳が分からなかった。目の感覚が凄まじい光により、麻痺していたことも拍車を掛けていた。だが視界が戻ったその時にやっと分かった。

 

 右の視界が赤く染まっていたことから。失っていた右目。それを押さえつけると、独特のベタついた感触と温い熱が手を濡らした。

 

「ぁっーー」

 

 失われたのは右目。『灼熱式』の膨大な熱により膨張し、内側から弾けた目はダクダクと血を溢れさせる。

 

 右目のあった場所にジクジクと宿る痛み。恐らくは神水でも回復は不可能だろう。それほどまでに右目の損傷は深い。

 

「まだ戦いは終わってはいないよ」

「っ!!」

 

 そして目の前の惨劇を平然と眺め、かつ追い討ちをかけるオスカー。襲いかかってくる『爆裂式』に思わずハジメは舌打ちをしつつ、その場から逃れる。

 

 だが逃れた先の地面から鎖のようなアーティーファクトが鋭利な鎌を先に付けながら姿を現した。

 

 宝具『練鎖』。この宝具は範囲が決められている“錬成”という技の範囲を広げる力を持つ。更には雷属性の魔法の力も込められており、唯一『真名解放』をせずとも使える宝具でもある。

 

 ハジメは“天歩”により『練鎖』から逃げようとするが、右目から伝わった刺激が固有魔法の使用を妨げた。そして虚しくハジメは地面に崩れ落ちる。

 

『練鎖』はその隙を逃さない。ハジメの右腕を縛り、その手の先にあるドンナーを“錬成”により使い物にしなくする。背に負っているシュラーゲンも同様、更には懐にある手榴弾などもだ。

 

 ハジメは何とか抵抗しようと暴れたものの、『練鎖』から流れる電流が微弱ながらハジメの体を麻痺させていた。本来のハジメならば電流が効くはずもないのだが、流石は超一級の錬成士というべきか。

 

 そしてオスカーはハジメの喉元に『黒傘』の石突きの部分を添えて、一言。

 

「さて…チェックメイト、かな?」




黒傘の『○式 ●●』というのには一部原作からこんな感じかなーという推測により作られたものがございます。
原作のこれからの進行により一部違いが現れるかもしれませんが、気にせずに読んでいただけると幸いです。

なお中途半端な部分で切りましたが、ここがベストでした。
このまま続けると、ちょっと更に中途半端になったので…
…このまま続けた方が良かったかなぁ?


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新時代の錬成魔術師

今回、珍しく早かったです。
書いてて楽しい! この戦い!
オスカーもハジメもマジで良キャラ!
作者、テンション上げて6,600書き切りましたー。

そしてここまで来れば一章本編ももうじきラスト!
…ようやく序章の番外香織さんを書けます。
…そして二章も。


 ーーオスカーside

 

「さて…チェックメイトかな?」

 

 オスカーの声がハジメの耳に届いたかは分からない。うなだれた様子で『練鎖』によるスパークに縛られている。ハジメ自身も雷の魔法を使うが、オスカー謹製のアーティーファクトでは格が違う。とはいえあくまでも多少力が出なくなるだけなのだろう。しかしオスカーにとってはそれで十分。ハジメの動きを捕らえることが可能となる。

 

 恐らくは痛感したことだろう。果てしない『錬成士』という道においての実力の差を。

 

 武器は奪うだけ奪った。“錬成”で使い物にならなくなる程に歪な形にしたからだ。ドンナーやシュラーゲンなどの主武器以外にも、手榴弾や閃光弾などのアイテムも今やインゴットとなっている。

 

 そもそもそれらのアーティーファクトではオスカーの品には勝てない。ハジメがただの“錬成”でやってのけていることは全てオスカーにとっての小手技に過ぎない。オスカーの持つ上位の魔法、“生成魔法”が無い限り、同列の品を作ることなど不可能。

 

 もはや『錬成士』としての戦いでは敗れたに等しい。

 

 その現実を認めたためか、生き足掻いていたハジメの様子は一向にして静かなものだ。

 

(この程度で折れたのかな? …まあ、この程度なら神に抗うこともできない。所詮は少年の域を出ない、か)

 

 期待外れだとオスカーは『練鎖』に縛られたハジメの首に込める力を強くした。プツッとハジメの首筋から血が流れる。されどハジメに動く様子はない。まるで事耐えた死体のようだった。

 

 一応脈があることは『練鎖』と『黒眼鏡』により確認している。だが麻痺している体では戦うことなど不可能だろう。

 

「…そういえばこの子、リッカ君の親友だったけど…相当やっちやったね」

 

 そうして後悔し、とりあえずどうしようものかと思考し始めたオスカー。

 

「“錬成”」

 

 その時、復活の産声を上げるかのように赤雷が唸りを上げた。

 

 ハジメの腕を縛っていた鎖は紅きスパークの前に溶けるかのようにインゴットと化する。オスカーの油断もあったとはいえ、『練鎖』には封印石も込められている。“錬成”に対する対策を考えてのことだ。だというのに易々とやってのけたハジメの様子にオスカーは評価を改めた。

 

 そしてお返しとばかりに“雷砲”が放たれる。油断により、宝具を展開する暇が無いオスカーは英霊化したことにより強化された敏捷をめいいっぱい使い、後ろへと下がる。

 

「僕の目も衰えたものだね」

 

 目の前の相手は未だに死に体。だがそれでも立ち上がる。これのどこが少年という域に収まる器か。『錬成士』としての格の差を見せつけられてなお歴然と輝く紅の左眼は、立香という英雄の姿に酷似している。

 

「それでも僕の勝利は揺るがない」

 

『黒傘』を改めて右手に構え、左手に『爆裂式』を。真に相手を『挑戦者』として捉えたオスカーに油断は無い。触発されたと言ってもいい。

 

 プレッシャーは既に人のそれを超え、神代の域にまで辿り着いている。それでもなお、ハジメの瞳の光は一切の濁りがない。

 

「改めて問おう、南雲ハジメ。君が戦う理由とはなんだい?」

 

 だからこれは興味だ。神の傀儡などではないとはとうに知れたこと。意思の丈も、堅さも理解している。

 

 オスカーは知りたいのだ。『解放者』として。その意思の在り方が何処にあるのかと。

 

 以前はハジメはこれを無視した。しかし今回は、断言してみせた。

 

「俺が俺であるため。そしてそれはーー掛け替えのない『大切』のため。俺はアイツらの命を必ず守り抜く。たとえ神が敵であろうと、妥協なんざしねぇ!!」

「…そうか」

 

 重なって見えた。まるで過去の己が化けて出てきたような気分にオスカーはなった。

 

 オスカー・オルクスという人間は『解放者』となる前は孤児院で暮らし、五人の家族を大切としていた。それこそ彼らの為ならば、神に喧嘩を売れるほどに。

 

「なら、まずは僕を超えてみせなよ。僕も倒せないようじゃ…神には抗えない」

 

 新たな芽吹きにオスカーは身を震えさせ、『黒傘』を構える。口の端は釣り上がり、強者の推参を正直に喜んだ。

 

「上等だ、捻り落としてやる」

 

 再び紅の怪物は前へと歩んだ。しかしその瞳に宿る決意は、怪物のような荒れ狂ったものでは無い。

 

「“投影開始(トレース・オン)”」

 

 確かな英雄への変貌を成し遂げ、相棒を片手にオスカーに再び対峙した。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 ーーやはり奴は俺より上だ。

 

 そうハジメは自覚せずにはいられない。“錬成”の腕も、それにより生み出される武器の数々も。嫌という程に実力の差を思い知らされる。

 

 今も傷を刻むのはハジメばかりで、神水を飲む時間も無いため血に塗れている。一方でオスカーには埃一つとしてついてはいない。嫌になるほどの強さだ。

 

 だが負けるなどという想定をする気もまた無い。

 

 ハジメは一度、立香との戦いで敗北を経験した。あの日、ようやくハジメは呪縛から逃れることができた。感謝している、あの戦いとその結果には。

 

 そして、決意した。もう二度と己に妥協しないと。己のままに生きてみせると。もう一度改めて考えた。南雲ハジメにとって最も大切なものは何であるかを。するとそれは周りにいた『大切』達だったと気がつく。

 

 一度捨てようとしたものが結局は一番己の譲れないものだったなど、なんとも皮肉だと自嘲気味に笑った。だが、結局はそういうことだと納得した。

 

 南雲ハジメは結局は『大切』を何一つ妥協できないのだと。

 

(もっと強く…)

 

 奈落で一度知った。孤独を。

 

 それを二度と感じたくはないから。南雲ハジメは必ず『大切』を守り抜き続ける。

 

(もっと…力をっ!)

 

 そこに何一つの妥協は許されない。親友(立香)も、恋をした人(香織)も、側にいてくれる人(ユエ)も、誰一人として手放すなどあり得ない。

 

 故に求める。絶対となる為に。

 

 絶対となってーー己の全てを守り抜く為に!!

 

「ぁああああああああああああああ!!!!!」

「がっ!!?」

 

 ハジメから大気に轟くほどの魔力が渦巻き、同時に速度が増す。急過ぎる速度の上昇にオスカーは追い付けず、蹴りを腹に喰らい、成されるがまま吹き飛ばされる。

 

 一方でハジメの左目の視界がグレーの世界へと移り変わる。全ての時間がゆるりと流れ、その中ハジメだけが唯一今までの速度で動くことができる。否、今まで以上の速度を許される。

 

 この現象は立香から聞いている。ハジメとの戦いの間に覚醒させたという謎の力。即ち“瞬光”である。

 

 同時に“限界突破”と呼ばれる限られた時間の間パラメーター全てを三倍に跳ね上げる技能まで獲得した。ただえさえ怪物級だったハジメの身体能力はついに前人未到の領域までに辿り着きつつある。

 

 だが相手も怪物。パラメーターでは既にこちらが上。だというのにオスカーが纏う『黒スーツ』はハジメの蹴りに対応し、敢えてオスカーの体を後ろに吹き飛ばした。いったいどれほどの領域に達すればそれほどのアーティーファクトを創り出せるというのか。

 

 ハジメがオスカーに拮抗できるのは“瞬光”と“限界突破”を扱える三分間のみ。今も体が悲鳴を上げるが無視をする。仕留め切るにはこの時間しか無いのだから。

 

 オスカーはその間を逃げ切れば勝ちだ。その時こそ真にハジメは地面に伏すことになるのだから。

 

 だがオスカーの選択は違う。『黒傘』をハジメに向けて構えた。それは他になく、ハジメの全力を受け止めるという意思表示に他ならない。

 

「オスカー…」

「戦場に言葉は要らない。戦士は戦いで…そして僕らはーー」

「…ハッ、そうだな。俺たち錬成士はーー」

 

 ハジメはオスカーの選択に、立香の言っていた英雄の勇姿というものを理解できたような気がした。眩しいまでの覚悟がそこにあった。

 

 そしてハジメはドンナーを構える。その立ち方は己の武器を誇示するかのようだ。

 

 ハジメとオスカー。石突きと銃口を構え、二人は口の端を釣り上がらせる。黒と紅の瞳が入り混じり合う。

 

 硬直の時間は瞬く間。

 

「「武器で語ってやる(ろうか)!!」」

 

 プシュッという炸裂音とドパンッという派手な爆裂音。それが開始のゴング代わりとなり、火花を散らした。

 

 動いたのはハジメの方。三分間の覚醒、それによる接近戦に持ち込むつもりらしい。

 

 だがオスカーもそうさせるつもりはない。

 

「黒傘 三式 “創流”」

 

 本来雨を弾く傘から凄まじい水流がハジメを飲み込んだ。もちろん水如きで今のハジメを流せるはずはない。川を断つ魚の如く、逆らい走る。

 

 しかしオスカーの狙いはそこではない。続いて投げつけられた魔剣。“解析”によりその正体を悟ったハジメ。しかしもう遅い。

 

「宝具展開、『氷結式』」

 

『黒傘』から生み出された水流が怒涛の勢いで氷へと早変わりする。ハジメの全身も氷により捕縛され、一時動きが止まる。その間にオスカーは『灼熱式』でトドメを決めようとする。

 

 しかしハジメの口から刻まれる詠唱が、それを阻んだ。

 

「“投影開始(トレース・オン)”」

 

 瞬時に生み出される手榴弾。それは魔剣を投げようとしていたオスカーの周りにすらも出現した。アーティーファクト級の道具をいきなり出現させるというチート技に、流石のオスカーも投擲を中止。

 

「黒傘 十式 “聖絶” 全方位展開!」

 

 作り上げられる球型の鉄壁。手榴弾による爆破が連鎖するものの、その守りが揺らぐことはない。

 

 だが一方でハジメの捕縛は解け、炎が立ち上がる間にも接近していた。ようやくそれに気がついたオスカーは『黒傘』から“衝壁”を連発する。その爆風を物ともせずハジメは銃身に“強化”を施し、蹴りと銃で打撃を一寸の隙も無く加えていく。だが恐ろしいのはオスカーがそれらに対応し、『黒スーツ』で防御して『黒傘』で接近戦を繰り広げる。

 

 ここまで互角の戦いになるのはオスカーの知名度補正。ここが彼の聖地とも言える場所であり、その知名度は極上。感知速度も身体能力もその結果、ハジメにギリギリ追いつけるまでに至っている。

 

 そしてハジメがドンナーの発砲により、距離を取ったならば詠唱を一言。しかしそれは今までハジメが放ってきたものではない。ハジメという魔術師だからこそ知り得る技だ。さらに言うならば、“投影魔術”という技を持つハジメだからこそ直感的に理解した技だ。

 

 放たれた鍵言はただ一言。

 

「“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

 そして爆散する地面に転がった弾丸の残骸の数々。それがオスカーを飲み込み、肌を炙る。

 

「なっ!?」

 

 錬成士としての頂点、オスカー・オルクス。だからこそハジメの無から一を生み出す力、“投影魔術”については何一つ知らない。その特性さえも。

 

 “投影魔術”により生み出された武器の数々は意図的に爆発させることで威力の底上げを狙うことができる。その技能こそが“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”。

 

 本来ならば武器としての原型が残っていればこそ発動できる技。しかしハジメの“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”は生み出された物質の情報自体を破壊し、それをエネルギーとして変換する。だからこそ無残に破壊された残骸であろうと爆発させることが可能となる。

 

 そんなことも一切知らないオスカーは、急に現れた爆撃に戸惑いを隠せない。しかし黒傘の機能、十一式“聖光”により己の体を癒しつつ、その場から逃れようとする。

 

 だが奈落の怪物はそれさえも許さない。

 

「手土産だ、受け取れ」

 

 そう言って頭に投げられたドンナー。そして続く一言はオスカーを一気に窮地へと追いやる。

 

「“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

 ドンナーがオスカーの視界を埋め尽くすほどの爆撃を生み出した。オスカーの頭部はその威力により、目眩を起こす。だがそれだけで何とか止まる。

 

 そして体勢をオスカーが持ち直したその時、ハジメは既に準備を終えていた。

 

 ハジメはこの間に、二回の“投影魔術”を行なっていた。一つ目はシュラーゲン。ハジメの必殺と言える対物ライフルである。

 

 そしてもう一つが今オスカーの体を縛る鎖、『練鎖』だ。

 

「なっ!?」

 

 オスカーは相手に先ほど破損されたはずの己の武器を見て驚愕。しかしすぐにそれが己の武器ではないことを理解する。

 

 事実、これはあくまでも『練鎖』の劣化版に過ぎない。何故ならば宝具『練鎖』を“投影”したのではなく、『練鎖』をベースしたアーティーファクトを己で考案、そして一から“投影”したのだから。

 

 未だにハジメには宝具の“投影”は不可能。宝具は『座』による特殊な恩恵を受けた武器。それを“解析”仕切れない限り、“投影”で具象するのは絶対に出来ない。それがハジメの“投影”の特殊性の欠陥として言えた。

 

 しかし今のハジメは“瞬光”により、“投影”を制御するほどの演算能力を取得した。これにより宝具の再現は未だに不可能だが、代わりに宝具をただのアーティーファクトとして落とす、つまりは『簡易宝具投影』が可能になったと言える。

 

 今回ハジメが生み出した『練鎖』は遠隔操作が可能な鎖でしかなく、遠隔による“錬成”もスパークの発生も不可能である。精々、オスカーの体も五秒と縛ることも不可能だ。

 

 しかしハジメにとってはそれで良い。

 

「さあ、喰らいやがれ。オスカー・オルクス」

 

 対物ライフル、シュラーゲンから凄まじいほどの紅の光が爆発する。“纒雷”と“強化魔術”による二重強化だ。元々黒い外装であったシュラーゲンは今、紅き断罪の光となる。

 

 一方でオスカーはフッと笑い、抵抗を緩めた。

 

 今オスカーの顔には『黒眼鏡』が無い。これは先ほどのドンナーの“壊れた幻想(ブレイク・ファンタズム)”により、床へと吹き飛ばされたためだ。

 

 そのせいで知名度補正が解け、今や先ほどまでの二分の一にもパラメーターは減少している。

 

「まいったな…全部計算の内か…」

 

 恐らくは『練鎖』で縛られていた時、不意に静止していたのも気絶したからなどではなかった。“解析”していたのだ。あの間にも。少しでもオスカーの技術を奪おうと。

 

 オスカーはハジメよりも『錬成士』としては上だ。しかしハジメはその差を師から受け継いだ技により埋めてみせた。『錬成士』と『魔術師』、その異端の二種の力を振るい、オスカーを今撃ち落とす!

 

 そして紅の巨雷が放たれるコンマ数秒前、オスカーはハジメに笑い一言。

 

「見事だ、錬成士にして魔術師たる者よ」

 

 果たして聞こえたのか。ハジメは爛々と輝かせる瞳と共に告げた。

 

「…ありがとよ」

 

 紅の雷撃は極光となり、オスカーへと放たれた。そしてその光は後ろ側の壁ごと吹き飛ばす。まさしくその一撃は神話の再現。神の稲妻の権限とも言える一撃だ。

 

 オスカーの腹が貫かれ、大熱量によりオスカーの霊基自体にダメージが入ったのだろう。その体から霊子が噴き出した。その光景はカーグ・ロギンスの時に見ている。

 

 つまりは単純に、オスカー・オルクスという英霊の限界が訪れた。

 

 そして遺言とばかりに、満足気な顔をして消えていくオスカーの声がハジメの頭に響いた。

 

『まさか本当に君一人で僕を乗り越えてしまうとは…でも勘違いしないで欲しい。僕は僕なりに使うアーティーファクトには制限を施した。『黒手袋』や『大きな魔剣』を使っていれば君はすぐに負けていただろうからね。まだ僕は負けていないんだよ』

「…ハッ、どれだけ負けず嫌いなんだよ。テメェは」

『事実だとも。…ああ、それと僕達を呼び出した『聖杯』は僕の隠れ家にある。すぐに気がつくだろうけどね』

「…ああ、そういやそんなもんあったな」

『忘れないで欲しいね。あれは僕でも再現できないようなアーティーファクトなんだ。…あと隠れ家には僕の骨もある。それを使って僕を呼び出してくれても構わない。倫理観なんて気にしなくていいよ』

「…ああ、そうさせて貰おう」

『ああ。是非君に呼び出して貰いたいものだ。そうすれば君に“錬成”とここの神代魔法についてレッスンしてあげよう』

 

 これはありがたい。なんと言ってもこの世界の歴史上でも類を見ないほどの天才に教えてもらえるのだ。しかもハジメが英雄と思えた男に。これは是が非でも召喚して貰わねばとハジメは決めた。

 

「頼むぞ、オスカー・オルクス。俺が尊敬する数少ない男」

 

 この一言に意外そうに口を呆けるように開け、そして破顔したオスカー。

 

「ああ。この世界で数少ない、僕が認めた少年よ。約束しよう」

 

 そしてこれ以上は言葉は要らない、とオスカーは霊子を散らし、溶けていった。

 

 同時にこの時を持って、オルクス大迷宮における大冒険は幕を下ろすこととなるのだった。




なお強さに関しては
ネメアーの獅子=ヒュドラ<<オスカー・オルクス。
何気にハジメは一番ヤバイ奴を単独クリアするという偉業成し遂げ。
…ハジメも解放者もインフレが過ぎるな。


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修羅場が俺と同時に親友にも発生している件

11289文字達成!
新記録やで、新記録!
これからも頑張るね〜、ムーチョ、ムーチョ!

というかやはり文化祭のサーカス面白いです!
特に卿のオープニングはガチで笑ったwww
アレはダメ、絶対。
ただマジで魔王様が何やったのか気になる。


 ーーハジメside

 

 ハジメは、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触だ。これは、そうベッドの感触である。頭と背中を優しく受け止めるクッションと、体を包む羽毛の柔らかさを感じ、ハジメのまどろむ意識は混乱する。

 

(何だ? ここは迷宮のはずじゃ……何でベッドに……)

 

 まだ覚醒しきらない意識のまま手探りをしようとする。しかし、右手はその意思に反して動かない。というか、ベッドとは違う柔らかな感触に包まれて動かせないのだ。手の平も温かで柔らかな何かに挟まれているようだ。

 

(何だこれ?)

 

 ボーとしながら、ハジメは手をムニムニと動かす。手を挟み込んでいる弾力があるスベスベの何かはハジメの手の動きに合わせてぷにぷにとした感触を伝えてくる。何だかクセになりそうな感触につい夢中で触っていると……

 

「……ぁん……」

(!?)

 

 何やら艶かしい喘ぎ声が聞こえた。その瞬間、まどろんでいたハジメの意識は一気に覚醒する。

 

 慌てて体を起こすと、ハジメは自分が本当にベッドで寝ていることに気がついた。純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッドである。場所は、吹き抜けのテラスのような場所で一段高い石畳の上にいるようだ。爽やかな風が天蓋とハジメの頬を撫でる。周りは太い柱と薄いカーテンに囲まれている。建物が併設されたパルテノン神殿の中央にベッドがあるといえばイメージできるだろうか? 空間全体が久しく見なかった暖かな光で満たされている。

 

 さっきまで鋼鉄の部屋でオスカーと死闘を繰り広げていたのだが…それ以降の記憶が一切合切存在しない。

 

(どこだ、ここは……まさかあの世とか言うんじゃないだろうな……)

 

 どこか荘厳さすら感じさせる場所に、ハジメの脳裏に不吉な考えが過ぎるが、その考えは隣から聞こえた艶かしい声に中断された。

 

「……んぁ……ハジメ……ぁう……」

「!?」

 

 ハジメは慌ててシーツを捲ると隣には一糸纏わなくユエがハジメの右手に抱きつきながら眠っていた。そして、今更ながらに気がつくがハジメ自身も素っ裸だった。ただし首の辺りにマフラーだけは付いている。謎の強い意志をハジメは感じた気分だ。

 

「なるほど……これが朝チュンってやつか……ってそうじゃない!」

 

 混乱して思わず阿呆な事をいい自分でツッコミを入れるハジメ。若干、返事がないことに虚しくなりなっていたが…続いて奥から聞こえてきた声。

 

「南雲さん…起きられたのですか?」

 

 その正体はマシュで、トレーにハジメ用の昼飯と予想できるお粥と水に浸されたタオルが乗っている。

 

 心遣いは有難い。しかしハジメはハーツマ○大佐を彷彿とさせるような、凄まじい声でマシュに叫ぶ。

 

「キリエライト! 回れ右! そして即刻トレーを入り口付近に置き、脱出! お前の心の衛生問題的にこれがベストだ!」

「了解です! マシュ・キリエライト、即刻夫婦の営みから脱出を図ります!」

「待て! キリエライト! 誤解がある!! 立香に言うなよ! 面倒いから!!」

 

 マシュ、立香の正妻というなんとも空気を読まねばならない地位にあるために即刻身を翻し、凄まじい勢いで出て行く。なお誤解があるようで「香織さん…不憫が過ぎます!!」と泣きながら出て行った。どうか立香には言わずにいて欲しい。でなければアレが来る。立香のスタ○ドとして黒い髭の気持ちの悪い生物と共に、下世話MAXな立香が。

 

 それだけは何としても避けたいとハジメは絶叫したが、果たして届いているかどうか。一応心の中で立香の「デュフフフフ」を想定しておくと、シーツの中から「ぅう…」と声がした。

 

「……ハジメ?」

「おう。ハジメさんだ。ねぼすけ、目は覚め……」

「ハジメ!」

「!?」

 

 目を覚ましたユエは茫洋とした目でハジメを見ると、次の瞬間にはカッと目を見開きハジメに飛びついた。もちろん素っ裸で。動揺するハジメ。

 

 しかし、ユエがハジメの首筋に顔を埋めながら、ぐすっと鼻を鳴らしていることに気が付くと、仕方ないなと苦笑いして頭を撫でた。

 

「わりぃ、随分心配かけたみたいだな」

「んっ……心配した……」

 

 暫くしがみついたまま離れそうになかったし、倒れた後面倒を見てくれたのはユエなので気が済むまでこうしていようと、ハジメは優しくユエの頭を撫で続けた。

 

 それから暫くして漸くユエが落ち着いたので、ハジメは事情を尋ねた。ちなみに、ユエにはしっかりシーツを纏わせている。

 

 ユエたちの試練が終わり、神水を多用した後に扉をくぐり抜けるとまたもや転移された。そしてその先には血の色を失ったハジメの姿がそこにはあった。

 

 一瞬、試練が失敗に終わったかと思ったがハジメが眠る近くの床に「南雲ハジメはクリア、取り敢えず時間がないのですぐに回復を」と彫られた文字があったので、神水やら回復魔法、ついでに擬似宝具もバンバン使い、何とか一命を取り留めたというわけだ。

 

 ただ残念ながら右目は中から爆散したため、原型は既になかったので神水や擬似宝具でも回復は不可能だったらしい。

 

「守るって…言ったのに。……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 ハジメからすれば目の傷は少しは痛むが問題というほどではない。義眼でも作れないかと思考していたところ。そこまで気にかかることでは無かった。しかしユエにとっては約束を守れなかったと悔やむほとのことのようだ。先ほどから己を自責するばかり。何度もごめんなさい、とそう言っている。

 

 ハジメは少し考えて、頭を掻くと両手をユエの頰に添えた。

 

「……ハジメ?」

「いいから目閉じてろ、ユエ」

 

 そうだけ言うとハジメはユエの唇に己の唇を重ねた。所謂ところのキスというものでユエは肩を震わせ、生娘のように顔を真っ赤に染めた。

 

 ほんの少し触れるだけのものであったが効果は激大。ユエの思考は一気に動転したようで、目を見開いてハジメを見ていた。

 

「一緒に世界を超えるんだろう? ならしょぼくれてくれるなよ、ユエ」

「……ん!」

 

 花が咲いた。それほどに日頃の無表情とは反して、その笑顔は幸福に満ち溢れていた。思わずハジメは胸を高鳴らせる。

 

 だがここからはハジメの予想外の事態に陥ることとなる。

 

 ユエがハジメの胸に手を添えると、いきなり“身体強化”の魔法を己に施し、ハジメを押し倒したのだ。本来の怪物ステータスのハジメならば抵抗は楽だったのだろうが、オスカーとの死闘もあってか抵抗は虚しい。あっさりと乗りかかられた。

 

 もちろんこの抵抗はまだ本心が決まっていないからだ。立香はともかくハジメはまともで善良な日本人男性。両手に花というのには憧れもあるが、それ以上に罪悪感が半端ではない。香織もユエも己に恋心を持っているのは今ならば分かる。そしてハジメも彼女達に『特別』とは言い切れるほどの想いの丈はある。

 

 だからこそ簡単な関係で済ませたくはないし、何よりも想いも定かではないというのに抱くのには抵抗が勝る。そうでなければ失礼というのもハジメの本心だ。

 

 そのため少し身をよじらせ、ユエの騎乗を振りほどこうとするハジメ。“限界突破”まで発動しているが、快調ではないためあまり意味はない。

 

「……安心して、ハジメ」

 

「お?」

 

 ユエに伝わったか! と気色にほころぶハジメの顔。おお、救いの神はここぞに…

 

「優しくするから」

 

 変わらずユエの目は魔獣。この世には神などいないっ!

 

「え? ちょっ! それ、男のセリフだろ!!? ってダメだ目が魔物のそれだ!!」

「……天井のシミを見てて。その間に終わらせる」

「それもだよ! 晴れやかな顔でサムズアップするな! クソっ! 離せ、このエロ吸血鬼!!」

 

 そう言っている間にユエはハジメのハジメを奪おうとかかる。ハジメの抵抗虚しく美味しくいただかれるか…まさしく万事休すという事態。

 

 ーービュオッ!! ビタァアアンッ!!

 

「へぶっ!」

「…はっ?」

 

 紅色のマフラーが風切り音を上げながら、猛獣ユエにビンタを見舞い、吹き飛ばす。まさかの参戦者にユエもハジメも目が点だ。

 

 その間にもマフラーはハジメに甘えるようにくるりくるりと巻きつく。ハジメもまた、取り敢えず己の意思を守ってくれたマフラーに感謝し、撫でるように触れた。それでまたマフラーはご機嫌にくる〜りくる〜り。

 

 その間にまたユエはハジメを襲おうと近づくが、マフラーがまたもや切れ味のいい風切り音を鳴らす。二度も邪魔されたユエはピクリと無機質な顔に青筋を立てた。

 

「(シュッ!)」

「(ビクッ!)……襟巻きを通して己の(れん)を!? ……何という愛の総量!? でも……私はユエ。襟巻き相手にも容赦しない女!」

 

 そうとだけいうとまるでH○NTER×H○NTERの如く、何か分からないものを放出する。その色が桃色なことからユエの黄金のはずの魔力ではないことは明らかだ。

 

「なにこの雰囲気。修羅場みたいになってるが、相対してるのがマフラーとユエってシュール過ぎるだろ…。しかも俺に理解不能な単語が自然と出てきたぞ? あといつのまにか置いてきぼりになってんのは何でだ?」

 

 だが二人(?)はハジメのツッコミも疑問も露知らず。極寒の固有結界を二人でに創り出している。マフラーはハジメの周辺で分身を生み出すまでに早く動き回り、背後に般若さんを顕現させる。一方でユエは魔法を構築し、背後に悪雲を立ち上らせる龍が垣間見えた。

 

 何というか何処かで感じ覚えのある原初的な恐怖がハジメの中で湧き上がる。『僕』だった頃の甘いハジメは奈落に落ちていなくなったと思っていたのだが、久々にマナーモードとなれ果ててハジメは理解した。

 

(…絶対どうなろうと生涯、ユエと香織には勝てない気がしてきたな)

 

 ハジメは想像した。二人に尻を敷かれる己の姿を。それが不思議としっくり来てしまったのは…ハジメの秘密である。

 

 なおハジメのマナーモードは空気を読まない系英霊、スカサハが「夫婦の情事? 知ったものか!! そんなことよりも緊急を要することだろう!」と飛び込み、絶対零度の空間が破られたことにより何とか解除されることとなった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「助かったぞ、スカサハ。マジであの状況は俺には一変もできなかった。感謝しても足りないくらいだ」

「うむ。…だがなぁ、別に嫁が二人や三人いたところで良いと思うのだが…」

「何言ってんだ、アンタ。アンタ自身可笑しな発言してることに自覚はあるか?」

「……私が正妻なら、構わない」

「つっこまねぇぞ。つっこまないからな」

「貴様はちと真面目がすぎるぞ? 世の中には立香の如く十三人の妻がいたり、他にも百人の妻を娶る者もおるのだ。柔軟にいけ」

「……吸血鬼の世界でも、側室を取るのは基本」

「乱れてねぇか!? 色々と!!?」

 

 絶対零度の固有結界、スカサハ曰く『無限の凍土(アンリミテッド・ブリザード・ワークス)』が晴れてからというもののこんな会話が続いている。

 

 なおマフラーと戦ったユエはその後、「……認める。お前は側室っ!」と言い、マフラーがそれに激情したかの如く第二ラウンドの幕を開けた。なんだか「ユエが側しっ…二番目でしょー!!!」という凄まじい声が幻聴だが聞こえてきた。その後、マフラーと人間の世にも珍しきキャッツファイトが始まることとなった。

 

 なんだかこの頃になってくるとハジメにも心に余裕が生まれ、「あー、平和だな〜」と早々にも感じることとなった。多少目が死んでいるのは請け合いだが。

 

 そのような流れを要し、今こうして平和な感じでユエはハジメの手を握り、マフラーは相変わらずハジメの首にくるくるくるり〜ん、と巻きついている。たまにユエとマフラーの間にスパークが迸っている感は拭えないが、それは仕方がないことと短時間で磨かれたスルースキルをフルスロットルで使用した。

 

 なおハジメの気持ちが決まるまでは関係を持たないという意思はユエに無事伝わり、それを約束してくれた。その際、「カオリと会って直に決着をつけてくれる……」と日頃の無表情が崩れ、戦意が尋常じゃないことこの上なし。遠くの場所から同様の気配が感じたような気がして、ハジメはビクッとした。地味にハジメは二人が出会った時の対策を練り始めている。

 

 ちなみに今のユエの服装は男のカッターシャツを一枚羽織っただけと、とんでもなく殺しにきているものだ。何を殺しに来ているかは悪しからず。別にマフラーに叩かれていようと、ハジメの心は純粋である。

 

 そしてまずベッドルームを出たのだがそこでハジメが見たのは、何と太陽だった。

 

「…うそ〜ん」

 

 もちろんここは地下迷宮であり本物ではない。そんなことは“解析”ですぐにでも分かる。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。僅かに温かみを感じる上、蛍光灯のような無機質さを感じないため、思わず太陽と称したのである。

 

「……夜になると月みたいになる」

「マジか……」

 

 次に、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。滝の傍特有のマイナスイオン溢れる清涼な風が心地いい。よく見れば魚も泳いでいるようだ。もしかすると地上の川から魚も一緒に流れ込んでいるのかもしれない。

 

 川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 

 ハジメは川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を勧めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

 

「ユエ、ここにトラップはあったのか?」

「無い。けど…」

「よし、じゃあ入るか」

「……あ」

 

 石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。そして扉を開けると全体的に清潔感がある部屋が現れた。エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメ達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 

 そしてリビングには暖炉があり、もふもふのカーペットが敷かれている。清掃用のメイドゴーレムに少し目がいった。後で“解析”しよう、そう強く思ったのだ。

 

 次に目に入ったのは…そんなもふもふのカーペットってぷるぷると正座をし、青い顔をしている立香。そしてそんな立香に優しい顔を向けながらも紅茶を淹れてゆったりしているマシュ、そんなマシュの肩に止まる人魂型のモードレッドという謎の光景だった。

 

「…何したんだ、アレ?」

「……さっきのハジメと同じ状況」

「は? その割にはキリエライトは温和だが…」

 

 少なくともハジメには立香が一人でに変なことをしているようにしか思えない。先ほどの極寒領域とは違い、暖炉がしっかりと効いていれば、マシュが冷風を吹くこともない。まるで先ほどと比べれば生温いものだと断言できる。

 

 しかしその理由はすぐさまに理解した。響いてきたのだ。赤の他人にも響くほどの大音量の念話が。

 

『アンタが封印指定されると分かってても、流石に他のマスターにえっらそうな顔してくるの…癪に触るにも程があるわ! この気持ちわかってる、マスターちゃん!?』

「はい、猛省しております…」

『我が汝に放ったらかしにされておる間、アイスが食えなかったのだぞ? 一日三十は食うと決めておったというのに。…どうするつもりだ?』

「後日地球に戻った際にありったけのハー○ンダッツ、奢らせていただきます」

『…召喚された際には、触れてもよいですか?』

「好きなだけお触れください」

『母は悲しいです。いつまでも連絡を残さず…そんな子に育てた覚えはありませんよ!!』

「頼光ママ、マジでごめん。定期連絡は致します。あと門限も破らないよ…」

『り、立香! 次会った時にはひ…膝枕を要求するのだわ!』

「うん、いくらでも」

『また会った際にはルチャするネー!!』

「今度こそ勝つっ!」

『あら、ずいぶんと殊勝なことね。それならアナタ…王子様抱っことか公然の場でして見せなさい? アナタが顔を真っ赤にしながら私を一生懸命支える所を考えると…胸が高鳴るわ』

「最近メルトの“加虐体質”、なんか変なベクトル行ってない? もちろんやるけど」

『『『そんなことより腹が減った!』』』

「また奢らせていただきます!」

『余の歌を毎日聞くと言ってくれたではないかー!! 余は悲しい!』

「こっちでまたライブやりましょう!」

『安珍様からの嘘反応、只今の所零件にて御座います。流石で御座います!』

「「「………」」」

 

 ハジメもユエも、事情を知っているスカサハさえも目の前で起こっていることを理解すると黙り込んだ。しかもハジメが自制心をフルで回しているところで、他人のイチャイチャとも取れる光景…正直見ていて腹が立つ。思わず“投影”でドンナーを召喚するところであった。

 

「で? これ、何が起こってるんだ?」

「……リッカの側室が三日三晩フルで説教してる。リッカはずっと正座でまともに食事すら出来ない」

「メーディック!! アイツ、むしろ良くそれで死なねぇなっ!?」

「…まあ、我のマスターはちと人の限界を超えておるからな。その程度では死なぬだろう」

 

 本来水は最低でも一日に一回は取らないと死ぬなどと言われているというのに…本気で立香は人外クラスに地味に突入しているらしい。

 

 とはいえそろそろ限界も近いようで、マシュが全員を制止した。ここで凄まじいのがマシュの気迫。最初は物腰柔らかな感じで、話を遮り、一時的に念話を切ろうとしていた。だが十二騎が全員駄々をこね始め、全く切ろうとしなければ放つものが変わった。

 

「か・え・り・ま・す・よ?」

 

 一字一句が強調されたマシュの言葉。笑顔に影が差し込み、目からハイライトが消えていた。というかマシュの周りだけユエ達が放っていたのとはまた別種の極寒を発生させている。もちろん英霊の皆様は鍛えられた兵士のように「Yes, ma'am!!」と応え、速攻で念話による通話を切った。

 

 どうやらマシュは立香の限界をしっかりと見積もって判断していたらしい。なおギリギリまで追いやったのは今回の件に関して反省して欲しかったためだろう。これで側室の皆様を悲しませるようなことは極力無くなるだろう、そうマシュはホッと一安心する。

 

「……本妻力、五十三億っ!? ……バカな、私の目が壊れてる!? 弟子にして欲しい」

「…ユエ、なんかお前スカウ○ーを装着してるわけでも無いのに何を測ってんだよ?」

 

 どうやらハジメもツッコミに疲れてきたらしい。なんだか先程までの力が感じられない。

 

 すると青い顔をして、マシュの回復魔法を甘んじて受けていた立香がガバッと起き上がり、ハジメを見ると泣きながら喜び、ハジメに抱きついた。

 

「ハジメ!!」

『おー、白髪男! テメェ無事だったんだな!』

「お、おう。心配かけたな」

「全くだ! お前は無理しないと生きていけないのか、この馬鹿!!」

「…お前には死んでも言われたくねぇよ」

 

 確かにハジメはベヒモスの時といい、オスカーとの戦いといいボロボロの状態で生き延びている。だがそれは立香も同じ、ハジメを止めるために死にかけていたし、そもそも人理修復の旅で死にかけたと聞いている。それを考えると、死んでも言われたくは無かった。

 

 そんなこんやで少し言い争ってから、ハジメは思い出したかのようにオスカーからの伝言を伝えた。つまりは「オスカーはよ召喚せい」という内容を。

 

 ただこれを聞くと立香は頭を掻いて、うーんと悩み始めた。というのもオスカーの召喚が難しいとのことだ。

 

「まず一つ目として俺は『オルクスのキャスター』=オスカー・オルクスだっていう意識が曖昧な所。そのせいで召喚自体が難しいんだよ。…ていうか本当に『キャスター』がオスカー・オルクスなのか?」

「まだ言ってんのか、お前は」

 

 つまりはオスカーが認識阻害もどきをしていた所為で、立香には召喚が難しいということらしい。ちなみに立香の意見に対してハジメ以外の一行全員が同感。ユエも「伝承ほど鬼畜外道な雰囲気は無かった」とのことだ。ハジメは本気でオスカーの本体が眼鏡なのか、と不思議に感じた。

 

 だがどうやら立香が召喚出来ない理由はそれだけではないらしい。

 

「二つ目に俺と『オルクスのキャスター』の関係があまりない、つまりは縁がそれほど強固じゃないこと。一度しか会ってないようなもんだから。選んで召喚できるかが怪しいんだよね」

「骨を使っても難しいのか?」

「というか俺の場合、魔術回路の問題で普通の召喚が出来ないんだよ。その所為で、俺はその英霊と紡いだ絆を使ってでしか英霊を召喚出来ない、そういうことになってるんだよ」

「なるほど。…じゃあオスカー・オルクスの召喚は無理なのか?」

「今、方法を考えてるとこなんだよ。うーむ…」

 

 そうやって立香がウンウン頭を唸らせていると、急にハジメの方を見る。その目は獲物を捕捉した鷹の目によく似ている。ハジメはその威圧に後ろに下がるが、肩をガッチリつかまれる。どうやら逃す気はないらしい。

 

 そして立香は目をキラキラさせて言う。

 

「お前が召喚すればいいんだよ!」

「…は?」

 

 ハジメはその言葉に目を点にしたが、話はどんどん進んでいく。

 

「なるほど。ハジメさんも魔術師! ならば英霊召喚は可能ですね!」

「うん。本来の方法ならやれるだろうし…トータスじゃちょっと仕組みが違うかもだけど、ハジメなら触媒を使わずとも縁があるし、幸いここもオスカーの聖地。なら召喚はできると思う」

「さらに言えばお互いに加工特化の魔法や魔術を使うようですしね。何らかの加護がハジメさんに入るかもしれません!」

 

 マシュと立香が憶測をどんどんと現実性の帯びたものにして行く。ついでにダヴィンチとも連絡を繋ぎ直し、その件について相談していた。なおハジメとユエはその辺り全然分からないので、取り敢えずほったらかされる。ついでに言えばスカサハも、モードレッドも話にはついていけないらしい。

 

 そして三人で仲良くお茶していると(モードレッドは実体化出来ないので人魂のままゆらゆらしている)、ついに理論化出来たらしくハジメに食らいつくように、突撃。そして説明をし始める。

 

 加工系特化の魔術師であるハジメに召喚が出来るのか、と思ったのだが、その辺りは魔法陣で何とかするらしい。なお他の解放者に関してはまたユエなりにやってもらうとのこと。トータス側の人間の方が、トータスの英霊を活かしやすいと言う考えあってのことのようだ。

 

 そんなこんなでハジメは水銀により描かれた魔法陣の中央に立つ。触媒は倉庫にあった眼鏡を使うことにした。オスカーは骨とか言っていたが、眼鏡本体説が出ている今、その方がいいと思ったためだ。

 

 なお水銀生成はハジメ、描いたのは立香だ。立香が「一家に一台、ハジメ欲しい」とか言い出した時は何となく腹立たしくなり、取り敢えず腹パン一発決めておく。

 

 なお水銀の中には魔物の核、つまりは魔石も混ぜている。これにより更に召喚効率が上がるらしい。専門外のハジメにはさっぱりの話だが、取り敢えず鵜呑みにしておく。

 

 そしてハジメの口は開かれる。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師アニムスフィア。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 すると急にハジメの魔術回路と召喚の魔法陣が共鳴しあい、光を放つ。紅と純白が混ざり合い、それはそれは幻想的な光景が目の前に開かれる。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 思い浮かべるのはかの腹立たしい黒縁眼鏡の英雄。それでも錬成士として、最強だと信じてやまないかの英雄だ。

 

「ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 自由なる意思を持ち、ハジメは告げる。『解放者』と呼ばれるかつての組織の力を今ハジメは請う。

 

 そしてついに顕現の時は訪れる。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 風とともに紅と純白の光が反発し会ったように爆発する。暴風のような風で、ユエが思わず飛びそうになる。マシュが抱きしめたことで回避したが、「……大きい」と何だか別のダメージを食らっていた。

 

 そんな中二種の光が解けると、今度は陽光のような魔力光が辺り一面を染め上げた。そして纏う服装は黒一色。スーツもブーツも眼鏡も、迷宮の中なのに持っている傘も。

 

 後ろで束ねた髪を揺らし、その呼ばれた英霊は応えた。

 

「聞こう、君が僕のマスターかい? 南雲ハジメ」

 

 ハジメの右腕の甲には角のような紋章が描かれていた。『令呪』と呼ばれるそれは、間違いなくマスターと選ばれた示唆に他ならない。

 

「ああ、俺がテメェのマスターだ。せいぜいあの時の約束、守ってくれよ?」

「もちろんだとも。君が途中で逃げ出さない限りはね」

「ハッ、テメェこそ俺の成長に恐れ仰いて投げるんじゃねぇぞ?」

「上等だとも」

 

 このように会話していると、立香が不思議そうにハジメに尋ねた。それはもう残酷な質問を。

 

「…これ、本当に『オルクスのキャスター』? どう見てもドス黒い眼鏡紳士にしか見えないんだけど」

「グハッ!?」

 

 オスカーが胸を押さえて吐血する。どうやら面識がある人に、眼鏡を付けただけで別人扱いされるのはキツかったらしい。お茶会の際に真面目な話をしたのに…オスカーの精神ダメージは計り知れない!

 

 だが追撃は止まらない。

 

「え? こちらの方が『キャスター』さんですか? …本当に?」

「ガハッ!」

「あの紳士が、か? なんというか…見事な変装だな」

「ぐっ、ぐぅ!!」

『…お前、誰だ?』

「………(スゥー)」

「オスカー!? テメェ! 死にかけるな!!? くそっ、令呪を使うしか無いのか!?」

 

 どうやらハジメ以外、本気でわからない様子。そしてそんな皆様方の反応にオスカーの霊基はガチのダメージを食らったようだ。ハジメが令呪を使うのは何とか避けられたが、本気でギリギリのところだったという。

 

 そして何とか食い止まると、立香にオスカーがしばらく連れられた。ダヴィンチとの連絡も再び開始し、何らかの確証を得たようだ。ハジメ達の方に戻って来た。

 

 立香は言う。

 

「トータスには、エヒト以外にもこの世界自体に異常をきたす何かがいる」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 第一おまけ

 ーーハイリヒ王国で。

 

 香織「ふふふ…」

 雫&エミヤ「は、般若さん!?」

 香織「師匠も雫ちゃんもどうかしたの? 治癒する?」

 雫「師匠? 香織には何が見えているの!!?」

 エミヤ「私は霊体化しているから念話で話してほしいとあれほど…いや、今はそれはいい。背後に何かが見えただけだ。安心したま…」

 香織「ハジメくんを…襲うなぁあああ!!!」

 雫&エミヤ「………」

 香織「? 二人とも急に黙りだしてどうしたの?」

 雫「香織、貴方病気よ。治癒師に診てもらいましょう?」

 エミヤ「くっ…せめて『全て遠き理想郷(アヴァロン)』があればっ!」

 香織「え? え? 私病気なんかじゃないよ? ただ…」

 雫&エミヤ「ただ?」

 香織「ハジメくんが金髪ロリのお婆さんに襲われてる気配を感じて、それを阻止してるだけだよ? 何も不思議なことはないでしょ?」

 雫(ハジメくん!? 何してるの貴方!? …いえ、本当にそうとは限らないんだけど!)

 エミヤ(…彼もまた、私同様か。…強く生きたまえ。保証はせんが)

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 第ニオマケ

 オスカーが眼鏡を外した際のハジメ以外の反応

 

 立香「あれ? オスカーから分裂して、目の前に『キャスター』が!? 何て速さのイリュージョンなんだ!!?」

 マシュ「原理が不明です! 頼光さんのアレよりも凄まじいものがあります!」

 スカサハ「…面妖なものだな」

 モードレッド『おー、スゲェな。何で分身するんだ?』

 ユエ「……どうゆうこと?」

 ハジメ「お前ら正気か!? 何で眼鏡=オスカーで、裸眼オスカー=『オルクスのキャスター』になるんだ!? マジで意味わかんねぇよ!」

 オスカー「……(目が死んでる)」




次回スカサハがハジメ達に伝えようとしていた内容により、シリアスさんが多少仕事します。
とはいえ暗い感じにはならないかと。
頑張りまーす!!


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滲み出す影

遅くなりましたー!
というのも今回は複雑な回ですので、辻褄を合わせるのがまぁ難しいこと難しいこと。
とりあえずどうぞ! なの!


 ーーハジメside

 

「トータスには、エヒト以外にもこの世界自体に異常をきたす何かがいる」

 

 ハジメにはこの意味が全く分からなかった。エヒトが害悪な神だということは知っている。だからこそ邪魔するならば殺すと決意しているのだから。

 

 しかしそれ以上に何かがいるというのがハジメからすれば謎だ。エヒトがこの世界を盤上として弄んでいるのだからそれ以上も以下でもないのでは、と。

 

「まず俺たちがこっちの世界に来た理由は膨大な魔力と共にハジメ達が地球から消えたことで、異世界の存在に気がついたからだ。その観測の際に神の反応を捉えた。俺たちは今までこの反応をエヒトとして捉えていた」

「…違ったのか?」

「ああ、違う。詳しくはダ・ヴィンチちゃん、どうぞ!」

 

 立香が芝居らしくパチィンとフィンガースナップ。やけに様になっており、多少腹が立つ。同時に近未来的なウィンドウがハジメ達の目の前に現れる。そこに映るのは黒髪ロングの女性…

 

『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! 天才発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチここに推参さ!』

「「よっ! ダヴィンチちゃん!」」

「…女?」

 

 ウィンドウの映像からド派手なエフェクトを発生させて登場! みんなに愛されてここまで来ました、その名もレオナルド・ダ・ヴィンチ。万能の天才キャスターさ!

 

 なおいつものことかつノリのいい立香とマシュは即刻合いの手を挟む。それでまたダ・ヴィンチちゃんも愉快光悦、ふふんと鼻を鳴らした。

 

 だがここでカルデアで良くある現象、偉人が女性だった! というノリについていけないハジメは頭からハテナマークを量産している。というかレオナルド・ダ・ヴィンチの見た目、モナリザそのものなんすけど…的な心境もあるらしい。

 

 ここで立香がぶち込む。

 

「一応言っておくけど、ダ・ヴィンチの肉体は女性だから」

「!? …意味わかんねぇよ!」

「でもカルデアじゃあ良くあることだぞ? 宮本武蔵とか牛若丸とかも女性だし」

「はぁっ!? お前のいた所、ギャルゲーの世界か何かか!!?」

 

 確かにギャルゲだったら良くそういう設定ある感じはある。事実、メタ的に言えば、Fateだって元々はギャルゲーなわけでーー

 

 閑話休題

 

 別にユエさんがインターセプトを掛けたからでも、マフラーが荒ぶったからでも、マシュが盾でぶん殴ったからでも無い。ハジメと立香の頰に何やら赤い跡が出来ているが無いったら無い。

 

 とりあえずもう一回、ダ・ヴィンチちゃん決めちゃうゼ! キュルルル〜ン♡

 

『やあ、再び気を取り直してくれた所で…みんな大好きダ・ヴィンチちゃんだぜ! とりあえず無事で良かったぜ、ハジメくん。お陰でまた立香くんの心が折れずに済んだ』

「…いや、むしろ俺は助けられたばっかだった。助かったよ、カルデア」

 

 ユエが思わず目を剥いた。ハジメがデレた!? 的な心境なのだろう。ハジメは想い人の一人であるユエにさえも中々デレを見せないので、カルデアに対してあっさり決めたのが、あまりにも衝撃的だったのだろう。ジト目をダ・ヴィンチの方に向けている。でも向けなくても大丈夫、ダ・ヴィンチちゃんはそんなもの色々超越してるのだから!

 

『おいおいユエちゃん。そんなジト目をしちゃあ折角の美貌が台無しだぜ? …というかちょっと今度模写させて貰えないかい? モナリザには及ばないまでも、中々の傑作を産めそうだ』

「ダ・ヴィンチちゃん、そろそろ解説お願います」

『了解したぜ。速攻で取り掛かろうか』

 

 マシュが謎の威圧を発揮する。カルデア幹部の一人という称号は伊達ではない。思わずダ・ヴィンチちゃんも敬礼。誰もマシュには逆らえない!

 

『さてと、それじゃあ本題に取り掛かろうか。今まで私達、カルデアが警戒していたのはエヒト神と呼ばれる神のみだった。そこのオスカー・オルクスの情報によると、この世界で神とされている者は全てエヒト神の眷属のようだからね。十中八九、君たち、ハジメ君達を読んだのもエヒト神だからね。私達、カルデアの存在をイレギュラーとされた今、警戒すべき存在だ。ここまではハジメくん、君も分かっていたことだろう?』

「ああ。決して相容れない存在だっていうのはこの体で味わってる。ベヒモスを復活させたのもアイツなんだろ? なら俺の敵だ」

『そうだろうね。そしてこれからもエヒト神は私達を妨害してくることだろうね。確実に、そして絶対にだ。だからエヒト神が私達の敵だという事実は変わらない』

「なら、別の存在は何だっていうんだ?」

 

 そもそものハジメが奈落に落ちた原因は神だ。檜山を許す気も一切無いが、神に対しても目の前に来て、己の道を阻むならば殺すぐらいの復讐心はある。

 

 だが別の敵というのは中々に合点がいかない。そもそもハジメはそれ以外に何かいた覚えがない。

 

 しかし次のダ・ヴィンチの言葉に、ハジメは目を剥くこととなる。

 

『何者かは分からないね。ただ分かることは、その人物がカルデアに明確な敵意があることさ』

「なっ!? なんでこの世界にそんな人間がいる!?」

 

 カルデアはそもそも地球に存在する組織だ。だというのに、遠く離れたどころか世界線が違う異世界の地においてカルデアの存在を知る人物がいる。あまりにも異常だ。

 

 するとダ・ヴィンチの背後から現れた奇妙な格好の男が現れる。立香達からすれば言わずと知れた英霊、ホームズはパイプを口から離し、応えた。

 

『簡単なことだとも。私達はマスター達がそちらに行ってから、通信は出来ずとも受信は出来ていた。発生していた魔力の残滓もね。そこから私達はベヒモスにかかった神性の魔力のデーターベースを入手、解析した。先程ミスターオルクスにも確認を取った。間違いなくエヒト神のものだ』

 

 先程、ダ・ヴィンチとハジメが話していた内容を改めて肯定し直したホームズ。だがその憂いはまた別の箇所にあったようだ。

 

『しかしその魔力の反応は、私達が、召喚の際にトータスの世界から感知した神代レベルの魔力、そして迷宮に置かれた『聖杯』に内封された魔力の反応とは異なっていること、同時にその二種の魔力反応が合致したことがわかったのだ』

「それは…エヒトの眷属じゃねぇのか?」

「それは違うとも、マイマスター。眷属のどいつにもエヒトの魔力は少しだが分け与えられている。例えばエヒトの信者ならば可能性はないまでも無いが、世界を超えるほどの魔力反応といい、『聖杯』クラスのアーティーファクトを作れる事といい、エヒトと同クラスの権能だ。エヒトの部下にそれほどの者がいた覚えもない。ならばエヒトとは関係がない第三者と考えるのが賢いだろうね」

 

 思わずハジメがホームズの解析結果に口を出すが、オスカーに真っ向から否定されてしまった。エヒト神と対立した『解放者』の言葉だ。説得力は十二分にある。

 

 脇に置かれた『聖杯』を見つめながら、ハジメは嘆息する。“解析”しても、まとめきれないほどの情報量を持つ、オスカーのそれ以上のアーティーファクト。確かにこんなものを作れるならば神と言っても差し得ないだろう。

 

『今ならば分かる。我々カルデアは、その謎の人物…仮に『アンチ・カルデア』としよう。『アンチ・カルデア』に敢えて誘われたのだろうね』

『そう考えるのが賢いだろう、ミスダ・ヴィンチ。何らかの対処を我々が来た途端に加えたことだろう。またトータスから感知した魔力反応も、カルデア以外の組織は誰も気づいていない(・・・・・・・・・)。あれほど大規模な魔力反応だったにも関わらずだ。敢えてカルデアに感知させた可能性が高い。そして更に言うならば我々を知っている上で、誘っていることから目的は復讐に近いものだろうね』

 

 立香の横顔をハジメは見つめた。その横顔は覚悟を孕んだものだ。あの日、ハジメを止めた相手。ハジメにとっては二度とやり合いたくない強い男だった。

 

 恐らくその相手も立香の輝きを目に焼き付けた筈だ。だというのに、未だに立香と戦い会おうとしている。ハジメからすれば、そのような覚悟は不気味以外の他にならない。

 

『だが同時に『アンチ・カルデア』の目的はただの復讐ではない。カルデアを潰すという復讐だけならば、トータスにマスターが訪れた途端に全力で叩けば済む話だ。だというのにその犯人は敢えて君に『聖杯』を回収させ、かつ知名度補正の回復の時間を与えている。これがまず1点目の違和感だ』

 

 確かにハジメの目から見ても、ベヒモスとの戦いと直接戦いあった時のどちらかが強いかと言われれば、まず後者だ。粘り強さも、その動きも比べるまでもない。それらの厄介さを考えれば、まず倒すだけならば当時の立香を捻った方が良かっただろう。

 

「二点目は何? ホームズ」

『焦ってはいけない、マスター。二つ目は『聖杯』の配置されている位置にある』

「…位置に何か問題でもあるっていうのか? 大魔法を使う魔法陣型に設置されているみたいな?」

「あはははは。それは特に問題じゃないだろ〜、ハジメ」

「ですね。あまり重要な案件にはなり得ないかと」

『そうだぜ、ハジメくん。その程度だったらすぐに事件解決だぜ!』

『そんな稚拙な話であればこちらも気軽なのだがね。生憎ながらそうはいかないよ、ミスターナグモ』

「……」

 

 ハジメはてっきりとある鋼の義手持ちの錬金術師の賢者の精製方法を想定していたのだが、違うらしい。ちょっとハジメの心の中の情熱(パトス)が収まった。覚醒しても以前の魂は強いと改めて確認した。というかアレがちっぽけとはカルデアはどれだけヤバイ経験をしてきたのか…。まさかチョコレートで世界滅亡危機など考えてもしないだろう。

 

 ホームズは改めてワザとらしく咳き込み、場に緊張感を取り戻した。ハジメからすれば真面目だったのだが、カルデア的にはジョークの部類らしい。ユエとマフラーが宥めるようにさすってくれた。ハジメはその暖かさに感謝した。

 

『それでだが、先程『聖杯』の位置をミスターオルクスに尋ねた所、それらの位置は全て『解放者』の迷宮にあることが分かった』

「解放者の…」

「…迷宮?」

「ですか?」

 

 ハジメ、立香、マシュの三人組がコテンと首を傾けて、不思議がった。というのも『解放者』の迷宮には『神代魔法』を手に入れる魔法陣が存在するからだ。

 

 オスカー曰く、迷宮はあくまでも『神代魔法』に相応しいかどうかを審査する為の試練らしい。なお『オルクス大迷宮』は本来はそれらの『神代魔法』を使い、挑む迷宮だったようだ。なお流石に一つも『神代魔法』を持ってないハジメ達には少しイージーモードで設定したとのこと。逆にクリアしていたらこれ以上にバージョンアップするのか…と少し迷宮の難しさに顔を青ざめたのはご愛嬌というやつだ。

 

 ちなみに『オルクス大迷宮』の上層はあくまでも迷宮の本体ではないらしく、下位層からが本当の『オルクス大迷宮』とされている。そして本当の迷宮までは神は影響を及ぼせない。もし手を出してくれば、迷宮自体がアーティーファクトと為し、その迷宮を代表する『解放者』に本来の力の使用が許される。あくまでも後者は生前だけだと思われていたが、英霊として復活した今でもその機能は働いているようだ。オスカーがハジメとの戦いで本来の実力を出さないと最後に言っていたのも、それが原因とオスカー本人が愚痴っていた。

 

 ここ、『オルクス大迷宮』の『神代魔法』は“生成魔法”。鉱石に魔法を付与する力であり、アーティーファクトさえも生み出す能力。オスカー・オルクスが生前に錬成士として頂点に降り立ったが所以。これを聞いた瞬間、ハジメの目が光り輝いた。他のメンバー(ダ・ヴィンチ、オスカーは除く)は冷や汗を流した。コイツ、どんな虐殺機を作る気だ、と。

 

 閑話休題

 

『迷宮にわざわざ『聖杯』を配置するというこの行為から、『アンチ・カルデア』の目的はただの復讐でないことは明白となる。敢えて迷宮の箇所を知らせ、攻略をさせようという目論見がある。今の私ではこの程度しか分からないが…エヒト神よりも余程不気味だ』

 

 そしてウィンドウが歪み始め、ダ・ヴィンチがホームズに続けるように締めくくった。

 

『立香くん、マシュ。どうか慎重に行きたまえ。この世界は今までのような一つの巨大勢力を気にするだけの戦いではない。何から何までが敵なのか。…判断して攻略してくれよ?』

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

「…『アンチ・カルデア』、か」

 

 話が終わってからというものの、『神代魔法』を獲得し、一時的に休憩を取ることにした。一応休み始め、1時間が経っている。だというのに立香の気持ちが晴れることはない。

 

『アンチ・カルデア』、もしそれが立香を目的として行動しているならば、また誰かを失うのではないか。そのような不安が立香の中で駆け巡る。瞑想のように目を閉じ、椅子にもたれかかっていても不安は積もるばかり。

 

(久々だな。何かを失うかもしれない戦いは)

 

 何度目かも分からない。ただ手が震える。周りの景色が何重にも手が重なって見えて、あまりもの極度の不安が立香の視線を沈めていく。

 

 立香は不屈だ。それこそ英雄が、神々が認め、そして更には宿敵にさえも認められるほどに。立香には折れない強さがある。しかし同時に立香は純粋で、罪悪感に溺れる。決して誰でも救えなかった人間の命でも、立香は己を責め立て続けている。

 

 そしてこの世界でもまた、失いかけた。だから不安なのだ。また失わないかどうかを。『大切』を守り抜けるのかどうかを。

 

「…ほんと、俺もまだまだだな」

「そうだなっと。ほらよ、立香。オスカーが淹れた紅茶だ。飲め」

「ああ、さんき…」

 

 頰に突然温かい感触。というかぐりぐり押し付けられる紅茶入りティーカップ。少しグラグラ揺れるせいか、中身が少し立香の顔にかかる。地味に熱いのでやめてもらいたい。

 

 いつの間にやらいたハジメ。さも当然の如く、立香の横に座る。ソファーにもたれかかる様子はまさしく唯我独尊を象徴したような出で立ち。本気でハジメは所々、かつてとは変わっているらしい。

 

「どうした? 人を妖怪みたいに見やがって」

「さらっと来ないでくれ、心臓に悪いだろ。あと紅茶はサンキュー、ハジメ」

「おう。熱い内に飲んどけ」

「了解」

 

 やはりオスカーの紅茶はなかなかどうして美味しい。紅茶本来の苦味が絶妙に舌に伝わり、温もりを与えてくる。少し堅くなっていた心が解けた気分だ。

 

 少し上がった視界にハジメが入る。前のような温和な顔ではないが、それでも立香に心を砕いていることが分かる。その原因は言わずもがな、立香自身の緊張だろう。

 

 ハジメは何も言わずに側にいた。普通なら何か気を使って、下手なことを言うところだろう。だがハジメは敢えてそうしないのだろう。立香の心に宿る『過去』はそう簡単に共感できるものではない。 下手に触れてくれば、立香は『過去』の記憶に溺れてしまう。逆効果と言えるだろう。

 

 それを理解してかどうか、ハジメはただ側にいる。微動だにせずに。ハジメの佇まいはその意思を表しているように思えた。決して離れない覚悟を。

 

 いや、事実そうなのだろう。ハジメの目には覚悟が宿っている。まだ見ぬ敵にギラついた瞳を向けている。それは立香との旅でどんな困難があろうとも失わない輝き。

 

(…やっぱり、ハジメも英雄の素質がある)

 

 誰にも左右されない覚悟。確かに一度、ハジメは堕ちた。しかしそれは糧となり、ハジメを更に前進させた。己だけにゆるされた道を歩む為に。その在り方はまさしく『英霊』のそれ。悩み、足掻き、それでもなお立ち上がる勇気を形にしたもの。

 

 ふっと立香は笑う。つい数週間前まで一般人の高校生とは思えないハジメ。見ていて、己が滑稽になった。

 

(そうだ。もう俺だけじゃ無い。みんながいる。なら…)

 

 ハジメがいる。ユエがいる。十二騎の愛する人も、己に付き従ってくれる英霊達。そして最愛の、マシュだっている。

 

 もうあの人理の戦いの時よりも頼れる人々が側にいる。そして己も戦える。ならば弱気になる必要など、どこにあるのか。

 

「ごめん、ハジメ。余計なことに巻き込む」

「ハッ。今更だ」

 

 ハジメは言外に告げる。聴きたい言葉はそれじゃないと。立香はそのハジメにニヤリと笑って拳を突き出した。

 

「だから頼む。俺と共に戦ってくれ!」

 

 答えはすぐに返ってきた。片腕の拳が合わさる。そしてハジメも唇の端を釣り上げて、不敵に笑う。

 

「当然だ。決まってるだろ」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーマシュside

 

「ふふっ。先輩、やっぱり楽しそうですね」

 

 一方で扉の裏側でマシュは立香達のいる壁にもたれていた。壁の向こうの会話に聞き耳を立てていたようだ。一応、ハジメの聴力ならばマシュが裏にいることは気がついているだろう。

 

 立香が暗い感情を抱えていたことを察し、追いかけていた。すると途中でハジメが立香の部屋に入るのを見つけたので、裏側に隠れ、聞き耳を立てたのだ。

 

 結果は立香は立ち直り、今もお互いのことについて話し合っている。立香は人理の戦いでの面白おかしな話からシリアスなものまで。ハジメは昔の自分の情け無い話から趣味の話まで。途中でメイド服に関してですこーし盛り上がったことに関しては後で言及することを決意したが、マシュや側室達、カルデアのスタッフ達と話す時とは違い、気を配ることなく、気ままに話していた。

 

 きっと立香が学生生活を続けていればこんな風になったのではないか。そんな平穏がそこにはあった。

 

「でも、先輩の一番は私ですよ。南雲さん」

 

 ぷくっと頰を膨らませ、ちょっとばかりヤキモチを妬いてみる。後で先輩に全力で甘えようと考え、その場を去ろうとした。しかし少し考えてからやっぱり厨房に向かうことにした。

 

 そして数十分後。立香の部屋では昼飯を運んできたマシュの姿があったと言う。そのマシュの粋な計らいにユエとマフラーが震えたことは言うまでもない。「これが…正妻!?」となったためであろう。




ここで何らかのミスが御座いましたら感想、もしくは誤字報告お願い致します。
この回でミスしたら相当やばいですし!
結構この作品の核心ですし!!
とりまお願いします!

なおややこしいですが
召喚自体=エヒト
召喚の際にトータスからカルデアへと伝播した魔力=『アンチ・カルデア』
本気でややこしいですね。

さあ、『アンチ・カルデア』。
その正体はいかに!?
考察の際は是非ともぼやかしてお願いします。
とはいえオリジナルの可能性も、あるのですよ!
Let's think!


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旅立ち

結構今回は原作からの引用が凄まじいことになっています。
一応オリジナルの部分も3割ぐらいはあるので見ていただきたい!
…ごめんなさいね!

11248文字でしたー!!
…最近すごいな、マジで。


 ーーハジメside

 

「……ハジメ、気持ちいい?」

「ん~、気持ちいいぞ~」

「ふふ……じゃあ、こっちは?」

「あ~、それもいいな~」

「もっと……気持ちよくしてあげる……」

「(シュッ! ビシッ! バシッ!)」

「……痛い」

 

 現在、ユエはハジメのマッサージ中である。エロいことは今はしていない。何故、マッサージしているかというと、それはハジメの左腕(・・)が原因だ。ハジメの左腕に付けられた義手と体が馴染むように定期的にマッサージしているのである。

 

 この義手はアーティファクトであり、魔力の直接操作で本物の腕と同じように動かすことができる。擬似的な神経機構が備わっており、魔力を通すことで触った感触もきちんと脳に伝わる様に出来ている。また、銀色の光沢を放ち黒い線が幾本も走っており、所々に魔法陣や何らかの文様が刻まれている。

 

 二ヶ月間、ハジメがオスカーの指示の元、必死になって作り上げた最高作品の一つ。なおこれに似たオスカーの生前のアーティーファクトはあったのだが、それを使おうとしたハジメの手がガシッと握られた。オスカーが「君には楽はしてもらいたくない」という師匠魂を燃やしたが故だ。もちろんそのオスカーの作品は蔵戻りだ。

 

 オスカーの師事は非常に素晴らしかった。というのも“錬成”の派生技能がこの二ヶ月間生まれるほどに鍛え上げられたからだ。また“生成魔法”の扱い方も教えて貰った。どうやら“生成魔法”では自身に適性のない魔法でも、アーティーファクトとしてならばプログラミングさえして仕舞えば、使えるようになるらしい。オスカー自身も魔法の適性は“錬成”や“生成魔法”以外にはないらしいが、生み出したアーティーファクトを通して“聖絶”などを扱っている。

 

 なお仲間の固有魔法を直接鉱石に付与するという手軽な方法もあるのだが、オスカーに一蹴された。それをするのは技能が育ってからでないと認めないと『黒傘』を向けながら言われれば仕方あるまい。

 

 そのお陰もあってか、本来ならばこの世に存在しないような鉱石を大量に作り出せるようになり、同時に“強化魔術”、“投影魔術”の二種類の扱いも上げられるようになった。

 

 なお今のハジメのステータスプレートはこうなっている。

 

 ====================================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:119

 天職:錬成師

 筋力:12500

 体力:14460

 耐性:12320

 敏捷:15500

 魔力:19810

 魔耐:17780

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+解析][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+鉱物分解]・魔術回路[+魔力操作][+強化魔術][+投影魔術][+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)]・集中[+瞑想][+心眼(真)]・身体変形[+胃酸強化][+進化促進][+部位強化][+耐性強化][+部分昇華]・纏雷[+雷耐性][+出力増大][+砲雷]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・震撼・獣鎧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

 ====================================

 

 本来この世界でのレベルの上限は100。それを超えているということはこの世界のシステム自体を超越してしまっていると言っても過言ではない。なお一時的には『???』と非表示になっていたのだが、オスカーがパパッと直した。オスカー曰く「ステータスプレートの修理はまだ君には早い」とのことだ。やはりオスカーから学ぶことはまだ大量にあるらしい。

 

 魔物の肉を喰ったハジメの成長は、初期値と成長率から考えれば明らかに異常な上がり方だった。ステータスが上がると同時に肉体の変質に伴って成長限界も上昇していったと推測するなら遂にステータスプレートを以てしてもハジメの限界というものが計測できなくなったのかもしれない。…もっとも速攻でオスカーが計測できるようにしたのだが。

 

 ちなみに、勇者である天之河光輝の限界は全ステータス1500といったところである。限界突破の技能で更に三倍に上昇させることができるが、それでも約三倍の開きがある。魔力の面ならば四倍以上だ。しかも、ハジメも魔力の直接操作や技能で現在のステータスの三倍から五倍の上昇を図ることが可能であるから、如何にチートな存在になってしまったかが分かるだろう。

 

 一応、比較すると通常・・の人族の限界が100から200、天職持ちで300から400、魔人族や亜人族は種族特性から一部のステータスで300から600辺りが限度である。勇者がチートなら、ハジメは化物としか言い様がない。肉体も精神も変質しているのであながち間違いでもないが、立香曰く「精神はむしろ英雄の在り方じゃない?」とさらっと言われ、追撃のようにマシュやユエが連撃。極め付けにはオスカーまでもがぶっ込んで来たので恥ずかし過ぎて、“錬成”で床に穴を開け、逃げ出したということもあった。

 

 もはや本気のハジメでは立香の知名度補正の足りない英霊では相手にならない。立香、マシュ、スカサハ、オスカーのアーティーファクトで戻ったモードレッドの四人で戦っても拮抗するほどだ。オスカーと戦っても互角レベルなので、本気でハジメは本調子の英霊でも勝てる領域に達している。『無能』と呼ばれていたハジメはもういないも同然だ。

 

 まず、ハジメは“宝物庫”という便利道具を手に入れた。これはオスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、指輪に取り付けられている一センチ程の紅い宝石の中に創られた空間に物を保管して置けるというものだ。要は、勇者の道具袋みたいなものである。空間の大きさは、オスカー本人にも正確には分からないが相当なものだと推測している。あらゆる装備や道具、素材を片っ端から詰め込んでも、まだまだ余裕がありそうだからだ。そして、この指輪に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むだけで物の出し入れが可能だ。半径一メートル以内なら任意の場所に出すことができる。

 

 物凄く便利なアーティファクトなのだが、ハジメにとっては特に、武装の一つとして非常に役に立っている。というのも、任意の場所に任意の物を転送してくれるという点から、ハジメはリロードに使えないかと思案したのだ。一応、“投影魔術”で出来ないこともないのだが、あらかじめ用意していたものを扱える方が戦闘中に余分な魔力を使わずにすむという判断からだ。

 

 結果としては半分成功といったところだ。流石に、直接弾丸を弾倉に転送するほど精密な操作は出来なかった。弾丸の向きを揃えて一定範囲に規則的に転送するので限界だった。もっと転送の扱いに習熟すれば、あるいは出来るようになるかもしれないが。

 

 なので、ハジメは、空中に転送した弾丸を己の技術によって弾倉に装填出来るように鍛錬することにした。要は、空中リロードを行おうとしたのだ。ドンナーはスイングアウト式(シリンダーが左に外れるタイプ)のリボルバーである。当然、中折式のリボルバーに比べてシリンダーの露出は少なくなるので、空中リロードは神業的な技術が必要だ。まして、大道芸ではなく実戦で使えなければならないので、更に困難を極める。最初は、中折式に改造しようかとも思ったハジメだが、試しに改造したところ大幅に強度が下がってしまったため断念した。

 

 結論から言うと速攻で出来るようになった。というのも“集中”という技能が発生するほどに、ハジメはスポーツ選手で言う所の『ゾーン』に入ることが出来る。その為、凄まじい集中力からそのような神業が可能となったのだ。

 

 次に、ハジメは“魔力駆動二輪と四輪”を製造した。これは文字通り、魔力を動力とする二輪と四輪である。二輪の方はアメリカンタイプ、四輪は軍用車両のハマータイプ(リムジン並みの大きさ)を意識してデザインした。車輪には弾力性抜群のタールザメの革を用い、各パーツはタウル鉱石を基礎に、工房に保管されていたアザンチウム鉱石というオスカー曰く、この世界最高硬度の鉱石で表面をコーティングしてある。おそらくドンナーの“強化”なしの最大出力でも貫けないだろう耐久性だ。エンジンのような複雑な構造のものは一切なく、ハジメ自身の魔力か神結晶の欠片に蓄えられた魔力を直接操作して駆動する。速度は魔力量に比例する。

 

 更に、この二つの魔力駆動車は車底に仕掛けがしてあり、魔力を注いで魔法を起動する地面を錬成し整地することで、ほとんどの悪路を走破することもできる。また、どこぞのスパイのように武装が満載されている。なお香織などのメンバーやこの後増えるであろう『解放者』の英霊に備えて相当大きめに四輪車は作っている。あと二車作ってもいる。ハジメも男の子。ミリタリーにはつい熱が入ってしまうのだ。更にオスカーや、何と立香まで参加。やはり男子ならば機械はどうしても見逃せないらしい。三人で飲食すらも忘れ、ワイワイと語り合ったせいだろう。ユエとマフラーがハジメを貧血および呼吸困難に追いやり、十三人のブライズが立香に延々と説教を受ける羽目となった。

 

 また『魔眼石』というものも開発した。ハジメはオスカーとの戦いで右目を失っている。『灼熱式』により、焼き貫かれたことで深刻なダメージを負い、神水でも回復不可能だった為だ。それを気にしたユエが考案し、創られたのが“魔眼石”だ。

 

 いくら生成魔法でも、流石に通常の“眼球”を創る事はできなかった…と思い諦める所だろう。しかしハジメのオスカーに鍛え上げられた職人魂が燃え上がった。

 

「俺が付ける義眼が世界最高でなくてどうする!!?」

 

 こうして作り上げられた『魔眼石』は生成魔法により、神結晶に”“魔力感知”“先読”、その他諸々の機能が付与されている。流石に鉱石で本物の目を作り出すことは今のハジメには不可能で、通常の視界は得られなかったのだが、代わりに特殊な視界を得ることができる魔眼を創ることに成功した。

 

 これに義手に使われていた擬似神経の仕組みを取り込むことで、魔眼が捉えた映像を脳に送ることができるようになったのだ。魔眼では、通常の視界を得ることはできない。その代わりに、魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。

 

 魔法の核とは、魔法の発動を維持・操作するためのもの……のようだ。発動した後の魔法の操作は魔法陣の式によるということは知っていたが、では、その式は遠隔の魔法とどうやってリンクしているのかは考えたこともなかった。実際、ハジメが利用した書物や教官の教えに、その辺りの話しは一切出てきていない。おそらく、新発見なのではないだろうか。魔法のエキスパートたるユエや魔術関係の立香、そして『解放者』として前線に立ったオスカーすらも知らなかったことから、その可能性が高い。

 

 通常の“魔力感知”では、“気配感知”などと同じく、漠然とどれくらいの位置に何体いるかという事しかわからなかった。気配を隠せる魔物に有効といった程度のものだ。しかし、この魔眼により、相手がどんな魔法を、どれくらいの威力で放つかを事前に知ることができる上、発動されても核を撃ち抜くことで魔法を破壊することができるようになった。但し、核を狙い撃つのは針の穴を通すような精密射撃が必要ではあるが。

 

 神結晶を使用したのは、複数付与が神結晶以外の鉱物では出来なかったからだ。部分ごとに分断することで様々な機能を付け足すことは出来たが、それでも普通の鉱石ならばこの『魔眼石』は作り上げられなかったとハジメは予想している。なお複数付与が出来るのは莫大な魔力を内包できるという性質が原因だと、ハジメは推測している。未だ、生成魔法の扱いには未熟の域を出ないので、1パーツに4つ以上の同時付与は出来なかったが、習熟すれば、神結晶のポテンシャルならもっと多くの同時付与が可能となるかもしれない、とハジメは期待している。

 

 ちなみに、この魔眼、神結晶を使用しているだけあって常に薄ぼんやりとではあるが青白い光を放っている。ハジメの右目は常に光るのである。しかも左目は紅き光が爛々と。つまりはカラフルなオッドアイとなったわけである。

 

 なおハジメが“身体強化”の魔法を付与し、金属糸としたものでユエが仕立てた黒外套のハジメの服装と香織のマフラーに対抗してか、指の部分だけ無い紅色の手袋が贈られた。なお指の部分がないのは射撃に影響が出ると考えての心遣いらしい。大切な人からの贈り物だ、勿論付けることは決定した。

 

 しかし鏡を見ればどうだ。白髪、義手、黒外套、紅と蒼のオッドアイ、紅マフラー、そして極めつけの指なし紅手袋。何度かハジメは鏡の前をうろうろうろうろ。自分の動きに対応していることを確認。…もしや試練はまだ終わっていない? これはどんな魔物だ? えらく厨二なファッションだな。見ているこちらが恥ずかしい。

 

 そうやって現実逃避をしていたのだが…立香が素晴らしく大はしゃぎで笑ったことから漸く現実を見た。そして四つん這いになって倒れたものだ。この時、ハジメがやさぐれて寝込んだ事件は『トータス版 天岩戸事件』へと発展した。ユエやマフラーが頑張ってハジメを宥めなければ、今頃トータスの旅は終わっていたかもしれない。それほどまでにハジメには深い傷が残っていた。

 

 なお傷が塞がってから片目に眼帯を付けることで、少しはマシにしようとしたハジメ。しかし立香に止められた。どちらにせよ厨二だと。むしろ眼帯したらそれはそれでヤバくね?と。結果、オッドアイ状態にすることにした。

 

 新兵器について、オスカーとの戦いで許容外の威力で破壊された対物ライフル:シュラーゲンも復活した。アザンチム鉱石を使い強度を増し、バレルの長さも持ち運びの心配がなくなったので三メートルに改良した。“遠見”の固有魔法を付加させた鉱石を生成し創作したスコープも取り付けられ、最大射程は十キロメートルとなっている。

 

 また、今後手数も必要だろうと、電磁加速式機関砲:メツェライを開発した。口径三十ミリ、回転式六砲身で毎分一万二千発という化物だ。銃身の素材には生成魔法で創作した冷却効果のある鉱石を使っているが、それでも連続で七分しか使用できない。再度使うには十分の冷却期間が必要になる。

 

 さらに、面制圧とハジメの純粋な趣味からロケット&ミサイルランチャー:オルカンも開発した。長方形の砲身を持ち、後方に十二連式回転弾倉が付いており連射可能。ロケット弾にも様々な種類がある。

 

 あと、ドンナーの対となるリボルバー式電磁加速銃:シュラークも開発された。ハジメに義手ができたことで両手が使えるようになったからである。ハジメの基本戦術はドンナー・シュラークの二丁の電磁加速銃によるガン=カタ(銃による近接格闘術のようなもの)に落ち着いた。典型的な後衛であるユエ、防衛特化のマシュ、どちらかと言えば後衛気味の中衛であるオスカー、場合によっては詠唱がクソ長い立香。一応他にも英霊の援護はあるが、一番戦えるハジメがオールラウンダーとして動くとなり、接近戦が行えれば効率的と考えたからだ。

 

 念の為、地上に出た際に全員皆殺しにしないように“ガンド”を真似て作った拳銃型アーティーファクト:スピーレンも新たに作り上げられた。これは魔力を収束し、放つという単純なもの。本来ならばそれでは攻撃にはならないのだが、そこはスカサハの“ガンド”を全力でコピー。その結果魔力を持つもののみに対する攻撃手段として使用可能となった。壁などをすり抜ける上に、敵は死なないぐらいの破壊力となっているため、尋問にも便利。オスカーと暗い笑みを二人して放っていたそうな。

 

 他にも様々な装備、道具、弾丸を開発した。しかし、装備の充実に反して、神水だけは遂に神結晶が蓄えた魔力を枯渇させたため、試験管型保管容器二十四本分でラストになってしまった。枯渇した神結晶に再び魔力を込めてみたのだが、神水は抽出できなかった。やはり長い年月をかけて濃縮でもしないといけないのかもしれない。

 

 しかし、神結晶を捨てるには勿体無い。ハジメの命の恩人……ならぬ恩石なのだ。幸運に幸運が重なって、この結晶にたどり着かなければ確実に死んでいた。その為、ハジメには並々ならぬ愛着があった。それはもう、遭難者が孤独に耐え兼ねて持ち物に顔をペインティングし、名前とか付けちゃって愛でてしまうのと同じくらいに。

 

 そこで、ハジメは、神結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工した。そして、それを仲間全員に贈ったのだ。ユエは強力な魔法を行使できるが、最上級魔法等は魔力消費が激しく、一発で魔力枯渇に追い込まれる。立香も相当にコスパが悪い。『十三の花の盟約』を使えばすぐに意識を失うぐらいには。マシュは魔力切れ自体はあまり無いが念のためだ。そうとなると、神結晶を電池のように外部に魔力をストックしておけば、最上級魔法でも連発出来るし、魔力枯渇で動けなくなるということもなくなる。

 

 そう思って、まずはユエに“魔晶石シリーズ”と名付けたアクセサリー一式を贈ったのだが、そのときのユエの反応は……

 

「……プロポーズ?」

「なんでやねん」

 

 ユエのぶっ飛んだ第一声に思わず関西弁で突っ込むハジメ。

 

 ただこの後、立香やマシュに送るとユエはご立腹になった模様。いつもよりも多めに血を吸われてしまった。

 

 ここまではハジメの話ばかりをして来たが、何も立香が何もやっていないわけではない。

 

 まずハジメに頼んで可変型武装アーティーファクト:アイゼンを装着するようになった。このアーティーファクトは英霊を身に宿す際に先に宝具を宿せる依り代として扱われる。剣、槍、斧、銃と様々なこと形に変形でき、ありとあらゆる英霊に対応が可能となっている。立香の魔力枯渇に対する対策でもある。召喚に対応する魔法陣も描かれており、マシュの円卓の盾と同様に召喚用の簡易魔法陣として対応も可能。まさしく立香のための武装となっている。

 

 更にスカサハとモードレッドに変わり、新たに『英霊召喚』をすることになった。『十三の花の盟約』を結んだ英霊の方が、通常契約の英霊よりも強い上、プライベートデートも兼ねてのものだ。異世界での戦いの途中に普通にイチャつく様は余裕にも程があるのだが、そこは立香クオリティー。考えないようにした。

 

「それではな、小僧。地球に帰って来た際には本気の儂と戦おうではないか」

「今度こそはぶっ倒してやらぁ!! それまでくたばんなよ、白髪!」

 

 地味にモードレッドの最期の言葉に己の厨二ファッションを思い出し、ダメージを食らうハジメである。

 

 そうして消えていった二騎の英霊。何だかんだでこれまでの間、戦って来た英霊達とあり、少し寂しさはあった。でも地球に帰ればまた会えるとのことだったので、永劫の別れと嘆く必要もないとすぐにその寂しさを払拭した。

 

「さて、と。じゃ召喚するか」

「そういや『十三の花の盟約』を結んだ英霊には詠唱も要らなかったか?」

「ああ。頼むだけで召喚できる」

「なるほど。それは随分チートだな」

 

 ハジメがオスカーを召喚した時はそれは御大層な儀式となったが、立香の場合はS○riを呼び出す程度に気楽なものらしい。

 

 そんな訳で立香は気負った様子もなく、愛しい人を見る潤った瞳と共に請い求める。

 

「来てくれ、頼光。獅子王アーサー」

「……ん?」

 

 ハジメが目をパチパチ。あれ? これから呼び出すのって女性じゃなかったけ? 明らかにその人達男だよ? ねぇってば。

 

 つい最近やった反応をまたもや繰り返し、ハジメはカルデアのギャルゲーぶりに困惑する。

 

 一方で立香の前に凄まじい光を放つ魔法陣が瞬時に出来上がったかと思えば、台風の如き風が吹く。かたや紫水晶の輝き、かたや白金色の太陽が溢れ出す。そしてその光は人の形へと収束する。

 

 現れるのは二騎の新たなる英霊。片方は長い黒髪を垂らし、雅で清潔で艶やかな妙齢の女性だ。日本古来の鎧に身を包み、脇差が腰に備え付けられている。

 

 また一方で白馬に騎乗する黄金の凛とした王の姿がそこにはあった。巨大な槍を構えており、ハジメを見るのは全てを見据えたような凪いだ翡翠の瞳。

 

 ハジメは身震いした。スカサハやモードレッドはたしかに強かった。しかし彼女には、隠された何かがある。理屈にならない強さがそこにはあった。なるほど、これが立香の『特別』かと頷かざるを得なかった。

 

 しかし彼女達が立香に目を移した瞬間、涙が彼女達の瞳からから噴き出した。

 

「ごめん。おまたせ、二人とも」

 

 それがきっかけだった。頼光と獅子王が恐ろしい俊敏で立香へと襲いかかったのは。『恋は盲目パワー』により、ハジメにすらも視認できない速度。飛びつかれた立香はたまったものではない。ゴロゴロと無様に転がり、彼女達に押し倒されている体勢となった。

 

 あっという間のノックダウンに立香は立ち上がろうとしたが、すぐにその顔が地面に押さえつけられた。二人が持つ、その豊満な胸によって。

 

「ムガガガガーーー!!!」

「母は心配したのですよ! 全く! 本当に! 母はーー!!!」

「私は…マスター、貴方にお会いしたかった…。ぅうう」

「むがぁ…」

「立香ぁあああああ!!!」

「先輩ぃいいいいい!!!」

「……何という胸。……凶器?」

「(プルプルプルプル)」

「これは…ミレディに是非とも会わせたいものだ」

 

 立香が二人の胸で力無く、息が止まった。まさかの自体にハジメとマシュが絶叫する。しかしそんな声も虚しく、未だに二騎の英霊は泣き喚きながら立香を抱きしめている。

 

 一方でユエとマフラーが恐れをなし、震えだす。ユエの方はヒュドラに対してよりも余程、顔を青ざめている。己の胸に手をやる。するっするっ。…別にない訳じゃないもん!

 

 オスカーに関しては近い未来くるであろう出来事に思いを馳せていた。主に『解放者』のリーダーがプルプル己の胸に手をやりながら涙を流す瞬間を。…愉悦!

 

 結果、マシュなどの女子軍団が二人を引き剥がし、オスカーの隠れ家に設置してある神代級の回復アーティーファクトを用いて、立香を回復できた。なおこの間男子二人には目隠しをしてある。英霊二騎の刺激が強いから、ということらしい。

 

 そして回復した立香は泣きじゃくる二人を宥めるために、手段を尽くした。その間にケルトケルトも行なっており、ハジメは防音用アーティーファクトを使わざるを得なくなった。

 

「…なあ、オスカー。俺、久々にリア充爆発しろって思ったよ」

「奇遇だね。僕もだよ」

 

 なおどちらも超が付くほどジゴロ体質なため、人のことは全く言えない。ユエとマフラーのジト目がキツかったと言っておく。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そして遂に旅立ちの時を迎える。

 

「立香、俺の武器や俺達の力は、地上では異端だろうからな。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

「というか俺は既に喧嘩売りましたからね」

「だな。それに兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「あとオスカーの存在や、カルデアの存在も結構に大きいだろうな」

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」

「『アンチ・カルデア』も他の迷宮に何かやってるだろうからな」

「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

「ま、世界を回したことも、九死に一生体験もよくあるけどな。逆にハジメこそ覚悟は? お前は世界を敵に回すことに関しては初心者だろ?」

「あってたまるかっての。それに覚悟なんざ、今更だろ?」

 

 後ろを見れば仲間がいる。ユエも、マシュも、頼光や獅子王、『解放者』のオスカー。そしてマフラーをくれた彼女もきっと…。

 

「さあ行くか、立香(相棒)

「ああ。行こう、ハジメ(相棒)

 

 互いの手の甲を己の手の甲でカツンと叩く。それだけで信頼がそこにあることは確認できた。

 

 外への転移の魔法陣が光に満ち溢れる。二人はその光に不敵の笑みを浮かべた。全ての敵を薙ぎ払い、己の信じる道を開く為、そう…

 

「「俺たちの道を歩む為に!!」」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーエヒトside

 

「…ふぅ、楽しませて貰ったなぁ。前哨戦としてはまずまずだ」

 

 一方で狂う神もまた寝そべりながらククッと笑みを漏らす。その脇には銀色の少女が控えてた。その銀の少女は感情の無い声で、黙々と告げる。

 

「エヒト様、アレらはイレギュラーです。即刻滅ぼすべきかと」

 

「待て待て待て待て、ノイント。お前は『起承転結』というものを全く知らなさすぎる。第一、『本物の』迷宮には我すらも手が出せぬのだ。生憎な。直属の眷属も、『使徒』も入れぬとなった。尤も信者ならばまだギリギリセーフのようだが」

 

「承知、出過ぎた真似を」

 

「よいよい。そんなことよりも…『英霊召喚』となぁ。面白いことをやってくれるよ、あのイレギュラーといい、謎のイレギュラー(・・・・・・・・)といい、な。」

 

「エヒト様をしても、未だに再現には届かないのですか?」

 

「そうさなぁ。…この世界の英雄如きならば可能だ。だがそれではあまりにも面白みがない」

 

「? これからどうなさるおつもりなのですか?」

 

「これ、焦るな。いずれ分かることだ」

 

「行き過ぎた真似を。申し訳ありません」

 

「許す。…ふふっ、楽しみだ。ああ早く…遊びたいものだな」

 

 エヒト神は天井を仰いぎ、そして嗤った。無邪気に狂った光を爛々と瞳に宿し、子供のようにはしゃぐ。

 

「ここから物語は始まる! 大勢力と大勢力という正統な戦などではない! 全てが入り組んだ混沌! 誰もが明日を予想など出来ぬ未完全な盤上!! すなわち前人未到の域!! …ああ、素晴らしい! 明日我が背を断たれるかもしれんとなると身も震える!!」

 

 そして眼前に出現した四つの駒。それぞれ違う色をしており、純白、紅、黒、黄金と並んでいる。

 

「果たして最後に光を見るのは…人理の覇者か、奈落の怪物か」

 

 白の英雄の駒と紅の怪物の駒が盤に隣りあい添えられる。

 

「未だ見えざる黒き使者か…」

 

 と黒い形容し難い駒をカツンと音を鳴らして盤上へと置く。

 

「この世界の支配者たる我か」

 

 黄金の神の駒がそっと盤上に降り立った。

 

 四種の駒は中心へと向き、まるで紅と白の駒、黒い駒、そして黄金の駒がいがみ合っているかのように配置されている。

 

 その配置を完成させるとエヒトは満足したように鼻を鳴らし、また笑う。

 

「…さて、久しく無かった遊びの始まりだ」

 

 無邪気な邪悪が、今立香達の元に忍び寄ろうとしていた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

「…来たか」

 

 その生命体を仮に『陰』と表そう。その陰は何かに気がついたようで、上を見上げる。そしてつうっと涙を流した。

 

「長かった。人間の刻としても僅かな合間であったはずだ。…だというのに恐ろしく長い悠久の合間、お前を私は待っていた」

 

 陰は感動にも見え、怒りに見え、悲哀にも見え、悪戯に笑うようにも見える声を一人、呟く。

 

「私の邪魔はさせない。何人たりにもだ。邪魔をする者は一人残らず焼却する。私の狙いはただ一つ…」

 

 そこには執念があった。覚悟があった。恋にも似た愛があった。ただ一途な想いを乗せ、その名を紡ぐ。

 

「藤丸立香…」

 

 暗き闇に隠れた覇者が、今盤上へと姿を現わす。

 

 

 

 ーー第一部 一章 暗黒魔獣迷宮 真オルクス

 副題 〜奈落の怪物〜

 攻略難易度D+

 

『迷宮攻略』




さあ、最後の男の正体とはーー!!?
感想の際はボカしてお願いしまーす!

ちなみに次回は序章の最後に香織のストーリーを書きます。
なので次回はちょっと見るのややこしいかも…
ご注意ください!


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幕間の物語:迷宮を拓く雷鳴

これを読むにあたってもし序章ラスト辺りにある『幕間の物語:それぞれの道』を読んでいなければそちらを読んでからこちらをどうぞ。
…読んでね。(大事な事なので二回言いました)

あとありふれた日常、新しい話読んだのですが…
こちらの香織さんとはある意味で原作とはかけ離れてますね。
…なんであんなことに。

なお最初の方はほとんど原作コピ。
大体分かる人は龍太郎sideから読めばいいと思います。


 ーー香織side

 

 ハジメと立香がオスカーの隠れ家で少し修羅場に達していたその日、香織達もまた大一番の戦いを終えていた。彼らがつい先ほどまでいたのは65階層、即ちかつてのトラウマが眠っていた場所である。

 

 そして今、その『魔獣』は鎧を融解され、燃え上がっていた。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

 ベヒモスの断末魔が広間に響き渡る。いつか聞いたあの絶叫だ。鼓膜が破れそうなほどのその叫びは少しずつ細くなり、やがて、その叫びすら燃やし尽くされたかのように消えていった。

 

 そして、後には黒ずんだ広間の壁と、ベヒモスの物と思しき僅かな残骸だけが残った。

 

「か、勝ったのか?」

「勝ったんだろ……」

「勝っちまったよ……」

「マジか?」

「マジで?」

 

 皆が皆、呆然とベヒモスがいた場所を眺め、ポツリポツリと勝利を確認するように呟く。同じく、呆然としていた光輝が、我を取り戻したのかスっと背筋を伸ばし聖剣を頭上へ真っ直ぐに掲げた。

 

「そうだ! 俺達の勝ちだ!」

 

 キラリと輝く聖剣を掲げながら勝鬨を上げる光輝。その声に漸く勝利を実感したのか、一斉に歓声が沸きあがった。男子連中は肩を叩き合い、女子達はお互いに抱き合って喜びを表にしている。メルド団長達も感慨深そうだ。

 

 そんな中、未だにボーとベヒモスのいた場所を眺めている香織に雫が声を掛けた。

 

「香織? どうしたの?」

「えっ、ああ、雫ちゃん。……ううん、何でもないの。ただ、ここまで来たんだなってちょっと思っただけ」

 

 苦笑いしながら雫に答える香織。かつての悪夢を倒すことができるくらい強くなったことに対し感慨に浸っていたらしい。

 

「そうね。私達は確実に強くなってるわ」

「うん…そうだね」

「…? 香織、貴方どうしたの?」

「ううん。何もないよ! それより、早く行こっ!」

 

 先へ進める。だが香織は納得がいっていない様子だ。少し不満そうな顔で俯いている。だが雫の声に気づくと、すぐに曇った顔を振り払い、雫の腕を取り、みんながいる場所へと走っていく。

 

 そんな二人に近づく者がいた。もちろんその正体は勇者である。

 

「二人共、無事か? 香織、最高の治癒魔法だったよ。香織がいれば何も怖くないな!」

 

 爽やかな笑みを浮かべながら香織と雫を労う光輝。

 

「ええ、大丈夫よ。光輝は……まぁ、大丈夫よね」

「うん、平気だよ、光輝くん。皆の役に立ててよかったよ」

 

 同じく微笑をもって返す二人。しかし、次ぐ光輝の言葉に少し心に影が差した。

 

「これで、南雲も浮かばれるな。自分を突き落とした魔物を自分が守ったクラスメイトが討伐したんだから」

「「……」」

 

 光輝は感慨にふけった表情で雫と香織の表情には気がついていない。どうやら、光輝の中でハジメを奈落に落としたのはベヒモスのみ(・・)という事になっているらしい。確かに間違いではない。直接の原因はベヒモスの固有魔法による衝撃で橋が崩落したことだ。しかし、より正確には、撤退中のハジメに魔法が撃ち込まれてしまったことだ。

 

 今では、暗黙の了解としてその時の話はしないようになっているが、事実は変わらない。だが、光輝はその事実を忘れてしまったのか意識していないのかベヒモスさえ倒せばハジメは浮かばれると思っているようだ。基本、人の善意を無条件で信じる光輝にとって、過失というものは何時までも責めるものではないのだろう。まして、故意に為されたなどとは夢にも思わないだろう。

 

 香織はハジメが死んだなど一筋も思っていない。しかしそれはハジメを奈落に落とした『誰か』を許す理由にはなっていない。むしろ、犯人さえ分かれば、できる手段を尽くして(精神的に)追い込むつもりだ。だからこそなかった事にし、その真実から目を背けている光輝の言葉に少しばかりショックを受けてしまった。

 

 雫が溜息を吐く。思わず文句を言いたくなったが、光輝に悪気がないのは何時ものことだ。むしろ精一杯、ハジメの事も香織のことも思っての発言である。ある意味、だからこそタチが悪いのだが。それに、周りには喜びに沸くクラスメイトがいる。このタイミングで、あの時の話をするほど雫は空気が読めない女ではなかった。

 

 若干、微妙な空気が漂う中、クラス一の元気っ子が飛び込んできた。

 

「カッオリ~ン!」

 

 そんな奇怪な呼び声とともに鈴が香織にヒシッと抱きつく。

 

「ふわっ!?」

「えへへ、カオリン超愛してるよ~! カオリンが援護してくれなかったらペッシャンコになってるところだよ~」

「も、もう、鈴ちゃんったら。って何処触ってるの!」

「げへへ、ここがええのんか? ここがええんやっへぶぅ!?」

「す、鈴? ごめんね。でも流石に白崎さんが…」

「うわぁーん! エリリンが鈴を虐めるぅー! カオリンー、構ってぇーー!!」

 

 光輝との会話を傍で聞いていて、会話に参加したのは中村恵里と谷口鈴だ。

 

 二人共、高校に入ってからではあるが香織達の親友と言っていい程仲の良い関係で、光輝率いる勇者パーティーにも加わっている実力者だ。

 

 中村恵里はメガネを掛け、ナチュラルボブにした黒髪の美人である。…だったのだが、メガネはこの世界では異端とされており、あいにく外しコンタクトレンズとなっている。性格は温和で大人しく基本的に一歩引いて全体を見ているポジションだ。本が好きで、まさに典型的な図書委員といった感じの女の子である。実際、図書委員である。

 

 谷口鈴は、身長百四十二センチのちみっ子である。もっとも、その小さな体には、何処に隠しているのかと思うほど無尽蔵の元気が詰まっており、常に楽しげでチョロリンと垂れたおさげと共にぴょんぴょんと跳ねている。その姿は微笑ましく、クラスのマスコット的な存在だ。

 

 なお鈴にボディーブローが入れられた理由は単純。鈴の中の荒ぶるおっちゃんを鎮めるためだ。恵里さんの見事なボディーブローであったが、鈴のおじさまは悪化する。

 

 そこで更に手刀が鈴にすかさず叩き込まれる。犯人はみんなのお母さんである雫である。溜息を吐きながら、鈴を香織から引き剥がしている。流石の香織SE○OM的には鈴のボディータッチは過度だった模様。霊体化しているエミヤも女子だから良かったものの、男子であれば悪・即・断だ。香織SEC○Mに隙はない。

 

「いい加減にしなさい。誰が鈴のものなのよ……香織は私のよ?」

「雫ちゃん!?」

「ふっ、そうはさせないよ~、カオリンとピーでピーなことするのは鈴なんだよ!」

「鈴ちゃん!? 一体何する気なの!?」

「鈴!? 流石に…Rに入るようなことは…あぅぅ」

 

 雫と鈴の香織を挟んでのジャレ合いに、香織が忙しそうにツッコミを入れ、恵里が変なことを想像し、顔を赤らめている。いつしか微妙な空気は払拭されていた。

 

 これより進む先は前代未聞の域。不安を払拭し、勇者達は進むのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー龍太郎side

 

 女子がワイワイしていた一方で、龍太郎は橋の下にある奈落に目を向け、少し頭を下げていた。

 

「…すまなかったな、南雲。テメェのこと、根性がねぇって見くびってた。結局お前があの時、一番勇気があったんだよな。…バカにしてた俺が情けねぇよ」

 

 あの日、龍太郎もまた光輝と同じくベヒモスを倒すことしか頭になかった。思考すれば逃げるのが一番だったのだろう。体力を出来るだけ残して、上層まで登り切る。それが全員が逃げる中で一番だったはずだ。

 

 それを思いつかなかったのは心の何処かで生きることを諦めていたからだ。あの日、この階層を死に場所として定めていたから。あの瞬間はそんなこと意識すらもしていなかったが、冷静に考えればあの日の自分はやっけになっていたことがよく分かる。きっとそれは親友である光輝も同じだ。

 

 しかし『最弱』と心の中でバカにしていた男はどうか。一切を諦めなかった。全員を生かそうとし、己も生きようと無力の身でありながらもがいていた。今までに無い気迫で、諦めていた自分達を突き動かしてみせた。『最弱』所以の力で巨大な敵をねじ伏せてみせた。そして現にほぼ全員を生還させてみせた。最後の復活さえ無ければ、そのハジメも生きていたことだろう。

 

 だからこそ惜しいと思う。出来ることならば生きていて欲しかった。ハジメ本人に謝罪したかった。内心でバカにしていたことに。感謝したかった。自分達全員を生かそうと奔走したことに。

 

 すると龍太郎が立っている側に花束がそっと置かれた。見れば永山を中心としたパーティーが奈落の底に黙祷を捧げていた。誰に言われてしているような嫌々感はなく、心の底からそうすべきという敬意がそこにはあった。

 

 やがて龍太郎の視線に永山達が気がつき、悔しそうに奈落の闇を見つめながらその本心を吐露し始める。

 

「俺たちさ…あの日、南雲をカッケェって思えたんだよ。憧れたんだ。日頃馬鹿にしてたのにさ。…そんなあいつに追いつきたいから、俺たちはここにいるんだ」

 

 それは永山パーティー全員の総意であったようだ。確かに香織には及ばないものの、永山達の迷宮攻略の意思は目に見えるほど意欲的だった。恐怖を覚えていないと言えば嘘になるだろうが、それでも真剣に己と向き合っている。

 

 そしてそれは龍太郎も同じ。触発されたのだ。あの日見た背中に。眩い紅の輝きに魅せられていた。

 

「…俺もそうだぜ、永山。南雲の為…なんざ思わねぇが、せめてアイツに誇れるようにするつもりだ」

 

 見れば永山パーティーの全員がハジメの奈落への落下を悔やんでいるらしい。きっと永山達も立香が迷宮へと舞い戻った日に、立香がハジメを助け出すことを願った者に違いない。

 

 龍太郎は再度、奈落の底を覗いた。深い深淵が広がっており、底が全く見える気がしない。獣の鳴き声が響き渡り、恐らくは地獄のような光景が広がっているのだろう。ハジメが生きている可能性はゼロに近い。

 

「…行くか」

「…おう」

 

 龍太郎達は祈ることしか出来ないでいる。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

「さて…浮かばれない顔をしているが、何が不満なのかね? 宿敵を倒したのだ。もう少しは喜んでもいいと思うがね」

「…やっぱり、分かります?」

「君は非常に分かりやすい。あの天之河などという者程ではない限り、一目で分かるぞ」

「…」

 

 ベヒモスを倒した後、『オルクス大迷宮』から抜け出してきた勇者一行。今は迷宮前の町、『宿泊街ホルアド』の宿屋で寝泊まりする形だ。殆どのメンバーはトラウマとも言える存在を打ち倒し、久々に浮かれていた。なおその後すぐにメルドにキレられたが。

 

 だが香織は違った。何らかの憂いがあるようでずっと迷宮のある方角へと顔を向けている。つい先ほど雫にも心配された。光輝はハジメのことだと勝手に思い、塩を塗りたくってきた。香織は特には気にしていなかったが、勿論オカン雫のドロップキックが炸裂した。

 

「…本当に強くなってるのか、不思議なんです。ちょっと…焦ってるのかもしれません」

 

 香織は確かにハジメの生存を断定している。必ず戻ってくると信じてやまない。だからこそ、立香と共に戻ってきた時に次こそ守れるように魔術の腕や双剣術を日頃から磨いている。勇者パーティーとして行く時には『魔術回路』や剣術の使用は控えているが、それでも香織の成長は目に見えて成長している。

 

 だがそれでもトラウマと相対し、理屈にならない不安が現れたのだろう。たとえ死んではいないと分かってはいても、不安が煽られる。あの日、手を放した光景がフラッシュバックするのだ。要は摩擦し始めているのだ。むしろ未だに信じられている香織の方が異常ではあるのだが。

 

 するとエミヤがそんな香織を見兼ねて、とある提案をした。

 

「それでは今日の訓練は少し趣旨を変更するとしよう。少し長旅になる。弁当をまずは作るとしよう。君は卵焼きとハンバーグを担当してくれたまえ。私はその間に他の具材を詰めておく。ああ、あと少し手紙も置いておいてくれたまえ。明日の朝には帰れるだろうから、その旨を伝えておくように」

「え? …どこに行くんですか?」

 

 エミヤは香織の疑問にキザな笑いと共にその目的を告げる。

 

「ふむ、どうせだからな。君に本来の力で迷宮攻略をしてもらおうというわけだ。私では純粋な剣技でしか戦えないからね。是非とも魔術も含めた戦いで君の今の実力を存分に発揮したまえ」

「…え?」

 

 確かにエミヤとの剣技での訓練は『簡易召喚』の影響で、パラメーターが低いことから、自然と“強化魔術”や本来の魔術を扱った戦いは出来ない。あくまでも剣技そのものだけを鍛えている。

 

 一応魔術も込めた戦いを、たまにいる魔物に対して使うこともある。ただそういった魔物は弱く、簡単に言えば瞬殺で終わってしまう。また迷宮での戦いでも魔術を隠蔽しているため、支援系の魔法ばかりしか使えない。

 

 だからこそのソロでの探索なのだろう。迷宮の魔物ならば楽では無い。それを含んだ実戦訓練だ。

 

 勿論ソロでの戦いは危険を多く孕む。一対多での戦いや孤独感からの判断ミス。それら全ては死に直結する。メルドからも固く禁じられている行いだ。香織は少し踏み止まった。

 

「不安なのも分かる。だが、もう君は君が思っている以上に強い。私が保障しよう。最悪マスターに頼んで私を完全顕現させれば、あの迷宮程度ならば打破可能だ。それでも不安かね?」

 

 日頃のエミヤではあり得ない冗談だ。エミヤは万が一を常に考え、危険が何一つでもあればそれを避けるタチだ。しかし本日は香織を慰めることを優先にしたらしい。その心遣いは非常に有難かった。

 

「…はいっ! やります!」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そして45分後、緑光石の瞬きに照らされる迷宮の中、迸る銀雷がそこにはあった。

 

「ふっ!」

 

 勿論その正体は白崎香織である。ライオンのような魔物が香織の斬撃に晒される。抵抗することなど出来なかった。腕が吹き飛び、瞬く間に焦がされる。

 

 続いて岩に擬態していたロックギガマウントが飛来してきた雷の刃に貫かれる。擬態が解け、魔石だけを残し灰へと還っていった。他の魔物も雷に打たれ、風穴を開けて絶命する。

 

 この刃の正体は香織の“光魔法”と魔術の複合技、“雷爆刃”。同時に出現する八つの刃は一つ一つが軽く人を焦がすほど。香織の恐ろしい所はこれを無詠唱で打ち出している点だろう。双剣を横薙ぎにするだけで雷の刃を顕現させている。

 

 なおここまで香織は無傷。戦闘が始まった瞬間にほぼ全ての魔物が落雷に打たれ、斬撃を浴びる。抵抗など許される暇もない。

 

『ふむ、やはり問題ないな』

「思ったよりも弱いです。ここの魔物」

『君の場合無詠唱を確立している上に破壊力も凄まじいものだ。相手からすれば悪夢を見ている気分だろう』

 

 瞬く間の時間でありながら、香織はこの迷宮の半分を既に突破している。なおその時間の四分の一はホアルドから迷宮への移動時間だったりする。

 

 そして香織が辿り着いたのは64層。そして目の前に広がるのは65層へと進む階段。今日仲間と共に辿り着いた領域だ。迷宮の無尽蔵の魔物の復活の仕組みを考えれば、いるはずだ。香織にとってのあの日の悔やみに悔やみきれない。そんな存在が。

 

『白崎香織。ここで引き返すーー』

「師匠。私は行きます。行かなきゃならないんです」

『ーーー』

 

 緊張が伝わったのか。エミヤが香織を気遣い、撤退の意思を伝える。この先にいるのが香織には敵わない存在というわけではない。問題は香織の心の方だ。

 

 しかし香織はそれを途中で遮り、再び剣を握り直す。エミヤとの訓練の時とは違い、刃には傷一つもない。剣の扱いが熟練した結果とも言える。

 

 香織の目は定まっていた。たった一人でトラウマを相手に取るというのにだ。

 

 エミヤはその少女の姿の奥に誰かを見た。黒髪をツインテールで束ねた不器用ながら面倒見がよく、強情な魔術師を。

 

(…こうなれば、もう止まらないか)

 

 エミヤは心の中で息を吐く。よく知っている。こういった人物は己の決心を頑なに曲げないと。人の心配など他所に、道を突き進むと。ならばエミヤが取れる行動はただ一つ。

 

『了解だ。行け、白崎香織』

「はいっ!」

 

 階段を駆け下り、そして見たのはかの日の橋。そして黒いスパーク魔法陣から弾けさせ、御大層にも現れる灼熱の角を持つ『魔獣』。

 

 敵意を確実に向けてくるベヒモス。しかし香織は怯むことはない。白銀の稲光が伝播する。

 

「次こそはハジメくんを守り抜く。だからね…」

 

 双剣が抜かれた。香織の魔力と同じ白銀色だ。魔術回路を開いたことで変色した魔力。その丈は神代にも及ぶもの。

 

 そしてただの治癒士は宣言する。『特別』をその手から零してしまったこの場所で。不屈の意志を持って、ベヒモスと対面する。

 

「お願いです。私の糧になってください」

 

 香織の魔術回路が翼の如く、背中にまで広がる。

 

 そして開幕の合図は雷鳴と共に。白崎香織の自重なしの闘いが、そして逃れるわけにはいかない闘いが始まる。




…やべぇ、チートだこいつ。(今更)
なお今回の幕間は前半ですね。
後半は後に書かせていただきます。

あと勇者一行の南雲ハジメに対するイメージ
・香織→大好き! …あと金髪ロリ許すまじ。
・雫→尊敬と…やっぱり何でもないわ!!
・坂上&永山パーティー →カッコよくて、憧れた。立ち直れた理由。
・檜山→殺した。でも万が一が不安。嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬。
・勇者(笑)→ベヒモスを倒して報えたと、表面上は思ってる。本当の心の内は……
・鈴→カオリンが惚れた責任とれーー!!…と表面上は明るく振舞っている。ただそれ以上に死を深く考えさせられた要因。
・檜山以外の小悪党組&恵里→死を深く考えさせられた要因。ただ本人自体には悪意or無関心。
この作品の場合、こんな感じ。
永山パーティーは比較的まともになった感あり。


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幕間の物語:銀雷の戦乙女

ここ最近投稿してた文字数に比べれば相当低めですね。
5000台です。
…うむ、少ない。

ま、個人的には満足です。
だってアイツ書けたもん。


 ーーエミヤside

 

 エミヤには香織に隠していることがある。

 

 というのもつい先日、マスターである立香から念話を受け取った。『アンチ・カルデア』や吸血鬼姫のユエの存在、『解放者』の正体やエヒト神の真実などに関する報告を受けている。そして当然その報告の中には、エミヤのこの世界における香織以外の弟子の安否に関するものもあった。すなわちハジメの生存である。

 

 ハジメの変貌や魔術回路、生み出すアーティーファクトに驚愕させられたのを今でも覚えている。正直、幼い頃の自分よりも断然早い成長に真面目に落ち込んだという事実もある。

 

 しかしエミヤは香織にハジメの生存を伝えていない。うっかり忘れていたとかそう言ったものではなく、故意によるものだ。

 

 では何故か。決まっている。香織の成長の為だ。

 

 香織は今、未だに見ないハジメを原動力としてエミヤの教えを受けている。愚直とも言えるほどにエミヤの技術を呑み込み、それどころか己の技として発展させるほどに。エミヤを驚かせるほどの速さで駆け上っている。

 

 だからこそ、ハジメの安否を伝えてしまったならば心の何処かで余裕が出てきてしまうだろう。そしてそれは怠慢に直結する。

 

 エミヤはそれを許す気は一切ない。香織の成長を行き着く先まで見届けたいと思っている。愛弟子でも取った気分だ。だが事実、それと変わりはないだろう。

 

 だからこそ今回、危険にも関わらずソロによる迷宮攻略を許した。普段ならばまず取ることがないエミヤの判断。しかし香織の訓練に対するモチベーションを上げるにはこれが最適解だとも考えている。

 

 そして今、エミヤは目の前の光景を目にしている。

 

「…まさかここまでとは、な」

 

 たった一人の少女が、『魔獣』として恐れられた怪物ベヒモスを四方八方から斬撃を見舞うという光景。灼熱の突進を潜り抜けては、迸る稲妻がベヒモスの装甲を剥ぐ。

 

 約二週間。あまりにも短い時間が香織を遥かなる高みへと飛躍させた。“雷降ろし”と名付けた香織の特殊な降霊術。それをそれだけの期間である程度まで使いこなして見せている。そうとなればエミヤも驚かざるを得ない。

 

 白崎香織というたった一人の少女もまた、かの少年の背中を追って英雄への道を突き進んでいた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー香織side

 

「ふっ!」

 

 裂帛の呼吸と共に、香織が一筋の落雷へと成る。白銀の矢となった香織がベヒモスの横腹を双剣で貫いた。瞬時にベヒモスは足元で屈む香織を踏み潰そうと片脚を上げた。

 

 しかし香織は己の俊敏に任せ、体を独楽の如く回転。遠心力の乗った剣が地面を踏みしめていた脚の関節に叩きつける。

 

 足を逆関節に攻撃されたことで、ベヒモスの態勢が崩れる。上げられていた脚を半強制的に地面につけざるを得ない。その間に香織はベヒモスの攻撃範囲内から抜け出していた。

 

 戦いを始めて5分。香織の体に傷は一切ない。魔術によりありえない程の俊敏へと辿り着いている香織にとってはベヒモスの動きなど亀の歩み。止まって見えるほどだ。

 

 逆にベヒモスは傷だらけだ。先ほどのようにヒットアンドアウェイをされている。結果ベヒモスの鎧は剣の跡を残し、液状へと融解している。それが全身にも及んでいる。

 

 ただそれでも香織は倒しきれない。

 

「…やっぱり攻撃力が足りないかな?」

 

 香織は俊敏に関しては相当な怪物だ。しかしその分、攻撃が非常に軽い。それを補う為の剣と雷撃だが、それも鎧に阻まれる。肌に届いても表面を裂いたり焼く程度。倒すにはとても足りない。

 

 やはり全力でなければ分からないことがあるなぁと香織は思案する。同時に光魔法と“雷降ろし”の複合技も高めようと考えてみる。火力大切、それがよく分かった。

 

 余裕な香織に腹を据えかねたのか。捉えようと突進を決め込んだベヒモス。その脚を踏み込み、助走を開始する。

 

「グォオオオオオオオ!!!!」

 

 灼熱の角を地面ギリギリまで這わせ、香織を貫くためにどんどんと速度を増させるベヒモス。轟く嘶きは橋自体を揺らし、香織の鼓膜を揺らす。平衡感覚を失わせるかのような叫びだ。

 

 しかしそんなベヒモスに呟くように小さく、されど澄み渡る声がたしかに聞こえた。

 

「“雷爆刃”」

 

 乱れ飛び、ベヒモスの足元に突き刺さる雷の刃、“雷爆刃”。白銀色の紫電が前脚を強制的にバンザイさせた。一時的に『麻痺』へと陥った怪物。

 

 その瞬く間を雷をその身に宿す香織が逃すなど無理な話だ。今までにない程に白銀の魔術回路が眩く光を放った。背中から翼が生えたかのように歴然と輝く光。そしてそれらは全て雷へと変換される。

 

 刃がスパークを放つ。階層はすっかり白銀に照らされた。

 

「“雷貫”」

 

 “雷降ろし”に、“飛行”、“身体強化”という三種の魔術の複合技。限界まで己の敏捷を上げた魔法。その鍵言が今、香織の口より唱えられた。

 

 刹那、迷宮の闇を祓う白銀の一閃。音速に及ぶ突貫、その速度を乗せた一撃に反応を許されることは、『魔獣』にはない。なされるがままに、雷にベヒモスは打たれた。

 

 瞬く間にベヒモスの胸にクロスした斬撃が走る。噴き出そうとした血も雷撃に蹂躙され、蒸発する。赤い霧が香織の頰を濡らした。傷口からヒビ割れていく。斬撃はベヒモスの肉を断ち、骨を砕いた。舞うのは灰の粉。

 

 白銀の光が徐々に消えていった。香織の体から魔術回路の刻印が引いたのだ。

 

 同時にベヒモスの中から鳴り響く破砕音。ベヒモスの目から光が失われた、脚を折った。魔石を失った魔物の末路。香織が狙ったトドメの仕方だ。たとえ非力であろうと魔石を砕けば問題ない。

 

「…この魔物の魔石、見つけづらかったなぁ」

 

 香織は魔物に関する知識が少ない。そのため、魔石を見つけ出すための観察眼が無い。なので香織はしらみ潰しで斬撃を見舞っていたのだ。その結果、胸に魔石があると確信し、先程の一撃を叩きつけることができた。

 

 その為、嫌でも時間が掛かってしまった。体力も消耗した。帰る分は十分なほど間に合っているが、それでも必要以上に魔力を使ってしまったと反省せざるを得ない。

 

 すると霊子を撒き散らしながら、現れるエミヤ。霊体化を解いたのだろう。パチパチと拍手を贈るエミヤ。彼にしては屈託のない賞賛だった。

 

「よくやったものだ。初めてのソロの割には良く出来ている。…さてまだ一時間と経っていないがここで引き返すこととしよう。念の為、回復薬も飲んでおき給え」

「は、はい」

 

 そう言う合間にも新たな剣を“投影”し、新品に取り替え、回復薬を懐から取り出して、ついでに香織に怪我がないかを見ていく。

 

 一つ一つの行動からオカン力が溢れ出るエミヤ。香織は思う。あれ、私の周りお母さん多くないかな? かな? と。ついでに遥か遠くの地球から「お母さんは私よ!!?」と言う虚しい叫びが聞こえてきたような気がした。当然、香織には届かないが。

 

 するとエミヤは更に懐から弁当箱を取り出した。…どこから取り出したのだろうか。お母さんの懐は謎である。エミヤはそんな香織の疑問を他所にエミヤは続ける。

 

「ついでにここで食事も済ませよう。…もっとも迷宮の中でとは滅入るものがあるとは思うが、後々に必要なことだ。戦場では如何なる場所でも食事や睡眠を行えることが最適解。今のうちに慣れておき給え」

「了解です! お母さん!」

「…私は君の母親では無いのだが。そもそも女性ではない! しかも私はこの台詞を何度言えば良いのだ!! マスターにも言われたぞ! まったく…」

 

 やはりエミヤはみんなのお母さんであったようだ。

 

 なお弁当の香織の作った料理はエミヤから合格を貰った。エミヤが「ここまでの成長速度…これは逸材!」と日頃の冷静さが別のように目を輝かせていたりする。同時に香織も香織でエミヤの用意した弁当の具を食べ、改めて隔絶した差を見せられた気分になった。…それでも十分、カルデアの料理チート以上の力を持っているのだが…エミヤと紅閻魔は別格と記しておく。

 

 兎に角もトラウマの迷宮の階層で、香織とエミヤは料理について思案するのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そうして帰りも苦戦することなく、迷宮を突破した香織。一応今の自分の実力を知ることができ、満足した様子。ただ慢心は無く、むしろ「ここをこうやって…ああして…かな?」と研鑚を怠ることはしなかった。

 

 香織が目指す領域は遥か彼方。というか何だか、ハジメに群がる害虫(金色で小さな何か)が途方もなく強いような気がするので、油断する暇もないというべきだろう。その電波をキャッチした瞬間、香織から般若が出てきて、ヒュッと喉を閉じたのがエミヤである。

 

 そんなこんなでちゃんとホルアドに帰ってきたわけのだが…

 

「香織?」

「…勝手に行動とは、覚悟は出来ているだろうな。白崎」

「………………あ」

『………………あ』

 

 雫とメルド団長が宿屋の玄関で仁王立ちしていた。二人とも笑顔だ。…目を除いて。

 

 二人から漂う雰囲気が日頃の訓練で戦っているエミヤのそれよりも凄まじい。やはり怒る保護者は強いのか。たった一時間少しの外出ではあったが、無断でのもの。お咎めは当然と言えた。

 

 それをつい今思い出した香織とエミヤ。なおエミヤは霊体化しているので、実際に保護者二人組に睨まれているのは香織一人のみである。服装が普段の治癒士としての服装でないことから、まさか訓練とも思うまい。

 

 一応報告はしていたのだ。置き手紙という手段で。ただそれでも保護者気質の二人のことだ。メルドに関しては基本的には豪放磊落であるが、それでもつい二週間前に、惜しい男が死んだのだ。神経質になっても無理はない。

 

 不気味なほどの静まり。それを危うく感じたのか、香織は言い訳を始めた。

 

「え…っとね。私も遊んでたわけじゃないよ。ちょっとでも魔法を…ね?」

 

 目がうろうろ〜うろろ〜。事実ではあるものの、まさか迷宮に一人で突貫しに行ってたなどとは言えない。なので当たり障りのないように言っている。どうかバレるな! この事実!

 

 ただ日は暮れており、空はすっかり紺色へと変わっている。こんな時間に出掛けては野党などに襲われる可能性もある。香織なら普通に追い払えるが、保護者二人から見れば限りなくアウトだ。

 

 結果、雷使いに雷が落ちた。

 

「馬鹿っ!!」

「アホか貴様はっ!!?」

「ごめんなさぁあい!!!」

 

 香織の無双の代償は保護者二名の拳骨と説教のバッドセットだった。この後、二人によって香織は反省するまで正座させられていた。少し申し訳なく思うエミヤではあったが、霊体化を解くわけにもいかない。エミヤは気まずく視線を逸らすことしかできないのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー光輝side

 

 外で香織が保護者気質二名に説教されている一方で、光輝はベッドに転がっていた。ルームメイトの龍太郎は豪快にいびきを鳴らし、鼻提灯を作り出している。よっぽど疲れていたのだろう。起きる様子はない。

 

 だが光輝は寝ることが出来なかった。ベヒモスを倒した瞬間、それを思い出し興奮していたのだ。

 

(俺たちだって…やれる! 努力さえすれば、あの魔物を倒せるんだ!)

 

 まさしく全身全霊の戦いだった。誰か一人でも欠けていれば負けていたかもしれない。そんな戦いだった。

 

 まずやって来たのは達成感。ようやく自分が負けた存在を倒せたのだから。あの日、引くことしか出来なかった悔しさ。それが一気に晴れたような気すらも感じる。

 

 そして何よりも、光輝は倒さなければならない敵がいる。

 

(立香さん…何故、この世界の人々を救おうとしないんだ!? あの時、俺の手を取るべきだったのに!!?)

 

 光輝の脳裏に浮かぶのは月が浮かぶ夜。月の明かりの下、悠然と立つ白衣の制服に身を包んだ男の姿。その男、藤丸立香は己を見下していた。

 

『俺はあくまでも君たちを守る『べき』人だとは思っても、一緒に戦いたいとは一切も思っていない』

 

 裏切られた、そう思った。少なくとも光輝は立香達『カルデア』は自分を助ける為に来たのだと思った。だからこそその当時、立香が自分の味方で、共に戦場に立つのだと信じていた。

 

 しかし、違った。差し伸べた光輝の手は握られるどころか、触れられることすらも無かった。止めようとしても何らかの卑怯な手(・・・・・・・・)を使い、光輝を地に這いつくばらせた。

 

 それだけならばまだしも聖教教会の教皇ランゴバルドとその部下に呪いのような技を使用し、しばらく彼らを昏睡状態まで追いやったと聞いた。気絶していてその現場を見てはいないものの、その話を耳に入れた時点で光輝は立香を『悪』だと断定した。

 

(みんなが手を取り合って魔王を倒さなければならないのに! 何で立香さんはそれが分からないんだ!! 魔王さえ倒せばエヒト神が元の世界に戻してくれるのに! …きっと立香さんは俺たちを守るって言いながら、俺たちを嘲笑う『敵』に違いない! いや、そうだ! 絶対にそうに決まってる! あの人は魔人族なんだ! …きっとあのマシュという子も嫌々立香さんに従わされてる! 気の弱そうな子だったから、何か弱みを握られてるんだろう…かわいそうだ。ーーっ!! 俺が救わないと! その為には力がいる! 今度こそ俺が立香さんを倒すんだ!!)

 

 光輝は肯定する。己の都合の良いような思い込みだけで立香を悪人へと、マシュを被害者とした。そして己の中にある本当の感情(屈辱)から目を背け続ける。あくまでも己の負の感情を一切認める事はない。

 

 そしてそんな光輝の中には遺恨が残っている。立香が言っていた迷宮に赴く理由の一つ。それは自分たちクラスメイトの中で唯一奈落に落ちて死んだ男、すなわち南雲ハジメの救出である。これに光輝は更に腹を立てた。

 

(何故…何故なんだ!? 南雲はベヒモスと始めて戦った日でさえも自分勝手に(・・・・・)行動したじゃないか! あの日、アイツが出しゃばらなければ、誰一人死ぬ事はなかった! 死んだのだって自業自得、日頃から訓練をサボっていたからだ! なのに何で立香さんは南雲を贔屓する!? 意味がわからない!!)

 

 あの日、ハジメが光輝にベヒモスとの戦闘から逃れさせたことを『出しゃばった傲慢な行為』として捉える光輝。ここ最近、光輝はハジメに対する言葉に一応気を遣っているが、それでも内心は憤っている。

 

 確かにハジメのお陰で自分達は救われたとは思っている。ーーしかし自分の方が上手くやれたとも思っている。

 

 確かにハジメの死に思わない事はない。ーーでも日頃の行いのせいだと切り捨てる。

 

 確かにハジメの冥福は祈っている。ーーそれでも生前の行いを許した気はない。

 

 光輝は理解していない。その己の感情の根幹にあるものが何であるかを。

 

 本当は気づいている己の心の正体(嫉妬)をーーー。




なんか香織全力出してないのに、全員全力だと思ってる勇者くんまじピエロ。
…愚かよのぉ。(愉悦!)

なお私は光輝・愚・天之河を書けて満足だ!


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幕間の物語:一行のお食事事情

完全におまけのお話。
これと次のお話はギャグですね。
とりあえず一行の食事模様をリポートします!


 これは立香とハジメが仲を取り戻し、その後ゆったりと話し合っていた時までに遡る。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「そういやお前らってどうやって飯食ってんだ?」

 

 目の前にいる野生児のごとく、階層の魔物を丸焼きにしたものを喰らっていくハジメ。不意に問いかけられた立香は少し混乱した。

 

「へ?」

「だーかーら、普通魔物肉だったらテメェら死ぬだろ? …死ぬよな? まさか普通に食えるとか言いださねぇよな?」

「言わんわ! どんだけお前の中の俺、常識範囲外だよ!?」

「そりゃあ…死に体でもゾンビみてぇなガッツを持ってるぐらい?」

「…」

「…いや、俺が悪くはあるんだが」

 

 確かに常識外である。ハジメの神水が無ければ死んでいたほどには怪我を負っていた。自分でも流石になぁとは立香でも思うので自然と目が逸れる。なおハジメも自分が原因なので少し気まずげに視線が逸れていた。

 

 なんだか居たたまれなくなった二人。とりあえず立香が咳払い一丁! 仕切り直しだ!

 

「さ、流石に魔物の肉は食べないって」

「…まさか食べずにここまで来たのか?」

「それこそまさかだよ。二週間程度なら食べずに何とかなるけど、動けなくなるもん」

「…そうか」

 

 逆に二週間ならどうとでもなるのかと呆れるハジメ。傍にいるユエも「……本当に人間?」と不思議がっている。もはや立香がホモ・サピエンスを超える新たな人類と言われてもハジメは疑わないだろう。

 

 カルデアでどれだけ揉まれてきたのか、非常に気になったハジメだがとりあえずスルーしておく。そこの辺りは触れたら深淵のような気がする。ますます立香を人類とは思えなくなるような気がするので全力でスルーする。

 

「でもお前、食べ物らしいもん一切持ってねぇじゃねぇか? マジでどうしてたんだ」

「単純単純。宝具使いました! トータの! …もっとも何だかこの世界来てから変質してるけど」

 

 ここでサーヴァント一同が立香にジト目を向ける。状況的に出来るだけ少ない荷物で行きたかった気持ちは分かる。だがやはりの○太のドラえ○ん的な扱いの軽さには呆れずにはいられない。

 

「トータ? ………まさか大百足伝説の俵藤太か!?」

「おうその通り! 流石はサブカルチャーの申し子! 話が早いな!」

 

 今度はハジメがジト目を向けた。そういやコイツの周りに今いる英霊ってモードレッドとかスカサハとか言われてたような…。というかモードレッドって男だったような。深く考えないようにしたハジメである。まさかそれどころか冥界の女王や太陽の蛇神が恋人にいるとは思ってもいないだろう。後々のハジメのSAN値が心配である。

 

「…俺はお前の交友関係が大いに気になってきたが…まあいい。そんで何でその英霊の宝具で飯が食えんだよ。俵藤太なんだから弓矢の宝具じゃねぇのかよ?」

「確かに弓矢の宝具もあるけど、トータの宝具の一つに飯出し放題な宝具があるんだよ! …ただ一つ欠陥がありまして」

「欠陥? 確かに破格の宝具だが、一体何が…」

 

 食べ物作り放題な時点で相当だよなぁ、と思わざるを得ないハジメ。しかし立香は深刻そうな顔をすると、告げた。

 

「米が………作れない」

「…なんだって?」

 

 これから世界が破滅する的なトーンで言っているのに、内容は予想外に陳腐なもの。異世界系主人公って米好きだよなぁ、とは思っていたが、目の前に現れるとは思っていなかった。なんとも拍子抜けといった様子。

 

 だが立香は猛烈な勢いでハジメの肩をガッ、そして揺らし始める。

 

「本来ならトータの宝具は米出し放題のはずなんだよ! なのに出てくるのはパンやら肉やら…こっちで食べたものしか出てこないんです! 一日や二日程度なら耐えられたがかれこれ一ヶ月以上…米よこせ!!」

 

 後ろの方でマシュも悲しそうな顔をしている。まるで長年世話をしていたペットが死んだかのような表情だ。スカサハやモードレッドをしても「これはゆゆしき問題だ…」とか「マジどうする?」といった風に真剣に話し合っている。なおユエは頭にハテナマークを浮かべるばかりだ。

 

 たかが食事ごときで…と呆れるハジメ。やれやれと肩を竦めながら、立香に問いかける。

 

「…それ、そんなに重要か?」

 

 これに立香は盛大にビクッとする。そしてハジメを敵のように見つめると、やがて告げた。

 

「…カツ丼、牛丼、親子丼、海鮮丼」

「………(ぴくっ)」

「…カレーライスにオムライスに天津飯」

「………(ぴくくっ)」

「…チャーハン、肉と米のベストマッチ」

「だーーー!! 俺が悪かった! 俺が悪かったから、これ以上俺の食生活の虚しさを強調させるような単語の羅列やめろ!!」

「わかってくれたならば何よりだ、超親友(ブラザー)

 

 ハジメは未だに魔物肉を食らっている。当然血抜きさえもされていないので、味はゲキまずである。臭みが凄いが、ここ最近普通に慣れていたのであまりこの食生活に不満はない。

 

 ただ日本にいた頃の豪華なご飯を思い浮かべると虚しさが素晴らしく酷い。少し瞳から垂れる冷たいものを感じた。泣いているわけではない。汗だ。きっと汗である。魔物肉おいしい。

 

 すると立香が空を仰ぎ、詠唱を始めた。詠唱を完成させて、そしてボトボト落ちてくる食材の数々。

 

「さて、それでは久々に調理といこう。…ハジメ、鍋とか包丁とか作れるか?」

「作れるが…ここの辺りは火種も水もないぞ?」

「その辺りは安心しろ。宝具で何とかなる!」

「………」

 

 宝具って本来、そんな扱われ方するっけ? そう思わざるを得ないハジメ。立香に向けられるジト目の数が増えていく。

 

 ただハジメもハジメで“投影”や“錬成”を用いて無駄なレベルの調理器具を作り出している時点で立香と同じである。包丁など鎧を貫けるレベルだ。本気で過剰なまでに素晴らしい調理器具。ハジメ職人の辞書には妥協などという言葉はどうやら掲載されていないらしい。

 

「…ハジメさんも先輩と同レベルですね」

「うむ。無駄にハイスペックな物を創り出しおる」

「…あの包丁、粛清騎士に持たせてんのよりも強えぞ?」

「……そんなハジメも素敵」

「(ブンブンブンブン)」

 

 誠に遺憾である。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 そしてマシュと立香が共同で作り上げられた料理。ハジメは本気で久々のまともな食事にありついた。なおハジメも魔物肉をあげようとしたが、よく思えば魔物肉は常人には毒なのでNGとなった。

 

「…うめぇ」

「…何気に変貌後から初めての笑顔だぞ、コイツ」

「それほど喜んで貰えたならば何よりです」

 

 ハジメの満面の笑みに一行は少しほっこりする。とはいえその要因が食材とは…どれほど魔物肉は不味かったのだろうか。気になるマシュ達であったが、食べたら最悪死んじゃうのでスルーせざるを得なかった。

 

 なおハジメの場合、“進化促進”によって何らかの補助も無しに魔物の毒に耐え抜き、その魔物の力を身に宿すことで可能となっている。

 

 また最初だけは回復薬を飲まなきゃ無理だった、と神水を取り出し一行が慌てふためくという事件もあったのだが、ここでは軽く流しておく。なお『回復薬』という適当感極まりない名付け方に立香達が憤慨したのもさらっと流しておく。

 

 そんな風に慌ただしく食事が進んだ中、ユエがスープを飲みほした。プフーと満足げな口の周りにはコンポタージュの白いお髭だ。マシュが間髪入れずにそっと懐からウェットティッシュを取り出してふきふき。相手の邪魔にならない程度の力で見事に白いお髭を消してみせた。流石は立香の正妻。話が違う。

 

 拭かれた当のユエはそのマシュの心遣いに恐れ慄いた。何という自然な気遣い。ユエも姫の頃にマナーなどは躾けられてきたが、それとこれとでは次元が違う。

 

 マシュの正妻力は怪物かっ!!?

 

 ふるふるとマシュの高みに震えるユエ。やがて何かを決心するとマシュに向かって土下座をする。ハジメ的にはまだまだな土下座。しかし一般基準からすればそれなりに綺麗な土下座だ。

 

 何事か全くもって分からないマシュ。混乱の中、ユエはいつもの如く静かに、しかし情熱を持って頼みを申し上げる。

 

「……マシュ、弟子にしてください」

「っ!?」

 

 マシュも恋する乙女。当然、それが何故のものか理解できた。そしてユエの瞳に宿る灼熱のような情熱の丈も。

 

「…道は険しいですよ?」

「ん! 頑張るっ!」

 

 急にマシュの空気も真剣なものに。男子二人は全くもってノリについていけない。とりあえず二人はスープズルズル〜。あー、おいし。

 

 すると食事が終わったユエがハジメに不意に近づいてきた。

 

「…なんだ、ユエ?」

「……」

「いや、何で万歳してるんだ? というか何故俺の方をヨダレを垂らしながら見る? 飯は言っとくがやらねぇぞ?」

 

 ハジメはどうやらユエがよっぽどの食いしん坊だと思ったらしい。己の器をユエから隠すように持つ。久しぶりの美味い飯、ユエと言えど奪われるわけにはいかない!

 

 そう意気込んでいたのだが、ユエはその器の方には一向に目がいかない。その視線はハジメの首筋に向かっている。

 

 ようやくユエの視線の在り処に気がついたハジメ。そこにはマフラーがあるが、ユエはそちらにも目がいっていない。ハジメの首だけを見ている。

 

「…ユエさん、一体何がお望みで?」

 

 変に堪えるこの状況の打破の為、ハジメが尋ねた。

 

 するとユエはじゅるりとヨダレを飲み込んだ。

 

「……マフラー、外して」

「…落ち着かないんだが…手には持っていて構わないか?」

「……ん」

「よくわかんねぇが…ほら、これでいいんだろ」

 

 しゅるるとマフラーを首から外し、代わりに手に巻きつける。不思議なことに風もないのに自然と巻きついてくれた。立香の「あれやっぱり霊装じゃ…という呟きはまるっきり無視した。

 

 そしてユエにマフラーが手に巻かれている様子を、手を小ぶりに振ることで見せた。

 

 ユエは手に巻きついたマフラーを見て満足げに頷いた。するとマシュはユエから何かを感じ取ったのか、ユエを抱擁しにかかる。だがユエさんは日頃見せないようなエージェントのような神回避を再現。勢いそのまま、ハジメに飛びかかって抱きついた。

 

「ちょっ!? ユエ!!?」

 

 顔を真っ赤にして動揺するハジメ。あまりの超スピード展開に目を点にするモードレッドとスカサハ。だいたい察しがつき、面白そうに見守る立香。なんだかハラハラしているマシュ。

 

 それら全てをサラッとユエは無視。妖艶に微笑み、ハジメにのしかかって一言。

 

「……いただきます」

「はっ!?」

 

 ハジメの驚愕も無視してユエはハジメの首筋に噛み付こうとして…

 

「(ビュン!)」

「ぶはぁっ!?」

「「「「「……は?」」」」」

 

 マフラーが手から解け、一人でにユエをビンタで弾き飛ばした。視界外からかつ予想不能な一撃にチートたるユエでも回避は不可能だった様子。

 

 地面に叩きつけられたユエ。しかしマフラーは反撃の手を緩めない。ハジメの手から超速効で抜け出すと、ユエに絡まりマウントを取ってから確実にいたぶっていく。魔法を使えばユエも抵抗は可能だろう。たとえば炎魔法を使えば一瞬だ。それでも使おうとしないのはハジメの大切なものだと知っているからこそ。流石のユエもそれでは気が引ける。

 

 そしてそのアドバンゲージを知りつつも、無慈悲に大胆にフルスイングでビンタを続けるマフラー。流石のハジメも呆けた状態から精神を立て直し、止めにかかる。

 

 ハジメがマフラーに手を掛けると、今度もまたくるくるくるりとハジメに巻きつき、自然と首元に戻っていった。

 

 マフラーについても非常に気になったが、とりあえず今はユエの急な行動の方が気にかかった。

 

「ユエ…いったいどうしたんだ?」

「……血が欲しかった」

「…血? ああ、そりゃあ吸血鬼だから必要か。だったら言ってくれれば、いくらでもくれてやったぞ?」

 

 ハジメにはユエならば断る理由もない。頼まれればすぐに請け負っただろう。そのため襲うなどという行動に出る必要はまずない。

 

「あとついでに……ハジメのハジメを貰おうとしただけ」

「? 俺の俺? いったい何の話だ?」

「……分からないならいい。血を飲ませて」

「? ほらよ。肩でいいか?」

「……ん」

 

 ユエの返事の意味を理解していないハジメは吸血のため、襟元をめくった。そしてユエはハジメの胸に飛び込むとそのままハジメの肩に噛み付いた。可愛らしい音を立てながら吸血するので、そういったところに愛しさを覚えて、ついユエの頭を撫でる。ユエは撫でられて気持ちいのか、目を綻ばせる。

 

 一方で外野はというと。

 

「え? 今のって…下のでいいよね。マシュ?」

「ですね。思いっきり。マフラーさん、ナイスファイトです!」

「こんな面前の前でやろうとしておったのか…」

「破廉恥だろ!!」

 

 とりあえずモードレッドだけが正当な反応をしたとして記しておく。

 

 なおこの後、ユエ的にハジメの血の味は美味しいということが判明した。濃厚でクリーミー、具沢山なスープのようだったとのこと。見た目が見た目だけに想像ができないが、当の本人がハジメを見る度にじゅるりとヨダレを垂らすので間違いはないだろう。

 

 なお他のメンバーの血は飲む気は一切ないらしい。みんながどんな味なのかユエ診断してもらおうとしたのだが、

 

「私はハジメ一択。他に浮気はしない」

 

 とのこと。これにより立香に相当冷やかされたので、とりあえずハジメは蹴りを入れておいた。またマシュがまた香織に対して何か謝っていたが、ハジメにはあまり分からなかった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 幕間のおまけ

 ハイリヒ王国にて

 

(ドサッ)

 

 とある日、香織の前に置かれたのはそれはそれは見事なまでの調理器具の数々であった。陰陽の包丁、ミトン、まな板、フライパン、鍋、エプロン、そして初歩の調理本。山積みに積まれた調理器具を香織は凝視しながら、エミヤに尋ねた。

 

 香織「…これはなんですか?」

 エミヤ「私に弟子入りするのだろう? ならばと思い、“投影”したまでだ。不要だったかね?」

 香織「いえ! ありがとうございます!」

 エミヤ「そうか、それは何より。ああちなみにそれらは怪我をしないように配慮が施されている。そこのミトンもドラゴンのブレスぐらいの熱ならば耐えられるぞ?」

 香織「…(何だろう。ハジメくんと同じ気配を感じる)」

 

 無駄な技術で無駄に素晴らしく完成された無駄な技術の結晶。師匠から弟子にその意思はものの見事に受け継がれている。

 

 そんなオマケでした。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 幕間のおまけ

 オスカーの隠れ家にて

 

 マシュ「…これは?」

 ユエ「おにぎり。上手くできた」

 マシュ「……なぜおにぎりが赤いのでしょうか?」

 ユエ「? 食べ物には血を入れる。当然の知識」

 マシュ「………ちなみにこの血は誰のものでしょうか?」

 ユエ「私。ハジメには私に染まってもらいたい」

 マシュ「そ、それでは試食を」

(ぱくっ)

 マシュ「……………シュウゥゥ(霊基が消滅する音)」

 ユエ「何故!?」

 

 この後隠れ家にあった“再生魔法”のアーティーファクトで何とかしましたとさ。

 

 マシュ「誰か!? 他に指南役の方はおられませんか!!?」




食材に血を入れるのはユエさんの『おりじなりてぃー』です。
なお最期のマシュの発言で何人かが背筋を凍らせました。
???「なんだか将来苦労する気がするですぅ〜」
???「あれ? 何で背筋が凍ったのかな? かな?」
???「(ぶるっ!)…あっつ!! なんでコーヒーもどき淹れてるタイミングで震えるのよ!!?」
こんな感じですね。

※ユエさん米使ってるけど、おまけのおまけということで気にしてはならない、いいね?

次回は男子三人が大騒ぎ!
お楽しみに!


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幕間の物語:師匠の試練

超悪ノリ回です。
書いてて割と楽しかった。


 これはオスカーの隠れ家出発の前日談である。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 立香は今、ハジメの必死な姿を眺めている。その後ろにはオスカーがいて、ハジメの“錬成”の腕の上昇ぶりに感嘆していた。やがて「流石は僕の弟子だ」と満足げに頷く。

 

 今日行っているのはオスカーがハジメに叩きつけた試験だ。これをクリアすればとりあえずはこの隠れ家からの外出が許されることとなっている。これはその一世一代の大勝負である。

 

 ルールは簡単でオスカーが提示した物をハジメが“錬成”などを用いて創り出すというもの。オスカーにそれを認めさせればクリア。単純明快だが、相手はオスカーというトータス史最強の錬成士。オスカーを認めさせるとあらば神代級のアーティーファクトを作り上げねば不可能である。

 

 そのためハジメは周りのことなど耳に入っていないと言うほどに極限の集中の中にいる。

 

「それにしても俺、錬成士じゃないですけど…これ凄くない?」

「ああ。僕もそう思うよ、リッカ君。僕もこの路線の作品はなかなか頭を抱え込んだものだよ。その点、ハジメ君はその辺りをよく見極めている。僕の思想とは離れているようだが、そこは千差万別。錬成士の世界じゃよくあることだね」

「ふーん、そうなんだ」

「ああ、そうだよ。錬成士っていうのは意地で生きているような奴等の集まりだからね。仕方のないことさ」

 

 昔を懐かしんだのか、オスカーは寂しさを滲ませた笑みを浮かべる。それはきっとオスカーが工房にいた頃を思い出してのことだろう。事情を知っている立香は敢えてあまりそこには触れず、会話を続けた。

 

 なお二ヶ月という月日により、男子三人組はメキメキと仲良くなった。その為、オスカーも二人を名前で呼ぶようになっている。お互い気を使った様子もなく、気軽に話している。

 

 その為、三人だけで男の趣味的な路線に熱くなることもしばしばあり、『ドラゴン殺せる剣(オスカー命名)』をオスカーの道具庫から見つけ出した際には三人で盛り上がっていた。そして尋常になく盛り上がり、ハジメと立香がそれぞれの相方を無視し続けた結果、地獄を見る結果となったのはさもありなん。

 

「にしてもこの二ヶ月間色んなことがあったよなぁ…」

「ああ、『マフコプター事件』とか『眼鏡大混雑事件』、『立香マジ逸般人事件』、『ハジメミイラ事件』、『マッシュマシュッ事件』…本当に色々あったものだよ。『解放者』メンバーと引けを取らないほどに慌ただしかったね」

 

 どうやら『解放者』のメンバーも相当曲者揃いらしい。どんな人物か尋ねたのだが、オスカーはその時のお楽しみというばかり。一片たりとも教えようとしない。

 

 まあ、オスカーの知り合いなのでそこまでは捻じ曲がってはいないだろう。そんな風に予想しているが…果たしてどうなることやら。

 

「…だぁああ! ちょっと休憩取るぞ、オスカー!!」

「ああ、勿論だとも。休憩無しではどれほどの錬成士でもいい作品は作れない。一般常識だ」

「だな。精密機器すぎて微調整に時間がかかり過ぎる。…この二ヶ月でお前の作品の凄さがマジで分かってきたよ」

「こちらも伊達に君の数十倍も経験を持っているわけではないからね。そう簡単に追い抜かれるわけにはいかないよ」

「そうかよ。…つってもあと数ヶ月で必ず追い越してやる。覚悟しとけ」

「うんうん。その調子で神も殺してくれたら助かるよ」

「俺の道に立ち塞がったらの話だな、そりゃ」

 

 この辺りは錬成士の話。当然立香にはどの辺りが特に難しいといったことを全くもって伝わらない。こうなってくると少し疎外感を覚えるのが非常に悲しいところだ。

 

 職人気質なハジメとオスカーはとりあえず制作途中の機器を見つめながら、改善点や良点などを告げていく。

 

「やはりハジメ君はどうしても全体のバランスを整えることが苦手だね。逆に精密な部分は僕よりも数段上なんだけどなぁ…。特にこの関節部分とかは会心の出来だったんじゃないかい?」

「そうだな。丈夫かつ機動性の保持を行うのは大変だったな。どうしてもどっちかだけに寄っちまう。…バランスが取れてねぇってのは具体的には何処だ?」

「重量バランスだね。あまり偏っているわけでもないんだけれど…。それでも緻密な機器、特に機動性のある機器の場合はそのバランス一つが致命的なミスを及ぼすんだ」

「なるほどな。…今からそのミス直してもいいか?」

「今のままでも十分合格ラインなんだけれどね…でも君は満足いかないんだろう?」

「ああ。生憎様、俺はミスが一つでも分かれば直さずにはいられない主義なんだ」

「その気持ちはよく分かる。幸いタイムリミットは今日の間だ。それまではめいいっぱい試行錯誤してくれたまえ」

「そうかよ」

 

 するとハジメは急に忙しなく周りをキョロキョロと見始めた。何かが来るのを警戒している様子だ。立香とオスカーはそれにふっと笑って、サムズアップを決めた。

 

「安心しろ、ハジメ。敵はまだ来ていない!」

「リッカ君の簡易降霊に僕のアーティーファクトを全力で行使しているんだ。奴らが来ることは無い」

 

 警備全開である。立香とオスカーの素晴らしいまでの連携感。蟻一匹たりとも見逃さないぜ! といった真剣さだ。なお立香の簡易降霊とは英霊ではなく、スペルブックやスケルトンの召喚である。キャスタークラスの力を借りれば簡単とのこと。今回はアヴィケブロンのゴーレム生成を使用している。またしても軽く宝具を使っちゃってる立香さん。ここにマシュ達がいればジト目確定だ。

 

「そうか、なら良いんだが…」

 

 だがそれでもハジメの不安は拭えない様子。そんなハジメの首にはマフラーが無い。これも一応しっかりとしたわけがあるのだが、ここでは割愛するのこととする。

 

「にしても見事だよなぁ…一からこれ作ったんだろ?」

「いや、流石に基盤はオスカーのを参考にした。そこに俺なりのアレンジを加えた感じだな」

「それでも見事なものだよ、ハジメ君。二ヶ月そこらの錬成士の領域ではないね。弟子がここまで成長するとは予想外だったよ。…いやぁ、本当に…」

 

 オスカーは目の前にある人型(・・)のゴーレムを見ながら、感嘆の息を漏らした。

 

「ーーー見事なメイドゴーレムだ」

 

 オスカーの課題とは、メイドなゴーレムさんである。オスカーはメイド道の探求者の身。メイドゴーレムに関してもオスカーの信念は妥協しない!

 

 そして同時にハジメや立香も探求者である。普段は三人ともその真相を隠しているのだが、お互いの信念に触発されて、爆発したらしい。なお厳重な警備はユエやマシュ達にバレないようにするための自衛の策である。

 

 ただし製作を行うには一つ、大きな問題があった。

 

「だけれど、ヴィクトリアン風なのはいけないね。もう少しフリフリにしたらどうだい?」

「ほざけ、テメェの装飾過多なフレンチメイド志向には俺の方が呆れてるよ。メイドは優雅に可憐に、だ。これを譲る気は一切ない」

「おおん?」

「ああん?」

 

 審査員(オスカー)製作者(ハジメ)の趣向の不一致である。二人とも最初に『や』の文字が入るような職業の人々の眼光を宿している。お互い己の崇高なメイド道を譲る気はないようだ。

 

 ラウンド1、入りま〜〜〜す。

 

 ハジメがドンナー、シュラークを両手にガン=カタの構えを取り、オスカーが『黒傘』を担ぐ。真紅と陽光の魔力が作業部屋一帯に吹き荒れる。てんめぇ、捩じ伏せてやる的な声が不思議と言ってもいないのに立香の耳には聞こえてきた。まさしく『たけのこ・きのこ戦争』のような凄まじさである。

 

 このまま錬成士頂上決戦が火蓋を上げようとした、その時。メイド道を突き進む二人にはあってはならない声が聞こえてきた。

 

「…俺的にはどっちも同じに見えるんだけどね」

「「ヴィクトリアンとフレンチの違いも分からん奴にメイドを語る資格は無い!!」」

「…仲いいね、君ら」

 

 先程まで殺し合いにすら発展しそうであった二人が立香の言葉に大いにキレにキレる。ハジメのドンナー、シュラークとオスカーの『黒傘』が立香に向けられた。

 

 立香は確かにメイドの道を探求する者だ。しかしハジメやオスカーと違い、立香の場合は広く浅く。すなわち『コスプレフェチェ』である。

 

 こうなってしまったのはきっとカルデアの際どい服装達のせいだろう。日常から「え? もう少しでポロリしちゃうよ? ねぇってば?」レベルのを見ていれば、そう言った性癖になってしまうのは仕方がない話なのかもしれない。

 

 だがメイド道の探求者二名はそのような妥協を許さない。己の道のアプローチを始めた。もちろんその視線は立香である。どうやら立香を味方に入れた者勝ち的な感じになったらしい。

 

「ヴィクトリアンは確かに素敵だ。しかし可愛らしいフリフリにミニスカート。こうとなれば保護欲が燻られるんだ。そこの辺り、分からないかい?」

「ハッ、馬鹿かオスカー。テメェのは安直過ぎる。本当のメイドってのは侘び寂びってもんを良く分かってる。普段は優雅にエレガントに。そうすりゃ偶の赤面が際立つってもんだ」

「…うーん。俺的にはどっちでもーーー」

「「立香! 自分を誤魔化すな! どのメイド服がいいか、選べ!!」」

「え〜〜〜?」

 

 オタク道二名の情熱に若干付いていけないっていうか…という感じの立香。どうやらコマンドの『逃げる』は選べないっぽい。多分、逃げても回り込んで来るやつだ、コレ。

 

 とはいえ立香は本当にコスプレなら何でもいい系だ。何かメイド系で衝撃的なやつ…あ、そうだ。

 

「セイバーオルタのメイド水着は印象的だったなぁ」

 

 思い出すのはイシュタルカップ(2017年度開催)。横にいたネロや他チームの頼光もなかなかだったが、やはりメイド+水着の威力は凄かった。しばらく立香の理性が飛んだぐらいに。

 

 それこそマシュのジャーマン・スープレックスが無ければ、ガチでバーサーカーになっていた可能性が高い。最悪ケルトケルトな事件さえもあり得た。そこを考えるとマシュには感謝しても足りないぐらいだ。

 

 今でも何度か着用して貰っている。その度に理性とフルの戦いを行うことになるあの宝具レベルの服装。…立香の性癖はなかなかに業が深い。

 

 そして立香は気がついた。先程まで必死だった二人の視線がいつの間にやら畏怖の視線に変わっていることに。

 

「あれ? 二人ともどうしたの?」

「…なんて奴だ。まさかそんな高次元なメイド服を…しかも実物を見ているなんざ!?」

「何というリアじゃーード○ファンなんだ!!?」

「言い直せてないけど!? あとお前らも人のことは一切言えないだろ!?」

 

 どうやら水着×メイドという非現実的な組み合わせをサラッと言った立香に戦慄していたようだ。動揺が一切隠しきれていない。確かにハジメとオスカーが言っていたのに対し、立香の発言は結構斜め上。ショックを受けるのも仕方がない話だ。

 

 それに対し、立香はいつものような反論を行う。男三人組=ジゴロ三人組の為、この言い訳はよく使える。

 

 しかし今日はそう簡単には行かないらしい。

 

「いや、テメェと一緒にすんな。俺はちゃんと節度あるっ!」

「俺を節度ないみたいに言うな!!」

「え? 違ったのかい? てっきりリッカ君は自分に惚れてきた相手全員を孕ませる系のゴブリンと同レベの薄い本からやって来た系の人だと思っていたのだけれど…」

「オッケイだ、喧嘩売ってるよね? 爆買いするぞ? 誰がエロ同人誌の主人公だ、コラ」

 

 流石にゴブリンと同格にされるのは癪に触った立香さん。やり合えばキアラにすらも勝てる夜の戦闘能力のため、あながち間違いではないのだが、それはそれ。これはこれ。『十三の花の盟約』まで残り数秒だ。

 

 しかしその前に立香の頭に念話が響いた。

 

『あの衣装、貴様は本当に好きだな。また着てやろうか?』

「………オルタ?」

『しっかり『セイバー』も付けろ。あのヤサグレ聖女と一緒にされては蕁麻疹が絶えんだろう』

「………」

 

 念話の正体が分かった途端、立香は冷や汗を垂らした。というのもつい先程まで立香は念話を切っていた。

 

 その理由は至極単純。自分の彼女よりもメイドに目がいってるというのをバレないようにするためである。立香的には着てもらいたいが、友人二名にその姿を見せたくはない。その為結局、こうやってメイドゴーレム生成に手を貸して、発散するしかないのだ。

 

 その結果、隠さねば最悪またもや死に直行のスタイル。少なくとももう三日間は土下座継続となるだろう。それを避けたが故に十三騎の英霊と念話を切り、警備も万全にしていたのだ。

 

 しかし恐らくはハジメ達の攻め具合に動揺して、念話の設定を元に戻してしまったのだろう。念話が再開されたのだ。すなわちこの部屋のメイドゴーレムの存在がバレたわけで……。

 

『またですか、安珍様。清姫は悲しいです。…またもや安珍様を調教(に説教)しなければならないなんて…』

『覚悟しろ。汝は逃れられん』

『さあーて。マスターちゃん。地獄の業火に焼かれる準備はできたかしら?』

「…やべぇ」

「? 立香、どうした?」

「何かあったのかい?」

 

 念話は当然立香にしか聞こえていない。ハジメとオスカーはいきなり黙りこくって、冷や汗を滝の如く噴き出した立香に声をかけるが、立香は今それどころではない。

 

 そして十三騎の中でも極寒に匹敵するような声が念話により聞こえてきた。

 

『ふふふっ。先輩、今すぐそちらに行きますね。勿論、ユエさん達と一緒に』

「………」

 

 立香は悟った。

 

 ーーああ、死んだ

 

 何処までも足掻いてみせる立香だが、こういった状況では彼女達に勝てた試しがない。

 

 せっかくハジメがなんだか変なものが憑依してる感があるとはいえ、大事なマフラーをメイド製作の邪魔にならないように工房の外に設置したというのに! オスカーがプライドを捨ててまで、リビングに眼鏡を設置し、分身を作り出したというのに! 立香の凡ミスで全てが水の泡となったのだ!

 

 廊下の向こうから轟音が響く。慌ててメイドゴーレムを隠そうとするハジメとオスカー。だが時すでに遅し。

 

「“凍雨”」

「(シュパッ!!)」

「アンカーボルト、リロード!!」

 

 氷の氷柱がメイドゴーレムに風穴を開けまくり、残った首皮一枚をマフラーが手刀(?)で切断。そして空中を飛ぶ頭部をマシュが盾で殴り、粉砕した。

 

「「フリージアぁあああああああ!!!!!」」

 

 どうやら名前が既に決まっていたらしい。ものの一瞬で金属粉へと成り果てたハジメ謹製のメイドゴーレムのあんまりな最後に断末魔の如く、ハジメとオスカーの絶叫(レクイエム)が響いた。

 

 あんまりな光景に四つん這いになる若干二名。なお立香は来たるべき時に備えて土下座をスピーディーに行った、

 

 なお立香のその行動はすぐに正しいと証明されることとなった。

 

「「で? 反省は?」」

「(ビッ!!)」

「「「すんませんでしたぁああああああ!!!!」」」

 

 なおこの後、ハジメは呼吸困難なミイラへと成り果てることとなったのは言うまでもない。立香が「私が悪かったです。私が悪かったです。私がーーー」とリピート再生をしばらく繰り返したのも言うまでもない。

 

 そしてオスカーは眼鏡を粉末のように砕かれたことは言うまでもない。当然、本体が無傷で「僕って本当に眼鏡が本体…」と精神的ダメージを負ったのもいうまでもない事実であった。




この時からフリージア(試作版)は産まれたのだ!
後々、モビー○スーツを着出す予定。
メイドさんには無限の可能性が秘められているのだ。

それはともかく次の次で一章完全ラスト。
ま、次の次は人物紹介だから楽なんだけど。


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《if・iron tooth》:破壊の権化

新元号決まって初の投稿です!
お願いします!

さて本日はエイプリルフールということもありまして、イフバージョンを投稿させていただきます。
とはいえ続くのですが。

とりあえずどうぞ!

※タイトル変更です


ーー■■■side

 

「ハァー、ハァー、ハァー」

 

息苦しい。どれだけ空気を肺に送ろうとしても、気管がそれを拒む。縮こまった喉が吸い込んだ筈の酸素を吐き出させるばかり。一向に息苦しさから抜け出せる気配はない。

 

手には道具の一つである拳銃が握られている。ただ手の甲に付いた気持ちの悪い感触の方が気になって仕方がない。

 

べとりとした生温い感触。至近距離で外さないように殺した代償に手が嫌というほどに血で塗れた。魔物を殺した時も、肌に血が付くことはあった。しかし今回はそんなものと比べ物にならないほどの気分の悪さがこみ上げてくる。

 

ーー■■■■■は藤丸立香を殺した。

 

決別したと言っても差異は無い。『神山のアサシン』と交わした契約を果たしたまで。これで感情を捨てられるのであれば、この苦しさも一時的なものだ。

 

先程から死霊の如き粘り強さを見せていたが、流石に心臓と脳を穿てば動かなくなった。英霊の槍も消え、立香だったものの周りに作り出されるのは血の池。生命の潮が溢れ出ていた。

 

「先輩…。ーーうそ、ですよね?」

 

嘘なものか。見れば分かる。死んでいる。しぶとく立ち上がるということももう無い。

 

「■■■!■■■!」

 

ただ五月蝿かった。かつての俺の名前だったものを叫ぶ少女。

 

目障りだった。生きているもの全てが。自身で犯したことにも関わらず、理不尽な憤怒が己の胸の内から溢れ出す。

 

理由はそれだけで十分。タガの外れた思考に従い、引き金に指を掛けた。

 

「邪魔だっ、消えろっっ!!!」

 

■■■の叫びと共に、弾丸は飛来する。片方はマシュ、もう片方は少女へと。光の速さで駆け抜ける弾丸は彼女達の脳髄を破裂させる、その筈だった。

 

「黒傘 十式 “聖絶”」

 

二人の眼前に陽光の障壁が発生し、二人の死を拒んだ。聞き覚えのあるその声に、冷や汗を垂らさざるを得ない■■■。

 

何故ならば、彼女達を守るようにして立つ男にはもはや容赦という一言は欠けていたからだ。膨大な魔力によるプレッシャー。■■■をしても勝つことのできない理不尽なまでの魔力だ。

 

そして彼の横にいる黒い騎士のゴーレムが脇に抱えているのは『神山のアサシン』が背負っていた大剣。言外に■■■の元の目的である記憶の消去が不可能になったことを示していた。

 

同時に■■■の言い分を聞くつもりは一切無いらしい。『オルクスのキャスター』が今、鍵言を告げる。それは死刑宣告と同意義のもの。

 

「『解放者』、オスカー・オルクス。迷宮の理に従い命ずる。我が迷宮よ、危険因子たる■■■■■をチリ一つ残さず殲滅せよ」

 

瞬間、迷宮が哭いた。するとガガガッと派手な音を鳴らしながら階層が広さを増していく。続いて壁やそこら一体に特殊な突起物が生まれた。言われなくても分かる。全自動攻撃式アーティーファクトだと。敵として認識した相手に魔弾をぶつけるアーティーファクト。単調だが、数が夥しい。百は当然のように超えている。

 

更にはオスカーからの魔力量が桁違いに上がった。神に抗った者、その実力の一端がついに本格的に力を解放したのだ。

 

この時、■■■の知らない話ではあるが、迷宮は危険因子を見つけると攻撃用アーティーファクトとなり、敵を迎え撃つ。これは『神の使徒』やエヒトの眷属に対する対策である。また英霊であるオスカー自身にも『ただの攻略者相手には全力を出せない』という制約が取り付けられている。

 

しかしオスカーはもう■■■を攻略者ではなく、敵として認識している。それはつまり神代の力を遺憾無く発揮できるということ。

 

「…フジマル・リッカを無くしたのは非常に惜しい。彼の意思によぬて、君もきっと戻ってくれる。…そう信じた僕がバカだったんだろうね」

 

立香が死んだのはあくまでもオスカーの油断ゆえである。■■■は恐らく、立香の言葉に心を揺るがせ、止まるだろうと信じた故の。だからこそその判断ミスを悔やみ、同時に完全にタガを外した■■■を敵と見なす。

 

そしてオスカーの周りに人一人に相当する魔剣がいくつも現れた。宝具解放の鍵言はもう無い。本来のオスカーの魔力操作の力もその手に戻った。

 

ノータイムノンシーで発動されるのは神兵をも虐殺する宝具。そして環境の利すらもオスカーのもの。だからこそ、ここで再現されるのは一方的な蹂躙である。

 

急に迫った絶望の光景。それに硬直することしか出来ない■■■。その間にオスカーの命令は下された。

 

「死ぬといい、■■■■■。せめて君に地獄の業火を与えよう」

 

一切放射。それは迷宮の地盤ごと破壊する紅蓮の衝撃を巻き起こした。

 

そして床が破壊されたことにより、■■■は奈落の更に奥へと落ちていく。掴むものは何もない。ただ重力の成すままに落ちていく。

 

しかし迷宮は危険因子を逃しはしない。何十もの魔弾が迷宮の突起物から炸裂した。“天歩”により上へと舞い戻ろうとする■■■。しかしそこにいたのは『黒傘』を己に向けたオスカーの姿。

 

『黒傘』から放たれたのは雷系統の中でも上位に属すると魔法“天灼”。雷自体のダメージはある程度無視できる■■■。しかしあまりもの衝撃波に“天歩”という翼は挫かれ、地へと落ちる。

 

衝撃に負け、少しの間行動不能に陥いっていたが、包囲するように飛来する夥しいほどの魔弾に眼を剥いた。だが逃れることは許されない。

 

爆炎が咲き、氷の吹雪が荒れ、刃の嵐が吹き、雷が落ち、石化の煙が侵食する。状態異常を基本的に無視するはずの己の肉体はどんどん侵されていくばかり。

 

左腕も両の脚も腹も右側の顔も、全て吹き飛ばされていく。残っている部位も石化により、硬化している。歯茎に仕組んでいた神水を喉に押し込んだが、迫り来る魔弾による損傷に対して、その回復は微々たるもの。むしろ治った端から剥落するばかりだ。

 

地面に落ちた頃には左眼と脳の一部、あとは心臓のみとなっていた。グチャッと接地の瞬間に潰れ、原型すらも怪しくなる。

 

魔弾の放射は停止した。己の体はもうすでに跡形も残っていない。攻撃を止めるのは当然の話だった。

 

■■■の頭上からは風切り音と共に、誰かが落ちてくる音が鳴っている。間違いなくオスカーだ。■■■の状態を確認と共に、息の根を確実に止めるつもりだろう。

 

不思議なことに思考することは出来た。脳も一部しか残っておらず、機能など一つも残っていないはずなのに。

 

生命の限界を逸脱し、■■■は思うのだ。

 

ーー死にたく無い

 

それは純粋な生存への欲。人ならば命を投げ打つはずのこの場において、未だに■■■は諦めるつもりがない。

 

そして同時にふつふつと湧き上がる黒い感情、■■■を飲み込んでいく己の『概念』。

 

その『概念』は全てに対し向けられる。

 

ただの凡人でしかない地上の有象無象にも。

奈落に落ちた原因である憎悪(檜山)にも。

今自分の身に迫る(オスカー)にも。

数刻前まで己に立ち向かった眩しい希望(藤丸立香)にも。

奈落で唯一理解し合えた怠惰(『神山のアサシン』)にも。

未だに己を求めて叫ぶ未来(名もなき少女)にも。

何処かで約束をした過去(白崎香織)にも。

未だに己の根幹にある別の可能性(南雲ハジメ)にもその感情は向けられる。

 

孤独を持って、喜怒哀楽を捨てて生きるためにはーーー

 

「ーー邪魔だ」

 

生きねばならない、そう己の本能が打ち鳴る。勿論■■■はその声に応えた。

 

歪な進化を持って。

 

南雲ハジメの全ては今、■■■■■として反転する。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーーオスカーside

 

オスカー・オルクスは今、奈落の真の底である100階層へと辿り着いた。まさかオスカー自身も三十階層近く吹き飛ばしてしまうとは思っていなかったため、誤算だ。

 

照明も『大きな魔剣』でブチ抜いてしまったので、光一筋も無い暗闇と化している。

 

とはいえオスカーの『黒眼鏡』には暗視スコープも搭載されているため、標的をこの暗闇の中でも探し出すことが出来た。

 

感知できたのは生命とは言い難い南雲ハジメだったもの。脳みそなどさえも溢れ出ており、肉の残りカスという表現が正しい有様だ。本来ならばこの時点でオスカーも攻撃を止めるだろう。

 

だがオスカーは何故かここまでハジメが死の淵へと落ちていても、安心できなかった。

 

底知れないほどの才覚。絶望したことによって、本来開けられない扉を開いた。そんな印象だ。

 

だからこそ確実にオスカーはハジメを殺したおきたかった。第二のエヒトとなり得る存在を産まないためにも。『黒傘』を向け、“天灼”で焼き払おうとした。

 

しかしその前に、ハジメは扉を開けた。

 

ーーー“修復開始(トレース・オン)

 

口などあるはずが無いのに、明瞭に響いた声。それをきっかけとして、神代の如き現象が巻き起こった。

 

ハジメの全身が血の色で塗りつぶされる。まるで着替えの際のカーテンのように残ったカケラを覆い尽くす。急いで“天灼”を詠唱も無しに放ったが、その前にカーテンは開けた。

 

そしてそこから勢いよく飛び出てくる五体満足(・・・・)のヒトガタ。足の形が歪で、肥大化しているがあまりにも可笑しい。

 

(回復した!?)

 

勿論、その人影の正体は南雲ハジメ。しかし傷一つ無い(・・・・・)という異常にオスカーは戦慄せざるを得ない。

 

変化はいくつかある。まず髪の毛の先が血のような赤に染まったこと。次に体の大半に及んで魔物のような血管が広がっていること。肥大化した脚など血の赤一色で、不気味さを感じさせる。

 

しかしこのような真似、“再生魔法”か“変成魔法”が無ければ不可能なはずの力。服や装備までは治っていないことから、“変成魔法”の下位互換の技能とは思われるが、それにしてもおかしい話だ。

 

「…やはり君を逃すわけにはいかないね」

 

オスカーの目が細まった。そして彼の背後に全長三十メートルほどに及ぶ、巨大騎士ゴーレムが空間を歪ませて現れた。右手にはこれまた巨大な剣を。左手には全長に及ぶラウンドシールドを装備し、マントをはためかせる。

 

オスカー・オルクスが生涯において作り上げたアーティーファクトの中でも最強の部類に入る宝具。名を『黒騎士王』。そのサイズからもわかるように存在自体が災害のようなアーティーファクト。巨大な剣の風圧だけで迷宮の壁が吹き飛ぶ様からそれがよくわかる。

 

「終わりだ。君をチリ一つ残さず潰そう」

 

黒騎士王のラウンドシールドが回転し、“天灼”の特大の魔弾が十も作り上げられる。そしてやがてそれらは収束し、一つの弾丸となってハジメに焦点を合わせた。

 

にも関わらずハジメに動きはない。雷に耐性があるとはいえ、この必殺の前ではあまりにも脆い。文字通り、灰すらも残さずこの世から消滅することだろう。

 

(何か考えが? だがもう彼に装備はない。“投影”という謎の技ならば可能かも知れないが、それでも彼のアーティーファクトが『黒騎士王』に勝てるはずもない。…お手並み拝見といこうか)

 

動きのないハジメに考察を行ったオスカーであったが、無意味であると思考を投げ捨てる。同時にラウンドシールドに宿る落雷の光が一層眩くなった。

 

「避けられるものならば避けて見せるといい…“黒騎士王攻式二番・通雷砲”っ!!」

 

巨雷が今、ただ一人の少年に向け放たれた。オーバーキルとも言える威力ではあるが、それほどしなければオスカーにとっては心細かったのだ。

 

対して棒立ちをするばかりのハジメはたった一言。

 

「“強化(無効)”」

 

それだけ告げると血管が脈打ち、血の色の光を怪しく灯らせる。

 

巨雷がついにハジメを吹き飛ばした。その奥にある迷宮の壁ごと抉り抜き、音もなく階層を崩落へと導く。

 

雷の跡に残ったのは融解した地面だけ、のはずだった。

 

「…うそ、だろ?」

「嘘じゃねぇよ、オスカー・オルクス」

 

そこにいたのは無傷の南雲ハジメ。元々ちり紙ほどしかなかった服はすでに燃え尽きたが、生身には火傷すらも残していない。

 

己の必殺に傷一つ残さないその姿。認めるわけにはいかなかった。

 

オスカーは第二射を放とうと、『黒騎士王』のラウンドシールドを再起動させた。流石のハジメも二度目ならば朽ちるだろう、そうやっての考えだ。

 

「“変形(錬成)”」

 

第二射の前に奈落の怪物は変形(・・)した。今までのように少し歪な姿ではなく、腕から触手が生えるという原型をとどめないものに。

 

そして煩わしそうに『黒騎士王』をその触手で払った。勢いはそれほどなく、傷は見られることはない。しかし次の鍵言で全ては変化した。

 

「“歪曲(錬成)”」

 

瞬間、『黒騎士王』が瞬く間に歪み捻れ、原型を失う。封印石も含まれているというのに目を張る暇さえなく、切り札が失われた。

 

だがオスカーも当然、驚愕に押しやられてばかりではない。迷宮という己のアーティーファクトを持って波状射撃を行おうとする。

 

「っ! 我が迷宮よ! 第一から第百までの魔弾装填!一斉放sーーー」

「“歪曲(錬成)”」

 

魔弾を発生させていた迷宮の突起。しかしそれらもハジメの言葉を皮切りにそれらも原型を失わせ、アーティーファクトという機能を地に落とした。

 

己のアーティーファクトを歪め、無効化するという予想外の技。思わずオスカーは一歩後ずさり…その脚は地面に引かれた。

 

見れば己の脚に巻きつく触手。地面から生えているそれはハジメの脚から生え出したものだ。地中を這い、オスカーの隙を狙っていた、それだけの話。

 

(まずっーーー)

「“歪曲(錬成)”」

 

そしてオスカーはその意識を暗転させた。しかし恐らくはその最後はあまりにも醜いものだったのだろう。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーー■■■side

 

目の前にある肉塊。それは先程までオスカー・オルクスであったものだ。原型もなくなったその姿を一瞥すると、鍵言を一つ告げた。

 

「“暴食”」

 

瞬間、■■■の陰が形を生み出し、実体を作り出す。その形は狼。全てを貪り食らう、悍ましい怪物の姿。

 

その狼は直ぐにオスカーだったものを喰らった。血の一滴も残さない丸呑みでだ。これだけでオスカーの全ては■■■に奪われる。

 

“身体変形”の最終派生技能、“暴食”。今まで“進化促進”により他の魔物の力の一部を獲得していた■■■。しかしこの技能はそれどころか経験や知識、経験値の全てを喰らい尽くす。そして魂も■■■の中で保管される。

 

つまりはこの技は全てを糧にする力であると同時に、逃れることの出来ない檻の顕現でもある。この先一生たりともオスカーは■■■の中から抜け出すことは不可能となる。

 

そして取り込んだオスカーの力に満足気に嗤うと、今度は風穴の空いた天井を見上げた。その先にはまだ己の糧へとなり得る存在がいる。

 

もはや■■■に残されたのは生存欲と破壊欲。己の命を第一優先とすると同時に、目に付く生命全てを疎ましく感じるという破壊の権化。

 

その破壊衝動のまま、■■■は全ての生命を散らし、台無しにせずにはいられない。その生存欲のまま、全ての命に勝る力を求める。死ぬことを拒む。

 

だからこそ、この迷宮にある二人の命を逃すわけにはいかない。自分を殺す可能性のある生命をこの世界から消し、己の糧とする必要がある。

 

「“進化(投影)”」

 

■■■の背中からコウモリのような翼が生み出された。血管のように赤いそれは何度か脈打つと、空気を叩く。何度か叩いただけで物理法則を無視した加速を見せ、空へと駆け上った。

 

コトリと落ちた■■■のステータスプレート。ありとあらゆる部分が歪となっていたが、その中でも特に目を惹く箇所があった。

 

それは天職の書かれている箇所。そこには本来ならば『錬成士』というありふれた職業が登録されている、そのはずだった。

 

しかしそこにあったのは一切ありふれていない職業の名。否、あってはならない天職の称号。

 

『天職:終末の魔王』

 

ーーーこれは後に世界を終焉へと導くこととなる名前の無い魔王の物語。




さて、これ続きます。
作者ですらも「ナニコレ、メチャクチャ」と思っていますが堪忍。
ただえさえ本編ですらもチートだったハジメが更にバグります。

なおこのハジメは『もし立香がハジメを止められなかったら』を題材にしています。
そして在り方も結構真逆です。
・全ての生命を絶やすことを目的とする。
・自分以外が生命を絶やすことは許さない。
・共に付いてくる者は仲間では無く所有物とみなす。
・『創造』による最強では無く、『個』としての最強。
・故郷に関してはどうでもいい。
・外道。
・メインヒロインはウサギ。

ただしこの世界ではオルクスでの戦い以外では『アンチ・カルデア』や聖杯は関係なくなります。
その辺りもやっていってしまうと結構めちゃくちゃになるので、二章のイフからは原作通りです。

このハジメ(オルタ)のステータスは次回の人物紹介で書きます。
なおその場合、オルクス大迷宮攻略時点のです。
香織も書きます。

あと皆さんお待たせしましたー!!
オスカー・オルクス、カーグ・ロギンスのマイルームボイスも次回書いてきます!
…ヒュルミドも書こうか思考中。
とりあえず続報を待て!


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一章キャラまとめ

まとめ終わりました〜
何か抜けてたり、違和感あればご報告お願いしますね!
なお優花ちゃんがいないのは故意です。
2章の番外編で少し出る予定かつ三章から本格出番ですので。
…頑張ろ。


ーーFGOside

 

真名:藤丸立香

クラス:ーーー

出典:Fate/Grand Order

地域:カルデア

属性:中立・中庸

性別:男

パラメーター

筋力:ーー 、耐久:ーー 、敏捷:ーー 、魔力:C 、幸運:EX 、宝具:EX(真名未開放)

クラススキル

・騎乗F

・陣地作成EX

・単独行動EX

・単独顕現D

・対魔力E

スキル

・先導のカリスマA+

・直感A+

・戦闘続行B

・■■■■

 

概要

…『座』に登録される全ての英霊が『藤丸立香』という人間を知り、認めていることにより逆説的にデミサーヴァントとなった人間。サーヴァントとしては未覚醒の状態にあるが、魔術回路と魔力を『座』から与えられており、一級魔術師相当の実力を持つ。『人理継続保証機関カルデア』の幹部でもある。そんな彼が残した成果は大きいものの、世界に知られるようなことはない。知っているのは彼と共に歩んだ者たちのみである。なお、『カルデアが生んだ怪奇!バグ人間!』や『コミュチート』、『サーヴァント限定色魔』の他など数多くの二つ名を持つ。

 

宝具:■■■■■

ランク:???

種別:???

概要

…まだ未覚醒で、魔術回路の形をしているが立香はこの宝具の副産物により、以下の魔術を使用可能としている。また下記に記す魔術の対象となる英霊は立香がサーヴァントとして認識しているサーヴァントかつ地球の『座』に登録されているサーヴァントにしか適用されない。そのためトータスのサーヴァントは『簡易召喚』で様々な制約を盛り込み、霊基の格を下げることでしか適用できない。

 

・召喚英霊特定魔術

…『今我はここに。我が唯一にして無限の宝具は我が絆。来た覇道よ、今呼び起こせ。我が道は今我等が覇道となる。来たれ(聞け)来たれ(聞け)。汝はーーー者、ーーー者。(又汝はーーー者、ーーー者。)ーーー(とーーー)は抑止の輪より今ここにっ!』

という上記の詠唱を『模倣宝具展開』、『召喚魔術』に付随させることにより、召喚する英霊を決定することが可能となる。なお『ーーー』の部分は召喚する英霊のイメージを埋めなければならない。

 

・模倣宝具展開

…『顕現せよ!『ーーー』!!』

という上記の詠唱を用いて宝具のレプリカを一時的に使用する魔術。なおこの際には必ず『召喚英霊特定魔術』を使用する必要がある。この魔術で使用される宝具に対する理解、使用する宝具の持ち主との絆が高ければ高いほど性能が上昇する。なお『ーーー』には使用する宝具の名をつける必要がある。

 

・召喚魔術

…『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師アニムスフィア。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する。ーーー告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!』

という上記の詠唱より発動される魔術。冬木の『聖杯戦争』から使われ始めた特殊な使い魔の召喚法であり、様々な触媒、多大な魔力を必要とするはずの儀式。しかし立香は宝具の影響により何の触媒を必要とすることもなく、少ない魔力で使用が可能となっている。

 

・簡易召喚

…『汝は今ここに身を墜とし、顕現せよ!!』

という上記の詠唱により発動される魔術。『英霊召喚』の語尾にこれをつけることで召喚される英霊に様々な制約をつけ、霊基の格を下げることで消費魔力を少なく召喚可能となる。トータスの英霊もこれにより、『トータスの英霊』から『よく分からない英霊』として上書きすることで召喚できる。ただそれで召喚されたサーヴァントは知名度補正が欠陥し、戦闘技能を失う。

 

・英霊憑依

…『汝、この呼び掛けに応えるならば我が剣と成せ。我が身となれ。今ここに力は呼応する。ーー来い、我が覇道を拓くが為に!!』

という上記の詠唱により発動される魔術。『召喚英霊特定魔術』の詠唱の語尾につけることで英霊の力を己の身に宿すことが可能となる。立香が戦闘の際に主に使う魔術であり、身体能力の強化を図ることが出来る。ただし身に合わない力を宿すため、内側から破裂するような怪我を被ることが多々とある。

 

・十三の花の盟約

…藤丸立香が持つ英霊系統の魔術を一部の英霊に限り、詠唱を破棄し、その効果を高めるというもの。対象は以下の通りである。

『マシュ・キリエライト、アーサー・ペンドラゴン(セイバーオルタ&ランサー)、源頼光、エレシュキガル、清姫、ケツァルコアトル、ネロ・クラウディウス(ブライド)、ジャンヌダルク(オルタ)、メルトリリス、静謐のハサン、謎のヒロインX、スカサハ・スカディ』

なお上記の英霊の水着霊基やクリスマス霊基は適応されるものとする。

 

真名:マシュ・キリエライト

クラス:シールダー

出典:Fate/Grand Order

地域:カルデア

属性:秩序・善

性別:女性

パラメータ

筋力:B 、耐久:EX 、敏捷:C 、魔力:A 、幸運:B 、宝具:?

クラススキル

・対魔力A

・騎乗C

スキル

・誉れ堅き雪花の壁

・時に煙る白亜の壁

・奮い断つ決意の盾

 

概要

…英霊ギャラハッドが憑依したが故にサーヴァントとしての力を得たデミサーヴァント、というのは過去の話。立香同様、『座』にいる英霊達に認められたことで彼女自身もサーヴァントの身として『座』に登録された。ゲーティアにより侵略された人理の救済、世界各地にあった異聞帯の消去、デミサーヴァント『藤丸立香』を中心として巻き起こった『正妻決断戦争 フジマル』で最後まで生き残ったなど数多くの偉業を成し遂げている。それらの功績により元々の彼女よりもパラメーターは上昇しており、サーヴァントの中でもトップクラスの実力を持つ。それが今の彼女、マシュ・キリエライトの英霊としての姿である。

 

宝具:■■■■■

ランク:???

種別:対悪宝具

…様々な功績を残したが故に発展した彼女の宝具。その気高き心が折れぬ限り、彼女が顕現させる城に必ず罅が入ることはない。英霊達曰く「絶対防御」。

 

 

真名:エミヤ (本来)/(簡易召喚状態)

クラス:アーチャー

出典:Fate/stay night

地域:日本

属性:中立・中庸

性別:男性

パラメーター

筋力:D/E 、耐久C/E: 、敏捷C/E: 、魔力B/C: 、幸運E/F: 、宝具:?/?

クラススキル

・対魔力D/E

・単独行動B/B

スキル

・心眼(真)B/E

・鷹の瞳B+/C

・投影魔術A/A

 

概要

…『抑止』というシステムから英霊として召喚される存在。本来ならば英霊として召喚されるような人間ではなかったが、『抑止』により英霊であると定義され、こうして立香に仕えている。今は立香の『簡易召喚』により様々な力を制限されつつあるが、本来は地球の知名度補正が存在しづらいトータスにおける最適解たるサーヴァント。なおトータスにて南雲ハジメと白崎香織という弟子ができ、熱心に彼の技能を吸収していっている。

 

宝具:無限の剣製(Unlimited Blade Works)

ランク:E〜A++/使用不可

種別:???

概要

…固有結界と呼ばれる特殊魔術。一定時間、現実を心象世界に書き換え、今まで術者が視認した武器、その場で使われた武器を瞬時に複製し、ストックする。ただし、複製した武器はランクが一つ下がる。なお『簡易召喚』のままではこの宝具の使用は不可能である。使用にはマスターから令呪を一画貰い受け、その魔力で己の霊基を復活させ、宝具を解放しなければならない。

 

 

真名:モードレッド

クラス:セイバー

出典:アーサー王伝説

地域:イギリス

属性:混沌・中庸

性別:女性

パラメーター

筋力:B+ 、耐久:A 、敏捷:B 、魔力:B 、幸運:D 、宝具:A

クラススキル

・対魔力B

・騎乗B

スキル

・魔力放出A

・直感B

・不貞隠しの兜EX

 

概要

…モードレッドは円卓の騎士の一人であり、アーサー王の嫡子である。同時に伝説に終止符を打った――カムランの丘にて、アーサー王を討ち果たした叛逆の騎士である。ただしそこにあったのはアーサー王に己を認めて欲しかったという感情。当時はアーサー王の苦悩を推し量ることも出来ず、己の感情ばかりを優先したが故の反乱。なおカルデアではアーサー王と河原で殴り合いしながら本音を語るという行為を行ったことで、仲違いは修復した。

その機会をくれた立香には感謝しており、『立香の剣』として生涯立香の騎士であることを誓っている。

 

宝具:『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)

ランク:A+

種別:大軍宝具

概要

…彼女が持つ父への憎しみにより、『燦然と輝く王剣(クラレント)』が血に染まった邪剣へと変わった姿。本来ならば 「如何なる銀より眩い」と称えられる白銀の剣。モードレッドの主武装であり、通常はこの状態で戦闘を行う。 元は王の戴冠式の為にウォリングフォードの武器庫に保管されていた剣だが、それをモードレッドが叛乱を起こした際に奪い取り、カムランの戦いで使用した。

なお当時のアーサー王に対する怒りを封じ込めた宝具であり、現在のモードレッドはその過去の怒りをインストールしてこの宝具を放っている。

 

追加ボイス

・会話9「よう、カーグ! セイバーの格好なんだな! …おっ、一戦か? いいぜ、かかってきなぁ!! 返り討ちにしてやんぜ!!」

 

 

真名:スカサハ

クラス:ランサー

出典:ケルト神話

地域:アイルランド

属性:中立・善

性別:女性

パラメーター

筋力:B 、耐久:A 、敏捷:A 、魔力:C 、幸運:D 、宝具:A

クラススキル

・対魔力A

スキル

・魔境の智慧A+

・原初のルーン

・神殺しB

 

概要

…ケルト・アルスター伝説の戦士にして女王。異境・魔境「影の国」の女王にして番人であり、槍術とルーン魔術の天才である。数多のの亡霊に溢れる「影の国」の門を閉ざし、支配せしめるに足る絶大な力を有している。後にアルスターの英雄になる若きクー・フーリンの師となって彼を導き、技の悉くを授け、愛用の魔槍さえ与えたという。

彼の息子コンラをも教え導いた。

なおキャスターの自分が立香と関係を持っていることについては何だか複雑な様子。ただし嫉妬とかそんな類ではなく、「我とマスターが? うむむ?」というただの違和感。

 

宝具:『貫き穿つ死翔の槍(ゲイボルグ・オルタナティブ)

ランク:B

種別:対人宝具

概要

…形は似ているが、実はクーフーリンの持っている槍とは別物。一段階古い、ゲイ・ボルクよりも前に使っていた同型の得物。それが、一本だけではなく二本ある。弟子のお株を無くしちゃうのがスカサハスタイルである。

 

 

レオナルド・ダヴィンチ

…カルデアが呼び出したサーヴァントの一人にしてカルデア技術顧問。幹部の一人であり、立香達の旅のお供をどんどん作り上げる天才。最古参の一人でもあり、特異点攻略などに大きい貢献をしめした。なお、本人の天才アピールは結構激しい。

 

 

ゴドルフ・ムジーク

…現在のカルデアの局長。幹部の一人であり、事実上の責任を担う人間でもある。基本的にチキンではあるがやる時はやる男。それなりに信頼されているのもそういう点からだろう。

 

 

シャーロック・ホームズ

…カルデアが呼び出したサーヴァントの一人にしてカルデアの解析顧問。幹部の一人であり、現在はトータスの解析を休まず行っている。現在は『アンチ・カルデア』の捜索に当たっている。本人曰く「今はまだ語るときでは無いとのこと」。

 

 

フォウ

…忘れてた(汗) 登場は恐らく一部終わってからです。ごめんなさい。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーーありふれたside

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:119

 天職:錬成師

 筋力:12500

 体力:14460

 耐性:12320

 敏捷:15500

 魔力:19810

 魔耐:17780

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+解析][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+鉱物分解]・魔術回路[+魔力操作][+強化魔術][+投影魔術][+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)]・集中[+瞑想][+心眼(真)]・身体変形[+胃酸強化][+進化促進][+部位強化][+耐性強化][+部分昇華]・纏雷[+雷耐性][+出力増大][+砲雷]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・震撼・獣鎧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

・身体変形…その後の派生技能を扱うための前提技能。これ単体では意味を成さない技能でもある。

・進化促進…これにより神水を必要とせずにも魔物の毒に負ける事なく、魔物の肉に適応することが可能となった。なお“進化促進”は適正の無い力は取り入れることが不可能である。

・部位強化…体の一部を歪に強化させる技能。蹴りならば蹴りにあった己の形状へと一時的に変更し、攻撃する。

・部分昇華…限定的な“昇華魔法”の一種。基本的な概要は“部位強化”と同種である。

 

概要

…元々『無能』と呼ばれ、それでも自分を曲げず、他人への暴力を嫌う南雲ハジメは奈落に落ちた事により変貌した。だが大切を思い遣る気持ちは一切たりとも変わっておらず、『仲間の命』を第一として考えている。また変貌により魔術回路と魔物の力を体へと適合させる力を手に入れた。ステータスも並から外れており、特に魔力の面は異常の一言。まさしく『奈落の怪物』と言わしめるまでよ力を手に入れた。

なお本人の意図せぬ所でフラグを乱立する、所謂天然ジゴロでもある。とはいえ、師匠やら友人の影響ではなく何だかんだで天性のものである。

彼が英霊化するならばクラスはアヴェンジャーかアーチャー、キャスターが最重要候補である。

 

 

 ■■■■■(オルタ) 17歳 男 レベル:???

 天職:終末の魔王

 筋力:21250

 体力:20140

 耐性:26890

 敏捷:26970

 魔力:35690

 魔耐:27800

 技能:変形(錬成)[+精密上昇][+歪曲(錬成)][+速度上昇][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+分解(錬成)]・魔術回路[+魔力操作][+無効(強化)][+転生(強化)][+修復(投影)][+進化(投影)][+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+英霊憑依][+擬似宝具展開][+英霊召喚]・複合魔法[+複合魔術][+複合技能]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・集中[+瞑想][+心眼(真)]・身体変形[+胃酸強化][+進化促進][+部位強化][+耐性強化][+部分昇華][+霊体化][+単独顕現][+暴食]・纏雷[+雷耐性][+出力増大][+砲雷]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光][+飛行]・風爪[+嵐剣]・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性適正・全属性耐性・先読・金剛・豪腕・威圧・震撼・獣鎧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力][+治癒力][耐性]・自動再生[+痛覚操作]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・限界突破・生成魔法・言語理解

 

変形(錬成)…己の形を自由自在に変形する魔法。

歪曲(錬成)…己以外の形を歪ませることで機能を止める魔法。また回復による治癒は不可能。“再生魔法”ならば可能。

分解(錬成)…己以外の形を消失させる魔法。

無効(強化)…己の耐性を一つだけ跳ね上げる魔術。その際、他の防御力は著しく下がる。

転生(強化)…己以外に新たな適正や技能を足していく魔術。

修復(投影)…己を素の形へと戻す魔術。それ以上でも以下でも無い。

進化(投影)…己を新たな段階へと成り果てさせる魔術。同時にますます人間からかけ離れて行く魔術でもある。これにより新たな技能が花開くことがある。

・暴食…技能やステータスだけでなく知識、感覚、魂の全てを掌握する力。影から迫り上がる狼のシェルエットは今の彼の象徴とも言える。

 

概要

…かつて南雲ハジメだった何か。深い絶望と死の瀬戸際に己の魂を反転させ、『個』としての最強となった。吸血鬼の特性や英霊としての特性を併せ持っている。己の生存に貪欲でありながら、他の生命を殺害しようとする破壊欲の権化でもある。

なお単体特化型となった代わりに本来の彼が持っていた“錬成”、“強化”、“投影魔術”の力は失われた。これは『創り出すもの』では無く、『奪う者』となったが故の代償である。

英霊化するならばフォーリナーかアルターエゴが適正である。

 

白崎香織 17歳 女 レベル:46

天職:治癒師

筋力:450(強化時・660)

体力:450(強化時・660)

耐性:450(強化時・660)

敏捷:800(強化時・2100)

魔力:750(強化時・960)

魔耐:450(強化時・660)

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+雷属性付与][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動]・高速魔力回復・言語理解・魔術回路[+魔力操作][+飛行][+雷降ろし][+速度上昇]・付与魔術[+付与数増加][+付与速度加速][+多対象付与][+付与能力上昇]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成]・双剣術[+雷属性付与][+心眼(偽)][+斬撃速度上昇][+連撃速度上昇]

 

概要

…本作ハジメメインヒロインの一人。本来であれば回復と光魔法にしか適性がないはずだったのだが、魔術回路を開いたことにより新たに“付与魔術”を獲得し、彼女自身の魔術の本質である『雷の概念』の降霊術、“雷降ろし”をも習得した。また魔術回路が開いたことにより、ある程度まで詠唱を省くなどの権能を手に入れ、完全無詠唱で魔法を発動している。この世界ではそのような力は神の使徒か魔物しかないため、出来るだけエミヤはその力の秘匿を言いつけている。なぜ彼女がここまで努力をするのか。それは女性のみが知ることだろう。

またエミヤとの特訓により双剣術、魔術と魔法の混合、料理の腕も異常なものとなりつつある。少なくともカルデアのキッチンスタッフには勝てる腕を身につけつつある。

なお般若スタ◯ドや頼光ぽい何か、黒い桜さんなどといった人々を後ろによく召喚する。立香には召喚士の才能があるのでは?と疑われていたりする。

もし彼女が英霊化したならばセイバーとなる。

 

 

ユエ 323歳 女 レベル:79

天職:神子

筋力:220

体力:450

耐性:100

敏捷:220

魔力:9200

魔耐:9390

技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法

 

概要

…本作ハジメメインヒロインの一人。遥か太古に吸血鬼の国の王女を務めていたが、あまりもの力に危険視され、結果奈落の秘密部屋で幽閉された。そしてその後ハジメと出会い、運命を感じた。一時期ハジメに裏切られたが、それでも並ならぬ愛でハジメを追い、見事ハジメの隣を獲得した。何故か遠くにいる香織というライバルを知覚している。魔法の腕は超一流。最近、魔術を魔法で代用できないか思案中。

英霊となればクラスはキャスター。なおその際には真名を看破され辛いという特性を持つ。その際の真名は当然ユエである。

 

 

天之河光輝

…天職、勇者を持つ超ハイスペック青年。全てが一定の水準以上で行えるため、今まで苦労したことがない。そのためか独り善がりな発言が多く、その上でカリスマがあるのでタチが悪い。香織を連れ回していると認識しているハジメには良い印象は抱いていない。実はハジメが死んだことにそこまでのショックを受けていない。同時に立香に対して自覚のない嫉妬を感じている。もしサーヴァントのクラスで表すとするならばクラスはセイバー。

 

 

檜山大介

…天職、軽戦士。香織と異常に仲良くするハジメに対してドス黒い嫉妬の心を持つ。そういえば描写するのを忘れていたがハジメを殺した犯人。同時にエヒト神の配下に入った男。香織を手に入れようと画策中。

クラスはアヴェンジャー…とも言い難く、英霊にすらもならない可能性が濃厚。

 

 

八重樫雫

…天職、剣士を持つ香織、光輝、龍太郎の幼馴染。何だかんだで苦労人、というかオカン。そのオカンレベルは某赤い弓兵さんにまで匹敵する。なおハジメと香織の仲に関しては応援している。ただし雫自身もハジメに特殊な感情があるらしく…。もしサーヴァントのクラスで表すとするならばセイバー。

 

 

坂上龍太郎

…脳筋。基本的にやる気があるかないかで人をみる脳筋。殴り合ったら友達意識を持つ脳筋。なお、香織、光輝、雫とは幼馴染である。ちなみにハジメが光輝に正面向かって説得していた場面でハジメを少し見直していたりする。もしサーヴァントのクラスで表すとするならば…アサシン、かな?

 

 

メルド・ロギンス

…ハイヒリ王国の騎士団長。誰に対しても真摯に打ち込める人柄を持つ人徳者。ハジメも立香も尊敬している相手。なおハジメにはそれなりに期待していたようでショックは隠せてはいない。同時に英霊カーグ・ロギンスの子孫でもある。血縁では無いため、カーグほどの実力は無いが、それでも相当な剣の腕を持つ。もしサーヴァントで表すならば間違いなくセイバーです。

 

 

エヒト神

…この世界における主神。全ての上に君臨しており、あらゆる生物を見下している。生身の人間たちを駒に見立てる道楽をしており、本気で生命を生命として愛しく思うことがない。故に神と呼べた存在では無く、一種の人類悪。

なお己以外に世界を操る何かを感じており、世界の変動を心待ちにしている。だがそれでも自分が上に立つことは当然として考えている。

 

 

イシュタル

…狂信者。以上。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーー???side

 

『アンチ・カルデア』

…謎に満たされた第三の勢力。それが一人なのか大人数なのか、人なのか人では無いのか、善なのか悪なのか、などということは一切合切不明。されど分かることはただ一つ、カルデアへの敵意、しかもただの復讐では無い何かを抱いていることである。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーー1章ピックアップサーヴァント一覧

 

真名:オスカー・オルクス

ランク:★5

クラス:キャスター

出典:聖教神典

地域:ヴェルカ王国

属性:混沌・悪

性別:男性

パラメーター

筋力:C 、耐久:D 、敏捷:B 、魔力:A 、幸運:E 、宝具:EX

クラススキル

・対魔力D

・解放者EX(『解放者』に所属していた英霊が獲得するクラススキル。神霊に対してのダメージの増強が得られる)

・道具作成EX

・陣地作成B

・神性C+

スキル

・錬成EX(味方全体にNP付与・弱体付与成功率上昇)

・宝物庫A+(味方単体にアーツアップ・NP獲得率上昇)

・眼鏡の悪魔EX(敵全体に防御減少バフ・恐慌状態付与・アーツ耐性減少、デメリット・自身のHP減少)

 

概要

…トータスにおける七人の大罪人、通称『反逆者』。神の力を体に宿しながら、神に刃向かうという愚行を起こした組織の主犯の一人。そのためトータスでは反英霊として召喚され、属性には『悪』が適用される。ただしその実、狂った神を討ち滅ぼそうと立ち向かい、その神によって人の敵とされた英雄達である。同時にオスカー・オルクスは稀代の錬成士であり、生前作り出したアーティーファクトを宝具として扱う。また彼の代表的宝具『黒眼鏡』は信仰者達に「眼鏡をかけてはいけない!」と言わしめるまでに、邪悪であったらしい。そんな風にオスカー自身、眼鏡の印象が高いことから後述にもあるように眼鏡を外すと認識阻害が発生する。

 

宝具

…彼は宝具を途方もないまでに所有している。その為代表的な宝具をここでは記述するものとする。

・黒傘

ランク:A+

種別:対人宝具(対神宝具)

概要

…見た目こそただの傘であるが、その実全てが金属の鈍器にすらもなり得る戦闘用宝具。様々な魔法を発動することができ、オスカーの特徴である汎用性の高さを象徴する宝具。防御から殲滅まで行える宝具であり、取り回しも容易である。

・黒眼鏡

ランク:EX

種別:補助宝具

概要

…オスカー・オルクスを代表する宝具。彼のトレードマークと言ってもいいほどであり、熱感知や望遠機能、更には発光まで行うこれまた汎用性の高い宝具である。これ自体での攻撃は不可能ではあるが、奇異な宝具の一種。なお外すとオスカーに認識阻害が付与される。

深淵なる奈落の迷路(オルクス大迷宮)

ランク:EX

種別:固有結界

概要

…『『解放者』、オスカー・オルクス。迷宮の理に従い命ずる。我が迷宮よ、我が同胞達に力を分け与え給え』

オスカー・オルクスが作り上げた『解放者』の迷宮、その内の彼が管轄する迷宮の名。彼が号令を告げるだけで攻撃要塞にも檻にもなり得る。■■■に向けられたのはこの内の攻撃形態。(味方全体に攻撃ダメージアップ、防御無視、無敵貫通、アーツアップを与える)

 

ボイス

・召喚時「キャスター、オスカー・オルクス。召喚に応じ参上した。さて、君にまず質問だ。エヒト神っていうクソみたいな神、知らないかい?」

・会話1「そろそろ出かけようか。中に引きこもってばかりは体に毒だよ」

・会話2「主従か…生憎僕ら『解放者』はそう言ったものはあまり好きではなくてね。手を結び合った、といった関係が好ましいよ」

・会話3「この眼鏡に目をつけるとは見事だ! 君とは分かり合えそうな気がするよ、マスター」

・会話4…『ライセンのアサシン』加入により解放されます。

・会話5…『グリューエンのルーラー』加入により解放されます。

・会話6…『メルジーネのライダー』加入により解放されます。

・会話7…『神山のセイバー』加入により解放されます。

・会話8…『ハルツィナの???』加入により解放されます。

・会話9…『シュネーの???」加入により解放されます。

・会話10「おや? そこにいるのはハジメかい? 丁度良かったよ。新しいメイド服の構想が出来たんだ。話し合わないかい?」

・会話11「叡智の結晶…見事な眼鏡なものだ。だが僕の一品も負けちゃあいない。見るがいい、この黒いフレームに黄金比とも言えるレンズの形状を! 更にはありとあらゆる機能を搭載! 君の眼鏡もなかなかだが、僕のは遥か上。悪いが僕の勝ちだ」

・会話12「錬金術…面白い技術だ。良かったら教えてもらえないかい、ミスターパラケスス。報酬はこちらを。獲物を生け捕りにするのが簡単になるキットだ。君の役に立つことだろう」

・会話13「君が彼のもう一人の師匠…ふむ。すまない、“投影”といった技術、見せてはくれないかい?」

・会話14「君がこちらの世界で初めて自立型メイドゴーレムを作り上げたアヴィケブロンかい? すまないが、見せては…ちょっとまて。なぜチャイナゴーレムなんだい? せめて西洋にしろ!!」

・好きなもの「好きなもの? …うーん、孤児院のみんな、『解放者』のみんなはとても大切だ。もちろん君もだよ。傷つけようとした輩には…少しOHANASHIを、ね?」

・嫌いなもの「エヒトのゴミクズ糞食らえ。他にも僕の大切に手を出すような奴は嫌いだ。その場合は是非とも尋問をしなければならないしね」

・聖杯について「聖杯? なかなか作るのが難しいアーティーファクトだよね。『解放者』のみんなで力を合わせれば…出来ないこともないかもだけれどね」

・絆1「まだ僕は君を認めたつもりはない。『解放者』の一人として君をしっかり見極めよう。覚悟するといい」

・絆2「僕のアーティーファクトは無限にも等しい。面白半分で作ったものでも宝具になり得るものばかりさ。それでも実戦で使うのは一部だけだけれどね」

・絆3「とりあえず紅茶でもどうだい? 少し腰を落ち着けて話そうじゃないか」

・絆4「…眼鏡を外しても、僕の正体がわかる…だって!? 良かったぁ、僕は眼鏡が本体じゃないんだよね! 安心したよ! これで夜もアーティーファクト作りに勤しめるよ!」

・絆5「見事だ。君に武運があるように。君の行く先は僕が切り開く。そして君の側に寄り添おう。『解放者』が一人、オスカー・オルクスの名にかけて。僕が所持する全ての宝具を使ってでも約束を果たそう」

・イベント開催「イベント開催中だよ。とはいえ休憩もこまめに、ね?」

・誕生日「誕生日おめでとう! …そんなわけで君には僕特性の護身用メイスを差し上げよう! …へ? 名前? 『メッタ打ちGIGA』だけど? …え、名前を変えてくれ? そんな馬鹿な!? 僕のネーミングセンスの何処が悪いっていうんだ!!?」

 

 

真名:カーグ・ロギンス

ランク:★4

 クラス:セイバー

 出典:『迷宮攻略記(ダンジョン・レコード)

 地域:ヴェルカ王国

 属性:中立・中庸

 性別:男

 パラメーター

 筋力:C、耐久:D 、敏捷:B 、魔力:E 、幸運:F、宝具:B

 クラススキル

 ・対魔力D

 ・単独行動A+

 ・剣術EX

 スキル

 ・魔闘術E(1ターンにおけるアーツアップ・ガッツ)

 ・強化B(1ターンにおける攻撃力上昇)

 ・静寂の剣EX(3ターンの無敵貫通・状態異常無効)

 概要

 …元々はヴェルカ王国の中でも随一の実力を持ったグランドクラスの剣士。またオルクス大迷宮を探索した中で最も本当の最奥に行けた可能性を持っていたパーティーの団長だった男。その剣は天を裂き、地を割ることさえもできたと言われれている。ただし神に歯向かった姿勢によって彼の住んでいた街ごと消される事となった。そうして神に従ったことから本来ならば解放されない霊基でもあった。

 そして彼は回帰する。かつての全てを背負い、この姿へと舞い戻る。

 

 宝具:『神は戦場に非ず(キルギ・メラス)

 ランク:B

 種別:対人宝具

…『我が運命は今ここに定まらず。ただ有るは自由なる意思のみ。故に振るわれるは無二の約束…“神は戦場に非ず(キルギ・メラス)”!!』

本来ならば何処にでも売っている少し業物程度の剣。しかし彼が仲間から貰い受け、契りを交わしたこの剣はカーグ・ロギンスにとっては何よりもの宝剣と化す。運命などに惑わされず、自らで切り開くというパーティー『キルギ・メラス』の方針をそこに示している。彼がこれを握る限り、折れることはもう無いだろう。(敵単体への防御無視の特大のダメージ・ダメージ発生前に防御バフ無効化)

 

ボイス

・召喚時「おう! サーヴァント、セイバー! カーグ・ロギンス! 召喚に応じ参上した! てめぇが俺のマスターか?」

・会話1「おら! とっとと行くぞ! …大丈夫だっての、俺が守ってやる!」

・会話2「別にどっちでもいいぜ、主従なんて。…ま、ふざけたこと抜かせば首を撥ねるが…てめぇなら問題ねぇだろ?」

・会話3「お前さん、いい奴だな。…頑張れよ? 決して自分に妥協すんじゃねぇぞ?」

・会話4「おー!! あん時の生意気剣士じゃねぇか!! おっしゃ! リベンジマッチだ! レイシフト()出ろ! 今度こそ勝ってやる!!」

・会話5「…おん? おお! 坊主じゃねぇか!? 元気か? あん時の約束…大丈夫そうだな!」

・会話6…『銀雷のセイバー』加入により解放されます。

・会話7…『ハイリヒのセイバー』加入により解放されます。

・会話8…「アンタ、有名な剣士様らしいじゃねぇか? 『さむらい』って言ったか? 二刀流といい、アレを思い出すが…面白い。手合わせ願うぜ、逃げんなよ? 逃げるわけねぇとは思うが」

・会話9「もう一人の俺ぇ? ここって不思議なもんだなぁ〜。ま、否定する気もねぇさ。あの頃はあの頃なりに悩んではいたからな。とりあえずエールでも送るよ」

・好きなもの「好きなもんだぁ? そりゃあ我が愛しのマイプリンセスに決まってるだろうがっ!! 写真あるんだが見るか? ほら、世界一の別嬪さんだ!」

・嫌いなもの「…あー、とりあえずあの銀色のシスターは見たら斬りかかりそうなぐらいに嫌いだな。ついでに聖教教会の面子も嫌いだ。反吐がでる」

・聖杯について「願望器…んなもんがあるってなら、どうかもう一度みんなに合わせてくれ。自己満足だが…謝罪したい。それでやっと俺はやり直せる。そんな気がするよ」

・絆1「てめぇのことは嫌いじゃねぇが…好きにさせて貰うぜ? 安心しろ、契約は守るよ」

・絆2「ろらりくらりと行くぜ。…酒? 飲んでねぇよ? 冷や汗が凄い? バカ言え、錯覚だ。錯覚」

・絆3「たくっ、無理すんじゃねぇよ! 馬鹿か!? 馬鹿なのか!? 俺らサーヴァント! お前さんマスター! 俺ら守る! お前ら守られる!アンダースタン!!?」

・絆4「剣を教えろ? …ま、少しは戦えるようになった方がいいか。いいか? まず右足を出してだなぁーー」

・絆5「よし決めた! 俺はお前さんの剣になってやる。てめぇが折れねぇ限り、俺がお前を守ってやる! …これからも頼むぜ、マスター」

・イベント開催中「えーっと…『いべんと』とやらがやってるらしいぜ。ま、祭りみてぇなもんだろ! 行こうぜ!」

・誕生日「おー!! めでてぇな! よっしゃ! 酒だ酒! …なにぃ、酒が飲めない? バカ言え! 無礼講かましとけ!」

 

 

真名:赤錆のマーダー(カーグ・ロギンス)

ランク:★4

 クラス:アサシン

 出典:『ヴェルカ王国史』

 地域:ヴェルカ王国

 属性:秩序・善

 性別:男

 パラメーター

 筋力:B、耐久:B 、敏捷:A 、魔力:E 、幸運:E 、宝具:D+

 クラススキル

 ・狂化B

 ・気配遮断D+

 ・対魔力C

 スキル

 ・狂える神の使いD(自身にバスターアップ、デメリット:スター減少)

 ・幻想の舞B(自身に三回回避・スター獲得)

 ・憤怒の形相C(敵単体に防御力ダウン・確率でスタン)

 

 概要

 …神山に所属したアサシン。一般的にその素顔は隠されており、暗部しかその真の姿は知らなかったとされる。ヴェルカ王国丸々一つを落とすという前代未聞の事件を引き起こし、その後に神に祈りを捧げ死んだとされる。その際に扱われた武器が『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)』。城内にいた者全員がこれで四肢を断たれ、頭を貫かれて死んだ。その残虐な行いからアサシンクラスの方は『赤錆のマーダー』と名付けられた。

彼が何の為に戦ったかは後世には伝えられていない。

 

 宝具:『血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)

 ランク:D+

 種別:対人宝具

 …『死ね。国陥としの刃の時雨に晒されて。…“血に濡れた破国の棘(メルナキア・サーカル)”』

神から賜った無限の棘型の赤錆色をしたナイフの宝具。その棘に貫かれる度に敵にはいくつもの呪いがかけられる。懐から取り出す度にその数は増大し、手元で破壊されない限り限界はない。そのため鍔迫り合いに持ち込むか、彼が投げる前にナイフを砕きにかかるかのどちらかがこの宝具の突破口となるだろう。(敵全体に特大のダメージ・攻撃ダウン・防御ダウン)

 

ボイス

・召喚時「…通称『赤錆のマーダー』、召喚に応じ参上した。我のクラスはアサシン。真名を伝える気はない」

・会話1「気を緩めることなかれ。行くぞ、マスター」

・会話2「せいぜいこき使うことだ。我の方が従者。決まっておろう?」

・会話3「鍛錬を怠るな…死にたくなければな」

・会話4「死ぃっ! …外したか。何、其処の剣士。少し手が滑ったのみよ。友好を深めようではーー手の毒針に気付くとは小癪也」

・会話5「其処の片腕の歪な暗殺者よ。…今度依頼を頼んでも良いか? 何、単純也。青臭い剣士を一人、殺すだけよ」

・好きなもの「静寂のみよ。五月蝿いのは敵わん」

・嫌いなもの「過去の我だ。あの時の我は青臭過ぎる。…此方に来たが最後、葬ってくれる」

・聖杯について「過去に戻ること。そしてかつての我を鏖殺する。それが我が望みである」

・絆1「感情など持つな。…死ぬぞ?」

・絆2「貴様は我が苦手とする類だ。青臭い」

・絆3「何故、貴様に関係ないような者を救済する? …理解不能である」

・絆4「馬鹿らしい…本当に馬鹿な主人だ」

・絆5「本当に貴様は馬鹿だな。しかし悪くはない。…貴様に出逢えたこと、少し喜ばしく感じる」

・イベント開催中「行こうぞ。研鑚の時也」

・誕生日「冷蔵庫を見ろ。…ハッピーバースデイ」

 

 

真名:ヒュルミド・ゼルジーナ

ランク:★1

クラス:ランサー

出典:『|迷宮攻略記《ダンジョン・レコード)』

地域:ヴェルカ王国

属性:中立・中庸

性別:男

パラメーター

筋力:D、耐久:D、敏捷:B、魔力:E、幸運:EX、宝具:B+

クラススキル

・対魔力D

スキル

・陽光の加護C+

運命超克(ラッキー体質)EX

・炎を宿す者B

概要

…本来ならば英霊とされるはずのないただの農民。しかしたまたま怪物の倒れているところを見かけた所を他の者に発見され、誤解が誤解を招き、最終的に英霊となるまでに有名となった。つまりは知名度により英霊となってしまった者である。

逸話では太陽の加護を受けており、その身体を炎で焦がしながら戦っていたとされている。彼の持つ槍の炎も彼の体にある炎を顕現させたものとされている。

 

宝具:『迸る一条の灼光(バルク・ルミナ)

ランク:B+

種別:対人宝具

概要

…伝説の蛇、ヨルムンガンドを打ち滅ぼしたとされる槍。太陽の力を宿した一品であり、その一撃は所有者であるヒュルミドさえも焦がす。ただし腕一本程度ではあるが。




そしてついに!
次回から二章開幕!
最初から怒涛の展開です!
どうぞお楽しみに!


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第一部 二章 反転人形劇場ライセン《副題》〜反転の始まり〜
プロローグ 孤独の少女


プロローグなので超短めです。
次は元どおりの長さだと思います。
ま、次次回はエゲツない展開になるので、まず長くせざるを得なくなるのですが。

そんなわけで新章スタートッ!!


 ーー???

 

 私は何故未だに生き続けているのか。何度も問い掛けた。

 

 でも私の心は酷く強くて、絶望を許さない。「今度こそ、今度こそ」と何度も自分に叱咤してきた。来る気配もなく、来るはずもない来訪者に胸を躍らせた。

 

 心の底にはずっと、『もし』なんていう心が根幹にはあった。宿る不安があった。それでもめげずに愚直にここまで進んできた。

 

 そうして私は孤独になった。

 

 そんな私ももう終わりだ。自分に厳しく、世界を救おうなんてバカらしい思考をする私なんて重力の渦に沈めてやる。私の邪魔をする奴は全て粉にして還してやる。過去の幽霊が現れても、それもまた落とすのみだ。

 

 今、目の前にいる米粒のような小ささの己にとっての敵を見つめながら、ふつふつと煮える怒りの炉を燃やす。そして怒りを乗せて魔法を放つのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???

 

「ちょああーーー!!!」

 

 気迫の声なのか、絶叫なのか知れない叫び。叫びと共に人影はスライディングの要領で難を逃れる。元々人影がいた場所からは軋む音が聞こえると、大崩落を引き起こした。

 

 人影は己が命の危機に面していたことなど思考の端に投げ飛ばした。速攻で立ち上がるとトテトテと可愛らしい音とは裏腹に素晴らしい逃げ足の速さで逃げ出した。

 

 ただし恨みの声はどうしても上げねば気が済まないようで…

 

「だぁああ!! 何でこの天才美少女魔法使いちゃんがこんな目にぃい!!?」

 

 そんな風に恨み事を叫んだ。割と言葉の一つ一つに余裕が見えなくもない。というか言葉のセレクトが酷くポジティブである。

 

 しかし人影の姿は一見しておかしな存在である。何と言ってもニコちゃんマークの仮面を被り、乳白色のローブから覗く手足には、精巧に作り上げられているとはいえ明らかに人のそれではない。金属特有の光沢があることから、それは火を見るよりも明らかである。

 

 ゴーレムーーそれがこの人影の正体。

 

 そのゴーレムには明らかに『人』のような思考が宿っている。否、本当にそのゴーレムの内には魂が棲んでいる。現代のゴーレムならばまずあり得ない存在だ。

 

 しかしこのゴーレムは例外。何せこのゴーレムは歴史の中でも伝説級と言っても過言ではない錬成士が作り上げ、そのゴーレムの内に伝説級の魔法で、ある少女の魂を付与したものなのだから。

 

 付与された魂の名はーーミレディ・ライセン。かつて神に歯向いし組織、『解放者』のリーダー。…何故、そんな彼女がニコちゃんゴーレムになっているかは気にしてはならない。

 

 そんなオーバーテクノロジーの塊であるゴーレムミレディさんの背後に迫るのは宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑で、全長が二十メートル弱はある。右手は大質量の籠手。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

 これまたこの世界の魔法では再現できないようなオーバーテクノロジーなゴーレムは咆哮を上げる。

 

『マテェエエエエーーー!! マガイモノォオオオオオーー!!!』

 

 そして再びミレディの周りに魔力が集った。放たれる魔法は先程地盤を沈めた現象を起こす力。

 

 長年の直感からその魔法を読み解くと己に魔法を掛ける。不可思議な魔法で己の身体をふわりと重力を無視したように浮かせると、そのまま新たに形成される魔法の範囲内から飛んで逃げた。

 

 またもやミレディから関係ない所を貫く魔法。悔しげに唸る巨大ゴーレム。そんなゴーレムさんにミレディが追い打ちをかけた。

 

「あっれぇ? 何で自分よりド低性能のゴーレムちゃんに避けられてるのぉ? あ、分かった! このミレディちゃんが天才だからだったよね! プップー。無様ぁ〜。ねぇねぇ、今どんな気持ち? 明らかに自分の方が有利なのに散々逃げられてる気持ちは! ねぇってばぁ〜、聞かせてよぉ〜」

『…コロスッ!!』

「きゃあ! こっわーい。それでも楽々避けちゃうミレディちゃんでした! ごめんね〜。でも仕方ないの。ミレディちゃんはマガイモノさんでも天才なんだから! 許してね! あれ? そのマガイモノさんに負けてる貴女はマガイモノ以下? 残念だったね、プギャー」

『コロスコロスコロスゥウウウウ!!!』

 

 そう! 言葉という、時には暴力よりも数倍強くなる力による追い打ちを! 状況が状況だというのに巨大ゴーレムを煽り始めるニコちゃん仮面のミレディさん。…本気で余裕ではなかろうか。むしろ一方的に攻撃している巨大ゴーレムさんの方が何処か追い詰められてる感がある。

 

 魔法が更に乱れ打たれる中、ミレディは天才的なセンスでそれらを紙一重で躱していく。避ける度に行うウザさ百パーセントのポージングが絶妙にウザったらしい! そんなことをやっている暇があれば逃げられるが、そんな野暮な事はミレディさんに言うことなかれ。彼女には必要なのだ!

 

 大事なことなのでもう一度、ミレディさんには必要なのだ!

 

 巨大ゴーレムさん、無いはずの青筋をピクピク。更に魔法の乱れ打ちがペースアップする。しかしパパッと避けるミレディさん。これにまた青筋が飛び出る。

 

 そうしてミレディは小さな穴へと入り込み逃げた。しかし巨大ゴーレムはその壁を無視して、壁ごと吹き飛ばす荒技を見せる。軽くスッキリした感じが分かる。

 

(う〜、外には逃げられそうだけど…このままじゃジリ貧だよ〜!)

 

 余裕ありげなミレディではあるが、やはりそのミニボディでは巨大ゴーレムにはいずれ負ける。あくまで逃げに徹しているからこそ、ミレディは生き残っているのだ。あと巨大ゴーレムの魔力操作が大雑把だという点も挙げられる。

 

 だがその『いずれ』は決して遠くは無い。長くて30分だろう。その間に誰かの手助けが欲しい所。

 

(逃げた先にこれに対抗できる程度には強くて、私を助けてくれるぐらいには正義感あって、神の使いじゃないような人いたりしないかなーーー!!)

 

 ま、いないよね! と現実逃避気味に考えながら、ミレディは迷宮の外へと逃れて行く。

 

 逃げた先に何があるのか。それを知る者はいない事であろう。

 

 

 

 

 

 

 ーー第一部 二章 反転人形劇場 ライセン

 副題 〜反転の始まり〜

 攻略難易度C+




早速煽りました!
さすがはミレディ!
煽りレベルの格が違うぜ!

次回からはハジメ視点。
大まか原作通りの予定。
…次次回からは違うけど。


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迷宮の外

二章本格スタートです!
なお八千字ぐらいなのでまあまあです。
それではどうぞ!


 ーー立香side

 

 視界が魔法陣の魔力光により満たされる。続いて訪れる僅かな浮遊感。その感覚に遂に求めた外が訪れるのだと思うと頰が緩まずにはいられない。

 

 そして光の満ちが引くと…そこには暗闇の洞窟があった。

 

「…何でやねん」

「……もういいわ」

「ハジメ!? ユエ!? 何で二人ともコントみたいになってんの!? 落ち着け! アーツはバスター! そう唱えるんだ!」

「いや、お前もな。というか何を言っているんだ、お前は」

 

 ハジメが関西風にツッコミを入れ、それに続いてユエがお笑い風に締めくくる。立香はそんな二人に落ち着くように言うが、割と錯乱している。だが精神力チートの立香がこの程度で狼狽するはずもない。つまりは冗談である。お陰でハジメも冷静を取り戻し、ツッコミを入れるぐらいには回復した。

 

 とはいえハジメ達がこうやって錯乱するのも分からなくはない。迷宮という暗闇ばかりの場所で生活していたのだから、地上の証左の太陽の光を求めていたのだ。だというのにまたもや暗闇。正直に言ってやるせない感があるというもの。

 

 そんな一行にオスカーが苦笑しながら訳を説明し始めた。

 

「仕方がないだろう? ここは迷宮の最深部への直通の転移門だ。隠さねばならないのは当然のことだよ」

「「「「「「あー、なるほど〜」」」」」」

 

 言われてみれば当然だ。指輪が無ければ反応しないとはいえ、魔法陣を人目につくような場所に置いておけば誰かに細工されたりして使用できなくなる可能性だってある。それを考えると妥当であった。全員がその言葉に素直に納得、声を上げた。

 

 そして洞窟の中を進んでいくのだが、進むたびにハジメが壁や床を見てますますオスカーに畏怖の眼差しを向けていた。

 

 どうやらハジメが言うにはそこらにはトラップが大量に仕込まれており、しかもそれらは“解析”でもないと見つけられないように隠されているとのこと。なお勿論殺生に行き届くもの。また封鎖された扉などもあったが、それらも勝手に一人でに開いていく。

 

 立香達は【オルクス大迷宮】の攻略の証である宝物庫を持っているがために罠や封印を解除出来ている。しかし無ければ抜け出すこともできず、罠に滅多打ちにされていたところである。改めてオスカーの死体から抜き取っておいて良かったと倫理的には割とアウトなことを考えるのであった。

 

 そうして拍子抜けするようにあっさりと洞窟を抜け出すと…陽の光が目に差し込んできた。

 

「…やっとだな」

「……ん」

「ああ、やっとだ」

「はい、想像よりも遅れてしまいましたが…」

 

 立香の脳裏にオルクス大迷宮での長い戦いが映り込んだ。最初はハジメの生存に心配しながら駆け下りてきた旅。カーグやオスカーという伝説級の英霊達との遭遇。そして時にはハジメと衝突し、互いを譲らない戦いを繰り広げた。出会った後も苦しい戦いは続き、そしてラストを締めくくるヒュドラとの戦い。

 

 まさしく壮絶と言える三ヶ月に及ぶオルクス大迷宮で過ごした時間。ハジメも思い出しているのか、すっかり大人びた表情が少し柔らかいものとなっていた。特にユエなど300年も見なかった本物の太陽だ。目をキラキラとさせて、上空を見上げている。

 

 そしてハジメとユエは二人で顔を見合わせてニッと笑うと、そのまま駆け出して行った。陽の光をまじまじと見つめながら笑いあっている。遂には喜びのあまり、ユエを抱きしめながらクルクルと回り始め、バランスを崩し、それでもケラケラと笑っていた。

 

「ハジメ君達の喜びようは異常だね。…それほど喜ばしかったのかな?」

「だろうなぁ。ユエさんは狂うような年月一人で暗闇の中にいたわけだし、ハジメもハジメでつい三ヶ月前ぐらいまでは本気で戦いも知らない学生だったんだからなぁ」

「それを思うとお二方のあの喜びようも不思議ではないですね」

 

 そんな二人を見て、立香、マシュ、オスカーは微笑んでいた。

 

 確かにユエは王族であった身から奈落の暗闇の中、長年過ごしていたのだ。叔父からの裏切りも合わせて考えると、地上に帰ってきた時の喜びはそれこそ立香達には予想できるはずもない。

 

 だがハジメもハジメで、数ヶ月前までは一般的な高校生だった身だ。戦闘経験も苦しみも規定内の現代社会で育ったにも関わらず、奈落の底に落とされたのだ。暗闇は今まで想定もしなかった孤独、恐怖をハジメに与えていただろう。

 

 二人にとっての最初の苦境の象徴である迷宮。陽光は迷宮を本当に切り抜けたのだという実感をハジメ達に与えた筈だ。今も変なテンションになり過ぎて組体操をし始めている。あそこまではしゃぐ二人も珍しいものだ。

 

「【ライセン大峡谷】か。…ミレディの奴は今どうしてることやら」

 

 というのも、周辺に広がるのは峡谷。その名を【ライセン大峡谷】、そこは地上の人間にとっては地獄にして自然の処刑場。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪とされる魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡。

 

 そんな場所でオスカーは遠い場所を見つめるように目元を緩めた。どうやらこの地名の名はかつての仲間の性から来ていたらしい。かつての仲間との思い出を思い出したのか、はたまた『解放者』時代の出来事を振り返っているのか、立香には推し量れない。

 

 ただオスカーの言葉に何処か引っ掛かりを感じた立香。それに応じ、オスカーに質問しようとしたのだが、その前に立香の服の裾が引っ張られる。

 

 振り返れば頼光がいた。その後ろには獅子王も。二人は少し申し訳なさげに顔を俯けて、立香に現状を伝える。

 

「それにしてもマスター。想定しておりましたが…やはり」

「うん。魔力が霧散してるね。本調子の何割ぐらいで戦えそう? 頼光、獅子王」

「申し訳ありませんが…5、6割が限界かと」

「私も頼光卿と同様ですね」

「そっかぁ…相手が相手だったらヤバイね」

 

 というのもこの【ライセン大峡谷】では魔力は霧散する。そのため魔力により構成される英霊は弱体化を免れない。流石に構成する魔力の桁が違うので完全に霧散することはないのだが、それでも厳しいものは厳しい。彼女達は『十三の花の盟約』を結んでいるからまだマシだが、それ以外の英霊では本気でピンチだったのではなかろうか。

 

 同時に立香の頭の中に浮かぶのは100階層で出会った憎きヒュドラさん。あれクラスが出現したら、魔法に頼らずとも強いハジメ以外はこのパーティーでは太刀打ち出来ない可能性が高い。…本気でハジメはこの世界的なヘラクレスだと立香は改めて感じた。

 

 もっともハジメもハジメで弱体は免れない。ハジメは銃器を扱う際には“纒雷”を扱うが、それも出力が弱まるだろう。オスカー曰く、体内の魔力までは分散しないようなので“身体強化”の類ならば戦えるのだろうが…。

 

「このまんま【ライセン大迷宮】に行くのか…不安だなぁ」

 

 カルデアが示した六つの聖杯反応。その中で一番ここから近い迷宮こそ【ライセン大迷宮】、つまりはこの辺りに存在する迷宮だ。行くならば最短距離で! という短絡的な考えによるものだったのだが…考えを改めねばと立香が思案する。

 

 するとハジメとユエの喧騒に誘われたのか魔物達がぞろぞろと現れ始めた。

 

「先輩」

「うん。どうせだから頼光は俺と一緒に前方を。マシュと獅子王は背後の魔物達を頼む」

「「「了解!」」」

 

 そしてすぐに獅子王が馬を駆け走らせ、マシュもまた後ろ側へと走っていく。マシュは元々とはいえどちらも円卓の英霊。本能的に連携が会うことだろう。

 

 頼光もまた前方に雷と共に突っ込んでいく。頼光の“魔力放射(雷)”は【ライセン大峡谷】の魔力霧散をしても防ぎきれないらしい。魔物を片っ端から焦がしていく。

 

 一方で立香は可変式の武器、アイゼンを腰から抜き、形状を双剣に変形する。そして呼び出すのは彼の花嫁の一人。

 

「さて、と。それじゃ…俺に力を貸してくれ、ヒロインX」

『了解です、マスターくん! ついでにあのランサーも倒していいですか!?』

「別に他のアルトリア顔倒さずとも俺はXを信じてるんだけど?」

『ッ〜〜!! やっぱりマスターくんは最高です! ではあの魔物ども、ぶっ倒しちゃいましょう!』

「よろしくね!」

 

 そう言ってる合間にも立香の身に光が宿る。髪の毛がブランドに染まり、カルデアの白の制服が近未来的な武装へと変化していく。また青の帽子とマフラーが風にたなびく。アイゼンに宿るのは白と黒の二双のエクスカリバー。白と黒が相まって最強に見える!

 

「さて…それでは最強のセイバーの力! 見せつけて差し上げましょう!」

 

 なおヒロインXはクラスで言う所、アサシンである。決してセイバーではない。ただしそこら辺まるっと無視する立香とヒロインXはブゥンと音を鳴らすとその場から消える。

 

 今にも立香に襲いかかろうとしていた魔物達は獲物を見失い、混乱を催す。だが次の瞬間には白と黒の斬撃がビームを放ち、彼らを絶った。

 

 Xを見に宿した立香は魔物達に襲われる前に彼らにとっての死角である上へと飛び、重力に乗せて魔物達をざんばらに切り倒したのだ。魔力が霧散するというのにキレッキレの動き。最強のセイバーを自負するだけのことはある! …いや、アサシンだけど。

 

「フッ…やはり最強のセイバーというのも困りものですね」

 

 地面に着地すると、香ばしくターンッ! あくまでも方向転換が目的だが、マフラーが弧を描き、白と黒の剣をクロスして構えちゃってる時点で中々に香ばしい。割とフッも様になっちゃってる立香さん。

 

 勿論そんな動作無駄無駄な立香さんに魔物は襲いかかる。魔物達は舌舐めずりをし、牙を突き立てる。しかしブゥンという音と共にその姿が二重三重にもブレ、虚しく牙が空振った。

 

「貴方はもう…斬れているっ」

 

 某世紀末の武術の継承者みたいなことを言いながら腰にエクスカリバーを宿したアイゼンを納める。魔物達は己らの後ろに移動した立香を狩ろうとしたが、それは叶わない。

 

 プシュッと音を立て、彼らの肌から血が噴き出した。その傷は深さを増していき、遂には体そのものが耐え斬れず吹き飛んだ。

 

 なんと速い剣か。斬撃さえも見えないうちに魔物達が屍を重ねる。全滅には2分としてかからず、戦いは一方的なまま終了した。

 

 立香の服装が元のカルデアの制服へと戻る。同時にアイゼンに宿っていたエクスカリバーの力もふっと霊子を撒き散らし、消えていった。同時に立香は予想外だとばかりに大量に積まれた魔物を見つめていた。

 

「…え? 弱くない?」

「母も同感です」

「あ、頼光。もちろん無事だよね?」

「無論です! 母は偉大なのですよ!」

 

 バーンと踏ん反り返り、えっへんと自己主張する頼光さん。彼女の何処がとは言わないが、プルルンとこれまた自己主張する。もちろん立香はガン見だ。己を誤魔化さない。清姫に罰せられないためにも正直が一番だ。

 

『…ますたぁ?』

『…腹に膝がお望みかしら?』

『…デュヘインが必要らしいわね、マスターちゃん?』

「すんませんでした」

 

 どうやら正直もダメらしい。というかジト目を向ける目線がむしろ増えた感がある。どうすれば良いんだろうか? 立香は今後の対策を考えるようにした。

 

 すると向こうからも獅子王とマシュが帰ってきた。ついでに申し訳なさそうにハジメとユエも二人を追随する。

 

 なお立香の目はもちろん獅子王の胸にも向けられた。やはりそう簡単に人の性は治らないらしい。またもや頭の中でジト目が増えた。「もごう」「もごう」と頼光や獅子王に殺意に近い何かが発せられる。なおそれは彼女達本人ではなくその一部に向けられているが…。

 

「皆さん?」

 

 というマシュの一声で殺意が霧散した。やはり正妻は偉大、誰にも勝てる気配は無い。気を取り直して立香は獅子王とマシュに聞く。

 

「で、どうだった? ここの魔物」

「…一言で言うならば弱い。本当に凶悪なのか?」

「そうですね。ベヒモスさんにも及んでませんでしたから」

「出力の低い雷でも倒してしまいましたからね…これではどれほど弱体化したのか物差しにすらなりません」

「だよね。俺も素殴りで倒せる自信ある」

「「「………」」」

 

 魔物を魔術も無しにぶん殴れる立香…本当に人間種なのか本気で疑わしい。念話の方でも先程とは別種のジト目が集まった。

 

 するとハジメとユエが申し訳なさそうに立香に頭を下げる。流石に自分達が浮かれてる間に魔物処理をしてもらっていたというのは少し罪悪感が湧くらしい。

 

「すまねぇな、マジで」

「……お恥ずかしい」

「いやいや良いって。本気で雑魚だったから。群れになってようやく【オルクス大迷宮】のベヒモス程度。弱い弱い」

「…そんなに弱いのか? ここの魔物って凶悪って噂だろ? …場所間違えたか?」

 

 もうベヒモス一体を止めるのに必死になる錬成士の姿は跡形もない。今では「あんな魔物になされるがままにされてたなんざ…恥ずかしい話だな」とのこと。奈落の魔物さえも“錬成”の一手間だけで沈めてしまうハジメさんなので、仕方ないとも言える。

 

 するとオスカーが一行に苦笑いしながら注意する。

 

「それは君たちの実力が異常なだけだよ。第一奈落の魔物達は僕ら『解放者』の共同作品。世間一般の魔物の強さとは一線を画する。…それにここは本来なら魔法が使えないんだ。…君たちはゴリ押しで使えるようだけれど」

 

 改めて【オルクス大迷宮】の深層は魔境だったのだな、と思わざるを得ない。そして当時弱かったはずのハジメが生き残れたのも奇跡的だったと改めて思わされる。

 

「さて、ハジメ。次に攻略する迷宮を変えたい。ここの魔力霧散の性質は厄介だ。少し先延ばしにして、対策案を練りたい」

「それじゃ…【ハルツィナ樹海】の迷宮を目指すか。ただこっちもこっちで厄介だな」

 

【ハルツィナ樹海】は亜人族の唯一の領土。というのも亜人族は魔法が使えず、この世界では相当弱い分野に入る。代わりに筋力やら飛行やらの特殊な力を得ているが、魔法には劣るものばかり。仮にこの一行で侵略しに行けばすぐに制圧できる可能性が高い。それほどに亜人族はこの世界では弱い。

 

 しかしこの森には多少の特殊性がある。それが樹海を覆う霧だ。その霧は亜人族を除き、視界を阻む。逆に亜人族はその霧の中でも視界を確保でき、自在にその中で動き回ることができる。つまりは亜人族にとっての唯一の独擅場というわけだ。

 

「ハジメの目じゃ無理かな?」

「それは最終手段にしたい。俺の目も確実じゃない」

 

 そんな性質から立香達の中では幻術の一種であるという推測が立てられている。なんたって限られた人には透けて見える霧など自然現象ではあり得ない代物。幻術と考えた方が賢い。

 

 ハジメの目、というのは魔眼石の右目ではなく、生来の左目の方である。未だに何故かは分からないが、立香の“気配遮断”やランスロットの『己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)』を看破するのだ。魔眼で言う所の宝石クラスには達していることは間違いないようなものなのだ。

 

 そんな正体も分からないようなハジメの左目はとりあえず『幻想殺しの魔眼』として仮名称を名付けられている。ハジメが『マフコプター事件』の際に「不幸だーー!!」と某右手がヤバい人みたいなことを言った為、この名称となった。つまりはノリである。

 

 だがハジメの目の正体も、森の霧の正体もよく分かっていない以上、ハジメの言う通り最終手段としたいところ。また亜人族は他の種族を非常に嫌っているので、亜人族の仲間を加えて、平和的に解決したいというのも立香の本音だ。

 

「とはいえ…亜人族ってアレだろ? 樹海の中から滅多に顔ださねぇんだろ?」

「いたとしても追放者だろうし…そんな滅多なことまずないだろ」

「あ〜、どっかに猫の手であろうが何でもいい! オラに力を分けてくれ! 的な亜人族がこの辺りにいねぇかな〜」

「他人の不幸を祈るような真似はしない! っていうかそんな都合よくーーー」

 

 ハジメがどうか残念な獣人来てくれ! と祈り、立香がそんなハジメをしばくという構図が完成する。そんな二人に生易しい視線が捧げられるが、立香のツッコミの途中に聞こえてきた地鳴り音に一行は身を引き締めた。

 

 そして数秒後、立香達はすぐに発見した。その震源を。震源から逃れる者達が大声でこちらに叫んでくるのだから。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

「ミレディちゃんも助けて〜〜!! 私が原因ぽいけど可愛いから許してねっ!!」

「だずげでー! べるぶみーですぅ〜!」」

「お願い〜〜!! 」

 

 そう、やけに残念なウサギとやけに厚かましいニコちゃんゴーレムが同時にこっちに向かって助けを求めてくるという謎の光景が立香達の目の前には写っている。

 

「…来たな」

「お前がフラグ立てるからだろ、立香」

「お前だろ!? …まあいい。丁度いい! 訳は知らないけどどうにか一緒に樹海に連れて行ってもらおう! それでいいな!」

「ああ、当然だ。…ところで、あの脇の奴…『ミレディ』って名乗らなかったか? 確かミレディって…」

 

 ハジメがゴーレムの言っていた名前を思い出し、オスカーを見る。そう、まさしくミレディとは『解放者』のリーダーと言われる女傑、ミレディ・ライセンに他ならない。

 

 またハジメ的には目の前から迫っているニコちゃんゴーレムがそのふざけた見た目とは裏腹に錬成士の究極域のような技術が込められていることによる判断もある。あんなものを作れるのは己の師である男しか知らない、と。

 

 現にその『解放者』の一人は驚いた様子でニコちゃんマークのゴーレムを見つめる。やがて髪の毛をくしゃくしゃも搔きむしり、そのゴーレムに向かって叫んだ。

 

「おいっ、ミレディ! 僕だ! 分からないか!?」

「へっ? …………鬼畜眼鏡でエサ紳士な眼鏡ピカー?」

「殺すぞ?」

 

 オスカーの化けの皮がボロボロっと簡単に崩れていく。立香やハジメ的には男友達として普通にわかっていたが、女性陣としては紳士的な面の方が目立つ。だからこそ下品上等なオスカーさんの言動にみんなが目が点である。

 

 しかしゴーレムちゃんは違う。顔はニコちゃん仮面なので変化は無いが、動きが凄くはしゃぎ始めた。

 

「オーくん!? 本物? 何で何で? …ハッ、まさかオーくん。ミレディちゃんのことが地獄でも忘れられなくて? …ごめんね、まさか地獄から追いかけてくるようなヤンデレさんだとはミレディさんはーー」

「そんなことはいいから事情説明早くしろ、ミレディ!」

「あっはい」

 

 ミレディさん(ゴーレム)がオスカーの一声で静かになった。もっとも煩くした理由もまたオスカーではあるのだが。

 

「えーっとね。普段通り迷宮でのんびりしてた〜、でっかい方のゴーレムが乗っ取られた〜、今追われてる。以上だよ!」

「なるほど、異常だね」

 

 オスカーとミレディ(ゴーレム)だけで会話が続けられていく。立香的には「あれ? これがミレディ・ライセンの霊基? ロボなの?」と混乱状態。そろそろ説明プリーズ、と言ったご様子。

 

 オスカーは場が場なので簡潔に説明する。

 

「彼女は英霊なんかじゃない。未だ存命(・・)の『解放者』、ミレディ・ライセン本人だ」

「よろしくね! 名も知らないみんな!」

 

 ゴーレムが右手ピースを顔にセット! 左手は腰に! もれなく左脚は曲げられて、動くはずのないニコちゃん仮面の目がウインクする。うざったいポージング、ここに極まる。

 

 そんな彼女の登場の演出とでもいうのか。いきなり峡谷の壁が音を立てて粉砕する。瓦礫などが辺りにぶちまけられ、そして壁からは巨大なゴーレムの姿が露わになる。

 

『ミレディぃいいい!! コロスコロスコロスゥウウウウ!!!』

 

 巨大な騎士ゴーレムの目に光が宿り、ミレディ(ゴーレム)を射抜く。同時に魔力が霧散するはずの峡谷で災害と言えるほどに高まる魔力の渦。

 

「チッ! 初戦がボスキャラか!?」

「まさか初っ端から大型のエネミーとエンカウントとかどんだけのトラブル体質なんだ!?」

 

 あるものは己の宝具を掴み、あるものは与えられたアーティーファクトを構えた。立香も己の体に英霊を宿す準備をする。

 

【オルクス大迷宮】から出発して十分足らず。一行の新たなる冒険の兆しが露わとなる。そしてこの【ライセン大峡谷】を覆う聖杯の影響も。

 

「…これどうなってるんですぅうう!?」

「……黙れ、残念ウサギ」

「酷い! 謝ってください!」

「……ウザい」

 

 もっとも一人ほど完全に事情を知らないウサギがいるようではあるが、一つの土壇場を超えようとしている立香達の知ったことではない。ないったらない。




…うん、文章ヒドイ。
書き直してェ…

それは兎も角早速ウサギさんの影が薄くなりました。
…頑張って残念を振りまかねばっ!


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騎神の土塊

短めです(自己申告)
最初はもっと長かったのですが…少し内容が混雑してきたので二話に分けた感じです。
そんな感じですのでヨロヨロです!


 ーーハジメside

 

『ミレディ・ライセン! ミレディ・ライセン! シスベシ! ジヒナドナイ!!』

 

 峡谷の壁を貫き、現れた巨大ゴーレム。右手には巨大な籠手を。左手には鎖を巻き、鎖の先端には凶悪なモーニングスターを装備している。狂気的な光を宿らせたゴーレムは一行の姿など目に入っておらず、ニコちゃんゴーレムだけを視界に捉えていた。

 

「…ミレディ、これはどういうことだい?」

「わかんないよ! もう一人私がいる(・・・・・・・・)なんてさ! オーくんが今生きてることといい謎ばっかだよ!」

 

 すると巨大ゴーレムはミレディ(ゴーレム)の側にいるオスカーも目に入ったのだろう。一時的に動きを止めた。

 

『………オスカー・オルクス?』

「やあ、もう一人のミレディ。訳は分からないがとりあえず敵意を抑えてくれ。きっとオリジナルが君を煽りすぎたんだろう? 腹がたつ気持ちも分かる」

「ちょっとオーくん? 何でミレディさんがウザい前提なのかな? 話してみて? ねぇってば」

 

 極自然のようにオスカーはミレディがうざいことを前提とした話をする。後ろでニコちゃんマークのゴーレムさんが冷酷な目へとなってしまっている。さっきまでのウザい雰囲気が一気に霧散した。思わず一行全員がギョッとした。

 

 だが当のオスカーは気にもせずに巨大ゴーレムに話しかけるが…返されたのは魔力の咆哮。返答も無しに敵意をオスカーにも向けた。

 

『ツミブカキモノノヒトリ! チリヒトツモノコシハシナイ!』

「らしいぞ、オスカー。会話は無理だな」

 

 魔力の高鳴りに初めに反応したのはハジメだ。右の目によって魔力の流れを感知したためだ。宝物庫を輝かせ、武装を取り出した。

 

「とりあえず死ね」

 

 右手にとりあえずメツェライを装備したハジメさんはとりあえず弾丸をブッパした。毎分一万二千発の死を撒き散らす化物のお披露目である。

 

 ドゥルルルルル!!

 

 六砲身のバレルが回転しながら掃射を開始する。独特な射撃音を響かせながら、真っ直ぐに伸びる数多の閃光は、縦横無尽に空間を舐め尽くした。

 

「な、何アレ!? またオーくんアーティファクト作ったの!?」

「いや、作ったのは彼自身だ。彼は私の後継者でね…」

「なるほど、よくわかんないや」

 

 どうやらミレディの中ではアーティファクト=オスカーのイメージがあるらしい。オスカーの領域までに辿り着く錬成士など常識的に言っていないだろう。認めたくない気持ちも分かる。

 

 そんなミレディの疑問もよそに弾丸の壁とも言うべき弾幕が巨大ゴーレムに注がれる。どの弾丸もゴーレムの装甲を粉砕する威力を持っており、防がねば機能困難にすらも陥りかねないもの。

 

 しかし弾丸の時雨は不意に止まった。巨大ゴーレムに触れることなく、何かに掴まれたように弾丸が空中で浮遊する。

 

『ハネカエレ!』

 

 その言葉を聞く前にハジメは奈落で冴え渡った直感で今も浮遊する弾丸の数々を“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”で爆散させる。

 

 しかしハジメは目撃した木っ端微塵に破裂した弾丸の数々。しかしそれらが爆散する寸前に己らの方向に跳ね返ろうとしていたことに。

 

 まるで己らの方向に落ちよう(・・・・)としていた弾丸達。兎に角も弾丸は無意味と察したハジメ。どうしようものかと思案する。

 

 一方で巨大ゴーレムは魔法を構築し始めた(・・・・・・・・・)。規模も大きい。上級魔法に匹敵するものだ。

 

 しかしここはかの【ライセン大峡谷】、例えどのような者の魔法であろうが魔力の霧散を防ぐことはできない。事実この場の一行は全員がそう楽観した。

 

 ただ一人、ユエという魔法の天才を除いて。

 

「……魔力が、霧散してない?」

 

 そう、ユエは知覚したのだ。巨大ゴーレムの作り上げる魔法から全く魔力が霧散する気配が無いことに。同時に上級魔法など発動できるはずもない環境の中、簡単にやり遂げているその技量に驚愕せざるを得なかった。

 

「チッ! オスカーの野郎か!」

 

 ハジメは“解析”によりその原因を突き止めた。同時に目の前のゴーレムの作者も暴き出した。つまりはこのようなアーティファクトを創り出すのはあんの眼鏡しかねぇと。その眼鏡は眼鏡をくいっとした。図星らしい。

 

 攻撃をキャンセルしようと一行が動き出すが、既に遅い。魔力の高鳴りはついに魔法へと変換された。

 

『ツブレロッ!!』

「“誉れ堅き雪花の壁”ぇっ!!」

 

 上級魔法が放たれると同刻、マシュは全員に障壁を展開した。魔力による霧散は抑えられないが、やはり防御特化とあり数秒は持つ模様。

 

 重力がそこら一帯で猛威を振るう。マシュの防御壁が軋みを上げながらも、仲間を守る為に盾が幾度も復元される。マシュは脂汗を垂らしながらも魔力を絞り出す。

 

 ゴーレムは未だに魔法を解く気は無いらしい。事実待てば【ライセン大峡谷】の影響を受けているマシュの方が魔力を失うのは当然の摂理だ。そうとなれば重力により沈めることも容易になるだろう。

 

 当然それは誰一人が重力加重の力を妨害しなければの話ではあるが。

 

「“崩陣”」

 

 静かで冷ややかな鍵言の呟き。それに従い小さなゴーレムが魔法を起動させる。魔力霧散の影響を受けることなく、巨大ゴーレムの加重の力を相殺した。

 

「ァアアアア!!! ジャマヲスルナ! ミレディ・ライセン!!」

 

 再び殺意を小さなゴーレム相手に剥き出しにした巨大ゴーレム。加重の力はそのままに左腕に付けられているモーニングスターでミレディを粉砕しにかかる。

 

 明らかに見るだけでも大質量。その勢いも馬鹿にできたものではない。ミレディは魔法の発動に無我夢中。抵抗できるはずもない。

 

 だからこそお人好しは走り出す。同時に唱えるは己の体自体を組み替える、自己犠牲の大権化たる詠唱()

 

「ーー筋系。神経系。血管系。リンパ系。擬似魔術回路変換、完了」

 

 純白の魔力が魔術回路から噴き出した。体内の魔力ならば霧散されることはないため、“身体強化”は滞ることなく展開された。

 

 同時に“瞬光”も出力を絞った上で発動。更に助走の勢いは増し、立香の拳の勢いも同様に増していく。

 

 眩いまでの純白の光。光が拳から吹き出すこと一拍、モーニングスターに裂帛の呼吸と共にぶつけられた。

 

「ハッ!!」

 

 一点集中。地を割る踏み込み足。それらにより繰り出された発勁。モーニングスターの勢いが停止。ミレディには一寸たりともぶつかっていない。

 

 ただ魔術を使っているとはいえ、金属塊を拳一つで止めた立香。スパルタ式トレーニングは伊達ではない。

 

『…アレ、ニンゲン?』

 

 思わず理性を失った風だった巨大ゴーレムさん、我に帰ったように立香を凝視した。オーガかゴリラの間違いでは? と目を点にせざるを得ない。思わずパチクリした。

 

 そして巨大ゴーレムによる重力の檻の猛威が弱まったその時、全員が動き出す。

 

 轟音を立てて巨大ゴーレムの脚部の関節部分が粉砕された。正体は立香の英霊たる二人。頼光は宝具の一つである『黄金喰い』で、獅子王は聖槍である『最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)』で交差間際に攻撃を入れたのだ。

 

 先程から不可思議にも浮遊している巨大ゴーレム。されど脚が破壊されたことでその姿勢が不安定となり、一時的な硬直に陥る。

 

 その間にハジメが四輪車を宝物庫から呼び寄せた。一時撤退を狙ってのことだ。

 

「よし!お前ら全員乗っかれ!」

 

 ついでにユエに隠れっぱなしの兎人族を「邪魔だ!」と車の後部座席に放り投げておく。一番ノロマだったが故の行動。本人は「あんまりですぅ〜」と言っているが助けてあげてるので文句はいけない。

 

 脚部粉砕による硬直がある間に続々と車に乗る面子。ただしニコちゃんゴーレムさんが隣に座る頼光と獅子王のあるものに挟まれ静かになっていたが。

 

 そんなことも意に返さず。最後に立香は運転座席に。そして宝具を呼び寄せた。

 

「ーー顕現せよ!『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』!!」

 

 呼び寄せたのは手に触れるもの全てに『己の宝具』という性質を与えるランスロットの宝具。同時にハジメが“強化魔術”を発動した。四輪車に紅い線が走り、黒い靄が漂った。

 

 するとどうだろうか。通常よりも爆進的な速度をして走行し始めた。

 

『マテェエエエエエエエエエ!!! ニゲルナァアアアアアア!!!』

 

 脚部の破損に気を取られていた巨大ゴーレムだが勿論逃げ出す獲物を逃す気は無い。炎の魔弾の数々が車体を破壊しようと迫って来た。

 

「“時に煙る白亜の壁”!」

 

 しかしパーティー随一の防御力を持つマシュがそれを防ぐ。車自体に付与される単一の防御力バフは例え魔力自体の拡散は防げずとも刹那の合間ならば如何なるものよりも堅固なる物。炎程度では貫くことなど敵わない。

 

 更には車自体が宝具と化しているため、速度が馬鹿にならない。魔力自体は霧散するが、『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』は不完全な形の宝具。霧散仕切ることはまず無い。

 

 凄まじいドリフト音を撒き散らし、一行は巨大ゴーレムを置いてその場を逃れるのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー???side

 

『ァアアアア!! ノガシタ! ノガシタ! クソガァアアアアアアアア!!!』

 

 峡谷に慟哭が鳴り響いた。ゴーレムの体にヒビを入れるほどの叫び。魔力も暴走を起こし、周囲一辺が崩壊を起こし始める。

 

 ゴーレムの中で渦巻くのはただ純粋な怒り。その矛先は何とも曖昧。己なのかそのともあの小さな自身なのか、はたまた急に現れたかつての旧知か。果てには己の邪魔をした者達か。

 

 ただ際限なく湧く怒りに任せ、万物に滅びの運命を導く。

 

 遂にはあまりもの魔力に空間が湾曲する。神の再現とも言える魔力の丈。曇天の魔力が嵐の如くゴーレムを覆った。

 

 周囲一帯どころか【ライセン大峡谷】の一部を消し飛ばしかねないほどに脅威的な魔力の風。しかし吹き荒れた魔力の風の解放は第三者の介入により防がれた。

 

「静まって、魔法使いさん」

『ァアア? …アナタカ、ルナ。ナンノヨウダ?』

 

 峡谷の上方から己を見上げる少女の姿。身長は8歳の少女程度のもの。【ライセン大峡谷】という一般から見れば危険度の非常に高い場所にているにはあまりにもその服装は無防備。服装が黒を基調としたレース柄過多のゴスロリ服であるのもその不安に拍車をかけることだろう。

 

 今も気怠げに緩む眠たげな色素の抜けた白の瞳。艶のある肩までかかる黒の髪とは異なり、肌も屍人のように血の色が抜けている。だというのに不思議と可憐だと思わざるを得ない白と黒の黄金比を体現していた。同時にこの世のモノではないような隔絶した印象を感じさせる。

 

 そんなルナと呼ばれた少女は黒の日傘により作られる影の中、ポツリポツリと小声で呟いた。

 

「魔法使いさんには『聖杯迷宮』の管轄をしないとダメ。私もいる。けど、私はこれから騎士さんで遊ばないとダメ。だから魔法使いさんは私のお父様の言う通りに聞かないとダメ」

『…イズレ、ヤツラハクルノ?』

「当然。お父様の言うことは外れたことがない。だから来る。魔法使いさんは迷宮を綺麗にしておかないとダメ」

『………ワカッタ。アレヲシマツデキルナラバ、ソノコトバニシタガウ』

 

 ルナの言葉を聞いて、すぐにゴーレムは巨体を浮かせてそのままその場を離れていく。魔力の様子も暴走する気配は無く、怒気が消えていることは確かだった。

 

 そしてゴーレムの背中を少しぼうっと眺めるルナ。

 

「霊基が完成してない。不安定。形だけの霊基? 本物自体が死んでないとダメ? 英霊としての定義が矛盾してる? …分からない」

 

 困惑しつつも思考する。その後反対側、立香達が逃げて行った方向を変わらず眠たげな瞳で眺めた。

 

 彼女の周りにはルナと同じように血の色が抜けた騎士が並んでいる。目も焦点が合っておらず、代わりに魔物のような赤黒い血管が頰などに散らばっていた。

 

 感情の含むことのない言葉、されど何処か不機嫌にも感じ取れる言葉がルナの口から出た。

 

「…結局は凡人類。夜刃に遭遇しなかっただけの幸運。お父様の寵愛を受けるのはダメ。示しせ、強さを」

 

 影が急に糸のように蠢いた。同時にルナの姿をカーテンのように隠す。だんだんその糸は束ねられ、ルナと近くにいる兵士達の姿を覆い隠していく。影の糸はどんどん肥大化していった。

 

 そんな中、彼女が最後に残した言葉は、

 

「足掻いて。凡人類(藤丸立香)。貴方を知らない私達を、認めさせるほどに」

 

 彼女達が忌み、己らの首魁が認めた男の名前。

 

 そして影の糸が散らばった頃には彼女の姿は髪の毛一本の残滓さえも残さずその場から消え失せるのであった。




次回! ようやくウサギさんが影の薄さから解放される模様です!
…ミレディが凄いから、ウサギさんの影が薄くなるんだよ!

あと最期のルナはオリキャラですがオリキャラでありません。
さあ、レッツシンク!


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事情

今回は『シア・ハウリアの事情』と『契約完了』を複合したような回です。
結構コピペも多いです。
なおシアは少し原作設定を変えてます。
…あまり大きい変化では無いのですが。


 ーーハジメside

 

 峡谷の中を走り抜ける黒い四輪車。もはや追跡者はいない。だというのに凄まじい速度を未だに続けている。

 

 その原因はというと、

 

「ヒャッハー!! 俺たちは今風になるぅー!!」

 

 世紀末のモブ達のようなセリフを叫びながら『騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)』を行使することでトンデモ走行を見せつける立香さんである。ついでにいつもの温和な感じの雰囲気も魔力と同様霧散。残虐な笑みがとても似合っていた。

 

 四輪車の中は阿鼻叫喚。何故かウサギさんと獅子王さんだけは「なんだかワクワクするですぅ〜」とか「流石は私のマスター!」とノリノリだが、他は違う。

 

 ユエは盛大に酔い始め、ミレディ(ゴーレム)は己を挟むものも相まって気絶状態。オスカーはそんなミレディで愉悦しており、頼光は頼光で「マスター! 規定速度を守ってください!」とこれまたズレた発言を。どうやら風紀委員長さんは立香の変貌ぶりは不思議には思っていないご様子。

 

 結果、通常の判断能力が残されているのは二人だけだった。

 

「畜生! 止まれ立香! どうなってんだ、キリエライト!」

「久しぶりに操縦を任せて忘れていたのですが…先輩は乗り物に乗ると性格が変わってしまわれるのです」

「それを先に言ってくれ!」

 

 車が壁ギリギリを走行したり、壁を登ったり、ドリフトしたりなど危険運転ばかりの立香。宝具と化したことでの速度の上昇も相まって、ハジメ達の心臓に非常に悪い。

 

 だがどれだけ言おうと立香の耳には届かず。峡谷の魔物を轢き潰しながら爆走する。すっかり立香さんの耳はギャルゲーの主人公イヤーになってしまったらしい。

 

「たく…キリエライト。あとで頼むぞ?」

「はい。皆さんで一緒に説教です」

 

 後々、立香のSAN値が直葬することが決定。ついでに荒々しい運転により酔っているユエのため、酔い止め用のアーティファクトを作っておく。サラッとアーティファクト作りしているところがハジメクオリティー。更にはサラッとユエに膝枕をしているのも天然ジゴロなハジメクオリティーである。

 

 すると気絶から回復したミレディがまだ多少プルプルしながらハジメの自重しないスタイルに感想を告げた。

 

「やー、本当にオーくんのお弟子さんだね〜。アーティファクトの扱いが軽いもん」

「心外だな、ニコちゃん仮面。立香ほどじゃない」

「僕もだね、ミレディ。リッカ君ほどじゃないね」

「待って、その子どんぐらいなの?」

 

 主にただ鏡で己の着衣の乱れを確認するためだけに『水天日光天照八野鎮石』の発動を躊躇いなくする辺り、立香は本当に扱いが酷い。

 

「で、お前がミレディ・ライセンなのは確かなのか?」

「よくぞ聞いてくれましたー! 私こそ『解放者』リーダー、ミレディ・ライセンだぜ!」

「私はシアですぅ〜! 話を聞いてくださいですぅ〜」

 

 なおそのリーダーさんは未だに己を挟む柔らかいものでプルプルしている。多分、ゴーレムでなければ涙目になっていたこと間違いなし。

 ついでに発言の一つ一つがあまりにも軽く、何よりもウザい。

 

「…本当にコレ、リーダーなのか? 無能感凄まじいが…?」

「え? 白髪くん? 何でミレディちゃんを哀れんだような顔でみるの? ねぇってば」

「あれれ? 無視ですぅ? 話を〜」

 

 正直に言ってハジメの想像していた秘密組織のリーダーとはあまりにも懸け離れていた。こう…もっとゲンド○ポーズが似合う感じの…。

 

 それがどうだ。このうざったい感じの生物は。形だけの称号だったのでは、と哀れんでいるわけだ。

 

「これでもウチのリーダーなんだ。たとえこの世界で一番ウザいと言っても過言ではなく、ウザいグランプリなんて物があれば殿堂入りを果たすような人間でも。やる時はやるんだ…そう、やる時は」

「あれれ? オーくん? 何で同感した感じになってるの? そこはミレディちゃんを褒めるところでは? ねぇってば」

「話を聞いてくださいですぅ〜」

 

 オスカーの目が遠い所を見るような感じになった。きっと昔の苦労を思い出してのことだろう。目が死んでいる。

 

「お前がリーダーやったらどうなんだ? マジでその方がいい感があるんだが」

「ミレディは人望はあるからね。あと魔法の力と…ウザさは」

「最後いるのか?」

「これを捨てたらミレディがただの美少女魔法使いになってしまうからね。アイデンティティの喪失だよ」

「なるほど。それは大切だ」

「話を聞いてくださいですぅ〜」

 

 ウザい=ミレディのアイデンティティで納得する二人。一方で、

 

「…ねぇねぇ、そこの吸血鬼ちゃん。コイツらプチってしていいかな?」

「……ダメ」

「そんなことよりも話を〜」

 

 ミレディさんがイラッと来ていた。ニコちゃん仮面なのに目が据わっている。酔っているユエさんもストップを入れた。流石に車内で暴れられるのは困る。

 

 すると車内全体に啜り泣きの音が響き始めた。シクシクズビズビ。あらゆる物が垂れ流れる音だ。

 

「…話を…グスッ…聞いてください、ですぅ〜」

 

 車の端っこで三角座りをしながら残念オーラを振りまくウサギ。顔からは穴という穴から垂れるものが垂れている。顔はいいのに残念極まりない。

 

 ハジメはようやくその存在を思い出した。ああそういえば助けてたな、と。

 

 樹海を渡るために彼女には協力して貰わねばならない。そんなわけでハジメはとりあえずコンタクトを取ることにした。

 

「えーっと? てめぇの名前なんだ?」

「さっき言いましたよ!? シアです!」

「……シワ? 名前も残念なウサギ」

「シ・ア・で・すぅ〜! というか誰が残念ですか!! 何が残念だっていうんです!?」

「……存在」

「まさかの存在全否定ですぅ!?」

 

 ミレディのウザさに気を取られていたハジメさんはとりあえず名前リピートをお願いした。シアはそれにウサミミピーン! 信じられないとガバッと残念な表情をハジメに向けた。

 

 続いて酔っているユエさんはハジメに膝枕をして貰いながら、天然失礼なことを言っちゃった。とはいえ酔っているので耳が遠いのは仕方がないこと。それを残念なウサギさんが考慮に入れるかは話が別ではあるが。

 

「さて、ウサギ。テメェ何でこんな所にいる? ワケありだろ、聞かせろ」

「はいっ! まず私達、ハウリア族はですね…」

 

 シア達、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 

 そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

 しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 

 しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

 女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 

 しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 

 そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

 

「そして逃げている内にお父様やお母様、家族達から離れてしまって…そんなこんなをしていたらそこの小さなゴーレムさんとさっきのデッカくておっかないゴーレムさんと出会ってしまいまして…」

「で、あんな残念な感じに逃げおおせたって訳か」

「何で残念ってつけたがるんですぅ!?」

 

 仕方ないじゃん、残念なんだもの。

 

 そしてシアは見事にソファの上で土下座という芸当を果たす。思わずハジメも「ほぅ」という感嘆の声を上げた。それはきっと南雲家が“黄金比(土下座)EX”のスキルを持つ家系なことが理由であろう。

 

「お願いしますぅ! 助けてください! このままじゃ家族全員が死んじゃうんですぅ!!」

 

 土下座の気迫に見合うほど、シアは必死にハジメ達に頼み込んだ。車内に静寂が満ちた。ちなみにこの期に及んで立香さんは暴走している。

 

 そしてこの静寂を打ち破ったのは立香の相棒であり、このパーティーの実質的リーダーであるハジメであった。

 

「よし、それじゃあ条件付きで助けてやる」

「………へ?」

 

 シアはハジメを「ちょっと何言ってるのか分かんないですぅ」的な目で見てきた。

 

 何の不満があるのだろうか? ギブアンドテイクという言葉を知らないの? という感じでハジメがシアを見た。

 

「あれですよ!? そこは「俺が助けてやる!」って感じで一言サラリと済ませてくれれば良い話ですよ! そこで私、多分速攻で惚れるタイプのチョロインですよ! 美少女ですよ!?」

「あ? 何でテメェがヒロイン前提だ、おら?」

「ハッ! もしや奴隷趣味の方ですか!?」

「俺に変な性癖を付けて来ようとすんじゃねぇよ、このウサギが!」

 

 シアが変な抗議を申し上げる。サラッと美少女と言っちゃう辺り残念だ。その際にハジメにちゃっかり変な性癖を添えてくる。

 

 溜息を吐き、「第一」とハジメが話を続けた。

 

「俺にはユエか……白崎、そのどちらかだけって己に決めてるんだ。俺の特別は一人にするつもりだ。それにユエを見てみろ。お前に勝てる要素なんざねぇほどに美少女だろうが。つまりお前にそんな話を持ちかける気はない。証明終了」

「うっ」

 

 シアが未だに酔っていて膝枕をして貰っているユエさんを見る。確かにハジメと触れ合っているという幸福感を出していることも相まって、美少女であるはずのシアですらも息を飲む。少し勢いがたじろいだ。

 

 たじろいだ隙にハジメは交渉を畳みかけようとしたが、その前にシアがハッとした。同時に地雷を踏み込んだ。己が美少女であるという下手なプライドによる地雷爆破が。それはもう、本当に弩級の。

 

「で、でも! この人に胸なら勝てるですぅ!」

 

 ーー勝てるですぅ、勝てるですぅ、ですぅ、ですぅ…

 

 ビクンッとユエが震えた。ブルッとマフラーが荒ぶった。ハジメは取り敢えず黙祷を捧げた。

 

 しかし残念ウサギの権化であるシアは止まらない!!

 

「ぺったんこじゃないですか! 圧勝ですぅ!!」

 

 ーー圧勝ですぅ、圧勝ですぅ、ですぅ、ですぅ…

 

 車内にシアの声が木霊した。同時に車内に再び静寂が訪れる。ただし、この静まりはあくまでもこの後起こるであろう災害級の何かの予兆。すなわち嵐の前の静けさである。

 

 やがてユエがハジメの膝からむくりと予備動作無しに浮き上がった。マフラーも風が無いのにフワッとハジメの首元から離れる。前髪がユエの顔を隠しているため、表情が確認できず余計に怖い。ゆらりと立ち上がり、シアではなく立香の方に向かい、命令する。

 

「……止めろ」

「ぁあん? 今良いところなんだ! 邪魔するってんならーー」

「……止めろ」

「はい、分かりました! 止めさせていただくのであります!」

 

 世紀末なチンピラ風になっていた立香さんがユエさんにより黙らされる。そして微妙なガクブル。精神力カンストの立香が恐怖を抱いた瞬間である。

 

 そしてマフラーにより四肢を捕縛されているシアのウサミミをぶっきらぼうに掴み、車の外まで引き摺り下ろす。途中シアが猛抗議を申し立てるが、般若マフラーによる捕縛と吸血鬼姫の威圧の前では全ては無意味。抵抗虚しく四輪車の外に投げ出された。

 

 ついでにマシュによって立香も車内の奥の方で土下座中だ。きっとマシュと頼光だけでなく、残り十名も立香を叱っているに違いない。さっきまでの世紀末感を霧散させ、しょんぼりしている。

 

 一方でユエ達の方はと言うと…

 

 ーーー ……お祈りは済ませた?

 ーーー(シュッ! シュッ!)

 ーーー あの〜、謝ったら許してくれますぅ?

 ーーー ……………知ってる、残念ウサギ?

 ーーー …何ですぅ?

 ーーー 謝罪だけで済むなら、戦争はこの世にない!

 ーーー(チャキンッ!)

 ーーー 死にたくなぁい! 死にたくなぁい!

 

「“嵐帝”」

「(ズバッ! ズバッ! シュバババ!!)」

 

 ーーー アッーーーー!!!

 

 残念ウサギが空を舞った。やはり乙女の怒りは恐ろしいというべきか。魔力の分解効果がある峡谷にも関わらず、魔法の威力が衰えを知らない。そしてシアにまるで某格闘術のように空中での見事な立ち回りにより翻弄し、追撃を加えていくマフラー。紅色のマフラーが別のマフラーで染め上がっていく。…何故糸で出来たマフラーが人の肌を突き破るのかは気にしてはならない。というかマフラーの非常識ぶりには慣れてきたハジメ達は現にスルーしていた。ミレディだけが「あれもアーティファクトなの!?」とつっこんでいる。

 

 そのまま空中から力無く落ちてきたシアはグシャッと音を立てて、地面にめり込んだ。まるで犬○家のあの人のように頭部を地面に埋もれさせビクンッビクンッと痙攣している。完全にギャグだった。その神秘的な容姿とは相反する途轍もなく残念な少女である。唯でさえボロボロの衣服? が更にダメージを受けて、もはやまっぱである。逆さまなども関係なく見えてはいけないものも丸見えである。百年の恋も覚める姿とはこの事だろう。

 

 取り敢えずユエとマフラーが「良い仕事をした!」と言わんばかりにハイタッチする。日頃から喧嘩やらキャッツファイトが絶えない様を見ているハジメからするととても新鮮な光景だ。

 

 そしてハジメの膝の上と首に改めて移動するユエとマフラー。やがてユエは肩越しにハジメを見上げて尋ねた。

 

「……大きい方が、好き?」

 

 実に困った質問だった。ハジメとしては「YES!」と答えたい所だったが、それを言えば未だ前方で痙攣している残念ウサギと仲良く犬○家、及び空中殺法である。それは避けたいところ。あと尋問であるかのように首をギリギリしてくるのも勘弁して欲しかった。

 

「大きさじゃない。重要なのは誰のであるかだ」

「「………」」

 

 肯定も否定もしない。所謂避けの戦法。実に今のハジメはヘタレであった。ユエとマフラーからジト目が捧げられる。汗ダクダクのハジメさん。ただ、一応満足はしてもらえたのか。首のギリギリは何とか解除され、ユエも引き続きハジメの膝を枕にして寝転がった。

 

 そこで何とか話題転換を行おうとするハジメ。しかしハジメのラ○フカードは役立たず。何にも選択肢が出てこない。

 

 立香に助けを求めようとするが…

 

「先輩? どうしていつもハンドルを握ると人の話を聞かなくなるのですか?」

「い、いや。俺も悪意があるわけではなく…」

「母は悲しいです。まず運転免許を持っているわけでもないのに…更に規則速度の違反など…」

「こっちの世界に違反は無いし…」

『はい、こちらジャンヌよ。マスターちゃんを乗り回してたのは黒の王様が原因よ。というわけで制裁を下す権利をこちらに。正妻様?』

『聞け! 私はあくまでもマスターとツーリングをしただけだ! それが何故罪科となるのだ!?』

「ジャンヌさん、処罰しちゃってください」

『マシュ!? 貴様!?』

『了解よ、正妻様。これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮ーー』

『やめろぉおおおお!!!!』

「…無理だな、ありゃ」

 

 立香の魂が抜けている上に、立香ブライズの一人が死刑されようとしていた。さっさと諦めることを決意した。

 

 一方でオスカーにも目を向けたが、あっちはあっちで獅子王に抱き抱えられているミレディが再び気絶したことで愉悦していた。やはり助けはいない、それを悟ったハジメである。

 

 どうしようものかと悩んでいた頃、車の外から何かが這い、体を引き摺るような音が聞こえてきた。何かと思い外を見るとそこには、

 

「助けてぇええ〜ですぅ」

 

 其処には車の床に手をかけ、車内へと入って来ようとしているボロボロ出血状態のウサギさんがいた。頭から血がコメディ風に噴き出していることもあり、非常に不気味だ。テレビから這い出てくる幽霊風にペタペタと地を這う姿が余計ホラー加減を増倍させている。

 

「…ホラーか何かか?」

「……ホラーウサギ」

「(ブンブン)」

「そっちでしょう!? 散々吹き飛ばしたの!? 死ぬかと思いましたよ!!」

 

 むしろよく死ななかったね、そう思わざるを得ない。割と頑丈さは立香に並ぶ可能性がある。…残念な癖に。

 

 だがこうなったお陰で漸く本題に入れるというもの。つまりは交渉に臨めるわけだ。取り敢えず宝物庫からハジメ特性回復薬をポイっとシアに放り投げる。

 

「ほらよ。回復薬…あと替えの服だ。とっとと飲んで着替えろ。そんで交渉だ。ソファにはよ座れ」

「あ、ありがとうございますぅ〜。…もしやもうデレてきました、白髪さん」

「デレてねぇよ。あと俺の名前はハジメだ。膝枕してるのがユエ。あっちで説教受けてる男が立香で…」

 

 シアが飲んだり着替えたりする合間に一行の紹介をしていくハジメ。一行の人物が存外多い為、全員を紹介するのに時間かかるなぁ〜と思うハジメ。なので一度で覚えろと威圧しながらシアに名前を伝えていく。

 

「そんで俺たちの条件は樹海の案内、そんでもって大樹へまでのガイドだ。代わりにそれまでのお前らの身の安全は保証してやる。…どうだ? 悪い話じゃ無いだろ?」

「私達はフェアベルゲンから追放されたのですが〜」

「安心しろ、そいつらは全員俺たちが吹き飛ばす。そんで…一応安全な所までは保護してやるよ」

「ありがとうございますぅ〜!!」

 

 速攻で応じてきた。相手が嘘を付いているとかそんなことは考えないのだろうか。そこの辺りは不思議に思わざるを得ないハジメである。

 

 一方でシアは豊満な胸を撫でながら安心しきったように息を吐いた。ウサミミは機嫌よくピクピク。並みのものならば心奪われずにはいられない様子である。

 

「よかったですぅ〜。ちゃんと『見た』通り、助けてもらえましたですぅ〜」

「…見た? 何をだ?」

「あ、はい。私の固有魔法が関係していてですねぇ〜」

 

 胸を張って説明するシア。またもや殺気が再発するユエ達を撫でることで何とか抑える中、その話を聞いた。

 

 というのも彼女の固有魔法、“未来視”は、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 

 どうやら、シアは巨大ゴーレムから逃げている途中で急に“未来視”が発動し、その際に、自分と家族を守るハジメの姿が見えたようだ。そして、ハジメ達を探しながらミレディと共に全力ダッシュして来たらしい。それだけを聞けば中々ガッツがある話だ。

 

 凄まじい固有魔法にハジメは感心したが、すぐに疑問を覚えた。

 

「ん? ならそんなすごい固有魔法持ってて、何でバレたんだよ。危険を察知できるならフェアベルゲンの連中にもバレなかったんじゃないか?」

 

 ハジメの指摘に「うっ」と唸った後、シアは目を泳がせてポツリと零した。

 

「じ、自分で使った場合は暫く使えなくて……」

「バレた時、既に使った後だったと……何に使ったんだよ?」

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

「ただの出歯亀じゃねぇか! 貴重な魔法何に使ってんだよ」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

「…まあいい。ともかく契約は成立でいいか?」

「はい〜! 是非ともお助けを〜!!」

 

 一応ハジメはユエに視線で是非を尋ねておく。ユエは勿論ハジメの意思を肯定した。ただしシアの一部に殺意は未だに持ち合わせているらしいが。立香には聞かない。聞いたところでだ。お人好しが擬人化したような人間なのだから断るはずもないだろう。

 

 そして契約終了後、見計らったようにちょうど立香の説教もオスカーの愉悦タイムも終わりを告げた。とはいえ立香とミレディの周りには黒い瘴気のようなものがモヤモヤしていたが。

 

 そして目指すはハウリア族の元。契約を果たすがためにハジメ達は進む。

 

 なお運転手役から立香は勿論解雇。結果、ハジメが無難に務めることとなった。




というわけで暴走族立香さんとうぜぇミレディさん、残念ウサギなシアの回でした〜。
え? マフラーがもはや奈落の魔物でも倒せそうなことしてる?
…まあ、ハジメの首を絞めてる時点で、ね?

あとシアのチェンジポイントはこの時点では母親が生きていることです。
原作ではずっと前に病死でしたから。

あとお気に入りお陰様で400突破です!
ありがとうございます!
これから三年で受験期ですがちょくちょく頑張りますね!
…ま、訳ありです。
主にシアがハジメに惚れる理由です。
下手したらあのウサギ立香の方に行きかねなかったから!


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契約の先にあった現実

大体原作通りのお話。
…とはいえオリジナル要素もありますし、最後の辺りはヤバイです。
グロ、とだけ言っておく。


 ーーハジメside

 

 立香が後ろで運転をせがむ中、ハジメはそれらを総スルーしながら四輪車を運転した。途中、車内でいくつかトラブルが起きたが、それらも全てハジメの鍛えに鍛え上げられたスルースキルを総動員し、スルーした。

 

 そしてようやく峡谷の先に魔物に襲われる兎人族の集まりがハジメの“遠見”を発動する左目に映ったのである。

 

「よし、アイツらが兎人族だな」

「へ? ハジメさん、まだお父様達の陰どころか峡谷以外何も見えないのですが…」

「安心しろ、俺の目は特別製だ」

 

 別に『幻想殺しの魔眼』が無くとも、ハジメの目はどちらも凄まじい力を持っている。左目は普通の視界に“遠見”や“夜目”を発動でき、一方で右目は魔法の核を発見したり魔力の流れの視認の他、熱源感知や目を合わせることにより発動する闇魔法が実装されていたりする。職人のハジメさんは遠慮というものを知らないのだ。

 

「さて、俺もここで少し試し打ちがしたい。誰か運転代わってーー」

「じゃあ俺がーー」

「立香以外の奴、よろしく頼む」

「では私が行きます、南雲さん」

「頼んだ、キリエライト」

「解せぬ」

 

 立香が顔をしかめた。しかし同情してくれる人はいない。獅子王だけは「先程はナイスドリフトでした」と言って、抱き締めてくれた。ちょっと涙が出てくる立香さんだ。

 

 そうして脇でイチャイチャが起こっている現実にハジメは「爆発しろ」と思いつつ、マシュと運転を神速チェンジ。そして窓の外から飛び出す。

 

 シアはそんなハジメに悲鳴を上げるが、そんなことはサクッと無視。ハジメは新たなアーティファクトを起動させた。

 

「頼むぞ、『ヘルメス』」

 

 靴型身体能力補強アーティファクト:ヘルメス。身体能力の強化を務めるだけでは無く、“天歩”やその派生技能の向上も図られるというアーティファクト。更にハジメの“強化”は鉱物限定だということも考えると、更なる威力の向上も見込めることとなる。

 

 魔力が霧散されるとはいえヘルメスによる強化により、“天歩”の足場は一時的に発生させられる。そしてその足場から“縮地”により、瞬く間に四輪車を追い越して魔物の群れに接近した。

 

 ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

 

 そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンというやつが一番近いだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

 一行の中で唯一、ライセンの魔物の知識を持つオスカーから名前は聞いている。ハイベリアというらしい。とはいえハジメには格好の獲物にしか見えないわけだが。

 

「まずは一匹」

 

 と言いつつ、目の前で兎人族を食らおうとしていたハイベリアの頭を踏み潰した。技能は一切使っていない。使うまでも無く潰れるような相手だ。

 

 骨と地面がひび割れる音が凄まじく響いた。しかしハイベリアは目の前のウサギという獲物に夢中でハジメには一切向かない。

 

 だがそれならば好都合と言わんばかりに宝物庫からドンナーとシュラークを出現させ、ノールックでハイベリア五匹を撃ち抜いた。もちろん抵抗は無い。力なく血を撒き散らしながら空から堕ちることしか出来ない。

 

 ようやくハイベリアはハジメに目を向ける。急に現れた異形にハイベリアは捕食をやめ、ハジメという敵の駆除にかかる。身を翻し、ハジメに牙を向けた。

 

「そこのお方! 逃げてください!」

「我々のことはいい! 己の身を優先してください!」

 

 ハウリア族から痛哭に近い助言が聞こえた。

 

「…どんだけお人好しなんだ、コイツら」

 

 ハジメはそう呆れざるを得ない。危険性で言えばハウリア族の方が明らかに上である。更につい先日に帝国兵に襲われたというのに…。復讐心持ちのハジメ的には気持ちが一切分かったものではない。

 

 そして遂にハイベリアの一匹がハジメに顎口を剥き出しにし、喰らおうとした。ハウリア族はまた一人、己達のせいで犠牲が出たのだと目を背けた。

 

 しかしハイベリアは不運だ。獲物と勘違いしたのが奈落から生まれた最強の怪物であったのだから。

 

「心地いい殺気だな。微風みたいだ」

 

 そうとだけ言うとドンナーを向け、発砲した。弾丸はハイベリアの体を穿ち、一つの命を葬った。

 

 残りのハイベリアはここで停止した。そして遂には旋回し、逃げようとする個体まで現れる。割に合わない怪物だとようやく気がついたようだ。

 

 だが許されるわけがない。ハジメの右目が紅の光を宿す。

 

「逃げられるわけがないだろう?」

 

 義眼石が光を迸らせた。先程まで突撃しようとしていたハイベリアはハジメから近接距離。結果、ハイベリアは光を受けその脳を混乱させた。

 

 逃れようとしていたハイベリアだが、すぐにハジメに再び襲いかかる。先程までの戦意喪失が嘘のように、無我夢中にハジメに攻撃を加えていく。

 

 これこそがハジメの義眼石に組み込まれた闇魔法の一瞬、“戦狂”。ハジメが“生成魔法”により生み出した魔法であり、これにより己に対する戦意を向ける。敵を完全に葬りたい時やヘイトを稼ぐ際にエゲツなく便利な機能だ。なお立香はこの機能を『魔王からは逃げられない』と言っていたりする。

 

 故にハイベリアは向かう。ハジメという死地に。例え目の前のハイベリアが穿たれ死に絶えたとしても。右の仲間が蹴り殺されたとしても。

 

 結果を言ってしまえば、戦闘時間は2分とかからなかった。もちろん勝者はハジメだ。峡谷にはハイベリアの死体の山が積み重なった。

 

「な、何が……」

 

 思わず男のハウリア族が呆然と呟いた。それはここにいるハウリア族の総意。それほど単騎でハイベリアを蹂躙した様は彼らにとっては印象的だったらしい。

 

 するとハジメが何かを言う前に黒い機体がエンジン音を響かせて、ハジメの横に到着した。ハウリア族は「また新手の魔物が!?」と震えたが、その中から現れた見覚えのある存在に恐怖を驚愕に変換する。

 

「お父様〜! 皆様〜! 私ですぅ〜!」

「……五月蝿い、シア」

「「「「「「「「シア!?」」」」」」」」

 

 何と言っても行方不明だと思っていた家族の一人が未知の物質に乗ってきたのだ。驚かずにはいられないだろう。だが驚愕もやがて感動に変わる。家族が無事に帰ってきたことによる感動が押し寄せてきたようだ。

 

 兎人族一同は「お帰り〜!」とか「大丈夫か!?」とか「それ何!?」と突然現れたシアにてんやわんや。シアもそれに乗じ、四輪車から降りた。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。はっきりいってウサミミのおっさんとか誰得である。シュールな光景に微妙な気分になっていると、その間に、シアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互の無事を喜んだ後、ハジメの方へ向き直った。

 

「ハジメ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

 

 シアの存在で忘れそうになるが、亜人族は被差別種族である。実際、峡谷に追い詰められたのも人間族のせいだ。にもかかわらず、同じ人間族であるハジメに頭を下げ、しかもハジメの助力を受け入れるという。それしか方法がないとは言え、あまりにあっさりしているというか、嫌悪感のようなものが全く見えないことに疑問を抱くハジメ。

 

 カムは、それに苦笑いで返した。

 

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 その言葉にハジメは感心半分呆れ半分だった。一人の女の子のために一族ごと故郷を出て行くくらいだから情の深い一族だとは思っていたが、初対面の人間族相手にあっさり信頼を向けるとは警戒心が薄すぎる。というか人がいいにも程があるというものだろう。

 

「えへへ、大丈夫ですよ、父様。ハジメさんは、エゲツないくらいに貶してきたり、人を残念呼びしてきますけど、約束を利用したり、希望を踏み躙る様な外道じゃないです! ちゃんと私達を守ってくれますよ!」

「はっはっは、そうかそうか。つまり照れ屋な人なんだな。それなら安心だ」

 

 シアとカムの言葉に周りの兎人族達も「なるほど、照れ屋なのか」と生暖かい眼差しでハジメを見ながら、うんうんと頷いている。

 

 ハジメは額に青筋を浮かべドンナーを抜きかけるが、意外なところから追撃がかかる。

 

「ん、ハジメは照れ屋……というかヘタレ」

「ユエ!?」

 

 四輪車から降りてきたユエが頰を膨らましながら、追撃をかました。ハジメが明らかに好意を持っているくせに、パトスに身を任せないことに腹を立てているらしい。なおマフラーは上機嫌にユエの頰をペチペチ。非常に挑発的だ。

 

 結果巻き起こる『第369回ぐらいだったかな? キャッツファイト』が開幕。慣れてきたハジメはそれをサクッと無視。しかし更なる追撃の手。

 

「確かにヘタレだな。据え膳食わぬは男の恥だぞ?」

「立香ぁ!? テメェはだらし無さ過ぎんだよ!!」

「言ったな、ハジメ!? 予見してやる! テメェも俺のようになるからな!!」

「言ったな、立香! そんな未来は来ねぇよ! そんな幻想は俺が打ち砕く!」

「残念ながら幻想ではない! 現実だ!」

「いいや、そんな未来は訪れない! 俺が俺である限り!」

 

 こっちでも喧嘩が巻き起こった。とは言え口喧嘩だが。字面だけ見れば一見運命に抗う主人公と悪役にも見えるが、会話の内容はただのジゴロ共の内容である。オスカーが密かに舌打ちした。

 

「…大丈夫、なのか?」

「だ、大丈夫ですよ! …きっと、恐らく、多分」

「シアさん、自信を持ってください。一応先輩達はやる時はやる人なんです」

 

 大いに不安が膨らんだ兎人族一同。マシュはその不安のフォローに努めるのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

 ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

 

 当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び頭部を粉砕されるからである。

 

 乾いた破裂音と共に閃光が走り、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物であるハジメに対して畏敬の念を向けていた。ハジメの銃はやはり魔力に頼らないという点でもチートだと改めて実感した。

 

 また小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメをヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

 

 子供に純粋な眼差しを向けられて若干居心地が悪そうなハジメに、シアが実にウザイ表情で「うりうり~」とちょっかいを掛ける。

 

 額に青筋を浮かべたハジメは、取り敢えず無言でアイアンクローした。

 

「ぐぎゃああああ!!! 頭が潰れる、ですぅ〜〜!!」

 

 突然のアイアンクローにシアはもちろん反応はできない。頭蓋骨がミシミシと音を鳴らす。処刑寸前である。

 

 だというのに、その父はというと…

 

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か……」

 

 すぐ傍で娘が未だに頭蓋骨を握り潰されかけているのに、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。周りの兎人族達も「たすけてぇ~」と悲鳴を上げるシアに生暖かい眼差しを向けている。

 

「兎人族のみんなはなんというか…独創的な感想をお持ちなんだね」

「……同感」

 

 ユエの言う通り、どうやら兎人族は少し常識的にズレているというか、天然が入っている種族らしい。それが兎人族全体なのかハウリアの一族だけなのかは分からないが。

 

「兎人族…キーちゃんも誤解しやすかったからなぁ〜」

「キアラか…。凄まじかったと言わざるを得ないね」

「だよね〜」

 

 一方で『解放者』二名を兎人族一同を見て少し懐かしそうにしている。やはり兎人族自体が色沙汰に何でも繋げる気色があるらしい。

 

 ただキアラという名前は色沙汰大好きな感じなのかと、思わざるを得ない。だってカルデアには同名のヤベェ人がいるのだから。ただこれは他の『キアラ』という名前の人への風評被害だと立香は頭の中で取り消した。

 

 すると立香は少し気になったことがあり、少しカムに尋ねる。

 

「そういえばカムさんの奥さんは? 一緒だったのでは?」

「妻ですか? …それがシアとはぐれた後、妻と何人かの家族とも離れてしまいまして…残念ながら未だに消息がつかめていないのです」

「…そう、でしたか」

 

 峡谷で少ない人数がはぐれたとなって仕舞えば、死んだと考えるのが容易いだろう。しかも聞いた話によるとシアの母親は病気の影響で弱っていたらしい。魔物から逃れるのは無理がある話だ。

 

「……」

 

 シアもまた不安を張り詰めたような緊張感を催し始めた。それはハウリア族全体へと伝播する。元々家族と一族全体を称するような彼らだ。己の子や親で無くとも、死んだとなると多大な辛さがあるに違いない。

 

 そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。ハジメが“遠見”で見た結果によると、中々に立派な階段があるそうだ。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。階段のある岸壁の先には樹海も薄らと見える。ライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

 ハジメが何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん? どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

「? どうするって何が?」

 

 質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさんと同じ。……敵対できますか?」

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさんを……」

「だったら……何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

 シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きでハジメを見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人達とハジメを交互に忙しなく見ている。

 

 しかし、ハジメは、そんなシリアスな雰囲気などまるで気にした様子もなくあっさり言ってのけた。

 

「それがどうかしたのか?」

「えっ?」

 

 疑問顔を浮かべるシアにハジメは特に気負った様子もなく世間話でもするように話を続けた。

 

「だから、人間族と敵対することが何か問題なのかって言ってるんだ」

「そ、それは、だって同族じゃないですか……」

「お前らだって、同族に追い出されてるじゃねぇか」

「それは、まぁ、そうなんですが……」

「大体、根本が間違っている」

「根本?」

 

 さらに首を捻るシア。周りの兎人族も疑問顔だ。

 

「いいか? 俺は、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じて、お前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

「うっ、はい……覚えてます……」

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」

「な、なるほど……」

 

 何ともハジメらしい考えに、苦笑いしながら納得するシア。“未来視”で帝国と相対するハジメを見たといっても、未来というものは絶対ではないから実際はどうなるか分からない。見えた未来の確度は高いが、万一、帝国側につかれては今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。表には出さないが『自分のせいで』という負い目があるシアは、どうしても確認せずにはいられなかったのだ。

 

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

 カムが快活に笑う。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

 

 一行は、階段に差し掛かった。ハジメを先頭に順調に登っていく。帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

 

 そして、遂に階段を上りきり、ハジメ達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。

 

 登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せた。

 

 だが一方でシア達は驚愕した。彼らの強さ、などではない。見るからに雑魚である。

 

 彼らの後ろに積み上がっているもの。それに目を剥かずにはにはいられなかった。予想はしていた。今まで幾度とも立香はこう言った光景は嫌という程に見せつけられている。

 

 だから分かっていた。

 

 だがそれはきっとシア達、ハウリアには耐え難い光景。

 

 腹が断ち切られ、臓器が溢れ出している。ピクピクと脈打っている様子から、死体へと成り果てたのはつい先程のことだろう。そしてそれらの死体の頭部には例外なくウサミミが付いていた。

 

 峡谷から駆け上った先にあったのは酷い異臭と血の臭い、そして絶え間なく続く帝国軍の下卑たな嘲笑。そこで溺れたように地で生き絶えた同族達の骸。

 

「嘘です…母、様?」

 

 そしてその中に紛れていたシアの母親の生首だった。




なおオスカー、ミレディが言っている『キアラ』とは零二巻から登場、まるでとある宿場の看板娘に似た執念を持つウサギちゃんにして、ミレディの友人の一人です。

またイフシリーズ、結局他にもいくつか案が浮かんだのでやります。
原作、本編含めて七つの大罪に沿ってやっていく感じですね。
…リゼロのアレが好きでオマージュした感じもあるが許してくだせぇ。
ある程度ネタバラシをしておくと以下の通りです。
・強欲…本編ルート
・傲慢…原作ルート
・暴食…《アリフレナイショクギョウデセカイサイキョウ》(別名:シアルート・魔王ルート・暴虐ルート)
・憤怒…復讐ルート
・嫉妬…最初からTSUEEEEE!!ルート
・色欲…穏便ルート(別名:香織ルート)
・怠惰…■■ルート
怠惰は考えてはいるのですが、ここでバラす訳にはいかんのだ。
オリキャラが相当に関わるルートです。
なお、これらは全てハジメのイフ。
立香はどうであろうと『人類の味方』だからね。
大体そこら辺承知でヨロです。


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何にも委ねる事なかれ

相当遅くなったこと、お詫び申し上げます。
訳としましては…
・新学期スタート
・部活を久々にやったことによる疲労感
・一時的に書くテンションが下がった
・文字数が12241文字
・書くのに悪戦苦闘した
・面白い漫画を買い溜めした。
となっております。
…我ながらひでぇ有様だ。

あと総合評価、何だかんだで500到達した模様!
ありがとうございます!
下手な書き手ですが、これからも精進します!


 ーーシアside

 

 その悪意に続々と兎人族が膝を崩した。酔うほどの血の匂い。頭が揺れるほどの人の悪意。そんな温和な日々を過ごしてきた彼らにとっては未知の恐怖を患うような凄惨さ。

 

 特にシア。視線の先にあるのは生首と成り果てた何か。

 

「なん…で? 母様ぁ…?」

 

 虚ろに呟かれる独り言。呟く度に滲んだ斑点が続々と地面に作られる。

 

 ただえさえ限界に差し掛かっている彼女の心。まだ壊れていないのはそれが本当に、彼女の思うそれなのか、確認が出来ていないからだろう。

 

 そんな彼女に狙ってかどうかまでは分からない。しかし確かな追い討ちがかけられた。

 

 一人の帝国兵が気がついたのだ。シアの視線の先にあるもの、シアの大切な者の遺体に。

 

 それに気がつくと帝国兵は唇を吊り上げて、死体の山場に徐ろに近づいた。そして乱暴にシアの母親の、兎人族特有のウサ耳を掴み、シアの前へと放り投げた。

 

 シアの瞳は放物線を描いて飛んでくる首を怯えた目で見ていた。認めたくない現実。必至に背けたそれが目の前からやって来るのだから。どうか来ないで。人違いであって。そうとだけ祈りを捧げる。

 

 しかしシアの願いは簡単に潰える。

 

 頭が重力に従い地面に叩きつけられた。

 

 ーーグチャッ

 

 生々しい音がシアの真横で鳴る。飛び散るぬるくて赤い水の感触。手がべとりと染まる。

 

 感触は右の方から。

 

 確かめようとする。しかし首が思うように動かない。

 

 体が拒否している。認めようとしない。頑なに逃れようとする。

 

 だが必至になって横にある何かを見ようとする。一縷の望みに縋り付くように、見た。

 

 まずそれは生首だった。体とはとうに離れている。流れ出る血も少し固まりかけている。

 

 次に紺色の髪の毛が目に入った。綺麗で透き通った長い髪。それはつい先日、シアがある人の為にすかせた髪に似ていて。

 

「ぁぁ…」

 

 頰が濡れていた。それは果たして伝う涙か、跳ねた血か。

 

 風が吹いた。強くて容赦の無い冷たい風が。それが生首の顔を見せた。その顔は早く会いたいと思っていた人のもの。

 

 言えることはただ一つ。僅かな希望は絶たれた、その事実のみ。

 

「い、いや! 母様!? 何で!? 何で!?」

 

 上手く情報が飲み込めない。塞いだ喉の奥から胃液が逆流する。涙を止めることなどもはや不可能。

 

 すると声がかかる。嗚咽が出るほどの充満した悪意を敷き詰めたような声。嘲笑と共に更なる現実を晒す。

 

「ハハハッ! やっぱりこの生首、お前のお母さんか!? こりゃあ傑作だ!」

 

 帝国の兵士達の強者としての立場から訪れる見下した空気。拒否するように首を振れど、続きは告げられる。

 

「女は愛玩用として本来なら国に送られるんだがなぁー。ソイツはもう衰弱してたからなぁ。…勿体ねぇが、犯して捨てたんだよ! ハハハ!!」

 

 狂気の嗤い声が伝播する。心の底から害意しかないそれ。今も己を舐めるように見つめている。

 

 ハウリア族はシアに逃げるように叫んだ。帝国兵の手が一歩、さらに一歩と近づいて来る。そんな中シアは、嫌悪感を抱くことも、怒りを覚えることもできずにいる。ただ呆然と膝立ちし、虚ろな瞳の親の顔を見続けている。

 

 そう、言うなればもう、折れてしまった。

 

 何故ならば一族がこうなっているのも、母が死んだのも全て…

 

「私の…、私のせい」

 

 一族が【フェアルベン】を後にせざるを得なかったのも、帝国兵に目を付けられたのも。それらは全て、己が原因となって引き起こしたこと。彼女の心を苛むのはそれが理由。

 

 涙はついに枯れた。

 

 代わりに脳が世界を拒絶する。視界が蜃気楼に掛かる。声も騒音も耳鳴りで聞こえない。

 

 手が震えているような気がする。だが、気を配ることは不可能だった。

 

 やがてシアの心に、新たな刃が住み着いた。

 

「私が…私がいなければ、良かった」

 

 きっとそうであれば誰もが平和で生きられた。大好きな家族が傷付かずに過ごせた。追放されることもなく、平穏に【フェアルベン】で花や虫を愛でて、仲良く過ごせて行けたはずだ。

 

 帝国兵に追われることも無かった。命を落とすことは無かった。きっと母も父もその方が幸せだったに違いない。

 

「私なんか…いなければーー」

 

 やがて帝国兵の手がシアの肩を掴もうとした、その時。

 

 

「すまねぇが契約済みだ。相談も交渉もするつもりはねぇ。失せろ」

 

 

 紅の光を宿した黒の鋼鉄が、その手を拒んだ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

(聞かせるんじゃ無かったな。胸糞悪りぃ真似をしたもんだ、我ながら)

 

 頭を掻きながら、己の判断の甘さを悔やむハジメ。

 

 帝国兵の非道な行為に少しは目を瞑ったのには訳がある。

 

 これからハウリア族は他に頼ることなく生きて行かねばならない。【フェアルベン】の庇護は受けられない上、人からも狩られる存在である彼ら。勿論ハジメ達も世界を回らねばならないのだ。少し考慮することぐらいは出来るが、何から何まではできないし、当然ずっと見守れるわけでもない。

 

 そして彼らが単独で生きていくには、お人好しな性格は少し邪魔だった。交渉などといったケースでは相手を疑うことが定石だ。信頼を築くことも大切ではあるが、彼らは一方的に根拠もなく信じる。それがあまりにも無計画で、これから先の彼らを滅ぼしかねないものだった。

 

 故に帝国兵を最初に見たとき、これはその性格の矯正のチャンスでは? とハジメは考えた。つまりは人の悪意を見せて、疑うことを覚えさせようと言った考えでのものだ。

 

『解放者』や立香は何らかの訳はあるのだろうが、帝国兵の蛮行を見るに留まっていた。

 

 そうやってハジメの思う通りに物事は進み、ハウリアに少しは人を信じないことを覚えさせられたか、と思ったのだが、ここで計算外のことが一つ。

 

 シアの心を抉った傷の深さ。それがハジメの予想を遥かに上回ったのだ。

 

(自分は要らない…か)

 

 何処かで聞いた話だった。いや、知っている。それはかつて南雲ハジメの心に潜んでいた闇の一つであったものに他ならない。

 

 同時にそれは奈落の洞穴での自責の叫びの一つ。改めて孤独の辛さを知ったハジメが誰も助けに来てくれない、そんな暗闇の中で己を呪った時の言葉。

 

 シアのそれに気がつかなかったのはハジメは近頃、精神面が以前よりもなお硬く強くなっている。それはオスカーの隠れ家でもなおエミヤ式の訓練を積んでいたことによる副次的効果。精神に与えられる苦痛がハジメの感情の一部である恐怖や悲哀、嫉妬などといった感情を色褪せさせたのだ。

 

 勿論、立香達のお陰で怒りや喜び、そして情愛は色濃く残っているが、それでもハジメが他人の気をつかえなくなっていたのは事実だ。

 

(ちょっとこりゃあ後で反省だな。あの時の感情をまさかコイツに押し付けてたなんざ…クッソ)

 

 心の中で悪態を吐く。自分がしていたことは、目の前の帝国兵と同じことだったのだと改めて実感した。同時にハウリア族への謝罪も考えておこうと考える。

 

 すると手を握られている帝国兵が怒鳴り散らしてきた。

 

「何だお前? 何で峡谷から出てきたかはわからねぇが…奴隷商か? …ちっ、まあいい。金だ。代わりにそいつら全員ここにーー」

「断る」

 

 勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そうハジメに命令した。

 

 当然、ハジメが従うはずもない。言葉の途中で遮り、義手に込める力を強くした。

 

 苦悶の声が上がるが、流石は帝国兵。精神力で耐えきった。恐らくはプライドの類で、意地を張ったのだろうがそれでも流石と言えた。

 

「……今、何て言いった? あと手を離せ」

「断ると言ったんだ。勿論、それを聞いてくれるまでこの手は離さねぇな。こいつらは今は俺のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

 

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

 

 ハジメの言葉にスっと表情消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメを睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、ハジメの後ろから出てきたユエに気がついた。幼い容姿でありながら纏う雰囲気に艶があり、そのギャップからか、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女に一瞬呆けるものの、ハジメの服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけ、再び下碑た笑みを浮かべた。

 

 また後ろの方にいる三人の美少女にも気がついた。ちょくちょく男やゴーレムがいるが、なお目に宿る狂った何かが改めて強い光を放っただけ。恐らくは男だけは始末してーーとでも考えたのだろう。後ろの兵達もが、運が巡り回ってきたと思ったのか笑みを浮かべていた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ。勿論その後ろのやつらもなぁ!!」

 

 その言葉に一行全体から剣呑さが湧き出した。特にゴーレムから湧き出る無慈悲な殺意が恐ろしい。まるで隠れていた本性が表に出たような、そんな雰囲気だ。帝国兵達は喉をしゃくらせたが、己達が未だに優位にあると勘違いし、剣を抜き出した。

 

「生意気に睨んでんじゃねぇぞ、オラァアアアア」

 

 そしてやがて掴まれていない手で剣を振るおうとした、その時。

 

「そうか。なら死ね」

 

 あっさりと男は右手を握りつぶされた。ただえさえオーバースペックな義手に、“強化”が付け足されたとあっては抵抗など不可能。紙屑のように、帝国兵の手は失われた。

 

 それを呆然と見る、小隊長。訳がわからないのか、痛覚の伝達が遅い。叫ぶことすらも出来てやいない。

 

 だがハジメはそんな猶予も待たない。呆けている小隊長の腹にキックを放った。所謂ヤクザキックと呼ばれるもので、衝撃を残さず小隊長へと伝える。

 

 結果、腹どころか体を消しとばすこととなる。もはや死に体となった小隊長は何も言うことは出来ない。先程までの喧しさが嘘のようだ。彼の最後は何と呆気ないことか。

 

 一方で何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士達に追い打ちが掛けられた。

 

 ドパァァンッ!

 

 一発しか聞こえなかった銃声は、同時に、六人の帝国兵の頭部を吹き飛ばした。実際には六発撃ったのだが、ハジメの射撃速度が早すぎて射撃音が一発分しか聞こえなかったのだ。

 

 突然、小隊長を含め仲間の頭部が弾け飛ぶという異常事態に兵士達が半ばパニックになりながらも、武器をハジメ達に向ける。過程はわからなくても原因はわかっているが故の、中々に迅速な行動だ。人格面は褒められたものではないが、流石は帝国兵。実力は本物らしい。

 

「…すまねぇが、ここは俺にやらせてくれ。俺のミスだ。尻拭いも俺がする」

「ん。わかった」

「了解だ、マスター。君に任せよう」

「おう。ハジメ、任せた」

 

 ハジメの怒気に全員が頷く。ここはハジメに一任された。

 

 そう言っている間にも早速、帝国兵の前衛が飛び出し、後衛が詠唱を開始する。だが、その後衛組の足元に何かがコロンと転がってきた。黒い筒状の物体だ。何だこれ? と詠唱を中断せずに注視する後衛達だったが、次の瞬間には物言わぬ骸と化した。

 

 ドガァンッ!!

 

 黒い物体、燃焼粉を詰め込んだ手榴弾が爆発したからだ。しかもご丁寧に金属片が仕込まれた破片手榴弾である。地球のものと比べても威力が段違いの自慢の逸品。燃焼石という異世界の不思議鉱物がなければ、ここまでの威力のものは作れなかっただろう。

 

 この一撃で、密集していた十人程の帝国兵が即死するか、手足を吹き飛ばされるか、内臓を粉砕されて絶命し、さらに七人程が巻き込まれ苦痛に呻き声を上げかける。しかしそれが声に出る前にすぐに彼らの後を追った。弾丸が脳髄が吹き飛んだが故に。

 

「せめて、一人残らず痛みも無く殺してやるよ。今回は俺も悪い。ま、許す気も一切ないわけだが」

 

 そうして奈落の怪物の蹂躙劇は開始される。慈悲はただ、苦痛も無く死ねることのみ。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー兵士side

 

 己の上司が血を吹き出して死んだ。その血を頭から被った生き残りの一人の兵士が、力を失ったように、その場にへたり込む。無理もない。ほんの一瞬で、仲間が殲滅されたのである。彼等は決して弱い部隊ではない。むしろ、上位に勘定しても文句が出ないくらいには精鋭だ。それ故に、その兵士は悪い夢でも見ているのでは? と呆然としながら視線を彷徨わせた。

 

 そしてハジメが他の兵士へと目を背けている合間に、なんとか逃げようとする兵士。しかしその前に黒色の服装の男が現れた。何ともなよっとした印象がある。

 

 これならば自分でも倒せると錯覚したのだろうか。剣を向けて、黒衣の男、オスカーへと突進した。

 

「どけェエエエエエエエエエ!!!!」

 

 本来ならば鬼気迫った気迫に退かざるを得ないだろう。血走った瞳といい、恐怖が倍速させた加速力も凄まじい。

 

 しかし兵士は気がつくべきであった。ハジメとともにしていた時点で、その男の実力に。

 

「やれやれ。醜いにも程がある」

 

 言った瞬間にオスカーは黒傘を取り出し、ハンドル部分から持ち替えて、J字の持ち手を兵士の足首に引っかける。

 

 剣をアッサリと避けられたことも然り。兵士は状況の一片すらも飲み込めず、一回転。間も無く地に体を落とした。

 

 先程の助走を活かした転倒で、地面が背中を打った。肺の中の空気が余さず口から漏れ出した。急な空気の移動に咳き込む兵士。衝撃の所為で剣も手からこぼれてしまった。

 

 オスカーは眼鏡をくいっ。

 

「君に眼鏡がない時点で負けは決まっている。大人しくしているといいさ」

 

 眼鏡はどうやら戦闘には必需らしい。

 

 言う間にも拾われた剣が“錬成”により原型を失わせた。また同様に兵士の胴体を峡谷の地面に埋め込んでいく。

 

 兵士は狼狽した。【ライセン大峡谷】という魔法が使えないはずの土地で悠々と物理を無視した力を放つ。間違えなく魔法を使用している目の前の黒衣の男に。しかも土地を大幅に変形させる魔法。土魔法でも中級に値する力だ。まさかただの“錬成”であるとは思いもしないだろう。

 

 とにかくようやく兵士は目の前の男に抗えない事実を悟る。同時にこのままでは自分が呆気なく死を迎えるということも。

 

 黒傘の切っ先が兵士の眉間に添えられる。何故傘の形かは分からないが、それでも凶器になり得るのは確か。急激に死に飢える兵士。口から出るのはなけなしの降伏の宣言。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「そうかい? なら、そこの間引きされた兎人族以外はどうしたんだい? 」

 

 オスカーが尋ねたのは死んだ者以外の安否。もっともその流れは大体目に見えていたが。それでも念のためもあるのだろう。

 

「……は、話せば殺さないか?」

 

 オスカーの顔に三日月が出来上がる。兵士はそれを無言の肯定としたのだろう。流暢に話し始めた。

 

「全部移送済みだ。奴隷以外に道は無いから。ここで間引きしたのは長旅に向かない奴らと商品価値の低そうな奴らだけだ…それからーー」

 

 そこから男はさまざまな事を話した。輸送のルートから他の兵士の捜索ルートまで。オスカーの尋ねていないことまで、事細かく話してくれた。

 

 そして全て話終わったのだろう。顔が喜色に染まる。これで解放されると思ったがためだ。

 

 ここから一刻も早く抜け出し、目の前に群がる死の権化達から逃れたい。もはや仕返しや復讐などは頭から抜け落ちている。それほどの恐怖を患った。

 

 しかし黒傘の切っ先がまたもや眉間に添えられる。先程殺そうとしてきたときの仕草だ。

 

「な、何故!? 俺は全て話たぞ!? 話せば殺さないと約束したじゃーー」

「すまないけれど、そんなこと承諾した覚えはないね」

 

 そう、オスカーはあくまでも微笑んだだけ。肯定の言葉は一切無い。つまりは勝手な兵士の思い違いだ。

 

 抵抗をしようとするものの、体はすでに埋まっていて、蠢くことすらも許されない。

 

 そしてハンドルは捻られた。

 

 パシュッと空気が吹き出す音と共に、兵士の意識はペンキに塗りたくられたように黒く染まった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメ&シアside

 

 ハジメが兵士の始末を終わらすと、オスカーもまた残党を刈り終わったらしい。埃一つも付いていないあたりが、圧勝ぶりを物語っている。

 

「こっちの始末は終わったよ、マスター。情報も引き出した。…ま、相手は国だ。まだ敵対するには無理があるだろうね」

「それは同感だ、オスカー。…それにしても何で俺が動くまで、お前も動かなかったんだ?」

「私は今は君の従者だ。それに、君も変な欲で彼らを追い詰めたわけじゃないだろう? なら、私がわざわざ君の意思に刃向かうには足りないよ」

「なるほどな」

 

 たしかにオスカーは今、サーヴァントたる身。『令呪』という代物がある限りはハジメには逆らえない。とはいえハジメがハウリア族を思いやっていたのは分かっていたため、逆らう気も起きなかったとのことだ。

 

 オスカーが己に対する絶対命令権である『令呪』を使用させないのにはわけがある。というのも、『解放者』の英霊が全力で戦うには最低でも『令呪』一画を必要とするからだ。つまりは最悪の事態に備えてのこと。

 

 一方で向こうで立香が掌を合わせ、黙祷を捧げているのが見えた。どんな時でも相手が『人間』である限りは彼のお人好しは治らないらしい。今回はその慈悲も、兵士の安否には関係しなかったようだが。

 

 とりあえず周りのメンバーの安否と兵士の全滅を改めて確認し終わると、ハジメはシアの方へと歩き始めた。

 

「……めんなさい。ごめんなさい。私のせいだ。私がいなければ…」

 

 彼女の目の焦点はもはや合っていない。頭を抱え、一人自責している。また他のハウリア族も彼女ほどではないものの、自身の行動を悔やみ、気を落としていた。他人を責めることができない温和な性格が裏目に出ていた。

 

 するとハジメはシアの方へと歩き始めた。足音は僅かにしか立っていないというのに目を向けてしまうほどの存在感。一時的にハウリア族もシアも負の感情を忘れ、ハジメに目を向けた。

 

 ハジメはそっとシアの肩を掴んだ。帝国兵にしていたような怒りを滲ませたものではない。包み込むような暖かさがある。

 

 しかしシアがその温もりに気を和らげさせたのは束の間。すぐにハジメに求める。

 

「お願いします、ハジメさん。…私を殺してください」

 

 それは断罪の要求。多くの罪を残したシアへの罰。

 

「…何でだ?」

「…わかるでしょう、ハジメさん。私は生きてはいけないんです。私が生きていれば多くの人が死んでいく。…私の『大切』が失われてしまう。みんなを不幸にしてしまうんです。だから…どうか…殺してください」

 

 ポツリポツリと日頃の煩いまでの明るさが失われていた。目からも光の反射が見受けられない。

 

 空は曇天で、彼女の心模様を指し示すよう。シアの首が、空から落ちた雨に濡れる。

 

 シアは介錯を求め、首をうなだらせる。瞼を閉じ、その時を待つ。痛みの先にある己がいるべき場所へと着くその時をーー

 

 ーービシッ!

 

「いたぁ〜〜っ!」

 

 額に凄まじい衝撃が走る。破壊ではなく、あくまでも痛みを優先した指弾。しかもハジメの左腕、義手なのだから尚更である。シアが痛い痛いと泣き叫び、地面に転がる。

 

「ほれみろ。こんなもんにも耐えられねぇお前に、死ぬような痛みなんざ不相応ってもんだ」

 

 そんなシアに苦笑するハジメ。シアは視線をキッとハジメに向ける。しかし痛みによって涙で瞳が濡れており、上目遣いでハジメを見上げるという構図。むしろ可愛らしさが増しただけである。

 

 俯いていた顔を上げ、ようやく話を聞けるようになったシア。それを確認するとハジメは、気まずげに目を背け、話始めた。

 

「あー、今回ばかりは済まなかったな。あまりにもお前らがお人好しだったんで、しばらく帝国兵を放置していたんだが…お前らにゃあ劇毒の類だったらしい。判断ミスだ。……悪かった」

 

 仲間の視線が背中からヒシヒシと感じる。ミレディ、サーヴァント二人からは「ダレアレ」的な感じの視線が。他のメンバーとマフラーからは保護者のような生易しい視線が。なんとなくやるせない感を感じるハジメ。

 

「違います! 悪いのは全部私です! だから私はーー」

「死ぬべきだってか? だから殺せってか? 断る。全却下だ。諦めろ」

「ーーっ! なんで!? なんでわかってくれないんです!? 私は魔物と同じなんです! …忌み子なんですよ!? だっていうのになんでーー」

 

 ヒートアップする。シアの中にある深い闇が、罪の感覚が彼女に刺す光を途絶えさせる。その闇を知らない者には、どれだけ慰めの言葉を送ろうとなお届かぬ領域。

 

 しかし目の前の男は違う。彼も一度落とされたのだ。そこに。

 

「他人を死ぬ理由にするな! 甘えるな! 死ぬことで償おうなんざ、んな馬鹿なこと二度と言うんじゃねぇ!」

 

 激昂する。ハジメには似つかわしい激しい感情が渦巻いた。

 

 かつて奈落の底で絶望を味わい、無力を嘆いた少年の声がシアの闇を突き破っていく。

 

「ッ! ハジメさーー」

「第一、テメェなんだ!? テメェが人を不幸にする!? ほざけ! 周りをしっかり見ろ!」

「え? 何がーー」

 

 ようやくシアは気がつく。

 

 そこには確固たる決意があった。何処までも家族と運命を共にするというお人好しにも程がある、全てのハウリア族の決意が。それの何と愚かなことか。しかし馬鹿にできない思いの丈がある。

 

「みん…なぁ」

 

 枯れたと思っていたのに、瞳からまた一筋の雫がこぼれた。その雫のなんと暖かいことか。喉がしゃくりあげる。

 

「シア、我々はお前を一度も恨んだことなどない。死んだ者達もシアが死ぬことを望むことなどない。…どうか、そんな悲しいことを言わないでくれ」

「そうよ、シア。これからも一緒に、家族全員で生きるのよ。それがきっと貴女のお母さんの想いよ」

「死んじゃったらやだよ!」

「ダメだよ、シアお姉ちゃん! みんな一緒なんだよ!」

 

 カムに続き、ハウリア族の全員がシアの死を否定する。巫山戯るな、と。我々の愛を見縊るな、と。

 

 そんな彼らと驚くシアにハジメは唇の端を釣り上げる。

 

「人ってもんは、予想外な事をやってのける奴らばっかなんだよ。俺の周りにも、お前の周りにもそういう奴らがいる。な、絶望なんざしてらんねぇだろ?」

「ハジメさん…」

 

 そう、ハジメの周りには自分の予想など容易に超えてしまう者達ばかりだ。香織はハジメをハジメ以上に見て、認めてくれた。ユエは何処までもハジメを追い掛けて、支えてくれた。立香はハジメの為に難関を超え、抗ってくれた。

 

 このハジメがいるのは全て、その出会いのお陰だ。だからハジメは誰よりも知っている。人の強さというものを。真の希望というものを。

 

「それに、未だに罪の意識があるっていうなら…強くなればいい。強くなって、今度こそ大事なものを失わないぐらいに、強くなれ。お前にはその力があるんだ」

 

 ハジメは己の手を差し出した。立て、暗にそうシアに告げている。意識せぬままに、シアはその手を取った。

 

 重ねられるハジメの手は、心強くて、それでも優しくて、そして力をくれた。勇気を与えてくれる。

 

「…本当に、助けてくれますか?」

「ああ。そういう契約だろ?」

「そこは『お前の為!』とか言うところじゃないですかね〜?」

「前も言ったが、お前に惚れられたところで邪魔なだけだ」

「酷くないですか!? これでも私、美少女ですけど!?」

「…自分でそう言う所が厚かましいんだよ」

 

 そうやって明るく振る舞う少女の手は、未だに震えている。罪を超えることはできても、未だに恐怖はあるらしい。次に来るかもしれない誰かの死を。

 

 ハジメは少し迷い、ユエに目を向ける。ユエは次に何をやるつもりか察して、不服そうにしながらも頷いた。マフラーも同様である。

 

 小刻みに震える少女の手を握る己の指に、少し力を込める。びくっと肩を揺らす少女。

 

「…まだ怖いか?」

「…そうですね。きっと…怖いんだと思います」

「そうか…」

 

 ハジメはまたもや少し迷ったが、少女の顔に残る影に思う所があった。過去の己が見たそれに、眉をひそめ、やがて実行に移すことにした。

 

「なら、もう少しこうしといてやる。怖くなくなったら言え。それまで勝手にしろ」

「…いいんですか?」

「ああ。別にどうともない。樹海に着くまでに傷ついて貰っちゃあ困るんだ。この場で早急に直せ」

 

 シアは少し頰を桃色に染めた。やがて少し気まずそうに目をあっちこっちに向け始める。

 

 だがそれでも今、この手が離れてしまうのは何か辛くて…離したく無かった。

 

 だからシアはその己の気持ちにしっかりと従った。

 

「はい…しばらくこうさせて貰いますね!」

「ああ…勝手にしろ」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーー立香side

 

「…ハジメさん、マジパネッス」

「それを先輩が言いますか?」

「少し他人事にし過ぎかと思いますよ、母は」

「私も同感だ、マスター」

「解せぬ」

「「「こちらのセリフです(だ)」」」

 

 立香はシアの手を嫌々感を出しつつもしっかりと握るハジメと幸せそうにその手の温もりを感じるシアをちゃっかり観察していた。

 

 同時に尊敬の眼差しを向けるが、それにより、マシュ達ブライズが立香にジト目を向けた。たしかに人の事は全く言えない。

 

「……何であの女にあそこまで? ……胸?」

 

 一方で不思議そうに、かつシアの一部を殺意を乗せて見るのはユエだ。ハジメはてっきり「仲間以外はどうでもいいんだよ! ケッ!」的な生き方をすると思っていたので、それから外れたハジメの行動に困惑しているらしい。

 

 事実ハジメの行動原理はまさしくそれであり、帝国兵を殺すのに躊躇いが無かったのはそれからであり、シア達を助けたのもあくまでも樹海の探索の為。

 

 だからこそユエは不思議なのだろう。ハジメの今のシアへの対応はそれに合わないものであったからこそ。

 

 でもそれはユエが過去のハジメを知らなかったから。豹変する前のハジメを知る立香には何故、ハジメがそこまでするかは分かっている。

 

「多分、無意識だろうけど…昔のハジメぽいからだと思うよ、シアさんが」

「……ハジメ、あんな残念だったの?」

「そっちじゃないです。残念なのは鈍感ぶりと周りの環境だけです」

「なら……何が?」

 

 立香は遠くを眺めるように視線を見上げ、過去のハジメを思い出した。やはりあの日のハジメは…

 

「他人の為に傷つける、多分そんな所がシアさんそっくりなんだよ」

 

 ハジメはあの日、無力の身でありながら立ち上がった。

 シアは周りが不幸にならない為に、己の身を犠牲にしようとした。

 

 その姿はまさしく昔のハジメのそれである。きっと、同じ状況ならばあの頃のハジメもそうしただろうから。

 

 だから手を伸ばしたのだろう。昔の自分を重ねたから、シアを必死になって心ごと助けようとした。

 

「……なるほど」

 

 ユエも微かにハジメから、その姿を察したのだろう。ハジメの背中に暖かい視線を乗せる。

 

 しかしすぐに立香の方を振り向くと…凄くジト目をしてきた。そして、次の瞬間にとんでもない爆弾発言を落とした。

 

「……薔薇」

「……………は?」

「ハジメと立香は……薔薇?」

 

 薔薇、つまりそれはBLな関係のことを指す。

 

 ユエがハジメと立香の間につまりはそういった関係(・・・・・・・)を見ているというわけだ。凄く鳥肌が立香の肌にブツブツっとな。ついでに膝にダメージ! ガクブルだ!

 

「何でそんな話になるんですか!?」

「でもそれならハジメが私のお誘いに乗らない理由も分かる」

「そんな腐ったワケがあるかぁあああああ!!!」

 

 立香の額に青筋が浮かんだ。それはくっきりと。立香にブライズがいる時点でそれは解消されるはずだというのにだ。

 

 しかしここで思わぬ追撃が放たれた。

 

「そういえば先輩、最近私たちを構ってくれませんし(・・・・・・・・・)

「!?」

「確かにそうですね。しかも御禁制である夜更かしまでなさる次第で…」

「!!?」

「ああ。しかもこの前、懲りずに三人で『めいどろぼ』とやらを作っていたのもこれでワケが付く」

「味方が…いないっ!!?」

 

 三発連続の嫁からのボディーブロー。こっちはただ友人と仲良くやっていただけだというのに…凄くやるせない感がハンパではない。立香の青筋が更にくっきりと浮かび出す。

 

 そんな立香の肩に優しい手がポンと。見ればいい笑顔のオスカーだ。

 

 こっち側に遂に増援が! と希望を見た立香。

 

 しかし立香は知らない。

 

「確かに僕が知らない間に二人でどっかに行っていることがあったね。…そういうことだったのか」

「眼鏡ぇええええ!!!」

 

 眼鏡を付ける者たれば、腹黒を常に抱えているということを!

 

 思わず発狂する立香。実にレアなシーンだ。

 なおその際にはあくまでハジメと立香は二人で地球のロマン武器を面白半分で作っていただけだ。某死神の変形する剣とか、某宇宙戦士の付けるだけで合体できるピアスとか。なお再現は不可能だった。

 

 それに呼ばれなかったオスカーの腹いせだろう。立香に薔薇の容疑が発生する。青筋からは血が。立香の知らない類の精神攻撃に体が悲鳴を上げたのだ!

 

 そしてそんな立香で愉悦するオスカー。器用なことに表情はただのいい笑顔だが、細められた目に「ザマァ見ろ」的な大人気ない感じが見て取れる。

 

 立香の右の拳が握られる。最近脳筋と表されるこのストレートを受けるがいい!

 

 魔術回路は準備オッケー。眼鏡を砕く準備もオッケーだ!

 

「死すべし! 慈悲は無いっ!!」

 

 兎も角狙いはオスカー。ボッコボコにしてやると決意を新たに、某スレイヤーさんの如く疾走したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ミレディさん、忘れられてる?」

 

 そんな中、一人疎外感を覚えるミレディであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 おまけ

 ーーハイヒリ王国にて

 

 香織「…こればかりはシアさんが可哀想だし…でもまた新しいゴキーー女の子が纏わりつくのは許せないし…」

 雫「…不思議ね。少し慣れてきてしまったわ。あの般若さんに」

 エミヤ「(霊体化しながらコクコク)」

 香織「でも…とりあえず目の前に現れたら…フフフフフ」

 雫「待ちなさい、香織! さっきからサムズアップしては首搔き切って、落とすジェスチャーしまくってるわよ!? それはハジメくんへ!? それともその女の子に!? どっちなの!?」

 エミヤ「とりあえず…少年に冥福を祈ろう」




…最後まで存在を忘れていたミレディさん。
あれ? 残念属性、こっちにもあるぞ?
シア、なんか属性足そうかな?
スタ○ドとか。


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ハルツィナ樹海

後半から大半コピペ。
仕方ないじゃん、変えづらいんだもの。
次のお話もそうなる可能性が高いよなぁ…。
一章はオリジナル成分が多かったから、コピペ問題はそんな起こらなかったけど…どうなることやら。


 ーー立香side

 

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】が前方に確認できた。立香達一行は大型四輪車を二台使用し、ハウリア族を全員輸送していた。念のためにハジメがリムジンサイズにしていたのが、今回の場合利となったわけだ。

 

 そんなわけで片方をハジメが運転し、ユエとシアを主としたメンバー。もう片方をマシュを運転手とした、立香、ミレディ(ゴーレム)という結果となった。なお、英霊メンバーはそれぞれのマスターの方に、霊体化した上でついて行っている。なお立香の運転手希望は無視された。原因は立香の暴走ではあるが、それでもすごく悲しかった。

 

 代わりにハウリア族と別れた後、ハジメが立香の為に二輪車を専用改造してくれるとのこと。感情の振れ幅が凄くて、立香は軽めに発狂した。ついでにハジメの思い遣りが立香に対して異常であるのに対し、それぞれのメンバーが薔薇を見るような目をしだしたのは、立香持ち前のガッツで耐え切った。こういう時はハジメのスルースキルが途方もなく羨ましかった。

 

 そんなわけで立香は助手席に座っているわけだが、なんといっても後ろがワイワイしている。見たこともないようなアーティファクトなのだ。ハジメがこれを作ったというと、ハウリア男達は横に並ぶ車の方をキラキラとした目で見だした。やはりメカは万国万世界共通して、男の心を鷲掴みにするらしい。なお女子はふつうにソワソワしている。未知の乗り物に乗っているからだろうが、キラキラする気配は無い。

 

 一方で立香は隣の車両の運転席を見て、ニヤけた。立香の背後にはうにょんうにょん蠢く黒い髭のス○ンド。ハウリア族は若干、助手席の方から離れた。気持ち悪りぃという内心が凄く見て取れた。

 

 気づくと隣で運転するマシュが呆れたようにこちらを見ていた。

 

「…本当に先輩はハジメさんの情事がお好きですね」

「いやー、面白くない? アイツ、初々しいのにジゴロ体質なもんだから、周りにめちゃくちゃ集まるし…最終的には九人か十人とは関係持ってそう」

「先輩が仰られると、ジゴロの勘によって凄まじく当たりそうで怖いですね」

「当たるかどうかは知らない」

 

 そんな事を言っていると脳内からも『当たる(確信)』とか、『むしろ当たらなければ大厄災』とか聞こえてくる。

 

「それにしても、ミレディさんが居なければ久々にマシュと二人きりだったのに…残念だなぁ」

「ふふっ。それではまた何処かの街でデートと参りませんか、立香さん?」

 

 なおマシュはたまーに、極たまーにだが、普段の『先輩』呼びでなく、名前で呼んでくる時がある。他の英霊達も同様である。普段から名前を呼ばず、甘える時にだけ名前を呼ぶスタンスを彼女達は確立している。本人達曰く、『ぎゃっぷもえ』とやらを参考にしたらしい。それが立香に通用するかどうか…

 

「うん、もちろんでち」

 

 こうかは ばつぐんだ。

 

 少なくとも普段の語尾が化学変化を起こす程度には会心の一撃であったようだ。キラキラスマイルのサムズアップが決める立香さんだ。

 

「リッくん、鼻から赤いのが…」

「先輩、どうぞ」

「ありがとう、マシュ」

 

 立香の鼻から幸福の象徴が噴き出した。それにすぐさま反応し、どこから取り出したのかティッシュを差し出すマシュ。…やはり正妻力は侮れない。片手でちゃんと運転もこなしている。騎乗スキルは伊達ではない。

 

『如何致しましょう、ランサーさん! 正妻様が強すぎます!』

『落ち着け、頼光卿! 我々が勝てるところは……何処にあるのか』

『だ、大丈夫です! 防御は兎も角、攻撃力ならば何とか…』

『あの峡谷では私達は、無力らしいが…』

『………』

 

 マシュの正妻ぶりに頼光と獅子王が脳内で騒めく中、立香の関心はふと隣の車に向かった。

 

(それにしてもハジメの方はどうなってるんだろう? …主にシアさんとユエの)

 

 修羅場かな〜? と、様々な意味での修羅場を経験している立香は取り敢えず、横のマシュとの時間を楽しむのであった。

 

「リッくん、マシュマシュ。ミレディさんは凄く寂しいのですが」

「我々ハウリアが居ます」

「ハウリアのみんな、大好きだよ〜〜〜!!」

 

 とりあえず脇のゴーレムさんは、後ろのハウリア族へと突撃するのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 立香達の車が密かなイチャコラと賑やかな一団に分かれている合間、ハジメ組の方はというと、ハジメとユエの境遇の話となっていた。

 

 峡谷という土地でも魔法が使える理由など簡単なことしか話していなかった。きっと、シアは、ずっと気になっていたのだろう。というのもシアが尋ねてきたのだ。

 

 確かに、この世界で、魔物と同じ体質を持った人など受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない。かと言って、ユエが、シアに対して直ちに仲間意識を持つわけではないし、ハジメもあくまでもシアに対する対処の多くは同情。仲間意識はない。それでも樹海に到着するまで、まだ少し時間がかかる。特段隠すことでもないので、暇つぶしにいいだろうと、ハジメとユエはこれまでの経緯を語り始めた。

 

 言い終わると、シアは号泣した。それはもう残念なぐらいに。あらゆるものが垂れている。ただし、それは下手な同情などではないのも一目瞭然だった。

 

「…なんでバジメざんば、ぞんな仲間の人達に馬鹿にざれないどダメ何でずが!?」

 

 どうやら奈落などでの境遇よりも、むしろ元の居場所でのハジメへの評価に腹を立てていたらしい。なお、話した内容には立香から聞いた後の話もある。そこでの話はユエも「クラスメイトとやらと、勇者と……卑山? 許すまじ」とか言っていたが…ここまでとは思わなかった。

 

 確かに今でも思い出せば相当散々言われてたなぁ〜と思わないことはない。檜山に対する恨みは今でも煮えたぎっているし、他にも思うことがないわけではない。

 

 ただハジメ的には、人生においての初の親友の存在や初恋の人などの存在の方が印象が強いため、あまり気になっていない。…決して、そのメンバーのキャラが凄まじく強かったから、などと言うわけではない。ス○ンドが高い頻度で出現したり、図書館の壁を余裕で走ってくる一般人(自称)や大人しい顔をしつつも割とズレている友人がいたりしたが…それが原因ではないのだ!

 

 それに今は今で、油断すれば色々取られかねない吸血鬼様や自律稼働式のただのマフラー、眼鏡の存在感が異常な眼鏡などが足されたこともあり、元のクラスの思い出がもうそれほどない。香織を主とした、雫やメルド団長、あと怨みの対象である檜山ぐらいしか覚えていない。勇者? ………そういやいたような。

 

「落ち着け、シア。俺の名前が愉快な事になってんじゃねぇか。あと俺の腕がグジョグジョになるから、泣くのを止めるか腕離すかどっちかしてくれ」

「(ズビィッ)なぎまぜん!」

 

 と言いつつ、泣き止む気配が一向に無い。ただシアは同時にハジメが己を助けてくれた理由を理解した気がしたのか。シアは己の胸に抱えるようにしているハジメの腕(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を一層強く抱きしめた。そう、抱きしめた。

 

 これにユエ様が神反応を見せる。目が座っていらっしゃる。本気(マジ)だ。ハジメは上半身を仰け反らせた。

 

「……もう離れろ、ヤンデレウサギ」

「(ズビッ!)い〜や〜で〜すぅ〜! ハジメさんが言ってくれたんですよ! 好き勝手にしろって! こればかりはたとえ“嵐帝”やられても、譲れません!」

「……やっぱりもぐか」

「もがれませんよ! そしてユエさんよりも先にハジメさんを籠絡するのですぅ!!」

「聞いていれば……」

 

 そして二者間で迸る稲妻。なお構図的には運転席に座るハジメの横でシアがハジメの片腕に自分のモノを密着させ、それを横からユエがブチ切れているという様である。

 

 あの後結局、シアがハジメから離れることはなく、飼い猫ならぬ飼い兎の如くベタベタベタベタ。結果、隣を奪われたユエさんが怒り心頭というわけだ。この構図はシアに手を繋ぐことを許して以降ずっと行われている。未だに凍土のような空間に引き込まれて、30分も経っていないという事実に、ハジメは困惑済みである。なおマフラーさんはシアの境遇に思うところがあるのか、静止している。非常に珍しい事態だ。

 

 ハジメ的には母親を失ったばかりの人間を蔑ろにはしづらかった。だからこそ日頃ならばアバババしたり、非殺傷弾をドパンドパンしたりするところを我慢しているのだ。

 

 だが、己の『大切』が怒っているとあらば、流石に看過し難い。ここは少し、離れてもらおうとハジメが口を開けた。

 

「…おいシア。流石にーー」

「……ハジメは黙っていて」

「こればかりは譲れない戦いですぅ!」

「………」

 

 まさかの開口一番をインターセプトされるという事態が発生。しかもユエからも言われる始末だ。運転楽しい。

 

 こうなったら何も言えない。ハジメさんは無心の境地へと挑み出した。目が若干死んでいる。マフラーがハジメの頰を撫でてくれた。温もりが暖かい。内心で「白崎ありがとう」と感謝する。心の中でも名前で呼ばない点は割愛だ。

 

 なおマフラーが風もなく動いている様に、ハウリア全体は騒めきに騒めいている。ハジメに対するキラキラ視線が増した。マフラーをアーティファクトとでも思ったのだろうか。まさかその実、ハジメでも正体不明の謎の布とは思うまい。

 

(にしてもユエは兎も角、何でシアの奴までバチバチしてんだ? )

 

 その時ふと思い出す、立香の『テメェは俺と同種じゃあ!!』という発言と、自身に好意を抱いてくれている二人の女性のジト目。ついでにオスカーの愉悦顔。

 

 無性に立香とオスカーに苛立ちを露わにするが、その前に最近己に付きつつある『ハジメ=ジゴロ』の評判が気になった。

 

(…まさかな)

 

 そんな訳はないと首を振り、右手だけでハンドルを握る。そうして“集中”を全力行使し、脇の会話を意識の彼方に吹き飛ばすと、前方だけに意識を向けて運転するハジメ。

 

 彼がその答えを知るのは、後もう少し先のお話。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーユエside

 

 ハジメがぐだぐたと悩む中、ユエは目の前のシアに(一部にだけ)殺意を露わにしていた。そこだけが、目の前の女に負ける点であると理解しているが為である。

 

(……ハジメは鈍感にも程がある)

 

 シアは明らかにハジメに好意を抱いている。しかも尊敬などの類ではない、真性のもの。自分や遥か彼方にいる恋敵と同じ気配。

 

 幸いにも、シアはまだ己の気持ちに完全には気がついてはいない。されど何かきっかけさえあれば、きっと己の想いを自覚するだろう領域。

 

 ハジメの正妻(自称)として見過ごす訳には行かないのだ! 重厚な殺意オープン! 後ろに蒼き炎を纏う大蛇スタンバイ! 生意気なウサギなんざ食ってやるゼェと言わんばりに瞳孔を縮小させる。後ろのハウリアのビクビク? 知ったものか! ユエさん的にはこちらの方が何十倍にも重要項目。周りに気を遣っている暇などない。

 

 さあ、生意気なウサギよ! 正妻の格、ここで見せつけてくれる!

 

「……?」

 

 コテンと可愛らしく首を傾げるシア。殺意など柳に風。普通にユエと目を合わせちゃっている。

 

 何故!? と動揺を隠せないユエ。しかし次の瞬間には気がついた。その原因。否、彼女にとってのヒーリングスポットの存在に。

 

(まさか……ハジメによる安心感で中和している!?)

 

 驚愕せずにはいられない。まさかハジメにそんな効能があったなんて。確かに、ハジメとくっついていたら、きっとヒュドラ戦もリラックスしながら行えた自信はあるが、まさかここまでとは。

 

 だがこのままでは舐められっぱなしだ。最初の方にかました“嵐帝”だけではユエさん的には非常に心細い。もう少し、シアの心にトラウーーもとい立場というものを知らしめねばならない。

 

 どうしたものかと考えていると、そういえばシアには強くなる気があることを思い出した。つまり稽古として痛めつければいいわけで…。

 

「……残念ウサギ、気には食わないけど同情はする。だからお前が強くなるために手伝ってあげる。感謝するといい」

「え! いいんですかぁ! 是非是非、お願いしますぅ〜!!」

「ん! ……言質は取った

「へ? 何か言いましたか?」

「……何でもない」

 

 少なくともシアに手加減はしないでおこう。徹底的にしごいて差し上げよう。

 

 獲物を捉えた龍の瞳をしながら、そう決意を新たにするユエであった。

 

 すると緩やかに運転が止まった。どうしたのかと思ったユエであったが、ハジメが某豆腐の配達がすごい走り屋みたいな表情から元に戻ったことから気がついた。

 

「さあ、【ハルツィナ樹海】だ。案内…頼んだぞ?」

 

 片端を釣り上げるハジメは、後ろのハウリア達に降りろとジェスチャーをかましながら、そう言うのだった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 それから数時間して、遂に一行は【ハルツィナ樹海】と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿、リッカ殿、マシュ殿、ミレディ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆様を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「ああ、聞いた限りじゃあ、そこが本当の迷宮と関係してそうだからな」

 

 カムが、ハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、【ハルツィナ樹海】の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

 当初、ハジメは【ハルツィナ樹海】そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。なので、【オルクス大迷宮】のように真の迷宮の入口が何処かにあるのだろうと推測した。そして、カムから聞いた“大樹”が怪しいと踏んだのである。

 

 なおここでも英霊組は霊体化している。人数があまりに多いと、隠密行動には優れない為と立香がそうさせたのだ。なお、ハジメ的にはドパンドパンしちゃえばいいじゃない思考だったのだが、立香に全力で止められた。…一応非殺傷の奴なのに。

 

 カムは、ハジメの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてハジメ達の周りを固めた。

 

「とりあえず皆様方、できる限り気配は消しもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「ああ、承知している。俺もユエも、ある程度、隠密行動はできるから大丈夫だ。…立香達はどうだ? 特にミレディは」

「俺は大丈夫。“認識阻害”使えば、ミレディさんも問題ないよ。ハウリアにもかけるってなったら難しいけど」

 

 ハジメは、そう言うと“気配遮断”を使う。ユエも、奈落で培った方法で気配を薄くし、立香も“認識阻害”の魔術を発動した。

 

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、できればユエ殿や立香殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……こんなもんか?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

 

 元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、奈落で鍛えたユエと気配操作の魔術を扱う立香と同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。達人級といえる。しかし、ハジメの“気配遮断”は更にその上を行く。普通の場所なら、一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中では、兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないハイレベルなものだった。

 

 カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。立香は立香で「お前、俺のこと非常識って言ってくるけど、お前の方が非常識の塊だからな」とジト目してくる。シアは、どこか複雑そうだった。ハジメの言う実力差を改めて示されたせいだろう。

 

「それでは、行きましょうか」

 

 カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 暫く、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

 順調に進んでいると、突然カム達が立止り、周囲を警戒し始めた。魔物の気配だ。当然、ハジメとユエも感知している。どうやら複数匹の魔物に囲まれているようだ。樹海に入るに当たって、ハジメが貸し与えたナイフ類を構える兎人族達。彼等は本来なら、その優秀な隠密能力で逃走を図るのだそうだが、今回はそういうわけには行かない。皆、一様に緊張の表情を浮かべている。

 

 と、突然ハジメが左手を素早く水平に振った。微かに、パシュという射出音が連続で響く。

 

 直後、

 

 ドサッ、ドサッ、ドサッ

「「「キィイイイ!?」」」

 

 三つの何かが倒れる音と、悲鳴が聞こえた。そして、慌てたように霧をかき分けて、腕を四本生やした体長六十センチ程の猿が三匹踊りかかってきた。

 

 内、一匹に向けてユエが手をかざし、一言囁くように呟く。

 

「“風刃”」

 

 魔法名と共に風の刃が高速で飛び出し、空中にある猿を何の抵抗も許さずに上下に分断する。その猿は悲鳴も上げられずにドシャと音を立てて地に落ちた。

 

 残り二匹は二手に分かれた。一匹は近くの子供に、もう一匹はシアに向かって鋭い爪の生えた四本の腕を振るおうとする。シアも子供も、突然のことに思わず硬直し身動きが取れない。咄嗟に、近くの大人が庇おうとするが……無用の心配だった。

 

 再度、ハジメが左腕を振ると、パシュ! という音と共にシアと子供へと迫っていた猿の頭部に十センチ程の針が無数に突き刺さって絶命させたからだ。

 

 ハジメが使ったのは、左腕の義手に内蔵されたニードルガンである。かつて戦ったサソリモドキからヒントを得て、散弾式のニードルガンを内蔵した。射出には、“纏雷”を使っておりドンナー・シュラークには全く及ばないものの、それなりの威力がある。射程が10m程しかないが、静音性には優れており、毒系の針もあるので中々に便利である。暗器の一種とも言えるだろう。樹海中では、発砲音で目立ちたくなかったのでドンナー・シュラークは使わなかった。

 

 立香が横で構えを解いた。…何の魔術も発動していないのに、目の前に立てば死ぬと思うような見事な構えである。

 

「あ、ありがとうございます、ハジメさん」

「お兄ちゃん、ありがと!」

 

 シアと子供(男の子)が窮地を救われ礼を言う。立香の非常識ぶりに意識を割いていたハジメは気にするなと手をひらひらと振った。男の子のハジメを見る目はキラキラだ。シアは、突然の危機に硬直するしかなかった自分にガックリと肩を落とした。

 

 その様子に、カムは苦笑いする。ハジメから促されて、先導を再開した。

 

 その後も、ちょくちょく魔物に襲われたが、ハジメとユエ、立香、マシュが静かに片付けていく。樹海の魔物は、一般的には相当厄介なものとして認識されているのだが、何の問題もなかった。なおミレディが戦わないのは、ゴーレム体に残された魔力を、後に迫るはずの巨大ゴーレム戦で使いたいからだ。いずれ戦う敵のため、対抗できる力は少しでも残しておきたいのが一行の総意なのだから。

 

 しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、ハジメ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 

 そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 

 ハジメとユエも相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

 

 その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。




え? 英霊組が全然出てきてない?
まだ戦闘じゃないからな〜。
二章後半から活躍予定。
やはり戦闘で活躍するものよ、彼らは。
あと幕間の物語だな。(つまりはギャグ要員)


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『解放者』効果

書けたよ!
基本的にはコピペだけど…相当話の流れは変わった。
…どうしてこうなった?
取り敢えず原作の『やっぱり残念なのはハウリア』と比べて読んでみてね♫

*オマケページ追加しました〜♡


 ーー立香side

 

 樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

 

 その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達を裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私たちは」

 

 カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員かかーーー」

 

 虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとした。当然の判断だ。裏切り者を許す組織など甘いにもほどがある。当然、殺意は剥き出しにされていた。

 

 しかしあまりにも相手が悪過ぎた。相手は奈落生まれの怪物と異界の新英雄。

 

 ハジメの腕が跳ねて引き金を引く。立香の拳が身近な木に裏拳をかます。

 

 ーードパンッ!

 ーーバギッ!

 

 真紅の稲妻を踊らせる弾丸が虎の亜人と亜人の間を走る。駆け巡る熱波は両者間の距離に関わらず肌に擦過傷を入れた。

 

 また人の身であるにも関わらず、詠唱も無しに拳骨だけで大木を折った立香にも視線が巡る。大木は見事なまでに綺麗にへし折られていた。

 

 聞いたこともない炸裂音と反応を許さない超速の攻撃を繰り出すハジメ、獣人でも類い稀なまでの腕力を見せつける立香。彼ら二人にに誰もが硬直している。

 

 そこに、気負った様子もないのに途轍もない圧力を伴ったハジメの声が響いた。“威圧”という魔力を直接放出することで相手に物理的な圧力を加える固有魔法である。

 

 元々、“威圧”を持たない時期であっても立香を怯ませるまでの気迫だったのだ。最早その威力は天災に近い。とはいえ、全力で発動すればの話で、ハジメは十%も本気を出してはいないようだ。

 

「今の攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらも全て把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ。…まだやるつもりなら容赦はしないが?」

「な、なっ……一体何が…」

 

 獣人達は怯んでいる。当然だろう。魔法でもない圧倒的な力と獣人をも圧倒する挙力。それを同時に見てしまったのだから、戦意が消失しても仕方がない話だ。

 

 更にはハジメと立香のどちらもの一行が、隠れている獣人族の猛者らしき気配を見つけては、目で見ていくのだ。雄弁に目で告げる。「見えているぞ?」と。隠密さえも効かないという事実にリーダー格らしき虎の獣人は更に顔を青ざめた。

 

 ハジメは必要があるならば、本気でやる気のようだ。それだけシアには思い入れがあるのだろうか。それを素直に表に出さないあたりがツンデレである。

 

 とはいえそんな血祭りを起こすわけにも行かない。ここで血河を切り開いた所で、亜人に敵視されるだけ。上に立香は人の死は出来る限り好まない。

 

 なのでユエとマフラーにアイコンタクトを取る。割と隠れ家で交友関係を持っているので、目だけで簡単な事は伝えられる。結果は上々。ハジメを宥めてくれた。お陰でハジメは“威圧”を解き、ドンナー・シュラークをホルスターに収めた。亜人一同に安らいだ空気が流れ始めた。

 

 その合間に立香は爽やかスマイル。バイトならば百点満点合格のスマイルご提供である。ただし先ほどの腕力の所為で取り返しの付かない印象が付いているのだが、そこは立香はまるっきり無視することとする。

 

「お騒がしてすみません。俺の名前は藤丸立香。【フェアべルゲン】に仇を成すようなつもりはないです。目的は大樹。ハウリア族の方々には命の保証と共に大樹までの案内を頼んでいるんです」

「大樹…だと? 何が目的だ?」

 

 てっきり亜人を奴隷にするため等という自分達を害する目的なのかと思っていたら、神聖視はされているものの大して重要視はされていない『大樹』が目的と言われ若干困惑する虎の亜人。『大樹』は、亜人達にしてみれば、言わば樹海の名所のような場所に過ぎないのだ。

 

「『解放者』が残した大迷宮。その内の一つがそこにある為ですね。迷宮の攻略を進めるのが目的ですから」

「ならばわざわざ大樹まで行かずとも良いだろう! この樹海自体が自然の迷宮、亜人族以外には辿り着くことの出来ない天然の迷宮だ!」

「へ? 迷宮? …ここが?」

「そうだ! この樹海自体がーーー」

 

 虎の亜人族は立香の丁寧かつ相手を汲み取るような形での対応に、少し威勢を取り戻したのか。言葉が高圧的になる。同時に周りの兵士達の殺意も少し戻ってきた。喉元過ぎれば熱さを忘れる、ということもあるのだろうが、それ以上に彼らの中にある人間への恨み辛みがそうさせたのだろう。

 

 やがて下っ端らしき猿の亜人が立香から死角の後ろから襲いかかろうと、その脚をくの字に曲げたその時だった。

 

「あらあら、虎風情がよく喚くことですね?」

「戯れが過ぎるのではないだろうか、そこの猿の男」

「「「「ーー!!?」」」」

 

 霊体化を解いた頼光と獅子王が現れたのは。紫苑のスパークが弾け、刀が虎の亜人の喉に添えられる。また猿の亜人も目の前に白馬に乗って、現れた獅子王の気迫に呑まれ、その場で尻餅をついた。英霊たる二人が放つ威圧に顔を青ざめたのは他の亜人も同じ。

 

 二人の眼は等しく冷たいもの。獅子王の無機質な瞳が亜人一人一を貫く度に、彼らは心臓が凍ったかのような錯覚を覚えた。

 

 頼光こそ人差し指を頰に添えながら、口元を緩めてはいる。されど怒りは本物。むしろバーサーカークラスの彼女こそが立香ブライズの中でもキレさせてはいけない系なのだ。

 

 たった一瞬で、亜人族は悟った。抵抗の余地は無いのだと。

 

 そして頼光は刃を喉に段々と近づけていき、獅子王もまた槍の切っ先を猿の亜人へと向けた。

 

「ガンド!!」

「くあっ!?」

「ぐあっ!?」

 

 ただしそれぞれの額にめちゃくちゃ微弱、かつ痛みだけはバツグンのガンドが放たれたが。

 

 先程までの殺気やらカリスマやらを幻のように霧散させた両二名。思わず亜人族達は目を点にする。おでこを押さえてプルプルする頼光。痛みで馬からすってんごろりんした獅子王。…確かに威厳もクソも無い。台無しだ。

 

 やがて二人が痛みに慣れ始め、立香に険しい目を向ける。どちらも雄弁にキレているのがよく分かる。

 

「俺の事を思ってくれたのはありがとう。とっても嬉しいよ、二人とも。…でも過激なのはやめてね?」

「ふふっ、善処します」

「すみません、マスター。次からは威圧までに留めます」

 

 なので徐ろに立香は二人の元にかけ寄ると、二人を両腕で抱きしめる形でその頭をなでなで。二人ともが気持ちよさそうにマイナスイオンらしき何かを放ち始める。同時に周囲一帯が桃色に染まった。亜人一同は更に戸惑った様子となる。目の前でイチャコラが急に始まったのだから、仕方もないだろう。

 

「「………チッ」」

「……ハジメは人の事言えない」

「オーくんも言えないよ?」

 

 リア充しやがって…、的にシンクロ舌打ちをするハジメとオスカー。立香がイチャコラする度にこの二人の仲は更に深まりつつある。

 

 そんな会話を脇に、立香はなでなでを続行しながら虎の亜人との会話を引き続き行う。

 

「ここは絶対に迷宮ではありません。ここの魔物があまりにも弱過ぎますから。それに『解放者』が残した試練も亜人族に障害が無いと考えると、無いらしいですし。ですので、ここはあくまでも迷宮の上層部分として考えられます。そこの辺り、どう思われますか?」

「え? ああ、はい。そうかもしれないですね」

「?」

 

 亜人族はもう動揺を隠せない!

 

 ここの魔物が雑魚扱いなのもそうだし、言っていることも何一つ分かりはしない。聞き覚えのない言葉ばかりで、一切思考が追いつかない。正直、戯言ってしてよくない? とは思うが、それはまた今は宥められている女性型怪物(少なくとも亜人にはそう見える)が怖い。しかも言葉の一つ一つが真剣さを帯びており、聞き逃すことが不可能である。

 

 なおその話を本人は二人の女性を侍らせた状態で行なっている。しかも種族が違うというのに、美しいと感じてしまうような絶世の美女を、だ。亜人族の男達の拳が震える。ハジメ達と目が合った。…若干、親睦が深められたかもしれない。

 

 亜人族側からすれば、目的を果たして帰ってもらえるなら、早く樹海から出て行って貰いたい。だが、亜人族にも簡単に通せない理由がある。立香達の計り知れない力だ。だからこそ、上層部に判断を仰ぐ必要があり…

 

「……お前が、国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かない。それに…お前は本当に仇を成すような者ではないようだからな」

「ありがとうございます」

 

 その言葉に、周囲の亜人達は動揺はしつつも、「何かあの黒髪良い人っぽいし、まあ良いか」的な雰囲気がある。立香のコミュ力オーラ、凄まじい。

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もがおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

「はい、是非ともよろしくお願いします! …あ、一応言っておきますが、事実無根な事は一切言わずにお願いしますね!」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

 立香、速攻決断。ハジメが口を割り込む暇も無し。ハジメもそれほど文句はないが、まさかここまで完璧に口封じされるとは予想外だった。

 

 一方でハジメに対する敵意は収まってはいない。立香からは安心安全な人畜無害な感じがあるのだが、ハジメからは修羅じみた気配が感じられる。「今ならばヤレるのでは?」とユエとマフラーに抑えられている、ハジメを睨みつけたが…ハジメはただ不敵に笑い、一言。

 

「お前等が攻撃するより、俺の抜き撃ちの方が早い……試してみるか?」

「…いや。だが、下手な動きはするなよ。我らも動かざるを得ない」

「わかってるさ」

 

 包囲はそのままだが、漸く一段落着いたと分かり、カム達にもホッと安堵の吐息が漏れた。だが、彼等に向けられる視線は、ハジメに向けられるものより厳しいものがあり居心地は相当悪そうである。

 

 暫く、重苦しい雰囲気が周囲を満たしていたが、そんな雰囲気など知らんとばかりに立香はイチャつきながら亜人族と話し始める。流石のフレンドリー力であり、どんどん交友の輪が増えていく。なおマシュも既にイチャつき範囲内に入っている。何処か亜人族が青筋を立てているのも幻覚ではないようだ。

 

 一方でユエとマフラーがハジメに構って欲しいと言わんばかりにちょっかいを出し始めた。それを見たシアが場を和ませるためか、単に雰囲気に耐えられなくなったのか「私も~」と参戦し、苦笑いしながら相手をするハジメに、少しずつ空気が弛緩していく。てっきり立香とは違い、非リア充の同士と信じていた亜人族達が裏切者を見る目となる。

 

 あとはそこの眼鏡! テメェだけが、我々の同士、非リア充だ!

 

「オーくん、オーくん! ミレディさんは誰にも構って貰えず泣きそうです」

「…君にはそれぐらいがいいんじゃないかい?」

「酷い! それがかつて乙女の裸身を見た男のセリフなの!? この責任取らず!!」

「ミレディいいいいいい!!! てんめぇ、ブチ殺すぞ! 誤解が生じるだろうがぁあああああああ!!!」

「ひゃあ〜! オーくんがキレた〜! にっげろ〜〜!!」

 

 …ゴーレムとイチャついてる可哀想な人だった。いや、不審者だった。

 

 亜人族一同がオスカーから距離を取る。こいつやべぇって、的な雰囲気だ。まさかゴーレムの正体が割と美人であるとはこの時点ではオスカーしか知らないことである。それがわかれば引き気味な亜人族皆様はオスカーにも敵意を見せることとなるだろう。亜人族は恋人チェックは厳しいらしい。

 

 なお、ミレディの裸を見たのは事実だが、それらは全てうっかりやら仲間の海賊女帝様が原因である。決してオスカーは大人の扉を開いたことは一度もない。ゴーレムで興奮したこともない。メイドゴーレムも芸術である。ヘタレ言うことなかれ。紳士である。

 

 時間にして一時間と言ったところか。立香と亜人族が肩を組んで笑い合い、オスカーがニコちゃんゴーレムをアイアンクローしながら奇形に変形させ、調子に乗ったシアが、ユエに関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」と必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

 

 場に再び緊張が走る。立香と肩を組んでいた男の肩に変な感触を走る。ニコちゃん仮面に亀裂が走る。シアの関節には痛みが走る。

 

 霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森林族(いわゆるエルフ)なのだろう。

 

 ハジメは、瞬時に、彼が“長老”と呼ばれる存在なのだろうと推測した。その推測は、当たりのようだ。

 

「ふむ、お前さんらが問題の人間族かね? …名は何という?」

「ハジメだ。南雲ハジメ」

「……ユエ」

「藤丸立香! よろしくお願いしますね!」

「マシュ・キリエライトです」

「源頼光で御座いますが?」

「…ランサーとでも呼べ」

 

 ハジメの言葉遣い、ユエの冷たい目線、立香のフレンドリー挨拶、頼光の暗に「邪魔だテメェ」という疑問形、獅子王の振る舞いに周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。

 

 なおこの間、過去の有名人として名を残している『解放者』メンバーは変な混乱を防ぐために、オスカーは苦渋の決断で眼鏡を外し、ミレディはそこら辺の岩に擬態している。全く誰にも目を向けて貰えない。…悲し。

 

 ともかく周囲の怒りを、片手で制すると森人族の男性も名乗り返した。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。『解放者』とは何処で知った?」

「は? 張本人を呼んだだけだが?」

「………は?」

 

 目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリックに訝みながら返答するハジメ。だがその返答は彼らの予想を超えるもの。思わず長老様の冷静沈着な感じの雰囲気がブレイクされた。

 

 なお、アルフレリックはあくまでも、地上で『反逆者』とされているはずの彼らの本当の組織の名を知っていることに驚き、それを何処で知ったのか、という疑問から聞いたのだが…。

 

 するとオスカーが眼鏡をカチャッと付ける。認識阻害状態解除! 急に現れた黒衣服の男に亜人族はまたもや驚愕の声を上げたが、長老達はこれまた別の部分に目をやり、驚愕の声を上げた。

 

「なっ!? オスカー・オルクスの遺物、『黒悪魔の邪眼鏡』を掛けた男だと!? 容姿も雰囲気も伝書と一致している……馬鹿な! 本物とでも言うのか!?」

「喧嘩を売っているのかい? OK、爆買いしてあげよう」

 

 オスカーの眼鏡、すんごい名前になっていた。ともなると、立香的には伝書の内容が凄く気になる。ハジメとアイコンタクトを取る。絶対その伝書の中身見ようぜ、と。

 

 一方でオスカーは、初対面で己を眼鏡のついでにされたことに、青筋をピクピク。そして眼鏡に手を掛けた。

 

 ミレディが「あ!? アレはまさかっ!」と言って、顔を覆った。これから発生するオスカーの必殺技を警戒してのことだ。

 

 眼鏡からカチッとボタンを押したような音が発生する。するとオスカーの眼鏡が光を放った。それはもう、光があまり差し込まない樹海が一時的に光に染まるぐらいには。

 

 亜人族全員が「目がぁあ!! 目がぁああ!!」と転げ回る。アルフレリックまでもだ。最初の雰囲気何処行ったのか、謎である。

 

 やがて埃まみれになったアルフレリックが未だにぼやけるのか目を擦りながら、オスカーの方を向いてお辞儀をする。他の亜人族、全員もだ。某印籠を晒す人を見た並みに平伏した。

 

 オスカーを筆頭とした一行全員が驚愕を露わにする中、アルフレリックが土下座の如き地面設置お辞儀をしながら叫んだ。

 

「我らが先祖にして破れてしまった英雄、リューティリス・ハルツィナ様が記されていたオスカー・オルクス様が必殺、『万物を本体から放出する極光により、失明へと追い込む糞ほど外道な技』と記されていました、通称『眼鏡ビーム』! 貴方様のそれは記されていたものと同様のもの! やはり本物のオスカー様なのですね!」

「…マスター、一刻も早くリューティリスを召喚して欲しい。奴とはOHANASHIをせねばならない」

 

 オスカーの眼鏡が光源的にはあり得ないのに光を反射した。目元が見えない。凄く怖い。きっとリューティリスはオスカーの眼鏡にロックオンされたに違いない。

 

 アルフレリックの視線はもうハジメの方に見向きさえもせず、オスカーだけに向く。他の長老や亜人族一同、更にはハウリアまでもが服従したように首を垂れる。シアも同様だ。

 

「我らが為に力を振るおうと成された偉大なる戦士、オスカー様。貴方様が何故ここに居られるかは推し量ることなどできません。されど、貴方様が為に出来ることさえあると言うのであれば、我々【フェアベルゲン】は惜しむことなく、貴方様の力となりましょう」

「そ、そうかい? ならば僕の仲間が大樹の元へ寄ることと、仲間とハウリア族の安全の確保、それらを約束してくれないかい?」

「御意に」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達は異論などなく、ただ従う。それほど『解放者』の名は凄まじかったらしい。一部で抗議の声が上がるものの、本当に僅か一部。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度はハジメの方が抗議の声を上げた。

 

「待て。何勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」

「ハジメ様。それは残念ながら無理なのです」

「なんだと?」

 

 ハジメ達までに敬語になっている。『解放者』効果、凄まじい。

 

 あくまで邪魔する気か? と身構えるハジメに、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃いのです。それは亜人族でも方角を見失うまでに。一定周期で、霧が弱まりますので、大樹の下へ行くにはその時でなければならないのです。次に行けるようになるのは十日後。…亜人族なら誰でも知っているはずなのですが……」

 

 アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気なので御座いますか?」とハジメを見たあと、案内役のカムを見た。ハジメは、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

 

「あっ」

 

 まさに、今思い出したという表情をしていた。ハジメの額に青筋が浮かぶ。

 

「カム?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

 しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、ハジメとユエのジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

 逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

 

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

 

 青筋を浮かべたハジメが、一言、ポツリと呟く。

 

「……ユエ」

「ん」

 

 ハジメの言葉に一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

 喧々囂々に騒ぐハウリア達。すると希望を思い出した。そうだ、めちゃくちゃお人好しな立香さんと亜人族にも優しいオスカー様。彼らならば…っ、と。

 

 しかし立香はニコッと笑うもののバイバイと手を振った。ユエが手加減をすると信用してのこと。死なないから大丈夫。

 

 またオスカーはオスカーで長老全員にサインを強請られ、そこでミレディも巻き込んだ。岩に擬態していたミレディに亜人族が殺到。

 

 つまりは救いはない。その事実に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

 

「“嵐帝”」

 

 ―――― アッーーーー!!!

 

 天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達はオスカー達『解放者』に夢中。つまりはめちゃくちゃ無視されている。

 

 この辺りがハウリアの残念さなんだろうなぁ、と思わずにはいられない。そんな風にしか思えない立香であった。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

オマケ

ーーハルツィナの書の一部抜粋

 

オスカー・オルクス「眼鏡。眼鏡ビームヤバイ。ヤンデレ」

ミレディ・ライセン「ウザい。ただひたすらにウザい」

ナイズ・グリューエン「ロリコン」

メイル・メルジーネ「ドS。永遠にいい話無し」

ラウス・バーン「ハゲ乙」

ヴァンドゥル・シュネー「マフラー。バトラム多用しすぎ」

 

これを読んだ解放者一同

「喧嘩を売っているんだね、おK。買おう」

「メル姉、アレプチってしていい?」

「ええ、ミレディちゃん。ついでに私の分もお願いしていいかしら? 大丈夫、お姉さんが何度でも再生させるから♫」

「撤回しろ! 私は決してロリコンではない!」

「同じく撤回しろ! 私はハゲてはいない!」

「…バトラムは優秀だからな」




以上、『解放者』サーヴァントがいる場合のフェアベルゲンの対応でした。
…こっからハウリアはバーサーカーになります。
なんでって?
そりゃあ、単純だ。

私が、そうしたいからだっ!!!(バンッ!)

ともかくオスカー達が凄いってお話でした。


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不穏×覚悟=???

遅くなりました!
文化祭でやることがあるので…申し訳ないです。

それはともかく原作のアビスゲートがやばすぎる!(何重もの意味で)
やはり白米様は神様か!?(今更)


 ーー立香side

 

「さて。それじゃあ、お前ら。俺たちの現状をまとめるぞ?」

 

 と言って、ハジメがソファーで仰け反りながら話を始める。隣ではユエが眼鏡をかけ、教棒を振る。女教師的な服装だ。割とユエさんは茶目っ気が抜群だ。なおマシュがこっそりと「…あの様なコスプレもあるのですね」と目を光らせていたりする。正妻様は立香の琴線に触れるのが大得意なのだ。

 

 なお今立香達はアルフレリックが用意した、三階建ての木造建築の一軒家を擬似的に拠点としている。とは言え十日間の話であるため、本当に(仮)ではあるが。それでもオスカー(+ミレディ)効果により、地下あり、庭ありと豪勢な感じの所だ。シア達ハウリアが入っても問題ないほどの豪邸だ。正直に言ってありがたい。

 

 そして今、リビングで立香、マシュ、ハジメ、ユエ、オスカー、ミレディ(ゴーレム)、シア。後はハウリアを代表してカムが集まっている。英霊組は庭で訓練をしている。二人とも脳をあまり使うのが得意ではないのだ。頼光なんてバーサーカーだし。

 

「俺たちが面している問題は多くある。【ライセン大迷宮】と【ハルツィナ大迷宮】の攻略、その中でも【ライセン大迷宮】の支配者であるミレディが追い出されたという異変、巨大ゴーレムの正体、亜人族に対する『解放者』信仰されすぎぃ〜、『立香テメェイチャコラし過ぎだオラ事件』、『オスカーの眼鏡眩しすぎんだろ。微調整しろ事件』、ミレディがひたすらにウザい件、シアがひたすらに残念な件、ハウリア族の今後といった所だ。何か意見は?」

 

 凄まじく私情が入っている。何割かは私情が入っている。ミレディとシアが抗議の声を上げる。取り敢えずスピーレンの魔力弾で黙らせる。

 

「はい! あります! ハジメ議長!」

「藤丸立香! 発言を許可する!」

「ありがとうございます!」

 

 立香が勢いよく挙手。それに乗っかるハジメ。やはり二人とも仲が非常にいい。割と二人に温かい視線が向けられた。

 

「えー、正直に申しますと、『意見しか無いんだけど!? 俺そこまでイチャコラしてねぇよ!!』と言う意見が私の中で吹き荒れております」

「えー、藤丸立香。こちらの言い分と申しましては『無自覚でやってるってなら余計タチが悪りぃぞ』です。それでは他の方は意見がありますでしょうか?」

 

 温かい視線がジト目にチェンジした。ドングリの背比べって知ってるだろうか…的な視線だ。二人はご自慢のスルースキルで無視する。

 

 なおオスカーは只今リューティリスに対する恨みを蓄積中であり、議論どころでは無かったりする。なので眼鏡の光の出力を下げるなどと言う意見も全く聞いていない。

 

「さて、それじゃあまず【ライセン大迷宮】に関してだ。…ミレディ。説明を頼む」

「了解だよ〜! でも、知ってることしか言えないからヨロシクね!」

「ああ。さっさと進めろ」

「アイアイさー!」

 

 ゴーレムさんがピョコンとソファーの上で跳ねて、それは手振り身振りで説明を始める。その仕草が度々ウザいのは彼女のアイデンティティ。そう『ミレディ取り扱い・特級』のオスカーから教えられている。なので立香は“ガンド”をしそうな手を我慢する。

 

「まずあのオーくん特製の巨大ゴーレムの中にいるのはもう一人の私(・・・・・・)。これは断言できるよ」

「何でだ?」

「何百年…ううん、何千年も生身から離れて魂を知覚してきたんだもん。それぐらい分かるよ」

「…なるほどな」

 

 オスカーの話から聞いていたが、ミレディはラウスという『解放者』の一員にゴーレムに魂を定着してもらっているらしい。それにより自然と己の魂の形には自然と気が付いているのだろう。

 

 同時にユエは戦慄していた。ミレディが持っている心の頑丈さ、意思の強さに。ユエも何百年と奈落の底で孤独を過ごしたが、その間に多くの感情を摩擦した。しかしミレディはオスカーが違和感を持つこともなく、通常の状態を貫いている。まるで人間の為せる業ではない。

 

「ただ…私がもう一人いるのは分かるんだけど…こう…」

「ミレディらしくは無かったね。ウザいというアイデンティティを失っているくらいには」

「オーくん? ミレディさんは天才美少女魔法使いだよ?」

「うん。このミレディは本物だね。間違いない」

「どういう意味だ、オーくん。潰すよ?」

 

 それだけ凄いのにハジメ達があまりミレディを素直に尊敬できないのはこの性格のせいだろう。色々台無しである。

 

『考察ではあるが、意見させていただこう』

「ホームズさん!」

 

 そこで映像から指を合わせて現れるホームズ。まだ見ぬ技術にミレディとハウリアズはギョッとする。だが流石は英国紳士。すぐに「これはいけない」と自己紹介を始めた。

 

『失礼、ミス・ミレディ、ミス・シア、ミスター・カム。私の名はホームズ。カルデアで解析班顧問を務めている英霊だ。…英霊については私達のマスターから話は聞いている前提で進めてもよろしいだろうか?』

「あ、はい」

「は、はいですぅ」

「それなりには…ですが」

 

 ホームズから吹き出す紳士オーラにやられる。特にミレディは深刻だ。オスカーの方をチラリチラリ。そして満足げに頷くと生唾を飲んだ。

 

「…オーくんの何百倍も紳士だよ」

「はっはっはっ。まるで僕が紳士じゃ無いみたいじゃないか、ミレディ?」

「え、そうでしょ? 中身ヤクーーって、オーくん!? こっちに錬鎖を伸ばさないで! まさかこのゴーレムボディのミレディさんを蹂躙する気なの!? このスケベ!」

「安心するといい。すぐに奇形に変えてあげるよ、ミレディ」

「わーん! オーくんが虐めるぅ〜〜〜!!」

 

 どうやら日頃からエサ紳士を見ていたばかりに、本場の紳士を見るとギャップが凄かったらしい。確かにオスカーは下町の出身であり、素となるとどうしても粗野な部分がある。偶にハジメも「殺すぞテメェ」と言われることがあるので、それはよく分かる。

 

 メッキが剥がれるのは非常に早いのだ!

 

 それは兎も角、このままでは話が進まないので、オスカーをスピーレンでピチュンピチュン。魔力体なので効果は抜群だ。出来た僅かな隙に立香が『五百羅漢補陀落渡海(ごひゃくらかんふだらくとかい)』を発動する。仏教パワーにはオスカーも抗えない。あっという間に縛られる。

 

「さて、改めて話を再開ヨロシク」

「あ、うん。…オーくんは無事かな?」

「大丈夫だよ。仏教パワーは凄まじいから」

「何なのかな、その謎の信頼?」

 

 仕方ないもの、仏教だもの。そんな立香の理論に突っ込まずにはいられないミレディさん。割と根は真面目なの…か?

 

『さて、英霊のことが分かっているならば話は早い。十中八九、あのミレディ・ライセンは英霊だ。しかもこの人類史とはまた違う可能性の、ね』

「つまりはオルタですね! ホームズさん!」

that's right(その通りだとも)、ミス・キリエライト。その理由は言わずもがな、だろう?』

 

 言葉遣いも『解放者』に対する思いも違う。巨大ゴーレムはここのミレディとは完全な別の何か。ならば考えられるのは別の可能性の『ミレディ・ライセン』だ。

 

 そして当然、そんな存在が出現した理由も分かる。

 

『聖杯、これが彼女を捻じ曲げた状態で召喚した。そう考えられる』

 

 各迷宮には聖杯が存在している。カルデアのセンサーでは【ライセン大迷宮】のそれも未だ健在だ。

 

 聖杯は特異点でも異聞帯でも本来あるべき人理を捻じ曲げ、本来無き人理を存在させる。抑止力の力さえも無視するとあれば、今回もそれが適用されていると考えられる。

 

 そこでホームズは『さて』と本題を告げる。

 

『つまり聖杯の役割は今までと変わらず『本来無い人理』を生み出すことにある。これは今までの戦いを通して理解できる。そしてそうとなると存在するのは聖杯を扱い、迷宮を変質させる者の存在。即ち『アンチ・カルデア』だ』

「ーーっ!」

 

『アンチ・カルデア』、それはかつて立香達が相対したであろう謎の敵。立香達を迷宮へと誘導しようとする思惑も想定できない異質な何か。

 

【オルクス大迷宮】ではその姿を一片たりとも掴む事は出来なかった。しかし、次もそうとは限らない。それを理解してか、立香の顔に険しい影が入った。

 

『前回の戦い、【オルクス大迷宮】では何ら変わった部分は無かった。あくまでも英霊が呼ばれた、それだけだ。しかも人理を捻じ曲げたものでも何でもない。つまりは未完成の特異点と言っても支えないだろうね。ーーしかし今度は違う。しっかりとした異点が存在する』

「それが…もう一人のミレディの存在ということかい?」

『そうと考えるのが合理的だろうね。つまり.次からが本当の戦い、本物の特異点だ』

 

【オルクス大迷宮】さえも序の口ということだ。本来ならば【オルクス大迷宮】こそが最後の試練場だというのに。

 

 全くもって変な話である。しかしその証拠がかの巨大ゴーレム。その中に存在する別のミレディの存在。あのミレディが保有していた力を見るとそれも納得せざるを得ない。

 

「…相手は全力のミレディか。ある種最悪の敵だね。彼女は『解放者』の中でも随一の魔法の実力持ち、かつ【ライセン大峡谷】の分解に抗える力を持っている。そこの辺りを考えると難易度は相当だ」

「伊達にリーダーは名乗ってねぇってことか」

 

 ミレディがこれ見よがしに胸を張り、「ミレディちゃんを敬え〜!」と調子に乗っている。カムが「流石です!」と言っちゃうので更に増長する。とりあえずスピーレン、ズバンズバン。立香も手をゴキゴキ鳴らす。それだけで静まった。

 

「…ま、兎も角だ。奴の使っていた魔法は神代魔法だな? なら、そこのゴーレムなら対応策が出来るってことだろう?」

「うーん。それが残念ながらこのミレディちゃんじゃ全力出せないので無理です。自分たちで頑張ってね!」

「…チッ。まあ、【ライセン大迷宮】に関しては後回しだ。今考えても無駄だろうしな」

 

 そして【ライセン大迷宮】の話を逸らし、今度はシアとカムの方に向く。

 

「さて、次にハウリアの今後だ。…どうしたい?」

「どうしたい…とは?」

 

 ハジメにしては珍しく他人に気を配る発言だ。基本的にハジメはデレを表に出さない主義なので、割と甘くされているユエは兎も角、周りがザワッとする。思わずハジメの額に青筋がピクリとする。

 

 それでもハジメさんは気にしない。今は議題の方が大切だし。

 

「お前達は現在、オスカーの鶴の一声でこうやって無事にフェアベルゲンで暮らせている。今後もそうしてオスカーの権威によって、暮らしていくのも良いだろう。事実、オスカーの庇護にあると言えば、これまで通りの生活がーー」

「ストップです、ハジメさん」

 

 シアとカムに向けられた言葉。しかしそれは他でもないシアに遮られる。シアの声には僅かに怒りが滲んでいる。シアのウサミミもピーンッと逆立っていた。

 

「今回で分かったんです。私がいれば多くのものを失うって。それはこれからも変わりません。守られてばかりなんか…死んでもごめんです!」

 

 ついでに「ユエさんに鍛えて貰うって約束してもらいましたし!」とも言った。…僅かにユエが気まずげに目を背けたのは気にしないでおこう。そう思ったハジメである。

 

 だがシアはそんなことに気がついた様子もなく、ハジメに言う。

 

「ですから、私はハジメさんに追いつけるぐらいに強くなります。今度こそ、何も奪わせません!」

 

 ピースサインを作り、ハジメに突き出した。「舐めんなよ!」という意思表示らしい。

 

 ハジメ達と出会って僅かな合間。しかしそれでも泣き虫なだけの、彼女はいない。強かさを兼ね備え、真っ直ぐに己の道を突き進んでいる。

 

 思わずハジメも関心の声を出さずにはいられなかった。

 

「へぇ…言うようになったじゃねぇか」

「ふふっ。ハジメさんほどじゃないですぅ!」

「おいこら。どういう意味だ、コラ」

 

 ハジメとシアがある意味コントみたいになっている遣り取りをしている合間にも、カムもまたハジメに視線を向けた。その眼には、眩い光が宿っている。

 

 そしてその宿っている光をそのままに、カムは…土下座をした。なおハジメ的には「まあまあだな」レベルの土下座である。南雲家基準なのでシビアである。

 

「ハジメ殿。私、噛むもまたシアと同じく、守る為の力を手に入れたいと思っております。…恥を重ねるようですが、ハジメ殿に御指導を頼めませんでしょうか!」

 

 カムが決死の思いで叫ぶ。確かカムにとっては今後の道を決める重大な決心だ。

 

 そしてハジメが何かを言おうと口を開け…玄関側のドアから大量のウサミミさん達が雪崩れ込んできた。つまりはハウリアの皆さんである。

 

「皆さん!?」

「お前達!?」

 

 めちゃくちゃ予想外! と目を剥くお二人さん。しかしハウリアはそれらを意に返すことなく、カムと同様に土下座を決める。地面にいっぱいウサミミが…何かシュールな光景だが、努めてハジメはその感想を喉に押さえつけた。

 

 真面目な雰囲気を壊さずに済んだハジメ。ハウリアはそんなハジメに、カム同様決死の思いを叫んだ。

 

「俺たちも同じです!」

「これ以上、何も奪われたく無いんです!」

「他人に甘えて生きていくなんて…出来ません!」

 

 全員が瞳に宿す不退転の決意。従来のハウリアには無かった闘争の末に掴み取るという覚悟。たとえ無力であろうと、足掻こうとしている。

 

 立ち上がる者の中には子供も女性もいる。元々、戦いを苦手とするのに全員が本気の思いだ。シアに影響されたのだろう。このままではいられるか、と。

 

 ハジメは不敵に笑った。かつての己を彼らに重ねたから。『無能』と蔑まれ、それでもなお努力した己の姿に。立香もそうだったのか、微笑んでいる。

 

「よし…ならばいいだろう。シアはユエがやってくれるんだな?」

「……ん!」

「なら、すまねぇが頼むぞ? それとオスカー、立香。力を貸してくれ。コイツらを徹底的にこの10日間で鍛え上げる。…多少人格が変わってでも」

「ああ、僕も力を貸そう。…多少、人格が変わるかもしれないがね」

「了解! メッタメタのギッタギタにするね! たとえ造形と性格が歪んでも!」

「待ってください! 私の家族に何をするつもりなんですか!?」

「……そこのツッコミウサギ、早く付いて来い」

「また○○ウサギ、増えました!? というか痛いです! 自分で歩けますからぁああーーーー!」

 

 男子三人、漏れなく危険な言葉がチラホラと。特に立香が無邪気に物騒な事を言っている。スパルタクストレーニングの弊害だろうか? 割と傷つけることに容赦がない。

 

 シアがすぐさまにツッコミを入れたが、ユエにズルズルと引きずられて消えていく。最後の辺りが少し断末魔じみていたが気にしてはならない。

 

 そして残されたハウリア達。扉の彼方に消えていったシアにハラハラとしていたが…すぐにその余裕は消え去った。というか強制キャンセルされた。

 

「さて…それじゃあ覚悟はいいな? 『ピー』共?」

「「「「「!!?」」」」」

 

 ハジメさんがいきなり規制が入るような事を言い始めたからだ。顔も鬼軍曹みたいな顔に変わった。ついでに“威圧”もオン。否応無く、ランドセル無く、ハウリアの背筋ピーンである。

 

 他の二人も同様だ。立香からは「筋肉こそ全てですぞーー!!」と頭が燃えた感じの人が幻視され、オスカーからは眼鏡から瘴気みたいな何かが漂い始める。

 

 ハウリアのガクブルが止まらない。というか何が目の前で起こっているか理解さえ不可能である。

 

 そんなことも三人的にはどうでも良し。アイコンタクトで各々が務める訓練に合わせ、人数を三等分する。こっから俺だって、いやここまでは僕だよ、といった様子だ。

 

 そして班分けが無言の合間に終了。同時に始まるのは…

 

「何ノコノコとしてやがる! 今からテメェらの『ピー』な性根を叩き折ってやる! 三十秒で支度しな!」

「さて、みんな。取り敢えず樹海一周、腕立て百回、腹筋百回しよっか。初日にあまり無理はダメだからね」

「僕の班では座学だよ? 安心するといい。君たちが知らないことを教えて差し上げよう」

 

 一切不明だけど絶対にやばい(アンノウン&デンジャラス)な地獄の再現である。




さあ、そろそろバーサーク開始です!
ハイブリッドなバーサークとなります。
お楽しみに!

なおタイトルの答えは…皆さまで考えて?(作者適当)


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シアの訓練模様

『回復魔法の間違った使い方』の日記方式で今回は進めます。
もしくは『ユエの日記』パロでも構いません。
これからもちょいちょいはこの方式を取ります。
やりやすかった。


 ーーシアside

 

 とりあえず日記を書いてみます。

 成長が分かると、力が上がるとか聞きますし!

 

【一日目】

 早速始まったユエさんとの訓練ですぅ! あまりにも早速過ぎますけど! そこは気にしないですぅ!

 ただお父様方が非常に不安ですけど…ハジメさん達は何をするつもりでしょうか? 性格とか変わるって言ってましたけど…大丈夫でしょうか?

 あと立香さん、本当に人間です? 軽くで樹海一周って獣人の中でも出来ない人が多いような…。

 

 そんな私の疑問や心配はすぐ様に変えることとなりました。

 

「訓練その一、私の魔法受けまくれ」

 

 この一言が地獄の始まりでした。

 

 螺旋を描く炎が樹木を焦がし、大質量の激流に身を投げ出され、崩壊する地面が槍となり、大嵐にペイッとされて埃まみれになり、光の放流が降り注ぎ、輝く黄金の壁が私の退路を絶って…。

 兎に角、厄災の真の意味を知りました。

 

 ユエさん!?

 魔法教えてくれないんですか!?

 訓練手伝ってくれるって…

 エッ、感覚で分かれ!?

 無茶言うな! ですぅ!

 こっちとら自慢じゃないですが魔法なんざ知るか、なんですよ!?

 アッ、ウサミミがチリッて言ったですぅ!!

 私、ウサミミ無くなったらただの美少女ですよ!?

 

「……余裕? なら、サービスしてあげる」

 

 構築される魔法の数が二倍になりました。

 

 そんなサービスいらないですぅううう!!!

 ハジメさん! 助けてぇえええ!!!

 

「助けなど……来ないっ!!」

 

 アッーーーーーー!!!!

 

 

 とりあえずこの日、私は一糸纏わぬ状態でユエさんに担がれて、拠点に帰ってきたらしいですぅ。

 記憶が無いのですが…ハジメさんは一体、私を見てどんな反応をしたのでしょうか?

 少し気になってしまいます。

 

 なお僅かに記憶にある限りではマシュさんが面倒を見て下さっていました。

 感謝ばかりですぅ〜。

 

【二日目】

 

 昨日と何ら変わりません。

 吹き飛ばされ、消し飛ばされ、吹き飛ばされ、追い討ちをかけられ、吹き飛ばされ、弄ばれ、吹き飛ばされ、吹き飛ばされ、蹂躙され、ブン殴られ、吹き飛ばされ、十字固めされ、もがれかけ……

 

 なんだか悟りを開けそうな感じがするのですが?

 目の前に綺麗な川も見えてきましたし。

 その先にはお母様が…へ? こっち来るな?

 とりあえず何とか踏ん張れたですぅ。

 ユエさんが「コイツ…黒いアレみたいにしぶとい」とか言い出したのですが…。

 私、Gなんかじゃ無いですぅ!

 こんな美少女をアレと一緒にしないでくださいですぅ!

 

 それにしても吹き飛ばされてる合間に、特殊な感覚を覚えました。

 昼飯を一緒にしたハジメさん曰く、それが魔力らしいです。

 一歩前進です!

 ユエさん、あの訓練意味あったんですね!

 ただただ鬱憤晴らしだとばかり…なんで目を背けるんです?

 

 午後からは魔法を一通り使ってみました!

 …結果ですか?

 身体能力強化しか出来ないらしいです。

 もうちょっとファンタジーな感じのが欲しかったです。

 

「…お前の存在も大概ファンタジーだぞ、シア?」

 

 それを言うとハジメさんがこう言いました。

 なおハジメさんの目は私の視線よりもやけに上に…。

 何故でしょう?

 

 なおハジメさんは物を加工する力、立香さんはマジで何も無しから始まったらしいです。

 …立香さんはたった三年間程度で今の脳筋さんになったんですか?

 元々は瓦も割れなかった?

 …ゴリラって、すごい急激に進化するらしいです。

 

【三日目】

 

 ついに身体強化の魔法を本格的に学習です!

 魔力操作には昨日の内に慣れました。

 ユエさんの指導とハジメさんが魔力操作のイメージを“念話”で伝えてくれたお陰ですぅ〜。

 あの御二方、割とツンデレですねぇ〜。

 

 …ハッ!

 割と籠絡も簡単なのではっ!?

 

 

 ずびばぜんでじだ、ゆるじでぐだざい、ユエざん、マフラーざん。

 

 ハジメさんにハニートラップを仕掛けて、すぐに籠絡しようとしたのです。

 なおハジメさんは、仕掛けた途端に「コイツ、身の程知らずか?」と一切のテレも無く、見てきたのですが…すぐに理由が分かりました。

 …マフラーさんが私の首を絞め、ユエさんが日頃の比にならないくらいの魔法の数を撃ち込んできたんです。

 お陰で私はしばらく樹木の枝に洗濯物の如くぶらぶらと…。

 そしてそんな私の真下辺りでマフラーさんとユエさんとハジメさんがイチャイチャイチャイチャ…。

 …盛ってるんですか?

 

 

 ずびばぜんでじだ。もうあんなごどいいばぜん、バジメさん。

 

 あの時のハジメさんの神反応は今、思い出しても全身の毛が逆立つほどです。

 虎の亜人族の方々とか、帝国兵とかどうでもよくなるホラーです。

 ユエさんとマフラーさんとハジメさんがヤバイです。

 

 兎も角、今日はボロボロにされました。

 訓練二割、説教八割ぐらいのレベルで。

 

 …というかハジメさんってまだユエさんとそういう関係じゃないんですね!

 ということは私にも可能性が!

 ふっふっふっ。

 この残り七日間でハジメさんをメロメロにしてやるですぅ〜!!

 

【四日目】

 

 ずびばぜんでじだ。ユエざん。

 なのでどうか、「テメェ、盛ってんじゃねぇよ、このエロウサギが」的な目で見て見ないでくださいませんでしょうか?

 朝からハジメさんの部屋に入ろうとしたのは謝りますから。

 

 …え? この程度で済んだ私はまだマシ?

 中に入ればマフラーさんが襲撃しに来る?

 …今更ですが、本気で何でマフラーが動くんですか?

 というか何で殺生能力が備わってんです?

 いや、「大体、香織の所為」じゃなくてですね。

 気になりますけど、たしかに!

 まだライバル居たんですか!?

 ちゃんと答えてください! ユエさ〜〜ん!

 

 なおこの日は今まで通りの訓練でしたので、疲労感はあまり無いです。

 パンチの威力も上がって来ましたし!

 

 なおユエさん曰く、明日からスペシャルコーチが入る予定だそうです。

 誰でしょう?

 ワクワク。

 

【五日目】

 

「シアさん、俺急にここに呼ばれたんだけど…シアさんの“身体強化”の魔法の訓練でよかったよね?」

 

 目の前にいたのは、筋肉お化けこと立香さんでした。

 

 ユエさん!?

 計りましたね!

 こんな人の訓練とか鬼畜すぎません!?

 絶対今日は全身筋肉痛ですぅ!!

 

 …でも樹海一周ぐらいなら何とか行ける可能性がーーー。

 

「じゃ、とりあえず樹海一周を二時間以内(・・・・・)で」

 

 ーーーへ?

 

 …へ?

 

「大丈夫だよ! シアさんの“身体強化”ならそれぐらい行けるよ! 俺より適性あるっぽいし!」

 

 …いやいやいやいや。

 殺す気ですか?

 無理ですけど。

 絶対にむーーー

 

「シアさん今からスタートだけど、止まったらユエさんの魔法が乱れ飛んでくるからね」

 

 木の上で仁王立ちするユエがそこにはいました。

 今か今かと魔法を構築して待っています。

 それを見て、私は察しました。

 

 あ、これ。逃げ場ないです。

 

 ここまで来れば諦めもつきます。

 ここ数日間で学習したんです、理不尽は良くあることと。

 なので私はクラウチングスタートを行います。

 

 風の速さで行ってやる、こんちくしょうめがぁあああ!! ですぅううう!!!

 

 

 …はあ、はぁ。

 何とか魔法被弾五十以内で済みました〜。

 これぐらいなら許容範囲ですぅ!

 

 何度死ぬかとーー

 

「じゃ、次はこの重りを使って腕立てだよ!」

 

 立香さんの両手にあるのは巨大なブロック型の金属です。

 …立香さんは私を殺す気ですか?

 

 でも見た目は虫も殺せないようなお人好し感がありますし。

 なにか安全策はあるんでしょう!

 例えば土壇場で私を支えてくれたりとか…

 

「大丈夫、ハジメが作ったアーティファクトで安全装置を魔力を流すだけで使えるから、魔力操作の訓練にもなって一石二鳥だよ!」

 

 違う、そうじゃない。

 

 まさかのもしものための安全策も自給自足でした。

 割とこの人、見た目は一般人ですけど、素顔は野蛮人ですよ!?

 この人の訓練受けてるお父様達大丈夫!?

 死んでないですか!?

 最近、陰さえも見てねぇですよ!?

 生きてるんですか!? ねえってば!?

 

 この後、立香さんに色んな拳法の型を教えてもらいました。

 すごくありがたいです。

 …全身筋肉痛ですけど。

 

 なおこの日、最終的にハジメさんが膝枕を渋々してくださりました。

 ユエさんが何やら口伝てしてくださったようですぅ。

 …なんだかユエさんが聖人に見えて来ました。

 立香さんに比べれば数十倍も優しい方です。

 なお、立香さんは根本的にネジが外れていらっしゃるのでどうしようもないです。

 

 なお後日、マシュさんや頼光さん、獅子王さんに何処に惚れたのか聞きました。

 

「ふふっ、母とあの子の経緯は秘密ですよ」

「とりあえず私は一回、マスターに敗北してだな…」

 

 何を言っているんでしょう、この方々は。

 

 まず立香さんと頼光さんって親子なんですか?

 アブノーマルなんですか?

 獅子王さんは獅子王さんで、元々敵だったんですか?

 それで負けたんですか?

 それで惚れたんですか?

 

 …理解できねぇ、ですぅ。

 

 マシュさんは!?

 マシュさんはどんな経験を!?

 THE一般、このチームでの唯一の良心さん!

 どうか普通というオアシスを!!

 

「まず出会った時にビビっと来たのです! 彼が私の『先輩』だと!」

 

 …あれ? マシュさんも微妙にずれてます?

 …常識人、いないんですか。

 ハジメさんパーティーの普通は誰でしょうか?

 

 少なくとも後ろから農家の如く現れた男三人組は違いますね、分かります。

 マジでお父様達、どこに行かれておられるのでしょうか?

 

 それは兎も角、ハジメさんとの二人の時間は本当に安らぎました。

 ここ最近の訓練の所為でズタボロな私の心が、すぐに回復しました。

 ハジメさんの側は私にとっての特効薬です!

 

 …認めます。

 私はハジメさんが好きです。

 今までも「この人なら〜」ぐらいには思っていましたが、違います。

 

 この世できっと一番好きです。

 あの日、私が絶望していた時、手を取ってくれた。

 側にいてくれた。

 それだけのことなのに心に凪いだ風が吹いたような錯覚を覚えました。

 その時からこの想いは定まっていたのかもしれません。

 

 …覚悟します。

 ここから先の訓練はもっと強くなるために。

 ハジメさん達の側にいたいから。

 

 あの人達と一緒に歩けるぐらいに強くなってやるんです!

 

【六日目】

 

 早速私はハジメさん達と共に旅をする為に行動へと移します。

 とはいえ、ハジメさんに馬鹿正直に頼んだところで絶対に断られます。

 案外、純愛な方ですし。

 きっと「俺はユエか香織のどちらかしか選ばない。他の奴らは眼中にない」とか言います。

 …ハジメさんは『据え膳食わぬは男の恥』という言葉を知らないのでしょうか?

 

 というわけで外堀を埋めることにします。

 ハジメさん、身内の方には非常に弱いので!

 

 そんなわけで立香さんやマシュさんの許可を貰いました!

 …でも結局はユエさんの承諾を貰わない限りはハジメさんは首を縦に振らないでしょうね。

 しかしユエさんが素直に頷いてくれるわけがないですし…

 

 そうやって吹き飛ばされてる間にも考えた結果、名案が浮かびました!

 

「ユエさん! 私はハジメさんが好きです! なので賭けをしてください!」

「……ほう」

 

 言って、と先を促すユエさん。

 …なんだか木の枝に座って見下してるのも相まって、覇者といった感じの雰囲気が漂ってるのですが?

 兎も角、続けましょう。

 

「残り五日間でユエさんに一撃を入れます! もしそれができれば私の旅への同行の説得、手伝ってくれませんか!?」

 

 もちろんユエさんにはメリットは無い。

 得られるのは確実に私をハジメさんから遠ざけられること。

 でもこれを断れば、ハジメさんの旅について行くことは実質的に不可能。

 ユエさん的には断る理由しかない。

 

 そのはず、なのですが…

 

「……分かった」

 

 秒で決闘を許可してくださりました。

 …なんでですか?

 自然と口に出したその言葉、しかしユエさんはそれも鼻で笑って、

 

「知らないの? 正妻には誰も勝てないことを?」

 

 …自信満々、とのことです。

 なんて覇王じみたセリフでしょうか。

 一瞬、臆してしまいました。

 でもその目には少し、お母様のような暖かいものがあります。

 ユエさんも少しは私を認めてくださってるのでしょうか?

 

 だとしたら嬉しいですね!

 ユエさんのことも私は大好きですから!

 たとえ厳しくても!

 覇王じみてても!

 今も「ブッコロス」みたいな目で見てきてても!

 

 い・ち・お・う!

 優しい人ですから!

 

 ハジメさんと同じぐらい、同じ所にいたい人ですから!

 

 なお今日から始まった模擬戦では私は大槌を武器に戦ったのですが、結果は惨敗ですぅ。

 傷を付けるどころか近寄ることさえもできませんでした。

 …負けませんよー!!

 

【七日目】

 

 いっぱい、まけた。

 からだ、いたい。

 まほう、ひきょう。

 …グスッ。

 

 というか何ですか!?

 マジで魔法って反則ですぅ!

 近寄る間も無く天地が爆ぜるって!

 炎が、闇が、氷が、風が、岩が、光が、雷が、あらゆる方から容赦なく降り注ぐって!

 

 それでも当初よりも防げてる感はありますね!

 ポジティブに参りましょう!

 明日こそ負けませんよー!!

 

【八日目】

 

 …お胸の事を言ったら、ユエさんが暫く撃沈しました。

 冗談半分の口撃だったのですが…今も三角座りしてるですぅ。

 飴さん用意しても振り向いてさえもくれない…本当にダメージは深かったみたいです。

 この間にも攻撃しようとは思ったのですが、そればかりは女の矜持が許しませんでした!

 

 …なお、立ち直った後のユエさんは凄まじかったです。

 今こそ精神レベルが上がったので、泣き言言いながら土下座することはありませんが…昔なら絶対にカタコトで土下座してたですぅ!

 …絶対に胸のことは禁句、これを心に戒めるようにしました。

 

 それは兎も角、ユエさんって本当にお胸小さいですね!

 そこだけなら圧勝ですぅ!!

 

【九日目】

 

 ナマイキイッテ、スミマセンデシタ。

 

 まさか日記の内容が読まれているとは思いませんでした。

 というかプライバシーは何処へ!?

 …などという疑問は全て、ユエさんの前では無駄なのは分かってます。

 覇王様ですから。

 というか改めてハジメさん達一行に常識人が一人たりともいないことに気がつきました。

 

 魔王様なハジメさん、覇王なユエさん、勝手に動くマフラーさん、筋肉ゴリラの立香さん、ズレてるマシュさん、親子な頼光さん、よく分からない獅子王さん、眼鏡なオスカーさん、ゴーレム且つウザいミレディさん。

 …どうしましょ?

 

 にしてもここで改めて立香さんとの修行が役立ちました!

 地面割って相手の注意を削いだり、大槌を失った際の攻撃としては拳法は凄まじく便利です。

 また大槌でも効率の良い攻撃方法を学べたので、感謝せねばなりません。

 筋トレ大切。

 これからは毎日しましょう。

 

 …立香さん、「ようこそ筋肉の世界へ」的な目線しないでください。

 一緒にしないでください!

 立香さんほどゴリラじゃないですぅー!!

 

【十日目】

 

 ついに最終決戦です。

 それでも急激な覚醒、なんて都合のいい展開はありませんでした。

 魔法とかを殴り飛ばしたり、“聖絶”という防御壁を吹き飛ばしたりするぐらいには成長しましたけど。

 

 でも学んだ全てを生かし、全力全霊でユエさんに攻撃を入れ続けます。

 それでも衰えないユエさんの魔力。

 後に聞いたのですが、日々成長していた私に抜かれないために苦渋の判断の末、ミレディさんに指導を仰いでいたそうです。

 …そりゃあ倒せない訳ですよ。

 

 でも、いよいよその時はやってきました。

 夕暮れ時、もう約束の日が過ぎようとしたその時でした。

 

 私の動きが急に今までと一線を越えるまでに加速したのです。

 自分でも何が起こったのか一切分かりませんでした。

 

 それでも分かりました。

 これが最後のチャンスだと。

 目の前で驚愕に目を剥くユエさんに一撃を入れる時なのだと。

 

 踏み込む足。

 

 爆ぜる地面。

 

 腰を捻って、

 

 槌を握る拳に力を込める。

 

 そして弾丸になる一瞬の間。

 私は叫んだのです。

 

「シャオラァアアアア、ですぅうう!!!」

 

 異常なまでの加速。

 今まで起きたことのない爆発的な速度に、ユエさんは初めて防御の側へと回りました。

 

「ッ! “聖絶”」

 

 何重にも展開される障壁。

 私の槌とユエさんの防御の合間で火花が散る。

 ミシミシと鳴る互いの武器。

 

 やがてそのどちらもが崩壊を迎えました。

 

 木っ端微塵となる槌、ガラスの音を立て壊れる障壁。

 

 ユエさんが魔法を構築し始めました。

 初級魔法でしょうが、このリーチで最速の攻撃であれば有効打です。

 事実今までの私なら、やられていたでしょう。

 

 しかし今は違います。

 

「“炎弾”!」

 

 炎の弾丸が私に向かって打ち出される。

 最速の弾丸は不可避。

 空中で舞い、獲物を失った私など捉えることでしょう。

 

 しかしだからといって、必中でもないのです。

 

 立香さんから教えてもらいました。

 拳法の一種には受け流す技もあるのだと。

 ただただ力任せではない分、習得は難しかったです。

 しかしこの土壇場で、私はそれを掴み取ったのです。

 

 結果、炎の弾丸は私の手で脇にまで流されました。

 素手で逸らされたことに目を剥くユエさん。

 

 それが最大の隙でした。

 

「フッ!」

「ッーー!!?」

 

 空中で回転し、その勢いでユエさんの腹部に蹴りを放ちます。

 魔法で仕留め切るつもりでいたユエさんはその一撃をモロで食らい、壁へと放り出されます。

 

 岩の壁へと衝突し、苦悶の声を上げるユエさん。

 目は明らかに私に「やってくれやがった…」的な目を向けています。

 …絶対に後で痛い目に合うんですね、分かります。

 

 でも私の心はそれを見てようやく分かりました。

 

「…ユエさんを…倒した?」

 

 思わず出てしまった呟き。

 アッと声を上げ、口を閉じる私。

 あのプライド高めのユエさんがこのままで許すはずがありません!

 絶対にこんなこと言ったら報復が…

 

 そうやって来るであろう魔法の雨を恐れていたわけですが、いつまで待っても来る様子は無いです。

 あれ? ユエさん、気絶した?

 恐る恐るユエさんの方に目線を向けます。

 

 ーーやろう、ブッコロしてやる

 

 こんな概念が顕現したかのようなユエさんがそこにはいました。

 目が! 目が! 今までとは桁違いなぐらいに険しいですぅ!!

 

 あー! ツカツカとこっちに!

 ヤバイヤバイ! 死んじゃうですぅーー!

 こっちはさっきの戦いで限界なんですってばぁ〜〜!!

 

 こうやって私はダンゴムシガードで身を固めたのですが、衝撃が来ることはありませんでした。

 代わりに首が暖かい感触で包まれたんです。

 

「……ん。よく頑張りました」

「ユエざん…ぅうう」

「ん。泣くといい。むしろ私との賭けに勝ったなら、感動して貰わないと困る」

「はいぃいいい!!」

 

 一気に心が氾濫を起こしました。

 ここ数日間は本気で地獄と言っても違いないものでした。

 今までは『強くなる』という覚悟があったからこそ我慢できましたが…優しい言葉を掛けられるとついつい泣いてしまいます。

 もう涙は止まりません。

 ついでに鼻水も止まりません。

 ユエさんのお腹にぐりぐり。

 …鼻水まみれになっているのは知らないです。

 

 この後、「よくも私の服を……」と嵐に吹き飛ばされましたが、すぐに回復していただけたので大丈夫です。

 

 そしてついにハジメさんとの交渉です!

 ユエさんも認めてくださりました!

 なら、あとはハジメさんの籠絡のみですぅ!

 

 …あ、そういえばお父様達の訓練をなさっていたんですよね?

 お父様達も強くなったのでしょうか?

 立香さんが指導してたなら…もしかしたら木をパンチで砕くぐらいに成長してたり…。

 

 まあ、流石にそれはないでしょう!

 私があくまでも魔法適正があるだけなので!

 お父様達まではーー

 

 と、ここまで思考してハジメさん達の訓練所へと辿り着いたわけですが。

 そこには私の予想外の光景があったのです。

 木を割っているだけならばどれだけ有り難かったことか。

 今ならそう思います。

 

 何故なら視線の先におられましたのは……

 

「貴様らぁっ! 我らが主であるハジメ様、リッカ様、オスカー様、静謐様をしっかりと崇めんかぁあああ!! 頭を垂れよっ! 不敬であろう! この『ピー』どもがぁ! それでも貴様らは亜人最強と呼び高い虎人族と熊人族かぁあ!?」

「「「「「すんません!!」」」」」

「返事は『Sir、yes、sir!!』だ、この『ピー』な『ピー』共がぁ!!」

「「「「「さ、Sir、yes、sir!」

「声が小さぁあいっ!!」」」」」

「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」

 

 お父様が【フェアベルゲン】において位の高いはずの虎人族と熊人族の皆様を変なテンションで叱咤している様なのですから。

 

「…何これ、ですぅ?」

 

 地獄を潜り抜けた後は…そう、悪魔の始まりなのでした。




ハウリア、結果。
信仰対象が四人に増えた。
何故『静謐様』がおられるのか。
これも次回判明です。
ヒャッハーな彼ら、本格登場です。


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色々変わっちまった悲しみに

相当遅くなりました。
ここ最近の連載ペースは遅いと自覚しています。
申し訳ないです。

とはいえ今回は楽しんでいただけるかと!
なお次回で樹海とはおさらば…その予定です!

※立香のメルトやプライドの憑依における女装は辞めさせました。
知らない人は別にいいです。


 ーーシアside

 

 目の前の光景は凄まじく『異常』の一言だった。

 

 まずハウリアの様子がおかしい。殆どの者が煤けた黒ローブを被り、その片手にアーティファクトと伺える武器の数々を構えている。何故、亜人族がアーティファクトを扱えるのかはさて置く。というか、犯人ならば奉られている人間の所為だと十中八九断言できるので、敢えて無視する。

 

 問題はハウリアが制圧している亜人達、そしてハウリアがハジメ、立香、オスカー、そして謎の褐色の少女にやたら熱っぽい視線を向けている事だ。ただし恋愛とかそんなんじゃない。もっと神聖化された、何かである。

 

 なお向けられている側の大半は膝を折り、四つん這いで唸っている。唯一生き残っているのは、褐色の少女である。立香の看病を行なっている。

 

 そしてそんな混沌極めた場所で、ハウリアの族長、カムが叫んだ。

 

「さあ! 祈りを捧げよ! 我らが主に永遠なる忠誠を!」

「「「「「永遠なる忠誠を!」」」」」

 

 三人が若干、ビクッとした。どの三人かは敢えて言わない。というか言わなくても分かるのは道理であろう。

 

「破壊と創造の化身! 我らが軍曹(ボス)、ハジメ様!」

「グハッ!」

 

 ハジメが吐血した。胸をギリギリと押さえつけ、四肢で支えていた体を地面に投げ出した。奈落で鍛え上げられた精神力がハジメを苦しみから逃さない。心の底に封印した何かが「呼んだ?」とひょこっと現れる。それにまたクリティカルヒットを食らう。

 

「百の顔を持つ英傑! 我らが将軍(ジェネラル)、リッカ様!」

「ッ!!?」

 

 立香が体をくの字に曲げ、吹き飛んだ。落ちてきた立香の体からは力が抜けていた。静謐は速攻で駆け寄るものの、立香の脈がない模様。静謐の体から霊子が漏れ始める。マスターである立香の気絶状態によるものか。

 

「叡智の象徴! 伝説の邪の権化! 我らが参謀(コマンダー)、オスカー様!」

「ぁっ…」

 

 オスカーが力無くその場に倒れこんだ。眼鏡にピシッとヒビが入る。ついでにオスカーの体から段々と魔力の総量が減少していく。霊基のピンチが到来したらしい。マスターたるハジメもアウトなので、ガチで座に帰りそうである。

 

「毒の蝶! 夜闇の影に紛れし御方! 我らが教主(メシア)、静謐のハサン様!」

「あ、ありがとうございま…す?」

 

 静謐、思わず言葉に詰まる。中々ここまで人に尊敬の意を受けることはあまりないので、ビビっている。ハサン時代でもここまでは…といった様子である。少しだけ後退している。

 

 こんなカオスな状況。シアどころか、集まっていた他の一行も例外なく固まっていた。ユエの珍しい驚愕シーンも目撃された。

 

「何故、静謐さんが!?」

「馬鹿な! まだ静謐さんのシフトでは無かったはずでは!?」

「…マスターが逢引?」

「…ふふ。それでは、マスターに天誅を下しましょう」

 

 もっとも、立香ブライズの方々は別ベクトルに、驚愕していたようだが。獅子王の推測に、頼光が殺意を解放した。紫電が散り、刃を抜く。勿論、獅子王もスタンバイ。マシュは追求に乗り出すことを決定した。

 

「オーくんが弱ってる…チャンス! 今こそオーくんに悪戯する時ぃ〜! フハハハハ!」

 

 高笑いをしながら、オスカーへと爆走するのはゴーレムなミレディさんである。ゴーレムだというのに、跳ねる感情がダダ漏れである。…黙祷。

 

 取り敢えず、この後色々追求されるであろう立香と霊基消滅寸前のオスカーは放っておき、子鹿の如くプルプルと四つん這いになって立とうとしているハジメをユエと共に回復させにかかる。主に精神的な、というか精神面だけを。

 

「ハジメさん! 無事ですか!?」

「……元気出して?」

「(ナデナデ)」

 

 マフラーも合わさって、三人で背中とか頭とかをナデナデ。三人合わさってイチャコラしているように見える。もしオスカーが見ていれば、親指を下に落としたことだろう。

 

「アアア…ヤメロォオオオオオ!! シズマレ! オレェエエ!!」

 

 しかしハジメには別効果のようだ。胸を押さえ、過去の忌々しき黒い歴史を鎮めにかかる。若干吐血しちゃってるのもハジメクオリティー。仕方ないもの、厨二ダメージがヤバイんだもの。

 

 話が非常に進まない。信者なハウリアども。発狂する男ども。状況を飲み込めない静謐。立香を説教するブライズ。オスカーをおちょくるミレディさん。

 

 正気なのはユエとシア(あとマフラー)だけ。

 

「ここに誰か状況説明を出来る人はいないですか!?」

「……ん! そこの虎! 何が起こってる!?」

 

 ユエがハウリア周辺で土下座している虎人族を素早く捉える。逃げる暇もない。虎人族の男は、一瞬の間、呆然としていたがすぐにユエ達説明をし始めた。決してユエとマフラーがス○ンドを出していたからではない。八又の龍とか般若とかそういうのが現れた訳ではないのだ。ないったらない。

 

 元々、虎人族と熊人族は『解放者』に対して、そこまで良い印象を持っていなかったらしい。虎人族と熊人族は【フェアベルゲン】の主な警備を務めているため、人による被害に遭う機会が多く、他の亜人族よりも数倍も人への恨みを抱いている。

 

 だからこそ、高待遇を受けているオスカー達が気に入らなかったとのこと。だが、相手は『解放者』の試練を乗り越えた者達。見るだけで戦力差は理解できた。そんな相手に真正面から向き合う覚悟は無い。

 

 そこで思い出したのが、彼らに懇意にされているハウリア族だ。彼らを懲らしめ、オスカー達へ晒せば少しは溜飲が下がるだろうと。

 

 勿論、【フェアベルゲン】はそんなことは許さない。オスカーが保護を命じたのだ。それに刃向かう者などいないし、いたとすればその者達を全力で引き止めることは間違いない。

 

 故に二つの種族は【フェアベルゲン】に悟られぬように九日間、入念に準備をし、本日ついにハウリア族を襲撃しようとーーしたのだが。

 

「だが…奴らは可笑しかった! 我々がハウリアを襲おうと動くよりも先に、我々の動きを全て読んでいたのだ! 一度、奴らは我々に「刃向かうならば、容赦はしない。最終勧告だ」と言った。…今思えば、アレは奴らなりの交渉だったのだろう。我々は弱者の最期の遠吠えだと思い、鼻で笑った。悔やまれる判断だった。そこから先は…地獄だった。いきなり死角から現れては、脚をへし折られ、関節を外され、脚の腱が切られた。更には、素手の真っ向勝負で我々を潰している者もいた。…恐ろしい豹変ぶりだった。奴ら全員は冷酷な顔だったのだ。喜びも悲しみも何も無い。能面のような…。無感情で殴ったり、蹴ったり、切り刻んで来るのだ。血がプシャーってなっても延々と攻撃して来るのだ! …そして我々は見事、敗北したのだ。死者がいないのが幸いだが…何があったというのだ!?」

 

 虎人族の男はそこまで言い終える頃には、顔を青へと変色させていた。吐き気も催しているらしく、喉を締めて、なんとか堪えている。気が狂っている、とも言えるだろう。

 

 ここまで来ればシア達も危機を覚える。先程までも十分にハウリアの豹変ぶりに驚いてはいたが、今はそうではない。ユエとシアの胸中は一致した。

 

 ーーハジメ(さん)、何やってんの!? 何やってんの!?

 

 なおその犯人達は、気絶してたり、発狂してたり、説教されたりしている。可哀想ではあるが、因果応報である。

 

 ハウリア達も発狂メンツであり、ガチの方で説明が欲しい。

 

 これじゃ情報足りないもの!

 

 仕方な〜く、ユエさん溜息。そこでユエ的には取りたくなかったらしい方法を取るようだ。

 

「……香織、ハジメ達は何をやってた?」

「(ビュンビン! シュシュッヒュッ!)」

「……なるほど、ハジメは戦闘向きじゃないハウリア達の精神をぶっ壊し、立香は鬼的な筋トレを行い、オスカーは敵の心をへし折る方法、あの褐色の女がナイフや気配の扱いを教えた。その過程でハウリア達が四人に異常なまでの信仰心を持ち、ハジメ達的には嫌な感じのセリフを散々言われてああなった、ということか」

「(コクコク)」

「ユエさん!? 何で分かるんですぅ!?」

 

 分かるもの、マフラーだもの。

 

 むしろ「お前は何を言っているんだ?」的な目をシアが向けられる。誠に遺憾である。マフラー語が分からない方が普通の筈なのに…。

 

 そこで儀式を終えたらしいハウリア総員がシア達に気がついたようで、素早く動作で近づいて来る。それはもう黒き冒涜的なあのカサカサした何かぐらい速く。

 

 思わず「ヒィッ!?」って己の家族達に言わなかったのは、シアのガッツが成せた技である。

 

 兎も角、ハウリア達は跪く。先程までの狂気的なものは無い。あくまでもアレは四人限定らしい。それでも十分にヤバイのはヤバイのだが。

 

「我らハウリア、奥方様が為に推参いたしました。どうか御命令を」

「……取り敢えず、今のハウリアのモットーを教えて?」

「ハッハッハッ。簡単ですな。何故ならばハジメ様、立香様、オスカー様、静謐様により、真理を掴んだのですから」

「…真理、ですか? お父様?」

「お前もすぐに分かるぞ、シア」

 

 先程までに経過は聞いた。ならば結果を今度は聞き出したい。

 

 訝しむシアを他所に、そんなユエさんの冷静な考え。既に嫌な予感もするが、気にしてはならない。

 

 ハウリア達はいい笑顔でシンクロしながら言ってみせた。

 

「「「「「一に交渉! 二に脅迫! 三、四で暴力! 五にまた脅迫! ついでに六で拷問!」」」」」

「お父様ぁ!? 物騒すぎません!?本気でハジメさん達は何をやったんですぅ!?」

 

 一応、話し合いが頭の内にあるのは善良的とは言えるが…そこから先が酷すぎる。ついでに脅迫と拷問の項目は絶対に眼鏡な悪魔の所為である。下町育ちで割と粗野なオスカーさんは人を痛めつけることに躊躇いがない。

 

 もうシアが我慢できねぇ! とばかりにツッコミを放つ。しかし先天的なハウリアの能天気さがシアのツッコミなど意に返さない!

 

「いずれお前も分かる時が来るさ、シア」

「分からない方がいいですぅ!」

「そうよ、シア。筋肉は裏切らないわ」

「立香さんですね! 立香さんの影響ですよね!? 絶対にそうですよね!?」

「ほら、シア。ジュリアもこう言ってるだろ?」

「落ち着いてください、ヨルさん。それナイフです。まさかナイフに名前つけてるわけじゃ無いですよね? ね?」

「テキ、オデコロス。カゾクキズツケルヤツ、ユルサナイ」

「片言過ぎますよ!? 皆さん正気を取り戻してくださ〜〜い!」

 

 全員、こんな感じである。普通な奴がいない。シア的な希望がどんどん消えていく。

 

 小さな影の方は咄嗟にバランスをとったのか転倒せずに持ちこたえ、倒れたシアに手を差し出した。

 

「あっ、ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ、シアの姐御。男として当然のことをしたまでさ」

「あ、姐御?」

 

 霧の奥から現れたのは未だ子供と言っていいハウリア族の少年だった。その肩には大型のクロスボウーー恐らくはアーティファクトーーが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしきこれまたアーティファクトらしき武器が装着されている。随分ニヒルな笑みを見せる少年だった。シアは、未だかつて“姉御”などという呼ばれ方はしたことがない上、目の前の少年は確か自分のことを“シアお姉ちゃん”と呼んでいたことから戸惑いの表情を浮かべる。

 

 そして名前は確かパル君だった少年は、未だに狂気しているハウリア達にこれまたニヒルな笑みを浮かべて告げた。

 

「家族の野郎ども、いい話持ってきたぜ? 【フェアベルゲン】の野郎どもと交渉の結果、樹海付近は俺たちのものとなった。ついでに他の兎人族の指導も任された。…まっ、結果は上々。ボス達の為の兵士も更に増強できるってもんだね」

「流石は『必滅のバルトフェルド』、といった所か…しかし…フッ、言うようになったものだな」

「いや、かの『深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリア』に比べちゃあまだまだだね。精進すしていくに限る」

「誰!? パル君もお父様も凄い名前になってるんですが!? ラナさん! この人達に突っ込んでください! 私だけじゃあ足りません!」

 

 口調も内容も非常に気になる。気になる所だが、今一番気にすべきは改名されすぎぃ〜、な名前達である。原型もクソもなく、スンゴイことになっている。

 

 ツッコミの嵐な現状。ハウリア内でお姉さんしていたラナに助けを求める。少しはツッコミを休みたいシアだから。

 

 しかし終わらない。終わるわけが…ないっ!

 

「……シア。ラナじゃないわ……『疾影のラナインフェリナ』よ」

「!? ラナさん!? 何を言って……」

 

 予想の斜め上を行くまさかの返し、シアが頬を引き攣らせる。しかし、ハウリアの猛攻は止まらない。連携による怒涛の攻撃こそが彼等の強みなのだ。

 

「私は、『空裂のミナステリア』!」

「!?」

「俺は、『幻武のヤオゼリアス』!」

「!?」

「僕は、『這斬のヨルガンダル』!」

「!?」

「ふっ、『霧雨のリキッドブレイク”』だ」

「!?」

 

 全員が凄まじいドヤ顔でそれぞれジョ○的な香ばしいポーズを取りながら、二つ名を名乗った。シアの表情が絶望に染まる。どうやら、ハウリアの中では二つ名(厨二)ブームが来ているらしい。この分だと、一族全員が二つ名を持っている可能性が高い。ちなみに、彼等の正式名は、頭の二文字だけだ。

 

 久しぶりに再会した家族が、ドヤ顔でポーズを決めながら二つ名を名乗ってきましたという状況に、口からエクトプラズムを吐き出しているシアの姿は実に哀れだった。

 

 ついでに外野のユエはしっかりと理解した。何故、ハジメ達が発狂したりしているのかを。恐らくはシアと同様に怒涛の攻撃で傷口をグチャグチャに抉られたに違いない。精神ガードMAX値の立香までこれなのも、日頃全く持って受けていないダメージだからだろう。

 

 そんなこんなであらゆる方面でダメージ甚大な今回。

 

 なおその後、ハジメ達が復活した途端にハウリア全員に八つ当たりをかましたことは言うまでも無い。

 

 結局シアの本題に移るのはもう少し後の話となった。




え? ここで厨二病が発生してるハウリアがどうなるって?
当然彼らはまだ研鑽の途中。
つまりはまだまだ悪化します。


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新たな旅立ち

今回で樹海編ラストなどとほざきましたが、あと一話追加します!
…そんなこんなで五千文字程度ですが、続きはすぐに投稿いたします!
一気に読みたい方はもうしばしお待ちを!
多分、十二時半には出せると思います!


 ーーハジメside

 

「あ、あの! ハジメさん!」

「あぁん? …なんだ、シアか。どうした?」

 

 何とかハウリアへとお仕置き(という名の八つ当たり)をかましたハジメ。そんなハジメの腕をシアが横抱きにする。ここ数日間で本当にもまれたようで、引き止める腕の力が強い事強い事。改めて通常なウサギがもういない事を認識した。

 

 しかし一方で、シアの方はというと目をぐるぐるさせ、うつむき気味に縮こまっている。日頃の残念な天真爛漫さはどこに置いた? というレベルだ。

 

 なおこの間、いつのまにか戻ってきたマフラーさんはシアの背中を微妙に押している。ユエも腕を組みながら見守っている。

 

「お? まさかまさか、というかやっとキマシタカー! 的な展開か?」

「…チッ、マイマスターめ。裏切り者めが」

「オスカー、落ち着け。マフィアも真っ青、凶悪な顔になってるから」

 

 耳に僅かに入ってきた立香達の会話も非常に気になるところではあるが、それはないだろうと改めてスルーする。

 

 背筋を伸ばし、青みがかった白髪をなびかせ、ウサミミをピンッと立てる。これから一世一代の頼み事をするのだ。いや……むしろ告白と言っていいだろう。緊張に体が震え、表情が強ばるが、不退転の意志を瞳に宿し、一歩一歩、前に進む。そして、訝しむハジメの眼前にやって来るとしっかり視線を合わせて想いを告げた。

 

「ハジメさん。私をあなたの旅に連れて行って下さい。お願いします!」

「断る」

「即答!?」

 

  まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即行で断られるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。その瞳には、「いきなり何言ってんだ、こいつ?」という残念な人を見る目でシアを見つめるハジメの姿が映っている。立香とオスカーも「何言ってんだ、こいつ?」とハジメを見る。地味にイラッとくるハジメ。

 

  シアは憤慨した。もうちょっと真剣に取り合ってくれてもいいでしょ! と。

 

「ひ、酷いですよ、ハジメさん。こんなに真剣に頼み込んでいるのに、それをあっさり……」

「いや、こんなにって言われても知らんがな。大体、カム達どうすんだよ? まさか、全員連れて行くって意味じゃないだろうな?」

「ち、違いますよ! 今のは私だけの話です! 父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど……その……」

「その? なんだ?」

 

  何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて上目遣いでハジメをチラチラと見る。あざとい。実にあざとい仕草だ。ハジメが不審者を見る目でシアを見る。傍らのユエがイラッとした表情で横目にシアを睨んでいる。

 

「その……私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって……」

「はぁ? 何で付いて来たいんだ? 今なら一族の迷惑にもならないだろ?それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし」

「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」

「……」

 

  モジモジしたまま中々答えないシアにいい加減我慢の限界だと、ハジメはドンナーを抜きかける。それを察したのかどうかは分からないが、シアが女は度胸! と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ! しゅきなのでぇ!」

「……は?」

 

  言っちゃった、そして噛んじゃった! と、あわあわしているシアを前に、ハジメは鳩が豆鉄砲でも食ったようにポカンとしている。まさに、何を言われたのか分からないという様子だ。しかし、暫くして漸く意味が脳に伝わったのか思わずといった様子でツッコミを入れる。

 

「いやいやいや、おかしいだろ? 一体、どこでフラグなんて立ったんだよ? 自分で言うのも何だが、お前に対してはかなり雑な扱いだったと思うんだが……まさか、そういうのに興奮する口か?」

 

  自分の推測にまさかと思いつつ、シアを見てドン引きしたように一歩後退るハジメ。

 

 ここで勿論、乙女的には否定の限りを尽くしたいセリフにシアは反論しようとしたのだが、その前に他のメンバーが反論を入れた。

 

「……ハジメ、まさかの無自覚?」

「ハジメ、お前はついこの間にシアさんがべっとりとなってたの忘れたのか?」

「明らかに努力していたのも、南雲さんに着いて行くためでしたからね…」

「確かに鬼畜な対応もありはしたが…それを含めてもフラグは立てに立てていたと思うけれどね」

「なん…だと!?」

 

 確かにたま〜にシアが他には見せないような笑みをしてきたり、寝室に突貫してくることはあったけれども…。まさかそういうことだったのか、と戦慄する。

 

「(ぶんぶんぶん!)」

「なっ!? 白崎も気がついてたのか!?」

「何でユエさんといいハジメさんといい分かるんですぅ?」

「…? アイコンタクトで分かるだろ?」

 

 マフラーには目が無い! とツッコミの衝動に駆られたシア。何とか堪える。話が進まないからである。

 

「と、とにかく! ハジメさんに不本意ながら惚れてしまったんです!

 確かにハジメさんは、何かあると直ぐ撃ってくるし、鬼だし、返事はおざなりだし、魔物の群れに放り投げるし、容赦ないし、鬼だし、優しくしてくれないし、ユエさんばかり贔屓するし、お父様達を変貌させるし、鬼だしーー」

 

 この時点でハジメは額の青筋をピクピクさせていた。ドンナーを出さなかったのは偉い。たとえ立香やユエ、マフラーが全力で抑えたが故の賜物であってもだ。

 

「それでも、窮地を何度も救われて、同じ体質で…絶望した時に手を握ってくれました。心を、暖かくしてくれたんです。一緒にいたら心がこう、落ち着くんです。もう理由なんて要らないってくらいに…好きになったんです」

 

 ウサミミまで真っ赤になっているシア。日頃の残念なまでの暴れっぷりが嘘のように静々しく想いを言葉にしていく。

 

 なおハジメ的には、周りのニヤニヤが非常にうざったい。特にミレディのが。ユエとマフラーは「ワタシミテナイヨ」的な感じで、他所に向いている。こんな時に乙女心の協調をしないで欲しいものだ。

 

「と、とにかくだ。お前がどう思っていようと連れて行くつもりはない」

「そんな! なんでですかぁ!? 私ちゃんと告白しましたよね!? ね!?」

「あのなぁ、お前の気持ちは……まぁ、本当と(仮)しておこう」

「何故(仮)にするんですか!? (真)にしてくださいよ!」

 

 照れ隠しである。もしくはチキンなだけである。人の好意を受け取るのに未だに慣れていないハジメである。

 

「前も言っただろう? 俺はユエか白崎しか『特別』としか思えないし、一人しか選ばないって。というか、よく本人達目の前にして堂々と告白なんざ出来るよな……前から思っていたが、お前の一番の恐ろしさは身体強化云々より、その図太さなんじゃないか? お前の心臓って絶対アザンチウム製だと思うんだ」

「誰が、世界最高硬度の心臓の持ち主ですか! うぅ~、やっぱりこうなりましたか……ええ、わかってましたよ。ハジメさんのことです。一筋縄ではいかないと思ってました」

 

  突然、フフフと怪しげに笑い出すシアに胡乱な眼差しを向けるハジメ。

 

「こんなこともあろうかと! 命懸けで外堀を埋めておいたのです! ささっ、皆さま! ユエ先生! お願いします!」

「は? 皆さま? ユエ?」

 

  完全に予想外の名前が呼ばれたことに目を瞬かせるハジメ。してやったり! というシアの表情にイラッとしつつ、シアの言葉の意味を理解できずにいた。

 

 しかしすぐに訳はわかった。

 

「俺はオッケーしました」

「私もです。…香織さんにはすみませんが」

「私も許可致しました。人の好意は受け取るべきでしょうし」

「私もだな。否定する要素がない」

「いいだろう? 君、どうせリッカ君みたいにハーレム作るんだろうし」

「ぷっぷー。作るつもりがないハーレムが着々と進んでることについてはどう思うの〜? なおモチロン、ミレディちゃんはオッケーしました〜」

「…お前ら?」

 

 ハジメが全員を射抜きそうな目線を向ける。というかドンナー、シュラークに手をかけている時点で寸前であろう。

 

  ただし隣から発生する苦虫を百匹くらい噛み潰したような不機嫌オーラによりハジメはそれを止めた。なお、その発生源はユエ。彼女は心底不本意そうにハジメに告げた。

 

「……………………………………ハジメ、連れて行こう」

「……………………………………(コクコク)」

「いやいやいや、なにその間。何があったってんだよ?」

 

  そうして肩を落としながらユエとシアの一世一代の賭けの内容を聞いたハジメは、もはや呆れやら怒りを通り越して感心した。きっと、シアは、直接ハジメに頼んだところで望みを聞いてもらえるとは思えず、自分の力だけでは本気は伝わらないと考えたのだろう。また、ハジメが納得してもユエの一言が優先されることを危惧したということも考えたはずだ。それ故に、ユエを味方につけるという方法をとった。『命懸け』というのもあながち誇張した表現ではないはずだ。生半可な気持ちでユエを納得させることなど不可能なのだから。この十日間、ほとんど見かけなかったが文字通り死に物狂いでユエを攻略しにかかったに違いない。つまり、それだけシアの想いは本物ということだ。それは香織の意思を何故か持つマフラーも保証している。でないとマフラーがシアを認めるなどということはしないはずだからだ。中々渋々ではあるが、シアはその持ち前の勇気でマフラーを通して香織までも味方に付けた、というわけだ。

 

  ハジメは、ガリガリと頭を掻いた。別に、ユエや香織が渋々とはいえ認めたからといって、シアを連れて行かなければならない理由はない。結局のところ、ハジメの気持ち次第なのだから。

 

  ユエは、不本意そうではあるが仕方ないという様に肩を竦めている。この十日間のシアの頑張りを誰よりも近くで見ていたからこそ、そして、その上で自分が課した障碍を打ち破ったからこそ、旅の同行は認めるつもりのようだ。元々、シアに対しては、ハジメの事を抜きにすれば、其処まで嫌いというわけではないという事もあるのだろう。

 

 香織もまたマフラーを通し、ユエとシアの戦いを見続けていた。そして直接刃を向けあっていないとはいえ、その不退の覚悟を認めたのだ。ユエ同様、ハジメの件がなければ仲良くできるような感じなのだろう。

 

  一方、シアの方は、ユエに頼んだときの得意顔が一転し不安そうでありながら覚悟を決めたという表情だ。シアとしては、まさに人事を尽くして天命を待つ状態なのだろう。

 

  ハジメは、一度深々と息を吐くとシアとしっかり目を合わせて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。シアも静かに、言葉に力を込めて返した。

 

「付いて来たって応えてはやれないぞ?」

「知らないんですか? 未来は絶対じゃあないんですよ?」

 

  それは、未来を垣間見れるシアだからこその言葉。未来は覚悟と行動で変えられると信じている。

 

「危険だらけの旅だ。未知の異変も大量に巻き起こる」

「化物でよかったです。御蔭で貴方について行けます」

 

  かつて長老方にも言われた蔑称。しかし、今はむしろ誇りだ。化物でなければ為すことのできない事があると知ったから。

 

「外じゃ亜人族ってだけで迫害を受ける」

「関係ないですよ。私が見ているのは『大切』だけです」

 

 外の世界はあまり知らない。それでも傷ついてもシアにとっての『大切』が側にいれば、それでいい。

 

「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」

「話し合いました。『それでも』です。父様達もわかってくれました」

 

  今まで、ずっと守ってくれた家族。感謝の念しかない。何処までも一緒に生きてくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれたときの感情はきっと一生言葉にできないだろう。

 

「俺の故郷は、お前には住み難いところだ」

「何度でも言いましょう。『それでも』です」

 

  シアの想いは既に示した。そんな“言葉”では止まらない。止められない。これはそういう類の気持ちなのだ。

 

「……」

「ふふ、終わりですか? なら、私の勝ちですね?」

「勝ちってなんだ……」

「私の気持ちが勝ったという事です。……ハジメさん」

「……何だ」

 

  もう一度、はっきりと。シア・ハウリアの望みを。

 

「……私も連れて行って下さい」

 

  見つめ合うハジメとシア。ハジメは真意を確認するように蒼穹の瞳を覗き込む。

 

  そして……

 

「………………はぁ~、勝手にしろ。物好きめ」

 

  その瞳に何かを見たのか、やがてハジメは溜息をつきながら事実上の敗北宣言をした。

 

  樹海の中に一つの歓声と、不機嫌そうな鼻を鳴らす音が響く。その様子に、ハジメは、いろんな意味でこの先も大変そうだと苦笑いするのだった。

 

「よく頑張った、シア」

「(ナデナデナデ)」

「ふふっ。おめでとうございます、シアさん」

「ユエさん、香織さん(?)、マシュさん! やりましたよー!! 絶対にお二人よりも先にハジメさんをメロメロにしてやるですぅ〜」

「……上等。ねじ伏せてやる」

「(ビッ!)」

「私は香織さんを応援していますので」

 

 一方で仲間はシアを笑顔で歓迎する。ライバルであるはずのユエとマフラーでさえも、シアを抱きしめて背中をさすっている。乙女の事情とはハジメには理解し難いことを改めて理解した。シアの一言で、ユエとマフラーの様子が一転し、中指を上に向けているが。

 

「楽しくなりそうだなぁ〜、ハジメ」

「賑やかになるね。実に楽しみだ」

「喧しく、の間違いだろ? ミレディと掛け合わせて」

「ミレディに関しては否定できないね」

「オーくん!?」

 

 男子三人組の方も新たなメンバーに呑気に盛り上がっている。反してハジメがこめかみをグリグリする。

 

 だがハジメは未来を見ずとも、多少頰を綻ばせた。己の『大切』がシアの参入により、一層明るく色を帯び始めたことに。そしてシアの参戦に思いの外、ハジメ自身が口の端を釣り上げていることに。

 

 ようやく己の表情に気がついたハジメは手で覆い隠し、一人静かに思った。

 

「…ま、これでいいか」

 

 かの奈落の底で一人から始まった旅。しかし今、彼の側には沢山の人がいる。

 

 それを思うと少し不思議なことに凪いだような気分となる。

 

 いつの間にやら戻ってきたマフラーがしゅるりと首元に巻きつく。そしてユエやシアもそれに続いてハジメへと爆進してくる。

 

 この旅が更に賑やかになると理解するのは、割とすぐのお話。




分けた理由は単純!
シアの恋愛パート、そして次回の割と大切なパートを分けたかったからです!
というわけで執筆してくるね!


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大樹の報せ

…速攻で投稿完了です。
なお、この前に数十分前に投稿したページがございます。
そちらを見ておられない方はまずそちらから。

※以前に入っていた一部のオリジナル文章を取り消しました。
正直要らなかった…。


 ーー立香side

 

 ハウリアの一種の暴走をハジメ達が物理的に解決した後、一行は大樹の元へと向かう。

 

「で? どうだった?」

 

 ユエか負けたということに未だに驚いているハジメは内容について質問する。正直、どんな方法であれユエに勝ったという事実は信じ難い。ユエから見たシアはどれほどのものなのか、気にならないといえば嘘になる。

 

 ユエは話したくないという雰囲気を隠しもせず醸し出しながら、渋々と言った感じでハジメの質問に答えた。

 

「……魔法の適性はハジメと変わらない」

「ありゃま、宝の持ち腐れだな……で? それだけじゃないんだろ? あのレベルの大槌をせがまれたとなると……」

「……ん、身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

「……へぇ。俺達と比べると?」

 

 ユエの評価に目を細めるハジメ。正直、想像以上の高評価だ。珍しく無表情を崩し苦虫を噛み潰したようなユエの表情が何より雄弁に、その凄まじさを物語る。ユエは、ハジメの質問に少し考える素振りを見せるとハジメに視線を合わせて答えた。

 

「……強化してないハジメの……八割くらい」

「マジか…最大値だよな?」

「ん……でも、鍛錬次第でまだ上がるかも」

「おぉう。そいつは確かに化物レベルだ」

 

 ハジメは、ユエから示されたシアの化物ぶりに内心唖然としながら、シアに何とも言えない眼差しを向けた。強化していないハジメの八割と言えば、本気で身体強化したシアはほとんどステータスが9600を超えるということだ。これは、本気で強化した勇者の三倍の力を持っているということでもある。まさに『化物レベル』というに相応しい力だ。曲がりになりもユエに土をつけることが出来たわけである。泣きべそをかきながら頬をさすっている姿からは、とても想像できない。

 

 更にはその上で立香直伝の技を習得しているのだ。結果、大雑把に見える戦いでも判断能力や一瞬の掛け合い、力の伝え方が全く違う。ハジメは独自の合理性を極めたのに対し、シアは流麗な体術。しかも独学で無い分、シアの成長性は非常に高い。教わるべき師もありながら、己でアレンジも可能なのだから。

 

「あと体感だけど……魔法じゃない力も使う。『恋』でも無い何か……」

「何じゃそりゃ? 立香、お前シアに変なことでも教えたのか?」

「儂が育てた! …とはいえ、そんなこと教えた覚えないんだけど?」

「はぁ? …しゃあねぇ。シア、ちょっとこれ使え」

「へ? は、はい」

 

 どうしてもユエを追い詰めた力の正体を知りたいハジメ。なので宝物庫からアーティファクト、ステータスプレートを取り出した。

 

「こ、これは?」

「ステータスプレートって言ってな。お前のステータスを図れる品物だ。血を垂らしたら見れるようになる。使ってみろ」

「はいですぅ〜!」

 

 そうして出てきたのが次の表示である。

 

 ====================================

 シア・ハウリア 16歳 女 レベル:39

 天職:占術師

 筋力:200

 体力:240

 耐性:180

 敏捷:280

 魔力:3800

 魔耐:4000

 技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・気配感知・気配遮断・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率Ⅲ]・槌術・拳術[+豪腕][+豪脚][+縮地][+鋼化][+気闘術]

 ====================================

 

「…はぁ。たしかにこりゃあ怪物だわな」

 

 思わず何じゃこりゃと言いたくなるステータスである。値や技能の数こそハジメよりも低くはあるが、平凡とはとても言い難い。

 

 恐らくはユエが言っていた謎の力とは“気闘術”のことだろう。かめ○め波的な感じだろう。予想だと身体強化なども見込めるだろうが…未知なことこの上なし。

 

 ハジメがシアに感心する一方で、一行には別の問題が発生していた。

 

「というかお前、ステータスプレートのあまりあったのか? メルドさん達から貰ってたのか?」

「あん? 持ってるわけねぇだろ。何言ってんだ?」

「え? じゃあ何であるんだよ」

 

 そう何故ハジメがステータスプレートを持っているか、という話である。ハジメが宝物庫に入れたなどという話は一切聞いた覚えがない。

 

 代表して立香が尋ねるが、謎は深まるばかり。

 

 一方でユエやマフラーは答えを察してか、キラキラとした目でハジメを見ている。マフラーに関しては目はないが、そんな感じがしなくもない。

 

 立香もそれで大体理解し、盛大に顔を痙攣らせる。ハジメは自信満々に胸を張って言った。

 

「俺が作ったに決まってんだろ。こんぐらいのアーティファクトなら量産できる。勿論、立香やユエの分も“投影”済みだ。迷宮に入る前に渡すから確認してくれよ?」

「流石僕の弟子! やるね!」

 

 オスカーがテンションを上げた。ついでにユエとマフラーも自分のことのようにテンションを上げる。割とオスカーは弟子スキーらしい。

 

 ただここには外の常識を知らない純粋無垢な人間がおり…。

 

「アーティファクトってそんな安いものなんです? あっさり作れちゃうものなんです?」

「ハジメ、残念だけど……シアの常識が変わるから自重しよ?」

「(ナデナデ)」

「…白崎、頼むからそんな感じで撫でてくれるな。虚しくなるだろ」

 

 シアが「へー、錬成士って凄いですねぇ〜」とハジメが錬成士としての基準と定め始めたので、ユエと香織がハジメに自重を促す。ハジメさんは愛しい人二人の生暖かい視線を感じ、少し肩をしょんぼりとした。

 

「シアさん、ハジメは非常識の塊だから。俺が常識。アンダースタン?」

「母は教育方法を間違えたのでしょうか。主に道徳の」

「え? 待って、頼光。何で今俺はそんな目で見られてるの?」

「大丈夫だからな、マスター。大丈夫だ(ポフポフ)」

「先輩…地球に戻ったらナイチンゲールさんに診てもらいましょう」

「何でヨシヨシされてるの、俺!? 哀れみの表情も何で!? あとマシュ! 俺死んじゃうから!」

 

 一方で見苦しくくも未だに常識人=俺という評価を己に付けている立香に嫁三人が泣き出しそうな感じになる。如何にも解せぬと言った感じの立香。ついでに死刑宣告を告げられ、焦る焦る。カルデアにおいてはナイチンゲールとB.Bの治療は死ぬとされているので仕方がない話ではあるが。

 

「僕こそが常識だよ。眼鏡をかけぬ者が常識を語るなど…甚だしいにもほどがある」

「オスカーさん、今の時代では眼鏡はむしろ敬遠する物のようですよ。…オスカーさんのせいで」

「なん…だと!?」

「やーいやーい。オーくん、どんな気持ち!? 自分の生前の行いがオーくん自身を非常識にしてた気持ちってどんな気持ち? 聞かせてよ〜」

「黒傘 六式……」

 

 オスカーはオスカーで眼鏡=一般常識としているようで、グレートオブ眼鏡をかける己こそが普通だと考えていたらしいが、今眼鏡は教会的にアウトな物なので、むしろ常識とはかけ離れている。

 

 ミレディの煽りに青筋を立てるオスカー。図星なので反論も出来ない。なので腕が滑った感じで黒傘の機能を発動する。詠唱している? 口が滑っただけである。勿論、石突の部分がしっかりとミレディに向いているのもうっかりだ。

 

「もう時期にたどり着きますよ」

 

 和気あいあいと? 雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

 

 大樹を見た一行の第一声は、

 

「…なんだこりゃ」

「…なんだこりゃ、と問われても答えてやれないぞ?」

「今、ネタに走ってねぇぞ? 俺は喋るネコ連れてねぇぞ?」

 

 という驚き半分、疑問半分といった感じのものだった。尤も、立香の悪ふざけで緩和しているが。なお立香の方は「まあ、こういうことって良くあるよね」と言った様子だ。最近、色々例外があり過ぎて忘れるが立香は精神耐性EX。こんなことでは動じない。

 

 他の一行メンバーは困惑を見せている。ユエもハウリアにジト目を送る。本物かどうか怪しがっているのだろう。大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたので当然ではあるが。

 

 しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが…」

 

 一行の疑問顔にカムが解説を入れる。だが一行は既に視線が他に行っている。立香以外に困惑していないメンバーが二人いたからだ。

 

「プギャー! ねぇねぇ、どんな気持ち? 十日間待ち続けた大樹が枯れてたなんてさ! 期待と違ってヨボヨボな樹木さんに少しガッカリしたでしょ〜。ミレディさん、そういうのわかっちゃう系ーーー」

 

 とりあえずその内片方をハジメがアイアンクロー。素早い神業だ。ニコちゃんフェイスがピキピキ割れる。それをどうともないとし、ハジメはオスカーに視線を向けた。

 

「で? どういうわけだ。オスカー」

「ふふふ。いや、悪いね。『解放者』としてネタバレは厳禁だったんだよ。まあ、よく調べてみるといい。割とあからさまだからね」

「あの! ミレディさんの頭がーー」

「悪いんだね」

「悪いんだな」

「ん、悪い」

「悪りぃですぅ〜〜」

 

 ミレディがガクッと体から力を感じさせなくなると、一行は大樹の根元まで歩み寄った。ハジメが枝などをペシペシする一方で、立香達はあるものを見つけた。

 

「マシュ、これってオルクス大迷宮の…」

「はい。間違いなくあそこの紋様かと思われます。ハジメさんが指輪を持っていますので確認してもらいましょう」

 

 石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。確認のため、ハジメにオルクスの指輪を取り出してもらったが、指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

 とはいえそこから何をしたものか、と一行が再び悩む。ハジメはとりあえずニコちゃんフェイスが不細工になったミレディをそこの辺りにポイしておく。理由は単純、邪魔だからである。

 

「ハジメ……これ見て」

「ん? 何かあったか?」

 

 獅子王や頼光が扉ごと吹き飛ばそうとし、立香が宥めていると、ユエが気がついたようで、横にいたハジメの袖を引っ張り、石碑の裏側を指差した。それに釣られて立香達もそこを覗いた。

 

 するとそこにはそこには、表の六つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「ユエさん、ナイスプレー!」

「ナイスだ、ユエ。にしてもテンプレっちゃあテンプレだな」

「ん!」

 

 立香とハジメがユエを褒め称える。ハジメの場合は頭を撫でるというオマケ付きだ。ハジメに関しては勿論のこと、立香にもそれなりに気を許しているユエは、誇らしそうに答えた。

 

 ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 

 すると……石板が淡く輝きだした。

 

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。暫く、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

『四つの証』

『再生の力』

『紡がれた絆の道標』

『全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』

 

「…どういう意味だ?」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「…再生の力と紡がれた絆の道標、ですぅ?」

 

 頭を捻り始める一行。そこでシアが推測を言い始める。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし。特に待遇されるなんて前代未聞ですし」

「なるほど。それっぽいな」

「『解放者』が全種族を大切にしてるって分かる条件だね。亜人族に信頼されてないと無理な話だし」

「……あとは再生……私?」

 

 ユエが自分の固有魔法“自動再生”を連想し自分を指差す。試しにと、薄く指を切って“自動再生”を発動しながら石板や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

 

「むぅ……違うみたい」

「宝具にもいくつかそういう類のはあるけど…違うよな〜」

「ん~、枯れ木に…再生の力…最低四つの証…もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

 

 目の前の枯れている樹を再生する必要があるのでは? と推測するハジメ。一行全員が、そうかもと納得顔をする。

 

 同時に全員の表情に落胆が見える。目の前に迷宮があるというのに手もつけられない状況だからだろう。それはハジメも同じだ。一刻も早くかつての世界へと帰りたいという意思は変わらない。

 

 だからこそ、ハジメは不敵に笑った。

 

「だったら、挑戦するしかねぇな」

「…は?」

 

 何に、と言おうとした立香。しかしそんな事を言わずとも、何を言おうとしているのか、すぐに悟ることが出来た。ハジメの瞳が何を映しているのかなど、相棒たる立香が悟れぬ筈がないのだから。

 

「正気か、ハジメ? この前、敵わなかったんだけど?」

「ハッ。そういう割には声、震えてねぇじゃねぇか」

 

 全くもって無理のある話である。だが、立香は言葉だけは否定しているものの、内心は絶対に失敗などしないと思っている。

 

 ハジメが戦うと決めた。それだけで勝ちは確実だと確信できるから。

 

 だから立香もハジメ同様、不敵な笑みで前へと進める。

 

「オッケーだ。それじゃあ行くとするか」

「ああ、立香。向こうも待ちくたびれてるようだ。とっとと会いに行ってやろう」

 

 二人とももう大樹の方には振り向かない。もう心の在り方は別に。彼らは瞳に数日前の巨大な騎士ゴーレムを宿した。

 

 そして物語は再び迷宮、【ライセン大迷宮】へと進む。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーールナside

 

「…分からない」

 

 ルナは真っ白な天井を仰ぎ見て、呟いた。その手にあるのは本来の黄金の色を失った杯、『聖杯』である。燃えた灰のように白くなった杯は、黄金色の魔力を発している。

 

 ルナの非常識的な美貌と聖杯の神々しいまでの光が合わさり、まるで神話の一ページのように錯覚できる。それはルナの肌が人ではあり得ないように白く、現実離れしていることも一因だろうが。

 

 そんな中、ルナは呟く。誰もいない白き部屋の中で。

 

「お父様が望まれたこと。従う以外にはない。…でも気に食わない、藤丸立香もあの女も!」

 

 それは明らかな怒気。影から瘴気の如き魔力が噴き出す。辺りの鉱石を腐食させ、溶かしていくことからその魔力単体が酷い力を持ち合わせていることが理解できた。

 

 ルナは爪を甘く噛み、やがて無意識にも荒れていた息をゆっくり抑えていく。

 

「乗り越えろ。私は『夜刃(やと)』ほど甘くはない」

 

 それは誰に対する宣言か。誰に対する命令か。もちろんただの独り言ではある。されど濃縮された威圧が空気を震撼させる。

 

「私はルナ。ただのルナ。そしてーー」

 

 ルナは口を裂いた。日頃の鉄のような無表情を崩し、笑みを浮かべる。その裂かれた口からは尖った歯が剥き出しとなり…。

 

「吸血鬼の真の女王となる者」

 

 白い瞳から真紅の光を宿らせた。




ついにライセン迷宮突入!
ブルックは攻略後に一気に放出します!
食料問題?
立香の宝具でなんとかなるさ。


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迷宮突入前のお話

これから更にペースが落ちます。
…主に受験やらの影響で。
勘弁を!


 ーー立香side

 

 今、ライセン大峡谷は夜でありながら凄まじいまでの光に照らされていた。続いて轟く崩壊の音。峡谷の壁がガラガラと音を立てて、崩落していった。

 

 その壁には峡谷の中でも強力とされるヴァジリアスと呼ばれる一種の竜種が腹部に大きな風穴を開け、その後ろの壁さえも吹き飛んでいるという異様なもの。帝国兵などの一般的な感覚の持ち主ならばそれを見て、驚愕をすることは間違いない。何故ならばこの峡谷において、魔法という力が使えない以上、本来ならばこのような惨状を引き起こすなど、ひっくり返っても不可能であるからだ。

 

 しかしそれを実行したのも、その仲間も非常識の塊が服を着たかのような連中。

 

 この惨状を引き起こした男の服装は何とも不可思議なもの。トータスでは見ないような長袖長ズボンの白い服装。彼特注の物であるそれは純白の光が弾けると共に、現れた。

 

 男の名は藤丸立香。『人理保証機関カルデア』の幹部の一人にして、人類最高のマスター。英霊と結んだ縁の数は数知れず。経験した特異点の数も多岐にわたる。今では英霊召喚特化型の魔術回路を持つ、少々特殊な魔術師でもある。

 

「先輩、こちらア○エリアス風に仕上げた飲料水です。どうぞ」

「ありがとう、マシュ」

 

 一方で、立香の横に座り、ごく自然な様で飲み物を渡したのは同じくカルデアの幹部であるマシュ・キリエライト。立香の英霊(サーヴァント)の一騎にして、同時に十三人いる立香の嫁の正妻である。こうしてサラッと気遣いができる点がもう正妻感満載である。

 

 そうして立香は魔物の駆除と同時に行なっていた検証を終了する。口にマシュ特製の飲料水を含み、喉を潤していく。程よい塩分が身に染みる。思わず「生きてるぅ〜」とサラリーマン的な感じで言いたくなるぐらいだ。

 

 その衝動を堪え、立香はあるものを懐から取り出して確認する。それは一枚の板。所謂、ステータスプレートと呼ばれる品物である。ハジメが複製したものを立香も受け取ったのだ。

 

「それで先輩、こちらの魔法の使用感覚は如何でしたか?」

「結構、凄まじいよ。特に“神威”だったけ? アレスゴイ。決闘の時に勇者君にやられてたらヤバかったかもしんない」

 

 この惨状を作り出した原因も、そのステータスプレートにあるわけである。その表示が以下の通り。

 

 ====================================

 藤丸立香 17歳 男 レベル:56

 天職:救世主

 筋力:80

 体力:100

 耐性:100

 敏捷:100

 魔力:10000

 魔耐:140

 技能:英霊召喚[+令呪][+簡易召喚][+召喚指定][+効率上昇][+令呪作成][+英霊憑依][+擬似宝具解放][+擬似空間解放][+英霊強化][+十三の花の盟約]・降霊術[+使い魔召喚]・光属性適正・闇属性適正[+効率上昇]・全武器適正・拳術[+伝播]・強化魔術[+効率上昇][+強化持続][+複数箇所使用][+強化上昇]・魔術回路[+魔力操作][+擬似魔術回路転換]・会話順応[+効果上昇]・瞬光・■■■・獣の加護・生成魔法

 ====================================

 

 チートである。

 

 天職に関してはツッコミどころしかなかったが、それ以上に技能の数々。その中でも三種の魔法を立香は無意識に獲得していたらしい。

 

 “光魔法”、“闇魔法”、“降霊術”。これら三つである。

 

 おそらく“光魔法”以外は元々立香が行なっていた“認識阻害”や“英霊召喚”の影響で派生したと考えられる。試してみると今まで魔術として使っていた技が割と効果割増で使うことができた。また“降霊術”ではスケルトンやらスペルブックの召喚を可能となった。

 

 だがその中でも一線を画するのは“光魔法”だ。支援系統、防御系統、そして攻撃系統の全てをマルチに使用できるようになっていた。ヴァジリアスを打ち倒したのは“神威”。トータスの魔法の中ではトップクラスの破壊力を持つ魔法だ。立香ならば“英霊憑依”や“擬似宝具解放”により、それ以上の破壊力は出せる。ただしコスパのことを考えると“神威”はジャブ的な感じで扱える。…あくまでもジャブである。

 

 そんなわけで試し打ちをしていたのだ。なお武器はアイゼンにより両手剣を再現し、それから放っている。一度、勇者たる光輝が使っていたのを見た立香はそれを再現したのだ。魔力量が多い分、立香の方が威力は出ていたが。

 

「立香、キリエライト。調子はどうだ?」

「順調、順調。思った以上に威力出るよ。阻害もあまり効いてない。このブレスレット中々だぞ?」

「霊基に想定外の支障も御座いません。万全とは言えませんが、それでもありがたいです」

「だろうな。俺が作ったんだ。それぐらいじゃなきゃ困るってもんだ」

 

 オスカーと共に“錬成”による擬似一軒家を作り上げ終わったらしいハジメは、立香に新たなアーティファクトの使い心地を聞く。

 

 立香やマシュの腕にはめられているブレスレットは銀色をメインとし、精密に掘られた溝でグランツ鉱石が輝き、終いには神結晶まで装飾に付け足している。ファッションとしても非常に見栄えがいい。だがその正体は対ライセン大迷宮用の切り札の一つ。

 

 このアーティファクトは“魔力操作”を付与している。そして各々が持っている“魔力操作”と合わせて、一定範囲内ならば分解効果をある程度まで無視することができる。力技ではあるが、簡易的故に全員がすぐにそのアーティファクトの扱いを覚えた。英霊組もこのアーティファクトにより、本来の八割ではあるが全力を出せるようになった。ユエやマシュも一定範囲ならばお得意の魔法やシールドを出せるようになる。

 

 またそれだけでなく、ミレディ・オルタが使用した“重力魔法”に対する対策も練ってある。というのも“重力魔法”を直接かけられれば、ハジメ達は重力に抗えず、すぐに負ける。つまりは本気のミレディ・オルタがあまりにもバランスブレイカーな為、ミレディが少し手を貸してくれたのだ。

 

 そうして完成したのは装着者に掛けられる“重力魔法”の効果の半減。完全なる無効はハジメの力では足りなかったが、それでも十分。少なくとも開幕エンドは避けられた。

 

 なお、このアーティファクトが完成した際、オスカーとミレディが遙か彼方を見つめながら「あれ? 迷宮のコンセプト思いっきり無視されてるんだけど? オーくんの弟子、やり過ぎじゃない?」とか「…僕は悪くない」という少し悲痛さが込められた言葉がポツポツと。

 

 自重を知らないハジメさんは、解放者の話などまるっきり無視。むしろ「全部の武器に…」などと言い始めていた。本気でそれを行なったのかは知らないが、大丈夫か。

 

 すると立香はニヤニヤしながら、ハジメを見つめた。後ろからは多少黒いヒゲの人がデュフフフしている。ハジメはそれを敏感に察したのだろう。逃げようとしたが、立香からは逃げられない!

 

「で? シアさん用のこのアーティファクトは結局指輪にしたのか?」

「先輩の如く、指輪を大量生産なされるんですか?」

「バカ言え。俺の特別はユエと白崎だけだ。ま、折衷案って事でチョーカーてやったよ」

 

 なお殆どのメンバーは立香同様にブレスレットではあるのだが、ハジメはマフラーに編み込んでいる金属糸に、ユエに関しては神結晶シリーズの指輪に付与したのだ。

 

 ユエも香織も満足し、一件落着としたハジメ。しかしシアがここで猛抗議を申し立てたのだ。即ち「私だけハジメさんから特別な物、貰ってませ〜ん!」と。

 

 シアには武器として戦鎚と籠手、ブーツのアーティファクトを渡していたのだが、乙女ティックなものは何一つない。故にシアがウサミミを荒ぶらせ、キレにキレたのだ。

 

 なおその際、ハジメはシアを『特別』としては認めていない為、他と同じくブレスレットで済ませようとしたのだが…

 

『……ハジメ?』

『(ブンブン)』

『あ、はい。すみません』

 

 シアのあまりものぞんざいな扱いに二人がキレた。マフラーからは「ハジメくん。それは流石に無いよ?」と異様な気配が。割と尻に敷かれがちなハジメに抗う術は無かった。

 

 だがユエのように指輪を渡す気にはならない。そんなものを渡せばシアが残念なまでにテンションを上げ上げにすることは間違いない。ついでにミレディがからかってくるのも間違いない。

 

 そこで妥協としてチョーカーを提案、実際に制作した。なお物作りが本業たるハジメに容赦はない。何と神結晶まで用いて、加工を施したのだ。

 

 結果、黒の生地に白と青の装飾が幾何学的に入っており、かつ、正面には神結晶の欠片を加工した僅かに淡青色に発光する小さなクロスが取り付けられた神秘的な首輪…というより地球でも売っていそうなファッション的なチョーカーが出来上がったというわけだ。

 

 しかも先程の二つだけでなく、“念話”やGPSのような特定効果、更には魔力貯蓄庫にもなるという割と国宝級のものが仕上がった。尤もハジメが製作しているアーティファクトはどれも国宝級なので、今更ではあるのだが。

 

 そうやって作り上げられたチョーカーを小一時間、そして未だに鏡で見ながら、ニマニマしているシア。それを傍目に立香がこれまたニヤニヤする。

 

「なるほど、『シアは俺のモノ』ってか?」

「…お前って、俺をタラシに仕上げようとしてるよな?」

「先輩が仕上げようとしているのではなく、天性のものかと思われます」

「キリエライト、言うな。最近少しだけ自覚しそうで怖いんだ」

 

 マシュの一言にこめかみを抑えるハジメ。とはいえハジメも嬉しそうにウサミミをピョコピョコしているシアを見つめながら、少し顔を緩めている。何だかんだでシアを認めている証拠である。

 

 だがここで気になるのは一つ。

 

「ハジメ、最近神結晶多様し過ぎじゃね? 在庫あんの?」

「そう言えば…何処かで見つけられたのですか?」

 

 これである。バスケットサイズの神結晶とはいえ、限りはある。しかもその希少性は言わずもがな。オルクス大迷宮でもハジメが見つけたものだけしか見つかることはなかった。

 

 なのでブレスレットといい、シアのチョーカーといい装飾にそれだけ使って大丈夫なのか、と二人が心配するのも無理はない。

 

 だが当の本人はシアの方を見つめながらそれほど気にもしていない様子。

 

「ああ、大丈夫だ。最近投影できるようになった(・・・・・・・・・・・)んだ。在庫は幾らでもあるさ」

 

 などとサラッと仰った。

 

「……………は?」

「……………え?」

『……………母の聞き間違いでしょうか?』

『……………意味がわからぬ』

 

 立香もマシュもこれには硬直せざるを得ない。更には立香の念話を通して頼光や獅子王にも困惑が伝播した。

 

 何故ならば可笑しいのだ。神結晶は素材的に言えば聖杯にも届き得るほどの遺物。簡単に作り出せるようなものではない。かつてオスカーが創り出したという例外はあれこそ、それでも大量生産など馬鹿げた話は無い。

 

 だがハジメはシアの方を暖かい視線で見詰めながら続ける。

 

「つーか、ハウリア達に渡したアーティファクトにも神結晶は使ってある。…とはいえ俺の技術じゃ粗悪品で、貯蓄庫にしかならねぇような品物だがな。それでも“魔力操作”を使って周囲の魔力を掻き集めりゃ、電池みてぇになるからな。ハウリアからすりゃあいい武器だろうさ」

 

 そう、カム達が所持していた武器は全てハジメ印のアーティファクト。しかもリモコンのボタンで魔力を操作するため、獣人のような魔法を扱えない種族であろうが使用は可能。しかも仕掛けてある能力も毒ガスや音の遮断、切断の強化などと暗殺に特化したものばかり。正直に言ってオーバーテクノロジーである。

 

 ここまで来ると立香達もこめかみをグリグリ。ついでに溜息も放った。

 

「マジでハジメが敵じゃなくて良かったよ…」

「ええ。宝具ではないとはいえ、擬似宝具並みの物を量産している時点で、余程のキャスターの方よりも厄介かと」

「あん? 褒めても何も出ねぇぞ? つーか、早く組み立てた一軒家に行こうぜ。一応、改善点とかも言ってくれたら助かる」

「…俺たち旅してんだよね? こんな便利でいいのかな?」

 

 立香の頭に思い浮かぶのは、徒歩で大陸を渡ったり、空腹で発狂しそうになったり、メシが全然無いボーダーの旅など。

 

 だが、ここには“投影”を扱うハジメがおり、“錬成”の最高峰たるオスカーもいる。更にはご飯は立香が宝具発動により(食材は限定的だが)たらふく食べることが可能。旅=大変な物という概念はこの一行では死滅しつつある。

 

 そしてその風潮の原因であるハジメを見詰めながら、立香は思わざるを得ない。

 

(…もうハジメ無しで旅できないような気がするな〜)

 

 一家に一人は欲しいハジメ、それを改めて実感する立香である。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

「さて、改めて全員の戦力をまとめるぞ?」

 

 ハジメはそう言いながら、スプーンでミネストローネもどきを掬い、己の膝に座っているユエの口元へ運ぶ。所謂所の「あ〜ん」の仕草である。マフラーさんとシアが非常に羨ましそうに見ている。

 

 ちなみに一行のお食事係はマシュ、シア、オスカー、頼光、立香といった感じでループしている。本日はオスカーの日だ。ハジメの場合は男飯に、ユエの場合は血だらけの独創的な何かに、ミレディは極一般的な何とも言えない感じに仕上がるので食べる専門だ。獅子王? 食べる専門である。

 

 オスカーが『燃えてきたぞ…Ⅲ世(オスカー命名)』でウインナーをジュージュー焼く一方で、一行は己のステータスプレートを見せ合う。なお英霊組にはステータスプレートは扱えず、ミレディも無駄だったのでノーカウントだ。

 

 表示できる中で未だに記せていないメンバーのステータスプレートの表示は以下の通りである。

 

 ====================================

 

 ユエ 323歳 女 レベル:79

 天職:神子

 筋力:220

 体力:450

 耐性:100

 敏捷:220

 魔力:9200

 魔耐:9390

 技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法

 

 マシュ・キリエライト 17歳 女 レベル:78

 天職:守護者

 筋力:150

 体力:800

 耐性:9800

 敏捷:780

 魔力:2000

 魔耐:11000

 技能:全属性耐性[+適応][+耐性強化]・強化魔術[+耐性付与強化][+宝具強化]・半英霊化[+■■■][+十三の花の盟約][+■■■の■■]・獣の加護・■■■■■・生成魔法

 

 ====================================

 

 これらを見ると一見、マシュが衰えているように感じるが、これでも知名度補正の減少中だ。しかも防御が完全なるチートである。技能“適応”はあらゆる状況でも長期に渡ればすぐに耐性を獲得できる技能。しかもこれらの獲得した耐性を全て他人に付与できる。

 

 まさしくアシスト型のマシュに、相も変わらず固定砲台のユエ。更にオール型のハジメ、立香に接近型のシアが加わる。英霊組は見れないが、今の所オスカーは宝具の数がチートだし、頼光は武器を扱うことが非常に一級、獅子王も聖槍の一点突破力はこの一行の中でも最高峰だ。全員にブレスレットは配ってあるがために、戦力低下はあまり気にはならない。

 

 それ故に戦力を考え、対ミレディ・オルタの戦いの対策もスムーズに行くというもの。

 

 だからこそ唯一、足を引っ張るポジションなのは…。

 

「で、ミレディ?」

「ッ!!」

 

 ハジメが部屋の隅で縮こまっていたゴーレムに話しかける。すると肩を弾き、一層身を縮こまらせたミレディ。もはやダンゴムシレベルである。

 

「本気でお前…何も出来ないのか?」

「はぅ!?」

 

 胸に何かが刺さったかのように、胸を押さえて倒れた。

 

 そう、ミレディは現状のゴーレム状態では生命活動が危ういまでに魔力量が少ない。本来ならばミレディ・オルタが使用しているゴーレムに魔力を貯蓄しているためだ。

 

 そんなわけで迷宮探索中はハジメの宝物庫に放り込むこととなった。ただえさえお荷物なので、という判断だ。解放者でもあまりお荷物扱いはされてこなかったミレディ的には割とショック案件なのだ。

 

「ごめんなさ〜〜い! 役立たずでごめんなさい! メル姉、どこ〜〜! 早く会いたいよ〜〜!」

「メル…ごめん、誰か分からないんだけど?」

「メイル・メルジーネ。“再生魔法”の使い手さ。…彼女は生粋のお姉さん気質でね。人を甘えさせるのが上手なんだよ」

 

 こちらの世界の知識に浅い立香に、オスカーが遙か遠くを見つめながらメイルについて説明を始める。オスカーの反応からやはり只者ではないことが分かる。…様々な面から。

 

 一行はこれ以上、ミレディが誰かに甘えるとダメになりそうな予感しかない為、絶対に合わせないことを決意する。

 

 そうして会議は滞りなく進む。会議がほぼ終わる頃には全員の皿から食材は無くなっていた。オスカーはそれら一つ一つを取りながら、食洗機(アーティファクト)に突っ込んでいく。

 

「シア、それでお前用のアーティファクトの調子はどうだ?」

「は、はい! 絶好調ですぅ! ええっと名前が…」

「戦鎚がドリュッケン、籠手がブレッヒェン。そんでブーツがゲシュヴィントな」

(ハジメも大概、厨二だよな)

(ああ。ネーミングセンスが、ね?)

「おいこら、立香にオスカー。聞こえてるからな。ドイツ語引用してるだけだ。ドイツ語はゲーマーには一般ステータスだろうが。あとオスカー、テメェにはネーミングセンスのことは絶対に言われたくねぇよ」

 

 つまりはオンラインゲーでドイツ語が必要になるレベルまでコイツは行ってたのか…と即刻理解する立香。なお立香は立香でカルデアによりドイツ語などとうの昔に習得しているので、人の話はあまり言えない。

 

 一方でどうやら己のネーミングセンスに誇りを持っているらしいオスカーが断固たる意志で抗議する。

 

「僕のネーミングセンスの何処が悪いっていうんだい!?」

「じゃあ、今テメェが使ってる食洗機の名前言ってみろ」

「『汚れ死すべし卿』がどうかしたのかい?」

 

 この際、オスカーの顔はドヤ顔である。顔には「君の武器の名前も付けてあげようかい?」と書いてある。死んでもお断りである。

 

 そして現実はオスカーに非情である。

 

「……ハジメの勝ち」

「それはねぇですぅ〜」

「オスカー、認めよう。ハジメも許してくれるって」

「流石にオスカーさんのネーミングセンスは異常でして…」

「…母の包丁の名前は死んでも付けないでください」

「…我が聖槍には『ロンゴミニアド』という名があるからな」

「オーくん。流石にこればかりは…」

「な、何故!?」

 

 オスカーが膝から崩れ落ちる。全員の「名付けヤメロ」的な視線が堪えたようだ。

 

 そうやって割とのんびりと時間を過ごしたハジメ達。

 

 

 ーー迷宮突入まであと…




次回から遂に迷宮突入です!
ワクワクドキドキ、ミレディ大迷宮始まるよ!


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突撃! ライセン・オルタ大迷宮!

さあ、ついに迷宮編開幕です!
…とはいえホントにちょっとだけだけど。
次回からが本格的な散策です。
ごめんね!


 ──ハジメside

 

 一泊して後、【ライセン大迷宮】の入り口を探していた。探し出す手段としては主にハジメの“解析”とオスカーの眼鏡に頼りっきりとなっている。これが割と手間。更にマフラーによる、魔力の分解作用の妨害があるのはいえ、オスカーのマスターとしての魔力の消費量が凄まじい。それにより怪物ステータスのハジメとはいえ、少なくない疲労を見せていた。

 

 最初の頃はてっきりミレディが案内してくれると一行だったのだが、

 

「ミレディちゃんはね、迷宮とは己で見つけることにこそ浪漫があると思うのだよ…」

 

 と言って、視線を凄まじく地平の彼方へと向けたミレディから推して知るべし。オスカーも大まかな場所は知っていても、流石に自身の迷宮以外は管轄外のためか、詳しい場所は分かるはずもない。

 

 そんなわけでとりあえずハジメがアイアンクローをミレディに決めてから、探索を決行した結果がこれだ。未だにミレディは思い出す様子はなく、一行も入り口を探し出せずにいる。

 

「…たくっ、ミレディ・オルタの奴が壁突き破って来ればいいんだがなぁ」

「それは無いだろうね。恐らくあちらのミレディの目的は主に僕とミレディ、特にミレディの始末だ。それに邪魔なのが君達だからね。わざわざ地の利を捨てるなんて事はないだろう」

「あんときゃ冷静を失ってたみたいだが、今回もそうだって保証はねぇだろうしな」

「途中で追いかけてこなくなった理由も、わざわざ追いかけるよりも必ず来るであろう僕達を確実に仕留めるようにしたんだろう」

 

 ハジメとオスカーが壁にもたれながら、少し休憩を行なう。手に持つのは立香が持っていた『エリクサー』という名の概念礼装。エリザベート・バートリーから受け取った品物のようで、マズイとはいえ神水に勝つとも劣らない魔力の回復作用がある品物。ただし神水以上に回復速度が緩やかな上、やはりマズイのがデメリット。ハジメは奈落での魔物肉の影響で味覚が麻痺しているが、家庭力の高いオスカーは吐き出しそうだった。

 

 なおこの概念礼装は消費物ではあるが、エリザベート・バートリーが一定周期で作ってくれるらしい。しかし最近はアイドル営業が忙しく、あまり作ってくれないようだが。

 

 英霊がアイドルをしているという新たな疑問がハジメには芽生えたが、敢えて無視する。立香が「ネロもエリちゃんも歌が個性的(・・・)でいいよ!」と言っていたが、その他カルデア側三人が微妙な顔をしていたことからハジメの警鐘が最大限で鳴ったので、無視をせざるを得ない。

 

 なおアイアンクローをし終わったミレディに対する処遇は『しばらく宝物庫行き』という厳しい物。割とミレディは泣いた。

 

「あら、ここにおられましたか。ハジメさん、オスカーさん」

「お? 頼光、どうかしたのか?」

「ご飯かい? 頂こう」

 

 今日の昼御飯の担当は頼光だ。そして丁度時も昼時。二人の腹も空いていたことから食いつく。

 

 されど頼光は頰に指を添えて、言外に困ったかのようなポーズを行う。頼光のようなお淑やかな女性が行うと非常に様になるわけだが、取り敢えず話を聞きたいので無視する。

 

「シアさんが…その…お花摘みをしていらっしゃった合間に…」

「お花摘み? こんな峡谷でか?」

「ハ・ジ・メ・さ・ん?」

「…すまん」

 

 恐るべきは頼光の威圧感か。スマイルなのにやけに明瞭な気迫を感じる。デリカシーの無いハジメさんは冷や汗をかきながら、そっぽ向く。マフラーを通して香織も叱咤してくる。流石にそうとなれば謝らずにはいられないというものだ。

 

 別ベクトルに移った空気を頼光が咳払いで霧散させ、戸惑ったような感じを醸し出した。

 

「それで続きですが…シアさんがお花摘みをしに行った先で、見つけたのです」

「見つけた? 何をだよ?」

「…まさか」

 

 何やらオスカーが気がついたようで、腹を抑え込み、小刻みにプルプル震え始めた。ハジメは持ち前のスルースキルで無視する。

 

 だがオスカーの前触れ、それはある種の波乱の幕開けである。

 

「迷宮です」

「………は?」

「ライセン大迷宮です」

「…………………は?」

「…やっぱりか」

 

 頼光がやはり眉をひそめ、「あらあらまあまあ」と頰に添えること似合うこと似合うこと。

 

 ハジメは凄まじくこめかみを押さえた。歯噛み、何やらを堪えている。恐らくは目眩でもしているのではなかろうか。

 

 オスカーはもう慣れたもので、呆れたように溜息を吐いた。まさか己達が作り上げた迷宮が、そんな恥ずかしい諸事情により見つかることになろうとは生前思わなかっただろうか。

 

「…兎に角、行くか。本物か試しに行くぞ」

「だね。本物ならば一目で分かるだろうからね」

「…分かるものなのか?」

「ああ。君にでも分かる」

「…そうか」

 

 げんなりとしながらも、目的地を見つけられたことを喜ぶハジメ。同時に今までも己の苦労が何だったのかと思わずにはいられなかったがそこはそこ。

 

 ようやく迷宮の入り口に立つことが出来ることに少し喜びを覚えずにはいられないのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──立香side

 

 頼光がハジメを呼びに行っている間、立香達は峡谷の壁の下側を見つめていた。そこには掘られた文字があるのだが…。

 

「…ミレディ卿をここに。彼女と多少話がしたい」

 

 獅子王が聖槍を持し、愛馬に騎乗。そして向日葵の魔力光を煌々と放った。その瞳もかつて立香が相対した頃の冷たいものとなっており、非常にミレディの命が危ぶまれる。

 

 ミレディのウザさが天元突破しているとはいえ、迷宮の本来の主がオルタよりも先にあの世に行くなど流石にアウト案件だ。どうなるか分かったものでは無い。

 

 故に立香が動いた。

 

「落ち着いて、獅子王。確かにふざけ過ぎだけど…あの人は病気だから。ランスロットとかガヴェインレベルで死ななきゃ治らないから」

 

 立香は獅子王を自然な動作で馬から降ろし、その頭を撫でる。見事なことに冷徹な表情がどんどん溶け始めていく。

 

 獅子王が猫王となり、立香の膝下でゴロゴロし始めた一方で、立香は獅子王がマジ獅子王し始めた理由である石板に目を向けた。文字は女の子らしい丸っこいもの。

 

『さあさあようこそ、ミレディ・ライセンの大迷宮へ! お入り口は右側から! ちょっと小さな小窓からだよ! あ、贅肉ある奴はム〜リ〜。置いてきぼりだね、おデブちゃん! ププ』

 

 これである。

 

 獅子王は生真面目な分、この文の煽りをダイレクトに食らってしまったのだ。…立香的には長所だが、獅子王的には少しコンプレックスがあるのかもしれない。

 

 なお小窓のサイズは立香やハジメは兎も角、女性ならば少し胸があればつっかえてしまうレベル。獅子王や頼光よりはまだ無いマシュも余裕でつっかえるぐらいだ。ミレディ自身の私怨が見て取れる。生前のミレディはどれだけぺったんこだったのか…。

 

 ちなみに普通に入れるであろうユエもユエで腹が立っている模様。…いや、深度ならばユエの方が深いか。ハジメのジゴロ力にミレディの命はかかっている!

 

 すると獅子王にばかり構う立香の脇にマシュが座った。そして頰を立香の肩に乗せる。構って欲しいというマシュのおねだり。勿論、立香に拒めるわけがない。獅子王に膝枕をする一方で、マシュの肩を抱き寄せる。

 

 瞬く間に二重に構成された桃色空間。ユエは柳に風と受け流すが、シアは「ハジメさんといつか…」的な感じで遠くを見る。ハジメはユエか香織でないと極力ボディータッチは認めない為、シア的には悲しいのだ。

 

 一方でマシュは立香の腕の中で嬉しそうに胸に顔を埋めながらも、本当に不思議そうに石版を眺めていた。

 

「本当にミレディさんは『解放者』のリーダーなのでしょうか?」

「うん、それに関しては全面同感だけど」

「オスカー卿の方が何百倍も向いていると思うのだが…」

 

 マシュと獅子王のミレディに対する尊敬ゲージが相当下がりつつある。確かにミレディ、今の今までほぼ『解放者』のリーダーらしき言動が少ない。

 

「まあミレディも俺と同じ様にいざって時にはやる系なんだと思うよ」

「先輩! 先輩をミレディさんと一緒になさらないでください!」

「それはマスターに惚れている我々に対する侮辱であるぞ?」

「…二人ともミレディ、嫌いすぎない」

「嫌いではないのですが…」

「あまり尊敬はできぬのだ」

 

 相当批判を浴びている模様。お疲れである。

 

 立香的には「多分、黒髭みたいなタイプだと思うんだけどなぁ〜」という印象なのだが…そういうタイプはマジな面を出さないとマジで呆れられる一方なので、早急にミレディには頑張ってほしいものだ。

 

「おーい、立香。マジで見つけたのか〜?」

 

 立香がイチャイチャしている合間、シアがお姉さんなユエに撫で撫でして貰っている合間に、ハジメ達も頼光の案内の元、二輪車を操作して現れた。立香は後で乗る事を固く決意した。

 

 それはともかく、立香はそれに応えようと口を開けかけた。しかしそれよりも先にハジメの足元に小さな影が迫ることとなる。

 

「……ハジメ、ミレディを出して?」

「ユエ、何があった。妙に殺意があるが…」

「……いいから早く」

 

 ユエさんである。後ろに雷龍を背負い、指輪効果でほぼ実力通りの魔法を発動出来ちゃうユエさんである。溢れるプレッシャーが凄まじい。

 

 ハジメは立香に視線を向けてきた。ユエの起こっている理由を尋ねてのものだ。アイコンタクトで立香も、石板の位置と内容を伝えると、納得したように頷く。そしてユエを抱きしめるようにして、頭を撫でた。

 

「……ハジメは大きい方が、好き?」

「前も言ったが、俺は好きな相手ならどんな風でも構わない」

「……むぅ。またそうやって誤魔化す」

「ああ。幾らでも構ってやるから、誤魔化されてくれ」

「……ん」

 

 ユエがハジメの胸板を椅子のようにして、ちょこんと座る。そしてハジメは軽くユエの首に腕を回した。あまり接触していない点が非常にヘタレである。

 

 とはいえ、基本的にはそういった行動も少し避けているハジメなので、ユエは嬉しそうに口元を綻ばせた。

 

「私も構ってぇええ! ですぅ!!」

「喧しいわ、ウザウサギ!」

「……今回ばかりは来るな、バカウサギ」

「(シャキン!)」

「みなさんが虐めるですぅ! あんまりですぅ!」

 

 マフラーもハジメの首でくるくると上機嫌に回っているので、実際に構ってもらえてないのはシアだけである。立香もイチャコラしていることから、さらなるダメージがある。ちくせう、リア充裏山。そう言った感じである。

 

 一方でオスカーはオスカーで石板の方をじっくりと見つめていた。その筆跡とほとばしるウザいまでのワードチョイスを一通り確認。そして満足気に頷くと、オスカーは感嘆の呼吸を吐いた。

 

「うん、これはミレディのだ。決してあんな紛い者の文じゃ無い」

 

 どうやらオルタの方か、それとも本物か確認していたらしい。

 

「ん? 文から分かるものなの、オスカー?」

「ああ。あんな紛い者が…仮にもウザかったとしよう。だが所詮は贋作、本物のウザさには敵うことはない。そして僕は誰よりも近くでミレディのウザさを目の当たりにしてきた自信がある。ミレディの書いたウザ文章ならば読解できる自信がある」

 

 変な自信である。ハジメが煩わしそうに耳を抑え始めた。恐らくは宝物庫の底からウザいレディの叫びが“念話”で木霊していることなのだろう。

 

「…なんだい?」

「へ〜。『誰よりも近くで』…ねぇ〜」

「ハッ。テメェも人並みには面白ぇ所、あるじゃねぇか?」

 

 しかしその一方で、男子二人はオスカーにやけに優しい目線を向けた。オスカーは日頃、己が受けることはない視線の猛襲に狼狽え、僅かに退いた。それに続き、女子の皆様も微笑ましそうに笑っている。

 

 オスカー的には普通に真剣に言ったことだったのだが、その言葉は聞けば告白と誤解せずにはいられないもの。言外にミレディの一番だという事を主張しているに他ならない。

 

 こう言った事をさらっと言うのが、立香達と同類である証拠に他ならない。

 

 だがそう言ったことに僅かにも気がついていないオスカーは更に墓穴を掘る。

 

「いや、確かに『解放者』のメンバーでミレディが仲良くしていた人は多い。メイルやキアラとは女子会で良く遊んでいたからね。それでも僕は彼女の『最初』で『一番』の『相棒』だったと思っている。それに彼女の為ならば『地獄にでも共にする』と誓ったからね。…だからミレディの贋作如きが、ミレディに『及ぶはずがない』なんて『すぐに』分かる。勿論、ウザさもね」

 

 何を誤解したのか、オスカーは自身がどれほどミレディの近くにいるのか、そしてミレディがどれほどミレディ・オルタとはかけ離れているかを語り始めた。

 

 ハジメがプルプル震え、顔を真っ赤にしながら立香にアイコンタクトで伝えてくる。「ミレディがクソほど面白い」と。恐らく宝物庫の中で悶えているに違いない。

 

 そしてますます優しくなった視線の数々。オスカーは解せぬといった表情で困惑せざるを得ない。

 

「さて、オスカーとミレディに関しては後々追求するとして…」

「ああ。取り敢えず入るか」

 

 男子二人は『絶対にオスカーをこの手で弄ってやる』と確固たる決意をし、再び目の前の迷宮に目を向けた。あらかた装備も確認しているし、ハジメ達の魔力も回復した為、特にと言った問題はない。

 

 だがある種の問題としては、目の前の小窓である。先程も言ったように、胸の無い人間ならばこの小窓から楽々で入れる。

 

 そう、胸の無いものならばだ。

 

 男子的には何の問題もないが、女子は非常にダメージが大きい。入れるならば、己の装甲の弱さを改めて実感させられる。

 

 だが入らなければで、逆に入り口メッセージの『デブ』を僅かに食らうこととなる。しかも恐らく無理であろうメンバーが、ほぼ全員純粋な心の持ち主。割とこう言う幼稚な攻撃でダメージを負う面子ばかりだ。

 

(…どうする? ハジメ?)

(…取り敢えず“解析”して、他に入る方法がねぇか確認するわ)

(サンキュー、ハジメ。出来れば…)

(ああ。他の方法が見つかることを祈ろう)

 

 ハジメはこの状況を何とか打破するために魔術に頼った。小窓の横辺りにある壁に手の平を押し当て、紅の光を放った。

 

 ベヒモスとの戦いの時の“解析”とは明らかに次元が異なっている。それほど繊細でかつ無駄がない。魔術に振り回されることなく、己の手中に収めている証拠だ。

 

 そしてその間僅か数秒。ただしハジメはその数瞬で何かを理解したようで、こめかみを少し揉みオスカーの方を見て一言。

 

「お前ら本当に性格悪いな」

「何のことだろうか?」

「…いや、こりゃミレディ個人の悪ノリか? ま、それでも大なり小なりお前も関わってそうだが」

 

 そう言いながらも訳がわかっていない立香達の方を向き、そのまま二、三歩進むと足で軽く地面を叩き、音を鳴らした。

 

 ──ゴォン、ゴォン

「「「「「「………」」」」」」

 

 それは明らかに重厚な金属音。勿論、峡谷の大地からこんな音が鳴るわけは無い。つまりは隠しルートである。

 

「あっちの小窓から馬鹿正直に入れば、罠だらけの地獄だ。魔法があっても対処がむずいぐらいにな。で、この下に隠された扉が本物って訳だ。あの石板の文字のせいで勝手に入り口を誘導されてるところがどうもイヤらしいな」

「正解だ。流石はマイマスター。まあ、僕個人としてはあっちのルートで行ってくれても構わなかったのだけれどね。どうやって攻略するか見てみたかったのだけど…」

「断る。ミレディ・オルタとの戦いが控えてんだ。少しでも消耗は避けたいってもんだろ?」

「その判断が妥当だろうね」

 

 迷宮の、それ以上に『解放者』のいやらしさに一行全員が驚愕したり、感心したり、呆れている一方でハジメがその凶悪な罠の解説を始める。

 

 そして立香は今まで以上の罠の多いだろう、目の前の迷宮を見て思わずにはいられなかった。

 

「…ハジメ、頼む」

「ああ。…戦闘面はマジで任せた」

「了解。代わりに罠とかマッピングはお前に全部任せる」

「それが妥当だろうな。…たく、予想以上に面倒そうな迷宮なこって」

 

 この迷宮は【オルクス大迷宮】以上に罠が多いと確信し、“解析”を持つハジメに全信頼を授かることにした立香。立香もいやらし〜ような修羅場を潜り抜けた覚えはあるが…ここはそれ以上に思えたからだ。

 

 ハジメも賛同してくれたが、戦闘面ではハジメという戦力が大きく削がれることとなった。オールマイティーなハジメの力は是非とも欲しい所なのだが、仕方のない話である。

 

 そして更にこの嫌らしい迷宮を潜り抜けてもミレディ・オルタがあることを考えると、本気で嫌らしい布陣である。散々集中力を削いだ上で、神代級のラスボスが満を持して登場。

 

「やっぱり、一筋縄じゃ無理だろうな〜」

 

 今まで平穏で済んだ覚えがない立香の戦いの数々。そして今回も例外ではないだろうと、どうしてもそう呟かずにはいられない立香なのであった。




そんなわけで探索前半ではハジメは“解析”集中です。
なお原作よりもトラップの質も向上しております。
ミレディちゃんの真心です!
ハジメ「いらねぇよ!」
ユエ「……なんて余計な」
シア「ふざけんな! ですぅ!」
ま、原作通りだったら魔法ある時点で、難易度クソ低だから…是非もないヨネ!

にしても調べたんでけど、解放者の大方の性ってドイツ語なんですね!
オルクス…冥府
ライセン…引き裂く
グリューエン…赤熱する
メルジーネ…水の精
シュネー…雪
ハルツィナ…『ハルツィナツィオーン』から幻覚
という感じのようです。
ドイツ語素人だから、あくまでもネットからの引用です。
それにしてもメルジーネが水の精ってwwww

ところでバーンは何だろ?
調べても出てこんかってんけど…知ってる人、います?


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ミレディ・ライセンェ 〜オルタを添えて〜(前編)

遅くなりました!
ウザい文章盛りだくさん!
こっから作者の悪ノリ全開だぜ〜〜!!


 ──立香side

 

 ライセン大迷宮はたとえハジメのアーティファクトがあろうと、厳しいことには変わりはなかった。

 

 迷宮内での霧散効果は更に増しており、結果魔法の効力は六割ほど。それでも無理さえすれば上級は扱えるほどなので、まだマシなのかもしれない。ただし、魔力量がその場合かなり増すため、あまり得策とは言えないのが事実。

 

 神水や神結晶シリーズがあるとはいえ、数に限りがある上に回復薬を兼ねた神水と、一瞬で魔力を回復できる神結晶シリーズはあまり乱用は出来ない。

 

 また陰湿な罠も多く、殺意割増のものばかりである。ハジメの“解析”が無ければ死に至るほどである。たとえ魔法があろうが、である。本来の迷宮の難易度とはかけ離れているらしく、一般人ならばクリアできるはずもない。

 

 この迷宮においてはやはり魔法の使用と罠の察知が重要となる。外部に出す魔法であれば霧散されるため、できるならば“身体強化”などの類の方がこの迷宮攻略においては重要となる。

 

 となれば“身体強化”特化型かつ、魔力とは異なる『気』を操れるシアはこの迷宮でのキーポイントとなる。また、この迷宮の構造を理解できるハジメも攻略の基軸である。

 

 で、そんな二人はと言うと…

 

「殺ルですよぉ……絶対、住処を見つけてめちゃくちゃに荒らして殺ルですよぉ」

「落ち着け、シア。ミレディは俺の宝物庫にいる。…つまりはいつでも始末可能だ。今はオルタの方に殺意を練ろ。まずは生爪を剥がして、そっから指の皮を削いでいき…」

 

 かなり思考がバーサークしていた。

 

 シアの方は大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。明らかにキレている。それはもう深く深~くキレている。言葉のイントネーションも所々おかしいことになっている。身体中から気を滾らせている点も恐ろしい。

 

 一方でハジメは少し顔を青くしながら、右手に錬成失敗型謎のアーティファクト:モブおじさん、左手にリ○ビタンDみたいな魔力回復役の瓶を握りながら、拷問とも言えるWミレディへの報復方法を呟いていた。モブおじさんからは異様な雰囲気がモワモワーン。そしてハジメもかなりキレていた。

 

 その後ろではユエが二人をゆさゆさとしながら、「落ち着いて、落ち着いて」と珍しく慌てている。マフラーさんもアワアワしている。だが二人は意に返さず。ひたすらに苛つきを重ねていく。

 

 二人がキレているその理由は、ミレディ・ライセンの意地の悪さとミレディ・オルタのアレンジが主な原因となっている。

 

 二人の気持ちはよく分かるので、何とも言えない一行皆様。凄まじく興奮している人が傍にいると、逆に冷静になれるということがある。一行の現在の心理状態はまさにそんな感じだ。現在、それなりに歩みを進めてきた立香達だが、ここに至るまでに実に様々なトラップや例のウザイ言葉の彫刻に遭遇してきた。もし二人がマジギレしてなければ、立香を除いた全員がキレていただろう。なお立香も苛立ちはするだろうが。

 

 遂に、「フヒヒ」と奇怪な笑い声を発するようになったシアと社畜みたいな感じでリ○ビタンDを常時摂取するハジメを横目に、立香はここに至るまでの悪質極まりない道程を思い返した。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──ハジメside

 

「…構成物質…解明」

 

 早速、見つけた下の隠し扉に“解析”を施し、扉の先の仕組みを探ろうとするハジメ。下の扉に手を付けて、魔力の波紋を広げていく。

 

 されど結果は不可能であった。封印石を凄まじく圧縮した扉はライセン大峡谷の土地の影響もあってか、魔力を霧散させていく。マフラーの分解阻害効果でマシではあるが、扉周辺の情報しか拾うことしか出来なかった。

 

「チッ、ぶっつけ本番ってか。あっちの扉よりは幾らかマシとは思いてぇもんだが…どうなることやら」

「では罠の可能性もあるんですね。では、皆さんに防御のバフを施しておきます」

「サンキューだ、キリエライト」

 

 一行全員を白百合の魔力光を包み込んだ。マシュの技能としての防御壁だ。プラスで立香も“聖絶”を付与する。

 

 防御にゆとりができたハジメは床下の扉に手を掛け、引き上げる。扉がギギギッと錆びた音を鳴らした。歴史のある迷宮としての雰囲気を改めて感じ取ることができた。

 

 そして現れる立方体の部屋。緑光石とはまた違う鉱石が淡く光を放ち、一行を迎え入れる。そして意を決した上で一行が一歩目を踏み込んだ、その時だった。

 

 ──ガコン

「「「「「「「…は?」」」」」」」

 

 玄関の床のブロックの一つがハジメの体重で沈んでしまっている。思わず解放者メンバー以外全員が困惑の声を上げ、ハジメの足元を見る。

 

 そして続いて──

 

 ──シュシュシュッ!

 

 明かりの届かない暗闇の先から鉄製の矢が飛来する。ハジメは“解析”ですぐさまにその矢の頑丈さを見抜き、義手に“強化”を施して矢を叩き落とした。首元に来た矢もマフラーさんが絡めとり、受け止めた。

 

 また立香はアイゼンで、ユエは魔法で、その他のメンバーも各々の武器で矢の攻撃を無効化していく。

 

「ふん、この程度か。大したことねぇな」

「まあこの先にはもっとヤバいのあるだろうけどな」

 

 ハジメの義手に宿っていた魔力光を消し、立香もアイゼンを片手盾へと変形し、次の道のりに進もうとする。一刻も早く、攻略したいというハジメの意思の表れである。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、立方体の部屋で、奥には真っ直ぐに整備された先の見えない階段が伸びていた。そしてハジメ達のすぐ横には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

 “ビビった? ねぇ、ビビっちゃた? まさかまぁ…チビってたりして? ニヤニヤ”

 “それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ、情けな〜い♪”

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 ハジメの内心はかつてないほど荒だっているかもしれない。己の根幹にある檜山への復讐心を完全に忘れるまでとなると、本気でいつになく感情的だ。

 

 また一行全員の想いもハジメ同様、一致している。すなわち「うぜぇ~」と。わざわざ、『ニヤニヤ』と『ぶふっ』の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

 

 立香だけは「あー、こういうことってよくあるよね」と言っている。ハジメには立香の精神耐性の原因は分からないが、カルデアが本気で混沌としていることだけはわかった。

 

 ──チョロロロ〜

「…ん?」

 

 その前に何かが流れる音が狭い迷宮の廊下で響いた。続いてやけに暖かい白い蒸気がハジメの背後から。

 

「…まさか」

 

 ハジメが顔を引攣らせるが、それでもまさか、と背後を見る。他のメンバーもそれに続いた。

 

 結果は、案の定だった。

 

「…へあっ!? みみみみみ見ないでください、ハジメさん! ユエさん助けてぇ〜〜!!」

 

 そう、案の定シアの足元が非常に濡れていた。その水源は言わずもがな。シアのミニスカートが水でベッシャリとしているから悟れるというもの。開幕トラップの恐怖で決壊しちゃったのだろう、凄まじい量だった。

 

 一応、矢は刺さっていない。服にも傷がないことから紙一重で避けることはできたのだろう。しかしそれはこれ。これはそれ。戦闘感で避けるまではできても、己の内にある感情は制御しきれなかったに違いない。でなければ、恐怖で漏れるという現象は起きるはずもない。

 

「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。よくあることだって…」

「ありまぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

 

 女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。もっとも、出会いの時点で百年の恋も覚めるような醜態を見ているので、ハジメとしては今更だった。なので、特に目を逸らすこともなく呆れた表情を向けている。それがシアの心を更に抉る。

 

「……動かないで」

 

 流石に同じ女として思うところがあったのか、ユエが無表情の中に同情を含ませてハジメからティッシュやら魔法式ドライヤーを受け取った。

 

「……あれくらいでビビらない。未熟者」

「面目ないですぅ~。ぐすっ」

「……ハジメ、着替え出して」

「あいよ」

 

 ユエから言われ、宝物庫からシアの着替えを出してやると、シアは顔を真っ赤にしながら手早く着替えた。

 

 そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

 

「…おーい、シア?」

「……大丈夫? シア?」

「し、シアさん?」

 

 顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。ハジメ達の狼狽える声にも耳を聞かず、暫く無言だったシアは、おもむろにドリュッケンを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。

 

 よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いでドリュッケンを何度も何度も振り下ろした。

 

 すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

 “ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!!”

 

「ムキィ──!!」

 

 シアが遂にマジギレして更に激しくドリュッケンを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃音が何度も響き渡る。

 

 すると更にシアの精神に追い討ちが掛かる。

 

『プップー! この迷宮で漏らした人、何だかんだで初めて見たよ〜! 流石はウサギちゃん! ねぇねぇ、どんな気持ち? 初恋の人の前でとんでもない醜態を晒した気分は!』

「………」

 

 宝物庫に入ってるミレディさん本体である。彼女には迷宮のシステムについて少し助言をして貰うために、予め『念話石』をゴーレムに組み込んだのだが、まさかシアを追撃する結果となるとは。

 

 もはや怒りが人間の許容点を超えてしまったためか目が死に出した。先程までの破壊行動も止まり、地面に倒れた。

 

「シア!?」

「シアさん! 回復してください!」

 

 これには流石に心配したのかユエが駆け寄り、マシュが回復薬を取り出した。状態異常の心配などもあってである。

 

「うぇ〜ん。もう、死にたいですぅ。いや〜いや〜。もういや〜。地面に埋まってノミにでもなりたいですぅ〜」

「あ、これ……」

「ミレディさん…」

 

 ミレディのあんまりな連撃によってシアのSAN値が直葬したらしい。四肢をジタバタしながら、えずきだした。涙も流して、言葉が幼稚に戻ってしまっている。非常に危ない状態だ。

 

 バッドステータス:SAN値ピンチ\(^^)/は相当に堪えるらしい。頼光が膝枕であやしている。溢れ出る母性でシアが「母様ぁ〜!」と抱きつく。頼光は更にナデナデを倍増。天国から「母は私よ!?」という慟哭が聞こえてきたような気がしなくもない。

 

「とりあえずミレディ、これ以上はテメェ黙れ」

『うっ! そんな有無を言わさないような感じで…酷い! まるでミレディちゃんを邪魔者みたいに…よよよ』

「ガチで邪魔だから言ってんだよ。これ以上ウザい真似すんなら…」

『なら? どうするってんだい〜? ミレディちゃんは絶対無敵! 倒そうと第二、第三のミレディちゃんが──』

 

 シアが初っ端から精神ダメージを負うという事態に、ハジメはミレディを黙らせる方向に出た。後々、ハジメ自身にも影響が出そうだからでもある。

 

 もちろんミレディはルンルンである。シアの反応が見事にミレディの琴線に触れたらしい。つまりは「よっしゃ! 良いカモが来た! グレイトな反応だぜぇ〜!」ということだろう。たとえ偽物の己に有利になるとは分かっていても、そんかカモを流すつもりは毛頭ないらしい。ハジメ的には、こんなのと行動を常に共にしていた解放者達に尊敬の念を抱かざるを得ない。

 

 だからこそ、ミレディは一向に辞めるような気配は無かった。そう──

 

「オスカーに先ほどの攻め地獄を頼むぞ?」

『調子のってすんませんでしたっ!』

 

 相手がオスカーでない限り。

 

 急速な対応転換。ミレディは宝物庫の中で見事な土下座を決めた。

 

 ある種、オスカー相手はミレディ的には非常に分が悪い。先ほどの天然ジゴロ発言もといミレディの黒歴史をあれこれ知っている。となれば今度はミレディが発狂するのは目に見えている。オスカーのミレディ取り扱い検定特級は伊達ではない。

 

 兎も角、ここから先は迷宮の方だけに集中できそうだと安心しきっていると、今度は立香が不思議そうに首を傾けた。

 

「なあハジメ。オスカーに霊体化、命じたのか?」

「ああん? んなわけねーだろ。ずっと実体化を継続させて──あ?」

 

 そこでハジメはようやく気がつく。オスカーの姿が迷宮内にないことに。誰かの後ろに隠れている、というイタズラではない。事実、マスターであるハジメにはオスカーの状態が把握できた。

 

「…オスカー、何でテメェはモードレッドみてぇに人魂になってんだ?」

 

 そう、オスカーはハジメの周辺で陽光の玉となり、フヨフヨしていた。その姿はオルクス大迷宮でカーグにより無力化されたモードレッドによく似ていた。違う点は霊基自体に影響は無い、という点である。

 

 つまりはオスカーの任意で霊体化しているということに他ならない。それはこれから多くでも戦力の欲しいハジメからすれば、オスカーの反意を買った覚えもないので、あまりにも不可解な行動だった。

 

 しかしそんなハジメの訝しむような視線にオスカーもまた少し不機嫌そうに、“念話”で意思を伝え始めた。

 

『失礼だね。僕も成りたくてこうなったわけでは無いんだよ?』

「俺が命じた覚えもないんだが?」

『ないだろうね。事実僕にも、君がそう言った覚えはないよ』

「あ゛あ゛? なら何がお前をそうさせてんだよ?」

 

 話せど話せど増すのは疑問ばかり。思わずハジメの口調が荒くなる。余波でシアが少し肩を震えさせた。…また決壊したわけではないだろうと思いたいものだ。

 

『そうだね…とりあえずこの迷宮の壁を“解析”してみたらどうだい? 恐らくはアーティファクトが原因だろうからね』

「…たく。──トレース・オン。構成材質、解明」

 

 オスカーの推測に、ハジメは本日多めの“解析”を行使する。魔力の節約の為、魔術の詠唱も加えている。迷宮自体のシステムへの“解析”の為か、魔力の量も膨大。ハジメの額から汗が垂れる。

 

 それでもなお、ハジメは“解析”を終えた。そして「ほう…」と関心したような声をひっそりと上げた。そして立香達の方を向く。

 

「それでどうだったんだ? ハジメ?」

「ああ。…対『解放者』宝具ってとこだな。『解放者』限定デバフってところだろ。どういう原理かは知らんが、恐らくはオルタの野郎がつけやがったんだろ。弱ったオスカー達を殺そうとでもしたんじゃないか? あの時みてぇに出てこずに我慢したのはそれが理由の一つだろうな」

 

 明らかにミレディ・オルタの目的はオスカー達だった。そしてオスカー達がミレディ・オルタという異常を逃すはずがない。故に己のテリトリーに連れてきて、弱った解放者とついでにハジメ達を殺そうとしたわけである。

 

 もともとオスカーは戦力として考えられていたので、そこから考えれば痛い話だ。ミレディ同様、ナビゲーターとしての役目となるだろう。

 

 するとそこでハジメが少し眉をひそめた。そうかと思えば、背景に『ゴゴゴ』と擬音が鳴りそうな感じで不機嫌となった。

 

「…ハハハハハハッ!!」

「……ハジメ?」

「おーい。ハジメさーん? どうしたー? 何があったー?」

 

 いきなり発狂し始めたハジメに、ユエと立香が呼び掛けを始める。黒い面に入った方の笑い方だ、明らかに。

 

 二人が宥めても全くもって直る気配はない。「ライセン大迷宮の犠牲者がもう二人目に!?」と一同が慌てる中、ハジメが不敵な笑みで虚空を睨みつけた。勿論、その先は壁である。

 

 どういうつもりか一切分からない一行は、取り敢えずなるようになれと思ってみる。

 

 するとハジメの宝物庫が輝いたかと思うと、オルカンが取り出された。まさかの破壊兵器、ここでの再誕である。ミサイル兵器がこの密室で登場である。全員、「まさか…」的な表情をしながら防御体勢を取り始める

 

 そして瞳孔を開きながら、ハジメは叫んだ。

 

「誰が厨二だ!? ミレディ・オルタぁ──!!!」

 

 ──ドゴォオオオオン!!

 

 ライセン大迷宮の壁にミサイルを次々とぶち込んでいく!

 

 オスカーの指導の元、感応石を込めてあるミサイル故、指向性を持って壁だけを一切合切破壊していく。

 

 余波が立香達を炙るが、マシュの防壁はそんなものには負けはしない。

 

 そして防壁の外で更に弾幕を追加していくハジメを見つめながら、立香はようやくハジメの発狂の理由を悟った。

 

「…壁の奥に、あったのか。ハジメ用の煽り文章」

「……ん。“解析”対策」

「ミレディ・オルタも害悪ですぅ!!」

「そもそも私達とミレディ・オルタさんはほんの一瞬だけしか戦っていないというのに…あの短期間で、ですか」

「…もはやミレディ・オルタは人類悪なのでは?」

「うふふ。…塵にいたしましょう、そのような蟲は」

『君はどうなろうと変わらないということか、ミレディ』

『…何のことか分からないよ、オーくん』

 

 用意周到と言うべきか、無駄にハイスペックと言うべきか。はたまた蛙の子は蛙と言うべきか。

 

 兎も角、ミレディ・オルタの手が加えられたこの迷宮は一悶着では行くはずもないのだった。…心身どちらもの意味で。





【挿絵表示】

ルナのイメージです。
アナログな上に白黒なので凄く見づらいです。
あと雑。
その覚悟が出来たものだけがこの挿絵を開けてヨロシク。
…ま、イメージだからそれ以上は皆様の脳内フィルターでヨロです。
多分、オリキャラが来るたびコレやる。
文章だけでは私が不安だからだ!


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ミレディ・ライセンェ 〜オルタを添えて〜(中編)

ヘイ!
投稿!
次回でネタ的なライセン大迷宮は終了!(だと俺が信じてる)

文化祭の台本書いたりと大変で、こっち進められず申し訳ない。
分身、出来たらいいのに…。


 ──立香side

 

 シアが、精神状態を頼光ママンにより安静させた後。ついでに言えばハジメが、壁を一通り壁に八つ当たりを終えた後。立香達は道なりに通路を進み、とある広大な空間に出た。

 

 そこは、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくごちゃごちゃにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、本当にめちゃくちゃだった。

 

「お〜! めちゃくちゃ迷宮っぽいな! テンション上がるわ〜!」

「そうですね! アステリオスさんの宝具も素晴らしかったですが…罠はありませんでしたからね! ドキドキワクワクです!」

『そー言って貰えると、ミレディちゃんのテンションも上がるよ〜! 奉れ〜!!』

 

 そんな中、テンションを上げながら目をキラキラさせるのは立香とマシュだ。流石は地球最後のマスターとその正妻か。強靭なメンタリティが過ぎると思われる。

 

 一応、きちんと周囲に警戒を行なっているあたりも流石だ。ハジメが“解析”を終えていない場所にも近寄らないようにしている。だが、その目はキラッキラッだ。予想外の反応ではあるが、ミレディもワイワイ。

 

「…立香。テメェどういう心理状態だ、お前?」

「…意味分かんねぇですぅ」

 

 未だ怒り心頭のハジメとシア。それに対し、立香はキラッキラッの笑顔を二人にぶつける。

 

「ハジメ、考えてみろって! 人がマジモンの迷宮見れる機会って少ないんだぞ!」

「…俺は出来れば味わいたくなかったよ、こんな陰湿な迷宮なんかな。あとお前なら何度かは迷宮探索してんだろ?」

「ああ、十…いや二十?」

「うん、やっぱお前異常」

 

 といいつつもハジメは壁に“マーキング”を施しながら、“解析”を行う。“解析”をする度に壁の奥にあるハジメ対策の煽り文があるのか、どんどんアウトローな目に変化していく。

 

 なお、ハジメのいう“マーキング”とは、ハジメの“追跡”の固有魔法のことだ。この固有魔法は、自分の触れた場所に魔力で“マーキング”することで、その痕跡を追う事ができるというものだ。生物に“マーキング”した場合、ハジメにはその生物の移動した痕跡が見えるのである。今回の場合は、壁などに“マーキング”することで通った場所の目印にする。“マーキング”は可視化することもできるのでユエやシアにもわかる。魔力を直接添付しているので、分解作用も及ばず効果があるようだ。

 

 通路は幅二メートル程で、レンガ造りの建築物のように無数のブロックが組み合わさって出来ていた。やはり壁そのものが薄ら発光しているので視界には困らない。緑光石とは異なる鉱物のようで薄青い光を放っている。

 

 ハジメによると、『リン鉱石』と言うらしい。どうやら空気と触れることで発光する性質をもっているとのこと。最初の部屋は、おそらく何かの処置をすることで最初は発光しないようにしてあったのだろう。

 

 立香のイメージとしてはラピュ○に出てくる飛○石の洞窟。石の声が聞けるおじいさんがいた、あの場所である。もっとも、リン鉱石は空気に触れても発光を止めることはないようだが。

 

 と、立香がジ○リな世界観を堪能しつつ、暫く。急にハジメが静止の合図を出した。

 

 そしてハジメがゴソゴソと宝物庫を探る。途中ミレディの頭の部分が出かけていたが、シアの殺意が溢れ出した瞬間、ハジメは引っ込めた。一応、まだハジメに理性がありそうでホッとする立香である。

 

 ハジメが取り出したのはヘルメット一体式のゴーグルだ。

 

「…赤外線だ。こいつを付けて全部躱すぞ。無駄な体力の消費は避けたいしな。英霊組は霊体化を頼む」

「……ハジメ、赤外線って?」

「なんです?」

「太陽の光の一種の事ですよ、ユエさん、シアさん。ライブラリで閲覧した知識にあります」

 

 雰囲気が、いきなりライセン大迷宮の外観から出る『昔ながらの迷宮』感が薄れ、代わりにスパイ大○戦らしい感じに豹変する。

 

 全員が漏れなく装着。すると確かにそこにはいくつもの光の線が描かれていた。ユエやシアも「これが……」と少し不思議が解けて満足気だ。

 

 そして全員が装着を完了させ、遂に第一歩を踏み出そうとして…。

 

 ──ガコンッ

「「「「「!!?」」」」」

 

 入り口で聞いたのと同様の音が聞こえた。

 

 なお、今度はブロック一つだけではない。事実、部屋全体が起動音を上げた。それと同時に立香の体が浮く。他のメンバーも地面から空中に身を投げ飛ばされている。

 

 どうやらこの廊下ごと、回転しているらしい。先程まで進行先であったはずの場所が、立香達の真下となっていた。

 

 重力に従い、立香達は底に落ちていく。その進行先にはつい先程、ハジメが言っていた赤外線式のトラップがあり、

 

「チッ! 全員、横から槍が来る! 気を付けろ!」

 

 ──ガガガッ!

 

 レンガの様な重厚な壁をいとも簡単に貫き、幾多もの槍が現れた。勢いも凄まじく、威力の弱まる気配はない。

 

「ッ! “天翔閃”」

「シャオラァアア、ですぅ!!」

 

 そこで立香が純白を放つアイゼンで、シアが『気』を纏ったドリュッケンで吹き飛ばしていく。互いの側面を粉砕し、強襲を妨げた。ユエやマシュは魔法特化のため、ミレディに対する対策としてここでは動かない。

 

 なお、立香の“天翔閃”は極小規模に展開されたもので、刃に宿らせているため、霧散する魔力量は割と少ない。シアの『気』も衝撃波を伝播させ、触れてもいない槍ごと破壊していく。互いにこの迷宮には適合した技と言えた。

 

「よし! よくやった!」

 

 その間に、ハジメが義手から感応石付きのワイヤーを飛ばし、近くの壁に“錬成”を発動。ハジメはユエの体を抱え、急ごしらえの地面に着地した。

 

「すまん! 助かった、ハジメ!」

「というか、ユエさんだけズルイです!」

「フッ、お前にはまだ早い」

「!?」

「いや…つーか、マジで魔法無しじゃ無理だろ。アーティファクト、作っといて良か──」

 

 った、と言い掛けたところで立香達の横にあった壁から光が露わとなった。深く掘られた文字が照り輝いているようで、少し薄暗いこの場所でもよく見る事が出来た。

 

 “やーい、やーい。トラップ全部見破ったと思った? ざんね〜ん! この堕天美少女魔法師たるミレディ・オルタちゃんには敵わないのでした!”

「「「「……」」」」

 

 やけにデコられた文字が浮かび上がった。オルタが片言からこんな流暢になっている、とか今はどうでも良いらしい。ハジメ達的にはただ腹が立つだけのようだ。

 

 つい先程、主な被害を受けたハジメとシアは言わずもがな。ユエとマシュも無表情だ。心の中では青筋を立てているに違いない。

 

 一方で立香は、

 

「オスカー。これは偽物だよね? 凄まじく形だけ感があるんだけど…」

『ああ、限りなく本物に近いウザさだけれどね。ただし字面だけだ。魂がこもっていない。本物のミレディならばこの五割増しで相手を苛立たせられるに違いない』

「うん、俺もそう思う」

『マスター、オスカー卿。貴公等は一体、何の専門家なのだ?』

 

 ウザさの評論を、オスカーと共に行なっていた。両名共にウザさを柳に風と受け流している。流石は精神メンタル怪物の立香か。

 

 なお二人のウザさ耐性は、立香の場合はメフィストフェレスやとあるプロフェッサーMによる悪戯(・・)を日頃からやんわりと受け止めているため、オスカーに関しては言わずもがな生前本物ミレディと共に居過ぎたのが原因となる。

 

 獅子王のツッコミなど何処へやら。立香とオスカーは目を背けた。すると不意に僅かながらも突くような臭いが、立香の鼻孔をくすぐった。

 

「…ん? 何か臭わない?」

『マスター、何か下から漂ってくる気配が御座いますが」

「え? 本当に、頼光? どれどれ…」

 

 頼光の進言に従い、プルプルして怒りを堪えている四人をスルーしながら立香は下を覗いた。ハジメが作ってくれたゴーグルには“夜目”、“遠目”なども付与されているようで、お陰で索敵には問題は無かった。

 

 最初に見えたのは黒い何かの塊。しかし何か蠢いているようだったので、魔物かと訝しみつつも更にゴーグルの精度を上げて、再度覗いた。

 

 ──カサカサカサ、ワシャワシャワシャ、キィキィ、カサカサカサ

 

 そんな音を立てながらおびただしい数のサソリが群れを成し、まるで一匹の生物であるかのように蠢いていたのだ。体長はどれも十センチくらいだろう。強さはそこまでだろうが、生理的嫌悪感が凄まじい。ハジメの“錬成”で落下を防がなければ、サソリの海に飛び込んでいたというわけだ。

 

 恐らく臭ったのも、彼らが尾から噴き出している、即ち毒だろう。立香やハジメ、マシュには効果は薄いが、ユエやシアには時間が経てば何かしらあるかもしれない。

 

 なのでとりあえずナイチンゲールの『我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲールブレッジ)』で毒性と凶暴性を奪い、行動不能に陥らせる。

 

 そして下の方でワシャワシャ蠢くサソリに、流石の立香もこれには少し引き立つも、

 

「…なるほど。アラフィフ並みだ」

 

 と同時に敬意を表した。これは恐らくは本物ミレディの仕掛けだろう。実際に横に出来た新たな文章は、色々と凄まじかった。

 

 “彼等に致死性の毒はありません”

 “でも麻痺はします”

 “存分に可愛いこの子達との添い寝を堪能して下さい、プギャー!!”

 

「…チッ」

『なっ!? マスターが…やさぐれた!?』

『そんな!? マスターの精神耐性は究極的! カルデアのどの様な御方でも不可能だったというのに!?』

『お、流石の立香君もアウトだね。流石は本物のミレディの文章だ。込められているウザさの桁が違う』

『オーくん、オーくん。ウザさで私かオルタ(偽物)か判断しないで貰えないかな?』

 

 本物(マジ)のミレディのウザにかける魂は本物と言うべきか。遂に立香さえもマジミレディのウザさに舌打ちをかました。

 

 たとえアラフィフの悪属性付与でさえも、普通に弾き無効化するはずの立香の精神防御力を貫いたことに、ブライズは驚愕を隠せない。一方で、オスカーはむしろ当然の事とばかりに頷いた。ミレディは不本意そうであったが、あえて無視する。

 

 するとハジメが“錬成”を行なっていないにも関わらず、文章の横に扉が現れた。明らかに誘導しているが、それでも行かねばならない事に変わりはない。

 

 立香は掌を叩き、全員の正気を取り戻させる。

 

「はいっ、全員戻って来い! とっとと次行くぞ!」

「…ま、ここで立ち止まってても意味ねぇしな」

「絶対に……負けられない」

「ミレディ・オルタ…潰すですぅ!」

「はい、マシュ・キリエライトも全力で参ります!」

 

 扉を開くと再度、リン鉱石の輝きが廊下を満たしている。

 

 ハジメも一応、“解析”を使っているとはいえ、先程のようなこともある。今後もいやらしい罠は続く事となるだろう。

 

 立香は偽物の文章ならば何らダメージは喰らわないが、他のメンバーは違う。割と奈落に落ちたら、長年閉じ込められてもそこの辺りは普通なのだとハジメとユエに関しては意外に思ったが。

 

「頼光、獅子王。霊体化を解いてくれ」

『了解致しました』

『承った』

 

 立香の少し斜め後ろの両サイドに頼光と獅子王が同時に姿を現した。声こそは冷静であるが、二人の表情には「立香(マスター)のお願いだぁ、ヒャッホウ!」的な喜びが伺える。

 

 ニマニマする二人の英霊に、少しハジメが不思議そうに眉を寄せた。

 

「あん? 人数増えてもあんま意味ねぇとは思うんだが…ミレディ戦までに温存しておいた方が良くねぇか?」

「二人とも手練れだから、トラップに反応できる人間はいた方がいいと思う。出し惜しみをして死んだら意味がない。場数だったらハジメは当然の事、俺やマシュも敵わないぐらいだし。直感にも頼っていくべきだ」

「ふっ。この母、良い所をお見せしましょう」

「マスターの期待にお応えするとしよう」

「そうか。ならいい」

 

 立香の話と立香ブライズ二人のセリフを聞き、ハジメも流石に首を横に振ることは無かった。簡素に言葉を返し、“解析”を続行する。

 

「ユエさん、ユエさん。ハジメさんって本当に立香さんに甘くないですか!? 相当、デレ入ってませんか!?」

「……ん。立香は要注意人物」

「(コクコク)」

 

 ハジメの耳には当然のようにシア、ユエ、マフラーの話は入ってきていないらしい。当然、立香の耳にも入ってきてはいない。もし、入って来たならば、戦争(クリーク)の必要があるだろう。

 

 すると再びハジメが反応した。

 

「おっと。なんか今度はよくわからねぇ探知機の罠だな…。生成魔法と他の神代魔法を組み合わせた特殊な探知機って所か」

「今度は躱すのは無理か?」

「メカニズムがわかんねぇからな。ま、トラップのタイミングが分かるだけマシだろ。つーわけで…」

「ああ、勿論…」

 

 ハジメがヘルメスを、シアがゲシュヴィント、その他のメンバーも“身体強化”やハジメの配布したアーティファクトを起動させる。

 

 そして足を踏みしめて、叫ぶ。

 

「「正面突破だ!」」

「ん!」

「上等ですぅ!!」

「行きます!」

「ふふっ、単純な分良いですね」

「行くぞ!」

 

 先ず飛び出すのは立香とハジメ。それに続いて一行が走り抜ける形となっている。それぞれがチートであるためか、違いはあれど全員が非凡なる速度で廊下を駆けていく。

 

 そして遂に立香とハジメが罠の領域内と思われる場所まで辿り着き…そのまま何も起こらず通り過ぎた。

 

「「…は?」」

 

 思わず目が点となる男子二名。領域外で着地し、ハジメにアイコンタクトで「ハジメ? こりゃ、ダミー系の罠か?」と聞くが、「知るか、コラ」と返ってきた。ハジメも先程から“解析”があまり通じず、不満な模様だ。

 

 何も無かったと言う事実に少しイラつきを覚えつつも、逆にここではウザさ極まりないトラップが無いのか、と安堵する立香とハジメ。

 

 しかし、だ。

 

 ──ガコン

 

 馴染みのある稼働音が背後(・・)で鳴った。

 

 時間差の罠か、と踵を返してアイゼンを構える。ハジメもドンナー・シュラークをホルスターから取り出し、引き金に指を掛け、停止した。

 

 まず二人の目の前に飛び込んできたのは呆然とするユエ。彼女は立香達と同じく、無傷で罠の領域を潜り抜けていた。

 

 そしてその背後で事件は発生していた。

 

「なななな、何なんですか! これぇ! 助けて下さ〜〜い!! って、何か白い液体が壁からぁ〜〜!!」

「罠が何重にも連鎖して…防御が追いつきません!」

「くっ! はぁっ! せぇいっ!」

「邪魔だ! そもそも何故マスター達はここを潜り抜けられるのだ!?」

 

 シア、マシュ、頼光、獅子王に四方関係無く、物理トラップが夥しく起動していたからだ。四人は追撃や防御で手一杯であり、傷こそは服に傷が出来る程度であれ、根本的に罠を破壊はできていなかった。

 

 罠の内容はバラエティに富んでおり、チェインソーから爆弾、矢の雨にただの粘液性のある白い液体、Gの卵と何でもござれ。殺意満々かつ嫌がらせ満々である。

 

 粉砕される罠の金属片が吹き飛ぶ中、立香達は罠の待遇の違いに呆然とする。

 

「…おい、オスカー。ミレディ。これはどういう罠なんだ?」

『知らないよ。オルタが付けたんじゃないかい?』

『ミレディちゃんの記憶にも残念ながらありませ〜ん』

「何て無責任なんだろう、解放者」

「そんな事よりもお助け〜ですぅ!!」

「ああ、そうだったなっと」

 

 ──ドパン、ドパン、ドパン

 

 兎も角、流石に鯨波の如く連鎖する罠の数々に苦戦しているのを見逃すわけにはいかないので、壁ごとハジメの弾丸が抉っていく。それだけで罠は破壊され、四人への集中攻撃も解除された。

 

 罠が解除された後の、四人の顔はそれはもう疲れきった顔だった。立香もすぐにマシュを始めとするブライズに駆け寄った。

 

「三人共、無事?」

「はい、先輩…無事ではあるのですが…その…」

「ミレディさんを天網恢々したい気分です、マスター」

「同感だ、頼光卿。然るべき罰を与えるべきだ」

「はいはい、落ち着いて。俺の体なら幾らでも貸すから」

 

 そう言うとマシュは立香の胸に体を預け、獅子王は立香の右腕を抱きしめ、頼光は立香を後ろから抱きしめ始める。風が吹くかの様な自然な動作で、吸い寄せられるかの様にそうなった。

 

 立香を中心に甘ったるい空気が流れ始める。心なしか迷宮の配色は桃色風になっている。

 

「…チッ、リア充が」

『爆ぜろ、リッカくん』

「ハジメさ〜ん! 構ってくださ〜い! ユエさんとマフラーさん、今回ノーダメなのにちょいちょいイチャイチャするくせに、何で命の危機に会った私には構ってくれないんですか〜!! あとこの白い液体、拭きたいですぅ!!」

 

 立香とは反対方面でも色々起きている様だが、今は嫁を落ち着かせることに全神経を傾ける立香。

 

 だが、立香の集中を妨げる光が立香のちょうど前あたりに発生した。その位置は今回罠に会った少女達には良く見える位置。

 

 この迷宮に入ってからよく見るその光の色に、立香が嫌な予感をしつつ、目を向けると。

 

 “死ね、駄肉共”

 

 純粋な殺害予告が書かれていた。

 

「「「「………」」」」

 

 被害に会った女性達が、何かしら思い当たる節があるのか目を背ける。何から? 当然それは…

 

「「『………』」」

 

 ユエさんとマフラーさんとミレディさんの虚無的な目線からだ。ハイライトなど無く、動くことさえもない。実際にその場にいるのはユエだけなのだが、虚ろな殺意の陰は三つ。次元を乗り越えた凄まじき怖気さがそこにはあった。

 

「あー、これは俺にも分かる。オルタの方だな」

「だと思うぞ、ハジメ。ミレディなら、感情的になることもなく、ウザいことを一貫すると思う」

『その認識で間違い無いだろう。…ただ、ある種の精神トラップではある様だがね』

 

 そして野郎三人組は、乙女な話題から目を背けて、語り合うので会った。

 

 なおこれらは迷宮探索開始から、おおよそ十五分足らずのお話である事を考えると、ただえさえストレスフルなこの迷宮はまだまだ終わらない。

 

 それを理解して、立香は己を鼓舞する様に瞑目するのであった。




にしても作者は最近、マフラーが動くことに疑問さえも覚えなくなってるんだ。
まるで登場人物に『マフラー』が加えられたが如く…。
これも全て私が「ユエと香織対等にするにはどうすれば…そやっ! マフラーでハジメの貞操を守護ろう!」という思考に至ったせいか、畜生め!


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ミレディ・ライセンェ 〜オルタを添えて〜(後編)

ミレディのセリフって割とムズイ…。

あとありふれた日常が…香織、調理されたのか否か。
そして美味しかったのか。
そこだけが問題だ。(そこか?)

あと久々に一万字突破。
当然その分、コピペも多いわけで…


 ──立香side

 

 あの後も、立香達は迷宮の探索を続けた。案の定、ウザい物理トラップの数々とウザい文章の絶妙なコンビネーションは続いた。

 

 例えば罠の無かった廊下から大きな立方体の部屋に出た途端のこと。全方向から未知の溶解液がウォーターレーザーとも言える速さでハジメ達を襲ったのだ。

 

 ユエの“聖絶”とマシュの防御壁の展開が間に合わなければ死に掛けていたことだろう。

 

 そしてやはり恒例のリン鉱石の光が現れて…

 

 “探索してて汗かいたでしょ〜?”

 “それ浴びて、爽快になろうぜ!”

 “この世に生きるというしがらみから、さ?”

 

 謎にポエム口調な石板が立香達の目に飛び込んできた。

 

「「「「「「………」」」」」」

「これは間違いなくミレディ・オルタだよね」

『ああ。やはり字面だけだね。棒読み感が出ている』

 

 また天井ごと落としてくるという段違いの罠も発生した。シア、獅子王、頼光達による圧倒的粉砕が無ければ、今頃地中で永眠である。

 

 “慌てた? 慌てた?”

 “あんなしょっぼい小手先の罠で?”

 “ま、君たちは所詮そんなもんさ”

 “精進し給えよ”

 “身も心も”

 

 そして脱出した先の部屋の、やけに上から目線の石板メッセージが、天井落としから免れた彼らの視線に入った。

 

「「「「「「………」」」」」」

「…うっぜ。これ、ミレディだよね」

『ああ。流石はミレディ。格が違う』

 

 更にはシア、マシュ、頼光、獅子王の四名にのみ作動する罠が幾重にも、結構な頻度で仕掛けられており、その度に…

 

 “失せろ、贅肉共”

 “もげろ、豚肉共”

 “千切れろ、デブ”

 “爆ぜろ、肉の塊”

 “潰れてミンチになれ”

 “脂肪焼却希望”

 “削れて、痩せろ”

 “溶け──

 

 などなど、明確にとある部位に関しての殺意が込められた文章の数々が待ち受けていた。

 

 従来のウザ文章と違い、これの問題点はチームプレーが円滑に進まなくなる可能性が出てくる事である。主に若干三名との連携が。

 

「……チッ」

「(ジャキン)」

『ミレディちゃんだって…ブツブツ』

 

 そう、誰とは言わないが若干三名との連携が非常に不安となる。この三名的には普通の罠よりも心砕かれる台詞なのかもしれない。仲間割れの可能性すらも有り得ている。もしくはそれを誘導しているのか…。

 

 そして更にこの三名に追撃とばかりに、こんな文章も添えられていた。

 

 “この罠は男には掛かりません”

 “え? 女子もいる?”

 “ごめんね〜、これサイズで測ってるから〜”

 “何処が? とはあえて言わないけど!”

 

 という血痕の付いた石板が。…きっとこの血は書いているものがブーメランにより受けたダメージによるものだろう。…ゴーレムだったはずなのに。

 

 だが、たしかにその代償を払った甲斐はあったようだ。

 

「……ぐすっ」

「(…しおお)」

『ミレディちゃんは疲れたよ…真っ白に、ね』

「落ち着け、ユエ! 白崎! 傷は浅いぞ!」

『ミレディもだ! 胸の問題など今更だろう! メイルとか! リューティリスとか! あと大体君の自業自得だ!』

 

 少なからず特定の三名の心臓を深く抉っていた。

 

 その後も、とりもちの落下やとあるGが詰まりに詰まった落とし穴、毒の激流が部屋を満たしてくるなどという罠が続き、ウザい文章が量産され、ハジメ達は言わずもがな立香にもストレスは蓄積されていった。

 

 更に言えばハジメの場合は“解析”を常時展開しているため、魔力と同時に集中力も削がれる上に、壁の奥にあるウザ文章により精神力も人一倍削られていっている。ハジメのストレスはマッハに達しようとしていた。

 

 それでも何とか耐え切り、現在一行はこの迷宮に入って一番大きな通路に出た。幅は六、七メートルといったところだろう。結構急なスロープ状の通路で緩やかに右に曲がっている。おそらく螺旋状に下っていく通路なのだろう。

 

 立香達は警戒する。こんな如何にもな通路で何のトラップも作動しないなど有り得ない。

 

「あー、そろそろだ。来るぞ」

 

 そして、その考えは正しかった。ハジメの声と共に、もう嫌というほど聞いてきた「ガコンッ!」という何かが作動する音が響く。既に、スイッチを押そうが押すまいが関係なく発動していることはハジメにより証明されている。なら、スイッチなんか作ってんじゃねぇよ! と盛大にツッコミたい一行だったが、きっとそんな思いもミレディを喜ばせるだけなので、グッと堪える。全ての制裁はクリア後に行うことなのだから。

 

 今度はどんなトラップなんだろうか? と周囲を警戒する立香達の耳にそれは聞こえてきた。

 

 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

 明らかに何か重たいものが転がってくる音である。

 

「「「「「「「……」」」」」」」

 

 一行全員が無言で顔を見合わせ、同時に頭上を見上げた。スロープの上方はカーブになっているため見えない。異音は次第に大きくなり、そして…カーブの奥から通路と同じ大きさの巨大な大岩が転がって来た。岩で出来た大玉である。全くもって定番のトラップだ。きっと、必死に逃げた先には、またあのウザイ文があるに違いない。

 

 だがここで立香は違和感を覚えた。何故ならば転がってくるのは、本当にただの岩であり、魔法が使える一行ならば対処は可能だ。その上ステータスさえあれば、腕力でも制圧は可能。

 

 しかも立香が見るからにこの罠はミレディ謹製。そしてあのウザ特級の彼女がこんなお粗末な物を仕上がるはずがない。

 

 故に立香の警鐘が派手に音を立てている。

 

 しかしハジメは過度の疲労からか、そのような状況判断がまともに効いていない。ヘルメスに“強化”の魔力光が宿ると同時に、ハジメの脚自体にも赤黒い血管が纏わりつく。“身体変形”による強化、それを行なっているのだろう。

 

「ハジメ! 罠だ! 相手の思うツボだぞ!」

 

 立香が思わず叫び、引き留めようとするが、ハジメは獰猛な笑みを口元に浮かべ、吠えた。

 

「いつもいつも、やられっぱなしじゃあなぁ! 性に合わねぇんだよぉ!」

 

 ハジメの怒りに呼応してか、真紅の魔力光は一層際立って光を放った。

 

 そして…

 

「ラァアアア!!」

 

 ハジメが裂帛の気合と共に蹴りを放った。一瞬の合間、岩と脚が拮抗したものの、そのような拮抗は瞬時に崩れた。そして、大玉は轟音を響かせながら木っ端微塵に砕け散った。

 

 ハジメは、片脚を上げた状態で残心し、やがてフッと気を抜くと体勢を立て直した。魔力光も失せて、赤黒い血管も脈動しなくなった。

 

 その顔は実に清々しいものだった。「やってやったぜ!」という気持ちが如実に表情に表れている。ハジメ自身も相当、感知できない上に作動させなくても作動するトラップとその後のウザイ文にストレスが溜まっていたようだ。

 

 立香は冷や汗を流す中、満足気な表情で戻って来たハジメを一行がはしゃいだ様子で迎えた。

 

「ハジメさ~ん! 誰にも出来ないこと、やりますねぇ! 痺れますぅ! 憧れますぅ!」

「……ん、すっきり」

「ナイスキックでした、南雲さん!」

「ふふっ、お見事です」

「素晴らしい腕前だ。賞賛を送ろう」

「ははは、そうだろう、そうだろう。これでゆっくりこの道……」

 

 数多くの称賛に気分よく答えるハジメ。しかし、その言葉は途中で遮られた。

 

 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 

「「「「「「……」」」」」」

「…ほれ、見たことか」

 

 聞き覚えのある音に止まる一行。立香だけは頭に手を添え、溜息を吐いている。現実を静観する立香な目にはしっかりと映っていた。

 

 ──黒光りする金属製の大玉が。

 

「うそん」

 

 油を注し忘れたように首を動かしていたハジメが思わずそう呟いた。

 

「先輩…まさかこれを予見しておられたのですか?」

「ミレディお手製ならあんなもんじゃ済まない。それは自明の理だ!」

「マスターは何の専門家なのだ!? そしてあの大玉、何やら液体を散らしてはおらんか!?」

「…地面が溶けておりますね」

 

 そう、こともあろうに金属製の大玉は表面に空いた無数の小さな穴から液体を撒き散らしながら迫ってきており、その液体が付着した場所がシュワーという実にヤバイ音を響かせながら溶けているようなのである。

 

「くっ! まだだ! あれごときの玉ならシュラーゲンで──」

 

 しかしハジメ的には譲れないプライドがあるらしく、宝物庫から切り札の一つである対物ライフルを取り出し、“強化”の光を纏わせる。しかし、そこでまたもや静止した。原因はただ一つ…

 

 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 ──ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 ──ゴロゴロ…

 

 更に上のスロープから響く幾重にも重なる何かが転がってくる音である。その正体が何か、など言わずもがなだろう。

 

 流石のハジメも完全静止した。シュラーゲンから真紅の光が空中に粒子となって散る。ついでにシュラーゲンも宝物庫に仕舞われる。ハジメの中でも何か折れるものがあったらしい。

 

「……」

「おい、ハジメ…」

『ぶわっははは! ドンマイ、ハッちん! 一生懸命の抗いご苦労様だね〜、全部水の泡だけど。ププー!』

「ミレディいいいい!! ハジメにこれ以上追撃するな! 死ぬぞ!?」

 

 拳を震わせ、屈辱に歯噛みするハジメ。それは一行全員が同情できる心理である。全員が聞こえる規模の“念話”で笑っているミレディの声が非常に腹立たしい。

 

 ハジメは青筋をいくつもビキビキと額に浮き立たせる。身から溢れる殺気ばりの怒り。頰に魔術回路と赤黒い血管が混じり合い、浮かび出す。

 

 そうして高められた純粋な力。されど、ハジメは凄まじき忍耐力でそれを抑え…踵を返した。

 

「ハジメっ…」

「心配をかけて悪かったな、立香」

 

 立香はハジメが冷静を取り戻したことに安堵する。そして二人で不敵に笑い…

 

「じゃあ…逃げるぞ! チクショウ!」

「ミレディ! テメェ、覚えとけ!」

「クリアしたら絶対潰してやるですぅ!!」

「ん! ヤル時は当然手伝う!」

「私、マシュ・キリエライトも霊基に誓ってお手伝いいたします!」

「私も聖槍に誓おう!」

「これ以上風紀を乱させるわけには行きませんからね!」

 

 逃亡を開始した。当然、捨てゼリフはオプションである。

 

 なお彼らが逃げ延びた先にあったのは、溶解性のプールと一つの石板。溶解性のプールに関しては、頼光の雷が余すことなく焼き払ったが、問題は石板。

 

 “おめおめと逃げてきた感想プリーズ!”

 “あ、ちなみに玉は幾らでもお代わり御自由です”

 “好きなだけどうぞ!”

 “…ま、所詮全部割っても、その先は入り口です!”

 “もし岩割って、満足してた奴がいたら…オッツー!”

 “君の無駄な努力、このミレディちゃんが嘲笑ってやるぜい!”

 

「「「「「「「………」」」」」」」

 

 ついに立香さえも言葉を失った。もう、推理をする気にさえもならない。というか、これほどのウザさであればミレディで間違い無いのだが。

 

 立香は何とかトリップから逸早く離脱。頭を振って、「気にしたら負けだ…」と呟く。隣を見るとハジメの傷心具合が酷く、瞳から流れるものがあった。

 

 これからの進路について検討する。これだけウザ言葉を受けてもなお判断能力を残す立香が凄いのか、それともここまで立香を追い詰めているミレディが凄いのか。それは超次元過ぎて、誰にも分からない。

 

 立香の目先に映るのは今までとは比べ物にならない程に豪奢な廊下。そしてその奥にある一つの部屋だ。

 

 目の“強化”で覗くと、部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋だと分かった。壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「…随分、如何にもな部屋だよな〜」

 

 両サイドに並ぶ騎士甲冑に視線を向けながら、立香はそんな事を呟いた。何たって、廊下の甲冑が動き出すなんて展開、立香的には良くある事なのだから!

 

 同時に扉の方にも目が行く。豪奢な扉である事から脳裏に浮かぶのは、解放者の隠れ家。つまりはゴール地点という事。

 

 まだオルタが姿さえも現していないことから、それは無いとは思うのだが、それでも「中ボス辺りには行ったかな…」とは思う。そうとでも思わねば、立香的にはやってられない。

 

 一人で進む訳にもいかないので、フリーズしているハジメ達を叩き起こす。…なおハジメにだけはジャベ(ルチャリブレでの絞め技)を行い、何やかんやして、漸く突入することにした。

 

 した、ところで…

 

「暫し待たれよ」

 

 ハジメがそんな事を言うと、一人でツカツカと部屋へと向かった。そして案の定、「ガコンッ!」とお馴染みの音が聞こえると、部屋の騎士像達が全員蠢き始め、侵入者であるハジメを襲おうと動き始めた。

 

 ゴーレムの数は多く、少なく見積もっても五十。されどハジメは驚いた様子もなく、歩き続ける。

 

「ハジメさん!?」

「シア……動かない方がいい」

「ユエさん! でもハジメさんが──」

 

 シ一人で進むハジメを止めに入ろうとするシア。しかしユエが氷の魔法でシアの足を止める。

 

 突然の妨害にシアは狼狽えるものの、足の氷の膜を剥がし、無理矢理前に進む。そしてユエの妨害も退け、ハジメの入っていった部屋に差しかかろうとして──

 

 ──ズガァアアアアアン!!

 

 ハジメが入っていった部屋から、爆裂が巻き起こり、巻き起こる炎が迷宮の壁ごと蹂躙した。

 

「ウサミミが〜! 私のウサミミが〜!!」

「……だから警告したのに」

「…何て言いました?」

「……本当に残念ウサギ」

 

 突然の爆音を間近で喰らったシアが地面を転げ回る。一方のユエもシアの残念さに呆れつつも、唯一のダメージ箇所である耳に黄金の癒しの光を灯した。

 

 なおこの間、ユエの太ももにシアの頭が乗っかっていると言う状況である。口では嫌と言いつつも、なんだかんだでユエはシアを気に入っているようだ。何処と無く、一行からストレスによる苛立った気配が消え、ほっこりとした感じになる。

 

「おーい! こっちのゴーレム一通り破壊したぞ。早くこっち来い」

「シアさん、只今ダメージ喰らってるんだけど? お前のせいで?」

「んなもん知らん」

 

 爆撃の原因たるハジメは床に移った炎の壁の向こうから、しれっと破壊行動を詫びることも無く現れる。手にはいくつか手榴弾があり、それがこの光景の原因である事を思い知らされる。

 

「…で? お前は今度は何をやらかした?」

「何、単純だ。手榴弾全部に爆発系魔法を付与した上で、“強化”で爆発力を増させてゴーレム全機にぶつけた。更に散らばった破片を“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”した。土塊ごときに耐えられるはずもないので、安心安全だ。何ら問題はない」

「…シアさん、ダメージ喰らってるけど?」

「戦場で犠牲は付き物って言うだろ?」

「それは決して、仲間の攻撃で犠牲を出していいって意味では無いんだけど?」

「気にしては負けだ」

 

 ハジメさんはシアから目を背け続ける。ある種、シアも軽率に飛び出したのも悪いとは言えなくは無いが、巻き込み事故で一切悪びれ無しなのも、立香的にはアウトである。

 

 それには流石にユエやマフラー、そしてこの迷宮に入って以降ずっと人でなし扱いされているミレディさえもハジメにジト目を向けた。

 

 ハジメはそんな棘山のような視線の数々が鬱陶しかったのか、苦しかったのか。兎も角、シアの方に歩み寄って、ちょっとだけ撫でてやる。

 

「あ〜、癒されますぅ〜」

「…単純な奴だな」

 

 そうやって場に再度、微笑ましい感じの空気が流れ始めると、向こう側の扉が開いた。どうやらゴーレムを破壊した事が、認められたらしい。

 

『あれ? この部屋のゴーレムって再生機能付で、扉の封印を開けない限りクリア不可能なはずなのに…何で?』

 

 何と性の悪い事か。一応、『ゴーレム全部倒せばオッケー!』的な条件を付けつつも、それを不可能な状況にしていたらしい。ミレディのウザさは留まるところを知らない。

 

 それは兎も角、ハジメは種明かしを始める。

 

「その再生する鉱石を頂戴した。単純な話だ」

『…それ、修繕に必要だから後で返してね』

「…まあ、構造さえ分かれば“投影”出来るし、別にいいが」

 

 ハジメさんも“錬成”という、抜け技を使ってクリアしたらしい。卑怯な罠には裏技で。そんなハジメのスタンスがありありと見えるやり方だ。

 

「ま、とりあえず中ボスクリアか?」

「だな! よしっ! あの扉の奥へGO!」

「ですね! 先輩!」

「ん!」

「ひゃっふー! ですぅ!」

「一番乗りは私です!」

「母も負けませんよ!」

『『………』』

 

 だがハジメのお陰で大したストレスも無く、進む事が出来たのは有り難いとしか思えない。

 

 その為、全員揚々と階段を駆け上がっていく。やけにオスカーとミレディが静かな事はここでは誰も気にすることが無かった。

 

 部屋の中は、遠目に確認した通り何もない四角い部屋だった。てっきり、ミレディ・ライセンの部屋とまではいかなくとも、何かしらの手掛かりがあるのでは? と考えていたので少し拍子抜けする。

 

「これは、あれか? これみよがしに封印しておいて、実は何もありませんでしたっていうオチか? そういう系統なのか? ミレディ…」

「……ありえる」

「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

「…本気でハジメさん。そろそろミレディさんを出してもらえないでしょうか? 一度お話がしたいのですが…」

「私も、マシュに賛成だ」

「母もです」

 

 一行が、一番あり得る可能性にガックリし、立香が「まさかっ」と何か真実に辿り着きそうになった瞬間だった。突如、もううんざりする程聞いているあの音が響き渡ったのは。

 

 ──ガコン!

 

「「「!?」」」

 

 仕掛けが作動する音と共に部屋全体がガタンッと揺れ動いた。そして、立香達の体に横向きのGがかかる。

 

「っ!? 何だ!? この部屋自体が移動してるのか!?」

「……そうみたッ!?」

「うきゃ!?」

 

 ハジメが推測を口にすると同時に、今度は真上からGがかる。急激な変化に、ユエが舌を噛んだのか涙目で口を抑えてぷるぷるしている。シアは、転倒してカエルのようなポーズで這いつくばっている。

 

「…まさか、本当に? …ミレディならやりかねないんだけど」

「先輩! これは一体!?」

「予想が付いているのか!? マスター!!」

「何やら嫌な予感が致しますが…」

 

 一方で立香達の方は長年のコンビネーションより、立香を中心として固まり、その立香はアイゼンを床に刺した上で、その自慢の筋肉で完全に静止していた。こんな事、レオニダストレーニングを受けていたら当たり前である。体幹はすんごいのだ。

 

 部屋は、その後も何度か方向を変えて移動しているようで、約四十秒程してから慣性の法則を完全に無視するようにピタリと止まった。立香やハジメは途中からスパイクを地面に立てて体を固定していたので急停止による衝撃にも耐えたが、シアは耐えられずゴロゴロと転がり部屋の壁に後頭部を強打した。方向転換する度に、あっちへゴロゴロ、そっちへゴロゴロと悲鳴を上げながら転がり続けていたので顔色が悪い。相当酔ったようだ。後頭部の激痛と酔いで完全にダウンしている。ちなみに、ユエは、最初の方でハジメの体に抱きついていたので問題ないし、前述の通り、マシュ達にも何ら問題はない。問題はシアだけである。

 

「ふぅ~、漸く止まったか…ユエ、大丈夫か?」

「……ん、平気」

「立香は?」

「無事だぞ。マシュ達も無事」

 

 立香とハジメは各々の武装を解除して立ち上がった。周囲を観察するが特に変化はない。先ほどの移動を考えると、入ってきた時の扉を開ければ別の場所ということだろう。

 

「ハ、ハジメさん。私に掛ける言葉はないので?」

 

 青い顔で口元を抑えているシアが、ジト目でハジメを見る。ユエだけに声を掛けたのがお気に召さなかったらしい。

 

「いや、今のお前に声かけたら弾みでリバースしそうだしな……ゲロ吐きウサギという新たな称号はいらないだろ?」

「当たり前です! それでも、声をかけて欲しいというのが乙女ごこっうっぷ」

「ほれみろ、いいから少し休んでろ」

「うぅ。うっぷ」

 

 今にも吐きそうな様子で四つん這い状態のシアを放置して、ハジメは周囲を確認していく。ユエとマシュと頼光は何だかんだと看病に取り掛かった。流石にこれ以上、精神衛生を悪くしたく無い、という面もあるだろうが。

 

 ハジメが確認するからに、やっぱり何もないようだ。なので扉へと向かうこととしたようだ。立香もケロッとシアを無視している。筋肉あれば大丈夫! というレオニダスブートキャンプの欠点による思考である。是非とも立香には元の優しい性格を取り戻してほしいものだ。

 

「さて、何が出るかな?」

「オルタか?」

「そうであって欲しいけどな。…ま、まだ無いだろ。石板が出てきて嫌がらせしてくるのがオチじゃねぇか?」

「ま、何が出てきても俺らなら大丈夫だろ」

「だな」

 

 いつも通り、立香とハジメが不敵な笑みで笑い合う。どちらとも弩級の信頼が相手に注がれている。そして扉に手を掛けようとした、その時。

 

「…前から言おうと思っていたのですが、唐突に男子同士の癖に二人の世界作るのやめてもらえませんか? 何ていうか、私だけが誰とも二人っきりの世界を作れない現在の状況に疎外感が半端ない上に物凄く寂しい気持ちになるんです、うっぷ。勿論、ハジメさんと作りたいのですが、おえっぷ」

 

 吐き気を堪えながら、仲間はずれは嫌! と四つん這いのまま這いずってくるシア。そのシアを抑える形で付いている女性陣も少し、批判がましそうな目で二人を見る。

 

 また薔薇と怪しまれているのか…と立香の顔が引き攣るが、ハジメは咳払いをするとシアに話し始める。

 

「…前から言おうと思っていたんだが、時々出る、お前のそのホラーチックな動きやめてもらえないか? 何ていうか、背筋が寒くなる上に夢に出てきそうなんだ」

「な、何たる言い様。少しでも傍に行きたいという乙女心を何だと、うぷ。私もユエさんみたいにナデナデされたいですぅ。立香さんみたいに長年連れ添った相棒感出したいですぅ。抱きしめてナデナデして下さい! うぇ、うっぷ」

「今にも吐きそうな顔で、そんなこと言われてもな…つーか、さっきやったろ。あと立香に嫉妬すんじゃねーよ。しかもさり気なく要求が追加されてるし」

「……シアは後数年間は不可。立香の件に関しては後々追求」

 

 シアが根性でハジメ達の傍までやって来て、期待した目と青白い顔でハジメを見上げる。ハジメはそっと、視線を逸らして扉へと向き直った。背後で「そんなっ! うぇっぷ」という声が聞こえるがスルーする。

 

 なお男子二人は「ライセン大迷宮出たくねぇ」とこの後起きる面倒な事項に現実逃避を始めながら、扉を開けた。

 

 そこには…

 

「…何か見覚えないか? この部屋。」

「……物凄くある。特にあの石板」

「…そう、ですね。数時間前ほどにこれに近い部屋を…」

「…似たような構造の部屋か?」

「…かもしれませんね」

 

 扉を開けた先は、別の部屋に繋がっていた。その部屋は中央に石板が立っており左側に通路がある。

 

 立香は思う。見覚えがあるはずだ、と。なぜなら、その部屋は、

 

「最初の部屋……みたいですね?」

 

 シアが、思っていても口に出したくなかった事を言ってしまう。だが、確かに、シアの言う通り最初に入ったウザイ文が彫り込まれた石板のある部屋だった。よく似た部屋ではない。それは、扉を開いて数秒後に元の部屋の床に浮き出た文字が証明していた。

 

 “ねぇ、今、どんな気持ち?”

 “苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち?”

 “ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ”

 

「「「「「「「……」」」」」」」

 

 立香達の顔から表情がストンと抜け落ちる。能面という言葉がピッタリと当てはまる表情だ。全員が微動だにせず無言で文字を見つめているという状況は何とも不気味だ。普段正気に満ち溢れているマフラーさえも、活動を停止している。すると、更に文字が浮き出始めた。

 

 “あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します”

 “いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです”

 “嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ!”

 “ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です”

 “ひょっとして作ちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー”

 

「は、ははは」

「あっははははは」

「フフフフ」

「フヒ、フヒヒヒ」

「(ブンブンブンブン)」

「ふ、ふふふ」

「ハハハハハ」

「あらあらあらあら」

 

 ようやくここで、ここ最近解放者二名が静まっていた理由が理解できた。不必要に一行を煽らないようにして、こちらに殺意を向けない為である。その判断は正しい。特にミレディなど、一言発せば殺されかねなかったに違いない。

 

 七人の笑い声がやけに部屋の中響く。されど状況は変わるはずもなく、腹が立つ現状はまんまである。

 

 そこでようやく立香が復帰し、一言。

 

「やってくれたな! ミレディぃいいいいいい!!!」

 

 そしてそれに続くように怒号が響いたのは言うまでもない。迷宮自体が震撼を起こし、下手したら奥に眠るミレディ・オルタにまで聞こえそうである。

 

 兎も角、こうして迷宮探索は振り出しに戻ったのであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──ハイリヒ王国にて

 

 香織「ミレディぃいいいいいいい!!!」

 勇者一行「「「「「「「!?」」」」」」」

 雫「みんな落ち着いて! 香織は最近よくこうなるのよ!」

 光輝「雫!? それは全く落ち着けないぞ!?」

 鈴「カオリン、落ち着い…って、え!? カオリンが人殺しみたいな目してる!?」

 恵里「(ガクブルガクブル)」

 メルド「ええいっ! 落ち着かんか! 目の前から魔物が──」

 香織「…爆光刃」

 ──ドドドドドッ!!

 勇者一行「「「「「「「…へ?」」」」」」」

 香織「ふふふっ。いつかゴキ…金髪ロリと一緒に八つ裂きにしてあげるよ、ミレディさん」

 光輝「え!? 今無詠唱…って香織!? 一体何の話をしてるんだ、香織! 俺で良ければ相談を…」

 香織「光輝くんは黙っててくれないかな?(ギロリ)」

 光輝「あっ、はい」

 雫(早く戻って来なさいよ! ハジメくん!)

 

 以上、やさぐれた香織さんの現在の状況でした。




そういや最近、個人的にキャラ付けの一環としてそれぞれのキャラの歌って何だろって遊び感覚で考えてるんですよね〜。
断定しているのは四人。
・立香『ブレイバー(ラックライフ)』
・マシュ『色彩(坂本真綾)』
・園部優花『I beg you(Aimer)』
・白崎香織『Rising Hope(LiSA)』
って感じかなぁ〜、と思ってる。
この四人に関しては変えないと思うけど、『このキャラはこれじゃね?』っていう意見あったら、是非とも麻婆と共にヨロシク。


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過去の神話・新たな予兆

そういや忘れてたのですが、ハジメが偶に『白崎』ではなく『香織』と呼んでいることがありますが、ミスです。
今後、合流するまではハジメは名前で呼ぶことなどないのでご注意。
なのでもし、そんなことがあったらご報告ヨロ。

…にしてもジャルタガチャなんて無かった。
いいね?


 ──ハジメside

 

 そうやって冒頭のシーンに辿り着いていたのである。有言実行と言うべきか、文章に見事に沿って、迷宮は形を変形させていた。マッピングも完全に無意味と化しており、ユエ達が慰めてくれなければ、今頃宝物庫のミレディを殴殺し、塵へと還していたことだろう。

 

 ハジメ達が、ライセンの迷宮に入ってから今日でちょうど二週間である。その間も数々のトラップとウザイ文に体よりも精神を削られ続けた。スタート地点に戻されること十九回、致死性のトラップに襲われること百六十六回、全く意味のない唯の嫌がらせ四百十二回。最初こそ、心の内をWミレディへの怒りで満たしていたハジメ達だが、三日を過ぎた辺りから何かもうどうでもいいやぁ~みたいな投げやりな心境になっていた。

 

 食料は潤沢にあるし、身体スペック的に早々死にはしないのが不幸中の幸いだ。今のように休息を取りながら少しずつ探索を進めている。その結果、どうやら構造変化には一定のパターンがあることがわかった。“マーキング”を利用して、どのブロックがどの位置に移動したのかを確かめていったのだ。

 

「先ずは寝るべし! 苛ついたまま探索してたら足元掬われるぞ!」

 

 それでも一刻も早くミレディ・オルタを破壊し、宝物庫に眠っているミレディを叩きのめしたかった一行ではあったので、殆どの者が不眠不休で迷宮を突破していったのであったが、十四日目にしてようやく立香のセーブが掛かったのである。

 

 そうして今の状況に辿り着いたわけである。…そう!

 

「すぅ、すぅ……」

「(コク、コク)」

「むみゃむみゃ、ハジメさ〜ん」

 

 ハジメを中心に右側にユエ、左側にシアが座り込んで肩にもたれ掛かり、首にマフラーが甘えるような状況となっているのだ!

 

 要はユエとシアは、その肩を枕替わりに睡眠をとっているのだ、二人はハジメの腕に抱きつこうとしたが、そこの辺りはハジメ的にNOした。実にヘタレである。

 

 マフラーの方は睡眠は要らないのだろうが、コールドモードということであろうか。先程から動く様子はない。

 

「…何で、こうなったんだ」

 

 思わずハジメは嘆きながらも、かつての己を思い返しながら、少し視線を遠くに飛ばした。とはいえ、伝わってくる温もりは離し難いものであり、何だかんだで受け入れてしまっている。

 

 その輪の中にシアがいる時点で何だかんだで受け入れてしまっているのだろう。我ながら甘いことだ、とシアのウサミミを指先で撫でながらふと、そう思った。

 

 前に視線を飛ばすと先には立香がいて、マシュが右腕を抱く形で寝ており、獅子王が左腕、頼光が背中を抱き寄せ、枕として寄りかかり寝ていた。ハジメと似ている感じがあるが、密着度が明らかに違う。流石はリア充である。思わず宝物庫から手榴弾を取り出しそうになったが、己も似たようなモノだと自覚し、やめておくこととした。

 

「ハジメ、こっちにちょくちょく殺意吹き出すのやめてくれ。起きるだろ?」

「…起きてたのか」

「起こされたんだよ。殺意当てられて起きるぐらいじゃなきゃ、カルデアのマスターは務まらないんだよ」

 

 本気で立香から聞くハジメのカルデアのイメージはただの魔境。実物は知らないが似たようなものだろうとしている。

 

 いつもの如く立香にニヤニヤされ、それにハジメがジト目を返すというやり取りが行われ、やがて話はミレディの話に移った。

 

「そろそろオルタの位置も判明しそうだな。…たく、面倒臭さだけならこの迷宮がダントツだろうな」

「そうと考えたいけど…アレと同じくらいウザさを内包した人間が他に『解放者』の中にいるとか考えたくないんだけど…」

「それな。Gと同レベルで増えて欲しくねぇな」

 

 きっとミレディが聞けば不本意と叫ぶだろうが、生憎反論の余地はない。ある種、冒涜的な生命体なのだから。

 

 当然、立香もこれに頷く。

 

「うん。ラフムと同じくらい冒涜感が凄い」

「ラフム? 何だ、ソイツ」

「あ〜、これは俺が人理修復してた頃の話なんだけど…聞く?」

「ああ。聞くっての。相棒なんだ。相方の過去を知らぬ存ぜぬとか…カッコ悪いだろ?」

「あはは。りょーかい! それじゃ…アレは七つ目の大きな特異点での話なんだけど…」

 

 第七の特異点、バビロニア。

 

 それは今までの人理修復とは異なり、神が未だ現世に降り立っている時代の探索。

 

 味方陣営は英雄王と名高いギルガメッシュやグランドキャスターたるマーリンが率いるサーヴァントの軍団が仲間となってくれたが、その分敵側も今までとは比にならないほど強大な敵だった。何故ならば相手は神々であったのだから。

 

 敵側は太陽の化身、ケツァルコアトル、冥府の女神、エレシュキガル、ウルクの原初の母の名を騙る、ゴルゴーン等が同盟を結んだ『三女神同盟』。人理を乱すが為に、ウルクを滅ぼそうと画策してい──

 

「待て」

「変なところでもあった?」

「あったっての! 敵側にテメェの嫁、二人もいるじゃねーか! どうなってんだ、テメェの男女関係!?」

「そんな事言われても、俺の彼女って大体元々敵だった人が大凡半分なんだけど…」

「…ジゴロが過ぎんだろ」

 

 思わずハジメがジト目を行うが、立香は意に返さず。話を続けた。

 

 更にはゴルゴーン側にはギルガメッシュのかつての親友であるエルキドゥの霊基を使った神の僕、キングゥがおり、それはもうスンゴイ死闘を繰り広げた。

 

 例えばティアマトとしての権能を扱い、ゴルゴーンが産み出した魔物の数々と戦ったり、タイガーな着ぐるみを被ったジャガーマンと死闘を──

 

「待て!」

「今度は何だ!?」

「虎の着ぐるみを着てるジャガーマンって何だ!? ジャガーじゃねーのかよ!? そんでもってジャガーマンってケツァルコアトルの天敵のアレだろうが!? どうなってんだ、お前の敵!?」

「大丈夫だ、ハジメ。カルデアではよくある事だ」

「テメェは一度、カルデアを常識とするのはやめろ!」

「そして更には──」

「その話やめろ! 俺の脳みそが狂う!」

 

 ところがどっこい、立香の耳には届かない。

 

 ケツァルコアトルにピラミッド(?)の頂点からドロップキックをかましたり──

 

「ストップだ! バカヤロウ!」

「…あっ、実際はピラミッドじゃなくて祭殿だぞ」

「そこじゃねぇえええええ!! お前何やってんの!? 相手神だぞ!? しかも避けられたら死だぞ!? その頃のお前、戦闘は完全に一般人だよな!? 何やってんの!?」

「大丈夫! ケツァルコアトルは避けるような性格はしてないから!」

「万が一があるだろうがぁああああ!!」

「そして更に更に──」

「もう本気で黙れ! 頼むから!」

 

 されど立香はやめられない! 止まらない!

 

 三女神とは別にイシュタルという女神がおり、その女神を買収したり──

 

(落ち着け、俺! この程度ならばまだ…)

 

 何とか舌を噛み、ツッコミを堪えるハジメ。あまりにも話が進まないので、少し小刻みに震えながらも、耐え凌ぐ。そして立香の言葉の続きを聞く。

 

 衰弱死したギルガメッシュを追って、冥府に行ってみたり──

 

「死んでんじゃねーか!?」

「大丈夫だ。俺は何回か冥府行ったり、地獄行ったり、ヴァルハラ行ったり、アヴァロン行ったりしてるから。問題は何も…」

「大有りだ! 馬鹿野郎!」

 

 もう嫌だ! とばかりにハジメは耳を閉じる。一切本題に入らないどころか、その過程があまりにも不可思議過ぎる。

 

 一方で立香はその反応を見てニヤついていた。さてはからかっていたのだろう。…会話の内容は事実だろうが。兎も角立香はようやく、話をまともに続けた。

 

 取り敢えずライダーキックかましたり、冥府で誤解を生むセリフをエレシュキガルに連発し、後の修羅場への布石を打ちまくっていたら、三女神同盟は残る一体、ゴルゴーンのみとなった。

 

 そしてゴルゴーンとの戦いも終え、人理修復が完了したかと、そう思われた時。本来ならば眠ったままであるはずの(ビースト)が目覚めた。

 

『回帰』のビーストⅡ、ティアマト。

 

 古代、存在自体が厄災とされ、人類の手により世界から追放された存在。本来ならばマーリンにより、眠りの淵へと追いやられていたはずだった。しかしゴルゴーンの死をティアマトの死として置き換え、マーリンの術から逃れ、復活を起こしたのだ。

 

 そして目覚めたティアマトは己を裏切った人類へと刃を向けた。それは他ならぬティアマトの意思。同時に創世神の力は正しくこれまでの戦いとは一線を超えていた。

 

 あらゆる生命を作り変え、己の配下へと下す『混沌の海(ケイオスタイド)』。神霊の一撃でも無傷とする理を超えた耐久。指を振るった程度の攻撃でさえ水爆級であり、更には悍ましい新たなる生命、ラフムを解き放った。

 

 故にウルクの民は一人とも諦めず抵抗したものの、敗北。キャスターのギルガメッシュさえも胸を撃ち抜かれ、頼りにしていた神霊達や改心したキングゥの命懸けの一撃でさえも、足止めにしかなり得なかった。

 

 だがここでイシュタルの全力により冥府へと叩き落とし、エレシュキガルの刑罰の権能により、ティアマトの力の一部を剥奪。またアヴァロンから歩いて来たマーリンによる『混沌の海(ケイオスタイド)』の封殺。山の翁による翼の切断と『死の概念』の付与。そして冥府により、一時的に本来の英雄王としての力を取り戻したギルガメッシュ。

 

冠位(グランド)』クラスの英霊や神霊が出揃った上での戦闘により、ようやくティアマトの討伐は叶った。結果的に彼女は奈落へと落ち、その体を余すことなく砕き散ったという。

 

 立香はバビロニアでの出来事を一通り話すと、やがて悔しそうに拳を握った。

 

「…本当は、ティアマトにも手を差し伸べたかったんだ。最後、ティアマトが消える時、聞こえたんだ。幻想だったかもしれない。都合の良い思い違いだったのかもしれない。でも…『──ありがとう──』って」

 

 それはティアマトが奈落の底へと落ちて行く時、ウルクの人理修復を完了した時のこと。立香が踵を返し、レイシフトによりカルデアへと戻ろうとしていた時のこと。

 

 たしかに立香の耳に、ティアマトの声が聞こえたのだ。

 

 果たして立香の心がどんな風に形を成しているのか。それをハジメに測ることはできない。ただ話を聞くことしか出来なかった。

 

「その時、やっと分かった。(ビースト)って言っても人みたいなもので、感情があるってことを」

「立香…」

「大丈夫、ハジメ。もう割り切ったことだ。俺が踏みにじったのに、俺が同情するなんて一番の侮辱。思うことはあっても、後悔じゃないんだから」

 

 その立香の顔は何とも悲しいものだった。

 

 確かにハジメと立香の原点は似ている。

 

 互いに極一般的な生活から無理矢理強く成らざるを得なかったこと。無力を嘆いてなお立ち上がる強さ。自然と誰かの琴線に触れる在り方。

 

 どれも二人には共通していて、そういった面で二人は『親友』であれるのだろう。

 

 ただし立香はハジメの様に狂う事が許されなかった。

 

 ハジメは魔物の力を取り込み、その過程でツギハギにするかの如く己を再構成し直した。孤独、暗闇、弱さ、激痛、命の消耗。それら全てが生への執着を強まらせ、現在の『南雲ハジメ』へと成り立った。

 

 されど立香にはそれが無い。狂う暇すら彼には無かった。凡人であり続けた。

 

 凡人のまま沢山の死を見て、多側面の正義のあり方を見て、人の醜さも欲へ走った末路も見届けて、己の手で世界を壊すことを強いられ、コンマの合間に決断をせざるを得なかった。

 

 努力をしてもなお、誰かに手を伸ばすことは出来ず、誰かに頼るしか無い。誰かを守る為の力が、立香の元に訪れたのはあまりにも遅く、その頃にはとうに己が守りたかった者の多くは立香の目の前から姿を消していた。

 

 瞼を閉じる間も油断を許されることはなく、弱音を吐く暇すら無く、ただひたすらに己の心をより硬く、より強く打ち続けた。それだけだった。

 

 故に立香は旅の合間、変わらずに『藤丸立香』であり続けた。

 

 それにより立香は並ではあり得ないまでの精神の強さを手に入れたが、それと同時に己の本音を覆い隠す様になった。

 

 故に変わり果ててなお覚悟が変わることの無いハジメと変わることの出来なかった立香とでは全くもって意識が違う。ハジメは殺すことに忌避感を覚えることはないが、立香は一般人の如く誰にも感情移入をし、悲しむ。その上で覚悟を決めて闘うのだ。

 

 もうそういった感情は捨てたハジメには、同情することはできない。だがかつて帝国兵を殺した時にも、確かに立香は哀れみ、悲しんでいた。

 

 今になってもなお、立香は変わることなく全てを救いたいのだろう。勇者である光輝と違うのはそこにある過程を知っていること。犠牲を覚悟していること。

 

(…難儀な奴だな。ま、そこが立香の良いところなんだろうが)

 

 立香が誰かを助けようとし続ける覚悟は永遠に変わることはないのだろう。奈落の時、ハジメは立香の中に不変の覚悟を見たから。己の親友が世界で一番の頑固者であることは百の承知だ。

 

 如何したものか、とハジメが悩んでいると、静かな吐息の音が一つ増えた。

 

 正面を見ると立香が瞼を閉じて、眠っている姿がそこにはあった。どうやら言いたいことだけ言って、眠ってしまったらしい。

 

「勝手な奴だな。…たくっ」

 

 そうやって悪態をつきながら、ハジメも再び目を瞑る。今は一刻も早く、精神状態を安静させ、疲れを取るかが重要なのだからそうするのも当然の話だ。

 

 やがて眠気が訪れ、ハジメの意識があやふやになる。やがて意識は混沌へと飲み込まれて行く。

 

 その時、彼の耳に幻聴の如く響いたのは、己がオスカーとの戦いで誓った約束。

 

『もう、『大切』を死なせたりはしない』

『俺の『大切』を何も奪わせたりはしない』

 

 ただ、今のハジメにはその決意の何処かが釈然としなかった。とはいえ、そのような意識はすぐに霧散し、眠りに付くのであったが。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 夢を見た。

 

 恐らくは僅かな時間しか眠っていなかったのだろう。

 

 されど目の前にあるのは不可思議な光景。夢想と思わざるを得ない世界。

 

 世界の空は曇り一点もなき夜空。その鮮やかな紺の色に光を添えるように月と星が瞬き、鳥居の数々が空に浮かび上がっている。

 

 己を取り囲むのは桜の木々。桜の幹に突き刺さる刀の一本一本に月光が煌めき、歪にも清い光景を生み出していた。

 

 南雲ハジメはその中心で佇んでいた。いつからここにいたかも分からず、ぼうっと月を見上げている。夜風に体の熱を奪われて、少し肌が震えた。

 

「客人ですか。珍しいこともあったものですね」

 

 不意に誰かが呼んだ気がした。背後からだ。引っ張られるかのようにハジメは躊躇もなく背後を向いた。

 

 そこにあったのは陰。目の前にあるはずなのに蜃気楼の如く、歪んでは消えて、認識はできるというのに曖昧だ。近くにいるはずなのに、遠近法が成り立っていない。人のようで、獣にも思え、生命の息吹が感じられながらも、無機質にも感じられた。

 

 矛盾を抱えた生命。しかし不思議と戦う気にはならず、宝物庫からは光が放たれることはない。

 

 幾度か視線を交え、風が吹いては止んでを繰り返す。桜の花びらが飛び、花の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「御安心を。まだ貴方も私も出逢う運命では御座いません。故にこの記憶はこの世界の中だけのもの。現実と夢の境界線たる私の固有結界のみにて御座います。恐らくは夢から覚めて仕舞えば、私の事も忘れておられるでしょう」

 

 やがて陽炎のような陰は己の真横で木の根に座り込んでいた。顔もモザイクがかかったように、口の形も見えないが、見上げられていることだけは不思議と理解した。

 

「ですがいずれ貴方と私は出逢うでしょう。藤丸立香と『カルマ』が切れぬ宿命の中あるように。貴方と私、『夜刃(やと)』も交わるのでしょう」

 

 夜特有の紺のコントラストは段々と赤みがかっていく。その度に世界は霧に紛れたかのように輪郭を失っていく。

 

「私は『夜刃(やと)』。『選民』の(ビースト)へと成れ果てし者。同時に『カルマ』と並ぶ者」

 

 ハジメの記憶も夢から覚めるように、夢の記憶を漂白していく。確かにあった出来事を、ペンキをブチ撒けて白く潰していった。

 

 だがそんな中、『夜刃(やと)』の最期の声はやけに明瞭に響いた。

 

 

 ──そして、きっと。貴方に殺される者。殺されねばならない者。

 

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「──ジメ。ーハ──」

 

 途切れ途切れに呼ぶ声が聞こえた。肩が揺らされて、刺激がハジメの脳に伝わる。鼓膜の振動が確かに脳を刺激し、刻一刻とハジメの瞼を開けさせる。

 

 寝足りないと思いつつも、クリアな思考に違和感を持ちながら、ハジメはようやく目を覚ました。

 

 目に光が差し込むと、金の髪を揺らし、己の瞳を覗く少女の姿を知覚することができた。

 

「…ユエか」

「……ん」

「体勢的に色々アウトだと思うんだ、俺は」

「……知らない」

 

 ──ただし馬乗りという状況で。

 

 一応、脱がされてもいないのでセーフだろう。見れば首元のマフラーが多少ながらやつれていた。ハジメが寝ている合間にも色々頑張ってくれたらしい。

 

「おー、起きたか。ハジメ。寝坊助だなー、全く」

「本当ですよー。あ、立香さん。そっちのフライパン取ってもらえますぅ?」

「いいよ。はいっ、どうぞ」

「どうもありがとうございますぅ〜」

「おはようございます、南雲さん。よく眠れましたか?」

 

 今日の飯当番は立香とシア、マシュの豪華メンバーらしい。恐らくはストレス発散も兼ねて、料理を豪華にしようとしているのだろう。

 

 その光景を少し微笑ましく感じながらも、昨日の立香の顔を少し思い出し、目を立香から逸らしてしまう。何となく心がモヤつく。

 

「ハジメ。ご飯の準備に行こう」

「…ああ、そうしよう」

 

 立香の問題もあるが、その前に迷宮攻略だと心を入れ替えるハジメ。そしてユエに引かれながら、ハジメは一行の元へと歩む。

 

 長い夜が開ける。

 

 そして遂に迷宮での戦いは終幕へと誘われる。

 

 反転した人形との再会は、もう近い。




久し振りにフラグを乱立させる今話。
さあ、何処かお分かりか?


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迷宮の試練

 ──立香side

 

 休憩終了から一時間少し。最早何度も見て来て、相当に飽きつつある部屋の前に立香達は立っていた。

 

「また…ここか」

「だな。チッ、強化手榴弾また使うか」

「すまんが頼む」

 

 例のゴーレム部屋である。何度も何度もハジメがゴーレムを再起不能としているにも関わらず、この部屋に訪れる度にゴーレムは復活しているのだ。奥の部屋もずっとリスタート地点となっており、正直この部屋は立香達にとっては忌々しいミレディの象徴となり得ている。

 

 とりあえずハジメが今まで同様、強化手榴弾を放り投げる。ゴーレム兵を例の如く全滅させるためだ。開幕爆殺と言えなくもない。

 

 もうこの迷宮では呆れるほどに聞いて来た爆発音が轟き、入り口から炎が吹き荒れた。

 

 そしてハジメがゴーレムの再生の核を潰しに行こうと脚部に赤い筋を走らせたところだった。

 

「ッ!? 新手か!?」

 

 目を剥いてバックステップを踏んだ。

 

 瞬時に手に取られるのは宝物庫から取り出されたドンナー・シュラーク。紅の稲妻が鳴り響くと同時に、弾丸が射出された。単純な魔物であれば、確実に葬れる凄まじい速さで軌道を描く。

 

 だがそれに伴い響いたのは硬質な金属同士がぶつかったような衝突音。ゴーレム如きでは弾丸には耐えられるはずもないというのに、だ。

 

 故に炎の奥から現れたのは本来の岩により造られた尖兵ではない。むしろ影が人の姿をして現れたかのような黒を纏った兵士達が十体ほど現れた。形態こそ違えど、それら全てから歴戦の強者の気配が漂う。

 

 しかも決して十体で終わり、という都合の良い話は無いようだ。炎の立ち込める部屋から更に人影が見える。軽く見ても三十は優に超えている。

 

 ハジメ達は初めて見ることとなったその姿に困惑を大なり小なりしているようだが、立香にはそれが何なのか、すぐに理解することができた。

 

「シャドウサーヴァント…」

 

 シャドウサーヴァント。それは単純明解に言うならば不完全な霊基から作り上げられた英霊の事を指す。召喚者の失敗や召喚者の不在などが主な理由とされており、その英霊の怨念などを糧として残された残留思念でもある。

 

 だがその霊基自体は立香自体には分からない。ここは地球ではないのだから当然だ。地球上の英霊ならばすべてと繋がりうる立香であれど、他世界の英霊のことまではごく少数しか知り得ない。

 

『マーシャル!? しかもシュシュ…他のみんなまで!?』

 

 しかしその回答はミレディにより判明した。人魂のようになっているオスカーも息を飲んでいる。どうやら現れた霊基の全ては『解放者』だった者達の物のようだ。

 

 だが確かに【ライセン大峡谷】が『解放者』の基地として利用されていたことと、ここの主が仮にもミレディであることを考えると『解放者』を召喚する縁は容易に発生する。ミレディ・オルタが何らかの力を使ったにせよ、ただの召喚にせよ頷けるだけの根拠はあると言うものだ。

 

 なお見るからにハジメの弾丸を止めたのはハジメの技能である“金剛”をかつて所持していたマーシャルだろう。右腕が折れてはいるが、原型は留めている。その傷もすぐに首元にあったネックレスにより回復したが。

 

「今のってアーティーファクトですよね!?」

「ん……明らかにアーティーファクト」

 

 ギクッ! と人魂状態のとある眼鏡がビクついた。

 

「オスカー…お前とこんな短い間柄になるとは…残念だよ(ガチャッ)」

『殺すつもりかい!? 僕を殺すつもりかい!?』

「落ち着けハジメ。…オスカー、あとで校舎裏(ジャキンッ)」

『何処だ、そこっ!?』

 

 立香とハジメは容赦なくオスカーを睨みつける。両名共に武器のスタンバイは完了している。

 

「そもそもここ最近、『解放者』の方々が役に立ったことはありましたでしょうか? 母の勘違いでしょうか?」

「「「「「「「ない(です)」」」」」」」

『『ぐふぅ!!』』

 

 頼光のセリフに一行全員が同調した。『解放者』の主要メンバーたる二人が呻き声を上げる。しかし反論は不可能。だって事実だし。

 

 胸に突き刺さった言葉という矢に二人が沈黙するが、立香達はサラッと無視。今も襲い掛かってくる英霊達に反撃を仕掛ける。

 

「さぁーて、殲滅するぞう!」

「立香…さてはテメェ、余裕だな?」

「なんでハジメさんも立香さんも余裕なんです?」

 

 割とボケに入る立香。それに対し、サラッとツッコミを入れるハジメ。結局の所二人とも余裕である。少なくともシアが思わずツッコミを入れるぐらいには。

 

 シアは二人とは違い経験が浅い。本格的な『怪物の領域』での戦闘はこれが初めて。嫌でも緊張を解くことはできないだろう。

 

 するとハジメが腕を掲げたかと思えば、シアの背中を割と強めに叩いた。殴った手が義手であったという点もあり、シアが「ひぅ!?」と涙目になる。

 

 いきなりぶたれるという乙女的には…というか人間的にアウトな行動。シアはハジメをキッとつり目で睨みつけた。言葉にせずとも不満満々なのが恐ろしく分かる。目が口程ものを言うと言うのはこう言うことだろう。

 

「安心しろ。これぐらいの相手、テメェの足元にも及ばん」

「……それとも私達の助け、まだ必要?」

 

 ハジメもユエも、シアの方は一切見ていない。見つめるのは敵だけだ。つまりシアには背中を向けている。本当に二人が伝えたいことは、言わずとも分かるだろう。

 

 ──背中は任せた

 

 それに気づいたようだ。シアの目が見開かれ、ドリュッケンを握る力が一層強くなる。ウサミミはピコピコと元気に上下し、シアの心模様を表現していた。

 

「はいっ! お守りなんていりません! やってやりますぅ〜! …ふっふ〜、お二人ともデレて来ましたね〜。既成事実を作るのももうじき…」

「「調子に乗るな。ウザウサギ」」

「んなぁ!?」

 

 だがハジメもユエも何だかんだとストレートで好意をぶつけられるのは慣れていないため、ツンデレるのである。

 

「あっはははは。やーい、やーい。ハジメさんが照れてやがんの〜」『ハッち〜ん! ここからなるんだよね! 獣の如く、狼の如くそこの子ウサギちゃんを襲うんだよね! 分かってるよ〜! ミレディちゃん、そこの辺り理解できるから!』

「うっせぇえええ! 立香! ミレディぃいい!」

「うう…すみません、香織さん。ハジメさんのジゴロ癖がどんどん悪化していっています…」

「……これは、由々しき事態」

「(ブンブンブンブンブン)」

 

 結果、一瞬の合間シリアスは死んだ。一行は平常運転もとい全力疾走で和やかな雰囲気と成り果てている。

 

 だがそんな急にほんわか空間を展開されて焦ったのだろう。立香の両側面から剣が迫る。

 

 だがそこは立香クオリティ。油断は無い。すぐ様にアイゼンを双剣形態と変形させ、その場でターンするかのように流動的に剣の軌道を逸らした。

 

 シャドウサーヴァントは接触による反動がほとんどない為、前に倒れ込む。それが僅かであったのは流石ではあるが、ここでは致命的なミス。双剣が荒れくるいながらも襲いかかる。

 

 それでも英霊の為せる技か、両方共、擦りはしたものの物の見事に避けてみせる。

 

 そして僅かに立香へ嘲笑を浮かべた、そんな気がした。顔が無いので実際は分からないが。

 

 だが気がつくべきであった。攻防の一瞬の合間に立香の髪の色が藍色へと変質し、肌は褐色、果てには骸骨の仮面を頭に付けていることに。立香が戦いの僅かな合間に『英霊憑依』を行なっていたことに。

 

 普段立香が浮かべる事の無い、慈悲なき瞳。彼はそんな中、告げた。

 

「さあ、熱く、熱く、貴方の身体を、心を焼き尽くす…」

 

 ──静謐のハサン。『十三の花の盟約』を結び合った英霊の中でも特に暗殺、毒殺に秀でた英霊。身体が余すことなく強力な毒により構成されたとされており、『アサシン』クラスの中でも屈指の毒殺者。

 

 そして彼女を憑依させた立香が握るその刃には滴り落ちる雫が落ちていた。

 

 故に結果は必然。

 

「「っ!?」」

 

 影の英霊に耐え切れるはずなどなかった。肌が焼けたように爛れていき、切口を中心として鳳仙花の色が広がり、ひび割れていく。そしてやがて崩壊を招いた。

 

「『妄想毒身(ザバーニーヤ)』、貴方方に耐えられるはずはありません」

 

 急いでシャドウサーヴァント達は毒に抗おうとアーティファクトを使用する。淡い陽光の魔力が輝き、傷口が閉じていく。

 

 されど回復魔法と言えども体内にある強力な毒までは取り除けない。だからこそ行われるのは毒により開く傷をただ閉じる事のみ。毒消しの作用もあったのかもしれないが、立香には知らない事。あっさり塵へと還った。

 

 瞬殺された同胞。それに困惑せざるを得ないのか、シャドウサーヴァント達が近寄ろうとする気配は消えた。代わりに魔力の粒子がシャドウサーヴァント達を中心に振りまかれる。

 

 近寄れないならば遠くから仕留める。成る程、道理である。事実静謐のハサンは遠くにいる相手ならばクナイなどを用いて攻撃するのが常套手段。

 

 だがシャドウサーヴァント達は勘違いをしている。あくまでもそれは静謐のハサンを憑依している立香の話だ。

 

 立香の服装が瞬く間に変化する。髪と瞳は紅となり、服装もまた同色の王衣。本来ならばドレスが展開されるがそこは性別に合わせたらしい。背中にはマントを背負って、タクトを振るう。

 

 そして展開されるのは一切の敵を凍らせる絶対零度。本来ライセンの地では拝む事の無い雪が舞った。

 

「震え、凍てつき、砕け散るが良い」

 

 彼が瞬く間に宿したのはケルト神話の絶対的女王、スカサハ=スカディ。スカディとの融合を果たした立香は氷河の王として君臨する。そしてシャドウサーヴァントに下された判断は、『敵』という簡素なもの。

 

 ただしその判断はスカサハ=スカディにとっては大きなもの。そしてシャドウサーヴァント等にとっては命の是非に関わるものであった。

 

「儂が良いと許すまで、貴様らは何一つの絶叫も許されぬのだから」

 

 そして展開されるのは蹂躙と地獄。その開始の合図は立香が告げる冷酷な宣言と牡丹色の魔力の高鳴りであった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──シアside

 

(ああ、身体が軽い。まるで羽みたいです)

 

 あまりにも駆け抜ける速度が尋常に無く速い。走る度に『気』が脚に収斂し、爆発的な速度を生み出した。いつもに無く息切れも一切無い上に、思考がクリアだ。

 

 シアの“気闘術”は精神の影響を多大に受ける。精神を水辺の如く凪ぎ、己の意識を戦いに没入させる。

 

 これにはハジメの“集中”レベルの雑念の放棄が必要不可欠であり、少しでも乱すものならば“気闘術”はシアに歯を剥く。それほどの諸刃の剣なのだ。

 

 代わりに得る力は絶大。ただえさえ高い身体能力が割増し、気を放つ事による中距離攻撃を可能とする。果てには気を用いた防御を可能とし、より精度が高ければ高いほど応用性が増す。

 

 以前ユエとの一騎打ちでシアが魔法を素手で逸らすことが出来たのもこの技によるもの。極度の集中の中にあったシアが気を収斂し、魔法を弾いた。これが真実である。

 

 そして今、シアはシャドウサーヴァント達と互角どころか圧倒的な差を持って敵を沈めている。

 

 剣で襲いかかってきたものには白刃どりを行ってから、正拳突きにより腹部、頭部、アーティファクトをほぼ同時のタイミングで破壊。回復する暇も無く、葬り去った。

 

 また魔法を使おうとこれまた攻撃性のアーティファクトを使おうとしたが、ドリュッケンが槌の部分をロケットパンチの要領で発射。アーティファクト諸共吹き飛ばした。

 

 槌の部分がワイヤーで戻ってきている間に敵がナイフで首筋を斬ろうとしたが、気により防御。同時にブレッヒェンで地面に叩きつけ、地上のシミとした。

 

 視認、知覚、移動、打撃、防御、打撃。それだけの簡素な攻撃手段。しかしシアの攻撃の数々を止められる者はいない。

 

 つまりはシアの精神はそれほど戦いに没頭できていた。攻撃の一つ一つを絶対必殺の領域へと昇華する、武術の極致を一時的に会得していた。

 

 戦いの前には不安や恐怖があった。本当に戦えるのかどうか。少なからずそう悩む程度にはシアはマトモだった。

 

 しかしハジメとユエの激励がそれら全てを払拭した。シアの心中にあった負の感情を打ち消し、気を高める事を可能とした。

 

 まだまだ敵が尽きる様子は見られない。されど横には常に彼らがいる。

 

 金色に輝きながら、極大の魔法陣を生み出し、黒き影を駆逐する姉貴分の様な人が。

 あらゆる英霊を従え、純白の魔術回路を発生させる誰よりも強靭な心を持つ人が。

 白百合の盾を構え、場の致命傷の全てを遮ってしまう優しい守護者が。

 紫電の雷鳴が渦巻く中、勇ましく戦場に飛び込む紫苑の花嫁が。

 太陽の如き聖槍と愛馬と共に駆け抜け、突貫する向日葵の花嫁が。

 そして真紅の魔力を迸らせ、数多の武器を取り出しては爆砕する誰よりも愛しき人が。

 

 彼らがいるから、シアは戦える。迷う事なく堂々と死に抗える。

 

「かかってこいや! ですぅ!」

 

 シア・ハウリアは淡青白色の魔力を荒ぶらせ、中指を突き立て、上等をかます。シアの瞳はかつて憧れた人達の隣に相応しい、何とも勇猛な光が差し込んでいた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──ハジメside

 

 爆炎の中、とある人間がまるで羅刹の如く辺りを蹂躙していた。

 

「ふん…他愛もねぇな」

『いや、人体って大概中からの爆散には耐えられないと思うのだけれどね、僕は』

 

 勿論ハジメである。なおここはシャドウサーヴァント発生の元となっている部屋の内部だ。ハジメはつい先程から壁などを一通り破壊し、シャドウサーヴァントの発生の元を潰そうとしている。

 

 なお話の内容はハジメが先程まで相手をしていた最高峰の防御固有魔法“金剛”の所持者、マーシャルだ。解放者の中でも生粋の戦士であり、かつては軍団長を務めていただけの実力がある。

 

 マーシャルの“金剛”はハジメの“強化”を受けた弾丸でさえも貫き切るこは難しかった。破壊自体は可能なのだが、その後すぐに回復魔法のアーティファクトが展開される仕組みだ。

 

 メツェライなどで押し切ることも考えたハジメだが、ここで妙案が思いついた。それが何ともひどい作戦だったのだ。

 

 まずはハジメが弾丸などで脚を潰し、時間の隙間を作る。その合間で“身体変化”と“縮地”を用いてマーシャルとの間合いを詰めた。案の定、マーシャルがすぐに回復魔法のアーティファクトを使用。そしてそのまま再び“金剛”を用いてハジメの蹴りに耐えてみせた。

 

 しかしハジメの本命はそこではない。ヘルメスに仕込んである極小の針レベルの魔剣が本命。それをマーシャルの体内へと打ち込んだ。

 

 オスカーに倣ってとりあえずと仕込んでおいた爆発系統の魔剣。しかし効果は抜群だった。

 

 結果は…グロテスクなのであまり言えないのだが、とりあえずもんじゃ焼き、もしくはそぼろ美味しい。その旨を伝えておく。オスカーの言うことはハジメのした事を考えれば、尤もなものであった。

 

 しかし理不尽が権化化したような男にそれは通じない。現にオルカンのミサイルを壁にぶっ込んでは“解析”を行い、少しでもシャドウサーヴァントの大元を探ろうとしていた。

 

 だがハジメがいくら“解析”を行えど、その核が見えてくる気配は無い。ただただシャドウサーヴァントを蹂躙している、というのが現在の結果だ。

 

「チッ。どう言う事だ? こりゃあ迷宮のシステムじゃないってか?」

『少なくとも『解放者』がこんなものを仕込んだ覚えはないけれどね』

「本気で『解放者』、役にたたねぇな」

『…いずれその汚名、返上するとしよう』

 

 ハジメが一向に事態が進まないことに苛立ちを見せ、オスカーがその八つ当たりを受ける現状。他のメンバーも蹂躙を進める一方で何も事態は進んでいない。

 

 どうしたものか、とハジメが頭を悩ませたその寸前。シアが急に目を見開いたかと思えば、叫んだ。

 

「ハジメさん! 上です!」

「っ!?」

 

 シアの助言に乗じ、ハジメが“気配感知”の範囲を広げると同時に、義手を盾へと変形。上に向かって防御態勢を取った。

 

 視線の先にいたのは、突き抜けの天井から落ちてきた反転した土塊の人形、ミレディ・オルタ。以前と違い、漆黒の機種となっており、派手な武器は見当たらない。代わりに身体中に魔法陣が描かれており、その機体そのものがアーティファクトであることが伺える。

 

『“全天”』

 

 浮かぶミレディ・オルタのゴーレムは流暢な口調で鍵言を告げる。そして彼女を中心として浮かぶ幾多もの太陽の如き光玉。軽く百にも及ぶその魔弾は全てが最上級クラス。

 

 かつてミレディが辿り着いた魔法の究極地点の一つ。それは三つの最上級魔法の複合技。

 

『“星落とし”』

 

 “天灼”、“神威”、“蒼天”。威力だけならば魔法の中で最高と呼ばれ高い魔法の弾丸がハジメただ一人に向けて放たれた。

 

「ッ!? “錬成”! “強化”!」

 

 義手の盾だけでは足りないと、ハジメは己に“金剛”、“獣鎧”を掛けると同時に、周囲の壁などを“錬成”により即席の盾と為す。更に“強化”を施したならば、堅牢なる城壁となり得る。

 

 だが、それがどうか。“星落とし”の魔弾達は光の破裂と同時に暴虐の限りを尽くす。ハジメの“錬成”、“投影”による全力の防御修正でさえも遅れを取るほどに破壊が上回る。

 

 半数の魔弾が使用された時、遂にハジメの防御壁が完全に砕け散った。“投影”による防御も間に合うかどうか。しかもしたところで時間稼ぎにしかなりはしないだろう。

 

(だがっ! それでもっ!)

 

 しかしハジメは“投影”を実行する。物質はアンザチウム鉱石の簡易的な盾。本来ならば砕け散る事なき盾であるが、この場においては時間稼ぎ。

 

 この盾をかざすと同時にハジメは“縮地”により、その場から瞬時に離れる。目の前に来る魔弾を、ドンナー・シュラークが発射する弾丸を“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”を行うことにより、迎撃。

 

 だがそれらの迎撃を潜り抜け、懐に魔弾が一つ滑り込んだ。そして生み出される眩いまでの光。

 

(まず──)

 

 ハジメは金属糸により編まれた黒外套の防御力を“強化”することにより対応しようとするが、その程度では致命傷を免れる程度だろう。しかもその後にも魔弾が二、三十を超える数存在する時点で、致命傷にならないという思考はあまりにも甘いだろう。

 

 光がハジメを包み込む、その瞬間。

 

「“時に煙る白亜の壁”!」

 

 一行最強の守護者(シールダー)が防壁を展開した。ハジメを覆い隠す障壁は最上級の弾幕に破壊されるが、ハジメに届く前にまた新たな障壁が展開される。

 

 ハジメは防壁を確認するとすぐにその場から離脱。マシュもすぐに防御壁を解除した。

 

「すまねぇ。助かった、シア、キリエライト」

「えへへ、“未来視”が発動して良かったです。代わりに魔力をごっそり持って行かれましたけど…」

「ご無事で何よりです。魔力は…」

「ああ。シア、お前も今のうちに回復薬を飲め」

「は、はい!」

 

 どうやら、ハジメの感知より早く気がついたのはシアの固有魔法“未来視”が発動したからのようだ。“未来視”は、シア自身が任意に発動する場合、シアが仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだが、もう一つ、自動発動する場合がある。今回のように死を伴うような大きな危険に対しては直接・間接を問わず見えるのだ。気による技能自体の強化もあってか、今回はハジメの死に対しても反応したようだが。

 

 つまり、直撃を受けていれば少なくともハジメが死ぬような未来があった、ということだ。改めてミレディ・オルタの実力に戦慄せざるを得ない。

 

 その当のミレディ・オルタは体の魔法陣を輝かせる。曇天の魔力が機体の周囲を包み込み、やがて影の形をした英霊、シャドウサーヴァントを生み出した。先程までハジメ達が戦っていたものと正しく同じものだ。

 

「なるほど。ハジメが拠点を見つけ出せなかったのに合点がいった。スキル…いや、宝具の一種か。『解放者』のリーダーのミレディならそんな馬鹿げた宝具も頷ける」

『大当たりだ。褒めてやろうか? 尤も、お前達はすぐに死ぬのだが?』

 

 ミレディ・オルタはあっさり言うが、地球の英霊の中でもそう言った宝具はイスカンダルやイヴァン大帝クラスの馬鹿げた存在しか持っていない。

 

 以前よりも数段流暢になったミレディ・オルタの口調。思考も明瞭になっているようで、狂い出すような気配はない。

 

『しかしお前達は愚かな事だ。先程の“星落とし”でその命を落としていれば楽であったものを…尤も、この迷宮に訪れた時点でお前達の未来に変化は何一つ有りはしない』

 

 そしてミレディ・オルタを中心として魔法陣が虚空に浮かび、曇天の中煌めいた。彼女の周囲に並び立ち、曇天の中に紛れる黒色の『解放者』達はまるで悪魔の兵士が如く。

 

 泡立つような死の気配。ミレディ・オルタはそんな中で淡々と告げる。それはライセンに伝わる処刑の合図。

 

『ミレディ・ライセンが告げる。王手(チェック・メイト)だ』

 

 一方で一行は目の前の濃厚な死に折れる者はいない。彼らの魔力は迷いが無いと言うかのように、澄んでいた。ハジメと立香は魔術回路を迸らせて、叫ぶ。

 

「「上等だ!」」

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──おまけ

 

 ハジメ「で、テメェのあのムカつく文章の数々は何だったんだゴラ」

 オルタ『ああ…精神トラップを仕掛けようと思ったのだが…こう…自然と頭の中に出てきたと言うか…天啓が下ってだな…』

 立香「それって…ミレディのウザさが反転しても染み付いてたってことか?」

 オルタ『そうとも言えるだろうな』

 ハジメ「…つまりは大体、ミレディのせいか」

 シア「…ですぅ」

 ミレディ『二人ともぉー!? ミレディちゃんはそこまで責任持てないんですけど──!!?』

 オスカー『ミレディ、もう諦めなよ』

 ミレディ『オーくん!? 慰めに一切なってないよ!?』

 立香「なるほど…あくまでも思い付きだったから、魂がこもってないウザ文章だったのか…」

 

 アルトリアが霊基が変わろうと腹ペコなのと同じ原理だってこと。




なお回復用アーティファクトは“再生魔法”は使っていない設定です。
この時点でそれやったら、割と攻略法が少ないからな〜(汗)

二章も遂にラストスパートだ!
頑張れ! 私!
三章は楽しいぞ!(オリキャラ然り。原作ヒロインズ然り。キャラの更なる実力開花然り)


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花弁の嫁衣装

す・ん・ご・い…
遅れましたァアアアア!!
申し訳ない!
つーか一対多の戦いむずっ!
しかも書いてる途中で何度か辻褄合わず書き直しになるし!
途中でシリアス書けない病に陥って新しいSS始めるし!
学校の行事がはっちゃめちゃだし!
学校の先生にミレディ並みにウザいやつがいるし!
…とゆーわけで二週間ほど空きました。
申し訳ない。
VSミレディ・オルタは次の話で完結します。
…しゃあないねん。今回だけでも八千超えやったから、区切っとこうとなりましてん。
次は早めに投稿できたら…いいなぁ〜(願望)


 ──ハジメside

 

「ミレディ・オルタの核は人間の心臓の位置と同様だ! アンザチウム製かつミレディ・オルタの“聖絶”が付与されてやがる! 楽には貫けねぇぞ!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

 ミレディ・オルタとの戦闘が始まると瞬時にハジメが魔眼石と“解析”の複合技により、ゴーレムの核の位置を特定。その報告を聞くと同時に全員が散開。ミレディ・オルタの上級魔法に全員が巻き込まれないようにするための判断だ。

 

『炎に抱かれて死ね、“蒼天”』

 

 先手はミレディ・オルタ。曇天から現れるは蒼の太陽。狙われたのはハジメだ。恐らくはハジメ達の迷宮攻略中にモニタリングでもして、リーダー的な存在を炙り出したのだろう。

 

 先程の“星落とし”にこそ劣るものの、最上級魔法である故に威力は本物。

 

 だがハジメはその攻撃に銃口を向けるどころか無視。その理由は直ぐに分かった。

 

「“氾禍浪”」

「“誉れ堅き雪花の壁”」

 

 それに対しユエが津波を発生させ、炎の威力を半減し、マシュが生み出す防御壁で完全に熱を断絶。

 

 ユエが魔法でマシュの負担を減らすという連携に、ミレディ・オルタは少し関心の声を上げ、ターゲットを二人に変更。すぐ様に攻撃を再開する。

 

『へぇ…“白牢”、“天灼”、“神威”』

「“嵐帝”、“崩岩”、“聖絶”」

 

 石化の白煙には竜巻を、鳴り響く雷には大地の礫を、光の奔流には同質の光の壁を、相性を見分けた上で最善をぶつけ、威力を殺すユエ。言うは易いが、行うには難し。

 

 恐ろしいのはミレディ・オルタの発動とはワンテンポ、ズラしているにも関わらず一寸の狂いもなく、かつミレディの魔法と拮抗させられるという点だろう。更には指輪により魔力の分解は減っているものの、完全では無い状況で、上級魔法の使用を楽々とこなしているのもまた異常だ。

 

 ユエとマシュの今回の戦いにおける役割りはミレディ・オルタが発動する魔法の防御。かつての魔王にさえも優ったとされる魔法ならば、いくらマシュと言えど長くは持たない。例えばマシュの知名度補正が完全であれば、マシュ一人で対応可能であっただろうが、今は五分保つのでやっとだ。

 

 そこで急遽防御役の白羽の矢が立ったのがユエだ。ミレディから見ても天才と言える魔法の技術による魔法と魔法のぶつけ合い。これにより急激にマシュの負担は減少した。

 

 一方でユエの方も完全な格好でなく、あくまでも魔法の力を削ぐ事をメインとするため、魔力の温存は十分。神結晶による魔力貯蔵も大量にあるため、持久戦には打ってつけなわけだ。

 

「……ニセモノ、覚悟はいい?」

『うざいね? でも死ね』

 

 ユエが中指を立てると、思いの外ミレディ・オルタは煽りに乗った。恐らくゴーレムでなく生身ならば額に青筋を立てているだろう。どうやらミレディ・オルタは本物ほど精神耐性が高くは無いらしい。

 

 するとユエとマシュの周囲にインクのような液体がボトボトと滴り、急激に波を立てて形を形成していく。

 

『宝具、『集え、汝らは解放を求めし者(ベフライウング・ヴォン・エヒト)』。…今度は斬首刑と行こう』

 

 ミレディ・オルタの宝具解放の合図と共に、シャドウサーヴァントが急激にその身体を手にし、現れる。当然のように装備されているのは恐らくはオスカー製の宝具。

 

 産まれたシャドウサーヴァント達は、ミレディ・オルタの『やれ』と言う命令を聞くと、一目散にユエとマシュの方へと駆け出した。

 

 ユエとマシュは作戦の要。流石に魔王とやりあえる魔法の技量に正面突破はハジメ達でも難しいだろう。そんなミレディ・オルタの武器を減らすには二人の力が何としても必要となる。そう言った面ではミレディ・オルタの判断は正しい。

 

 しかしその前に雷が爆ぜた。一つはマシュの側で紫苑色の稲光が。更にはユエの側で真紅の稲妻が逆巻き、轟いた。

 

「さて…それでは誅伐と参りましょう」

「ああ。合わせろ、頼光」

「ええ、勿論」

 

 源頼光と南雲ハジメ。頼光は己を五人に分身。そして各々に宝具を持たせた。ハジメは宝物庫を輝かせると、メツェライを出現。“強化”によりなお一層紅を輝かせ、頼光はマシュを背に、ハジメはユエを背にして魔力を解き放った。

 

「死ね」

「“牛王招雷・天網恢々(ごおうしょうらい・てんもうかいかい)”!」

 

 紅の鉄の牙と紫苑の神鳴り。互いを背に放たれた暴力の濁流は影の英霊に抵抗を許す事なく、吹き飛ばす。二色の稲妻が迸った後には塵しか残りはしなかった。

 

 黒い影は直ぐにまたもや現れる。しかし先程の霊基とは明らかに違い、あくまでも再生ではなく再召喚であることが分かる。

 

「ま、魔力も裂ける上に意識も少しは逸らせるだろうな。ユエ、魔法の対処は任せたぞ?」

「気持ちの悪い有象無象は任せる、私の魔王様」

「…待て、ユエ。俺は魔人族じゃないんだが?」

「……?」

「…この戦いが終わったら、俺のイメージについてトコトン話す必要がありそうだな」

 

 そんな会話を交わす二人。しかしその姿は正しくヒロインを背に守り抜く漢と優雅にも指を振るう姫。これ以上ないほど二人の姿はしっくりきていた。

 

 一方でミレディ・オルタの横で咲き乱れる向日葵の花。曇天を撒き散らし、宝具の再展開を行おうとしていたミレディ・オルタは慌てて、己の機体を『落とす』ことにより、緊急の回避を行った。

 

 ──ズドォオオンッ!!

 

 行われたのは槍による刺突という何ともシンプルな動き。だがそれ故の最速、最適解の攻撃。ミレディ・オルタの右腕は粉々に砕かれる。

 

 だが流石と言うべきか。腕を破壊されてすぐに、ミレディ・オルタは向日葵の魔力を纏う女王に“重力魔法”を仕掛けた。行うのは重力操作による衝撃波。彼女のベースとなる“重力魔法”の中でも簡易的な技である。

 

 だが腕に付けたブレスレットが輝くと同時に衝撃波は霧散。獅子王が僅かに後方にズレた程度まで弱体化された。

 

『ッ!?』

 

 ミレディ・オルタが知る由も無い。まさか一度の交戦で己の“重力魔法”にある程度の対策を立てていたなど。しかもその対策方法が錬成士の最高峰にある男の手により、複製されているなど思いたくもないだろう。

 

 故に生じる一瞬。その間はある者の精神統一に要された。

 

 同時にミレディ・オルタがその気配を捉えた。その位置は己の遥か真上。ミレディ・オルタは近づいて来る気配に、反射的にまたもや“重力魔法”による反発を行う。

 

 だが起きたのは先程と同様の結果。チョーカーの神結晶が淡青白色を宿し、曇天を晴らす。あまりにも澄んだ魔力の光であったが故、ミレディ・オルタの意識が一時的に逸れる。

 

 その間に空よりゲシュヴィントの“空力”による助走を乗せ現れたシアは振り下ろしを、獅子王は愛馬ドゥン・スタリオンと共にミレディ・オルタに更なる一撃を入れる為に聖槍を再び構え、解き放った。

 

 しかし長年の経験は流石と言えよう。意識をせずとも上からの刺客に対し、宝具による英霊の即席の盾を召喚。サーヴァント級の防御を貫きかつミレディ・オルタを破壊するのはシアの槌でも困難。ギリギリの地点でシアの槌も獅子王の聖槍も勢いを失った。

 

 すぐにミレディ・オルタは横に『落ちる』ことにより、二人から距離を取る。そして一種の苛立ちを乗せ、ミレディ・オルタは叫ぶ。

 

『邪魔だ!』

 

 二度も有れば気づくというもの。今度は攻撃を“重力魔法”では無く、炎の槍を持って獅子王とシアを迎撃。至近距離故に、ユエやマシュの防御も間に合わない。

 

 獅子王はドゥン・スタリオンと共に直ぐにその場から離脱。同時に聖槍を振るい、炎の槍を振り払った。

 

 しかしシアはドリュッケンでぶつけ直撃こそは免れたものの、その反動により、シアごと吹き飛ばされた。

 

「くぅっ!」

 

 シアは吹き飛ばされつつも、ドリュッケンを振るい体を回転。そして壁に見事に着地。そして壁を再び蹴り、ミレディ・オルタへとまたもや強襲しにかかる。

 

 ミレディ・オルタはその間に周辺の壁を一部剥落させ、その材料を用いて、破壊された腕を再生。シアの攻撃を“聖絶”を纏った腕で防御し、それと同時に“聖絶”を爆発させ、シアを吹き飛ばす。

 

 だが今度は空を蹴り、勢いを殺してからまたもやミレディ・オルタへと迫る。恐ろしいのはその対応の速度。明らかに攻撃を受けるのに順応した動きだ。

 

「おおっ、シアの奴上手く動くな」

「……私がよく魔法滅多打ちにしたから」

「なるほど、それでか」

 

 ユエの言葉にハジメが納得したように頷く。気やドリュッケンを上手く盾として使い、魔法の直撃を許さないのはユエの魔法を何度も食い続けてきたというならば納得できる。事実、吹き飛ばされていてもシアは無傷を保っている。

 

 なおその間にもシアが突撃し、ミレディ・オルタが魔法を放ち、また吹き飛ばされるということが何度も何度も繰り返されている。

 

『しつこい! 怖い!』

「一回殴らねぇと気が済まねぇんですよ! 一発殴られろや! ですぅ! あと人に怖いって失礼じゃないですか!?」

『くっ! “凍柩”!』

 

 何度吹き飛ばしてもなお迫って来るシア。正直に言ってホラーそのもの。ハジメ的には仕方がないと思えるが、シア的には不本意らしい。なおその原動力は半分ミレディ・オルタが原因なので、因果応報とも言える。もう半分? ミレディである。

 

 そんなホラーな光景にミレディ・オルタは遂に耐えきれず、シアを氷の牢屋へと閉じ込めようとする。シアの体に氷が張り付き、どんどん肥大化していく。

 

 だが、シアは『気』を練ると、一言。

 

「うざってぇ! ですぅ!」

 

 なんと気を膨れ上がらせ、爆発。その勢いで氷を砕いてみせた。

 

『はぁ!?』

 

 ミレディ・オルタが驚くのも束の間。シアはドリュッケンを構え、今までと同様に振るった。動揺したとは言え、ミレディ・オルタは今まで同様、ドリュッケンへ風の爆風を放った。

 

 ──ドパンッ

 

 だがミレディ・オルタは見た。己の直前を通った紅の稲妻が、風の魔法を無に還した所を。

 

 魔法の核を打ち砕くという神業。それを為せる男などこの場には一人しかいない。しかも紅の稲妻となれば尚更だ。

 

 ミレディ・オルタは弾丸を放った男に怒り狂おうとした。再び暴走仕掛けている感情の歯車をいっそのこと、壊してしまおうとした。感情のありったけをぶつけ、灰塵へと還そうとした。

 

 だがそれらは戦闘中においては、全て無駄な雑音に過ぎない。

 

 しかもミレディ・オルタは忘れていた。己の前にいる兎の存在を。それが龍をも喰らう獰猛さを持っていることを。

 

「ハァッ!!」

 

 裂帛の呼吸。それと共にシアの『気』は洗練され、ドリュッケンに纏わりつくと、ミレディ・オルタの腹部に直撃。一点に研ぎ澄まされた気による一撃は、ミレディ・オルタの体を粉砕とまでは言わずとも、吹き飛ばし、ヒビを入れた。

 

『──ッ』

 

 上がる苦悶の響き。されどミレディ・オルタはそれでもなお直ぐに反応。更なる連撃を行おうと構えたシアに数十もの英霊を召喚。それらを肉壁とし、“天灼”を発動。

 

 サーヴァントにより、動きを止められたシアは避けることも防御をすることも許されなかった。

 

「“時に煙る白亜の壁”」

 

 マシュが防御壁を展開するものの、一瞬遅れた。結果、英霊達が灰へとなる中、シアは左腕に深い火傷を負った。また痺れもあるのか、ドリュッケンを握る両腕が痙攣している。

 

 そこでシャドウサーヴァントがシアを覆うように召喚される。先程までのシアであれば瞬殺であっただろうが、今のシアでは魔力操作が思うように行かず、『気』も乱れている。戦うには非常に困難な状況である。

 

 立ち上がろうとするも、目眩が不意に起こり足元が覚束なかった。そして目の前には黒い影のシェルエット。

 

(まずっ)

 

 思わずシアが目を瞑りかける。

 

 だが彼女の肩にそっと温もりが感じられた。それは絶望に瀕した時、彼女をその底から救い出してくれたものと同じ。

 

 ──ドパァアアンッ

 

 間延びした発砲音。一発の弾丸が何体もの英霊の急所を抉り飛ばし、戦闘不能へと追い込む。それが計六発となれば、蹂躙と言わずにはいられないだろう。

 

「いい動きだったぞ、シア。一旦休め」

「…あれ? このハジメさん、本物ですぅ? 優しいですし」

「…テメェ、マジ殺すぞ?」

 

 ハジメからすればただの労いの言葉だったと言うのに、まさかそんな返信が来るとは思っていなかったらしい。とはいえ日頃の扱いを考えれば割と正当性はある。

 

 ただ貴重な神水をわざやざ取り出し、シアに躊躇うことなく渡すのを見て思わずシアの頰は緩む。ハジメもそれに気が付き、己の単純さに呆れていた。

 

 そしてシアが神水を飲み切り、ハジメと共に再び戦いに出ようとした時、それは聞こえた。

 

 ──花よ、開け

「…来たか」

「え? え? 何です!? この魔力!?」

 

 遂に純白の魔術師が、魔術回路と共に戦場へと降り立つ。それを指し示す詠唱の声が。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ──立香side

 

「よし、霊脈感知。これなら…行けるな」

 

 少し時は遡る。ハジメ達が戦闘開始して間もない頃、立香だけは戦闘に参加せず、一人霊脈を探し出していた。

 

 霊脈は魔力が流れる場の事を指し、立香がかつて魔術回路を持たなかった頃、英霊の召喚のために使用をしていたこともある。

 

 だが今となっては英霊召喚をノーリスクで行えるようになった立香にとっては霊脈はほぼ無意味と化している。一応、『工房』を作る時には便利なのだろうが、立香はそういったタイプの魔術師ではない為、どちらにせよあまり意味はない。

 

 では何故、立香がわざわざ霊脈を探し出しているのか。その回答はただ一つ。

 

 あまりにも今からすることに使う魔力が多過ぎる(・・・・)為だ。

 

 かつて知名度補正が確実だった頃でもそれをするには令呪一画を代償とした。故に相当に薄れている今では更なる魔力を必要とし、下手すれば一瞬で立香が魔力の枯渇により倒れる可能性もあり得なくない。

 

 だからこそ立香は霊脈を探し出し、そこを起点に魔力を利用することにしたのだ。お陰でハジメにアイコンタクトで時間を稼ぐように言ったのだが、上手くいったようだ。

 

 ミレディ・オルタは未だに立香の存在を捉えていない。正確には認識自体はしているのだが、それ以上に他のメンバーへの対処を重要視している為、立香を無視しているだけである。

 

 だがそれでも十分。立香は己の腕を捲り上げ、純白の輝きを宿した。

 

「──花よ開け」

 

 急激に高まる魔力。鳴動する魔術回路に対応し、地面に魔法陣を描かれた。ただの魔法と言うにはあまりにも高すぎる魔力の丈にミレディ・オルタが反応した。

 

『ッ!? 貴様っ!?』

 

 同時にミレディ・オルタが目的を変えた瞬間だった。立香に向けられる魔法の槍の数々。立香が行なっているのは儀式であり、急性のものでもない。

 

 だが立香の周囲に完成される城の壁。白百合の魔力で彩られた盾はミレディ・オルタの魔法を粉砕し、それでも尚もヒビが入ることは無い。

 

「根を広げ、空を仰ぎ、風を魅せよ」

 

 ここで更に立香の魔力は出力を上げる。純白を彩る十三の花の色。まるでそれは花弁のように広がり、華々しく立香を包み込む。

 

 更なる攻撃を加えようと、ミレディ・オルタは周囲の空間を歪ませると鉄球を召喚。そして立香へと『落とし』た。鉄球は最初から急スピードで放たれ、尚も加速を見せる。

 

「芽ぶけ、我が愛しき者達よ」

 

 やがてそれらの魔力は二色に転換される。紫苑と向日葵の花の色。それは言わずもがな立香の花嫁が二騎。

 

 立香に迫っていた鉄球は獅子王の槍により砕かれる。またミレディ・オルタ本体も弾丸、槌、稲妻により強襲される。宝具によりそれらの攻撃を無傷で済ませ、最小限で三人を対処しようとするがユエの魔法の援護により、そうは行かない。

 

「光を遮るものは有らず。故に希望を宿せ」

 

 立香が右の手の甲を空へと高々と上げる。そして途端に赤い光が弾ける。弾けた回数は二度。令呪の二画が今、彼の花嫁へと捧げられる。

 

 同時に頼光と獅子王から際限ない程までに魔力が溢れ出す。ミレディ・オルタが放った鉄球が瞬く間に獅子王の刺突により砕かれ、頼光の稲妻にミレディ・オルタ本体がその体を削り取られて行く。

 

(己の英霊の強化! それがあの力の本質か!)

 

 ミレディ・オルタは急激に動きのキレと威力が増した二騎の英霊に驚愕しつつも、逆に立香の魔術の底が知れたと安堵を見せる。

 

 だがまだ完成ではない。魔法陣が更に連結、そして二騎の英霊の魔力が更なる唸りを上げた。

 

 未だなお、高まる魔力にミレディ・オルタは困惑を隠せない。その合間に立香の詠唱は完結する。

 

「『幻想の花の嫁衣装(カルデアス・ウェディング・クイーンズ)』」

 

 その瞬間、頼光と獅子王は魔力が弾けたかと思うと、繭のようなもので包まれた。繭の間からは光が差し込み、時間が経つ度に繭は中の光に耐え切れず、光を新たに発した。

 

 そして産まれるのは新たなる霊衣を纏い、現れる二人の女性。神秘的なまでに高められた魔力。だがそれ以上に変わったのはやはり服装だ。

 

 頼光は全身を春紫苑の柄が入った着物で多い、紫を基調としている。握られる剣は魔力と同じ紫苑の色。長く垂れていた髪も結ばれており、簪により束ねられていた。

 

 一方で獅子王もまた薄っすらと向日葵色の入った、胸を強調するようなドレスで着飾っている。本来の聖槍もブーケのような花の模様が彫られており、彼女の魅力を引き立てるような構造となっていた。

 

 いきなり場違いな服装になったことにミレディ・オルタどころかハジメ達も唖然とする。特に立香の頭に響くオスカーの『今乳繰り合うとか言うのかい、君は!?』という批判半分、驚愕半分の叫びに立香は僅かに泣いた。

 

 だが途端にだ。

 

「“牛王招雷・天雷剛鐘”」

「“真・最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”」

 

 ミレディ・オルタが咄嗟にシャドウサーヴァントによる即席の肉壁を生み出し、かつ“絶禍”による魔法の威力の半減を行う力を発動できたのは彼女の警鐘の賜物であった。

 

 ミレディ・オルタの周辺に雲が出来上がる。だがその雲は古い日本の絵画に出てくるような雲。少なからず既知の魔法による雷魔法には該当できない風貌だ。

 

 また獅子王の槍からは向日葵の光が太陽の如く眩く輝く。今までの獅子王の刺突の威力も馬鹿げていたが、今度は話が違う。何故ならばそれは『真の』彼女の聖槍の姿なのだから。

 

 そして四方八方から吹き荒れる紫電と極大の光の柱。

 

『があっ!?』

 

 シャドウサーヴァントは稲妻により凄まじい勢いで数を減らし、獅子王の為に使われた“絶禍”は本来の魔法の吸収能力を発揮することなく、光の柱に掻き消された。ミレディ・オルタは体を全力で上に落とすことにより脚部のみを破損させるまでに留まった。

 

 ミレディ・オルタの胸中は今、驚愕に満ちていた。たった二騎の英霊の一回の宝具の使用。にも関わらず失われた英霊の数と消費した魔力の量は馬鹿げている。

 

 原因は言わずもがな、霊衣の変化による作用。しかもこの攻撃が暫くの間続くというオマケ付き。ミレディ・オルタをしても防ぎ切るのは困難に等しい。

 

 立香の発動したのは『十三の花の盟約』の権能の一つ。名を『幻想の花の嫁衣装(カルデアス・ウェディング・クイーンズ)』。立香の花嫁十三騎にのみ許された霊基のランク上昇という極まったチート。代償としては巨量の魔力と時間、そして一騎の英霊に対して令呪一画を使用せねばならないという点である。

 

 そして霊基のランクアップに応じ、各サーヴァントには特殊な強化が付与されている。今回で言えば頼光は本来の『牛鬼』としての力を高め、天候をも操るほどの規格外の力を得る。また獅子王ならば本来の槍に掛けられた十三の封印を獅子王の意思でどれだけでも解除できるというもの。なお今回は五つの封印を解き、ミレディ・オルタに放っている。

 

 本来ならばマシュも使用可能では有るのだが、今は霊基が他の立香のサーヴァントよりも不完全であるが為に、使用することができない。

 

 なお規格外の魔力量ではあるが、この霊衣変換は行えても三分が限界となる。つまりは短期決戦用の権能であり、令呪の消費も考えると慎重に行う必要性がある。

 

 立香はそれでもなおミレディ・オルタとの戦いは長引かせるほど不利になると判断した。事実ミレディ・オルタのゴーレムには高速魔力回復のシステムが付与されており、長期間でも魔力切れを起こさずに戦闘を行うことができる。それを理解した上で立香はこの力を解き放った。

 

「令呪を持って我が身に命ずる…」

 

 同時に最後の一画を解き放った。対象は己。純白の魔術回路が色濃く浮き立ち、立香自身の体の魔力を覚醒させた。

 

(未だに…魔力を!?)

 

 立香が保有する魔力の丈に驚愕を隠せないミレディ・オルタ。妨害をしようとしても二騎の英霊の上に、ハジメとシアが攻撃に出ており、防戦に徹する他ない。

 

 何者にも邪魔されることなく、立香は目を見開き叫ぶ。彼が告げる命令はただ一つ。

 

「死んでも勝て…黒薔薇の魔女と共に」

 

 ──英霊憑依。

 

 瞬間、立香の魔術回路に黒薔薇の魔力色が混ざったかと思うと、立香の全身を覆い隠し、闇へと立香を誘う。

 

 ベールの如き魔力がやがて晴れるとそこにはいた。

 

「へぇ、私と同種がここにいるなんて。ま、尤も土のガラクタと同格ではないでしょうけど」

 

 立香は旗を持っていた。そこに刻まれているのは竜の紋。憑依させている恋人の象徴とも言えるもの。

 

 立香は炎に晒されていた。ただしそれらは憎悪から噴き出る黒き炎。その炎が捉えるのは彼女が憎いと感じた者のみ。

 

 立香は金の瞳でミレディ・オルタを見た。炎により生み出された上昇気流が白髪を揺らし、塵を舞い上がらせた。

 

復讐者(アヴェンジャー)』、ジャンヌダルク・オルタ。立香の中に宿った彼女は憎悪の炎を燃やし、戦場に踏み込んだ。

 

「さあ、アンタの憎悪が私に勝るか…見てあげるわ」

 

 反転した異端なる迷宮の中、反転者と反転者が相対する形で戦いは再び苛烈の炎を上げた。




なおこれをFGOのゲーム風に描写するとすると…
・1ウェーブ
・『ボス』ミレディ・オルタ(アルターエゴ+2ゲージ)
・シャドウサーヴァント二体(七クラス全部該当)
・シャドウサーヴァントに空きが空き次第、ミレディ・オルタのスキルでシャドウサーヴァント追加のシステム。
こんな風になります。
そしてシャドウサーヴァントは塵を落とす。
…こんなステージがワイトは欲しいです。

あとミレディの宝具でオスカーやナイズを召喚しないのは彼らの場合、魔力量が規格外になってしまうからです。
流石にグランドクラスを一気呼びするのはミレディちゃんでも不可能。
せめてラウスとセットで発動すれば二、三人は可能かも、程度です。


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狂気の覚醒

…終わらんかったんやけど?
七千文字くらい書いたのにミレディ・オルタ戦終わんないんやけど?
異常じゃね?

取り敢えずどうぞ


ーーミレディ・オルタside

 

それは戦いが始まる数時間前のこと。

 

『やーい、やーい。オーくんのロリコーン!』

『ミレディぃい! テメェ、ブッ殺してやるぅ!』

『落ち着け、オスカー! 第一、メイル! ラウス! ヴァンドゥル! ええい、貴様ら動かんか!』

『あらあら、ナイズくんったらとんだ意気地なしね? もう少し自分だけで頑張ってみたらどうかしら?』

『メイル…貴様、大仏スタイルで寝ている癖に助太刀せん気か…』

『…待て、ナイズ。リューティリスは何処に行った?』

『…逃げたか。さてはこのカオスを予見していたな…ゲートを使うか?』

『わざわざ奴を捕まえに行くなら仲裁をした方が早いだろう、ナイズ。この場から逃げたい気持ちも分からんでは無いが…』

『ふん、これだからクソダサ眼鏡の品格が問われるのだ』

『ああん? そこの季節外れのマフラーの方がダサいだろう?』

『ねぇねぇ、オーくん、ヴァンちゃん。ミレディさんから見ればどっちもどっちです』

『『こいつとだけは一緒にするな! ミレディぃいいい!!』』

『『落ち着かんか! 貴様ら! あとミレディ、お前は黙っていろ!』』

『あらあら、今日も賑やかね』

 

彼女の前には喧騒極まり無い光景が広がっていた。そう、ミレディ・オルタはかつての夢を見ていたのだ。

 

広がるのは神に敗北する少し前の光景。ミレディが気ままにオスカーをからかい、それにオスカーがブチギレ状態。ナイズとラウスが仲裁に入るものの、メイルはおっとりしながら傍観を決め込み、ヴァンドゥルは煽り、リューティリスはその場から既に逃走していた。

 

喧騒極まり無い、だがミレディにとっては暖かな記憶で合ったはずだ。それは泡沫の様に淡く脆い記憶の底を映し出した物。ミレディ・ライセンの宝物、とも捉えることができるだろう。

 

その夢を思い出したミレディ・オルタは不意に目覚める。そして呟きはたった一言。

 

『くだらない』

 

そう、ミレディ・オルタにとってはそれらは甘い幻想。苛立ちを覚えさせる物にしか過ぎない。かつての幸福は今の不幸に。かつての喜びは今の虚しさに。そしてかつての希望は今の絶望へとミレディ・オルタの中では反転し切っている。

 

夢に手をかざし、ヒビを入れて破壊する。甘ったるいにも程があり、体が無いにも関わらず、吐き気さえも覚えた。

 

夢の光景が砕けて行く度にミレディ・オルタは己の決意をなおも硬くする。

 

この迷宮は最早、外の理からは外れている(・・・・・・・・・・)。だからこそ本来存在しない霊基(アルターエゴ)でありながら、ハイサーヴァントでも無いミレディ・オルタはこの世界に受肉出来ている。

 

同時に、この『聖杯迷宮』はあくまでもその世界の主、ミレディ・オルタに理を定める。聖杯はミレディ・オルタが手にあり、彼女が破れない限りこの世界は繁栄を続ける。

 

『…負けられない。私が正しいと、そう証明する為に』

 

だがミレディ・オルタは迷宮の内の世界の繁栄を無視する。あくまでも彼女の願いは反転し切った先にある憎悪により定められたものなのだから。

 

雫が岩を穿つかのような年月、孤独にされた。その際に生じたかつての仲間に向けられた怨念こそが彼女を生み出した要因。それが彼女の存在理由。

 

己を贋作でないと、そして己の内の憎悪こそが真実であると証明する為に彼女は戦う、そう決めたのだ。

 

悍ましいまでの自己肯定の念、それが彼女を突き動かす理由。

 

『あんな女に…負けるはずがない』

 

その理由を胸に抱きながら吐かれた言葉は呪詛の如く。ウザったらしいまでの笑顔を浮かべる記憶の己を脳裏に浮かべ、彼女はもう一度呟いた。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

そして今、ミレディ・オルタの願いは寸前の所まで来ていた。

 

この『聖杯迷宮』は元々、その迷宮の主以外の『解放者』を弱体化させる機能を持っている。そして今の支配者はミレディ・オルタだ。元々残りの魔力が少ないミレディは兎も角、オスカーも弱体化させており、彼らを殺すのは容易であった。

 

ただしそれを拒む者達がいた。

 

勿論、ミレディ・オルタからすれば己の願いを邪魔する者は是非も問わず駆逐する。実際にそうしようとしている。

 

しかし敵は想定外に強い。精神面でも肉体面でも。

 

しかも全員が己の必殺とも言える“重力魔法”の直接作用に対する対策法を手にしている。十中八九、白髪の男の用意したアーティーファクトが原因だろう。

 

他にもこの世界においての怪物(イレギュラー)ばかりがミレディ・オルタの前に立ち塞がる。まるで世界が自身の目的を妨げているかのようだ。

 

(そしてあの男がルナが言っていた…)

 

その男はかつて異界の白衣で身を覆い、澄んだ空色の瞳と黒髪といった所。顔からは能天気な様子が伺えると同時に、澄んだ光のような雰囲気を纏っていた。かつての己と同じように。

 

だからこそ気に入らなかった。この男を見るたびにかつての己が脳裏にチラつく。

 

どんな悪人だろうと、裏切られようと手を伸ばすような英雄(ヒーロー)。そこで言えばかつてのミレディと立香は共通していた。結果、多くの人に慕われているという点も。そしてその心の強さも。

 

そしてそんな男は今、白髪となり憎悪の炎を持ってミレディ・オルタを直視していた。片手に持つ炎は渦巻き、黒薔薇の波動を空気にさえも伝播させていく。

 

(…『英霊憑依』。しかも『十三の花の盟約』で結ばれた一騎を降ろしたか。私と同じ反転者(オルタ)を)

 

ミレディ・オルタにはルナから与えられた知識がある。ルナ曰くあくまでも【オルクス大迷宮】から仕入れた知識を流しているだけ、とのこと。だからこそこの迷宮で初めてとなるシア、頼光、獅子王に対しては対処が一歩遅れたのだ。さらに言えば前の迷宮で立香が使わなかった『幻想の花の嫁衣装(カルデアス・ウェディング・クイーンズ)』にも驚愕せずにはいられなかったのだ。

 

同時にミレディ・オルタは感じた。男の中に黒い魂が芽吹き、開花したのを。それを感じれたのはきっと同じ反転者(オルタ)故だろう。

 

少年の顔にはとても似合わない不敵な笑みを浮かべ、憑依した黒薔薇の花嫁は告げた。

 

「さあ、アンタの憎悪が私に勝るか…見てあげるわ」

 

言葉を引き金としたかのように、高々と掲げていた剣を降ろす。すると轟っと音を上げ広がる憎悪の炎。炎は顎門を開き、ミレディ・オルタを呑み込まんと空を這い進む。

 

『お前の憎悪?』

 

ミレディ・オルタは炎を“重力魔法”の衝撃波により拡散。同時に周囲の瓦礫が浮き上がる。

 

『取るに足らない。出直して来るといい』

 

土属性の上級魔法の“崩岩“と“重力魔法”の複合魔法。数多くの大の岩が弾丸の如く、立香へと飛来する。

 

だがその一方で立香は後退はせず、代わりに白百合の盾が立香の周囲に出現する。それらが一つ足りとも残さずミレディ・オルタの攻撃を防ぐ。

 

魔術回路から純白と黒薔薇の魔力を解放し、立香は更に加速。それに合わせるように淡青白色の輝きもミレディ・オルタへと肉薄。立香は憎悪を込め、シアは気を洗練させる。

 

するとミレディ・オルタの周囲に空間ごと波紋が広がる。そこから出てきたのは幾多もの黒い鉄球。その材質は当然の如くアンザチウム100%。重量面でも硬度でも馬鹿げた品物である。

 

『吹き飛べ』

 

鉄球を曇天の魔力が覆い隠すと、“重力魔法”により瞬時に加速。出現したのがシア達の直前であったにも関わらず、ただではすむはずがないほどの運動エネルギーが込められていた。

 

それに対し、二人が取った行動は回避でも諦めでもない。至極単純にして大馬鹿の所業。

 

「ぶっ飛びやがれですぅ!」

「邪魔よ!」

 

シアはブレヒェンの機能の一つである“剛腕”を使用し、立香は魔術回路を一層際立たせ、右腕を繰り出した。淡青白色の魔力を纏った拳と、黒い炎で覆われた拳はいとも容易く鉄球を砕いた。

 

そして残心をも起こさず、空中を踏みシアは左手に持っていたドリュッケンを右手に持ち替え振るう。“聖絶”によりドリュッケンの動きが止まるがその合間を縫うように再び黒い炎が剣を中心に渦巻いた。

 

『ぐっ! そんなことをさせはーー』

「“牛王招雷・閃光豪弓”」

 

ミレディ・オルタは立香に右腕を向けた。その腕が光ったかと思うと、炎の時雨が渦巻いた。

 

しかしその前に立香のすぐ横を通って紫苑の光がミレディ・オルタの機体の右腕を貫き、炎自体が消失する。腕が魔法の媒体として働いていたのだろう。

 

だか吹き飛ばされた腕は迷宮の壁などから補完され、すぐ様に再生する。同時に頼光の周囲に影の英霊達が屯する。ミレディ・オルタからすれは単なる時間稼ぎ。目の前のウサギと竜の魔女を殲滅するための時間の確保である。

 

計算外はただ一つ。今の源頼光にとってはそれらの肉達は等しく時間稼ぎにさえもなりはしない、という点であろう。

 

持っていた弓矢を霊子へと返し、同時に出現したのが一本の刀に持ち替えられる。そしてその矛先に火が灯り、鍵言と共に振るわれた。

 

「“牛王招雷・鬼切炎弧”」

 

紫苑の火の粉が舞い、刃の弧の先にいた英霊達の体が炎で焼け二つに割れる。邪魔そうに刃を薙いだだけ。それでも飽き足らず、ミレディ・オルタの元にも炎が辿り着く。何とか後ろに落ちて回避したが、胸の辺りが爛れ削られる。

 

『こっちの英霊(サーヴァント)も出鱈目か!』

 

ミレディ・オルタの言う通り頼光の戦闘はあまりにも凄まじい。頼光の花嫁衣装『春紫苑の花嫁・刃雷の丑姫』では数多くの宝具を使用可能とする上でそれら全てをAクラス相当に上昇。更に“魔力放出(雷)”も大幅に強化されており、前衛・後衛どちらもバランス良く強化されており、十三騎の中でもオールラウンダー型となっている。

 

ミレディ・オルタの知った話ではないが、これほどに頼光が強化により力を引き出せているのは彼女の中にある丑御前を通して、己の根源(ルーツ)である牛頭天王や天神の力をほぼ十全に引き出しているためである。その為“神性”のランクも上昇しており、防御力までも上昇している。本来ならば体が張り裂け兼ねない所業であるが、霊基を引き上げている今ならば可能。

 

成る程、出鱈目だ。最早英霊としてのランクも通常の域からはかけ離れた箇所にあるのだろう。

 

『だが無駄だ。それでも私には届かない』

 

頼光からの雷撃も凄まじい勢いでミレディ・オルタへと落ちる。だがブラックホールの中に吸い寄せられ、そのエネルギーが削られ

 

シア、立香、頼光の三人でなお致命傷には程遠い。

 

しかし逆に言うならば三人までならば、対処が可能ということであり、それ以上となればミレディ・オルタをしても困難であるということだ。

 

蓄積(チャージ)完了です」

 

向日葵の輝きが神々しくも再び現界する。同時にドゥン・スタリオンが獅子王を背に乗せ、空中を踏み駆け上る。その速度は強化以前とはかけ離れたもので、流星の如く空を断っている。

 

勿論目掛けて飛ぶ方向はミレディ・オルタ。そして絞られるように槍を持つ腕は後ろへと。やがて光は放たれる。

 

「“真・最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”」

 

封印の解除数は三。やや威力は落ちているものの、それでもなおも強大。ミレディ・オルタか無視を許容できようはずはない。

 

獅子王の花嫁衣装、『向日葵の花嫁・神聖なる槍の君』。彼女の場合は身体能力の強化ともう一つ、“最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”に掛けられている十三の解除を獅子王の思うがままに解除できるという出鱈目にもほどがあるもの。

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”は元々、現実さえも剥落させるほどの威力を持ち、それはまさしく神代の再現に相応しいもの。事実、獅子王は神に近しい存在。故に引き出される一撃は最早、対界宝具とも表現できるほどの威力を持ち合わせている。その一点突破力は立香の花嫁の中でもダントツである。

 

やはりその光も“絶禍”により圧縮されるが、四人の攻撃によりミレディ・オルタの機体も流石に損傷が目立ち始める。核までは届きはしないものの、ヒビが走り、補填が完了する前にまたもや破壊される、といった事が繰り返されている。

 

(まずいっ! このままでは!)

 

徐々に追い込まれるミレディ・オルタ。攻撃も本人らが避けたり、受け身を取るなどしてあまりダメージは入らない上に、大体はユエとマシュにより無力化される。しかも向こうは四人の攻撃があるというのにだ。

 

立香が生み出した黒い杭がミレディ・オルタの右腕を固定すると、逆側から向日葵の極光が吹き荒れる。それを避けようとも逃げた先にシアがおり、ダメージは免れない。

 

ドリュッケンにより肩の部分を砕かれたものの、シアに空気の弾丸をぶつけ一時的に距離を取る。シアはゲシュヴィントにより空中で後転することで、衝撃を和らげ再びミレディ・オルタへと突貫。

 

再び風の魔法によりシアを弾こうとしたが、その前に紫電が横から迫る。“絶禍”により雷を飲み込み、その後一拍遅れて打ち込まれようとしたシアのドリュッケンを、加速しきる前に腕で止める。

 

しかしここで拍子抜けにも四人がミレディ・オルタから距離を取る。明らかに異常だ。ミレディ・オルタはすぐに身構えた。しかしその前に吸血鬼の姫の鈴のような声が響く。

 

「“蒼天・螺転”」

 

それは火属性最上級魔法である“蒼天”と風属性上級魔法である“砲皇”の複合魔法。螺旋を描き、蒼き炎が刃を繰り出しながらミレディ・オルタを中心に踊り狂う。

 

炎の出力は凄まじく、“絶禍”や肉壁を切り裂き、ミレディ・オルタの機体の表面を焼き溶かす。本来の魔法の出力より下がっているというのにだ。

 

「貴様ら…ふざけーー」

 

ミレディ・オルタの内に込められた怒りが遂に魔法として露わになり掛けたその時だった。そうーー

 

「チェックメイトだ」

 

蒼の炎の壁から白百合の防壁と共に、紅の稲妻が現れたのは。マシュの加護の元、炎の中でも一切の傷を負わないが故に出来る芸当だ。ハジメが握るのはシュラーゲン。黒鉄の銃身が紅に染め上げられる。言わずもがな、南雲ハジメの十八番の一つである“強化”。

 

ただえさえ対人宝具の域に達しているアーティーファクトが、ミレディ・オルタの胸に当てられる。要はゼロ距離における射撃。融解したことにより、ミレディ・オルタの機体は防御力が著しく下がっている。

 

(先程から気配が無かったのは…このためか!?)

 

南雲ハジメの技能の一つ、“気配遮断”。絶好の機会を疑っていたという事実に気づくがもう遅い。既に引き金は引かれた。

 

「俺たちの糧になれ、木偶」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーーハジメside

 

ーーズドォオオン!!

 

電磁加速と“強化”を纏った弾丸はいとも容易くミレディ・オルタの核へと到達する。だが核はアンザチウム製の鋼鉄によりコーティングされている。たとえハジメの弾丸もまたアンザチウムにより加工されていたもしても、容易には貫けない。

 

だが到達したならば話は早い。ハジメにはそれさえも覆す手がある。

 

「“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

瞬間、ミレディ・オルタの胸から紅の炎が吹き出す。弾丸を爆発のエネルギーへと転換し、解き放たれた爆炎は核の半分近くを喰らい尽くす。

 

ハジメは半分の核が残っていたことに警戒していたが、それでも十分だったらしい。ミレディ・オルタの機体の瞳から光がなくなる。他でもない、中の魂が消えた証拠。

 

(…思ったよりも呆気なかったか)

 

ハジメはそう思いながらもシュラーゲンを宝物庫の中にしまった。そして“天歩”により、虚空を踏み、落下で潰されないように減速していく。

 

そしてハジメが着地すると同時に、ミレディ・オルタは墜落する。重い音を響かせて、四肢を投げ出す形でゴーレムは地に伏す。

 

誰しもがそう思っていた。

 

事実、立香も頼光や獅子王の霊衣を解除仕掛けていた上に、宝物庫の中にいるミレディが「よっしゃぁー! 私の分身ザマァ! プギャー!」などと叫んでいた。何故、ミレディがここまで己の分身を煽るのかはハジメには分からないが、取り敢えず全員気が抜けていた。

 

『…ァァアア』

 

空間全体に不意に響き出した甲高い音。それは恐らくは痛哭だったのだろう。むしろ、本性が浮き彫りになったと言うべきか。

 

『ミトメナイ…ミトメナイミトメナイミトメナィイイイ!!!』

 

ミレディ・オルタの機体の瞳が再び光を放つ。同時に核からスパークが弾け、エネルギーが核に収束する。そこに先程までの理性は無く、荒ぶった魂があからさまであった。曇天の魔力が辺りを吹き荒らし、物理的な力を持ってその場を支配した。

 

同時にそれらの魔力は変換される。迷宮の空に魔法陣が描かれて、世界そのものがあまりもの魔法の出力に、魔法としての形を成さない今からでも悲鳴を上げている。

 

「っーー“真・最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)

 

獅子王が魔法の力場に己の絶対必殺を撃ち込もうとした。封印解除の数は八。今までに類を見ないほどの出力。先程までならばミレディ・オルタの“絶禍”でさえも吹き飛ばしかねなかったまでの威力だ。

 

『キエロ』

 

しかし滅茶苦茶な鍵言と共に不意に嵐が出現。光は争う余地さえも無く、一瞬で散らされた。それだけに留まる事なく、場全てに風が渦巻く。

 

“重力魔法”、それは表面上は重力を支配する神代魔法。だが真の使い手がその魔法を通して扱うのは、星の力。即ち森羅万象の力の再現である。自然災害全てを掌とする能力。それがミレディ・ライセンが持つ能力。

 

頼光も雷を生み出し、対抗しようとするもののミレディ・オルタの前では塵にさえも等しい。結果、魔力量に勝つことが出来ず頼光の雷は嵐に呑まれた。

 

「おいおい…嘘だろ?」

「こんなのって…」

 

ミレディ・オルタの周囲の空間が重力の歪曲により、ぐにゃりと形を崩した。今までの“重力魔法”とは比べ物になり得ない魔力の総量。ハジメでさえも頰に汗を垂らし、シアが青ざめる。

 

呆然と見上げる一行に、ミレディ・オルタは告げた。

 

『オレロ! ツブロレ! ネジキレロ! キエロ! ワガサイヤクガモトニ!』

 

ミレディ・オルタがかつて放った“星落とし”でさえも稚拙に思える魔力が高鳴りを上げ、やがて『宝具』となり展開される。

 

『“■■■■■■■■(ユウキュウノサキ二アルワガゾウオ)”』

 

そしてハジメ達の元に落ちるのは曇天の空。ミレディ・オルタの『重力魔法の使い手』という世間の知名度を元に、宝具へと昇華させた神代魔法の力。それが反転者(オルタ)という特殊な性質により、原点(オリジナル)を超えた威力へと転換される。

 

ハジメが全員に配った“重力魔法”への抵抗を示すアーティーファクトが強く輝く。同時にマシュも防壁を展開。軋みこそするものの、破壊されるまでは行かない。

 

しかしその均衡はあっさりと崩れる。何かが砕ける音と共に。

 

それはマシュの腕から鳴った。

 

「ブレスレットが…」

 

ハジメが全員に渡したブレスレットの効能は二つ。一つは“重力魔法”の直接作用の阻害。そしてもう一つはライセン大峡谷の性質である魔力の霧散に対する耐性。

 

マシュの場合はこのブレスレットにある“重力魔法”の阻害を“生成魔法”により己の防壁に付与し、防御を行なっていたので一層他人よりもブレスレットを酷使していた。この場でブレスレットが砕けたのもアーティーファクトの限界が訪れたということの示唆に他ならない。

 

故に、マシュの防壁は砕ける。魔力の霧散が働き、柔くなった防壁は重力の加重に抗うことは許されはしなかった。

 

『オワリダ、シネ』

 

無慈悲な宣告は告げられた。

 

同時に響く迷宮の崩壊の音。瓦礫が続々と重力に従い、縛られた一行へと落ちる。重力は全て下に加重されているため、血が弾けることさえも許されない。ただただ全てが下へと押し付けられる。

 

崩壊の音はやがて止んだ。

 

瓦礫の山の上、半壊を迎えていたミレディ・オルタは狂気的な光を瞳から発する。




…ミレディ・オルタ、強い。
それしか言えねぇわ、今。
想定外に強くてビビってる。
こっから更に強い奴が増えるとか…。
…あれ? クソゲーの空きじゃね、これ?

あと更新遅くてごめんね。
テスト週間なの、許して。

次回こそ!
次回こそ!
ミレディ・オルタ戦を終わらせてみせるぅ!!


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紡ぐは紅の火花

※一度間違えたものを投稿してしまいました。
申し訳ないです。

さて…お気に入り五百突破!
および感想三百突破! ですぅ!
みんなありがとー!
…これ記念して…とかやりたいけど、まだそこまで進んでねぇからな〜。
せめて三章終わらせてからにしてぇなぁ。

あと感想はこれからちょいちょい貯めてたのを返信していきます。
これは個人的な趣味ですので、テスト期間中はできなくてキツかった(涙)

これからも頑張ります!
ではどうぞ!


ーーミレディ・オルタside

 

ミレディ・オルタが保有する第二の宝具、“■■■■■■■■(ユウキュウノサキ二アルワガゾウオ)”。

 

これはかつて『天災』として恐れられたミレディの名と“重力魔法”の神代魔法使いという伝説、そしてミレディ・オルタが生まれた理由となるミレディの何年もの空虚の歴史を持って宝具と化した魔法。

 

効果は単純明快、“重力魔法”の威力の上昇。ただそれだけでしかない。しかしその分、威力は数多くある宝具の中でも最上。“重力魔法”の星の力への干渉という能力面からも『対界宝具』の域へと行き着いている。

 

そしてもう一つの強みはその継続性。暫くの間、重力を下へと加重し続けるという宝具の特性は障壁諸共に敵を押し潰すことに特化している。レンジも200〜と明確では無いが、少なくとも馬鹿げたまでの能力面であることははっきりと分かる。

 

それほどの威力であるからして、天井に穴が空き、壁が剥がされ、地面が重力により、砂へと化した光景は仕方がないと言えるだろう。むしろ迷宮そのものが破壊されなかったことが奇跡に近い。

 

『…シンダカ?』

 

ミレディ・オルタは下の砂溜まりを睥睨し、やがてそれを見つけた。

 

一瞬、体が沸騰したかと思った。脳が白熱に晒されたように感じた。鋼鉄の身であるはずの体が震える。それらは全て、怯えや恐怖からでは無い。

 

では何からか。単純である。

 

「やあ、ミレディ」

『………オスカー・オルクス?』

 

それは黒衣の男に対する感情、雫が岩を穿つような年月、フツフツと煮え滾らせていたミレディ・オルタの感情。

 

「ああ、僕だとも。オスカー・オルクスだ」

 

ーーすなわち怒りに他ならない。

 

ああ、彼を象徴する全てが苛だたしい。黒い服装、黒い傘、黒いブーツ、黒い髪、優しげな瞳、紳士的な笑み、それでもどこかハッとさせられるような気迫のあるその在り方、そして彼の象徴である黒い眼鏡。それら全てがミレディ・オルタを焚きつける火種となる。

 

轟々と、幻聴が聞こえる。きっと今の心象風景だろう。聞くまでも無い荒れ模様だ。自分の感情なのに押さえつけられない。

 

『オスカァァアア!! オルクスゥウウウウ!!!』

 

気がつけば叫んでいた。ミレディ・オルタを取り囲む嵐の群れは更に数を増やし、曇天の魔力からスパークが迸る。

 

許容量を超えた魔力量に機体が遂に悲鳴を上げた。剥き出しで半分が欠けた核に閉じ込められたエネルギーの数々が矛を向け、小さな爆発を起こし出すが、それさえも見向きをせず魔力を爆発させる。

 

溢れるまでの憎悪が呼び覚ますのは“■■■■■■■■(ユウキュウノサキ二アルワガゾウオ)”。たった一人。しかも『聖杯迷宮』の効果により、その力を妨げられているため、今のオスカーは並程度の弱者。しかしミレディ・オルタのそれは先程のそれ以上。曇天色の魔力は最早、世界の終焉を表現するかのように黒く圧縮されている。

 

暴虐の嵐とも呼べるそれを目の前にして、オスカーは笑った。ミレディ・オルタはその笑みになお一層、理性を吹き飛ばす。

 

ミレディ・オルタのその殺意を柳に風とし、オスカーは一言。

 

「…さあ、隙は作ったよ。ここからは君達が示す時だ」

 

それは激励の一言。オスカーが信頼を寄せる彼らに送る、体を張った上での応援(エール)。目の前の厄災を前に、されどオスカーは穏やかな声で言い切った。

 

「君のこれからが、自由な意思の下にあらんことを」

『ッ!! ウルサイ! キエロ、オスカー・オルクスッ!!』

 

それは『解放者』オスカー・オルクスの言葉にして、本来のミレディ・ライセンを代弁した言葉。或いは全ての『解放者』の想いを乗せて、オスカーは告げた。

 

竜巻が粉々になった砂を巻き上げて、オスカーを呑み込まんとする。

 

だが、その一歩手前。確かにオスカーの声は届いた。

 

「“神威・黒焔一貫”」

 

嵐を貫き、黒薔薇の炎が空へと巻き上がる。オスカーの鼻を僅かに炎が掠めたものの、猛威はその前に潰えた。

 

そして同時に砂の下から数色もの光が弾けた。真紅の竜巻が巻き起こったかと思うと、その側で黄金と淡青白色が侍り、混じり合う。また純白が砂を吹き飛ばすと、その光を中心として黒薔薇、紫苑、向日葵、そして白百合の花弁が咲き誇った。

 

砂がその魔力に吹き飛ばされ、彼らの姿は露わとなる。

 

その姿は言うまでもなく満身創痍。だがその状態とは反して誰もが諦めの色は皆無。ミレディ・オルタに鋭い眼光を向け、立ち上がる。

 

彼らのその覚悟をオスカーは元より信じていたのだろう。横目に彼らを半目で眺め、やがて小馬鹿にするように笑った。

 

「やけに遅かったね? 寝ていたのかい?」

 

いや、完全に馬鹿にしている。というか煽っている。ミレディまでには行かないにしても、場面が場面。一行全員のこめかみに青筋が走る。

 

同時に全員が思う。「テメェ、この戦い終わったらぶっ飛ばす」と。見事にシンクロした。

 

『シネェエエエ!!』

 

遥か上空で時空さえも歪ませる天体。そしてその奥で殺意の光を走らせ、曇天を統べるミレディ・オルタ。最早その殺意を隠すことさえもせず、機体を無理矢理保ちながら更なる魔力の波を生み出す。

 

そんな彼女に二人は不敵に笑う。それに釣られて、一行全員にその気迫が伝播する。

 

「さて、リベンジマッチと行くか。立香」

「ええ。邪魔はしないでよね? 白髪男」

 

ハジメと立香は己の武器を重ね合わせ、互いを鼓舞する。だが…

 

「…そういや、今の中身は女か。気持ち悪りぃ」

「…締まらないわね」

 

ラストマッチ、と言うにはあまりにも二人には緊張感がないのだが。その空気感のまま、この戦いは終幕へと突入する。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーーハジメside

 

最早、全員長期間の戦闘は出来ない。

 

ミレディ・オルタも、核を破損しており限界は近づいている。しかし“重力魔法”によるコーティングにより、エネルギーの発散は防がれている。故にマシュの全力の防御により一命を取り止めただけの一行よりも比較的にミレディ・オルタの方が持久戦は有利な状況。

 

しかもミレディ・オルタの攻撃は全てが超神代級。『天災』の名を欲しいままとする魔法使いの暴走状態はとても全てを防ぎきれるようなものではない。マシュも殆どの魔力は残していないので尚更だ。

 

神水を飲もうものならばその前にミレディ・オルタに轢き潰されるのは目に見えている結果だ。回復の手段も途絶えているに等しく、歯噛みせざるを得ない。

 

更にはほとんど全員のブレスレットが破壊されたことで魔法の効率は非常に悪い。英霊組など、今こそ花嫁衣装により現存出来ているが、効果が切れたものならばすぐに霊体化せざるを得ない状態だ。

 

これらを持って、ハジメ達が勝つ手は一つしか無いとできる。

 

ーー短期決戦

 

全員の全力を出し切り、核を砕く矛をミレディ・オルタへと突きつける。

 

これしかもう手段は取り残されていない。それを全員が潔く理解しているが故に、全員の魔力は一滴残らず絞り出されている。ここで倒れても構わない、という覚悟さえも見て取れる。

 

一方でその覚悟を正面から折ろうとする為か、それともただ単にオスカーを殺戮する為なのかは定かでは無いが、ミレディ・オルタは動き出す。

 

『オレロ! ツブロレ! ネジキレロ! キエロ! ワガサイヤクガモトニ!』

 

それは他でも無い宝具の顕現。気流が不自然なまでにミレディ・オルタの元に集い、やがて曇天の色を孕む。力業が過ぎる重力場がスパークを生み、あらゆる光を飲み込む黒と成す。

 

しかしその前に立ちはだかるのは向日葵の光。今までこの戦いに於いて数多くその光をハジメもミレディ・オルタも見てきた。

 

だが、それでもだ。

 

『ナンダ…ソレハッ!?』

 

あり得ないのだ。その膨大な向日葵の量子が先程の宝具の何倍も(・・・)行くなど。

 

「“真・最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”…全開放」

 

向日葵の花が刻まれた槍を己の額に着け、空へと掲げる。その中獅子王は瞑目、そして魔力を有るだけ限りなく噴きださせる。

 

本来ならば霊体であるはずの英霊(サーヴァント)はこの地にある魔力分解の力により、凄まじい弱体化を伴う。たとえ花嫁衣装を飾った英霊であろうとそれは変わりない。本来ならば宝具の使用さえも困難となる。

 

だが獅子王のその槍は太陽の如き光を放っている。分解など知らぬとばかりに尚も一層、その光は膨らんでいる。

 

最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)”、それは騎士王アーサー・ペンドラゴンが所有する宝具の一つ。獅子王はその宝具の使用者としての霊基であり、宝具の恩恵により体を一部神格へと昇華させている。その槍の輝きはその世界の果てまで届き、神をも討つとまでとされる。宝具としても最上級に類し、かつて立香とキャメロットで敵対した際にも、神代の如き力を発現させていた。

 

その強力さは威力もさる事ながら、貫く物の法則や権能、物理的な障害などを全て剥落させ、無へと還す性質。この光の前では【ライセン大峡谷】の魔力霧散も無意味であり、故に獅子王の魔力は一切の無駄が無い。

 

封印解除の数は十三(・・)。文字通りの全開放である。

 

「受け取るがいい、ミレディ・ライセン。我が全力を」

『っーー! “■■■■■■■■(ユウキュウノサキ二アルワガゾウオ)”!!』

 

槍を前へと繰り出した獅子王。それに応じる形で一拍遅れて、“重力魔法”の究極域にある宝具をミレディ・オルタもまた展開した。

 

先程とは違い、ミレディ・オルタの展開範囲は狭い。それは獅子王の全力をミレディ・オルタをしても侮れなかった結果。オスカーの事さえも思考から放棄し、迎撃にのみ意識を寄せる。

 

膨大な曇天の重力波と向日葵の極光が衝突する。獅子王の全力にミレディ・オルタが拮抗できるのはどちらもが最早、従来の力とは異なった位置にあるが故だろう。憎悪により昇華された“重力魔法”はむしろ獅子王の光をも呑み込まんとする。

 

「くっ!?」

 

苦悶の声を漏らす獅子王。知名度補正が足りないとは言え、現状の全力全霊。本来ならばミレディ・オルタの機体に風穴が開いていてもおかしくは無い。

 

だというのに状況は劣勢。しかも獅子王の花嫁衣装の解除は秒読みの段階にまで来ている。

 

(だがっ! それでも!)

 

しかしここで獅子王が選んだのは、前進。退く事はない。彼女の愛すべき男がかつて己の前に立ち塞がったように。無力の身で誰よりも前で戦い抜いた様に。

 

絞り出される魔力に意識が切れそうになる。しかしそれでもなお魔力をありったけ注ぎ込む。

 

「はぁああああああああ!!!」

 

すると遂に曇天が押し上げられたかと思うと、拮抗していた箇所から流れ切れなかったエネルギーによる爆発が起きる。更にどちらもの宝具も途絶え、光が失せる。

 

力を使い果たした獅子王は霊衣を解除し、その場に倒れる。ドゥン・スタリオンもその拍子に姿を消してしまう。だが獅子王の宝具はその場にある魔力霧散の効果を暫く無効化することに成功した。現実が一部剥落したが故の結果だ。

 

ミレディ・オルタは再度魔力を高める。今度こそは獅子王による拮抗も出来ないため、宝具は確実に決まるだろう。宝具の展開を妨害しようとも、嵐がその妨害を阻む。

 

『サイドツゲル。オマエタチニショウリハナイ』

 

嵐を貫き、己に攻撃を決めることなど出来ない。そうミレディ・オルタは確固たる自信を持って告げる。

 

ーー宝具展開まで残り十五秒。

 

「“『極』牛王招雷・天網恢々”…」

 

頼光はここで動き出す。そして鍵言と共に雷鳴に乗じ現れる、四人の頼光。それぞれ手には『鬼切』、『氷結丸』、『豪弓』、『黄金喰い』という頼光が忠臣達の宝具。それらが紫電を纏う。

 

五つの宝具が同箇所で、同時に放たれれば確かに強力。だがそれでも頼光の五つの宝具は恐らくはーー

 

『ソレゴトキ、ケイカイスルニモアタイハシナイ』

 

ミレディ・オルタには届かない。頼光の宝具はあくまでも魔性を持つ者に対する特攻効果を持つが、それは(あやかし)のことであり、決して反転者(オルタ)には当てはまらない。そもそもの相性が、頼光にはめっぽう悪い。

 

せいぜい雷は嵐に呑まれるのが関の山。それを確信しているが故のミレディ・オルタの余裕。

 

頼光はその言葉に何を思ったのか。顔を俯かせ、刀を握る力を一層強くする。ミレディ・オルタの目にはさぞ絶望した様に見えたことだろう。

 

「ええ、知っています(・・・・・・)とも。だからこう致します」

『ナニ…ヲッ!?』

 

しかし頼光に絶望は無い。今なおその眼光には鋭さがあり、ミレディ・オルタを貫いている。

 

そして五人の頼光は己の宝具を後ろへと振りかぶる。ミレディ・オルタとは逆方向であり、薙ぐための勢いの加速の為だとしても無駄が多過ぎる。

 

しかしミレディ・オルタの驚愕はそこでは無い。頼光の背後から迫る五つの上級魔法の気配。それに意識を取られたのだ。

 

「“五天破翔”」

 

光最上級魔法“神威”、火最上級魔法“蒼天”、雷最上級魔法“天灼”、氷最上級魔法“氷獄”、風最上級魔法“嵐帝”。それら全てを波状に放つという離れ業。しかもそれらは頼光の宝具一つ一つに吸い込まれ、宝具の力を後押しする。

 

それを行ったユエは神結晶に貯蓄されていた魔力さえも使い切ったが故に、その場に倒れ臥す。だが静かに紅の瞳で頼光の姿を見つめる。

 

「……行け」

「ふふっ、言われずとも」

 

ユエの本当に小さな呟きは、その場の喧騒から考えても届く距離では無い。しかし想いは届いたのだろう。頼光は応えてみせる。ユエの魔法を宿した宝具達と共に。

 

頼光が空を駆ける。それらは正しく遡る雷の如く。

 

「さあ、我らを阻む壁よ。塵芥へと還るが良い」

 

その刹那に頼光の五つの宝具は嵐を前に発動する。

 

頼光の日本刀が振るわれた瞬間、紫電が空を埋め尽くす。ミレディ・オルタの前に展開される嵐の数々が炎に焼かれては、矢に穿たれ、雷が切り裂くと、嵐が凍り、やがて光に押し潰される。

 

最早、阻む風は消え失せた。ミレディ・オルタの天然にして最強の防御壁が崩れ去る。

 

頼光はそれだけを確認すると、紫苑の繭に包まれ霊衣を解除する。その体に力は無く、ただただ落下するのみ。

 

『ユルセナイ…ユルセナイユルセナイ!!』

 

最早ミレディ・オルタに理性は無い。故にミレディ・オルタは純粋に怒り狂う。宝具とは別に重力の弾丸を落下途中の頼光へと叩きつける。

 

だがその前に障壁が展開される。白百合の盾だ。先程いとも簡単に貫いた盾だ。何の問題もない。

 

しかしそうでは無かった。重力の弾丸は白百合の盾にヒビすらも入れず、そのまま砕けた。

 

何かの間違いだとミレディ・オルタは百もの弾丸を打ち込む。しかしそれでもなお白百合の盾は健在。それどころか傷一つも立ててはいない。

 

そしてそのまま頼光は盾の少女に抱えられ、戦場を離脱する。ダメージこそは深いが、致命傷ではない。ミレディ・オルタが殲滅できなかった、ということだ。

 

『フザケルナ! イレギュラードモメ!』

 

ミレディ・オルタの苛立ちは更に増す。憎い相手を、しかも自分よりも弱いはずの相手を一人たりとも仕留めきれていない。それがミレディ・オルタに焦りと怒りを孕ませる。

 

ーー宝具展開まで残り九秒

 

そんな中、憎悪の炎は狂おしく火花を散らす。

 

「報復の時は来た…これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮…」

 

その男はいつの間にやら目の前にいた。龍の如き黄金の瞳が壊れ切ったミレディ・オルタの姿を映し出す。

 

龍の刻印を描いた旗の先端がミレディ・オルタへと突き立てられる。その距離は僅か。そんな中、立香の周囲に黒い炎が燃え滾る。仲間が瀕死に追いやられたが故の憎悪を糧に、炎はなお一層熱量を放つ。

 

立香の誰よりも痛みを共有する性格とジャンヌダルク・オルタの復讐者としての性は思いの他、相性が良いのだ。それが真反対だとしても、融合した二つの魂は互いを増幅し合う。

 

故に黒の龍が顎門(あぎと)は開かれた。

 

「“ 吼え立てよ、我が憤怒 (ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)”」

 

するとミレディ・オルタの周囲に黒薔薇の炎が急に湧き出した。それらは立香の憎悪による炎。そしてそれらは今、全て攻撃へと転換される。

 

ーーガガガガガガガガッ!!

 

ミレディ・オルタの全身を包んだ炎がやがて杭となり、その機体を突き刺す。核の破壊を免れたのはミレディ・オルタにとって幸運であったが、何と言っても傷の数が異常だ。今にもゴーレムの機体は負荷に耐えきれず壊れかねない。

 

『ゥァアアアア!! オレロ! ツブロレ! ネジキレロ! キエロ! ワガサイヤクガモトニィイイイ!!』

 

それでもなお戦いを為せるのはミレディ・オルタの執念の深さだろう。強引にヒビを重力により接合させ、傷を負って尚も継続していた宝具を展開する。

 

ーー宝具展開まで残り三秒

 

だが黒薔薇の炎が散らばった其処には、憑依が強制解除された立香と入れ替わる形でそれは現れた。

 

それは紅の魔術回路と赤の血管を全身に巡らせていた。

それは“限界突破”と“瞬光”により人としての速さを超えていた。

それは紅と蒼の双眸を輝かせていた。

それは紅の襟巻きを翻し、空を駆けていた。

そしてそれは…紅色へと変貌した二メートルに及ぶ大筒を左の義手に装着し、ミレディ・オルタへと迫っていた。

 

『レンセイシィイイイイ!!』

 

ミレディ・オルタは再び嵐の結界を張る。風には刃が乗せられており、数百もの斬撃がハジメを襲う。

 

しかしその斬撃の数々をハジメは視認し、全てを最小限の動きで躱しながらも嵐を進む。避けきれなくなると右手に握るドンナーで魔法の核を居抜き、破壊する。

 

南雲ハジメに見える世界は全てが色褪せている。“瞬光”により、全ての感覚の処理速度が増しているが故の視界だ。一瞬に捉える情報の量はハジメの体に凄まじい負荷を掛けるがそれでも尚、前へと進む。

 

そして辿り着く、ミレディ・オルタに迫るところあと数メートルという地点。

 

ーー宝具展開まで残り0秒。

 

タイムリミットへと到達してしまった。

 

『“■■■■■■■■(ユウキュウノサキ二アルワガゾウオ)”』

 

それはハジメにのみ向けられた宝具の矛。故にハジメの死は必ずの運命。たとえハジメが持ち得る全ての魔力を用いた所で、それを逃れられることはない。

 

ハジメを見つめる狂乱的な瞳が告げる。

 

ーー王手(チェックメイト)、と。

 

しかしそれにハジメは不敵な笑みを浮かべた。

 

「甘ぇんだよ」

 

するとそこでハジメとミレディ・オルタの間に白百合の少女が躍り出る。そして盾をミレディ・オルタへと向ける。

 

「“時に煙る白亜の壁”…さあ、リベンジです。」

『…タタキツブシテヤル』

 

ミレディ・オルタは盾を意にも返さない。先程、頼光への重力弾を弾かれたが、それでもこの宝具は防げない。それを確信している。相手は知名度補正の欠如により、宝具さえも扱えない。ならば潰せないはずはない、と。

 

曇天は空間をも歪め、マシュに迫る。その歪みは最初にマシュが受けた物よりも確実に上の威力を持つ。

 

「キリエライト! その宝具に付与をーー」

「必要ありません。ハジメさんは攻撃だけに専念を」

 

宝物庫内のミレディを通して、“重力魔法”への耐性をマシュの盾に“生成魔法”により付与しようとするハジメ。しかしそれをマシュは無粋とし、断る。

 

「…良いんだな?」

「はい。私は皆さんの盾ですから」

「了解だ。信頼するぞ?」

「ええ、そうしてください」

 

これだけで良い。ハジメは信頼をすぐにマシュに預け、己の武器への“強化”を更に強め、己の体を“身体変形”を用いて最適化していく。一方でマシュも出来得る限りの障壁の展開を行う。累計六重の盾がマシュの前に作り出された。

 

そしてマシュの盾とミレディ・オルタの“重力魔法(宝具)”が衝突した。白百合の破片が散り、盾が重力により砕けていく。確かにミレディ・オルタの攻撃は防壁にダメージを与えていた。

 

しかしそこには最初、マシュが喰らった時の様なワンサイドゲームは無い。互いの宝具がしのぎを削る、言わば鍔迫り合いのような状態。確実な拮抗があった。

 

その秘密はマシュの固有技能、“適応”。元々のマシュの防御の技能の一つが知名度補正の欠如により、個別化されたものの一つ。一定の属性を受け続けると、それに対する耐性を自然と得られる技能である。

 

マシュは防御壁を通しても、己の身でもミレディ・オルタの“重力魔法”を受け続けた。それは何度も何度も。それにより自然と“重力魔法”への耐性を獲得したのだ。

 

「はぁあああああ!!」

 

それでもなお、“重力魔法”はマシュの防壁を砕く。二、三枚が連鎖する様に破壊された。砕ける白百合の破片は花弁の如く。それでもなお、守護者(シールダー)たる少女は己を鼓舞し、叫ぶ。

 

四枚、五枚。段々と城壁は重力の矛に堪え、しかし遂に六枚目へと到達する。だがそれの堅牢な事はこの上なし。マシュの意地と覚悟、それが盾を握る力を強くした。

 

『クッ! トットトクタバレェ!!』

 

ミレディ・オルタは宝具の出力を上げようと、更に魔力を練り上げ、ようとした。

 

「やらせて…たまるかっ」

 

地上で仰向けにして倒れる立香の咆哮。それと共に、右腕のみに宿した黒薔薇の魔力を握る。

 

するとミレディ・オルタに刺さる杭から再び、炎が噴き上がる。黒薔薇の花嫁の憎悪が、一時的にミレディ・オルタの憎悪を搔き消し、意識を揺さぶる。

 

それがミレディ・オルタの宝具の展開を打ち切った。曇天が急にマシュ達の周囲から消え失せる。

 

同時に白百合の盾も自壊した。そしてマシュから霊子が舞うと、そのまま半英霊(デミサーヴァント)としての霊衣が消え失せた。

 

「南雲さん…あとはお願いいたしますね」

 

それは下へと落ちるマシュの言葉。当然、ハジメは応える。

 

「ああ、当然だ」

 

そしてハジメは己の身を一条の紅の雷へと変貌させる。“瞬光”と“限界突破”、更に“身体変形”により最適化した身体は誰よりも速く、ミレディ・オルタへと。

 

『ァアアアアアアアア!!!』

 

だがミレディ・オルタも一筋縄では行きはしない。黒い憎悪の炎、それが消えたと同時に、ミレディ・オルタは再び狂乱へと舞い戻る。

 

ハジメはそれでもなお、ひるむ事は無い。そして義手に取り付けた新たなる武器にありったけの魔力を持っていく。すると応える様に、黒く凶悪なフォルムの鉄筒は真紅のスパークを走らせる。本来ならばアームにより、ミレディ・オルタの機体へ固定してから打つべきなのだが、そんな時間は生憎残されてはいない。

 

そして黒筒の中に装填された黒杭は急速な回転を始める。同時にその杭にも施される“強化”。

 

義手の外付け兵器、パイルバンカー。“圧縮錬成”により、八トン分の質量を直径二十センチ長さ一・二メートルの杭に圧縮し、表面をアザンチウム鉱石でコーティングした。世界最高重量かつ硬度の杭。オスカーでさえも驚嘆したその杭を、それを大筒の上方に設置した大量の圧縮燃焼粉と電磁加速、更に“強化”に“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”による反動まで用い、射出する。

 

「存分に喰らって逝け」

 

ーードォオオッ!

 

凄まじい爆発音を持って、高速回転する杭は放たれた。その速度は弾丸にさえも迫り、とても超重量武器の速さでは無い。

 

だが相手はミレディ・オルタ。“重力魔法”が天然の鎧となり、杭が機体へと叩き込まれることを防ぐ。曇天が紅を覆い、その輝きを色褪せさせていく。ハジメも“砲雷”などを用いて、何とかミレディ・オルタの方へ加速させるが、ミレディ・オルタによる減速の方が強い。

 

「くっ!」

『マケルモノカ! キサマラニ! ワガゾウオガマケルハズナドナイトシレ!!』

 

血管がますます浮き彫りとなり、脈々と血を全身に巡らせる。それに続き、“瞬光”の処理に遂に血管が裂け、血が吹き出す。だがハジメは鋼の意思を持って、杭を後押しする。

 

そして…三日月がハジメの口に浮かんだ。

 

だろうよ(・・・・)。だからーー」

 

瞬間、ミレディ・オルタの視界には映ったはずだ。淡青白色の光が。

 

そして未だに重力の鎧と拮抗を続ける“強化”の光を浴びた黒杭を“豪脚”で蹴り、宝物庫に黒杭以外の武器を仕舞い込むと、そしてその場から飛び退く。

 

そして言った。

 

「やっちまえ、シア」

 

そしてウサギは上から現れる。ドリュッケンには彼女の最愛の男の左目と同じ紅の輝きが。その戦鎚を上段に構え、遥か上空から重力に任せ、落ちてくる。

 

普通ならばミレディ・オルタはシアの存在に気がついていただろう。しかし、その一手までに繋げる一行の必死の必殺の数々が、そしてシアに備えられた“気配遮断”がそれを阻んだ。

 

故にミレディ・オルタは急に現れたウサギの少女を呆然と眺めた。それが一瞬の隙を生む。

 

そしてその隙を武術を会得しているシアが、見逃すはずがなかった。

 

「一撃…必殺ですぅ!」

 

極大の気を練り上げ、“身体強化”を最大レベルまで引き上げ、そしてドリュッケンのショットシェルが爆発する。

 

ーーズドォオオンッ!!

 

戦鎚が轟音を奏で、黒杭へと叩きつけられる。その一撃、それだけで黒杭は凄まじく沈み込み、ミレディ・オルタの機体へと突き刺さり、その背へと到達する。

 

シアはそれに喜色を浮かべ、気を緩めーー

 

「待て! シア! 核がまだーー」

「ほへ?」

 

思いっきり、曇天の魔力に吹き飛ばされた。

 

『ァアア……ィイイヤァアアアアアアア!!!』

 

シアは核を貫いたつもりでいたが…違う。ミレディ・オルタが“重力魔法”により、ギリギリの所で黒杭の軌道を逸らし、その死を逃れたのだ。

 

シアは固有技能の“綱化”により、何とか難を逃れるがそこで壁に着地するとそのまま力尽き、ボトリと地面へと倒れ伏した。

 

「シアッ!?」

 

そうやって叫んだハジメも次の瞬間には重力の弾丸に地へと叩きつけられた。顔面から突撃したが為に、脳震盪が軽く発生し、一時的に気を失う。

 

それを見て、ミレディ・オルタは半壊の状態でありながらも、ようやく喜色を浮かべる。確信したのだ。己の勝利を。自身が一歩、競り勝ったのだと。

 

『ハァ…ハァ…。アブナイ。ダガコレデワタシノーー』

「まだ…だ」

 

だがそこで、呻くような声。呟き程度でありながら、その声はよく響いた。

 

声の主は南雲ハジメ、その人だ。先程己が撃ち落とし、何もできないはずの男。しかしその意思だけで何とか一縷の希望をその男は掴みとろうとする。

 

ハジメの目に映るのはミレディ・オルタ、そしてその核のすぐそばで突き刺さる黒い杭。それには未だに“強化”の光があり、ハジメとの魔力のパスが未だに健在であることがよく分かった。

 

そこでミレディ・オルタの脳裏に浮かんだのは…先程己を命の危機へと追いやった紅の炎、“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”。

 

魔術の事など知らないミレディ・オルタ。しかし、先ほどの爆撃をもう一度、再現できるとなれば? その思考がミレディ・オルタに生まれると、その後の行動は早かった。

 

“重力魔法”により、黒杭全体に力を掛ける。それにより、爆発によるダメージを最低限に防ごうという考えだ。

 

たしかにその対処は正しい。ハジメの“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”では、圧力を掛けられた状態では満足な威力を出せない。恐らくは核を少し飾る、というのが関の山。だからこそミレディ・オルタのとった行動は最善と言えた。

 

しかしミレディ・オルタは分かっていなかった。否、忘れていた。南雲ハジメが極地の『錬成士』であり、そして『錬成士』という武器が何の付与もされていないアーティーファクトを作るはずがないという事を。

 

「終わりだーー“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

刹那、黒杭が二度(・・)爆ぜた。一度目の衝撃が全身を伝い、機体全体にヒビを入れると、二度目の爆撃が“重力魔法”の抑圧をも振りほどき、くまなく破壊を起こした。

 

予想外までの威力に核は粉々となり、機体からは今度こそ光が消え失せる。

 

すなわち、ミレディ・オルタとの戦いの終幕を迎えたのだ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

それぞれが消耗により、英霊組は霊体化により暫くの休憩を取り、他のメンバーは神水を飲み、回復を行った。それぞれがボロボロになってまで戦い切ったが故に、割と危なく使わざるを得なかったのだ。

 

そして一行はミレディ・オルタの残遺を確認すると、その場にへたり込んだ。全員が息を荒げている。そして同時に互いの呼吸の音が、全員が無事生き残ったことを痛感させ、再度全員が勝利をしっかりと噛み締めた。

 

やがてハジメは横で転がっているシアにいつもよりは比較的に優しげな瞳をする。

 

「よくやった、シア。最初の迷宮にしては上出来だ。多少…見直したぞ?」

「ん……頑張った」

「おつかれ、シアさん」

「はい! 最後の一撃は気迫が素晴らしかったです!」

『素晴らしかったですよ? シアさん』

『ああ、歴代の英霊達にひけを取らない凄まじさがあったな』

 

ハジメが褒めた、という滅多に起こらないデレ。しかしそれを全員、今はスルーしてシアを褒め称える。

 

ハジメの言う通り、初迷宮ということで、シアの中には心細さがあったはずだ。だと言うのにそれらを乗り越え、見事ハジメ達と肩を並べて戦いきったその姿勢は見事と言う他ない。だからこそ、誰もがハジメの言葉に同調せずにはいられなかったのだ。

 

その一方で、いきなり全員に褒めちぎられるという状況に当のシアはというと…。

 

「え? ええ? みなさん、何ですぅイキナリ!? …少々照れ臭いですねぇ」

 

思いっきりテレテレしていた。というか顔全体を真っ赤にし、ウサミミで顔を覆い隠す。ウサミミガードだ! 私を見ないでくださいですぅ!

 

だが、全員の生暖かい視線は途絶えそうに無い。そこで、シアが話題転換を狙い、ハジメをロックオンする。

 

「は、ハジメさん! そういえば最後のあれってなんなんですか!?」

「あー、そういえば“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”だけっていうには明らかにそれ以上の威力が出てたよな?」

「ん。明らかに何かを足してた」

「(コクコク、コクコク)」

 

シアの言葉に全員がそういえば…という感じになり、ハジメを見やる。特に立香とユエとマフラーが強く同調した。

 

それにハジメは「別に言うまでもねぇんだがなぁ〜」と少しだけ面倒くさそうにしながら、それでも一応応えた。

 

「ありゃあな…“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”を使うと同時に黒杭に付与してた“震撼”を発動しただけだ。単純に言えば“二重の極○”って言った所だ」

「“震撼”とはまさか私とスカサハさんが戦ったあの獅子の固有魔法ですか!?」

「ああ、それだ。ありゃ、普通に使えば制御しきれねぇから自滅覚悟じゃねーと無理なんだが、遠距離からの発動だったら必殺レベルなんだよ。だから爆破した」

 

要はそういうことだ。“震撼”を“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)の一瞬早く展開し、“重力魔法”の抑圧を弱めてからのすかさずの第二の本命を行ったと言った所だ。ハジメの持つ攻撃の中でも最大級であり、現にミレディ・オルタはその体共々砕け散った。

 

なお、ハジメがすべての兵器に“震撼”を付与しないのは制御が難しく過剰威力な上に、消費する魔力の量が馬鹿げているためである。下手に使えば自爆技になり得るので、ハジメとはいえ自重しているのだ。

 

すると黙っていたユエが思い出したように、宝物庫に閉じ込められているミレディに尋ねた。

 

「……ミレディ・オルタを倒したのはいいけど、ここからどうすればいい?」

「「「「『『……そういえば』』」」」」

 

確かにミレディ・オルタを倒したものの、ここから何かが起きる気配も無い。何が攻略条件か分かったものでも無いので、全員の視線がミレディへと集中放火。

 

オスカーのジト目が足された中、ミレディは告げた。

 

『………ええっとね、時に人は自分で考えることも大切だとミレディちゃんは思うの』

 

きっと宝物庫の中ではニコちゃんゴーレムの表面が謎の水でビシャビシャになっていることだろう。声が震えていた。

 

「「「「「『『『……はぁ』』』」」」」」

『な、何だよー、みんなー!! そんな『コイツ、最後まで使えねーな』みたいな目でミレディちゃんを見るとは何事だー!?』

「なあ、立香。コイツもう捨てようぜ」

「俺もそうしたい所だけど…それでいい、オスカー?」

『ああ、許可しよう』

『オーくん!?』

 

ミレディの猛抗議は全員スルー。それと同時に迷宮で散々募っていた怒りをぶつける事に、全員が賛同する。今のみんなの思いはただ一つ。

 

ーーコイツ、ブッ殺シテヤル!

 

とりあえずハジメはモブおじさんを両手に構え、マフラーは荒ぶり、ユエがハートの炎を滾らせれば、立香が麻婆をコトコトと調理。他の全員も何かしらを準備しており、オシオキはもう間近。

 

ミレディが何とか抵抗しようとするものの、宝物庫から出されてすぐにハジメに地面に接合するよう“錬成”をされたならば逃れる術は無い。

 

ミレディ、絶体絶命なるか! という時だった。

 

ーー…イヤダ、イヤダ

 

再び曇天が姿を晒したのは。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ーー没案

 

ハジメ「(ーーやっちまえ! バーサーカー!」

シア「私、バーサーカーじゃねぇですぅ!!(ズドォオオンッ!)」

ミレディ・オルタ「ようこそ……、『男の世界』へ……」

立香「凄まじくどっかで聞いたことのあるセリフのオンパレードだなぁ」

ミレディ『まず私、男じゃ無いよぉおおおお!!?』

シア「私も男じゃねぇですぅ!!」

 

流石に真面目なところでボケることは不可能だったため、言わせたかったけど、言わせられなかったんだ。

だからここに乗せた。




と、言うわけで戦闘自体は終わりです。
次回、ミレディ・オルタの最後とそしてーー。
ですね。
二章もついにラストです。
お楽しみに!


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『ミレディ・ライセン』

お久しぶり!
見た目は子供、素顔は厨二です!

…さて休んでた理由ですが、知る人は知っているんでしょうが…。
アニメです。(何のとは言わん)
そのクオリティーが…求めてたベクトルと違ってたっていうかさ…。
そういうことよ。

ですが新しく始めた『恋する〜』とかなどの感想欄での励ましの言葉で復活しました。
今後は交代で更新していくつもりです。
…遅くなるけど、ヨロ。


 ーー立香side

 

 聞こえたのは掠れるような呻き声。ほんの僅か、しかしその場にいた全員は過敏に反応した。

 

 立香達の視線の先にいたのは機械仕掛けの仮初めの体ではない。ミレディ・オルタの真の姿と言える状態だ。

 

 本来ならば金髪に蒼穹の瞳だと聞いていたが、従来の反転者(オルタ)と同じようにその色彩は褪せていた。銀髪のカールがかかった髪は本来のポニーテールではなく、髪を下ろしている。銀髪の間から覗くのはギンギラと輝く金色の瞳。身に纏う所々が破れているドレスは黒一色。体の至る箇所に赤黒い血管が張り巡らされており、他でもない反転した証拠であった。

 

 ミレディ・オルタは息を荒くしながらも、その腕を高々と掲げた。そして立香達を睨みつけた。否、彼女の視線の先には立香達はいない。矛先は全てニコちゃんマーク仮面を付けたゴーレム、ミレディに向かっていた。

 

 ミレディ・オルタの眼には立香から見ても様々な物が映っていた。羨望、嫉妬、劣等感、憐憫、そして今までの何よりも凄まじい丈の怒り。他人である立香から見てもそれだけの事を感じられるのだ。ミレディ本人には混沌まで行く感情が見えるのだろう。

 

「何故だ!? 貴様のような…貴様などに、私が負けるのだッッ!?」

「…」

 

 傷だらけの霊基でありながらもミレディ・オルタは叫ぶ。片言であった言葉は元に戻っているものの、一層怒りが際立っている。抱えていた感情全てが烈火の如く噴き出したようだ。

 

 それに対してミレディは、何も言うことは無かった。視線を逸らしもせず、ただミレディ・オルタを見つめていた。

 

 それに一層腹が立ったのだろうか。ミレディ・オルタの怒りは目に見えて加速した。

 

「贋作だ! 貴様は…贋作だ! 私が本物だ! あれほどの時を孤独にされながらも能天気にも希望を持ち続けた! 哀れにも過去に縋り続けた! 私は違う! 当然の怒りを抱き、糧にした! 憎悪を燃やした!」

 

 ミレディ・オルタがミレディ・オルタたる核は自己肯定、それをようやく立香は理解した。贋作として生を生きる事を許さぬ心こそミレディ・オルタを支える唯一の柱だ。だからこそ執拗までに解放者(かこ)に執着し、殺そうとし続けた。

 

 全ては『怒りを持たぬ本来の自分』を否定する為に。

 

「貴様はどうだ!? この幾千もの時を何を持って過ごした! 怠惰にも待ち続けただけだろう!? そんなもの…私は認めないッッ!!」

 

 ミレディ・オルタから曇天が徐々に立ち昇って行く。ミレディ・オルタの原動力の怒りが、再び霊基を立て直している。

 

 黄金の眼光を放ち、ミレディ・オルタは曇天の嵐を生み出す。霊子がミレディ・オルタから漏れ出しているものの、御構い無しと言ったところだ。自滅覚悟、それを心得ていた。

 

 ハジメはそれを見てすぐにドンナーをホルスターから抜き取り、引き金を引いた。“強化”の一つもない弾丸だが、それでも風の合間を抜け、ミレディ・オルタの肩を穿った。苦痛にミレディ・オルタが顔を歪めると共に、一時的に風は弱まる。

 

 その隙に立香達は迷宮の奥へと進む。出口もくそもあったものではないが、それでも風に巻き込まれたならば今度こそ死ぬ。それが確定していたからだ。

 

 だが、その前に宝具(・・)は展開した。

 

「“曇天迷宮・滅界(ブロークン・ザ・ワールド)”」

 

 曇天が迷宮に淡く溶けるかのように、霧となり消え失せた。同時に深い振動が世界を包んだ。

 

「っ!?」

 

 あまりもの世界の揺れに立香は目を剥く。その揺れに足は取られ、一時宙に舞う。それほどの振動。しかしそれだけで終わりそうにはない。

 

 ーーメシメシメキッッ

 

 天井に、壁に、床に。至る所に走る罅。それは徐々に範囲を広げる。

 

「逃げろぉおおおおお!!!」

 

 呆けていた精神を復活させたのはハジメだった。立香の背中に蹴りを入れ、前へと吹き飛ばすと、ユエやシア、マシュにそう叫ぶ。

 

「んっ!」

「は、はい!」

「急ぎましょう!」

 

 立香は走り出すその刹那、僅かにミレディ・オルタの方を見た。そして彼女に向き合うミレディの姿も。蒼天と黄金の瞳が絡み合うその様を。

 

 そしてふと、ミレディと目があった。ニコちゃんマークの仮面ではあるが、不思議と「お姉さんに任せんしゃい」と言った感じがしなくもないのは、きっと勘違いではないのだろう。

 

 ならばもう立香が背後を気にする理由は無かった。

 

「ああ、行こう!」

 

 立香は気怠い体に叱咤をかけ、その体を前へと突き出した。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーミレディ・オルタside

 

 そしてその小さくなっていく影を傍目に眺めながら、問答は続く。

 

「…リッくんとかハッちんはもういいのかな?」

「この迷宮の崩壊から免れる筈はない。それより今は貴様だ、贋作」

「贋作呼ばわりは酷くないかな〜? いくらミレディちゃんが天才美少女魔法使いとはいえ、傷つく心はあるんですよ?」

「…貴様は余計な事を言わねば会話が出来ないのか?」

「余計じゃないです。ミレディちゃんのアイデンティティです。笑って許してね♪」

「………」

 

 ライセン迷宮で部外者(ハジメや立香)達がただの文字であれほど苛立っていた理由がよく理解できた。なるほど存在自体がイライラする。先程、迷宮の崩壊の為に使った魔力が一滴でも残っていたならば、目の前のゴーレムを潰す為に全魔力を掛けた事だろう。

 

 兎も角、ミレディ・オルタはなんだか緩んだ空気を取り戻す為に咳払いを一つ行う。そうするとようやく空気が張り直ったような気がした。

 

「…貴様は本当にあの薄情者共をなんとも思わなかったのか?」

「あーそれね! ハッくんとか本当に酷いんだよ〜! このゴーレム体が何度ミシミシと言ったことかーー」

「解・放・者・の・こ・と・だッッ!!」

「あっ、そっち?」

 

 魔力が無いとは言え、伝説級の英霊。その威圧は並みのものでは無いが、ミレディは何処吹く風。鋼鉄のまんまるフォルムの御手手をポンとする。

 

 ミレディ・オルタは更に苛立ちを重ねるが、ミレディは平然としたまま答えた。

 

全っ然(・・・)っ! これっぽっちも!」

 

 それはまるで極当然のように。心の底からの眩しいまでのミレディの想い。

 

 なんの躊躇いも見せなかったミレディにミレディ・オルタは愕然とする。だがミレディはやはり気にした様子もなく、続ける。

 

「確かに寂しかったよ。何度もみんなに会いたいな〜って思ったり、あの頃は楽しかったなぁ〜っなんて思ってた」

「そうだ! だからこそ私は私を置いていった奴らに憤りをーー」

「でもね。私達の願いを受け継いでくれる人を待ってたらあっという間だったよ! ハッちんもリッくんも私の予想を何倍も超えてくるんだよ!」

「ッッーー」

 

 そんな筈はない。ミレディが。ミレディ・オルタが待ち続けた年月は大地が峡谷となり、エヒトにより世界が何十回も作り変えられ、下手すれば気が何度も途切れたであろう、そんな永劫に等しい時間だった。

 

 その間を孤独のまま、そして何の感触をも感じられない体のまま過ごしたのだ。鉄の体はミレディ・オルタにとっては檻にも等しかった。

 

 故に希望は絶望へと繋がり、願いは憤りへと変わった。ミレディ・オルタが生まれる源がそれの筈だった。

 

 しかしそれがどうだ。

 

「ハッちんたらね、本当に捻くれてるの。でも根は優しくて、人を思いやってるんだなぁ〜って感じの子。THE.ツンデレって感じだね! 錬成士っていうのもあるんだろうけど、本当にオーくんに似てて仲間思いなんだよ。本当に運命ってあるのかもね」

 

 どうしてこれほど楽しそうに言うのだろうか。

 

「ユエちゃんはハッちんのことなら何でも肯定しちゃうんだよ! 魔物虐殺してる時にもうっとりしちゃってるんだ〜。ベタ惚れだね! …あとこれはみんなにナイショだけど…ハッちんの血を吸う時、本気でエロいよ。こう、そう…メル姉が裸足で逃げ出すくらいっ」

 

 長年置いて行かれて、孤独にされ、摩擦仕切った筈だというのに。

 

「シアちゃんはひたすら残念な子だよ! でもその分マジメで直向きな良い子! 可愛らしいピコピコウサミミも相まって、キアラちゃん思い出しちゃうよ! …ただあのメロン二つはユルスマジ」

 

 ゴーレムの体だというのに、全身からまるで百面相でもしているかのような表情の数々が溢れて出ていて。

 

「マシュちゃんは本気で嫁に欲しい! 気配り上手だし、お淑やかだし、健気だし、儚い感じに可愛らしいし! 何なのアレ! 国宝級だよ! リッくん羨ま! 末永く爆発しろ! …あ、でもたま〜〜に変な事言いだしちゃうけど。そこはご愛嬌だよ!」

 

 それはあの日、一人となる事を決意した日から色褪せる事のない夢を乗せて。

 

「リッくんは芯の強さは筋金入りどころかアザンチウム並みだね! しかも色々精神面がバグってる! …いや、肉体面もだけど。メチャクチャだけど、心優しくて誰にも心配りできるんだよ。…いっぱい修羅場潜ってきた筈なのにね」

 

 そしてあの日と全く変わらぬ決意を貫いて。

 

「だから。そんな子達だから信じられる」

 

 ミレディはやはり笑った。

 

「きっとあの子達なら、あのクソッタレをぶっ潰せるって」

 

 その声色は隠しようも無いほどに楽しげで、しかしそれ以上に千万の想いを語っていた。

 

 ミレディ・ライセンも孤独を感じていなかったわけではない。きっとオスカー達へ怒りも感じていたのだろう。あくまでもそれが微々たるものだった。ただそれだけの話。

 

 しかしその心のなんと強いことか。嫌な感情から目を背けていたのではない。だというのに(ミレディ・オルタ)のように堕ちることは無かった。それはミレディの他ならぬ心の強さを示していた。

 

 ーーズガァアアアンッ!!

 

 崩壊の連鎖は続く。それにミレディはハジメ達が消えていった方向を向き、クスリと声を出して笑った。

 

「ゴメンね、ミレディ・ライセン()。行かなきゃ。 あの子達を死なせるわけには行かないから」

「…貴様の霊基ではもう、持たないだろうにか?」

「それでもだよ。だってーー」

 

 ミレディ・ライセンという霊基はもう長くはない。長い間摩擦し切らなかった彼女の心だが、それに魂は追いついていない。つまりは風前の灯火と言えた。彼女の真髄である“重力魔法”を扱えるのももうそう多くはないだろう。

 

 ハジメ達を生かすにはきっと膨大な力が必要だ。ならばその目的を果たす為に犠牲となるのは言うまでもなく彼女の魂魄そのものだ。

 

 しかしその事実を前にしてもミレディ・ライセンは揺るがない。ニコちゃん仮面のゴーレムから抜け出した彼女の擬似英霊としての姿が顕現する。それはかつての仲間の一人に、念の為として用意して貰ったゴーレムの体がなくても活動出来るようにした姿だ。

 

 金色の髪が揺れ、蒼穹の瞳がミレディ・オルタを貫く。かつての姿と変わらない、ミレディ・ライセンとしての最盛期。

 

 ミレディ・オルタがその姿に何とも言えない感動を覚えている中、肩越しにミレディ・ライセンはミレディ・オルタを見て言ってみせた。

 

「何たってこのミレディちゃんは…『解放者』のリーダーだからね☆」

 

 瞬間、ミレディ・オルタの胸中に風が吹いた。

 

 そして納得した。認めた。

 

(そうか。…これがミレディ・ライセン(・・・・・・・・・)か)

 

 理不尽の世界の中、誰もがその中に埋もれ生きていた世界で。それこそ晴れ渡る空の如く人々を導き、彼らの意思を解放してみせた少女。年端も行かない少女でありながら、老若男女種族をも問わず見惚れさせた英雄。

 

 誰よりもその意思は強く、故に誰よりも眩く生きる。意思はどんなものにも縛られず、自由を体現したかのような少女。その果てに神代魔法の使い手全員と肩を並べ、神と戦ってみせた唯一無二の存在。

 

 それこそがーー『ミレディ・ライセン』。

 

 たった(・・・)数百、数千年。それだけの時間ではミレディ・ライセンの心を折ることなど出来はしない。

 

 そして心を折った己はその時点で、他ならぬ『贋作』なのだ。その前提がある限り、己はどのようにもがこうと本物になり得ない。

 

 小さくなるその背中を見つめながら、ようやくミレディ・オルタはそれを自覚した。

 

「…結局は妬み、か」

 

 辺りの曇天が止む。今の今まで激情により魔力の活性化を行なっていたが、それさえも途切れた。心中の大部分を埋めていた怒りの感情が霧散していくのが明確に理解できる。

 

 同時に体全身から力が抜けていった。彼女の霊基に組み込まれていた激情が消えたことにより、霊基が大きく崩壊し始めたのだ。恐らく己は消えるのだろう。この迷宮と同じように。

 

 だが先程までと違い、恐怖は無かった。

 

「…まったく、後悔だらけだ。あの女め。こんなことならばオスカーとも、もう少しまともに話しておけば良かったものを…」

 

 左肩にヒビが走る。ビキビキビキッとガラスが割れるような音が鳴る。遂に送還される時が来たようだ。

 

 それを受け入れるようにミレディ・オルタは瞼を閉じた。

 

「本当に、長い人生だったが…」

 

 左肩が破片となって砕ける。それは霊子となって頰に触れる。

 

「最後ぐらいは悪く無かった…かな?」

 

 そこで、ようやくミレディ・オルタは破顔した。それは正しくミレディ・ライセンと同じ笑みだった。激情などではない。心からの喜びが、ようやくミレディ・オルタの霊基に宿る。

 

 そして霊基が砕け散るその時、ザッとすぐそばで音が鳴った。

 

 ミレディ・オルタはその人を見て、目をめいいっぱい開いた。

 

「…お前は」

 

 これが物語に大きな変動を起こすことを、今は誰もまだ知らない。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 ーーハジメside

 

 崩壊する迷宮をただひたすらに駆ける。全員の限界ぎ近い中、それでも生き残る為に。

 

「また行き止まりか! キリがないなぁ、もう!」

 

 とはいえ元々形が複雑なライセン大迷宮がその道の数々を崩壊させていると来た。恐らくは外に出る道を意図的に塞いでいるのだろう。瓦礫の大きさも幅も大きい。退けることも出来るが、その道が正しいかどうかも分からない今、魔力はなるべく残しておきたい所だ。

 

「……ハジメ、“解析”は?」

「悪りぃが期待は出来ない。そもそもこの迷宮の存在自体が文字通り消えてやがる。原形どころか存在も曖昧なものを“解析”して出口に辿り着けるとは考えづらい」

「存在自体が、ですか!? じゃ、じゃあその中にいる私達は…」

「巻き込まれて何処かの時空に放り出されて良いところでしょう、シアさん。十中八九死にますが…」

 

 そういう訳で今までのように“解析”で出口を探すのも得策ではない。兎も角崩壊に巻き込まれぬよう逃げ続けるだけだ。

 

「ぅうう! 何で私、初めての迷宮でこんな目に合ってるんですかーーっ!!」

「「「「…残念ウサギだから?」」」」

「満場一致しない! あと、皆さんも言ってトラブル体質ですからね!」

 

 少しでもその空気を和らげるよういつものノリを装う五人。しかし全員、疲労感が隠しきれていない。あれほど大きな戦いの後なのだから当然なのだろう。

 

 それがただの疲労や魔力枯渇ならば神水を含めばある程度回復が可能なのだが、そうではない。ミレディ・オルタの宝具の影響、言ってしまえば一種の呪いである。それが全員の体を深く蝕んでいた。だからこそミレディ・オルタを倒した後に飲んだ神水もいつものような回復力を見せなかった。

 

 回復も出来なければ、魔術も使えない。しかもろくに出口があるかも明白ではない。言わば絶体絶命と言ったところだ。今でこそ綱渡りのようにギリギリの状態で、全員生き延びている。しかし一歩でも踏み外せば容易く死んでしまう。

 

 やがて次の曲がり角が見える。時間的に次がラストチャンス。これも出口でなければ、ハジメ達はこの空間の崩壊を共に過ごすこととなる。

 

(どうか…頼む!)

 

 ハジメは不安に陥りながらもその角の先を見た。

 

 ーーぐにゃり

 

 言うならばそれは、最悪のジョーカーを引いてしまったかのようだった。

 

 崩壊が進み、歪んだ空間。それがハジメがその目で見たものの正体。光さえも飲み込む亜空間が、迷宮の壁を引きずり呑んでいた。

 

 そしてそれを見た一行の眼はこの日一番と言える大きさまで見開かれた。

 

「逃げろぉおおおおおおおおお!!!」

 

 一番先頭にいたハジメのマフラーを握り、立香は叫びながら踵を返す。その声に驚愕の呪縛から逃れた一行が続く。

 

 ハジメは少しでもの時間稼ぎをと宝物庫いっぱいの爆裂弾を取り出し、亜空間に向け投げつけた。時間差で炎が吹き荒れ、亜空間の前に立ち塞がるが、無意味。一進も引かず、慈悲もなく炎を侵食するのみ。全く意味を成さない事にハジメは舌打ちをせずにはいられない。

 

「ハジメ! そんなもん意味はない! 俺この道のプロフェッショナルだから分かる! ソロモン神殿とかSE.RA.PHとか!」

「言ってる場合かぁあああ!!」

 

 立香的におふざけではないのだろうが、亜空間に呑み込まれそうになる体験など一度あってやっとの事。そんな体験を二度どころか三度以上経験しているという立香の発言はとても常識的なものとは言えない。この後に及んで顔はまさしくニッコニコだ。

 

 だが見ると立香の額にも疲れ以外から来ている汗が見受けられた。手は僅かだが震えており、死が直前にあることを立香が認めていることが分かる。

 

 たしかに立香の心は強い。しかし強ければ恐れないわけではない。むしろ強いからこそ死の恐怖に向き合うと言える。今まさに立香はその恐怖の渦の中にいるのだろう。立香はそう言った面でハジメとは違い、一切狂えていない。

 

 だからこそハジメは、立香の横で笑った。見れば立香のもう片方側でもマシュが立香の手を掴んでいた。

 

「大丈夫だ。俺らは死なねぇよ」

「はい。絶対に皆さんで生きて帰りましょう」

「…ああ!」

 

 ビキビキと横の壁から亀裂が走ると、そこから別の亜空間がハジメ達に肉薄する。ハジメが数少ない魔力で反対側の壁を“錬成”し、一時的に避難。同時にシアが気を纏った拳で、別の通路へと壁を貫いた。

 

 その通路の先で今度は天井が瓦解の音を響かせる。亜空間の侵食によるものではない。迷宮の限界による崩壊だ。重力に従い、一行に礫が迫る。

 

「“誉れ堅き雪花の壁”!!」

 

 マシュが大楯を空へと掲げ、一時的に礫を制止。その間に全員が落下地点から離れる。それに合わせ、マシュがスキルを解除するとすぐに礫が地面へと突き刺さっていった。

 

 だが逃れた余韻に浸る暇はない。先程までハジメ達のいた通路から亜空間の侵食が再び迫り来る。無事といえる箇所のない体を無理矢理突き動かし、全員が侵食に背を向け逃げ出す。

 

 もちろんこんなもの、ただの時間稼ぎ。やったところでいずれ亜空間に挟まれるのがオチだ。賢い者ならばそう思い、少なくとも亜空間から必死に流れる真似はしないだろう。諦めが出来る。

 

 しかしここにいる者はそんな賢くなどなれはしない。ただ己の欲、生存欲に飢える。

 

 亜空間の侵食から必死で逃れ、一秒でも一瞬でも生き延びようと闇雲になる様。それは確かに見苦しいかもしれない。

 

 しかし死ぬ事が正しいわけではない。物語では生き抜く事こそが正道であり、間違いであるはずがない。

 

 だが、是非も構わず天は無慈悲に人へ試練を与える。

 

「ッ!!」

 

 不意にハジメの膝がガクンッと落ちた。それと同時にハジメの足が止まった。

 

 立て直そうにも回復すらもまともでない上、数秒後には亜空間の侵食が完了する位置にある。背後から迫る感覚にハジメは冷や汗を垂らした。

 

「ハジメぇえええ!!!」

 

 立香が直ぐに掛けて来ようとするのが見えた。だが立香も疲労を背負っている身。方向転換さえもまともに出来ていないようだ。

 

(ちく…しょう…)

 

 足に力を込めるが体にノイズが走り、体のコントロールが狂う。“解析”によりこの日散々演算能力を酷使した代償がここに来て、大きな代償となったのだ。

 

 それどころか視界さえもあやふやとなり、ハジメの体が亜空間目前で地へと倒れ込む。まるで深淵に落とされたような感覚。外界全てを隔てられたような世界がハジメを支配する。

 

 もがこうとも、足掻こうとも一震たりも動かぬ体。まるで己のものではなくなったような不自由さがハジメを雁字搦めに縛りつける。

 

(帰るんだろ…。生きて…)

 

 思い出す。故郷のことを。家族のことを。仲間のことを。

 

 思い出す。一度、決別しかけた親友のことを。

 

 思い出す。何度も手を取ってくれた最愛のことを。今も自分を待っている最愛のことを。

 

「がァアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 そして、吠える。

 

 まさしくそれは獣の咆哮。脂汗を撒き散らし、血反吐を吐き捨て、ただ叫ぶ。その勢いに乗じ、体を縛り付ける呪いが僅かに解けた。

 

 “天歩”により空を蹴り、体を接近していた亜空間から突き放す。

 

 その距離は僅か、半身程度。距離でも時間稼ぎでもそれはあまりにも足りない。あくまでもコンマ単位の誤差の時間しか稼げやしない。

 

 今度こそ確実に体と精神が乖離する。故に今度こそ肌を掠める亜空間から逃れる術は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「てりゃあああああ!!!」

 

 ーーだがその亜空間は蒼穹の輝きの前に散った。場違いなまでの天真爛漫な気合と共に形が歪み、ハジメを喰らおうとしていた箇所が抉れる。

 

 ハジメの眼は見た。その蒼穹の輝きの先にある少女の姿を。

 

 その人物は金髪碧眼、ポニーテールをきゅるるんと跳ね上げてみせる。同時に左手を腰にビシッ、右手をピースサインで目元にビシッ。更には片足をキュピーンと上げると言ってのけた。

 

「ハッちん達のピンチに急遽参戦! 天才魔法少女、ミレディちゃんだぜ!」

 

 ウインク、キラリーン。完璧である。ウザったらしいまでの完璧なポージングである。

 

 なおこの間、このポージングを一行に見せる為にわざわざ“重力魔法”で亜空間の侵食を食い止めている。空間を重力で捻じ曲げるのは魔力を多大に消費するはずなのだが…。とりあえず天才魔法少女ミレディには必要なのだ。

 

 その声に体を地面に倒しているハジメは目を見開いた。

 

「…まさか」

 

 立香もまたその顔を驚愕に満たす。

 

「…そのウザったらしい声は」

 

 全員が一寸の狂いもなく、同時に叫んだ。

 

「「「「「ミレディ!? これが!?」」」」」

「ちょっ!? 助けに来たミレディちゃんに辛辣過ぎない!? あと大まかな私の顔とかはオルタな私から分かってたよね!? ね!」

 

 信じられないのも無理はない。何故ならミレディさんの見た目が美少女だったから。てっきりウザったらしい性格に相応しい悪魔的な顔だと予想していた一行。それを大幅に裏切られたのだ。本当に無理はない。

 

 しかしミレディは貶されるのは割と慣れており、「それはともかく…」と空気を切り替える。そしてすぐ側にいたユエに飛びつく。

 

 抵抗しようとしたユエだが、何せ疲れている。しかもミレディは“重力魔法”まで活用した飛行法でユエに迫るのだ。抵抗虚しくユエは捕まった。

 

「ふははは! 捕まえたぜ、ユエちゃん! 一回直に抱きしめたかったんだ〜! スー、スー。スリスリスリスリ」

「ぐっ……離せ、クソディ!!」

「ミレディちゃんは聞く耳を持ちませ〜ん。あと人を呼ぶ時は正しく、だよ? 子供の時に習わなかったの? お姫様なのに?」

「…………(ピキピキ)」

 

 迷宮の縮小が進む中、それを一切合切無視してユエを思う存分堪能するミレディ。もちろんユエはミレディの腕の中、色々な面で抵抗するが無意味。ウザったらしい言葉も相まって、ユエは青筋を立てつつも黙ることしか出来なかった。

 

 ジト目の冷たさがぐんぐん増し、他の一行の視線の温度も低下する一方。それに流石にミレディはヤバイと悟ったのだろう。すぐにユエから離れた。

 

 そしていつものように、明るく言う。

 

「いや〜、ゴメンね? せめて死ぬ前(・・・)に一回はやりたかったんだよね〜、これ。ユエちゃんカワイイからね! ま、ミレディちゃんには敵わないけど!」

「……どういうこと?」

 

 しかしその軽い口調に反し、一行は全員驚愕に硬直した。

 

 当然だろう。唐突に『死ぬ』などとのたまうのだから。本人は何気もない様子で気にしてもいないが、ハジメ達は違う。死という単語に敏感に反応した。

 

 全員の視線に気づいたのだろう。茶化すように「まったく〜、みんな顔怖いよ〜?」と言いつつも、理由を答え始めた。

 

「単純だよ。この迷宮を私の魔法で圧縮するの。この世界は本来の迷宮じゃなくて、一種の結界ぽいからね。この結界さえ潰しちゃえばみんな元のライセン大迷宮に戻れるってわけ! フッフッフッ。このミレディちゃんに死ぬほど感謝するがいい!」

「……何で死ぬの? まだ神も殺せてないのに?」

「うん? そりゃあミレディちゃんにも限界ってのがあるってもんよ! 迷宮潰すレベルの魔力を使っちゃえば魂魄が尽きて死んじゃうからね! もしやミレディちゃんが絶対不滅な存在とでも思ってたの? それは過信だよ〜? みんなミレディちゃんのファンだってのは分かるけど〜? …ちょっと重いねっ!」

「……質問に答えて」

 

 ミレディが生み出す重力の波動がハジメ達を避け、亜空間を揺らし波紋を打つ。すると空間が蒼穹の色に染まると、空間が音を立てて崩壊していく。聖杯により組み立てられた固有結界が一枚一枚剥がされていく。

 

 先ほども言ったが本来ならば重力というものは空間に作用しない。それこそブラックホール並みでなければ、捻じ曲げることなど不可能。ましてや中にいる者を傷つけず、なおかつ“重力魔法”で空間を任意の形に捻じ曲げるなどという神業を果たせるのはミレディ・ライセンただ一人だろう。

 

 そんな神業を果たしながらもミレディは清々しそうに、でも慈しみに溢れた笑みを一行に向けた。

 

「私達は解放者。たとえ私達じゃなくても、その意思を誰かに残せるならそれでいい」

 

 ミレディは真摯に一行一人一人へ視線を向ける。彼女の目にハジメ達の姿はどのように映ったのかは分からない。だが、最後にすぐ近くにいたユエを見ると、くすりと笑ってみせた。

 

「君たちのこれからが自由な意思の下にあらんことを、私は望むよ」

 

 それは今までミレディがふざけて笑っていた時とは違う、本心からの笑み。まるで一粒の雫が大海を揺らすが如く、笑みと言葉(エール)はハジメ達の心に届いた。

 

 やがて、魔法を完結させようとしていたミレディの下に今度はユエが自ら近づき、その手を取った。

 

 ミレディも急なユエの行動に少し狼狽して見せたが、ユエのこれまた真っ直ぐな瞳にそれを止めた。

 

「……一応感謝してる。少しの時間だったけど、魔法を教えてもらった」

「あはは…ユエちゃんは優秀だったからこっちも教え甲斐があったよ〜。グングンと技量上げるんだもん。…でも一応は要らなくない?」

「本当に神がかったまでにウザかった。何度殺そうと思ったか分からない。“蒼天”を誤射仕掛けたのも何度もあった」

「え、ちょ!? マジで恨まれてる!? ミレディちゃん、そこまでの事した覚えないんだけど!?」

 

 ハジメはユエに同意する。特にライセン大迷宮でのウザ文章ではみんながキレッキレだったし、仕方のない事である。

 

「でも……貴女の今までは無駄じゃなかった」

「ーーーッ!!」

「貴女の意思は私達が受け継ぐ」

「ユエちゃん…」

 

 だがユエは一行の中では誰よりもミレディと時間を共有していた。魔法での訓練は当然のこと、同じく長い間待ち続けた者同士でもあり、錬成士達に関する話など二人の共通項は過大にあった。

 

 だから別れの挨拶は全員がユエに任せた。一行はただミレディを見つめる。ただしそれには確かな敬意が含まれていた。

 

「……お疲れ様、ミレディ・ライセン」

 

 ユエはフワリと笑った。それはハジメ以外には滅多に見せない笑みだ。きっとミレディとの別れは悲しむよりも笑顔で、そう判断したのだろう。

 

 案の定、それにミレディは「そっか…そっか!」と嬉しそうに微笑んだ。

 

 やがて踵を返し、亜空間の壁へとミレディは向き合う。そして背中越しに彼女は手を一行に振った。

 

「それじゃ、またね!」

 

 瞬間、目の前の空間が蒼穹に包まれ、そしてミレディの手元へと集まっていく。それはミレディが限界を迎え、霊子となり溶け込むのも相まって美しい光景を創り出していた。

 

 やがてハジメ達の周囲は全て飲み込まれ、そして固有結界が瓦解する。しかし亜空間の異点を一切残す事なく、ミレディは一つ一つを選別し、重力場へと押し込んだ。

 

 そして景色は切り替わる。聖杯迷宮よりも元の迷宮の存在が優ったが故にハジメ達はそちらへと流れるのだ。

 

 そして最後に見えたミレディの顔は、いつもの様な無邪気で、縛られる事なき笑顔であった。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 〜〜おまけ

 

 迷宮の崩壊。ーーすなわち絶体絶命。そんな中、立香はフッと笑う。

 

 立香「俺、明日マシュと結婚するんだ…」

 ハジ「いや、もうとっくにしてるんじゃーー」

 マシ「先輩…」

 ハジ・ユエ・シア「「「……え?」」」

 立香「いや、流石に冗談だって」

 ハジ「あ、だよな…。お前らが結婚してないとか頭おかしいわ」

 ユエ「……ん。立香は重婚してるはずだから可笑しい話」

 シア「で、ですよねぇ。流石に結婚してなかったらあんなイチャつきませんよねぇ〜」

 立香「そうじゃない。そうじゃない。俺まだ安定した就職先も見つかってないんだぞ? そんな不安定な男がどうやって責任持てと…結婚してねぇって」

 ハジ・ユエ・シア「「「………?」」」

 マシュ「はい。結婚は先輩が二十歳になってからと約束しておりますので」

 立香「ま、責任に関しては結婚せずともこの命尽きるまで果たすけど」

 マシュ「先輩…」

 立香「マシュ…」

 ハジメ「待てっ、立香。一旦俺らの質問に答えろ!」

 立香「? 別に良いけど?」

 ハジメ「……………『十三の花の盟約』はなんだ?」

 立香「あれは俺達の関係を本来のサーヴァント契約とか魔力供給とか俺の魔術とかと絡めて一層強力な魔術契約にしただけ。婚姻の証明ではないぞ?」

 ユエ「……………あの花嫁衣装は?」

 立香「みんなが特殊霊衣なら花嫁衣装が良いって言うからそうやって指定しただけだよ? 結婚式当日はあの服でやるっぽい」

 シア「……………いつもイチャコラしてんのはなんでですぅ?」

 立香「好きだから(ズバンッ)」

 ハジ・ユエ・シア「「「………」」」

 立香「だから結婚式するまでにはどうにかして稼がないとなぁ…。レスリングとかやろっかな?」

 マシュ「先輩先輩。魔術無しでも先輩が圧勝するのでやめましょう?」

 立香「そうかなぁ…。なんか良い仕事あるかなぁ」

 マシュ「カルデアは無理なんでしょうか?」

 立香「いやぁ…名義上俺、魔術使えない一般人だからね。モノがモノだし大っぴらに使うわけにもいかないし…無理だろうなぁ」

 マシュ「そうですか…(シュン)」

 立香「安心してよ。どうにか全員が幸せになるような仕事に頑張ってついて見せるから!」

 マシュ「先輩!」

 立香「マシュ…」

 

 ハジ・ユエ・シア「「「テメェらもう付き合え!(ですぅ!)」」」

 マフラー(ブンブンブンブン!)

 

 見た目は子供、素顔は厨二「以下同文」




あ、ちなみに皆様短篇集買いました?
ヤバイですよ、アレ。
特に書き下ろし。
私得でした。
解放者とハジメ君達が好きな人は買うべきです。
買わねばなるまい。

あ、あと来月リューティリス来るってよ。
…どんなキャラだろ、ワクワク。


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