剣キチIF 感度3000倍の世界をパンツを脱がない流派で生き抜く (アキ山)
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日記1冊目

 対魔忍RPGをプレイした結果、脊椎反射で書いてしまいました。

 運営からの対魔石で大爆死したのが原因ではない。

 コンセプトは『野郎が対魔忍の世界で生きていくのに最も必要なもの』

 ここまでしないと男は生き残れないあたり、対魔忍は地獄だと思います。


 〇月×日(晴)

 

 今日、時子姉から日記帳をもらった。

 

 文字の練習がてらに日記をつけろとのことらしい。

 

 2年前の事故以来、日本語はもちろん英・中・露・独・仏・ラテンと読み書きは完ぺきになったので、今更といえば今更なのだが……。

 

 まあ、絶賛ネグレクト中のクソ親父に代わって面倒を見てくれている人の言なのだ、多少手間でも断るべきではないだろう。

 

 とはいえ、俺は日記なるものを書いたことがない。

 

 日々に起きた事を徒然なるままに記すのだと言うが、それをそのまま実践するのも芸がなさすぎる。

 

 ここは情報整理もかねて俺自身のことを書いていくことにしよう。

 

 俺の名前はふうま小太郎。

 

 異母姉の時子曰く、本名ではなくふうま頭領になるべき者が継承する名前なんだとか。

 

 その割にはクソ親父は本名である弾正を名乗っているのだが、この辺はどうなっているのか?

 

 因みに物心がついた時から小太郎呼ばわりなので本名は俺も知らん。

 

 で、そんな妙な風習がある実家はなんと忍者である。

 

 科学万能な現代に何を馬鹿なと言いたいところであるが、残念なことに事実なのだ。

 

 この世界の闇には魔界やそこに住まう魑魅魍魎が確固として存在し、奴らは人間界への勢力拡大を虎視眈々と狙っている。

 

 そんな魔の手から国と国民を守るために存在するのが対魔忍。

 

 忍術と呼ばれる超常の力と古来からの忍びの技を武器に、闇に紛れ魔を討つことを使命とした者達だそうな。

 

 で、我等ふうまもその一翼を担う勢力なんだが、どうもウチの親父は勝手が違うらしい。

 

 ウチによく顔を出す心願寺の爺様が零す愚痴を聞くに、親父は己が欲望を満たすためには手段を択ばない人間らしく、怪しい噂が絶えない企業や「ヤ」の付く自由業の面々、さらにはアンクルサムなお米の国に中華なお友達まで、節操無しに依頼を受けて回っているらしい。

 

 当然、日本の為に動いている他の対魔忍にとっては裏切り行為に当たるわけで、中でもふうまに匹敵する大家である井河や甲河からは非難や警告が絶えないそうだ。

 

 深々とため息をつく爺様を前に、額を床に擦り付けた俺はきっと間違っていない。

 

 さて、そんなヒャッハー上等なモヒカン集団に退化しつつある我が一党であるが、その中における俺の立場はとっても悪い。

 

 というのも、今年で五歳になるのだが未だに忍術に目覚めていないのだ。

 

 忍術というのは対魔忍ならば大概が使えるもので、米連的に言えば対魔粒子なるものを基点に発動する超能力の事である。

 

 ふうま一門に受け継がれているのは邪眼・魔眼の類で、宗家の人間は物心がつく前に目覚めるのが普通なんだとか。

 

 ところがどっこい俺の魔眼様は未だに惰眠を貪っているらしく、その影響で右目まで開かない始末。

 

 それが原因で妾をワンサカ囲っている万年発情期の親父からは、『目抜け(邪眼・魔眼が使えない、転じて忍として成長の目が無い出来損ないという意味だ)』というありがたい評価を戴いている。

 

 正妻であるお袋が俺と入れ違いで逝ってしまったのをいい事にやりたい放題なクソ野郎の評価なぞどうでもいいし、こっちとしては早々に見捨ててくれた方が都合がいい。

 

 なにせ、俺は対魔忍になる気など欠片も無いのだから。

 

 俺が目指すのは全身ピッチリタイツの怪しい忍者ではなく剣士である。

 

 これは二年前の訓練の際に頭を強打したことで、前世の記憶を取り戻した事に起因する。

 

 前世の俺は上海の黒社会で暗躍していた兇手(きょうしゅ)だった。

 

 氣功術を修め内家戴天流という流派の免許皆伝を得た俺は、鉄砲玉同然の扱いで無茶ぶりを連発する組織の命令に従って、サイボーグ武術家と戦い続けていた。

 

 そんな血で血を洗う鉄火場を潜り抜ける中で剣術の奥深さにハマって行き、16で組織に裏切られてくたばるまで修羅道を歩んだわけだ。

 

 その記憶を受け継いだ身としては前世では半ばとなった剣の道を今度こそ極めたいワケで、その為には忍者の修行なんてやってる場合じゃないのである。

 

 そういう事なので、俺の将来設計の為には戴天流の修行のための時間を増やさねばならない。

 

 さて、どうやって時子姉の目を出し抜いたものか……。

 

 

 ◇月■日(曇り)

 

 

 日課である戴天流の套路(とうろ)を練り直していると、紅姉がやってきた。

 

 紅姉は心願寺の爺様の孫で、年は俺より少し上な金髪に蒼い瞳の別嬪さんだ。

 

 とある理由で引っ込み思案の人見知りな性格だが、俺と幼馴染である骸佐や蛇子と仲がいい。

 

 特に蛇子は「姉さま、姉さま」とエライなつき様で、当の紅姉が戸惑うほどだ。

 

 紅姉が訪れた理由だが、どうやらまた里の連中から心無い事を言われたらしい。

 

 彼女はその性格からか、そういう事を唯一の身内である爺様に話すことなく自分の内に溜め込みやすい。

 

 なので、愚痴を聞いてストレスを発散させるのは俺達の役目になっている。

 

 同い年の友人がまったくいない、なんてツッコミはタブーである。

 

 さて、紅姉がここまで里の人間から敬遠されるのには当然理由がある。

 

 心願寺の爺様曰く、彼女は吸血鬼と人間のハーフなのだという。

 

 事は今から数年前、紅姉の母親である心願寺楓殿が任務に失敗して魔族の手に堕ちた事から始まる。

 

 当然、情に厚い爺様が一人娘である楓殿を見捨てるわけがなく、クソ親父を言いくるめて心願寺の手勢と共に敵のアジトを急襲。

 

 しかし、待っていたのは魔族の中でも有数の力を持つという吸血鬼。

 

 手塩にかけて育てた精鋭も次々と倒れ、決死の覚悟で脱出した爺様が助ける事が出来たのは楓殿と吸血鬼の間にできた孫、紅姉だけだったという。

 

 里に戻った爺様にクソ親父は紅姉を処分するように迫ったが、爺様はこれを拒否。

 

 当時存命だったお袋さんを始めとした里の女性陣の強烈なサポートもあり、紅姉は心願寺の直系として一応は認知される事となった。

 

 しかし、世紀末モヒカン同然とはいえ『ふうま』もまた魔や怪異と戦う忍、対魔忍である。

 

 魔族の混血を跡取りに据えようとした事で派閥を構成していた者達は次々と離れ、ふうま八将に名を連ねる名家であった心願寺は大きく力を落とす事となった。

 

 その話を聞いた俺の感想は『あいつ等、ダンピールの伝承を知らんのか?』である。

 

 東欧やロシアの伝説によると吸血鬼と人間の混血であるダンピールは、不死である吸血鬼を殺す力と吸血鬼を探知する能力を持つとされる。

 

 これだけでも対魔忍としての適性は花丸だろうに、厄介者として(うと)んでどうするというのか?

 

 とはいえ、この事で迫害まがいの事を受けていた紅姉は、自分が人とは違うことにコンプレックスを抱いていた。

 

 俺からしてみれば実年齢は上とはいえ精神年齢的には小さな女の子、『あっしには関わりの無い事でござんす』と無視するのは寝覚めが悪い。

 

 そこで俺は忍術が使えない『目抜け』と侮られている事をダシにして、紅姉のコンプレックスを軽減しようと試みた。

 

 こちらの異常性を示すなら前世の記憶の事を伝えればいいのだろうが、さすがにそこまで迂闊な真似はできない。

 

 そういう意味では『目抜け』のレッテルは好都合だったわけだ。

 

 紅姉はオドオドした様子で『自分の事が怖くないのか?』と尋ねてきたので、全力でNOを突き付けた。

 

 ぶっちゃけ、吸血鬼など怖くもなんともない。

 

 こちとら前世では人間社会の底辺を見た上に、イカレたサイボーグ共と殺し合いをしてきた身。

 

 遺伝子汚染で奇形化したドブネズミや人肉の味も知ってるし、死ぬちょっと前なんてガチの剣狂いで修羅とか鬼の世界に頭の先までドップリ漬かっていたのだ。

 

 それに比べたら紅姉なんて可愛いものである。

 

 そんな俺のカミングアウトに続いて、一緒にいた骸佐は『人の怨念をエネルギーにしてキン骨マンになる』という自身の忍法を暴露。

 

『どう見ても正義の味方じゃなくて悪の幹部だよっ!!』と崩れ落ちる奴の後には、足がタコになるという蛇子の忍法が追い打ちだ。

 

 里の中でも特に濃い特徴を持つ面子には紅姉もコンプレックスなど気にするのが馬鹿らしくなったようで、これが縁で遊び仲間となった俺達は紅姉のメンタルケアに努める事となった訳である。

  

 しかし正義の忍者気取りの癖にこの体たらくとは、親父の件も考慮に入れると対魔忍は早めに見限るべきかもしれない。

 

 

 ▲月■×日(晴)

 

 

 忍者の訓練やら当主教育やらで剣術鍛錬のための時間が足りない。

 

 一応は次期ふうま当主候補としてなので必要なのは理解できるが、人生目標を定めているこちらとしては無駄な事に時間を費やしている感がハンパ無い。

 

 焦りとストレスからワリと本気で『出奔したろうか!』なんて思う時もあるが、紅姉や骸佐達の事を考えるとそうもいかない。

 

 とはいえ戴天流のための時間は何としてでも確保したい。

 

 記憶というのは薄れていくものだし、剣術の基礎は幼いうちから仕込んだほうが馴染みが早いのだ。

 

 いい方法は無いものかと頭をひねった結果、俺の中にある梅干し大の脳みそは戴天流の有用性を知ってもらえばいいじゃんという結論を吐き出した。

 

 これが良策か愚策かはわからないが、ともかく善は急げである。

 

 精力的に働きかけた結果、どうにかお披露目の舞台を整えることに成功した。

 

 で、今回ギャラリー兼審査員となったのは心願寺の爺様と時子姉である。

 

 紅姉を助ける際の傷で第一線を退いたとはいえ、爺様はかつてはふうま八将最強と言われた男。

 

 俺の戴天流を見極めるのに、これほど相応しい人選はないだろう。

 

 時子姉は只の付き添いというか、わざわざ爺様を呼んで妙な事をしないか心配だったようだ。

 

 さて肝心の演目の方は套路に軽身功、あとは試し切りである。

 

 当然のごとく全てを成功させたのだが、最後の試し切りで爺様がえらい驚いていた。

 

 『さすがに木刀で斬鉄はやりすぎだったか』と自室で反省していたら、時子姉が理由を教えてくれた。

 

 どうも最後に斬った鋼板は鉄じゃなくて、米連が対魔族用に造り出した特殊装甲のサンプルだったらしい。

 

 内家の達人が得物を取るとき、それは硬さ鋭さだけでは語れない。

 

 丹田より発する氣を込めて振るわれれば、布帯は剃刀に、木片は鉄槌へと変ずる。

 

 そして、鋼の刃の変ずる果ては、ただ因果律の破断のみ。

 

 それは形在るもの総てを断ち割る、絶対にして不可避の破壊なり。

 

 内家拳の口伝ではこうあるが、よもや木刀で因果の破断に手がかかるとは……。

 

 対魔忍の修行がより良い結果を招いたのか、はたまたふうまの血か。

 

 なんにせよ、吉報である事に変わりはない。

 

 最後に結果だが、爺様からお墨付きがあったお陰で修行の時間をもぎ取ることが出来た。

 

 周りのみんなは忍術に目覚めるまでのツナギだと思っているようだが、こちらにそんな気はさらさらない。

 

 ここからは戴天流剣士目指してまっしぐらだ。

 

 

 ×月■▲日(雨)

 

 

 マジでシャレにならん事態が起きた。

 

 クソ親父がふうま一門を巻き込んで対魔忍の主流に反乱を起こしたのだ。

 

 理由は井河と公安が中心となって進めていた『対魔忍の国家戦力化に向けての統合』に反発した為。

 

 心願寺の爺様によると、台湾危機や半島紛争といった数年前に起きた米連と中華連合の武力衝突と冷戦により、日本の治安は著しく低下する事となった。

 

 さらに紛争の合間に人間界に進出してきた吸血鬼エドウィン・ブラックに代表される魔界の者の介入や東京キングダムやヨミハラなどの犯罪都市の発生もあって、日本政府は治安維持の為に魔界の者に対抗できる戦力を欲した。

 

 そこで白羽の矢が立てられたのが対魔忍というわけだ。

 

 山本という元日本自衛軍の公安調査官を中心にしたこの計画は、表向きは井河の若当主アサギを代表として進んでいる。

 

 爺様の見立てでは、実権を握ってるのはアサギの後ろに控えた井河・甲河の老人達らしいが。

 

 で、対魔忍と一言で言っても伊賀忍者を基にした井河、甲賀を源流とする甲河など一枚岩ではない。

 

 当然、この流れに異を唱える馬鹿野郎も存在する。

 

 それがクソ親父率いる世紀末マッポーニンジャ集団ふうま一党、つまりはウチだった。

 

 今まで所属もクソもあったもんじゃねぇ! とばかりに好き勝手やっていた野獣な親父である。

 

 それがいきなり公務員になるなんて、ナッパが超サイヤ人になるより無理な大変身だ。

 

 そりゃあ、反発の一つもしたくなるだろう。

 

 だがしかし、自分一人で特攻するなら兎も角、レミングスよろしく一族郎党を率いて奈落へダイブはいただけない。

 

 普通はこういった頭領の暴走は引退した先代などの老人達が(いさ)めるものなのだが、親父は用意周到な事に当時現役だった心願寺の爺様を除いて幽閉や追放処分にしていたらしい。

 

 あのおっさん本当に余計な事には知恵が回るな、マジで。

 

 俺の下らない所感は置いておいて、現状はマジでヤバい。

 

 ふうまが対魔忍最大勢力と言われているとはいえ、一人一人の質においては井河・甲河の方が上だ。

 

 正面からカチ合った場合はふうまに勝ち目は薄い。

 

 さらには仮に勝利したとしても、主流派の後ろに控えているのは日本という国家そのものだ。

 

 政府が対魔忍を魔界への対抗勢力と捉えているという事は、裏を返せば魔界の魔物並みに危険な存在と見ているという事。

 

 それが反旗を(ひるがえ)したとなれば、むこうに一切の容赦はないだろう。

 

 如何に対魔忍が超人じみているとはいえ、精々500人程度で対抗できるほど国と言うのは甘くはない。

 

 ぶっちゃけ、反乱に踏み切った時点でふうまの命運は尽きているということだ。

 

 とはいえ、このまま座して滅びを受け入れるワケにはいかない。

 

 骸佐や蛇子、紅姉に時子姉、権左や二車の小父さん小母さんに心願寺の爺様と、俺にだって護りたいものがある。

 

 それに宗家の下忍である天宮家は女の子が生まれたばかりだ。

 

 こんなアホみたいな自爆劇に付き合わせるワケにはいかない。

 

 反乱を起こす前なら俺が親父の首を落とせば何とかなったかもしれないが、実際に武力衝突が起こった以上はそれも無理だ。

 

 こうなったら、負けるにしても余力を残した形で敗北するように仕向けるしかない。

 

 差し当たっては心願寺の爺様を味方に引き入れる方向で動くとしよう。

 

 

 

 ▲■月〇日(晴れ)

 

 

 クソ親父が引き起こしたふうまの反乱は、案の定親父の敗北に終わった。

 

 親父をはじめとして、ふうま八将の多くは討ち死に。

 

 俺が引き留めることが出来たのは、結果的には心願寺の爺様だけだった。

 

 二車と紫藤はこちらに協力してくれたが、親父の目を逸らす為に二車の小父さんと紫藤の婆ちゃんが犠牲になってしまった。

 

 葬式で頭を下げる俺をぶん殴ったあと、『謝るくらいなら、当主として身体を張ってふうまを護った父上を褒めろ!』と言った骸佐は凄い漢だ。

 

 ふうま宗家を始めとする一党はその力を失い、余力を残しているのは早期に手を引いた二車と現当主の甚内氏が主流派に寝返った紫藤のみ。

 

 その二家でもふうまに(ろく)を食(は)んでいた一般の忍全てを世話するには足りず、上忍・下忍に問わずふうまの忍達は主流派の家に奉公へ出る事となった。

 

 申し訳ないと思うが、名ばかりの宗家当主である俺に出来る事などない。

 

 差し当たっては心願寺の爺様と今後の事を話し合う必要があるだろう。

 

 こっちを心配してか紅姉のメール攻撃も半端無いし、爺様の家に行くとしようか。

 

 

 

 ×月■日(曇り)

 

 

 ふうまの反乱終結から一年が過ぎた。

 

 あれから結構いろいろな事があったが、一番の変化は俺自身が前線に出る事になった事だろう。

 

 言っておくが、あの対魔スーツを着ているわけではない。

 

 俺の仕事着は前世と同じく、防弾防刃使用の黒コートに皮手袋、動きやすい黒のスラックスに黒のインナーである。

 

 あとは身体に合わせた日本刀と素顔を隠す鬼の仮面、任務内容に合わせて遠距離対処用の棒手裏剣を備える程度。

 

 間違ってもピッチリタイツなどゴメンである。

 

 というか、あのスーツ着てたら逆に身元割れるから。

 

 任務に就いて一年になるけど、あんな格好してる奴なんて対魔忍しかいないからな。

 

 閑話休題。

 

 七歳を迎えて任務に放り込まれるようになったとはいえ、反逆者の息子になど華々しい舞台が用意されるわけがない。

 

 大体は下忍がやる様な情報収集やその裏取り、あとは死んでもいい奴を送り込むような難所への潜入とかか。

 

 大体が米連・魔族の縄張りとなった東京湾に浮かぶ人工島『東京キングダム』が目的地となるのだが、あの町とヨミハラは俺と妙に相性がいい。

 

 あの退廃と混沌、血と臓物が腐ったような空気は前世の上海を思い出す。

 

 初めて行った時は余りのなつかしさから、思わず鼻歌交じりに道行くオーク共の首を刎ねてしまったほどだ。

 

 対魔忍上層部から容赦なく振られてくるのは前世と同じくエクスペンダブルな任務ばかりだが、これはこれで利点が無いワケでもない。

 

 まず第一に剣の腕がメキメキ上がる。

 

 オークに始まり魔獣や淫魔、さらには低級吸血鬼に魔界医療が生んだ謎の生物など、戴天流を鍛える為の素材には事欠かない。

 

 他にも米連特性の強化外骨格や、前世に比べれば性能は下の下とはいえ懐かしのサイボーグまでいる始末。

 

 テンション上がり過ぎて紫電掌をぶっ放したあと、内傷でのたうち回ったのはいい思い出だ。

 

 そして二つ目は、任務に失敗して捕らえられた元ふうまの忍を助ける機会が多いという事だ。

 

 現在、井河や甲河傘下の家に奉公に出ているふうまの忍は、以前の身分に拘わらず下忍のような扱いを受けている。

 

 愛と正義の対魔忍(笑)とはいえ、人間である事には変わりはない。

 

 危険な任務に出すのなら、自身の直系ではなく裏切り者の敗残兵を選ぶのは当然である。

 

 そして、そんな任務ばかりを(こな)していれば失敗するのも必然と言える。

 

 男性の場合は失敗=死なので遺品回収という結果に終わってしまうのだが、女性の場合は生きたまま救出出来る事が多い。

 

 というのも、魔族であれアウトローであれ女性対魔忍を捕えたら凌辱しようとするのである。

 

 さっきまで自分の命を脅かしていた相手を抱こうとするなど、まったく以て理解できん。

 

 情報を引き出すとしても、快楽で墜とす手間を思えば自白剤をブチ込んだ方が何倍も効率的だろうに。

 

 そういう理由で女性の救命率はすこぶる高いのだが、実際に凌辱されている場面は見た事がない。

 

 俺が現場に到着するのは、人間・オークに(かかわ)らず決まってヤロウがズボンを降ろした瞬間なのである。

 

 鉄火場に出るに先立って氣功に於ける氣殺法の極意、天地合一による圏境の極みに達した俺は並の事では捉える事は出来ない。

 

 なので、救出劇は臨戦状態のムスコを(さら)す馬鹿を頭からズンバラリするところから始まるワケだ。

 

 この手のバカ騒ぎに於ける一番槍は往々にしてグループのトップ、もしくは実力者である。

 

 そういう輩が真っ先に逝くと、後の連中を(みなごろし)にするのは奇襲である事も相まって非常に簡単に終わる。

 

 そうして汚される前にふうま忍を助けるワケなのだが、その反応は様々である。

 

 自身の現在の境遇を親父の失態の所為として怒りを露にする者、『目抜け』と馬鹿にしていた俺に助けられた事を屈辱と思う者、子供がこんな任務に就いている事に驚き哀れに思う者等々。

 

 感謝の言葉を述べる者はごく僅かだが、別にそれで構わない。

 

 俺がふうま忍を助けるのは宗家として育てられた義理と親父のケツ拭きが理由であり、別に感謝されたいなどとは思っていないからだ。

 

 時子姉は俺を中心にふうまの復興を考えてるみたいだけど、こっちとしてはケジメと成り行きで頭首をやってるにすぎない。

 

 ふうまの忍達が『目抜け』なんかに任せられるかと言うのなら、八将の誰かに譲って退く気満々なのだ。

 

 骸佐や爺様まで時子姉に協力し始めているのを見ていると、それも難しいかなと思わなくもないが。

 

 頭首代行の小太郎君としては、民主主義を推したいと思います。

 

 

 

 ×月▲■日(曇り)

 

 

 東京キングダムで仮眠を取ったせいか、妙な夢を見てしまった。

 

 その内容だが、気が付くと俺は春の日差しの中、桃の花びらが舞い踊る庭園に立っていた。

 

 まるで桃源郷を思わせる神秘的な光景に目を瞬かせていると、前方に覚えのある人影が見えてくる。

 

 桃の木々を背景に立っていたのは、前世の兄弟子である孔濤羅(コン・タオロー)だった。

 

 濤羅兄の服装は仕事用の黒ずくめではなく、OFFに着ていた白い部屋着。

 

 さらには髪も上でしっかりと纏めていた。

 

 そんな彼は全てを悟ったような笑みと共に、俺に向かってこう言った。

 

『我等の剣は内家戴天流、濡れ場にあっても色は無し』

 

 それは助言だった。

 

 前世の俺ならば首を傾げていたところだが、東京キングダムの色欲に塗れた者達を見た今ならば理解できる。

 

 男は下衣を脱いだ瞬間が最も無防備なのだ。

 

 さらには逸物を逸らせれば、それが邪魔をして足の動きを大きく阻害する事となる。

 

 あの欲望の街を生き抜こうと思えば、常在戦場の理の下に色欲を捨て去り、目の前に立つのなら天女であろうと夜叉であろうと斬って捨てねばならないのだ。

 

 あと対魔忍の死亡原因トップである油断と慢心だが、俺には縁のないものである。

 

 前世でも一発掠ればあの世逝きというオワタ式で戦ってきたうえに、現在は小学二年生の身である。

 

 それでオークや魔族なんかを相手取るのだ、そんな阿呆な感情が入る余地などあるはずがない。

 

 さらに言えば、こちとら下手をすれば対魔忍の主流派からも邪魔者として殺されかねないのである。

 

 気を緩める暇など何処にあるというのか。

 

 万感の思いを込めて感謝の言葉を述べると、濤羅兄はニコリと穏やかな笑みを浮かべた。

 

 その涼やかな笑みには俺も再び頭を深く下げさせた。

 

 この礼は時空を超えて金言を与えてくれた兄弟子への謝意である。

 

 決して、彼の後ろに憑りついて死んだ目を向けてくるキモウトを恐れての物ではない。

 

 また条件反射で読んでしまった読唇術で『兄様はルイリだけのもの』という言葉にドン引きしたわけでも、去り際に濤羅兄が残した『俺のようになるなよ』という言に戦慄した訳でもない。

 

 というか、あんな禍々しい悪霊になるような身内は俺にはいないしなッ!!

 

 とりあえず、濤羅兄から貰った言葉は清書して額縁に飾っておくこととしよう。

 

 この世界で生き抜くうえで最も必要な要素のような気がするし。

 




今日の教訓『対魔忍の世界で生き残るには、ズボン一枚脱いだら負けよぉ』


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日記2冊目

 必死に貯めた対魔石

 祈りを込めて11連回してみれば

 現れたのは頭小動物(リリム)

 …………紅が欲しかったッ!!!

 屈辱と憎悪に塗れたので続きを書いちゃった。



 対魔忍育成の為に政府が用意した土地である五車の里。

 

 新古和洋が入り混じる住宅地帯から少し離れた場所に、小ぶりながらしっかりとした造りの日本邸宅があった。

 

 元ふうま八将である二車家邸宅。

 

 檜と井草の香りが漂う書斎では和服に身を包んだ妙齢の美女が、正座で背の低い机に積まれた書類と格闘している。

 

「そう、若様が」

 

「はい。あのお方は下忍が(こな)すような雑務から手練れでも二の足を踏むような危険な任務まで、多くの現場を巡りながら捕らわれた同胞を救い、散った者達の遺品を回収しているそうです。かく言う私も若様に救われた身ですので」

 

 天井からの報告に女性、ふうま八将の一つである二車家の夫人は小さく息を付く。

 

 閉じた(まぶた)の裏に映るのはふうま崩壊の原因となった反乱の少し前、我が家を訪れた小太郎が浮かべていた幼子に似合わない覚悟を纏った表情だ。

 

 あの時、書斎に通された彼は根拠と共に此度の反乱は失敗すると告げ、『残されるふうま忍の為、何より骸佐達の為に生き延びて欲しい』と臣下である夫と自分に対して伏して願いを告げた。

 

 普通であれば幼子の戯言と一笑に付すところであるが、二車夫妻はその言葉を真摯(しんし)に受け止めた。

 

 夫人はその顔に自分に大罪を犯させた男と親友の面影を、夫はふうまと息子の未来を見出(みいだ)して。

 夫であった先代当主は我欲のままに行動する弾正を快く思っていなかった。

 

 前ふうま頭領の弾正は欲深く好色な男であった。

 

 他者を裏切る事も部下を使い捨てる事も当然と考え、気に入った女性がいれば夫や恋人がいても奪い取る。

 

 影に潜み、他国や魔の物から国や民を護るという忍の任に誇りを持っていた夫が、そんな野獣の如き輩に忠義など持てるはずがない。

 

 さらには弾正は男として到底許せぬ仕打ちを夫に強いた。

 

 あの男は知らぬと思っているだろうが、罪悪感に耐えかねた妻の告白によって二車の当主はその事を掴んでいた。

 

 そこまでの仕打ちを受けても彼が弾正に仕えていたのは、ふうま八将である二車の当主の責務ゆえだ。

 

 平成の世を迎えて世間では身分制度が廃れたようになっても、古くからの因習が色濃く残る忍の世界では主従関係は絶対だ。

 

 夫が感情のままに軽挙に出れば、その(とが)は本人だけでなく二車家の一門全てにかかる事になるだろう。

 

 さらにはふうま忍軍最高幹部の一つである八将が謀反を起こせば、その影響は計り知れない。

 

 どちらが勝利することになっても、ふうまは大きく衰退することとなる。

 

 それ故に彼は己の中に渦巻くどす黒い感情を飲み下し続けていたのだ。

 

 すべては祖先から受け継いだ家を護る為、そしてふうま一党の為に。

 

 だからこそ、夫は次期頭首であった小太郎に期待を寄せていた。

 

 弾正の暴走によって大きく正道を逸れてしまったふうまを立て直してくれるだろうと。

 

 出産後に急逝した彼の母が二車の分家の出で夫人の親友という縁もあって、小太郎は乳幼児期の殆どを二車の家で過ごした。

 

 そもそも宗家の跡取りを他の家で育てるなど言語道断なのだが、父親である弾正は子育てになど興味はなく本妻が他界したのをこれ幸いと数ある妾通いに精を出していた。

 

 また宗家直属の配下や侍女も弾正の世話やふうまの運営の補助を優先させられていた為に、赤子の世話をする余裕などなかったのだ。

 

 そういった事情もあり腹違いの姉で執事候補である時子が来るまで、小太郎の面倒は二車夫妻が見ていた。

 

 息子である骸佐と共に兄弟同然に育てていた彼等夫婦にとって、小太郎は主家の跡取りである以上にもう一人の息子という感覚が強かった。

 

 だからこそ夫は弾正に代わって何くれと小太郎を気に掛け、忍術に目覚めない事で『目抜け』の悪名を背負わされても見捨てることはなかったのだ。

 

 忍の悪習から里の者達は小太郎を見下していたが、夫から言わせれば彼は『(とび)が鷹を生む』の典型と言えた。

 

 大人たちの会話からふうまが如何なる存在かを理解し、そして宗家の嫡男という己が立場を弁えて常により良い一手を思考する。

 

 そうして聞きかじったことを然るべき大人に話すことで情報の精査を行い、己が思考をさらに研ぎ澄ましていく。

 

 文字もまともに習っていない時期からこのような事をしていたというのだから、その頭脳は驚嘆に値する。

 

 事実、親交が深かった心願寺の老当主や夫に向けて小太郎が懸案した事柄は、3歳から5歳までの二年間で百近くに登っていた。

 

 幼子の身では埋められない情報ソースの不確かさや知識不足の為に脇が甘い意見も多かったが、中には夫たちすら唸らせるような穿った見解も確かに存在した。

 

 ふうまの会合で小太郎の代弁を果たした彼等からは、次期頭領の素質は十分と太鼓判を押されていたのだ。

 

 そんな経緯があったからこそ、二車は小太郎の言葉に乗った。

 

 当時のふうまとしての最上は決起の前に弾正を除くことであったが、すでに武力衝突が起きて犠牲者も出ていた状況ではそれは不可能だった。

 

 弾正を討つにしても、彼の者が持つ忍術は邪眼使いを意のままに操るふうま殺しと言うべきもの。

 

 それ故に魔眼・邪眼の使い手たる八将をはじめとした上層部では歯が立たず、それを持っていない配下を仕向けても多大な犠牲は免れない。

 

 なにより当時のふうまには対魔忍統合に反対する勢力も多く存在していた為、弾正を殺害しても反乱が止まらない危険性もあった。

 

 そういった内情から彼等が取った策は反乱勢力が出立すると同時に手を引き、余力を残した形でふうまを存続させる事だった。

 

 時間の無さと粛清を避けるための慎重さが仇となって大きな成果は上げられなかったが、二車が力を温存できた事や主流派に寝返った紫藤が権勢を得たのは小太郎の提案あってのものだ。

 

 しかしその代償は決して軽いものではなく、紫藤家は獅子身中の虫として本家に裏切るタイミングを教えた前当主である頼母を、二車も弾正に企みを見抜かれぬために最前線で戦っていた前当主と骸佐より上の子供達を失った。

 

 当然夫人は悲しみに暮れ、知らせを受けてから数週間は何も手に付かない程に落ち込んだ。

 

 しかし、彼女は足を止めようとはしなかった。

 

 泣き濡れる自分を見て『これからの二車は俺が支える』と言ってくれた息子が、葬儀の時に夫や子供たちを本当の家族のように思っていたと死なせた事を詫びて来た幼き主がいた。

 

 なにより、最後の夜に子供達の事を任せると夫と契った誓いがあったからだ。

 

 対魔忍主流派を裏で操る井河・甲河派閥の老人達は未だふうまの事を警戒している。

 

 他家へ奉公に出た有能な者達を下忍の如く扱うように指示を出し率先して危険な任務を振り分けている事、紫藤・二車に小太郎への接触を禁じているのがその証拠だ。

 

 だがしかし、やりようがない訳ではない。

 

 この数年で無能でない事は示したものの、未だ忍術が使えない事でふうま一党からの人望に欠ける小太郎。

 

 そして、孫娘である紅の一件で派閥の殆どを失い隠居同然となった心願寺幻庵。

 

 彼等の境遇を逆手にとれば、老人共の隙を突いてふうま再興の道は十二分に開けるはずだ。

 

「カヲル、骸佐と権左をここに呼びなさい」

 

 夫人は厳かな声で、天井裏に控えている二車家下忍頭である鉄華院カヲルに命を下す。

 

「御意」

 

 短い了承の返事と共にカヲルの気配が消えると、彼女は深く息を吐いた。

 

 未だ九歳である息子を死地に送り込もうとする自分は母親失格だろう。

 

 しかし、この逆境の中で二車家を背負うのであれば、普通の育て方ではまるで足りない。

 

 元より骸佐は夫に似て誇り高く気性が激しい子である。

 

 乳兄弟同然である小太郎の現状を知れば、大人しくしている訳が無い。

 

 危険から遠ざけてヘタに暴走されるくらいなら、万全のバックアップを整えて送り出す方がはるかにマシだ。

 

 幸い、あの子は邪眼・夜叉髑髏を覚醒させている。

 

 土遁の使い手にして槍の名手である執事、土橋権左のアシストがあれば、高いリスクも無く経験を詰めるだろう。

 

 そう結論付けた彼女は、処理し終わった書類を片付けて少し冷めたお茶を淹れ直す事にした。

 

 

 

 

 

 ▽月×■日(晴天)

 

 

 今日は近畿地方にある人工島都市アミダハラに行ってきた。

 

 あそこは元は舞洲と呼ばれる場所で国際的テーマ―パークやスポーツ施設があったのだが、運の悪い事に数年前の半島紛争の折に流れ弾となったミサイルが直撃し壊滅的なダメージを受けてしまった。

 

 当時の政府は目と鼻の先で紛争の対処に精いっぱいであり、日本第二の都市である大阪自体への被害が少なかったこともあって早々に島の復興を断念。

 

 その後、地下にあった魔界の門を通じて魔族が流入するに従って無法者たちの巣窟となり、今では立派なスラム兼犯罪都市となってしまっている。

 

 とはいえ、ほかの魔界都市である東京キングダムやヨミハラと違ってアミダハラはノマドの手が入っていない為に比較的に平穏だ。

 

 それもこの街を管理している『魔術師組合』の手腕によるものだろう。

 

 それで何故俺がそんな場所に行ったのかと言うと、それは魔術というモノを体験する為だ。

 

 とは言っても魔術師になろうというワケではない。

 

 知りたかったのは魔術に対する対処法である。

 

 重火器にサイボーグ、忍者は居なかったが暗殺者の手管や多少の超能力などは、前世に於いて体験している。

 

 しかし前世の科学万能の世界ではオカルト100%の魔術にはお目に掛かれなかった。

 

 この世界には魔界と魔族、そして魔術が確と存在している以上、鉄火場で生きる事を決めている者としてそれに対する知識が無いのは致命的だ。

 

 戦闘において最も恐ろしい事は知らない技を掛けられることなのだから。

 

 ならば、それを防ぐ為に見識を広げる努力は必須と言えるだろう。

 

 そんなワケで現地入りした俺は、アミダハラで最高の魔術師と言われるノイ・イーズレーンという婆様に魔術を見せてもらう事となった。

 

 で、魔術を見た感想だが、シャレにならんの一言だった。

 

 発動のプロセスや『意』の推移は忍術とよく似ているが、威力や規模は向こうの方が上だ。

 

 つーか、米粒大の火の玉がロケットランチャー並みの威力になるとかあり得ないだろう。

 

 いやはや、これは敵対する前に見れて大正解である。

 

 時子姉に土下座してまで金を降ろしてもらって、氣功術が見たいという理由でアンネローゼとかいう姉ちゃんと斬り合いをさせられた甲斐があったというものだ。

 

 四大元素を基とした魔術の後は呪詛や召喚といった特殊なカテゴリーに属する物まで見せてくれた。

 

 サービスが良いなと言葉を漏らしたところ、ノイ婆ちゃんは『氣功術などという珍しい物を見せてくれた礼じゃ』と笑っていた。

 

 やはりこっちの世界では氣功術は珍しいようだ。

 

 兎も角、今回の体験から次なる修業の方向性を固めることが出来た。

 

 現状物理止まりになっている因果の断裂、これを魔術をはじめとしたエネルギーや呪いなどの概念へ届くようにすることだ。

 

 俺の振るう剣は極めれば世の理に届くかもしれないと、アミダハラ最高の魔女のお墨付きを貰ったからには張り切らない訳にはいかない。

 

 万物全てを断つ一刀、剣士が目指すモノとしては十分である。

 

 取りあえずは、婆ちゃんが掛けた『声がエドウィン・ブラックになる』呪いを解く事を目標にしよう。 

 

 

 ▽月×●日(土砂降り)

 

  

 ここ数日の生活態度があまりにも酷過ぎる! と時子姉に怒られた。

 

 思い返してみれば、アミダハラから帰って来てからの俺のスケジュールは確かに褒められたものではない。

 

 朝起きたら剣を振って、飯喰ったら剣を振って、昼からも剣を振って、任務では鉄火場で剣を振って、帰って来てもやっぱり剣を振って、あとはぶっ倒れるまで剣を振る。

 

 うん、これは酷い。

 

 前世の末期、完全剣キチモードと同じ生活リズムである。

 

 とはいえ、こっちも戴天流を新しい位に持ち上げようと必死なのだ。

 

 概念に刃が通る様になれば、魔術だろうが忍術だろうが全て戴天流で対処が可能になる。

 

 魔族の侵攻が加速している以上、この技術は早急に確立させなければならない。

 

 身体を壊すという時子姉の言い分も分かるが、自分を極限まで追い詰めないと至らない境地というのも確かにある。

 

 そして今回の俺が目指す場所は、そういった類に違いないのだ。

 

 両者譲らずに喧々囂々と言い合うも落としどころが見つからず、結局はたまたま来ていた心願寺の爺様を仲介に立たせてしまった。

 

 冷静になって考えれば、なんとも格好の悪い話である。

 

 あの時は我を張ってしまったが、この身はまだ九歳だ。

 

 あんな生活をしていては、時子姉の言う通り早々にぶっ壊れてしまうだろう。

 

 明日もう一度話し合う事になってるし、ここは修業時間を半分にするという譲歩案を出してみるか。

 

 精神年齢は俺の方が上なんだし、時子姉を泣かせてまで我を通しても格好悪いからな。

 

 

 〇月×◇日(猛暑)

 

 いい知らせと悪い知らせというのは、セットで訪れるものらしい。

 

 今日、災禍姉さんがこっちで働く為に来てくれた。

 

 姉さんはふうまが健在だった頃、クソ親父の秘書をしていた才媛だ。

 

 俺も何度か顔を合わせており、鍛錬に熱中しすぎて時子姉から飯抜きの刑を受けた時なんかは、内緒でお菓子をくれたりしていた。

 

 味の嗜好が子供になっていたのを差し引いても、あの時のホットケーキは美味かったです。

 

 そんな災禍姉さんだが、ウチに来るまで井河・甲河の老人達付きの秘書をしていたそうだ。

 

 反乱の少し前から姿が見えなかったのは、親父のやり方について行けなくなって袂を分かったのが理由らしい。

 

 本人はその辺の事を語る際に申し訳なさそうにしていたが、俺は全然気にしていない。

 

 むしろ『アホが迷惑を掛けてすみません』と頭を下げておいた。

 

 さて姉さんが派遣された本当の理由だが、曰く「秘書として働きながら俺の事を探れ」と老人会から命令されてきたそうな。

 

 どうも老人共は忍術の使えない俺が下忍用は兎も角、高難易度の任務を成功させている事が不思議で仕方がないらしい。

 

 達成できない事が前提の任務を振るとか、俺を殺す気満々じゃないですかヤダー。

 

 この話を聞いた瞬間、あの老害共に対する48の殺害方法が頭に浮かんだが何とか思い留まった。

 

 俺だけならヒャッハー!!とプレデターばりの狩猟タイムとしゃれこむところだが、時子姉達がいる以上はそうもいかない。

 

 クソ親父のやらかしから二年ほどしか経っていないのだ、ふうまの皆に迷惑が掛かる行為は慎むべきだろう。

 

 あと、時子姉と災禍姉さん。

 

 二人して『若、立派になって』とかハンカチで目元を押さえないでくれませんかねぇ。

 

 それだと今までの俺が事あるごとに段平を手に突っ込んでいく蛮族みたいじゃないか。

 

 そんな寸劇は置いといて、時子姉がお茶を淹れ直したところで災禍姉さんの話は続いた。

 

 立場的にはスパイとして送り込まれているのだが、姉さん的には向こうに付くつもりはないそうだ。

 

 現体制に付いたのはあくまで親父の悪辣さが原因で、ふうま自体を裏切るつもりは毛頭無いとのこと。

 

 あと、奴が姉さんにまで手を出そうとしていたなんて話は幻聴だと思いたい。

 

 重ね重ね、屑がすみません。

 

 こんなん言われたら信用云々なんて話は口が裂けてもできんわ。

 

 というワケで災禍姉さんの加入は問題なく認められたわけだが、話はもう一つ残っている。

 

 そう、悪い知らせである。

 

 その内容なのだが、要するに俺達に腹違いの妹がいるとの事でした。

 

 まあ、クソ親父には二桁を超える妾やら現地妻やらがいたのだから、こういう話が出ても不思議ではない。

 

 俺達としても元々低い親父の評価が、地球のコアにメリ込むレベルで下落する程度である。

 

 問題は件の銀零ちゃん4歳が米連に売り払われている事だ。

 

 サイバネパーツとなった災禍姉さんの足を見れば分かるのだが、オヤジは米連とも太いパイプを持っていた。

 

 最新技術で魔界に対抗しようとしている米連だが、同時に対魔忍の忍術や力の秘密も欲していた。

 

 奴等は当時対魔忍の最大派閥ながらもアウトロー同然であった親父に目をつけ、米連とのパイプや最新技術を欲していた奴もそれに応えた。

 

 とはいえ、いくら親父でも『モルモットにするから人員を出せ』なんて命令を発したら、臣下から総スカンにされるのは目に見えている。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、俺と同じく出産で母親を亡くした銀零ちゃんだったというワケだ。

 

 とはいえ、災禍姉さん的にはそんな鬼畜な真似は見過ごせる訳がなく、『赤子のままだと検査に耐えられない』だの『サンプルなら忍術に目覚めた後のほうがいい』だのと理由を付けては米連行きを引き延ばしていたらしい。

 

 しかし業を煮やした馬鹿親父は、災禍姉さんが仕事で離れている内に銀零ちゃんを米連に引き渡してしまった。

 

 この一件がトドメとなって災禍姉さんは親父を見限る事となり、その後主流派の老人達に使われながらも銀零ちゃんの行方を捜していたらしい。

 

 そして数日前に姉さんの必死の捜索が実を結び、銀零ちゃんの居場所を突き止めることが出来た。

 

 それは東京キングダムにほど近い米連の研究施設。

 

 しかしその施設は件の魔界都市の近辺に建てられていることもあって警備は厳重で、とても災禍姉さん一人では銀零ちゃんを救出できそうにない。

 

 そこで老人たちの思惑に乗る形で、俺に救出を頼みに来たというワケだ。

 

 話を聞いた時子姉は困惑の表情を浮かべていたが、俺は受けると決めていた。

 

 降って湧いたような話だが、顔も知らんとはいえ腹違いの妹だ。

 

 モルモットにされていると聞いては助けないワケにはいかないだろう。

 

 そんなワケで明日にはヴァーサスUSAである。

 

 え、日米問題?

 

 なにそれ、美味しいの?

  

 

 〇月×▲日(冷夏)

 

 

 一つ斬っては銀零ちゃんの為。

 

 二つ斬っては時子姉の為。

 

 三つ斬ってはふうまの為。

 

 そんな感じで今日も今日とて鉄火場を行くふうまの小太郎です。

 

 先日話に上がっていた銀零ちゃん救出だが、なんとか成し遂げることが出来た。

 

 今回の任務に於ける最大の難所は、意外だと思うが研究施設に潜入する事だったりする。

 

 俺の潜入に使う境圏だが、これは機械相手には効果が無かったりする。

 

 そもそも、これは天地万物と合一する事で生物の視界に映っても認識させないという術だ。

 

 生き物相手なら対魔忍だろうと魔界の生物だろうと問答無用で騙せるのだが、本当に透明になっているわけではないので監視カメラ等の防犯システムには通用しない。

 

 そして米連の施設は魔術や妙ちくりんな罠はない代わりに、そういった最新鋭の技術がてんこ盛りなのである。

 

 ではどうやって侵入したかなのだが、今回は禁じ手を使わせてもらった。

 

 そう、電磁発勁のお時間です。

 

 電磁発勁とは戴天流裏氣功術奥義にして、最強最悪のサイバー殺しの絶技である。

 

 この技は特殊な練氣によって電磁パルス(EMP)を丹田に発生させ、それを発氣と共に打ち込む事で電子機器に致命的なダメージを及ぼす事を目的としている。

 

 稲妻などの高エネルギー現象で発生する電磁パルスは、あらゆる電子デバイスの導体に電磁誘導を引き起こし、刹那のうちにこれを破壊する。

 

 これを浸透勁に組み込んで放つ事で、室内に埋め込まれた電子機器や生体に組み込まれるサイバーウェアのEMP対策をも擦り抜け、徒手空拳でサイボーグを屠る殺戮の絶技アーツ・オブ・ウォーに昇華せしめる。

 

 これこそが前世において、電磁発勁が生身の人間でもサイボーグに対抗しうる唯一の武術、対サイバー氣功術と呼ばれた所以である。

 

 上記のように電磁発勁とは何とも素晴らしい技なのだが、反面重いデメリットも存在する。

 

 体内で落雷並のEMPを発生させるこの技は肉体に強大な負担が掛かる。

 

 主にダメージが大きいのが肺を始めとした各種臓器。

 

 前世では健康を害することなく使用できるのは、一日2回が限度とされていた。

 

 これを超えて使い続けると、待っているのは内臓の崩壊からの多臓器不全による死だ。

 

 因みに前世の直接的死因はコレである。

 

 そういった事情もあって出来れば使いたくなかったのだが、妹の身柄が掛かっているとなれば話は別だ。

 

 その存在を知らなかったとはいえ、銀零ちゃんには二年以上もモルモット生活を強いてしまったのだ。

 

 ならば、兄貴と名乗るにはこの位は身体を張るのが筋だろう。

 

 というワケで災禍姉さんが事前に入手していた図面から警備システムの中枢を割り出した俺は、境圏で警備員をやり過ごすと警備室の中にある対象に向けて電磁発勁を打ち込んだ。

 

 使用したのは掌から直接放つ『紫電掌』ではなく、呼気から室内全体に拡散する『轟雷功』

 

 これで監視カメラのハードディスクも逝っただろうから、映っていたとしてもチャラである。

 

 ガキの体が受ける反動は思った以上にキツく内傷は死ぬほど痛いし、喉から鉄錆臭い液体がせり上がってきているが何とか我慢した。

 

 ここで吐血などしようものなら、災禍姉さんが撤退するのは目に見えていたからだ。

 

 いくら銀零ちゃんの事を憂いていると言っても、災禍姉さんはふうまの対魔忍を自認している。

 

 現頭首である俺の身を引き換えにするとは思えないからだ。

 

 それを思えば今回の件ほど仮面を付けていて良かったと思ったことはない。

 

 使ってから内養功で痛みを散らすまでの数分間、脂汗が止まらなかったからなぁ。

 

 さて俺が放った電磁発勁の一撃だが、その効果はセキュリティ中枢だけでなく防災設備や一部のインフラにも及んだ。

 

 防災システムの中枢が死んだ事で館内には非常放送が鳴り響き、停止信号やダンパーへの通電が途切れた防火扉やシャッター・隔壁などが各所で誤作動をはじめた。

 

 職員はたちまちパニックに陥り、警備員をはじめとした軍関係者と研究員が雑多に入り乱れ始める。

 

 その混乱に乗じて建物を進んだ俺達は、数人の研究員から情報を引き出す事で漸くターゲットの居場所に辿り着くことが出来た。

 

 発見した銀零ちゃんは入院患者が着る様なスモックを纏ってベッドに横たわっていた。

 

 栗色の髪をした可愛らしい女の子で、魔眼に目覚めていない所為か俺と同じく右目が閉じたままだった。

 

 乗り込んできたこちらに対しても反応が鈍い彼女の様子を素早く確認したが、見た目的には健康上の害は見当たらなかった。

 

 しかし首筋や手そして太ももなどには、採血や薬物を投入されたと思われる注射痕がはっきりと残っていた。

 

 『誰……?』とぼんやりとした声で問うてくる彼女に自分が兄貴である事と迎えに来た旨を伝えると、俺達は彼女に関するカルテを奪い、本人を連れて脱出を始めた。

 

 俺が先行し銀零ちゃんを抱いた災禍姉さんが続くという布陣。

 

 境圏で他者に認識させない俺はともかく、銀零ちゃんを抱いている災禍姉さんにはカモフラージュとして看護師に扮してもらった。

 

 被験者である彼女を避難させるように見せかけたのは功を奏し、忙しなく通路を通る職員たちから声を掛けられることはなかった。

 

 そうして閉じた隔壁をぶった切りながら出口へと向った俺達だったが、その前に立ちはだかる物がいた。

 

 ガトリング砲を構えた重装甲の強化外骨格『XPS-11A ボーン』である。

 

 この混乱の中で襲撃を察知した兵士もいたらしく、挑発的な言葉と共にガトリング砲をこちらに向けるパイロット。

 

 もっとも、結果だけ言えば大した事も出来ずに奴は退場することになったワケだが。

 

 この『XPS-11A ボーン』だが、実はそれほど脅威ではなかったりする。

 

 特殊鋼材による重装甲に人工筋肉を使った優れたパワー、さらにはガトリング砲の高火力と兵器としてイイ感じなのだが、如何せんスピードが無さすぎるのだ。

 

 戦争における対兵士戦に投入すればよい戦果をあげられると思うが、魔界の奴等や対魔忍相手では少々荷が重い。

 

 今回の彼も軽身功を用いた踏み込みに付いてこれず、貫光迅雷によって腹部を刀で貫かれて弾を一発も撃つことなく天に召された。

 

 万が一仕損じた場合は紫電掌を打つ覚悟をしていたので、そうならなかった事は何よりである。

 

 二発目の電磁発勁を撃ったら、最悪こっちまで動けなくなる可能性もあったしな。

 

 こうして無事に銀零ちゃんの救出に成功したわけだが、一緒に住むのは少し先になりそうだ。

 

 米連の施設で行われていた事や投与された薬物などを考えて、彼女をふうま宗家お抱えの医者に預けたからだ。

 

 あの先生は弾正の伝手で魔界医療や米連の技術にも精通しているから、こちらが持ち出した銀零ちゃんに関する資料があれば何とかしてくれるだろう。

 

 あと、お近づきの印として帰り道の露店でアクセサリーを買ったけど、気に入ってくれたかどうか。

 

 鈴が付いた銀細工の腕輪なんだが、手にもってリンリンと鳴らしていたものの、無表情な為にイマイチ感情が読み取れんかった。

 

 ともかく片方とはいえ血の繋がった兄妹だ。

 

 どうせなら仲良くしたいものである。

 

 

 〇月◇日(晴)

 

 

 今日は伊賀と甲賀の老人会に呼ばれた。

 

 ジジイども曰く「この頃派手に動いているが、何を企んでいる?」との事。

 

 『企むも何も、お前らの下が仕事振り倒してきてるだけやんけ』というツッコミは脳内だけにしておいた。

 

 ここで反論しても、余計目を付けられるだけ損である。

 

 隠居して暇を持て余してる老人が構ってほしいだけなんだから、ハイハイと話を聞いていれば問題はない。

 

 しかし、いい年こいた爺さんが寄ってたかって小学生を全裸に向いたうえに吊るし上げるというのはどうなのか。

 

 コレが上層部だってんだから、対魔忍も大概終わっている。

 

 公安で頑張ってる山本さんには悪いが、ぶっちゃけ見切り付けたほうがいいと思うんだ。 

 

 三時間突っ立ったままで聞かされた話を要約すると『あんま図に乗るなよ、負け犬』という事になる。

 

 素晴らしいまでの時間の無駄使いに当方涙が止まりません。

 

 そんなこんなで老人介護ボランティアも終わって帰路に付いていると、珍しい人物に出会う事となった。

 

 井河の現頭領にして、最強の対魔忍と名高い井河アサギである。

 

 俺が呼ばれた事情を察したのか、こちらを見て痛ましい表情を浮かべた。

 

 隣にいた八津紫は俺の事を聞いた途端に顔を顰めたが、その程度の反応は慣れたものだ。

 

 俺と井河アサギとの縁はふうま敗北まで遡る。

 

 当時から敗残のふうま衆は井河・甲河の管理下にあったのだが、老人共はふうまの権勢へのトドメとしてあるイベントを催した。

 

 それが井河とふうまの頭首対決である。

 

 あの時、時子姉が俺を宗家頭首にする事でふうまは健在であるとアピールしたのだが、老人共はそれを逆手に取ったのだ。

 

 とはいえ、当時のアサギは引退を表明して現場から2年ほど遠ざかっているし、ふうま側の俺は5歳のガキである。

 

 はっきり言って茶番以外の何物でもない。

 

 知らせを聞いた時子姉と心願寺の爺様は顔面蒼白になっていたが、俺としては井河・甲河にそこまでさせる親父の所業が気になっていた。

 

 今になって思えば、あれは親父のやらかした事だけではなく、当時最大派閥であったふうまを完膚なきまでに叩き潰す意図があったのだろう。

 

 恐らくだがアサギと山本捜査官が対魔忍を国家直属機関にする事を容認したのも、この為の布石だったのだ。

 

 今まで好き勝手してきた弾正がお行儀良く国の下に付くはずがないうえに、それが井河一党主導となれば反乱を起こすのは必至。

 

 国家という後ろ盾を得た奴等からしてみれば最大派閥であるふうまとはいえ恐るるに足りないし、むしろ目の上のたん瘤であったふうまを討つ大義名分ができて一石二鳥だったのではなかろうか。

 

 俺の予測が当たっていれば、老人たちのダメ押しであるこのイベント。

 

 アサギは当然のごとく拒否をした。

 

 公衆の面前で五歳の子供を叩きのめして晒し者にするなんて、正義感の強い彼女にはとても容認できないことだったらしい。

 

 断固として拒否の姿勢をむけるアサギだったが、老人たちは一枚上手だった。

 

 奴等は当時アサギと交際していた沢木恭介という人物との結婚の許可を餌にぶら下げたのだ。

 

 老人たちの言で青褪めながら歯を食いしばるアサギへ、俺は引き受けるように促した。

 

 別に彼女に同情したわけじゃない。

 

 どうせアサギが降りたところでこの趣味の悪い催しが中止になる訳じゃない。

 

 老人たちの権勢を示すことが出来るほかの人材が選ばれるだけである。

 

 だったら、この機会を有効活用してもらったほうがいい。

 

 5歳のガキを2・3発小突いただけで爺たちから譲歩をもらえるのなら破格という物だろう。

 

 俺個人としても最強の対魔忍の力に興味があったし。

 

 そういう事情で茶番が実施されたわけだが、結果は俺の敗北に終わった。

 

 さすがに5歳の身では最強と言われていた彼女に届くことはできなかったが、実力の方は推し量ることはできたので良しとすべきだろう。

 

 アサギ自慢の隼の術も、速いには速いが『意』を消しているわけじゃないので対処は可能だったしな。

 

 当時は直撃を避けるのが精いっぱいだったが、ある程度体ができてきた今なら殺陣華とかいう忍法にも対処ができる自信もある。

 

 ともあれ、そういう縁からかあれから数年経った今でも俺とアサギの関係は微妙な物だったりする。

 

 こっちは何とも思っていないのだが、むこうは負い目に感じているようで微妙に避けられている感じだ。

 

 茶番の商品に出されていた沢木さんとやらも、結婚する前に任務に巻き込まれて死んだそうだしな。

 

 そういう事情から、俺はアサギとは言葉を交わすことなくその場を後にしたわけだ。

 

 八津の奴が無礼だの何だのと言っていたが、知ったことではない。

 

 むしろ伊賀忍者宗家である井河の頭首を名乗っているのなら、自分のところの老人介護くらいはやってほしいところである。



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日記3冊目

 相変わらず紅の来ない作者です。

 リリムの次は沙耶NEOってどういう事か?

 人外に好かれているなら、紅にワンチャンあるだろうに……

 まさか、これも幻庵の爺様の呪いでは……ッ!?

 と言う訳で、お祓いがてらに投稿です。

 今回は紅に触れたから、書けば出るの法則に反していないはず。


 ◆月■日(晴れ)

 

 

 今日は良い事があった。

 

 なんと任務の途中で骸佐と権左の兄ィに再会したのだ。

 

 ふうまが滅んでから二車の家には接触を禁じられてたんで、顔を合わせるのは実質五年ぶりである。

 

 聞けば骸佐達は二年前から任務に付いているらしく、夜叉髑髏と土遁の槍使いといえば対魔忍の中でも有名なんだとか。

 

 うーむ、ぶっちゃけ全然聞いた事がない。

 

 もしかして、この辺も情報統制食らってるのかな?

 

 何はともあれ、久々に会ったのである。

 

 仕事なんぞとっとと片付けて飯にしようと意気投合した結果、自己ベストを更新するほどのスピードで任務を片付けることができた。

 

 まずは権左の兄ィが土遁で床に針山を造って先制攻撃、その針を軽身功で足場にして俺が三次元機動殺法、最後は骸佐が斬馬刀『侘助』によるキン骨スラッシュでフィニッシュである。

 

 やっぱ、信頼できる仲間がいるっていいよね。

 

 任務だと基本的にソロだし、俺。

 

 帰りに喰った屋台のラーメンは本当に美味かったです。

 

 

 ◆月▽日(雨時々くもり)

 

 

 異常がないという検査結果から退院して数日、ようやく銀零がこちらに慣れてきたようだ。

 

 救出した当初は話しかけてもほとんど返事を返さなかったのだが、この頃は少しずつ自分の要求を口にしてくれるようになってきた。

 

 どうやら彼女は女の子らしく甘味を好むようで和菓子、特に大福がお気に入りのようだ。

 

 任務のお土産に色々な名店の品を持っていくのだが、小動物のようにはむはむ食べているのが殺伐とした毎日の中の数少ない癒しとなっている。

 

 この頃は一人寝が寂しくなってきたのか一緒に寝てくれと頼んでくることもあるので、仕事がないときには極力応じてあげている。

 

 しかし時子姉や災禍姉さんには、そういった頼みを受けたことはないと言っているのは少々気にかかる。

 

 この時分の子供というのは兄弟よりも母性を求めるものだと思っていたのだが、もしかして違うのだろうか?

 

 こういった時、子育て経験がある知り合いがいないのが痛い。

 

 二車の小母さんがいたら相談できるのになぁ。

 

 あと、保護した時に買った腕輪も気に入ってくれているみたいだ。

 

 もっとも、今は手にもってシャンシャン鈴を鳴らす楽器のおもちゃ代わりのようだが、本人が楽しんでいるのなら余計な事を言うつもりは無い。

 

 しかし、妹というのは可愛いものである。

 

 今まで時子姉や紅姉、二車の上の兄弟や骸佐達と、年上かタメしか周りにいなかったから年下の相手はなかなかに新鮮だ。

 

 銀零も今のところ親父の要素は全く見れないし、愛らしい顔からして将来は美人確定だろう。

 

 出来れば対魔忍なんて生臭い世界とは無縁であってほしいが、ふうま宗家の血を引いている事や目覚めていない邪眼の事を考えるとそれも難しい。

 

 主治医である米田のじっちゃんに協力してもらって対魔忍の能力を封印する方法という物を研究しているが、こちらの進捗具合は芳しくない。

 

 仮に関わる事になったとしても鉄火場には出るような事態にならないよう気を配ろうと思う。

 

 命なんて紙より軽い家業だが、保護者としてあの子が嫁に行くまでは死なないようにしなければな。

 

 基本自由恋愛に任せるつもりだけど、個人的には骸佐がお勧めしたい。

 

 ずいぶんと将来の話ではあるけれど、一考の価値はあると思うのだがどうか?

 

 

 ◆月〇日(豪雨)

 

 

 昨夜、何故か再び濤羅(タオロー)兄ィが枕元に立った。

 

 曰く、妹を親友の伴侶にしようとするのは止めておけとの事。

 

 たしか、彼の妹は前世で所属していた犯罪結社『青雲幇(チンワンパン)』の副寨主(さいしゅ)(No2のこと)劉豪軍(リュウ・ホージュン)の婚約者だったはずだ。

 

 豪軍は戴天派の兄弟子で結構な人格者であったのだが、俺がくたばった後に何かあったのだろうか?

 

 いや、この前メンチビーム飛ばしてきた人影を思えば、それは愚問というモノだろうが。

 

 そういえば、こっちが裏切り者としてマトにされた時に妙な噂を聞いたな。

 

 豪軍が李寨主が病床にいるのを良い事に、幇を牛耳っているとか。

 

 もしかしたら、その辺のことが関係しているのかもしれない。

 

 だとしても、それと濤羅兄ィの忠告がどう繋がるのかがさっぱり読めん。

 

 マジであの後何があったんだ?

 

 もはや確かめようのない事は考えても仕方ないので置いておくとして、兄弟子があの世から迷い出てまで送ってくれた忠告である。

 

 ここは素直に聞いておくのが弟弟子としての礼儀というものだろう。

 

 はぁ……骸佐って優良物件なんだけどなぁ。

 

 あいつだったら俺も安心して任せられるのに……勿体ない。

 

 

 ◆月□×日(くもり)

 

 

 今日は心願寺の爺様が久しぶりに紅姉を連れて来た。

 

 紅姉と会うのはかれこれ二年ぶりになるのだが、ぶっちゃけ女の発育ってスゲェ。

 

 俺よりタッパは高くなってるうえに寸胴ボディーじゃなくなってるし、はっきり言ってふうまの里にいた頃とは別人である。

 

 正直誰やねんと思わなくもなかったが、それを口にするとメンタル豆腐な紅姉は泣くだろうから止めておく。

 

 あと、紅姉の従者として槇島あやめと言う人を紹介された。

 

 紅姉より年上の女性なのだが、何故か俺を見る目がキツイ。

 

 どうせ『目抜け』の件で馬鹿にしているか何かなんだろうから、その辺は気にする必要もないだろう。

 

 紅姉は現在、一人前の対魔忍になるべく爺様の下で修業の日々を送っているらしい。

 

 なんでも例の吸血鬼に攫われたままのお袋さんを助けるのが目的なんだとか。

 

 ……未だ紅姉が修業中という部分にはあえてツッコまない。

 

 現場に出るのって15を過ぎたぐらいが普通であって、年齢一桁でバリバリ任務熟してる俺と骸佐がおかしいのである。

 

 任務に行くたびに道端でオークやら魔族にアヘらされている対魔忍を見ている身としては、知り合いの女性が現場に出る事は賛成しないのだが、紅姉は事情が事情なので反対できん。

 

 せめてもの対策として、爺様には米田のじっちゃんの処に行って古傷を治してもらう事にしよう。

 

 現代医療では無理でも、じっちゃんの持つ魔界の技術だったら何とかなるだろうさ。

 

 

 ×月▽●日(くもり)

 

 

 ふうまお抱えの医師である米田のじっちゃんから衝撃の提案があった。

 

 なんと魔界生物の体液が持つ媚薬効果を打ち消す薬の開発の目途が立ったというのだ。

 

 魔界の勢力と日々戦う対魔忍にとって、オークを始めとした魔界生物の持つ媚薬成分は天敵と言える。

 

 あっさりあの世に逝く男はともかく、女性対魔忍にとっては道端でアヘ顔ダブルピースや奴隷娼婦、メス豚等々のあり得ない堕落っぷりの呼び水なのだ。

 

 これが実現すれば、快楽堕ちして魔界勢力の手先になる対魔忍が激減する事は間違いないだろう。

 

 さっそく時子姉に連絡して開発費用を捻出したのだが、一つ問題があるのだと言う。

 

 なんでも開発の為の研究素材が不足しているらしいのだ。

 

 そのくらいなら何とかしてやると胸を叩いたのだが、数秒後に自身の発言を後悔する事となった。

 

 なんと必要な素材はオークの汚い汁、それも100匹分だというのだ。

 

 この時点で俺が開発を虚空の彼方にぶん投げたのは仕方がないと思う。

 

 とはいえ、この薬は今後必要になるのは間違いない。

 

 ノマドをはじめとして、東京キングダムやヨミハラの犯罪組織が女性を調教する際に使用するのは、魔界生物の体液を原料にした薬品が殆どである。

 

 万が一知り合いが敵の手に墜ちた場合、この薬の有る無しが皆の生死を左右すると言っても過言ではないのだ。

 

 個人的には敵を性的調教している暇があったら、もっと他にやる事あるだろ! と言いたいのだが、どうもこの世界ではこれがデフォらしい。

 

 ともかく、万が一の保険と言うのは何事にも必要である。

 

 ならば、泥をかぶるのは俺の役目だろう。

 

 というワケで、これからはオーク狩りの時間です。

 

 汚い汁ならその辺でアヘってる対魔忍に発情してる奴を殺れば取れるだろ。

 

 …………くそ、死にたい。

 

 

 ×月▲×日(雨)

 

 

 この頃、ワリと本気で自殺を考えているふうまの小太郎です。

 

 前に書いた汁狩りだが、俺のメンタルを代価にして順調に進んでいる。

 

 方法は東京キングダムやヨミハラで野外プレイに勤しむオークを見つけては、奴らがイく寸前で首を刎ね専用の容器に採取するというものだ。

 

 基本的にこれをやるのは、対魔忍が犠牲者になってる場合だけである。 

 

 生殖猿なんて蔑称付いているオーク共は結構な確率で堅気の女性を襲う場合がある。

 

 ただでさえ女性の生き地獄と言われる状況に放り込まれているのだ、その上に首ちょんぱなんて見せるのは酷というモノだろう。

 

 そういう犠牲者を発見した場合は浸透勁でブタの脳を破壊して、グロ映像を見せないようにスマートに救出するのがマナーである。

 

 その点、対魔忍ならオークを如何に惨殺しようと精神的ダメージを受けることはない。

 

 万が一それでダメになったとしても、それはそいつに素質が無かっただけの話。

 

 この仕事は血と腸に塗れる鉄火場家業、首が飛ぶくらいで騒いでいてはやっては行けないのだ。

 

 そんなこんなで闇討ちしまくること90回以上、この果てしない苦行にも漸くゴールが見えて来た。

 

 この作業を始めてからというもの、食欲は減るわ、汁が付いたせいで30回以上も手袋を代えるハメになるわ、まったくロクな事がない。

 

 ストレス発散として合間合間に犯罪組織を潰していなければキレているところである。

 

 まあ、今回の活動の副産物としてオークによる婦女暴行が目に見えて減った事は良い事だと思う。

 

 なんでも『オークが野外で致していると、イク瞬間に逝く』などという噂が流れているのだとか。

 

 誰が上手い事言えと。

 

 ともかく、対魔忍を救うであろう夢の薬まではもう少し。

 

 これで『できませんでした❤』とか言われたら、何もかも放って逃げるぞ、俺。

 

 

 ▲月●日(くもり)

 

 

 夢の薬『抗催淫薬』の試作品がついに完成した。

 

 米田のじっちゃんとあまりの悪臭に死にかけながらも造り出した知恵と努力の結晶である。

 

 理論上はこれで魔界生物の媚薬作用を無効化もしくは抑制できるはずなのだが、困ったことに治験役がいない。

 

 いやまあ、東京キングダムに行けば快楽堕ちした対魔忍が転がってるんだろうけど、この薬については供給が安定するまでは情報を流したくはないのだ。

 

 言うまでもない事だが、女性対魔忍の快楽堕ちに端を発する犯罪勢力への寝返りはふうまだけの問題じゃない。

 

 むしろ前線に出てるとはいえ総数が少ない我々よりも、主流派の方が頭を悩ませているだろう。

 

 老人たちがこの薬の情報を知れば、製法や権利など一切合切を奪われるのは火を見るより明らか。

 

 そうなっては何の為に苦労したのか分かったものではない。

 

 かと言ってウチの者に魔界生物に犯されて来いなんてのは論外だし、堅気の衆をモルモットにするのも気が引ける。

 

 理想としてはオークに絡まれている奴隷娼婦にお手伝いして貰う事なんだが、そうなると東京キングダムに探しに行くしかないわけで。

 

 いやはやマジで手間が掛かるな、薬作るのって。

 

 

 ▲月▽日(くもり)

 

 

 親父レベルの厄ネタキターーーーーー!!

 

 今回ばかりはマジでやらかしてしまった。

 

 その場のノリで行動したら後悔することになるってのを、現在絶賛体験中である。

 

 何が起こったのかというと洒落にならないくらいの危険人物を里に連れ込んでしまったのです、ハイ。

 

 事の起こりは例の薬の被験者を探すため、東京キングダムの娼館に潜入したことから始まる。

 

 被験者を連れて帰ることから大事をとって、心願寺の爺様に頼んで骸佐と権左の兄ィに現地で合流できるように手配してもらった。

 

 こういう場合、二車と連絡が取り合えないというのは本当に不便だ。

 

 何とか改善を図りたいところだが、老人たちを無駄に刺激するのも後々面倒になる。

 

 当分は現状維持で行くしかないだろう。

 

 話を戻そう。

 

 手ごろな娼館に潜入し俺達は、天井裏から各部屋の様子を観察しオークを客に取っている娼婦がいないかを探していたのだが、ここでトンデモナイ光景を目にすることになった。

 

 とある一室でオークに抱かれていたのは、あの井河アサギだったのだ。

 

 一瞬我が目を疑ったのだが外見的特徴はすべて一緒。

 

 ご丁寧にトレードマークである紫色の対魔忍スーツまで身に着けているときた。

 

 骸佐達と共に呆気に取られてしまったが、さすがにこれは拙い。

 

 アサギは井河の頭領なのだ。

 

 幸せそうにアへ顔を晒していても、そんじょそこらの下忍のように『ごゆるりと』と言う訳にはいかん。

 

 骸佐が『あんな間抜けが対魔忍の代表だというのか!?』と憤り、権左の兄ィも『これは井河一強を追い落とす材料になるかもしれませんな』と悪い顔になっているのをしり目に、俺は何時ものようにオークの首を刎ね飛ばした。

 

 そうしてアサギを保護したのだが、俺はここで違和感を覚えた。

 

 いくらオークの体液に媚薬効果が含まれているとしても、あのアサギがこうも情欲に染まるものか、と。

 

 彼女が対魔忍最強を名乗っているのは伊達ではなく、性交渉等で自他の体に多大な影響を与える房術の心得もあるはずなのだ。

 

 風の噂ではノマドに捕らえられた時に感度が3000倍になるという改造を施され、それを房術で抑え込んでいると聞いたこともあるし。

 

 ともあれ、事情は分からんがアサギを確保した時点でこちらの目的を達するのは難しくなった。

 

 一応はVIPである彼女の安全が最優先である以上、他の被験者を探すというわけにもいかないからだ。

 

 と言う訳で、目的も果たせずに無用の長物を拾って帰ってくるというポカを晒したわけだが、問題はさらに斜め上の様相を呈する事となる。

 

 デリケートな問題な為にそれとなく井河に探りを入れてみると、アサギが拉致されたという事実はないというのだ。

 

 醜聞な為に欺瞞情報を流しているのかと調べてみても、俺達が潜入していた時間にはアサギは山本と共に政府高官と打ち合わせをしていたという裏が取れてしまった。

 

 じゃあ保護した女は何なのかというと、なんとノマドがアサギの細胞から作成したクローンだった。

 

 本人の証言に加えて、米田のじっちゃんの調査でアサギとの遺伝子適合率が100%だったことから間違いない。

 

 それを知った瞬間、気絶しかけた俺はきっと悪くないと思う。

 

 ぶっちゃけ、これは爆弾どころの騒ぎじゃない。

 

 最強の対魔忍の複製品が魔界勢力の手に堕ちてるとか、核地雷並みのスキャンダルだ。

 

 はっきり言って、この事実だけで井河を対魔忍筆頭の座から叩き落としてお釣りが来るだろう。

 

 そして、それは逆を返せば井河は何が何でもこの事実を抹消しなければならないと言う事だ。

 

 とくに俺達ふうまに掴まれたと知れば、連中はどんな手を使ってでもこちらを潰しにかかるだろう。

 

 悲しいかな、クソ親父の所為で奴さんはふうまを潰す理由には事欠かない。

 

 下手を打てば、俺達まとめてヨルダン辺りにまで吹っ飛ぶ羽目になるわけだ。

 

 もっとも、うまく使えば井河が綺麗さっぱり消えてなくなるわけだが。

 

 さて、どうしたものかねぇ……。

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 

 ふうま宗家と呼ぶには完全に名前負けしている一戸建て住宅の中にある一室。

 

 様々なおもちゃや知育教材が転がる室内は闇に覆われており、幼子の部屋でありながら何処か寒々しい感想を与える。

 

 そんな中、部屋の隅に置かれたベッドの上には小さな影が膝を抱えて座っていた。

 

 この部屋の主、ふうま銀零だ。

 

 兄である小太郎がいる時は同じベッドで夢の中に旅立っている彼女だが、生憎と彼は任務で家を空けている。

 

 小太郎と床を共にしない時は彼女はこうして小太郎の帰りを待つか、もしくは朝まで過ごすようになってしまった。

 

 米連の研究施設にいた時は一人寝が当たり前で寂しいなど感じなかったのに、今では睡魔が湧かないほどに落ち着かないのだ。

 

 光がない部屋の中、銀零は手にした腕輪を小さく振ることで寂しさを紛らわす。

 

 小さく凛々となる鈴の音に耳を澄ませながら彼女は幼い思考を働かせる。

 

 手の中の腕輪は、物心がついてから米連の実験体として飼われていた彼女にとって初めての贈り物だった。

 

 お近づきの印と手渡してきた兄の顔を思い出すと、胸の内が温かくなるような感覚がした。

 

 思えば、銀零に家族として接しているのは小太郎だけである。

 

 兄の話によれば同居している時子とも血がつながっているらしいが、どこか事務的に接してくる彼女に情を感じたことはない。

 

 そう考えれば、自分にとって家族と呼べる存在は小太郎だけといえるだろう。

 

 ニコリともしない自分の頭を撫でてくれる小太郎。

 

 大福が欲しいと我儘を言えば、任務の帰りには必ず買ってきてくれる小太郎。

 

 一緒に寝たいと強請った時も、嫌な顔一つせずに布団を空けてくれる小太郎……。

 

 この家に来てからの短い時間を思い返す彼女の口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

 そうして思い出に浸っていた銀零は、ふと自分が兄を呼んだ事が無いに気が付いた。

 

 彼に話しかけるときは、何時もすそや袖を引っぱって相手の気を引いては要求だけを告げてきたのだ。

 

 今までは気にしていなかったが、もしかしたらこれはとても失礼な事なのではないだろうか?

 

 そうだとすれば、早急に改善する必要があるだろう。

 

 そこまで考えて、銀零は再び頭を悩ませる。

 

 第一歩である小太郎をどう呼ぶか、という事で行き詰まってしまったのだ。

 

「こたろー」

 

 口に出してみて、彼女は自分の言葉に頭を振る。

 

 兄を呼び捨てにするのはダメだと本に書いてあったからだ。

 

「おにいちゃん」

 

 悪くないが、オーソドックスすぎる。

 

「にいたん」

 

 ……幼すぎるようなきがする。

 

「あにき」

 

 ダメだ、可愛くない。

 

 

「にいさま」

 

 近いような気がするけど、どこか違う。

 

「あにさま」

 

 最後に呟いた言葉は彼女の琴線に触れた。

 

 どうしてか分からないけれど、自分でも驚くほどにしっくり来たのだ。

 

「あにさま、あにさま、あにさま」

 

 手にした腕輪で拍子を取りながら、銀零は決定した小太郎の呼び名を何度も舌で転がす。

 

 兄が帰ってきたら、こう呼んでみよう。

 

 きっと喜んで、あの細いながらも逞しい腕で自分を抱き上げてくれるに違いない。

 

 銀零は小太郎に抱きしめられるのが大好きだった。

 

 自分の体温で他者を包み込むあの行為、銀零が覚えている限りでは最初に教えてくれたのは小太郎だった。

 

 だからこそ、小太郎には銀零以外を抱きしめてほしくない。

 

 あの感触を味わうのは自分だけでいいのだ。

 

 何故なら────

 

「あにさまはぎんれいのもの……」 

 

 そう呟いた少女は閉じられていた右目をゆっくりと開く。

 

 その瞳は闇の中でも煌々と蒼い輝きを放っていた。




兄様  『だから言ったのに……』

キモウト『グッド!』


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日記4冊目

 対魔忍四話目でございます。

 今回はヤマ無しオチ無しだったり……早く原作に入らんと……。

 またしても十連やって紅が来なかったのが悔しくて投稿したわけでは断じてない。

 こうなれば新年のイベントに賭けるしか……


  ▲月〇日(曇り)

 

 

 朝方に夜通しの任務から帰って来たら、銀零が『兄様(あにさま)』と呼んでくれた。

 

 今までは何か用があっても、こっちの服の(すそ)(そで)をクイクイ引っ張って来るだけだったのに、子供の成長は本当に速いものである。

 

 お陰で嬉しさのあまり、抱き上げるだけじゃなく肩車までしてしまったじゃないか。

 

 まあ、あとで時子姉から『女の子に肩車はセクハラです!』と言われたのは地味に堪えたが。

 

 くそぅ……妹に肩車すらできないとは、なんて時代だ!

 

 なんてジョークは置いといて、次に問題となったのは銀零の魔眼が覚醒した事だ。

 

 銀零が未熟な為か効果自体は発動していないようだが、どういう力を秘めていても制御は必ず必要になる。

 

 本人は俺にその為の訓練をつけて欲しかったみたいだけど、悲しいかな俺は未だ『目抜け』の身。

 

 邪眼の制御の仕方など教えようがない。

 

 そういう訳なので、この件は救出時の縁を頼りに災禍姉さんへお願いしておいた。

 

 銀零や、不甲斐ない兄を許しておくれ。

 

 閑話休題。

 

 朝一番から色々とサプライズがあったわけだが、それもあってか今日の銀零は随分と甘えん坊だった。

 

 何処へ行くのにも後ろをついて来て、こちらが暇だと判断すると抱っこやおんぶ、『ギュッとして』などと強請(ねだ)って来る。

 

 遅まきながら人肌が恋しくなったのかな、と要求に全部応えると銀零はニッコリと笑ってくれた。

 

 銀零がこの家に来てから約半年、ようやくこの子の笑顔が見られた。

 

 今まで色々と苦労があったけど、今日の笑顔だけで十二分に報われた気がする

 

 しかし、銀零から『兄様』と呼ばれる度に背中がゾクゾクするのは何故なのか。

 

 この感覚、味わうのは本気で命に危機が迫った時だけと思ったのだが……

 

 銀零の兄様呼びが、アサギの忍法『殺陣華』と同じとか…………そんな事がある訳ないよなぁ。

 

 うん、きっと近頃任務が立て込んでたから疲れてるんだよ。

 

 銀零も一緒に寝たいって言ったし、今日は早めに床に就くことにしよう。

 

 

 ▲月◆▲日(晴れ)

 

 

 何故かはわからないが、三度濤羅(タオロー)兄ィが枕元に現れた。

 

 気にかけてくれるのはありがたいのだが、頻繁に立たれると逆に不吉な感じがする。

 

 今回もありがたいアドバイスを授けに来てくれたようなのだが、物凄く悲痛な表情を浮かべているのが気になった。

 

 『他人の心は掴み辛い物ではあるが、理解しようとする姿勢を失ってはいけない。特に女人の心は傷つきやすい。身内だからと言って常識に阿り、真実から目を逸らせば取り返しの付かない事態に陥る危険性もある。その者を大事に思うなら、常に向き合い心に触れようと努力せよ。己の考えのみを信じて他者の想いを顧みない者には、相応の報いが待っているのだから』

 

 いい話なのは確かなんだが、何ともコメントし辛い教えだった。

 

 要約すると『コミュニケーションは大事だから、おざなりにしないように』という事なのだろう。

 

 ただ、言葉を重ねていくたびに濤羅兄ィの目と表情が物凄い勢いで死んでいくから、見ているこっちはめちゃくちゃ怖い。

 

 フェードアウトする時には『この教えは絶対に護れ! どうなっても知らんぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』と魂の叫びをあげてたし。

 

 本当に俺が死んだ後、何があったんだ?

 

 というか、あんだけ必死にアドバイスするなら、もうちょっと具体的に教えてもらいたいものである。

 

 大事な事だからって自分が教材にならなくてもいいじゃないか。

 

 弟弟子としては例を挙げて説明してほしいと思います。

 

 

 ▲月◆〇日(晴れ)

 

 

 こちらで保護していた対魔忍界の核弾頭、クローンアサギことアサ子(仮名)さんの処遇が決定した。

 

 結論から言えば、彼女には別人となってふうまの保護下に入ってもらう事となった。

 

 以前、井河を追い落とす切り札になりうる等々と言ったことがあるが、事が対魔忍全体に波及する事を思えば現在のふうまにはどうにも手に余る案件だ。

 

 さらには真相を知らないままに井河に探りを入れた事で、アサ子さんの存在を知られてしまった危険性もある。

 

 一族郎党の命運を賭けるには、少々分が悪すぎるだろう。

 

 とはいえ、この事件をこちらの胸だけに収めるわけにもいかない。

 

 と言う訳で、本件をふうま八将との会合の理由に使わせてもらったのだ。

 

 未だ二車・紫藤の両家とは接触を許されていないし、その為の監視も付いているようだが、こちらとて忍である。

 

 薬、暗示、もしくは脅迫や金。

 

 老人たちの目として派遣された下忍ごとき、黙らせる手はごまんとある。 

 

 そんな感じでふうま壊滅後第一回目となる宗家と八将の会合が開かれた訳だが、参加者は以下の通りである。

 

 まず宗家からは俺と時子姉、あと災禍姉さん。

 

 心願寺からは爺様、紅姉、槇島あやめ。

 

 二車は頭首である小母さんと骸佐に執事の権左兄ィ。

 

 紫藤からは当主の甚内氏。

 

 各々の挨拶もそこそこに、数年ぶりに集まった面々が和気あいあいと食事を摘まみながら話は進んだ。

 

 時代劇にあるような『蝋燭一本に火を灯した薄暗い部屋で、しかめっ面で顔を突き合わす』なんて雰囲気は微塵もなかったわけだ。

 

 まあ、今回の会合自体がアサ子さんの件をダシにした懇親会みたいなものだったので、そうなるのも当然と言えば当然なのだが。

 

 開始から20分にして、日本酒の一升瓶を空けて見せた爺様や甚内さん。

 

 そのペースの速さにベロベロになる前に議題を片付けねばヤバいと思った俺は、アサ子さんの件について切り出すことにした。

 

 この会合の前にアサ子さんには将来的な希望を聞いておいたのだが、彼女としては一般人として静かに暮らしたいのだと言う。

 

 米田のじっちゃんの検査結果では、クローンである彼女は意図的に成長を促進させられており、現在の彼女は肉体年齢的にはオリジナルより10歳若い18らしい。

 

 アサ子さん曰く物心ついた時にはこの体だったらしく、訳の分からない内に奴隷娼婦として魔界医学での肉体改造に調教を施され、東京キングダムのごく限られた店で客を取らされていたそうだ。

 

 因みに、彼女の記憶ではアサギクローンは6体存在しており、そのいずれも奴隷娼婦として使用されていたのだという。

 

 うん、一言言わせていただきたい。

 

 ノマドの首脳陣は揃いも揃って頭パープリンなのか?

 

 なんで最強の対魔忍のクローン作って、それをみんな奴隷娼婦にしてんだよ。

 

 兵士とか特殊エージェントとか、そういった方面に使用するだろ、普通。

 

 ここ数年で魔界の奴らに接触する機会が増えたけど、奴らの下半身直結思考には閉口する事が多々ある。

 

 オークや淫魔族に限らず、女でも気に入った男に躊躇なく跨るし男の方は言わずもがなだ。

 

 東京キングダムやヨミハラでは、道行く人が路地に引き込まれてあっという間にアヘっているなんて事はザラに起きてる。

 

 俺自身、撤退時の追撃を撒く為に立ち寄った教会でシスターの格好した女魔族に襲われそうになったし。

 

 つーか、なんで一目見ただけでこっちが経験なしだって分かったんだよ!?

 

 まあ、未だ小学生の体躯だからそう思ってもおかしくないけど、『前世でも童貞でしょ!』とかズバリ言い当てるのはおかしいだろ!

 

 しかも思わずツッコんだこっちに返ってきたのが『生まれついてのチ●ポハンター』だからで、人間界に来たのも『チ●ポ狩り』の為だぞ!

 

 あの時は今までとは全然違う理由で身の危険を感じたわ!!

 

 こんな経験をしたお陰で確信したんだが、種族としても上で技術も優れてる魔界の奴らが人間界を征服できないのは、あの脳みそピンク色具合が原因なんだろう。

 

 閑話休題。

 

 さて、アサ子さんの処遇について本人の希望を代弁したわけだが、これについてはすんなりと通った。

 

 というのも前述した通り、この件をふうまとして利用することは出来ないからである。

 

 先立って井河の方に探りをいれてみたのだが、むこうはクローンアサギの事を掴んでおり公安の山本にも報告が行っているらしい。

 

 さらにはアサ子さんの証言にあった他のクローン達は、オリジナルであるアサギの手によって抹殺されたそうだ。

 

 まあ、本件はあくまで井河と山本までで情報を止めているようなので、甲河や他の政府高官に流せばそれなりに効果はあるだろう。

 

 ただ、それに伴う対魔忍の信用失墜を思えば賢い手とは言えない。

 

 ふうまとて一応は対魔忍の端くれ、対魔忍自体がクライアントに必要とされなくなっては路頭に迷うことになる。

 

 内ゲバで全体を吹っ飛ばすなんて馬鹿丸出しでしかないからな。

 

 と言う訳でアサ子さんの処遇についてだが、整形で顔を変えたうえで宗家預かりとする事に相成った。

 

 整形に関してはふうまがアサギクローンである彼女を保護している事実が露見するのを避けるだけでなく、アサギが彼女の暗殺に乗り出すのを防ぐ為である。

 

 その後は異母妹である銀零の事を匂わす程度で、怒涛の飲み会へとなだれ込む事となった。

 

 うわばみのようにガバガバ酒を飲んでは弾正を罵倒しまくる小母さん、据わった目で主流派の脳筋ぶりを愚痴る甚内さん。

 

 爺様にいたっては楓さんの名を呼んでマジ泣きする始末である。

 

 宴もたけなわとなった頃には代表である三人は赤い顔で高イビキをかいており、素面だった俺達が後始末をすることになったのだが、これも仕方がないだろう。

 

 ふうまの反乱から五年余り、風当たりの強い中で俺達の代わりに主流派やら何やらと戦っていたのだ。

 

 しのぶと書いて忍とはいえ、偶にはハメを外さなければやっていられまい。

 

 漸くというべきか、現在では魔界からの侵攻が年々加速度を増している事もあって、老人達の目も徐々にふうまから逸れ始めているのは間違いない。

 

 今回の事に関して、潰した目付役の少なさがそれを表している。

 

 これを機に対魔忍でも有数の大家である二車・紫藤と連携が取れれば、宗家と心願寺でチマチマ進めていたふうま復興の作業も進展することだろう。

 

 後はアサ子さん本人に整形の話をするだけだが、これが何とも気が重い。

 

 こちらの都合で女性の顔に刃物を入れる事を強要するのだから当たり前なのだが、この辺は平穏に生きる為と勘弁していただきたい。

 

 最後の方は何故か俺の嫁というワケの分からない方向に話が飛んだりしたが、初回としては悪くない会合だったと思う。

 

 さあ、明日はアサ子さんに神レベルの土下座というモノを見せねばなるまい。

 

 

 ▲月◆×日(雨)

 

 

 アサ子さんの説得がなんとかなった。

 

 話を切り出した時には悲痛そうな表情を浮かべた彼女だが、現状の危険性や他のクローンの最後を聞くと決心してくれた。

 

 手術については、ふうまの息がかかった病院で米田のじっちゃんの知り合いに渡りを付けてもらって行う予定だ。

 

 なんでも整形外科の権威だそうなので、腕の方は心配しなくていいそうだ。

 

 あと国籍の方は米田のじっちゃんの隠し子という事にして、届け出で取得する方向で行くそうだ。

 

 顔を変えたうえに正式に国籍を取得するなら、そうそうバレる事はないと思うので頑張ってほしいと思う。

 

 さて、アサ子さんの事はこの辺にして現在の戴天流の進捗具合について話そうと思う。

 

 日々修行と鉄火場を潜り抜けているお陰で、腕の方は前世にかなり近づいた。

 

 この調子なら再び秘剣に開眼するのも遠くないだろう。

 

 次に例の概念を斬る件だが、ようやく物になりそうだ。

 

 オーク汁集めのストレス解消で東京キングダムの犯罪組織を潰していた際、結構な数の魔族を狩る機会があったのが功を奏したのだろう。

 

 奴等が魔術や異能をバンバンぶっ放してきたから、概念斬りの練習には打って付けだったのだ。

 

 『意』を介してこちらに向かってくる暴威の根幹を掴み、練り上げた内勁を刃に乗せてその理を断つ。

 

 言葉にすれば簡単だが、これを掴むまで三回は死にかけるハメになった。

 

 決して楽に習得したわけではないのだ。

 

 あとはこの概念斬りを任意で出せるように習熟するだけである。

 

 理論上はあのエドウィン・ブラックの不死も断つ事が可能な技なのだ。

 

 最優先で磨くべきだろう。

 

 さあ、今日も修羅場が俺を待ってるぜ!

 

 

 ▲月◆▽日(くもり)

 

 

 今日は骸佐と一緒にアミダハラに行ってきた。

 

 目的は観光……などではなく、概念斬りの最後の仕上げみたいなものである。

 

 先日、ノイ婆ちゃんに概念斬りが形になったと報告したら『確かめてやるからアミダハラに来い』と呼び出しを食らったのだ。

 

 どうしたものかと考えているところ、先日の会合で引く事になったふうま独自の秘匿回線のテストで骸佐が連絡してきたので、これ幸いと誘ってみた訳だ。

 

 アミダハラ初体験の骸佐はお上りさん丸出しだったのだが、前回の俺も似たようなものなのであえてツッコまなかった。

 

 で、ノイ婆ちゃんのところで概念斬りを披露する事になったのだが、なかなかにスリリングな体験となった。

 

 方法は婆ちゃんが放つ魔術を全て技を使って切り払うこと。

 

 通常、魔術を剣で対処する場合は魔力を帯びた魔剣、もしくは同質の力である対魔粒子が必要となる。

 

 さらに言えば剣で対処できるのは火球のような物理的作用を持つモノだけで、呪詛等々の対処は不可能だという。

 

 つまり、魔剣も無く忍術を使えない俺が婆ちゃんの魔術を斬ることが出来れば、それは概念に刃を通した事の証明になるということだ。

 

 単純明快な試しではあったが、ノイ婆ちゃんは魔術師組合の重鎮であり、アミダハラトップクラスの魔術師である。

 

 それを相手に剣一本で挑むなんて、普通に考えれば自殺行為以外の何物でもない。

 

 当然のごとく骸佐は猛反対したが、俺は自分の意見を押し通した。

 

 『目抜け』の俺がふうまの頭首を張るには忍術に代わる異能が必要になる。

 

 そうでなくとも俺は戴天流の剣士なのだ、自身の剣腕に命を懸けなくてどこにかけるというのか。

 

 と言う訳でチャレンジが始まったのだがマジで肝が冷えた。

 

 自分の3倍以上の火の玉や氷の塊、廃ビルを両断する真空刃やマジの落雷と来て、最後は超重力のブラックホールに即死の呪詛である。

 

 今生きてるのが不思議なくらいの大魔術の連打だったが、そのお陰で概念を捉える心眼というべきものも鍛えられたし、例の秘剣にもまた一歩近づくことが出来た。

 

 因みにこの試し、アミダハラの住人たちから注目を浴びていたらしく、終わった後は大喝采を浴びてしまった。

 

 そんなこんなで無事報告も終わったのだが、最後に何故かノイ婆ちゃんから仮面を渡された。

 

 何でも魔界に伝わる伝説の剣士が着けていた物で、婆ちゃんからの剣豪認定の証だそうな。

 

 『これがあれば魔界の武闘派共は何らかの便宜を図ってくれるじゃろう。もっともこの仮面を身に着けているという事は、我は大剣豪なりと声高に名乗っておるようなモノじゃからのう。腕に覚えのある輩からちょっかいを掛けられるかもしれんがな』

 

 婆ちゃんは呵々と笑っていたが、それが本当ならむしろご褒美です。

 

 魔界の剣豪七番勝負とか胸が熱くなるな!!

 

 そんな素敵アイテムを貰ったのはありがたいのだが、ブツのデザインについては是非とも言いたい事がある。

 

 だって、コレどうみても『ムジュラの仮面』だし。

 

 付けたら呪われないだろうか……

 

 

 ▲月◆◎日(くもり)

 

 

 今日も今日とて任務にござる。

 

 どうせ東京キングダムに行くのなら、と普段素顔を隠すのに使っている物と例のムジュラの仮面を交換したのだが、早速効果が現れた。

 

 街を歩いていると、日本刀を差した武者風の女魔族に絡まれたのだ。

 

 女はアスラ・ヒューリードといい、魔界で武者修行をしている剣客らしい。

 

 曰く『その面を着けているという事は、そうとう腕に覚えがあると見た! さあ! 私と立ち合いなさい!!』

 

 任務も終えた後だし、立ち合えと言われて背を向けたのでは戴天流免許皆伝の名が泣く。

 

 と言う訳で、一勝負死合う事となった。

 

 結果は日記を書いているのでわかると思うが俺の勝ち。

 

 うん、実直でいい太刀筋だったんだけど、遊びがなさ過ぎた。

 

 分類するなら日本の示現流のような一撃必殺の戦場剣術だったんだが、悲しい事にそういう手合いは戴天流のカモだ。

 

 一刀目を外し、返しで跳ね上がった二刀目を波濤任櫂で受け流す。

 

 三手目で刀を持っているのとは逆の手に魔力刃を生み出しての二刀流となったのには驚いたが、振るわれる刃は速さ重さは増しているものの捌けないほどではなかった。

 

 十手ほど斬撃の連打を凌いだ後、本身の一撃を躱すと同時に振り下ろそうとしていた魔力刃へ概念斬りを一閃。

 

 手にあったはずの得物が文字通り消滅したことに驚愕している隙をついて、腹へ胴薙ぎを叩き込んだわけだ。

 

 いやはや、鬼の血を引いてると言っていたが魔族の生命力は大したものである。

 

 腸零れてたのに、普通にしゃべってくるもんなぁ。

 

 再生の呪詛が刻まれているらしい符を当てたらあっという間に治ったし。

 

 いや、これは一撃で胴を両断できなかった俺の未熟を恥じるべきだな。

 

 次はブラック対策も兼ねて、魔族の概念そのものを狙ってみるか。

 

 ともあれ、立ち合いも終了したのでその場を去ろうとしたのだが、アスラとかいう姉ちゃんは『死合いに勝ったのだから、自分のことは奴隷でもなんでも好きにしろ』などと言い始めた。

 

 こちとら一応は対魔忍なので魔族の奴隷とかマジ迷惑なんですが。

 

 いらんと言っても『それでは私の気が済まない』と、何故か一向に退こうとしないアスラ(なにがし)

 

 面倒くさくなった俺は、相手も好きにしろと言っているので後腐れのないように頭をカチ割ろうとした。

 

 すると、何故かギャラリーだったオークから『その娘を殺すなんて勿体ない!!』と某有名RPGの道具屋のようなセリフを掛けられることに。

 

 話を聞いてみると奴はゾクトとかいう奴隷商らしく、俺がいらないならこの女を奴隷としてもらってやるぜ! と提案してきた。

 

 もちろん、人身売買が大嫌いな俺の取る行動は一つしかない。

 

 『どうだ?』とドヤ顔を浮かべた阿呆の首はその表情を浮かべたまま宙を舞い、それを見た事でギャラリーからのブーイングは潮が引く様に消えてなくなった。

 

 周りの反応も静まったところで、俺は圏境を使ってその場を後にした。

 

 アスラ某の件に関しては放置する事となったが、好きにしていいとは向こうの言だ。

 

 なら、生き恥を晒してもらっても問題あるまい。

 

 飄々としながらも武人の心意気は持っている女だったので、次に会ったら雪辱を晴らそうとするだろうが、その時はしっかり止めを刺せばいい。

 

 あれくらいの使い手と斬り合えばこっちだってさらに腕が上がるだろうし、練習相手として勝利と放流を繰り返すのも悪くないかもな。  



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日記5冊目

 対魔忍RPG、キャラをレベル100にするのは苦行だと改めて知った。

 辛い。

 本年ももう少し、紅ゲットにはクリスマスとお正月に運気を駆けるしかないと思います。

 今回のイベントのレイドボスがお腹いっぱいの作者より。


◆〇月◆日(雨)

 

 

 忙しい時というのは時間の流れも速く感じるものである。

 

 前回の日記から早一年、これまで色々な事があった。

 

 アサ子さんは『米田静子』と名を改め、整形手術後はじっちゃんの病院で業務補助をしながら看護士を目指している。

 

 先月の末に高等学校卒業程度認定試験に合格したそうで、今月半ばには専門学校の入試が控えているとか。

 

 あんな生活から脱却して少ししか経っていないのに、よく頑張るものである。

 

 あと、権左の兄ィが静子さんと付き合い始めたという情報も小耳に挟んだ。

 

 聞いた時には本気で驚いたものだが、遊びではなく結婚を前提にした真剣交際ということなので、こちらとしても口を挟むつもりは無い。

 

 日頃世話になっている身としては、二人の関係が上手くいくことを願うばかりである。

 

 さて、今日は6回目のふうま一党の会合があったのだが、ここで俺はみんなからお叱りを受ける事になってしまった。

 

 原因はこの一年余りにおける俺の東京キングダムでの活動にある。

 

 約一年前に立ち合ったアスラ(なにがし)は魔界でも名の知れた剣豪だったらしく、奴を倒したことで俺の存在は日本にある魔界都市と魔界本土に知れ渡ってしまった。

 

 それを切っ掛けとして魔界に引っ込んでいた武闘派達が、次々と人間界に進出してくるようになったのだ。

 

 目的は勿論、魔界における伝説の剣士の後継なんて妙な属性が張り付いた俺の首。

 

 今思えばこの時点であの仮面を封印すればよかったのだが、任務の度に喧嘩を売られるあの雰囲気は心地良かったのと実戦の勘を研ぎ澄ますチャンスとあって、俺もノリノリで向かってくる奴等を次々と薙ぎ倒してしまったのである。

 

 覚えてる限りだと魔族の剣士のキシリア・オズワルドに二枚の盾の自動防御とレイピアの使い手である魔界騎士カルメア。

 

 剣をへし折ったら一気にヘタレた自称『嵐騎』のリーナ、あとは黒炎の魔剣使いイングリッド。

 

 あの時は歯応えのある立ち合いとガンガン上がる剣腕に『最高にハイって奴だーー!!』になっていたので、後のことなどまったく考えてなかった。

 

 こうして東京有数のムジュラーとして俺の存在は順調に魔界の武闘派ランキングを駆け上がる事となり、それに比例するようにヨミハラや東京キングダムに流入するバトルジャンキー共の数が激増。

 

 かつては人魔の欲望が渦巻く暗黒の歓楽街で鳴らした両都市は、今や段平片手に闊歩(かっぽ)する馬鹿どもが所かまわず斬り合いをおっぱじめる修羅の国へと変貌してしまった。

 

 ああいう奴等は弱い者いじめをしないので観光目的の堅気の衆や非戦闘員に実害はないが、少しでも腕に覚えがある奴を見ると『目が合った』なんてチンピラみたいな理由で斬りかかる習性を持つ。

 

 そんな脳筋ヒャッハー共の煽りをモロに受けたのが、米連・対魔忍・ノマドの戦闘員たちだ。

 

 任務中だろうとプライベートだろうと、相手の都合などお構いなし。

 

 『俺の名は○○! もう一戦()るか!!』てな感じで、喧嘩を売りまくってくるのである。

 

 こんなアホみたいな奇行がそこら中で起こっているのだから堪らない。

 

 幸い、ふうまの人員に被害を受けた者はいなかったが、上記三勢力には結構な数の死傷者が出る事となった。

 

 そんな状況に事態を重く見た彼等の上層部は、原因である仮面の剣士の討伐を決定。

 

 それを聞きつけたヒャッハー共がさらにチョッカイをかけるようになり、事態は加速度的に混迷を深める事となったのだ。

 

 さて、今回は反省の意味も込めて、録音していた会話をダイジェストで書いていこうと思う。

 

「さて、若様。此度の元凶である仮面の剣士、それが貴方であるという骸佐の言は本当でしょうか?」

 

「おのれ、骸佐め。俺の右腕でありながら裏切ったか」

 

「み、右腕…………。くっ、上手い事を言って煙に巻こうとしてもそうは行かねえからな! つうか小太郎! お前、何仮面の剣士として名前売ってんだよ!? 売るならふうまで売れよ!」

 

「いや、忍が正体ばらしたら(まず)いだろ。だから仮面被ってんだけど」

 

「しかし若様、今回の一件はいささかヤンチャが過ぎますのぅ」

 

「心願寺殿の言うとおり。主流派の老人たちも『魔界の大物が日本に踏み込んだ』と、血眼(ちまなこ)で行方を追っておるのですぞ?」

 

「俺としてはこの面を(ゆず)ってくれた人の言葉を信じて、魔界の武闘派とパイプができればと思ってたんだが……」

 

「パイプを作るって、片っ端からぶった斬ってたら意味ねーだろ」

 

「人を殺人狂みたいに言うな。戦意喪失した相手は見逃してるし、邪魔が入って逃がした奴だっておるわい」

 

「若様、あなたはそうやって何人の魔族を殺してきたのですか?」

 

「100人から先は覚えてない!!」

 

「羅将ハン乙」

 

「若様! 骸佐!! 権左!!!」

 

「「「サーセン」」」

 

「御館様に反省の色が見えないようですし……各々方、ほとぼりが冷めるまで例の仮面を没収という事でどうでしょうか?」

 

「我々としてはほとぼりが冷めるまでとは言わず、永年没収でいいと思うのだが」

 

「待ってくれ、時子姉! あと甚内さんも! それは俺のライフワーク! ライフワーーーク!!」

 

「斬り合いがライフワークってどうなんだ……」

 

「というか、忍術に目覚めていないのにここまで強い方が問題でしょう」

 

「権左、それ今更」

 

「若様はふうまの頭領たる自覚を今一度お確かめください。貴方にもしもの事があれば、ふうまは終わりなのですよ?」

 

「正直すまんかった。ちょっとはしゃぎ過ぎました」

 

「ならば、没収という事で構わんな。では災禍よ、例の仮面を所定の場所に封印せよ」

 

「御意」

 

「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 と言う訳で、残念だがムジュラーとしての活動は自粛(じしゅく)せざるを得なくなった。

 

 東京キングダムにはまだまだ魔界の強豪が集まってきているのに、勿体ないことこの上ない。

 

 こういう時、頭首の座ってのは窮屈だと思う。

 

 ただの下忍だったら抜けるなり、上の命令をブッチして好き勝手するなりできるのに……。

 

 とはいえ、銀零の事もあるし次の春には俺も中学生だ、短絡的思考は控えるべきか。

 

 ほとぼりが冷めれば、またあの仮面も戻ってくるだろうし。

 

 当面は日替わり仮面で頑張ろうと思います。

 

 

◆▲月◆▽日(くもり)

 

 

 ようやく厄介事の処理が済んだので、日記に書こうと思う。

 

 切っ掛けは主流派経由で政府から降りてきた任務で、内容は『カーラ・クロムウェル』という女吸血鬼の暗殺。

 

 日本に拠点を持っている魔界勢力の大物を消す任務は対魔忍にとって珍しくないので、何時も通り遂行の前段階として相手の情報を洗っていると妙な事に気が付いた。

 

 このカーラという吸血鬼、どこぞにある吸血鬼の王国の女王で親人間派だというのである。

 

 一緒に情報を精査してくれた災禍姉さん曰く、この国は百年前に人間と相互不干渉の条約を取り決めており、それを違反する者は容赦なく排除されるのだとか。

 

 事実、彼女は吸血鬼の血液を原料にした媚薬の流通と人身売買を行っていた犯罪組織を撲滅し、組織のトップだった叔父を自らの手で抹殺している。

 

 そんな人間と吸血鬼の関係悪化を防ごうとしている彼女に何故抹殺命令が下ったのか?

 

 その裏には大物政治家とノマドとの癒着があった。

 

 エドウィン・ブラック自らかそれとも幹部の独断かは不明だが、複数のダミー会社を経由してノマドから振り込まれた多額の政治献金の見返りとして、その政治家にカーラ女王の暗殺が依頼されたのだ。

 

 どうもブラックも例の条約の違反者として粛清対象となっているようで、彼女は人間の吸血鬼ハンターと手を組んでノマドの施設をいくつか壊滅させているようだ。

 

 今回の依頼もそういった経緯で出されたものだろう。

 

 話を戻すが、献金に目が眩んだ政治家は半ばごり押しのような形で公安へと依頼通りの命令を発信。

 

 如何に山本が有能でも上からの決定を突っぱねる事など出来るわけもなく、話は対魔忍へと下ってしまった。

 

 日本に蔓延(はびこ)る魔を討つのが対魔忍の役目ではあるが、今回の任務は種族が違うとはいえ国際問題である。

 

 さらに言えばこの女王、陰陽寮を祖とする日本で指折りの退魔結界の大家である上原家の当主や日本最強のヴァンパイアハンターと知りあいなのだ。

 

 そういうワケなので仮に暗殺に成功しても穏便に済むはずがない。

 

 大物政治家としては形式上公安の第三セクションに所属しているとはいえ、イリーガルな集団である対魔忍をトカゲの尻尾とする気満々だったし、海千山千の輩である老人共だってその思惑は掴んでいた。

 

 だからこそ奴らは俺を指定してきたのだ。

 

 今回の依頼の成否にかかわらず、事が問題となった時点で更なるトカゲの尻尾とするために。

 

 以前に反乱を起こした前科があるふうまなら、政治家の甘言に乗って暴走したと言ってしまえば説得力も充分だろう。

 

 クソッタレこの上ない依頼だが、経緯はどうあれ正式な指令なのでブッチは出来ない。

 

 さらに言えば、成功しようと失敗しようとスケープゴートとして責任をなすり付けられる事が確定している為、放置していれば破滅まっしぐらである。

 

 窮地に立たされたこちらが生き残るには、今回の件で派遣される全ての刺客を事前に排除して女王に襲撃を悟られないようにするか、もしくはターゲットを味方につけるしかない。

 

 そんなワケで俺が選んだのは後者である。

 

 指定された襲撃ポイントに向かったところ、ターゲットが現れるとすぐにノマドのエージェントが女王達に襲い掛かった。

 

 万が一の時の為に戦力査定として観戦していたが、流石は吸血鬼の女王である。

 

 己の影から次々と使い魔を召喚する物量攻撃は、ノマドの私兵である魔族やオーク達を容易く蹴散らしていた。

 

 護衛の女の方も相当な腕で、こちらも影すら掴ませずに襲撃者達を次々に倒していく。

 

 動きからして正規の騎士ではなく暗殺等々を任務とする部隊の出なのだろうが、得物がチェーンソーなのはギャグの類だと思いたい。

 

 こちらとしては思わぬ事態ではあるが、対魔忍に下される魔族の暗殺任務ではこの手のトラブルは珍しくない。

 

 ウチのターゲットにされる奴は大体が裏社会の大物なので、方々から恨みを買っている場合が多いからだ

 

 なので、こういった場合に対魔忍が選ぶ行動は決まっている。

 

 双方が疲弊するまで戦わせて漁夫の利を得るのである。

 

 そのセオリーに(のっと)って辺りに漂う消しきれなかった気配を辿ってみれば、案の定待機している対魔忍の一団を見つけた。

 

 奴らは井河派に属する暗部。

 

 抜け忍の抹殺から他流の要人抹殺等々、江戸時代に井河が伊賀と名乗っていた頃から綿々と続く汚れ仕事専門の裏方部隊である。

 

 名目上は井河の当主であるアサギの下に付いている事になっているが、実際に奴らの実権を握っているのは老人会の面々だ。

 

 並の上忍よりも数段腕が立つうえに対魔忍キラーである奴等を動かしたという事は、老人達は女王諸共俺も消すつもりだったのだろう。

 

 女王の亡骸と共にふうまの頭領たる俺の死体まであったなら、残された皆は言い逃れようが無いからな。

 

 もっともそんな思惑に乗ってやる義理などこちらには全く無いので、こちらの接近にも気づかずにがん首並べていた暗部の皆様はサクッと処理させてもらった。

 

 圏境を修めた俺は人間を始めとする生物を標的にした暗殺の成功率がすこぶる高い。

 

 女王達の戦闘が終わりを迎える少し前にバックスタッブで暗部連中の首を刎ねた俺は、刺客たちを血の海に沈めた彼女達の前に降り立った。

 

 暗部の奴らの生首を土産にして、だ。

 

 こちらを警戒する彼女への自己紹介もそこそこに俺は彼女達に取引を持ち掛けた。

 

 証拠付きで今回の襲撃事件の全貌を明かす代わりに、撃退にはふうまの助力があったと証言してもらおうというのである。

 

 調べたところ、カーラ女王は人間界の地位としては北欧の王国の貴族にして親善大使という職に就いていたりする。

 

 未遂とはいえそんな彼女に害が及ぼうとした本件は国家規模のスキャンダルであり、金銭欲しさにそれを主導した事が明るみに出れば如何に大物政治家と言えど切られるのは確実だ。

 

 そうなれば公安を通じて奴が下した今回の命令は無効。

 

 むしろ暗殺命令に疑念を抱いた我等対魔忍が、逆に護衛として人員を派遣したとすれば累も及ばないという算段だ。

 

 これに関しては当人よりも護衛官の方が難色を示した。

 

 まあ、ウチが女王をマトに掛けていたのは事実なので、こっちの都合がいい風に語れと言われれば護衛としてはしかめっ面の一つも浮かべたくもなるだろう。

 

 その辺は生首になった暗部がどういった連中かというのを説明し、この件に加担した上層部の力が確実に削がれたと語る事で溜飲を下げさせた。

 

 粗方の事を語り終え、証拠と首謀者の名を代価に条件を呑むかを再度問うたところ、カーラ女王から意外な申し出があった。

 

 なんとこちらの実力が見たいので、彼女の護衛官であるマリカ・クリシュナというねーちゃんと戦えと言うのだ。

 

 曰く『そちらの話に乗る以上、私達と君は共犯者。もしもに備えてその力量を確認したいのよ』との事。

 

 なるほど、そう言われてはこちらも断るわけにはいかない。

 

 そういうワケで一戦交えて来たのだが、手合わせ自体は数合得物を合わせただけで終わった。

 

 というのも、三合ほどで相手の癖を読み取った俺が次合で相手のチェーンソーを叩き斬ったからだ。

 

 というか、何故あんな物を得物に選んだのだろうか?

 

 音はデカいわ、大きくて取り回しは悪いわ、さらにはチェーン一つズレただけで使い物にならなくなる不安定ぶりだ。

 

 ルーン文字で強化保護されていたらしいが、それなら普通の剣を使った方が何倍も便利だろうに。

 

 なんか護衛官が『そんな馬鹿な……』とか言いながら呆然としていたが、あえて見ない事にした。

 

 弁償とか言われても、ウチにはそんな金はありません。

 

 てな感じで、無事と言っていい物か迷うところだが手合わせも終わった。

 

 アカレンジャーの面を被った俺の顔をしげしげと見つめた女王は、小さく笑った後でこちらの案を受け入れてくれた。

 

 むこうが提案を呑んでくれたのならば後は話は早い。

 

 証拠品と共に日本側の首謀者である政治家の名を受け取った二人は現場を後にし、俺は迎えを依頼した災禍姉さんと合流した後で暗部の遺体を回収して引き上げたワケだ。

 

 はてさて、あの女王様はいったいどんな手を打ってくれるのやら。

 

 魔術的誓約を交わしたので裏切られる可能性は低いと思うが、むこうの行動如何によっては国外逃亡も視野に入れんとな。

 

 

◆▲月◆〇日(快晴)

 

 

 毎月恒例の老人共の全裸吊るし上げ会に行ってきたでござる。

 

 いやぁ、今回は風当たりが強かった。

 

 奴等、こっちが命令を無視してカーラ女王暗殺を(くつがえ)してやったのが余程腹に据えかねたようだ。

 

 ジジイがポロっと零した失言によると、あの大物政治家は百地(ももち)家のパトロンだったらしいしな。

 

 百地と言えば百地丹波が有名な服部と並ぶ伊賀の大家の一つ。

 

 なるほど、あんな依頼を受けようとするワケである。

 

 あと、暗部を殺ったのは俺だってバレてたけど、それについては責められなかった。

 

 何故なら、カーラ女王が記者会見でこう説明したからである。

 

『先日日本を視察した際、私は何者かの私兵と思われる武装集団の襲撃を受けました。その時、私の傍には護衛官が一人しかおらず絶体絶命の状態だったのです。もうダメかと覚悟を決めた時、天の助けが私達に(もたら)されました。日本の公安に所属する忍者部隊が助けに来てくれたのです。彼等は我が身を顧みずに私を護ろうと奮戦し、少年隊員一人を残して殉職してしまいました。私は彼等の犠牲に哀悼の意を表すると共に、その献身を生涯忘れることはないでしょう』

 

 親善大使としての彼女の発言は、『日本はNINJYA部隊を持っている』という諸外国に蔓延するフィクション系忍者のイメージもあって瞬く間に拡散。

 

 殉職した面々と俺こと少年隊員はあっという間に世界的な英雄に祭り上げられてしまった。

 

 取引が成立した後、忍者らしい恰好をさせられて暗部の死体と一緒に写真撮られたけど、まさかこういう使い方をするとは思わんかった。

 

 ノマドの私兵は銃器で武装してたのに暗部連中は全員斬首で死んでるとか、そういう類のツッコミはないんすね。

 

 この茶番劇の結果、老人達は公的に俺を処罰することが出来なくなった。

 

 何故なら公的に暗部は公安の依頼により女王保護の為に派遣された事になり、彼等は護衛任務の末に殉職したという事になってしまったからだ。

 

 当然、政治家が打診した女王暗殺の依頼は公安の時点で逆手に取られた事になっているし、俺の命令違反も同時に消えてしまっている。

 

 つまり、俺は公的にはな~んも悪い事をしていないワケである。

 

 さらに女王は会見の際にふうまの名前をガッツリと出しており、世間的には忍者集団=ふうま。

 

 ふうま=戦国時代に北条家に仕えた『風魔忍軍』であるというイメージが植え付けられている。

 

 裏の存在である対魔忍がこうも表に出るのは褒められた事ではないが、今回の首謀者が日本の政治家であるのもあって政府が女王の口を塞げなかったのだから仕方がない。

 

 対魔忍に関する裁量は主流派の老人達に任されているとはいえ、この状況ではふうまに対して手を出すことは躊躇(ためら)われるだろう。

 

 何せ、今の時代SNSやブログに動画サイトと個人の声を世界に発信する術は溢れている。

 

 下手に処罰や不当な扱いをして、ふうまの人間がその窮状を世間に発信すれば、対魔忍を管轄している公安は世界中から叩かれる事になる。

 

 そうなっては老人会もただでは済まないというワケだ。

 

 それでも老人共は厭味ったらしく『同胞である暗部の死についてどう思うのか』と質問してきたので、俺は当時の事をありのままに答えておいた。

 

『彼等は勇敢な対魔忍でした。護衛対象が襲われているのに動く事なく、「いい女だな。動けなくなったらノマドの奴らを始末して一発ヤるか!」と股座をおっ起てるほどに! 私はそんな彼等を死んでも尊敬したくありません!』と。

 

 耳の遠い彼等の為に元気いっぱいに声を出したのだが、この答えを聞いた百地のご隠居が真っ赤な顔で倒れてしまった。

 

 歳を取ると血管がもろくなるので、急な血圧の上昇は脳梗塞などの原因となる事が多いそうだ。

 

 若い身ではあるが、健康には気を使いたいものである。

 

 結局、救急車を呼ぶ騒ぎとなったことで会議はそのまま終了と相成った。

 

 あと帰りにまたアサギと会ったのだが、やりすぎなので自重するようにと(たしな)められてしまった。

 

 確かに今回は対魔忍やふうまの表世界への露呈や暗部殺しと、少々はっちゃけ過ぎた自覚はある。

 

 しかし、その原因ってトカゲの尻尾としてこっちを消そうとしてたそっちの老人にあるんですけどね。

 

 最強の対魔忍の名が偽りでないのなら、早いこと実権を握ってほしいもんだ。

 

 

◆〇月▽日(晴れ)

 

 

 過日のNINJYAフィーバーで、またしても八将からお叱りを受けたダメ頭首の小太郎です。

 

 状況やトカゲの尻尾切りを食らいそうになっていた事を説明するとみんな分かってくれたのだが、主流派とふうまの軋轢緩和というコウモリ的立場をお願いしている紫藤の甚内殿は『いい加減、加減を覚えてください! 若様が動いたら1か0しかないじゃないですか!!』とマジ泣きしていた。

 

 『男はな、1だけ憶えときゃあ生きていけんだよ』という名言が頭を過ったものの、胃の辺りを押さえて呻く彼にこの言葉を言うのは(はばか)られたので素直に謝る事に。

 

 正直すまんかったって台詞、少し前にも言ったような気がするなぁ。

 

 さて、今日は珍しくOFF日である。

 

 まあ、この頃は例の騒動もあって老人達も俺に任務をまわさないようになってきたから、遠慮なく学問に打ち込むことが出来る。

 

 因みにもうじき中学生な我が身だが、学校には通っていない。

 

 義務教育の勉学は自宅で出来る苦悶式である。

 

 そんな感じでカリカリ問題集を解いていると、扉の向こうから銀零と災禍姉さんの声が聞こえて来た。

 

 鷹揚の無い声で我が妹は問う。

 

『ぎんれい、あにさまとけっこんできるの?』と。

 

 うん、聞いてて思わずほっこりしてしまった。

 

 これはあれだ、小さな女の子にありがちな『パパと結婚する!』と言うものだろう。

 

 いやはや、銀零もここまで情緒が回復したんだなぁ。

 

 と、感慨深く思っていると災禍姉さんが思わぬ返しをしてくれやがりました。

 

『そうですね……。弾正の暴走でふうま宗家の人間も数少なくなりました。血を残すという意味合いでも、銀零は若様と婚姻し子を成す必要があるかもしれません』

 

 それを聞いた瞬間、口に含んでいた緑茶を吹き出した俺は悪くない。

 

 災禍姉さん、子供の戯言にマジレスはダメだろう。

 

 つーか、子を成すなんて生々しい事を小さい子に言うのは止めてもらいたい。

 

 銀零も銀零で真に受けて『ぎんれい、あにさまのこどもうむ。そうしたら、あにさまとずっといっしょ』とか言っていたし。

 

 いや、勘弁してください。

 

 あのケダモノ丸出しのクソ親父じゃないんだから、妹に欲情するとか俺には無理です。

 

 裏の家業だから確約できないけど、将来的には普通に嫁さん貰って普通の家庭を作るつもりだから!

 

 一夫多妻も妾も絶対にNO!

 

 近親相姦とかもっての外だっつーの!!

 

 とはいえ、こうやって慕ってくれるのも小学生くらいまでだと思う。

 

 女の子の成長は早いから、中学に入ったら『兄貴の服と一緒に洗濯しないでよ、キモい!』とか文句を言う様になるだろうし。

 

 そういう心を抉る言葉が出るまでは、あの子を甘やかすのもいいんじゃないかと思うのですよ。

 

 取りあえず、災禍姉さんは叱っておきました。

 

 

 

 

「マリカ、シヴァの具合はどうかしら?」

 

 東京にある某国大使館の中、自身に割り当てられた執務室の椅子に腰かけたカーラ・クロムウェルは己が騎士に声をかけた。

 

「問題ありません。二日ほどあれば修復は完了すると報告を受けております」

 

 真っ直ぐに立ったまま身動ぎもせずに答えを返す吸血鬼の女王を守護する騎士マリカ・クリシュナ。

 

 その言葉に主は真紅の目を丸くする。

 

「随分と早いわね。刀身の部分を完全に両断されていたのに」

 

「断面が信じられない程に滑らかだった為、予備パーツを取り寄せる必要はなく溶接し再度鍛ち直せば使用できるそうです。ただ、ルーンの加護に関しては本国に帰らねば……」

 

「それについては問題ないわ。アミダハラのノイ・イーズレーンが修復の依頼を受けてくれたから」

 

「あの大魔術師が、ですか?」

 

 いつも表情を崩さないマリカが目を丸くしている姿に、カーラはイタズラが成功した子供のように笑みを浮かべてみせる。

 

「ええ。魔界でも指折りの腕を持つ彼女なら、以前と変わらないレベルの加護を与えてくれるはずよ」

 

「ありがとうございます、カーラ様」

 

「気にしないで。貴女は私の近衛、この身を護る最後の騎士よ。その矛と盾を整えるのは主の責務だもの。ところで、あの少年の事……どう思う?」

 

 話題を切り替えた主の言葉にマリカの表情が険しさを増す。

 

「ふうま小太郎ですね。……正直言って恐ろしい相手です。剣の冴えもそうですが、彼が姿を現すまで私はその気配を掴めませんでしたから」

 

 悔しさを滲ませるマリカにカーラは小さく息を付く。

 

「暗殺騎士団出身で『死神』と言われた貴女が察知できないなんて、流石は伝説の魔剣士の後継と言われる事はあるわね」

 

「……カーラ様、今何と?」

 

「彼は少し前まで巷を騒がせていた仮面の剣士よ。ノイも認めていたから間違いないわ」

 

 カーラの言葉にマリカは思わず息を呑んだ。

 

 仮面の剣士はここ一年余りの間に魔界中に名を轟かせた剣豪だ。

 

 魔界に伝わる伝説の魔剣士の所持していたという仮面を付け、名立たる魔界騎士や剣士たちを次々と打ち破ってきた。

 

 噂では主の宿敵であるエドウィン・ブラックの右腕、黒炎の魔界騎士イングリッドも辛酸を嘗めさせられたと聞く。

 

 彼が姿を見せなくなる一月ほど前まで、その首を狙う猛者や自身の配下に欲しがる有力者などで魔界の扉は飽和状態だったのだ。

 

「……なるほど。彼が仮面の剣士だとすれば、あの剣の鋭さは納得がいきます」

 

「でも驚いたわ。魔界を震撼させた益荒男があんな小さな人間の子供だっただなんて」

 

「まったくです。人は見かけによらないとはこの事でしょう」

 

 全く同じタイミングでため息をつく主従。

 

 その様子にどんよりとした空気が部屋に立ち込め始めるが、それを払拭するかのようにカーラは勢いよく顔を上げる。

 

「でも、今に思えばあの事件は運が良かったと言えるわね。なにせ、仮面の剣士に貸しを作ることが出来たんだから」

 

「そうですね。ですが、彼はこの国に属する退魔組織の一員です。そうそうコンタクトが取れるものではないのでは?」

 

「そうでもないみたいよ。北江にもらった情報だと、彼の率いるふうまは組織の中でもあまり良い位置にいないらしいの」

 

「それはどういう事なのでしょう?」

 

「7年ほど前に先代、彼の父親が反逆に失敗したのを切っ掛けにして低迷しているようね。構成員は主流派に一兵卒のような扱いを受けているし、彼も上層部に命を狙われているみたいよ」

 

「それは……」

 

 カーラの説明にマリカは言葉を詰まらせる。

 

 王家を支える血筋に産まれ騎士として仕えて来た彼女にとって、所属する組織から常に命を狙われている状況など想像も付かなかったからだ。

 

「彼自身一族の復興に動いているようだけど難しいでしょうね。7年前の凋落までふうまは組織の最大勢力だった。そのふうまから実権をもぎ取った現派閥が、彼等の再興を許すとは思えないもの」

 

「では、このまま不当な地位のまま使い潰されると?」

 

「上が変わらない限りはそうなるでしょうね。だからこそ、私達が動くのよ」

 

 その美貌に小悪魔染みた笑みを浮かべる主にマリカは小さく息を吐く。

 

 ああいう顔をしたカーラは突拍子もない事を仕出かす事が多いからだ。

 

「『人・物に関わらず、価値は正当に評価されるべき』と言うのが私のモットー。そして彼はこんなところで燻っていていい人材じゃないわ。魔界に名を轟かせる大剣豪、私は彼こそがエドウィン・ブラックを討つ鍵になると思っている」

 

「あのブラックを、ですか?」

 

「大魔術師ノイ・イーズレーンがあの仮面を託すほどの者だもの、その可能性は十二分にあるわ。だからこそ私は彼を手に入れる。あの剣は人と吸血鬼の融和、そしてそこから始まる人魔の平和の為に振るわれるべきよ」

 

「承知しました。私も全力でお手伝い致します」

 

 己が騎士が跪く中、女王に相応しい覇気を纏ったカーラの視線は五車の里の方角をしっかりと見据えていた。

 

 

 

 おまけ

 

 ぎんれいにっき

 

 おほしさまがきれいなひ

 

 

 きょう、テレビできょうだいはけっこんできないっていってた。

 

 それがほんとうだと、ぎんれいはあにさまとけっこんできないことになる。

 

 うそだとおもいたいけど、テレビのいってることはほんとがおおい。

 

 ひとりでかんがえてもこたえはでない。

 

 どうしてか、あにさまにききたいとはおもわなかった。

 

 だから、さいかにきいてみた。

 

 そしたら、むつかしいことばがいっぱいでよくわからなかったけど、うちはとくべつだからあにさまとけっこんしてもいいんだって。

 

 あと、いっぱいこどもをうまないといけないから、ほかにもおよめさんがいるっていってた。

 

 そういえば、あにさまとぎんれい、ときこはおとうさんはいっしょでもおかあさんがちがう。

 

 …………だめ。

 

 あにさまのおよめさんはぎんれいだけ。

 

 ぎんれいがいっぱいこどもうむから、ほかのおよめさんはいらない。

 

 だから、ときこはおよめさんになっちゃだめ。

 

 でも、ぎんれいはちっちゃいから、このままだとときこがさきにおよめさんになるかも……。

 

 どうにかしないといけない。

 

 メルモちゃんのあめだま、おちてないかな?

 




災禍「計画通り(ニヤリ)」


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日記6冊目

 年末進行で小説を書く暇ががががが……。

 剣キチ本編も詰まっているので、対魔忍が先に完成してしまった。

 とりあえず、天草君への理解をもう一度深めようと思います。

 とりあえず、ヴェドゴニアやるか!


 五車の里から少し離れた町の総合病院。

 

 その一室で一人の老人がベッドに横たわったまま天井を睨みつけていた。

 

 対魔忍井河派の重鎮、百地家の前当主。

 

 井河アサギの裏から対魔忍を掌握している主流派の隠居の一人だった男だ。

 

「おのれ、鬼子め……ッ!」

 

 痺れと共に思い通りに動かなくなった己が身体への苛立ちを、呪詛にして天井を背景に映る顔へと吐きかける。 

 彼をこんな無様な姿に追い込んだ少年、ふうま小太郎。

 

 未だ以って忍術に目覚めぬ彼は、欲深いだけの阿呆であった先代頭領の弾正とは違った意味での無能者。

 

 ────その筈であった。

 

 8年前、井河の長老衆は長年練り続けていた計略を果たす為にふうまの里へと密偵を放っていた。

 

 当時、対魔忍の中でも最大勢力を誇っていたふうまに煮え湯を飲まされ続けてきた彼等は、虎視眈々と怨敵を追い落とす機会を狙っていたのだ。

 

 当時のふうま頭領であったふうま弾正は一言でいえば俗物であった。

 

 金と女に目が無いうえに権力への執着が激しく利己主義。

 

 己の欲を満たすためならば対魔忍の使命など放り投げて米連や中華連合に手を貸す、歴代ふうま頭領の顔に泥を塗る様な虚け者だった。

 

 謀略や企業の経営には才があったようだが、その程度では海千山千である長老衆の脅威になどなり得ない。

 

 現頭首がこの有様ゆえに、当然彼等の関心は数年前に生まれた次期頭首へと向けられた。

 

 すでに『ふうま小太郎』の名を継いでいると聞き及んでいた老人達の中には、鳶が鷹を生んだかと危惧はあった。

 

 しかし戻った手駒の報告だと邪眼を宿しているはずの目が閉じたまま開かぬ彼は、同じふうまの下忍衆にまで『目抜け』と称される出来損ないだという。

 

 それを聞いた彼らは安堵の息を吐くとともに、小太郎を警戒対象から外すことにした。

 

 頭領の家に生まれておきながら、忍術が使えず下忍にすら蔑まれる。

 

 そのような者なら計画によってふうまが倒れた後でも、誰も神輿として担ぎ上げはしないだろうとの判断だった。

 

 それからしばらくして、計画を実行するときが来た。

 

 公安の山本を経由して対魔忍の統合と国家の諜報員にするという計画を流してやれば、案の定現状の権勢を失いたくない弾正は罠とも気付かずにあっさりと反逆を起こした。

 

 長老衆が手塩にかけて育ててきたアサギをはじめとする井河派に加えて、山本の伝手で用意した潤滑な後方支援。

 

 さらにはふうま一党の約三分の一が参加しなかったこともあって井河は内戦に勝利し、対魔忍における新たな旗頭となった。

 

 宗家に残っているのは無能な幼子のみであり、後は頭を失ったふうま残党を組織の下部へと呑み込むことで権勢をより強固な物にするだけと思っていたが、その思惑は大きく覆される事となった。

 

 ふうま壊滅後、次代の宗家秘書候補であったふうま時子は誰も目を掛けないと思っていた小太郎を擁立し、宗家健在をアピールしてきたのだ。

 

 それはふうま残党を併呑しようと画策していた長老衆にとって、到底許容できない事であった。

 

『無能ゆえに命だけはと見逃してやったのに、その恩を仇で返すとは!!』

 

 見当違いな義憤に駆られた彼らは、即座に小太郎の抹殺を決定。

 

 暗殺ではふうま残党を刺激するとして、頭首という立場を逆手にとったうえで任務へと赴かせた。

 

 忍術に目覚めぬ対魔忍は一般人と同じ。

 

 つまりは何の力もない幼児である小太郎が悪徳渦巻く東京キングダムに足を踏み入れれば、当然生きて帰る事など出来はしない。

 

 策を講じた老人達はそうほくそ笑んでいたのだが、結果は彼等を大きく裏切る事となった。

 

 死地へと向かったはずの小太郎は、6歳という対魔忍最年少記録と共に任務を達成してきたのだ。

 

 これには老人達も開いた口が塞がらなかった。

 

 下忍用とはいえ、任務は魔族と関りがある犯罪組織への侵入と証拠の確保。

 

 学生は勿論、下手をすれば現役対魔忍すらも失敗する危険性を孕んだ代物だったのだ。

 

 それを小学校にも上がらない子供が成し遂げるなど、誰が想像するだろうか?

 

 不備を見つけて責めようにも持ち帰った証拠は完璧で、さらには行きがけの駄賃とばかりにその組織のボスの首まで持ってきたのだから堪らない。

 

 その後も下忍の任務を子供のお使いが如く熟す小太郎に業を煮やした老人達は、上忍でも失敗の危険が大きいノマドや龍門などの巨大組織を標的にした暗殺や魔族の討伐へ彼を駆り立てた。

 

 年齢的な理由で危険な纏いと呼ばれる長期の潜入任務へは割り振れないが、これらの即殺任務も失敗は死を意味するほどに難度が高い。

 

 中には対魔忍最強と言われる井河アサギですら手こずるであろう難関も紛れ込ませていた。

 

 これには流石にふうま時子や二車、紫藤から抗議の声が上がったが、『またしてもふうまは反乱を画策しておるのか!?』と彼等を由来とする家々へ圧力を掛ける事で強引に黙らせた。

 

 これで目障りな宗家の子倅も始末できると思っていた老人達は、数週間後に戦慄することとなった。

 

 なんと小太郎が課せられたすべての任務を終えて帰って来たのだ。

 

 慌てて暗部に裏を取らせてみてもターゲットは全て抹殺済みという非情の答えが返って来るのみ。

 

 肝心の小太郎は軽く肉を切った程度の軽傷で済んでおり、命どころか五体すら失っていない。

 

『窮地に在って忍術に目覚めたか!?』と本人を呼びつけてみたものの、彼等ほどの忍となれば術力───米連の研究者が対魔粒子と呼んでいるモノを五感で感じることが出来るにも拘わらず、全裸に剥かれてなお欠伸を噛み殺す小太郎からは砂粒ほどの術力も感じることが出来なかった。

 

 対魔忍とは術あってのモノ。

 

 忍術を修めるからこそ、闇を斬り魔と対峙しうる。

 

 そう信じていた老人達にとって、小太郎はまさに異質の存在だった。

 

 そんな小太郎が自身が手塩にかけて育てた対魔忍以上の働きを見せる。

 

 その報告を聞く度に彼等は自身の対魔忍としての人生……否、代々受け継いだ忍の業すらも馬鹿にされているような錯覚に陥った。

 

 そして、その事実は彼等が現役時代にふうまや弾正から味わった辛酸の記憶と相まって、小太郎への筆舌し難い嫌悪に変わるのにそう時間はかからなかった。

 

 彼等が今まで危険な任務を率先して小太郎に割り振っていた事も、月一で呼び出して全裸で吊るし上げるのも。

 

 さらには元ふうま一党への冷遇を強める事までも、全てそこに起因する事であった。

 

 ここ数年の間に二車を中心として、ふうまが再興に動いているのは彼等も掴んでいた。

 

 主流派の長老としては当然そんな物を認める訳がなく、表立って動いた瞬間に反乱として今度こそ完膚なきまでに叩き潰すつもりだったのだ。

 

 だが、ここでまたあの鬼子がトンデモナイ事をしでかした。

 

 与えられた任務を放棄しただけでなく、仇敵である筈の魔界の住人、それも吸血鬼の女王と結託して今まで裏の存在であった対魔忍の存在を明るみにしたのだ。

 

 これにはさすがの長老衆も度肝を抜かれた。

 

 対魔忍をはじめとする裏の者達は社会の闇に潜むのが当然であり、その存在を表に晒すことはないというのが関わる全ての者にとって暗黙の了解だったからだ。

 

 茫然自失から帰った彼等は即座に現状把握と情報の隠蔽に努めようとしたが、それは遅きに(しっ)していた。

 

 彼らが現役だった時代はマスコミなどに圧力をかける等々で情報の拡散を抑えられただろうが、現代ではSNSやツイッターなど個人が情報を発信できる術が多々ある。

 

 それ故に某国の親善大使のカワを被った女王の発言は瞬く間に世界に波及し、老人達が気付いた時には世論を味方につけた小太郎を罰する事は雇用主である政府から禁じられてしまっていた。

 

 老人自身もパトロンである政治家の依頼通り、確実に女王を仕留める為に配置した百地家所属の暗部をすべて失う事となってしまったのだ。

 

 あの部隊の隊長は彼が秘密裏に育てた逸材で、ゆくゆくはアサギに取って代わって表の代表に据え、井河本家に代わって百地が対魔忍を統べる足掛かりにと考えていた男だったのだ。

 

「おのれ……ッ! おのれ、おのれ、おのれ、鬼子めぇッ!!」

 

 事件の詳細を調べる為に呼び出した場での小太郎の発言が脳裏を過った事で、老人は顔を真っ赤にして唾と共に呪詛の言葉を吐く。 

 

 こちらの悲願を潰しておいてあの言いよう、姿かたちは似ていないが人を不快にさせる才能だけは弾正から受け継いでいたらしい。

 

 首から下が全く自由にならぬ中でぎりぎりと歯を食いしばっていた老人だが、彼の視界は頭の中で何かが切れる音と共に大きく歪んだ。

 

 突然まとまらなくなる思考、像が歪みグルグルと回り出す視界、そして急激に落ちていく意識。

 

 こうして百地にこの人あり、と言われた対魔忍は病院のベッドで覚めない眠りへと堕ちていった。

 

 

 

 

▲月▽日(小春日和)

 

 

 心機一転中学生になった(相変わらず自宅学習の苦悶式だが)ワケだが、それに合わせるかのように難問が降りかかって来た。

 

 昨年縁が出来たカーラ女王がこちらに面談を申し出て来たのだ。

 

 親人間派とはいえ吸血鬼の女王である彼女が、対魔忍の俺に接触を図るなど普通は許される事ではない。

 

 しかし、彼女は例の某国親善大使という表の立場を利用して、日本政府へと会談を要請してきた。

 

 日本国内で襲撃を受けた女性大使と、彼女を身を挺して護った忍者部隊の生き残り。

 

 当然ながらこの申し出に日本政府は難色を示したが、大使きっての願いに加えて相手国からの後押しもあって渋々ながらに承諾した。

 

 過日のNINJYA騒ぎで秘密裏に少年兵を徴用していた事実を世界中から叩かれていた事もあり、霞ヶ関の狸達としては断って『まだ何か隠しているのか?』と疑いを掛けられるのは避けたかったのだろう。

 

 他にも女王と俺の交流を美談にプロデュースすることで、悪化したイメージの改善を図るというスケベな考えもあったようだが。

 

 腹の黒い政治家達の思惑はどうあれ、それが政府の方針ならば下部組織である対魔忍もNoとは言えない。

 

 老人会の面々から『余計な事は口にするな』と再三釘を刺された後に、俺は会談に臨む事となってしまった。

 

 さて肝心の会談だが、内容を一言で説明すれば『ヘッドハンティング』であった。

 

 カーラ女王の申し出は『近い将来、我がヴラド王国は現在の相互不干渉から人魔の融和へと舵を切りたいと考えています。しかし現状はエドウィン・ブラック率いるノマドを始めとして、人に仇なす魔界の勢力が多数存在する事から彼等の信用を得る事ができない状態にあります。そこで貴方達ふうま一門に女王直下の諜報・実戦部隊の役目を担ってほしいのです』との事。

 

 事の本命はムジュラーである俺の引き抜きなのだが、ふうま頭領というこちらの立場も考慮して一門全ての面倒を見る方向に切り替えたのだそうな。

 

 降って湧いた今回の件だが、正直言って迷っている。

 

 クソ親父達が反乱に失敗してから8年が経つ。

 

 時子姉や災禍姉さんは元より、二車では骸佐や権左も難度の高い任務を成功させているし、最近現場に出るようになった紅姉や蛇子だって頑張って結果を出している。

 

 名ばかりの頭首ではあるが、俺だって必死にやってきたつもりだ。

 

 だというのに、ふうま一門の扱いに変化は見えない。

 

 見習いがやるような雑用を山ほど抱えさせられた者もいれば、危険度が高い割に実入りの少ない任務を押し付けられた者もいる。

 

 撤退時に殿に廻されるのはしょっちゅうで、仮に脱落しても助けは来ない。

 

 中には主流派の脳筋たちが仕出かした失敗の後始末に奔走し、後日失敗の責任をなすり付けられたなんて事案も耳にしている。

 

 数か月前に初代『ふうま小太郎』から仕えてくれている上忍、八百比丘尼さんがオークに無体を働かされそうになっているのを見た時は思わず我が目を疑ったものだ。

 

 なにせ彼女は伝説の八百比丘尼その人であり、彼女の持つ『人魚の碧眼』は見る者を醜悪な半魚人に変えるという強力な邪眼なのだ。

 

 保護した時の彼女は息も絶え絶えなほどに疲労困憊であり、体にも多くの傷痕が残っていた。

 

 即座に女魔族の死体を使って彼女の死を偽装する事で彼女を二車の保護下に置く事が出来たが、先月の鬼蜘蛛三郎ちゃんの件を思えば限界かもしれない。

 

 これまで俺が保護した下忍は200名を越し、上忍の数も50人以上になる。

 

 二車の小母さんや甚内殿が何とか老人達の目を誤魔化しているが、奴等だって馬鹿じゃない。

 

 ふうま一党が人材を取り戻しつつあることを見れば、それを理由に締め付けが増す可能性は大いにある。

 

 女王は返事は急がないと言っていたが、このまま行けばふうまは再び力を奪われ、後は磨り潰される事になるだろう。

 

 ウチの事だけを考えるなら女王の手を掴むのに迷う必要はないのだが、俺にその決断を渋らせているのはある人の信念だった。

 

 骸佐の父親であり俺にとっても親父代わりであった、先代二車家頭首の骸羅さん。

 

 彼は自身が対魔忍である事に、そして影ながらこの国を護るという責務に誇りを持っていた。

 

 そして骸佐と俺がクソ親父に荒らされたふうまを復興し、対魔忍として任を全うする事を最後まで願っていたのだ。

 

 だからこそ、ふうまの為とはいえこの国を捨てる道を選ぶのは気が引ける。

 

 ……さて、どうしたものか。

 

  

 

 

 ゴールデンウイークを前にした週末。

 

 俺、二車骸佐は親友兼主であるふうま小太郎に六本木へ呼び出されていた。

 

 目の前を流れる人の群れに、思わずため息をつきたくなるのを辛うじて耐える。

 

 俺も奴もこういった人混みは好きではないはずなんだが、いったいどういう了見なのか?

 

 小太郎とはおしめが取れる前からの付き合い、俗に言う乳兄弟って奴になる。

 

 ガキの頃から妙に頭の回転が速く言動も大人びた奴なんだが、度々俺達の予想の斜め上な事を仕出かしやがる。

 

 直近の例を挙げるなら去年のNINJYA騒動とか、あの仮面で大暴れしたことだろう。

 

 特にNINJYA騒動でテレビやネットで仕事姿の奴を見た時は、母上共々目玉が飛び出るかと思ったほどだ。

 

 今回もそういった類の話じゃなければいいんだがな。

 

『骸佐、聞こえるか?』

 

 なんてぼんやりとしていたら、頭の中に小太郎の声が響いた。

 

 別に奴がテレパシーを使ってきたってワケじゃない。

 

 これはふうま宗家と八将の中でしか伝わっていない特殊な口寄せの術だ。

 

 この業界は他の流派の忍が草を放つなんて日常茶飯事だからな、盗聴をされない為の工夫という奴だ。

 

 しかしあいつ、術は使えないのにこういった小手先の業は上手いんだよな。

 

『ああ。───こんなところでこの話し方をするって事は、大っぴらにできないヤマでいいか?』

 

『そうだ。主流派の対魔忍に漏れたら、ふうまが潰されると思ってくれ』

 

 随分と穏やかじゃない警告に俺は思わず固唾を呑んだ。

 

『珍しいじゃねえか、お前がそういう話題を俺に振るの。今まで母上経由で聴くのが常だったのによ』

 

『あの時、お前は俺の右腕だって言ったろ。だからこれからは最初にお前へ話を持っていく事にしたんだよ』

 

『あの右腕発言マジだったのかよ!?』

 

『当たり前だろ。俺はああいう公式の場では嘘は言わん』

 

『散々ふざけてた奴がよく言うぜ。……で、話ってのは何だよ?』

 

 そう振ると、小太郎は小さく息を付いてから言葉を並べた。

 

『カーラ・クロムウェル、知ってるよな』

 

『例の吸血鬼の女王だろ。それがどうしたよ?』

 

『奴さんに勧誘された。ふうま一門を彼女の直下の部隊に迎え入れたいってよ』

 

 小太郎の言葉を受けながら、俺は自分の眉間に皺が寄るのが手に取るように分かった。

 

 本人曰く親人間派らしいが、吸血鬼は魔界の住人。

 

 いわば、俺達対魔忍の仇敵である。 

 

 それが自軍に勧誘とは、裏に何かしらの意図があると勘繰るのは当然だ。

 

『それで、断ったのか?』

 

『───正直、迷ってる。今のふうまを思えば、悪い話じゃないからな』

 

 そう告げられた時、俺の心にあったのは納得の感情だった。

 

 数日前の俺なら間違いなく小太郎の胸倉を掴んでいただろうに、変われば変わるものだ。

 

『そうだな、俺も今の対魔忍の体制は信用できねえ。八百比丘尼や三郎、カオルの件もある』

 

『……意外だな。お前の事だから『ふざけんな!』ってこっちに掴みかかってくると思ったんだが』

 

『他の奴が言ったならブン殴ってるさ。けど、お前はずっとふうまのために頑張ってたじゃねーか。ウチにいる奴らは殆どお前に助けられた奴ばかりだしな。そんなお前が言うのなら、俺だって真剣に耳を傾けてやるさ。ま、ウチの大将を裸にひん剥いて晒し者にする奴らがトップな対魔忍に、俺もいい加減愛想が尽き始めてるってのもあるけどな』

 

 珍しくギョッとした顔でこっちを向く小太郎に、俺は口元を吊り上げた。

 

 数日前のことだ。

 

 学校で職員室の前を通りかかった俺は、井河さくらと八津紫の会話を耳にした。

 

 内容を簡単に言えば、あのバカが老人共に素っ裸で吊るし上げられているのを可哀そうだと言う井河と、ふうまのしてきた事を考えれば当然と言い切る八津というモノだ。

 

 聞けば、そのクソッタレな苛めは7歳から続いてるっていうじゃねえか。

 

 戸を蹴破って怒鳴り込みたくなるのを必死に抑えた俺は、その足で学園長室へと乗り込んだ。

 

 この件の裏を取るには一般職員でしかない教師共を相手にするよりも、井河の当主であるアサギに話を付けた方が確実だと思ったからだ。

 

 当初、アサギははぐらかそうとしていたようだが、『本当の事を話さないなら、この話題をカーラ・クロムウェルを始めとして世界中に拡散させる。他の人間にも連絡してあるから、俺の口を封じても無駄だ』と脅すと渋々だが事実であると認めやがった。

 

 その時に思わず理事長室の机を一つ叩き潰してしまったが、それについてはいいだろう。

 

 アサギ曰く、井河の隠居衆は弾正やその前のふうまに長年煮え湯を飲まされていたらしい。

 

 そして、その時の恨みをネチネチと小太郎にぶつけているのだと言う。

 

 アサギはこっちに頭を下げて『近い内に止めさせるから馬鹿な考えはしないように』なんて言っていたが、ハッキリ言って信用ならない。

 

 ここ数年の動きを見ていれば分るが、最強の対魔忍なんて言われているアサギは権力闘争や交渉事に頗る弱い。

 

 実力行使のクーデターで排除するなら兎も角、当主の座を前にした叱責程度で老人達が治まるはずがない。

 

 小太郎への態度もそうだが、年々酷くなるふうま衆への差別も同様だろう。

 

 比丘尼なんて大物まで使い潰されようとしているのだ、ふうまが生き残る未来を模索するのは、頭領として当然といえる。

 

『それで、何で悩んでるんだよ。優良物件があったら即手を出すのがお前だろ?』

 

『あ~。二車の小父さんにどう顔向けしていいか、と思ってな』

 

 らしくない表情で深々とため息をつく小太郎。

 

 そんな奴に気合の一つでも入れてやろうと背中に張り手を放ったのだが、生憎とその手は空を切ってしまった。

 

「なにすんだよ、いきなり」

 

「いや、そこは当たっとけよ」

 

 ほら、空気が一気にグダグダになっちまったじゃねーか。

 

 とはいえ、こいつの勘が良いのは今に始まった事ではないので悔やんでいても仕方がない。

 

 ここは言うべきことをしっかり伝えるべきだろう。

 

『父上の事は気にする必要はねえよ。今のふうまの窮状を知ったら率先して他の雇い主探そうって言うさ、あの人なら』

 

『けど、小父さんは日本を護るの誇りにしてたじゃねえか』

 

『バーカ。護ると言っても別に日本に所属しなけりゃ出来ないワケじゃないだろ。その女王の下でもノマドなんかとやり合う事になるんだろ? なら、日本で活動している奴らの戦力を削いでいけば、間接的でも日本を護る事になるじゃねーか』

 

『ああ、そういう考え方もあるか』

 

『それより信用できるのか、その女王様。全部預けたところで掌返しなんてされたら、シャレにならんだろ』

 

『それについては大丈夫だと思う。むこうは俺の腕と『仮面の剣士』のネームバリューが欲しいみたいだからな。少なくとも俺がいる限りは裏切られることはないだろうさ』

 

『あのバカ騒ぎがこんな風に返って来るとは、災い転じて福となすというか転んでも只じゃ起きないというか』

 

 その豪運も然ることながら、なんにせよタフな奴である。

 

『ともかく俺としては反対する理由は無いし、母上の説得も引き受けてやる。ただ、他の奴らの根回しはしっかりやれよ』 

 

『ああ。取りあえずは時子姉だな』

 

「難しい話はその辺にして、せっかく東京に出て来たんだからどっか遊びに行こうぜ」

 

 こちらの声に小太郎が建物の柱に預けていた背を離すと、同時に奴の携帯が鳴り出した。

 

 手慣れた動作で電話に出た小太郎だが、その顔がみるみる内に強張っていく。

 

『どうした?』

 

『…………紅姉が敵の手に堕ちた』

 

 畜生、やっぱり世の中はクソッタレだ。

 



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日記7冊目

 お待たせしました。

 ヴェドゴニアのお陰でこちら側に筆が走ったので、対魔忍に投稿です。

 この分量を二日とか、ニトロ作品の力は偉大です。


 東京の地下300メートルに築かれた魔界都市ヨミハラ。

 

 直下に魔界の門を孕むこの街はノマドを中心とした魔界勢力の一大拠点であり、日本にとっては東京キングダムに並んで首都という急所に突き付けられた刃であった。

 

 ヨミハラの大半を占める歓楽街から少し離れると、かなりの敷地面積を持つ庭付きの洋館が建っている。

 

 ここは闇の歓楽施設『グリードハウス』の主である天堂数馬の所有する別荘兼研究所である。

 

 天堂は人間でありながら魔族と結託して数々の闇商売に手を染めている異端者であり、人身売買や移植用臓器の密売、人体改造による奴隷販売など、手広く商売をしている。

 

 その辣腕ぶりから闇の住人に知らない者はなく、政府高官なども顧客に名を連ねており、背後には “中華連合” の存在が噂されている人物だ。

 

 芸術家を気取るこの男は、実益と己が歪んだ性癖を満たす為に魔界医療を基にした人体改造の研究施設を所有している。

 

 そんな天堂の邸宅の寝室に置かれたベッドの上で、心願寺紅は生まれたままの姿で横たわっていた。

 

 事の始まりは潜入任務であった。

 

 東京キングダムの高級バーで行われる天堂の闇取引、その現場を押さえると同時に天堂を誅殺。

 

 相手側から奴の販路や臓器や人身売買市場の実態を探る事が目的だった。

 

 しかし、この任務の際に紅は天堂が仕掛けた罠に堕ちてしまう。

 

 裏切ったのは紅と政府との連絡役を担っていた苫利礼一郎という政府直属機関のエージェントだ。

 

 この苫利という男、元は心願寺配下の下忍だったのだが、ふうまが反乱に失敗し没落すると見るやすぐに主流派に鞍替えし、その伝手によって今の立場に落ち着いたという経歴を持つ。

 

 そのうだつの上がらない風貌とやる気の感じられない態度から、紅やその従者である槇島あやめは自らの家を裏切った事も相まって彼を見下していた。

 

 苫利が魔に寝返ったのは、その鬱憤を晴らすのもあったのだろう。

 

 内通者の存在に加えて気を失ったあやめを人質に取られたことにより、紅は従者の命と引き換えに降伏。

 

 天堂によってこの場所へと連れてこられたというワケだ。

 

「さて、本格的な調教の前にその身体を味わわせてもらうとしよう。あのバーでは手付程度にしか楽しめなかったからな」

 

 身に着けていた高級スーツを脱ぎ、褐色の肌を晒す天堂。

 

 苫利の策で娼婦として潜入していた紅は、酒に混ぜた『ハレルヤ』を飲まされたうえに天堂の手により辱めを受けていた。

 

 ヴァンパイアハーフとしての強靭さで大抵の毒物には耐性を持つ紅だが、飲んでしまった魔薬の効果は未だ続いており、内側から火を焚かれたように火照った身体は主の意思とは無関係に更なる快楽を求めていた。

 

 人質と魔薬。

 

 二つの縛鎖で動きが取れない紅は、せめてもの抵抗として自身に手を伸ばしてくる天堂を睨みつける。

 

 そんな物などどこ吹く風と、天堂は固く閉じられた紅の足を開こうと彼女の両ひざに手を掛けた。

 

 一糸纏わぬ己の最後の一線を護ろうと必死に力を籠める紅。

 

 しかし、魔薬の効果によって満足に力が入らない身体では抵抗することもできず、ジリジリと両足は開いていく。

 

 絶望の淵に立たされた紅の脳裏に過ったのは、こんな自分を受け入れてくれた数少ない人々だった。

 

 母の望まぬ子どもであった自分を助け、育ててくれた祖父。

 

 周りと違って自分を普通の子として接してくれた二車の奥さまや宗家の執事達。

 

 そして一緒に遊んだ子供達。

 

 自分の事を姉と呼んで慕ってくれた蛇子に、些細な物から大仕掛けまで様々な悪戯を共に仕掛けた骸佐。

 

 そして、自分を恐れずに手を差し伸べてくれた最初の友達、小太郎。

 

 紅とて対魔忍である。

 

 この生き方をしている以上は清い身体のままではいられないと覚悟していた。

 

 しかし、いざそれが現実のものとなると胸の奥から湧き出る恐怖が抑えられなかった。

 

 嫌だ…嫌だ……嫌だッ!!

 

(助けて、小太郎!!)

 

 ぎゅっと瞑った眼尻から涙が零れ落ちた瞬間───

 

「我が炎の贄となれ……!」

 

 謎の奇声と共に風を裂く音が響いた。

 

 紅が目を開けると同時に天堂の身体は頭頂部から縦に両断され、その背後には両眼を真紅に輝かせた謎の仮面に黒ずくめの少年の姿があった。

 

 

 

 

 いやはや、危なかった。

 

 女王の情報を信じてヨミハラに忍び込むまではよかったが、そっから下手人である天堂の別荘を探すのに手間取ってしまった。

 

 やり手の闇ブローカーとはいえホームタウンであるヨミハラなら警戒も薄くなると思っていたのだが、こっちでも野郎の隠ぺい工作は半端無かった。

 

 お陰で、ここに辿り着くまでに十人以上もブチ殺すハメになったじゃないか。

 

 案の定紅姉は直視できない格好だったので、視界に収めないように注意しながら着ていた防弾防刃コートを渡す。

 

 さっきまで感極まった紅姉に思いっきり抱き着かれていた事は、仮面を付けていたから胸に直接触れなかったのでチャラにしてもらいたい。

 

「仕事着なんで匂うかもしれんけど、我慢してくれ」

 

「ありがとう……」

 

 素早く着込んで前を閉めてくれたおかげで、ようやく見れる格好になった紅姉。

 

 しかし俺が着たら裾が膝辺りに来るコートが、彼女に掛かると太ももが半分隠れるかどうかにしかなっていない。

 

 さっきのハグの事といい、圧倒的なタッパの差が涙を誘う。

 

 いや、諦めるな。

 

 俺はまだ中1、成長期はまだ先だ。

 

 希望はある。

 

「助けに来てくれたのは素直にうれしいが、その妙な仮面は何なんだ?」

 

「妙な仮面とは失礼な。これは由緒正しき逸品なんだぞ」

 

「そうなのか? 何か不気味な気配がするんだが……」

 

「そうか? けっこう便利なんだけどな、内蔵ギミックもいっぱいだし。例えばホラ、目の部分が赤く光ったり」

 

「たしかに光ってるな」

 

「付けていると身体がポカポカ温まって、カイロ要らずだし」

 

「それは便利かも……」

 

「あとは、世界の全てを焼き尽くせるかのような全能感を得た……ような気になれる」

 

「気になるだけなのか……。ところで、天堂を討つ時に妙な事を言っていたな。あれってなんなんだ?」

 

「いや。この仮面を付けてるとたまに妙な事を口走ることがあるんだ。無意味に言葉の前に『クク』って笑いたくなったり、無性に『オオオ……オフェリア……!』って叫びたくなったりな」

 

「呪われてるんじゃないのか、それ」

 

「何をおっしゃる、このマスクは北欧の英雄シグルドが付けていたものだぞ。呪われるなんてこと、あるはずが……」

 

 いや、待てよ。

 

 あの英雄って、ヤンデレと化したワルキューレに刺されて死んだんじゃなかったっけ?

 

 それにこの仮面ってノイ婆ちゃんの店で500円だったしなぁ。

 

 英雄の持ち物がワンコイン……。

 

「…………後で封印しとくか」

 

 猛烈に嫌な予感がしたので、シグルドマスクは今回でお役御免となる事に決定した。

 

 あ、気を付けとかないと銀零がまた欲しがるかもしれないな。

 

 あの子、『兄様の仮面が欲しい』って言って、なんでか知らんけど使用済みの奴を持っていくんだよなぁ。

 

 別にコレクションでも何でもないからあげるのは問題ないんだけど、いい加減お下がりばかりだと兄としては気が引ける。

 

 あれだけ興味を示しているのなら、新品をプレゼントしてもいいかもしれん。

 

「さて、与太話はこの辺にして脱出するぞ、紅姉」

 

「待ってくれ、小太郎! あやめが奴等の手に堕ちているんだ!!」

 

「苫利とかいう元下忍の役人崩れだろ。そっちは骸佐と権左の兄ィが行ってくれてるから大丈夫だ」

 

 俺がそう声を掛けると、ほっと安堵の表情を浮かべた紅姉はコートの裾を引っ張りながら立ち上がる。

 

 未遂とはいえあんなことがあったのだから、出来る事なら気持ちが落ち着くまでゆっくりさせてやりたい。

 

 しかし俺達がいる場所は地下300mに位置するヨミハラだ。

 

 この件がノマドに知れて地上への昇降機を封鎖されては、脱出は不可能になってしまう。

 

 天堂の脱ぎ捨てた服から財布やら携帯やらを回収して移動を開始しようとしたところ、俺達が立っている場所から反対の位置にある扉の向こうから気配を感じた。

 

 木製のドアが軋みを上げながら開かれると、照明の届かない薄闇の中から現れたのは赤紫色の髪をした12、3歳くらいの女の子だ。

 

「もう帰っちゃうんだ、お姉ちゃん」

 

 言葉と共にコテリと首を傾げる少女。

 

「君はいったい……君も天堂に捕らわれていたのか?」

 

 闇ブローカーの住処には似つかわしくないあどけない少女の登場に、紅姉は困惑の表情を浮かべながらも彼女に歩み寄ろうとする。

 

 だが、俺は手を前に出してそれを留めた。

 

「どうしたんだ、小太郎」

 

「良く見ろ、紅姉。あれは人間じゃない。それに───」

 

「つまんない。コイツ、もう壊れちゃったんだ。せっかく、ふぇりがお姉ちゃんで遊ぼうと思ってたのに」

 

 身体の内容物で白いシーツを赤黒く染める天堂だったモノを見つけ、そう吐き捨てる少女。

 

 その視線はゴミ溜めに蠢く虫けらを見るように無慈悲なものだ。

 

「あのガキ、性根は腸の底まで腐りきってる。あれならグールやゾンビの方がまだまだ健康的だ」

 

「ふふ……ひどいこと言うね」

 

 口を突く言葉とは裏腹に、奴が浮かべているのは笑顔と言うには邪悪過ぎる表情だ。

 

「でも、そっちも人の事言えないよね。君から漂う血の匂い、物凄いよ。───君はふぇりなんかより、いっぱいいっぱい殺してる。身体も、中身も、ううん。魂まで血塗れだもん」

 

「ふざけた事を言うな!! 小太郎は優しい奴だ! 先代の負債を背負って、みんなの為に必死に頑張っている。……お前の言うような奴なんかじゃない!!」

 

「きゃははははははははははっ! おねえちゃん、何にもわかってない! その子は隠してるんだよ! 本当の自分をぐるぐる巻きに閉じ込めて人間のフリをしてるだけ! 本当は私達と同じ化け物だもん。───そうだよね?」

 

 紅姉の怒りの声を狂笑で跳ねのけた女の言葉に、俺は答えを返さなかった。

 

 別に答えに窮したわけじゃない。

 

 答える必要を感じなかっただけだ。

 

 こっちの内面を見透かされたのには思うところが無いワケじゃないが、肯定でも否定でも相手に情報が渡る事になる。

 

 なら、無視してしまうのが一番だろう。

 

「ふふっ。本当はお姉ちゃんを壊れるまで虐めようと思ってたんだけど、ふぇり、君の事が気に入っちゃった。だから今日は見逃してあげる。次に会うときは、邪魔なモノをぜーんぶ外した本当の君と殺し合いたいな」

 

 そう言うと女は踵を返して、先ほど入って来た扉の方へ向かう。

 

 そうして奴が扉を開けると同時に、俺は手にしていた刀を自身の背後に突き出した。

 

 風切り音とそれに遅れて伝わる肉を断つ感覚。

 

 女から顔を背けないように視線を巡らせれば、紅姉の背後には禍々しい大鎌を振り上げた奴と同じ姿をした少女が、こちらの切っ先に胸を貫かれていた。

 

 ドッペルゲンガーか、それとも分身の術か。

 

 なんにせよ、下らない小細工だ。

 

「紅姉、頭を下げろ」

 

 こちらの声に一瞬遅れて前にかがむ紅姉。

 

 その頭の紙一重を奔った剣閃は驚愕の表情のまま少女の首を断ち斬った。

 

 鎌の重さによって仰向けに倒れた身体に一拍子遅れて首が落ちると、少女の身体は黒い影となって姿を消した。

 

「すごい、すごーい! このままお姉ちゃんと一緒に死んだら面白くないと思ってたんだ!」

 

 すでに部屋を出ていた女は、閉まりかけた扉の隙間から紅い眼を爛爛と輝かせてこちらを見ていた。

 

「ふぇりはフェリシアっていうの。次は君を殺すか、ふぇりの物にするからね」

 

 その言葉を残して扉は完全に閉じた。

 

 後に残った何とも言えない沈黙の中、紅姉は戸惑いを隠せない様子で口を開く。

 

「小太郎。あれはいったい何だったんだ?」

 

「さてな。分かるのはあの女がタチの悪い化け物だって事だけだ。それより急ぐぞ。いい加減脱出しないと拙い」

 

 紅姉は何か言いたそうな顔をしていたが、急かしてやるとそれを飲み込んで走り出した。

 

 屋敷の周辺に集まる人外の気配からすると、ここが包囲されるのは時間の問題だ。

 

 フェリシアとかいう女に時間をかけ過ぎたのは否めないが、無視していた場合はさらに面倒な事になっているような気がするので対処的には間違いないのだろう。

 

 俺達が目指したのは屋敷の出口ではなく、地下にあるガレージだ。

 

 紅姉が魔薬を打たれている為に、普段の半分も実力を発揮できていない状態である。

 

 こんな紅姉を連れての正面突破は、さしもの俺としても少々厳しい。

 

 なので、ここは一つ天堂のコレクションの中から足を頂こうというワケだ。

 

 奴は闇ブローカーとして巨万の富を築き上げている。

 

 保身の事も考えて、防弾仕様の車両くらいは用意している事だろう。

 

 そうして地下にある駐車場に辿り着いたワケだが、立ち並ぶ高級車はどれもこれも包囲を突破するには心許ない。

 

 防弾ガラスを使用しているようなのでマシンガンの弾程度なら何とかなるだろうが、ライフルやRPGを持ち出されたら耐えられそうにないのだ。

 

 馬力はあってもアメ車特有のガタイのデカさ故に的になる可能性は高いし、これから走るヨミハラの歓楽街の入り組んだ道にはどうしても向かない。

 

「小太郎。私は車の運転なんてできないんだが、いったいどうするんだ?」

 

「俺は出来るから心配しなさんな」

 

 不安そうに問いかける紅姉に『任せなさい』と胸を叩いてみせる。

 

 前世では空飛ぶ車『ストラト・ヴィーグル』まで運転してのけたのだ、地面を走る車程度どうとでもなる。

 

 そうやって物色すること数分、4輪に見切りを付けて二輪の方に向かった先で俺は面白いモノを見つけた。

 

「へぇ、いいもん持ってんじゃねーか」

 

 思わぬ掘り出し物に、仮面の中で我知らず口元が吊り上がる。

 

 その時浮かべていた笑顔は後にふうまの間で『悪鬼スマイル』と呼ばれるようになるのだが、今のオレには預かり知れない事であった。

 

 

 

 

 その単眼から放たれる閃光は眼前の暗闇の悉くを暴き出し、全身に伝わる内燃機関の震動は獲物を待ち望む猟犬を思わせる。

 

 駐車場の天井から降り注ぐ照明によって鋭く光る、流水タッピングによって加工された分厚いチタン合金の牙。

 

 そして車体に取り付けられたホルスターには様々な武器が血肉を喰らうのを今や遅しと待ち構えている。

 

「さて、ぶっ飛ばすとするか!」

 

「小太郎! 大丈夫なんだろうな! 本当に運転できるんだろうな!?」

 

 背後で半泣きになりながら俺の背中にしがみ付く紅姉。

 

 コートを頭から被るように言っていたので、今やケツ丸出しでございます。

 

 本気で申し訳ないのだが、衣類を物色する暇が無かったのだから仕方がない。

 

 天堂の服着ろって言ったら死んでも嫌って返って来るし、俺にしがみ付いてる間は前は見えないと思うから勘弁してほしい。

 

「心配するなよ、紅姉。俺は過去に空飛ぶ車を運転した事がある男だ」

 

「そんなの何処にあるんだ!? というか、免許! 免許は持ってるのか!?」

 

「ははは、馬鹿だなぁ。───無免に決まってんだろ」

 

 その言葉と同時にアクセルを吹かせると防弾仕様の特殊硬化ゴムで出来たタイヤが地面を噛み、俺達は弾かれたように加速する。

 

「ひゃあああああああああああっ!?」

 

「黙ってないと舌噛むぞ!」

 

 地上へ続く上り坂のスロープを猛スピードで走破しながら、俺は手にしたリモコンを操作する。

 

 鈍い音と共に上がっていく眼前のシャッター。

 

 さすが金持ち、普通のシャッターと違って駆動音が段違いに少ない。

 

 とはいえ、こんなモノが動いたのだから外にいる連中が気づかないワケがない。

 

 包囲網を突破するには、減速せずに一気に駆け抜けるしかない。

 

 エンジンの唸りと共に加速した車体は、スロープという僅かな距離で280キロまで加速している。

 

 出口目前でさらにアクセルを吹かすと俺達が跨る漆黒の獣は紙一重のタイミングでシャッターを潜り、弾丸のような速度で外へと飛び出した。

 

 こいつが最初に食らい付いた獲物は俺達の前方にいたオークだった。

 

 飛び出してきたモノが何かも分からないままに真正面から突撃を食らったそいつは、身体の半分を食い千切られて紫色の血と共に地面に叩きつけられた。

 

「なんだ、今のは! ただ轢いただけなのに、上半身と下半身が泣き別れに……ッ!?」

 

「フロントに付いてるバンパーファングの所為だよ! 今のコイツは時速三百キロで走る一トン強のギロチンの刃だからな! そんなの食らったら大体はああなるさ!!」 

 

「なんて物騒なバイクなんだ!!」

 

 後ろで騒いでる紅姉に答えを返しながら俺はさらにアクセルを開く。

 

 突然の惨劇に集まっていたノマドの傭兵やオーク達は瞬時に事態の把握が出来ないようだったが、コイツの前ではその隙は命取りとなる。

 

 猛る様なマシンの咆哮と共にさらに加速した漆黒の獣は、車体前方に取り付けられたバンパーファングで次々と獲物を喰い殺す。

 

 胴体の左半分、腰から下、胸から下、右半身の大半、俺達の前に立ちはだかる者はオーク・魔族・人間など種族に限らずその肉を奪われた。

 

 獲物の中には半ばパニックになりながらも引き金を引くことに成功した奴もいるが、吐き出した弾丸は防弾仕様のセラミックカウルや防弾処理が施された硬化タイヤに全て弾かれてチタン合金の牙の餌食となるだけだ。

 

 屋敷から出たわずかな間で十数人もの魔族やオークを噛み殺し、いとも容易く包囲網を食い破った怪物。

 

 その名は『GSX-Desmodus』という。

 

 スズキ・GSX1300Rハヤブサをベースに過剰改造を施した吸血鬼用の戦闘バイクで、3000CCツインターボとニトロチャージャーによって8秒で300km/hへと加速する超加速重視のモンスターマシンである。

 

 調整していたPCからデータを拝見したところ、このマシンはエドウィン・ブラックへの献上品として製作されていたらしい。

 

 あのエドウィン・ブラックが武器ゴテゴテの改造バイクに乗るなんて想像しがたいのだが、奴がコレを欲しがる理由もちゃんとあったりする。

 

 実はこのデスモドゥス、2代目なのだ。

 

 初代は十数年前、とある吸血殲鬼と呼ばれるハンターが乗りこなしていたらしい。

 

 その吸血殲鬼は単身デスモドゥスを駆って吸血鬼を信奉する異端者たちの組織を壊滅。

 

 立ちはだかる吸血鬼三銃士と呼ばれる実力者を葬り去り、囚われていた2000年の時を生きる吸血鬼の女王を助け出し、彼女と共に姿を消したとか何とか。

 

 エドウィン・ブラックはこの逸話に興味を持ったようで、天堂へデスモドゥスの再現を依頼。

 

 出来上がったのがコイツというワケだ。

 

「こ……小太郎。街に入ったんだから、スピードを落としてもいいんじゃないか?」

 

「できれば脱出口へ急ぎたいんだが、市街地だし無理に速度を出して事故ったら元も子もないか。OK、200キロくらいにおさえるわ」

 

「全然下がってない!!」

 

 さて現状の俺達だが、奇襲まがいの特攻が功を奏したようで追っ手が掛かる事無くヨミハラの歓楽街へと飛び込むことが出来た。

 

 幸先がいいのは確かなのだが、紅姉の言う通りドラッグレース用のマシン並のスペックを誇るデスモドゥスはじゃじゃ馬だ。

 

 露店や娼館、酒屋が立ち並ぶ歓楽街の入り組んだ道には少々向いていない。

 

 減速できれば問題は解決するのだが、生憎とこちとら追われる身なのでそういうワケにも行かない。

 

 方々に迷惑を掛けながらも疾走していると、案の定ノマドからの追っ手が姿を現した。

 

 こちらがバイクに乗っているのを聞き及んでいたのか、相手は小回りの利くオフロード仕様の二輪に乗ったオークの一団だ。

 

 バイクを駆り手には斧やこん棒を持つ奴等の姿は世紀末のモヒカン共を彷彿とさせる。

 

「来るぞ、小太郎!」

 

「あいよ!」

 

 かなり速度を落としているこちらを挟むようにして左右から迫るオーク共。

 

「ヒャッハーーー! 狩りの時間だぁぁぁぁ!!」

 

「ガキは殺せ! 女は犯せぇぇぇぇぇっ!!」

 

 物凄く頭の悪い掛け声と共に、奴等は得物を振りかぶる。

 

 奴等が武器をぶん廻すのにタイミングを合わせてブレーキを掛けると、急速に速度を落とした俺の車体は後方へと下がっていき、目標を失ったアホ共の武器は互いの顔面にジャストミートした。

 

「うわっ、モロに顔面に入ってる」

 

「やっぱりアホだな、あいつ等」

 

 血しぶきを巻き上げながら、バイク共々地面に激突する前方のオーク二名。

 

 他の奴等が第一陣の見事な失敗に唖然としている間に、俺はタンク横に付けられたホルスターから武器を引き抜いた。

 

『レイジングブル・マキシカスタム』

 

 世界最強と言われるハンドガン『レイジングブル454マグナム』に更なる強化を施した化け物銃である。

 

 片手でハンドルを支えると同時に、内勁を込める事で銃を構える腕を強化。

 

 素早く前方を走るオーク共の頭部にポイントすると、間髪入れずに引き金を引いた。

 

 銃口とその下に取り付けられたマズルブレーキが炎を吐き出し、放たれた弾丸は次々とオークの頭蓋を食い破ってその脳髄に食らい付く。  

 

 4連続で放った弾丸は全て命中。

 

 頭部を粉砕されたオーク共は、縺れるように転倒して一緒くたに爆発した。

 

 オークの遺体を燃料として燃え盛る炎の脇を駆け抜けながら、俺は銃を放った腕を振って痺れを取っていた。

 

 いやはや、大した反動である。

 

 世界最強の名は伊達ではないという事か。

 

「大丈夫か、小太郎?」

 

「平気、平気。ちょっと反動の強い銃だったから痺れただけ」

 

「小太郎は銃器の使い方を知っていたんだな」

 

「この仕事やってる以上はな。とくに俺は忍術が使えないから、剣だけで渡っていくってのは難しかったんだよ」

 

「そうか」

 

 俺の言葉にバツが悪そうに小さな声を出す紅姉。

 

 『目抜け』の事で地雷踏んだと思ってるみたいだけど、それ勘違いだから。

 

 そもそも、俺がバイクの運転や銃器の扱いに精通してるのって、前世で嫌というほど使ってからだし。

 

 今生に入ってからは、剣一筋なのでチャカの類はほとんど使ってません。

 

 そう考えると俺って10年以上のブランクがあるのに、200キロで走るバイクの上から4連続ヘッドショットを決めたんだな。

 

 もしかしたら、射撃の方にも才能があるのかもしれん。

 

「ところで、小太郎。さっきの奴らは追っ手なんだろうか?」

 

「さて、もしかしたら歓楽街を拠点にした部隊なのかもしれん。そうなるとチンタラ走ってるワケにはいかないな」

 

「グズグズしていたら、天堂の屋敷から来た追撃隊と街の部隊に挟撃される危険性があるか」

 

「そう言う事。飛ばすからしっかり掴まってろよ!」

 

 ハンドル中央に備え付けられた液晶モニターに映る地図に目を走らせた後、俺はアクセルを開けた。

 

 咆哮と共に加速するデスモドゥス。

 

 店の備品を吹っ飛ばし、商品をぶちまけ、さらには女に襲い掛かろうとしたオークを食い殺す。

 

 そんな感じで更に方々に迷惑を掛けながら疾走する事、約十分。

 

 ようやく目的の場所、地上とヨミハラ間の物資の運搬を一手に引き受ける搬入カーゴの入り口が見えて来た。

 

 ヨミハラは地下300メートルに築かれてはいるが、その物資の消費量は大都市に引けを取らない。

 

 だから、それだけの物資を地上から運搬する為の施設が必要になるワケだ。

 

 その為ヨミハラでは人員出入り用のエレベーターとは別に、物資の積載量を増加させたリフト型を採用している。

 

 そのリフト用の通路である坂道こそが俺達の脱出ルートというわけだ。

 

「こちらL1。L2、L3聞こえるか?」

 

 人目に付かないように物陰の近くで一旦停止して仮面の内側に付けたインカムに発信すると、少しのノイズを挟んで返信が返って来る。

 

『こちらL2。L1進捗具合はどうだ?』

 

「目標の確保に成功、現在はルート1に向けて移動中。そちらはどうか?」

 

『こちらも目標の確保に成功した』

 

『こちら、L3。ネズミに関しては心願寺の爺様のところに送ってます。爺様、大層な怒りっぷりでしたから、今頃ナマスにされてるんじゃないですかね』

 

 L2・骸佐に続いてL3・権左の兄ィからも報告が来た。

 

 目標は言うまでもなく、紅姉と槇島あやめ。

 

 ネズミというのは裏切り者の苫利の事である。

 

 というか、今回の件で一番ブチキレてる爺様のところに送るとか味方ながら酷い。

 

 絶対に楽な死に方させてもらえないだろうな。

 

「そちらの状況は了解した。これよりルート1より脱出する」

 

『了解した。こちらも話は付いている、気をつけて上がって来い』

 

『それじゃ上で待ってますんで、終わったら美味いモノでも食いましょうや』 

 

 事前の打ち合わせ通りに事が進んでいるのを確認して、俺はインカムのスイッチを切った。

 

「今のは?」

 

「骸佐と権左兄ィだよ。槇島の救出と苫利の捕縛は無事に終わったらしい」 

 

「そうか、よかった……」

 

「二人はこのまま俺達の脱出のサポートに付く事になってる」

 

「それは心強い。なら、失敗はできないな」

 

「そういうこった。しっかり掴まってろよ」 

 

 そう言うと紅姉は慌てて俺の腰に手をまわした。

 

 しっかりとしがみ付かれる感触を確認して、俺は再度デスモドゥスを発進させる。

 

 100キロそこそこの速度を保ちつつ搬入口に近づいてみると、案の定というべきかリフトのシャッターの前には多くの人や車両の影が見えた。

 

「あれは……ッ!」

 

「やっぱりこの街の部隊も動いてたか。こっちのルートを探っていれば、脱出場所だって自ずとわかるもんな」 

 

 カウル越しに見えるノマドの部隊、その陣頭指揮を執っているのは魔界騎士のイングリッドだ。

 

「来たな、ブラック様の領地を荒らす虫けらめ! 総員、撃ち方用意ッ!!」

 

 エンジン音からこちらの存在に気付いたのか、イングリッドの号令に合わせて手にした銃器を構える兵隊共。

 

 ライフルにグレネードランチャー、さらにはミニガンまで。

 

 メインの道路を避けていた為に、現在俺達が通っている道はかなり狭い。

 

 これだけの火器の十字砲火を喰らえば、いかにデスモドゥスといえど耐えられはしない。

 

 かといって、狭い直進の路地では逃げ道がないのも確かだ。

 

 距離が近づく度に次々と銃口がこちらを捉え、イングリッドを始めとしたひり付く様な殺『意』に思わず口元が吊り上がる。

 

 そうして彼我の距離が100mを切った瞬間、聞こえるはずの無い撃鉄を起こす音を耳にしたような感覚に俺は行動を起こした。

 

 思考に掛ける時間は刹那。

 

 決断を下した俺はゆっくりとハンドルを左に切り、前輪を壁に乗せた。

 

 イングリッドの号令の下、ノマドの兵達が引き金を絞るのとこちらがアクセルを全開にするのは同時だった。

 

 デスモドゥスに搭載された3000CCツインターボとニトロチャージャー。

 

 この走る凶器に8秒という短期間で時速300キロもの速度を与える心臓部は、今回も主の無茶に応えてみせた。

 

 漆黒の獣の両足は聳え立つコンクリートをしっかりと捉え、通り過ぎる横殴りの鉛玉の雨をしり目に咆哮と共に路地裏を挟む住宅の壁面を疾走したのだ。

 

 このあまりにも理不尽な光景にノマドの兵士は勿論、指揮官であるイングリッドまでもが唖然と口を開けていた。

 

 その隙に俺はデスモドゥスの側面に括りつけていた円柱状の物に手を伸ばした。

 

 肩に担いで所定の操作をすれば折りたたまれていたスコープ兼設定ディスプレイが立ち上がり、筒先を覆っていた安全装置の解除と共にその砲口が露になる。

 

 一時的な道路と化していた壁面が切れ、車体が宙に投げ出されるのとこちらのセッティングが終了するのは同時だった。

 

「そら! 熱々のローストチキンになりな!!」

 

 宙を蹴って傾いた車体を水平に戻すと同時に、俺は未だ自失から帰っていないノマドの兵に向けて引き金を引いた。

 

 円柱───ロケットランチャーの後部排気口から高温のガスが噴き出すと同時に砲口から飛び出すロケット弾。

 

 それはこちらの指示した通り、展開する迎撃部隊の中央へ向けて宙を駆けていく。

 

 あちら側は俺が披露した曲乗りから我に返っておらず、このまま行けばこの一発は壊滅的なダメージとなるだろう。

 

 だが、奴等の中にもそうはさせじと動く者がいた。

 

 部隊の指揮官であるイングリッドだ。

 

 この状況では指示を出しても間に合わないと判断したのだろう、奴は飛来するロケット弾を面に愛剣を構えて待ち構えていたのだ。

 

 おそらくは着弾寸前に弾頭を切断するか、もしくは斬り落とすと同時に奴の炎熱操作で爆炎に干渉して被害を最小限に抑えるつもりだったのだろう。

 

 だが、その考えは甘い。

 

 ロケット弾が刃圏へと侵入しイングリッドが下段から刃を跳ね上げようとした瞬間、轟音と共にそれは紅蓮の炎へと姿を変えた。

 

 炎は衝撃波と砕けた鋼の破片を伴って、ノマドの兵隊たちを次々とその赤い舌で舐め取っていく。

 

 そして、炎に晒された場所からは一拍子置いて火薬の弾ける音と共に次々と苦悶の声が上がって来た。

 

 高温の炎に炙られた事で、奴等が持ってきていた弾薬が暴発したのだ。

 

 ライフルはもちろん、ガトリングガンなんて物騒な代物を用意していたんだ。

 

 奴等が貯め込んでいた弾薬は相当なものだろう。

 

 それが次々に暴発しているとすれば、あそこ一帯はまさに地獄だろうな。

 

 しかし、天堂の奴は本当に良い趣味をしている。

 

 まさか未だ市場に出回っていない米連の試作兵器まで手に入れているとは思わなかった。

 

 こいつの優れたところは、ロケット弾に内蔵された各種センサーによって時間・飛距離・対人センサー感知と爆発のタイミングを選べることだ。

 

 今回、俺が選択したのは対人感知。

 

 一度剣を合わせた事で奴が炎を操る事は知っていたので、今のようなケースならば率先して迎撃してくるだろうと読んでいたのだ。

 

 その結果は御覧の通り。

 

 こちらの乾坤一擲の一撃は搬入口の包囲に風穴を開ける事に成功した。

 

 後は地上に降りると同時にフルスロットルで搬入口へと飛び込むだけなのだが、そうは問屋が卸してくれないらしい。

 

 眼下にある爆炎の中心地、消えかけていた炎を食い尽くすかのように黒炎が吹き上がる。

 

 そしてそこから飛び出してくる人影があった。

 

 言うまでもない、イングリッドだ。

 

「貴様等ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 怒号と共に勢いを増す炎と共に、愛剣を振りかぶりながらこちらに突っ込んでくる魔界騎士。

 

 武具がホルスターに収まっている以上、このタイミングでは迎撃は間に合わない。

 

 振るわれた黒い刀身がデスモドゥスの車体へと迫る中、俺は思い切り足を蹴り抜いた。

 

 次の瞬間に起こった事は、おそらくイングリッドには理解できなかっただろう。

 

 自由落下に任せるしかないはずの1トンを超える鉄の塊が、まるで羽毛のように上へと舞い上がったのだから。

 

 防弾カウルごと俺達を両断するはずの一撃は黒い火の粉を残して虚しく空を切る。

 

 足元を過る熱を感じながらアクセルを全開にすると、デスモドゥスの後輪はあるはずの無い地面を踏みしめる。

 

 そして弾丸の如く加速した我が相棒は、その牙で呆然としている魔界騎士の脇腹を食い千切った。

 

 けたたましい音と共にデスモドゥスの両足がアスファルトを削る。

 

 なんとか反動を殺して着地に成功すると、それに一拍子遅れて赤紫という魔族特有の血飛沫をあげてイングリッドが地面に叩きつけられる。

 

 あのタイミングで急所を外したのは称賛に値するが、腹の半ばまでを吹き飛ばされては戦うことはできまい。

 

 さて、今の現象に就いてだがマジックの種は軽身功である。

 

 軽身功は氣功術の一つで、練り上げた内勁によって己が重みを限りなく0にするというもの。

 

 これを極めた者はその身を重力の枷から外し、砂粒一つを足場に飛ぶ事を可能とする。

 

 俺はこの軽身功をデスモドゥスに施す事で、あの瞬間に宙を漂っていた塵を足場に跳躍したというわけだ。

 

 氣功術は術者の体内のみに作用すると思われているようだが、それは大きな間違いだ。

 

 術者が触れている者にその内勁を通す事で、器物にその恩恵を与えることもまた勁功の奥義のひとつなのである。

 

 さらに言えば、俺は斬撃を放つ際は常に刀に内勁を込める。

 

 数打ちの日本刀にできるのだ、バイクといえど相棒たるデスモドゥスに込められないワケがない。

 

 そも軽身功で重量が生み出す反動を軽減していなければ、中学生の身で吸血鬼用に調整された化け物バイクをここまで乗りこなすなんてできはしない。

 

「お…おのれ……」

 

「エドウィン・ブラックに伝えといてくれよ。こんな派手なバイクはおっさんには似合わん。だから、俺が有効利用してやるってな!!」

 

 血ヘドと共に怨嗟の声を地面に零す敗残の騎士に、そう言い放って俺はアクセルを開ける。

 

 先ほどの惨劇をなんとか生き残ったノマドの残党が放つ銃弾を、『意』を読むことで何とか躱しながら進んでいくと、何度目かの加速と共に近づいてくる搬入リフトの隔壁。

 

 奴らから聞こえてくる叫びからすると、リフトの制御装置はさっきの爆発で破壊されたようだが、俺は構わずに速度を上げていく。

 

 もはや停止は間に合わない速度で隔壁へと突っ込む俺に、『自爆しやがった!』と囃し立てるノマドの兵達。

 

 しかし、奴らの期待は叶うことはない。

 

 こちらの接近を察知したかの様に、重い音を立てて隔壁が持ち上がったからだ。

 

 人一人分ほどが通れる高さまで開いた隙間を頭上スレスレで潜り抜けると再び隔壁は音を立てて閉まり、動き出したカーゴの上にデスモドゥスを停車させた俺はインカムを再び起動させる。

 

「ナイスタイミングだ、骸佐」

 

『当たり前だろ。こっちはしっかり見てたんだからよ』

 

『東京側からリフトの制御を奪う手は成功ですな』

 

「ああ。女王がリフトの仕様書を送ってくれて助かったぜ」

 

 今回の救出劇を始めるに当たって、カーラ女王から幾つかの資料がふうま宗家に送られてきた。

 

 その中にヨミハラと東京をつなぐ物資搬入用リフトの仕様書も存在していたのだ。

 

 このリフトはヨミハラの流通の生命線と言えるもので、当然安全対策や緊急時の対応措置も複数存在する。

 

 その一つが地上と地下の双方でリフトが操作できるというモノだ。

 

 これは魔界都市であるヨミハラの治安はお世辞にも良好とはいえない事から、何らかのトラブルで地下側のリフトの操作設備が破壊される可能性を考慮してのセーフティなのだが、ここに一つ絡繰りが仕込まれていた。 

 地上と地下の双方の操作装置が生きている場合、リフトは東京側を優先するようになっているのである。

 

 これはおそらく魔界勢力からリフト建造を押し付けられた日本政府が残した嫌がらせ、もしくは反逆のための布石なのだろう。

 

 今回はそれを利用させてもらったわけだ。

 

『ところで小太郎。お前、そのバイクはなんだよ』

 

「俺の相棒のデスモドゥスだ。エドウィン・ブラックからパクッた、発進から8秒で300キロに加速する走るギロチン」

 

『なにそれコワい』

 

『それって人間が走らせたら、一瞬でジャムになりませんか?』

 

「そりゃあ吸血鬼用だからな。それを乗りこなすのが、ライダーの醍醐味じゃねーか」

 

『いや、お前対魔忍だろうが』

 

「何を言うか、俺は剣士だぞ。所属が対魔忍なだけで忍者になった覚えはない」

 

『ウチのトップが一番忍の自覚が無い件』

 

『しかたねーよ、小太郎だし。で、その馬鹿バイクどうすんだ?』

 

「馬鹿バイクゆーな。持って帰るにきまってるだろ、もう俺の愛車なんだから」

 

『無免な上に過剰改造、さらに車検も無し。サツに見つかったら逮捕待ったなしですな』

 

『車体も血糊ベッタリなうえに銃刀法違反のオマケ付きだからな。未成年だっつてもそうそう簡単には出てこれないぞ』

 

「愚か野郎どもめ、法なんて破る為にあるんだよ。300キロでかっ飛ばせば、サツなんて追いつける訳がない」

 

『なんて奴だ、思考がアウトロー過ぎる』

 

『奥様に通報しました』

 

「すんませんっした!!」

 

 通信越しなのに思わず頭を下げて、俺は通信を切った。

 

 途中から完全に雑談になっていたが、そこはいつもの事なので気にしない。

 

 というか、さすがの俺もコイツに乗って東京を走るほど無謀ではない。

 

 上に着いたら災禍姉さんに回収用の車両を回してもらうつもりだ。

 

 それよりも今の俺には早急に手を付けねばならない事がある。

 

「なあ紅姉、俺が悪かったよ。そうだよな、コートの中に何も着てないのに前を開けて300キロで走り回ったら、そりゃあお腹も冷えるよな。その上にあんな無茶苦茶な運転したんだから、そうなっても仕方ないって」

 

「……ヒッ、くれない……もらしちゃった……。こたろうのまえなのに………」

 

 ヤベぇ。

 

 なんでか知らないけど、幼児退行までしてやがる。 

 

 たしかに弟分の前で粗相したのはショックだろうけど、そこまでダメージ受けるか!?

 

「OK、落ち着け紅姉。これは事故だ! 俺は誰にも言わんし、紅姉はなにも悪くない。悪いのは全部俺だから、まずは泣き止んでくれ!!」

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁん! おじいさまぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「うおおっ! 勘弁してくれ!」

 

 

 

 

 こんな感じで無事(?)に紅姉の救出に成功したわけだが、この後については語ることはそう多くない

 

 結局紅姉が泣き止まなかったので骸佐達との祝勝会は中止となり、単車運搬用のトラックに乗ってきた災禍姉さんと合流した俺達は紅姉を送っていくこととなった。

 

 孫娘が無事に帰って来た事に関して爺様からは土下座せんばかりの勢いで感謝されたのだが、一方で未だグズっていた紅姉を引き取った槇島からはビームが出るかのようなメンチを切られるハメになった。

 

 別に威張るつもりはないけどさ、俺ってお前等の頭領なんですがねぇ。

 

 そのあと家に帰ってデスモドゥスのシートを掃除した訳だが、密着状態だった為にズボンのケツと太腿にも被害は及んでいた。

 

 おかげで出迎えた際に抱き着いてきた銀零も汚れてしまい、お詫びも兼ねて一緒に風呂に入る事に。

 

 こちらから離れる際、銀零が『別のメスの匂いがする』とか言っていたのは、きっと幻聴に違いない。

 

 ともかく、色々とあってさすがに疲れた。

 

 明日も問題は山積みなんだし、今日はゆっくりと休むことにしよう。




剣キチ『盗んだバイクでTO HELL~♪』

災禍『無免許運転ダメ、絶対!』

時子『お館様、没収です!!』

剣キチ『相棒ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』


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日記8冊目

 お待たせしました、8話でおます。

 クリスマスイベント、私はもうあきらめたよ。

 あの双六みたいなマップ、周回するのは無理。

 取りあえずは対魔石を溜めて、正月のイベントに賭けようと思います。




◆月〇×日(五月雨)

 

 

 没収された相棒を想って、日々枕を濡らしている小太郎です。

 

 紅姉救出から二週間が過ぎた。

 

 当の紅姉の様子だが、心願寺の爺様の話では魔薬の方も完全に抜けて体調も完全に回復したそうだ。

 

 これに関しては素直にめでたいと思うのだが、最近当人に避けられている身としては少々複雑である。

 

 紅姉とのエンカウント率は以前に比べてグッと上がったのに、俺を見るなり顔を真っ赤にして『はわわわわっ』などとよく分からん奇声をあげながら去って行かれては、こちらとしても対処に困る。

 

 とりあえず以前の粗相については気にしていないと伝えたいのだが、この調子ではそれもいつになる事やら。

 

 一方で発生早々に調査に動いていた紅姉拉致事件、その裏も取ることが出来た。

 

 災禍姉さんから上がって来た報告書では、今回の件はノマド・政府・公安・対魔忍、その全てが関わっていたらしい。

 

 先ず、ノマドから顧客である大物政治家へ対魔忍の中にエドウィン・ブラックの血縁者がいるという情報が、政府内に拡散させるようにとの指示と共に届けられた。

 

 その政治家が汚職の証拠と鼻先にぶら下げられた多額の報酬を目当てに指示に従うと、当然この件は国内安全を担う防衛大臣を始めとする各機関で問題となった。

 

 公安第三セクションに組み込まれている対魔忍は、今やヨミハラや東京キングダムから押し寄せる魔族への抑止力として無くてはならない存在となっている。

 

 そこに獅子身中の虫というべき存在がいるとなれば、安心して運用などできはしない。

 

 公安はすぐさま対魔忍上層部に真偽のほどを確かめるように通達を出した。

 

 紅姉の件は対魔忍上層部の中でもよく知られていた為、調べるまでもなく目星をつけた老人達は紅姉の事を報告すると共に裏切り者として処理しようとした。

 

 ふうま八将の一つ心願寺の跡取りであり、対魔忍の仇敵たるエドウィン・ブラックの娘。

 

 老人達にとって生かしておく理由は無かったのだろう。

 

 しかし、彼等の動きは公安からの命令によって遮られる事となる。

 

 曰く『近頃活躍目覚ましいふうまの上層部に属する者を確たる証拠も無いままに処罰しては、現体制とふうまの禍根となるだろう。それを避ける為にも任務中の事故という形で処分するべきである』

 

 この命令の出所は言うまでもないが例の政治家、そして奴を傀儡としたノマドであった。

 

 ブラックか、それとも幹部連中の何者かか。

 

 指示の出所ははっきりしないが、少なくともノマドが心願寺紅という存在に興味を持っているのは確かのようだ。

 

 こうしてノマドが裏で糸を引く中、政府と公安の手によって罠の舞台が用意され、紅姉はそれに堕ちてしまったというワケだ。

 

 ちなみにこの話の取っ掛かりを吐いた苫利は、爺様に文字通り寸刻みに解体されてブタの餌になった。

 

 前回の会合でこの結果を知らせたところ、爺様はもちろん紅姉を我が娘のように可愛がっていた二車の小母さんもブチキレ、危うく第二次ふうま反乱が勃発するところだった。

 

 まったく二人ともまだまだ精神鍛錬が足りない。

 

 俺なんて報告書を読んでも我を忘れるなんて無かったというのに。

 

 そう、倉庫の封を破ってムジュラの仮面とデスモドゥスを持ち出し『仮面ライダー・ムジュラ』として井河宗家と公安警察に『TO HELL』しようとするくらいに冷静だったのだ。

 

 ……それについては時子姉が泣いてしがみ付いてきたから止めたけどさ。

 

 さて、この事を踏まえたうえで俺は八将の皆にカーラ女王からの勧誘の件とこちらの所感を発表した。

 

 対魔忍の上層部である政治家が一部とはいえノマドを始めとした魔界勢力と繋がっている以上、現体制のままで対魔忍の使命を果たすのは不可能に近い。

 

 一方で上層部のふうま不信と宗家への憎悪の深さを考慮したところ、対魔忍に所属しながらのふうま再興は難しいと言わざるを得ない。

 

 この事は紅姉の事件を見れば明らかである。

 

 だからこそ、古巣に固執せずに新天地で再起を計る事も考慮に入れて欲しい、と。

 

 この案に諸手を上げて賛成したのは心願寺の爺様だけで、二車の小母さんと甚内殿は答えを返そうとしなかった。

 

 爺様に関しては直系の紅姉がマトに掛けられたので、このまま日本に留まると言う選択肢はないだろう。

 

 ただ、他の二人に関しては没落した心願寺や飾りだけの宗家とは立場が違う。

 

 下に付く家々への対応やそれに伴う外部との折り合い等々、どういう立場を取るにせよ厄介事が付いて回るからだ。

 

 ともかく、どう動くにしてもまずは一度カーラ女王と話を詰める必要があるのは確かだ。

 

 このように厄介事だらけの日々だが、少しだけ良い事もあった。

 

 宗家第三の要員として、ふうま天音姉ちゃんが戻って来てくれたのだ。

 

 これは割と本気で移籍の事を考えていると家族会議で伝えたところ、災禍姉さんが上手く老人達を騙くらかしてウチに引き抜いてくれたのだ。

 

 一応は災禍姉さん同様に俺の監視ということになっているが、本人には全くその気はない。

 

 曰く『若様の活躍はよく存じております! 対魔忍最年少の任務達成記録樹立を始めとして、イングリッドを始めとする魔界の剣豪を悉く打ち倒す武! さらには例の忍者騒動でふうまの名を世に知らしめる手腕など!! この天音、宗家の執事として鼻が高いです、宗家の執事として!!』とのこと。

 

 ふうまへの忠誠心が振り切れているのはいいとしても、そのテンションの高さには対応に困ってしまう。

 

 こっちが声をかける度にブンブンと勢いよく振られる犬の尻尾が見えるのはきっと幻覚だろう。

 

 あと、時子姉に突っかかるのを止めてもらえたら言う事ないんだけどなぁ。

 

 

◆月〇□日(晴れ)

 

 

 今日はカーラ女王と会って来た。

 

 目的は勿論、むこうから送って来たラブコールに対する条件のすり合わせである。

 

 今回参加したのはふうま側は俺と右腕である骸佐、二車の執事である権左兄ィに宗家執事の天音姉ちゃんだ。

 

 そうそう、天音姉ちゃんだけど正式に宗家執事になったワケじゃないから。

 

 会議参加に際して役職として、こう名乗っているだけなので悪しからず。

 

 一方、カーラ女王の方は前回と同じく本人と護衛であるマリカ・クリシュナ卿。

 

 さらに日本有数の結界師であり吸血鬼ハンター育成学校『隼人学園』の理事長を務める上原北絵女史に、同学園の教師兼日本最強の吸血鬼ハンターである神村東女史だ。

 

 今回の会合で最初に伝えたのは紅姉救出に関しての助力に対しての謝礼と、ふうまとしてカーラ女王の申し出を前向きに考えているという事だ。

 

 俺としてはしっかりとした言葉を返したかったのだが、ふうま内部でしっかりとした調整が出来ていない以上は言質を取られるような発言は控えないといけない。

 

 むこうのメンツはヴラド国のトップに加えて、平安時代の陰陽寮から続く日本呪術界の権威と国内外に勇名を轟かせる吸血鬼ハンターのトップランカーだ。

 

 下手に思わせぶりな事を口にしたら逃げられなくなる。

 

 むこうも現状の俺の立場が分かっているのか、早期の返答を求められなかったのは正直助かった。

 

 こちらも年内を目途に返答したいと返しておいたが、間に合うかどうかは微妙なラインと言わざるを得ない。 

 

 さて、今回の会議に上原・神村両氏が顔を出した理由についてだが、これはふうまを引き抜く為の手助けをする為だと言う。

 

 ふうまを対魔忍としてそのまま引き抜くとなれば、当然ながら簡単には行かない。

 

 非公式とはいえ公安直属の部隊である対魔忍には国家機密レベルの情報が否応なしに流れてくる。

 

 そんな立場の一団が他国の諜報機関に移籍するとなれば、日本は形振り構わずに阻止しようとするに違いない。

 

 しかも引き抜きの声を掛けたのはカーラ女王なのだから、大義名分も向こうにある。

 

 この件が明るみに出れば、井河と自衛軍を相手取ることになるだろう。

 

 こちらとしてもそんな事態は絶対に御免被る。

 

 日本の敵になるくらいなら、今から反乱起こした方が百倍マシだ。

 

 ぶっちゃけ先制でアサギとジジイ共の首を獲れば負けは無いし、被害の方も最小限に抑えられるだろうからな。

 

 まあ、そうなると今でさえ深刻だった対魔忍の人手不足は壊滅的状況に陥って、遠からず公安に使い潰される未来しか見えないからやらないけど。

 

 そういった事態を避ける為に上原女史達の手を借りるワケだが、手順としてはこうだ。

 

 まず、ふうま一門は対魔忍を引退・廃業する。

 

 当然、ウチの仕事を考えれば一般の自営業のように『廃業届』一通で終わりとはいかないが、こちらと同時進行で上原が宮内庁に働きかけて公安の上である警察庁に交渉を持ち掛ける。

 

 交渉内容は廃業したふうま一門を上原家由来の隠密集団として雇用する事。

 

 そして、対魔忍の経験を活かして対吸血鬼の実行部隊として運用するというものだ。

 

 当然、先方が首を縦に振るわけがないだろうことは想像に難くないが、そこは俺達が集めに集めたブラック労働やパワハラ・セクハラ・児童虐待の記録が火を噴く事で対応する。

 

 幸いな事に我等ふうま忍軍は、過日の事件でメディアにも覚えがめでたい。

 

 そこにアサギによる5歳児公開処刑や全裸吊るし上げ大会の画像が出回ればどうなるか?

 

 少なくとも公安のトップを始めとして大方の首はすげ変わり、井河主導の対魔忍は契約を切られることだろう。

 

 国外脱出ならば機密保持の為に形振り構わず対応するだろうが、国内での移籍となれば奴等とて無茶は出来まい。

 

 で、上手く移籍が成功すれば俺達は上原女史が経営する学園の警備がてらに吸血鬼の事を学ぶ。

 

 そして、二か月ほど時間をおいて吸血鬼の生態の実地研修という名目でヴラド王国へ飛び、そこで事故死する事になる。

 

 もちろんこれは偽装であり、死んだと見せかけた俺達はそのまま女王が用意したヴラド王国の戸籍を得る事で亡命を成功させるというものだ。

 

 なんともはや、ややこしい手順である。

 

 骸佐や権左兄ィなんか、あからさまに顔を顰めていたし。

 

 とはいえ、穏便にこちらが鞍替えするならば、この位はしなければならないのも事実。

 

 移籍が決定したら、何回か上原女史と計画を詰めねばならんな。

 

 で、その後は『こちらの実力が見たい』という上原・神村両女史のリクエストに応えて模擬戦をしたり、俺が学校に行ってない事がバレて神村女史がキレたりと中々に大変だった。

 

 神村女史は教職に就く者らしく、『子供を学校に行かせないのは虐待だぞ! 義務教育を知らねぇのか!?』と憤っていた。

 

 ちなみに対魔忍の本拠地である五車の里には一応『五車学園』という中高一体の学園がある。

 

 対魔忍の家系は小学校は自宅学習で済ませて、中学で初めて学校に行くのが習わしなのだ。

 

 何でも心身共に基礎を築く幼少期に学校で時間を取られては、優秀な対魔忍になれないとか何とか。

 

 因みに学園で教えるのは忍術の制御と対魔忍としての本格的な任務のイロハなのだが、同時進行で一般教養の授業もしているらしい。

 

 時子姉曰く、授業内容は進学校レベルなんだとさ。

 

 そういう理由から神村女史の怒りを『風習だし、俺は忙しいんだから仕方ないやん』とスルーしかかったのだが、銀零の事を考えて即座に思い直した。

 

 あの子だってもう7歳、世間一般では小学校に行ってなくてはならない歳だ。

 

 頭を対魔忍に汚染されそうになっていたことに戦慄しつつも、俺は7歳の妹がいるので学校に入れてくださいと五体投地しといた。

 

 天音姉ちゃんが騒いでいたけど、俺はふうまの頭領の前に銀零の兄であり親代わりなのだ。

 

 可愛い妹の為に頭を下げる事に何を躊躇う事があろうか。

 

 幸い『隼人学園』には初等部もあり、女王の方も帰化が完了したら小学校に入れてくれるそうなので、この件については一安心である。

 

 最後に女王から提示された雇用条件の草案が提示され、会談は終わりを迎えた。

 

 雇用条件については、付いてきた三人共に妥当であると納得してくれた。

 

 給与面に関しては下忍は収入が増えるのは確実なようなので、ある程度は下からの不満は緩和できるものと思う。

 

 というか、公安から降りてくる任務報酬が爺共や井河の家に中抜きされて、ウチや八将が自腹切らんとシャレにならないレベルだからな。

 

 うん、命懸けの仕事なのに手取り20以下とかナイワー。

 

 取りあえず、賃金アップを確約できるのは本当にありがたい。

 

 ブラック企業脱退を目指して頑張ろうじゃないか。

 

 

◆月〇▼日(曇り)

 

 

 今日、久しぶりに同世代の知り合いが出来た。

 

 名前は秋山達郎。

 

 逸刀流で有名な秋山家の長男なんだが、彼は俺と同じく忍術に目覚めておらず、周りのクソガキから虐められていた。

 

 鍛錬帰りに苛めの現場を見つけたのだが、中坊とはいえ相手は対魔忍の卵。

 

 振るわれる暴力の中にはシャレでは済まない威力のモノがある。

 

 警察沙汰になるのもあれなので大怪我をする前に助けたのだが、達郎の独白にシンパシーを感じて自分も忍術が使えない旨を話してしまった為にエライ懐かれた。

 

 大怪我ではないとはいえ、決して無視できるダメージではなかったので家まで送って帰ると、今度は俺が達郎の姉に襲われる羽目になった。

 

 扉を開いた途端に斬りかかって来たから、反射的に発勁で吹っ飛ばしてしまった。

 

 ぶっちゃけ浸透勁になってなくて良かったと思う。

 

 下手をすれば、知り合ったばかりの少年の姉を七孔噴血で殺すところだった。

 

 で、一度戦闘不能になって頭の血が降りた姉に事情を説明。

 

 その場で額を床に叩き付ける勢いで土下座されたが、絵面的にヤバ過ぎたので早々に顔を上げてもらった。

 

 その後はこちらも暴力を振るった事を謝り返して帰る運びとなったのだが、達郎が携帯の番号を交換しろとうるさいのでサブの分を教えておいた。

 

 名前に関しては『世良田ニ郎三郎』と教えておいたが、まあ問題ないだろう。

 

 

◆月〇×日(雨)

 

 

 いやはや、どっと疲れたわ。

 

 今日は半ドンで任務を終えたワケだが、夜になって達郎から着信があった。

 

 何事かと出てみれば、電話先では強気になった達郎が東京キングダムに探検に行くと騒いでいる。

 

 興奮しながら喚く奴の話を統合するに、どうやら件の苛めっ子達からヘタレ扱いされ、それを覆す為に東京キングダムに行く事に決めたそうだ。

 

 しかも学校が終わってすぐに電車に乗ったそうで、もう東京に着いているというではないか。

 

 別に友達でも何でもないが、顔見知りである事に変わりはない。

 

 流石に死なれては寝覚めが悪いというものだ。

 

 結局、俺も慌てて現地に急行することになった。

 

 ちなみに魔界都市という異名から一般人は足を踏み入れにくいと思われている東京キングダムだが、実はそうでもなかったりする。

 

 治安が悪いのは確かだし、客層のメインターゲットは議員や企業の重役と言った富裕層なのだが、一般の人間もまた東京キングダムにとっては大事な金蔓なのだ。 

 

 塵も積もれば何とやらという諺があるように、富裕層よりもはるかに数が多い一般人が落とす金もあながち馬鹿にできない。

 

 その為、東京キングダムのメインゲート近くには通常の飲食店や外国ブランドの物販店が立ち並び、普通の繁華街として機能していたりする。

 

 もっとも、娼館や違法ドラッグや武器なんかを求める輩も後を絶たず、そういった奴の何割かは不幸な事故で消息を絶つ事になるのだが。

 

 達郎に遅れる事数時間で東京キングダム入りしたワケだが、奴の捜索は本当に骨が折れた。

 

 着いた時点で携帯は繋がらないし、探すにしてもノーヒントだ。

 

 一縷の望みをかけたGPSも東京キングダムを飛び交う違法電波で役に立たない。

 

 仕方が無いので怪しいところを虱潰しに探してみても、やはり見つからない。

 

 ぶっちゃけ生存は絶望的かと思われたのだが、幸運な事にダメ元で当たった最後の場所で俺は達郎を発見することが出来た。

 

 俺が最後に向かった場所と言うのは、例の『チ●ポハンター』が巣食っている教会だ。

 

 心の底から嫌々ながらも扉を開けてみると、物凄い生臭さと共に俺を迎えたのは男に跨ったエロシスターだった。

 

 この時点でもう帰りたかったのだが、今までの苦労を思えば確認しないわけにはいかない。

 

 取りあえず、その辺にあった長椅子をシスターにブン投げた俺は、解放された被害者を覗き込んだ。

 

 いろんなモノを吸われて骨と皮になっていたが、生前(?)の面影は辛うじて残っていた。

 

 探し人の達郎である。

 

 ほぼミイラのような姿で『ねえちゃん……明日って…今さ……』と呟く達郎。

 

 ジョジョ第一部のポコとかネタが古すぎるとツッコみたくなったが、そんな余裕は俺には無かった。

 

 あのエロ女が色んな所から色んな液を垂らしながら、こちらを狙っていたからだ。

 

「童貞チ●ポがもう一本キターーーーー!!」

 

 などと言いながら目を爛々と輝かせて襲い掛かってくるエロシスター。

 

 斬ったら剣が穢れること間違いないので、その辺にあったベンチを5、6個投げつけてから離脱。

 

 変態の獲物を狙う熱気を浴びた所為か、達郎が『オヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨッ!?』と奇声を上げて左右に揺れ始めたが、そんな事には構っていられなかった。

 

 あのエロアマに掴まったら、俺まで腹上死してしまう。

 

 なんだかよく分からない物体と化してしまった達郎を担ぎ上げ、俺は必死の思いで東京キングダムを後にした。

 

 今回被害に遭ったバカは幸いな事に命に別状はなく、米田のじっちゃんの所で栄養剤の点滴と精の付く物を食べたらあっという間に回復した。

 

 しかも死に際の集中力か、それともあの女との交わりが房中術になったのか。

 

 あの野郎、忍術が使えるようになってやがった。

 

 病室で喜びの舞を踊りながら忍術を乱発する奴に、ヤクザキックを叩き込んだ俺は悪くない。

 

 ◆月〇□日(雨)追記

 

 達郎と同じ中学に行っている部下の話では、復帰した奴は忍術が使える事に加えて脱童貞の貫禄からか、虐められることはなくなったらしい。

 

 またエロシスターとの濃密な時間によって性的嗜好が変わったようで、片思いバレバレの幼なじみからの誘いに『ごめん、幼児体型はちょっと……』という発育が緩やかな彼女の地雷にダイビングヘッドをくらわすかのような発言をし、渾身のシャイニング・ウィザードを貰ったらしい。

 

 今回の教訓は童貞捨てたくらいでイキってはいけないという事だ。




達郎『俺は漢の階位を上げた! 見ろ! 俺の忍術を!!』

剣キチ『あんなヘタレでも童貞を……ッ! うらやま……しくないな。』


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日記9冊目

 お待たせしました、対魔忍新作完成です。

 いやはや、何とか今年に間に合った。

 ソシャゲの年末進行が忙しくて、筆の進みがなかなか上がりませんでしたわ。

 ともあれ、今年一年は剣キチ本編ともども、読者の皆様には大変お世話になりました。

 返答ができない状況ですが、皆様の感想にはいつも勇気づけられています。

 これからも非才の身ではありますが、何とか書いていこうと思いますので、来年もよろしくお願いします。


◆月〇▽日(くもり)

 

 

 今日、達郎と知り合ってから世良田(せらた)名義となっているサブ携帯に、奴の姉の凛子から電話がかかってきた。

 

 なんでも達郎が例の一件で目覚めた異能を術にまで昇華する事に成功したらしい。

 

 これだけならめでたい話で終わるのだが、問題は後から来た。

 

 脱童貞からの一件で自信を持った奴は、腕試しの為に東京キングダムに行くと言い出してるのだという。

 

 なるほど、これはヤバい。

 

 達郎の異能は以前病院で使っているのを見る限り、『空遁』と呼ばれる空間干渉系能力で間違いないだろう。

 

 この異能は対魔忍の中でもかなりレアなもので、凛子も同じ忍術適性だったことを思えば秋山家の遺伝なのかもしれない。

 

 だが、どれほど優れた能力を得たとしても、慢心や油断を持った瞬間に化学反応を起こしたように破滅するのが対魔忍である。

 

 この法則には東京キングダムやヨミハラでアへ顔ダブルピースを晒している対魔忍はもちろん、あのアサギですら逃れられないのだ。

 

 実戦すら経験していないケツの青いヒヨッコでは餌食になる未来しかない。

 

 で、凛子がこちらに頼んできたのは達郎の説得だ。

 

 曰く『いまだ一人前の対魔忍として現場に出た経験のない私では、今の達郎を止めることが出来ない。だが、あいつを東京キングダムから救い出してくれた世良田なら、話を聞いてくれると思う』だそうな。

 

 随分と信用を得てしまっているけど、あいつとは顔見知りなだけで友達でも何でもないんだが……。

 

 とはいえ、このまま放置すれば達郎の生存確率は5%を切るのは明白。

 

 知った顔が死体になって戻ってきたり、両刀使いのオークに掘られてアへ顔を晒すのを見るのは忍びない。

 

 そういう訳で、俺は再度秋山家に赴くことにした。

 

 件の達郎だが、数日ぶりにあったにも関わらず顔は見違えるように精悍となり、以前は『僕』と言っていた一人称も『オレ』に変わっていた。

 

 『男子、三日会わざれば刮目して見よ』という故事を彷彿(ほうふつ)とさせる大変化である。

 

 だがしかし、メンタルが多少強化された程度で乗り越えられるほど、東京キングダムの闇は安くはない。

 

 『まだお前は子供だし、忍術を得たと言っても間が無い為に練りも甘い。取り合えず、術が慣熟するまで実戦は待った方がいい』

 

 と説得してみたのだが、案の定達郎は聞き入れようとしない。

 

 あいつの言い分は『なにも背負っていないお前と違って、俺は秋山家の跡取りとして家を継ぐ義務がある! その為には対魔忍としての力と実績が必要なんだ!』とのことらしい。

 

 偽名を名乗っているから何も言わんけど、お飾りの頭首とはいえ俺が背負ってる物はお前より格段に重いんだがなぁ。 

 

 まあ、あいつの言葉は名門である秋山の跡取りとしての重圧とか、そんな立場にいる自分が忍術に目覚めなかったことへの苛立ちや自己嫌悪から来てるんだろう。

 

 しかし、だからと言って自殺志願者を見捨てるわけにはいかない。

 

 この後も説得を続けたのだが達郎との意見は平行線を辿り、結局は対魔忍らしく手合わせをして勝った方が意思を通すという結論に達した。

 

 というか、ヒートアップした凛子が達郎に挑戦状を叩きつけ、達郎の方も売り言葉に買い言葉でそれを受けただけである。

 

 お前等な、そんな脳筋な結論を対魔忍らしくとか言うな。

 

 ウチまで一緒だと思われたらどうすんだ。

 

 そんなワケで秋山家の道場を舞台にして模擬戦が開始された訳なんだが、初戦の姉弟対決はなんと達郎が勝利を収めた。

 

 『空遁』については一日の長があるのに加えて、逸刀流の免許皆伝の凛子を相手にしてこの結果は意外だが、実際に目の当たりにすると達郎の作戦勝ちと言うべきものだった。

 

 初手で間合いを詰めながら木製の模擬苦無を放つ達郎。

 

 当然、凛子にそんな手が通用するはずがなく、苦無は彼女が手にした木刀で空しく弾かれた。

 

 そうして半ば無防備に姉の刃圏へと足を踏み入れる達郎と、それを迎え撃たんと木刀を大上段に構える凛子。

 

 しかし次の瞬間、振り下ろされた木刀は空を切り達郎の体は姉の背後を飛んでいた苦無の(そば)にあった。

 

 背後を取った事でガラ空きとなった凛子の背に向けて、全体重を乗せて木刀を振り下ろす達郎。

 

 この奇襲に凛子は対応できず、首筋の寸前で木刀を止められた彼女は負けを認めた。

 

 結論から言えば、達郎の忍術『飛雷神』は自分がマーキングした物体を目印にして空間転移するというものだ。

 

 凛子戦で弾かれた苦無の(そば)に奴が現れたのは、苦無に予めマーキングを施してから投げた為である。

 

 はっきり言って、奴の忍術は数ある対魔忍のそれの中でも上位に食い込むほどに強力なものだと云える。

 

 これを使いこなせるようになれば、アサギすら超える事も夢ではないだろう。

 

 姉に勝った事でさらに調子に乗ったのか、俺に向かって手招きをする達郎。

 

 うむ、いい感じで慢心している。

 

 これならどんな任務についても大ポカこいてあの世に逝くだろう。

 

『世良田は忍術が使えないからな、ハンデが必要なんじゃないか?』

 

 などとぬかしてきたので、『そちらがそう言うなら是非もない。───お前が得意とする忍術、五手までは見逃してやる。俺が攻めるのはそれからだ』とあおり返してやった。

 

 この効果は絶大で、余裕を見せていた達郎の顔は一気に赤く染まった。

 

 そんな感じで模擬戦第二試合と相成ったワケだが、こっちは本気で奴の攻撃を五手躱すまで防御に徹していた。

 

 凛子の試合を見てわかったことだが奴の忍術は『意』の漏れが酷い。

 

 跳ぼうとする『意』がマーキング先とリンクしているので、術の発動から移動先まではっきり言ってダダ漏れなのだ。

 

 これではこちらの虚を突くなど夢のまた夢である。

 

 当然、自慢の忍術が通用しない事に達郎は錯乱する勢いで焦っていたが、戴天流の術理を知らんむこうにしてみれば悪夢以外の何物でもないだろうから仕方ないだろう。

 

 結局、6手目に凛子戦で使ったのと同じ奇襲を仕掛けてきた達郎の鳩尾に、振り返ることなく木刀の切っ先を打ち込んだ事で試合は終了。

 

 達郎の東京キングダム逝きを阻止することに成功した訳だ。

 

『忍術も使えない出来損ないに見切られる程度の代物が、人間を超える魔族に通用するわけがない。焦る気持ちはわかるが、今は己の腕を磨くことに専念しろ』 

 

 敗戦のショックにうなだれる達郎に、俺はガラでもない頭首モードでそう言い聞かせた。

 

 ここで終われば一応は丸く収まったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 胡坐(あぐら)の状態から立ち上がろうとした達郎の上着から、ある物が零れ落ちたからだ。

 

 軽い音と共に板張りの床を跳ねたのは、男性用避妊具で有名なコンドーさん1ケース。

 

 実戦を積むには明らかに不要な代物である。

 

 一気に死に絶える道場の空気の中、顔を真っ赤にしてワナワナと震える凛子の傍らで俺は首を傾げた。

 

 あの忌まわしい事件によって童貞を失った奴が、何故こんなものを持っていこうとしたのか?

 

 この年では風俗店など利用できんだろうし、流石にナンパ目的というのも考えにくい。

 

 というか、東京キングダムで女に声を掛けたら十中八九、命懸けの厄介事に巻き込まれるし。

 

 そこまで考えていたところ、俺の脳裏に嫌な予測がよぎった。

 

 試合後に奴から聞き出した『飛雷神』のマーキング方法は『血液をはじめとして、術者の体液を染みこませる』というもの。

 

 この件について電話を受けたのは夕日も沈みかけた頃なので、ド田舎である五車の里の本数が少ない交通機関では東京に行くのは不可能だ。

 

 しかし、東京キングダムの中には達郎の体液が残る場所が一つだけ存在する。

 

 そう、『チ●ポハンター』ことエロシスターの教会である。

 

 この予測を達郎に突き付けると、奴は少し口ごもった後で開き直ったかのように堂々とした態度で肯定した。

 

 以前、ミイラ寸前にされたのを忘れたのかと問えば、『初めてを捧げた女なんだぞ! また会いたいと思って何が悪い!!』と逆ギレする始末。

 

 はじめて云々という意見は分からんでもないが、奴はノンケだろうがホモだろうが果てはフタナリであろうと、チ●ポがあれば有象無象の区別なく喰らう変態である。

 

 達郎の考えるような純愛要素なぞ皆無であり、コイツが如何に想おうとも所詮は並べられたウインナーの一本以上にはなれないのだ。

 

 その事を突き付けてやっても『ああ、ウインナーで構わないとも!!』と覚悟が極まりまくった表情でうなずく達郎。

 

 梃子でも動かない達郎の態度にもう好きにさせてやろうかと半ば諦めていると隣にいる凛子が動いた。

 

 おもむろに達郎の襟首を掴むと、道着の上を豪快に脱ぎ捨てて母屋に向けて引きずり始めたのだ。

 

 何事かと思っていると『愛しい弟の成長が、どこの馬の骨とも知れない女のお陰など許せぬ! ゆきかぜが振られた以上、かくなる上は私がお前の目を覚まさせてやる!!』と雄々しく宣言する凛子。

 

 ハイライトが消えた目に不穏な空気を感じたので何をする気だと問うたところ、『無論、達郎の体からその女の匂いを消すのだ。この身を使ってな!』というお答えが。

 

 『こやつ、正気か!?』と戦慄する俺を置き去りにして、ピシャリと閉まる母屋と道場を繋ぐ廊下の扉。

 

 しばし茫然とした後に秋山家を後にした俺は、人倫的に死ぬであろう達郎の冥福を祈りながら世良田名義の携帯を処分した。

 

 よもや実戦に出ることなく破滅するとは……対魔忍の法則とはかくも業の深いものなのか。

 

 何故か奴の末路が他人事のように感じられなかった為、その足でお祓いに行ったのは秘密である。

 

 

▼月×日(晴)

 

 

 今日、任務の帰りに襲撃を受けた。

 

 実行犯は井河の中でも近代戦を駆使する腕利きである八津九郎率いる『九郎隊』

 元自衛軍経験者だけで編成されただけあって、集団戦の巧みさは対魔忍の一枚も二枚も上を行く。

 

 正直言って、奴らの対処には通常の対魔忍による刺客より数倍手間取った。

 

 米連や自衛軍の装備を勉強しててよかったよ、まったく。

 

 なんとか襲撃を退けたものの、戦況の不利を悟った途端に向こうはがあっさりと撤退した為に隊長の八津を討つ事はできなかった。

 

 まあ、代わりに隊員を一人確保することには成功したので良しとしよう。

 

 自害できないように処置を施したそいつは、今は災禍姉さんたちに頼んで情報を絞り出している。

 

 今まで井河からの襲撃はちょくちょく受けているが、老人たちは常に反乱時の被害者による独断と尻尾を切ってきた。 

 

 しかし、今回は言い逃れはできない。

 

 『九郎隊』は明確なアサギの直下であり、奴らの行動はいかに独断だったとしても井河宗家に責任が及ぶ。

 

 これが老人達の指示かそれともアサギによるものかは知らないが、そろそろ俺の命は安くない事を教えないといけない。

 

 

▼月〇日(快晴)

 

 

 先日の九郎隊による襲撃だが命令の出所がアサギであったのが発覚した為、俺達は情報をゲロした隊員を連れて五車学園に乗り込んだ。

 

 臨戦態勢で待っていた八津紫を境圏からの経穴を突く事で無力化して学園長室に入ると、件の九郎もその場に居合わせていた。

 

 同行していた災禍姉と骸佐に隊員と紫を任せてオハナシする事しばし。

 

 アサギは九郎隊が動いたことはおろか命令が下されていたことも知らないといい、対する九郎は井河頭首の印が押された書類を持ち出して命令はあったと主張する。

 

 上司部下の関係でありながら、お互いが主張を取り下げないのには訳がある。

 

 いかに九郎と紫が功績をあげているとはいえ八津家は井河の下忍であり、他流の頭首である俺を襲ったのが独断であると判断された場合は一族郎党全ての命を以て詫びねばならない。

 

 これは長きに続く忍の秩序を護る為の不文律であり、井河とふうまの上下関係は関係なく執行される。

 

 一方、今回の襲撃が井河頭首であるアサギの命だとした場合は井河によるふうまへの宣戦布告となり、両者の衝突は不可避の物となる。

 

 この8年の間である程度勢力を盛り返したふうまを相手取っては井河をはじめとした主流派もタダでは済まず、さらには魔族の影が迫る状況で内ゲバで勢力を減らすような醜態を晒せば政府からの信用も失墜するのは明白だ。

 

 己が右腕を捨てるか、それとも滅亡覚悟の戦端を開くか。

 

 進退窮まったアサギが青い顔で黙り込む中、俺は九郎の書類にアサギのサインがない事に気付いた。

 

 確かに頭首が持つ家印は押されているものの、こういった指令に関しては直筆のサインが施されているのが普通だ。

 

 勿論、宗家家印など頭首以外に持ち出せるわけがないのだが、これには抜け穴が存在する。

 

 そう、井河勢大家の頭首が雁首を揃える老人会である。

 

 奴等の性格を考えれば、現頭首を介さない謀略を実行する為に家印のコピーを用意していてもおかしくない。

 

 そのことを指摘すると、紙のようだったアサギの顔色は一気に真っ赤に染まった。

 

 『事の真偽を確認したいので、時間をくれないか?』という向こうの申し出に対し、俺はそれを認める代わりに二つの条件を出した。

 

 アサギはその内容に渋面を浮かべたものの少し考えた後に首肯し、それについての書面を交わして俺達は理事長室を後にした。

 

 今回の一件、老人たちの仕業だとすれば下手を打ったものだ。

 

 俺の暗殺に頭首であるアサギを動かすことができない事から、それに次ぐ総合力を持つ九郎隊を動かしたのは悪くない。

 

 だが、こちらとて散々修羅場を潜り抜けた身。

 

 軍人崩れの一部隊程度に殺られるほど、安くはないのだ。

 

 確実にこちらを仕留めるなら、加えて八津紫と井河さくらくらいの手勢を揃えるべきだった。

 

 ともあれ、暗殺に失敗した上に裏で糸を引いていることがバレた以上、この貸しは高くつくことになる。 

 

 沢木恭介の一件から老人たちに確執があるアサギが、今回の件に強硬に異を唱えないのは予想できていた。 

 

 それが例え井河一党に大混乱を引き起こすとしても、だ。

 

 ふうまの身の振り方を決めたし、俺達に対魔忍と敵対する気がない以上はアサギに舵取りをしてもらう必要がある。

 

 老人がトップに居続けるという、古い日本の悪習は終わりにしてもらわねばな。




凛子『────ついて来れるか』

銀零『さきをこされた……』 


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日記10冊目

 お待たせしました、退魔忍10話完成です。

 今回は初めての手法をチラホラと入れていますので、変な事になっていなければいいのですが……。

 あと、年始のお年玉ガチャですが、来たのは不知火でした……。

 年始のモチベーションが一気に落ちたよ、ド畜生が!!

 やはり、俺には紅は来ない定めなのだろうか……




【乗り切れ】ふうま下忍が愚痴をこぼすスレ【奴隷生活】

 

 

165 名無しのふうま下忍

しかし、例の一件でふうまと若様が一躍有名人になったよな

 

 

166 名無しのふうま下忍

忍者なのに有名とはこれ如何(いか)にって感じだけどな

 

ところで、あの事件で死んだのってウチのメンツなの?

 

 

167 名無しのふうま下忍

いや、イガグリんトコの掃除屋らしいぜ

 

聞いた話だと、この前汚職で消えた○○って政治家からの依頼で、ジジイ共が女王暗殺に動かしてたんだと

 

 

168 名無しのふうま下忍

そマ?

 

 

169 名無しのふうま下忍

つーか、ソースは何処だよ?

 

 

170 名無しのふうま下忍

この前、若様がウチに来たんで本人から聞いた

 

 

171 名無しのふうま下忍

ウソ乙

 

 

172 名無しのふうま下忍

俺等みたいな下っ端の家に若様が来るとか(ヾノ・∀・`)ナイナイ

 

 

173 名無しのふうま下忍

いや、そいつの話マジだぞ

 

ウチにも来たし若様

 

 

174 名無しのふうま下忍

オレもオレも

 

 

175 名無しのふうま下忍

マジか!

 

 

176 名無しのふうま下忍

え……このスレに来てる中で若様にお宅訪問食らった奴

 

 

177 名無しのふうま下忍

 

 

178 名無しのふうま下忍

 

 

179 名無しのふうま下忍

 

 

180 名無しのふうま下忍

 

 

181 名無しのふうま下忍

 

 

182 名無しのふうま下忍

 

 

183 名無しのふうま下忍

 

 

184 名無しのふうま下忍

 

 

185 名無しのふうま下忍

 

 

186 名無しのふうま下忍

 

危うく隠し撮りの等身大パネルとプロマイド

 

あとヤバイ汁がついた抱き枕を本人の前に晒すところだった

 

バレた時の展開を想像してちょっとアレな気分になったけど、しっかり隠し通したぜ

 

 

187 名無しのふうま下忍

オイ…オイ……

 

 

188 名無しのふうま下忍

自重しろ、ショタコン

 

 

189 名無しのふうま下忍

こんな変態野郎に目を付けられるなんて

 

若様も可哀そうに

 

 

190 名無しのふうま下忍

紳士じゃない、淑女だ!

 

オーク共にアヘらされる寸前で助けられて五年

 

舌足らずな声で『大丈夫か?』って聞かれた時は生殖猿共が出す汁の5倍は濡れたわ!!

 

(めかけ)募集があったら迷わず逝くぞ!

 

 

191 名無しのふうま下忍

 

 

 

192 名無しのふうま下忍

 

 

 

193 名無しのふうま下忍

 

 

 

194 名無しのふうま下忍

……なんでこう、女の対魔忍って肉食が多いんだろうな

 

 

195 名無しのふうま下忍

若様、逃げて! 超逃げて!!

 

 

196 名無しのふうま下忍

心配するな

 

若様の剣の腕なら190がマミって終わるだけだ

 

 

197 名無しのふうま下忍

なら問題ないな

 

 

198 名無しのふうま下忍

YESロリショタ NOタッチ!の法則を守れん奴が消えるのは社会の為だしな 

 

 

199 名無しのふうま下忍

若様ってもう13だろ、ショタって言えるか?

 

 

200 名無しのふうま下忍

ギリギリ大丈夫じゃね?

 

 

201 名無しのふうま下忍

しかし、あれだよな

 

若様ってえらく俺等の中で人気になったよな

 

 

202 名無しのふうま下忍

反乱失敗した時って、ここの宗家ディスりは物凄かったのにな

 

 

203 名無しのふうま下忍

ここに来てる下忍連中は、全員一度は若様に助けられた経験があるからだろ

 

……と米連の兵隊に頭パーンされる寸前で助けられた俺が通りますよっと

 

 

203 名無しのふうま下忍

普通の忍の一党じゃああり得ないからな、頭首が下忍を助けに来るなんて

 

例えるならバイトや契約社員のミスを社長がわざわざフォローしにくるようなもんだし

 

イガグリの下忍連中が逃げる時間を稼ぐ捨て駒にされた時、マジでお世話になりました。

 

 

204 名無しのふうま下忍

助けても威張るどころか『親父が迷惑をかけてすみません』って謝られたし

 

アフターフォローもバッチリで、私の場合奉公に出てた百地家の下忍から奴隷みたいな扱いされてたって言ったら

 

すぐに二車の下に付くように手配してくれたからね

 

淫魔族に掴まった時、生きてるキモイマシーンに入れられそうになったのを助けてくれたのは忘れられません。

 

その場にいたオークや魔族の首が一斉に飛んだ光景は、ある意味壮観だった。

 

 

205 名無しのふうま下忍

そう言えば、移籍の時って宗家が持ってる資産を使って違約金を払ってるって噂、マジかな?

 

 

206 名無しのふうま下忍

多分マジ。

 

オレ等がふうまに戻ってから、出先だったイガグリの奴が急に羽振りが良くなってたの見た事がある

 

 

207 名無しのふうま下忍

俺も見たことあるわ

 

つーか、ランドローバーの新車なんて下忍の給料で買えるかってんだ

 

 

208 名無しのふうま下忍

そう考えたらオレ等、若様に絶対足向けて寝られないよな

 

 

209 名無しのふうま下忍

厨房におんぶに抱っこって、大人としては情けない限りだけどな

 

 

210 名無しのふうま下忍

だからこそ、私は若様がどこに行こうと最後までついて行くって答えたんだけどね!

 

忠誠心も若様のお蔭で清いままのこの身体も、全部捧げる準備万端だし!!

 

若様prpr

 

 

211 名無しのふうま下忍

お前190だろ

 

 

212 名無しのふうま下忍

安定の変態である

 

 

213 名無しのふうま下忍

YESロリショタ NOタッチ!とあれほど……

 

 

214 名無しのふうま下忍

つうか、210のカキコからすると若様は対魔忍と袂を分かつつもりか?

 

 

215 名無しのふうま下忍に代わってTC

今月の宗家情報

 

若様からの訪問を受けたオマエラは、内容をこの板に書き込まないようにしてほしいとの事

 

まだ若様が来てないところも今月中には回る予定なので正座待機しておくように

 

今日の画像

『若様とバイク』

URL

 

 

216 名無しのふうま下忍

お、TCさんから宗家情報だ

 

 

217 名無しのふうま下忍

TCさんって誰だよ?

 

 

218 名無しのふうま下忍

半年間ROMれks

 

 

 

TCさんは8年前から宗家情報をこの掲示板に流している人

 

掲示板の保守やメンテもやってるらしく、セキュリティをペンタゴン並みに引き上げた

 

オレ達も掴めない宗家についての情報を持ってることから、宗家直属の忍であるのは確実

 

実質の管理人みたいなモノなので、垢BANされたくなかったら忠告には従うべし

 

 

219 名無しのふうま下忍

ツンデレ乙

 

そう言えば、昔からこの掲示板に任務先と内容を書いておけば

 

万が一の時に若様が助けに来てくれるって話なかったか?

 

 

220 名無しのふうま下忍

あったあった!

 

けど、あれってマジな話らしいぞ

 

書いた奴の八割近くが救出されたって聞いてるし

 

 

221 名無しのふうま下忍

マジで!?

 

という事は、若様もこの掲示板を巡回してるって事になるんじゃ……

 

 

222 名無しのふうま下忍

おいやめろ

 

 

223 名無しのふうま下忍

こんな便所の落書きみたいなのを若様が見てると思うと、胸が熱くなるな

 

 

224 名無しのふうま下忍

アホか、背筋が凍るわ!!

 

 

225 名無しのふうま下忍

ぶっちゃけ、ここの書き込み見られたら、俺等見捨てられても文句は言えないと思う

 

 

226 名無しのふうま下忍

対魔忍のどの勢力を探しても、現頭領をショタ扱いしてるのはウチくらいだろうしな。

 

 

226 名無しのふうま下忍

若様が強カワイイのが悪い。

 

若様の所為でショタに目覚めた奴、知り合いだけで五人もいるし。

 

おねショタで薄い本が厚くなるな!!

 

 

227 名無しのふうま下忍

お前、マジでやめろよ

 

そんな本が出回ったら、若様マジでふうま見捨てるぞ

 

 

227 名無しのふうま下忍

いい加減、そっちの話題から離れろオマイラ

 

今回の情報に移るぞ

 

 

228 名無しのふうま下忍

書き込みを見る限り、全部の下忍の家を回るつもりらしいな。

 

若様、学校にも行けないくらい忙しいって聞いたのに大丈夫かって……なにこのバイク!?

 

 

217 名無しのふうま下忍

前面に牙付いてるんだけど、超ゲテモノ改造なのになんかカッケー!!

 

 

218 名無しのふうま下忍

これ、多分元はスズキのGSX1300Rハヤブサだな。

 

ノーマルでも300kmは出るスポーツバイクなのに、こんな妙な改造なんかしてたら街を走れないだろ

 

 

219 名無しのふうま下忍

つーか、若様の歳で免許取れねーだろ

 

 

220 名無しのふうま下忍

バイクに目を輝かせている若様prpr

 

 

221 名無しのふうま下忍

おいやめろ

 

 

221 名無しのふうま下忍

だから、おまえ190だろ

 

 

221 名無しのふうま下忍

ショタコンであることを少しは隠せ

 

 

 

 

 次々と行われる書き込みによって掲示板が流れていくのを見ながら、ふうま時子は小さく息を付いた。

 

 彼女の部屋にあるモニターの一台が映しているのは、某大型掲示板サイトでふうまの下忍連中が好んで利用しているスレッド。

 

 実はこの掲示板、時子が引き取られたふうま宗家の執事を輩出していた家が管理していたものだ。

 

 現代において、情報収集にインターネットは欠かせない。

 

 だが、彼女の義実家はそれ以前1990年代にディープなユーザーが利用していたパソコン通信の時代から、ネット環境での情報管理に目を付けていた。

 

 弾正から宗家の執事となるべく養子に出された時子もその為の技術を習得しており、視界のみを遊離して何処へでも潜入できるうえに本やPCと言った端末に触れる事で中の情報を閲覧する事が可能な彼女の邪眼『千里眼』がその有用性に拍車をかけた。

 

 遺伝上の父であったあの男は、時子の才能をふうまではなく自身の為に使うつもりだったようだが、彼女がそれを発揮したのは弾正の死後であるというのは皮肉な話である。

 

 机の上で湯気を立てる湯呑を呷って緑茶の風味に一息つくと、時子は並べられたディスプレイの間に立てられた写真に目を向けた。

 

 そこに映っているのはふうまが衰退する前、何も知らなかった頃の小太郎と自分。

 

 青空の下、小太郎を抱き寄せながら無垢な笑みを浮かべる幼い自分の姿に、時子の胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 今の時子にあんな笑みを浮かべることは出来ない。

 

 何故なら彼女はふうまの存続と引き換えに、異母弟を修羅地獄に突き落としたも同然だからだ。

 

 弾正が引き起こした反乱の末期、小太郎がふうまの敗北を予見していたように時子もまた弾正の失敗を悟っていた。

 

 明らかに予め用意されていた迎撃態勢、潤滑に尽きる事無く寄せられる兵站と補給物資、そして伊賀忍に交じるように配置された自衛軍等。

 

 ふうまが反乱を起こしたのではなく、誘発させられたのだと悟るには十分すぎる状況であった。

 

 敗色が濃厚になるふうまに、時子は小太郎と共に反乱に加担していなかった者達を連れて里を脱出した。

 

 その際、彼女は宗家に残された財産や実印など、頭領が持つべきとされる貴重品を根こそぎ持ち出すのを忘れなかった。

 

 そして弾正の死が知らされると同時に、時子はふうま八将三家と上忍全ての署名を集め、小太郎を頭領として正式に就任させたのだ。

 

 執事となるべく忍の勢力争いなども頭に叩き込まれていた時子は、井河の老人達が勝利の後に何をするかは手に取るように分かっていた。

 

 だからこそふうま一門が井河に吸収されるのを防ぐ為に、宗家から持ち出した正式な書式や家印を用いて彼等に先んじて次代の頭領を立てる事で、ふうま健在をアピールしたのだ。

 

 宗家の執事となる事を第一に教育されていた彼女にとってこの一手は最善であり、ふうまが健在であればで弾正亡き後も自分達はやっていける。

 

 そう信じていた。

 

 だが、彼女のそんな甘い考えはすぐさま打ち砕かれる事となった。

 

 井河の老人達が仕組んだふうまと井河の頭領対決。

 

 それによって彼女は忍術を使うことも出来ない五歳の弟を、当時から対魔忍最強と言われた井河アサギの前に送り出さねばならなくなった。

 

 多くの者の前で弟が嬲り者にされる。

 

 この時初めて、時子は自分の取った手がどれ程残酷な物を弟に背負わせたのかを悟った。

 

 結果は言うまでも無く小太郎の敗北。

 

 10分もの間一方的に攻撃を受けた弟は傷だらけであり、自分の足で帰って来たものの歩調はおぼつかないものだった。

 

 それでもなお涙一つ見せない弟を泣きながら抱きしめた時子は、自らが頭領としてしまった弟に降りかかるであろう試練に対して矢面に立つ事を決意した。

 

 だが、運命は残酷である。

 

 その決意とは裏腹に、小太郎が出した推測によって彼女は任務に出ることが出来なくなってしまう。

 

 彼女の弟は言った。

 

 『現在、井河一党が最も消したがっているのは自分ではなく時子である』と。

 

 ふうま敗北の際に見せた機転とあの短期間で自分を擁立する政治的手腕、そして老人達の思惑を潰した事による恨み。

 

 なにより、彼女自身が先代弾正の娘であるという事実。

 

 仮に小太郎が死亡した場合、自ら頭領として立つ事のできる時子は知識や内政的能力を見ても、嫡男という理由だけで頭領の座に就いた弟よりも格段に脅威となる。 

 

 その的を射た意見に彼女は反論の言葉をもたなかった。

 

 それでもなお任務に出ようとしていた時子であったが、『忍の世界や裏社会の世情に疎い自分を情報面でバックアップしてほしい』という小太郎の強い願いによって折れる事となった。

 

 剣士としての才を開花させ、前人未到の勢いで任務を熟す小太郎。

 

 そんな彼を補助する為の手段として時子が選んだのがインターネットである。

 

 主流派の中核である井河から狙われていた時子にとって、対魔忍の本拠である五車の里は敵地同然であった。

 

 それ故、基本的に時子単独で外に出る事が無く、災禍が来るまでは小太郎が任務の度に心願寺幻庵の下に身を寄せる始末であった。

 

 そんな境遇の彼女が情報を収集するとなれば、その方法はごく限られている。

 

 その中で義実家で教え込まれた技術を活かせるこの手段に手を出したのは、当然の帰結と言えるだろう。

 

 元より時子は生真面目な性格である。

 

 道を定めれば、その行動に戸惑いは無かった。

 

 自身が管理していたふうまの資産を潤滑に使ってネット通販で機材を揃え、ハッキング・クラッキングに限らず必要と思われる技能は全て習得。

 

 そうして小太郎が10歳になる5年間で、彼女の邪眼の効果も相まって当時の米連国防総省へのハッキングが可能なほどの化け物じみた情報管理システムを形成するに至った。

 

 小太郎が下忍達の救出に驚異的な数値を記録することが出来たのも、偏に時子のバックアップのお蔭である。

 

 そして現在では五車学園や井河はもちろん、公安までもが電子面において彼女の監視下に置かれており、その監視の目はノマドや米連にまで入り込んでいる。

 

 さすがに電脳を介さない書面や監視カメラの範囲以外で行われた会談などは把握できないが、そこは災禍を始めとする実働部隊がフォローしてくれる。

 

「今日も『ふうまちゃんねる』の住人は面白おかしいですね。さて、そろそろ爆弾を準備するとしましょうか」

 

 モニターの光に映し出された秀麗な顔に冷たい笑みを浮かべながら、時子はフォルダに収納された動画ファイルをネットへ時間指定でアップロードする。

 

 そのファイルの銘にはこう記されていた。

 

『対魔忍定時報告会20××年 12月』と。

 

 

 

 

◆月〇×日(曇り)

 

 

 思わぬ形で、例の計画の根幹に関する事柄の言質が取れた。

 

 これが老人達の耳に入れば『ふざけるな!』といきり立つだろうが、許可を出したのは奴らが選んだ頭領であるアサギだ。

 

 いかにご意見番を気取っていようと所詮は相談役、現体制のトップが出した判断を差し止める権利はない。

 

 アサギにしてもこれから来る下からの反発を思えば、こちらの出した条件に首を縦に振るなど御免被るところだろうが、そこは『右腕』を勝手に使われた己が不覚を呪っていただこう。

 

 さて、今回の事が首尾よく進めば一月ほどで対魔忍とはおさらばと相成るワケだが、その前に俺には片付けねばならない問題がある。

 

 それは現在ついて来てくれているふうま一党150世帯への事情説明と意思確認だ。

 

 忍の世界は縦社会であり、一党全体に影響がある決定事項は宗家から幹部(ふうまであれば八将)へと通達が行き、後の上忍・中忍・下忍といった面々へは各々の主家から命令という形で情報が伝わる仕組みとなっている。

 

 本来なら頭領である俺が言葉を交わすのは八将三家だけであり、その下の者達の事は気にする必要はない。

 

 だが、今回の一件に関しては俺はそれを良しとしていない。

 

 祖先から今まで綿々と引き継いできた対魔忍の道、それを一時とはいえ途絶えさせる事になるのだ。

 

 ならば、その決定を下した俺が家の一つ一つを回って部下の進退を確認するべきだろう。

 

 彼等が変わらずふうまに付いてくれると言うのならば、こちらも全力で面倒を見る。

 

 仮にこちらに付き合っていられないという答えを貰ったとしても、アサギの方で受け入れるようには話はついている。

 

 今のアサギの部下は純然たる井河一党ではなく、甲河の残党も交じっている。

 

 ならば、ふうまから離反した者が入ったとしてもやって行けない事はないだろう。

 

 …………いや、正直言うとかなり不安ではあるんだよ。

 

 この数年間の事を思えばさ、主流派の中核である井河に対する信用なんて欠片も残ってない。

 

 けど、今の対魔忍って実質井河一強なのよ。

 

 根来やら上杉家に仕えていた軒猿衆なんて殆ど廃業して数えるくらいしか残ってないし、対抗馬だった甲河も数年前にエドウィン・ブラックに滅ぼされてしまったもの。

 

 そりゃあ、井河の老人達も好き勝手するわけだ。

 

 つーか甲河の襲撃にしたって、隠れ里の場所をノマドにリークしたのは奴等だって噂もあるくらいだしな。

 

 甲河宗家の跡取りとその後見人が対魔忍に戻らんのも納得である。

 

 彼女達とは数か月前に任務でブッキングしたんだけど、跡取りはともかく後見人の彼女がああいう形で生きてたとは思わんかった。

 

 曰く、ノマドにいるのは前に使っていた身体を魔界技術で改造した偽物らしいし。

 

 どういう仕組みかというのは相手の忍術に関わる事なので聴けなかったが、甲河が対魔忍に見切りを付けていた事は理解できた。

 

 むこうはお米の国でNINJAとして再起を図ってるみたいなので、同じ復興を目指す者としては是非頑張ってほしいものだ。

 

 話を戻して配下の家への説明行脚だが、カーラ女王との会合の後から諸手続きの合間合間に行っている。

 

 始めた当初はガキの頃に『目抜け』と侮られていたのもあって付いて来る奴などいないと思っていたのだが、意外な事に半分を終えた現在で離反者はゼロだったりする。

 

 これも俺のカリスマ性……はないな。

 

 五車の里に残っていても井河の下に付くしかない事が分かっているので、みんなそれが嫌なのだろう。

 

 理由はどうあれ、付いて来ると言うのであればこちらもしっかり受け止めねばなるまい。

 

 ちなみに前回保留にしていた二車の小母さんと甚内殿だが、半数の同意という結果を持っていったら両者から色よい返事がもらえた。

 

 まあ、二人が悩んでいたのは部下の意見がどうなのかという事なので、その辺が解決すれば動きも早いのだろう。

 

 しかし甚内殿は五車学園に通う娘さんがいたはずなんだが、その辺は大丈夫なのだろうか?

 

 まあ、それに関してはこっちが心配しても仕方が無いので置いておくにかぎる。

 

 ともあれ、ウチの意見を纏めることが出来れば、対魔忍として残っているのは愉快なお楽しみタイムだけだ。

 

 ウチの三人いる有能な秘書たちのおかげで、仕込みは全て万全。

 

 あとは結果を御覧じろってところだな。

 

 うん、面倒な事はさっさと終わらせるとしよう。

 

 

◆月〇●日(晴れ)

 

 

 ようやく現ふうま衆の聞き取り調査が終了した。

 

 その結果は驚く事に離反者ゼロである。

 

 ぶっちゃけ、二車の小母さんか時子姉に金でも握らされているのでは……と一瞬勘繰ってしまったが、これはあまりにも失礼なのですぐに訂正した。

 

 しかし、全員がついてくるとは思わんかった。

 

 やはり約十年間も下っ端生活を強いられてきたことで、対魔忍を辞めてもいいくらいに井河の下に付くのが嫌になったのだろうか?

 

 まあ、人間って奴は自分より下と見ている奴が上がって来るのを嫌う性質がある。

 

 仮に残ったふうま出身の忍が何かの功績で出世したとしても、それまで上にいた主流派の奴らは認めようとしないだろう。

 

 俺が対魔忍の中でふうま再興を諦めたのには、そういう心理も多分にあるのだ。

 

 しかし思った以上に早く終わったものだ。

 

 正直言って来月くらいまで掛かると思っていたのだが、これも『さよなら対魔忍』計画へのテンション故か。

 

 上原学園長には事前に連絡はついており、彼女を通して宮内庁が動き出している。

 

 主流派に関してはアサギと交わした契約から手を出されることはない。

 

 あれを反故にするのなら、俺は持てる手段を全部使って井河宗家を絶滅させるつもりだ。

 

 まずは時子姉が仕掛けた爆弾が炸裂するのを待つとしよう。

 

 お楽しみはそれからだ。

 

 

 

 

「ふうまの小倅(こせがれ)め、よもやこのような手を打つとは……。闇に潜むべき対魔忍を白日の下に晒し、さらにはその名誉を貶めるなど……ッ! あれはやはり人ではない、鬼じゃ! 風魔の祖が先祖返りした鬼子じゃ……ッ!!」

 

 東京都の郊外にある古風ながらも立派な武家屋敷。

 

 その母屋にある夜闇に閉ざされた一室で、老人は布団を顔まで被りながら震える声で呪詛を吐いていた。

 

 彼の名は藤林勘蔵。

 

 今は井河と名乗っている対魔忍の一大勢力である伊賀忍軍の名家の一つ、藤林長門守を祖先とする藤林家の頭首を務めていた男である。

 

 9年前のふうまの反乱を制した事で他の伊賀4家と対魔忍の実権を握った彼は、彼等が育てた最強の対魔忍たるアサギを表の頭領に据える事で裏から忍全てを支配していた。

 

 そしてこれからもこの国の守護を裏から担う事で祖先のように歴史に名を刻む……その筈だった。

 

 しかし、彼のそんな計画を粉微塵に打ち砕くような真似をした愚か者が居たのだ。

 

 忌むべき者の名はふうま小太郎。

 

 ふうま宗家の血を引きながらも忍術が使えぬ落ち零れ。

 

 一方で奇怪な剣術によって現役対魔忍を凌ぐ戦果を挙げる怪異。

 

 そして対魔忍の(ろく)()む者であるにも拘わらず、その掟に唾を吐きかける外道である。

 

 小太郎とその手勢は、以前に吸血鬼の女王であるカーラ・クロムウェル暗殺の際にマスメディアを利用してこちらの動きを封じた事があった。

 

 それに味を占めたあの鬼子は伝統ある対魔忍の定例報告会の様子を隠し撮りし、あろう事かその様子をネット配信で世界に流したのだ。

 

 相手は反乱を起こした前科のある勢力の首魁の子。

 

 それ故に対魔忍の明日を担う自分達に万が一があっては一大事と、凶器の持ち込みを許さぬよう衣服を着せてはいなかった。

 

 だが、世間はそれを虐待であると断じた。

 

 件のカーラ・クロムウェル襲撃事件で鬼子の顔と名が世間に知れていた事も災いし、この画像から始まった騒動は瞬く間に大火となって井河の対魔忍の名声を焼き尽くしたのだ。

 

『あんな小さな子供の顔に陶器を投げるなんて酷過ぎる』

 

『子供を裸にして晒し者にするなんて、虐待なうえにセクハラだ』

 

『あの老人達は分厚い防護板越しでなければ子どもと接することも出来ないのか? だとしたらとんだ臆病者だ、忍者が聞いて呆れる』

 

 何も知らぬ世間の虚け共が好き勝手にベラベラと舌を回すのを、男は歯を食いしばりながら聞いていた。

 

 顔に湯呑がどうした!? そんなもの、我等の時代からすれば撫でる内にも入らん!!

 

 セクハラだと? 米連かぶれの阿呆が! 相手は反逆者の血を引く鬼子だ、我らのような徳の高い者と相対するのなら危険が及ばぬように裸に()くのは当然の事。

 

 むしろ四肢を拘束していなかっただけ有情と思え!!

 

 我らが臆病者だと? 何も知らぬ輩が寝ぼけた事を!

 

 奴は正体不明の力を使う危険な化け物よ! 直に向き合ったとして対魔忍、()いてはこの国の未来を担う我等にもしもの事があったらどう責任を取るつもりだ!?

 

 液晶モニターの先で好き勝手に論ずるタレントや自称有識者の言葉を思い出し、ギリギリと歯ぎしりを漏らす勘蔵。

 

 何より度し難いのはこちらの傀儡たるアサギが、この一件を理由に対魔忍から自分達を排除した事だろう。

 

 しかもその通達もただ一方的に『今回のような醜聞を犯した者を組織の相談役に置いておくわけにはいかない。政府への信用回復を図るために、長老衆の相談役は全員解任する』という旨の書簡を送るのみ。

 

 当然、こんな紙切れ一枚で納得など行くわけがなく、即座に五車学園に向けて抗議したのだが結果は梨の(つぶて)だ。

 

 ならばと藤林旗下の者達と共に井河から離脱を計ろうとすれば、現頭首である息子から絶縁を喰らった上に使われなくなって久しい別荘の一つに幽閉される始末。

 

 聞けば服部、山中の同志も同じ扱いを受けているというから堪らない。 

 

「おのれ……ッ! おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ!!」

 

 御しきれぬ怒りに被っていた布団を跳ね飛ばしながら立ち上がる勘蔵。

 

 苛立ちのままに部屋の中にある物を手あたり次第壊していた彼は、ふとある事に気づいた。

 

 この場所を護っていた暗部の気配が無いのだ。

 

 暗部とは藤林の当代も知らぬ秘密の部隊、勘蔵達相談役が己が手足として独自に育て上げた精鋭である。

 

 役職を解任されたとはいえ、そんな忠実な手駒が彼を裏切るはずがない。

 

 久々に感じるきな臭い空気に先ほどまでとは違う冷たい汗を一粒垂らしながら、勘蔵は部屋に響くように手を打ち鳴らした。

 

 これは屋敷に配置した暗部を呼び出す合図であり、彼等に異常が無ければすぐさま駆けつける事になっている。

 

 だが、パンという軽い音が夜闇の中に虚しく響くだけで屋敷からは勘蔵以外の気配が現れる様子はない。

 

「馬鹿な……ッ!」

 

 最後の侍従にすら見捨てられたかもしれない、という恐怖からムキになって手を打ち鳴らす勘蔵。

 

 虚しくどこか間抜けな手拍子が幾度か続いたあと、ようやく彼の部屋と中庭を(へだ)てる障子は微かな音と共に開いた。

 

「遅いぞ! なにをやって───ッ!?」

 

 振り向いた勘蔵はそれ以上言葉を出すことが出来なかった。

 

 何故ならそこにいたのは彼が望んでいた者ではなく、足元に六人分の生首を転がした仮面の少年だったからだ。

 

「お待たせして申し訳ない。六人分揃えるのに少々手間取ってね」

 

 ゴロゴロと素首を蹴り込みながら部屋の中に入って来る仮面の男。

 

 そのハートのような形に禍々しい悪魔の顔が描かれた仮面と血塗られた刀に戦慄を覚えた勘蔵は、足元まで転がってきた生首を見てとうとう悲鳴を上げた。

 

 殺された事にすら気づいていないかのように普通の表情で固まった死相は、彼が手塩にかけて育てた暗部の隊長のものだったからだ。

 

「さて、この世を去る覚悟は決まったかな、藤林のご老公?」

 

 まるで夜道で遭った知り合いに話しかけるかのような声音と共に、仮面の男はゆっくりと勘蔵に歩み寄る。

 

 そして、その時初めて目の前の男が誰かという事に、彼は気が付いた。   

 

「貴様───ッ!? 鬼子ッッ! ふうま小太郎ぉぉっ!!」

 

「いかにも」

 

 腰が抜けたのか、へたり込み這いずるようにして後ろに逃れながら上げる老人の言葉を仮面の男、小太郎は事も無げに肯定した。

 

「この(うつ)けめッ! 分かっておるのか!? 儂を……井河の名家である藤林の家長である、この勘蔵を手に掛ければッ! せ、戦争だぞ!! 次はふうまなぞ一人たりとも残らんのだぞ!?」

 

「そう心配すんな、ジジイ。こいつは井河の頭領、アサギからの依頼なんだからよ」

 

 (もつ)れる舌を必死に動かして紡いだ言葉に応えた声は小太郎の物ではなかった。

 

 勘蔵が振り返ると同時に背にしていた障子が開くと、無人であるはずの部屋に浮かぶ三つの影。

 

 一つは槍を手にした長身の男、もう一つは鬼と髑髏が融合したような鎧を纏った少年。

 

 そして最後は床から突き出た巨大な針のようなものと、その先端に突き立てられた丸い物体。

 

 なにか分からずに目を凝らした勘蔵は、差し込む月明りが闇を払った瞬間に引きつるような悲鳴を上げた。

 

 そこにいたのはふうま八将の一家、二車の跡取りである骸佐とその執事である土橋権左。

 

 そして権左が土遁の術で作り上げた土槍に突き立てられた、己と同じ長老衆である山中の首だったからだ。

 

「そういうわけでしてな。こんな風にアンタのお仲間を殺ったところで、何のお咎めも受けんというワケですわ」

 

 手にした槍で山中の翁の首を勘蔵へと飛ばす権左。

 

 宙を舞うそれを反射的に受け取った老人は、甲高い悲鳴と共に四つん這いで部屋の奥へと逃げ込もうとする。

 

 しかし、そこにも先客がいた。

 

「随分と情けないザマじゃねえか、勘蔵。天下に名高い藤林の頭首だったお前さんが、老いさらばえたからって洟垂れだった頃に戻っちまったのか?」

 

 自身の退路の奥から現れた人物に、勘蔵はバタつかせていた手足を止めた。

 

 勘蔵はこの声に聞き覚えがあった。

 

 彼が現役だった頃、何度も辛酸を嘗めさせられた仇敵。

 

 藤林旗下の精鋭六人で挑んだ際には、自分以外の者が輪切りにされて敗走する結果に終わったこともある。

 

 当時からふうま八将最強と言われた二刀流の使い手。

 

 あの苦い体験があったからこそ、勘蔵はふうまに対して苛烈なまでの仕打ちを強いて来たのだ。

 

「ひ…人喰い……幻庵……ッ!?」

 

「───応よ。テメエ、(おい)らの可愛い孫娘を売りやがったんだってなぁ。ウチの身内に手ぇ出したってこたぁ、このボンクラみてぇに全身の肉と皮を剥がれる覚悟はできてるってことだよなぁ?」

 

 普段の好々爺然とした口調とは全く違うドスの効いた物言いで、心願寺幻庵は手にぶら下げていたモノを勘蔵に投げ渡した。

 

 彼の左手のすぐ傍に落ちて転がった物体。

 

 それは剃刀のような鋭利な刃物で顔の肉を半分削がれた服部の長老の首であった。

 

「あ…あ…あぁ……」

 

 最後の同志の変わり果てた姿に自分の末路を見た勘蔵の身体から全ての力が抜けた。

 

 彼とて一流の対魔忍であった者、現状では己に生きる目が無い事を悟ったのだ。

 

「アンタに恨みは……まあ、腐るほどあるか」

 

 風切り音と共に紅い飛沫を振り払った小太郎は、ゆっくりと銀光を取り戻した刃を持ち上げる。

 

「なんにせよ、俺達の今後には邪魔なんでな。──────大人しく死んでくれや」

 

 無慈悲と言える宣告と共に振るわれた剣閃を土産に、勘蔵の意識は覚める事の無い暗闇へと堕ちていった。

 

 

 

 

 惨劇が行われているであろう藤林家の別荘、その外では対魔スーツに身を包んだアサギとさくらが待機していた。

 

「お姉ちゃん、本当にいいの?」 

 

「いいのよ。───老人達はやり過ぎた。本来なら私の情報をノマドに売った時点で、井河家と共に他の者も粛清すべきだった」

 

 今まで井河一党を牛耳っていた長老の暗殺。

 

 しかも井河頭領による粛清ではなく、ふうまの手による物である。

 

 本来であればアサギが許可を出すなど言語道断な事柄だ。

 

 しかし、今回に限っては仕方がない。

 

 彼等は現存するふうま一党と対魔忍主流派との戦争回避、並びに移籍する彼等との関係改善の為に生贄に選ばれたのだ。

 

 井河の今後を思えば、あれだけの醜聞を晒した事とその影響力を考慮すれば、彼等を生かしておく選択肢はない。

 

 そもそも頭領の許可無く、指令書をねつ造して部隊を動かした時点で誅殺されて(しか)るべきなのだ。

 

 どうせ殺すなら、対魔忍全体の今後の為に役立ってもらおうというワケだ。

 

「……終わったようね」

 

 音もなく彼女達の前に現れた四つの人影に、アサギは無意識の内に目を細めた。

 

 二車の骸佐と権左ははっきりと気配を感じた。

 

 心願寺幻庵に関しては辛うじて感じる程度であったが、彼はかつてふうま八将最強と言われた手練れの対魔忍だ。

 

 数年前に現役復帰をした事で腕を取り戻しつつあると思えばおかしくない。

 

 問題は頭領たる小太郎である。

 

 彼に関してはアサギを以てしても、全く気配を掴むことが出来なかった。

 

 それは小太郎がその気ならば、自分と妹の首が今頃地面に転がっていてもおかしくないという事だ。

 

 さくらもその事に気づいているのだろう、普段の楽天的な雰囲気は鳴りを潜めて彼を見る視線も険しい。

  

「終わりましたよ、井河殿」

 

 不気味な仮面を付けたまま、小太郎は手にしたものをアサギ達の前に無造作に投げつける。

 

 ゴロゴロと彼女たちの足元に転がってきたのは3つの生首。

 

 それは藤林、服部、山中の老人のものだ。

 

 8年前にアサギ自らの手で粛清した井河、そして数か月前に脳梗塞で急逝した百地を含めれば、これでかつての井河長老衆は全滅したことになる。

 

「これでお互い約定の一つは果たした。あとは───」

 

「分かっているわ。山本長官へは貴方が送ってきたリストにあった対魔忍の廃業を認める旨の報告書は上げている。色々と反発があったみたいだけど、そこは上原家と宮内庁が抑えたようよ」

 

 陰陽寮を祖とする退魔結界の大家である上原家。

 

 彼らがふうまを引き抜こうと動いているのをアサギが知ったのは、数日前に行われた山本との会合の時だ。

 

 アサギとしては反対したかったが例の約定によってそれを口に出すことが出来ず、公安も先立って公表された例の『報告会』の動画による世論を味方に付けた宮内庁、その後ろにいる上原の要請を断れる状況ではなかった。

 

 結果として、彼等はふうまの移籍を指を咥えて見ているしかなかったワケだ。

 

「なら、後は井河殿が主流派を纏めるだけですね。これから同業他社として現場で遇うこともあるでしょうし、互いの良好な関係の為にも頑張ってください」

 

(簡単に言ってくれるわね、こっちの苦労を考えもしないで……)

 

 軽い調子で言い放つ小太郎に、アサギは内心で呪詛を吐いた。

 

 ふうま一門、150世帯約300人の人材が一斉に抜けるのだ。

 

 普段から人手不足に喘ぐ対魔忍にしてみれば、この上ない大打撃である。

 

 特に10年もの間、自らの下にあった小間使いを失う事になる井河の混乱はひとしおだろう。

 

 ふうま側が公表した動画によって醜聞ゆえにと理由をつけることが出来たとはいえ、名家の長老を切った事も含めて相当な反発がくるのは想像に難くない。

 

 父が早逝した為に若くして井河の頭領の座に就いたものの、裏で牛耳っていた祖父がいた為に加えて、現場主義だったアサギは内政や外交を苦手としている。

 

 彼女が長老衆を実力で排除できなかったのは、彼らのコネクションや外交的手腕を当てにしていた部分があったからだ。

 

 しかし、これからはそれも期待できない。

 

 せめて始末する前にノウハウや彼らの持つパイプを確保していればと思うが、今となっては後の祭りである。

 

「それじゃあ、井河殿。俺達はこのまま引き上げますんで、後はよろしくお願いします」

 

「皆さん、帰りにラーメンでも食っていきませんか?」

 

「いいな。今日は心願寺の爺ちゃんもいるし、小太郎の奢りでパッと行くか」

 

「これこれ、儂は年寄りなんじゃぞ。ラーメンではなくうどんにせんかい」

 

「なんだよ、爺様。しゃべり方が元に戻ってるじゃんか」

 

「事は済んだでな、気合を入れる必要もないからの」

 

「つーか、藤林のジジイが言ってた『人喰い幻庵』ってなんだよ?」

 

「今はこんな老いぼれでも、昔は何かと無茶をしておったのじゃよ。井河や甲河の腕自慢に喧嘩を売ったりGHQの事務所に殴り込みをかけたりの。ま、若気の至りと言う奴じゃな」

 

「面白そうですね。飯の肴に聞かせてくださいよ」

 

「いや、他流派のふうまアンチってそれが原因じゃね?」

 

 自身に降りかかるであろう苦難に眩暈(めまい)がする思いのアサギを他所に、和気藹々(わきあいあい)と市街地へ向けて歩を進めるふうまの男性4人。

 

 頭を抱え始めた姉に寄り添っていたさくらは、遠ざかっていく彼等から聞いたことのあるフレーズを耳にした。

 

「これって……長渕剛の『とんぼ』?」

 

 歌い始めたのは恐らく土橋権左。

 

 最初は茶々を入れていた骸佐や小太郎、さらには心願寺の翁も巻き込んで今や大合唱となったそれは、さくらには何故か決別の曲の様に感じられた。

 

「きっと、これがあの子たちの今の気持ちなんでしょうね」

 

「お姉ちゃん……」

 

「良く分からないうちに国の名の元に対魔忍という一つの組織として統合され、私達にとって都合のいいように使われる。彼等からすれば政治家や公安、井河もみんな纏めて東京にいるバカヤロウなんでしょう。そして、それから解放された彼等は幸せを探して東京を離れる……」

 

「でもさ、対魔忍から離れて幸せ(それ)が見つかるのかな?」 

 

「さあ。もしかしたら見つけても、舌を出して笑われるだけかもしれないわよ」

 

 そう肩をすくめる姉に、苦笑いを浮かべるさくら。

 

 そんな井河姉妹に見送られながら、四人の影はゆっくりとネオンの光の中に消えていくのだった。

 



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日記11冊目

 お待たせしました。

 対魔忍も十話を超えましたので独立です。

 これが最新話となりますので、よろしくお願いします。

 あと、11連ガチャでひまわりは悪い文明。

 知ってるか? 対魔忍RPGは11連でオールRって地獄があるんだぜぇ


×月〇□日(晴れ)

 

 

 どーも、十四歳にして学校デビューを飾る事となったふうま小太郎です。

 

 豪快なリベンジと共に対魔忍にオサラバしてから二週間、全てが終わった時は解放されたテンションとコアな長渕ファンである権左兄ィに引っ張られた事もあって、『とんぼ』から『しゃぼん玉』さらには『乾杯』まで歌ってしまった。

 

 一回寝て冷静になったら、死ぬほど恥ずかしかった。

 

 つーか、アサギとかいたのに酔っ払いよろしく大合唱とか、恥以外の何物でもないだろうに。

 

 ………うむ、いい加減にこの事は忘れよう。

 

 黒歴史とは封印する為にあるのだから。

 

 そういうワケで閑話休題。

 

 あれから数日も置かずにふうま一党の宮内庁、正確に言えば北絵女史が当主を務める上原家の経営する退魔師育成学校『隼人学園』への移籍が決まった。

 

 それに伴って俺達は五車の里を出る事となり、現在は宮内庁が用意した官舎で暮らしている。

 

 里に残した不動産については公安と対魔忍によって適正価格で買い取ってもらったので、固定資産やら何やらといったややこしい事も起こらないだろう。

 

 さて、今回の移籍に伴い新たな雇い主である上原学長より一つの条件が出た。

 

 それは18歳までの子供は全て学校に入れるというものである。

 

 この提案を切っ掛けに調べてみて分かったのだが、実はふうま一党の通学率はそんなに高くなかったりする。

 

 頭領である俺を筆頭に上忍では十分の一、中忍で四分の一で下忍に至っては半分の就学年齢の若者が学校に通っていなかった。

 

 まあ、さすがに義務教育期間に行っていないのは俺と紅姉くらいで、上記の割合に当てはまる者達は総じて中卒の面々であるが。

 

 中忍以下の子供達の進学率が悪いのは、単純に人手不足だったから。

 

 主流派連中の無茶ぶりに加えて、頭領で最年少であった俺が率先して現場に駆り出されている事も影響したのだろう。

 

 正直、これについては申し訳なく思っている。

 

 まあ、俺や骸佐のように小学校の時分から鉄火場に出るなんて無茶をやらかしてる奴がいない事には安心したが。

 

 話を戻そう。

 

 今回の指示によって、俺と紅姉が遅まきながらの学校デビューと相成った。

 

 前世も学校なる物には行っていないので、俺としては二生初の快挙と言える。

 

 また、今回の指示によって銀零も小学校に行くことが出来るようになったのは本当にありがたい。

 

 正直、この案をねじ込んだという神村東教諭には頭が上がらない。

 

 そんなワケで『隼人学園』の門を潜ったのだが、この時ある事を失念していた。

 

 そう、カーラ女王と共に画策したメディア戦略によって、俺はある有名人となっているという事だ。

 

 ちなみに学校にいる間は馬鹿正直に「ふうま」を名乗るワケにはいかないので、先祖に倣って『風間太郎』の名で在籍している。

 

 まあ、分かる人には分かるだろうから偽名としては弱いのだが、あまり突拍子も無いモノを付けても後々困るだろうし、この辺が妥当であろう。

 

 学年はじめに合わせて中学二年のC組に転入したわけだが、教壇の前で紹介されると同時に質問攻めにあった。

 

 大体が忍者についてだったので守秘義務を盾に返答は断っておいたが。

 

 その後、骸佐と久方ぶりに会う蛇子、あと二歳年上のはずなのに何故か俺と同じ学年に転入してきた紅姉と共に初日は過ごした。

 

 ふうまの子供達はいずれも転入生扱いになるので、そういったコミュニティを造っても違和感が無いのはありがたい。

 

 その後は問題なく授業を熟し(苦悶式を続けていたのは伊達ではないのである)、人生初の登校日は問題なく幕を閉じた。

 

 放課後に理事長室に呼ばれて、北絵女史と神村教諭から学校初体験の感想は? なんて聞かれたのには流石に困ったが。

 

 あと、実技担当の教諭の中に一人だけ気になる人物がいた。

 

 その人の名はモーラ・ハールマン。

 

 本人曰く二十五歳という話だが、外見的には小学校高学年くらいにしか見えない彼女からは紅姉によく似た気配を感じたのだ。

 

 彼女の方も紅姉を注目していたようだし、もしかしたらそういう事なのかもしれない。

 

 今後の事も考えて探りの一つも入れたいところだが、彼女の授業の始まりから終わりまで隣の棟の屋上から物騒なモノを突き付けていた用務員のおっさんも気に掛かる。

 

 俺だけを狙ってくるならまだしも、蛇子にターゲットを移されては事だしな。

 

 ある程度の情報が集まるまで、当面は様子見に徹するべきだろう。

 

 最後に初登校から帰って来た俺を迎えたのは、如何にも不機嫌ですと頬を膨らましていた銀零だった。

 

 学校で何かあったのかと思って聞いてみれば、俺と同じクラスじゃない事にご立腹な様子。

 

 銀零や、日本においては学年の壁は超える事の出来ないモノなのだ。

 

 学校自体は同じなんだから、それで手を打つがよい。

 

 え、飛び級?

 

 そんな制度は日本には無いよ。

 

 ……無いよね?

 

 

〇月〇□日(くもり)

 

 

 移籍からはや一月、俺達は普通に学生生活を満喫している。

 

 平和なのは結構だと思うのだが、生憎とこちらの本業は荒事である。

 

 定期的に鉄火場へと行かないと腕が鈍ってしまう。

 

 この件は上原学長へも打診しているのだが、ふうま衆の運用体制が整っていないのを理由に許可が出ていないのが現状だ。

 

 訓練名目で神村教諭と模擬戦をしているので決定的に錆付く事はないだろうが、実戦と訓練は別物。

 

 勘を鈍らせない為にも、早急に任務を頂きたいものである。

 

 因みに現状における神村教諭との模擬戦における勝率だが、なんと10:0で勝ち越していたりする。

 

 世界最強の吸血鬼ハンターを相手にしての勝率としては出来過ぎだが、しっかりと理由はあるのだ。

 

 神村教諭は吸血鬼をも上回る超人的な身体能力を駆使して、力でねじ伏せる戦い方をメインとしている。

 

 相手からの攻撃は上記の身体能力と異様に鋭い動物的勘で対処しているものの、こと技量についてはそこまで高くない。

 

 使っている『鬼切』という得物が金属バット型である事も相まって、戦闘スタイルも道場剣術+喧嘩殺法と言った感じだ。

 

 なにが言いたいのかというと、力でゴリ押しする彼女は戴天流のカモなのである。

 

 いかに肉体的ポテンシャルが高くても、フェイント無しなうえに『意』を隠そうとしないのは当たってやる道理はない。

 

 むこうもいなしてカウンターを取るこっちの戦い方が苦手なのか、近頃ではガチンコ勝負が出来る夜叉髑髏(やしゃどくろ)の骸佐に模擬戦のメインが移ってしまった。

 

 この世界の強者は基本的にパワーファイターばかりだからなぁ。

 

 もしかして戴天流って異端なのかもしれん。

 

 

〇月〇▼日(雨)

 

 

 今日は妙な夢を見た。

 

 夢の中では俺は五車の里にいて、何故か猪になっていた。

 

 襲い掛かってきた対魔忍をブチのめして得た情報によると、どうやらこの猪ボディは奴らが儀式に呼び出した瑞獣(中国の伝説に出てくる吉兆を告げる聖獣)であり、奴等は幸を得る為に年始の行事で呼び出した俺を狩ろうとしているんだそうな。

 

 なんというか、ツッコミどころ満載である。

 

 正月なんて四か月前の話だし、それ以前に今年の干支は猪ではない。

 

 そもそも、五車の里にそんな妙な年始行事があったなんて聞いた事も無いんだが。

 

 こちらの意見は置いておくとして、事情はいまいち掴めないが奴等が俺を殺そうとしているのは分かった。

 

 よろしい、ならば戦争だ。

 

 さすがに猪ボディでは剣を振ることはできないが、それでも戦いようは幾らでもある。

 

 むしろ猪の馬力のおかげで、靠はいつもより冴えているくらいだ。

 

 襲い来る対魔忍達を猪の巨体と強靭な脚力をフルに使った体当たりで蹴散らしていく。

 

 四つ足震脚からの一撃の威力は凄まじく、食らった対魔忍達は文字通りゴミ屑のように吹き飛んでいった。

 

 さらに軽功術を加味すれば、その健脚が齎すスピードによって亜音速からの分身殺法まで可能となり────

 

『フハハハハハハハ、怖かろう!!』

 

『質量を持った残像だと……ッ!? 化け物か!!』

 

 なんて具合に上忍レベルも瞬殺することも可能だった。

 

 そうして井河の本家に乗り込んで大将首へと突進していると、俺の前に立ちはだかる者がいた。

 

 そう、井河の頭領アサギである。

 

 しかし、晴れ着を着こんだアサギは俺の知る彼女とは少々趣が違っていた。

 

 一目見て分かったが随分と若いのだ。

 

 現実のアサギは三十路に突入したところなのだが、夢のアサギは多く見積もっても十台後半くらいの外見だった。

 

 大将首が来たか!と気合を入れていたのだが、こちらの意に反して若アサギは話がしたいと持ち掛けてきた。

 

 普段であれば『もはや分かり合えぬ』と一蹴するところだが、ここは夢の中である。

 

 猪的な巨体に免じて話を聞いてやることにした。

 

 若アサギの話によると俺は瑞獣『清麻呂』本体ではなく、奴が自分が狙われないようにと異界から呼び出した身代わりなのだと言う。

 

 で、清麻呂によって呼び出された俺は奴の気配を追う事が出来、さらには人間に戻って元の世界に帰る為には俺達の手で清麻呂を倒す必要があるそうだ。

 

 にわかに信じられない話だが、それを言うならこの世界で猪をやっていること自体が荒唐無稽である。

 

 元の世界に戻る指針がない以上は若アサギの言葉を信じるしかないと考えた俺は、稲毛屋の婆さんの依頼でこの騒ぎを解決したいと言う彼女と手を結ぶ事にした。 

 

 その後はこの身を瑞獣と勘違いして立ちはだかるお邪魔虫共を蹴散らしながら、件の清麻呂の気配を辿って東京キングダムまで足を延ばす事となった。

 

 戦闘狂の槇田(なにがし)を銀零がやっていたゲームのキャラ『E・本田』の技であるスーパー頭突きで蹴散らすと、ヨミハラで出会ったフェリシアという魔族の少女を『ハリケーンミキサー』で天空高く弾き飛ばす。

 

 さらに立ちはだかる晴れ着姿の甲河頭領を、『スーパー百貫落とし』からの震脚ストンピングで打ち砕く。

 

 獣の身に人の頭脳と技を持った夢の中の俺は、獣を超え人を超えた神の戦士だった。

 

 ちなみに若アサギはと言うと『静まり給え! さぞかし名の有る山の主とお見受けするが、何故こうも荒ぶるのか!?』と何故か俺を鎮めようとしていた。

 

 お前はアシ●カか。

 

 そんなこんなで気配の出所である東京キングダムの倉庫街に到着すると、中では俺の身体に入り込んだ『清麻呂』がナンパしていた女に振られていた。

 

 奴の話では女の子とイチャイチャしたいが為に俺を呼んだそうなので、お礼として身体が元に戻ると同時に食肉加工してあげた。

 

 最後はアサギに見送られながら、元の世界に帰るべくブタ肉となった『清麻呂』の身体から抜け出る『幸』で歪んだ時空の渦に飛び込んだワケだが───

 

 ……アサギよ、なぜここにいる?

 

 人の寝床で夢で見た晴れ着のまま眠っていた若アサギを起こして問いただしたものの、彼女は自分が何故ここにいるのか分からないという。

 

 ぶっちゃけ超常現象どころの騒ぎじゃないのだが、一度は世話になった事もあって放り出すのも気が引ける。

 

 時子姉を始めとした家の者に相談した結果、彼女の世界に帰る方法が見つかるまで家に置く事となった。

 

 さて、八将の面々には真実を伝えるとしても対外的にはどうするか?

 

 上原学長やカーラ女王に異世界からの迷い人なんて与太話、通じるとは思えない。

 

 ここは静子さんの例を取って、ノマドで生み出されたクローン・アサギが生きていたって事にしておこうか。

 

 

〇月〇×日(晴れ)

 

 

 平和な日々よ、さようなら。

 

 誠に遺憾だが事件発生である。 

 

 今日、登校した際に不審な人物を見つけたのだ。

 

 それは学園の清掃員の作業着を着た20~30代の男で、一見すれば何の変哲もない一般人だった。

 

 だが、異常は奴の身体にあった。

 

 本人は少々足取りが覚束ないながらも普通に学園に入ろうとしていたのだが、その体の中では周囲に何かを為さんとする『意』を持った何者かが血流に乗っているかのようにグルグルと回っているのだ。

 

 危険を感じた俺はその清掃員の意識を氣脈操作で奪うと、門の横にある警備員詰め所へと引きずり込んだ。

 

 学園警備責任者の権左兄ィと上原理事長に連絡を飛ばすと、理事長は学園の地下にある研究施設に運ぶように指示。

 

 魔界技術がらみの可能性があると踏んだ俺は米田のじっちゃんにも連絡を入れると、指示された通り物販搬入ルートから男を研究室に運び込んだ。

 

 すぐさま駆けつけてくれた米田のじっちゃんを交えての隼人学園研究班による緊急検査が行われたのだが、最初の採血の時点で調査対象の血液から多量の寄生虫が発見されたのだ。

 

 俺が感じた人体を巡っていた『意』とは、こいつ等のことだったらしい。

 

 この時点で上原理事長は学園の緊急隔離閉鎖を決定。

 

 他の感染者がいる可能性も視野に入れ、生徒や教職員はもちろん現在学園にいる全ての者の移動を禁じたのだ。

 

 こちらも手すきのふうま衆を使って学園に包囲網を敷き、こちらの許可なく脱出しようとする者は制圧捕縛するように指示を出した。

 

 その後、学園内にいた者は講堂に集められ、上原理事長から事情の説明を受けた。

 

 そして学園所属の医療班によって感染の有無を調べる検査が行われたのだが、実はこれはブラフであり本命は寄生虫の放つ『意』を感じ取れる俺が感染を見分ける事だった。

 

 二時間に及ぶ検査の結果、感染者は追加で5名発見された。

 

 内訳は外部業者が三名の女生徒一名、そして教師が一名。

 

 ふうま衆や神村教諭を始めとする退魔師の実働班に被害者がいなかったのは不幸中の幸いだったが、感染が始まっていた事には変わりない。

 

 感染の確認された者達は直ちに地下の研究施設へと隔離され、宮内庁を通して報告を受けた政府からは『寄生虫の安全性が確認されるまでは、関係者の学園からの移動を禁ずる』という指示があった。

 

 そういうワケなので今日は学園で寝泊まりする事となる。 

 

 講堂の中を毛布一枚で雑魚寝することになるが、野宿が常であったこちらにとっては全く問題ない。

 

 とはいえ、隼人学園はふうま衆のような劣悪な環境に慣れた者ばかりではない。

 

 突然の事に加えて、隔離と言うストレスの掛かる環境である。

 

 内部の秩序が崩れる前に寄生虫について調査が進めばよいが……。

 

 初等部からやってきた銀零がしがみ付いて離れないので、今日はここまでにしよう。

 

 

〇月〇☆日(暗雲)

 

 

 隼人学園内に隔離されて1日が経った。

 

 じっちゃんと研究班の努力のおかげで、例の寄生虫の正体が徐々に分かり始めて来た。

 

 あの寄生虫は魔界技術の産物であり、人間の体液を媒介に感染するものらしい。

 

 感染した際の影響だが、初期においては男性に影響はないものの女性の場合は快楽神経を刺激して強制的に発情を促される。

 

 寄生虫は元々淫魔族が女性を調教する際に使用する種をベースとしているようで、女性に対する影響は原種から受け継いだものなんだそうな。

 

 というか、なんで奴らは事あるごとにエロ方面に繋げようとするのか?

 

 女性の調教用に蟲を造るとか技術の無駄遣い過ぎるだろ。

 

 俺の所感はともかく、問題はここからである。

 

 体内で増殖した寄生虫が一定数に達すると、奴等は中枢神経に癒着するようになる。

 

 そうして神経と脳の間に別の脳に似た器官を形成するようになり、寄生主の身体を乗っ取ってしまうそうだ。

 

 最初に俺が見つけた被害者は、その補助脳の形成にまで症状が進んだ患者らしい。

 

 件の寄生虫による補助脳君だが、拘束して経過観察しているとなかなかに面白い情報を漏らしてくれた。

 

 乗っ取りが完了したのか、虚ろだった表情に感情の色が見え始めて呂律も回るようになると、例の清掃員はこう名乗った。

 

『この下等種族共が! 私を誰だと心得る!? 私は誇り高き吸血鬼の王族、グラム・デリックだぞ!!』と。

 

 はい、馬鹿決定。

 

 このグラム某、上原理事長を通して学園に逗留中のカーラ女王に尋ねたところ、犯罪結社を造って裏商売をしていた事で彼女に断罪された叔父なんだとか。

 

 奴の発言で分るように寄生虫の主はグラムである。

 

 思念波か、もしくは眷属契約か。

 

 方法は分からないが、奴は寄生虫が宿主に形成した補助脳をさらに乗っ取る事で自身の手駒を増やしているのだ。

 

 今回、寄生虫のキャリアーでもある傀儡を学園に潜り込ませようとしたのも、カーラ女王への怨恨ゆえである。

 

 ようやく話の全貌が見えてきたところだが、ここはさらに情報を絞り出す必要があった。

 

 とはいえ、宿主は罪の無い堅気さん。

 

 当然の事だが肉体言語は厳禁である。

 

 さらに情報を握っているのが補助脳であることから自白剤などの薬物も効果が疑わしい。

 

 となれば、ここはふうま衆の層の厚さを雇い主に見せねばならないだろう。

 

 そこで呼び出したのがふうま下忍に属する蜂矢利助である。

 

 この蜂矢は呪詛系の異能の使い手で、自身の血液を媒体として相手に房術を掛ける事が出来る。

 

 本来の使い方は女性に忍術を掛けて快楽によって情報を聞き出す変則的なハニトラなんだが、今回は男性にそれをやってもらう。

 

 『郷に入っては郷に従え』ではないが、ここは魔族の流儀に則って吸血鬼の王族様には快楽堕ちしてもらおうというワケだ。

 

 一説によると、男性は女性よりも格段に快楽に耐性が無いと聞く。

 

 一個人を快楽に狂わせるのだから与える刺激は相当厳しいものとなるだろう。

 

 しかし、宿主さんに関しては問題は無い。

 

 補助脳ことグラム君が肉体への刺激を肩代わりしてくれるからだ。

 

 人体を乗っ取り脳を作ると言っても所詮は寄生虫、神経を通ってくる刺激や情報の取捨選択ができるほど高性能ではないのは確認済みである。

 

 というワケで女性陣には退席してもらって作業開始。

 

 高貴なる吸血鬼の王族様は、キッカリ30分で完堕ちと相成った。

 

 文章にするとたった三文字だが、実際に現場にいた者にとっては結構キッツイ時間だったようだ。

 

 権左兄ィと骸佐は15分でギブアップ。

 

 研究員も次々と鬼太郎袋のお世話になる中、しっかりと観察できたのは俺と責め役の蜂矢、あとは米田のじっちゃんだけだった。

 

 米田のじっちゃんは魔界医療に携わっているので、この程度の絵面は見慣れてるそうな。

 

 俺は前世の上海でこれよりエグイのなんて幾らでも見た事があるので、この程度では何とも思わない。

 

 蜂矢については簡単、俺が逃がさなかっただけである。

 

 いい年したおっさんが本気で泣きながら勘弁してくださいと言ってきたのはアレだが、リバースしながらも最後まで仕事をやりきった蜂矢にはねぎらいの言葉を送っておいた。

 

 まあ、魔界関連と聞いて帽子とマフラーの変装で様子を見に来ていた若アサギを指差して、『口直しにあの娘を調教させてください!!』などとのたまった結果、思い切り蹴り倒されたのは擁護できないが。

 

 方法の是非は置いておくとして、今回の件における決定的な情報を得ることに成功したのは大きい。

 

 この寄生虫に気づくことなく学園内でアウトブレイクが起きた場合、ヴラド国の女王を巻き込んで日本の退魔師に壊滅的な被害が出ていただろう。

 

 奴の情報にどこまでの信ぴょう性があるかは今のところ分からないが、早急に潰す必要があるのは間違いない。

 

 今から動けば情報の裏取りと襲撃を含めても明日の朝までには終わる。

 

 善は急げだ。

 

 久々の鉄火場に向かうとしよう。

 

 

〇月〇●日(快晴)

 

 

 寄生虫騒ぎは一応の解決を見た。

 

 情報と研究結果が出ると同時に学園を発ったのだが、情報の裏取りを終えた時には日はとっぷりと暮れていた。

 

 相手は目に見えない寄生虫という事で慎重に慎重を期した為に時間がかかったが、お陰で聞き出した情報の正しさは確認できた。

 

 グラムの所有する実験施設は東京キングダムの郊外にひっそりと建つ洋館だった。

 

 館内にはグラムを支持するヴラド国の貴族が配置した吸血鬼の警備が付いていた。

 

 夜は奴等の時間と言われているが別段恐れる事も無い。

 

 女王の話では、高位の者以外なら吸血鬼は首を刎ねると死ぬそうだ。

 

 ならば境圏で気配を断って後ろからばっさり行けばいいだけの話である。

 

 そうして外周を護る護衛を全滅させて内部に足を踏み入れた俺は、補助脳グラム君の情報通りに地下に建造された研究施設の隠し階段を下りた。

 

 するとそこには攫われてきたと思われる人間や魔族が、等身大のシリンダーに収められて部屋中に並べられていた。

 

 制御用のPCを確認してみると、そこにいた者全てが寄生虫の苗床でありグラムの傀儡であった。

 

 PCから抜き出したデータによると寄生虫はグラムの眷属であり、本来は目や鼻の粘膜や傷口に感染者の体液が付着した場合に感染するモノを皮膚からの体液感染に強化しているのだ。

 

 そして補助脳にグラムの人格を形成するのもまた、虫共が奴の眷属故である。

 

 とはいえ、それも終わりを迎えた。

 

 研究施設の最奥にはシリンダーに入れられて保護液に浸かった脳髄、グラムオリジナルの脳があったからだ。

 

 如何に眷属とはいえ、寄生虫に自身の思考形態を記憶させ続けるなど出来はしない。

 

 主従間の思念波による統制の傍ら、奴は常に自分の情報を寄生虫に刷り込ませていたのだ。

 

 つまり、このオリジナルが消えれば寄生虫たちはグラムの個体情報を維持し続けることが出来なくなるということである。

 

 もっとも、補助脳形成からの肉体の乗っ取りは寄生虫の特性なので消えることはないが、その特異な生態ゆえにこいつ等は原種に比べて非常に脆弱であり、感染が確認された場合も駆虫薬を処方すれば簡単に死滅させられるらしい。

 

 というワケでデータを根こそぎ引っこ抜いた後、米連特製爆薬で思いっきり『たまやー』してあげたワケだ。

 

 『汚物は消毒だ!!』を行うのは世紀末から大火力と相場が決まっている。

 

 これだけド派手に送ってやったのだから、グラムも未練なくあの世に旅立ったことだろう。

 

 廃ビルの屋上から任務の終わりを告げる紅蓮の華を見ていた俺は、ここで思わぬ人物と再会する事になる。

 

 それは秋山達郎である。

 

 黒い対魔スーツの上に黒の外套を羽織り、何故か顔を半分近くまで覆うバイザーで隠した達郎。

 

 声を掛けてみると───

 

『君の知っている秋山達郎は死んだ』

 

 開口一番にこれである。

 

 そりゃあ倫理的には惨殺されたのは知っているが、数か月ぶりにあった知り合いに言うセリフでは絶対ない。

 

 軽いジャブはともかく、奴がここに来た目的は俺と同じく寄生虫の撲滅であった。

 

 なんでも東京郊外に現れた魔族を紫が退治したのだが、その魔族の中に例の寄生虫が仕込まれており、返り血をこれでもかと浴びた紫はあっさり感染したのだという。

 

 以前書いたが、この寄生虫は女性に感染した場合は初期でも快楽神経を刺激して発情を誘発させるという効果を持つ。

 

 それが原因であっさり感染が発覚したのだが、ここでハッスルした馬鹿が一人いた。

 

 対魔忍お抱えの魔界医師、桐生佐馬斗である。

 

 紫に異常な愛情を抱いている奴は、寄生虫によって発情した紫を見て発奮。

 

『俺以外の手で紫の身体が改造されるなど、許ざんッッ!!』と斜め上の独占欲を発揮し、治療と称して紫を抱きまくったらしい。

 

 そんなことをすれば当然桐生にも寄生虫は感染したのだが、奴は自分の身体を餌にしてあっという間にその特性を炙り出し、一晩で駆虫薬を開発。

 

 さらには寄生虫同士が情報交換目的に発する思念波の種類まで割り出したのだ。

 

 米田のじっちゃんと上原の研究チームが出した成果を、たった一人で上回った奴には割と本気で脱帽した。

 

 で、達郎はその思念波を捉えるレーダーを頼りにここまで来たというワケだ。

 

 まあ、来た瞬間に研究所は灰塵と化したので無駄足と言えば無駄足なのだが。

 

 ちなみに達郎が何故にベラベラと機密を話しまくったのかというと、奴は未だに俺の事を『世良田次郎三郎』と思っていたからだ。

 

 『ふうま小太郎』と知っていれば、こうも簡単に口は割らなかっただろう。

 

 さて、本来であれば解散すべき状況だが、生憎とそうはならなかった。

 

 そこから30分ほど、何故か俺は達郎の人生相談を受けるハメになったのだ。

 

 相談したい事があると告げた奴はバイザー越しに死んだ目でこちらを見ながらこう言った。

 

『俺……姉ちゃん以外に勃たなくなったんだ』

 

 この時、いったい俺はどんな顔をしていたのだろうか?

 

 開幕同時のビッグパンチに言葉が出ない俺を尻目に、表情を虚ろにしながら言葉を紡いでいく達郎。

 

 完全に瞳孔が開いているのがバイザー越しにもわかるので、闇夜で見るとその顔は物凄く不気味だった。

 

 あと、そんな顔なのに頬を染めるな。

 

 生々しすぎるので詳しい表記は避けるが、とりあえず達郎が凜子に朝昼晩と時間や場所を問わず搾り取られているのは分かった。

 

『「くやしい! ……でも感じちゃう」って台詞をさ、まさか自分が言う事になるとは思わなかったよ……』

 

 ────俺は泣かなかったと思う。

 

 この後も散々近況と姉弟のタブーを事細かに聞かされたのだが、最後に『ゆきかぜは、こんな僕を許してくれるかな?』と何とも返答に困る言葉を残し、奴は空遁の術で現れた姉の手に捕らえられて虚空に消えていった。

 

 色々と言いたい事はあるが、まずは一言。

 

 ゆきかぜって誰やねん。

 

 

 

 

 【弟は】姉弟の仲の良さを赤裸々に晒すスレ【私に夢中】

 

 

 

 

 

121 斬鬼の対魔忍

 

そんな感じで、私は弟を手に入れたワケだ。

 

唯一譲ってもいいと思っていた幼馴染とは縁を断ち、弟の初めてを奪ったアバズレはモウイナイ。

 

コレデTロウは私ノモノダ。 

 

 

122 名無しの対魔忍

 

仲良しエピソードを聞いてほっこりしに来たのに、背筋が凍った件

 

 

123 名無しの対魔忍

 

タイトル詐欺にもほどがある……

 

 

124 名無しの対魔忍

 

禁断の関係って燃えるよね!

 

私もお姉ちゃんを狙ってみようかな

 

 

125 名無しの対魔忍

 

おいやめろ

 

 

126 名無しの対魔忍

 

相手にその気が無かったら、自分の姉を地獄に突き落とすことになるぞ

 

 

 

127 名無しの対魔忍

 

大丈夫!

 

お姉ちゃんが敵におっぱいが出るように改造された時、私が吸ってあげてたもん

 

 

128 名無しの対魔忍

 

なん……だと……

 

 

128 名無しの対魔忍

 

こんなに兄弟のタブーを超えようとする奴等がいるとは……

 

ああ、世も末じゃ。

 

 

128 ぎんせいごー

 

ざんきさんにききたい。

 

あにさまをわたしのものにするほうほう、ある?

 

 

129 斬鬼の対魔忍

 

ふむ……

 

詳しく聞こうじゃないか

 

  



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日記12冊目

 お待たせしました、12話目完成でございます。

 拙作が日間ランキングの一位にあった時には、思わず目を疑いました。

 これもひとえに読んでくださっている皆様もお陰、本当にありがとうございます。

 退魔忍RPGも新たなレイドボスイベントが発生していますが、こちらの方もボチボチやりながら、更なる精進を行っていきたいと思います、

 こんな作品ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。



〇月××日(土砂降り)

 

 

 今日、久々に濤羅(タオロー)兄が枕元に立った。

 

『いいか、妹が『女の顔』で迫ってくるという場面に遭遇しても心を乱してはいけない。焦りも戸惑いも全て呑み込んでクールに首筋へ手刀を打ち込み、速やかに意識を奪うのだ』

 

 と、何故かあおむけの状態からマウントを取ろうとする相手の意識を刈り取る練習をさせられた。

 

 いや、なんつう事態を想定してるんだ、この人は。

 

 言われるままに異様に実践的な訓練に付き合ったものの、何の意味があるのかさっぱりわからん。

 

 あれか?

 

 妹さんと何かあったのか?

 

 だとすれば本当に失礼な話である。

 

 兄弟子にこんなことを言うのはどうかと思うが、ウチの銀零はハイライトの消えた目で背中にへばり憑いているアンタの妹と違って健全です。

 

 最後に濤羅兄は前世で鍛錬で俺を打ち負かした時のような厳しい表情で、『もしもの時は戸惑うな。迷ったら喰われるぞ』と言い残して消えた。

 

 本来であれば『何を馬鹿な』と一笑に付す話なのだが、達郎という悲劇の例もある。

 

 …………備えはしておくべきか。

 

 

〇月×■日(晴れ)

 

 

 前回の寄生虫騒ぎで、カーラ女王から勲章を授与したいと打診があった。

 

 確かにめでたいのだが、今後の事を思うと素直に喜ぶことはできない。

 

 隼人学園での猶予期間の後に亡命する予定のヴラド国は、なんだかんだ言っても吸血鬼の国である。

 

 そこに女王の肝いりという形で人間が移住するだけでも目立つのに、勲章まで貰っていては国の上層部に良からぬ感情を抱かれないだろうか?

 

 しかも今回始末したグラム・デリックはカーラ女王の叔父、(すなわ)ち王族である。

 

 条約違反で一度断罪されたうえに他国でのバイオテロ+クーデターを引き起こそうとしたのだから、奴を擁護する要素はカケラもない。

 

 だとしても、王族である奴はヴラド国に於いてカーラ女王の政策に反対する者を初めとして、そのパイプを国の多方面に伸ばしていたのは想像に難くない。

 

 今回の寄生虫を育成する施設等々を見ても、断罪後も存命していたことを自身のシンパに伝えていたのは明白だ。

 

 ということはだ、今回の件で勲章を貰うという事はグラムの取り巻きを丸々敵に回すという事になる。

 

 そんな考えもあって最初は叙勲を断っていたのだが、それは女王から却下された。

 

 本件は日本とヴラド国の二国を巻き込んだテロであり、ヴラド国にとっては国家の存亡にもかかわるモノだ。

 

 あの時点で手を打つことが出来ずに寄生虫が隼人学園に蔓延した場合、神村教諭や上原理事長、さらにはカーラ女王やクリシュナ卿まで感染していただろう。

 

 そうなればグラムはヴラド国はおろか日本の退魔組織の一大勢力までも手中に収める事となり、下手をすれば第二のエドウィン・ブラックとなっていたかもしれない。

 

 そういった事実を鑑みれば、これだけの成果を上げた者に褒美も与えないのでは王として示しが付かないのだそうだ。

 

 まあ、女王の思惑の中には今回の件を使って人間の集団であるふうまの地位確立と、同時に自身の政治的基盤の強化もあるのだろう。

 

 正直気が進まないが相手は未来の雇い主、こちらの我を通して不興を買うのは愚策でしかない。

 

 約束されてしまったリスクに内心頭を抱えながらも俺は勲章の叙勲を了承した。

 

 クリシュナ卿の話だと、叙勲の式典に関しては俺達がヴラド国に移住した後になるらしい。

 

 華やかな場所など縁のない生活をしてきた事もあって猶予期間を挟むことに胸を撫で下ろしていた俺は、その後で上原理事長から告げられた事に頭を抱えることとなった。

 

 なんと女王とは別に宮内庁と防衛庁から、今回の件に関しての功労の式典があるというのだ。

 

 冷静に考えればわかる事だが、グラムが起こそうとしたテロの舞台は日本、しかも魔界勢力に対する国防の要の一つである隼人学園なのだ。

 

 そりゃあ日本側からも何らかのアクションがあるに決まっている。

 

 俺が未成年であることに加えてふうま衆の存在が機密対象である事から、式典に関しては大々的に行うわけではないそうだが、それでも政府高官や大臣なんかは参加するらしい。

 

 例の移籍騒ぎの所為で、めっちゃ警察庁や公安のお偉さん方と顔を合わせ辛いんですが。

 

 当然、これも欠席は認められない。

 

 せめてもの救いは寄生虫発見に尽力した研究チームも表彰の対象らしいので、米田のじっちゃんがいる事だろうか。

 

 ……ああ、今から胃が痛い。

 

 

〇月×☆日(晴れ)

 

 

 久々に剣の話をしようと思う。

 

 二度目の生を受けて早や14年、戴天流の修練も大詰めを迎えているのだが未だに成っていない技が一つある。

 

 その技とは戴天流において幻の秘剣と言われている『六塵散魂無縫剣(りくじんさんこんむほうけん)』である。

 

 神速と針の穴を通す精度を併せ持つ10連刺突。

 

 極めし者が放てばその剣閃は音を置き去りにし、相対した者の目には十の刺突はその(はや)さ故に剣を横に薙ぎ払っているように見えるという。

 

 前世においてこの技を極めた時は、アンチマテリアルライフル並みの速度と威力を持った暗器、それと同時に襲い掛かってきた至近距離からの機関銃の斉射を全て切り払ったうえに、眼前にいたガイノイドの首を刎ねる事が出来た。

 

 肝心の今生においてだが、今の時点ではだいたい70%くらいでしかない。

 

 今日は宿舎にある池に浮かんでいた木片を足場にして宙を舞っていた桜の花びらを標的にしたのだが、結果は8枚しか真芯を捉えることが出来なかった。

 

 これは後半の刺突が失速したことによって、脳内のイメージと実際の動きにズレが生じたことが原因だ。

 

 この技において肝要なのは全ての刀が同じ速度を維持すること。

 

 この体たらくでは、秘剣を名乗るなどおこがましいにもほどがある。

 

 やはり、この身はまだまだ至らない。

 

 修練あるのみ。

 

 

〇月▽〇日(くもり)

 

 

 今日は感謝状を貰うために登庁してまいりました。

 

 この件については裏の事情は一切明かされていない為、俺は事件解決の功労者ではなく感染者を最初に発見したという位置づけになっている。

 

 そういう訳なので俺は()え物であり、本当の主役は寄生虫の発見と駆除に貢献した米田のじっちゃんと上原の研究班だった。

 

 とはいえ、こちらが(ないがし)ろにされているという事はなく、例のNINJYA騒ぎの余韻もあって防衛庁長官から感謝状を渡される時はマスコミによる写真撮影が凄かった。

 

 というか、俺の戸籍上の名前『小太郎』だったんですが。

 

 この名前って代々の頭領が引き継ぐって話じゃなかったのかよ。

 

 あと、保護者として付いてきてもらった天音姉ちゃんのテンションがヤバかった。

 

 『ようやく若様の力を認めたか、役人どもめ!』とか鼻息を荒くしてたのがめっちゃ恥ずかしかったんですが。

 

 ともかく、これにて寄生虫テロに関する面倒事はクリアである。

 

 明日からは平和な日々が戻ってくるだろうから、秘剣習得に向けて邁進せねば。

 

 

〇月▽×日(くもり)

 

 

 今日、公安を通して対魔忍主流派から応援要請が来ました。

 

 いや、はえぇよ。

 

 こっちが移籍してまだ二か月ちょっとだぞ。

 

 もうちょっと頑張ろうよ、アサギ殿。

 

 とはいえ、この要請を断るというのは流石に拙い。

 

 こちらから言いたい事は山とあるとしても、同業他社としてこれから連携を取る事もあるだろう相手なのだ。

 

 積みあがった互いの因縁を考慮に入れても、ここは貸しを作って関係改善の足掛かりにすべきだろう。

 

 と言う訳で会談に臨んだわけだが、ついてきたメンツがヤバい。

 

 執事役の天音姉ちゃんに秘書官の災禍姉さん、右腕の骸佐とその腹心である権左兄ィ、あとは護衛として心願寺の爺様。

 

 現ふうま衆オールスターのそろい踏みである。

 

 現在の関係が関係だから是非もないのだが、少々過保護すぎやしないだろうか。

 

 そう言ったら『総大将が敵陣に乗り込むんだから、この位は当たり前だ。いい加減、頭領だって自覚持て!』と骸佐に怒られてしまった。

 

 たしかにふうま衆は対魔忍の一派閥ではなくなったのだ、お飾りであろうとトップとして自重すべき事は見極めねばならないか。

 

 上記のメンバーでも十二分に仰々(ぎょうぎょう)しいのだが、それにプラスして引っ付いて来たのがこの世界の自分に会うと聞いて自分も行くと聞かなかった若アサギである。

 

 話を聞くに、彼女は政府の下部組織となっている自身の世界の対魔忍の体制が気に入らないようで、『利権やしがらみに縛られて正義を貫こうとしない政府の犬のボスに、自分がなっているなんて信じられない』だそうな。

 

 まあ、こっちと違って彼女はまだ高校生だ。

 

 清い理想に燃える青い時代なんだろうさ。

 

 本当なら許可なんて以ての外なんだが、相手は世界が違うとはいえアサギである。

 

 下手に抑えつけて勝手な行動を取られては目も当てられない。

 

 そんなワケで同行を許可した訳だが、当然のことながらスッピンで出せるはずがない。

 

 なので、彼女には顔を隠してもらう事にした。

 

 今の若アサギの顔を覆っているのは、聖闘士星矢に出てくる女性聖闘士『魔鈴』の仮面である。

 

 偽名の方も考えるのが面倒くさかったので、仮面の持ち主からそのまんま頂いた。

 

 話を戻して今回のアサギからの依頼だが、ヨミハラに潜入して消息が途絶えた五車学園の生徒を助ける手助けをしてほしいとのことだった。

 

 この時点でツッコミ所満載なんだが、いちいち挙げていては話が進まないのでお口にチャックである。

 

 件の生徒の名は水城ゆきかぜ。

 

 一時はアサギと双璧と言われていた凄腕、『幻影の対魔忍』水城不知火の娘である。

 

 本件の始まりはひと月ほど前。

 

 ヨミハラの娼館において、数年前に任務で消息不明になった不知火の目撃証言が上がったことが切っ掛けだった。

 

 全盛期はアサギに迫ると言われた不知火の生存は、ふうま一門が抜けた事で深刻な人手不足に苛まれていた主流派にとっては福音といえた。

 

 そんなワケでアサギをはじめとした上層部はすぐさま救出に向けて動き出そうとしたのだが、悲しいかな現状の主流派は現役の者は軒並み任務に忙殺されており、動かせる人材などほとんど存在しない。

 

 それでも不知火を諦められない彼女達が何とか人員を捻出しようとしていたところ、どこから噂を聞き付けたかはわからないが一人の生徒からの志願があった。

 

 その生徒がゆきかぜである。

 

 優れた雷遁の使い手であり若手の中でも頭一つ抜けるほどに優秀だった彼女は、纏い(潜入捜査の事)の任務である本件はまだ早いと止める周囲の言葉を振り切って強硬に救出作戦への参加を願い出た。

 

 ゆきかぜの頑固さにほとほと困り果てていたアサギであったが、彼女も父親を任務で(うしな)っている為に家族に固執するゆきかぜの気持ちが分かるので突き放すことが出来ず、さらには無理に外した場合にゆきかぜ単独でヨミハラに潜入する危険性を考慮して志願を受け入れた。

 

 その結果、当初の救出プランに組み込まれた彼女はヨミハラに奴隷娼婦を装って潜入する事となったわけだ。

 

 ちなみにゆきかぜには男性経験はない。

 

 この説明を聞いた俺の感想は『正気か、貴様等!?』であった。

 

 14歳の女の子、しかも男性経験ナシを奴隷娼婦として敵陣に送り込むなんて、どう考えても失敗するに決まっているだろうに。

 

 当然、彼女一人で潜入させていたわけではないだろうから本命である彼女の他にもバックアップの為の人材がいるだろうと尋ねてみると、表情を曇らせながらアサギが手渡してきたのはタブレットだった。

 

 画面を見てみると映っていたのは風俗のホームページで、そこには対魔スーツを着て目のあたりを手で隠した3人の女の姿が……。

 

 そう、負けた対魔忍お得意の『いつもの』である。

 

 とりあえず、今にも暴れだしそうだった『魔鈴』を視線で制した俺は、返事は後日と今回はお茶を濁しておいた。

 

 こっちに応援をよこす位だから相当ヤバい案件だと覚悟していたが、予想の斜め上を行き過ぎである。

 

 恩を売るには打って付けのチャンスなんだが、部下にこの尻拭いの為に命を掛けろとはよう言わんわ。

 

 はてさて、どうしたものか。

 

 

〇月▽☆彡日(雨)

 

 

 過日(かじつ)の水城ゆきかぜ救出任務応援の件ですが、受けることに決まりました。

 

 現在の体制はもとより、ヴラド国に移籍後も対魔忍と連携を取る事を視野に入れている俺達にとって、恩を売れる今回の案件は初めからNOという答えはない。

 

 会談当日はあんまりな話に色よい答えを返せなかったが、一度クールダウンする時間を得た事で迷いを振り払うことが出来た。

 

 で、一番の問題であるこちらからの人選だが、俺と骸佐と権左兄ィ、あとは若アサギこと魔鈴を起用した。

 

 俺と骸佐が行くのは借りの値段を思い切り吊り上げるためだ。

 

 将来有望とはいえ一介の見習い対魔忍を救出するために他流の頭領と、その右腕であるふうま八将の一つである二車の当代が動く。

 

 下忍を貸し出すのとは恩義のケタが違う。

 

 こんなアホな話で部下を危険にさらすのは超カンベンという本音も多分にあるが、その辺に関しては心のポケットにしまっておこう。

 

 当初は俺が単独で行くつもりだったのだが、家族や八将にめっちゃ反対された為に敢え無く白紙となった。

 

 頭領なんだからホイホイ現場に出るんじゃないと説教を食らってしまったけれど、恩を売る云々やヨミハラへの潜入経験があるために俺を外すことはできない。

 

 ならばとメンバーに志願したのが骸佐だった。

 

 俺に万が一のことがあったら次の頭領はコイツなので危険地帯に連れて行きたくないのだが、それを言うと『お前が言うな』とツッコまれるのは目に見えている。

 

 日頃から右腕と公言している以上、俺が動けば奴も付いてくるのは当たり前なのだ。

 

 骸佐が出るとなるとその執事である権左兄ィも付いてくるワケで、大体のメンツはこれで決定。

 

 最後の一人は俺の独断で、平行世界の自分に怒り心頭で八つ当たりに精を出していた魔鈴をガス抜きついでに連れて行くことにした。

 

 汚い考えを明かせば、腕が立つ上にこの世界の人間ではない魔鈴は、ふうま衆の犠牲を極力出したくない今回の件には打って付けなのだ。

 

 さすがに捨て駒にする気はないが、もしもの際には骸佐達の代わりにヤバい橋を渡ってもらうくらいの覚悟はできている。

 

 ま、そん時は一人に任せることはせず、俺も一緒に渡ってやるつもりではいるがね。

 

 そういう訳で直通回線を使って了承とメンバーを伝えた訳だが、通信先で何故か顔を青褪めさせるアサギ。

 

 不穏な空気を感じていたところ、秘書役である紫から向こうの救出メンバーが発表された。

 

 主流派から派遣されるメンバーは秋山凜子、秋山達郎、そして上原鹿之助。

 

 全員五車学園の生徒で下忍ですらねぇ。

 

 聞かされた時は骸佐と二人クロ●ティ高校ヅラで『それはひょっとしてギャグで言ってるのか!?』ってなってしまった。

 

 なんでも当初予定していた『電輝(でんき)の対魔忍』の異名を持つ手練れの上原燐が、政府からの緊急要請によって引っ張られていったらしい。

 

 で、どうすんだと混乱していたところで名乗りを上げたのが、学生ながらに任務をこなしている空遁使いの秋山姉弟と上原燐の推薦を受けた従弟の鹿之助だそうな。

 

 はっきり言ってこっちからしたら『ナメんな』以外の何物でもない話なのだが、今後の事を思えばここで関係を打ち切るのは拙い。

 

 そもそも現在進行形で奴らを襲っている人手不足も、元をただせば俺達が抜けたのが原因なんだし。

 

 ここは井河殿の貫禄すら感じさせる渾身の全裸土下座に免じて許す事にしよう。

 

 というか、モニター越しでいきなり服を脱ぎだした時は何事かと思ったわ。

 

 流れるように繰り出された敗北のベストオブベストを見た魔鈴は泡を吹いて気絶したし。

 

 会談の後、骸佐とアサギに対して『今後はちょっと優しくしてあげようか』と話し合ったのは秘密である。



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日記13冊目

 お待たせしました、13話の完成です。

 レイドイベント、対魔石10個交換、苦心して貯めた50個の石の結果は……またしても「ひまわり」

 なんたる悲劇、今回のレイドイベント中は立ち直れません。

 さらば、神村舞華……。


〇月▽×日(暗雲)

 

 

 アサギ決死の全裸外交から翌日、主流派メンバーである学生三人との作戦会議を行った。

 

 対魔忍の卵と聞いて骸佐や権左兄ィは不安視していたが、残念ながらその心配は杞憂に終わらなかった。

 

 バイザーを外して久々に見せた生きた目に決意を燃やす達郎はいい。

 

 一見すれば少女のような外見とは裏腹に、怯えや緊張で涙目になりながらも食らいついていこうという気概を見せた上原君も見直した。

 

 問題は凜子である。

 

 達郎に『必ずゆきかぜを救い出そう』と話すのはいいのだが、奴を見る目にハイライトは無いし、達郎の口からゆきかぜの名が出る度に手にした刀の鯉口をチンチンチンチン切りまくるのだ。

 

 その有様は魔鈴が思わず『ひえっ』と声をあげて引くほどだった。

 

 これには流石に他のメンバーも異常さを感じ取ったようで、結果的に口寄せで『世良田』の時に掴んだ二人のただならぬ関係をゲロするハメになった。

 

 これと幼馴染という秋山姉弟と水城ゆきかぜの関係を聞いた権左兄ィが一言。

 

『これって【救出対象、愛憎の果てに救助隊員によって刺殺される】なんて事になりませんかね』

 

 脳内によぎる鮮明過ぎる惨劇の現場に、俺は盛大に口元を引きつらせてしまった。

 

 そんな理由で任務失敗なんて嫌すぎる。

 

 正直、凜子を外して欲しいところなのだが、生憎とアサギからは『今の主流派に動かせる人間は無い。ホント、逆さに振っても鼻血も出ません。ゴメンナサイ』というありがたい言葉を貰っている。

 

 もう一度あの全裸土下座を見せられたら、今度こそ魔鈴のSAN値がピンチである。

 

 残念ながらこれ以上の要求は控えざるを得ない。

 

 さて、学生諸君(1名除く)からは粉骨砕身の覚悟で頑張るとの言葉をいただいたのだが、ここで思わぬことが起こった。

 

 なんと凜子に俺が『世良田』である事がバレたのだ。

 

 『ふうま小太郎』として仕事場に出ているので顔は仮面で隠していたのだが、奴はエロシスターから達郎を助けた際にコートへ付着した微かな体液の匂いを嗅ぎ分けたのだ。

 

 つーか、クリーニングに出してファ●リーズまでしたのに、なんで分かるんだ! 犬か、お前は!?

 

 ……まあ、偽名がバレるのはいいんだよ、別にデメリットなんて無いから。

 

 元々本名を明かさなかったのも、達郎が俺と接触してる事を老人たちが知ったら迷惑を掛けると思ったからだしさ。

 

 けど、少しは空気を読んでほしかった。

 

 俺はあの場にふうまの頭領として出席してるわけで、秋山姉弟の知り合いである『世良田』ではないのだ。

 

 身分云々なんて言いたかないけど、ふうまの看板背負ってる身としては下忍未満の見習い対魔忍にタメ口を叩かれてニコニコするわけにはいかんのよ。

 

 今回は個人的に付き合いがあったからって無礼討ちにしようとしてた権左兄ィを止めたけど、普通なら首を刎ねられても文句は言えないし協力体制もおじゃんだからな。

 

 年も年だし社会経験の不足は仕方ないところはあるが、対魔忍は旧態依然とした身分制度が横行してる世界だ。

 

 そこら辺はちゃんとしとかないと、マジで命を落とすぞ。

 

 さて、予想外のトラブルを挟む形になったが、肝心の打ち合わせ自体は(とどこお)りなく終わった。

 

 無礼討ち云々(うんぬん)で相手がビビって、こっちの提案を全部飲んだのが理由ってのは少々アレだが。

 

 とはいえ、別組織同士が組む以上は指揮系統を明確にしておく必要があるし、ヨミハラから人を回収するなんて危険度の高い仕事で経験の少ない彼等に勝手されてはこちらも(たま)らない。

 

 学生連中にしても達郎は幼馴染の一大事と入れ込み過ぎだし、凜子は色々な意味で不穏である。

 

 汎用性の高さが売りの空遁使いといえど、これでは現場に出すのは危険すぎる。

 

 さらに言えば、彼等は一山いくらの下忍ではなく主流派の幹部候補だ。

 

 今回の任務で命を落とせば、少なからずふうまにも責任追及はくるだろう。

 

 最後の上原君に至ってはまず能力的に使いどころが難しい。

 

 電遁の使い手とはいえ、起こせるのが静電気レベルでは戦闘時の有用性は限られてくる。

 

 電遁が対魔粒子を基に生成された純然な電気でないという特性を使えば、彼の発電レベルでも絶縁処理を貫通して精密機械にダメージを与えられるかもしれないが、本人にその経験がないのでは絵に描いた(もち)でしかない。

 

 こう言っては何だが上原燐が何であの子を推薦したのか理解に苦しむ。

 

 とはいえ、忍術関連で無能扱いされる辛さは俺にもよく分かるし、そういった使いどころの少ない能力を活かすのもまた頭領の役目だ。

 

 上原君程度を使いこなせない様では、ウチの癖のある面々を束ねるなんて夢のまた夢だ。

 

 これも経験と割り切って、全員生還を目指そうではないか。

 

 

〇月▽◎日(くもり)

 

 

 さて、今日の昼にようやくヨミハラに侵入することが出来た。

 

 前回忍び込んだ時は紅姉救出のために時間が無かったこともあって、圏境フル活用で物資搬入業者に紛れてリフトで侵入するという強硬策を取ったが、今回は単独潜入ではないからその手は使えない。

 

 なので通常のルート、東京にある首都圏外郭放水路から繋がっている坑道を一日以上掛けて抜ける事となったのだ。

 

 通常と言っても魔族やはみ出し者がヨミハラに行くルートであり、政治家や資産家が利用する直通の客用エレベーターとはワケが違う。

 

 地下に張り巡らされた坑道は天然の迷路であり、トロールやオーガなどの運送途中で逃げた奴隷に武装貧民、最下層にある魔界の門から迷い出た魔獣や妖魔など危険は鈴なりである。

 

 また、ヨミハラ側も身元が確かでない者の通路である事を把握しているので、侵入者対策として罠や調教された魔獣などが仕込まれているのも厄介だ。

 

 対魔忍がこのルートを使用する際には、組織と繋がりがある闇の住人を案内役兼仲介人として潜入する。

 

 もちろん今回もアサギたちはオークの奴隷商人を用意していた。

 

 もっとも俺は最初からこれを信用しておらず、骸佐に指揮を任せた一団よりも少し離れた位置から圏境を使って尾行していたのだ。

 

 というかだな、水城ゆきかぜをヨミハラに案内したのコイツらしいじゃないか。

 

 前回のメンバーがバックアップも含めて全員捕まったことを考えたら、この案内役が一枚噛んでる可能性がある事くらい考え付くだろうに。

 

 捕らえられた対魔忍という偽装で潜入することを提案したオークがギャグボールや目隠しまで嵌めようと提案するも、そこは骸佐が悉く論破して嵌める拘束具を手枷だけに留めてみせた。

 

 直情的な奴だと思われがちだが、骸佐は二車家の跡取りとして英才教育を受けている。

 

 俺のようななんちゃって頭領とは違い、戦闘、部下の統率、外交とマルチプレイヤーなのである。

 

 そんな感じでウチの右腕の優秀さに感心しながら進む事しばし。

 

 一日がかりの長かった坑道を抜けると、目に入って来たのはギラギラと輝くケバいネオンサインだった。

 

 奴隷商曰くここがヨミハラの各種業者用の通用口だそうで、奴の言葉通り入り口の傍に備えられた詰め所には異形の犬らしき生物を連れた警備員がスタンバっていた。

 

 警備員と合流した奴隷商人は奴の目配せを受けると、拘束していた骸佐達に青白い電流が走るスタンバトンを当てようとする。

 

 仲介人がいる事でフリーパスだと思っていたところへの不意打ち。

 

 もしゆきかぜ達が奴隷商の口車に乗って目隠しとギャグボールを嵌めていたら、なす術もなくここで昏倒していたことだろう。

 

 で、俺が動いたのはその瞬間だった。

 

 一刀の下に設置された監視カメラを斬り落とすと、それを合図に権左兄ィが土遁で石槍を形成して犬をモズの早贄にする。

 

 そして警備員の首を魔鈴が対魔殺法の一つ刀脚で刈り取れば、骸佐が手枷を逆手に取った水月狙いの双掌からコメカミへの廻し蹴りで奴隷商を始末した。

 

 蹴りを繰り出す時に思いっきり『イーグルトゥフラッシュッ!!』と叫んでいたあたり、魔鈴の方もけっこうノリノリのようである。

 

 聖闘士星矢の単行本を全巻貸した甲斐があったというモノだ。

 

 ともあれ、コンマ数秒の瞬殺劇で通用口を無力化した俺達は、警備の本隊が異常に気付く前にヨミハラへと足を踏み入れる事に成功した。

 

 余談だが、俺以外のメンツはこの時点で対魔スーツから私服に着替えている。

 

 あんな『対魔忍でござい!』と宣伝するような服装、敵地でやってられるわけがない。

 

 権左兄ィはグレーのスーツに紅いカッターシャツの筋者ファッションで、骸佐は黒い革のジャケットにジーンズの舎弟のチンピラ風の装い。

 

 魔鈴仮面は何故かマジで『魔鈴さん』の私服姿のコスプレ。

 

 滅茶苦茶再現度が高かったから、ギャグを通り越して違和感ZEROだったんだが。

 

 あと、学生連中もストリートチルドレンに見えるくたびれたラフな服装に変わっている。

 

 俺はそのまま圏境を維持しているので恰好はいつも通り。

 

 違いは今日の仮面がバリ島原産のランダの面だったことか。

 

 ムジュラの仮面に匹敵するフィット感に違和感の無さ。

 

 何故かこの面からは俺の運命を感じるのだが、いったいどのような因果関係があるというのか?

 

 装いを変えたのが功を奏したのか、割とあっさりとヨミハラに溶け込んだ俺達は不自然ではないようにスラムへと足を向けた。

 

 こういった貧民街は治安が悪い代わりに街の管理をしている者達の目も届きにくい。

 

 地下300mに建設されている為に東京キングダムほど無秩序ではないが、それでも貧民や難民とそれを餌にしようとする弱小の犯罪組織などがイモ洗い状態で共存している。

 

 日々相当数の人間が入れ替わるこの場所では、侵入者を割り出すのは並大抵の労力では効かないだろう。

 

 ここに流れ着く奴は脛に瑕を持つ輩が殆どだから、下手に身元検査などすればスラムを上げての暴動に発展しかねないしな。

 

 今日は日雇い労働者用の安宿を借りて、ここまでの疲れを癒すこととなった。

 

 二部屋借りて男女別に分かれている事や、見張りとして常に誰かは起きているのは言うまでも無いだろう。

 

 低所得者向けの安宿なのでヤニや歴代の宿泊者の体臭などで部屋にはすえた臭いが染み付いてるし、寝具もせんべい布団が一枚だ。

 

 お世辞にも衛生的とは言い難い境遇に学生諸君は難色を示していたが、当然の如く無視させてもらった。

 

 君たちがいなければ野宿も検討していたのだから、屋根があるだけマシだと思ってもらいたい。

 

 さて、明日からはゆきかぜと水城不知火の捜索に娼婦へ墜ちたバックアップ係の回収とやることが多い。

 

 まずはセオリー通りに酒場での聞き込みとしゃれこもうか。

 

 

◇ 

 

 

 ヨミハラの酒場は昼夜を問わず客が多い。

 

 荒くれ者や犯罪者など住人の大半が酒に溺れやすい者達である事もそうだが、地下300mに建造されたこの魔界都市には陽の光が差さない事が原因ではないだろうか。

 

 太陽に背を向けた常夜の街、それ故に人の心も闇に染まりやすい。

 

 俺達が足を踏み入れた酒場もこの街のルールに慣れた荒くれ者で溢れ返っていた。

 

 安酒を(あお)っては原材料も定かではない料理を食い漁る。

 

 ふところの温かい輩の中には、連れて来た自身の奴隷に性的奉仕を受けながら飯を食っている不届き者もいる始末だ。

 

 酒とたばこに料理の臭いと性臭が入り混じる混沌とした空気の中、俺は壁に背を預けて周囲の会話に聞き耳を立てていた。

 

 注文した料理と酒をテーブルに広げている骸佐達は囮で、あいつ等が周囲に聞こえるように話題を振る事で酒場の会話をコントロールし、本命である俺が圏境を(もっ)て飛び交う情報を精査するという寸法だ。

 

 こう言った場に縁のない学生達が目を白黒させるだけで、会話の流れを作っているのは権左兄ィと魔鈴である。

 

 特に筋者に扮した権左兄ィの発言は絶妙で、店に入って30分足らずだが既にサポート役が娼婦に沈められた店の場所も判明し、ゆきかぜの囚われた娼館もある程度候補を絞る事が出来ていた。

 

 こういった扇動スキルは忍者にとって必須と言えるのだが、武一本に生きて来た権左兄ィがここまでの手際を持っているのは意外だ。

 

 この辺りは二車の執事の面目躍如といったところだろう。

 

 さて、必要な情報は大方手にすることが出来た。

 

 まずはゆきかぜの行方についてだが、リーアルという調教師の経営する『アナザー・エデン』という店に新たな奴隷娼婦が入店したらしい。

 

 元対魔忍くらいしか新しい嬢のプロフィールはわかっていないが、捕まった時期から調教に仕込む時間を加味すればゆきかぜである可能性は低くない。

 

 他の3軒ほどある元対魔忍の娼婦が入ったという店と一緒に候補に挙げておくべきだろう。

 

 あと、水城不知火の情報については、残念ながら手掛かりを得ることが出来なかった。

 

 数年前まで裏社会で名を轟かせていた対魔忍、犯罪都市だからこそ情報が入りそうなものなのだが……。

 

 目撃証言の一つもないのでは、今回の発端となった情報もガセか罠と思うべきだろう。

 

 この店で得られた有益と思われる情報はこの程度。

 

 あとはレコーダーの中に収めた店の会話を再度精査し、間違いが無ければ候補となった店に忍び込んで、ターゲットの有無を確認するだけだ。

 

 そろそろ切り上げようと骸佐に指示を飛ばそうとした瞬間、背筋にぞくりと悪寒が駆け抜けた。

 

 ただならぬ気配に店の入り口へ視線を向ければ、薄汚れた路地を一人の男が歩いて来るのが見える。

 

 ブランドもののスーツの上から漆黒のコートを羽織った偉丈夫。

 

 少し乱暴に後ろへ流したアッシュブロンドの髪の下には、貴族が仮面舞踏会で付けるような目元を隠す仮面に彩られた顔があった。

 

 店の敷居を跨ぐだけで騒いでいた荒くれ者達を黙らせた男は、他には目もくれる事もなく俺と向かい合う形で足を止める。

 

「随分と暇そうではないか、少年」

 

 威厳すら感じる張りと深みのある声でこちらに声を掛けてくる男、俺は一瞬だが言葉を詰まらせてしまう。

 

 まさか初見で圏境を見破られるとは思わなかった。

 

 つーか、この声間違いないわ。

 

 ノイ婆ちゃんに呪い掛けられた時、俺もこの声になってたし。

 

 仮面まで付けて何しに来たのかな、エド君?

 

「そう見えたか? これでもお仕事中だったんだが」

 

 観念して圏境を解くと、周りにいた客達が驚愕の声を上げた。

 

 それに紛れさせるように、俺は口寄せで店内にいた骸佐達に指示を出す。

 

 告げた命令は店外に後退し、いつでも空遁で逃げられるようにしておけというモノだ。

 

 奴が圏境に興味を示して声を掛けたのならいい。

 

 だが、俺を『ふうま小太郎』だと知って接触してきたのなら任務は失敗だ。

 

 ノマドが包囲網を敷く前に、俺達はヨミハラから退避しなくてはならない。

 

 指示を出す際に後で合流するとは言ってはいるが、骸佐には最悪の場合は俺を置いて行くように頼んでいる。

 

 都市の周囲に転移阻害の結界が張られていない今なら、秋山姉弟の空遁の術で地上に逃げられる。

 

 しかしそれも何時までもつか分からない。

 

 このおっさんの目的が分からない以上、俺が来るまで待ち続けてタイムオーバーなんて事になったら目も当てられない。

 

 それに俺一人ならば、この場さえ切り抜けられれば圏境で来客用エレベーターに紛れるなり貨物リフトに乗るなりと、脱出に関してはワリとどうとでもなるのだ。

 

 だが、救助隊員が敵の手に堕ちたらそれも全てオジャンだ。

 

 木乃伊取りが木乃伊になるなんざ、救助任務失敗の最たるものだからな。

 

 骸佐に何度も絶対に帰ってくるよう念を押される中、小さく息をつくと男は形の整った口角を吊り上げてみせる。

 

「ピーピングとは感心せんな。酒場は酒を嗜む場所だろう」

 

「知ってるよ。けどな、見ての通り俺は未成年。お酒を飲むと警察のお世話になっちまう。あんたはあの厳つい顔のマスターにミルクを頼めってのか?」

 

 肩をすくめる俺に男は呵々と笑い声を上げる。

 

「なかなかのジョークだ。このヨミハラでは、そんな事を気にする者など一人もおらんのだがな」

 

「こっちは地上暮らしが長くてね、飲酒の機会に恵まれなかったんだ。だから、アルコール類には二の足を踏んじまうのさ」

 

「なるほど。ならば、私もノンアルコールに付き合おうではないか」

 

「あん?」

 

「『赤信号、みんなで歩けば怖くない』とはこの国の言葉だったな。私も一緒ならば、あのバーテンダーにミルクを頼む事もできよう」

 

 どうしても逃げられない事を悟った俺は観念してカウンターへと足を運ぶ。

 

「マスター、ミルク2つだ」

 

 男は木製の質素な丸椅子に腰かけると、カウンターを挟んで目を白黒させているマスターに声を掛けた。

 

「は……え……」

 

「ミルクだ。───店主よ、品揃えの振るわん店は長生きできんぞ?」

 

「わ……わかりました、ブラック様ぁッッッ!!」

 

「人違いはいけないな。私はエドという名の、ふらりと酒場に寄った只の客だ。───いいね?」

 

「イエッサァァァァァァァッッッ!!!」

 

 仮面越しに自身を射貫いた紅い視線に、マスターは悲鳴のように甲高い声で答えると店の奥へと走っていく。

 

 おそらく、近所の店にまで買い付けに行ったのだろう。

 

 つーか、これってある意味苛めじゃね?

 

「やれやれ。客の注文を受けてから買い付けに行くとは、なっとらんな」

   

「いや、こんな場末の安酒場にミルクは置いてないだろ」

 

「そういうモノか。私もこのような店に入るのは初めての経験なのでね、少々勝手が分らん事もある」

 

 そりゃそうだ。

 

 このおっさん、表向きは国際的な巨大企業のCEOやってる超金持ちだし。

 

 個人用のラウンジとか山ほど持ってるだろうから、プライベートでは店に入る必要がない。

 

「それで、どうして俺に声を掛けたんだ?」

 

「少し前に娘が君の事を随分と楽しそうに語っていたのでな、私としても少々気になっていたのだ。とはいえ、こちらも多忙な身。一度話がしたいと思いながらも、ズルズルとここまで伸びてしまったのだよ」

 

「娘さんねぇ。覚えがないな、どんな子だい?」

 

「桃色の髪が特徴のフェリシアという娘だ。君もここで遭った筈だがな」

 

 …………バレてーら。

 

 こいつはもう肚を括るしかないようだ。

 

「───思い出したよ。次に会う時には殺しあおうって言ってた物騒な娘さんな」

 

「そうだ、君の助けた紅の妹に当たる」  

 

 その言葉に俺は仮面の中で目を細めた。

 

「……心願寺楓殿は息災かい?」

 

「ああ、私の妾の一人として暮らしているよ。フェリシアに殺されかけたのが切っ掛けで人間を辞めてしまったが、その辺は些細な事だ」

 

 口の中で笑いを噛み殺すブラックの言葉を俺は冷徹に受け止めていた。

 

 この場に紅姉や爺様がいれば斬りかかっていたのだろうが、生憎と俺にとって楓殿は顔も知らない友人の親族でしかない。

 

 不快には思っても逆上するほどの怒る理由は無いのだ。

 

「思っていたよりも冷静だな。紅を助ける為に単身このヨミハラに乗り込んできたのだから、掴みかかるくらいはすると思ったのだが」

 

「身の丈にそぐわないモノを背負ってきたおかげで、随分とヒネたガキになっちまってな。悪いな、期待に沿えなくて」

 

「構わんよ。直情的な性格はたしかに魅力的だが組織を束ねる者として相応しいとは言えん。君のように冷徹に相手を出し抜く隙を探している方が、よっぽど見込みがあるというものだ」

 

 大げさに肩をすくめてみせる俺に、ブラックはニヒルな笑みと共に組織を束ねる先達として言葉を聞かせてくる。

 

 しかし、このおっさんはいったい何が目的なんだ?

 

「おまたせしましたぁぁぁっっっ!!」

 

 奴の態度を(いぶか)しんでいると、毛根が絶滅した頭に汗を光らせながらマスターが駆け込んできた。

 

 荒い息と共に目の前に出されたのはジョッキに並々と注がれた乳白色の液体。

 

「なぁ、なんかうっすらと湯気が立ってるような気がするんだが?」

 

「そりゃあもう、近所で盛ってたメス豚対魔忍から取った搾りたてですから!」

 

「飲めるかッッ!!」 

 

 やりきった笑顔を浮かべるマスターの顔面にジョッキを叩き付けた俺は悪くない。

 

「この店のミルクは気に入らなかったかね?」

 

「いや、普通ミルクっつったら牛乳だろ。なんで母乳が出てくんだよ。特殊な性癖の風俗じゃねーんだぞ」

 

「ふむ、味は悪くないのだがな」

 

 そう言いながらジョッキのミルクを一気に呷るブラック。

 

 飲むはずがないと思っていたので、これには俺も唖然としてしまった。

 

「なんつーか、よく飲めるな。抵抗感とかねーの?」

 

「別に。君達が牛乳を飲むようなものだ」

 

「そうじゃなくてさ。出した相手は何日身体洗ってないか分からんし、そいつの胸に何処の馬の骨とも知れない男やオークの汁とか小便が付いてるかもしれないんだぜ?」

 

 俺の言葉を受けたブラックは、立ち上がろうとしていたマスターの顔面に無言でジョッキを叩き付けた。

 

 

 

 

 あの後、完全にのびてしまったマスターの顔に俺とブラックは福沢諭吉の書かれたお札を落とし、酒場を後にした。

 

 何だかんだ言っても金を払うあたり、俺もこのおっさんも人がいい。

 

 そうして貧民街をブラブラと歩いているとビル一棟分ほどの広さの空き地が見えてきた。

 

 ブラックの後に続いて入ると、奴は隣のビルの屋上で煌々と光る紅いネオンの光を背にこちらへと振り返る。

 

「そういえば、君の名を聞いていなかったな。魔界の剣豪を継ぐ者よ、名を聞かせてくれないか?」

 

「……『デスクィーン師匠』」 

 

 吸血鬼の王の問いかけに俺はサラリと偽名を返した。

 

 物凄く自然にこの名が出て来たのだが、ムジュラとは別の意味で呪われてないか、コレ。

 

 ……ともかくだ、色々と身バレしてる事に危機感がハンパないけど、名前と素顔が知られていなければワンチャンあると思いたい。

 

「流石に本名は語らんか。───ではデスクィーン師匠よ、最後に私と一手仕合ってもらおう。我が騎士に二度も敗北を刻み付けた剣技、見せてもらおうか」

 

 何も無い筈の空間から波打つ刀身を持つ剣『フランベルジュ』を引き抜いたブラックは、その切っ先を正眼に構えてみせた。

 

「断るって選択肢は───無いみたいだな」

 

 ブラックが剣を構えると同時に、空き地を取り囲むように鋭い『意』が発せられた。

   

 おそらくは眼前の男が事前に伏せていたノマドの実行部隊。

 

 どういうカラクリか、こちらに気配を読ませなかったところを見るに相当な手練れと見て間違いないだろう。

 

 それが15人にブラックを加えるとなれば、逃げの一手を打ったとしても振り切るのは至難の業だ。

 

 ならば、ここは奴の首を狙いに行く方が生存率が高いというモノだろう。

 

 そう覚悟を決めた俺は、調息と共に腰に差していた刀を抜き放った。

 

 ネオンの照り返しで紅く光る切っ先を持ち上げて取るは戴天流・雲霞秒々の構え。

 

 仲間達を待たせている事への焦りや申し訳なさとは裏腹に、仮面の奥で俺の口の端は独りでに吊り上がっていく。

 

 では、試してみようじゃないか。

 

 果たして、我が剣が不死王の命に届くかどうかを───。

 

 

 

 

 おまけ『その頃の銀零さん』

 

 

 兄さまがおしごとに行ってさみしい。

 

 それにいつもあぶないことをしてるから、ケガしていないか心配。

 

 ぎんれいも大きくなったから連れて行ってほしいってお願いしたけど、まだダメって言われちゃった。

 

『兄者の様子が気になるか。ならば、確かめればよかろう』

 

 どうしたらいいだろうと考えていたら、うしろから声がした。

 

 見てみると、そこには白いワンピースをきた黒い髪の女の人が浮いてる。

 

 一年くらいまえから、ぎんれいに色々とおしえてくれるようになったひかるだ。

 

「できるの?」

 

『無論! この光に任せれば陰義(しのぎ)の一つや二つ、立ちどころに習得させて見せよう!』

 

 そう言ってむねをはるひかる。

 

 身体はすけてるけど、物知りだからとってもたよりになる。

 

 ぎんせーごーの名前もひかるに教えてもらった。

 

『兄様がいないのは寂しいよね。兄様が危ないことしてるのって心配だよね。───だったら、兄様と離れられなくしたらいいんだよ』

 

 そう言ってあらわれたのは、緑のきれいな服をきた女の子。

 

 中国の子でルイリっていうの。

 

 ルイリはぎんれいより少し大きいくらいなのに、ルイリの兄様とずっといっしょにいられるようにしたんだって。

 

 ぎんれいはあにさまに子どもだって言われてるのに、すごいとおもう。

 

 だから、ルイリはぎんれいのおししょーさま。

 

 ひかるのお話だと、二人はこのせかいの人じゃないんだって。

 

 ルイリたちは兄様がのこした『えにし』とぎんれいの『ねがい』でこっちにきたって言ってた。

 

 それで、ぎんれいだけに二人が見えるのは『はちょうがあってる』から。

 

 よくわからないけど『兄さまとぎんれいがやったこと』だから、ぎんれいはそれでいいと思う。

 

『銀零、まずは其方の魔眼を使って千里眼を習得するのだ。さすれば、兄者がどこで何をしておるかなど一目瞭然だ!!』

 

『うん。兄様が何をしてるか、ちゃんと知っとかないと。悪いムシがついたら大変だもん』

 

「わかった。ぎんれい、がんばる」

 

 兄さまがすきって言ったら二人とも『がんばれ』って言ってくれたから、ぎんれいはひかるたちがすき。

 

 三人で力をあわせたら、兄さまのおよめさんになれるよね。 




英才教育


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日記14冊目

 皆様、お待たせしました。

 十四話目です。

 今までは完全決着を書くことが多かったので、ボス戦の引き際というのはなかなに難しいものです。

 妙な具合になっていなければいいのですが。

 


 魔界都市ヨミハラの外れにある貧民街。

 

 バラックや廃ビルが(ひし)めくこの区画にポッカリと空いたビル一棟分の空き地で二人の男が睨み合う。

 

 片やこの街の支配者たる吸血鬼の王、エドウィン・ブラック。

 

 もう一方はヨミハラに忍び込んだ乱破(らっぱ)であるふうま小太郎だ。

 

 互いに顔を仮面で隠した両雄は、その身はもちろん手にした器械(きかい)すらも微動だにさせる事なく互いの隙を探り合っている。

 

 魔界の扉から這い出してきた妖蟲すらも息を呑む緊迫した空気、それを破ったのは不死の王だった。

 

 身体を霧に変える、その身を基に使い魔である蟲や狼を召喚する、身体の一部を蝙蝠(こうもり)に変じて空を舞う。

 

 数多ある吸血鬼の特殊能力の中でハンターが最も警戒するのは何か?

 

 それは意外な事に怪力である。

 

 吸血鬼の不死の身体が生み出す身体能力は凄まじく、拳で岩を砕き鉄を捩じ切り、さらには人の身体を紙細工のように引き裂く。

 

 実際、明け方の奇襲に()いて吸血鬼が苦し紛れに振るった手が、心臓に杭を打っていたハンターの頭蓋を粉砕したという事例もあるのだ。

 

 階位の低い吸血鬼でもこれだけの力を備えているのだから、最高位のブラックの身に宿るそれはさらに群を抜く。

 

 接地面を踏み砕きながら地を蹴った彼の身体は、一足で小太郎との間にある距離を踏破した。

 

 (まばた)きも許さぬ速度で間合いへと侵入したブラックが放つは、ヨミハラの澱んだ空気を裂く袈裟斬りの一撃。

 

 亜音速に達するそれは、中忍程度の対魔忍であれば反応すら許すことなく両断する代物だ。

 

 だがしかし、振り抜いたブラックが感じたのはいつものような肉を断つ感触ではなく、真綿を叩いたような手応えに欠けるものだった。

 

 獲物に食らい付かんとする波打つ刃を遮ったのは小太郎が振るう剣閃。

 

 雲霞秒々の構えから繰り出される輝線は、フランベルジュの腹へと喰らい付くと剣筋をズラして誘い釣り上げる。

 

 必殺を期した一撃は、まるで見えない糸に操られるように目標を逸れて虚空へと流れていく。

 

 それはエドウィン・ブラックにして初めての感覚だった。

 

 しかし、小太郎の剣はそれで終わりではない。

 

 ブラックの斬撃を凌いだ剣閃はフランベルジュの刀身をなぞるように滑ると、唐突に地金を噛む音を響かせて跳ね上がったのだ。

 

 (はし)る切っ先が目指す先にはブラックの顔。

 

 弾丸すら発射されたのを見た後で躱すことが出来る吸血鬼の反射神経で事なきを得たものの、その剣先はブラックの頑丈な皮膚を障子紙のように切り裂いて顎先に傷を残した。

 

「おもしろい……ッ!」

 

 咄嗟の回避で泳いだ身体を筋力で立て直し、反撃の刃を振るうブラック。

 

 唐竹、左の斬り上げ、逆袈裟。

 

 息もつかせずに奔る魔界騎士イングリッドから学んだ正統剣術は、そのいずれも小太郎の振るう剣閃によって見当違いの方向へと導かれ、風と共に虚空を薙ぐ。

 

 ならばと放った逆胴に至っては、上から降り注いだ輝線を支点にして宙へと跳んだ小太郎によって容易く躱されてしまう。

 

 空中で独楽のように身体を回転させながら小太郎が放つは戴天流剣法・沙羅断緬。

 

 練功と遠心力を加味した必殺の一撃は、首を薙がれる寸前でねじ込まれたフランベルジュの刀身によって阻止された。

 

 しかし、甲高い金属音と共に一歩後ろに下がったのはブラックだった。

 

 それに合わせて、小太郎は守勢から攻勢に転じる。

 

 踏み込みと同時に放った刺突、貫光迅雷を初手として驟雨雹風、四海縦横、臥龍尾と連環套路によって次々と繰り出される戴天流の業。

 

 『意』に先んじて放たれる数多の剣戟に、勝敗の天秤は徐々に小太郎へと傾き始めた。

 

 ブラックの他には無い特技の一つに魔力を察知する能力が高い点がある。

 

 魔力。

 

 対魔忍では術力、米連では対魔粒子と呼ばれている物は、魔族や対魔忍が特殊能力を発揮する時に必ず発生する。

 

 彼は類稀なる知覚によって術が発動する前の魔力を感じ取り、吸血鬼の鋭敏な反射神経を活かして相手の行動の起こりを潰す戦法、即ち『先の先』を取る事を得意としているのだ。

 

 数年前にアサギと対峙した時、対魔忍最速と言われた彼女の『隼の術』が通用しなかったのはその為だ。

 

 だが、今は自慢の感覚には何一つ引っ掛からない。

 

 眼前にいる仮面の少年が振るう剣からは魔力を微塵も感じることが出来ず、吸血鬼が察知できる筈の殺気や戦意も刃の後に飛んでくる。

 

 さらには小太郎が振るう剣は自身やアサギと同じく亜音速の域にあり、技の鋭さはアサギを超えているのだ。

 

 多方面に優れた才を誇るとはいえ、剣士としては一流止まりのブラックでは食らい付くので精一杯だった。

 

 数十手の剣戟を挟んで完全に守勢へと回ってしまったブラックだが、休むことなく襲い来る小太郎の連撃の中に綻びがある事に気づいていた。

 

 数多の技が淀み無く繋がる中、唯一廻し蹴りの後にだけ若干のタイムラグが存在しているのだ。

 

 劣勢を打ち崩す手がかりを掴んだことで、鋭さを増す真紅の瞳。

 

 そうして怒涛の攻撃を耐え凌ぐブラックに、ついに待ち望んでいた時が来た。

 

 横薙ぎの勢いをそのままに繰り出された廻し蹴りを防いだ彼は、腕を弾き飛ばそうとする威を力づくで抑え付けると手にしたフランベルジュを引き絞った。

 

 狙いは構えに戻っていない小太郎の心臓。

 

「はぁっ!!」

 

 気合と共に放たれる乾坤一擲の刺突。

 

 だが、それを今までとは比較にならないほどに淀み無く体勢を立て直した小太郎の剣閃が迎え撃つ。

 

 疾るフランベルジュの腹に噛み付いた輝線が、その軌道を捻じ曲げるのを目にしたブラックは理解した。

 

 自分は『乗せられた』のだと。

 

 火花を上げながら相手の刀身に刃を滑らせながら、がら空きになったブラックの懐へと飛び込む小太郎。

 

 その時、己の心臓の上に添えられた左手にブラックは反応することが出来なかった。

 

 直後に響くまるで砲弾を撃ち出す時のような鈍い音と、ビリビリと大気を振るわせる振動。

 

 素早く間合いを取った小太郎をよそに、ブラックは左胸を押さえて後ずさった。

 

 足取りに力は無く、吐き出すのを我慢した血反吐は形のいい口の端から一筋零れ落ちる。

 

 戴天流内功掌法『黒手裂震破』

 

 浸透勁の一種であり、小太郎ほどの使い手ならば外傷を残さずに五臓六腑を破裂させることが可能な必殺の奥義である。

 

 『その威は大海嘯の如し』と言われる衝撃を受けたブラックの心臓は確かに崩壊した。

 

 だが、小太郎の眼前に立つ男は死んではいない。

 

 魔族であっても致命傷となる一撃を受けてなお、ブラックの目は仮面越しに分かるほどにギラギラと危険な光を放っている。

 

「───やれやれ、不死の王の名は伊達じゃないって事か」 

 

 チリチリと薄い煙を上げる左掌に目をやりながら、呆れたように吐き捨てる小太郎。

 

 対するブラックは喉を鳴らして口内に溜まっていた血を飲み下すと、唇の端に出来た赤い筋をペロリと舐め取って見せた。

 

「見事な技の冴えだ。よもや、この私が致命の傷を受けるとは思ってもみなかった」

  

 称賛の言葉と共に辺りに響く様な大きさでブラックは手を叩く。

 

 その姿からは先ほどまでのダメージは微塵も感じられない。

 

「10秒やそこらで心臓が再生するとは、無茶苦茶だなアンタ」

 

「不死者とはこういうものだ。もっとも、私が少々規格外である事は認めるがね」

 

 大仰に肩をすくめた後、ブラックは目元を覆っていた仮面をむしり取った。

 

「……ッ!?」

 

 瞬間、小太郎は格段に跳ね上がった殺気と重圧に息を呑む。

 

「さて、レクリエーションはここまでだ。次からは少しだけ本気を出させてもらうよ」

 

 口角を吊り上げたブラックが無造作に小太郎を指差すのと、件の少年がその場から飛び退くのは同時だった。

 

 直後、轟音を伴って小太郎がいた場所に巨大なクレーターが刻まれた。

 

(なんだ、今のは!?)

 

 自身を中心として空地の隅々まで亀裂を走らせるそれは、確かに小太郎の心胆を寒からしめた。

 

 トンボを切って着地し油断なく構えながらも、仮面に隠された少年の頬には冷や汗が流れ落ちる。

 

 数多の術やサイボーグの特殊機構を相手取った彼にして、今の現象にあたりを付けることは出来なかった。

 

「初見でこれを躱すとは、直感の精度はかなりのものか。では次だ」

 

 モルモットの様子を見る研究者のような平坦さで言葉を紡ぐと、ブラックは軽く腕を薙いだ。

 

 それを合図にして、まるで不可視の巨人が鉄槌を振るうかのように次々と地面には巨大な陥没が刻まれていく。

 

 ブラックの超能力によって周囲が瞬く間に空爆の被害現場さながらの光景へと変ずる中、轟音と土煙に塗れながらも小太郎は生きていた。

 

 絶え間なく襲い来る強烈な『意』を導として次々と振り注ぐ見えない槌を躱し続ける小太郎に、不死の王は思わず感嘆の声を漏らす。

 

 彼の能力による蹂躙の中、ここまで生き残った者は片手に数えるほどしかいない。

 

「さすがに素早いな。ならば、これでどうかな?」

 

 その瞳に一際紅い光を湛えながら言葉を紡ぐブラック。

 

 次の瞬間、蹂躙の舞台となっていた空き地はその姿を大きく変えた。

 

 空間に圧し掛かる力の増大は大気を大きく軋ませ、その場にいたエドウィン・ブラック以外の生物は皆全て強制的に地面にひれ伏した。

 

 蹂躙劇の中をしぶとく生きながらえていた雑草、岩盤の空を舞っていた奇形の鳥達、地を這う妖蟲や小動物も。

 

 そして、小太郎もまたその例外ではなかった。

 

 突如として爆発的に増加した圧力、それが瞬く間に彼をその場に縫い付けてしまったのだ。

 

 気力を振り絞る事で他の生物のように地面に押し潰されるのは耐えてはいるが、膝を突いた体勢から身動きを取ることはできない。

 

「これは…重力……ッ!?」

 

「その通り。私が支配するのは重力、この世界に於いて最も強力な星の力だ」

 

 絞り出すような小太郎の言葉にブラックは鷹揚に頷いて見せる。

 

「現状でこの場における重力は通常の30倍。並の魔族や対魔忍であれば、為す術もなく圧壊しているところだが、君は何らかの手段で負荷を軽減しているようだな」

 

 何事もないかのように言葉を紡ぐブラックの足元では、地面に押し付けられていた生物達が次々に体液を垂れ流して圧し潰されていく。

 

「さて、次はどう出る、仮面の剣士よ。このままドブネズミのように踏み潰されて終わりというわけではあるまい?」

 

 期待が籠ったブラックの言葉に小太郎は言葉が返せない。 

 

 無理な体勢で高重力によって押さえつけられている為、肺の空気が押し出されて呼吸すらままならないのだ。

 

 潰されそうな圧迫感と新鮮な空気を取り込めない事による胸の焼けるような痛みの中、小太郎は音が鳴る程に歯を食いしばった。

 

 彼が使う氣功術に於いて呼吸はその根幹を為す物だ。

 

 氣功術を使うには調息によって体内に氣を巡らせ、内勁と成す必要があるからである。

 

 肺の中に空気が溜まっていれば、ある程度ならば調息を行わなくても氣功を使うことが可能だ。

 

 しかし小太郎は重力攻撃を受けた際に、肺の中の空気を全て吐き出してしまった。

 

 身動きが取れず氣を練れない状態では、如何に小太郎と言えども手の打ちようがない。

 

(一度でいい、呼吸ができれば……ッ!?)

 

 酸素不足によって白濁し始めた意識の中、小太郎はそれでも必死に打開策を追い求める。

 

 こと闘いに於いて、小太郎の中に諦めるという文字は存在しない。

 

 情けなかろうと無様であろうと、生きてさえいれば逆転するチャンスはゼロではない。

 

 後悔や反省、諦めなんてものは、あの世に行ってから好きなだけ行えばよいのだ。

 

 奥歯を砕かんほどに歯を食いしばりながら、顔を上げてブラックを睨みつける小太郎。

 

 そして、その灼け付く様な視線を真正面から受け止める不死の王。

 

 二人の姿はまさに勝者と敗者の構図であった。

 

「どうやらここまでのようだな」 

 

 変化の無い小太郎から推し量るような視線を切り、ブラックが足を踏み出そうとしたその時────

 

 空き地の外周から次々と悲鳴が上がった。

 

「なに!?」

 

 驚愕の声と共にブラックが視線を巡らせば、空き地周辺に潜ませていたノマドのエージェントの数人が、石の槍によってモズの早贄のように串刺しにされているではないか。 

 

「小太郎、どこだ!?」

 

「若、無事ですか!?」

 

 剣戟と共に聞こえて来たのは骸佐と権左の声。

 

「あれは店にいた者達か。小者と思っていたが、少しはやるではないか」

 

 吸血鬼特有の夜目によって己が部下と矛を交える二人の対魔忍の姿を捉え、感嘆の声を上げるブラック。

 

 だが、それは間違いであった。

 

 先ほどの奇襲によって一瞬だが重力負荷に綻びが生じていた。

 

 それは時間にして一秒に満たないものであったが、小太郎が息を吹き返すには十分であった。

 

 圧し潰されていた気道から肺に取り込まれた一呼吸分の空気、これを基に生じた氣は手足を走る三陰三陽十二経、そして全身にある654の経穴を巡る事で内力となり、そして全身を巡る中で洗練され内勁へと昇華される。

 

 そして内勁が変ずる先は重力からの脱出を極意とする軽身功、現状を打破する為の最善手だ。

 

 全身を巡る内勁によって超重力の枷を引き千切った小太郎は、立ち上がると同時に剣を構える。

 

 取る型は、身体を弓の弦とし矢を引き絞るが如く剣柄を引いた戴天流・竜牙徹穿。

 

 調息によってたっぷりと新鮮な空気を吸い込んだ小太郎は、ブラックがこちらの気配に気づくと同時に地を蹴った。  

 

「ぬぅっ!?」

 

 次の瞬間、エドウィン・ブラックは驚愕の声を上げた。

 

 彼の目は爆音と巻き上がる土煙を切って自身に襲い来る、三人の小太郎の姿を映したからだ。

 

 ブラックとて長年ノマドを率いて対魔忍と戦ってきた男である。

 

 隼の術をはじめとする身体強化系の忍術を用いた分身など、欠伸が出る程に見飽きている。

 

 彼が驚愕したのは、これだけの速度を引き出していながら小太郎が対魔粒子、即ち魔力を全く使っていない為だ。

 

 それはつまり、目の前の少年は純然たる人間の力で残像分身が発生するほどの速度に到達した事になる。

 

「すばらしい……」

 

 感嘆の言葉と共に、フランベルジュを持ったブラックの右腕は超音速の刺突によって宙を舞った。

 

 甲高い金属音と肉が地面を叩く音、それを合図に空き地を覆っていた重力結界はその姿を消した。

 

 先ほどの一撃で背中合わせの位置取りとなった両者は、申し合わせたかのように同時に振り返る。

 

 荒い息を吐きながらも戦闘態勢を解こうとしない小太郎と、肘から下を失った右腕もそのままに満足げに笑みを浮かべるブラック。

 

 しばしの睨み合いを()て不死の王が残された左手で指を鳴らすと、骸佐達と戦闘をしていたノマドの精鋭たちが持ち場を離れて彼の背後に整列する。

 

「少年。今宵はここまでにしようと思うのだが……どうかね?」

 

 突然のブラックからの提案、それに小太郎は小さく息を吐いた。

 

「わかった。それじゃあ、今回は手打ちな」

 

 言葉と共に流れるような動作で血振りをし、刀を鞘に納める小太郎。

 

 あまりにもあっさりとした引き際に、提案したブラックの方が呆気に取られてしまった。  

 

「本当にいいのかね? 君たちの立場なら私の首を上げるチャンスと牙を剥き出しにするだろうに」

 

「安酒場の喧嘩ごときで、んな大層な事考えるかよ。あんたが吹っ掛けてきたから俺が受けた。で、あんたが収めるっつったから俺も退く。それだけのこった」

 

 死闘を繰り広げた相手のサバサバとした言い草に、ブラックは残された手を顎に当てて小さく唸り声を上げる。

 

「そういうモノかね?」

 

「そういうもんさ。お互い、察してはいても自分の口で素性を吐いてないからな」

 

「ならば、その形で幕を引こう。とはいえ、無理に喧嘩を仕掛けた側としては、多少なりとも詫びを入れねばならんな」 

 

「いらんいらん。そういうのを貰っちまったら変な形で後を引いちまうだろ」

 

 ヒラヒラと手で拒否の意を示しながら、こちらに駆けて来る骸佐達に合流しようと踵を返す小太郎。

 

「それが水城ゆきかぜ、不知火親子の情報であってもかね?」

 

 だが、背後から掛けられた一言で踏み出した足は一歩目で動きを止めた。 

 

「……目的までバレバレかよ」

 

「我々にも色々と伝手があってね、対魔忍の動きは常に把握させてもらっているのだよ」

 

 ブラックの言葉に背を向けたまま肩をすくめる小太郎。

 

 政治家、公安、対魔忍自体。

 

 彼の言う伝手がどれだけあるか、心当たりが多すぎて見当もつかない。

 

「申し訳ないけど前言撤回するわ。情報を貰っていいかい?」

 

「もちろんだとも」

 

 再び振り返った小太郎に、ブラックは口角を吊り上げた。

 

 

 

 

〇月▽●日(岩天井)

 

 

 チクショー! 負けた!!

 

 ここまでの惨敗って、今生に入って初めてじゃなかろうか。

 

 いや、マジで悔しい。

 

 ここが自宅で他の目が無かったら思いっきり床ローリングしてるわ、絶対。

 

 ともかく、今日の反省と自分の不甲斐なさへの怒りは日記に刻み込んでおこうと思う。

 

 ヨミハラに潜入して二日、酒場で情報を漁っていたところでハプニングイベントに遭遇してしまった。

 

 ブラックさん家のエド君とのエキシビジョンマッチである。

 

 つーか、あんな安酒場にエドウィン・ブラックが来るとか、予想できるわけねーだろ。

 

 向こうの話だと防諜のガバガバさに定評がある主流派からこっちが潜入する事を知って、俺目当てで会いに来たらしいけどさ。

 

 まあ、この時点でツッコミどころ満載である。

 

 まず、なんでブラックなんて大物が弱小ニンジャ・サークルの俺に会いに来る必要があるのか。

 

 もしかしてアレか。

 

 デスモドゥスをパクったのが原因だったのか?

 

 主流派の情報管理のダメさに関しては、この件が終わったら色々と搾り取るつもりだから、ここでは触れないことにする。

 

 ともかく場の流れみたいなモノでブラックと戦うことになったわけだが、これがまたヒドかった。

 

 剣の勝負では流石に負ける事はなかったのだが、奴が特殊能力を使った時点でアウト。

 

 舞台となった空き地全体を覆う重力結界に捕らわれて行動不能になってしまった。

 

 今回の敗因は2つ。

 

 奴の特殊能力が重力制御だと読めなかった事、そして重力結界を概念斬りで対処しきれなかった事だ。

 

 前者に気づいていれば軽身功で無効化もしくは軽減できたし、後者が成功していたら奴の特殊能力自体を剣で対処できていた。

 

 まあ、闘いに於いて『たら』『れば』の話、言い出したらキリがないんだけどな!

 

 ともかく、なんだかんだ言ったところで負けた事に変わりは無い。

 

 あの時、骸佐達が来てくれなかったらあの世に逝ってただろうしな。

 

 帰り道で骸佐に加えて権左兄ィにも怒られた事を思えば、俺の行動がどれだけダメかは分かろうものだ。

 

 たしかに骸佐達の言う通り、ふうまの頭領としては権左兄ィを捨て駒にして退くのが最適解だったんだろうさ。

 

 けどな、俺の肩にはクソ親父のやらかしという負債が乗っかってるわけよ。

 

 ふうまを私物化して潰し掛けた野郎のツケがあるかぎり、俺が下の奴等を犠牲にするような真似にでたら下からは総スカン食らうだろう。

 

 『やっぱりあいつは弾正の息子なんだ』ってさ。

 

 だから、俺は自分のケツは自分で拭かにゃあならんのだ。

 

 自分の為にふうまの身内を犠牲にしないと言うのが、頭領になる時に定めた俺の制約だからな。

 

 その辺を説明した後で助けられた事の礼を言うと、だったら次からは一緒に戦わせろと言われてしまった。

 

 前世からソロプレイがメインだったので集団行動は苦手なんだが、やらかした事を思えばNOとは言えん。

 

 というわけで、次のブラック戦はサシでやるのが難しくなってしまった。

 

 ブラックの方もイングリッド辺りを連れてきたら多少は釣り合いが取れるのだが、奴さんは動いてくれるかね。 

 

 しかし、今回の敗北は色々と考えさせられた。

 

 正味な話、対魔忍と戴天流剣士の二足草鞋は限界なのかもしれない。

 

 一応は忍の長に就いている関係から忍術の修業も欠かしてはいないのだが、これがまた一向に成果が上がっていない。

 

 この時間を戴天流の修練に使っていたら、重力結界を斬れないなんて醜態を晒さなかったはずだ。

 

 ブラックの奴は然るべき舞台でもう一度戦おうと言っていた。

 

 あの戦いで奴は重力制御という手札を見せたが、他にも隠し玉を持っていると見て間違いない。

 

 はっきり言って、今の成長速度では勝てない。

 

 これを覆すには相応の覚悟が必要だろう。

 

 ……俺の精神衛生上よろしくないので、ブラック戦の話はここまで。

 

 次は今回の戦果に目を向けよう。

 

 ブラックからの情報だと水城ゆきかぜがいるのは、調教師のリーアルが構える娼館『アンダー・エデン』で間違いないらしい。

 

 このリーアルという男だが本名を矢崎利二といい、現与党である民新党の幹事長を務める矢崎宗一の弟である。

 

 で、兄とのコネを使って女性対魔忍を罠に嵌め、メス奴隷に堕としているそうだ。

 

 つうか、現政権の重鎮が公安の諜報員メス奴隷化の黒幕とか、この国はマジで終わってるな。

 

 それでブラックが何でこの情報を流してきたかというと、件の矢崎兄弟にノマドの他に魔族の影が見えたからだそうな。

 

 そしてその魔族の手先と思われるのが、ゆきかぜの母親である不知火らしい。

 

 奴さんの『薄汚い竿師風情が私の街に湧いて出るのは、甚だ不快なのでな』という発言からすると、不知火のバックにいるのは淫魔族の可能性が高い。

 

 ノマドとしてはゆきかぜを回収に来た俺達を利用して、伸びてきた淫魔族の手を潰す算段なのだろう。

 

 まあ、利害が一致してるから使われてやる事に関しては問題ない。

 

 バックにいる奴が分かれば不知火の奪還もやりやすくなるしな。

 

 ブラックからは『今回に限って俺達の行動にノマドは干渉しないし、街への被害もある程度までは目を瞑る』というありがたい言葉も頂いた。

 

 明日は敗北の鬱憤を晴らすためにも、『アンダー・エデン』を『アンダー・ヘル』にしようと思います。

 

 

 

 

 小太郎をはじめとするふうま一党が去ってしばし、ブラックのもとに連絡を受けたイングリッドが部隊を連れて現れた。

 

「ブラック様、その御手は……ッ!?」

 

「ああ、落されてしまった」

 

 絶句する部下に、ブラックがまるで服に付いた小さな汚れでも説明するかのような軽い調子で答える。

 

「しかしこれは興味深いな。あれから10分以上は経つが止血のみで再生する気配を全く見せん」

 

 赤黒い肉が見える傷口をマジマジと見ながら、楽しげに笑みを浮かべるブラック。

 

「何を悠長な事を! それは傷を負わせた不届き者が、ブラック様のお命に届きうるという事ではありませんか!! どうか、その罪人の処罰をこの私に!」

 

「不要だ」

 

 主を失うという危険性に血相を変える己が騎士の忠言を、不死の王は一顧だにせず切って捨てる。

 

「何故!?」

 

「理由は貴様が口にしたであろう、あの者なら私の命に届きうると。命を懸けた戦いという娯楽、私から奪ってくれるなよ」

 

 口許に不敵な笑みを浮かべながら、迎えのリムジンに乗り込むブラック。

 

 不満げな表情のまま助手席に座るイングリッドを他所に、流れ始めた車窓の景色を瞳に映した不死の王は思考を巡らせた。

 

(ふうま小太郎、なかなかに面白い男だった。井河アサギが最も魔に近い対魔忍とするなら、奴は人と魔の混血である対魔忍にあって人の極致へと至る可能性をもつ者。……私の命を脅かしうる者が二人、か。喰らい合わせてより強くするのも一興かもしれんな)

 

 魔界騎士の背筋を凍らせるほどの凄絶な笑みを浮かべた魔人の心の内を知るものは、今はどこにもいない。 




剣キチ派生の実力

本家剣キチ(1600歳以上)>>>(1500年の修練)>>>暗黒剣キチ(17歳)>>>(邪仙)>>>(奥義開眼)>>>若様(14歳)

 


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日記15冊目

 お待たせしました、15話完成です。

 ゆきかぜ救出ミッション、最後まで行けませなんだ。

 後編に関しては早めに上げたいと思いますです、はい。

 


〇月▽×日(今日も岩天井)

 

 

 えー、業務連絡、業務連絡。

 

 剣キチ君が体調不良のため、本日予定されていた『アンダー・エデン』襲撃が明日以降に延期となりました。

 

 簡単に纏めると、朝起きた瞬間から想像を絶する筋肉痛が襲ってきた。

 

 原因は先日のブラック戦で使った分身貫光迅雷。

 

 前世で自分に止めを刺した技を再現するとか胸アツ!とか思ってやったんだけど、見通しが甘いにもほどがある。 

 

 よくよく考えたら、豪軍ってあの時人体を完全に再現したサイバーボディだったのよ。

 

 だからホイホイ音速超えブチかましてたワケで、生身の俺が真似したら反動が来るのは『コーラを飲んだらゲップが出る』くらいに確実な事だった。

 

 まさにアホの所業である。

 

 ぶっちゃけ靭帯とか筋肉が断裂してもおかしくなかったので、この程度で済んだのならマジに御の字だろう。

 

 電磁発勁の反動治療用に覚えた内養功を使えば日常生活に支障はないくらいには動けるけど、今の状態で戦闘はさすがに無理と言わざるを得ない。

 

 というワケなので、今日は全員自由行動である。

 

 昨日は骸佐達に続いて学生たちの護衛をしてくれた魔鈴からも滅茶苦茶怒られたので、今日は部屋で大人しくしようと思っていたんだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 突然ですが問題です。

 

 潜入作戦中に仲間の一人(♂)から非処女である事を告げられました。

 

 どのようなリアクションが適切か、答えなさい。

 

 回答 分かるわけねーだろ。

 

 突然何事かと思うだろうが、悲しいかな全て事実である。 

 

 昼過ぎに少しでも筋肉痛を和らげようと部屋でストレッチをしていたところ、話があると訪れた上原鹿之助君から上記のカミングアウトを食らったわけだ。

 

 本人の希望で女性陣を排して設けた場だったが、同席していた他のメンバーは唖然。

 

 俺も体の痛みがぶっ飛ぶほどの衝撃だった。

 

 とはいえ、野郎が雁首揃えて白目をむいていても仕方がない。

 

 話している内に思い出がフラッシュバックしたのだろう、泣きが入った鹿之助君を宥めて聞いた話はこうだ。

 

 以前にも書いたが彼は『電輝』の異名を持つ一級の対魔忍、上原燐の従弟である。

 

 当然彼女とも幼少からの付き合いなのだが、鹿之助君が電遁(『雷遁』の間違いと思われる。おそらくは自身の出力不足を自嘲しての物言いだろう)に目覚めたことを切っ掛けに燐と婚約が結ばれる事となった。

 

 まあ、これについてはウチの業界ではさして珍しいことではない。

 

 対魔忍が使う術の源となる異能、それは遺伝によって齎されるものだ。

 

 その為『雷遁』や『隼の術』といった強力な物や『空遁』のような希少な能力をより確実に後世に伝えようと、同能力者による婚姻が古くから推奨されてきた。

 

 とはいえ、意図的に有用な能力を継承させようと試みれば、突然変異でも出ない限りは一つの家系に能力者が集中するのは必然と言える。

 

 その結果、倫理観の薄い戦国時代などはより確実な能力継承の為にと、従兄妹間はもちろん兄妹や親子間での交配も是とされていたらしい。

 

 現代では世間一般の倫理観が定着したことによって親子や兄妹での交配は無くなったが、従兄妹間に関しては未だに行われているのだ。

 

 そんなワケで生まれ落ちて五年目にして許嫁を得てしまった鹿之助君。

 

 彼の不幸は相手が10歳も離れているうえに、少年愛好者かつドSであったことだろう。

 

 現在でも鹿之助君の容姿は少女と言っても通用しそうな代物である。

 

 初めて燐と顔合わせをした5歳なら、女の子としか見えなかったに違いない。

 

 そんな彼に一目惚れした当時高校生の燐は、週七で鹿之助君に会いに行くという熱烈なアタックをかけたという。

 

 男女間の機微などまだまだ遠い世界に生きていた鹿之助君は、構ってくれる従姉の来訪をただただ喜んでいた。

 

 そんな純粋かつプラトニックな関係は7年に渡って続いたそうだが、それも彼の肉体が男としての機能に目覚めた時に終わりを迎えた。

 

 自分の体に起きた突然の変化に戸惑った彼は、両親ではなく最も信頼できる従姉に相談を持ち掛けた。

 

 それが悲劇の扉を開く行為であるなどと露とも思わずに。

 

 鹿之助君の男としての性の目覚めを知った燐はその態度を豹変。

 

 肉食獣の如く襲い掛かり、その日のうちに彼は童貞を奪われたそうだ。

 

 以前から思っていたのだが、対魔忍の女の肉食っぷりは普通じゃない。

 

 負けたらアヘられるのが分かっているから、機を見れば男を食う本能でもあるのだろうか?

 

 ともかく、これを切っ掛けに自重を無くした燐は事ある毎に彼へと肉体関係を強要。

 

 子供ながらに『性行為は大人にならないとやってはいけない』程度の知識は持っていた鹿之助君は従姉との関係を親に告げる事も出来ず、獣さながらに自分を貪る燐への恐怖と少しの好意から言われるままに抱かれ続けた。

 

 その事が燐の更なる暴走を引き起こし、冒頭のセリフのような惨劇を招くことになったワケだ。

 

 鹿之助君の話が終わった時点で、部屋の中には何とも言い難い空気が流れていた。

 

 俺達ふうま組は彼が憐れ過ぎて何も言えんかったし、達郎に至っては姉の暴虐に晒された者としてシンパシーを感じるのか号泣であった。

 

 特に俺としては今回の話がまったくの他人事と言い切れないから、SAN値へのダメージはかなりの物だった。

 

 先ほど挙げていた異能の集約に関してだが、これはふうまでも取り扱われていた事だ。

 

 宗家を始めとして八将の多くが邪眼を継承している事を思えば、その辺は容易く読み取れる。

 

 仮に邪眼を後世に継承させることが宗家の使命であるとしたら、俺にも近親婚がカッ飛んでくる可能性が高いのだ。

 

 数年前に災禍姉さんが銀零にその辺の事を匂わせていたし。

 

 まあ、世間の目もあるのでその辺は分家や八将から嫁を貰う形になるだろうが、反乱によって減った宗家の血を増やすなんて名目を持ち出せば時子姉あたりと一緒になる可能性も出てくる。

 

 鹿之助君や達郎の事は決して笑えないのである。 

 

 ここまでの事を話すと、鹿之助君は跪くと額を床に擦り付けてきた。

 

『燐姉ちゃんは好きだけど、俺は姉ちゃんの愛玩動物じゃないんだ! だから今回の事で手柄を上げて相応しい男として隣に並びたいんです!!』

 

 腹の底から叫ぶようにして願いを口にする鹿之助君。

 

 あれほどの目に遭っても愛情を捨てる事なく、好いた女の隣に立とうとする男子の気持ちを同じ男として撥ね退ける事など出来ようはずがない。

 

 アサギの全裸土下座など比較にならない漢らしさを感じる堂々とした礼に、目頭を熱くしながら部屋にいた全員が全面協力を約束。

 

 俺も休養を返上して、鹿之助君を如何に運用するかを考えるようになったわけだ。

 

 鹿之助君の忍術は自らが『電遁』と蔑むほどにその威力は小さい。

 

 静電気と見間違うほどの出力でしかないのなら、戦闘ではタイミングを計っても目くらまし程度が精々だろう。

 

 骸佐や権左兄ィが頭を悩ませる中、俺はスッパリと戦闘での使用をあきらめることにした。

 

 では何に用いるのかと言えば、ズバリ電子セキュリティ破りだ。

 

 実は鹿之助君の雷遁を見た時、俺はある物に近い運用が可能ではないかと踏んでいた。

 

 そのある物とは電磁発勁である。

 

 この世ならざる物質である対魔粒子を媒介に生まれる雷遁と外法の練氣によって発する電磁発勁。

 

 生前から片方を使い続けてきた身としては、何らかの類似点があるような気がしていたのだ。

 

 それを確かめるべく貧民街のジャンク屋に足を延ばし、廃棄された電子ロックのユニットやセキュリティーシステムの操作盤等々を買いあさってきた。

 

 一山いくらで投げ売りされていた物の中には、民間企業はもとより米連施設で使われていた物や自衛軍からの横流し品といったお宝も混じっていた。

 

 この辺は魔界都市ならではといったところだろう。

 

 それから必要な配線やら工具やらを買い込んだ俺達は、部屋に帰るとそれらを繋ぎ合わせてユニットが疑似的に動くよう組み上げた。

 

 因みに俺は前世で電子工学をそれなりに学んでいる。

 

 これは電磁発勁でセキュリティー関連のみをピンポイントで破壊する為に必要な知識だったからだ。

 

 前世の地球は壊滅的な環境破壊の元にあり、大都市は保護フィールドを形成することで高濃度の酸性雨や汚染された大気などの脅威から自身の敷地を護っていた。

 

 とはいえ外界から完全に遮断されているわけではないので、循環器やインフラ関係が破壊されてしまえば下水道などから上がってくる毒気によって建物は瞬く間に地獄へと変わる。

 

 いかに黒社会だとしても、こちらの事情に堅気の衆を巻き込まないのが最低限の仁義だ。

 

 それすら守らない者は没義道として、ほかの組織から袋叩きとなってしまう。

 

 そんなワケで組織として無駄な犠牲を出さない為に、鉄砲玉だった俺達にまで教育は浸透していたのだ。

 

 さて昔取った杵柄で組んだ電子ロックだが、それを使って俺が鹿之助君に課したのは雷遁でロックを破壊・もしくは無力化することだった。

 

 まずは雷遁の電流が絶縁体を透過するかを調べ、次に電磁発勁で見本を見せたうえで静電気ではなく電磁パルスを出せるかを確認。

 

 さらには配線や機器の回路図を用いて構造を把握させ、如何にして効率よく破壊するかを講義する。

 

 はっきり言って一日で覚えるには無理があり過ぎる物だが、鹿之助君は宣言通りに歯を食いしばってついてきた。

 

 そうして何十個もユニットをダメにし続けた結果、カードリーダーのような情報端末から電流を流し、配線を通って機能中枢にアタックを仕掛けるという離れ業が出来るようになっていた。

 

 正直ここまでは想定していなかったので、彼の成長には本気で驚いた。

 

 聞くところによると鹿之助君は電流の強弱や種類を感覚的に見分けることができるそうで、破壊のほかにも正規のカードキーを通した際に発生する正常な信号を確認することが出来れば、雷遁で疑似信号を偽造して破壊することなく開錠することもできるそうな。

 

 はっきり言おう。

 

 彼の才能は電磁発勁なんかよりもよっぽど汎用性に優れている。

 

 このまま成長を続ければ、鹿之助君の能力は電子ロックに対する生体スケルトンキーになり得るレベルである。

 

 いまさらながらに思うが、俺は突いてはいけない藪を突いてしまったのかもしれない。

 

 藤林(ふじばやし)左武次保武(さぶじやすたけ)が著した忍術書『万川集海(ばんぜんしゅうかい)』を紐解けば『忍芸はほぼ盗賊の術に近し』とされ、忍術に『陰忍』と『陽忍』ありと記されている。

 

 『陽忍』とはその姿を公に晒す事で計略によって目的を遂げる方法、いわゆる諜報活動や謀略、離間工作などがこれに当たる。

 

 対する『陰忍』とは姿を隠して敵地に忍び込み、内情調査や破壊工作をする方法である。

 

 鹿之助君の才はこの時代に於ける陰忍のそれであり、アサギを代表するように戦闘力極振りの対魔忍全盛の現在においては芽吹くことがない代物だったのだろう。

 

 成り行きで開花を促してしまったが、ぶっちゃけ現代において彼の能力はヤバい。

 

 電子機器との相性の良さを思えば、熟達した場合は米連を始めとした科学技術を主力とする組織の天敵となるレベルだ。

 

 あまり考えたい事ではないが、もしかしたら将来的にはこちらも彼を消さねばならなくなるかもしれない。

 

 …………不確定な未来の事を考えるのは止めよう。

 

 手応えは感じていたものの能力の地味さに不満そうに口を尖らせていた鹿之助君に、俺は一つの異名を付けてやった。

 

 『サイバー・スレイヤー』

 

 それは嘗ていた世界において電磁発勁を用いる者達の俗称にして忌み名だったものだ。

 

 前世の事はボカして由来を教えてやると、鹿之助君は大層気に入ったようだ。

 

 本人は出力を上げてサイボーグの義肢機能も掌握できるようになると言っていたが、果たして彼はこの世界の『紫電掌』に成り得るだろうか?

 

 先達だった者としては少し楽しみである

 

 

 

 

 魔族、オーク、犯罪者とキナ臭い連中が闊歩する魔界都市ヨミハラのメインストリート。

 

 そこから少し外れたピンク街に居を構えるひときわ大きな娼館『アンダー・エデン』を前にして、俺達は息を潜めている。

 

 満を持してというべきか、今回の主目的である水城ゆきかぜ救出作戦が開始されるのだ。

 

 今回の作戦は部隊二つに分けている。

 

 一つは店へ派手なカチコミを仕掛けて護衛の目を引く陽動部隊。

 

 これには俺と達郎、凜子、魔鈴が参加する。

 

 もう一つは俺達が目を引き付けている隙に、裏口から潜入してターゲットを回収する救出部隊。

 

 こちらは骸佐、権左兄ィ、鹿之助君に任せることとなった。

 

 作戦の決行は15:00、娼館としては最も客が少ない時間帯である。

 

『01から各員、最終確認を行う。準備ができた者から発信せよ』

 

『02、準備良し』

 

『03、問題ありませんぜ』

 

『04、こちらも大丈夫よ』

 

『05、準備は出来ている』

 

『06、問題ない。いつでも出られるぞ』

 

『07、OKです』

 

『01了解。これよりターゲットの回収まで無線封鎖を行う。緊急事態発生時以外の発信は控えるように心掛けよ。……作戦開始まで10秒、カウントダウンを開始する』 

 

 秒針が時を刻むこと10。

 

『作戦開始。各員、行動を開始せよ!』

 

 デジタル表示が15:00を示すと同時に、俺は指示を出しながら跨っていたバイクのアクセルを全開にした。

 

 その辺でギッた黒塗りの大型バイクは、けたたましいエンジン音と共にアスファルトを蹴って一気に加速する。

 

 そしてこちらに気が付いたオークのSPを撥ね飛ばすと、総ガラス製の入り口扉を粉砕しながらエントランスに飛び込んだ。

 

 宮殿のホールを思わせる格調高い空間を疾走した俺は、中央にある噴水を踏み台にして空中へと跳ね上がるとバイクを離脱。

 

 置き土産としてレイジングブルの弾丸をタンクに叩き込めば、轟音を伴って鉄騎馬は火の玉へと化けた。

 

 紅蓮の炎に包まれたバイクが噴水の中央にある趣味の悪い黄金の裸婦像を叩き潰すと、ようやく従業員や娼婦、昼間っから女を買いに来たスケベ共の悲鳴が木霊する。

 

 それに釣られるのようにして現れたのは、オーク傭兵を中心とした迎撃部隊だ。

 

 押っ取り刀で駆けつけてきた役立たず共の数は約50。

 

 先日の件でブラックはノマドの構成員を引き上げさせているはずなのだが、予想よりも数が多い。

 

 連中に淫魔族が混じっていたのを見れば、裏で糸を引いているのが何者かは一目瞭然だが。

 

 こうも短期間に人員が補充されているのを見るに、ブラックの懸念は当たっていたという事なのだろう。

 

「ナメた真似しやがって、ガキが! ここが何処かわかってんのか!?」

 

「鼻息荒くすんなよ。アンダーエデンに新しいオーナーが付いたって聞いたんでな、祝いの花火を上げただけじゃねえか」

 

 隊長格であろう顔に付いた傷が歴戦を物語るオーク傭兵に言葉を返しながら、俺はレイジングブルをホルスターに戻した。

 

 そして微かな刃音と共に倭刀を鞘走らせると、オーク共の後ろに控えたタキシード姿の淫魔族にその切っ先を向ける。

 

「この街のボスはお前達を歓迎してるぜ、俺みたいな屑に害虫駆除を頼むくらいにはな」

 

「……ッ! 殺せぇ!!」 

 

 淫魔族の号令と共に押し寄せるオーク傭兵たち、それに合わせて、俺も大理石で出来た床を蹴る。

 

 一番手は戦斧を持ったオークの中でも大柄な個体だが、その動きはあまりにも鈍い。

 

 怒号と共に得物を振り上げている隙を突いて刀を一閃させれば、その首は熟した果実のように地面へ落ちる。

 

 ある程度の集団戦に慣れているとはいえ、オーク傭兵共は基本は一匹狼の集まりだ。

 

 こうして出鼻を挫いてやれば、後続の者たちは途端に動きが鈍るのだ。

 

 二の足を踏む前衛を飛び越えて銃火器で武装した後衛の頭上を取った俺は、舞い上がった粉塵を足場に斬撃を放つ。

 

 一閃に付き首3つ。

 

 術理を解せぬ輩には宙を駆けているように見えるのだろう。

 

 唖然とした表情を張り付けた生首が次々と舞い上がる。

 

 異臭を放つ紫色をした血の噴水が上がる中、5刀目で最後の後衛を切り伏せると入り口の方がにわかに騒がしくなった。

 

 見れば魔鈴が『隼の術』と『対魔殺法・刀脚』を併用して、出入口を封鎖していたSP共を蹴り殺している。

 

「せっかく魔族の本拠に来たのに子守だけとか、どういう事よ!!」

 

 などと不満をぶちまけながら高速のつま先で淫魔族の甘いマスクを八つ裂きにする魔鈴。

 

 どうも先日のブラック戦に参加できなかった事が納得いかないらしい。

 

 しかし、彼女は何のためにコスプレしてるのかを忘れてないだろうか。

 

 というか、お前の正体をブラックに知られたら事態のややこしさが三十倍になるし、情報が拡散した日にはふうまがヤバいんだよ。 

 

 それ以前に今回は潜入兼救出任務なんだから、戦闘極振りなんて人材の使い道なんて護衛とカチコミ以外にありません。

 

 こちらの心の声をよそにコスプレの付属品である鷲星座の聖衣レプリカを纏った彼女は、父親の形見である忍者刀も持たずに亜音速の体捌きで次々と魔族達を蹴り殺していく。

 

 その様を見ていた年配の客が『アテナの聖闘士(セイント)……実在していたのか!?』と驚愕の表情を浮かべていたが、バリバリ偽物なので安心してほしい。

 

 残る学生二人だが、達郎も凜子も逸刀流師範の家系に恥じない剣捌きを見せていた。

 

 道場剣術の性か集団での乱戦には慣れていないようで、攻撃後の隙や太刀筋に戸惑いが見られたがその辺はご愛嬌といったところだろう。

 

「くそっ! 邪魔するな……どけぇ!!」

 

 ゆきかぜの安否を確かめようとしているのか、焦りを隠そうともせずにしきりに苦無を店の奥に投げ込もうとする達郎。

 

 例の『飛雷神の術』で囲いを突破しようという腹なのだろうが、その悉くが途中で撃ち落されて上手くいっていない。

 

 まあ、撃ち落しているのは姉である凜子だったりするのだが。

 

 あのハイライトが消えた目と、苦無を弾く度に浮かぶ笑みが不気味すぎるので見なかったことにしようと思う。

 

 世の中には知らない方がいいこともあるのだ。

 

 そんな感じで陽動のメンツは気持ちよく暴れていたのだが、こういった娼館は用心棒を飼っているのが常である。

 

「先生! お願いします!!」

 

 追い詰められたオーク傭兵の叫びに応えて現れたのは、どこぞで見た事のあるヘタレ騎士。

 

 自称『嵐騎』のリーナであった。

 

「ノマド傘下の店を荒らす不埒者共め! 嵐騎のリーナが成敗してくれる!!」

 

 威勢よく啖呵を切ったリーナであったが、俺を見るなりあっという間に蒼褪めた顔で半泣きになった。 

 

 そう言えば、以前立ち合った時は剣を両断した途端にガチ泣きしながら『何でもするから殺さないでください……』って全力で命乞いされたんだった。

 

「か…かかかかかか仮面の、け……けけ剣士の真似なんかしても、だだだだ騙されないんだからな……」

 

 ガチガチと歯の根が合わないままに何とか言葉を絞り出すリーナ。

 

 数年会っていないが、そのヘタレ具合は今も健在なようだ。

 

 いつもなら憐れと見逃すか、ブラックが『アンダー・エデン』を見限った事を説明するのだが、今日の俺は少々虫の居所が悪い。

 

 踏み込みと同時に腰が引けた奴が構える剣の柄を手に刃が掠るくらいの位置で切り飛ばすと、返す刀で放った横薙ぎを頸動脈の寸前で止めて見せた。

 

「残念ながら本物だ。今日はムシャクシャしてるからな、邪魔するんなら手足の一、二本無くなるくらいは覚悟しろよ」

 

 こんな感じで脅し文句を吐いてみたのだが、その後の相手の反応が予想の斜め上を行った。

 

 なんとリーナの奴は泣きながらお漏らししてしまったのだ。

 

 流石にこれには面食らってしまった。

 

 以前の命乞いも酷かったが、魔界騎士を自任している奴が小便漏らすとかあり得んだろう。

 

「ごめんなしゃい……ゆるひて、ゆるひてくだひゃい……」

 

 嗚咽のためか、それとも呂律が回っていないのか。

 

 再び涙ながらに命乞いをするノマドの騎士。

 

 これで俺が油断したところを『隙ありぃぃぃぃっ!!』と不意打ちの一つでも繰り出せば職務上何とか言い訳も効くんだろうが、濡れたパンツ丸出しの大股開きでズルズル後ろに下がる様にそれを期待するのは酷な話だろう。

 

 用心棒のあまりの醜態に周囲のSPは呆気に取られているが、当然ながら魔鈴がそれを見逃す筈がない。

 

 再びの『イーグルトゥフラッシュ(偽)』の犠牲者として、あっという間に始末されてしまった。

 

 結局、興ざめした俺は敵の影が無い事を確認した後、抜けた腰を入れてやったあとリーナを連れていくことにした。

 

 『なんで、こんなドン臭いのを連れて行くのよ?』と魔鈴は不満げだったが、これにはちゃんと事情がある。

 

 残念極まりない娘であるが、奴がノマドの構成員でイングリッドの部下である事は間違いない。

 

 淫魔族の内通から見限られたこの娼館の従業員はともかく、限定的にとはいえノマドと契約を結んでいる以上こいつを殺すのは流石に拙い。

 

 それにあのまま放置していては万が一オークなんかに生き残りがいた場合、死を免れて発情した奴らに無体を働かれる危険性だってある。

 

 それがノマドの上層部に知れて奴等の不興を買えば、帰りの道行きの難易度が格段に跳ね上がってしまうではないか。

 

 そんな理由を説明しながら店長室に向かって歩を進めていると、骸佐から無線通信があった。

 

『こちら01、02どうぞ』

 

『こちら02、ターゲットの確保に成功した。目標は多少の肉体改造と調教の跡があるが、一応は無事だ』

 

『こちら03、矢崎の変態野郎の【快楽漬けにして、自分から純潔を貰ってほしいと言わせる】なんてねちっこい趣味が幸いして、一応は清い身体のままのようですぜ』

 

 どこか疲れたような声の骸佐に続いて、通信越しにもわかる苦笑いを滲ませた権左兄ィの報告が入る。

 

 とりあえずは朗報である。

 

 廃人化や快楽堕ち、さらには魔族化なんて最悪の可能性を想定してたので、そうならなかったのは幸いだ。

 

 まあ処女云々に関しては完全に蛇足だけどな。

 

 達郎、ガッツポーズは見えないようにしろ。

 

 あと、凜子は舌打ちすんな。

 

『それと一緒にベッドに入っていた矢崎のアホも捕まえてるが、一つだけ厄介な事がある』

 

『厄介な事?』

 

『水城ゆきかぜの体内には反乱防止用のナノマシンが注入されてやがる。矢崎の証言ではリーアルのリモコン操作一つで手足を吹き飛ばせるらしい』

 

『…………了解した。それに関してはこちらで何とかする、お前達はそのまま店長室に向かってくれ。そこで一度合流しよう』

 

『了解だ』

 

 プツリと音を残して切れる通信、俺はその後で口寄せによって骸佐に一つの指示を出しておいた。

 

 追い詰められたリーアルがゆきかぜを人質に取るのは確定している。

 

 ならば、俺も肚を括らねばなるまい。

 

 立ちはだかる淫魔族やオーク、番犬代わりの魔界生物をナマスにしつつ進むことしばし。

 

 店の廊下を血みどろに変えて俺達は、ようやく店長室の前に辿り着いた。

 

 到着したのはいいが店長室の扉は電子錠で固く閉じられており、当然ながら開く気配は感じられない。

 

「ぱっと見は普通だが、随分と頑丈そうな扉だな」

 

「えっと、リーアルの奴は核シェルター並みの防護力があるって言ってました……」

 

 精巧な彫刻が入った木製の扉を軽く拳で叩いていると、震える声でリーナが助言をくれた。

 

 道中でノマドがこの店から手を引いた事を伝えると『そんなの聞いてない!?』って嘆いていたが、見捨てられたか連絡ミスかどっちなんだろうな。

 

 その辺は割とどうでもいいので置いておくとして、気配から察するにリーアルがここに閉じこもっているのは間違いない。

 

 本来ならゆきかぜを救出した時点で任務完了なんだが、ブラックとの約束もあるので矢崎とリーアルは確保、もしくは抹殺しておかねばならない。

 

「それで、どうする気なの?」

 

「突っ立ってても仕方がないし、ぶった斬るか」 

 

 言葉と共に鯉口を切ったところで、向かい側の通路からこちらに近づいてくる気配を感じた

 

 目を向けてみると、曲がり角から現れたのは救出班の四名と一匹のナマモノであった。

 

「お疲れさん。みんな、怪我とかしてないな?」

 

「ええ。鹿之助坊やのお陰でけっこう敵をやり過ごす事ができましたから」

 

 そう言って前にいた鹿之助君の頭をポンポンと叩く権左兄ィ。

 

 やられる方も満更でもない様子を見るに、なかなかいい関係を築けているようだ。

 

 無事に合流できたのは喜ばしいのだが、どうも一部の様子がおかしい。

 

 夜叉髑髏を展開した骸佐が、シーツをローブのように巻き付けたゆきかぜを姫抱きしている。

 

 これ自体は特に問題ない。

 

 おそらくは人体改造と調教の影響から歩けない程に衰弱しているのだろう。

 

 おかしいのは当事者たちの態度であった。

 

 何故かゆきかぜは頬を染めて嬉しそうに骸佐の首に手をまわし、骸佐は夜叉髑髏越しでも分かるほどに嫌そうな雰囲気を醸し出している。

 

 脇にいた権左兄ィは二人の様子に顔を引きつらせ、鹿之助君は苦笑いだ。

 

 それとナマモノというのは、権左兄ィが豚のように引き摺っていた矢崎宗一のことである。

 

 中年太りの体に紫ラメのブーメランパンツというキッツイ外見に加えて、原型を留めていないくらいにボコボコの顔。

 

 さらには手枷・足枷にギャグボール、亀甲縛りが施されており最後にはリード付きの首輪ときたもんだ。

 

 ぶっちゃけ、醜すぎて見れたものではない。

 

 ゴミ屑の事は置いておくとして、骸佐とゆきかぜがああなった理由だが、鹿之助君が言うにはこういう事らしい。

 

 一年ほど前、達郎の心無い言葉によって仲違いした二人であったが、時間を置いて頭が冷えたゆきかぜは仲直りをする為に秋山家へと向かった。

 

 だが、タイミングの悪いことにそこで達郎と凜子の禁断の関係を偶然目撃してしまい、秋山姉弟との関係は完全に瓦解してしまう。

 

 それから暫く塞ぎ込んでいたゆきかぜだったが、母である不知火の目撃情報を聞いて発奮。

 

 未だ冷めやらぬ精神的ショックから半ば依存のようになった母への気持ちも手伝って、不知火探索に強引に自身をねじ込んだ。

 

 だがしかし、主流派の防諜のガバガバっぷりに作戦のダメさも手伝って、あっという間に捕らえられたゆきかぜ。

 

 彼女は以前に闇組織との密会を邪魔された事を根に持つ矢崎の恨みと変態趣味により、純潔を残しながらもメス奴隷として調教を受けてしまう。

 

 肉体改造と催眠によって苛烈な責めを受けたゆきかぜ。

 

 身体を作り替えられる恐怖と快楽の中、彼女は母への想いに縋って必死に抗っていたが、それも限界を迎えていた。

 

 そうして陥落寸前であった彼女が最後の力を振り絞って助けを求めた瞬間、その手を取ったのが骸佐であった。

 

 言うまでもないが奴にそんな意図はなく、完全にただの偶然である。

 

 だがしかし、そんな事情はゆきかぜには関係ない。

 

 今までの精神的不安定さに加えて、吊り橋効果に危機を救ってもらった恩人やら何やらが混ざり合った結果、髑髏武者同然の骸佐が白馬の王子様に見えるほどの一目惚れをカマしたそうな。

 

「いや、なんで水城の心情まで知ってんの?」

 

「……助けた時に彼女が二車君にマシンガントークでしゃべってたんです」

 

「………OH」 

 

 我が『右腕』はなかなかに強烈なアタックをかけられているようだ。

 

 しかし、これはヤバいな。

 

 仮にゆきかぜがマジだった場合、頭の緩い女が大嫌いな小母さんが猛反対しそうなんだが。

 

 そんなことを考えていると、カランと金属が落ちる音がした。

 

 目を向けてみれば、何故か床に崩れ落ちている達郎の姿が。

 

「ゆきかぜ、どうして……」

 

 呆然と言葉を垂れ流す黒ずくめの阿呆。

 

 例のバイザー越しに見える顔にベッタリと張り付いているのは絶望の表情だ。

 

 聞いた経緯を思えば、どうしてもへったくれも無いとおもうのだが、死者に鞭打つ事は武士の情けで留めておく。

 

 そしてそんな達郎を後ろから抱きしめ『だから言っただろう、達郎。ゆきかぜはもう手遅れだ、お前には私しかいないんだよ』と悪魔の囁きを掛ける凜子。

 

 そんな二人に件のゆきかぜは腐った生ごみを見るような眼を向けている。

 

 ある筈がない達郎のソウルジェムが光の速さで濁っていくのが手に取るように分かったが、あえて一言言わせてもらいたい。

 

 手遅れなのはこのシチュエーションで股間をおっ立てている奴の方である。

 

 さて、愉快な修羅場に気も解れたところで頭を切り替えよう。

 

 俺達がいるのは鉄火場、セイガク共の恋愛事情なぞ気にする必要はないのである。

 

「鹿之助君、開錠を頼む」

 

「了解です」

 

 そう言うと鹿之助君は部屋の右わきの壁に設置されたカードリーダーに手を当てる。

 

 目を閉じて何かを探る様に磁気の読み取り部分を指でなぞることしばし、彼が目を開くと同時にピピという認証音を伴って扉のロックが開いた。

 

「へへっ、楽勝」

 

 ドヤ顔と共に親指を立てる鹿之助君。

 

 ロック解除に掛かった時間は三秒弱、現場を経験したせいか昨日よりもさらに早くなっている。

 

 鹿之助君の成長はともかくとして、こっから先は第二幕。

 

 むこうに待ち受けているのはリーアルだけではないだろう。

 

 かつて名を轟かせていた『幻影の対魔忍』と一戦交える可能性もあるのだ、気を引き締めていこう。



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日記16冊目

 お待たせしました、16話完成です。

 いやはや、難産でした。

 会話よりアクションの方が筆が走るってどういう了見なんでしょうね、私。

 次からは日記形式に戻るので、少しは速度が速くなれば……。


 どうも、みなさん。

 

 地下300mで任務遂行中のふうま小太郎です。

 

 開始前から色々とこちらの胃を削ってくれた水城親子救出任務の方もいよいよ大詰め。

 

 少しの悲喜劇は挟んだモノのゆきかぜの奪還に成功し、残るは母である不知火の救出、あとはノマドへの手土産としてリーアルを拘束するだけである。

 

 風俗嬢として頑張っているサポートメンバーの救出もあるが、その辺は帰りにサクッと片づけてしまおう。

 

 さて、『アンダーエデン』の血みどろ修羅場へのリニューアルも大方終了し、あとはリーアルが立て籠る店長室を残すのみ。

 

 鹿之助君の見事な手際で最終防壁である分厚い鉄の扉がロック・オフしたところで、俺は突入の指揮を骸佐に任せて再び圏境で姿を消した。

 

「よっしゃ、行くぞっ!!」 

 

 気合一発、一団の中で最も防御力に優れる骸佐を先頭に部屋へと突入する救出班たち。

 

 ゆきかぜは有事の際に盾にならねばならない骸佐ではなく魔鈴が抱き抱えている。

 

 皆が突入したタイミングから一呼吸置いて部屋へと入ると、そこで待っていたのは執務机の奥でこちらを睨むリーアルと、奴を庇うように立つ三体のオーガ奴隷だった。

 

 オーガは魔界の鬼族の中でも最底辺に位置する種族である。

 

 とはいえ、4メートル近い体躯に全身を覆う巌の如き筋肉が生み出す膂力と耐久性は、並の人間が重火器を持っても太刀打ちできず、中忍クラスの対魔忍を以てしても必殺の脅威となる。

 

「やれッ! あのガキ共を捻り潰せッッ!!」

 

 リーアルの命令に怒号で応え、鉄製の首輪から垂れる千切れた鎖を揺らしながら襲い来るオーガ。

 

 室内の者全てに察知される事無く骸佐達から離れた俺は、軽身功で生み出した俊足を生かして、オーガ達の脇を抜けるとリーアルの背後を取った。

 

 その間にも豪奢な絨毯で吸収しきれない足音を鳴らしながら、オーガ達は骸佐達に迫っていく。

 

 しかし緩慢な奴らの動きをのんびりと待っているほど、こちらのメンバーは暢気ではない。

 

 初手を取ったのは先頭にいた骸佐だった。

 

「ぬんッッ!!」

 

 強化外骨格である夜叉髑髏の生み出す脚力を生かして瞬きする間に距離を詰めた奴は、顔の横に構えていた二車家伝来の斬馬刀『猪助』の刃を床に亀裂が走るほどの踏み込みと共に打ち下ろす。

 

 剛剣一閃。

 

 夜叉髑髏が生み出した怪力と骸佐の迷いのない振りによって放たれた刃は、拳を持ち上げようとしたオーガの頭から胸元までを一撃で両断し、勢いのまま巨体を床に叩きつけた。

 

 その横では権左兄ィが他の一体を相手にしている。

 

 室内であるという事から大規模な土遁を使うことは出来ないが、それで弱くなるほど権左兄ィは甘くはない。

 

 巧みな槍捌きでオーガの攻撃を正面から受けることなく流すと、大振りの一撃によって生じた隙を突いて槍の石突きで相手の膝を貫いた。

 

 片膝をついて激痛に声を上げるオーガ。

 

 しかし、その時には権左兄ィの放った一閃が奴の眉間の数センチ前まで迫っている。

 

 肉を断つ音と固い物が砕ける生々しい音。

 

 それが収まった後、膝立ちになっていたオーガの後頭部には、赤紫の血に塗れた穂先の先端が生えていた。

 

 槍を抜かれた事で仰向けに倒れたオーガを一瞥すると、権左兄ィはフォローを入れるべく周囲の様子を確認し始めた。

 

 最後の一体を相手取ったのは学生達だった。

 

 粒ぞろいの彼等なら遅れはとらないと思っていたが、良い意味で予想以上だった。

 

 まずは達郎が苦無を放って牽制し、その隙を突いて鹿之助君が静電気を顔面に浴びせる事でオーガの視界を奪う。

 

 さらに達郎が弾かれてオーガの背後に浮かぶ苦無を目印に『飛雷神の術』で背後に回ると、正面の凜子に合わせて首と腹に向けて斬閃を放つ。

 

 逸刀流師範の家系である彼らの斬撃は、鉄と同程度の強度を持つオーガの皮膚と筋肉に容易く刃を通す。

 

 跪いて横一文字に裂かれた腹から腸が零れないように押さえるオーガ。

 

 しかし次の瞬間にはその太い首に赤い線が走り、奴の頭は熟れ過ぎた果実のように床に落ちた。

 

 交戦から殲滅までの時間は約30秒。

 

「…………」

 

 1分にも満たない間で自身の盾を失ったリーアルは、声も出せずにあんぐりと口を開けていた。

 

 当然、その隙を使わない手はない。

 

 俺は背後からリーアルの首に指を当てると、ゆっくりと内勁を流し込んだ。

 

「あ……ッ!? あ……が………」

 

 すると喉の奥からくぐもった声を出したのを最後に、リーアルはその場に崩れ落ちた。

 

 これは内家氣功術の一つで、生物の経絡に干渉して対象の氣の流れを断つ技だ。

 

 前世ではサイボーグ以外の暗殺に重宝した技術で、経絡は人間の全身に走っている為に肌が露出している部分に一瞬触れるだけで、眠るように相手を抹殺するなんて事も可能なのだ。

 

 もちろん身体の内外に傷は無く心不全等の自然死に限りなく近い死に方なうえ、浸透勁の応用で行う方は手袋を付けていてもOKなので指紋等の証拠も残らない。

 

 あと、これが邪法であることは言うまでもない。 

 

 今生に入ってから、興味半分でこの暗殺術を魔界在住の連中に試したことがあるんだけど、オークとかの低級魔族は人間とほぼ変わらない効果が得られた。

 

 さすがに中級以上になると一瞬の接触では経絡の操作はできなかったが、身動きが取れないようにしてから再度試した結果、約1分程度の接触で操作が可能であることが判明している。

 

 上級に関しては機会がないのでわかりません。

 

 前のブラックさんの時に試しとけばよかったなぁ。

 

 さて、無駄な回想はこの辺にしておこう。

 

 うつ伏せに床に倒れこんだリーアルから掌サイズのリモコンを奪うと、俺は鹿之助君にそれを投げ渡した。

 

「どれどれ……これがこうなって………なるほど。解析あがりっと」

 

 発信ボタンを押さないようにいじった後、会心の笑みと共にリモコンを踏み潰す鹿之助君。

 

 いやはや、ホントに彼は優秀だわ。

 

 今回の報酬で引き抜きする件、真剣に通してみようかな。 

 

「尋問の時間だ、矢崎利二。先ほどのような暗闇の世界に戻りたくなければ、正直に答えてもらおうか」

 

 氣の流れを断つ力を緩めて声を掛けると、死体同然だったリーアルはとめどなく脂汗を流しながら荒い息を吐く。

 

 先ほどまではほぼ完全に氣の流れを断っていたので、奴は五感全てを奪われた上に心臓をはじめとする自律神経で動いている臓器が徐々に弱っていく苦しみを味わっていたはずだ。

 

 身体の自由は効かないものの五感を取り戻したところで、再び地獄に放り込まれると聞かされたリーアルは青かった顔色を紙のように白くする。

 

「な……なんだ!? 何が聞きたい!?」

 

「───自分の立場が分かっていないようだな。今度は1時間ほど味わってみるか?」

 

「~~~ッ!? すみません、ごめんなさい! なんでも質問に答えますので、それだけは勘弁してください!!」

 

 軽く脅しを掛ければ、涙を流しながら恐怖に上ずった声で許しを請うリーアル。

 

 先ほど気脈を断った時間は1分たらずだったのだが、よほど堪えたようだ。 

 

 前世での内家氣功術の最終試験は、リーアルが陥っていた状態から自力で気脈を繋いで復帰するというものだった。

 

 候補者20人が試練に挑んだ結果、生き残ることが出来たのは俺ともう一人だけだった。

 

 後で聞いた話では、脱落者の死因は自律活動する臓器の機能低下による多臓器不全ではなく狂死であったという。

 

 人間にとって、当たり前に出来ていたことが出来なくなる精神的ショックは、それほどまでに強烈ということだ。

 

 それが五感全てに及ぶというのだから、リーアルのような闇の住人でもこうなるのは無理もないだろう。

 

「なあ、達郎。ふうまの頭領はどんな術を使ったんだろうな?」

 

「分からない。彼が世良田を名乗っていた時、忍術に目覚めていないと言っていた。あの後目覚めたのか、発言自体が嘘だったのか。どちらにしても見ているだけで判断するのは難しいな」

 

 手持無沙汰なのか、こちらを見ながら雑談をする秋山姉弟。

 

 外見上は相手の首に指を当てているだけなので、見抜かれる事は無いだろうと放っておいたら、思わぬところから声が上がった。

 

「お前達、妙な詮索はそこまでにしな。あいつはああ見えても一門の長なんだ、その能力を探るなんてマネしてたら消されても文句は言えないよ」

 

 達郎達の後ろにいた魔鈴が二人を諫めたのだ。

 

 彼女の言葉を聞いて、達郎たちは大人しく詮索の手を引っ込めてくれた。

 

 事前の会議でもそうだったが、世良田を名乗って知り合いとして付き合った経験があるせいか、二人は俺に対する線引きが甘い。

 

 一応注意を促しているのだが、中学生である二人は公私の切り替えがなかなか上手くいっていないのだろう。

 

 これが度が過ぎれば、権左兄ィに再び嫌な役目を押し付けなけれなならなかったので、正直助かった。

 

 あと、コスプレしてるからって口調まで『魔鈴さん』を真似なくていいからね。

 

「ここの奴隷娼婦に投与した反乱防止用のナノマシン、その排出方法は?」

 

「そ…そこの執務机の一番下の引き出しに、は……排出用の薬剤が入ってます。それを投与すれば、な…ナノマシンは機能を停止します」

 

 気を取り直して尋問を再開すると、リーアルは歯の根が合わない口から絞り出すような声を上げる。

 

 権左兄ィが指定された場所を確認すると、引き出しには小さな銀のアタッシュケースが入っており、中身はガンタイプの無痛注射器とその薬液だった。

 

 視線でこちらに指示を求める権左兄ィに俺は薬液投与の許可を出す。

 

 リーアルの事は信用ならないが、現状のままではゆきかぜを連れて脱出するのは困難を極める。

 

 奴からの情報の裏を取る術がない以上、多少のリスクは呑み込む他ない。

 

 矢崎宗一の証言によれば、ゆきかぜに投与された反乱・逃走防止用ナノマシンの効果は、ボタン一つでゆきかぜの手足を吹き飛ばす物だという。

 

 俺は奴が語った効果はナノマシンの性能の全てではないと見ている。

 

 何故なら、その効果が信号を合図に体内のナノマシンが爆弾へと切り替わることによって引き起こされると仮定した場合、破壊部位を手足に限定するのは不自然だからだ。

 

 そも、魔界医療が横行しているこのヨミハラにあって、四肢の欠損というのは致命的ダメージになり得ない。

 

 地上にあっても米連に伝手があればサイバネ義肢が手に入るのだ、対魔忍をはじめとする特殊工作員を縛るにはパンチが足りていないだろう。

 

 ならば、ナノマシンの真の効果は起爆信号によって肉体のあらゆる個所を破壊できると考えた方が自然だ。

 

 何故この事実をゆきかぜに捻じ曲げて伝えたのかは不明だが、矢崎宗一が以前に彼女から煮え湯を飲まされた事を思えば、手足の欠損程度を怖れて縮こまってしまった小娘を嗤うか、もしくは欺瞞情報を鵜呑みにして無様な屍を晒すのを望んでいたか。

 

 なんにせよ、ろくな理由ではあるまい。

 

 また、ゆきかぜに投与されたナノマシンの用途が脱走や反逆防止である以上、リーアルの持つリモコンのみが発動キーだと考えるのは楽観視に過ぎる。

 

 リーアルの死亡、建物から出た際、他にも外部と繋がっている敷地内の禁止区域に立ち入った場合、特定のNGワードを口にした際等々。

 

 考えるだけでも発動条件は多岐に渡るだろう。

 

 条件付けも知らぬままに、この全てからゆきかぜを守り抜いてヨミハラを脱出するなど、どう考えても現実的ではない。

 

 だからこそ、俺はあの無線を受けた時にゆきかぜが事故死する事を覚悟したのだ。

 

 あの時、骸佐に注意を促そうにも明確な条件が分からないままではロクなアドバイスもできなかった。

 

 そう思い返せば、ゆきかぜが生存しているのは相当な豪運ではないだろうか。

 

 権左兄ィの手によってゆきかぜの首筋に無痛注射器が押し付けられると、空気の抜ける軽い音と共にセットされた薬剤が体内に流し込まれた。

 

 リーアルの言葉が真実ならば、これで爆死の危険性は去ったことになる。

 

 薄い蛍光の水色の薬と不安を掻き立てる代物であったが、ナノマシンに関して現状で手出しできるのはここまでだ。

 

 では、次の仕事に取り掛かるとしよう。

 

 俺はリーアルを脇に除けると、執務机に設置されたデスクトップ型のパソコンに手を掛けた。

 

 待機画面にはなっていない事を確認し、俺はコートのポケットから取り出した特別製のUSB用機器をパソコンにセットする。

 

 機器の先に備わったLEDが数回赤く点滅すると自動的に立ち上がるウインドウ。

 

 そこには自室のデスクに座る時子姉の姿が映っている。

 

『お疲れ様です、お館様。敵施設の情報端末を入手する事が出来たようですね』

 

「色々トラブルがあったけどな。それじゃあ、いつもの通り頼む」

 

『了解しました』

 

 時子姉の言葉を合図として、通信画像の下に作業状況を表すバーと履歴、そして新たなウインドウが現れる。

 

 そして灰色だったバーがゆっくりと青に染まり始めると、履歴画面を高速でファイル名が流れていく。

 

 機器を介して時子姉が管理するふうまの情報サーバーに、リーアルPC内の情報を吸い上げているのだ。

 

「あ……あんた、いったい何をやっているんだ?」

 

「ちょっとした野暮用さ。気にすんな」 

 

 不安から問いかけてくるリーアルを適当にあしらいながら、俺は流れていくファイルの転送履歴と吸い上げた情報の中でも重要と思われる物が表示されたウインドウに目を走らせる。

 

 政府高官や財界の著名人が名を連ねる『アンダーエデン』の顧客リスト、店の奴隷娼婦の名簿と各人の経歴、さらに店から奴隷として売り払われた者の名と転売先。

 

 ウインドウを走る情報は対魔忍にとって値千金の重要なモノである。

 

 だが、その中には俺のお目当ては存在していない。

 

 リーアル程度の小物がノマドから淫魔族への移籍という大博打を打ったのだ、アレに関するものが無いはずがない。

 

「矢崎利二。貴様、何らかの情報端末を身に着けているな。────出せ」

 

 確信をもって仮面越しにリーアルを睨みつけると、奴の顔は紙から死人の色へと変化を遂げる。

 

「も……持って───」

 

「嘘はいらん。隠し立てするようなら、もう一度あの暗闇に放り込んでから身体検査をするぞ。その際は腹を掻っ捌いて調べ上げるから覚悟しておけ」

 

「わかった、言う! 私の首の付け根に張り付けた疑似皮膚、その中にマイクロSDがある!!」

 

 半ば悲鳴のようなリーアルの証言に従って、権左兄ィが確認すると言葉の通りブツが見つかった。

 

 さっそく専用のリーダーにセットして中身を展開すると、予想通りお宝はそこにあった。

 

 時子姉が吸い上げていく情報の重要性に、こちらも自然と口元が釣り上がる。

 

 少々名が知れているとはいえ、リーアルは財力も暴力もない一介の調教師だ。

 

 そんな奴が生き馬の目どころか心臓すらもブチ抜きかねない裏社会で生きていくには、絶対的な切り札が必要になる。

 

 それが情報だ。

 

 自身を庇護・雇用している有力者が持つ弁慶の泣き所、それを手にする事で切り捨てられないように立ち回る。

 

 もしくは、有事の際に敵対勢力へ鞍替えする為の手土産に活用する。

 

 どう事態が転んでも己の身を立てる足掛かりとなる、まさに命綱といえるものだ。

 

 通常はそんな機密情報など容易に手に入れられるものではないのだが、そこは蛇の道は蛇。

 

 小物と侮られる人間だからこそ、巨悪が思いもつかない急所を狙う術があるのだろう。

 

 いつか読んだ漫画風に表すなら『皇帝は奴隷によって刺される』という奴だ。

 

「骸佐」

 

「どうした?」

 

「これを見てみろ」

 

「こいつは……権左、お前も来い」

 

「これはまた……世に出たら政権がひっくり返ること受け合いですな」

 

 野郎三人が目を皿にして見るディスプレイには現与党の民新党を破滅に追いやることができる情報をはじめ、知ればダース単位で暗殺者が寄こされるであろう情報が延々と流れている。

 

 奴の情報媒体の中にあったのは、リーアルが行った費用の横領や奴隷娼婦の私的売買等々の『アンダーエデン』の裏帳簿に、例のナノマシンや奴隷娼婦の脳幹に埋め込まれたマイクロチップ『イブ』の詳細。

 

 兄である矢崎宗一の中華連邦への情報漏洩の証拠に闇商売で得た裏金の帳簿、その他の汚職の実態。

 

 そして鞍替えした淫魔族に関する情報だ。

 

 どうやら矢崎兄弟が淫魔族と接触を持ったのは、奴らの伯父である旧財閥系の鷲津グループ会長である鷲津茂を介してのものらしい。

 

 鷲津はN県の人里離れた山間で『聖修学園』という私立校を経営しており、そこが淫魔族の拠点となっているようだ。

 

 そして件の『イブ』やナノマシンも出所は鷲津グループ傘下の『鷲津マテリアル社』だという。  

 

 俺達の浮かべているであろう悪い顔を見て豚……じゃなかった、矢崎宗一が何やら騒ぎ始めた。

 

 リーアルが巧妙に隠していた事で中のデータのヤバさに思い至ったのだろうが、ギャグボールを嵌められている状況では何を言ってるのか分からない。

 

 因みに学生連中は魔鈴によって閲覧は止められていた。

 

 中の人は一党の頭領をしているだけあって、情報を知るという危険性をよく理解しているのだろう。

 

 サーバーへの吸出しが終わったのを確認したところで、俺はポケットから取り出した新品のUSBメモリーへ先ほどのデータを用途に分けて保存し、内部の書類データに手を入れて報告書を作っていく。

 

「若、いったい何をしてるんですか?」

 

「根回し用の小道具を作ってるのさ。今回の件で色々と動きにくくなるだろうから、予防線くらいは張っとかないとな」 

 

 権左兄ィの質問をはぐらかしている間に情報の保存は完了。

 

 作製した報告書がプリンターから吐き出されると、同じくして店長室の壁の向こうに気配が現れた。

 

 壁に飾られた趣味の悪い春画を中心にしてドア一つ分程度の切れ込みが入ると、それは鈍い音を立てながら右にスライドした。  

 

 露わになった隠し通路の奥から姿を見せたのは、黒のラバースーツに身を包んだ異様な女だ。

 

「ずいぶんと遅かったじゃないか、人妻奴隷のS豚ちゃん?」

 

 皮肉を込めてデータの中にあった調教記録の蔑称で呼んでやると、女のマスクから露出している口元が大きく歪む。

 

 正体を見抜かれないようにあんな格好をしているのだろうが、ブラックからの証言に加えて矢崎と淫魔族の関係を知る俺達にはバレバレだ。

 

「あのお方の計画の邪魔はさせない。全員ここで排除するわ」

 

「そうかい」

 

 対魔忍時代からの得物である薙刀を構えたラバー女に、俺は机の上に置かれたモノを無造作に放ってやった。

 

 放物線を描いて女へと飛んでいくナニカ、それはリーアルから取り上げたマイクロSDがセットされたカードリーダーだ。

 

 人間というものは、基本的に自分にむかって飛んでくる物に目を奪われるものである。

 

 それが自身への害を成すものであれば何らかの反応を示すのだが、全くそういった物が無い場合はどうしても動きは後手に回る。  

 

 それはかつて凄腕対魔忍で鳴らした水城不知火も変わりはない。

 

 一瞬の逡巡を挟んでリーダーを切り払うラバー女。

 

 だがその頃には、圏境で気配を断った俺は奴の背後を取っている。

 

「あ……」

 

 こちらの手が後頭部に当てられる感触に言葉を発しようとしたラバー女だが、それよりも速く脳を襲った衝撃によって意識を刈り取られ、力無く床に崩れ落ちた。

 

「お母さん……」

 

 顔を覆うゴム製のマスクを剥いでやれば、現れたのは案の定水城不知火の顔だった。

 

 淫魔族は夢魔や淫魔を祖としている為、魅了や性技に優れていても戦闘力は低い。

 

 その為、奴等は戦闘能力の高い他種族を性的に虜することで、自身の戦力として運用している。

 

 そういう意味ではトップクラスの対魔忍であった水城不知火は、奴等にとって貴重な戦力と言えるのだろう。

 

 この『アンダーエデン』は淫魔族にとって、人間界における魔族の最大手であるエドウィン・ブラックの縄張りを侵してまで手に入れた、勢力拡大の為の大きな足掛かりだ。

 

 淫魔族の能力と荒くれ者が集まる魔界都市の娼館という特性を噛み合わせれば、奴等は戦闘用の手駒を一気に増加させる事ができる。

 

 その重要性はノマドが引き上げた警備兵を、奴等がすぐさま補充している事を見ても明らかだ。

 

 ならば、この状況を淫魔族が指を咥えているはずがない。

 

 俺達の正体を掴んでいない以上、矢崎兄弟に縁があり最大戦力の一つである不知火は送り込むには適任と言えた。

 

「ねえ、お母さんはどうなったの! あんた、いったい何をしたのよ!?」

 

 白目を剥いて気絶している母の姿に取り乱すゆきかぜ。

 

 矢崎から投与された媚薬を始めとする薬品に因って身体の自由を奪われていなければ、こちらに掴みかかっているであろう剣幕さだ。

 

「頭部に強いショックを与えて気絶させただけだ。後遺症は残らん」

 

 ゆきかぜの抗議を切って捨てた俺は、他のメンツに撤収準備を指示する。

 

 拘束した不知火を権左兄ィが担ぎ上げ、ゆきかぜを骸佐が……あ、達郎に押し付けてリーアルを持ちやがった。

 

 矢崎の手綱は消去法で魔鈴が持つことに。

 

 本人は死ぬほど嫌がっているが、豚の方は喜んでいるので我慢していただきたい……て、コラ! リーナに擦り付けようとすんな。

 

 いつもなら証拠隠滅として爆薬を仕掛けていくのだが、ノマドの依頼で建物の奪還も依頼内容に入っているから今回はパスだ。

 

 出待ちしている面々もいることだろうし、引き上げは手早いに越した事は無い。

 

 客は勿論のこと、非戦闘員である嬢や従業員も逃げ去って閑散とした店内を抜けて玄関を潜ると、俺達を待っていたのは黒のビジネススーツに身を包んだノマドの精鋭だった。

 

「ご苦労だった、対魔忍諸君」

 

 人垣の中心からイングリッドを伴って現れたのは、安定のブラック・サンである。

 

「クライアント自らお出迎えとは随分と期待されたもんだ」 

 

 仲間達が緊張をあらわにする中、俺は意識することなく言葉を返す。

 

「それはそうだろう。私と闘って生き残るばかりか手傷まで負わせたのは、君と井河アサギの他にはいない。ならば、その仕事ぶりにも期待がかかるというものだ」

 

「なるほど、ならこっちもケジメは付けないとな。───ノマドCEOエドウィン・ブラック殿に業務完遂を報告します。アンダーエデン寝返りの首謀者である矢崎宗一・利二兄弟は捕縛に成功、建物は1階ロビーの調度品と床面の一部が損壊、その他内装にあっても敵対勢力鎮圧の為に手直しが必要な状態がいくつか見られます。詳細は報告書に纏めてありますので、ご確認ください」

 

 営業スマイルと共に店長室で作成した報告書を出すと、若干顔を引きつらせたイングリッドが受け取り、安全を確認したのちにブラックの手に渡った。

 

「敵対勢力を利用することは多々あるが、報告書を受け取ったのは初めてだよ。しかもご丁寧に自分用の控えまで用意してあるとはな」

 

「契約の際に双方控えを用意するのは常識ですから。例えそれが一期一会のモノであっても」

 

「確かに君の言うとおりだ。では、後ろの裏切り者達の身柄を引き渡してもらおうか」

 

 穏やかな口調とは裏腹に、氷の刃を思わせるブラックの視線を受けて矢崎兄弟は小さく悲鳴を上げる。

 

「それですが、弟の利二の身柄はお渡しします。しかし、宗一の方はこちらがもらい受けたいのです」 

 

「ほう?」

 

 こちらの言葉にブラックは片方の眉を跳ね上げる。

 

「知っての通り矢崎宗一は日本の政権与党の幹事長、このまま闇に消えるのは色々と不都合があります。中華連邦へのスパイ疑惑を始めとする自身の犯した罪状、これを背負って貰わねばなりませんので」 

 

「なるほど。しかし、それは我々の関知するところではないな。裏切り者の身柄を引き渡す理由にはならん」

 

 嘘偽りない理由を言ってみたのだが、案の定ブラックは首を縦には振ろうとしない。

 

 さて、ここまでは予想の範囲内だ。

 

 俺はポケットから先ほどのUSBメモリーの一つを取り出すと、ブラック達の目に入るように掲げて見せた。

 

「もちろん、タダでとは申しません。これには矢崎利二が行った『アンダーエデン』での不正や裏帳簿、そして貴方方には秘密裏に売りに出した奴隷娼婦の販売先のデータがあります。───そして、貴方が目障りに思っている淫魔族に関する情報も。これをそちらにお譲りしますので、矢崎宗一の身柄をこちらに預けてくれませんか?」

 

「ふむ……悪い取引ではない。が、その情報に関してはアンダーエデン奪還の一環として、我々に提出すべきではないかね?」

 

「御冗談を。我々が請け負ったのは店舗から淫魔族を排除する事のみで、情報の提供までは含まれていません。あと淫魔族の情報に関しては店内にある矢崎個人のパソコンにはありませんので。これは奴が命綱として絶えず身に着けていた記録媒体に保管されていた情報です。もっとも、その媒体も水城不知火との戦闘で破壊されてしまいましたがね」   

 

 そこまで口にして少々オーバーに肩をすくめて見せると、ブラックは呵々と大きな声で笑い始めた。

 

「なかなかに交渉上手じゃないか。これでは我々は矢崎宗一の身柄を諦めざるを得んな。しかし、最後に一つ確認せねばならんことがある。君の持つ記録媒体、その中の情報はどこまで奴等の核心に迫っている?」

 

 その問いにこちらが得た切り札を切ると、さすがにこれは予測していなかったのか、ブラックは珍しく鉄面皮に驚愕の表情を張りつかせた。 

 

「──────豪胆な男だ。私を使うつもりか?」

 

「まさか。そこまで私は肝が強くありませんよ。我々の仕事は情報を収集し、それをクライアントに提出するまでです。得た情報をどう使うかは貴方方次第でしょう」

 

 こう返すと、ブラックはしばしの間瞑目した後、こちらにダンディさが滲み出る笑みを向けた。

 

「よかろう、矢崎宗一は連れて行くがいい」

 

「交渉成立ですね。では、記録媒体をお渡しします」 

 

 取りに来ようとするイングリッドを抑えてメモリーを手にするブラック、その代わりに俺の手には黒く塗られた長方形の名刺らしき紙が置かれている。

 

「これは?」

 

「私の私的な連絡先だ。君のような面白い男、一期一会で終わらせるには少々惜しい。ヨミハラか東京キングダムに赴いた際は連絡をくれたまえ、食事くらいはご馳走しよう」

 

「それはどうも。その時はお互い仮面を付けて、ですね」

 

「承知している。お互い『何処かの誰か』でなければ、このようなマネはできまい」

 

 理解があるようでなにより。

 

 それと、会うときはこっちを殺しそうなメンチを切ってるアンタの騎士を何とかしておいてくださいね。

 

「では、そろそろお暇いたしましょう。そちらも情報の裏取りや店の被害状況の把握と忙しいでしょうから」

 

「ならば、来客用のエレベーターを使うがいい。今渡したカードを見せれば、係の者は無碍にせんはずだ」

 

 ブラックが軽く手を上げると、黒服で形成されていた人垣が真っ二つに割れた。

 

「それでは失礼します。Mr.ブラック」

 

「うむ。カーラ女王によろしくな」

 

 最後に掛けられた言葉には沈黙を保ったまま、俺はリーアルの氣脈を元に戻して人垣の出口へと足を向けた。

 

 背後で置き去りにされたリーアルが助けを求めていたが当然無視である。

 

 あ、そうだ。

 

「あそこにいる嵐騎のリーナですが、情報の伝達ミスでノマドが店から手を引いた事を知らなかったそうですよ。成り行きでこっちと行動を共にしましたが、裏切りとかじゃないんで」

 

 ブラックではなく隣にいるイングリッドに向けた一言を最後に、俺達はそのまま人垣を抜けた。

 

 緊張の為か、ノマドの包囲を抜けるまでは全員言葉を発することはなかったのだが、アンダーエデンが見えなくなって少しすると、ようやく骸佐が口を開いた。

 

「やれやれ、何とか無事に終わったか。黒服共は大したことねーが、ブラックの野郎に睨まれた時は生きた気がしなかったぜ」

 

「若様は随分と落ち着いてましたけど、奴等が来ることが分かってたんですか?」

 

「ああ。ブラックの対応からしてあれで終わりとは思えんかったし。襲撃のタイミングだって場所が知れている以上、店を監視しとけば掴めるだろうからな」

 

『なるほどな。ところで、淫魔の王の居場所が分かってるってマジか?』

 

 少々ヤバい話題なので、口寄せでこちらに問うてくる骸佐。

 

『本当だよ。鷲津グループが経営している聖修学園3年男子「黒井竜司』。それが奴の隠れ蓑だ』

 

『よくそんな情報が手に入ったよな』

 

『これに関してはリーアルを褒めるべきだ。取り入った相手の弱みを掴むのがあの手の小悪党の18番とはいえ、ここまでの情報を懐に入れているとは思わなかった。こっちの予想だとパトロンか拠点の場所が精々だったんだがな』

 

『けどよ、そいつをブラックに教えてよかったのか』

 

『いいんだよ。淫魔族にはブラックの目を引き付ける為の囮になってもらうつもりだからな』

 

『囮?』

 

『今回の一件で俺があの大将に目を付けられちまったからな。現状で手が余る以上は、奴さんの目を他に向けるしかない』

 

『それで淫魔族って訳か』

 

『ああ。奴等の拠点程度ならブラックが動かない可能性は高いが、むこうに王がいるとなればそうは行くまい。その間に俺達は対ブラックの準備を進めるってワケだ』

 

 少なくとも、俺の剣の腕を上げん事にはブラックに勝てそうにないからな。

 

 この辺は早急に取り組む必要がある。

 

「そうだ。鹿之介君、コイツを渡しておくから地上に帰ったら井河殿に必ず渡してくれ」

 

「えっと、これは?」

 

「そこの豚、じゃない。矢崎宗一の汚職とスパイ行為の証拠、あとはアンダーエデンに出入りしている政財界の大物のリストだ。表沙汰になれば日本の政治がひっくり返るほどのスキャンダルだからな、忘れないように。あと、矢崎の身柄も渡すから逃げられない様にな」

 

 そう言って矢崎の頭を叩いた後でポケットからUSBメモリーを渡すと、鹿之助君は顔を真っ青にして悲鳴を上げた。

 

 彼は本当に役に立ってくれたからな、これで本懐を遂げてもらいたい。

 

 話を聞いて凜子と達郎が鹿之助君へ集まっているのをしり目に、俺は彼等と少し距離を取った。

 

「いいんですかい、若。手柄を譲っちまって」

 

「いいんだよ。矢崎の一件は公安の領分だ、そいつを宮内庁所属の諜報員である俺達がすっぱ抜いちまったら、むこうは面目丸潰れになる。それにな、ここらで主流派にも手柄を上げさせんと、不祥事続きで規模縮小なんて事になったら後々困るのは俺達だ」

 

「なるほど」

 

「それにタダで譲ってやるわけじゃない。情報漏洩の件も含めてデカい貸しにさせてもらうさ」

 

 そう権左兄ィに言葉を返した俺の眼には、小綺麗に装飾されたVIP用エレベーターが映っていた。

 

 さて、これにて任務完了だ。

 

 

 

〇月▽△日(岩天井からの快晴) 

  

 

 ようやく水城親子救出任務が終わった。

 

 地上に戻った後、エレベーター昇降口の前に待たせていたふうまの迎えと合流した俺達は、上原の息がかかった病院で検査を受ける事に。

 

 名目上はヨミハラでの長期滞在におけるメディカルチェックとなっていたが、本当の目的はゆきかぜに植え付けられたナノマシンとマイクロチップ『イブ』のサンプル回収。

 

 あとは不知火の肉体の確認だ。

 

 リーアルの機密データから書面上の情報は手に入れたものの、現在の俺達には現物がない。

 

 これらの技術が今後の闇社会に広がる可能性を考慮すれば、サンプルは是非とも手に入れておきたかったのだ。

 

 不知火に関しては、数年もの期間淫魔族の下にいた事による肉体的変化について確認したかった。

 

 淫魔族の肉体改造の方法や効果のデータも欲しかったしな。

 

 研究班の言い分では3日程度は時間が欲しかったそうだが、さすがにそこまで拘束するわけにはいかない。

 

 本人たちの希望もあったので、明日の朝には五車の里に帰ることとなるだろう。

 

 一足先に病院をお(いとま)した俺は、数日ぶりに家に帰ることが出来た。

 

 家に入ると情報整理に忙しい時子姉に代わって、災禍姉さんが飯を作ってくれていた。

 

 あと、銀零は家の庭にある砂場で『しんきしゅーれん……しんきしゅーれん』と言いながら何やら練習をしていた。

 

 砂がひとりでに宙を舞っていたところを見ると、忍術の練習かもしれない。

 

 とりあえず、飯が出来たので家の中に入れておいた。

 

 そういえば銀零の後ろを見慣れないドローンが付いて行ってたのだが、あれは時子姉が用意したものなのだろうか?

 

 本人に聞いても『おねえちゃんからもらった』と言っていたし……。

 

 害はなさそうなので、時子姉の作業が一段落したら確認してみよう。

 

 しかし銀のアリ型とは、随分と変ったデザインである。

 

 もしかしてカスタム機なのだろうか?   



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日記17冊目

 筆が乗りましてござりまする。

 山もオチもありませんが、暇つぶしになればと……。


◇月●×日(くもり)

 

 

 今日は緊急のふうま八将会議があった。

 

 帰ってきた次の日というかなりタイトなスケジュールだが、これには事情がある。

 

 移籍後初となるヨミハラへの救出任務と言う事で、カーラ女王や上原学長から早急に報告せよとせっつかれているのだ。

 

 なんだかんだ言っても相手は新しい親方、報告書一つにしてもヘタな物は出せない。

 

 てなワケで、早急に報告内容を詰める必要がある。

 

 今回の会合に先駆けて、俺は心願寺の爺様と紅姉に話し合いの場を設けた。

 

 ブラックから手に入れた心願寺楓殿と、彼女の第二子であるフェリシアの事を告げる為だ。

 

 話を聞いた爺様は、人から離れつつあるという事実に複雑な表情を浮かべながらも愛娘が生きていることを喜んでいた。

 

 一方の紅姉は、やはりフェリシアが姉妹である事が引っかかるのか、複雑そうな顔をしていた。

 

 一度しか顔を合わせていないが、フェリシアは相当に危険な匂いのする娘だった。

 

 そんなのが妹だと言われたのだから、心中穏やかではないだろう。

 

 こちらの情報を話し終えた後、二人の今後の方針を確認したところ、爺様は力強く楓殿を奪還すると答えた。

 

 フェリシアに関しては歪んだ感性を矯正できるようなら引き取り、魔族に傾き過ぎているならば討つと覚悟を決めているようだ。

 

 紅姉の方は何故か知らないが『次に任務に赴くときは自分も連れて行け』と強くプッシュしてきた。

 

 思えば楓殿の奪還は爺様だけでなく、紅姉にとっても悲願である。

 

 その機会をふいにしたくないという事なのだろう。

 

 まあ、ブラック・サンに対して勝算が出るまではノマドに関わるつもりは無いので、その辺は少々時間をいただきたいものである。

 

 爺様達との席を終えた後、そのまま定例会合への参加と相成ったワケだが、こちらの議題も変わらずノマドとエドウィン・ブラックだった。

 

 まずはブラックとタイマンを張ったことに対する謝罪から始まり、現在判明している奴の能力を説明する事に。

 

 身体能力は魔族の中でも規格外で、戯れに振るったであろう剣の腕も一流ときた。

 

 これだけでも上忍クラスの対魔忍の手に余る代物だが、輪をかけて厄介なのが不死レベルの生命力と重力操作だ。

 

 10秒程度で心臓を再生されたことには顔には出さなかったものの度肝を抜かれたし、例の重力の槌も一撃必殺レベルの強力な技だ。

 

 それよりもヤバいのは、最後に放ってきた重力結界と言うべき代物だろう。

 

 点ではなく面、しかも周辺一帯を巻き込む形で即時展開するので、いくら速度に優れていても回避はまず不可能。

 

 しかも通常重力の30倍というイカレた荷重が掛かる為に、捕らえられれば圧死は避けられない。

 

 井河さくらの影遁ならば逃げることはできるかもしれないが、影から出れば重力の影響を受けるため意味がない。

 

 現状での回避方法は重力のくびきから我が身を解放する軽身功か、因果の破断によって重力結界を断ち切るほかに思いつかない。

 

 共に俺にしか出来ないのが痛いところだ。

 

 唯一の希望は最後に浴びせた一太刀が再生していなかったところだが、コイツも止血は即座に行われていたからイマイチ信用ならない。

 

 とりあえずは諸々含めて、現状でのふうまによる奴の打倒は俺の剣腕の上がり具合に掛かっていると言っていいだろう。

 

 まあ、野郎は不死の王を自認するナチュラルボーンヴァンパイアである。

 

 あの一戦で見せたモノ以外にも、切り札は複数持っているだろうが。

 

 その後、矢崎が持っていた『アンダーエデン』の奴隷娼婦リストからふうまに禄を食む者や知り合いがいないかを確認し、矢崎宗一の不正や顧客リストからの政財界における闇勢力と繋がりがある者の洗い出しなど、上原学長への報告内容を吟味。

 

 次に主流派への対応を話し合う段となったのだが、ブラック襲撃が向こうの防諜のザルさが原因であるとわかった時の小母さんの笑顔の恐ろしいこと。

 

 さらに権左兄ィから骸佐がゆきかぜに言い寄られていた事を暴露された際には、プロレスのヒールさながらに立てた親指を下に向ける始末。

 

 曰く『14歳の青二才に纏(潜入任務の事だ)をやらせた上層部も間抜けだが、奴隷商人の言葉を真に受けて一気に奴隷に堕ちた低脳を嫁にする気はない』とのこと。

 

 あの時権左兄ィと言っていた懸念が的中したわけだが、当の骸佐が胸を撫で下ろしているので、よほどの事が無い限りこの件は立ち消えになるだろう。

 

 で、本題の主流派への落とし前だが、ぶっちゃけると取るものがない。

 

 資金を引っ張ったら向こうが立ち行かんし、装備云々に関しては同レベルのモノを持っている。

 

 人材も最も使い勝手がいい八津九郎を引き抜いたら、アサギの過労死が確定するので無理。

 

 他の上忍連中も八津紫をはじめとしてアサギシンパばかりなので、仮に引き抜いても役に立たないだろう。

 

 とはいえ、今回に関しては御咎め無しはあり得ない。

 

 向こうの怠慢でこっちは頭領が死にかけたのだ、それなりの制裁を科さねば沽券に関わる。

 

 致命傷にならず、さりとて軽傷でもない。

 

 まさに活かさず殺さずな仕置き加減に皆が苦心しているところ、俺はある提案を出した。

 

 それは先の任務で目を付けた上原鹿之助君を引き抜く事だった。

 

 当然、タダの学生である彼だけでは小母さん達は納得しないので、『電輝の対魔忍』と名高い従姉の燐も一緒である。

 

 単体でふうまに引き抜くとなれば流石に彼も難色を示すだろうが、思い人である従姉が一緒ならば首を縦に振る確率も上がるだろう。

 

 八将の皆も『電輝の対魔忍』ならば、とこちらの意見に賛同してくれた。

 

 まあ、本命は燐ではなく鹿之助なんだけどね、

 

 最後に俺はヨミハラにいた時から考えていた、ある事を皆に告げた。

 

 予想通り、みんなからは反対されたうえに死ぬほど怒られたが、これだけは曲げるわけにはいかないので申し訳ないと思いながらも押し通した。

 

 小母さんや紅姉をはじめとして、納得がいっていない人がかなりいるようだが、相談はしたし一応言質も取った。

 

 実行は明日の報告以降にしようと思う。

 

 

◇月●□日(雨)

 

 

 今日は上原学長へ先の任務成果を報告してきた。

 

 学長や神村教諭、学園に居候しているカーラ女王はブラックとやり合った事を知らなかったらしく、またしてもボロクソに怒られるハメに。

 

 中でも女王と神村教諭の剣幕は凄まじいもので、神村教諭からは『ガキが簡単に命を懸けてんじゃねぇ!!』と半泣きで説教され、女王の方からも『貴方が死んだら契約は破棄よ』とシャレにならない脅しを受けた。

 

 ジジイ共が死んで以来の吊し上げを食ったわけだが、彼女達の気が済んだところで話はブラック戦の詳細へと切り替わった。

 

 ブラックと闘って命があった者は魔界でも数えるほどしかいないそうで、奴の能力についての情報は千金の価値があるらしい。

 

 全員の頭を悩ませたのはやはり重力操作であり、現状では上原学長の結界術で影響を遮断できる可能性に賭けるくらいしか対応方法がないそうな。

 

 あとは付録感覚で矢崎の悪行の証拠と例のリストを引き渡して報告は終了。

 

 最後に女王から掛けられた『ふうまとの契約は貴方ありきのモノよ。それを忘れないようにしなさい』という言葉が痛かった。

 

 剣を磨かなければならないのに無茶ができないとは……ガッデムッ!!

 

 追記

 

 今日の深夜、東京キングダム近郊の米連研究施設が消滅したらしい。

 

 原因は調査中だが、現場はとてつもない力で地盤ごと抉り取られていたらしい。

 

 この研究所は銀零を助け出した施設だったので、日記に記しておく。

 

 いささか物騒な出会いだったが、思い出の場所には違いない。

 

 銀零が落ち込んでなければいいが……

 

◇月●△日(かみなり)

 

 

 今日、思うところがあって右目を潰した。

 

 とはいえ、眼も経絡が走る重要な氣の通り道なので無造作に潰したわけではない。

 

 針治療の要領で経穴を穿ち、眼としての機能だけを殺したのだ。

 

 俺が考えに至ったのはブラック戦の敗北が原因だ。

 

 今の俺は前世に比べて、明らかに剣士としての質が落ちている。

 

 ふうまや対魔忍のゴタゴタがあったなんてタダの言い訳に過ぎない。

 

 手にした刀に己が命を懸けてきたのは前世も今生も同じなのだ、ならばその剣腕を鈍らせたのは俺自身の怠慢故だ。

 

 そもそも上海の薄汚れた裏路地をドブネズミのように這いまわって思い知ったはずだ。

 

 『武』は己が全てを捧げて初めて成るモノである、と。

 

 前世というアドバンテージがあろうとも、戴天流を極めんとするならば二足草鞋などあり得ない。

 

 惰眠を貪る邪眼の目覚めを待つ事も、対魔忍として立つ事を夢想する事も不要。

 

 今日、対魔忍であるふうま小太郎は死んだ。

 

 これより俺は本当の意味で戴天流剣士に立ち戻る。

 

 エドウィン・ブラック、次に立ち合う時は貴様の小手先技が通じる俺ではないぞ。

 

 

◇月□×日(晴)

 

 

 朝、念の為に眼帯を付けて部屋を出ると、俺の顔を見た皆は大騒ぎになった。

 

 『早まった真似を……』と泣き崩れる時子姉に、自身の至らなさを泣きながら謝ってくる災禍姉さんと天音姉ちゃん。

 

 銀零は最初は理解していなかったが、俺がしたことを聞くと『痛くないか』と泣きながら眼帯を撫でてくれた。

 

 割とあっさり捨ててしまったが、ふうま宗家にとっては邪眼は自分の全てと言ってもよいものだ。

 

 生まれてこの方役立たずで通してきた我が右眼も、時子姉達には掛け替えのないものだったのだろう。

 

 後悔はしないが反省はしよう。

 

 こと剣術において、俺はどうも視野が狭くなるようだし。

 

 泣かれ責められと大騒ぎだったが、みんなには言葉を尽くして何とか理解してもらった。

 

 ぶっちゃけ、何時目覚めるか分からない爆弾を背負ってブラックみたいな化け物と闘えるほど、俺は器用ではない。

 

 ピンチに陥った時に隠れていた力が目覚めて大逆転なんてのは、漫画かアニメだけの話だ。

 

 現実でそれが起こった場合、突然の事に混乱している内にブチ殺されるのがオチである。

 

 というか、ずっと見えていなかった右目が見えたら、それだけで大きく感覚が狂うのは眼に見えている。

 

 そういった不確定要素を排するというのも、右目を捨てた目的の一つなのだ。

 

 配慮が足りなかったのは理解しているので、こんな騒ぎは今日だけにしていただきたい。

 

 今日は昼前に主流派と会談があったのだが、この騒ぎの所為で災禍姉さんに無理やり米田のじっちゃんのところへ連れていかれた。

 

 道中連絡を受けていたじっちゃんによって頭部の精密検査を受けたのだが、結果は右目以外は異常なし。

 

 目の方も眼球自体は健康体にも拘わらず、視覚機能だけが完全に死んでいるという状態だという。

 

 まあ、そうなるように仕向けたのでこちらとしては問題ないのだが、原因が分からないのでは魔界医療を用いても治療は不可能とのこと。

 

 落胆する姉さんには悪いが、覚悟のうえで潰したものなので再生するのは勘弁してほしい。

 

 さて、話は変わって主流派との会合である。

 

 会場である五車学園校長室に乗り込んだ俺達を待っていたのは、肌色の三連星だった。

 

 自身の衣服を綺麗に脇に畳み、生まれたままの姿で正座していたのはアサギ、さくら、紫の三名。

 

 俺の姿を見た彼女達は一糸乱れぬコンビネーションで全裸土下座を披露してくれました。 

 

 うん、リアル全裸待機とかはじめて見たわ。

 

 というか、井河って全裸土下座が謝罪のスタンダードなの?

 

 これって常識的な人間だったら『馬鹿にしてんのか!?』ってキレるところだぞ。

 

 なんかウェーブみたいに順番に頭を下げまくってたんだけど、ぶっちゃけ見たくなかったので俺は即座に回れ右。

 

 同行していた災禍姉さんと天音姉ちゃんはゴミ屑を見るような目を向けていた。

 

 猛烈に帰りたくなったが、それでは話が進まない。

 

 仕方がないので頭を上げるように言うと、今度は着替えるからと一端部屋を追い出されてしまった。

 

 いや、それだったら普通に土下座しろよ。

 

 客を追い出すとか失礼の上塗りだから。

 

 今朝の事にアサギ達の奇行も相まって、不機嫌さMAXの姉さん達。

 

 話が始まる前から校長室の空気は最悪です。

 

 このままではいかんと思った俺は、何とか音頭を取って会議を始めさせることに成功した。

 

 まずは水城親子だが、桐生によって肉体改造の復元が行われて今は親子共に入院中らしい。

 

 ゆきかぜはナノマシンの排出と脳幹へ植え付けられた『イブ』の除去も終わり、後は薬物の影響が抜けるまで安静。

 

 不知火に関しては長年の調教からか、身体が半ば淫魔へと変貌していた為に復帰までにはかなりの時間を要するそうだ。

 

 治療を担当していた桐生佐馬斗という男は、紫に討伐されるまでは東京キングダムにあるカオスアリーナで、多くの女性に性改造を施して惨めな性奴隷に堕としていた鬼畜医師だ。

 

 そんな奴に身を任せる事になるとは、ゆきかぜには同情を禁じ得ない。

 

 次は報酬と賠償について。

 

 こちらが上原燐、鹿之助の移籍を申し出ると本気で泣きそうになるアサギ。

 

 人手不足に喘いでいるところに手練れの引き抜きを突き付けられればそうもなるだろう。

 

 『なんとか他の条件にしてもらえないか』と言ってきたアサギだが、災禍姉さんが提示した賠償額を見た途端に真っ白に燃え尽きてしまった。

 

 ちなみにこっちが提示した金額は2億円。

 

 慰謝料の他に今回の依頼料も込み込みの値段なのだ、むしろ良心的な値段であると自負している。

 

 アサギはそれでも何とかしたいと必死に頭を捻っていたようだが、名案は浮かばなかったらしくガックリと肩を落とした。

 

 これで一応は井河の同意を得た訳だが、だからと言って本人の意志を無視して移籍させるのは本意ではない。

 

 引き抜きに関してはアサギ達から鹿之助君たちに事前説明を行い、その後で俺と面談して各自の意志に任せる事となった。

 

 全裸土下座を18番とする人間にしては妥当な判断だと思う。

 

 あと矢崎の件について礼を言われたが、それに関してはこちらの思惑もあったので気にしないように言っておいた。

 

 ウチがいらない藪を突いて公安と宮内庁の関係が悪化したら、上原学長に申し訳が立たんし。

 

 最後に『対魔忍のメインはそっちなんだから頑張れ』と励ましの言葉をかけて今回はお開きとなった。

 

 あ、去り際に全裸土下座禁止令を出しておきました。

 

 魔鈴があれ見たらSAN値が物凄い勢いで削られているみたいだし。

 

 今回のを見たら自害するんじゃなかろうか。

 

 

◇月□○日(くもり)

 

 

 今日はオフなので、基礎から戴天流を練り直してみた。

 

 右目を潰してから妙に氣の巡りが良くなったからか、木刀なのに一刀の切れ味が上がっている。

 

 目覚める事が無かったとはいえ、邪眼という異能が氣の流れを阻害していたのだろう。

 

 お蔭で六塵散魂無縫剣も習得とはいかないものの、8割近い仕上がりを叩き出すことが出来た。

 

 これならば、絶技開眼もそう遠くないはずだ。

 

 淫魔族と抗争するように仕向けたとはいえ、稼げた時間はきっと多くない。

 

 一日でも早く剣腕を研ぎ澄まさねば。

 

 余談だが、なぜか今日の訓練を銀零のドローンが観察していた。

 

 妙な気配と視線を感じたんで反射的に剣を振るったのだが、寸止めするつもりが触覚の片方を少し斬り飛ばしてしまったのだ。

 

 思いのほか素早くドローンが逃げてしまったので、銀零に謝りに行ったところ「治るから構わない」と返事が。

 

 気を悪くしてなくてよかったが、治るとはどういう事か?

 

 自己修復機能を搭載しているとしたら、相当に高性能な代物だ。

 

 それ以前にあのドローンは本当に時子姉が与えた物なのか?

 

 感じた視線は人間と同じ感覚がしたのだが……

 

 奴には気を付けた方がいいのかもしれない。

 

 

◇月□▼日(雨)

 

 

 今日、久々に濤羅兄ィが夢に出た。

 

 それはいいのだが、何故かガチ土下座なうえに隣では警官風の制服を着た男が割腹自殺を図ろうとしていたのだが。

 

 自分の夢で自殺されるのも気分が悪いので止めたのだが、例によって二人とも言ってることが要領を得ない。

 

『事態は悪化の一途を辿っている。一刻も早く真摯に向き合うのだ!』

 

 だから何と?

 

 主語が無いよ、濤羅兄ィ。

 

 警官風の男は男で、『この世界の人々に申し訳が立たない。かくなる上は腹を切って詫びを……』と切腹から離れようとしないし。

 

 お前等、本当に何しに来たんだよ!?

 

 安眠妨害にイライラしていると、濤羅兄ィが注目しろと言わんばかりに自身の唇を指さしているのに気付いた。

 

 濤羅兄ィが行ったのは青雲幇に属する兇手のみに伝わる読唇術。

 

 内容は『妹の様子と銀の蟻に気を付けろ』というものだった。

 

 よくは分からないが、この夢では特定のワードはNGとされているのかもしれない。

 

 ふと気づけば、濤羅兄ィの背後にべったりと憑いていた妹の姿が無かった。

 

 そこまでで目が覚めたのだが、謎の警官はともかく濤羅兄ィの話を統合すると『銀の蟻に気を付ける事』『妹、銀零の様子に気を付けて、真摯に向き合うこと』となる。

 

 …………正直、意味が分からん。

 

 とはいえ例の妹が見当たらなかった事も気になる。

 

 ここは────

 

  1.銀零にかぎって、妙な事に巻き込まれているなどあるまい。俺は可愛い妹を信じる!

 

→ 2・やはり気になるので、一度腰を据えて話をしてみるか。

 

  3・例のドローンや妹が魔のモノならば、それに憑かれた銀零も放置できない。宗家であるからこそ、妹とはいえ特別扱いはできぬ。──────斬るしかあるまい。

 

 

 




1.ウロブチ『こっちの話はあーまいぞー』

3・ナラハラ『こっちの話もあーまいぞー』


次回『たった一人の地雷処理! 絶望への反抗! マインスイーパー小太郎』


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日記18冊目

お待たせしました、18話目です。

 今回は苦戦しました。

 マインスイーパーがここまで難しいとは……。

 全力を尽くしたものの、皆様のご期待に添える物ができたかどうか。

 寛大な心で見ていただければ幸いです。


 濤羅(タオロー)兄達の夢から一日。

 

 俺は自宅の書斎に胡坐(あぐら)をかいて瞑想を行っていた。

 

 時計の短針は、間もなく本日二度目の3の文字を指し示す。

 

 銀零の通う初等部も授業が終わったころだろう。

 

 出かけに話があるので真っ直ぐ帰ってくるように伝えているので、寄り道する事は無いと思う。

 

 とはいえ、相手は遊びたい盛りの小学生。

 

 多少、時間が遅れても目くじらを立てるつもりは無い。

 

 さて、今日銀零と話そうと思ったのは過日の夢のお告げが発端だ。

 

 眉唾物だと笑い飛ばしたいところだが、裏を取ってみると色々とキナ臭い事が多すぎる。

 

 災禍姉さんに確認を取ったところ、銀零の邪眼は『冷眼(れいがん)』といって視線で射抜いた相手を任意で氷漬けにする効果を持つという。

 

 そして時子姉を始めとしたふうま宗家の人間は、銀零にドローンなど贈っていないらしい。

 

 つまりはあの銀のドローンは出所も正体も不明の産物であり、ヨミハラから帰った夜に銀零が行っていた砂場の砂を吸い上げる修練もアレが関係している可能性があるという事だ。

 

 そこに来て銀零が捕らえられていた米連研究施設の消失である。

 

 地表ごとものすごい力で(えぐ)り取られたという被害状況、例の砂場での修練と関連性があると考えるのは暴論だろうか?

 

 証拠も何もない妄想じみた考えだが、例の夢と合わせても無視できるものではない。

 

 万が一にも銀零がそれだけの力を持っているのなら、研究所を襲った理由を問いただした上で力の使い方やそれを持つ者の義務を教育する必要がある。

 

 今まで仕事にかまけてコミュニケーションを(おろそ)かにしていた分も含めて、今日は腹を割って話そうと思う。

 

 身内、しかも幼い妹へ詰問まがいな事を行わねばならない現実に、鉛を飲み込んだようにズシリと重い胃の腑を押さえていると玄関の扉が開く音がした。

 

 気配からして帰ってきたのは銀零で間違いない。

 

「兄さま、ただいま」

 

 玄関まで足を運ぶと、靴を脱ぎかけていた銀零がにこりと笑みを浮かべる。

 

 その無邪気な笑顔に疑念は気のせいだという思いが強くなるが、そのまま流されるわけにはいかない。

 

「おかえり銀零。朝も言ったけど、あんちゃんは銀零と話があるんだ。付き合ってもらえるか?」

 

「ん。兄さまといっしょにいられるのは、ぎんれいもうれしい」

 

 上機嫌な銀零を連れて書斎に戻った俺は、先ほどと同じように机の前に置かれた座椅子で胡坐をかく。

 

「銀零、おいで」

 

「ん!」

 

 手招きと共に声をかけると、俺の膝の上に座る銀零。

 

 猫の子のように目を細めて胸に頭を擦り付けてくる姿は本当に愛らしい。

 

 こうやって構ってあげるのも久しぶりだ。

 

 何やら『その体勢は危険だ! よせ!!』と濤羅兄の切羽詰まった声が聞こえたような気がするが、きっと幻聴だろう。

 

 さて、ここからが本題である。

 

 兄としてふうまの家長として、しっかりと妹と向き合わねば。(SAN■■■■■■■■■■■■)

 

「なあ、銀零」

 

「なぁに?」

 

「銀零はあんちゃんの事、どう思ってるんだ?」

 

「すき」

 

 間を置かずに返ってきた答えに思わず浮かんだ笑み、しかしそれは次の瞬間には凍り付くこととなる。

 

「ぎんれいは兄さまがすき。兄さまはぎんれいのもの、ぎんれいは兄さまのもの。だから、兄さまのおよめさんになりたい。兄さまの子どもをうみたい」

 

 ハイライトが消えた目でこちらを見上げる銀零に、俺は言葉が出なかった。

 

 なんてこった。

 

 よもや濤羅兄達の忠告が真実になろうとは……。

 

 ジャブで様子を見るはずが、カウンターでマットに沈められた気分だ。(SAN□□□■■■■■■■■■)

 

 グラリと傾きそうになる身体を必死に支えて、俺は深く調息する。

 

 落ち着け、小太郎。

 

 話し合いはまだ始まったばかりだ、絶望するには早すぎる。

 

 この九年間の修羅場経験で培ったトークをフルに使って、銀零をまっとうな道へ戻さねば。

 

「……あ、ありがとうな。けど、あんちゃん以外で好きな人はいないのか? ほら、クラスの中でカッコいいと思う男子とか、担任や体育の先生とかさ」

 

「きょうみない。ぎんれいは兄さまだけいればいい。兄さまいがい、なにもいらない」

 

「………………」 (SAN□□□□□□■■■■■■)

 

 右の瞼の奥から現れた深淵を思わせる蒼い眼光を向けながら、キッパリと断言する我が妹。

 

 銀零が邪眼を使ってもいないのに、俺の舌の根は凍り付いて動きません。

 

 畜生ッ!?

 

 どうして、こんなになるまで放っておいたんだ、俺!!

 

 というか、なんでこうなった!?

 

 俺は兄として普通に接してきただけで、変な事は一切やってないばってん!!

 

 どこだ!?

 

 どこで好かれた!?

 

 なにが悪かったんだ、GODよッ!?

 

「兄さま、ぎんれいのこと、すき?」

 

「あ……ああ、好きだよ」

 

 脳内が混乱している隙に掛けられた問いかけ、それに俺は反射的に答えてしまう。

 

 だが、それはこの上ない悪手だった。

 

「じゃあ、ひとつになろう?」

 

「ダニィ!?」 (SAN□□□□□□□□□■■■)

 

「ぎんれい、いっぱいべんきょうした。男のひとがどうしたらよろこぶか、子どもはどうやって作るか」

 

 俺に背中を預けるように座っていた銀零は向かい合わせとなるように体勢を変えると、ゆっくりと着ている服のボタンを外し始めた。

 

 すげーな。

 

 俺、八歳の妹に迫られてるぞ?

 

 鹿之助君や達郎なんてメじゃねーや。

 

 ははっ……嗤えよ、ベジータ。(SAN□□□□□□□□□□□■)

 

「あにさま……」

 

 子供の物とは到底思えないような艶のある声と共に上の服を脱ぎ去った銀零が圧し掛かってくるのを、俺は他人事のように感じていた。

 

 思考の空白、心の隙。

 

 そういった物を突かれた事で、意識は危機感すら働かなくなっていたのだろう。

 

 だが、肉体は別だった。

 

 呆けて完全に使い物にならなくなった意識など置き去りにして、身体は叩き込んだ技を以て迫りくる危難を迎え撃ったのだ

 

 左手で顎を持ち上げる事で相手の身体を引き離し、同時に右の手刀を叩き込む。

 

 それはまさしく、濤羅兄と夢の中で研鑽した貞操守護の型であった。

 

 まあ、意識を奪っては話が出来なくなるので、当たる寸前に手刀の狙いを首筋から頭に切り替えたが。

 

「きゃうっ!?」

 

 伝わるけっこう重い手応えに、ボケていた意識が本格的に再起動する。

 

 深く調息して乱れに乱れた心を整えようと努力していると、頭を押さえた銀零が涙目でこちらを見上げているのが見えた。

 

「兄さま、どうして?」 

 

 問いかけと共に再びハイライトが消えていく妹の瞳。

 

 その背後には例の銀のドローンが陣取り、こちらを見ながらキチキチと甲高い金属音を上げている。

 

 どうやら、銀零の奴は実力行使に出るつもりらしい。

 

 濤羅兄が忠告する程の敵という事で闘争心が沸き立ってくるが、あのドローンから感じる気配はどこか虚ろだ。

 

 画竜点睛を欠くというか、肝心要のナニカが入っていないように思えるのだ。

 

 銀蟻と銀零から何かドロドロとした意を感じた事で反射的に傍らに置いてある刀に手が伸びるが、俺は鯉口を切ることなく再びそれを床に置いた。

 

 個人的にはこのままブッ飛ばしてもいいとは思う。

 

 ぶっちゃけ、さっきは『もういいじゃないか、こいつを殺そう』ってなりかけたし。

 

 けどさ、それは家長として、なにより兄貴としてはダメすぎるワケよ。

 

 妹が間違ったのなら正しい方向に行くように諭すのが俺の務めだ。

 

 一応は血の繋がった兄妹なんだ、簡単に切り捨てたら悲しいじゃないか。

 

 今の一発でイニシアティブはこっちに回ってきてる感じもするし、丸め込むには絶好のチャンスだしな!(SAN□□□□□□□□□■■■)

 

「銀零、お前はまだ八歳だ。そういう事をするにはまだまだ幼過ぎる」

 

「おさなすぎる?」

 

 少しは理性を取り戻したのか、光が戻った眼を(しばたた)かせて首を(かし)げる銀零。

 

 よしよし、畳みかけるなら今だ。

 

「お前が何を調べたのかは、あんちゃんには分からない。けど、そういった事をしてたのは大人の女の人だっただろ?」

 

「……うん」

 

「あれはな、そういった行為をするのに大人にならないと身体が耐えられないからなんだ。銀零はああいう事した後、身体を壊したり死んだりしてもいいのか?」

 

「いや」

 

 俺の問いにブンブンと首を横に振る銀零。

 

 さっきまでは年相応の可愛い仕草だと思えたのに、今では全くそんな気がおきん。

 

 性的に迫って来られると警戒心が先立つのって、相手の歳は関係ないもんなんだなぁ。

 

「それに、銀零はあんちゃんの子供を産みたいって言ったけど、今のお前じゃ無理だ」

 

「どうして?」 

 

「それもさっきと理由は同じ。銀零はまだ子供だから、身体が赤ちゃんを作れるようになっていないんだ。それに大人にならないと子供は育てられない。子供が出来たら一日の殆どの事はそっちが優先になるからな。銀零だって、災禍姉さんに色々してもらっただろ?」

 

 そう言うと、しばし思考を巡らせた後に銀零は小さく頷いた。

 

「あれは姉さんが大人だったから出来た事なんだ。銀零がこっちに来てからしばらくは災禍姉さんは仕事を休んで、その代わりを時子姉と俺がしてたんだぞ。もし今の銀零に子供が出来たとして同じことができるか? きっと途中で嫌になって投げ出すと思うぞ。クソ親父がお前にしたように」

 

「それはいやっ!!」

 

 俺の言葉を受けて、半ば叫ぶように否定の言葉を上げる銀零。

 

 やはりというか、自分を米連に売ったクソ親父の事は嫌悪の対象になっているようだ。

 

 まあ、奴をダシにするというのは我ながら少々意地悪な言い方だと思うが、今の銀零に言って聞かせるにはこの位の刺激は必要だろう。

 

「だったら、大人になるまではあんな事はしちゃいけない」

 

「……ぎんれいがいくつになったら大人なの?」

 

「それは難しい質問だな。体が大きくなっても精神的に成長してない人もいれば、あんちゃん達みたいに子供でも大人みたいに働いてる奴もいるから一概に言えないんだが……。この国だと20歳になったら成人、大人って社会的に認められているよ」 

 

「ぎんれいが20さいになったら、兄さまとけっこんしていいの?」

 

 おや?

 

「う……うん?」

 

「ぎんれいは兄さまのおよめさんになりたい。兄さまの子どもがほしい。でも、子どもだからダメなんでしょ? だったら、おとなになったらけっこんしてもいいよね?」

 

 おかしいな。

 

 こうならないように説得していたはずなのに、何故話が元に戻っているのかな? (SAN□□□□□□□□□□■■)

 

 銀零の目もまたヤバくなってるし、ここでNoって言ったら間違いなく後ろのドローンと殺し合いになるよね。

 

「銀零。あのな、兄妹だと結婚できないんだぞ」

 

「……さいかはだいじょうぶだっていってたよ。そーけの人をふやすために、ぎんれいは兄さまのこどもをうまないといけないって」 

 

 災禍姉さんッ! アンタって人はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 

 ……しまった、それがあった。

 

 あの時は微笑ましいと間抜け面をカマしていたが、まさかここに来てこっちの最終手段を封じに来るとは───ッッ!? (SAN□□□□□□□□□□□■)

 

 クソがッ!

 

 どうする? あのドローンも含めてやっぱ殺すか、二匹ッ!?

 

 …………いやいや、落ち着け。

 

 テンパると刃傷沙汰に走るのは俺の悪い癖だ。

 

 ここは逆に考えるべきだろう、12年の猶予が出来たと。

 

「銀零、本当にあんちゃんでいいのか?」

 

「ん。兄さまがいい」

 

「そっか。じゃあ、銀零が二十歳になって、その時でもあんちゃんが好きだったら結婚するか」

 

「ん。……これって、こんやく?」

 

 小癪な。

 

 こ奴、いつの間にそんな言葉を憶えてきおった。

 

「婚約じゃない。正式に約束にしたら、銀零が他の人を好きになった時に困るだろ」

 

「……ほかの人なんてすきにならない」

 

「将来の事なんて誰にも分からんさ。いま銀零が見てる世界はな、とても狭いんだ。これから大きくなって中学や高校に行くようになったら、お前が出来る事や行ける場所はどんどん広くなる。そうなったら、あんちゃんよりカッコいい男なんていっぱいいるよ。あんちゃんだって12年経ったら、デブのおっさんになってるかもしれないし」

 

 不満を表すようにぷうっと膨らんだ頬をつついて空気を抜いてやれば、今度は唇をとがらせる銀零。

 

 まあ、剣術やってる限りは太るなんて事はありえないんだけどな。 

 

「むぅ……」

 

「そういう訳だから銀零が大人になるまで、あんちゃんにエッチな事を迫るのは禁止。その代わり、甘えるのはOKにしてやるからさ」

 

「わかった」

 

「じゃあ、話はここまでだ。あんちゃんと結婚したいなら、こっちから『結婚してください』って言わせるようないい女になってみな」

 

「ん」

 

 ぎゅっと抱き着いてくる銀零を優しく離すと、銀零はトテトテと書斎から出て行った。

 

 一人になった書斎で俺は深々とため息を付くと、座椅子に背中を預けて天井を仰ぎ見る。

 

 まさか、俺の事をあんな対象として見ていたとは……

 

 全く予想していなかったとは言わないが、やはり現実になると精神的にキツすぎる。

 

 はっきり言って秋山凜子や上原燐の事案と比べても桁違いにヤバいぞ、コレ。

 

 つーか、俺の銀零への接し方って間違ってたのかなぁ。

 

 前世も含めて初めての妹だったしさ、忙しい合間にも可愛がってたつもりだったんだよ。

 

 何が悪かったんだ、マジで……。

 

 熱くなった目頭を片手で覆って、洩れそうになる嗚咽を噛み潰す。

 

 こっちも大概外道の人でなしだけど、妹に欲情するほど堕ちてない。

 

 そんな異常性癖、持ち合わせてないっつーの。

 

 12年あれば心変わりもしてくれると思いたいところなんだが、8歳で肉体関係を迫ってくる事を鑑みれば正直心許ない。

 

 本当に、何もかも放り出して逃げられたら楽なんだが……。

 

 ────あ。

 

 ふと、頭をよぎった案に俺は思わず体を起こした。

 

 そうだよ。

 

 逃げればいいんだ、銀零が20歳になる前に。  

 

 人間界だと捕捉される可能性があるから、逃亡先は魔界がいい。

 

 ヨミハラ辺りの門を通れば行けるだろうし、風の噂では魔界に下った忍者の末裔なんてのもいるそうだから、全く生きていけないような環境でもないはずだ。

 

 向こうには人間界に渡って来ないレベルの化け物とか達人なんかがウヨウヨしてるだろうから、腕試しにはもってこいだしな。

 

 となると、ガイドが欲しいところではある。

 

 一人で行くのも悪くないが、事前知識があった方が不慮の事故で野垂れ死ぬ可能性が下がるし。

 

 ウチの知り合いでこの企みに加担してくれる奴なんて…………いたわ。

 

 エドウィン・ブラックなら、なんか乗ってくれそうな気がする。

 

 あのおっさん、不死の所為で基本的に暇してるらしいし、魔界を冒険するって言ったら協力してくれる可能性は高い。

 

 負け越している事については思うところが無いワケではないが、この件から逃げる為なら目を瞑ってもいい。

 

 あと、どうせ逃げるんなら死んだことにした方が後腐れないだろう。

 

 ザクっとした絵図的には、今から10年以内にヴラド国でふうまの地位を確立させて、東京キングダムを舞台としたノマドとの最終決戦でおっさんと相討ちになったように見せかける。

 

 で、ふうま小太郎とエドウィン・ブラックはそこで死んだ事にして、俺達は別人として魔界への冒険にレッツゴーってトコか。

 

 整形やら何やらで姿形を変えにゃあならんが、その辺りの技術は魔界にはありふれてるから問題ない。

 

 本気でやるか否かは保留だが、とりあえずはこの草案は頭の片隅に残しておいて損はあるまい。

 

 ブラックに関しては飯を食う機会があったら、ネタとして話して手応えを確かめればいいし。

 

 皆まで言うな、無責任云々については百も承知だ。

 

 だが文句を言うのは8歳の妹に性的に迫られた上に、殺すか愛するかなんて女聖闘士の顔を見た時バリの選択を迫られてからにしてもらいたい。

 

 はっきり言って、あの時銀零を手に掛けなかっただけでも俺的には表彰物なんだぞ。

 

 これが時子姉とかなら妥協しようと努力するけど、さすがに妹は無理だ。

 

 アイツの態度によるショックが大きすぎて、肝心であるドローンについても聞きそびれたしさ。

 

 ……もういいや。

 

 あのアリンコについては、邪魔だったり目障りだったらぶった切ればいい。

 

 それで銀零が文句言ってきても『管理が悪いからそうなった』で押し通してやる。

 

 

◇月□☆日(くもり)

 

 

 今日、学校でモーラ先生たちに絡まれた。

 

 どうも向こうはブラックと戦闘したことを知っているらしく、奴の能力について語れと言ってきたのだ。

 

 当然ながらこっちの答えはNO。

 

 ブラックとの戦闘記録は現状では上原との間で最高機密扱いとなっている。

 

 安易に漏らせば俺はもちろんのこと、ふうま全体の責任問題にも発展しかねない。

 

 というか、隼人学園の講師ならその辺の機微は容易に察する事ができるだろうに。

 

 そういう事情を盾に断ったのだが、ガキ扱いしたうえに脅せば吐くと思っていた用務員のおっさんには、さすがにムカッと来た。

 

 昨日の件でイライラしていた事もあって、モーラ先生がおっさんを窘めてなかったら殺していたかもしれない。

 

 社会不適合者の荒くれ者なんてあんなモンだし、先生に頭を下げられたのでこちらも暴力沙汰にはしなかった。

 

 お詫びとして向こうのプライバシーに関わる事も話してくれたので、これに関しては水に流すことにした。

 

 まずは用務員のおっさんだが、奴の名はフリッツ・ハールマン。

 

 苗字でわかるだろうが、モーラ先生の兄貴だそうな。

 

 モーラ先生の容姿が中学一年レベルなので、親子と言われても違和感がない。

 

 聞いた話によると先生達は元はフリーの吸血鬼ハンターで、例の吸血殲鬼の事件にも関わっていたらしい。

 

 おっさんの態度がチンピラ染みているのは、長年吸血鬼ハンターなんてヤクザな商売を続けてきたからだろう。

 

 さて、彼女達がブラックの情報を求めたのは本業として奴の首を狙っているからだそうな。

 

 上原一門の禄を食んでいるのだから独断専行などする必要がないと思うかもしれないが、その考えは甘い。

 

 上原学長が本気でブラックと事を構えるとなれば、その主軸となるのは一門の退魔師と世界最強の吸血鬼ハンターと名高い神村教諭なのは目に見えている。

 

 モーラ先生達のような外様の人間は学長達がブラックの元に行くまでの露払いに配置されるのがオチだ。

 

 それは吸血鬼殲滅に並々ならぬ情熱を燃やしているモーラ先生にしてみれば堪ったモノではないのだろう。

 

 向こうの事情は分かったが、諜報で飯を食ってる人間としてやっぱり機密を漏らす事は出来ない。

 

 というか、二人だとブラックに返り討ちにされるだろうし。

 

 ヴァンピール特有の膂力と耐久性があるとはいえ、杭付きのスレッジハンマーで心臓狙いというモーラ先生のスタイルは重力使いのブラック相手では分が悪すぎる。

 

 兄貴の方は銃火器を使った支援メインだと聞くし、正直言ってイングリッド辺りでもダメなんじゃなかろうか。

 

 例の計画を思えば、個人的にブラックに死なれるのは困るし。

 

 どうしても知りたいのなら神村教諭を当たってみるように伝えて、俺はその場を後にした。

 

 あの先生はお人好しだから、運が良ければ少しは教えてくれるだろう。

 

 

◇月□●日(晴れ)

 

 

 今日は主流派と約束していた上原従姉弟のスカウトの日だった。

 

 俺自身の意思がブレそうになっているのに、他人を誘うのは失礼極まりないとは思う。

 

 だが、今後のふうまの活動を思えば二人は是非とも手に入れたい人材だったのだ。

 

 さて、本題の交渉について話そう。

 

 俺としては一対一で面談を行いたかったのだが、これには燐から物言いがついた。

 

 『経験が少なく引っ込み思案な鹿之助では、俺達に(そその)かされる可能性がある』という意見から、交渉は鹿之助君と燐の二名同時に行う事に。

 

 これだと保護者を自称する燐が前に出て鹿之助君の意見が潰されてしまうのではないか、と危惧していたのだが蓋を開けてみれば案の定だった。

 

 こちらが色々とプレゼンを行うのだが、鹿之助君が声を出すより先に燐が意見を口にする場面が多発。

 

 開始から10分ほどが経つと、鹿之助君は口を開こうとする事も止めてしまった。

 

 燐は五車学園で臨時講師をしていた割にこちらへの嫌悪感を持っていないのはいいのだが、肝心の鹿之助君の意見が拾えない事には本当に参った。

 

 そんな感じで始まったスカウトは、やはり難航する事となってしまった。

 

 というのも、燐は主流派とふうまを天秤に掛けてどちらに利があるかを厳しい目で測っていたからだ。

 

 メディアの憶えも良く近頃活躍しているとはいえ、移籍間もないふうまはまだまだ足場固めの時期である。

 

 政府機関として十年以上も活動を続けてきた主流派と比べられると、やはり不安定と断じられても仕方がないのだ。

 

 さらにはヴラド国への移籍の件もある。

 

 この話はふうまの重要機密だが、今回に限り二人に開示する事にした。

 

 情報漏洩を防ぐ面でも正式にふうまへ加入した後に伝えるのが筋なのだが、それでは騙し討ちと変わらない。

 

 ヴラド国からふうまに求められている役割は諜報がメインだ。

 

 ならば、鹿之助君の能力は不可欠なものとなっていくだろう。

 

 だからこそ、彼がこちらを選んでくれるように誠意を見せようと思ったのだ。

 

 こちらが明かした情報の重要性に燐も思わず閉口する中、鹿之助君は静かにこちらに問いかけてきた。

 

 『小太郎さんが、ふうまが目指す先はどこなのか?』と。

 

 これに俺が返した答えは『ヴラド国を人魔が共存できる国の先駆けにしたい』というものだった。

 

 米連や対魔忍といった一線で戦っている組織は、内部派閥で意見の相違はあれど人界を護る為に、魔界の門からこちらに入ってくる者達を根絶やしにしようとしている。

 

 しかし、俺の意見は違う。

 

 何故なら、彼らの来訪は移民のような物だと捉えているからだ。

 

 現在のところ魔界の門は日本に三か所、東京キングダムとヨミハラ、そしてアミダハラの地下にしか存在していない。

 

 だが最初の門が開いてから現在まで、日本はもちろん米連の力を以てしても塞ぐ事の出来た門は一つも無いのだ。

 

 あくまでこれは今現在の話で、将来的には人間の技術で魔界の門を閉じる事が出来る可能性は無いワケではないだろう。

 

 だが、それは何時の話になるのか。

 

 一年後か、十年後か、それとも一世紀後だろうか。

 

 その技術が確立されるまでに、どれほどの魔界の住人が流れ込んでくるのか。

 

 さらに言えば、その間に新たな魔界の門が開かない保証もないのだ。

 

 この事を踏まえれば、彼らが掲げている人界の魔族の根絶が如何に絵空事か分かるだろう。

 

 とはいえ、魔界の住人の流入が治安の悪化に直結する事は否定できない。

 

 彼らは人間よりもはるかに強靭であり欲望に忠実だ。

 

 魔界の住人と人間の比率が拮抗、または逆転しているヨミハラや東京キングダムの様子を見れば、彼らの齎す影響の大きさは良くわかる。

 

 だからこそ、ヴラド国が必要となるのだ。

 

 少し前にカーラ女王が俺に説いた人魔共存の理想。

 

 これは魔界の住人による人界への影響が強まっていく中で、発生するであろう行き場を無くした人間の寄る辺の一つとなるはずだ。

 

 魔族の支配を受けてしまった都市では、普通の人間が生きていくのは難しい。

 

 エドウィン・ブラックのような比較的理知的な支配者ならまだしも、鬼族や死霊がトップに立てば一般人など容易く家畜以下に落ちてしまう。

 

 そんな中で国主が人間の権利を保障している魔族の国がどれほど貴重かは言うまでもないだろう。

 

 今思えば、女王が俺への勲章授与を半ば強制したのはこの政策の布石なのだろう。

 

 例の寄生虫事件の勲功を元に俺を騎士に取り立て、爵位と領地を授与する。

 

 何処の馬の骨とも知れない人間ならば国内からの反発は必至だろうが、魔界でも屈指の魔術師であるノイ婆ちゃんが魔剣士の後継と認め、魔界の武人の中でも名前を売っている俺ならば反発もある程度は抑えられる。

 

 そして俺が治める領地を人間の移民者受け入れのモデルケースにし、上手く稼働するようなら特区へと昇格。

 

 それに伴って、ふうまの任務も諜報だけでなく領内の人間種と魔界の住人との問題を取り扱う警官の役目も担うようになる。

 

 この政策が上手く回れば領内で人魔の混血も誕生するだろうし、彼らがふうまに参入してくれればこちらの陣容も厚くなる。

 

 こんな絵図があったからこそ、あの時女王は『ふうまとの契約は俺ありき』と言ったのだろう。

 

 この説明を聞いた鹿之助君は、ほんの少しだけ考える素振りを見せた後でふうまへの移籍を願い出てくれた。

 

 彼曰く『自分の能力は主流派よりもこちらの方が活かせると思う』だそうな。

 

 実際、ふうまは女王直轄の諜報組織になるので、公安の下部組織である主流派よりも彼の能力が光る場面は多いだろう。

 

 どうも以前会った時より安定性に欠けるように見えるが、せっかくの申し出を断る理由はない。

 

 何か問題を抱えているようなら、こちらに移ってから対処したいと思う。

 

 鹿之助君が移籍を決めた事で、燐もまた渋い表情を浮かべながらも移籍を承諾してくれた。

 

 彼女自身は移籍に乗り気ではないようだが、その辺は仕方がない。

 

 ふうまは主流派に比べると、将来に関して不透明と言わざるを得ないからだ。

 

 社会人である彼女にしてみれば、安全性が高い船から沈む可能性のある方へと移るのはナンセンスに見えるのだろう。

 

 ともあれ、移籍に関しては二人の言質を取ることが出来た。

 

 あとは向こうの気が変わらない内に手続きを済ませるだけだ。

 

 というか、ヴラド国の事を考えると余計に逃げられないような気がしてきたんだが……。

 

 笑ったり頭を撫でたりしただけで、女性を惚れさせるようなイケメンがどこかに落ちてないものだろうか。

 

 

 

 

 ぎんれいにっき

 

 きょう、兄さまとこんやくした。

 

 兄さまはこんやくじゃないって言ってたけど、ぎんれいは兄さまいがいの人をすきになるワケがない。

 

 だから、こんやくであってる。

 

 ルイリがいってた『きせいじじつ』をつくるのにはしっぱいした。

 

 あぶないことだっておしえてくれなかった、ルイリはひどいと思う。

 

 でも、けっこんも子どもをつくるのも、おっきくならないとできないのはふべん。

 

 11年もまつのは長いから、ひかるに『しろがね』のしのぎでおおきくなれないか聞いた。

 

 ひかるは『ほんもののぎんせいごーならできるかもしれないけど、クローンのしろがねだと出力がたりない』って言ってた。

 

 ……よくわからない。

 

 しろがねはぎんせいごーの子どもで、ぎんせいごーより弱いんだって。

 

 しゅつ…りょく? が三分の一しかないとか、きんちょうじょうで聞いた人をおかしくするにはしんきがひつようだとか。

 

 そのかわり、ぜんあくそーさつののろいがないから、敵をたおしても味方をたおさなくていいらしい。

 

 それを考えたら、ぎんれいはしろがねでいいと思う。

 

 兄さまとたたかうのはいやだもん。

 

 なんとかして、早くおとなになりたい。

 

 こんど、よねだのおじいちゃんにきいてみよう。

 

 

≪Information≫

 

 

 条件クリアにより、『おっさんと行くぶらり魔界行』ルートが解放されました。

 




『おっさんと行くぶらり魔界行』紹介


 赤く色ずく魔界の空の下、二人の男が今日も行く。

 行く当てなんて特になし、風の向くまま気の向くまま。

 東に行っては特産品に舌鼓、西に行っては絶景に目を光らせる。

 北に行っては厄介事を解決し、南の鉄火場では赤い華が乱れ咲く。

 情に流される時もあれば、非情を示す事もある。

 人界に名を轟かせたエドウィン・ブラックとふうま小太郎。

 そんな輩はあの日あの場所で討ち果てた。

 今のオイラはビクトリームに雪車町一蔵。

 吹けば飛ぶような根無し草。

 色恋しがらみ全てを捨てて、野郎二人の旅ガラス。

 今日はどこへと参ろうか。


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日記19冊目

 お待たせしました、19話の完成です。

 というか、魔界行ルートを希望する人多すぎぃっ!?

 これも銀零の『女子力』の為せる技なのか……。

 


 ◇月□◆日(晴れ)

 

 

 今日も何事もない平和な穏やかな日だった。

 

 水城親子を救出してから数日、ふうまではトラブルの無い日常が続いている。

 

 偽りの平穏? 

 

 ……………言うなよ。

 

 家の壁に銀零が『結婚式』までの手製のカレンダーを吊ってるのを見たときには、いろんな意味で泣きたくなったんだから。

 

 というか、十二年分の日付が書かれたカレンダーなんて掲示しないでいただきたい。

 

 赤のバッテンで消されていく日にち達が、死刑執行へのカウントダウンに見えて仕方ありません。

 

 ……こちらの精神衛生の為にも書くお題を変えよう。

 

 水城親子救出任務で手に入れた情報は、数日の猶予を置いて一昨日に世間へ公開された。

 

 当然ながら情報の重大さ故に霞が関は現在蜂の巣を突いたようなパニックとなっている。

 

 政権与党の幹事長であった矢崎宗一が引き起こした特大のスキャンダル。

 

 金銭的な汚職も相当な規模だったが、それよりも中華連合へのスパイ行為や人身売買の事が暴露された事は、現内閣にとって致命傷となった。

 

 事件の規模からして矢崎単独による犯行は不可能なのが明白なこともあり、野党の議員達は『民新党による組織ぐるみの犯行である』として内閣不信任案を提出。

 

 総理を始めとする民新党の幹部も対策を取ろうとしたものの、自党の幹事長が国家反逆罪を犯したのでは手の打ちようがない。

 

 このまま行けば、一か月も経たずに日本のトップは入れ替わる事になるだろう。

 

 そうなればアンダーエデンの顧客リストの情報から、相当数の政治家達が公安によって逮捕されるはずだ。

 

 今回を機に政界の膿を吐き出し、日本の上層部に食い込んだ魔界の勢力の影響が弱まる事を切に祈る。

 

 上原学長からの情報では、今回の情報をすっぱ抜いた事で主流派は大きく株を上げたらしい。

 

 老人たちが行った俺への虐待疑惑やふうま一党の離反など、不祥事が目立っていた所での大手柄である。

 

 上から何かと突かれていたであろう山本長官やアサギも一息吐けたのではなかろうか。

 

 次に淫魔族の拠点についてだが、様子を見に行ってもらった下忍によると既にノマドとの小競り合いが始まっているらしい。

 

 派遣した者達の安全性を優先したので詳細な情報は入っていないが、今のところ淫魔の王もブラックも戦場に出てくる気配はないそうだ。

 

 この抗争がどちらに軍配が上がるかは分からんが、ともかくブラックの目をこちらから逸らす事が出来た。

 

 後は稼いだ猶予の間に俺がどこまで奴に迫れるかだ。

 

 当面の目標としては今年中に六塵散魂無縫剣を体得しようと思う。

 

 今までは漠然と掲げていたが、ここからは明確なタイムリミットがある。

 

 絶技開眼を成すには限界の一つや二つを超えねばなるまい。

 

 その為には時子姉や八将のみんながどう言おうと、多少の無茶は許容してもらわねばならん。

 

 手っ取り早いのが東京キングダムやヨミハラへの武者修行だが、厄介な事にこの二つはノマドのお膝元だ。

 

 ブラックの目が他に向いているとはいえ以前のような派手な行動は難しいだろう。

 

 個人的にはカオスアリーナにでもカチコミを掛けたいところだが、藪をつついて蛇を出しては元も子もない。

 

 修行に使える魔界都市としてはアミダハラもあるが、ここではっちゃけてはノイ婆ちゃんに迷惑がかかる。

 

 アンネローゼの姉ちゃんとガチに斬りあえば何かの切っ掛けになるとは思うのだが、残念ながらこれも自重せざるを得ない。

 

 仕方がないので、当面はムジュラー以外のマスクで地道に野試合で経験を稼ぐ事にしようと思う。

 

 最後にスカウトに成功した鹿之助君達だが、生活の切り替えや諸手続きから正式にこちらへ移籍するのは3か月ほど先になりそうだ。

 

 むこうにも生活や交友関係があるのだから、そういう方面で時間が掛かるのは仕方がない。

 

 下手に急かして悪印象を持たれてもつまらない。

 

 ここは気長に待たせてもらうとしよう。

 

 

 ◇月□☆日(くもり)

 

 

 今日はなかなかに面白いものが見れた。

 

 早速武者修行として東京キングダムへと赴いたところ、ストロングチューハイの缶を手に赤ら顔で歩く対魔忍の姉ちゃんを見つけた。

 

 職務中なのかオフなのかは定かではないが、酔っ払いの対魔忍というのも珍しい。

 

 ふうまでは見ない顔なので恐らくは主流派の人間、そうでなければ抜け忍の類だろう。

 

 背中に背負った大太刀を見るに、凜子と同じく戦闘スタイルは剣術主体と見て間違いない。

 

 これが任務中であれば気にも留めずに見送っていただろうが、今日の俺は剣の道を追及する無頼漢である。

 

 手ごろな対戦相手を逃す手はない。

 

 そんなワケで善は急げとばかりに用意していた馬の被り物を装着し、その辺の木切れを手に野試合を挑んだわけだ。

 

 普通の街なら暴漢か変態扱いで警察に御用となっているところだが、生憎とここは魔界都市の一つである東京キングダム。

 

 野試合や喧嘩くらいなら野次馬を集めはしても咎められることはない。

 

 あちらもその辺の事は弁えているようで、軽い調子でこちらの挑戦に応じると大太刀を抜き放った。

 

 女が振るう剣は太刀筋からして逸刀流、それもかなりの腕前だ。

 

 さすがにアサギには及ばないが、凜子に並ぶ技量はあるだろう。

 

 この野試合において、俺は自身に一つの制約を課した。

 

 それは極力相手の剣を払う事なく、体捌きだけで征すというものだ。

 

 過日のブラック戦において、俺は相手の意を察知していたにも拘わらず重力結界を防ぐことが出来なかった。

 

 奴の能力が初見だったというのも原因の一つだが、それと同じくらいに迎撃で放った刀の内勁が足りなかった事が大きい。

 

 内勁が不足した理由は練氣の未熟さは勿論だが、他に奴の重力波攻撃を防ぎ過ぎたというのもある。

 

 我が流派の剣は刀刃に氣を込める事を基本としているが、異能や概念を切り払えば力は減衰する。

 

 内勁は内家拳の基本にして深奥、万物に刃を通す因果の破断を成す根幹だ。

 

 それが尽きてしまってはブラックの攻撃を防ぐことなど出来やしない。

 

 そんな苦い経験から、今回は反応速度と体捌きの強化に重点を置いたワケだ。

 

 最強と謳われたアサギを始め、若手で頭角を現している秋山姉弟も修めている事から分かるように、逸刀流は対魔忍の中でも最もメジャーな流派である。

 

 禄を食んではいないが、送られてくる刺客の大半が使い手だった事もあって、俺としてもなかなかに馴染みが深い。

 

 そういう事もあって、酔っ払い剣士は勘と体捌きを鍛えるのには打ってつけの相手だった。

 

 とはいえ、勝負を挑んでおきながら相手と打ち合おうともせず、回避に専念するというのは流石に問題がある。

 

 酔っ払いが上げた『あんたさぁ、やる気あんの? そっちから喧嘩吹っ掛けてきといて逃げるだけって興ざめなんだけど』という抗議の声はもっともだ。

 

 だからと言って、相手の心情を優先する理由もないが。

 

 怒りの声を受けても変わらずに回避を続けていると、酔っ払いの目が酒精とは違う理由で据わったのが見て取れた。

 

 どうやら堪忍袋の緒が切れたらしく、『ふざけやがって』と小さく悪態を付いた奴は一足で間合いを取った。

 

 そうして酔っ払いが下がった先、そこにあったのは道端の看板の上に避難させていた飲みかけのストロング缶。

 

 奴はそれを一気に呷ると、酒の匂いが増した息を吐き出してこちらに襲い掛かってきたのだ。

 

 彼女が持っていたストロングは、チューハイでありながら相当なアルコール量を誇る。

 

 聞いた話では500mlで、テキーラのショット3・5杯分に匹敵するとか。

 

 飲みかけとはいえ、そんなものを一気に腹へ収めては酒精の廻りは相当な物となるだろう。

 

 千鳥足とまでは行かないだろうが、足元が覚束なくなってもおかしくはない。

 

 しかし、あの酔っ払いは動きを鈍らせるどころか技のキレやスピードのギアを一段階上げて来た。

 

 さらには直感の方も鋭さが増したらしく、こちらが躱せると踏んだ攻撃の三割近くを事前に察知し、それをフェイントに使う戦法まで取り出したのだ。

 

『そっちから喧嘩を吹っ掛けといてフラフラ逃げ回りやがってッ! こうなったら『酒遁の術・ストロングスタイル』で刺身にしてやるよ、馬野郎!!』

 

 ネーミングセンスのアレさはともかくとして、こうなってはさすがに回避だけでは対処しきれない。

 

 怒涛の斬撃を波濤任櫂で捌きつつ、俺は頭の中で奴が口にしていた忍術を反芻した。

 

 何時だったかは定かじゃないが、権左兄ィから聞いたことがある。

 

 対魔忍の術の中には酔拳よろしく、酔えば酔うほど強くなるという代物があるという事を。

 

 その名は酒遁の術。

 

 俺が喧嘩を吹っ掛けた女はその使い手だったのだ。

 

 こちらに剣を使わせた事で少しは留飲が下がったものの、まだまだ怒りが収まらない酔っ払い改め酒遁使い。

 

 奴は後ろに飛んで間合いを離すと蜻蛉の型を取った。

 

 この構えは示現流に伝わる一撃必殺の型で、攻撃方法は相手の間合いに踏み込んでの大上段からの唐竹のみ。

 

 全身全霊を一太刀に込める為に攻撃の後の隙は大きく、『二の太刀要らず』という言葉は一撃で仕留めるという他に、二刀目を放つことが出来ない事も意味しているという。

 

 それ故にこの型を実戦で使用するためには、躱せない・防げない・一撃で仕留めるという条件をクリアする必要があるのだ。

 

 勝負を掛ける相手の気迫に応えて俺も雲霞秒々の構えを取ると、それを合図とするかのように酒遁使いはアスファルトを蹴った。

 

 数メートルはある間合いを一足で詰め、予想通りに大太刀を振り上げる女。

 

 降りかかる刃金を逸らすために木切れを振るおうとした俺は、奴の刀身を覆う異様な力を感じて咄嗟に身体を大きく横へ開いた。

 

『逸刀流奥義! 斬空斬魔の太刀!!』

 

 裂帛の気合と共に酒遁使いの放った一撃は合わせた木の棒と被り物の頂点を掠めると、一瞬前まで俺の身体があった場所を通り過ぎて地面へと食い込んだ。

 

 次の行動へと移る為に揺れ動く視界の中、被り物の鬣であろう宙を舞う栗毛の鬣の向こうに先端から五分の一ほどを切断された木の棒が見えた。

 

 木の棒とはいえ内勁を込めた器物は、サイボーグが振るう特殊合金製の武器を受け止める事が出来る。

 

 それがこうも綺麗に断たれた事には思わず呆気に取られてしまった。

 

 とはいえ、こちとら腐っても剣術家。

 

 相手が見せた隙を放置する程に耄碌(もうろく)した憶えはない。

 

 渾身の一撃を躱されて酒遁使いの身体が大きく前に泳ぐと、その胴へ俺の身体は条件反射の如く少しリーチが減った木刀を叩き込んだ。

 

 それほど威力が乗っていない乾いた打撃音が辺りに響き、うめき声と共に片膝を付く酒遁使い。

 

 俺は胴薙ぎから返す刀で振るった棒を、奴の首元スレスレで止めて見せた。

 

 酒遁使いが放った先の一刀、その刃に宿った力に俺は覚えがあった。

 

 あれは秋山姉弟が空遁の術を使う際に生じる空間干渉力と言うべきモノに酷似していたのだ。

 

 酔遁の術を使ってはいるものの、奴が持つ異能は『空遁』もしくはそれに類するモノなのだろう。

 

 あの酒遁使いは刀身に空間干渉力を纏わせ、斬るという形で空間へアプローチすることで威力を爆発的に高めていると思われる。

 

 その一撃は(まさ)しく空間斬というべき魔剣。

 

 酒遁使いの顎のすぐ下に覗く棒の怖気が走るほどに滑らかな断面が、その威力を雄弁に語っている。

 

 自身の置かれた状況で敗北を悟ったのだろう、酒遁使いはその場で胡坐を掻くと先ほどまでの怒りを捨てて大笑。

 

 そして、笑いが収まるとこちらに名前を問うてきた。

 

 当然本名を明かせるわけがないので『私、呂布奉先と申します。ヒヒンッ!!』と返して、呆気に取られた女を残してその場を後にした。

 

 別に呂布奉先が好きという訳ではない。

 

 あの馬面を付けていると言わねばならない気がしたのだ。

 

 

 ◇月□☆日(くもり)

 

 

 今日は未来の雇い主から無茶ぶりが飛んできた。

 

 カーラ女王が俺と模擬戦がしたいと言ってきたのだ。

 

 曰く『ブラックと互角に闘えた剣士の力を肌で感じたい』とのことだが、こちらとしては心底お断りしたかった。

 

 なにせ相手の身分を考えれば訓練だろうと傷つけるわけにはいかない。

 

 どう考えたって接待試合になることは間違いないのだ。

 

 話を聞いた骸佐を始めとする八将の面々からも『絶対にはっちゃけるな!』というありがたいお言葉を頂く事になったし。

 

 こと剣術に関してはまったく信用が無いという事が、本当によくわかる対応である。

 

 とはいえ、しがない弱小ニンジャサークルの我々にはパトロンに逆らうという選択肢はない。

 

 何とか穏便に済ませようと頭を捻り、スポーツチャンバラで使うソフトスポンジ製の刀を使うと提案したのだが、『馬鹿にしているのか!?』という女王の怒りの声によってボツ。

 

 (いきどお)る気持ちは分からないでもないが、こちらが置かれている立場も考えていただきたい。

 

 今回の試合でやらかして万が一にもヴラド国との契約を切られたら、ふうま一門は路頭に迷う事間違いないのだ。

 

 主流派にあれだけ啖呵を切ったのに、また営業から始めるとかマジ勘弁である。

 

 そんなワケで『実戦形式なんだから、遠慮せずに本身を使え』という女王の戯言をガンスルーし、丸めた新聞紙、子どものおもちゃによくある塩ビ製の刀、刀型のぬいぐるみと様々なアイデアを出す俺達。

 

 しかし現実は非情な物で、その(ことごと)くに容赦のないNonの声が飛んで来る。

 

 互いに譲らず話し合いは2時間近くに及び、なんとか竹刀を使う事で双方合意を得ることとなった。

 

 武器選びでこの様とかギャグのような話だが当事者は全員マジである。

 

 こうして紆余曲折はあったものの、ふうまと女王の素性を知る者達が見守る中、クリシュナ卿を審判として試合の火蓋は切って落とされた。

 

 始まる前のゴタゴタは心の棚に上げてくれたのか、こちらと相対する女王には不機嫌さはなかった。

 

 まあ、同じくらいに容赦も存在しなかったわけだが。

 

 カーラ女王の戦い方は影から使い魔を召喚し続ける物量戦。

 

 俺のような広域殲滅能力を持たない者には、いささか相性が悪い相手と言える。

 

 これが実戦なら圏境で姿を消して、後ろから暗殺なんて手で堕とすのだが今回はご機嫌取りの接待試合。

 

 勝ち負けに拘る必要はないと思った俺は襲い来る使い魔達を回避訓練と割り切って躱しまくっていた。

 

 開始当初は軽身功でコウモリの使い魔を足場にしたり、外骨格を纏った狼を竹刀で両断する俺の動きに感嘆の声を上げていた女王も、時間が経つにつれ機嫌が降下し始めた。

 

 何か不満があるのかと思っていたら、俺が攻めてこないのが面白くないらしい。

 

 『何故に俺が勝負勘を養っていたら、対戦相手は邪魔をするのか』と世の無常を嘆いてみたが、宮仕えの身としては雇用主の我儘に応えねばならぬ。

 

 不平不満を小さく息を付くことで押し流しながら、迫りくる使い魔の群れを歩法や体捌きを駆使して掻い潜る事じつに数分。

 

 牛歩のようにジリジリと進んだ俺は、漸く女王を刃圏に捉えるまであと一歩の距離に来た。

 

 本来ならここで適当に剣を振るってやられれば任務完了なのだが、ここで俺の心に魔が差してしまった。

 

 このまま女王を斬りつけるのも芸がない、と。

 

 その時に頭を過ったのは酒遁使いが放った空間斬。

 

 目にしたのは一度だけだが、その時に太刀筋や空間干渉力の影響から技の理は把握している。

 

 あれは空遁の空間干渉力を刀身に込め、斬撃という形で空間に作用する事で引き起こしている現象だ。

 

 攻撃対象ではなくそれが存在する空間自体を切り裂くため、相手の防御力に関係なく両断する事が可能という強力な技である。

 

 当然ながらこの技を使用するには空遁の術を得ている事が前提条件となるが、俺の手にはそれに代わる方法がある。

 

 そう、因果の破断を用いた概念斬りである。

 

 幸いな事に秋山姉弟のお陰で空間干渉力が如何なるモノかは掴んでいるし、空間という認識し難い概念に刃を通すのもブラックの用いた重力操作で体験済みだ。

 

 命さえ拾えば敗北をバネに更なる高みを目指す、それが小太郎クオリティである。

 

 そんなワケで女王が自らの盾として呼び出した重装甲の使い魔を目標として空間斬を放ってみた。

 

 何気にぶっつけ本番だったのだが手応えは十分。

 

 竹刀を振った直後から粘土に刃を入れるような感覚があったのだが、きっとあれが空間という概念なのだろう。

 

 多少の抵抗感を物ともせずに得物を一閃すれば、黒光りする分厚い甲羅を纏った爬虫類型の使い魔はあっさりと真っ二つとなった。

 

 ここまでなら絶技開眼と格好が付くのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 見事成功したかと思われた空間斬だが、その余波は使い魔だけでは留まらず、女王の衣服まで届いてしまったのだ。

 

 最後の護りを切り捨てられた事に焦った女王が手を挙げようとした瞬間、彼女が着ていた衣服は胸元から股間までぱっくりと斬れて音もなく床へと落ちた。

 

 災禍姉さんに聞いた話だが、薄手のドレスを着る際にラインが浮かびあがる事を防ぐために下着を付けない女性がいるそうだ。

 

 不運な事にカーラ女王もそうだったらしく、身に纏うものを失った彼女はギャラリーに生まれたままの姿を晒すハメになってしまった。

 

 言うまでもないが会場は大混乱である。

 

 顔を真っ赤にして涙目でしゃがみ込む女王、その姿を見た事で怒りのチェーンソーマンとなって俺へ襲い掛かるクリシュナ卿。

 

 事態を収拾しようと指示を出す学長に、カメラ撮影を試みる不届き者に鉄拳制裁を叩き込む神村教諭。

 

 そしてお通夜状態となったふうまの面々。

 

 女王に謝罪する暇もなく対化け物用チェーンソーを振り回すバーサーカーから逃げ帰ってみれば、待っていたのは学長と八将からの大目玉だった。

 

 今回ばかりは100%俺が悪いので、素直にごめんなさいしておきました。

 

 経緯はどうあれ、公衆の面前で女王に恥をかかせた事から雇用契約の破棄は覚悟していたのだが、幸いな事にそうはならなかった。

 

 女王曰く『模擬戦はこちらが言い出したことだもの。命に係わる怪我でも負わない限り、自分で責任を負うのが当然よ』だそうな。

 

 ぶっちゃけ腹の一つも切る覚悟だったのだが、そうならなかった事を喜ぶべきなのだろう。

 

 ともあれ、初の王族対応も何とか乗り切ることが出来た。

 

 空間斬も体得した事だし、これから西洋風の仮面を被る時は『ペシュリアン』と名乗ってみるか。

 

 

 ◇月□/日(雨)

 

 

 突然だが衝撃の事実が判明した。

 

 骸佐と俺は異母兄弟でした。

 

 うん、ふざけんな。

 

 今日の昼、死にそうな顔をした骸佐が家に来たので何事かと思っていたら前置き無しにカミングアウトされた。

 

 詳細は省くが二車の小母さんが小父さんを裏切ったなんて事は断じてない。

 

 原因は100%クソ弾正にある。

 

 というか諫言に意趣返しなんてしようとする事自体恥ずかしいのに、欠点を指摘してくれた腹心の奥さんを『夫に反逆者のレッテルを被せる』なんて脅しで手を出すとか何考えてんだ。

 

 しかし、参った。

 

 この事実は銀零とのあの会話なんて比較にならないくらいにキツい。

 

 二車の小父さんと小母さんは俺にとって事実上の親と言っていい。

 

 そんな二人に遺伝子提供者くらいの繋がりしかないとはいえ、親父がここまでの事をやらかしているとは……。

 

 ツラを合わせてしまった骸佐は仕方がないとしても、小母さんとはこれからどんな顔して会えばいいか分からん。

 

 しかもこの話、小母さんだけじゃなくて小父さんも知ってたらしい。

 

 それを聞いたときはマジで変な声が出たわ。

 

 こんな真似されたらさ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってなるのが普通だろ。

 

 間違っても犯人の息子を育てようなんて思わねーぞ。

 

 いやまあ、骸佐の話だと小父さんは弾正の事を快く思ってなかったみたいだし、それもあってクソに私物化されたふうまを正常に戻すって目標を掲げてたらしい。

 

 それを踏まえれば、正妻の息子で次期頭領だった俺や宗家の息子である骸佐を育てるのも分からんでもない。

 

 早期に弾正を除いて、年端のいかない俺を傀儡としてふうまの実権を握るもよし。

 

 代替わりした後の為に小父さんの理想とやらを植え付けるもよし。

 

 骸佐は俺に何かあった時のスペアになるし、利用方法なんて腐るほどある。

 

 けど、俺が憶えている限り、小父さん達からそんな教育は受けた憶えはない。

 

 二車の家にいた時分も宗家に戻ってからも、小父さん達は普通に接してくれていたのだ。

 

 もしかしたら、前世の記憶が戻らない内にその手の考えを刷り込んでいたのかもしれないが、そうだとしても恩人である事に変わりはない。

 

 ネグレクトされたままだったら、前世と同じく剣術狂いのイカレたガキに育ってたのは間違い無いだろうし。

 

 しかし、あれだ。

 

 こんなの聞かされたら銀零の事があろうと逃げる訳にはいかんわ。

 

 ここまでしてもらっといてテメエの都合でバックレたら、弾正と同レベルのクズになってしまう。 

 

 ふうまを潰さない事が二車の小父さんへの恩返しになるのなら、やらんワケにはいかんでしょう。

 

 それに散々右腕だの何だのと言ってきた以上、俺よりヘコんでいる兄弟を見捨てるワケにもいかんしな。

 

 骸佐の奴は小父さんの子供である事を誇りに思っていたからな、それを崩されたのは相当なショックだろうし。

 

 そんな感じで肚を決めた俺は慣れないながらも骸佐のケアに当たる事にした。

 

 普段の奴なら絶対に吐かないであろう愚痴や弱音を聞き続ける事数時間、漸く落ち着きを取り戻した時には日は傾いていた。

 

 さて、修羅場も終わって落ち着きを取り戻してみると、胸の内で頭を(もた)げる物がある。

 

 そう、元凶への怒りである。

 

 しかし悲しいかな、弾正のう●こ野郎は10年も前にこの世から去ってしまっている。

 

 如何様にしても手は届かないのだ。

 

 ならば五車の里に忍び込み、行き場のない怒りから弾正の墓をスレッジハンマーで跡形もなく粉砕した俺達を誰が責められようか。

 

 というか、ちゃんとふうま宗家の墓があるのに自分個人のモノを作るってのはどうなんだ?

 

 先祖の墓の隣に倍くらいのデカさ、しかも自分の銅像付きで。

 

 この稼業、何時死んでもおかしくないので生前に墓を作るという考えは分からんでもないが、いくら何でもやり過ぎである。

 

 まあ、銅像が有ったおかげでハンマーを振るう手にも一層力が入ったんだが。

 

 しかし、この手の騒ぎに巻き込まれる度に思うのだが、どうして弾正の野郎は死んでしまったのだろうか。

 

 反乱の際に米連辺りに落ち延びていたら、この行き場のない思いを存分に発散させることもできるだろうに。

 

 ふうまの没落から銀零の事や今回の件も含めて、俺が背負っている苦労の9割9分は奴が原因と言っていい。

 

 だから、あの野郎を金属バットで殴り殺せば、俺の中にあるストレスというストレスは浄化を通り越して昇華するような気がするんだ、うん。

 

 そう言えば、ノマドは魔界医師を何人か抱えていたな。

 

 ブラックに頼んで弾正のクローンでも作ってもらおうか。

 

 ────ストレス解消のサンドバックとして。

 

 

≪Information≫

 

 

 条件クリアにより、『おっさんと行くぶらり魔界行』ルートが閉鎖されました。

 

 二車骸佐ルート『【風魔】忍軍退魔録』が解放されました。

 

 ふうま銀零の二車骸佐へのヘイト値が増加しました。




 書いていた際の作者の妄想

 剣キチをふうまに留めたのが紅でも銀零でもなく骸佐になってしまった。

 これは一体……

 ふむ、考えてみれば拙作の骸佐はかなりいいポジである。

 乳兄弟(幼馴染)

 剣キチの右腕認定

 公私ともに相談役

 剣キチにもしもの事があった際の後釜
 
 これで女だったら正ヒロインじゃね?

 【追加項目】異母兄弟

 ……………さっきの考えは気のせいだな

 


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日記20冊目

 皆様、たいへんお待たせしました。

 20話の完成です。

 ブレブレだった若様に芯を通そうとしたのだが、これがまた難しい。

 徐々に内部の問題解決して、視点を外にむけていきたいなぁ……。

 原作もふうまについて徐々に設定が広まってきたことだし。


 □月/日(曇り)

 

 

 今日は少々珍しい相手と顔を合わせる事となった。

 

 それは現在米連に与している甲河宗家の甲河アスカ、そしてその後見人である本物の甲河朧である。

 

 事の起こりは数日前、災禍姉さんと天音姉ちゃんの義肢に不調が見られたのが切っ掛けだった。

 

 弾正が死んで約十年、米連との繋がりが切れてしまった為に姉さんたちの義肢は正規のメンテナンスを受ける事が出来なくなっていた。

 

 肉体との接続部分の方は米田のじっちゃんが面倒を見てくれていたが、義肢本体は東京キングダムのモグリの義肢職人に任せざるを得なかった。

 

 とはいえ、二人の義肢は対魔忍としての戦闘に耐えうる事に加えて、対魔粒子の蓄積・解放の機能も組み込まれている特別製。

 

 上原の技術チームでも仕様書が無ければ白旗を上げるほどの代物である。

 

 非正規の職人に調整を任せていたのでは不具合が出るのは当然だ。

 

 むしろ、よくここまで保ったものである。

 

 通常の代物なら故障したなら外してしまえばおしまいだが、二人の義肢は使用上中枢神経に直結する仕様となっている。

 

 その影響で故障した義肢を付けるのはもちろん、長期間義肢を接続しない事も肉体的不調を招いてしまうのだ。

 

 俺にとって二人はかけがえの無い家族である。

 

 苦しんでいるのを放置するなどもっての外だ。

 

 そういう事から俺は二人を救うべく行動に出た。

 

 二人の義肢の出所には心当たりがあったので、まずは現在の雇い主である上原学長に事情を説明したうえで接触の許可を得た。

 

 その後、以前に交わした連絡先から仮面の対魔忍こと甲河朧に連絡。

 

 電話で弱みを見せないように注意しながらこちらの事情を説明し、なんとかアポイントを取り付けた。

 

 朧は甲河頭領アスカの後見人であると同時に、弾正が生前に渡りを付けていた米連DSO(防衛科学研究室)の現日本支部長を務めている。

 

 相手は甲河が健在だったころはアサギと同等と言われ、里が壊滅した後も異国で単身現在の地位に就いた女傑なのだ。

 

 交渉なんておっかない事など正直お断りしたかったのだが、今回ばかりはそうもいかない。

 

 相手が指定したのは東京キングダムの小さなクラブ。

 

 東京キングダムでも凄腕の情報屋という噂のある店だが、裏に甲河がいるとは思わなかった。

 

 会談はそこのVIPルームで行われたのだが、思い返すと傍から見れば笑える絵ヅラだったのではないだろうか。

 

 先方は目元を隠す仮面を付けた朧に、何故かおたふくの面を装着した頭領のアスカ。

 

 対するこちらは懐かしのシグルド仮面を付けた骸佐に『ノマドのお膝元なので面が割れないように』と若アサギから魔鈴の面を借りた紅姉(くれないねぇ)

 

 そしてノイ婆ちゃん渾身の新作である『ピラミッド・シング』の姿をした俺。

 

 というか俺の方は仮面というよりも(かぶ)り物なんだが、その辺をツッコむのは野暮というものだろう。

 

 ちなみにこの(三角)様装備、婆ちゃんが『静丘』にハマっているようで、覆面やコートだけじゃなくて大鉈に槍までセットになっていた。

 

 しかも原作を意識したのか防弾・防刃・抗呪仕様、硬氣功と併用したらリアル▲様ごっこが可能な逸品である。

 

 少し前に行われた林間学校の肝試しで初のお披露目を行ったのだが、後日蛇子から『ふうまちゃんは絶対にピラミッド・シングをすべきではないわ』と真顔で言われてしまった。

 

 どうも攻撃を回避したり鉈で弾くのが不評だったらしい。

 

 クラスメイトからは『テクニカル▲様』や『▲様A(Arts)仕様』なんて渾名が付けられたし。

 

 閑話休題

 

『……貴方達。これって一応はふうまと甲河の頭領会談なんだけど、その辺は理解してる?』と口元を引きつらせる朧。

 

 確かに不真面目極まりないと思われるだろうが、生憎とこっちにも事情がある。

 

 如何に淫魔族という餌を釣っているとはいえ、ここはエドウィン・ブラックのお膝元の一つなのである。

 

 三人纏めて面が割れているウチとしては素顔で歩くワケにはいかん。

 

 俺は強い奴と戦うのは好きだが、勝算も無いのに特攻するほど馬鹿ではない。 

 

 この珍妙な格好も身バレを防ぐ手の一環なのだ。

 

 相手もこちらの事情を察しているのだろう、説明すると『顔が出せない事に関してはお互い様だものね』と苦笑いで言葉の矛を収めてくれた。

 

 さて、怪しいコスプレ大会のような雰囲気の中で始まった今回の会談、その内容は至って真面目なものだ。

 

 こちらの要件は前述したとおり、災禍姉さん達の義肢に関する詳細な仕様書と出来れば予備パーツの譲渡。

 

 ああ、姉さん達のケアや義肢のメンテに関してはこちらで受け持つつもりだ。

 

 交渉を持ちかけといてなんだが、俺は姉さんたちの身柄を任せるほど米連を信頼しているわけじゃないからな。

 

 対してむこうが要求してきたのは、前回のヨミハラ侵入の際に得たエドウィン・ブラックとの交戦記録。

 

 上原学長を始めとしたヴァンパイア・ハンターの言葉が事実なら、吹っ掛けられたのはむしろ俺達という形になるのだろう。

 

 人間界にあって、エドウィン・ブラックと交戦して生き残ったのは俺とアサギのみ───

 

 いや、目の前にもう二人いたか。

 

 噂ではアスカや朧もまたブラックとの交戦経験があるそうだしな。

 

 もっとも受けた被害は俺達よりも重く、アスカは四肢に致命的なダメージを受けて現在は両手足共に義肢となっている。

 

 一方の朧は彼女の忍法で精神を別の身体に移したものの、元の肉体は度重なる調教と改造で魔族へと堕ちた。

 

 その際にどこまで奴に迫ったかは知らないが、更なる情報を集めているところを見るにリベンジを諦めてはいないようだ。

 

 とはいえ、こちらも事情が事情である。

 

 多少吹っ掛けられているとはいえ、首を横に振る余裕はない。

 

 念のために上原学長に提出したものと同じレポートデータが入ったUSBメモリーを持って来ていたのだが、話をすり合わせた結果渡すのは次の機会となった。

 

 端的に言えば、双方共に先にブツを渡して相手に掌を返される事を警戒したのだ。

 

 そんなワケで、まずはこちらが姉さん達の義肢の写真と分かる限りの型番を朧へ送り、むこうはそれを頼りに仕様書と予備パーツを本国から取り寄せる。

 

 そして、もう一度会った際に物々交換を行うという形に落ち着いた。

 

 主目的である取引も丸く収まったところで待っていたのは、アスカのトークタイムだった。

 

 前に会った時もそうだったのだが、彼女は俺に対してワリとフレンドリーに接してくる。

 

 本人曰く『十代で一流派の頭領張ってるなんて、同じ境遇の奴はアンタ以外に見つかりそうにないもん』だそうな。

 

 こんなアホみたいな境遇の奴、ゴロゴロいたら逆に怖ぇーよ。

 

 そんなこんなでアスカの頭領生活の愚痴を聞いたり、朧に妹が(リー)美鳳(メイフォン)の偽名でアミダハラで魔女兼暗殺者している事をリークしたり、アスカが主流派に沢木浩介って奴がいなかったか食い気味で(たず)ねてきたりと、話の話題には事欠かなかったりする。

 

 因みに沢木浩介という男、10年ほど前に亡くなったアサギの婚約者、沢木恭介の弟だそうだ。

 

 兄の死後、天涯孤独となった浩介はアサギに引き取られ、後程甲河壊滅によって引き取られていたアスカとは姉弟のような関係を築いていたそうな。

 

 そこから成長した浩介にアスカが惚れたり、アサギはそいつに兄の恭介を重ねたり、当の浩介は浩介でアサギに熱い視線を送ったりと割とドロドロの関係へと繋がったっぽいのだが、その辺はガンスルーしたので覚えていない。

 

 というか、今の俺に色恋沙汰の話はするな、不愉快だ。

 

 あと、いい機会だったので銀零が持っている銀アリのドローンについても聞いてみた。

 

 朧が言うには、個人でカスタム化しているならともかく、米連が生産している中にはあんな外見のドローンは存在していないそうだ。

 

 またドローンは基本的に使い捨ての量産型なので、自己修復なんて高度な機能は備えていないらしい。

 

 個人で銀アリのようなカスタム機を組んだ場合はどのくらいの額が掛かるのかを聞いたところ、返ってきたのは自己修復機能を付けるのなら現状では不可能という答え。

 

 外見のみをカスタマイズしたとしても、数千万単位の額が飛んでいくらしい。

 

 そもそも軍用ドローンは米連の機密に当たるので民間への払い下げは為されていない。

 

 その為、軍の管理から離れているのは撃破した個体をレストアしたものか、鹵獲された代物と考えられる。

 

 ならば、魔界勢力の物かと言えば、その可能性も低いらしい。

 

 基本、魔界の住人はその身体能力の高さや持ち得た異能から武器に拘る事はあっても、使用者の能力に関係なく一定の成果を上げる兵器に手を付ける必要性を感じていないらしい。

 

 だからこそ、魔界由来の技術は医療や肉体改造、それに伴う強化生物がメインとなっている。

 

 魔界医療を例にしてみれば分かるが、むこうの技術は人間界のそれを大きく凌駕している。

 

 仮に魔界で機械工学が発達していたならば、米連はここまで対抗できなかっただろうというのが朧の見解である。

 

 なるほど、銀アリに米連が絡んでいないことは理解できた。

 

 ならば、銀零に(まと)わりつくあの虫はいったいなんなのか?

 

 とてつもなく嫌な予感がする。

 

 これは早急に奴の出所を突き止めねばなるまい。

 

 思わぬ情報を手にした俺達は、未だ言い足りないといった表情のアスカを残して店を後にした。

 

 朧の方からは『共に似たような境遇だしエドウィン・ブラックという共通の敵がいるのだから、これからは友好な関係を築きましょう』なんて言っていたが話半分に聞いておこうと思う。

 

 その程度で懐を広げるほど、あの女傑が甘いワケがないのだから。

 

 

 □月▲日(晴れ)

 

 

 今日は何も無い平和な一日だったので、昨日書き切れなかったことを記そうと思う。

 

 甲河との会談が終わった帰路で、成り行きから俺達は誘拐事件解決を手助けする事となった。

 

 切っ掛けは大通りを歩いている時に、10歳ほどの女の子を袋に詰めようとするオーク達を見つけたこと。

 

 日が沈み切らない内から天下の往来で誘拐沙汰とは流石は東京キングダム。

 

 魔界都市の面目躍如といったところだろう。

 

 こちらの立場を思えば目立つのは拙いのだが、流石にこれを見過すのは人としてアウトだ。

 

 骸佐に紅姉も同様の気持ちだったらしく、特製の▲様印の鉈が唸ったことで無事にブツ切り肉と化すオーク達。

 

 袋から助けた娘の首から上がカラスだったり、件の少女が俺の姿にビビッて泣きながら嘴アタックを仕掛けてきたりと些細なトラブルはあったが、事件は誘拐を未然に防いだ事でめでたしめでたしとなるのだった。

 

 しかし、こちらに駆けつけてきた彼女の姉と名乗る少女とヘタレ騎士リーナが、何故か俺を誘拐犯と誤認。

 

 予期せぬ誤解からもう一悶着に巻き込まれる結果になってしまったのだ。

 

 罪のない▲様を疑うなんて、きっと奴等の心は濁っているに違いない。

 

 俺の声をリーナが憶えている可能性がある為に喋る事すらできなくなったわけだが、そこは渾身の▲様ロールプレイによって乗り切った。

 

 その際にリーナのサクラなんたらという剣が折れてしまったのだが、それも必要な犠牲と諦めてほしい。

 

 ガチ泣きしていた彼女には▲様印の大鉈を譲っておいたし、今頃はきっと立ち直っている事だろう。

 

 刀身にこびり付いた血錆と刃こぼれがいい味を出しているし、ノイ婆ちゃんが手掛けた魔法剣だからそんじょそこらの業物には引けを取らない。

 

 是非ともあの鉈と共に華々しいカムバックを遂げてほしいと思う。

 

 

 □月●日(くもり)

 

 

 上原に移籍してからというもの、日に数回任務で出撃するというブラック環境から解放された俺達。

 

 だからと言って、まったく忍者的活動をしていないわけではない。

 

 主流派の頃はノマドや米連が相手だったが、上原学長にもしっかりと敵対勢力は存在するのだ。

 

 その中の一つが吸血鬼信奉者(しんぽうしゃ)によるカルト組織『イノヴェルチ』である。

 

 奴等は吸血鬼の持つ強大な能力や永遠の命に憧れた変人の集まりで、人の世に隠れ住むカーラ女王が言うところのはぐれ吸血鬼を支援する事を主な活動としている。

 

 その目的は支援した吸血鬼から『血の接吻』を受ける事で自身も吸血鬼の仲間入りをする事にあるそうな。

 

 当然、吸血鬼ハンター達にとっては不倶戴天の敵であり、以前に語った吸血殲鬼の事件も含めて裏の世界で火花を散らしているのだ。

 

 で、俺達の現雇い主である上原学長は神村教諭を始めとする吸血鬼ハンターの強力なバックアッパーを勤めている。

 

 下部組織であるふうまにも『イノヴェルチ』に関する情報収集の依頼が降りてくるのは当然の流れと言えた。

 

 そんなワケで、今回も東京キングダム郊外に居を構える燦月製薬の研究施設への潜入が言い渡されたワケだ。

 

 モーラ先生によると燦月製薬は日本におけるイノヴェルチの隠れ蓑で、以前は人間界最強のロード・ヴァンパイア『夜魔の森の女王』を捕らえて、彼女を基にVチューンドと呼ばれる動物の因子を持つキメラ吸血鬼を製造していたらしい。

 

 そんな奴等も十数年前に吸血殲鬼の活躍によって『夜魔の森の女王』を失った事で、Vチューンドの製造は不可能になった。

 

 まあ、だからと言って監視の目を緩める理由にはならないのだが。

 

 そんな中、吸血鬼ハンターの仲間から『イノヴェルチ』が魔界技術を利用して新たな研究を始めているとタレコミがあった事で、事態を重く見た上原学長が腰を上げるに至ったのだ。

 

 このところ何だかんだと頭領の自覚を促される事が多かったので、今回は流石に現場に出るのは自重した。

 

 代わりに白羽の矢を立てたのは、鬼蜘蛛三郎ちゃんと(がく)尚之助(しょうのすけ)の兄貴の二人。

 

 三郎ちゃんは少し前に鬼蜘蛛家の18代当主となり、『三郎』の名を継いだ俺と同い年の女の子だ。

 

 当主となって日は浅いが巨大な鬼蜘蛛を操る獣遁の術は、先代だった爺さんに引けを取らない。

 

 一方の尚之助の兄貴は優れた剣術の使い手で、アサギと同じ隼の術で加速した両の手から繰り出す抜刀術は、俺の最大剣速に迫る鋭さを持っている。

 

 共に二車家の幹部であり俺も親交はある二人。

 

 その実力は折り紙付きで推薦した骸佐も太鼓判を押していた。

 

 しかし、彼等は任務を失敗し傷を負って逃げ帰る結果となってしまった。

 

 三郎ちゃんは軽傷で済んだが、その代わりに操っていた蜘蛛が足を三本斬り飛ばされた上に腹にも刀傷を刻まれて重傷。

 

 尚之助の兄貴も自慢の両手を籠手ごと折られ、胸に一文字の深手を負っていた。

 

 不幸中の幸いで誰一人命を落とす事は無かったが、傷の具合から復帰には時間が掛かるという。

 

 三郎ちゃんの話では、切っ先が二股に分かれた大剣を振るう吸血鬼の騎士にやられたそうだ。

 

 一人と一匹の身体に残された傷の切り口といい、鬼蜘蛛を封じられた三郎ちゃんを『牙を揃えて出直すがいい』と見逃した事といい、下手人は相当の手練れなのだろう。

 

 なんにせよ、ウチの仲間が世話になったからには頭領として放っておくわけにはいかん。

 

 この借りは倍にして返させねばなるまい。

 

 

 

 

 甲河との会合から数日、イノヴェルチ潜入任務失敗の後始末等に忙殺されていたが、ようやく銀零と話す時間が取れた。

 

 広くない書斎の中、俺と向かい合う形で座っている銀零はどこか居心地が悪そうにしきりに体をゆすっている。

 

 前回は兄として接していたが、今の俺はふうまの頭領としてここにいる。

 

 それがあの子から落ち着きを奪っているのだろう。

 

「銀零、これからする質問に嘘偽りなく答えなさい。───いいね?」

 

「ん……」

 

 俺の言葉に小さく頷く銀零。

 

 泣かれては会話にならないので詰問口調を使う訳にはいかないが、むこうには否と言えない雰囲気は作っている。

 

「お前が連れているアリの形をした銀のドローン、あれはどうやって手に入れた?」

 

「……おねえちゃんにもらった」

 

 こちらの問いに銀零が返したのは以前と同じ答え。

 

 だが────

 

「それはどのお姉ちゃんだ? 時子姉達に確認したが、誰もお前にあんな物をあげてはいないと言っていたぞ」

 

 そう追及すると俯いて口を閉ざす銀零。

 

 言いたくないのか、それとも言えない理由があるのか。

 

 両肩に乗った妙な疲労感に、俺は息を吐きながらも気を入れなおす。

 

 幼い妹を問い詰めるのは辛いが、今回ばかりはなあなあで済ますわけにはいかない。

 

 前の会話を自分なりに分析して分かったことだが、俺は家族に嫌われたくないらしい。

 

 前世では望むことすらできなかった家族というコミュニティ、少々歪な形とはいえ今生で手に入ったそれに思った以上に執着していたようだ。

 

 二世に渡る筋金入りの剣術狂いである俺が、頭領の責務に忙殺されても出奔しないでいるのは、それを失いたくない故なのだ。

 

 前世の経験から人の縁が儚いモノであることを俺は知っている。

 

 死別、裏切り、すれ違いからの断交。

 

 些細な言葉の掛け違いでも、人が人を不要と思う理由には成り得るのだ。

 

 だからこそ、俺はあの時銀零を強く拒絶できなかった。

 

 あの子の言葉を否定して、あの子を失う事を怖れたからだ。

 

 しかし過日の骸佐から小父さん達の過去を聞いて、俺の立っている位置はそんな軟弱な感傷が許されるモノではない事を思い知った。

 

 二車の小父さんは男としてあれだけの屈辱を受けてもなお、ふうまの未来を思って俺を育ててくれた。

 

 もちろん、彼なりの思惑や狙いはあったのだろう。

 

 仮にそうだとしても、受けた恩に報いなくていい理由にはなり得ない。

 

 だからこそ、俺は今まで持っていた甘えを捨てた。

 

 『宗家に生まれた者の責務』ではなく、俺自身の意思でふうまを盛り立てる事に決めたのだ。

  

 故に妹可愛さで明確な不穏分子を見逃すわけにはいかん。

 

 たとえ、それで銀零に憎まれたとしてもだ。

 

「銀零、答えたくないのならそれでも構わん。だが、あのドローンはウチには置いておけない。ここで破壊させてもらう」

 

 俺の宣言に銀零は顔を上げて息を呑んだ。

 

 妹の持ち物を手に掛けるのは気が引けるし、銀アリの対処についても手遅れ感は多分にあるが、それはそれ。

 

 ここから先の情報漏洩を防ぐという意味でも排除は必要不可欠なのだ。

 

「ダメ! しろがねをこわしちゃダメ!!」

 

 立ち上がって珍しく声を荒げる銀零だが俺はそれを黙殺し、手元にあった短刀を天井へ向けて放った。

 

 空を裂いて飛翔する鈍色の刃が天井の暗がりに消えると、金を断つ甲高い音に次いで影が落ちてくる。

 

 ガシャリという音と共に畳張りの床を揺らしたのは、例の銀アリのドローンだ。

 

 どうせ俺を監視しているだろうと思っていたが、銀零の感情の揺らぎに反応して駆動音を立てた事が仇となったな。

 

 金属が擦れ合う音を立てながら仰向けの体勢でもがいていたドローンだったが、身体の半分を占める腹の反動を利用して裏返ると銀零の傍らに移動する。

 

 俺が放った短刀は頭のすぐ下、有翅体節と呼ばれる部分に見られた。

 

 仰向けに落ちたのが悪かったのだろう、その刃は束の根元まで潜り込んでいる。

 

「どきなさい、銀零。それを見逃すわけにはいかない」

 

 鞘に収まった刀を手に立ち上がるも、銀零は俺を見据えながら両手を広げて立ち塞がる。

 

「ダメ。しろがねをこわしたら、兄さまと一つになれなくなっちゃう」

 

「一つに? どういう意味だ、それは」

 

 妙なことを口走る銀零に眉根が寄るのを自覚しながら一歩踏み出すと、追いつめられたと思ったあの子は悲痛さが滲む声でこう言った。

 

「しろがねはたましいのうつわ。こんぱくてんしゃで中に入ったら、ぎんれいと兄さまはずっといっしょにいられるの!」

 

 瞬間、罪悪感やら何やらが一切合切冷却された。

 

 こいつは今、魂魄転写と言ったか。

 

 この時点で手にした刀を抜き放って、目の前の娘に付きつけなかった自分の親心を褒めてやりたい。

 

「銀零。何故、お前が魂魄転写の事を知っている? その知識を何処で手に入れた?」   

 

 喉を突いて出たのは、到底身内に向けたものとは思えない声音だ。

 

 それを耳にした銀零は、感情の読み取れない琥珀と蒼の瞳をこちらに向けるだけだった。

 



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日記21冊目

 大変、お待たせしました。

 何とか21話完成です。

 今回の話は何度も書き直しを繰り返した結果、こう相成りました。

 割と筆者も予期しない方向に動いてますが、お付き合いいただければと。


 魂魄転写。

 

 それは前世の上海において、電脳刑法における最大の禁忌とされる外法だ。

 

 この術式を簡単に説明するならば、人間の脳内に蓄えられている情報信号を搾り出し、ガイノイドの有機メモリを始めとした記録媒体へ転写・保存する一連の工程を指す。

 

 禁忌とされたのは人間を構成する情報をコピーする事が倫理上大きな問題がある事に加え、同研究の旗手を担っていた『左道鉗子』の悪名を持つ脳医学博士謝逸達(ツェ・イーター)が確立した方法に問題があった為だ。

 

 初期の魂魄転写技術では人間の脳内から情報を引き出す際、精神に当たる部分を抽出しようとすると信号にノイズが混じるという問題点があった。

 

 これに対して謝が見出した解決策は、被験者の痛覚に過度の刺激を加える事で精神コードをノイズ無く抽出・転送するというものだった。

 

 確かに奴の纏めあげたマニュアル通りに作業を行えば、精神部分の情報ノイズを大きく抑える事が可能である。

 

 しかし、痛覚神経を刺激し続ける事は実質的に拷問を行っているのと変らない。

 

 当時の記録では被験者の中に施術に耐えられた者は居らず、全員が発狂もしくは廃人化するという結果となったそうだ。

 

 さらには100%転写すれば脳細胞の最期の一片に至るまでが壊死し、転写元の人間は死に至るという悪夢のような現象まで発生した。

 

 生体である脳組織やガイノイドに用いられていた有機メモリなどに区別なく、個人を形成する情報を全て引き出すと記憶媒体は高熱を発して死滅する原因不明の異常事態。

 

 後に『脱魂燃焼(レイス・バーン)』と名付けられたこの怪異も、当時の学会の権威達が魂魄転写を異端とする事の後を押した。

 

 「魂は唯一無二のもの。『魂魄転写』ならびに『脱魂燃焼(レイス・バーン)』は研究自体が禁忌であり、ただ〝神の摂理〟という戒句だけで事足れり」

 

 学会の重鎮たちは遅まきながらに気付いた己が罪深さをこの見解に込め、同時に戒めとしたのだ。

 

 しかし、人間の欲望というモノはその程度では止まる事は無い。

 

 魂の完全解明。

 

 それに魅せられた謝を始めとする電脳神経学者達は、今まで得た全ての栄誉に背を向けて活動の場をアンダーグラウンドに移した。

 

 そして法の頸木から脱した奴等は『肉体からの完全開放』『不老不死の可能性』という甘言で資産家から援助を引き出し、思うが儘に研究を再開したのだ。

 

 その結果、数限りない弱者の犠牲を代償に魂魄転写の研究は大きく前進する事となった。

 

 それが思わぬ方向に作用したのが性処理用アンドロイド『ガイノイド』を扱う風俗を始めとした性産業だった。

 

 有機メモリに人間の脳内情報を転写された非合法ガイノイドは、プログラム演算では表現できない人間味を醸し出すようになる。

 

 それが『ドールマニア』と呼ばれるガイノイドにしか欲情しない一部の性倒錯者からの絶大な人気を得る事になり、ブラックマーケットでは法外な価格で取引されるようになっていた。

 

 結果、瞬く間に新たな犯罪市場が形成される事となり、人買いや誘拐によってさらに多くの者が闇医者たちのラボに消える事となった。

 

 また、ホームレスやストリートチルドレンなどの社会的弱者の中には、脳内情報を100%引き出さねば死なないのを幸いと、貧窮から脱するため自ら脳細胞を切り売りするような者まで出る始末だ。

 

 当然、この流れに黒社会の大手であった青雲幇が乗らないわけがない。

 

 とはいえ、当時頂点に座していた(レイ)寨主(さいしゅ)は義侠として名高い漢だ。

 

 弱者を食い物にするようなシノギに手を染めている事を知られれば、粛清の刃が降ってくるのは目に見えていた。

 

 そこで下の幹部達は使えなくなったり見込みがない暗殺者候補の子供やストリートチルドレン、性病で余命いくばくもない娼婦などから脳内情報を引き出して売りに出すようになった。

 

 無関係な堅気衆ならともかく、組織の最下層構成員がどうなったかなどトップに報告が行くなどありえない。

 

 巨大となった幇自体が寨主の目を欺く隠れ蓑になったのだ。

 

 当時から組織の底辺だった俺も、人手不足の関係から何度か手伝いに借り出された事がある。

 

 しかし、あれは今思いだしても胸糞が悪くなる。

 

 頸椎と脊椎に太い針を打たれ、効率よく情報信号を抽出するために電気で痛覚神経を刺激される者。

 

 仰向けに拘束され、足の先から徐々に餓えたネズミの群れに喰われている者。

 

 中でも悲惨だったのは、年端のいかない少女達が沢山の浮浪者に強姦されている光景だった。

 

 受け入れる側が裂けて血に塗れていても、気にする事なく腰を振るのを止めないゲス共。

 

 最初は苦痛と絶望で悲鳴を上げていたのに、途中からは死人のような顔で為すがままにされる少女たち。

 

『レイプというのは魂魄転写を行うにあたって、最も理想的な状態を作り出す方法の一つだ。ああやって他者に徹底的に道具として扱われる事は、精神的に強大なストレスを与えると同時に思考や自我の停止を促す。被験者自身が心から自分は道具であると認識する事が、情報抽出に良い影響を及ぼしていると私は考えるのだよ』

 

 その様子をまるで昆虫同士の交尾を見るかのように冷たい目で見ていた謝の言葉。

 

 そして己のすべてを引きずり出され、脱魂燃焼によって沸騰した脳を七孔から漏らす犠牲者の断末魔は、未だに忘れられない。 

 

 前世も今生も外道商売に手を染めている俺が言う言葉じゃないが、あれだけはダメだ。

 

 魂魄転写は人間の触れてはいけない場所を無遠慮に踏みにじる悪行なのだ。

 

 だからこそ俺は銀零に、そしてあの子に魂魄転写を薦めた者に激しい怒りを覚えた。

 

 それと同時に大きな危惧も抱いている。

 

 魔界の技術や魔術に拠る事無く、科学のみで魂の領域に手を掛ける外法。

 

 この方法が今の世界に広まれば、どれだけの惨事が行われるかなど想像もつかない。

 

 仮に痛覚を刺激するという工程を魔界技術で快楽に変換した場合、魂魄転写のネックは克服されたことになる。

 

 そうなれば、後はどうなるかなど想像に難くない。

 

 自身を構成するすべての脳内情報を外部保存し、受け皿としてクローンやガイノイドを大量に生み出すことで個人を無限にバックアップする。

 

 これは先の寄生虫事件でグリム・デリックが行おうとした歪な不死と同じだ。

 

 現状、この世界は電脳に対する技術は前世よりも大幅に遅れてはいる。

 

 しかし米連のサイボーグという人体の機械化が実用化されている以上、切っ掛けがあれば電脳方面もあの上海に追いつくのはそう難しい事ではあるまい。

 

 だからこそ、その雛形になるであろう白いドローンは何としても斬らねばならない。

 

「答えろ銀零。お前に魂魄転写の事を教えたのは誰だ!」

 

 いつもとは全く違う詰問の声を受けても銀零の表情は動かない。

 

「兄さまはどうしておこっているの? こんぱくてんしゃは好きな人とずっといっしょにいられる魔法なんだよ」

 

 良いように言いくるめられているのだろう、銀零は何の疑問も持たずに悍ましい事を口にする。

 

 その様に思わず涙が零れそうになるのを、俺は歯を食いしばって耐えた。

 

「……銀零、それは違う。お前も知ってるだろうけど、アンちゃんは人殺しや酷い事をいっぱいやってきた。だとしても、踏み越えたらいけない一線っていうのがある。魂魄転写はそれを踏み越える行為なんだ。絶対にやったらいけないんだよ」 

 

「ぎんれいがこんぱくてんしゃ止めたら、兄さまももう危ないところにはいかない?」

 

 不意に紡がれた銀嶺の言葉に、俺は二の句を継げる事が出来なかった。

 

「このまえ、はたちになったらぎんれいを兄さまのお嫁さんにしてくれるって言ってたよね。けど、あの後ぎんれいは思ったの。あぶない事ばかりしている兄さまは、ぎんれいがはたちになる前に死んじゃうかもしれないって」

 

「それは……」

 

「しってるよ、おしごとなんでしょ。でも、ぎんれいは怖いの。兄さまが帰って来なかったらどうしよう、兄さまに会えなくなったらどうしよう、兄さまが死んじゃったらどうしよう。兄さまがおしごとに行くたびにずっと考えるの。ずっとずっとこわいの」 

 

 琥珀と蒼の瞳から涙を零す銀零。

 

 あの子の口から出た言葉は俺の胸にしたたかに突き刺さった。

 

 たしかに銀零の言う通りだ。

 

 ウチの家業を思えば、いつ何時命を落とすか分からない。

 

 そんなヤクザな商売を続けていては、あの子が不安を抱えるのは至極当然の事だ。

 

 幼いころからそういう物だと教えておけば、ある程度の耐性は付いたのだろう。

 

 しかし、銀零にはいつかふうまを出て普通に生きてほしいと願っていた俺は、あの子が裏の常識に染まるのを良しとしなかったのだ。

 

 まさかそれが裏目に出るとは、自業自得とはいえ全く笑えん。

 

「だから、魂魄転写なんて方法に手を出そうというのか?」

 

「そうすれば兄さまとずっといっしょにいられるって……」

 

 こちらの問いかけにコクリと頷く銀零。

 

 先ほどよりも言葉に勢いがないのは、また聞きの情報な為に銀零本人も確証を持てない為からだろう。

 

 俯きながら何かに耐えるようにスカートのすそを握りしめるあの子の姿を見ながらも、俺は自身の眉根に皺が寄るのを止められなかった。

 

 銀零に魂魄転写の事を吹き込んだのが何者かは分からない。

 

 だが銀零のいう通りなら、あのドローンに搭載されたメモリ媒体に俺とあの子の脳内情報信号を保存するという事になる。

 

 しかし、それが一緒にいるという事になるだろうか?

 

 魂魄などとオカルト染みた言い方をしているが、抽出された脳内信号はただのデータでしかない。

 

 ご丁寧にフォルダに分けて保存されるなら兎も角、そのまま叩き込まれたとすれば俺と銀零のデータがごちゃ混ぜになって原型を留めないのではなかろうか。

 

 仮に都合よく分かれて保存されたとしても、データとなった脳内情報が肉体から切り離されても自我を持って活動を続けられるとは思えない。

 

 また、情報信号は記録媒体の中でしか存在できない代物である。

 

 他者の手によって適正に保管されていたとしても、媒体の寿命が来れば消える以外に道はない。

 

 そんな物が永遠を騙るなど片腹痛い。

 

 別の媒体に移動させるにも、『脱魂燃焼(レイス・バーン)』の問題がある以上は一人分のデータしか救えないだろうし。

 

 それ以前に銀零はどうやって魂魄転写を行うつもりなのか?

 

 さっきも上げたが前世の上海と現世では電脳技術に隔絶した差がある。

 

 この世界には専用の施設はおろか、脳神経へ直結させる電脳インターフェイスすら存在しないのだ。

 

 これでは情報信号を抽出することですら、夢のまた夢ではないか。

 

 考えれば考えるほどにツッコミどころ満載なのだが、都合のいい魂魄転写の知識を教え込まれた銀零に気づけと言うのは酷な話か。

 

「銀零。お前は魂魄転写がどういうものか、知っているのか?」

 

「……兄さまとぎんれいがずっといっしょになれる魔法?」

 

 ……相手は8歳のお子様だ、説明されても理解度はこんなもんだろう。

 

「簡単に言えば、脳に電極を刺してその人を形作る情報を抜き取るんだよ。で、情報を綺麗に抜き取ろうと思ったら、持ち主に気が狂うほどの痛みを与えないといけないんだ。だから魔法は魔法でも、もの凄く悪い魔法という事になる。───銀零はそんな魔法を自分やアンちゃんに掛けたいのか?」

 

「だいじょうぶ。ぎんれいは研究所で痛いのになれてる。兄さまもぎんれいとずっと一緒にいられるのなら、がまんしてくれるよね?」

 

 ノーサンキューだよ、馬鹿野郎。

 

「ぎんれいにこの魔法をおしえてくれたのはるいり。るいりはね、あの子の兄さまとずっといっしょにいられるようになったんだ。だから、ぎんれいと兄さまもきっと大丈夫」

 

 銀零の物言いに俺は思わず口元を抑えた。

 

 るいりとは、恐らくは孔瑞麗(コン・ルイリー)の事だろう。

 

 それはつまり、俺の夢に出てきた濤羅(タオロー)兄ィは魂魄転写によって引き出され、妹の魂とごちゃ混ぜにされていたという事だ。

 

 クソッタレ、あの人は俺みたいなクズと違って義に厚い本当の侠者だったんだぞ。

 

 そんな救いのない死に方をする理由なんてどこにも無かったろうに。

 

「ぎんれい、がまんするつもりだったんだよ」

 

 ギラギラと光る双眸を向けながら銀零は笑う。

 

 いつもなら癒しになるその顔も今ではただただ悍ましいとしか思えない。

 

「兄さまとけっこんしきしてお嫁さんになって、そのあと二人でしろがねの中に入るつもりだったの。だから、はたちになるまでは待つつもりだったのに────」

 

 そう言葉を切ると、銀零の瞳が急速に濁り始めた。

 

 汚泥を混ぜたようなその目は、あいつの中にある俺への狂愛の象徴を思わせる。

 

「しろがねをこわそうとするのなら、もう待たなくてもいいよね」 

 

 言葉と共にドローンの頭に手を置いた銀零は、いつもの舌足らずな声からは想像も付かないほどに流暢に言葉を紡ぎだした。

 

「鬼に遭うては鬼を斬る」

 

 まるで呪のような声と共に、甲高い音を立てて微細な欠片へと分解するドローン。

 

 そして無数の欠片が纏わり付く様に浮遊する中、銀零は再び口を開く。

 

「仏に遭うては仏を斬る」

 

 無一物を引用したかのような一文。

 

 それを紡ぎ終えると、銀零はこちらに掌を向けて気炎を吐いた

 

「劔冑の理、ここにあり!」

 

 呪と同時に視界を焼く閃光と耳を劈く金属が合わさる音。

 

 視覚と聴覚が塞がれる中、唐突に『意』を感じた俺は迷うことなくベランダの方へと身を投げた。

 

 黒に染まった視界の中、肩口に衝撃を感じた後で金属音から解放された耳はガラスが砕ける甲高い音を捉える。

 

 そして次に来るのは爆音と背中を押す風、さらには重力のくびきから解き放たれたような浮遊感だ。

 

 俺達の部屋は官舎の5階だったから、このままだと高確率で転落死。

 

 良くて半身不随コースだろう。

 

 もっとも、それは普通の人間の話だ。

 

 グルグルと回る平衡感覚の中、深い呼気と共に俺は内勁を練り上げる。

 

 こういう時、鍛錬というのは便利なものだ。

 

 どんな心境だろうと身体に叩き込んだ事を忠実に行ってくれるのだから。

 

 練り上げた勁で軽功術を発動させた俺は、触覚によって捉えた周囲に散らばるガラス片を足場にして地面へと降り立った。

 

 ようやく像を映すようになった目を自身が飛び出した部屋へと向けると、そこには奇妙な物が宙を浮いていた。

 

 成人ほどの大きさで女性のようなフォルムをした白銀の甲冑。

 

 大きな特徴は尻の辺りに蜂や蟻を思わせる腹が付いている事か。

 

「パワードスーツだと?」 

 

 予想外な代物の登場に俺は我知らず眉根を寄せる。

 

 人間が装着する形の機械式強化外骨格、俗にいうパワードスーツは数年前から米連で導入されている。

 

 しかし、それが花形を飾っていたのは過去の話。

 

 サイバネ兵士が本格導入された事により、米連内の研究開発の主流はサイボーグへと移行したのだ。

 

 その際に米連内でどのような動きがあったのかは知らないが、パワードスーツは初期の重装甲型が数十機ロールアウトされるのを打ち止めに新型の開発などされていないはずだ。

 

 ましてや空戦可能な代物などサイバネ兵士ですら到達していない代物なのだ。

 

 少なくとも、あれはこの世界の代物ではない。

 

 魂魄転写の受け皿となり得ることを思えば、前世において作成された代物か?

 

 だとしても、いったいどうやってここに持ち込んだのか?

 

「ていこーしないでね、兄さま。ぎんれいは兄さまとずっといっしょにいたいの」

 

 まるで金を摺り合わすような雑音と共に銀零の声がする。

 

 あの白い甲冑からは殺意は感じない。

 

 代わりに放っているのはむせ返るほどの害意。

 

 この感じからすると、必要だと思えばあいつは俺の手足も躊躇なく引き千切るだろう。

 

 細く鋭い、刺すような呼気。

 

 同時に鯉口を開けた鞘から除く刃は、春の日差しを受けたにも拘らず凍るような照り返しを放つ。

 

 息を吐き出す度、刀身が鞘を走る度。

 

 迷いが、悩みが、逡巡が消えていく。

 

 親しい人間に刃を向けるのを戸惑っていたが、そんな物は今更だ。

 

 あの上海で俺はどれだけの知人や友人を斬った?

 

 世話になった恩人、魔が差して組織を裏切った先達、同じ地獄を潜り抜けてきた同門、義兄弟の契りを交わした友人。

 

 命令があれば眉一つ動かさずに全てを斬ってきたじゃないか。

 

 今回だって同じだ。

 

 こちらに武器を向けてきた以上、躊躇する必要なんてない。  

 

 考えを巡らせていると、鈴の音のような音を最後に切っ先は解放された。

 

 同時に俺を塞き止めていた枷も綺麗さっぱり消え去っている。

 

 大事な妹だった。

 

 片方とはいえ血がつながった家族だから、あの子が独り立ちするまで親代わりとして面倒を見ようと思った。

 

 あの子への情はまったく薄れていないのに、露になった刀身に目を走らせただけで全てが「だった」になっている。

 

 ────ああ、畜生。

 

 やっぱり、俺はクズ野郎だ。




 読んでくださってありがとうございます。

 今回、何度もリテイクを繰り返した理由は、なんとか銀零を救済しようと頑張ってみたからでした。

 しかし、どう書いても違和感しか残らず、結局こういう流れになった次第です。

 さて、次回は若様にとって分水嶺となるでしょう。

 私も気合を入れて書きたいと思います。


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【異聞】おっさんと行くぶらり魔界行

 えー、ブラックルートがあまりにも本編の空気とそぐわない為に独立させました。

 あの話の流れの直後のギャグを乗せるのはさすがに無理っす!


若様『妹のヤンデレアタックによって深手を負ったか。今まで手塩に掛けて育ててきたのに、どうしてああなった?』

 

???『どうした、元気を出せ! 栄光あるふうまの頭領に、そんなしょぼくれたツラは似合わんぞ!!』

 

若様『うるせぇっ!!』

 

???『ママーーッ!?』

 

若様『覚えのない弾正を幻に見るとは……俺も長くないかもしれん。現実逃避はこの辺にして宿題をやろう』

 

若様『最近の中学校は宿題にもPCを使うんだな。…………とりあえず一段落したし、休憩がてらにネットでも漁るか』

 

若様『適当に回ってみたが面白いものって見つからないもんだ。───んん?』

 

『【貴様の愛は】身内から愛されて夜も眠れない人達の相談スレ【侵略行為】』

 

若様『なんというタイムリーなスレ。これは見ないわけにはいかない』

 

 

 

 

 

 【貴様の愛は】身内から愛されて夜も眠れない人達の相談スレ【侵略行為】

 

 

412番目の黒王子

 

 

 そんなワケで俺の大事な幼馴染は眼帯髑髏武者ヤロウに取られちまったのさ。

 

 ……わざわざ死ぬ覚悟で助けに行ったのにワロエナイ。

 

 というか、本当の命の危機は家に帰ってからだったし。

 

 姉ちゃん、ヤメテ!

 

 男は女の人みたいに無制限じゃないから!!

 

 俺の357マグナムは6発しか撃てないから!!

 

 というか、『今日は絶対に大当たりだ』とか言わないで!?

 

 それがヒットしたら、もう姉ちゃんから逃げられなくなる!!

 

 

413番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 憐れ……じゃないなぁ

 

 

414番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 話の流れからして、どう考えても先に幼馴染を振ったの黒王子だし。

 

 

415番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 だいたい、童貞を食われてから行動がブレブレすぎてワケが分からん

 

 

416番目の黒王子

 

 

 そんなこと言わないでアドバイス下さい。

 

 色々と覚悟が決まるまで姉ちゃんから逃れる方法 420~425

 

 

417番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 いや、早えよ!

 

 

418番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 考えを纏めるヒマもねぇ!?

 

 

419番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 だが、ここは俺達地雷家族を持った先達の力の見せ所だ!

 

 

420番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 ならば、答えよう。

 

 黒王子よ、お前が姉から逃れる術が一つだけある。

 

 死だ つ『青酸カリ』

 

 

421番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 北斗の拳wwww

 

 つ『フグ毒』

 

 選ぶがいい、誰も強制は出来ん。

 

 

422番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 トキ乙wwww

 

 つ『ダイオキシン』

 

 

423番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 つ『ニコチン』

 

 

424番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 つ『水銀』

 

 

425番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 つ『アポトキシン4869』

 

 

426番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 つ『ヒュドラの毒』

 

 

427番目の黒王子

 

 

 (´;ω;`)

 

 

428番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 オチがついたところで、そろそろオジサンが話していいかなぁ?

 

 

429番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 さらば、黒王子

 

 そしてニューカマー現る

 

 

430番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 よし、来い!!

 

 

431番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 どんな問題でもクレバーに答えてやるぜ!

 

 

432番目の黒オジサン

 

 

 コテハンはこれで。

 

 オジサンの悩みは娘から男性として見られている事なんですたい!

 

 

433番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 ちょっ、方言!?

 

 

434番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 動揺しすぎ、ワロタ

 

 

435番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 黒オジサンは落ち着いて話してくれ。

 

 事情が正確に伝わらなければ、アドバイスの仕様がない。

 

 

436番目の黒オジサン

 

 

 すまない、思い出がフラッシュバックして動揺してしまった。

 

 ざっと説明すると13になる娘がオジサンを狙ってるんだ…………性的に。

 

 

437番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 オゥフ……ッ

 

 

438番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 子供の時分からそういうのに目覚められるの本当に辛い

 

 ソースは小5で妹に乗られそうになった俺

 

 

439番目の黒オジサン

 

 

 最初はただ甘えてきてるだけかと思ったんだよ

 

 オジサンはこう見えても社長だし、仕事が忙しくて小さい頃はあまり構ってあげられなかったからね

 

 だから、時間が取れる時は娘の要望には極力応えようとしたんだよ

 

 一緒に寝たり、お風呂に入ったりさ

 

 娘が大きくなったら『キモイ』とか言われてできなくなるだろうし、こんな事するのも今だけと目いっぱい甘やかしたのさ。

 

 けどよぉ……それが全部裏目に出るとは思わんかったですよッ!?

 

 

440番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 え、どうなったんだ?

 

 

441番目の黒オジサン

 

 

 オジサンの嫁、もしくは妾の地位をガチで狙うようになってしまった……

 

 そこからは思いもよらない攻撃ばかりで本当に参った。

 

 一緒にお風呂に入ってる時もオジサンの55キャノンを触ろうとしてきたり、もう思春期に入ってるはずなのにオジサンの前を下着でうろちょろしたり。

 

 起きたら隣に全裸の娘が寝てるとか、オジサンが言ったらおかしいけどホラーだよ!

 

 あの時は心臓が止まったかと思ったし!?

 

 『パパの赤ちゃん、欲しい』って言われたときは、本気で身投げしかけたよ!!

 

 

442番目の愛故に人は苦しまねばならぬ

 

 

 なかなかアグレッシブな娘さんのようで、お悔やみ申し上げます……

 

 

443番目の黒オジサン

 

 

 オジサンはさ、たしかに世間では鬼だの外道だの言われてるよ

 

 人に言えないようなエゲツナイ事も色々やってきたし、日本の悪いことは大体オジサンの所為なんて噂も立ったさ

 

 そんな道外れーなオジサンでも、さすがに実の娘と肉体関係を持つのは無理なんだよ……

 

 娘に向けてる愛情は親としてのモノで、異性として見れないっつーの

 

 あの子の奇行の所為で母親とは離縁しちゃったしさ

 

 掲示板の先達たち、オジサンが娘の魔の手から逃れる方法を考えてくれないか?

 

 

 

 

若様『みんな、苦労してんだなぁ。というか、気づいたらカキコした上に黒おじさんとオフ会することになってるんだが……』

 

若様『同じ苦しみを味わう戦友との約束をブッチするわけにはいかん。一期一会になると思うし行ってみるか』

 

 

若様『待ち合わせの店ってここだよな。えっと……銀髪にグラサンをしたオジサンっと……ああ、いたいた』

 

若様『すみません、黒オジサンですか?』

 

黒 『ええ、私が黒オジサンって───剣キチ君ではないか』

 

若様『ぶらぁぁぁっっ!?』

 

 

 

 

黒さん『いやぁ、まさか君が(フォン)君だとはオジサン思ってもみなかったよ』

 

若様『それ、俺のセリフだから。ノマドのトップがあんな掲示板でお悩み相談するとか、普通考えねーよ』

 

黒さん『ところで、君も随分と苦労をしているようだね』

 

若様『8歳の妹に子ども産んであげるって言われました。それを言うならそっちも大概だよな』

 

黒さん『娘の猛アタックが原因で離婚しちゃったよ、オジサン』

 

若様『娘って、あのフェリシアちゃんだよな。つーか、その喋り方なんなん?』

 

黒さん『これがオジサンの素だよ。普段のエラそうな態度はキャラ作りだから。不死の王とか大層な肩書持ってるとね、ああでもしないと部下が怒るんだ』

 

若様『泣くなよ、黒さん』

 

黒さん『嫁さんが逃げたせいかな。この頃は部下のインなんとかさんや、ホモい魔界医師なんかが獲物を見るような目でオジサンを見るんだ……』

 

若様『インなんとかって……』

 

黒さん『ホント、色目使わないでくれるかなぁ。オジサン、会社の社長だから。部下に手を出したとか噂になったら社会的に死ぬから』

 

若様『大変だな、アンタ。言われてみれば、俺もこのまま行くと近親婚万歳な未来しかないんだよなぁ……。姉と妹と結婚するとかどんな鬼畜だよ、俺』

 

黒さん『風君、飲もうじゃないか! 今日くらいは酒で辛い事は何もかも忘れよう!!』

 

若様『そうだな! 今日くらいはいいよな!!』

 

 

 

 

若様『………何時の間に帰ってきたんだ、俺? つーか、頭痛ぇ……。あの時、黒さんと悪乗りして店の酒片っ端からチャンポンしたもんなぁ。よく急性アル中で死ななかったもんだ』

 

若様『あれ、机の上に見慣れないノートがある。学校用の予備だっけか? …………げ』

 

若様『これ、黒さんと酔った勢いで作った人生脱出計画じゃねーか。───つーか、スゲエな。めっちゃ緻密な上に要所要所でアグレッシブだし。あの時、絶対に神が降りてたわ、俺等』

 

若様『とりあえず、黒さんに本当にこれをやるのか確認しないと。携帯の番号は聞いてたからっと───もしもし、黒さん?』

 

黒さん『風君か。どうしたんだい?』

 

若様『いや、昨日酔って作った計画、マジでやるのかなぁって思ってさ』

 

黒さん『え、やらないの? オジサン、もうエスポワールに乗った気でいたのに』

 

若様『カイジかよ。まあ、人生やり直すって意味じゃ合ってるか。わかった、俺も乗るわ。このまま行ったらリアルな意味で人生の墓場だし』

 

黒さん『近親婚は創作物だから面白いんだよ。本当にやったらシャレにならんから』

 

若様『そんじゃあ、この計画通りに。だいたい十年でカタを付けるってペースでいいか?』

 

黒さん『了解だ。これで君とオジサンは共犯者だ。足抜けは無しで頼むよ』

 

若様『途中でリタイヤしたら、ある意味死ぬより辛い人生が待ってるから。裏切るとかナイナイ』

 

黒さん『なら契約完了だ。自由を手にするまで頑張ろう!』

 

若様『了解だ。よろしく、黒さん』

 

 

 

 

 その後、俺達ふうま一門は破竹の勢いで実績を残すこととなった。

 

 それはブラド国に移っても変わることなく、その活躍っぷりは移住して一年も経たない内に新参者と揶揄する輩はいなくなる程だった。

 

 当然ながらこれにはガッツリ絡繰りが存在する。

 

 それは俺と黒さんのホットラインだ。

 

 ノマドの動きは全て黒さんを通して俺に筒抜けであり、同時にふうまの動向もまた俺から黒さんに通じている。

 

 そうやって二人で組織の動きを調整することで、俺は手柄を立ててブラド国の地位を確固たる物とし、黒さんはノマド内の無能や扱いに困る部下を合法的に抹殺していく。

 

 互いのトップが内通しているという圧倒的なまでのマッチポンプを利用し、双方Win―Winの関係を維持し続けたのだ。

 

 上手く行き過ぎれば疑念の眼を持たれるため、いい塩梅に互いの組織が失敗する事で隠れ蓑を作りながら関係を続けた結果、なんと当初の予定より三年早くノマドとの最終決戦を迎える事となった。

 

 

 

 

若様『エドウィン・ブラック! 覚悟ォォッ!!』

 

黒さん『来るがいい、ふうま小太郎! 不死の王たる私は、あと一回刺されたら死ぬぞぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

若様『戴天流、ただの突きィィィィィィィィ!!』

 

黒さん『ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』 

 

若様『殺ったか(フラグ)』

 

黒さん『私一人では…死なん……。貴様も一緒に…連れて行く……ッ! サラダバー!!』

 

若様『爆発オチなんてサイテーーー!!』 

 

 

 

 

 とまあ、こんな感じで最終決戦も無事終了。

 

 ふうま小太郎とエドウィン・ブラックは共倒れという形で姿を消したワケだ。

 

 当の俺達はというと、爆発の寸前で黒さんの足元に用意していた隠し通路に転がり込む事で難を逃れ、そのまま決戦の舞台となったカオスアリーナからオサラバした。

 

 そしてセーフハウスに待機させていたホモォ疑惑のある魔界医師によって整形手術を行い、晴れて別人として生まれ変わった。

 

 もちろん、役目を終えた魔界医師は始末してある。

 

 この秘密を知るのは俺と黒さんだけで十分だからな。

 

 しかし、よっぽどあのホモォの色目に辟易していたのだろうな。

 

 奴の眉間に対不死仕様の弾丸が入った銃を突き付けていた黒さんの表情は、どこぞのオリジナル笑顔ばりに輝いていた。

 

 寸毫の躊躇もなく顔面に全弾叩き込むという黒さんのストレス解消も問題なく終わり、俺達はその足で東京キングダムの最下層に向かった。

 

 お目当てはもちろんポッカリと口を開けている魔界の門。

 

 すべての柵から解放された俺達は、密かに持ち出した金子を懐に入れて新たなフロンティアに旅立つ。

 

 ああ、もう何も怖くない……。

 

 

 

 

インなんとかさん『こんなところに研究施設を持っていたとはな。しかし、何故フュルストの奴はここで死んでいたのだ?』

 

ノマド構成員『現在調査中ですが、ここにあるデータは全て消されているので真相を解明するのには時間が掛かるかと……』

 

インなんとかさん『チッ、ブラック様を失った事でノマドは未曽有の危機だというのに……』

 

ノマド構成員2『イングリッド様、フェリシア様がまいりました』

 

インなんとかさん『何故こんな場所に連れてきた!? お父上を失った姫がどのような状態か、貴様も分かっているだろう!!』

 

ノマド構成員2『申し訳ありません! ですが、フェリシア様がこちらに来たいと……』

 

インなんとかさん『なんだと……?』

 

フェリ(クンクン、クンクン)

 

インなんとかさん『(なんだ? 部屋の匂いを嗅いでいるのか?)姫様、どうかなさいましたか?』

 

フェリ『まちがいないわ。お父様は生きている』

 

インなんとかさん『なんですって!?』

 

フェリ『これはお父様の加齢臭よ!!』

 

 

システム『愛の猟犬Fがターゲットの生存を感知しました』

 

 

 



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日記22冊目

 皆様、大変長らくお待たせしました!

 書けぬ書けぬと七転八倒した結果、何とか話を紡ぐことが出来ました。

 この話の流れを茶番と捉える方もいらっしゃると思いますが、これが暗い話は書けない作者の限界にございます。

 できる事でしたら、海よりも深い心で受け止めていただければ幸いと存じます。



 甲高い刃音と共に兄が剣を抜いた瞬間、銀零は数度周囲の温度が下がったと錯覚した。

 

 二世村正の複製体である白金を纏っている以上、周囲の温度変化を数値で知る事はあっても肌で感じる事などあり得ない。

 

 それでも背筋を走った悪寒は、小太郎を頭上より強襲せんとしていた銀の羽を留める事となった。

 

『どうしたの、銀零?』

 

 劔冑(つるぎ)の戦闘補助を行うため、いつもより大人びて聞こえる瑞麗(ルイリー)の声に銀零は眉根を寄せる。

 

「わからないけど、いやな感じがした……」

 

 漠然とした感覚を上手く言葉に出来ない銀零。

 

 幼い身ながらも鋭敏に己に降りかかるであろう危難を察知する才覚は、彼女の中にふうま宗家の血が息づいている事の証明だ。

 

 しかし、それを明確に言葉にするには普段からの口数の少なさも相まって、銀零の持つ語彙力では圧倒的に足りなかった。

 

 結果、要領を得ない答えを返された瑞麗もまた眉を顰める事となる。

 

 こういう時に実戦経験者である光がいればアドバイスの一つも出るだろうが、生憎と彼女は数日前に瑞麗達と袂を分かっている。

 

『瑞麗、そして銀零。光はお前たちと初めて出会った時、こう問うたな。お前達は与えられるべき正当な愛情を得られないのか、と』

 

「……うん」

 

『ええ、与えられていないわ』

 

『光はそうは思わん。この世界を訪れてからお前と兄を見てきたが、あの男はお前に父として、兄として、そして家族として十分な愛情を注いできたと思う。銀零、お前はそれでも足りないというのか?』

 

 離別の夜、そう問いを投げかけた光の声音には普段の尊大さは無く、代わりに切なる思いが込められていた。

 

 彼女の出生は特殊な物であった。

 

 それ故に元凶たる母を疎み、家族である湊斗景明から向けられた間違った愛情を(いな)とした。

 

 彼女が起こした多くの事件は全て、常識に縛られて正しい形で自分を見る事のない景明から、本当の愛情を得る事を目的としていたのだ。

 

 だからこそ、波長が合うとはいえ銀零や瑞麗の行いを良しとできなかった。

 

 自分が欲して止まなかったモノを得てもなお足りないと吐き捨てた狂女が、彼女の影響を受けて親愛と恋愛の境目も分からぬままに進む幼き娘が。

 

 何より小太郎の愛情を否定する事は、今際の際に自身へ示した景明の愛をも貶されると感じたからだ。

 

 しかし、光の思いは二人には届かなかった。

 

 そんな光の言葉を瑞麗は嘲笑う。

 

 常識に縛られた想い人に、女とすら見られない事の苦しみを眼前の小娘は知らないだろう。

 

 どれだけの思慕を募らせても、良き兄たらんとする男には届きはしない。

 

 それどころか他の男との婚姻を取り決め、それを笑顔で祝福するのだ。

 

 その時に自身が感じた気が狂わんほどの絶望など、想像すらできないはずだ。

 

 正しい愛情がなんだというのだ。

 

 兄妹愛、家族愛。

 

 そんなもの、腹の足しにもなりはしない。

 

 愛する男の全てを奪い、永遠に己のモノにする。

 

 それこそが究極の愛ではないか。

 

 そう返す瑞麗に、光は侮蔑とも憐れみとも取れる視線を向け、

 

『光はこれ以上、お前たちに付き合う気にはなれん。恵まれている事に気づかずに欲を掻けば、全てを失うことになるぞ』 

 

 と言葉を残してこの世界から消えてしまったのだ。

 

 騎体制御OSを務めていた光が消えた事で、白金の戦闘力は数打劒冑にまで急落する事となった。

 

 瑞麗が代理となることで陰義が使用できるまで性能を復旧できたが、所詮はそれも付け焼刃。

 

 いかにガイノイドへ身を変じた事で高速演算を得たとはいえ、最高峰の武者にしてオリジナルである二世村正の仕手であった光には及ばない。

 

 結果として現在の白金は、他の二世村正クローンの七割程度の性能しか引き出せないでいた。 

 

『攻めましょう、銀零。彼とて兄ですもの、妹に本気で剣を向けるなどするはずがありませんわ』

 

「……ん」

 

 瑞麗の説得によって再度高高度からの加速を開始する白金。

 

 辰気(しんき)制御という重力を操る陰義によって、自由落下の数十倍の速度を出した純白の装甲は文字通り流星と化す。

 

『銀零、まずは対象の無力化を!』

 

「兄さま、右手もらうね」

 

 加速の勢いそのままに鋼に覆われた手を刀に見立てて振り上げる白金。

 

 だが、その一撃は甲高い刃鳴と共に小太郎の刀が描く輝線に絡めとられた。

 

 速度、質量、膂力。

 

 全てに()いて相手に分があるにもかかわらず、地面を噛む小太郎の両足は小揺るぎもしない。

 

 これこそが内家剣法の妙

 

 『軽きを以て重きを凌ぎ、遅きを以て速きを制す』という真髄の発露であった。

 

 濤羅と一つになった事から得た知識によって、瑞麗は今の一手が戴天流の技である事を理解する。

 

 情報とは即ち力である。

 

 自身の世界でも五人といなかった免許皆伝者である兄。

 

 その知識があれば、少年の武の拠り所たる戴天派の技は封殺できる。

 

 ────そのはずだった。

 

 たしかに瑞麗は自身の一手を凌いだのが戴天流・波濤任櫂である事を見抜いた。

 

 そしてこちらの攻撃が流れた事で返しが来ることも。

 

 しかし、そこまでだった。

 

 少年が打つであろう次の一手、それを予測しようと濤羅の知識を探った彼女は、自身に襲い来るであろう技のパターンの膨大さに舌を巻く事となった。

 

 内家拳の一派を担う戴天流の秘奥は千変万化にして深遠無縫。

 

 本来なら日々の鍛錬で築いた下地に加え、命がけの戦いによる経験の蓄積があってはじめて、刹那に最適な技を選ぶ事が出来るのだ。

 

 如何にデータを得ようとも、兄の庇護の下でぬくぬくと生きてきた瑞麗にそんな真似ができるはずがない。

 

 そして才無く心無く刀剣を弄ぼうとした小娘は、その酬いを受ける事となる。

 

「シッ!」

 

 呼気と共に翻った小太郎の一刀は、甲高い金属音と共に白金の右腕を肘の半ばから斬り飛ばした。

 

「────ヒッ!?」 

 

 細かい破片が舞い散る中、指先を掠めた刃の感触に短い悲鳴を上げる銀零。

 

 大きく乱れた心理グラフを感じ取った瑞麗は、仕手から機体の制御権を奪取して即座に後退する。

 

 辰気の作用によって、まるで撥ね飛ばされるように小太郎と距離を取る白金。

 

 雲霞秒々の構えのまま、倭刀の切っ先を突き付ける小太郎の姿に瑞麗は思わず歯噛みした。

 

 記憶にある兄と同じ構えを取る少年に向ける視線、それに宿る感情は『信じられない』というものだ。

 

 幼くして両親を亡くした(コン)兄妹。

 

 親代わりとして妹を護ってきた濤羅は、瑞麗に手を上げた事が無かった。

 

 聡い娘であった瑞麗が兄を怒らせるような事をしなかったというのもあるが、妹を溺愛していた濤羅が瑞麗を傷つけようと思わなかった事も大きい。

 

 それ故に瑞麗の中では『兄は妹を護り、決して傷つけないモノである』という認識が刷り込まれていたのだ。

 

 もっとも、これが何の縁もゆかりもない兄妹ならば、瑞麗もここまで驚きはしなかっただろう。

 

 彼女とて元は成人女性、世の人は千差万別であることくらい認識している。

 

 問題は眼前に居るのは瑞麗が『見立て』に選ぶほど、自分達と似た境遇の兄妹だという事だ。

 

 異なる時空の上海に於いて彼女の魂が宿っていた少女型のガイノイドは、魂魄転写を用いた孔兄妹二人分の脳内情報移植の影響によってその大半の機能が失われた。

 

 あのまま行けば頭部の有機メモリが朽ちるまでという、薄氷のような永遠を二人で過ごすはずだった瑞麗。

 

 しかし、運命の悪戯によって瑞麗は自分と近しい魂の波長をもつ銀零と意識が繋がってしまう。

 

 ふうまという裏の結社を背負って鉄火場を行く小太郎と、その庇護の下で兄の帰りを待つ銀零。

 

 異界の幼い兄妹に自分たちの関係を投影していた瑞麗は、銀零が周りから兄との婚礼を認められている事を知った時にある事を思いついた。

 

 それは銀零達を現世で結ばせる事で、兄を絶望の深淵に突き落とすしか方法が無かった己の代替行為とするという事だ。

 

 もちろん、それが何の意味も無い自己満足である事を瑞麗は理解している。

 

 しかし、己が想いを遂げる為に兄を含めた周囲全てを破滅させた狂愛の女に、世の理屈など通用しない。

 

 繋がった縁を頼りに魂魄を飛ばし、幼く肉親に対する好意と異性に対するそれの区別がはっきりしなかった銀零を誘導する事で、その思いを狂愛へと傾けたのはそれが理由だ。

 

 だからこそ、彼女は認められない。

 

 小太郎が銀零を斬ろうとした事が。

 

 常識や立場に囚われて、妹を切り捨てようとする兄の姿が。

 

 何故なら、組織の為、義の為と自分を置き去りにしてひたすらに剣の道を行く。

 

 それは瑞麗が最も嫌い、恐れていた濤羅の一面であったからだ。

 

 元の世界ではそうならない為に己の全てを投げ打った。

 

 だというのに、見立てと定めた世界で同じ事が起こっては、何のために小娘に手を貸したというのか?

 

 驚愕が憎悪へと塗り替わっていくのを自覚していたルイリーであったが、次の瞬間にはそんなものは全て吹き飛んでしまう事になる。

 

『兄さまの────バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 人形のように感情を見せなかった銀零が、金打声の金属音を掻き消すほどの泣き声を響かせたからだ。

 

 

 

 

『兄さまが……ッ、銀れいを打ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 今まで…ッ、一度も……ッ、打たれたことなんてない……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!』

 

 火が付いたように上がる妹の泣き声を聞いた俺は、なんというか冷や水をぶっかけられたような気分になった。

 

 驚いたのは確かだが、それ以上にあの子が8歳の子供だという事を今更ながらに再確認したからだ。

 

 銀零は感情を表すのが苦手だから他の子の様にはしゃいだりする事なんて全然ないし、構ってほしい時も小声で呼ぶかこっちの裾を小さく引くくらいだった。

 

 だから、あんな風に感情をむき出しにして泣く姿なんて俺も初めて見た。

 

 だからこそ、ここでようやく俺は自身が思い違いしていた事に気が付いた。

 

 銀零が示す『ずっと俺と一緒にいたい』という願い。

 

 求婚や魂魄転写なんて奇抜な言動が目立っていたが、それは子供として当たり前のものだ。

 

 生い立ちが少々特殊とはいえ、あの子が親代わりとして接してきた俺にそう望むのは何もおかしい事じゃない。

 

 上に挙げたぶっ飛び過ぎた手段だって、孔瑞麗の亡霊が元凶だと判明した。

 

 という事は、だ。

 

 今まで頭を悩ませていた銀零がらみの騒動は、俺のコミュニケーション不足と子供の癇癪が原因という事になる。

 

 改めて考えると、なんとも阿呆らしいものである。

 

 職業上物事を疑う癖が付いているとはいえ、年端のいかない妹の事まで深読みしていたとか。

 

 そのうえ、ガキの言う事を真に受けて『斬るしかない』とか思い詰めるなんて、情けないにも程がある。

 

 まあ、あの子が妙な連中と接触していた事や言葉の意味もよく理解しないままに振舞っていた所為も多分にあるが。

 

 だとしても親代わりを自認するなら、もう少し真っ直ぐにあの子を見てやるべきだった。

 

 そうすれば、白金はもちろん孔瑞麗の存在にも気づく事が出来たろうし、事態もここまで拗れなかったはずだ。

 

 ……ああ、ダメだダメだ。

 

 今は思考をネガティブに持って行ってる場合じゃない。

 

 少々大事にはなってしまったが、あれだけ子供らしい対応を見せてくれるのなら、あの子も手遅れってわけじゃないんだ。

 

 そもそも、やり方が間違ってたんだよ。

 

 二車の小父さんを見習って鷹揚で理解のある大人を演じていたけど、あれって引っ叩いてでも間違ってる事は間違っているって躾けてくれた小母さんあっての物だったんだ。

 

 本当なら小母さん役をウチの姉連中に振ればよかったのだが、俺自身がその辺を思いつかなかった事に加えて時子姉は引き籠りだし天音姉ちゃんは執事厨、最年長の災禍姉さんも超多忙と頼める状況では無かった。

 

 重要なファクターが欠けているにも関わらず、普段は仕事にかまけて偶に帰ってきたら甘やかすとか悪手にもほどがある。

 

 結婚云々とか言いだした時だって、狼狽えてないで『バカ言ってんな』って拳骨の一つでも落とすべきだったんだ。

 

 まあ、あれだな。

 

 たかだか14のガキが、親代わりで育児やろうってのが間違いだったんだ。

 

 そういった事は大人連中に任せて、俺がやる事は兄貴として真正面からあいつにぶつかる事だったんだ、

 

 骸佐と喧嘩したり、バカやってた時みたいにな。

 

 そこまで考えて深呼吸をすると、凝り固まっていた頭が解れる感触と共に視界が開けたような気がした。

 

 さて、答えが出たのならば次にやる事は決まっている。

 

 我知らずに吊り上がっていた口角を引き締めた俺は、呼気と共に軽身功を発動させた。

 

 羽毛の如く重さを消した身体は、地面への一蹴りによって簡単に銀零のいる高度まで飛び上がる。

 

 そして────

 

「びーびーびーびー泣いてんじゃねー!!」

 

 俺は空いた手で思い切りパワードスーツの頬を張り飛ばした。

 

 乾いた音と共に確かな手応えが伝わり、右に大きく跳ね上げられた銀のフルフェイスによって、銀零のパワードスーツは空中で大きく身体を傾けた。

 

 素手とはいえ内功をしっかり込めた一撃、衝撃は中の銀零にまで伝わったはずだ。

 

『いたいっ! またぶったっ!!』

 

「それがどうした。最初に喧嘩を売ってきたのはお前じゃねーか」

 

『……けんか?』

 

「さっき、お前が白金とやらを使って俺を吹き飛ばしただろ。この時点でお前は俺に喧嘩を売ったんだよ」

 

 泣いて精神年齢が相応になってるのか、どんどん舌足らずになっていく言葉に畳みかけてやると、泣き声を引っ込めた銀零はしゃくり上げながらも黙り込む。

 

「くだらねぇ事考えてんじゃねーよ、バーカ!」

 

『ぎんれい、バカじゃないもん!!』

 

「喧嘩の原因なんて小難しい理屈はねーんだ。なんとなくお前が気に入らない、それで手を出したら成立するんだからよ。現にお前は俺が気に入らなかったんだろ?」

 

 コクリと頷く銀零に、俺は敢えて意地の悪い笑みを浮かべてこう返す。

 

「いきなり自分の物を潰そうとされたんだ、そりゃあムカつくだろうさ。けどな、俺だってお前のワケの分からん言動には腹を据えかねてんだ。───だったら、殴り合うしかねえだろ」

 

 そうだ。

 

 最初から難しく考える必要なんてどこにも無かったのだ。

 

 ふうまや魂魄転写、ドローンやら孔瑞麗の事だって関係ない

 

 俺はこっちの苦労も知らずに常識外れなマネをする銀零に内心イラついていた。

 

 あいつだって、自分の思い通りに動かない俺にムカついてるに違いない。

 

 なら、お互いの気持ちをぶつけ合うしかないのだ。

 

 愛読していた『大十字のデキる育児書』にも『兄妹はワリとガチっぽい喧嘩をするもの』って書いてあったからな!

 

「つーわけで初の兄妹喧嘩だ、銀零! お前が腹で据えかねてる事、全部アンちゃんにぶつけて来い!!」

 

『…………うぅ』

 

 と言っても、コミュ力底辺の銀零が『では遠慮なく』と来るはずがない。

 

 ここは兄として見本を見せてやるべきだろう。

 

「銀零、いきなりワケのわからん事言ってんじゃねーぞ! 妹から結婚したいとか言われてもワケわからんわ!!」

 

 再び白金へと飛び掛かった俺は、すれ違いざまに左の羽を斬り飛ばした。

 

 ああ、勘違いすんなよ。

 

 銀零を斬るつもりなんて欠片も無いからな。

 

 考え方を変えたとはいえ、あのパワードスーツが危険な事に変わりはない。

 

 なら、銀零との問題のついでにここで破壊しとく方がいいだろう。

 

 幸い、鎧越しにも銀零の気配は把握できてるからな。

 

 寸詰まりなお子様体型だけあって、空きスペースもたっぷりある。

 

 あの子を傷つけずにバラバラにするのも十分可能ってことだ。

 

『いっしょうけんめい告白したのに……ッ! 兄さまのばか! いつもお仕事ばっかり! たまにはぎんれいにもかまえー!!』

 

 口を開くごとにどんどん地が出てくる銀零だが、その声とは裏腹に白金から放たれたのは剣呑な代物だった。

 

 残された手から射出された半分透けた黒の弾丸。

 

 空を切って迫るそれが放つ気配に俺は覚えがあった。

 

 そう、ヨミハラで矛を交えたエドウィン・ブラック。

 

 奴が自在に操っていた重力。

 

 弾丸が纏う力はそれと同じモノだ。

 

 宙を舞う塵を足場に剣を構えた俺は、存外の幸運に口角を釣り上げる。

 

 まさか、白金に重力操作機能があるとは。

 

 これは対ブラック戦の訓練としてかなり有効だ。

 

 内勁によって刃を概念を断つほどに精錬した俺は、向かってくる4発の重力弾に向けて剣を振るう。

 

 投げつけられた粘土を斬るような重い感触を伴い、振るわれた刃は思惑通りに全ての重力弾を両断した。

 

 あの時とは違い、俺の刃は重力にも届くようになったようだ。

 

 これも不用な邪眼を潰したのと、厄介な悩みが一つ解消されたお陰だろう。

 

『このぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

「ちぃっ!?」

 

 重力弾を追う形で間合いを詰めてくる白金、加速もそのままに袈裟斬りに振り下ろされる手刀を受けると、俺の身体は弾丸ライナーのように後方へ弾かれた。

 

 風切り音と高速で流れる景色の中、空中に漂う塵を二度三度と蹴って体勢を整えた俺は、衝撃で切れた口内に溜まった血を吐き捨てながら刀を構える。

 

 さっきの一撃、受けた瞬間に重さが倍増しやがった。

 

 気配からしてインパクトの瞬間に重力を込める事で一撃の威力を増したんだろう。

 

 とっさに消力で後ろに跳ばなかったら、刀ごと真っ二つにされるところだった。

 

 減速が上手くいってないのか、バタバタと手足を振り回しながら機体を制御しようとする銀零。

 

「俺がなんで必死こいて仕事してると思ってんだ! お前らを食わせる為だろうが!!」

 

 その間に三度間合いを詰めた俺は、横薙ぎ一閃で白金の左足を膝の下から斬り落とす。

 

 つーか、構ってやれないのは悪いといつも思ってるんだよ!

 

 けどな、俺が仕事を辞めたらウチの家族が路頭に迷っちまうじゃねーか!

 

 寂しいのはわかるけど、少しはその辺を弁えてくれよ!!

 

『ぎんれい知ってる! お金だったらいっぱいあるって! 兄さまがお仕事しなくても、さいかからもらえばいい!!』

 

 ダメージの影響か、バランスを崩しながらも加速を始めた白金は、こちらとの間合いを開けながら残された右腕を横薙ぎにする。

 

 『意』に続いてこちらに襲い来るのは、空間を歪めるようにして奔る黒い波。

 

 恐らくは重力波と呼ばれる物だろう。

 

 先ほどの結果から点ではなく線で攻める作戦に出たのだろうが、それではまだまだ甘い。

 

「あれはふうま全体の金でウチのじゃないの! 私的に使ったら横領になるからダメ!!」

 

 波に飛び込むと同時に大上段から剣を振り下ろせば、こちらを飲み込もうとしていた黒い奔流は刃閃に沿うように左右に割れた。

 

 重力斬りもだんだんコツが掴めてきた。

 

 あと何回か繰り返したら、対ブラック戦でモノになるだろう。

 

 しかし、戦場が空中に移行してくれて助かった。

 

 常時軽身功を使い続けなきゃならんのは少々骨だが、周辺に被害が出ないのはマジでありがたい。

 

 さっきの重力波だって地上で撃たれたら、官舎が軒並みオシャカになるところだったのだ。

 

 兄妹喧嘩と銘打ってみたものの、関係の無い人間からすればふうま宗家による私闘でしかない。

 

 そんな理由で官舎を吹っ飛ばそうものなら、上原家から懲戒解雇は免れないだろう。

 

 本音を言えば、こんなリスクの高いマネはカンベンなのだが、向こうから掛かってくる以上はこちらに是非は無い。

 

 それに銀零を矯正できるチャンスは、きっとこれが最初で最後。

 

 この機会に孔瑞麗から切り離して色々と認識を改めさせないと、本当に斬る以外の手が無くなってしまう。

 

 絶対に逃すわけにはいかん。

 

 勿論、周辺に与える被害は最小限に抑えながらだ。

 

 自分が立ち上げたハードルの高さに泣きを入れたくなるが、その前に一言。

 

「お前、自分の部屋にいかがわしい本を放置するのやめろ! なんで8歳児がレディースコミックなんて読んでんだ! しかも近親モノばっかり!!」

 

『さいかが参考にってくれたんだもん! それにぎんれいのお部屋は本棚がいっぱいなの!!』

 

 クソッ! いらんことしおって、あの愚姉め!!

 

 今度来る義足の予備を逆足にするぞ、チクショウ!?

 

 心の片隅で呪詛を吐く俺を他所に、臀部に付いた昆虫の腹のような機関を展開して上昇を始める白金。

 

 こちらに向けられた『意』と周辺の大気の変動から、銀零の打とうとしている手が相当な大技である事を察知した俺は全速で後を追う。

 

『兄さまのおたんこなす! 『天座失墜(フォーリンダウン)───』』

 

「遅い!」

 

 そして、白金が急降下を始めた刹那に刃圏へと捉えた俺は、空間が揺らぐ程に重力が込められた右踵を、すれ違いざまに脛の辺りから斬り飛ばした。

 

 勢いのままにクルクルと回転しながら落下する白金の脚部。

 

 一拍子置いて込められたエネルギーが中空に咲かせた巨大な爆炎、その衝撃を利用して俺は自宅から数棟離れた官舎の屋上へと降り立つ。

 

 やれやれ、ヤバいとは思っていたが足一つであそこまでの爆発を巻き起こすとは思わなかった。

 

 技的には重力と落下エネルギーを活かした空中踵落としのようだが、あんなモノを地上でぶっ放されたらどれだけの被害が出たか分かったもんじゃない。

 

 氣の周天がスムーズになってなかったら、技の出掛かりを抑える事が出来なかった。

 

 あの時、右目潰したのは大正解である。

 

 軽身功の連続使用と無茶な機動で軋み始めた身体を内養功で癒しつつ、上空に浮かぶ見るも無残な姿となった白金に目を向ける。

 

 半ばどさくさ紛れに白金をダルマ寸前まで追い込んだわけだが、まだまだ油断をすべきではない。

 

 銀零には全部受け止めてやると言ったものの、こっちは一発食らえばアウトのオワタ式である。

 

 それに、あの白金はヨミハラで出会ったフェリシアとどっこいのヤバい気配を放つ鎧だ。

 

 魂魄転写の依り代という事に加えて、孔瑞麗を内蔵している可能性を思えば、まだまだ奥の手を隠し持っていると見ていいだろう。 

 

 そういう観点から見ればメイン制御が銀零にあるのは、こちらにとって大きなアドバンテージだ。

 

 いかに高性能なマシンだろうと、パイロットが癇癪を起した8歳児では話にならんからな。

 

「さて、どうする銀零! もうやめるか?」

 

『う……うぅ~』

 

 こちらの問いかけに少々鼻声気味で唸る銀零。

 

 ここで白旗を上げてくれれば楽だったのだが、生憎とそうは問屋が卸さなかった。

 

『代わりなさい、銀零。貴女では無理よ』

 

「やだ! まだ兄さまにしかえししてな───」

 

『そんなくだらない事は関係ないわ。貴女の役目は終わったのよ』

 

 成熟した女の声が銀零の声を遮ると白金の纏う雰囲気が一変する。

 

 例えるなら、甘い香りで獲物を誘う毒華。

 

 機体周辺を漂う瘴気の量と相まって、純白の装甲に黒い陰が差したように見える。

 

「───孔瑞麗か」

 

 言葉を吐いた瞬間、無機質なはずの兜が笑みを浮かべたように見えたのは、果たして気のせいだろうか?



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日記23冊目

 お待たせしました。

 筆が乗った時に書き切らねばと思って机に齧りついた結果、何とか銀零編終了です!

 ああ、本当に大変だった。

 やっと、次からは普通に対魔忍が書けますわ。

 RPGも新キャラがポコポコ出てるし、遅れを取り戻さねば!!

 ちなみに、ここ一ヶ月で来たのはネコ娘ことクラクルでした。

 紅ぃぃぃ! 早く来てくれぇぇぇぇぇっ!!


『初めましてかしら、ふうま小太郎と呼ばせてもらいますわ。どうやら私達は縁があったようだけど、ゴメンなさいね。貴方が誰だったか、記憶にございませんの』

 

 青雲幇の名門である孔家の娘らしく、上品な口調で話を進める瑞麗(ルイリー)

 

 まあ、彼女が前世の俺を知らなくても不思議ではない。

 

 濤羅(タオロー)師兄に世話になったとはいえ、こちらは使い捨ての溝鼠(ドブネズミ)

 

 お高いご令嬢と関わるような縁なんて持ち合わせているワケがない。

 

 濤羅兄にしたって、自分の組織の暗部を堅気である妹に言って聞かせるような愚は犯していないだろうしな。

 

「そうかい。直接面識はないが、俺はアンタの事は知ってるぜ。濤羅師兄が自慢の妹だってよく話していたからな」

 

『あら、お兄様は私の事をそう言ってくれていたのね。嬉しいわ』

 

「才色兼備で家事も万能。琴を始めとして芸事にも造詣が深い、どこに嫁に出しても恥ずかしくないってな」

 

『へぇ……』

 

 金音に混じって聞こえる瑞麗の声のトーンが一段階下がる。

 

 まあ、銀零から滲み出ていた奴の歪んだ想いを知れば、これは誉め言葉でもなんでもないだろうからな。 

 

「しかし、濤羅師兄も報われないな。それだけ大事にしていた妹に後ろから刺されるようなマネされたんだから。魂魄転写の事は一通り知っているが、少なくとも身内にかけるようなもんじゃねーだろ」

 

 なあ、と同意を求めてみると、瑞麗は鈴を転がすような声で笑い漏らす。

 

『後ろから刺すなんて随分な言い草だこと。あの施術はお兄様と私の幸せの為に必要な事でしたのよ?』

 

「あの外法がかよ。アンタも被験者になったんだから知ってるだろうが、アレを完全な形で行うには対象に過度のストレスを掛ける必要がある。有体に言えば、再起不能なレベルで絶望させないといかん訳だ。───アンタ。師兄をそこに突き落とすのにどれだけの物を犠牲にした?」

 

『全て、ですわ。青雲幇も上海の民も、お兄様と私以外の関わるモノを何もかもを。少々手間が掛かりましたが、その辺は組織のナンバー2の地位にいたあの男がよく働いてくれたので助かりました』

 

 罪悪感の欠片も感じさせない恍惚とした声音に眉を顰めた俺は、同時に長年の疑問が氷解するのも感じた。

 

 青雲幇の副寨主であった劉豪軍(リュウ・ホージュン)が婚約者である瑞麗を溺愛していたことは、末端だった俺の耳にも入るほど有名な話だった。

 

 口車に乗せたか、それとも身体を売ったか。

 

 具体的な手段は分からんが、瑞麗は豪軍を自身の計画の駒としたのだろう。

  

 これを知れば前世が終わる少し前に濤羅兄がマカオで行方不明になった事や、こちらの死因となった劉豪軍主導による外家武術家の内家狩りが繋がっていたことが分かる。

 

 というか、あの野郎がこっちの首を刎ねる前に言っていた『彼女の贄となれ』ってセリフ、その彼女ってコイツだったのかよ。

 

「なるほどな。仲間の裏切りに幇界の腐敗、さらには同門の抹殺まで。全てが師兄を絶望させるための生贄だったってワケだ。アンタの死も含めてな」

 

『その通り。私の仇を討つため、そして魂魄転写で分割された私の魂を取り戻す為に、お兄様は全てを投げ打って戦ってくれましたわ。誇りも信念、自身の命すらも……』

 

 白金から発せられる含まれる艶と恍惚さが増した声には、流石の俺も閉口した。

 

 文字通り兄の全てを奪った上に地獄に叩き落しておいて、そんな態度を取るかよ。

 

「やっぱり、あんたイカレてるわ。マジで師兄が不憫だぜ」

 

『ふふっ、俗人には分からないようですね。私の得た真実の愛がいかに尊いかが』

 

「ああ、サッパリだ。そんなモンを得るくらいなら、剣に磨きをかけた方が百倍マシだろうよ」

 

『…………気に入りませんわ。武侠を気取るその態度』

 

「濤羅師兄と(かぶ)るからか?」

 

 あからさまに不機嫌さが増した瑞麗の声音に、俺は言葉と共に嘲りの笑みを浮かべて見せる。

 

 銀零の後ろにこいつがいたことを思えば、あの子の言動からして瑞麗も兄が剣の道に傾倒していた事を快く思っていないのは明白だ。

 

 奴と一戦構えるのが確定している以上、ここで心理的に優位に立つのも一つの手だろう。

 

『────身の程を(わきま)えなさい。お前ごときにお兄様の何が分かるというのです』

 

「そっちこそ何が分かるんだよ。兄貴一人を鉄火場に立たせて、後ろでぬくぬくと暮らしていたアンタに。少なくとも俺は分かるぜ。同門だし、一緒に修羅場を切り抜けた事もあるからな」

 

 これは事実である。

 

 いくら鉄砲玉とはいえ、バカみたいに振られる任務の中にはエリートと共同で行うモノもあったのだ。

 

 前世において濤羅兄とブッキングしたのは三回ほど。

 

 立場上、そういう時はだいたい俺が警備を引き付ける囮で兄ィが本命だったんだがな。

 

「師兄は本当にいい人だったよ。忠義に厚く義を尊び、俺みたいな使い捨て要員を気に掛けるくらいに情も深い。アンタの婚約が決まった時だって、『これでようやく両親に顔向けができる』って泣いて喜んでたんだぜ?」

 

『黙りなさい!』

 

 こちらの語りを封じるように声を張り上げる瑞麗。

 

 白金の双眸が激しく点滅しているのを見るに、かなりカッカきているようだ。

 

『知ったような事を言わないで! お前に分かるの!? 愛する殿方に他の男との婚儀を祝福される気持ちが!! 意中の人に女とすら思われていない惨めさがッッ!!』

 

「分かるかよ、んなもん」

 

『!?』

 

 激情のままに放たれた瑞麗の叫びを、俺は歯牙にも掛けずに切り捨てた。

 

「悲劇のヒロインを気取ってるみたいだけどな、テメエのやった事は最低最悪だ。身内を魂魄転写に掛けるなんざ人間のやる事じゃねぇ。そもそも、濤羅師兄が好きだって本人に伝えた事あんのかよ?」

 

『それは……』

 

 言い淀む瑞麗の態度に俺は深く深くため息を付く。

 

「俺も銀零と接して分かった事だけどな、妹がそんな感情抱いてるなんて普通の兄貴は夢にも思わねーんだよ。だからこそ、師兄はアンタの幸せを思って縁談を持ってきたんだろうが。それを告白一つしないで、察しない相手が悪いみたいに言うな」

 

 尤もカミングアウトされたところで、受け入れる奴なんざよっぽどの物好きか異常性癖くらいなもんだろうがな。

  

『うるさいっ!』

 

 ヒステリックに叫ぶ瑞麗を他所に、俺は下げていた倭刀の切っ先を上空に浮かぶ白金に付きつける。

 

「少々無駄話をしちまったが、終わったことなんざどうでもいいんだよ。孔瑞麗、そのガラクタ共々アンタには消えてもらうぜ。これ以上、ウチの妹に悪影響を与えられたら堪らんからな」

 

『いいですわ。さっきの茶番で銀零には失望しましたし。───なにより妹に迷う事無く刃を向けるお前に、見立て遊びとはいえお兄様の立ち位置は任せられませんもの』

 

 瑞麗の言葉と同時に、地響きのような音を立てて大気が鳴動した。

 

 見れば、残された手を前に突き出す白金の胸元に黒いナニカが渦巻いている。

 

「これは高重力の渦かッ!?」

 

 数年前、概念斬りの試しの際にノイ婆ちゃんが使ったブラックホールと同じ気配に、俺は思わず舌打ちを漏らした。

 

『その通り。これが白金、その元となった二世村正の最大奥義『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』。辰気制御によってブラックホールを発生させ、周囲一帯を消し飛ばす必滅の一手です』 

 

 瑞麗の言葉を肯定するかのように大気の揺らぎが大きくなると、周辺にある小石のような自重の軽いものが徐々に浮き上がり始める。

 

 同時に少しづつあの渦へと身体が引き寄せられていくのを感じた。

 

「テメェ! ここにどれだけの人間が住んでるのか、分かってんのか!?」

 

『知った事ではありませんわ。遊びが終わった以上、私にとってこの世界は無価値。この世界の住人も、銀零もお前も』

 

「銀零もだと……ッ!?」

 

『この劔冑の持ち主が言うには、陰義(しのぎ)という特殊能力を使用する際にはパイロットの熱量(カロリー)を消費するらしいですわ。米連施設を吹き飛ばした時には持ち主がいたので調整が効きましたが、今はここに宿るのは私だけ。果たして、消費する熱量に銀零が耐えられるかしら?』

 

 こちらを嘲笑いながら告げられた事実に俺は思わず絶句した。

 

 クソッ、狂人だとは分かっていたが、何の呵責も無く自分以外の全てを切り捨てるとは……っ!?

 

 奴の態度からして、銀零に掛かる負荷もハッタリではないだろう。

 

 だとすれば、あのブラックホールが成長しきる前にカタを付けなければならない。

 

 それもこれ以上銀零を利用させないよう、あの鎧を破壊してだ。

 

 奴が生み出した黒洞(こくどう)は今尚成長しているにも拘わらず、ノイ婆ちゃんが使ったモノよりデカい。

 

 あのレベルの代物では、概念斬りが通用するかどうか分からない。

 

 この状況をひっくり返すには、そちらの限界も越えねばならないということだ。

 

 だったら、命を賭けるに値する技はアレしかない。

 

 前世に於いては一度きり、今生では未だ到達できずにいる秘剣。

 

 この窮地にあって、モノにできなければ俺ばかりではなく、銀零や官舎に住むふうま衆の命も無い。

 

 両肩にズシリと重圧を感じながら、俺は深い呼気と共に剣を構えた。

 

 取った型は基本にして攻撃重視の峨眉万雷(がびばんらい)

 

 目を閉じて氣の周天と共に意識を向ければ、耳を劈いていた周囲の喧騒が徐々に遠ざかっていく。

 

 ふうまの事。

 

 銀零の事。

 

 この事件や後始末の事。

 

 集中が高まっていくにしたがって、頭を占めていた多くの事柄が一つ、また一つと姿を消していく。

 

 そうして最後に残るは、己という一振りの刃。

 

 刀にしてすでに意。

 

 己が想念を滅却し、心魂万感その一刀に託すべし。

 

 それは内家戴天流の基本にして秘奥である『一刀如意』の理。

 

 こちらを飲み込もうとする重力の渦が一際勢いを増し、両足が官舎の屋上から離れようとする。

 

 その瞬間、俺は思い切りコンクリートの床を蹴り抜いた。

 

 軽身功による加速に黒点の引力が加わった事で、矢の様な速度で俺の身体は天を駆ける。

 

 風を切る感覚を肌で味わいながら双眸を開けば、瞳が捉えるのは万象の因果。

 

 それは瘴気をまき散らす白金や、その腹で胎動する黒洞も例外ではない。

 

「ハァッ!」 

  

 吸い寄せてきた塵芥を飲み込みながら成長する黒洞を前に、意識するよりも早く俺の身体は刀を放つ。

 

 最初の一閃は奴が胸に掲げている重力の渦へと吸い込まれた。

 

 刀身が飲み込まれると同時に軋みと共に柄を握る指の爪が逆立ち、肉が次々と裂けていく。

 

 だが、その中心にある因果の集約点に刃が食い込むと、ガラスを引っ掻くような耳障りな音と共にブラックホールは掻き消えた。

 

 今までの概念斬りを超えた内勁の真価である『因果の破断』へと階位を上げた俺の剣は、未完成とはいえ超重力の井戸をも断ち斬ったのだ。

 

 そして最大の障害が消えた事で、鮮血に彩られた九条の剣閃が無防備になった白金に殺到する。

 

 劔冑(つるぎ)とやらは通常のパワードスーツを大幅に上回る装甲強度を誇っているようだが、もはやそんな小手先の技術ではこの剣は止まらない。

 

 刀身の三分の一ほど失いながらも、倭刀は次々と眼前の鎧を解体していく。

 

 装甲越しに感じる銀零の気配を基に、一寸の狂いもなく鎧部分を斬り落とすその精妙さこそが秘剣『六塵散魂無縫剣』の真髄だ。

 

 そして七手目。

 

 平突きが胸部を破砕すると、砕けた装甲と内部機器をまき散らしながら銀零が姿を現す。

 

 本来なら全身に装着される代物なのだろうが、幼児である銀零ではそうはいかなかったのだろう。

 

『そんな……ッ!? どうして、どうしてコイツがこの技を………ッッ!? それにブラックホールを斬るなんて、お兄様も無理なはずなのに───』

 

 ここに至って初めて耳が金属を打ち砕く音と瑞麗の悲鳴を捉えた。

 

 ────超音速に乗せられたのは7手、精度を保ちながらではこれが精一杯か。

 

 他人事のように頭の片隅で考えながらも、俺の身体は次の一撃を放っている。

 

「生憎だな。剣士として終わっちまったお前の兄貴と違って、俺は修練が積めるんだよ」

 

 コイツの言葉通りなら、今の濤羅兄は全て奪い取られた腑抜けだ。

 

 そんな抜け殻に、今も修羅場で剣を振るい続ける俺が負ける筈がない。

 

 右手が吹き上げた血煙を切り裂きながら奔る剣閃は三条。

 

 8手で銀零を白金から完全に切り離し、次の九撃目がその首を刎ねる。

 

「濤羅兄に伝えておけ」

 

『ふうま小太郎ぉぉぉぉぉッッ!!』

 

 そして最後の一手は、半ば欠けた切っ先で宙に舞う兜の額を深々と穿ち抜いた。

 

「───俺が戴天流最強だ」

 

 撃ち込まれた刃を起点に頭部が左右に割れると、耳を劈いていた瑞麗の悲鳴がようやく消える。

 

 同時に限界を迎えた倭刀は、甲高い音を立てて柄の部分を残して刀身全てが砕け散った。

 

 十歳から四年に亘って俺の技を支えてくれた愛剣は、最後の最後に大物を倒して役目を終えたのだ。

 

 無銘でありながら名刀に勝るとも劣らない丈夫さと切れ味を見せてくれた相棒に黙とうを捧げ、俺は白金から排出された銀零を左肩に担ぐ。

 

 そして残った内勁を振り絞って漂う破片を足場に地上に降りる事に成功した。

 

 ブラックホールが発生しかかったという事で官舎の方は無傷とは言えないようだが、元気に騒ぐ野次馬を見る限りは住民に怪我人はいないようだ。

 

「兄さまのばかー! あほー! ……死ぬほど怖かった」

 

 肩に身体を預けながらペチペチと背中に平手を打ち付ける銀零。

 

 ベソをかいてるクセに罵倒を辞めない辺り、愚妹には反省の色はなさそうだ。

 

 失禁しながらも全面降伏しない根性はなかなかのものだが、今回に関しては褒められたものではない。

 

「さて、銀零よ。悪い子のお前には今から罰を与える」

 

 そう言うと、自身の危機を察した銀零は俺の肩の上でバタバタと暴れ始める。

 

 うん、汚れたスカートとパンツが付くから、足を振り回すのはヤメロ。

 

「やだ!? 銀れい、悪いことしてないよ!!」

 

「街中でパワードスーツなんて持ち出すのは十二分に悪い事だ。お前が暴れた所為で他の人の家も壊れてるんだから、ここでお仕置きされる様をしっかり見てもらえ」

 

 そう言うと俺は銀零のパンツを膝まで降ろし、右手で尻たぶを張り飛ばした。

 

「あうぅっ!?」

 

「子供のお仕置きは尻百叩きって相場が決まってるからな。終わるまでしっかり反省しろよ」

 

 そう銀零に言い聞かせながら、二発・三発と尻たたきの回数を重ねていく。

 

 それなりに手加減はしているが、やはり8歳の子どもには刺激が強いのだろう。

 

 5発目を叩きつけると同時に銀零の涙腺は再び決壊し、甲高い声でピーピーと泣き始めた。

 

「兄さまのばかっ! きらい、きらいっ!!」

 

「そりゃ結構。独りよがりなイタイ感情を寄せられるよりよっぽどマシだ」

 

 泣き喚く銀零に無慈悲な言葉を返し、俺は百叩きを続ける。

 

 つーか、これって絶対に俺の方が痛いぞ。

 

 心もそうだけど身体的にも。

 

 こちとらブラックホールに突きを叩き込んだ反動で、指や手の甲の骨が何本か折れてるんだ。

 

 そりゃあ、一発叩く度に身体の芯まで痺れるくらいにキツい。

 

 それでも敢えて右手を使うのは、今回の騒動を引き起こした事に対する自裁と戒めの為である。

 

 この一件は俺の不注意と至らなさが原因、今後はこういった事が無いようにしないといかん。

 

 まあ、あれだ。

 

 他人の真似して背伸びしても碌な結果がにならんという事だな。

 

 というワケで銀零に父親代わりとして接するのは、これにて終了。

 

 これからは骸佐達にするように、等身大の俺として関わる事にしよう。

 

 結果、クソ兄貴と嫌われたとしても、その時はその時だろうさ。

 

    

 

 

□月☆日(くもり)

 

 

 過日、銀零関連の妙な厄介事にようやくカタが付いた。

 

 正直、これは対ブラック並みに頭の痛い案件だったので、処理できたことは本当に喜ばしい。

 

 とはいえ、宮内庁の官舎であれだけの大立ち回りを仕出かした以上は、当然上層部に関して説明義務が発生する。

 

 案の定、翌日には招集がかかり、上原学長に神村教諭、そしてカーラ女王という隼人学園首脳陣+居候の前で事情を話す事となった。

 

 こちらとして知られたくないのは前世関連のことくらいなので、その辺をボカす以外は事実通りに説明しておいた。

 

 具体的には異界から流れてきたパワードスーツに接触した妹が、それに取り憑いていた悪霊に半ば洗脳される形で暴走。

 

 こちらに襲い掛かってきたので、武力鎮圧したという形である。

 

 ウチで保護している若アサギの例にもあるように、この世界には明らかに異界の技術で作られたと思われるオーパーツが現れた事例が幾つかある。

 

 なので、この説明に関しては割とあっさり受け入れられた。

 

 問題となったのは、今回の件がふうま宗家によって引き起こされたという事だろう。

 

 不可抗力とはいえ、宮内庁の職員とその家族が住む官舎を戦場にしたのだ。

 

 幸い怪我人は出ていないが、一歩間違えば大惨事となったのは想像に難くない。

 

 実際、官舎の建物にはある程度の被害が出てるしな。

 

 何だかんだと意見が出たものの、本件の責任は全て俺個人で被る事にした。

 

 まがりなりにも銀零の保護者を名乗っているのだ、あいつのケツくらいは拭かねばなるまい。

 

 この答えに学長を始めとする女傑三人衆は難色を示したが、ふうま全体に責任を求めたら余計に拗れるとして押し通した。

 

 そんなワケで、私ことふうま小太郎は14歳にして5600万円の負債を抱える事と相成りました。

 

 当然、兄弟喧嘩の結果なので組織の予算で賄う訳にはいかないし、クソ親父の遺産だって財産分与が済んでいない為に使うことはできん。

 

 官舎の修繕費を肩代わりしてくれた上原学長は無理のない返済計画を組んでくれたが、こちとら数年で日本を離れる身。

 

 好意に甘える事無く、極力早い目に返さねばなるまい。

 

 もちろん、この件はふうまでも問題になったのだが、こっちは頭領権限でゴリ押しておいた。

 

 八将の面々も俺と骸佐を除けば、子供や孫がいる人間である。

 

 8歳の女の子に責任を求めるような輩などいない。

 

 俺や骸佐がおかしいのだ、と理解してくれるのは本当にありがたい。

 

 その代わりと言っては何だが、いい加減矢面に立つのは止めろと俺が怒られるハメになってしまった。

 

 今回は完全に不可抗力だと思うのだが……解せぬ。

 

 最後に、前よりも雑に扱っていたら銀零がちょっぴりグレた。

 

 例の公開尻叩きが納得いかなかったらしく、『せくはら、ぱわはら、そしょうもの、くびを出せ』と言いながら、俺を見る度にぺちぺちローキックをかましてくるのである。

 

 なんか俺の呼び方も兄様から兄ちゃんに代わってたし。

 

 愚妹曰く『以前の優しい兄さまに戻ったら、兄さまって呼ぶ。今みたいにいじわるだと兄ちゃんのまま』だそうな。

 

 兄さま特典が銀零を嫁に貰う事だと聞いたあたりで、二車の小父さんモードが永久封印となったのは言うまでもない。

 

 まあ、気に入らない事があると『へやーーーっ!』と腹に向かって頭から突進してくるようになったあたり、あの娘も随分とアクティブになったんだろう。

 

 今回の事を反省して、時子姉も積極的に面倒を見てくれるようになったし。

 

 昨日には、借金返済の為に任務を増やした俺を呼び止めた銀零と、こんな会話があった。

 

俺『どうした、銀零?』

 

愚妹『豆大福買って来いよ~。もち兄ちゃんの金で~』

 

俺『……ハッハッハッ、愛い奴、愛い奴ッ!』

 

愚妹『いたいっ! あたまがわれちゃう! ぱわはら、ぱわはらっ!!』

 

 てな感じでアイアンクローで泣かせておいたが、以前に比べれば舐めた態度くらい可愛いものだ。

 

 あと、この光景を見ながら柱の陰でサムズアップしていた時子姉は、秘蔵の腐った書物を自室の机の上に並べる刑に処しておいた。

 

 その際、コレクションの中に俺と骸佐をモデルにしたモノや、ガキの俺が見知らぬ女性と絡んでいるブツを見つけた時には思わず真顔になったが。

 

 著者である『ふうま同士の会』とやらについては、早急に調べねばなるまい。

 

 閑話休題。

 

 ともかくだ、銀零が妙なモノに影響されるのは相変わらずのようだが、以前に比べれば今の方が断然マシになったと思う。

 

 あとは本格的にグレないよう、飴と鞭の匙加減に気を付ける事くらいかね。

 

 あ、災禍姉さんには、ガチ説教をさせていただきました。

 

 いくら宗家存続が急務とはいえ、やっていい事と悪い事がある。

 

 反省文を書きながら猛省するがいい。

 

 

 

 

 何処とも知れない空間。

 

 そこで湊斗光は傍らに鋼で出来た銀の女王アリを従えながら大笑していた。

 

「美事! 生身で劒冑を打倒し、さらには銀零までも妄執から救ってみせるとは! 景明が気にかけていた事はあるというモノだ!!」

 

 銀零と繋がった糸のように細い縁、そこに映る年相応に騒ぐようになった同盟者の様子に、かつて白銀の魔王と呼ばれた少女は満足げに頷いた。

 

 同時に、自身の信念に従って彼女たちと袂を分かった選択は間違っていなかったのを確信する。

 

 武者としては劣化品とはいえ村正の複製体を斬り伏せた剣に興味はあるが、自身があの場に残ってたならば、どちらがか死ぬまで戦う事となっただろう。

 

 それは光の望む結末ではない。

 

「銀零よ、その絆を大切にするがいい。それは当たり前に見えて、なによりも得がたい物だ」 

 

 異なる世界に生きるじぶんに近しい少女に届かないであろう助言を残し、光は晴れやかな表情で腕の一振りと共に縁を断ち切るのだった。

 

 

 

 

 一方、白の花びらが舞い踊る桃園。

 

 周辺に漂う甘い桃の香りの中、瑞麗は兄の腕の中で目を覚ました。

 

「大丈夫か、瑞麗?」

 

「お兄様……」

 

 覚束ない意識の中で視線を上げた瑞麗は、心配そうに自身をのぞき込む濤羅の顏に安堵の息を付く。

 

 先ほどまで波長の近しい少女を自分達に見立てた遊びをしていた気がするが、どうも頭ははっきりしない。

 

 なにやら酷く不快な事があったと思うのだが……

 

「瑞麗、その額はどうしたんだ?」

 

 濤羅の言葉に釣られて当てた手によって感じたのは、鋭い痛みとぬるりとした感触。

 

 反射的に離した掌は、紅く染まっていた。

 

「倒れた時に切ったのかもしれんな。浅いから跡は残らないだろうが、念のために手当をしよう」 

 

 穏やかに言いながら自分を立たせる濤羅。

 

 いつもなら優しい兄に笑みを返す瑞麗だが、今日は苦虫を噛んだように顔を顰めてしまう。

 

 生前の兄ならば、額に付いたのが刀傷である事など容易く見抜いた筈なのだ。

 

()()()()()()()()()()()()お前の兄貴と違って、俺は修練が積めるんだよ』

 

「ふうま小太郎……ッ」

 

 己を阻んだ憎き男の言葉が事実であることを突き付けられた事で、怨嗟と共にその名が口から零れる。

 

 しかし、秘剣によって縁を絶たれてしまった以上は、もはや瑞麗ができる事などない。

 

 忸怩たる思いを飲み下しながら、桃園の主は最愛の人に寄り添われながら帰路に着くのだった。



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日記24冊目

 久々のヤマ無しオチ無し形式の日記文です。

 うんうん、この形式だと本当に描きやすいや。

 あと、仕方がない事だけど、後だしで八将が出てくると扱いに困りますね。

 ほら、葉隠さんとか。

 何とか組み込めるように考えば……。

 しかし、後のふうま八将ってどうなってんだろうか?

 楽しみのような怖いような、とりあえず刮目して待ちましょう。


■月☆彡日

 

 愚妹の懸案も無事に終わったので、今日は久々に学校へ行ってきた。

 

 中学生が登校するのを久々と評するのは何気にやばいと思うが、ゆきかぜ救出や甲河との会合などと予定が立て込んでいたのだから仕方がない。

 

 移籍組である鹿之助君は五車学園からの転入という形で、隼人学園に通う事になっている。

 

 ボッチになってやしないかと心配していたが、ふうまの面々に上手く溶け込んでいるようで一安心である。

 

 今日も蛇子に骸佐といったいつものメンツと話していたわけだが、その最中に鹿之助君にメールが届いた。

 

 内容を確認した瞬間、味噌やカレーを目の前にしたアシリパさんのような表情を浮かべる鹿之助君。

 

 いったい何事かと思っていると、彼は無言でスマホを差し出した。

 

 そこには『姉ちゃんが妊娠した。タスケテ』という達郎のSOSが……。

 

 あまりのインパクトに固まる俺と骸佐を他所に、オソマ顔で『お幸せに』と返事を送った鹿之助君は凄い漢だと思う。

 

 その後、話の流れで骸佐が『あいつら、結婚式開いたら勇者だよな』と言っていたが、奴は分かっているのだろうか?

 

 俺達も一歩間違うと達郎と同じ世界に堕ちる事に。

 

 『イモウト』爆弾は解体に成功したが、まだ『腐女子』と『ワンコ』が残っているのだ。

 

 小太郎君的にはどっちも嫁にする気はありません。

 

 ヤバくなったら『骸佐防壁』を使ってでも逃げ切ってやる。

 

 

☆月〇日

 

 

 同情するなら金をくれッ!

 

 借金大王こと、ふうま小太郎です。

 

 約6000万という負債を減らすため、任務を増やすなどして日々頑張っているのだが、やはりというかイマイチ成果が上がっていない。

 

 任務報酬って上原家から出る依頼料の大半がふうまの運営費に流れるから、個人に渡るのって微々たるモノだったりする。

 

 具体的に言うと諭吉20人くらい。

 

 下忍の場合はこれを参加人数で分けるから、一回の任務報酬はさらに渋くなる。

 

 だから、この辺の救済措置として宗家から固定給を手当として出しているのだ。

 

 まあ、頭領の俺には救済措置もクソも無いんスけどね!!

 

 しかも、頑張ってたのに『下忍の仕事を取らんでください』って甚内さんから釘を刺されるし。

 

 こんな稼ぎじゃ、日本を離れる前に綺麗な体になるなんて不可能じゃないですかヤダー!!

 

 というワケで、一獲千金を求めて東京キングダムに潜入してみました。

 

 ブラックが淫魔族と遊んでいるのはリサーチ済みなので、早速闇金(潰し)巡りをしていたのだが、ここで意外な人物と出会った。

 

 彼女の名はリリス・アーベル・ビンダーナーゲル。

 

 ノイ婆ちゃんから聞いた魔界の伝説に出てくる、神に反逆し彼等を異界に追いやったとされる伝説の大魔女……の孫娘である。

 

 祖母のような立派な魔女になる為、人間界に武者修行に来たそうなのだが、諸国漫遊をしている内に路銀が尽きたらしい。

 

 で、お金に困った彼女は勧誘に言われるがままに金を借りてしまったそうな。

 

 当然、東京キングダムに潜む闇金なのでその利子はシャレになっていなかった。

 

 当初3万だった借入金が二日目には300万、法外という言葉すら生温いレベルである。

 

 設定した奴は絶対にバカだろ、これ。

 

 しかもこの業者、貸した翌日に取り立てに行くという金融業を舐めた仕事っぷりを発揮。

 

 リリス嬢はリリス嬢で金をパクッて逃げればいいものを、契約を重視する魔女としての矜持ゆえか取り立てに真摯に対応してしまった。

 

 その結果、彼女は借金のカタに捕らわれる事となり、俺が見つけたのは雌奴隷として調教を始めようとした瞬間だったワケだ。

 

 さすがにそんな場面に乗り込んだからには助けないという選択肢は無く、ついでのばかりに闇金を潰した後は慰謝料としてそこの資産を丸々渡しておいた。

 

 お供の白犬と一緒に何度も礼を言われたが、彼女から漂うポンコツ臭を思うと不安しかない。

 

 ノイ婆ちゃんへの紹介状も持たせたし、こちらとしては無事にアミダハラに辿り着くのを祈るばかりである。

 

 因みに今回の稼ぎは270万。

 

 十件以上も闇金を潰したにも拘わらず、この程度しか実入りが無いのは流石に予想外である。

 

 というか、どいつもこいつもタネ銭まで使い込んでんじゃねーよ。

 

 いくら何でも無計画にも程があるだろ。

 

 これだから魔族はイヤなんだ。

 

 

☆月▲日

 

 

 ふうま小太郎、副業ゲットしました。

 

 『ダークナイト』って芸名でカオスアリーナデビューっす。

 

 黒を基調にした鎧に髑髏を模した兜という衣装に捻りが無さ過ぎると思ったが、こちらは雇用される身である。

 

 こういう本音は心の棚に上げておくべきだろう。

 

 さて、紆余曲折あってコスプレ剣闘士に就職したワケだが、切っ掛けは東京キングダムでの就職活動だった。

 

 なにか儲け話は無いかい? と貧民街で知り合ったオークのジャックと話していると、『オニイサン、おいしい話アルよ。アルアルよー!』と怪しいピエロに声を掛けられた。

 

 俺もジャックも借金で首が回らない者同士、金策という言葉を無視することは出来ない。

 

 そんなワケでそのピエロについて行くと、辿り着いたのは東京キングダムで最もヤベー施設と有名なカオスアリーナでございます。

 

 ジャックと一緒に『(やく)ネタか』と警戒していたのだが、通称マダムと呼ばれているアリーナの支配人を務める魔族、スネークレディの説明を聞いてそうでない事がわかった。

 

 カオスアリーナでは、捕らえた対魔忍や米連兵士を使って悪趣味なショーをしているそうなのだが、近ごろの観客はそれに厭き始めているらしい。

 

 具体的に言うと、女性の虜囚をいたぶった後に性的な慰み者にするという伝統パターンが通用しなくなっているそうな。

 

 で、持ち上がったのが多重債務者や男の虜囚を使ってローマ時代の剣闘士を再現しようという企画。

 

 野郎ばかりという事でエロとお色気ではなくブラッディでゴアが売りなのだという。

 

 ブラッディでゴア、ぶっちゃけ得意分野です。

 

 というワケで俺達も採用試験に参加した訳だが、そのテストというのがスネークレディことマダムと闘うというものだった。

 

 上級魔族であるマダムに勝てる奴なんてそうはいないので、どれだけ耐えられるかが審査基準となるのだが、ここで俺はやらかしてしまった。

 

 ほら、愚妹戦で秘剣に開眼したでしょ。

 

 あれが切っ掛けになって、氣の巡りとか技のキレが滅茶苦茶増したのよ。

 

 前に上原燐と模擬戦をしたときは、10秒で完封できたし。

 

 そういう事に加えて1試合報酬100万って魔法の言葉でハイになった事もあってさ、瞬殺でマダムをダルマにしちゃったワケよ。

 

 スタッフ達の悲鳴を聞いた時には、『アカン! 不採用!?』と頭を抱えてしまった。

 

 幸い、マダムがプラナリア並みの再生能力を持っていたお陰で大事には至らなかったけど、そうじゃなかったら危うく金蔓を失うところだった。

 

 テンションが上がるとロクでもない事をやらかす癖は早めに矯正しないとなー。

 

 あ、念のために言っておくが、これって学長やふうまへの裏切りじゃないぞ。

 

 ちゃんと東京キングダム状況視察って銘打って書類上げてるし。

 

 明日からはちゃんと『カオスアリーナ潜入レポート』も追加する予定だ。

 

 あと身バレについても対策はしっかりしている。

 

 ノイ婆ちゃんが太鼓判を押す変装道具『キン肉マン・グレートマスク』を付けているので、こちらの正体が露見する心配はまず無い。

 

 これ買った時に婆ちゃんから『唯一の弱点がマスク狩りデスマッチだから、巻き込まれないように注意しなよ』って言われたけど、そんなマニアックなイベントに出会う事なんてまずないしな。

 

 というワケで、何とか借金返済の目途が付きそうだ。

 

 これから少々大変になるが、パキッと決めてガッツリ稼ごうじゃないか。

 

 

☆月〇日

 

 

 今日は八将の中で意外な動きがあった。

 

 まず紫藤からだが、甚内殿から4歳くらいの男の子を紹介されたのだ。

 

 その子の名前は紫藤蛍丸(ほたるまる)

 

 甚内殿曰く、彼は次期当主なのだという。

 

 長女の凜花殿はどうしたと訊ねると、候補から外したという答えが。

 

 甚内殿が言うにはこうである。

 

 反乱失敗から主流派とふうまの双方に属する形を取っていた紫藤家。

 

 その立場上、長女の凜花殿は主流派の忍の中で育つ事となった。

 

 当時、蛍丸君を授かっておらず後継が彼女一人ということもあって、井河の上層部からしてみれば人質に近い立場だったのだろう。

 

 そんな環境下であっても凜花殿は瞬く間に対魔忍としての才覚を目覚めさせていき、こちらの脱退前には学生でありながら『鬼腕の対魔忍』という異名で次代のエースとして期待される立場となった。

 

 そうして主流派の中で確固たる地位を築きつつあった凜花殿だが、その中で彼女の根幹を揺るがす事件が発生する。

 

 ふうま一党の対魔忍離脱である。

 

 当時、凜花殿は主流派に傾倒していた事から、甚内殿は離脱については何一つ教えていなかった。

 

 仮に彼女の口からふうまの企みが主流派に露見した場合、全面戦争は避けられないと判断したためだ。

 

 結局、改めて彼女にこの話をすることになったのは、移籍から一週間ほど経ってからだった。

 

 当然ながら凜花殿は大激怒。

 

 主流派の中で蔓延していたふうまへのネガキャンも相まって、家を出て主流派として生きていくと縁切り宣言をされてしまったらしい。

 

 その話を聞いた俺が、甚内殿に深い深い土下座をしたのは言うまでもない。

 

 次は心願寺の爺様だが、こっちは日に焼けたヤンチャそうな女の子だった。

 

 彼女の名前は心願寺龍。

 

 楓殿の弟で今は分家を起こしている心願寺帯刀殿の一人娘で、爺様のもう一人の孫娘である。

 

 それで、何故この子を紹介したのかというと、なんと彼女が心願寺の次期当主になるからだと言うではないか。

 

 いやいや、紅姉はどうすんだ?

 

 そうツッコむと爺様は呵々と笑いながら、『あ奴は宗家に嫁ぐから問題ないわ!』などと戯言を言い始めた。

 

 宗家に嫁ぐって、俺の嫁に出すってことかいな。

 

 ……爺様、ついにボケたか。

 

 思わず口から出そうになった言葉を飲み込んだ俺は爺様を説得する事に。

 

 政略結婚なんてノーサンキュー。

 

 こういうのは紅姉本人の気持ちを確認して行うべきで、外堀を埋めてから強要するなんて以ての外。

 

 俺に報告する前に家族会議を開かんかい、等々。

 

 いつの間にか傍に来た龍ちゃんが、『頭領の兄ちゃんって、スゲエ剣術の達人なんだろ。アタイと勝負しよーぜー』と服の裾を引っ張っていたが、構っている余裕はない。

 

 考え付く限りの言葉を並べたものの、暖簾に腕押し・糠に釘。

 

 爺様の頬に張り付いた笑みは一向に消える事は無かった。

 

『本人の意志など聞かんでも分かっておるわ! あ奴はお主に────』 

 

『お爺さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 結局、この話は全身に紅いオーラを纏った紅姉が乱入したことで有耶無耶になってしまったが、爺様は何が言いたかったのだろうか?

 

 ともかく、紅姉にその気がないのなら、この話はボツにする必要があるだろう。

 

 余談だが、置いて行かれた龍ちゃんは迎えが来るまでウチで面倒を見ました。

 

 軽く手合わせしたけど、心願寺の血族だけあって剣の才はかなりの物だった。

 

 真面目に修行したら、アサギとまではいかなくても凜子には届くのではなかろうか。

 

 

☆月▽日

 

 

 ふうま小太郎、現在多忙にございます。

 

 約一年ぶりの繁忙期ですが、懐かしくも大変である。

 

 学生に対魔忍の頭領、さらには土日はカオスアリーナで剣闘士。

 

 アメコミヒーローでもここまで七変化してないのではなかろうか。

 

 まあ、自分が蒔いた種なので文句は言わんけどさ。

 

 この頃、俺を見る骸佐の目もどんどん鋭くなっている。

 

 野郎、『お前、またロクでもない事してるだろ』って圧を掛けてきやがる。

 

 いつからお前の邪眼は人の心胆を看破できるようになったんだ。

 

 というか、兄弟。

 

 俺って一応お前らの頭領なんだから、もう少し信用してくれてもいいと思うんだがね。

 

 え、今までの行いを顧みてみろ?

 

 反論できねーよ、チクショウ……。

 

 ワリと危険な事をしているのは百も承知だが、今の俺に副業を辞めるという選択肢はない。

 

 ホラ、頭領の借金の所為で移籍をダメにしました、なんて格好悪くて言えんでしょ。

 

 なんか見てると、上原学長も割と本気で俺等を自分の下に置こうとしてる気配もあるし。

 

 カーラ女王と話が付いてるなら別にいいんだけど、そうでないなら流石に拙い。

 

 これが原因で揉め事とかになったら目も当てられん。 

 

 そういう事もあって、弱みは極力排除しておきたいのだ。

 

 下部組織にとって、上のゴタゴタに巻き込まれるのが一番キツイんだから。

 

 愚痴はこの辺にして、今日の出来事を書く事にする。

 

 早速でアレなんだが、マダムからクレームが付きました。

 

 どうも、俺の試合が客にウケていないらしい。

 

 今までの戦績を振り返ってみると、開始2秒で首ちょんぱ。

 

 それを6回繰り返しただけ。

 

 瞬殺劇といえば聞こえはいいけど、観客的には見応えないわな、うん。

 

 とはいえ、カオスアリーナの試合は真剣勝負。

 

 命が掛かってるのにショーマンシップなんて発揮してられまへん。

 

 マダムの情報では、俺の固定ファンもそれなりに出てきているらしいので、早々に干される心配は無いようだが。 

 

 なんにせよ、これについても対策を考えねばなるまい。

 

 週二日労働で400万のバイトなんて、探したってあるもんじゃないんだから。

 

 

☆月◇日

 

 

 本日、主流派から合同訓練のお誘いがありました。

 

 アサギが言うには、主流派とふうまの交流と次代を担う若手育成の為に、現役対魔忍による模擬戦をメインとしたイベントを行いたいとの事なんだが……。

 

 正直、こっちとしては賛成しかねるところである。

 

 移籍してもうじき一年が経とうとしているわけだが、ウチと主流派の確執を埋めるにはまだまだ時間が足りていない。

 

 むこうには弾正の起こした反乱で犠牲になった者の遺族がいるだろうし、ウチだって隷属時代の無茶ぶりで命を落とした者も多い。

 

 上層部的には密接な交流があれば助かるけど、下の者達の中には二度と関わりたくないという意見も一定数あるようだ。

 

 というか、この手のイベントに過去の遺恨が絡むとヤバいレベルの事故に発展する可能性もある。

 

 そういうワケなので、今回については時期尚早としてお断りさせていただいた。

 

 アサギもその辺は弁えていたようで割とアッサリ引き下がってくれたのだが、そういう事ならと示された代案がまたアレだった。

 

 今回のイベントを五車学園の学校行事にする代わりに、ふうま頭領がその視察に来ること。

 

 アサギさんや、五車の里が俺等にとって敵地同然ってことを理解してますか?

 

 招待した俺に何かあった場合、戦争待ったなしなんですが……。

 

 聞けば、甲河の方にも同様の要請を出しており、向こうからは色よい返事を貰っているとの事。

 

 どうやって米連に与している奴等に渡りを付けたのかを訊ねれば、CIAが公安に食い込んでいるのなら逆もまた然りという答えが。

 

 マジかよ。

 

 アスカはともかく、あの仮面のマダムがこんな企画に参加するなんて波乱の予感しかしないんだが……。

 

 『Team Ninja』と化した事に加え、ジジイ共がノマドに甲河の情報をリークした件を思えば、彼女達には井河を潰す理由はあっても協力する義理は無いのだ。

 

 イベント中に破壊工作を仕掛けて、五車学園ごと次代を担う生徒を一掃とか普通にやりかねんぞ。

 

 奴等の思惑がどうであれ、甲河が動く以上はこっちも知らぬ存ぜぬというワケにはいかん。

 

 奴等が主流派へなんらかの工作を画策していても、第三勢力である俺達が参加すれば思い止まるかもしれんしな。

 

 しかし、思えば皮肉なこともあったもんだ。

 

 日本の為の退魔と諜報機関として公安主体で統合したはずの対魔忍が、ものの十年足らずで3つに分裂しているんだから。

 

 日本の井河、米連の甲河、ヴラド国のふうま。

 

 企画立案した山本は、はたしてどんな面でこの状況を見ているのかねぇ。

 



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幕間『紅き騎士の再誕』

お待たせしました。

 今回は自身にとって宿題というべきギーラッハのお話。

 書いててコレジャナイ感が半端なかったですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


 かつて、2000年の永きを生きる夜闇(よやみ)の姫に仕えた紅の騎士があった。

 

 姫の手により夜の眷属へと転生して600年、永劫の夜を歩く主人を騎士は護り支え続けた。

 

 そうして時代は現代へと移り、運命は一つの悪戯(いたずら)を用意する。

 

 2000年前、かつて姫が人であった時代に婚姻を約束した部族の王たる男。

 

 共に永遠を生きる事を約束しておきながら、彼女一人を残して一族と共に滅んだ彼がこの世に生を受けたのである。

 

 人に迷惑をかけぬ為にと、血を(すす)る事を止めて眠り続けていた姫。

 

 しかし、彼女の鋭敏な感覚は遠い昔に愛した男の魂を捉えていた。

 

 混濁する意識の中、自身を庇護し利用していた組織を抜け出した姫は、その想いのままに婚約者の生まれ変わりたる少年を夜闇の世界へと引き込んでしまう。

 

 彼が人へと戻る方法は一つ、夜闇の世界へと誘った姫を討つ事のみ。

 

 人外へと成り果てた我が身を嘆きながらも、少年はその一縷の望みに(すが)って血に染まった夜を戦い抜いた。

 

 そんな中、再び意識を取り戻した姫と出会った事で、少年は彼女に惹かれるようになっていく。

 

 姫の歩んできた道を知り、互いの想いから身体を重ねた二人。

 

 立場の違いで引き裂かれる事となったが、この邂逅が少年に自身の道を定めさせることとなった。

 

 そうして決断の夜が訪れる。

 

 姫を囲い、その力を悪用しようとしていた組織から彼女を救い出そうと奮戦する少年。

 

 激戦の中、相棒たる鉄騎馬を失ったものの、姫の元に辿り着いた彼の前に立ち塞がる者がいた。

 

 そう、姫の守護者たる紅の騎士である。

 

 同じ継嗣(けいし)たる自分達の戦いなど姫は望まないと説く少年に、騎士はこう言い放った。

 

(おれ)が仕えるのはそこの婦人ではない』と。

 

 理解が及ばない少年を他所に、騎士は眠り続ける姫へと語り掛ける。

 

『麗しき御姫、かつて貴女は呪ったはずだ。己の運命を、無限に続く放浪を』

 

『憎んだはずだ。一人、貴女を輪廻の外へと置き去りにしたこの男を!!』

 

『一度としてなかった想いとは……言わせませんぞ、我が君よ』

 

『これより己は……そんな過ぎし日の貴方の騎士になる。貴方の忘れた憎悪に仕える』

 

『今、我が姫君の2000年に渡る苦悶と憎しみをこの剣に託し、己は貴様の前に立つ』

 

『越えてみせろ、少年! さもなくば滅んで塵と散れ!!』

 

 騎士は姫に仕えていた長い年月の中、主を女性として愛してしまっていた。

 

 しかし、彼は己の定めた生き方を捨てて愛に走れるほど器用ではなかった。

 

 なにより、姫の中にかつての婚約者への慕情が根付いている事を知っていたのだ。

 

 だからこそ、彼はこの道を選んだ。

 

 姫が想い人の転生たる少年を心おきなく愛する為、彼女の中にあった(よど)んだ感情の全てを引き受け、その代弁者となる。

 

 それこそが不器用な彼の示せる唯一の愛だったのだ。

 

 そうして火蓋を切られた二人の男の意地と愛が火花を散らす戦い。

 

 世界最高峰の吸血鬼の継嗣がぶつかり合う激戦、それを征したのは少年であった。

 

 致命傷を受けて灰へと還る騎士、その前に三度目を覚ました姫が寄り添う。

 

『お前という男は……』

 

『そうまでして、こんな女に尽くし果てて……どんな言葉で労えばいいのか───』

 

 言葉を詰まらせる姫に、騎士は死にゆく身でありながら穏やかな表情で言葉を紡ぐ。

 

『姫…様……。御身の尽きせぬ涙と悲嘆、彼奴(きゃつ)めに知らしめんとしながら……我が剣、ついに至らず……』

 

 そう首を垂れようとする忠臣の言を、姫は首を振って否定する。

 

『いいえ』

 

『お前は全てに報いてくれた、全てを清算してくれた』

 

『私が今日まで(いだ)いた苦しみも、悲しみも……余すことなく引き受けてくれた』

 

『ありがとう。お前のお陰で……私は、遠い日の自分に戻れる』

 

『まだ悲しみも知らず、憎しみも知らなかった、あの頃の私に』

 

『こんな言葉だけでは労いきれぬ……ッ』

 

 静かに紅い双眸から涙を流す姫に、騎士は細やかな恩賞を求めた。

 

『……今一度、その笑顔を(たま)わっただけで……(おれ)は、それだけで……』

 

 涙をこらえながら笑った姫に、満足げな表情を浮かべて騎士はこの世から姿を消した。

 

 紅の騎士ギーラッハ。

 

 世界に数えるほどしかいない神祖『夜魔の森の女王』リァノーンを守護する剣として勇名を轟かせた漢の伝説は、こうして幕を閉じたのだった。 

 

 

 

 

 最初に男が感じたのは、水の中にいるかのような浮遊感であった。

 

 ゴボゴボという排水と給水を行う音に、体の各所に何かが取り付けられている違和感。

 

 なにより、己が生きているという事に男は眉を(ひそ)めた。

 

 男は己が最後を迎えた事を知っていた。

 

 今わの際に敬愛する姫に賜った笑み、それは肉体ではなく魂に刻まれていたからだ。

 

 600余年に渡る己の生涯、そこには一片の悔いも無い。

 

 故に、(つつし)んで滅びを受け入れたはずであった。

 

『ならば何故、己はこの世に存在している?』

 

 自身を襲った異変に渋面を浮かべていると、男の耳が水音と共に何者かの話声を拾った。

 

 水が入っているせいか少々不明瞭だが、聞き取れないほどではない。

 

 男は事態把握の一助になればと、聴覚に意識を集中させる。

 

『どういうことだ? 試験体が目を覚まさないぞ』

 

『覚醒プロセスはとっくに終わっているはずなのに……。おい、肉体の再構成に関して問題は本当になかったのか?』

 

『上が大枚叩いて買った魔界医療を使ってるんだぞ! 吸血鬼としての機能も含めて100%再生してるよ!!』

 

『クローンに関しては、ノマドや米連のレポートも取り寄せたからな。対魔忍や魔族が成功して、吸血鬼がダメってこともないだろ』

 

 自身を囲う(おり)……いや、この場合は水槽というべきか。

 

 その外にいる人間達の声から得た情報の断片を基に、男は我が身に降りかかった事態を少しづつ推測していく。

 

 生前、吸血鬼信奉者(イノヴェルチ)達の組織に身を寄せていた際、外の人間たちが口にしていたクローンなる技術を耳に挟んだ事がある。

 

 姫の血を弄んだ小賢しい女学者曰く、血や肉片から生物の複製体を作り出す術だとか。

 

 ならば、朽ちたはずの己がここに在るのは、人間によって肉体を複製されたからであろうか。

 

 複製された肉体に己が魂魄が宿っている事については、恐らくは姫から賜った血の力なのだろう。

 

 (おおよ)その見当がついた男は、周りの人間に気取られないように注意しながら肺腑に溜まった澱みを吐き出した。

 

 このような形で現世に舞い戻るとは、さしもの男も予想だにもしていなかった。

 

 武人として騎士として未練を残すなくこの世を去った彼にとって、現在の生は完全に蛇足であった。

 

 己が意にそぐわぬ復活など、どうして喜べる?

 

 自身の晩節を穢されたような陰鬱な気分に閉口する男の耳へ、再び外にいる人間の会話が飛び込んでくる。

 

『だったら、しっかり仕上げろよ! 上はコイツを使ってもう一度夜魔の森の女王を捕まえるつもりなんだからな!』 

 

 その言葉に男は閉じていた(まぶた)を跳ね上げた。

 

 たしかに己は此度の生は不要と断じた。

 

 故に生前身を寄せていた借りも含め、吸血鬼信奉者(イノヴェルチ)共が自分を不用品として処分するのなら抵抗する気もなかった。

 

 だが、奴等が口に出した事だけは認める訳にはいかない。

 

 忠節を尽くし終えたとはいえ、かの姫君が男の主君であることに変わりはない。

 

 ならば、我が身が守るべき姫を窮地に追いやるなど、どうして見過ごせようか。

 

 瞼の奥に隠されていた紅蓮の双眸に剣呑な光が宿ると同時に、男は右腕を大きく引き絞る。

 

 足が地についていない不安定な状況に加え、水槽に蓄えられた水による抵抗もある。

 

 しかし彼に宿った吸血鬼の膂力(りょりょく)は、そういった抵抗の一切を振り払ってみせた。

 

 振り抜いた右拳は彼の前に張られた培養層の強化ガラスを突き破り、その勢いのまま外にいる研究員の頭を粉砕した。

 

 木偶と思っていた実験体の突然の襲撃に慌てふためく、吸血鬼信奉者(イノヴェルチ)の研究員たち。

 

「うわあああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

「被検体が、被検体が暴走したぁ! 警備兵を呼べッ! 早く!!」

 

 甲高い警報音に悲鳴や怒号が飛び交う中、被検体……いやギーラッハと呼ばれた騎士は再び現世の地を踏んだ。

 

 自身を覆う用途不明の機械に囲まれた無機質な部屋は、かつて主君であるリァノーンを捕えていたモノを連想させる。

 

 その不快さを晴らすために、ギーラッハは躊躇なく己が手足を振るった。

 

 人間が吸血鬼と対峙した際、最も警戒すべきは桁外れの筋力と言われている。

 

 彼らがその気になれば、人間の身体などぼろ布ほどの耐久性も無い。

 

 か弱い婦人の吸血鬼が軽く振った手ですら、人間の頭蓋を粉砕する威を秘めているのだ。

 

 騎士として限界まで肉体を鍛え上げたギーラッハが暴れたなら、(もたら)される結果は言うまでもないだろう。

 

 一つ数千万する研究機器が次々とスクラップへと姿を変え、その暴力に巻き込まれた人間は為す術も無く挽き肉になっていく。

 

 そうして暴れまわっていると部屋の奥に備え付けられた扉が開き、黒のコンバットスーツに武装した一団が駆け込んでくる。

 

「目標発見ッ!!」

 

「撃ち方用意……斉射!!」

 

 一糸乱れぬ連携で隊列を築いた警備兵たちは、隊長の号令で一斉に引き金を引く。

 

 連続する銃声と共に、ライフルの銃口から吐き出される数十発の殺意。

 

 それを見て取ったギーラッハは金属製の床に足跡を刻みながら、一足で射線から逃れた。

 

 身を投げ出すような跳躍から素早く受け身を取り、壁際のスクラップの山に身を隠すと、彼はそこで思わぬものを発見する。

 

 サイドテーブルの上に置かれた、生前に自身が身に着けていた騎士服と同じデザインの衣類一式、そして壁に掛けられた身の丈ほどの大剣だった。

 

 魔剣『ヒルドルヴ・フォーク』

 

 生前において幾度も命を預けたギーラッハの相棒。

 

 誘われるように愛剣を手にしたギーラッハは、その状態の良さに小さく唸りを上げる。

 

 自身がこの世を去った後も手入れは受けていたようで刀身は勿論、二股に分かれた切っ先や鍔の部分に備え付けられたもう一つのグリップも記憶と何の遜色も無い。

 

「すまぬな。姫様に降りかかる火の粉を払う為、今一度働いてもらうぞ」

 

 素早く騎士服を身に纏ったギーラッハは、再び己が手に戻ってきた相棒にそう声を掛ける。

 

 その言葉に応じるように、天井から降り注ぐ照明の光を刃で返す魔剣。

 

 それを合図として紅の騎士は鉄火場へと躍り出る。

 

「隊長! 対象が突っ込んできます!!」

 

「くっ、撃て! コピー元が伝説の騎士だろうと、相手は只の複製品! 飛び道具の一つも無いのなら怖るるに足りん!!」

 

 人間など比較にならない速度で突撃するギーラッハに浮足立ったものの、指揮官の一喝によって再び銃火が灯る。

 

 空を裂いて殺到する数十発のライフル弾。

 

 剥き出しになった科学の牙は、米連の対魔族用強壮弾にイノヴェルチの吸血鬼研究の成果を組み込んだ特別製だ。

 

 たとえ相手がロードヴァンパイアの継嗣であろうと、確実に身を削り命を絶つことだろう。

 

 今まで仕留めてきた魔物同様に全身を貫かれて大地に倒れる獲物の姿を夢想し、勝利を確信する隊長。

 

 しかし、彼等は失念していた。

 

 吸血鬼の反射神経は、()()()()()()()()()()()()躱すことが出来る事を。

 

 ギーラッハはその巨体から想像もつかない程に滑らかな足捌きによって、弾と弾の間を縫う様に次々と兵士の殺意を回避していく。

 

 その様はまるで見えぬ相手と舞踏を踊るかのようであった。

 

 目の前で繰り広げられる非現実的な光景に呆然とする警備隊達。

 

 その間に彼等を己が刃圏へと捉えたギーラッハは、身に纏った加速そのままにヒルドルヴ・フォークを振りかぶる。

 

「ぬぅんっ!!」

 

 裂帛の気合と共に踏み込んだ足によって、鉄の床板が粉々に罅割れる。

 

 そして全身の筋力を込めて振るわれた巨刃は、米連特製の対魔装備を身に(まと)った警備兵の胴を四人纏めて両断した。

 

 有り余る威力ゆえに空中を回転しながら舞う犠牲者の上半身。

 

 その凄惨な光景に他の隊員が自失している間にも、紅の騎士が振るう刃は止まらない。

 

「せぇりゃあああああっ!!」

 

 振り抜いた勢いのままに身体を回転させ、遠心力を込めて跳ね上がる大剣。

 

 二股に分かれた切っ先が床板で火花を散らし、アッパースイングで振るわれた刀身は隊長をはじめ三人をまとめて両断。

 

 吹き飛ばされた犠牲者の遺体は剣圧によって砲弾となり、難を逃れた隊員を次々と薙ぎ倒していく。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「ばっ……化け物だぁぁあぁぁぁぁっ!!」

 

 指揮官を失った事により、口々に悲鳴を上げながら散り散りに逃げ始める警備兵。 

 

 そんな彼等をギーラッハは追おうとはしなかった。

 

 自身が牙を剥いたのは、かつての主と己に降りかかる火の粉を払う為。

 

 逃げ惑う弱者と化した者を追い討つ理由は無い。

 

 そも、ギーラッハなる男は役割を終えて現世から退場しているのだ。

 

 ならば、亡者たる己が身を弁えて、無用な殺生は控えるべきだろう。

 

 そう断じた彼は、ヒルドルヴ・フォークを肩に担ぐと小さく息をついた。

 

 渋面を浮かべたギーラッハの頭に渦巻くのは、自身の今後についてという難問である。

 

 まず浮かんだのはリァノーンの下へ馳せ参じるという案だが、これは即座に却下した。

 

 彼女に対する忠節は生前に尽くし終えている。

 

 胸に秘めていた慕情も、今際の際に送られた笑みによって昇華された。

 

 何より、今の彼女には伴侶たる伊藤惣太がいる。

 

 あの宿敵にして誠実なる漢が在るならば、自分が出戻ったところで邪魔になるだけであろう。

 

 次に浮かんだのは自裁するという考えだが、今となってはこれも気が進まない。

 

 望まぬ復活である以上、生き恥を(さら)さぬためには一番(やす)い手ではある。

 

 しかし、いざ現世に足を付けてみると、何も()さぬままに消えるというのは少々勿体ない気がするのだ。

 

「む……」

 

 眉間に刻まれた皺を深くして、何とか思考の迷路から脱しようとするギーラッハ。

 

 求めるのは今生における目標である。

 

 人生のほとんどと言っても差し支えないリァノーンを手放した彼は、ある意味で抜け殻と言っても過言ではない状態だった。

 

 その自覚が在るからこそ、主君に代わる生き甲斐を欲しているのだ。

 

 心の渇望のままに自分の内に埋没していたギーラッハだが、次の瞬間にはドップリと沈んでいた意識を引き上げる事になる。

 

 吸血鬼特有の鋭敏な感覚が、入り口付近の天井裏に微かな気配を感じたのだ。

 

「そこに潜んでいるのは分かっている。出て来るがいい」

 

 圧を込めた言を件の場所に掛けると、少しの沈黙を置いて二つの影が天井から降り立った。

 

 一人は身体のラインがはっきりと浮き出るような忍び装束に似たスーツを纏い、腰に二本刀を差した涼やかな美丈夫。

 

 もう一人は一昔前のセーラー服を着る十代前半の黒髪の少女だ。

 

「ほぅ……」 

 

 一見すれば兄妹にも見える二人を目にしたギーラッハは感嘆に目を細めた。

 

 少女は兎も角、青年の方は只者ではない。

 

 一見すれば荒事など無縁の涼やかな男だが、全身の隙の無さと刃の如く鋭い殺気は一級品だ。

 

「何用だ、と問うのは無粋か」 

 

 刃物で表皮を削がれるかのようなピリピリとした気配に、騎士の口元が不敵な笑みを描く。

 

 理由を訊ねるような愚行は不要。

 

 今まで己が成してきたことを思えば、命を狙われるのは当然と言えるからだ。

 

「突然で不躾ですが、貴方には死んでもらいます。対魔装備に身を包んだ熟練の兵士を物ともしない吸血鬼、そんな物を量産されるわけにはいきませんので」

 

 表情を変える事無く宣告する青年に、ギーラッハは無言ながらも得心を得る。

 

 どうやら己が目覚めてからの一部始終を見られていたらしい。

 

 ここに集う学者達の弁を拾ったなら、この身が複製である事にも容易にたどり着けるだろう。

 

「そう言うのなら是非もない。この首、取れるものなら取ってみるがいい」

 

 腰に下げた二刀の柄に手を掛けた青年の言葉に応じるように、ギーラッハもまたヒルドルヴ・フォークを構える。

 

 先ほどとは違う強者を前にした緊張感に牙が疼く。

 

 思いのほか昂っている自分自身に、ギーラッハは胸中で苦笑を浮かべた。

 

 つい数分前までは第二の生に迷っておきながら、猛者を前にした途端にこの始末だ。

 

 こういう時こそ、自分が武辺者であると痛感する。

 

 こんな自分が騎士として全うできたのは、この気性を抑える姫という重石があったからであろう。

 

 そんなギーラッハの内心を置いて、対峙する二人の漢が放つ氣によって張りつめていく研究所内の空気。

 

「手出しは無用です、三郎。貴女は周辺の警戒と有事の際における準備を」

 

 男の指示に頷いた少女が動いた際、蹴り飛ばした小石が立てた微かな音によって弾けた。

 

 第一歩を踏み出したのは同時。

 

 その腿力(たいりょく)によって飛ぶように走るギーラッハだが、青年の踏み込みは彼の上を行った。

 

 ギーラッハが攻撃の体勢を整えるよりも早く、足を軽く曲げた低い姿勢で音もなく騎士の懐に飛び込んだ青年。

 

 次瞬、腰の捻りと連動した腕の振りによって、金擦れの音もなく白刃が閃めく。

 

 抜き打ちで放たれた二連抜刀術。

 

 襲い来る斬撃を身を反らすことで難を逃れたギーラッハは、自身も踏み込むと同時にヒルドルヴ・フォークの柄頭を相手へと突き出した。

 

 牽制の技と(あなど)ることなかれ。

 

 吸血鬼の膂力を以て押し出された金属塊は、その小ささに反して歴戦の戦士が振るう戦槌に匹敵する威を秘めている。

 

 しかし青年も然る者。

 

 風を巻いて襲い来る一撃が我が身に届く寸前に床を蹴り、相手の威力を逆手にとって後方へと跳んで見せたのだ。

 

「さすがは吸血鬼、大した力ですね」

 

 空中で華麗にトンボを切って着地した青年に鋭い視線を送るギーラッハ。

 

 その頬と喉には一筋の赤が刻まれている。

 

 発射された弾丸すら視認する夜闇の民の反射神経を以てしても、青年の一刀を見切る事ができなかったのだ。

 

「……噂で聞いたことがある。この国には魔の力を以て闇の者を討つ刺客がいるのだな。───確か、名は対魔忍といったか」

 

「如何にも。私は対魔忍ふうま派が一、楽尚之助(がくしょうのすけ)。貴方とはここで終わる縁、見知る必要はありませんよ」

 

 こちらの指摘に涼し気な笑みを浮かべたまま己が名を明かす青年。

 

 それを耳にしながら、ギーラッハは先ほどよりも気を引き締める。

 

 刺客が己の事を明かすのは寝返りでなければ、相手を確実に殺す際と相場が決まっているからだ。

 

「貴様がそう言うならば、俺も名乗りはせん。だが、そこいらの有象無象と同様とは思うな!!」 

 

 気合と共に間合いを詰めた紅の騎士は、突進の勢いそのままに愛剣を薙ぎ払う。

 

 自身の胴の腰から下を斬り落とさんと奔る刃。

 

 それが身に届くより早く、目にも止まらぬハンドスピードで振るわれた刀が大剣の腹を叩く。

 

 遠心力が乗った切っ先付近に別ベクトルの力が加わった事によって、本来の軌道から外れ始めるヒルドルヴ・フォーク。

 

「ぬっ!?」

 

 太刀筋が乱れた事を察知し、ギーラッハは即座に体勢を立て直そうとする。

 

 だが、それより早く自身の顔へと進路を変えた大剣を身を屈めて躱すと、尚之助は手にした小太刀の刃をヒルドルヴ・フォークに当て、その腹を滑らせるようにして間合いを詰める。

 

 そうして瞬く間に己が刃圏へとギーラッハを捉える尚之助。

 

 しかし、ギーラッハとて凡百の吸血鬼ではない。

 

 素早く柄の鍔元を握りなおすと、尚之介の右手が閃くより速く強引に愛剣を振り抜いたのだ。

 

 吸血鬼の怪力が存分に込められた刀身は根本にいた尚之介を吊り上げると、勢いのままに間合いの外へと弾き飛ばした。

 

 何とか体勢を立て直して転倒を免れた尚之助だが、再び構えた小太刀が刃の一部がヘコんでいるのを目にして、頬を冷汗が一粒零れ落ちる。

 

 折れず曲がらずと言われる日本刀を、あの吸血鬼は密着状態で圧し潰して見せたのだ。

 

 どれだけの剛力があればそんな真似ができるのか、彼には想像も付かない。

 

「うおおおおおおおおおっ!!」

 

 そんな尚之助の心情など意にも留めず、雄叫びと共にギーラッハが襲い掛かる。

 

 再び間合いへ飛び込まれないよう、威力よりも速さと手数を重視して振るわれる大剣。

 

 とはいえ、常人であれば一撃で圧し潰されるような威力を秘めた攻撃を、尚之助は身の(こな)しと二刀を振るうスピードによって凌いでいく。

 

 尚之助が修めた忍術は自身のスピードを爆発的に増す事が出来る『隼の術』だ。

 

 対魔忍最強と謳われるアサギと同じモノだが、彼女ほど上手く使えているワケではない。

 

 アサギは全身全てを同時に加速させることで『殺陣華』のような分身殺法を可能としているが、尚之助の方は術の効果を乗せる事が出来るのは一度に付き自身の身体の一部分だけだ。

 

 同じ忍法でありながら完成度に大きな隔たりがある事から、心無い者からはアサギと比較されて半端者呼ばわりもされた事もある。

 

 しかし彼は生来の負けん気の強さから、血の滲むような努力によって外野を黙らせてきた。

 

 八方から襲い来る亜音速の刃、それを尚之助の両眼は忙しなく動きながらもしっかりと捉える。

 

 そして己の防空圏へと切っ先が侵入すれば、目に留まらぬ速度で振るわれる双刃によって、相手の斬撃は逸らし受け流されていく。

 

 尚之助が己が忍術の欠点を克服する為に取った手段、それは必要な場所を連続で加速していくというものだった。

 

 自身の術がアサギに比べて格段に肉体的負担が軽いことを逆手に取った方法だが、もちろん口にするほど簡単なモノではない。

 

 鉄火場において加速すべき場所を瞬時に定める判断力。

 

 連続かつ正確に術を発動させる練度の高さ。

 

 さらには加速に耐えられるだけのタフネスなども要求される。

 

 長年の修練に加え、己へ向けられた様々な悪意をバネとする事で、尚之助はその領域へと到達する事が出来たのだ。

 

 そうして生まれ変わった『隼の術』に心願寺幻庵をして『天稟』と言わしめた剣術の才が加われば、彼の刃はエドウィン・ブラックの首にすら届く。

 

 そんな強烈な自負と克己心を支えに、尚之助は死の旋風と化したギーラッハの剣を凌ぎ続ける。

 

 

 

 

 そんな人外の域へと突入した殺陣を、三郎と呼ばれた少女は目を皿のようにして見ている。

 

「……もしもの時はおねがい」 

 

 緊張で震えそうになる声を絞り出せば、それに応えるように彼女の影から巨大な異形が顔を覗かせる。

 

 額から一対の角が生えた人面の巨蜘蛛

 

 それこそが三郎が生まれた家の姓の由来となった従妖、鬼蜘蛛である。

 

 『獣遁の術』を継承し続けた鬼蜘蛛家代々の当主に仕えてきたソレは、約一年前に十七代目だった祖父から彼女へ『鬼蜘蛛三郎』の名と共に受け継がれた。

 

 三郎の戦闘スタイルは、巨大な鬼蜘蛛を使役する事で広域に打撃を与えるというもの。

 

 それ故にギーラッハのように腕の立つ個人を相手取るのは不得手であった。

 

 尚之助が矢面に立ったのも、そのことを察知していたからだろう。

 

 では、現状において三郎は何をなすべきか?

 

 彼女はそれを正しく理解していた。

 

「……忍びとは戦うのみに非ず。仲間と己の活路を開く事もまた重要な役目也」

 

 祖父の教えを呟きながら、三郎は意識の糸を部屋の隅々にまで張り巡らせる。

 

 自分だけではあの二人の戦いを認識すらできないだろう。

 

 しかし鬼蜘蛛が一緒なら───

 

 『獣遁の術』で感覚をリンクさせた事で、朧気ながら手中に転がり込み始めた戦況。

 

 自身の力が必要になる時を見逃さないという確固たる決意を込めて、三郎は赤い眼で剣舞を捉え続ける。

 

 

 

 

 研究施設の薄闇を切り裂く銀閃がぶつかり、甲高い音と共に火花が散る。

 

 尚之助とギーラッハ、両者が振るう剣戟の数は五十を超えていた。

 

 紅の騎士の巧みな間合い取りによって、己の距離に入れずに防戦を強いられていた尚之助。

 

 このままではジリ貧になると断じた彼は、ここで勝負に出る事を決意する。

 

 下から掬い上げるように振るわれた小太刀によって、逆胴という目的から逸らされた二股の切っ先。

 

 それが弧を描いて刺突へと変化した瞬間────

 

「待っていましたよ、それを!」

 

 今までのパターンからギーラッハの手を読み当てた尚之助が大きく前に出た。

 

 隼の術によって爆発的な速度を得た腿力を利用して力が乗り切る前に大剣をいなし、同時に難攻不落と化していたギーラッハまでの距離を一気に踏破する。

 

「ぬぅっ!?」

 

 それに対して、突きを躱された事で身体が泳いでいるギーラッハは迎撃の一手を討つ事が出来ない。

 

 こうして数十手ぶりに己の刃圏へと相手を捉える事に成功した尚之助。

 

 千載一遇の好機に彼が打つ手は決まっている。

 

「はぁっ!!」

 

 初手と同じく鍔鳴りや金擦れの音すらも置き去りにした神速の一刀。

   

 隼の術で極限まで研ぎ澄ました腕で放つ対魔抜刀術『隼爪(じゅんそう)』である。

 

 闇夜に弧を描きながら己が首を落とさんとする銀閃。

 

 しかし絶体絶命の場面であってなお、ギーラッハの真紅の瞳に(かげ)りは無い。

 

「ぬぅおおおおおおおおおっ!!」

 

 騎士が上げた裂帛の気合に続き、肉を切る音が辺りに響く。

 

 無残な最期を遂げた吸血鬼信奉者の新たな鉄錆の匂いが漂い始める中、相方の勝利を確信していた三郎は驚愕に目を見開くことになる。

 

 なんと尚之介が放った必殺の一手は、ギーラッハの頚椎に達したところでその動きを止めていたのだ。

 

 紅の騎士の命を繋いだのは、尚之助が持つ忍者刀の鍔元で刃を咬み合わせている彼の相棒だった。

 

 彼にしてみれば、まるで瞬間移動したかのように突如として現れた邪魔者。

 

 それを胸に掲げた騎士が宣誓を果たす姿によく似た構えの先に、尚之助は血塗られた口角が吊り上がるのを見て取った。

 

 本能に押されて間合いを取ろうとする尚之助。

 

 しかし、その隙を逃すほど紅の騎士は甘くはない。

 

「おおおおおおおおぉぉぉっ!!」

 

 半ばまで断たれた気道に流れ込んだ血によってくぐもった声を上げながら、ギーラッハは大きく踏み出した勢いのままに己の肩を尚之助に叩き込んだ。

 

 騎士が接近戦などで相手の体勢を崩す為に使用するショルダーチャージ。

 

 斬撃を活かす為のつなぎ技も、吸血鬼という人外の存在が放てば十分な凶器となる。

 

「が……っっ!?」

 

 避ける事の出来なかった痛打を胸に受け、肺腑に溜まった空気を吐き出しながら宙を舞う尚之助。 

 

「セェリャアァァァァッ!」

 

 次の瞬間、好敵手目掛けてギーラッハは渾身の力でヒルドルヴ・フォークを薙ぎ払う。

 

 痛みと衝撃によってグラつく思考の中、迫りくる刃を避けられないと判断した尚之助は、左右の刀を合わせるようにして防御の型を取る。

 

 しかし、それは剛剣を受けるにはあまりにも細く脆かった。

 

 金属が砕ける音と共に宙を舞う刀身の欠片。

 

 無残にも折れた愛刀に尚之助が目を見開いた次の瞬間、颶風を纏った一撃はその身に深く突き刺さった。

 

「ぐはっ!?」

 

 刃に腕ごと胸板を押しつぶされ、肺の中の空気を吐き出す尚之助。

 

 勢いのままに吹き飛ばされた彼は、積みあがった瓦礫の山に突き刺さった。

 

「尚にぃっ!!」

 

 相棒の惨状に上がる少女の悲鳴を他所に、ギーラッハは残心を崩さないままに口内に溜まった血を吐き捨てる。

 

 あの瞬間、ギーラッハの窮地を救ったのは相棒であるヒルドルヴ・フォークに仕込まれたギミックだった。

 

 鍔に仕込まれたもう一つの柄と言うべきグリップ。

 

 夜魔の森の女王唯一の護衛として多対一の戦場を乗り越える為、大剣の取り回し効率を上げて中近双方に対応させるためのそれを掴んだギーラッハは、その膂力に物を言わせて強引に剣を引き寄せたのだ。

 

 そのタイミングはまさに紙一重。

 

 一瞬でも遅れていれば、宙を舞ったのは尚之助ではなく彼の首だっただろう。

  

 気道の再生が終わり、呼吸の違和感が消えた事に息を吐くギーラッハ。

 

 今の彼の中にあるのは全力で剣を振るった心地よい疲れと、死地に遭って生を拾った安堵、そして強敵を倒したという達成感と愉悦がごちゃ混ぜになったものだ。

 

 そしてそれらは一つとなって、すぐさま次の戦いを求める種火として心の中を赤く照らす。

 

 それは武を志した者ならば誰しもが持つ感情。

 

 自分が強いと証明したいという、ある意味幼稚ともいえる衝動だった。

 

 身の内を照らす篝火(かがりび)に己が行く道を見出そうとしていたギーラッハだったが、次の瞬間には現実に立ち返った彼は振り向きざまに剣を一閃させる。

 

 首の傷から血を吐き出すのもそのままに、彼が振り向いた先には灰色の甲殻に身を包んだ巨大な蜘蛛が蹲っていた。

 

 突如として現れた怪異に驚きながらも目を走らせれば、後ろ脚が二本斬り飛ばされており、腹にも十文字の傷が刻まれている。

 

 岩のような殻を持つ怪異にこれだけの傷を負わせるなど、咄嗟に振るった剣が出来る事では無い。

 

 自分の中でそれを可能とするモノに、騎士はたった一つだけ思い当たるモノがあった。

 

『十字剣閃』

 

 主君たるリァノーンから受け継いだ念動力、それをヒルドルヴ・フォークの刃に乗せて放つ必殺の一撃だ。

 

 複製たる身体では姫の力など宿っていないと思い込んでいた為に失念していたが、どうやらそれは間違いであったらしい。

 

「ふっ……」 

 

 途絶えたと思っていた縁が未だに繋がっている事に、我知らず笑みが漏らすギーラッハ。

 

 同時に行くべき道を朧にしていた霧が晴れるのを感じた。

 

 忠節を果たし終えたとて、自分が姫君の臣下であった事実は消える事は無い。

 

 ならば、この身の内に蛮勇が猛ろうとも、己が敷いた士道に背くことは罷り成らない。

 

 再誕して初めて、晴れ晴れとした気分を味わうギーラッハ。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 

 重傷を負ったはずの巨蜘蛛が研究室の入口の方へと大きく跳ねたからだ。

 

 地響きを上げて出入口の手前に降り立つ蜘蛛。

 

 振り返ったその口には先ほど吹き飛んだ尚之介、そして背には三郎が鎮座している。

 

「なるほど。先の奇襲、真の目的はその男を救う事であったか」

 

 得心するギーラッハを涙を湛えた瞳で睨みつける三郎。

 

「今は退く。───でも、この借りは必ず返してみせる」

 

「気の吐き様は一人前か。だが、己が騎獣に恐怖を見透かされるようでは未だ未熟。───己の首が欲しくば、牙を揃えて出直してくるがいい」

 

 ギーラッハの吐いた挑発に三郎は周囲に聞こえるほど歯を食いしばったものの、そのまま研究室から姿を消した。

 

「ふむ、釣れなんだか。だが、あれだけ頭に血が上っていても自身の為すべき事を見失わんとは、なかなかに見どころがある娘よ」

 

 顎に手を当てて、そう独り言ちるギーラッハ。

 

 ともあれ、吸血鬼信望者共と歩まぬと決めた以上、彼がここにいる理由は無い。

 

 相棒を背負い研究室を出た彼は、館内に複数存在する吸血鬼の気配を辿って足を進める。

 

 そうして辿り着いた先にあったのは、吸血鬼と化した動物を飼育している区画だった。

 

 生前の記憶によれば、信望者たちは吸血鬼の因子を用いて人と動物が融合したVチューンドなる異形を生み出していた。

 

 その研究が朽ちていなければと、施設の中を漂う微弱な吸血鬼の気配を追って足を運んでみれば、案の定だった。

 

 ギーラッハは居並ぶ吸血鬼と化した動物から馬を見つけると、中でも駿馬と思われる一頭に鞍と鐙を付けて跨った。

 

「騒音を上げて走る鉄車や鉄騎馬は好かん。この身を預けるには馬が一番よ」

 

 上々な乗り心地に満足し、ギーラッハは勢いよく手綱を振る。

 

 次の瞬間、けたたましい鳴き声と共に走り出す吸血馬。

 

 その健脚で研究所の床を踏み抜きながら加速した彼は、ギーラッハを乗せたまま瞬く間に研究所から飛び出してしまった。

 

 照明が絶えなかった研究施設を抜け出してみると、彼等を迎えたのは炭を垂らしたかのような夜闇だった。

 

 今宵は新月。

 

 天から差し込む道標もない黒の中、ギーラッハは速度を緩めずに駆け抜ける。

 

 望まぬ復活を与えられた事で、一度は道を見失った紅の騎士。

 

 彼に再びその在り様を定めさせたのは、皮肉にもその命を狙う刺客だった。

 

 彼との闘争は、どこか虚ろだった男の心に火を入れた。

 

 その身に修めた武を存分に振るう喜び。

 

 猛者と強さを競い合う楽しさ。

 

 命を懸けた真剣勝負のスリルと勝利の快感。

 

 生前、主君を護っていた時には感じる余裕が無かった悦楽をギーラッハの芯へ刻み込んだ。

 

 そして相棒を救おうと挑みかかった蟲怪。

 

 あれを退ける際、この身は未だ姫君の臣下である事を再確認させてくれた。

 

 ならば、己が進む道は決まっている。

 

 それは前では叶わなかった武人の生だ。

 

 己が腕と剣に全てを掛け、最強という頂を目指す修羅の道。

 

 しかし、心のままに蛮勇を振るうワケではない。

 

 ギーラッハという男は、生まれ変わってもなお夜魔の森の女王の臣下なのだ。

 

 己が外道に堕ちれば、姫様の名もまた土に塗れよう。

 

 そうさせぬためにも、騎士として姫に恥じぬ行いをせねばならない。

 

「戒律を以て最強を目指す。600余年ぶりに遊歴に戻ったようだが、それもまた一興よ」

 

 蹄の音が響く中、紅き騎士は二ヤリと口角を吊り上げる。

 

 それは夜魔の森の女王の従者であった時には浮かべなかった貌。

 

 闘争と強者を求める益荒男の相であった。 

 



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日記25冊目

 お待たせしました、27話目の完成です。

 筆が乗ったとはいえ、こんなに早く書けるとは……。

 これも悩み事が解消された成果なのだろうか。

 なんにせよ、指が軽快に動くのはいい事だと思います。

 さて、HR確定チケットで紅を狙うとするか


☆月▽日

 

 剣闘士生活がかなり充実している小太郎です。

 

 少し前まで干されるかもと危機感を抱いていましたが、色々と頭を捻ったお陰で何とか盛り返すことが出来た。

 

 瞬殺劇がダメなら、ひたすら躱せばいいじゃない。

 

 というワケで相手の攻撃を回避しながら、時折蹴りや峰打ちを叩き込むという舐めプモードを搭載いたしました。

 

 これの利点はギャラリーの大半であるトーシロー連中からすると、俺がピンチに陥っているように見えるという事だ。

 

 防戦一方の劣勢から、乾坤一擲の一撃によるカウンター勝利。

 

 なかなかアツい展開だと思うのだが、どうか?

 

 あと、前の試合では軽身功を利用して、リアル『残像だ』にも成功。

 

 試合後にマダムから聞いた話だと、観客からかなりの高評価を得たらしい。

 

 うむ、まったくもって飛影様々である。

 

 あれがウケるのなら、これからはマンガの技を再現していくのもアリかもしれない。

 

 ぱっと思いつくのは『牙突』とか『アバンストラッシュ』ぐらいなんだが、マンガ的なエフェクトが無いと地味になってしまうかも。

 

 とりあえず家で練習して、イケそうだったら採用する事にしよう。

 

 これは割とどうでもいい事なんだが、剣闘士興業で生き残った者は重傷でもない限り女を抱きに行くことが多い。

 

 死に直面した際、子孫を残そうとするのは生物の本能。

 

 そう考えると剣闘士の同僚連中が発情するのは、生物として自然な事なのだろう。

 

 こういう場合、普通なら給料を崩して娼館に駆け込むのだが、カオスアリーナは少し違う。

 

 なんと福利厚生の一環で女奴隷を無料で抱けるようになっているのである。

 

 ぶっちゃけると、エロイベント用の竿役なんですけどね。

 

 マダム曰く、そっち方面のプロは人間・オークに限らず意外と値が張るらしい。

 

 なので、試合の度に用意していてはあっという間に赤字になってしまうんだとか。

 

 なんともセコい話だが、これも一種の経費削減なんだろう。

 

 悪の闘技場だろうと、何かを経営するという事は大変なのだ。

 

 言うまでも無いが、俺はこの手のイベントには一回も参加していない。

 

 普通の感性してたら満杯のギャラリーが見てる中でエロい事なんてできる訳がない。

 

 あのマダム、それとなく『あの娘って、性病検査してんの?』って聞いたら目を逸らしやがったし。

 

 いや、性病ってホントに危ないんだから、最低限の安全対策くらいしろよ。

 

 あいつらって魔界生物とかで調教してんだろ?

 

 絶対にヤバい病気掛かってるって。

 

 なにより、あの乱痴気騒ぎが動画で撮られてるという事を、あいつら知ってるのだろうか?

 

 そして、それがアングラのAVで流れてるって事も。

 

 実名バレてるうえに無修正AVに顔出し出演とか、社会的に抹殺されたも同然だと思うんだが。

 

 つーか、対魔忍の頭領がAVに出たなんてことになったら末代までの恥だろ。

 

 ……ん?

 

 ちょっと待て。

 

 アサギって、過去に2回捕まってるよな。

 

 あとさくらと紫も。

 

 …………………時子姉に探り入れてもらって、販売サイトとかあったら潰してもらうか。

 

 

☆月◆日

 

 

 先の任務で負傷した尚之助兄ぃが意識を取り戻した。

 

 あの戦いで受けたのは、両腕が半ば圧し潰された上に胸骨全損という重傷である。

 

 一時は障害が残るかもと言われていたので、快復の兆しが見えたのは本当にめでたい。

 

 本格復帰にはまだ時間が掛かるそうだが、その辺は焦らずにしっかりと治療に専念してほしい。

 

 さて、改めて前回の任務について訊ねる事になったのだが『切っ先が二股に分かれた大剣を振るう吸血鬼の騎士に負けた』という証言は、タマちゃん(当代三郎の事、彼女の本名は(たまき)という)と一緒。

 

 追加情報としては、その騎士がイノヴェルチによって作り出されたクローンである事。

 

 あとは『夜魔の森の女王』の異名を持つロードヴァンパイアの関係者だという事くらいだった。

 

 この辺の事を報告書に纏めて上原学長に続報として送ったら、その日の内に呼び出しを食らうハメに。

 

 そこで学長から明かされたのは、件の騎士が『紅の騎士ギーラッハ』の可能性があるという事実だった。

 

 このギーラッハなる人物、吸血鬼界隈では名の知れた強者らしい。

 

 600年以上に渡って世界に三人しかいないとされる『神祖』の吸血鬼の一角、夜魔の森の女王リァノーンの護衛を務めたという。

 

 ヴァチカン十三課や英国騎士団など、世界に名立たる対吸血鬼組織を単独で相手に主を護り続けた事から、その実力はイングリッド以上と言われていた。

 

 十数年前に死亡が確認されたそうなのだが、闇の世界では彼を魔界騎士の鑑とする者はかなりいるらしい。

 

 なので今回確認されたのが本当に彼だった場合、その影響力はかなりのモノになるそうだ。

 

 確かにそんな伝説級の人物なら、クローン再生に成功したという事実は脅威である。

 

 万が一戦力として量産された場合、こちらが受ける被害はシャレにならない。

 

 そういう背景もあって、ふうま一党にはイノヴェルチに関する調査に一層力を入れるよう指示された。

 

 現在関わってる面々には、情報収集の強化と共に有事の際には無理しない事を再度徹底させようと思う。

 

 吸血鬼が関わっているのだ、用心はし過ぎるくらいがちょうどいいだろう。

 

 あと、この件に関してはカーラ女王からも注文があった。

 

 彼女からの依頼は、尚之助兄ィを倒したクローンの行方を探ってほしいというモノだ。

 

 件の個体だが、報告書を見るに何の情報もインプットされていないクローンとは考えにくいそうだ。

 

 たしかに如何に伝説の人物を複製しようと、オリジナルが持っていた知識や経験がなければその価値は半減するだろう。

 

 そして、そんな半端者に後れを取るほど尚之助兄ィは甘くはない。

 

 となれば、考えられるのはイノヴェルチがオリジナルの思考ルーチンを抽出したデータを持っているというモノだが、女王はそこにもう一つの可能性を示唆した。

 

 それは複製された肉体にギーラッハ当人の魂が降りたというものだ。

 

 人間ではあり得ない事象だが、相手は神祖の継嗣である。

 

 そういう奇跡が起こる可能性は十分にあるとの事。

 

 この予測が当たっていた場合、真の意味で『紅の騎士ギーラッハ』が復活したことになる。

 

 女王としては無視できるものではないだろう。

 

 戦力として引き込むつもりかと思っていたのだが、女王の態度を見るにそういう意図ではなさそうだ。

 

 この件についてはまだ隠された情報があるようだが、諜報に関わる者にとって『Need To Knowの原則』(「情報は知る必要のある人のみに伝え、知る必要のない人には伝えない」という原則)は基本である。

 

 互いの信頼関係が健在なうちは、語ってくれる時を待とうではないか。

 

 

☆月●日

 

 

 今日は紅姉と改めて話をした。

 

 少し前に爺様が落とした爆弾に関して、しっかり確認しておかないとおちおち寝てもいられないからだ。

 

 気付いたときには外堀どころか披露宴までセッティングされてました、なんて事は流石に勘弁である。

 

 コタロウ知ッテルヨ、コウイウノ放ッテオクト致命傷ニナルッテ。

 

 そんな理由から紅姉を呼び出したのだが、当の本人は初っ端から挙動不審にも程があった。

 

 会った早々から『こっこっここっこ……こ、こた…こここ』と、喉に何かが詰まった鶏みたいな声を出す始末。

 

 一瞬、妙な呪詛でも掛けられているのかと焦ったではないか。

 

 喫茶店で飲み物飲ませたら何とか落ち着いたので、こちらも一安心である。

 

 それで本題なんだが、紅姉自身も嫁入り云々については耳に入っていなかったらしい。

 

 龍ちゃんを次期当主する件だって、あの日の朝に聞いたそうだし。

 

 爺様よ、もうちょっと根回ししとけや。

 

 身内だからって雑に扱ってるとしっぺ返しを食らう事になるぞ。

 

 老人の手際は置いとくとして、ここで一番の問題になるのは当事者である紅姉の気持ちである。

 

 結婚は女性にとって一大イベント。

 

 それを意にそぐわない相手に嫁がされるなど、あんまりではないか。

 

 ん、俺?

 

 こっちについては問題ない。

 

 立場上、恋愛結婚とか不可能だって覚悟を決めてるし。

 

 ぶっちゃけ、銀零にゴーサインが出たって時点で大概の事は諦めた。

 

 オークとかゾンビじゃなかったら、魔族だってOKだ。

 

 けど一夫多妻制や妾とかは勘弁な。

 

 俺の甲斐性だと嫁さん一人でも養っていけるかどうかも分らんし。

 

 さて、肝心の紅姉だが、意外な事に嫌悪感は無いようだった。

 

 正直、『私は魔族から世界を護る為、そしてお母様を救う為に、少しでも早く一人前の対魔忍にならなければならないんだ! お家騒動などに関わっているヒマは無い!!』くらいは言うと思っていたのに。

 

 まあ、その代わりに出たのは、毎度お馴染みの出生故のネガティブさだったけど。

 

『私みたいな奴が宗家に入るなんてダメだろう。この穢れた血がどんな悪影響を及ぼすか、分かったものじゃないからな』

 

「先代のクズや俺を見ましょう。宗家なんてこんなウ●コ人間が生まれるドブ川です。吸血鬼の血くらい入ったところでは何の問題にもなりません」

 

『ウン●って……。けどッ、私は吸血鬼のハーフだ! 人間でも魔族でもない半端者なんだ……。そんな奴を娶るなんて、小太郎も嫌だろ?』

 

「血の繋がった8歳の妹と結婚しろと言われるより万倍マシ。つーか、最近の研究だと対魔忍って魔族と人間の混血児の末裔だっていうし、その辺はもう今更です。あと個人的な意見を言わせてもらうと、色事を考えるような感性が育つ生き方してないから、恋愛なんてサッパリ分からん。なので、初見の人間連れてこられて一から人間関係構築するとかマジ勘弁。それなら気心の知れた幼馴染の方がいい」

 

 こんな感じの問答をした結果、紅姉は『嫁入りについては前向きに検討する!』とニコニコ顔で帰っていった。

 

 改めて今日の発言を日記に纏めてわかったんだが、これって紅姉のコンプレックスなんて気にしないから嫁に来いって言ってる風に取れるのか?

 

 つーか、『前向きに検討する』って、紅姉の奴は本気でウチに来るつもりなのか?

 

 もしかしたら、色んな意味でやってもーたかもしれん。

 

 あ~、けどそんなに深刻に考える必要もないか。

 

 色恋分からんって断ってあるし、ぶっちゃけ紅姉だったら家族になっても違和感ないもんな。

 

 それ以前に俺はまだ年齢的に結婚できんし。

 

 ま、少なくとも数年の猶予があるんだ。

 

 今はああでも、紅姉の気が変わるってこともある。

 

 状況はどう転ぶか分からないんだ、のんびり考えていこうじゃないか。

 

 もちろん、紅姉を泣かさないように気を付けてな。

 

:追記

 

 後日、俺の携帯に『謎の紳士B』という人物から怪文章が届いた。

 

 内容は『姉がオッケーなら、妹の爆弾処…………嫁にどうかね?』というもの。

 

 謎の紳士B────何者なのだ? 

 

 

☆月▽日

 

 

 カオスアリーナの副業だが、ちょいと困った事になっている。

 

 色々と殺陣のパターンを増やしてはいるのだが、客が飽きるのが早いのだ。

 

 客から寄せられたコメントを解析してみると、どうも俺がダメージを食らわないのが気にくわないらしい。

 

 まあ、ゴア表現を目的にアリーナに足を運んでいる連中である。

 

 そういう要望もあるだろうさ。

 

 しかし、こっちだって副業で怪我をするわけにはいかん。

 

 万が一にも負傷からこの事がバレたら、マジで任務参加禁止とかを食らいかねん。

 

 俺から剣と鉄火場を取ったら、骨と皮しか残らんぞ!

 

 こんな否定的な意見があるものの、現在の剣闘士部門では俺がトップファイターである事に変わりはない。

 

 マダムとしても俺が負傷休場するのは本意ではない様で、スタッフも巻き込んで頭を捻る事に。

 

 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、この問題に対してある解決策が提示された。

 

 それはインターバルのショーに俺が出るというモノだ。

 

 なに、意味が分からないよ?

 

 心配はいらない、俺も最初はそうだった。

 

 カオスアリーナは闘技場と銘打っているが、開店から閉店まで絶えず誰かが戦っている訳じゃない。

 

 選手やスタッフにもインターバルは必要だし、客も試合ばかり続けば疲れてしまう。

 

 そこで3試合おきにアメフトのハーフタイムショーのような、イベントが組まれているのだ。

 

 要は其のイベントに俺が出ろと言っているのである。

 

 この案を挙げたイベント担当の意見はこうだ。

 

 『ダークナイトさんにこういう意見がでるのは、試合に出てるだけだからと思うんですよ。貴方は剣闘部門の顏なんですから、多角的にキャラを売り出せば否定的な意見も消えるのではないでしょうか』

 

 ショービジネスには明るくないのでイマイチ分からんが、そういうものなのだろうか?

 

 この意見はマダムの鶴の声で即決採用。

 

 後で聞いた話によると、このハーフタイムショー。

 

 今まではメス奴隷にエロダンスを踊らせていたのだが、これが女性客には受けがすこぶる悪かったらしい。

 

 それでアンケートでも改善や廃止の声がかなり溜まっており、マダムも対応に頭を悩ませていたそうな。 

 

 そんなワケでショーマンとしての業務が追加された俺は、マダムが呼んだ魔界の踊り子というナディア女史の指導の下で試合の合間でダンスの稽古に励む事となった。

 

 武道は舞踏に通ずるというが、それは本当だったようでダンスについては割と簡単になじんだ。

 

 意外だったのはナディア女史のレッスンである。

 

 あの優し気な風貌とは打って変わって指導はかなりスパルタだった。

 

 ステップから身体の動きや腕の振りなど、随所に渡って容赦ない指摘が入ってリテイクを連発。

 

 こっちはグレートのマスクに髑髏の兜を二重に付けてるもんだから、呼吸がし辛いことも相まってマジでキツかった。

 

 結果として肺を始めとした呼吸器の鍛錬とスタミナ向上に繋がった事を思えば、悪い事ばかりではないけどさ。

 

 そんな辛い訓練を得て本日ハーフタイムショーデビューを果たしたワケだが、まさかガチのグールと一緒に『スリラー』を踊る事になるとは思わんかった。

 

 と言うか、マダム。

 

 不朽の名曲なのは認めるけど、曲のチョイスが古いよ!!

 

 まあ、カオスアリーナの客層って多国籍な上に年配者も多いから、流行りのJポップなんて流しても受けなかっただろうけどさ。

 

 しかも最後の最後で制御の魔術を解いた所為で、曲が終わったと同時にグール共が襲ってきたし。

 

 百体近いグールを始末したらそのまま試合に移行とか、スケジュールがタイトすぎやしませんかねぇ!?

 

 正味、手加減する余裕がなかったから、開始コンマ一秒で五体バラバラにしてしまったじゃないか。

 

 はっきり言って、特別手当で百万貰ってなかったらキレているところである。

 

 雇われの身だし、これもハンデの一環と言われれば声高に文句は言えんが、こっちの方もブラックになってきたなぁ。

 

 一日でも早く綺麗な体になるために、今は堪え難きを耐えて頑張ろう。 

 

 

☆月〇△日

 

 

 今日は嫌な予感がするので、外出する前に日記に心情を記しておこうと思う。

 

 ついに来てしまった。

 

 今日は五車学園特別講習の参観日である。

 

 ぶちゃけ厄ネタの匂いしかしないから、超行きたくない。

 

 だが、バックレたら余計面倒な事態になるのは目に見えている。

 

 アスカはともかく、あの仮面のマダムが何の考えも無しにこのイベントに参加を決める訳がない。

 

 万が一、井河と甲河による日本と米連の代理戦争なんて事態に発展したら目も当てられん。

 

 今回は親善を前面に出してる関係上、連れの数も限られてる。

 

 対外的な対応と有事の際を考えれば、天音姉ちゃんと災禍姉さんが適任か。

 

 俺的にはこんなゴタゴタ前提のところにはあまり連れて行きたくないんだが、それは二人の矜持を傷つける事になる。

 

 この辺はちゃんと弁えなければいけない。

 

 さて、一応はふうまの頭領として出向くのだ。

 

 侮られないよう、身嗜みはキチンとしなければ。

 

 背広に合う仮面……この前買ったガーゴイルとかいうのでいいか。

 

 ミステリアスで支配者っぽいし、これならば舐められないはずだ。

 

 名残惜しいが出発の時間が近づいている。

 

 帰ってきた後でつける日記が明るいものでありますように……。



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日記26冊目

 お待たせしました、26冊目の完成です。

 今回は前後半に分けての投稿。

 後半についてはもう少しお待ちください。


 久々に五車の里の土を踏んだふうま小太郎です。

 

 これからのことを思うと物凄く気が重いけど、これも正式なお仕事である。

 

 逃げる事は許されない。

 

「若様、本当に来るのが嫌なんですね……」

 

 俺の深い深い溜息に(うれ)いの表情を見せる災禍姉さん。

 

 今回はふうま宗家秘書という肩書で俺に同行してもらっている。

 

 仕事は早いし気も回る素晴らしい才女なのだが、『銀零レディコミ事件』の事を俺は忘れていない。

 

 銀零といえば、あの子は時子姉の影響を受けているのか、以前に比べて随分と明るくなった。

 

 つーか、今日出る時も『稲毛家のアイス希望、溶かしたら罰金!』と、ボディに頭から突撃してきたし。

 

 ここまで性格が変わったら一周回って面白いのだが、上下関係というモノは躾けておかねばならない。

 

 出掛けに妹を泣かすという兄貴としてあるまじき行為をしてしまったが、それはやむを得ない処置だと当方は主張しておく。

 

「ご安心ください、若! 貴方の手を煩わせるような事はありません! 今回起こる全ての些事はこの私がっ! ふうま宗家執事たる天音が!! 華麗に処理して見せましょう!!」

 

 俺と一緒にダウナーになってる災禍姉さんと打って変わって、滅茶苦茶テンションが高いのは天音姉ちゃんである。

 

 以前まで暫定だった執事の立場を今回から正式な物にしたので、当社比5倍で気合入っているのだ。

 

 先日、辞令と共にこの事を伝えた際『時子よりも私が優秀だと認めてくれたのですね!!』とか言っていたが、それは勘違いである。

 

 そも、時子姉はかなり前から執事候補から離れている。

 

 今の彼女はふうまの情報統括官と言うべき存在だし、それ以前に引き籠りでお腐れ様だ。

 

 そんな人物を執事にしようと思うほど俺は酔狂ではない。

 

 そんなワケで、最初から天音姉ちゃんの対抗馬など存在しなかったのだ。

 

 というか、なんで天音姉ちゃんは時子姉をライバル視していたのか。

 

 弾正から代替わりした黎明期から、俺と一緒にいたからか?

 

 う~む、謎である。

 

 閑話休題。

 

 さて、現在俺達は五車学園の校舎を理事長室に向けて移動中である。

 

 同じ来賓の甲河一行とは校門で顔合わせし、俺達には井河さくら、甲河の方には高坂静流が案内で付いている。

 

 ま、本当の所は俺達に妙な事をさせない為の監視なんだろうけどな。

 

「小太郎。アンタ、なんでスーツなんか着てるのよ。まだ中学生なんだから制服でいいじゃない」

 

 『背伸びしたい年頃ってヤツ?』と少々意地の悪い笑みを浮かべるのは、甲河頭領であるアスカだ。

 

 頭領仲間として結構な頻度で愚痴を聞いているだけあって、こ奴は俺に対してかなり気安い。

 

 むこうは紅姉とタメらしいし、どこか弟感覚で付き合っているのだろう。

 

 以前話に出た浩介君とやらも影響しているのかもな。

 

 さて、ちょうどいい機会なので今日の俺達の装いを説明しておこう。

 

 俺は黒のスーツにグレーのYシャツ、あとグレーのネクタイ。

 

 本来ならこれにガーゴイルマスクを付けるところだったのだが、災禍姉さん達の強硬な反対に遭って泣く泣く石仮面に変更した。

 

 まあ、天音姉ちゃんまで真顔で反対していたのを思えば、あのガーゴイルマスクはそれだけヤヴァかったのだろう。

 

 反省、反省。

 

 災禍姉さんはいつものビジネススーツ。

 

 これを着る時は基本的に義足は生身に近いものを選ぶのだが、今回は行き先が五車の里という事もあって戦闘用のモノを濃い黒のストッキングで隠している。

 

 で、天音姉ちゃんもお馴染みの執事服、

 

 今回のイベントに合わせて新品を(おろ)したそうなのだが、正直まったく見分けがつかない。

 

 無精者でゴメンよ。

 

「アスカ、私達は各勢力の頭領として呼ばれているの。彼の格好はそれに対して礼を損なわない為の身だしなみよ」

 

 俺達が口を開く前にフォローを入れた仮面マダムだが、情報屋を営んでいる時の際どいドレスとは違い、ワインレッドのビジネススーツを隙無く着こなしている。

 

 全身からそこはかとなく漏れる威圧感に、悪の女幹部という感想が出たのは秘密である。

 

「あ~失敗したぁ……。これなら私もスーツにしたらよかった……」

 

「だから言ったでしょうに。学校だからいいじゃん、で済ませたのは貴女。今さら悔やんでも後の祭りよ」

 

 額を抑えて天を仰ぐアスカに、マダムは少々呆れ気味に声を掛ける。

 

 彼女がアスカの後見人だという事もあるのだろう、その様子は年の離れた姉妹のようだ。

 

 ちなみに、アスカは発言から分かるように学校の制服である。

 

 しかも夏前という事もあってか、カッターシャツに白い毛糸のベストといういで立ち。

 

 俺達の間では明らかに浮いている。

 

 あと、アスカの四肢もサイバネパーツはやはり戦闘用だ。

 

 これは用心の為のものか、それともナニカをしでかす気なのか?

 

 判断するにはまだまだ材料が足りない。

 

 余談だが、アスカの態度をウチの面々(特に天音姉ちゃん)が(とが)めないのは、事前に釘を刺しているからだ。

 

 将来的に見れば、甲河にもパイプを繋げておけば何かと便利だからな。

 

 とはいえ、天音姉ちゃんはかなりピキピキ来てるようなので、隙を見て(なだ)めておく事にしよう。

 

 

 

 

 理事長室でアサギと当たり障りのない挨拶を交わした後、俺達が今回の舞台となる校庭へと案内された。

 

 今回の(もよお)しは次代を担う学生達に現役対魔忍、そして自身の上に立つ頭領がどれほどの力を持っているかを体験してもらう事を趣旨としている。

 

 そこで行われるのが生徒対五車学園教師、そしてアサギとの模擬戦というワケだ。

 

 俺達の役目はゲスト席に座ってのにぎやかし、後は観戦中に振られた際のコメントぐらい。

 

 原案では井河・甲河・ふうまの三つで、異流派交流としてこのイベントを行うつもりだったらしい。

 

 うん、アサギさんや。

 

 俺等そういう事できる関係じゃないよね。

 

 つーか、それって学生に紛れて暗殺者入れ放題だし。

 

 そんなイベント組んで何か事があったら、忍界大戦待ったなしなんですが。

 

 とはいえ、アサギが焦る気持ちもわからなくはない。

 

 ふうま脱退の余波で主流派は対魔忍の数が激減した事に加えて、肝心の現役の質が10年前に比べて落ちているのだから。

 

 原因はふうま衆を良いように使っていた事の反動である。

 

 なんだかんだ言っても対魔忍は裏方商売。

 

 それに必要な斬った張ったで生き残る為の力は、自ら切り開いた修羅場の数がモノを言う。

 

 しかし反乱後の井河の対魔忍たちは危険な任務をふうま衆に押し付け、自分たちは安全かつ容易なモノを(こな)すようになってしまった。

 

 そうなれば腕が錆びつくのは明白。

 

 かつては裏世界に名を轟かせた達人も、凡人へと成り下がるのはあっという間である。

 

 ここ最近、主流派に属するベテラン対魔忍の多くが任務失敗や殉職しているのはこの為だ。

 

 しかも彼等の多くはこの10年で対魔忍としてのピークが過ぎ去っている。

 

 そうなれば錆を落として(かつ)ての力を取り戻すのは容易ではない。

 

 現に己の限界を感じて引退する者もかなりの数になるらしい。

 

 時子姉が集めた情報では井河さくら・紫より前の世代がこの影響を受けており、数年前に起きた水城不知火の任務失敗もこれが原因の一つではないかと言われている。

 

 だからこそアサギは早急に他の流派と連携を取ろうとし、ゆきかぜ救出の際に形振り構わなかったように、次代の対魔忍を大切にしているのだ。

 

 ふうまの頭としては『ざまぁ』とでも言うべきなんだろうが、完全な貧乏くじのアサギに掛かる負荷を思うとそんな気にはなれん。

 

 適当な後継者でも見繕(みつくろ)って頭領の座を丸投げすれば楽になれるものを、まったくもってお人好しな事である。

 

「あの……ふうま小太郎さんですか?」

 

 校庭の隅に建てられた白いテントの中にある来賓席で思考にふけっていると、聞き覚えの無い声に呼ばれた。

 

 視線を向けてみると、どこかで見たような面影を持つ少年が立っている。

 

 年齢はおそらく俺と同じ。

 

 黒髪で人の良さが顔に出ているような男子生徒だ。

 

「そうだが、君───」

 

「浩介!!」

  

 こちらの声を遮る形で声を上げたのは隣に座っているアスカだった。

 

 どうやら彼がアスカがお熱の相手である浩介らしい。

 

 ふむ、という事は……。

 

「久しぶり、アスカ姉。悪いけど、先にふうまさんと話をさせてほしいんだ」

 

「え~、どうしてよ!」

 

「兄貴の事だから……」

 

「……しょうがないなぁ。待っててあげるから、早めにすませちゃいなさいよ」

 

「ありがとう」

 

 こちらを置いてけぼりで話していた浩介君は、上手くアスカを説得すると再びこちらを向き直る。

 

「失礼しました。オレ、沢木浩介っていいます」

 

 浩介君の口にした沢木という名を聞いて、俺は彼の持つ見知った面影に得心が行った。

 

「そうか。君は沢木恭介氏の」

 

「はい、弟です」

 

「それで、俺に話とは?」

 

「えっと……大分昔のことになるんですが、兄貴が死んだ時にふうまさんは香典を送ってくれましたよね。そのお礼を言いたくて」

 

 意外な申し出に俺は思わず首を傾げる俺に苦笑いを浮かべながらも、浩介君は言葉を続ける。

 

「あの時、ふうまさんが送ってくれた香典にオレもアサギ姉も本当に救われたんです」

 

「香典に?」 

 

「───知ってるかもしれませんが、兄貴はアサギ姉を陥れる道具としてノマドに利用されました。その所為で兄貴は井河臣下の恥さらしって言われて、葬式にもほとんど来てくれる人がいなかったんです」

 

 当時の事を思い出してか、顔を曇らせる浩介君の弁に俺は内心で納得した。

 

 たしかに対魔忍の世界では、沢木恭介の失態はあり得ないものだ。

 

 臣下が人質となった所為で主君が敵の手に堕ちた。

 

 それを聞けば殆どの奴が『敵の手に堕ちた時点で、何故自害しなかった?』と思うに違いない。

 

 少々ゲスの勘繰りを加えれば、この仕打ちの理由の中には臣下の身分でありながらアサギの婚約者に収まった彼への妬みもあったんだろう。

 

「そんな中、数少ない香典を整理していると貴方の送ってくれた物があった。そこに書かれた『沢木アサギ』の宛て名を見て、オレやアサギ姉ははじめて泣く事が出来たんです」

 

「……そうか」

 

 熱く心情を語り始めた浩介君に、俺は動揺を抑えながら当たり障りのない言葉を絞り出す。

 

 うん、思い出したわ。

 

「あの時は井河の誰もが兄貴を否定してた。アサギさんとの婚約も無かった事になって、沢木恭介がいた事実その物をみんなが消そうとしてるように見えたんです。その中で敵であった貴方が、香典とはいえ二人の結婚を認めるような物をくれた。あれがあったからこそ、オレもアサギさんも兄貴の死を乗り越える事ができたんです」

 

 そこまで語って言葉を切った浩介君は、姿勢を正すと深々と頭を下げた。

 

「貴方は俺達の恩人です、本当にありがとうございました!!」

 

「頭を上げてくれ、沢木君」

 

 俺がそう声を掛けると、少し戸惑うようなそぶりを見せてから浩介君は頭を上げる。 

 

「義理事で送ったものが役に立ったのならこちらも嬉しい。礼は確かに受け取ったから、この件については終いにしよう。香典返しだってちゃんと貰ってるしな」

 

「はい! それとオレ、貴方に憧れてるんです! オレもまだ忍術が使えないから、忍術無しでふうま最強って言われている────」

 

 言うべき事を終えて緊張が解れたのだろう、テンション高くまくし立ててくる浩介君。

 

 だが彼の言葉を遮る様に、訓練参加者は所定の場所に集合する旨を伝える放送が流れる。

 

「ヤバッ! すみません。オレも訓練に参加するんで、これで失礼します」

 

「ああ、頑張ってくれ」

 

 ダッシュで戻っていく浩介君の後ろ姿を見ていると、隣で一部始終を聞いていたアスカ達が声を掛けてくる。

 

「やるじゃん、小太郎。浩介の姉代わりとして、私からも礼を言わせてもらうわ。ありがとね」

 

「あれだけの事をされてなお敵に塩を送るとは……流石です、若!」

 

 満面の笑顔で礼を言うアスカ、称賛の声を上げる天音姉ちゃん、そして上機嫌に笑みを浮かべる災禍姉さん。

 

 そんな彼女達から、俺はそっと目を逸らした。

 

 ……言えない。

 

 あの宛て名が『例の決闘事案から一年も経ってるんだから、もう結婚してんだろ』なんてノリで、調べもせずに適当に書いたモノだなんて。

 

 しかも香典だって『これからもお手柔らかにお願いします』的な下心バリバリの賄賂だったし。

 

 というか、さっきから無言でこっちを見てるマダムがメッチャ怖いです。

 

 あの仮面越しに見える眼光。

 

 まさかとは思うが、俺の考えを見抜いているのではあるまいな……。

 

 あの人って、戦闘力を下げた代わりに知略と経験を加算したアサギみたいなもんだからな。

 

 そういう事が出来ても不思議じゃないんだよ。

 

 正味な話、条件付きとはいえアサギを完封できそうなのって、対魔忍じゃ彼女くらいだとおもう。

 

 くわばらくわばら……

 

 

 

 

 

 少々妙なハプニングはあったものの、訓練自体は問題なく開始された。

 

 対魔スーツ姿に着替えたアサギの激励の言葉から始まったこのイベント、聞けば今学期の考査に大きく影響するのだとか。

 

 考査云々といえば学校に行ってる俺も無関係ではないのだが、こちらとて伊達に忍軍の頭領を張ってはいない。

 

 その辺に関しても手抜かりはゼロである。

 

 筆記に関しては常に学年10位をキープしているし、退魔師としての実技だって学長直々に免除されている。

 

 曰く『貴方と戦ったら、他の学生や教師が自信を無くす』とのこと。

 

 代わりに出されていたオーガの首を3つ持ってくるという課題だって、バイトついでに終わらせてきた。

 

 脳みその代わりに刀剣が詰まってるなんて言われている俺だが、本気を出せばこの位は出来るのである。

 

 さて、俺達の前に広がるグラウンドでは生徒や教師が入り混じっての熱戦が……繰り広げられていないんだな、これが。

 

 当たり前のことだが、現役対魔忍である教師と卵でしかない生徒では隔絶した差がある。

 

 なにせ生徒側は発育途上な子供なうえに、一部の例外を除いて初陣すら飾っていないのだ。

 

 それで教師に勝てというのは、少々ハードルが高すぎる。

 

 当然、アサギ相手では言わずもがなだ。

 

「なんて言うか、見所ある子は少ないわねぇ。今の井河って、こんなに人材キツイの?」

 

「学生相手のイベントだもの、玉石混交といっても石が多いのは当り前よ。それでもまったく箸にも棒にも掛からないワケじゃないんでしょ」

 

「まあね。ねえ、小太郎はどうなの? こいつはって感じの子いた?」

 

「将来性の高い生徒は何人かいたよ」

 

「へぇ、誰?」

 

「まずは火遁使いの神村舞華」

 

「たしか(あずま)教諭の妹でしたね、若」

 

「ああ。井河殿との模擬戦で彼女がある程度まで相手のスピードについていけたのは、幼い時から姉の神村教諭の動きを見てたからだろう。教諭は日本最強のヴァンパイアハンター、総合的な戦力では井河殿に遜色ないからな」

 

「神村の敗因はパートナーである弓走に合わせなかったことでしょうね。弓走は里一番の弓の名門。彼女との連携を密にして援護射撃を受けていれば、神村も火力をもう少し活かせたはずです」

 

「ふむふむ、他には?」

 

「あとは教師を倒した面々は見所がある。大斧使いの喜瀬蛍、氷遁使いの鬼崎きらら。サポートに徹して相方のダメージを軽減し続けた土遁使いの篠原まり。あとは紫藤凜花だな」

 

「若がお目を掛ける必要はありません。あ奴は紫藤の家に生まれておきながら主流派に付いた裏切り者、本来なら誅殺されて然るべきです」

 

「止めとけ、天音。移籍の際に残りたい者は残っていいと条件を付けたのはこっちだ、彼女に罪は無い」

 

 それに凜花嬢に関しては、紫藤を主流派へのスパイにするっていうこっちの策の煽りをモロに受けた被害者だ。

 

 物心ついた頃から主流派側で過ごしていたのだ、それを裏切りと言うのは可哀そうすぎる。

 

「紫藤って、アンタんところの部下だったっけ?」

 

「ああ。彼女に関しては色々あってな、今は家を出て主流派に籍を置いているんだ。理由については家庭内事情って事で納得してくれ」

 

「ふーん、どこも大変なのね。ところで、お……マダムは誰が気になった?」

 

 アスカの奴、一瞬マダムの正体ばらしそうにってなったな。

 

「私としては秋山姉弟が意外だったわね。まさか、学生の身で産休を取る子がいるとはおもわなかったんだもの。弟君も休んでいるところを見ると、もしかしたらお腹の子の父親は彼なのかもね」

 

「まっさか~! 一昔前のマンガじゃあるまいし、さすがにそれはないわよ」

 

 互いに笑い合う甲河の女性二人に、俺は仮面の奥で顔を引きつらせた。

 

 この流れでネタに走るとはおもわんかった。

 

 そしてマダム、大正解である。

 

 今回、秋山姉弟は参加していない。

 

 理由は先ほどマダムが口にしたように『産休』

 

 姉弟の代理人である親戚からの連絡では『秋山の次代を担う大切な子なので、万が一があってはいけない』との事らしい。 

 

 実況役のさくらから『学校を産休』というパワーワードを聞いた俺達は、それはもう筆舌し難い顔を浮かべていた事だろう。

 

 事情を語る際の完全に死んでいた目を思えば、奴等の蛮行がどれだけの惨事を引き起こしたのかなど容易に想像できる。

 

 教師連中、とりわけアサギは胃痛で死にかけたのではなかろうか。

 

 さて、訓練最後のプログラムとなるのは八津紫対水城ゆきかぜのカードである。

 

 色んな意味でドロップアウトしそうな凜子に代わって次世代対魔忍筆頭となったゆきかぜと、さくらと並んで現エースの一角である紫。

 

 互いに遠近特化のこの闘い、下馬評では紫有利だが番狂わせが起これば今後の井河の勢力図がひっくり返ること請け合いである。

 

 期待を胸にグラウンドを見ていると、音響係の教師がゆきかぜの元へ向かった。

 

 このイベントは試合開始前に学生側へインタビューを行うようになっている。

 

 普通ならそこで目標や意気込みなどを口にするのだが、ゆきかぜは果たして何を口にするのか?

 

『校長先生! この試合に私が勝ったら、例の事をお願いしますね!!』

 

 含みのあるゆきかぜの発言に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアサギ。

 

 主のそんな様子を見れば、アサギガチ勢の紫が黙っているわけがない。

 

『水城! 貴様はまだそんな事を言ってるのか!? 色恋などで対魔忍が所属を変えるなど言語道断! ましてや裏切り者のふ───兎も角、論外だ!!』

 

 何とか寸前で踏み止まったものの、肝心な所が隠しきれていない紫の発言にさくらが『むっちゃんのバカぁ……』と机に突っ伏した。

 

 見れば先ほどまで仁王立ちしていたアサギも、壇上の隅で蹲っている。

 

 当事者である俺達は、三人揃ってチベスナ顔である。

 

 そーか、お前は俺等の事をそう見てるのか。

 

 まあ、ギリギリで耐えたのに免じて聞かなかった事にしてやるけどさ。

 

『そんな事、八津先生は彼氏がいるから言えるんです! 本当に人を好きになったら、その想いは誰が何といおうと止められないんだから!!』

 

『な……何を言っている!? 私に男などいないッ!!』

 

『いるじゃないですか、桐生先生が! 八津先生と桐生先生はお似合いだって、私ずっと前から思ってたんです!!』

 

『お前は絶対ムッコロス!!』

 

 豪快に地雷を踏み抜かれた事で、言語障害が発生する程の怒りを見せる紫。

 

 まあ、あのド変態が恋人だと言われれば誰だってキレるわ。 

 

『なんで怒ってるんですか!?』と半ば悲鳴となった声をあげながら、ゆきかぜは狂ったように放たれる斧から逃れる。

 

 奴の発言の何が酷いかと言えば、全く悪意が無いところだろう。 

 

 結局、試合はさんざっぱら逃げ回ったゆきかぜを、紫が『忍法不死覚醒』の再生力で放たれた雷弾の中を強引に掻い潜り、チョークスリーパーに捕らえたところで終了。

 

 あと2秒遅ければ、ゆきかぜの首はポッキリ逝かれた事だろう。

 

 内心、ゆきかぜが負けてホッとしたのは秘密である。

 

 だって、ゆきかぜの言っていた例の件って、十中八九ウチへの移籍だし。

 

 愛の為といえば聞こえはいいけど、トップとしてはそんな理由で宗旨替えする奴を信用するなんて無理だ。

 

 さらに言うと、現状で水城親子を引っこ抜こうとすれば、高確率で井河と戦争になる。

 

 ゆきかぜは兎も角、不知火が消えるとアサギが過労死待ったなしだし。

 

 そしてなにより、想いを向けられてる骸佐当人がそれを望んでいないもんなぁ。

 

 そういうワケなので、いかに将来性があろうとウチがゆきかぜを取る事はありません。

 

 さて、こうして全ての予定が終了した訳だが、幸いな事に何事も起こらなかった。

 

 何かあるだろうと身構えていた手前、少々拍子抜けな話だけれど、それでもトラブルは無いに越したことはない。

 

 後になって思えば、こんな風に気を抜いていたのが悪かったのだろう。

 

 目の前に現れた紫藤凜花に対処できなかったのだから。

 

 来賓の向かいの端に設置された生徒用の観戦席、そこからグラウンドの人だかりを縫うようにして現れた彼女は、俺に指を突き付けながらこう言った。

 

「ふうま小太郎! 貴方達が離反する際に父様を誑かした事、私は許しはしないわ!! 紫藤家は主流派の中でも中核の地位にいた、それを捨ててふうまに走るなんて考えられない! 目抜けの貴方がいったいどんな手を使ったのか、はっきりと言いなさい!!」

 

 瞬間、周囲の空気が完全に凍った。

 

 凜花のよく通る声は、俺の前に置かれた解説用のマイクにほとんどを拾われた。

 

 結果、先の発言はスピーカーを通して全校生徒へと広まってしまったのだ。

 

 井河の関係者に目を向ければ、隣に座っているさくらの驚愕に染まった顔は蒼褪めているし、壇上に立っているアサギに至ってはその顔色は紙のようだ。

 

 甲河の二人は冷めた表情でこちらを見ているし、ウチの連れは憤怒の表情である。

 

 ふうまが離脱してからの彼女の立場を思えば、凜花が俺を責めたい気持ちは分からんでもない。

 

 つーか、これって甚内殿ほとんど何も教えてないんじゃないか?

 

 機密保持の為とはいえ、いくらなんでも酷過ぎる。

 

 これでは彼女が完全に道化じゃないか。 

 

 こっちのツッコミはさて置いて、現状は笑ってしまうくらいに悪い。

 

 彼女にも言い分はあるんだろうが、それにしても場所と言葉が悪すぎる。

 

 今のふうまでは、『目抜け』の(そし)りは半ばタブーとなっている。

 

 それを公衆の面前で、よりにもよって紫藤の人間が口にしたのだ。

 

 後ろの天音姉ちゃんが『殺意の波動』に目覚めたような顔になっているのを見れば、事の重大さは理解できるだろう。

 

 もう学生の戯言(たわごと)で済ませられるレベルじゃない。

 

 甚内殿が知ったら娘を殺して自分も腹を切るレベルだぞ、これ。

 

 彼や紫藤家には多大な借りがあるので、どうにかして命だけは助けてやりたいところだが……

 

 さて、どうしたものか。



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日記27冊目

 お待たせしました、27冊目の完成です。

 感想をくださった皆様のリンカ・スレイヤーっぷりに戦々恐々としましたが、こんな形に収まりました。

 この判断が吉と出るか凶と出るか、その辺はおいおい分かる事でしょう。

 さて、話を見直す為にもう一度アサギ3でもやろうかな。


 どうも皆さん。

 

 対魔忍やらかしバラエティー『シュラ場バンザイ』

 

 司会のふうま小太郎です。

 

 頭領全裸土下座に代表されるように対魔忍の常識=世間の非常識と言われているが、その波がふうまにも押し寄せてるとは思わんかった。

 

 さっきの紫藤凜花の発言だが、言われた当初は『裏に井河の上層部が噛んでいて、ウチの内部攪乱(かくらん)を狙っているのか!?』なんて深読みもしていたのだが、ドヤ顔を浮かべていた凜花がアサギに吹っ飛ばされたのを見る限り、そういうワケではないらしい。

 

「すみません、ふうま殿! 先の紫藤の発言については、全てこちらの監督不行き届きです! この件はどうか穏便に……ッッ!!」

 

 隼の術による跳び蹴りから流れるように土下座に移行するアサギ。

 

 完全敗北のポーズにも関わらず威圧感マシマシな姿に目を凝らせば、対魔忍スーツから覗く肌は青白い魔族色になっている。

 

 なるほど、これがアサギの本気って奴か。

 

 対魔忍は魔族と人間の混血、その末裔である。

 

 つまり、我々の身の内には多かれ少なかれ魔族の遺伝子が息づいているのだ。

 

 その魔族の力を対魔粒子を活性化させる事で、肉体への影響が見えるレベルまで引き出す。

 

 一歩間違えれば向こう側に堕ちる危険な手を、よくもここまで飼いならしたもんだ。

 

 これはガキの時分の手合わせなどアテにならんな。

 

 しかし、これはどうしたもんか。

 

 俺個人としてはアサギの現在における本気を見れて満足だし、井河の頭領が部下の前で土下座している時点で対外的にもメンツは立つ。

 

 あとの問題は『凜花の発言が紫藤家のモノか否か』と『あいつに対するケジメの付け方』の二つ。

 

 前者については、少々工作が必要な案件だ。

 

 甚内殿の話だと凜花自身は数か月前に逆縁を切っているそうだが、これは正式な破門絶縁となっている訳じゃない。

 

 娘に甘い彼が凜花に気付かれない手段であれこれ援助しているのは、時子姉経由で調べがついてるし。

 

 つまるところ、このままでは俺は凜花の発言を『紫藤に叛意(はんい)あり』として取らねばならんワケだ。

 

 そうなると凜花は当然この場で無礼討ち。

 

 紫藤家は叛徒として断絶、減刑したとしても甚内殿には腹を召してもらわねばらならん。

 

 紫藤は現在ふうま衆の中でも、二車に続いて第二位の勢力を持つ。

 

 相手に非があるとはいえ、そこを潰せば離反者やこちらに恨みを持つ者が出る事は想像に難くない。

 

 さらに言えば、銀零の一件から昨日の今日で粛清なんてやらかしたら上原学長とカーラ女王の評価はダダ下がりだし、弾正の負の遺産の関係から他の部下からの心証も大いに悪化するだろう。

 

 ぶっちゃけ、アホの失言でウチがここまでの被害を被るなど真っ平ご免でござる。

 

 上に連動する形で、後者の件も死んでお詫びはノーサンキューだ。

 

 主流派に鞍替えしているとはいえ、凜花が紫藤の娘であったのは事実。

 

 それを手に掛けたとなると、事情を説明すれば納得する甚内殿は兎も角として、奥さんや蛍丸君と確執が出来るのは明白である。

 

 紫藤に古くから仕えている臣下なんかは幼少の凜花と関わりがあったろうから、そちらの忠誠心にも影響が出るだろう。

 

 忍びの掟云々を思えば、その手のリスクを全部背負ってでもメンツを護らねばならんのだろうが、今の世の中それで回れば苦労はない。

 

 ではどうすればいいのか?

 

 実はその答えはワリと簡単だったりする。

 

 アサギが頭を下げている間に俺は口寄せで災禍姉さんと天音姉ちゃんに指示を出した。

 

 それを受けた災禍姉さんは貴賓(きひん)席を離れ、天音姉ちゃんは左手の義手のモードを切り替える。

 

「顔を上げてください、井河殿。生徒や部下が見ています」

 

 こちらの言葉に勢いよく顔を上げたアサギは、期待を込めた視線を向けてくる。

 

 黒くなった白目と真っ赤な瞳がとっても不気味です。

 

「責任等々については後ほど場所を変えてお話ししましょう。申し訳ないが、今はこちらの所用を優先させていただく」

 

「わかりました……」

 

 そう言うと、アサギは何故か落胆した表情でさくらの傍らに下がっていく。

 

 なんだろう。

 

 もしかして『子供が仕出かした事』と流してもらえると思ったのだろうか?

 

 個人的にはそうしたいけど、残念ながら立場上ムリでございます。

 

 席を立った俺は、数メートル離れた位置で座り込んでいる凜花の前に足を向ける。

 

 明らかに手加減された蹴りで吹き飛んだ彼女は、自分の行いでアサギが土下座したのがショックだったのだろう、呆然(ぼうぜん)と貴賓席での様子を眺めていた。

 

 しかし、俺の姿を目にするとその(まなじり)が再び吊り上がる。

 

「さて質問だ、紫藤凜花。今の発言は井河派に属する『鬼腕の対魔忍』としてか、それとも紫藤家の長女としてか?」

 

「そんなもの、紫藤の長女としてに決まってるでしょう!」 

 

 投げ掛けられた問いにさも当然のように答える凜花。

 

 その答えは自分の死刑執行書にサインするも同然なんだけどなぁ……。

 

 予測通りの答えに、俺はため息と共に携帯電話を取り出した。

 

『どうされましたかな、若様』

 

 数回のコール音の後にスピーカーから流れたのは、紫藤の現当主である甚内殿の声だ。

 

『今日の五車学園のイベントでな、公衆の面前で紫藤凜花が俺を侮辱した。紫藤の主流派からの離反は目抜けの俺に(だま)されたから、なんだとさ』

 

 口寄せで内容が漏れないように現状を報告すると、携帯越しでも甚内殿が息を呑むのがよく分かった。

 

 (そば)で何を言っているのかと(わめ)いているのを見るに、凜花は口寄せを解読できないようだ。

 

 まあ、これは幹部のみに伝えられるもう一段特殊な代物なので、普通は分からなくても無理は無い。

 

 まあ、骸佐や紅姉が知ってることを思えば、同じ八将の縁者でも凜花がふうまとの関係が薄いのがよく分かる。

 

 甚内殿は主流派に与した際、凜花は紫藤ではなく主流派によって忍者教育を施されていたと言っていた。

 

 おそらく、老人会は紫藤がふうまに与しない為の人質として凜花の身柄を押さえたのだろう。

 

 だからこそ、甚内殿は彼女にふうまの内情を伝える事はしなかった。

 

 そう考えれば防諜の為の術である口寄せが使えないのも頷ける話だ。

 

『───小太郎様。そこの(うつ)けは斬っていただいて構いません。私も貴方様が帰還し次第、腹を切らせてもらいます。ですので、どうか紫藤の取り潰しだけはご容赦いただけないでしょうか』

 

 あっという間に覚悟を決めた甚内殿の言葉に、俺は小さく息を付く。

 

『冗談はよしてくれ。小娘の戯言一つで忠臣である貴方や紫藤家を失えるか』

 

『ではどうされるのです? その場には井河の頭領がいるのはもちろん、甲河も招かれていたはず。手(ぬる)い対応では我等が(あなど)られましょう』

 

『それはわかってる。だからな────』

 

 こちらの考えを伝えると、甚内殿はむむっと呻きを上げる。

 

『なるほど。それであれば理屈的に紫藤には(るい)は及ばず、我等も命を拾う事が出来るでしょう。ですが、それで他の勢力が納得するでしょうか?』

 

『納得しなくても構わない。たしかにメンツは大事だが、その為に切り捨てるには今回は代償が大きすぎる。だったら、多少舐められたとしても俺は貴方達を選ぶさ』

 

『ありがとうございます、若』

 

『礼はいらない。こっちこそ、貴方に親として最低の事をさせてしまう事を許してほしい』

 

『なんの。これは娘の愚かさと私の不徳の(いた)すところ、どうか気になされるな』

 

『────わかった。では、頼む』

 

『御意』

 

 鋼の意思が籠った甚内殿の返事を耳にした俺は、携帯をスピーカーモードにして凜花へとむける。

 

『凜花』

 

「お父様!」

 

 携帯から流れる父親の声に、強張った顔を綻ばせる凜花。

 

 しかし、次の瞬間には奴の表情は凍り付くことになる。

 

『貴様は紫藤の者を詐称して、我が主を侮辱したそうだな』

 

「詐称!? 何を言っているの! 私は紫藤の跡取り────」

 

『あの夜に貴様が我等に逆縁を切った時点で、こちらも破門絶縁としておる! 我が紫藤を継ぐのは長男の蛍丸、貴様ではないわ、阿呆が!!』

 

 普段の穏やかな甚内殿からは想像もつかないほどの怒声に、小さく悲鳴を上げる凜花。

 

 今の今まで気づかれない形で支援しておいて破門も何もあったもんじゃないが、この辺は長年の演技力がモノを言った。

 

 そもそも縁切りなんてものは書類を残さなくても、家長の裁量でどうとでもなるものだ。

 

 甚内殿がこう発言した時点で、紫藤家にとってはこれが真実となる。

 

 今までの支援にしたって、言い訳なぞどうとでもできるだろう。

 

『我が主、ふうま小太郎様。紫藤と前八将たる我が母、頼母の名に誓いましょう。そこの者はもはや当家の縁者に(あら)ず。我等に宗家への叛意はございません』

 

「了解した。その言葉、信じよう」

 

『ありがとうございます。では、御免』

 

 ブツリという切断音を最後に沈黙する携帯電話。

 

「これで貴様の発言が紫藤のモノではないことが証明されたな。下らん嘘をつくな」

 

 俺はそれを懐に収めると貴賓席へと踵を返す。

 

「待ちなさい!」

 

 しかし、一歩踏み出したところで背後から怒声が掛かった。 

 

 振り返れば、そこには般若のごとき形相と化した凜花が立ち上がってこちらを睨みつけている。

 

「この卑怯者! またお父様を(たぶら)かしたのね!!」

 

「阿呆。お前が紫藤の人間を詐称するから、当主の甚内に確認を取っただけだ」

 

「偽ってなどいない! 私は紫藤の長女よ!!」

 

「だった、だろう。言葉は正確に話せ。甚内が破門絶縁した時点で、お前にその姓を名乗る資格はない。────俺が相手をする理由もな」

 

 俺の言葉と共に、隣に天音姉ちゃんが現れる。

 

「天音、奴に自分の吐いた言葉がどれだけ高くつくかを教えてやれ。だが、井河殿が謝罪した手前もある。殺すなよ」

 

「御意」

 

 すれ違いざまに俺は我が家の執事へと命を下す。

 

「どこへ行くの! まだ話は────」

 

「馬鹿め。貴様のような下忍以下の見習いを若が相手にするものか」

 

「なんですってッ!」

 

「若が貴重なお時間を割いていたのは、貴様が紫藤の人間だと騙っていたためだ。そうでなればふうまの頭領が一介の学生風情の言葉など、まともに取り合うワケがなかろう。そして……」

 

 一度言葉を切ると、凜花の前に立ち塞がった天音姉ちゃんは邪眼に紅い光を灯しながら構えを取る。

 

「若様の手を煩わせる事無く貴様のような些事を片付けるのが、宗家執事たる私の役目。────来るがいい小娘。我等が主を侮辱した罪がどれほど重いか、その身に叩き込んでやる」

 

「~~~~~ッッ! 舐めるなッ!!」

 

 度重なるこちらの言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、怒号をあげながら天音姉ちゃんに襲い掛かる凜花。

 

 訓練で使っていた肉体の一部を煙に変える『煙遁の術』に意識が行っていない辺り、相当頭に血が上っているようだ。

 

 とはいえ、凜花の対魔殺法は学生ながら一端のレベルにある。

 

 それに魔界技術で精製された高硬度合金オリハルコンのナックルガードが加われば、その一撃は頑強なオーガの頭蓋でも容易く粉砕するだろう。

 

 この打撃の強烈さと煙遁の術をアレンジした『忍法・飛び紫煙』による奇襲こそが、奴の異名である『鬼腕の対魔忍』の由来となっているのだ。

 

 しかし、そんな必殺の一撃も天音姉ちゃんはたやすく躱してみせる。

 

 学生の身でありながら二つ名を持ち、現役対魔忍に迫る実力を手に入れた凜花は確かに天才の部類だろう。

 

 しかし、それを言うなら姉ちゃんも天賦の才を持つ者だ。

 

 あまりに高い戦闘への適性から家族に恐れられていた姉ちゃんは、その能力に目を付けた弾正に引き取られたらしい。

 

 そしてクソの命によって数多の戦場を駆け巡る事で、その才を開花させていった。

 

 同じ天才同士であるならば、優劣を決めるのは経験の差だ。

 

 その点では一年程度しか実戦経験のない凜花では、幼少の頃から修羅場に身を置いていた姉ちゃんには遠く及ばない。

 

「フッ!」

 

 ぬるりと滑り込むように懐へと入り込んだ姉ちゃんは、呼気と共に左手を凛花の水月へと叩き込んだ。

 

『ふうま体術・波の型』

 

 ふうまに伝わる体術は他流派の対魔殺法とは違い、力よりも技術を重視する。

 

 その在り様は日本古来から伝わる柔術に近く、間合い取りと交差法(カウンター)にこそ極意があるという。

 

 それを高いレベルで極めている天音姉ちゃんにしてみれば、怒りに任せた大振りの拳を捌くなど朝飯前だ。

 

「ガッ!?」

 

 米連の最新技術によって新調されたサイバネパーツは、邪眼によって発生した対魔粒子を増幅して掌の発射機構から解き放つ。

 

 人間の打撃では到底出せない大砲を発射したような轟音が響き、凜花の身体は風に舞う紙切れのように吹き飛んだ。

 

 頭からグラウンドに墜ち、土煙を上げながら二転三転する凜花の身体。

 

 自身がいた位置から数十メートル後方でようやく止まった彼女は、血反吐を吐きながら腹部を庇うように身体を縮ませるだけで、立ち上がる気配を見せない。

 

「これで終わりか? 技術、精神、さらには肉体まで未熟では話にならんな」

 

 そう言いながら、凜花の頭を踏みにじる天音姉ちゃん。

 

 こっちとしては顔が立つ程度に痛めつければいいだけで、ヘイトが溜まる悪役プレイは勘弁してほしいのですが……。

 

「ねえ、小太郎。アンタ、自分で処罰しないの?」

 

 貴賓席に戻って観戦していると、案の定アスカが声を掛けてくる。

 

 彼女の性格からしたら、舐められたと思ったら自分でブン殴らないと気が済まんのだろう。

 

「ふうま幹部の家ではな、当主の裁量が必要な案件以外は執事が対処する事になってるんだよ」

 

「あの娘がふうま八将の一つである紫藤の人間ではないと分かった時点で、五車の学生の失言にまで事態の重大さは下がった。井河からの謝罪もあったのを鑑みて、ふうま殿が直接手を下す事案ではないと判断したのね」

 

「そういう事だ。ここで俺が出張ったら執事の仕事を取る事になる。それは組織として褒められた事じゃない」

 

 それにふうまガチ勢の天音姉ちゃんに任せた方が、見える形でケジメが付くだろうからな。

 

 剣が壊れてる手前、俺がやると浸透勁からの七孔噴血であの世に送りかねん。

 

 そんな事は置いておくとして、天音姉ちゃんたちの方に目を戻そう。

 

 腹部へのダメージからされるがままになっていた凜花だが、あれでも次世代を担うと言われた対魔忍候補の一人。

 

 土を噛みながらも得意の『煙遁の術』の術を使い、煙にした腕を姉ちゃんの背後に飛ばして襲い掛かる。

 

 狙いが後頭部である以上、当たれば一気に形勢を逆転させることが可能な一撃だが、ああも『意』が消せていないのでは内家剣士でなくても気付く。

 

 天音姉ちゃんが腰を落とした事で乾坤一擲の一撃は虚しく空を切り、そのお返しとばかりに立ち上がる反動を利用した天音姉ちゃんのサッカーボールキックが凜花の顔面を跳ね上げる。

 

 常人を軽く超える対魔忍の腿力で身体ごと引き起こされた凜花。

 

 姉ちゃんは実体を保っている相手の右手首から上を素早く捕ると、肘に逆技を掛けながら背負い投げで地面へ叩きつけた。

 

「あぐぅ……ッ!?」

 

 アームブリーカーの要領で伸びきった肘を肩に叩きつけられたうえに、そこを支点にして己の全体重が掛かったのだ。

 

 当然凜花の右腕は圧し折れ、肘の内側からは折れた骨が飛び出していた。

 

「勝負ありね」 

 

 なんとか悲鳴を押し殺したものの、痛みでのたうち回る凜花を見たマダムはため息と共にそう呟いた。

 

 普段は無駄に迸る忠誠心と高いテンションでアレな天音姉ちゃんだが、ああ見えてもふうまでは屈指の実力者だ。

 

 ぶっちゃけタイマンのガチ勝負なら、その力量はさくらや紫をも上回るだろう。

 

 そんな姉ちゃんが怒りに燃えているのだ、いかに実力があろうと学生程度では相手になるワケが無い。

 

「ふん、まるで豚のような声だな。だが、これで終わりだと思うなよ。我が主を侮辱した罪はこの程度では贖えん」 

 

 言葉を吐き捨てるとともに、姉ちゃんは凜花の前髪を掴んで頭を引き上げると、左手を顔面に叩きつけ始めた。

 

 手打ちの拳ではあるものの、相手が無抵抗な上に振るっているのは特殊合金製の義手だ。

 

 一発入る度に肉を打つ音と粘着質な濡れた音が響き、凜花の顔がみるみる赤く染まっていく。

 

 普段の天音姉ちゃんなら、こういった場合憤怒の表情で罵倒と共にオーバースイングでブン殴ってるのだが、今は人形のように無表情で、拳だって的確に急所を狙っている。

 

 ヤバいな。

 

 頭に血が上りすぎて抹殺モードに入ってるわ、アレ。

 

 こっちの命令は聞いていたので本当に殺すことは無いだろうが、このままだと消えない傷が残るのは間違いない。

 

 学生連中も見ていることだし、ここらで手打ちにすべきだろう。

 

「そこまでだ、天音」

 

「ハッ!」

 

 こちらが声を掛けると、手にした凜花を投げ出して俺の側へ戻る姉ちゃん。

 

「殺さないように手加減しましたが、あれでよろしかったでしょうか?」

 

 表情を崩さずに問いかける姉ちゃんだが、ギラリと光る眼光を見れば物足りないと思ってるのはバレバレである。

 

「十分だ、ご苦労だった」

 

「宗家の執事たる者、この程度は造作もございません!」

 

 本当は許容できるギリギリのレベルだったが、その辺は隠してねぎらいの言葉を掛けると、途端に満面の笑顔を浮かべる天音姉ちゃん。

 

 こんな反応するから、陰で『わんこ』って呼ばれるんだよなぁ。

 

 さて件の凜花だが、俺が引かせた事で粛清劇が終わったと判断したのだろう、慌てて駆け寄った救護班によって担架に乗せられ運ばれていった。

 

「あの程度で済ませて良かったの?」

 

 傍から見ても甘いと見えたのだろう、アスカが不満そうな顔で声を掛けてくる。

 

「いいんだよ。再起不能にするよりも、この方がキツいんだから」

 

「今回の件で五車学園に二凜ありと言われた凜花のカリスマ性は地に落ちた。アスカも分かるでしょうけど、自身の失態で頭領を土下座させた責任は決して安くないわ。次世代のエースとして約束されていた栄達を失い、さらには同僚に白眼視される中を生きねばならない。プライドの高い彼女にとっては地獄でしょうね」

 

「あ~、そっか。考えたらあっさり死ぬよりそっちの方がツラいわ」

 

「無礼討ちとして殺すのは簡単だが、元身内である以上はどうあってもデメリットが存在する。今のふうまは名よりも実を取るのがモットーでね、そういった物は極力避けたいのさ。────尤も、必要なら個人じゃなくて団体ごと潰すけどな」

 

「若様、ただいま戻りました」

 

 甲河の二人と意見を交わしていると、今度は災禍姉さんが戻ってきた。

 

「首尾は?」

 

「はい。時子に命じて手続きは全て終えております。あとは若様の認可があれば」

 

「分かった。戻り次第処理しよう」

 

「お願いします」 

 

 災禍姉さんの答えに俺は小さく頷いた。

 

 今回、時子姉に命じたのは紫藤における凜花の破門と、蛍丸君を後継者として承認する書類を作成する事だ。

 

 本来ならこう言ったものは紫藤が用意するもので宗家が作るのはマナー違反なのだが、今回は事情が事情なので手を出させてもらった。

 

 本当に必要かと問われれば何とも微妙な所ではあるものの、この手の隠蔽事はどこから突かれるかわかったものじゃない。

 

 用心に越したことはないだろう。

 

 

 

 

 傾いた陽が車内を照らす中、天音姉ちゃんの運転で俺達は帰路に付いていた。

 

 イベントはあれ以降ハプニングも無く終了し、生徒の解散に先立って俺達は理事長室へと案内された。

 

 そこで俺達を待っていたのは、通常の状態に戻ったアサギによる改めての謝罪であった。

 

 俺達には凜花の件、そして甲河には生徒の暴走で不快な思いをさせた事。

 

 今回はホストが井河なのだから、これは当然の事だろう。

 

 さすがにこの件では甲河も吹っ掛ける気が無かったらしく、謝罪を受け取ってからはイベントの感想を述べる程度に収まった。

 

 最後に来賓として軽いアンケートに答えて参観は終了。

 

 アスカは『浩介と会ってくる』と足取り軽く部屋を後にし、マダムはため息を吐きながらも彼女に続いた。

 

 で、俺達は今回のケジメについて話を詰め、双方合意を得た後に五車学園を発ったワケだ。

 

「若、あれで本当に良かったのですか?」

 

 曲がりくねった山道を巧みなハンドリングで駆け抜けながら、天音姉ちゃんがこちらに声を掛けてくる。

 

「ああ。所詮は尻に殻が付いた学生のやったこと、目くじら立てるのも器が小さいと喧伝するようなモンだ。それに、これからの苦労を考えたら十分に代償は払ってるさ」

 

「では、どうして今回の代価としてアサギに奴のフォローを?」

 

「甚内殿はああ見えても情に篤いからな、切り捨てたとしても娘の事を気に掛けるだろう。だから、むこうで凜花が潰れたとあっては本業にだって影響が出かねん。そうならない為の保険だよ」

 

 主流派にしたって、これ以上搾り取ったらコケかねんしな。

 

 そうなると将来的に困るのはこっちだ。

 

 上原学長からの情報だと内調も不穏な動きを始めてるって話だし、今は圧を掛けるべきではないだろう。

 

「若様、それは少々────」

 

「甘いか?」

 

「はい」

 

 こちらの問いに迷う事無く頷く災禍姉さん。

 

 身内からそういう意見が出るって事は、アサギ達から見れば俺は相当な甘ちゃんに見えるのだろうな。

 

「俺もその自覚はあるよ。けど、俺達宗家は親父の代で一度やらかしてるんだ。ふうま衆はあのアホの所為で身内を失った者や辛酸を舐めた者が殆どだ。そんな状態なんだから、普通にやっても信用は戻らんさ」

 

「……それを言われると、こちらも返す言葉がありませんね」

 

 当時から宗家に務めていた災禍姉さん達にこんなことを言うのは気が引けるのだが、もう少し地盤が固まるまではこの辺の事を自覚してもらわんと困る。

 

 俺にはアサギのようなカリスマ性は無いのだ。

 

 なので足りない求心力を別の物で補わねば、ふうまはたちまち空中分解してしまう。

 

 部下に甘いのはその一環だとご理解いただきたい。

 

「まあ、俺がこんな采配振るえるのも姉さん達がいるからこそだ。色々脇が甘い頭領だけど、これからも力を貸してくれると助かります」

 

「もちろんですわ」

 

「若を支えるのが執事たるこの天音の務め、遠慮なくお使いください!」  

 

 頭を下げる俺に二人は色よい答えを返してくれた。

 

 頭領だから傅かれるのが当然なんて考えていると弾正みたいな事になる。

 

 人間、如何なる時も謙虚な心を忘れてはいけないのだ。

 

 

☆月●▲日

 

 憂鬱なイベントも終わり、ようやく日常が返ってきた。

 

 急ぐことは無いと放っておいたが、今の俺には一つ大きな問題がある。

 

 それは得物が無いという事だ。

 

 銀零との一件で、四年間共に闘ってきた倭刀が逝ってしまった。

 

 バイトに関しては支給されたロングソードを使っているので問題ないが、さすがに本業で丸腰はいただけない。

 

 ふうまの武器庫にある一山いくらの数打では、今の俺だと手加減しないと折れかねない。

 

 そういうワケなので、ノイ婆ちゃんの店へと足を延ばすことにした。

 

 今回の付き添いはなんと紅姉。

 

 一人で行こうとしたところ、偶然会った紅姉は『私も一緒に行く』とアピールしてきたのだ。

 

 別に断る理由も無いので連れてきたが、後ろをコソコソつけてくる槇島がスッゲーうざい。

 

 というか、旅費まで自腹切って追っかけて来るとか。

 

 これって従者とかいう枠超えてるだろ。

 

 紅姉にストーカーに気を付けてと忠告すべきだろうか?

 

 妙なオマケが付くことになったが、俺達は問題なくアミダハラの土を踏むことが出来た。

 

 この街は初めてという紅姉は、前回の骸佐と同じく完全なおのぼりさん状態。

 

 そんな紅姉を考慮して時間の許す限り街を案内したのだが、背後にいる槇島からの圧が凄い。

 

 あいつはいったい何がしたいのか?

 

 メンチ切りまくってるところを重ねて言うが、我一応頭領ぞ?

 

 奴の態度については、一度決着を付けねばならんかもしれん。

 

 さて、紅姉が存分に観光を楽しんだところで本命であるノイ婆ちゃんの店に行った。

 

 店には婆ちゃんの他に以前助けたリリス嬢、そして見慣れない幼女がいた。

 

 彼女の名はミリアム。

 

 婆ちゃんの古い馴染みの魔女で、対魔忍に力を封印された為に今のようなチンチクリンになったらしい。

 

 ちなみに本名を名乗ると色んなところから命を狙われるそうなので、ミリアムは偽名なんだとか。

 

 俺達が対魔忍と知ったら因縁を付けられるかと思ったが、意外な事にそうではなかった。

 

 なんでも『私はお前等みたいな子供を虐めるほど大人げなくはない』とのこと。

 

 こっちがムジュラ―であると知って色々と絡んでくるミリアム女史を相手にしながら、俺は婆ちゃんに今回の要件を切り出した。

 

 婆ちゃんの店は魔道具だけでなく、いわく付きの武器なんかも取り揃えている。

 

 用意されたラインナップは、今回もバラエティに富んでいた。

 

 まずは七星剣の贋作に始まり、北欧神話に出て来る竜殺しの魔剣グラムのレプリカ。

 

 ソウルエッジという魔界の邪剣に、その対になるソウルキャリバーという霊剣。

 

 白面金剛九尾の狐を倒した槍、魔界の技術で再現したライトセーバー。

 

 切れ味がめっちゃ鈍い代わりに経験値が二倍手に入るというメサイアンソード。

 

 シャオ・カーンという魔界の王が持っていたと言われる血塗られたハンマー等々。

 

 そんな中で俺の目を引いたのは、ムラマサという銘の刀だった。

 

 試しに手に取って内勁を通してみたところ、なんと脳裏に剣の記憶というべき光景が浮かんだのだ。

 

 この刀の所有者は迷宮を探索する忍だった。

 

 苦難の果てにムラマサを手にした彼は、何故か全ての装備を脱いで生まれたままの姿となった。

 

 そして圧倒的な機動力と正確無比な斬撃によって、次々と魔物達を屠っていったのだ。

 

 他の仲間がフルプレートなどの重装備で戦う中、奴は『当たらなければどうということはないっ!』と言わんばかりに敵の攻撃を躱し、一刀のもとに首を刎ねる裸族。

 

 その強さは上忍以上、まさに超忍といっても過言では無いだろう。

 

 だがしかし、悪意渦巻く迷宮をブツをブラブラさせながら駆け抜けるその姿は、まごう事なき変態であった。

 

 思わぬ形で剣の真実を見せられた俺は大いに悩んだ。

 

 何故なら、この刀を持っていると『服を脱げ!』という思念が流れてくるからだ。

 

 脱げば脱ぐほど強くなる剣、たしかに対魔忍とは相性抜群だろう。

 

 だが俺は対魔忍ではないし、ネイキッドで暴れるという特殊性癖も持ち合わせていない。

 

 コイツに操られてすっぽんぽんで戦うなど死んでも御免である。

 

 さりとて、これが稀代の名刀であるのもまた事実。

 

 判断に困った俺は、婆ちゃんにコイツの呪い染みた思念を(はら)えるかを確認してみた。

 

 すると悩む婆ちゃんに代わって、ミリアム女史が『ノイに頼まずに貴様が自分でやらんか。体内の魔力を祓い続けているのだ、その程度は造作もあるまい』などと妙な事を言い出したのだ。

 

 どういう事かと首を傾げると、『まさか、無自覚だったのか!?』と驚く女史。

 

 彼女が言うには、俺は巡らせた氣によって体内の魔力、すなわち対魔粒子を排除し続けているらしい。

 

 ノイ婆ちゃんも出会った頃より格段に感じる魔力が減っていると言っているし、間違いは無いのだろう。

 

 この事で不安に駆られた紅姉によって、俺は半ば強制的にノイ婆ちゃんたちのメディカルチェックを受けさせられる事となった。

 

 その結果、判明したのが以下の事柄だ。

 

 まず、俺の氣功は対魔忍の力と相反するモノらしい。

 

 通常対魔忍が強くなるというのは、その血に潜む魔力、即ち対魔粒子を活性化させることを言う。

 

 人と魔族では異能はもとより、身体能力に関しても圧倒的に後者に軍配が上がる。

 

 ならば、己が身の内で眠る魔の力を引き出す事で強くなるのは当然の帰結だ。

 

 この辺は過日のアサギを見ればよく分かるだろう。

 

 しかし内家剣士にとって必須ともいえる氣功術は、人間の生命力を基に精錬・増幅する事で力と成す。

 

 それは退魔師の扱う霊力に類する物で魔力とは水と油だという。

 

 結果として、俺の体内で邪眼の生み出す対魔粒子と氣が食い合い、互いに相殺される事態になってしまった。

 

 俺の邪眼が目覚めなかったことや、ガキの頃は妙に氣の通りが悪かったのはこれが原因だったのだ。

 

 目抜けの原因が他でもない自分自身だったとは、何ともコメントに困る話である。

 

 余談だが、アサギが3000倍に上げられた感度を鎮めたように、対魔忍も氣を練る技術は存在する。

 

 もっとも、これは対魔粒子をより多く引き出す事を指しており、俺の使う氣功とは根本的に異なるものなのだが。

 

 話を戻そう。

 

 ノイ婆ちゃん達の調べでは、今の俺の身体には対魔粒子は殆ど残っていないらしい。

 

 これは成長するに従って忍術よりも戴天流に重きを置いた事、そして対魔粒子の大きな源泉である邪眼を潰した事が原因だと思われる。

 

 また現在生成されている僅かばかりの対魔粒子も、このまま行けば枯渇する日は遠くないという事だ。

 

 ミリアム女史曰く、魔の力を以て魔と対峙するのが対魔忍ならば、俺は人の業を以て魔を退ける退魔忍なんだとか。

 

 いや、誰が上手い事言えと。

 

 たしかに『呪いを斬る』という意を込めて内勁を通したらムラマサの残留思念が消えたし、そう考えるなら女史の意見も(あなが)ち的外れではないのだろう。

 

 色々と新事実が判明してしまったが、日付が変わる前に帰らねばならない事を思い出した俺は、当初の予定通りにムラマサを購入してノイ婆ちゃんの店を後にした。

 

 お金? 

 

 仕事道具ですので、もちろん経費で賄いました。

 

 帰り道はまたしても紅姉がガチ凹みしていたので、励ますのが大変だった。

 

 魔から離れつつある小太郎の傍に、私みたいな化け物がいるのはうんたらかんたらと。

 

 だから、紅姉はもう一回ダンピールの伝承を勉強しなさい。

 

 まあ、そんなうじうじした思考も出迎えた爺様の『なんじゃ。一泊して一発ヤッてくると思っておったのに』という割と最低な冗談で吹っ飛んだが。

 

 つーか、官舎で旋風陣打ち合うのヤメロや。

 

 しかし、人の業を以て魔を退ける退魔忍ねぇ。

 

 カーラ女王のメガネにかなったのって、それが関係しているのかもな。  



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日記28冊目

 お待たせしました、28冊目の完成です。

 今回も特に山もタニもない話。

 そろそろ話を動かさねば……。

 


☆月●■日

 

 今日、銀零から興味深い質問をされた。

 

 作麼生(そもさん)説破(せっぱ)と気合を入れた後に出されたのは『人は何故パンツを穿()くのか?』というもの。

 

 普通ならば常識の一言で流される代物であるが、いざ腰を据えて考えてみると思った以上に奥が深い。

 

 なるほど。

 

 言われてみればパンツを穿くという行為は無駄である。

 

 排泄にせよ生殖にせよ、下半身を使う際にパンツを一々脱がねばならないのだ。

 

 腹を下した時などの一刻を争う緊急事態では、この手間が命取りになって引き起こされる悲劇も往々にしてあるだろう。

 

 そんなリスクと手間を背負ってまでパンツを穿く理由とは何か?

 

 まず考えられるのは、現行法において下半身の露出は禁止されているという点だ。

 

 しかし、これはパンツを穿く必要性を説くには薄い。

 

 まず『生殖と排泄に使用される人体の重要部位がどうして猥褻なのか』が明確ではないし、下半身を出してはならないならズボンやスカートを穿けば済む話である。

 

 次に考えられるのは下半身を保護するというものだ。

 

 だが、考えてほしい。

 

 我々の付けている下着に防御力はあるだろうか?

 

 パンツを構成しているのは綿や絹を使った薄手の生地で、急所を保護する装甲もショックアブソーバーも無い。

 

 これらに防御力が求められていないのは、対魔忍の標準装備である対魔スーツを身に着ける際、下着着用不可とされているのを見れば明白だ。

 

 仮にパンツが下半身の最終防衛ラインの役割を担っているのなら、多少ラインが浮き出たとしても付ける事を推奨されるだろう。

 

 ファッションの為かと思ったが、下着を他人に見せる機会など極めて限定されている。

 

 美的センスに煩い者なら兎も角、普通の人間はそこまで拘るだろうか?

 

 こんな感じで色々と考察を重ねたものの、結局導き出されたのは分からないという敗北宣言だった。

 

 この難題、大本は教育チャンネルの番組にゲストとして招かれた外国人教授らしい。

 

 彼自身ライフワークと自認する哲学なだけあって、番組内で答えを明かされる事は無かったそうだ。

 

 銀零はそれに納得がいかなかった為に、何とか答えを得ようとウチの大人に片っ端から聞いて回っているのだとか。

 

 質問の結果は俺を含めて全員アウト。

 

 ふうま宗家はこの謎を解くことが出来ず、未だ正解は虚空の彼方というワケだ。

 

 答えが得られなかったのは悔しいが、哲学というのはなかなかに面白いものである。

 

 思考するという事は脳に良い刺激を与えると聞くし、他の題材に手を出してみるのも一興か。

 

  

☆月●▽日

 

 

 今日は隼人学園の退魔師の実技授業に参加してみた。

 

 今までは使用される霊力が対魔粒子に悪影響を及ぼす可能性を考慮して、ふうま衆の子息は上原学長から実習参加を免除してもらっていたのだ。

 

 しかし過日のミリアム女史の言葉にムラマサ浄化の件もある。

 

 上手くいったら儲けものとダメ元で飛び込んでみた結果、思っていた以上に手応えを掴むことが出来た。

 

 今日の課題は呪符の作成と結界術についてだった。

 

 こういったオカルト系統は切る専門で、基礎など何も無い俺である。

 

 周りの生徒はあっさりと課題クリアする中、一人苦戦を強いられることとなった。

 

 実習開始の際、教師は霊力を符に込めろと言うのだが、こっちはその霊力の出し方が分からない。

 

 俺の内勁は霊力に類するものと言われたが、似て非なるモノだと思ってたしな。

 

 なので、あーでもないこーでもないと唸っていたところ、担当教諭は呆れた表情でこう言った。

 

『何をしているんだ、霊力は練れているじゃないか。早くそれを符に移しなさい』と

 

 練っているのは霊力ではなく内勁なんだが……と、内心首を傾げながらも刀身に通す要領で流し込んでみると、なんと呪符の作成が成功してしまった。

 

 しかも硬氣功だと防御力を上昇させる金剛符、内養功では治癒符、軽身功ならば迅速符と言った感じに氣の練り方で符の効果も変わるのだ。

 

 現状では符の効能は氣功術の十分の一程度しかないが、腕を磨けばそれも上がっていくと教師からお墨付きも出た。

 

 対魔粒子と氣の関係もあるので対魔忍に効果が表れるかは未知数だが、問題なく使えるようなら間違いなく符術はふうま衆の力となるだろう。

 

 次に行われた結界の講義では他の皆のように多種多様なモノは流石に無理だったが、九字護身法による結界だけは張る事が出来た。

 

 九字護身法は九字(臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前)を唱えながら諸印契(九柱の御仏を表す印)を結印する事で、悪しきモノを阻む結界を張る術である。

 

 俺は早九字と言われる刀印を結んで九字を切る手法を選んだワケだが、氣を込めた指で空を切るという辺りが戴天流と相性が良かったのか、これはあっさりと発動させることができた。

 

 初の結界術となるこの早九字による結界だが、問題が無いワケではない。

 

 他の結界に比べると発動方法は格段にお手軽なのだが、それでも正規の方法だと咄嗟に間に合わせるのは厳しいのだ。

 

 そこで発動までの手順を簡略化するために、呪は頭の中で唱えて連環套路の応用によって高速で九字を刻むという方法を取らせてもらった。

 

 基礎段階で自己流のアレンジを加えるのは良くないのだが、こっちが必要としているのは実戦に即したもの。

 

 この方法でも結界はしっかり発動したのだし、無作法は大目に見てもらいたい。

 

 とはいえ、コイツも現状では軽い呪術で吹っ飛ぶ紙の盾である。

 

 鉄火場で使うには更なる努力が必要となるだろう。

 

 対魔忍の術と違って、こっちは氣や戴天流と相性がいい。

 

 今は焦らずに剣術のサブとして、一歩一歩積み上げていくことにしよう。

 

 

☆月●×日

 

 

 この頃、心願寺の龍ちゃんが家に遊びに来ることが多い。

 

 曰く『頭領の兄ちゃんと稽古したら、アタイはもっと強くなれる気がする!』とのこと。

 

 爺様に聞いたところ、龍ちゃんは女の子ながら剣の道にどっぷりハマっており、将来の夢は某海賊マンガのゾ●のような大剣豪になる事らしい。

 

 銀零と同い年でこんな殺伐とした夢を持つとは、有望ながらも将来が少し心配になってしまう。

 

 道を踏み外さねばいいがと憂うと、居合わせた全員から『おまいう』の嵐が飛んできた。

 

 人が真剣に龍ちゃんの身を案じているというのに、この反応。

 

 若様は大変遺憾である。

 

 さて、前置きはその辺にして本題に移る事にしよう。

 

 今日の昼休み、学校で紅姉から呼び出された。

 

 紅姉に何かした覚えもないので、首を捻りながら指定された場所である屋上に向かったのだが、待っていたのは何ともややこしい事だった。

 

 俺が着くなり、呼び出した当人は『前の話だけど、悪いが断らせてもらう。───やっぱり私みたいな化け物、小太郎に相応しくないからな』と切り出してきたのだ。

 

 何を言ってるんだと呆気に取られたこちらを他所に、ふうまからも出ていくだの、心願寺は龍がいるから大丈夫だのと捲し立てる紅姉。

 

 他にもいろいろと言っていた気がするが、途中から嗚咽と涙声でぐちゃぐちゃで聞き取れんかった。

 

 まあ、大体が自虐の嵐だろうから気にする必要は無いだろう。

 

 さて、こういった場合の紅姉の行動は割と単純だ。

 

 こうしてセルフで自分を追い詰めていき、最後にはどこかに逃げ出すのである。

 

 ふうまの里が健在だった時に、週一レベルで紅姉捜査網を敷いていたのは伊達ではない。

 

 あちらの行動など手に取るようにわかるのだ。

 

 というワケで、途中から目を擦りながら話していた紅姉との間合いをこっそり詰めた俺は、屋上のフェンスを跳び越えようとした瞬間に襟首をつかんで阻止。

 

 そこから下らない事を並べる口への罰として、ほっぺを思う存分引っ張ってやった。

 

 つーか、誰が好き好んで身内の自虐など聞きたいものか。

 

 貴重な昼休みをオジャンにされた恨みも含めて、存分に変顔と柔らかい感触を堪能させてもらった。

 

 さて、紅姉が大人しくなるまでむにむにした後、なんでこうなったのかを聞いてみた。

 

 曰く、ミリアム女史の言葉が心に引っかかっている中、俺が退魔師の実習に参加するのを見て『やはり自分は光の側を歩く小太郎の傍にいてはいけない』と思ったからだとさ。

 

 うん、勘違いも甚だしい。

 

 退魔師の技は自分の引き出しを増やす為に学んだだけで、そっちに転向する気は微塵もござんせん。

 

 どうも紅姉にとっては、俺が対魔粒子を排したという事実は相当にショックだったようだ。

 

 まあ、彼女の出生を思えばコンプレックスと感じるのは無理ない事かも事だろうともさ。

 

 しかし、だからといって妙なフィルターを掛けられるのは勘弁だ。 

 

 自分にどんな追い込みを掛けたのか、凹み過ぎて何を言っても効果が薄い紅姉。

 

 どうあっても自虐しか返ってこないメンドクサイ幼馴染にイラっとした俺は、前世の記憶がある事や上海でのやらかし等を一切合切暴露してやった。

 

 勿論、この事は小太郎君28の秘密の一端なので、周りに気配がない事を確認したうえでだ。

 

 口寄せの術は勿論、盗聴盗撮防止の為に電磁発勁の一手である轟雷功まで使ったあたり、俺の本気度が理解できるだろう。

 

 前世は上海の底辺を這いまわり、幇の命令が下れば同僚だろうと兄貴分だろうと問答無用で手に掛けてきた。

 

 やらかした違法行為や犯罪は100から先は憶えていない。

 

 剣に溺れてからは、任務以外にも荒くれ者や軍人崩れなどを相手に、血で血を洗う日々を繰り返していたのだ。

 

 数ある対魔忍の中でも、俺ほど魔族やロクデナシに思考が近い奴はいないと思う。

 

 ブラックと妙にウマが合うのも、その辺が原因だろうしな。

 

 ホラ話と思われないように威圧感マシマシで話した後、俺は紅姉にこう言葉を掛けた。

 

『こんな俺がふうまの頭領なんてやってられるのは、紅姉達がいてくれるからなんだぞ。もし紅姉がどっかに行くのなら、俺もノマドに鞍替えしちまおうかなぁ。そうなったらフェリシアを嫁に貰って、ブラックの跡取りになっちまうかもなぁ』

 

 実際はそんな気など一ミリもないのだが、このセリフは紅姉には効果覿面(てきめん)だった。

 

 先ほどまでの悲壮感などどこへやら。

 

 こっちにしがみ付いて『小太郎がこっち側に来るなんて絶対にダメだ! それにふうまを裏切ったらお爺様や骸佐達が悲しむじゃないかッ!!』と大慌てである。

 

 ここまで効果があると、紅姉の将来がちと不安なんだが。

 

 ともかく、ダメだダメだと繰り返す紅姉に『だったら、どっか行くとか言うなよ。紅姉が何者だろうと、帰ってくる場所はここなんだからさ』と声を掛けると大号泣されました。

 

 制服が涙とよだれと鼻水でぐちゃぐちゃになったり、五時間目の授業をサボることになったが、この辺は思いつめた姉貴分を説得する為の必要経費と割り切ろう。

 

 最後に前世云々の話に関しては他言無用とするように言い含めておいた。

    

 もし話したらと言ってきたから耳元で『お嫁に行けないようにしてやる』と脅してやると、紅姉は涙目であうあうと言葉を紡げていなかった。

 

 あの様子ならゲロする事は無いだろうが、女の子相手には少々冗談が過ぎたかもしれん。

 

 今度会ったら謝っておこう。

 

 

☆月●×日

 

 

 魔鈴こと若アサギから、自分は何時になったら帰れるのかと疑問が出た。

 

 こちらに来て一年近くが経っているが、この件に関しては彼女がこの世界に来た経緯が経緯なので、未だに色よい返答を示す事が出来ないでいる。

 

 例のブタ……瑞獣である清麻呂が再び現れれば話は別だが、生憎とあの世界の五車の里で行われていたような奇祭はこちらでは確認できていない。

 

 とはいえ、アサギ自身も積極的に元の世界に帰りたいわけではないようで、どちらかと言えば残してきたさくらが気にかかるようである。

 

 井河の頭領としての重責や対魔忍になれと(うるさ)い輩もいない事から、本人的にはさくらが来たらこっちで永住したいと思っているようだ。

 

 『30過ぎても結婚できないうえに、上と下の意見で板挟みになって苦労を連発! さらには中学生相手に全裸土下座する未来なんて、私は絶対に嫌よ!!』

 

 悲しみに満ち満ちた若アサギの咆哮に、俺はそっと涙をぬぐうしかなかった。

 

 アサギよ。

 

 二回も敵組織に捕まって感度3000倍を始めとする頭の悪い肉体改造を受けるのと、カオスアリーナの衆人環視で嬲り者にされるという未来を忘れているぞ。

 

 ……うん、なんか彼女じゃ戸籍を捏造して別の人生を歩む方が幸せになれるような気がしてきた。

 

 俺達がヴラド国に発つ時になったら、上原学長に推薦してあげようかな……。

 

 

☆月●△日

 

 

 今日はバイトの話をしよう。

 

 例のスリラーが成功した影響からか、マダムはエログロからエンターテイメントへの移行を画策しているようだ。

 

 マダムは魔界の中でも有数の力を持ち、地上では蛇神と崇められる事もあるナーガ族の有力者である。

 

 マダムの話では、ナーガ族は闘争の他にも音楽や踊りを大変好む種族らしい。

 

 インドをはじめとして、世界各国の蛇神信仰などで音楽と踊りを捧げられるのが見られるが、それもナーガ族の持つ個性に因るモノだそうな。

 

 で、マダムも地上の多様な音楽シーンに触れた事で魔界から出てきたクチだという。

 

 彼女の心を奪ったのは、言うまでも無く某キング・オブ・ポップである。

 

 そうして地上に足を踏み入れたマダムは、昔の伝手を頼りにエドウィン・ブラックと接触。

 

 ノマドに身を置く代わりに、朧から引き継ぐ形でカオスアリーナを経営する事となった。

 

 これだけ大規模な施設を任された事もあり、マダムは音楽やダンスの大規模興行を夢見ていたワケだが、現実はそう甘くはなかった。

 

 彼女が就任した当初のカオスアリーナは対魔忍や米連の兵士など、ノマドに敵対する女工作員を凌辱する為の処刑場だったからだ。

 

 当然マダムは抗議の声を上げたのだが、ノマドの構成員は血(なまぐさ)い事とエロが大好きな魔族が(ほとん)どである。

 

 彼女の声が聞き入れられる事も無く、カオスアリーナは旧態依然とした経営が続けられる事となった。

 

 しかし、マダムは自分の夢を諦めていたワケではなかった。

 

 それはエロ主体とはいえ以前は無かったハーフタイムショーを取り入れた事や、ブラックやイングリッドと仲が悪いナディア講師を自分の権限で呼び寄せた事からも分かる。

 

 そして以前に行ったスリラーを切っ掛けにして、アリーナの風向きも変わった。

 

 公演プログラムが、試合数が少し減った代わりにダンスやら歌やらといった万人向けの娯楽が増えつつあるのだ。

 

 ここに招待される観客は政財界の大物や成金が多い。

 

 そういった物には興味を示さないのではと思っていたのだが、こちらの予想に反して反響は大きくなっている。

 

 客のコメントを確認しているスタッフが言うには、彼等はいいトコの坊ちゃん嬢ちゃんか、もしくは底辺からのし上がった成り上がり者が多く、その間である中流家庭の人間はほとんどいないらしい。

 

 なので底辺の人間はライブなんて行ったことは無いし、上の輩が呼び出されるのは品のいいオーケストラやオペラばかり。

 

 ポップやロックなどはテレビやステレオで耳にする事はあっても、所謂ライブで体験するという機会は無かったらしい。

 

 まあ、ああいう風に周りの観客と同調して騒ぐってのは楽しいからな。

 

 歳が中年や初老だろうと、ハマるのはおかしい事じゃない。

 

 我が雇い主殿はこの流れに乗る事で、カオスアリーナに一大改革を巻き起こすつもりらしい。

 

 エロやゴアのコンテンツを完全排除するわけではないが、その比重をエンターテイメントに大きく傾ける事を狙っているのだ。

 

 剣闘士の試合に過去の戦役などを模したストーリー性を組み込む事や、要所要所に音楽や歌を流して演出を盛り上げているのも、その為の手段なのだろう。

 

 数日前のハーフタイムショーでは、彼女自らがノリノリでブルゾンちえみのネタをブチかます辺り、その本気度が垣間見えるというものだ。

 

 というか、あれって芸人だからギャグになるんであって、マダムのような美女がやったら全く別物になっていた。

 

 ネタを文字通り一つの芸能に引き上げたマダムと振り付けのナディア講師には脱帽である。

 

 さて、そんな追い風に乗る中で本日マダムが新たな演目を提示した。

 

 それはマイケル・ジャクソンの名曲『Bad』、しかもプロモ完全再現と来た。

 

 マイコー好きっすね、マダム。

 

 ショービジネスの成功によって剣闘士の中から20名ほどがダンサーとして引き抜かれているのだが、プロモーションビデオを見た者全員が表情を引きつらせる事になった。

 

 何故なら、以前のスリラーより難易度が格段に上なのだ。

 

 マイケルの動きもそうだが、周りにいるバックダンサー達がヤバい。

 

 動きも振り付けかアドリブなのか分からない動きが多く、結構な人数がソロでスポットが当たる場面がある。

 

 引き抜かれた剣闘士達はバックダンサーを務めるのが殆どなので、これには掛かる重圧も一入だ。

 

 カオスアリーナの大観衆を前に踊るのに慣れ始めた面々も怖気づいて閉口する中、一人だけ目を輝かせている人がいた。

 

 我らが師であるナディア講師である。

 

『さすがはマダム、いい演目ですね! これをみんなで綺麗に踊り切れたら、きっとすごく気持ちがいいですよ!!』

 

 そう言っていつもと同じように穏やかな笑みを浮かべるナディア講師。

 

 しかし、俺達は見てしまった。

 

 その青い瞳の奥に燃え盛る『やる気』という名の炎を。

 

 どうやら、今回もナディア講師と地獄に付き合う必要があるようだ。

 

 まあ、借金も残る残高は200万少々。

 

 完済まであと一歩なのだから、有終の美を飾るという意味でもバッチリ決めようじゃないか。

 

 

☆月●◎日

 

 

 権左兄ィと静子さんの結婚が決まった。

 

 骸佐の補佐として何だかんだと飛び回っていた兄ィと、看護師として米田のじっちゃんの診療所で働いていた静子さんである。

 

 互いの忙しさから一時期は破局説まで流れたカップルだが、この度正式にゴールインすると聞いて本当にホッとした。

 

 二車の家でも執事が結婚するという事で、祝いの宴はかなりのお祭り騒ぎだった。

 

 俺の幼馴染の一人である金崎銃兵衛は、色々と権左兄ィに可愛がってもらっている絡みもあってか、祝いの席で男泣きをして本人を困らせていた。

 

 ジョジョの第五部に感化されてギャングスタ―を自称するなどアレな部分もあるが、基本的に情に厚い愛すべき馬鹿である。

 

 主流派から独立してもそれなりに厄介事続きだった中での朗報に、これ幸いとザルのように飲みまくる大人連中。

 

 特に甚内殿は少し前の凛花のやらかしもあってか、他の八将の面々に愚痴を吐きまくっていた。

 

 あの状況ではあれ以上の落としどころは無いと思うのだが、それでも針の筵に娘を置く事になれば親として忸怩たる思いなのだろう。

 

 愚痴の百や二百、笑って流してやろうじゃないか。

 

 さて、俺はというと骸佐に権左兄ィの今後の勤務形態についての相談を受けていた。

 

 結婚となればプライベートが多忙になるのは、対魔忍と言えど変わりはない。

 

 式や披露宴の準備に新婚旅行に新居の手配など、嫁さんも大変だろうが旦那側だって大わらわとなる事は目に見えている。

 

 個人的には新婚旅行も含めて4か月くらいは休ませてやってもいいと思うのだが、流石にこれは常識的ではない。

 

 何だかんだと議論した結果、式の一月前までは勤務してもらって、そこからは特休にするという形に落ち着いた。

 

 勤務に出ている間も兄ィの都合に合わせるように心掛けるらしいし、余程の事がない限り式への影響は出ないだろう。

 

 宴の最後にご両人は俺に深々と頭を下げてきた。

 

 自分達がこうして結ばれたのは、俺のお陰だとのこと。

 

 愛のキューピッド役をした覚えは無いが、そう思ってもらえるのは光栄な事である。

 

 なので、二人が幸せな家庭を築く事が最大の恩返しになると言葉を返しておいた。

 

 さて、前途ある二人の為にも式までに清い身体になる必要がある。

 

 まずは『Bad』を極める事から頑張ってみようか。

 

 ほら、披露宴での一発芸にもなるし。

 



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日記29冊目

 お待たせしました、29冊目の完成です。

 枯渇が激しいネタを何とか絞り出す日々。

 RPGのシナリオが面白いので、乗っかる形になるのは仕方がないか。

 けど、拙作は時系列的に1年前なんだなぁ……。

 なんとか統合性を図っていきたいところであります。


☆月●△日

 

 このところ、剣闘士・ダンサー・対魔忍と多忙につきお疲れのふうま小太郎です。

 

 次の一大ハーフタイム演目である『Bad』の練習が始まった。

 

 難易度爆高のPV再現とあってダンスの練度にはじまり、他の面々のアドリブの間や距離の取り方等々、目の前には課題が山積している。 

 

 始めて数日なので当たり前と言えば当たり前なんだが、その穴を埋めていく為の訓練は過酷そのものである。

 

 ナディア講師曰く、今回のレッスンは4つの段階に分かれているそうだ。

 

 まずは全員で合わせるメインのダンスを完熟させる。

 

 次に間奏のバックダンサー各自のソロパート。

 

 それが上手くいけば、プロモーションビデオで確認できなかったところを補完するための振り付けの習得。

 

 最後にアドリブ部分を含めて全員で合わせる。

 

 ぶっちゃけ気が遠くなりそうな行程だが、やると決めた以上は弱音など吐いていられない。

 

 というか、ナディア講師がガチすぎて吐く余裕すらない。

 

 あの人、初日から今まで振り付けを体で覚えるという名目で、なんと魔力でこちらの身体を操って踊らせているのだ。

 

 マダムから講師が魔界の支配階級に位置する存在だと聞いてはいたが、20人以上の人間を操ってあの激しいダンスを踊らせるとは恐れ入った。

 

 悪意を感じなかったし彼女を信用していたので抵抗せずに術にかかってみたのだが、正直言って解除できる気がしない。

 

 相手は踊り子だけあってか、人体の掌握が滅茶苦茶うまいのだ。

 

 指先どころか血管の一本一本まで魔力を通されるので、術にかかってしまえばまともな手を打つ暇を与えてもらえない。

 

 まあ『意』を殺すなんてマネは出来ていないので実戦ではそうそう絡め捕られる事はないだろうが、何にせよ魔界の支配階層の実力の一端を見たような気がする。

 

 訓練を見学していたマダムが拍手を送っていたあたり、講師に合わせて全員が一糸乱れる事無く同じ振り付けをするのは、傍から見れば圧巻なのだろう。

 

 しかし、強制的に踊らされているこちらとしては堪ったモノじゃない。

 

 自分の意思以外で身体を動かすというのは思った以上に負荷が掛かるらしく、参加メンバーは漏れなく全身筋肉痛地獄行きと相成った。

 

 本来ならばこの時点でインターバルを挟まねばならないところなのだが、ここからがナディア講師の恐ろしいところである。

 

 なんとヒーリング効果のある踊りで俺達を回復させ、レッスンを続行するという暴挙に出たのだ。

 

『今回の演目は全員の息が合わないと成功しません。だから、レッスンも三倍厳しくいきますよ』

 

 穏やかな笑みと共に告げられたこの一言に戦慄を憶える俺達。

 

 他のメンバーは剣闘士からダンサーに転向したからいいモノの、兼業の俺は試合があるのだ。

 

 その辺を考慮してほしいと切実に思う。

 

 まあ、これだけのスパルタ指導にみんなが不満を唱えずについて行くのは、今回の事にナディア講師が本気になっているのを理解しているからだろう。

 

 俺も試合の合間に、講師がプロモを見ながらステップの確認をしていたのを見た事がある。

 

 教える側があれだけ努力をしてくれているのだから、それに応えないのでは義に欠ける。

 

 こっちも色々と大変だがベストは尽くそうと思う。

 

 

☆月●□日

 

 

 予想外の事態に巻き込まれた。

 

 なんと、再び若アサギの世界に足を踏み入れてしまったのだ。

 

 事の始まりは上原学長からの依頼だった。

 

 内容はここ最近、東京各所で多発していた行方不明事件の調査。

 

 発生当初は警察の管轄だったのだが、鑑識に同行した退魔師が現場の各所で微量の魔力を発見した。

 

 それにより本件は超常的存在による『神隠し』の可能性もあるとして、捜査依頼が宮内庁経由で学長に届いたというワケだ。

 

 本来なら八将の面々から『ホイホイ現場に出んな、ボケ!』と釘を刺されている俺が出るのは好ましくない。

 

 しかし上原から降りてくる退魔関係の仕事やヴラド国への移籍準備などもあって、ウチは現在人員フル稼働中。

 

 手隙の者がいないのであれば、頭領だろうと働くのは道理である。

 

 そう決断した俺は書類と格闘していた天音姉ちゃんに一声掛けて、同じく暇をしていた若アサギと共に調査へ乗り出した。

 

 事前に受け取っていた警察の捜査資料を基に現場を回っていたところ、現場の一つで妙な魔力溜まりがあるのが目に入った。

 

 その魔力は普段感じるモノとは異質なうえに空間へと作用しているらしく、発見した時には景色が歪んで見えるほどに影響が出ていた。

 

 これは一度専門家の見解を得るべきかと考えていると、『妙な魔力ね。とっとと片づけてしまいましょう』とアサギが件の魔力だまりに突撃をかけてしまったのだ。

 

 あっと思った時にはもう遅い。

 

 ナニカに吸い込まれるような感覚のあと、目を開ければ周りの景色は一変していた。

 

 首都によくあるビルに挟まれた裏路地から見慣れた五車学園へ。

 

 突然の事に理解が追い付かない俺達だったが、遠方から高速で近づいてくる気配を感じた事で即座に意識を切り替えることになった。

 

 幻術か、それとも空間転移か。

 

 なんにせよ、何者かの術に嵌ったのは間違いないのだ。

 

 こちらに向かってくる輩も味方ではあるまい。

 

 なんて思っていたのだが、この考えはあっさりと覆される事となった。

 

 何故なら『お姉ちゃ~~~ん!!』と声を上げながら駆けてきたのは、井河さくらだったからだ。

 

 もっとも、彼女は俺の知っている人物とは少々趣が違った。

 

 ここまで来ればわかるだろうが、やはり若いのである。

 

 俺の知っているさくらは20台後半だったが、勢いそのままにアサギに飛び付いた彼女は十代半ば。

 

 アサギの胸に顔を埋めながら、『お正月に里帰りしたまま、居なくなったから心配した』と泣き声で訴えるさくら。

 

 それによって自分の世界に帰ってきた事を悟ったアサギは『ギャアアアアアアァァァァァァァッ!!』と絶望の声を上げた。

 

 それからは何と言うか……本当に酷かった。

 

 さくらを振り払うと、嗚咽とショックでまともな言葉が出ないのか、要領の得ない声と共に襟首を掴んで俺をガックンガックンと揺らしてくるアサギ。

 

 そのテンパりっぷりは銀零の見ていたアニメに出て来る水の駄女神を彷彿とさせるものだった。

 

 とはいえ、『目は口程に物を言う』とはよく言ったもの。

 

 輝きを失ったその瞳からは、彼女の意図するところは痛いほどに伝わった。

 

 アサギがこちらに発信していたメッセージは一つ。

 

 『ここに置いていくな、むこうの世界に連れて帰れ』である。

 

 ここが俺達の世界の過去だった場合、アサギには超絶過酷な運命が待っている。

 

 以前語ったように俺の世界で別人として骨を埋めるつもりだった彼女にしてみれば、この偶然は悪夢以外の何物でもないだろう。

 

 結局、『私の初めてを捧げれば、肉体的な繋がりが出来て置いて行かれないかも!?』などとテンパったアサギが服を脱ぎだした所為で、連れ帰ることを確約させられてしまった。

 

 情けないなどと言うことなかれ。

 

 バッサバッサと服を脱ぎ捨てていた奴の目はマジだったのだ。

 

 あのまま拒否っていた場合、間違いなく真昼間の公道で妹の視線などモノともせずに事に及んでいただろう。

 

 俺だってそういった経験はないのだ、初めてでそんなマニアックなプレイなど御免被る。

 

 本当に襲い掛かられた場合はワリと本気で殺す気だったのだが、あのアマは現金な事に約束を取り付けたらあっと言う間に平静を取り戻しやがった。

 

 そんなアサギは自身の妹の方へ向き直ると、ニコリと笑いながらこう言った。

 

『さくら、私と一緒に別の世界に行きましょう』

 

 先ほどまでの錯乱っぷりからは想像もつかないような穏やかな笑みだったが、いきなりこんな事を言われても若さくらに理解できるワケが無い。

 

 頭上に?マークを5つほど浮かべた妹の姿を見た俺は、仕方がないので補足説明を行った。

 

 結果は当然『信じられん』という答えである。

 

 さくらの反応は当たり前っちゃあ当たり前なんだが、だからと言って人生崖っぷちなアサギが引き下がるワケがない。

 

 彼女が調べた未来の自分の華麗なる経歴を、涙ながらに訴えるアサギ。

 

 ここまで取り乱す姉を見た事が無かったのだろう、徐々に困惑から真剣な表情へと変わっていくさくらへ向けて、俺も再度援護射撃をする事に。

 

 千里眼で俺の携帯越しにあの様子を見ていた時子姉から言われて撮ったアサギの全裸土下座、そしてヨミハラ潜入後にブチかましてくれた全裸土下座三連星。

 

 さらには主流派の下忍が書き込んだネット掲示板で使われていた『井河"アヘ顔"アサギ』の蔑称まで。

 

 映像の力というのは凄いもので、見た瞬間に顔を真っ青にしたさくらは即座にアサギの提案を受け入れた。

 

 説得資料を目の当たりにしたアサギが絹を裂くような悲鳴と共に気を失ったのは、コラテラル・ダメージという事にしておこう。

 

 些細な悲劇から程なくアサギが目を覚ましたのだが、それからの彼女の活躍は本当に凄かった。

 

 奴の描く幸せ計画に於ける最大の問題であった妹の同意を得られた事もあってか、鬼神の如き気迫で俺達の世界へ帰る手がかりを探しまくったのだ。

 

『この世界は本当に危険なの! なんか敵組織にハメられてから、借金のカタに汚いおっさんに処女を奪われた挙げ句性奴隷にされて、さらには調教されながら背中に趣味の悪い彫り物を入れられる予感がするのよ!!』

 

 アサギ曰く気絶している間に見た予知夢なんだそうだが、具体的かつ対魔忍ならあり得る内容過ぎて笑いも出なかった。

 

 そんな感じで若い紫や本物の甲河朧、そして当時の五車学園校長であった山本長官まで。

 

 並み居る障害を蹴散らしながら駆け回ったのが功を奏し、俺達は神隠しの元凶を見つけ出すことが出来た。

 

 それはイカというかタコというか、そんな感じの頭部を持った謎のナマモノなのだが、奴は次元を操る事で異なる世界へと渡る術を持っていた。

 

 本人(?)曰く、人類とは隔絶した技術レベルを誇っている上位種族との事だが、ナチュラルにこちらを見下してくるあたり、礼節に付いてはその限りでは無いのだろう。

 

 当然ながら俺達は元の世界に返すよう要求を突き付けたわけだが、その際にイカ野郎は『何を言ってるのですか? 貴女達の世界はここでしょうに』と豪快にアサギの地雷を踏み抜いてしまった。

 

 全力全開の隼の術で加速し、化鳥のような叫び声をあげながらイカ野郎へと襲い掛かるアサギ。

 

 俺が止めるのが少しでも遅れていれば、被害者はいつもよりキレを増した刀脚によって刺身になっていた事だろう。

 

 その後、般若の如き形相で喉元へ脚を突き付けるアサギの脅迫に負けたイカ野郎は、ブチブチと小声で文句を言いながらも俺達の世界へのゲートを開いた。

 

 さて、ここで俺達の今回の任務を思い出してみよう。

 

 そう、神隠しの解決である。

 

 ならば、元凶たる奴をそのまま逃がす訳にはいかない。

 

 そういう事からゲートが閉じ始めたタイミングを見計らって、レイジングブルで頭と心臓をしっかりとブチ抜かせてもらった。

 

 あのイカ野郎、さらっと拉致した人間を人体実験に使ったとか抜かしてやがったからな。

 

 生かしておく理由など欠片も無いのである。

 

 こちらの世界の土を踏んだ瞬間、アサギは『勝った! 私は運命に勝ったのよッ!!』とゴールを決めた南米のサッカー選手を彷彿とさせるようなガッツポーズを取っていた。

 

 さらには父親の形見という忍者刀へ『お父様、私は幸せになる為に井河も対魔忍も捨てます。これも感度3000倍や母乳体質、さらには全裸土下座なんて未来を防ぐため。ここからの不幸はこの世界のアサギがデコイとなって引き受けてくれるでしょうから、どうか安心してください……』と涙ながらに語り掛ける始末。

 

 さらりと未来の自分を生贄に捧げているあたり、奴の業の深さが伺えるというモノだ。

 

 また『お姉ちゃん、おいたわしい……』と涙を拭っていたさくらの姿が哀愁を誘う。

 

 ま、あれだ。

 

 井河アサギという女は、本人はおろかクローンにまでアレな不幸が付きまとっていた。

 

 ならば、一人ぐらいは清い身体で嫁に行っても罰は当たらんのではないだろうか。

 

 とりあえず、さくらの生活費はお前さん持ちだからな。

 

 

☆月●☆日

 

 

 今日は災禍姉さんにアシストを頼んで、色々と関係書類を片付けた。

 

 移籍するという事で過去から現在にかけてのふうま衆の名簿を確認してみたのだが、弾正の敗北から独立までの間に結構な人数が『抜け』てしまっている。

 

 本来なら機密保持などの観点から追っ手を差し向けるのだが、当時のふうまにそんな余力などあるワケが無い。

 

 結果として、ふうま由来の抜け忍達は主流派・米連・東京キングダムなどの裏社会等、人間社会の暗部へと消えていく事となった。

 

 現在行方が確認できている中で、最も大きな勢力は八将の一つである葉隠を中心とした一団だろう。

 

 先代が弾正と共に討ち死にした後、当主となった娘さんはアサギとは和睦。

 

 その後は五車に属さず、小さな町の裏社会を支配し独立しているそうだが、こちらとしてはそれを責める権利はない。

 

 時流を読むこともできず、己が権利を護る為に彼等を死地に送り込んだのはクソ親父を始めとする宗家なのだ。

 

 そんな俺達が、どうして新たな道を見出した彼らを糾弾できるだろうか。

 

 独立勢力となった彼等がどう動こうと、こっちに文句を言う権利はない。

 

 しかし、元ふうま衆である以上は、その行動が面倒ごとの火種になる可能性は十分にある。

 

 とりあえず、アサギと学長には現状の抜け忍リストを送っておく事にしよう。

 

 いやはや、今回の仕事のサポートを災禍姉さんにして本当に正解だった。

 

 これが天音姉ちゃんだったら、リストをコピッて秘密裏に抜け忍達を抹殺して回ってもおかしくないもんな。

 

 

☆月●△日

 

 

 またしても身の廻りがキナ臭くなってきた。

 

 今日は上原学長の護衛として宮内庁へと登庁してきたのだが、そこである人物と出会うことになった。

 

 その人物の名は峰船子。

 

 内閣情報調査局の人間で相当なやり手だという。

 

 見た目三十代の妖艶な女性だが、一説によれば30年前に起きた台湾危機の際に、陸軍士官として司令部にいたとも言われる怪人物だ。

 

 彼女が振ってきたのは庁舎で銀零が暴れた事件についてだった。

 

 表向きは所属不明のパワードスーツによるテロ未遂となっているとはいえ、笑顔を浮かべながら堂々と白を切っていた学長も相当に面の皮が厚い。

 

 どうも峰という女は白金についての情報を欲していたようで、撃墜された際の残骸の行方についても探りを入れて来ていた。

 

 例のブツに関しては上原の研究チームの調査によって人間の霊魂、もしくはそれに類する精神体を憑依させる事が可能な事が判明している。

 

 瑞麗との関係性をボカした俺の証言も相まって、宮内庁霊安課認定の一級呪具として隼人学園の地下倉庫に封印処理されているのだ。

 

 噂では米連の後を追いかける形で、日本の自衛軍でもパワードスーツやサイボーグについての研究が始まっているらしい。

 

 例の事件で発生しかけたマイクロブラックホールの影響を奴等も把握していないはずがない。

 

 ならば原因と思われる白金は、パワードスーツ開発を行っている軍部からしてみれば喉から手が出るほどのお宝だろう。

 

 事が今後の国防を大きく左右すると考えれば、所在を探るために内調が動いても不思議ではない。

 

 とはいえ、国内の霊的事件を担当する宮内庁からしてみれば、霊魂が憑依可能な代物など軍へ渡せるわけがない。

 

 オカルトの素人である彼等が弄繰り回した結果、重力を操るリビングアーマーなどが生まれては目も当てられないからだ。

 

 結局、学長が口を割る事は無いままに話は終わり、峰はため息を残しながら宮内庁を後にした。

 

 ちなみに峰は俺が白金を撃破した事を掴んでいたようで、こちらも何度か水を向けられた。

 

 しかし、今日の俺はただの護衛A。

 

 オーナーの許可なく発言などできるはずもなく、全て沈黙で通しておいた。

 

 ここまでは不穏な空気ながら何事も無く進んでいたのだが、問題は帰路に起きた。

 

 なんと武装した兵隊に襲われたのだ。

 

 こちらを襲撃した一団は二十人程度と数は少なかったものの、その練度はかなりの物。

 

 とはいえ、奴等は対魔忍のような超人やサイボーグではない。

 

 『意』を察知した事で学長と運転手を連れて車内から脱出した俺は、防衛を学長の張った対物結界に任せて早急に襲撃者の無力化を行った。

 

 襲撃者は一人を除いて全員死亡。

 

 あえて生き残らせた隊員から情報を搾り取ったところ、奴等は海兵自衛軍の神田大佐率いる『神田旅団』であることが判明した。

 

 『神田旅団』の悪名は裏社会にいれば、誰しも一度は聞く代物だ。

 

 日本の領土内にある島が外国勢力に占拠された際、その島を奪還するために創設された海兵自衛軍の中でも異質の部隊。

 

 同時に時の首相が直接指揮をする独立部隊であり、傭兵集団としての顔も持つ。

 

 戦時中は主に非合法活動に従事し、情報工作や要人暗殺などの後方攪乱で暗躍。

  

 奴等はその無法者っぷりから他の自衛軍からも恐れられており、非戦闘員の虐殺から略奪、婦女暴行などの数々の戦争犯罪の疑惑が掛けられている。

 

 もっとも、それも奴らの優秀さと使い勝手の良さから、時の権力者たちが揉み消していたようだが。

 

 現在では事実上の幽閉といった形で北方の孤島に配置されていると聞いていたが、今回の件を見るに政府の老人共が私欲を満たすためのコマとして使っているようだ。

 

 上原学長は退魔の名家であり、霊的国防の要の一つとして宮内庁でも高い地位を持つ。

 

 そんな彼女を襲撃するなら、切り捨てが可能なこいつ等のような愚連隊紛いが適役だったのだろう。

 

 とはいえ、いかに素行不良のならず者部隊であろうと、奴等が自衛軍に籍を置いている事は変わりない。

 

 この捕虜を宮内庁が押さえれば、政府の阿呆共の動きをけん制することもできる筈だ。

 

 カオスアリーナのバイトもあるのに、こういったトラブルは勘弁してほしいのだが……。

 

 いや、本業はこっちなんだから文句は言うまい。

 

 

 

 

☆月●●日

 

 

 昨夜、俺達が神田旅団に襲われているのと同時刻に、ふうまの官舎も井河派を名乗る対魔忍に襲撃されていた。

 

 幸い、骸佐を始めとする八将や主要な幹部がいたお蔭でふうま衆・宮内庁職員共に人的被害を出さずに済み、襲撃者も一名だが生かして捕らえることが出来た。

 

 人命を失わずに済んだのは不幸中の幸いだが、当然このままで済ますワケにはいかない。

 

 そう思って井河に連絡を取ったところ、なんとアサギが怒り心頭でこちらを責めてくるではないか。

 

 事情を聞いてみれば、五車の里もふうま衆を名乗る対魔忍に襲撃されたとの苦情が。

 

 さすがに同時期に襲撃を受けるのはおかしいと感じた俺達は、双方独自に調査を行う事で同意。

 

 責任云々については真実が明らかになってからという事で、一端話を切り上げた。

 

 この件が昨夜の神田旅団による襲撃と無関係とは考えにくい。

 

 国内にある二つの対魔忍勢力の不和を煽って得をする存在が現政府内にいると考えるべきだろう。

 

 目的は俺達の殲滅か、もしくは白金の残骸か。

 

 なんにしても早急に突き止めねばなるまい。

 

  



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日記30冊目

 お待たせしました!

 資格試験の勉強とプライベートの多忙さでなかなか時間が取れなかったのですが、それもようやく落ち着いてまいりました。

 外は35度を超える灼熱日ですが、これからペースを上げて執筆していきたいと思います。

 余談:『魔』属性のピックアップを引いたら、サイボーグアサギが来た。

 対魔忍RPGを始めてもうじき一年、ここまで紅が来ないとは……。

 やはり一周年イベントに賭けるしかないか。


☆月●△日

 

 予想外の面倒事に頭を悩ませるふうま小太郎です。

 

 過日に起きた井河・ふうま双方への襲撃事件。

 

 優秀な部下が捕らえた下手人から情報を絞り出した結果、奴等は井河から離脱した俗にいう抜け忍である事が判明した。 

 

 因みに捕虜は女だったが、某ノマドのような性的調教なんてやりません。

 

 というか自白剤一発でゲロするのに、どうしてそんなメンドクサイ手を使わねばならんのか?

 

 この業界にゲソを付けて十年以上になるが、奴等のエロ志向は今でも理解できん。

 

 愚にもつかない疑問はさておき、今回の襲撃はクソ親父のやらかしで身内を失った者の報復だという。

 

 女の話だと彼等は反乱鎮圧のあと故人の無念を晴らす為、ふうま衆の残党殲滅を上層部へ訴えていたらしい。

 

 しかし、生き残ったふうま衆を井河の下に取り込む事を目論んでいた井河の老人会が彼等の訴えなど取り上げる訳がない。

 

 結果、主流派に見切りをつけた被害者団体は抜け忍となり、ふうまへの恨みを晴らす為に裏社会に潜伏するようになった。

 

 もっとも国家の諜報を担う組織となった対魔忍が脱走者を放置するワケもなく、彼等の大半は爺共の僕だった暗部を始めとした抜け忍狩りから身を護るのに精一杯。

 

 とても当時の弱体化していたふうまへ牙を剥く余裕は無かったそうだ。

 

 そうこうしている内に時が流れ、俺達が引き起こした老人会壊滅によって抜け忍狩りの追撃が緩んだのを切っ掛けに、奴等は再びふうま殲滅を掲げて力を蓄え始めた。

 

 そして、今回悲願を果たさんと挙兵したという流れだそうな。

 

 まあ、その結果は御覧の通り。

 

 現ふうまの最大手である二車の面々がハッスルしたお陰で、抜け忍達はあっと言う間に殲滅されてしまったワケだ。

 

 『僕は天才だぁ!!』が口癖の黒騎雫や、当代鬼蜘蛛三郎のタマちゃん(襲名前の名前は環という)とそのパートナーである大五郎。

 

 ガキの頃、先代の爺様がこっそり護衛に付けていたのに気が付いて、老人会が送り込んだ刺客を餌に『大五郎ぉぉぉぉぉぉぉっ!』と呼ぶと『ち”ゃ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ん”!!』と返すように芸を仕込んだのは秘密である。

 

 あとはやられ役っぽい見た目とは裏腹に、隠れ身の術『無形秘擬』によって水以外の無機物と一体化する汎用性が売りの矢車弥右衛門のおっさん。

 

 年の功と邪眼が光って、某神話のディープ・ワンを量産しまくった八百比丘尼さん等々。

 

 結婚準備で執事である権左兄が不在にも関わらず、これだけの成果を上げた彼等には惜しみない称賛を与えたい。

 

 雫で思い出したのだが、骸佐からの報告では自信過剰なお子ちゃまであるあの坊やは、今回の襲撃に際して予想通りに暴走の兆候を見せたらしい。

 

 居合わせた同僚の証言では『僕がアサギの首を獲ってくるよ』などと宣っていたとか。

 

 もっとも、これは骸佐が事前に打っていた策によって未然に防がれる事になったのだが。

 

 その策とはこちらの意に従わずに勝手な行動を取った場合、名前が『アミバ』になる呪いを掛けるというモノ。

 

 しかもそれを施した術師はあのノイ婆ちゃん、現世の魔術師ではまず解呪は不可能な代物だ。

 

 しかし改名すれば『黒騎アミバ』か。

 

 骸佐のヤツ、俺の知らぬ間に非情さを身に着けていたらしい。

 

 奴がその身にオーラを纏うのも遠くないのかもしれない。

 

 さて、頼りになる配下の尽力で井河の無実が証明されたのだが、肝心のウチへの疑いは晴れていないのが現状だ。

 

 主流派に乗り込んだ自称ふうま忍は返り討ちに遭った際に全滅しており、アサギ達は情報は掴めずじまいだったそうな。

 

 それならばと以前に送った抜け忍リストに該当する死体は無かったかと聞いたところ、口元を引きつらせたアサギからは刺客の死体は損壊が酷くて顔の判別が付かないとの答えが。

 

 忍者の第一義は情報収集で戦闘集団としての顔は二の次だと思っていたのだが、どうやら主流派はそうではないらしい。

 

 そんなワケなので、俺達は疑いを自らの手で晴らねばならなくなってしまった。

 

 上手く情報を引き出したこっちが骨を折る事になるのは理不尽極まりないが、文句を言っていても事態は解決しない。

 

 取り合えず抜け忍の最大手である葉隠辺りから当ってみるとするか。

 

 

☆月●□日

 

 

 今日は紅姉に骸佐を引き連れて街へ繰り出した。

 

 目指すは元八将の葉隠家……ではなく、東京の六本木である。

 

 理由は二人に公的な場で使用する為の正装を買おうと思ったからだ。

 

 中学を卒業すれば、俺はもちろん骸佐も一門の顔として公的な場に出る機会は増えるのは間違いない。

 

 その時に学校の制服では舐められるし、全身タイツモドキな対魔スーツなど以ての外だ。

 

 俺だって余所行き用の背広を持ってるのだから、右腕である兄弟だって必要だろう。

 

 過日の襲撃の被害を最小限に抑えた指揮っぷりの褒美を兼ねて、プレゼントしようと思ったのだ。

 

 紅姉に関しては宗家付きの秘書見習いをやってくれるという事で、その分の先行投資である。

 

 この話を持ってきたのは心願寺の爺様なのだが、『嫁になる身としては、早めに相手先の事情を知っておいた方が良いじゃろう』なんて戯言は兎も角としても、申し出自体は理にかなっている。

 

 ふうまの中枢に携わっていた人材を宙ぶらりんにしておくのは勿体ないし、ヴラド国への移籍が近づくに連れて忙しさが増している災禍姉さんにもフォロー必須となっている。

 

 なにせウチは機密やら何やらの絡みの所為で増員を掛けるのが容易ではない。

 

 なので、この話はまさに渡りに船。

 

 普段は露骨に紅姉と俺をくっ付けようとするウザい爺様も、この時ばかりは思わず拝んでしまったほどだ。 

 

 遠慮する二人を半ば強引に店員さんに預けた結果、再び現れた二人の姿はまさに見違えたと言っていいモノだった。

 

 ビジネススーツに身を包んで眼帯を取った骸佐は、いつものワイルドさの代わりに理知的な雰囲気を纏っていた。

 

 まあ、目付きの悪さは相変わらずなので見ようによってはマフィアに見えなくも無いが、普段のヤンキー丸出しに比べれば全然マシである。

 

 一方の紅姉はツインテールを解いて髪を降ろした事もあってか、普段よりも大人びて見えた。

 

 これなら同業者はもちろん、クライアントの前に出ても礼を失することはないだろう。

 

 代金を一括で支払って店を出た後、街を散策していた俺達はそこで思わぬ人物と鉢合わせる事となった。

 

 それは公安第三セクションの責任者にして主流派の元締めである山本長官だった。

 

 ふれあい喫茶で子猫に囲まれて厳つい顔を緩ませている姿を見た時は見間違いかと思ったのだが、残念な事にそんな事は無かった。

 

 当人がお楽しみタイムである事に加え、主流派のケツを持っている公安からしてみれば俺達は完全な裏切り者。

 

 関わってもデメリットしかないのでシカトしようと思ったが、生憎とむこうから大声で呼ばれてしまってはそれも叶わない。

 

 あれよあれよという間に猫喫茶でおっさんとお茶というアレなシチュエーションに巻き込まれてしまったのだが、人の悪い笑みを浮かべた山本がこちらに告げたのは今一番欲しい情報だった。

 

 そう、主流派を襲った自称ふうま衆の正体である。

 

 奴がどうやってそれに辿り着いたかと言えば、タネはアサギが判別不可能と判断した襲撃者の遺体だった。

 

 五車の里襲撃の一報を受けた山本は、下忍達が処理する前に襲撃者達の遺体を回収。

 

 非公式に法医解剖やDNA検査などに掛け、奴等の正体を真実を白日の下へ晒すことに成功したのだ。

 

 この国の医療団体とも手を組み、捜査資料として国民の個人情報を始めとする膨大なデータバンクを持つ警察ならではの一手。

 

 イリーガルな組織である対魔忍では決して真似できない方法だ。

 

 そうした調査の結果、DNA情報の一致によって襲撃者はリストに載っていたふうまの抜け忍である事が判明した。

 

 何故ふうま衆が御上にDNA情報なんて掴まれているかというと、原因は弾正にある。

 

 以前にも書いたが、奴の代のふうまは世紀末モヒカン一歩手前の無法集団だった。

 

 米連や中華連合とパイプを持ち、自分の利になると踏めば何者の依頼だろうと請け負う人外の力を持った諜報組織。

 

 そんな輩が公安からマークされないワケがない。

 

 結果、ふうま一門の情報は合法非合法問わずあらゆる手を尽くして取られており、今回照合に使われたDNA情報もそうやって集められた一部だそうな。

 

 因みに情報を握られているのは今のふうま衆も例外ではなく、俺達の世代に関しては産婦人科や小児科に圧力を掛けて集めたのだと言う。

 

 それを聞いた時は三人揃ってドン引きしたのだが、山本は意に介すること無く膝の上にいる子猫の頭を撫でながら『これが国家というものだ』と言い切りやがった。

 

 さすがは程度の差はあれ、ならず者集団だった対魔忍を統合しようなんて考える男。

 

 その清濁併せ飲む懐の深さは、俺でも叶わないかもしれん。

 

 この情報は俺達と出会う30分前にアサギへと伝えられているそうなので、井河から向けられた疑いも晴れていることだろう。

 

 なお、照合が完了した遺体の身元が記された書類を見せてもらったのだが、そこに記載されていたのは弾正の反乱の生き残りやその遺族だった。

 

 あの事件から約十年。

 

 こうして互いに遺恨が残っている事実を見せつけられると、俺が考えている主流派との協力体制がいかに難しいかが分かってしまう。

 

 最後に山本は今回の件に内調が噛んでいる可能性を示唆していた。

 

 正式な国家の諜報機関である内調にとって、現政権のコントロール下に無い諜報組織である対魔忍はやはり目障りな存在であるらしい。

 

 結成当初から内ゲバやら何やらと騒動に事欠かない上に、今年に入っては矢崎宗一のスキャンダルのすっぱ抜きや白金事件と、現政権に強い影響を及ぼす事件が立て続けに起きている。

 

 政界の裏に潜む妖怪たちも流石に看過できなくなったのだろう。

 

 今回の襲撃に関しては警告であるというのは山本と俺の共通見解だ。

 

 本気で主流派とふうまの抗争を引き起こしたいなら、どちらかを先に襲撃し変装した抜け忍達を被害者側に紛れさせてアジテーターとした方が効率がいい。

 

 遺恨が残る相手なのだ、内側からチョイと炙れば襲撃という種火は抗争という劫火へと変わる。

 

 そうして一門の構成員がをそれを望むようになれば、俺やアサギとて止めるのは容易ではなくなる。

 

 そのまま見過ごして戦争の引き金を引くか、力づくで止める代わりにトップとしての求心力を犠牲とするか。

 

 どちらにしても俺達が多大な被害を被るのは想像に難くない。

 

 今回そうしなかったのは、奴等も俺達の存在が諸外国や魔族への抑止に繋がってると認めているからだろう。

 

 俺が出会った峰船子については山本もアサギと共に面通しをしていたらしく、山本の奴にして『大妖怪』と言わしめる曲者らしい。 

 

 あの女、やはりお近づきになるべきではないな。

 

 こうして必要な情報を得た俺達は、新たな猫を抱いて至福の表情を浮かべている山本と別れた。

 

 家に帰ってアサギに連絡を取ったところ、井河を始めとする主流派各員には今回の襲撃がふうまを騙る敵対勢力によるものと通達が済んでいるとの事。

 

 これで今回の件は一応の終わりを見た事になるだろうが、残されている課題も少なくない。

 

 一番の問題はやはり主流派との遺恨だろう。

 

 こうも簡単に外部勢力に利用されるほどに不仲では、今後も多くの場面において双方の足を引っ張ることになるのは明白だ。

 

 経緯が経緯なので如何ともし難いが、何とか解決策を見つけねばならない。

 

 もしくは骸佐から提案があったように、主流派との関係は諦めてヴラド国に行ってからの日本への繋ぎを上原学長に変更するか、だ。

 

 カーラ女王と学長が親友である事も踏まえると、こちらの方がメリットが大きいように思うが……。

 

 それでも宮内庁や退魔師では介入できない案件も多々あるというネックを思えば、容易く決める事も戸惑われる。

 

 難しい判断を迫られる案件だが、日本を出国するまでには決めねばなるまい。

 

 

☆月●◎日

 

 

 勝手に期待して勝手に失望するなんてマネは好きではないのだが、今回ばかりは大目に見てほしい。

 

 今日、甲河のマダムから協力依頼があったヤマを終えて帰ってきた。

 

 依頼内容は中華連邦の隠れ蓑である犯罪組織『龍門』が作り出した生体兵器『馬超』の破壊。

 

 この馬超とやら、マダムが依頼してくるだけあって前評判はなかなかの曲者であった。

 

 なんとアサギのクローンにブラックの細胞を移植する事で戦闘力を飛躍的に高め、重力制御や再生能力まで付与しようという意欲作なのだ。

 

 そんな『アサギとブラックが交じり合って最強に見える』みたいな珍生物がいると聞いては、俺としても黙って居る訳にはいかない。

 

 主流派よりもよほど良い関係を構築できている甲河の主要メンバーにもしもの事があっては一大事。

 

 マダム直々のご指名な上に本件にはアスカも参加するとあっては、俺も重い腰を上げざるを得ないだろう。  

 

 間違っても溜まってるストレス発散の為にヒャッハーしようとか、馬超を仮想アサギやブラックに見立てて鍛錬に利用しようなんて思っていないとも。

 

 普段なら俺が現場に出る事に難色を示す八将も、井河との関係が拗れている現在、甲河との関係をより良いモノにするという題目があるので渋々ながら出撃を認めてくれた。

 

 そんなワケで久々に現場へ出る事となったのだが、骸佐の奴もただでは転ばない。

 

 なんと俺の助手として忠誠度マイナスな槇島あやめを起用したのだ。

 

 これには俺も思わず舌打ちを漏らしてしまった。

 

 他のメンツなら多少はっちゃけたところで『若様のお願い』で隠蔽する事が可能だが、口惜しい事にあの女にはそれが通じない。

 

 むしろ、俺がやらかそうものなら嬉々として紅姉や他の八将にチクるだろう。

 

 そうなれば、二車親子による説教からの缶詰コースは免れない。

 

 バイト先のダンスも最終調整に入っているのだから、それだけは何としても避けねばならん。

 

 因みに槇島は骸佐からの『もしもの時は命に代えても頭領を護れ』という命令に、死ぬほどイヤそうな顔をしていた。

 

 相変わらず俺に対して塩対応な奴である。

 

 さて、用意もそこそこに官舎を発った俺達はマダム達DSOの面々と合流して、仕事場である小さな島へと向かった。

 

 むこうの掴んだ情報だとノマドの執拗な攻撃で壊滅寸前となった龍門は、枯渇しかかった活動資金を稼ぐ為に闇オークションで馬超を売りに出そうとしているらしい。

 

 生体兵器を競売に出すとは、龍門の連中はアホなのだろうか?

 

 奴等の侘しい懐事情など知った事ではないので本題に戻る。

 

 任務の段取りとしては第一段階として槇島がホステスを装いオークション会場へ潜入。

 

 島に張り巡らされているであろう警備機器を無力化し、それが終わるのを見計らって本隊である俺・マダム・アスカの三名が上陸する。

 

 後はオークション会場地下に安置されているであろう馬超を倒し、島を脱出すればミッションコンプリートというワケだ。

 

 出発前に紅姉から『くれぐれもあやめを頼む』と言われている手前、槇島を単独潜入させる事は心配だったが、幸いな事にさしたる問題も無く任務を達成。

 

 お陰で俺達は悠々とオークション会場へ潜入する事が出来た。

 

 しかし、順調な道行きはここまでだった。

 

 俺達が馬超が安置されている地下施設に足を踏み入れたのは、薬漬けで眠らされていた奴さんが目を覚まして片っ端から警備兵を血祭りにあげている最中だったのだ。

 

 当然馬超は俺達にも襲い掛かってきたのだが、ぶっちゃけ期待外れもいいとこだった。

 

 俺が求めていたのはブラックの耐久性と重力制御を持ち、アサギの隼の術を使いこなす戦士だ。

 

 断じて本能のままに暴れまわる野獣ではない。

 

 強固な外骨格に意のままに動く触手、さらには重力波攻撃と見るべきところが無いワケでは無かったのだが、それも本物に比べれば格段に見劣りしてしまう。

 

 というか、あれだけ『意』を剥き出しにして暴れられてはどんな攻撃だろうが怖くもなんともない。

 

 今回の依頼を受ける際に結んだ契約からサシで闘う機会を得たのだが、ぶっちゃけ五分ほどで飽きてしまった。

 

 そんなワケで、攻撃が当たらない事に業を煮やした奴が重力波を撃とうとした隙に首を刎ねて討伐完了。

 

 肩透かし間が半端ないが、得るモノがあったとしたらブラック譲りの再生能力の因果を断つ練習が出来たことくらいか。

 

 その後、アスカが超対魔粒子砲なるビームで死体を焼き払った事で後処理も抜かりなく済み、俺達は混乱する会場を後にした。

 

 本件は甲河とのパイプを強固に出来たのは有意義といえば有意義だが、個人的には不完全燃焼な感じが否めない。

 

 やっぱ、魚も強敵も養殖よりも天然物の方が価値があるんだなぁ。

 

 

 

 

 東京キングダム郊外に存在する米連の軍需産業『オレンジインダストリー』の東京支社。

 

 その地下深くに米連・国防総省傘下の研究機関DSO(防衛科学研究室)の日本支部が存在する。

 

 魔界の技術も組み込んだ最新鋭の機材に囲まれた室内で、日本支部長を務める仮面の対魔忍はアスカと共にある画像を検証していた。

 

 それは先の任務に於いて生物兵器『馬超』をふうま小太郎が屠った瞬間だった。

 

「無念無想の一刀で切っ先の速度が音速を超える、か。……まったく、とんでもないわね」

 

 アスカのサイボーグアームに取り付けられた記録装置によって保存された動画は、各種高感度センサーと連動している事から様々なデータが付与されている。

 

 それらが示しているのは、小太郎の剣が音を置き去りにして相手の首を食いちぎったという事実だ。

 

「ふーん。あの時はコマ送りみたいに気が付いたら馬超の首と手が落ちてたんだけど、画像だとちゃんと剣を振ってるんだ」

 

「アスカ。それがどれだけ恐ろしい事か、ちゃんと理解しているのかしら?」

 

「わかってるわよ。小太郎がその気だったら、私が気付く事無く首を刎ねられるってことでしょ」

 

 内容とは裏腹に、何処か他人事のように言葉を漏らすアスカ。

 

 その反応に仮面の対魔忍は小さく息を付く。

 

 マダムが考える小太郎の恐ろしさは、その隠密性だ。

 

 熟練対魔忍をも超える気配遮断を身に着け、振るう刃は全てが殺気を感じさせない。

 

 ふうまが井河の配下であった頃、彼は受け持った暗殺任務を100%成功させている。

 

 その時のターゲットの中には、ノマドの幹部である有力魔族や大使館を訪れていた中華連邦の重鎮までいた。

 

 十歳に満たない間ですらこれなのだから、今の小太郎がどれほどの腕になっているかは推して知るべしだ。

 

 それに───

 

「彼、馬超を倒した時にたまたま再生能力が働かなかったって言ってたけど、本当だと思う?」

 

「まさか」

 

 そう言って肩をすくめた後、アスカのいつもの陽気さは鳴りを潜め、その代わりに若き甲河忍軍の頭領としての顔が現れる。

 

「あの時、小太郎は首と一緒に発射寸前の重力波も斬ってた。本人からブラックに負けた事があるって言っていたし、あいつはそれからずっとリベンジの為の対策を練ってたのよ」

 

「再生能力と重力制御、エドウィン・ブラックが持つ最大の武器を断った剣こそがそれと言う訳ね」

 

「馬超の情報を聞いた時に一対一で戦わせろと条件を付けたのも、その試運転であると考えれば納得が行くわ」

 

「なら、例の件は決まりかしら」

 

「ええ。ブラック打倒の為、我々はふうまと協調体制を取る。朧さん、交渉関係はそっちに任せるからね」

 

「了解よ。まずは本国のお偉方から許可を取るとしましょうか」

 

 あっさりと面倒事を丸投げするアスカに手をヒラヒラと振って答えながら、仮面の対魔忍はブリーフィングルームを後にする。

 

 先ほどのアスカの決定は彼女にとってうれしい誤算であった。

 

 小太郎とは意図的に親交を深めさせていたが、やはり最後はアサギや沢木浩介への情を優先して井河に肩入れすると思っていたのだ。

 

 しかしこちらの予想とは裏腹に、アスカはそういうモノも含めて割り切る判断が出来るようになっていたらしい。

 

 情の厚さは人としては美徳だが、組織の長は時にそれを切り捨てる事も必要になる。

 

 こういったモノは口で言ってどうにかなるものではなく、積み重ねた経験から悟るしかないのだ。

 

 己が主にして妹分の確かな成長を感じ、仮面の対魔忍は口元に笑みを浮かべた。



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日記31冊目

 お待たせしました、日記31冊目更新です。

 なんとかバイトもクライマックスへ。

 ここからは徐々にでも話を加速させられればいいな、と考えておる次第です。

 あとはRPGの一周年イベントが楽しみといったところでしょうか。

 三度目の正直なるか?


 

☆月●☆日

 

 人に名前を付ける事の難しさを痛感しているふうま小太郎です。

 

 過日、残酷極まりない運命からの脱退を宣言した異世界の井河姉妹。

 

 本日、その一歩目となる新たな戸籍の用意が整ったと上原学長から連絡が入った。 

 

 『これで忌まわしい未来ともおさらばよ!』と涙を流して喜ぶ若アサギだが、書類に必要事項を記入する際にある問題が浮上することに。

 

 そう、新たな戸籍に刻む名前が決まっていなかったのである。

 

 俺としてはとっくに決まっているものと思っていたのだが、若さくら曰く新しい名前とテンションが上がり過ぎた結果、凝り過ぎて選べずじまいだったらしい。

 

 さて、ポンポン偽名を名乗ったりノリで若アサギに魔鈴と付けている俺が言うのも何だが、人の名前というのはそうそう簡単には決まらないモノである。

 

 日本では意味や漢字の画数等々で運勢が決まるとも言われており、一昔前では専門の易者(えきじゃ)に大金を払って相談していた家もあったとか。

 

 まあ、当人達が揃いも揃ってデンジャーなDQNネームを付けようとしていたのは、それ以前の問題だと思うが。

 

 ラクシュミーとかセフィリアなんて言われた時は、骸佐と出勤していた権左兄ィの三人でクロ●ティ高校ネタ再びになってしまったじゃないか。

 

 本人に任せるとセルフで一生もののトラウマを背負う事になると判断した俺は、ここで一肌脱ぐ事にした。

 

 まずは元の名前が植物由来な事から『桔梗(ききょう)』と『睡蓮(すいれん)』なんて案を出してみたのだが、二人の反応は(かんば)しくない。

 

 どうも地獄モードな未来のお陰で、くノ一っぽい名前からは離れたいようだ。

 

 アレな名前を付けようとしていたのも、それが起因しているらしい。

 

 こんな話を聞いてもなお『(かすみ)』と『彩音(あやね)』の名を出した骸佐は剛の者だと思う。

 

 そういう事情ならばとアサギは今までの偽名である『魔鈴』、そしてさくらには『シャイナ』の名を提案したのだが、『シャイナ』に漢字を当てると珍走族のチーム名のようになった為に却下。

 

 次に骸佐の挙げた『ナミ』と『ロビン』も元ネタが一発でバレるからとNG。

 

 部屋にワン●ースを全巻揃えている骸佐は地味にヘコんでいた。

 

 権左兄ィの出した『クリスティーヌ・剛田』に関しては、『ジャイ子のペンネームじゃねーか!!』とアサギからローキックを食らう始末。

 

 というか、コイツ何気にマンガの知識が深いな。

 

 そこからは皆して頭を悩ませる事になったのだが、『寄らば文殊の知恵』という言葉があるようにアホも5人集まれば妙案は浮かぶものである。

 

 試行錯誤を重ねた結果、日が傾いてきた頃にようやく納得のいく名前が決定。

 

 アサギは『夕陽(ゆうひ)』、さくらは『日向(ひなた)』と名乗ることになった。

 

 今まで社会の影に身を置いていた二人が、これからは日の当たる場所で生きていく。

 

 そういった意味を込めて太陽に因んだ名を付けたのだが、改めて考えても悪くは無いと思っている。

 

 なお、二人の苗字は何の変哲もない『佐藤』だったりする。

 

 堅気となる為の最大の障害といえる顔に付いてだが、二人とも整形はせずに他人の空似で通すつもりらしい。

 

 生まれてからずっと付き合ってきた顔だし、紛れも無く美人なので手を入れたくないという気持ちは分かるが、その考えは甘いのではなかろうか。

 

 とはいえ、女性に整形を強制するのはこちらも(はばか)られる。

 

 不安は拭えないが、こいつ等は静子さんと違って自衛するだけの腕前はあるのだ。

 

 こちらは警告をしたのだし、それでもなお運命に巻き込まれたのならば彼女達の選択の結果ではないだろうか。

 

 こっちの世界には『アサギ・クローン』という厄ネタが存在するのだから、考え直すのは今の内だぞ、夕陽よ。

 

 

☆月▽〇日

 

 

 本日、米連のDSO日本支部並びに甲河から依頼があった。

 

 内容にあってはノマド及びその首領であるエドウィン・ブラック討伐に上原率いる日本退魔師連合、吸血鬼ハンター協会、そしてふうま一党が協力体制をとるというモノだ。

 

 この要請は極秘事項ではあるものの米連外務省からの正式なモノであり、さらには情報漏洩を防ぐ為に外交ルートを通さずに宮内庁、そして学長へ直接送られてきた。

 

 矢崎のスキャンダルから傾いている現政権が信用できないのは分かるが、それにしても相当な強硬策である。

 

 米連政府は現在、魔界勢力の排除派と共存派で真っ二つに割れている。

 

 甲河が属するDSOは言うまでも無く排除派なのだが、同盟国であると同時に仮想敵国でもある日本に対してこういった手を打つのは、かなりのリスクを伴うだろう。

 

 この件を聞いた際の会話だと宮内庁側としては慎重論が有力で、返答をしばらく保留にして彼等の動きと影響を見届る構えのようだ。

 

 その反面、学長的には今すぐにでも手を結んで早期にブラックへ何らかの攻勢を仕掛けたい考えらしい。

 

 会話の最後にブラックに勝てる自信はあるかと聞いてきたところを見るに、学長は俺達がブラド国に行く前にブラックを始末したいのだろう。

 

 影の存在であるふうまを明記しているところを見るに、DSO側がウチの戦力に期待してるのは十分にわかる。

 

 個人的には秘剣に開眼したとはいえ、あの化け物を相手取るのはもう少し時間が欲しいところだが。

 

 ま、雇われの身である俺達には選択の自由なんてあってないようなモノだ。

 

 学長がGOサインを出せば、従わざるを得ない。

 

 ならば、来るべき時に被害を最小限に抑えるよう己を鍛えるしかあるまい。

 

 予定は未定な案件はさて置いて、これとは別にアスカからLineであるお願い事をされた。

 

 それは五車の里にいる沢木浩介君の様子を探ってほしいというものだった。

 

 本人曰く、今まではちょくちょく里に忍び込んで彼の様子を探っていたのだが、最近起こった抜け忍による襲撃が原因で警備が強化された為に、それも(まま)ならなくなくなったらしい。

 

 そういうこともあって、甲河よりも井河と繋がりがある俺に様子を探ってほしいと言ってきたワケだ。

 

 アスカよ、現在我々は井河と冷戦っぽい状況なんだが、その辺は分かってますかコノヤロウ。

 

 頼み方の軽さに反してかなりの無茶ぶりだが、唯一の若年頭領仲間の願いを無碍(むげ)にするのも心が痛む。

 

 彼女が浩介君にぞっこんなのは参観イベントの様子を見れば明らかだ。

 

 その辺を(かんが)みるなら、友人として一肌脱ぐのも吝かではない。

 

 そこで俺は鹿之助君を経由して達郎へ連絡を取る事にした。

 

 奴と浩介君は五車学園で同学年だったはずだ。

 

 現在は産休を取っているとはいえ、何らかの情報を持っている可能性は高い。

 

 数か月ぶりの奴とのコンタクトは、『やあ……』という死の灰を浴びた直後のトキのように弱弱しい挨拶から始まった。

 

 まずはジャブとして奥さん()の様子を尋ねたところ、幸いと言っていいのかは分からないが母子共に順調らしい。

 

 こちらが奥さんと口にした瞬間、携帯越しに化鳥のような奇声が聞こえたような気がしたが、きっと空耳だろう。

 

 その後、『日増しに膨らんでいく姉さんの腹に背徳感を感じる』とか『今の俺のムーヴメントは母乳だ』。

 

 そして『ゆきかぜの事はもう忘れたとさ』なんて、聞いているだけで痛々しい達郎の愚痴に付き合う事しばし。

 

 いい加減殺意が湧き始めたところで、俺は本題に移る事にした。

 

 以前浩介君が『忍術に目覚めていない』と愚痴っていた事からもしやと思っていたが、やはり達郎は彼と交友があった。

 

 達郎曰く、学園や里での浩介君の立場が決していいモノではなかったらしい。

 

 兄の恭介の失態に加えて頭領であるアサギ、その妹であるさくらと家族として生活を送っている事へのやっかみ。

 

 さらには15を迎えてもいっこうに忍術に目覚めない事への蔑視から、友人は似た境遇の達郎くらいしかいなかったそうだ。

 

 本人にとっても現状の境遇がコンプレックスとなっているようで、達郎が休学する少し前に赴任してきた室井という校医によく相談していたらしい。

 

 また忍術に目覚めた当初、達郎は浩介君にも『同じ効果があるかも』とエロシスターの所へ誘った事があった。

 

 しかし、返ってきた答えは『俺の童貞はアサギさんで捨てるんだ!』と全力拒否だったそうな。

 

 それからの会話を適当に合わせて通話を切った後、俺は思わず頭を抱えてしまった。

 

 ……最後の情報が地雷過ぎる。

 

 浩介君や。

 

 アサギは数日とはいえ君の兄貴の嫁だった女、即ち義姉なんだぞ。

 

 それを狙ってるとか、お前さんは天国の兄貴に申し訳ないと思わんのか。

 

 まあ、アサギの方は男遊びが激しいなんて噂が聞いたことが無いから、同居人の未成年者とそういう関係になるなんて不祥事は起こしてないと思うが……。

 

 万が一、義理の弟を食っちゃいましたなんて事になったら協力姿勢を解消するぞ、俺は。

 

 というか、これをアスカに報告するのはめっちゃキツいんだけど。 

 

 意中の少年が三十路過ぎの同居人、しかも自分の育ての親にぞっこんとか、立ち直れないんじゃなかろうか。

 

 とはいえアスカが浩介君と距離を縮めようとすれば、この事実がいずれ露見するのは自明の理。

 

 ならば、隠蔽するのは友人として不誠実だろう。

 

 ────アスカよ、辛い事実だが受け止めてほしい。

 

 機会が許せば、やけ酒くらい付き合ってやるからな。

 

 

☆月▽◆日

 

 

 久々にバイトの話をしよう。

 

 公演日を目前に控え『BAD』の調整が最終段階を迎えた今日、カオスアリーナに想定外の客が現れた。

 

 オーナー室を訪れたのは、ノマド側の朧。

 

 正確に言えば破棄された甲河朧の身体を使用した人工魔族というべきか。

 

 マダムが就任する前までここの支配人だった奴は、現在のエンターテイメントを前面に押し出した経営方針にいちゃもんを付けてきた。

 

 曰く、カオスアリーナはエドウィン・ブラックに逆らう者の処刑場であり、こんな生温い見世物をする場所ではない、だとか。

 

 たしかに間違いでは無いのだが、汚朧(仮面のマダムと区別する渾名。読んで字のごとく汚い朧の意)は一つ致命的な事を忘れている。

 

 ここの所有者であるノマドは営利団体であるという事だ。

 

 エドウィン・ブラックが隠れ蓑兼退屈しのぎで作ったものであろうと、企業である以上は利益を追求するのが基本原則だ。

 

 だとすれば、女性虜囚の辱めのみのマンネリ化で客足を落とした汚朧より、エンターテインメント制の導入で集客率をアップさせたマダム。

 

 発言権がどちらにあるかは明白である。

 

 その事を理解しているマダムは、彼女と汚朧が支配人をしていた際の集客数や利益率の差をデータで提示したうえで、まっこうから汚朧の発言を撥ね退けた。

 

 勿論、こんな事では汚朧は納得などしない。

 

 しかし、実力行使に出ようにもマダムはブラックと五分の関係にある程に高位の魔族。

 

 汚朧程度では勝ち目はない事に加え、護衛として配置された俺が不穏な気を感じた時点で奴の首筋に刃を当てている。

 

 汚朧に出来たのは、捨て台詞を吐きながらオーナー室を後にするだけだった。

 

 普通に仕事を熟したものの、正直言って護衛に抜擢されるとは露ほども思わなかった。

 

 看板を張るようになったとはいえ、俺は所詮パートタイマーな剣闘士。

 

 ノマドから正式にボディガードを派遣されている彼女が、そんな俺を傍に置く理由は無い。

 

 まあ、今回乗り込んできたのがノマドの幹部な事を顧みて、身辺警護の人員が十全に動かない可能性を考慮したと言われれば納得だが。

 

 部屋を離れる際に『これからも対VIP用の護衛、よろしくね』と声を掛けられたあたり、それなりに信用を得られたと考えるのは自惚れじゃないと思いたい。

 

 ただ、彼女の黄金の瞳を見ているとバイトの期限が終わっても縁が切れないと感じるのは気のせいだろうか?

 

 

☆月▽◎日

 

  

 『BAD』の初公演を明日に控える中、カオスアリーナにクレームを付けに来た汚朧が思わぬ反撃の手に打って出た。

 

 なんと淫魔族との抗争に出張中のブラックさんへ、ここの現状をチクリやがったのだ。

 

 興味のない事に関心の薄いあのおっさんなら『些事』の一言で片づけると思っていたのだが、今回に限っては何故か東京キングダムまで引き返して来やがった。

 

 以前言われたとおりに俺も護衛としてオーナールームへ呼び出され、マダムの背後で直立不動の体勢のまま二人の話し合いを聞くハメとなった。

 

 『カオスアリーナの本来の目的は以前に汚朧が口にした通りなので、そちらの方に力を注げ』というブラックに対して、マダムも『契約の時、大規模な損害を出さなければ好きに運営していいと貴方は言った。損どころか利益まで出しているのに文句を言うのはおかしい』と反論。

 

 よもや反論されるとは思ってなかったブラックが目を丸くする中、アリーナの経営方針を巡る論争の幕が切って落とされた。

 

 舌戦については『波に乗ってきた改革を邪魔されてたまるか』と武力衝突も辞さない覚悟のマダムに対して、ブラックの方は何というか……消極的に見えた。 

 

 奴の態度を見るに、『個人的にはどうでもいいが、立場上言わざるを得ない』といった感じか。

 

 他にも色々と言い合っていたと思うのだが、如何せんあまり覚えていない。

 

 それもこれもマダムのブラックに対する態度に、憤怒の形相で魔剣の鍔をチンチン鳴らしていたインなんとかさんを警戒していた所為だ。

 

 なんやかんやと数時間に渡って話し合ったものの、予想通りというべきか交渉は決裂。

 

 とはいえ、ブラックさんもマダムとガチンコで闘り合うのは嫌だったのだろう。

 

 『改革を進めたいと言うのであれば、君の言うエンターテイメントの力を見せてもらおう』と切り出した。

 

 ブラックの提示した条件は一つ。

 

 次の出し物で自分を納得させてみろというものだった。

 

 納得の基準については明言を避けているので想像の域を出ないが、恐らくは会場を沸かせる事とブラック自身を感動させる事。

 

 どちらか一方ならまだ楽だが、この辺は楽観視しない方が利口だろう。

 

 ブラック達が帰った後、マダムはダンサー達とナディア講師をトレーニングルームに招集し、演目の最終調整を行うよう檄を飛ばした。

 

 思わぬ形で決戦の場となってしまったが、今までの苦労を最後で不意にしてしまっては格好が付かない。

 

 ここで踊るのもこれがラストなのだ、バッチリ決めてブラックを泣かせてやろうじゃないか。 

 

 

 

 

 夜の帳が東京キングダムに降り、色取り取りのスポットライトがカオスアリーナを闇に浮かび上がらせる。

 

 本日も客席は満員御礼、客層は4:6で女性客が多いらしい。

 

 係の人曰く、男女比で女性が勝るのはアリーナ創設以来初だそうな。

 

 さて、そんな中控室にはマダムとナディア講師、そして俺はじめとする剣闘士ダンサー20名が集まっていた。

 

「本番10分前です!!」

 

 スタッフの声が掛かると、各々寛いでいたダンサー達が一斉に立ち上がる。

 

「皆さん。貴方達は辛い練習を乗り切り、この短期間で考え得る限りまでダンスの完成度を高めました。ここまで来れば私に言う事はありません。この大舞台を楽しんできてください!!」

 

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 

 ナディア講師の激励に、空気が震える程の音量で返事を返す俺達。

 

 講師が一歩下がると、今度はマダムが俺達の前に出る。

 

「みんな、ここまでご苦労様。リハを見せてもらったけど、あれほど難しい演目をマスターしたのには本当に驚いたわ」

 

 最初にねぎらいの言葉を掛けた後、一端言葉を切ったマダムはその視線を鋭いモノへと変える。

 

 それはカオスアリーナの支配人ではなく、ナーガ族の戦士としての顔だろう。

 

「これから踊ってもらう曲、その表題となっている『BAD』という言葉はいい意味で使われているの。『悪』や『悪い』ではなく、『ヤバい』『イケてる』『カッコいい』といったところね。そして繰り返し見てもらったあのプロモーションビデオ、あれにもちゃんとストーリーがあるわ」

 

 マダムの言葉に、ダンサーの何人かが意外そうに声を上げる。

 

 まあ、俺等が見てた時はダンサーの動きを憶えるのに必死で、他の事にまで気を回す余裕は無かったもんな。

 

「貧民街出身ながら有名高校で特待生になり、正しい手段で故郷を変えようとしているマイケル・ジャクソンが扮する青年ダリル。帰郷した際、彼は3人の友人がホームレスの老人に狩りと称して暴力を振るおうとしているのを止める」

 

 皆が口を噤む中、マダムは滑らかにプロモーションビデオで描かれた物語を紡いでいく。 

 

「お楽しみを奪われた彼等はダリルに向けてこう詰め寄るの、『Yоu ain't bad(お前、もうヤバくねぇ)』ってね。これに怒りを爆発させたダリルは友人達に『Bad』の歌で答えを返すの。『現状に甘んじている者と何かを変えようとしている者、どちらがヤバいのか?』とね」

 

 彼女が語るストーリーに既視感を憶えたのは、きっと俺達だけじゃないはずだ。

 

 故郷がカオスアリーナ、弱者を虐げる友人が今までここで行っていた凌辱劇、そしてダリルが俺達。

 

「これって、今の私達に似ていると思わない?」

 

 なるほど、彼女がこの演目を選んだ理由がようやく理解できた。

 

「私達はこれまで必死になってこの場所を変えてきたわ。陰惨な女性への凌辱・拷問や殺戮劇から、誰しもが楽しめるエンターテイメントに」

 

 血生臭い殺し合いに関しては未だ脱却しきれてないが、マダムはプログラムにダンスを差し込む事で徐々にだが剣闘や女性捕虜の見せしめを減らしていっている。

 

 未だ道半ばでも、この台詞を吐く資格は十分にあるだろう。

 

「今日はそれを分かっていない輩が、大物気取りで高みの見物をしているはずよ。やる気のないオーナーとその腰巾着、そして頭の古い前支配人。彼等に見せつけてやりましょう、私達の思いを!」

 

「皆さん、時間です!」

 

 オーナーの檄が終わるのを見計らったかのように、スタッフから開演の声が掛かる。

 

 鬨の声を上げながら出口へ向かう俺達に、マダムは最後にこう言葉を投げかけた。

 

Who’s bad?(ヤバいのは誰)

 

 どう返すべきかは俺たち全員が分かっている。

 

 答えはもちろん────

 

「「「「「「I’m bad(俺だ)!!」」」」」」 



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日記32冊目

 皆さん、大変お待たせしました。

 ダンス描写に苦しんだために、なかなか完成しなかったのですが、ウチの独立部隊に紅が来てくれたお蔭で何とか書き上げることが出来ました!

 ありがとう一周年!!

 苦節一年、ようやくお迎えすることが出来ました!!

 あと、ふうまの反乱が若様3歳の時とか、公式の設定キツすぎ!!

 暇があれば、あのエピソードの剣キチ版も書いてみたいかなぁ……。


 カオスアリーナの闘技場スペースに築かれた特設セット。

 

 廃ビルを模したその中で、俺達は本番の時を待っている。

 

 舞台が屋内ということで、今回は観客には複数のドローンによる特殊撮影を楽しんでもらう事になっている。

 

 米連からせしめた最新技術をこういう所に使うあたり、魔族はシャレが分かってると思う。

 

 この公演に臨むに当たり、俺達はマダムからある警告を受けていた。

 

 それは演技中に何らかの妨害がある可能性が高いというモノだった。

 

 ここの前支配人である汚朧は、自尊心がバカ高いサディストだ。

 

 今回の方針変更で、奴は何度かマダムにやり込められている。

 

 それを逆恨みして演目潰しに乗り出してきてもおかしくない。

 

 たしかにカオスアリーナ周辺に妙な『意』を感じるので、あのオバハンが妙な事を画策しているのは確実だろう。

 

 マダム曰く極力スタッフで阻止するそうだが、万が一ステージに上がってきても絶対に演技を中断しない様にとの事だ。

 

 まあ、俺達だって現役バリバリの剣闘士である。

 

 アドリブとして迎撃していいとOKが出ているからには、大人しくやられてやる気はサラサラ無い。

 

 あとの注意事項は、迎撃の際は極力血(なまぐさ)いのは避けるようにという事くらいか。

 

『演目開始10秒前』

 

 正面のカメラを担っているドローンの液晶にメッセージが浮かぶ。

 

 ここからは余計なことに気は回さずに演目に集中しなければなるまい。

 

 9・8・7……とカウントが刻まれる中、広いホールにダンサー総勢20人の息遣いだけが小さく響く。

 

 ここに集まるメンツは一人として緊張していない者はいない。

 

 しかし、同時に誰もが成功すると信じている。

 

 俺達が流してきた汗と涙は決して偽りではないのだから。

 

 そうして大きく息を吐くと同時に本番の時はやってきた。

 

 前奏に合わせてステップを合わせ、数人が俺の前を開脚で跳び越えていく。

 

 序盤の振り付けに誤差はない。

 

 前に出ていた者も後列に合流し、全員がシンクロする形で上手く合わせることが出来た。

 

 観客に流されているであろう撮影角度を変えた数機のドローンによる映像も、俺達の一糸乱れぬ演技を捉えていることだろう。

 

 流れる歌詞に合わせて全員を引き連れて前進、そこから改札機を飛び越える。

 

 オリジナルだとマイケルは改札機に昇ってから無難に降りているのだが、こちらはボーカルではなくダンサーだ。

 

 ここはトンボを切って飛び越えるくらいのサービスは必要だろう。

 

 俺を皮切りに後続の奴等も次々と飛び越えると、列を整えたタイミングで一度目のサビが来る。

 

 練習では列が整ってなかったり、まだ飛び越えてる奴がいたりと合わせるのに苦労したが、今回はバッチリだ。

 

 じつはここの振り付けは全員が微妙に違うという合わせるのに苦労するパートなんだが、前列の動きも後列のダンサー達の入れ替わるタイミングも問題ない。

 

 その後もダンスは順調に進み、舞台はセットの二階へと移る。

 

 振り付け通りに通風孔のカバーをむしり取り、噴き出す風を浴びての二度目のサビも上手くいった。

 

 しかし、ここで油断してはいけない。

 

 ダンサーメインであるこの演目は、ここからが本番なのだ。

 

 間奏から三度目のサビ、そして最後に掛けて俺の他に仲間達はいくつかのグループに分かれ、各自様々な振りでダンスを踊る事になる。

 

 今回の目玉となっている場面だ。

 

 そして予想されていた襲撃は、このタイミングを狙って現れた。

 

 最初にセット内に姿を見せたのは、斧で武装したオーク共だった。

 

 建物の外から歓声と悲鳴がごちゃ混ぜになった声が響く中、奴等は三番目にスポットが当たるメンバーに襲い掛かった。

 

 最初に奴等の脅威に晒されたのはメンバー随一の巨漢であるマキシム・エリン。

 

 彼はロシア人と鬼族のハーフで、元地下ボクシングのチャンプだった男だ。

 

 剣闘士としては、前歴の経験を活かしてセスタスを嵌めた拳で相手をKOするのを得意としているのだが、俺としては以前に共演した演目の方が印象に残っている。

 

 マキシム兄貴と舞台を共にしたのは『ロッキー4』のトレーニングシーンで使われた名曲『Hearts on fire』だった。

 

 この演目で彼はイワン・ドラゴ役に抜擢され、曲をバックに例のソ連式科学トレーニングをやらされていた。

 

 かく言う俺もロッキー役として映画と同じトレーニングやらされたんですけどね。

 

 あの時は魔族系のスタッフの能力で雪山再現したり、竿師のオーク連中からマキシム兄貴のスパーリングパートナー役を出したりと無駄に気合が入っていた。

 

 つーか、マダムも体格って奴を考えてくれないかなぁ。

 

 マキシム兄貴はスーパーヘビー級の体格だからいいとしても、俺はせいぜいライト級ですよ?

 

 いやぁ、二重マスクであのロッキートレはマジでキツかったっす。

 

 余談だが彼は若い時のドルフ・ラングレンそっくりの男前で、日本語を話す声も中の人まんまだったりする。

 

 閑話休題。

 

 怒声と共に駆け込んでくる襲撃者、その中から一歩抜け出た羅刹オークと思われる一匹がマキシム兄貴にむけて斧を振り上げる。

 

 いかに上位種とはいえ所詮はオーク。

 

 その動きは速いとは言えず、チャンプにまで上り詰めたマキシム兄貴なら如何様にも迎撃は可能と思われた。

 

 しかし、事前の打ち合わせでメンバー達は妨害が入った際には自衛の為の攻撃許可が出ているにも拘わらず、兄貴は拳を振るう事は無かった。 

 

 彼は振り下ろしてきたオーク傭兵の斧を躱すと、アウトボクシングで鍛えた足捌きで素早くダンスへと復帰したのだ。

 

 それは一緒にいた中華系ぽっちゃり男のワンも同じだった。

 

 彼も往年のカンフースター『サモハン・キンポー』を彷彿とさせるようなコミカルながら素早い動きで動きで斧を躱すと、大振りを外した隙に相手の後ろに回り絶妙なタイミングでケツで押して転倒させてしまった。

 

 襲撃の魔の手を受けた他のメンバーもダンスを止める事無くアドリブと言い訳が効く範囲で回避や防御を行い、手を出したとしても足を引っ掻けたり押したりして相手の転倒を誘う程度に留めている。

 

 『ふざけてんのかっ!?』とオーク共はいきり立つ中、彼等の目を見た俺は何故頑なに手を出そうとしないかを理解した。

 

 彼等が反撃しないのは意地があるからだ。

 

 ダンサーとして抜擢され、比喩表現抜きで血の小便が出るほどのレッスンを耐えてきた。

 

 剣闘士仲間の話ではメンバーの多くが夜中に汗だくで帰ってはシャワーを浴びる余裕も無く、そのままベッドで精魂尽き果てるケースが殆どだったそうだ。

 

 そうした努力を積み重ねてようやく立った舞台、外部からのチャチャ入れで台無しにされて喜ぶ者などいるわけがない。

 

 その怒りがあるからこそ彼等は手を出そうとしないのだ。

 

 自分達のボスは芸術を以て不死の王へ喧嘩を売った。

 

 ならば、実際に舞台に立つ者が暴力に頼ってどうするというのか?

 

 そもマダムから託された迎撃の許可は、こちらの身を案じたからこその苦肉の策だ。

 

 このセットの中でステップを踏む同士達に、そんなモノへ頼ろうとする奴はいない。

 

 楽屋に繋がっているインカムがマダムが発するブラックへ向けた抗議の怒声とあわただしく動くスタッフの様子を伝える中、俺はスピンターンを利用して周囲の様子を伺う。

 

 先ほどのオーク兵達をあっさりとあしらう事ができたのは、剣闘士ダンサーの中でも特にキャラと戦力が濃い二人を狙ったからだ。

 

 他のダンサーたちは精鋭とはいえ、二人ほどの力は持っていない。 

 

 セットの窓を突き破って次々と侵入してくるオーク共相手に、ダンス特訓で向上した敏捷さで対処しているが状況は徐々に悪くなっている。

 

 演目終了までの二分少々という時を稼ぐのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 

 メンバーの中でも特に旗色の悪い奴のフォローに行く為に足を踏み出そうとした俺は、こちらを襲う突き刺さるような『意』にその場を飛び退いた。

 

 一瞬前にいた場所を鋭くえぐり取ったのは、天井照明に鈍く光る鋼鉄製の鉤爪だ。

 

「ふん。ふざけたナリをしてる割には、勘が効くじゃないか」

 

 言葉と共に照明の陰から現れたのは、やはり汚朧だった。

 

「この馬鹿共の中心を担っているお前を殺せば、この茶番も終わりって寸法さ。あの女に加担した事を後悔するんだね!」

 

 好き勝手言いながら鋭利な切っ先をこちらに向けて突き付ける乱入の首謀者。

 

 普段ならここで軽口の一つでもお見舞いしてやるのだが、今は演技を続けるのが先決だ。

 

 ダンスのアドリブは許されても勝手に口を開くのはNGである。

 

 なので言葉の代わりにステップから一回転ターンを行い、『かかってこい』と手招きしてやる。

 

「舐めるなぁ!」

 

 裏の世界の住人達は得てして煽り耐性というモノを持っていないものだ。

 

 眼前の汚朧も例外でなかったらしく、あっという間に般若のごとき形相になって襲い掛かってきた。

 

 よし、これでいい。

 

 奴は腐ってウジが湧いても甲河最強と言われた対魔忍の残骸だ。

 

 さすがに他のメンバーでは荷が勝ちすぎる。

 

 袈裟斬り、アッパー軌道の斬り上げ、そして首狙いの横薙ぎ。

     

 奴の放つ鉤爪の連撃を紙一重で躱した俺は、更なる一手の起点となる踏み込みを最小の動作で繰り出した足払いで潰す。

 

 そしてよろめいた奴の両手首を掴んで捻るように後ろへ引くと、汚朧は踏ん張る事もできずに床へと転がった。

 

 甲河式対魔殺法の爪術に関しては、奴のオリジナルである仮面のマダムのモノを何度か見た事がある。

 

 それに比べると身体能力の差で動き自体は汚朧の方が上だが、技量としては圧倒的にマダムに軍配が上がる。

 

 資料が事実なら奴はアサギに喫した敗北から二度復活している。

 

 その際に己の肉体を魑魅魍魎の集合体、そしてブラックの眷属である吸血鬼へと変化させたそうだ。

 

 以前にも言ったが、魔族と対魔忍では特殊な技能がない限り身体能力では魔族が上回る。

 

 先ほどの錆び付いた技を見るに、奴もそうやって労せず手に入れた力に溺れて修練を怠った類だろう。

 

 そもそも爪術なら、前世で幇の外家武術家を取りまとめていた朱笑嫣(チュウ・シャオヤン)が振るう鷹爪功(ようそうこう)の方が圧倒的に上だ。

 

 むこうは外家拳法家の頭を張る為に、身体をサイバネパーツに入れ替えても鍛錬を続けていたのだから。

 

 如何に魔族の身体能力を用いようと、技として朱はおろかマダムにすら大きく劣る汚朧の爪など当たるほど間抜けじゃない。

 

「おのれぇ……ッ!?」

 

 怨嗟の声を上げながら立ち上がる汚朧。

 

 肉体的ダメージは無いものの、真っ赤に染まった顔は奴の怒りのボルテージがどれほど上がっているかを如実に表している。

 

 現状を考えれば即座に奴を無力化するべきなんだろうが、巡らせた視線に合った仲間達の目が『手を出すな』と強く訴えていたのを思うとそういうワケにはいかない。

 

 ……ここは皆を信じて自分の役目に徹するしかないか。

 

 マスク越しに調息を行いながら、俺は両の手を胸の前に出す。

 

 空手の前羽の構えに似ているが、こちらは掌を横に向けて左手を右より少し下げているのが特徴だ。

 

「はあああぁぁぁぁっ!!」

 

 こちらが構えを取るのを合図とするかのように襲い掛かってくる汚朧。

 

 顔面を狙う右の突きを左手で逸らし、腹への突き上げの左をスタンスを開きながら右肘で払う。

 

「ちぃっ!」

 

 舌打ちと共に跳ね上がった右足を身体を反らすことで躱し、蹴り足を振り下ろす勢いのまま身体を回転させて繰り出した打ち下ろしの右爪を、相手の懐に踏み込んで速度の乗らない二の腕の部分で受け止める。

 

 そして密着するレベルまで間合いを詰めると同時に足を払うと、グラついた汚朧の胸に手を置いて震脚と同時に強く押し出す。

 

「くぅっ!?」

 

 ドンッという鈍い音と共に大きく後ろへ吹き飛び、ゴロゴロと床を転がっていく汚朧。

 

 俺の白打は詠春拳(えいしゅんけん)をベースに寸勁などを織り交ぜたものだ。

 

 詠春拳は広東省を中心に伝承されていた徒手を主とする武術で、一般的には短橋(腕を短く使い)狭馬(歩幅が狭い)の拳法とされている。

 

 砕いて言えば、動きを極力小さくし最速最短で相手を打つ攻防一体の技ということだ。

 

 無駄なモーションを排するというところが『意』を読む内家拳と相性がいいので、剣が振るえない場面では重宝している。

 

 因みに本来の詠春拳は短打による威力の不足を手数で補うのだが、そこは寸勁を組み込む事で対処している。

 

 実戦で連打を打ち込める機会というのはなかなか巡って来ないからな。

 

 身を起こそうとする汚朧を警戒していると、足元に何かが当たる感触がした。

 

 一瞬だけ目線を下げると、俺のつま先のすぐ横に軟球大の赤黒い球が転がっている。

 

 通常ならば無視するところだが、何故か放っておいてはいけない気がしたので、素早く拾って懐に入れておくことに。

 

 なんかブヨブヨして気持ち悪いがこういう時の直感は当たるのだ。

 

 このくらいは我慢しよう。

 

 さて、二度連続で攻撃を捌いた為に汚朧は安易に仕掛けてこなくなった。

 

 現状は三度目のサビの半ば。

 

 ポジションはズレたものの、ステップと身振りで何とか場を持たせている状態だ。

 

 あとの問題は最後の歌詞の際の指を突き付ける動作。

 

 本来なら全員でカメラに向かって指し示すのだが、襲撃など不測の事態の場合は全員が各々違う方向へ指を差し、結果的に全方向を標的にするという形でフォローする旨を事前に取り決めている。

 

 その為には何とか相手の隙を作る必要があるのだが……。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 汚朧から注意を逸らすことなくステップを踏みながら互いに円を描いていたところ、右後方から抑えきれない苦鳴が耳を打った。

 

 顔を動かすことなく視線と移動する角度を調節して確認すると、血に濡れたカトラスを持ったオークの前でダンサーの一人が膝を付いている。

 

 押さえた腹部がじわじわと赤く染まっているのを見るに、そこにカトラスの斬撃を食らったのだろう。

 

 思わず洩れそうになる舌打ちを抑え込みながら、俺は足元にある瓦礫へと最小限の動きでつま先を向ける。

 

「させるかっ!!」

 

 しかし放った(れき)は寸前で襲い来た汚朧の爪によって、オークの頭部とは懸け離れた方向へと飛んで行ってしまう。

 

 こうなれば、多少の手傷を度外視してでも汚朧を引き離すかと踵を返そうとした時、不意に俺達ダンサーの身体を翠の燐光が包み込んだ。

 

「これは……」

 

 この芯から身体を癒してくれる感触には覚えがあった。

 

 練習中、黄泉路へ逝こうとしていたダンサー達を幾度も現世に呼び戻した『エナジー・リアクション』

 

 内心の驚きを飲み込んで周囲に目を配ると───やはりいた。

 

 一番多いグループの中で一際小柄な見覚えのないダンサー。

 

 周りより一際滑らかなステップから大きく跳んだ事で見えたキャップ帽の鍔の奥に覗いたのはナディア講師の顏だった。

 

 こちらの視線に気づいたのか、小さくウインクを返す講師。

 

 マダムの差し金か彼女の独断かは分からないが、現状においてはまさに天の助けである。

 

 その証拠にグロッキーだった仲間は、先ほどまでの様子が嘘のように斬りかかってきたオークの足をブレイクダンスで払い、顔面から地面にダイブした敵に入れ替わるように立ち上がったではないか。

 

「くそっ! あの女、いつのまに……ッ!!」

 

 悪態を付きながら講師の元へ向かおうとする汚朧。

 

 しかし今度は奴の前に俺が立ち塞がる。

 

 こちらから手を出すことは出来ないが、だからといって足止めの方法が無いワケじゃない。

 

 その証拠に汚朧の顔に浮かぶ渋面もダース単位で苦虫を噛み潰したかのように増している。

 

 そんな中、奴等が侵入してきたセットの穴から新たな影が飛び出した。

 

 二メートル近い巨体を持つその影はマキシム兄貴に突っかかっているオークに突撃すると、そのまま盛り上がった太い腕で奴の首を薙ぎ払ったではないか。

 

「カオス・アリーナ闘奴軍団参上だ! 無粋な奴等はこっちに任せて、アンタ等はビシッとキメな!!」  

 

 そう吼えるのは普段は女性虜囚の処刑人を務めるパワー・レディだった。

 

 彼女の後に続いて襲撃者に襲い掛かるのは闘奴となった元対魔忍や米連兵士だった女性達。

 

 さらには凌辱専門の竿師であるオーク達の姿まである。

 

「変な仮面のアンちゃん、助けに来たぜ!」

 

 曲がった鉄パイプ片手にこちらに手を振るのは、このバイトを始める際に貧民街で知り合ったオークのジャックだ。

 

 というか、アイツって竿師として就職してたのね……。

 

「この駄犬が! 私を裏切るのか!?」

 

 俺の事など頭から吹っ飛んだのか、こちらを無視してパワー・レディに怒りの罵声を浴びせる汚朧。

 

 しかし、彼女はそれを真っ向から受け止めて見せる。

 

「寝言は寝て言いな! アタシ達はカオスアリーナの闘奴だ! 支配人じゃないアンタに従う義務は無いのさ!!」

 

「……ッ!?」 

 

「それにコイツ等はここの数少ない娯楽なんだ、解雇されちまった奴がしゃしゃり出て来られちゃ迷惑なんだよ!」

 

 言葉と共に、背後から忍び寄っていたオークを裏拳一発でKOするパワー・レディ。

 

「この雑魚が────ッ!?」

 

 パワー・レディの啖呵に逆上した汚朧は、俺を吹き飛ばそうと鉤爪を振り下ろしてくる。

 

 しかし、そんな勢い任せの一手を食らうほどこちらは馬鹿じゃない。

 

 剣を振るう時のように右手を襲い来る鉤爪の手首に添えて逸らすと、そのまま捻り上げて関節を極めながら足を払う。

 

 身体が浮き上がった際に受け身が取れない様に極めた腕を引いてやると、汚朧の身体は仰向けの体勢で後頭部から床に墜落する。

 

 鈍い音と同時に手を離してやると、薄汚れた床の上で頭を押さえて悶絶する汚朧。

 

 啖呵を切るのは結構だが、パワー・レディの姐さんも相手を選んでほしいものだ。

 

 カオスアリーナの処刑人とはいえ、汚朧を相手に出来るほどの実力はない。

 

 まともに闘り合ったなら、一瞬で喉笛を掻き切られて終わる事だろう。

 

 もうじき曲の方も終わるのだ、ここまで来て血煙の中で〆るなんざ御免である。

 

 汚朧の動向に目を光らせながらステップを刻んでいると、バラバラになっていたメンバーが集まってくる。

 

 ある者は走りながら。

 

 身軽な者は連続でバク転をしつつ。 

 

 そうして最後のフレーズが流れる寸前、全員が揃った俺達は例の歌詞と同時に全員で指を突き付けた。

 

 対象はもちろん床に座り込んだ汚朧である。

 

 申し合わせた訳でもないのに綺麗に揃ったのは、俺達全員が奴の乱入に肚を据えかねていた証だろう。

 

 演目が終わりドローンの映像と壁越しに観客の歓声が木霊する中、俺達を阻止できなかった事で顔を真っ赤にする汚朧が口を開くより早く一つの言葉が飛び出した。

 

『ヤバいのは誰だ?』 

 

 歌詞の最後であるこのフレーズを誰が最初に口にしたのかは分からない。

 

 しかし、その一言を皮切りにしてカオスアリーナにいる人間は次々にこの問いを投げ掛け始める。

 

 ダンサーも、闘奴も、オーク達やアリーナのスタッフ、そして観客までも。

 

 アリーナを震撼させるほどの大音響へと成長したこのフレーズを受けて、オーク傭兵達は気絶した者は部屋の隅に転がり、そうでない者は我先にと逃げ出し始める。

 

 そして襲撃の首謀者である汚朧は、気圧されたかのように尻餅を突いたままジリジリと後ずさり始めていた。

 

 俺達は汚朧が下がった分だけ、奴を追うように前へ出る

 

 先ほどまでの怒りと屈辱はどこへやら、汚朧は明らかに怯えた表情で得体の知れないモノを見るような目をこちらに向けている。

 

 当たり前だ。

 

 この会場に入っている観客とスタッフは千名以上。

 

 それだけの人間が一丸となって声を上げているのだから、その圧力は生半可なものではない。

 

 だがしかし、この問いかけに応えるのは汚朧ではない。

 

 俺達が言葉を投げかけているのは目の前の女ではなく、視界に映らないアリーナのVIP席でふんぞり返った不死の王だ。

 

 奴が口を開かない限り、この声が止むことは無いだろう。

 

 そうやって下がる汚朧を追い続け奴の背が壁に押し付けられた時───

 

「そこまでっ!!」

 

 怒涛の勢いだったコールを切り裂いて、威厳に満ちた声がアリーナに響いた。

 

 それを合図とするかのように人々は口を閉ざし、耳を刺すような静寂がアリーナを包む。

 

 鶴の一声でこの場を鎮めた男、エドウィン・ブラックは貴賓席の備わったソファーから腰を上げると、セットの窓越しにこちらを見ながらバルコニーに姿を現した。

 

「確かに面白い物を見せてもらった。演目としては少々陳腐だったが、血に飢えたケモノでしかない剣闘士や闘奴共をよくぞここまで躾けたものだ」

 

 完全に上から目線の物言いだが、実際奴は観客でありここのスポンサーなのだ。

 

 講評を下す権利くらいはあるだろう。

 

「しかも我が幹部である朧を手玉に取る程の使い手まで揃えているとは、流石の私も予測していなかったぞ」

 

「御託はいいわ、エド。私のダンサーたちは疲れているの、早く休ませたいから結論を言ってくれないかしら?」

 

 俺の隣の空間がゆらりと揺らめいたと思ったら、次の瞬間には白のスーツに身を固めたマダムの姿があった。

 

「そう急くな、と言いたいところだが君の言葉も一理ある。では、先ほど会場が発していた問いに答えを返そう」

 

 そう言うと、奴は俺達の方を指差して流暢な英語でこう言った。

 

「You’re Bad」 

 

 次の瞬間、皆の歓声でアリーナが再び揺れた。

 

 この言葉はブラックがマダムの改革を認めた確かな証明だ。

 

 俺が他のダンサー達にもみくちゃにされたのを皮切りに、関わっていた誰も彼もが抱き合い喜びを分かち合う。

 

 そうして歓喜の声が一段落したあと、ブラックは再び口を開いた。

 

「カリヤ。約束通り、君の経営方針について私は今後一切口を挟まない事を誓おう。ただ、その前に一つ頼みたい事がある」

 

「なにかしら?」

 

「そこの髑髏のダンサー、ダークナイトだったか。彼の兜を外してくれないか?」

 

 ブラックの頼みに思わず顔を(しか)めるマダム。

 

 まあ、気持ちはよく分かる。

 

 とはいえ、ここで奴の機嫌を損ねて約定がパーになっては申し訳が立たん。

 

 俺は兜の淵に手を掛けると、マダムが止めるよりも早く頭部を覆っている黒い装甲を取り払った。

 

「貴様は……ッ」

 

「そう、私の名は────キン肉マン・グレート!!」

 

 このあと、会場から大ヒンシュクを買ったワケだが俺は悪くない。

 

 ブラックさんちのエド君は兜を外せと言ったけど、マスクを外せとは言ってないんだもーん。

 

 

 

 

☆月◇〇日

 

 

 苦節十数日、負債を返済し終えて綺麗な体になれたふうま小太郎です。

 

 本日、契約満了につきカオスアリーナでのバイトを退職してまいりました。

 

 マダムやダンサー仲間から引き留められたが、家の都合という事で納得してもらった。

 

 こっち側に付いて仲裁してくれたナディア講師には頭が上がりません。

 

 明るく楽しい職場だったのでかなり後ろ髪を引かれたのだが、俺の立場を考えれば仕方がない。

 

 本業の方もキナ臭い雰囲気になってきたし、ブラックがこっちに戻ってきた以上ヘタに関わるとややこしい事になりかねない。

 

 金も負債額を追い越して1000万くらいの黒字になったのを思えば、この辺が潮時というヤツだろう。

 

 さて、俺が出演する最後の演目となった『Bad』だが、なんだかんだとアクシデントは在ったものの成功させることが出来た。

 

 汚朧がオーク傭兵を連れて乱入してきた時はどうなるものかと思ったが、無事に済んで一安心である。

 

 観客への受けもよかったし、なによりブラックに認めさせることが出来た。 

 

 これも偏にエンターテインメント部門が一丸となった賜物。

 

 一緒に苦楽を共にしたダンサーの皆はもちろん、お邪魔虫の相手をしてくれた女性陣や俺達を支えてくれたスタッフの皆さんには感謝の一言だ。

 

 演目の後に行われた講評で分かったのだが、ブラックを認めさせることが出来た要因は俺達ダンサーが汚朧達に手を出さなかった事が大きかったようだ。

 

 ぶっちゃけ俺の場合はかなりグレーゾーンだったと思うのだが、その辺は置いておこう。

 

 ブラック曰く、命を狙われている中で自分の身を顧みないで演目を全うしようとするプロ根性に感銘を受けたのだとか。

 

 まあ、魔界の住人は本能にベクトルが大きく傾いている奴が多いから、その手の気概の持ち主とはそうそう縁が無いのだろう。

 

 ノマドでその手の忠孝を見せられるのってインなんとかさんくらいじゃなかろうか。

 

 ともかく、ブラックが白札を切った事で今後はカオスアリーナの経営について嘴を突っ込まれる事はなくなった。

 

 マダムの手腕があれば、そう遠くない内に一流のエンターテインメント施設として生まれ変わらせる事も夢じゃないだろう。

 

 元職員としては、東洋のマジソンスクエアガーデンと呼ばれるくらいに飛躍してくれる事を望んで止まない。

 

 これは余談になるが、バイト中に付けていたキン肉マン・グレートのマスクはマダムに預けておいた。

 

 こちらとしては最後までこっちを惜しんでくれた彼女達への感謝の気持ちとして、『いつか再び舞台に立つ』という約束手形のつもりだったんだが少々格好をつけすぎだろうか?

 

 というか、引き止める際のマダムに熱意があり過ぎて、こうでもしないと退職を納得させられそうになかったし。

 

 あの時感じた縁が切れないという予感は当たっていたという事だな。

 

 最後になったが、新生カオスアリーナの更なる飛躍を祈って本日の日記を〆るとしよう。

 

 マダムにナディア講師、そしてスタッフの皆さん。

 

 本当にお世話になりました。

 

 

☆月◎☆日

 

 

 本日から殺伐としたニンジャライフに戻ったワケだが、早速厄介事である。

 

 カオスアリーナ最後の演目の最中、乱入してきた汚朧が落した赤黒いボールのようなもの。

 

 気になったのでどさくさ紛れにガメていたのだが、調査の結果これが沢木浩介君である事が判明した。

 

 なに、意味が分からない?

 

 大丈夫だ、最初報告を受けた時は俺も意味が分からなかったから。

 

 何がどうなってこんなメガ退化を起こしたのか?

 

 知人としては誰もBボタンを押さなかった事に憤りを覚えるのだが、その辺の事情について本人の証言を基に判明した事実を記そう。

 

 最初に結論を述べるなら、浩介君がこんな姿になったのはノマドの罠に嵌ったのが原因である。

 

 下手人は奴らお抱えの魔界医師フュルスト。

 

 奴は達郎の話に出ていた室井という校医に化けて五車学園に潜入。

 

 アサギのアキレス腱を求めていたフュルストは、当時忍術に目覚めない事を悩んでいた浩介君に目を付けた。

 

 そうして話の分かる校医として彼に接触すると言葉巧みに想い人の事を聞き出し(浩介君いわくアサギの名は出していなかったそうだ)、同時に魔界謹製の劇薬である魔薬によってノマドに殺された対魔忍が持っていた房術系忍術『炎の棘』を浩介君に移植。

 

 後は青い性欲とアサギへの思慕を刺激する事で、浩介君を炊き付けたらしい。

 

 結果、浩介君は『炎の棘』を併用した告白によってアサギを陥落させ、その日の内に二人は肉体関係を結んだそうな。

 

 この話を聞いた俺は思わず天を仰ぎ、アサギ関連という事で同席していた佐藤夕陽は奇声を上げてぶっ倒れることになった。

 

 並行世界とはいえ、未来の自分が一回り以上年下の養い子、しかも故人である婚約者の弟を食ったと聞いては気を失いたくもなるだろう。

 

 というか、普通に十五歳と行為に及ぶって児童福祉法違反のはずだし。

 

 端くれでも一応は教育者なんだから、それはないだろうアサギよ。

 

 その後は浩介君もこの歳の男子の御多分に洩れず、アサギとサルのように関係を持ち続けた。

 

 彼が語る描写が妙に生々しかったのはさて置くとして、惚れた女を抱いているハズなのに随所に散りばめられた調教という言葉はどういう事なのか?

 

 五車学園で顔を合わせた時は『良くできた弟』という感じの好青年だったのだが、実は彼って割とゲスいのかもしれない。

 

 こちらの所感は置いておくとして、避妊もせずに朝昼晩と合体した事でアサギは懐妊する事となった。

 

 しかし、それこそがフュルストの仕掛けた罠だったのだ。

 

 この時にはすでに浩介君に仕込んだ魔薬を介して受精卵に催眠刻印が仕込まれており、これによってアサギは容易く無力化されてしまったらしい。

 

 術式の成功を感知したフュルストが正体を現したあと奴の手引きで汚朧までもが五車学園に現れ、用済みとなった浩介君はフュルストの術式によって肉玉へと変えられてしまった。

 

 そのまま行けば、催眠刻印と浩介君という二重の鎖で縛られたアサギも敵の手に堕ちていたのだが、間一髪で八津紫の救援が間に合った為に事なきを得た。

 

 だが、形勢不利を悟ったフュルスト達は浩介君を手中に収めたまま五車学園を撤退。

 

 紆余曲折を得て、彼は俺に救出される運びとなったワケだ。

 

 彼の一連の話を聞いた骸佐の感想は『井河はもうダメだな』だった。

 

 というか、浩介君よ。

 

 兄貴のミスを雪ぐどころか汚名を上塗りしてどうするんだ。

 

 アサギにしても恋人の忘れ形見兼養い子だから振り払えなかった事情は分からんでもないが、トップが色恋でアウトなんてのはシャレにならんだろう。

 

 奴の情の厚さが仇になったと言えばそれまでだが、協力関係を結んでいる側としては『はい、そうですか』というワケにはいかん。

 

 井河主流派との関係については後で会議に掛けるとして、今は浩介君の事だ。

 

 ぶっちゃけ、米田のじっちゃんと隼人学園の医療班では元の身体に戻せませんでした。

 

 どうも魔術と肉体改造が妙な形で絡まりあってるらしく、じっちゃん曰く初めから復元することなど考えていないのではないかとの事。

 

 『因果の破断』で魔術の影響を切れば治療の突破口になるかもしれんが、万が一の事を考えるとそれも戸惑われる。

 

 とりあえずはアスカとアサギに浩介君を保護した旨を伝える事から始めるか。

 

 つーかアスカに言うのはスッゲー気が重いわー。

 

 とりあえず、浩介君は回復した後でモゲればいいと思います。



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【ネタ】AD2068・剣キチ版(前編)

 お待たせしました、今回は以前にやってみたい書いた小ネタ。

 若様3歳を剣キチにしたバージョンです。

 容量の関係で前後編になってしまいましたが、早めに書き上げたいと思うのでよろしくお願いします。

 五車祭ガチャですが、石全てつぎ込んで来たのは何とマダム(蛇)でした。

 書いたら出る法則がここで適応されるとは……サヨウナラ時子姉(涙)


 意識がはっきりした時、眼に飛び込んできたのは紅蓮の炎だった。

 

 数歩歩けば触れられる程に炎が近いにも関わらずさほど熱気を感じないのは、16年とはいえ記憶と経験が叩き込まれた反動から脳の働きが鈍っている所為だろう。

 

 ともかく勝手知ったる我が家が火の海なのだ、異常事態なのは間違いない。

 

 鉛が入っているかのように重い頭に喝を入れるべく手を持ち上げれば、眼に入るのは小さな幼児の掌。

 

 そういえば今の身体は3歳だった。

 

 思わず漏れた舌打ちを合図とするかのように五感の靄が晴れると、次に耳に入ってくるのは火の粉が爆ぜる音と鋼刃が噛み合う甲高い響き。

 

 そして前世で嗅ぎ慣れた人間の焼ける匂いだ。

 

「その小僧を渡せ!」

 

「若様は渡さぬ!!」

 

 眼前で激しく刃を打ち合う忍び装束の男と仮面のくノ一。

 

 その姿に漸く俺は自分が何者かを思い出した。

 

 そう、今の俺は青雲幇で使い捨ての凶手をしていた小僧ではない。

 

 ふうま忍軍次期頭領、ふうま小太郎だ。

 

 己というものが定まれば、認識という意味で視界は開けてくる。

 

 眼前で俺の首を狙っているのは対魔忍一派である井河の刺客、そしてこの身を護ってくれているのは世話役の一人である桔梗だ。

 

 ふうま衆でも手練れの一人として名を馳せる彼女は、ただのガキだった先ほどまでの俺を護って獅子奮迅の活躍を見せていたのだろう。

 

 部屋のあちこちに転がる炎に包まれた躯がその証拠だ。

 

 しかし、その代価はけっして安いモノではない。

 

 漂う血の匂いと動きのぎこちなさを見るに、彼女も浅くない傷を負っているようだ。

 

 負傷に戦場は灼熱の火災現場、さらには相手が熱に耐性がある火遁使いときた。

 

 はっきり言って現状では桔梗には万に一つも勝ち目は無い。

 

 それは歴戦の勇士である彼女も理解しているはずだ。

 

 それでもなお俺の前から退かないのは、この場で命を捨てる覚悟を固めているからだろう。

 

 彼女の献身には言葉も無いが、生憎と護られるだけってのは性に合わない。

 

 素早く周囲に目を走らせた俺は、手の届く範囲に火に巻かれていない忍者刀がある事に気付いた。

 

 刺客に気付かれないよう手に取り、素早く状態を確認する。

 

 刃渡りは太刀と小刀のおおよそ中間。

 

 成人が振るうには少々短いが、このちんちくりんの身体なら倭刀と同じ感覚で振るうことが出来るだろう。

 

 刀身の具合も及第点だ。

 

 次に調息を起点に練氣を試みる。

 

 氣は使われていなかった手足を走る三陰三陽十二経、そして全身にある654の経穴を通る事で自身を内力へと変化させる。

 

 氣の巡りを丁寧に制御するよう意識すれば、経絡を巡る内力は内勁へと昇華する。

 

 ここまでの工程は時間にして一秒足らず。

 

 前世とは比べるべくもないほどの有様だが、まだまだ発展前の肉体である事を鑑みれば上出来だ。

 

 集中していた意識を戻せば、打ち合いに競り負けて体勢を崩した桔梗に凶刃を放とうとしてる刺客の姿が。

 

 その光景を視界が捉えると俺の身体は思考より先に畳を蹴っていた。

 

 内勁による強化によってソフビのおもちゃ同様の重さになった忍者刀を手に、軽身功によって風の如き速度を得た俺は桔梗と刺客の間に割って入る。

 

「シッ!」

 

 呼気と共に放った銀閃は桔梗の胸に食らいつかんとした炎を宿す刃に絡みつくと、誘い釣り上げる事で打ち手の意図せぬ方向へと流し、その切っ先を空振らせる。

 

 これこそが戴天流剣法が一手、波濤任櫂。

 

 『軽きを以て重きを凌ぎ、遅きを以て速きを制す』内家拳の神髄だ。

 

「なっ……」

 

 驚愕の声を漏らしたのは刺客か桔梗か。

 

 意に先んじて(ひるがえ)った刃は、宙を漂うような(たま)抜けた声などに頓着せず忍び頭巾に覆われた頭蓋をコメカミから両断する。

 

 半ばから頭部を失った男の身体が仰向けに倒れるのを視界の隅で確認した俺は、内心で安堵の息を吐いた。

 

 咄嗟に飛び出してしまったものの、幼児の身体が氣功術に耐えられるかどうかは未知数だったのだ。

 

 一歩踏み出した瞬間に脚の腱が切れて終わり、なんて醜態を晒さずに済んで本当に良かった。

 

「危なかったな。大丈夫か、桔梗」

 

 冷や汗を浮かべていた内面を押し隠して、俺は不敵な笑みと共に桔梗へと振り返る。

 

 ガキとはいえ主君が取り乱していたら、部下だって不安に駆られるだろうからな。

 

 安易に動揺しないのがデキる上司の秘訣だ。

 

「若様……今の動きは…………」

 

 俺の問いかけになんとも気の抜けた声を返す桔梗。

 

 いつもは冷静沈着な彼女がどんな顔をしているのか、ふうま衆が付ける鬼面の所為で見えないが残念だ。

 

「忍術に覚醒したお蔭だよ。まあ役目を終えちまったんで、右目はこの通り閉店のままだけどな」

 

「忍術に……。右目に関するなら邪眼なのでしょうが、役目を終えたとは?」

 

「ああ、それは───」

 

「若様っっっっ!!」

 

 説明しようとした瞬間、魂切るような声と共に飛び込んでくる小さな影。

 

 反射的に得物を構えた俺達だが、照り返しで赤く染まっているのは見慣れた顔。

 

 それは将来は俺の執事となる予定の異母姉、ふうま時子だった。

 

「姉上、無事だったか!」

 

「若様こそ、よくぞご無事で! 桔梗もよく若様を守り通してくれました」

 

「勿体ないお言葉です。それに最後の刺客を打倒したのは若様ですので」

 

 桔梗の言葉に驚きの表情でこちらを見る姉上。

 

 そこでようやく俺が段ビラを持っている事に気付いたらしい。

 

「若様、桔梗の言葉は誠でしょうか? それに、その刀は……」

 

「その話は後だ。それより井河の刺客がここまで攻めてきたという事は……親父殿は負けたんだな」

 

 俺が吐いた言葉は問いかけではなく確認だった。

 

 三歳児であるがゆえに小太郎の頭にある組織の情報は少ない。

 

 それでも親父がふうま衆を率いて体制派に反乱を起こした事は知っている。

 

 そんな中で敵の中核を担う井河の刺客がふうまの里まで攻め入っているという事実は、親父が討ち取られて戦況が残党狩りに移行したと考えるのが自然だ。

 

 ふうま軍が健在で井河に裏を掻かれたというケースも無いワケではないが、襲撃開始から相当な時間が経っているにも拘わらず援軍が来る気配がない事を思えば、その可能性は低いだろう。

 

「───おそらくは」

 

 俺の言葉に目を伏せながら答える姉上。

 

 小太郎の記憶の中でも一度顔を見せた程度の男だが、それでも一抹の寂しさを感じる程度の親子の情はあったようだ。

 

 しかし、親父殿が死んだとなれば感傷に浸る余裕などない。

 

「───そうか。なら親父殿の無事が確認されるまでは、ふうまの頭領は俺という事だな」

 

「はい、これより私は無く第一の臣となります。ですので、姉ではなく時子とお呼び下さい」

 

「……了解だ」 

 

 どこか厳しいながらも悲壮感を感じさせる姉……いや、時子の顔に俺は小さくため息を付く。

 

 状況が状況なので仕方が無いが、姉と呼べないのは少々残念ではある。

 

 前世じゃあ家族なんて上等なモノと縁が無かったからな。

 

「……ところでお館様、いったいどうされたのですか? 今までとはまるで様子が───」

 

「時子様。若様は忍術に目覚められたそうなのです」

 

「忍術に……」

 

 3歳児とかけ離れたこちらの態度に不審さ隠そうとしなかった時子だが、桔梗の言葉を受けて大粒の瞳をさらに丸くする。

 

 対魔忍の子が忍術に覚醒するのは5歳が平均と言われている。

 

 そこからすれば3歳で目覚めるというのはかなり優秀なのだろう。

 

 まあ、本当に目覚めていればの話だが。

 

「悪いが話はあとだ。なにせ────」

 

 そこで言葉を切ると、俺は足元に転がっていた苦無を拾い上げた。

 

 そして素早く時子の背後に廻ると同時に、部屋の出入り口にむけて手中の刃を投げ放つ。

 

 焼けた空気を裂いて飛ぶ黒刃は、狙いを違える事なく無粋な侵入者の目を深く穿った。

 

「うがぁっ!?」

 

「六郎!?」 

 

 出会い頭に襲い来た痛みと視界の喪失に悲鳴を上げる井河の刺客。

 

 仲間の負傷にその相方まで足を止める辺り、奴等もまだまだ甘い。

 

「迷惑な客の歓迎があるからな」

 

 両者の意識が顔に生えた苦無へ向いている隙に懐へ飛び込んだ俺は、踏み込みを震脚として白刃を一閃させる。

 

 身体が一回転する程の勢いで振り抜かれた刃は、込められた内勁の助力もあって刺客たちの下腹部を深く切り裂いた。

 

「あがぁぁぁぁぁっ!?」

 

「ぎぃああああああああああっ!?」

 

 血と臓物をまき散らし、その場に跪きながら悶絶する二人。

 

 中でもより苦痛を感じているのは相方を六郎と呼んだ女の方だ。

 

 勁を込めた下腹部への一撃。

 

 その真髄は肉体の損傷もさる事ながら、経絡における重要器官である丹田を破壊する事にある。

 

 ここがダメになると経絡の流れが大幅に狂う事に加えて、下半身に力が入らなくなるのだ。

 

 さらに女性の場合なら腸だけでなく子宮に卵巣という二つの重要器官に刃が通る為、肉体に与えるダメージはさらに増加する。

 

 この身体では相手の首から上を狙うには宙へ跳ばねばならない。

 

 軽身功があるとはいえ地上よりも機動力が落ちるリスクを思えば、一手余分に剣を振るってもこちらの方がいいだろう。

 

 スニーカーの靴底で畳の井草を逆立てながら遠心力を殺し、漸く刃が届く位置に落ちてきた首を刎ねようとしたところ、それより先に俺が投げたモノより大振りの苦無が奴等の額に突き刺さった。

 

 出所を見れば、厳しい表情のままこちらを見つめる時子の姿が。  

 

「お館様! 真っ先に敵へ突っ込んでいくとはどういうつもりですか!! 御身に何かあれば、ふうまは終わりなのですよ!?」 

 

「時子、お説教なら後にしてくれ。速く脱出しないと全員仲良くバーベキューになっちまう」

 

 言葉と同時に隣の部屋から轟音が響く。

 

 おそらくは屋根か何かが焼け落ちたのだろう。

 

 それを聞いた時子は先ほどまでの怒気を身の内に引っ込めた。

 

 まあ、こちらに向けられた視線が鋭いところを見るに、説教は落ち着いたら再開されるだろうが。

 

 それは後で考えるとして、今は兎にも角にも脱出が最優先だ。

 

 正直なところガキの身体でどこまでやれるか不安は尽きないが、こちらにはふうま有数の手練れである桔梗に加えて、天才の名を欲しい侭にして11歳で次期執事候補にまで上り詰めた時子がいる。

 

 この二人なら、ワリとヤバいところまで踏み込んでもフォローが効くはずだ。

 

「……そうですね。ここへ突入する前、守備隊の者に残存戦力の再編と防衛線の構築を命じています。まずは彼等と合流しましょう」

 

「ああ。里を脱出するにせよ反攻に出るにせよ、人手が無けりゃどうしようもないからな」

 

「では、私が先導いたします。若様と時子様は後からついてきてください」 

 

「傷の具合は大丈夫なのか?」

 

「御心配には及びません。若様が稼いでくださった時間を活かして応急手当を済ませてあります」

 

 そういってぐるぐると手を回して見せる桔梗。

 

 応急手当と言っても、この状況と短い時間では軟膏を刷り込んで止血するのが精々だろうに……。

 

「わかった。ただし、絶対に無理はしないでくれ。今は時子もいるし、俺だって戦えるんだからな」

 

「御意」

 

 俺が刺した釘に桔梗が真剣な表情で頷いたところで脱出開始である。

 

 部屋から出れば上等な床張りの廊下は紅蓮に染まる炎の回廊となっていた。

 

 ふうま宗家の住居だけあって基礎はしっかりしているらしく、すぐさま天井が崩れるなんて事はなさそうだ。

 

 肌を焼く熱気の中、絶えず気配を探りながら出口へ向けて駆けていく俺達。

 

 案の定というべきか道中に井河の火遁使いが潜んでいた。

 

 火炎耐性を活かして炎の中に身を隠していたようだが、気配の消し方があまりにも雑過ぎる。

 

 こちらが動いたら時子の怒りを買いそうだったので、居場所だけ教えて自慢の苦無の餌食になってもらった。

 

 こうして炎上する我が家から飛び出ると、俺を待っていたのは血で血を洗う忍の戦場だった。

 

 数で圧す井河勢に対して少数ながらも息の合った連携で凌ごうとするふうま衆。

 

 とはいえ護衛対象がある事が足枷となっているようで、ふうま衆が劣勢なのは簡単に見て取れた。

 

 ならば、新たな頭領がする事は決まっている。

 

 全速力で玄関から飛び出した俺は、その勢いを殺すことなく跳躍。

 

 そうして夜闇を舞う火の粉を足場に宙を駆けると、ウチの土遁使いに止めを刺しそうだった井河忍の頭蓋を鳳凰吼鳴で断ち割った。

 

「何奴ッッ!?」

 

 突如として頭部を両断された相棒に動揺を見せたものの、傍らにいたくノ一は未だ宙にある俺に向けて手を薙ぎ払う。

 

 最初に感じたのはこちらを害そうとする『意』。

 

 それを起点とするかのように大気が集まり、周囲のゴミを坂巻きながら凝固したそれは風の刃へとその身を変じる。

 

 ───なるほど。

 

 あれが忍術のプロセスか、なかなかに興味深い。

 

 しかし、こうも『意』を放っていては当たれと言う方が難しいだろう。

 

「劫の敵……ッ、死ねぇ!!」

 

 憎悪に塗れた言葉を号令に射出される不可視のギロチン、逆さまになった視界の隅でそれを捉えながら、俺は下方に思い切り手を突き出した。

 

 放った掌が向かう先にあるのは、燃え盛る宗家本宅から放たれ宙を漂う一欠片の灰。

 

 そこに手を叩きつけると、まるで地面を突き上げたかのように反動で俺の身体は大きく跳ね上がった。

 

 軽身功は重力のくびきを断ち、己が重さを零にする事に極意がある。

 

 内勁に満たされた今の身体は風船よりも軽い。

 

 ならば、三歳児の腕力で浮き上がるのに何の不思議があろう。

 

「なんだとぉっ!?」

 

 主が発した驚愕の声を伴って、不可視の刃が頭の下を通り過ぎる。

 

 その間に風遁使いの頭上を取った俺は、前転の勢いそのままに手にした切っ先で奴の頭頂部を穿つ。

 

 脳を串刺しにされ、鮮血を巻き上げながら人形のように倒れるくノ一。

 

 その死体から得物を抜き取ると、血に濡れた白刃を天に掲げて俺は声高に叫んだ。

 

「ふうま小太郎、見参!! 礼を言うぞ、ふうまの猛者たちよ! 皆の奮闘によって俺は屋敷から無事に脱出する事が出来た! しかも忍術に目覚めるオマケ付きでだ!!」

 

「若様、若様だ!」

 

「忍術に目覚めたと言っておるが真か?」

 

「何を疑う!? あの小さな体で伊賀者二人を瞬く間に倒して見せたではないか! あのようなマネ、術が無しで出来るものかよ!!」

 

「おお……若様は、ふうまの頭領は健在じゃ!!」

 

「井河など何する者ぞ! 今こそ新たなお館様に我等の力を見せる時!!」

 

 俺の叫びに呼応して、ふうま衆は次々と気炎を吐きながら立ち上がる。

 

 ダメージが軽微な者はもちろん、重傷を負った者や更には致命に近い傷を負った重篤な者まで。

 

 そう。

 

 俺が頭領として成すべき最初の仕事とは『ふうま』という組織の象徴として、臣下へ健在をアピールする事なのだ。

 

「あれがふうまの子倅か!」

 

「生意気に吠えておるが、それも飛んで火にいる夏の虫よ! 今夜一番の手柄首、儂が貰ってくれるわッ!!」

 

 夜闇を揺るがす(とき)の声の中、大目立ちした俺に向かって左右から忍び装束に身を包んだ巨漢が襲い掛かってくる。

 

 一人はハルバード、もう一人は斬馬刀とまったく忍んでいない武装を頭上に振り上げる男達。

 

 しかし奴等が手にした得物を振り下ろす事は無かった。

 

 それより早くコメカミに苦無が食らいつき、それに次いで野太い劫火が二人を舐め上げたからだ。

 

「者ども! お館様を討たせてはならぬ! お館様を護れ!!」

 

 甲高い時子の声に呼応して我先にと井河の軍勢に襲い掛かるふうま衆。

 

 その死兵と言ってもいいほどの気迫は、恩賞を皮算用していた井河に止められるものではない。

 

 俺を中心に一点突破された井河の包囲網は瞬く間に瓦解し、奴等は多くの戦死者を出した。

 

 一方、俺達ふうま勢は幾人かの軽傷者をだしたものの、不思議な事に死者は一人も出ていなかった。

 

 そんなある意味奇跡に近い突破を成し遂げた俺達は、宗家の邸宅から少し外れた山の中にある小屋へと辿り着いていた。

 

 ここは宗家由来の蔵の一つで、骸佐との遊び場として使っている場所だ。

 

「上手く包囲を突破する事ができましたが、これからどうするおつもりですか?」

 

 近場に生えた木の下に座り込みながら発した桔梗の問いに、時子は少しの思考の後に口を開く。

 

「ふうまの里を脱出し、お館様を落ち延びさせます」

 

「行く当てはあるのですか?」

 

 次に口を開いたのは火遁使いの一人、篝火だ。

 

「一つだけ。向こう側が受け入れてくれるかは賭けになりますが、上手く行けばお館様の身の安全は保障されるでしょう」

 

 どこか言葉を濁しながらの答えだが、他の者達から追及の声は上がらない。

 

「───我等は若様の血路を開けばよいのですな、この身に代えてでも」

 

「はい」

 

 土遁使いの岩丸の決意を含んだ言葉に迷う事無く頷く時子。

 

 だが一瞬だけだが彼女が痛ましそうに顔を歪めるのを、俺は見逃しやしなかった。

 

 というか、俺を置き去りにしてかなり冗談じゃない方向に話が進んでやがりますね、コノヤロウ。  

 

「おいおい、ふざけんなよ」

 

 というワケで、だれも反対の声を上げないのなら俺がブチ撒けるとしよう。

 

「お館様、何かご不満が?」

 

「ああ、不満だね。みんな揃って俺の財産をばら撒こうって魂胆が気に入らない」

 

 こちらの言葉に眉を顰める時子。

 

 視線を巡らせば、月夜に薄く照らされたふうま衆も似たような表情だ。

 

 そりゃあ、そうだろう。 

 

 さっきの話にはどこにも金目の物なんて出てきてなかったんだから。

 

「お館様。先代の遺産の話なら落ち着いてから───」

 

「んな下らないモンの話なんてしてねーよ。俺が言ってる財産ってのは、ここに集まってるふうま衆の事だ」

 

 俺がそう断言すると、ふうま衆から上がる騒めきが大きくなる。

 

「我等が、ですか?」

 

「そりゃあそうだろ。家のしがらみ、因習、縁。理由はそれぞれだろうが、皆はこんなクソガキの為に命張ってくれてるんだぞ。これ以上の財産なんて何処にあるよ」

 

 この身と入れ替わりお袋が死んで以来、俺を育ててくれたのは二車の当主夫妻とふうまの仲間達だった。

 

 桔梗と月影は勉学に追われていた時子の代わりに身の回りの世話をしてくれたし、交代で夜番に就いてくれている弥太と篝火には夜中に便所へ付き合ってもらった事もある。

 

 一人でつまらない時には岩丸が土遁を使って遊んでくれたし、夏になれば左近と右近が火遁で花火を上げてくれた。

 

 他にもここに集まった中には田んぼにハマった時に体を洗ってくれた近所の小母さんや、釣りの仕方を教えてくれた農家の小父さん。

 

 さらにはなんだかんだとオマケしてくれる駄菓子屋の婆ちゃんまでいるのだ。

 

 さんざっぱら世話になった人たちを捨て駒にして、一人生き残るなんざできる訳がない。

 

「若様……」

 

「だいたいな、俺だけ生き残らせてどうすんだ。何の後ろ盾もない三歳のガキを世間に放り出したところで、家の復興どころじゃねーだろうが。仮にそうして生き残ったところで、チンピラになって裏路地のドブ川で死体を晒すのが関の山だっつーの」

 

 ……なんか言ってる内にイライラしてきたぞ。

 

 命がけで逃がしてくれるのはありがたいが、それって要は後の事を全部俺に丸投げするって事じゃねーか。

 

 前世で嫌というほど思い知ったけどな、表だろうが裏だろうが何も持たない人間がホイホイ成り上がれるほど世の中甘くねーんだよ!

 

「勘違いすんなよ。宗家に生まれたから頭領なんじゃない、みんなが認めて支えてくれるから初めて頭領になれるんだ。お前らがいないのにふうまの再興もへったくれもあるかっ!」

 

 気持ちのままに言いたい放題言った後、立ち上がっていた事に気づいた俺は再び腰を下ろして鼻を鳴らした。

 

 うん、場の空気をぶっ壊した自覚は十二分にある。

 

 命がけの大仕事って感じにテンション上げてたみたいだけど俺は謝らんぞ。

 

「では、お館様はどうなさるおつもりですか?」

 

「決まってんだろ、人の家に土足で上がってきた馬鹿共をぶっ飛ばすんだよ。井河の阿呆共にくれてやるには、俺の部下の命は上等すぎるからな」

 

 問いを投げてきた時子に三歳児が浮かべるには不釣り合いだろう不敵な笑みを返してやる。

 

 追い立てられた鬱憤が溜まっているのだろう、他のふうま衆は歓声を上げているが、時子だけは困惑の表情だ。

 

 まあ、当然だろうさ。

 

 俺のセリフは現実が見えていないバカのそれだからな。

 

「ところで時子。親父殿が家に保管していた機密なんかはどうなった?」

 

「それは万が一の場合を考えて、専用のサーバーと私の携帯端末に保存してあります」

 

「今見れるか?」

 

「可能ですが、そのような時間はないかと」

 

「見れるならいい。次に日本は民主主義の法治国家なんだよな。どこぞのアホボンが実権握ってる独裁国家じゃねーよな?」

 

「ええ」

 

「そりゃ結構。最後に────」 

 

 矢継ぎ早に放つ俺の問いに訝し気な表情を浮かべながら答える時子。

 

 彼女が出した答えはいずれも是。

 

 強運と言うべきか悪運と言うべきか、なんにせよ最低限の策を敷く事は可能なようだ。 

 

「お館様、今の質問に何の意味が……?」

 

「井河の奴等に吠え面をかかせる為に必要なのさ。この蔵に来たのだって、我が物顔で里に居座ってる馬鹿共をぶっ飛ばす為だしな」

 

「若様、このような蔵に何があるのですか?」

 

「親父殿のコレクションだよ。ただしイワク付きのな」

 

 弥太に答えを返しながら俺は蔵の扉を開いた。

 

 入り口と小さな窓から差し込む月明かりに照らされたのは、蔵の中に所狭しと並べられた米連軍謹製の銃火器達だった。

 

 前世の記憶を取り戻す前は玩具か何かと思っていたが、今ならこいつ等が本物の兵器である事がよくわかる。

 

「これは……」

 

「災禍姉さんから聞いた話なんだが、親父殿は米連の特殊部隊と太いパイプがあったらしい。ここにあるのは禁輸指定になっている最新式の武装ばかりだ。多分ウチの装備に関して近代化を進めるつもりだったんだろうな」

 

「お館様がそのような……」

 

 岩丸が小さくうめく中、俺は使えそうなものを片っ端から専用のバックに入れていく。

 

 前世ならともかく今の身体ではとても扱えないので銃器はパス。

 

 聞いた話では、手練れの対魔忍は銃弾を回避する事も出来るらしいしな。

 

 効果の薄い武器なんてデッドウエイトにしかならん。

 

 なので、俺が選ぶのは爆発物。

 

 グレネードにフラッシュバン、そしてC4だ。

 

 あと持っていくとすれば、待ち伏せ用の罠として設置型のセントリーガンに各種地雷といったところか。

 

「ところで若様。それらの使い方をご存じなのですか?」

 

 ヒョイヒョイと入れていく俺の手つきに危険を感じたのか、月影が心配そうに聞いてくる。

 

 そう言えば、説明していなかったわ。

 

 自身の間抜けさに軽く頭を掻きむしった俺は、武器を漁っていたふうま衆を蔵の前に集めた。

 

 そこで説明したのは、前世の記憶を取り戻した事。

 

 話がややこしくならないように、邪眼に目覚めて云々とそれらしい説明をしておいたが、本当の所は原因不明だったりする。

 

 そも俺自身が忍術なるモノを使った事が無いので、そうか否かの判断が付かないのだ。

 

 まあ、対魔忍は忍術に目覚めてはじめて一人前って話だし、そういう風に持っていく方が不都合が無くていいだろう。

 

 次に前世の職と使える技能を説明し、暗殺者になる過程で銃火器の扱いも習得させられたことを告げた。

 

 時子をはじめとして、聞いていた者全員が半信半疑といった具合だったが、この辺は仕方がない。

 

 俺だって他人から同じことを聞かされたら眉唾物扱いだろうしな。

 

 とはいえ、日が落ちるまでは年相応のクソガキだった俺が、井河者を血祭りにあげた上に(つたな)いながらも指揮まで取ってみせたのは事実。

 

 それがみんなが俺の言を信じるに足る理由となったらしい。

 

 そうこう話していると、説明に時間を食い過ぎたのか退いたはずの井河の刺客があらわれた。

 

 奴等は斥候だったようで、こちらを確認した途端に引き返そうとしたのだが、追加で現れた更なる影がそれを許さない。

 

 地面から剛腕を突き出して現れたのはふうま八将が一、二車家の重臣である矢車弥右衛門だった。

 

「ぐぁははははははははは!! 井河の軟弱者共が、若様の前に出て生きて帰れると思うてか!!」

 

 巌の如き筋肉に覆われた巨躯をいからせて地面から這い出ると、弥右衛門は足首を掴んでいたくノ一を力任せに一閃する。

 

「ヒィィィィィィィッ!?」

    

 ドップラー効果を乗せた甲高い悲鳴を残し、打撃武器として扱われたくノ一は仲間を巻き込んでその身を爆散させた。

 

 その姿を見て森の中へと一目散に逃げた後続の者達だが、彼等にも活路は無かった。

 

「井河のうつけ共が。我等が里を荒らそうなど、身の程を知るがいい!!」

 

 強烈な怒りが籠る凛とした声が響くと、木々を跳び渡ろうとしていた井河者達は次々に地面へと墜落していく。

 

 そんな惨劇の最中で邪眼を光らせるのは巫女服に身を包んだ美しい女性、二車の幹部の一人である八百比丘尼さんだった。

 

 彼女の邪眼に捉えられた者達は、人とは思えない悲鳴を上げながら醜悪な半魚人へと姿を変えて行く。

 

 と、全員をインスマスにされるのはさすがにマズい。

 

「比丘尼さん、ストップ! 情報を絞り取りたいから一匹だけ残してくれないか!!」

 

「……承知しました、若様」

 

 艶やかな声で答えが返ってくると、半魚人へと片足を突っ込んでいた女の変態が止まる。

 

 そして他の者が生命力を吸い尽くされて醜悪な死体となると、居住まいを正した弥右衛門と比丘尼さんは俺の前に跪いた。

 

「若様。矢車弥右衛門および八百比丘尼、御前(おんまえ)に参上いたしました」

 

「よく来てくれた。二人がいるなら百人力だ」

 

 そう声を掛けると、顔を上げた弥右衛門は俺を見るなり破顔しながらこちらを高く抱き上げる。

 

「良い面構えになられましたな、若様! このような時ですがこの弥右衛門、心から嬉しゅう思いまするぞ!!」

 

 呵々と笑う弥右衛門に礼を言った後、地上に戻った俺は二人に情報を交換した。

 

 比丘尼さん達は俺の忍法に驚くと共に成長を喜び、こちらはこちらで骸佐を連れて来ていた事に驚愕すると共に、ニ車の邸宅に小母さんが未だ残っている事実に歯噛みする事となった。

 

 二車の小母さんはお袋を亡くした俺にとって母親代わりだった人だ。

 

 彼女を置いて逃げるなんざ出来る訳が無い。

 

「わかさま、ちちうえが、ちちうえがぁ……うわぁぁぁぁぁん」

 

「思い切り泣け、骸佐。ここで気が済むまで泣いて、泣き止んだら強くなろう。小父さんの遺志を継ぐために」

 

 連れてこられた時は船をこいでいた骸佐だったが、弥右衛門に声を掛けられて目を覚ますと、俺に抱き着き声を上げて泣き始めた。

 

 親父殿の反乱に参加した二車の者は、当主の小父さんをはじめとして上の兄さん達も命を散らしたそうだ。

 

 骸佐は俺のように捻くれたクソガキじゃない。

 

 おしめを穿いてた頃から兄弟同然だった俺に縋るのも無理はないだろうさ。    

 

 世話になったニ車の小父さんまで犠牲になった以上、ますますもって退くわけにはいかなくなった。

 

 こうなったら詰んだ盤上をチャラにする一世一代のちゃぶ台返し、見せてやろうじゃないか。

 

 

 

 

 【Wakaさま】ふうま同士の会会合スレ【セカンドカー】

 

 

173 名無しの同士

 

というワケで、うpはここまで。

 

気に入った絵師さんはマンガにしてもいいのよ?

 

 

174 名無しの同士

 

ちょ、おまっ!

 

ここで切るとか鬼か!?

 

 

175 名無しの同士

 

これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ!!

 

 

176 名無しの同士

 

全裸土下座するんで続き……続きをキボンヌッッッ!!!

 

 

177 名無しの同士

 

話をブッた切るけど、反乱当時ってWakaさま5歳じゃなかったっけ?

 

 

178 名無しの同士

 

まえのオババさまの話を聞いて、3歳のWakaさまを書きたくなった

 

後悔も反省もしていない

 

  

179 名無しの同士

 

3歳とかショタを通り越して幼児な件

 

 

180 名無しの同士

 

というか、いくらWakaさまでも3歳で無双とか無理じゃね?

 

 

181 名無しの同士

 

実際にはWakaさまって忍務6歳デビューだし、その年でオーク相手に無双してるんだよなぁ

 

 

182 名無しの同士

 

待て待て。

 

6歳と3歳は全然違うぞ 

 

 

183 名無しの同士

 

個人差はあるけど、だいたい倍くらいデカくなるからな

 

ソースはウチの息子

 

 

184 名無しの同士

 

設定に多少の無理があるのは百も承知。

 

だがオマイら、ちっちゃくて無垢なWakaさまとセカンドカーの友情を見たくないか?

 

 

185 名無しの同士

 

言い値で買おう

 

 

186 名無しの同士

 

今からなら冬のイベントには間に合うんじゃないか?

 

神絵師さま、ガンガレ!!

 

 

187 名無しの同士

 

この前、オババさまが餌を投下していった所為でこの反応の良さよ

 

 

188 名無しの同士

 

今はチンピラ丸出しなのに小さいときは気弱で泣き虫とか、セカンドカーのクセに私の性癖にどストライクなんですが!

 

 

189 名無しの同士

 

兄貴分だったWakaさまの服の裾を掴んで離さないとか……薄い本が厚くなるわ

 

 

190 名無しの同士

 

カミナリが怖くてWakaさまのベッドから出なかったエピソードには大変お世話になりました────色んな意味で

 

 

191 名無しのスノーウインド

 

絵師様!

 

3歳のセカンドカーと褐色ちっぱいな可愛いお姉ちゃんのイチャラブ絵をください!!

 

 

192 名無しの同士

 

スノーウインド!

 

セカンドカーガチ勢のスノーウインドじゃないか!!

 

 

193 名無しの同士

 

ふうま男性陣で乙女ゲー作る企画が出た時、セカンドカールートしかない限定版製作に本当に500万投資したスノーウインドだ!!

 

 

194 名無しのスノーウインド

 

セカンドカー様の為なら500万くらいはした金よ!

 

というワケで絵師様!

 

今回は一枚に付き10万よ!!

 

 

195 名無しの同士

 

相変わらずのガチ&富豪っぷりである

 

 

196 名無しの同士

 

いったい何が彼女をここまで駆り立てるのか?

 

 

197 名無しのスノーウインド

 

無論、愛よ!!

 

 

198 名無しの同士

 

愛の力は偉大なり

 

 

199 名無しの同士

 

というか、アレじゃん

 

アイドルやアニメのキャラグッズ集めるようなモン 

 

 

200 名無しの同士

 

ああ、スッゲー納得した

 

 

201 名無しの同士

 

なんだ、ただのアタシらか

 

本当に愛なら本人に突撃してるもんな

 

 

197 名無しのスノーウインド

 

ムキーッ! うっさいわね!!

 

 

198 名無しの同士

 

ところで、3歳のWakaさまの剣で人殺すのって無理なくね?

 

 

199 名無しの同士

 

いや、剣技が頭オカシイのってWakaさまのデフォだから……

 

 

200 名無しの同士

 

そういや、あの人って8歳の時に鬼族の首チョンパしたんだっけか

 

 

201 名無しの同士

 

汚いタキシード仮面事件とか言われてたアレな

 

ネームドの鬼族討伐とか、小学生低学年の子供にやらせる忍務じゃねーよ

 

 

202 名無しの同士

 

たしかソロじゃなくて井河に良いように使われてた頃のふうま衆と一緒だったんだよね

 

 

203 名無しの同士

 

そう、私もそれに参加してた

 

204 名無しの同士

 

まさかの生き証人現る

 

 

205 名無しの同士

 

それでどーだったの?

 

ぼんち揚げあげるからおせーて、おせーて

 

 

206 名無しの同士

 

めんたい味にしなさいよ。

 

あの時って、上の指示でWakaさま待たずにふうま衆だけで先行してたんだよ

 

それで鬼と遭遇したんだけど、参加したのが下忍ばかりだからソッコーで大ピンチ。

 

で、もうダメだー!って時に助けに来たのが夜店で売ってる『タキシード仮面』のセル面被ったWakaさま。

 

バラの代わりにオークの生首投げて登場したの見た時は、怖いやらオカシイやらで一周回って大爆笑したわ

 

 

207 名無しの同士

 

それが汚いタキシード仮面って呼ばれてる由縁か……

 

つーか、そっから倒したのがスゲーわ

 

 

208 名無しの同士

 

私は今年25歳の現役対魔忍ですが、今言われてもできる気がしませんです、ハイ

 

 

209 名無しの同士

 

ウチはアラサーだけど絶対無理。

 

 

210 名無しの同士

 

脱線してる、脱線してる

 

いったん話題を元に戻すぞ

 

 

211 名無しの同士

 

つーか、依頼者はコテハンつけたら?

 

これだと誰のカキコか分からんし

 

 

212 名無しのキッキョー

 

じゃあ、コテハンはこれで。

 

 

213 名無しの同士

 

キッキョーwww

 

 

214 名無しの同士

 

あの護衛一号はオマイかwww

 

 

215 名無しのキッキョー

 

≫214 そのとおり! 妄想だからイーンだよ!!

 

 

216 名無しの同士

 

つーか、現実だとふうまの里焼き討ちとか起きなかったよな

 

 

217 名無しの同士

 

アヘ顔にクソ先代がやられて、あっさり敗北したからな

 

 

218 名無しの同士

 

アヘ顔って言葉だけで誰だかわかる不思議www

 

つーか、それ以前に3分の1くらい反乱に参加してなかったからねぇ 

 

 

219 名無しの同士

 

実際に焼き討ちとかされてたら、どうなってたと思う? 

 

 

220 名無しの同士

 

宗家も八将も資金力かなりあるから、Wakaさま無双で追手ぶっ殺して海外に逃げてたんじゃない

 

お米の国とか 

 

 

221 名無しの同士

 

クソ先代って現実でも向こうにコネあったらしいからな。

 

そうなったらウチ等、コーカワに先駆けてNINJAになってたワケか

 

 

222 名無しの同士

 

そうならなくてよかったわー

 

日本好きだし、キッキョーの作品みたいな乱戦になったら生きてく自信ないもん

 

まあ、ウチのコテハン勢はそんな状況でも生きていくんだろうけどな!

 

 

223 名無しの同士

 

左に近い人やムーンシャドウをはじめとして、WakaさまLoveだけで井河隷属時代を生き抜いた強者達だからな。

 

オフ会で会ったけど、面構えが違った  

 

 

224 名無しの同士

 

Yes若様 Noタッチは至言だとおもうの

 

 

225 名無しのタイムマン

 

エマージェンシー! エマージェンシー!!

 

 

226 名無しのクラブ会員

 

タイムマン!

 

タイムマンじゃないか!!

 

 

227 名無しの同士

 

タイムマンって、屈指のWakaさまガチ勢にして、『昔神童、今凡人』を地で行くタイムマンか!

 

 

228 名無しの同士

 

十年ほど前は天才って呼ばれてキッキョーの小説並みの投擲術を誇ってたのに、今では小学生の妹にダーツで負けるニートの鑑のタイムマン!

 

 

229 名無しのタイムマン

 

ふふっ、ヒッキーは堕落するモノなのですよ。

 

ですが、これもWakaさまの愛のカタチ。

 

私はタイムフラッシュで受け止めますとも

 

 

230 名無しの同士

 

テンプレ乙

 

それよりどうしたタイムマン?

 

 

231 名無しのタイムマン

 

Wakaさまに同士の会がバレました

 

あとウ=ス異本も

 

 

232 名無しの同士

 

 

 

 

233 名無しの同士

 

 

 

 

234 名無しの同士

 

 

 

 

235 名無しの同士

 

 

 

 

236 名無しの同士

 

 

 

 

237 名無しの同士

 

うわあああああああああああああっ!?

 

 

238 名無しの同士

 

ぎゃあああああああああああああっ!?

 

 

239 名無しの同士

 

qあwせdrftgyふじこlpっ!?

 

 

240 名無しの同士

 

どどどどうすんだ!?

 

どうすんだ、これぇぇぇっ!?

 

 

241 名無しの同士

 

慌てるな!

 

こういう時は素数を数えて落ち着くんだ!!

 

1.2……ハッ!?

 

 

242 名無しのスカーレット

 

わたしは、わたしはわりゅくないぞ!

 

ちっちゃな小太郎とイチャイチャする漫画を頼んだだけだし!!

 

 

243 名無しの執事犬

 

実名を出すな、馬鹿モノォォォォッ!!

 

私は昼は有能な執事、夜はイヌプレイを描いてもらっただけだから、セーフだよな!!

 

 

244 名無しの左に近い人

 

字ポ的にどう考えてもアウトでござる

 

何故、私のような鹿の子とのロマンス小説で我慢しなかったのか

 

 

245 名無しのアイアンレッグ

 

貴方が一番アウトです

 

まったく、私が貰ったみたいな正当な歳の差カップルモノなら許してもらえたでしょうに……

 

 

246 名無しの同士

 

コテハン勢が全員ギルティ間違いなしな件

 

それよりも、まずは共有うpロダを落とさねば!

 

 

247 名無しの同士

 

それを消すなんてもったいない!?

 

 

248 名無しの剣キチ

 

きちゃった♪

 

 

249 名無しのタイムマン

 

\(^o^)/オワタ

 

 



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日記33冊目

 お待たせしました、本編更新です。

 同士の会スレと同時進行で書いていたのですが、こっちの方が早く出来てしまった。

 腐った乙女の秘密を知りたい方々は、もう少しお待ちいただきたい。

 話は変わりますが、今話題の映画『ジョーカー』を見てきました。

 内容は伏せますが、まさに怪作にして傑作です。

 ホント、執筆に対するいい刺激をいただきました。


 ☆月◇◎日

 

 ふうま小太郎ですが、今日はテレビ会議室の空気が最悪でした。

 

 昨日飛び込んできた厄ネタである肉団子こと沢木浩介君の保護と処遇について、アサギとアスカ双方に話を通してきた。

 

 浩介君の保護者であるアサギはともかくとして、本来なら現在は袂を分かっているアスカに情報を与える必要は無い。

 

 しかし同じ境遇で足掻く同士である事に加えて、奴が浩介君に抱いている想いを知っている身としては、一人を除け者にするなどできなかったのである。

 

 そんなワケで井河・甲河・ふうまの三者テレビ会談と相成ったのだが、開始5分で解散宣言をしたくなった。

 

 液晶モニター越しに顔を合わせた二人は、五車学園のイベントに参加するだけあって初めは険悪な雰囲気ではなかった。

 

 しかし、そんな和やかな雰囲気も肉団子な彼氏が現れるまで。

 

 浩介君がこうなった経緯を話すにつれて、顔からどんどん表情が失せていくアスカ。

 

 そしてアサギの懐妊が告げられた時には、背後に背負った瘴気とぱっつんヘアーも相まって呪われた日本人形みたいになってしまっていた。

 

 ここでアサギが『保護者としてあるまじき間違いを犯した』とか『未熟な浩介君を巻き込んで申し訳ない』等の謝罪をすれば、少しは場の空気がマイルドになったのだろう。

 

 しかしあのアラサー女、ここに至って場の空気が求めていた事と真逆な事をしでかしやがったのである。

 

『───アスカ。私は浩くんを愛しているわ。恭介の弟でも家族でもなく一人の男として。だから、貴女には譲らないわよ』

 

 という宣戦布告を引き金にして、隣のモニターに映っていたアスカの顔が般若へと変貌。

 

 氷点下染みていた部屋の空気は一気に修羅場へとなだれ込む事となった。

 

 アサギの発言を聞いた瞬間、俺が隣に置いていた浩介君を握り潰しそうになったのは仕方がないと思う。

 

『三十路女が男日照りとはいえ15歳の子供を垂らし込むなんて、対魔忍や教師以前に人間として恥ずかしくないの!? というか沢木恭介さんに申し訳ないと思うでしょ、普通!!』

 

 なんてぐうの字も出ないアスカの正論に、

 

『愛してしまったんだから仕方ないわ。それに恭介も浩くんと私が一緒になるなら天国で喜んでくれると思うの』

 

 と斜め80度ズレた答えを返すアサギ。

 

 ぶっちゃけ、俺が恭介氏だったら化けて出てでも不貞を侵した肉団子をスライスすると思う。

 

 俺が三者会談なんて面倒な手段を選んだには、2つの理由があった。

 

 一つはアサギ・アスカの双方が浩介君を引き取ると主張するだろう事を見越して、一括で彼の処遇を決める為。

 

 もう一つは彼の身体の治療に関して、主流派にいる桐生のアホと米連の最新技術の見解を知るためなのだ。

 

 間違ってもこんな修羅場を発生させる為じゃねーってばよ。

 

 あのまま行けば井河と甲河の頭領が互いに中指を立て合うというアレな絵面から、『ファイッ!!』と抗争のゴングが鳴るところだったのだが、さすがに主催者としてそれは見過ごせない。

 

 肝心の肉団子は喋れるくせに置物に徹して嵐をやり過ごそうしてやがったし。

 

 奴が『俺はアサギさんがいい』と本音をゲロしておけば、遺恨は残れど場を治めることは出来たのだ。

 

 結局、俺がこちらで弾き出した浩介君の診断結果を餌にして場を鎮める事になってしまったではないか。

 

 保護した者の責任は分かるけど、いささか重量過多じゃね?

 

 対魔忍の一流派を背負う女傑二名はコメカミあたりに青筋を浮かべながら互いにメンチを切り合っていたが、一応は議題を進める体制へと戻す事が出来た。

 

 深々とため息を付いた後、俺は眼前の乙女(笑)二名の端末に浩介君のカルテを送信した。

 

 届くなり目を皿のようにして端末の情報に目を通すと、バタバタと音を立てて画面から姿を消すアサギ達。

 

 それから三十分ほどで復帰した訳だが、意気消沈した彼女達が持ってきた知らせは双方共に復元は不可能というモノだった。

 

 アサギに同席していた桐生曰く『そのガキに忍術を移植した魔薬の成分の中には緻密な呪詛が込められている。それが魔界医療による肉体改造と密接に絡まり合って、肉体の復元を阻害しているのだ』だそうな。

 

 さらには肉団子状態の浩介君が生きているのも正気を保っているのも呪詛による不死性のお陰ときた。

 

 桐生の言では、いかに魔界医療を駆使しようとここまで肉体を変形させてしまっては並の人間では生きていられないらしい。

 

 この見解を聞いた俺は思わず頭を抱えてしまった。

 

 肉体改造の深い部分に呪詛が関わっているという目付は正しかったモノの、切り離すと浩介君が死ぬまでは予測していなかった。

 

 いや、米田のじっちゃんの治療への突破口になればってさ、何度か『因果の破断』で呪詛を斬ろうかって考えてたんだよ。

 

 ホント、やらなくてよかった。

 

 これで俺が浩介君を死なせたら、ウチはまるっと井河と甲河を敵に回すとこだった。

 

 さて、暗礁に乗り上げてしまった浩介君人間復帰の道だが、俺はここで疑問に思っていた事を口にした。

 

 呪詛が邪魔をして肉体の復元がダメなら、それを除けば治せるのか? という事だ。

 

 今までの文脈的にはそう言ってるのは分かるのだが、俺としてもそっち方面に手を加えるのが冒険である以上は確実な言質が欲しかったのだ。

 

 俺の問いに桐生は、『任せろ! フュルストの呪いがなければ、そんな蛆虫一匹を元に戻すなど造作もない!!』

 

 と胸を張って宣言し、直後にアサギの裏拳を食らってカメラの外へフェードアウトしていった。

 

 あの八津と女の身体を改造する以外興味を示さないド変態が随分と乗り気な事を訝しんでいると、右手の甲にべったりと付いた血糊を拭きながらアサギがその理由を答えてくれた。

 

 今回の元凶である魔界医師フュルストは桐生の師に当たる存在なのだという。

 

 で、奴は誰よりも先に保険医に化けていたフュルストに気づいたものの、逆に奴の術中に嵌って9割殺しの目にあったそうだ。

 

 浩介君の治療に意欲を燃やしているのも、彼に施された改造を元に戻す事で師に一矢報いるつもりらしい。

 

 桐生は人間としては最低のクズだが、魔科医としてのプライドはチョモランマな奴だ。

 

 そんな奴があれだけリベンジに燃えているならば、浩介君の事も悪いようにはすまい。

 

 そう判断した俺はアサギとアスカに解呪の方法がある事を伝えた。

 

 もちろん『因果の破断』については言及していない。

 

 方法については『隼人学園で学んだ結界術を刃に宿す事で術式などに干渉できるようになった』という感じにそれらしく説明しておいた。

 

 アサギと桐生から半信半疑の目を向けられるのはいいのだが、アスカの『うん、知ってた』的なリアクションはどういう事なのか?

 

 ともかく解呪=生命維持の喪失という図式が成り立つ限り、緊急オペは免れない。

 

 そして主治医が桐生である以上は、治療の舞台は必然的に奴の研究室がある五車学園という事になる。

 

 そういうワケで俺は明日五車の里に赴く事になってしまった。

 

 ぶっちゃけ、俺が骨を折ってやる理由なんてどこにもないはずなんだが、何でここまでやらにゃあならんのだろうか?

 

 保護した側の管理責任と言うには度が過ぎてるよね。

 

 あ~、骸佐をどうやって説得すんべか……。

 

 

 ☆月◇▼日

 

 

 浩介君復活! 浩介君復活!! 浩介君復活!!!

 

 ノリでやってみただけのふうま小太郎です。

 

 そういうワケで、沢木浩介君は無事に人間へと戻りました。

 

 今回、俺の護衛として同行したのは天音姉ちゃんをはじめとする『ふうま同士の会』のメンバーだった。

 

 『ハーレムかよ!?』とか叫んでた五車学園の生徒A、代わってほしいなら代わってやるぞ。

 

 自分を題材にされたウ=ス異本の内容チェックに耐えられるならなぁ!

 

 ちなみに妄想力で人の核心に到達しかけてる桔梗は、例の小説の後編を執筆中の為に不参加である。

 

 というか、昔漏らした『戴天流』と『波濤任櫂』の名前だけで、俺の前世の事を事実スレッスレまで妄想するとか……。

 

 しかも『ジャンルとしては、なろう系主人公を意識しました』という暴言付きである。

 

 いやホント、あの小説を読んだ時は自分が題材にされてた薄い本とは違う意味で嫌な汗が流れたわ。

 

 内容は良かったからオブザーバーを引き受けて続き書かせてるけど、駄作だったらキレてるところである。

 

 閑話休題。

 

 護衛のメンツが全員『Waka様ガチ勢』なので、ひと悶着どころか三悶着くらいあると覚悟していたのだが、一度も揉めることなく桐生の研究室に辿り着く事が出来た。

 

 アサギが根回しをしていたのなら、その努力は相当なモノだったんじゃなかろうか。

 

 俺達が足を踏み入れた時には、アサギやアスカを始めとする主要メンバーが揃っていた。

 

 浩介君の容態を考えれば無駄に時間を費やすのは得策ではないので、挨拶もそこそこにオペが開始されることに。

 

 ケースの中から取り出した浩介君を寝台に乗せ、懐に忍ばせた小太刀を取り出す。

 

 そうして呼気と共に内勁を練り上げれば隻眼は、いやこの身全ての感覚は万物の因果を捉えて網膜へと映し出す。

 

 後は勁を限界まで込めた刀を彼の頬の薄皮一枚掠めるように引けば、鎖が切れるような甲高い音と共に呪詛は断ち切られた。

 

 ガチの因果の破断はマイクロ・ブラックホール以来だったが、何とか施術は上手く行った。

 

 浩介君、全身から赤黒い体液をピョーと出しながら断末魔っぽい声を上げる君をキモイと思った事を許してくれ。

 

 呪詛の破壊を確認した桐生は、ゴム手袋を嵌めた手で浩介君を鷲掴みにすると一目散に奥の作業室へと入っていった。

 

 ここまでは事前の段取り通りなはずなのに、妙に不安が拭えなかったのを憶えている。

 

 その後、俺達は手術中の赤いランプが点灯する扉の前で待っていたのだが、ここでアサギが声を掛けてきた。

 

 聞けばもう一つ解呪してほしい対象がいるのだとか。

 

 浩介君は保護した側の責任という理由があったが、もう一人に関しては俺が手を差し伸べる謂れはない。

 

 そう言って断ろうとしていたのだが、相手を聞いて絶句する事となってしまった。

 

 なんとアサギが提示したのは中絶処理で体外摘出した浩介君との受精卵。

 

 人工子宮に浮かぶそれに掛けられた催眠刻印を解いてくれと言い出したのだ。

 

 この要請はさすがに予想の斜め上すぎた。

 

 というか、まず生きてるという事実に思わず『嘘やん……』と言ってしまったし。

 

 さくらの話では受精卵は催眠刻印の魔力を糧に生きているらしいのだが、皮肉な事にその刻印が仇となって人工子宮にもアサギの体内にも定着できないでいるらしい。

 

 催眠刻印なんて強力な呪詛を餌にしている時点でロクなモノになるとは思えん。

 

 嫌な予感しかしなかったのでお断りしようとしたのだが、アサギのこの一言で受けざるを得なくなってしまった。

 

『これからの事を考えたら、子供を産むチャンスが来るかは分からない! 私にとってはこの子が最初で最後になるかもしれないの! だから、助けてくださいッ!!』 

 

 恋人が出来て一時とはいえ子供を宿した事で女の幸せを意識したんだろうなぁ。

 

 井河の頭領とか、最強の対魔忍なんてしがらみを全部ぶん投げてのガチ土下座。

 

 真剣度は以前の全裸土下座なんて目じゃなかった。

 

 ……こんなん断れんわ。

 

 しかも今日護衛についてきてくれてた『同士の会』ってアサギと同世代の女性も多いから、思いっきり感情移入しちゃっててね。

 

 断ったら株価大暴落不可避だったわけよ。

 

 いや、個人的には薄い本を書かれなくて済むから暴落してもいいかなって思わなくもないけど、頭領としては完全にアウト案件だ。

 

 こうなると俺に出来たのはこの子を浩介君を縛る鎖にしないと言質を取るぐらい。

 

 そんなワケでロハでのレッツ破断となったワケだが、相手が相手なので刃を当てるワケにはいかん。

 

 そこで隼人学園で習得した発氣剣を応用する事で何とか対処した。

 

 術式破壊なら物理干渉する程に氣を込める必要は無い。

 

 結界術と並んでまだまだ功が成っていないので、不謹慎だとは思うがいい練習になった。

 

 結果としては、桜が人工子宮に着床したとか騒いでいたので上手くいったんだろう。

 

 こちらとしても一安心である。

 

 その後、4時間に渡った手術も無事に終わり、浩介君は人の身体を取り戻す事が出来た。

 

 一度ミートボールにされた影響は大きく年単位のリハビリがいるそうだが、その他には命に別状はないらしい。

 

 家族の無事の帰還にアサギとさくらは喜んでいたが、浩介君の未来は前途多難だろう。

 

 今回の件が里にバレたら、兄の恭介氏なんて比較にならないくらいに白眼視されるのは明白だからな。

 

 とはいえ、これはあくまで浩介君自身の問題だ。

 

 どんな地獄を巡ることになろうと、これ以上は付き合う気はない。

 

 俺達は頑張ってくれとエールを送るのみである。

 

 五車の里からの帰り道、大失恋をブチかましたアスカを同士の会の姉御達が慰めて、今回の騒動は一応の終幕を見る事となった。

 

 飲み代で軽々五ケタ上回るとか何気にビックリなんですが、その辺は友人への再起を祈ってカンパさせてもらうとしよう。

 

 泣くな、アスカ。

 

 ハンサムの多いお米の国なら、浩介君が霞むくらいの良い漢が見つかるさ。

 

 

 ☆月◇◎日

 

 

 本日は久々に鍛錬の事を書こうと思う。

 

 以前にも書いたが、俺は隼人学園に通う傍ら同校で行われている退魔術の実習も受けている。

 

 初めて触れる技術だったこともあり初めは戸惑いの方が強かったが、それも漸く慣れてきた。

 

 『学校行ってる暇があるのか?』とか『出席日数足りてる?』なんて無粋なツッコミは無しにしてもらおう。

 

 これでも隙を見てはコツコツ通っているのだ。

 

 上原への移籍条件の中にも通学ってのがあったしな。

 

 さて、数か月前は早九字で障子紙程度の強度を張るのが精一杯だった俺の結界術だが、この度大幅進化を遂げました。

 

 切っ掛けとしては漸く氣を体外に放出するという事のコツを掴んだのが大きい。

 

 内家拳での氣功術は体内の経絡を循環させることでその力を昇華する事に極意があった。

 

 しかし隼人学園で指導している結界を始めとした退魔術は丹田で生み出した氣(講師曰く霊力)を結界や術といった様々な形で体外に放出する事を主とする。

 

 この感覚の差はなかなかに埋めがたく、要点を掴むのに数か月を要してしまった。

 

 これもノイ婆ちゃんのところにいたミリアム女史のお陰である。

 

 彼女の助言と村正解呪の経験があったからこそ、氣の体外放出の入口に立つ事が出来たのだから。

 

 そんな感じで初段を越えた感のある退魔術だが、特に力を入れているのは結界と発氣刀である。

 

 結界は早九字を切ることなく任意の場所に張る事が出来るようになりつつある。

 

 というか、結界と言うのはイメージの正確さと強固さが肝要な技術のようだ。

 

 自分の設置したい一座標と形、そして強度を素早く正確に思考できれば、後は発氣の強さが物を言う。

 

 なので俺が練り上げているのはオーソドックスな障壁ではなく、前腕部に高強度のモノを形成する盾。

 

 他には緊急時に身体と頭部を保護する不可視のボディアーマーとヘルメット。

 

 さらには破壊されそうになった時点で内側からはじけ飛んで相手の攻撃を相殺する『リアクティブ・アーマーもどき』。

 

 発氣刀は指から氣を放って鉄鞭代わりとする細身のモノから、五指を揃えた大出力の大包丁など。

 

 この辺は暗器や緊急時の得物とする事を見越して習得している。

 

 この裏稼業、丸腰の時が最も命の危険が高い。

 

 さらに入浴などで下着を脱いでいる時など危険度は倍率ドン!だ。

 

 そんな世知辛い世界を生き抜くためにも、これらの技はさらに磨きを掛ける必要があるだろう。

 

 昔の人は言いました、『備えあれば患いなし』と。

 

 とりあえずは結界術を実戦に耐えうるレベルまで引き上げて、前世から延々と続く『一発食らえばヲワタ式』から脱却するのだ!!

 

 

 

 

 眠らない街と名高い東京に夜の帳が降りた後、車や人通りが途絶えた路地に小さく明かりを灯す屋台があった。

 

 白地に赤で『ラーメン』と染め抜かれた暖簾の奥には、ニ人の少年が美味そうにドンブリから麺を啜っている。

 

「────で、お前はわざわざ五車の里くんだりにまで行って、アサギの縁者を助けてきたってワケか」

 

「まあな」

 

 隻眼の少年が漏らしたため息交じりの声に、眼帯を付けた燃えるような赤髪の相方はスープを啜っていたドンブリから口を話して湯気を吐く。

 

「お前なぁ……。奴等は一応は仮想敵勢力でもあるんだぞ。そういう事するなら、むこうの動きを封じるくらいのドでかい貸しにしとけよ」

 

「んな事言ったってよ、俺ら主流派に大概貸しを作りまくってるじゃねーか」

 

「それでもだよ。貸しなんざ多ければ多い方がいいんだぞ」

 

「けど、返せないレベルだと踏み倒されるんじゃね?」

 

「そん時は相応の報いを受けさせればいいんだよ。ノマドの幹部にあっさり侵入されるような奴等、今の俺達ならどうとでもできるだろ」

 

「はい、慢心」

 

「う……」

 

「気を付けろよ。ウチの業界、驕りと油断は死への一本道だからな」

 

「───分かってるよ。それで、甲河の頭領はどうなったんだ?」

 

「失恋記念のヤケ酒大会だって、ウチのオネェ連中にしこたま飲まされてな。迎えに来た仮面のマダムに引き渡すときは半分死んでた」

 

「他の流派の頭領にアルハラとか、ウチのくノ一衆は怖いもの知らずかよ」

 

「酔い潰れたアスカに流石のマダムもブチ切れ寸前だったからなぁ。失恋って事情が無かったら甲河と一戦交えてたかもしれん」

 

「そんな開戦理由ぜってーやだ。つーか、それで得心いったぜ。あの時のモーニングゲロはそれが原因か」

 

「朝一番に通信入れて来て『おは───ゲブルッシャーーーー!!』だったからな。やられた時は新手のテロかと思ったわ」

 

「あの時、お前がウチの幹部連抑えて回ったのはウチに非があるからだったんだな」

 

「率先してチャンポンぶち込んどいて、真っ先にキレた天音姉ちゃんは土下座すべきだと思う」

 

「あの人、どっかズレてるからなぁ……。井河の事に話を戻すけどよ、奴等の質って相当落ちてるみたいだな。10年前なら敵に侵入されて頭領がハメられるなんざ考えられなかっただろ」

 

「俺等が独立した反動なのかねぇ」

 

「バカ言え。オレ達が奴等と袂を分かったのは1年以上も前だぞ。組織の再編くらいは出来てなきゃヤバいだろ」

 

 店主に貰った替え玉をズルズルと啜りながら、赤毛の少年は悪態を付く。

 

 それを聞いた隻眼の少年は一口でチャーシューを半分に食い千切る。

 

「老人会がふうまを下に敷いた所為で、ベテラン連中が錆び付いたのが痛いな。今、まともに使い物になるのは八津兄妹にさくら、あとは不知火くらいか」

 

「アサギは頭として安易に現場には出ないしな。どこかの頭領様にも見習ってほしいぜ」

 

「お前な、俺から鉄火場と刀を取り上げてどうすんだよ。そんなことしたら骨も残らねーぞ、マジで」

 

「戦わないと死ぬ呪いでも掛かってんのか、お前は。つーか、普通に事務仕事してろよ。頭領しか決済できない書類とかあんだろ」

 

「そういうのは全部期日までに出しとるわい。しかしなぁ……あん時の様子を見てて思ったけど、無事に子供が産まれたら引退するんじゃねーか、アサギの奴」

 

「引退なんてできるか? 今の井河はアイツの名前と力で保ってるようなもんだぞ。それが現役退いたら、真っ先に公安に契約切られちまうだろ」

 

 再び麺を食いつくした赤毛の少年は、傍らに半分ほど残っていた白飯をスープの中に放り込んだ。

 

 そして店主にキムチ・ニラ・卵を受け取ると、それもスープとかき混ぜてレンゲで掻き込みだす。

 

「たしか、アイツって自分の後継者に八津妹を推してなかったっけ?」

 

「ないない。あの脳筋ゾンビにゃアサギの代わりなんて務まらねーよ。それ以前に八津は井河の下忍だぞ。奴が一足飛びで頭領になったら他の幹部から袋叩きにされるわ」

 

「それがあったか。じゃあ、さくらか? あれなら宗家の人間だし問題ねーべ」

 

「性格的に無理だろ。アイツってアサギに輪を掛けて甘いし」

 

「水城不知火」

 

「ロートルにも程があるだろ。ヘタすりゃアサギより先に引退するんじゃねーか?」

 

「上原燐はこっちが引き抜いちまったし九郎は妹と同様の理由で無理。秋山凜子は色んな意味でドロップアウトしたし…………マジでアサギの跡目いないじゃん」

 

「だから言っただろ。今アイツの後継者立てようと思ったら、裏に出回ってるクローン捕まえるか、お前が引っ張ってきた佐藤姉を向こうに移籍させるくらいしないと無理だって」

 

「佐藤姉は止めてやれよ。地獄の未来から脱出できて、全力全開で人生おう歌してんだから」

 

「この前、東大狙うとか言ってたもんな。でもよ、佐藤姉妹って実質的にお前の扶養家族になってるじゃねーか。下忍の任務でもいいから何かさせねーと他に示しがつかねーぞ」

 

「それはわかってんだけど、アイツ等を忍務につかせたら今までの鬱憤を晴らすかのように悲惨な目に遭うような気がしてな……」

 

「あー……」

 

「取り合えず、奴が高校卒業したら適当な額の金握らせてカタギにするわ」

 

「そうしろ。あの顔がウチにいたら厄ネタにしかならん」

 

 赤毛の少年がそこまで言うのと店主がギョーザを出すのは同時だった。

 

 隻眼の少年は目の前に置かれたギョーザを、相方との間へ移動させる。

 

「退魔術に手を出してるみたいだけどよ、進捗具合はどうなんだ?」

 

「ようやくコツが掴めてきたところだ。お前の夜叉髑髏パクって、結界の鎧とか盾を作れるようになったし」

 

「パクっ……まあ、いいんだけどな。それで使いもんになるのか、それ?」

 

「同じ退魔術に関しては教師の攻撃でもシャットアウトできる。銃弾や斬撃、忍術や魔術に関してはこれから確認していく予定」

 

「ふーん、結界本来の使い方は?」

 

「林田先生曰く、障壁の強度については申し分ないが範囲が狭いから使い処は限定される、だとさ。こっちも要修行だな」

 

「なるほど。ところで今日の朝、校庭で上原学長となんかやってただろ?」

 

「自主練してたら偶々会ってな。乱取りした時に学長の氣の巡りがおかしい事に気づいたんで、それを矯正したんだよ」

 

「そんな事できんのかよ?」

 

「俺の氣功術は自他の経絡を操る事に極意があるからな。ほら、リーアルにもやっただろ」

 

「あのおっさんが急にぶっ倒れたアレか?」

 

「ああ。あれは氣の巡りを止めて、六感全部を遮断してやったんだよ。人間ってのは当たり前に出来てたことが出来なくなると強烈なストレスを感じるからな。口を割らせるのには打ってつけなんだ」

 

「エゲツねぇ……。けど、お前にそんな技術があるって知ったらよ。学長はオレ達がブラド国に行くの反対するんじゃねえか?」

 

「そりゃねーわ。女王とはもう話はついてるんだぞ。俺等欲しさに反故にしたら収支が合わないって」

 

「……だといいけどな」 

 

 そこまで話して、少年たちは自分が頼んだ料理を全て平らげている事に気が付いた。

 

 さすがにこれ以上は容量過多なので、会計を済ませて二人同時に暖簾をくぐる。

 

 そして月明かりに照らされた道路を二人でブラブラ歩いていると、ふいに赤毛の少年が口を開いた。

 

「ところでよ────」

 

「うん?」

 

「『ふうま同士の会』って知ってるか?」

 

「忘れなさい」 



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【ネタ】AD2068・剣キチ版(後編)

 お待たせしました、ネタ後編完成です。

 掲示板と小説を合わせるとかなりの分量に……。

 何やかやと場面が変わりますが、読んでいただけると幸いです。

 対魔忍RPG

 ハロウィン紅をゲットするも、本が無い為に育成できず……

 さあ、カボチャ狩りだ!!


前回のあらすじ

 

剣キチ 『首を出せぃ!』(除夜の鐘)

 

同士の会『例えWakaさまと言えど、801とおねショタを禁ずる事は許さぬ!!』

 

 女の情念(欲望)は若様に届くか?

 

【Wakaさま】ふうま秘密クラブ会合スレ【セカンドカー】

 

 

250 名無しのクラブ会員

 

Wakaさま降臨!

 

Wakaさま降臨!!

 

 

251 名無しのクラブ会員

 

こんな薄汚い便所の落書きにWakaさま来るなんて……うっ!

 

 

252 名無しのクラブ会員

 

私達の妄想を全部見てるとか

 

…………ふぅ

 

 

253 名無しのクラブ会員

 

ヤダ

 

このスレ、磯臭い

 

 

254 名無しの執事犬

 

貴様ら、汚いモノを見せるんじゃないッ!!

 

Wakaさまは純真なんだぞッッ!!!

 

 

255 名無しのキッキョー

 

だが、それがいい

 

 

256 名無しのムーンシャドウ

 

真っ白なキャンパスを自分色に染める

 

それこそがおねショタの醍醐味ではないか!

 

 

257 名無しの左に近い人

 

然り!

 

Wakaさまに知られてしまった以上、我等の活動ももはやこれまでッ!

 

ならば、閃光のように……!!!

 

まぶしく燃えて全てをさらけ出してくれるわッッ!!

 

 

258 名無しのクラブ会員

 

コテハン勢が逝ったぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

〉閃光のように……!!!

 

というか、こんな事にポップの名言をパロるなwww

 

259 名無しのクラブ会員

 

くっ……

 

ヤムチャしやがって!!

 

〉閃光のように……!!!

 

オマイ等のは『勇気』じゃなくて『欲望』の産物じゃねーかwww

 

260 名無しの剣キチ

 

イメージを壊すようでスマンが、私ドロッドロの真っ黒ですよ

 

 

261 名無しのクラブ会員

 

なん…だと……

 

 

262 名無しの剣キチ

 

いや、俺が何歳から東京キングダムに行ってると思ってんの?

 

普通からヤバいプレイまで大概は見てます

 

 

263 名無しのクラブ会員

 

そんな…Wakaさまが汚れているなんて…………イケるッ!!

 

 

264 名無しのクラブ会員

 

スレてダーティなWakaさま、アリだな!

 

 

265 名無しのクラブ会員

 

天啓(ネタ)が……天啓(ネタ)がキタッ!!

 

 

266 名無しのクラブ会員

 

【朗報】新ジャンル・スレWakaさま

 

 

267 名無しのクラブ会員

 

これで次のイベントも薄い本が厚くなるなっ!!

 

268 名無しのクラブ会員

 

まるで成長していない……

 

 

269 名無しのクラブ会員

 

お前等は懲りるという言葉を知らんのか

 

 

269 名無しの剣キチ

 

なんつーか元気だねぇ

 

 

269 名無しのタイムマン

 

御覧の通り、この集まりは我々のストレス発散と明日への英気を養ってくれています

 

できれば、処罰は穏便にしていただけると嬉しいのですが……

 

 

270 名無しの剣キチ

 

処罰なんてないぞ

 

つーか、俺をネタにするくらいなら全然構わないし 

 

 

271 名無しのクラブ会員

 

 

 

 

272 名無しのクラブ会員

 

 

 

273 名無しのクラブ会員

 

 

 

274 名無しのクラブ会員

 

 

 

275 名無しのクラブ会員

 

 

 

276 名無しの執事犬

 

…………へ?

 

 

277 名無しのスカーレット

 

これは夢かな?

 

 

278 名無しのクラブ会員

 

今、あり得ない事をWakaさまが口にしたような気が……

 

 

279 名無しの左に近い人

 

皆の者、現実に御座りまする

 

時にWakaさま、───本当によろしいので?

 

 

280 名無しの剣キチ

 

いいよ

 

実際に襲ってくるワケでもなし、目くじら立てて規制する程でもないじゃん

 

 

281 名無しのアイアンレッグ

 

Wakaさま

 

こんな本を書かれて、嫌だとか気持ち悪いとか思わないのですか?

 

 

282 名無しの剣キチ

 

ぶっちゃけ、骸───ここだとセカンドカーか

 

アイツと絡んでる本を見た時は驚いた

 

けどさ、みんなは危険な任務を命がけで熟してくれてるんだ

 

そのストレスが少しでも解消されるのなら、この位は笑って許してやるのがカシラの度量だと思うのよ

 

まあ、アレだ

 

内容は兎も角、本を書いてくれるくらいには好いてくれてるって思ったら悪い気もしないし

 

ヤメロなんて言えねーって 

 

 

283 名無しのクラブ会員

 

貴方は神か……

 

 

284 名無しのクラブ会員

 

これが私達の頭領様……

 

 

285 名無しのクラブ会員

 

何という心の広さ……最高ですッッ!!

 

 

286 名無しのクラブ会員

 

というワケで、Wakaさまからの公認キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

 

287 名無しのクラブ会員

 

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

  

 

288 名無しのクラブ会員

 

キタ――(゚∀゚)――!!

 

 

289 名無しの剣キチ

 

あ、そうだ。

 

俺はいいけどセカンドカーは控えめにしてやってくれ。

 

アイツはこういう文化に耐性無さそうだし。

 

あとディープな奴は俺等の目の届かないところで取引して、外には出さないように頼む。

 

 

290 名無しのクラブ会員

 

お任せください(`・ω・´)ゞ

  

 

291 名無しのクラブ会員

 

そのくらいのエチケットは弁えてますので(`・ω・´)ゞ

 

 

292 名無しのクラブ会員

 

ディープワンは放流禁止、これヲタクの基本(`・ω・´)ゞ

 

 

293 名無しのスノーウインド

 

ノォォォォォォォォォォォォォォッ!!!

 

 

294 名無しのクラブ会員

 

スノーウインドから断末魔がwww

 

 

295 名無しのクラブ会員

 

完全禁止じゃないだけマシだと思えwww

 

 

296 名無しのタイムマン

 

時にWakaさま、とても安心した顔をしていますね。

 

 

297 名無しの剣キチ

 

まあ、もっとデンジャーな集まりかと思ってたし

 

つーか、千里眼使ってこっち見てるだろ

 

 

298 名無しのタイムマン

 

はい♪

 

 

299 名無しのクラブ会員

 

千里眼ってあれだよな。

 

タイムマンが【速報】で使うアレ

 

 

300 名無しのクラブ会員

 

そうそう。

 

ちょっと古いけど、アヘ顔の全裸土下座を動画で配信したりとかな

 

 

301 名無しのクラブ会員

 

ふうま独立の時も流れたよな、【速報】

 

 

302 名無しのクラブ会員

 

ニュー速邪眼『千里眼』か

 

 

303 名無しのクラブ会員

 

ちょっwww

 

 

304 名無しのクラブ会員

 

なんという邪眼の無駄使いwww

 

 

305 名無しのタイムマン

 

ふっ、昔は色々と諜報に使ったり、忍法百鬼夜行で全方位から苦無を投げたりできました

 

それも今ではスレ民の様子を見て煽るのが精一杯ですよ

 

 

306 名無しの剣キチ

 

そういやタイムマンの忍術の奥義ってそんなのだったな

 

今でも使えんの?

 

 

307 名無しのタイムマン

 

今はもう使えませんね

 

投擲の腕が落ちたのもそうですが、今やると別のモノが出てきますから

 

 

308 名無しのクラブ会員

 

何がでてくるの?

 

 

309 名無しのタイムマン

 

……………………ど、同人グッズ

 

 

310 名無しのクラブ会員

 

・゚・(つД`)・゚・

 

 

311 名無しのクラブ会員

 

・゚・(つД`)・゚・

 

 

312 名無しのクラブ会員

 

・゚・(つД`)・゚・

 

 

313 名無しのクラブ会員

 

タイムマン

 

お前って奴は……

 

 

314 名無しのクラブ会員

 

もう『昔神童今凡人』なんでレベルじゃねーよ!!

 

 

315 名無しのクラブ会員

 

『昔神童今ダメ人間』ですね、わかります

 

 

316 名無しのタイムマン

 

随分と好き勝手言ってますが、いいんですか?

 

私がブチ撒ける同人グッズの中には、同士の会で書かれたブツ

 

そしてメンバーのペンネームとハンドルネーム、本名が書かれた一覧表もあるんですよ 

 

 

317 名無しのクラブ会員

 

きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!

 

 

318 名無しのクラブ会員

 

我々のプロフィールなどどこで手に入れたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

 

319 名無しのクラブ会員

 

ヤメロッ! 

 

ヤメロォォォォォォォォォッ!!

 

 

320 名無しのタイムマン

 

これもニュー速邪眼のちょっとした応用です

 

分かっていますね

 

身バレが怖かったら、私を戦場に立たせないように

 

 

321 名無しのクラブ会員

 

タイムマンめ

 

なんて恐ろしい脅迫を……

 

 

322 名無しのクラブ会員

 

死ぬ覚悟は出来てても、さすがに『同人やってました』と世間にカミングアウトするのは無理ィッ!

 

 

323 名無しのクラブ会員

 

身バレデータが流出する危険がある以上、絶対に奴を戦場に出すわけにはいかん

 

323 名無しのクラブ会員

 

というか小学生にダーツで負ける奴なんて、どんな場面で出すんだよ

 

 

324 名無しのクラブ会員

 

然り

 

この際、タイムマンには一生ヒッキー&喪女でいてもらおう

 

 

325 名無しの剣キチ

 

話にはついて行けんが、ここのメンツが本人特定されたくないのは分かった。

 

ところでキッキョーさんはいるか?

 

 

326 名無しのキッキョー

 

シュバッ!

 

はっ、ここに控えて御座ります

 

 

327 名無しのクラブ会員

 

文字でニンジャ・ムーヴとは…奴めできておる

 

 

328 名無しのクラブ会員

 

端くれとはいえ、物書きだからなぁ

 

 

329 名無しの剣キチ

 

小説読ませてもらったけど面白かったわ

 

それで作品の中に俺が転生云々って出てたんだけど、あれって何?

 

 

330 名無しのキッキョー

 

なろう系です

 

 

331 名無しの剣キチ

 

うん?

 

 

332 名無しのキッキョー

 

3歳のWakaさまを活躍させるには普通では無理があるので

 

ここはなろう系お得意の転生特典で攻めてみました。

 

 

333 名無しの執事犬

 

貴様ぁッ!?

 

Wakaさまをなろう系呼ばわりとは、不敬にも程があるぞ!!

 

 

334 名無しの剣キチ

 

気にすんな、執事犬。

 

なろう系ってのが何かは分からんが、こっちからネタにしていいって言ったんだ

 

この程度で目くじらを立てちゃダメだろ。 

 

 

335 名無しの執事犬

 

む…むう

 

Wakaさまがそう言うのなら……

 

 

336 名無しのキッキョー

 

転生の内容に関しては、私が中華系が好きだからですね

 

『男たちの挽歌』とか、カッコいいじゃないですか

 

 

337 名無しの剣キチ

 

そ…そうなんだ

 

じゃあ、技とか流派の名前も創作か?

 

 

338 名無しのキッキョー

 

あれは助けてもらった時に聞いたのを憶えていたんです

 

7歳のWakaさまがオークのこん棒や斧をスイスイいなして首を狩っていくの、本当に格好良かったなぁ。

 

 

339 名無しの剣キチ

 

7歳って、もう十年近く前じゃんか

 

よく憶えてたな

 

 

340 名無しのキッキョー

 

Wakaさまの事に関してなら脳内リソースに糸目はつけませんのでッ!

 

 

341 名無しの剣キチ

 

そいつは光栄だ。

 

礼の代わりってワケじゃないけど、小説の続きを書くなら手伝うぞ 

 

 

342 名無しのキッキョー

 

 

 

 

343 名無しのクラブ会員

 

大変だ!

 

キッキョーが息してない!!

 

 

344 名無しのクラブ会員

 

しっかりしろ、キッキョー!

 

Wakaさま公認だぞ!!

 

 

345 名無しのキッキョー

 

…………ハッ!

 

危うく涅槃に行くところでした

 

ですが、本当によろしいのですか?

 

 

346 名無しの剣キチ

 

ああ

 

とは言っても、小説は門外漢だから質問に答えるくらいだけど

 

 

347 名無しのキッキョー

 

それで充分です!

 

ヒャッハー! 薄い原稿が厚くなるぜッッ!!

 

 

348 名無しのクラブ会員

 

でかした、キッキョー!

 

お前は今から小説家だ!!

 

 

349 名無しのクラブ会員

 

忍務は代わってやるから、執筆に集中しろ!!

 

 

350 名無しの剣キチ

 

仲がいいのは結構だけど

 

無理はすんなよ、君たち

 

 

 

 

745 名無しのクラブ会員

 

というワケで、あれから一週間が経った

 

 

746 名無しのクラブ会員

 

今週も無駄に濃かったなぁ

 

 

747 名無しのクラブ会員

 

デカいところだとアヘ顔が体外妊娠したり、甲河の頭領が大失恋したりな

 

 

748 名無しのクラブ会員

 

ぶっちゃけ、土下座でアヘ顔が発した魂の叫びは私達に刺さるものがあるよね

 

 

749 名無しのクラブ会員

 

それは言わない約束だよ……

 

 

750 名無しのクラブ会員

 

けどさ、あの一件ってよくよく考えると

 

Wakaさまが井河の次代を救った事にならね?

 

 

751 名無しのクラブ会員

 

そうなんだけど、Wakaさま結局ロハでやっちゃったしなぁ

 

 

752 名無しのクラブ会員

 

あの件、幹部の中じゃ結構賛否両論だったみたいよ

 

肉団子はともかく、アヘ顔の子については相談してほしかったって

 

 

753 名無しのクラブ会員

 

現場で見てたらかなり緊急性が高い案件みたいだし、ちんたら話し合ってたら間に合わなかったんじゃね?

 

 

754 名無しのクラブ会員

 

その辺も含めて、八将的には振ってほしかったんじゃない?

 

現場からの通信でもさ

 

 

755 名無しのクラブ会員

 

かもねぇ

 

偉い人も大変だ

 

 

756 名無しのキッキョー

 

でけた!

 

でけたぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!

 

 

757 名無しのクラブ会員

 

キッキョー!

 

キッキョーじゃないか!!

 

 

758 名無しのクラブ会員

 

ついにできたか!

 

一週間も待たせよって!!

 

 

759 名無しのおばばさま

 

ともかく、早くうPするのじゃ!

 

でなければ、貴様ら半魚人にしてしまうぞ!!

 

 

760 名無しのクラブ会員

 

できれば人魚でお願いします!!

 

 

761 名無しのおばばさま

 

無理!

 

マーマンダインかうみうしが限界!!

 

 

762 名無しのクラブ会員

 

うみうしwww

 

 

763 名無しのクラブ会員

 

魚ですらねえwww

 

 

764 名無しのクラブ会員

 

茶番はいいから、ハリーー!!

 

ハリィィィィィィィッッ!!

 

 

765 名無しのキッキョー

 

このいやしんぼ達め!

 

慌てなくてもエサはくれてやるともさ!!

 

そらッッ!!

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 血と焦土が斑に残る戦場跡を3つの影が行く。

 

 一つは大人、後の二つは幼児であろう小さなモノだ。

 

「おらッ! もたもたすんな!!」

 

 苛ただしげな声と共に忍装束の男が手にした縄を引くと、後ろからついてきていた二人の子供は大きく前につんのめる。

 

 夜闇の先へと目を凝らせば、幼児二人は後ろ手に縛られて首にも縄が打たれ、その口まで猿轡で塞がれているのが分かるだろう。

 

 通常の感性を持つ者がいたなら罪人の様に引き立てられる子供達を救おうとしただろうが、生憎と戦場跡と化した里にはそんな者はいない。

 

 ここにあるのは勝者たる『井河』と敗者である『ふうま』のみ。

 

 こうして首輪をつけた犬のように幼児二人を引き摺る男は、井河衆が敷いたふうまの里攻略本部へと辿り着く。

 

 ボロボロになった衣服に履物も履かせてもらえない子供たちは疲労困憊の様相だったが、男はそんな事など気にもせずに陣幕の入口へと立った。

 

「……月」

 

「さらしな。───ご苦労さん、百地の総大将はいるかい?」

 

 投げかけられた合言葉を無難にこなし、男は門番に声を掛ける。

 

「ああ、百地殿なら陣幕の中に……って、もしかしてそのガキ共、ふうまの後継ぎか!?」

 

「シッ! 声が大きい!!」

 

 声高に叫びそうになる門番の口を押える男。

 

 周囲を見渡して他に聞いている者がいないのを確認した後、男は軽い口を開放する。

 

「勘弁してくれよ。下忍のおいらがこんな大金星を手にしてるってバレたら、名家のボンボンに手柄を奪われちまう」

 

「……すまねぇ。けど、よく捕まえられたな。コイツ等にはふうまの手練れが付いてたはずだろう?」

 

「ちょうど赤毛のチビが小便してるところに出くわしてな。ふうまのガキもいる上に護衛も下忍一人ってんで、サクッと邪魔者を片づけて掻っ攫ってきたのよ」

 

「そりゃまた運がいいこって。しかし、どうして生かして連れてきたんだ? 首だけにすれば面倒も無いだろうに」

 

 門番が発した疑問に、男は分かってないと言わんばかりに大げさに首を左右に振って見せる。

 

「あのなぁ。長老衆の爺様達は、どうしてこんなガキの命を狙ってると思う?」

 

「そりゃあ、ふうまのバカ共が再度反乱を起こさないようにする為だろ」

 

「そうだ。その為には完全にふうまが負けたって証拠が必要になる。それが次代頭領と幹部であるこいつ等の首ってワケだ」

 

「なら、なおの事首だけにした方がいいじゃねぇか」

 

「分かってないね、お前さんは。ふうまは兎も角として、ウチに従った甲河や根来の奴等は宗家のガキの顔なんて知らないんだぞ。仮に首を千切って持って行っても、本当にふうまの次代かって言われたら証明できないだろ」

 

「だから生かして連れてきたと?」

 

「そう。首と違って、生きてるんなら公開処刑やら何やらと利用価値は大きく広がる。里以外に逃れたふうまの残党をおびき寄せる餌とかな」

 

「なるほど。お前、下忍にしては頭いいな」

 

「この一戦で対魔忍の勢力図は大きく変わる。ふうまから井河中心にだ。だから、これからは末端だってオツムを使う時代なのさ」

 

「そうか、俺達は時代の節目にいるんだな。里に帰ったら勉強しなおしてみるかぁ」

 

「おう、そうしろそうしろ! そんじゃ、通させてもらうぜ」

 

「ああ、恩賞が出たら一杯おごれよ!」

 

 軽口を叩き合いながら幕を潜ると、その先には金をあしらった煌びやかな対魔スーツを着込んだ男がくノ一をはせべらせていた。

 

 男の名は百地龍信。

 

 井河の屈指の名家である百地の長、当代百地丹波の嫡男であり、ふうまの里残党狩りの総大将である。

 

「んん? 下忍風情が何の用だぁ?」 

 

 赤ら顔で礼式として跪く男の傍まで寄って行った百地は、下忍の顏に酒臭い息を吐きかけてくる。

 

「はっ! ふうまの次期頭領、ならびに二車の次期当主を捕えてまいりました。見分をお願いいたします」

 

「捕えてきただと? 面倒なことを、その場で首を刎ねればいいだろうに」

 

 総大将が門番と同じ問いを投げる愚物にも拘わらず、男は頭巾から覗く目に笑みを張り付けたまま、先ほどと同じ説明を繰り返す。

 

 もっとも、無礼討ちされないように形式ばった敬語に変えてだ。

 

「ふん、下忍風情が小賢しい。だが、このガキ共を手土産にすれば、口うるさいクソ親父を黙らせる事ができるかもな」 

 

 何時まで経っても自分を認めようとしない当代の驚く顏を夢想しながら、龍信はふうまを背負うはずだった幼子の前に立つ。

 

 ギロリと隻眼で自分を睨む幼子に嘲りの表情も隠さず、その口を封じていた布切れをはぎ取った。 

 

「特別サービスだ。言いたいことがあれば吠えてみろ、負け犬」

 

 まさに傲慢と言うほか無いセリフだった。

 

 しかし、龍信がそう言い放つのも当然であった。

 

 幼子である敵の大将が自軍の手に落ちた、しかも足手纏い付きである。

 

 此度の襲撃という盤上に於いて、これ以上の王手がどこにあろうか。

 

 しかし、この期に及んでふうまの子倅は口角を吊り上げた。

 

 それを見た井河の幹部達は不遜と憤る者が殆どであったが、中には歳不相応な胆力に感嘆の息を漏らす者もいた。

 

 そうして陣幕の面々が注目する中、ふうまの幼子が口を開く。

 

「────ッ」 

 

 対魔忍の優れた聴力を以てしても聞き取れないかすれた声。

 

「なぁにぃ、きこえんなぁ! もっとはっきり喋れ、小僧!!」

 

 それを煽りながら龍信は手を当てた耳を幼児の頭スレスレに近づけた。

 

「坊主、ご苦労さん。ゲームオーバーだ」

 

 子供とは思えない野太い声が耳に届いた瞬間、幼児二人と引き連れてきた下忍の身体からまばゆい光が溢れた。

 

 閃光・轟音・そして爆炎。

 

 そこから先の事を龍信は知るすべを持たなかった。

 

 何故なら陣幕の中にいた誰よりも先に、彼は冥府の門を叩いていたのだから。

 

 

 ◇

 

 

「たまやー! ってなぁ」

 

 ふうまの里を一望できる丘に吹き上がった爆炎を見ながら、俺はちょっとしたブラックジョークを口にする。

 

 不謹慎である事は自覚しているが、作戦の第一段階が成功したのだからこの位はふざけてもいいだろう。  

 

「考えましたね、若様。まさか蔵に保存されていたTNT火薬を、弥右衛門の忍術で傀儡にするとは」

 

 こちらの発言に苦笑いを浮かべながらも、頭を撫でてくる比丘尼さん。

 

 前世の記憶が戻る前から近所のおば……ごほんっ! お姉さん的な態度で俺と骸佐に接していたので、こうされていても違和感や嫌悪感が全く感じない。

 

「あのくノ一から絞り取った情報だと、この襲撃を指揮する現場責任者はボンクラで有名な名家のボンボンらしいじゃねえか。だったら、この程度のブービートラップでも引っ掛かるかと仕掛けてみたら、大当たりだったってワケだ」

 

 頭領の威厳うんぬん的にはアレだが、もう少し好きにさせておこう。

 

「百地の嫡男は大うつけ、この噂は流派を越えて流れていました。一説には『能ある鷹は爪を隠す』という可能性も囁かれていたのですが、戦場で女を侍らせ酒を飲んでいたところを見るに、悪い意味で本物だったようですね」 

 

 傀儡に仕込んでいた使い古しのガラケーを起点に、『千里眼』で陣幕の一部始終を見ていた時子はこの上ないほどに呆れた顔で深くため息をついた。

 

 彼女がライブでブチキレてたので、今は亡き井河本拠地の様子はこちらにも良く伝わっていた。

  

 あの阿呆を反面教師にして、せめて人並みな責任者になろうと思います。

 

 さて、ここで今回の作戦を説明しよう。

 

 まず俺が目を付けたのは水以外の如何なる物質とも同化できる弥右衛門の忍法『無形秘擬』

 

 その中でも同化した物質を使って分身を作り出す事だった。

 

 弥右衛門にこれを使って自分ではなく俺達の分身が作れるか尋ねたところ、呵々大笑と共に『その程度、朝飯前ですぞ!!』と頼もしい返事が返ってきた。

 

 計画の要が出来たら後は早いモノ。

 

 蔵に保管されていたTNT火薬200キロを利用して俺と骸佐、さらに案内役として篝火をモデルにした傀儡を作り出し、そいつに井河火遁衆の装備を着せれば準備完了。

 

 ちなみにこの傀儡、殺傷力を高める為に鉄くずを体内に仕込んでいたのだが、原材料である井河の装備を砕いていた皆はメッチャ笑顔が輝いていた。

 

 頭領としては楽しんでくれて何よりである。

 

 あとは爆発の被害に遭わないように地中へ潜行した弥右衛門が傀儡三体を操って本陣へ出向き、奴等の中央で足の裏から通した雷管に点火すれば任務完了というワケだ。

 

 ちなみに門番と交わした小粋なトークは弥右衛門のアドリブである。

 

 普段から豪快に笑っているイメージが強かったので、あの巧みな喋りを聞いたときは素で驚いた。

 

 そんなこんなで無事に弥右衛門と傀儡達は役目を果たしたわけだが、あの瞬間陣幕内を襲った爆風は18.6943kgf/㎝×2。

 

 これは鉄筋コンクリートや岩が砕けるレベルの爆風が陣幕内を襲ったことになる。

 

 如何に対魔忍と言えど、油断している所にこんなモノを食らっては一溜りもあるまい。

 

「今帰りましたぞ、若」

 

「ご苦労さん、弥右衛門。首尾はどうだ?」

 

「彼奴等は綺麗さっぱり吹き飛んでおりました。生存者はおりませぬ」 

 

 その言葉を合図として、各々の得物を手にしていくふうま衆。

 

 絶体絶命の状況を切り抜け続けてきた彼等は、ここが起死回生の機会である事を理解しているのだ。

 

「総員に告ぐ! ここが正念場だ!! みんなで生き残る為、戦場に行った家族と再会する為に、俺に力を貸してくれ!!」

 

 皆の上げる鬨の声を背に、俺は軽身功を練りながら森の土を蹴った。

 

「頭は潰したが数はいまだ井河の方が上だ! だからこそ地の利を活かせ! ここは俺達の里、俺達の庭だ! 相手の土俵に立つ事なく、徹底的にこちらの有利な状況を作り出して相手を封殺しろ! 卑怯云々なんて戯言に耳を貸すな! 勝って生き残る、それが俺達の正義だ!!」 

 

 俺の指示に異口同音で了承の意が帰ってくる。

 

 里のふうま衆はこの場にいる数十人に減ってしまったが、それでも誰一人否を唱える者はいない。

 

 例の仕込みが上手く行けば、政府も井河もしばらくは動けなくなるはずだ。

 

 その隙を突けば、今の人員だけじゃなく親父殿の戦場から落ち延びた者達とだって合流できる可能性も高い。

 

 おっと、取らぬ狸の何とやらはこの辺にしておこう。

 

 里の安全を確保する、それが俺の考えるふうま復興の第一関門なのだから。

 

 

 ◇

 

 

 ここで時は矢車弥右衛門が任を果たした頃まで遡る。

 

 井河の敷いたふうまの里攻略本拠が爆炎の中に消える少し前、ネットに散在する数々の動画配信サイトやツイッターを始めとする個人配信アプリにとある動画が投稿されていた。

 

 それには忍者のような格好をした成人男性たちが、十二歳の女の子と彼女に連れられた二人の幼児へ刃物片手に襲い掛かる動画だ。

 

 怯える幼児たちを庇いながら、少女は襲撃者へ向けて必死に問いかける。

 

「何故、自分達が殺されねばならないのか?」と。

 

 それに対して忍者たちはこう答えるのだ。

 

「貴様等ふうまは国に逆らった。故にこれは天誅である!!」と。

 

 当然ながら少女は忍者たちの言葉を否定する。

 

 しかし、忍者たちは重ねて口にするのだ。

 

「自分達は公安の依頼によって手を組んだ。それに異を唱えた貴様らは悪なのだ!!」と。

 

 ここで場面は切り替わり、忍者による凶行の犠牲になったであろう人々を映し出す。

 

 夜中に異変に気付いて飛び出したところを襲われた寝間着姿の大人。

 

 布団に入ったまま刃物で胸を一突きにされた老夫婦。

 

 双方が守ろうとしたのか、抱き合ったままで事切れている子供達。

 

 さらには子供を庇おうとした母親と年端のいかない乳飲み子まで。

 

 それは日本では考えられない虐殺の光景だった。

 

 そして最後に忍者の放った言が事実であると示すように、公安警察と対魔忍と呼ばれる集団との密約の書類。

 

 そしてそれに関わった人間の役職と実名入りのリストが提示され、件の動画は終わりを迎える。

 

 アップされた当初、この動画は犯人が忍者の格好をしている事もあって、自主制作の三流ショートムービーと思われていた。

 

 しかしネットの海には暇人が多い。

 

 その中にいる自称腕利きのハッカーが、動画の最後に映っている密約のリストを検証し始めたのだ。

 

 その結果、方々の法的機関のデータベースにお邪魔していた彼は記載されていた名前と役職、そして密約書が本物である事を突き止めた。

 

 まさかの事実が発覚した事により、動画への注目は爆発的に増加。 

 

 さらには当初作りものだと思われていた犠牲者の遺体も、騒ぎを聞きつけて閲覧した海外の著名な映像関係者達が挙ってそれを否定。

 

 この時はじめて、これがやらせではなく現代日本で起こっていた虐殺現場からのSOSであると認識されたのだ。

 

 この時点で動画のアップロードから二週間が経っていた。

 

 動画に映っていた少女と幼子達が助かっているなどと、極楽な思考をしている者は視聴者にはいない。

 

 子供達が必死に発した助けを呼ぶ声に応える事が出来なかった事を悔やむ彼等は、一斉に事の元凶である公安警察、そして政府へと抗議の声を上げ始めた。

 

 これだけならば、政府も多少の強権を発動させて黙らせる事が出来ただろう。

 

 しかし事はそれだけでは終わらない。

 

 動画は世界中に配信されていた事により、米連や欧州連合を始めとする多くの国家からバッシングを受けることになってしまったのだ。

 

 特に欧米諸国は児童虐待には敏感である。

 

 国家も関わる年端のいかない子供の虐殺に対して、これでもかと国際社会における日本の地位を暴落させた。

 

 これには日本政府も堪ったモノでは無い。

 

 もとより政府や公安にしてみれば、今回井河がやらかした蛮行は予想の斜め上であった。

 

 ふうま弾正の企てた反乱を鎮圧する事は許可したが、まさかその関係者を一族郎党皆殺しにしようなどとは夢にも思わなかったのだ。

 

 先進国にして法治国家である日本において、戦国時代の如き真似を実行に移すなど予測できる方がおかしい。

 

 そういう経緯から政府にせっつかれる形で動いた公安は、責任者の山本を介して井河の首脳部にふうまへの侵攻を即座に停止するよう命令を下した。

 

 井河を牛耳る長老衆にとって公安はふうまに反旗を翻らせる道具であると同時に、今後の井河を中心とする新生対魔忍の後ろ盾となり得る存在である。

 

 忍の掟に部外者が嘴を突っ込む事を不快に思ったものの、パトロンの指示なら飲まないワケにはいかないと指示に従う事に。

 

 彼等の中に息も絶え絶えとなったふうまなど何時でも捻り潰せるという驕りがあったのも、中止命令を飲む理由の一つになっていた。

 

 しかし、事態は老人達の思惑を嘲笑うように急転していく。

 

 ふうまの里を包囲していた軍が退いたのを確認した山本は、即座に自衛軍と共同で井河の里を包囲。

 

 同首脳陣全員を集団殺人教唆の罪で逮捕に踏み切ったのだ。

 

 もちろん、切り捨てられると分かった井河の長老衆が大人しくその手に手錠が嵌るのを待つはずがない。

 

 自衛軍など何するものぞと自身が手塩を掛けて育てた暗部を中心に、井河の忍達を率いて自衛軍と一戦交える腹積もりだったのだ。

 

 しかし彼等の思惑を未然に防いだ者が井河の中にいた。

 

 それは『最強の対魔忍』と言われていた若き頭領、井河アサギである。

 

 彼女は弾正による反乱鎮圧に加担したものの、その後の老人達によるふうま殲滅については聞かされていなかった。

 

 その中で妹のさくらが偶然見つけた例の動画が伝えた惨状に、今までのようなお飾りではなく本当の意味での井河の頭領として、老害と化した長老衆を除く事を決意したのだ。

 

 単身、井河の里から抜け出したアサギは旧知の中である山本を介して政府と交渉。

 

 ふうま襲撃の主犯である井河の長老衆の身柄、そして当初の契約では実行部隊とそのパトロンだった二者の関係を、井河を公安の非合法かつ完全な下部組織へ置く事を条件に里への武力行使を留めさせたのだ。

 

 交渉を締結させた後、里へと戻ったアサギはそのカリスマ性で他の対魔忍を戦わずして退け、暗部に関しては『最強の対魔忍』に恥じない強さを遺憾なく発揮して無力化。

 

 長老衆5名を公安へと突き出したのだ。

 

 その後は甲河と袂を分かったものの、アサギ率いる新生井河は公安の中でも正式には存在しない第三のセクションを担う武装諜報員として活動を開始する事となった。

 

 

 

 

「以上が現在の日本の状況です、若様」

 

 手元にある資料を基に私が報告を終えると、顎に手を当てて感心したように小さく唸る若様。

 

 十六歳の内面がそうさせるのだろうが、外見上はお子ちゃまが背伸びしているようにしか見えないので大変可愛らしい。

 

「すげぇな、このアサギって奴。組織の大半を掌握していた老害を叩き出すなんて、そうそう出来るもんじゃないぞ」

 

「『最強の対魔忍』の面目躍如という事でしょうね。武力に関しては周知の事実ですが、まさか政治的手腕もあったとは……」

 

「今後敵対するにせよ手を組む事があるにせよ、目が離せない相手ってワケだな」

 

「はい」

 

 重々しく頷く若様に専属秘書の一人となった私こと桔梗は小さく頷き返した。

 

 ふうまの里襲撃事件から早いもので一年の月日が過ぎた。

 

 あの運命の夜、若様に率いられた私達は一人の犠牲を出す事も無く、司令部を失った井河の刺客たちを討つ事が出来た。

 

 その後、井河が手勢を再編する前に、時子様主導でふうまの里にある要石を使用し悪意ある侵入者を阻む結界を構築。

 

 私達は籠城戦を挑む事となった。

 

 籠城というモノは援軍が確約されている状況で、味方が到着するまでの時間稼ぎに行う策だ。

 

 当時のふうまが頼れる外部勢力と言えば、先代と共に敗北し落ち延びた者達のみ。

 

 それもどれほどの数が残っているかも分からない状態だ。

 

 確実性を求めるなら里に留まるよりも安全な場所へ脱出するべきなのだが、そこは若様が仕込んだ策が物を言った。

 

 強襲を受けたふうまの里と下手人たる井河者の凶行を記録した映像。

 

 時子様の携帯端末から世に発信されたそれは、たった二週間で日本政府を動かす程の力となった。

 

 そのお陰で我々ふうま衆は命を拾う事となり、その後合流する事が出来た先代と共に戦った者達を引き連れて、今はこのアメリカの地で再起を図る事ができている。

 

 あの時、敗残者として死を待つだけだった私達の運命を覆したのが目の前の幼子だなど、誰に話したところで信じる者はいないだろう。

 

「しかしあれだな。みんながそれぞれ動き出してるのに、俺だけ何もできないってのは何か申し訳なくなるよ」

 

「アメリカはそういった部分では厳しいですから。若様を働かせると、今度は我々が児童虐待で世間から非難されてしまいます」

 

「それが厄介なところだよ。せっかく親父の伝手でこっちに来たのによぉ……」

 

「なら、日本に戻られますか?」

 

「冗談。今戻ったら死にに行くようなもんだろ。例の動画で密約文章を世に出した以上、今度は井河だけじゃなくて政府の殺し屋も狙ってくるわ」

 

「分かっているなら大人しくしていてください。お暇なら骸佐様達と遊べば良いではないですか」

 

「俺、中身は17なんだけど?」

 

「なら、子守だとお考え下さい。あの方を将来右腕にすると仰ったのは若様ですよ?」

 

「……しゃあねぇ。そんじゃ童心に帰ってくるか。桔梗、仕事の事は任せたぜ」

 

「いってらっしゃいませ」

 

 革張りの椅子から器用に飛び降りた若様は、ひらひらと手を振りながら会長室から出て行った。

 

 ここは先代が運営していた外資系企業の一つで、現在は若様が相続して以前から社長を務めている佐郷文庫が代理人となっている。

 

 本日の予定が映し出される液晶を見れば、米連政府をはじめとして会合のアポイントが目白押しだ。

 

「さて、今日も一日頑張りますか」

 

 軽く伸びをして、私も主が不在になった会長室を後にするのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

766 名無しのクラブ会員

 

あそこからお米の国に行くとは……

 

ともかく、ハッピーエンドでよかった。

 

 

766 名無しのクラブ会員

 

というか、

 

Wakaさまの策がえげつない

 

 

767 名無しのクラブ会員

 

現実でもやったメディア戦略に加えて

 

弥右衛門様の人間爆弾が容赦無さすぎるわ

 

 

768 名無しのキッキョー

 

あの二つはマジでWakaさま発案な

 

あの状況を覆すにはこれくらいしないとダメだろうって

 

 

769 名無しのクラブ会員

 

対魔忍的には破った勢力を根絶やしにするのは珍しくないけど

 

常識に当てはめたら普通に大量虐殺だもんな。

 

白日の下に晒したら、そりゃあ世間から非難されるわ

 

 

770 名無しのクラブ会員

 

例のNINJA騒動もそうだったけど、これがWakaさまの怖いところ

 

私達と違って対魔忍とは別視点で物事を見てる時があるもん

 

 

771 名無しのクラブ会員

 

ウチ等って物心つく前から対魔忍は社会の闇に潜んで悪を討つなんて叩き込まれたからなぁ

 

それを世間に公表するなんて、とてもじゃないけど考えつかんわ

 

 

772 名無しのキッキョー

 

 

その辺は下忍と頭領の教育の差なのかもしれないけどね

 

 

773 名無しのタイムマン

 

 

【速報】帝から勅命が来た

 

日本脱出がヤバい

 

 

774 名無しのクラブ会員

 

え?

 

 

775 名無しのクラブ会員

 

え?

 

 

775 名無しのクラブ会員

 

工工工エエエエエエェェェェェェ(゚Д゚)ェェェェェェエエエエエエ工工工

 



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日記34冊目

お待たせしました、本編完成です。

この頃は忙しいせいか、執筆スピードが滞りがちになってしまう。

年末まではバタバタするでしょうが、何とか書き続けたいと思います。 


 ▼月◎日

 

 未だ嘗てない難題に直面して本気で泣きたい、ふうま小太郎です。

 

 本日、我が国の帝から俺に対して勅命が下りました。

 

 というか、菊の御紋が入った書簡もらった忍者なんて俺が初めてじゃね?

 

 学校に行く寸前でウチに宮内庁の職員が持って来たんだけどさ。

 

 十六葉八重表菊の紋章を見た途端、災禍姉さんが失神したからな。

 

 もちろん、その場で封を開けるような馬鹿はしていない。

 

 問答無用で招集した緊急幹部会で内容を確かめたのだが、書面に掛かれた形式ばった長文を要約するとこうなる。

 

『ふうま小太郎ならびに、その配下の出国を禁ずる。また、ふうま小太郎は自身の修めた氣功術を宮内庁所属の退魔師へ教導することを命ずる』

 

 当然ながら場は大混乱である。

 

 ふうま忍軍は俺達の中学卒業を目途にブラド国へ移住を準備していたのだ。

 

 期日まで半年を切って色々仕込みも終わりが見えてきたのに、今更そんな事を言われても『YES』なんて言える訳がない。

 

 とはいえ、安易にNoを突き付けるには今回ばかりは相手が悪すぎる。

 

 帝は日本国憲法で国民の象徴として実権はほぼ持っていないと定められているが、それはあくまで表の話。

 

 実は退魔関係では依然として日本のトップに君臨しているのだ。

 

 そも天皇とは天照大御神の末裔にして、天津神が形成するこの豊葦原瑞穂国を護る強力な結界を維持する要でもある。

 

 はいそこ、結界張ってるくせに魔族が出て来てるとか言わない。

 

 隼人学園の講師曰く『日本にいる魔族はブラックみたいな化け物を除いて、結界の効果でほとんどが海外より弱体化している』らしいぞ。

 

 閑話休題

 

 背負った要の役割ゆえに代々の天皇は候補の中で最も霊力が強い者が選ばれ、結界維持の補助の術式が組み込まれた皇居から出る事はないそうだ。

 

 では国民の前で公務を行っている『帝』は何なのかというと、外に出れない要の御方に代わって国民の象徴を務めているのである。

 

 さて帝についてはこの辺にして、こんな大それたブツが弱小ニンジャサークルに届けられた原因について記そう。

 

 本件の情報源として頼ったのは、ウチの知り合いの中で最も宮内庁に精通しているのは上原学長である。

 

 早速連絡を取ってみると、こちらのコールを受けた彼女は神村教諭を連れてウチまで出張ってくれた。

 

 俺達の詰める会議室に着くなり、学長は『小太郎君、今回の原因は貴方の使う氣功術にあるわ』と言い切った。

 

 そこからの説明は色々専門用語が飛び交って把握しづらかったが、極力簡単に纏めてみた。

 

 事の発端は、現在の退魔術の根幹を成す発氣にあった

 

 発氣とは丹田で発生した氣を掌や足などから放つ技で、結界の基盤や遠当てなどの遠距離打撃、さらには符に込めれば術の媒介となる。

 

 これは奈良時代から続く中国との交易で使節に同行した道士から伝わった技術だそうだ。

 

 しかし悠久の時の中を脈々と受け継がれてきたこの技術には、ある重大な秘密があった。

 

 それは発氣が不完全な代物ということだ。

 

 陰陽寮に伝わる古い文献によると、日本に発氣を齎した道士達は氣を体内で巡らせることで大幅にその質を増幅する事が出来、その力を用いた者は生身の身体を鋼鉄の鎧と変じ、羽毛の如く風を踏んで空を舞ったという。

 

 当然ながら多くの術者が教えを請うたのだが、道士達は頑として教えようとしなかったらしい。

 

 ここまで書けばわかるだろうが、道士達が伝えなかったモノこそ俺の使う氣功術なのだ。

 

 戴天流も属する内家拳、その中で習得する氣功術は道教における神仙道の一種である。

 

 口伝では己が内面を巡る氣を制する小周天、そして外部から氣を取り込んで自身の力と成す大周天。

 

 双方を修めて天然自然と合一する事が氣功術の真髄であり、それを以て神仙へと至る道と成すとされている。

 

 道士達が門外不出としたのは、道術の最高位である仙人となる方法を他国に漏らすワケにはいかなかったからだろう。

 

 では、どうしてそんな秘奥が前世の上海で鉄砲玉なんかに伝わっていたのか?

 

 それについては簡単だ。

 

 あの世界は環境汚染が進み過ぎて、天地合一によって神仙へ到達するなど夢のまた夢だったからだ。

 

 故に本来の役割を失った氣功術はただの暗殺術へと堕ちて行った。

 

 この辺は電磁発勁なんて外法の練氣が開発されたのを見れば、容易に想像が付くだろう。

 

 閑話休題。

 

 上原学長の話だとこの世界の氣功術は中国奥地に住む修行僧が秘密裏に継承しているらしく、依然として門外不出の技術となっているなんだそうな。

 

 だからこそ、俺がその秘技を使えると知った彼等はここまでの動きを見せたのだ。

 

 あと誤解が無いように言っておくと、この件を上にチクったのは学長ではない。

 

 数日前、俺が学長の氣の流れを矯正しているのを見ている者がいたのだ。

 

 しかもそいつは陰陽寮の名家である土御門家の人間で退魔術に精通していた事が災いした。

 

 発氣とは全く別の氣の使い手という事で、その日の内に俺の事を宮内庁のトップに報告。

 

 それを受けて俺の事を調べた彼等は例の白金戦を得て、俺が秘匿された氣功術の使い手であると確信したそうな。

 

 ここに来てまたしても俺の足を引っ張るとは、孔家のキモウトは本当にロクな事をしない。

 

 ここまで話が大きくなれば、直接の雇用主である上原学長に声が掛からないワケがない。

 

 皇居に呼ばれて帝を前に質問攻めにあった彼女は、今までの経緯に加えて俺達がブラド国へ移籍する予定であることまで洗い浚いゲロったらしい。 

 

 うん、これについては文句を言うつもりはない。

 

 幾ら学長でも、帝を前にしてしらばっくれるほど面の皮は厚くないだろう。

 

 こんなワケで勅命が出た経緯は理解したのだが、そうなると次の謎が首をもたげてくる。

 

 そう、中国で未だ門外不出とされている氣功術を何故俺が使えるかという事だ。

 

 これについては黙秘する腹積もりだったのだが、紅姉の『小太郎、前世の事バレてるんじゃないか?』という失言で断念。

 

 結局、一から説明する羽目になってしまった。

 

 これを聞いたウチの幹部の感想

 

骸佐「お前がオカシイのは昔からだから気にならん」

 

爺様「逆に納得した」

 

甚内「若様がぶっ飛んでるのなんて今更」

 

災禍姉さん「小さい時から大人びてたのは、そういう理由だったのですね」

 

天音ねえちゃん「むしろ、それがいい」

 

時子姉「あの時の公開処刑で倒れなかった理由がわかりました」

 

 こっちとしては気持ち悪いとか非難を受けると思っていたので、こうもアッサリした反応だと拍子抜けである。

 

 あと、紅姉には情報の秘匿というモノを教え込もうと思います。

 

 最後に学長は『二日後に帝と謁見するから、そのつもりで』という爆弾を残して帰っていった。

 

 …………超行きたくねぇ。

 

 

 ▼月■日

 

 

 昨日の件をカーラ女王に相談しようとしたのだがダメだった。

 

 というのも、女王は勅命が届く前に国賓として宮内庁に招かれていたからだ。

 

 今回は北欧某国の親善大使ではなくブラド国の女王としてなので、当然ながら表ざたにされることはない。

 

 というか、これって完全に俺等を分断する策じゃねーか。

 

 さすがの俺もこれには思わず天を仰いでしまった。

 

 ここまで周到に用意されていては正直打つ手が無い。

 

 俺としては窮地の際に手を差し伸べてくれたカーラ女王への義理を果たしたい。

 

 だが、それに眼が行ったばかりに本来の目的を果たせないのでは本末転倒だ。

 

 帝からの命令を蹴ってブラド国に行くのは、二度と日本の地を踏めないのと同義。

 

 そうなってしまっては二車の小父さんと交わした約束を果たせなくなる。

 

 それにふうま衆の気持ちもある。

 

 口に出さないが、皆も吸血鬼の国へ移住する事に不安を感じていないワケがない。

 

 それでもついて行くと言ってくれたのは、井河からの抑圧によって日本では再興は困難と判断したからだ。

 

 帝から日本に残れと勅命を受けた事が知れれば、ブラド国へ付いてくる者などいないのではないだろうか?

 

 しかし、困ったもんだ。

 

 どちらか一方でもふうま衆全体へ価値を重く置いてくれれば、双方の面目が立つように立ち回る自信はあるのに。

 

 現実は帝も女王も欲しているのは俺の技術。

 

 これではどちらを選ぼうとも、もう片方の顔は潰れてしまう。

 

 それ以前に氣功術を教えろと言われても、俺の知っている訓練法を行ったら廃人と狂人と死人が山の様にできるんですが。

 

 まあ、高リスクの代償として上手くいけば一日で氣功術を使えるようになるから、膨大な犠牲に目を瞑るなら促成栽培には向いていると言えなくもないか。 

 

 やったら宮内庁を始めとする裏勢力を敵に回すからやらないけどね。

 

 なんにせよ、女王と連絡が取れないのはとっても痛い。

 

 今回の一件について彼女が得ている情報の深度によっては、日本政府の手玉に取られた挙句『裏切られた』などと悪印象を持たれかねない。

 

 明日の謁見を前に最低限の擦り合わせをしておきたかったのだが……。

 

 まあ、無い物ねだりをしても埒が開かん。

 

 明日は何度目かのふうまの将来を決める大事な岐路だ。

 

 失礼の無いように気を付けねば。

 

 

 ▼月◎日

 

 

 何とか問題の謁見はクリアした。

 

 ついでにカーラ女王と帝の交渉も調整が付きました。 

 

 何から書けばいいのか迷うが、まずは謁見について書くことにする。

 

 二日前に告げられた通り、礼服に身を包んだ俺は上原学長と共に皇居へと赴いた。

 

 言うまでも無いが随伴者は無し。

 

 厳重な警備をパスして中枢にある『お役目の間』へと通された俺は、そこで初めて帝と顔を拝む事となった。

 

 帝の第一印象はどこにでもいそうな人の良い小父さんだったのだが、それが大きな間違いだという事を俺は嫌と言うほど思い知らされることになった。

 

 当初、帝は4段ほど上の高座に座し俺と学長は床に跪いていたのだが、なんと開始して間もなく彼は俺達と同じ高さまで降りてきたのだ。

 

 さらには開口一番、井河の下に付いていた際に手を差し伸べなかった事を謝罪してくる始末。

 

 それを聞いた瞬間、俺は冷や汗が止まらなかった。

 

 もちろん畏れ多いとなどではなく、帝の強かさに戦慄したからだ。

 

 仮に俺が今回の勅命を拒否するならば、不遇の時代に手を差し伸べてくれたカーラ女王への義理が理由としては最も強い。

 

 帝はそれを見越したうえで頭を下げて見せたのだ。

 

 これでもう俺はカーラ女王をダシにする事はできなくなった。

 

 帝に頭を下げさせておいて『やっぱりむこうの義理を優先させます』などと言ったら、それこそ不敬罪で牢獄行きになってしまう。

 

 『……勿体ないお言葉です』と何とか当たり障りのない言葉を絞り出した俺に満足したのだろう、高座へと戻った帝。

 

 しかし、彼の攻勢はこの程度では無かった。

 

 弾正の反乱へと話を遡らせては、当時は国家反逆とされていた奴の所業を公安への公務執行妨害と改めたり(表では到底無理な話だが対魔忍間の出来事はほぼ全てが裏で処理されている。なので、帝の鶴の一声で変えられるのだ)

 

 それに伴う形で公安や自衛軍でブラックリスト入りしていた俺達の個人情報を『近代国家では連座制は廃されているし、そもそも小太郎殿以下の若年層は有責性が阻却されるので犯罪として成立しないだろう』と表の刑法を持ち出して解除させたりとやりたい放題。

 

 ここまでくると、こちらも帝のやり方が分かってくる。

 

 目を付けた人材には飴を与えるだけ与えて、地位と恩で雁字搦めにするタイプなのだ、この人は。

 

 彼の手管は好ましくないが、ふうま衆のことを思えば迂闊なマネは出来ない。

 

 そう我慢していると、帝は『恩人に否を突き付けるのは心苦しかろう。ゆえに、女王との交渉には朕が立とう』などと言い出した。

 

 『ふざけんな!!』と言いたいところだったが、悲しいかな一国の王の発言を覆す資格も術も俺には無い。

 

 この時点でブラド国を含む今回の一件は、全て俺の手から離れてしまったのだ。

 

 その後は怒涛の展開だった。

 

 帝を先頭に別室へ移動すると、そこには国賓として宮内庁に招かれているはずのカーラ女王とクリシュナ卿の姿が。

 

 状況が分かっていない二人に書類やら何やらを持ち出して話を進める始める帝。

 

 この時点でようやく横紙破りをされている事に気づいた女王は怒りを露にするも、ここは日本を覆う結界の核ともいえる場所である。

 

 その影響で能力の大半を封じれられた彼女は、大人しく交渉のテーブルに付かざるを得なかった。

 

 その後は本人そっちのけで口舌の刃を交える二人の王を見ていたワケだが、話の内容に関してはややこし過ぎて書く気にならん。

 

 結論から言えば、氣功術が目的の日本と俺と言う人材を得たいブラド国の折衷案が採用される事となった。

 

 具体的に言うと、俺のブラド国移籍は十年後に先送りされる事となり、その期間を日本の退魔師への氣功術伝授の時間とする。

 

 十年先送りにする代価として、俺は月一でアミダハラのノイ婆ちゃんの所へ出稽古に行かねばならない。

 

 稽古の内容については後日現地にて説明する予定。

 

 また俺がエドウィン・ブラックの討伐に乗り出した際には、宮内庁は総力を挙げてこれをバックアップすること。

 

 とまあ、大まかな取り決めはこのくらいか。

 

 本人に説明がなかったのは大変遺憾だが、その辺は言ってもせん無い事だろう。

 

 取り決めを反故にするとペナルティが掛かる術式が込められた用紙に互いに調印をし、気まずさが半端なかった交渉は終了。

 

 お役御免になった俺達は皇居を後にした。

 

 帰り道に約束を違える結果になってしまったことを女王に謝ったのだが、意外にも彼女は怒ってはいなかった。

 

 曰く『この国の王が動いた時点で、国民である北江や小太郎にはどうしようもないもの。それに私もやられっぱなしじゃないしね』とのこと。

 

 今回の件は普通なら激怒して当然のところなのに、女王の余裕に満ちた態度はある意味不気味だった。

 

 彼女は一国の頂点に座する身なのだ、小市民な俺達とは物事の視点が違うのだろう。

 

 それと女王がどんな悪だくみを仕込んだのかは気になったが、今日のところは問うべきではないと判断した。

 

 別れ際に『ノイのところでの修行、忘れないようにしなさい』と言い残して女王は去り、長い一日はようやく終わりを迎えたワケだ。

 

 つーか、今日は本当に疲れた。

 

 熱いシャワー浴びて、とっとと寝たい。

 

 そんでもって、明日は平日だけど完全オフにしてのんべんだらりと過ごしてやる……。

 

 

 ▼月×日

 

 

 今日は一昨日にカーラ女王が提示した条件である『ノイ婆ちゃんの修行』を熟す為にアミダハラに行ってきた。

 

 むこうに着くなり仮面のマダムの妹である李美鳳(偽名)がガチギレして襲い掛かってきた。

 

 言い分を聞くかぎりでは、自分の居場所をマダムにリークした事が許せないらしい。

 

 元とは言え甲河一族の対魔忍、さらには魔女となった事で魔術まで使える奴はアミダハラでも上位に食い込む手練れだ。

 

 しかし俺とて以前のままではない。

 

 秘剣に開眼し『因果の破断』に到達した剣腕の前では、ノイばあちゃんに大きく劣る李の小手先技など通用するはずもない。

 

 死なない程度にボコボコにして、その様子をマダムに写メっておいた。

 

 ちなみに付けたタイトルは『負け犬』

 

 ……勅命に端を発する一連のストレスを発散した事は否定しない。

 

 恨むならこんな時に喧嘩を売った己の不明を恨むがいい。

 

 余談だがマダムからの返信は『ナイスwww 今度なにか奢るわ』だった。

 

 本当に妹の事、嫌いなんすね……。

 

 余計な話はさておいて、本題に入ろう。

 

 ノイばあちゃんの店である土産屋『魔法堂』に着くと、一息つく間もなく地下へと通された。

 

 地下には体育館一個分ほどのスペースが確保されており、ばあちゃんが言うにはここで召喚される魔物を倒すのがカーラ女王から出された課題だそうな。

 

 修行も刃傷沙汰も大好物な俺としては躊躇する理由はどこにもない。

 

 李とのいざこざでウォーミングアップもすんでいたので、早速修行開始と相成った。

 

 そんなワケで呼び出されたのは、樹木の精霊と言われるドライアド。

 

 ノイばあちゃんに召喚されただけあって並の妖魔よりも強かったが、この程度ではまだまだ俺には届かない。

 

 足元から生えてきたパックンフラワーみたいなエグい植物を剪定したあと、あっさりと開きになってもらいました。

 

 婆ちゃんが言うには、こうして週一で化け物とタイマンを張っていく事になるらしい。

 

 女王にどういう意図があるか分からんが、アミダハラに通っていれば腕も落ちないだろうし、俺としては好都合だ。

 

 問題があるとすれば旅費が往復4万以上することだが、その辺は経費で何とかするとしよう。

 

 

 ▼月☆日

 

 今日はアサギが遅まきながら何時ぞやの力添えに対して礼を言ってきた。

 

 聞く話によると浩介君も順調に回復しており、懸念されていた身体改造の後遺症も指先が動かせるようになったとか。

 

 経緯はどうあれ、助けた身としては喜ぶべき事だろう。

 

 リハビリの原動力がアサギを再び抱く事だと聞いた時は、流石に閉口してしまったが。

 

 あの坊や、全く反省していないじゃないか。

 

 同席していた権左兄ィは『思春期のヤロウなんてこんなモンですよ』と言っていたが、年齢的に2度目の思春期を迎えている身としては納得が行かん。

 

 異性にガッツいていない俺や骸佐が特殊なのか?

 

 デリケートな部分は置いておくとして、悲しい事に喜べる話題はここまでだった。

 

 アサギの奴、なんと妊娠を理由に近い内に現役を退くと言い出したのだ。

 

 これには俺も権左兄ィも唖然。

 

 ラーメン屋で骸佐とネタ的な意味で話題にした事はあったが、まさか本当になるとは思わなかった。

 

 元凶となったのはもちろん例の受精卵。

 

 催眠刻印が解除された事で人工子宮に定着した事を幸いと、状態が安定したのを見計らって自分の腹に収め直したらしい。

 

 なんつーか、ここまで来ると妙な執念すら感じるわ。

 

 とはいえ、アサギの人生は彼女自身の物だ。

 

 迷惑が掛かるとはいえ、堕胎しろなどとこちらが言える訳がない。

 

 後任については考えているそうなので、今は向こうに任せるしかないだろう。

 

 元々アサギは恭介氏の際に一度足を洗っているのだ。

 

 この業界から逃げるチャンスを狙っていたとしても不思議ではない。

 

 そう浅い付き合いじゃないのだから、引継ぎさえしっかりしているなら『お疲れさん』と送り出してやるのが人情というものだろう。

 

 なんて考えていたのだが、あのヤロウが落す爆弾はここからだった。

 

 二日ほど前、五車にあったふうま別邸宛に書簡が届いたらしい。

 

 差出人はなんと死んだはずの弾正。

 

 内容は『目抜けの俺がふうまを継承するなど認められない。間もなく帰国するので頭領の地位を空けておけ』というモノだったらしい。

 

 正直ツッコミどころしか無いのだが、まず何でお前らがウチ宛の手紙の封を開けているのか。

 

 まあ、差出人がアレ過ぎるので警戒せざるを得なかったと言われると、こっちも矛先を収めないワケにはいかなかったのだが。

 

 質の悪い悪戯の可能性は高いものの、差出人がアメリカ在住である事を思えば高を括るべきではない。

 

 次から次へと厄ネタばかりだが、これも仕事と割り切るしかない。

 

 とりあえずは前頭領を出迎えるために、釘バットでも作っておくか。



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日記35冊目

 お待たせしました、本編更新です。

 とりあえず今回は『父帰還』までのツナギ回。

 小物と言われたパパンでも、忍術はわりと一級。

 決アナとRPGだとかなり使用は違うようですが、現状は資料のある決アナ仕様で生きたいと思います。

 

 


▼月◎日

 

 先代の歓迎に殺気立つ部下たちにほっこりしているふうま小太郎です。

 

 過日に井河から伝えられた『父、帰る』の知らせ。

 

 その反響はなかなかに凄いモノだった。

 

 今までの経緯を思えばこちらを舐めているにも程がある物言いだったが、なにせ差出人はクズっぷりに定評のある弾正だ。

 

 あのおっさんの奇行を愚痴る二車の小父さんや心願寺の爺様に土下座していた日々を思い返せば、この程度は通常運転と言っていいだろう。

 

 この件を受けて今月二度目の緊急幹部会を開く事となったのだが、八将のみんなは満場一致で俺の事を支持してくれるらしい。

 

 まあ、これで弾正を支持するとか言われたら、グレてノマドに走ってるところだが。 

 

 とはいえ、幹部連の支持を集めても肝心の部下が付いてこなければ意味が無い。

 

 このところ帝の件などなどで組織運営がブレてる自覚もある。

 

 中忍・下忍の中には『やっぱりガキがトップだと駄目アルよ』なんて考えてる者もいるはずだ。

 

 というワケで構成員にはアンケートを取る事にした。

 

 なんだかんだ言っても対魔忍は命懸けの家業である。

 

 上と下の信用関係がなければ、組織なんて早晩空中分解してしまうだろう。

 

 それを防ぐ為には部下の不満を吐き出させてやるのが一番だ。

 

 彼等の声を聴いて改善できる場所は努力するし、どうしようもない場合は話しあった上で時に送り出してやることも必要となる。

 

 二度の人生で末端の使いっぱしりを体験している身としては、彼等を軽んじるマネはしたくないのだ。

 

 みんなが俺に付いてきてそろそろ二年が経つ。

 

 今度はどのくらい残ってくれるやら……

 

▼月〇☆日

 

 あのクソ親父が何らかのアクションを取って来る以上は、こちらも対抗策を用意しておく必要がある。

 

 負け犬のロートルなどと侮っていては足元をすくわれてしまう。

 

 忘れてはならない。

 

 この世界で最も恐れるべきは油断と慢心なのだ。

 

 そんなワケで俺が最初に行ったのは弾正の顏を覚える事だったりする。

 

 というか、あのおっさんと一回も会った事ないんだよなぁ。

 

 目抜けの誹りも宗家の使用人から聞いたし。

 

 時子姉に頼んだ資料で奴の顔を見た感想だが、簡単に言えば小物臭い悪人だった。

 

 なんか中年太りで顔もデカいし、映画とかでボスにあっさり切り捨てられる中間管理職にしか見えん。

 

 そんな感想はさて置くとして、資料に目を通していくうちに厄介な情報が目に飛び込んできた。

 

 それは奴が使う邪眼『傲眼』である。

 

 これを一言で説明するなら邪眼殺し。

 

 額に五つ目を宿し、これに目を合わせた邪眼使いの身体を強制的に支配する事ができるという。

 

 また、眼を合わせずとも傲眼の一つを飛ばして埋め込む事で、対象の心理的弱みを虜にすれば同様に肉体を支配できるのだとか。

 

 額に目玉五つとか、性根だけじゃなくてビジュアル的にも汚ったない化け物じゃないですかヤダー!

 

 あのおっさんと血が繋がってることにいい加減嫌気が差してきたが、個人的感想を言っている場合ではない。

 

 問題は八将を筆頭とするふうま幹部が奴の能力に対してすこぶる相性が悪いという事だ。

 

 極端な話、奴だけ日本に潜り込んで来た場合、骸佐を始めとする幹部を邪眼で操り人形にされる危険性も否めない。

 

 邪眼を潰した俺には弾正の忍術は効かないだろうが、そうなってしまえばふうまは大打撃だ。

 

 奴がこの国の土を踏む前に早急に対抗策を考えねばなるまい。

 

▼月〇△日

 

 弾正関係でゴタゴタしているが、今日は少し違った事を書こうと思う。

 

 今回取り上げるのは銀零と龍ちゃんの事だ。

 

 ウチの愚妹は以前のようなイタい言動は鳴りを潜めたものの、それに代わってイタズラだのなんだのとヤンチャが目立つようになってきた。

 

 それだけなら年相応と微笑ましく見守っていたのだが、イタズラに邪眼を使うのはいただけない。

 

 あいつの邪眼は『冷眼』と言って、ふうま宗家の記録では視線で射抜いた相手を氷漬けにする強力な代物らしい。

 

 もっとも銀零はまだまだ未熟なので、現状では背筋に寒気がして動きが鈍る程度だが。

 

 効果の程はさて置き、こちらとてふうまを纏める頭領・剣キチ白雲斎である。

 

 未熟な邪眼如きに後れを取る訳にはいかない。

 

 そんなワケでマジックペンや筆を手に襲ってくるおてんば小動物共を、毎日エアプレーンスピンやメキシカンタイフーン甘口バージョンで迎撃しているのだ。

 

 現場を見ていた災禍姉さんの『そうやって構ってやるから懐かれるんですよ』という指摘は無視の方向で。

 

 ともかくだ。

 

 銀零の忍術制御に役立つとはいえ、こうもポンポン邪眼を使われるのはいかがなものか。

 

 万が一訓練をしている者に使おうものなら、大事故に繋がりかねない。

 

 その辺の事はゲンコツと一緒に常々言い聞かせてるのだが、今の悪ガキまっしぐらな愚妹はその程度では効かないだろう。

 

 どうやら、こっちの意味でも邪眼対策が必要らしい。

 

 今度米田のじっちゃんと災禍姉さんも協力してくれるっていうし、今一度邪眼の仕組みを詳しく解析する事にしよう。

 

▼月〇×日

 

 今日は三日ぶりに行った学校で興味深い事を知った。

 

 昔に失伝してしまった退魔術の一つに『血玉』という技法があるそうだ。

 

 これは自らの血液を霊力で結晶化し、装飾品として身に着ける事で霊力を貯蔵するというモノ。

 

 溜めのいる術を即座に発動させたり霊力切れを起こした際の備えにしたり、あとは複数を並行励起して術の威力を大幅に高めたりと、実に汎用性に優れた技術なんだそうな。

 

 聞けば江戸時代辺りで継承者が途絶えたそうなので、担当していた講師も豆知識的な意味で教えてくれたのだろう。

 

 しかし、こういうモノを知れば試したくなるのが人の性。

 

 近頃は退魔術にも力を入れている事もあり、善は急げとばかりに昼休みを利用して試してみた訳だ。

 

 とはいっても、授業で言っていたのは血を氣で固めるという触りだけ。

 

『血玉』の具体的なHOW TOについては言及できていなかった。

 

 当然ながら、そんな状態で一発成功するほど技と言うのは甘くない。

 

 針で指を突いては出てきた血に勁を込めるものの、出来るのは明らかに失敗作である赤黒い血の塊ばかり。

 

 感触としては悪くないとは思うのだが、どうもやり方が違うような気がするんだよなぁ。

 

 まあ、こういった過去の技術のサルベージは試行錯誤が付き物だ。

 

 焦らず地道にやっていこう。

 

▼月〇◇日

 

 えー、昨日の今日でなんだが『血玉』の再現に成功しました。

 

 切っ掛けは米田のじっちゃんと共に行った邪眼の構造解明だった。

 

 実験は俺が災禍姉さんの邪眼を受け、そのデータをじっちゃんが解析するいうモノ。

 

 姉さんの邪眼は『掛かった者の視界と認識を乗っ取る』という効果を持つのだが、掛かりながらも俺はそれを打ち消すべく抵抗を試みるつもりだった。

 

 潰したとはいえ俺も邪眼持ち、万が一『傲眼』が効いてしまった時の備えは必要になる。

 

 話を実験に戻すが、事前に聞いていた通り邪眼の効果が発動した直後から、肉体はこちらの認識から乖離してしまった。

 

 同時に意識も靄が掛かったように鈍化したのだが、思考の方は停止した訳ではなかった。

 

 言葉にすると難しいのだが、例えるなら何かを考えながら歩いている時に『歩く』という部分を感覚ごと奪われたと言えばいいだろうか。

 

 なので当時の俺は肉体制御の認識を災禍姉さんに掌握されても、小賢しく回る脳みそは健在だったワケだ。

 

 さて、ここからがこの実験のミソである。

 

 邪眼の具体的影響を探るべく経絡操作の要領で体内をサーチしてみると、異常はすぐに発見することが出来た。

 

 循環する氣が見つけた異物の在処は脳でいう所の前頭葉の運動を司る部分、そして感覚と肉体操作を担当する前頂葉の一部。

 

 そこに魔力・米連で言うところの対魔粒子が付着していたのだ。

 

 他の邪眼も検証しないとはっきりとした事は言えないが、災禍姉さんのような瞳術系の邪眼は対象と目を合わせる事により、視線によって眼球を介して脳内に対魔粒子を送り込んでいるのではないだろうか。

 

 そうして脳内をハッキングする事で忍術の効果である肉体の支配や洗脳を行う、というのが俺の仮説である。

 

 これに関しては対魔粒子の流れを検証していたじっちゃんも同じ意見だったので、ある程度は信ぴょう性が置けると思っていいだろう。

 

 さて邪眼についてはここまでにして、次は『血玉』について記そう。

 

 これについては全くの偶然による産物だった。

 

 邪眼の仕組みもある程度掴めたので、次のステップとして術を破る為に俺は内勁を巡らせた。

 

 ムラマサの時と同様に氣によって魔力を中和しようと試みたワケだ。

 

 此方の思惑は見事に的中し、ほどなくして肉体の感覚が戻ってきた。

 

 しかし邪眼の効果が切れる瞬間、肉体の主導権に刹那の空白が出来てしまったのだ。

 

 木偶のように身体が崩れ落ちる中、何とかギリギリで受け身は取れたものの、床に手を付いた際に何処かで切ってしまった。

 

 災禍姉さんは『若様、申し訳ありません!』と取り乱していたが、そもそもこちらが言い出した事なので彼女に非は無い。

 

 手の方もかすり傷だったので気にしないように言っていたところ、傷口から漏れた血の雫がカランと床で乾いた音を立てた。

 

 首を傾げながら拾い上げてみると、手の中にあったのは昨日量産した赤黒い出来損ないではなくルビーを思わせる紅玉。

 

 これを見て、俺は漸く昨日の違和感の解を得た。

 

 血玉の正しい精製方法は体外に排出した血に氣を込めるのではなく、体内で十分に氣を込めた状態で血を出す事だったのだ。

 

 こんな偶然でこの事実に気付くのは、いくらなんでも出来すぎのような気がするが、技術というのは得てしてこういうモノなのだろう。

 

 余談だが今回生み出した血玉はじっちゃんにあげた。

 

 術の詳細を聞いたじっちゃんが『なにか上手い使い方があるかもしれん』と言っていたからだ。

 

 じっちゃんなら間違っても悪用なんてしないから問題ないだろう。

 

 なんだったら、静子さんのお守りにしてもいいし。

 

 とりあえず、日記をつけ終えたら今度は学長に報告書を書かねばならん。

 

 めんどいがこれも仕事だ。

 

▼月〇▽日

 

 昨日作った報告書の件で、案の定上原学長から呼び出しをくらった。

 

 要件は言うまでもなく『血玉』の説明と実践について。

 

 言われるがままに目の前で造ってみれば、盛大な溜息と共に『貴方、生まれる家を間違えたんじゃない?』なんて言われてしまった。

 

 どういう意図かといえば『退魔師の家に生まれていれば稀代の天才として持て囃されたのに』という意味らしい。

 

 いや、今更そんなことを言われても対応に困るのだが……

 

 そもそも退魔師も本業じゃないし。

 

 その後は俺の指導の下、学長も『血玉』の精製に成功したのでお役御免と相成った。

 

 割と簡単にできたと学長は言っていたが、伝承によれば『血玉』は使い捨てアイテムだ。

 

 一々作るのに苦労していたら割に合わんだろう。

 

 本来の要件が終わったので、学長に弾正の件を伝えておいた。

 

 彼女も奴の悪評を聞いていたらしく、名前が出た瞬間に物凄く嫌な顔をしていた。

 

 弾正が彼女に何かするというのは考えすぎかもしれないが、上原家と宮内庁は現状におけるウチのスポンサーだ。

 

 万が一を想定して、念には念を入れておくべきだ。

 

 それから学校を終えた後、俺は家に帰ってアサギに連絡を取った。

 

 理由は勿論、アレすぎる手紙の内容で聞きそびれてしまった『反乱時、弾正の死亡を確認したかどうか』についてだ。

 

 これに関してのアサギは『あの時、確かに弾正を討った』とはっきり答えた。

 

 となれば、考えられるのは二つ。

 

 一つは今回動き出した弾正が偽物、もしくは米連が作り上げたクローンである事。

 

 もう一つは奴は生きており、反乱時に死亡した弾正こそが影武者かクローンという可能性だ。

 

 どちらにしても、カギは弾正が当時から接触していた米連が握っていると考えていいだろう。

 

 こうも奴に振り回されるのは実に業腹なのだが、言ったところで詮無い事だ。

 

 たまには忍らしく奴の背後関係もしっかりと洗う事にしよう。

 

 これは余談だが、アサギ曰く浩介君が俺の弟子になりたいと言ってるらしい。

 

 前回の騒動で忍術には懲りたものの、アサギの役に立ちたいという思いは変わらない。

 

 だったら、忍術無しで活躍している俺の弟子になればいいじゃないという事だそうな。

 

 派閥とか利権とかそういったモノを一切合切無視した意見に開いた口が塞がらない俺。

 

 こっから先の会話はこんな感じだった。

 

「なんで俺が浩介君に剣術教えにゃならんの?」

 

「えっと……あの……コウくんも言ってるだけで本気じゃないだろうし、気にしなくていいと思うの」

 

「前回の事を見るに彼って割と暴走するタイプだろ。じゃなかったら自分の頭領寝取るとかしないって」

 

「すみません。しっかり釘を刺しておきます」

 

「つーか、俺が教えたら促成栽培になるから80%で死亡・10%で廃人・9.9%で発狂する事になるけど」

 

「なによ、それ!?」

 

「ただし、成功したら1時間で基礎は使えるようになる。ちなみに長期コースだと卒業まで40年は掛かるぞ。もちろん才能が無かったら容赦なく切るけどな」

 

「……絶対に諦めさせるわ」

 

 言うまでもないが前世では俺は促成栽培コース、名家出身の濤羅兄や豪軍は長期コースでした。

 

 才能がある者でも40年掛かる道のりを15年かそこらで駆け抜けたあの二人が、如何に天才だったかが分かる話である。

 

 

 

 

 みなさん、ごきげんよう。

 

 東京キングダムのスラム地区あらためゾンビパラダイスで、最大級の厄ネタと遭遇しているふうま小太郎です。

 

 あ~とかう~とか呻きながら俺の生肉を狙って押し寄せてくる屍生人の首を刎ね、その眉間に拾ったH&K MARK23・通称ソーコムの45ACP弾を叩き込む。 

 

 片手に刀・もう一方に銃とか、どこのスーパーウルトラセクシーヒーローなのか。

 

 俺には『ヒーローメーター』なんて愉快な代物は存在しません。

 

 愚痴はこの辺にしてどうしてこうなったかを説明しよう。

 

 原因を一言で言うと仮面のマダムからの依頼である。

 

 弾正の背後を探るためアメリカ繋がりで甲河に連絡を取ったのだが、奴の後ろにいるのは少々厄介な連中だったらしい。

 

 特務機関『G』

 

 魔界技術を積極的に取り入れてサイボーグや人工魔族なんかを生み出している、米連内でもかなりダーティな組織だ。

 

 甲河が所属するDSOが魔族排斥派ならば、奴等は魔界技術やそれが生み出す利権を目的とした魔族利用派。

 

 分かりやすく言えば同国内でのライバルという事になる。

 

 そんな奴等の内情を探れと頼む以上、こっちだってロハでやってもらう訳にはいかない。

 

 結構むこうには貸しがあった気がするが、いつぞやの『頭領アルハラ事件』を持ち出されては口を噤まざるを得ない。

 

 まあ、あれだ。

 

 上司ってのは部下のケツを拭いてやってナンボである。

 

 この程度でヤイヤイ言うなんて器が小さいマネはするべきではない。

 

 そういう経緯もあり、俺は特務機関『G』の情報を探ってもらう代償として、マダムからのお願い(笑)を受ける事となった。

 

 で、依頼の内容は東京キングダム郊外で『G』が生物兵器を運び込んだとの情報があるので、証拠かあわよくば現物を押さえてほしいというモノ。

 

 てなワケで俺は久々に東京キングダムへお邪魔する事となった。

 

 宮内庁の方から『任務に出んな』という通達があったような気がするが、まあ気のせいだろう。

 

 任務に出ない対魔忍なんて飛べない豚と一緒だし。

 

 マダムからの情報を元に磨きを掛けた圏境を駆使して色々と探っていたところ、スラム地区に足を伸ばした辺りで俺の直感がガンガンと警鐘を鳴らし始めた。

 

 具体的に何が来るのかは分からなかったが危難が近いと判断した俺は、地面に突き立てたムラマサを中心に結界を形成。

 

 それから少しして眼に見えない何かが結界の周りを吹き抜けると、無駄に活気があったスラムはゾンビの巣窟へとビフォーアフターしていた。

 

 おそらくはマダムご依頼の品の仕業だろうが、一つ言わせていただきたい。

 

 こんなB級映画的な展開ありか、と。

 

 その後は念のために持ってきていたガスマスクを被って任務を続行していたのだが、米連の最新型はマジで凄いな。

 

 レンズの下の投影ディスプレイが出てきて、空気清浄機能の残量や周辺の汚染度まで表示されるんだから。

 

 不幸中の幸いは、原因となった恐らくはガス状の生体兵器の持続時間が短い事か。

 

 たった数分で周辺の汚染度が一桁まで落ちてるし。

 

 とはいえ、スラム街が未だ地獄である事には変わりない。

 

 周辺では建物に入って難を免れていた住民たちが次々とゾンビのエサになっているし、何時の間にやらスラムを囲むようにでっかい壁が生えてきてる。

 

 まあ、東京キングダムの特性を考えれば、防護・防疫用の障壁が用意されてもおかしくないけどな。

 

 そんなことを考えながらも、某サバイバルホラーよろしく武器を現地調達して進んでいたのだが、ここで思わぬ人物と遭遇する事になった。

 

 それが現在俺の前に立っているエドウィン・ブラックである。

 

「ほう。誰かと思えば、ふうまの若頭領ではないか」

 

「ご無沙汰かな、Mr.ブラック。つーか、ガスマスク付けてんのによくわかるな」

 

「私は興味を持った人間の気配を忘れない質なのだよ、ダークナイト君」

 

 あらま、そっちもバレバレか。

 

「で、アンタはどうしてここにいるんだよ。少なくともセレブが足を踏み入れる場所じゃないと思うけどな」

 

「米連の羽虫共がなにやら楽しそうなことをしていると聞いてな。イングリッドが煩いので護衛を連れてきたのだが……」

 

「この騒ぎで見事にゾンビになった、と」

 

「さらには防疫用の障壁も作動しているようだ。マニュアル通りなら、あと二時間もすればあそこからナパーム弾が投下され、この地区はキレイに焼き尽くされる事になる」

 

 世間話をするような口調のブラックに俺は思わず天を仰いだ。

 

 いくらゾンビ映画っぽいシチュエーションだとしても、ここまで同じにしなくてもいいだろうに。

 

「で、アンタはどうするんだよ?」

 

「炎で焼き尽される程度、どうという事は無い。しかし、ここは私の街だ。無為に灰に帰すのは見過ごせん」

 

そう言うとブラックは、懐から取り出した妙にデッカイ化け物銃をこちらに突き付けてきた。

 

 同時に俺も奴の眉間へソーコムをポイントする。

 

 ぶっちゃけ45口径なんて銀玉鉄砲以下だろうが、ポーズと言うのは大切である。

 

「────だから、邪魔な俺を先に排除する、か?」

 

 こちらの問いかけにブラックは口元を吊り上げると、躊躇なく引き金を引いた。

 

 彼我双方同時に放たれた弾丸はお互いの頬を掠めるように背後へ逸れ、迫り来ていた屍生人の頭蓋を粉砕する。

 

 それが始まりのゴングだった。

 

 生き残り達を食らい尽くしたのか、一斉に群がってくるゾンビの群れ。

 

 ブラックが放つ銃弾が一発に付き3,4体打ち倒す中、奴の背後に回り込んだ俺はソーコムを連打して間合いを確保して踏み込みざまの一閃で5体の首を刎ね飛ばす。

 

「いいのかね? 私に背中を預けるような真似をして」

 

 轟音じみた銃声と共に楽し気な様子で問いを投げるブラック。

 

「遊び相手を不意打ちで仕留めるような性格じゃないだろ、アンタは。つーか、そんな化け物銃でギリギリ狙うんじゃねーよ!!」

 

 それに対して俺は崩れ落ちる死体を踏み台に跳躍し、前宙しながら次々とゾンビの頭部に銃弾を浴びせていく。

 

「とある国教騎士団に所属する吸血鬼が使うモノを再現してみたのだ。なかなかに良い玩具だぞ」

 

「国教騎士団って、最悪のヴァンパイアって言われてる奴かよ!?」

 

「あの男はなかなかに面白いぞ、危うく私も首を狩られるところだった。君も一度挑んでみてはどうだ?」

 

「それも面白───却下でヤンス」

 

 うっかり俺の剣がどれだけ通用するかなんてやる気になったけど、今の立場を考えたらナイワー。

 

 そんな真似したら日英の関係がエライ事になる。

 

 そんな感じで雑談を交えながら暴れまわっていると、数分ほどでこの辺のゾンビは品切れになった。

 

「さて、小太郎君。提案なのだが、ここは協力しないかね?」

 

 銃口から立ち上る硝煙を吹き消すと、化け物銃を懐に収めながらブラックは意外な申し出をしてきた。

 

「急な話だな。俺に何をさせようってんだ?」

 

「なに、大したことではない。この一件の収束を手伝ってもらいたいだけだ。もちろん、この場を火の海にせずにね」

 

 なるほど、ソイツは渡りに船である。

 

「けどよ、後2時間くらいでナパーム弾が落ちるんだろ。それまでに収束させるのはキツイぞ」

 

「それに関しては外部に連絡を取れれば何とかする。今は壁からの妨害電波で通信できんが、スラムとの境目にあるビルに行けば携帯が繋がる筈だ」

 

「まあ、過保護な騎士様やお抱えの魔界医師も動いてるだろうからな。けどこっちだってガキの使いじゃない。ロハじゃ動かないぜ?」

 

「私の娘を───」

 

「却下」

 

「むう、気立てもいいのだが……」

 

「まずはマトモな常識を頭に叩き込んで来い、話はそれからだ。それで他には?」

 

「では、ふうま弾正についての情報というのはどうかね」

 

「相変わらず耳が広いね。そんなことまで知ってんのかよ」

 

「アメリカも私のホームグランドでね。君に介入しようとしている者がいると小耳に挟んだので、確かめてみたのだよ」

 

 ドヤ顔のブラックに俺は小さく肩をすくめてみせた。

 

 なんか妙な縁が出来てるような気がするなぁ。

 

 厄介なネタにならなければいいけど……

 

「OKだ。アンタに力を貸そう」

 

「色よい返事がもらえて何よりだ」

 

「それで、まずはどうする?」

 

「時間を確保する為に外部へ連絡を取らねばならん」

 

「つーことは、あのビルに突撃か」

 

 軽身功で上に行ければ楽なんだが、吸血鬼のブラックに勁を通したらどんな事になるか分からん。

 

 死んだら儲けものだけど、敵対行動だなんて取られたら面倒だ。

 

「しかし死者の蔓延る街で敵同士が手を組むとは、まるで映画ではないか。帰ったら部下に作らせてみるか」

 

 ふむ、現状を纏めてみよう。

 

 少年忍者が敵対組織のボスである吸血鬼と協力して、ゾンビだらけの街でサバイバル。

 

 なんてことだ、完全にZ級じゃないか。

 

「作ってもいいけど、ラズベリっても俺の所為にしないでね」

 

 高笑いするブラックに俺はそう呟いた。



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日記36冊目

 お待たせしました、新作投稿です。

 2019年もあと少し。

 プライベートが多忙になりつつありますが、今年中にあと一話は登校したいと思います。

 ええ、石250個ブチ込んで鹿之助も蛇子も来なかった怒りが私に力を与えてくれるでしょう!

 つーか、SR演出で出てきたのがアルカ・スティエルとかすり抜けにもほどがあるわ。


▼月〇◇日

 

 どうもゾンビ・パラダイスから生還したふうま小太郎です。

 

 いやはや今回の任務は想定外のオンパレードだった。

 

 まずはマダムの依頼で回収しようとしていた特務機関『G』のBC兵器が暴発したのが一つ。

 

 で、その影響で東京キングダムのスラム街の住人が軒並みゾンビに化けたのが一つ。

 

 現地でたまたまブラックのおっさんと遭遇して、協力して事態収拾にあたったのが一つ。

 

 最後にアサギクローン(手足がサイボーグだった)とふうま亜希って遠縁の親戚に会ったのが一つ。

 

 こうまで不測の事態が重なるなんてことはそうそう無い。

 

 普段の任務なら撤退一択だ。

 

 それを踏ん張ったのは、報酬である特務機関『G』と弾正の情報が是非とも欲しかったからである。

 

 反乱時にくたばったのが奴のクローンなのか。

 

 それとも手紙の主がクローンで、奴の裏で糸を引いてる誰かがいるのか。

 

 その辺をハッキリさせておかないと、延々とイタチごっこを繰り返す羽目になる。

 

 ヴラド国に帝の命令、対魔忍間の確執や内調の暗躍と、今は色々ややこしい問題が多い。

 

 せめて身内事くらいは手早く片付けたいのだ。

 

 そんなワケで時におっさんとリベリオン式ガンカタごっこをしたり、放置されていたタンクローリーを使ってヒート・スナイプを再現したりしながらゾンビを蹴散らしていったワケだ。

 

 というか、ブラックのおっさんサブカルに無茶苦茶明るかった。

 

 本人曰く『私は面白い事に目が無くてね、人間の作る映像作品やゲームは常々楽しませてもらっているのだよ』とのこと。

 

 言われて思い出したけど、ノマドはかなりデカいアミューズメント部門持ってたわ。

 

 日本の『バ●ダイ・ナ●コ』を買収するとか一時期ニュースになったし。

 

 あれってCEOの趣味だったのね。

 

 あ、クローンアサギと亜希はシバキ倒して従えました。

 

 この時の俺は、ノマド関連で揉め事にならないようにおっさんの護衛の一人『ダークナイト』を名乗ってからな。

 

 身分を詐称しているとはいえ、どんな立場でも仕事は全力で取り組まねばなるまい 

 

 しかし、なんでこう対魔忍(クローンは違うけど)は頭の固い奴が多いのか?

 

 そりゃあ宿敵のおっさんがいたら襲い掛かりたくなるのは分かるけど、状況判断くらいはしっかりしようよ。

 

 物量比は軽く見積もっても数万対4だぞ?

 

 ここで揉めてタダでさえ少ない人手を減らしてどうすんだ。

 

 まったく、おっさんを利用して生き延びるくらいの柔軟さを見せれんもんかね。

 

 まあ、今回の二人は自分より強い奴には従うって野生動物みたいな習性を持ってたから大事にはならなかったけど、これが井河の石頭だったらと思うとゾッとするわ。

 

 さて、想定外の事態が少しあったもののこっから先の旅行きは順調だった。

 

 というか、おっさんがハッスルしすぎて俺はともかく後ろの二名は自衛以外に出番がなかったし。

 

 とりあえず言いたいのは、重力使いだからって『ディストリオン・ブレイク』なんて普通撃てないだろ。

 

 だいいち重力レンズはいいとしても、元のビームはどうやってんだよ?

 

 体液か?

 

 目から圧縮した体液をぶっ放してんのか!?

 

 こうなったら俺もバージルよろしく次元斬を極める必要があるかもしれん。

 

 そんなこんなでゾンビ映画さながらの光景を潜り抜ける事しばし。

 

 俺達は漸く『G』のラボに辿り着いた。

 

 こうも簡単に忍び込めたのはノマドが奴等の動向を逐一監視していたからなんだけどね。

 

 『仮にも君たちは諜報のプロだろう。ならば日々の些細な情報もおろそかにしてはいかんな』というおっさんの言葉のイタイことイタイこと。

 

 忍者組織の頭領としてぐうの音も出ませんでした、はい。

 

 アサギとアスカにも聞かせてやりたい金言を背に受けて中へ入ってみると、ラボには複数のでっぷり肥えたアメリカナイズな科学者達が職員を指揮していた。

 

 どうやら奴等はゾンビガスを意図的に散布して実践データを取っていたようだ。

 

 奴等も俺達はともかくブラックのおっさんが来るとは向こうも思っていなかったらしい。

 

 おっさんの姿を見た時は泡を喰っていたようだが、素早く感情を切り替えるあたり伊達に特務機関に勤めてはいないようだ。

 

 そうして奴が俺達にけしかけてきたのは何時ぞやの失敗兵器『馬超』であった。

 

『醜いな……なんだあれは?』

 

『アンタとアサギの子供だよ』

 

『そういうスキャンダラスなセリフはやめてくれないかね。楓が帰って来なくなったら、おじさん死んでしまう』

 

 量産していたようで馬超は三匹いたが所詮は再生怪人。

 

 こんな軽口を言い合いながら、あっという間に片づけてしまった。

 

 ちなみにオタクの嫁さんはウチに来てないので探しに来ないでね。

 

 その後は護衛を失ったスタッフや科学者たちが各自拳銃を向けてきたのだが、そんな素人に後れを取るほど俺は甘くない。

 

 情報を得るための必要最低限以外はヘッドショットで撃ち落し、施設の責任者らしき男が出した虎の子の人工魔族も、俺とおっさんが『Jackpоt』の掛け声で同時に弾丸を打ち込んで始末完了。

 

 こっちは内勁、むこうは重力波を込めた代物だったので食らった魔族はカケラも残りませんでした。

 

 その後は東京キングダムでおいたを働いた責任者はおっさんが引き取り、現物は確保できなかったものの俺は今回のゾンビガスのデータを回収した訳だ。

 

 あとは仮面のマダムとおっさんから来る特務機関『G』と弾正の情報を精査するだけだ。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……

 

▼月〇◎日

 

 

 ……疲れた。

 

 八将と天音姉ちゃん達に昨日のゾンビパラダイスの件を報告したんだが、危うく甲河へのクレームに発展しそうになった。

 

 たしかに俺とブラックのおっさんがサシで会ったのは拙いと思うけど、あれは偶然でマダム側に非は無いから。

 

 ホントはややこしくなるからおっさんと協力した事は隠そうと思ってたんだよ。

 

 でもさ、弾正の情報がノマドからも来るだろ。

 

 そうなったら何でってツッコまれるにきまってるからさ。

 

 そこで言い訳に苦心するくらいなら最初から言っとこうと思ったんだ。

 

 そしたらこの有様だよ!

 

 思ったんだが、俺と周りの認識って大分ズレてるんじゃないだろうか?

 

 俺個人の感想としてはブラックは魔族で吸血鬼だけどワリと話の分かる男だと思う。

 

 機転が利いてユーモアもあって、先を見越せば損を呑み込む度量もある。

 

 ぶっちゃけ、対魔忍に生まれてなかったら本気で仕えてたかもしれんわ。

 

 労働の対価も地位とか口先使って踏み倒したりしないしなっ!!

 

 まあ、こんな事は心願寺一家やアスカの前では絶対に言えんけどさ。

 

 甚内殿や周りの反応を見るに、噂や戦闘力からのイメージが先行しすぎてエドウィン・ブラック個人まで意識が行っていないって感じだ。

 

 敵の人となりなど知る必要はないってよく言われるが、そいつが通用するのは現場責任者までなんだよ。

 

 集団を纏める立場になったなら敵対勢力を率いているのはどういう人物かは、むしろ積極的に知らねばならん。

 

 でないと交渉一つ、まともにできなくなるし。

 

 これが頭領になって若様が学んだ一番の事でございます。

 

 と言っても現場でヒャッハーするのは止める気ないけどね。

 

 

▼月〇☆日

 

 今日はノイ婆ちゃんの鍛錬の日だったのでアミダハラに行ってきた。

 

 なんか途中でアミダハラ監獄に贈られる虜囚が野盗に襲われてたので助けたんだが、その中に明らかに犯罪者らしくない女性がいた。

 

 彼女の名はナドラ。

 

 魔界の貴族令嬢だったのだが、力の流れに干渉する魔眼の所為で一族を追われる事になったそうな。

 

 そこで命からがら逃げてきたところを難癖をつけられて拘束、アミダハラにある虜囚監獄へと送られる事になったと。

 

 もっともコイツはフェイクであり、野盗の生き残りから聞いた話では彼女を捕まえた官吏は野盗とグルで、今回の襲撃でナドラの身柄を回収するつもりだったらしい。

 

 そこまで手の込んだ事をした理由は魔眼持ちのダークエルフは希少種であり、人身売買市場では一生暮らせるだけの金額がついているんだとか。

 

 となれば争奪戦も必然的に熾烈なものとなる為、奴等はそれを回避すべくアミダハラ監獄の職員と結託して虜囚としてここまで輸送させたそうだ。

 

 なんとも狡すっからい手だが、これも小悪党は無駄に頭が回るという証明だろう。

 

 とりあえず助けてしまったわけだが、この場での生き残りは彼女のみ。

 

 野盗も虜囚も監獄の職員までもが全滅である。

 

 さすがに置いていくわけにもいかず、仕方がないのでノイ婆ちゃんのところへ連れていく事に。

 

 貴族令嬢な上に今まで様々な人間に狙われまくった為に警戒心バリバリだった事もあり、道中の扱いには本当に苦心した。

 

 災禍姉さんに貴人向けの礼節を教わっといて本当に良かった。

 

 ナドラの事情を知った婆ちゃんは彼女に魔眼殺しのメガネを与えた上に、自分の店の従業員として雇ってくれると言ってくれた。

 

 これも世間知らずながらも基本善性にあふれた彼女の人柄の為せる業だろう。

 

 この後はいつもの通り地下闘技場で鍛錬を積んだわけだが、今回の相手は筋肉ムキムキなおっさんの格好をした火の高位精霊。

 

 いい機会だったので、対おっさん用の奥義開発の練習台にさせてもらいました。

 

 大周天と小周天を両立させる事で全身に内勁を満たし、軽身功の極限を以て音を置き去りに。

 

 そして抜き放つ刃は『因果の破断』に至りて空間・次元すらも断つ。

 

 こんな感じでやってみた『次元斬・絶』のコピーだが、豪軍の分身殺法からアル中対魔忍の次元斬をブッパするという捻りの無い物になってしまった。

 

 個人的には目視できないスピードで駆け抜けながら、そこら中で次元斬がヒャンヒャン乱舞するのを想像していたのだが……

 

 やはり武の道は容易にならずという事だろう。

 

 これからもめげる事無く精進あるのみ。

 

 火の高位精霊? 出した炎もろともスライスになりましたが何か?

 

 

▼月☆△日

 

 依頼していた弾正の情報がようやく来た。

 

 ノマド・DSO双方同時だったのは色々とありがたい。

 

 確認したところ、現在アメリカにいる弾正はオリジナルであることが判明した。

 

 奴は反乱の二か月前に渡米したっきり日本に帰ってきていなかったのである。

 

 つーか、CIAにガチガチにマークされてんじゃねーか、あのおっさん。

 

 渡航した際の予防接種で皮膚内にマイクロサイズの発信機を埋め込まれてるのに気づかんとか、忍者失格にも程があるだろう。

 

 話を戻そう。

 

 当時から魔界技術の軍事転用を目論んでいた特務機関『G』は、対魔忍のサンプル提供を条件に弾正と結託。

 

 奴は魔界医療の応用で飛躍的に精度が上昇したクローン技術を用いて、自身の影武者や実験用モルモットを複数制作したそうだ。

 

 その後、井河の長老衆が起こした対魔忍統合計画を知った奴は武装蜂起を決意する。

 

 万が一の場合を考えて、現地には自分の影武者を配置するという保険を添えて。

 

 つまるところ、あの時に亡くなった頼母さんや二車の小父さんを始めとするふうま衆は、ただ偽物に踊らされただけって事だ。

 

 さすがにこれは見過ごす訳にはいかない。

 

 奴がやった事はふうま全体への重大な裏切りだ、是が非でもケジメをつかさせねばならん。

 

 たとえ特務機関『G』を壊滅させる事になろうとも。

 

 差し当たっては弾正の邪眼対策として、幹部を始めとする邪眼使いに例の物の配備を急がせる事としよう

 

 あとはこの報告書の内容を幹部へ通達する事も忘れずにだ。

 

▼月☆□日

 

 

 今月3回……いや4回目の幹部会だが荒れに荒れる事となった。

 

 理由は先だって送られてきた弾正報告書。

 

 当時から務めている幹部連たちも奴がクローンだとは夢にも思わなかったらしい。

 

 当然全員ブチキレて、骸佐や甚内殿にいたってはアメリカに殴り込もうと言い出す始末。

 

 さすがに国の許可なくそれはヤバいと止めたが、彼等の気持ちは痛いほどわかる。

 

 俺だって二車の小父さんが無駄死にだったなんて思いたくない。

 

 だからこそ例の手紙通りにノコノコこっちにやって来た時に、ちょっかいを掛けてきた事を口実にするのだ。

 

 あのおっさんの事だから、今回帰国してくる奴もクローンの可能性が高い。

 

 なので、やるなら後ろ盾にケツを持たせたうえで徹底的に殲滅するのだ。

 

 そんなワケで幹部会は早々に宴会へ移行。

 

 ヤケ酒の嵐で皆さんあっさりと潰れる事となりました。

 

 仕向けた俺が言うのもなんだが、みんなはもう若くないんだから無茶な飲み方はイカンよ、心願寺の爺様はとくに。

 

 それと時子姉が構成員各位へ送ったアンケートの返答が来たと言うので確認してみた。

 

 結果はなんと離脱者ゼロ、頭領不信任という意見もありませんでした。

 

 ありがたや、ありがたや……

 

 つーか、こんな小僧を数百人の人間が支持してくれてるなんて尋常じゃありません事よ?

 

 ホント修行の励みになるわぁ。

 

 これからはウチを取り巻く環境だってもっと変化していくだろうし、俺も更なる強さを身に着けてふうま衆の生活を守らねばなるまい!!

 

 というワケなので東京キングダムで武者修行してきます!

 

 ……え、ダメ? 

 

 

▼月☆◎日

 

 

 宮内庁のお偉いさんから東京キングダムに行くように指示が出ました。

 

 理由はなんと映画撮影の補助。

 

 スポンサーはノマド、映画の題名は『スタイリッシュ・オブ・ザ・デッド』

 

 副題は『最終決戦! ニンジャ・ヴァンパイア最強コンビVSナチスゾンビ!!』

 

 なんでや! ナチス関係なかったやんけ!!

 

 隠しきれないクソ映画臭とドイツへの風評被害に膝から崩れ落ちていると、スネークなマダムが出迎えてくれました。

 

 この映画、スポンサーがノマドというだけあって、エキストラでカオスアリーナのスタッフも出るらしい。

 

 というか、マダムもダークナイト=ふうま小太郎だって事に気付いてました。

 

 でもって今回の俺の任務はスタントマン。

 

 人間では到底無理なアクションを取る際に俳優の代役を務めるという事だそうな。

 

 あとはマダムからの提案で話の随所にミュージカル的な歌とダンスが入る事になっている。

 

 当然の如くそこのダンスも俺が務める事になっていた。

 

 こちらとしては任務の内容は『宮内庁の広報活動』としか聞いていなかったので唖然茫然である。

 

 しかしマジモードに入ってしまったマダムとナディア講師を前にして、『聞いてないよぉぉ!?』なんて言い訳が通用するわけがない。

 

 使われる曲はカオスアリーナの演目で使用したモノばかりなので、振り付けについては微調整でなんとかなるのが救いか。

 

 そんなワケで始まった映画撮影。

 

 仮面付けてるからバレねーやと悪ノリでアクションをやったのだが、幸いにもゾンビのエキストラは剣闘士ダンサーのみんなだったので上手く付いてきてくれた。

 

 ダンスはゾンビを引き連れてのスリラーに、ラボへの潜入時に警備兵と踊る『Beat It』などなど。

 

 これも剣闘士ダンサーと何回もやった演目なので一発OKをもぎ取る事に成功。

 

 スケジュール的に今日しかなかったので、必要なスタントとダンスシーンを一日で撮って俺の出番は終了。

 

 帰る際に監督からものすごく熱烈な握手をされてしまった。

 

 マダムが言うには、彼は動画サイトにアップされた本物のグールを引き連れたスリラーによって俺のファンになったんだとか。

 

 今回の映画でダンスシーンを差し込むのにOKが出たのも、マダムが出した『ダンサーとして俺を起用する』という条件に監督が飛びついたからだってさ。

 

 最後に俺は気になっていた事をマダムに問いかけた。

 

『マダム、この映画を撮るためにブラックのおっさんは映画製作会社を買ったって言ってたよな。どこの会社だったの?』

 

『アルバトロスよ』

 

 メッチャ納得した。

 

 

 

 

「フッ…………」

 

 ふうま小太郎がスタントを演じる様子を見ながら、エドウィン・ブラックはスポンサー席で口角を吊り上げる。

 

「機嫌良さそうね、エド」

 

「どんな事だろうと新しい事にチャレンジするというのは楽しいモノだ」

 

「私達のような長命種にとって退屈は最大の毒だものね。でも、そう感じるならもっと早く芸能関係に手を出せばよかったのではなくて?」

 

「我々の悪癖だな。退屈で死にそうなどと言っておきながら、他の種族が生み出すモノを全て下賤と見下す。まったく我ながら愚かな事だ。砂漠をさ迷い渇きに狂う者が目の前の水をえり好みなど出来るはずもあるまいに」

 

 長年の友人であるカーリヤの言葉に、ブラックは笑みを己を嘲笑うモノに切り替える。

 

「それで、今の貴方のお気に入りは彼と言う訳かしら?」

 

「そうだな、彼は従来の対魔忍共とは一線を画すモノが多い。今回の件に巻き込まれた折も彼は私にある事を問いかけて来たよ」

 

「何をかしら?」

 

「仮に私が失脚した場合、誰が人界に手を伸ばすのか」

 

 ブラックの返答にカーリヤは感嘆の声を上げる。

 

 対魔忍は国家から見れば末端の戦闘集団だ。

 

 その一門の長とはいえ所詮は現場責任者。

 

 井河アサギの様に命じられた相手を討つ以上の事は考えないと思っていたのだ。

 

「あの子はそこまで先を見ているのね」

 

「淫魔王を筆頭にレイスロード、あとはオーク共の王の名を挙げれば、アンタが一番マシかと言われたよ」 

 

「貴方はまだ穏健派なほうだもの。女や土地を狙って、人間へ全面戦争を仕掛ける阿呆共よりはよっぽど」

 

 腕を組んだまま小さく肩をすくめる友人に、浮かべた笑みを一層深くするブラック。

 

 井河アサギ、甲河アスカ、あとはふうまに預けている不肖の娘は自分を討てば魔族に関しては万事解決すると思っているようだが、世の中はそこまで甘くはない。

 

 エドウィン・ブラックという重しを失えば、裏社会の勢力図は確実に一変する。

 

 人間界を狙って魔界から新たな実力者が台頭するだろうし、自ら率いるノマドという超巨大組織も確実に割れる。

 

 エドウィン・ブラックの後継者を狙う者、忠義に徹し仇を討とうとする者、欲に目が走り独立を試みる者。

 

 そうなればこの日本を中心にして裏社会は群雄割拠の戦国時代となる事間違いなしだ。

 

 ふうま小太郎は確実にその事に気が付いている。

 

 そして今の人類にその戦乱を治める力がない事にも。

 

「少なくとも10年、いや20年はあの少年は私を討つ気は無いだろうな。彼が動くとすれば人類全体が魔界勢力に対抗しうる力を手に入れた時だ」

 

「20年か。私達にとっては瞬きする程度の時間だけれど、彼にとっては相当なウェイトを占めるのではなくて?」

 

「それについては問題あるまい。ヴラド国のお嬢さんが面白い事をしているのでな」

 

「面白い事?」

 

「この国の王に自分の計画に横やりを入れられた事がよほど腹に据えかねたと見える。大魔術師ノイ・イーズレーンを巻き込んで少年を奪い取る為に一計を練っているようだ」

 

「そう言えば、彼に例の仮面を渡したのはあのお婆さんだったわね」

 

「なんにせよ、私にとっては手間が省けて好都合だ。どういう関係であれ、友人とは永く付き合いたいものだからな」

 

 そう言葉を紡ぐ不死の王の顏には、少年が浮かべるかのような実に楽し気な笑みが浮かんでいた。       




どうでもいい解説

アルバトロス・フィルム

世にB級映画を多く提供し続けるクソ映画ハンター御用達の制作会社。

代表作は『アメリ』『キラーコンドーム』『えびボクサー』『メガ・シャーク』シリーズなど


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日記37冊目

 大変お待たせしました、最新話更新です。

 決アナは途中退場の身なので弾正のキャラが掴み辛かった……

 違和感がハンパないかもしれませんが、ご勘弁のほどを。

 正月ピックアップの晴れ着アサギですが、やはり声に違和感が……。

 中瀬様は偉大だと思いました。

 ちなみにSR確定臥者は、水着の仮面マダムが来ました。
 
 さて、正月リリスと一緒に育成地獄だ!!


▼月☆☆日

 

 突然ですが主流派からクレームが来ました。

 

 内容は弾正がサイボーグ兵士を連れて旧ふうま邸に現れたそうな。

 

 幸いな事に現家主は任務で不在だったので人的被害はなかったが、留守に機嫌を悪くしたアホが暴れた所為で建物に傷がついたらしい。

 

 今回の件を受けて井河の過激派は『ふうまからの宣戦布告』と大騒ぎになっているとか。

 

 『首謀者のおっさんは十年近く前に死んでるやん』とか『門がちょっと壊れたくらいで襲撃とか(笑)』なんて言い返したいところではあるが、生憎とウチの業界では死んだ奴が生きていたなんて話はザラにある。

 

 仕方がないので前回手に入れた弾正にまつわる資料を見せる事で身の潔白としたのだが、はたしてどれだけ効果があることやら。

 

 しかし敵地である五車の里に突っ込んでいくとは、何考えてるんだあのおっさん。

 

 そういえば手紙も旧住所に出していたし、もしかしてウチが独立したのを知らんのではないだろうか?

 

 主流派の弾正の処遇についてだが、あちらさんはウチに任せて静観するつもりのようだ。

 

 まあ、反乱終結時と違って現在はふうまと主流派は勢力が拮抗しているし、アサギが引退するとなればこの件に関わっていられないのも当然か。

 

 こちらとしては下手な横やりを入れられると面倒な事になるので、むこうの決定は諸手を挙げて大歓迎である。

 

 さて、今回の通信会談のもう一つのキモは、むこうに出ていたのが井河サクラだという点だろう。

 

 今更だが俺が他の流派に通信する際は基本頭領同士のトップ会談になる。

 

 なので当人か、もしくは甲河のマダムのような全権委任された人間以外が出るのは失礼にあたるのだ。

 

 その辺の事情を加味すると、サクラがアサギの跡目確定ということなのだろうか?

 

 血統と実力は十分だが、あの軽い性格とカリスマ性をどう補っていくのやら……

 

 まあ、この辺は人の事を全く言えませんけど。

 

 ともかく前任と比べられたり政府との交渉がめっさ大変だったりと前途多難だろうけど、頑張ってほしいと切に思う。

 

 

▼月☆◎日

 

 

 弾正が来日しているのが分かったので、邪眼を持たない下忍に居場所を探してもらった。

 

 その結果、奴は横須賀の米連駐屯地にいる事が判明。

 

 正規に手段で入国できないだろうと踏んでいたが、やはり米連軍に紛れるという裏技を使っていたようだ。

 

 このままカチ込む事も出来なくもないが、米軍に喧嘩を売るには現状だと少々根回しが足りていない。

 

 このまま駐屯地に籠られたり、こっちの目を盗んで暗躍されても面倒なので、ここは敢えて弾正とコンタクトを取る事にした。

 

 ルートはもちろんマイフレンド・アスカこと甲河忍軍が所属するDSOを経由させる。

 

 対立組織とはいえ同じ米連、連絡の一つくらいはできるだろう。

 

 弾正のアホがこっちの所在を掴めていないのなら、この撒き餌に乗ってくる可能性は高い。

 

 もちろん横須賀の駐屯地は監視させておくし、奴がいる以上は邪眼使いには例の秘密兵器の着用を義務付けるつもりだ。

 

 さて、先代様は食いついてくるかな?

 

 

▼月☆△日

 

 

 前述の件だが、弾正のおっさんは割と簡単に釣れました。

 

 考えてみれば今俺達が所属しているのは宮内庁、外国からしたら日本でも一番縁がなく謎の多い部署である。

 

 中世じゃあるまいし、そんなところが隠密抱えてるなんて普通は考えんわな。

 

 しかも構成員はウチを除いたら陰陽寮出身者や華族でガチガチに固めてると来ている。

 

 仮に諜報を掛けようにも外国人がスパイを放り込む隙はどこにも無い。

 

 奴等に現在のふうまの所在が掴めないのも当然なのだ。

 

 んで、仮面のマダム経由で奴に流したメッセージは以下の通り。

 

『ふうま頭領について話し合いたい。ついては〇月×日18時に東京赤坂にある料亭「明星」にて待つ』

 

 人数や武装云々といった細かいところは明記していない。

 

 こういった書状で条件を指定するのは相手に信用がある場合だ。

 

 ウチの評価ではあのおっさんにそんな物は存在しません。

 

 当然ウチも仕込めるモノはバッチリ仕込んでいる。

 

 後はよーいドンを待つばかりだ。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 遺伝子提供者殿と初対面と行こうじゃないか。

 

 

 

 

 眠らない街・東京がその装いを夕暮れから宵闇へと変え、周辺を夜の帳が隠し始める。

 

 そんな中、俺は似つかわしくない和の粋を極めたような部屋の中で座椅子に腰を下ろしていた。

 

 老舗料亭『明星』

 

 大物政治家はもちろん皇族からも御用達になっている超高級料理店である。

 

 ぶっちゃけ宮内庁が金を出してくれなかったら、俺のようなガキには縁のない場所だ。

 

 つーか、椀物一つで諭吉が2人飛ぶとかありえねーだろ。

 

 最初お品書き見た時、シャブでも入ってんかと思ったわ。

 

 ……貧乏人のヒガミはこの辺にして、現状を説明しよう。

 

 現在此処にいるのは、俺と秘書役であるくノ一衆の桔梗のみ。

 

 本来なら骸佐か天音姉ちゃんと一緒にいるべきところだが、今回の相手は邪眼持ちの天敵である弾正だ。

 

 今後の事もあるので辞退してもらった。

 

「若様、物見から報告が入りました。標的は間もなくこちらに到着するとの事です」

 

「駐屯地の方に動きはどうだ?」

 

「時子様からは現在のところ無いとのことです」

 

「周辺に関しては?」

 

「万事滞りなく」

 

 桔梗と最後のツメを確認し終えると、眼前のふすまを軽く叩く音がした。

 

「どうぞ」

 

 音もなくスライドする高級和紙製の扉の先には、店の仲居さんが綺麗な正座で控えている。

 

「失礼します。お連れ様が到着いたしました」

 

「分かりました、中に通してください」

 

「はい。どうぞ───」

 

 仲居さんの合図もまどろっこしいとばかりに、ドカドカと押し入って来る中年太りの悪人面。

 

 資料が確かならこの男がふうま弾正で間違いないはずだ。

 

「久しぶりだな、目抜け」

 

 開口一番にこれである。

 

 さすがは一族を見捨てて国外脱出した男、礼儀のれの字も知らんようだ。

 

 おっさんのたわ言はどうでもいいとして、後ろでガチの殺気を放っている桔梗をなんとかせねば。

 

「控えろ、桔梗。こんなのでも今回の客だ」

 

「は、失礼しました」

 

「ふん、主に対する態度がなっていないな。下忍の一匹も躾けられんのか、無能が」

 

「はいはい。どうでもいいから席に付けよ、こっちも暇じゃないんだ」

 

 相手の嫌味を歯牙にもかけないこっちの態度におっさんの顏が不快げに歪むが、奴が口を開く前にむこうの連れが入ってくる。

 

「なんや、オッサン。またいきなり喧嘩売ってるんかいな」

 

「オレが言うのもなんだけどよぉ、一回『礼儀』って単語を辞書で調べた方がいいんじゃねぇか?」

 

 軽口を叩くのは全身真紅の外骨格に覆われたロボット然とした女と、両腕をサイバネ義肢に挿げ替えた白い軍服姿の女だ。

 

「コイツ等は俺の護衛だ。あの書状には私兵を連れ立つ事は禁止していなかった、問題はあるまい?」

 

「別に構わんよ。そちらのお二人もそれぞれ席に付いてください」

 

「え!? ウチらの分もあんの!」

 

「そいつはありがてぇ。本場のワショクって奴を一度食ってみたかったんだ」

 

 顔を引きつらせる弾正を他所に、俺の指定した席にそそくさと着く護衛二名。

 

 特務機関『G』の主戦力は軍事ドローンとサイボーグ兵士だ。

 

 傲眼しか能のない弾正がそいつ等を護衛に選ぶのは想定済みだ。

 

 というか、護衛の人数分まで席が用意されている事を不思議と思わんのか、コイツ等は。

 

「ふん、酒はないのか。気が効かん奴め」

 

 ドカリと座るなり、イチャモンを付けてくる弾正。

 

「ここに来た目的分かってんのか? 話し合いが済むまでアルコールなんて出せるワケないだろう」

 

「そらそうや。このおっさん、飲み始めたら止まらんし」

 

「ぐぬぬ……ならさっさとしろ!」

 

「そんじゃま、開催前に自己紹介をば。お初にお目にかかる、俺はふうま小太郎。ふうま忍軍当代に就かせてもらっている」

 

「今回、若様の秘書を務めさせていただきます。ふうま忍軍くノ一が一人、桔梗と申します」

 

 座ったままでは少々失礼かと思ったが、座礼を行うと対面のサイボーグ二人は唖然とした顔になった。

 

「ご丁寧にどうも。特務機関『G』所属のヘスティア特務大尉です」

 

「あ~……メイジャー特務中尉だ、所属は左に同じ。つーか、一つ聞いてもいいか?」

 

「なにか?」

 

「オレ等はともかく、なんでオッサンにまで初対面の挨拶を?」

 

 なるほど、妙な顔をしていたのはそれが理由か。

 

「実際初対面ですし」

 

「いやいや……自分、このおっさんの息子ちゃうん?」

 

「だから生まれてこの方会った事が無かったんですよ。俺が生まれた時も、お袋が出産の負担で亡くなってから後も、そのおっさん一切顔を出しませんでしたから」

 

 此方の証言に唖然となるサイボーグソルジャーたち。

 

 つーか、ヘスティア大尉面白いな。

 

 顔面前部が装甲で覆われてるけど、リアクションで心情が丸分かりなんだが。

 

 これも関西弁使いの為せる業なのだろうか?

 

「マジかいや……おいオッサン! 全然話がちゃうやんけ!!」

 

「そうだぜ。こっちに来る前に『息子は俺の事を慕っているから絶対服従』とか言ってなかったか、テメェ」

 

「黙れ! 目抜け、貴様ぁ……」

 

 二人の追及に何故かこちらへ恨みがましい視線を向けてくる弾正。

 

 いやいや、バッチリ自業自得だからな。

 

「俺の話は置いておくとして、本題に入ろうか。お互い世間話をする間柄でも無いだろ」

 

「さっさとしろっ!」

 

「そっちの言い分としては『先代であるふうま弾正が存命である以上、代替わりは認められない。故に頭領を詐称するふうま小太郎は速やかにその座を弾正へと返上すべし』だったな」

 

「そうだ。俺が生きている以上はふうまは俺の物だ。目抜けの貴様が好きにしていい筈がなかろう」

 

 相変わらずツッコミどころ満載な言い分だが、粗を指摘したところでこのおっさんには蚊ほども効かんだろう。

 

 ここは粛々と進めるべきだ。

 

「自論を振り回すのは結構だが、そっちの都合に合わせる訳にはいかんな」

 

 俺が視線で合図すると、桔梗はバッグから書類の束を取り出した。

 

「なんだこれは?」

 

「現八将である二車・心願寺・紫藤からの署名だよ。各当代および所属する幹部全員は『現体制の維持を要求し、ふうま弾正への頭領委任に断固反対する』だとさ」    

 

「笑わせるな。井河にしてやられた負け犬共の意見に価値などあるものか」

 

「そうかい。じゃあ次だ」 

 

 予想通り歯牙にもかけない弾正に、桔梗は次なる書類を取り出す。

 

「今度は何だ?」

 

「上忍から下忍に非戦闘員まで、ふうま忍軍構成員全員の署名だ。要求内容は八将と同じ。同封されたコメントには『どのツラ下げて帰ってきてんだ、無能』『頭領に返り咲きたきゃあ、若様みたいに体張って下忍助けて見ろ!』『若様みたいなカッコかわいい男の子ならともかく、加齢臭のするおっさんを頭領にするとかムリ』なんて書かれているぞ」

 

 意見の中に一部変なのが混じっていたけど、気にする必要はないだろう。

 

 つーか桔梗さんや、なんで最後の意見にメッチャ頷いてるんですかねぇ?

 

「黙れ! 忍とは頭領の命令に絶対なのだ!! 道具にすぎん奴等がどうほざこうが知った事ではないわ!!」

 

 顔を真っ赤にしながら卓を蹴って立ち上がる弾正。

 

 この言葉が本当なら経営者としては無能の極みだな、このおっさん。

 

 反乱で負けるまで、いったいどうやって会社を回してたんだ?

 

 とはいえ、ここで言い合いをしても一文の得にもならん。

 

 粛々と進めよう、粛々と。

 

「ならもう一つだ」

 

 先ほどと同じようにカバンから書類を取り出す桔梗。

 

 最初は鼻で笑っていた弾正だったが、卓の上に置かれた物に飛び出んばかりに目を見開いた。

 

「えーと、何やのんコレ。書簡みたいやけど」

 

「このエムブレム、どっかで見たことあるな……菊か?」

 

 サイボーグ兵士二人が覗き込む中、俺は書簡の口を開いて中にある書類を取り出した。

 

「これは日本国天皇からの認定書さ。『現天皇の名の元にふうま小太郎をふうま忍軍責任者と認める。彼の者は同組織を率いて日本国の守護と発展の為に尽力せよ』だってよ」

 

 さすがに帝の名が出てくるとは予想していなかったようで、これには弾正をはじめとするGの面々も返す言葉が見つからない様だ。

 

 ちなみにこの書簡は正当性云々とイチャモンを付けられた時の対策として取っていたものだが、上原学長を通して依頼したら次の日には現物が届いた。

 

 こういうのって普通は週か月単位で時間が掛かるもんだと思うんだが、相変わらずあの帝はフットワークが軽すぎる。

 

 まあ、日頃から無茶を突き付けれられているんだ。

 

 この位の返しはしてもらわないと採算が取れん。

 

「以上の理由から頭領交代には応じられない。分かったらとっととアメリカに帰ってくれ」

 

 そもそも、このおっさんは何でふうまを狙ってるんだ?

 

 活動の拠点がアメリカだったら、ウチを手に入れても意味無いだろうに。

 

「ふッ……ふざけるなぁ!!」

 

 目が点状態から最も早く復活したのは弾正だった。

 

「なにが天皇だ! たかだか対魔忍ごときの事でそんな物は出てくるわけがあるか!! 書類の偽造などと下らん小細工をしおって!!」

 

「ふざけてんのはアンタだよ。ウチはこれでも日本政府のお抱え組織だぞ。菊の御紋を騙るなんざできるワケねーだろ。つーか、帝の認印はこの国の技術の粋を駆使して捏造防止措置が取られてんだ、ねつ造なんてできるか」

 

「仮にそれが本物だとして、だからどうだと言うのだ!? 飾り物がどうほざこうが、ふうま忍軍は俺の物だという事実は覆らん!!」

 

 不敬罪待ったなしの弾正の発言に口を開いたのは、背後に控えていた桔梗だった。

 

「では何故この十年間、一度もこちらに連絡をよこさなかったのです? あの敗北で我々が苦境に立たされるのは容易に想像がついた筈。本当にふうまを必要だと思うのなら、何かしら手を施すモノでしょう」

 

「馬鹿め! 井河の下にいた貴様等など援助したところで俺の意のままにならんだろうが! 他人の手に握られた駒に価値など無いわ!!」

 

 怒りを抑えた桔梗の問いかけに、さも当然のように吐き捨てる弾正。

 

 なるほどな。ウチが独立したという情報を掴んだから今更コンタクトを取ってきたというワケか。

 

 情報がいささか以上に遅いが、コイツにそれをリークしたのは何者なんだろうか?

 

 ウチの独立を掴んでる割に新しい赴任先を知らないあたり、情報収集能力に難があるようだが…… 

     

「オッサン、オッサン。本人らの前でそれ言うたらアカンやろ」

 

「前からゲスいゲスいと思ってたけど、マジで下衆だなコイツ。こんなんが上司とか、マジで異動願い出そうかな……」

 

 護衛二人からも非難の声を上げられ、頭に昇った血で顔をどす黒く染める弾正。

 

 弾正と言う男は利己的で自己中であるが、その性格ゆえに謀略に長けた一面を持っている

 

 しかし常に他人を見下している為、反撃はもちろん他者から否定されるだけで頭に血が昇りやすい。

 

 その結果、冷静な判断が出来なくなって失敗する悪癖を持つ、か。

 

 今のおっさんは、まさに甚内殿や心願寺の爺様の情報通りだな。

 

 ならば、ここらが『仕掛け頃』という奴だだろう。

 

「とはいえだ。こんな書類だけで納得して帰る程、アンタは聞き分けのいい男じゃねぇだろう。だからチャンスをやるよ」

 

「……なんだと?」

 

 こう言うとやはり弾正は食いついて来た。

 

「一対一の勝負で俺に勝てたら頭領の座を譲ってやる」

  

 俺の申し出を弾正は鼻で笑ってみせた。

 

「馬鹿らしい。そんな事をしなくても───」

 

「どんな手があるよ? 正規の手続きを踏んで裁判でも起こすか? 日本じゃアンタは9年前から死人だから人権は全く無いぞ。仮に生きていたことを証明しても失踪して7年以上音沙汰がなかった時点で法律上では死亡した物と見なされる。だからこそ正式な手続きを踏んで家督相続した俺を否定する事は出来ん。裏の組織を頼ろうにも帝の認定がある時点で、まず協力は取り付けられんだろうしな。頼りの米連はこの問題に関して口を挟む権利すらないぞ」

 

「ならば───」

 

「傲眼を使うか? それも無駄だ。俺の邪眼はもう潰れているからな」 

 

 俺の告白に目を見開く弾正。

 

 だが、次の瞬間にはその顔に浮かんだのは己の優位を確信する歪んだ笑みだ。

 

「ふっ……フハハハハハハハ! 目抜けが本当に目を失うとはな!!」

 

 部屋中に響き渡るような声を響かせた弾正は、ひとしきり笑うとこちらを見下して指を突きつけてくる。

 

「いいだろう! 貴様の申し出を受けてやる!! 忍術を使う事が出来なくなった無能など頭領の座にふさわしくないという事を、骨の髄まで叩き込んでやるわッッ!!」 

 

「なら、この書類にサインして血判を押せ。俺が決闘に敗北した際、ふうま忍軍の全権を譲渡する旨を書いた書類だ。これがあれば頭領を交代しようと帝も文句は言えん」

 

「明記されている内容に問題はないようだな……ふん、いいだろう」

 

 差し出した誓約書の内容を確認した後、言われた通り署名と血判を行う弾正。

 

 俺は努めて平静を装いながら誓約書をしまい込んだ。

 

「契約書に明記してある通り決闘は二日後だ。場所はこちらが用意する」 

 

「ふっ、精々自分の死に場所でも選んでおくんだな。────帰るぞ」

 

「ちょっ!? 待てよオッサン! こっちはまだ食ってんだろうが!!」

 

「卑しいマネをするな、馬鹿め。料理に毒が仕込まれている可能性も考えんのか、貴様は」

 

 弾正の言葉にギョッと眼前の料理を見やるメイジャー。

 

「ここを何処だと思ってんだ。毒なんて仕込ませてくれるかよ」

 

「ふん、どうだかな」

 

 今の事で食欲が失せたのか、うんざりした顔で立ち上がるメイジャー。

 

 それに続いて口元から伸びたストローのような機関でお茶を啜っていたヘスティアも続く。

 

「ああ、そうだ。帰るときに店の周りにばら撒いたゴミを片付けて行けよ」

 

「……何のことだ?」

 

「とぼけんな、敷地内に配置してあった攻性ドローンの事だよ。ウチの部下が全部ぶっ壊したから回収しとけ」

 

 そう言うと弾正はこちらに聞こえるように舌打ちを残して部屋を出て行った。

 

「上手くいきましたね、若様」

 

「ああ、後はあのおっさんをぶっ飛ばすだけだ」

 

 桔梗の言葉に返しながら、俺は誓約書の表面を軽く撫で上げる。

 

 すると文字が印字された純白のコピー用紙が見る見るうちに、赤いインクで奇怪な文字が記された羊皮紙へと変わっていく。

 

 コイツは週一のアミダハラ鍛錬の際、ノイ婆ちゃんに用意してもらったマジックアイテムだ。

 

 わざわざあのおっさんと話し合いの場を設けたのも、コイツに署名させるのが目的だった。

 

 基本的に対魔忍や米連兵士は魔術については無知と言っていいい。

 

 特務機関『G』は米連本国でノマドと共に魔界の扉を開くのが目的と聞いていたので、万が一の事態も危惧していたのだが杞憂に終わって何よりだ。

 

「若様! 弾正の退出を確認しましたぞ!!」

 

 豪快な声と共ににゅるりと日本庭園の土から生えてきたのは、料亭敷地内の警護に配置した部隊の長を任せた矢車弥右衛門だった。

 

 普段は上半身に何もつけずに筋骨隆々の肉体を見せつけている彼だが、今回ばかりはドレスコードを意識したのか黒装束を纏っている。       

 

「ご苦労だったな、弥右衛門。あと、よく我慢してくれた」

 

「なんの。若様が耐えていらっしゃるのに儂が暴発したのでは、部下として立つ瀬がありますまい!!」

 

 俺のねぎらいの言葉を呵々と笑い飛ばす弥右衛門。

 

 彼とて二車の小父さんを捨て駒にされた事で、弾正に対してははらわたが煮えくり返っているだろうに。

 

「二日後を楽しみにしててくれ。あのおっさんが無様に這いつくばる姿を見せてやるからよ」

 

「その後はふうま衆全員で、祝勝会を兼ねたティー・バッティング大会ですな!!」

 

 『その為に丸太から専用のバットを削り出しましたぞ!』などと意気込んでいる弥右衛門だが、ひとこと言わせてほしい。

 

 ボールは他の連中も使うんだから普通のバットにしなさい。  

             



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日記38冊目

 お待たせしました更新完了です。

 公式の天音イベントを見て、弾正が決戦アリーナとは完全な別人となってる事に目ん玉飛び出そうなくらいに驚いた筆者です。

 つーか、もっと早くあの情報を出してくれてれば、普通に尊敬できる父親的な感じで書けたやん。

 どこぞの第六点魔王風(CV小杉十郎太)な容姿もカッコいいのに……

 まあ、過ぎた事は仕方がない。

 こっちは決アナ風で推し進める事にいたしましょう!


 

 どうも、知らない間に打順とポジションが4番サードになっていたふうま小太郎です。

 

 さて、やって来ました弾正との決戦の日。

 

 色々な意味でふうま衆の今後を決める一戦に、ウチの部下たちも荒ぶっています。

 

 カキーン!

 

「ナイスバッティングです、骸佐様!」

 

 カキーン! 

 

「そういう権左もなかなかいいスイングじゃねえか」

 

 カキーン! 

 

「これでも槍使いですからな。長柄の扱いでは負けませんよ」

 

 カキーン!

 

「ガハハハハハハッ! 執事殿は婚礼を控えておりますからな! 許嫁には良いところの一つも見せねばなりますまい!!」

 

 カキーン!

 

「そうですね。今回は私も天国にいる先代に届くような一打を狙ってますしッ!」

 

 カキーン!

 

 コイツ等、なんで揃いも揃って打撃練習で汗を流してるんでしょうねぇ……

 

「お前等なぁ、まだ勝ってないんだから少しは緊張しろよ」

 

「なに言ってんだ。あのおっさんがお前に勝てるわけねーだろ」

 

「ですな。比丘尼のおばば様など、自分の控室に鮫を持っていってましたよ」

 

「紫藤の当主など、この日の為に土手にハンマーで何本も杭を打ち込む始末。完全に後のイベントしか頭にありませんでしたぞ」

 

 甚内殿が某フェザー級王者ばりのトレーニングを重ねてる件。

 

 あと、おばば様は一体何をするつもりなんだ……

 

「俺としても一発くらいはウエディング・アーチを打っとかないと、静子に申し訳が立ちませんし」 

 

「静子さんは堅気だから人間アーチなんて喜ばねーよ!」

 

 違和感が仕事していないスラッガーぶりを発揮する幸せいっぱいな二車家の執事に、思わずツッコミを入れてしまった。

 

 まったく、浮かれおってからにバカちん共め。

 

 ちなみに借り物の会場にも拘わらず、容赦なくバットを振り回していたのは骸佐に権左兄ぃ、さらには尚之助兄貴と弥右衛門である。

 

 二車の当主と幹部が揃いも揃ってもしもを考えていないとは、危機管理がなってませんことよ。

 

「しかし小さいとはいえ、野球場なんてよく借りられたもんだよなぁ」

 

「ここは宗家が持つ会社の一つが所有してる物件なんだよ。十年ほど前は自社球団を持ってたらしいんだが、経営が悪化した時期があって手放しちまったんだとさ」

 

「その結果、処分費用を捻出するのも勿体ないので箱物だけが残ったと。良くある話ですな」

 

 首に掛けたタオルで頬の汗を拭いながら話に参加する権左兄ィ。

 

 俺を除いてここにいる野郎達は全員思い思いの球団ユニフォームを着ていたりする。

 

 今の俺達を見て、誰が忍軍団だと思うだろうか?

 

 絶対、草野球同好会にしか思われねーよ。

 

「しかし、弾正はどうやって勝つつもりなのでしょうか?」

 

「あ奴も謀略だけは一人前の男ですからなぁ。今回の一戦も何らかの手を仕込んでくるのは明白なのだがのぅ」

 

「考えられるのは傲眼による邪眼持ちの幹部掌握、あとはサイボーグ化くらいかね」

 

 参加してきた尚之助兄貴と弥右衛門に、俺は人差し指を立てながら答えを返す。

 

「あのおっさんが自分を改造するか?」 

 

「するだろうさ。万が一自分が襲われた際の切り札としては使える手だからな。それに調書では組織に献上した対魔忍の検体は全て奴のクローンだって話だ。だとすりゃ自分のサイバネパーツの適合率なんて調べたい放題だ」

 

「なるほど、それもそうですな」

 

「第一こっちに来てるのが本体だっていう保証も無いしな。サイボーグに改造したクローンを送り込んでるってオチも十分にある」

 

「あの臆病者が考えそうなことだ。けど、それを全部チャラにする手筈も整ってるんだろ?」

 

「もちろん。でなきゃこんな茶番を仕込むかよ」

 

 こちらの奥の手はしっかりと甚内殿に預けてある。

 

 邪眼使いでない彼なら万が一にも弾正にどうこうされる事もあるまい。

 

「若様、時間でございます」

 

 打撃練習場の扉が開くと、そこには珍しく対魔スーツに身を包んだ天音姉ちゃんが立っている。

 

 ……グリップの部分に血が染みついている釘バットを持っているのは見なかった事にしよう。

 

「ご苦労さん。むこうは会場入りしてるのか?」

 

「ええ。例のサイボーグ兵士二人を護衛として」

 

 という事は、劣勢になったら二人が乱入してくる可能性も考慮に入れておかないとな。

 

「了解だ。天音姉ちゃん、悪いけど会場内を巡回警備できる人員を見繕ってくれるか? ウチのクライアントも何人か見に来てるからな、テロ行為や狙撃によるイカサマは防いでおきたい」

 

「御意」

 

 さて、真面目な話はこの辺にしようか。

 

 多分、むこうもツッコミ待ちだろうし。

 

「ところで、なんで紅姉はそんな恰好してるの?」

 

 何とも言えない表情で天音姉ちゃんから視線をずらせば、そこにいるのは涙目になりながら真っ赤な顔で自分の身体を抱きしめるバドガール姿の紅姉。

 

「ラウンドガールです」

 

「いや、ラウンドなんてねーから。それとウチのスポンサー、バドワイザーじゃないぞ」

 

「な……っ!? どういう事ですか、天音さん! 宗家の職員として重要な任務と聞いたから恥を忍んで着たのに……っ!!」

 

「今回のイベント運営に際して、貴様が出来そうな仕事を割り振っただけではないか。何を怒っている?」

 

 半泣きでクレームを付ける紅姉に平然と返す天音姉ちゃん。

 

 たしかにイベント運営なんて学生の紅姉に出来るのは雑用だけだろうけど、さすがにそれはないんじゃなかろうか。

 

「ですが、これを外すとこ奴に与えられる仕事はモギリか設営の力仕事しかないのです。宗家に仕える者として、そのような雑用に回すのは……」 

 

「とはいえ、年頃の娘にその格好をさせるのはなぁ……。心願寺の爺様がキレそうだし、普通にして貰っていいか?」

 

「若がそうおっしゃるならば。では紅、着替えておけ」

 

「うぅ…私は一体何のために……」

      

 天音姉ちゃんの言葉にガックリと肩を落とす紅姉。

 

 もうドンマイとしか言いようがない。

 

 あと『対魔スーツの方が普通に恥ずかしいのでは』なんて身も蓋もない事を言っていた骸佐君、もう少し空気を読んでね。

 

「よっしゃ、そんじゃ行くか」

 

 一つ伸びをして椅子から腰を上げると、部屋にいる面々から激励の言葉が飛んでくる。

 

「セコンドには俺が付く。もしもの時はサイボーグ共を押さえてやるから安心しろ」

 

「俺は何も心配してませんよ。静子との式もありますし、お家騒動なんてちゃちゃっと終わらせて下さい」

 

「相手は目的の為なら手段は問わない男、格下とはいえ油断めされぬよう」

 

「ワシはここでもう少し打撃練習をしておるので、終わったら教えて下され!」

 

「小太郎! お前が背負った十年間の苦労、あの男に叩きつけてやれ!!」

 

「若、我々が頭領と認めるのは貴方様だけ。無事のお帰りをお待ちしております」

 

「おう、次のバトンを奪い取ってくるわ」

 

 打撃練習用スペースを抜けると、見知った顔が俺を待っていた。

 

 カーラ女王とクリシュナ卿、そして上村学長だ。

 

「ハーイ! 激励に来たわよ、小太郎」

 

「すみませんね、こんな身内のゴタゴタにご足労をお願いして」

 

 気軽に手を上げる女王に会釈すると、学長は眼鏡のブリッジを持ち上げながら口元に笑みを浮かべる。

 

「気にする必要はないわ。雇用者として、今回の件はこの目で見とどけないといけないもの」

 

「ところで自信の程はどうなの? 貴方のお父上なんだから一筋縄じゃいかない相手だと思うけど」

 

「心配しないでいいわ、カーラ。データではふうま弾正は対邪眼に突出した異能者で、基礎能力は平均以下とあったもの」

 

 上原学長、だいたい合ってる。

 

 誘導されたとはいえ、それでアサギと朧を相手取ろうとしたオッサンは一周回って凄いと思う。

 

 

「奴の情報に関しては古巣であるウチが一番知ってますからね。十年も時間があれば隠し玉の一つや二つ仕込んでいるでしょう。油断する気はありませんよ」

 

「なら安心ね。なんなら開幕直後に首を吹っ飛ばしても構わないわよ」

 

「私達としても現状でトップがスゲ変わるのは反対よ。米連と深い繋がりがあるあの男なら特に」

 

「了解。ご期待に添えるよう頑張りますよ」

 

 三人を横切りながらプラプラと手を振る俺。

 

 あと女王には悪いけどそういうワケにはいかないんだな、これが。

 

 オーナーたちの心温まる声援を背に薄暗い廊下を抜けると、球場へ出た俺を出迎えたのは大歓声だった。

 

「「「「「「わっかさま! わっかさま!!」」」」」」

 

 わ~、ウチの面々ノリよすぎぃ。

 

 つーか、俺の顏が刺繍されたタオルだの団扇だのといった謎のグッズとサイリウムを持ってる女子の一団、あれ絶対『同士の会』だろ。

 

 肖像権って言葉、知ってるかな?

 

 元が野球場だから、応援旗を振ったりブラバンが演奏したりしてても違和感がまったくない

 

 忍の頭領を決める決闘の場としては絶対にそぐわないわけだが……。

 

 さて、今回の舞台はピッチャーマウンド付近に鎮座している石で出来た円形のリングで行うことになる。

 

 これを作ってくれた権左兄ィをはじめとする土遁衆にはマジ感謝である。

 

「小太郎!」 

 

 声がした方へと振り返れば対魔スーツ姿のアスカとマダムの姿。

 

 あと、客席を見れば私服姿の井河姉妹+浩介くんがいる。

 

 さりげなく他の客に紛れようのしているのを見るに、例の三角関係騒ぎでアスカに会わせる顔が無いのだろう。

 

 何故に彼女達がいるかいえば、弾正が関わっている事を考えてウチから招待状を出しておいたからだ。

 

 井河と甲河の現上層部は十年前の反乱の当事者、ウチがケジメを付けるのを見せておいた方が無用な誤解も回避できるだろう。

 

「奴等とのメッセンジャー役、ありがとうな。手間を取らせて悪かった」

 

「気にしない気にしない! Gの奴等の吠え面が見られるのなら、あれくらい安いもんよ!!」

 

「だから、まだこっちが勝つと決まったわけじゃないからな」

 

「邪眼を除けば弾正は中忍レベルの実力しかないわ。馬超を一瞬で葬った貴方が負ける道理は無いと思うのだけど」

 

 口元に笑みを作りながら、そう口にするマダム。

 

 実際に闘った人の言葉なので重みが違うのだが、そういう油断と慢心は死神の鎌に首を差し出すのと同義アルよ。 

 

「真剣勝負は相手を侮ってはいけません。対魔忍生存マニュアル第一条に書いてあるだろうに」

 

「なによそれ? 聞いた事ないわよ」

 

「俺が作った。忍術に頼りすぎない、科学技術を甘く見ない、例え相手がオークでも侮らない、自分の実力を過信しない、基本罠は仕掛けられてるモノだと思え、ヤバいと思ったら無理せず逃げる、事前情報は絶対じゃない、報連相はしっかり行う。だいたいこんな感じの事を書いてあるぞ」

 

「……後で一冊貰えるかしら? 料金は払うわ」

 

 考える素振りの後でそう切り出すマダムに、俺は思わず首を傾げてしまった。

 

「今回の借りがあるからタダでいいけど、本当に基本中の基本な事しか書いてないぞ」

 

「今の若い対魔忍は、その基本が出来ていないじゃない。ウチも再編途中だから今後のマニュアルに組み込んでおきたいのよ」

 

 さすがはマダム、慧眼である。   

 

 かく言うウチだって、5年程前までは出来てない奴が多かったからなぁ。

 

 意識を改革するの本当に苦労したわ。

 

「小太郎、そろそろ行くぞ」

 

「あいよ。そんじゃ行ってくるわ」

 

 追いついて来た骸佐の言葉に会話を切り上げると───

 

「ド派手なKOシーン、期待してるわよ!!」

 

「健闘を祈っているわ。ウチとしても貴方が頭領の方が何かとやりやすいし」

 

 二人の声援を背に俺は武舞台へと上がる。

 

 この時点で会場は大盛り上がり。

 

 ぶっちゃけ『若様コール』で耳が痛いくらいである。

 

「スッゲーな、これ」

 

「そんだけ下の奴等はお前を支持してるってことだよ。期待を裏切るんじゃねーぞ」

 

「当然だろ。向けられた期待に対して倍の結果を出す。それが俺の信頼獲得法だよ、骸佐君」

 

 そんな事を話していると、ほどなくして会場の様子が一変する。

 

 歓声に代わって客席から放たれるのは罵倒とブーイング。

 

 ぶっちゃけ、物が投げられていないのが不思議なくらいだ。

 

「弾正のお出ましか」

 

「これだけ雰囲気が変わったら嫌でもわかるな。つーか嫌われすぎだろ、アイツ」

 

 そう言いながら振り返った瞬間、俺と骸佐は言葉にならないほどの衝撃を受けた。

 

 此方に向かって来る弾正は以前に連れていたサイボーグ二人組を護衛としている。

 

 これはいい。

 

 問題はヤロウの服装である。

 

 奴も対魔忍らしくピッチリスーツを着ているのだが、その着こなしが明らかにおかしい。

 

 信楽焼のタヌキのような腹がこれでもかと強調されているのだ。

 

 歩く度にタプタプ揺れてるし……

 

 なんてこった、こんな忍者見た事ねぇ。

 

「ぶははははははははははははははははははっ!?」

 

「ばーーはははははははははははははっ!?」

 

 そんな視覚的インパクトを食らった俺と骸佐の腹筋は容易く崩壊し、二人して武舞台の上で転げまわる事になってしまったのだ。

 

「おま……っ、あれ……! 忍ぶってレベルじゃねーぞ!?」

 

「バッカ! あの腹はゴムみたいなもんなんだよ! どんな衝撃も……ぶふっ!? 柔らか~く吸収するっていう」

 

「ハート様かよ!? じゃ…じゃあ……手裏剣も腹に埋め込んで発射するのか?」

 

「ふはははははっ!? スゲー! 新技術だ!!」

 

 さて、意図せずに酸欠になりそうなくらい笑ったワケだが、奴さんを見てみれば顔を真っ赤にして怒ってやがる。

 

「貴様等っ! なにがおかしい!?」

 

 お前の腹だよ、バカヤロウ。

 

「ひーひー……! め……メーやん、アカン。ウチ、なんか肺の吸排気システムに異常出てる……」

 

「なにやってんだヘスティアぁぁっ!?」 

 

 なんかむこうもエライ事になってるし。

 

 たぶん、あの姿を見てからずっと我慢してきたんだろうなぁ。

 

 ここまで耐えたとか、ある意味尊敬するわ。

 

 ……おっと、いかん。

 

 数分前に真剣勝負を説いた身としては、これ以上醜態を晒すのは問題だ。

 

「すまんね。アンタの無様な腹……じゃなかった。恰幅の良さに度肝を抜かれてな」

 

「目抜けが図に乗りおって……ッ!? その不遜、すぐに後悔させてやるわ!」

 

 鼻息荒く武舞台へよじ昇ってくる弾正。

 

 つーか、忍者なら跳躍一つで上がってこんかい。

 

「ずいぶんと滾ってるじゃないか。───そろそろ降りろよ、骸佐」

 

「お……おお。抜かるなよ」 

 

 笑いすぎて出た涙を拭いながら震える声で激励を駆けてくる我が兄弟。

 

 つーか、擦りすぎてアレを取るんじゃないぞ。

 

 そうしてセコンドが立ち去ると、それに合わせたように高らかとゴングが鳴り響く。

 

 さすがは時子姉、いい仕事をしている。

 

 盛り上がる観衆に四方八方から飛んでくる期待を込めた視線。

 

 舞台の仕込みも万全で、相手のテンションも悪くない。

 

 そんじゃあ、いっちょ先代超えってヤツに挑戦してみますか。



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日記39冊目

 お待たせしました、最新話更新です。

 休日だからと机に向かってみれば、スイスイと筆が走ってしまいました。

 これも弾正パワーの為せる業なのでしょうか?

 ぶっちゃけ、これ以上RPGワールドの弾正の情報が出ると、オヤジの話を書けなくなりそうだし。

 彼にはあと1話で退場してもらう事にしましょう。

 公式が【対魔忍版吉良吉影】こと、斎藤教諭に構っている今がチャンスだ!  


「ふふふ……始まってしまったな、貴様の処刑が」

 

 なんて月並みな台詞を吐きながら構える弾正。

 

 さて、ここに彼我の戦力分析を行ってみよう。

 

 相手は特製(笑)の対魔スーツに身を包み、目につく武器は手に持った忍者刀のみ。

 

 対する俺は防弾防刃コートを始めとするお馴染みの黒ずくめ。

 

 いつもと違うのは手にしているのは訓練用の木刀ということか。

 

 断っておくが、これは向こうが付けてきた条件とかではない。

 

 俺が自発的にやっている事だ。

 

 例えサイバネ強化されていようと、弾正程度に本身を使っていては上には行けないからな。

 

 最初は蛍丸君の愛刀『ちゅんちゅん丸』(塩ビ製)を借りようと思っていたのだが、甚内殿から強硬な反対を受けて断念した。

 

 息子の玩具がオッサンの汚い血に塗れるのは、親として看過できなかったのだろう。

 

 こちらの配慮の足りなさを猛省するばかりである。

 

「行くぞ、まずは小手調べだ!」

 

 こちらが反応を示さない事に焦れたのか、言葉と共にこちらへと駆けだす弾正。

 

 不敵な笑みとは裏腹に、その動きは呆れるほどに遅い。

 

 これならウチの下忍の方がよっぽどマシな動きをするぞ。  

 

「はぁっ!」

 

 気合と共に突き出される忍者刀、その切っ先を紙一重で躱すと同時に俺は右足を跳ね上げる。

 

 (ひるがえ)ったコートと踵に走る重い衝撃。

 

「ぶげぇっ!?」

 

 それに次いで汚い悲鳴を上げた弾正がもんどり打って石畳に叩きつけられる。

 

 戴天流剣法が一手、臥龍尾。

 

 コートの(すそ)で視界を奪ったとはいえ、こうまで綺麗に入るのは珍しい。

 

 それに今の感触───人の頭蓋にしてはいささか硬すぎる。

 

「ば……馬鹿なッ!?」

 

 コメカミを押さえながら、信じられないという表情で起き上がる弾正。

 

「いや、信じられないのはこっちの方だっつーの。ウチの下忍より体術がしょっぱいってどういう事だよ」 

 

 溜息と共に言ってやれば、奴の顏がまた赤黒く染まる。

 

「黙れっ!!」

 

 激昂しながら突っ込んでくる弾正。

 

 懐に飛び込んで繰り出すのは、先ほどと同じく腰だめに構えた忍者刀による刺突。

 

 最小限の動きでそれを躱せば、今度は初手を倍する速度で左の貫手が飛んでくる。

 

 たしかふうま体術『穿の型』だったか。

 

 対魔粒子を収束させて相手を穿つ技だそうだが、金属音を伴って伸びた爪や妙に光沢のある指先を見るに正規のモノとは少しばかり違うようだ。

 

 貫手を回避して後方に跳べば、微かな駆動音と共に急激に速度を上げた弾正が間合いを詰めてくる。

 

「馬鹿が、さっきのは小手調べと言っただろう!」

 

 得意満面で貫手と忍者刀の波状攻撃を仕掛けてくる弾正。

 

 会場から騒めきが起こるのも無理はない。

 

 奴のスピードは今やヘタな上忍のそれを凌駕しているのだから。

 

 唐竹・袈裟・胴薙ぎ・逆風。

 

 次々と繰り出される剣術における8種の太刀筋と、その合間を埋めるように襲い来る貫手。

 

 足を止めた俺はその悉くを波濤任櫂で捌いていく。

 

 なるほど、奴の攻撃はスピードだけなら一流の剣士にも劣らないだろう。

 

 だが───

 

「まだ甘い」

 

 十数度目かの顔面狙いの貫手に合わせて木刀を振り上げれば、甲高い擦過音を残して奴の手首が宙を舞う。

 

 そして綺麗に断たれた断面から覗くのは、肉と骨ではなく金属フレームと各種配線だ。

 

「なにぃッ!?」

 

「やっぱり(いじく)ってやがったか」 

 

 つぶやきと共に足刀を喉に叩き込めば、潰れたカエルのような悲鳴を上げて吹っ飛ぶ弾正。

 

 如何に人の限界を超える速度を手に入れたところで、サイバネパーツの性能は前世に比べれば大幅に劣る。

 

 加えて弾正の体術は並にも届かないお粗末なもの。

 

 見切るのはあくびが出るほど簡単だ。

 

 それを見ていた客席からも動揺は消え失せ、再び歓声とブーイングが木霊する。

 

「ありえん! 貴様のような目抜けが、俺の能力に付いてくるなど……ッ!?」

 

 喉に装甲か衝撃吸収剤を仕込んでいるのだろう、急所に入ったにも拘わらず弾正はさしたるダメージも無く起き上がる。 

 

 サイボーグを相手にした場合、何が最も恐ろしいか?

 

 それは機械ならではの特殊能力でも内蔵された武器でもなく、人外の身体能力で達人級の武術を振るう点だと俺は考える。

 

 考えてみてほしい。

 

 戦車砲並みの破壊力を持った打撃を自在に放つ八極拳士や、容易く音速の壁を破って持ち主の意のままに相手を斬り刻む硬鞭を操る器械武術家を。

 

 その脅威は並の魔族など比較にならないだろう。

 

 そして俺の剣は今までそういった輩を山と葬ってきたのだ。

 

 黎明期の未熟なサイバネパーツを手に入れた三流など怖れる理由は無い。

 

「使えるモノは出し惜しみせずに使っとけよ、手の内を隠して負けるのは格好悪いぞ。───たとえば肩と膝に隠してる仕込み銃とかな」

 

 そう言うと弾正の顔色は面白いように変わった。

 

 これでも三ケタ以上のサイボーグを相手にしてきた身である。

 

 衣服で隠していようがボディの形状を見れば、どこに何が仕込んであるかなんて察しが付く。

 

 虎の子の隠し武器も看破され、苦虫を噛み潰した顏で後ずさる弾正。

 

 だが、奴は俺の背後に目をやるといやらしく歪めた顔でこう言った。

 

「二車骸佐よ! この目抜けを殺せッ!!」 

 

 言霊と共に真紅の光を発する奴の右目。

 

 邪眼『傲眼(ごうがん)

 

 視線が合っただけで邪眼所有者を一方的に操ることが出来る、あの男がふうまの頭領の座に君臨し続ける要因となった異能。

 

 だがしかし───

 

「なに言ってんだ、オッサン。脳みそ腐れたか?」

 

 当然ながらウチの右腕にはそんな物は効かない。

 

 今回のイベントに際して、ウチの邪眼持ちは米田のじっちゃんの魔界医療と俺の退魔術で作成した対邪眼コンタクトを付けてるからな。

 

「なんだとっ!?」

 

「アホか。ウチにはお前の情報なんて腐るほどあるんだ、対策を立てて無いワケねーだろ」

 

「おのれぇ……ならばっ!」

 

 そう呻くと今度は奴の額に次々と切れ目が走り、肉が瞼のように開けば中から目玉が現れる。

 

 『傲眼』第二の能力、知ってはいたがナマで見ると気持ち悪い事この上ない。

 

「行け! この会場にいる邪眼持ちを探し出せ!!」

 

 タイマンそっちのけで叫ぶ弾正。

 

 この時点で反則負けだと思うんだが、使えるモノは全て使えと煽ったのはこっちだ。

 

 卑怯などと野暮な事は言うまい。

 

 ───もっとも好きにさせてやるつもりもないがな。

 

「天を我が父と()し、地を我が母と為す。六合中(くになか)南斗(なんじゅ)北斗(ほくじゅ)三台(さんたい)玉女(ぎょくにょ)在り。左に青龍、右に白虎、前に朱雀、後ろに玄武。前後扶翼(ふよく)す。急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」

 

 俺が呪と共に刀印で九字を切ると武舞台の四方から緑・赤・白・黒の氣が立ち昇り、弾正の額から放たれた傲眼が掻き消えるように消え失せた。

 

「俺の傲眼が……! なんだ!? なにをやった、目抜けぇ!!」

 

身固(みがため)式の咒、陰陽道における退魔・結界術の一つだよ」

 

 奴の傲眼封じの一環として、事前に隼人学園の先生達に木・火・金・水の属性の氣を込めてもらった血玉を武舞台の東西南北に仕込んでおいたのだ。

 

 身固式の咒は四神の力を使って強力な破邪結界を形成する術。

 

 それぞれの属性を込めた血玉を起点とすれば、邪眼を封じてあまりある強力なモノが張れるという寸法だ。 

 

「退魔術だと!? おのれ、どのような絡繰りで……ッ!?」

 

「さてな。こっちが場所を指定した時点で、何か仕込んでると思わない方がマヌケなんだよ。───さて、そろそろ終わらせるか」

 

「うぬぬ……ヘスティア、メイジャー! 何をしている、奴を殺せ!!」

 

 予想通りに護衛のサイボーグをけしかけようとする弾正。

 

 しかし、奴の背後にはすでに二人の姿は無かった。  

 

「な……」

 

「気づいてなかったのか? あの二人はとっくに帰ってるぞ。ヘスティア大尉の体調がどうのって言って」

 

 原因は奴自身にあるのだが、その辺は言わぬが華だろう。

 

「う…うぅ……頼む! 命だけは……命だけは助けてくれ!!」

 

 先ほどまでの傲慢な相はどこへやら、其の場で土下座で命乞いをする弾正。

 

 その姿に会場から嘲笑の声が上がるが、コイツはハッタリだ。

 

 なんたって、態度に反してその目からは明確な殺『意』が漏れ出しているのだから。

 

「心配すんな。アンタには重要な役目がある、命までは取りはしないさ」

 

 そう言って少しづつ近づけば、奴はあっさりと化けの皮を脱ぎ去った。

 

「そうか! なら……死ねぇ!」

 

 弾正の声に合わせてスーツを破って肩口に現れたのは、なんとレーザー発振装置。

 

 サイバネパーツに内蔵できるくらいに小型化できたのかと感心する俺の額を、放たれた青い光が容赦なく撃ち抜く。

 

「馬鹿めぇッ! 最後の最後に油断するとは、だから貴様は目抜けなのだぁ!!」

 

 立ち上がっていいようにこちらを嘲笑する弾正。

 

「───は?」

 

 しかし次の瞬間に蜃気楼のように掻き消えた俺の姿に、奴は見事なマヌケ面を浮かべた。

 

 そう、今の不意打ちが捉えたのは残像。

 

 本物は軽身功による身のこなしで奴の背後に移動済みだ。

 

 さて、ここからがこの茶番の見せ場である。

 

 ただ勝つだけなら初手で首を吹っ飛ばせばいい。

 

 奴が攻めている最中だって、討てる隙は腐るほどあった。

 

 けれど、この戦いはただ勝てばいいというモノじゃない。

 

 ふうま衆はもちろん、ゲストである他の勢力に文句なしの代替わりを示す為、弾正の手の内を全て封じたうえで圧勝する必要があったのだ。

 

 その為に色々と面倒な手順も踏んだが、そいつも終わりだ。

 

 ここまで追い詰めたなら連中も納得してくれるだろう。

 

 最後の〆へと気を引き締め、俺は最近さらに良くなった内勁の周天を加速させる。

 

 今出せる限界に到達した軽身功は身のこなしを音速へと引き上げ、弾正の四方に3体の残像を生み出す。

 

「こ…これは……っ! ぎゃあああああああああっ!?」

 

 そして本体を含めた四人の俺が交差すると、付け根から四肢を斬り落とされた弾正が悲鳴を上げながら石畳に叩きつけられた。

 

 見たのが十年近く前だからアラも多々あるだろうが、わりかし上手く再現できたんじゃなかろうか。

 

「忍法『殺陣華』ってな」

 

 

 

 

 現頭領たるふうま小太郎の勝利に会場が湧きたつ中、一際大きな笑い声をあげる者がいた。

 

 心願寺幻庵。

 

 三家に数を減らしたふうま八将が一つ、心願寺家の老当主である。

 

「いやはや若様も肝が太い。よもやこういう形でアピールするとはのぉ」

 

「どういう事ですか、お爺様?」

 

 隣で観戦していた紅に、幻庵は喉仏まで伸びた髭をしごきながら答える。

 

「若様が最後に放ったのはな、井河アサギの忍法である『殺陣華』の模倣じゃ。どういう絡繰りで隼の術による加速を埋めたのかは分からんが、動きといい太刀筋といい、よくできておった」

 

「はぁ……」

 

「なんじゃ、察しが悪いのぉ。龍よ、対魔忍にとって忍術とは何か分かるか?」

 

「おう! 必殺技だぞ!!」

 

「そうじゃ。対魔忍にとって忍術とは身に宿した異能の集大成にして切り札。だからこそ対魔忍を相手取った時は、忍術を看破する事こそが勝利の道と言われておる」

 

「じゃあ、小太郎がアサギの忍法を真似たってことは───」

 

「彼奴の忍法を見切ったという事。転じて最強の対魔忍を超えたという証明になるじゃろうなぁ」

 

「小太郎……」 

 

 愉快愉快と笑う祖父を他所に、弾正を引きずって骸佐の元へと戻る自身の主に紅は愁いを帯びた表情で視線を向けた。

 

 

 

 一方、この結果に深いため息を付いたのは甲河朧である。

 

「まさかこんな形で世代交代を示すなんて……。これで対魔忍の勢力も変わっていくでしょうね」  

 

 故あって素顔を晒せない彼女は仮面の奥で目を細める。

 

 外敵の影響により対魔忍同志で争う事が出来ない現状では、この一戦は多大な影響を持つことになる。

 

 もちろん、これで小太郎がアサギより強いと決めつけては異論や反論が多々出るだろう。

 

 しかしそれは現在での話だ。

 

 小太郎はいまだ15にもならない少年、30を過ぎて心身共に下り坂を迎えるアサギとは伸びしろのケタが違う。

 

 これを見た者達は10年、早ければ5年以内に最強の対魔忍の座は入れ替わると確信したはずだ。

 

 そしてそうなった時、対魔忍は新たな世代を迎える事になるだろう。

 

「嬉しそうね、アスカ」 

 

 朧は隣で身体を掻き抱いている自身の主に目を向ける。

 

 たしかに自身の両手の中にある身体はブルブルと震えている。

 

 だが、これは決して怖れからのモノでは無い。

 

 何故なら甲河アスカの顏には爛々と輝く瞳と、獣を思わせる獰猛な笑みが浮かんでいるのだから。

 

「そりゃあそうでしょう。ようやく私達にバトンが渡ったんだもの、これで血が滾らなきゃウソよ」

 

 甲河アスカの井河アサギに対する想いは複雑だ。

 

 恩人であり育ての親という面では尊敬しているが、同時に沢木浩介に関しては恨んですらいる。

 

 しかし甲河を率いる頭領、そして一介の対魔忍としては目の上のたん瘤だった。

 

 年としては一回り上の隔絶した力を持つ彼女が対魔忍の頂点に居続けるのを見ていると、自分達の世代に出番が来ないのではという危機感があったのだ。

 

 立場や状況から直接戦う事が難しくなった以上、彼女を引きずり下ろすには井河アサギを超えたという明確な証拠を残さないといけない。

 

 その難題を眼下の少年は見事に成し遂げた。

 

 ようやく自分達の為の舞台が幕を開けようとしているのだ、喜ばない方がウソだろう。

 

 抑えた激情が風となって亜麻色の髪を噴き上げる中、友人兼弟分であった少年に鋭い視線を向けた甲河頭領はこう宣言した。

 

「テッペンで待ってなさい、小太郎。私が作り出す人機一体の新生甲河忍軍を見せてあげるから」

 

 

「やってくれちゃったわね、あの悪戯坊主」

 

 世界に数えるほどしかいない吸血鬼の始祖、ヴラド国女王カーラ・クロムウェルは額に手を当てて天を仰いだ。

 

 彼女にとっては小太郎がアサギを超えうる人間である事は先刻承知だ。

 

 だが、それを示すには時期が悪い。

 

 ただでさえ氣功術でこの国のトップから目を付けられているのに、さらに最強の対魔忍などという称号を得てしまっては、引き抜きがなおさら困難になってしまう。

 

「あれは多分、彼なりの井河アサギへの引導なんでしょう」

 

「どういう事、マリカ?」

 

「聞けば井河アサギは近く引退するといいます。私も武門の端くれなので分かるのですが、退くと決めた人間が最強の座に居座り続けるのは都合が悪いのですよ。周囲にも、そして当人にも」

 

「引退だと聞けば衰えたと捉える者も多いわ。となれば、功名心や復讐心で彼女を狙う者も出てくるでしょうね」

 

「だから功名心目当ての相手だけでも自分に引き付ける、か。そういう理由じゃあ仕方ないわね」  

 

 北江の言葉を受けて、カーラは大きく肩をすくめてみせる。

 

「あら、今日は物分かりがいいのね」

 

「私も女ですもの、身重の女性の事を思ったのなら怒れないわよ。それにちゃんと成果も見れたしね」

 

「成果?」

 

「こっちの事よ、気にしないで」

 

 そう言うと、女王は意味深な笑みを浮かべるのだった。

 

 

「やられたわね……」

 

 井河アサギは小さく呟くと自嘲を浮かべた。

 

 アサギが小太郎に『殺陣華』を見せたのはただ一度。

 

 反乱鎮圧直後に行われた、あの悪趣味な見世物の中だけだ。

 

 十年前に見せた未熟で、しかも手加減をした奥義。

 

 それだけでああも見事に自分の奥義を再現されてしまったのだ。

 

 当人からすれば、怒りを通り越して笑うしかない。

 

 同時に敢えてこの場であの技を出した小太郎の思いも、アサギは理解することが出来た。

 

「さくら、帰ったら幹部を集めてちょうだい。みんなに私が引退する事を伝えるわ」

 

 事前に彼女の意思を聞いていた沢木浩介とさくらは驚きはしなかった。

 

 ただ寂しそうな顔をするだけだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

「なんて顏してるの、さくら。気を引き締めなさい、あの子も含めて貴方の一つ下の世代は曲者揃いよ」

 

 『なにせ上の世代からバトンを奪い取るなんて、私達だってしようとも思わなかったもの』と晴れ晴れとした表情でほほ笑むアサギが、何故だか二人には小さく見えた。

 

  

 ところ変わって、こちらは地下打撃練習場に集まったふうま衆の面々。

 

 彼等はガッチリと肩を組んで部屋いっぱいになるほどの大きな円陣を組んでいた。

 

「ふうま衆……ファイッ!」

 

「おおっ!」

 

「ファイッ!!」

 

「おおっ!!」

 

「ファイッ!!!」

 

「おおおおおおおおおおっ!!」

 

 ふうま天音の号令のもと気合を入れ直した彼等は、各々バットを手にグラウンドへと歩き出す。

 

 さあ、祭りの時間だ!!



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日記40冊目

 お待たせしました、最新話の完成です。

 読者皆様から『本番』と認識されている『やきう』会です。

 無い知恵を絞りましたが、これだけしかネタがありませんでした。

 やはりギャグと言うのは難しい。

 ともあれ、これで弾正の会は終了。

 公式が情報を公開する前に始末を付けれてホッとしてます


 頭領争奪戦決着から約1時間後。

 

 スポンサーを始めとするゲストが帰り、この球場に残っているのはふうま衆だけとなった。

 

 そう、機は熟したと言う奴だ。

 

 そんなワケで約束していたレクリエーション『ふうま忍軍親善ティー・バッティング大会』の開始である。

 

 土遁衆によって武舞台も解体され、ピッチャーマウンドにはぶっとい鉄の柱とそこに鎖で何重にも縛り付けられた弾正の姿がある。

 

 ちなみにこの鎖を提供してくれたのは二車の幹部である鉄華院カヲルの姐さんだ。

 

 巻き付ける際『自分の罪の重さを思い知るがいい!』とイイ顔で笑う姿は、まさに夜の女王様だった。

 

 もちろん楽しいお祭りに万が一があってはならないので、弾正に対するボディチェックを始め安全点検に抜かりはない。

 

 奴さん、四肢を機械に挿げ替えたり皮膚の内側に薄型の装甲を入れることはできても、内臓や骨格に手を加える根性はなかったようだ。

 

 内蔵火器や妙なギミックは発見されなかった。

 

「き……貴様等、なんのつもりだ!? 俺は頭領だぞ!!」

 

 サイバネ義肢には痛覚神経が通っていなかったようで、試合終了からオッサンはわりと元気にがなっている。

 

 最初は『お前は頭領じゃねーよ、負け犬!』などと構っていたふうま衆達も、一時間もすれば飽きたようで今は完全に無視だ。

 

『待たせたな、野郎共! ようやく準備が整った! 今からお楽しみ企画『ふうま忍軍親善ティー・バッティング大会』をおっ始めるぜ!!』

 

「お、MCやってんの銃兵衛か」

 

「アイツこういう祭り大好きだからな。自分の打席回ってくるまで騒ぐつもりじゃねーか」

 

 最終調整として空いた場所で素振りをしていた俺と骸佐は、テンションの高い幼馴染の声に顔を見合わせた。

 

『さて、最初にルールを説明しておくぜ! 打席は一人ワンスイング、ふり直しはナシ。バットは基本市販のモノを使う。多少の調整はOKだが、明らかにヤバいモノはNGだ。注意点はこの二つだけ、サルでも覚えれる代物だから守ってくれよ!』

 

 ストレス解消も兼ねてるし、あんまり縛りすぎても面白くないだろうとルールは少なくしたんだが……

 

 今日のみんなのテンションを見ていると少々不安に駆られてしまう。

 

 こっちがフォローできる程度で収まったらいいなぁ。

 

『そんじゃあ記念すべき最初のバッターを紹介するぜ! いきなり八将の一画が登場だ! 紫藤家当主・紫藤甚内!!』

 

「応ッ!!」 

 

 威勢のいい声と共に現れた甚内殿を見た時、俺は思わず自分の目を疑ってしまった。

 

 以前はちょっとビール腹の人のいいオジサンだった甚内殿が、上着を脱いだ瞬間に現役ヘビー級ボクサーばりの筋骨隆々なボディを露わにしたのだ。

 

 ズルズルとバットを引きずって、弾正が人柱になったピッチャーマウンドへ進む甚内殿。

 

 つーか、なんであの人メリケンサックなんて付けてるの?

 

「甚内、貴様ぁッ! 頼母と同じく俺を裏切るのか!?」

 

「弾正、貴様の為にどれだけ苦労した事か。この十年間で積もりに積もった恨み、ここで晴してくれる!!」

 

 と鬼も裸足で逃げ出すような形相を浮かべ甚内殿はバットを振り上げ……って、なんで捨てるの?

 

「忍法・殴り紫煙!! 殴り紫煙とは私の怒りと悲しみが籠った必殺の拳! 相手は死ぬ!!」

 

「ぐぼぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 そして深々と弾正の脇腹に突き刺さる甚内殿の右拳と、柱に縛られてるにも拘わらずくの字に折れる弾正の身体。

 

「忍法って、ただ普通に殴っただけじゃねーか!?」

 

「というか、バットを使えぇぇ!!」

 

 俺達のツッコミとゲロを吐く弾正などどこ吹く風と、晴れ晴れとした表情で戻ってくる甚内殿。

 

 つーか、ハンマーじゃなくて拳で埋め込んでたのかよ、丸太。

 

 鴨川会長か、アンタは!

 

 幹部の中でも随一の良識派である甚内殿がはっちゃけるとは、予想外にも程がある。

 

『早速のハプニング! 最高幹部がいの一番にルールを破っちまった!! しかぁし! お祭りだから気にせず次に行くぜ!!』

 

「いや、気にしろよ。MCって運営側だろうに」

 

「深く考えるな、骸佐。あいつは基本ノリで生きてる男だ」

 

『二番手はふうま衆ぶっちぎりの最年長! みんなのおばあちゃん、八百比丘尼だ!』

 

「女性に対して歳のことを口にするなんて……あの小僧はあとで半魚人の刑にしましょう」

 

 指名をうけて、物騒な言葉と共におばば様が一塁側のベンチから現れる。

 

 銃兵衛のバカに関してはお祭りという事で大目に見てあげてください。

 

「若様に骸佐様、お先に失礼いたしますね」 

 

 打席に入る前に此方へ来たおばば様は優雅な所作で俺に頭を下げる。

 

 礼を尽くしてくれるのはありがたいけれど、ちょっと待ってみようか。

 

「おばば様、そのバットは何なん?」

 

 彼女の手にあるバットはなんというか……異様の一言だった。

 

 グリップ以外の側面がフジツボや鮫と思われる鋭い歯でびっしりと覆われ、さらに先端にはカジキマグロの頭が装着されている。

 

 もうバットというより、ヤヴぁい邪神を呼び出す為の儀式道具みたいになってるんですが。

 

「───デコレーションです」 

 

「「えぇ……」」

 

 俺の問いをバッサリと切り捨てて打席に入るおばば様。

 

 普段から錫杖を使ってるからバットの扱いもイケるかと思いきや───

 

「このロクデナシがぁ! 死ねやぁぁぁっ!!」

 

「ぎゃあああああああっ!?」

 

「うわあああああああっ!? おばば様が弾正をカジキマグロで刺したぞ!!」

 

「しかも一回、あの呪われそうなバットで顔面フルスイングした後でだ!!」

 

「放しなさい! プッシュバントです、プッシュバント!!」

 

「そんな物騒なプッシュバントがありますかっ!? 退場、退場!!」

 

 てな感じで惨劇を引き起こすこととなった。

 

 二打席目にして刃傷沙汰とは、みんなエンジンフルスロットルすぎである。

 

 カジキマグロの角が心臓モロだったので念のため確認してみると、やはり弾正は生きていた。

 

 血飛沫は残っているものの、傷一つないオマケ付きでだ。

 

「ぐうぅ……どういう事だ、目抜けぇ……。何故、俺に傷一つ無い?」

 

 さすがに致命の痛みと死を体験しているせいか、奴に先ほどまでの元気はない。

 

「その答えはコイツさ」

 

 俺は仕合後に返してもらった例の羊皮紙を弾正の前に見せつける。

 

「なんだ、その薄汚い紙は?」

 

「俺との会合の際にお前が署名した書類の正体だよ。コイツはアミダハラにすむノイ・イーズレーンお手製の魔術が仕込まれていてな、俺との勝負に負けるとお前にある呪いが掛かる様になっている」

 

「呪いだと……!?」

 

「ああ。お前が致命傷を受けると、クローン達が肩代わりをして死んでいくって代物だ」

 

 俺の言葉に弾正の顏から色が消えた。

 

 魔術界では他殺や事故に備えてスペアボディや自分の複製を制作するのは、手垢でベタベタになるほどポピュラーな手段らしい。

 

 当然それに対するカウンターも山のように開発されており、この羊皮紙に刻まれた魔術式もその一つというワケだ。

 

「ふぅん……クローンは百体もいるのか。随分と貯め込んだようだが、ここで全部使い切る事になるな。───オッサンも含めて」 

 

 ニッコリと笑いかけてやると、発作でも起きたかのように弾正は体を震わせた。

 

 手足が無いのによくやるわ。

 

 これで奴と話す事もなくなった。

 

 あとはみんなのストレスを昇華する生贄となってもらうだけだ。

 

 ようやくデカいヤマが解決したことで、我知らず安堵の息が漏れる。

 

 だがしかし、俺はこの時重大な事を見落としていた。

 

 今までの真面目な態度によって、すっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 ウチの面々は一皮剥けばヒャッハー上等集団である事を。

 

 そして他の勢力とは違って、テンションが上がると馬鹿+バカでも馬鹿×バカでもなく、馬鹿2乗となることを。

 

 さて、ここからはダイジェストで行かせてもらおう。

 

 人数が多いのもそうだが、各人のやらかしがアレ過ぎて思い出すと頭痛がするのだ。

 

 

 

 

(例1)

 

「ガハハハハハハハッ!! ワシの特製バットをくらえぇぇぇぇい!!」

 

「ぶげぇああっ!?」

 

『二車家屈指のスラッガー、矢車弥右衛門の特大アーチ!! 弾正の首がライトスタンドに突き刺さったぁ!!』

 

「それ、ただの丸太じゃねーか!?」

 

「普通バットを使えって言ったろうが!!」

 

 

(例2)

 

「さあ、無様な悲鳴を上げなさい! 天国の先々代に聞こえるように!!」

 

「ぎゃあああああああっ!?」

 

「楽尚之助、両手に持った短めのバットで乱打! 乱打!! 乱打ぁっ!!! 弾正の顏が見る見るうちに変形していくぅ!!」

 

「なんか太鼓の達人みたいだな」

 

「フルボッコだドン!じゃねーよ。一人一振りだっつーの! なにしてんだ、尚之助兄さん!?」

 

 

(例3)

 

「見てろよ、静子! これが俺のラブ・アーチだぁ!!」

 

「ひげぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

『本日二度目のホームラン! 結婚が控えている権左の兄貴、弾正の首をバックスクリーンへとぶち込んだぁぁぁ!!』

 

「ラブ・アーチにしては物騒すぎる。アレ土遁でコンクリの塊付けてメイスにしてんのか?」

 

「だからバットを魔改造すんな! あと静子さんは人間の首をスタンドに放り込んでも喜ばねーから!!」

 

 

(例4)

 

「ゆくぞ! 心願寺の新奥義、ヴァイス・フリューゲル!!」

 

「ヤメッ……あぎゃあああああああああっ!?」

 

『心願寺の爺さん、二刀流のバットに風を宿して弾正を斬り刻んでいるぅ!!』

 

「忍法使ってソシャゲーの必殺技を再現すんな!!」

 

「一部の女性陣からブーイングが凄いんだが、どうなんてんだコレ?」

 

 

(例5)

 

「行きますよ、タイガぁぁぁぁぁッショットォォォォッ!!!」

 

「ひぎゃああああああああっ!?」

 

『ふうま災禍、掟破りの金的ぃ!! 鋼の足が深々と弾正の股間に突き刺さったぁ!!』

 

「エグい……。あれって骨盤まで逝ってるだろ」

 

「いや反則以前の問題だから、コレ。つーか災禍姉さん、やっぱり言い寄られた事を根に持ってたのか……」

 

 

(例6)

 

『おおっと! 当代三郎がバットを振る前に、鬼蜘蛛が弾正を喰っちまった!! いくらなんでもソレはマズいだろ!?』

 

「大五郎、お腹壊しちゃうからぺっ! ペッしなさい」

 

「カーーーーーーーッ………ぺぇっ!!」

 

「……おい、今タンと一緒に吐き出したぞ、あのバケモノ」

 

「後ろ足で砂を掛けてるし……何やったら大五郎にあそこまで嫌われるんだ?」 

 

 

(例7)

 

「我等、ふうま童帝隊!」

 

「俺達に純潔を強要しておきながら、自分は妾ハーレムを作った弾正!」

 

「その恨み、今ここで晴らす!!」

 

「ぎぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

『おーっと! 謎の三人組、弾正の身体へ次々とバットと釘で藁人形を打ち付けていく!!』

 

「なに、あの貞操帯付けた変な集団?」

 

「下忍の一団だったはずだぞ。弾正と同じ世代で、性欲を我慢する事で忍術を高めるとかなんとか……」

 

「まって、超まって。二回ほどウチの構成員全員と面談してるけど、あんな濃いヤツ等知らないんですけど」

 

「さすがに頭領の前で貞操帯は見せんだろ」

 

「しかし、あの年まで童貞とは……。あとで風俗代でも出してやるか」

 

「いや、その前に解禁宣言してやれよ」

 

 

(例8)

 

「ふうま同志の会、行くわよ!」

 

「若様に悪影響を及ぼす老害に死を!!」

 

「ふがぁっ?!」

 

『月影・桔梗・左近のくノ一三人組、手にしたサイリウムを弾正の鼻と口に突っ込んだぞぉ!!』

 

「爆散ッッ!!」

 

「ついに火薬まで使い始めたか……」

 

「あんな殺意に塗れた邪悪な『キラッ☆』、初めて見たわ」

 

 

(例9)

 

「弾正死すべし!」

 

「「「「ビッグ・ボンバー!!」」」」

 

「ぐぎゃああああああああっ!?」

 

『弥太、篝火、岩丸、右近の中忍4人組ぃ! なんと弾正にむけて忍術で作った大砲を発射ぁぁぁぁっ!!』

 

「おいぃぃぃぃっ! なにやってんだ、アイツ等ぁぁぁっ!?」

 

「しっかりコスプレまでしやがって! つーか、ジャッカー電撃隊なんて今どき誰も知らねーよ!!」

 

 

(例10)

 

「弾正ぉぉぉぉっ! よくも私や綾女をぉぉぉっ!! 死ね死ね死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「ぐわああああああああああっ!?」

 

『二車の奥方、隠し持っていた短刀で弾正の腹をめった刺しぃぃぃっ! これはいいのかぁ!?』

 

「いいワケねーんだけど、これは止められないよなぁ……」

 

「お袋、例の件の他にお前の母親の扱いにもキレてたのか……」

 

 

(例11)

 

「おぼぼぼぼぼぼぼぼぉぉぉぉっ!?」

 

「小太郎! 空からレーザーがッッ!?」

 

「何事ぉぉっ!?」

 

『今の一撃はふうま宗家の時子からだぁ! 運営に送られたメッセージだと「バットを振る力は無いので、米連の攻撃衛星パクって【サテライト・レーザーの極み】で代行しました」とのこと! さすがは宗家、スケールがデカぁぁぁい!!』

 

「何てこと仕出かしやがる、あのタイムマン!?」

 

『それと若様に伝言だ! 「尻尾を掴まれるようなドジはしてないから心配ご無用」だってよ!!』

 

「本当かよ……」

 

 

(例12)

 

『さて残り人数も少なくなってきたが、ここで宗家執事の登場だ! 【ふうまの狂犬】ふうま天音!!』

 

「ふうまの狂犬って……あ、納得したわ」

 

「だぁぁぁんじょぉぉぉぉぉッッ!! ふうまの名を貶めた罪、その身にしかと刻み込めェェェェッ!!!」

 

「あばっ!? へべっ!? うぼっ!? ぶべらっ!?」

 

「バットをヌンチャクみたいにつかってボコボコに……フォローできねえよ、天音姉ちゃん」

 

 

 

 

 とまあカオス極まりない状況を経て、ようやく俺と骸佐の出番がやって来た。

 

「さてと兄弟、用意はいいな?」 

 

「応よ」

 

 夜叉髑髏を纏った骸佐と俺は弾正が立つピッチャーマウンドへと足を進める。

 

 俺達の手にはあの日、弾正の墓を壊すのに使ったスレッジハンマーが握られている

 

 羊皮紙の上で変動していた奴のクローンはさっき打ち止めになった。

 

 つまり、残る『ふうま弾正』はヤツ一人というワケだ。

 

 思えばこのオッサンには心底苦労させられた。

 

 生まれた時からのネグレクトに加え、反乱のツケを全て俺等に押し付けて自分はアメリカでほっかむり。

 

 ようやく独立したかと思ったら、今度は頭領の正当性を謳って簒奪騒ぎときた。

 

 さっきの闘いで少しは返したが、奴に掛けられた迷惑を思えばまだまだ足りない。

 

「くだらない事考えてんじゃねぇよ。墓壊した時と違って、今回は本物をブン殴れるんだ。一切合切借りを返してスッキリしようぜ」

 

「そうだな。そんじゃ俺は胴体を狙うから、お前が顔面な」

 

「了解だ、頭領殿」

 

 そういって左拳を軽く合わせると、俺達は左右に分かれて弾正の前に立つ。

 

『波乱ずくめの親睦会! トリを務めるのはガキの頃はヘタレで泣き虫だった二車骸佐!! そして忍者のクセに銀幕デビューとか、どう考えても頭がおかしい我等が頭領、ふうま小太郎だぁ!!』

 

「……あとで銃兵衛の奴は殴ろう」

 

「ああ」

 

 テンションが上がりすぎてダメな方向に行ってしまった幼馴染にクロスボンバーを決める事を誓って、俺達はバットを構えた。

 

「や…やめてくれ……助けてくれ……」 

 

「心配すんな、これが最期だ」

 

「もうお前さんを肩代わりする奴はいない。安心してあの世に逝け」

 

 手向けの言葉と共に俺達は同時にバットを振った。

 

 結果?

 

 ゴア表現なので自主規制させてもらいます。

 

 一つ言える事は、イベントの締めくくりに相応しい一打だったという事だ。

 

 



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IFルート『フェリシアお嬢様の執事』

 お待たせしました。

 今回はフェリシアSR記念に書いたIFルートです。

 ぶっちゃけ、大分遅れてしまいましたが、その辺はご勘弁いただけると嬉しいかと。


 俺の一日の始まりは早い。

 

 朝4時に起床し、大概は無人となっている地下のトレーニングルームで稽古を行う。

 

 基本の型に始まり白打に内勁掌法などを套路で千本熟し、最後の締めとして秘剣に磨きを掛ける。

 

 時間にすれば二時間ほど。

 

 短くも濃密な時を過ごし、汗を流した後は仕事着である執事服を身に纏う。

 

 数年前、始めて袖を通した時は我ながら死ぬほど似合わんと思ったものだが、毎日着ていればそれなりに慣れてくる。

 

 『継続は力なり』とはよく言ったものである。

 

 次に洗面台に立ってみれば、鏡に映るのは閉じた右目を分けるように縦に走る傷が特徴的な己の顏。

 

 この傷を受けたのは6年も前だが、経絡の関係でドクに眼球を修復してもらっても何故か傷は消えなかった。

 

 まあ、この傷を受けたのも我が身の未熟ゆえ。

 

 日々己を戒める道具だと思えば安いものだ。

 

 身嗜みが整え、顔を隠す鬼の面を付ければ準備完了。

 

 本日の業務開始だ。

 

 使用人が使う離れから本館へと移動し、二階にある重厚な扉を開ける。

 

 すると目に飛び込んでくるのは一流の家具に彩られた、年頃の娘にしては少々落ち着いた趣のある部屋。

 

 その中を遠慮なく進み、人一人分膨らんだシーツをめくる。

 

「お早うございます。お嬢様、朝ですよ」

 

 そう声を掛けると、純白のシーツに桃色の長髪を広げた少女は眼を閉じたまま眉根を寄せる。

 

「まだ眠いよぉ…あと30分……」

 

 やはり寝ぼけて口調が昔に戻っている。

 

 やれやれ、今日も手間取りそうだ

 

「そういうワケには参りません。本日も予定が詰まっております、お目覚め下さい」

 

「むうぅ……」

 

 そう言いながら今度は軽く体をゆすってやると、少女の眉間に刻まれた皺がさらに深いモノになる。

 

 いつも通りならそろそろか……。

 

「さあ、お嬢さまお目覚め下さい。でないとシーツを────」

 

「うるさーーーーい!!」

 

 俺の言葉を遮って少女が叫ぶと、同時に彼女の手が横薙ぎに振るわれる。

 

 彼女は邪魔なモノを払う程度のつもりなんだろうが、それは俺の身体などミンチにしてしまうほどの威力を秘めている。

 

 ───もっとも当たればの話だが。

 

「ふぇりが寝たいって言ってるんだから、邪魔しないでよぉぉぉぉぉっ!!」

 

 癇癪のままに不満を口にする少女、しかしその先には俺はいない。

 

 何故なら俺は振り抜かれた彼女の手の上に立っているのだから。

 

「お早うございます、お嬢さま。お目覚めはいかがでしょうか?」

 

 トンボを切って最高級の絨毯へ降りたった後、挨拶と共に頭を下げる俺。

 

 少女は何度かこちらと振り抜いた手を交互に見てこう言った。

 

「……またやってしまったかしら?」

 

「はい。昔のだたっ子口調に戻るオマケ付きで」

 

「……そう。少しみっともない姿を見せてしまったわね、忘れてちょうだい」

 

「毎日の事なので意味はないと思いますが」

 

「いいから忘れなさい!!」

 

 顔を真っ赤にしながらこちらを凄んでいるの少女の名はフェリシア・ブラック。

 

 世界的大企業ノマドのCEOにして、現世最強格の吸血鬼であるエドウィン・ブラック氏の御令嬢だ。

 

「ではお嬢様、私は外に出ておりますので」

 

「あら、貴方が着せてくれてもいいのよ?」

 

「私は自分で身支度もできない幼児に仕えた覚えはありませんよ」

 

「ふん、ケチ」

 

 お嬢様の悪態を背に部屋を後にすると、廊下に出た俺の前に一つの影が現れる。

 

「失礼いたします、長官」

 

 俺の背後に立つのは、黒のスーツに身を包んだオーク。

 

 その肉体は通常のモノと違って腹も出ておらず、全身くまなく鍛え上げられている

 

 奴はノマド諜報部に属する諜報員の一人だ。

 

「ご苦労。そちらの様子はどうだ?」

 

「ドクター・フュルストは障害を排除し、五車の里に潜伏する反乱分子との調整も順調とのこと。計画は最終段階に移行しています」

 

「そうか。ならドクに伝えてくれ。『潜入任務は九割上手くいったところからが正念場だ』と」

 

「了解」

 

 こちらの言を受けてオークが立ち去ると、入れ替わる様にクリーム色の落ち着いたドレスに身を包んだお嬢様が部屋から出てくる。

 

「お待たせ。誰かいたの?」

 

「諜報部の部下が報告に来ておりまして」

 

 そう答えるとお嬢様は途端に機嫌を悪くする。

 

 というか、頬を膨らませて不満をアピールするのは止めなさい。

 

「貴方は私の専属のはずでしょ。いつになったらその部署から手を引くのよ?」

 

「申し訳ありません。これも旦那様の言いつけですので、私の一存では……」

 

「まあ、ノマドは大企業だから幹部が二足の草鞋を履くのは理解できるけど、それでも働きすぎじゃないかしら?」

 

「いえいえ、私の働きなど微々たるものですよ」     

 

「たった二日で淫魔王の首を獲ってきた男がよく言うわよ。それで、今日の予定はどうなってるのかしら?」

 

「ご家族との朝食の他には午前中は予定はありません。午後からは東京キングダム内の系列企業とカオスアリーナの視察ですね」

 

「護衛はどうなっているのかしら?」

 

「現在は私が担当する予定ですが、不安でしたら増員いたします」

 

「不用よ。貴方がいれば有象無象なんて足手纏いにしかならないでしょ、ニンジャスレイヤーさん?」

 

「その呼び方はお止めください」

 

 その名前で呼ばれると、何故か妙な日本語で喋ってしまいそうになるのだ。

 

「はいはい。じゃあ行きましょうか、小太郎」

 

「承知致しました」

 

 令嬢に相応しい所作で歩き出すお嬢様に少し遅れて俺も移動を開始する。

 

 随分と遅れてしまったが、ここで自己紹介をしておこう。

 

 俺は小太郎、姓は捨てた。

 

 現在はお嬢様の専属執事を務める傍ら、ノマドの諜報部も束ねる多忙な十五歳だ。

 

 

◇ 

 

 

「ふむ……やはり食事というのは家族で取らねばな」

 

「まったくですわ。外食もいいですけど、やっぱり家の方が落ち着きますもの」

 

 どこにでもある夫婦の一日の始まりの様に微笑み合う旦那様と奥様。

 

 裏社会に悪名を轟かせる不死の王がここまで愛妻家などと知れば、世の中の奴等はどんな顔をするだろうか?

 

 ブラック家本邸にはパーティが出来そうなくらいにデカい食堂があるのだが、ここで食事をとれるのは家長のエドウィン・ブラックと妻の楓、そしてお嬢様の3名だけだ。

 

 ちょくちょく俺も誘われるのだが、お言葉に甘えると他からのやっかみがエライ事になるので遠慮している。

 

 さて、ここで突っ立っているだけというの芸が無いので、一つ昔語りをしよう。

 

 俺はとある対魔忍の一派に生まれた。

 

 しかし頭領の嫡男に生まれた割に、この身は対魔忍としては欠陥品だった。

 

 宗家筋が代々受け継ぐ忍術、邪眼が開かなかったのだ。

 

 結局、俺は頭目である父親から目抜けの能無しと烙印を押され、里を追い出されたのは5歳の事。

 

 そして俺が不法投棄された先が、日本に3つある魔界都市の一つ『東京キングダム』だったワケだ。

 

 ご丁寧に引率してきた部下が刺客に化けた事もあり、俺が普通であったならその日の内に妖獣共の餌になっていただろう。

 

 しかし、こっちもタダのガキではない。

 

 3歳の時に行った修行で頭を打った事が引き金となって、俺は前世の記憶を取り戻していたのだ。

 

 過去世の俺はこの世界より少し科学技術に優れた世界に生まれ、上海黒社会で凶手をしていた。

 

 ターゲットは全身を違法改造のサイバネパーツで武装した中国武術家や機動兵器を乗り回すロシアンマフィアなど。

 

 そいつ等を相手に倭刀一つで立ち向かって5年以上生きたのだから、日本のヨハネスブルグに捨てられた程度で死んでやるような可愛げは持ち合わせてはいない。

 

 前世で身に着けた内家戴天流剣法の錆落としがてらに、人魔関係なくヒャッハーしていたワケだ。

 

 で、俺がお嬢様に出会ったのは東京キングダムに来て3年ほど過ぎた時だった。

 

 いくらガキだと言っても、それだけの期間辻斬り紛いの事を続けていれば、様々な組織に目を付けられるのは自明の理。

 

 当時の俺は対魔忍・米連・龍門・さらにノマドと東京キングダムの大物勢力ほぼ全てに狙われている状態だった。

 

 そんな事もあって昼夜わず様々な刺客やドローンがバンバカ襲ってくる。

 

 前世の十六歳の身体ならば兎も角、当時の俺は8歳児。

 

 精神的にはまだまだイケたのだが、身体の方が先に参ってしまった。

 

 そして疲労と空腹その他で路地裏に倒れている所を、お忍びで街に来ていたお嬢様に拾われたワケだ。

 

 当時のお嬢様は父親を男として狙うような頭のイカレたガキだったので、俺の事もペットを拾う感覚だったのだろう。

 

 現に『あなたからはすっごく血の匂いがしたの。面白そうだと思って拾ったんだから、ふぇりを楽しませてね』なんて言われたし。

 

 拾われた当初はアッサリ処分されそうになったが、この辺は旦那様の鶴の一声で無罪となった。

 

 かくして、俺はお嬢様の遊び相手兼玩具として飼われる事となったワケだ。

 

 そこからはまあ色々あった。

 

 お嬢様が奥様に嫉妬して襲い掛かろうとしたのを半殺しにして止めたり。

 

 『パパがふぇりを愛してくれない!』とビービー泣くクソガキを張り倒して『泣いて愛を請うくらいなら、むこうに『愛させてください』って言わせるような良い女になってみろ!!』って発破を掛けたら、お嬢様が2年足らずで一流のレディに化けたり。

 

 圏境を習得したのを旦那様にバレて、その日の内にノマドの諜報部にブチ込まれたり。

 

 そんでもって必死コイて働いてたら、何故かそこのトップになってたり。

 

 旦那様命な某魔界騎士に勝負を挑まれて、うっかり手元が狂って殺し掛けたり。

 

 それを聞いた某魔科医に気に入られたり

 

 あとは、いきなり旦那様に喧嘩を売られて死に掛けた事もあったか……。 

 

 …………なんかロクでもない思い出が多いんだが、その辺は今更なので気にしないでおこう。

 

「小太郎。そんなところに控えていないで君も食事をとるがいい」

 

「いえ。家族の団らんを邪魔するのは気が引けますし、私は執事ですので」

 

「あらあら、相変わらず固いんだから」

 

 そう返すとコロコロと笑う奥様。

 

 彼女は旦那様に嫁ぐ前は対魔忍をしていたらしいが、あのスーパー脳筋軍団と同じとはとても思えないくらい思慮深い人だ。

 

 仕事の書類に紛れてお嬢様との婚姻届けを仕込むあたり、素でエグイ女性でもあるのだが。

 

「ふむ……では言い方を変えよう。小太郎、私達と食事をとれ。3秒以内に席に付かなければ、ドタマぶち抜く」

 

 そう言いながら旦那様が懐から取り出したのは『ジャッカル』とかいう化け物銃。

 

 おいおいマジか、おっさん。

 

「1」

 

「あっぶねぇ!?」

 

 カウントの初っ端と同時に飛び出した鉛玉を咄嗟に躱す俺。

 

 つーか、『意』を感じてなかったら脳天吹っ飛んでるんですが!? 

 

「なにすんだ、おっさん! それと2と3は!?」

 

「知らんな、そんな数字。男は1だけ憶えていれば生きていけるのだ」

 

 しれっとそんなことを言いながら銃口から立ち上る硝煙を吹き消す不死の王。

 

 意外かもしれんけど、これがこのオッサンの素だったりする。

 

 お嬢様の愉快犯的なところ、絶対にコイツの遺伝だろ。

 

 なんにせよ、売られた喧嘩は買うのが俺の流儀である。

 

「殺す!」

 

「ハッハァ! 返り討ち!!」 

 

 ……この後、いつものように食堂を爆散させて奥様とお嬢様にめっさ怒られた。

 

◇ 

 

 

 朝の食事が爆発オチを付ければ、次に待っているのは諜報部の仕事だ。

 

「おはよう、諸く───クッサッ!?」

 

 ノマド本社にある諜報部のオフィスに入った途端、生臭い臭いが鼻に付いた。

 

 原因を探ってみれば、部屋の一角で職員であるオーク共が対魔忍らしき女に腰を振ってるではないか。

 

「お早うございます、主任。来て早々に不快な思いをさせてすみません」

 

 頭を下げるスーツ姿に般若の面を付けた秘書の綾女を謝罪に手を振って応え、俺は溜息交じりにバインダーでお楽しみ中のオークの頭を叩く。

 

「お早うッス、ボス」

 

「お早うッス、じゃねーよ。お前ら、ここでするなって何度も言ってるだろうが。何の為にヤリ部屋用意したと思ってんだ」

 

「いやぁ、朝一の侵入者だし鮮度が下がるから早めに〆とかないとって思いまして……」

 

 鮮度ってなんだよ、魚か。

 

「ともかく続けるんだったら部屋行け、部屋」

 

「ウッス」

 

 俺の言葉を受けてグッタリとしている女を担ぎ上げるオーク共。

 

 アイツ等は職務態度が悪いって事でボーナス査定をマイナスにしておこう。 

 

「待たせてすまない。それでは報告を受けようか」

 

「はい。現在、東京キングダム・ヨミハラ共に各施設から異常は報告されておりません」

 

「潜入任務中のドクへのバックアップは?」

 

「問題なく継続中です。ドクター・フュルストからの連絡では、間もなく『ふうま』忍軍の反乱が始まると」

 

「分かった。なら、キミは準備を整えておいてくれ。向こうとのゲートは何時開いてもいいようにな」

 

「はい。資料は受け取っておりますので抜かりなく」

 

 俺の質問に打てば響くように答えると、綾女は更衣室へと消えていった。

 

 彼女の所作はまさに敏腕秘書そのもの、お嬢様の反対を押し切って引き抜いた甲斐があったってものだ。

 

 いやホント、ここまで持ってくるのはメッチャ大変だったのだ。

 

 さっきのやり取りを見ての通り、俺の率いる諜報部のメインを張るのはオークなのだ。

 

 女や儲け話と聞けばあっさりと飛びつき、マンガやアニメの雑魚敵のようにあっさりと死んでくれるオーク。

 

 人魔問わず生殖サルと蔑視されている奴等だが、少々頭が弱く欲望に忠実な事を除けば割と義理人情に篤かったりする。

 

 主に対魔忍の連中が裏切られているのは、ぶっちゃけ待遇が悪すぎるからである。

 

 あとはポンポン騙されてメス奴隷コースに堕ちるから、『コイツ等アホや』と馬鹿にされているのも原因か。

 

 ウチで雇っている奴は俺が無頼を気取っていた時代からの付き合いだし、真っ当な職にも就かせた上に何度か命を救ってやってるので、そうそう裏切る事は無い。

 

 戦闘員に関してはハリウッドのアクション映画に感化されて、バリバリのマッチョになった奴もいるしな。

 

 『やられ役同然のオーク達にどんな使い方があるんだ?』なんて首を傾げる者もいるだろうが、奴等は深く潜入しないのであれば、それなりに使える人材なのだ。

 

 オークは基本的に同族以外は顔の判別が難しい。

 

 顔をよぉく確認したり、素振りや癖を観察していれば見極める事も出来るんだが、それも慣れていなければ無理だ。

 

 加えて東京キングダムを始めとする魔界都市では、奴等を傭兵や用心棒に使っている組織もかなりに昇る。

 

 そこにウチの職員をチョイと紛れさせれば、表層レベルではあるが情報を手にできるってワケだ。

 

 同僚のオークに怪しまれるというリスクはあるが、奴等の仕事は殉職や逃亡などで入れ替わりが激しい。

 

 よほど仲良くならなければ、お互い顔も憶えないのだという。

 

 そんなワケで表層面限定の諜報員としては割と優秀なのだ。

 

 その代償としてノマドの警備部門を担当する魔界騎士団にはウチは蛇蝎の如く嫌われてるけど。

 

 この辺に関しては無頼時代に、俺がイングリッド卿を筆頭に煮え湯を飲ませまくった事も関係してるんだろう。

 

 まあ、彼女達の悪評価のお陰で同じ裏方であるドク率いる魔界医療チームと仲良くなれたんだから、プラマイ・ゼロなんだけどさ。

 

 ほぼ人のいなくなった管制室に溜息を付くと、俺は部長席に溜まっている書類に目を通していく。

 

 つい最近、ウチのシマにちょっかいを掛けていた淫魔共を駆逐したので、上がってくる書類も問題が無い物が多い。

 

「淫魔族と龍門は頭を叩いておいたし、現状で警戒すべきは米連と対魔忍くらいか」

 

 とはいえ双方共に内ゲバを抱えた集団だ、旦那様に言ってその辺を突いてもらえば、割と簡単にカタが付きそうな気もするが。 

 

 そうして報告書に経費狙いで紛れ込んだ媚薬とか麻薬とか飯代の領収書を跳ね除けていると、ドクと直通の魔導通信機が音を立てた。

 

「はい、こちら小太郎」

 

『小太郎君か、私だ』

 

 通信機の先にいるのはやはりドクだった。

 

 妙に声が爽やかなのは、潜入のため校医に変装しているからだろう。

 

「首尾はどうだい、ドク」

 

『問題ないとも。ふうまの残党も予定通りに離反させたし、不肖の弟子の始末もついたからな。それよりも間もなく校長室へ突入するので、例の準備を頼むよ』

 

「了解だ。ところでターゲットの色はどうだい?」

 

『予測通り綺麗な菫色だよ』

 

 そうして通話が切れるのと、更衣室から綾女が戻ってくるのは同時だった。

 

「お待たせしました、部長」

 

「いや、ちょうどいいタイミングだ。もうじきゲートが開くから用意しておいてくれ」

 

「はい」

 

 そう言って俺が席を立つと、グニャリと空間が歪んで黒い穴がポッカリと口を開けた。 

 

 これが魔術で作り出された転移用ゲートだ。

 

 本来なら対魔忍の本拠である五車の里と東京キングダムを繋ぐほどの距離は稼がないのだが、その辺は俺が持っているマーカーでフォローしている。

 

「そんじゃ行くか。抜かるなよ」

 

「お任せください」

 

 調息で氣を練りつつ俺はゲートを潜る。

 

 使うのは勿論、隠形の極致たる圏境だ。

 

 視界を襲った一瞬のブレの後、目の前に広がったのは荒れ果てた室内。

 

 そして紫紺の対魔スーツに身を包んだ井河アサギと相対する赤い髪に隻眼の対魔忍。

 

 その周りにいるのは恐らくは生徒であろう対魔スーツに身を包んだ少年と少女。

 

 一見女の子に見える少年はともかく、あのタコの足からするにもう一方は相州蛇子か。

 

 しばらく会わない内に随分と大きくなったものだ。

 

 おっと、懐かしさに浸っている場合じゃない。

 

 ドクも正体を現して撤退を始めているのだ、こっちも手早く仕事をしちまわないと。

 

 俺はドクの登場で混乱している室内を素早く駆け抜けると、忍者刀を構えているアサギの背後に回り込んだ。

 

 圏境は天地万物の氣の合一する事で、例え見られたとしても人と認識できないようにする業だ。

 

 そしてアサギに気配を消した俺を捉えられないのは、右目を潰された時に確認している。

 

 奴がドクに目を奪われている隙に、俺はその首筋に指を当てて氣脈を遮断。

 

 3年前はこんな簡単に背後を取られるような女じゃなかったんだが、現場に出る事が減って腕が鈍ったのかね。

 

 そんな感想を持ちながらも全感覚を失ったアサギを抱えると、俺はすぐさまゲートへと飛び込んだ。

 

 氣脈断絶からは魔術で目くらましをしているので、目撃された心配は無いはずだ。

 

 そして俺が諜報部のオフィスへ戻るのと入れ替わる形で、綾女がゲートへと飛び込んでいく。

 

 ここまでの間、約5秒。

 

 我ながらなかなかの早業だと思う。

 

 アサギを女子更衣室に放り込んでから待つ事しばし。

 

 ドクを先頭にして例の赤毛の対魔忍を吐き出すと役目を終えたゲートは煙のように姿を消した。

 

「お疲れさん、ドク。検体はそっちの部屋に置いてあるから」

 

「ありがとう。今のうちに色々と処置させてもらおう」

 

 更衣室を示すとドクは満面の笑みを浮かべて部屋の中へと入っていった。

 

 結果、オフィスに残されたのは俺と赤毛の対魔忍という事になった。

 

 つーか、ウチの局員たちは何時までヤリ部屋に籠っとんじゃい。

 

「執事服を着た鬼面の男……。お前がアサギを倒したっていうノマドの切り札か」

 

「これまた古い話を持ち出してくれるな」

 

 鋭い視線を此方に向ける対魔忍に、俺はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

 事は三年前、懲りもせずカオスアリーナに潜入したアサギが発見されたのに端を発する。

 

 当時、俺は甲河朧に代わってアリーナの総支配人となったスネークレディからの依頼でイベントに参加していたのだが、サプライズと称して奴と戦う事になった。

 

 剣腕を鍛える為に強者と戦いたいという俺の願いを憶えていてくれたのは嬉しいが、もう少しやりようがあったのではなかろうか。

 

 戦いは序盤こそ俺が優勢に押していたのだが、奴が魔族の力を引き出してからは形勢が逆転。

 

 当時の俺はまだ11歳。

 

 『意』は読めても強化された隼の術の速度に身体が付いて行かなかったのだ。

 

 その結果、仮面を立ち割られた上に役立たずの右目を潰される事となったのだが、その窮地を切っ掛けにして秘剣に開眼。

 

 『光陣華』と『六塵散魂無縫剣』のぶつかり合いは俺の身体に致命傷ギリギリの深さで袈裟状の傷を付け、アサギの四肢を斬り落とす事で決着を見た。

 

 その後、回収された奴は朧の異動先である尋問部へと運ばれたらしいが、2週間ほどで予定調和のように逃げられた。

 

 この失態によって朧は幹部から平社員待遇まで降格したそうな。 

 

「それで、俺が井河殺しだとして何か言いたい事でも?」

 

 そう問いかけると赤毛の男は眼帯に隠れていない眼に鋭い光を乗せる。

 

 因みに井河殺しは先の件を俺なりに現したものだ。

 

 社内ではいかに流行ろうと『ニンジャ・スレイヤー』とだけは絶対に名乗らん!

 

「なに、対魔忍最強を掲げる為に超えるべき相手を見定めようと思っただけだ。この二車骸佐が取るまで、その首誰にも渡すんじゃねえぞ」

 

 そう言い残すと、その対魔忍は部屋から出て行った。

 

 二車骸佐って……アイツ、ガキの頃に俺の後ろに引っ付いてた泣き虫の骸佐か!?

 

 十年以上も会ってないんだから当然なんだけど、変われば変わるものである。

 

 旧知の者との意外な再会に刹那の間だが呆けていた俺だが、部外者を監視ナシで本社ビル内を歩かせるのは拙い事に気付いた。

 

 そこですぐさま廊下の真ん中を堂々と歩いていた骸佐に追いつくと、その後頭部を引っ叩いて監視の元出口まで引き摺って行った。

 

 危ない危ない。

 

 危うく機密漏洩で減棒されるところだった。

 

 あと骸佐については問題ない。

 

 ガキの頃は迷子になりそうだったアイツを、ああして親に引き渡してたし。

 

 

◇ 

 

 なんだかんだと後処理をしている内にお嬢様の護衛の時間になったので、俺は本社ビルを離れる事となった。

 

 ウチの所員共は結局ヤリ部屋から出てこず仕舞い。

 

 なので全員給料10%カットの刑に処すことを決めた。

 

 つーか、高給出るようにしてやってんだから働け。

 

 視察に関しては特に問題なし。

 

 刺客はせいぜい1ダース程度だったし、その腕も3流ばかり。

 

 昔のお嬢様なら喜んでミンチにしていただろうが、今は自分から手を下す事は無い。

 

「小太郎、やってしまいなさい」

 

 この一言で終わりだ。

 

 いやはや、淑女教育が上手くいって何よりである。

 

「ところで小太郎、あの女はどうなってるのかしら?」

 

 俺が運転するベンツの後部座席からお嬢様が問いかけてくる。

 

 お嬢さまが『あの女』と呼ぶのは一人しかいない。

 

 彼女の姉で対魔忍陣営に属している心願寺紅だ。

 

「彼女なら血筋故に主流派から疎まれているようで、僅かな手勢と共にセンザキを根城にしているようです」

  

「目立った動きは?」

 

「ウチの傘下、四次団体の組織を幾つか襲撃した程度ですね。ハッキリ言って痛くもかゆくもありません」

 

 そう答えるとお嬢様は嬉しそうに含み笑いを漏らす。

 

「無様なモノね。私を倒して貴方を取り戻すなんて大言、どの口で言っていたのかしら?」

 

「さて。第一取り戻すも何も、私は対魔忍陣営に籍など置いていないのですがね」

 

 奴も骸佐や蛇子と同じく幼馴染だが、俺からしてみればガキの頃の知り合いに過ぎない。

 

 2年前にお嬢様を襲撃した際に俺の事は知られてしまったが、奥様やお嬢様ならともかく俺に執着する理由がさっぱり分からん。

 

 前回、見逃した事でガキのよしみは果たした。

 

 次に来たならバッサリ逝ってもらうだけだ。

 

 そんな事を考えていると、懐で携帯が軽快な音を立てる。

 

「はい……」

 

『部長、私です』

 

 電話は特殊な任務に付いている綾女からだった。

 

「ご苦労。首尾はどうだ?」 

 

『問題ありません。八津紫、そして実妹の井河さくらも私を『アサギ』と信じております』

 

 まあ、そうなるのも当然だ。

 

 彼女はノマドで制作されたアサギのクローンなのだから。

 

 彼女達アサギシリーズは試作も兼ねた初期ロットとして6体が作られたらしい。

 

 しかし旦那様の無関心と朧の私怨によって、龍門や娼館に売られるといったワケの分からない使い方をされていた。

 

 この事を歌うように伝えられた時、朧の顔面に踵を叩き込んだ俺は悪くないはずだ。

 

 その後、残されたデータを基にクローンの行方を辿った俺は、綾女を除く5人のクローンを消去した。

 

 アサギクローンなんて危険物、ホイホイ外部に漏らすワケにはいかないからだ。

 

 あと、綾女を残した理由は一番モノになりそうと感じたが故である。

 

 ヨミハラの娼館で変態共の手に掛かる寸前で助け出したからか、彼女は本当によく俺に仕えてくれている。

 

 今では綾女がいないと諜報部は破綻してもおかしくない程だ。

 

「結構。ではアサギとして、引き続き内部攪乱と情報収集を行ってくれ」

 

『承知いたしました』

 

 インカムで通話を切るとお嬢様の確認の声が飛んでくる。

 

「誰からかしら?」

 

「アサギとして五車学園に潜入させた綾女からです。万時滞りなく進んでいると」

 

「そう。元より脅威では無かったけど、これで対魔忍も首輪の付いた子犬同然ね」

 

「ええ。じきに米連や他の組織も黙らせてみせますよ」

 

 そう返すとお嬢様は後ろから俺の首に手を回してきた。

 

「まったく、ふうま弾正には感謝の言葉も無いわ。内ゲバで対魔忍を弱体化させただけじゃなく、貴方を無能と放り出してくれたんだもの」

 

「それも私に手を差し伸べたお嬢様の慧眼あってこそですよ」

 

「そうよ、私が拾ったのだから貴方は私のモノ。だからずっと傍にいなさい」

 

「ええ。とりあえずは旦那様に抹殺されないように気を付けますよ」

 

「そう思うなら嬉々としてお父様に喧嘩を売るの、やめなさいよ!!」

 

 さっきまでのムーディな雰囲気はどこへやら。

 

 年相応にムキーッと怒りを露わにするお嬢様。

 

 あと、強者と戦うのは俺のライフワークですから。

 

 あのおっさんを超えるまで、それはできない相談ですよ、お嬢様。    




 エロの世界で陣営ガチ攻略する空気の読めない主人公


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日記41冊目

 お待たせしました、最新話更新です。

 対魔忍RPGのミッションが緩和されてかなり楽になりました。

 うん、メインクエスト全部終わらせてるのに、週15回クリアとか地味にキツかったし。

 これで次の五車祭りに向けて石を溜められるというものです。

 さて、次に来るのは権左と骸佐かな?


▼月△☆日

 

 ふうま忍軍最大の癌を排除できて一安心の小太郎です。

 

 さて、狂乱のバッティング大会から数日が過ぎた。

 

 時子姉がブチかました軍事衛星ジャックで言及されないかとビクビクしていたのだが、幸いな事にそういった事はなかった。

 

 代わりと言ってはなんだが、何故かノマドのブッさんからお祝いメールが来た。

 

 あのおっさん、ドローン越しに一部始終を見ていたようで『下手なバラエティー番組より面白かった。グッド!』と感想が書いてあった。

 

 あと、何故か例のバーサーカー娘との婚姻届けが同封されていたので、そりゃあもう力一杯引き千切っておきました。

 

 掛け声的に『ふんんっ!!』って感じに。

 

 つーか日本とブラド国にオファーが掛かってるのに、ノマドトップの娘と政略結婚とかどう考えても無いから。

 

 それは兎も角、今日の本題に移る事にしよう。

 

 本日、井河家頭領・井河アサギの引退が正式に通告された。

 

 以前までのように井河さくらを交渉の前面に押すような内々の対応ではなく、頭領認め印が押された書面による正式な通達だ。

 

 これでよほどのことが無い限りアサギが現場に戻ってくる事は無いだろう。

 

 もっとも十年前に引退破棄を行っているので絶対とは言い難いが。

 

 この知らせを受けて公安は上へ下への大騒ぎだそうな。

 

 向こうだって妹のさくらが頭領としての引継ぎを受けて独り立ちするまでは、アサギが面倒を見ると思ってただろうから、そうなるのも無理はないが。

 

 今回の件はふうま陣営では朗報として迎えられた。

 

 まあ、反乱の時からずっとアサギはふうまにとって目の上のタンコブだったしな。

 

 下の者達にしてみれば消えてくれて万々歳なんだろう。

 

 俺としては対魔忍という勢力で見ると大幅な戦力ダウンになるので、この事態を招いた身ながら少々複雑な気分だ。

 

 とはいえ身重の女性に大役を任せるのも気が引けるし、これからの魔界勢力の対応に目を向ければブラック憎しのアサギがいると何かにつけて都合が悪い。

 

 先を見るなら消極的賛成と言ったところだろう。

 

 ウチの内情的にはこんな感じなのだが、今回のアサギの引退に猛然と反対を示す者が一人いた。

 

 それは堅気の道を歩み始めていた若アサギこと優陽である。

 

 奴はこの世界のアサギが第一線から退く事で自分にヤヴァイ因果が降りかかる事を怖れたのだろう。

 

 この話を聞いた瞬間に『ふっざけんなぁぁぁぁぁぁっ!!』と大噴火。

 

 さらに「お前が消えたら私に不幸が飛んでくるじゃねぇかぁっ! 妊娠くらいで引退してんじゃねーよ!! 『ママは対魔忍』しろよぉぉぉぉっ!!!」と人として最低の発言を連発。

 

 横で若さくらこと日向が『お姉ちゃん…おいたわしい……』と涙を流す中、そりゃあもう大暴れをしてくれた。

 

 まあ、話の会場は奴等のマンションで壊れたのもむこうの私物だからいいんだけどさ。

 

 まったく、だから整形しとけって言ったのに……

 

 あまりに哀れだったので、近所の神社から厄除け守りを買ってやった。

 

 アサギの高校卒業を目途にしていたが、奴等の独立を速めた方がいいかもしれん。

 

 独立の為のお金って、どのくらい包めばいいのかなぁ……

 

 

▼月△□日

 

 

 今日はノマドから招待状が届いた。

 

 内容は例のZ級映画の完成試写会だそうな。

 

 つーか、出来るの早過ぎである。

 

 普通映画って1年くらいかかるじゃないの。

 

 大作になったら制作期間10年とかザラだしさ。

 

 いったいどんな魔法を使ったんスか、ブッさん?

 

 どう考えても『アイアンマン』の超絶劣化パクリである『メタルマン』に匹敵するクソ映画になるであろう今作。

 

 この短い制作期間と相まって嫌な予感しかしない。

 

 取り合えず制作に関わった者の一人としては心配なので行っときたいのだが、果たして骸佐達が認めてくれるだろうか?

 

 むこうも撮影の時みたいに宮内庁に手を回してる可能性も高いだろうから、まあなるようになるか。

 

 出来の次第とスタッフロールによっては、ブッさんと戦ってでも上映阻止を視野に入れねばならんが……

 

 

▼月☆△日

 

 

 映画の件はさて置き、今日は心願寺一門と話をしてきた。

 

 内容は爺様と紅姉にブラック討伐の猶予を貰う事。

 

 何故こんな話をしたかというと、ノイ婆ちゃんやリリス嬢というノマドを挟まない筋から例のゾンビ騒ぎの時に聞いた話の裏が取れたからだ。

 

 婆ちゃん達の証言だと、地上進出の可能性がある魔界の列強はブッさんが言っていた淫魔王・オークキング・レイスの他にも複数存在するらしい。

 

 まずは溶岩が流れる魔界の灼熱地帯の支配者にして炎獄の女王の異名を持つアスタロト。

 

 ブリュンヒルデにロスヴァイセと、何故か北欧神話の戦乙女の名を名乗っている上級鬼神族。

 

 血液を自在に操る能力を持つ魔族屈指の支配階級である血の君主、メイア・ブラッドロード。

 

 アラクネ族の姫で、髪を操り相手の生気を吸う能力を持つ蜘蛛姫アネモネなどなど。

 

 男女比が0:10なのが少々引っ掛かったが、その辺は口にしても詮無き事だ。

 

 上記の中でもメイア・ブラッドロードに関してはナディア講師の知り合いらしいので、彼女に仲介を頼めば話し合いに持ち込むことも不可能ではない。

 

 しかし、それ以外に関しては基本弱肉強食のヒャッハー共なのでOUTだそうな。

 

 こうして改めて確認すると向こう側の群雄割拠ぶりに頭が痛くなる。

 

 そして現状でブラックを排除するのは、奴等の勢力争いの舞台を人間界に移すのを意味する。

 

 そうなれば地上が創作物に出てくる世紀末並みに荒廃するのは火を見るより明らか。

 

 そこでノマドの勢力拡大を防ぎつつ、さりとて影響を削り過ぎない調律された紛争が必要になるワケだ。

 

 期間は人類が魔界勢力に対抗できる力を手に入れるまで、ときた。

 

 こんな離れ業、ふうま一党だけでやれるワケがない。

 

 日本政府と他の勢力に関しては追々説明の場を設けようと思っているけど、それも自分の足場を固めないと儘ならない。

 

 そこで事前にブラックと因縁が深い心願寺に話を通そうと思ったのだ。

 

 本来なら頭領の権限を振りかざせば済む話なのだが、それは悪手でしかないし俺自身もしたくない。

 

 心願寺の爺様が娘奪還にどれだけ執念を燃やしてきたかも、ガキの頃からの付き合いなので十二分に知っている。

 

 20年という猶予の期間は、事実上爺様に諦めろと言っているのと変わらないだろう。

 

 それでも俺は言わねばならなかった。

 

 爺様の心情を取ればノマドとの全面戦争に加えて、勝ったとしても魔界からの新興勢力と刃を交える事になる。

 

 そうなればふうま衆を始めとして、この国にどれだけの被害が及ぶか分かったものでは無い。

 

 だからこそ俺は非公式の訪問と形を整え、こちらの考えを全て説明したうえで土下座で爺様に謝った。

 

 実際、爺様に対してできる詫びはこれしか思いつかなかったからだ。

 

 正直離反や斬りかかられる事も覚悟していたのだが、ありがたい事に爺様は納得してくれた。

 

 その代わり、紅姉を心願寺楓に会わせてやってほしいとだけ頼まれた。

 

 ブラックの打倒ではなく娘と孫の再会を望んでいるあたり、爺様がどれだけ二人を案じているのかがよくわかる。

 

 二車の小父さんに続いて破る事の出来ない約束事が増えてしまったが、先に勝手を言ったのはこっちだ。

 

 そこはしっかりと果たすとしよう。

 

 

▼月☆●日

 

 

 えー、本日は例のク●映画の試写会に行ってまいりました。

 

 昨日と今日で話題の温度差が酷いが、日記とはこういうモノと割り切ろう。

 

 まず最初に言いたいのは、なんで主演が俳優じゃなくて俺とブッさんになってるんですかねぇ……

 

 つーか、実際にスタントした時以外の二人の場面が全て最新鋭の投射式立体ホログラムなんて、技術の無駄使いにも程があるだろう。

 

 しかも音声に関してはゾンビ事件の時に実際に言ってた事を録音&抽出して当ててるとか。

 

 わざわざ俳優雇った意味ゼロじゃん、これ。

 

 映画の内容に関しては良くも悪くもB級アクションでした。

 

 まあ、随所に入ってるダンスなんかはゾンビ物としては斬新と言えば斬新だけど。

 

 そういった演出で話のテンポが悪くなったりくどく感じさせない辺り、マダムが監修を担当しただけの事はあると思う。

 

 個人的感想を言えばゴールデンラズベリー賞は回避できるものの、名作というにはまだまだだと思う。

 

 まあ、本上映の際には『壮絶実話!』とか付加価値付けて売り出すそうなのである程度の興行成績は出すかもしれんが。

 

 あと試写会が済んだ後にブッさんから聞いた話では、俳優交代の真相はマダムにあったらしい。

 

 なんでも俺のスタントの後に撮影に入った俳優たちが伝説の映画『実写版デビルマン』の主演を凌ぐほどの大根っぷりだったそうだ。

 

 そのあまりの演技にマダムがガチギレしてしまい、思わず噴射したスネークポイズンによって主演二人はリタイヤ。

 

 代わりの俳優を呼ぼうとしたものの先に撮った俺のスタント姿に合致する者は見つからず、こうなったらとカオスアリーナに最近取り入れた最新機器のホログラムで代用らしい。

 

 これを見たブッさんも『だったら私のパートもホログラムにしよう』と言い始め、こっちもそれで代用となったそうな。

 

 なるほど、そういう事情なら仕方がない。

 

 俺の役で『あー、オレ、ニンジャになっちゃったよー』とか棒読みされたら、全身全霊で映画の公開を止めただろうし。

 

 ただね、一応俺も諜報機関の一員なんスよ。

 

 スタッフロールに実名出すのはやめてほしかったなぁ……

 

 

▼月☆◇日

 

  

 最強の対魔忍アサギの引退はここまでの影響を及ぼすモノか、と戦慄している小太郎です。

 

 本日、宮内庁に謎の怪文章が届きました。

 

 内容にあっては『ふうま小太郎。貴様のような忍術も使えん男がアサギ様を超えたなど私は認めん! よって、〇月×日に私と立ち合え! 八津紫』だったそうな。

 

 学長からこの話を聞いた時はギャグで言ってるのかと思ったわ。

 

 けど、改めて考えると十分予測できた話なんだよなぁ、コレ。

 

 井河忍軍の中だと八津妹はアサギの右腕にしてぶっちぎりのアサギシンパなのだ。

 

 引退の理由としてアサギかさくらが俺の事をダシに使ったとしたら、暴走した奴がこういう行動に出てもおかしくない。

 

 さて、これまた難題が降ってきたモノだ。

 

 ぶっちゃけ、ふうま的に見れば八津妹を殺さない理由がない。

 

 こんな果たし状なんて取り合う必要は無いし、下にこの件が知れれば奴の首を取りたいという立候補者は山と出てくるだろう。

 

 だがしかし、それをやってしまうと井河がエライ事になってしまう

 

 アサギが退く以上、井河でエースとなるのはさくらと八津妹だ。

 

 さくらが頭領の座を継ぐ事を思えば、現場に出るのはもう一方の役目になるだろう。

 

 その八津妹がここでスポーンと抜けてみろ。

 

 戦力的にも立場的にも井河の弱体化は待ったなしである。

 

 ふうま単体なら『ざまぁwww』で済む話だが、日本の対魔戦力全体ではそうはいかない。

 

 アサギの力は無くても井河は対魔忍の主流なのだ、それが機能不全になれば国防の大きな穴になる。

 

 それに加えて井河で最も有能と言われる八津九郎の恨みを買うのも面倒くさい。

 

 とりあえず、井河に連絡を取ってみよう。

 

 ぶっちゃけ、むこうで八津妹を処分してくれたら一番楽だし。

 

 

 

 

『『本当に申し訳ありません』』

 

 井河に通話を開いた途端、眼の前に飛び込んできたのは、当代と次期頭領による姉妹揃っての土下座でした。

 

 つーか、君達は土下座しすぎじゃないかね?

 

 いくら『敗北のベストオブベスト』でも、乱発したらありがたみが無いんだが……

 

 あと、全裸じゃなかった事は評価しておこう。

 

「とりあえず、そちらも状況を把握しているという事でいいんですね?」

 

『はい。今朝がた山本長官経由で聞きました』

 

 蒼白になった顔を上げるアサギに思わず眉根がよってしまう。

 

 妊婦ってストレスが大敵じゃなかったっけか?

 

「しかし、何故公安は手紙を宮内庁に? 双方共に書面のやり取りなんてやってないでしょう。我々絡みだったら尚更」

 

『それはむっちゃ……八津紫が書状を託したのは公安の平職員だったらしく、彼女から「対魔忍同士の重要書類だ!」と言われたのと勢いに押されて持っていったと……』

 

 話の流れからすると、奴の事だから自慢の馬鹿力を駆使した脅しも行われていたのだろう。

 

 その職員はご愁傷様である。

 

「それで、今回の一件をそちらはどう処理するつもりですか?」

 

 そう問いかけると途端に言いよどむアサギとさくら。

 

 今回の件は忍の常識に照らせば下手人の首を手土産に詫びを入れて、初めて賠償等々に関する交渉の場に立てるくらいの案件だ。

 

 相手が苛烈なら八津家一族郎党全員の首を要求されてもおかしくない。

 

 俺的には千切った首を並べられても嬉しくとも何ともないので、そんな事を要求する気は無いが。

 

 それでも今回に関しては、俺から八津妹を許すなんて事は絶対に言えない。

 

 こっちも弾正を処理して頭領の地位を固めたばかりなのだ、他の組織に嘗められるような真似をしては一党内の信用に拘わる。

 

「井河殿の下忍が跳ね返ったんです、ウチに被害が出る前にそちらで八津の首を上げるのが筋ってものでしょう」 

 

『それはそうですが……八津紫は我々の中核を占める戦力でして』

 

「その幹部が私に果たし状を送ってきたという事は、この喧嘩は井河の総意と捉えてよろしいので?」

 

『そんな事はありません! ノマドを始めとする魔界勢力がはびこる中、対魔忍同士で争うなど愚の骨頂です!!』

 

 だろうね。

 

 そんな馬鹿やらかしたら、間違いなく井河は公安から切られるだろうし。

 

 ウチに関しては俺の氣功術がある限り見放される事は無いだろうが。

 

 つーか、さっきからアサギばっかり対応してるんだけど、さくらもなんかしゃべれよ。 

 

「では、書状通りに私が八津と一戦交えればよいのですか? その場合は井河による頭領襲撃という事になるので、どのみち戦端が開かれると思いますが」

 

『それは……』

 

 返す言葉が無いのかアサギが黙り込むと今度はさくらが口を開いた。

 

『紫は……きっとふうま殿に勝てば姉が引退を取り消すと思っているんです』

 

「それはどうして?」

 

『姉が引退の理由を問われた時に、「ふうま殿の力が自分を超えたからだ」と答えてしまったんです。でも、紫はそれが不満だったようで……』

 

「なるほど。『忍術もロクに使えない目抜けのガキがアサギ様を上回るワケがない。奴を倒せばアサギ様も目を覚ます』とでも考えたワケですか。───けどそれは八津の勝手な思い込みですし、第一ウチには何の関係もないですよね」

 

『はい、その通りです』

  

「なら、八津の首を持ってきてください。慰謝料に関してはその際にお話しする事にしましょう」

 

 俺はそう言って通信を切った。

 

 さて、これで井河はどう出るか?

 

 八津妹が死ぬことを前提に話をしたが、一応抜け道は用意してやった。

 

 さすがにこちらから説明はできないが、果たしてアサギとさくらがそれに気づくかどうか。

 

 それも八津妹がこちらを襲ったらオジャンになる代物だ。

 

 もしウチの人間に被害が出たら俺も容赦なく奴を殺すつもりだしな。

 

 今回の件はある意味さくらに対する試金石になるだろう。

 

 なんとか間に合わせてほしいモノである。

 

 

 

 

 おまけ

 

 ある日のブラック家

 

ブッさん「いやはや、なかなかに見ごたえのあるショーだった。まさか、井河アサギの奥義を真似てみせるとはな」

 

ふぇり「パパ」

 

ブッさん「なにかね、フェリシア?」

 

ふぇり「ふぇり、おかしくなっちゃった」

 

ブッさん「なんだと!? 風邪か、それとも悪いモノを食べたか? ───ともかくフュルストに診てもらわねば」

 

ふぇり「ちがうの」

 

ブッさん「む、何が違うのだ?」

 

ふぇり「さっきの男の子を見てるとむねがドキドキするの。こんなの、パパにしかなったことがないのに……」

 

ブッさん「……フェリシア、よくお聞き」

 

ふぇり「なに?」

 

ブッさん「それは恋だ。お前はふうま小太郎に心を奪われてしまったんだよ」

 

ふぇり「よくわからない……」

 

ブッさん「では問おう。今も小太郎君の事を考えると胸が高鳴る……ドキドキしないかね?」

 

ふぇり「…………する」

 

ブッさん「そうすると小太郎君が欲しくなるだろう?」

 

ふぇり「なる。これが『こい』なの?」

 

ブッさん「ああ、異性を好きになるとはそういう事だ。私はお前の恋を全力で応援させてもらうよ」

 

ふぇり「じゃあ、こたろうと会わせてくれる?」

 

ブッさん「もちろんだとも」

 

ふぇり「ありがとう、ぱぱ。ふぇり、トイレに行ってくるね」

 

 

 

 

 

 

 

 

ブッさん「ッシャア!!!」

 

 

 

 エドウィン・ブラック、地雷原脱出。

 

 

   



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日記42冊目

お待たせしました、最新話更新です。

 五車祭り、五車祭り!

 アサギも舞も来やしねぇ!!

 150個石を使って来たのは汚朧(有能)とクラクル、あとはアルカだよ!!(涙)

 ガチャ期間3日とか、短すぎやしませんかねぇ!!

 愚痴はこの辺にして相変わらずの遅筆ですが、何とか執筆スピードを上げていきたいと思ってますので、何卒よろしくお願いします


◎月△日

 

 近頃の自分を取り巻く環境に『ふざけんな!』と言いたい小太郎です。

 

 今日、政府の広報部から妙な依頼が来ました。

 

 何でも現役アイドルとコラボレーションイベントを行うので協力してほしいとの事。

 

 最初に見た時はギャグじゃないかと疑ったが、残念な事に本当だった。

 

 つーか、政府はこちらの仕事を本当に理解しているのだろうか?

 

 俺等は皇室や政府が表立って動けない事を秘密裏に処理するドブさらいなんですがねぇ……

 

 宮内庁は帝との謁見を契機に学長を飛び越えて依頼をかけて来るようになったが、今回はさすがにやり過ぎだろう。

 

 そんなワケで抗議の声を上げてみると、相手先からこんな返事が返ってきた。

 

『頭領自ら動画サイトに続いて銀幕デビューまで果たしているんだから、この位は大したことないでしょう?』

 

 これを言われるとこちらも弱い。

 

 というか、YOU●UBEはともかく後者についてはアンタ等の依頼が原因じゃねーか。

 

 先制ジャブ的なジョークはさて置き、真面目な理由としてはアサギ引退によって政府内で噴出した対魔忍不要論に対して、イメージアップを図るための一環なんだそうな。

 

 同業他社としてはイマイチ納得のいかない話だが、お偉いさん達にしてみれば対魔忍=アサギというイメージが根強いのだろう。

 

 俺が解決したデカいヤマって、去年のカーラ女王の叔父が起こした寄生虫テロを防いだことくらいだし。

 

 ともかく、こちらはしがない雇われの身。

 

 構成員のお上がやると決めた以上はおいそれ反対などできん。

 

 ここは適当におちゃらけて、アイドル様に裏社会との接点ができないように動くとしよう。

 

 

◎月☆日

 

 

 久々にめでたいニュースである。

 

 今日、権左兄ィと静子さんが晴れて夫婦となった。

 

 もちろん結婚式・披露宴共に参加させてもらったのだが、まさかスピーチを求められるとは思わんかった。

 

 こういうのって年長者がやるもんじゃないの?

 

 ほら二車だったら比丘尼のおばば様とかいるじゃん。

 

 とはいえ名指しで任された以上は断る訳にはいかない。

 

 二人の門出を祝う為とシワの薄い脳みそをフル回転したのだが、果たして上手くいっただろうか。

 

 次に結婚式恒例である花嫁からのブーケトスだが、受け取る側がガチ過ぎて戦場みたいになっていた。

 

 改めて考えたらウチのくノ一衆ってけっこう独身が多いのよ。

 

 ほら桔梗とか左近とか、ウチの姉とかも彼氏ができたとかまったく聞かんし。

 

 そういう事もあって三十路が過ぎたお姉様がたが色々なモノを剥き出しで取り合ったワケですわ。

 

 怒号や罵声が飛び交う中で忍術を使う奴まで現れて、見ていた俺達はドン引きである。

 

 結果を言えば、ボロボロで花が全て落ちてしまったブーケを手に勝ち鬨を挙げたのは優陽だった。

 

 それを見た時、俺は涙を禁じ得なかった。

 

 片やふうま衆でも屈指の優良物件を射止めて幸せそうに微笑む花嫁。

 

 片や『ケケーーーーーッ!!』とアマゾンライダーのような奇声を上げてブーケをむしり取った『彼氏いない歴年齢(本人談)』の喪女。

 

 同じ遺伝子を持つはずなのに、この絶対的な格差はなんなのか。

 

 もし、これで静子さんの出自を優陽が知ったら、クローンに嫉妬するオリジナル(並行世界)という、ややこしい事この上ない人間関係が成立したかもしれない。

 

 真実を知る者だけが感じる悲哀はこの辺にしておこう。

 

 女の闘いから気を取り直すようになだれ込んだ披露宴は大盛り上がりだった。

 

 静子さんのお色直しには歓声が上がり、思い出のアルバムでは新郎の親族が提供してくれた金髪リーゼントに特攻服という武丸みたいな恰好をした学生時代の権左兄ィの姿に一同大爆笑。

 

 他にも弟分として懐いていた銃兵衛が祝いの言葉を言おうとして男泣きしたり、新郎のリクエストで俺・骸佐・心願寺の爺様・当人で『とんぼ』を歌ったりと笑いあり涙ありの楽しい宴だった。

 

 これからも少しづつでいいから、こういう祝い事を増やしていけたらと思う。

 

 何はともあれ、ご両人に幸せあれ。

 

 

◎月□日

 

 今日は毎週恒例のアミダハラチャレンジの日だった。

 

 今回は巨大水槽を舞台にクラーケンと一戦交える事となった。

 

 遠慮なくイカ刺しにしてやったが、さすがの魔女でもコレは食わないらしく、あわれクラーケンは皿に乗る事無く処分されてしまった。

 

 まあ、それについては全然モーマンタイなのだが、それ以外に気になる事がある。

 

 ノイ婆ちゃんが俺にけしかけてくる化け物が五行思想の相生に則っているという事だ。

 

 初回がドライアド、次がイフリート。

 

 三回目に土の精霊とかいうマッチョが来て、さらに金ぴかゴーレムが立ちはだかる。

 

 そして今回のイカを含めると見事に木→火→土→金→水の五行相生の構図が出来上がるワケだ。

 

 どんな意図があって婆ちゃんがこのチョイスをしているのか分からんが、もしかして割とシャレにならない事の片棒を担がされてるのではなかろうか。

 

 とはいえ、この週間トレーニングは女王に対する横紙破りの補填だ。

 

 相応の理由が無ければ断る訳にはいかん。

 

 骸佐の監視もあって現場に出る数も減ってる現状では実践経験を錆び付かせない事にも役立ってるし、こちらとしてはもう少し様子を見ようと思う。

 

 女王とノイ婆ちゃんが絡んでるなら、そこまで悪い事にはならんだろうしな。

 

 それはともかく、アミダハラの帰り道に久々に剣術勝負を仕掛けられた。

 

 相手は村雲源之助という逸刀流の使い手なんだが、そんな事はどうでもいい。

 

 問題は奴が鬼面を付けているという事だ。

 

 今日のお面がプリキ●アな事もあって、俺の道化感がハンパなさすぎるではないか。

 

 つーか、俺以外の仮面の剣士などド許せぬ!

 

 『ムジュラーは俺一人でいい』とヒャッハーした結果、村雲君とやらはあっさりと天に召されてしまった。

 

 彼の剣腕はかなりの物だったし、五連突きや打ち下ろしとか見るべきところはいっぱいあった。

 

 まあ、不利になった途端に傀儡系の忍法に頼ったのはちょっと興ざめだったけど。

 

 つーか、逸刀流・断固相殺剣って何だったんだろうか?

 

 そんな死亡フラグ満載の技を使われたら、こっちも『秘孔・新血愁!!』とかやっちゃうじゃないか。

 

 まあ、実際には貫光迅雷で心臓ブチ抜いたんですけどね。

 

 そんなワケで、ネタ的要素を排すれば今回の立ち合いは楽しめた。

 

 今わの際に秋山凛子の縁者だと言われた時はちょっと焦ったけど。

 

 八津妹の件がまだなのに、学生妊婦なんていうデンジャー生物の尻まで拭けんぞ。

 

 なんか『人の道を外れてまで強さを求めながら、貴様に挑む事無く果てる俺を笑うがいい……』とか言っていたが、凛子の奴は人倫という意味で豪快に道を逸れて行ったから笑う事は無いと思う。

 

 東京に帰った後で念のために達郎に確認を取ったのだが、こんな感じだった。

 

「───というワケなんだが、憶えは無いか聞いてくれ」

 

「分かった…………『誰だそれは? 私の男は達郎だけだ!』だってさ」

 

「あー……ならいいや」

 

「いや、アンタの質問の所為で『私の想いを証明するため』とか言って六連チャンする事になったんだけど……」

 

「……妊娠中にいいのか、それ?」

 

「安定期に入ったから、ある程度なら医者がOKが出してる。でもさ……姉ちゃん今まで出来なくて飢えてるから、ある程度じゃすまないんだよっ!?」

 

「うむ、死ぬがよい」

 

「待って! お願いだから助け……アッーーーーーー!」

 

 久々に連絡を取ったが、秋山姉弟が幸せそうで何よりである。

 

 そう言えば、村雲君が死んだ後に襲って来た女は何者だったんだろうか?

 

 ほぼ条件反射でぶった斬ってしまったんだが……。

 

 まあ、殺ってしまったんだから考えたところでどうにもならん。

 

 忘れよう、忘れよう。  

 

 

 

◎月×日

 

 

 今日は久々に鹿之助の話をしよう。

 

 実は彼、俺達若手世代では銃兵衛に続いて評価が高い。

 

 電遁を使った電気錠の解錠に加えて、電磁ソナーによる索敵。

 

 さらにこの頃は隼人学園で帝釈天真言を憶えて、その梵字を刻んだ手裏剣に術による雷撃を落とせるようになっていた。

 

 とはいえ対魔粒子との相性からか、威力の方は強化したスタンガン程度。

 

 しかし手裏剣を通して体内にまで退魔術の電気が浸透するので、魔族や対魔忍相手でも麻痺や気絶を誘発させることができるそうだ。

 

 電子系統のセキュリティに対して多大なアドバンテージが取れるうえに、自衛の手段も揃ってきている。

 

 そんなワケで潜入系の任務では、鹿之助はかなり引っ張りだこになっているのだ。

 

 これからも場数を踏んで度胸を付けて行けば、将来的には幹部に近い地位へ就く事も可能かもしれない。

 

 そんな鹿之助君だが、今日学校で彼からこんな質問があった。

 

 曰く『リア充とは何ぞや?』

 

 なるほど、深いテーマである。

 

 俺、骸佐、そして鹿之助君というメンツの中で、唯一の非童貞が口にするのだから、その重みは推して知るべしと言えよう。

 

 鹿之助君の言葉を要約すると、この頃従姉である上原燐とは合えば合体ばかりで許嫁らしい事を何もしていないらしい。

 

 俺と骸佐は合体の時点で十分に『許嫁らしいじゃないか』と返したのだが、どうも彼は年相応の恋愛というモノをしたいそうな。

 

 ぶっちゃけ、彼等の関係ではそんなモノ因果地平の彼方へ消え去ってると思うのだが……

 

「オレだって……オレだってぇっ! 姉ちゃんが帰ってきたら押し倒されて喰われるより、デートとかで普通にイチャイチャしてみたいんだよぉぉぉぉっ!?」

 

 そう言うと机に突っ伏して泣きを入れる鹿之助君。

 

 というか、聞く相手を間違っている。

 

 重ねて言うが俺も骸佐も彼女いない歴=年齢である。

 

 同情をするフリをして内心で中指を立てたのは言うまでもない。

 

 

◎月▼日

 

 

 かねてから頭を悩ませていた八津妹事件だが、明日さくらが謝罪に来るそうだ。

 

 今回の件に関しては、八将と宗家の面々は把握している。

 

 全員が井河からの宣戦布告と受け取っており、開戦の狼煙として俺達の手で八津妹の首を取るべしという意見が噴出した。

 

 だがしかし現状ではそれは悪手でしかない。

 

 俺達も主流派も国家に属している。

 

 それが挑発文一つ送られただけで、実害が出たわけでもないのに武力行使に出てしまってはスポンサーの評価はダダ下がりだ。

 

 そもノマド・米連・中華・淫魔族・さらには内調までが蠢いている状態で、政府内の組織間抗争などやってられん。

 

 とはいえ、お咎め無しというのも舐められるだけだ。

 

 なので、さくらがどんなケジメを付けるかによって指針を決める事にした。

 

 しっかり八津妹の首を持ってくるのであれば、交渉のテーブルに付こう。

 

 小細工に頼ったり助命嘆願を行った場合は、周りの事は関係なく然るべき処置を取る。

 

 もちろん謝罪のみなんてのは論外だ。

 

 今回の一件はさくらの当主としての資質に対する試金石となるだろう。

 

 今後の付き合いの兼ね合いある、しっかりと見定めさせてもらおうじゃないか。

 

 

 

 

 ◎月◆日 正午。

 

 俺は宮内庁から借り受けた一室で井河さくらを待っていた。

 

 同席しているのは執事である天音姉ちゃんと骸佐。

 

 俺の右腕と左腕だ。

 

 もちろん護衛もこの部屋周辺に配置されている。

 

 個人的には要らんと思うのだが、これでも一応は頭領だ。

 

 断ると部下から突き上げを受けてしまう。

 

「若、井河さくらが参りました」

 

 周辺を警戒させている桔梗から報告が入る。

 

「通せ」

 

 俺の言葉を受けて入り口の扉がゆっくりと開く。

 

 そうして現れたのは井河さくらただ一人。

 

 正直、オブサーバーでアサギが同行していると思ったのだが、これは意外だった。

 

 普通に考えれば護衛もつけずに単身飛び込んでくるなど、言えた義理ではないが頭領としては間違いなく失格だろう。

 

 それにあのツラ、いつもの能天気さなど微塵も感じさせない覚悟を決めた顔だ。

 

 これは少しだが査定を上向きにする必要があるな。

 

「ようこそ、井河殿」

 

「ふうま殿。今回は配下の者が失礼を働いた事、改めて深くお詫び申し上げます」

 

 謝罪と共に頭を下げようとするさくらに骸佐が待ったをかける。

 

「頭を下げる前に付けるべきケジメがあるだろ。ソイツを出さないなら今回はテーブルにも付けねぇぞ」

 

 骸佐の言葉を受けてさくらは俺達の前に置かれたテーブルへ大事そうに抱えていた荷物を下ろす。

 

 包みを紐解けば、現れたのは薄紫色の髪と蝋のように白くなった顏。

 

 そう、八津紫の首だった。

 

「今回無礼を働いた八津紫の首です。どうかお納めください」

 

 天音姉ちゃんが視線で回収するか問うてきたが、俺は小さく首を横に振る。

 

「検分させていただきましょう。そちらに桐生左馬斗がいる以上、これが本物である確証になりませんので」

 

 俺の言葉に人形の様だったさくらの表情が微かに動く。

 

 もし桐生の手によるフェイクを出しているのなら、謝罪の色なしとして対処させてもらう。

 

 俺は右の手に内勁を集中させると、小さく中指の第二関節を噛み切った。

 

 流れ出た血は孕んだ多量の氣によってすぐさま紅玉となり、俺はすぐさまそれを八津の首へと放つ。

 

「骸に宿りし想念よ。我が命に従いて、その思いを語れ。急々如律令」

 

 俺が呪を唱えると、額に血玉を張り付けた首は閉じた双眸をカッと開いた。

 

 そして死臭と共にこちらへの呪詛を紡ぎ始める。

 

「ふうま小太郎めぇ! 忍術一つ使えない無能がアサギ様を超えたなど、たわ言もいい加減にしろ! 奴さえ…奴さえいなければアサギ様が現役を退く事などなかったのだ! それに沢木の小僧もだ! 兄弟そろってアサギ様の足を引っ張る事しかできないくせに、よりにもよってアサギ様を孕ませるなどと……ッ! あんなクズの子がアサギ様に相応しいワケがない! こんな事になるなら中絶手術をした時に始末すればよかった!」

 

 そこから先は俺と浩介君への罵詈雑言の嵐だった。

 

 もっとも大体予想通りの事しか言ってないので気にもならなかったが。 

 

 さくらの方はショックを受けていたようだが、アサギシンパの急先鋒である奴が浩介君にいい感情を持っているはずがない。

 

 もし奴がアサギに部下以上の感情を抱いていたのなら尚更だろう。

 

 とはいえ、本物と分かった以上はこれ以上聞く必要もない。

 

 俺が軽く柏手を打つと、八津の首は憎悪の相を張り付けたままその口を閉ざした。

 

「ふ……ふうま殿、今のは?」

 

「陰陽術の一つで、死者の想念を聞くモノです。人間は生きていれば様々な感情を抱くでしょう。それが長年蓄積して行けば『念』としてその身に宿るのですよ」

 

 あれが人工的に作られたモノなら、想念など存在しない為に俺の術で語り出したりはしない。

 

 さっきの本音大暴露は、目の前に置かれているのが八津紫の身体から千切ったモノだという証拠というワケだ。

 

 俺が視線を送ると天音姉ちゃんは八津の首を風呂敷に包み直して回収した。

 

「井河のケジメ、しかと受け取りました。では賠償について話しましょうか」

 

 

 

 

 さくらとの交渉はそれほど多くの事を決める事はなかった。

 

 まずは井河の頭領として今回の件で公安と宮内庁に経緯の説明と謝罪を行う事。

 

 そして今回の件を一党に周知させ、二度と同じ事が起こらないように代替わりで緩んだ組織内の風紀を締め直す事。

 

 今回の件で賠償金を取らないかわりに、3度こちらの要請に無条件で協力する事。

 

 最後に緊急事態を除いてふうまの許可無しにエドウィン・ブラックとの交戦は避ける事。

 

 最後の条項については魔界の勢力図を踏まえてしっかりと説明した。

 

 事前に政府には帝を通してエドウィン・ブラックへの対処に関しては報告を挙げているので、この件で主流派が『ふうまはノマドと裏で通じている』なんて揚げ足を取っても問題はない。

 

「では、これで失礼します」  

 

 ポーカーフェイスがもたなくなっているのだろう、明らかに疲労を滲ませた顔でさくらは席を立つ。

 

「ああそうだ。井河殿」

 

「はい?」

 

「ジェーン・ドウに『これに懲りたら二度と馬鹿なマネはするな』と伝えておいてください」

 

「……ッ!? わかりました」

 

 俺の言葉に一瞬だけ驚愕の表情を張りつかせたさくらだったが、すぐにそれを抑え込むと足早に部屋を出て行った。

 

「奴等が選んだのは第三の選択でしたね」

 

 さくらの足跡が消えると天音姉ちゃんがポツリと呟く。

 

「俺は泣きを入れてくると思ってたんだがな。少しあの女を少し侮っていたか」

 

「頭領としては赤点ギリギリで合格ってところだな」

 

 バリバリと後頭部を掻く骸佐に俺は小さく肩をすくめて見せた。

 

 ネタ晴らしをすると八津妹は生きている。

 

 では俺達に持ってきた首は偽物かと言えば、答えはNO

 

 あれも本物なのだ。

 

 この絡繰りを解くカギが八津紫の忍法『不死覚醒』にある。

 

 あの忍法は脳と心臓を同時に破壊しない限り死なないという驚異的な不死性を使用者に与える。

 

 つまりこの首はちゃんと八津妹から千切ったものであり、当人も今頃は五車の里で再生を終えているというワケだ。

 

 とはいえ、八津紫が再び表に出る事は無い。

 

 井河の頭領が公的に死んだとして、こちらに詫びを入れたのだ。

 

 後から『実は生きてましたぁ!』なんて横紙破りをしようものなら、ウチとの戦争待ったなしである。

 

 なので八津紫はこれから『ジェーン・ドウ』すなわち『名無しの権兵衛』として生きねばならんのだ。

 

 井河NO2から見習い以下の死人への降格、罰としては十分だろうさ。

 

「今回の件はさくらにとっていい薬になっただろう。頭領として一番キツい仕事を初っ端でやる事になったんだから」

 

「ずいぶんと上から目線じゃねーか」

 

「年齢は向こうが上でも、頭領経験じゃあこっちが数段先輩だからな」

 

 骸佐のチャチャに返しを入れながら、俺はソファから腰を上げた。

 

「若、この首はいかがいたしましょう。生ごみにでも出しますか?」

 

「殺人事件だと思われるからやめてね。米田のじっちゃんに『不死覚醒』の研究素材として要るか、確認してみるから適当な場所に冷凍保存しておいてくれ」

 

 何はともあれ、無事に終わった。

 

 今日は帰ってゆっくり眠ろう。

 

 

オマケ

 

◎執事君とブラックさん

 

ブッさん「小太郎。一つ訊ねたい事がある」

 

執事「なんですか、旦那様。人の部屋に勝手に入ってきて藪から棒に」

 

ブッさん「カッコいい登場の仕方というのは何がある?」

 

執事「は? どういうことですか?」

 

ブッさん「私もこういう仕事を続けていれば、いずれ現場で紅に会う事もあるだろう。その時に『お父様、カッコいい!』と言われるような登場をしたいのだ」

 

執事「(また面倒な話を持ってきたなぁ……。そんなんありえないし、考えるのもメンドイ。適当にサブカルから)ん?」

 

ブッさん「どうした、小太郎」

 

執事「旦那様、こんなのはどうですか?」

 

ブッさん「悪くないな、早速試してみよう。今日は襲撃予定の場所は無いのか?」

 

執事「東京キングダムにある淫魔族残党のアジトへ出向く予定ですが……」

 

ブッさん「では私も同行しよう」

 

執事「えぇーーー」

 

ブッさん「イングリッドなら連れて行かんぞ」

 

執事「ならオッケーっす」

 

 

その夜

 

 

淫魔族A「の……ノマドの襲撃だぁぁぁぁぁっ!?」

 

淫魔族B「あの鬼執事が出てきてるぞぉぉっ!!」

 

淫魔族C「王の敵だ、迎え撃てぇ!!」

 

執事「いやいや、君達は運がいい。じつはもう一人来てるんだよ」

 

淫魔族A「なにぃ!? ……はっ!」

 

淫魔族B「なんだ、このデタラメな魔力は!?」

 

ブッさん「ノマド、闇の支配者。我こそ最強、見事超えてみせよ!!」

 

淫魔族A「ハウッ!?」

 

淫魔族B「ウッ!?」

 

淫魔族C「ぬふぅっ!」

 

執事「OKです、旦那様。練習通りでしたよ」

 

ブッさん「うむ、私も上手くいったと思っている。………小太郎よ」

 

執事「どうしました?」

 

ブッさん「どういう事だ? 奴等、死んでおるではないか」

 

執事「本当ですね。……全員心臓を押さえている。これはまさか───」

 

ブッさん「知っているのか、小太郎?」

 

執事「これは世に聞く『キュン死』というものではないでしょうか」

 

ブッさん「キュン死とな?」

 

執事「生物は尊いと感じるほど物事に感動すると、自身の心臓を止める事があるといいます。その死にざまをキュン死と呼ぶそうです」

 

ブッさん「つまり私にキュン! と来たわけだな」

 

執事「恐らくは」

 

ブッさん「ではこの登場方法は使えんな。紅がキュン死しては意味がない」

 

執事「そうですね」

 

ブッさん「今日はそれが知れただけでも収穫があった。帰るぞ、小太郎」

 

執事「承知しました」

 

―――――――

 

執事「という事があったのですよ」

 

お嬢様「………………ッ!?(お父様でキュン死とか! ダメ……オモシロ過ぎて笑い死ぬ)」

     



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日記43冊目

 お待たせしました、最新話更新です。

 エイプリルフールかと思っていた対魔忍ライブラリー実装。

 初のガチ野郎キャラに心を弾ませていたのですが…………

 ライブラリー、強すぎ。

 超上級を1回クリアするのに、7回コンテニューしましたよ!

 今回は心が折れました。

 彼を育てるのは次の機会にしようとおもいます。


◎月▼□日

 

 このところ政府関係がキナ臭い。

 

 退魔関係の機密が色々漏れているという上原学長の依頼で裏を洗ってみると、淫魔族のハニトラに与党政治家や官僚がガッツリ引っ掛かってた事が判明。

 

 というか、国を担ってる奴等が東京キングダムに遊びに行くなよ。

 

 ブッさんにけしかけておいて何だが、淫魔族というのは本当にタチが悪い。

 

 奴等は魔族としては個体能力が低い代わりに、生物の三大欲求の一つである性欲を攻めるのが本当に上手いのだ。

 

 しかも力ある種族を快楽漬けにして、自分の戦力に取り込むと言うのだから厄介この上ない。

 

 奴等にしてみれば、欲の皮が突っ張った政府筋を落とすのなんざ朝飯前なのだろう。

 

 とはいえ、こっちにも立場というモノがある。

 

 宮内庁は内閣府と関係が薄いとはいえ、放っておくわけにはいかない。

 

 代替わりのゴタゴタで主流派の動きが鈍いというのもあるしな。

 

 そんなワケなので、東京キングダムの中にある淫魔族がアジトとしている娼館を襲撃。

 

 お楽しみ中の政治家や事務次官等々は機密漏洩の現行犯で引っ掴まえ、淫魔族は店長だけを生け捕りにして他は全て処分した。

 

 まあ、百キロを超える巨体の女政治家に乗られて、玉を潰しながらも奉仕していた約一名に関しては介錯となってしまったが。

 

 男にハンサムと不細工がいるように、女も若い美人だけでは決してないのだ。

 

 しかも権力者ともなれば脂ぎったというか、脂身だらけの老人やその手前が大半。

 

 そんなのを身体を張って篭絡しないといけないとは淫魔族も大変である。

 

 ある意味勇者への黙とうはさて置くとしよう。

 

 ノマドもこの場所に目星を付けていたらしく、途中でインなんとかさんと遭遇したんだが特に絡まれる事は無かった。

 

 その代わりに物凄く期待が籠った目を向けられたんだが、いったい何だったのだろうか?

 

 ともかく任務は無事に終了。

 

 裏切り者と情報源をゲットした俺達は意気揚々と帰路に着いた。

 

 今日のところは遅いので尋問に関しては明日になる。

 

 普段はこういうモノには拘わらないのだが、今回は相手が相手なので視察するつもりだ。

 

 相手は性関係のエキスパート、エロで口を割ろうとして逆手に取られるなんて事もあり得るだろうしな。

 

 

◎月▼☆日

 

 

 えー、今日は色々と面倒くさい日でした。

 

 先日捕えた淫魔族のから情報を搾り取ろうとしたのだが、そこにウチの下忍の一人である蜂矢利助が『尋問なら任せろぉぉぉっ!!』と志願してきた。

 

 ぶっちゃけアイツ等の忍術ってそっち方面に特化してるし、この機を逃すと本気で出番も無いだろうから許可してやった。

 

 しかし相手は百戦錬磨の淫魔族である。

 

 蜂矢渾身の呪詛系の触手責めも対して効果がある様にも見えない。

 

 3時間にも及ぶ頑張りも虚しく、蜂矢は口を割るどころかたった一度も淫魔族を絶頂させる事も出来なかった。

 

 尋問室を去る寸前、淫魔族の女から「下手くその粗チン野郎」とツバを吐き捨てられた事で蜂矢は撃沈。

 

 女の前では何とか堪えたモノの、部屋を出ると同時にガチ泣きしてしまった。

 

 例の童貞部隊と同じく一党の中ではイロモノ扱いの男だが、こんなのでも部下である事には変わらない。

 

 引退するとか言い出す奴を慰めるのは色々と骨だった。

 

 今度、女諜報員を捕まえたら汚名返上をさせてやろう。

 

 というワケで余計な手間を掛けさせた分の恨みを込めて、次の尋問員は俺が請け負う事にした。

 

 結果を言えば三分で口を割りました。

 

 え、エロ方面で堕としたのかって?

 

 そんな訳ないじゃん。

 

 俺ってばそっち方面だと汚れを知らないピュアな男よ。

 

 実はやろうと思えばやれたけど、今生くらいはその手のテクの使いどころは選びたいじゃないか。

 

 俺が口を割らせるのに選んだのは苦痛の方だ。

 

 自分の両耳と右手の指を生で食わせた後、『次は目玉と子宮、どっちがいい?』って聞いたらメッチャ饒舌にしゃべってくれた。

 

 こっちはエゲツない事に定評がある中国黒社会出身。

 

 頭領の立場があるからあんまりやらないけど、拷問の一つや二つお手のモノなのだ。

 

 さて奴等から得た情報だが、なかなかに面倒なモノだった。

 

 淫魔族共は現内閣の大臣を始めとして、かなりの与党政治家や官僚を取り込んでいた。

 

 さらには特務機関『G』を通して米連国務省にも繋がっており、日本の政治中枢に何らかのアクションを起こそうとしているらしい。

 

 『G』と言えばアスカ達からはノマドと関係が深いと聞いていたが、淫魔族ともコネがあるとは思わなかった。

 

 ともかく、思った以上に大事になりそうな予感である。

 

 後手に回る前に何とか手を打たんとなるまい。

 

 

◎月▼〇日

 

 今日は甲河との打ち合わせで、オレンジインダストリー日本支部に行ってきた。

 

 今回の用事は二つ。

 

 一つは昨日得た情報を担保に米連国務省の動きを探る事、もう一つは魔界勢力の説明とそれに伴うブラック排除の遅延願いだ。

 

 前者に対してはDSOもこの『G』の動きは掴んでいなかったらしい。

 

 今まで『G』が繋がっていた魔界側の窓口がノマドであった事を考えれば、今の奴等はコウモリ同然の対応をしている事になる。

 

 そこを突けば『G』の力を大きく削ぐ事、そこから国務省の動きを鈍らせる事も可能だろう。

 

 実際、不在のマダムの代役として会議に参加したDSO日本支部の小谷技術主任には感謝されたし。

 

 で俺的には本題の後者だが、言い出した瞬間には体感気温が3°ほど下がった。

 

 冷房なみに部屋を冷やした殺気の出所は言うまでもなくアスカだ。

 

 甲河にとってはブッさんは一門を滅ぼした不俱戴天の仇。

 

 DSO職員にしても経済という楔で自分達の国を侵食する異界の化け物だ。

 

 20年単位で殺すのを待てなんて言ったら、キレるのも無理からぬこと。

 

 だがしかし、こっちだって引き下がるワケにはいかん。

 

 そりゃあ俺だって、ブッさんがそう簡単にやられるとは思っていない。

 

 俺も今はまだ勝つのに一手足りないと思っている。

 

 というか撮影の時に聞いた話だと、あのおっさん剣術にハマってるらしいし。

 

 ヨミハラで俺に負けたのが悔しかったらしく、今では純粋な剣の腕だとイン何とかさんを超えたとか。

 

 あの時も魔剣ネビリムとかいう先っちょが二股に分かれた怪しい剣を見せられたもんなぁ。

 

 あれって絶対にノイ婆ちゃんの店の品だろ。

 

 そんなワケなんで、今のブッさんではマダムとアスカが束になっても勝てません。

 

 総力戦仕掛けて万が一勝ちを拾えても、後発勢力に蹂躙されたら意味がないしな。

 

 これに関しては小谷氏も同意してくれた。

 

 彼曰く万人が使用できる携行型対魔兵器の開発は、やはり10年規模の期間を必要とするらしい。

 

 まあ、この件については急ぎ結論が出せるわけでもないので、考えておいてほしいという形に留めておいた。

 

 最後にマダムの延命用の魔法薬を、ノイ婆ちゃんに依頼している事も伝えた。

 

 マダムの使用する空蝉の術は別名『心転移』とも言われ、術の範囲内に人間がいれば年齢性別に関わりなく魂を乗っ取る事ができ、さらには乗っ取った肉体も10年ほど時間を掛ければ完全に甲河朧になるという強力な代物だ。

 

 しかし、この術は魂に過剰な負担を掛けるというデメリットも存在する。

 

 甲河壊滅の際に肉体を捨てたマダムの魂は、その時の負荷によって寿命を大きく縮めているはずだ。

 

 現状で甲河の実務を握っているのはアスカではなくマダムこと甲河朧だ。

 

 ここで彼女を失えば甲河は一気に失速する事になるだろう。

 

 そうなればDSOも多大な影響を受けるだろうし、それが原因で『G』と国務省に権力を握られたら、魔界勢力対策の足を引っ張りかねない。

 

 なんやかんや言っても兵器開発でアンクルサムの右に出る国は無いのだから。

 

 薬に関しては甲河を思い止まらせる忖度の意味も無いとは言わない。

 

 けど、それ以上に『知略もできるアサギ』という超絶優秀な人材なマダムを失いたくないという俺の意見も多分にあるのだ。

 

 あと、この情報の出所が彼女の妹である李美鳳な事は墓場まで持っていこうと思う。

 

 取り合えずはアスカが暴走しない事を祈ろう。 

 

 

◎月▼△日

 

 

 淫魔族の件を追っていると災禍姉さんから興味深い話を聞いた。

 

 少し前に中華連邦へ逃げ込んでいたところを主流派に暗殺された山崎信という政治家。

 

 奴はあの矢崎宗一の懐刀だったのだが、なんと別荘に100億もの裏金を隠し持っているらしい。

 

 そしてそれが矢崎という金蔓を失った淫魔族の活動資金として利用されているとも。

 

 情報の裏取りに動いた槇島から、奴の別荘には獣人が護衛に付いているという報告もあった。

 

 この件は早速上原学長と宮内庁にリークしておいた。

 

 現状では淫魔族に関しては矢崎案件の延長線上なので管轄は公安及び主流派にある。

 

 正式な通達が無いのでは俺達に出来るのは情報収集まで。

 

 それ以上は越権行為になってしまう。

 

 この後はどんな動きがあるかは分からんが、何時こっちへ声がかかっても動けるようにしておこう。

 

 

◎月■〇日

 

 

 井河からアスカが首相官邸に襲撃を掛けたと連絡があった。

 

 何でも引退を前に山本長官と共に総理大臣へ挨拶に行ったアサギが、現地を襲撃していたアスカと鉢合わせたらしい。  

 

 アサギが現場判断で割って入ったお蔭で、総理と官房長官は命拾いしたそうだ。

 

 テレビのニュースでは速報で首相官邸を狙ったテロの事が報道されていたが、まさかその下手人がアスカだったとは……。

 

 恐らくは昨日にリークした淫魔族と米連国務省の暗躍情報の裏を取るのが目的だろうが、いくら何でも無茶しすぎである。

 

 というか、浩介君を介した奴等の確執を知っている俺としてはガチの殺し合いにならなかった事が奇跡としか思えん。

 

 ともかくアサギとアスカの関係性を思えば、アイツの口から襲撃者の素性が漏れる事は無いだろう。 

 

 だがしかし、首相にはあの女怪『峰船子』を擁する内調が付いている。

 

 油断していると思い切り槍玉にあげられる可能性も多分にある。

 

 これが主流派や甲河を揺るがす失態にならなければいいが……。

 

 

◎月■△日

 

 

 帝から緊急の勅令が来ました。

 

 実行者に俺を指名してるけど、マジで俺にしかできない任務じゃねーか!

 

 時間がマジでないから、詳細は生きて帰れたら書こうと思う。

 

 これをしくったら、現政府からふうま衆がテロリスト扱いされる。

 

 失敗は許されんぞ!

 

 

◎月■◇日

 

 

 なんとか無茶ぶりを成功させました。

 

 うん、マジで現場に行ってた時は寿命が縮む思いだった。

 

 今回の任務だが、なんと現職総理大臣の暗殺。

 

 しかも病死に見せかけて始末しろと言う素敵すぎるオーダーでした。

 

 いや、一応氣功術の事を調査した時、相手の心臓を止められるって答えたけどさ。

 

 本当にやらされるとは思ってなかったわ。

 

 とはいえ、勅命が下された理由を知れば強行策も止む無しとは理解できるんだけどね。

 

 さて今回の任務が下された原因は、米連国務省と結託した総理大臣朝井考二郎による日本への裏切りが判明したからだ。

 

 ちなみに宮内庁がこの情報をこれを掴んだ方法は、なんと陰陽寮による占いだったりする。

 

 おっと、占いと侮ることなかれ。

 

 彼等は式占・暦占・相地・天文占・易占などを組み合わせた秘伝の占術を1500年以上も研鑽し続けているのだ。

 

 条件が整った際の的中率は現行最新鋭のスーパーコンピュータの予測をも上回るというのだからトンデモない。

 

 『こんなのあるなら諜報員なんかいらんやん』と思ったりもしたのだが、上原学長が言うには精度を上げる為には詳細な情報は不可欠らしく、有事の際にそれを集める為に俺達を抱えてるそうな。

 

 で朝井がやろうとしていた事だが、まずは官房長官の野々村の家族を人質に取り、100億の裏金がある山崎の別荘へ行くように指示する。

 

 その後、主流派の対魔忍に公安を通じて裏金とそれをかき集めたルートが記されたマル秘データの回収を命令。

 

 そして予め自殺するように指示していた野々村官房長官の死体を利用して、現地に赴いた対魔忍へ殺害の罪をかぶせる。

 

 さらに別荘に配置してあった神田旅団を使ってスケープゴートの対魔忍を排除、自分は政府が擁する非公式武力集団・すなわち対魔忍による官房長官暗殺を理由に『反国家分裂法』を発動させる。

 

 反国家分裂法は今から30数年前に起こった台湾危機に際して制定された緊急事態法だ。

 

 この法律は国家の非常事態に当たって、内閣総理大臣へ独裁的と言える強力な権限を与える事を目的としている。

 

 これが発動すれば首相が指定する反国家分子に対して逮捕状無しの拘束や予防的先制攻撃が可能になる。

 

 さらに総理が決断すれば自衛軍の軍事活動を国会の承認なしで行えてしまうのだ。

 

 その上、発動中には議会によって内閣不信任案が可決されても、総理の地位は保証される仕組みになっているからタチが悪い。

 

 こんな無茶苦茶な法律が通る訳ないと思うだろうが、ここで生きてくるのが淫魔族に篭絡された議員たちだ。

 

 奴等は『G』を介して米連国務省の傀儡になっている。

 

 しかも与党の半数以上が奴等の毒牙に掛かっているので、朝井がどんな無茶な法律を提案しても通ってしまうのだ。

 

 そして、このトンデモ法案を発動させるお題目はこうだった。

 

 日本政府は以前より非合法の武装組織を秘密裏に抱えていた。

 

 この部隊はこれまで政敵やテロ紛いの破壊工作など、秘密裏な部隊であるのをいい事に時の内閣によって汚れ仕事の専門家として便利に扱われていた。

 

 しかし朝井は新内閣立ち上げの際に、この暗部へメスを入れようとした。

 

 秘密部隊を解体して公安の一組織へと組み込もうとしたのだ。

 

 それに危機感を抱いた一部の政治家と秘密組織は朝井の暗殺を決定。

 

 首相官邸は襲撃され、彼等の起こしたテロによって野々村官房長官が殉職する事となった。

 

 これを重く見た朝井はクーデターを起こそうとする秘密組織と政治家へ対処するために反国家分裂法を使用する、という具合である。

 

 ここに出る一部の政治家とは反朝井を掲げる淫魔族に取り込まれていない者達、そして武装組織は主流派の対魔忍というワケだ。

 

 流石に皇室お抱えの俺達や陰陽寮はマトに入っていなかったらしいが、反国家分子を総理が自由に決められる事を思えば安心などとてもできない。

 

 この後は自衛軍の中でもフットワークの軽い神田旅団を使用して五車の里を殲滅し、山崎の遺した裏金とデータを基に背後で糸を引いていたのは中華連邦であるとでっち上げる。

 

 そして最後には中華連邦に対抗する為と称して、米連国務省との密約通りに米連主導のあらゆる障壁を無くした軍事的経済的統合構想『太平洋共同体』へ加盟する。

 

 そうなれば日本の主権は事実上放棄され、この国は幾つか目かの米連の州へとなり下がってしまう。

 

 ここまで詳細すぎる情報を占いで引っ張り出すとか、陰陽師マジパネぇ!

 

 流石に奴に支払われるエサが何なのかまでは分からなかったらしいが、それでも帝としては看過などできない案件だ。

 

 そんなワケで俺はすぐさま首相官邸へと飛ぶ事になった。

 

 今回はスピード勝負だったので、出し惜しみは一切なし。

 

 轟雷功で官邸の電子機器を全て殺した後、圏境を使って速やかに総理の元まで移動。

 

 そして背後から浸透勁の応用で心臓を停止させたのだ。

 

 あれならば検死が行われても急性心不全としか分からないはずだ。

 

 最大出力で電磁発勁を使ったのに反動が妙に弱いのが気になったが、痛い思いをしなくてすむと考えればこれもありだろう。

 

 というか朝井のヤツ、殺る時には政府お抱えのカメラマンの前で声明を発表する寸前だったんだよなぁ。

 

 ぶっちゃけ、電磁発勁を使ってなかったら間に合わなかったかもしれん。

 

 ともかく、対魔忍人生最大規模の大仕事は何とか上手くいった。

 

 アスカと主流派に関しては正直手が回らん。

 

 反国家分裂法は中止させたんだから自衛軍の出動も無いんだ。

 

 降りかかる火の粉は自分で振り払ってもらいたい。

 

 

◎月■★日

 

 

 本日、主流派監視要員から連絡がありました。

 

 五車の里が神田旅団の手に堕ちたそうです。

 

 …………マジかー。 

 



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日記44冊目

 お待たせしました、最新話の更新でございます。

 自宅待機の日々が続いていますが、在宅仕事があるので忙しさはあまり変わらず。

 とはいえ何とかそれにも慣れてきたので、少しは筆が進みそうです。

 皆様も外に出れないなどのストレスがあるでしょうが、お体に気を付けてお互い騒ぎが収束するまで頑張りましょう。

 


 皆様、お元気ですか?

 

 こちらはヘドをブチ吐きそうなふうま小太郎です。

 

 私、またしても帝に呼ばれて皇居内の『お役目の間』に来ています。

 

 この頃は上原学長の付き添い無しで呼ばれるようになった日本の聖域。

 

 最初にお邪魔した時、ここって気安く入れる場所じゃないって聞いたんだけどなー。

 

「陛下、その辺ってどうなんでしょうか?」

 

「私としてはもっと気軽に来てほしいかな。個人的には時代劇みたいに天井裏に潜んでて、手を打ったら降りてくるみたいなシチュエーション事もやってみたいし」

 

「……私の胃に死ねと申しますか」

 

「うーん、その辺は慣れてほしいんだけどねぇ。君達は少なくとも十年は私直属のお庭番なんだし」

 

 ぐぬぅ、この陛下の手駒というポジは思い出したくなかった。

 

「鋭意善処します」

 

「さて、軽い世間話はこの辺にしよう。小太郎君、先日の朝井暗殺の件はご苦労だった。お蔭で我が国を売国奴にいいようにされずに済んだ」

 

「勿体ないお言葉です」

 

 これについては構わない。

 

 あのおっさんに反国家分裂法なんてカマされたら、えらい事になるのは俺も一緒だし。

 

「反国家分裂法による朝井の独裁は防げた。しかし奴の反乱に乗って行動を起こした者達がいる。───この事は掴んでるね?」 

 

「神田旅団による五車の里占拠の件ですね」

 

「そうだ。対魔忍井河派は君達と同じくこの国の魔に対する剣であり、同時に彼等も私の民でもある。だからこそ、叛徒の手によって失われるワケにはいかない」

 

「我々に主流派の救出を命ずると?」

 

「そうだ。君達と彼等の間に遺恨があるのは承知しているが、今回はそれを脇に置いて動いてもらいたい」

 

 それに付いては否は無い。

 

 主流派が消えたら色々と大損を食らうのはこっちも一緒なのだから。

 

「お任せ下さい。彼等がここで潰えるのは、我々としても本意ではありません」

 

「では、追って勅命を下そう。自衛軍の正規部隊も鎮圧に動いているから、彼等とは現地で調整をしてほしい」

 

「御意」

 

 話は以上だと判断した俺はこの場を去ろうとしたのだが、最後の最後で帝の爆弾発言を聞く事になった。

 

「あ、そうそう。来月くらいに天皇の主権を回復させるからね」

 

「へ?」

 

「だって、与党の幹事長に続いて新任の総理大臣まで、揃いも揃って売国奴だったんだよ。そんな奴等にこの国の政を任せてられないでしょう。だから私がきっちり締めるところは締めようと思ってるんだよ」

 

「きっちりって……そんな簡単に行きますか?」

 

「大丈夫、大丈夫。私の主権を望む人って実は方々にいるんだよ。今は国会も混乱してるし政治家の信用も完全に失墜しているから、そういう連中を焚きつけたら事は上手く運ぶさ。さしあたっては内閣と各省庁の長である大臣の任命は、私の許可がいるって事から始めようかな」

 

 初っ端から大物狙いすぎである。

 

 つーか、この人って朝井とか矢崎の企み、最初から知ってたんじゃねぇか?

 

 その上で議会と政治家の信用と力を削ぐ為にギリギリまで放っておいたんじゃ…… 

 

 いつもの通り、人のいい笑みを浮かべているのに眼だけは全く笑っていない帝の顔に嫌な想像が過る。

 

 ……いやいや、流石にこれは考えすぎだろう。

 

 そう疑念を打ち消した俺は『お役目の間』を後にした。

 

 何にしても、あの腹黒陛下と十年付き合うとか、キッツイわー。

 

 

 

 

 帝との謁見の翌日、俺はふうま衆を率いて五車の里を包囲する自衛軍と合流していた。

 

「始めまして。宮内庁所属諜報部隊ふうま忍軍頭領、ふうま小太郎です」

 

「自衛軍東部方面隊第一師団所属 笹川大佐だ。今日はよろしく頼む」

 

 年の頃は50に差し掛かってるのだろう、白髪交じりの髪に日に焼けた屈強な体の偉丈夫は差し出した俺の手をガッチリと握り返す。

 

 正直、15のガキが率いる忍者集団だ。

 

 正規軍人にしてみればお遊びとしか思えないだろうに、笹川大佐にはこちらを侮るような態度は露ほども見えない。

 

 きっと、これも陛下の勅命の威力なのだろう。

 

「相手は神田旅団。形式上は海上自衛軍に所属しているものの、実態は政府が汚れ仕事の為に飼っていた傭兵だ。軍人の風上にもおけんクズ共だが、その練度は決して低くない」

 

「奴等の実力については存じております。私も一度命を狙われていますので」

 

 そう言うと笹川大佐は感心したように『ふむ……』と呟いた。

 

「そういえばそうだったな。しかし、よく撃退できたものだ」

 

「雷電……でしたっけ。重火器に加えて最新鋭のパワードスーツまで持ち出すものだから、相手にするのは大変でしたよ」

 

「それについては済まなかったと言っておこう。我々も総理の指示で移動させた最新鋭機が奴等の元にあるなど思いもしなかったのだ」

 

 俺の言葉に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる笹井大佐。

 

 まあ、あの時点で朝井の裏切りを見抜けっていう方が無茶だわな。

 

「五車の里から脱出した人員の話では、今回の制圧に際しても雷電は使用されているようですね」

 

「その報告は私も受けている。あれは現在の防衛省の技術の粋を集めたモノだ、相手にするなら相応の被害を覚悟せねばならん」

 

「重火器や機甲部隊の対処は本職の皆さんにお任せします。その代わり、貴方がたが戦いやすいように捕虜の救出は責任をもって行いますので」

 

 この役割分担は最初から決まっていた事だ。

 

 異能を持つ対魔忍とはいえ、一部の例外を除いて現代火器相手は荷が重い。

 

 ならば餅は餅屋の配置となるのは当然の事だろう。

 

「それで十分だ。あの自衛軍の面汚し共は我々がしっかりと始末してみせるさ」

 

「期待しています」

 

 笹井大佐との顔合わせも終わり、ふうま衆に割り当てられたテントに戻った俺が見たのは、この場にいないはずの一団だった。

 

「囚われた仲間を放っておくわけにはいかん! 我々も救出に参加させてほしいのだ!!」

 

「ムリに決まってんだろうが! さっさと帰れ!!」

 

 留守を任せた骸佐と言い争っているのは、軍服っぽい対魔スーツに鞭を持った女。

 

 あれはたしか五車学園の講師を兼任している対魔忍、蓮魔零子だったか。

 

 奴の後ろには思い思いに武装した井河の面々が苛立ちを隠そうともせずに立っている。

 

 この直談判に参加しているのは、俺が知る限りだと神村舞華と弓走颯。

 

 蓮魔零子のお付きなのは確か黒田巴とかいう剣術使いで、他には篠原まりに鬼崎きらら。

 

 チューハイの缶を持ってる以前に空間斬をパクった酔っ払いに、あとは念動使いの喜瀬蛍と高坂静流か。

 

 奴等が手練れと学生の混成なのは、現在手が離せないメンツ以外の外部任務従事者を呼び戻した結果だろう。

 

 戦力的には悪くはないが、それも現状だと意味は無い。

 

「井河殿、これはいったいどういう事でしょうか?」

 

 そう水を向けると、里の情報提供者としてウチの陣にいたさくらは申し訳なさそうな顔になる。

 

「申し訳ありません。彼女達が任務で外部に出ていた為に難を逃れた者達なのですが、この事態にジッとしてはいられないと」

 

 それは部下の制御もままなりませんと言っているようなモノなんだが……

 

 まあ代替わりして間もないし、今回は事情が事情だ。

 

 俺がさくらの立場でもコレに関しては難しいと言わざるを得ないだろう。

 

「貴方はふうま小太郎殿だな。私達の話を聞いてもらえないだろうか」

 

「そちらの言い分は先ほど聞いた。だが、それを認める事は出来ん」

 

 俺の姿を見た逢魔がこちらに声を掛けてくるが、俺はそれをバッサリと切って捨てた。

 

「何故だ!?」

 

「この任務は防衛省と宮内庁の共同作戦だ。なので参加人員は事前に司令部へ報告している。我々だけで動く案件なら多少の都合は付けられるが、今回に関してはこちらにそんな権限は無い」

 

 なんか驚いてるけど、これって組織運営なら常識アルよ?

 

 井河の連中は勘違いしてるみたいだが、これから行われるのは自衛軍によるテロリストに落ちた神田旅団の殲滅。

 

 つまり主役は自衛軍の面々であり、俺達は単なる脇役なのだ。

 

 そもそもウチのような弱小ニンジャサークルが権限うんぬんで正規軍に及ぶワケねーだろ。

 

 さっき挨拶してきた現場責任者の笹川大佐だって、社会的には俺やアサギはおろか山本よりも全然偉い人なんだからな。

 

「それが無くても人質救出は縁者は任務から外れるのが基本だ。現場で私情に走られでもしたら始末に負えんからな」

 

「私達がそんな無様を侵すと言いたいのですか!?」

 

「止せ、黒田! 相手は一門を担う頭領だ、お前が口の利ける相手ではない!!」

 

「くっ……!?」

 

 さすがは経験豊富な先任対魔忍、その辺の機微は心得ているらしい。

 

 まあ、逆に言えばそんな相手に伺いを立てられないあたり、さくらがまだ部下の掌握ができていない証明になってるんだが。

 

 逢魔の一喝を聞いた他のメンツも見るからに不満そうにしているが、だからと言って決定は覆らない。

 

「囚われている人員の無事は確約できん。しかし救出には全力を尽くそう。今回の談判に付いては無かったことにするので早急に立ち去るがいい」

 

 こちらの宣告に歯を食いしばって俯く井河衆。

 

 その顔には俺達など信用できんという感情がありありと見えるが、流石にそれを口には出す事はしないようだ。

 

 もしこの場でそんな事を抜かせば、学生だろうと宣戦布告と同義だからな。

 

 多分、言葉を言い切る前に逢魔によって粛清されるだろうさ。

 

 文句が出ない事を確認して俺は彼女達に背を向ける。

 

 作戦開始まで時間が無いのだ、余計な事で時間を食ってはいられない。

 

「若様、作戦開始5分前です」

 

「了解だ。あと井河の各員は普段着に戻るように。武装したままだと自衛軍にあらぬ疑いを掛けられるぞ」 

 

「…………忠告、感謝する」

 

 俺の言葉を受けて、苦虫を噛み潰したような顔でテントを出る井河衆。

 

 彼女達の姿は消えたのを確認し、俺は小さく息を付いた。

 

「助かったぜ、小太郎。あのオバハン、何言っても諦めなくてよ」

 

「身内が危険にさらされてるんだ、仕方ないさ。それよりも弥右衛門たちの準備は済んでいるのか?」

 

「ああ。突入要員は全て準備完了している」

 

「よし。なら打ち合わせ通り、弥右衛門が先行して人質の捕らわれた場所を特定する。それが見つかったら『無形秘擬』で人質救出を行うからな。奴等には何台か新型パワードスーツが配備されてるらしいから、各員は無理な戦闘は避けるように」

 

「ああ、そのパワードスーツの件だけどな。鹿之助の奴が対処法を見つけたらしいぞ」

 

「なんだと?」

 

 骸佐からの思わぬ言葉に俺は思わず眉を跳ね上げた。

 

「ついさっき、本人から聞いたんだけどな───」

 

「ストップ。骸佐、ソイツを話すのは少し待ってくれ」

 

 説明しようとしていた兄弟を留めると俺はそのままテントの外に足を運ぶ。

 

「アスカ、出てこい。そこにいるんだろ」

 

「あはは、バレてた?」

 

 人目の付かないテントの裏側まで移動してからこう言うと、明るい声と共に景色が人型に歪む。

 

 そうして次の瞬間に現れたのは、桃色を基調にした対魔スーツを身にまとった甲河アスカだった。

 

「よく分かったわね。これって米連で開発された最新鋭の光学迷彩なんだけど」

 

「気配の消し方が甘い。もうちょっと隠形の修行をしないと人間はともかく、感覚が鋭敏な魔族には通用しないぞ」 

 

 俺の言葉に小さく舌を出すアスカ。

 

「井河との話を聞いてたろうから同じ説明はしない。お前さんもこの件には組み込めんから大人しく帰れ」

 

「私は小太郎達の作戦に参加する気は無いわよ。勝手に潜入して浩介達を助けるだけだし」

 

「光学迷彩を使ってか? 流れ弾で死ななきゃいいな。あと万が一にもそれが剥がれた場合、不審者として俺達がお前を捕縛なり始末なりしなきゃならんのだが?」

 

「えーと……」

 

 自分が排除される可能性にまで気が回っていなかったのだろう。

 

 しどろもどろになるアスカに俺は深々と息をついた。

 

「身内が心配なのは分かるけど今回は自重してくれ。米連に籍を置いてるお前がしゃしゃり出たら確実に場は混乱する。そうなったら助けられるモノも助からなくなるぞ」 

 

「ゴメン。浩介が巻き込まれてるってわかったら居ても立っても居られなくなっちゃって」

 

 大失恋した割にまだ浩介君に拘ってるんだな、コイツ。

 

 まあ、あれからそんなに時間も経ってないし、心の切り替えなんて簡単にはいかんか。 

 

「ともかく、ここは俺等に任せてくれ。確約は出来んがベストは尽くす」 

 

「わかった。みんなの事、よろしくね」

 

 そう言い残して風遁の術で宙を舞うアスカ。

 

 お前、それ自衛軍のレーダーに捕捉されんだろうな。

 

 まったく、俺も含めて対魔忍はフリーダムな奴ばっかりだ。

 

 もし参加を許可して死なれでもしたら、組織間の遺恨になるんだぞ。

 

 そんな爆弾を身の内に仕込んで、救出任務なんぞやってられるか。

 

 ……ともかく時間が無い。

 

 突入メンバーを待たせない為にもサッサと準備しないとな。

 

 

 

 

 そんなワケでやって来ました五車の里。

 

 今回の件は厄ネタ丸出しなので、個人的にソロプレイを推奨したい。

 

 しかし自衛軍との共同作業である手前『救出人員はボクだけです』なんて寝ぼけたセリフは吐けん。

 

 なのでこちらも精鋭を厳選しました。

 

 人質救出班にエントリーしたのは俺、骸佐、弥右衛門、鹿之助君という対魔忍には珍しい黒一色のメンツとなっている。

 

 ふうま衆は他と違って男性も優秀なので、実力の程は全く問題ありませぬ。

 

 重ねて言うが、今回の作戦は朝井とその口車に乗った神田旅団にメンツを丸潰れにされた自衛軍が主役だ。

 

 俺達がやるのはあくまで人質救出のみ。

 

 行き掛けの駄賃で神田大佐の首を取るなんてマネも厳禁なのだ。

 

 さすがに国家権力に喧嘩を売る気は無いので今回ばかりは自重するよ、俺もさ。

 

 さて現状の里に関する情報は複数のルートから手に入れている。

 

 その伝手とはさくらと、あの場にはいなかった秋山姉弟だ。

 

 達郎から聞いた話によれば、凛子を気遣って家にいたところ、奴は遠巻きに神田旅団が擁する『雷電』を発見したらしい。

 

 そして身重の姉を連れては勝ち目が無いと判断した達郎は、早々に避雷神の術で予め用意していた東京のセーフハウスに逃亡したそうだ。

 

 仲間を見捨てて自分達の保身に走った云々と批判はあるかもしれないが、身内が妊娠中ならばある程度は情状酌量の余地はあると思う。

 

 俺としてはそれ以上に、人としてアカン方向に堕ちていた達郎が着々と忍として成長している事に驚いた。

 

 一瞬でそれだけの判断が下せるなら、中二病やメンタルの弱さを克服すればマジで一流の対魔忍になるんじゃなかろうか。

 

 一方のさくらは、最後まで指揮を取ろうとしたところを『名無しの権兵衛』に説得され、奴が殿を務める間に重要機密と共に影遁の術で脱出したそうだ。

 

「小太郎、大丈夫か?」 

 

「───ああ。ちょっと予想の斜め上の事態に面食らっただけだ」

 

 いかんいかん、しっかりしろ俺。

 

 ここは敵地なんだから、現実逃避なんてもっての外だぞ。

 

「まさか、井河アサギの若いツバメが女になってるとは思いませんでしたな」

 

「本当にな。こんなん陰陽師達でも予測できんぞ」

 

 そう、俺達が助け出すまで神田旅団の兵士に凌辱されていたのは、なんと女性に改造された浩介君だったのだ。

 

 助け出した際、俺を見るなり『ふうまさん、オレ汚れちゃいました。アサギさんにどんな顔で会えば……』とか泣かれたんだが、いったいどんなリアクションが正解だったのだろうか?

 

 今日のお面が『ひょっとこ』なのも相まって、悲劇のハズが傍から見たら完全にギャグである。

 

「つーか、コイツは何回変身したら気が済むんだ? 実はあと二回残してるとか言わねーだろうな」

 

「そんな、フ●ーザ様じゃないんだから」

 

 骸佐よ、お前は浩介を何だと思っているんだ。

 

 肉玉や女体化でも十分Bボタン案件なんだぞ、これ以上なにがあるというのか。

 

 そうそう、現在俺達がいるのは五車学園の地下に備え付けられた牢獄だ。

 

 普段は里への侵入者を捕えておくこの場所も、今は神田旅団の女性に対する凌辱の場へと姿を変えている。

 

 里への潜入を開始した俺達は、地中に潜った弥右衛門の偵察によって人質の多くが体育館に囚われている事を掴んだ。

 

 もちろん奪還防止の為に相当数の人員が配備されていたが、いかに手練れとはいえ奴等は兵士。

 

 専門職じゃない奴等に気取られるほど俺達は甘くない。

 

 全滅するまで『無形秘擬』による土くれのダミーで仲間が殺られた事を隠し、俺達は一切の抵抗を許さずに見張りを排除してみせた。

 

 その後は問題なく人質を解放したのだが、ここでも自分達も戦うと言い出す奴がいて本当に参った。

 

 これに関しては一緒に囚われていた稲毛屋の婆ちゃんが皆を諫めてくれたから助かったけど。

 

 あとは骸佐がゆきかぜに絡まれるハプニングがあったが、その辺は奴が上手くビリビリ娘を掌で転がす事で事なきを得た。

 

『俺もお前を連れて行きたいが、そうしたらお互いの立場が悪くなる』とか、心にもない事を言い聞かせるあたり兄弟もなかなかの策士である。

 

 で、解放した人質からこの牢獄が使用されている旨の情報を仕入れた俺達は、残りの人質の回収の為に潜入したワケだ。

 

 え、解放した奴等の護衛はいいのかって?

 

 アイツ等だって対魔忍だぞ。

 

 タマゴや引退者だけならともかく一応は現役もいるのだから、自分でケツくらい自分で拭けるだろ。

 

 邪魔な見張りも排除したし、俺等の潜入に使った安全なルートも教えた。

 

 さらには鹿之助君が無線の電波妨害までしてるんだ、これで脱出できなかったら後は知らん。

 

「というか、なんでオレなんだよ!? どうせだったらコイツみたいな見た目が完全に女な奴の方がいいだろ!!」

 

「うるせぇ、バカ野郎! 忍法・超電磁スパーク!!」 

 

「あばばばばばばっ!?」

 

 ショックで口が滑ったのか、鹿之助君の地雷を踏んで電流を流される浩介君。

 

 その所為で全身に付いた汁が焦げて臭いんだけど……地下でスメル事案は勘弁してほしいなぁ。

 

「浩介君。キミの心中は察するに余りあるが、今は我慢してほしい。それよりも、ここにどれだけの人間が運び込まれたか分かるか?」

 

「えっと……俺が知る限りだとだいたい五人くらい。全員五車学園の教師だったと思います」

 

「そうか」   

 

 恐らくだが、制圧から救出作戦開始までの3日間で奴等が生徒に手を出さなかったのは、政府との交渉の為だろう。

 

 最初の予定では神田旅団による五車の里侵攻は、朝井の出す反国家分裂法によってその正当性を追認させる予定だった。

 

 しかし肝心の朝井が死んだことによって、奴等は国軍から一転してテロリストへとその立ち位置を堕とされた。

 

 奴等からしてみれば、屋根に上ったところではしごを外されたに等しい。

 

 これが海外の紛争地などであれば、里の人間を始末して即時撤退すればよかったのだろう。

 

 しかし、この日本は奴等にとってホームグラウンド。

 

 ここを敵に回した以上は補給や後方支援はいっさい期待できない。

 

 さらには自衛軍には奴等の手の内は完全に知られているのだ。

 

 それを強行突破して国外に脱出するには、さすがに奴等の戦力でも心許ない。

 

 だからこそ、五車の里の人間を人質にして政府に自分達の国外脱出を飲ませようとした。

 

 その為に自分達の脅威となるだろう手練れの対魔忍な教師連中を篭絡させて、自身の戦力増強を図ったのではないか?

 

 朝井の裏にいるGと国務省が淫魔族と繋がっている事を思えば、その手の道具は用意していてもおかしくはないしな。

 

「けどよ、それならどうしてコイツまでここに引っ張られたんだ?」

 

「先生が連れて行かれそうになった時、思わず『やめろ!!』って声を出しちゃったんです。それで撃たれそうになったところで桐生先生に薬で女にされて、今まで……」  

 

 ここから先は言いたくないのか、うつむいて黙り込む浩介君。

 

 つーか、それってどう考えても桐生に命を助けられてるじゃねーか。

 

「ところで浩介君、そこで声を上げたって事は忍術を使えるようになったのか?」

 

「いいえ、まだ……」

 

 何という事だ、まるで成長していない。

 

「こういう事は言うべきじゃないと思うが、キミはもう少し身の程を知った方がいいと思うぞ」

 

 肉玉にされた経験が全く役に立ってないじゃないか。

 

 君が簡単に敵の手に堕ちたら、自動的にアサギもアウトになるんだぞ。

 

 近いうちに一児の父になるんだから、もうちょっとしっかりしてくれよ。



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日記45冊目

 お待たせしました、最新話更新です。

 公式の若様の右目が予想以上にヤバそうなのを見て、そうそうに潰した事にガタブルしております。

 まあ、右目を生かして超パワーを手にしてもウチの剣キチなら『攻撃』コマンドしかしないでしょうし、宝の持ち腐れになるのは確定なんですが。

 とりあえずアサギ3のイベントも回収したし、次はどうしていこうかな……


 浩介君の護送を弥右衛門に任せて、俺達は虜囚の探索を続ける事にした。

 

 打ち合わせ通りなら俺達の陽動として、自衛軍が正面から侵攻を開始しているはずだ。  

 

 情報収集の為とはいえ、浩介君の件では想定より時間を食ってしまった。

 

 ここから先は巻きで行こうと心に決めたのだが、物事と言うのは想定通りに行かないモノである

 

「よくがんばったわね、紫。もう心配はいらないわ」 

 

「ああ……アサギ様」

 

 なんか、いるはずの無いアラサーの姿が見えるんですが。

 

 あと名無しの権兵衛の横に転がってる眼鏡を掛けたミンチ肉は恐らくは桐生なのだろう。

 

 あのザマから察するに名無しの権兵衛の命を守る兼神田旅団の兵士に凌辱されない為、さらには尋問と言う名の大義名分で存分にエロい事が出来るからむこうに付いたんだろうなぁ。

 

 で、ノリノリで調教してるところをアサギに見つかって制裁されたと。

 

 全部状況からの推測なのに、物凄く当たってる気がするわ。

 

『なあ小太郎。なんであのオバハン、こんな所にいるんだ?』

 

『あ~、仲間を助けに来たんじゃね。引退したからって、この状態を見過ごせる奴じゃないし』

 

 口寄せで問いかけてきた骸佐に返しながら、俺は周辺に目を走らせる。

 

 現状ここにいるのはアサギと名無しの権兵衛、そして俺達のみ。

 

 他にあるのは頭の中身を地面にブチまけた虜囚の成れの果てが数体、そして股間のブツをさらしたまま無様にくたばった兵士共の屍だけだ。

 

 邪魔者がいないのは助かるが問題はアサギをどうするかだ。

 

 現頭領のさくらが井河は動かない事を公言している以上、あそこにいるアラサーは作戦上の異物でしかない。

 

 こういった任務だと不審人物の処遇というのは大体決まっている。

 

 捕えてから尋問で情報を抜くか、その余裕が無ければ抹殺するかだ。

 

 とはいえ相手は腐っても対魔忍最強、どう処理しても手間と時間が掛かり過ぎる。

 

 となれば───

 

『こちら救出班。司令部、どうぞ』

 

『こちら司令部。救出班、どうぞ』

 

 仮面の中に仕込んだ消音機能付きのインカムに呼びかけると、タイムラグ無しで作戦司令部へとつながる。

 

『現在、五車学園監獄内にて五車内部の反抗勢力と思われる人物を発見。該当者は井河忍軍元頭領である井河アサギ。こちらとしては救出作業の協力を求めるべきと考える。───どうぞ』

 

『了解した。作戦遂行に問題がなければ、キミの判断に任せる。───どうぞ』

 

『了解、では彼女と連携を図る。以上、救出班』 

 

 ……これでお上の連中に対する言い訳は立った。

 

 ヤツを放っておいて自衛軍の邪魔になった日には、俺達にまで飛び火する恐れがあるからな。

 

 組織で動くんだから、報・連・相やこういった手回しはしっかりしないと後で手痛いしっぺ返しを食らう事になる。

 

『小太郎。なんでアサギの奴を庇うんだ? 作戦上の不法侵入者として上げればいいじゃねーか』

 

『骸佐君や。同じ業界の人間のやらかしは、同業他社の評判にも影響が及ぶのが世の常なのだよ。今後の事を考えるなら、多少庇ってもアサギの奴に首輪をつけるのが上策なのさ』 

 

 任務に失敗した女対魔忍の『いつもの』で、そういうのは嫌と言うほど見てるだろうと続けると、骸佐は苦虫を噛み潰した顔になる。

 

『そういう事なら仕方ねぇな。俺も『新人対魔忍在籍してます』って書かれた風俗のHPに見るたびに、この仕事イヤになるし』

 

『俺なんかソフトからマニアックまでプレイの現場を見てるから、もう悟りを開いちゃったよ』

 

 アンダーグラウンドな世界で対魔忍が『公営オ●ホ』と呼ばれている事実は伊達ではないのだ。 

 

『ともかく司令部の許可は取れた。奴らと接触するぞ』

 

 最近形になって来た複数人に対応できる気配遮断用呪術、『摩利支天隠形法』を解くと即座にアサギが反応を示す。

 

「誰だ!?」

 

「私ですよ、アサギ殿」

 

 素早く忍者刀を構えたアサギは、俺達の姿を見ると警戒を緩める。

 

 もっとも名無しの権兵衛の方は苦々しい表情を隠しもしないが。

 

 つーか、公然の秘密とはいえこの状況は井河にとってヤバいんじゃなかろうか。

 

 死んだという名目の八津妹の生存を俺に見られているのだから。

 

「ふうま殿。人質奪還に動いていたのは貴方達だったのね」

 

「ええ。ところでアサギ殿はどうしてここに? 当代のさくら殿からは主流派は動かないと聞いていたのですが」

 

「アサギ様は私達が囚われていると聞いて助けに来て下さったのだ! そんな事も分からんのか!?」

 

 何故かアサギに代わって口を出す名無しの権兵衛。

 

 つーか、威張るのなら胸と股間のピアスを取ってからにしろよ、見苦しい。 

 

「アサギ殿。そこにいるのはまさか八津紫ですか?」

 

 どうも反省してなさそうなのでアサギに水を向けてみると、奴の顏はみるみる内に悪くなっていく。

 

「ば……バカを言うな! 死んだ紫がここにいるワケがなかろう!!」

 

「じゃあ誰だよ、お前」

 

 骸佐のツッコミに名無しの権兵衛は一瞬だけ怯んだあと、声高にこう言い放った。

 

「───そうだ! 私は愛子、八津愛子! 紫の双子の妹だ!!」   

 

 言い訳としては最低の部類の言葉を放つ名無しの権兵衛に、思わずチベスナ顏になる俺と骸佐。

 

 つーか、今思いついただろソレ。

 

「ゴホンッ! 今はそんな事を言及している場合じゃないわ。もうすぐここに敵が現れるはずよ」

 

 強引に話題を反らそうとするアサギ……って、ちょっと待てや。

 

「どういう事だ、井河殿。自衛軍の陽動があるからここへの潜入はバレてないはずだが?」

 

「私が奴等の包囲網を正面突破してここまで来たもの」 

 

「「お前、なにやってんの!?」」

 

 シレっとトンデモない事をほざくアサギに思わずツッコむ俺と骸佐。

 

 コイツ、マジで最悪だ。

 

 どうせ浩介君が心配で暴走したんだろうけど、忍者なんだから少しは忍べよ!!

 

『いたぞ、こっちだ!』

 

『井河アサギだけじゃない!? 他にも侵入者がいるぞ!!』

 

『おい、神田大佐に連絡だ!』

 

『わかった!!』

 

 こちらの叫びも虚しく、上からワラワラと降りてくる4体の機械化歩兵。

 

 奴等の纏っているのは虎の子の『雷電』だ。

 

 あのオモチャとは一度刃を合わせた事があるが、装甲強度はかなりのモノで反応速度も並の対魔忍を凌駕していた。

 

 全身汚い汁塗れの名無しの権兵衛は戦力にならんから、このメンツで倒せるのは俺と骸佐、それとアサギくらいだ。

 

 現状ではどうやっても一体余ってしまう。

 

 さて、どうしたものか……。

 

「ふむふむ……OK」

 

 腰に差した愛刀の柄に手をやりながら頭を高速回転させていると、背後で小さく鹿之助君の声がした。

 

 それに続いてパチリと何かが弾けるような音がしたその瞬間───

 

『なんだ……ばわっ!?』

 

『べっ!?』

 

『あろっ!?』

 

『おろあっ!?』

 

 眼前の雷電達が次々と爆散したのだ。

 

 思わず背後に目をやれば、立てた人差し指を口元に持ってきながら笑う鹿之助君の姿。

 

 何をやったかは分からんが、これが骸佐が作戦前に言おうとしていた『雷電』対策なのだろう。

 

 詳細については後で確認するとして、敵に気付かれた以上は退路を塞がれる前に撤退せねばならん。

 

「よし。増援が来る前に引き上げるぞ」

 

「まって! コウ君がまだ見つかってないの!」

 

 案の定、待ったをかけてくるアサギ。

 

 引退したからって、いくら何でも私情に走りすぎではなかろうか。

 

「浩介君改め浩子(ひろこ)ちゃんならこっちで回収した。男としては色々な意味で絶望的だが命は無事だ」

 

「浩子ちゃんって……いったいどういう意味なの!?」

 

「詳しい事はここを出た後で桐生に聞いてくれ」 

 

「おい! このザマが見えないのか!? これ以上、そのメスゴリラに何かされたらいくら俺でも死んで───ぐへぇっ!?」

 

「誰がメスゴリラかしら? それとコウ君に何をしたのか、洗いざらい喋ってもらうわよ」  

 

 やはり生きていた桐生だがこの短期間では頭部しか復元できなかったようで、アサギに踏まれても頸椎を尻尾のように動かす事しかできない。

 

 いくら命を救うためとはいえ、他人の旦那を性転換させてしまったんだ。

 

 その釈明くらいは自分で行うべきだろう。

 

 つーか、お前等。

 

 ジャレてないでサッサと撤退せんかい。

 

 

 

 

◎月■◎日

 

 

 神田旅団殲滅作戦から1日が経った。

 

 自衛軍の奮闘によって五車の里を占拠していたテロリストは頭目の神田大佐を始めとして、その大半が戦死。

 

 わずかに残った人員も国家反逆罪で御用となった。

 

 五車の里の被害に関してだが、あそこは主流派の拠点であると同時に彼等が生活を送る一つの街だ。

 

 なので非戦闘員の住人たちが奴等の非道の犠牲になる事は避けられず、死傷者はかなりの数になってしまった。

 

 その中には井河の下にいた時に世話になった商店の大将なんかもいたので、こちらとしても見舞金を出しておいた。

 

 金額は十分とは言えないが、少しでも彼等の慰めになればと思う。

 

 次に井河衆に関してだが、今回の本拠地占領に対して責任を求めない事に決まった。

 

 そもそも反国家分裂法を発布する前に俺が朝田を始末した事もあって、神田旅団の襲撃は主流派からしてみれば晴天の霹靂だった。

 

 さくらを含めて主流派の殆どが自衛軍を味方と見ていた以上、テロリストへと堕ちたという情報も無い中では対応が後手に回るのは仕方がない。

 

 仮にも諜報機関なら、そういった情報を握っておくべきだという意見はもちろんあった。

 

 しかし今回の件に関しては仕掛け人が自国の首相であるうえに、神田旅団はその情報が表に出る前には侵攻の布陣を済ませていたのだ。

 

 それで被害を小さくしろと言うのはいくら何でも無茶ぶりだろう。

 

 山本長官の援護射撃もあって主流派の位置づけは現状維持という形に落ち着いた。

 

 それとアサギの独断に関してだが、これは無かったことになった。

 

 理由としては今後のさくら体制に悪影響しか及ぼさないからだ。

 

 就任当初からアサギの後継として、さくらは周囲に疑問符を持たれている。

 

 そこに来てこの騒ぎだ。

 

 本件での両者の行動の差は、さくらの支持を致命的なまでに落下させかねない。

 

 もちろん、さくらが取った行動は間違っていない。

 

 頭が抑えられてしまえば、よほど用意周到でない限り組織を待っているのは瓦解だけだ。

 

 ならば機密情報と共に脱出するのは当然と言える。

 

 しかしアサギのアホが暴走したせいで、その理論が通らなくなってしまった。

 

 当人としては自分の男や身内を助ける為にやった事でも、事情を知らない他の者の目には全く違って映るものだ。

 

 非常時に逃げるだけしかできなかった新頭領と、単独で里に潜入して仲間を救い出した元頭領。

 

 これに『最強の対魔忍』というブランドまで付いてしまえば、部下がどちらを選ぶかなど考えるまでもないだろう。

 

 事情が事情なので強く言うべきではないかもしれんが、自分の妹の足をぶっこ抜く勢いで引っ張ってどうするのか?

 

 ぶっちゃけ、現状におけるさくらの最大の敵は『対魔忍最強にして優秀な姉』というお前の評判なんですが。

 

 ここまで説明すると浩介君可愛さにテンパっていたアサギも、自分の行動の影響を理解してくれた。

 

 本来ならさらに『公務の実行による立ち入り禁止地区への不法侵入及び救出作戦妨害』というガチの罪状が付くんだが、そこは庇った手前もあるので追及するのは止めておいた。

 

 そんなワケで公式にはアサギは山本長官と引退の打ち合わせをした後、産婦人科で検診を受けていた事になる。

 

 まあ当人も『名無しの権兵衛』改め、自称『八津愛子』や浩介君の為に無茶をやったんだし、今更手柄など求めまい。

 

 何より今は浩子ちゃんを男に戻すことに必死で、そんな事は眼中にないだろうからな。

 

 自衛軍も零細忍者集団の内輪事情なんぞ興味ないだろうから、あとは関係者がお口をチャックすれば問題なしである。

 

 あと雷電達が突然『あべしっ!?』した件だが、当事者の鹿之助君から実にシャレにならない事を聞いた。

 

 あの時、鹿之助君は電波信号を使って、機密保持の為に機体へ備わっていた強制自爆装置を遠隔起動させたそうだ。

 

 雷電は日本の国防を担う最新鋭のパワードスーツである。

 

 敵勢力による鹵獲や悪用などを防ぐ為、当然ストッパーとしてそういう機構が組み込まれてる。

 

 では、その為のコードを鹿之助君はどこで入手したのか?

 

 その答えは、作戦準備中の自衛軍にあった。

 

 彼は自衛軍が万が一に備えて、所属する雷電に模擬的に飛ばしていた信号の波長をこっそり解読したらしい。

 

 そして俺達を発見した際に交信していた無線の周波数をハックして、奴等の機体に起爆信号を送ったと。

 

 さて、ここまでの間にいったい幾つ鹿之助君が殺されるに足る理由が有ったろうか?

 

 彼の能力がバレたらスカウトにしろ抹殺にしろ、世界中の軍事組織からウチが袋叩きになるのは間違いない。

 

 取り合えず、鹿之助君には『死にたくなかったら絶対に今回知った事は口外にするな』と脅しをかけておいた。

 

 功績を欲している彼には悪いが『雷電の自爆コード知ってるんだぜ!』なんて口を滑らせたら、その時点で日本政府の特級抹殺対象へ躍り出ることになる。

 

 こんなところで潰すには、彼の才能は惜しすぎる。

 

 ゆくゆくはふうま衆のサイバー担当を担って貰わねば。

 

 最後に統括としてだが、目立った手柄は無かったものの自衛軍ともコネが出来たし神田旅団という厄介な集団も始末できた。

 

 拠点を押さえられた割には主流派の被害も甚大ではなかった事を思えば、今回の任務は割とうまく行ったのではないだろうか。

 

 なんにせよ俺達の役目はここまでだ。

 

 あとは帝や政治家に任せるとしよう。

 

 

◎月☆△日

 

 

 今日は銀零が新しい友達を連れてきた。

 

 何気にコミュ障な妹が龍ちゃん以外に誰かを連れてくるのは初めての事。

 

 少し楽しみに待っていると、襲い掛かかってくるチビ共の後に現れたのは銀髪の大人しい女の子。

 

 彼女の名は天宮紫水。

 

 宗家の下忍を務めている天宮家の一人娘だ。

 

 天宮の名で思い出したが、彼女とは弾正が反乱起こす前に一回会った事がある。

 

 あのちんまい赤ん坊が随分と大きくなったものである。

 

 どうも彼女は読書が好きなようで、銀零と龍ちゃんが暴れまわっている間、手にした本を読んでいた。

 

 タイトルを見ると『子供向け日本神話』と書いてあった。

 

 まあ、この家業をしていると神話生物とちょくちょく遭遇する場合もある。

 

 予習的な意味でも幼い時からそういう本を読むのはいい事だ。

 

 縁が続けば将来的に愚妹や龍ちゃんとチームを組むことだってあるだろうし。

 

 その時は是非とも脳筋二人組の手綱を握る頭脳担当になってほしい物である。

 

 ところで、彼女は何故俺の事を『お館君』と呼ぶのだろうか?

 

 今は子供だし、将来的にもTPOを弁えてくれるなら別に良いのだが、何とも特徴的な呼称である。

 

 

◎月☆■日

 

 

 今日は日頃頑張る自分へのご褒美として、東京キングダムにぶらりとやってきた。

 

 久々に感じる退廃的な空気とそれに見合う治安の悪さに、当方ワクテカが止まりません。

 

 あれだ、遠慮なくぶった斬れる相手っていいよね。

 

 某『若さってなんだ!』な宇宙刑事のセル面を付けてヒャッハーしていると、黒地に葉脈のような赤い筋が入った甲冑を付けた丸腰の女が現れた。

 

 奴はサハール・スレイヴという魔剣の精霊で、己に相応しい担い手を探して放浪しているらしい。

 

 こういう騒動の常なのだが、何故か目を付けられて『汝が我が主にふさわしいかどうか試すとしよう。耐え切れなんだときは、汝の周りの人間すべてから血を啜り取ってくれるがな』なんてセリフと共に襲い掛かって来た。

 

 奴の踏み込みは並の魔族など比較にならないほどの速度で、両手の爪は鋼板も容易く引き裂ける程の鋭さを誇っていた。

 

 襲い掛かってくる際のセリフからすれば血液操作、もしくは吸血の技能もあるのだろう。

 

 だが惜しむらくはその動きに無駄があり過ぎる事だろう。

 

 魔剣の精霊というのなら自身を手にしていた主の動きを覚えていてもおかしくないのだが、その動きは獣人等と同じく身体能力頼りで技術の研鑽というモノが感じられない。

 

 奴が大上段から振り下ろしてきた左の手刀を躱し、二手目となる右の薙ぎ払いを波濤任櫂で受け流すと、俺はその勢いのままに奴の身体を逆袈裟に斬り上げた。

 

 果し合いという事で手加減はしなかったのだが、この一刀は致命には至らなかった。

 

 外見は人間に似ていても奴は魔剣の精霊、刃が通った瞬間に妙に硬い感触が伝わって来たのも当然だろう。

 

 ムラマサなら両断できたかもしれんが、手にあったのは訓練場からくすねてきた下忍用の数打ちの剣……

 

 いや、得物の所為にするのはやめよう。

 

 奴を断てなかったのは我が身の未熟故だ。

 

 こんな事を考えていると、左腹から右肩へと一直線に走る傷を見た奴は通りに響き渡る程の声で大笑いし始めたのだ。

 

『まさかそんな鈍らで我が身に傷を付けるとは! やっと見つけたぞ、我を所有するに値する者を……! 汝を主と認め、汝のために、この力を振るうことを誓おうぞ!』

 

 妙なテンションで突然契約を求めてきたのだが、こんなヤバい街頭キャッチに引っ掛かるほどバカではない。

 

 キッパリとお断りしたところ、やじ馬だった剣客っぽい魔族から『それを断るなんてトンデモない!』とクレームが付いた。

 

 なんでもこのサハール・スレイヴの本体は魔界でも指折りの魔剣らしい。

 

 当人(当刃?)も『何故だ!? 汝にはすでに心を通わせた武器があるというのか!』と涙目で詰め寄ってくる。

 

 彼女の言葉を聞いて頭に浮かんだのはムラマサだったが、生憎と持ち主に全裸を強要する変態刀などと心を通わせた覚えはない。

 

 そう思うと目の前にある魔剣の方がマシかなと考えなおした俺は、とりあえずキープとして奴をお持ち帰りする事にした。

 

 その際、自分の処遇について文句を言ってきたので『普段から名刀を使っていては修行にならない。お前を抜くのは相応しい強敵を相手にした時だ』と言ったらアッサリと納得した。

 

 魔界の名剣のクセにチョロいなコイツ。

 

 ちなみにやじ馬達には『コスモポリス・ギャリバン』と名乗っておいたので、身バレする恐れはないと思われる。

 

 そんなワケで新しい武器も手に入った事だし、気が向いたら使ってやろうと思う。

 

 もちろん水分吸収とか妙ちくりんな機能は無しで。

 

   



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日記46冊目

 お待たせしました、最新話更新です。

 緊急事態宣言の収束して色々とあわただしい中、夏も目前となってますがコロナだけでなく体調を崩さぬよう皆様もお気を付けください。

 対魔忍RPGですが、ライブラリーに続いてオーガ奴隷がまさかのプレイアブル化。

 これは決戦アリーナのようにブッさんも仲間になる可能性が微レ存か!?

 女ばかりの世界で一際男が映えるのが対魔忍の華。

 期待して待っていたいと思います。


◎月☆▼日

 

 勉強、仕事にコラボ……じゃない。

 

 例のアイドルイベントの調整と今日は忙しい日だった。

 

 今日から再度手を付け始めたけど、神田旅団の一件があったから、正直すーぱーそに子のことなんて忘却の彼方でした。

 

 宮内庁の広報担当が半ギレで電話してこなかったら、準備ゼロで当日を迎えるとこだった。

 

 ちなみに今回のウチの役割は会場の警備や雑踏整理、そしてそに子嬢の護衛とライブショーの出演である。

 

 …………一か所おかしいって? 皆まで言うな、わかってるから。

 

 担当との打ち合わせの時に聞いたんだが、出演に関しては先方の出した条件らしいのだ。

 

 おっと、勘違いしないでくれ。

 

 例のカオスアリーナでのヤンチャがバレたワケじゃない。

 

 むこうさん曰く、今回のショーで本物の対魔忍と直に触れ合う事でそに子嬢の芸の幅を広げたいのだとか。

 

 言わんとする事はよくわかるのだが、大前提が致命的におかしい。

 

 ウチは汚れ仕事もこなす裏の組織であって、警察とか消防とかの正義のミカタ的な存在じゃないはずなんだが……

 

 というか、下手に女の子がウチの業界に関わると最悪『いつものアレ』コースですわよ?

 

 個人的には対魔忍という存在から手を引いた方がいいとアドバイスしたかったが、立場上その言葉を吐くのは憚られた。

 

 こうなったら、これっきりでバッサリ縁が切れるように立ち回るしかない。

 

 アイドルと裏の世界って、関わると変な化学反応起こしてシャレにならん悲劇を引き起こしそうだしさ……

 

 

◎月☆◆日

 

 

 朗報である。

 

 この前拾った魔剣サハール・スレイヴと俺との相性が最悪という事が判明した。

 

 何故それが朗報なのか、それを今から説明しよう。

 

 事の起こりはもう習慣となってしまった週一のアミダハラ修行。

 

 美術品よろしく部屋に飾っていた駄剣から『暇だから外へ連れて行け!』とクレームが来たので、調査と点検も兼ねてノイ婆ちゃんの魔法堂へと持っていった事だった。

 

 サハール・スレイヴは本人の言う通り魔界では有名だったようで、その名を聞いたノイ婆ちゃんは糸みたいな目を丸くしていた。

 

 でもってノイ婆ちゃんに精査してもらったところ、呪いやら何やらといった物騒なモノはなし。

 

 俺が使用しても問題ないというお墨付きが出た。

 

 某全裸誘発刀の件もあったので持って帰ったモノの警戒はしていたのだが、これで一安心である。

 

 そこから流れで一度使ってみようという話となり、どうせならと婆ちゃんが呼び寄せたのが数年ぶりの御無沙汰となる鋼鉄の魔女アンネローゼだった。

 

 向こうも伝説の魔剣が相手ならとノリノリだったので、こっちも遠慮なく手合わせしてもらう事になった。

 

 悪を食らうという魔刀・金剛夜叉を構えるアンネローゼを前に、こちらも抜身のサハール・スレイヴを手に調息したのだが、ここで思わぬ事実が判明した。

 

 なんと手の中にある駄剣は内勁の通りが滅茶苦茶悪かったのである。

 

 考えれば当然の話だ。

 

 邪眼の時にも語ったが氣と魔力は水と油以上に相性がよろしくない。

 

 ムラマサを買った時は内勁の出力を上げて押し切ったが、今回の相手は生粋の魔界産でしかも屈指の名剣ときた。

 

 込められた魔力が段違いだった所為で全力で内勁も込めてもどうにもならんかった。

 

 そんな事情もあって、俺の氣とサハール・スレイヴ内に宿っていた魔力が相殺し合った結果、なんとひのきの棒以下のナマクラに化けてしまったのだ。

 

 普通なら『こんなナマクラ使ってられるか!? 俺はムラマサを選ぶぜ!!』となるのだろうが、当方はそんじょそこらの剣キチではない。

 

 頭蓋の中をクルクルと回る梅干し大の脳みそがはじき出した答えは『メッチャ丈夫な練習刀キター!!』であった。

 

 今は豆腐すら刃が通らないウ●コ剣だが、これで何かが斬れるようになれば即ちそれは俺の氣が更なる進化を遂げた証。

 

 言わばこの剣は内勁強化ギプスのようなモノなのだ。

 

 秘剣習得以来の剣腕上達案件にフィーバー状態になった俺は、秘剣以外の全ての技を連環套路でこれでもかと繰り出した。

 

 アンネローゼもアミダハラ屈指の剣豪の名に恥じずにしっかり切り結んでくれたものだから、更にテンションが上がった事でブラック戦以来になる分身殺法『四凶貫光迅雷』を解放。

 

 その結果、受け損ねた刺突がアンネローゼの胸を直撃し胸骨をヘシ折ってしまったワケだ。

 

 いくら切れ味ゼロといっても持っているのは鉄の塊、直撃したら魔族でも骨くらいは折れる。

 

 というか本当は寸止めするつもりだったけど内勁全開にしていたので加減を間違てもうたわ。

 

 ノイ婆ちゃんの治療を受けている彼女に頭を下げると『剣客同士が刃を合わせたんだからこの位の怪我は当たり前。その剣じゃなかったら心臓串刺しだったんだから、それを思えばかすり傷よ』と笑って許してくれた。

 

 代わりにミチコとかいう使い魔の姉ちゃんには滅茶苦茶怒られたけどな。

 

 これで終わったらいい話で済んだのだが、ここで新たな問題が浮上した。

 

 今回の一件でサハール・スレイヴが『これほどの使い手と巡り合えたのに露ほどの力も振るえんとは……』とガチヘコみしたのである。

 

 奴曰く自分を十全に振るえる剣客を探して長い時を旅してきたそうなので、ようやく見つけた候補者と相性最悪という事実は余程堪えたのだろう。

 

 ブツブツと漏れる独り言を聞いていると『こんな生き恥を晒すなら』と俺の元を去ろうとしていたようだが、そうは問屋が卸さない。

 

 お前のような極上のトレーニング機器を手放すハズがないだろう。

 

 なので『俺は聖魔の理を超えてこの世界を断つ剣腕を手に入れる。その時、お前はただ指を咥えて見ているだけか。それとも俺と共に世界へ刃を通すか。どちらか選ぶがいい』と煽ってやったのだ。

 

 ぶっちゃけ自分でも大風呂敷だと思ったが奴の方はそう感じなかったようで、『そんなもの、貴方と共に極みに至るに決まっている!』という答えが返ってきた。 

 

 こんな口車にホイホイ乗って来るとは、最初にあった時から分かっていたがチョロい奴である。

 

 負荷の塊なお前で世界を斬れるなら、ムラマサでもその辺の数打ちの刀でも斬れるという事なんだがな。

 

 とはいえ、本当に内勁養成ギプスとするのも芸がない。

 

 コイツを使って内家剣士とは別の境地を目指すのも面白いかもしれん。

 

 人と魔、相反する力を束ね合わせて更なる高みへと至る。

 

 よく考えたら、これって幻庵の爺様が紅姉に言っていた『人魔合一』という奴ではないか。

 

 紅姉も未だ到達していないようだし、俺が一足先にその境地へと辿り着くのも一興か。

 

 新たな目標も定まった事だし、明日からは鍛錬の時間を伸ばす事にしよう。

 

 

◎月☆◆日

 

 

 今日も鍛錬に勤しむふうま小太郎です。

 

 前回のアミダハラ訪問から5日、四六時中腰に差し暇を見ては魔剣をブンブカ振り回していたお蔭で、奴への内勁の通し方が少しだけ掴めてきた。

 

 要は奴から放たれる魔力を見の内に取り寄せて経絡を循環させる事で浄化、そこから内勁へと昇華させる過程で氣と練り合わせ、刀身へと伝わらせればいいのだ。

 

 こうすれば元より奴から出た物を混ぜているので拒否反応も抑えられ、以前よりも氣が通りやすくなるというワケだ。

 

 このお蔭で今は錆びた包丁レベルまで切れ味も回復、試し切り用の巻き藁を断った時はサハール・スレイヴは泣いて喜んでいた。

 

 とはいえ魔界産である奴は素材レベルで魔力を生成する機能を備えているようで、その所為で内勁が減衰してしまう事についての解決策は見いだせていない。

 

 その辺は氣脈を鍛えて内勁の出力で押し通すか、もしくはなかなか進まない『人魔合一』で対処する事になるだろう。

 

 『人魔合一』で思い出したが、この前幻庵の爺様にこれについて問いただしてみたのだ。

 

 しかし帰ってきた返答は爺様も分からないというものだった。

 

 爺様が紅姉にこの言葉を言い聞かせていたのは通常の対魔忍に比べてより『魔』に近い立ち位置である彼女が、将来的に巨大な力を手に入れても人の心を忘れないようにという戒めとしてだそうな。

 

 氣と魔力を両立させる云々といった技術的なモノを期待していた身としては肩透かしだが、紅姉の今後に役立つと言うのなら大いに結構だ。

 

 技法である『人魔合一』に関してはこの手で確立させる事にしよう。

 

 

 

★月◆日

 

 

 実は近頃レトロゲーなるものに手を出している。

 

 切っ掛けは遊びに来ていた紫水ちゃんから『クリアできないからやってくれ』と頼まれた事だ。

 

 ちなみにソフトの名前は『NINJA GAIDEN』という。

 

 かなり前に出たゲームで、リュウという忍者を操作して敵をバッサバッサと薙ぎ倒していくアクションゲームである。

 

 忍者がニンジャのゲームをするのはいかがなモノかと思ったのだが、いざプレイしてみるとなかなかに面白い。

 

 つーか、敵を斬ると血飛沫とかバンバカ出るんですけど。

 

 これって小学生がやってはダメな代物ではなかろうか。

 

 残っていた攻略サイトを見ながら進めていて思ったのだが、このゲームの動きって軽身功とか使ったら実際に出来そうな気がする。

 

 さすがにあそこまで武器を使い分けるのはしんどいけど、ネタとして絶技を再現するのはアリかもしれん。

 

 さしあたっては『人魔合一』の息抜きがてらにヌンチャクとトンファーの練習から始めてみるか。

 

 

★月○日

 

 

 五車の里の件でアサギを庇った事について、二車の小母さんから説教を食らいました。

 

 言われてみると確かにそうだ。

 

 思い返せば組織間の関係保持とはいえ、向こうから何か頼まれるのが当たり前的な感覚が俺にもあった。

 

 

 アサギの件にしても対魔忍の評価が掛かっているとはいえ、俺達の信用が下がるリスクを負ってまで隠蔽する事柄では無いのだ。

 

 物心ついた頃から延々と使われ続けたから、そういった認識が抜けなかったのかなぁ……

 

 頭領として、これは猛省しなければいかん。

 

 今までは骸佐や天音姉ちゃんを補佐に付けて井河と話をしていたが、こう言った事が消えるまでは幻庵の爺様や甚内殿などの認識に汚染されていない人間にも立ち会ってもらう事にしよう。

 

 あとは彼等を前にしても変だと思ったらツッコんでくれるようにしておかんとな。

 

 なに、奴等の目の前で叱られたとしても下がるのは俺の評判だけだ。

 

 組織の正しい運営に比べたら軽い軽い!

 

 

 

★月▼日

 

 

 ついにやってきたすーぱーそに子ショー。

 

 個人的には正規の忍務よりも厄ネタなんだが、しがない宮勤めとしてはお上には逆らえんのだ。

 

 そんなワケで会場の警備は骸佐に任せ、俺はザンギャックとかいう敵役として舞台に立つことに。

 

 まあ衣装が着ぐるみなので身バレしないのはいいのだが、打ち合わせで先方が言っていた対魔忍と触れ合う云々の白羽の矢が俺に立つとは思わんかった。

 

 とはいえこれでもエンターテイナーの端くれ、任された役割は熟さねばなるまい。

 

 事前に読んだ台本だと対魔忍そに子は歌で敵と相対するらしい。

 

 それを見た時は破壊音波でブチコロスのかと思ったが、それは勘違いで正確には歌の素晴らしさで改心させるのだという。

 

 なんとも都合のいい能力だが、本業がアイドル歌手である彼女のイメージを崩さない為の処置なのだろう。

 

 ……対魔忍に関わってる時点でアウトなどとは断じて思ってないですよ、ハイ。

 

 俺がそんな風に気を揉む中、幕が上がったステージは順調に進行していった。

 

 そに子嬢もノリノリだし、サクラと護衛の最終ラインとして参加していた銀零や龍ちゃんも楽しそうだった。

 

 だがしかし、こういった任務は無事に終わらない物である。

 

 今回もご多分に漏れず、アクシデントに見舞われる事になった。

 

 具体的に言うと会場となった遊園地のマスコットキャラであるクマ達が、ステージのそに子嬢に襲い掛かってきたのである。

 

 観客やそに子嬢を避難させながら迎撃に当たる俺達。

 

 プロデューサーがクレームを言っていたがそんなのは知った事ではない。

 

 こうなった時点でステージはご破算、ならば俺達が最優先するのは一般人の安全だ。

 

 とはいえ今の俺は悪党ザンギャック、着ぐるみな上に丸腰である。

 

 白打が不得手というワケじゃないが、外の全自動機械なクマたちを倒すのは少々しんどい。

 

 かと言ってあの数を電磁発勁で倒していては俺の身が保たん。

 

 こういう時に限って鹿之助君が非番なんだから、不運というのは重なるモノだ。

 

 得物を取りに行く時間も無い中、俺の目に留まったのがセットとして飾られていたヌンチャクだった。

 

 レプリカではなく鋼鉄製の実戦使用な代物をチョイと拝借し、俺は外で暴れるクマちゃん迎撃の最前線へ飛び込んだ。

 

 前世でもそれなりに器械武術を修めていたことに加えて、例の絶技を再現する遊びにハマっていた事もあって俺の振るうヌンチャクは冴えに冴える。

 

 形だけとはいえヌンチャクやヴィゴリアンフレイルの絶技である『叢雲(偽)』も成功し、最後の巨大クマロボも骸佐と俺の連携でスクラップへと還った。

 

 ショー自体は残念な結果に終わったが、一般人に怪我人はなく施設の損傷は最小限。

 

 さらには犯人も捕まえる事が出来たと、俺達のお仕事としては最上の結果となった。

 

 因みに今回の下手人に関してだが、どこぞの組織の手のモノかと思われていたその男は予想に反してまったくの一般人だった。

 

 テンプレアイドルオタクなその兄やんはそに子嬢の大ファンだそうな。

 

 それで今回の騒動を引き起こした動機だが、そに子嬢が対魔忍を演じるのがどーしても我慢ならなかったらしい。

 

 曰く『僕のそに子ちゃんが対魔忍なんて公営風俗嬢になるなど認められるかぁぁぁぁッ!!』とのこと。

 

 トンデモナイ言われようだが、東京キングダムの風俗店のHPを開かれて目元を手で隠した女対魔忍の姿を見せられては、悲しい事にぐうの字も出せなかった。

 

 理由はどうあれバッチリ犯罪なので下手人はタイーホとなったのだが、今回のような悪名を灌ぐ為にも魔界都市3つの風俗店をガサ入れしないといかんのではなかろうか。

 

 …………今度上原学長に相談しよっと。

 

 

★月●日

 

 

 だいぶ間が開いたものの、さくらから五車の里救援に関して感謝の意があった。

 

 礼の文言に関しては定型文そのまんまだったのだが、それよりも目を引いたのは参謀として付いていたのが八津愛子(仮)ではなく、高坂静流だった事だろう。

 

 気になったので聞いてみると、今回の件でさくらの方も思うところがあったようで井河衆のアサギ脱却を図るつもりらしい。

 

 で、その第一歩が熱烈なアサギシンパだった八津を上層部から排除する事というワケだ。

 

 まあ八津に関しては名無しの権兵衛になった時点で上層部との関わりは切れていたそうなのだが、その割に虎視眈々と復帰を狙っていたそうなので、ここでバッサリと芽を摘んだ形になる。

 

 後釜である高坂に関しては諜報畑の人間である事から情報の重要性をしっかり把握しており、アサギの年代から蔓延っていた戦闘力偏重主義に異を唱えている変わり種とのこと。

 

 それとあの超ド級の蔑称である『井河【アへ顔】アサギ』の発案者は彼女なんだとか。

 

 アサギシンパに知れたらガチで命を狙われるだろう代物なのに、なんとも肝の据わった女である。

 

 そんな内部改革の事を俺に漏らしていいのかと懸念を露わにすると、今回の事で信用失墜のリスクを背負ってまで自分達を庇ってくれた礼と、今後はアサギを始めとする主流派の暴走で迷惑を掛けないという意思表示だという答えが返ってきた。

 

 高坂を補佐に据えてからさくらも相当耳に痛いことを言われたようで、井河衆の中に蔓延している『ふうまが自分達の下』という認識が大問題だと熱弁していた。

 

 何だかんだ言ってもアサギやさくらもその認識から完全に抜け出ていなかったようで、高坂曰く『ゆきかぜ拉致みたいな身内の失態のフォローを他の組織に頼むなんて普通ならあり得ない』だそうだ。

 

 まあ、これに関しては安請け合いした俺も悪いと釘を刺されてしまった。

 

 あの時点で『自分のケツくらい自分で拭け』と突っぱねていれば、少なくともアサギの目が覚めていた可能性は高いとのこと。

 

 小母さんに続いて相手からも同じ事を言われるとは思わなんだ。

 

 しかも横にいた甚内殿も頷いてたし。

 

 もしかしなくても俺って外交の才能は無いのかなぁ。

 

 組織の中で対外折衝を任せられる人間を探しておいた方がいいかもしれん。

 

 この後、甚内殿も参加した両組織のダメ出し合戦が始まり、残りは俺やさくらにとって針の筵のような時間となってしまった。

 

 なんとも耳と心に刺さる意見の数々だったが、こういうのをくみ取っていかないければ組織運営なんて立ち行かんのだろう。

 

 井河との通信が終わった後で『なんで幹部会でツッコんでくれなかったのか?』と聞いてみると、甚内殿は笑って『あの時はみんなが手一杯だったと言うのもありますが、若様を始めとした若い世代の資質を今一度確かめようと年長者達で決めていたのですよ』なんて答えが返ってきた。

 

 知らん間に評価を付けられてたとか、ぶっちゃけ背筋が寒くなったんですが。

 

 ちなみに現状では一応及第点だそうだ。

 

 悪い予想だと待遇の悪さに八将が謀反を起こしたり、下忍に総スカンくらったり、嫌気が刺した俺が頭領の座をほっぽって逃亡するケースも想定していたらしい。

 

 さすがは小母さんを始め、おむつしてた時から俺を見てた連中なだけあるわ。

 

 最後のケースとか、割と本気で考えたことあるしなぁ。

 

 ともかく、こんなチャランポランな頭領っぷりでも赤点じゃなかったのだ。

 

 今一度身を引き締めてやっていかねばなるまい。

 



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日記47冊目

 今回はヤマ無しオチ無しの日常話。

 まったりと読んで下され……


☆月▼日

 

 近頃、頭領としての自分を顧みているふうま小太郎です。

 

 古参の面々から辛うじて及第点を頂いた俺のお頭業務だが、いざ点数を付けられてみると他人の評価というモノが気になってくる。

 

 しかしまあ、こんな事を考えるようになるとは我ながら随分と変ったもんである。

 

 前世は剣以外の事なんざ知ったこっちゃねぇや、ヒャッハーーーーッ! てな感じだったのになぁ。

 

 これが成長なのか退化なのかは我が事ながら判断が付かないが、今の自分は嫌いではないので問題があるまではこのままで行こう。 

 そんなワケで今日は昼休みに隼人学園の職員用食堂へ潜入してみた。

 

 下忍連中は未だに薄給(とはいえ井河時代に比べたら15万くらいベースアップしてる)と言っていいくらいしか渡せていない。

 

 なので普通に外食するよりも格安な食堂を使うモノが多いのだ。

 

 雇用主としては心苦しい限りだが、帝直属の部隊になった事で忍軍の収益はさらに上がっている。

 

 それが各自の給与に反映されるまで今しばらく我慢していただきたい。

 

 そんなワケでみんなの意見を聞いていたのだが、俺や骸佐の評価は思ったよりも悪くなかった。

 

 下忍の皆が俺を支持している理由としては生活が安定している事が大きいようだ。

 

 基本的に俺は部下を捨て駒に使うようなことは厳禁にしている。

 

 危険度や難度の高い任務に関しては、上忍や幹部など実力に即した人間に割り振っているしな。

 

 というか、俺が率先して片付けているので下忍に行くことは殆どない。

 

 それに加えて構成員の生存率が上がる様に治療やサバイバルキットも基本装備として配布したり、定期的に逃走や潜伏方法などの講習も受講必須で開いている。

 

 ただでさえクソ弾正の所為でふうま衆は数が減っているのだ。

 

 現存人員の消耗率を押さえるのは上としては当然の配慮だろう。

 

 あとは給与面に加えて福利厚生も改善した。

 

 というか、下忍連中は社会保険に一切入ってなかったんだぞ。

 

 『若様! ローンが組めないので助けて下さい!!』って相談を受けた時は開いた口が塞がらんかったわ。

 

 宗家の保有する会社の下に警備部門を立ち上げて、下忍連中をスターティングメンバーとして雇用。

 

 今まで外注に回していた親会社の警備業務をそこに振り直して、忍務が無い時はそこで警備員として働かせて何とか社会人としての最低水準まで持っていったんだよなぁ。

 

 あの時は手続きやら何やらで過労死しかかったけど、今となってはいい思い出である。

 

 なんにせよ、あの苦労が信頼という形になっているのはありがたい事だ。

 

 とはいえ、彼等にもやはり不満点というモノはあったようだ。

 

 その中でも多く上がっていたのが、井河に対する過剰と言える配慮だ。

 

 俺からすれば井河は日本防衛の要の一つであり、ふうまが国外に出た場合に日本へ干渉する為の橋頭保でもある。

 

 しかし下忍からしてみれば、長年自分達を虐げてきた敵という認識なのだ。

 

 なので依頼を受けて俺が動き回ったり奴等のフォローに回る様は、彼等には歯がゆく見えていたらしい。

 

 こういうのを耳にすると自分の視野は狭まっていた事が嫌でも分かる。

 

 思えば今まで下忍連中には組織の展望や進路を話したことがなかった。

 

 日本への残留が10年伸びた事といい、一度構成員全員に俺の考えと気持ちを伝える場を作るべきなのだろう。

 

 あとあったのは、やはり日本に残留できるのなら出国することなく残りたいという意見だ。

 

 これに関しては帝から勅命があった時から出るだろうと思っていた。

 

 彼等とて日本人なのだ、好き好んで国外しかも吸血鬼の国など誰が移住したいと思うだろうか。

 

 とはいえ、カーラ女王から受けた恩を無かったことにはできない。

 

 彼等の意見いかんでは、骸佐に跡目を譲って俺だけでもヴラド国へ行く事も視野に入れないといけないだろう。

 

 全てとは言えないが、下の意見もある程度知る事が出来た。

 

 これも今後の参考にさせてもらおう。

 

 しかしアレだな。

 

 俺の采配で数百人の運命が決まっちまうんだなぁ。

 

 今回の件で改めてその重さを感じる事が出来たわ。

 

 この事を肝に銘じて、これからはMY組織ファーストで考えて行かないとな。

 

 

◎月☆◆日

 

 

 今日、学校で『中学校の思い出』という作文が課題で出された

 

 今年はこの身も三年生、気が付けば卒業の年である。

 

 ならば、中学生活の集大成を一つくらい残そうと持ち掛けられるのも当然か。

 

 先生も卒業アルバムに乗せるとか何とか言ってたしな。

 

 ただこれを書くに当たって致命的な問題がある。

 

 14で編入して二年間、学校にほぼ来ていないのだ。

 

 頭領業務やら裏のトラブルやらに時間を取られまくった為に、ぶっちゃけ半年分も登校できていない。

 

 友達だって同年代のふうま衆以外にはできてないしね!

 

 人生初の学校とテンションを上げておきながらこの体たらく、我が事ながら嘆かわしいばかりである。

 

 そんな感じで天を仰いでいると、同じく思い出なんて皆無であろう骸佐と目が合った。

 

 その際に交わした会話はこんな感じだった。

 

『なんだ兄弟、お前も思い出ないんだな』

 

『あるわけねーだろ。こっちは二車家の当主業務で出席日数ギリギリだっつうの』

 

『バッカ。俺なんて出席日数完全に割ってるぞ』

 

『そういやそうだったな。どうやって進級したんだよ、お前』

 

『その辺は退魔師や教師への氣功術教室で下駄を履かせてもらった』

 

『それでいいのか、義務教育……』

 

『いいんじゃね。裏取引とか反則技は俺等の得意技だし』

 

『ウチも所詮はヤクザな商売だもんなぁ。つーか、中学でこの有様ってヤバくないか?』

 

『多分ヤバいんだろうけど、学歴なんてあっても就職で有利になるくらいだからなぁ』

 

『俺等もう就職してるもんな』

 

『勉強だってガキの時に高校レベルまで終わらしてるしな』

 

『…………』

 

『…………』

 

『中学留年イェーイ!』

 

『中学留年イェーイ!』

 

『小太郎ちゃん、骸佐ちゃん! まじめにやりなさい!!』

 

 こんな感じでアホなノリで騒いでたから、最後には蛇子に怒られてしまった。

 

 つーか、アイツいつの間に学級委員になってたの?

 

 鹿之助君もなんか『ウチのトップがバカになっていく』とか言って頭を抱えてたし。

 

 銃兵衛の奴は爆笑してたけど、任せていたセンザキ掌握の関係でアイツも出席日数ギリギリのハズだ。

 

 俺等と違って勉強苦手なのに、アイツはどうやって卒業するつもりなんだ?

 

 もし本気でヤバい状況になったら、二車の小母さんか災禍姉さんにヘルプを掛ける事にしよう。

 

 しかし自分の惨状を見て思うが、学生が忍者なんてするもんじゃないよな。

 

 俺等の下の世代は中学卒業してから進路を選ぶようにした方がいいかもしれん。

 

 

◎月☆△日

 

 

 今日は視察目的で下忍の仕事に同行した

 

 ウチは2週間に一回の割合で、下忍に実務研修(気配を消した俺を見つける訓練と俺から気配を消して逃げる訓練・共に手加減アリ)を行っているので、隠形に関してはなかなかの腕前になっていると思う。

 

 そんな彼等の仕事っぷりを圏境を使って見ていたのだが、なんというかコメントに困る内容だった。

 

 勘違いしないように言っておくが、彼等の力量がダメだったワケじゃない。

 

 罠の察知手段が少しばかりエグかっただけなのだ。

 

 そんなワケで今後の部下への指導方針も含めて、今日の日記はその辺の事を書いていこうと思う。

 

 さて今回彼等に与えられた任務は、淫魔族の息が掛かった企業からの情報の奪取だった。

 

 しかし間が悪い事に主流派の対魔忍がブッキングしていたのだ。

 

 とはいえ現場に着いたのはこちらが先であり、主流派の奴等が現れた時にはウチの連中は突入準備を済ませていた。

 

 俺としては向こうを無視して決行するものと思っていたのだが、現場責任者は何故か下忍達に待ったを掛けたのだ。

 

 何かトラブルでもあったのかと思っていると、他の面々に『今日はカナリアが来てるから、いつも通りに行くぞ』と指示を下す責任者。

 

 すると下忍の中にいた蟲遁使いが超小型カメラを付けたカナブンを企業の入っているビルへと飛ばした。

 

 奴が手にしたタブレットで送られてくる映像を確認していると、突入してきた主流派の対魔忍の姿が。

 

 警備兵を務めるオーク共を倒して意気揚々と進む主流派たちだったが、機密が保管されているであろうサーバー室に入ると途端に様子が変になった。

 

 全員が息を荒くして動きを鈍らせたのだ。

 

『今回は催淫ガス系か』

 

『ここのオーナーって淫魔族らしいッスから、この手の罠はお手のモノっしょ』

 

 へたり込んで股間をいじり始めた対魔忍達を見ながら冷徹に言い放つ責任者と蟲遁使い。

 

 つーか、カナリアってそういう意味かよ!?

 

 俺が顔を引きつらせている内に、部屋の奥にある勝手口からオーク共を従えた淫魔族が現れる。

 

 そうして始まるのは、捕らえられた対魔忍御用達の『いつもの』である。

 

 今回はヤロウもガッツリ掘られているので、インパクトは通常の三割増しだった。

 

 催淫ガス+淫魔族の術で完全にアヘッっている主流派の連中を好き勝手しながら上機嫌に話す警備の魔族たち。

 

『対魔忍ってチョロいよなぁ! それらしいエサを用意してやればすぐに飛びつきやがる!!』

 

『ああ! コイツ等のお目当てはこんな場所じゃなくて地下にあるってのによぉ!!』

 

 などと腰を振りながら奴等が漏らした情報を聞くと、タブレットの画像は言葉通りに地下へと降りていく。

 

 そして地下フロアの中で唯一歩哨が付いている部屋を見つけると、責任者はスクッと立ち上がった。

 

『よーし、前座は終わりだ。お前等、任務を始めるから気合入れろー』

 

 言葉とは裏腹に気の抜けた激に、他のメンツも武装などの最終点検を始める。

 

 そうして敵アジトへと侵入した下忍連中は研修で鍛えた隠形術を駆使し、最低限の戦闘で地下サーバへと到達。

 

 時子姉謹製のクラックソフトで必要なデータを奪取し、見事忍務を達成してみせたのだ。

 

 言うまでもないが、凌辱されていた主流派の対魔忍達は当然の如く無視された。

 

 全てが終わって下忍達が解散した後、俺は思わず天を仰いでしまった。

 

 あの妙に慣れた手管を見る限り、アイツ等がブッキングした主流派を囮に使うのって絶対初めてじゃないだろ。

 

 主流派の奴等はタダの同業他社だから下忍達の行動は間違いじゃないんだよ。

 

 だから間違っても責めるなんて事はできないんだけどさぁ……

 

 なんつーか、ウチと主流派ってここまで溝があるんだなぁ。

 

 分かってたつもりだけど、実際に見ると改めて自分の甘さを実感したわ。

 

 これじゃあ現場レベルでの協力関係構築とか無理ゲーですわ。

 

 

◎月☆□日

 

 

 以前に考えていた俺の構想を構成員全体に話す案だが、この度中止する事に決定しました。

 

 前回の視察でアウトな予感がしたので下忍達にアンケートを取ったところ、主流派を囮に使った経験のある者は全体の7割に達していたのだ。

 

 これって向こうの人員が減ってるの、ウチも一枚噛んでるって事にならないか?

 

 まあ正式に同盟を結んでいる訳でもないし、ウチが主流派になにかしたわけでもないので、この件で責められるいわれは無いけどさ。

 

 ともあれ、むこうが反乱の事を根に持っているように、ウチだって虐げられていた事は忘れていないようだ。

 

 これでは手を組めと言う方が無理だろう。

 

 俺が半ば下手に出る形で主流派との関係改善に動いていたのは、中学卒業を目途にヴラド国へ移籍する事が前提だった。

 

 だがそれも10年の猶予が与えられた以上は、方針を変えるべきなのだろう。

 

 同業他社として最低限の繋がりに留めるべきか、取り込むことを前提に相手のミスを突いて勢力を削っていくか。

 

 はたまた時間を掛けて健全に協力関係を構築していくか。

 

 答えはまだ出ないが、今までのように甘い顔をする必要は無いはずだ。

 

 というワケで妙なチョッカイや厄ネタ等を振ってきた場合、今後は宮内庁の一組織として公安に正式な抗議を行う事にしよう。

 

 ぶっちゃけ対魔忍同士でゴチャゴチャするより、こっちの方が確実に効くはずだ。

 

 帝の名前を借りようものなら、公安は確実に主流派を切るだろうしな。

 

 ともかく、俺はふうまの頭領なのだ。

 

 ならばウチの存続と繁栄を最優先としなければ!

 

 

◎月☆●日

 

 

 さて、本日はあの事件ぶりに浩介君改め浩子ちゃんから連絡があった。

 

 五車学園で会った時に『困った事があったら掛けてこい』と電話番号を教えたけど、本当に掛かってくるとは思わんかった。

 

 ともかく、言い出しっぺは俺なんだからケツは拭かねばならんだろう。

 

 そんな感じで要件を聞いてみると、やはりというか男に戻る事は出来ないかというモノだった。

 

 そろそろ桐生の奴も復活してる頃だろうと問い返してみたのだが、どうもアサギに解体された際に攻撃の当たり所が悪かったらしく、解毒剤の記憶が吹っ飛んでしまったらしい。

 

 一応薬の現物はあるそうなので解毒剤の再開発は可能だそうだが、それでも出来上がるのに来年まで掛かるとの事。

 

 災難と言えば災難だが、年が明ければ男に戻れるというのに浩子ちゃんは何故にこうも急いでいるのか?

 

 その答えは彼の進路にあった。

 

 というのも、アサギから対魔忍を辞めて堅気の道を進むように勧められているんだそうな。

 

 こう言っては何だが浩子ちゃんが未だに忍術に目覚めていないし、戦闘者としての才能もあるとは言い難い。

 

 今年に入って二度も死にかかっている事を鑑みれば、かつて恭介氏を失った事があるアサギが鉄火場から遠ざけようとするのは当然と言えよう。

 

 こちらとしてはまったくの他人事なので、どうしたらいいかなどと相談されても困るのだが。

 

 常識的な立場で『これから親になるんだし、これを機に足を洗ってはどうか』と当たり障りのない意見を出したのだが、どうも浩子ちゃんの反応は芳しくない。

 

 何かそうできない理由があるのかと尋ねてみれば、なんと彼は忍術に目覚めたというではないか。

 

 ならばそれを盾にして対魔忍を続けたいと訴えればと言えば、何故か泣き出す浩子ちゃん。

 

 涙ながらに返ってきた答えは『俺の忍法、暴れ乳なんです!』というエキセントリックなモノだった。

 

 この『暴れ乳』という忍法、浩子ちゃん曰く『放出した母乳が猛毒の針になって、触れた相手は悶死する』という代物らしい。

 

 調査を行った桐生が言うには、浩子ちゃんが忍術に目覚めたのは女体化が切っ掛けだそうな。

 

 簡単に言うとこの『暴れ乳』という忍法は母乳を活用する特性から、男性である浩介君の未発達な乳腺では使用できなかった。

 

 しかし薬の影響で浩子ちゃんとなった現在、胸の発達に伴って乳腺も活発化した為に忍術が使えるようになったのだという。

 

 それを聞いた時、俺は思わず目元を覆ってしまった。

 

 何故彼はこんなにも不幸な星の元に生まれてしまったのだろうか?

 

 桐生の説明では一度乳腺が開いたので今後男性に戻っても使用できる可能性は高いそうだし、説明を聞く限りは奇襲などで十分に使える業なんだろうが……なんというかビジュアルが壊滅的だ。

 

 今みたいに浩子ちゃんのままなら、ある程度サマになるんだろうさ。

 

 けど男に戻った後の事を考えてほしい。

 

 『くらえ! 暴れ乳!!』と気炎を吐きながら剥き出しにした胸板から白い液体を放出する忍者。

 

 徹頭徹尾アウトである。

 

 こんな忍法を使おうものなら『乳ビンタ浩介』なんて自殺モノの異名を付けられてもおかしくない。

 

 絶句する俺に浩子ちゃんはこう続けた。

 

『オレ、最悪男に戻れなくても仕方ないと思ってます。お医者さんも短期間に何度も身体を変化させるのは危険だって言ってましたし……』と。

 

 彼の覚悟にちょっぴり感銘を受けた俺だが、次の瞬間それを後悔する事になった。

 

『アサギを抱く為の●●●さえ戻ってくれば───』

 

 ……無言で通話を打ち切った俺はきっと悪くない。

 

 

◎月☆◆日

 

 

 ブッさんから食事の誘いを受けました。

 

 何処で調べたのかは知らないが、俺の携帯にダイレクトショットでございます事よ。

 

 時刻は本日18時、場所はノマド本社ビル屋上レストラン。

 

 こちらの人員は俺一人、どうしても同行者が必要な場合は紅姉を指名してきた。

 

 普通に考えればこんなのに行くのは論外なんだが、拒否ったら何をされるか分かったもんじゃない。

 

 あのおっさんがガチで襲撃してきたら、俺はともかくふうま衆にどれだけの被害が出るか分からん。

 

 せっかく軌道が乗ってるふうま衆を潰されない為にも、ここは行くしかあるまい。

 

 まあアレだ。

 

 ただ飯を食って帰ってくるだけだ。

 

 死ぬようなことはあるまいよ。

 

 万が一罠だった場合は、死ぬ気でやれば逃げるくらいは何とかなるだろう。

 

 これでも頭領の自覚が出てきたからな、誘いには乗ってやっても簡単に死ぬわけにはいかん。

 

 八将のみんなに相談したら東京キングダムに部隊を配置してくれるって事だし、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 行ってみるとしましょうか! 

 



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