咲き誇る花達に幸福を (d.c.2隊長)
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プロローグ

はじめましての方ははじめまして、お久しぶりの方はお久しぶりです

この度他のゆゆゆ小説を見てドハマりしたので書き始めました。連載物は約2年ぶりとなりますが、気長にお付き合い頂ければ幸いです(´ω`)


 結論から言うと、自分は神様転生というものをしたらしい。別に誰かを庇って死んだとか、トラックに轢かれてミンチになったとか、神様がミスって殺っちゃったなんてことはない。ブラック企業に勤めた末に過労……ということもない。妻も子供も孫も出来て、それなりに山有り谷有りの人生の末の老衰だと記憶している。歳を重ねても少年の心を忘れなかったのはちょっとした自慢である。やはりゲームやマンガは良いものだ。

 

 そんな自分の何が気に入ったのか、名前も知らない……あるかもわからないが……光の珠の姿をした神様とやらは自分に転生を勧めてきた。年老いても忘れなかった少年ハートが反応したものの、どんな世界に転生するのか見当もつかない。という訳で聞いてみれば、転生先は“結城友奈は勇者である”の世界だという。はて、それはどんな作品だったか……と考えれば、神様曰く中学生程の少女達が四国以外滅んでしまった世界を守るために勇者となって戦うという。しかも男の勇者は存在しないとか。

 

 これはもしや性転換しろと言うことなのでは? と思うもそこは男のままらしい。唯一の男の勇者となって少女達と共に戦うのか、それともサポート役に回るのか、はたまた全くの無関係な立ち位置になるのか……そこは転生してからのお楽しみとのこと。クスクスと楽しげな笑いを溢す辺り、存外人間味のある神様である。そしてまあ、お楽しみと言われれば気になるのが人の性。それも二次元の世界に転生とは誰しもが夢見た、或いは心が踊る展開だろう。それは自分とて変わらない。

 

 かくして自分は神様のお勧めに従い、結城友奈は勇者であるの世界へと転生するのであった。

 

 

 

 

 

 

 その日、人に寄り添う地の神の集合体である神樹は驚愕の後に歓喜した。自分達が存在する世界よりも高次元の魂が、自分達よりも遥かに力と神格のある神によって結界の中に赤子として送り込まれて来たからだ。

 

 その日、人間の絶滅を望む天の神達は驚愕の後に危機感を覚えた。今や人を絶滅寸前まで追い込んだ自分達よりも強い力と神格を持つ神によって産まれた人間の魂を、地の神の結界内に知覚したからだ。

 

 神樹はその魂が存在するだけで残り少なくなってきた己の寿命が伸び、力が増すのが理解出来た。これならば勇者達により力を渡すことが出来るし、結界も強化できる。もしかすると、天の神を打倒し、人間達を救うことすら出来るかもしれない。

 

 天の神はその魂が存在するだけで、自分達の邪魔をする地の神と勇者の力が強まることを理解し、絶滅までの時間が長引く……いや、下手をすればその魂を持つ人間によって現状を打破されるかもしれないと考えた。たかだか1つの転生者の魂は、この世界において其ほどまでの存在だった。

 

 しかし、双方の神は同時に正反対の感情を抱く。もしもこの人間が奪われれば、世界は本当に終わりを迎えるだろう。もしもその人間を奪うことが出来たならば、すぐにでも人間を滅ぼすことができるだろう。そして何よりも、ある種人間よりも純粋な存在であるからこそ、双方の神は同じことを思った。

 

 

 

 ー この世界の誰よりも神に近い人間。その魂……永遠に、永久(とこしえ)に、我が元に ー

 

 

 

 自分達よりも高次元からやってきた魂にあっさりと魅了された神様達である。どうせなら自分達直属の巫女、もしくは巫覡(ふげき)となって欲しい。そんなちょっとドロリとした執着の感情を抱いた神達であった。

 

 

 

 これは、勇者となって大切な人達の為、世界の為に戦う少女達と共に戦う、神様さえ魅了する魂を持った中身お爺さんな転生者がのんびりと2度目の青春を謳歌したり、少女達とほのぼのしたり、重いシリアスになったり、時に暗い勘違いを無意識に突っ込んだりする。

 

 まあ、そんな感じの物語。




明確に神様転生の主人公で書いたのは初めてなので手探りです←

因みに巫覡とは巫女の男バージョンだそうです。神様達はチョロイン()



原作との相違点

・高次元の神によって転生させられた主人公の存在により、神樹様が強化される

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 序章 ー

続けて投稿。こちらもプロローグみたいなモノです(´ω`)

なるべく原作沿いにしつつ、オリ要素もガンガン突っ込んでいきます。目指せハッピーエンド。


 自分という人間が神様により新たな生を得て11年と少し。母親の腹に居る時から物心がついているという奇妙な経験と赤ん坊生活をそれなりに楽しみ、今や小学校に通うまでに成長した自分は、仲の良い夫婦と活発な姉、小動物のような妹という一般的な家庭で暮らしている。生前は一人っ子だったので上下に兄妹が居るというのは不思議な心地よさがある。

 

 不思議と言えば、この世界も不思議だ。小学校の社会の授業で習ったことだが……元号を神世紀、自分達が住むこの四国以外ではウイルスが蔓延し、神樹(しんじゅ)様と呼ばれる神様の力によってこの四国はウイルスから守られているという。

 

 更に神樹様は四国だけでも人間が生活出来るように様々な恵みを与えて下さっているとか。それ故にか学校では起立、礼の後に“神樹様に(はい)”と言って神樹様を拝む。自分がかつて住んでいた世界とはあまりに違うが、この数年ですっかり馴染んでいた。

 

 他には大赦(たいしゃ)と呼ばれる組織がある。神樹様と四国を守っている組織とのことだが、詳しいことは自分には分からない。まあ自分なりに、この四国のお偉いさん方が集まる会社のようなものだと認識している。ウチの両親も大赦に勤めているのだから、別段悪い組織ということはないのだろう。

 

 新たな生は楽しかった。生まれて数年ですっかりとなんの世界に転生したのか忘れ、覚えているのはいずれどこかの少女達が勇者として戦うことになるという程度の知識しかまるで無い自分だが、戦い等という血生臭いこともなければ別に大きな事件、事故に巻き込まれるということもなく日々平穏に過ごせている。

 

 姉と一緒に外で遊んだり、妹を甘やかしたり、姉と妹の“勝手に私のお菓子たべたー、たべてない”のような微笑ましい喧嘩を仲裁したり、同級生の女の子から喧嘩相手との仲直りをするにはどうすればいいかと相談されたり、男子に混じって遊んだりと楽しんでいる……かつては爺だった名残か、我ながら他の子供よりも落ち着いた、爺臭い子供だとは思うが。

 

 そんな楽しかった日々は唐突に終わることになる。

 

 

 

 

 

 

 犬吠埼 風(いぬぼうざき ふう)にとって、1つ下の弟は自分や他の男子よりも遥かに落ち着いた男の子だった。外で遊ぶのが好きな自分とは違い、基本的には家の中で2つ下の妹の(いつき)と共にのんびりとしていることが多い弟。ソファの上でニュースを見ながら、そんな彼に甘えて膝枕してもらっている樹の頭を撫でている姿なんてしばしば見る。

 

 かといって外で遊ぶのが嫌いという訳ではないようで、自分と共に鬼ごっこだのボール遊びだのをやることもある。その都度樹のことも気にしている辺り、面倒見も良いのだろう。兄妹のそれというより、お爺ちゃんが孫の面倒を見ているという方がしっくりくるが。自分は母親の手伝いをしたり外で遊んだりして、妹のことは大抵弟に任せていた。

 

 犬吠埼 樹にとって、1つ上の兄は姉と同じく大好きで側に居ると安心出来る存在だった。内気で、男子が苦手で、あまり行動的とは言えない姉とはまるで正反対の自分。そんな自分を甘えさせてくれる兄の膝枕は格別で、1度されると離れるのが冬の布団以上に困難になる程。

 

 嫌いな食べ物は決して残させない、姉と喧嘩したら両成敗と自分達に拳骨を落としたりと厳しいところもあるが、それも引っくるめて大好きだと言えた。自分に笑いかけながら頭を撫でる、言葉に出来ない暖かさが大好きだった。

 

 風は、弟に樹を任せっぱなしだった。樹は、兄に甘えてばかりだった。無論お互いにお互いが大好きではあったが、自分達でもどちらかと言えば、妹(姉)よりも弟(兄)の方を優先していたように思う。それだけ、彼の側は心地好かったのだ。家族仲が悪い訳ではない。ただ、家族の中でも彼がより特別だっただけのこと。その特別は、唐突に失われることになる。

 

 

 

 風が小6、樹が小4の頃。後数ヶ月もすれば片や卒業し、片や5年生になる……そんな日、共働きのこの家では珍しく家族5人揃っての夕食が終わって食休みをしている時に、インターホンを鳴らしてそれはやってきた。

 

 「はい、どちら様ですか?」

 

 『大赦の者です。“お役目”の件でお話をしに参りました』

 

 「……は!?」

 

 父親の上げた声に、家族5人が並んで座れる大きさのソファに座って仲良くテレビを見ていた3姉弟は同時に父親へと顔を向ける。その表情からは“何を言っているのかわからない”といった感情がありありと見て取れる。そんな父親の姿を見て不安に思ったのか、風と樹は無意識に自分達の間に座る彼の服を握り締めていた。

 

 父親は少し間を開けた後に玄関へと向かい、大赦の者を家へと上げ、食器を洗っていた母親も呼んでリビングに集まり、全員がソファに座る。大赦の者は家族の向かいに用意された椅子に座り、姿勢を正した。陰陽師か宮司のような服装に仮面という怪しさ極まりない姿の使者……声からして男……に警戒心爆発の姉妹だったが、父親と使者の会話で困惑する。

 

 「それで、大赦がなぜ……お役目、とのことですが」

 

 「神樹様より神託が降りました。そちらのご子息、犬吠埼 (かえで)様に“勇者”の適正有りと」

 

 「……楓が、勇者? バカな!! 勇者は無垢な少女だけのハズでは!? いや、それ以前に勇者を輩出するのは大赦でも伝統ある家からしか」

 

 「なぜ男性であるご子息が神樹様に選ばれたのかは我々でも理解出来ておりません。そして勇者輩出についてはご存知の通り……その為、ご子息には大赦の伝統ある家柄の1つ、雨野(あまの)家へと養子に出てもらうことが決まりました」

 

 3姉弟……いや、風と樹の2人は会話の内容をそこまで把握出来ていなかった。ただ、父親の様子から何か良くないことが起きていると悟り、それが弟(兄)……楓のことであるというのは理解していた。風は弟に何をする気だと使者を睨み付けながら楓の右手を握り、樹は恐怖から涙目になりつつ楓の左腕にしがみつく。

 

 父親と母親は使者の勝手な言い分に怒りと悲しみを隠そうとはしない。夫婦とて大赦に所属する者として“お役目”も“勇者”も、“神樹様に選ばれた”ことの重要性も理解している。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という異常性も、理解している。そしてそれが、愛する息子が命懸けの戦場に赴くことになるということも。

 

 「勝手な……あまりに急な話です。息子が選ばれた? 養子に出せ? 納得出来る訳がないでしょう!?」

 

 「それでも納得して貰わねばなりません。あなた方もお役目の重要性と必要性が理解出来ているハズ。神樹様の為、何よりもこの世界の為、ご子息の力が必要です。勇者になって貰わねばならないのです」

 

 父親の叫びに対して無感情、いや無機質に言い切る使者。ここに来て、父親は子供達を部屋に行くように言わなかったことを後悔した。突然のことで混乱し、そこまで意識がいかなったと言えばそれまでなのだが……当事者である楓はともかく、風と樹にまで聞かせる話ではなかったと。

 

 自然と、夫婦の視線が子供達へと向く。風は楓の右手を握りながら使者を睨み付けつつ、夫婦に断って欲しいと目で語っている。樹は周りに目を向ける余裕が無いのだろう、ただ震えて手放すまいと楓の左腕にしがみついたまま動かない。そして肝心の楓は……どこか悟ったように、夫婦に向けて苦笑いしていた。

 

 グッ、と夫婦の涙腺が弛む。本音で言えば断りたかった。誰が好き好んで愛する子供を死ぬかもしれない危ない役目につかせたいと思うものか。どうして自分達の子供なのだ。なぜ神樹様はよりによって息子を選んだのだ、と。

 

 だが、断ることは出来なかった。神樹様という自分達を今尚お守り下さっている存在直々に選ばれ、既に大赦の伝統ある家に養子に行くことは決まっている。家柄で言えば犬吠埼家は遠く及ばないのだからこの決定は恐らく、どう足掻いても変えられない。そして勇者としてのお役目は、大赦に所属する者ならば誰もが知る最重要案件。勇者になって貰わねば、勇者として戦って貰わねば世界が困るのだ。例えそれが、幾多の犠牲の上に成り立つ平和の為であっても。

 

 

 

 

 

 

 使者が来てから1週間が経った日の朝、犬吠埼家全員が家の前に集まっていた。

 

 「そろそろ行くね」

 

 弟が行ってしまう。訳のわからないお役目とやらの為に、この家から出ていってしまう。自分達から離れて、名前すらろくに知らない家の子になってしまう。犬吠埼 楓の名前すら無くして、いつ帰ることが出来るかもわからない場所へと。

 

 兄が居なくなってしまう。先日の話のことなんて半分も理解出来ていないが、その事実だけははっきりと理解出来てしまっていた。

 

 「すまない……すまない楓……」

 

 「ああ、楓……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 家の玄関の前で父と母が弟(兄)に泣きながら抱き締めていた。彼はそれを、ただただ受け入れていた。姉と妹のお願いを聞くときのような、仕方ないなぁというよく見る苦笑いを浮かべて。

 

 「姉さん、あんまり樹を放っといたらダメだよ?」

 

 「わ……分かってるわよ。私は樹の……楓のお姉さんなんだから」

 

 「樹、しばらく甘えさせてあげられないけど、姉さんと仲良くね?」

 

 「おに、ひっ……お兄ちゃ……」

 

 涙は勝手に流れて止められなかった。どうして弟が、なんで兄がとそればかり頭に巡っていた。いつ帰ってこれるかわからない。もしかしたらすぐに帰ってこれるかもしれない。そんなことを言われていても、それでも悲しかった。

 

 弟との会話が、これで最後になるかもしれない。兄に頭を撫でられるのが、これで最後になるかもしれない。そんな恐怖があるから、姉妹は父と母と同様に中々楓から離れられない。この温もりが、その笑顔を見るのが、こうして会話するのが、これで最後になるかもしれないから。そして、別れの時間がやってくる。

 

 「それじゃ、行ってきます」

 

 そう言って、楓は大赦から来た高級車に乗って去っていった。家族はその車が見えなくなるまで見送り……見えなくなったところで母と姉妹は先程以上に泣き叫び、父も静かに泣きながら彼女達を抱き締めていた。せめて、彼女達は離れないように。

 

 大赦の伝統ある家なら、神樹様に選ばれたことを誇りに思い、諸手を挙げて喜んだだろう。光栄なことだと、喜ばしいことだと。だが、犬吠埼家は大赦に所属する親を持つ普通の家庭だった。自分達の子供が選ばれるなんて想像もしていなかったし、あまりに唐突過ぎて覚悟も心構えも出来なかった。だから喜べなかった。だから悲しみしかなかった。幸せな日々を築いていた大事なモノの1つが消えてしまったから。

 

 この日から夫婦はより大赦に勤めた。せめて、息子の助けになることが出来たらと。風は、より樹に構い、大切にするようになった。楓の願いだから、もう家族が居なくなってほしくないから。樹は姉に構われつつも少しでも前向きになろうと思った。いつか帰って来た兄に、自信をもってお帰りと言えるように。神世紀297年。夏休みが終わる、丁度1週間前の出来事であった。

 

 

 

 そして2年後、彼は帰ってくる。姉妹しかいなくなった家に、変わり果てた姿で。




原作との相違点

・犬吠埼家が4人ではなく5人家族の3姉弟。

・樹が原作よりも早くお役目の存在を認知。

・大赦の名家(乃木や上里等)の1つとして雨野家が存在。

この雨野家はそんなに引っ張るつもりはありません←



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鷲尾 須美は勇者である ー 1 ー

書き留めはここまで。次回からのんびり投稿になります。


 家族に涙ながらに見送られた自分。あの時に自分も涙の1つも流せば良かったのだろうが、体感で既に100年近く生きている身ではそれは叶わなかった。我ながら薄情な人間だとは思うが、出なかったものは仕方ない。とは言うものの、心配事がない訳ではない。両親の様子を見る限り、自分を養子に出すことは寝耳に水で両親にも知らされていなかった事後承諾だったからか、相当苦悩してくれたようだ。そうなる程に愛情を注いでくれていたのは、子供冥利につきるというものだ。姉の風は妹の樹をよく自分に任せていたが、姉御肌な姉は年上から年下までの信頼は厚く、面倒見も良い。自分が任せ、姉が任せろと言ったのだ、きっと大丈夫だろう。あそこまで泣いてくれたのは、正直予想外だったが。

 

 心配なのは、やはり樹。あの子はまだ高学年に上がってそう時間は経っていない上に自分にべったりだった。姉よりも自分に懐いていたのは流石に分かっていた。だからこそ、その自分が居なくなって大丈夫なのか? と心配が絶えない。しかしあの子は自分の、何よりも姉の妹だ。きっと自分が居ない環境でも成長し、乗り越えてくれるだろう。心配も多いが、お役目とやらを終えて帰った時の成長具合が楽しみである。

 

 そんな感じに心境を語った自分だが、あの日から既に1週間経っている。雨野家の養子としてやってきた自分を出迎えてくれたのは、あの日の使者と同じ格好、同じ仮面を着けた多くの使用人と、これから親子として接していくことになる男の姿だった。詳しい容姿の説明は省くが、がっしりとした180半ばの身長の壮年の男だ。仮面こそ無いが、使用人達と同じ服装なのは彼も大赦に所属する者だからだろうか。

 

 「ようこそ、雨野家へ」

 

 朗らかな笑みと共に低い声で歓迎してくれた彼の姿は記憶に新しい。その日から自分は、犬吠埼 楓ではなく、雨野 新士(あまの しんじ)となった。

 

 

 

 

 

 

 三ノ輪 銀にとって、雨野 新士は突然やってきた転校生である。

 

 自らが通う小学校、名を神樹館(しんじゅかん)。その夏休みが終わり、始業式の日早々に遅刻した彼女が教室に入って見たものは、見覚えの無い男子生徒が自己紹介をしている場面であった。

 

 「今日から皆さんと共に勉学に励む仲間となります、雨野 新士です。どうぞよろしく」

 

 「ギリギリセーフ!! って、あっ」

 

 「……お願い……しま、す?」

 

 「……えーと……その……遅刻した三ノ輪 銀です! よろしく!」

 

 自己紹介中だと知らずに勢いよく自分のクラス、5年2組に入った銀。それを見ながらも自己紹介を続けるが、視線が銀の方へと向く転校生らしき男の子。その男子の自分の第一印象は間違いなく変な子になっただろうと、銀は担任に叱られながら思った。

 

 

 

 「さっきはごめんなさい!」

 

 「別に気にしてないよ。ほら、頭なんて下げなくていいから」

 

 休み時間、銀は直ぐ様新士の下に向かい、頭を下げて謝罪した。新士としては驚きこそしたがそこまで気にしてはおらず、むしろ直ぐに頭まで下げて謝ってきた彼女の人柄に好感を覚えていた。転校生の最初の自己紹介を台無しにしたことに罪悪感を覚えていた銀だったが、相手が本当に気にしていないことにホッとしつつ、頭を上げて改めて相手の男子……新士を見る。

 

 男子にしては長めの首程の黄色い髪。顔立ちはまだまだ幼さがある為か少女のようにも見え、瞳の色は緑。身長は先程の自己紹介の時に見た限り、自分と同じくらい……と、そこまで思ったところで、新士が苦笑いしながら自分の顎に右手の人差し指を当て、首を傾げるのが見えた。

 

 「んー、自分の顔に何かついてる? ジーっと見てるケド」

 

 「うぇ!? いや、えーと……目! 目と鼻と口がついてるな!?」

 

 「うん、そりゃあねぇ。むしろついてなかったらびっくりするねぇ」

 

 「で、ですよねー……」

 

 新士に問われたことで自分が初対面の男の子の顔をジッと眺めていたことに気付き、急に恥ずかしくなってすっとんきょうな事を言ってしまい、それをくすくすと笑いながら至極当然に返されて更に恥ずかしく思いつつ脱力する。どうにも自分のペースが乱れていると感じた銀は、なんとか挽回するべく気持ちを持ち直すことにした。

 

 「ねぇねぇ。雨野君ってどこから転校してきたの?」

 

 「なぁ、雨野って運動得意? 昼休み遊ぼうぜ!」

 

 「おおう、ちょっと待ってね、1人ずつね」

 

 が、その持ち直した気持ちも転校生特有の一時的な人気者化によってクラスメイト達が押し寄せ、その対応に新士が回ったことで無駄になり、銀はまたガックリと項垂れるのであった。

 

 

 

 昼休み、銀は再び新士の下へとやってきていた。

 

 「朝のお詫びとしてこの神樹館小学校の案内をしようと思う!」

 

 「うん、それは有難いケド……いいのかい?」

 

 「あたしから言い出したことだからな。あたしに任せなさい!」

 

 そんな会話から始まった学校案内。ここは資料室、ここは保健室、ここは音楽室と歩きながら説明していく銀とその少し後ろを歩く新士。その道中、新士は自分がなんだか睨まれているような気になり、銀の案内を受けながら周りを気にしていると男子から睨まれているような印象を受けた。

 

 「で、ここが職員室。あんまり来たくない場所だな」

 

 「流石に職員室の場所くらいは知ってるよ」

 

 「え? なんで?」

 

 「自分、転校生だからねぇ。職員室には最初に向かうよ」

 

 転校してきたばかりである自分が何かしただろうか? と内心首を傾げるが、銀が振り返りながら職員室を指差して説明と感想を述べ、苦笑いしながらそう返すとそれもそっかと納得した様子で照れ笑いをする銀。素直に可愛いと思った新士は成る程、それが理由かと納得する。なんということはない、ただの男子達の嫉妬の視線というわけだ。

 

 新士から見て、銀は姉の風、妹の樹と同様に美少女だ。直ぐに謝ることが出来る気持ちの良い性格で、こうして初対面の自分の案内を自ら買って出るくらい面倒見も良い。男子からの人気があることを想像するのは難しくなかった。

 

 「三ノ輪さん」

 

 「え? げっ……安芸(あき)先生……」

 

 「丁度良かった。貴女から遅刻した理由をまだ聞いてなかったわね……ちょっと職員室に来なさい」

 

 新士が1人納得し、銀が次に行こうと動き出す瞬間、職員室の中から彼女に声が掛かる。あっやべっと顔に出る銀に飽きれ顔で手招きするのは、眼鏡を掛けて一纏めにした髪を左肩から前に垂らしている女性、新士と銀クラスの担任である安芸。名前は不明である。

 

 「やー、雨野くんの案内がまだ」

 

 「自分のことなら気にしなくていいよ。後は放課後にでも探険がてら散策するから」

 

 「ごめんなさいね雨野君。さ、いらっしゃい三ノ輪さん」

 

 「え、ちょ、待っ」

 

 手を引かれて職員室に連れ去られる銀を見ながら、新士は苦笑いを浮かべた。この後銀は昼休みが終わる数分前まで、安芸によって軽いお叱りを受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 乃木 園子にとって、雨野 新士はどこか自分と波長の合う初めての異性である。

 

 大赦の中でも上里とツートップの位置に居る名家、乃木家。その令嬢として産まれた園子は、家の地位の高さ故に他の人間から近付き難い存在として見られることが多く、それは同級生でも変わりはなかった。神樹館でも休み時間も昼休みも1人で居ることが多く、普段は寝て過ごしている……というか、気が付いたら寝ていることが多かった。それは自覚しているのかいないのか天然かつのんびりとした性格と、ボーッとするのが好きで気が付けばそのまま寝てしまうという彼女自身の問題であるのだが。

 

 今日もそんな風に1日を過ごすのだろうか、そう考えて教室に入ると、既に何人か居る生徒達の中の1人の男子生徒が目に入る。その生徒こそが雨野 新士。昨日転校してきたばかりの彼は、園子に気付くと微笑みながら手を振った。

 

 「おはよう」

 

 「……! おはよう、なんよ~」

 

 なんてことのない朝の挨拶だが、そんな普通の挨拶を交わせたことが園子には嬉しかった。昨日は三ノ輪 銀に案内を受け、それ以外では他のクラスメイトに囲まれていた為、彼と接する時間はなかった。自分が近付けば会話の1つ簡単に出来ただろうが、それをすると他のクラスメイト達が自分に遠慮するかもしれない。それが嫌だったから、動かなかった。が、今なら生徒は少ないし朝のホームルームまで時間もある。1日我慢したこともあり、園子は自然と新士の方へと向かった。

 

 「?」

 

 「アマっちは朝早いんだね~」

 

 「あ、アマっち? まあうん、朝からやることが多くてねぇ……で、君の名前はなんだっけ?」

 

 「酷いよアマっち~。昨日自己紹介したのに」

 

 「流石に30人近いとねぇ……正直、しっかり覚えてるのって三ノ輪さんくらいなんだよねぇ」

 

 自分の席に鞄を置くこともなく一直線に向かってきた園子に首を傾げる新士に向け、なんとなく思い付いたあだ名で話しかける。そのあだ名に苦笑いを浮かべつつもちゃんと返してくれたことを嬉しく思いつつ、名を聞かれたことに驚いた。

 

 驚いたとは言うものの、まあそうだろうとは園子も自分で言いながら思っていた。まだたった1日しか経っていないし、彼と多く接していたのは銀だ。彼女の印象が強すぎて他が薄れるのも仕方ない。とは言うものの、乃木の名字を持つ自分の名前を覚えていないのは予想外ではあった。この神樹館の生徒ならば……いや、この四国の人間ならば、名前はともかく名字くらいは覚えているモノだと思っていた。“乃木”にはそれほどまでのネームバリューがあるのだから。

 

 チラッと、園子は他の生徒の様子を軽く確認する。自分達の会話が聞こえていたのだろう、新士に向けて信じられないといった顔をしている者、何を想像したのか青ざめている者、何やら口パクで新士に伝えようとしている者もいる。別に何かする訳でもないのだが、そんな風に思われているのかと悲しくなる。

 

 「それじゃああらためまして……乃木さんちの園子です~」

 

 「これはご丁寧に……雨野さんちの新士です。よろしくねぇ」

 

 「! よ、よろしく~!」

 

 乃木の名を聞いても、新士は他の生徒のように態度を変えることはなかった。それどころかおふざけ混じりの自分の名乗りに、同じように返してくれた。そんな“普通の友達”のような会話が、本当に嬉しかった。今日1日はきっといつもよりも楽しくなる……そう思うくらいに。

 

 

 

 同日、園子は自然と新士を観察していた。このクラスの席順は出入口側から五十音順と決まっており、“あ”で始まる新士は一番前の端という位置にいる。対して園子は丁度真ん中辺りで、自分よりも前ならば端から端まで見渡せる。なので、新士の背中はよく見えた。

 

 授業態度は良い。ノートもしっかり取っているし、黒板に答えを書くように言われた時にはスラスラ書けているので理解も出来ているようだ。少なくとも今日行われた授業で理解出来ていないところはないらしい。休み時間にはまだ人気者効果が続いているのか、男女問わずに話し掛けられていた。その中には銀も居て、“今度あたしの超オススメの場所を紹介してやるからな!”と笑いながら言っているのが見えた。即ち、友達とのお出かけ。何とも心踊る言葉だと園子は思った。そして、このままではまた昨日のように話し掛けられないまま終わると危機感を感じ、昼休みに話し掛けようと決意する。1日と休み時間を我慢したのだから昼休みくらいはいいだろう……そんなことを考えていた。

 

 そして昼休み、園子は教室から出ようとする新士に声をかけた。

 

 「アマっち~」

 

 「んぁ? なんだい乃木さん」

 

 「どこに行くのかな~って。あ、私のことは乃木さんじゃなくて、ノギーとかそのっちとか呼んでいいよ~」

 

 「あだ名かぁ……そうだねぇ。じゃあ“のこちゃん”って呼んでもいいかい?」

 

 「おお~のこちゃん。いいよいいよ~」

 

 まさかあだ名呼びをすんなり受け入れてくれるとは思っていなかった分、喜びが大きい園子。やはり彼は他のクラスメイトとはどこか違うと確信を深める。勿論、園子にとって良い意味でだ。

 

 「で、どこ行くの~?」

 

 「どこかのんびり出来るところでも探そうと思ってねぇ。あんまり食べた後は動きたくないしねぇ」

 

 「おお~。それなら私が良い場所を知っているのですよ爺さんや~」

 

 「本当かい? それなら教えておくれ婆さんや」

 

 「了解~♪」

 

 こんな寸劇にも付き合ってくれる。話のテンポも語尾を伸ばすところもなんとなく似ている。そんな共通点が嬉しくて、場所を案内する為に彼の前に出る時にその手を掴んで引く。咄嗟の、というか嬉しさのあまりと言うべきか。そんな行動をとった自分に驚きつつ園子は進み、新士も園子の速度に自然と合わせて付いていく。どうやら歩く速度まで似ていることに、園子は口元を弛めた。

 

 尚、園子が案内したのは中庭であり、2人はベンチに座ってのんびりとボーッとして過ごした。

 

 

 

 

 

 

 鷲尾 須美にとって、雨野 新士は同じお役目を担うことになるであろう相手であった。

 

 (今日も一緒にいるのね……乃木さんと雨野君)

 

 彼が同じクラスに転校してきてから1ヶ月。須美が登校して教室に入ると一番最初に視界に入るのが、今入った出入口に一番近い席に座る新士と、その隣の席の椅子を借りて新士の机に頭を置いて寝こけている園子の姿だ。この時の新士の行動として、本を読んでいるか寝ている園子の頭を撫でているか肘をついた手の上に頭を置いて一緒に寝ているかの3パターンに別れる。今日は本を読んでいるらしい。そこまで考えると、扉が開いた音に反応して本から顔を上げた新士と目が合った。

 

 「おはよう、鷲尾さん」

 

 「ええ、おはよう、雨野君」

 

 簡単に挨拶を交わし、須美は自分の席に向かい、座る。そして授業の準備をしつつ、彼女は雨野 新士という人物について考える。

 

 鷲尾 須美は別の家からお役目の為に鷲尾家に出された養子である。養子に出されたと言っても元の家と同じように今の両親からも愛されている。そして須美は、新士が自分と同じく別の家から雨野家に出された養子であると、今の父から聞いていた。

 

 乃木、上里、高嶋、土居、伊予島、鷲尾、三ノ輪、白鳥、赤嶺、そして雨野。以上が大赦の中でも高い地位に存在する名家であり、お役目……つまり“勇者”、或いは“巫女”を輩出してきた。しかし年々神樹様から勇者として選ばれる子供が減り、須美や新士が“勇者は名家より輩出される”という伝統の為に養子に出された訳だ。

 

 自分と同じ立場であるハズの彼。しかし、その態度はあまりに須美とは違っている。真面目過ぎる程に真面目で、お役目にどこまでも真摯に向き合う須美に対し、新士は気負うこともなく自然体で居る。決して不真面目という訳ではないのはこの1ヶ月で理解しているのだが……園子と言い銀と言い、大事なお役目を請け負っているという意識があるのかないのかわからない。そもそも本当に男である彼がお役目を担っているのかも半信半疑なのだが。

 

 (私が気負いすぎ、なのかな……?)

 

 まだ始まってすらいない“お役目”。だからこそいつ始まるかもわからない。警戒して、備えて、常在戦場の気持ちで居る……と、いうのに。

 

 (あんな風に気の抜けた姿を見せられると……ね)

 

 彼の席で気持ち良さそうに眠る園子。本を読みながら時折彼女の頭を撫でている新士。今はまだ教室に姿を見せていない銀。こんな調子ではいざお役目が始まった時にちゃんと出来るのかと不安になる。が、まあ今はいいか……と自分の気まで抜けていくような気もした。

 

 そして、今日もまた1日が始まる。それは同時に、戦いの日が近付くことを意味していた。




原作との相違点

・勇者の数が3人から4人に。

・園子に友達(主人公)が増える。

相違点ではないですが、5年生の時点でわすゆ組は同クラスとしています。お役目的にも一纏めにした方が良さそうですしね。

次回から一気に原作付近まで飛ぶ予定です(´ω`)

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 2 ー

お待たせしました(´ω`)

この話からわすゆ原作スタートです。前回よりもかなり文字数が多くなってます……戦闘描写が入るとどうにも増えてしまいます。


 雨野家に養子に出されて早数ヶ月。この数ヶ月で犬吠埼の家に居た時とは劇的に生活が変わってしまっている。

 

 まず、お役目をこなす為のトレーニング。朝5時からランニングを初めとした基礎トレーニングや広い庭に作られた立体的なアスレチックを利用した体幹トレーニング、それらがそれなりのレベルに達したと判断された後に大人相手に何でもありの組み手……まさか格闘技や護身術を教わるどころか“自分で考えて動け、自身に最適な動きを見つけろ”と言われて本当に何も教えて貰えずに実践訓練をすることになるとは思わなかった。お陰で同年代と比べると遥かに身軽に動けるようになったと思うが、数ヶ月程度ではまだまだお役目をこなすには足りないだろう。当初はよく生傷を作り、酷いときにはあちこちに青アザを作っては三ノ輪さんやのこちゃん、鷲尾さん等クラスメイト達に心配されたモノだ。今も心配をかけているのが心苦しい。

 

 他には、自分には基礎知識が足りないということで大赦の成り立ちや今より約300年前に居た初代勇者、神樹様に結界、雨野家の歴史、そして敵について学んだ。学ぶとは言うものの、雨野家の歴史以外は大赦によって検閲を受けた虫食いのような資料、過去の勇者や巫女が書いたとされる御記の一部だけと学ばせる気があるのか無いのかわからないモノばかりで、知れたことはそう多くはなかったが。せいぜいが敵の名前が“バーテックス”であり、樹海と言う特殊な場所で勇者として戦い、バーテックスが神樹様に辿り着く前に撃破ないし撃退しなければならないということ。雨野家は元は“天乃”という字であり、()()()()()との理由から今の字になったこと。なぜ“天乃”で縁起が悪いのかよく分からないが。因みに、資料は養父が大赦に直接頼み込み、許可が出た部分だけ読むことが出来た。保存状態が悪いのか、それとも見られて困るものでもあるのか……。

 

 とまあこんなことを学校以外でやっていたし、今でもやっている。無駄な時間等ないと言わんばかりにみっちりと頭と体に叩き込まれ、睡眠時間は最初4時間程しかなかった。お陰で三ノ輪さんが言っていた超オススメの場所とやらに行くことは出来ていない。我ながらよくこんな生活を続けていられるモノだ。今ではすっかり慣れ、少ない睡眠時間でも熟睡出来るようになったし、疲れを残さないようにもなった。人間の体とは不思議なモノだ。

 

 「新士」

 

 「なんですか? お義父さん」

 

 そうして朝の鍛練を終え、学校に向かう前の朝食の時間。まるで旅館のような広い和室に木製の長机を間に挟んで向かいに座る養父から唐突に名を呼ばれた。因みに雨野家では、朝昼晩と全て和食で統一されており、洋食洋菓子はこの数ヶ月学校給食以外で見た覚えがない。

 

 「もう間もなく、お前が勇者としてお役目を全うする日が訪れるそうだ」

 

 「おや、そうなんですか……まだまだ学び足りないのですがねぇ」

 

 「そして、家での鍛練を一時中断することになった。より正確に言うなら、雨野家とは別の大赦の者の指示に従い、他の勇者達と共に足並みを揃えて訓練を受けさせるように上から指示がきた」

 

 「まあ自分だけで戦う訳ではない以上、必要なことでしょう」

 

 「その通り、必要なことだ。とは言え、まだ時間はあるだろう。本格的に勇者達との訓練が始まるまでは、今の鍛練を続けるように」

 

 「了解しました」

 

 そう、自分だけでバーテックスとやらと戦う訳ではない。恐らくはクラスメイトである三ノ輪さん、のこちゃん、鷲尾さんが同じ勇者として戦うことになるのだろう。彼女達以外に名家の名字を持つ生徒は居ないし、同じクラスというのも都合が良い。ぶっちゃけ転校当初は名家とか全然知らなくてのこちゃんにも普通に接していたのだが、まあ馴れ馴れしいと拒否されている訳でもないので今でも変わらず接している。あの子の相手をしていると妹の樹のことを思い出してついつい甘やかしてしまうのが最近の悩みである。

 

 「新士」

 

 「はい?」

 

 そんなことを考えながら朝食を終えた丁度その時、再び養父から声をかけられる。見れば養父も朝食を終えており、真剣な眼差しでこちらを睨むように見ていた。

 

 「勇者は本来、年端もいかぬ無垢な少女しかなれん。年端もいかぬという点ではお前もそうだが……仲間として、何よりも唯一の男として、お前は少女達を守るのだ」

 

 「勿論、そのつもりです」

 

 「特に乃木は死なせてはならん。分かっているな? 神樹様の為、世界の為に勇者として戦うことを誉れとし、我が身に代えても守り抜くのだ。乃木を、世界を」

 

 「……分かりました」

 

 勇者の少女を守る、そのことに異はない。元よりそのつもりであるし、今は少年とは言え中身は爺、未来ある子供達を親より先に逝かせる訳にはいかない。欲を言えば勇者のお役目なんぞにつかせず、ごく普通の少女として生きて欲しいモノだが。

 

 自分の中では少女達の命に優先順位等ない。故に、養父の乃木を優先しろとの言葉に反感を覚える。本人としては至極当然のことを言っているつもりなのだろうが。これが養父だけなのか、それとも名家ならば皆“こう”なのか……勇者として戦うことこそ誉れ、我が身に代えても世界を守れ。これが今まで勇者として選ばれた少女達に向けられ続けた言葉であるのなら。

 

 (何ともまあ……残酷なことだ。世界も、神樹様も)

 

 何せそれは、世界の為にその身を捧げろと言われているのと同じなのだから。

 

 

 

 

 

 

 (私達人類は、神樹様のお陰で生活が出来ている)

 

 登校途中、同級生に挨拶しながら鷲尾 須美は考える。

 

 神樹様とは恵みを与え、驚異から人類を守ってくれているご神木。大赦とは、そのご神木を守る為に生まれた組織。その大赦の中でも名家とされる家の子供が、神樹様に関わるお役目の中でも重要なモノに就く。故に失敗は許されないし、全力を持って取り組まねばならない。

 

 (……その、ハズなんだケド)

 

 教室に着いて直ぐ目に入る、机に頭を置いて眠る金糸の髪の少女と、その机の主で朗らかな笑みを浮かべながら少女の頭を撫でる黄色い髪の少年。本当に自分と同じお役目を請け負っているのかと思うほどユルい空気を生み出している2人は、6年生となった今でも変わらない。2人を見ていると自分すらも弛んでしまいそうになるので毎回毎回己の中でお役目の重要性と神樹様という有難い存在について考えるようにしている。が、その努力も毎回無駄になる。平穏、ほのぼのの文字を体現しているかのような構図を学校に来る度に見せつけられるのだからそれも仕方ないのかもしれない。

 

 ハァと溜め息を1つ吐き、須美は自分の席に座る。6年となり、もう少しもすれば4月が終わる日。すっかり慣れた席、見慣れた光景、見慣れたクラスメイト。

 

 「ん~……にゃむ……」

 

 「ん? おっと、のこちゃん。そろそろ起きないと先生くるよ?」

 

 「んぁ……ぁぃ、おじいちゃん……」

 

 【ぷふっ】

 

 そして、時たま見掛ける園子の新士へのお爺ちゃん発言。それを聞いていたクラスメイトから思わずといったように小さく吹き出し、その中には須美も居た。そんな緩い雰囲気が、どこか心地好かった。そしてやってくる担任。遅れてくる銀。担任に怒られる銀。また今日も変わらない1日が始まる……そんな風に須美が考えた時。

 

 

 

 唐突に、その変わらない1日が終わりを迎えた。

 

 

 

 「っ! みんな……っ!?」

 

 ドクン、と言葉に出来ない感覚を味わった須美は反射的に立ち上がり、クラスメイトに声をかける。が、クラスメイト達はピクリとも動かず、だれかが落としたであろう筆記用具が空中で止まり、壁に掛けられた時計が動いていない。まるで、時間が止まっているかのように。

 

 (いえ、まるでじゃなくて……これは本当に時間が……それはつまり)

 

 「時間の停止はお役目の合図……だったかねぇ」

 

 「っ! 雨野君、あなた」

 

 「ねぇねぇ。これって敵が来たってことじゃないの?」

 

 「三ノ輪さんも……動けるのね」

 

 見れば園子も自分の席で欠伸をしている。今動いているのはこの4人だけであり、新士が言ったようにこの時間が停止している現実は“お役目”の合図。それ即ち、銀が言うように敵が来たということ。そして、この時間停止現象の後にやってくるのが、神樹様が大地に作り出す特別な“世界”。

 

 

 

「ついに来たんだ……お役目をする時が!」

 

 

 

 銀が言ったと同時に4人を……いや、世界を極彩色の光が呑み込む。その光に4人はとても目を開けては居られず……再び目を開けた時、先程まで居たハズの神樹館の面影など何処にもない、巨大な樹木に埋め尽くされた世界が広がる。それこそが“樹海化”。神樹様を狙う敵と戦う為のバトルフィールドである。

 

 「不思議なモノだねぇ。ぜーんぶ木になっちゃった」

 

 「事前に聞いてなかったらパニクってたな!」

 

 「そんな自信満々に言うことじゃないわよ……」

 

 「あ、大橋は完全に木になってないんだね~」

 

 「で、あのうっすら見えるのが神樹様かねぇ。初めて見たよ」

 

 4人の眼前に広がる樹木の海。その遠くに見える、唯一他の建物のように樹木と化していない瀬戸大橋。そして、うっすらと影だけ見える巨大の樹。それこそが“神樹様”。四国を、人類を守る地の神の集合体。4人は影だけとは言え神樹様の姿を見たことで感嘆の息を吐く。

 

 「そしてあれが……」

 

 「ええ。私達人類の……敵」

 

 結界の向こうと四国を繋ぐ大橋、その上を進む……トゲとアンコウのような触覚の生えた青い巨大なゼリーに同じく巨大なソーダ味の飴玉をくっつけたような、なんとも説明に困るビジュアルのナニカ。それこそが“バーテックス”。後に水瓶座、アクエリアス・バーテックスと呼称される存在である。このバーテックスが大橋を渡りきり、神樹様へと到達した時、人類は滅びる。敵が現れた以上、こうして呑気に喋っている場合ではない。

 

 4人は互いに顔を合わせ、頷いた後にスマホを取り出す。その画面の中心には花のマークが描かれたアイコンが表示されており……事前に説明されていたのであろう、4人は迷い無くタップした。

 

 瞬間、スマホから花弁と共に光が溢れ、4人の体を包み込む。その光が消えると4人の姿は先程までの制服とは違う、それぞれ別の色合いの服を着用していた。須美は薄紫、園子は濃い紫、銀は赤を基調とした服装。新士は全身を覆う黒のインナーの上にオレンジ色を基調とした腰から前後左右に布がはためいている中華風の服を着用し同色の肘から指先まで保護する手甲、膝から爪先まで保護する具足を装着。

 

 これこそが勇者としての戦装束。4人が勇者であることの証左でもある。

 

 「お~……カッコいいな!」

 

 「うーん、何だか恥ずかしいねぇ。君らはともかく、自分はちょっと、ねぇ」

 

 「そんなことないよ~。アマっちも2人も似合ってるよ~♪」

 

 「もう、敵が来ているのだからじっくり見るのは後にしましょう?」

 

 「それもそうだけど……ほほう、これはこれは」

 

 くるくると回りながら勇者服を確認する銀、コスプレのようで照れのある新士、にこにこと3人を誉める園子、そんな緩い空気の中で自分だけは真面目にと意気込みつつ注意する須美。いつの間にか回ることを止め、須美の姿を見る銀。体にフィットする勇者服は、とても小学生とは思えない須美のボディラインをくっきりとさらけ出していた。その視線に幸か不幸か、バーテックスへと視線を向けていた須美は気付かない。

 

 「敵は未知の部分が多いわ。まずはある程度接近して、そこから牽制を……」

 

 「よっしゃ行くぞー!」

 

 「ミノさん待って~」

 

 「ってこらぁ! 待ちなさい2人共!!」

 

 「行っちゃったねぇ……自分達も遅れずに行こうか」

 

 「ええ……もう!」

 

 

 

 勇者となったことで身体能力が大きく向上したのか、数分と掛からずに大橋に辿り着く4人。その手にはどこから取り出したのか、それぞれ武器を手にしていた。銀は身の丈近くもある双斧、園子は複数の穂先が浮いた槍、須美は勇者の力で矢を作り出して放つ弓。

 

 4人の目の前には遠巻きでも確認できたバーテックス。遠くからでもはっきりと見えただけあり、その姿は奇妙かつ巨大。小学生の小さな体と比べると、その差はさながら鼠と虎、蟻と象。これから4人はこれほど巨大な相手を幾つも相手取らなければならない。だが、まずは目の前の敵に集中する。

 

 「一番槍はこの銀様が」

 

 「悪いけれど、男として一番槍は渡せないねぇ」

 

 「あっ! ズルいぞ新士!」

 

 「雨野君!?」

 

 「お~、アマっち速~い」

 

 先に飛び出していた銀よりも速く、新士はバーテックスへと接近する。男として、という言葉に嘘はない。だが、未知の敵に対して無策で銀を最初に近付けさせる訳にはいかないという思いもあった。養父に頼まれるまでもない。男であり、精神的に年上でもある自分が、孫のような年齢の少女達をなるべく守らねばという使命感。勇者といういつ死ぬかもわからないお役目に付く少女達を、少しでも傷付かせぬ為に、新士は前に出て姿勢を低くし、両手を広げる。

 

 「これはね、ただの手甲じゃあない」

 

 そう言うと新士はバーテックスの飴玉のような部分から飛んで来た水流を飛び上がることで避け、すれ違い様に両手を振るう。振るった先にあったバーテックスのゼリーと飴玉のような部分には、大きく4つの切れ込みが入っていた。

 

 「こいつはね、爪なのさ。そして」

 

 着地した新士の両手の手甲から伸びる、長さ1m程の鋭い4つの刃。それは収納可能な爪であった。新士の武器は殴る蹴るを目的とした手甲具足ではなく、敵を切り裂く獣のような鋭い爪である。

 

 そして新士は振り返って右手を切り裂かれたゼリー状の部分に向ける。すると次の瞬間にはガガガガッ!! という銃声のような音が響き、反動で新士の右手が跳ね上がり、バーテックスの体には4つの小さな穴が空いた。右の手甲からは爪が無くなり、爪が在ったところに穴が空き、そこから白煙を出している。かと思えば、シャコンとまた爪が生えてきた。

 

 「射出も可能。しかも無限弾()……なんて、ちょっと寒いかねぇ」

 

 「なにそれ!? カッコいいじゃん!」

 

 新士の動き、武器を見て興奮気味に目を光らせる銀。そんな銀と言葉にこそしてないもののコクコクと頭を縦に振って似たり寄ったりな園子に苦笑いを浮かべつつ、須美と新士はバーテックスに視線を向ける。そこには、切り裂かれ穴を開けられたバーテックスが変わらずに浮いている。

 

 一見すれば新士の攻撃によって大ダメージを受けているようにも見える。が、数秒と経たない内に塞がっていき、遂には最初と同じく無傷な姿に再生する。それを確認した2人は思わず顔をしかめ、そんな2人を他所に次は銀がバーテックス目掛けて突っ込む。

 

 「新士にばかりやらせない! せりゃあっ!!」

 

 再びバーテックスは水流、それとは別に水球を撃ち出して銀を迎撃しようとする。が、銀は先に攻撃を見ていたこともあり、左右にジグザグと進んで飛び上がり、双斧を振るい切り裂く。しかしバーテックスは周囲に水球を作り出し、銀は咄嗟にその水球ごと切り裂くも深く切ることが出来ず、彼女が着地する頃には新士の時と同じように再生したバーテックスの姿があった。

 

 「浅かった! くそー、再生するなんてズルいぞ!!」

 

 「ミノさん、危ない!」

 

 「園子! 助かっ」

 

 「あっごめん、これ無」

 

 浅い手応えとあっさり再生した姿に怒りを向けて地団駄を踏む銀目掛け、バーテックスは水流を放つ。それを事前に察知した園子は銀の前に出て槍を突き出し、複数の穂先を傘のように展開、水流を受け止める。が、園子の小さな体では踏ん張りが利かず、数秒と保たずに2人まとめて水流に流されてしまった。

 

 「2人共!?」

 

 「よくも! っ、のっ、おっ!?」

 

 2人が流されたことに焦る須美とこれ以上はやらせないとバーテックスに接近する新士。だがバーテックスは新士を近付けさせない為か薙ぎ払うように水流を放ち、同時に連続して水球を飛ばす。新士は水流から逃げる為に薙ぎ払われる方向にバーテックスを回り込むように走り抜け、水球は左右に跳んで回避し、避けきれなかった最後の一発を仕方なく裏拳にて弾くも園子よりも更に小さな体、しかも避け続けた為に姿勢が悪かったので弾いた腕ごと吹き飛ばされる。

 

 「雨野君!! これ以上は、やらせない!」

 

 自分以外の味方がやられる姿を見て、須美は連続して弓を射る。バーテックスは再び周囲に水球を作り出して矢を受け止め、幾つか抜けて突き刺さるもやはり再生していく。その光景は須美の心に大きなダメージを与えた。

 

 「そんな、受け止められ……いや、当たっても……あうっ!」

 

 反撃として須美目掛けて放たれる水流。須美は何とか避けることに成功するが、躓いて転んでしまう。それでも直ぐに体を起こし、バーテックスを睨み付け。

 

 

 

 須美の戦意を砕くように、ほんの数ミリ横を水流が通り過ぎ、橋の表面を砕いた。

 

 

 

 (私達が諦めたら……世界が終るのに……)

 

 理解している。橋の向こう側、バーテックスがやってきた方向から少しずつ橋が黒く染まっていっている。その現象は“侵食”と呼ばれ、侵食が広がると現実世界に影響を与え、不幸や事故という形で現実に被害が出る。

 

 (でも……でも……)

 

 須美に少しずつ迫るあまりに巨大かつ強大な敵。お役目を成し遂げるという使命感を持ち、世界を守る為だと奮起して挑んだ戦い。しかし敵には攻撃が通じているのかも分からず、味方である3人も攻撃を受けて吹き飛んだ。須美自身、先の水流が掠った頬から血を流している。

 

 (こんな敵……どうすれば……)

 

 喪失しかけの戦意、そしてそれによる行動の停止。それは敵からすれば絶好のチャンスに他ならず……案の定、バーテックスは須美目掛けて水流を飛ばしてきた。今の状態で当たれば、須美は大きなダメージを負うだろう。下手をすれば、死ぬかもしれない。だが、そんな彼女の前に1つの影が現れる。

 

 「やらせる訳には……いかないねぇ!!」

 

 新士だった。彼は須美の前に出て両腕を前に出し、手甲を合わせて盾のようにして水流を受け止める。先程のように吹っ飛ばされぬように具足の爪先から出た爪を地面に引っかけてしっかりと踏ん張り、十数秒もの間放出された濁流のような水流を小さな体で受けきる。

 

 「雨野、くん……」

 

 「うん、ちょっと遅れちゃったねぇ」

 

 「ぶ、無事だったのね。良かった……あ、危ない!」

 

 首だけ振り返り、何ともないと朗らかな笑みを浮かべる新士。そんな姿にホッと安堵する須美だったが、新士目掛けて飛んでくる水球が見えて声を上げる。新士は直ぐに前に向き直ると左腕を右から左へと勢いよく払い、水球を弾いた。その際に上半身が軽く仰け反るものの、地面に引っかけた爪のお陰で吹っ飛ばされることはなかった。

 

 須美はなぜ新士が避けることなく弾いたのか疑問に思ったが、直ぐに新士が避けていれば自分が水球を受けていたことを悟る。そして心にやってくるのは、不甲斐なさと情けなさ。

 

 「あ、ご、ごめんなさ……」

 

 「怖いよねぇ。まさか敵があんなにバカデカいなんて思わなかったし、攻撃は痛いし……うん、怖くて当然だよねぇ」

 

 「あ、う……」

 

 「正直自分も怖いけれども……鷲尾さん、とぉ!」

 

 その場から守る為に動かずに居る新士の言葉に返すことが出来ずにいる須美。そんな2人目掛け、バーテックスはその場で止まりながら先程よりも少し大きな水球を放ち、新士は右フックで殴る。見た目よりも弾力のある水球は、殴られた方向へと逸れていった。

 

 「三ノ輪さん、とぉ!!」

 

 続けて飛んでくる、先よりも更に一回り大きな水球。新士の体を呑み込む程のそれを、新士はさながらバレーボールのトスのように両腕を組んで下から上へと打ち上げる……ことには成功したものの、勢いを殺しきれず尻餅をつく。思わず手を伸ばす須美だったが、バーテックスが水流を放つ準備を()()()()()姿を見て叫ぶ。

 

 「雨野君!! 逃げて!!」

 

 「のこちゃんが、怖い思いをずっとすることになるのならああああああああっ!!」

 

 須美の叫びを無視して立ち上がる新士。しっかりと地面を踏み締めて先程よりも具足の爪を伸ばし、地面に突き刺して体を固定し、両腕を前にして盾とする。それとほぼ同時に手甲の上から直撃する水流。それはもはや滝を直接叩き付けられているにも等しい勢いで、普通に考えれば小学生の……ましてや150にも満たない小柄な新士が受け止めきれるモノではない。故に、これは異常な光景なのだろう。

 

 僅か数センチ。数センチ後ろに下がった程度で、その滝のような水流を受け止め、須美を守りきっているこの光景は。

 

 「ぅ……あ、アマっち……!?」

 

 「……すっげぇよなぁ園子。新士の奴、あたしと同じくらいちっさいのにさ」

 

 流されてから今まで意識を失っていた園子。そして園子を守っていた銀。2人は自分達が受けたそれよりも強い水流を手甲の上から受け……そして今、水流が止まるまで受け止めきった新士の姿を見て、ただただ凄いという感想しか持てなかった。

 

 

 

 「自分が守る! 自分が、頑張る!!」

 

 

 

 水流によって頬と右太ももが切れ、そこから血を流し、両腕が激しく痛んでも、新士は拳を強く握り締めて構える。叫ぶのはこうして命懸けで戦い、恐怖し、傷付いた少女達の姿を見たが故の己への誓い。

 

 「男として……勇者として!!」

 

 普段の老人のような雰囲気を感じさせない、小さくも大きなその背中を、自分達を想い確固たる決意と覚悟を持って叫ぶ少年の姿を、少女達はただ見詰めていた。




原作との相違点

・須美の攻撃が敵に届いている(効いているかは不明)

・侵食のスピードが遅い



副題は決意表明、覚悟完了、勇者誕生辺りですかね。中身お爺ちゃんの主人公がという意味で。

参考資料が動画、マンガくらいなのでかなり原作と違ってると思います。個人的には丸写しになるよりはいいかなと思ってたり←

ある程度進んだらIFストーリーやゆゆゆい時空、主人公のプロフ等書いて投稿しようかと思います。でもプロフって割と賛否両論ががが。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 3 ー

思ったよりも早く更新出来ました(´ω`)

なるべくほのぼの→戦闘→ほのぼの、みたいな感じでやっていきたい(願望)ので今回はほのぼの回。

あ、ゆゆゆいやってます。心の美しさたかしーがホント可愛くて可愛くて……←


 (初戦は、どうにかなったねぇ)

 

 あれから数時間後の夕方。結論から言えば、自分達はバーテックスとやらを相手に勝利した。

 

 途中、自分が弾いた水球が偶然にも三ノ輪さんの頭に当たって包み込まれてあわや窒息というところを彼女が水球の水を飲み干すという珍事……彼女曰く最初ソーダ、段々ウーロン茶味……こそ起きたものの、のこちゃんの考えた作戦がハマって撃退することに成功。その作戦というのが、自分が水流を耐えたことを見て思い付いたという、傘状にしたのこちゃんの槍を全員で持って水流に耐え、止まった直後に総攻撃というモノ。迎撃に飛んで来た水球は鷲尾さんが全て撃ち落とし、後は自分と三ノ輪さんが叩っ斬るだけ。拙いながら、初戦の連携にしては中々上手くいっただろう。

 

 総攻撃を受けたバーテックスはスゥっと消えていき、大橋の上を桜の花弁が舞う。そんな幻想的な光景は、今も脳裏に焼き付いている。“鎮花(ちんか)の儀”というらしく、大橋の上で一定以上バーテックスにダメージを与えると後は神樹様がなんやかんやしてバーテックスを消してくれるのだとか。神の名は伊達じゃないってことだろう。

 

 戦いが終わった後、自分達は大橋が見える展望台に居た。そこには(ほこら)があり、樹海化から戻るとその場所に出てくるようだ。勝利したことを喜ぶ少女達の笑顔は、やはりこれからも守っていきたいと自分に思わせるには充分な光景だった。遠巻きに見ていた自分ものこちゃんに抱き着かれ、三ノ輪さんとハイタッチを交わし、鷲尾さんからは“助けてくれてありがとう”とお礼を言われた。今回でだいぶ絆が深まったんじゃなかろうか。この後大赦の人が車で迎えに来てくれた。勿論行き先は学校である。自分達が戦っている間は時間が止まっているのだから、戦い終わればそれ即ち授業中なので当然のこと。三ノ輪さんはがっくりと項垂れていた。

 

 とは言うものの、最初に向かったのは保健室だ。のこちゃんと三ノ輪さんは水流に流されていたし、鷲尾さんも頬から血を流している。自分も真っ正直から攻撃を受けていたので両腕と踏ん張っていた足が痛いこと痛いこと……骨が折れてもヒビが入っても居なかったのは勇者服のお陰だろう。ありがとう神樹様、と拝んでおく。後はお役目の事をクラスメイトに質問されたりそれをかわしたりして過ごしつつ、そして放課後の今……ということだ。

 

 「アマっち~待って~」

 

 「うん? のこちゃん?」

 

 さて帰ろう、というところで後ろからのこちゃんに声をかけられる。立ち止まって振り替えってみれば、ミノさんと鷲尾さんの姿もある。

 

 「どうしたんだい? 3人共」

 

 「いやー、さっき鷲尾さんから提案があってさ」

 

 「提案?」

 

 「ええ、と……その……」

 

 なにやらにこにことしているのこちゃんと三ノ輪さんの間に挟まれ、恥ずかしそうにしている鷲尾さん。その口から出てきた言葉は、自分にとっても嬉しい“提案”であった。

 

 「今日、初めてお役目を果たせたことだし……明日の放課後、祝勝会でもどうかしらって……」

 

 「……まさか、鷲尾さんからそうやって誘われるなんてねぇ」

 

 「ね~。私も誘おう誘おうと思ってんだけど、言い出せなくて……」

 

 「あたしはしゅくしょーかいなんて言葉、思い付かなかったしな!」

 

 「三ノ輪さん……こほん。それで、雨野君。どうかしら?」

 

 真面目で、どこか自分達から1歩引いていたように見えていた鷲尾さん。そんな彼女からの提案は意外であり……それはつまり、彼女から歩み寄ろうとしてくれているということであり。

 

 「勿論、喜んで」

 

 それ以外の返答等、自分は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、4人は祝勝会の場所として選んだ大型ショッピングモール、“イネス”へとやってきていた。

 

 「イネス! それは砂漠に現れる巨大なオアシス……新士に案内しようと思って結局出来なかった私の超オススメの場所さ!!」

 

 「自分も忙しかったからねぇ……」

 

 「そういえば、雨野君はいつも直ぐに帰っていたわね。何か用事が?」

 

 「お役目の為のトレーニングをしてたんだよ。1日みっちり、ね」

 

 「アマっちは偉いね~」

 

「そんな話は後にしなって! このイネスマニアの銀様が隅々まで案内を……」

 

 「今日は祝勝会しに来たのよ? 案内するなら食事が出来るところからにしましょう」

 

 という訳でやってきたのは、イネスの中にあるフードコート。軽食からがっつり食べられる物、スイーツに至るまで揃っているその一角は、大人数が座れるように多くのテーブル席が用意されている。そのテーブル席の1つに、4人は銀オススメというジェラートを手に座って居た。因みにテーブル席は4人用であり、新士の隣に園子、向かいに須美、その隣に銀という席順である。

 

 「制服着て買い食いだなんて初めてだよ~。なんだかドキドキしちゃうね~」

 

 「学校帰りの買い食いはダメ、なんて校則あったっけ?」

 

 「確かにあるけれど、四年生からは節度さえ守れば許可されているわ」

 

 「そういうこと! さあさ、早速食べようよ。ここのジェラート、めっさ美味いからさ!」

 

 銀の催促にそれもそうだとジェラートを食べ始める4人。選んだ味は新士がイチゴ、須美が宇治金時、園子がメロン、銀がしょうゆ味である。それぞれが美味しいジェラートに舌鼓を打つ中で、須美だけが一口食べた後にジーっと難しい表情でジェラートを睨み付けていた。

 

 「鷲尾さんどしたの? そんなジェラートにガン付けて。美味しくなかった?」

 

 「いえ、その逆に宇治金時味のジェラートが美味しすぎて……でも私はおやつと言えば和菓子かところてん派だったから、こうも簡単に自分の信念が揺らいでしまうのかと思うと……」

 

 「鷲尾さんは真面目だねぇ」

 

 銀の疑問に至って真剣に答える須美。ジェラート1つに真剣に考えてしまう彼女を見て、新士は苦笑いを浮かべながらそう言い、スプーンで一掬いしたイチゴ味のジェラートを自分の口に放り込む。新士としてもこうしたアイスのような洋菓子は久しく食べる。舌の上で蕩ける氷菓子の甘酸っぱい味に、苦笑いから満足げな笑みに変わった。そんな彼の姿を見て何を思ったのか、園子はクイクイと新士の制服の袖を引く。

 

 「ん? なんだい? のこちゃん」

 

 「アマっちのイチゴ味も美味しそうだから……一口ちょ~だい?」

 

 「ああ、いいよ。ほら、あーん」

 

 「あ~……ん~♪」

 

 「「……!? え、何してんの!?」」

 

 園子のおねだりに恥ずかしがる様子もなく、新士は自分のジェラートを掬って園子の口へと運び、園子は流石に照れがあるのか頬を染め、それでも止めることなく受け入れる。味が気に入ったのか、それとも行為がお気に召したのか満足げな笑顔を浮かべる園子。その一連の動きを見て唖然とした後に見ているだけで恥ずかしかったのか顔を赤くして思わず同時に問い掛ける2人。

 

 「何って……のこちゃんが欲しいって言うからジェラートを一口」

 

 「えへへ~初めてあーんして貰っちゃった♪」

 

 「ま、まだお付き合いもしていない男女がそんな……は、ひゃれんちらわ!?」

 

 「落ち着け鷲尾さん。言えてない言えてない」

 

 新士にしてみれば孫に自分の食べ物を分け与えるような行為に恥ずかしさなどある筈もなく、何か悪かったのか? とキョトン顔。園子は幸せそうに笑い、須美は男女のあれこれに耐性が無いのか真っ赤になり、同じように赤くなっていた銀は須美の様子を見て落ち着きを取り戻して冷静に宥める。

 

 そして今度は宇治金時味が気になると須美にねだる園子。はしたくなくはないかと自問自答するも園子の物欲しそうな目には勝てず結局上げる須美。いやいやしょうゆ味こそ最強! と2人に食べさせようとする銀。そんな3人の様子を朗らかな笑みで見ている新士。

 

 (うん……やっぱり彼女達にはこうした平穏な時間を過ごして欲しいもんだねぇ)

 

 華やかな光景を1歩引いた視点で見て満足感を覚える新士。戦いなんて忘れて、今のような時間を過ごして欲しいと彼は思う。先の戦いの誓いがより強いモノとなり、自然と真剣な表情へと変わり……そんな新士の前に、園子が自分のジェラートを乗せたスプーンを差し出した。

 

 「のこちゃん?」

 

 「メロン味、美味しいよ? 今はお役目のことなんて忘れて楽しもうよ、アマっち」

 

 「……そうだねぇ。楽しめる時は楽しまないとねぇ」

 

先程あーんをしたことへのただのお返しなのか、それとも真剣な表情を浮かべた新士に思うところがあっての行動なのか……新士には判断しかねたが、彼は彼女の行動に純粋に感謝した。今は平和な時間なのだ、先のような思考は無粋だろう。新士はまた朗らかな笑みを浮かべ、それを見た園子も嬉しそうに笑った。そして園子の差し出したスプーンをいざ咥えようとした時、斜め向かいの銀から待ったが掛かる。

 

 「おっと、待ちな新士! メロン味よりもこっちのしょうゆ味を」

 

 「2人共、まだお付き合いもしていない男女が」

 

 「だから硬いって鷲尾さん。友達同士なら普通普通」

 

 「え? そ、そうなの? いやでも男女は流石に……」

 

 「……もう、ミノさんは……アマっち~、早くしないと溶けちゃうよ~?」

 

 「……うん、ちょっと落ち着こうか君たちぁむ」

 

割り込んできた銀をいつもにこにことしている彼女にしては珍しく微妙そうな表情になる園子。2人の行動を咎めようとするも銀に丸め込まれそうになる須美。流石にこれ以上は周りの迷惑になると3人を落ち着かせようとする新士。そしてその口に園子がスプーンを放り込むのであった。

 

 

 

 ジェラートを食べ終えた4人は銀の案内でイネスの屋上へとやってきていた。そこからは街の様子が良く見えた。その中には勿論、4人が戦った大橋の姿もある。

 

 「昨日の戦いは大変だったねぇ」

 

 ふと、大橋を見た新士からそんな言葉が洩れる。それを聞いた3人もまた、昨日のバーテックスとの戦いを思い返していた。新士は皆が無事なことを心から喜び、戦いを終えたことを嬉しく思っている。だが、3人の心は喜びばかりではなかった。

 

 勿論、戦いに勝利した喜びはある。だが、まともに動くことも出来ず新士に守られてばかりだったと考えている須美。同じアタッカーとして新士に劣っていると感じてしまっている銀。戦闘中に気を失っていたことを情けなく思っている園子。そんな3人の様子を見た新士は苦笑いを浮かべ、落下防止の壁に背中を預けて彼女達に向き直る。

 

 「どうしたんだい? 嬉しくなさそうだねぇ」

 

 「……いえ、こうして皆無事でお役目をこなせたのは嬉しいわ。だけど……」

 

 「だけど?」

 

 「活躍したの、新士ばっかりだったからさ。なんかこう、やったー! って喜び難いというか」

 

 「そんなことないと思うけどねぇ。勝てたのは皆で力を合わせた結果さ。鷲尾さんがいなければ、水球が邪魔でまともに近付けなかった。三ノ輪さんみたいな攻撃力は自分にはないし、のこちゃんの閃きが無ければ水流も水球も攻略出来なかった。ほら、皆が居てくれたから、自分達は勝てたのさ」

 

 「アマっち……」

 

 「守る、なんて偉そうに言ったけれど……自分だけじゃ勝つのは難しい。だから、さ」

 

 そう、勝つのは難しい。どれだけ誓いを立てても、どれだけ覚悟を決めても、新士1人で全ての敵に勝てると思うほど彼は楽観的ではない。彼女達を生き残らせる為には、何よりも彼女達の力が必要なのだ。4人で力を合わせなければ、昨日のように生きて帰ることが難しいと理解しているから。独り善がりの頑張りでは、逆に悪い結果になることを老熟した精神が知っているから。新士はいつものように微笑んで少女達に向けて手を伸ばし……3人は自然と伸ばされた手に視線を向け、そして笑みを浮かべる新士の顔へと移す。

 

 「こんな自分と、これからも勇者仲間として仲良くしてくださいな」

 

 「雨野君……」

 

 「……勇者仲間だけじゃ……私はイヤだな~」

 

 「……だよな、園子。勿論、あたし達は仲間だけどさ」

 

 「の、乃木さん? 三ノ輪さん?」

 

 新士の言葉に嬉しく思い、その手を取ろうとする須美だったが、俯く園子と苦笑いする銀の言葉に困惑して手を止めてしまう。何か彼の言葉に不満な点でもあったのだろうか? そんな心配をする須美だったが、2人は彼女の隣を抜けて新士の手を取った。

 

 「乃木さんちの園子さんはね~、アマっちとは前からお友達なんだよ~」

 

 「三ノ輪さんちの銀様もな! 転校してきたあの日からずっとマイフレンドだと思ってたのにさ!」

 

 「……うん、そうだったねぇ」

 

 「ほら、鷲尾さんも!」

 

 「きゃっ!?」

 

 須美の伸ばそうとして止まっていた手を掴み、銀は自分達の方へと引き寄せて手を合わせさせる。その際に初めて異性と触れ合う形になったことで赤くなるが、笑う3人の顔を見た須美は手を引くことなく、むしろ包むように握る。

 

 自分1人ではとてもお役目をこなせない、というのは守られていた須美が一番良く分かっていた。だから少しでも仲良くなってチームワークを高めようと今回の祝勝会を提案したのだ。その提案は、この行動は、須美にとっても勇気が居ることだった。友達の作り方なんて知らない、他人と仲良くなる方法なんてわからない。それでも、そんなんじゃダメだと思ったから、今の時間がある。

 

 「……私も、仲間として……ううん」

 

 

 

 ー 自分が守る! 自分が、頑張る!! ー

 

 

 

 何よりも……守られるよりも、一緒に戦いたいと思ったから。彼1人で頑張らせるよりも、一緒に頑張りたいと思ったから。お役目だからではない。勇者だからでもない。

 

 「私と、友達になってください。友達として……仲良くしてください」

 

 初めて出来た友達として、共に戦っていきたいのだ。

 

 「鷲尾さんも何言ってんだか。もう仲良しだろー? あたし達!」

 

 「うん! 仲良し~♪ でもそれなら、あだ名考えないと~。スミスケとか?」

 

 「す、スミスケはやめてくれないかしら……」

 

 「あたしのことは銀な! 新士は新士でいいよな?」

 

 「だ……男子を呼び捨てにするのははしたなく」

 

 「ないから!」

 

 尚、須美のあだ名は“わっしー”に決まり、須美は園子を“そのっち”と呼ぶようになり、銀は呼び捨てするようになり、新士は名前にちゃん付けすることが決まった。

 

 

 

 

 

 「別に送ってもらわなくても良かったのに」

 

 「こんな夕方に女の子1人は危ないからねぇ」

 

 「そ、そっか……」

 

 祝勝会の帰り道、新士は須美と園子が車で迎えにきてもらうのに対して銀だけが徒歩で帰ることを知り、送っていこうと銀と共に彼女の家までの道のりを歩いていた。祝勝会が放課後の後だったこともあり、空はすっかり茜色に染まっている。犯罪らしい犯罪等殆ど起きない街とは言え、小学生の少女を1人で帰らせるのは気が引けたのだ。新士の気遣いが恥ずかしいのか、銀の頬が赤く染まる……が、夕焼けのせいか新士はそれに気付かなかった。

 

 「……あ、ここがあたしんち」

 

 しばらくすると、銀の家に辿り着く。極普通の和風の一軒屋である銀の家は、新士の脳裏に数ヶ月前まで普通に暮らしていた犬吠埼の家を思い出させる。

 

 「上がってく? お茶くらいなら出すよ」

 

 「お誘いは嬉しいけれど、実は自分の家は反対方向なんだよねぇ。だから急いで帰らないと」

 

 「そっか……送ってくれてありがとな! また明日!」

 

 「うん、また明日ねぇ」

 

 銀が家に入ったことを確認した後、新士は家に背を向けて元来た道を戻りだす。その直後、家から銀のただいまー! という声の後に姉ちゃんおかえりー! と元気な少年の声が聞こえてきた。

 

 (彼女にも姉弟がいたのか……)

 

 思えば、少女達のプライベートなことはよく知らない。今まで学校で会うくらいしか交流の時間がなく、そんなことは知ることも聞くこともしなかったのだから仕方ない。だが、今日1日で少しは知ることが出来た。

 

 須美は、真面目で硬いところがあるが自分を変えようと勇気を出せる子だった。園子は、意外と周りを見ていてスキンシップが激しいことがわかった。銀には姉弟がいて、そしてイネスが大好きだった。

 

 (姉弟、か。姉さんと樹はどうしているかねぇ……)

 

 ふと、寂しさが新士の心に入り込む。お役目の為のトレーニングをしていた為、この数ヶ月ロクに連絡を取れていない。そもそもお役目の守秘義務のせいで連絡を取ることを養父より禁じられている。顔を見ることも、声を聞くことも出来ず、手紙等も出すことが出来ない……だが、あの日の泣き顔は今でも思い出せる。

 

 (……生きて、お役目を終わらせないとねぇ。彼女達も生き残らせて、自分も生き残る。言うは易し、行うは難し)

 

 新士はスマホを取り出し、画面に映る勇者の変身アプリを見たあとに引っくり返す。そこには、今日イネスにあったプリクラで撮った4人の集合写真が貼られていた。

 

 須美の首に左手を回して右手でピースしている笑顔の銀。少し重そうにしながらも同じように左手でピースして小さく微笑む須美。そんな2人の前に頬をくっつけてアップで映る笑顔の園子と朗らかな笑みの新士。

 

 「……まあ、なんとかするかねぇ」

 

 そう言って、新士はスマホをポケットに入れるのだった。




原作との相違点

・銀が水球を飲み干す原因が主人公(!?)

・銀と園子が新士を通じて既に友達

・原作よりも早く須美が名前呼びに

・4人でプリクラ撮った



おや? 園子の様子が……というお話でした。副題を付けるなら友達、仲間あたりでしょうかね。イネスで広がる友達の輪。しょうゆジェラートって美味しいんですかね?

少年のハートを忘れなかったお爺ちゃんは自分1人で出来ることなんて高が知れてることを理解しています。なので、皆を守るために皆で頑張ろうと仲良く決意するお話でした。因みにこの作品、ヒロインはまだ未定だったりします←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 4 ー

お待たせしました(´ω`)

ようやくマンガのわすゆ、のわゆ、小説わすゆが揃いました。参考資料が増えたぜ。

今さらながら、本作は原作を沿ってはいますが内容はかなり捏造及びマンガと小説とアニメごちゃ混ぜとなっています。ご了承下さい。

そしてUAが2000間近。ありがとうございます! 今後ともどうか本作にお付き合いくださいませ


 祝勝会から1週間程経った頃、自分達4人の合同訓練が始まった。場所は大赦が用意した木造の道場のような所で、放課後と休日の時間を利用してそれぞれの武器を使った訓練を行う。須美ちゃんは弓の命中精度を上げる為にひたすら止まって動いて矢を放ち、のこちゃんも槍を振るい、銀ちゃんは自分と組手をしたり双斧を模した大きな2本の棒を振り回したり。自分もサンドバッグ相手に殴る蹴るを繰り返していた。そんな基礎的な訓練が終われば、4人で体操着に着替えてアスレチックを利用した体幹トレーニング。同じようなトレーニングを積んでいた自分にはそう難しくないモノだったが、他の3人はそうでもなかったらしく……。

 

 「い、よ、おわっ!?」

 

 「よいしょっと……しっかり捕まらないと危ないからねぇ」

 

 上から垂らされた紐を使って登っていく斜面版(しゃめんばん)で手を滑らせて落ちそうになる銀ちゃんを後ろから支えたり。

 

 「あ、足が引っかか……っ」

 

 「須美ちゃん落ち着いて。暴れると余計に出られなくなるからねぇ」

 

 斜面ネット登りというネットの上を進んでいくモノで見事にネットの穴に足を取られて動けなくなった須美ちゃんを救出したり。

 

 「お~高~い……アマっち~助けて~」

 

 「猫か何かかい? じっとしていなよ? 今助けに行くからねぇ」

 

 垂直に立つ梯子のような形をした肋木(ろくぼく)というアスレチックに調子に乗ったのか限界まで登り、降りられなくなったのこちゃんを変身してから助けに行ったりと初日から散々だった。だがまあ失敗は成功の母と言うべきか、日々の訓練で体が覚えたのか今ではそんなことも少なくなった。子供の成長速度は早いと実感させられる。しかも同じ失敗をしたりそれをカバーしたりすることで前よりも結束が強まったようにも思う。

 

 そんな日常を繰り返していた時、こんな事があった。それは相変わらず銀ちゃんが遅刻してきた日の訓練が終わって帰る時間となった時、銀ちゃんが一足早く帰宅して自分達は道場の縁側に腰掛けて休憩している時のこと。

 

 「銀ってよく遅刻するし、訓練が終わると直ぐに帰るわよね」

 

 「ん~そうだね~。何か理由があるのかもね~」

 

 「自分が転校してきた時も遅刻してたねぇ。いやぁ、まさか転校初日にあんなユニークな自己紹介されるとは思わなかったなぁ」

 

 その時のことを思い出し、つい笑ってしまう。とは言えそれが切欠で彼女とは良い友人関係を築けているし、まさか同じお役目の仲間として過ごすことになろうとは……何とも不思議な縁もあったものだと思う。

 

 「理由があるにしてもこうも遅刻が多いのは気になるわね……そそくさと帰るのもそうだし。何かあるのなら、私達でどうにか出来ないかしら……という訳で明日の朝から銀を監視してみようかと思うのだけれど、どう?」

 

 「それはストーカーをしますっていう犯罪表明か何かかい?」

 

 いつのまにやら自分の膝の上に頭を乗せて寝入っているのこちゃんの頭を撫でつつ、須美ちゃんの言動にツッコミを入れる。おかしいなぁ、須美ちゃんってこんな子だったかなぁ。それとも真面目な子って皆こんな感じなのかねぇ。

 

 

 

 「で、本当にやったんだ?」

 

 「やられた。いやー、まさか朝からずっと見られてるとは思わなかった」

 

 「いつの間にか行くことになってたんだ~」

 

 「新士君はどうして来なかったの?」

 

 「前に言わなかったかい? 自分は朝からトレーニングしてるんだよ。後、昨日は予約していた本の発売日だったからねぇ……それに、女の子のプライベートを覗くのはちょっとねぇ。で、覗きの戦果はどうだったんだい?」

 

 「覗きじゃないわ、観察よ!」

 

 「一昨日は監視って言ってなかったかい? そして人はそれを覗きと呼ぶんだよ須美ちゃん」

 

 あの日から2日経った放課後、4人で道場へと向かう途中で3人から話を聞いていた。昨日の朝、珍しくのこちゃんの姿が教室に無いのが気になっていたけれど、まさか須美ちゃんに付き合わされていたとは……いや、友達のことを知ろうとするその姿勢はいいんだよ。でもどうしてストーカー行為に走ってしまったのか。

 

 で、結局銀ちゃんが遅刻する理由はどうだったのかと聞けば……銀ちゃんの家には生まれたばかりの弟が居たらしく、その弟の世話や家の手伝いもやっていたそうな。登校やおつかいとなれば道中でトラブルに巻き込まれていたという。所謂トラブル体質という奴なのだろう。で、そのトラブルを見て見ぬふりは出来ずに解決する為に奮闘し、結果として遅刻することが多いと。早めに帰るのも弟が心配だからだろう。因みに、昨日は遅刻はせずに3人仲良く登校してきていた。

 

 (あの時お帰りと言っていた男の子とは別に姉弟が居たのか……それも赤ん坊の)

 

 これはまた、彼女を生き残らせる理由が増えた。物心ついた時に姉の姿が無いなんて……そんな悲しい出来事を現実にする訳にはいかない。そしてそれを実現する為にも己を高め、彼女達との連携をより高度なモノにしなければ。

 

 「まあ、銀ちゃんが良い子で働き者だってことはわかったよ。偉い偉い」

 

 「私も~。ミノさん偉い偉い~」

 

 「何だよ2人して……あっ、新士撫でるの上手いな……」

 

 「アマっちはね~、ナデナデの天才なんだよ~♪」

 

 「慣れてるからねぇ……ほら、須美ちゃんも一緒に。撫で、撫で」

 

 「な、撫で、撫で……?」

 

 「ほわ~……♪」

 

 そんな風に決意を新たにしつつ、3人で銀ちゃんの頭をこれでもかと撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 時間が止まったのはそうして銀の頭を撫でていた時だった。2回目だったこともあり、4人は敵が来たのだと察し、直ぐ様スマホを取り出してアプリをタップ。勇者として変身し、大急ぎで大橋へと向かう。そう時間も掛からずにたどり着いた大橋に居たのは、やはりバーテックス。後にライブラ・バーテックスと呼称されることになるそれは、4人から見て左に巨大な分銅、右に小型の3つの分銅をぶら下げた、その名の通り天秤のような姿をしていた。

 

 「あの姿は……天秤?」

 

 「天秤が空に浮いてるね~」

 

 「よし! まずはあたしが」

 

 「はいストップ。まずは須美ちゃんに仕掛けてもらおうね」

 

 「任せて。出来れば、この矢で終わって欲しいのだけれど……っ!」

 

 新士は勇ましく突っ込もうとする銀の肩を掴んで押さえ、須美へと目配せをする。須美自身も初擊は自分が請け負うつもりだったので頷いて勇者としての力で3本精製した矢をつがえ、祈りを口にして放つ。放たれた矢は真っ直ぐにバーテックス目掛けて突き進み……途中で巨大な分銅に吸い寄せられ、深く突き刺さった。

 

 それを見た新士は直ぐに右手をバーテックスに向けて突き出して4本の爪を射出。反動で腕が跳ね上がると同時に須美の矢よりも速い速度で射出された爪は、やはり同じように分銅に吸い寄せられ、深く突き刺さる。

 

 「どう思う?」

 

 「遠距離からの攻撃はあの巨大な分銅に吸収されるみたいね……矢は刺さってるから、何度も射れば壊せるかもしれないわ」

 

 「速さも関係無いみたいだね~。このままなら、アマっちとわっしーに撃ってもらった方が安全かな~?」

 

 「えっ!? あたしの出番無し!?」

 

 「その大きな斧でも投げてみるかい? 回収が面倒そうだけどねぇ」

 

 初擊の結果としては上々。むしろ反撃してこない現状からすれば、前回のバーテックスよりも楽に終わるとも思ってしまう。だが、やはり人類の敵がその程度で終わる筈もなかった。バーテックスが、その体を独楽のように高速で回転させ、4人目掛けて突撃してきた。

 

 須美と新士がそれぞれ矢と爪を放って迎撃しようとするが、高速回転するバーテックスに弾かれる。2人は同時に舌を打ち、新士と園子、須美と銀にわかれて左右に跳び、突撃を回避する。

 

 「流石にそう甘くはないか……」

 

 「あれじゃ近付けないね~」

 

 「くっそー、近付けたらぶった切ってやるのに!」

 

 「っ! また来るわ!」

 

 只でさえ巨大な敵が、その大質量の体を回転させながらぶつけに来る。当たれば勇者服の上からであろうとミンチになるだろう。それこそ小学生でも分かる結果にならない為に、4人は再度突撃してきたバーテックスを必死に避ける。幸いというべきか、一直線かつそう速い速度でもないので避けること自体は容易い。新士と須美は避けながらも矢と爪を放ち続けているが、吸い寄せられることこそ無いがやはり無駄に終わり悔しげに顔を歪める。

 

 「さて、どうしたもんかねぇ……のこちゃん、何か手はないかい?」

 

 「えっ? うーん……うーん……」

 

 「くっ……回転さえ止まれば……」

 

 「あーもう! あんな竜巻みたいな奴どうすればいいんだよー!!」

 

 「っ! ミノさん、それだぁ!」

 

 「はい?」

 

 

 

 「ぴっかーんと閃いた!」

 

 

 

 「行くよ銀ちゃん」

 

 「おう!」

 

 「1!」

 

 「2の!」

 

 「「3っ!!」」

 

 腰を落として腕を下ろした姿勢で両手を組んでいる新士に向かって銀が走り、お互いに声を出しあってタイミングを計り、銀の右足が新士の手に乗った瞬間に思いっきり腕を上げて銀を上空へと向かって投げ、タイミング良く銀も飛び上がる。お互いにお互いを信じ、事前に少しでも連携訓練をしていたからこそできた芸当である。

 

 「止ぉぉぉぉまぁぁぁぁれぇぇぇぇっ!!」

 

 気合いを込めた叫びを上げ、手にした双斧の片方を回転するバーテックス……その中心に見えている頭部のような部分目掛けて投げ付ける。投げた斧の丸く空いた穴に牡丹の花の紋章が浮かび、回転。そこから炎を吹き出し、纏って回転しながら突き進んだ斧はバーテックスを頭から細い胴体の半ばまで切り裂いた。

 

 園子が考えたのは、銀が溢した“竜巻”という言葉から、相手が回転するのだからその上から見た中心は台風の目のような無風空間、もしくは側面よりも防御が薄いのではないかということ。飛び込む役が銀になったのは、相手が突撃してくる前に攻撃でき、尚且つ最も威力が出るのが彼女だったからである。斧を投げたのは直接突っ込む前のワンクッション。その一撃で止まったところを追撃する……予定だったのだが。

 

 「完全には、止まらないか!」

 

 先程に比べれば、バーテックスの全体像が見えるようになった分遥かにマシになっている。だが、それでも遠心力で分銅が浮き上がるくらいには速度が出ていた。直接切り裂いたのなら止まったかもしれないが、投擲だけでは少しばかり威力が足りなかった。それを見た銀の口から悔しげな声が漏れる。

 

 「大丈夫よ銀! 私達を……信じて!」

 

 そんな須美の声が聞こえた瞬間、銀は見た。須美の前に現れた菊の紋章、それを彼女の放った矢が通った瞬間矢が巨大化し、分銅に当たって貫いた瞬間を。

 

 「アマっち、やっちゃうよ~!」

 

 「うん、やっちゃおうか、のこちゃん」

 

 「「はぁぁぁぁっ!!」」

 

 須美の矢で完全に回転が止まり、そこに畳み掛けるように槍と爪を突き出してバーテックスの両肩らしき部分を貫き、もぎ取った園子と新士の姿を。

 

 「銀!」

 

 「銀ちゃん!」

 

 「ミノさ~ん!」

 

 「あはっ! 最っ高だよ、マイフレンズ!!」

 

 銀は笑顔を浮かべ、残った斧から炎が吹き出す。それを投げた斧とは違う場所に叩き込み、突き刺さっていた斧を回収し、再び炎を吹かせながらバーテックスの全身を切り刻む。

 

 桜の花吹雪が巻き起こったのは、余すこと無くバーテックスを切り刻んだ銀が着地したのと同時だった。

 

 

 

 

 

 

 「正直に言って驚いたわ。あなた達がここまで連携を取れるなんて……」

 

 「「ふふーん♪」」

 

 「もう、2人共……」

 

 「皆で訓練、頑張りましたからねぇ」

 

 バーテックスを撃退した翌日、勇者4人の担任であり、大赦側から4人のサポートとして派遣されていた安芸は放課後に生徒指導室に4人を呼び出し、先の戦いの戦闘データを見ながら驚愕の表情を浮かべてそう言った。そんな彼女に対し、銀と園子の2人はドヤァと誇らしげに胸を張り、須美と新士はそんな2人に苦笑い。

 

 4人を見ながら、安芸は思考する。女3人に男1人、そんな構成の面子の4人だが、当初は性別による不和や人間性の問題が起きるのではと予想していたのだが、それを良い意味で覆してくれたのは嬉しい誤算だった。合同訓練に入ったのが敵との戦いの後ということで連携具合……正直に言えば、安芸は銀が鉄砲玉の如く突撃するか須美の対応が遅れるか、園子が予測できない動きをするかと心配していた。新士の心配はあまりしていない。強いて言うなら、5年生の頃から仲が良かった2人と違い、須美と反りが合わないかもしれなかったことくらいだろう。

 

 だが、4人の仲は至って良好。連携の程度も2戦目であることを考えれば上々。怪我らしい怪我もない分、1戦目と比べれば遥かに良い。4人が無事であったことを内心喜びつつ、安芸は顔に出さずに真剣な表情で口を開く。

 

 「とは言え、これで満足してはいけないわ。今の段階でこれなら、あなた達はもっと上に行けるハズ。そこで」

 

 1枚の紙を差し出す安芸。4人が前のめりになって紙の内容を見ると、そこにあるのは強化合宿と大々的に書かれた4文字と、その簡単な備考。

 

 「強化……」

 

 「合宿……?」

 

 「バーテックスとの戦いが本格的になってきた為、今後大赦はあなた達勇者を全面的にバックアップします。強化合宿はその一環ね。連携の強化、親交を深める、勇者の力をより使いこなす。やれることは全部やるわ。学校のこと、家庭のことを気にする必要もないから」

 

 本来なら、もっと早くやるべきだったのだけれど……と安芸は内心舌を打つ。しかし彼女に決定権はない。決めるのは大赦の上に居る者達で、自分はあくまでもその決定に従って勇者達をサポートしていくだけ。後はせいぜい上に必要だと思ったことを申請する程度。この強化合宿とて、その申請をしてからしばらく経ってようやく通ったのだ。

 

 安芸は目の前で合宿だーお泊まり会だーと喜んでいる元気娘2人とそれを嗜める2人を見る。どちらが誰かなんて言う必要もないだろう……それはさておき、その光景はどう見ても仲が良い小学生そのもの。しかも自分の教え子。そんな4人の双肩に世界の命運がのし掛かり、背中には四国全ての人間の命が背負わされている。

 

 (本当に……どうして神樹様は私達大人に力を授けてくださらなかったの……)

 

 4人から見えない位置で、子供達を想う先生の手が握り締められた。

 

 

 

 

 

 

 (私達を信じて、か)

 

 安芸から強化合宿の旨を告げられた日の帰り道、須美は1人昨日の戦いの際に自分が言った言葉を思い返していた。

 

 5年生の頃は他の3人に殆ど関わることもなく、マトモにお役目を果たせるのかとか、どう他の勇者と関わればいいのかとか、そんな事を考えていた。それが今では自然とあんな言葉が出る程に3人のことを信頼している自分が居た。驚きはある。それ以上に、心地よさがあった。

 

 バーテックスを攻略する作戦の際に銀が飛び込むことになった時、彼女が怪我をする可能性を考慮して須美は作戦に1度待ったを掛けていた。いや、飛び込む役が園子であれ新士であれ、彼女は同じように止めただろう。それでも決行したのは、やはり仲間の言葉があったからだ。

 

 『大丈夫、とは言わないよ。実際危険だからねぇ。それでも、誰かがやらなくちゃいけなくて、銀ちゃんが最適なんだ』

 

 『でも、銀が怪我したら……怪我じゃ済まなかったら!』

 

 『うん……怖いよねぇ。友達がそうなったらって考えると、怖くて怖くて仕方ないよねぇ……でも、勇気を出して信じてみようか』

 

 『信、じる?』

 

 『そう、信じる。のこちゃんの作戦を、銀ちゃんの攻撃を。そして、須美ちゃん自身を』

 

 『私自身も……?』

 

 『いっぱい訓練したんだからさ。自分の努力を信じてあげよう。少なくとも……自分は須美ちゃんのこと、2人のことを信じているよ』

 

 きっとその言葉が無ければ、止まりきらなかったバーテックスに銀が落ちていくのを黙って見ていたか、初動が遅れて止められなかったかもしれない。だが、結果は知っての通り。むしろ心配が勝って仲間を信じきれていなかったハズの自分が、自信を持って信じてと言えた。

 

 (新士君の言葉を、信じて良かった)

 

 仲間を、友達を信じることがこんなにも心地よくて心強いなんて思わなかった。自分を信じてくれる人が居ることが、こんなにも嬉しいだなんて思わなかった。

 

 勇気を出して、良かった。須美は晴れやかな気持ちで家までの道を歩くのだった。




原作との相違点

・道場とか合同訓練とかバーテックスとの戦闘とか色々

・連携についての安芸の評価が上々

・須美の心境がポジティブ寄りに


アスレチックの名前は調べました。割とそのまんまな名前なんですね。

天秤との戦闘は割とあっさり。須美ちゃんに“私達を信じて”と言わせて皆仲良くボコボコにして銀ちゃんにハイテンションで切り刻んで欲しかっただけです←

安芸先生、個人的に好きです。この人の立ち位置ホント泣きそうになる。

次回はいよいよ合宿のお話。銀ちゃんの顔はどうなるのか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 5 ー

お待たせしました。今回は合宿回です(´ω`)

お試しとして、普段よりも一行ずつ空白を開けております。好評なようでしたら、今後この形で行こうかと思います。←誤解があったようで……行間を元に戻し、改行を増やしました。

ゆゆゆいで自転車に乗ってる銀ちゃん来ました。可愛くて可愛くて仕方ない。ゆゆゆいは優しい世界でホントにもう……もう←

ちょっと詰め込みすぎて9000字越えました……どうしてこうなった……。


 安芸先生から強化合宿をすると言われた日の2日後。自分は着替えやら何やらが入ったリュックを背負い、集合場所ではなく銀ちゃんの家の前に居た。

 

 集合時間までには後一時間ほどの余裕がある。スマホで時間の確認をしつつ、勇者アプリのもう1つの機能であるSNSアプリを起動する。尚、自分は最初コレの使い方が分からなかった。須美ちゃん、教えてくれてありがとねぇ。

 

 『おはよう、皆起きてるかい?』

 

 『おはようございます新士君。もう準備して向かうところよ』

 

 『おはよー。眠いよー』

 

 『二度寝はダメよそのっち。集合時間に遅れてしまうわ』

 

 『すやぁ……』

 

 『遅かった!?』

 

 『いや、返信してるから起きてるだろ。おはよう! あたしももう出るところ!』

 

 『うん、皆おはよう。銀ちゃん、玄関見てみな』

 

 『玄関?』

 

 「あれ!?」

 

 「や、迎えに来たよ。突然過ぎたかねぇ」

 

 家から出てきた制服姿の銀ちゃんが自分を見て目を丸くする。本当なら事前に言っておくべきなのだろうけれど、つい悪戯心が沸き上がってしまったのだから仕方ない。勿論、理由も無く来た訳ではない。

 

 以前に須美ちゃん達から銀ちゃんが遅刻してしまう理由が彼女のトラブル体質と放っておけずに一々解決して回っていることが原因であると聞いている。だったら自分が一緒に解決して行けば遅刻せずに済むのではないか、と考えたのだ。

 

 「いや、それは別にいいんだけどさ……なんで?」

 

 「銀ちゃん1人だと遅刻するかもしれないからねぇ……という訳で、一緒に行かないかい?」

 

 「な、なるほど……あ、待ってて。直ぐに行くから!」

 

 「慌てなくていいからねぇ」

 

 慌てて家の中に戻る銀ちゃん。家の中から“姉ちゃん今の誰ー?”、“友達!”と聞こえてくる……この声は聞き覚えがある。前に送った時にも聞こえた弟君らしき声だ。姉弟仲は悪くなさそうだなぁ、なんて考えていると自分と同じように着替えやら何やらが入っているのだろうパンパンになっているバッグを肩に下げた銀ちゃんが出てきた。

 

 「お待たせ!」

 

 「そんなに経ってないから気にしなくていいよ。それじゃ、行こうか」

 

 「おう! 楽しみだなぁ合宿!」

 

 「銀ちゃんは朝から元気だねぇ」

 

 

 

 その後、直ぐに自分は銀ちゃんのトラブル体質の程度を身をもって知ることになる。散歩中の犬のリードが外れて逃げる、擦れ違ったお爺さんの腰が嫌な音を立てる、目の前で自転車が次々と倒れる。これが早朝の時点で起きるのだから、もっと人が多くなる昼間や夕方ならどうなることか。

 

 因みに、犬は自分が捕まえ、お爺さんは家がご近所とのことで銀ちゃんと2人で運んでご家族に預け、自転車も2人で立てていった。

 

 そんなこんなで何とか集合時間2分前に辿り着き……そして今、自分達は大赦の大橋支部とやらにあるという訓練所へと向かうバスの中に居た。本来神樹館から徒歩でも行ける距離なのだが、その為の道が工事中らしく急遽バスになったのだとか。

 

 自分達4人はバスの一番奥の広い席に座り、自分、のこちゃん、須美ちゃん、銀ちゃんという並びで座っている。尚、のこちゃんはバスに乗って早々自分の膝を枕に眠ってしまった。

 

 「すやぁ……すぴー……」

 

 「いつも気持ち良さそうに寝てるわね、そのっち」

 

 「そうだねぇ。自分の膝の何がそんなにいいのかねぇ」

 

 「むにゃ……おじいちゃん……それはサンチョがうどんになっただけ……」

 

 「どんな夢を見てるんだ園子……」

 

 意味不明なのこちゃんの寝言に苦笑いを浮かべつつ、自分は窓から見える外の景色を眺めながら、昨日やった合宿前の勉強会を思い返す。それは自分達の勇者としてのお役目、神樹様のこと、バーテックスのこと等の復習も兼ねていた。尤も、復習なのだから真新しい情報等ないのだけれど。

 

 四国をぐるりと囲う高い壁。それは四国を守る神樹様が人類を護る為に作り出した結界。その外には死のウイルスが蔓延し、バーテックスはそのウイルスから発生する。バーテックスは結界を越えてやってきて神樹様を目指し、神樹様を殺そうとする。神樹様が殺されると結界は消え、世界は滅ぶ。

 

 バーテックスには普通の兵器は一切効かないらしく、昔の人は神樹様にお話して対抗する為の力を分けてもらった。その力が、自分達が持つ勇者システム……なのだが、自分はこの情報が全て真実とは考えていない。

 

 (バーテックスはウイルスから発生する。そして、そのウイルスは外の世界に蔓延している。なら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 どこを見ても、ウイルスがどうやって発生したとか、外の世界がどうなっているのかという情報はない。そもそも、死のウイルスとはどういうモノだ? バーテックスがウイルスから生まれるのなら、外の世界のウイルスをどうにかするべきじゃないのか? そうしなければ、延々とバーテックスが生まれ続けるのでは? もしそうなら、彼女達はずっと……。

 

 「うにゅ……アマっち……ミノさん……わっしーが……わっしーが~……」

 

「……くふっ」

 

 嫌な考えが浮かんでは消えを繰り返していると、のこちゃんからそんな寝言が聞こえてきた。自分の考えとの差に、思わず笑いが溢れる。そして、自分の思考のループを止めてくれたお礼を込めて彼女の頭を撫でる。

 

 きっと、大赦が出していない情報の中に自分の欲しい情報はあるのだろう。それが自分が望むものであれ望まないものであれ、自分がすることは変わらない。彼女達を生き残らせ、自分も生き残る。今はそれだけでいい。知ったところでどうにもならないのだから。だが、もし彼女達に悪影響があるのなら……。

 

 (まぁ……どうにかしないとねぇ)

 

 「ねぇそのっち。私に何が? 私に何があったの!?」

 

 「気持ちよく寝てるんだから揺らすな揺らすな」

 

 「自分も揺れるから止めてくれるとありがたいんだけどねぇ」

 

 

 

 

 

 

 安芸にとって、雨野 新士は他の3人と同じく大切な生徒であり、4人の勇者の中で最も不思議な存在であった。何せ前代未聞の男の勇者というだけでなく、彼は神託により名指しで選ばれた存在だからだ。

 

 本来、勇者とは適性値が高い無垢な少女から選ばれる。適性値が高ければ高いほど、神樹様から勇者として選ばれる可能性が高いからだ。そういう意味では他の3人も他の名家の人間と比べても高い数値を出しているのだが、新士はそれを遥かに凌駕する。それこそ、神樹様が勇者とすることを望んでいるのではないかと思う程に。

 

 そんな彼は、年寄り臭い雰囲気と性格のせいか同年代の男女問わずによく甘えられる。それは園子のようにスキンシップを図ることこそしないが、何かと話を聞いてもらったり一緒に遊ばないかと持ち掛けられたり。それを彼は嫌な顔1つせず、朗らかな笑みを浮かべながら相手をしているのだ。それは安芸から見ても正しく孫と祖父。特に園子と居るときはそれが顕著になる。

 

 何が言いたいかと言えば。本来ならどんどん傷だらけになっていったであろう彼女達の心を優しく包み、癒してくれるのではないか……安芸はそういう期待をしていたのだ。そして、それは今のところ的中している。

 

 だが、それは諸刃の剣でもある。彼がそういう存在になるということは、それ即ち彼女達の精神的主柱であるということ。もしも彼が……最悪お役目の最中に死にでもすれば、彼女達の精神がどうなるか想像がつかない。

 

 だから詰め込んだ。そう長くない強化合宿の実りをより多くする為に、4人の生存率が少しでも上がるように。到着して注意点やスケジュール等を話し終われば直ぐに体操着へと着替えさせてからの準備運動、体力を付ける為のランニング、ダンベル等を利用した筋トレ、それぞれが持つ武器の達人達によるマンツーマンの指導、そしてバランスの取れた食事。

 

 勿論、無茶ギリギリのラインを見極めた上でのこと。そしてその日最後の訓練。勇者服を纏い息も絶え絶えな4人と動きやすい服に着替えた安芸は運動場へと来ていた。

 

 「やることは単純。この機械からボールが発射されるから、三ノ輪さんと雨野君はそのボールを避けつつ、目標地点のバスに辿り着くこと。乃木さんと鷲尾さんはそのボールを防御、迎撃して2人をバスまでアシスト。一発でも当たれば最初からやり直し。また、この訓練はあなた達の連携を高める為のモノです。なので、ジャンプしてバスまでひとっ飛び、なんてことをするのは禁止します」

 

 【はい!】

 

 「いいですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それを常に意識しなさい。1人で突っ走れば、防御が間に合わなければ、迎撃を失敗すれば……そういう危機感を常に持ちなさい」

 

 ズラリと並ぶボールの発射台を背景に真剣な表情で脅すように言う安芸に、3人がゴクリと息を飲み、新士だけがスッと真剣な表情になる。脅すように、ではない。安芸は実際に脅しているのだ……“仲間が死ぬぞ”と。

 

 小学生相手に酷かもしれないが、お役目は決して遊びではないことは4人も理解している。死ぬ可能性だって、これまでの2戦で理解している。安芸が厳しく言うのも、偏に4人に死んで欲しくはないからだ。故に安芸は、疲れきっている4人相手にも一切の手加減をしない。

 

 スタートの合図と共に走る4人。大量に配置された機械から放たれるボールは新士と銀に集中する。最初は走りながら顔を反らし体を反らしで避けられたが、バスとの距離が近付くほどボールの数が増え、体を反らすだけでは限界が来たので銀は斧で、新士は裏拳やフックを駆使して防御、弾くようになり……そして、そのせいで走る速度が落ちると自分達では防御が間に合わなくなる。

 

 「ミノさん!」

 

 「新士君!」

 

 銀の前に園子が穂先を傘状に展開した槍を前にして出ることでカバーし、新士が防ぎきれないボールを須美が後ろから矢で射抜く。

 

 今、4人は必死になっている。体は休息を求め、息は上がり、正常な思考が出来ているかも怪しい。ただ必死に、己の役割を全うする。ただのボールだ、なんて考えはない。当たれば死ぬ。守れなければ死ぬ。外せば死ぬ。そうならない為に、そうさせない為に、必死に頭と体を動かす。

 

 「わっしー、アマっちの右側を撃って!」

 

 「了、解!」

 

 「須美ちゃん、ありがとう! よいっしょぉ!」

 

 「ナイス新士! これでゴール……っ、お!?」

 

 「間に合った! いっけーミノさん!」

 

 「任せろ!」

 

 新士の右から迫るボールを須美が射抜き、余裕が出来た新士が銀の死角から迫るボールを蹴り飛ばす。そしてもう少しでゴールであるバスへと届く……というところで、銀へとボールの集中砲火。その数10。万全の銀なら、その双斧を瞬時に振り回して迎撃出来る数。

 

 だが、疲れきっている今の銀では4つがやっとだった。そして、迎撃を選んだことで斧を盾にするのは間に合わない……が、ここで園子が傘状にした槍を前にカバーに入り、ボールを防ぐ。窮地を乗りきった銀は園子に言われるままにゴールであるバスに突っ込み……。

 

 何故か、思いっきり双斧でバスを切りつけた。

 

 

 

 「いやー疲れたなぁ……アイタタタ……」

 

 「本当にね……」

 

 「ミノさん大丈夫~?」

 

 「じゃない。超痛い」

 

 夜、3人娘は訓練所にある露天風呂に居た。先の訓練を初回でクリアするという安芸にとって驚きの結果をもたらした4人だったが、壊す必要のないバスを銀が壊してしまった為に称賛の言葉もそこそこに連帯責任として安芸からそれはもう鬼のように怒られ、直接的な原因である銀に至っては拳骨を喰らい大きなタンコブを作られていた。因みに、切りつけた理由は必死になりすぎたからだそうだ。

 

 『ばばんばばんばんばん……♪』

 

 「およ? これは新士の声?」

 

 「っ! これは西暦時代から存在する由緒正しきお風呂の歌……新士君、素晴らしい選曲よ!」

 

 「お~、わっしーのテンションがスゴいことに……アマっちもお歌上手いね~。ばばんばばんばんばん……♪」

 

 仕切りの向こうから聞こえる新士の歌声に隣の露天風呂に彼が居ることを覚る銀と妙にハイテンションになる須美、聞こえたフレーズを口ずさむ園子。疲れきった体に露天風呂は沁みるのだろう、訓練中の必死さはどこへやらすっかりリラックス状態の3人は再びほぅ……と心地よさから出る溜め息を吐く。

 

 「にしても……初日から訓練キツくない?」

 

 「お役目を皆で無事に終える為だもの。そう思えば辛くないわ」

 

 「分かってるけどサ。成長中の女の子にゃ色々辛いですよって……なぁ須美さんや」

 

 「なに?」

 

 「何を食べたらこんな大きな桃になるのかね!? とても同じ小学生とは思えんそれに!」

 

 「きゃああああっ!?」

 

 すすす……と須美に近付いたかと思えばキラーンと目を光らせてわっし、と背後から小学生とは思えない豊満な胸を鷲掴む銀。やってることや言ってることは完全にエロオヤジのそれであるが、女の子同士なのでセーフ。そんなじゃれ合いを見て、ニヤニヤとして表情を浮かべながら園子はふと思う。

 

 (2人共、隣にアマっちが居るって忘れてるのかな~……まあアマっちは気にしなさそうだけどね~)

 

 この後、安芸がやってきて騒ぎすぎだとまた怒られることになる。尚、彼女は着痩せするタイプであり、須美を越えるモノを持っていたという。

 

 

 

 

 

 

 「うーん……自分が一緒に居るのは問題があるんじゃないかねぇ」

 

 風呂に入り、夕食を終えて後は寝るだけとなった時間に、新士は部屋の窓際に設置されている椅子に座りながら苦笑して部屋の中を見る。そこには布団が()()()敷いてある……つまり、4人一部屋。小学生とは言えもう6年生、性の違いを意識している頃だ。新士がそう言うのも無理はないだろう。

 

 「え~? アマっちも一緒がいいよ~」

 

 「新士なら別に大丈夫っしょ」

 

 「そうね。男女七歳にして同衾せずとは言うけれど……新士君の普段の行いなら、変なことはしないと信じられるもの」

 

 「そうかい? まあ、今更部屋を変えるのもねぇ……君達が良いなら、まあいいかな」

 

 信用されているのだろうと嬉しくなり、椅子から立ち上がった新士は1つの布団の上に胡座をかいて座る。布団は頭同士を向かい合わせにしたものを2セット。新士が座ると素早くその隣を確保する園子が居た。新士の向かいには須美が、斜め向かいには銀が座り込む。ふと、新士は彼女達の格好を改めて確認してみた。

 

 「のこちゃんのパジャマは……」

 

 「えへへ、可愛いでしょ~」

 

 「うん、可愛いねぇ。ニワトリさんだねぇ」

 

 「そう、鳥さん! 私焼き鳥大好きなんよ~♪」

 

 「それだとのこちゃんが食べられる側になっちゃうねぇ」

 

 園子のパジャマは、ニワトリの見た目の所謂着ぐるみパジャマと呼ばれるモノだった。その着ぐるみパジャマを選んだ理由に思わず須美と銀が口元をヒクつかせるが、新士はほけほけと笑いながら流していた。尚、須美は浴衣で銀はTシャツにショートパンツとそれぞれの個性が出ている服装であった。そんな中、銀が意外そうに新士の服装を見る。

 

 「須美の浴衣は予想通りだけど……新士も浴衣なんだな」

 

 「家が和風で統一されていてねぇ。前は銀ちゃんみたいに、私服の一部をパジャマ代わりにしていたんだけどね?」

 

 「前? そう言えば、新士君も養子に出されたんだったわね」

 

 「そうだねぇ……もう1年近くになるねぇ」

 

 1度遠くを見た後に目を閉じてしみじみと呟く新士の姿に、銀と須美は何も言えなくなる。園子も同じように何も言えず、だが何を思ったのかコテンと横になって頭を新士の足に乗せる。彼はそれに何も言うことはなく、いつものように優しく笑いながら彼女の頭を撫でた。そんな妙な雰囲気をどうにかしたかったのだろう、銀が再び口を開く。

 

 「あー……その、新士って男にしては髪長いよな」

 

 「うん? まぁ、そうだねぇ。髪を切ってはいけないって家から言われててねぇ……髪には神様が宿ると聞くから、まあ願掛けみたいなものだと思うんだけど」

 

 「へー……」

 

 転校当時、首ほどの長さだった新士の髪は肩甲骨の辺りまで伸びている。まだ声変わりもしておらず、新士の顔は妹である樹と似ていることもあり、ともすれば女子に見えなくもない。黙っていれば、との注釈が付くが。

 

 「さて、自分のことはいいからそろそろ寝ようか。明日は5時起きだからねぇ、起きられなくても知らないよ?」

 

 「そうよ銀。ほら、早く目を閉じて寝なさい。電気消すわよ」

 

 「いやいや新士さんに須美さんや、合宿初日に直ぐに寝られると思っているのかね? ここは1つ、定番の恋バナでもしようじゃないか」

 

 「それは女子しかいない時にやるもんじゃないかねぇ……」

 

 「お~恋バナ! ミノさんは誰か好きな人いるの?」

 

 園子の頭をやんわりと退かしていそいそと布団に入る新士。須美もそれに続き、電気を消して同じように布団に入る……が、銀は布団に入るものの眠る気配はなく、園子も同じく布団に入り、銀の話に乗る。そんな2人に新士は苦笑いし、須美は呆れたように溜め息を吐く。

 

 園子に聞かれた銀は少しの間うーんと唸りつつ考える。好きな人、というか好きな男子。改めて考えると勇者としてのお役目のこともあり、そういう意識をすることはなかった。そもそも、よく付き合う男なぞ家族を除けば新士くらい。では新士のことは好きか? と聞かれれば、まあ好きと答えるだろう。勿論、友達としてだが。

 

 「居ない!」

 

 銀はキメ顔でそう言った。知ってたと須美はまた呆れ、新士もまあこの位の年の子ならそうだろう……と納得する。それに彼にとって銀は花より団子というイメージが強かった。それはそれで失礼な話かもしれないが。

 

 「須美はどうよ?」

 

 「私も居ない……うん、居ないわ」

 

 一瞬自分を守る新士の姿が浮かんだものの、須美は首を振ってそう答える。そもそも、須美には恋というのがよく分からないし、今は大事なお役目の最中なのだ、そんな浮わついたことは二の次三の次にするべきだろう。

 

 真面目な須美はそう考えつつも、どうにもあの背中が……自身の恐怖心を理解してくれて、時に背中を推し、手を引くような言葉をくれる朗らかな笑顔が頭から離れない。顔が熱くなってきていることを自覚しつつ、電気を消していて良かったと銀から背を向ける。

 

 「むぅ……新士は?」

 

 「すー……」

 

 「早っ。お爺ちゃんか」

 

 須美の答えにつまらなそうにしつつ銀が新士に問い掛けると、いつのまにやら気持ち良さそうに眠る新士の姿があった。彼が最後に言葉を発してから1分経ったか否か位の早さである。そんな彼に銀が驚いていると、園子がニコニコとしながら口を開いた。

 

 「私はね~、ちゃんと居るよ~」

 

 「えっ? マジ?」

 

 「そのっち本当? 誰? どこの人?」

 

 「アマっちと~、わっしーと~、ミノさん♪」

 

 「「……そうだと思ったわ」」

 

 

 

 

 

 

 恋バナから数十分後、全員が寝静まった辺りでパチリと園子は目を開いた。すっかり暗闇に慣れた目は窓から入る月明かりもあり、部屋の内装を確認出来るようにはなっている。彼女はごろりと寝返りを打ち、体を新士の方へと向けた。相変わらずすやすやと気持ち良さそうに眠る新士に、園子は少し体を近付け、その横顔を見つめる。

 

 先の言葉、3人が好きだと言うのに嘘はない。幼少の頃より普通の子供とは違う行動や言動から不思議な子と扱われ、親からも友人が出来にくいのではないかと心配され、実際そうなっていた園子からすればようやく出来た友達なのだ、嫌いな訳がない。むしろ大好きだと胸を張って言えるだろう。だが……正確という訳でもない。

 

 (3人共大好きなんだよ~。だけど……)

 

 いつの間にか、園子は新士の布団へと入り込んでいた。須美が見ればはしたないとでも言って元の布団へと戻すのだろうが、鬼の居ぬ間になんとやら。彼女の邪魔をする者はいなかった。

 

 園子は、今自分が新士に対して抱いている感情が“そう”なのかは分からない。“そう”だと言うには、彼女はまだまだ経験が足りず心身共に幼い。だが、少なくとも新士以外にそんな気持ちにはならないのも確かだった。それを明確に自覚したのは、訓練所に着いて直ぐ、安芸に4人の中で隊長を決めると言われた時のこと。

 

 『一応、4人の中から便宜的に隊長となる人間を決めておく必要があるのだけれど……乃木さん、頼めるかしら?』

 

 園子は、隊長をするなら須美、もしくは新士になると思っていた。銀は自分以外なら問題ないという顔をしていたし、須美も意外そうな顔をしていた。ただ新士だけが、納得したような表情をしていたのを園子はよく覚えている。

 

 『えっと……私はいいんですけど~……』

 

 『のこちゃんなら納得ですねぇ』

 

 『えっ?』

 

 『新士君?』

 

 『自分は銀ちゃんと同じ前衛だから指示とか出してる暇はないし、須美ちゃんは……失礼な話だけど、真面目過ぎてちょっと難しく考えるきらいがあるからねぇ』

 

 自覚はあるのか、胸を抑えてぐふっと息を吐く須美。園子は須美が新士の言葉に串刺しにされ血を吐いた姿を幻視した。なんだったら魂が口から出ていたかもしれない。この時、須美は憎からず思っている相手から遠回しに頭が硬いと言われて多大な精神的ダメージを負っていたが、それを知るのは本人のみである。

 

 『のこちゃんは柔軟な発想力を持ってるし、周りをよく見てる。状況を判断して打開策を見つける能力は自分達の中でもトップだろうねぇ……という訳で、自分は賛成するよ。のこちゃんの判断なら、自分は全面的に信じられるからねぇ』

 

 「……にへへ~」

 

 心からの信頼を向けられることの嬉しさを思い出し、つい頬が緩む。この後ダメージから復帰した須美、成り行きを見守っていた銀からも“まあ確かに”と納得と共に受け入れられた。その信頼が重い、応えられなかった時が怖いという思いはある。だがそれ以上に、応えてみせるという気概が生まれた。もう1人にならない為に、ずっと一緒に居る為に、全力でその信頼に報いるのだと。

 

 「アマっち……大好きなんよ……」

 

 

 

 翌日、そのまま眠ってしまっていた園子の姿を見た須美が彼女に朝からお説教をする姿が見られるのだった。




原作との相違点

・銀が遅刻しない

・ボール避けでノーミスクリア

・他色々



ちょっと詰め込みすぎてしまいました(2回目)。実のところ、書きたかったのは主人公が銀のトラブル体質を体験、ボール避け訓練、園子様の心情でした。こういう百合風味の作品では原作キャラ×オリ主は賛否両論別れるところですが、私は好きだったりします。雑食なので←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 6 ー

お待たせしました(´ω`)

UA3000突破、お気に入り100件突破、バーに色がついた。皆様誠にありがとうございます! 今後とも本作を宜しくお願いいたします。

ゆゆゆいでぐんちゃんとしずくの誕生日イベが来ましたね。七人御崎SR欲しいので走らねば。


 合宿初日の終わりに、自分は夢を見た。そこはバーテックスと戦った樹海で、自分の目の前にはあまりに巨大な樹がある。何故か勇者服姿の自分は、神々しく輝くその樹……神樹様に目を奪われていた。

 

 「……綺麗だねぇ」

 

 陳腐だが、心からの感想だった。これが自分達を300年近く守り続けてくれている神様。自分達が今この世界を生きていられる理由そのもの。自然と、両手を合わせて拝む……一瞬強く発光したような……気のせいかな?

 

 それはさておき、なぜ自分がこの場にいるのかは……正直、あまり気にならない。それは夢だからと考えているということもあるし……例え夢でも、こうして間近に自分達を御守りくださっている存在を見られたのだ、光栄なことである。

 

 ふと目を開けると、神樹様から細い細い、輝く根のようなモノが自分に向かって伸びてきていた。自分にはそれがどうにも悪いモノには思えず、そーっと手を伸ばしてみる。するとそれは自分の腕に巻き付き、自分の体が浮き上がる程の強さで引っ張ってきた。

 

 「え゛っ!?」

 

 予想外の不意打ちに、自分は反撃する術を持たない。このまま神樹様にぶつかる!? と思わず目を閉じる。が、思っていたような衝撃や痛みはなく、さながら水に沈むような感覚を覚えた。恐る恐る目を開けてみれば、そこにあったのは夜の街。それを上空から見下ろしていた。つまり今、自分は空を飛んでいる。

 

「……これは、いったい……」

 

 自分の意思では動くことが出来ず、されど体は勝手に動く。スイーッとまるで魚が泳ぐかのように空を飛び、街が流れていく様を見ていると、段々と見覚えのある家に近付いてきた。

 

 もしや……と思ったのも束の間、その家にぶつかりそうになり、何度目かの目を閉じて開けるの動作をすると、紛れもなくそこは……最後に見た時から変わらない、犬吠埼の家のリビング。時計は11時過ぎを指している。そして、リビングにあるソファの上に……何やらカードを広げている妹の樹と、その様子を見守る姉の風の姿があった。

 

 「姉さん……樹……」

 

 約1年ぶりに見る姉と妹の姿は、変わっていないようにも見えるし成長しているようにも見える。思ったよりも自分は前の家族に会えないことを寂しく思っていたのだろう、自然と涙が溢れてきた。だが、これは一目でも見れたことに対する嬉し涙だろう。そうでなければ、自分でも分かる程の笑みなど浮かべられまい。

 

 『むー……?』

 

 『終わった? 結果はどうなったの?』

 

 『うん、いつもなら方角が出るんだけど……』

 

 『だけど?』

 

 『この場所……つまり家に居るって出ちゃって』

 

 『あら、珍しく外れちゃった?』

 

 『朝はちゃんと方角が出たんだけどなぁ……お兄ちゃんの居場所』

 

 2人を上から見下ろしているとそんな会話が聞こえてきた。樹の広げているカード……確か、タロットカードと言っただろうか? 会話から想像するに、樹は自分の居場所をタロットを使って占っていたようだ。自分の記憶では樹にそんな特技はなかったハズだから、自分が居なくなってから覚えたんだろう。

 

 というか、占いと侮れないな……2人には見えていないようだが、正に自分はこの家に居るのだから。いや、自分の夢なのだから、この光景もあくまで夢でしかないのだろうか? いや、夢でも構わない。こうして2人の顔を見られたのだから。

 

 『ま、そろそろ寝ちゃいなさい。楓が居たらとっくに怒られてる時間よ』

 

 『あはは……そうだね。お姉ちゃんもよく“早く寝るんだよ”って言われてたもんね』

 

 『くっ、あやつには姉への敬いが足らんわ! たまに寝坊したら樹を連れて先に行っちゃうし!』

 

 『それはお姉ちゃんが悪いよ……』

 

 そうそう、姉はよく夜更かししようとしていたから自分が寝る前に注意しに行っていたんだったか。自分は遅くても10時には寝るようにしていたから……注意した翌日に寝坊したら放って行くのが罰代わりだった。樹は自分よりも幼いからか、自然と早い時間に寝ていた。だからこの時間に起きているのが不思議だったんだけど……これも成長かねぇ。

 

 『はぁ……じゃ、おやすみ樹』

 

 『うん、おやすみお姉ちゃん』

 

 「……おやすみ、姉さん、樹」

 

 

 

 『……?』

 

 『どしたの樹、いきなり天井なんか見上げて』

 

 『うん……今、お兄ちゃんの声が聞こえたような……?』

 

 

 

 気が付けば、自分はまた神樹様の前に居た。街や犬吠埼の家のリビング、2人の姿なぞどこにもない樹海。さっきのは自分が見た夢? 夢の中で夢を見るとはまた妙な……いや、違う。

 

 「ありがとうございます、神樹様」

 

 きっと、神樹様が自分に見せてくれたのだ。それが寂しいと感じていた自分を哀れんでのものなのか、それとも自分への褒美か何かなのか。どちらでもいい、少なくとも、自分にとっては何よりも嬉しい出来事であるのは確かなのだから。

 

 「御守り致します。この恩に報いる為にも……あなたをバーテックスなぞに殺させはしない。ですが、自分だけではあまりに非力……」

 

 決意を口にしつつ、その巨大な幹に触れる。風も吹いていないのに、さわさわと自分の髪が揺れる。手甲の上から触っているのに温かさを感じるのは、何とも不思議なモノだ。目を閉じれば、その神々しさをより強烈に感じられた。

 

 「自分に……勇者として戦う少女達に、あなたと大切なモノを守れるだけの力をお貸しください」

 

 瞬間、幹に当てていたハズの手のひらに、誰かの手のひらが重なる。驚いて目を開けた時、そこに居たのは……。

 

 

 

 そこで、目が覚めた。体を起こして部屋の中を見渡してみると、なぜか須美ちゃんに正座しながら怒られているのこちゃんの姿と、その様子を自分の斜め向かいの布団の上で座りながら見ている銀ちゃんの姿。

 

 「ん? よっ! おはよう新士……?」

 

 「おはよう銀ちゃん。どうかした?」

 

 「いや……その、さ。大丈夫? 新士」

 

 「……? どうしてだい?」

 

 「だって、泣いてるから」

 

 銀ちゃんに言われて目に手を当てると指先が濡れる。自分では気付かなかったが、彼女の言うとおり自分は涙を流していたようだ。だが、嫌な感じではない。むしろ温かな……そこまで考えると、不意に部屋にある神棚に目が行き、夢の内容を思い出した。

 

 「……いや、何でもないよ。強いて言うなら……」

 

 「言うなら?」

 

 

 

 「とても……とても暖くて……優しい夢を見たんだ」

 

 

 

 春風のような、優しく暖かな夢を。

 

 

 

 

 

 

 強化合宿を無事に終え、数日が経った後の日曜日。新士を除く勇者3人は彼の家である雨野家へとやってきていた。

 

 「基本的に新士は付き合いが悪い」

 

 「アマっち曰く、朝からみっちりと鍛練をしているからとか~」

 

 「それが嘘か本当か、調査しにきました!」

 

 「「いえーい♪」」

 

 家を囲う生垣の外で、銀と園子が小声で交互に言った後にハイタッチする様を見て、須美は呆れから溜め息を吐く。今は朝の7時半。なぜこんな時間に新士の家の外に隠れるように居るのかと言えば、こんなことを銀が言い出したからだ。

 

 

 

 『あたしだけ朝から見られたのはズルい! 新士の行動も見ようよ!』

 

 

 

 そこでなぜ新士なのかと疑問に思う須美だが、思い返してみると新士の日常は謎に包まれている。彼の言を疑う訳ではないが、朝からみっちり鍛練をしているということ以外あまり聞いた覚えがない。

 

 そもそもお役目を抜きにすれば、彼と共に外出したり遊んだりということをした覚えが殆どなかった。友達としてこれはいけないのでは? と銀と同調した園子に言いくるめられ、結果としてここにいる須美。別に気になる男子の日常を覗きたい訳ではない。

 

 わくわくとしている2人に急かされ、須美が鞄から取り出したのは潜望鏡。これで自分達は遮蔽物に隠れつつ、その上から家の様子を見られるのだ。因みに、これは鷲尾の家の蔵にあったらしい。それも3本。須美は2人にも手渡し、3人仲良く中を覗き込む。

 

 「新士は……あっ、居た」

 

 「お~、ホントにこんな時間からやってるんだね~」

 

 そこには、勇者服を着た状態で広い庭で演舞のように拳や蹴りを虚空に繰り出す新士の姿があった。近くには5分割された巻き藁もあり、爪を使った訓練もしていたことが見てとれる。また、流れる汗の量からも長い時間行っているのだと感じられた。

 

 普段から笑顔を浮かべていることが多い新士だが、今は真剣な表情で拳を、蹴りを出す。その姿に、3人は言葉を忘れて見入っていた。しばらくすると、新士は大きく息を吐いて勇者服を消し、合宿でも見た浴衣姿になって縁側に置いてあったタオルを手に取り、汗を拭くとそのまま家の中へと入っていった。

 

 「……本当だったわね」

 

 「うん……なんかその……ごめんなさい」

 

 新士は真面目に朝から訓練してるのに自分達はこんなところで何を……と罪悪感と情けなさが襲いかかる。特に発案者の銀は心に多大なダメージを負っていた。須美も似たようなモノだったが、ふと園子が何も言わないことを疑問に思い、彼女が居る方を見てみる。そこには、どこか難しい表情を浮かべている園子の姿があった。

 

 「そのっち? どうしたの?」

 

 「んぇ? うーんと……なんでもないんよ~」

 

 「何が何でもないんだい?」

 

 「「「わあっ!?」」」

 

 いつの間にか、新士が3人の背後に居た。予想外の人間の声がしたことで3人は飛び上がる程に驚き、恐る恐る振り返る。そこには、妙に凄味のある笑顔を浮かべながら仁王立ちする新士の姿があった。

 

 

 

 「あのねぇ……自分だから良いものの、一歩間違えば立派な犯罪行為なんだからね? もうしないようにね?」

 

 「「「ごめんなさい……」」」

 

 場所は変わって新士の自室。あの後、新士は3人を家に入れて自室に待たせた後に風呂で汗を流し、そこで私服(白い無地のTシャツと黒い無地の短パンというシンプルなモノ)に着替えてから部屋に戻り、3人を軽く叱っていた。普段新士に怒られることがなく、そういった場面も見たことがない彼女達にはなかなか堪えるらしくしょんぼりと肩を落としている。

 

 「……まぁ、反省しているようだからこれ以上は言わないよ。それに、形はどうあれ折角家に来たんだ、今日はこのまま何かしようか? とは言っても、生憎と何も無い部屋なんだがね」

 

 苦笑いする新士の言うとおり、3人も部屋を見渡すが新士の部屋はあまり物がない。あると言えば本棚に大きめのちゃぶ台、押入、薄型テレビくらいのもので、ゲーム機やPCといった娯楽に使えそうな物は存在しなかった。家で弟とゲームをしたりする銀、プラモデルを作ることもある須美、小説を書いてサイトにアップしたりしている園子からすれば信じられないような環境であった。少なくとも、想像していた男子の部屋からは程遠い。

 

 因みに、今は新士以外に家の者はいない。彼曰く、養父は昨日から大赦の方で仕事で帰ってこれず、お手伝いさんは夕方から来るようにと新士の方から言っているらしい。

 

 「普段は何をして過ごしているの? その……鍛練以外で」

 

 「そうだねぇ……そこの本棚に入ってる本を読み返すか、ボーッとしてるか……ああ、最近はオウムと遊んだりしてるかねぇ」

 

 「オウム?」

 

 「そう、オウム。誰かのペットか野生かはわからないけど、合宿が終わった辺りからよく自分の部屋に来るようになってねぇ……頭が赤くて、下に行くほど桜色になる不思議な毛色をしてるんだ」

 

 「「「へ~……」」」

 

 「なかなか食いしん坊な子でねぇ。自分のおかずの唐揚げとか焼き鳥のモモとか食べちゃうんだよ」

 

 「「「鳥なのに!?」」」

 

 そんな話から始まり、4人はたっぷりと会話を楽しんだ。お互いの休日だったり、趣味の話だったり。勉強の話が出れば銀が話題を逸らそうとし、園子が猫の枕のサンチョについて熱く語ったり、須美が日本海軍の話を始めて暴走したり。気が付けば、7時半過ぎを示していた部屋の時計は11時半を越えていた。

 

 「おっと、もうこんな時間か……皆、お昼はどうするんだい?」

 

 「勿論、イネスさ!」

 

 「勿論なのね……」

 

 「ミノさんも好きだね~」

 

 「相変わらずだねぇ……ふむ、自分は特に決めてなかったし、一緒に行こうかねぇ」

 

 「決まり! それじゃあ早速イネスへ」

 

 そこまで銀が言った瞬間、三度目となる感覚が4人を襲った。新士がチラリと庭を見てみれば、空中で止まっている木の葉の向こうから極彩色の光が世界を呑み込もうと迫って来ている。

 

 「……イネスはお預けだねぇ」

 

 「おのれバーテックスゥゥゥゥッ!!」

 

 銀の怒りの声は、光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 何時ものように大橋の中央に降り立ち、壁の向こうからやってくる異形を待つ4人。もう間も無く姿を現したソレは、先の2体と変わらず何とも説明に困る姿をしていた。

 

 特徴としてあげるなら、牙にも、爪にも、ともすればタコ足にも見える4本の足か腕のように存在するモノだろう。その4本のナニカの中央に位置する細長い、恐らくは胴体。後に山羊座、カプリコーン・バーテックスと呼ばれるモノである。

 

 「おおう、なんともビジュアル系なルックスをしてますな」

 

 「言ってる場合? 早く倒さないと……」

 

 「お腹空いたね~」

 

 4人のお腹からくるる~と音が鳴る。緊張感の欠片もない空気になるが、体はすっかりお昼ご飯の受け入れ体制だったところに襲撃が来たのだ、育ち盛りの子供に昼飯抜きの戦闘は地味に辛い。新士に至っては数時間前とは言え運動をした後なので余計に胃が食糧を求めている。

 

 故に、4人の思考は命懸けの戦いの場としてはあまりに場違いだがさっさと倒してお昼を食べに行こうである。まずは牽制と須美が弓を構え、新士も右手をバーテックスへと向ける……というところで、バーテックスは急速に落下し、その牙のようなモノを大橋へと突き刺した。

 

 「お、おおおおっ!?」

 

 「なっ、これじゃ、姿勢が!」

 

 「揺れ、揺れる~!?」

 

 「地震!? 身動きが……っ」

 

 その瞬間引き起こされる地震。それは合宿において体幹トレーニングを詰んだ4人ですらマトモに立ってはいられない程の大きな揺れ。そんなものを引き起こされては須美も新士もバーテックスを狙うことなど出来ず、姿勢を低くして倒れないようにするだけで精一杯。

 

 時間にして十数秒、ようやく揺れが治まる。ふぅ……と安堵の息を吐く3人に対し、新士は今の行動に大きな危機感を覚えた。

 

 「厄介な……アレはもう使わせる訳にはいかないねぇ」

 

 「え、なんで? 確かに攻撃は出来ないけどさ、揺れるだけなんじゃ」

 

 「自分達が全く立てなくなるくらいの大きな揺れだよ? あんなものを何度もされたら、大橋が崩れるかもしれない」

 

 「そうは、させない!」

 

 ただ揺らすだけだと思っていた銀は新士の予想に顔を青ざめさせ、須美は再度弓を構えて仕掛ける。真っ直ぐバーテックスへと向かう、勇者の武器として相応の破壊力を誇る矢。それをバーテックスは、その場から急上昇することで回避する。

 

 「くっ、もう1度! って届かない!?」

 

 「おいこらぁ!! 卑怯だぞ! 降りてこーい!」

 

 上昇したバーテックス目掛けて再び矢を放つ須美。しかし、それは巨体のバーテックスが小さく見える程の上空まで上昇したバーテックスには届かず、失速して途中で落下した。ふわふわと左右に揺れる敵の姿はなんだか煽っているようにも見える。

 

 ならば自分はどうか、と新士は腕をバーテックスへと向け、爪を放つ。ほぼ真上へと向けることになった腕が反動で跳ね上がり、思わず倒れそうになるも踏ん張ることで耐える。飛んでいった爪はバーテックスに届く……ことはなく、須美の矢よりも飛ばずにどこかへと落下していった。

 

 どうしたものか……と4人が悩み始めた時、不意にバーテックスの頭部らしき部分が光り始める。そして次の瞬間、そこから小さな、それでも子供1人くらいなら呑み込みそうな大きさの光弾が幾つも飛んできた……新士と銀に向かって。

 

 「っ、自分達狙いか!?」

 

 「アマっち、ミノさん! 避けちゃダメ!」

 

 「!? そういうことか……っ!」

 

 「避けちゃダメなら、全部弾き返す!!」

 

 思わず避けようとする新士だったが、園子に言われて何故かと後ろを確認する。そこにあるのは敷き詰められたように存在する樹。いつの間にか、バーテックスを見上げながら後ろへ後ろへと下がっていたらしい。今まで運良く大橋の上、あまり樹がない場所で戦えていたのであまり気にならなかったが、樹海が傷付けば現実世界に悪影響を及ぼす。2人が避けた場合、光弾はモロに樹海へと襲いかかるだろう。故に回避することが出来ず、迫り来る光弾を新士は拳と蹴りで、銀は双斧を振るい上へ打ち上げるように弾くしかなかった。

 

 2人が光弾を凌いでいる間に、須美と園子は状況を打開する手段を考える。だがその時間等与えないとばかりに、バーテックスは光弾を飛ばすことを止め、再び体を発光させたかと思えば、今度は4本の牙の中央にある胴体、その下の部分からビームのようなモノを飛ばしてきた。

 

 「これは、あたしじゃなきゃ無理かっ!! 新士、手伝って!」

 

 「了、解!!」

 

 新士の手甲では防御し切れないと悟った銀が彼より前に出て双斧を×字に重ね、真っ向から受け止める。真上からではなく斜め上からの照射により銀の体が大きく下がるが、その後ろから新士が抱き締めるようにして支え、具足の爪を地に突き刺して吹き飛ばないように踏ん張る。

 

 「2人共! 無事!?」

 

 「な、なんとか……っ」

 

 「アマっち~後どれくらい保ちそう?」

 

 「長く見積もって20秒、かねぇ!!」

 

 それを聞いた園子の思考が高速で回転する。新士と銀は動けない。何とか出来るのは須美と園子。使える手段は、その手段を使って何とかするにはと須美に目をやり、周りに目をやり、敵に目をやり、自分に目をやり……園子はぴっかーんと閃いた。

 

 「わっしー! あれ!」

 

 「あれ? ……なるほど、わかったわ!」

 

 「そ~れ!」

 

 名前を呼び、敵を指差す。園子がやったことはそれだけだが、須美はそれだけで彼女が何を言いたいのかを悟る。園子は自分が持つ槍の穂先、その周りに浮く幾つもの穂先を操り、階段のように間隔を開けて空中に設置する。普段は傘状にすることで盾として使っているが、本来この穂先は園子の意思で飛び道具としても使用出来る。その真価が、今発揮された。

 

 須美はその穂先の階段を跳ぶようにして登っていき、最後の穂先から勇者の身体能力をフルに使用して飛び上がる。空中という弓を使うには不向きな場所だが、地上の時よりも半分近く縮まった敵との距離に加え、今の須美の射撃の技量ならば何の問題もない。

 

 「南無八幡……大菩薩!!」

 

 弓の前に菊の紋章が現れ、そこを通すように矢を射る。須美の気合いを込めた一撃は紋章を通った瞬間に巨大化し、今尚ビームを放ち続ける敵の発射口に直撃、破壊する。ビームは止まり、バーテックスは破壊された部分から黒煙を噴き出してふらふらと落下し始めた。よし、と内心でガッツポーズを取る須美だったが、体が落下し始めたことで青ざめる。着地のことなど何も考えていなかったからだ。しかし、その恐怖は直ぐに別の感情に塗り替えられた。

 

 「よっと……流石須美ちゃんだねぇ」

 

 「し、新士君? ……っ!?」

 

 ビームが途絶えた瞬間、銀から離れて園子の槍の階段を登って須美を受け止めた新士。その際横抱き……所謂お姫様抱っこをすることになり、それに気付いた須美の顔が恐怖の青から羞恥の赤へと変わった。

 

 須美を抱えて着地した新士の姿を見ていた園子はムッとしつつ、自身も穂先の階段を登って飛び上がり、落ちてきているバーテックスの上を取る。そして階段にしていた分を手に持つ槍に付いている穂先の先に一列に並べ立てると、並んだ穂先が紫電が走る長大な1つの光の穂先に成り……それを思いっきり振り下ろした。

 

 「落ちちゃえ~っ!!」

 

 嫉妬混じりの振り下ろしはバーテックスの頭部らしき部分に叩き付けられ、ガゴォンッ!! という妙に重い音を響かせ、バーテックスは頭部から地面に落とされた。その頭部はべこっと凹んでおり、どこか哀愁を誘う。

 

 「アマっち~受け止めて~」

 

 「はいよ……っとぉ」

 

 槍をバーテックスへと投げつけ、串刺しにしつつ手を広げて新士にそう頼む園子。新士は何事もなかったかのように何時もの朗らかな笑みを浮かべて抱っこする形で体を回転させて衝撃を逃がしながら受け止める。そんな彼女の一連の行動を見ていた銀と須美は口元をヒクつかせ、自分達は何も見なかったとバーテックスに止めを刺す為に矢を放ち、斧で滅多切りにする。

 

 自分は何もしなかったなぁと苦笑する新士とニコニコと嬉しそうに笑う園子。抱き合う2人を見て疲れたように溜め息を吐く銀と須美の上を、勝利の証である桜の花弁が舞うのであった。

 

 

 

 

 

 

 バーテックスとの戦いを終え、予定通りイネスで昼食をし、ふらふらとイネス内を夕方まで回った帰り道、園子は迎えのリムジンの中でサンチョの枕を抱き締めながら物思いに耽っていた。

 

 (アマっちの家の雨野家……大赦の中だと名家の中でも格は最底辺に近いってお父様は言ってたけど……)

 

 雨野家。その家は大赦の中では格は最底辺。理由として、今代の勇者である新士を除いて勇者も巫女も輩出()()()()()()ことが挙げられる。そして何故かこの家はそもそもの出生率自体が低く、今や新士の養父を残して純粋な雨野の血族が居ないという有り様。この家は大赦のあまり善くない部分を古くから担い、故に格の割に地位と金はある。

 

 園子は知らないことだが、本来なら新士は雨野家ではなく別の家の養子になる予定であった。それを横から強引にかっさらうように、地位と金をフルに活用して今の養父が養子としたのだ。

 

 (気になるな~……()()())

 

 彼女が気になったのは、朝に新士の鍛練を見ていた際に彼の奥の部屋の中に見えた1枚の掛け軸に描かれた絵。その絵はその部屋だけでなく、新士の部屋以外の場所にも存在したのを園子は見ている。

 

 それは、太陽の下で樹木らしき影に頭を向けて平伏す人々が描かれていた。一見すれば普通の絵であるし、その樹木を神樹様であると考えれば別におかしくはない。実際、新士も銀も須美も気にしていなかった。が、園子はその絵に不信感を覚えていた。

 

 (まるで、()()()()()()()()()みたいだったな~……)

 

 それの何がおかしいのか、と聞かれれば園子にもわからない。ただ、彼女の独特の感性が叫んでいた。()()()()()()()と。()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 (……お父様に一応言っておこっかな~)

 

 いつの間にか着いていた乃木の大きな家を見て、園子はそう思った。




原作との相違点

・須美が戦闘終了後泣かない

・雨野家とか色々

・犬吠埼家の夢という神樹様の露骨な点数稼ぎ←



という訳で、新士が覗きの対象となる、山羊座との戦いでした。主人公がしたことは彼女達を抱き締めてお姫様抱っこして抱っこしただけです←

今回はオリ要素、オリ展開多めの回でした。雨野家関係はわすゆで終わらせる予定です。あくまでもチョイ役ですしね。



それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 7 ー

お待たせしました(´ω`)

今回は日常詰め合わせ、みたいな感じになっています。

カスタムキャストを使って新士を作ってみようと画策してみましたが、私の技量では無理でした。どうしてもロリっ娘にしかならんのや……←

ゆゆゆいでしずくssr来たぜひゃっほーう! 猫の手してるしずく可愛すぎ(尊死


 3体目のバーテックスを倒し、少し休憩してからイネスへ行こうということになり、いつもの如く樹海化から戻るとやってくることになる大橋の見える祠、その近くのベンチに座った折に周りに誰も居ないことを確認してから3人にこんなことを聞いてみた。

 

 「あの紋章みたいなのはどうやって出してるんだい?」

 

 須美ちゃんが矢を巨大化させる前に出る紋章、銀ちゃんの斧の上の穴に現れて炎を噴き出す紋章、のこちゃんの槍が盾になる時に出る紋章。自分は出せた覚えがない。というか、出し方がわからない。

 

 「えっ? そうね……言葉にするのは難しいわ」

 

 「そだね、あたしもよくわかんない内に出来てるし。強いて言うなら」

 

 「言うなら?」

 

 「勇者としての気合い! 根性! 魂!」

 

 うん、戦いの時に疲れた顔してたけど、もう大丈夫みたいだ。それはそうと、銀ちゃんの説明は分かりにくいというかなんというか……グッと片手を握り締めて強く言い切った姿は見ていて微笑ましい。それに、勇者としての気合いに根性に魂……うん、熱くていい言葉だ。存外、銀ちゃんが炎を出すのはこういう性格だからで、本当に気合いとかで出してるのかもしれない。

 

 「私はね~、こんな風に出来ないかな~って思ったら出て来たよ~」

 

 これまたふむ、と頷ける答えだ。のこちゃんは頭の回転が早い。それに想像力も豊かだ。少なくとも、自分が彼女の槍を使ったところで盾や階段として使うなんて思い付けないだろう。最後に使った紫色の光の穂先も彼女の想像力の賜物なんだろう。彼女の想像を勇者の力が形にしている、というところか。

 

 「私もそのっちに近いかしら。後は……神樹様にお願いしてるわ。今回の場合、大きな矢を想像して“神樹様、お願いします”っていう風に」

 

 神樹様にお願い……なるほど、そういうのもあるのかと思う。戦いの時、自分は皆を守り、自分も生き残ることを念頭に置いている。手甲具足に爪という装備の為、4人の中では誰よりも速く動けるし、誰よりも速くカバーに入れる。その為、攻撃よりも防御へと思考が寄りがちなことは自覚している。

 

 後はまあ、自分の武器を完全に把握しきれていなかったということもある。だが、今回で自分の爪の射出は須美ちゃんの矢よりは速いが射程は短いことを理解した。爪がどれくらい伸びるかも、訓練中に把握出来ている。

 

 そもそも、考えてみれば自分達が使っている武器と敵であるバーテックスに常識は通じない。気合いも根性も魂も、想像力も神樹様へのお願いも、恐らくは全てが正解なんだ。自分は常識に囚われていた。爪が伸びる、爪を射てる、この武器で出来るのは……自分が出来るのはこれくらいなのだと、限界を無意識に決めていたのかもしれない。神樹様に力を貸して等と夢で言っておきながら……我ながら情けないことだ。

 

 「……なるほどねぇ、参考になったよ。自分は、思っていたよりも頭が固かったみたいだねぇ」

 

 「じゃあ柔らかくしたげるね~。うりうり~♪」

 

 「おっ、じゃああたしも……ほら、須美もさ」

 

 「えっ!? じゃ、じゃあ失礼して……」

 

 「いや、そんな物理的に頭を揉まれてもねぇ……」

 

 次からは、自分もあの紋章のようなモノを出せるだろうか。そんな風に思いながら、しばらく3人に3方向から頭を揉み解されていた。

 

 

 

 

 

 

 とある日、新士は自宅の前に止まるリムジン……その中を見て唖然としていた。

 

 「ヘーイアマっち!  今日というナイスな休日を一緒にエンジョイしよう!」

 

 「ヤッタカターヤッタカタッタッヤッタカター!」

 

 「おっす新士!」

 

 お嬢様を体現したかのような紫色の服装に白い帽子にサングラスという格好をした妙なテンションの園子。イヤホンを着けて腕を上下に振っている、新士に気付いた様子のない須美。唯一普通に手を上げて挨拶してくれた銀。予め須美から連絡をもらっていたのだが、このテンションは予想外だっただろう。

 

 「うん……うん、よし、うん」

 

 「お、飲み込んだ。新士って結構受け入れるの早いよね」

 

 「褒め言葉として受け取るよ。で、エンジョイするってどこに行くんだい?」

 

 リムジンの扉を開けて中へと入り、銀の隣へと座る新士。須美からは“今からそのっちと銀を拾ってから向かいます”と連絡が来ただけで何をするのか、どこに行くのか把握していないのだ。

 

 「それはね~?」

 

 「それは?」

 

 

 

 「あ、あたしにこれは似合わないんじゃ……」

 

 新士が連れてこられたのは園子の家、つまりは乃木家であった。てっきりまたイネスか、もしくはどこかの娯楽施設だと思っていた新士には予想外な場所であるし、何気にお邪魔するのは初めてのことである。

 

 それはさておき、今行われているのは様々な服を保管している衣装部屋での銀のファッションショー。園子曰く、乃木家にある様々な服を銀に着せて更に可愛くしたいとのこと。

 

 最初は渋っていた銀だったが、これも経験、たまにはもっと女の子らしい格好をしなさいとの園子と須美の2人に押しきられた。新士は傍観である。尚、衣装部屋には仕切りがあり、その向こうにもう一部屋存在し、着替えている間は新士はそこにいる。

 

 今銀が着ているのは、清楚感漂う黒と白のワンピースのような服。頭には花の髪飾り。普段動きやすい服装で居る銀からすれば落ち着かないのだろう。が、周りの人間はそうではない。

 

 「そんなことないよ~。すっごく可愛いよ~? ねっ? わっしー」

 

 「ぷはーっ!」

 

 「おお~、そんな風に吹き出す人初めて見た」

 

 誉める園子が須美の方を見れば、そこには上を向いて噴水の如く鼻血を吹き出している須美の姿。その両手にはスマホを持ち、上を向いているにも関わらず正確に銀の方へと向けてパシャパシャと写真を撮っている。そんな彼女の姿に新士はどこか遠くを見る。こんな子だったかなぁ……と。

 

 「アマっちはどう?」

 

 「自分は服装には詳しくないんだけどねぇ……うん、可愛いよ銀ちゃん。そういう格好も似合っているねぇ」

 

 「そ、そう、かな? へへっ……」

 

 自分自身では落ち着かなくとも似合うと言われて悪い気はしないのだろう、新士が褒めると銀は照れ臭そうに頬を掻く。その姿にまた須美のスマホがパシャパシャと音を鳴らし、果てにはどこから出したのか本格的なカメラを手に残像を生みながら高速で移動して様々な角度から銀を撮る。新士はそんな須美を完全に意識の外へと追いやることにした。

 

 ここで更に須美と園子が暴走する。落ち着いた服装だったり、派手なドレスだったり、メイド服だったり、かつらにミニスカにキャラクターTシャツだったりと色々着せては写真を撮り……。

 

 「……」

 

 「怒っちゃった」

 

 「良かったわ、銀!」

 

 「何がだよ!!」

 

 「どうどう、落ち着いて」

 

 最初に着た服で新士の後ろに隠れながらむっすー、と涙目で膨れっ面になって怒りを示す銀。グッと親指を立てた須美に威嚇する動物の如く吠える銀の頭を、落ち着かせるように撫でる新士。彼だけが銀に威嚇されないのは、途中から新士が置いてきぼりになったからである。

 

 この後、園子と銀によってどこかの姫が着るような派手かつ豪華なドレスを着せられる須美。最初は“こんな非国民の洋服……”と言葉では拒絶していた彼女だったが、目をキラキラとさせて心を揺り動かさせられているのは丸分かりであり、そんな彼女を3人でニヤニヤとしながら見ていた。

 

 さて、これで終わりだろう……と、新士が1人油断していると、園子が彼の背後に回り込み、その肩を掴んだ。

 

 「アマっちも着てみない?」

 

 「ん? 自分が着るような男物の服は見えなかったけど……」

 

 「いやいや~、男物の服は無いけど……着る服なら沢山あるよ~」

 

 「……うん?」

 

 園子が指を指す方向へと新士が目を向ければ、そこにあるのは先程まで3人が入って銀を着せ替え人形にしていた衣装部屋。新士も先程中を見せてもらったが、覚えている限り女物以外の服はなかった。そこまで考えて、まさか……と園子へと視線を向ける。そこにはニコニコとしている園子。更に後ろにはイイ笑顔でカメラを構えた須美とニヤニヤとしている銀。

 

 「……女装しろ、ってことかねぇ?」

 

 笑みをひきつらせる新士に、3人は無慈悲に頷いた。

 

 

 

 「さっきの銀ちゃんの気持ちがよく分かるよ……」

 

 「可愛い! 可愛いよアマっち!」

 

 「……」

 

 「無言で写真取るのはどうかと思いますぜ須美さんや」

 

 灰色のショーパンに黄緑のフード付きノースリーブトップス。今の新士の服装がそれであった。しかも肩甲骨辺りまでの髪を首の後ろ辺りで2つに縛り、横髪にも白いリボンが巻かれ、姉の風と妹の樹を合わせたような髪型となっている。ボーイッシュな服装であったのは不幸中の幸いという奴だろう。なまじ顔が樹に似ていて背も銀と同じくらいな為、端から見れば完全に女子である。

 

 園子は興奮しながらどこからか取り出したメモに風を巻き起こしながら何やら書き綴り、須美は満ち足りた表情で鼻血を流しながらパシャパシャとカメラのシャッターを切り、銀も最初こそ同じように興奮していたものの、隣の須美(へんたい)を見て落ち着きを取り戻す。

 

 「アマっち!」

 

 「なんだい……?」

 

 未だ興奮冷めやらぬといった様子の園子はメモをしまい、新士の両手を包み込むように握り締める。既に精神的に疲れきっている新士だが、嫌な予感がしつつも拒むことなく彼女と視線を合わせた。

 

 

 

 「私、アマっちなら女の子でもいいよ! むしろ女の子の方が!」

 

 「うん、自分は男で居たいからね? というか着替えさせてくれないかい?」

 

 「新士君! 是非この服とこの服に!!」

 

 「落ち着け須美! その黄緑のやたらスリットが深いチャイナ服とチアリーディングの服から手を離せ! 流石に新士が可哀想……可哀……いや、アリだな!」

 

 

 

 

 

 

 とある日の神樹館での休み時間。須美は黒板にチョークでやたらリアルな軍艦を描いていた。それを見ていた他の勇者3人はおおーと感嘆の息を吐き、新士は真面目な須美が休み時間とは言え黒板に絵を描くという子供らしいことをしている姿に微笑ましさを感じていた。絵の内容は微笑ましさからは少し離れているが。

 

 「須美のその絵、なに?」

 

 「翔鶴型航空母艦の二番艦“瑞鶴”よ! 旧世紀……昭和の時代に数々の戦いで活躍した我が国の空母よ! 囮になって最後の最後まで頑張ったの……っ!!」

 

 「色々ガチ過ぎるだろ……」

 

 「須美ちゃんはそういうの詳しいねぇ。よっぽど好きなんだねぇ」

 

 「ええ! 夢は歴史学者さんだから」

 

 ドヤ顔、からの真剣な表情での熱い語り、最後は涙を流しながら敬礼。真面目な、真面目な須美ちゃん……? あれー? と新士が遠い目をしている横で銀が称賛と呆れ混じりに呟き、正気に戻った新士が微笑ましげに須美を見る。そんな2人の言葉を聞いた須美は敬礼を止め、グッと手に力を入れて夢を語る。

 

 旧世紀。神世紀よりも以前の元号である平成や昭和等の時代の呼び名である。神世紀となって298年、旧世紀の情報は決して多くはない。須美の夢はその旧世紀の歴史を研究、解明することらしい。

 

 「3人は何か夢はあるの?」

 

 「私はね~、小説家とかいいな~って思ってて。時々サイトとかに投稿したりしてるんよ」

 

 「あー……なんか納得」

 

 「独特の感性だものね……」

 

 「のこちゃんの小説ねぇ……後で読んでみたいからサイトを教えてくれるかい?」

 

 「いいよ~♪」

 

 後に新士は教えてもらったサイトで作品を見て直ぐにファンとなる。元々読書が好きで、どこか園子と似た部分がある新士の感性にストライクだったらしい。

 

 尚、園子は3人をモチーフにした登場人物を出していいかと3人に交渉。その際須美が“真面目だけど時々面白い”という評価をされ、不服そうにしていた。因みに、銀は“優しくて頼れる”、新士は“暖かくて安心する”と言われた。

 

 「銀の夢は?」

 

 「幼稚園の頃は家族を守る美少女戦士になりたかったな」

 

 「分かるわ!! お国を守る正義の味方……それは少女の憧れよね!!」

 

 「お、おう……?」

 

 (2人の温度差が激しいねぇ)

 

 (考えてる美少女戦士に違いを感じるね~)

 

 2人のトーンの差に強烈な温度差と勢いの差を感じつつ、今よりもっと小さい頃から家族のことを考えている銀の姿勢にいい子だなぁと笑う新士と園子。しかし、それは幼稚園の頃の夢。ならば小学6年となった今の夢はなんなのか? と園子が問うた所、銀は恥ずかしそうに頬を掻きだした。何故照れるのか? そう園子が疑問を口にしたところ、銀の今の夢は……。

 

 「家族って、いいもんだからさ。普通に家庭を持つのとかいいなって……だから今の夢は……“お嫁さん”……かな? なんて……」

 

 それは、女の子ならきっと1度は見るであろう夢。素敵な旦那さんとの幸せな結婚。愛する人との間に産まれる子供をその手に抱き、家族で笑い合う幸せな日々。それを普段男の子張りに活発な銀の口から出るというギャップ。須美と園子は即座に魅了されて銀に抱き付き、新士はそんな3人を朗らかな笑みで見守っていた。

 

 「なんだよ~くっつくなよ~。あ、新士は?」

 

 「自分かい?」

 

 「そう、新士の夢。新士だけ言わないなんて無しだぞ?」

 

 「……ごめんねぇ。今の自分には、これといって叶えたい夢は……いや、1つあるかな」

 

 「お、なになに?」

 

 「アマっちの夢……気になるね~」

 

 「慌てないのそのっち」

 

 1度生涯を全うした新士からすれば、夢なんて早々思い付かなかった。前の人生をなぞるように生きていくつもりはない。いずれ恋愛もするだろう、仕事にだって就くだろう。ただ、今は3人のように叶えたい夢がある訳でもなかった……今この瞬間までは。

 

 3人の期待の眼差しに、そこまで期待されてもねぇ……と苦笑いする新士。その苦笑いを直ぐに優しげな笑みへと変え、須美、銀、園子と順番に目を合わせるように視線を向ける。

 

 「君達が夢を叶えた姿を見たい……なんて、ね」

 

 きっと、輝いて見えるから。その言葉を告げた優しげな瞳の奥に、3人は決意の光を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 その後も、バーテックスがやってくることはなく平和な日々が続いた。というのも、神託でしばらくは敵襲は無いと出ていたので当たり前と言えば当たり前なのだが。この平和な時間は、勇者達に与えられた休養期間なのだ。

 

 4人でプールへと行った。園子を除く3人で競争をしたり……全力を出して疲れた須美と銀を園子と新士の2人で介抱したり、ウォータースライダーに園子と新士が2人で一緒に滑ったり、帰りにうどんを食べたり、その際に新士が5杯も平らげたことに3人が驚いたりした。

 

 園子が学校でラブレターを貰ったことがあった。須美と銀が果たし状だの不幸の手紙だのと騒いだものの、それは女の子からのモノだと知り、なぁんだと直ぐに落ち着いたり、須美にも手紙が来ていたが内容が“真面目な優等生だが口うるさい”との苦情だったり、実は新士の所にも入っていたがただの同級生からの感謝の手紙……おじいちゃん勉強教えてくれてありがとうと書かれていた……だったりした。

 

 4人でイネスの中にあるカラオケに行ったりもした。須美が軍歌を歌い、その際待機の3人が敬礼を無意識にしたり、銀が弟と見てるという特撮やアニメの歌を歌ったり、園子がラブソングや百合アニメの歌を歌ったり、新士が旧世紀の歌や演歌、アニソンと幅広く歌ったりと楽しんだ。

 

 1年生へのオリエンテーションも行った。園子が夢で見たという仮面戦士、国防仮面なるモノを現実のモノとし、須美の提案で護国思想を1年生に植え付けようとして安芸に怒られた。因みにこの国防仮面は須美と園子が1号、2号をやり、銀と新士は司会のお兄さんお姉さんをしていた。

 

 そして今日、別に集まる約束等していないハズなのにバラバラにそれぞれ過ごしていた4人が自然と同じ場所……駅前に集まっていた。

 

 「結局4人集まっちゃったな!」

 

 「勇者は自然と惹かれあうんだね~」

 

 「本当にねぇ……もう迷子にならないようにねぇ」

 

 「新士君が拾ってくれて助かったわ……」

 

 家族で外出していた銀。駅前近くをふらふらしていた園子。銀の“駅前で家族と買い物ちう”というメッセージから始まったNARUKOでの会話を見ていると園子が迷子であると知り、直ぐに駆け付けて確保していた新士、同じように駆け付けてきた須美。

 

 集まった4人は銀が家族での用事が終わったこともあり、そのままぶらぶらと町をのんびりと探索していた。何となく、このまま4人で一緒に過ごしたかったのだ。特に宛もなく歩く4人はペットショップの中を覗いてみたり、本屋に入って立ち読みしてみたり、焼き鳥の屋台を発見した園子が突撃しようとして新士に手を握られて止められたり、オモチャ屋に入ったらしばらく須美が瑞鶴のプラモを買うか悩み、長いと銀にツッコまれたり。

 

 そんなこんなで今はすっかり夕方。充分に休日を楽しんだ4人は口々に楽しかったと笑い、帰路を行く。新士は本来3人とは反対方向なのだが、女の子だけでは危ないと着いてきている。

 

 「……もうすぐ、また厳戒態勢が復活しちゃうね~」

 

 「そうね、気を引き締めなきゃ」

 

 「はぁ、楽しい休養期間があっという間ですよって……」

 

 「そうだねぇ……」

 

 ふと、新士は少女達の姿を見てこの休養期間中の出来事を思い返す。実に、実に楽しく平和な日々だったと。これこそが隣にいる少女達が本来過ごすべき当たり前な時間であるのだと。

 

 (……いや、違うねぇ。自分が彼女達にそう過ごしてほしいんだ)

 

 戦いよりも、遊びに恋にと時間を使ってほしいのだ。それが出来ないことは百も承知。だからこそ、余計にそう思うのだ。

 

 (お役目のことを忘れられたら、平和な世界を生きられるのかねぇ……なんて、ね)

 

 「おっと、あたしだけ違う道だっけ」

 

 我ながら突拍子もないことを……と新士が自嘲していると、3人の家へと続く別れ道に着き、何気なく銀が呟いた。別に何か不思議なことを言った訳ではない。実際須美と園子の家は銀の家に向かう道とは別の道で、それを再確認するかのように言っただけ。

 

 ただ、それだけのハズなのに。

 

 

 

 「それじゃ、またね」

 

 

 

 3人と別れる銀を見て……彼女ともう会えなくなるかもしれない。そんな言い様のない不安を、須美は抱いた。

 

 「ぎ……」

 

 「それじゃ、自分は最後まで着いていくよ」

 

 銀!! そう須美が叫んで手を伸ばしてそうになった瞬間、それを遮るように新士が銀の隣に立った。ただそれだけのことで、感じた不安が遠のく。少なくとも、先のような銀と二度と会えなくなる……そういう不安は収まった。

 

 「あ……」

 

 「別にいいのに。新士、家反対だって言ってたじゃんか」

 

 「銀ちゃんが1人になっちゃうからねぇ。そうさせる訳にはいかないよ」

 

 「う、うーん……ま、ありがとネ」

 

 「どういたしまして」

 

 だと言うのに、また別の不安がやってくる。先程のモノと同じくらいの……嫌な予感が、須美の胸の内を不快感を伴って巡る。

 

 「……わっしー?」

 

 「え……あ……なんでもないの、そのっち」

 

 首だけ振り返って無言で2人に向けて手を振る新士と、その新士に話し掛けながら進んでいく銀。2人が何か話している。楽しそうに笑っている。そんな横顔が夕焼けの向こうに消えていく。その光景から目を離すことが出来ず、それを園子に心配そうに見られながら須美は……。

 

 「……なんでも……ないの」

 

 今度は、最後まで叫びかけることも……手を伸ばしかけることも出来なかった。




原作との相違点

・ファッションショーに主人公参加。女装させられる

・銀の“またね”に対し、須美が彼女の手を掴めない。嫌な予感の対象に主人公追加

・その他色々


紋章(もしくは魔方陣)の説明はオリジナルです。あれ、ホントどうやって出してんですかね。

服装とか髪型の説明は私にとって鬼門の1つ。でもなるべく想像が着くように頑張ってます。須美が手にしていたのはゆゆゆいの樹ちゃんの奴です←

もうすぐあの日、あの戦いがやってきます……小説ヤバかった。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 8 ー

お待たせしました(´ω`)

いつの間にバーが赤く……評価を下さった皆様に感謝。

最近エガオノキミヘを聞きながら執筆してました。ホント神曲過ぎて永遠に聴いていられますね。

ゆゆゆいにてバレンタインひなたが来てくれました(歓喜)


 夢を見た。樹海で戦っている時の夢を見た。大橋の上、舞い落ちる桜の花弁の下で座り込む、赤黒く染まった服を着た1つの人影を見た。その人影を目指し、己は進む。足取りは重い。頭から血を流し、それが左目に入っているのか左側の視界が暗い。

 

 「……」

 

 歩く。己の両隣に人が居る気がするが、そちらへは視線が行かない。人影に声をかけている気がするが、己の口からも隣人からも音が漏れることはない。人影からの返事もない。痛いほどの静寂、それは寒気すら感じる程で。

 

 「……あ」

 

 声が出た。どちらかというと漏れた、と言う方が正しい。少なくとも、意図して出したモノではなかった。

 

 「ああ」

 

 人影の近くまで来た。人影の姿を見た。 それは背中を向けていた。それは赤黒く染まった勇者服を着ていた。ソレは身動き1つしなかった。ソレハボロボロの勇者服を着ていた。それは、ソレが、ソレニ。

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 その体に、首はついていなかった。

 

 

 

 「ーーーーっ!!」

 

 自分の声にならない悲鳴と共に起き上がる。呼吸がし難くておもわず胸を抑え、荒い呼吸を必死に整える。視界がぼやけているから涙も出ているらしい。片手は胸を抑え、もう片方は涙を拭く。

 

 「っはぁ! はぁっ! はっ……えふっ、ひっ……ふ……うぅ……っ」

 

 嫌な夢を見た。嫌な夢を見た。嫌な夢を見た。そう何度も繰り返す程に、嫌な、怖い、恐い、そんな夢を見た。

 

 落ち着いたのは、それから数分後。それまで自分自身の状況すら分かっていなかった。目の前には電源が付いているノートPC、そこには明日……端末の時計を見れば今日。同じ勇者であり、班員でもある3人へと渡そうとしているモノのテキストデータが写っている。どうやら書いてる途中に眠ってしまったらしい。

 

 座りながら机にうつ伏して眠っていたからか体が痛い。それ以上に、心が痛かった。夢見が悪いなんてモノじゃない。悪夢を見るにしてもあんな……縁起でもないモノなんて見たくなかった。

 

 「あれは夢……そう、夢なんだから……」

 

 嫌にはっきりと覚えていることが怖かった。気味が悪い。気持ち悪い。大声で悲鳴を上げなかったのが我ながら不思議で堪らない。

 

 「なのに、なんでこんなに……」

 

 涙が溢れて止まらない。先日にも感じた嫌な予感が甦ってきて、夢と重なって、怖くて恐くて堪らない。誰かに会いたい。そのっちに、銀に、新士君に、誰かに会って生きてることを確かめたい。でも、確かめるには時間が悪い。時計は深夜の1時を回ってる。電話なんてもってのほかだ。

 

 「……ごめんなさい」

 

 それでも、かけてしまった。恐怖に勝てなかった。相手に聞こえない謝罪をして、でもどうか出てほしいと願う。

 

 一回、二回、三回と呼び出し音が鳴る。普通出るハズがないと理解していても焦りが出る。お願い、お願いだから出て。

 

 『ふぁい、もしもし……?』

 

 「あっ……も、もしもし……」

 

 かくして、その願いは叶った。でも本当に出てくれるとなると何を言ったらいいか分からなくなる。恐い夢を見たから電話しました……小学6年にもなって恥ずかしすぎる理由だ。

 

 『……? 須美ちゃん? こんな時間に電話なんて珍しいねぇ』

 

 「あ、えっと……その……」

 

 私が掛けたのは、新士君だった。電話帳に登録されている友達の名前で最初に出てくるのがあ行である彼だからというのもあるけれど……きっと、私は彼なら私の心境を理解してくれる、笑わずに話を聞いてくれる……いや、私は無意識の内に彼を頼りにしていたんだと思う。

 

 『……何か、恐い夢でも見たのかい?』

 

 「っ!? な、なんで……」

 

 『妹が恐い夢を見た時、よく自分の布団に潜り込んで来てねぇ。それと似たような感じがしたからさ』

 

 「……うん、そうなの。ごめんなさい、こんな時間に……」

 

 『いや、いいよ。須美ちゃんが眠れるまで、こうしていようか。恐い時は、無理しなくていいんだよ』

 

 ああ、やっぱり分かってくれた。いつだって彼は、私の恐怖を理解してくれるんだ。彼やそのっち、銀が居なければ……私の心は疾うの昔に壊れていてもおかしくない。だから、あの夢が余計に恐い。

 

 「……夢、見たの」

 

 『うん』

 

 「樹海で戦いがあって、終わってて……誰かが1人で、大橋に座ってて……」

 

 『……うん』

 

 説明している内に甦る悪夢。嫌になる程はっきりと覚えている夢の内容が、説明している私の心を引き裂きに来る。また涙が溢れて、それでも口は止まらなくて。

 

 「赤い服、着てて。近付いたらくび、首が無くてぇ……っ!」

 

 『……』

 

 「あんな夢、見たくなかったのに! 覚えていたくないのに! 今もずっと頭に残って、恐くて、それで!」

 

 『……須美ちゃん』

 

 「……新士君……?」

 

 『ちょっと待っててね』

 

 その言葉を最後に、彼の声が聞こえなくなった。もしかしたら……恥ずかしい話、用を足しに行ったのかもしれない。なので、私は彼の言うとおりに待っていた。その待っている時間の静寂すら、今は怖かった。

 

 仕方ないと思う気持ちと、何も今行かなくてもいいのに……と我ながら面倒臭い我が儘な部分が出てくる。数分待っても反応が無かったが、コンコンと窓をノックするような音がした。まさか……そう思って窓まで行き、閉めていたカーテンを開ける。

 

 『やっ』

 

 電話越しに聞こえる彼の声。その本人が月明かりの下、勇者服姿で私の部屋の窓の外に居た。

 

 「な……なんで……」

 

 休養期間中に3人を招いたことがあるから、家の場所も部屋の場所も知っていることに不思議はない。不思議なのは、なぜここに勇者服で居るのか。

 

 『なんでって……電話越しに話してるより、顔を見れた方が安心出来るからねぇ。いやぁ勇者の身体能力はやっぱりスゴいねぇ。数分足らずでここまで来れたよ』

 

 「そうじゃなくて! 今深夜で、どうしてここまで……」

 

 『決まってるじゃないか』

 

 「え……?」

 

 

 

 『須美ちゃんが泣いているんだ。だったら自分は、いつでも駆け付けるよ』

 

 

 

 きっと、深い意味はない。彼はそういう人だ。孫を甘やかす祖父のように誰かを甘えさせる。私だけが特別という訳じゃない。そのっちと銀が私みたいになっても、きっと彼は同じことをする。

 

 「……う……う゛ぅ~……!」

 

 端末を持ったまま窓を開けると、彼は勇者服を消していつか見た浴衣姿で部屋に入り、私を抱き締めてくれた。その衝撃で端末を落としてしまう。勝手に部屋に入ってきたことに文句はない。そのつもりで開けたのだから。

 

 彼の手が優しく私の頭を撫で、違う手でポンポンと背中を叩く。人肌の温もりが私を安心させてくれて、また涙が出てくる。恐いからではない。安心したからだ。

 

 「大丈夫、大丈夫。今は1人じゃないからねぇ」

 

 「うん……っ」

 

 きっと、深い意味はない。でも、私はそうじゃなくて。

 

 「夢は夢だから。自分達4人なら、夢みたいなことにはならない……させないから」

 

 「うん……っ」

 

 胸の奥が温かくて。彼にずっとこうしていてほしくて。

 

 「大丈夫……自分が守るよ」

 

 「私も、守るからっ……一緒に頑張る、から!」

 

 「……うん、一緒に頑張ろうねぇ」

 

 守られるだけじゃ嫌だった。頑張ってもらうだけじゃ嫌だった。私も守りたくて、夢のようにならないように頑張りたくて。

 

 そうして私達は……新士君は、朝方まで抱き締めてくれていた。

 

 

 

 彼がまた勇者に変身して帰っていった後、私は眠気を我慢しつつ登校すると、既にそのっちと新士君が居た。彼女はいつものように彼の机に頭を置いて眠っていて……彼もまた、同じように眠っている。

 

 「……むぅ」

 

 何故か、それが面白くない。そう思った私は自分の席に鞄を置き、そのっちとは反対方向の席の椅子を借りる。そして自分でも不思議なことに、2人と同じように机の上に頭を置いた。

 

 瞬間、他のクラスメートがざわついた。私自身なんでこんなことをしているのか不思議なのだが、やってみるとこれが意外と心地好い……その理由はきっと、目の前に彼の寝顔があるからだろう。

 

 結局私はこの後眠ってしまい、3人揃って安芸先生に珍しそうな顔をされた後に怒られることになり、銀はまた遅刻して怒られた。悪夢は、見なかった。

 

 それが、遠足に行く前日の出来事。

 

 

 

 

 

 

 遠足当日、場所は4人が住む町から少し離れた場所にある有名かつ人気の観光地であった。国内最大と言われる庭園にアスレチックコース、 キャンプ地としても開放される広場等、中々の広さを誇る。

 

 「さて、どこに行こうかねぇ」

 

 「当然、アスレチックコースだろ! 勇者たるもの、それくらい軽く制覇しなくちゃな!」

 

 「ミノさん元気だね~」

 

 「銀の理論はよくわからないけど、今の私達ならどれくらい行けるのか……試してみたいわね」

 

 生徒各員が班毎に散らばる中、勇者4人はそんな会話の流れからアスレチックコースを選択。辿り着いた先には合同訓練の際にも見たことのあるモノから見たことないモノまで様々で広さもある。既に来ていた他の生徒達もチャレンジしているのが見える。

 

 4人も早速チャレンジ。スタート地点からゴール地点までに存在する全てのアスレチックを制覇しようと銀が先頭を行き、須美、園子と続き、新士が最後。体操服なので下着が見えるなんてことはない。見えたとしても新士は気にしないが。

 

 「へへー、楽勝楽勝♪」

 

 「まぁ、これくらいは……んっ……ね」

 

 「ミノさ~ん、わっし~、早いよ~……あわ、わわわ!?」

 

 「ほらのこちゃん、ゆっくりで良いからねぇ。慌てない慌てない」

 

 「えへへ……」

 

 吊るされたタイヤをするすると潜り抜けていく銀、時折その大きな胸が引っ掛かるものの銀に遅れず進む須美。2人に少し遅れて園子が進むものの時折タイヤから落ちそうになり、それを見た新士がタイヤから降りて園子を支える。こうなると予想して最後尾に居てよかった……と彼は苦笑いし、園子は恥ずかしそうに笑った。

 

 その後も4人はアスレチックを進み、先に進んでいた生徒達を追い越してゴールまで辿り着いた。途中で銀が調子に乗って片手で斜面板の吊るされた紐を登りきろうとしたが手を滑らせ、あわやというところを新士にお姫様抱っこされる形で助けられ、彼に思いっきり怒られるという一幕があったが。

 

 「お姫様抱っこは正直ドキドキした。でも新士に怒られて別の意味でドキドキした……」

 

 とは銀の談である。普段怒らない人が怒ると怖い。その場面を目撃した全員の感想であった。

 

 

 

 昼食はお弁当を持参……ではなく、広場にあるキャンプ地に備え付けられたバーベキュー用の鉄板を用いた焼きそばであった。班毎に分けられた材料を使い、生徒達で調理を施していく。それは当然、4人の班も変わらない。

 

 「く~! これ美味しい奴。絶対美味しい奴!」

 

 「まだ味付けもしてないのに、気が早いねぇ」

 

 (新士君、料理出来るのね……失礼な話だけど意外だわ)

 

 家の手伝いで手慣れている銀とある程度家事をそつなくこなす須美、前世の影響でざっくりとした男料理くらいなら作れる新士が材料を切り、焼きと調理をする中、唯一家事などしたことがない園子は紙皿や紙コップ等を用意する。

 

 「ミノさんはわんぱくだね~」

 

 「……いえ、そのっちも大概だと思うけれど……そのカブトムシを手に付けてても動じないところとか」

 

 ふと須美が園子を見ると、彼女の左腕の肩辺りにカブトムシが一匹止まっていた。虫が苦手である須美は冷や汗をかき、園子から少しだけ距離を取る。いくら彼女が友達とは言え、苦手なモノを付けていては近付きたくないらしい。

 

 「わっしー虫苦手なんだっけ?」

 

 「ちょ、ちょっとだけ……」

 

 「大丈夫! 直ぐに仲良くなれるから」

 

 「そうかし……ら……」

 

 苦手な虫と仲良くなれると言われても乗り気になれず、1度園子から目を離して焼いている肉を焦げ付かないように引っくり返す。そして再び園子へと視線を向けると、そこにはいったいどこからそんなに集まってきたんだとツッコミたくなる程に全身をカブトムシに覆われた園子の姿。

 

 瞬間、須美は声にならない悲鳴を上げて逃走。直ぐ近くでそばを焼いていた新士の後ろへと隠れてぶるぶると涙目で震えるのであった。

 

 「うーん、美味い! カブト味だな」

 

 「入れてないから!」

 

 「流石にカブトムシを食べたくはないねぇ……」

 

 「美味しい~♪」

 

 そんなこんなで出来た焼きそばに舌鼓を打つ4人。ソースの良い匂いが香り、具沢山に仕上がった焼きそばは青空の下、仲の良いメンバーで食べるということもあってか4人にはとても美味しく感じられた。

 

 「はぁ……」

 

 「おおう、どうした園子。テンションの上がり下がりが激しいゾ」

 

 「だって、3人共料理出来るのに私だけ……」

 

 「焼きそばくらい、簡単に作れるわよ」

 

 「自分は料理と言っても、大雑把に切って炒めるくらいしか出来ないんだけどねぇ」

 

 「う~……! そうだ、ミノさんにわっしー。今度の日曜に焼きそばの作り方教えて! わっしーの家で!」

 

 「私の家!? まあ、いいけど」

 

 「あたしもいいよ。この銀様が美味しい焼きそばの作り方を伝授してしんぜよう」

 

 (仲良き事は美しきかな……とは言うもんだねぇ)

 

 自分の名前が省かれたことは、新士は気にならない。友人の家で料理を教えてもらう、何とも女の子らしさがあるじゃないか。そんな空間に自分のような男は不用だろう……そんな考えが彼にはあった。が、そう考えていたのは彼だけだったらしい。

 

 「そんでね? アマっち」

 

 「ん?」

 

 「美味しく出来たら……アマっちに最初に食べて欲しいんよ……」

 

 恥ずかしそうに俯きながら、園子は呟くような声で言った。銀はニヤニヤとしながら口元に手を当てて新士を見て、須美はあらあらと顔を赤くしながら興味深そうに同じように視線を送る。新士自身、園子からそんなことを言われては嬉しくないハズもなく。

 

 「……うん。その時は、是非ともご馳走になろうかねぇ」

 

 「ホント?」

 

 「うん」

 

 「約束ね?」

 

 「うん、約束」

 

 朗らかな笑みを浮かべる新士に、園子は頬を染めながら笑った。

 

 

 

 焼きそばを食べ終えた4人は食休みがてら、キャンプ地の近くにある高台に登り、自分達の街がある方を向いて景色を眺めていた。その際に銀がイネスは見えないかと遠くを見据え、相も変わらずイネス好きな彼女に須美が呆れの溜め息を吐く。園子も銀の隣で景色を眺め、新士は彼女達から少し離れたところでその様子を見ていた。

 

 「なんかさ、不思議だよね」

 

 「何が?」

 

 「いやさ、お役目に選ばれていなかったらさ。こうして4人で居なかったんだなーって」

 

 ふと、銀が笑いながら言った。それを聞いて、他の3人も確かに……と思う。

 

 もし、この場の4人がお役目に選ばれなければ。新士は雨野 新士ではなく犬吠埼 楓のまま、神樹館に来ることもなく家族で平和な日々を過ごしていただろう。接点もないので、3人とは関わることは無かったかもしれない。

 

 須美も鷲尾家に養子に出ることもなく、元の家で今とは違う生活を送っていただろう。仮に神樹館に入学したとしても、新士も居なければ接する必要もないので、当初苦手であった銀、園子とはあまり仲良くならなかったかもしれない。

 

 園子もまた、友達が出来ないままでいたかもしれない。新士のように乃木家のことを知らない生徒等居ないのだから、そのまま遠巻きに見られ、近付き難い存在として扱われていたかもしれない。

 

 銀も銀で、家の手伝いに弟の世話、学校では2人と違って活発なので外で遊び、接点がなければ関わることはなかった可能性が高い。最も、彼女は差別等しないタイプなので1度接点を持てばそのまま友人関係になったかもしれないが。

 

 「今じゃこうして一緒に話したり、出掛けたり、遊んだりしてさ。不思議だなーって」

 

 「そうだねぇ……そう考えると、勇者に選んでくれた神樹様に感謝だねぇ」

 

 「ええ、そうね。私も……皆と友達になれて嬉しいから」

 

 「私もなんよ~♪ アマっちもわっしーもミノさんも大好き~♪」

 

 「きゃ、もう、そのっちったら……」

 

 銀と新士がしみじみと言い、須美は少し恥ずかしそうに笑い、園子が満面の笑みで須美に抱き付き、彼女も受け止めて抱き返す。その後すぐにあたしも混ぜろー! と銀も反対側から抱き付き、新士はその光景をただただ眩しそうに、見ているだけで幸せな気持ちになりながら見ていた。

 

 そんな彼の姿を見て、3人は少し不安に思う。新士はいつだって自分達を遠くから見守る。自ら輪に入ってくることはあまりない。今もこうして見ているだけで、あんなにも幸せそうに笑っている。まるで、そこに自分は必要ないと……自分は見ているだけで充分だと言っているかのように。

 

 (2人共)

 

 (おう)

 

 (うん!)

 

 須美から2人へのアイコンタクト。それだけで2人は理解する。

 

 「アマっち~♪」

 

 「うん? っとぉ……」

 

 まずは園子が抱き付きにかかり、新士が受け止める。他の男子ならやらないが、彼なら躊躇いなく出来る。それだけの信頼があるのだから。

 

 「なーに離れてるのさ」

 

 「銀ちゃん……?」

 

 「遠くから離れて見るんじゃなくて、友達なんだから近くに居ればいいじゃんか」

 

 続いて銀が新士に近寄り、園子を抱き止めている新士の腕を引いて須美の居る場所まで連れていく。彼女の言葉に何か思うことが合ったのか新士は一瞬目を見開き……また口元に笑みを浮かべ、頷いてから移動する。

 

 「新士君。前に、私が言ったことを覚えてる?」

 

 「どれのことだい?」

 

 「私も守る。一緒に頑張るって言ったじゃない」

 

 「うん……覚えてるよ」

 

 「だったら、もう私達から離れないで。近くに……側に居て?」

 

 女の子から言われる台詞としては何とも破壊力のある言葉だと新士は思った。須美が言った言葉は、銀も園子も思っているのだと分かる。彼女達の目がそう告げていた。女の子の成長は早いものだ……そう思いつつ、クスクスと笑みが溢れる。何故なら須美の言葉はまるで……。

 

 「側に居て、か……告白みたいだねぇ」

 

 「こっ!? いや、あの、そういうつもりじゃ! いえ、別に新士君が嫌な訳じゃ、どちらかと言えば好意的で、でも私達にはまだそういうのは早いというか……」

 

 「む~……む~!」

 

 「おっと、次はあたしが仲間外れな感じに……いやはや、新士さんはモテますな~」

 

 新士がからかうように言うと須美は真っ赤になって慌て、園子が面白くなさそうに抱き付く力を強め、銀がそんな2人と自分の温度差に少し疎外感を覚えるも直ぐに茶化す。まだまだ恋だ愛だと言うには早い。新士はともかく、彼女達はまだ中学生にすらなっていないのだから。

 

 だが、まあ……悪い空気でもなければ嫌な気持ちという訳でもない。次第に、4人は可笑しくなって笑い合う。楽しくて、嬉しくて、心地好い。ただの同じお役目の仲間から仲の良い友達へ。そして、友達から掛け替えのない親友へと関係は変わる。その先へと至るのかは……まだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 4度目となる襲撃が来たのは、遠足から戻ってきてからの帰路でのこと。直ぐに大橋へと向かい、その中央で敵を待つ。その際、夢を見た須美とその夢の内容を聞かされていた新士は自然と赤い勇者服姿の銀へと視線を向けていた。

 

 以前の合宿中、須美は勇者でありながら巫女の適性も持つという話を安芸から聞かされていた。須美の夢が巫女に降りるという神託、或いはそれに近い予知夢のようなモノであるならば……そう2人は考えている。荒唐無稽だとは思わない。何故なら自分達は神様という超常の存在が居る世界を生きているのだから。

 

 守る。仲間を、友達を、神樹様を、世界を。何度も何度もそう決意する。そして、今回の敵が現れる。

 

 「2体……!?」

 

 「なるほど、そーきたか……!」

 

 黄色い、蛇のように長い数珠のように球体が繋がっている部位。その先に鋭い針が付いており、反対側には金魚鉢を抱えた丸椅子のような胴体と顔のようなモノがある。相も変わらず説明に困る姿をしているソレは、後にスコーピオン・バーテックスと呼ばれる存在である。

 

 そして、これまた顔のような部位と赤い細長い体。その先には巨大な鋏が存在し、更に特徴として周囲に6枚、両刃の剣先にも見える五角形の巨大な板。後にキャンサー・バーテックスと呼ばれる存在が、同時に現れた。

 

 「ミノさんは赤い奴! アマっちは私と黄色い方! わっしーは援護!」

 

 「「「了解!」」」

 

 即座に園子が短くも素早く指示を出し、それぞれが行動を開始する。銀が向かって来るや否や、キャンサーはその鋏を突き出し、銀はタイミングを合わせて手にした双斧の片方を下から上へと振り上げて弾くが、直ぐにそれは彼女を押し潰さんと振り下ろされた。だが今更そんな単調な動きに当たる銀ではなく、攻撃の軌道上から外れてキャンサー目掛けて飛び上がり、斧を振るう。しかしそれはキャンサーの周りに浮いている板の一枚が間に入ることで防がれた。

 

 やばっと焦りが顔に出るが、敵が反撃に出る前に須美の矢が顔らしき部分に当たり、爆発。反撃を受けることなく着地した銀は須美にお礼を言いつつ、敵から少し距離を開ける。

 

 「サンキュー須美! こいつ、シンプルな動きであたし向けだけど、あの板が硬い!」

 

 「次は気をつけてね、銀!」

 

 同時に、スコーピオンに向かって行った新士と園子。スコーピオンの攻撃もまたシンプルなモノで、長い数珠のような体……尻尾の先に付いている針を2人目掛けて何度も振り下ろしていた。

 

 「嫌な体の色と鋭さの針だねぇ……掠るだけでもヤバそうだ」

 

 「それじゃあ、絶対当たらないようにしないとね~」

 

 園子はいつものように傘状にした槍で防ぎ、新士は持ち前の素早さを生かしてかわし続け、数度目となる敵の振り下ろしを同時に避けたところで跳躍し、爪と槍をその顔のような部位に叩き込む。スコーピオンが仰け反ったところでその顔を蹴り、後方へと跳んで着地、1度距離を取る。

 

 一連の流れを見れば優勢に事を進められていた。このまま油断無く行けば勝てる……4人がそう思い、新士が再びスコーピオンへと向かった瞬間、ソレは降ってきた。

 

 「っ!? そのっち!」

 

 「わっしー! ミノさん!」

 

 「っ、なんだよ、これ!」

 

 それは、オレンジ色の細い光の矢であった。その矢が大量に、さながらどしゃ降りの如く上から降ってきたのだ。咄嗟に園子が槍を上に向けて傘状に展開、近くに居た須美と銀がその中へと入り、難を逃れる。

 

 「皆!? がっ!?」

 

 1人その矢から逃れる形となった新士だったが、2体のバーテックスの奥に巨大な影を見た瞬間に本能的に両腕をクロスさせて体の前に出す。するとその瞬間、影から一筋の光が飛んできたかと思えば両腕に凄まじい衝撃が走り、後方へと吹き飛ばされた。

 

 「新士君は……!?」

 

 「アマっち!!」

 

 「新士!」

 

 矢は雨が止まった後に新士が心配した3人が彼が居た方へと目をやると、丁度新士が何か……巨大な槍のようなモノを受けて吹き飛ばされる瞬間だった。唖然とする須美と思わず声を上げる園子と銀。それは、戦闘中では決定的な隙だった。

 

 再び降ってくる矢の雨。その矢のせいで身動きが出来なくなる3人。その3人に、スコーピオンが矢を体に受けつつも強引に尻尾をがら空きの横から凪ぎ払う。咄嗟に銀が双斧を盾にして2人の前に立つ……が、やはり敵の巨体を受け止めきれず。3人は、声を出す間も無く吹き飛ばされ、体を強く地面へと打ち付けた。

 

 「が……あ……」

 

 「ぐ……大、丈夫……か!?」

 

 須美は痛みに呻き、園子は頭から血を流して気絶。咄嗟に防いだ銀も、口の中を切ったのか口元から血を流してふらふらとしている。

 

 「う……げぇ……」

 

 何とか体を起こそうとする須美だったが、立ち上がることが出来ず、それどころか内臓を傷付けたのか血を吐いてしまう。たった一撃。それだけで優勢だった戦況が大きく引っくり返された。

 

 「ちっ……アイツか……!」

 

 銀が2体の奥を睨む。そこに居たのは、どこに隠れていたのか3体目のバーテックス。勾玉のような形の青い体、その上部分に巨大な口があり、その下に不気味な顔がある。サジタリウス・バーテックス。それが矢の雨を降らせ、新士を吹き飛ばした槍のような矢を放った下手人であった。

 

 スコーピオンが矢を受けた体を修復していき、サジタリウスはゆっくりと近付き、キャンサーが板で押し潰さんと3人目掛けて振り下ろしてくる。銀は直ぐ近くの須美を抱えるが、園子にまで手が届かない。

 

 「やばっ、園子!」

 

 「大丈夫、自分が居る!」

 

 「っ! ナイス新士!」

 

 が、彼女は戻ってきた新士が抱える。それを見た銀は称賛しつつ、2人で板の範囲から逃れる。そのまま止まること無く、3体から目を離さずに距離を取った。須美と園子を抱えたままではマトモに戦うことなど出来ないからだ。

 

 「新士、大丈夫?」

 

 「手甲の上からだったからねぇ、問題ないよ」

 

 「……どうする? 新士」

 

 「……」

 

 銀の問いに、新士は沈黙で返す。どうする? と聞いてはいるが、銀自身どうするべきかは分かっている。須美と園子は今は戦えない。だからどこか安全な場所へと運ぶ必要がある。それが最優先。だが、それを敵が黙って見ていてくれるとは思っていない。故に、どちらかが敵を引き付ける必要がある。問題は、どちらがどちらをするか。

 

 (……やっぱり、ここは防御力のあるあたしが……怖いけど、やるしか……)

 

 同じ近接型として速度は新士に劣るが、タフさでは自分に分があると銀は思っている。なら、ここは自分が敵を引き付けるべきだと彼女は考えた。

 

 「銀ちゃん」

 

 「ん?」

 

 「2人を頼むよ。自分がアイツらを引き付けるからねぇ」

 

 「なっ!? あたしの方が防御力があるから、引き付けるのはあたしが」

 

 3人を守るように前に出た新士の言葉に銀は反論する。だが、それは直ぐに遮られた。

 

 

 

 「銀!!」

 

 

 

 ビクッ!! と銀は肩を跳ねさせる。新士に呼び捨てにされたのも、大声で怒鳴られるのも初めてのことだった。そこに感じたのは、まるで悪いことをして親に怒られた時のような恐怖だった。

 

 「……頼むよ。君の斧ならいざというときに盾に出来る。自分じゃ、守り切れないんだ」

 

 新士は振り返りながら、今度は悔しげな声で諭すように言った。そう言われては銀も返す言葉がない。彼の速度も、2人を抱えていては十全に出せない。もし攻撃されてしまえば、避けきれるか分からない。その点銀なら、例え避けられずとも斧を盾に出来る。それだけの大きさがある。

 

 新士を……誰かを1人残すのは、銀にとって自分が1人残るよりも怖かった。しかも相手は3体も居るのだ、無事で居られる保証なんてどこにもない。むしろ……それでも、悩んでる時間すら惜しい。だから銀は、頷いた。

 

 「……ありがとう。怒鳴ってごめんねぇ」

 

 銀はポン、と頭に手を置かれ、撫でられた。そこにある愛おしいという感情と、新士の良い子だと小さな子供を褒めるような笑顔を見て……言葉を聞いた銀の背筋が凍った。それがまるで、今生の別れのように思えたから。

 

 「っ……直ぐ、戻るから。2人を安全な場所に連れていったら、直ぐに戻るから! 死んだら、許さないからな!!」

 

 それだけ言って、銀は2人を抱えて走り出す。サジタリウスが銀の方を向き、下の顔の口が開く。その瞬間、ガガガガッ!! と音が響き渡り、サジタリウスの体に4つの小さな穴が空き、体が傾いて行動を中断。その間に銀は大橋から飛び降り、勇者の身体能力をフルに使って問題なく着地すると、そのまま樹海の中を走って離れていく。

 

 新士は銀の言葉に小さく笑みを浮かべ、体勢を低くして両腕を広げ、1メートル程に爪を伸ばし、視線は3体の敵へと向ける。3体もその体を新士へと向けた。

 

 

 

 「さて……あの子達を傷付けた責任を取ってもらわないとねぇ……!!」

 

 

 

 その言葉と共に憤怒の表情を浮かべ、新士は走る。今まで守ることに割いていた分の力を、全て敵を倒すことへと注ぐ。

 

 今、彼の孤独な戦いが始まった。




原作との相違点

・須美が悪夢を見る

・須美が分厚いしおりを作るも間に合わない

・焼きそばの約束に“主人公が最初に食べる”が追加

・銀ではなく主人公が足止めに

・その他色々



バーテックスのビジュアルの説明難しいんだよ!(床ダァン!

はい、わすゆの山場です。日常詰め合わせ、フラグ詰め合わせ回でもあります。ブレイブキラースコーピオン登場。お前ぜってぇ許さねえからな←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 9 ー

お待たせしました(´ω`)

今回は戦闘回。やはり戦闘は書いていて楽しいです……ちゃんと想像出来る文章となっていればいいですが。


 何かを……致命的に何かを間違っている気がした。

 

 「ちくしょっ……安全な場所っつったって何処まで行けば……」

 

 銀にそのっちと共に担がれて運ばれながら、私はそんな不安を感じていた。お腹が少し苦しい。視線の先には、まだ大橋の下側と側面が見えている。ピカピカと光っているから、新士君はあそこで戦っているんだろう……1人で。

 

 (()()()()()の銀がここに居るから、少なくともあんな夢みたいなことにはならないハズ……なのに……)

 

 不安が無くならない。違和感が無くならない。だから、今一度夢の内容を思い出す。まごうことなき悪夢ではあったが、未だに鮮明に記憶に焼き付いている。思い出すこと自体は容易だった。

 

 大橋の中央で、1つの人影が座り込んでいて。それは、赤黒く染まった勇者服を着ていて。私の両隣を誰かが歩いていて……その人影に、首が、無くて。

 

 「……こほっ……」

 

 「須美? 大丈夫?」

 

 「ええ……大丈……夫……?」

 

 苦しくなって咳き込む。そういえば、さっき血を吐いたんだっけ……そう思いながら、銀の心配そうな声に返しつつぐいっと袖口で口元を拭う。ふと、その拭った袖口が視界に入る。当たり前だけど、袖口は拭った血で()()()()()()()()()

 

 

 

 ナニカが、致命的に間違っていることに気付いた。

 

 

 

 「……あ」

 

 

 

 致命的な勘違いをしていたことに気付いた。

 

 

 

 「ああああ……!」

 

 「須美? どうしたんだ?」

 

 今この場に私達()()が居て、新士君が()()()()()()()()。そして夢で見た人影は()()()()()()()()()()を着ていたのであって、()()()()()を着ていた訳じゃない。

 

 「止まって!! お願い銀!! これ以上離れないで!!」

 

 「わわっ、須美? どうし……」

 

 「戻っ……戻って!! 私達を置いて戻って!! 間に合わなくなる!!」

 

 「だから! いったい何が……」

 

 「()()()()()()()()()()()()()!! 新士君が……新士君が死んじゃう!!」

 

 ゾッとした。だから必死に暴れた。銀とそのっちには悪いけれど、これ以上大橋から離れたくなかった。銀がいきなり暴れだした私に慌てて立ち止まる。彼女にとってはいきなり訳の分からないことを言い出したからか少し苛立ってるみたいだけど、それでも止める訳にはいかなかった。

 

 「夢で見たって……何の話?」

 

 「赤黒く染まった勇者服を着た誰かが大橋の上で、1人で首が無くなって死んでる……そんな夢を見たの」

 

 「それは、只の夢なんじゃ……」

 

 「銀も知ってるでしょう? 私には巫女の適性がある。それに、夢の状況に近付いていってるの……只の夢なんかじゃないわ」

 

 銀にとっては突拍子もない話だから、信じられなくても仕方ない。いえ、私の話を信じられないというより、話についていけてないという方が正しい。分かる、きっと私も銀の立場だったら同じように……いえ、否定するかもしれない。そんなの只の夢だって。

 

 でも、今はこんな会話をしている時間すらも惜しい。早く、早く戻らないと。大橋を降りてしまったから只でさえ戻るのに遠回りしなくちゃいけない。いくら勇者の高い身体能力でも、流石に大橋の上に跳び移るのは厳しいのだから。

 

 「でも、その人影は赤い勇者服を着てたんだろ? 赤い勇者服ならあたししか」

 

 「私も、新士君もそう思ってた。でも違うの」

 

 私は自分の血で赤黒く染まった袖口を銀に見せる。それがなんだと言いたげな銀だったけど、それを数秒見た後にサッと青ざめ……まさか、と私の方を見る。

 

 「赤い勇者服じゃなくて、赤黒く染まった勇者服。つまり……血で染まった勇者服を着た、誰か。そして大橋には新士君1人だけ……お願い。戻って、銀!!」

 

 銀は頷いて私とそのっちをその場に置き、弾かれたように大橋に向かって戻っていく。その後ろ姿を見た後、私は段々と意識が遠くなってきた。

 

 (お願いします、神樹様……どうか、私の大切な人を……お守り、下さい……)

 

 そこで、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 サジタリウスの顔にある口が開き、そこから大量の光の矢が新士目掛けて放たれる。新士はスコーピオンの方に向かって走り、矢の射線上から外れつつサジタリウスとの間にスコーピオンを置いて盾にしようとしていた。それを遮ろうと、新士の進行方向からスコーピオンの尻尾の凪ぎ払いが迫る。

 

 「問題ない、ねぇ!!」

 

 その尻尾を、新士は両手の爪を尻尾目掛けて×字に振るうことで文字通りに切り開く。黄色い奴は問題なく切れる、そう頭に刻みつつ新士は切り飛ばされた尻尾の残骸を見ることなく進み、スコーピオンの体には幾百もの矢が突き刺さり、穴を開けて消える。その光景を見て、新士は余計に矢に当たる訳にはいかないと気を引き締める。

 

 光の矢は消える。もし体に受けてしまえば、その部分にそのまま綺麗な丸い穴が空くだろう。そうなれば血は垂れ流しになり、死へと近付く。そうでなくとも1度の被弾が命取りとなり得る状況なのだから。

 

 新士はスコーピオンを通り過ぎ、矢の放出が止まったところで一気にサジタリウスへと近付く。まずは厄介な遠距離攻撃を持つサジタリウスを先に倒すつもりなのだ。

 

 「まずは、お前だ!!」

 

 サジタリウスに飛び掛かり、具足の爪を引っ掻けてその青い体を駆け上がり、同時に両手の爪で切り裂いていく。これだけ密着していれば矢を撃ったところでどうにもならないだろう。そう思っていた矢先に、またサジタリウスが大量の矢を正面へと放つ。

 

 新士は自分に当たる訳もないのに何を……そう思って矢の行く先をチラリと目だけで追う。

 

 「な……にぃっ!?」

 

 大量の矢が、新士に迫って来ていた。彼はサジタリウスの体を駆け上がることで間一髪避けるが、飛んで来る矢は駆ける新士を追い掛けるように軌道を修正。いったいどうなっているんだ? そう疑問に思う新士だったが、答えは直ぐに得られた。サジタリウスの前方、さほど遠くない位置にキャンサーの板があり、それがサジタリウスの吐き出す矢を反射していたのだ。

 

 (なるほど。真っ直ぐにしか飛ばないのに最初に雨のように降ってきたのは、アレで反射していたからか)

 

 ならばと、新士はサジタリウスの後ろへと回り込む。結果として敵の巨体が盾となり、サジタリウスは己の矢を自分自身で幾つも受けることになった。これで大丈夫だろうと背後に回った新士は再び具足の爪をその体に引っ掻けて体を固定し、両手の爪で切り裂いていく。

 

 だが、そのままやられているバーテックスではない。サジタリウスは再び大量の矢を発射し、前方にあるキャンサーの板がそれを()()()向けて反射。そして、その方向に2枚目の板が置いてあり、背後に取り付いている新士の上から襲い掛かってきた。

 

 「ち、いぃぃぃぃ!!」

 

 流石に体勢が悪く、咄嗟に敵の体を蹴って矢を回避しつつ着地、そのまま襲い掛かる矢から逃れる為に走り、板が厄介だと判断して新士はキャンサーに標的を変更。矢が止まったことを確認してから飛び掛かり、顔目掛けて右の爪を突き出す。

 

 「っ!? かっ……たいねぇ!!」

 

 だが、それは3枚目の板に阻まれる。銀の攻撃を受けても微動だにしなかった板は、見た目の薄さとは裏腹にかなり頑強である。それは攻撃した新士の右腕を痺れさせ、爪の先が衝撃で砕け、腕は弾かれる。砕けた破片は矢と同じように反射され、新士の右頬を浅く切った。

 

 「ぐ……っ」

 

 腕が弾かれたことで無防備を晒す新士に、キャンサーの4枚目の板が叩き落とすように面で襲い掛かる。幸いにもそれは左側からの攻撃だったので左腕による防御が間に合う……が、空中で踏ん張りなど効くハズもなく、サジタリウスの前まで吹っ飛ばされる。

 

 「くそっ……!? しまっ」

 

 地面に叩き付けられる新士だが、直ぐに体制を立て直し……その直後、スコーピオンが修復中の尻尾を新士を叩き潰さんと振り下ろす。彼に避ける術は、無かった。ドゴォッ!! そんな音と共に尻尾が叩き付けられ、大橋の一部が砕かれる。

 

 「……まだ、だあっ!!」

 

 尻尾を伸ばされた爪が突き破り、そのまま横に引き裂かれる。その下から新士が現れる……が、その頭からは血が流れている。避けられずとも迎撃を……と両手を上に突き上げて爪を伸ばした新士だったが、やはり敵の巨体もあって完全に威力を殺しきれなかった。それでも押し潰されるよりは遥かにマシ。頭部と背中に大きなダメージこそ負ったが、死ぬよりはいい。

 

 体をふらつかせつつ、新士は荒い息を吐いて3体を見る。スコーピオンの尻尾の修復はまだ少し掛かりそうだが、サジタリウスはもう殆ど治っている。キャンサーに至ってはマトモにダメージを与えられていない。それに対してこちらは板に吹き飛ばされ、地面に叩き付けられ、尻尾に叩き潰されかけと大ダメージを負っている。

 

 (全く……イヤになるねぇ……)

 

 内心で弱音を吐く。だが、その目は鋭く敵を射抜いていた。

 

 サジタリウスが再び顔の口を開く。そこから放たれる大量の矢。新士は避けようとするが、頭部へのダメージは思いの外大きく、ふらついてそのまま膝を突いてしまう。チッ、と舌打ちをしつつ、新士は体をなるべく小さくし、両手を曲げて前に出して盾とする。

 

 「ぎ、ぐ、う、ううううっ!!」

 

 耐えるしか無かった。カバーし切れない肩付近や太もも辺りに矢が掠り、肉が削れる。貫通しないだけマシかもしれないが、傷が増えれば出血も増える。しかも敵は1体だけではないのだ。

 

 キャンサーの板が、剣の如く新士へと振り下ろされる。新士は両手を前にしつつ足の力だけで後方へと跳躍。勇者の力ならそれだけでも充分に距離を取れたし、板を避けることも出来た。代わりに、跳ぶ為に足を伸ばしたことで具足で覆いきれていない左太もも、その真ん中に1つの矢が刺さった。

 

 左足に激痛が走り、着地を失敗して尻餅をつき、そのまま後ろに1回転してうつ伏せに倒れ込む。矢は直ぐに消え、綺麗に空いた丸い穴から血が流れる。最早新士は満身創痍であった。

 

 「……ぐ、お……おぉっ!」

 

 痛みに呻き、歯を食い縛り……全身に力を入れる。まだ動けると。まだ負けてないと。

 

 (まだまだ……死ねない、ねぇ)

 

 “気合い”で立ち上がる。痛みは“根性”で耐える。敵を睨むその目とまだ握れる拳には己の意地を……“魂”を乗せる。

 

 

 

 1つ、新士の前に紋章が現れる。

 

 

 

 (今の爪じゃあ……ダメだ。もっと鋭く、強い……例えば、剣のような……)

 

 “イメージ”する。正直に言って使い難くて仕方ない爪。それではなく、例えば、爪同士が重なり合って1つの剣になるような。一々反動で腕が跳ね上がる射出ではなく、ワイヤーでも付いていて鞭を振るうような感じで、ある程度の遠距離攻撃も出来ればいい。“想像力”を働かせる。

 

 

 

 また1つ、新士の前に紋章が現れる。

 

 

 

 (神樹様、お願いします。自分だけじゃあ厳しい。自分だけじゃあ、あなたを守りきれない……アイツらを通す訳にはいかないんだ。死ぬ訳には、いかないんだ)

 

 そっと手を合わせて“神樹様に願う”。己だけではあまりに力が足りない。今この場ではその力こそが必要なのに、それが足りなさすぎる。

 

 

 

 また1つ、新士の前に紋章が現れる。

 

 

 

 (ああそうだ、自分は死ねない。約束したからねぇ。守るって、頑張るって言ったからねぇ……それに、夢も出来たしねぇ)

 

 そんな己の考えに、新士は思わず苦笑いが浮かぶ。結局はそういうことだ。自分の為だ。彼女達との約束を破りたくない。彼女との約束を破りたくない。彼女達の夢を叶えた姿を見るという夢を叶えたい。

 

 新士はいつものように朗らかな笑みを浮かべる。合わせていた手を下ろし、目の前に浮かぶ3つの紋章、その向こうの敵を見る。まるで己を見下すかのように佇む姿は、既に完全に修復されていた。

 

 「銀ちゃんのお嫁さん姿、きっと綺麗だろうねぇ」

 

 紋章が輝く。

 

 「のこちゃんの焼きそば、きっと美味しいだろうねぇ」

 

 紋章が輝く。

 

 「須美ちゃんのこと、守ってあげないとねぇ」

 

 紋章が輝く。

 

 「その為にも……自分が頑張らないとねぇ」

 

 新士の背後にある幾つもの樹木、そこから彼に向けて、一本の細い木の根のようなものが伸びて背中に触れる。

 

 「だから……」

 

 

 

 ー お前達には、出ていってもらわないとねぇ ー

 

 

 

 4枚目の紋章が、目の前に現れた。そこに描かれた花の名前を、花に詳しくない新士は知らない。花の名はガーベラ。オレンジ色のガーベラ。花言葉は“希望”と“前進”、“神秘”に“冒険心”。

 

 新士は笑みを消し、紋章に突っ込み……通り抜ける。1つ、2つ、3つと通り抜ける度に、体に変化が起こった。具足の爪はそのままに、4本ずつあった手甲の爪は1つの鋭い両刃の剣に。肩甲骨程の髪が膝裏程までに、黄色い髪が白く染まる。そして最後の4つ目を通り抜けた時、勇者服が宮司服のように変化するのを見ながら、新士は確かに聞いた。

 

 

 

 ー 頑張って! あなたなら、きっと出来る! ー

 

 

 

 そっと背中を押してくれるような、明るい、聞くだけで元気になるような少女の声を。

 

 「うん……頑張るよ」

 

 そう呟き、新士は走る。痛みはもう感じなかった。治っている訳ではないが、今はそれでも有り難かった。

 

 それは、後に勇者システムに搭載されるとあるシステム……その先駆け。彼の背後で、ガーベラの花が咲き誇る。完全なる開花には至らず、それは精々七分咲き程度であったが……それは、確かに花開いた。

 

 サジタリウスの顔の口から大量の矢。もう見飽きたと言えるそれを、新士はただ真っ直ぐ走ることで射線から抜けた。明らかに彼自身の速度が上がっており、サジタリウスが射線を合わせようとしてもそれに間に合わない。ならばと、今度はスコーピオンが新士の正面から尻尾を凪ぎ払う。

 

 「その連携、いい加減見飽きたねぇ」

 

 新士は止まることなく、両手の手甲の剣を前に突き出して走る。そして尻尾と接触し……まるで豆腐のように切り裂いた。今度はキャンサーの板がサジタリウスの矢を反射し、新士を背後から襲う。

 

 「それも、食らわないねぇ」

 

 新士は飛び上がり、矢を回避しつつキャンサーに向けて右腕を振るう。それだけで、右腕の剣がキャンサーに向かってオレンジ色の光のワイヤーを伸ばしながら飛んだ。それはキャンサーの下半身の細い部分に突き刺さり、新士の意思でそのワイヤーが回収されていく。すると必然的に、新士はキャンサーへと高速で近付き……手甲に剣が収まった瞬間に横に一閃、その細い体を切り裂いた。

 

 「いいねぇ……扱いやすい」

 

 新しくなった手甲の使い勝手に満足しつつ、振り下ろされた板を横に飛んで回避し、その板の上に乗って飛び上がり、キャンサーの顔に両手の剣を突き刺し、そのまま振り上げて切り裂き、顔を蹴り飛ばして距離を取る。その瞬間、新士を狙っていたであろう大量の矢がキャンサーの顔に次々と突き刺さった。

 

 着地した新士は直ぐに左腕を振るって剣を伸ばし、それはスコーピオンの顔に突き刺さる。ワイヤーを回収して一気に近付き、さっきと同じように横に一閃、加えて爪を伸ばした具足でその横顔を思いっきり蹴り飛ばした。

 

 「っ!? ぐううううっ!!」

 

 その直後、新士は咄嗟にサジタリウスの方に向けて両手をクロスさせる。その瞬間に両腕に凄まじい衝撃が走る。3人が居た時にもやったように、サジタリウスが大量の矢ではなく上の口から槍のように巨大な矢を放ったのだ。

 

 防いだことは防いだが空中にいた為に吹き飛ばされる新士。危なげなく着地するが、その衝撃で穴の空いた太ももから血が吹き出す。その痛みに顔をしかめつつ、また新士は走る。

 

 「これ以上、やらせない」

 

 避ける。切り裂く。避ける。突き刺す。避ける。伸ばす。防ぐ。吹き飛ぶ。また走る。

 

 「これ以上、怖い思いはさせない」

 

 避ける。切り裂く。避ける。突き刺す。避けきれない。肩に掠る。血が出る。それでも攻める。

 

 「ここから……この世界から」

 

 避ける。切り裂くが浅い。吹き飛ばされる。立ち上がる。走る。幾度も繰り返す。倒れても立ち上がる。攻める。攻める。攻める。血が吹き出しても、痛みを感じても、敵が何度再生しようと、何度でも走る。何度でも攻める。

 

 

 

 「出ていけええええっ!!」

 

 

 

 何度でも。何度でも。

 

 

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経ったのか、新士には分からない。何時間も戦っていた気がするし、そんなに経っていない気もした。実際は10分に達するかどうかと言ったところなのだが、今の彼には確認する気力は無かった。

 

 「……どっこいしょっ……と……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()。いつの間にか元の勇者服と爪に戻っていて、その勇者服は()()()()()()()いた。

 

 肩に裂傷、左太ももには穴。頭部からも血が流れ、あちこち肉が削れているし、打撲なんて逆にどこに打撲していないところがあるのだと言いたい。

 

 「ふぅ……老体には堪えるねぇ……いや、今の自分は若いんだったねぇ……」

 

 それでも、生きていた。血が足りなくて今にも意識が飛びそうで、もう立つ力も無くて……それでも、新士は確かに生きていた。

 

 スコーピオンが倒れ伏した所を見た。サジタリウスが消え去る所を見た。キャンサーが消え去る所を見た。敵が居なくなったことで緊張が切れた。今の新士は、もう動くことさえままならない。

 

 (なんとか銀ちゃんとの約束は守れそうだねぇ……許されるかは、分からないけど)

 

 死んだら許さないとは言われたが、半死半生はどうだろうか。苦笑いを浮かべながら、そんなことを呑気に考える。こんな格好で3人に泣かれやしないだろうか。もしかしたら怒られるかもしれない。そんな想像が出来るのも生きているからこそと考えれば、まあ悪い気はしないと彼は思った。

 

 (……疲れた、ねぇ……)

 

 意識を留めておくのが難しくなってきて、自然と瞼が落ちてくる。このまま眠ってしまえば、次はちゃんと起きれるだろうか。そんな縁起でもないことを考えながら新士は眠るように意識を落としかけ……。

 

 

 

 「新士いいいいぃぃぃぃっっ!!!!」

 

 

 

 そんな、必死な声で名前を呼ばれて咄嗟に体を左に傾かせる。それが限界だった。それが、彼の命運を分けた。

 

 スコーピオンは消えていなかった。倒れ伏したまま、謂わば死んだフリをしていただけだった。他の2体が消えたからスコーピオンも消えたのだと、新士は勘違いしていた。そのスコーピオンの鋭い針が頭上から新士へと振り下ろされていた。そのまま行けば、新士は須美が見た夢の通りに首を落とされていた。

 

 血が吹き出す。それは首からではなく、右腕からだった。新士の名前を呼んだ存在……銀は、その光景を見ていた。今にも殺されそうな新士。彼が体を傾けた瞬間に地面を穿つスコーピオンの針。そして……千切れ飛ぶ、彼の右腕。その衝撃で地面を転がる……血塗れの新士。

 

 「お前ええええっ!! よくも、よくもあたしの親友を!! 絶対……絶対に許さないからな!!」

 

 烈火の如く怒り狂い、その怒りに呼応するように双斧から吹き上がる紅蓮の炎。それは縦横無尽に振り回され、スコーピオンにその怒りが全て注がれる。

 

 桜の花弁が舞ったのは、それからすぐのこと。須美の見た悪夢は、完全には再現されることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 大橋が見える祠がある場所で、3人の少女の泣き叫ぶ声がしていた。

 

 「早く! 早く来て下さい! 新士が……新士が……っ!」

 

 「アマっち! 死んじゃダメだから……死なないで、お願い!」

 

 「新士君が……新士君……うあ……ああああ……っ」

 

 端末を手にどこかへと連絡し、必死に叫ぶ銀。新士の左手を握り締め、死なないでと必死に声をかける園子。新士の惨状を見てへたり込み、虚ろな瞳で彼を見つめる須美。共通しているのは、涙を流していること。

 

 その様子を、どこからか飛んできた赤い頭に桜色の体のオウムと青い鳥が心配そうに見詰めていた。




原作との相違点

・戦ったのは主人公

・銀生存

・銀生存(大事なことなので(ry)

・他色々



という訳で、ただ主人公が頑張るお話でした。前話で須美の悪夢の内容と須美の話した内容が微妙に違ってたの、気付かれてましたかね?

とあるシステムの先駆け……はい、アレです。まあそこまで劇的な強化ではないので無双とはいきませんでしたが。そして声の主……イッタイダレナンダー。

つか他の作者様方が楽しく甘いバレンタイン話やってるのに私はなんで血のバレンタインやってるのやら←

あ、いずれ悪夢のまま進んだデットエンドifやります。お楽しみに?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 10 ー

お待たせしました(´ω`)

今回はプッツン回。意外なあの子がブチ切れます。

こういう話を書くとき、妙に執筆が進みます……なぜだ←

ところで、ゆゆゆいのバレンタインイベント後半の東郷さんイラスト、尊みが深すぎませんかねぇ。


 あれから2日経った日の夕方、私とそのっち、銀の3人は大赦が運営する総合病院……その、新士君の部屋に居た。その姿は包帯だらけで、周囲には沢山の何かの機械があって、そこから体の色んな場所にコードが伸びている。新士君は微動だにしない。小さく上下してる胸とピッ……ピッ……と鳴ってる無機質な機械音だけが、彼が生きてくれている証。

 

 悪夢の通りにはならなかった。だけど……それでも、彼が死にかけたことには変わらない。銀が後少しでも遅れていたら、本当に彼は……。

 

 「アマっち……」

 

 「……くそっ……」

 

 そのっちが新士君の左手を握り締めて泣いている。彼女は戦いが終わってからもずっと泣いていた。自分が気絶なんてしていなければ、自分がもっと早く復帰できていれば……そう言って、ずっと自分を責めていた。

 

 銀が病室の壁に額を付けて右手で叩いていた。その肩も、声も震えてる。彼女もずっと悔やんでる。自分がもっと早く彼の元へ辿り着けて居れば……自分が残って居れば。そう言って、自分を責めている。

 

 私だって変わらない。夢の話を2人にもしていたら何か変わったかもしれない。夢の内容を勘違いしていなければ、何か変わったかもしれない。ずっとそうやって自問自答を繰り返して、繰り返して、繰り返して……自分を責め続けてる。今も、ずっと。

 

 「……新士君……」

 

 昨日、安芸先生からお医者さんの話を聞かされた。同じ勇者である私達には知る必要があるでしょうって、そう言いながら。

 

 今、こうして新士君が生きているのは奇跡のようなモノだと言う。明らかに流し過ぎた血、そして体の傷。勇者服が無ければ、間違いなくそのまま死んでいた。勇者としての力が無ければ、死んでいた。勇者服にはある程度の回復能力がある。それは小さな擦り傷切り傷なんて直ぐに治ってしまうし、大きな怪我を負ったとしても何日もせずに治してしまう。

 

 新士君は樹海から戻ってきた後もずっと勇者服を着ていた。それが、彼を死から遠ざけたと言う。それでもギリギリだったって。神樹様が助けてくれたんだって思った。だって勇者の力は、神樹様の力なんだから。

 

 それでも、目覚めるかは分からないらしい。身体のダメージが大きすぎて、頭にも怪我をしていて……目覚めなくても不思議じゃないって。それを聞かされた時、目の前が真っ暗になった。だって、それは死んでいるのと何が違うの? ずっと眠り続ける彼を、目覚めるその日まで見てなきゃいけないの? そんなの、拷問と何が違うのよ。

 

 「……やっぱりここに居たのね、貴女達」

 

 「「「……先生……」」」

 

 暗い思考に沈んでいた時、病室の扉が開く。入ってきたのは私達の担任であり、勇者のお役目のサポートもしてくれている安芸先生。学校から直接来たのか、きっちりとしたスーツ姿だった。

 

 「貴女達もまだ完全に傷が治った訳じゃないのだから、無理しちゃ駄目よ」

 

 安芸先生が私達を見ながらそう言った。確かに私達も、新士君程ではないけれど怪我をしている。頭には包帯、頬にはガーゼ。私とそのっちは内臓を少し傷付けていたので消化の良いモノしか食べていない。そもそも、彼の惨状を見てしまったから固形物なんて胃が受け付けなかった。銀でさえ、何も入らなかったと言っていた。

 

 でも、私達の傷は後数日足らずで治る。今だって少し痛む程度で、もう固形物だって食べて良いとお医者さんから言われているのだ。きっと、口にしたところで吐いてしまうだろうけど。

 

 「……こんなの、新士に比べれば痛くないよ……先生」

 

 「三ノ輪さん……」

 

 「でもさ、なんか分からないけど……ずっとこの辺がさ、痛いんだ」

 

 背中を向けていても分かる……銀が胸を抑えながら震えてるのが。それを聞いた私も、そのっちも胸を抑える。痛い。きっと私達は、同じ痛みを感じてる。体の傷なんかよりも、ずっと、ずっと……心が痛い。

 

 「……気持ちは分かるわ。でも、ずっと自分を責めるのは……」

 

 

 

 「分かるもんか!!」

 

 

 

 ビクッと、思わず体が跳ねた。それは……驚いた表情で振り返った銀も同じだった。叫んだのは銀じゃなくて、そのっちだった。そのっちが、今まで見たこともないような形相で安芸先生を睨んでいた。

 

 「乃木……さん……」

 

 「分かるもんか……戦ってない先生に、戦ってない人達に私達の気持ちなんて分かるもんか!!」

 

 「あ……違……私は」

 

 「アマっちはずっと私達の心も体も守ってくれてた!! 言葉で! 行動で!! でも先生達は、大人達は誇りあるお役目だって、勇者だって勝手に期待して、勝手なこと言って!!」

 

 「園子!」

 

 そのっちの叫びに、安芸先生は唖然としていた。私も、見たことがない彼女の様子に声を出すことが出来なかった。でも、こんなにも激しく怒りを全面に出す彼女を怖いとは思わない。それは私も……心の奥底で思っていたことだったから。

 

 銀が落ち着けようとそのっちを後ろから抱き締める。それでも、そのっちは止まらない。

 

 「勇者だって痛いんだよ……勇者だって怖いんだよ……先生達が訓練以外に何してくれたの? 大人達が何してくれたの!? 怖かったねって言ってくれたのはアマっちだけだった! 守るって言ってくれたのはアマっちだけだった!! 戦ってない時でも、アマっちはそうやって助けてくれてた!! 戦ってなくても、そうやって私達を守ってくれてた!!」

 

 「園子!! もういい。もういいから……」

 

 「でも! でもぉ……ミノさん……うぅ……ああああ……!」

 

 「……ごめんなさい……」

 

 「あ……」

 

 安芸先生が何かを堪えながら部屋から出ていくのを見たのは、きっと私だけだった。そのっちは思いの丈を叫んで、銀に無理やり振り向かされて、正面から抱き締められて……抱き返して、泣いてた。私もそうしたかったけれど、ベッドを挟んだ向かいに居るから出来なかった。

 

 開けていた窓から風が入り込み、カーテンと私達の髪を揺らす。夏なのに、その風はとても冷たく感じた。そんな時だった。

 

 

 

 急に、心電図の音が止まったのは。

 

 

 

 「新士君!? ……あ……」

 

 まさか!? そう思ったけれど、その予想は外れていた。そのことに安心しつつ、また愕然とする。時間が止まっていた。それは敵がやってきた合図。

 

 今の私達の精神はボロボロだ。新士君だって、戦えない。それでも、敵は関係なくやってきた。私達の心を守ってくれていた彼が居ないまま、私達は戦うことになった。

 

 「……なんで……なんでこんな時に……」

 

 「……ちくしょう……」

 

 「……行きましょう……新士君の為にも、戦わないと……」

 

 彼が居ないまま戦う。それだけのことが、こんなにも怖い。とても戦うような心境じゃないのに、それでも戦わないといけない。そうしないと世界が滅ぶから。そうしないと、彼がこうなってまで戦った意味が無くなるから。

 

 そのっちと銀が頷き、新士君から離れる。私も離れようとして……でも、やっぱり離れたくなくて。だから、少しでも勇気を貰おうと思って、彼の手を握ろうと手を伸ばして。

 

 

 

 その手は、もう無いことに気付いた。

 

 

 

 伸ばした手は何も掴めなかった。その手を引いて、目の前に持ってくる。何も掴めなかった。悪夢を見たあの日にはあったのに。あの日、彼は確かにその手で抱き締めてくれたのに。その手で、確かに頭を撫でてくれたのに。

 

 「……ああ……」

 

 極彩色の光の波が迫る。世界が樹海へと変わる。新士君は居ない。彼の手に端末はないから、彼が戦いに巻き込まれることはない。この世界に居るのは……私と、そのっちと、銀と……。

 

 「うああああっ!!」

 

 憎い、敵だけ。

 

 

 

 

 

 

 恐れていたことが起こってしまったと、園子の泣き声を病室の扉越しに聞きながら安芸は思った。新士の重傷。それは安芸の……大赦の想像を遥かに越えて、3人の勇者の心に傷を負わせていた。予想が甘かったと言わざるを得ない。いや、それ以上に……勇者達への配慮が足りなかった。それを、一番自己主張をしなかった園子によって突き付けられた。それが、彼女の怒りと言葉が、安芸の心を深く抉った。

 

 「……?」

 

 ふと、泣き声が止まっていることに気付き、少しだけ扉を開けて中を覗き込む。そこには先程まで居た筈の少女達の姿が無く……安芸は、また敵が来たのだと悟る。

 

 「……こんな状況でも……来るのね」

 

 彼女達がとても戦えるようなコンディションではないことは見てとれた。それでも今、こうして世界が無事であるのだから彼女達は戦いに勝ったのだろう。怖い思いをして、辛い思いをして、それでも戦って……お役目を果たしたのだろう。

 

 「……凄いわ、3人共」

 

 

 

 ー 戦ってない先生に、戦ってない人達に私達の気持ちなんて分かるもんか!! ー

 

 

 

 (……そう、ね……分からない。だって私達は大人で、神樹様は私達を勇者にはしてくれないから)

 

 

 

 ー 勇者だって痛いんだよ……勇者だって怖いんだよ……先生達が訓練以外に何してくれたの? 大人達が何してくれたの!? ー

 

 

 

 (分かってあげられない……私達じゃ戦えないから。大人(わたし)達は、子供(あなた)達に頼るしかないから……でも……だけどね、乃木さん)

 

 安芸は部屋に入り、新士へと近付く。先の戦いで右腕を失ってしまったことは知っている。実際に無いことを確認もしている。

 

 彼がそうなったと聞かされて、安芸は血の気が引いた。しばらく呆然として動けなかった。その後直ぐに病院に訪れ、医者から話を聞き、大赦で戦いの内容を知った。その戦いの翌日には生徒達に新士の重傷としばらく休むことを伝えた。その時生徒の誰もが暗い顔をしたのを見て、彼がそれだけ同級生にとっても大きな存在だったのだと気付かされた。

 

 そして、先の園子の言葉で更に気付かされる。新士が彼女達の精神的主柱だと気付いていながら、それでも彼に彼女達の心のケアを任せきりにしていたことに。彼が倒れた時、代わりに彼女達を支えなければいけないのに……そうする努力を怠っていたことに。

 

 (……先生にも……大人にも……戦えなくて見ていることしか、子供に頼るしかない私達にも……)

 

 

 

 ー 痛いって、辛いって思う心はあるのよ…… ー

 

 

 

 決して言葉にはしない。そんな資格はないのだから。決して涙は流さない。そんな資格はないのだから。

 

 痛くて辛くて苦しい心に蓋をする。泣きそうな顔に無表情の仮面を被る。思いの丈を叫ぶのは子供の、勇者の特権だ。大人達は我慢して、それを受け止めなければならない。その上で言うのだ。“世界の為に戦え”と。

 

 (……神樹様、お願いします)

 

 どうか、子供達をお守りください。心の中でそう言って、安芸は部屋を出る。もうこの場に居る用事はないのだから。そうして病院から出る為に出入口を目指して廊下を歩いていると、安芸は1人の人物と擦れ違った。

 

 この階は新士以外に患者が居る病室はない。彼が勇者であり、そもそも勇者という存在自体が一般人には秘匿されている為、彼に会える人間が限定されているのだ。ここは大赦運営の病院、それくらい簡単に出来てしまう。その限定されている人間は他の勇者にサポートをしている安芸、担当医、名家の重鎮。そして……新士の養父。

 

 今擦れ違った人物は他の大赦の者も着ている礼服に身を包んだ養父であった。安芸は立ち止まり、振り返って養父の姿を見る。手荷物は無い。ただの見舞いだろうと思うものの、安芸は養父の大赦での評判を思い返す。

 

 雨野家の現党首である新士の養父は、実のところあまり評判が良くない。新士を養子にするまではそうでもなかったのだが、金に物を言わせて養子に迎える権利を強引に勝ち取ったことから裏で“勇者の輩出に必死になっている”と嘲笑されているのだ。名家に名を列ねながらこれまで勇者も巫女も輩出出来なかったのだから、そう思われても仕方ない部分もある。それ以上に……最近になってから広まり始めた噂があった。

 

 

 

 “雨野家は別の神を信仰している”

 

 

 

 神樹様が守っているこの四国において、それは禁忌中の禁忌。しかも噂の出所は乃木家からだと言う。火の無いところに煙は立たないと言うが、証拠も何もないしこれまで雨野家が築いてきた実績は確かなモノ。だからこそ噂で止まっているのだが……何か違和感を感じた。

 

 (あの人……にこにこと笑ってたわね。仮にも息子が、重傷を負ったのに……?)

 

 流石に場違い過ぎはしないだろうか。そう思い、安芸はどこかへと電話を掛ける。

 

 「……もしもし、三好君? 悪いけれど、私の代わりに勇者様達を迎えに行ってくれない? ええ、お願い……そうね、ちょっと確かめたいことがあって、ね」

 

 会話を短く終え、安芸はなるべく足音を立てないようにして新士の部屋の前に戻ってくる。扉は少し開いており、その隙間から養父の姿が見えた。その姿に不思議なところも不審なところもない。自分の思い過ごしだろうか……彼女がそう思った時だった。

 

 

 

 「ふん、流石は神樹が名指しで選んだ勇者と言ったところか……存外しぶといな……まあいい。活きがいい方が我が神の贄に相応しいだろう」

 

 

 

 そんな、信じられない言葉が聞こえたのは。

 

 

 

 

 

 

 大橋に赴いた3人の前に現れたのは……伸ばした指を正面から見たような何とも説明に困る体、首のような部分にボロボロのマントのようなモノを着けた、白とピンク色のカラーリングとどこか女性らしさがあるようにも見えなくもないバーテックス。後に乙女座、ヴァルゴ・バーテックスと呼ばれる存在だった。

 

 敵を前に、3人は俯く。そこから表情は伺えない。ただ、3人は手にした武器をぎゅっと握り締め……ここに居ない新士のことを考えていた。

 

 

 

 ー 飛び出しちゃダメだよ銀ちゃん。まずは自分と須美ちゃんで牽制から始めないとねぇ ー

 

 

 

 そう言って止めてくれる彼は居ない。

 

 

 

 ー うーん、なんとも言えない見た目だねぇ。のこちゃん、何か思い付くかい? ー

 

 

 

 そう言って頼ってくれる彼は居ない。

 

 

 

 ー 怖いかい? 大丈夫。自分が守るからねぇ ー

 

 

 

 そう言って守ってくれる彼は……居ない。

 

 

 

 銀は真っ先に飛び出した。銀だけじゃなく園子も、今まで援護に徹していた須美ですら、敵に向かって突っ込んだ。3人が3人共、その顔に怒りの表情を浮かべて。

 

 ヴァルゴの下半身、虫の腹にも見えるその先から、さながら産卵管を通して卵を産むかのように丸い何かが飛んできた。須美は素早く矢を放ってそれを射抜くと、それは爆発する。どうやらその丸いモノは爆弾だったらしい。

 

 「お前達さえ……」

 

 飛んでくる爆弾を斧の側面で打ち返しながら至近距離まで来た銀は双斧を振るってヴァルゴの体を切り裂いていく。それを止める為か、 マントのようなモノが触手のように銀に向かって伸びる。

 

 「お前達さえ……っ」

 

 その触手を、園子は以前にもやったように幾つもの穂先を並べて1つの長い紫の光の穂先にして振り下ろし、体ごと切り裂く。同時に、銀と園子がヴァルゴから大きく距離を取る。

 

 「お前達さえ……!!」

 

 須美が上空に向かって矢を放つ。その先に紋章が現れて矢がそこに到達した瞬間に紋章が輝き、幾つもの光の矢が雨の如くヴァルゴに降り注ぐ。それはヴァルゴの上部分を射抜き、砕き……遅れて、敵はマントを頭上に広げて防御した。

 

 その瞬間、3人はヴァルゴに向かって飛び上がる。銀は双斧を振り上げ、園子は槍を前に構え、須美は力いっぱいに弦を引く。双斧から炎が吹き出る。槍の先から巨大な紫の光の穂先が現れる。矢の前に紋章が現れる。

 

 

 

 「「「お前達さえ居なければああああああああっっ!!!!」」」

 

 

 

 頭部らしき部分に、炎を纏う双斧が叩き込まれる。その下、胸部を紫の光の槍が貫く。虫の腹のような部分に紋章を通って巨大化した矢が突き刺さり、敵の爆弾にも負けぬ爆発を引き起こす。

 

 「痛いかよ! 苦しいかよ!! でもな、新士はもっと痛かったんだ!! もっと苦しかったんだ!!」

 

 何度も何度も銀は斧を振るう。敵への怒りと、己への怒りを込めて。

 

 彼のようにもっと速く動けていれば間に合ったのだ。須美の言葉を疑問に思わず動いていれば間に合ったのだ。そうすれば今頃、ここに彼は居た筈なのに。いつものように飛び出すなと朗らかに笑って止めて、2人で並んで戦っていた筈なのに。

 

 「こんな時に来ないでよ! 私達をアマっちの側に居させてよ!! 消えちゃええええっ!!」

 

 何度も何度も園子は槍を振るい、穂先を前にして突撃して貫く。今にも泣きそうな程の悲しみと、敵意を込めて。

 

 自分だけ気絶したまま何も出来なかったのだ。須美は危機を伝えたのに、銀は新士をギリギリでも救えたのに。自分だけが、彼の為に何も出来なかった。彼から頼られるのが好きだったのに。彼から自分のお陰で助かったと褒められるのが好きだったのに。肝心な時に、何も出来なかった。

 

 「よくも彼の暖かい手を奪ったな……私達を守ってくれていた手を、よくも……よくもおおおおっ!!」

 

 何度も何度も須美は矢を放つ。彼を守るという己の誓いすら守れなかった無力感と、敵への憎しみを込めて。

 

 悪夢を見たあの日に誓ったのだ。守ってくれる彼を守ろうと、頑張ってくれる彼と頑張ろうと。なのに結局守ってもらうばかりで、頑張ってもらうばかりで。挙げ句その右腕は失われ、あの手に手を引いてもらうことも、頭を撫でてもらうことも出来なくなった。

 

 全部、全部バーテックス(おまえたち)が悪いのだ。お前達さえ居なければ、お前達さえ来なければ。3人はそう言って武器を振るう。

 

 ヴァルゴが触手を1つに纏めて振り下ろす。それは槍を横にして掲げた園子に真っ向から受け止められ、双斧を重ねて振り下ろした銀によって断ち斬られた。下半身から放たれる爆弾は早々に須美によって射抜かれて破壊され、発射口にも矢を放たれて爆発させ、発射口自体を潰される。

 

 やがて、鎮花の儀が始まる。最早最初の原型等無い程に破壊されし尽くしたヴァルゴが姿を消し、空から桜の花弁が舞う。傷らしい傷はない。せいぜい爆弾を破壊した際に出た爆風によって出来た軽い火傷や破片が掠った程度。少し樹海が傷付いてしまったものの、いつもより1人少ないメンバーということを考えても大金星。いつもなら笑顔を浮かべて喜び、戦闘の感想でも言い合っていただろう。

 

 だが、彼女達に喜びはなかった。憎しみと怒りをぶつけただけの、後先考えずに感情のままに暴れただけの戦闘とも呼べないモノ。肩を上下させて荒く息を吐き、3人は座り込む。

 

 「……勝ったよ……アマっち」

 

 ボソッと、園子が呟いた。銀と須美は、何も言わなかった……言えなかった。何かを言えば泣きそうだったから。

 

 「アマっちに守ってもらえなくても……ちゃんと勝てたよ」

 

 「……そのっち……」

 

 須美が視線を園子へと向ける。ぎゅっと、太ももの上で手を握り締めていた彼女は流れそうな涙を堪えていた。

 

 「だから……だからぁ……」

 

 

 

 「褒めてよぉ……また頭撫でてよぉ……うええええん……うああああん!」

 

 

 

 「園子……」

 

 「そのっち……」

 

 大声で泣く園子を、銀と須美が左右から抱き締める。自分達も堪えきれなくなり、声を出さないまでも涙が流れた。止めることは叶わない。我慢しようとも、思わなかった。

 

 それは、現実世界に戻り、迎えが来るまで……迎えが来ても続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 (あの人、今神樹様を呼び捨てに……それに我が神? 雨野君が贄……?)

 

 唖然とした表情で、安芸は新士の養父の背を見詰めていた。神樹と呼び捨てにすること自体が既にあり得ない。神樹様以外の神を敬うというのも、この四国ではあり得ない。だが、安芸が一番気になったのは“贄”という言葉だ。

 

 世界の為に戦う勇者の在り方を、まるで生け贄のようだと呼ぶ者は……多くはないが、居る。だがそれは決して悪意を持って言っている訳ではない。むしろ申し訳なさから来る言葉だ。しかし、養父の口調からはそんな感情は感じられない。むしろ、存外しぶといと言った為に新士の死を望んでいるように聞こえた。

 

 (……上に報告しておいた方が良さそうね)

 

 今聞いたことを報告する。そう決めた安芸は扉から離れ、今度こそ病院から出ようとして……足を止めた。

 

 「神よ、天に逐わします我が神よ。今あなたの元へと彼の贄を捧げます……さらばだ、新士」

 

 養父が礼服の袖口から注射器を取り出し、新士へと突き刺そうとするのを見てしまったから。

 

 「何をしているの!?」

 

 部屋の扉を勢いよく開けて中に入ったのは、咄嗟の行動だった。安芸の乱入が意外だったのか、勢いよく振り返った養父は彼女の姿を見て苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。

 

 「ちっ……さっき擦れ違った女か……あのまま帰っていればいいものを」

 

 「何をしているの? その注射器は何? 雨野君に何をしようとしていたの!?」

 

 「お前に言う必要はない! 神聖な儀式を邪魔しおって……見られたからには生かしておかんぞ!」

 

 そう言うや否や注射器を握り締めて安芸に襲いかかる養父。中に入ってるのが何なのか分からないが、安芸は毒薬か何かだと予想する。ならば、それを受ける訳にも、新士に刺させる訳にもいかない。

 

 しかし、相手はガタイのいい男で安芸は華奢な女性である。力では敵わない上に彼女に格闘技の経験なんてものもない。あっという間に壁際に追い詰められ、首に注射器を刺されようとしている。

 

 「ええい、往生際の悪い……!」

 

 「っ……なんで、こんなことを……!」

 

 「我が神の為だ! 我が神への生け贄とするのだ。唯一の男の勇者を、新士を! その為に養子とした! 神樹が名指しで選んだ勇者だ、さぞいい贄になるだろうさ!」

 

 「そんなことの為に……! それに我が神? 神樹様以外の神なんて」

 

 「居るとも。神樹なぞよりも強大な、絶対的な神が!」

 

 2人の攻防の最中、窓の外から1本の細い根のようなモノが新士に向かって伸びる。やがてそれは彼の額に到達し……スゥっと消える。その直後の事だった。

 

 

 

 「天の神がな!!」

 

 

 

 新士が、目を覚ましたのは。




原作との相違点

・園子が安芸にブチ切れ

・ヴァルゴさんボコボコにされる(銀が居るから火力足りてる)

・安芸が天の神の存在を知る

・その他色々



実際のところ、大赦の中でどれだけの人間が天の神と外の世界の信実を知っているんでしょうかね? 多分勇者の両親は知らないよなぁ……。

ヴァルゴさんボコボコ。わすゆだと漫画でも凄いボロボロにやられてるんですよね。ゆゆゆだとそれなりに強かったのに←

雨野家問題は次回で片付きます。わすゆ編も残り少ないですしね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 11 ー

お待たせしました(´ω`)

もうさっさと雨野家と養父問題を終わらせたかったので全速力で書き上げました(疲労困憊)。かーなーり、情報量多いです。文字数も無駄に多いです(1万越え

説明&賛否両論回。受け入れられるか心配ですが、必要なことなのです。

ゆゆゆい西暦ガチャ20連してssrなし。バレンタインぐんちゃん来てくれないかしら……あ、次回はほのぼの予定ですシリアス疲れた←


 気が付けば、真っ黒な……それでいて白い光を放つ糸が張り巡らされている、不思議な空間に居た。どこかで見た気がする……そう思って辺りを見回すと、自分の真後ろにいつかの夢で見た神樹様の姿があった。

 

 ここはどこだ? そう思いつつ自分は今どうなっているのか確認すると、これまた不思議なことに真っ白な……こう、光で出来ているような、少なくとも肉体とは思えない姿をしていた。上半身は裸で、下半身はダボッとしたズボンの腰を紐で結んでいるだけで、靴も履いていない裸足。髪はあの時のように膝裏まで長くなってて、なんか毛先がゆらゆら炎みたいに揺れてる。

 

 「……そうだ、バーテックスはどうなった?」

 

 思い出した。襲ってきた3体のバーテックスと彼女達を逃がした後に1人で戦って、それで……結局どうなったんだ? 全部撃退出来た? いや、最後に銀ちゃんの声が聞こえた気がする。そして右腕に激痛が……あれ、でも右腕は()()()()()()ねぇ。

 

 「うおっ……と」

 

 右腕をぐるぐると回していると、急に突風と共に花吹雪が起きた。それは目を開けていられない程で、咄嗟に両手で顔を覆う。そして突風が収まったことを感じた後、両手を下げて目を開く。

 

 

 

 そこには、先程まで居なかった筈の少女が居た。

 

 

 

 年の頃は中学生程だろうか。赤い髪を後ろで束ね、髪には桜を模した髪飾り。服装は薄い桜色の着物……そして、その目は自分と同じ緑色。その少女を、自分はどこかで見たことがある気がした。

 

 「……君は、誰だい?」

 

 ー あなたも知ってるよ? あの時の戦いだって、私の名前を呼んで願ってくれたよね ー

 

 少女の言葉に首を傾げる。が、あの時の戦い、名前を呼んで願うとキーワードを並べられると、自ずと彼女の名前も想像がついた。

 

 「まさか君……いや、あなたは」

 

 そう言うと少女は自分に片目を閉じて……ウインクという奴だろう……人差し指を立てた手を己の口元へと持っていった。そんな姿を見て、思わず笑みが溢れた。すると彼女も笑って手招きしてきたので近付いてみると、自分へと手を伸ばしてきた。その手は自分の右腕を撫でた後、左目へと動く。

 

 ー あなたが目覚めると、この右腕と……この目をしばらく失くしてしまう ー

 

 「それは、どういう……」

 

 ー ごめんなさい。人の身に“あの力”は大きすぎる。“あの力”を使えば、その代償として何かを私に捧げることになる。今以上に力を貸そうとすると、こんな形でしか……私はあなた達に貸すことが出来ないの ー

 

 あれでもかなり制限していたんだけど……彼女はそう言う。それはそうだろうと思う。この四国を覆う結界を生み出し、自分達にはバーテックスと戦う力を授け、そして四国だけで生活を送ることが出来る程の膨大な力だ。あんな巨大な敵を相手取れるだけでも充分に強いというのに、それ以上……恐らく、服とか武器とか変わったアレのことだと思う……となれば、明らかに人の身には過ぎた力だろう。

 

 だが、代償と聞いて思わず顔をしかめる。右腕は、多分違う。なら、左目のことなんだろうけど……しばらく失うとはどういう意味か。眼球を失うのか、視力を失うのか。いや、眼球を失ったら終わりだから、多分視力だろう。そして彼女は“あなた達”と言った。それはつまり、あの子達がその力とやらを使えば、代償として何かを捧げることになるということだろう。

 

 ー 以前の私なら、こんな風に謝ることなんてなかった。私は自分に寿命が来るその日まで、勇者を選んであの“神”の生み出したモノに対する力を貸すことしか出来なかったから ー

 

 「……以前の私なら? なら、今はどうなんだい?」

 

 ー 私は“私達”だった。でも、ある切欠で私達の中で“私”という自我が生まれて、今みたいに表に出るようになった。この姿は、ある勇者の姿を借りているんだよ。あなたとこうして話す為にね ー

 

 「その切欠って……」

 

 

 

 ー あなたが、この世界に産まれてくれた ー

 

 

 

 彼女は、満面の笑みでそう言った。彼女は言う。自分という存在が産まれたことで寿命が日を追うごとに延びていき、失っていくだけの力が増していっているのだと。そして、寿命が増えて力が増すほど、己に変化が起きたのだと。

 

 自我が生まれた。感情が生まれた。神として全ての人間を守ろうという意思の中に、自分という個人への興味が生まれた。自分を通して、あの子達勇者のことも知った。

 

 彼女は言う。自分が産まれたことを知って胸が弾むような“喜び”を知った。自分を傷付けたバーテックスに対する釈然としない苛立ち、“怒り”を知った。自分が死にそうになったことに対するあの子達の姿を見て、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような“哀しみ”を知った。自分達が笑い合う姿を見るだけで、春の陽気のようにぽかぽかとして“楽しかった”。

 

 ー 私にも、あの子達にも、あなたが必要なんだよ。私は感情を、心を得てしまった。今更になって、あなた達勇者に死んでほしくないって……あなたに死んでほしくないって思えるようになった ー

 

 「……そっか。それは良いことだねぇ」

 

 本当に良いことだ。ただ居るだけの、ただ力を貸すだけの神様よりずっと良い。自分としても、守ろうと思う気持ちがより強くなる。

 

 ー だけど、私は動けない。私に出来るのは、力を貸すことだけ。私が敵を倒すことは出来ない……それが、もどかしくて仕方ない。自我を持っても、心を得ても、結局私はあなた達勇者に頼るしかないの……ごめんなさい ー

 

 彼女はそう言うと、俯いて自分の胸に頭を押し付けてきた。その声は震えていて……泣いているのだと分かった。神様だって泣くんだって、そう思った。嬉しかった。存在自体が違うのに、この神様は自分達を想って泣いてくれる……そんな、優しい神様だって知れたことが。

 

 自分がこの世界に転生し(うまれ)たことで自我や心を得たと言っていた。それならば、彼女は神様と言えどまだまだあの子達と同い年くらいの子供と言えなくもない。そんな彼女が泣いている。なら、自分がやるべきことは決まっている。

 

 「顔を上げて?」

 

 ー えっ? あ…… ー

 

 彼女が顔を上げる。その顔は、思った通りの泣き顔で……自分は、そんな彼女を抱き締める。今の自分より背が高いことに思うことは無くもないが、まあそれは今は置いておく。

 

 「泣かなくていいんだよ。あなたが優しい神様だって分かったから。自分は、あなたを知れたことが……とても嬉しいんだ」

 

 ー ……うん ー

 

 「大丈夫、守るよ。あの子達も、あなたも。だけどね、自分だけじゃ力が足りないんだ。自分だけじゃ、守り切れないんだ」

 

 ー うん……知ってるよ。知ってる。私だって同じだから。私だけじゃ、守り切れないから ー

 

 「だから、力を貸してくれないかい? あなたをあの子達を守る為に」

 

 ー それが、代償を伴う力でも? ー

 

 「好き好んで何かを失いたい訳じゃないけどねぇ……でも、それしかないなら……使うよ。使う。自分には夢があるからねぇ」

 

 ー それも、知ってる。あの子達が夢を叶えた姿を見たいんだよね ー

 

 「おや、そこまで知られているんだ。なんだか恥ずかしいねぇ」

 

 ー ふふ、だって私……神様だもん ー

 

 そんな会話をして、2人でクスクスと笑い合う。こうしていると、彼女が神様だってことを忘れてしまう。それほどに、彼女は普通の少女のようだった。

 

 不意に、彼女が自分から離れる。すると自分も、急に眠くなって瞼が落ちてくる。それに逆らうことは、何故か出来なかった。

 

 ー 今、あなたの先生が危険な目に遭ってる。助けられるのは、同じ病室に居るあなただけ ー

 

 そう言って彼女は、自分の額に何かをした。もう瞼を閉じきってしまっている自分には何をされたのか分からなかったが……ちゅっと、そんな音がした気がする。

 

 

 

 ー 頑張って。あなたなら、きっと出来る ー

 

 

 

 最後に聞こえた声は……やはり、あの戦いの時にも聞こえた……そっと背中を押してくれるような、明るい、聞くだけで元気になるような少女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 「天の……神?」

 

 「そうだ、天の神だ。貴様のような下っ端は知らなくて当然だがな……だが、私を含めた大赦の上層部は皆知っている。その中で信仰しているのは私ぐらいのモノだが」

 

 「っ……それが、彼を生け贄にすることと何の関係が……あるのっ!!」

 

 「むおっ!?」

 

 安芸は両足を養父の腹へと押し付けて、力一杯に押す。すると養父はそのまま押され、尻餅を着く。その隙に安芸は立ち上がり、養父と新士の間に立ち塞がる。新士を守る為に。

 

 「やってくれたな……」

 

 「彼は私の大切な生徒です……生け贄になんて、させない!」

 

 「ふん、お前も大赦に所属する者なら、勇者を平和の為に利用している者の1人だろう」

 

 「違う! 私は彼を……あの子達をそんな風に思ったことは」

 

 「思ったことは無くともやっていることは変わらん。勇者なぞ、世界の存続、平和の為に利用される捨てゴマ、我が神への生け贄に過ぎんよ。旧世紀の頃からそうだったのだからな」

 

 「……旧世紀?」

 

 「それも知らんのか……いいだろう、冥土の土産という奴だ、教えてやる」

 

 今から約300年前、旧世紀……西暦と呼ばれた時代の2015年に、突如としてそれは襲い掛かってきた。白い体に口だけがある異形の化け物。頂点(バーテックス)と名付けられたそれは世界中に出現し、当時の人類は成す術もなく蹂躙され、世界は破壊されていった。

 

 その蹂躙から逃れられたのは、今も存在する四国と他の一部の地域のみであった。そんな中で、極一部の少女達が特殊な力を発揮し、神の力を使ってバーテックスと戦っていた。その少女達こそが初代勇者。人類の希望。それが、安芸を初めとした多くの大赦に所属する者が知ること。

 

 「だが、バーテックスは突如として現れた訳ではない。バーテックスとは、当時の人類が愚かな事に神へと近付き過ぎ、それに怒った神が送り込んできた人類粛清システム! ウィルスから発生したなぞ、大赦が流したデマに過ぎん」

 

 「っ……そんなの、どこにも記されてなんて」

 

 「そう、どこにも記されていない。私とて知ったのは我が家の地下にある代々伝わる書に書かれていたことと父から、祖父から、曾祖父からと続く口伝だ。大赦の秘密主義はお前も知るところだろう」

 

 その言葉に、安芸は舌を打つ。勇者というお役目の秘匿、バーテックスの存在の隠蔽、過去の勇者が書いたとされる勇者御記の検閲と大赦は秘匿していることが多い。それは安芸も知っている。だから彼女自身、大赦や外の世界のことなど知らないことも多い。

 

 「西暦の勇者達がどうなったと思うかね? それは300年経った今でも戦いが続いていることが証明している。敗北だ! 勇者はバーテックスに、天の神に勝てなかった!」

 

 「まさか……いえ、それなら、どうして私達はこうして存在しているの!? 貴方の話の通りだと言うのなら、天の神が人類を生かすとは思えない!」

 

 「赦しを乞うたのさ! 無様に、情けなくもな! 奉火祭(ほうかさい)というモノを知っているかね?」

 

 国譲り、という神話がある。神代の時、土地神の王が天の神に自らの住み処から出ないことを代償として、その地を不可侵とすることを赦してほしいと願った、というもの。それを当時の大赦がその故事を模倣した儀式、それが奉火祭。

 

 「それを使い、地に這いつくばる人類が天の神へと赦しを願ったのだ! 炎の海の中へと、生け贄を投げ入れることでな!」

 

 「炎の……海?」

 

 「それすらも知らんのか。結界の外は天の神によって世界の(ことわり)そのものが変えられ、炎の海と化している。この四国以外の町も、県も、国も存在しておらんよ。あるのは、その地獄のような神の世界だけだ。そして、そこにはバーテックスがうようよと居る」

 

 「あ……そんな……それじゃ、この子達は……」

 

 「ようやく気付いたか? そうだ、勇者達は命尽きるまで永遠に戦い続けなければならない! 天の神が居る限りバーテックスは生まれ続ける。倒しても倒してもその数は減らない。これが捨てゴマでなくてなんだと言う? これが生け贄と呼ばずになんだと言う!?」

 

 養父の言葉に、安芸は何も返せない。養父の言うことが全て事実だという証拠はないが、逆に嘘だという証拠もない。むしろ、大赦が秘密主義であることを考えれば、養父の言うことが正しいとすら思える。事実、安芸は養父の言葉を信じてしまっていた。

 

 「ああそうだ、お前でもこれは知っているか? 神世紀72年に起きた頭のおかしいカルト集団による自殺事件だ」

 

 「それが、何か……いえ、まさかそれも」

 

 「そうだ、大赦お得意の隠蔽工作だ。実際は私のように天の神を崇拝する者達による大規模なテロ事件だ。だが、この時に赤嶺とどこぞの没落した家が鎮圧し、崇拝者は居なくなった……天の神崇拝を表に出すことがなく隠し通した我が雨野家を残してな……ああ、この“雨野”という名前も屈辱だ!!」

 

 ここに来て、養父の怒気が増す。大の男が放つ怒りは、既に精神的打ちのめされていた安芸も怯えてしまう程。

 

 「元々我が雨野は天に乃と書いて“天乃(あまの)”と呼ばれていた。それがなぜ変わったか分かるか? 名家という大赦で重要な位置に居る家だからだ。天の神を崇拝する我が家が、“人類を滅ぼしに来た神と同じ字を使うのは大赦として、名家として示しがつかない”というくだらん理由でな!! それがどれだけの屈辱か分かるか!?」

 

 「あ……ぐっ、あ……っ!」

 

 怒りを口にしながら、養父は怯えている安芸に近付き、その細い首を片手で掴み上げる。怒りのせいかその力は強く、安芸の力ではとても振りほどけない。

 

 「だから新士を生け贄に捧げるのだよ。神樹に名指しされた新士の価値は大赦の中でも高い。こいつは神に選ばれる程の存在だ。ならば同じ神である天の神もきっとお気に召してくださるだろう。その為だけに養子としたのだからな」

 

 苦しむ安芸越しに、養父は新士を見る。その目に狂気を宿し、最早新士を最初に迎えた時に浮かべていた朗らかな笑みの面影はどこにもない。そもそも、彼には初めから養父としての意識などなかったのだ。

 

 強引に養子にしたのは、天の神への生け贄とする為。お役目の為にと訓練を課していたのは本当の理由をカモフラージュする為。乃木を守れ、他の少女達を男として守れと言っていたのは、そうすることで戦死する可能性を上げる為。

 

 「“新士”という名前にも意味があってな……雨野家の新たな戦士という意味を込めてつけたが、他にも意味がある。本来は神の児と書いて“神児(しんじ)”と読むのだよ」

 

 雨野を本来の字に戻せば……天乃 神児、天の神の児。つまりは“天の神のモノ”という意味が隠されている。最初の行動から名前に至るまで、養父は新士……犬吠埼 楓という存在を、自らが崇拝する天の神へと捧げる為だけに動いていたのだ。ただ、それだけの為に。間違いなく、それは狂信者の行いであった。それだけの為に時間も、金も、労力も惜しまなかったのだから。

 

 「……流石に話し過ぎたな。いい加減お前には死んでもらおう。その次は新士だ。なぁに、世間には貴様が教え子と共に自殺したとでもしておいてやる……安心して我が神の元へと行くがいい」

 

 養父はそう言うと安芸を新士の眠るベッドへと首を持ったまま押し付け、注射器を掲げる。酸欠になり、意識が朦朧とし始めていた安芸に、抵抗する力はなかった。

 

 (これは、罰なのかしら……あの子達に対する配慮が足りなかった……あの子達を深く傷付けてしまった、私への……)

 

 死が間近に迫っているせいか、安芸はそう思った。大赦からの指令を受け、サポートをすることに徹し、新士がいるからと心のケアを怠った。その罰として自分は死ぬのかと。

 

 もっと勇者達と関わっていれば。勇者も大赦も関係ない大人として、子供として関わっていれば。もっと、もっと信頼関係を築けていれば。そんな後悔が溢れてくる。もう既に遅いかもしれないけれど。

 

 (……ごめんなさい、乃木さん。鷲尾さん。三ノ輪さん。雨野君。もし、次があるなら……)

 

 心に蓋をすることも仮面を被ることもなく、その心に寄り添えるようになりたい。正面から、子供達と向き合えるようになりたい。決して流すまいと決めていた涙が溢れる。せめて、最期くらいは自分の感情に正直で居たい……そう、彼女は思った。

 

 「!? なんだこの光は……がげぇっ!?」

 

 「っ……ごほっ、えほっ! ……?」

 

 突然病室に光が溢れ、養父が吹き飛び、安芸は苦しさから解放される。いったい何が起きた? そう思い安芸が喉を押さえつつ顔を上げると、自身の背後から具足を着けた子供の足が真っ直ぐ伸びていることに気付く。

 

 「……話は、全部聞かせてもらいましたよ、義父さん」

 

 「ぐ……バカな……なぜ、その体で動ける……新士!?」

 

 養父が右のこめかみを押さえながら立ち上がり、驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。まさか、そう思って安芸が右を見ると、勇者服を着た新士がベッドに腰掛けるところだった。体に取り付けられていたコードが外れていることで、周囲の機械からピーッという無機質な音が出ている。

 

 「……雨野、君?」

 

 「大丈夫ですか? 安芸先生。すみません、助けるのが遅れてしまって……義父さん……いえ、そこの男にバレないようにスマホを取るのに思ったよりも手間取ってしまって」

 

 安芸に苦笑いを浮かべ、新士はそう言って謝る。彼は養父が安芸によって尻餅を着かされる前から起きていた。だが、元々彼は重傷の身で、少し動くだけで痛みが走る。幸いだったのは、そう遠くない位置に彼のスマホが置いてあったこと。

 

 彼のスマホの裏には、以前撮ったプリクラの写真が貼ってある。それを知った勇者の3人が自分達が少しでも彼の側に居られるようにと、戦いが終わったその日に大赦の人間に側に置いておくことを懇願していたのだ。その大赦の者は、勇者の願いを叶えていた。それが今、こうして安芸の命を救っていた。

 

 養父の長ったらしい話を聞きながら痛みに耐えつつ慎重に手を伸ばし、安芸が意識を失う一歩手前で手が届き、()()()()()()()()()画面にある勇者アプリをタップして変身し、左足で養父の右こめかみに蹴りを叩き込んだという訳である。

 

 「瀕死の重傷だったのではないのか!? 答えろ、新士!!」

 

 「新士、ねぇ……その名前、もう呼ばないでくれませんかねぇ? 自分にはちゃんと……本当の親から貰った“楓”っていう大事な……大事な名前があるんでねぇ」

 

 ベッドから降りて立ち上がり、中に何も通っていない右腕の袖をはためかせ、新士……楓は、養父()()()男を睨み付けながら安芸の前に守るように立つ。実のところ、彼は今立っているのもやっとだった。元々動くこと自体難しいのだ。その体を勇者の力の補助があって何とか動かしているという状態。先の蹴りですら、激痛を我慢して放ったものである。

 

 それを感じさせない彼に、安芸は頼もしさと安心感を覚えていた。大人である己が子供である彼にそんな感情を抱いてしまったことに気恥ずかしさを感じつつ……彼女は、園子があそこまで激昂したことを本当の意味で悟る。

 

 (こんな風に、あの子達を守ってくれていたのね……)

 

 小さくも大きな背中。いつだって彼女達の前に出て、その行動で、言葉で守ってきた唯一の男の勇者。その姿に、ようやく安芸は見た気がした。本来あるべき……本来なるべき、“大人”の姿を。

 

 「何故だ……何故! 何故お前は死なんのだ……話を聞いていたなら、何故そんなにも真っ直ぐな目をしていられるのだ!?」

 

 「何故、何故とそればっかりだねぇ……まあ、思うところがない訳ではないですがねぇ。天の神だとか、外の世界は火の海だとか、戦いは終わらないとか……まあ、今はそういうのは全部どっかに投げとこう」

 

 「投げっ!?」

 

 呆れ顔を浮かべてぺいっと、まるで虫でも払うかのように左手を振り、さらりと流す楓。その姿に男は唖然とし、安芸もええっ!? と目を見開く。そんな簡単に言うようなことじゃないだろうと。

 

 だが、楓にとっては、今は考えていても無駄なことだ。少なくとも、この場で考えることじゃない。そういう大事な、今後に関わるようなことは、そういうことを考える場で考えればいい。今必要なのは……。

 

 「今は……あんたをぶん殴ることを優先させてもらうとしようかねぇ」

 

 「ひっ!?」

 

 無表情に、楓は男を見据えて左拳を握り締める。ぶん殴ると言いながら、手甲から爪を伸ばして。それを見た男は流石に命の危険を感じたのだろう、悲鳴を上げて病室から慌てて逃げていく。注射器を手離さなかったのは、証拠を残さない為だろうか。

 

 男が居なくなったことを確認すると、楓はゆっくりとベッドに腰掛ける。我慢していた痛みを逃がすかのようにふぅーっと長く息を吐き……変身が解けると更に強く激痛が走り、床に倒れそうになり……それを、安芸が支えた。

 

 「大丈夫? 雨野君」

 

 「なん……とか……」

 

 「今、横にするからね」

 

 ゆっくりと、安芸は楓の体を動かしてベッドに横に寝かせ、上から布団を被せる。痛みからか、それとも疲れからか、彼は直ぐに寝入ってしまった。

 

 流れている汗をハンカチで吹きながら、安芸は彼の寝顔を見る。先程まであんなにも頼もしかったのに、今は女の子のような可愛らしい寝顔をしていた。それが何だか可笑しくて、思わずクスリと笑みが溢れる。そんな風に、あまりに自然に笑えたことに驚きつつも、安芸は彼の髪を撫でながら考える。

 

 やるべきことは多い。男から聞かされた話の事実確認、もうすぐ来るであろう医者へのこの場で起きたことの説明、勇者達への対応、上への報告、教師としての仕事、他。何一つ気を抜いていいモノはない。尤も、真面目な性格の安芸は気を抜いて仕事をすることなど殆ど無いのだが。

 

 頭が痛くなる……そう思ってまだ少し痛む喉を押さえた後に溜め息を吐き、安芸は彼の寝顔を見て束の間の安らぎを得るのだった。

 

 

 

 

 

 

 (クソッ、クソッ! クソッ!!)

 

 病室から逃げ出した男は悪態をつきながら全力で走っていた。計画は失敗、それも限りなく最悪に近い形で。安芸だけならどうにでもなった。だが勇者である楓に知られたのが痛かった。

 

 大赦は決して優しい組織ではない。それは裏側を担っていたからこそよく知っている。そして、その裏側を担っているのは自分だけではない。勇者に害を加えようとした等と知られれば、名家であろうと容赦なく消される。そもそも雨野家の評判自体が既に落ちている上に、名家と言えど雨野家は地位や役割的に()()()()()。つまり……()()()()()()()()()()()

 

 (あのクソガキが! 我が神への生け贄の分際で……!!)

 

 焦り、怒り。その2つがない交ぜになりながら走る。今は一刻も早く病院から出る。その後はどうする。どうすれば逃げられる。そんなことを考えていたのがいけなかった。

 

 「……あ?」

 

 ()()()()、男は階段の滑り止めの部分に足を引っ掻けた。

 

 ()()()()()()、一番上から踊場まで頭から落ちた。

 

 そして咄嗟に両腕で頭を庇おうとしたことで、手にしていた注射器の針が落下の衝撃で首の後ろに突き刺さり、ある程度中身が入り込んだ所で、針が折れた。

 

 「っ!? が……あ、が、ぎ、ご、お! お……っ……っ」

 

 安芸が睨んだ通り、それは毒薬だった。それも強力な、瀕死の楓を確実に殺すためのモノ。それが己の体内へと入り込み、急速に体中に回る。おまけに強く頭を打った為に体が言うことを聞かず、そもそも解毒剤等持ち合わせていない。

 

 これより数分、男は喉を掻き毟りながら体の激痛に苦しみ、息苦しさに苦しみ、のたうち回り……息絶える。それを見ていたのは、結界を作り出している神のみ。

 

 

 

 ー 愚かな人 ー

 

 

 

 あの真っ暗な空間にて、楓に見せた少女の姿でソレは目の前の存在する鏡に映る男の様を見て呟く。それは彼に見せた表情とはまるで違う、神としての意識が強く出た無関心なモノで。

 

 ー 死んだら、彼の魂は私の元に来るのに。そもそもあの人間嫌いの天の神達が、人間に崇拝されて喜ぶ訳もないでしょうに ー

 

 本当に、愚かな人。そう言って少女……神樹は、その鏡を消した。

 

 翌日、勇者達が住む町で不幸な事故や不運な出来事が起きたというニュースが流れる。その中には名家の唯一の血筋の人間が死んだというモノもあったが、さほど騒がれることもなく他のニュースに埋もれていった。




今回の補足、及び相違点

西暦の出来事は漫画、神世紀72年はwikiより。それを養父がかなり悪意ある言い方をしてます。

・神樹に自我と感情が芽生えている

・安芸の心境に大きな変化



これにて雨野家と養父問題は終わり! 閉廷! かなり強引かつ駆け足な形となりましたが、あんまり引っ張っても仕方ないので。

ここで“雨野 新士”は退場です。次回から“犬吠埼 楓”君になると思います。わすゆ篇も残り少ないので。

最初と最後に出てきた少女は神樹様です。姿はとある勇者から。イッタイダレナンダー。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 12 ー

お待たせしました(´ω`)

一時ランキング入りしてました。やったぜ。UAも1万越えてました。やったぜ。評価10が4つ入ってました。やったぜ。

今回、ちょっとご都合入ります。よく考えたら安芸先生、眼鏡(外しても美人)女教師巨乳とか属性多くないですかね。しかもピーマン苦手とか可愛すぎかよと。

ゆゆゆいでバレンタインガチャ引いたら花言葉ぐんちゃんと助っ人タマっち先輩来ました。バレンタインぐんちゃん来て……。


 あの戦いの後、私達は新士君の病室に戻ることは出来なかった。時間も遅かったし、戦った後だったので迎えに来てくれた大赦の人から大事をとって休むようにと言われたから。そのっちは戻りたそうにしていたけれど、安芸先生が居るかもしれなかったし、心も体も疲れきっていたから。その日、私は泥のように眠った。

 

 翌日、学校に登校するとそのっちは居た……新士君の席に、いつものように頭を置いて。その目には隈が出来ていて、あまり眠れていないのが分かる。私は彼女の頭を撫でた後、自分の席に座る。少し遅れて、珍しいことに銀が遅刻せずにやってきた。その顔は笑っているけれど、やっぱりいつもより……暗い。

 

 そのっちを起こしてから少しして、安芸先生が入ってきた。少し気まずい気分になるけれど、その首に包帯が巻かれているのを見て驚く。あの後、何かあったんだろうか……それに、なんというかこう、すっきりした顔をしてる気がする。

 

 「ホームルームに入る前に、皆さんに良いお知らせがあります」

 

 安芸先生はそう前置きして……こう続けた。

 

 

 

 「雨野 新士君が、目を覚ましました」

 

 

 

 「ホント!?」

 

 そのっちが叫ぶように言って立ち上がる。いつもの先生なら、きっと注意していたと思う。でも先生は注意するどころか、そのっちに笑いかけた。それは、前に見たことのある笑顔よりもずっと素敵だと思う笑顔で。

 

 「ええ、本当よ。先生も少し話すことが出来たし……もう大丈夫」

 

 「あ……うええええ……ああああ~……!」

 

 そのっちが力が抜けたように座り込み、泣き声を上げる。すると先生は……そのっちに近付いて、彼女を抱き締めた。その姿には、正直驚きを隠せない。だって昨日の今日だし、そもそも先生はあまりそういうことをしないから。

 

 それ以上に驚いたのは……抱き締めながらあやすように彼女の頭を撫でる先生の姿が、どこか新士君と重なって見えたこと。何が先生を変えたのかはわからないけれど……きっと、新士君が原因なんだろうなって思った。その新士君が目を覚ました。目を覚まして、くれた。

 

 「良かった……良かったよぉ……」

 

 堪えきれなくて、嬉しくて、嬉しくて……私も泣いた。

 

 

 

 「昨日はごめんなさい」

 

 放課後、安芸先生に生徒指導室に来るように言われた私達3人は、部屋に着くなり既に居た先生にソファに座るように勧められ、言われた通りに座ると頭を下げて謝られた。

 

 「えっと……先生?」

 

 「乃木さんに言われて、ずっと後悔していたの……なんて無神経だったんだろうって、傷付けることを言ってしまったんだろうって……」

 

 「あっ……えっと……」

 

 そのっちがしどろもどろになって私と銀の顔を見る。その顔にはどうしよう? どうすればいい? と助けを求めているのが見てとれる。確かに昨日、私達……というかそのっちが安芸先生に対して激怒した。正直、彼女の言葉は私と銀も新士君がああなった時に思っていたことなので撤回するつもりもそのっちにさせるつもりもない。

 

 でも、安芸先生はこうして謝ってくれている。それも深く、深く頭を下げて。ただ……その先生の行動が昨日までの先生と結び付かない。彼女が本当は私達のことを思ってくれているのは……分かりにくいけれど、解ってる。それでも、ここまでするのは予想出来なかった。仮に謝るとしても、頭まで下げるだろうか。

 

 「なんかさ。先生、変わっ……りました?」

 

 不意に、銀がそう聞いた。すると先生は顔を上げて驚いたように目を見開いた後……ふんわりと、見たこともないくらいに優しく笑った。

 

 「……変わったように見える?」

 

 「えっと……はい。昨日、病室であんなことがあったけれど、その時の先生とは、その……」

 

 「……教室で、雨野君と話したと言ったでしょう? 変わったのなら……変わることが出来たのなら、彼のお陰ね」

 

 「アマっちの……」

 

 先生が言うには、私達が居なくなってから少しした後、彼が少しだけ目覚めて、その彼と少しだけ話したんだとか。でも、その“少し”だけでこんなにも人が変われるというの? それとも……新士君“だから”、先生は変わることが出来たのかしら。私が、そうだったように。

 

 「まだ……まだ、先生と……大人のことは許せそうにないんよ……」

 

 「……そう、よね」

 

 「でも……でも! 先生がアマっちのお陰って言ったから……変わることが出来たのならって、そう言ったから……少しだけ、信じるんよ」

 

 「……ええ。今は、それでもいいの。ありがとう……乃木さん」

 

 銀と顔を見合せ、2人して笑う。やっぱり新士君はスゴい。今この場に居なくても、昨日とは全然違う。人も、雰囲気も……私達の心までも。彼に依存気味であることは重々承知している。でも……それが心地いいから、抜け出せそうにない。

 

 それこそ……彼のことを忘れでもしない限り。

 

 

 

 

 

 

 あの後、4人は安芸の車で楓の居る病院に来ていた。病院に着いた途端に3人は我先にと彼の居る病室に向かい、安芸はその後ろ姿に苦笑いを浮かべて自身はゆっくりとした足取りで売店へと進む。学校から直接来たので見舞いの品等持ってきていない為、せめて売店で何かしら買ってから行こうという大人の判断であった。

 

 病室の前に着いた3人は、少し乱れた息を整え、ゆっくりと扉を開ける。彼が眠っているのか起きているのか分からなかったからだ。そして、彼女達は見た。

 

 今では珍しくもない介護用の電動のリクライニングベッド。その上部分を起こして背もたれのようにした状態で、勇者服を着た彼が上半身をもたれさせながら窓の外を見ている姿を。

 

 「……アマっち」

 

 「うん? やぁ、皆。元気だったかい?」

 

 園子の声に反応し、窓の方に向けていた顔を扉へと向ける楓。その頭と左目を覆うように包帯が巻かれている姿は痛々しい。が、そんなモノを感じさせない朗らかな笑みを浮かべて、彼はそう言った。

 

 その声に、姿に、笑顔に、彼女達の涙腺が急激に刺激される。なんだか泣いてばかりだなぁと思いつつもそれを止めることはせず、3人は彼に負担を掛けないように抱き付いた。

 

 

 

 彼女達が落ち着いたのは、それから数分後。泣き止んだ辺りで飲み物やお菓子の入った袋を持った安芸が病室に入ってきた。彼女が見たのは、嬉しそうに楓の左手を握っている園子とその後ろにある椅子に座って笑っている須美、ベッドに座って扉に背を向けている銀……そして、3人に向けて朗らかに笑う楓の姿。そんな4人の姿に、安芸はまた優しく笑っていた。

 

 「ん? ああ、先生も来ていたんですね」

 

 「ええ。体は大丈夫? 雨野君」

 

 「勇者服を着ていれば、こうして体を起こして会話出来るくらいには。これ着てると治りが早いんですよねぇ……先生も大丈夫ですか? ……その喉」

 

 「大丈夫よ。ちょっと痕が残ってるから、こうしているだけだから」

 

 楓に言われて、安芸は喉に巻いている包帯に触れる。昨日、あの男に殺されそうになった時に強く掴まれた喉には、男の手形が不気味な程にくっきりと残っていた。それが完全に消えるまでは、包帯を巻いたままにしていることだろう。そんな2人の会話に疑問を覚えたのは、須美。

 

 「そういえば先生。その喉、どうしたんですか? 昨日はそんなのしてなかったと思うんですが……」

 

 「……そうね、雨野君。話してもいいかしら?」

 

 「そうですねぇ……自分の名前のこともありますし、ねぇ」

 

 「「「……名前?」」」

 

 

 

 

 

 

 「アマっちが……生け贄……?」

 

 「なんだよそれ……っ!!」

 

 「ひどい……そんなのって……」

 

 楓と安芸が語ったのは、3人がバーテックスとの戦いに行った後に病室で起きたこと。楓を養子にした理由、彼を生け贄と称して殺しにきたこと、安芸がそれに巻き込まれて殺されかけたこと。そして、その男は既に死んでいること。

 

 流石に昨日今日で事実確認が出来ておらず、彼女達の精神状況を考えて天の神や結界の外のこと等は話していない。だが、楓も安芸も近い内に話すつもりで居る。勇者として彼女達は知る権利があるのだから。例え知った結果、彼女達が戦うことを拒否したとしても、2人は受け入れるだろう。

 

 「……でも、それじゃあアマっちはどうなるの?」

 

 「そうだねぇ……とりあえず、“雨野 新士”とはもう名乗らないだろうねぇ。言い方は悪いけれど、この名前を使うのは……虫酸が走るって奴だねぇ」

 

 「結構言いますな……」

 

 雨野家は事実上のお家断絶。血筋が居なくなったのだから、もう大赦の名家に名を列ねることもない。そして、彼も雨野の名を使い続ける気は毛頭ない。誰が好き好んで己を殺しに来た男が付けた名を使い続けたいと思うのか。笑いながらそう吐き捨てる楓に、銀は思わず身震いする。彼に怒られた時のことでも思い出したのだろう。

 

 「一応、大赦の方でも話し合いはしているわ。本来養子にするはずだった家に行くことになるのか、それとも別の家になるのかわからないけれど……」

 

 「因みに、その家ってどこなんですか?」

 

 「確か、高嶋家か赤嶺家のどちらかだったハズよ」

 

 「また名前が変わるんですかねぇ……」

 

 安芸の話を聞いた楓が苦笑いを浮かべる。正直なところ、もう住むところも名前も変わるのは遠慮したいという気持ちでいっぱいだった。元々彼は、どちらかと言えばインドア派ののんびりやなのだ。今生の両親のことも好いているし、貰った名前も気に入っている。何度も別の名前を名乗るのは抵抗があった。

 

 そこでふと、楓は思い至る。彼女達に本来の名前を伝えていないことに。

 

 「そうだ、もうあの名前を名乗らない訳だし……改めて自己紹介でもしようか」

 

 「そうね、もう新士君とは呼べないのだし」

 

 「では、改めて……」

 

 そう言って、楓は1度間を置く。その際にチラッと園子へと顔ごと目を向け、急に見られた園子はキョトンして首を傾げる。そんな彼女の愛らしい姿に楓はクスッと笑みを溢し……。

 

 「犬吠埼さんちの楓です。よろしくねぇ」

 

 「あっ……」

 

 「おう! よろしくな、楓!」

 

 「楓君……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 銀と須美がそう返す中、園子だけが何も返せなかった。

 

 

 

 ー それじゃああらためまして……乃木さんちの園子です~ ー

 

 ー これはご丁寧に……雨野さんちの新士です。よろしくねぇ ー

 

 ー ! よ、よろしく~! ー

 

 

 

 それは5年生の頃、楓が転校してきて2日目の日の……園子が初めて“友達”を得た日の会話。楓は覚えていた。あの日の自己紹介を。勿論、園子も覚えている。大切な、大切な記憶なのだから。

 

 「そのっち?」

 

 「あ……えっと……の、乃木さんちの園子ですっ!」

 

 「なんでお前まで自己紹介を……」

 

 「ふふ……よろしくねぇ」

 

 何の反応もない園子に不思議そうにする須美。ハッとして慌ててお辞儀をする園子に呆れる銀。そんな彼女を見て、また優しい笑みを溢す楓。

 

 (……良かった)

 

 その光景を見て、安芸は心から安堵した。もう、昨日のような……悲しみに暮れる彼女達の姿はない。ただ、仲の良い友達同士が笑い合う、ありふれた平和な空間があるだけ。それこそが、子供である4人が本来居るべき世界。その世界を、本当ならば大人が守るべきだというのに、それが出来ないもどかしさは……まだ、彼女の心に燻っている。

 

 安芸は近くのテーブルに袋を置き、自分はやることがあるからと告げて部屋から出る。彼女には見舞いだけでなく、他にもやることが多々あった。

 

 正直なところ、彼女にあの男から聞いたことを大赦に話すつもりは無い。只でさえ秘密主義で、勇者の心のケアもまともにしない上層部のことだ、虚偽であれ事実であれ色々と()()()()()()()ことが知られれば、何かしらの対処をされることは明白。勇者達のサポート役を代えられるだけならまだいい。最悪、命の危険も視野に入れなければならない。

 

 (私に出来ることは……向き合うこと。あの子達と一緒に、絶望的な現実と)

 

 例えそれで自分の身が危険に晒されたとしても、彼女は決して後悔しない。勇者達が何も知らないままで居るよりはいい。

 

 (信じること。あの子達がその絶望を乗り越えていけることを)

 

 勇者達が戦わなくなる危険性を考慮して事実を隠すのではなく、その危険性を理解し、それでも勇者達が乗り越えることを信じる。大人が、子供を信じないでどうするのか。

 

 安芸は見てきた。初めての戦いを、2度目の信頼を、3度目の連携を……4度目の、悲壮を。そして、5度目の怒りを。その全てを乗り越えて、あの笑顔があるのだ。4人揃えば、越えられないモノなんてないだろう。

 

 (そして、守ること。彼とあの子達の心を。彼では出来ない、大赦からの大人の行動からも。今度こそ……“本来あるべき大人”として)

 

 そう決意し、病院から出る安芸。3人の帰りには乃木からリムジンが出ることになっているので彼女が帰ることに問題はない。そして、彼女が自分の車のドアに手を掛けた時だった。

 

 

 

 「勇者達のサポート役である貴女を、大赦の本部まで連行させてもらいます」

 

 

 

 礼服に仮面を着けた集団に囲まれ、そう告げられたのは。

 

 思えば当然のことだった。あの時、病室の窓は開いていて、あの男はそんなことも気にせずに大声で暴露していたのだ。楓の病室が上階にあることを踏まえても、外に居た誰かに聞かれていても可笑しくはない。その中に、大赦の人間が居ても……可笑しくは、ない。何せこの病院は、“大赦が運営する総合病院”なのだから。

 

 「……私を、どうするつもりで?」

 

 「それは私達が知ることではありません。ですが、今の役割から外されることはほぼ確定でしょう」

 

 目の前が暗くなる。せっかく変われたのに。せっかく、園子との関係が改善出来る兆しが見えたのに。せっかく……あの平和な光景を見られたのに。安芸は、自分の足下が崩れていくような感覚を覚えた。

 

 (ごめんなさい……ごめんなさい、皆……)

 

 その心の声は、他の人間には届かなかった。

 

 

 

 ー 昔ならいざ知らず……今の私がそんなこと、させる訳ないでしょう? あの人が“私達”や勇者の子達に必要なように……今の貴女は、あの人達に必要なのだから ー

 

 

 

 だが……神には届いた。

 

 

 

 

 

 

 「~♪」

 

 「犬かお前は」

 

 「のこちゃんは甘えん坊だねぇ」

 

 楓の左手を頭に乗せ、ぐりぐりと押し付けている園子。その表情は花が咲くようなという言葉が相応しい程の満面の笑み。銀には彼女にぶんぶんと凄まじい速度で振られている尻尾が見えている程。そんな彼女をちょっと羨ましいと思いつつも、須美は今まで目を逸らしていた現実……彼の無くなった、何も通っていない勇者服の右袖を見詰める。

 

 楓がこうして生きて笑っている姿を見られたことは素直に嬉しい。だが、現実とは向き合わねばならない。須美は楓の右側に回ってベッドに……彼の隣に腰掛け、右袖を持ち上げる。

 

 「ねえ、しん……楓君」

 

 「ん? ……なんだい?」

 

 「楓君は……右腕が無くなってもまだ、戦うの?」

 

 「須美……その話は、何も今じゃなくてもいいんじゃ」

 

 「ううん。こういうのは、早い方がいい……もう、言えなくて、言わなくて後悔なんてしたくないもの」

 

 明るかった部屋の空気が暗くなる。3人共、分かっていて目を逸らしていたのだ。その空気を壊したくなかったのだ。今じゃなくていい、後からでも聞ける……そう言い訳をして、後回しにしていた。

 

 だが、須美は思い直した。もう既に1度後悔したから。言っていたら変わったかもしれないと、言わなかったことを後悔したから。その空気を壊すのも、腕のことを聞くのも、今後のことを聞くのも怖かったが……それでもと、須美は勇気を出した。

 

 (うん……やっぱり、子供の成長は早いねぇ……)

 

 そんな彼女を、楓は誇らしい気持ちで見ていた。彼女が真面目で、怖がりで、ちょーっと暴走するところがあって、友達のことが大好きで……そんな風に色んな面を知っている。お役目が始まる前の彼女と比べれば雲泥の差という奴だ。

 

 悪夢を見て泣いていた彼女が、勇気を出せた。そんな成長が、何よりも嬉しく、誇らしい。それは楓に、真実を話してもきっと大丈夫だと確信させるに値するモノだった。

 

 「……そうだねぇ。少なくとも、勇者を止めろとは言われてないから戦うよ。それに、確かに片腕が……それも利き腕が無くなったのは痛いけどね? まあ、問題ないと思ってるよ」

 

 「どうして? カエっち」

 

 「新しいあだ名はカエっちになったんだねぇ……まあそれはさておき、何で問題ないかって? 決まってるじゃないか。のこちゃんも、銀ちゃんも、須美ちゃんも居るからだよ」

 

 「あたし達が……?」

 

 「自分達は、1人で戦ってきた訳じゃないからねぇ……それに、須美ちゃんが言ってくれたじゃないか」

 

 「わ、私?」

 

 

 

 「守るって、一緒に頑張るって、ね。そう言ってくれた時、本当に嬉しかったんだよ」

 

 

 

 ー 私も、守るからっ……一緒に頑張る、から! ー

 

 

 

 言った。誓った。それが出来なかったから後悔して、自分を責めていた。それを彼は覚えていた。あの悪夢を見た日に1度、それも嗚咽混じりの須美の言葉を。

 

 「自分は利き腕を無くした。前みたいには、きっと戦えない。だから、聞くのは自分の方なんだよ」

 

 「カエっち……」

 

 「こんな自分でも……もう一度、一緒に戦ってくれますか?」

 

 楓が園子の頭から左手を動かし、前に伸ばす。痛みのせいか、それとも恐怖からか……その手が震えているのを、3人は見た。

 

 3人をお互いに視線を合わせ……笑って、頷く。言葉なんて決まっている。気持ちだって同じハズだ。もう1人で戦わせない。もう2度と、同じ後悔をしたくない。

 

 (カエっちは、今まで私達を守ってくれたから)

 

 (今度は、あたし達が守る番だ)

 

 (もう、あんな思いは嫌だから)

 

 3人も手を伸ばし、楓の手と合わせる。楓の1つの手を、3人が両手で包み込む。手の震えは、いつの間にか止まっていた。

 

 

 

 「「「もちろん!!」」」

 

 

 

 笑い合う4人を、窓の外から頭が赤く、体が桜色のオウムと青い鳥が見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 「貴女には、このままサポート役を続けてもらうことになりました」

 

 「は?」

 

 同日の夜。大赦の本部に連行されて狭い個室に入れられてそのまま放置されていた安芸。そのまま待つこと数時間経った頃にいつもの礼服に仮面を着けた人間……声からして男……が現れ、無機質にそう言ってきた。これからどうなるのか……と悩みに悩んで、扉が開いた瞬間死を宣告されることすら予想していたところにコレである。そりゃあ真面目な安芸と言えどキョトン顔に間の抜けた言葉の1つや2つ出るというモノだろう。

 

 「えっ、あっ……えっ?」

 

 「ですから、このままサポート役を続けてもらうことになりました」

 

 「……なんで、ですか?」

 

 「詳細は私には分かりかねます。ですが、何でも貴女がここに連れてこられて直ぐに神樹様より神託が降ったそうです。貴女をサポート役から外すこと、及び害すること(まか)りならん、と。上層部は大層慌てたそうです」

 

 「神樹様が……?」

 

 男の言葉を聞き、理解するのに数秒の時間を要した。そして神樹様が助けてくれたのだとようやく理解し……安芸は、割と思いっきり己の頬をつねる。手加減しなかったのでかなり痛かったらしく涙が少し滲んでいる。痛い。つまり夢ではない。なのに、彼女はどこか夢心地で居た。

 

 気付けば、安芸は自宅へと送る為の車に乗せられていた。自分の手を見る。その手は震えていた。今更になって自分の未来が閉ざされかけていたことに恐怖し、そこから解放されたことに安堵し、神樹様のお墨付きで子供達と居られることに喜び……泣いた。

 

 「嗚呼……嗚呼っ! 神樹様……ありがとうございます……ありがとう、ございますっ!!」

 

 両手を組み合わせ、泣き笑いの表情で感謝を告げる。ただただ純粋に、どこまでも大きな喜びを言葉に乗せる。そして誓う。己の身が滅ぶその時まで、子供達の味方で居ることを。先生として、サポート役として、大人として……子供達がいつか、勇者というお役目から解放されるその日まで。

 

 

 

 ー 人間って、泣きながらでも笑えるんだね。あの子達の涙は嫌だったけれど……この涙は、うん。嫌いじゃないなぁ ー

 

 

 

 真っ暗な空間の中、巨大の樹の前に立つ赤い髪に薄い桜色の着物の少女……神樹は、目の前の鏡に映る安芸の姿を、優しく笑いながら見詰めていた。




原作との相違点

・安芸と勇者達の関係がより良い方向に

・その他



ちょっとご都合(神樹様介入)がありましたが、至って平和に終わりました。感想で大赦に知られてないとか書いておきながら自分で覆していくスタイル。

原作の通りに進めば、次は決戦です。その前にまたほのぼの系の話を書いて、そこからラストバトルの予定です。

次回、前に言ってたデッドエンドif書きます。そこまで重くならないのでご安心を。この番外編の評判次第では、また他にも番外編とかリクエスト受け付けとかすると思います。今はまだしません←

感想にgood付けるのが間に合わないくらい貰える感想が増えました……嬉しい悲鳴です。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif ー

お待たせしました(´ω`)

またランキング乗ってた。やったぜ。

なんか凄い筆が進みました。今回は予告通り、本編わすゆ9から分岐のデッドエンドifルートです。とは言うものの、実質原作銀の位置に主人公を突っ込んだ花結いの章2話になります。ご注意下さい。

後書きにて簡単に捕捉があります。興味がありましたらどうぞ。

あんまり重くないよ!←


 ー あの日、あたしは間に合わなかった ー

 

 ー あの日、私は危機を告げることしか出来なかった ー

 

 ー あの日、わたしは何も出来なかった ー

 

 

 

 

 

 

 須美に新士の危機だと叫ばれ、彼の元へと全速力で向かっていた銀。樹海を走り、ようやく大橋へと辿り着いた彼女が見たのは……悠々と神樹へと進んでいる、スコーピオンの姿だった。他の2体は見当たらない。そして、新士の姿もまた……見当たらない。

 

 銀は俯き、スコーピオンの前へと出る。敵が現れたことを認識した敵は動きを止め、尻尾をゆらりと動かした。

 

 「……お前……新士をどうしたんだよ……」

 

 返答は、尻尾の先の針による刺突。それを銀は、タイミングを合わせて左手の斧を振って針の側面に叩き付け、針は粉々に砕け散る。

 

 「なぁ……新士を……あたしの大事な親友を……」

 

 

 

 ー どうしたんだよ……っ!! ー

 

 

 

 意識を取り戻し、銀から遅れること十数分。須美と園子もまた、大橋の中央へと向かっていた。体の痛みを押し殺し、なるべく早く、なるべく速く。数分かけて大橋へと辿り着き、そこからまた少しかけて元の戦っていた場所へと向かう。

 

 「銀!」

 

 「ミノさん!」

 

 やがて、桜の花弁が舞う大橋の中央に立つ銀の姿を見つけた須美は彼女の隣へと降り立ち、遅れて園子が須美の隣に立つ。銀はその声に反応することなく、俯いたまま動かない。そのことに疑問を持つ須美だったが……新士の姿が無いこと、そして、()()()()()()()()()()()()()()ことに気付き、一気に青ざめる。

 

 「……新士、君……は……」

 

 ゆっくりと、銀は前を指差し、2人がその方向に目をやる。そこには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……須美……」

 

 「わっしー……?」

 

 まさか……そんなハズはない。そう思って、須美はゆっくりとその誰かに近付く。2人もまた、同じようにゆっくりと近付く。今にも胃の中のモノを戻してしまいそうな吐き気と血の気が引いていることによる寒さに震えながら、1歩ずつ。

 

 「……アマっち……?」

 

 「新士……」

 

 隣の2人が何かを言っているが、須美はそれを認識出来なかった。まるで、自分だけが世界から隔離されたかのような、痛いほどの静寂。それは寒気すら感じる程で。

 

 「……ーーっ」

 

 悪夢のように、声は出なかった。代わりに、空気だけが漏れた。

 

 誰かの近くまで来た。誰かの姿を見た。 それは背中を向けていた。それは赤黒く染まった勇者服を着ていた。ソレは身動き1つしなかった。ソレハボロボロの勇者服を着ていた。それは、ソレが、ソレニ。

 

 

 

 その体に首はなく、その体の向こうで横倒しになって転がっている彼の頭と目が合った。

 

 

 

 悲しい程に、残酷な迄に、救いようがなく、まるで決められた、逃れられぬ運命だったかのように。少女達の絶叫が響き渡る大橋の上で。

 

 悪夢は、再現されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 悪夢の日から2年程の月日が流れた。その間に起きたことは、銀が生存していることを除けば本来の正史とそう変わらない。所謂“わすゆ組”の戦いが終わり、“ゆゆゆ組”の戦いが始まり、犬吠埼 風の暴走が本来よりも激しかったり東郷 美森が壁を壊す際に三ノ輪 銀と乃木 園子が止めに来たりと多少の違いがあった程度だ。

 

 そうして大きな戦いも終わり、讃州中学勇者部として7人が部活に勤しんでいた頃、急に樹海化が発生し、しかもバーテックスまで現れる。戦いは終わったハズでは? と驚愕に包まれる一同だったが、更に驚くことにスマホの中にもう必要ないハズの勇者アプリが存在したのだ。

 

 そして突然聞こえてきた謎の声に従い、とりあえず勇者へと変身し、バーテックスと戦い始める勇者部。その際になぜか銀と園子の姿が無くなっていたが、5人となっても問題なく撃破する。そうして樹海化が解除され、いつもの部室に戻ってくるとそこには居なくなっていた2人と謎の声の主である少女、西暦時代の巫女であるという上里 ひなたが居た。

 

 彼女は言う。今居る世界は現実ではなく、神樹様の内部の“特別な世界”であると。神樹を構成する土地神の中の強い力を持つ一柱が造反神となって偽物のバーテックスを生み出し、反乱を起こしているのだと。“とある一柱”が抵抗していたものの既に四国の大半を制圧され、このままでは土地神がバラバラになって神樹の力が大きく削がれてしまう。勇者部一同はそれを阻止する為に召還されたのだと。

 

 これは、勇者部と過去の勇者達が一同に集い、造反神の行動を阻止する為の戦い……その中で起きた、奇跡の邂逅を成した者達のもしもの話。

 

 

 

 

 

 

 最初の戦いから少しして、勇者部一同はひなたに呼ばれ部室へと集まっていた。何の用かと聞けば……彼女曰く、今後の戦いは激しくなり、新型のバーテックスもどんどん出てくることが予想される。そこで、勇者部の頑張りによって少し取り戻した神樹様の力を使い、過去の勇者達……援軍を呼ぼうとしているという。

 

 「という訳で、全員でお迎えしましょう」

 

 「おぉっ、ついに別の時代の勇者がここに来るんだねヒナちゃん! 楽しみだな~」

 

 「とても不思議な体験をすると思いますよ」

 

 ひなたの言葉に喜色を隠さないのは、結城 友奈。明るく、聞いただけで元気が出るような声に、自然とひなたの口許も緩む。

 

 ひなたは園子、銀、東郷の方を見た後にそう言うと、深呼吸して落ち着くようにと呟く。それを聞いて皆が大なり小なりドキドキと緊張している中で、3人だけが妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 (今、私達の方を見ながら言ったよね? ということは……その“不思議な体験”っていうのは、私達に関係すること?)

 

 (なんだ? すごくこう、ざわざわする……まるで、あの日の時みたいな……)

 

 (過去の勇者……まさか……)

 

 

 

 そして、その“時”は訪れた。

 

 

 

 「あれ? ここは……どこかな~?」

 

 「知らない人達が沢山……あれ? そのっちの……お姉さん? そちらは……銀のお姉さん、かしら?」

 

 「いやいや、あたしに姉とか居ないから」

 

 「私も居ないと思うけど……でも、似てるね~。実はお姉さんなのかな~?」

 

 「私に妹は居なかったと思うんだけど……でも、似てる……?」

 

 「見た目はそっくりね。もしかして、同一人物? 小学生の時の園子、なのかしら」

 

 一瞬の発光と共に現れたのは、小学生時代の園子、須美、銀だった。まさかの登場人物に勇者部の面々が驚愕している中、三好 夏凜がいち早く同一人物であると口にする。ここで、中学生の3人の胸がドクンと早鐘を打つ。まさか……という思いが強くなる。

 

 「園ちゃん以外にも同一人物がいるような……ゆ、ゆあねーむいず東郷さん……?」

 

 「? えっと……はじめまして。確かに以前は“東郷”ですが、今は鷲尾です。後、私はあまり英語が好きじゃありません」

 

 「あ、ハイ。ごめんなさい」

 

 「ってことは、こっちの子は……」

 

 「あ、どうもです。あたしは三ノ輪 銀、です」

 

 「やっぱり同一人物……そっか、3人は小学生の時も勇者やってたんだもんね」

 

 友奈、風、夏凜と続けて3人の名前を確認し、結果全員が同一人物であると発覚する。友奈は今の東郷との差に微妙に気落ちし、夏凜は3人が来たことに納得する。が、中学生側の3人は内心で首を振る。違う、足りない。“彼”が居ない、と。

 

 「あらあら? 変ですね……もう1人呼んだハズなのですが……」

 

 そうひなたが言った瞬間、また部室に光が溢れる。そしてそれが収まると、そこに1人の少年の姿があった。その姿を見た園子、東郷、銀……そして風と樹の5人が驚愕から目を見開く。

 

 「おや? ここは……どこなんだろうねぇ? っと……」

 

 「あ! アマっち~♪」

 

 「新士君! 良かった、はぐれたのかと……」

 

 「新士が遅刻なんて珍しいなー」

 

 「別に遅刻って訳じゃないと思うんだけどねぇ……うん?」

 

 小学生の園子が少年……新士に抱き付き、彼も彼女を抱き締める。その姿に、中学生の園子の胸が痛んだ。新士の姿を見た須美が安堵の息を漏らす。東郷は逆に、あの日を思い出して息を飲む。小学生の銀がからかうように笑う。中学生の銀は、とても笑えなかった。

 

 ここでようやく、新士の目が勇者部の面々へと向けられる。彼の目には、見覚えのあるような顔から見覚えのない顔まで映っている。数秒の間を置き、彼が口にしたのは……一年程会えなかった家族への言葉だった。

 

 「久しぶりだねぇ、姉さんに樹。少し見ない内に大きくなったねぇ」

 

 【……ええっ!? 姉さんに樹!?】

 

 

 

 

 

 

 「改めまして、風の弟で樹の兄、犬吠埼 楓です。現在は須美ちゃんと同じく養子に出てまして、雨野 新士と名乗っております。いつも2人がお世話になっております」

 

 「い、いえいえこちらこそ! 風先輩と樹ちゃんには本当にお世話になってます!」

 

 新士が風、樹と姉弟関係であるという驚愕の事実の後にバーテックスの襲撃が発生し、その戦いから戻ってきた部室にて、新士が2人以外の勇者部5人に深々と頭を下げる。そんな彼に友奈は慌てて手を振り、同じように頭を下げた。

 

 「2人はちゃんとやれてますかねぇ? 樹は引っ込み思案で人見知りなところがありまして、養子に出るときは本当に心配で……姉さんも面倒見が良く妹思い弟思いなんですが、やんちゃなところがたまにキズで時々痛々しい発言も……」

 

 「……ねえ、風。あの子、あんたの弟……よね?」

 

 「楓やめてお願い……ホントやめて……」

 

 「お兄ちゃんその辺で……恥ずかしいから……」

 

 お前は親かとツッコミたくなるような新士の口から次々と出てくる言葉に、夏凜から哀れみと“あの子あんたよりしっかりしてるんだけど”とでも言いたげな視線を向けられ、羞恥から顔を隠してしゃがみこむ風とそれ以上はやめてと顔を赤くしながら新士の制服の袖を控え目に引っ張る樹。

 

 勇者部と小学生組、ひなたから生暖かい視線を向けられて更に居たたまれなくなる犬吠埼姉妹。その助け船として……という訳ではないのだろうが、園子(中)が口を開く。

 

 「ところで、リトルわっしーにプチミノさんはどうだったかな? みんなと連携しての戦いは」

 

 「そつなくこなせました、そ……園子さん」

 

 「須美がリトルなのになぜあたしはプチ……? いやー、皆さん強いですね! めっさ心強いです!」

 

 先の戦い、小学生組は自分達以上の強さを示した中学生組にただただ感激していた。訳もわからず、ろくに説明もされないまま赴いた戦いだったが、誰も怪我することもなく、危なげなく終えることが出来た。4人からすれば、自分達よりも年上というだけでも充分心強いのに更に強いとくれば、その安心感は大きい。

 

 そうやって敬語で返す2人に友奈がリラックスしていこうと言っている横で、中学生組も驚愕していた。戦闘力こそ確かに自分達よりも少し劣るかもしれないが、4人の連携の巧みさは自分達と比べても高い位置にある。それはとても小学生のモノとは思えなかった。

 

 「それに凄かったよねー、夏凜ちゃんと銀ちゃんと新士くんの攻撃。こう、ズババババーって」

 

 「そうね、流石は私の先輩ってところかしら」

 

 「先輩? そういえば、夏凜ちゃんのスマホは……」

 

 「そ、元はあの子のよ」

 

 友奈が戦いの内容を思い返しながらそう言うと、夏凜はスカートのポケット越しに自分のスマホを撫でる。大赦からやって来た完成型勇者と称していた夏凜は、元は先代勇者である新士のモノを受け継いでいる。故に、夏凜にとって彼は勇者としてもスマホの持ち主としても先輩に当たるのだ。

 

 そして、その話を勇者部の面々は知っている。ただ、先代勇者が男であり、名前が“雨野 新士”としか伝わっていなかった為、誰も彼と犬吠埼姉妹の関係を知らなかったのだ。前代未聞である筈の男の勇者の存在に驚かなかったのはその為である。ひなたも予め神樹様から聞いていたので驚きはなかった。

 

 「えっと……新士君もしたので、私達も改めまして自己紹介を……神樹館6年、鷲尾須美です」

 

 「神樹館6年、乃木 園子です~。そこの園子さんの小さい頃です」

 

 「同じく! 神樹館6年、三ノ輪 銀、です! そっちのあたしの若い頃です!」

 

 「あたしよ、もう少し違う言い方は出来なかったのか?」

 

 「それじゃ自分も……神樹館6年、雨野 新士です。一応、名前はこちらで通させてもらいますねぇ。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 「こっちこそ、皆よろしくね! って、私達もちゃんと自己紹介しないと」

 

 「それでは、私達の自己紹介と、4人の召還された理由もしっかりお伝えしないとですね。東郷さんのぼた餅でも食べながら、聞いて下さい」

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、詳しい事情まで分かりました」

 

 「アマっち、ぼた餅嫌いなの? あんまり食べてないけど……」

 

 「いやぁ……自分、お餅は苦手でねぇ」

 

 「どうして? 日本男児が、国民食のお餅を嫌うなんて……何がダメなの?」

 

 「ああ、別に味や食感が嫌いって訳じゃないよ」

 

 「じゃあ、なんで? 東郷さんのぼた餅、美味しいのに」

 

 「昔、喉に詰まらせちゃいましてねぇ。それ以来どうも……」

 

 「「お爺ちゃんか!」」

 

 銀(小)が真面目に話を聞いていた隣で、そんな緩い会話が繰り広げられていた。勇者部の中で誰よりも早く小学生組の空気に馴染んだ友奈。そんな彼女への返答に、銀(小)と夏凜が思わずツッコミを入れる。風と樹は“そんなこともあったなぁ……”と思い返し、その頃を思い出して泣きそうになるのを堪える。

 

 「じゃあ、私が食べていい? わっしー先輩のぼた餅美味しくって~♪」

 

 「いいよ。はい、あーん」

 

 「あ~……ん~♪」

 

 「……………………」

 

 「お姉ちゃん、園子さんが自分で自分に嫉妬を……」

 

 「正直意外だわ……この手の役割は東郷のお家芸だとばかり……」

 

 「どういう意味ですか」

 

 園子(小)にねだられ、竹製のフォークで小さく切ったぼた餅を彼女の口に入れる新士。その光景を見詰めて目から光を無くす園子(中)。その胸中には嫉妬以上に深く複雑な想いが絡まっているのだが、犬吠埼姉妹にはそこまで悟ることは出来ない。自然と、園子(中)のフォークを握る手の力が強くなる。その手をそっと包み込みつつ、東郷は姉妹に物申した。

 

 「そうだ、少し気になった……んですけど」

 

 「ええ、なに? 銀ちゃん」

 

 

 

 「大きくなった新士ってどこにいるんですか?」

 

 

 

 中学生側の3人と姉妹の息が詰まる。その様子に気付いたのは、幸いにも小学生組の3人には居なかった。須美はお餅の良さを解説するのに夢中、園子(小)はぼた餅に舌鼓を打ち、銀は単純に気付けなかった。だが……東郷は見た。自分達の顔を見て、怪訝そうな表情を浮かべた新士を。

 

 (なんだ? 自分の話が出た途端に……でも、確かに自分が居ないのは気になるねぇ。さっきの戦いでも……確か、三好さんだっけ。自分のこと()()を先輩って呼んでたな……先代勇者のことを先輩と呼ぶならこの子達にもそう言うだろうし……)

 

 (まさか……気付きかけてる……!?)

 

 新士の目が勇者部一同の顔を何度か行き来する。それだけで、東郷も新士が()()()()()()()()()()()()()()に気付きかけていることに気付く。元々彼は人の機微に聡い。それは己の内の恐怖心に理解を示してくれていたことから東郷自身が良く知っている。昔はそれで助けられていたが、今はその察しの良さが憎い。

 

 新士と東郷の様子が少し可笑しくなったのを、園子(中)と銀(中)も気付いていた。同時に、銀(小)の質問への返答をどうするか悩んでいた。真実を伝えるか? いや、それをするには小さな自分達の存在が邪魔だった。仮に真実を伝えた場合、彼女達が敵に回る可能性が高い。自分のことだ、それくらいは容易く理解出来る。何せ、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 「あのー」

 

 「えっと……そうね、彼は……」

 

 東郷が言い淀む。流石に可笑しいと思い始めたのか、銀の眉が潜められる。何か言わなければ、そう思うも焦りばかりが出て何も思い浮かばない。どうする、どうする、どうする……そして、助けが出た。他ならぬ新士自身から。

 

 「うーん、自分は多分、勇者をリストラされて別の役割になったのかもねぇ」

 

 「ええっ!? なんでその結論に!?」

 

 「ほら、自分は唯一の男の勇者だろう? 多分、男が勇者としてやっていけるかお試し期間か何かだったんだよ。で、自分のスマホは……三好さんが受け継いだのかねぇ。自分のことを先輩って言ってたし」

 

 「えっ? え、ええ、そうよ」

 

 「じゃあ、別の役割って?」

 

 「さぁねぇ。安芸先生みたいにサポート役か、それとも……年齢の近いカウンセラーかな? その辺、大赦はお世辞にも良いとは言えないしねぇ」

 

 【ああ~……】

 

 (安芸先生(あんなやつ)の名前なんて、出さなくていいのに……)

 

 苦笑いを浮かべながら言う新士に驚く銀(小)。その後の彼の説明に納得がいったようないってないような曖昧な顔で首を傾げ、予想を聞いて思うところがあるのか納得の声を上げる。それには勇者部とひなたも感じたことがあるのか同調し、園子(中)だけがまた瞳に暗い光を灯す。

 

 

 

 ー 3人共。辛い中……お役目ありがとう ー

 

 ー ……あのね。怖い思いを沢山して、悲しいこともあったのに……貴女達は大変なお役目としっかり向き合っている ー

 

 ー 3人はまさしく……勇者だわ ー

 

 

 

 ギリィ……と、園子(中)が強く下唇を噛む。今思い出しても腸が煮えくり返りそうになる。もし当時の須美と銀が己を抑えてくれなければ、勇者の力を持ってして安芸を殺していたかもしれなかった。

 

 訓練以外何もしてくれなかった大人が何を分かった風な口をきいているのか。本当に偉かったのは、本当に強かったのは、誰よりも自分達の助けと、救いとなってくれた存在を勇者から省いたことは本当に赦せなかった。それは安芸……大人と当時の勇者達の間に決定的で埋めようのない溝を作り出し、2年経った今でも彼女の怒りは収まっていない。

 

 それを知らずに、無邪気に彼と接している小さな己の姿が羨ましくも恨めしい。その幸せな時間にまだ居る小さな己が羨ましくて仕方ない。自分はもう、彼と触れ合うことも、言葉を交わすことも出来ないというのに。

 

 

 

 ー この世界に居れば、それが出来る ー

 

 

 

 誘惑に負けそうになる。何か、あと一押しされれば、きっと坂道を転がるように堕ちてしまう。それを理解しつつ、園子(中)は必死に笑顔の仮面を被った。その仮面に気付けたのは……東郷と銀(中)、そしてひなただけであった。

 

 「……今は神樹様の分裂を止めないと、そもそも皆さんが元の世界に戻れません。現実の話は、造反神を鎮めてからにしませんか?」

 

 「それもそうですね。ところで、1つ再確認。現実に戻っても、時間は経過していないんですよね?」

 

 「はい、そこは大丈夫です。貴方達が遠足の前に召還されたなら、遠足の前に戻ることになります」

 

 「遠足の前、と言っても4日前ですけどねぇ……」

 

 「良かったー。あたし、小さい弟居るからそれが心配で……」

 

 (遠足の4日前……ということは、須美ちゃんは悪夢を見ていない?)

 

 新士の言葉から、彼らは遠足の4日前の時間軸であることを知る。それはつまり、東郷達先代勇者にとってのターニングポイントからも4日前であるということ。もし、現実の歴史を変えることが出来るなら……新士の死を無かったことにする、そんな奇跡を起こすことができるなら。

 

 一縷の望みをかけて、東郷はひなたへと視線を向ける。それに対してひなたは……目を伏せ、静かに首を横に振った。それを見た東郷も目を伏せる。分かっていたことだ。歴史を変えるなど、神の力を持ってしても夢物語。それでも、期待せずには居られなかったのだ。

 

 「これからこの世界で暮らしていく上で、聞きたいことがあるんですが……宜しいですか?」

 

 「な、何かな? 何でも聞いてね、須美ちゃん」

 

 「っ!? 見て、楓。樹が……小学生に対してっ! 年上であろうと! 振る舞っているわっ!!」

 

 「そうだねぇ……成長したんだねぇ、樹……ほら姉さんは涙を拭いて。全く、涙脆くなったんじゃないかい?」

 

 「ぐじゅ……」

 

 「手慣れているわね……流石弟。いや、兄?」

 

 「感動の光景だね……ぐすっ」

 

 「もらい泣き!? あーもう、涙を拭きなさいよって鼻はかむな!」

 

 尚、須美が聞きたかったのは小学生である自分達はどこで勉強したらいいのかということである。それに反応……というか反抗するのは銀(小)。曰く、こんな世界に来てまで勉強は必要ない。しかし須美は勉強も鍛練も必要だと反論。2人から同意を求められ、困ったのは樹。そこに風からエールが送られる。今こそ年上の威厳を見せるべきだと。心なしか、新士からも応援の視線が送られている気がした。よし、と意気込み、樹が口にした答えは……。

 

 「え、えと……勉強は大事、だよね。少しくらいはやった方がいい、と思う、な」

 

 「うぐ、まごうことなき正論……でも、ある意味夢の世界なのに夢がない……」

 

 「勉強は大事、良く言ったわ樹ちゃん。私が樹ちゃんの勉強を見てあげようか?」

 

 「当然、樹もするわよね?」

 

 「も、もちろんするよ……お兄ちゃん、今度勉強教えて……」

 

 「樹……この世界では自分は樹よりも年下になるんだけどねぇ」

 

 「そうだったぁ……」

 

 がっくりと項垂れる樹を他所に風が説明する。曰く、この世界でも大赦は機能しており、明日からでも小学校に通えるようにしてくれるとのこと。それに加え、ひなたが住む場所として中学校の近くに寄宿舎を用意しているという。当面はそこで生活してもらうらしい。

 

 理由として、小学生組の拠点は大橋であり、現在その大橋は造反神によって制圧されている。その為、現状帰ることが出来ないのだ。当然、大橋にある神樹館に通うことも出来ない。よってここ、讃州市にある小学校に通うしかないのだ。

 

 「家を出ての生活……何だかわくわくするね~。でも、私に出来るかな~?」

 

 「大丈夫、分からないことがあったら教えるわ、そのっち」

 

 「小学生の東郷さんも頼りになるなぁ。結城友奈、感激しました! 握手して下さい!」

 

 「は? はぁ」

 

 「寄宿舎、ねぇ……」

 

 「? どうしたの? アマっち」

 

 「ああ、のこちゃん……じゃ、なくて……いや、合ってる……うーん、なんて呼んだらいいですかねぇ」

 

 須美が友奈に良くわからないまま握手している横で、寄宿舎という言葉に考え込む新士。そこに声をかける園子(中)だったが、かつてのあだ名で呼ばれて喜んだのも束の間、すぐに言い直して呼び方を悩む彼の言葉にまた胸が痛む。彼にとっての“のこちゃん”とは、小さい方の自分なのだと。だが、間違っても彼に他人行儀、さん付けなんてされたくはない。

 

 「……のこちゃんさん、とか」

 

 「……それなら、いいかな~」

 

 どうやらギリギリ許容範囲だったらしい。嬉しいとも悲しいとも取れる複雑な表情を浮かべる園子(中)に申し訳なく思いつつ、新士は先程言おうとした言葉を口にする。

 

 「いや、周りが異性だらけで肩身が狭くなりそうだと思ってねぇ」

 

 「あら、楓は私達の家に来たらいいじゃない」

 

 「そうだよお兄ちゃん」

 

 「大きい自分が居るんじゃないかい?」

 

 「あーっと……大丈夫、こっちの楓は今も大橋に居るから」

 

 「なるほど、なら安心かねぇ」

 

 そんな話をしながら、新士は須美達の方を見る。いつの間にか、友奈が須美と東郷を隣に置いて“両手に東郷さん!”と無邪気にはしゃいでいる。両手に東郷だと無敵らしい。次は両手に園子、こちらは幸せになるのだとか。

 

 「次は……両手に銀ちゃん! 元気が出るよ~」

 

 「おっ、勇者部の火の玉ガールであるあたしに元気勝負とは……笑止!」

 

 「元気なら負けませんよ!」

 

 「最後は……」

 

 両手に銀を堪能した後、友奈は樹と新士の手を引いて風の前にしゃがむ。その時点で、周りは友奈がやろうとしていることを悟った。

 

 「周りに犬吠埼姉弟! もう最強だね!」

 

 「よく言った友奈! あたし達姉弟に勝てる者などおらんわ!」

 

 「あ、あはは……」

 

 「面白い人だねぇ」

 

 「姉弟間のテンションの差が激しすぎない?」

 

 テンションの高い友奈と風、苦笑いを浮かべる樹、クスクスと朗らかに笑う新士。同じ血の通った姉弟でこうも違うかとの夏凜のツッコミに周りが内心で頷いていた。

 

 この後、小学生組はひなたより精霊という存在について説明を受ける。この世界では勇者システムは過去の物もまとめて最新の物に統一されるという。精霊が使えるということに無邪気に喜ぶ銀(小)。自分達の時代に無いものが使えるのが嬉しいのだろう。

 

 そして、小学生組は中学生組のことをもっと知るために、彼女達の戦いの軌跡を聞く。嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、楽しいことも沢山あった、勇者部の物語を。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、現在犬吠埼姉妹が住む一軒家。風の作る夕食を平らげて満足そうにしていた新士は、リビングのソファに腰掛け、テレビを見ていた。その膝の上にはソファに横になっている樹が頭を置いており、その頭を新士が撫でている。

 

 「もう、樹の方が大きくなっちゃったねぇ」

 

 「えへへ……私ももう中学生だもん」

 

 「……そっか。そうだねぇ」

 

 新士にとっては一年前だが、彼女達にとってはあの別れから三年経っているのだ、大きくなるのも当然というもの。不思議なこともあるものだと、新士は樹に笑いかける。それを見て、樹も笑い返した。

 

 「あんた達、昔もそうやってたわよねぇ……ほーれ楓に樹、あたしも混ぜなさい」

 

 「後ろから抱き締めるのは混ざることになるのかねぇ」

 

 「なるなる」

 

 そこに、洗い物を終えた風が乱入する。新士の言うようにソファの後ろから彼の首に手を回し、ソファ越しに抱き締める。それは、彼がここに居ることを確かめるかのような、強い抱擁で……その手を、新士は弱く掴んだ。

 

 「そうだ、姉さんと樹に聞きたいことがあったんだ」

 

 「なぁに? お兄ちゃん」

 

 「何でも答えてあげるわよー」

 

 「そうかい? じゃあ遠慮なく」

 

 

 

 「自分は、生きてここに帰ってこれたかい?」

 

 

 

 姉妹は、何も答えなかった。答えられなかった。それは、彼の問い掛けに確信が含まれていたからだ。真実を告げようと、嘘を答えようと、意味はない。これは形だけの問い掛けなのだから。

 

 「やっぱりねぇ……」

 

 納得し、受け入れる。樹が彼のズボンを強く握り締め、風は更に強く抱き締める。今、確かに感じている温もりを離したくないと。何か言葉にすれば、耐えられそうになかった。必死に泣くまいと我慢した。

 

 

 

 「……ごめんね」

 

 

 

 それもすぐに限界を迎えた。風も、樹も、堪えることが出来なかった。何も言葉にならなくて、口から出るのは嗚咽だけ。

 

 明日からは、また笑顔になれる。仲の良い姉弟として笑い合える。だから、今は。感じることが出来なかった、2度と触れ合うこともなかったハズの家族を感じて、全てを吐き出してしまいたかった。

 

 「楓……かえでぇ……っ!!」

 

 「お兄ちゃん……ううううっ!」

 

 「うん……自分はここにいるよ……ここに、居るから」

 

 姉妹の泣き声はしばらく止まることはなく……あの日の別れのように、新士は涙を流さなかった。




このルートでの出来事と捕捉

・原作通り告別式が行われ、犬吠埼家も出席。わすゆ組と犬吠埼姉妹はここで初邂逅(但し双方余裕無くて覚えてない)

・ヴァルゴ撃退後、迎えに来た安芸が社内で原作通りの発言をし、園子との関係が致命的に拗れる。

・樹海が傷付いた影響で雨野家党首死亡

・大橋の決戦において須美が2、園子と銀が10回ずつ満開。須美は原作通りに記憶を喪失、2人は大赦に奉られる。

・夏凜のスマホは元は主人公のモノ。

・風が大赦よりお役目の内容を伝えられる。ここで主人公が養子に出た理由を知る。バーテックスだけでなく大赦も憎む。

・原作通りに風暴走。弟のこともあり、怒りが原作よりも大きく深い。が、原作通り友奈と夏凜、樹に止められる。多分樹がワイヤーでぐるぐる巻きにした後に説得した。

・東郷が壁を破壊しようとするが園子と銀が止めに来る。が、原作通り破壊。この後は原作通りに進む。

多分、ゆゆゆいで敵に寝返りそうになっても主人公がなんやかんや説得します。勇者の章では真っ先に助けに来ることでしょう。最後には勇者部の紋章の最後にガーベラの紋章が出ます。このルートに行った場合、主人公の高次元の魂云々が死に設定になってしまい、神樹様(少女)も出ません。

次回は普通に本編の続き書きます。番外編やリクエスト取るかどうかはその時に。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 13 ー

お待たせしました(´ω`)

ランキング9位に入ってた。やったぜ。お気に入り500件越えてた。やったぜ。総合評価1000越えてた。やったぜ。

予想を越えて番外編のDEifが好評で安心しました。感想見ると続きを望む声だったり、捕捉へのツッコミだったり……後書きも読んで貰えてるんだなぁと嬉しくなりました。誰1人雨野家党首死亡に触れてないのは草。

今回も詰め込み気味で文字数一万越えました。

ゆゆゆいランキングイベは諦めました。私、エンジョイ勢ですので(言い訳


 「いやはや、勇者の力とはなんとも医者泣かせですな」

 

 そう言うのは自分の担当のお医者様。あの子達と手を取り合った日から1週間、体を拭いたり用を足したり検査をする時等を除けばほぼ一日中勇者服を纏って体の回復に勤めていた。気付けば、最悪目が覚めないとまで言われた傷の殆どが塞がっている。

 

 「この調子なら、後数日もすればリハビリに移られるでしょう」

 

 「因みに、期間は……」

 

 「本来なら、長ければ数ヶ月は掛かります……ですが、貴方は勇者だ。医者としては不本意ですが、早急に復帰してもらわねばならない」

 

 それは理解している。またいつバーテックスがやってくるかもわからないんだ、その時に戦えませんでしたなんて言っていられるハズもない。

 

 因みに、自分に義手は着けられない。勇者の戦いに耐えられる義手なんて作られるハズもないし、着けていても戦いの度に取り外すことになる。ならば初めから無い状態で動けた方が良いとの判断だ。

 

 「約2週間、これが最短でしょう。勿論もっと長くなる可能性もありますが……勇者服の回復能力、貴方の落ちた身体能力、勇者としての訓練で得た体幹機能。それらを考慮した上での結論です」

 

 「2週間……ですか」

 

 「これでもあり得ない早さです。ましてや貴方は小学生、体だって出来上がっていない。だと言うのに……本当に、勇者とは医者泣かせだ」

 

 そんなお医者様の言葉を聞きつつ、診察室の壁に掛けられたカレンダーに目をやる。今は7月、その20日。お医者様の言うとおりなら、退院するのは8月中。

 

 (終業式には、出られそうにないねぇ)

 

 そう思い、苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 本当に終業式に出られなかった。そんな自分の元に、終業式を終えたあの子達が見舞いに来てくれていた。

 

 「カエっちはいつ退院できるの?」

 

 「8月中らしいねぇ」

 

 「そう……早く退院できるといいわね。はいこれ、夏休みの宿題」

 

 「ありがとねぇ、須美ちゃん。病院は暇で暇で……宿題でもして暇を潰すとするよ」

 

 「うげっ、夏休みの宿題を暇潰しって……銀さんには信じられん感覚ですヨ」

 

 「銀は後からになって慌てそうね」

 

 「なぜ分かった!?」

 

 そんな風に須美ちゃんと銀ちゃんがじゃれ合い、のこちゃんが相も変わらず自分の左手を握って自分の頭にぐりぐりと押し付けている時だった。

 

 

 

 「失礼します」

 

 

 

 その言葉と共に自分の病室に入ってきたのは、桜色の着物を着た、茶髪の髪を後ろで結わえた40~50代の、様々な果物の入ったバスケットを持った妙齢の女性。その姿はどこか、少女の姿をした神樹様を思い出す。

 

 「どちら様ですか?」

 

 須美ちゃんが少し警戒気味に聞く。当然と言うべきか、その女性と彼女達は初対面だ。そもそもこの病室に入ることを許されている人間自体が少ない。この子達と安芸先生、お医者様を除けば、後はあの男と……大赦の上層部の人間くらいらしい。尤も、その上層部らしき人間はこの人を除いて来たことはないが。

 

 「大丈夫、この人は友華さん。自分の新しい養子先の人だよ」

 

 「はじめまして。高嶋家現当主、高嶋 友華(ゆうか)と申します」

 

 そう名乗った女性に、のこちゃんが……というか3人が小さくも敵意と警戒心を向ける。安芸先生から彼女達との出来事とその際にのこちゃんが心の丈を叫んだことは聞いている。その後に、あの男の話もした。だからだろう、彼女達は“大赦の大人”という存在にあまり良い感情を持っていない。そんな心境で名家の当主が直々にやってきたんだ、警戒するのも仕方ないだろう。

 

 「すみません、友華さん」

 

 「いいえ、いいのですよ。雨野家のことは聞き及んでおります。彼女達が私達に敵意を向けるのは仕方の無いことです」

 

 そう言って彼女はバスケットを自分の近くのテーブルに置き、苦笑と共に頭を下げて部屋から出ていった。

 

 彼女が初めてやってきたのは、この子達を手を取り合った翌日のこと。まさかそんなにも早く話し合いが終わるとは思っていなかった為に少々面食らったが、話してみるとあの男とは比較にならない程に良識のある人だった。

 

 正直なところ、最初は養子の話を断るつもりでいたのだ。だが、そうも行かない理由があった。

 

 雨野家は名家から取り消され、家そのものも取り潰しになるという。その為、自分は住むところが無くなってしまう。小学生かつ勇者という立場上独り暮らしなどさせる訳にはいかないし、元の犬吠埼家に帰すと拠点である大橋から遠ざかる為それも出来ない。そして“勇者と巫女は名家から輩出”の伝統もクリアする必要がある。故に、自分にはまたどこかに養子として出てもらわなければならない。

 

 「それで、高嶋家に?」

 

 「うん。まあ、仕方ないよねぇ。雨野の家にあった私物なんかも既に運び込んで貰ってるよ」

 

 「また、大人達は勝手なことを言って……カエっちのことなのに……」

 

 「園子……まあ、あたしもあんまいい気分じゃないけどさ。楓は良いの?」

 

 「少なくとも、住むところ云々は正論だからねぇ。それに、名前を変えたくないって我が儘も聞いてくれたしねぇ」

 

 最初に話した時、雨野家のこともあったのでもう名前は変えたくないと友華さんに言ってみたところ、“じゃあ名前は高嶋 楓にしましょう”とあっさりと通った。というかこの人、大赦の上層部の人間というフィルターを外して見ると普通にいい人なのだ。

 

 実は彼女、忙しい身の上のハズなのだがこの子達と同じ頻度で見舞いに来る。流石に滞在時間は短いが、少なくとも養子先だと伝えに来た日から今日まで欠かしたことはない。ちゃんと見舞品も持ってくる。話すことと言えば旦那さん……婿養子で貴景(たかかげ)と言うらしい……との惚気話ばかり。

 

 だが、やはり上層部らしい部分もある。どういうわけか、彼女は自分に“名家から輩出”という伝統はもうすぐ無くなると教えてくれた。

 

 そもそも既に自分と須美ちゃんで2人も別の家から養子として引き取り、無理矢理に伝統を守っている状態……神樹様と世界を守る為にも、これ以上伝統に拘っている訳にはいかないという判断らしい。それはつまり、自分のように名家と関係無い一般家庭の子供が対象になる可能性があるということ。

 

 相も変わらず勝手な話だ。つまり大赦は、バーテックスのことも戦いもなにも知らない、心構えすら出来ていない一般人を宛てにしているという訳だ。自分のような例外ならともかく、そんな子供を勇者にしてまともに戦えるとでも思っているのだろうか。いや、思っているからそんな発想が出るんだろう……勇者を神聖視しているのか、軽んじているのかわからないが。

 

 ただ、少なくとも友華さんは今の大赦、上層部の在り方については疑問視しているらしい。少なくとも、やること成すことに全面的に同意している訳では無さそうだ。だからといって、彼女が何か行動を起こせる訳ではないが……彼女1人がマトモだとしても、周りがそうでないなら……結局、大赦という組織は変わることはない。それこそ、痛い目でも見ない限り。

 

 「カエっち? 大丈夫?」

 

 「……うん、大丈夫だよ。ちょっとお腹空いたねぇ。折角だから、そこの果物でも食べようか?」

 

 「じゃあ私が剥いてあげるわね」

 

 「なあなあ、ちょっと貰って帰っていい? 弟達にもあげたくてさ」

 

 「ちょっと銀、意地汚いわよ」

 

 「構わないよ。自分1人じゃ剥くこともできないからねぇ」

 

 すっかり友華さんのことを忘れたように、彼女の見舞品のリンゴに桃、キウイ、梨と須美ちゃんが剥いていき、皆で分けて食べる。少々季節外れなモノも混じっているが、神樹様の力で食べ物はみんな一年中旬のようなモノなので特に問題はない。

 

 「うん、美味しいねぇ。やっぱり病院食だけじゃどうにも味気ないし」

 

 「病院の食事って味薄いって聞くもんな」

 

 「そうだねぇ。それに自分は元々濃い味付けの方が好きだからねぇ」

 

 「カエっちは濃い味付けの方が……ねぇねぇ、わっしーにミノさん」

 

 「「うん?」」

 

 「あのね……」

 

 何やらこそこそと話し合う3人の姿を、自分はシャリシャリとリンゴを齧りつつ微笑ましく思いながら見ていた。

 

 「因みに友華さん、あんな見た目だけどもうすぐ80らしいよ」

 

 「「「嘘ぉっ!?」」」

 

 若さの秘訣は肉ぶっかけうどん大盛だと笑いながら言っていたっけねぇ。因みに、旦那さんの方が1つ年上らしい。

 

 

 

 

 

 

 「カエっち」

 

 「楓君」

 

 「楓」

 

 「「「退院おめでとー!」」」

 

 「ありがとねぇ、3人共」

 

 あっという間に2週間程が経った。治療と問題なく動けるようになる為のリハビリを終え、神樹館の制服に着替えて左目に医療用眼帯を着け、荷物を持って病院から出る楓を笑顔で出迎えたのは、勇者仲間の3人。そんな彼女達に楓も笑顔を返すと、直ぐに銀が楓の荷物を持ち、空いた左手を園子が繋ぐ。

 

 「別にそんなことしなくてもいいんだよ? 銀ちゃん」

 

 「いいっていいって。この三ノ輪 銀様に任せなさい」

 

 「でもねぇ……」

 

 「ほら、早く行くよ」

 

 楓の言に取り合うことなく銀は病院の前に駐車しているリムジンに向かい、須美も楓の後ろに回って言い渋る彼の背中を押し、園子も握った手を引く。時刻は10時を回ったところ、太陽が高く登り始めた頃である。

 

 

 

 「今日は、カエっちの退院おめでとうパーティーだよ~!」

 

 

 

 という訳でリムジンに乗ってやってきたのは乃木家。予め高嶋家には乃木家で夕方まで過ごすと楓が直接連絡を入れてある。パーティーとは言うものの、盛大なモノではなく勇者仲間の3人によるささやかなモノだ。

 

 乃木家にある一室を使わせてもらい、3人で折り紙を丸めて繋げた飾り付けに“楓君退院おめでとう”と書かれた垂れ幕、テーブルの上には須美と銀、乃木家の使用人に手伝って貰って作った骨付き鳥に釜揚げうどん、タコ飯と他にも香川県の名物料理が並ぶ。デザートとしてショートケーキにぼた餅もある。4人で食べるので全体的に量は控え目である。

 

 「凄いねぇ……これ皆で作ったのかい?」

 

 「大体はあたしと須美だな。ケーキは乃木家の人に作ってもらった」

 

 「ぼた餅は私が作ってきたわ。味には自信があるの」

 

 「それは楽しみだねぇ……」

 

 そんな会話の後、楓は2人に連れていかれるままに1つの席に座らされる。その前にはぽっかりと空いたスペースがあり、2人から今園子がそのスペースに置く料理を運んできていると聞かされる。そう言えばといつの間にか園子の姿がないことに気付き……運んできている料理という単語で何となく彼女が持ってくるであろう料理を悟った。それを表に出すことなく待つこと数分、外の使用人によって部屋の扉が開かれてその料理を持った園子が入ってくる。

 

 「お……お待たせなんよ……」

 

 緊張した面持ちで園子は楓の前に料理を置く。それは、焼きそばであった。楓にとっては予想通りの料理。同時に……遠足以来、楽しみにしていた料理でもあった。

 

 この日の為に、園子は楓が濃い味付けが好きだと言ったあの日から須美と銀に遠足の日の約束通り、みっちりと教えてもらいながら練習したのだ。焼きそばに集中し過ぎて他の料理は2人と使用人に任せてしまったが、その甲斐あって味には自信がある。これまでの努力は、彼との大事な約束を果たすために。

 

 「約束、してたもんねぇ」

 

 「お、覚えててくれたんだね~」

 

 「勿論だとも。楽しみにしていたんだよ」

 

 

 

 ー 美味しく出来たら……アマっちに最初に食べて欲しいんよ…… ー

 

 

 

 園子にとってそうだったように、楓にとっても大事な、大事な約束だったのだ。それこそ遠足の日の戦いの中で思い出す程に、それを果たす為にも生きようとした程に。

 

 「食べてもいいかい?」

 

 「う、うん……」

 

 「それじゃあ、頂きます」

 

 利き腕でなくても食べやすいようにだろう用意されたフォークを使い、パスタのようにくるくると巻き付けて口を運ぶ。その様子を園子……だけでなく、須美と銀もドキドキとしながら見ていた。味に自信があるとは言え、当の本人の口に合わなければ意味がない。そう思うと、本当に美味しいと言ってもらえるのかという恐怖が湧いてくる。

 

 そんな彼女達の心境を余所に、楓は焼きそばを味わっていた。具材はキャベツに玉ねぎ、人参、ピーマン、豚肉。味付けは濃い目。麺はソースが絡みつつも程よく乾いている。好みが別れるかもしれないが、楓は乾いている方が好きだった。そしてゴクリと飲み込み……朗らかに笑った。

 

 「うん、思った通り……美味しいねぇ」

 

 「……良かった~……っ……うえ~んわっじぃぃぃぃ! ミノざぁぁぁぁんっ!」

 

 「おーよしよし、良かったなぁ園子」

 

 「良く頑張ったわね、そのっち」

 

 感極まったのか泣き出した園子を抱き締める須美と銀。そんな3人を眩しそうに見た後、楓は一口、また一口と食べ進める。自分のこと想いながら作られた焼きそばだ、美味しくない訳がない。そう感想を内心に溢しつつ、楓は今こうして約束を果たせたことを嬉しく思う。

 

 園子が落ち着きを取り戻した辺りで3人も食べ始める。4人であることを考えてそれぞれの量を抑えたとは言え食べきれるだろうか……と思っていた3人だったが、忘れていたかもしれないが楓はうどん5杯を平らげる大食漢である。彼女達が食べきれない分も彼が胃に納め、デザートのケーキとぼた餅に舌鼓を打つ。

 

 「あれ? カエっち、ぼた餅嫌い? あんまり食べてないけど……」

 

 「いやぁ……自分、お餅は苦手なんだよねぇ」

 

 「日本男児が国民食のお餅を嫌うなんて……どうして?」

 

 「ああ、別に味や食感が嫌いという訳ではないよ。このぼた餅も美味しいし。ただ……昔、喉に詰まらせちゃってねぇ。それ以来どうも……」

 

 「お爺ちゃんか」

 

 ぼた餅を一口二口食べて止まっていた楓を疑問に思った園子がそう聞くと楓からそう返ってくる。愛国者として許せない……とまではいかなくとも不思議に思う須美だったが、理由と銀のツッコミを聞いて苦笑い。それは流石に怒ることは出来なかった。それに、ぼた餅自体は美味しいと言ってくれているのだ。

 

 「それじゃあ、楓君の分は一口位の大きさにするわね」

 

 「手間じゃないかい?」

 

 「料理はね、手間暇掛けた方が美味しくなるのよ」

 

 「世の中の惣菜で済ませる主婦に聞かせてやりたいな……」

 

 「うん……ありがとねぇ」

 

 

 

 

 

 

 パーティーから1週間程経った日。4人は以前にも合宿で使った大橋支部の施設に集まり、トレーニングに励んでいた。須美と園子、銀の3人はランニングマシンで走り、楓はサンドバッグに蹴りや拳を繰り出す。

 

 「ふぅ……」

 

 息を吐き、素早く右足で下、中、上と蹴りを繰り出し、バランスが崩れないことを確認する。その後に足を下ろし、地面を強く踏み締めながら左ストレート。ズドォッ! と小学生が出すには少々重い音を出し、サンドバッグを揺らす。

 

 確かな手応えを感じた後、グッと拳を握り締める。今の状態の体にもすっかり慣れ、こうして激しく動いてもバランスを崩したりすることもほぼ無くなった。素の状態でこれなのだから、勇者に変身すれば何ともなくなるだろう。

 

 「もう大丈夫っぽいじゃん、楓」

 

 楓がその声に振り向くと、先程まで走っていた体操服姿の3人がそこに居た。流れる汗をタオルで拭く須美とスポーツドリンクの入ったカップのストローをちゅーっと吸っている園子、そしてタオルを首に掛けて話しかけてきた銀はにっと笑って楓に園子と同じカップを手渡す。

 

 「ありがとねぇ。うん、もう問題はないねぇ……後は、勇者システムのアップデート次第、かねぇ」

 

 「最新版の勇者システム、かぁ……どんなもんになるかな?」

 

 「性能が大きく向上するって話だったわよね……武器も少し変わって、サポートが付くとか」

 

 「ぷはっ……私達の新しい力、ちゃんと使いこなさないとね~」

 

 少し前に、大赦から勇者達に勇者システムがバージョンアップすることが伝えられていた。勇者服や勇者の力の基本性能が向上し、須美の言うように武器も少し変わり、未だ詳細は不明だが何らかのサポートが付くという。見た目も多少は変わるのだとか。

 

 武器が変わる、というのは楓には有り難かった。以前から使っている爪付きの手甲具足は、正直言って使いにくい。ましてや今は片腕なのだ、爪の射出の反動を抑え込める自信は楓にはなかった。どうせなら、あの時の戦いで使ったワイヤー付きの剣のようなのが良いなぁとカップのストローを吸いながら思う。

 

 「そうね。ちゃんと使いこなせるようになって……今度の戦いも、皆で乗り越えていきましょう」

 

 「うん! 今度は皆で……もう、誰も1人で戦わせないよ~」

 

 「だな。あたし達4人なら、倒せない敵なんていないもんな!」

 

 「……そうだねぇ」

 

 今度の戦いも皆で乗り越えていく。4人なら倒せない敵なんていない。3人の言葉が、楓の心に響く。彼女達は世界の真実を知らない。もし真実を知ったとして、こうして笑っていられるだろうか。今度の戦いも乗り越える。その次も、その次も。いつか終わるその日まで……そう言い続けられるだろうか。真実を知ったとして、それでも戦い続ける意思を持っていられるだろうか。

 

 (……それを決めるのは、彼女達、か)

 

 結局のところ、そうなる。彼女達には知る権利があり、彼女達の意思で選ぶべきなのだ。小学6年にはあまりに重い真実。もし、それで潰れてしまったとしても楓は構わない。死にかけたあの日から、もう覚悟は決めている。自分の家族を守る為に、彼女達の夢が叶った未来を見る為に。

 

 だから、楓は決めた。もうあれからしばらく経ち、彼女達の心もだいぶ安定している。それをもう一度崩すことになるのは胸が痛むが……知らないまま戦い続けるより、後になって知るよりはいいと。

 

 「……ちょっと、安芸先生のところに行こうか」

 

 「えっ、なんで? あっ、サポートのこと聞きに行くのか? 確かに気になるけどさー」

 

 「まあ自分も気になるけど……ちょっと、話をしに、ね」

 

 「話? それは、なんの……」

 

 

 

 「大赦が隠してる、真実の話さ」

 

 

 

 

 

 

 同施設内の安芸が仕事をしている個室。彼女は神樹様からお墨付きをもらったということで少し大赦内での立場が上がり、個室を貰っていた。その室内には……楓と安芸の2人からあの男から聞いた世界の真実を聞かされ、何も言えなくなっている3人が居た。

 

 今、3人の中で様々な思いや考えが駆け巡っている。その心境を推し測ることは、心の機敏に聡い楓でさえ出来ない。安芸もまた、黙って見守っていた。己でさえ聞いた時には絶望したのだ、これからも戦い、向き合わねばならない彼女達はそれよりも大きい絶望が、不安が襲っていることだろう。

 

 天の神。外の世界は既に滅び、今や炎の海。倒すべきバーテックスはそれこそ数えきれない程存在していて、そのバーテックスもウイルスではなく、神が造り出したもの。そもそもバーテックスが襲い掛かってくるのも、元はと言えば人間のせい。楓が生け贄という話があったが、ある種それは自分達にも当てはまる。終わりの見えない戦いに身を投じることが、そうでなくてなんだと言うのか。

 

 「……ところで先生。このサポートってなんの事なんですか?」

 

 「え? え、ええ……サポートって言うのは“精霊”のことね」

 

 「……せい、れい? それってあの……うらめしや~って……」

 

 「……それは幽霊よ、そのっち」

 

 「お爺ちゃんお婆ちゃんのことだろ」

 

 「高齢って言いたいのかしら……どっちにしても違うじゃない」

 

 一度頭の中を切り替える為か、楓が安芸へと質問を投げ掛ける。その答えに対する園子の素ボケから始まり、須美のツッコミで少しだけ、その場の空気が弛んだ。その空気の中で、安芸が1枚のチラシを取り出す。

 

 「今から訓練をしても、身が入らないでしょう。なので、サポート役として命じます。今日の訓練はもう終わりにして、4人でこれに行って楽しんで来なさい」

 

 そう言って安芸が見せたのは、今晩やるという夏祭りのお知らせが書かれたチラシ。思えば、4人は新しい勇者システムを使いこなす為の訓練にリハビリと小学生らしい夏休みの過ごし方などしていなかったし、する気もなかった。だが、確かに彼女の言うように今訓練に戻っても身が入らないことは明白。

 

 4人は、安芸の言葉に甘えることにした。

 

 

 

 そして夜、夏祭りの開催場所の神社にて。神社の境内にずらりと並んだ屋台と吊るされた提灯が暖かくも柔らかな光を放つその場所の入口に、黒い浴衣に左目に医療用眼帯という格好の楓は居た。

 

 「カエっち~♪」

 

 「ようっ!」

 

 「お待たせ、楓君」

 

 少し遅れて、3人も姿を現す。園子は紫の、銀は赤と白の、須美は薄い青の花柄の浴衣姿で、髪も後ろでお団子のように結わえている。

 

 「こんばんは、皆。うん、浴衣姿可愛いねぇ」

 

 「えへ、褒められた~」

 

 「まあ、悪い気はしないな……へへっ」

 

 「ありがとう。楓君も良く似合っているわ」

 

 「ありがとねぇ。それじゃあ……早速行こっか。まずは何か食べるかい? 向こうに焼き鳥の屋台が見えてるよ」

 

 その言葉を聞いて、焼き鳥大好きな園子が真っ先に突撃し、銀がそれを追い掛ける。相も変わらず元気な2人の姿に楓と須美は苦笑いし、遅れて歩き出す楓の手を、須美が繋ぐ。少し驚いた楓だったが、少し頬を染めて小さく笑う彼女を見て同じように小さく笑い……そのまま、2人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 こうして手を繋ぐことに、恥ずかしさよりも嬉しさが勝ったのはいつからだったっけ。

 

 

 

 「うーん、美味しい~♪ おじさん、屋台ごとちょうだい!」

 

 「こらこら、お嬢様の本気を出すんじゃない」

 

 「屋台ごと買っちゃったら、他の人の迷惑になるからねぇ」

 

 

 

 いつも朗らかに笑う彼のことが頭から離れなくなったのは、いつからだったっけ。

 

 

 

 「んー、たこ焼きうまうま」

 

 「あっひゅ、あっひゅい!」

 

 「ふー、ふー……ちゃんと冷まさないと危ないよ、のこちゃん。はい、あーん」

 

 「あーん……ん~♪」

 

 

 

 自然に楓君に甘やかされるそのっちを羨ましく思い始めたのは……いつからだったっけ。

 

 

 

 真実を聞かされた時、私が最初に思ったのは……どうして私達が、だった。私達はまだ小学生……子供でしかなくて。私達には夢があって、大好きな友達が居て。

 

 もうお役目に対して……誇りあるだとか、勇者に選ばれて光栄だとか、そういう思いはどこにもなかった。戦いに終わりなんて見えなくて、夢を叶える為の時間なんて無くて、未来に希望なんて持てなくなって。何もかも、投げ出してしまいたくなった。

 

 「む~、取れない~」

 

 「まあ、あの大きさだからなぁ……」

 

 「というか、ホントに取れるようになっているんだろうかねぇ……」

 

 ふと気付けば、そのっちが射的に挑戦していた。狙っているのは……ニワトリのぬいぐるみ。楓君の言うとおり、コルク弾では取れなさそうな気もするけれど……不可能という訳ではないかもしれない。

 

 「そのっち、私が手伝うわ」

 

 「わっしー……うん!」

 

 そのっちの背後に回り、彼女の手の上からコルク銃を構える。照準良し、呼吸を合わせ、呼気を整え……機を待ち……今! 私の合図と共にそのっちが引き金を引き、コルク弾が飛ぶ。それはぬいぐるみの眉間に当たり、びくともしなかったソレがぐらりと揺れた。

 

 「後は気合!」

 

 「気合!?」

 

 「気合ならあたしの出番だな!」

 

 「それじゃ、自分もやろうかねぇ」

 

 「「「「気合~!」」」」

 

 私とそのっちが右手を、銀と楓君が左手を突き出し、ぬいぐるみに気合を送る。ぐらぐらと揺れていたぬいぐるみは、やがてコロリと台から落ちた。思わずやった! と跳び上がる程喜ぶ私達にそれを笑いながら見ている楓君。この時、私は絶望や世界の真実のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

 

 店主のおじさんが“こんなコルク弾で落ちるわけないのに……”と言っていたのが聞こえた気がしてキッと睨み付けると、おじさんは慌てて手と首を振る。その後にがっくりと項垂れていたおじさんにそのっちは取ったぬいぐるみを差し出し……“あれと交換して!”と、4つの御守りを指差した。

 

 ……神社でのお祭りに御守りを商品として置くって、このおじさんはどういう神経をしているのだろうか。

 

 

 

 少しすると、ひゅるるる~と高い音がなった後、パァッと空に大輪の花が咲いた。お祭りの目玉でもある花火が始まったらしい。私達は人混みから外れ、人の少ないところにあったベンチに左から銀、そのっち、楓君、私と並んで座り、静かに空を見上げる。

 

 不思議と、あんなにも荒れていた心はいつの間にか穏やかだった。1度視線を下に下ろし、手にした御守りを見る。都合が良いことに、御守りは4色だった。赤、青、白、紫。私は青の御守りで、そこには勝利祈願と書かれている。銀の赤の御守りは家内安全、そのっちの紫の御守りは無病息災、楓君の白には長寿祈願と書かれている。

 

 ふと、何気なく左を見ると、花火を見上げる楓君の向こうに顔を赤くして俯いているそのっちが見えた。何やら右肩がもぞもぞとしているので、多分また彼と手を握っているのだと思う。

 

 (……いいな)

 

 そのっちは積極的だ。私にはとても真似できそうにない。彼女が彼のことを……その……異性として見ているのは分かる。私達の年齢ではまだ早いとも思うけれど……そうなる程に彼の存在が大きいのは私にも良く分かる。私だってそうなのだから。

 

 「……ねぇ、カエっち」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「あのね……私、戦うよ」

 

 「……」

 

 「教えてもらった時、酷いって思ったよ。大人なんて……やっぱり嫌いだって、思った。でも……でもね……また、こうやってね。カエっちと、わっしーと、ミノさんと……色んなとこ行って、色んな話して……いっぱい、いっぱいやりたいことあるんだ~」

 

 そのっちの思いを、私達は黙って聞いていた。私は、答えを出すなら彼女が最初だと思っていた。彼女は私達の中で、誰よりも自分の感情に素直だった。イネスでジェラートをねだった時も、合宿で好きな人の話をした時も……楓君が死にかけて、安芸先生に怒った時も、いつだって。

 

 「だからね……戦うよ? もうカエっちを1人になんてさせないから。皆、死なせたくないから……それに、カエっちの夢、叶えてあげたいから。私達の夢が叶ったキラキラした姿……見せてあげたいから」

 

 「園子……そうだな、そうだよな……よし、もう考えるのはやめだ! あたしも戦う。あたしにだって、守りたい家族も……親友も居るからな!」

 

 2人が答えを出した。世界の真実を知って、絶望して……それでも、勇者として戦うことを決めた。そう言った2人は、もう絶望なんてしていなかった。前を向いて、その目はキラキラと輝いていて。

 

 私にも……守りたいモノがある。それは神樹様もそうだし、今の家族も前の家族もそうだし……今、隣に居る3人だってそうだし、安芸先生も、他にも、沢山。だから、決めた。決して、世界の為なんかじゃない。大赦の為なんかじゃない。

 

 「私も……戦う。誰も死なせたりしない。友達を……楓君を、1人にしたりしない。私が守るから。貴方と一緒に……頑張るから」

 

 決意を口にして、彼の右肩に寄り添う。彼の左手はいつもそのっちが取ってるから……だったら私は、右側でいい。寄り添うだけでいい。寄り添ってもらえれば、もっと良い。

 

 また1つ花火が上がり、儚く散っては消える。その姿が物悲しく、どこか不安になる。けれどもまた花火が上がって、また花開く。空に満開の花が咲き誇る。隣に大切な友達が居る。隣に……彼が居る。絶望が居座る場所なんて、どこにもない。

 

 「……うん。皆ならそう言ってくれると……信じてた」

 

 楓君が朗らかに笑う。それを見て、私達も笑う。そんな空間がとても心地良い。今、私は……私達は確かに……幸福(しあわせ)だった。




原作との相違点

・遠足の時の約束を果たす

・勇者達が世界の真実や天の神について知る

・射的の景品が3つの猫のストラップではなく4つの御守り

・他色々



という訳で、約束を果たし、真実を知り、それでも戦う決意をするお話でした。養子先は高嶋家に。名前はそのままに。ちょっと園子が涙脆くて大人嫌いが深刻化してる気がする←

彼女達が真実を知ることに対して賛否両論あるかもしれませんが、既に本作は原作より乖離してる為の判断です。ご了承下さい。

番外編は本当に、予想を越えて好評で何よりです。なので、他にも番外編書くと思います。それこそDEifの続きだったり、また別のモノだったり。リクエストを受け付けたりするかもしれません。その時をお楽しみに。

わすゆ編もいよいよ大詰め。楓君の新たな武器はどうなるのか……シェルブリッ◯とか、オー◯メイルとか、リボルビングステー◯とか……ないな、ないない。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 14 ー

お待たせしました(´ω`)

UA20000突破、ありがとうございます! 今後とも励んでいきますので、本作を宜しくお願いします。

そろそろわすゆ編も終了間近。ゆゆゆについてちょっと悩んでます。詳しくは後書きにて。

ゆゆゆいランキングイベやっと星全部取りました。恵み500個美味しいです(^q^)


 夏祭りの後、私達はより息を合わせる為、みっちりとした訓練を行う為に前回と同じ場所で2度目となる合宿を行っていた。今回も楓君を含めた4人共同室で、前回よりもより多く、それでいて質の高い訓練をしている。楓君は高嶋家が誇るという武術の達人による手解きを受けている。私もその手解き……組手やら型の確認やら乱取りやらをやっているところを見たけれど、毎回ケガとか骨を折ったりしないかと心配になる。

 

 勇者システムの更新が終わるのは9月の予定らしい。繊細かつ高度な調節が行われていて、その為に時間が掛かっているのだとか。安芸先生曰く、“楓君が死ぬところだった為、今後勇者を失うことにならない為にも細心の注意を払って行っている”とのこと。どうせならもっと早くそうしてくれていれば良かったのに。

 

 更新が終わるまで勇者に変身した状態での訓練は出来ない。とりあえず今まで通り弓の訓練もしているけれど、武器がこのままなのかもわからないので正直続けるのは疑問だったりする。だからといって手を抜くことはしないけれど。

 

 「……ふぅ」

 

 訓練を中断し、休憩に入る。少し離れたところではそのっちがブンブンと曲芸のように槍を振り回している姿が見える。反対側では銀が斧を模した2本の棒を振り回し、サンドバッグを叩いてる。2人共真剣な表情で真面目に訓練に取り組んでる。バーテックスと、天の神と戦う為に。いつ来るかわからない、戦いの果てにある未来を得る為に。

 

 私も、もっと頑張らないと。そう思って、また訓練を始めた。

 

 

 

 夜、以前の合宿のように頭同士をくっつけた2対4枚の布団に入り込んで就寝。眠る場所も以前と同じで、楓君の左隣にそのっち、彼の向かいに私、そのっちの向かいに銀。訓練で疲れたからか、布団に入って早々に楓君は今にも寝そうにうつらうつらとしてる。かく言う私も眠たくて仕方ない。

 

 「おっと、今夜も寝かさないゾ? 貴重な自由時間なんだ、ここで楽しまなきゃな」

 

 「わっしーもカエっちお喋りしようよ~」

 

 「元気だねぇ……あふ……自分は眠くて仕方ないよ」

 

 「自由時間も何も寝るだけなんだから……」

 

 だと言うのに、疲れ知らずの2人は妙にテンションが高い。眠くないのだろうか……眠くないんだろうなぁ……もしくは眠くて逆にテンションが上がっているのかもしれない。

 

 「だいたい、お喋りするって何を……」

 

 「前みたいにコイバナとかどうよ? 前に楓のは聞き損ねたし」

 

 「自分のコイバナ、ねぇ……そうだねぇ、3人のことは好きだよ。後は姉さんに妹も、ね」

 

 「くっ、流石は楓……かわし方を心得ているな……しかも臆面もなく……」

 

 「えへへ……私もカエっちもわっしーもミノさんも大好きなんよ~♪」

 

 (ていうか、2人にコイバナ振っても結果分かってるし……楓……あたしはどうなんだろ)

 

 楓君のコイバナは、正直ちょっと興味があった。ただ、彼が誰かと恋愛する……というのは少し想像しにくかった。私やそのっちとしては不本意というか、壁が高いというか……それはさておき、彼に姉と妹が居るというのを初めて知った。こうした女所帯でも慌てたりしないのは、その2人で馴れているからなのかもしれない。あれ、妹が居るというのはどこかで聞いたような……。

 

 で、銀としてもそれではつまらなかったようなので私がちょっとした怪談を話してみた。するとそんなに怖かったのか耳を塞いで震えるそのっちともういい、もうやめてと懇願する銀……その反応がちょっと楽しい。

 

 「寝ないともっと話すわよ」

 

 「「おやすみなさいっ!」」

 

 「「はい、おやすみなさい」」

 

 ようやく静かになり、目を閉じて眠……ろうとしていると、何やら頭上でごそごそと音がする。気になって見てみると、そのっちが楓君の布団に潜り込んでいた。なんだか前にも見た気がする光景だ。

 

 「……怖くて眠れないのかい?」

 

 「う、うん……目が冴えちゃって……」

 

 「仕方ないねぇ……眠れるまで手を握ってあげるから」

 

 「ありがと、カエっち」

 

 ああ、思い出した。悪夢を見たあの日、彼に電話した時に言っていたんだっけ。怖い夢を見た妹が布団に潜り込んでくるって……それはさておき、そのっちには注意すべきなんでしょうけど、原因が私なだけに言いづらい。それに……ちょっと羨ましい。

 

 ……魔が差した、んだと思う。布団から出た私は、彼の方まで歩いて行き……彼の眠る布団に潜り込んだ。左にはそのっちが居るから、私は右に。

 

 「須美ちゃん……?」

 

 「……怖くて目が冴えちゃって」

 

 我ながら無理があると思う。怪談を話した本人が怖がるなんて笑い話にもなりはしない。けれど、咄嗟に思い付いた言い訳がこれだったんだから仕方ない。誰に対しての言い訳かわからないけれど。

 

 「……それなら、仕方ないねぇ」

 

 でも、彼はそう言って笑って、このままで居ることを許してくれた。嬉しくなって、思いきってもう少し体を近付ける。くっ付けるのは、まだ少し恥ずかしい。触れるか触れないかのこの距離で、彼の浴衣を少し摘まむのが私の精一杯。ドキドキと高鳴る胸は、私に安心感と心地良い眠りを届けてくれた。

 

 翌朝、起きると何故か銀も楓君の布団の中、しかも彼の上に乗っかっていて、乗られていた彼は魘されていた。なんでも、自分だけ除け者みたいで嫌だったんだとか。気持ちはわからないでもないので、お説教は10分くらいにしてあげよう。

 

 

 

 

 

 

 合宿から数週間。夏休みも終わって学校が始まり……片腕の無い楓君を見たクラスメート達が絶句していた……9月も下旬になった頃の休日。私達は大赦の本部の奥にあるという神樹様にご挨拶する為に、その近くにある滝に打たれて身を清めていた。なんでもこの滝は神聖なものらしく、神樹様とお会いする前には必ず打たれねばならないらしい。

 

 「……ふぅ」

 

 「つ、冷たっ、冷たい!」

 

 「わ、わっしーはよく黙って打たれていられるね~……冷たいよ~」

 

 「毎朝自宅で冷水を浴びて心身を引き締めているもの。馴れているわ」

 

 因みに、この場に楓君は居ない。私達の服装は薄い真っ白な襦袢(じゅばん)という白装束なので、濡れると透けてしまう。なので、彼は一足先に御祓(みそぎ)を終えて神樹様の元に行っているのだ……何故だろう、仮に彼が見たとしても慌てるどころか“風邪引くよ”とでもいって何事も無かったかのように振る舞うのが想像出来る。

 

 身を清めたら別の清潔な白装束に着替え、神樹様と楓君が待つ最奥の部屋に向かう。そこにいる巫女さんによって招き入れられた部屋の中には……樹海化の時のような巨大なものではないけれど、それでも充分に大きな木があった。でも、その木から言葉に出来ない荘厳な雰囲気が漂っている。

 

 (これが神樹様……私達の世界を支えてくれている、土地神の集合体)

 

 私が感動に震えている横で、銀とそのっちも声に出来ない何かを感じているらしく黙って神樹様を見ていた。ふと、楓君はどこだろうと思って視線を動かすと、私達が入ってきた扉の直ぐ側に居た。私と目が合うと、楓君は軽く手を振って私達のところまで歩いてくる。

 

 楓君が並んだ辺りで、巫女さんから神樹様に触れてみて下さいと言われたので皆で幹に触れる。隣でそのっちが“神樹様って温かいんだね~”と言い、銀が“おお……うおお……”と何も言葉に出来ていない声を聞きながら……私の意識は遠退いた。

 

 

 

 夜だろうか。私は1人、地面が崩れて崖のようになっている場所に居た。遠くの暗い空に幾つもの大きな赤いナニかが浮かんでいて、そのナニかに向かって大きな……とても大きな紫の光の鳥が羽ばたき、その更に向こうでは2本の大きな炎の剣が空を裂いた。

 

 ああ、これは夢だと理解した。あの時の悪夢のような、夢。そのっちはどこだろう。銀はどこだろう。楓君は……どこだろう。

 

 ー いいんだ ー

 

 彼の声が聞こえた。

 

 ー 例え、君が■■■のことを■■■しまっても ー

 

 雑音混じりの、彼の声が聞こえた。

 

 ー それが、君の■■になるなら……それで、君が■■な■■を■■■■■なら ー

 

 それは、とてもやさしいこえで。

 

 ー ■■■、いいんだ。だから……■■にね、須美ちゃん ー

 

 とても……さびしげなこえで。

 

 ー じゃあね ー

 

 手を伸ばす。届かない、届かない……届かない。何も言葉に出来なくて、何もその手に掴めなくて。

 

 伸ばした先の空に咲いた白い花が……泣きたくなる程に綺麗だと思った。

 

 

 

 「っ!?」

 

 ハッと、目が覚めた。そこは神樹様があった部屋ではなくて、鷲尾の家にある私の部屋で、私は布団に寝かされていた。

 

 「おっ、起きたな……全く、びっくりさせて……」

 

 「大丈夫? わっしー」

 

 「あ……私、は……」

 

 「神樹様に触れた瞬間、急に倒れたんだよ。どこか痛いところはないかい?」

 

 周りには皆が居て、3人とも心配そうに私を見ていた。心配をかけたことを心苦しく思うけれど、今私の脳裏には先程の夢が朧気に繰り返されていた。

 

 「……夢を、見たわ。あの時の悪夢、みたいな」

 

 「っ!? わっしー、それは……どんなの?」

 

 「大きな……赤いナニかが浮かんでて、紫の光の鳥が飛んでて……炎の剣が、あって……白い花が、咲いてて……」

 

 「お、おう……なんだソレ、新しいバーテックスか……?」

 

 そう言われても困る。私だって言葉にしづらいのだから。どういう訳か、今回の夢は前ほどはっきりと覚えていなくて、抽象的なモノに思える。楓君の言葉なんか殆ど聞こえていなかったのだから。

 

 ただ、覚えていることもある。彼が私に何かを言っていて……それがとても優しくて……寂しげな声色だったということ。

 

 「神託って奴なのか?」

 

 「多分、ね。もしかしたら、もうすぐ敵がやってくるって暗示なのかもしれないわ」

 

 「他に何か見なかったかい?」

 

 「他には……楓君の声がして……」

 

 なんだっけ。その後に何か……とても綺麗なモノを見た気がする。

 

 「また、カエっちに何か起きるの……?」

 

 「ううん。楓君の声は、私に話し掛けてるみたいだった……と、思う。ごめんなさい、前ほどはっきりと覚えてないの」

 

 「いや、仕方ないよ。今はゆっくりお休み」

 

 「……うん」

 

 楓君に頭を撫でられ、段々と瞼が落ちてくる。その手から感じる温かさが心地よくて……でも、私の心には小さくない不安があった。

 

 また、何か大事なモノを失くすような……そんな不安が。

 

 

 

 

 

 

 神樹様に触れた須美が倒れた日の翌日、大赦の訓練施設にて。勇者システムのアップデートが終わったと伝えられた4人は早速習熟訓練に入る為、施設に集まって4人で同時にアプリをタップ、勇者へと変身する。その姿は、大なり小なり変化していた。

 

 須美の勇者服は薄紫から水色へと、園子の濃い紫は薄紫と白が混じったモノに、銀の赤は少し濃さが増し、そして楓は……。

 

 「えっ……楓?」

 

 「うん? ……おお、これは……」

 

 「カエっちが真っ白になっちゃった……」

 

 「それに髪も長くなってるわ……」

 

 中華風の勇者服の衣装はそのままに、オレンジだったカラーリングが真っ白になり、服の周りを沿うように紫のラインが入っている。また、肩甲骨ほど迄だった黄色い髪も真っ白になり、膝裏まで伸びている。宮司服でないことを除けば、それは遠足の日の戦いの時に変化した格好だった。

 

 楓の格好に驚いた後、次は武器を確認する。園子の武器は槍のままだが、沢山あった穂先は1つになり、より攻撃的なフォルムに。弓だった須美の武器は大きな狙撃銃に。銀の双斧は縦に長くなり、斧剣と呼ぶべきモノに。そして楓は……。

 

 「……なんだこれ?」

 

 「ひし形の……なに?」

 

 銀と須美がソレを見て首を傾げる。楓は手甲具足こそ変わらないが、その左手の手の甲の部分にひし形の水晶のようなモノがあり、よく見ればその水晶の真横に沿うように深めの窪みがある。が、それだけだ。爪も、あの時のようなワイヤー付きの剣も存在しない。

 

 なんだ、あの時の武器じゃないのか……と、楓があの日のようにワイヤーが付いた剣が飛び出す想像をした時だった。

 

 「うおっ!?」

 

 「わっ!?」

 

 「「きゃっ!?」」

 

 水晶の窪みから真っ白な光の剣が現れ、天井に向かってワイヤーを伸ばしながら飛び出し、突き刺さった。突然の出来事にポカーンとする4人。しばしの間沈黙し、いち早く正気に戻った楓が消えるように念じると、想像通りに剣もワイヤーも消え失せる。その一連の動作で、どういう武器なのかを彼は悟った。

 

 「……前ののこちゃんの槍みたいな武器、なんだろうねぇ。勇者の力を光として、それで色々と形作るんだ」

 

 そう言うと楓は色々と想像してみる。前のような爪、須美のような弓、また剣、ひし形に展開した盾、鞭にして床を叩いたり、ワイヤーを縦横無尽に操ったり。勇者の力と己の想像力次第で様々な姿に変えることが出来る変幻自在の武器。それが、楓の新たな武器だった。

 

 爪に比べれば遥かに使いやすく多様性がある。光の量は変えられるみたいで大きさも長さも太さもある程度変化可能。更には光そのものを爪を射出する要領で弾として放つことも出来た上に反動も少ない。片腕の楓にとって嬉しい武器だろう。

 

 「そして……このマスコットみたいなのがサポート……“精霊”って奴かねぇ」

 

 「可愛いね~♪」

 

 「ちっさいな……でも、うん。可愛いな」

 

 「そうね……」

 

 園子の側には、まんまるとした体の精霊“烏天狗”が。銀の側には、全体的に紫色の刀を持った人形のような精霊“鈴鹿御前”が。須美の側には、卵のような体の中から2つの目が光る精霊“青坊主”が。そして楓の側には……青い体に白い角を生やした蛇の精霊“夜刀神(やとのかみ)”が浮いていた。

 

 園子は烏天狗を撫で、銀も彼女に倣って恐る恐る鈴鹿御前の髪を撫で、須美は青坊主を抱き抱え、楓は夜刀神に首に巻き付かれた。その光景に一瞬慌てる3人だったが、よく見てみると首に巻き付いた夜刀神はすりすりと気持ち良さそうに目を細めて楓の頬にすり寄っていた。

 

 「なんだか人懐っこいねぇ。よしよし」

 

 「カエっちの蛇さんも可愛いね~♪ 私も撫でさせ」

 

 「シャーッ」

 

 「に゛ゃー! 噛まれたー!」

 

 「何やってんだ……」

 

 「だ、大丈夫? そのっち」

 

 そんなハプニングが起きた後、4人は新しい勇者服の性能と武器の習熟訓練に努める。出来ることは、全てやっておきたかった。何せ、もうすぐ敵が……バーテックスがやってくるからだ。

 

 須美が見た朧気にしか覚えていない夢に加え、大赦の巫女にも新たな神託が降りたと言う。数多の星が、流星のように落ちてくる。そんな神託から、次の戦いはあの日のように複数のバーテックスからの襲撃を受けるとの予測が出たのだ。その連絡を受けた時、楓以外の3人が奮起した。

 

 複数のバーテックスとの戦いは、彼女達にとって忘れられないモノだ。あれから2ヶ月、3ヶ月近く経っていて尚、あの日の楓を鮮明に思い出せてしまう。血によって赤黒く染まった勇者服、地面を染め上げる流れ出した大量の血、失われた右腕、血の気の無い蒼白の顔、閉じられたまま開かなかった目、その何もかもを。

 

 今度は、皆で無事に帰るのだ。この新しい力ならそれが出来る。皆が居れば戦い続けられる。夏祭りの誓いを果たす為に、4人は努力する。それに、新たな力は他にもあるのだ。

 

 側に居る精霊は勇者の身を致命的な攻撃から守ってくれるらしい。それによって死ぬ可能性が限りなく減ったと言う。安芸を経由して大赦から伝えられたその情報を知った彼女達の心境は、“もっと早くそれがあれば”である。

 

 そして“満開”と呼ばれるシステム。勇者としての力を振るっていくことで勇者服にある“満開ゲージ”が溜まっていき、完全に溜まった状態で解放することで神に等しい力を得られるという。しかも使えば使うほど勇者としてのレベルが上がり、より強くなっていく。それが安芸に()()()()()()()であり、同時に勇者に()()()()()()()であった。

 

 因みに、園子のゲージは腹部に存在して蓮の花が描かれている。須美は左胸元の部分にあり、アサガオが描かれている。銀は後ろ腰に存在し、アップデート前と変わらずに牡丹が。楓は武器でもある水晶の上部分にあり、白い花菖蒲(ハナショウブ)が描かれていた。

 

 「ま……そんな訳ないけどねぇ」

 

 「満開のこと?」

 

 「うん。まあ、十中八九……大赦はデメリットを隠してるねぇ」

 

 「……何か、確証があるのね?」

 

 「実は自分、死にかけてた時に神樹様に会ってるんだよ」

 

 「「「ええっ!?」」」

 

 訓練の休憩中に満開の話になり、楓から唐突に驚愕の事実を告げられる3人。そんな彼女達の驚きを他所に、楓は話を続ける。

 

 神樹様から直接聞いた、“あの力”。そしてそれを使うと神樹様に代償として何かを“捧げる”ことになるということ。その話の後、楓はようやく視力が戻り始めた左目に触れる。その仕草で、彼女達は楓の左目の視力がその代償なのだと悟る。

 

 「“あの力”とは、恐らく満開のこと。代償……神樹様に捧げることになるから“供物”とでも言おうか」

 

 「満開をすれば大きな力を得られる。代わりに……私達の何かを供物として捧げることになる」

 

 「何だよそれ……そんな大事なことを、また大赦は黙ってたってのかよっ!」

 

 「……じゃあ……最近の大赦から贈られてくる食べ物とか服とかは……」

 

 「そういうこと、でしょうね……いつの時代も、人身御供には優しいのよ……」

 

 2度目の合宿を終えた辺りから、4人の家には大赦から高級な食品や高価な衣類、装飾品が贈られてきている。それを4人は“勇者として頑張ってくれているご褒美”だと聞かされていた。無論、大赦に対して不信感を抱いていた4人はそのままの意味で受け止めてはいなかった。だが、まさかそんな理由だとも思っていなかったのだ。

 

 そして、安芸にもこの情報は知らされていない。サポート役である彼女にすら、大赦はデメリットの情報を伏せたのだ。大赦の誤算は、楓が神樹様から直接話を聞いていたのを知らなかったことだろう。

 

 なるべく満開は使わないと決める4人。だが、きっと何度も使うことになる。それは、4人の誰もが理解していた。

 

 

 

 

 

 

 その後、4人は訓練をしつつも普通に日常を過ごした。いつもの、変わらない日常を。

 

 学校に行けば、楓の机に頭を置いて眠る園子と彼女の頭を撫でる楓が居て、たまにそこに須美が混ざり、時々銀が遅刻して安芸に怒られる。ずっと続いてきた、学校での日常を過ごした。

 

 4人で外で集まれば、銀が先導してイネスへと向かってぶらぶらと宛もなく歩いたり、中の店で物色したり。カラオケにもまた行ったし、ジェラートだって食べた。例え何もしなくても、4人で居るだけで楽しかった。

 

 誰かの家で集まれば、様々なことをした。銀の家に行けば弟も交えてゲームをしたりテレビを見たり。須美の家に行けばまた料理をしたりぼた餅を作ったり、旧世紀の話を須美から延々と聞かされたり。園子の家に行けばまたファッションショーが開催されたり、サンチョの抱き枕に埋もれて皆で眠ったり。楓の家に行けば、ただただのんびりして過ごしたり、たまに居る友華から旦那との惚気話を延々と聞かされたりした。

 

 やりたいことをやった。言いたいことを言い合った。沢山笑った。沢山楽しいことをした。ちょっとだけケンカもした。それでも、直ぐに仲直りして、また笑いあって。勇者のことも大赦のことも忘れて、普通の小学生のように。

 

 こんな日常を、もっと過ごせるように。これからもずっと、ずっと親友で居られるように。いつか、勇者の役割から解放されて、自分達の夢を掴み取れるように。いつの日か……大好きな人の隣に居られるように。

 

 

 

 そして……その“時”はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 秋に入ってしばらく、日が落ちるのも早くなり、肌寒さも目立ち始めた。そんな日の平日……街路樹が赤く染まる頃。神樹館を出た辺りで、4人が同時に足を止めた。その数秒後……“時”が止まった。

 

 「もう、分かるようになっちゃったね~」

 

 「そうだねぇ……やれやれ、疲れて帰ると、友華さんの惚気話の途中で寝そうになるんだけどねぇ」

 

 「あたしも疲れて帰ると宿題やってる最中に寝そうに……」

 

 「見せないわよ、銀」

 

 「そんな殺生な!」

 

 まるで、戦いが始まるなんて嘘のような会話をしている4人を極彩色の光が飲み込み、いつもの樹海へと変わる。4人はスマホを取り出し、ジッと画面を見詰める。

 

 「皆で、生きて帰るんだ」

 

 「うん! 約束だよ~」

 

 「約束なら、ちゃんと守らないとねぇ」

 

 「破る気はないっての!」

 

 今1度、大事な約束をする。そして、アプリをタップ。新たな勇者服に身を包み、側にはそれぞれの精霊が付き従い、その手には新たな武器を持ち……大橋へと向かう。

 

 狙撃銃を手にした須美は大橋の一番高い場所にうつ伏せに寝転んで狙撃体勢に入り、既に見えている敵に照準を合わせる。今回の敵も、大橋の向こうの壁から現れた。

 

 まるで背骨のような細長い体にエイのような平たい頭部を持つバーテックス。そしてこれまでの敵とは大きさが倍近く違う、山のように大きい体に鋭い牙のような腕らしきモノを持つ、とんでもない威圧感を誇るバーテックス。それぞれアリエス、レオ・バーテックスと呼ばれる存在である。

 

 楓はスマホを取り出し、勇者アプリを開く。勇者アプリには精霊、満開の他にも機能が追加されていた。それが、勇者と敵の位置を示すレーダーのようなシステム。そこには敵の位置に“牡羊座”、“獅子座”と示され、大橋から見える海の辺りに高速で動き回っているピスケス……“魚座”の名前が示されていた。

 

 「敵の名前は星座から取られているって訳だ。“天”の神から産み出された存在だからかねぇ」

 

 彼がそう呟くと同時に、蛇か鰻を思わせるにょろにょろとした動きでアリエスが進む。レオは身動きせず、ピスケスも海の中から姿を見せない。

 

 「よし、ここはあたしの出番だな!」

 

 「はいストップ。まずは須美ちゃんの狙撃からだよ……全く、わざとかい?」

 

 「あ、バレた?」

 

 勇んで一歩を踏み出す銀の左肩を楓が掴んで止める。そんな2人のやり取りを見ていた園子はくすくすと笑い、楓も苦笑し、銀も嬉しそうに笑う。勇者に変身したことで強化された聴力で3人の声を拾っていた須美も小さく笑い……表情と気持ちを引き締め、その巨体がはっきり見える程に近付いてきたアリアスの頭部を狙い撃つ。放たれた弾丸は正確に頭部に当たり、貫通し、アリエスの動きを止めただけでなく大きく体を仰け反らせる。

 

 (明らかに威力が上がってる。弓の時とは、全然違う!)

 

 「わっしーすごーい! よ~し、私も!」

 

 「おっと、今度こそあたしも行くぞ!」

 

 「それじゃ、自分も行こうかねぇ」

 

 須美が狙撃銃の威力に感動を覚えている中、3人がアリエスに突っ込む。強化された勇者の身体能力はその距離をあっという間に詰め、園子が槍を丸い間接部らしき部位に振るい、彼女自身驚く程にあっさりと切り裂いた。

 

 銀も銀で頭部に張り付き、両手の斧剣を合わせてその体を頭から下まで一刀両断。豆腐に包丁を入れたかのようにストンと下まで切り裂いたことに、銀が顔ににんまりと笑みが浮かぶ。そんな2人に対して完全に出遅れた楓はやることないなぁと苦笑を浮かべ……その顔が驚愕に染まる。

 

 「えっ……なんだこれ!? 増えた!?」

 

 「再生? ううん、分裂!? そんなバーテックスもいるの!?」

 

 切り裂かれてバラバラになった幾つものアリエスの破片が凄まじい速度で先と変わらない姿に再生する。つまり、“破片だった1つ1つ”がアリエスというバーテックスへと再生したのだ。分裂、或いは増殖。それがアリエスの能力。破片の数は12……つまり、敵が12体増えたことになり。

 

 

 

 「問題ないねぇ」

 

 

 

 楓の左手の水晶、その窪みから四方向に伸びた白いワイヤーがアリエス達を1匹残らず包囲し、楓が引っ張ると一気に収縮、一網打尽に捕まえる。それに止まらず、ワイヤーは更に収縮。そして彼が更に力を加えた瞬間、ワイヤーは1本の線になり…アリエスをバラバラに引き裂いた。それと同時に桜の花弁が舞い、スゥッとアリエスの姿が消えていく。

 

 敵が消えたことにホッと息を吐いた瞬間、彼の下から巨大な何かが勢い良く突き上げるように飛び出してきた。それは、名前の通りどこか魚を思わせる姿をしたピスケスであった。

 

 「カエっち!?」

 

 「よくも!!」

 

 空へと吹き飛んだ楓の姿に悲鳴じみた声をあげる園子、怒りを露にしてピスケスへと斬りかかる銀。だが、勢い良く跳び上がった敵には僅かに届かない……というところで、須美の狙撃によって体を穿たれて勢いを失い、僅かな差を埋められて銀によって体を切り裂かれて大橋へと落ちる。その辺りで、吹き飛ばされていた楓が落ちてきた。

 

 「カエっち!! 大丈夫!?」

 

 「……あー、びっくりした。大丈夫、何ともないよ。精霊の守りってのはスゴいねぇ」

 

 危なげなく着地した楓に素早く近づいて無事を確認する園子。肝心の楓と言えば、衝撃こそ感じたものの無傷であった。直撃する前に夜刀神が間に入り、バリアのような膜を張って防いでいたのだ。無傷であることを確認した園子はホッと安堵の息を吐き、振り返ってピスケスを睨み付ける。よくも楓を……と。

 

 その後ろで、楓は水晶の上部分にある満開ゲージを見る。5段階で表されるそれは、ゲージが3つ分光っていた。

 

 (思ったよりゲージの貯まる速度が速い……? あの攻撃だけでそんなにも貯まるものかねぇ?)

 

 勇者の力を振るえばゲージが貯まっていく。そうは聞いていたものの、楓が勇者の力を振るったのは先の攻撃だけ……そう思っていた楓だったが、ふと敵へと視線を向けると、ピスケスが体から紫色の煙を噴出しているのが見えた。素早く、しかも広範囲に噴き出したその煙は、瞬く間に大橋の上にいる銀、園子、楓を包み込み、須美の元にも届きかけていた。

 

 「なんだこれ!? 毒ガス!?」

 

 「えっ!? でも、なんともないよ~?」

 

 「皆! 無事!?」

 

 「ああ! 無事だよ須美ちゃん!」

 

 そう楓が須美へと返した時、4人は煙の中に一瞬電気のようなモノが走ったのを確認し……。

 

 

 

 次の瞬間、大橋の上で大きな爆発が4人を襲った。




原作との相違点

・また須美が夢を見る。但し今回は良く覚えてない

・勇者達が満開のデメリットを知る(安芸は知らされていない)

・銀に精霊鈴鹿御前が付き、武器が斧剣(元々の斧を某狂戦士のアレに近付けた感じ)に

・全体的に勇者の能力が高い

・他色々



という訳で、合戦の序章のお話でした。楓君の精霊は夜刀神となりました。別に腕が4本生えてるとか厳つい顔してるとかはありません。

マンガと小説が混じった上にオリ展開ガンガン突っ込んでます。銀ちゃんの花は悩みましたがそのままに、武器は彼女を生存させるとなった時から決めてました。

楓君の武器は義手ではなく、万能系武器に。樹が光のワイヤーとか出してたので、彼はそれをより万能にした感じです。剣を出すときはメビウスを想像してもらえると分かりやすいと思います。

さて、もうすぐわすゆ編が終わりますのでその後のことを少し。わすゆは次、その次と残り2話の予定です。その後にまた番外編を1~3ほど挟み、ゆゆゆ編に向かいます。悩んでいるのは、ゆゆゆ編での主人公の立ち位置が現状3つ程あることです。

1.他でもよく見掛ける記憶喪失ルート

2.ハガレン的精神散華ルート

3.勇者部入部ルート

詳細は話しませんが、基本的にどれに言っても犬吠埼姉妹(特に姉)と園子様の精神が死にます。多分DEifより←

因みに、ちゃんとやるルートは決まってます。全部書きたいから悩んでるだけです。そしてどれも見たいと悩む皆さんを見たかったんです(自意識過剰)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 15 ー

お待たせしました(´ω`)

やはり戦闘、鬱回は筆が乗りますね。皆様、お気を確かに。

気付けば感想100件間近。これまでの沢山の感想ありがとうございます! 今後も本作を宜しくお願いします。


 ー お願い、あなたは“あの力”を使わないで ー

 

 あの日、皆で現実世界の神樹様に触れた時……あの子達には言っていないが、あの真っ暗な空間で自分は少女の姿の神樹様と会い、出会い頭にそう言われた。

 

 「どうしてだい?」

 

 ー 他の勇者の子達が私に捧げることになる代償は……時間はかかるし擬似的なモノだけれど、その気になれば返すことが出来る。だけど……あなたには返せない ー

 

 「……それは、どうして?」

 

 ー あなたが、この世界よりも上の次元からやってきた存在だから ー

 

 彼女……神樹様は自分に言う。自分という魂は高次元のモノであり、本来この世界の肉体には入ることが出来ない。小さなコップにプールの水を入れるようなものだと。故に、この肉体もまた……今は真っ白な精神体だが……高次元の存在、恐らくは神によって作り出された器なのだと。

 

 とは言え、両親や姉弟達とはしっかりと血が繋がっている。ただ、自分の魂に見合う器を母さんに宿したのだと。そして、この“高次元”というのが厄介だ。

 

 簡単に言ってしまえば、神樹様も……恐らくは天の神ですら、自分の肉体を生み出すことは叶わない。それは力も寿命も増していっている神樹様でもだ。彼女達に返す時と同じ方法を用いても、肉体の“規格”が合わない。同じものを作り出すには圧倒的に神としての力が足りないのだと。

 

 ー 1度捧げられたら、あなたはずっとそのままになる。あの子達に供物を返しても、あなただけが…… ー

 

 ああ、それはきっと……優しいあの子達は悲しんでくれるだろうねぇ。そして、自分は怒られるんだろう。想像するだけで怖いねぇ。お説教する時の須美ちゃん、おっかないしねぇ。

 

 ー ごめんなさい、私の力が足りないばかりに……あなたのお陰で“私達”は力も寿命も延びたのに。あなたから代償を捧げられたら、もっと力は強くなる。だけど、それでもきっと……届かない ー

 

 「だから、使わないでくれって? あの子達はきっと使うだろうねぇ。それを自分に、使わずに黙って見ていろと?」

 

 ー お願い……私も、あの子達もきっと……望まない ー

 

 神樹様が自分に倒れ込むようにもたれ掛かってきて自分の胸に額を当て、涙ながらに頼み込んでくる。少女の姿も相まって、思わず頷きそうになる。

 

 「……ごめんねぇ」

 

 それでも、自分は首を横に振った。すると神樹様はバッと顔を上げ、涙目でどうして? と訴えてくる。本当に、考えていることが顔に出る神様だと思って苦笑いになる。

 

 「言っただろう? 好き好んで何かを失いたい訳じゃない。だけど、それしか無いなら使う。自分は、あの子達の未来を見たいんだ。あの子達も、家族も、貴女も守りたいんだ」

 

 ー でも! それだとあなたは! ー

 

 「大丈夫」

 

 神樹様の髪を撫でる。本当に優しい神様だと思う。こんなにも自分のことを心配してくれて、あの子達のことも気にかけてくれている。

 

 「大丈夫だよ」

 

 そんな神様だから、守りたいんだ。それが一生残る傷を負うことになってでも。それに、もしかしたら他に可能性があるかもしれない。“あの力”とやらを使わずに済むかもしれない。未来はわからないんだから。

 

 「生きてさえいれば……きっと」

 

 だから、笑って欲しい。折角久しぶりに顔を見られたんだ。泣き顔ばかりじゃ勿体無い。そう思って、彼女が溢した涙を指で掬う。

 

 「いつか、誰もが自分にとっての幸福(しあわせ)を見付けられるんだから」

 

 そこで、自分は目覚めた。その隣で須美ちゃんが倒れていてのこちゃんと銀ちゃんと一緒に凄く慌てた。

 

 

 

 ー なら、私は……私も、あなたを守るから。“私達”じゃない。“私”が、近くであなたを守るから ー

 

 

 

 

 

 

 「……これが、精霊の守り……」

 

 爆発によって陣取っていた場所が破壊され、3人の元に落ちていた須美が呟く。4人の周りには、4体の精霊によって張られたバリアが存在していた。そのバリアが爆発の威力や衝撃を防ぎ切り、4人は無傷で居られた。

 

 「凄い……凄いよセバスチャン!」

 

 「せ、セバスチャン……って誰だ?」

 

 「のこちゃんは精霊に名前を付けたんだねぇ。自分も何か名付けてみようかねぇ」

 

 呑気な会話が聞こえるが、4人の表情は真剣だ。何せバリアが発生したということは、今の爆発が自分達にとって“致命的”であったということなのだから。

 

 楓と須美がピスケスが落ちた場所へと視線を向ける。が、そこには何もなかった。須美が素早くスマホのレーダーを確認すると、大橋から離れた海の方へと移動している。そしていつの間にか、動いていなかったハズのレオまでも壁を沿うようにして海の方へと進んでいた。

 

 「どうして海の方へ……?」

 

 そう、須美が疑問を漏らした時。レオの頭部のような部位の前に光が集まったかと思えば、それはかつてのカプリコーンの時のように、それよりも太いビームとなって直接遠くの神樹様へと撃ち出された。

 

 「「「「なぁっ!?」」」」

 

 4人が驚愕の声を上げるが止めることはできない。しかし、距離が遠かったのか、ビームは神樹様へと届く前にどんどん細くなり、途中で消える。ホッと安堵の息を吐く4人だったが、危機感が一気に増す。外の壁ギリギリの距離では届かなかった。なら前進されたら? しかも相手は海上に居て、こちらに海の上で戦う術はない。それこそ空でも飛ばない限り……そして、空を飛ぶ“手段”ならば、ある。

 

 「……思ったより早かったね~……使う“機会”」

 

 「そう、ね……でも、躊躇ってる暇はないわ」

 

 「だな。大丈夫、この一回で終わらせればいいさ!」

 

 「……そうだねぇ。幸いにも、ゲージは溜まってるしねぇ」

 

 「あたしのは? 自分じゃ見えない」

 

 「大丈夫、満タンよ」

 

 「やっぱり、精霊のバリアが発動した時もゲージが溜まるんだねぇ……」

 

 楓の言葉で、全員がようやくゲージが溜まる条件を完全に理解する。勇者の力とは、自分達の攻撃や精霊のバリア、それらを引っ括めてそう言うのだ。攻撃すればするほど、攻撃を受ければ受けるほど、ゲージは溜まる。そして今、先の爆発で全員のゲージが溜まりきっている。

 

 この一回で決める。そう思い……そして、全員でその“言葉”を口にした。

 

 

 

 「「「「“満開”!!」」」」

 

 

 

 大橋、そして樹海を形作る数多の樹から光の根のようなモノが4人に集まる。そして……蓮が、アサガオが、牡丹が、花菖蒲が花開く。

 

 4人の服装は豪奢で、神秘的で、神々しいモノへと変化していた。そして変化は、服装だけには収まらない。

 

 園子の満開は大きな方舟。その方舟の大きさに見合う巨大な槍の穂先を6枚、漕ぐ為のオールのように展開している。須美は左右4つ、計8つの動く主砲を備え付けた、園子の船に勝るとも劣らない、さながら巨大戦艦のようなモノ。

 

 銀は背後に浮かぶ、阿修羅を思わせる3対6本の巨大なロボットアーム。その片方3本の腕を全て使って、銀の斧剣をそのままスケールアップしたような巨大な斧剣を計2本手にしていた。

 

 そして楓は、背後に浮かぶ金色の円輪の周囲に巨大かつ薄いひし形の、内部に白い花菖蒲が描かれた水晶が計10枚浮かんでいる。

 

 ふわりと、全員が浮かび上がる。溜まった神の力を解放するという満開は、飛行手段を持ち合わせていないように見える銀と楓にも飛行能力を与えていた。初めて行う満開。その力を、4人は正確に理解出来ていた。それが神の力によるものなのかはわからないが、今はありがたい。

 

 「お前達の攻撃は……もう通さない!」

 

 レオから、本体に比べると小さな、だが4人と比べると充分に大きな火球が幾つも迫る。その1つ1つを、須美が砲撃によって撃ち抜いて相殺していく。だが、その須美を狙って海中からピスケスが飛び上がってきた。

 

 「おっと、須美ちゃんの邪魔をするのはいけないねぇ」

 

 楓の背後の水晶が4つ分離し、ピスケスの進行方向に正方形の頂点の位置となるように固定し、白い光のワイヤーを伸ばして正方形を形成。その空白の部分にピスケスが突っ込むと、空白部分には見えない壁があったようでそれにぶつかり、ガァンッ!! という音と共にピスケスが弾かれる。

 

 「逃がさないんだからっ!」

 

 更にそこに園子の巨大な穂先が集中し、ピスケスを5方向から串刺しにしていく。そして残った1枚を真上から突き立て、再び海へと叩き落として穂先を回収する。

 

 「おおおおりゃああああっ!!」

 

 レオの火球を須美が迎撃している間にレオに近付いていた銀はその手の双斧剣を振り上げる。すると連動するように6本のロボットアームもその巨大な2本の斧剣を振り上げ……同時に、×字を描くようにして振り下ろす。それはレオの巨体を斬りつけ、前進していた分後退させる威力を持っていた。

 

 「ん?」

 

 内部が見える程に深く斬りつけられたレオの、×字の傷の向こうに銀は見た。逆四角錐型をした、不気味に光るナニかを。同時に、銀はそれが敵の心臓のようなモノであると悟る。

 

 「銀!!」

 

 「え? お、わああああっ!?」

 

 須美の声に反応し、咄嗟に斧剣を×字に重ね、ロボットアームも同じように重ねる。その瞬間、先程と同じビームをレオが放った。斧剣によってギリギリビームを防いだ銀だったが、その距離は大きく離されてしまう。更にレオは己の頭上に自身と同等の大きさを誇る火球を生成し……それを、4人に向けて放った。

 

 「皆、集まって!!」

 

 楓の叫びを聞き、3人が彼の周囲に集まる。楓は直ぐ様左手を前に突き出し、4つの水晶を使って自分達の前に大きめに正方形を形成。更に2つの水晶を自分の前で上下に重ね合わせる。すると水晶の間で白い光が電気のように走ったかと思えば、その間から細い光が放たれて前の正方形の壁に当たり、そこから正方形の大きさの極太のビームとなって火球とぶつかった。

 

 「楓すげぇ!? そんなことも出来るの!?」

 

 「まるで戦艦長門の主砲のような威力……これなら!」

 

 「いっちゃえカエっち~!」

 

 「う、お、おおおおっ!!」

 

 ぶつかり合う火球と楓のビーム。それは数秒もの間拮抗して相殺という結果に終わる。それによって起きた爆風に煽られ、4人とレオの距離がまた引き離される。何とか体勢を建て直し、再びレオに攻撃に向かおうとする4人。だが、ここで楓と銀の2人の満開が花弁となって散っていき、解除された……海の上で。

 

 「くそっ、満開が……って落ちる!?」

 

 「カエっち!」

 

 「っと、銀ちゃん!」

 

 「た、助かった……ありがと、楓」

 

 上空に放り出される形になった楓の下に園子が方舟を移動させて彼がその上に着地し、そこから左手の水晶からワイヤーを伸ばして操り、銀に巻き付けて落下を防ぐ。その合間に飛んでくるレオの火球は、須美が1つ残らず撃ち落とす。味方をカバーする為の迎撃は合宿で何度もやってきたのだ、今更撃ち漏らす須美ではない。

 

 楓はワイヤーを引き寄せ、銀を園子の方舟の上に上げる。ホッと一息付いたところで、銀が右手の斧剣を落とした。それを皮切りに、2人は体に異変を感じた。

 

 「っ、なんだ? 右腕が、動かない!? まさか、これが……!?」

 

 「自分は……また左目か。やれやれ、折角視力が戻ってきたっていうのにねぇ……」

 

 「カエっち、ミノさん……っ。わっしー! 一回大橋に戻ろ! 多分、もうすぐ満開が消えちゃう!」

 

 「っ、了解!」

 

 間近で2人の供物を捧げた瞬間を見た園子の顔が歪む。だが、それで取り乱していては勇者として戦っていられない。もうすぐ満開が解除されると予想した園子は須美へと声をかけ、須美と共に一旦大橋へと戻る。そして、大橋に辿り着くと同時に満開が解除された。

 

 戻ったはいいが、これで振り出しに戻ってしまった。どうすれば……そう4人が考えた時、須美が唐突に倒れた。更に園子も左目を抑え、右目だけを開けて震えている。

 

 「須美!? 園子!?」

 

 「2人共、大丈夫かい!?」

 

 「あ、足が……動かない……っ」

 

 「右目……見えてないよ……っ!! 2人共、前!!」

 

 慌てて2人に駆け寄る銀と楓だったが、2人の言葉を聞いて絶句する。そして、4人に更なる追い討ちがかかる。園子の叫びを聞いた2人が振り返ると、レオが再び巨大の火球を生み出し……4人が居る大橋に向かって放った。

 

 咄嗟に楓は3人の前に出て水晶から光を出し、ひし形の盾を作り出す。なるべく大きく、それでいて分厚く。だが、山のように大きな敵ほどの火球と小柄の楓が作り出した盾のサイズの差はそれこそ蟻と象。大して拮抗することもなく、無慈悲にも火球は4人諸とも大橋にぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 「っ……皆……大丈夫かい……?」

 

 「なんとか……」

 

 「生きてるよ~……」

 

 「精霊の守り……本当に凄いのね……でも……」

 

 「大橋が……!」

 

 4人は無事だった。衝撃で体中に痛みこそあるが、傷自体は無いに等しい。それだけ精霊のバリアが優秀であるという証左ではある。が、4人は無事でも大橋は無事とはいかなかった。

 

 まるで、上に持ち上げられてそのまま引きちぎられたかのような、ほんの数秒前の形が見る影もない程に融解し、崩壊した大橋を見て、4人が唖然とする。そして、再びレオへと視線を向ける。銀の付けた傷など疾うに回復し、無傷で壁の近くに存在するその巨体を。

 

 攻撃を受けたのは、ある意味で僥倖だった。防いだ攻撃の威力で溜まる量が違うのか、無くなったばかりの満開ゲージは皆フルに溜まっている。だが、先程と同じように満開を叫ぶのは憚られた。

 

 覚悟していたつもりだった。代償を捧げ、それでも大切な人達の為に戦うつもりだった。だが、実際に代償を……自分達の何かを供物に捧げたことで、恐怖が沸き起こったのだ。

 

 次は何を捧げることになる? また満開して、倒せなかったら、その次は何を差し出すことになる? 2度と歩けないかもしれない。2度と光を見ることが無くなるかもしれない。2度と触れ合うことが出来なくなるかもしれない。話すことが、音を聞くことが、匂いを嗅ぐことが、味を感じることが、それら全てが出来無くなるかもしれない。そんな恐怖に襲われた。

 

 知らなかったら、疑問に思ってもまだ戦えたかもしれない。知ってしまったから、余計に恐いのだ。須美など両足を捧げている、恐怖の度合いは4人の中でも一番かもしれない。今までのどのバーテックスよりも巨大かつ強大な敵と満開への恐怖。それは、これまで戦い抜いてきた少女達の心をへし折るには充分過ぎた。

 

 

 

 「“満開”」

 

 

 

 だから、その言葉を聞いた時は3人共耳を疑った。だから、3人の目の前で再び満開を果たした楓の姿を見て信じられないと目を見開いた。

 

 「か……えで……お前……怖くないのか?」

 

 「当然、怖いねぇ。正直、いざ捧げてみるとこんなにも怖いなんて思わなかったし」

 

 思わず、といった様子で銀が問い掛ける。それに対して、楓は即答する。その声は、少しだけ震えていた。いかに大人の精神を持つ楓と言えども、彼も元々は一般人なのだ、どんどん体が動かなくなっていくことに恐怖を覚えない訳がない。

 

 「皆も、自分も怖い。それでも……須美ちゃんと」

 

 須美が、前に進む楓の背中を見る。

 

 「銀ちゃんと」

 

 銀が、ふわりと浮かぶ楓を見上げる。

 

 「のこちゃんが、怖い思いをずっとすることになるのなら」

 

 園子が、振り返って自分達を見下ろす楓の姿を見詰める。

 

 「自分が守る。自分が、頑張る。男としてだとか、勇者としてだとか、そんなんじゃない。君達が自分にとって……大切だから」

 

 何時ものように、楓は朗らかに笑った。それを見た彼女達の折れた心に、再び火が灯る。

 

 約束したハズだ、皆で生き残ると。誓ったハズだ、彼を1人にしないと。決めたハズだ、自分達の夢を叶えるのだと。

 

 3人は1人レオに向かって飛んでいく楓を見詰め、お互いに目配せし、頷く。恐怖はある。だが、それでも……呑み込んだ。大切な人達を守りたいから。大切な親友を、大好きな人を1人で行かせたくないから。だから……3人は手を繋いで、叫んだ。

 

 

 

 「「「“満開”!!」」」

 

 

 

 もう、止められない。否、止めない。楓に遅れぬように3人は飛ぶ。それを邪魔するように、園子にやられてから海中で回復に努めていたピスケスが再び飛び上がって体当たりを敢行する。

 

 「「「邪魔だああああっ!!」」」

 

 だが、銀の巨大な斧剣によって3枚におろされ、園子の6枚の穂先によって切り刻まれ、その破片を須美の砲撃で消し飛ばされた。

 

 その頃、楓はレオから飛んでくる小さな火球を全ての水晶を操り、1つ1つから光の刃を生み出して突撃させて迎撃しつつ近付いていた。後方で彼女達が満開したことは確認している。己の言葉で満開させてしまったかもしれないと少し後悔しつつ、だからこそレオを撃退することに集中する。

 

 「カエっち!!」

 

 「楓!!」

 

 「楓君!!」

 

 「っ……皆、いいのかい?」

 

 迎撃していた分速度が落ちていた為か、3人が追い付く。迎撃に須美の砲撃と園子の穂先が加わり、余裕が出来た楓はそう問い掛ける。3人の返答は、決まっていた。

 

 「怖くない訳じゃ、ないよ」

 

 「だけどさ、それよりも……」

 

 「楓君を1人で戦わせたりしない。私達は、1人で戦ってきた訳じゃないんだから。それに、言ったじゃない」

 

 

 

 「私も守るから。一緒に、頑張るから!!」

 

 

 

 「……そうだったねぇ。皆で一緒に、頑張ろうかねぇ!!」

 

 「「「うんっ!!」」」

 

 レオの攻撃が激しくなる。小さな火球に加え、ビームまで飛んでくる。火球は須美と園子が迎撃し、 ビームは銀と楓が受け止める。そうやって皆が皆を守って、皆で一緒に頑張って、レオに近付いていく。

 

 レオが再び巨大な火球を作り出す。それを受けてしまえば、また振り出しに戻ってしまう。それだけは避けなければならない。だから、須美は叫んだ。

 

 「私が絶対に相殺する! 3人共……私を、信じて!!」

 

 「「「勿論!!」」」

 

 3人の返答は即答。戦いの最中なのに、須美はついつい笑みを浮かべた。そして放たれる火球。それに向けて、須美は8つの砲撃を同時に放つ。それは途中で1つの大きな光の砲撃となり、火球と衝突。数秒の拮抗の末、相殺……するどころか火球を貫き、威力を大きく下げながらもレオにも届いた。

 

 「後は……お願い……っ!」

 

 力を使い果たしたのか、戦艦が花弁となって消えていく。楓は1つの水晶に気を失って落下する須美を乗せ、近くの壁の上に下ろす。

 

 それを見届けてから、3人は突っ込む。銀が巨大の双斧剣を×字に構える。園子の方舟が正面にバリアを張り、突撃の姿勢を見せる。楓の回りに6つの水晶が浮かび、己を包むように正八面体の光の檻を形成する。

 

 「「「ここから……出ていけええええっ!!」」」

 

 そして、同時にレオに突撃してぶつかった。端から見れば、それは山に小さな流星が突っ込んだかのような光景。3人の勢いはレオという山にぶつかって尚止まらず、やがて壁の向こう……()()()()へと押し出し、その体を壁の遥か向こうへと吹っ飛ばすことに成功する。

 

 そこで、3人の満開が解けた。幸いにも壁の向こうにも足場があったので海に落ちるということはなかった。だが、何故か熱気を感じ……疑問に思って目を開けた瞬間、また絶句した。

 

 

 

 「……外は火の海……本当、だったんだねぇ」

 

 

 

 宇宙にまで伸びる、黄金に光る巨大な樹。その葉の部分に立つ3人が見たのは、まるで太陽の表面であるかのような、地獄の如き毒々しいまでに真っ赤な炎の世界。楓が知る地球の青さなど一片たりとも存在しない、人が住むことを微塵も許容しない神の世界。あまりの光景に、園子は自分の()()()()()()()気がした。

 

 「……なぁ……あの白いのってまさか……」

 

 銀の視線の先、空とも宇宙とも取れる空間に、星の数ほどの白い体に口だけが存在する不気味なナニかが居た。今まで戦ってきた3人には分かってしまう。あれら全てがバーテックスであるのだと。

 

 「……合体……融合、してる……?」

 

 その小さなバーテックス達が合体、或いは融合していき、3人もよく知る巨大なバーテックスへと形作っていくのが見えた。まるでドロドロに溶けた鉄を捏ねているかのようで、その姿こそ似通っていても未完成なのかこの世界のように赤い体をしている。

 

 こうして3人は、本当の意味で真実を知った。あの男の話は誇張表現や嘘でもなんでもなかった。本当に真実しか話しておらず……そして大赦は、これを知りつつ隠していたのだ。隠す理由を、3人はようやく理解した。あくまでも、結界の外については、であるが。

 

 

 

 ー ……………… ー

 

 

 

 「っ!?」

 

 唐突に、楓の背筋が凍った。誰かに、ナニかに見られている。楓だけが、そう感じた。視線を感じた方向……正面より少し上の空間を見詰める。遥か遠くに居るその存在を、強化された勇者の目が捉えていた。

 

 それは丸い“鏡”だった。少なくとも、楓はそれ以外に形容する言葉を知らない。顔なんて、ましてや目なんてどこにもない。なのに、楓ははっきりと理解出来る。今、自分はあの鏡に見られている。

 

 「っ、今度は左耳か……来るぞ、2人共!」

 

 左耳が聞こえなくなったと言う銀の声に意識を取り戻したように2人はハッとして自分達に迫り来る小さなバーテックスを迎え撃つ。須美のことも心配である為、倒しつつ後退していく。ふと気が付くと、楓はあれほど感じていた熱気をいつの間にか感じなくなっていることに気付いた。

 

 (……温感、かねぇ。そんなものまで捧げることになるのか……)

 

 楓はふっ、と力無く笑い、水晶から限界まで伸ばした光の剣を作り出して横一閃し、数多のバーテックスを切り裂く。園子は槍を同じように限界まで伸ばして振るい、それらを抜けてくるバーテックスは銀が即座に切り捨てる。ある程度倒したところで、3人は壁を駆け上がって結界の中へと戻る。荒い息を吐き、呼吸を整えつつ須美が居る場所に向かう。

 

 そこで見たのは、満開どころか勇者服すらも解除された須美の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 「……なに、これ……大橋が、町が……」

 

 目が覚めた時、私が見たのは崩壊した大橋と樹に覆われた妙な世界だった。町なんてどこにもない、見たこともない世界。そうして唖然としている私の前に、妙な格好をした2人と似たような格好の、何故か真っ白になっている楓君が降りてきた。

 

 「須美ちゃん、無事かい?」

 

 「楓、君……あの、その2人は……誰? ここは、どこなの? 町は、何がどうなってるの!?」

 

 「……わっしー……まさか……」

 

 「ははっ……記憶とか……そんなのアリかよ……」

 

 知らない女の子2人が私を見て悲しそうにしている。その理由を私は知らないし、気にしている余裕もなかった。こんな変な世界に、知り合いが彼1人だけなのだから。

 

 「っ! なに、アレ……」

 

 「……質より量、ってことかねぇ」

 

 突然空に、赤い、得体の知れないナニかが幾つも出てきた。その異様な光景に恐怖する私には、楓君が何を言っているのか理解出来なかった。私と同じようにナニかを見ていた3人の内、知らない2人がまた私に振り返る。その顔には、笑顔が浮かんでいた。

 

 「私は、乃木 園子」

 

 「あたしは、三ノ輪 銀」

 

 何故か立てない私の前にしゃがみこんだ2人の内、園子と名乗った人が自分の髪を結んでいたリボンを外し、私の右手を取ってそこに結び付ける。

 

 「貴女は忘れちゃったけど……私達は4人で友達だったんだ~」

 

 「ま、忘れたなら仕方ない。何度だってまた友達になるだけさ」

 

 「あ……」

 

 何か、何か言わなきゃ。でも、何も言葉に出来なかった。私が忘れてしまったという友達。そう言ってくれた彼女達に、何も。

 

 「「またね」」

 

 2人が明らかに人間を越えた脚力で跳躍する。そして空で、蓮と牡丹の花が咲いた。

 

 「須美ちゃん……」

 

 「楓、君……私、私……どうなってるの……何を忘れてるの? 何を忘れてしまったの!?」

 

 怖くて、怖くて仕方がない。何もわからない。でも、段々と忘れていっているのが何となく理解出来た。出来て、しまった。

 

 「いいんだ」

 

 そう言って、楓君は私を抱き締めてくれた。それでも、忘れていっているという焦燥感が私を苛む。

 

 「忘れたくない! 大事なモノなハズなのに、忘れちゃいけないモノなのに!」

 

 「例え、君が自分達のことを忘れてしまっても」

 

 新士君の声が、叫ぶ私の耳に届く。良くない。良くないよ。私は忘れたくないのに。止められない。忘れることを、止められない。

 

 「いや、いや! 消えないで! 消さないで! 私は、私は……」

 

 「それが、君の幸せになるなら……それで、君が平穏な日常を生きられるなら」

 

 ……雨野君の声がする。彼に抱き締められている。私と彼はそんなに親密だっただろうか。片腕しかないのは、なんでだろう。幸せって……なに? 平穏な日常って……なに?

 

 「あ……」

 

 「忘れて、いいんだ。だから……幸福(しあわせ)にね、須美ちゃん」

 

 すみって……だれ?

 

 

 

 「じゃあね」

 

 

 

 真っ白な男の子が私から離れて、朗らかな笑みを向ける。さよならを告げる。優しげな、それでいて寂しげな声で。

 

 彼が背を向ける。思わずその背中に手を伸ばして……届かない。後数センチ。1歩でも足が動けば届くのに、届かない、届かない……届かない。彼が跳ぶ。その先で、炎の剣が空を裂いていた。その手前で、大きな紫の光の鳥が羽ばたいていた。そして……泣きたくなる程に綺麗な白い花が咲いて。

 

 「ーー……」

 

 意識が遠退く。最後に何を口にしたのかは……自分でも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 目が覚める。時間帯は夜だろうか……私は病院に居るらしく、ベッドの上で横になっているらしい。ふと右手に何か巻き付いている感覚を覚えたので目の前に持ってくる。そこには、見覚えのないリボンが巻かれていて。

 

 「……」

 

 何故か、それがとても大切なモノに思えて、手放したくないと思って。

 

 「……っ……」

 

 そのリボンの向こうに、知らない人影が3人分見えた気がして。誰か、知らない男の子の声がした気がして。

 

 「ぁ……~……っ!!」

 

 とても、綺麗なモノを見た気がして……訳も分からず、涙が零れた。




原作との相違点

・銀満開(夏凜のモノに更に2本腕が追加されて武器が巨大な斧剣とすると分かりやすいか?)

・園子だけでなく銀、楓も結界の外を見る

・須美が武器に名付けない(銀が生存してるので名付ける必要がない)

・須美の記憶散華。彼女自身が記憶が消えていくことを自覚している

・ピスケスがヴァルゴ並みの被害者に

・その他色々



という訳で、“瀬戸大橋跡地の合戦”でした。楓の満開は、早い話がファ○ネルやビッ○、ド○グーンです。万能性のある満開を求めたらこうなりました。ちゃんと分かりやすく描写できていたでしょうか?

結界の外から見た宇宙規模の黄金の樹。何あのグリッター神樹様と初見思いました。本作ではまだまだ成長します。描写は多分しませんが←

前回の後書きで提示したルート、それぞれ見たいとの感想を頂きまして嬉しい限りです。因みに、この話までが共通ルートです。ルート別に散華の内容変わりますし。いや、別にルート別に書くわけではないですが……書いてもif番外編です。

次回でわすゆ編は終了となります。その後予定通り、1~3程番外編を挟みたいと思います。活動報告に他の作者様のように試しにリクエストでも置いてみましょうかね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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鷲尾 須美は勇者である ー 終章 ー

お待たせしました(´ω`)

筆が(ry

今回、正直なところかなり強引です。前話に力を使い果たした感がスゴいです。後、基本的にわすゆに救いはないです(無慈悲

終章にしてプッツン回。今回ぶちギレるのは勿論あの人。

お陰さまで感想100件を越えました。皆様本当にありがとうございます。今後とも精進して参りますので、どうか本作を宜しくお願いします。


 目が覚めると、見覚えのある白い天井が見えた。

 

 「……ここは?」

 

 「病院ですよ、楓君」

 

 声のした方を向くと、壁際にある椅子に座ってこちらを心配そうに見ている友華さんの姿があった。彼女の後ろにある窓から見える空は赤い。どうやら今は夕方らしい。

 

 「……戦いは……あの子達は……?」

 

 「今から説明しますね」

 

 友華さん曰く、あの戦いから5日経っているらしい。自分達が戦った日に四国を大きな自然災害が襲い、重軽傷者12名と死者2名が出たという。自分達が守りきれなかった分の樹海へのダメージが、災害という形で現実を襲ったのだという。

 

 その2名は大赦の人間で、自分達よりも民間人を優先して救助していた結果、逃げ遅れてそのまま帰らぬ人になったらしい。大赦にも立派な人が居たのだと思う反面、その人達が亡くなったことを悲しく思う。

 

 「……落ち着いて聞いてね、楓君」

 

 「……?」

 

 

 

 「亡くなったのは……貴方のご両親なの」

 

 

 

 「……は?」

 

 友華さんが何を言っているのか、理解出来なかった。ナクナッタノハジブンノゴリョウシン? 何をバカなことを言っているのか。

 

 「……まさか、そんな訳ないじゃないですか。2人は今もきっと大赦で働いて……」

 

 「……その2人に助けられた人が言っていたわ。“自分達の息子が人の助けになることをしている。なら、その親である自分達が人を助けない訳にはいかない”って……そう、言って救助活動をしていたそうよ」

 

 「……そう、ですか……」

 

 友華さんは嘘を言っていない。こんな、調べれば直ぐに分かるような嘘を付く必要がない。つまり、本当に父さんと母さんは死んだのだ。樹海が受けたダメージによって。自分達が……自分が、守りきれなかったばかりに。

 

 不意に、涙が溢れた。右目からだけではあったが……自分は確かに、両親を想って……あの日の別れには流せなかった涙を溢した。

 

 ……いや、分かっている。“仕方のなかったこと”なのだということは。自分達としてもギリギリの戦いだった。体を供物と捧げ、大切な友達は記憶を失い、その末に手にした勝利だった。だから、これは、運が悪かっただけなのだ。しかも……葬儀は既に終わっているらしい。親の死に目にも会えず、葬儀に立ち会うことも出来なかった。もう、何も言葉にならなかった。

 

 「……他の3人は……のこちゃんと銀ちゃんと……須美ちゃんは……」

 

 「それも、説明するわね」

 

 涙を拭き、話を聞く。のこちゃんと銀ちゃんは今も別の病室で眠っているらしい。須美ちゃんもまた別の病室に居るが、彼女の場合は戦いから翌日には目を覚まし、記憶を失っていることがわかったので今の鷲尾ではなく、元の家に戻されることになるのだとか。

 

 失ったのは、勇者として戦うことになった日からあの戦いまでの期間全て。つまり彼女は、自分が勇者としてお役目に着いていたことも、自分が鷲尾 須美として養子に出ていたことも全て忘れているという。

 

 「……やっぱり、忘れられるのは悲しい?」

 

 「そりゃあ、そうですよ。でも……それで彼女が平穏な日常を送られるようになるなら……いいんです」

 

 「……そうもいかないと思うわ」

 

 「どうしてですか?」

 

 「前に話したことがあったわよね? 大赦はもう、勇者と巫女は名家から輩出されるという伝統に拘ることはないって」

 

 それが何か、と思う。一般家庭の子でも勇者になる可能性があるのは分かる……でもそれがどうして須美ちゃんが平穏な日常を送れないことになるのか分からない。彼女にはもう、勇者として戦った記憶はないというのに。

 

 「……まさか!?」

 

 「ええ……彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり大赦は……」

 

 「勇者の適性を持った一般家庭の子と共に須美ちゃんをもう一度勇者にするつもりでいる……!? そこまでか……そこまで、大赦はあの子達の思いも未来も無視して、蔑ろにして!! がっ!?」

 

 「楓君!?」

 

 苛立ちが抑えられなくなり、衝動のまま友華さんに掴み掛かろうとして……右足が動かなかった為にバランスを崩し、ベッドから床に、顔から落ちた。

 

 友華さんが慌てて自分を抱え、ベッドに戻す。そして椅子に戻ろうとした彼女の着物の首もとを、左手で思いっきり掴んで引き寄せる。

 

 「あの子は充分戦ったじゃないか!! 両足を捧げて、記憶まで捧げて!! あの時、彼女はずっと叫んでいたんだぞ!?」

 

 

 

 ー いや、いや! 消えないで! 消さないで! 私は、私は…… ー

 

 

 

 「あんまりじゃないか! 本来過ごすべき普通の日常を過ごせなくて、それでも自分達と過ごしてきた日常を楽しいと、守りたいと言った彼女がその日常の記憶を奪われたのに!! あの子達と過ごした思い出の何もかもを奪われたのに!! まだ戦わせるのか!? また失わせるのか!?」

 

 「……それが、この世界を守り……存続させることに繋がるのなら、やります。それが……大赦の“目的”であり、“在り方”ですから」

 

 「ーーっ!! ……そうですか。それが貴女の……大赦のやり方ですか……」

 

 「……」

 

 「……自分達は今後、どうなりますか」

 

 「……神託では、今回の戦いでバーテックスに痛撃を与えられたそうで、襲撃は1年から2年程空くそうです。それまでに勇者システムの改良、一般家庭から勇者候補を選別し……その候補の子を派遣し、幾つかのグループにして神樹様が選ぶのを待ちます」

 

 「そんなことを聞いているんじゃない。自分達は……乃木 園子と三ノ輪 銀と……“犬吠埼 楓”はどうなるのかと聞いているんです」

 

 「っ……それは……」

 

 自分の言葉にショックを受けたように顔をしかめた後、重々しく彼女は答えた。のこちゃんは7回の満開の末に右目、心臓、両手両足、右耳を捧げたそうだ。その為、日常生活を送るのが困難になったので大赦が預かって“サポート”するのだと言う。

 

 銀ちゃんは6回満開。右腕と両足、左耳、左目、片肺を捧げたそうだ。彼女ものこちゃん同様に日常生活が困難な為、大赦が預かるという。そこまで聞いて、驚愕と疑問を覚える。

 

 「心臓に……片肺? 彼女達は生きているんだろうねぇ……?」

 

 「……生きているわ。正確には……生かされている。精霊によって、ね」

 

 「どういう……いや、精霊は勇者を“致命的”な攻撃から守る……まさか」

 

 「そう。精霊によって、勇者は死なない……死ねないの。呼吸が出来なくても、心臓が動かなくても、精霊がそれを補う。勇者を死なせない為に」

 

 「……は、ははっ……どこまでも……どこまでもっ!! お前達大赦はぁっ!!」

 

 ここまで……ここまで誰かに、何かに対して怒りを覚えたのはこの世界に産まれて初めてかもしれない。怒りが大きすぎて、逆に冷静になってしまう程に。

 

 生きていることは嬉しい。だが、あまりにも……余りにも悲惨に過ぎる。大切な人の為だと、皆で夢を叶える為だと戦った結果が……これか。

 

 「はぁっ……はぁっ……自分は?」

 

 「……満開による影響次第です。大赦としては、貴方程の適性値を持つ勇者を遊ばせておきたくはないと」

 

 どういうわけか、以前自分が重傷を負った日から只でさえ歴代でも遥かに高かった勇者の適性値が、更に跳ね上がっているんだとか。勇者の適性値とは即ち、神樹様の力とどれだけ相性がいいかということを指す。つまり……自分という勇者は、現在誰よりも勇者としての適性値が高い。満開の影響次第では、自分も再び勇者として戦わせるという。

 

 更に、自分があの子達の精神的主柱となっていたことが“評価”され……例え戦えなくとも、メンタルケアの役割を請け負ってもらおうという話も上がっているらしい。仮に2人のように生活が困難になっても、どのみち大赦で“サポート”するという。

 

 「……それ、機密事項って奴だろう。自分に言っても良かったんで?」

 

 「私は……私は、こんな話が上がり、それが当たり前のように振る舞っている今の大赦に疑問しか浮かびません。こんな、子供を……勇者の人生を自分達の道具にするような……」

 

 「あんただって大赦だ」

 

 「っ……そう、ね……」

 

 「……他に、なにか?」

 

 「……いいえ……」

 

 「なら……もう、出ていってくれ」

 

 彼女の首もとを掴んでいた手を離す。突き飛ばすようなことは、しない。仮にも養子として一時は家族となったんだ……家族を乱暴に扱う、それだけはしたくなかった。手遅れかもしれないが。

 

 数秒の間を置き、彼女が立ち上がり、部屋から出ようとする。その背中に、自分は怒りと悲しみを込めて呟いた。

 

 「()()()()()()……貴女のことは嫌いじゃなかったよ」

 

 返事はなかった。ただ……一瞬、嗚咽のようなモノが聞こえた気がした。それから自分は大赦に“サポート”と言う名の管理を受け……とある日、悲痛な表情を浮かべた友華さんから“勇者候補”に挙がった人間の名前を教えられた。

 

 その日から、自分の動きは決まった。

 

 

 

 月日が流れて年も開けた頃、礼服に仮面といった出で立ちの大赦の人間が複数人でやってきた。内容は、以前に友華さんが言っていたこととほぼ同じ。

 

 

 

 “姉である犬吠埼 風が勇者候補となっている”

 

 “他にも候補があるが、現状姉が担当している場所の人間が勇者に選ばれる可能性が高い”

 

 “その中には、妹も含まれている”

 

 “鷲尾 須美だった少女も居る”

 

 “どうか、また精神的主柱として勇者達を支えてほしい”

 

 

 

 本来なら、自分にこの話は来なかっただろう。何せ自分は外の世界の真実を知っている。あの男から聞かされ、実際に見た。勇者候補達に知られたらまずい情報ばかり持っている。普通に考えれば、自分ものこちゃんと銀ちゃんと同じ部屋に移されてそこで飼い殺しにされていたことだろう。

 

 だから、そうならない為に“嘘”を付き続けた。須美ちゃんのように満開の影響で雨野家とあの男、聞かされた話、外の世界の真実を忘れたように振る舞った。満開の回数も、左目と左耳、右足、そして恐らくは記憶の4回なのだと嘘を付いた。本当に騙せているのかは疑問だったが、こうして話をしに来たのだから騙せている……あるいは、気付いていても自分に行ってほしかったか。

 

 ああ、腸が煮えくり返りそうだ。この動きのせいか、あの日からのこちゃんと銀ちゃんに会うことが出来なくなった。それでも、いずれ勇者となってしまう家族の元に……怖がりなあの子の元に行きたかった。

 

 (だから……神樹様、お願いします。家族と、あの子と、勇者となる子達と……貴女を守る為に。今一度、力をお貸し下さい)

 

 そう思い……自分は、大赦の人間の言葉に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 その日、犬吠埼 風は大赦から勇者候補として派遣された讃州市に用意されたやたらバリアフリーが行き届いた一軒家で妹の樹と共にのんびりと過ごしていた。ようやく両親の死別にもなんとか折り合いを付け、2人で今の家に暮らすことや家事にも慣れ始めた頃。来客の予定もないその日に、唐突にインターホンが鳴った。

 

 誰だ? そう思いつつ風が壁にあるインターホンの画面を確認し……いきなり走り出した。そのことに驚いた樹も慌てて追い掛けて玄関に辿り着き……立ち尽くす風と開いたドアの先に居る人物を見て、思わず声を漏らした。

 

 

 

 「……お兄ちゃん?」

 

 「や。ただいま、樹。姉さん」

 

 

 

 何も通っていない右袖、左目には医療用眼帯、そして車椅子。2年前の時とは変わり果てた姿に、姉妹は唖然とし……同時に抱き着いた。

 

 「楓……かえでぇ……!!」

 

 「お兄ちゃん……あ……うぅ……っ」

 

 「おっと……びっくりさせちゃったねぇ。ごめんね? 驚かせたかったんだ」

 

 片腕で可能な限り姉妹を抱き締め、涙を流す2人をあやす楓。姉妹はあやされながら思う。姿こそ変わってしまっている。だが……あの日から、弟(兄)は変わっていないのだと。暖かな手も、朗らかな笑みも、何も。

 

 「お帰り……楓……」

 

 「お帰りなさい……お兄ちゃん……」

 

 「うん……やっと……帰ってこれた」

 

 感慨深く呟いた楓に、2人はまた泣きそうになる。それを堪えて、風は楓を家の中に入れてドアを閉め、樹に風呂場から車椅子のタイヤを拭くためのタオルを持ってくるように告げる。それを聞いた樹は慌てて風呂場に向かい……彼女の姿が見えなくなったところで、風のスマホに着信があった。

 

 折角の兄妹の感動の再会に水を指すなんて……と思いつつスマホを見ると、大赦からの連絡。内容は……“勇者活動の助っ人を派遣した”との一文。

 

 「……楓……あんた、まさか」

 

 「ああ、大赦から連絡が来たんだねぇ……うん、姉さんの想像通りだよ」

 

 「……その、体も?」

 

 「まぁ……そうだねぇ」

 

 過去、お役目の為に養子に出された楓。そのお役目の内容を、勇者候補である風は大赦から聞かされている。そして、このタイミングで帰ってきた彼と、図ったかのように今来た大赦からの連絡。何よりも、楓自身の肯定。風は、楓が帰ってこれた理由を悟った。悟って、しまった。

 

 風は堪らず、樹に楓を任せて2階の自分の部屋に入った。今の姿を、弟と妹に見せたくなかったからだ。風はスマホを壊さんばかりに握り締め、壁に手を当てる。

 

 「……」

 

 両親の死別した理由も、それがバーテックスのせいであるとも知っている。だから勇者候補として大赦の人間に接触され、他の勇者候補が居る地域に引っ越し、集める為に派遣されても、樹のことを考えつつもほぼ2つ返事で返してきた。勇者になることが出来れば、バーテックスに直接恨みを晴らすことが出来ると思ったから。

 

 「た……ぁ……っ」

 

 だがしかし。しかしだ。楓の姿はなんだ。なんであの状態の楓を今更帰した。助っ人はいい。だが、それがなぜ楓なのだ。なんで楓でなければならないのだ。あの状態の楓を、大赦はまだお役目から解放しないのか。あの状態でもまだ、大切な弟はお役目から解放されないのか。

 

 下から弟と妹の笑い声が聞こえた。あの日失った日常が聞こえた。それが余計に、風の心をざわめかせた。何か出来る訳じゃない。だが……それでも、怒りを止められない。

 

 

 

 「大……赦ぁ……っ!!」

 

 

 

 風の憎しみの対象に、大赦が加わった。

 

 

 

 

 

 

 「……ウチって、こんなにお金持ちだったかしら?」

 

 病院で目覚め、事故にあって両足の機能と2年分の記憶を失ったと聞かされた日から幾ばくかの月日が流れ、私は家族と共に大橋から讃州市に引っ越していた。目の前にはその新しい、大きな日本家屋がある。明らかに一般家庭の人間が住むような大きさではないことに疑問はあるものの、私の好きな和風の家で新しい生活が始まることに気分が高揚する。

 

 「こんにちはー!」

 

 「えっ?」

 

 そうやって自分の新しい家を見ていると、元気のよさそうな女の子の声が聞こえた。声がした方を見てみると……私と同じ年代位の、赤い髪の女の子が居た。

 

 「あなたがこの家に住むの?」

 

 「え、ええ……そう、だけど……」

 

 「わー! じゃあ新しいお隣さんだ!」

 

 何がそんなに嬉しいのか、女の子は手を合わせて笑顔を浮かべ……私の前に来て少し屈んで、車椅子に座る私の目線に自分の目線を合わせる。そして、手を伸ばしてきて……。

 

 「私、結城 友奈! あなたは?」

 

 「わ、私は……東郷、美森」

 

 「東郷さん! カッコいい名字だねー」

 

 「そ、そう?」

 

 なんというか、元気が良い女の子だった。でも、騒がしいとか、煩わしいという感じはしない。なんというか……聞いているだけでこっちも元気になるような、そんな声。

 

 「そうだ! これ、お近づきのしるし? だよ! 好きなのあげる!」

 

 「あ……ありがとう……」

 

 そう言って彼女がスカートのポケットから取り出したのは、幾つかの押し花。なんでそんなモノを持っているのかと聞けば、彼女の趣味は押し花なんだとか……何かのキノコとか、とうもろこしとか押し“花”と呼ぶのか少し疑問なモノもあったけれど。

 

 ちょっと苦笑いしつつ、他にはどんなものがあるのかと見ていくと……1つの白い花の押し花が目についた。

 

 「この花……」

 

 「あ、それ? 前にお母さんが貰ってきたお花なんだけどね。確か……ハナショウブ? だったかな」

 

 「ハナショウブ……」

 

 「綺麗だよねー。私も一目見てから直ぐに押し花にしたくなっちゃって」

 

 何故か、その花から目を離せない。この花を、私はどこかで見たことがある気がする。それ以上に……何故か、泣きそうな程に私の心が何かを訴えかけている気がした。

 

 

 

 脳裏に、真っ白な男の子が映った気がした。

 

 

 

 「それにね、花言葉も素敵なんだよ」

 

 「花言葉?」

 

 「うん! えっとね……ほら、これ」

 

 結城さんは端末を少し弄り、画面を私に見せてきた。そこには、件のハナショウブの説明と花言葉が書かれたサイトが映っていて……。

 

 “うれしい知らせ”、“優しさ”に“伝言“、“心意気”に“優しい心“、“優雅”、“あなたを信じる”、“純粋”……どうしてだろう、その1つ1つが私の涙腺を刺激する。花言葉を見ているだけなのに、どうして。

 

 そして、最後に書いてあった花言葉を見て……もう、ダメだった。

 

 

 

 “あなたを大事にします”

 

 

 

 「わわわっ! 東郷さん? どうしたの?」

 

 「……わからない……わからないの……」

 

 涙が溢れる。なんでこんなに悲しいの? なんでこんなに胸が苦しいの? どうしてこんなにも……胸の奥が暖かいの?

 

 結城さんが私の背中を擦ってくれる。そんな彼女の優しさが、何故だか余計に心にクる。嫌な気分じゃない。むしろその逆で、とても安心して。

 

 手の中のハナショウブの押し花が……とても綺麗なモノに見えた。

 

 

 

 

 

 

 ー 絶対に……諦めない ー

 

 真っ暗な空間、少女の姿をした神樹が呟く。

 

 ー あなたも、あの子達も……報われないなんて間違ってる。幸せになれないなんて……間違ってる ー

 

 自我を得たから、そう思えた。感情を知ったから、そう思えた。

 

 ー お()本はあるんだ……こういうの、不幸中の幸いって言うのかな? ー

 

 神樹の目の前に、少年のモノと思わしき右腕が浮かんでいる。それは、あの日スコーピオンによって切り飛ばされた楓の右腕だった。

 

 ー 絶対に戻してみせる……諦めない気持ちは、未来を目指す心は、あなた達に教わった ー

 

 満開の代償はいつか戻す。その時、彼だけが戻らない……そんな未来を、神樹は認めたくなかった。

 

 ー だから……諦めるもんか。神様は結構、執念深いんだよ ー

 

 そうして、神樹の努力が始まった。それが実を結ぶのかは……神にすら分からなかった。




原作との相違点

・園子の満開が7回。戦闘力が大幅に弱体化

・銀も6回満開。園子同様に大赦に管理されることに

・風の憎しみの対象に最初から大赦追加

・東郷、友奈から押し花を貰う

・その他ちょっと多過ぎて書けない←



という訳で……強引ではありますが、これにてわすゆ編終了です。話の展開こそご都合入ってますが、内容だけ見ると慈悲も容赦もないという。特に主人公の周り。ハッピーエンドまでの辛抱やで……そして正確な満開回数を出さない私。

こちら、勇者部ルートです。記憶喪失ルートだと楓君の台詞周りが変わり、精神散華ルートだと園子がまたプッツンします。

花菖蒲の花言葉は色々見て多かったものを書きました。あなたを大事にします、は白い花菖蒲の花言葉です。これしかねぇって思いました。

さて、次回からは予定通り、幾つか番外編を書きます。なので、試験的に活動報告にリクエスト募集を掛けようと思います。仮にリクエストが無くても番外編は書きますのでご安心(?)を。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif2 ー

お待たせしました(´ω`)

今回、リクエストを盛り込んだDEifの2です。

戦闘回や鬱回で無くても筆が乗るのだと証明して見せよう。私になら、それが出来るハズだ←

全く関係ない話ですが、“主人公名”は勇者であるとタイトルにした場合、本作だと略称が“いかゆ”、“あしゆ”、“たかゆ”となるという……あしゆに全部持っていかれそうだ。おのれあの男。

あ、番外編なので後書きに捕捉とかがあります。


 「アマっちもなってみない? 国防仮面」

 

 それは、一年生へのレクリエーションが終わって安芸に怒られた日から少し経った日のこと。勇者4人で乃木家に集まり、サンチョの抱き枕に埋もれながら皆でのんびりと過ごしていると、唐突に園子が呟いた。

 

 「国防仮面? ああ、レクリエーションの時の……うーん、衣装を着るのはいいんだけどねぇ。君達のサイズだと自分には……」

 

 「大丈夫だよ~。こんなこともあろうかと、アマっち用の奴も作っておいたんだ~」

 

 「こんなこともあろうかとって……何を想定してたんだよ園子……」

 

 「流石ね、そのっち」

 

 という訳で、以前にもファッションショーをした衣装部屋までやってきた4人。銀が少し入るのを躊躇っていたが、今回は自分ではないと己に言い聞かせる。新士も女装の記憶が甦ったのか一瞬部屋の前で足が止まったものの、園子に手を引かれて無情にも部屋に入り込む。

 

 「確かこの辺に……あったー! はい、これ」

 

 「うん、ありがとねぇ」

 

 園子から手渡されたのは、2号が着ていた陸軍将校の服、その新士のサイズに調整されたモノである。1号のモノではなく自身も着ていた2号のモノを渡したのは無意識か、それとも意識してか……それは本人にしかわからない。

 

 それじゃあ早速着替えよう……と服に手を掛けた新士の動きが止まり、彼の視線が右隣へと向く。そこに居るのは、ニコニコとしながら新士が着替えるのを今か今かと待ち構えている園子の姿。1度前を向き、また右を向く。園子の姿は変わらずそこにあった。そんな彼の動きをニコニコしながら見ていた園子が口を開く。

 

 

 

 「着替えないの?」

 

 「着替えるから出ていきなさい」

 

 

 

 須美を呼んで園子を引きずって部屋の外に出してもらってから数分も経たずに着替え終えた新士。彼が部屋を出ようとすると3人が居る部屋の襖がいつの間にか閉まっており、間に何かの紙が挟んであった。

 

 何が書いてあるのかと疑問に思いつつ、その紙を取って内容を確認する新士。中には国防仮面の口上と、襖を開けながらそれをやって欲しいとのリクエスト。流石に気恥ずかしさを感じた新士だったが、ここまで来たなら最後までやろうという気持ちになる。

 

 書かれた口上をじっくりと読み、暗記する。幸いにも口上は短く、覚えることにさほど苦労はしなかった。こほん、と咳払いを1つし、襖に手を掛ける。

 

 「行くよー」

 

 「「「はーい」」」

 

 念のための声かけも忘れない。そして、始める。

 

 「国を護れと人が呼ぶ……」

 

 何度か見たことのある特撮モノの名乗りを意識し、少し低めに、それでいて重みのある声を意識して出す。

 

 「愛を護れと叫んでる」

 

 勢い良く襖を開き、割と近くに居た3人を目付きをキリッとさせながら見る。

 

 「全員、気を付け!!」

 

 普段よりも低い、それでいて響く声に思わず3人が言われた通りに気を付けをする。

 

 「憂国の戦士、国防仮面。見、参!! ……なんてね」

 

 ビシッと敬礼。そして少し間をおいて恥ずかしそうに笑う新士。ノリノリでやったは良いものの、やはり恥ずかしさが勝ったらしい。そんな彼を見て、須美が顔を赤くしつつ物申す。

 

 「新士君……敬礼の手が違うわ!」

 

 「あ、やっぱり?」

 

 

 

 

 

 

 「国防仮面1号!」

 

 「国防仮面2号~!」

 

 「国防仮面V3」

 

 「国防仮面X!」

 

 「「「「見参!!」」」」

 

 その後、何故か銀の分まで用意されていたので彼女も着替え、折角なので4人揃って名乗りとポーズを決めてみる。V3だとかXだとかに特に意味はない。因みに、V3は新士でXが銀であり、彼女は海軍将校のモノを着ている。

 

 満足そうにしている女の子達に対し、新士は1人恥ずかしそうに顔を隠す。精神年齢3桁近い彼に、今回のこれは些か厳しかった。彼自身やる時はノリノリなので我に戻るとダメージが増すようだ。

 

 「折角だし、今日は帰るまでこの格好で過ごしましょうか」

 

 「いいね~」

 

 「たまにはいっかな」

 

 「勘弁してくれないかねぇ……」

 

 そんな、平穏な一幕。

 

 

 

 

 

 

 「……そういえば、そんなこともあったな~……」

 

 目が覚めた。とても懐かしい夢を見て気分が良い。あれからアマっちは長いこと恥ずかしがってて、それが珍しくって可愛くって、いつも以上にくっついていたっけ。今ではもう、遠い記憶だけれど。

 

 体を起こす。スマホを見ると、時刻は7時を回った頃。この不思議空間でも学校は普通にあるので、着替えて支度をして朝食を作って食べて……すっかり1人暮らしにも馴れた。家事を教えてくれたわっしーとミノさんには本当に感謝してる。

 

 「……アマっちは、どうしてるかな」

 

 こないだ召還された、小学生だった頃の私達。小さい私とリトルわっしー、プチミノさんが寄宿舎で暮らしているのに対して、アマっちはフーミン先輩といっつんと一緒に暮らしてる。元々家族なんだから不思議はないけれど……羨ましいと思ってしまう。

 

 今頃、彼は家族と一緒にご飯を食べてるんだろうか。一緒に登校……は、彼が小学生だから途中までしか出来ないだろうし。なんで私は中学生なんだろう。どうしておんなじ時間を過ごせないんだろう。また彼の机に頭を預けて、彼の手に撫でられながら眠りたい。それで安芸先生(あいつ)に怒られるとしても、そんなモノ毛ほどの痛みも感じない。そんなものに気を取られるよりも彼の温もりを感じていたい。

 

 彼の姿が見たい。この世界に居るのだと安心したい。早く放課後にならないだろうか。まだ家を出てすらいないけれど。今からフーミン先輩の家に行ってもいいだろうか。でも残念ながらこの家は反対方向にあるから今から出ないと間に合わない。朝食を抜くくらい別に……あっ、昨日も朝食抜いてアマっちにやんわり怒られたっけ。それすらも嬉しいけれど、もし繰り返して愛想を尽かされたらと思うと恐怖で動けなくなる。

 

 「……普通に……普通に過ごせばいいんだ」

 

 結局、その結論に行き着いた。アレほど願った、彼が居る日常がそこにあるんだ。何も特別なことは必要ない。いつものように過ごして、いつものように部室に行って……いつものように小さい私達と一緒にやってくる彼を笑って迎えれば、それでいい。例えそれが、今だけでも。どこかで終わりが来ると知っていても。

 

 

 

 放課後、私は勇者部の皆と部室に来ていた。最近は造反神側の侵攻も落ち着いている。だからこうしてのんびりと過ごしていられる訳だけど。ひなタンは大赦に用事があるとのことなので居ない。

 

 朝、校門のところまでフーミン先輩といっつんがアマっちと一緒に歩いているのを見た。羨ましい。羨ましい。私だって、そうしたい。彼の隣を歩いていたい。きっとわっしーだって。

 

 アマっち達が来るのを待つこの時間が辛い。1分1秒が何倍にも長く感じる。おかしいな、のんびりボーッと過ごすのは好きだったハズなのに、私はこんなにもせっかちだっただろうか。

 

 「こんにちはー!」

 

 「こんにちは」

 

 「こんにちは~」

 

 「おいーっす。良く来たわねちびっこ達」

 

 小さい私達がやってきてフーミン先輩が歓迎する。この数日ですっかりお馴染みになった光景に思わず笑みが溢れる。だけど、それも直ぐに消える。プチミノさんは居た。リトルわっしーも居る。小さい私も居る。なのに……彼だけが、居ない。それが、否が応でもあの日、アマっちを失った日を思い出す。

 

 「……アマっち、は……?」

 

 「あっ、新士は今日日直で少し遅れます」

 

 「私達は待ってるって言ったんですが、待たせるのも悪いとのことで……風さん、連絡来てませんか?」

 

 「えっ? ……あっ、ホントだ」

 

 思わずそう聞いて、返ってきた答えに安心して泣きそうになる。しかし、ここで私は気付いてしまった。まだ、アマっちには会えないということは、彼と過ごす時間がそれだけ減ってしまうのだと。只でさえ限られている時間が更に減る。今こうしている間も着実に減り続けている。

 

 後何分待てば彼は来る? 後何十分待てば彼は来る? まさか何時間? それよりももっと? そう考えてしまい……ぽっきりと、心が折れた。

 

 「わっじいいいいっ!! ミノざああああん!!」

 

 「ああ、また耐えられなくなっちゃったのね……よしよし」

 

 「最近良く壊れるなー園子……分からんでもないけど」

 

 「2年経つとああなるのか、園子」

 

 「そのっち、新士君にべったりだもの……大橋に居て中々会えないのなら、ああなるのも納得……かしら?」

 

 「うええええんわっじいいいいっ! ミノざああああん!!」

 

 「しまった、園子ちゃんも共鳴した!」

 

 

 

 

 

 

 「で、こうなってる訳だ」

 

 日直によって遅れること数十分。部室にやってくるや否やいきなり園子ズに抱き着かれて押し倒された新士。他の勇者達に助けてもらい、立ち上がっても尚左右から絶対に離さないとばかりに抱き締められている。

 

 小学生組が召還されて以来、この光景は見られるようになった。と言ってもまだ3回目だが。マイペースで、いつもニコニコとしている園子(中)の号泣には当初誰もが面食らったものの、彼女の想いと新士が本来死去していることを知る勇者部からすれば、納得の行くものだった。犬吠埼姉妹とて、召還された日に吐き出していなければ危なかったかもしれない。

 

 同じ理由で東郷も危なかったのだが、園子(中)のあまりの号泣っぷりに冷静にならざるを得なかった。いや、正確に言うなら……銀(中)と東郷は嬉しかったのだ。園子(中)が本気で泣いたことが。

 

 あの日、新士の無惨な姿を見た後に3人共絶叫し、枯れ果てる程に涙を流した。その後の告別式に、ヴァルゴの襲来。そして、安芸との関係の崩壊。更には10回の満開によって寝たきりの状態と言葉にならない程。

 

 悲惨さで言えば東郷と銀も負けず劣らず……そもそも優劣を着けることでもないが。だが、東郷は勇者部の戦いの中で友奈と出会い、泣くことが出来た。銀(中)は捧げた供物が戻り、家族と再会することで泣くことが出来た。園子だけだったのだ……供物が戻っても、再び東郷と銀(中)と共に歩けるようになっても泣けなかったのは。

 

 そんな彼女が、突発的とは言え泣くようになった。驚き、後に安堵。同時に、危機感。東郷と銀(中)、恐らくは犬吠埼姉妹も抱きかけている……或いは、既に抱いてしまっているかもしれない。

 

 ー 彼の居るこの世界に、永遠に居られたなら ー

 

 「のこちゃんものこちゃんさんもそろそろ離してくれないかねぇ……動けないよ」

 

 「「……やっ!」」

 

 「さっすが同一人物。台詞もタイミングも声のトーンまでも一緒、しかも体勢も鏡合わせみたいだわ」

 

 「いや、そんなこと言ってないで助けてあげなさいよ犬吠埼姉」

 

 「そのちゃん達と新士くんは仲良しさんだねー」

 

 「友奈さん……あれは仲良しというかなんというか……」

 

 苦笑いを浮かべる新士にしがみついて離れない園子ズ。風は2人のシンクロに称賛の声を漏らし、夏凜がジト目で睨む。友奈は3人の様子を見て天然なのか嬉しそうに呟き、樹が新士と同じく苦笑いを浮かべる。その外で、残りの小学生組と中学生組も笑う。小学生組は仕方ないなぁと苦笑い。

 

 中学生組は……仕方ないなぁと、泣きそうな笑みで。

 

 

 

 

 

 

 「ごめん楓! あたしと樹、昼前から部活動で居なくて……お昼ご飯、園子に頼んどいたから!」

 

 翌日の休日の朝、申し訳なさそうに手を合わせて頭を下げる風に了承の意を示した新士。何故そこで園子なのかという疑問は……特になかった。予想の範囲ではあるが、理由を悟っていたからだ。

 

 新士から見ても、園子(中)の状態は危うい。本人は隠しているつもりだろうが、元々新士は人の機微に聡い。既に自身が本来の時間軸で死んでしまっていることを悟っている新士は、己の死によって彼女があそこまで泣くほどに心に傷を負っていることを悲しく思い……そのせいで己が生きているこの世界にこのまま居続けることを選択するのではないかと危惧していた。

 

 (どうしたもんかねぇ)

 

 取れる手段はあまりに少ない。そもそも、どんな風に自分が死んだのかもわからないのだ。恐らくはバーテックス戦、そこで何があったのか。姉妹は当然として友奈と夏凜も知らない。中学生組の3人は頑なに当時のことを話そうとはしない。それが自分達小学生組に配慮してのことだと分かっているから、聞くに聞けない。

 

 何の改善策も思い付かないまま時間だけが過ぎ、家のインターホンが鳴る。鳴らしたのは、園子(中)。もうそんな時間かとスマホを見れば12時前。考えることを一旦止め、新士は彼女を招き入れた。

 

 「いらっしゃい、のこちゃんさん」

 

 「お邪魔します~♪ フーミン先輩達の家、初めて来たよ~」

 

 「おや、そうなんですか……うーん」

 

 「? どうしたの?」

 

 「いえ、そうですね……まああの子も今は居ないし……いいか」

 

 リビングに向かう途中、新士が園子(中)を見た後に顎に右手の指を当て、何やらぶつぶつと呟く。そうすること数秒、彼の中で納得の行く答えが出たのだろう。リビングに続く扉を開けながら、園子(中)に笑い掛けた。

 

 「改めて……いらっしゃい、“のこちゃん”。中学生になった君のお昼ご飯、楽しみにしてるねぇ」

 

 「っ!! ……うん、楽しみにしてて。わっしーとミノさんにいっぱい……いっぱい教わったから」

 

 

 

 

 

 

 

 アマっちから敬語が抜けた。小さい私じゃなくて、私を“のこちゃん”って呼んでくれた。まるで、昔に戻れたみたいで……胸がいっぱいになって。自分でもはっきり分かるくらいご機嫌になって、浮かれて、でもしっかりとお昼ご飯を作る。と言っても……作るのは決まっている。

 

 作りながら、フーミン先輩にアマっちのお昼を頼まれた時のことを思い出す。朝早くに電話が来たときは何事かと思ったけれど、頼まれた瞬間に2つ返事で頷いた。なんでそこでわっしーやミノさんじゃないのかと思ったけれど……それがフーミン先輩の優しさなんだって、電話が切れてから分かった。

 

 この数日、私はアマっちが絡むとどうにも情緒不安定になる。そこまで、追い詰められてる。何か後一押し、なんて無くても……勝手に転がり落ちてしまいそうになる。彼と再会出来たことは嬉しい。同時に、再会出来たから……私の心の均衡が崩れた。いきなり泣き出すくらいに。

 

 材料を切る手を一旦止めて、後ろを見る。フーミン先輩の家の台所から直ぐ後ろに、リビングとソファの背凭れが見えて、そこからひょっこりと出ている黄色い髪が見えてる。料理を作る私と、その出来上がりを待つ彼。その関係性はまるで……。

 

 (……これは、タマネギのせいだから……おのれタマネギめ)

 

 目を擦り、強めにタマネギを切る。少しだけ、暗い気持ちが晴れた気がした。

 

 

 

 「お待たせ~」

 

 「待ってました。ずっといい匂いがしてたから楽しみだねぇ」

 

 「わっしーとミノさん直伝だよ~」

 

 「これは……美味しそうな“焼きそば”だねぇ、のこちゃん。いただきます」

 

 作ってたのは焼きそば。彼にお昼を作ってと頼まれた時点で、これを作るのは決まっていた。この料理を作った意味を……遠足の4日前から来たという彼は知らない。それが少し悲しいけれど……それでも、作らない理由にはならない。

 

 自分の分も置き、手を合わせて食べる彼を見る。味見はちゃんとしてるから味に問題はないハズ。強いて言うなら、せいぜい味の濃さとかくらいだと思う……作る前に聞けば良かったと遅れてから後悔する。

 

 「うん……美味しいねぇ。買い食いもあんまりしたこと無かったのこちゃんが、中学生になるとこんなにも美味しい焼きそばを作れるようになるんだねぇ」

 

 「えへへ……褒めすぎだよアマっち。味は……濃さとか、どうかな」

 

 「うん? そうだねぇ……強いて言うなら、自分はもう少し濃い味の方が好きなくらいかな?」

 

 アマっちは濃い味の方が好き、と脳内でメモする。完璧には届かなかったけれど、美味しいと言ってもらえたからそこは満足。それに、この世界にいる限り……これっきりって訳じゃない。

 

 直ぐに問題が片付く訳でもない。なら、それまでやりたいこともやってあげたいことも全部やろう。その問題が片付くまで、何度も、何度でも、それこそ……終わりを迎えるまで。

 

 片付けは、アマっちがやってくれてる。料理はお片付けするまでが料理、と言って断ったんだけど両肩を掴まれてソファに押し付けられ、“自分がやるからねぇ”とにっこりと笑われると逆らえなかった。なので、私はソファに座ってボーッと彼が来るのを待つ。

 

 「……ん?」

 

 ふと、テーブルの片隅にあったアマっちのスマホが窓ガラスから入る日の光を浴びて銀色に輝いた。なんとなく気になって、近付いて見てみる。

 

 「あ……懐かしいなぁ」

 

 裏向けに置いてあったアマっちのスマホ。手にとって見ると、その中心に小学生の私達が写った写真が貼ってあった。その写真は、ちゃんと覚えてる。初めての戦いの後、わっしーの誘いでイネスで祝勝会をした時に撮ったプリクラだ。私も、大切に保管してる。

 

 わっしーの首に左手を回して右手でピースして元気に笑ってるミノさん。少し重そうにしながらも同じように左手でピースして小さく微笑んでるわっしー。そんな2人の前で頬をくっつけてアップで映る笑顔の私と……朗らかに笑ってるアマっち。

 

 ……今はもう、同じ写真を取ることは出来ないけれど。

 

 「懐かしいかい?」

 

 「あ、アマっち……うん。懐かしいよ……懐かしい、よ」

 

 「……ちょっと隣に座るよ」

 

 「え? あ、うん」

 

 「よっと。悪いけれど、ちょっと離れてくれる? そう、そこでいいよ。そんでもって……こうだ」

 

 「わふっ」

 

 いつの間にか、片付けを終えたらしいアマっちが後ろに居た。彼の問い掛けに答えつつ、テーブルの上にスマホを置く。もう少し見ていたかった気もするけれど……ちょっと残念に思いつつ、隣に座るアマっちの言うとおりにする。離れてと言われた時に胸に痛みが走ったけれど、それも……彼が私の手を引いて横に倒し、私に膝枕してくれたことで消え失せる。

 

 彼の右手が私の頭を撫でる。覚えてる。この手も、この温もりも、全部。忘れたことなんて1度もない。薄れたことなんて1秒もない。

 

 「ありがとねぇ、のこちゃん」

 

 「……なに、が……?」

 

 「そんなになるまで……自分を想っていてくれて」

 

 涙が流れる。ほんの少しも、我慢出来なかった。

 

 「きっと……いっぱい辛かったんだよねぇ」

 

 辛かった。アマっちが死んだことも、その後の戦いの散華の影響で動けなくなったことも、わっしーに忘れられたことも……わっしーと、戦う羽目になったことも。

 

 

 

 ー 退いて! 私の邪魔をしないで! ー

 

 ー するよ。この世界はアマっちが……貴女の好きだった人が守ろうとした世界なんだから! ー

 

 ー 須美、お前だって新士と……あたし達と一緒に守ってきただろ! ー

 

 ー 私は、覚えてない! 貴女達のことも、そのアマっちって人のことも! 散華の影響で忘れさせられたから!! 友奈ちゃん達のことだって、いつか忘れさせられる!!ー

 

 ー それでも、アマっちは確かにこの世界に居たから。勇者部の皆と会えたのも、この世界があったから! それはわっしーだって……貴女だって分かるでしょ!? ー

 

 ー その人が、貴女達が私にとって大切で……友奈ちゃん達と出会わせてくれたのがこの世界なら……その思い出も、その想いも、その何もかもを奪ったのも……世界の方じゃない!! ー

 

 ー だとしても……私は守るよ。だって、私の好きな人が、私達の未来を見たいって言ってくれた人が守った世界だから!! ー

 

 

 

 (……ああ……なんでこんな大事なこと、忘れてたんだろ)

 

 そうだった。友達と戦うことになっても世界を守りたかったのは……彼が私達の未来を夢見たからだ。結局寝たきりだった分のブランクのせいで守りきれなかったのは苦い思い出だけど。ゆーゆ達勇者部には感謝しかない。

 

 少しだけ、目の前の坂道が緩やかになった。

 

 「……いっぱいね、一緒にやりたいこと、あるんよ」

 

 「そうだねぇ。じゃあ……いっぱいやろうねぇ」

 

 その坂道に、転がり落ちそうになるのを止める柵がついて。

 

 「いっぱい……一緒に行きたいところもあって」

 

 「それじゃあ、いっぱい行かないとねぇ。皆でも、2人でも」

 

 坂道(うしろ)ばかり見てる私を、前に向かせてくれる人が現れて。

 

 「いっぱい……いっぱい……づだえだいごと、あってぇ……っ!」

 

 「うん……自分も、未来ののこちゃんの話……いっぱい聞きたいねぇ」

 

 その人はいつも私に向かって……朗らかに笑ってくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 「こんにちはー!」

 

 「こんにちは」

 

 「こんにちは~」

 

 「こんにちは」

 

 「おっ、今日は全員そろって来たわねちびっこ達」

 

 放課後の部室に、小さい私達が4人揃って入ってくる。最後に入ってきたアマっちを見て……あの日の号泣を思い出して少し、恥ずかしくなる。

 

 でも、きっと今はそこまではいかないと思う。まだ少し、坂道が近くにあるけれど……まだ、意志が揺らぎそうで、誘惑に負けそうにもなるけれど。その度にきっと、彼が、皆が前を向かせてくれると思うから。

 

 「姉さん。今日は自分達でも出来そうなのは何かあるのかい?」

 

 「そうねぇ……神社のゴミ掃除に老夫婦の家の庭の草むしり、後は空き家のお掃除の依頼が来てるけど……」

 

 「うーん……どれにする?」

 

 「そうね……老人は大事にしなければいけないわ」

 

 「だな! あたし達で頑張れば直ぐ終わるって。若いし!」

 

 「あたしよ、なんであたしの方を見るんだ? ん?」

 

 「落ち着きなさい銀」

 

 普段は私達にも敬語を使うプチミノさんはミノさんには遠慮がない。まるで、本当の姉に甘えてるみたいで私達からすれば微笑ましい。思わずくすくす笑ってると、園子ちゃんが私の制服の袖をくいくいと引っ張ってきた。

 

 「園子さんも一緒に行きませんか~?」

 

 「……私は、今回は遠慮しよっかな~」

 

 【えっ!?】

 

 そう言ったら皆……アマっち以外に驚かれた。彼だけは、いつものように朗らかに笑って見てくれていた。いつだって彼はそうやって……私を、私達を信じてくれている。それが、堪らなく嬉しい。

 

 「そのっち? 無理してない?」

 

 「大丈夫だよな? なんだったら小さいあたしと変わってもらうか?」

 

 「銀さん、あたしだけ仲間外れにさせないでください」

 

 「もう、心配し過ぎだよ~……もう、大丈夫だよ」

 

 もう、大丈夫。きっと、また沢山泣いちゃうけど。きっと、またアマっちを求めて壊れそうになるけれど。他でもない彼が、私に前を向かせてくれるから。わっしーも、ミノさんも、勇者部の皆も、ひなタンも居るから。

 

 だから、きっと大丈夫。過去、4人で一緒に笑ってた……その頃のように。

 

 「少なくとも今は……いつだって一緒に居られるんだから」

 

 今でもこうやって、一緒に笑えるんだから。




補足

・国防仮面の話は本編わすゆ7~8の間。なので本編の楓君も経験してる

・V3とXに特に意味はない←

・小学生の時間軸が遠足の4日前なので新士は約束を知らない

・園子が新士の味の好みを知らない



リクエストとして国防仮面、病み園子、DEifの続き、と盛り込んだお話でした。すみません、国防仮面は最初に頂いたのでやりたかったんですが、これだけだと話が膨らまなかったんです……じゃあDEifの続編希望も来てたし混ぜちゃえと思い、こうなりました。

今回は園子様中心のお話に。完全に前を向いた訳ではないですが、少しは回復しました。

こちらの世界線でも“やくそく”を果たした園子様。わざわざ“右手で撫でる”と書いてるのは私からの皆様への地味な精神攻撃です←

新士が焼きそば食べる時のセリフ、ゆゆゆいで園子(中)からうどん貰う時の大成功セリフとしてそのまま使えますね……。

リクエストして下さった方々、ありがとうございます。ご満足頂けたでしょうか? 番外編はもう1話続きます。その後、いよいよゆゆゆ編へと突入します。動画に漫画に他作者様の作品と色々漁らなきゃ。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花と幸福に ー 銀if ー

お待たせしました(´ω`)

リクエストの楓君と誰かの親密になったifルート番外編。タイトル通り、今回は銀とのif話になります。

沢山感想を頂けるとモチベが爆上がりしますね。ただ、なんで皆病み求めるん……?(震

今回、それなりに筆が乗りました。やれるやん、私←

優しい世界です。


 きっと、その時はその感情を良く理解していなかっただけで……最初から惹かれてはいたんだ。ただ、そうだと感じるにはあたしは子供で、友達だとか、親友だとかと思い込んでたくらいに鈍感で、勇者として戦う時に比べると遥かにその手のことに臆病で。

 

 (……はぁ)

 

 内心で溜め息を吐く。学校の帰り道、あたしの目の前で園子が楓と手を繋いで歩いている。3体のバーテックスが攻めてきて楓が右腕を失くして、病院から退院して学校に通うようになってからも、いつもみたいに4人で帰ってた。その時にはいつも、園子が楓の左側を確保する。そんで、右側には須美が立つんだ。あたしはいつも、園子の隣か、須美の隣。

 

 別に、不満だって言う訳じゃなかった。少なくとも、この時のあたしは。ちょっとモヤモヤとして、何だか胸の奥が痛いと感じるくらいで。それに、2人が楓を好きだってのは知ってたから。

 

 後は……罪悪感もあったんだと思う。あたしがもっと早く着いていれば、もっと速く動けていれば、楓の腕は無事だったのにって。あの時、あたしが残っていれば良かったんじゃないかって。

 

 ー 銀!! ー

 

 あの時の楓の、あたしを呼ぶ声が頭に響く。言うことを聞かない子供を叱るような……それでも、その子供のことをちゃんと思ってくれてるって分かる、そんな怒鳴り声。思えば、楓に呼び捨てにされたのはアレが初めてだった。多分、3人の中ではあたしだけが呼び捨てにされたんだと思う。そう思うと……ちょっとだけ、ゆーえつかん? ってのが湧く。

 

 「銀ちゃん? 銀ちゃーん?」

 

 「えっ? な、なに?」

 

 「なにって……もう別れ道だよ」

 

 「あ……うん」

 

 いつの間にか、あたしの家と2人の家に続く別れ道まで来ていたらしい。2人にまたねと手を振りつつ、楓と一緒にいつもの道を歩く。楓が高嶋家に養子に出てから、この道を通るようになったらしい。本当なら車で送り迎えされる予定だったけど、それを楓本人がリハビリ兼トレーニング代わりだと言って歩いているんだとか。

 

 あたしは楓の左隣を歩く。ちらっと楓の横顔を見てみる。その左目には眼帯が付けられていて、イマイチ表情がわからない。口元は笑ってるから……まあ、普段と変わらないんだろうけど。

 

 「……」

 

 ふと、楓の左手に目が行く。さっきまで園子が繋いでいた、残った左手。2人と違って、あたしはそこまで楓と触れ合ったことはない。頭を撫でられたことも、抱き締められたことも。あたしは頭で考えるよりも先に動くタイプだからなぁ……バーテックスと戦う時に肩を掴まれて止められる時くらいじゃないか?

 

 園子は良く言ってる。楓に撫でられるのが好きだって、触れ合ってると安心して、幸せな気持ちになるんだって。須美は……恥ずかしそうにしながらも、同じように言ってた。悪夢を見た日にはわざわざ跳んできて、抱き締められたって。そんな物語みたいなこと、本当にあるんだなって思った。

 

 なぁ、もしここで手を繋いだら……あたしはどんな気持ちになる? 園子みたいに安心したり、幸せな気持ちになったりする? それとも、須美みたいに恥ずかしくなって、動けなくなる? そんな風に思って、試しにと手を伸ばして……。

 

 「着いたよ、銀ちゃん」

 

 思わず、手を引いた。見れば、楓の言うとおりにあたしの家の前に着いていた。別れ道からそこそこあるのに、どんだけ悩んでたんだあたしは……。

 

 「あ……ありがとな、楓」

 

 「どういたしまして。それじゃ、また明日ねぇ」

 

 「う、うん……また、明日……」

 

 手を振って去っていく楓の背中を見送りつつ、あたしも手を振る。最近のあたしは毎回毎回こんな感じで、園子みたいにしようと思っても中々上手くいかない。そもそも、なんでこんなに恥ずかしいのかも……よく、分かってないんだから。

 

 ああ、言葉に出来ないモヤモヤがする。それは全然消えてくれなくて、むしろどんどん大きくなってる。それを晴らそうと一番小さなマイブラザのお世話をしても、多少晴れるだけで解決にはならないんだけど。

 

 (なーんか……あたしらしくないな)

 

 自分でもそう思うくらい、この時のあたしは迷走していたんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、まずは楓と手を繋いでみようと思った。これくらい楽勝……ということはない。あり得ない。基本的に楓の側にはあたし達が居て、その中でも園子が左側を陣取っている。もう絶対左側は渡さないという硬い意思を感じる。そして園子は、決してどんくさい訳でも運動が出来ない訳でもない。むしろその逆で運動も勉強も出来る。

 

 そんな園子から楓の左側を奪い、かつ手を繋ぐ……なんて難しいんだ。泣き出した弟を直ぐに泣き止ませることと同じくらい難しいゾ。

 

 とまあそんな目的と達成の難易度の高さに戦慄しているあたしと親友達3人の4人でイネスに来た。相変わらず園子は楓の左側、須美は右側に居る。くっ、流石はマイフレンズ……隙が見当たらない。

 

 「あっ、ジェラートのお店に新しい味が出てるねぇ」

 

 「マジで!? よし、行こう!!」

 

 「おっ、と……落ち着いて銀ちゃん。コケるコケる」

 

 「あっ! ま、待って~!」

 

 「銀! そんなに走ったら危ないわよ!」

 

 新作ジェラートと聞かされてはこのイネスマニアが黙っていられない。ということで、あたしは無意識の内に楓の左手を掴み、そのまま引っ張って走り出した。ジェラートは美味しかったケド、須美に滅茶苦茶怒られた。

 

 食べ終えたあたし達はのんびりとイネスの中を歩いていた。その間、あたしはさっきまで楓の手を繋いでた右手を見ていた。

 

 改めて思い返して見ると、男子と遊ぶことはあっても手を繋ぐ、みたいに触れ合うことなんて殆ど無かった。弟達は例外って奴だ。だからだろうか……今更になってこう……恥ずかしくなった。

 

 (あたしの手とは、全然違ったな……)

 

 武器を持つせいでタコが出来た、普通の女の子とは遠い手。そんな手でも分かった……楓の、小さくも硬い、男の子なんだって分かる手。いつもあたし達を守ってくれていた……あの日、謝りながらあたしの頭を撫でた……男らしい、小さくも大きい手。

 

 (……あっ……な、なんだ、急に)

 

 急に、ほっぺたが熱くなった。なんだか体も熱い気がする。イヤ……って訳じゃない。

 

 右手を自分の頭に置いて、撫でてみる。違う。あの時の楓の手は、もっと優しくて、もっと温かくて……こっちが泣きそうなくらいの笑顔で。

 

 「……あれ?」

 

 そんな風に考え込んでいたからか、足が止まっていたあたしの周りには誰も居なかった。やっべ、置いてかれた……と思ったのも束の間、前から小走りにこっちに向かってくる楓の姿が見えた。

 

 「良かった、近くに居て……いきなり居なくなってるから心配したじゃないか」

 

 「あ……えと、ごめん。いやー考え事しててさー。園子と須美は?」

 

 「あっちで待ってもらってるよ。直ぐ近くに居るとは思ってたからねぇ」

 

 楓が心配してくれた……それだけのことなのに、それを驚く程に嬉しいと思ってるあたしが居た。ただ、考えてたことがことなので楓には言えないので誤魔化す。姿が見えない2人がどこかと聞けば、待たせているという。それはつまり、楓が2人よりもあたしを優先してくれたってことで……。

 

 (……楓は、そういう奴だもんな)

 

 それは決して、あたしだけを特別視してる訳じゃないんだってことは……知ってる。楓は、言ってみればあたし達の誰よりも大人なんだ。怒るときはちゃんと怒って、褒める時はしっかりと褒めて、寂しい時は抱き締めてくれて……まるで、大人が子供にするような。

 

 「ほら、行くよ」

 

 「……うん」

 

 楓が朗らかに笑って左手を差し出してきて、あたしはそれを掴んで、そのまま歩く。何度も見た光景。いつも楓が園子にしてるような……そこに、あたしが嵌まっているだけの、それ以外変わらない光景。

 

 楓の背中を見る。ひらひらと揺れる何も通ってない右袖が目について……泣きそうになる。楓は怒らなかった。あたしにも、園子にも、須美にも……誰にも責めたりしなかった。それどころか、こんな自分でも一緒に戦ってくれるか? なんて聞いてきた。

 

 こんなになっても戦ってくれる。こんなになってもあたし達の前を歩いていく。それか……あたし達の成長を見守るように、離れた場所に居るんだ。あたしは……あたし達は……その背中だけを見ていたいんじゃない。あたし達の後ろで見守っているだけで居てほしいんじゃない。

 

 だから、引っ張られているだけになっているのは止めた。少し強引に踏み出して、楓の隣を歩いた。あたし達は、一緒に頑張って行くんだ。同じ勇者として、仲間として、親友として。この時は……まだ、そんな風に思っていた。

 

 因みにこの後、やっぱり須美には怒られ、その間に園子は楓の左側を陣取っていた。

 

 

 

 

 

 

 きっと、自覚したのは2回目の合宿の時。楓にコイバナを振って、あっさりとかわされた……その時、あたしは思った。

 

 (楓……あたしはどうなんだろ)

 

 楓はあたしにとって園子と須美と同じ親友だ。そういう意味でなら、間違いなく好きだって言える……そのハズなのに、今はそうやって口にするのは、恥ずかしかった。園子みたいに、臆面もなく好きだって楓に言えなかった。言えなくなっていた。

 

 須美から怪談を聞かされ、怖くていつもより眠るのに時間が掛かっていた頃。上の方で園子と須美が楓の布団に潜り込んで一緒に寝ようとしているのが見えた。なんなら声だって聞こえた。

 

 (……また、2人は……)

 

 疎外感。2人はあたしが止まっているのに、そうやって楓に隣に近付いていく。それが……羨ましい。

 

 (? なんであたし、羨ましいなんて……)

 

 自分で思ったことが不思議だった。あたしだって楓の近くに居たハズで、別に羨ましがるようなことなんて……。

 

 

 

 頭の中に、園子と手を繋いで歩いている楓の後ろ姿が映った。

 

 

 

 (……羨ましい……なんて)

 

 

 

 先頭を歩いていて振り返った時、笑い合ってる須美と楓の姿が映った。

 

 

 

 (……あたしだって……園子みたいに……須美みたいに……)

 

 どうしたいんだろうか。あたしは、楓とどうしたいんだ? 園子みたいに手を繋げば満足か? 須美みたいに隣り合って笑い合っていれば満足か? あんなに幸せそうに、嬉しそうにしてる2人と同じようにすれば……その光景にあたしが嵌まれば、それで満足するのかな。このモヤモヤは……取れるのかな。わかんない。わかんないなぁ。

 

 (……ごちゃごちゃ考えてても、しょうがない!)

 

 元々あんまり考えるのは得意じゃないんだ。だから、まず動く。色々考えてたから結構時間は経ってて、3人共寝てるっぽい。なるべく静かに布団から出て、なるべく足音を出さないように動いて楓の下に回り込む。

 

 よしっと意気込み、楓の足元の布団に頭から潜り込む。後から考えるとあたしはなんつーことしてんだとツッコミたくなるが、この時のあたしはあんまり考えずに行動してた。

 

 「……ぷはっ」

 

 もぞもぞと楓と布団の間を進むこと十数秒、ようやく布団から顔を出せた。あー空気が美味しい……なんてバカなことを考えてたら、楓と目が合った。

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……お、起きっ!?」

 

 「そりゃあ体の上でもぞもぞ動かれたらねぇ……」

 

 ですよねーと思わず同意して苦笑い。なんだったら冷や汗もかいてたかもしれない。そしてこの状況……に、逃げられない。まさに前門の楓、後門の布団。起き上がろうものなら須美と園子まで起きてしまいそうだ。

 

 あっ、ヤバい、楓の顔が近い。眼帯着けてるけど、やっぱり顔は女の子みたいだよなーなんて現実逃避気味に考える。前に女装させられてた時に着てたボーイッシュな奴とかチャイナ服とか男とは思えない程似合ってたし……ってそうじゃない落ち着けあたし。今はこの状況を何とかしなければってこの状況に文字通り首を突っ込んだのはあたしの方で。

 

 「まあ……もしかしたら銀ちゃんも来るかもとは思ってたよ」

 

 「えっ?」

 

 「さっきの須美ちゃんの怪談で怖がってたし、銀ちゃんの隣に須美ちゃんが居ないからねぇ……まさか自分の上に乗っかるとは思わなかったけど」

 

 そう言ってくすくすと笑う楓。嫌がることも、怒ることも、ましてや退かそうともせずに、ただ今の状況を受け入れてる。なんだか恥ずかしがって慌ててたあたしがおかしいみたいじゃないか。

 

 でも、本人が良いなら……いいよね?

 

 「……うん。怖かったから、さ……その……このままでもいい、よな」

 

 「勿論、良いとも。安心出来るまで、ずっとね」

 

 「じゃあさ……園子みたいに頭、撫でてよ」

 

 「……ああ、いいよ」

 

 楓の胸に耳を当てるように頭を置いて、そのまま目を閉じる。ゆっくりとした心臓の鼓動が聞こえてきて、ゆっくりと頭を撫でられて……凄い、安心する。あたしがもっとちっさい頃、お父さんとお母さんにされてたような……そんな安心感。

 

 なのに、あたしの心臓はどんどん高鳴ってきて、顔も、どんどん熱くなって。安心してるのに、楓の体にくっついてるこの状況が物凄く恥ずかしくなって、そのくせ離れたいとはちっとも思わなくて。

 

 (……この温かさ……好きだなぁ)

 

 楓の体温も、頭を撫でる手の温かさも、あたしを優しく見守ってくれてるその目も、こうしてあたしの行動を受け入れてくれてる優しさも……うん。

 

 きっと、あたしは……この時に自覚したんだ。勇者仲間ってだけじゃなくて。親友ってだけじゃなくて。

 

 (……まだ、恥ずかしくって言えないけどさ)

 

 いつか、言えたらなって……そう思った。

 

 

 

 翌日の朝、やっぱり須美に怒られた。

 

 

 

 

 

 

 瀬戸大橋跡地の合戦……あの時の戦いは、大赦ではそう呼ばれてるらしい。満開の影響でロクに動けなくなったあたしと園子は病室のような、神社の中みたいなよくわからない部屋に押し込まれ、サポートというか管理みたいなことをされてた。

 

 正直なところ、この時のことはあんまり思い出したくない。家族には会えないし、楓にも会えない。須美は記憶失くしてるみたいだったし、元々アウトドア派のあたしにとって動けないってのは苦痛でしかなかった。園子が居なかったら、ストレスで死んでたかもしれない。園子曰く、あたしらは死ねないらしいけど。

 

 (やっと、自覚したのになぁ……)

 

 やっと自分の気持ちに気付けたのに、その気持ちを向ける相手にはずっと会えない。なんでも結界の外の真実とかの記憶を散華してしまったらしいって話だけど……。

 

 「ねぇ、ミノさん」

 

 「んー?」

 

 「暇だね~」

 

 「そうだなー」

 

 こうして園子とする会話が唯一と言っていい娯楽。園子は両手両足使えないし、あたしは片腕使えるけど、それで出来ることは高が知れてるし。

 

 「ミノさんさ~」

 

 「んー?」

 

 「カエっちのこと好きでしょ~」

 

 「そうだなー……うぇいっ!?」

 

 不意打ちだった。思わず肯定して、びっくりして変な声が出た。それが面白かったのか、園子はくすくすと笑ってる。というか、バレてるとは思ってなかった。あたしは園子みたいに表に出してなかったし、須美みたいに隣に立ってたこともなかったし。

 

 「私はね、カエっちのこと大好きなんよ~」

 

 「ああ、うん、見てりゃ分かる」

 

 「わっしーもね、言ってないけど……きっと、好きだったと思うんよ」

 

 「……だろうなぁ」

 

 園子が楓を好きなのは、多分クラスメートの奴らだって知ってた。ずっとべったりだったし、行動すれば側に楓、言葉にすればカエっちがカエっちは。あれで気付かない奴とか居ないと思う。須美の奴は、確かに言葉にこそ出してなかったけど……行動には、出てたから。少なくとも、見ていれば分かるくらいには。

 

 ……きっと、その気持ちも忘れてしまったんだろうけど。

 

 「で、あたしは?」

 

 「ミノさんはね、自分では気付いてないかもしれないけど……ずーっとカエっちのこと、目で追ってたんだよ」

 

 「マジで!?」

 

 「うん。私が手を繋いでると羨ましそうに手を見てるし、わっしーが隣に居ると羨ましそうにわっしーを見てるし。そうでなくても何かとカエっちのこと見てたし」

 

 「わー……うわー……っ」

 

 恥ずかしい。恥ずかしくって仕方ない。片腕で枕を抱えて顔を隠す。自分にそんな癖……というかそんな行動を無意識に取ってたのが物凄く恥ずかしい。しかもそれを園子からニヤニヤしながら言われたのが余計に恥ずかしい。

 

 「もしかして楓にも……」

 

 「流石にそれはわかんないな~。でも……カエっちなら気付いててもおかしくないよね~」

 

 「……だよなぁ……」

 

 「ねぇ、ミノさん」

 

 「今度はなんだ……」

 

 

 

 「カエっちのお嫁さん、なりたい?」

 

 

 

 「……」

 

 言葉が出ない。想像したことは……自覚したあの日から何度かある。お嫁さんは……あたしの夢で。楓のお嫁さんになって、本当の意味での家族になって、子供だって作って、幸せな家庭を作れたら……と思う。

 

 だけど、その楓には会えなくて。あたしの体だって、こんなんになって。あたしの夢も、園子の夢も叶えるのは絶望的で……叶った姿を楓に見せることだって、出来ないかもしれなくて。

 

 「……ぐすっ……ひっく……」

 

 「……泣かないで、ミノさん」

 

 「……なりたい。あたしだって、勇者じゃなかったら普通の女の子で……恋だってするし……夢だって叶えたい……」

 

 「うん……そうだよね。大丈夫だよ、きっと……」

 

 「大丈夫って……?」

 

 「いつだって、カエっちは大丈夫って言ってくれたもん。約束だって、守ってくれてた。だからきっと……大丈夫」

 

 何にも根拠なんて無かった。体が治る保証なんて、どこにもなかった。それでも、園子は本気でそう思ってるみたいだった。

 

 そんな姿が、あたしには眩しかった。あたしはそこまで大丈夫だって言い切れない。不安ばっかり大きくなって、それが園子とあたしの想いの大きさの違いを見せ付けられてるみたいで、なんか悔しくなって。

 

 「……あたしだって……楓なら……あいつの“大丈夫”なら…そうだって信じられるからな……っ」

 

 「うんうん。きっと大丈夫。体も治って、世界だって救えて……夢だって、叶えられるよ~」

 

 「うん……う゛んっ……!」

 

 あたしも、楓を信じるんだって……頷いた。

 

 

 

 

 

 

 「どうしたんだい?」

 

 「……子供の時のこと、思い出してた」

 

 あたしの目の前に、楓が居る。大人になって、あたしとおんなじくらいだった背も頭一つ分追い越されて、女の子みたいだった顔もすっかり大人の男になって……黒い、タキシードを着て。あたしは……真っ白な、ウェディングドレスを着て。

 

 あれから十数年。あたし達は今、小さな教会に居る。こうして向かい合ってる今も信じられない。あたしと楓が、こんな風になるなんて。

 

 奇跡が起きた……そうとしか言いようがない。天の神の問題も片付いて、捧げた供物も戻って……楓の体だって、神樹様が治してくれた。五体満足の楓を見たときは、全員が泣いて、喜んで、神樹様に感謝した。

 

 勇者のお役目から解放されたあたし達は、普通に高校に行って、大学にも行って……そこで、園子が楓に告白して。だけど、楓は断った。

 

 

 

 ー あのね、ミノさん。カエっちに告白したんだけど……フラれちゃった ー

 

 ー うん……好きな人が居るって……“お嫁さんになりたいって言った女の子の夢を、自分が叶えてあげたい”んだって ー

 

 ー 悔しいな、悲しいな。でも……でもね、ミノさん。私はカエっちのこと、大好きだけど……同じくらい、ミノさんのことも……皆も大好きなんだ~ ー

 

 

 

 泣き笑いで、園子はあたしにそう言った。告白したって聞いた時は背筋が凍った。けれど……フラれたって聞いて、それに安心した自分を殴りたくなって。フッた理由を聞かされて、まさかって思って。あたしは、園子を抱き締めてあやしてた。

 

 その後に、園子が告白したって場所に行ったら……まだそこに、楓は居て。

 

 

 

 ー ああ、銀ちゃん……うん、断ったよ。泣かせちゃったけれど……こればっかりは、ね ー

 

 ー うん……居るよ、好きな人。初めは、のこちゃん達に抱くものと同じ感情だったんだけどねぇ……高校生の時くらいからかな ー

 

 ー 家族が大好きで、困ってる人を放って置けなくて、活発で、女の子らしいことも好きで、夢を叶える為に家事の腕だって磨いて、イネスが大好きで、怖がりなところもあって……そうだね、良いところも悪いところも、沢山知った。いつの間にか、目で追ってた。そんな君だから……好きになった ー

 

 ー 三ノ輪 銀さん。自分は、貴女が好きです。貴女の夢を……自分に叶えさせてくれませんか? ー

 

 

 

 あたしの家族と楓の家族……それから、勇者部の皆だけの小さな結婚式。それで良かった。それが、良かった。

 

 指輪を交換する。誓いの言葉も、済ませた。そして、ゆっくりと口づけて……顔を離して、お互いに笑って、夫婦揃ってこう言うんだ。

 

 

 

 ー ああ……最高の形で……夢が叶った ー

 

 

 

 ふと天井を見上げると、桜色の着物の女の子を見た気がした。その後、教会の中なのに綺麗な桜の花弁が舞った。まるで、神樹様まであたし達を祝福してくれてるみたいで……また、夫婦揃って笑い合った。




捕捉

・この番外編と本編の銀がリンクしてるかはまだ謎←

・本編が似た未来になるかも不明

・実はあの後結局チャイナ服とチアリーダーの服は着せられていた←



本編は須美、DEif2では園子中心でしたので今回は銀ifでした。恋愛経験皆無なのでちょっと自信ないですが、ご満足頂けていたら幸いです。

親密ルートなのでご都合たっぷり。やりたかったのはぶっちゃけ最後の“夢が叶った”って部分だけ←

正直なところ、楓君は誰にもチャンスが無いようでその実誰にでもチャンスがあるという。前世と今生をそれはそれと分けて見れるので。ただ、今の彼女達では恋愛するには幼すぎるというだけです。

女の子が生まれたら神奈とか付けるかもしれない。因みに、最後は銀が投げたブーケに「女子りょおおおおく!」と叫ぶ風が飛び付いたり、やっぱり諦めきれない園子が取ってその場で再告白というパターンもありました。やらなかったけど←

これにて番外編は1度終わり、ゆゆゆ本編に入ります。次の番外編は未定です。でもまたやると思います。つかやる。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 序章 ー

お待たせしました(´ω`)

今回からゆゆゆに入ります。今回はその序章ということで、いつもより短めです(7000字越え)。

勇者部の回想あったのどこだっけとすげぇ探しました……地味に難産でした←

そんな感じに詰まった時、皆様から頂いた感想を読み返して頑張ろうと再起するようにしてます。でも病みを望む声だったり大赦潰すだったりを見る度に笑ってしまうという。

序章なのでほのぼのです(にっこり


 朝、部屋に入る日差しを顔に浴びて目が覚めた。すっかり見慣れた天井から視線を外し、枕元に置いてあるスマホで時間を確認する。5時半、いつもの起床時間に起きられたことを確認し、左腕と左足だけで体を起こし、ベッドに座る。

 

 「よっ……と」

 

 そう声を出し、近くに置いてある電動車椅子に座って操作し、部屋から出て洗面所へと向かう。自分の部屋は1階にあり、洗面所も同じだ。リビングも風呂も1階、トイレは1階2階に1つずつ。姉と妹の部屋は2階で、そこを行き来する為のエレベーターまである。

 

 当初姉妹が暮らしていたと言うにはあまりにバリアフリーが行き届いた家。やはり大赦は自分を帰すことを視野に入れていた可能性が高い。そんなことを思いつつ、洗面所で顔を洗ってすっきりする。

 

 その後は部屋に戻り、腹筋や片腕での腕立て伏せ。右足が動かない上に右腕がない状態なので中々に難しいが、出来るトレーニングと言えばこれくらいなので文句は言っていられない。走ることが出来ない以上、こうすることでしか体力をつけられないのだから。

 

 ゆっくりと動かし、たっぷりと時間を掛ける。無理はせず、適度に休憩も挟む。何セットか繰り返すこと時間にしておよそ1時間。それを毎朝やり、終わった後は風呂に向かい、汗を流す。片腕片足での風呂もいい加減慣れた。ただ……あの戦いからと言うもの、ゆっくりと風呂に浸かったことはない。

 

 なまじ触感が残っているので水に触れているということだけが分かり、温かいとも冷たいともぬるいとも感じないのでどうにも気持ちの悪いのだ。捧げることになる供物がランダムのようなので運が悪かったと言うしかないが……何とも、嫌なものを捧げさせられたものだ。

 

 「……まあ、すっきりとはするか」

 

 少なくとも汗がベタつく気持ち悪さを解消できる程度にはすっきりするのでそこは救いだった。風呂から出てバスタオルで体を拭き、最初に着ていた寝間着代わりの洋服は洗濯機の中に入れ、ここに来る際に一緒に持ってきた制服に着替える。

 

 そう、制服。今日から自分は姉さんと同じ学校、讃州中学に1年として通うことになる。因みに、神樹館は卒業した()()()()()()()()。あの戦い以降同級生に会うことも卒業式に出ることもなかったが、大方大赦がどうにかしたんだろう。卒業証書は、あるんだが。

 

 

 

 ー こんな形で渡すことになるのは変な気分だけれど……せめて、ね ー

 

 

 

 見舞いに来てくれた安芸先生が何とも言えない表情でそう言って渡してくれたのだ。ちゃんと自分本来の名前である“犬吠埼 楓”と書かれた彼女の手書きの証書は、自分に取って充分に宝となるモノだった。

 

 着替え終わり、掛けていた鍵を開ける。我が家の風呂場にはしっかりと鍵が付いている。以前閉め忘れて風呂上がりの自分と樹がばったりと出会して以来、忘れないように気を付けている。因みにその時の樹は自分の顔と下半身を数回見比べて顔を赤くして出ていった。妹も性の違いを認識する年頃になったかとほっこりとした。

 

 車椅子を操作し、リビングへと入る。そこには、朝食の支度をしている姉さんの姿があった。

 

 「ん? おはよう、楓。相変わらず早いわねー」

 

 「おはよう。そう言う姉さんこそ、いつも早起きして朝食作って……ありがとねぇ」

 

 「良いのよ。可愛い弟と妹の為だもの。あっ、悪いけど樹起こしてきてくれない? じゃないとあの子、いつまでも寝てるしねぇ」

 

 「了解だよ、姉さん」

 

 車椅子をその場で回転させて反転し、エレベーターに乗って2階に上がって樹の部屋に向かう。起きているかもしれないのでノックを3回。まあ、案の定返事がなかったのでドアを開けて入る。

 

 「相変わらず、だねぇ……」

 

 部屋の中を見て、思わず苦笑いする。取り出したまま放置された衣服、読んだら読みっぱなしの漫画や占い関係の週刊誌。捨て忘れたであろうお菓子の袋に、ペットボトル……昔から片付けが苦手ではあったが、姉さんが家事をやり始めてからすっかり依存してしまっているらしい。

 

 足の踏み場もない、とまでは言わないが車椅子が通るのは難しい。なので仕方なく左足だけで立ち、ピョンピョンと跳んで樹の眠るベッドまで行く。そこまで遠くないし、訓練で培った体幹機能はこの程度で揺らぐこともコケることもない。数秒で辿り着き、ベッドに腰掛けて樹の体を揺らす。

 

 「樹、朝だよ」

 

 「んー……うにゅ……」

 

 「起きないと置いてくよ」

 

 「ゃー……おふぁよ、おにぃちゃん……」

 

 「うん、おはよう。顔洗って目を覚ましてきな」

 

 「ぁーぃ……」

 

 相変わらず朝が苦手な子だと苦笑いしつつ、眠そうにしながらもベッドから出て1階に向かう樹を見送り、同じように跳んで部屋の前の車椅子に座ってエレベーターを使い、降りる。リビングに入ると、丁度姉さんがテーブルの上に朝食を置くところだった。

 

 「どう?」

 

 「ちゃんと起きて顔を洗ってるところじゃないかねぇ。部屋、まーた汚くなってるよ」

 

 「またー? こないだ掃除したばっかりなのに」

 

 「そうやって甘やかすから自分で掃除しない上に直ぐ散らかすんじゃないかい?」

 

 「でも定期的にやんないと足の踏み場もなくなるのよねぇ」

 

 「そこは心を鬼にしてだねぇ」

 

 「でもねぇ……」

 

 「ごめんなさい、散らかしてて掃除しなくてホントごめんなさい……」

 

 あーだこーだと姉さんと言い合ってるとそれを聞いていたんだろう樹が恥ずかしそうに謝りながらリビングに入ってきた。まあ朝から姉と兄が(じぶん)のことで言い合ってたら恥ずかしいだろうねぇ。

 

 とりあえずなるべく樹が自分で掃除するということで話は終わり、姉さんの作った朝食を食べる。チーズにベーコン、卵を挟んだホットサンドに二個の卵とソーセージで顔を作った、下にハムを敷いた目玉焼き。瑞々しい生野菜のサラダに、コンポタスープ。そして牛乳。

 

 「うん……美味しいねぇ。これでちょっと前までは生焼けだったり焦がしたりしてたんだって? 凄い成長だねぇ」

 

 「作らないと樹が食べなかったのよねぇ。いつまでもそういうの、食べさせたくないじゃない?」

 

 「美味しいけど……ちょっと私には量が……体重が……」

 

 「だってさ。加減してあげなよ姉さん」

 

 「……そう」

 

 「わ、私が頑張って運動すればいいだけだから!」

 

 「無理して食べてお腹壊したら意味ないでしょ。樹も姉さんを甘やかさないの」

 

 樹が自身のお腹を触りながら言うので姉さんを見ながらそう言うと、しょんぼりと気落ちする。その姿に慌てて樹が庇うように言うが、気持ちは分からんでもないがそれとこれとは別だ。全くこの似た者姉妹は……と苦笑しつつ、自分は自分で食べ進める。

 

 「大丈夫。姉さんの料理は美味しいよ。でも、食べ過ぎは体に悪いって姉さんも分か……らないか、自分が悪かったよ」

 

 「なんで謝られたの!? 分かるわよ!」

 

 「えっ!? 分かるの!?」

 

 「樹ぃ! なんであんたが驚くの!?」

 

 「どうせ今も昔みたいに樹の前で4杯も5杯もうどん食べてるからでしょ。食べ過ぎたって感じたことある?」

 

 「……うどんは、女子力を増幅させるのよ!」

 

 「ないんだね……」

 

 大食いなのは変わらないらしいねぇ。くつくつと笑い、最後の一口となったホットサンドを口に放り込み、牛乳を飲む。美味しかった。あまり味の良し悪しはわからないが、姉さんの味付けは自分の好みとも合う。まあ姉弟だから好みを知っているのも当然か。

 

 「ごちそうさま」

 

 「あむ……お兄ちゃん早いよ……」

 

 「ていうか、よくそんなに早く食べられるわね。ホットサンド、まだ結構熱いわよ?」

 

 「うん? ああ……」

 

 そう言われてみれば、と樹が持つホットサンドを見てみる。噛んだ部分から湯気がたっていて、確かに熱いんだろうなぁとは思う。だがまあ……残念ながら、自分はもうそういうのはわからない訳で。

 

 「自分には……丁度よかったよ」

 

 けどまあ、少なくとも……心は温かかった。

 

 

 

 

 

 

 讃州中学登校初日。友奈に車椅子を押されながら共に登校してきた東郷は学校の校舎の出入口付近にある掲示板に貼られているクラス分けの紙を確認し、自身と友奈がどこのクラスかを確認する。

 

 「結城……結城~……あった! やった! 東郷さんも一緒のクラスだよ!」

 

 「本当? 嬉しいわ、友奈ちゃん」

 

 やがて、自分達の名前を発見した友奈が飛び上がらんばかりに喜び、そんな彼女を見て東郷もまた笑みを浮かべる。入学したばかりで周りは皆知らない人間ばかりなのだから、知人友人が居るのはやはり安心するのだろう。

 

 喜びはしゃぐのもそこそこに、2人は掲示板から離れて校舎へと向かう。その為に東郷が視線を校舎へと向けた時だった。

 

 「……あっ」

 

 一瞬だけ、本当に一瞬だけ、東郷は自分と同じように車椅子に乗っている誰かが女生徒に押されて校舎の中へと入っていくのを見掛けた。男子か女子かも分からなかったが、その“誰か”が妙に気になった。

 

 「東郷さん? どうかしたの?」

 

 「えっ? ……ううん。何でもないわ」

 

 友奈に不思議そうに聞かれ、東郷は首を横に振る。校舎の中に入ると、流石に件の人物は居なかった。そもそも学年も分からないが。そのまま入学式が終わるまで過ごしたものの、東郷が見た車椅子の誰かに会うことはなかった。

 

 彼女が再び出会ったのは、入学してから1週間程経った日のこと。放課後、友奈と東郷の2人はようやく学校にも慣れ始め、何かいい部活はないかと探しながら思案している時だった。

 

 「ちょいとそこのお2人さん」

 

 「「はい?」」

 

 どんな部活に入ろうか。押し花部とかないかなー、なんて話をしながら廊下を進んでいると、突然黄色い髪を首の後ろでツインテールにした、恐らくは先輩であろう女生徒に声を掛けられた。

 

 「もしかして入る部活を探してる?」

 

 「あ、はい。あの……貴女は?」

 

 「あたしは2年の犬吠埼 風。そして、勇者部の部長よ!」

 

 「勇者……部?」

 

 「勇者部!? なんですかその部!」

 

 胸を張ってドヤ顔でいい放つ風。聞き覚えのない部活の名前に東郷は首を傾げ、友奈は目をキラキラとさせながら食い付いた。そんな彼女に、思わず東郷は苦笑いし、思いの外食い付いた友奈に風が体を少し仰け反らせる。

 

 こほん、と咳払いを1つしてから風は持っていたチラシを2人に手渡す。勇者部、と銘打ってはいるものの、チラシに書かれているのはゴミ拾いや迷い猫探し、古着の回収と言った謂わばボランティアのそれ。

 

 「勇者部の活動は、世のため人のためになることをやっていくこと」

 

 「それって、所謂ボランティアでは……」

 

 「ま、そうなんだけどねぇ。でもボランティアって、人によってはやりたくなかったり、やろうと思っても二の足踏んだりするじゃない? 後は……自分でもやれるのかって心配になったり」

 

 「……まあ、確かにそうかもしれません」

 

 「でも、それが勇者になんの関係があるんですか?」

 

 風の言葉に思うところがあるのか、東郷は視線を落として己の動かない両足を見る。2年間の記憶と共にその機能を失った両足。今でこそようやくその状態での生活にも慣れ、和菓子だって作れるようになった。だが、出来ないことや断念したこともあったのも事実。

 

 車椅子姿の彼女に弟の姿を重ね、風も一瞬暗くなるがすぐにそれも消える。目の前の2人は大赦に指定された勇者適性の高い、己のグループに確保しておく必要がある人物なのだ。何としてでもここで入部してもらわねばならない。

 

 何も知らない2人を己の復讐に巻き込むことになるかもしれない罪悪感はある。だが、復讐を抜きにしても、世界を守るためにも勇者という存在は必要なのだ。この勇者部という部活は、その為のモノ。部員として一纏めにしておけば、早々離れることはないだろうから。

 

 因みに、これは風が大赦から派遣された時点で考えていたことであり、楓は関わっていない。尤も、彼に言ったら“姉さんのことだから大丈夫だろうしねぇ”と何とも姉冥利に尽きる言葉が返ってきたのだが。

 

 「誰かが出来ない。もしくは、誰かが困ってる。そういう誰かの為になることを“勇んで”、進んでやる者達のクラブ。それが勇者部よ」

 

 「おお! カッコいい!」

 

 「なるほど……でも、友奈ちゃんはともかく私では……」

 

 「そんなことはないわ」

 

 話を聞いてテンションが上がる友奈に対し、東郷はやはり自分は……と少し暗くなる。しかし、風は少し屈んで彼女と視線を合わせ、笑って首を振る。

 

 「あたしの弟も、貴女と同じように車椅子なんだけどね。勇者部に入ってって言ったら、二つ返事で入ってくれたの」

 

 「えっ? それは……どうして」

 

 「確かに、車椅子に乗っている以上それがハンデに感じるかもしれない。でもね、そんな自分でも……自分だからこそ出来る何かがある。そんな自分だからこそ、“勇んで”進みたい。弟の言葉よ」

 

 「……立派な弟さんですね」

 

 「ええ! 自慢の……格好よくて可愛い弟よ」

 

 そう言い切る風の表情は、誰が見てもその弟のことを愛しているのだと分かるような、綺麗な笑顔だったと、後に友奈と東郷の2人は語る。

 

 それを聞いた東郷も1つ頷き、友奈と目を合わせる。彼女も同じように東郷のことを見ており、コクリと頷く。友奈自身、勇者部と名前を聞いてから乗り気であった。元々“勇者”という存在に憧れを抱いていた彼女にとって、名前も内容も琴線に触れまくっていたのだ。流石に東郷が入らなければ断っていたかもしれないが。

 

 とは言え、彼女が頷いたことでその憂いはなくなった。それに、風の語った“弟”にも興味が湧いたのだ。こんなにも姉に想われている弟とは、一体どんな人物なのだろうか、と。

 

 「結城 友奈、勇者部に入ります!」

 

 「同じく、東郷 美森。入部させていただきますね」

 

 「ありがとう! はいこれ、入部届けとシャーペン。ぱぱっと書いちゃって。直ぐ先生に出してくるから」

 

 「「あっ、はい」」

 

 

 

 

 

 

 友奈ちゃんに車椅子を押されながら、犬吠埼先輩が言っていた、もう使われていないという家庭科準備室に来た。その部屋の扉の上付近の壁に“家庭科準備室”と書かれた名札の下にもう1つ名札があり、そこに“勇者部部室”と書かれていた。

 

 ー んじゃ、あたしはこれ出してくるから、先に部室行っといて。場所は分かる? ……ならよかった。そこに弟が居るから、あたしが戻るまで挨拶でもしといて ー

 

 と、犬吠埼先輩は言っていた。つまり、この中には話に出た弟さんが居るという。しかし、私と同じ車椅子の男子、それも弟なのだから恐らくは同級生……生憎と見た覚えがない。そう言えば、車椅子の人物なら入学式の時に……もしかして、と思う。

 

 「失礼しまーす」

 

 そんなことを考えていると、友奈ちゃんが扉に手を掛ける。待って、まだ心の準備が……そう言う暇もなく、扉は開かれた。

 

 

 

 そこには、真っ白な男の子が立っていた。

 

 

 

 「あ……っ……?」

 

 そう思った瞬間、開いていたらしき部屋の窓から風が吹いて私の前髪を揺らし、思わず目を閉じる。再び開いた頃には真っ白な男の子の姿はどこにもなく、代わりに……開いた窓の前に、件の弟さんであろう車椅子の人物が背を向けてそこに居た。

 

 「うん?」

 

 その人物は車椅子をその場で反転させ、私達の方に向き直り……その姿を見て、思わず友奈ちゃんと一緒に息を呑んだ。

 

 彼には右腕が無かった。左目には医療用の眼帯も取り付けられている。正直なところ、私と同じ車椅子の弟と聞かされていたから同じように足が動かないだけなのかと思っていた。でも、それは間違いだった。

 

 「……新入部員の人、でいいのかな?」

 

 「え、あ、は、はい! 勇者部に入部しました、結城友奈です!」

 

 「……あ……東郷、美森……です」

 

 「結城さんに……東郷さん、か……うん……いい名前だねぇ」

 

 何故か、彼が私を見て……凄く、優しい目をした気がした。そう思ったのも一瞬で、彼は朗らかな笑みを浮かべてそう言った。何故かしら……私は、その笑みを何度も見たことがある気がした。

 

 「はじめまして、1年2組の犬吠埼 楓です。2人とは別のクラスかねぇ」

 

 「あっ、私達1組! お隣さんだねー」

 

 「そうだねぇ、お隣さんだねぇ」

 

 私達が部室に入ると、彼は自己紹介をしてくれた。犬吠埼先輩と同じ長い黄色い髪の彼は、顔もどこか似ていて……笑っていると女の子みたいにも見える。

 

 友奈ちゃんと彼が笑い合っている。その姿は、とても微笑ましい。それに何故だろうか……彼が笑っていると、それだけで嬉しいと感じている自分が居るのだ。同時に……何故だろう。胸の奥が切なくなる。

 

 

 

 脳裏に、綺麗な白い花が浮かんだ気がした。

 

 

 

 「おーし、揃ってるわね後輩達」

 

 「お帰り、姉さん」

 

 「あっ、風先輩!」

 

 「あ……犬吠埼先輩……」

 

 「入部届けは出してきたから、これで2人は晴れて勇者部の部員よ。今後、この4人で活動していくわよー!」

 

 「おー!」

 

 「元気な子だねぇ」

 

 犬吠埼君が勢いよく手を上げる先輩と友奈ちゃんを見てクスクスと笑う。友奈ちゃんはいつも元気で、私に笑顔を見せてくれて、私に元気をくれる。彼女が褒められてるようで、私も嬉しくなった。

 

 ついつい笑っていると、彼の目が私に向いた。その目はやっぱり優しげで。

 

 「彼女みたいに元気な子が側に居ると……それだけで、幸せな気分になりそうだねぇ」

 

 「ええ……そうね。友奈ちゃんが笑っていると、私も嬉しいもの」

 

 「そっか……東郷さん」

 

 「うん?」

 

 「これから、よろしくねぇ」

 

 「……ええ。よろしく、犬吠埼君」

 

 改めて、よろしくと言い合う。そんな普通のやり取り。そんな、普通の光景。なのに……どうしてだろうか。彼を名字で呼ぶことに。彼に、名字で呼ばれることに。

 

 私は、違和感を抱いた。




原作との相違点

・バリアフリーの行き届いた犬吠埼家

・勇者部の初期メンバーが4人

・セリフとかその他色々



という訳で、犬吠埼家の日常と勇者部発足、4人の出会いでした。1年生の話はもう少しだけ続くんじゃよ。

書いてる合間にもリクエストが増えて戦々恐々としてます。書ききれるかこれ……。

前回の銀if、楽しんで頂けたようで何よりです。先駆者の方に可愛い銀ちゃん書いてる人達居るのでちょっと心配でしたが……いずれ、他の子との幸福になるifを書きたいですね。他の鬱系とかも込みで←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 1 ー

お待たせしました(´ω`)

いつの間にやらUAが40000まで後少し……皆様、本当にありがとうございます!

今回は、筆の乗りがちょーっと悪かったです……3000字くらい書き直しました←

度々誤字脱字報告を受けております。教えて下さった方々、誠にありがとうございます。もしまた見つけましたら、教えて下さると有り難いです。

今回もほのぼのですよ(にっこり


 勇者部に入部した週のお休みの日。まだ出来たばかりで“勇者部はこんな部です!”って宣伝してる段階で、東郷さんがパソコンとかホームページを作ったりとか出来るらしくて作ったは良いものの特に依頼も来てない。なので、風先輩の提案で部員の親交……親睦? を深めようということで一緒に遊ぶことになっていた。

 

 とは言うものの、楓くんと東郷さんが車椅子なのであんまり遠くに行くのも……という訳で、まだ春で桜も咲いているということで東郷さんにも案内したことのある桜が咲いている公園でお花見をすることに。場所取りとお弁当を作るのは先輩達がやってくれるって言っていたので、私は東郷さんと一緒に歩いて公園にやってきた。

 

 東郷さんの膝の上には一段だけの重箱。中には東郷さんお手製のぼた餅が入ってるらしい。彼女のぼた餅は毎日でも食べたいくらい美味しいので、今からとても楽しみです。

 

 「あっ、先輩達だ」

 

 「本当ね。あら? あの子は……誰かしら」

 

 ふと、沢山ある桜の木の1つの近くの木造のテーブルセットに座る先輩と、その横に止まる車椅子の楓くんを見つけた。ただ、もう1人知らない女の子が先輩と楓くんの間に座って居る。髪の色も似てるし、もしかして妹さんかな。

 

 「やぁ、こんにちは、2人共」

 

 「こんにちは、犬吠埼君」

 

 「こんにちはー! その子は誰ですか? もしかして妹さんですか!?」

 

 「こんちは2人共。そうよ、友奈。この可愛い子はあたしと楓の妹の樹。ほら、樹」

 

 「は、はじめまして。犬吠埼 樹、です」

 

 やっぱり妹さんだった。私よりも小さくて、楓君の服の裾を握りながら自己紹介する姿はなんだか小動物みたいで可愛い。風先輩が自慢げに言うのも分かる気がする。

 

 私は樹ちゃんの向かいに座り、東郷さんは楓くんの横に止まる。すると、風先輩は四段重ねの大きな重箱をドンッと置いた。

 

 「勇者部with樹の初のお花見ってことで、言った通りお弁当作ってきたわ! あっ、作ったのはあたしね?」

 

 「風先輩凄い! 料理出来たんですね!」

 

 「おーい友奈? それはあたしが料理出来ないと思ってたってことでいいのカナ?」

 

 「え? あ! いえ、そうじゃなくてですね!」

 

 「結城さんは面白いねぇ」

 

 「もう、友奈ちゃんったら……」

 

 「お姉ちゃん、落ち着いて……」

 

 日本語って難しいよ……と思いつつ風先輩に謝る。楓くんはくすくす笑ってるし、東郷さんも苦笑いしてるだけで助けてくれない。樹ちゃんだけが味方だよ……しばらく謝り倒すと風先輩は許してくれた。元々そんなに怒ってなかったらしいけれど。

 

 風先輩が人数分の紙皿と紙コップと割り箸を配り、楓くんがペットボトルのお茶とジュースを車椅子のうしろの持ち手にぶらさげている袋ごと持ち上げてテーブルの上に置く。2リットルの奴が4本も入ってたのに……楓くんは力持ちさんだ。

 

 「さーて友奈、その目に焼き付けなさい。あたしの女子力をね!」

 

 「うわ~っ! 美味しそうです!」

 

 そう言って風先輩が重箱を開けては置いていく。唐揚げに卵焼き、ソーセージ、ミニハンバーグ、ポテトサラダ、俵形のおにぎり、他にも沢山ある。なんか全体的に大きい。私が言ってないだけで野菜もちゃんとあるし、彩りも綺麗。恐るべし、風先輩の女子力。

 

 「いっぱいあるからたんと食べなさい」

 

 「あの、犬吠埼先輩……その、材料費とか」

 

 「そんなもん気にしなくていいわよ。家、これでも余裕あんのよ……憎たらしいことにね」

 

 あれ? 風先輩、今凄く怖い顔をしたような……最後の方もよく聞こえなかったし……気のせいかな。樹ちゃんも東郷さんも気付いてないし、楓くんは……風先輩を見ながら苦笑いしてる。仕方ないなぁって、そんな感じの。

 

 「ていうか東郷。あたしのことは風で良いわよ? この場には3人も犬吠埼が居るんだし、何より長いでしょ」

 

 「そうだねぇ……結城さんも風先輩って呼んでることだしねぇ」

 

 「ですが、目上の人を名前呼びは」

 

 「真面目ねぇ……本人が良いって言ってるんだからいいのよ。勇者部の仲間なんだから、そんなこと気にしなくてよろしい! はい、言ってみな? 風よ、ふーうー」

 

 「あ、と……風、先輩」

 

 「ん! それでいいの」

 

 「強引だねぇ、姉さんは」

 

 「それがお姉ちゃんだもんね」

 

 風先輩が東郷さんに名前で呼ばせようとして、楓くんも同意して、東郷さんが困ったようにしながらも風先輩って呼んだ。それに嬉しそうに笑う風先輩を、楓くんと樹ちゃんが微笑ましげに見ていた。いいなー、ああいうの。私は一人っ子だから、こういう仲の良い姉弟の関係にはちょっと憧れる。

 

 「この際だから楓のことも名前で呼んじゃう?」

 

 「えっ?」

 

 「自分は構わないよ。名字、やっぱり長いからねぇ」

 

 「あ……だ、男子を名前で呼ぶのははしたなくないかしら?」

 

 「いつの時代の人間よあんたは……」

 

 東郷さんは真面目だなーとついつい笑ってしまう。そんな真面目なところも、私は東郷さんらしいと思うんだけど……風先輩は呆れたように苦笑い。樹ちゃんも似たような表情をしてるあたり、やっぱり姉妹だなって思う。

 

 (……あれ?)

 

 でも、楓くんは違った。笑ってるのは笑ってるんだけど……なんだろう。懐かしんでる? そんな感じがした。でも、楓くんと東郷さんは入部した日が初対面のハズだし、気のせいかな。

 

 結局名前呼びするかどうかは有耶無耶になり、私達は風先輩のお弁当……重箱だけど……を食べた。流石に冷めてはいたけれど、そんなこと気にならないくらい美味しい。風先輩の女子力、恐るべし。

 

 正直なところ、量が量だから5人とは言え食べきれるかな……とか思ってたんだけど、風先輩も楓くんも凄く食べる。樹ちゃんに聞いてみると、家ではもっと食べるんだとか。特にうどんになると物凄いらしい。私もうどんは大好きだけど、食べても3、4杯が限界。2人はそれくらいならペロリなんだとか。

 

 「綺麗に食べてくれたわね。うんうん、作った側としては嬉しいわ」

 

 「姉さんの料理はどうだった? 絶品だっただろう?」

 

 「ええ、とても。私もお料理はするけれど、和食中心だから……洋食は新鮮だったわ」

 

 「とっても美味しかったです! 楓くんと樹ちゃんはいつも作ってもらってるんだよね? 羨ましいよ~」

 

 「ま……弟と妹の特権だねぇ」

 

 「いつも美味しくて、ついつい食べ過ぎちゃいます」

 

 お腹いっぱいな私と東郷さん、樹ちゃんに対してまだまだ余裕がありそうな風先輩と楓くん。大食いというのは本当らしい。東郷さんの料理、まだぼた餅以外食べたことないから今度食べてみたいな……そうだ、まだぼた餅があったんだっけ。甘いものは別腹……別腹だから……。

 

 とか考えてると、風先輩と樹ちゃんがお弁当を片付けた後に東郷さんが“私も食後のお菓子としてぼた餅を作ってきたんですが……”と言ってぼた餅の入った重箱をテーブルの上に置いて開ける。中には言った通りぼた餅が入っている。でも、気になることが1つ。

 

 「あら? 一口サイズのもあるのね」

 

 「はい。風先輩と犬吠埼君にも食べてもらおうと思って作っていたら、何故か一口分の大きさまで作ってしまってて……せっかくなので入れてきたんです」

 

 風先輩が言った通り、私も食べた普通の大きさのぼた餅の隣に、10個ほどの一口サイズのぼた餅があった。小さいぼた餅、なんだか可愛いな……なんて思ってると、楓君が何故かその一口サイズのぼた餅を見て唖然としていた。なんでだろう。

 

 「……普通の奴の他にも一口サイズの奴まで……手間じゃ、ないかい?」

 

 「ふふ、確かにそうかもしれないけれど……お料理はね、手間暇掛けた方が美味しくなるのよ?」

 

 「分かるわー東郷。あたしも弟妹のことを思うと手間かけてでも美味しい料理を食べてもらいたくてねぇ」

 

 「それにお兄ちゃん、昔お餅を喉に詰まらせてからお餅は苦手って言ってましたし」

 

 「なら、丁度良かったわね」

 

 そんな会話を挟みつつ、皆お箸を伸ばしてぼた餅を食べていく。私と風先輩は普通サイズのを、楓くんと樹ちゃんは一口サイズのを。う~ん、やっぱり美味しい。本当に東郷さんのぼた餅なら毎日だって食べられる自信がある。

 

 風先輩なんて、一口食べた瞬間にカッと目を見開いて“美味い!!”って叫んでた。樹ちゃんもほっぺたに手を当てて“美味しい~♪”って言った後、普通サイズのにお箸を伸ばしてる。樹ちゃんも結構食べるね……東郷さんは私達の食べる姿を見て嬉しそうにしてる。

 

 「うん。やっぱり……」

 

 一口サイズのぼた餅を食べた楓くんが目を閉じながらゆっくりと味わって飲み込んだ後、呟くように言った。

 

 

 

 「ぼた餅は……美味しいねぇ」

 

 

 

 なんでかな。普通に食べて、普通に感想を言っただけのハズなのに……笑顔を浮かべているのに……私には、楓くんが嬉しそうで、懐かしそうで……凄く、悲しそうに見えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 花見も終わり、勇者部としての活動が本格的に始まった頃。4人は勇者部としての誓い……社訓のようなものを製作していた。あーだこーだと意見を交わしあい、1つ1つに思いを込めて紙に書いていく。

 

 “挨拶はきちんと”、“なるべく諦めない”、“よく寝て、よく食べる”、“悩んだら相談”。そして、“なせば大抵なんとかなる”。これを勇者部の五ヶ条とし、部室の壁のよく見える所に貼り付ける。

 

 「これで、よし。今後勇者部はこの五ヶ条を志して活動していくわよ!」

 

 「段々とそれっぽくなってきたねぇ」

 

 「いいですね、こういうの!」

 

 「そうね、友奈ちゃん。風先輩、作ったホームページに依頼が来てますよ。内容は……」

 

 依頼が来れば、それをこなす。来なければ、自分達で動いてやれることを探す。校内の部活の助っ人や手伝いをすることもあれば、町に出てゴミ拾いや古着の回収、頼まれればお店のお手伝い、イベントのお手伝いと本当に出来ることは何でもやるのだ。

 

 ゴミ拾いは楓や東郷でも出来る。運動部の助っ人には友奈と風が良く駆り出され、東郷は将棋部やPC部のような頭脳系に名指しされる。楓と言えば、校内よりも主に外での行動が多い。それも老人会での話し相手や子供の相手、店先での呼子や販売のお手伝い等をよく望まれる。

 

 4人別々に動くこともあれば、当然4人一緒に動くこともある。何度も出ているゴミ拾いもそうだし、迷子のペット探し、役割分担をして庭の草むしりとその際に出来たゴミ袋を運んだり。

 

 「姉さん」

 

 「うん? なぁに、楓」

 

 「勇者部……存外、楽しいもんだねぇ」

 

 「そうねぇ。遣り甲斐あるわー」

 

 この日は姉弟で一緒に果物の収穫の依頼を請け負っていた。風がもいで、車椅子に乗る楓の膝の上のカゴの中に入れる。風の背負っている分を含めてカゴ2つ分が一杯になったところで、指定された場所まで持っていく。

 

 「楓、重くない?」

 

 「これぐらいなら問題ないよ。姉さんはどうだい? そのカゴ、結構な重さだと思うけど」

 

 「あたしの女子力に掛かれば、リンゴが一杯入ったカゴの1つや2つチョロいもんよ」

 

 「それ、女子力関係あるのかねぇ……」

 

 5キロ6キロではきかないハズのリンゴが大量に入ったカゴを背負っているのにも関わらず涼しい顔をしている風。そんな風の言に苦笑いを浮かべ、楓は風に車椅子を押される。

 

 風も樹も、電動である楓の車椅子を押すことを好んだ。それは約2年もの間離れていた弟(兄)と出来るだけ近くに居たいということもあったし、彼自身の体を気遣ってのことでもあった。

 

 「ああ、ところで姉さん」

 

 「んー? なに?」

 

 

 

 「東郷さんと結城さんには、勇者のことは言うのかい?」

 

 

 

 風の足が止まり、必然的に押されていた楓の車椅子も止まる。入学から2ヶ月、勇者部発足からも2ヶ月の6月。初夏に入り、そろそろ暑くなり始める頃。風も楓も、ただの“勇者部”としての活動が楽しくて仕方なかった。だが、この勇者部は元々勇者候補達を一纏めにする為のモノなのだ。

 

 「……今はまだ、言わないわ。まだまだ可能性の話だし……それに、神樹様に選ばれない可能性の方が高……」

 

 「本当に、そう思ってる?」

 

 「っ……」

 

 他にも風と同じく勇者候補として大赦から派遣された者達は居る。その者達との交流はないが、同じようにグループを作っていずれ来るバーテックスとの戦い、そして神樹様に勇者として選ばれる日を待っている。

 

 選ばれる可能性は何分の一かというところ。だが、楓も……そして風も、ほぼ自分達のグループが選ばれると思っている。歴代勇者の中でも破格の適性値を誇り、かつ先代勇者である楓と、彼にこそ劣るが歴代でも最高クラスの適性値の友奈。記憶こそ失っているが同じく先代勇者である東郷。風と樹も、3人にこそ劣るが、それでも他の候補達よりも高い適性値を持つ。

 

 もはや選ばれない方がおかしいとすら言えるレベルである。だから楓は聞くのだ。彼女達に、いずれ戦うことになると言わないでいいのかと。

 

 「……言ったところで、今は信じないわ」

 

 「まあ、そうだろうねぇ。流石に早すぎる……というか、実際に体験しないと本心からは信じないだろうねぇ」

 

 「分かってるんじゃない。なら、何で聞いたのよ?」

 

 「……そうだねぇ。勇者仲間に居たから、かねぇ」

 

 「誰が?」

 

 「言わなかったことを、言えば良かったと後悔した子が……ね」

 

 風からは見えないが、楓は自分の右腕を見る。勇者として仲間と、友達と過ごした日々を忘れたことは1日としてない。彼女達の言葉や表情も、覚えている。嬉しいことも、悲しいことも、吐き出した弱音も、大切な約束や誓いも、その何もかもを。

 

 ……今では、その誰にも会うことは出来ないのだが。

 

 「……樹には、言ってみる」

 

 「そっか。あの子は信じてくれるだろうねぇ」

 

 「でも、2人には……ギリギリまで言わないでおくわ」

 

 「それが姉さんの出した結論なら、良いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 勇者部はあくまでも部活。テスト期間ともなれば、当然その間は活動が止まる。そして中学校なのだから、部活以外にもやらなければならないことはある。そう、勉強である。

 

 「あ~う~……」

 

 「うーん、ここまで国語に弱いとはねぇ」

 

 「英語……こんな……こんな言語を学ぶことに何の意味が……」

 

 (記憶を失っても愛国心と国防魂は健在なんだねぇ……)

 

 という訳で、勇者部1年生3人による勉強会。場所は東郷家である。当初は楓が“男である自分が家に行ってもいいのか?”と疑問を口にしたのだが、友奈はむしろ何がダメなのかと疑問を返し、東郷も“犬吠埼君なら問題ない”と意外にも笑って返していた。

 

 そして東郷の部屋にて行われる勉強会。さほど大きくない正方形のちゃぶ台の上に3人で教科書とノートを広げ、友奈は活字を読むことが苦手なのか教科書を見るだけでも頭が痛そうにし、今やってる国語に至っては頭から煙が出ているのを幻視出来てしまう程。東郷は他は問題ないものの、数学や英語を苦手としている。特に英語は憎い相手を見るかのようだ。

 

 因みに、楓には特に苦手科目も得意科目もない。満点を叩き出す訳ではないが、かといって平均を下回ることもない。70~80点台をうろうろとしている。社会と歴史は東郷……須美の、国語は園子の影響で他の教科よりも点数は取れるが。

 

 「ちょっと休憩しようか。結城さんの頭が爆発しそうだしねぇ」

 

 「さんせ~……」

 

 「そうね……疲れた頭には糖分、ということで」

 

 「ぼた餅!?」

 

 「友奈ちゃん正解。ちょっと待っててね、取ってくるから」

 

 だらりとちゃぶ台の上に上体を置いて脱力する友奈を見て楓が提案し、友奈が力無く手を上げて賛同する。東郷も少し疲れたのかそう言い、右手の人差し指を伸ばして笑みを浮かべて呟く。すると力を取り戻した友奈が嬉しそうに起き上がり、東郷は笑って部屋を後にした。

 

 ぼた餅ぼた餅ー♪ とすっかり元気を取り戻した友奈を見て、楓が苦笑いをしながら“結城さんは元気だねぇ”と呟く。それを聞いた友奈は、楓の方を向いて首を傾げる。

 

 「んー……楓くん。私のことは名前で呼んでいいんだよ? 同じ勇者部の仲間なんだから」

 

 「おや、良いのかい? それなら、これからは友奈ちゃんと呼ばせてもらうねぇ」

 

 「うん! 名前で呼び合うと、何だかもっと仲良くなれる気がするよね!」

 

 「そうだねぇ……名字で呼ぶよりも、名前やあだ名で呼び合う方が仲良しって気はするねぇ」

 

 「だよね~」

 

 お互いにニコニコとしながら、ほのぼのとした弛い空間の中でそんな会話をする。元々あまり男子に名前呼びされることに抵抗がない友奈と、許可がないから呼ばないだけで名前呼びそのものに照れがない楓。お互いに切欠が無かっただけである。

 

 「そう言えば、友奈ちゃんは東郷さんを名前で呼ばないんだねぇ」

 

 「だって東郷さんの名字、カッコいいし! それに、東郷さんからもそう呼んでって言われてるから」

 

 東郷がぼた餅を乗せたお盆を手に部屋の前に戻ると、中からそんな会話が聞こえてきた。いつの間に楓は友奈を名前で呼ぶようになったのかと疑問に思いつつ、まあ本人が良いなら良いかと結論付け、部屋に入るべく敷戸を開こうと手を伸ばし……。

 

 

 

 「そうだねぇ。でも、“美森”って名前も……自分は可愛くて好きだけどねぇ」

 

 

 

 思わず、東郷の手が止まった。頭の中で聞こえた言葉を反芻し、完全に理解し、頬が赤く染まる。

 

 東郷自身、あまり男性に対して良い感情は抱いていない。中学生離れしたスタイルと恵まれた容姿はその気がなくとも男性の目を引き、その中には車椅子に乗っていることへの憐憫や同情の視線、或いは身体への下卑た視線も感じることもある。

 

 当然、本人からすれば不愉快極まりない。無論そうでない男性も居るし、己の父や楓がその筆頭に上がる。特に楓は同じ勇者部部員として共に活動してきた仲間であり、見ていると時折真っ白な男の子や綺麗な白い花が脳裏に浮かぶこともあって何かと気になる男子である。

 

 そんな男子から唐突に、自分が居ない間に己の親友にそんなことを話しているのを聞いてしまった。運悪くと言うべきか、それとも運良くと言うべきか。

 

 (……犬吠埼君から名前呼び、か)

 

 何よりも……しっくりと来たのだ。彼に名前で呼ばれることが。まるで、昔からそう呼ばれてたような……だが、微妙に違うような、そんな不思議な感覚。そんな感覚を覚えつつ、ずっと聞いている訳にはいかないと東郷は顔の熱が引いたのを見計らって部屋に入る。

 

 持ってきたぼた餅の中には、やはり普通サイズの他に一口サイズのモノも混じっていた。

 

 

 

 夕方、勉強会も終えて帰る時間となったので楓と友奈の2人は東郷家から出て東郷も玄関先まで見送りに出る。

 

 「東郷さん! 楓くん! またねー!」

 

 「うん、またね、友奈ちゃん」

 

 「また明日ねぇ、友奈ちゃん」

 

 笑顔で手を振りながら走り去る友奈に、楓と東郷も手を振りながらその背中を見送る。さて、それじゃあ自分も……と楓が車椅子を操作して東郷に背を向けた時だった。

 

 「それじゃあ、東郷さんもまた明日」

 

 「あ……その……い、犬吠埼君」

 

 「うん? どうかしたかい?」

 

 「すぅー……はぁー……よし」

 

 名前を呼ばれ、その場で止まって反転する楓。そんな彼に対して、東郷は緊張した面持ちで居る。落ち着く為かゆっくりと深呼吸をし、覚悟を決めたように両手をグッと握り締める。

 

 「私のことは、その……“美森”と、呼んで?」

 

 「……良いのかい?」

 

 「ええ。私も……楓君と、呼んでも……いいかしら」

 

 「勿論だとも。それじゃあ……美森ちゃん」

 

 「うん……楓、君」

 

 お互いに名前で呼び合う。言ってみればそれだけのことなのだが、東郷は頭の中でカチリと、何かがハマった気がした。思った以上にしっくりと来たのだ。名前で呼ぶことも、呼ばれることも。

 

 同時に、夕焼けの下で見詰め合っている現状が恥ずかしくなってきた。そんな東郷……美森を余所に、楓は車椅子を操作して近付き、左手を彼女へと伸ばす。

 

 「改めて、よろしくねぇ。美森ちゃん」

 

 「……うん。よろしく……楓君」

 

 伸ばされた手を、同じ左手でしっかりと握り締める。思いの外がっしりとした、自分よりも大きな手。

 

 その手の温かさを……美森は知っている気がした。




原作との相違点

・友奈と美森が原作よりも早く樹と面識が出来る

・その他色々



という訳で、勇者部in樹のお花見と楓が友奈、美森を名前呼びするようになるというお話でした。樹ちゃん、あれで結構食べますよね。毎回風の料理完食してますし。

今回も特に山なし谷なしなほのぼの話でした。お陰で後書きに書くことも殆どありません←

次回で原作前話は終わり、いよいよ原作に入ります。しばらく番外編は入りません。また、本編ゆゆゆいも番外編扱いになるかもしれません。がっつりと書くとかなり話数延びますので……でも西暦組との絡みは書きたい。リクエストも頂いてますしね。本編ルートでもDEifルートでもいつか書きます(断言

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 2 ー

感想にちゃんと返せる作者でありたい……あっ、お待たせしました(´ω`)

筆が……。

ゆゆゆい、ノーマル全章クリアしました。後はメブを7人集めなきゃ……全然落ちないの。

ほのぼのだった(ボディブロー

今回、後書きにちょっとおまけありです。


 「ねぇ、樹。あたしと楓が、あんたにも言ってない……到底信じられないような隠し事をしてるって言ったら……どうする?」

 

 とある日の夕食の後、ソファの上で寝転んでお兄ちゃんに膝枕してもらいながらテレビを見ていた時、洗い物を終えて目の前までやってきたお姉ちゃんがそう聞いてきた。その時、私は2年前のお兄ちゃんが養子に出た時のことを思い出した。

 

 あの時の私は今よりももっと小さくて、お兄ちゃんにずっとべったりで、あんまりお姉ちゃんとも遊んだりしなかった。だから、お兄ちゃんが何かの“お役目”って奴で養子に出た時……本当に悲しくて、寂しくて……泣いてばかりで、お別れもちゃんと言えなかった。

 

 だから……いつかお兄ちゃんが帰って来た時に笑って“お帰り”って言ってあげられるようになろうと思った。お兄ちゃんに甘えてばかりいた自分にはさよならをして、もっと前に出ようって。最初は中々上手くいかなかったから、お姉ちゃんの後ろに隠れてたけど。

 

 お兄ちゃんに会えないのはやっぱり寂しくて。電話も、手紙も何も届かなくて、届けられなくて。占いに出会ったのはそんな時。テレビで誰かの運勢や居場所をタロットカードで占ってるシーンが流れたのを見て、これだって思った。元々占いは好きだったし、これならお兄ちゃんの場所や状況を大雑把にでも知ることが出来るって思った。

 

 最初はちゃんと出来なかったけれど、やっていく内に段々と覚えて、今ではお姉ちゃん曰く良く当たるようになった。それでお兄ちゃんの場所を占うのが日課になった。占い趣味が通じて友達だって出来たし、少しだけ前向きになれた気がする。1度、死神の正位置が出て、次に逆位置が出たのはびっくりした。今思えば、正位置は今の怪我を意味して、逆位置はそれでも立ち上がったことを意味していたんだと思う。

 

 「それって、昔お兄ちゃんが養子に出た時の“お役目”のこと?」

 

 「っ!? 樹……あんた……」

 

 「うん、ちゃんと覚えてるよ。それに……」

 

 去年に起きた、大きな自然災害。ニュースにもなって、死傷者の中にお父さんとお母さんの名前があって、2人で泣いてる時にお兄ちゃんを連れてった大赦の人と同じ格好の人が沢山家に来て、わざわざ“両親は死んだ”と告げた。この時、実はお姉ちゃんが対応してて……私はあの日の恐怖が甦って動けなくて、リビングから隠れて見ていた。

 

 「実は、知ってたんだ。お姉ちゃんが“勇者候補”っていうのだって……あの日、こっそり聞いてた」

 

 「え……あ……」

 

 「話は良くわからなかったけど、きっとお兄ちゃんに関係してることなんだって思った。お姉ちゃんが……これからも生活していく為に勇者候補になったのも……今なら分かる」

 

 普通、両親が居なくなったら生活なんて出来ない。でも、今こうして生活出来てるのは……お姉ちゃんがその勇者候補になったから。その時の私は甦った恐怖と両親が死んだことで頭の中がぐちゃぐちゃで、そんなことも考えられなかったけれど。

 

 しばらくお姉ちゃんが大赦に行くようになって、どっちも料理なんて出来ないからご飯は冷凍食品とか出来合い物ばかりで冷たくて、味気ないモノばかりで、独りは寂しくて。でも、お姉ちゃんはそんな私の為に料理を作ってくれて、生焼けでも焦げてても、とても温かくて美味しくて。

 

 「きっと、この家に引っ越してきたのも……今、“勇者部”をやってるのも、それが理由なんだよね。多分、お兄ちゃんが帰って来たのも……」

 

 「……樹……全部、知って……」

 

 突然引っ越すように言われてやってきた今の家。私達姉妹が住むには明らかにバリアフリーが行き届き()()()()()ことに疑問はあった。そこに、連絡も脈絡もなくお兄ちゃんが帰って来た。だから、もしかしてって思ったんだ。

 

 お兄ちゃんが帰って来たことは、純粋に嬉しかった。身体のことは確かにびっくりしたけど、それ以上にまた兄妹3人で居られることが嬉しかった。思わずお姉ちゃんと一緒に泣いちゃったけど……本当に、嬉しかったんだ。

 

 

 

 『樹、ちょっと見ない内に大きくなったねぇ』

 

 『そう、かな? お兄ちゃんも……背、伸びたね』

 

 『そうだねぇ。姉さんは越えたいところだよ』

 

 『あははっ。越えたらお姉ちゃん、また文句言っちゃうかも』

 

 『“もっと姉を敬えー!”って? ふふ、それも……悪くないかもねぇ』

 

 『悪い顔してるよお兄ちゃん……えへへ……改めてお帰りなさい、お兄ちゃん』

 

 『うん……ただいま、樹』

 

 

 

 お姉ちゃんが2階に行ってる間、私達はそんな会話をしていた。なんてことない普通の……私が、私達がずっと求めてた時間だった。

 

 お兄ちゃんがお姉ちゃんと同じく中学校に通うようになって、勇者部の話を聞いて……ここに引っ越してきた理由を何となく悟った。友奈さんと東郷さんとも会って、お話した。良い人達だった。

 

 「友奈さんと東郷さんも……勇者候補なの?」

 

 「……」

 

 「そうだよ。勇者部は、勇者候補を集める為の部活なんだ」

 

 「っ、楓!」

 

 「姉さん……言ったハズじゃないか。樹には話すって」

 

 「それは、勇者としてのお役目の話だけでしょ!?」

 

 「違う。“全部”話すってことだよ。勇者部の本来の目的も……これから、命懸けで戦うことになるかもしれないってことも、自分が何をしていたのかも、全部だ」

 

 お姉ちゃんがお兄ちゃんと睨み合う。と言っても、睨んでるのはお姉ちゃんだけで、お兄ちゃんは真剣な表情でお姉ちゃんの顔を見てる。

 

 「っ……何も、そこまで言う必要は……」

 

 「樹が言っただろう? この子はもう、ある程度知ってる。それならいっそのこと、全部知ってもらった方がいい。樹1人を仲間外れにするつもりかい?」

 

 「この子にはまだ早いわ! まだ小学生なのよ!? それに、話の内容も……」

 

 「姉さん」

 

 「っ……」

 

 「大丈夫だよ、樹なら」

 

 大好きな家族が私のことで言い合う。その光景は、とても悲しくて……2人が私のことを思ってくれているのが伝わってきて、嬉しくて。

 

 お姉ちゃんは、私のことを案じてくれていた。お兄ちゃんは、私のことを信じてくれていた。お姉ちゃんが今にも泣きそうな顔で私達を見下ろして……お兄ちゃんは、いつもみたいに朗らかに笑ってお姉ちゃんと私を見て。私の頭を、ゆっくりと撫でてくれた。

 

 「この子の心は、自分達が思ってるよりもずっと強い。だって、姉さんの事情を知っていて……それでも、知らないフリをしていたんだ」

 

 「あ……」

 

 「きっと、聞きたかっただろうに」

 

 聞きたかった。お姉ちゃんはいつも悩んでて、苦しそうで。でも、私の前では笑ってて、私にいつも構ってくれて。

 

 「きっと、苦しかっただろうに」

 

 苦しかった。お姉ちゃんは私に何も言ってくれなくて、お兄ちゃんが居なくなってからもいつも私を守ってくれていて。私じゃ頼りないから仕方ないって、諦めて。

 

 「きっと……怖かっただろうに」

 

 怖かった。お姉ちゃんもお兄ちゃんみたいに居なくなるんじゃないかって。私に知らせないで、私に隠して、1人でどこかに行っちゃうんじゃないかって。

 

 「きっと……姉さんから言ってくれるのを待っていたんだろうに」

 

 そうだ、私は待ってたんだ。お姉ちゃんから言ってくれるのを、お姉ちゃんから教えてくれるのを。前向きになるって決めたのに、少しは前向きになれたと思ったのに、やっぱり私はまだ、2人の後ろに隠れたままで、2人の側で服の裾を掴んだままで。

 

 ここだ。きっと、ここなんだ。私が本当に前に進む為に、少しでもお姉ちゃんを安心させてあげる為に。隠れていた背中から出て、掴んでた裾から手を離して。2人と一緒に、今度は3人で。

 

 「お姉ちゃん」

 

 「……樹……」

 

 体を起こす。お姉ちゃんはまだ泣きそうな顔をしてる。そんな顔は見たくない。また、いつもみたいに笑って欲しい。

 

 「私は、大丈夫だよ。話の内容なんて想像出来ないし、もしかしたら泣いちゃうかもしれないけど……」

 

 「だったら」

 

 「それでも……聞くよ。どんな話だって、聞く。どこにだって……着いていく。私なら大丈夫って、お兄ちゃんが信じてくれたから。私達は兄妹で……たった3人の家族なんだから」

 

 「……」

 

 「それに……独りは……仲間外れは、イヤだよ」

 

 「……ごめん……樹……分かった。全部、話す」

 

 ちゃんと笑えて言えたかな。思いのままに喋ってたら、急に目の前が滲んできたから……お姉ちゃんの顔、よく見えなくなって、最後なんて、声も何だか変になっちゃった。

 

 泣いてない。泣かないよ。私が泣いちゃうと、お姉ちゃんが心配しちゃうもんね。だから……泣いてないよ。お兄ちゃんに耳元で“良く頑張ったね”って言われながら頭を撫でられても、お姉ちゃんに抱き締められても……泣かないもん。

 

 それから、お姉ちゃんに話してもらった。勇者候補のこと、バーテックスっていう外からやってくる敵のこと、神樹様のこと、樹海化のこと、両親が死んだ理由がバーテックスにあること、友奈さんと東郷さんと私も候補であること……お姉ちゃんが知ってる、教えられたことも、全部。

 

 お兄ちゃんのことも、教えてもらった。バーテックスと戦って腕を失くしたこと。一緒に戦った勇者仲間の女の子達のこと。でも、こっちは全部教えてはくれなかった。ここから先は、本当に勇者になった後にいつか教えるって、そう言って。待ってお兄ちゃん、私みたいに膝枕を沢山してたっていうその羨ましい金髪の女の子についてもう少し話を……。

 

 こほん。お姉ちゃんは話し終わった後、自分の復讐に巻き込んでごめんって謝ってきた。だけど、違うよお姉ちゃん。最初はそうかもしれない。だけど、話を聞いた今なら……違うって、はっきりと言える。

 

 「私は、自分から飛び込んだんだよ。私はお姉ちゃんみたいに復讐とかは……ちょっと考えられないけれど。だけど、それでも……その先が地獄でも、悪いことしかなかったとしても……お姉ちゃんと、お兄ちゃんと一緒に行くからね」

 

 2人が私を大切にしてくれるように……私だって2人のことが大切なんだから。

 

 この日、私は自分で戦うことを選んだ。それが結果として、後々お兄ちゃんとお姉ちゃんの心をどれだけ傷付けることになるかも知らないで。

 

 

 

 

 

 

 勇者部の活動が校内外問わずに認知され、依頼も多く入るようになった頃。季節は秋、勇者部一同は神社で落ち葉の掃除の依頼を受けていた。

 

 「さて、張り切ってやるわよ!」

 

 「おー!」

 

 「風先輩、なんだかいつもより元気ね?」

 

 「神主さんがお礼として自分達が集めた落ち葉を使って焼き芋焼いてくれるんだってさ。それに、沢山あるからってサツマイモも分けて貰えるらしいよ」

 

 「なるほど」

 

 そんなやり取りの後、犬吠埼姉弟と友奈、美森の2人組に別れて落ち葉を集め始める。風と友奈が落ち葉を集め、楓と美森は集まった落ち葉を塵取りで大きなビニール袋の中に入れていく。4人で行うには神社は少々広いが、フィジカルに優れ、尚且つ焼き芋を早く食べたいという食欲から何かブーストでも掛かっているのか風の動きが凄まじい。

 

 友奈もサッサッと箒で落ち葉を集めているが、時折気に入った落ち葉を見つけては拾い、保管している。後で押し花にでもするのだろう。相方の2人はそんな風と友奈に苦笑いと微笑みが止まらない。

 

 「姉さん、慌てなくてもサツマイモは逃げないからねぇ」

 

 「だって早く食べたいじゃない? それに、こんな寒空の下で食べる温かい焼き芋……うーん、想像しただけでお腹が減るわー」

 

 「そうだねぇ……きっと、美味しいだろうねぇ」

 

 と言いつつも動きを遅くする風。彼女の行動が早すぎて塵取り役の楓が袋に入れるよりも早く溜まっていくので処理が追い付いて居なかったのだ。そんな姿を見た風は反省し、雑談を挟みつつゆっくりと落ち葉を集めていく。

 

 対する友奈達は、逆に友奈が色々な落ち葉に目移りしてしまいペースが自然と遅くなっていた。

 

 「友奈ちゃん。落ち葉を見るのもいいけれど、あんまり遅くなると焼き芋、食べられなくなっちゃうわよ?」

 

 「えっ!? うぅ、落ち葉も見たいけど焼き芋も食べたい……我慢します……」

 

 (もう5、6枚は取ってるハズだけど、まだ足りないのね……しょんぼりする友奈ちゃんも可愛いけれど)

 

 しょんぼりとする友奈を見て頬に手を当ててうっとりとする美森。それも一瞬で隠し、ペースを上げた友奈に合わせてせっせと落ち葉を袋に詰め込んでいく。

 

 そんなこんなで日が半分も沈んだ頃、ようやく依頼を終えて神社近くのベンチに向かう4人。風と友奈が座り、その前に楓と美森が向かい合うように車椅子を止める。その手にはアルミホイルに巻かれたホクホクの焼き芋があり、楓以外の3人はビニール袋いっぱいのサツマイモも貰っていた。

 

 「はむ……あっふ、はふっ……ふーん、ほふほふ♪」

 

 「あひゅ、はふ……おいふぃ~♪」

 

 「風先輩はなんて?」

 

 「熱っつ、熱っ……うーん、ホクホク。だってさ」

 

 半分に割った焼き芋の黄金色の断面に目を奪われた後、辛抱たまらんとかぶり付く風と友奈。アルミホイルに包まれていただけあってまだ熱々なそれを口の中で弄び、空気を入れて冷ましつつ食べ、2人は満足げに笑顔を浮かべる。

 

 そんな2人を見た後に美森は自分の焼き芋を2つに割り、片方を楓に手渡す。楓の分は樹への土産とし、あまり多く食べる方ではない美森の分を分けて食べることにしていたのだ。

 

 「ふー……ふー……あむ。はふ……焼いただけなのに、本当に美味しいわ」

 

 「おお……東郷さん、上品だ」

 

 「くっ、中々の女子力……これは手強いライバルね」

 

 「食べ方に関しては姉さんの大敗だと思うけどねぇ」

 

 「楓ぇ!? 最近あたしにキツくない!?」

 

 「やだなぁ姉さん。冗談混じりの本音だよ」

 

 「そう、なら安心……本音って言った? ねぇ、今本音って言わなかった?」

 

 「甘くて美味しいねぇ、この焼き芋」

 

 「聞けぇ!!」

 

 湯気が昇る焼き芋に息を吹き掛けて冷ました後、小口でかぶり付く美森。口を手で隠しつつ熱を逃がすように口を動かした後に飲み込み、感想を述べる。そんな彼女に友奈は感嘆の息を漏らし、風は少し悔しげにしつつ不敵な笑みを浮かべた。

 

 そんな姉に、楓はざっくりといい放つ。勇者部として活動してから妙に切り込んでくる弟に、風はそれが弟なりの甘え方であると理解しつつもついつい涙目になる。同時にからかわれていることに気付き、己を無視して焼き芋を食べる楓の首に手を回してじゃれる。勿論、力はそれほど入れてない。

 

 友奈は相変わらず仲が良いなーと少し羨ましげに笑い、美森も同じように笑う。苦しい苦しいと言いつつも楽しげな彼の笑みを見ていると、美森は胸の奥が温かくなることを自覚する。

 

 (それにしても……楓君、暑くないのかしら?)

 

 ふと、そんな疑問を持った。秋に入って落ち葉も大量にある時期だ、外は寒いので皆厚着であるし……と言っても制服の上に学校から支給される上着を着ているだけだが……動いた後の上に焼き芋を食べて温まっている。同じような風に密着されていれば、流石に暑がりそうなモノだが。

 

 それに、と美森は思う。先程も彼が焼き芋を食べる所を見ていたが、息を吹き掛けたりすることなくかぶり付き、口から熱を逃がすことなくそのまま咀嚼して飲み込んでいた。元は自分と同じモノだったのだから、楓の分だけ特別冷えていたということもない。

 

 (……単に、暑さに強いだけかしらね)

 

 よくよく考えてみればそこまで気にするようなことでもない、と美森は結論付けた。そういう体質の人間だっているだろうと。

 

 この後も4人はしばらく焼き芋に舌鼓を打ち、満足げにそれぞれの帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 更に時は流れ、冬。もっとはっきりと言うならクリスマスイブの夜。部活もなく、勇者部の面々は犬吠埼家へと集まり、勇者部With樹でクリスマスパーティーを開いていた。料理は勿論風作であり、デザートには友奈が母親から持たされたというクリスマスケーキ。更には東郷が持参したぼた餅もある。

 

 「もうクリスマスか……いやー、時間が流れるのは早いわねー」

 

 「お姉ちゃん……それ、おばさん臭いよ」

 

 「ごふっ」

 

 「わー!? 風先輩が血を吐いた!? 大丈夫ですか先輩!?」

 

 「大丈夫だよ友奈ちゃん。ただの赤みが強い野菜ジュースだからねぇ」

 

 「もう、楓君も心配する素振りくらい見せたら?」

 

 野菜ジュースを飲んだ後に風がしみじみと笑いながら言うと樹が苦笑い気味に呟き、それを聞いてしまった風が血を吐くようにジュースを吹き出す。それを血を吐いたと勘違いした友奈が慌てるものの、楓が骨付き鳥に手を伸ばしつつ笑いながらそう言い、美森はそんな楓に苦笑いを溢す。

 

 樹が慌ててタオルでヨロヨロとしている風の口元を拭き、友奈が風の背中を擦り、美森は取り敢えず風の近くの皿を退かし、楓は散乱したジュースを布巾で拭いていく。そんなことをしながら、楓は今日までのことを思い返していた。

 

 4月に入学したと思えばもうすぐ年末。勇者部の活動は楽しく、“お役目”を抜きにしても友奈と美森ともより絆を紡ぐことが出来た。仮にこのまま勇者に選ばれずとも、中学校に通う3年間は楽しいモノになるだろう。

 

 春には花見をして、夏にはお祭りに行った。その際には美森が凄まじい射撃の腕を射的で見せ付け、風と友奈は屋台の食べ物を両手に持ち、楓はヨーヨー釣りであっさりと人数分釣り上げ、一緒に来ていた樹はヒヨコや金魚に目を奪われていた。

 

 秋には落ち葉掃除の依頼の他にも紅葉狩り等のイベントや果物の収穫等もお手伝いし、食欲の秋だと風が全力で料理や果物を使ったデザートを家族にも部員にも振る舞った。樹が体重計を見て泣いていたのを、楓は知っている。

 

 無論、学校でもイベントや依頼は多くあった。体育祭に学園祭を初めとした学校の行事があれば、運動部の試合のチアリーダーを依頼されたり、料理部に味見役を依頼されたり、新聞部に記事にされたりと色々あった。

 

 (本当に……楽しかったねぇ……自分達は)

 

 目の前の4人を朗らかに笑いながら見詰める裏で、楓は一年以上会えていない園子と銀を想う。自分達は楽しかった。だが、彼女達はどうだろうか。

 

 満開の影響で動かない体。園子は趣味である小説を書けないだろうし、銀は小さな弟の世話も出来ないだろう。好きなことが出来ない。大好きな家族と触れ合えない。そんな彼女達に、“楽しい”と思えることが何かあるのか。

 

 (考えたところで、どうしようもないけど、ねぇ……)

 

 ただ、申し訳ないと思うのだ。こうして己が楽しい思いをしていることが。もし、彼女達もこの場に居たなら、もっと楽しかったに違いないとも思うのだ。もしくは……彼女達ではなく、己こそがその立場に居たのなら、と。

 

 「楓くん」

 

 「うん? なんだい? 友奈ちゃん」

 

 「えっとね……楓くん、なんだか楽しくなさそうだったから」

 

 そんなことを考えていると、友奈が小声でそう囁いてきた。これには流石に楓も驚きを隠せない。表面上は朗らかに笑っているハズだったのだから。現に、風と樹は気付いていない。美森は、小声で話す2人を見て疑問には思っているようだが。

 

 「……そんなことないよ」

 

 「そう?」

 

 「うん。楽しいさ。ただ……」

 

 「ただ……?」

 

 「今は会えない友達がここに居たら……もっと楽しかっただろうってねぇ」

 

 姉が居て、樹が居て、友奈が居て、美森が居る。そんな勇者部の中に園子と、銀が加わる。そして己は、その6人が楽しく笑い合う姿を見ているのだ。それはなんと美しく、幸せな光景だろうか。

 

 そして、そうやって遠くから見ていると園子が引っ張りに来るのだ。風には“そんな遠くで何やってるの”とでも言われて、樹には車椅子を押されて、友奈からは手招きされて、美森にはくすくすと笑われ、銀にはからかうように笑われるのだ。

 

 (……いつか、捧げた供物が戻ればいいんだけどねぇ)

 

 そうすれば、いつか……その光景が見られるハズだから。楓はすっかり少なくなった料理に手を伸ばし、そう締め括った。

 

 (えっと……私、もしかして聞いちゃいけないこと聞いちゃった!?)

 

 友奈に、そんな勘違いを残して。

 

 

 

 

 

 

 年も明け、2年だった風が3年に、1年だった3人が2年に。そして、小学生だった樹が讃州中学校へと入学して勇者部に入ってしばらく経った4月下旬、5人となった勇者部に依頼が入った。内容は、とある幼稚園で何か出し物をして欲しいというもの。

 

 何をするかと話し合った結果、勇者と魔王が出る人形劇に決定。ストーリーと舞台は風が作り、音楽の担当を樹、ナレーションを美森、魔王を楓が。そして、友奈は勇者である。

 

 「ふっふっふ……元気なちびっこ達め。今から楽しい人形劇の世界へと引きずり込んでくれるわ」

 

 「言ってることが悪役っぽいよお姉ちゃん……」

 

 「自分より魔王やってるねぇ。今からでも代わるかい?」

 

 「出来るか! セリフ覚えてないわよ!」

 

 「風先輩、ストーリーと舞台で手一杯でしたからね」

 

 幼稚園の教室の外でスタンバイしている6人が最後の打ち合わせを行う最中、風が悪どい笑みを浮かべて手をわきわきと動かしながら呟く。そんな姉に妹と弟が絡み、美森は風の働きを思い返してうんうんと頷く。

 

 「あ~、緊張してきちゃった。ちゃんとやれるかな~」

 

 「友奈ちゃんも緊張するんだねぇ。大丈夫、あんなに練習したじゃないか」

 

 「私だって緊張するよ? でも、やっぱり心配だよー……」

 

 「うーん……よし。友奈ちゃん、ちょっと左手出してくれないかい?」

 

 「? ……あっ」

 

 緊張するという友奈に楓がそう言うと、彼女は素直に左手を出す。すると楓は、その手を握ると自分の額にまで持ってくる。

 

 「大丈夫。友奈ちゃんは頑張ってきたんだから……何かあったら自分達もフォローするし、自分が失敗したらフォローしてほしい」

 

 「楓くん……」

 

 「頑張れ、勇者。自分達も一緒に頑張るからねぇ」

 

 「……うん!」

 

 「…………」

 

 「お姉ちゃん……東郷先輩が満ち足りた表情でお兄ちゃん達をスマホで激写してるよ……」

 

 「あー……東郷は友奈と楓が大好きだからね……」

 

 そんな、人形劇前の一幕であった。




原作との相違点

・樹が勇者部入部前に勇者のお役目を教えられる。

・人形劇の魔王役が楓に

・その他色々



という訳で、樹がお役目の内容を知るのとなんか食ってばっかなお話でした。これにて原作前話は終わりです。その記念に、おまけとしてゆゆゆ風の楓のプロフを載っけときます。



名前:犬吠埼 楓
肩書き:勇者
性別:男性
年齢/学年:13歳/中学2年生
誕生日:神世紀286年6月8日
身長:162cm
血液型:A型
出身地:香川県
趣味:のんびりすること
好きな食べ物:うどん、焼きそば、ぼた餅
声優:?



声優には好きな人を入れといて下さい←

あらすじの“暗い勘違い”が仕事をした。多分最初で最後です。次回から原作に入ります。大筋は変わらず、勇者達の心情心境はかなり変わってます。書ききるぞー。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 3 ー

お待たせしました(´ω`)

予告通り、今回から原作に入っていきます。それと、前回投稿後直ぐに誤字脱字報告を下さった方々、ありがとうございます! 見直してるのになぁ……。

UAがいつの間にか40000を越えてました。皆様ありがとうございます!

ちととあるアプリのガチャで盛大に爆死して傷心中。辛い……

今回は日常とその終わり。少々物足りないかもしれません。


 昔々、ある所に勇者が居ました。勇者は人々に嫌がらせを続ける魔王を説得する為に旅を続けています。

 

 そしてついに勇者は、魔王の城に辿り着きました。

 

 「やっとここまで辿り着いたぞ魔王! もう悪いことはやめるんだ!」

 

 「わしを怖がって悪者扱いを始めたのは村人達のほうではないか」

 

 「だからと言って嫌がらせはよくない。話し合えばわかるよ!」

 

 「話し合えば、また悪者にされる!」

 

 友奈の勇者と楓の魔王の台詞にも熱が入り、見ている園児達も劇に集中する。そして、友奈が次の台詞を言う時、ついつい前のめりになってしまった時だった。

 

 「君を悪者になんか……しない!!」

 

 (あっ、まず)

 

 楓がそう内心で呟いた瞬間、役者を隠すのと同時に舞台の役割を果たしていた板に友奈の手が当たってしまい、バターン! と大きな音を立てて倒れてしまった。幸いにも園児達から距離が離れていたので当たることはなかったが、人形劇なのに役者が姿を現してしまうという珍事が起きてしまう。

 

 (か、かかか楓君、どうしよう!?)

 

 (うーん、台詞を忘れたりするならまだしも、舞台を倒すのは予想外だねぇ……園児に当たらなかったのは不幸中の幸いか)

 

 あわあわと慌てる友奈と小声で会話をしつつ、どうしたものかと楓が苦笑いしながら小声で返す。フォローすると言った手前、なんとかしたいと思うものの咄嗟には思いつかない。

 

 しゃがんでいる友奈と車椅子では隠れられないので降りて足を伸ばして座っている楓。この状況でこのハプニングを乗り越えるにはどうするべきか。

 

 (こ、こうなったら必殺の勇者キックを……で、でも楓くんが怪我しちゃうかもしれないし……)

 

 友奈の思考がやや危険な方に向かってブレーキが掛かっている時、友奈は楓が苦笑いしてごめん、と口だけを動かしているのを見た。

 

 「隙を見せたな勇者め! 魔王キーック!」

 

 「「ええっ!?」」

 

 唐突に、楓が人形を突き上げて勇者の人形に攻撃した。まさかの展開に友奈とストーリーを書いた風が驚きの声を上げる。

 

 「もうお前の言葉は聞かないぞ! 話し合いをしたければ、まずはわしを倒してみせろ!」

 

 ここで楓が音楽担当の樹とナレーション担当の美森にアイコンタクトを送る。きょとんとしていた美森と急展開に驚いていた樹だったが、アイコンタクトを受けてコクリと頷く。

 

 話し合いの途中だったのでゆったりとした音楽が流れていたが、それが魔王のテーマに変わる。不意打ちを受け、更にテーマ曲。まさに勇者は絶体絶命となり、園児達もハラハラとしている。因みに、この物語は元々は勇者と魔王が話し合いの末に和解する平和なストーリーである。

 

 「たいへん! このままでは勇者が負けちゃうわ。皆で勇者を応援して力を送りましょう! がーんばれ! がーんばれ!」

 

 【がーんばれ! がーんばれ!】

 

 小さな日本国旗を持った美森が園児達にそう言うと、元気良く園児達が声援を送る。中にはハラハラとした表情の子、楽しそうな子、なぜか泣きそうになっている子等様々な子がいる。

 

 (ほら、友奈ちゃん)

 

 「あっ! こ、子供達の応援が力をくれる! 行くぞ魔王! 勇者パーンチ!」

 

 「ぐわああああ!」

 

 「こうして勇者に倒された魔王は勇者との話し合いの末に和解し、祖国は守られました。めでたしめでたし」

 

 「皆のおかげだよ!」

 

 【ばんざーい!】

 

 勇者人形のパンチを受け、楓ごと倒れる魔王人形。すかさず美森が話を締め括り、園児達は無邪気に万歳と手を上げる。こうして人形劇は少々のハプニングに見舞われながらも、無事に終えることが出来たのであった。

 

 讃州中学勇者部。本日も元気に活動中である。

 

 

 

 

 

 

 翌日、全ての授業を終えてこの世界特有の作法である“起立、礼、神樹様に拝”を終えた後、2年生の3人はクラスから出て勇者部の部室へと向かう。1年の時は別々のクラスだった楓と友奈、美森は2年に上がったことで同じクラスとなっていた。

 

 教室でクラスメートに、道中で別のクラスの生徒に助っ人のお願いや勇者部に対する応援の声等を貰いつつ、友奈は東郷の車椅子を押して部室に入り、その後ろを電動車椅子を操作する楓が続く。

 

 「こんにちはー! 友奈、東郷、楓くん入りまーす!」

 

 「こんにちは、風先輩。樹ちゃん」

 

 「こんにちは、姉さんに樹」

 

 「やっと来たわね3人共」

 

 「こんにちは、友奈さん、東郷先輩、お兄ちゃん」

 

 部室の中には既に風と樹が居た。風は黒板に猫の写真を幾つか貼って“子猫の飼い主探し”とチョークで書き、樹は机の上にタロットカードを広げていた。

 

 「昨日の人形劇、大成功でしたね!」

 

 「そうだねぇ。それに楽しかったしねぇ」

 

 「いや、結構ギリギリだったでしょ……確かに2人のアドリブでどうにかなったけどね」

 

 「友奈ちゃんと楓君のアドリブ、よかったわー」

 

 (東郷先輩がこっそりとスマホでお兄ちゃん達を撮影していたのを、私だけが知っています……)

 

 昨日のことを思い出して笑顔を浮かべる友奈と楓にツッコミを入れる風、同じように思い出してうっとりとする美森に、そんな彼女の行動を唯一知りつつ心の内に秘めて苦笑いする樹。

 

 人形劇の感想もそこそこに、5人は部長である風のミーティングをするとの発言を受けて黒板前に集合する。黒板に貼ってある猫の写真に友奈が目を奪われるが、風の咳払いを受けて佇まいを直す。

 

 「見ての通り、未解決の飼い主探しの依頼がどっさり来てるわ」

 

 「本当にいっぱい来たね……」

 

 「ということで、今日からは強化月間。この子達の為にも飼い主探すわよ! 東郷にはホームページの強化、任せたわ」

 

 「了解! 携帯からもアクセス出来るようにモバイル版も作ります」

 

 「私達は……海岸のお掃除に行くから、そこで聞いてみよっか!」

 

 「いいですね!」

 

 「自分も老人会でお相手するから、そこで聞いてみようかねぇ」

 

 自分達で出来ることをしよう。そんな会話をする部員の姿に、部長である風の表情も緩む。そんな4人の裏で、東郷がカタカタと高速でキーボードを叩く音が響く。相変わらず速いなーと風が美森の方へと視線を移した時だった。

 

 「終わりました!」

 

 「「「速っ!?」」」

 

 「おお、流石美森ちゃん。速い上に見やすいねぇ」

 

 「ふふ、頑張ったわ」

 

 風が彼女に指示を出して数分足らずでホームページの強化とモバイル版の作成を終えたという美森。話し合ってた女子3人はあまりの速さに驚愕し、彼女の隣に移動して中身を見た楓はいつもの朗らかな笑みを浮かべて褒め、美森も嬉しそうに笑う。

 

 3人もホームページを覗き込み、その完成度の高さに思わず絶句。これには高かったやる気が更に上がる、ということでそれぞれ活動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 活動も一段落終えた夕方、5人は“かめや”といううどん屋で仲良く少し早めの夕食としてうどんを口にしていた。それぞれ思い思いのうどんを食べる中、風は3杯目となるうどんを食べ終え、汁を飲み干す。その光景は弟と妹には慣れたものだが、まだ少し慣れないのかあまりの速度に友奈と美森は驚きを隠せない。

 

 因みに、席順は4人用テーブルの椅子を1つ取り、それぞれ壁際に美森、隣に友奈。美森の向かいに樹、隣に風。美森と樹の斜め向かいの壁際に楓が居る。友奈と楓に挟まれ、美森はご満悦でうどんを啜る。

 

 「ところでさ、文化祭の出し物のことなんだけど」

 

 そう風が話し始めると樹がまだ5月にも入っていないのにもうそんな話をするのかと疑問を投げ掛ける。そんな妹に、風は準備は大事であり、夏休みに入る前には色々と決めておきたいと告げる。

 

 「確かに、常に有事に備えることは大切です」

 

 「去年は勇者部の依頼に掛かりきりで何も出来なかったからねぇ……」

 

 「樹ちゃんも入ってくれましたし、今年こそは思い出に残ることやりたいですね!」

 

 「が、頑張ります。でも、何をするんですか? 私達勇者部の活動をスライドで写したり……?」

 

 「甘いったぁっ!」

 

 「妹のあぶらげ取らないの。お行儀悪いよ、姉さん」

 

 風の言に同意する美森。その隣で去年のことを思い出しながら楓は冷やし天玉うどんを啜り、樹を見ながら笑って言う友奈とふんすっと両手を握ってやる気を見せる樹。そんな彼女の思い付きを一蹴しつつ樹のうどんに浮く大きな油揚げを盗ろうとする風だったが、楓の割り箸に手の甲を叩かれて敢えなく失敗する。

 

 「娯楽性の無いものに大衆はなびかないですからね」

 

 「それに、勇者部の活動は割と知られてるからねぇ……新聞部の記事とかで。外でも良く活動するし」

 

 「あたた……ま、これは宿題ね。皆それぞれ考えといて。あっすみませーん! うどんおかわり!」

 

 「4杯目!?」

 

 「すみません、自分もおかわり下さい」

 

 「いつの間にか楓くんの前に空の器が4つも!? え、今食べてたの5杯目!? まだ食べるの!?」

 

 「凄いわ、全く気付かなかった……」

 

 そんなうどん屋での一時を過ごした後、5人はそれぞれの帰路に着く。かめやは家から距離があるので美森は家族に車で迎えに来てもらい、お隣さんである友奈も一緒に乗せてもらう。犬吠埼姉弟も家から少し距離があるが、車椅子の楓が居るのでそのまま徒歩での帰宅である。そのことに申し訳なく思う楓だったが、姉妹は笑って気にしないでと言うので言葉に甘える形になっている。

 

 樹が車椅子を押し、3人仲良く並んで帰る。家まで後半分程の距離となった時、不意に風が口を開く。

 

 「2人共……夕飯何作ろっか」

 

 「まだ食べるの!?」

 

 「そうだねぇ……肉ぶっかけうどんでも……」

 

 「いいわねー」

 

 「あれだけうどん食べたのに!?」

 

 樹のツッコミが冴える中、風のスマホにメールの着信が入る。2人に断りを入れてから内容を確認すると、そこには風の勇者候補のグループのメンバー全員が高い適正値で安定しているという報告。そして……神託で予告されていたバーテックスが再び現れるようになる期間内であるという注意。

 

 適正値が高いことなど最初から分かっている。だが、改めて文字に起こされるとやはり……という思いが湧き、まだ何も知らない友奈と美森を思ってか風の表情が歪む。そんな彼女の表情を見ていた弟と妹もまた、表情が曇った。

 

 「大赦からかい?」

 

 「……ええ。適正値の報告と……敵がやってくる期間内だって、ね」

 

 「そっか……覚悟、しておかないとねぇ」

 

 「……樹」

 

 「着いていくよ」

 

 風が何かを言う前に、先んじて樹がはっきりと告げる。その事に面食らう風だったが、彼女の表情を見て何も言えなくなる。樹は微笑んでいた。姉弟共通のその綺麗な緑色の瞳に、強い決意の光を宿して。

 

 「着いていく。お兄ちゃんだけでも、お姉ちゃんだけでも嫌だから。家族3人で居たいから」

 

 「……妹が強くなって、お姉ちゃん嬉しいわー」

 

 「流石、自分達の自慢の妹……だねぇ」

 

 「えへへ……♪」

 

 目尻に滲んだ涙を拭い、樹を抱き締める風と褒める楓。大好きな姉と兄に抱き締められ、褒められて嬉しそうに笑う樹。夕焼けに照らされながら繰り広げられる家族愛は、良く映えた。

 

 道中、勇者部に入部する際にダウンロードするように言っていたSNSアプリ“NARUKO”に友奈から面白画像が届く。そのNARUKOでのんびりと5人でメッセージのやりとりをしながら、風は茜空を見上げながら思う。

 

 (もしかしたら選ばれない……ってことも有り得る……わよね)

 

 それが、限り無く低い可能性であると知りつつ。

 

 

 

 

 

 

 翌日の授業中、友奈は風から言われていた宿題……文化祭の出し物について考えていた。勇者部らしい、それでいて勇者部も見てくれる人達も楽しめる出し物。カリカリと猫の頭にカレーを乗っけてどこぞのアンパンよろしく“僕を食え!”と叫ぶカレー猫なる謎のキャラクターを描き、思い付かず溜め息を吐く。因みに友奈の後ろには楓が、その右隣に美森という席順である。

 

 「友奈ちゃん……溜め息ついてどうかしたかい?」

 

 「えっ? あ、あはは、なんでもない」

 

 「結城さーん? 何でもないなくないですよー」

 

 楓に聞かれ、思わず素の声で答えてしまい、友奈は先生から注意されて教科書を読むように言われてしまう。しょんぼりとしながら立ち上がる友奈に苦笑を隠せない楓と美森。その時、楓がピクッと何かに反応し、苦笑いを消して真剣な表情を浮かべ、一言呟く。

 

 

 

 「……来る」

 

 

 

 そんな楓を横目で確認した美森が疑問符を浮かべた瞬間、不意に教室にアラームが鳴り響いた。それは友奈、美森、楓のカバンの中にあるスマホから鳴っていた。

 

 「えっ、私の!?」

 

 「携帯ですか? 授業中は電源を切っておきなさい」

 

 「はい、すみません。今止め……ってなにこれ?」

 

 クラスの皆からくすくすと笑われる中で“電源切ったのになー”と思いながらスマホを取り出す友奈。だが、画面を見て動きが止まる。“樹海化警報”……そうスマホに表示されているのを友奈が確認した瞬間、突然教室内に響いていた笑い声が止まる。

 

 「えっ!?」

 

 「なっ……皆、止まってる……!?」

 

 友奈と美森が驚いて周りを見回すと、2人と楓を除いた全員が笑ったままの表情と体勢でその動きを止めていた。壁に掛けられている時計の針も止まり、窓の外の雲すらも止まっている。明らかな異常現象に恐怖を覚え、立ち上がった友奈は美森の元に行って車椅子をいつでも押せるようにする。

 

 同じ頃、樹は教室を飛び出して風の教室へと向かっていた。時間が止まることを聞いていた彼女は、予め風と合流すると決めていたのだ。途中、同じように合流しようとしていた風と会い、お互いに無事を確かめ合う。

 

 「お姉ちゃん……これが?」

 

 「ええ……やっぱり、あたし達が当たりだったわ……樹」

 

 「……うん」

 

 「あんたも楓も……あたしが守るから」

 

 「私も、一緒に頑張るね」

 

 風は樹を強く抱き締め、誓いを口にする。樹もまた風を抱き返し、同じく誓いを口にする。今度は弟(兄)を1人で行かせはしない。今度こそ家族、姉弟3人で。そう強く思う。

 

 窓の向こうから極彩色の光が津波のごとく迫る。その常軌を逸している光景に、少女達は身構える。そんな時、美森と友奈が楓に向かって手を伸ばす。

 

 「楓くん!!」

 

 「楓君っ!!」

 

 必死な2人に対して、楓は朗らかに笑う。伸ばした手は……彼には届かない。掴むべき腕が無い。そんなことすらも忘れて、手を伸ばした後にそのことに気付いて唖然とする友奈と……己でも理解出来ない程に、彼女以上に心と表情が絶望に染まる美森。

 

 そんな勇者部5人と世界を、光が呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 「……何、これ」

 

 美森と抱き合う友奈の口から、そんな言葉が漏れる。彼女達の眼前に広がるのは、太い木に埋め尽くされた、毒々しいとも神々しいとも取れる色鮮やかな不思議な世界だった。

 

 「夢? 私居眠り中?」

 

 「……私達は教室に居たハズなのに……あ……か、楓君! 楓君は!?」

 

 「大丈夫、ここにいるよ」

 

 「楓君! よかった……よかったぁ……」

 

 「心配してくれてありがとねぇ」

 

 突然の出来事に自分は今眠っているのではないかと頬をつねる友奈とさっきまでの自分達の状況を思い返す美森。そして先程手を伸ばして掴めなかった楓を慌てて探すと、幸いにも教室に居た時と同じ距離に彼は居た。今度こそ近付いて両手で包むように彼の左手を握り、安心して涙目になる美森とホッと胸を撫で下ろす友奈。そんな2人に、楓は嬉しそうに礼を言った。

 

 「3人共! 無事ね!?」

 

 「良かった、直ぐに会えました……」

 

 「風先輩! 樹ちゃん!」

 

 「姉さん達も無事だったみたいだねぇ」

 

 「よかった……でも、私達の居場所がよく分かりましたね」

 

 「あんた達が携帯を持っててくれたからね」

 

 「……携帯?」

 

 風の言葉に、友奈は不思議そうに首を傾げる。アラームが鳴った時、3人はカバンからスマホを取り出して画面を確認していた。そのスマホには勇者部に入った時にダウンロードするように言われたアプリが存在する。

 

 風が全員の目の前でそのアプリを操作すると、5人の現在地を記す画面が出た。風曰く、この機能は今の状況に陥った場合に自動で作動するという。当然のように語る風に、美森は疑問を覚えた。

 

 「……風先輩は、何か知っているんですか? それに、ここはどこですか?」

 

 「……落ち着いて聞いてね、2人共。あたしは、大赦から派遣された人間なんだ」

 

 風は語る。まず、自分達のグループが当たりでなければずっと黙っているつもりであったこと。今いるこの世界は神樹様の結界であること。悪い場所ではないが、神樹様に()()()()自分達はこの中で敵と戦わなければならないこと。そしてこの世界には今、自分達以外に誰も存在していないこと。

 

 「樹ちゃんと楓くんは知ってたの?」

 

 「……はい。私は、聞かされていました」

 

 「自分も、実は姉さん側でねぇ。理由は姉さんとはちょっと違うけど」

 

 「……私と友奈ちゃんだけ、知らなかったんですね」

 

 「……ごめん。楓は教えようとしてたけど、あたしがギリギリまで黙っていようって言ったのよ」

 

 友奈に聞かれた樹が申し訳なさそうに俯き、楓も苦笑いを溢す。自分と友奈だけが知らされていなかったことにショックを覚えつつも、美森は楓の手を離そうとはしない。そんな彼女に、風は楓を庇うように言うが、楓は“自分も同罪だよ”と首を振った。そんな中、友奈がスマホの画面を指差す。

 

 「あの……この“乙女座”ってなんですか?」

 

 「……来たわね。見て、あれが私達の敵……バーテックスよ」

 

 風が指差す方向の木々の向こうに、ピンク色の体をした巨大な影が見えた。ヴァルゴ・バーテックス。それが、勇者部最初の敵であった。

 

 続けて風は言う。バーテックスの目的はこの世界の恵みである神樹様に辿り着き、世界を殺すことであると。そして自分達はその敵と戦う意思を示すことでアプリの機能がアンロックされ、神樹様の“勇者”となれるのだと。

 

 「あんなのと、戦える訳が……」

 

 声を震わせながら美森が呟く。だがこの時、美森は恐怖の他にも自分の中にある感情が沸き上がるのを感じた。思わず胸に手を当て、服を強く掴む。

 

 (怖いのに……何故かしら。私はあの敵に……“怒り”を抱いてる?)

 

 「……友奈、東郷を連れて逃げて。ここはあたしと……」

 

 ちらりと、風は隣に立つ樹に視線を向ける。その視線を受け、樹はコクりと強く頷いた。それを見て、風も小さく笑い……2人揃って3人の前に立つ。

 

 「樹に、任せなさい」

 

 「は、はい! って東郷さんだけ? 楓くんはどうするんですか!?」

 

 「自分なら大丈夫だよ、友奈ちゃん」

 

 「えっ?」

 

 楓は車椅子を操作して姉妹の隣に並び、左足だけで立ち上がる。3人はスマホを手にし、画面の中心にある花が描かれたアプリに指を伸ばす。そして、楓だけは友奈と美森に首だけ振り返り……いつものように朗らかに笑った。

 

 

 

 「自分、これでも元勇者だからねぇ」

 

 

 

 同時にタップし、そこから花びらと共に光が溢れて3人の衣装が変わる。風は黄色い髪が金髪へと変化し、黄色を基調とした勇者服に、樹は黄緑を基調とした勇者服に。そして……楓は、黄色い髪が真っ白に染まって膝裏まで長くなり、白を基調とした勇者服に。

 

 そして、3人は人間を越えた跳躍力で敵に向かって跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 「……真っ白な……男の子」

 

 楓君が変身した姿を見て、私は思わずそう呟いた。何度も彼を見る度に脳裏に過った真っ白な男の子。その男の子より背は高くなっていたけれど、確かにあの姿は……。

 

 「楓君が……あの男の子だったのね」

 

 「楓君が真っ白になっちゃった……って東郷さん? どうしたの?」

 

 友奈ちゃんが何か言っているけれど、私は彼の姿に集中していてよく聞こえてなかった。

 

 胸に感じるのは懐かしさと、嬉しさ。探していたモノがやっと見つかったような、無くしていたモノが目の前に現れたような。でも、やっぱり記憶には無くて。そんな感情と感覚だけが、私を満たしていく。

 

 「っ、風先輩! 樹ちゃん!」

 

 「あ……っ!」

 

 風先輩がどこからともなく大きな剣を取り出して、バーテックスとか言う敵が出した何かを切り裂くと爆発を引き起こした。樹ちゃんの方は何をしたのかよくわからなかったけれど、彼女の周囲で幾つもの爆発が起きた。

 

 楓君はどこだろうか……そう思って探すと、敵の体から出てきた何かが私達に向かって飛んできているのが見えた。

 

 「東郷さんっ!」

 

 「友奈ちゃん!?」

 

 友奈ちゃんが私を庇うようにして抱き締めてきた。迫ってくる何かが、妙に遅く感じる。これが走馬灯というモノだろうか……そう思った時、その飛んできていた何かを真っ白な沢山の光が貫き、爆発する。

 

 「「きゃあっ!」」

 

 爆風に煽られ、目を開けて居られず思わず悲鳴をあげてしまう。やっと目を開けられるようになった時、高い位置に存在する木の上に、左手から妙に既視感を覚える光の弓を出している楓君の姿が見えた。彼に守られた。彼が守ってくれた。そのことに、不思議と心から喜んでいる私が居て。

 

 同時に何故か……それだけでは嫌だと心で叫んでいる私が居たんだ。




原作との相違点

・勇者キックではなく魔王キック←

・友奈の後ろの席に楓

・東郷がヴァルゴにお怒り

・その他ちょっと多過ぎて……



という訳で、原作1話の半分くらいですかね。中途半端な所で終わってますが、全部書くと長引きそうなんで戦闘は次回です。隊長戦闘書くの大好き←

実のところ、初戦は割と原作よりもイージー難易度予定です。勇者レベル高い楓居ますしね。ヴァルゴさんがまた犠牲になるのか……。

50000か55555UAのどちらかになったら、また記念番外編でも書きましょうかね。リクエストから選んで……ほのぼのか鬱かやべーのしかないって言うね。皆様、本作と私に何を求めてるんですか(震え声

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 4 ー

お待たせしました(´ω`)

やっぱり戦闘書くのは楽しいですね。お陰で筆が乗り、文字数が一万越えました←

ゆゆゆい、ランキングイベント来ましたね。回復キャラ少ないので超級で中々星3取れません。

今回は前回の続きで戦闘と少しの説明回。ちょいとご都合というか、ん? となるかもしれません。


 「へ、変身した……は、いいけどどうしたらいいの!?」

 

 「戦う意思を示せば、武器が出るわ! 戦い方はアプリに書いてあるっていうか樹! 前! 前!」

 

 「えっ? ふぎゃんっ!」

 

 少し離れたところで、樹が着地に失敗して顔から木に突っ込んでいるのが見えた。その際に精霊のバリアが発生したのも確認してる……あれ、致命的だったのか。流石に覚悟はしてても何の訓練も受けていない樹は勇者の身体能力に振り回されてるなぁ。

 

 「よっ……と」

 

 自分も失敗しないようにと、高い位置にある木の上に降りる。勇者として鍛えてきた訓練と戦いの経験のお陰か、片足しか動かない自分でも問題なく着地することが出来た。姉さん達はどうだ? と確認してみると、丁度樹に精霊の説明をしているところだった。姉さんのは青い、犬っぽい奴で……樹のは……なんだアレ。黄色い毛玉に双葉が生えてる。

 

 取り敢えず、2人は大丈夫そう……か? と思いつつ、バーテックスの姿を確認する。本来なら何かしらアドバイスを送るべきなのだが、生憎と自分はあのバーテックスは初見だ。何をしてくるのか分かったもんじゃない。強いて言うなら、あのマントのようなモノが攻撃手段……かねぇ。

 

 「さて……どうしたものか」

 

 前のようには動けない以上、自分がやれることは限られている。想像力次第で如何様にも化けるこの左手の水晶は距離を選ばない。そして、今必要であろう遠距離武器の想像は容易い。何せ、ずっと見てきたんだからねぇ。

 

 「シャー♪」

 

 「おっと……久しぶりだねぇ、夜刀神」

 

 水晶の窪みから光が溢れ、弓の形を……美森(すみ)ちゃんが使っていた弓を作り出す。形だけ、だけどねぇ。その直後、夜刀神が現れて自分の首に巻き付き、すりすりと頬擦りをしてきた。会うのは久しぶりだけど、まだ懐いてくれているようで嬉しくなり、同じく頬を擦り寄せる。

 

 そうしていると、バーテックスの下の部分から何か卵のようなモノが出て姉さん達に飛んでいった。姉さんが巨大な剣を取り出してそれを斬ると、それは爆発する……なるほど、爆弾って訳だ。

 

 樹も手を前に翳すと、細くて見えにくいが緑色の光の糸……ワイヤーが出て広範囲の爆弾を切り裂き、爆発させた。なるほど、樹の武器は自分も使ったことがあるワイヤーか。兄妹とはそんなところまで似ているのかねぇ……そんな感想を抱いていると、美森ちゃん達の方にも爆弾が飛んでいくのが見えた。

 

 「流石に、やらせる訳にはいかないねぇ」

 

 左手を伸ばし、弓を構える。これは自分の想像で生み出した勇者の光の弓。矢をつがえるのも、弦を引くのも、狙いを定めるのも、全て自分の意思1つで事足りる。

 

 「初陣だよ……“与一”」

 

 自分の言葉に反応してか、いつの間にか追加されていた人の形をした弓を携えた自分の新たな精霊、与一が現れる。そして、自分の目には放った矢が彼女達に届く前に爆弾を射抜く光の軌跡が映る。後は、それをなぞるように矢を射る意思を示せば……その軌跡の通りに矢が飛び、爆弾を射抜いた。爆風に煽られることになったのは、流石に許してほしいねぇ。

 

 2人が無事な姿を確認したのと同時に、バーテックスが自分に向かって爆弾を幾つか飛ばしてきた。直ぐにそちらへと体と左手を向け、矢を連続で放つ。それは爆弾を射抜いて爆発させたものの、爆煙のせいでバーテックスが見えなくなってしまった。

 

 「厄介な……っ」

 

 爆煙に対して舌打ちすると、それを突き抜けて爆弾が飛んで来た。また矢を放って空中で爆発させるが、そのせいでまた爆煙が出て視界を封じられる。しかも煙がさっきより近い。そして、直ぐにまた煙を突き抜けて爆弾が飛んで来た。

 

 「そんなに連射が効くのか!?」

 

 流石に迎撃が間に合わないので左足を曲げ、左方向へと跳ぶ。すると爆弾は途中で方向を変え、自分に向かってきた。追尾もするのか……本当に何でもありな敵だ。

 

 「このっ! ああっ!?」

 

 「お姉ちゃん!? きゃあっ!?」

 

 「っ、姉さん! 樹!」

 

 跳んでいる最中、姉さんと樹が爆弾を受けたところを見てしまった。精霊バリアの強固さと優秀さは自分も知るところではあるが、全ての衝撃を防ぎきれる訳ではないし痛みだって感じる。それに万が一ということもあり得る。姉さんの方は、剣を盾にしているように見えた。だが樹は直撃だ、その衝撃は大きいだろう。

 

 木の上で倒れ伏してる2人が見えた。その姿に怒りで頭が沸騰しそうになるが……ふうっ、と息を吐いて落ち着く。前のように戦えない、自分の動き1つ1つにも気を払わなければ直ぐに地面を転ぶ羽目になる。全く、やりにくいったらありゃしないが……それでも、自分は元勇者だ。

 

 「やり方を変えるか……」

 

 どうにも自分に遠距離武器は合わない。着地した後に弓を変化させ、ワイヤーよりも太い光の糸……鞭として伸ばす。満開をしたせいというべきかお陰というべきか、勇者の力が前よりも上がってる自分は以前よりもより多く光を扱える。伸ばした鞭を操り、爆弾を切り裂く……のではなく、絡めとる。

 

 振り回して遠心力を加え、バーテックスに向けて投げ返す。それが敵にぶつかって爆発して煙で姿が見えなくなったのを確認し、鞭を木に巻き付けてターザンの如く移動し、姉さん達の元に降り立つ。

 

 「無事かい? 2人共」

 

 「痛っ……なんとかね。精霊が居なかったらと思うとゾッとするわ」

 

 「わ、私も大丈夫~……」

 

 痛そうではあるが意識ははっきりしてるし、少なくとも立ち上がったことに安心する。それに、戦意を喪失している様子もない。結構タフだねぇ、2人共。

 

 さて、どうしたモノか。強引に近付いて攻撃するのも手だが、自分じゃ小回りが効かない。また弓で遠距離攻撃を仕掛けてもいいんだが……この初戦、あまり自分がでしゃばりたくはない。彼女達が戦うことになった以上、少しでも経験を積ませたいのが本音だ。

 

 勿論、いざという時は()()()()()()()()()()自分が倒すが……自分は1人で戦い抜ける程強くない。必ず彼女達の手を借りなければ、この先も勝つことは出来ないだろう。

 

 「まだ、やれるね?」

 

 「当然! 樹、行くわよ!」

 

 「う、うん! 頑張る!」

 

 自分の言葉に強く返事をして敵に向かっていく2人。少し遅れて自分も敵に向かって跳ぶ。敵に動きがないのが気になるが、そもそも未だに煙で姿が見えない。爆弾を返したのは失敗だったか……と少し後悔する。その直後だった。敵の煙が急に晴れ、大量の爆弾が自分達に向かって飛んで来たのは。

 

 「ちょ、多い多い!?」

 

 「樹! 自分と一緒にやるよ!」

 

 「うん! やああああっ!!」

 

 驚きつつも樹に声をかけ、2人で同時に手を伸ばす。樹の手のリングに付いている花から伸びる4本のワイヤーと自分の水晶の窪みから伸びる4本のワイヤーが爆弾目掛けて伸び、1つ残らず切り捨てる。当然爆弾は爆発し、その量もあってか強烈な爆風が自分達を吹き飛ばした。

 

 悲鳴も聞こえない程の爆音と共に爆風に飛ばされた自分は直ぐにワイヤーを鞭に変えて木に巻き付けることでそれほど飛ばされることはなかったが、2人はかなり飛んでった。ただ、勇者の身体能力に慣れ始めたのか叩き付けられるということはなかったようで、しっかりと着地を……失敗して姉妹仲良くコロコロと転がっているのを見た。まあバリアも発生してないし、背中から叩き付けられなかっただけマシか。

 

 (さて……姉さん達だけじゃ厳しいか?)

 

 大きな剣を使う姉さんは爆弾と相性が悪い。1個や2個ならなんとかなりそうだが、数が多いと迎撃が間に合わない。樹のワイヤーは爆弾を処理できても、それに掛かりきりでは本体に辿り着けない。避けようにも追尾してくるし、自分では美森ちゃんのように動きながら弓を射るなんて芸当は出来ない。

 

 どうしたものかと考えていると、敵の爆弾が美森ちゃん達に向かって飛んでいくのが見えた。やらせない、と着地して鞭を弓に変える……が、自分にも爆弾が飛んできているのが見えたので反射的に跳んで避けてしまう。避けながら戦っていた経験が、悪い方に作用してしまった。

 

 「友奈ちゃん、美森ちゃん!!」

 

 思わず叫ぶ。生身では精霊のバリアが発生するかもわからない。彼女達が死んでしまっては、自分がこうして帰って来た意味がない。だから、当たる可能性が低いと知りつつも空中で狙いを定め、射ち出す。与一の存在もあってか、無事に爆弾を射抜けたことに安堵し……。

 

 「っ!? しまっ」

 

 いつの間にか近くまで移動していたバーテックスに気付くのが遅れ、布のような、触手を1つに束ねたようなモノに周りも見えない程に雁字搦めにされた。

 

 

 

 

 

 

 「風先輩! 樹ちゃん!」

 

 「楓君!!」

 

 3人が戦ってるのを、私達は黙って見ていることしか出来なかった。風先輩に言われて逃げようって思った。だけど、楓くんに守ってもらって……その時の爆風のせいで、怖くて動けなくなって。

 

 風先輩と樹ちゃんが爆風で吹き飛ばされたのが見えた。楓くんが私達に向かってくる爆弾を撃ち落として……その後に大きなバーテックスっていう敵に捕まったのも、見えた。そして……敵が私達に向かってまた爆弾を飛ばしてくるのも……見えた。

 

 「っ、友奈ちゃん! 私を置いて逃げて!」

 

 東郷さんの必死な声が聞こえる。嫌だ、友達を置いていくなんてしたくない。でも、怖い。足も震えて、涙だって滲んできて。死んじゃうかもしれないって思った。だって私は勇者に憧れるだけの普通の女の子で……ただ、勇者部の皆と部活するのが楽しくて、そんな日々を過ごしたかっただけなのに、こんなことになって。

 

 「嫌だ」

 

 そうだよ……私は、私達はそんな日々を過ごしたいんだ。なのにあの敵は、それを壊しに来てる。風先輩達はそんな敵と戦ってるんだ。私達に内緒で、私達に逃げるように言って、たった3人で世界の為に。

 

 (それって……勇者部の活動目的通りだよね)

 

 皆の為になることを勇んで、進んでやる者達のクラブ。世界の為に戦うことは、私達の為に戦ってることは……何も、間違ってない!

 

 「だから……」

 

 「お願い逃げて! 友奈ちゃんが死んじゃう!」

 

 爆弾が飛んでくる。もしかしたら、本当に死んじゃうかもしれない。だけど……頭の中で楓くんの声が響くんだ。

 

 

 

 ー 何かあったら自分達もフォローするし、自分が失敗したらフォローしてほしい ー

 

 ー 頑張れ、勇者。自分達も一緒に頑張るからねぇ ー

 

 

 

 例え人形劇の中の話でも、楓くんは私を勇者だって言ってくれた。失敗したらフォローしてくれるって言ってくれて、実際にフォローしてくれた。だから、今度は私が助けるんだ。それに、私が憧れる勇者は……絶対、誰も見捨てたりなんかしないんだから。

 

 「友達を……仲間を見捨てるような奴は……」

 

 爆弾が迫る。もう後戻りは出来ない。私がやらやきゃ、私も東郷さんも死ぬ。させるもんか、やらせるもんか。絶対に、誰も……死なせるもんか!!

 

 

 

 「勇者じゃ……ない!!」

 

 

 

 右手に携帯を握り締めて、そう声に出しながら左拳を爆弾目掛けて突き出す。何かを殴った感触の後、また爆風と爆煙が私を覆う。だけど、痛みも熱さも感じない。

 

 「友奈ちゃん!!」

 

 「大丈夫だよ、東郷さん。それに私、嫌なんだ」

 

 いつの間にか、左手に桜色の手甲のようなのが付いている。それをはっきりと認識する間も無く、次の爆弾が飛んで来た。

 

 「誰かが傷付くことも!」

 

 さっきよりもはっきり見える爆弾に、右足の上段回し蹴りを叩き込んで破壊。すると、今度は左手が変わったように右足の靴が変わる。お父さんに武術を教えてもらってて良かったと思いつつ、また1つ迫る爆弾を確認する。

 

 「誰かが、辛い思いをすることも!!」

 

 回し蹴りの勢いをそのままにくるりと1回転し、次は左足での上段後ろ回し蹴り。同じように爆弾を破壊すると同時に、また靴が変わる。迫る爆弾は、後2つ。

 

 「皆がそんな思いをするくらいなら……私が、守る!」

 

 爆弾の1つを跳んで避けて最後の爆弾へと向かう。途中、手足だけじゃなくて全身が一瞬光に包まれて服装が変わる。チラッと見えた髪も、赤から桜色に変わってる気がした。ついでに、握っていた携帯もどこかに消えた。

 

 「私が……頑張る!!」

 

 最後の爆弾に右拳を叩き込み、突き破る。すると後ろで爆発して、その爆風に押されて大きな敵に突っ込む。狙いは、楓くんを捕まえたなんか長い部分。楓くんを、返してもらう!!

 

 

 

 「勇者……パァァァァンチッ!!」

 

 

 

 そう叫び、狙い通りに長い部分に右拳を突き出す。爆弾よりも硬い、それでいて柔らかい不思議な感触の後にそれを突き破り、更に勢いは止まることなく敵の大きな体、その後ろの……お尻みたいな部分に突き刺さり、それも突き破って着地し、振り返って敵を見上げる。

 

 まだ、怖いって思ってる。

 

 「勇者部の活動は、皆の為になることを勇んで、進んでやること」

 

 だけど、私は勇者部の活動が好きで。 勇者部の皆が、大好きで。

 

 「私は、讃州中学2年、勇者部所属……結城 友奈」

 

 だから私は。

 

 

 

 「私は……勇者になる!!」

 

 

 

 自分から進んで、勇者になったんだ。

 

 

 

 

 

 

 「友奈さん、凄いパンチ! カッコいいです!」

 

 「ありがとう樹ちゃん! 何だか漲ってきたよ!」

 

 友奈が敵の体の一部を破壊したお陰か敵の攻撃が止み、追い付いた樹が彼女を称賛する。それに友奈は返し、改めて拳を握り締める。変身前と比べれば明らかに漲っている力。そして勇者部の仲間達。これならあの大きな敵だって倒せる……と思ったところで、ふと友奈は思い出す。

 

 「あ……か、楓くんは!?」

 

 「あー、重かった……潰れて死ぬかと思ったよ」

 

 「えっ? って浮いてるー!?」

 

 敵に捕まった楓は大丈夫なのか? そう思って友奈が慌てると、その本人の声が何故か頭上から聞こえてきた。疑問に思いつつ友奈と樹、それから追い付いた風が見上げると、そこには鳥のような精霊と共に真っ白な光の翼を背中から生やした楓の姿があった。

 

 「え、浮いてる? じゃなくて飛んでる!? しかも翼まで生えてる!? なんで!?」

 

 「いやー、前に飛んだことがあるから出来ないかなーって思ったんだけどねぇ……出来ちゃった」

 

 「飛んだことあるの!? というか出来ちゃったの!?」

 

 「樹が居るとツッコミしなくていいから楽だわー」

 

 良く見ると左手の水晶の窪みから背中の翼に向けて光が伸びており、翼も光が胸を覆うように巻き付いて固定されている。楓は友奈に助けられた後にヴァルゴの触手を剣を出して切り裂いて中から出た後、どうにか機動力を得られないかと考えた。そして思い付いたのが、先の弓での攻撃である。

 

 弓で放った光の矢は操作できる。元は同じ光なのだから当然であるし、楓は満開時にも複数の水晶を同時に操作できる。そこで、光を操って空を飛ぶ、ないしは光に乗れないかと思い至った。満開時に飛んでいた経験もあるのでイメージすることは容易かった。別に光を巻き付けるだけでも良かったのだが、そこは想像力の問題である。因みに、精霊の名前は陰摩羅鬼(おんもらき)と言うらしい。

 

 「さて、驚いてばかりも居られないわ。敵を見て」

 

 「えっ? そんな、治ってる……!?」

 

 「バーテックスはダメージを与えても直ぐに治ってしまうの。“封印の儀式”っていうの特別な手順を踏まないと絶対に倒せないのよ。説明するから、攻撃を避けながら聞いてね!」

 

 「「は、はい!」」

 

 (そういえば、倒せるようになったんだっけねぇ……2年も経ってるだけあって、勇者システムも強化されたもんだ)

 

 自分達の頃と比べて随分と強化されたもんだと頷き、他の2人と同じく風に従ってバーテックスに向かって飛ぶ楓。満開時の飛行の感覚を思いだし、迫り来る爆弾は回避しながら通り過ぎ、すれ違い様に翼を当て、切り裂く。飛行手段にして攻撃手段、それがこの光の翼である。弱点として、光は1種類の武器の形にしか出来ないのだが。ワイヤーを複数同時に出せても、ワイヤーと鞭を同時には扱えないのだ。

 

 そうこうしている内に、接近した4人がヴァルゴを囲むようにそれぞれの位置に立つ。封印の儀式の手順の1つ目は、こうして対象を囲むこと。そして次は、敵を押さえ込む為の祝詞(のりと)を唱えるのだと言う。その内容はアプリに記載されており、確認した友奈はその内容にげんなりとする。

 

 「うわぁ……これ全部? えっと……かくりよのおおかみ、あわれみたまい」

 

 「めぐみたまい、さきみたま、くしみたま」

 

 「まもりたまい、さきはえ……」

 

 それぞれの精霊が頭上に現れ、友奈、樹、楓の順に唱えていく。もうそろそろ読み終わる、まさにその時。

 

 

 

 「大人しくしろこんにゃろぉぉぉぉっ!!」

 

 

 

 思いっきり大剣を振るい、祝詞? を叫ぶ風が居た。

 

 「「それでいいの!?」」

 

 「魂込めれば、言葉は問わないのよ!」

 

 「姉さん……それ、先に言ってくれないかい? そうでなくとももうすぐ読み終えたのに……」

 

 風の行動に友奈と樹が驚き、楓が呆れたように溜め息を吐く。もし右手があれば頭に手を当てていただろう。そんな4人の祝詞は無事効果を発揮したらしく、ヴァルゴの頭部らしき部分に描かれている模様の線に沿うようにパカッと開き、中から逆三角錐の大きなナニカが出てきた。

 

 かつて、“瀬戸大橋の合戦”の際に銀がレオの中に見たモノと同一のそれは“御霊(みたま)”と呼ばれ、それはバーテックスの心臓部であるという。それさえ破壊すれば、バーテックスを倒せるのだ。

 

 「なら、私が行きます! たああああ!! ……いったーい! 硬い! 滅茶苦茶硬いよこれ!?」

 

 それを風から聞いた友奈が飛び上がり、御霊を上から右手で殴り付ける。問題なくぶち破ったヴァルゴの中から出てきたのだからイケる、そう思っていた。だが、ガンッ!! と何とも堅そうな音の後に数秒の間を置いて友奈は痛みのせいで涙目になりつつ悲鳴を上げる。予想以上に御霊は硬かったらしい。

 

 ふと、樹は御霊の近くに“百二九”という漢数字が浮き上がっているのを見つける。それは1秒経つ毎に1ずつ減っていっていた。

 

 「お兄ちゃん、なんか数字が……減っていってるんだけど」

 

 「ああ、それは自分達の力の残量らしいねぇ。その数字がゼロになると……」

 

 「なると?」

 

 「敵を倒せなくなる。ま、タイムリミットだねぇ」

 

 「しかも封印の儀式中に時間が経てば経つほど、今見えてる樹海が枯れていっちゃうの。枯れると現実世界に悪い影響が出るわ……」

 

 樹の質問に楓が答えた後、風が続けて説明する。その際に苦々しい表情を浮かべたのを、3人共気付いていた。友奈だけはその理由に気付けなかったが、2人は気付いている。その悪い影響こそが、自分達の両親を失った原因なのだから。

 

 「……だから、悠長にはしていられないのよ。という訳で喰らいなさい! あたしの……渾身の女子力をおおおおっ!!」

 

 そう言って風は友奈と同じく飛び上がり、縦に回転して言った通り渾身の力で御霊に大剣で切り裂こうとする。が、切り裂くことは出来ず、僅かにヒビを入れるだけに収まった。

 

 「~っ、堅すぎよこれ!」

 

 「姉さん! そのまま動かないで!」

 

 「え? っどわ!?」

 

 じ~んと手に痺れるような痛みを感じていた風の耳に、そんな楓の声が届く。何事? とそちらへ視線を向けると……飛び上がって凄まじい速度で突っ込んでくる楓の姿。今出せる限界の速度まで加速した楓はそのまま左足を突き出し、具足の上から風の僅かに御霊にめり込んだ刃の反対側を蹴り込む。すると大剣が御霊の半ばまで更にめり込んだ。

 

 「びっくりしたじゃないの!」

 

 「これでも壊れないか……ならもう一度」

 

 「無視か!?」

 

 「お姉ちゃん、落ち着いて……」

 

 「ごめんよ姉さん。でも、チャンスだと思ってねぇ」

 

 「……まあ、許してあげるわよ」

 

 翼を解除して着地する楓に、御霊から大剣を引き抜いた風も御霊から降りて詰め寄る。サラッと無視されたことに涙目になるが、樹に宥められ、楓に謝られて仕方なさそうに溜め息を吐く。

 

 「楓くん、次は私が……」

 

 「友奈ちゃん、さっきので右手痛めてるでしょ」

 

 「……でも、私が……やりたいんだ」

 

 「……問答してる時間も惜しいか。なら、一緒にやろうか」

 

 「えっ? あ……」

 

 自分がやると言って聞かない友奈に楓は苦笑いを浮かべ、そう言うと水晶から光を出して自分の左手と友奈の右手を包み込む。即席の勇者の光で作り出した手甲、それを見て友奈はグッと拳を握り締める。

 

 (真っ白で綺麗な光……それに、前に楓くんが手を握ってくれたみたいに温かい……)

 

 「さて、やるよ友奈ちゃん。折角だから、さっきみたいに必殺技でも叫んでみるかい?」

 

 「……うん! ダブルで、だね!」

 

 「そうだねぇ。それじゃ」

 

 「「せーのっ!!」」

 

 楓の光に一時恐怖を忘れて微笑む友奈。そんな友奈に楓は声をかけ、友奈は嬉しそうに笑うと楓の左側に立ち、声を揃えて同時に飛び上がり……楓は左手を、友奈は右手を引き絞る。

 

 そして、同時に突き出した。

 

 「ダブル!」

 

 「勇者!」

 

 「「パァァァァンチッ!!」」

 

 御霊の大きなヒビに、2人の光を纏った拳が叩き込まれる。ドゴォッ!! という重々しい音を響かせ、2人は弾かれるように後ろへと着地して手を包んでいた光が消え失せる。

 

 4人が同時にどうだ? と御霊を見上げる。それと同時に、その御霊が砂となって崩れ落ちた。その光景を少しの間眺めた後、友奈が気が抜けたように呟いた。

 

 「……勝った?」

 

 「うん。勝ったよ、友奈ちゃん」

 

 「楓! 友奈! ナイスよ! やったああああ!!」

 

 「「お゛う゛っ!?」」

 

 「お姉ちゃん! 首! 2人の首絞めてる!」

 

 感極まった風が楓と友奈に抱き付き、無意識の内に2人の首を締め、2人は顔を青くする。そんな姉に樹は慌ててしがみつき、引き離そうと奮闘していた。

 

 そんな4人と離れた場所に居た東郷を、再び光が呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 光が晴れた時、私達は学校の屋上に居た。その屋上には祠があり、風先輩曰く神樹様がこの祠がある場所に戻して下さったのだと言う。戻った私と楓君達には、少し距離があった。それが、戦った彼らと……何もしなかった私との距離を表しているように思えてならない。

 

 「美森ちゃん。無事かい?」

 

 「東郷さん! 大丈夫だった!?」

 

 「楓君……友奈ちゃん……2人も、風先輩と樹ちゃんも無事で良かった……」

 

 その距離を、2人は直ぐに詰めてくれた。友奈ちゃんは私の両手を握って、楓君はいつものように朗らかな笑みを見せてくれて安心させてくれる。それが余計に、恐怖で何も出来なかった私の心を苛ませる。

 

 あの時、怒りに任せてでも共に戦っていたら……こんな思いはしなかったんだろうか。

 

 「美森ちゃん」

 

 「……?」

 

 「友奈ちゃんも……怖かったねぇ。よく、頑張ったね」

 

 「「あ……う……」」

 

 友奈ちゃんと私にそう言って、少し身を乗り出して順番に頭を撫でてくれる楓君。それだけのことが凄く嬉しくて、涙腺が緩む。見れば友奈ちゃんも似たような感じだった。

 

 友奈ちゃんは戦ったけれど、やっぱり怖かったんだ。怖かったのは同じなんだって知れたことが、嬉しかった。それでも戦うことが出来た友奈ちゃんは凄い。私には……出来なかったから。

 

 「大丈夫、大丈夫。もう安全だからねぇ」

 

 「本当……?」

 

 「ええ、本当よ。町を見てみなさいな」

 

 思わず私が聞き返すと、彼ではなく樹ちゃんと共にこちらに歩いてきた風先輩が答えてくれた。言われた通りに屋上の柵越しに町を見てみると、あれだけのことがあったのに平和そのものだった。

 

 風先輩曰く、誰もさっきの出来事に気付いていない。他の人からすれば今日は普通の日であり、自分達は皆の日常を、世界を守れたのだと。ただ、世界の時間は止まったままだったから今は普通に授業中とのこと……ってそれはつまり、私達はサボりということになるのでは?

 

 「あの、それって不味いんじゃ……?」

 

 「その辺は姉さんがフォローしてくれるよ。それに、大赦からも何かしら行動を起こしてくれるさ」

 

 「それなら、いいのだけれど……」

 

 「……お兄ちゃん。お姉ちゃん……」

 

 「樹もおいで。よく頑張ったねぇ……流石、自分と姉さんの自慢の妹だ」

 

 「ホントよ。良く頑張ったわ、樹。家に帰ったら樹の好きなの作ってあげるわね」

 

 「ふえぇぇぇぇんっ!」

 

 目の前で泣き出した樹ちゃんが風先輩に抱き締められ、楓君に頭を撫でられている。話を聞いていたとは言え、年下である樹ちゃんも戦っていた。なのに、私は……。

 

 正直に言えば、こんな大事なことを黙っていた風先輩達には思うところはある。それに真っ白な男の子……楓君にも聞きたいことは、ある。だけど、この戦勝の雰囲気を崩すのも憚られた。

 

 「美森ちゃん」

 

 「っ……楓、君……」

 

 「聞きたいことや言いたいことはあると思う。けれど……今は、呑み込んでくれないかい? 明日、勇者部で改めて姉さんからも説明があると思うから」

 

 「……分かったわ」

 

 「ありがとねぇ」

 

 そんな会話の後、樹ちゃんが落ち着いたのを見計らって私達は屋上を後にした。彼が言うように、明日聞けばいいんだ。それに、私自身少し考える時間が欲しかった。ただ、何故かしら。

 

 また、明日。そんな普通の言葉が……とても尊いもののように思えるのは。

 

 因みに、教室に戻ると案の定クラスメートに質問攻めされたものの、3人揃って“自分達もよく分かってない”で押し通した。

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な空間の中で、少女の姿の神樹が目の前に浮く楓の右腕と砂になった御霊を見て呟く。

 

 ー やっぱり……2年前よりも力が込められてる ー

 

 明らかに強化されていたバーテックス。それを知るのは、今は神樹のみ。強くなった神樹の力で勇者達の能力も上がっている。だが、敵も同じように強化されていた。それはつまり、天の神がバーテックスにより力を込めていることを意味する。

 

 ー それに、バーテックスのあの動き…… ー

 

 勇者達は何とも思っていなかったが、戦いを見守っていた神樹はヴァルゴが楓を捕らえたことに疑問を抱いていた。叩き落とすでも、凪ぎ払うでもなく、捕らえた。そのまま叩き付けることも出来たのに、それもしなかった。

 

 ー ……まさか、知ってる? あの人の姿を ー

 

 だとすれば不味い、と苦々しく思う神樹。楓は存在するだけで“自分達”の力を引き上げてくれる。だが、もし天の神の手に渡れば、それはそのまま天の神達の力を引き上げることになる。何より、“自分達”と同じ神である天の神が、かの高次元の魂に惹かれないハズがない。

 

 ならば、捕らえたのはそのまま結界の外へと持ち帰るつもりだったか。その行動を含めての強化だったのか。

 

 ー でも……その強化のお陰で見えたよ ー

 

 考察を終え、神樹は再び楓の腕に視線を送る。その隣に、光が集まって少しずつ何かの形を成していっているのが見えた。

 

 バーテックスは天の神が生み出したモノだ。そして御霊はバーテックスの核であり、強化には“天の神の力”が使われている。“自分達”では足りない。“天の神”でも、不可能だ。ならば、“天と地の神”の力が合わさればどうか。

 

 この2年間、ずっと楓にどんな形であれ供物を戻す方法を考えていた“私達”ではない“私”としての神樹。お手本を見続け、解析を続け、試行錯誤を繰り返し、努力を重ねた。少しずつ形を成す光を見ながら、神樹は笑う。

 

 ー 相変わらず勇者達に頼む形になるけれど……今後も強化されたバーテックスが来るなら。その力に、“私達”の力を加えれば…… ー

 

 

 

 ー 戻せる……あの子達にも……あの人にも! ー

 

 

 

 神樹の瞳に……希望が、見えた。




原作との相違点

・強化されたヴァルゴ

・思ったよりヒビが入らない風の一撃。女子力が足らんわ!

・ダブル勇者パンチのフライング&面子変更

・その他台詞とか場面とか。多過ぎて今さら書ききれるか!



という訳で、原作1話後半と2話前半の戦闘と帰還のお話でした。ヴァルゴは犠牲になったのだ……ダブル勇者パンチの犠牲にな。

ご都合というのは最後の神樹様と楓の飛行能力です。一応自分なりに理由付けはしましたが、受け入れられるかちょいと心配ではあります。因みに光の翼ですが、別に深い意味はありません←

新精霊は与一とゆゆゆいにも居る陰摩羅鬼です。与一の弓の軌跡云々は友奈が火車で火を出してるようなモノです。それに園子も獏と枕返しで夢に干渉したりしてましたしね。

あの3体は次回です……多分。そして東郷さん覚醒(きょうか)も次回です……多分←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 5 ー

お待たせしました(´ω`)

キャラが勝手に動く:当初の予定以上に特定のキャラが行動したり話したりすること。気がつけばそうなっているので、“勝手に”動くと言われている。

という説明を何故したかと言えば、まあそういうことです。11000字越えました。

シティウォーズ、のんびり始めました。推しはディケイドです。だいたいわかった?

本作の目次の下にある読者層が似ている作品欄にゆゆゆ作品が1つもない事実。どういうことなの……。

説明及び覚醒回です。


 皆が戦った日の翌日。いつもと同じように友奈ちゃんと登校し、教室に入る。中にはまだ、楓君の姿は無かった。まだ少し気まずいから、僅かな時間でも覚悟する時間があるのは有難い。

 

 まだ、昨日の恐怖は残っていた。家に帰って自室で1人になると体が震えて……でも、友奈ちゃんから貰った花菖蒲の押し花を握っていると不思議と安心出来た。このまま自分が変身出来なかったらどうしよう、なんてモヤモヤとした考えも、少し忘れられた。

 

 今日の放課後の部活で、昨日のことや勇者のことを説明してもらえる。何で黙っていたのかは……何となく分かる。仮に話を聞いていたとしても、到底信じられなかったと思う。いや、もしかしたら楓君に真剣な表情で説明されたら信じたかもしれないけれど。

 

 「隣町で昨日、事故があったじゃない? 私近くに居てビックリしちゃった」

 

 「えっ、あの2、3人怪我したって奴?」

 

 私達の他に居たクラスメートの話し声が聞こえた。昨日の帰り道に、友奈ちゃんから戦ってる最中にどんな話をしていたかはある程度聞いている。その中に、樹海が枯れると現実に悪影響が出るって話があったハズ……あの時、木が枯れていたようには見えなかった。話の事故と戦いを結び付けるのは早計だろうか。

 

 「おはよう、美森ちゃん」

 

 「あ……楓、君……」

 

 「あっ、楓くんおはよう!」

 

 「おはよう、友奈ちゃん。今日も元気だねぇ」

 

 そんなことを考えていると、楓君が教室に入ってきた。折角挨拶してくれた彼に私は名前を呟くことしか出来ず、友奈ちゃんはいつものように元気に挨拶していた。そういえば、勇者部の五ヶ条にも“挨拶はきちんと”とあったハズ。

 

 「……おはよう、楓君」

 

 「うん、おはよう美森ちゃん」

 

 改めて、きちんと挨拶を交わす。それにいつもの朗らかな笑みで返してくれた彼を見て、暗くなっていた心が少し晴れた気がした。

 

 

 

 放課後の勇者部の部室。5人全員が集まったところで、風先輩が黒板に何やら書き始め、その後ろに居る友奈ちゃんの頭に何か……白い、何かが乗っていた。楓君の首には白い角が生えた蛇が巻き付いて頬擦りしてる。苦しくないのかと聞いたところ、別にそんなことはないらしい。

 

 「お兄ちゃんの精霊もそうですけど、友奈さんのその子も懐いてますね」

 

 「えへへ、牛鬼って言うんだよ」

 

 「牛なんだ。可愛いねぇ」

 

 「ビーフジャーキーが好きなんだよ!」

 

 「牛なのに!?」

 

 牛の鬼と書いて牛鬼。なのにビーフジャーキーが好物なのね。それ、共食いなんじゃ……あれ? 前にも似たようなことがあったような……気のせいかしら。そんなことを考えていると、友奈ちゃんの視線が楓君が撫でている蛇に向かうのが見えた。

 

 「楓くんの蛇さんも可愛いよねー」

 

 「夜刀神と言ってね。よく懐いてくれてるよ」

 

 「夜刀神ちゃんか。私にも撫でさせ」

 

 「シャーッ」

 

 「あいたーっ! 噛まれたー!」

 

 「さっきから何やってんのよあんたは……」

 

 「だ、大丈夫? 友奈ちゃん」

 

 友奈ちゃんが撫でようと手を伸ばすと、その手を夜刀神が噛んだ。直ぐに手を引いて痛がる友奈ちゃんの手を撫でると、風先輩が呆れた顔で振り返って腰に手を当てる。後ろの黒板には、何かの絵が書かれていた。また感じた既視感は、直ぐに薄れた。

 

 「はぁ……さて、まずは皆無事で良かった。早速昨日のことを説明していくけど……戦い方はアプリに説明テキストがあるから、今は何故戦うのかを話すわね」

 

 そう言って、風先輩は黒板のよく分からない落書きを指差す。辛うじて顔のようにも見えなくもないそれは、昨日の敵……バーテックスらしい。それは人類の天敵であり、神樹様が作り出している壁の向こうから現れ、全部で12体攻めてくるのが神樹様の神託で分かったらしい。

 

 「あ、それ昨日の敵だったんだ……」

 

 「奇抜なデザインを良く現した絵だよね」

 

 「物は言い様だねぇ」

 

 「……は、話を続けるわね」

 

 樹ちゃん、友奈ちゃんと絵の感想を言った後、楓君がクスクスと笑ってそう言った。風先輩はそんな彼の言葉に口元をヒクつかせつつも説明を続けてくれた。バーテックスの目的は神樹様の破壊、つまりは人類の滅亡だと言う。

 

 「前にも襲ってきてはいたんだけどねぇ。その時は攻撃して弱らせた後に神樹様の力で撃退してもらうのが限界で、倒すことは出来なかったんだ」

 

 「楓君……詳しいのね。そういえば、あの時元勇者って……」

 

 「うん。自分の他にも3人。4人で戦ったんだよ……勇者部を今の勇者と呼ぶなら、自分達は先代勇者、になるのかねぇ」

 

 「……その、他の勇者は……」

 

 「大丈夫、生きてるよ。ただ、戦える状態じゃなくてねぇ……自分は、戦えるだけまだマシな方さ」

 

 楓君が先代勇者。そして、その先代勇者達は戦える状態じゃない……そんな戦いを、友奈ちゃんと楓君は……勇者部はしなければならないのね。もしかして、楓君の体もその戦いの時に……片腕も、片目も無くしてるのに、左耳も聞こえないって言ってたのに……私には、とても“マシ”だなんて思えないのだけど。

 

 楓君の後に風先輩が続けて説明する。バーテックスと渡り合う為に大赦が造ったのが、神樹様の力を借りて“勇者”と呼ばれる姿に変身するシステム。通称“勇者システム”らしい。精霊バリアに封印の儀式等は最近になって追加された機能なんだとか……つまり、先代勇者達にはバリアは無かったという訳で。先代勇者達の戦いは、昨日の戦い以上に命懸けだったのね。

 

 人智を越えた敵に対抗するには、こちらも人智を越えた力を使うという訳ね。そう風先輩が黒板の……棒、人間? のような絵を指差しながら締めくくった。

 

 「……その絵、私達だったんだ?」

 

 「げ、現代アートって奴だよ」

 

 「友奈ちゃん、無理にフォローしようとしなくてもいいんだよ。こういう時はね、もっとがんばりましょうって優しく言ってあげるんだ」

 

 「そっか! 風先輩、もっとがんばりましょう!」

 

 「やかましいわ!! 悪かったわね! 絵心なくて!」

 

 相変わらず楓君は風先輩を弄ると楽しそうに笑うなぁ……なんて、つい笑ってしまう。それくらいには、また心の暗い部分が晴れた。

 

 数秒後に風先輩がこほん、と咳払いを1つ。注意事項としてと前置きをした後、樹海が何かしらの形でダメージを受けると、その分日常に戻った時に何らかの災いとなって現れると言われているらしい。それを聞いて、私と友奈ちゃんがハッとする。朝、クラスメートが事故が起きたと話していたことを思い出したから。

 

 樹海が派手に破壊されて大惨事になる、なんてことはあってはならない。その為に私達勇者部が頑張らないといけない。大赦もサポートの為に動き始めているらしい。それは分かった。でも、これだけは聞いておかないといけない。

 

 「その勇者部も……先輩と楓君が意図的に集めた面子だったという訳ですよね?」

 

 大赦から派遣されてきたと言っていた先輩と、理由はちょっと違うけれど先輩側だと言っていた楓君。あの日、勇者部を作って私と友奈ちゃんの前に現れたのも、誘ったのも勇者として戦わせる為。

 

 「……そうだよ。適正値が高い人は分かってたからね。アタシは神樹様をお祀りしている大赦から指令を受けているの。この地域の担当として、ね」

 

 「楓君と樹ちゃんは……」

 

 「私は昔、お姉ちゃんが大赦の人達に勇者候補になるように言われたところを見ていたんです。実際に話を聞いたのは、去年の6月です」

 

 「自分は先代勇者として、今回選ばれる勇者達のサポートの為だねぇ。適正値の数値から見て、勇者に選ばれる可能性が一番高かった姉さん達のグループに寄越されたのさ」

 

 犬吠埼姉弟だけが、全部知っていた。私と友奈ちゃんは、知らなかった。悔しい? ううん、これは……悲しいんだ。まるで、今まで楽しかった勇者部の時間が嘘のような思えて。3人との思い出や優しさ、暖かさが計算の上でのことに思えて……怒りよりも、悲しみの方が大きい。

 

 友奈ちゃんが次の敵は何時来るのかと聞いて、風先輩はわからないと答えた。明日かもしれない。1週間後かもしれない。でも、そう遠くはないんだと。

 

 「……なんでもっと早く……勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか……」

 

 友奈ちゃんが死んでいたかもしれない。見ていた限り、樹ちゃんだって馴れてる訳ではないようだった。楓君だって、片足で動きづらそうだった。風先輩だって何度も爆弾で吹き飛ばされていた。皆……死んでしまうかと思った。

 

 「……ごめん。どれだけ勇者の適正値が高くても実際にどのグループが神樹様に選ばれるか分からなかったの。確かにアタシのグループが可能性としては一番高かったんだけどね……僅かでも選ばれない可能性があったから、言えなかった」

 

 「どのグループが……? そっか、他にも同じように勇者候補のグループがあるんですね」

 

 「人類存亡の危機だからね」

 

 「こんな大事なことを……ずっと黙っていたんですか……! 友奈ちゃんも……皆も死ぬかもしれなかったかもしれないんですよ……っ!」

 

 理屈は分かる。あんな非現実的な出来事を口頭で言われたとしても困惑する。それに、もし私が風先輩の立場だったらと思うと、私でも言わないでおくかもしれない。頭では理解出来る。なのに、感情が……心が納得してくれない。辛くて、悲しくて……俯いてしまう。言葉に怒りが籠る。

 

 「私達が……話を聞いても信じないと思っていたんでしょう……?」

 

 「東郷……」

 

 「東郷先輩……」

 

 「例え風先輩から聞かされて信じなくても……楓君から言ってくれれば信じたかもしれないのに……!」

 

 「「……うん?」」

 

 この場に居たくなくて、車椅子を動かして部室を後にする。今は、彼女達から離れたかった。そして、ざわめく心を落ち着かせたかった。

 

 

 

 

 

 

 部室での出来事から数分後。美森は校舎の奥まったところに居た。心を落ち着かせるように息を吐き……両手で顔を隠す。

 

 (私は何を口走っているの……っ!!)

 

 怒りと悲しみとが混ざりあった結果、思っていたことをそのまま口にしてしまった美森。今や怒りも悲しみもどこかへと飛んで行き、あるのは恥ずかしさだけである。ついでに風への申し訳なさもどこかへ飛び去っている。

 

 そんな美森の頬に、紙パックのお茶が当てられる。驚いて振り返ると、そこには友奈と楓の姿があった。彼の顔を見てまた顔が赤くなるが、友奈が自分の奢りだと言ってお茶を手渡してきたので受け取る。

 

 「友奈ちゃん……楓君……なんで」

 

 「さっき東郷さん、私の為に怒ってくれたから。ありがとうね、東郷さん」

 

 「自分は、美森ちゃんに謝りたくてねぇ……後、あんなこと言われた後に姉さんと同じ空間には居づらくてねぇ。姉さん、落ち込んでたよ」

 

 「それについては本当にごめんなさいっ!」

 

 友奈の笑顔とお礼に癒され、楓の苦笑にまた両手で顔を隠す。何せ風の言葉は信じないが楓の言葉なら信じるとはっきり言ってしまったのだ、それも本人達の前で、感情まで込めて。美森が出ていった後に彼女の言葉を吟味した風はまるで心臓を撃ち抜かれたように胸を抑えて崩れ落ち、樹は慌てて彼女の介抱をしている。

 

 そんな風に楓は涙目で恨めしそうに見られ、美森に謝りたい気持ちもあって何とも言えない心境でこうして追い掛けてきたのだと言う。友奈もこれには笑顔から苦笑いに代わり、美森はただ恥ずかしさから謝る。

 

 「いいよ、別に。自分達も2人に黙っていたからねぇ……ただ、悪意があって黙っていた訳じゃないっていうのは信じて欲しい。それに……ただ、勇者候補を集めるだけが勇者部じゃないってことも」

 

 「それは……」

 

 「最初はそれが目的だった。それは、残念だけど否定しないよ。でも……一年も嘘の笑顔を浮かべられる程、自分達は器用じゃないよ」

 

 「……うん」

 

 「勇者部の活動は楽しかった。皆で何かをするのは……楽しかった。それも、本当なんだ」

 

 「うん……大丈夫。元々、モヤモヤとしたものぶつけてしまっただけだったもの」

 

 「モヤモヤ?」

 

 楓の言葉に落ち着きを取り戻し、頷く美森。その後に申し訳なさそうに言ったことに、友奈が首を傾げる。

 

 美森は言う。昨日の夜から考えていた。このまま変身出来なければ、自分は勇者部の足手まといになるのではないかと。ここからは口にはしていないが、昨日の敵を見て抱いた怒りのままに変身していれば、こんな思いはしなかったのではないかと。

 

 先程部室で言ったことは、紛れもなく本心からの言葉だ。だが、そういったモヤモヤとした感情も重なり、攻撃的になってしまったのだと言う。

 

 「楓君達には、悪いことを言ってしまったわ……友奈ちゃんは皆の危険に、怖くても変身したのに……樹ちゃんも年下なのに……それに、お国の危機だっていうのに……」

 

 「東郷さん?」

 

 「私は……戦うどころか敵前逃亡……風先輩の仲間集めもお国の為の大事な命令のハズなのに……ああ、私はなんてことを……」

 

 「東郷さーん!?」

 

 どんどん暗くなっていく美森に友奈が慌てる。楓はただ苦笑いを浮かべ、全くこの子は……と内心呆れていた。やはり記憶を失っても、変わらないのだと。日本が好きで、真面目で、責任感も強い。そういえば、最初の頃はこうだったと思い返す。段々と暴走する部分もあったが、それも今では懐かしいと。

 

 「いいんだよ、怖くても、変身出来なくても」

 

 「楓君……でも……」

 

 「怖いのが当たり前なんだ。戦えないって思うのが普通なんだ。確かに友奈ちゃんは怖くても変身して戦った。でも、だからって美森ちゃんが無理して戦う必要はないんだよ」

 

 「そうだよ東郷さん! 大丈夫、私が守るよ!」

 

 「自分も、頑張るよ。こんな体じゃ説得力はないかもしれないけどねぇ」

 

 「そんなことない!!」

 

 美森が叫ぶように言うと、友奈も楓もビックリして言葉を止める。見れば、美森は泣いていた。突然のことにまた友奈は慌て、楓も何を言ったらいいか分からなくなる。

 

 「そんなことない……楓君も、友奈ちゃんもかっこよかった! でも、私は! 私は……守られてばかりは嫌だって、頑張ってもらうばかりは嫌だって思うの。心が、そう叫んでるの」

 

 「東郷、さん……」

 

 「中学に入る前に事故で足が全く動かなくなって、記憶だって少し消えて、それからの生活がとても怖かった……でも、友奈ちゃんが居たから不安が消えた。楓君と出会えたから……勇者部があったから学校生活がもっと楽しくなった」

 

 「……そんな風に、思ってくれてたんだねぇ」

 

 「だから……だから! 私だって2人と……皆と、一緒に……なのに、怖くて、逃げたくて、そんな自分が情けなくて、嫌で……っ!」

 

 「うん……大丈夫。気持ちは、伝わったよ。そんなになるまで……悩んでくれたんだねぇ。友奈ちゃん、抱き締めてあげて」

 

 「うん!」

 

 「うぅ……ああぁぁ……!」

 

 涙ながら思いの丈を叫び、ついには言葉に出来なくなる美森を、言葉を聞いて嬉しそうにしていた楓がその頭を撫で、友奈が美森の頭を優しく抱き締める。楓も、友奈も嬉しかった。美森がそんなにも自分達を、勇者部を好きでいてくれたことが。同時に、泣かせてしまったと苦く思う。

 

 「……友奈ちゃんは、どうなんだい?」

 

 「えっ?」

 

 「勇者のことを隠していた自分達……自分に、何か思うところはないかい?」

 

 「うーん……確かにビックリはしたけど……でも、その適正のお蔭で楓君にも、風先輩にも、樹ちゃんにも出会えたって思ったら……嬉しくて、この適正に感謝かな」

 

 「前向きだねぇ……もっと恨んだり、怒ってもいいんだよ?」

 

 「どっちもしないよ。私は、勇者部が大好きで、勇者部の皆が大好きで……勇者部の皆でする活動が大好きなんだから」

 

 眩しい。友奈の言葉を聞いた楓と美森は、同時にそう思った。怖かったハズだ、泣きそうだったハズだ。それでも彼女は笑って、適正があって嬉しいと言うのだ。そんな友奈だから、美森の不安が消えた。そんな友奈だから、楓は守りたいと思った。

 

 だが、同時に不安にも思った。楓から見て、友奈は誰かの為に恐怖を呑み込める子だ。誰かの為に頑張れるからこそ、結果として己を後回しにするタイプだ。勇者としては正しいが、年頃の普通の女の子としてはどうか。

 

 (美森ちゃんもそうだけど、友奈ちゃんも溜め込むタイプだねぇ……ちゃんと、見ておかないとねぇ)

 

 楓がそう思った辺りでようやく美森が落ち着き、2人にもう大丈夫と告げる。それを聞いて2人が美森から離れると、彼女は先程の自分の状態が如何に己にとって至福だったかを思い浮かべて少し残念に思う。が、ふと思い出したように顔を上げ、口を開く。

 

 「そうだわ……楓君に聞きたいことがあったの」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「うん……その、真っ白な男の子のことなんだけど……」

 

 そこまで美森が言った時だった。楓が驚いたように、焦ったように窓の方へと視線を向ける。釣られて2人も不思議そうにしながらも窓の方を向いた。

 

 

 

 「そんな……昨日来たばかりなのに、もう来るのか?」

 

 

 

 時間は少し遡り、3人が部室から出ていった後。美森の言葉に心臓を撃ち抜かれていた風がヨロヨロとしながらも立ち上がり、出ていった美森にどう謝罪するべきかを自分の精霊である犬神(いぬがみ)に向かって色々と試していた。

 

 「いやー、説明足りなくてごめーんね☆ ……いや、こんなんやったら東郷だけでなくて楓にも怒られるわ……」

 

 (じゃあなんでやったんだろう……)

 

 「東郷、ごめんねぇ……これじゃ楓の真似してるだけか……」

 

 「ちょっと似てたよ、お姉ちゃん」

 

 「物真似してるんじゃないんだけどねぇ……こうやって語尾が伸びるの、絶対あいつの影響だわって違う、今は東郷に謝る練習をしてるのよ」

 

 (でも似てるって言った時嬉しそうにしてたのを、私はしっかりと見ました。お姉ちゃんもお兄ちゃん大好きだよね)

 

 色々と謝罪のパターンを試していると何故か楓みたいな口調になり、それを樹に指摘されて少しだけ嬉しそうにしつつも首を振る風。そんな姉にほっこりとしつつ、姉の為にタロットカードでどう謝罪すればいいかを占う樹。

 

 「2人共……本っ当にごめんなさい!! ……低姿勢過ぎるかなぁ……困った、どうしよう……樹ー、どうするべきか占えた?」

 

 「待ってて、今結果出るからねぇ……あ、お兄ちゃんの移っちゃった」

 

 そんな会話の後にタロットカードを広げていた樹が最後の1枚をひっくり返す。その途中、空中でピタリとタロットカードが動きを止め、微動だにしなくなる。摩訶不思議な出来事に、思わず樹がきょとんとする。そしてそれを見ていた風もあら? と疑問符を浮かべ、ふよふよと浮かんで移動してきた犬神が持つ彼女のスマホの画面を見て唖然とする。

 

 「“樹海化警報”!? まさか……2日連続でバーテックスが!?」

 

 楓から少し遅れ、風がそう言った後に、また世界が極彩色の光に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 樹海に来た自分達はアプリでお互いの位置を確認し、直ぐに合流する。姉さんと樹は既に変身していて、5人揃ったところで敵の姿を確認して……絶句した。

 

 「3体……!?」

 

 姉さんが呟く。そう、今回の敵は3体居た。それも……矢を放つ青い奴、板が頑丈な赤い奴、鋭い針を持つ黄色い奴……あの時の3体。忘れもしない、自分が1人で戦ったあいつら。思わず右肩に手を置く。痛みなど感じないハズなのに、右腕が痛んだ気がした。

 

 アプリを確認する。青い奴が射手座、赤い奴が蟹座、黄色い奴が蠍座らしい。なるほど、名前と能力は一致してる訳だ。それに、今度は隠れて奇襲をしてこなかったんだねぇ。

 

 「姉さん。青い奴は下の顔から大量の矢を、上の口からは槍みたいな大きな速い矢を飛ばしてくる。赤い奴の板はかなり頑丈だから注意。黄色いのは……あの鋭い針に気をつけて。それに、あいつらは連携してくる」

 

 「は? バーテックスが連携?」

 

 「ああ。あの板が矢を反射するんだ。それで矢を防いだり避けたりすると、黄色い奴の攻撃が飛んで来る。厄介な奴らだったよ、ホント」

 

 「お兄ちゃん……戦ったことあるの? それに、右肩をずっと押さえてるけど……まさか」

 

 「……あの黄色い奴にね。自分はその時のこと、よく覚えてないけど」

 

 樹と友奈ちゃん、美森ちゃんが自分の話を聞いて唖然としているのが見えた。少しショッキングな話だったかねぇ……でも情報の共有は大事だし、危険性は教えておいた方がいい。精霊バリアに頼りきりになるのもダメだしねぇ。

 

 しかし、2日続けて。しかも3体……自分達の時に比べてペースが早すぎる。それに、いきなり複数投入してくるのも予想外だ。こっちはロクな訓練もしていない上に変身出来ない美森ちゃんも居て、彼女を守る必要もある……あの時より人数が多いが、それがどこまで有利に働くか。

 

 「……そう……あいつが……」

 

 「……姉さん?」

 

 「お、お姉ちゃん……?」

 

 「「風……先輩?」」

 

 ふと気付くと、姉さんが何やら俯いてぶつぶつと呟いているのが見えた。いつの間に大剣を手にして、その柄を強く握り締めている。そして顔を上げた時……その表情は、怒りに染まっていた。

 

 

 

 「あいつが……楓の腕を……っ!!」

 

 

 

 「はいストップ」

 

 「へぶぅっ!?」

 

 「「「ええっ!?」」」

 

 そう叫んで飛び上がった姉さんの足に、直ぐに変身して左手の水晶から光の鞭を出して巻き付けて止める。すると姉さんは勢いよく、顔からビターン!! と木に叩き付けられた。そして、射手座の槍みたいな矢が一瞬前に姉さんが居た場所を通り過ぎた。その後、鼻を抑えながら涙目になった姉さんが立ち上がって自分に迫る。

 

 因みに、変身すると何故か車椅子が消えるので今の自分は立っている。

 

 「……ったいじゃないの楓!!」

 

 「自分の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、落ち着きな姉さん。只でさえ戦闘経験が無いに等しいんだ、1人で突っ込んだところでボコボコにされるだけだよ」

 

 「ぐ……」

 

 「落ち着け、勇者部部長。じゃないと、勝てる戦いも勝てないよ」

 

 「……分かった、もう……大丈夫」

 

 「分かってくれたみたいで良かったよ。友奈ちゃん、そろそろ変身しときな。何時さっきみたいに攻撃が来るかわからないからねぇ」

 

 「あ、うん!」

 

 最初こそ同じ形相で怒ってた姉さんだが、何とか落ち着いてくれた。まだ正直怪しいが、直ぐにまた爆発することはないだろう……それに、姉さんの武器は破壊力のある大剣、蠍座よりも蟹座の相手をして欲しいのが本音だ。

 

 友奈ちゃんが変身をする……樹といい友奈ちゃんといい、変身時のウインクは誰に向けてやっているんだろうか。2人共可愛いから、キマってはいるけれども。なんてバカなことを考えていると、射手座が体を上に向けていた。その先には……蟹座の板!

 

 「上から矢が来る!」

 

 自分がそう叫ぶと姉さんと樹は左に、友奈ちゃんは右に跳ぶ。自分は大きなひし形の光の盾を出し、動けない美森ちゃんと自分の上に掲げる。すると少し遅れて、大量の光の矢が降ってきて盾に当たる。

 

 「楓君!?」

 

 「大丈夫!」

 

 とは言うものの、これは動けない。あの時の3人もこんな状況だったっけ……そんなことを思い返していると矢の雨が止み、その矢が今度は跳んだばかりで空中に居る友奈ちゃんを狙って放たれていた。

 

 「わわ、わわわっ!?」

 

 そんな風に慌てつつも空中で連続で拳を突き出して矢を跳ね返すというか弾いている友奈ちゃん……君、本当に戦闘経験ないの? と思わず言いたくなるが、チャンスとばかりに盾を消して光の弓を出し、美森ちゃんから離れて射手座を狙う。あいつのことは覚えている。顔の部分から出す矢と上の口から出す大きな矢は同時には使ってこなかった。なら、今なら無防備なハズ。

 

 「ああっ!!」

 

 蟹座の相手は姉さんと樹がしてくれている。友奈ちゃんは……と彼女の方へと視線を向けた時、そんな悲鳴と同時に彼女が蠍座の尻尾に吹き飛ばされているのが見えた。

 

 「友奈ちゃん! この……っ!」

 

 射手座から蠍座へと標的を変え、矢を放つ。それは蠍座の顔のような部分に当たり、友奈ちゃんから少し引き離すことが出来た……が、ダメだ、まだあいつの尻尾の射程内。だからもう一度、連続して矢を放とうとしたところで、また上から自分に向かって矢の雨が降ってきた。

 

 咄嗟に左足を曲げ、跳ぶ。咄嗟だったので敵側に向かって跳ぶことになったが……攻撃してきた射手座に視線をやると、光の矢を出しながら上の口に大きな矢が装填されているのが見えた。

 

 「同時に扱えたのか!」

 

 弓を消して翼を出し、急降下。その数瞬後、矢が通り過ぎた。寒気など感じないハズなのに背筋が凍った気がする……そう、一瞬気が緩んだ時、顔を強く殴られたような衝撃が自分を襲い、強く下の木に叩き付けられた。

 

 「あ……ぐ……っ……!?」

 

 何が起きたかわからない、というのが本音だ。頭が強く揺らされたせいか、目の前がぐらぐらと揺れている。何とか意識こそ保っているが、まともに体が動かせない。

 

 そんな自分に……無慈悲にも光の矢の雨が降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 「あ……」

 

 蠍座に吹き飛ばされたまま動かない友奈ちゃんが、何度も針を振り下ろされている。今は牛鬼がバリアを張って守ってくれているけれど、いつまで保つかわからない。

 

 「ああ……」

 

 バリアの上から射手座の槍みたいな矢の()()()を避けられずに撃ち落とされて動かない楓君に、さっきの光の矢が雨のように降ってる。彼も夜刀神がバリアを張ってくれてるけれど、それもいつまで保つか。

 

 風先輩と樹ちゃんは蟹座の板に翻弄されているみたいだった。樹ちゃんの糸は攻撃力が足りてない。風先輩では速度が足りてない。2人の助けに向かうことは、出来そうになかった。

 

 「やめて……やめてよ……!」

 

 

 

 ー 私、結城 友奈! あなたは? ー

 

 ー はじめまして、1年2組の犬吠埼 楓です ー

 

 

 

 何故か、2人との出逢いを思い出した。

 

 

 

 「友奈ちゃんと楓君を……私の大切な人達を……!」

 

 

 

 ー 大丈夫、私が守るよ! ー

 

 ー 自分も、頑張るよ ー

 

 

 

 「いじめるなああああああああっ!!」

 

 

 

 少し前の2人の言葉を、思い出した。私は、守られたいんじゃない。頑張ってほしいんじゃない。私だって、守りたいんだ。私だって、頑張りたいんだ。

 

 カチリと、頭のなかで何かがハマった気がした。勇者アプリに指を伸ばす。タップすることに、戦うことに……もう、躊躇いはなかった。

 

 「私も……守るんだ」

 

 変身した時、私は青を基調とした勇者服を着ていた。足が動かない私でも移動出来るようにか、髪に着いているリボンが自在に伸びて操作できるみたい。

 

 私の声に反応してか、蠍座がこちらを向く。私は手に拳銃の形の武器を出し、それを針に向かって放つ。それは狙い通りに針に当たり、根元からへし折った。

 

 「私も……頑張るんだ!」

 

 拳銃を消して、今度は散弾銃を2丁両手に持ち、放つ。それなりの反動の後に飛び出たそれは蠍座に満遍なく当たり、その巨体を仰け反らせた。クルリと散弾銃を回転して再装填し、再度放つと今度は後退させる。それを3回、4回、5回と繰り返す。

 

 「東郷さん……凄い……!」

 

 復活した友奈ちゃんからの称賛を嬉しく思いつつ、ある程度距離を離したところで今度は狙撃銃を取り出して高い位置にある木に移動し、寝転んで狙撃体勢に入る。

 

 (何で変身したら落ち着いたのかは……今はどうだっていい。私も戦える、今はそれだけでいい)

 

 また友奈ちゃんを狙おうとしていた蠍座の顔を狙い撃ち、大きく仰け反りながら後退したのを見てから再装填。今度は遠くで楓君を攻撃している射手座を狙う。その際、念のために蟹座も視界に入れておく。

 

 何故だろうか。乙女座の時もそうだったけど……私は敵に……この3体に……どうしようもない程に、怒りを抱いている!!

 

 「今度こそ……私も守るんだ!」

 

 狙撃。射手座の上の口、その中に見えた発射口らしき部分を撃ち抜き、破壊する。

 

 「今度こそ……私も頑張るんだ!!」

 

 再装填、後に狙撃。今度は下の顔の眉間部分。それは狙い通りに当たり、射手座の体が縦に少し傾いた。

 

 「今度こそ……今度こそ!!」

 

 そんな言葉がずっと、私の口から無意識に漏れていたことに……私は気付かなかった。




原作との相違点

・友奈のギャグが無い

・この時点で先代勇者の存在を知る

・その他。マジで多過ぎて多分原作通りの方が少ない←



という訳で、説明と美森覚醒回でした。原作より蠍座に対する殺意が高い彼女です。拳銃1発、散弾銃計12、狙撃1回ぶちこんでます。

前回は以前との勝手の違いに翻弄される楓君。今回は認識との相違で撃ち落とされました。ボロボロになっていく主人公。でもこれって私の愛なの(重い

前書きの勝手に動いたのは勿論美森です。ぶっちゃけ泣くこともなければ恥ずかしいことも言わない予定だったんです。どうしてこうなった_(:3」∠)_

そろそろUAが50000越えそうです。次回で3体との戦いも終わる予定ですので、記念に何か番外でも書こうか悩んでます。書く場合はリクエストから拾います。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 6 ー

お待たせしました(´ω`)

50000UA突破しました。皆様ありがとうございます! 今後とも本作を宜しくお願いします。

今回、ちとお試しでアンケートをしてみたいと思います。内容は後書き部分にて。

アンケートは終了しました。ご協力ありがとうございました!

前回に引き続き、戦闘回です。戦闘書くのたーのしー。


 「シャー……」

 

 「ふぅ……ふらつきも、敵の攻撃も落ち着いたか……大丈夫だよ、夜刀神。心配してくれてありがとねぇ」

 

 あれから攻撃が止むまでずっと視界がぐらぐらとしていたが、ようやく落ち着いた。その間バリアを張り続けてくれていた夜刀神が心配そうに鳴いて自分の頬をペロペロと舐めてきた為、御礼を言ってその頭を撫でる。

 

 射手座の方を見ると、何やら体に穴が開いてそこから煙を吹き出している。一体何が起きたんだ? そう思い、状況を確認するべく周囲を見回す。すると、射手座に何かが当たり、また穴が開いてそこから煙が吹き出た。その何かが飛んできた方向を見ると、変身した美森ちゃんの姿が見えた。

 

 「……変身、しちゃったか」

 

 いや、分かっていたことだ。勇者として再び選ばれた以上、変身しない方が逆に危険だ。それでも、勇者の戦いなんて忘れて、勇者のことなんて忘れて……平和な日常の中で幸せに生きていて欲しかったと思うのは、間違っていたんだろうか。

 

 ……頭を切り替える。彼女の援護、後方支援は正直有難い。その強さ、頼もしさは勇者部の中で誰よりも自分が良く知っている。嗚呼、知っているとも。ずっと一緒に戦ってきたんだから。

 

 それに、彼女は変身した。戦うことを選んだ。だったら今度は最後まで一緒に戦おう。他ならぬ美森ちゃんがそれを望んでいた。守ると、一緒に頑張ると。忘れるものか。記憶を失って尚同じことを叫んだ彼女の言葉を……忘れるものか。

 

 「それに……先代として今代にあんまり情けない姿を見せたくはないしねぇ」

 

 立ち上がり、消えていた翼を出し、飛ぶ。狙いは……蟹座。そうと決めたら一直線、最速で向かう。その途中、美森ちゃんの方を確認すると目があったので軽く手を振っておく。すると彼女は安心したように頷いてくれたので自分もつい笑みが浮かぶ。

 

 「楓! 無事なのね!?」

 

 「お兄ちゃん大丈夫!? なんか凄い落ち方してたよ!?」

 

 「大丈夫だよ2人共。心配してくれてありがとねぇ……でも、今はその蟹座をやるよ」

 

 「ええ!」

 

 「うん!」

 

 飛んできた自分を見た姉さんと樹も安心したように息を吐く。心配かけて申し訳ないとも思うが、心配してくれたのは素直に嬉しい。だが、長々と会話するにはバーテックス共が邪魔だねぇ。射手座は美森ちゃんが封殺して、蠍座は友奈ちゃんが美森ちゃんの援護を受けて殴り飛ばしている。という訳で、3人で目の前の蟹座を相手する。

 

 速度を落とさずにそのまま接近。すると蟹座は一枚の板を自分の進行方向に置いた。それを避け、切り裂くつもりで翼を板に当てる……が、やはり頑丈で弾かれ、冷静に空中で姿勢を正す。心なしか以前よりも硬い気がする。

 

 「やっぱり硬いねぇ」

 

 「私のワイヤーじゃびくともしなくて……」

 

 「ふむ。じゃあ樹、そのワイヤーで板の動きを止めるのは?」

 

 「やってみる!」

 

 自分がそう言うと、樹は早速試してくれた。4本のワイヤーを伸ばし、2本ずつ使って2枚の板に巻き付け、その動きを止める……が、少しずつ樹がその場から板に引き摺られている。

 

 「わ、私の力じゃこれ以上は~……」

 

 「充分よ樹! 後は、アタシの女子力でええええっ!!」

 

 自分が動くよりも速く、姉さんが2枚の板を大剣で切りつける……が、弾かれた。しかしよく見てみると、板の全体にヒビが入っていた。どうやら乙女座の御霊程の強度はないらしい。

 

 「もう! いっ!! ちょおおおおっ!!」

 

 1度弾かれて着地した姉さんが再び飛び上がり、大剣を振るう。するとガシャンッ! とガラスが割れるような音と共に、2枚の板が砕け散った……恐るべし、姉さんの女子力。

 

 その直後、蟹座が尻尾らしき部分のハサミを開き、砕いたばかりで空中に居る姉さんに向かって伸ばしてきたが……それは突然、何かによって砕かれた。それを見た姉さんは驚きつつも着地し、後ろを振り返り……美森ちゃんの姿を見て、また驚いた表情を浮かべた。

 

 「東郷!? ……そっか、戦ってくれるのね」

 

 「そういうことみたいだねぇ……樹、もう1度頼むよ」

 

 「うん!」

 

 姉さんが嬉しそうに呟く。美森ちゃんもしっかりと姉さんの援護をしてくれた……和解も直ぐに済みそうだ。さて、自分もいい加減何か活躍しないとねぇ。具体的には……姉さんみたいに、板の1つでも壊してみせようか。

 

 自分の頼みを聞いてくれた樹が先程と同じように板を2枚止める。自分は飛んで少し距離を取り、再び全速力で突っ込む。速度を維持したまま翼を解除。出すのは……より多く光を注いで作り上げる、あの日の4枚の爪。

 

 「あの日のリベンジだ……これでも、男の子なんでねぇ!!」

 

 爪を突き出し、板にぶつける。出していた速度とぶつかった時の衝撃が体に走る。それでも勢いは止まらず、1枚目の板を砕き、2枚に差し掛かり……少しヒビが入ったところで、流石に勢いが落ちてきた。

 

 「まだ、だああああ!!」

 

 1度手を引き、板の上に乗って爪を振り下ろす。今度は爪が突き刺さり、そこから板が砕け散る。あの時割れなかった板を割れた。小さなことだが、リベンジを果たせたので良しとする。

 

 板が砕けたことで落下を始めるが、直ぐに爪を翼に変えて飛ぶ。その際に自分に向かって残った2枚の板が飛んでくるが、片方は樹のワイヤーに捕まり、もう片方は姉さんが大剣を叩きつけて止める……というか砕く。

 

 状況を確認。射手座は相変わらず美森ちゃんが押さえてる……というか、ちょっと見ない内に穴だらけで煙を吹き出しまくっている。敵ながら憐れみすら感じる程だ……蠍座の方は、友奈ちゃんが押さえてくれている。時折美森ちゃんの狙撃を顔らしき部分に受けているのか、幾つか穴が開いている。

 

 「友奈ちゃん!」

 

 「楓くん!? 大丈夫だったー!?」

 

 「大丈夫だよ!! そいつ、何とかこっちに持ってこれるかい!?」

 

 「やってみるー!!」

 

 少し距離があるので大声で叫び合うように会話する。その間に蟹座の胴体のような部分に翼を当てるように飛び、頭部と胴体を断ち切る。樹が捕まえていた板は姉さんが会話をしている間に破壊していた。これで再生するまでは蟹座は何も出来ないだろう。

 

 友奈ちゃんのところに目をやる。すると、丁度彼女が蠍座の尻尾を掴んで縦に1回転し、勢いをつけてこっちに投げ飛ばすところだったってえぇ……あれ、投げられるんだ。これは危ないと樹のところに降り、彼女の腰に左手を回して飛ぶ。

 

 「わわっ、お兄ちゃん!?」

 

 「姉さーん。そこ、危ないよー」

 

 「えっ? ってどわああああっ!?」

 

 いきなり掴まれたからか、それとも飛んだからか慌てる樹を微笑ましく思いつつ、姉さんに注意を呼び掛ける。その声に反応してか姉さんが上を見上げると、既に蠍座が落ちてきているところだった。気付いた姉さんは少々女子力が感じられない悲鳴を上げ、間一髪逃れる……あ、蟹座が蠍座の下敷きに……まあいいか。

 

 「エビ持ってきたよー!」

 

 「持ってきた、というか投げたよねぇ。ナイスシュート、友奈ちゃん」

 

 「投げたの!? アレを!?」

 

 「友奈ぁ!! 危ないでしょうが!! 後、それサソリ!」

 

 「ごめんなさい! 後、エビに見えたんです!」

 

 ぴょんぴょんと跳びながらこっちに来た友奈ちゃんがやり遂げた顔で手を振りながらそう言って来たので樹を地面に下ろしつつ誉めると、隣で樹が驚愕する。下敷きになりかけた姉さんは友奈ちゃんに怒りつつツッコミを入れ、友奈ちゃんは素直に謝った。うんうん、少し真面目さは足りないかもしれないが、勇者部らしくて良い空気だ。

 

 「それと楓! なんで樹だけなのよ!」

 

 「や、自分片腕だから。後、姉さんだけならともかく大剣ごとはちょっと掴みにくい」

 

 「思ったよりマトモな返答だった……そうよ、楓は片腕……こいつのせいで……」

 

 姉さんは自分にも怒ってきたが、そう言うと脱力したように項垂れた。何かボソッと呟いたのは……聞こえたけど、聞こえなかったフリをしておこう。

 

 そんなことをしていると、蠍座が起き上がって尻尾を姉さんに向かって伸ばしてきた。まずい、反応が遅れた! と、自分を含めた姉さん以外の3人が焦った表情を浮かべた時だった。

 

 

 

 「お前のせいで……楓はああああっ!!」

 

 

 

 姉さんが、振り返って大剣を下から上へと振り上げて蠍座の尻尾を弾いた。更にそのまま体を回転させつつ蠍座に向かって踏み込み、一閃して尻尾を切り飛ばし……飛び上がり、その顔に大剣を半ばまでめり込ませ、蠍座は再び頭部から地に沈む。

 

 蠍座の前に着地し、右手で持った大剣を肩に置く姉さん。頭を振って肩に掛かった髪を払った後のその表情は、どこかスッキリしているようにも見えた。

 

 「アタシの大事な弟の腕を奪ったんだから、尻尾の1つや2つ奪ったっていいでしょ」

 

 「お姉ちゃん……カッコいい!」

 

 「さっすが姉さん。男前だねぇ」

 

 「カッコいいです風先輩!」

 

 (なんだろう……嬉しいんだけど嬉しくない)

 

 何故か自分達が誉めてるのに微妙そうな顔をする姉さん……いや、何でかは分かってるけどねぇ。後でちゃんと誉め直そう。流石姉さん、綺麗だったよってねぇ。

 

 

 

 

 

 

 風が蠍座を沈めた後、4人で蟹座と蠍座の2体を囲み、封印の儀式を始める。すると蠍座の中から乙女座と同じ逆三角錐の形をした御霊が現れ、蠍座の下からも蟹座の御霊が出てくる。直ぐに破壊しようと動く4人だったが、ここで予想外の出来事が起きた。

 

 「えっ、増えた!?」

 

 「こっちは絶妙に避けてくるよ!?」

 

 「なるほど、御霊によって固有の能力があるのか……厄介だねぇ」

 

 蠍座から出た御霊が大量に分裂し、蟹座の御霊は友奈の拳をひらりひらりと紙一重で避けるのだ。ヴァルゴの時は単純に固かっただけだった為、動くとは思っていなかった風と友奈は驚き、楓は冷静に推測する。

 

 だが、楓は分裂する相手とは戦ったことがある。その時の対処方でいいだろうと翼からワイヤーへと変えようとした時、分裂していた御霊が緑色の光のワイヤーによって残らず一纏めにされた。

 

 「樹……?」

 

 「いっぱい居るなら、全部纏めちゃえばいいよね。それに、怒ってるの……お姉ちゃんだけじゃないんだよ」

 

 思わず呟く楓に、樹は俯きながら楓にそう答える。

 

 彼が養子に出る前から、兄にべったりだった樹。ソファの上での膝枕と頭を撫でられるのは彼女にとって至福の一時だった。だがその手は奪われ、片足は感覚が無いという。姉のように復讐したい、という気持ちにはならない。どんな感情なのかもイマイチ良く分かってないのだから。だが、怒りを覚えない訳ではない。

 

 「私だって……!」

 

 樹がグッと力を入れる。するとワイヤーは収縮し、本体を残して他の御霊を細切れにする。

 

 「私だって、怒ってるんだからー!! えぇぇぇぇいっ!!」

 

 もう1度、ワイヤーを引きながら力を入れる。今度は本体に切れ込みが入り、そのまま細切れにされた御霊が砂となって崩れ落ち、下の木に吸収されるように消えた。

 

 「ナイスよ樹! さっすがアタシ達の妹!」

 

 「えへへ……うん!」

 

 「樹ちゃん凄い! でも、こっちはどうするの?」

 

 「そいつは自分に任せて」

 

 姉と友奈から称賛され、照れる樹。その間も友奈は蟹座の御霊に拳に蹴りと攻撃を仕掛けていたが、なに一つ掠りもしない。どうする? と3人に問い掛けると、楓が着地しつつ翼から光の形を変える。

 

 友奈の拳や蹴りといった“点”による攻撃は当たらない。なら、より範囲の広い“面”による攻撃ならばどうか。そして楓は、勇者部の中で最も多くの攻撃方法を持つ。中には当然、面による攻撃もあるのだ。

 

 「“だいだらぼっち”」

 

 楓がそう言うと、側に頭が富士山のようになっている土気色の体が丸い、腹の部分に“巨”と書かれている精霊が現れる。楓は左手を上に掲げ、光を操作すると彼の手を包み込むように、蠍座の尻尾も握ることが出来そうな巨大な左手が現れる。

 

 左手を上に掲げ、パーの形に開いたその手を振り下ろす。今までのように紙一重で避ける程度では、逃げ切れる筈などなかった。ゴシャッという音の後にその巨大な手が消えた時、そこには御霊の姿等何処にもなく、代わりに砂が木の上に積もっていた。

 

 「面で押し潰せば、問題ないねぇ」

 

 「我が弟ながら何でもありね……飛んだり大きい手を出したり」

 

 「楓くんも凄い! でも、何で今まで使わなかったの? 強そうなのに」

 

 「使ってる間、動けないんだよ。後、大きすぎて使いづらい」

 

 「お兄ちゃん、精霊がショック受けてるよ……」

 

 さらりと言った楓の行動に思わず冷や汗をかく風と素直に称賛した後に疑問符を浮かべて首を傾げる友奈。それに楓が答えると、だいだらぼっちがガーンッ! とショックを受けたように落ち込み、それを見ていた樹が苦笑いする。

 

 「さて、後はあいつだけね。皆、行くわよ! あ、楓は東郷の所ね。念のため、守ってあげなさい。儀式はアタシ達だけでも充分だしねぇ」

 

 「はい!」

 

 「うん!」

 

 「了解だよ、姉さん」

 

 3人は未だに美森から主に上の口の中の発射口と下の顔を狙撃されて封殺され続けている射手座に向かい、楓は翼を出して美森の元へと向かう。機動力に乏しい美森の防衛に様々な手段を取れる楓を回すのは、彼女への風なりの御詫びと気遣いでもあった。

 

 楓が美森の左隣に着地する。それと同時に、3人が儀式を実行したのだろう。射手座の下の顔にある口から御霊が現れ……射手座の体の周囲を高速で周回し始めた。

 

 「は、速すぎるよー!?」

 

 「あーもう、なんで今回に限って!」

 

 「ど、どうしようお姉ちゃん」

 

 射手座の近くに居る3人から、慌てたようにそんな会話が聞こえてきた。だが、楓も美森も慌てた様子はなく、むしろ落ち着いている。

 

 「どう?」

 

 「問題な……いえ、そうね……楓君」

 

 「うん?」

 

 「貴方がそこに、隣に居てくれたら……必ず当てるわ」

 

 「……それくらい、御安い御用って奴だねぇ」

 

 楓が聞くと、美森は問題ないと言おうとして、途中で変えて答える。彼女の答えに楓は笑って了承し、先程よりも少しだけ距離を詰めた。

 

 楓が己の左隣にいる。自分が、彼の右隣に居る。ただそれだけのことなのに、美森は不思議と落ち着き……不思議と、その位置がしっくりと来ていた。その心地好さの中で、狙撃銃のスコープを覗き込む。相も変わらず射手座の体の周りを高速で周回する御霊。それを撃ち抜くことに意識を注ぐ。

 

 引き金を引く。さっきまで何度もやっていたことを、もう一度やる。放たれた銃弾は真っ直ぐに飛び……寸分の狂いなく御霊を撃ち抜き、ついでに射手座の体にもう1つ風穴を開けた。

 

 「お見事。流石、美森ちゃんだねぇ」

 

 楓からの称賛が耳に届くと、自然と美森は笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 最後の御霊を私が撃ち抜いてから少しして、昨日と同じく学校の屋上に戻ってきていた。でも、昨日とは少し違う。今回は私も、皆の直ぐ近くに居た。

 

 「お疲れ様、美森ちゃん。助かったよ」

 

 「楓君……うん」

 

 「東郷さーん!」

 

 私の直ぐ左隣に居た楓君が、朗らかな笑みを浮かべながらそう言ってくれた。良かった、今度は守れた……? “今度は”? と自分の考えに一瞬疑問符が浮かぶものの、友奈ちゃんに正面から抱き付かれて霧散する。

 

 友奈ちゃんに遅れて、風先輩と樹ちゃんもこちらへと歩いてきた。樹ちゃんは目をキラキラとさせていて、風先輩は……少し気まずそう。かく言う私も、部室でのことを思い出して少し気まずい。

 

 「かっこ良かったよ東郷さん! もうドキッとしちゃった」

 

 「ありがとう、友奈ちゃん」

 

 「東郷先輩、凄かったです!」

 

 「樹ちゃんも、ありがとう」

 

 「あー、その……助かったわ、東郷」

 

 「風、先輩……」

 

 友奈ちゃんも樹ちゃんも私の手を取ってそう言ってくれる。変身して、皆を助けられた。皆、無事で良かった。そう思っていると、風先輩が頬を掻いて目を逸らしながら……それでもお礼を言ってくれた。だから私も、言わなきゃって……そう思った。

 

 「風先輩……部室では言い過ぎました。ごめんなさい」

 

 「……いいのよ。私も、黙っていてごめんなさい」

 

 「いえ、内容が内容でしたから……それに、私も覚悟を決めました」

 

 楓君と友奈ちゃんが攻撃されて、変身した時から覚悟は決まってる。何度も心が叫んでる。私も守る、私も頑張る。その言葉を胸に、私は何度も引き金を引いていたのだから。

 

 私から不安を取り除いてくれた、いつも私を守ってくれた友奈ちゃん。私にいつも笑いかけてくれて、心に安心をくれた楓君。そして、私の学校生活を楽しいものに変えてくれている、風先輩と樹ちゃんも居る勇者部。皆を守る為に、皆と頑張る為に。

 

 「私も……勇者として頑張ります」

 

 「東郷……ありがとう! 一緒に国防に励みましょうね」

 

 「……国防……はいっ!」

 

 そうだ、これは歴としたお国の為にもなる戦い。即ち国防。なんて素晴らしい響き。勇者部としての活動に立派な国防が加わるなんて……思わずうっとりとしてしまう。何故か頭の中で陸軍将校と海軍将校の服を着た4人の子供がビシッと敬礼しているのが脳裏に浮かんだ。それはそれは素晴らしい光景だった。

 

 隣から楓君の苦笑と呆れと微笑ましさが混ざったような生暖かい視線が突き刺さり、ハッとしてこほんと咳払いを1つ。いつまでもうっとりとしている訳にはいかないわ。そういえば、と気になったことがある。

 

 「そういえば友奈ちゃん。課題は大丈夫なの?」

 

 「課題……? あっ!? 課題……明日までだった。アプリの説明テキストばっかり読んでて忘れてた……」

 

 「ふふ、そこは守らないし頑張らないから、友奈ちゃんだけで頑張ってね」

 

 「そんなー! か、楓くん!」

 

 「自分に助けを求められてもねぇ……まあ、手伝うくらいならいいか」

 

 「楓くん……!」

 

 「ダメよ楓君。友奈ちゃんの為にならないわ」

 

 「そうは言ってもねぇ。最初くらいは大目に見てあげないかい?」

 

 「ダーメ。1回やったらクセになっちゃうもの」

 

 「楓くぅ~ん……」

 

 「でもねぇ、こんな風にすがられると……」

 

 「甘やかしてばかりもダメよ」

 

 「「夫婦とその子供か(ですか)」」

 

 

 

 

 

 

 あれから屋上を後にした私達は、結局友奈ちゃんのおねだりに楓君と私が押しきられ、いつかのように私の家で勉強……今回は友奈ちゃんの課題を見守っていた。手伝いだけは絶対にさせません。友奈ちゃんも楓君も大好きで大切だけど、それはそれ、これはこれです。

 

 とは言うものの、適度に休憩と糖分の補給も忘れない。友奈ちゃんはぼた餅を作ると元気になって活動的になる。アメとムチはしっかりとしないと。勿論、楓君用の一口ぼた餅も忘れない。これを作ると、楓君は本当に嬉しそうに、美味しそうに食べてくれるし、実際に美味しいとも言ってくれる。それを見るのが、私は大好き。

 

 友奈ちゃんの課題が終わったのは、夕方5時を回った頃。戦いと課題の両方で流石の友奈ちゃんも疲れたのか、フラフラとしながら帰っていった。でも……楓君はまだここにいる。私が、もうちょっとだけ話がしたいと言ったのだ。それを彼は、いつものように朗らかに笑って頷いてくれた。

 

 「それで、話というのは……学校で聞きそびれたことかい?」

 

 「……うん」

 

 「確か……真っ白な男の子、だったかな?」

 

 「うん……そうよ」

 

 そんな会話の後に、私は話した。頭の中で真っ白な男の子の後ろ姿が過ること。その男の子に比べて背は高くなっていたけれど、その姿が変身した楓君と瓜二つなこと。種類こそわからないけれど、時折綺麗な白い花も見えること。

 

 私には2年間の記憶がない。足も、動かない。それは2年前に交通事故にあったからだと教えられていること。でも、それよりも前の記憶にはそんな男の子も、白い花もなかったこと。

 

 「だから……私の失った2年のどこかで、私は楓君と会っているんじゃないかって……楓君は、私の記憶が失われたことの理由を知っているんじゃないかって、思ったの」

 

 「……そっか」

 

 「……うん。それで、その……どう、かしら……」

 

 楓君が目を閉じて考え込む。それは自分の中の記憶を探っているのか、それとも……少しして、彼は目を開けて……私を見て、苦笑いを浮かべた。

 

 「ごめんねぇ。美森ちゃんの期待には応えられそうにないや」

 

 「……そう」

 

 「少なくとも、自分が“東郷 美森”と出逢ったのは、あの入部の日だしねぇ……ただ、白い男の子っていうのは、間違いなく自分のことだろうねぇ。他に真っ白な勇者なんて居ないし」

 

 「そう、なのね」

 

 「前に勇者仲間の子が怖い夢を見て深夜に自分に電話を掛けてきたことがあって、その時その子の元に行くために変身したことがあるんだ。もしかしたら、それをどこかで見られていたのかもねぇ」

 

 「……そうかも、しれないわね」

 

 「ごめんねぇ」

 

 「ううん、いいの。私こそ、いきなりこんなこと聞いてごめんなさい」

 

 そんな会話の後、彼は私の親に頼んで自宅まで送ってもらった。彼を見送った後に部屋に戻り……考える。

 

 彼の表情を見る限り、嘘は付いていなかった。でも……多分、本当のことも言っていない。ずっと彼を見てきたんだ、表情1つ見ればある程度見分けることができる。友奈ちゃんに対しても同じことが出来るのは内緒だ。

 

 どこからが嘘でどこまでが本当なのか、情報が少なすぎる今は判断出来ない。問い質したところでかわされるだろう。それに、悪意があってぼかしてる訳ではない。彼はそういうことはしない人だ、それは確信を持って言える。

 

 「……今は、それが分かっただけでも充分、かな」

 

 いつか、本当のことが聞けるだろう。もしくは、思い出すかもしれない。それに、記憶がないことは確かに不安だし、2年間のことは気になるが……今過ごしてる日常は、それ以上に幸せを感じてる。今はそれでいい。

 

 

 

 (それにしても……)

 

 

 

 その深夜に電話をしたという勇者仲間の子……流石に非常識じゃないかしら。そんなことを思うと、何故か私の頭にブーメランが刺さったイメージが浮かんだ。




原作との相違点

・完全に封殺されてる射手座

・最終的に頭部だけにされた上に蠍座の下敷きになった蟹座

・頭には風穴を開けられ、尻尾を切り飛ばされて頭をかち割られ、御霊を細切れにされた蠍座

・戦闘内容や屋上での会話の内容等、その他色々。



という訳で、かなり原作と内容が変わった戦闘回でした。これでもバーテックスは強化されてます。それ以上に勇者部がヤバかっただけです←

楓君の4体目の精霊はだいだらぼっちです。山や湖沼を作った等の話がある巨人の妖怪ですね。出した巨大な左手ですが、FGOのジャガーマン宝具、もしくはガッシュのバオウ・クロウ・ディスグルグを思い浮かべると分かりやすいと思います。

UA50000越えたので、次回は宣言通り番外編予定です。活動報告にあるリクエストに応えるつもりですので、鬱かほのぼのかは分かりません。また幾つかのリクを混ぜて書くかも←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif3 ー

お待たせしました(´ω`)

50000UA突破記念番外編。タイトル通り、DEifの続きとなります。どこまで続くんだろうか、このシリーズ←

尚、本編でのゆゆゆいはもうしばらくお待ちを。具体的には、結城 友奈の章の終わりまで。ゆゆゆいルートはがっつりやるか番外集みたいになるかは未定です。

アンケートにご協力ありがとうございました。結果、本編の銀ちゃんとリンクします。つまり……どこかで銀ちゃんは泣いたということに←

いつの間にか総合評価2000越えてました。皆様、誠にありがとうございます! 今後も頑張って参ります( ≧∀≦)ノ


 「皆さんの活躍の~♪ おかげで~♪ 新しい援軍の勇者達を呼べるんです~♪」

 

 小学生組の召還からしばらく経ち、現れるバーテックスを撃破して行っていたとある日。勇者部の部室に集まっていた面々は上機嫌なひなたからそう聞かされた。

 

 あまりに上機嫌な為に須美がもしや……と聞いたところ、今回はやはりひなたの時代、西暦時代の勇者達がこの不思議空間にやってくるのだと言う。

 

 「ひなたさんの仲間達、なんですね。な、何人くらい来るんですか?」

 

 「5人ですよ樹ちゃん。より賑やかになりますね。その中には、園子さんのご先祖様もいます」

 

 「のこちゃん達のご先祖様か……きっと2人みたいな、ふんわりした雰囲気の人なんだろうねぇ」

 

 「「えへへ~、それほどでも~♪」」

 

 「ふんわりしてるか? アレ」

 

 「いやー、どちらかと言えば……独特?」

 

 ひなたの言葉を聞き、新士がくすくすと笑いながらそう言うと園子ズが同じように照れ笑いをする。それを見ながら銀(中)が隣に居る小さな自分に問いかけると、銀(小)も首を傾げながら答えた。

 

 照れていた園子(小)だったが、未来の自分だけでなくご先祖様にまで会えると喜びを露にする。須美は5人もの勇者が現れるとのことで戦力も上昇し、作戦の幅も広がると戦略面で喜色を示す。

 

 「これで勇者の数が20人近くに! 風先輩。勇者部、大きくなりましたね!」

 

 「全くねぇ……あたしゃそろそろ引退かしら? 後は若い者に任せて、のんびり縁側ライフを……」

 

 「樹、姉さん縁側ある家に引っ越すってさ。これからは2人きりだねぇ」

 

 「お姉ちゃん……私達、頑張って暮らすからね……ぐすん」

 

 「止めてよ!? アタシは弟と妹からまだまだ離れないんだからね!?」

 

 「樹が風を弄るとは珍しいわね……」

 

 「これも新士君が居るからかしらね」

 

 友奈が無邪気に喜び、風が隠居する年寄りのようなことを言ってボケるとすかさず新士が弄りに行き、樹がそれに乗る。楽しそうに弄る弟と泣き真似までする妹に風も大慌てし、夏凜と東郷は樹が風を弄るという珍しい光景に珍しそうにしていた。

 

 そんなやりとりを皆楽しんで見ていたものの、これでは話が進まない。ということで、園子(中)が自身も気になっているご先祖様とはどんな人物かとひなたに問いかけると、ひなたは目を輝かせて話し始める。

 

 「一言で言えば、西暦の風雲児ですね。初代勇者なんですが、その肩書きに相応しいです。新士君達の予想とは、残念ながら少し違いますね」

 

 「風雲児!! か、カッコいい……流石初代様だ!」

 

 「ふふふ、カッコいいとか、そんな次元じゃありませんよ? 今想像したカッコよさを100倍にしてみて下さい」

 

 「100倍とは、また凄い数字ですねぇ」

 

 「それでもまだ彼女……乃木 若葉の素敵さには到! 底!! 及びません」

 

 「ご先祖様……普通じゃないんだね~」

 

 「園子ちゃん、安心しなさい。あんたも普通じゃないから」

 

 ひなたが言った“風雲児”に反応する友奈。その後の彼女の言葉に新士が凄い自信だなぁと感心しながら呟くとそう返ってきたので苦笑いになり、園子(小)ものほほんと感想を言うと夏凜が諭すように言った。

 

 東郷が他の勇者はどうなのかと質問を続けると、ひなた曰くシャイな人から賑やかな人まで色々居て、共通して素敵な人物達であるという。そして、東郷と須美を見ながらからかうようにこう言った。

 

 「西暦ですからね、実は外国人の方も……アメリカから来た勇者とか居たりして」

 

 「米兵!?」

 

 「須美ちゃん、一大事よ!」

 

 「はい! 竹槍を持ってきます!」

 

 「楓、これ使って」

 

 「はい、そこまで」

 

 「「あたっ」」

 

 アメリカと聞いて目が据わり、敵対心を露にする東郷と須美。物騒なことを言い出した時点で新士は風がどこからか取り出したハリセンを受け取って2人の頭を軽く叩き、痛くはないがそこそこの衝撃を受けた2人の動きが止まる。

 

 「なんでハリセンなんか持ってるのよ」

 

 「楓関連で東郷と園子が暴走した時の為にね。まさか楓本人に使わせることになるとは思わなかったケド」

 

 「あ、はは……すみません、外国人は冗談ですよ。まさか東郷さん達がここまで反応するとは……」

 

 「東郷のトリッキーさにはその内慣れるわ。私も初めはメッセージのやり取りで驚いたし」

 

 「おや、そうなんですか? 今度聞かせて下さいねぇ、夏凜さん」

 

 「ええ、良いわよ新士君」

 

 「え、ちょ、夏凜ちゃんやめてー!」

 

 ハリセンを新士に手渡した風に呆れの視線を向ける夏凜に、風が胸を張って答える。頭を押さえる東郷と須美に苦笑いしつつ冗談だとひなたが謝ると、夏凜は慰めるように経験談を語る。それに興味を持った新士にその時のことを話す約束をする夏凜に、顔を赤くした東郷が阻止するべく突っ込むもさらりと避けられる。

 

 くすくすと皆が2人の攻防を笑いながら見た後、ひなたが興奮したようにいよいよ勇者がやってくるという。勇者部も小学生組も一様に、その初代勇者達の登場を胸を弾ませて待っていた。

 

 が、いつまで待っても一向にやってこない。中々姿が見えないかつての仲間達に、ひなたも少し寂しそうである。

 

 「大丈夫だよひなたちゃん。風雲児なんだもん、遅れることがサプライズだよ!」

 

 「い、一体どれほど凄い人なんだろう……風雲児……あたし、少し緊張してきた」

 

 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ銀ちゃん。それに、凄い人ならここにもいっぱいいるじゃないか」

 

 「そりゃあ大きいあたし以外は皆凄い強い人だけどさー」

 

 「あたしよ、お前はいちいちあたしを引き合いに出さなきゃ気がすまんのか」

 

 「どうどう、落ち着いてミノさん」

 

 「そうですね……では、若葉ちゃんがどれぐらい凄いかを具体的に語っちゃいましょうか!」

 

 と、そこまでひなたが言った時、部室内にアラームが鳴り響く。もうすっかり聞き慣れたそれは、バーテックス……造反神による襲撃が始まったことの合図。

 

 「容姿端麗、文武両道。弱きを助ける大英雄。町をあるけば皆が振り向く輝くオーラ!!」

 

 「もしもしひなタン? ひなターン?」

 

 「女性ですけど、男の子の新士君を含め、皆さん魅力に撃ち抜かれること間違いなし! 私が育てた若葉ちゃんをお楽しみに!」

 

 だと言うのに、ひなたは意に介さず。園子(中)が目の前で手を振っても止まらず。目を輝かせて若葉を売り込む姿はさながら営業マン。女性だが。新士も魅力に撃ち抜かれると言われた園子(中)と園子(小)が素早く彼の左右に陣取り、その手を抱き寄せる。間に挟まれた新士は、ただただ苦笑いを浮かべるだけである。

 

 「とりあえず、ひなたさん。説明してくれるのは有難いんですが……警報も鳴ったので、自分達は出撃したいんですがねぇ……」

 

 「小学生に気を使わせてんじゃないわよ」

 

 「あ、はい。ごめんなさい」

 

 「あー……また後で教えて下さいねぇ」

 

 「はい!!」

 

 新士がやんわりと諭すように言うと、夏凜がひなたを叱り、彼女はしょんぼりと申し訳なさそうに肩を落とす。そんなひなたに新士は仕方ないなぁと頬を掻きながらそう言うと、それはもう満面の笑みが返ってきた。新士は再び苦笑いし、夏凜は呆れから溜め息を吐いた。

 

 ふと、東郷が端末を見てこの場に居る者達以外の勇者が敵と接触しそうであると告げる。全員が確認すると、確かにこことは違う場所に勇者の反応があり、敵を示す反応と接触しそうになっているのが分かる。

 

 「大変だ、敵の前に召還されちゃったんだ。早速合流しないと……ちょっと遠いから急がないと」

 

 と、友奈がそう言った時だった。

 

 「じゃあ、自分が先行しましょうかねぇ。この場だと自分が一番速度出ますし、先に()()で」

 

 

 

 「「「ダメッ!!」」」

 

 

 

 新士がそこまで言った時、そんな短くも必死な声が部室に響いた。思わずその場に居た全員が声の主……中学生の園子、東郷、銀に視線を向ける。本人達は新士の前に行って3人でその両手を握り締める。そのあまりの勢いに、思わず園子(小)も自分の意思とは関係なく新士から距離を取らざるを得ない。

 

 「絶対ダメだよアマッち! 何が起きるかわからないんだから!」

 

 「仲間だってこんなに居るんだぞ!? わざわざ1人で行くことなんかないって!」

 

 「私も、私達も一緒に行くから! お願いだからやめて! ね!?」

 

 (あー、この反応……そうか、()()()()()()()()か)

 

 3人の怒濤の引き留めの言葉に苦笑いを浮かべつつ、新士はそう悟る。己の“1人”という言葉へのこの過剰なまでの反応だ、わからないハズがない。そもそも彼女達は本当に隠す気があるのかと疑わしく思う程だ。

 

 このままでは、もしかしたら園子(小)辺りが気付くかもしれない。彼がそう危惧した時、ひなたから助け船が出される。

 

 「ふふふ、大丈夫ですよ新士君。若葉ちゃん達は皆強いですから……とは言え、何が起きるかわからないのも事実です」

 

 「そういうこと! ほら、早く行くわよ。楓から手を離す!」

 

 「「「……はーい」」」

 

 ひなたと風に言われて新士から渋々手を離す3人。その後、園子(中)と銀(中)を除いた勇者達は部室から出て西暦の勇者達が居るであろう場所へと向かうのだった。

 

 「銀さん達があんなに焦るなんて……なんかびっくりだよな」

 

 「本当にねぇ……余程のことをしたんだろうねぇ。大きい自分に会ったら説教しないとねぇ」

 

 「過去の新士君が未来の新士君にお説教なんて、なんだか変な感じね」

 

 「大きいアマっち……どんな感じなんだろうね~」

 

 途中、小学生組がそんな会話をしているのを……真実を知る勇者部の面々は複雑な思いで聞いていた。

 

 「あー、やっちゃったなぁ……新士にバレてないかな?」

 

 「アマっち、多分9割方気付いてるね~」

 

 「マジで? 自分が死んでるの……もう殆ど気付いてるのか……」

 

 「……? それは多分呼ばれた初日で気付いてると思うよ? 私が言ったのは、死因とかも含めた“全部”に対してなんだけど……」

 

 「前から思ってたんだけどさ、園子の新士に対する理解力とかお前らの察しの良さはなんなの?」

 

 (これ、私が聞いていい会話なんでしょうか……?)

 

 一方、部室ではそんな会話があったそうな。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく。無事に西暦勇者達と接触し、少しばかり問答があったものの連携して敵の殲滅を終えた勇者達。部室に戻ってひなたとの再会もそこそこに彼女からこの不思議空間の説明をされ、その後にお互いに自己紹介を始める。

 

 「改めて、乃木 若葉だ。それで、戦闘の時にも言っていた私の子孫というのは……」

 

 「は~い、私で~すご先祖様。乃木 園子、小学生バージョンです」

 

 「宜しくね、ご先祖様。乃木 園子、中学生バージョンだよ~」

 

 「そ、そうか……よろしく。体のパーツは私だが、雰囲気はひなたに似てるな……」

 

 「うふふ、不思議ですねぇ。うふふ……」

 

 己と子孫との雰囲気の違いと子孫が年代別に2人居るという異様な光景に戸惑う若葉の言葉に、ひなたが妖しく笑う。答えを知るのは彼女のみである。

 

 その後、唐突に新士を除く小学生組3人からサインをねだられる若葉。その際に銀から“風雲児様”と呼ばれ、接触時にもそう呼ばれたことを思い出して何やら嫌な予感を覚える。

 

 「ちょっと待て。君達、その風雲児とは一体?」

 

 「ひなたさんからそう聞いてましてねぇ。何でも、容姿端麗、文武両道。弱きを助ける大英雄。町を歩けば皆が振り向く輝くオーラ。自分を含め、皆が魅力に撃ち抜かれること間違いなしとか……」

 

 「「「うんうん!」」」

 

 「ひ~な~た~!? またお前はそうやって……」

 

 新士が聞かされたことを伝えると同意するように頷く小学生組。彼は苦労してるんだなぁと若葉に対して苦笑いを浮かべているが、他の3人は目を輝かせている。年下の子供達にそんな表情をされ、更にはひなたの凶行……若葉にとっては……に恥ずかしさからか握り拳を振るわせる。そんな彼女に、ひなたはてへっと舌を出して誤魔化す。

 

 「待て待てい。乃木 若葉が乃木 園子の先祖ってのは名字が一緒だから分かるけど……じゃああの2人はなんだ?」

 

 そう言ったのは若葉と同じ西暦勇者の土居 球子。彼女の視線の先にあるのは、自身の仲間である高嶋 友奈と……髪型の差異や服装を除けば見た目も背丈も、声すらも瓜二つな結城 友奈の姿。お互いにお互いの姿に戸惑いを隠せず、それでも同じように改めて自己紹介を行っていた。

 

 「高嶋さんは友奈さんの先祖?」

 

 「もしや、あたし達みたいに同一人物?」

 

 「「ど、どうなってんのか分からん。教えてくれ、須美!」」

 

 「同一人物ではないわね、銀。それから銀ちゃん」

 

 「あ、こっちの須美が答えた」

 

 「流石須美、友奈のことはお前が1番だな」

 

 勇者部全員の共通認識にあるのが、友奈のことは東郷にお任せ。その期待に応えるように、東郷は言う。あの2人は確かに似てはいるが、全くの別人であると。それは何となく分かるのだと。

 

 「そうね、高嶋さんと彼女は別人。私にも、何となくわかるわ」

 

 同じように別人だと言い切るのは、西暦勇者の(こおり) 千景。仲間である伊予島 杏曰く、高嶋 友奈については彼女が言うと説得力があるのだと言う。どうやら友奈にとっての東郷のような立ち位置に、彼女は居るらしい。

 

 「み、皆さん。改めて宜しくお願いします。精一杯頑張りますので……」

 

 「こ、こちらこそ……よろしく、お願いします。仲良くやっていきましょう」

 

 「ねぇ楓。あの2人、何だか似てない? こう、奥ゆかしいというか、なんというか」

 

 「そうだねぇ、姉さん。なんだかこう、庇護欲みたいのが出るねぇ」

 

 小動物のような雰囲気が似通っている杏と樹の姿に、姉と年下の兄が同じようにうんうんと頷く。背丈も年齢も違うのだが、姉兄的にはどうにも似ているらしい。

 

 そんな会話の中、ふと気になったように……というか、気になって仕方なかったように若葉が新士の方を見て問い掛ける。

 

 「しかし、男の勇者か……私達の時代には居なかったな」

 

 「えっ、こいつ男だったのか!? 髪長いし顔もそっちの……妹の子に似てるからてっきり女かと」

 

 「土居さん……男子の制服を着ているのだから当然でしょう」

 

 「タマっち先輩……樹ちゃんだよ」

 

 「新士くん、だっけ? でもさっき風さんが楓くんって……ともかくびっくりだよねー」

 

 「おや、西暦には居なかったんですか。まあこっちでも男の勇者は自分以外に居ないみたいですからねぇ。ああ、名前については後で説明しますねぇ」

 

 西暦の勇者達が驚いたのは、男の勇者が居たことだった。もしかしたら自分達が知らないだけで居たかもしれないが、少なくとも5人は見たことがない。それは西暦の巫女であるひなたも同様だが。

 

 しかし、若葉が気になっているのはそれだけではない。確かに男の勇者も大いに気にはなったが……他にもある。こほん、と咳払いを1つした後、彼女は新士……の、両隣に居る己の子孫達に目を向ける。

 

 「それも気にはなるが……その……乃木」

 

 「「何ですか~? ご先祖様~」」

 

 「ああ、どっちも乃木か……ややこしいなってそうじゃない。何で2人はここに来てからと言うもの、ずっと彼の両腕に組み付いているんだ?」

 

 「若葉……折角気にしないようにしてたってのに……」

 

 「仲良しさんだねー、新士くんと園子ちゃん達」

 

 「そうね、高嶋さん」

 

 「小学生カップル……しかもそこに未来の彼女……まるで恋愛小説のような光景が見られるなんて……はぁ」

 

 若葉が聞くと、球子は苦々しく表情を歪めながら若葉を睨み、高嶋は笑いながら微笑ましげに3人を見つめ、千景はあまり興味はない……ようでやはりあるのかちらちらと見ては目を逸らす。そんな中、杏は仲が良い男女という関係性、しかも三角関係のように見える光景にどこかうっとりとしている。そんな彼女を見た園子ズは、目をキラーンと光らせて人知れずロックオンする。

 

 「あー、気にしないで、直ぐに慣れるから。一定時間楓から距離を離すと泣き出すのよ、この2人」

 

 「風さん、それは大丈夫なのか?」

 

 「その辺は……察して。また後で詳しく話すわ」

 

 「何やら複雑な事情があるようだな……分かった」

 

 苦笑いしながら手を振って気にするなという風に、若葉は腕を組んで首を傾げる。聞いた限り、大丈夫そうには思えないからだ。だが、その後に風から耳打ちされてそう悟り、小声で返しつつ頷く。彼女の察しの良さに、風は感謝した。

 

 「未来の小学生って進んでるんだな……それに比べてタマ達は……なぁ、どう思うあん……」

 

 「これ、私が書いた小説なんだけど……これとか……後はこんなジャンルも……最近は年上の……と年下の……所謂“お”で始まり“タ”で終わるジャンルにも手を出してて……」

 

 「これは……こ、こんなモノまで!? はぁ……はぁ……是非先生と呼ばせてください!!」

 

 「ちょっと目を離した隙にあんずを変な道に引きずり込むんじゃない!!」

 

 恋愛とは無縁だった自分達の勇者生活を思い返し、園子(小)に抱き着かれている新士を見て悲しくなる球子。ハァ、と溜め息を吐いて杏に同意を求めて彼女の方を向くと、そこには園子(中)に端末の画面を見せられて何やら興奮している杏の姿。時折妖しい単語も聞こえ、その光景はさながら洗脳されているかのよう。部室に球子の焦りが混じった怒声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 夕方、寄宿舎の一室を使って西暦勇者達の歓迎会を開いていた。この歓迎会は何だかんだでやっていなかった小学生組の歓迎会も兼ねている。2人の友奈が既に打ち解けていたり、風と若葉のリーダー組が仲良くなったり、日本大好きな須美が読書好きだと言う杏に話を聞いたり。銀はゲームが得意だと言う千景と共に球子と一緒に居たり。若葉も園子(小)に手を握られ、それをひなたに微笑ましそうに見られたり。新士は少し離れて見ていたが、高嶋に呼ばれて共に友奈から押し花を教わったりしていた。

 

 気が付けば歓迎会が始まってからかなり時間が経っていた。少しして、須美が中学生組と新士の姿が無く、この場には西暦組と新士以外の小学生組しか居ないことに気付く。

 

 「あれ、いつの間にか風さん達と新士君が居ない……?」

 

 「風さん達はもう帰っているぞ。全員が寝不足では有事の際危ないからな」

 

 「ご先祖様~。じゃあアマっちは~?」

 

 「アマっち……とは犬吠埼君のことか。いや、雨野君、と呼んだ方が良かったな」

 

 「新士君なら、風さん達と一緒に帰りましたよ。彼は寄宿舎に住んでいる訳じゃないですから」

 

 「そっか、新士君は風さん達と一緒に住んでるって言ってたもんね」

 

 須美の質問に若葉が答えると、次は園子が質問するもそれはひなたが答えた。彼女の言に、高嶋が納得の意を示す。予め、新士からは本名は犬吠埼 楓だが、小学生組として召還されたので当時の養子先の名前である雨野 新士で通していることと、寄宿舎ではなく家族である犬吠埼姉妹の家に住んでいることは説明されていた。

 

 ここでようやく時計に目をやった須美が夜になっていることに気付く。そんなにも長い間杏に昔の日本の話をしてもらっていたことを申し訳なく思い彼女に謝るが、杏は自分も楽しかったと笑って返す。

 

 「皆、優しいからリラックスできるというか……未来の勇者達も、いい人揃いだね」

 

 「しかし、ふと思ったが……未来でも勇者達が居るってことは、敵もしぶといってことだよな」

 

 「逆に考えようよ。人類側も滅んでない、あの状況を乗り切ったんだって」

 

 「確かにな! 前向きでいいぞ、あんず。7タマポイントあげよう」

 

 杏が今日出会った未来の勇者達のことを思い返しながらそう言うと、球子が不安……というより面倒そうに呟くも杏の言葉に笑顔になり、謎のポイントを与える。それを受け、杏は嬉しそうに笑った。

 

 彼女の言葉を聞き、若葉もこうして未来がある以上、勇者である自分達は守りきれたのだと誇らしげに言う。その事実を再確認したからか、高嶋も少し涙ぐみつつ嬉しそうに頷いた。

 

 「そうだ、今度は私達が神世紀の事を聞きたいな。須美ちゃん、教えてくれる?」

 

 「勿論です。それでは、私達のことをお話しますね。神樹館小学校に通う、4人の話を……」

 

 須美も、園子(小)も、銀(小)も代わる代わるに語っていく。楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、色んなことがあった……その日々を。

 

 所々で杏が暴走しかけ、それを球子が必死になって止め、若葉とひなたが苦笑いし、高嶋は楽しげに、千景は……少し少女達を羨ましそうにしながら話を聞き、楽しい時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 「新士君は良かったの? 風先輩からは残ってて良いって言われてたんでしょう?」

 

 「流石に、あれだけ異性が居る空間に居る勇気はないですねぇ」

 

 少し時間は遡り、寄宿舎から出た辺り。新士は東郷と共に歓迎会の際に出たゴミを焼却炉に捨てていた。歓迎される側としてさせる訳にはいかないと彼女に言われたものの、さっさとゴミを持って行かれると何にも言えなくなり、こうして2人で捨てに来て、今は戻る途中という訳だ。

 

 「それに、杏さんの自分とのこちゃんを見る目が少し……」

 

 「ああ……」

 

 園子(中)に何やら画面を見せられていた後、杏はどこか新士と園子(小)を見る目が怪しかった。悪いものではないとは思うのだが、どうにも落ち着かなかったので1度距離を置きたかったのだと言う。あの新士に距離を置かれるという杏の視線を思い出し、東郷も納得の声が漏れる。

 

 ふと、東郷は彼と2人きりという状況を再認識する。思えばこうして2人になるのは初めてのことかもしれない。彼の側には必ずと言って良いほど小学生組の姿があったし、そうでなくとも家族である2人や園子(中)が居た。尚、園子(中)は前ほどではないにしろまだたまに耐えきれなくなって泣き出すことがあるので注意しなくてはならない。

 

 「それに、東郷さんとこうして2人になるのはあんまりなかったですしねぇ」

 

 「……そう、ね」

 

 馴れない。東郷の今の心境は、その一言に尽きる。彼から東郷と呼ばれることも、敬語を使われることも。“のこちゃんさん”と呼ばれ、嬉しさと悲しさが混ざった彼女の表情の理由や心境も今なら良く理解出来る。彼と再び逢えたことは嬉しい。だが、彼にとっての東郷……“須美”とは過去の己であり、自分はあくまでもその未来の姿なのだ。名前すらも違う今、かつてのようにとはいかない。

 

 (それでも……)

 

 1度は忘れてしまった過去。あの日々のように接したい、接してほしいと思うのはワガママなことか。それとも、この心に宿る寂しさや悲しさはその日々を忘れてしまったことへの罰だとでも言うのか。

 

 「ところで東郷さん」

 

 「なに? 新士君」

 

 

 

 「のこちゃんにもしてることなんですが……こうして2人で居る時は、須美ちゃんと呼んでもいいかねぇ?」

 

 

 

 そんなことはないとでも言うように、彼からそんな提案が出された。思わず東郷の足が止まり、それに気付いた彼の足も止まり、振り返る。東郷の記憶と何も変わらない、穏やかな……朗らかな笑みが、そこにあった。

 

 「え……あ……」

 

 「ダメ、ですかねぇ?」

 

 「ち、違うの! それは、私としても嬉しいけれど……いいの?」

 

 「勿論、自分から言い出したんだからねぇ」

 

 思ってもみなかった提案に少し唖然としたものの、彼に聞かれて慌てて答える。ダメな訳がない。あの日々のように彼に接して貰える。それはまるで、あの日に失った時間を取り戻すかのようで。同時に……あの日の悪夢を思い出させるかのようで。

 

 「須美ちゃんは気付いてると思うけど……自分は、自分がどうなったか、ある程度想像はついてる」

 

 「……」

 

 「多分、偶然自分しか樹海に行かなかったか……自分が殿として1人残ってそのまま……そんなところだろうねぇ」

 

 「っ……そう、ね……」

 

 新士の予想はほぼ当たっている。自分達の行動や言動が原因とは言え、もうそこまで気付いてしまっている。なのに、彼は普段と変わらずに過ごしている。それが、東郷を含めた勇者部は不思議だった。

 

 未来に自分の姿はない。自分に……“未来”は存在しない。それに気付いていないならともかく、気付いているのなら取り乱しても良い筈だ。なんで自分がと、死にたくないと、恐怖に泣き叫んでも誰も文句は言わない。少なくとも、東郷は自分なら泣いて喚く自信があった。

 

 「新士君は……」

 

 「うん?」

 

 「怖く、ないの? だって、こんなの……自分がもう死んでるって突き付けられているようなモノじゃない」

 

 「そりゃ、怖いよねぇ。ああ、怖いとも」

 

 あまりにあっさりと、怖いと認めた。意外……ではない。東郷は覚えているのだ。初戦の時に彼が溢した恐怖を。それでも、自分達が怖い思いをするなら己が守り、頑張ると言った彼の背中を。

 

 「でも、きっと……無意味に死んだ訳じゃないんだ」

 

 「なんで、そう思うの?」

 

 「だって、目の前に“東郷 美森”という“未来”があるじゃないか」

 

 「あっ……」

 

 「自分が死んだとしても……君達が無事に生きている未来があるんだ。それは自分が君達を、結果はどうあれバーテックスから守りきれたという証。これ以上に嬉しいことはないよ」

 

 嘘だ、そう叫ぶことが出来たらどれだけ良かったか。東郷は覚えているのだ、彼の夢を。“自分達の夢が叶った姿を見てみたい”という、誰よりも東郷達の未来を望んだ夢を、はっきりと。

 

 それでも、そう叫ぶことは出来なかった。あまりに彼の笑みが幸せそうだったから。少しだけ混じった悲しみが、あまりに痛々しかったから。他ならぬ己という存在が、彼の死が無意味でなかったことの証だったから。

 

 「須美ちゃん」

 

 「……」

 

 「君は、幸せな日々を送れているかい?」

 

 東郷は俯き、目を閉じる。辛いことはあった。悲しいこともあった。苦しくて投げ出したくなって、死のうとさえ思ったこともあった。

 

 だが……勇者部と、何より友奈と出逢えた。記憶も戻り、かつての親友とも再会出来た……1人を除いて。幸せか? 幸せだろう。ただ、そこに彼が居ればもっと……そう思わずには居られない。しかしそれは叶わぬ夢に過ぎず……こうして奇跡のように再会出来ても、それは結局夢、幻のような出来事でしかなく。

 

 「……ええ。私は……私が生きる日々は……間違いなく、幸福(しあわせ)よ」

 

 それでも、東郷は彼が望むであろう答えを言った。例えそれが泣き笑いで、悲しみに溢れた言葉であっても……その言葉自体に、何一つ嘘はなかった。

 

 それでも、望まざるを得ない。

 

 (貴方とも……そんな日々を生きたかった……っ)

 

 

 

 感情のままに東郷が新士を抱き締め、身長差からその豊満な胸に彼の顔が埋まり、あまりに力強いその抱擁から逃げられない彼が精霊によって窒息死から助け出されるまで後1分弱。




今回は特に捕捉はありません。という訳で、DEifの続き、楓(新士)との西暦組の絡みの花結いの章3話でした。東郷さんにもちょっと救済ありですが、まだまだ危ういですね。

銀ちゃんは銀(中)にやんちゃな妹の如く甘えてます。弄り方は新士君と良く似てますね。因みにDEifを書くときは新士、雨野と書いてますがしょっちゅう楓と書いてしまいます←

次回は本編の続きです。遂にあのツインテ娘が登場。遂に勇者部が……赤、青、黄、緑、ピンク、そして楓の白……うーん、この戦隊色。天に輝く5つ星(6人)!

番外編はまたしばらく空きそうです。次は、何もなければクラスター戦終了後くらいになると思います。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 7 ー

最近更新速度が落ちてきたなぁ……という訳でお待たせしました(´ω`)

漫画ゆゆゆの4巻やっと手に入りました。はっはっは、内容くっそ重てぇ。私のDEifとか霞んで見えますな!

今回、とうとうあのにぼし娘が登場しますが……この先は読んでからのお楽しみ←

彼女が好きな方は、ちょっと注意です。賛否両論ありそうですが、必要なことなのです。


 ここは夢だと、そう思うのに時間は掛からなかった。神樹様といつも会っていた空間とも違うし、何より自分は生身だ。生身で、自分は……しっかりと()()()()()()()()

 

 そして今自分が居る場所は……過去に何度も来たことがある、のこちゃんの部屋だ。会えない時間が長過ぎて、自分でも気付かない内に彼女に……彼女達と過ごしていた日々を求めていたのかもしれない。何だか恥ずかしくなり、()()()頬を掻く。

 

 「カエっち」

 

 「……うん。君も居ると思ってたよ……のこちゃん」

 

 いつの間にか、讃州中学の制服を着た……成長した姿ののこちゃんがベッドに腰掛けていた。ここまで都合が良いと、誰かの意思を感じてしまうねぇ。

 

 ふと気付くと、のこちゃんが座っているベッドの掛け布団が盛り上がっていることに気付く。どうやら彼女以外にもそこにいるらしい。候補として上がるのは、美森ちゃんか銀ちゃん。ここが夢ならば、そこに居るのはきっと……。

 

 「その掛け布団は、銀ちゃんかい?」

 

 「当たり~。流石カエっち。ほらミノさん、恥ずかしがってないで出ておいでよ~」

 

 「わー! 待て、話し合おう園子。まだ心の準備が……ああっ」

 

 どうやら予想は当たっていたようで、のこちゃんがそう言うと布団をひっぺがそうとする。中から銀ちゃんの抵抗する声が上がるが、あっさりと布団は取られ……中からのこちゃんと同じく仰向けで寝ていた讃州中学の制服を着た、成長した姿の銀ちゃんが現れる。

 

 布団が剥がされたことで自分と目が合った彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめ、ベッドの上でスカートを押さえてペタンと……所謂女の子座りをする。何とも可愛らしい姿に、思わずくすりと笑みが溢れた。

 

 「久しぶりだねぇ、2人共……って言うのは、夢だからおかしいのかな?」

 

 「ううん、おかしくないよカエっち。ここはね、私の獏と枕返しっていう新しい精霊の力で作り出した“夢空間”。私の力が足りなくて大規模な空間は作れないけど……私の部屋と、カエっちとミノさんを夢に呼び出すくらいなら出来るんだ~」

 

 「つーわけで、その……久しぶり!」

 

 のこちゃんの説明になるほど、と思う。獏も枕返しも、自分でも知ってる夢に関する妖怪達だ。自分も与一で弓の命中率を上げたり出来るし、他の精霊がその特色を生かした能力を持っていてもおかしくはない。

 

 それに……例えこれが本当に夢でも構わない。自分とて彼女達には会いたかった。何せ、あの大橋での戦いから……ずっと会えなかったんだからねぇ。そう思いつつ、銀ちゃんに手を振って2人の元に近寄る。普通に歩ける……そのことが、とても嬉しい。

 

 「会いたかったよ、2人共」

 

 「……うん。私も……会いたかった……うええええんガエっぢいいいいっ!!」

 

 「おっと……っ!?」

 

 「あ、あたしも、その……会いたかった、ゾ」

 

 泣き出したのこちゃんに抱き着かれ、遅れて銀ちゃんも抱き着いてきて……驚愕する。本当に……夢とは何でもありらしい。

 

 ()()()()()。今や自分よりも小さくなった2人の少女の体の暖かさを、確かに自分は感じていた。今更になって気付く。のこちゃんが言った“夢空間”では、どうやら捧げた供物も戻ってきているらしい。現実ではないからなのだろうが……見えなかった左目も、聞こえなかった左耳も……見える、聞こえる。失くした右腕で彼女達を抱き締められる。

 

 思わず、のこちゃんのように両の目から涙が零れる。悲しいからではなく、嬉しいから。一時的でもいい、のこちゃんの言う“夢空間”すら自分の夢でしかなくても、それでもいい。確かに感じているこの温もりが嘘でも……今は、有難い。しばらくの間、自分達はもらい泣きした銀ちゃんも含めて3人して抱き合って泣いていたのだった。

 

 

 

 落ち着いて3人でベッドに座った後……のこちゃんが左、銀ちゃんが右、自分はその間……改めてのこちゃんから説明を聞いていた。この“夢空間”では自分達が()()()()()状態、想像出来る姿で居られること。彼女達が成長している姿かつ讃州中学の制服を着ているのはそれが理由なんだとか。

 

 「どうかな? カエっち」

 

 「うん、2人共良く似合ってるねぇ」

 

 「良かった~♪」

 

 「そ、そうかな? ……へへっ……♪」

 

 (どうにも銀ちゃんの様子が……しおらしいというか、より女の子らしくなったというか……気のせいかねぇ?)

 

 そう褒めるとベッドから立ち上がってくるくると回ってスカートを翻すのこちゃんと頭を掻いて照れ笑いをする銀ちゃん。変わらない笑顔を見せてくれるのこちゃんに対して、銀ちゃんは……失礼な言い方になるかもしれないが、随分と女の子らしくなった。

 

 制服の鑑賞もそこそこに、彼女達の現状を教えてもらった。彼女達はあの日以来、どこかの一室に奉られるように共に保護されているらしい。接触出来る人間は身の回りの世話をする人間を除けば、後は安芸先生と一部の大赦の中でも上の人間だけらしい。

 

 「実はね、安芸先生からカエっちとわっしー……今は東郷さんなんだっけ。それから勇者部の話は聞いてるんだ~」

 

 「おや、そうなのかい?」

 

 「安芸先生、あれからあたし達の専属とかお付きの人? みたいな立場になったらしくてさ……外の話、色々してくれるんだ」

 

 「頼んだら写真とかも撮って見せてくれるんだよ~。制服をイメージ出来たのもそのお陰だしね~」

 

 (何時撮られたんだろうか……)

 

 少し疑問には思うが、まあこうして彼女達の制服姿を見れたのだから良しとしよう。それに、安芸先生が彼女達の為に動いてくれている、楽しませようとしてくれているようで良かった。

 

 保護されていると言えば聞こえはいいが、その実態は監禁のようなモノだという。動かない体では娯楽など2人での会話くらいのモノで、後は安芸先生が持ってくる写真や外での話くらいなんだとか。少し前までは勇者システムのアップデートの為に端末まで取り上げられていたらしい。端末が戻ってきたから、こうして精霊の力を使っている訳だ。

 

 「でね~、こないだミノさんにカエっちのおよ……」

 

 「わー! わー!! 園子! それは言っちゃダメな奴!」

 

 「おや、自分には秘密かい? 気になるねぇ」

 

 「その、秘密っていうか、えっと……とにかく楓には教えない!」

 

 「わかったわかった、聞かないから落ち着いて。のこちゃんの口から魂出てる出てる」

 

 何かを言おうとしたのこちゃんの襟首を掴んでガクガクと揺らす銀ちゃん。激しく前後に揺さぶられた彼女の口から魂的な白いものが出ているので止めさせる。そんなに顔を赤くさせて、のこちゃんは彼女から一体自分の何を聞いたのか。

 

 「安芸先生から聞いたんだけどさ、楓も……その……結界の外とかの話を忘れたって本当?」

 

 「嘘だよ?」

 

 「えっ、ミノさん信じてたの?」

 

 「園子は知ってたのか!? な、なんでそんな嘘を? って須美の為か」

 

 「それと、勇者候補の中に自分の姉と妹の名前もあってねぇ。友華さんから話は聞かされていたから、そこに向かう為の方便として、ね」

 

 自分が何故彼女達のように保護されずに勇者部に居るのかという話をしたり。のこちゃんは自分が嘘をついていることは気付いていたらしい。銀ちゃんは知らなかったが、直ぐに理由に気付いてくれた。

 

 今思えば、友奈ちゃんが居る以上自分がサポートとして行かなくても須美ちゃん……美森ちゃんは1人で居ることはなかっただろう。怖がりな彼女を1人にはしておけない、なんてのは自分の独り善がりだったのかもねぇ。尤も、姉さん達のこともあったので結局は向かっていただろうが。

 

 そんな真面目な話以外にも思い出話に花を咲かせる。美森ちゃんがこの場に居ればもっと楽しかっただろうが……それは、この場の誰もが思っていることだろう。だから、誰も言わなかった。でも……今度は4人で。そう、全員が思ったハズだ。

 

 数時間、ずっと話していた。その間、のこちゃんはずっと自分にべったりで、銀ちゃんも恥ずかしそうにしつつも右手をずっと繋いでいた。まるで現実で会えない時間を埋めるように。それでも、楽しい時間とは早く過ぎるモノであり……夢である以上、いつかは醒める。

 

 「あ……これは……」

 

 「なんだ!? 体が透けて……!?」

 

 「……あ~あ、もう終わりか……これはね、夢が醒める合図なんだ。私の力じゃ、皆が寝てる間だけしかこうして夢に呼べないんだよ。それに……同じことをするなら、またしばらく時間を置かなきゃいけないんだ~」

 

 「おや……それじゃあ、次に会うのはしばらく後になるんだねぇ……いつか、夢でなく現実で……いつでも会えるようになりたいねぇ」

 

 「……うん……カエっち」

 

 「うん?」

 

 「ごめんね……ぐすっ……私達の夢……叶えられるかわからなくって……カエっちの夢、叶えてあげられないかも……ひっ……しれない」

 

 (園子……前にあたしには大丈夫だって言ったのに……やっぱり空元気だったんだな)

 

 突然自分達の体が透けだし、それは夢から醒める合図だと言う。しかも同じことをするならしばらくの時間を要する。何とも上手くいかないものだ。だが、会えて良かった。彼女達の姿を見れて、彼女達の話を聞けて……彼女達の現状を知れて、安心出来た。

 

 そう思いながら言うと、のこちゃんが泣きながらそう言った。銀ちゃんが彼女を辛そうな表情で見ているのが少し気になったが……今は泣いている彼女の方が大事だ。

 

 「……いいんだよ、のこちゃん。それよりも、君達が生きてくれている方が嬉しい。それに……供物だって、いつか戻る。また、この夢のように五体満足で……皆で昔みたいに一緒に居られる日が来るよ」

 

 「うん……うんっ……」

 

 「銀ちゃんもおいで?」

 

 「えっと……お、お邪魔します……」

 

 泣くのこちゃんを抱き締め、銀ちゃんにもそう言うとまた顔を赤くして恥ずかしそうにおずおずと抱き着いてきた。彼女達も年相応に成長した姿をしているが、昔に比べて背が伸びた今の自分よりも彼女達は小さい。すっぽりと、とまでは言わないが充分に抱き締められた。

 

 彼女達を安心させるように……自分も、この温もりを忘れないように。完全に目覚めるその時まで、3人で抱き合っていた。

 

 (それにしても……のこちゃん達の夢に自分の夢、か)

 

 

 

 そんな話……()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 いつもの時間に目が醒めた。何か……とても幸せな夢を見た気がする。残念ながらその内容は思い出せないが……本当に、幸せな夢を見た……そんな気がする。

 

 (覚えていないのが残念だねぇ……)

 

 上半身を起こして左手を目の前に持ってきて握る。いつもの、冷たいとも温かいとも感じない体。なのに、何故だろうか……その手に、前にも感じたことのある温かさが残っている気がした。

 

 

 

 「ミノさん、おはよ~」

 

 「おはよ、園子。ってうわまだ5時半じゃん……なんでこんな早い時間に。でも……うーん、何だかいい夢見た気がする!」

 

 「え、覚えてないの?」

 

 「覚えてないって……何が?」

 

 「……ううん、何でもない」

 

 (あの空間のことを覚えてない……多分、カエっちも……そっか、覚えてるの私だけか……もっとカエっちと色々しておけば良かったな~……あれとかこれとかソレとか)

 

 

 

 

 

 

 2度目の戦いから1ヶ月が経った。その間は至って平和な日常そのものと言っていいだろう。いつ敵がやってくるかわからないという緊張感はあったものの、勇者部は普段通りに活動し、猫の里親探しも順調に進んだ。ただ、そこに楓の助言で勇者としての力の把握に努める時間を各々が取っていた。とは言うものの、そこまで本格的な訓練は行えなかったが。

 

 せいぜい毎日アプリの説明テキストを確認するのを日課としていたくらいで、後は自室で変身して武器を持つ者は軽く振ったり手に馴染ませたり、友奈は父から学んでいた武術の動きをしていたりしただけである。この時、樹がワイヤーを使って部屋の掃除をしていたところを楓に見つかり、“掃除くらいは勇者の力を使わずにやりなさい”と珍しく怒られていた。

 

 部室で皆が精霊を出していると、友奈の牛鬼が精霊達を齧り出すという珍事も起きた。風の犬神も、樹の木霊も、美森の青坊主も齧られたが、唯一夜刀神だけは齧られる前に反撃。その長い体で牛鬼の首を絞め、牛鬼は泡を吹きながら短い手で必死に夜刀神の体をタップしていた。精霊達のヒエラルキーの頂点が決まった瞬間でもあった。

 

 他の部員は知らないが、美森はこっそりと青坊主に様々な芸や技術を学ばせて居たりする。横に割れた卵のような見た目の青坊主は黒い部分から小さな手を出すことが出来、カメラを使ったり料理の手伝いをしたり出来るという。彼(?)が美森の命令の下撮った隠し撮り写真は数知れず、美森のパソコンの中に納められている。

 

 一部怪しい動きはあったものの、概ね平和であった。が、遂に3戦目となる戦いの合図である樹海化警報が鳴り響いた。5人は樹海に来ると直ぐに勇者に変身し、遠距離攻撃出来る楓と美森は少し距離を置いて場所取りをして、他の3人はアプリに映る敵の下へと急ぐ。

 

 「1ヶ月振りだけど、皆大丈夫よね?」

 

 「もちろんです! ちゃんと毎日説明テキスト読んでましたから!」

 

 「が、頑張る!」

 

 「美森ちゃんは大丈夫かい?」

 

 「勿論。テキストは全て頭の中に叩き込んであるわ」

 

 強化された勇者の聴覚は離れていても会話を可能にしていた。全員が戦闘に問題ないと判断し、もう間も無く敵と接触する頃、風が気合いを入れるために叫ぶ。

 

 「そんじゃ、今回も勝つわよ。勇者部5ヶ条1つ、“成せば大抵なんとかなる”! 勇者部ファイトぉぉぉぉっ!」

 

 「「「「オー!」」」」

 

 気合いは充分、やる気も充分。そんな勇者部の前に姿を現すのは、かつて楓も戦ったバーテックス、山羊座の名を冠するカプリコーン。その姿を見た楓がカプリコーンの情報を伝えようとしたその時、敵の上空から短刀が降り注いで突き刺さり、爆発を引き起こした。

 

 「え……!? 東郷さん?」

 

 「それともお兄ちゃんが……?」

 

 「いいえ、私達じゃないわ」

 

 「うん……皆、上だよ」

 

 前線に居た3人が突然爆発した敵に驚き、後方に居る2人がやったのでは? と疑問の声を上げるが美森は否定する。そんな中、楓が全員にそう伝えて言われた通りに見上げる4人。そこには、敵に向かって落下する、赤い勇者服を身に纏った茶髪のツインテールの少女の姿があった。

 

 「ちょろいわね……封印開始!」

 

 そう叫んだ少女は先の短刀をカプリコーンの周囲に投げて突き刺し、本来数人で囲んで祝詞を唱えなければならない封印の儀式を1人で発動させる。1人で行ったことに風が驚き……同時に、彼女が1人でバーテックスを倒そうとしていることを悟る。

 

 「思い知れ、私の力をね!」

 

 やがて現れる御霊。その姿を見た全員が警戒する。前回の戦闘で御霊毎に固有の能力を持つことは分かっている。その見た目から判断するのは不可能である以上、どんな能力を持つのか分かったものじゃない。

 

 数秒の間を置き、御霊から大量の毒々しい色をした煙が噴き出した。それは御霊の姿を隠し、近くに居た3人にも襲い掛かる。

 

 「わ、わっ!? 何この煙ー!?」

 

 「ガス!? こほっ、前が見えません……」

 

 友奈と樹がそんな声を上げ、後方に居る楓と東郷から全員の姿が見えなくなる。2人は同時に舌を打ち、楓は美森の腰に左手を回すとそのまま片手で抱き、美森もリボンを彼の体に巻き付けて固定し、楓は翼を出して飛び上がる。その直後、楓達が居た場所にまで煙が広がってきた。

 

 空中で美森は御霊に狙いを定めようとするが、やはり煙のせいで見えない。が、3人の周りにバリアが発生しているのが見えた。毒ガス……2人が同時に煙の正体に辿り着く。

 

 「そんな目眩まし……気配で見えてんのよ!!」

 

 少女は見えない御霊に対してそう言うと両手に刀を持ち、言った通りにまるで見えているかのように御霊に近付き、その2刀を振るい切り裂く。が、一撃では足りなかったのか切れ込みが入っただけで御霊は健在であり……それも着地後に投げられた短刀が切れ込みに入って爆発したことで砂と消える。それと同時にガスも消え失せた。

 

 「殲……滅!」

 

 「諸行無常」

 

 それを見届けた少女からそんな声が聞こえ、側に浮いていた戦国武将のような鎧姿の精霊が続くように一言呟く。彼女が現れてから撃破まで僅か1分足らず。勇者部の面々はあまりの早業と出来事に何も言えず……楓と美森はゆっくりと3人の側に降りて翼を消し、美森もリボンを外して少し離れる。

 

 そんな5人に、少女が近付いてきた。が、5人……楓以外の4人に目を向けるなり腰に手を当て、はぁ……と溜め息を吐く。その姿に、風と楓が少し顔をしかめた。

 

 「えーっと……誰?」

 

 「そっちの先代勇者はともかく……揃いも揃ってボーッとした顔をしてんのね」

 

 「えっ」

 

 「こんな連中が神樹様に選ばれた勇者ですって? ……本当なの?」

 

 友奈の問いかけを無視し、さらりと毒を吐く少女。いきなりそんなことを言われてびっくりとしている友奈を他所に、少女はそう続けると最後には鼻で嗤う。友奈を無視された上に初対面の少女にそんな態度を取られ、美森も少し顔をしかめ、樹と友奈は苛立つよりも困惑が大きい。

 

 「……で、君は誰なんだい? それと、初対面の人間にその態度は失礼だと思うけどねぇ」

 

 明らかに不機嫌な声の楓。普段あまり怒らない彼にすれば珍しい声に、少女よりもそっちに意識が行く勇者部の面々。少女も一瞬慌てたような顔をするも、それを見たのは楓だけであった。そんな表情を見て、楓はおや? と内心首を傾げる。

 

 「……こほん。私は三好 夏凜。大赦から派遣された、正真正銘の正式な勇者よ」

 

 「……へぇ……大赦から……ねぇ」

 

 大赦、と聞いて風がそう呟く。その声に籠められた怒りに楓を除く勇者部がビクッと肩を跳ねさせた。少女はそれに気付いているのかいないのか、そのまま言葉を続ける。

 

 「つまり、あんた達は用済み。はい、お疲れ様……」

 

 「勝手なことを……っ!」

 

 「姉さん」

 

 少女……夏凜の勝手な言い種に思わず激高しそうになる風を、楓は彼女の右手を掴むことで止める。どうして!? そんな声が聞こえてきそうな程の怒りの形相を浮かべる風に、楓はただ首を振る。ただ、楓も怒りを覚えない訳ではない。

 

 「三好さん、と言ったねぇ? それはつまり、今後自分達は戦わなくていいと大赦が判断した……そう捉えていいんだね? 大赦に君が来るなりそう伝えてきた、そう言っても問題ないね?」

 

 「え゛っ」

 

 「自分達は用済み、君がそう言ったのをこの場の全員が聞いた。今更撤回は聞かないよ。自分達はともかく、友奈ちゃんと美森ちゃんは勝手に調べられて何も知らされないままに戦う羽目になったんだ。それを今更用済みだなんて言われて、心穏やかで居られるほど……自分は優しくなれないんだよ」

 

 淡々と、落ち着いた声色でそう言葉にする楓。いつもの朗らかな笑みなどどこにもなく、浮かぶのは無表情。ただ、その緑色の瞳に怒りの灯が灯っているのは誰にでも分かった。思わず3人が、同じように怒りを抱いていた風でさえ彼から少し距離を開けた。普段怒らない人間程、怒る時は怖いのだ。

 

 そして、夏凜としてもこの状況は不味かった。大赦から派遣されたという彼女は、実のところ現地の勇者及び先代勇者達の“援軍”としてやってきた。さっきの言葉は、早い話が自尊心や自己顕示欲から咄嗟に出た言葉である。しかも大赦からは先代勇者の機嫌は損ねないようにと口酸っぱく言い聞かされていた。

 

 その理由は、万が一にでも楓が勇者としての責務を放棄しない為だ。園子、銀と並んで多く満開をした楓は勇者としての適性の高さもあり、彼が思っている以上に重要度が高い。それは他の勇者にも言えることだが。

 

 また、夏凜自身も“先代勇者”という存在に敬意を持っている。己の端末も元はと言えば先代勇者の端末のデータを元に新しく作られた物であり、最新システムやバリアもなく、小学生の時に戦っていたと教えられている。それで敬意を抱かない程、彼女は恥知らずでも世間知らずでもない。

 

 力を示してカッコよく勇者デビューをしようとしたが故に口を滑らせてしまった為に起きた悲劇。何とか挽回をしようとするも、樹海化が解除される光が既に迫ってきており……。

 

 「次に会うとき、君がどうするのか……楽しみにしてるねぇ」

 

 そんな、先程までとはうってかわってからかうような声色の言葉を聞きながら、夏凜は勇者部とは違う場所の現実世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 「……先日は……私の不適切な発言で皆様に不快な思いをさせてしまい……誠に申し訳ありませんでした」

 

 翌日、転校生として楓達のクラスにやってきた夏凜。放課後に勇者部にやってきた彼女は5人の前に立つと、4人にとっては意外なことに。薄々そんな気がしていた楓にとってはそうでもないことに。そう言って素直に謝罪するのだった。

 

 口は悪いかも知れないが本当はいい人。そう、夏凜の印象が勇者部に刻まれた瞬間であった。




原作との相違点

・色々と制限付きな夢空間

・説明テキストを熟読している友奈

・怒られる夏凜←

・その他色々



という訳で、夢空間で園子と銀との再会、夏凜ちゃんお爺ちゃんに怒られるというお話でした。ここ、賛否両論ありそうですが……お爺ちゃんや大赦に怒りを抱く風が居る以上、怒られるのは当然だと思います。つか楓が止めないとこの時点で風と仲違いしててもおかしくないという。

次回以降は彼女も原作のように動くと思います。大丈夫、友奈と楓が居るから(謎の信頼

次の番外編は何書こうかなーと悩んでいるとふと頭に楓のみ奉られるルートの話が浮かびました。マジで勇者の誰も救われないくっそ鬱い、一部の方の胃に大ダメージ与えそうな内容でした……後はラジオとか。でもラジオは先駆者の方がやってるしなぁ←

次回も普通に本編を進めます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 8 ー

お待たせしました(´ω`)

ゆゆゆいイベントではチケット18枚。SSR園子(中)を引き当てましたが被った←

でもFGOでカーマ引けたので私は満足です。

今更というか改めての確認というか、本作ではだいぶ原作とキャラや展開が変わっています。改めてご了承下さい。

今回、あんまり話が進みません……そして、チャージ段階です。なんのチャージかって? 読めばわかりますよ(にっこり

一時ランキング7位に載ってました。皆様ありがとうございます。今後とも本作を宜しくお願いします。


 「あーもう! なんなのよあの子、腹立つわ~!」

 

 「まあまあ、落ち着きなよ姉さん」

 

 「お兄ちゃんもお姉ちゃんも凄く怒ってたね……」

 

 あれから家に帰ってきたアタシは、さっきの樹海で会ったあの……三好 夏凜って言ったっけ? の事を思い出して苛立っていた。愛する弟と妹が宥めてくるけど、樹海の時程ではないにしろ怒りは治まらない。

 

 あいつのあの言葉は、アタシだけでなく勇者部の皆も、その気持ちもバカにするような言葉だ。樹はアタシと楓と一緒に居ると言って戦うことを決めてくれた。友奈は誰かが傷付いたり怖い思いをする位なら自分が頑張ると勇者になって、東郷は楓と友奈を守ると覚悟を決めてくれた。

 

 楓には特に何も言ってなかったけど、それでも許せない。大赦から来た、という点ではアタシも言えたことではないが……というか、そもそもあんな子が来るなんて連絡は受けてない。

 

 「まあ、姉さんの気持ちも分かるけどねぇ」

 

 「だったらなんで止めたのよ……」

 

 「止めなきゃ斬りかかってたでしょ。姉さんにそんなこと、させる訳にはいかないしねぇ」

 

 「まさかー、流石のお姉ちゃんもそこまでは……」

 

 「……」

 

 「お姉ちゃん!? 何か言って!?」

 

 楓の言葉にむっすーと、我ながら子供のように膨れる。その後に言われたことについては、樹には悪いけれど反論出来なかった。アタシだけでなく勇者部の皆までバカにするように言ったのと……アタシの憎い大赦から来たっていうのもあって、あのままなら怒りに任せて本当に斬りかかってたかも知れない。アタシの服を掴んでガクガクと揺さぶる樹には申し訳ないけど、ねぇ。

 

 「しっかしまぁ……我が弟ながら怒ると怖いわー。普段怒らない人が怒ると怖いってのはホントねぇ」

 

 「自分だって怒る時は怒るさ。でもまぁ、根はいい子だったみたいで良かったよ」

 

 「は? あいつが? まっさかー」

 

 「不器用な子、なんだろうねぇ。自分が“初対面なのに失礼じゃない?”って言った時に慌ててたしねぇ。その後も狼狽えてたし……気が昂って口が滑ったか、それとも自分達に己の力を見せ付けたかったか……ま、褒められたことじゃないけどねぇ」

 

 「お姉ちゃんは時々弟の観察力が恐ろしくなるよ……」

 

 「お兄ちゃん、そこまで見てたんだね……」

 

 楓があいつの事を根はいい子なんて言っても、到底信じられなかった。いや、弟を信じてない訳じゃないのよ。ただ、あんな暴言吐かれた上に短い接触だったから信じるにしても色々足りないだけで。

 

 にしても、前々から察しが良いのは分かってたけど……ここまでだと凄い以外の言葉が出ないわね。別に引いたりはしない。その察しの良さに助けられてるところもあるからね……アタシの動きを止めてくれたみたいに。

 

 「ま、あの子が大赦から来たっていうなら、転校なりなんなりで讃州中学にやってくるだろうねぇ」

 

 「でしょうね。また暴言吐いてきたらどうしてやろうかしら……」

 

 「流石に次はしないと思いたいねぇ……」

 

 「同じ勇者なんだから、仲良く出来ないかな?」

 

 「あの子が謝ってくれるなら、少なくとも勇者部には迎え入れてあげようかしらね」

 

 「歓迎はしないのかい?」

 

 「第一印象が悪すぎるわ。まあ、楓の“根はいい子”って言葉に期待するわ」

 

 

 

 

 

 

 なんて会話をした翌日に、本当にやってきたあの子が頭下げて敬語で謝ってくるんだから人生何があるかわかんないわー。友奈と樹はあっさり許しちゃうし、楓も“君が謝れる子で良かった”なんて言っていつもの朗らかな笑いをするし、東郷は東郷で“楓君と友奈ちゃんが良いなら”なんて言って水に流すみたいだし。

 

 「……部員が許したのに部長であるアタシが許さない訳にはいかないでしょ。でも、次は許さないわよ」

 

 「悪かったわ。流石にもう言わない……また怒られたくないしね」

 

 「怖がらせちゃったみたいだねぇ。ごめんね」

 

 「い、いえ! 私が悪かったので!」

 

 そう言った……夏凜でいっか。夏凜は楓に目を向け、冷や汗をかいて逸らした。まあ、側に居たアタシ達でも怖かったくらいだし、直接怒られたこの子はもっとでしょうねぇ。ただ、随分とアタシ達と楓への対応が違うというか何というか……恐怖? 違うわね……あーもう、楓じゃないんだから相手の感情とか詳しくわかんないっての。で、取り敢えずはこの子から説明をしてもらうとするか。

 

 「こほん……まあ、私が来たからには完全勝利は確実よ。大船に乗ったつもりで居ていいわ」

 

 「なぜこのタイミングで? 最初から居てくれても良かったんじゃ……」

 

 「私だって直ぐに出撃したかったわよ。でも“大赦”は二重三重に万全を期しているの。最強の勇者を完成させる為にね」

 

 「最強の勇者、ねぇ」

 

 「ええ。私の勇者システムは貴方を含めた先代勇者の戦闘データに……あんた達先遣隊のデータ、それらを得て調節されていて、対バーテックス用に最新の改良を施されているの。端末自体も最新型なのよ」

 

 やっぱり楓にだけはなーんか違うわね、この子。対応が丁寧というか……先代勇者だから? 大赦から丁重に扱え、とでも言われているのかしら……にしては、どうにも柔らかいというか。

 

 そんなことを考えていると、それに……と言った夏凜が近くにあったモップの柄を掴み、軽く振るってビシッと決める……かと思いきや、後ろの黒板に柄の先がガンッとぶつかった。これは……ツッコンだら負けかしら?

 

 「あんた達トーシロとは違って、勇者となる為の戦闘訓練を長年受けてきているわ!」

 

 「狭いんだからモップを振り回さない。危ないよ?」

 

 「あっ、はい。ごめんなさい」

 

 「あんた、楓に弱くない?」

 

 「仕方ないでしょ……先代勇者は私やあんた達からしたら先輩も大先輩。敬意を持つのは当然じゃない」

 

 「……そんな大層な人間でもないんだけどねぇ、自分は」

 

 (後、昨日と今日の差が……怒られたくないし)

 

 あ、最後のは分かる。怒られたくないって思ったわねこの子……私も同じこと思ったから分かるわー。それに、本当に根はいい子なのね。少なくとも……大赦はともかく、この子自体は信じても良さそう。まあ、まだ要観察……かしらね。

 

 「で、三好さんは今後どうするんだい?」

 

 「勿論、この……勇者部? に来るわ。それがお勤めだもの」

 

 「そうなんだ! よろしくね夏凜ちゃん! ようこそ勇者部へ! 一緒に勇者も部活も頑張ろうね!」

 

 「いきなり下の名前!? ていうか部員になるつもりはないんだけど!? 私はあんた達がしっかり勇者としてのお勤めを果たすかの監視の為に……」

 

 「おや、それなら部員になった方が良くないかい? 一番近い場所で自分達のことを見られるし、自分達のことも知れるよ?」

 

 「それは、そうだけど……」

 

 友奈も楓もこの子を部員にするつもりで居るみたいね。まあ謝ってはくれた訳だし、迎え入れるのは別にいい。歓迎するかどうか話は別だけどね。それに、監視って言葉も気に入らない。トーシロってのは反論出来ないけどねぇ。

 

 後、今のやりとりでこの子がアタシ達についての情報をあまり持ってないってのも分かった。東郷が先代勇者ってことも知らないみたいだし、友奈の適性の高さも知らないんじゃないかしら。不真面目、ってことはないでしょ。大赦から情報を聞かされてない……って線が濃厚ね。

 

 「それに……監視されないといけない程、自分達は不真面目じゃないよ。皆、それぞれ覚悟を持って勇者をやっているんだ。決して、お遊びのつもりじゃないんだよ」

 

 「……わ、分かったわよ。別に私も、そこまで言うつもりじゃなかったし……」

 

 「そっか……良かった。穿った見方をしちゃったみたいでごめんねぇ」

 

 「あ、いえ、その……元はと言えば私が言い過ぎたからなんで……」

 

 「敬語なのかそうじゃないのかはっきりしなさいよ」

 

 「うっさいわね! こっちも割とテンパってんのよ! こんな風に諭される感じに言われるの……初めてだし……」

 

 だから何でこの子楓以外にはこんな攻撃的なのよ。打てば響く感じは嫌いじゃないけど。それに、最後は割と近い距離に居るのに聞こえないくらい小声だし。なんて言ったのか気になるわね。

 

 この後、彼女の精霊の義輝(よしてる)が友奈の牛鬼にもきゅもきゅと齧られた……その際、“外道め!”と喋ってた……後、その牛鬼が楓の夜刀神にまた首絞められてた。友奈にはちゃんと精霊の管理をしろと怒り、逆に楓には感謝してた。流石にアタシでもそうすると思う。

 

 「そう言えば、この子喋るんだね」

 

 「ええ、私の能力に相応しい強力な精霊よ」

 

 「あ、でも東郷さんには3匹居るよ。楓くんは4匹」

 

 「え゛っ」

 

 友奈がそう言うと、東郷と楓がアプリを操作して精霊を出す。東郷は青坊主、タヌキ見たいな見た目の刑部狸と人魂みたいな不知火……この子はちと苦手……で楓は与一、陰摩羅鬼、だいだらぼっちね。あ、与一が義輝と意気投合してるのかハイタッチしてる。同じ人型だからかしら。夏凜もショックを受けてたみたいだけど、2体のやり取りを見て少し嬉しそうにしてるわね。

 

 「ど……どうしよう夏凜さん」

 

 「今度はなに……?」

 

 「どしたの樹……ってあらまぁ」

 

 「死神のカードが」

 

 「勝手に占っておいて不吉な結果出さないでくれる!?」

 

 さっきからタロットを広げてた樹が何やら恐ろしいモノでも見たかのような表情で言ったので後ろから覗き込むと……見事に死神のカードを引き当てていた。これにも彼女はお怒り……ツッコミ役が板についてるわね。

 

 「はぁ……と、兎に角、今度からは私も戦うから。足引っ張るんじゃないわよ!」

 

 「その心配はしなくても大丈夫だよ。彼女達は確かに君や自分のように訓練は受けてないけれど……2度の実戦は確かな経験になってるからねぇ」

 

 「そ、そう……」

 

 「勿論、君の言う最強の勇者の力も宛にしているよ。頼りにさせてもらうねぇ」

 

 「……任せなさい! そいつらは勿論、先輩にだって負けたりしないわ!」

 

 「頼もしいねぇ」

 

 ここまでのやり取りでこの子の人間性はある程度見えたわね。負けず嫌い、ツッコミ気質、後はプライドも高い。アタシ達をトーシロ扱いしてるのはそれだけ勇者となる為の訓練って奴を重ねたからなんでしょうねぇ。で、そんな訓練も無しに勇者になったアタシ達に思うところがあるって訳だ。アタシ達に心を開くのは何時になるのやら。

 

 この後、勇者部で“かめや”にうどんを食べに行くので夏凜を友奈と楓が誘ってたけど、彼女は訓練やらなんやらでそんな暇はないと拒否して帰っていった。友奈は残念そうにしてたけど、こればっかりはねぇ。

 

 「夏凜ちゃんも一緒に来れば良かったのにな~……かめやのうどん、美味しいのに」

 

 「頑なな感じの人でしたね」

 

 「ま、最初よりは印象はマシになったわね……それに、ああいうお堅いタイプは張り合いがいがあるわ……ふふふ」

 

 「お姉ちゃん……悪い顔してるよ」

 

 「今の勇者部には居ないタイプの子だったねぇ」

 

 「どうやったら仲良く出来るかな……」

 

 そしてかめやでの食事中、そんな会話をする。友奈は悩んでるみたいだけど……存外、友奈と楓が接していれば2人には心を開いていきそうなのよねぇ。2人共人タラシみたいなところあるし。

 

 ま……なるようになるでしょ。そう結論付けて、アタシは3杯目のうどんの残った汁を飲み干すのだった。あ、おかわり頼まなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 勇者部が“かめや”でうどんを食べている頃、夏凜は宣言通りに着替えてからトレーニングを開始し、1人で住んでいるマンションからそう遠くない海岸で勇者としての得物である2刀を振るう。部屋の中にも数点のトレーニング機材が置いてあり、鍛練に余念がない。食事は全てコンビニ弁当で済ませる。金銭は勇者としてのお役目に就いた時から大赦から受け取っている。

 

 大赦に“讃州中学に着任、初接触時に少々問題があったものの和解。現勇者は危機感が足りない印象だが、先代の存在で覚悟はある模様”との連絡を送り、その日を終える。

 

 翌日、楓達のクラスの男女別れての体育。初夏に入ったので女子は水泳をしており、鍛えた身体能力を存分に活かす夏凜は注目の的になっていた。

 

 「夏凜ちゃん凄い! まるで水泳選手みたいだってみんなびっくりしてるよ」

 

 泳ぎ終えてプールサイドに上がる夏凜に駆け寄り、そう伝える友奈。そんな彼女の言葉にピクリと眉を潜め、少し苛立ったように夏凜は表情を歪める。

 

 「あのねぇ……結城 友奈。勇者はね、すっごくないと世界を救えないのよ。勇者の戦闘力は本人の基礎運動能力に左右されるわ。だから私も先代勇者も訓練をしていたの。あんたも少しは自覚を持ちなさい」

 

 「楓くんも?」

 

 「……はぁ、そうよ。先代の勇者達はね、2年前にもやってきていたバーテックスと戦っていたの。まだ精霊もバリアも存在していなかった上に当時は小学6年生……私があんた達と違ってあの人に敬意を持っている理由が分かるでしょう?」

 

 (……2年前……?)

 

 友奈と夏凜の会話が気になったのか、壁を掴みながら近くに来ていた美森が夏凜の言葉を聞いて首を傾げる。2年前。己の記憶を失ったのも2年前。別に関連性はないのだろうが、何故か耳に残った。

 

 「楓くん、そんなに凄い人だったんだね~」

 

 「今の話の感想がそれ!? ……あんたねぇ、よく馬鹿だって言われるでしょ……」

 

 「あはは……実はそうなんだよねー」

 

 「そんなことないわ! 友奈ちゃんはそんなところも可愛いの!」

 

 「うおっ、いつの間に!? ていうかそれフォローになってないから。馬鹿だって肯定してるから」

 

 「東郷さん……照れるよ~♪」

 

 「喜ぶな! 馬鹿だって肯定してるって言ってるでしょ!?」

 

 疲れる……夏凜の心境はその一言に尽きた。そもそも勇者部の面々からして夏凜にとってはあまり馴染みのない人種なのだ。友奈のようにぐいぐいと来る、バカにされても笑って流すような人間は勿論のこと、真面目な奴かと思えばこんなボケをかましてくる美森も理解の外である。

 

 勿論、人の了承もなく占ってきた上に死神のカードを突き付けてきた樹もそこに入る。夏凜からすれば初接触時に怒りを示してきた風が一番まともに見える始末。楓は友奈寄りだが、どうにも彼の自分への対応はむず痒い、というのが彼女の正直なところであった。

 

 放課後、同じクラスの3人と共に勇者部部室にやってきた夏凜。まだプールでの苛立ちが残っているのか、それを抑える為かその手には煮干が入った袋があり、そこから1つ取り出して齧る。

 

 「昨日は出来なかったから、情報交換と共有をするわ。一緒に戦うことになる以上、必要なことだしね」

 

 「……なんでニボシ?」

 

 「なによ。ビタミン、ミネラル、カルシウム、タウリン、EPA、DHA……ニボシは完全食よ。あげないわよ?」

 

 「おや、そんなに栄養があるのかい? それは知らなかったねぇ。三好さんは物知りなんだねぇ」

 

 「え、あ……か、完成型勇者だから当然よ!」

 

 風が夏凜の持つニボシに疑問の声を上げると彼女は怒涛の勢いでニボシに含まれる成分を答える。多くの成分を全て噛まずに言い切った夏凜に楓は純粋に驚き、クスクスと微笑ましげに笑いながら称賛すると夏凜は少し頬を赤くしてニボシを噛みながら胸を張る。

 

 「では、私のぼた餅と交換しましょう」

 

 「……何それ。小さいのもあるし」

 

 「さっきの家庭科の授業で少し。小さいのは楓君用。いかがですか? ぼた餅」

 

 「美森ちゃんのぼた餅は美味しいよ。後、自分にもニボシを1つ分けてくれないかい? 直接食べたことはなくてねぇ」

 

 「まあ、1つくらいなら……ぼた餅はいいわ。はい、どうぞ」

 

 「ありがとねぇ……うん、意外とイケるねぇ」

 

 「当然!」

 

 そんな会話を挟みつつ、夏凜は黒板に情報を書いていく。先代勇者の戦いの記録からバーテックスが襲来する周期は平均20日だと考えられていた。だが実際は1体目となるヴァルゴの襲来の翌日に再び襲来、しかも数は3体も一気にやってきた。そこから1ヶ月後、つまりは一昨日の5体目となるカプリコーンの襲来。明らかな異常事態である。

 

 夏凜曰く、大赦の予想としては帳尻を合わすため、今後は相当な混戦が予想されるという。再び数体が同時に現れるかもしれない。間を置かずに畳み掛けてくるかもしれない。或いは一体通した後に直ぐにまた一体、と時間差で攻めてくるかもしれない。

 

 「私と先代ならどんな事態にでも対処出来るけど、あんた達は気をつけなさい。命を落とすわよ」

 

 「うーん、その“先代”っていうのはやめてほしいねぇ。自分の事は楓と呼び捨てでいいんだよ? 同い年だしねぇ」

 

 「え゛っ……あー、えっと……じゃあ、楓……さん」

 

 「うーん……まあ、いきなり呼び捨ては難しいかな?」

 

 ((((なんでさん付け……?))))

 

 (や、やりづらい……というか、同い年とは思えないんだけど……それに年齢の近い男子との関わり方なんてわかんないし)

 

 勇者部の面々に注意をすると楓にそう言われて言い淀む夏凜。訓練付けの日々を送っていた彼女に男子の、それも敬意を持っている相手を呼び捨てにするのは難しかった。それに彼女から見て楓は同い年とは思えない程の落ち着きと雰囲気を持っている。だからだろうか、さん付けや敬語にもあまり抵抗はなかったりする。勇者部の部長であり上級生でもある風にはそんな感覚など微塵も持てないと言うのに。

 

 「こほん……他に戦闘経験値をためる事で勇者はレベルが上がり、より強くなる。それを“満開”と呼んでいるわ」

 

 (……満開、か)

 

 夏凜が続けて満開ゲージの場所を聞き、確認する勇者部。そんな中で楓だけは目を閉じて考え込み、左手で右足を軽く撫でる。

 

 満開の強力さは楓も良く理解している。同時に、そのデメリットもだ。今や温度を感じることが無くなってしまった体、感覚の無い右足、聞こえない左耳、見えない左目。そして……と満開を1つする度に供物として捧げていったモノ。当時聞かされた時、その供物を捧げる行為……“散華”のことを、大赦は伝えなかった。

 

 そして、夏凜からその散華について語られる様子はない。つまり、彼女にも知らされていない可能性が高い。それは一応は大赦に所属する風も同様だろう。

 

 (伝えるか? 散華を……今の彼女達に?)

 

 伝えるべきか、伝えないべきか。楓は悩む。今も夏凜が満開の説明をしている。満開をすればするほど勇者としての能力、レベルは上がり、強くなると。それは間違いではないし、強くなることは彼自身実感している。

 

 当時は伝えた。それは他の3人とも既に世界の真実を知り、覚悟を決めていたからだ。だが……今の勇者部にはどうだろうか?

 

 夏凜自身は、楓は信用も信頼もしても問題ないと思っている。問題なのは彼女が大赦側の人間であることで、散華を伝えると彼女経由で何かしら行動される危険性があることだ。

 

 後は、風の大赦への憎しみの度合。満開を知った今、散華を伝えればそのまま怒りが爆発する恐れがあった。己の体と大赦が今正に散華の存在を伝えていない事実。止めることは、可能だろう。だが、その後どうなるか想像が出来ない。

 

 そして美森の存在である。散華の話から己の足と記憶の理由に思い至る可能性があった。それで戦えなくなるだけなら、まだいい。楓が危惧しているのは、先代勇者として彼女が他の2人のように保護という名の監禁を受けることだ。それは己にも当てはまるのだが。

 

 「……えで」

 

 (……神樹様は、自分はともかく彼女達にはいつか供物を戻せると言っていた。それを伝えれば、まだどうにかなるか……?)

 

 「楓!」

 

 「っ!? な、なんだい? 姉さん」

 

 「いやー、あの子も満開経験無いらしくてねぇ。先代勇者の楓はどうなのかなって」

 

 「あ、ああ……満開経験ねぇ」

 

 考え込んでいた楓はそこまで話が進んでいることに気付かなかった。そして風に満開の回数を尋ねられ、他の4人も興味津々に見られて言い淀む。完全に散華について言うタイミングを逃した、そう内心で楓は舌を打つ。

 

 それに、満開の回数をバカ正直に告げるのも憚られる。真実を伝えた時、それがそのまま散華の回数に繋がるからだ。しかし、大赦にも満開したのは告げているので“していない”と言うのもおかしい。

 

 「そうだねぇ……自分は、“4回”しているよ」

 

 「おお……つまり、楓くんは勇者レベル5って訳だね」

 

 「見たか! これがアタシの弟よ!」

 

 「なんであんたが威張んのよ!」

 

 だから、大赦に告げている回数を言うことにした。友奈は感嘆の息を漏らし、美森と樹も同じように頷く。風は我が事のように楓の頭を撫でながら胸を張り、夏凜はそんな風にツッコミを入れる。

 

 撫でられながら、楓はこの場で伝えることは諦める。まだ勇者となって1ヶ月の少女達に伝えるのは、タイミングを逃したこともあるが時期尚早と考えた為だ。覚悟を決めていた自分達ですら1度は折れかけた。そんな経験も後押ししたのだろう。

 

 それでも……いずれ伝えねばならない。言わなかったことを、言えば良かったと後悔した少女が居たのだから。知って戦えなくなっても構わない。その時には、己がどんなことをしてでも何とかすると初戦から決めていたから。

 

 (今からでも、姉さんを止める算段でも付けておこうか)

 

 運動部みたいに皆で鍛練でもしようか。いいですね。友奈ちゃんは起きれないでしょ。私も起きれないかも。そんなやり取りをする勇者部と呆れる夏凜を見ながら、楓はそう締め括るのだった。




原作との相違点

・挑発控えめな夏凜

・先代勇者を知っていて敬意をもってる夏凜

・ツッコミが増えた夏凜

・夏凜に対して微妙に距離がある風

・その他諸々



という訳で、全く進んでません。漫画だと半分くらいですね。

散華のことは、この時点で伝えるかかなり悩みましたが先送りする方向になりました。わすゆの時とはあまりに状況が違いますしね。とは言え、近い内に伝えると思います。神樹様のことや供物が戻ることもセットで。じゃないと爆発規模が凄まじいことになりますしね。全く、誰だこんなストーリー考えた奴←

前話の感想で闇深い人多くて笑ってました。類友かな?

次回はやっと夏凜の誕生日だとかまで進める予定。初満開までもう少し……楽しみですなぁ←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 9 ー

お待たせしました(´ω`)

東郷 美森/158cm 乃木 園子/156cm

2人共小学生時代から7cm伸びてるんですよね。なので本作の銀ちゃん(中)は152cmです。新士時代の楓は銀ちゃんと同じなので、17cm伸びてます←

ゆゆゆい無料単発で姉御肌姉さん来ました。初の風ssrですげー嬉しい。樹は3人来てくれてますが。

これ投稿するまでに怒涛のように誤字報告を頂きました。念のため名前は出しませんが、誠にありがとうございます。

今回、かーなーり原作と違います。今更ですがね。


 『今週末は子供会のレクリエーションをお手伝いします。折り紙の折り方を教えてあげたり、一緒に絵を描いたり、やることは沢山ありますよ、夏凜さん』

 

 『は? ちょっと待って、私もなの!?』

 

 『楓に言われて昨日入部してたでしょ。勇者部部員として、ちゃーんと参加してもらうわよ!』

 

 『それは形式上よ! 私のスケジュールを勝手に決めないで!』

 

 『日曜日用事あるの? やろうよ夏凜ちゃん! 楽しいよ?』

 

 『守ることになる世界に住む人達のことを知るのも必要だと思うよ。ただ戦うだけが、勇者じゃないんだからねぇ』

 

 『それとも、嫌?』

 

 そんな会話の後、結局流されるように了承してしまった。なんで私が子供の相手なんか……とは思った。でも、気が付けば頷いていた。その時の結城 友奈の喜びようには呆れたし、楓……さんのこう、微笑ましげな笑いにはむず痒い思いをしたけれど。

 

 この非常時にレクリエーションだなんて何を呑気な……そう思わない訳ではない。ただ、その日はたまたま空いていただけで、暇だったから……それだけだ。それ以外の理由なんて、ない。

 

 なのに、何故だろうか。気付けばその日の帰り道に本屋に寄って折り紙の折り方が書いてある本を買い、スーパーで折り紙を買い、序でに夕食のお弁当も買い……トレーニングの後の時間を使って色々と折っている自分が居た。

 

 「……いや、何やってんのよ私は。こんな予習みたいなことを……」

 

 ふと我に帰り、途中まで折っていた折り紙を軽く指で弾く。

 

 

 

 ー 夏凜ちゃん凄い! ー

 

 ー 三好さんは物知りなんだねぇ ー

 

 

 

 「……私は完成型勇者なんだから、折り紙くらい簡単なのよ」

 

 何故か、プールの時に私を称賛するバカみたいに能天気なあいつの笑顔と、微笑ましげに笑う楓……さんの言葉を思い出した。あんな風に褒められたのは……初めてだった。

 

 勇者となる為には過酷な訓練が必要で、ライバルだって居た。自分を高めて勇者になることが最重要で……勇者になることだけが、私の目的で。誰かに褒められることなんて、殆ど無かった……それこそ、親からでさえ。

 

 私よりもあらゆる点で遥かに才能があった兄貴。親の期待も称賛も……全部兄貴に行った。クラスで一番勉強が出来ても、クラスの誰よりも運動が出来ても、褒めてもらったことはおろかロクに優しい言葉をかけてもくれなかった。兄貴は褒めてくれていたけれど、それさえ皮肉や憐れまれているようで気に入らなくて悔しくて。

 

 そんな兄貴には絶対になれないのが、勇者。楓……さん以外の男には適性の“て”の字すらも無いという。私が彼を尊敬しているのは、そんな“特別”な部分もある。直接会って会話もした今は、それだけではないけど……。

 

 「この……い、意外と難しいじゃない……こう折って……次は……は? これどうやんのよ!? ちゃんと分かりやすく説明文書きなさいよね……ったく……」

 

 念願の勇者になっての初出撃は、戦闘にだけ視点を向ければ上々。口さえ滑らなければ……でも、親に兄貴を引き合いに出されて怒られた時のように反感は抱かなかった。自分でも不思議な程に……思えば、私は怒られたことはあっても“叱られる”ということは殆どなかった。

 

 ー 君が謝れる子で良かった ー

 

 ー 怖がらせちゃったみたいだねぇ。ごめんね ー

 

 ー 勿論、君の言う最強の勇者の力も宛にしているよ。頼りにさせてもらうねぇ ー

 

 あの人から言われた言葉の1つ1つを思い出す。転校して直ぐに顔を出した時は、正直許されるとは思っていなかった。ところが実際は謝罪は暖かく受け入れられ、怒ったことを逆に謝られ……口だけか本心か、私を頼りにすると言ってもらえた。

 

 全てが初めてだった。勇者部の奴らも、彼も。能天気な奴らで、非常時にレクリエーションなんてやるくらい危機感無くて、訓練だってロクにしてないトーシロ集団で……なのに、どうしてこうも心を掻き乱されるのか。

 

 わからない。わからないから、どう向き合っていいかも、対処法も知らない。あのバカみたいにぐいぐい来る奴にどう対応するべきなのか。あの朗らかな笑顔にどんな表情を浮かべればいいのか……そんなことは、誰も教えてくれなかったのだから。

 

 「……うっひゃう!? な、何よ……って電話か……って楓さんんんんっ!?」

 

 考え込んでいると、不意に近くに置いておいた端末が鳴った。びっくりして画面を覗き込むと、そこには“着信中”との文字が出ていて、その下に掛けてきている人間の名前……犬吠埼 楓の名前が出ている。電話番号は今日の帰り際に全員のモノを勇者部部長から強制的に登録させられているので、掛かってくること自体は不思議でもなんでもない。

 

 ただ……誰かから掛かってくるのが久しぶりなだけで。

 

 「と、とった方が良いわよね? っていうかとらないと失礼よね? 待たせるのもダメって言ってる間に時間が……ええい、女は度胸!」

 

 意を決して、画面の通話のマークをタップ。着信音が止まり、繋がる。

 

 『もしもし、三好さん?』

 

 

 

 「あ、はい! も、もひもひ!」

 

 

 

 空気が死んだ。少なくとも、私にはそう感じた。噛んだついでに舌を噛み切って死んでしまいたかった。

 

 『……ふ……くく……っ』

 

 「~~~~っ」

 

 穴があったら入りたい、とは正に今の私のような心境なんだろう。思わずというような、頑張って堪えようとしたけど無理だったような笑い声が端末越しに聞こえる。顔に全身から熱が集まったかのような錯覚を覚えるほどに顔が熱い。とても人には見せられない。

 

 『いやごめんね。ちょっと集合場所の再確認を、と思ったんだけど……迷惑だったかねぇ?』

 

 「い、いえ……」

 

 『そっか、良かった。集合場所なんだけど、勇者部部室じゃなくて現地……児童館になるから、間違えないようにね?』

 

 「え゛っ!?」

 

 慌ててカバンの中にある、結城 友奈から無理矢理に手渡されたプリントを確認する。するとしっかりと10時に現地集合と書かれていた。てっきりあの部室かと思っていたから、このままだと部室に向かうところだったわ。

 

 『その様子だと部室だと勘違いしてたみたいだね。連絡して良かったよ』

 

 「あ、はい……アリガトウゴザイマス」

 

 『どういたしまして。児童館の場所は分かるかい? 不安なら、部室で集まってから一緒に行く?』

 

 「だ、大丈夫よ。端末もあるし、地図も見られますし……」

 

 『うん、分かった。何かあったら連絡してくれたらいいからねぇ。こっちからも一応、前日にもう一度確認の連絡をするからねぇ』

 

 「は、はい」

 

 そこまで話してまたね、と言って、それにあ、はいと返して電話は切れた。端末を持っていた手が力なく落ち、ハァ……と息が漏れる。敬意を持つ相手、それも異性、しかもいきなりの電話……知らず知らず緊張していたらしい。

 

 疲れた。もう少し折り紙を練習するつもりだったけれど、目の前の物を折って切り上げよう。そう思って折ること数分、1羽の赤い鶴が出来上がる。完璧を目指してきっちりと丁寧に折っただけあり、完成型勇者に相応しい出来だと自負する。

 

 「……寝よ寝よ」

 

 また、褒めてもらえるだろうか。そんなことを不覚にも考えてしまい……忘れようと、そのまま寝ることにした。全く……こっちに来てからペースが乱されっぱなしだわ。

 

 

 

 

 

 

 「おっ、来たわねー夏凜。感心感心」

 

 「こんにちは、夏凜さん」

 

 「こんにちは、夏凜ちゃん」

 

 「まぁね……こ、こんにちは」

 

 当日の6月12日、教えてもらった通りに児童館に集合時間の10分前にやってくると、既に楓……さんと妙に大きなカバンを背負った勇者部部長とその妹が居た。彼に名前を呼ばれているのは、4日前に勇者部の部室で行った彼の誕生日会の時に私から名前呼びで良いと言ったからだ。

 

 誕生日会をするのは、初めてだった。市販のケーキにお菓子、東郷のぼた餅……私は食べなかったけど……で祝った小さなモノ。当日にいきなり始まったものだからプレゼントなんて持ってきてなかったので、後日高級煮干しを贈らせてもらった。我ながら微妙なチョイスだとは思うし、他の奴らは微妙な表情か苦笑いだったけど、楓……さん本人は喜んでくれた上にその場で食べて美味しいと言ってくれたので良しとする。

 

 「良かった! 来てくれたんだね夏凜ちゃん!」

 

 「まぁ、ね。って抱き付いてくるな! 暑苦しいわ!」

 

 集合時間の5分前になると、結城 友奈と東郷もやってきた。正直、まだこの非常時に……と思わないではない。ただ、来ると言った以上すっぽかすのも憚られる。それに、わざわざ電話までしてくれた楓……さんにも申し訳ないし。

 

 結城 友奈に抱き付かれて顔を押し退けた後は、プリントのタイムスケジュール通りに進んだ。勇者部としての自己紹介から始まり、そのまま折り紙教室。勇者部部長は意外にも器用に花やら動物やらを折って男女の関心を集めていた。妹の方は頼り無さそうな印象があったが、子供達への対応は落ち着いていた。

 

 東郷は……何をどう折ったのか、妙に完成度の高い戦闘機らしき紙飛行機を折って男の子からキラキラとした目を向けられていた。逆に結城 友奈は色々な花を折って女の子から折り方をねだられていた。

 

 「こうして……次はどうだったかねぇ?」

 

 「あのね~、こうするの~」

 

 「そんでこうするんだよー!」

 

 「おお、皆凄いねぇ。良く覚えてるんだねぇ」

 

 楓、さんはゆっくりと折って、時折子供達に折り方を聞いては手助けしてもらって仲良くしていた。片腕が無いからか、子供達も協力して1つの折り紙を折っている。教える、と言っていいのかは疑問だけど……楽しそう、とは思う。

 

 「うぅ~、おれないー!」

 

 「あぁ、もう……貸してみなさい」

 

 「ふぇ?」

 

 「ここを、こう……ほら、やってみなさい。そう、そうやって……違う違う、こっちに……」

 

 「うーん、うーん……できたー!」

 

 私はと言えば、そんなにバリエーションも無かったので他の5人に比べると集まる子供は少なかったんだけど……正直、勇者部を甘く見てたわ……偶々目に入った、鶴を折ろうとして折れなくて癇癪を起こしていた女の子を見付けたので見ていられず、手伝う。

 

 所々間違うことはあったものの目の前で実演し、少し手を貸して修正し、思わず怒鳴らないように気を付け……ようやく、1羽の鶴が完成する。それは歪で、とても綺麗な出来とは言えないけれど……折った女の子はとても嬉しそうで、満足げで。

 

 「ありがとー! おねえちゃん!」

 

 「……良かったわね」

 

 そんな、優しい声が自然と出たことに……自分でも驚いた。

 

 折り方教室が終わった後、子供達と一緒に昼食。その時、私と楓、さんだけ昼食の準備ではなく、別の部屋でやることになる人形劇の準備をしていた。この人形劇には私は参加せず、子供達と一緒に見ることになっている。子供向けの人形劇なんて面白いのかしら……と思いつつ、手にした勇者人形と魔王人形を見やる。

 

 勇者は結城 友奈で、魔王は楓さんだと言う。魔王はあの部長の方がいいんじゃない? と思ってつい呟いてしまうと近くに居た楓さんがくすくすと笑って同意してくれた。実は妹からも時々“悪役っぽい”と言われ、東郷からもキャストの変更を提案されたこともあり、1度落ち込んだんだとか。その時のことを話す楓さんは、とても楽しそうだった。

 

 準備を終えてから少しして部屋に呼び戻される。何故か楓さんが先に入るように促してくるので疑問に思いつつも扉を開けると、パン! パン! と連続して大きな音が響いた。敵襲!? と思ったが別にそんなことはなく。

 

 

 

 【かりんおねえちゃん、おたんじょうびおめでとー!!】

 

 

 

 そんな子供達の言葉が、私を出迎えた。思ってもみなかった出来事に、思わず思考が止まる。

 

 テーブルの上にある色んな料理。その真ん中にある……大きなケーキ。その上にある板チョコには、“夏凜ちゃんお誕生日おめでとう”の文字。

 

 「……なに、これ。なんで……」

 

 「入部届に生年月日書いただろう? それを、友奈ちゃんが見付けてねぇ」

 

 「ま、勇者部に入ったからにゃあ祝わない訳にはいかんでしょ。それに、歓迎会も兼ねてるわ」

 

 「どうせなら子供達とも一緒にお祝いしたいなーって。どう? 夏凜ちゃん。驚いた?」

 

 言葉が出ない。もし勇者部のメンバーだけだったら色々と出てただろうけど、子供達にそんな言葉は聞かせられないし。それに、誕生日をやったことなんて……祝ってもらうなんて初めてで、何を言ったらいいのか分からなくて。

 

 「おねえちゃん、こっちこっち!」

 

 「あ、ちょ……」

 

 そんな私の手を、さっき一緒に折り紙を折った女の子が引いて、ケーキの前に座らせて、隣に座ってきた。それを皮切りに勇者部も、他の子供達も座る。そして歌われる……子供達曰く、お誕生日の歌。勇者部の面々も、楓さんすら恥ずかしげもなく歌って、改めておめでとうと言われて……誤魔化すことなく言うのなら、泣きそうになるくらいに、嬉しかった。

 

 ケーキは市販だが、料理の一部は勇者部部長がわざわざ作ってきたらしい。あの大きなカバンの中身の殆どがそれだったようで……え、これあいつが作ったの? 大丈夫? と思ったものの見た目も味も良かった。正直意外だわ。思わずそう呟くと、あいつはにっと笑って“またご馳走したげるわ”なんて言ってきた。どこまで本気なんだろうか。

 

 サプライズの誕生日会の後に休憩を挟んだ後は人形劇。これまた意外にも、ストーリーも演技も子供向けではあったものの子供達と一緒に楽しめ……いや、まあ、悪くはなかった。

 

 そんな1日を終えて自宅に帰ってきて直ぐに、カバンから1つの折り鶴を取り出してリビングにある棚に飾る。不恰好なそれは……私の手を引いたあの子が私と共に折ったもので。奇しくもそれは……私の勇者服の色でもある赤色で。

 

 

 

 ー プレゼントだよ! ゆーしゃのおねえちゃん! ー

 

 

 

 「……良く出来てるじゃない」

 

 まあ……こんな日もたまにはいいかな、と。そんなことを思った。この後、勇者部部長……風からNARUKOへの招待が送られてきたので仕方なく入ると一気にチャット……コメント? が送られてくる。

 

 風からはこのグループを登録しておけと。樹からはこれから宜しくと。東郷からはいつかぼた餅を食べさせると。結……友奈からは、改めてハッピーバースデーと。楓さんからは、何でも相談に乗るからねと。それら全てに了解の一言を返すと、また怒涛の如くコメントが来る。

 

 慌てつつも返していくと、1つの写真が送られてきた。児童館の子供達と勇者部のメンバーが私を中心に映ったそれ。私の右には楓さんが、左には友奈が。私と楓さんの後ろに風が、前には樹が、友奈の左には東郷が。そして……私の膝の上には、一緒に鶴を折ったあの女の子が。

 

 “これから全部が楽しくなるよ!”。写真の前に送られてきた友奈の言葉。相変わらず能天気な奴……そう思いつつも、不思議と穏やかな気持ちで居られた。

 

 

 

 

 

 

 数日後の部活中。牛鬼を頭に乗せた友奈が勇者部の活動を映した写真を春の勇者部活動と書かれた記事に貼り付け、東郷はパソコンで何かの作業を行い、風は学園祭に向けての勇者部による劇のストーリーに頭を悩ませ、友奈から“にぼっしー”のあだ名で呼ばれた夏凜が頼まれていた猫探しのポスターに描いた猫の絵を妖怪? と酷評され、楓が首に巻き付いている夜刀神に頬を舐められながら端末から勇者部のホームページに来ている依頼を確認する。

 

 そんな時、樹の溜め息が部室に響いた。部員全員がどうしたのかと問い掛けてみたところ、次の音楽の授業であるという歌のテストの結果を占ってみたところ、死神の正位置という不吉な結果が出てしまったとのこと。意味は破滅、終局なんだとか。

 

 「だ、大丈夫だよ樹ちゃん! こういう時は何度も占えば別の結果が……」

 

 という友奈の励ましも意味を成さず、その後3度占って結果は変わらず死神の正位置。嬉しくもなんともない死神のフォーカードが完成してしまった。

 

 「という訳で、今日の活動はこれよ!」

 

 大事な妹の危機とあっては黙っていられないのが姉の風。黒板に“今日の勇者部の活動、樹を歌のテストで合格させる”と書き記す。勇者部は困っている人を助ける部活、それは部員も例外ではないのだ。

 

 「歌が上手くなる方法かぁ……」

 

 「まずは歌声でアルファ波を出せるようになれば勝ったも同然ね。良い歌や音楽というモノは大抵、アルファ波で説明がつくのよ」

 

 「んな訳ないでしょ!」

 

 「“まずは”、の難易度が高過ぎないかい……?」

 

 樹がそうなのかと聞き返すよりも早く、夏凜のツッコミと楓の苦笑いが東郷に向かう。彼女本人は冗談でも何でもなく、本気でそう思っているのだから質が悪い。

 

 「この子、1人で歌う時とかは上手いんだけどねぇ」

 

 「そうかい? 一緒にお風呂に入ってた時とかよく一緒に歌ってたけど、その時も上手かったよ?」

 

 「そういえば小学生の高学年になる前まで一緒に入ってたわね、あんた達」

 

 「高学年!? 樹ちゃん、男女七才にして云々という話があるのよ!? 後でその時の楓君の話を詳しく……」

 

 「お、お姉ちゃんだって小学生になるまで一緒に入ってたじゃない! 東郷先輩はあの、ちょっと距離が近いです」

 

 「うーん、これは自分が悪いのかねぇ?」

 

 「いえ、風と東郷です」

 

 「夏凜ちゃんも楓くんには甘いよね……」

 

 そんなちょっとした暴露話も出たものの何とか流れを修正し、結論として人前で歌うことによる緊張が問題。なので、友奈の“習うより慣れろだね!”との言葉を切欠にその日の活動を終了して学校を出てカラオケに向かう勇者部一行。

 

 部屋に入るや否や即座に曲を入れ、歌い始める風。楓は久しぶりにカラオケに来たなぁと懐かしく思い、風に挑発された夏凜は友奈を巻き込んでデュエットで歌い、東郷はマラカスを振って盛り上げに徹し、樹は次は自分が歌うことを忘れて純粋に2人の歌を楽しんで聴く。

 

 「夏凜ちゃん上手いねー」

 

 「と、当然よ」

 

 「次は樹だねぇ……大丈夫かい?」

 

 「う、うん……」

 

 と返すものの、やはり緊張している樹。マイクを手に立ち上がり……いざ歌い出すと、やはり緊張からか上擦ったり噛んだり音を外したりと人前では上手く歌えないとの評価を覆すことは出来なかった。

 

 歌い終わり、散々な結果に落ち込む樹。そんな彼女の前では、頼んだお菓子や料理の半分を平らげた牛鬼の首を夜刀神が絞めていた。そんな2匹のやり取りが視界に入り、落ち込んでいた顔に少し笑顔が戻る。

 

 「やっぱり、簡単にはいかないみたいだねぇ」

 

 「……うん。人の目があると思うと……」

 

 「そっか……樹。久しぶりに、何か自分と歌ってみようか」

 

 「え? う、うん」

 

 兄妹の間でそんな会話がされた後、東郷が歌う曲のイントロが流れ始めるや否や楓と夏凜を除く3人がキリッとした表情で立ち上がり、ビシッと敬礼をする。楓は楓で懐かしそうにマイクを手にする美森を見詰め、夏凜は突然の行動に驚き、誰も答えることなく美森が歌い始める。そして歌が終わるまで、誰1人体勢を崩すことはなかった。

 

 「え、何? えっと……何?」

 

 「東郷さんが歌う時はいつもこうだよ? 私達」

 

 「そ、そうなの……相変わらずよくわかんないわね……」

 

 「あ、次は自分達だねぇ……樹、ちょっとおいで」

 

 「えっ? あ、うん……っ?」

 

 思わずそう聞く夏凜だったが、友奈の返答に余計に困惑する。その後に流れてきたイントロを聞いて楓が反応し、樹を呼び寄せる。疑問に思いつつも素直に樹が近寄ると楓は彼女の手を引き、樹は彼の足の間に収まった。

 

 「昔はこうやってお風呂に入って、良く一緒に歌ってたねぇ」

 

 「あ……うん」

 

 「目を閉じて、後は思い出しながら歌おうか。歌詞は間違ってもいいからねぇ」

 

 「……うん」

 

 言われるままに、樹は目を閉じる。流れる曲は過去に兄と共に風呂で何度も歌っていた曲だ。お風呂と言えばこれ、という兄の言葉から何度も聞いて、温かなお湯に揺られながら歌っていた……そんな、楽しかった記憶が甦る。

 

 背中には兄の温もり。目を閉じている樹の瞼の裏には、その時の光景が浮かんでいた。湯気で白くて、歌えば良く響いた風呂場。温泉の素なんて入れて歌に合わせて気分を出して、ついつい長湯することも多かった……そんな、温かい思い出。

 

 「「ばばんばばんばんばん♪」」

 

 「! これは由緒但しきむごもご」

 

 「東郷さん、今良いところだから。押さえて押さえて」

 

 「……懐かしいわ。風呂場の前を通ると、いつもこの歌が聞こえてきてねぇ……」

 

 「……何よ、やれば出来んじゃない」

 

 完全にリラックスした樹と楓が歌う曲を聞いて興奮する美森の口を押さえる友奈と、昔を懐かしんで優しい眼差しで弟と妹を見る風。そして、予想以上に上手かった樹の歌声に驚く夏凜。

 

 上手く歌えたのはこの1曲だけで後は散々な結果に終わる。それでも、勇者部は樹の歌の上手さを認識出来たし、また聴きたいとも思う。だから、この日は歌いに歌った。樹が緊張せず歌えるように、また樹の歌声を聴けるように。

 

 

 

 

 

 

 少しお手洗いに、そんな言葉と共にトイレまでやってきた風。その頭の中には、カラオケの最中に大赦から来た連絡が思い返されていた。

 

 「……最悪の事態を想定しろってさ」

 

 「それが、大赦からの連絡?」

 

 「……」

 

 「……そう。私には何も言ってこないのに」

 

 いつの間にか後ろに居た夏凜に伝えるように呟くと彼女はそう聞き、風は黙ることで返答として夏凜も納得したように頷く。念のため、と夏凜は自分の端末を見る。そこには言った通り、大赦からの連絡はない。

 

 最悪の事態。最も簡単に思い付くのは、やはり勇者の敗北。ないしは世界が滅ぶこと。とは言っても、今の連絡はそういう意味ではないだろう。先代の時とは異なり、異常な周期でやってくるバーテックス。それが一気にやってくる、予想外の行動をしてくる……最悪、残ったバーテックスが全てやってくることだってあり得る。そういう状況を想定しろ……ということだろう。

 

 「……怖いなら、あんたに統率役は向いてない。私や……先代の楓さんなら、もっと」

 

 「夏凜」

 

 上手くやれる。そう言い切る前に、風が彼女の名前を呟く。言ってしまえばそれだけだが、それだけで夏凜は動きを止めた。言葉だけでなく、体の動きもだ。それは、鏡越しに見えた風の表情が……彼女の目が、薄暗い怒りを宿していたからだ。

 

 「あんたが楓を……先代を尊敬してるのは知ってる。あんた自身が優秀なのも、知ってるわ。でもね、これは……このグループのリーダーはアタシで、これはアタシがやるべき“役割”で……アタシには、アタシの目的があんのよ」

 

 「……」

 

 「それに……アタシはね。本音を言えば、先代勇者の楓とあの子……いいえ、楓にはもう戦ってほしくないのよ。あんたと大赦は……どうか知らないけどね」

 

 そう言って、風はトイレから出ていった。残された夏凜はしばらくそこから動けず……動けるようになった時には、心配した友奈が来ていた。大丈夫? と聞いてくる友奈に大丈夫だと返し、2人で部屋に戻る。

 

 

 

 ー 楓にはもう戦ってほしくないのよ。あんたと大赦は……どうか知らないけどね ー

 

 

 

 その道中、そしてカラオケが終わって自宅へと帰る間もずっと、夏凜の脳裏にはその言葉と……風の、怒りを宿した瞳が残っていた。




原作との相違点

・ちゃんと児童館に来る夏凜

・子供達と勇者部に誕生日を祝われる夏凜

・カラオケで一曲だけちゃんと歌える樹

・その他色々です。探してみてね←



という訳で、原作では出来なかった子供達とのサプライズ誕生日会と樹の歌のテスト、カラオケのお話でした。誕生日会と子供から鶴をプレゼントに貰う夏凜ちゃんを書きたかった。もうキャラ崩壊とか気にしない。今更ですけどね。

総力戦も間近。戦闘書くのが楽しみで仕方ないです。戦闘にしろ日常にしろ、なるべく分かりやすく、細かくと考えながら書いてますが、大丈夫ですかね?

総力戦の後、また番外編を書く予定です。例のアレとほのぼの系で口直し……出来るかは私次第。頑張ります。活動報告へのリクエストはいつでもお待ちしてます。くめゆとのわゆはごめんなさい←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 10 ー

お待たせしました(´ω`)

ちとFGOやってました。クエスト多いんだよ……何個あんだよアレ……地味に3ターンクリアしにくいし……。

また大量に誤字報告頂きました。念のため名前は出しませんが、誠にありがとうございます。

通算UA7万突破。皆様ありがとうございます! 今後とも本作を宜しくお願いします。

今回、ちと駆け足気味です。


 カラオケをした日の翌日、部室にて夏凜ちゃんが大量の健康食品とサプリを持ってきてテーブルの上にズラリと並べていた。

 

 「……えーっと、夏凜さん。これは……?」

 

 「喉に良い食べ物とサプリよ。マグネシウムやりんご酢は肺に良いから声が出しやすくなる。ビタミンは血行を良くして喉を健康に保つ。コエンザイムは喉の筋肉の活動を助け、オリーブオイルとハチミツも喉に良いの」

 

 「詳しいのね、夏凜ちゃん」

 

 「夏凜ちゃんは健康食品女王だね!」

 

 「こんなに沢山あるんだねぇ……大したもんだ」

 

 健康食品の種類もそうだが、それらの効果等の説明を噛まずにスラスラと言える彼女の知識量も凄い。美森ちゃんが歴史や日本海軍の話をスラスラと言えるように、彼女もまた健康食品やサプリへの熱意か何かをもっているんだろう。

 

 「さぁ樹、全部飲んでみて。ぐいっと」

 

 「ぜ……全部って多過ぎじゃ? 夏凜でも無理でしょ!? 流石の夏凜さんだって……ねぇ?」

 

 「いやまあ全部は無茶だとは思うけどねぇ……姉さんも煽らないの。夏凜ちゃん、やらなくていいから……」

 

 姉さんがわざとらしく両手で口元を隠しながら、夏凜ちゃんの名前を強調して無理だ無理だと煽る。プライドが高いように思う夏凜ちゃん相手にそんなことをすれば……。

 

 「いいわよ……お手本を見せてあげるわ!」

 

 「友奈ちゃん、扉開けといて」

 

 「はーい」

 

 「お兄ちゃんも友奈さんも止めないんだね……」

 

 「樹ちゃん。乗った夏凜ちゃんの敗けなのよ」

 

 ざらざらとサプリを次々に口に放り込み、その後に液体の健康食品で流し込んで行く。いや、りんご酢やハチミツはまだ分かるけど、オリーブオイルは流石に……まあ結果は分かりきってるから、友奈ちゃんに扉を開けておくように頼んだんだけどねぇ。

 

 案の定、気分を悪くした夏凜ちゃんは全速力で部室から出ていった。お手洗いに無事に辿り着くように祈っておこう。

 

 

 

 その日の夜。自分の部屋からリビングへと向かう途中に風呂場の前を通ると中から樹の歌声が聞こえてきた。あの後部室で歌った時はまた上手く歌えなかったが、今聞こえるのはそんなことはなく……綺麗な歌声だ。

 

 「やっぱりあの子、1人だと上手いのよねぇ。あんたと一緒でも上手いんだけど」

 

 「本当にねぇ」

 

 その場で聞き入っていると、いつの間にか姉さんが近くに居て同じように聞いていた。姉さんを除けば、この歌声を1番聞いていたのは自分だろう。昔の話だが、自分にべったりだった樹は兎に角どこにでも自分と一緒に居たがった。学校でも、外でも、家でも。高学年まで一緒に風呂も入っていたし、一緒の布団で寝ていた。

 

 懐かしい思い出を思い返していると、いつの間にか姉さんが風呂場に入って樹と話していた。流石に自分はその場から離れた方がいいだろうと思い、予定通りリビングへと向かう。

 

 「……やっぱり、戦いとは別の怖さがあるんだろうねぇ」

 

 リビングにあるソファに座り、考える。樹は姉さんが勇者候補であると知りつつもそれを聞かずに過ごし、去年の6月に姉さんが話すことを決め、話し始めたことを切欠として勇者となることを、自分と姉さんと共に行くことを選んでくれた。とても当時小学生の子供が選ぶような道じゃない。

 

 樹は自分達が想像するより遥かに強い心を持っている。が、やはり元は引っ込み思案の女の子。戦いの時ならともかく、日常ではそうもいかないか。

 

 「難しいねぇ」

 

 人の視線に慣れる。自分を含め、勇者部はそういう場に強い。別に樹に度胸が無いという訳ではない。人前で何かをするのが、苦手なんだろう。自分達が一緒に居る場合は問題ない。なのに1人だと……。

 

 

 

 ー それに……独りは……仲間外れは、イヤだよ ー

 

 

 

 「……ああ、そういうことか」

 

 ()()なのが怖いのか、そう結論付ける。人前で歌うのが純粋に苦手だと言うのはあるだろう。それと共にか、もしくはそれ以上にか……己だけというのが、イヤなんだろう。

 

 何せ1年生の樹のクラスの歌のテストだ、自分達はそこに居ないし手助けも出来ない。近くで応援をすることだって、出来ない。そこに立つのは樹1人。友達は居るだろうが……自分達程交流がないか、そこまで樹の心情を汲み取れないか。それはそれで兄としてちと心配になるんだけどねぇ。

 

 「参ったねぇ……」

 

 「何が?」

 

 「ああ、姉さん……いやぁ、樹の歌のテストをどうしようかとねぇ」

 

 お手上げだ、そんな気持ちと共に呟くと、不意にソファの背もたれ越しに姉さんが首に両手を回して抱き付いてきて聞いてきたのでそう返す。樹の姿が無いところを見るに、あの子はまだ風呂場で歌の練習をしているのだろう。

 

 「そうねぇ……何とかしたげたいわねぇ」

 

 「本当にねぇ……どうにかあの子に独りじゃないことを伝えられれば……」

 

 「うん? なんでそんな話になんのよ?」

 

 「去年の勇者の話をした時のことを思い出してねぇ……」

 

 「……そっか。そんなことも、あったわねぇ」

 

 そのまましばらく、自分達はそのまま無言で過ごしていた。しんみりとした……それでいて、あまり嫌ではない無音の空間。ふと、自分を抱き締めていた姉さんの力が強くなる。それはまるで、何かに耐えるかのようで。

 

 「時々、後悔するのよ」

 

 「……」

 

 「楓をまた戦わせることになったのも……樹を戦わせることになったのも。あんたは帰ってきたらそんな体だし……あの子は、戦うような子じゃないし。それは夏凜以外にも言えるけれど」

 

 「誰かが戦わなくちゃいけないんだよ。それに、もし樹を戦わせなかったら……あの子は、本当に独りになる。戦わせる方がいい、って訳でもないけどねぇ」

 

 「……分かってる。それでも……アタシは楓と樹のお姉ちゃんなのよ。もうあんた達以外に家族もいない……安全な場所で、アタシの帰りを待ってくれてるだけでも良かったじゃない」

 

 「……」

 

 「なのに、あの子はアタシ達と一緒に戦うって言ってくれた。あんたは、そんな体でも戦ってくれてる……戦わされてる。どうしてよ……なんでバーテックスなんて……なんで……」

 

 不安定になっている。自分のこと、樹のこと、勇者部のこと、友奈ちゃんに美森ちゃん、夏凜ちゃんのこと、バーテックスに大赦……色々なことが重なって、心に大きなストレスが溜まってきている。それも仕方ない、姉さんはまだ中学三年生。それに家の家事も一手に担っている。自分と樹も手伝えることは手伝うが、それも姉さんの何分の1なのやら。

 

 ……今の姉さんに散華を伝えるのは危険過ぎる。いや、危険性を伝えるのはいいだろう。その後に使わざるを得なくなり、散華の結果次第では心が壊れるか、それとも……何かに怒りをぶつけるか。

 

 後で知るよりも、先に知って心構えをしておいた方がいい。だが……せめて後2、3戦は経験を積んでおきたい。戦っていけば、いずれあの大きな奴が……獅子座が出てくる。アレはとてもじゃないが、満開無しで倒せるような相手じゃない。いや、今の自分ならどうだ……?

 

 「お姉ちゃん」

 

 「っ!? 樹……」

 

 いつの間にか、風呂から上がっていたらしいパジャマ姿の樹がいた。樹は自分に抱き付いている姉さんの後ろから抱き締めてきた。ちょっと首が重くて辛くなってきたが、言い出せる雰囲気ではないので我慢しておこう。

 

 「あのね、お姉ちゃん。私は、私が戦うのは……大赦に言われたからでも、神樹様に選ばれたからでもないんだよ?」

 

 「樹……」

 

 「私は……自分で選んだんだ。何も知らないで帰りを待つよりもお姉ちゃんと……お兄ちゃんと、3人で居たいんだ」

 

 「でも、あんたは……楓は……本当ならアタシだけが……アタシ、だけで……」

 

 “アタシだけで”。それが、本音なんだろう。自分達家族を安全なところに居させて、命懸けの戦いは己だけで。気持ちは分かる。自分も、何度美森(すみ)ちゃん達3人に対して思ったことか。

 

 だが、そんな姉さんの想いを知っていても、樹は言う。自分達3人で、と。自分は、どちらかと言えば姉さん寄りだ。2人だけでなく、美森ちゃんも友奈ちゃんも……夏凜ちゃんも、年頃の少女として普通に、平和に暮らせるなら。

 

 だが、現実は非情で、真実は残酷で。天の神が居る限り戦いは終わらない。とは言え、12体という神託が出た以上はそれでまた一段落とはなるのだろうが。

 

 「お姉ちゃんが私達を戦わせたくないって思ってるのは分かるよ。でも、私もお姉ちゃんだけに戦わせたくないよ……独りになるのは嫌で、独りにさせるのも……嫌だ」

 

 「……」

 

 「それから……いつもお姉ちゃんに家のこととか、勇者部のこととか……大変なことをしてもらって、ごめんね」

 

 「そんなこと、ない。家のことはアタシが好きでやってて、勇者部も……アタシには、復讐っていう理由があるから」

 

 「だったら……私にも、お姉ちゃんみたいに戦う理由があるよ。だから……だから、お姉ちゃんだけで戦おうとしないで。1人だけで居なくなるのが悲しいって、お姉ちゃんも知ってるでしょ?」

 

 「っ! ……そう、だったわね」

 

 ……樹は、本当に強くなった。あんなに歌のテストのことであわあわしてたのにねぇ……家族のことになると、こんなにもはっきりと自分の意志を伝えられる。それが、嬉しい。妹の成長を喜ばない兄等居るものか。

 

 それはそれとして、これは自分の存在が忘れられているということはないだろうか? 特に樹。後、姉さんが樹の言葉に感極まっているのか、嬉しそうな声と息を飲む音が耳元に届く度に少しずつ腕が、首が……まあまだ大丈夫だけど。

 

 「去年もこんなことあったねぇ……姉さんは心配性だねぇ」

 

 「……弟と妹の心配をしない姉なんて居ないわよ」

 

 「その逆もまた然りだよ、姉さん。それに……1人で戦ったところで、ロクなことにならないさ。自分が、その証明だよ」

 

 「……その腕が、そうなんだね。お兄ちゃん」

 

 「仲間が不意打ちを受けてねぇ。まだ無事だった1人に2人を担いで逃げてもらって、自分1人で、あの時の3体をね。後からその1人が戻ってきてくれなかったら……自分はここには居なかっただろうねぇ」

 

 ひゅっ……と、2つの息を飲む音が聞こえた。姉さんの抱き締める力が強くなり、樹が前に回って抱き付いてきた。少し怖がらせ過ぎたかな……でも、事実だ。最後まで1人だったら、本当に死んでいたんだからねぇ。

 

 「だから姉さん。もう、戦わせたくないとか、1人で戦うとか……そんな考えは止めよう。気持ちは分かる。自分だって思ってたからねぇ」

 

 「……」

 

 「皆で戦って、皆で生きよう。姉さんも、樹も。美森ちゃんも友奈ちゃんも夏凜ちゃんも、皆でだ。勇者部5ヶ条にもあるだろう? “成せば大抵なんとかなる”って」

 

 「……うん」

 

 「なんとかなるさ。姉さんの気持ちも、戦いも。勇者が6人も居るんだ。自分と同じ先代勇者も居るんだ……なんとかなる。樹の歌のテストもねぇ」

 

 「……が、頑張るよ」

 

 姉さんの頭を撫でる。姉弟共通の、サラサラとした黄色い髪。姉さんと呼びつつも、精神的にはついつい孫のように思うこともしばしば。責任感が強くて、家事全般得意で、家族思いで……復讐だとか言いつつも、仲間や友人のことも大切にする、そんな心優しい……愛すべき家族。

 

 優しいから、悩むんだ。優しいから、傷付くんだ。それで潰れそうになって、張り裂けそうになって、それでも自分のせいだって思い込んで。

 

 「今が辛くても、いつか自分にとっての幸福(しあわせ)を見付けられるさ。それまでは、自分達と一緒に頑張ろう。姉さん」

 

 「……うん。あーもう、弟と妹がいい子過ぎてお姉ちゃん辛いわー。甘えたくなっちゃう」

 

 「甘えていいよ? 普段は私達が甘えちゃってるもんね」

 

 「よし、今日の夜は姉さんをたっぷりと甘やかそうか。どうせなら一緒に寝るかい? 姉さんを間に挟んで」

 

 「何だか昔に戻ったみたいだね。私枕取って来る!」

 

 「えっ、アタシの意志は? 待って樹、先に晩御飯食べてから……もう」

 

 さっさと枕を取りに向かう樹。そんな樹の背中を見ながら、姉さんは仕方なさそうに……目尻の涙を拭いながら、嬉しそうに笑っていた。

 

 その日、自分の部屋のベッドで3人で眠った。少し狭いが……姉さんを真ん中に、右に樹、左に自分。左手を腹の上に置いて、その手を姉さんは左手で握る。寝づらくないか? そう聞くと“こっちの方が安心する”と、そう言って笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 両親が居なくなってから、私にとってのお母さんはお姉ちゃんで、お父さんはお兄ちゃんだった。お母さんみたいに家事をして、私の髪を整えてくれるお姉ちゃん。お父さんみたいに頭を撫でて、時に褒めて時に叱ってくれるお兄ちゃん。2人共大好きで、2人共大切で。そんな2人と一緒に、隣を歩きたかった。だから、勇者になることを、戦うことを選んだのに……今度こそ前に進めたと、思ったのに。

 

 お姉ちゃんとお兄ちゃんだけでなく、勇者部の皆が私の歌のテストの為に色々と考えてくれている。なのに、私はいつまでたっても歌えないままで、人前で歌うのが怖いままで。それでも、2人は言ってくれるんだ。

 

 ー 樹はもっと自信を持っていいのに。やれば出来る子なんだから ー

 

 ー 大丈夫、樹なら出来るよ。自分達の自慢の妹なんだからねぇ ー

 

 その信頼に応えたい。私は、お姉ちゃんとお兄ちゃんの自慢の妹なんだって。でも、人前で歌うことを想像するだけで体が震えて、声が震えて。隣を見ても誰も居なくて……それが、嫌でも私が今は独りなんだって突き付けられている気がして。

 

 そうして何の成果も出せないまま時間は過ぎていって、歌のテストが近くなってきたとある日。お姉ちゃんと一緒に勇者部の活動として子猫を引き取りに行った時のこと。

 

 「絶対やだ! この子を誰かにあげるなんて!」

 

 そのお家の中から、そんな女の子の声が……叫びが聞こえてきた。

 

 「もしかして、子猫を連れていくの嫌だったのかな」

 

 「あっちゃ~……もっと良く確認しておけば良かった」

 

 「どうしよう……」

 

 お姉ちゃんが玄関を少し開けて中を確認すると、母親らしき人に泣きながら反対を訴えかけている女の子。子猫から離れたくないって必死に、泣いてても向き合っていた。そんな姿を見て、昔お兄ちゃんが養子に行くことになった時のことを思い出した。

 

 あの時の私は、やっぱり泣いてばかりで。この女の子みたいに反対の声なんてあげられなくて……ただ、お兄ちゃんから離れたくないってしがみついていただけだった。その時の私よりも小さな子は、こんなにも自分の意志を伝えているのに。

 

 「……大丈夫、アタシがなんとかする」

 

 「なんとかするって……」

 

 「ま、お姉ちゃんに任せなさい。すみませーん、讃州中学勇者部の者ですけど……」

 

 

 

 結論から言えば、お姉ちゃんのお陰で丸く収まった。あの子の母親は考え直してくれて、特に私達や親子がケンカしたりすることもなかった。それを私は……やっぱり、見ているだけで。

 

 「……ねえ、樹」

 

 「ん? なぁに?」

 

 「アタシ……あんたを勇者部に入れろって言われた時、もっとあの子みたいに反対すればよかった……そうすれば」

 

 「お姉ちゃん。その話は、前に終わったハズだよ」

 

 「でも」

 

 「お姉ちゃん。私が、もっとハッキリと言えれば……もっと堂々と出来れば、そんな風にお姉ちゃんが悩まなくても良かったのかな」

 

 「なっ!?」

 

 ずっと、ずっと思ってたんだ。お姉ちゃんともお兄ちゃんとも違う、後ろ向きな自分。いつも心配かけて、いつも応援してもらって、いつも優しい言葉をかけてもらって……なのに、堂々と出来ない私。そんな私が、2人からそんな言葉をかけてもらってもいいのかって。

 

 「でもね……こんな私でも……譲れないよ。お姉ちゃんにだって、譲れない。こうして一緒に戦えるのが、お姉ちゃんと、お兄ちゃんと一緒に居られるのが嬉しいんだって」

 

 「樹……」

 

 「人前で歌うのが苦手で、上手く歌えなくなるような私だけど……これだけは……この思いだけは、お姉ちゃんにだって。だから……お願い、だから」

 

 お姉ちゃんに前からしがみつく。戦うのは怖いよ。危険な日々なんかよりも、平和な日々の方が絶対に良いよ。でも……平和な世界で1人待つよりも、危険な日々でも家族一緒の方が……その何倍もいい。

 

 「私を……1人にするようなこと言わないで。次言ったら……私、本気で怒るからね。お兄ちゃん味方につけて、怒るから」

 

 「……分かった。もう、言わない。弟と妹に2人がかりで来られたら、堪ったもんじゃないからねぇ」

 

 「本当に怒るからね! 2人でワイヤーでぐるぐる巻きにした後にお兄ちゃんのあの大きな手でお姉ちゃんの頭を叩いてもらうからね!!」

 

 「そんなことされたら死ぬわ!!」

 

 

 

 そんな日から数日後、とうとう歌のテストの日がやってきた。先生に名前を呼ばれ、クラスの皆の前に丸めた音楽の教科書を持って立つ。

 

 (大丈夫……あんなに練習したんだから……大丈夫……)

 

 目を閉じて深呼吸。教科書を開いて覚悟を決めて目を開けると、クラスの皆が私を見ていて、ピアノを弾く先生も私を見ていて……その視線に、思わず青ざめる。

 

 今から、歌う。怖い。あんなにお姉ちゃんに言ったのに、2人にとっての自慢の妹で居たいのに……怖い。ダメ、やっぱり無理。そんな風に思った時、教科書からひらりと1枚の紙が落ちた。見覚えのない紙に戸惑いつつ、謝ってからその紙を拾い上げ……中に書かれた文字を見て、驚いた。

 

 紙の中心に書かれた“樹ちゃんへ”の文字。その周りに書かれた……私へのメッセージ。

 

 ー テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう! 友奈 ー

 

 ー 周りの人はみんなカボチャ 東郷 ー

 

 ー 気合よ ー

 

 ー 周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは、樹の歌が上手だって知ってるから 風 ー

 

 ー 大丈夫、樹は独りじゃないよ。のびのびと歌いなさい 楓 ー

 

 名前が書かれていないのは夏凜さんだと思う。いつの間に、とは思う。それ以上に嬉しくて、心が暖かくて。

 

 紙切れ1枚。きっと、人はそう言うと思う。だけど、私にとっては……このメッセージの書かれた1枚の紙が、それこそ何よりも素敵な、勇気が溢れてくる最高の宝物で。

 

 (ああ……そっか。私は、皆と一緒に居るんだ)

 

 今更、気付いた。姿が見えなくても、声が聞こえなくても……例え、言葉だけでも。私が勝手に思い込んでいただけだったんだ。

 

 歌える。直ぐ側に、勇者部の皆が居る。だからもう、怖くないよ。私は勇者で、勇者部の部員で……お姉ちゃんとお兄ちゃんの、自慢の妹だから。

 

 「すぅ……~♪」

 

 歌う。この場に居るクラスメートだけじゃなくて、違う教室に居る皆の元にも……この声よ届けと。そう思うと自然と笑顔になって、あんなに怖かったのに歌うことが楽しくなって……この曲が終わる時まで、歌い続けた。

 

 

 

 その日の部活で歌のテストがバッチリだったことを伝えると、皆喜んでくれた。友奈さんも、東郷先輩も……夏凜さんは、寄せ書きのお礼を言うと照れていたけれど。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、流石自分達の自慢の妹だって。

 

 「あのね、お姉ちゃん、お兄ちゃん。私、やりたいことができたんだ」

 

 「なになに? 将来の夢でもできた?」

 

 「夢……自分は未だに何も持ってないんだよねぇ。それはそれとして、樹の夢か……是非とも教えて欲しいねぇ。姉さんに内緒で」

 

 「楓ー? アタシも教えて欲しいんだけど」

 

 「……秘密」

 

 歌のテストの後、クラスメートの皆から歌が上手いって、聞き惚れたって言われて。歌手を目指したら? なんて言われた。本当になれる、なんて自惚れてる訳じゃない。夢、なんて大層なモノでも、ない。

 

 「でも……いつか」

 

 ただ……やりたいことを見つけた。頑張りたいって思えることが、見つかったんだ。危険な日々の中にあるモノじゃなくて、平和な日々の中にある、私だけの頑張る理由。

 

 「いつか、教えるね」

 

 私が……2人の自慢の妹だって。自慢のお姉ちゃんとお兄ちゃんの妹なんだって。ちゃんと、2人の隣で歩いていけるんだって。

 

 いつかこの歌で、この声で……届けるんだ。

 

 

 

 

 

 

 そして、最悪の事態は訪れる。唐突に起きた樹海化。マップを頼りに全員が集まり、壁の側に集まるバーテックスを確認して……楓は絶句する。

 

 (……何の冗談だ、これは)

 

 マップに映るバーテックス達。その数……()()。つまりは残り全てのバーテックスが同時に攻めてきたのだ。当然、その中には一際大きなバーテックス……獅子座の姿もある。勇者部の皆が思い思いの言葉でお互いを、己を鼓舞する中、楓の耳にはそれらの声が届いて居なかった。

 

 散華を伝えるなら、今しかない。獅子座が居る以上、確実に満開を使うことになるからだ。勇者部を信じていないとかそういう話ではない。過去に実際に戦い、そして新システムでの戦いも経験し……それらを踏まえた上で、満開をしなければアレには勝てないと悟っているからだ。

 

 (だが……いや、今だからこそ、言うべきだ)

 

 本来なら、戦意を削ぐことになる散華は隠すべきだろう。風は、怒りに支配されるかもしれない。美森は戦えなくなるかもしれない。それでも……今なら、バーテックスと戦う以外に選択肢を取れない。風が大赦に怒り力を振るうこともない。美森が戦えなくとも、それこそ楓はどんなことをしてでも戦い、勝つつもりでいる。

 

 (ああ、勝つ。バーテックスに、天の神に負けるものか。樹がやりたいことを見つけたんだ。その未来を奪われてたまるか……いつか供物が戻って、のこちゃんと銀ちゃんが、勇者部の皆と笑い会える未来を……絶対に)

 

 「よっし、勇者部変身! そんでもって円陣組むわよ、円陣!」

 

 「姉さん、その前に」

 

 「っとと、どしたの楓」

 

 「皆に……伝えておかないといけないことがあってねぇ」

 

 「伝えておかないといけないこと……? 今言うべきことなの? 楓君」

 

 「ああ、そうだよ美森ちゃん。今言わないと……皆知っておかないと……後で後悔するからねぇ」

 

 「楓くんがそう言うなら、よっぽどのことなんだね」

 

 「先代勇者からのお言葉よ、ちゃんと聞きましょう」

 

 (まだ夏凜さんのお兄ちゃんへの対応に慣れない私が居ます……)

 

 きょとんとしている風。怪訝な表情の美森。言葉から楓への信頼が伺える友奈。相変わらず楓に甘い夏凜。そんな夏凜に苦笑いの樹。

 

 そんな彼女達の表情が絶望に、怒りに、恐怖に、苦悩に歪むかもしれない。もしかしたら、なぜ今更伝えたんだと恨まれるかもしれない。それらを覚悟して……楓は、口を開く。

 

 

 

 「満開のデメリット……“散華”についてだ」

 

 

 

 もう、後戻りは出来ない。




原作との相違点

・もうここまで来るとこの相違点いらない気がしてきました←



という訳で……犬吠埼家のやりとりと歌のテスト、総力戦の始まりというお話でした。

今回は風と樹に集中。家での会話中、ずっと楓の首に2人分の負荷が掛かってます。相当キツい←

いよいよ次回総力戦。しかも散華暴露。いやー胃が痛くなりますな。もしかしたら時間掛かるかもしれませんが、どうかご了承下さい。

総力戦が終わり次第、前々から言ってる通り番外編を書きます。アレの後にほのぼのの番外編書いて口直し予定です。辛くなるからね←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 11 ー

お待たせしました(´ω`)

ついにお気に入り1000件突破! ありがとうございます!

また誤字報告いただきました。誠にありがとうございます! 今更ですが、誤字報告を頂いた場合は念のため名前は出さず、前書きにて御礼申しあげます。

FGOようやくイベント終わらせました。いやー、長かった。ゆゆゆいのフラワーガチャは爆死しました←

今回、かなり原作と違う部分があります。ご注意ください。


 『満開は確かに、自分達勇者の力を大きく高める。だけど、それは只でさえ人の身には過ぎた神様の力を、更に借りて発動するんだ。当然、大きすぎる力には……代償が付き物だよねぇ。それが“散華”……皆が知らない、大赦が教えていない満開のデメリット』

 

 

 

 何よ……それ。

 

 

 

 『満開の花が後になって散るように……満開の後に、体の機能の何かを供物として捧げることになる。どこを、何を捧げるのかは分からない』

 

 

 

 そんなの……知らない。

 

 

 

 『証拠なら、君達の目の前に居る自分こそがその証拠になる。右足、左目、左耳。全部その散華の影響さ。自分以外の先代勇者が戦えないのも、最後の戦いで満開を多用したからだ』

 

 

 

 「何よ……何よそれ!!」

 

 「お姉ちゃん……」

 

 「風、先輩……」

 

 聞いていられない。聞きたくない。そんな思いから、声を出さずには居られなかった。樹と友奈の心配そうな声が聞こえた。けれど、今のアタシにはそれに答える余裕は無かった。

 

 「夏凜、あんた」

 

 「夏凜ちゃんは知らないと思うよ。何せ、自分達の時も自分達には……自分達のサポートの人にすら知らされていなかったんだからねぇ」

 

 「……夏凜ちゃん……?」

 

 「……本当よ。満開にデメリットがあるなんて私……聞かされてない」

 

 夏凜に怒鳴ろうとした瞬間に、楓がそう言った。不安そうな顔の東郷が名前を呼ぶだけで問い掛けると、夏凜も震えながら首を横に振る。どうやら本当に知らされてないみたいね。

 

 「……楓君がその……散華のことを知ってるのは、実際にそうなったから……?」

 

 「いや、実は戦いの前に知る機会があってねぇ。詳しいことは、この戦いの後に話すよ」

 

 「……なんで今、散華のことを言ったのよ」

 

 「本当なら、もう少し経験を積んでから話すつもりだった。だけど、今回は敵が全部やってきた総力戦だ。そして……満開は、必要になる。あの一際大きい奴……獅子座は、満開無しで勝てる程甘くない。実際、当時の自分達が4人満開してもやっとだったからねぇ」

 

 獅子座……あの、一番大きなバーテックスね。楓が言うんだから、実際そうなんでしょ。当時と比べて強化された勇者システムでも……満開は必要になるってことね。

 

 不思議なことに、そう冷静に考えられてる自分が居る……違うわね。怒り過ぎて、一周回って冷静になっている感じ。怒りの対象は勿論バーテックス。そして……大赦。

 

 「それなら、黙っていた方が良かったじゃない。デメリットがあるって聞かされて、それが体のどこかを供物として捧げるなんて言われて……満開を使おう、なんてなる訳ないじゃない」

 

 「そうだねぇ……実際、満開を知ってから使った自分達は……実際に散華を経験して、心が折れそうになった。本当なら、言うべきじゃないんだろうねぇ」

 

 「なら……なんで言ったのよ」

 

 今喋ってるのは、アタシと楓だけだ。皆はアタシ達の会話を黙って聞いてる。友奈と樹はハラハラとして心配そうで、東郷は不安げ。夏凜は難しい顔をして、楓を見てる。アタシは……目の前の、車椅子に座ってアタシ達を見てる楓を……泣きそうになりながら見ていた。

 

 アタシは……楓に怒ってるんじゃない。むしろ教えてくれたことには感謝してる。もし、何も知らないまま使って、何かを代償にした時……それが満開のせいだなんて気付かないか、気付くにしても遅かったかもしれない。

 

 散華。楓が今の状態になった、本当の原因。そんなの、知らなかった。知らなかったのよ。代償として、供物として捧げる? そんなことを知ってたら勇者になんて……勇者部、なんて。

 

 大赦はなんでこんな大事なことを黙っていた。先代勇者がそうなったなら、知らないなんてことはあり得ない。それに……その捧げた代償は、()()の? 2年前に戦って満開した楓が今もそのままなのに……嫌な想像をしてしまう。

 

 「……言えば良かったと、言わなかったことを後悔した子が居たんだ。そして、皆には知らないで居るよりも、知っていて欲しかった。それが残酷な真実でも、後で知って絶望するよりは良いと、そう思ったんだ」

 

 「……捧げたモノは……楓の身体は……治るの?」

 

 これで治らないなんて言われたら……アタシは、本当に何するか分からない。戦いが終わって直ぐに散華のことを黙っていた大赦に攻め込むかもしれない。身体を捧げてまで戦った楓をまた戦わせて、樹を……勇者部の皆の身体を捧げさせてまで戦わせる大赦に。

 

 世界を守る為に必要なのは分かる。よくよく考えれば、デメリットを知っていたら満開を使うことを躊躇ってしまう。そのまま必要な時に使えずに負けたら……何の意味もなくなってしまうのだから。でも、それでも……頭では分かっていても、感情が納得しないのよ。

 

 「……大丈夫。いつか、治るよ。根拠は今は、言えないけどねぇ」

 

 いつもの朗らかな笑み。それを浮かべて言った楓は、それを疑ってないみたいだった。只の慰めなのかもしれない。皆の心を軽くする為の嘘なのかもしれない。アタシを、アタシ達を安心させる為の……出任せ、なのかもしれない。

 

 「信じられないかもしれないよ。怒りだとか、不安だとか……そういうのも、自分に向けてるかもしれない」

 

 「楓……」

 

 「無理に使うことなんてないんだ。使う意思を示さなければ、ゲージが溜まっていても発動はしない。もしかしたら、皆でなら使わずに勝てる可能性だってあるからねぇ」

 

 「そ、そうだよ! 皆でなら、満開しなくても勝てるよ!」

 

 「そうだよお姉ちゃん! 今までだって勝てたんだし……夏凜さんだって仲間になってくれたんだから」

 

 「……ええ、任せなさい。この完成型勇者である私がいるんだから。満開なんて使わなくても……勝利は確実よ」

 

 友奈が、樹が……夏凜が、前を向いてそう言う。でも、アタシは……そんな風に思えない。7体よ? 先代勇者達が満開を使って苦戦したって言う奴もいるのよ? 

 

 「姉さん」

 

 「楓……」

 

 「勇者部のことは、自分も一緒だよ。姉さん1人の責任になんてさせないさ。終わったら、幾らでも自分を責めていい。だから、今は……今だけは、いつもの姉さんになってほしい」

 

 楓が近付いてきて、その左手でアタシの右手を握る。左目に医療用眼帯を着けている顔は、真っ直ぐアタシの顔に向いていて、その右目はアタシの目を見てる。いつの間にかアタシよりも大きくなった手。アタシをもう少しで追い越しそうな背。樹に似て可愛かった顔も、すっかり男の子らしくなった。

 

 大事な……本当に大事な弟。勇者部のことを一緒に背負ってくれる、アタシの不安を和らげてくれる……本当に、大事な。そんな弟に頼まれて……部員達が、やる気になってる。これでもうだうだ言うなら……お姉ちゃんとして、部長として、アタシはアタシを許せない。

 

 「……ええ。もう、大丈夫よ。お姉ちゃんの女子力にかかれば、7体のバーテックスなんてなんのそのよ」

 

 「流石、自慢の姉さんだよ。美森ちゃんは……どうだい?」

 

 「え? あ……うん。大丈夫。私はもう、決めてるもの。楓君と……皆と一緒に守る。皆と一緒に……頑張るって」

 

 「そっか……ありがとねぇ」

 

 アタシを含めて、皆が笑顔を浮かべる……浮かべられた。やってやろうじゃない。アタシ達勇者部に敵う敵なんていないのよ。

 

 「今度こそ行くわよ、皆。勇者部……変身!」

 

 「「はいっ!」」

 

 「うん!」

 

 「ええ!」

 

 「ああ!」

 

 全員で横一列に並んで、同時にスマホの勇者アプリをタップ。勇者に変身して、改めて壁の近くに居るバーテックスを見る。

 

 数も大きさも負けてる。でも……アタシ達は、勝つ。勝って、また勇者部の依頼をこなして、家族にご飯を作って……そうね、また甘えさせてもらいましょうか。

 

 そんなことを思いつつ、今度こそ円陣を組む。夏凜は渋ったけど、楓と友奈が手招きしたら顔を赤くしつつそろそろと寄ってきたので無理やりアタシが引き寄せる。アタシから右回りに夏凜、楓、友奈、東郷、樹、そしてまたアタシ。

 

 「あんた達、なるべく満開は使わない方向でね。終わったら好きなもの奢ってあげるから……絶対勝つわよ!」

 

 「ホントですか!? 美味しいものいーっぱい食べよっと! 肉ぶっかけうどんとか!」

 

 「言われなくても殲滅してやるわ。後、私は高級ニボシね」

 

 「わ、私も叶えたい夢があるから。お姉ちゃん、私ケーキがいいな」

 

 「皆を……国を護りましょう! 風先輩、私は新しく出来たお店にあるという宇治抹茶ジェラートが何故か妙に気になるのでそれでお願いします」

 

 「大丈夫、皆でならやれるさ。ああ、自分はラーメンでも頼もうかねぇ。昔どこかで徳島ラーメンってのが美味しいって聞いた気が……」

 

 「あんた達欲望に正直ねぇ……全くもう。さぁて行くわよ! 勇者部、ファイトオオオオッ!!」

 

 【オーッ!!】

 

 

 

 

 

 

 私は後ろに下がって狙撃銃を手に狙撃体勢に入り、皆は前に出る。今回は数が多いので楓君も空を飛んで前に行く。マップを軽く確認。映っているのは牡牛座、魚座、天秤座、牡羊座、水瓶座、双子座、そして楓君が危険視してた獅子座。彼が注意するだけあって、その威圧感は明らかに別格。

 

 事前に楓君から簡潔にバーテックス達の情報は聞いている。牡羊座は斬ると分裂し、魚座は煙を出して爆発を引き起こす。天秤座は遠距離攻撃を大きな錘に引き付けて回転して体当たりしてきて、水瓶座は左右の球体から水球や水流を飛ばしてくる。双子座、牡牛座は初見で、獅子座は小さな追尾する火球と本体程の大きさの火球、更にはレーザーまで飛ばしてくるという。

 

 マップを見る限り、バーテックスの進行速度にバラつきがある。7体も居るのに、牡羊座だけが突出してきている。その牡羊座を夏凜ちゃんが上から切りつけると頭部がパックリと裂け、動きが止まったので撃ち抜く。そのまま夏凜ちゃんが前回のように周囲に短刀を突き刺して1人で封印の儀式を始めると、牡羊座から御霊が出てきた。

 

 「凄いよ夏凜ちゃん!」

 

 「ふん、これくらい当然よ!」

 

 「他の敵が来る前に倒すわよ! ……ってこいつ、凄い速さで!?」

 

 友奈ちゃんが夏凜ちゃんを褒めて……羨ましい……風先輩がそう言うと、御霊が凄まじい速さでその場で独楽のように回転し始めた。夏凜ちゃんがその御霊に向かって短刀を投げ付けるけれど、それは回転によって弾かれる。

 

 「任せて!! やぁっ!!」

 

 友奈ちゃんが回転を気にせずに殴り付けると殴った箇所が砕けて回転が止まったので逃すことなく撃ち抜く。すると御霊は砂になり、友奈ちゃんが手を振ってきたので笑顔を返す。そんな中、私の頭には先程の楓君の散華の話が繰り返されていた。

 

 彼は言った。散華の証拠は自分自身だと。動かない右足、見えない左目、聞こえない左耳を供物として捧げたんだと。正直に言えば、身体を捧げてまで戦うことに思うところはある。でも、これで終わりという思いでそのことには蓋をした。ただ、あの時は黙って聞いていたけれど……私は疑問に思うことがあった。

 

 (楓君が言った供物は3つ。だけどあの日、部室で彼が言った満開の回数は()()……満開と散華の回数が合わない)

 

 残り1回分、彼は何を捧げたのか。いえ……そもそも、本当に彼が満開したのは4回なの? 実はそれ以上ということも考えられる。隠したのは、やっぱり心配をかけたくないから? それに、彼は身体の()()を捧げると言っていた。()()ではなく、機能と。物理的に失う訳じゃなくて、その機能を失う。その機能とは、どこまで……。

 

 (……いえ、それは戦いの後でもいい。まずは勝たないと……それに、そっちも気になるけど、敵の動きも気になるわね)

 

 まるで叩いてくれとばかりに前に出た牡羊座。特に抵抗らしい抵抗も無くあっさりとやられた敵は、何がしたかったのか。そう思った時、遅れて来た……大きな角のような部位に苔の生えた胴体に鐘を吊るす柱がある、妙な見た目の牡牛座が鐘を揺らした。すると、近くの皆が耳を抑えて蹲るのが見えた。楓君もフラフラとしながら着地し、翼が消える。

 

 「な、何よこの気持ち悪い音は……っ!?」

 

 「ぐ……こ、こんな能力が……武器が出せない……っ」

 

 「こ、これくらい、勇者なら……あ、ぁ……っ!」

 

 あの鐘が鳴らす音のせいか。そう確信して撃ち抜こうとした時、私の目の前の地面から魚座が飛び出してきた。

 

 「このバーテックス、土の中を!? そんな能力まで持っていたの!?」

 

 楓君から聞いてない能力。彼も知らなかったか、それとも忘れていたか……そんなことはどっちでもいい。これだと狙撃が出来ない。いつ出てくるか分からないし、周りに敵が居るという状況が私の集中力を掻き乱す。

 

 マップをチラッと確認。魚座は私の周囲を高速で動き回っている。でも地中に居るから攻撃が届かない……出てきた所を撃つしか。いや、今なら撃てるのでは? と思ってマップを確認しながら改めて牡牛座に銃口を向けると、魚座は私の真下にやってきた。咄嗟にリボンを動かしてその場から離れた瞬間、私が居た場所を突き上げるように魚座が出てきた。

 

 「このっ……」

 

 狙撃銃の銃口を魚座に向ける。だけどその頃には、また地面に潜っていた……素早い。狙撃銃だと避けてからの反撃が間に合わない。散弾銃や拳銃では皆の援護をするには射程が足りない。魚座を無視して皆と合流するには私の機動力が足りない。つまり、私はこの魚座を倒さないといけない。

 

 狙撃銃を消して2丁の散弾銃に変更。出てきた青坊主に端末を持ってもらい、マップを確認。全体の動きを大まかに把握しつつ、魚座が出てくる時を待つ。皆のことは……信じるしかない。

 

 「早く出てきなさい……蠍座みたいに蜂の巣にしてあげるから」

 

 そう呟く私から何故か、青坊主が距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 美森が魚座と対峙している頃、他の5人は牡牛座の鐘の音に苦しめられていた。頭の中を掻き回されるような不協和音に身動きが取れなくなる中で、樹が動く。

 

 「こんな……こんな音は、ダメ。音は、音楽は皆が幸せになれる素敵なモノなのに……こんな音は……ダメええええっ!!」

 

 叫びと共に手を、ワイヤーを伸ばす。ワイヤーは牡牛座の鐘の部分に幾重にも絡み付き、鐘の動きを止める。それと同時に、不協和音も止まった。

 

 「ナイスよ樹!」

 

 「っ!? 皆、避けるんだ!」

 

 風が言った後に回転している天秤座の姿が目に入った楓が叫び、全員がその場から跳ぶ。その直後、竜巻の如く回転する天秤座の側面から錘付きの鎖が伸びてきて5人が先程まで居た場所を薙ぎ払った。それは楓の知らない行動であり、ここにきて新しい動きをするバーテックスに思わず舌打ちをする。

 

 だが、天秤座は過去に楓が相対した敵。その攻略法も覚えている。楓は翼を出して飛んで天秤座の上を取り、翼から弓へと変更し、落下する合間に与一の力を借りて矢を連射して天秤座を上から射抜く。10、20と光の矢が天秤座の体を穿ち、やがてその回転が止まる。

 

 「止まった! なら、これでええええっ!!」

 

 その隙を逃さず、跳び上がった風が勇者の力を使い巨大化した大剣で天秤座を横一閃に切り裂く。が、空中で無防備を晒す風に水瓶座が水流を放ってきた。しかし、直ぐに翼を展開した楓が風の腰に左手を回して抱き締め、水流の射線から逃れる。

 

 「助かったわ楓」

 

 「どういたしまして」

 

 「友奈! 遅れんじゃないわよ!」

 

 「うん、夏凜ちゃん!」

 

 「「はああああっ!!」」

 

 笑顔を浮かべて言葉を交わす犬吠埼姉弟。そんな2人を他所に、夏凜と友奈はタイミングを合わせて水流を放ち終えた水瓶座に向かって跳び、夏凜が×字に切り裂いた後に友奈が拳を打ち付け、2人の剣と拳を受けた水瓶座は大きく後退する。

 

 風を下ろし、現状を把握する楓。牡牛座は樹が抑え、天秤座は風が切った傷を修復中で水瓶座も同様。牡羊座は撃破、魚座と双子座は楓からは見えない。獅子座が微動だにしていないのが不気味だが、そういえば決戦の時も最初は動いて居なかったと思い返す。

 

 「今のうちに3体まとめて封印するわよ! って……何? バーテックスが……」

 

 「っ!? わ、ひっ、引っ張られる!?」

 

 「樹! ワイヤーを切るんだ!」

 

 風がバーテックス達を封印しようと動き出した時、突然3体のバーテックスが後退し始める。必然的に牡牛座の動きを止めていた樹が引っ張られるものの、楓の言う通りにワイヤーを切って難を逃れた。

 

 バーテックスの動きに戸惑う勇者達。そんな中、楓は後退……否、集まるバーテックスを見て、どこか既視感を抱いていた。

 

 (後退……いや、集まってる……()()()()()()()()()()? なんだ、どこかで見たことが……っ!? まさか!?)

 

 そして、思い出す。かつて見た結界の外に居た小さな星の数程のバーテックス、それらが集まって合体ないし融合することで今の大きさのバーテックスになっていく様を。

 

 もし、その融合が小さなバーテックスが巨大なバーテックスになる為の機能なのではなく、元々バーテックスが持っている能力であるならば? それを、あのバーテックス達も行えるなら? その考えに至った時……それは、答えとなって現れた。

 

 「……全く、面倒な……」

 

 思わず呟く楓。彼の……勇者達の目に映るのは、獅子座、牡牛座、天秤座、水瓶座、それらの特徴を併せ持つ一体の巨大なバーテックス。レオ・スタークラスター。それが、勇者達の前に立ちはだかる壁の名前である。

 

 「合体した? こんなの、聞いてないわよ……」

 

 「でも、まとめて倒せるよ!」

 

 「友奈さん、前向きですね……」

 

 「でも友奈の言う通りじゃない。まとめて封印開始よ!」

 

 「っ! 来るよ皆。気をつけて!」

 

 丁度会話が終わる頃、レオの前に円を描くように大量の小さな火球が現れる。“小さな”、とは言っても勇者達と比べればそれは充分に大きいのだが。そしてそれは、一斉に5人へと襲い掛かった。

 

 一斉に跳び、避ける5人。しかし火球は予め楓から聞かされていた通りに追尾してくる。しかもその誘導性はかなり高いようで、素早く右に左にと曲がったところで直ぐに軌道を修正してくる。

 

 「くっ、この……しつこい! あ、やば……っ!!」

 

 「お姉ちゃ……きゃああああっ!!」

 

 堪らず、風が振り返って大剣で切り裂く。が、1つ切り裂いたところで迫る火球は他に大量に存在し、己の失敗を悟りつつ風は大剣を盾にして火球を受けた。そんな彼女の姿に気を取られ、動きを止めてしまった樹にも火球が殺到し、避けられずに受けてしまう。

 

 「追ってくるなら、そのまま返して……あっ!? ああっ!!」

 

 「このぉっ!! くっ、硬……うああっ!!」

 

 追尾してくるのなら敵にぶつけてやる、そう思ってレオに向かってUターンする友奈だったが、レオの近くで己を追尾する火球と新たに向かってくる火球に挟み撃ちにされて成す術なく撃ち落とされる。夏凜は流石と言うべきか火球を避けつつ接近し、レオの牡牛座の角らしき部分に二刀で斬り付ける。が、あまりの硬さに逆に斬り付けた二刀の方が折れ、そのまま火球を受けた。

 

 「皆!? この、邪魔を……っ!?」

 

 「よくも!! っ! ぐ、ああっ!!」

 

 そんな光景を魚座を相手取る合間に見てしまった美森は狙撃銃へと持ち変えてレオを狙い撃とうとするも、それは魚座が彼女の眼前の地面から出て視界を塞ぐことで邪魔され、また潜る頃には目の前にレオの放ったレーザーが迫っており、そのまま直撃する。楓もレオに怒りを向けて接近するが、バラけていた火球が全方位から集中して向かってきた為に翼を球体の盾に変え、そのまま火球を受けた。

 

 

 

 「……っ、まだまだぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 黒煙の中から落下する光の球状の盾。それを再び翼へと変えた楓は全員が倒れていることを確認し、怒りの声を上げてレオへと突っ込む。レオが新たに火球を生み出せば、直ぐに翼から弓へと変え、与一の力を借りて光の矢を連続して放ち、可能な限り撃ち落とす。残った火球は弓を翼に変えて突っ込んだ際にすれ違い様に切り裂いた。

 

 「だいだらぼっち!!」

 

 火球が爆発した際の爆風で更に加速。そのままの速度を維持し、精霊のだいだらぼっちの出現と同時に翼を巨大な左手へと変えて握り拳を作り、レオの巨体を殴り付けた。結果、レオを大きく後退させ、その巨体を拳の形に凹ませることに成功する。そしてまた翼へと変えて追撃をしようとし……。

 

 「っ!? ごぼっ……!?」

 

 下から飛んできた水球に気付くのに遅れ、捕らわれた。いきなり水の中に放り込まれる形になった楓は混乱し、思わず動きを止めてしまう。それを見逃すレオではなく……無慈悲にも、レーザーで水球ごと撃ち抜かれた。

 

 

 

 

 

 

 「……痛……」

 

 痛さと熱さに顔をしかめつつ、友奈は体を起こして立ち上がって周囲を見回す。その目に映ったのは、倒れ伏す仲間達。何とか立ち上がろうとしているのが見えたことで安堵し……レオへと目を向けて、唖然とする。

 

 「楓くん!!」

 

 「……ぐ……っ」

 

 それは、レーザーに撃ち抜かれて落下する楓だった。だが、落下していたのも数秒のことで直ぐに楓は翼を出して体勢を整えた。それを見てホッとする友奈だったが……レオが背部から生えている触手のようなモノを楓の視界外から伸ばしているのが見えた。

 

 それを見た友奈の行動は、ほぼ無意識だった。彼女は彼に向かって跳び上がり、伸びる触手を殴り飛ばす。そこでようやく楓は友奈と触手の存在に気付き……直ぐ側に小さな火球が迫っているのが見えた。

 

 「友奈ちゃん!!」

 

 「えっ!?」

 

 咄嗟に楓は友奈の手を取って引き寄せ、翼を消して再び球体の盾を作り出して耐える。しかし、それだけでは終わらなかった。火球が全て着弾した後、もう1本の触手が盾に巻きついてきたのだ。

 

 「ちっ……これじゃ盾を消せない……」

 

 「ど、どうしよう楓くん……」

 

 「姉さん達に期待するしかないねぇ……っ、友奈ちゃん、耐えて!」

 

 「う、うん!」

 

 触手のせいで盾から形を変えることが出来なくなった楓と盾の中に一緒に居るから外に出られない友奈。そんな彼女にそう答える楓だったが、捕まったまま動きのないことに疑問を抱く。かと思えば、自分達を捕まえている触手がまるで2人を盾ごと己の体に叩き付けるように動き出したので次に来るであろう衝撃に備える。

 

 

 

 「「……えっ?」」

 

 

 

 しかし、恐れた衝撃が来ることはなく……まるで、水の中に入り込むかのように。2人を包んだ球状の盾は2人の間の抜けた声と共に、レオの体へと沈み込んだ。

 

 「……楓? 友奈?」

 

 「お兄、ちゃん……? 友奈、さん?」

 

 「楓さん!? 友奈ぁ!?」

 

 「楓君……友奈ちゃん……?」

 

 残された4人は、ようやく起き上がった体ではどうすることも出来ずに……ただ、その光景を目にしていた。




原作との相違点

・散華暴露

・攻撃してくる天秤座と水瓶座

・めっちゃ邪魔してくる魚座

・主人公と共にスタクラに取り込まれる友奈

・その他沢山



という訳で、散華暴露と総力戦開始、楓と友奈がスタクラに取り込まれるお話でした。風は楓と前向きな3人によって鎮火、美森は元々覚悟決めてたのとそれ以上に疑問があったので控えめなリアクションでした。デカイ花火の前には、色々な花火が上がるものですよね←

感想でDEifが人気だと書いてたので確認したところ、最初のDEifがPVトップで笑いました。私も皆様も類友類友←

今回、思いきってかなり原作と変えました。特に最後。友奈は巻き込まれた形ですね。

次回で総力戦終了予定。それが終わればまた番外編です。片方は救いのない奉りルート。それともう1つ、ほのぼのか甘々か、とりあえず鬱から離れたのを口直しに書きます。どうせ、また、重くなる。

DEifのように、この話が好き、このシーンが好き、ここのこのキャラが好き、なんてのも大歓迎です。人気投票でも……やめよう、東郷さんかわっしーが1位になりそうだ←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 12 ー

お待たせしました(´ω`)

また誤字脱字、更には文の修正まで頂きました。ありがとうございます。見直ししてるのに何故見逃すのか……誤字脱字を出さない人間になりたい。

今回、かーなーりやりたい放題です。そこまでやる? ってくらいです。そして1つの区切りでもあるからか久々に11000文字越えました。

キーワード:“姉さんマジパネェ”


 「わ、私達……どう、なったの?」

 

 「……取り込まれた? いや、呑み込まれた、のかねぇ」

 

 暗い。なのに楓くんの光のお陰なのかお互いの姿はハッキリ見えてる。自分達がどうなったのかよく分からなくて楓くんに聞いてみると、眉間に皺を寄せて苦々しげな表情を浮かべていた。

 

 ふと、私達の状態を改めて見てみる。楓くんに手を引かれた私は、そのまま彼の左手に肩を抱き寄せられている。足はこの光のボールみたいなのについている。丸いからちょっと立ちにくいけど、今は仕方ないよね。

 

 「さて、どうしたものか……迂闊に盾を解除出来ないし……」

 

 「なんで……ってそっか、ここはバーテックスの中だもんね」

 

 「そういうこと。何が起きるかわかんないからねぇ……内臓とかあるのかねぇ、バーテックス」

 

 「あ、あんまり想像したくないなぁ……?」

 

 真っ暗だけど、ここはバーテックスの中。もし楓くんの盾……これ、盾だったんだ……がなくなったら私達がどうなるか分からない。そんな言葉に納得しつつ、楓くんが言った内臓の一言に思わず想像してしまい、苦笑い。でもバーテックスって本当に内臓とかあるのかな……骨とか無さそうだけど。

 

 そんなことを考えていると、カリカリ……っていう音が聞こえた気がした。何かを齧るような、削るような……気のせいかな? と思ったけど、やっぱりずっと聞こえてる。楓くんも聞こえたのか、辺りを見回し始めた。

 

 「楓くん。この音……」

 

 「うん、なんだろうねぇ……いや、この感覚……盾に負荷が掛かってる。体内に居るから? それとも……」

 

 カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ。ずっと聞こえる、途切れることのない音。盾の外は何も見えないのに音だけが聞こえて、何だか不安になる。戦う時とは違う、別の不安。昔、怖いテレビ番組を見た時みたいな……そんな怖さ。

 

 思わず、楓くんにしがみついてしまう。すると楓くんも私をより強く抱き寄せた。2人してキョロキョロと辺りを見回すけど、やっぱり暗いままで……かと思った時、一瞬白い何かが見えた気がした。

 

 よーく目を凝らす。すると、また白い何かが見えた。一瞬だけじゃなくて何度も、何度も。前にも、後ろにも、右にも、左にも、上にも、下にも……何度も。

 

 「……っ!? 友奈ちゃん! 見るな!!」

 

 「あ……あ、ああ……」

 

 楓くんの声が聞こえる。けれど、私は目の前の光景から目を離せずに居た。怖いのに、見たくないのに……体が強張って、動かないんだ。

 

 段々と、その白い何かがハッキリとしてきた。カリカリ、カリカリと音がする。それは“歯”だった。それは……私を丸呑み出来そうなくらい大きな……“口”だった。

 

 

 

 「いやああああああああっっ!!!!」

 

 

 

 「友奈ちゃん! 落ち着いて!」

 

 「いや! いや!! やだああああっ!!」

 

 どこを見ても口だらけだった。どこを見てもその口が閉じたり開いたりしていた。カリカリカリカリ言ってたのは、楓くんの盾を噛んで削る音だった。それを理解した時、私の中の不安が、今まで耐えていた恐怖が爆発した。

 

 食べられる。齧られる……殺される。真っ白な、口だけしかない何かが……多分、バーテックスが、楓くんの盾の外に隙間なく存在して、どこもかしこもそれしか見えなくて。

 

 反撃出来るなら、きっと耐えられた。楓くんだけじゃなくて東郷さんも、風先輩も、樹ちゃんも、夏凜ちゃんも……皆が居たなら多分、耐えられた。でも、ここでは反撃出来なくて、ただ見ていることしか出来なくて。ずっと盾が削られる音を聞いていることしか出来なくて。

 

 怖い。怖い、怖い怖い怖い!! 何も出来ないのがこんなにも怖い。ただただ見ていることしか出来ないのが涙が出るくらいに怖い。ただただ齧られる音だけが聞こえるのが何も考えられなくなるくらい怖い。

 

 「友奈ちゃん! ……ダメかっ。満開は……いや、盾が消えるかもしれないから危険過ぎる……」

 

 「いやだ……やだよう……出して……東郷さん……皆……」

 

 「……すう……」

 

 

 

 「友奈っ!!」

 

 

 

 「ひっ! ……ふぇ?」

 

 急に耳元で大きな声で名前を呼ばれて思わず身が竦む。すると、左耳を塞がれて少し上を向かせられながら頭を抱き寄せられた。誰が、なんて分かりきってる。ここには私と楓くんしかいないんだから。

 

 楓くんの顔以外が見えなくなる。左耳が塞がれているからカリカリって音が聞こえなくなって、右耳はドクンドクンって……楓くんの心臓の音だけが聞こえる。

 

 「落ち着いて。外は見なくていい……耳もこのまま塞いじゃおう。別に聞いていて楽しくないけれど、自分の心臓の音でも聞いていてねぇ」

 

 「あ……え……と……」

 

 楓くんと目が合う。こんな状況なのに……ううん、違う。こんな状況だから……楓くんは、いつもみたいな朗らかな笑顔を浮かべていた……浮かべて、くれていた。

 

 楓くんが座り込む。すると当然、私も座り込むことになって……まるで、楓くんにもたれ掛かるみたいな体勢になる。

 

 「少し盾の形を変えて、四角くしたんだ。これなら座りやすいだろう?」

 

 「う……うん……」

 

 「残念だけど、自分達に出来ることは少ない。今は……外に居る姉さん達に任せよう」

 

 「……うん」

 

 そう言って、楓くんは私を抱き締める力を少し強くした。今の私は、目の前に楓くんの笑顔があって、楓くんに思いっきりくっついていて、左耳は楓くんの手で塞がれてて、右耳は楓くんの心臓の音を聞いていて……あはは、楓くんがいっぱいだ。そんな風に思って、思わず笑って……さっきまで泣いてて、怖かったのが嘘みたいだ。

 

 「大丈夫、守るよ。友奈ちゃんも、たまには守られていい。頑張ってもらっていいんだ。先代勇者は伊達じゃないってねぇ」

 

 「……ありがとう、楓くん」

 

 守られていい、頑張ってもらっていい。私が守るんじゃなくて……頑張るんじゃなくて。なんでだろう、私がっていつも思ってたのに……今は、その言葉に甘えたくなる。風先輩と樹ちゃんが羨ましいなぁ……こんなお兄ちゃんか弟が、私にも居たら……なんて、ね。

 

 今は……今だけは、甘えさせてもらおう。きっともうすぐ外に出られる。皆が、助けてくれる。その後は……楓くんに甘えさせてもらった分、助けてもらった分……頑張ろう。

 

 (とは言うものの……少しずつ、光が削られてる。広げようにもこれ以上は……小さいバーテックスが密集してるからか? ……姉さん達の満開は、多分免れないねぇ。全く……自分の力の無さがイヤになる)

 

 

 

 

 

 

 「あ……楓……友奈……」

 

 ヨロヨロと立ち上がった風は、そのままふらふらとレオに向かって歩く。

 

 「楓君……友奈ちゃん……」

 

 離れた場所に居る美森は倒れたまま、レオに向かって手を伸ばす。

 

 大事な弟が、後輩が呑み込まれた。大切な人達が、敵に取り込まれた。その光景をまざまざと見せられた4人の中で、風と美森の2人が最も精神的にダメージを受けていた。届くはずもない声で2人の名前を呼び、届くはずもない手を2人に向かって伸ばす。

 

 そんな風を、楓も捕らわれた水球が取り込んだ。美森の目の前を、魚座が砂を巻き上げて背を見せながら泳いだ。2人は俯き、動きを止める。

 

 「お、お姉ちゃん!! 東郷先輩!!」

 

 「っ……風に東郷! しっかりしなさい!」

 

 樹と夏凜が叫ぶが、やはり動かない。そんな2人の心にあるのは……失う恐怖と、敵への怒りだ。

 

 楓の向けられると安心する朗らかな笑みが頭に浮かぶ。友奈の見ていると元気になる笑顔が頭に浮かぶ。2人がそんな笑顔で会話をしている、見ているだけで楽しく、見ている側まで笑顔になる風景が浮かぶ。今正に、それらが奪われようとしている。

 

 握り拳を作る。失ってたまるか、奪われてたまるか。大事な家族なのだ。大事な友達なのだ。欠けることすら想像出来ない程に、大切な。

 

 (供物を捧げるのは……怖い)

 

 (でも……それ以上に、2人を失う方が、もっと怖い)

 

 だから、意思を示す。故に……“ソレ”は花開く。

 

 「楓を……友奈を……」

 

 「楓君を……友奈ちゃんを……」

 

 

 

 ー 返せ……っ!! ー

 

 

 

 樹海から伸びる幾多の光の根の先で、大きなオキザリスとアサガオが花開く。満開……溜め込んだ勇者の力を解放し、更なる力を得る勇者の奥の手。代償として体のどこかの機能を供物として捧げることになる……だが、2人は供物よりも2人を失うことの方が怖かった。

 

 豪奢かつ神秘的な勇者服に身を包んだ風は大剣を横に一閃。それだけで、水球が弾け飛んだ。同じような勇者服に変わった美森は8つの砲門を持つ戦艦のようなモノに乗り、向かって来た魚座を邪魔そうに見下した後に一斉射撃し、その体を消し飛ばして御霊を露出させる。

 

 「この程度の敵なら……封印の儀式も不要なのね」

 

 その言葉と共に砲撃し、御霊を撃ち抜いて砂へと変える。まるで樹海に染み込むように消える様を見て、美森は何度見ても不思議な散り様だと感想を溢し、そう言えば双子座はどこに? と思いマップを確認する。

 

 「っ!? 神樹様に近い上に速い……!? 何で気付けなかったの!」

 

 双子座は、既に神樹からそう遠くない距離まで近付いていた。思わず神樹の方へと振り返る美森が見たのは、ダカダカと高速で走る……まるで首と両手を1つの板で拘束されたような人型のバーテックス。他のバーテックスに比べると小型だが、それ故にか走る速度は凄まじい。

 

 美森が狙って砲撃するも双子座はその小さな体と速度で避ける。風はレオに向かって切りかかっている。満開していない夏凜と樹では間に合わないだろう……それは、誰もが理解していた。夏凜は左肩を確認し、満開ゲージがまだ溜まりきっていないことを確認して舌打ちをする。だから、樹は動いた。神樹に向かって飛び上がり、双子座の姿を視界に入れる。

 

 (私も……私が、やるんだ)

 

 供物として何を捧げることになるのかはランダム。兄のように手足を捧げるかもしれない。聴覚を捧げるかもしれない。もしかしたら……そう思い、樹は己の喉に手を触れる。

 

 (それでも……例え、そうなったとしても)

 

 折角出来た夢を手放すことになるかもしれない。見つけたやりたいことが、出来なくなるかもしれない。それでも……大事な家族を失う方が、大切な先輩を失う方が……世界が滅びて日常を失う方が、何倍も怖い。

 

 (だから……だから!!)

 

 「私だって……やるんだ!! “満開”!!」

 

 空に鳴子百合の花が咲く。風達と似たような勇者服に変わり、背に金色の輪に鳴子百合が咲いているようなモノを背負い、遠くに居る双子座へと開いた右手を向ける。

 

 「そっちへ……行くなああああっ!!」

 

 背の百合から大量に、高速で伸びる緑の光のワイヤー。それは走る双子座を追い越し、逃げ場を失くし、体にぐるぐると巻き付き……引き寄せ、1回樹海に叩き付けてから持ち上げる。

 

 「おしおきっ! えいっ!」

 

 ぐっ、と手を握る。するとワイヤーは一気に収縮して双子座の体を細切れにし……露出した小さな御霊は、ワイヤーを突き刺すことで破壊する。

 

 「でええええりゃああああっ!!」

 

 大剣を倍の大きさに、更に倍、更にと繰り返し、今やレオの角にまで匹敵する程に巨大化し、それを気合と共に全力で振るう風。それはレオの右の角に当たり……驚くことに、スパンっと切り飛ばした。

 

 「「「……えっ?」」」

 

 まさかの光景に見ていた3人もポカーンと間の抜けた表情を浮かべる。そんな3人のことなど知らんとばかりに風は大剣を消して切り飛ばした角に追い付いて細く尖った部分を両手で持ち……振りかぶる。

 

 

 

 「楓とおおおお!! 友奈をおおおおっ!! 返せええええええええっっ!!!!」

 

 

 

 怒りの形相を浮かべ、己の何十倍モノ大きさの角を……全力でレオに振り下ろす。その形相と奇行とすら呼べる行動に引いたかのようにレオが僅かに後退するも、その程度で逃げられる筈もなく……上半身に叩き付けられてめり込み、残った角もへし折れ、体中にビキビキとヒビが入った。

 

 「っ! やってることはアレだけど、ナイスよ風!」

 

 そのヒビの中に、夏凜は見覚えのある光を見た。彼女は即座にレオの体に跳び移り、駆け上がる。そしてヒビの中へと幾つもの短刀を投げつけ……短刀が体内で爆発。その結果、レオの巨体に比べると小さいが勇者達に比べると充分に大きな穴が空き……その中に、白い光で出来た四角い何かがあった。

 

 「楓さん! 友奈!」

 

 「……助けてくれると、思ってたよ!」

 

 夏凜の声に答え、楓は随分と小さくなった四角い盾を翼へと変え、友奈を左手で抱きながら穴から飛び出し、その前に夏凜もレオの体を蹴って離れる。風もめり込ませた角から手を離し、自分も離れる。

 

 2人の姿を見て、全員がホッと安堵の息を吐く。楓と友奈もまた、無事を伝えるように笑顔を浮かべた。楓は友奈を下ろし、友奈は少し名残惜しそうにしつつも離れた。全員に笑顔が戻るも、それは直ぐに引き締められる。

 

 「……何よ、その元気っぽい玉……って楓が言ってたわね、大きい奴も作るって」

 

 レオがボロボロの体を修復しつつ、小さな火球を頭上に集めて己の体程の大きさの巨大な火球を作り出していた。あまりの大きさに風が顔をひきつらせる。それは勇者部の面々も同じであった。が、風は大剣を手にして覚悟を決める。

 

 「勇者部一同、封印開始! アタシがこいつを防いでる内に、早く!!」

 

 【了解!!】

 

 風は大剣を前にしてサイズ差が違いすぎる巨大火球を真っ向から受け止め、彼女の指示を受けた5人はレオを囲うように移動し、封印の意思を込めて手を翳す。するとレオの巨体が光に包まれ、その光が遥か上空へと昇っていく。

 

 よし、と風がそう思った瞬間、火球が勢いを増して風を呑み込んだ。だが、そこで火球は消失し……風は花びらを散らしながら元の勇者服に戻り、力尽きたように落下する。

 

 「風先輩!?」

 

 「アタシに構わず……そいつを倒せええええっ!!」

 

 「倒せ……って……あの御霊を?」

 

 友奈が心配から風の名前を呼ぶが、彼女はそれよりも御霊をと叫ぶ。しかし、その御霊を見た全員が唖然とした表情を浮かべ……夏凜がそんな言葉を溢す。

 

 レオから露出した御霊。それは惑星規模の大きさを誇り、更には遥か上空……そんな言葉すら陳腐に思える程の遥か彼方、宇宙空間に存在した。大きさ、そして場所。4体のバーテックスが合体したことと言い、何もかもが規格外だと絶望にも似た感情が襲い掛かる。

 

 (……似てるねぇ、あの時と)

 

 ふと、楓は大橋での決戦を思い出した。あの時も1度は散華に恐怖し、心が折れかけた。今回も規模こそ違うが、それと変わらない。御霊があまりに巨大で、しかも宇宙にあって、どうすればいいか分からなくなって心が折れかけている。

 

 だから、楓は動いた。それに続くように、友奈もまた……動く。

 

 「大丈夫だよ。あれが御霊なら……やることは変わらないねぇ。あんなもの、ちょっと大きいだけさ。いつもみたいに壊して、それで終わりだよ」

 

 「そうだよね……敵がどんなに大きくたって……どんなに怖くたって。それでも諦めない。それが……勇者だよね」

 

 上を向いて御霊を見据える2人。それに釣られるように3人も空を見上げ……決意と覚悟を瞳に宿す。どっちにしろ、破壊せねば世界が滅ぶのだ。ならば、嘆くよりも、絶望するよりも……動いた方がいい。何よりも、3人は2人の諦めない姿に希望を見たのだ。

 

 「さて……それじゃあひとっ飛びしようかねぇ」

 

 「わ、私も行く! って飛べないよ私!?」

 

 「友奈ちゃん、乗って。今の私なら……友奈ちゃんをあそこまで連れていけると思う」

 

 「東郷さん……ありがとう!」

 

 「樹と夏凜ちゃんには封印を続けてもらおうかねぇ。頼んだよ? 2人共」

 

 「わかった。お兄ちゃんも友奈さんも東郷先輩も頑張って!」

 

 「友奈に東郷。楓さんの足引っ張らないようにね!」

 

 樹と夏凜の激励を受け、翼を出した楓と友奈を乗せた東郷が一直線に御霊に向かって飛び上がる。精霊バリアの恩恵で高速で飛んでも問題ない3人は、速度を緩めることなく進んでいく。

 

 小さくなる3人の姿を眺めた後、樹と夏凜は現れた数字を確認する。秒数は3桁ではあるが、それでも猶予は数分程度。オマケに封印中の為に侵食も始まっている。それでも自分達がここから動けない以上3人に……否、満開を残している2人頼りになる。

 

 (お兄ちゃんには……勿論友奈さんにも、してほしくないけれど……)

 

 (何で肝心な時に私は……後1つゲージが溜まっていれば、使えたのにっ!)

 

 片や心配そうに、片や悔しそうに顔を歪める。そんな2人を遥か下に置いて成層圏近くまで来た3人。もう少しもすれば届くという距離で、レオの御霊がこれまでの御霊と同様に行動を起こす。レオの小さな火球……それと同じくらいの大きさの正方形の物体を大量に投下してきたのだ。

 

 「御霊が攻撃!?」

 

 「私が迎撃する! でも、数が……っ」

 

 友奈が驚愕し、美森が8つの砲身をフル稼働させて迎撃する。しかし、あまりにも数が多かった。幸いなのは、攻撃の強度自体はそれほどでもないこと。だが、美森だけではいずれ対処出来なくなる。そう、()()()()では。

 

 

 

 「問題、ないねぇ……“満開”!!」

 

 

 

 (……泣きたくなる程に綺麗な……白い、花)

 

 友奈と東郷の前で、大きな白い花菖蒲の花が咲き誇る。宮司服にも似た勇者服に変わり、樹に似た大きな金色の輪を背負い、その輪に取り付けられた10個の巨大なひし形の水晶。楓の満開した姿と、その際に咲いた花を見て、美森の脳裏にも同じ花が過る。

 

 (白い男の子も、白い花も楓君のモノだった……それに、何であの花が泣きたくなる程に綺麗なのかも……やっとわかった)

 

 「行くよ、美森ちゃん」

 

 「……ええ!!」

 

 美森達の上に移動し、水晶の全てを美森の満開の周囲に円を描くように設置。その水晶の1つ1つから白いレーザーを放ち、美森の砲撃と共に迎撃していく。その砲門の数、計18門。迫る正方形の物体を1つ残らず、接近すらさせずに撃ち落とす様を、友奈は特等席で感嘆の息を吐きながら見ていた。

 

 (()()()()()()()()()()()()()から……こんなにも泣きたくなるのね)

 

 宇宙空間まで辿り着くと、御霊からの攻撃は止まっていた。美森の満開も少しずつ花びらとして散っていき、これ以上の維持は出来ないようだ。

 

 「後は……お願い……っ!」

 

 「「任せて!」」

 

 完全に消える前に美森の満開から御霊に向かって跳ぶ友奈と彼女と同時に御霊に向かう楓。近付いたことで改めて御霊の規格外の大きさに2人は気圧される……なんてことはなく、その瞳に宿るのは絶対に壊すという決意のみ。

 

 友奈はぎゅっと右手を握り締める。何を失うかはわからない。もしかしたら、満足に動けなくなるかもしれない。

 

 「それでも私は……楓くんと、東郷さんと、風先輩と、樹ちゃんと、夏凜ちゃんと一緒に勇者部を……当たり前の1日を……だから! “満開”!!」

 

 宇宙で、大きな桜が咲き誇る。豪奢で神秘的、かつ神々しさが共通する勇者服に身を包んだ友奈。彼女の満開は背中にある金色の輪、その左右から伸びる巨大な腕であった。

 

 楓よりも先に、友奈が右の巨腕で御霊を殴り付ける。巨大な御霊に対してあまりにも小さな腕から繰り出される拳は、一瞬の間を置いて弾かれた。

 

 「一撃でダメなら、何度だって!!」

 

 右が弾かれたなら左で、それも弾かれたならまた右でと繰り返し巨腕の拳を振るう友奈。楓も御霊に向けて水晶からレーザーを放ち、ダメなら4つの水晶で正方形の壁を形成し、そこに上下に重ねた2つの水晶からレーザーを放ち、その壁に当てることで正方形の巨大なレーザーとして放つ。が、少し傷が入った程度で終わり、思わず舌打ちをする。

 

 そこに、1つの砲撃が撃ち込まれた。その部分は楓のモノと今の砲撃が合わさり、より大きな傷……ヒビへと変わる。驚いた楓が砲撃が飛んで来た方向を見ると、完全に満開が解けた美森の姿があった。

 

 「……ありがとねぇ、美森ちゃん。友奈ちゃん!」

 

 「うん! そこだああああっ!!」

 

 美森へ感謝し、友奈へと声をかける楓。それを聞いた友奈は頷き、ヒビに向かって拳を振るう。殴り付けられたヒビはより大きく広がり……同時に、何度も殴り付けていた友奈の巨腕にもヒビが広がる。

 

 「私が、皆を守るんだ! 私が、頑張るんだ! 皆を守って……私は!!」

 

 友奈の脳裏に浮かぶのは、レオの中で守ってくれていた楓。そこから助けてくれた勇者部の仲間達。倒れ伏す風。心配そうな樹。悔しそうな夏凜。ここまで連れてきてくれた東郷。そしてまた、共に御霊に立ち向かう楓。

 

 「勇者に……なる!!」

 

 結城 友奈は、勇者に憧れている。誰かを守れる勇者に、誰かを笑顔に出来る勇者に。誰かが苦しんでいるのが嫌だった。誰かが悲しんでいるのが嫌だった。だからいつも明るく振る舞って、たまに空気が読めないフリをして間抜けなことを言って。そこには素も入っているが、彼女はそういう女の子だった。

 

 その為なら己が辛くても、怖くても頑張ろうと思えた。今だって怖い。戦いはずっと、怖い。本当は体中が痛くて、火傷だって出来ていて熱くて。それでも、憧れた勇者になるんだと本気で思って、叫んで。

 

 しかし、叩き付けた左の巨腕は……御霊のヒビを広げたところで砕けた。

 

 「あ……っ……負けるもんか……負ける、もんか!」

 

 一瞬、砕けた巨腕を見て友奈の顔が絶望に染まりかけ……堪えて、御霊を睨み付ける。呑み込まれた時の闇を思い出して震える。それでも負けないと声に出して、今にも砕けそうな右の巨碗を握り締めた。

 

 「いやー、固いねぇ。まるで最初の時の御霊みたいだねぇ」

 

 友奈の隣に、楓はふわりとやってきた。必死な友奈とは対照的に、いつものように朗らかな笑み……ではないが、苦笑いと共に、普段通りの口調で。そんな彼の姿を見た友奈は、思わず脱力する。

 

 「もうっ、楓くん! 早く御霊を壊さないと……」

 

 「落ち着いて、友奈ちゃん。どうにも君は1人で突っ走るきらいがあるねぇ……先代勇者の仲間を思い出すよ」

 

 膨れる友奈に、楓はくすくすと笑って返す。流石の友奈もこれには怒りを覚える……なんてことはなく、ただこの状況でも笑える彼に困惑する。己はこんなにも必死なのに、何故笑えるのかと。

 

 「友奈ちゃん。君だけが守る必要はない。君だけが、頑張る必要はないんだ。“勇者”にはいつだって“仲間”が居るものだよねぇ……君をここに連れてきてくれた美森ちゃんみたいに」

 

 「それは……そう、だけど……」

 

 「それとも君は、自分だけで誰かを守らないといけないって思ってる?」

 

 「そんなことない! でも、今は私しか」

 

 「自分が居るよ」

 

 楓の言葉に反論しようとして、その一言で目を見開く。目の前には、朗らかに笑う楓。当たり前だ、ずっと一緒に居たのだから。友奈は必死に拳を振るっていたからかそんな当たり前のことも忘れて、自分しか皆を、世界を守れないと思い込んでいた。

 

 「自分が居る。さっきまでは個人で攻撃してた……だけど、ダメだった。けれど……乙女座の時のように君と2人なら……きっと出来る」

 

 「楓、くん……」

 

 「頑張れ、勇者。自分達も……自分も一緒に頑張るからねぇ」

 

 かつて人形劇の前にも言われた言葉。それは友奈の胸にじんわりと染み渡り……彼女の顔にも、笑顔が宿る。それを見た楓は1度頷き、友奈の右隣に移動する。

 

 「景気付けに、5ヶ条でも言ってみるかい?」

 

 楓の左手の握り拳の周囲に4つの水晶が設置され、光を紡ぎ……彼の左拳を光のグローブで覆う。それは端から見れば、白い光の大きな拳にも見えた。

 

 「いいね! 2人で1つずつ! その後に必殺技だね!」

 

 2人と御霊の間に3つの水晶で大きな三角形を形成する。それは敵からすれば壁にしかならないが……勇者達からは、潜り抜けると力を増すブースターの役割も果たす。

 

 「それじゃ、自分から言おうかねぇ……勇者部5ヶ条1つ。なるべく諦めない!」

 

 更にもう1つ、残った3つの水晶を使って先に形成した三角形と御霊の間に別の三角形を形成。2人からは六芒星に見えるように位置取りをする。

 

 「勇者部5ヶ条もう1つ! 成せば大抵、なんとかなる!!」

 

 同時に、2人は動き出した。速度は自然と合った。同時に1つ目の三角形を通過し、速度と勇者としての力が強化される。

 

 「ダアアアアブル!!」

 

 「勇者ああああっ!!」

 

 もう1つの三角形を通過。更に強化された速度と力。いつの間にか友奈の右の巨碗には楓の白い光が纏われている。その2つの光の拳を……御霊に広がるヒビに向けて突き出した。

 

 

 

 「「パアアアアンチッッ!!」」

 

 

 

 音もなく、御霊に突き刺さる2つの光の拳。そこから数秒の間を置き……御霊の全体にヒビが広がり、やがてそれは砂となって散った。同時に、友奈と楓の満開も花びらとして散っていき……2人は元の勇者服の姿に戻る。

 

 「えへへ……やった……」

 

 「やったねぇ……お疲れ様、友奈ちゃん」

 

 「……うん」

 

 ゆっくりと、地球の重力に引かれる2人。その2人を、一輪のアサガオの花と美森が出迎えた。

 

 「お疲れ様、2人共」

 

 「東郷さん……美味しいところだけ貰っちゃった」

 

 「美森ちゃんもお疲れ様……流石に疲れたねぇ」

 

 「……ごめんなさい。最後の力でこれだけは残せたけど……保つかは、わからないの」

 

 友奈を横抱きに抱える美森と疲れきった様子の友奈。楓は友奈と比べるとまだ体力が残っているようだが、立つ気力は残ってないのか美森の隣に座り込む。

 

 美森が僅かな満開の力を使って残した、大気圏に突入する為のアサガオの花。もしかしたら、地上に辿り着くまでに形を保てないかもしれない。それ以前に大気圏で燃え尽きるかもしれない。

 

 「大丈夫……神樹様が守ってくださるよ」

 

 「そうだねぇ……きっと、守ってくれるよ」

 

 「……うん」

 

 しかし、2人は大丈夫だと笑い……美森も釣られて笑って。そして大気圏に突入する為に閉じる花。中に居る3人は蕾状態のアサガオに守られ、地上へと落下する。

 

 「……大丈夫かい? 2人共。自分が居るから狭いんじゃ……」

 

 「えへへ、おしくらまんじゅうだ。楓くんももっとくっつこうよ」

 

 「そ、そうよ楓君。友奈ちゃんもこう言ってるし……ほら、ぎゅっと!」

 

 「落ち着いて美森ちゃん。まあ……2人が良いなら、良いか」

 

 流石に3人、しかも男である楓も居ては狭苦しい。しかしそんなことは気にしない友奈と、むしろばっちこいとばかりに2人に両手を回す美森。そこにはもう不安も、恐怖もなかった。美森は2人に手を回して抱き締めながら、口に出さずに思う。

 

 (それに……もし、このままダメだったとしても……2人となら、怖くないもの)

 

 

 

 

 

 

 樹海へと落下する3人を乗せた蕾。その軌道上に、樹のワイヤーが幾重にも重なって網のようになり、蕾を受け止めようとする。しかし大気圏よりも上から落下してきた速度と勢いは緩まず、ワイヤーを引きちぎる。

 

 「っ……!」

 

 直ぐにまた網を張る。1つがダメなら2つ、2つがダメなら4つ、4つでダメなら8つ。何度も何度でも張り直す。それでも、止まらない。

 

 「止まって……」

 

 16。32。ぶちぶちと引きちぎられるワイヤーを、また何度も張り巡らせる。

 

 「止まって!」

 

 64。128。ようやく勢いが、速度が落ちてきた。それでもまた引きちぎられ、再度を樹は張り巡らせる。

 

 「止まってええええっ!!」

 

 叫びと共に生み出すワイヤーの網。128から先は数えていない。やがてそれらの網にくるまれた蕾は地面スレスレでようやく止まった。樹の頑張りが、止めた。

 

 「やった! 凄いじゃない樹!」

 

 「夏凜さん……確認を、お願いします……」

 

 「わ、分かったわ!」

 

 「……えへへ……お姉ちゃん、お兄ちゃん。私……頑張ったよ。だって、自慢の妹……だから」

 

 満開が解けて倒れ込む樹を背に、夏凜が蕾に近付く。すると蕾はまた花開き、中から美森を中心に左に楓、右に友奈が、眠ったように目を閉じて横になって現れた。

 

 「楓さん! 友奈! 東郷!」

 

 夏凜が叫んでも、3人は微動だにしない。彼女の脳裏に満開の代償という言葉が過り、嫌な予感だけが増していく。

 

 焦りながら周囲を見回す夏凜。しかし目に入るのは倒れ付した風と樹。満開をしていない己だけが立っている。誰も動かない。そんな状況に、思わず夏凜も涙ぐむ。

 

 「なぁ……起きろよぉ……目を開けてよぉ……」

 

 

 

 「「大丈夫だよ……夏凜ちゃん」」

 

 

 

 その声にハッとして、夏凜は3人の方を向く。そこには目を開けて微笑む東郷……そして名前を呼んだ、ひらひらと左手を振って朗らかに笑う楓と東郷と同じように微笑む友奈。

 

 「あー……死ぬかと思ったわ……ま、生きてるわよー」

 

 「ケホッ……コホッ……」

 

 風もそう言って倒れたままひらひらと手を振り、樹も生きてることを知らせるように咳き込む。全員、生きている。不安が一気に安堵に変わり、思わず夏凜の目から涙が溢れた。

 

 「何だよバカ……さっさと返事しろよ……」

 

 

 

 

 

 

 バーテックスとの総力戦、ここに決着。負傷者を出しつつも神託で知らされた12体を殲滅した……讃州中学勇者部の、6人が。

 

 樹海化が解除され、戻ってきた讃州中学の屋上で……夏凜は誇らしげにそう、大赦へと伝えたのだった。




原作との相違点

・鉢巻を巻かずに見下しながら魚座を消し飛ばす美森

・双子座捕獲の後に一回叩きつけてる樹

・スタクラの角斬った上にそれを叩き付けてる風

・ハイマットフルバースト(美森と楓の満開合体攻撃)

・ダブル勇者パンチ(10話ぶり2回目)

・その他色々。相違点が沢山……来るぞUMA!



という訳で総力戦決着でした。もう本当にやりたい放題です。超楽しかった←

実は東郷さん、わすゆの決戦時と同じ言葉で仲間を送り出してます。気付いた人はいるかな?

ここからまた色々と原作とは変わってきます。少なくとも過程は大分変わらざるを得ないですね、何せ前提が違いますし。

本編次回は病院からスタート予定。さぁ、散華の時間だ。何を失うかな?

次回は予告通り、楓のみ奉りルートです。楽しみな奴は類友だ! 怖いけど見ちゃう人も類友だ! それ以外の人もとりあえず類友だ!!←

その後はご安心下さい、ほのぼの予定ですよ(活動報告のリクエストを漁りつつ)。ラジオも考えましたが、そうなると……讃州中学生徒(読者の皆様)に手紙を頼むかも? 今は関係ない話ですがね。人気投票とかもやってみたい……調子に乗りすぎですかね? 自重します。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇った花は幸福か ー BEif ー

最初に言っておく。これはかーなーり、暗い。という訳でお待たせしました(´ω`)

筆が超乗ったの(キラキラ

またまた誤字脱字報告を頂きました、誠にありがとうございます! 見直してるの、お願い信じて(切実

筆が乗ったとは言え、言ってた程鬱じゃないかも? 肩透かしになったらすみません。

因みに、タイトルはビターエンドイフと読みます。バッド、ではありません。ある意味、ね(不穏

番外編なので補足、本編との相違点があります。後書きなげぇ……。


 「皆も、自分も怖い。それでも……須美ちゃんと」

 

 楓君が、行ってしまう。須美はそう思い、泣きそうになった。

 

 「銀ちゃんと」

 

 楓が、行ってしまう。銀はそう思い、泣きそうになった。

 

 「のこちゃんが、怖い思いをずっとすることになるのなら」

 

 カエっちが、行ってしまう。園子はそう思い、泣きそうになった。

 

 「自分が守る。自分が、頑張る。男としてだとか、勇者としてだとか、そんなんじゃない。君達が自分にとって……大切だから」

 

 そう言って、3人から背を向けて獅子座へと向かう。本来ならば、ここで心を奮い立たせて共に満開し、立ち向かうハズだった。だが、ここでは……3人は、散華の恐怖に勝てなかった。

 

 満開も出来ず、戦いに参加することも出来ず……ただ、崩壊した大橋の残骸の上で座り込んで彼が戦う姿を遠くから見ることしか出来なかった。

 

 何度、白い花菖蒲が空に咲いたことか。時に白い光の剣が空を裂き、白い光の鳥が空を羽ばたき……また、泣きたくなる程に綺麗な白い花が咲いて。3人は堪えることが出来ずに、涙を流した。

 

 ごめんなさい。3人の口から出るのは、ただその一言。何度も、何度も……戦いが終わる、その時まで泣きながら言い続けた。

 

 守れなくて。頑張れなくて。勇気を出せなくて。1人にして。側に居れなくて。

 

 

 

 ー ごめんなさい ー

 

 

 20と数回。それが、3人の謝罪が終わるまでに咲いた花の数だった。

 

 

 

 

 

 

 両親の死亡と弟の行方不明。それが、家にやってきた大赦の人間に対応する為に1人で出た風に告げられた言葉だった。

 

 「……何よ、それ。何よ!! それ!!」

 

 風の怒りを受けても、大赦の人間は淡々と事実を告げるのみ。そして、風に勇者候補となることを頼み込む。仇であるバーテックスと、勇者のお役目の内容を伝えて。そこで風は、弟が養子に出た理由を知るのだ。

 

 結局風は敵討ちの為に了承し、その答えに満足したのか大赦の人間は帰っていった。怒りと喪失感を抱えながらリビングに戻った風が見たのは……扉の近くで泣きながら蹲る樹の姿だった。

 

 「樹!? どうし……あ……まさか……」

 

 「お姉ちゃん……お兄ちゃんは……? お父さんと……お母さんは……?」

 

 「……樹……」

 

 「嫌だ……やだよ……私、お兄ちゃんに褒めてほしくて……お父さんとお母さんもすぐ帰ってくるって……ああ……ああああ~……っ!!」

 

 再会を夢見ていた大好きな兄。今朝まで元気で、笑いあっていた両親。その3人が、同時に消えた。それは今の樹の心に大きな傷を作り出し……それが、樹をまた昔のような引っ込み思案な、後ろ向きな性格へと戻してしまった。

 

 しばらく樹は塞ぎ込み、風はお役目のことで大赦へと向かわざるを得なくなる。2人がまた元のように仲の良い姉妹に戻るには……数ヶ月程の時間を要するのだった。

 

 

 

 

 

 

 瀬戸大橋の決戦の後、楓が満開の代償……散華によってマトモに動けなくなり、大赦に管理されることになったと安芸と楓の養母の友華から聞かされ、更にこのことについては他言無用であると念を押された須美、園子、銀の3人の精神は、それはもう酷いモノだった。

 

 園子は部屋から一歩も出ない程に塞ぎ込み、銀も以前の明るさや活発さが嘘のように下を向いて言葉を発さなくなり、須美も罪悪感と喪失感を抱えたままお役目が終わったことで元の家に戻り、更に引っ越すこととなり……そこで、彼女は出逢うのだ。違う世界で、己の心を救う存在と。

 

 「私、結城 友奈! よろしくね!」

 

 「結城、さん……私はわし……東郷 美森、です。よろしく、お願いします」

 

 見ているだけで元気になるような笑顔が、何故か彼の朗らかな笑みと重なり……まともに彼女の顔を見ることが出来なかった。記憶を失っていれば、違う世界の通りの関係になれたであろう。しかし、須美にはちゃんと記憶がある。だから、友奈の笑顔を見る度に泣きそうになった。

 

 しかし、友奈は持ち前の明るさと積極的に須美に……東郷に近付き、その心を少しずつ救っていった。未だに名前で呼ぶことはなく、結城さん、東郷さんと呼び会う中だが……それでも、彼女達は友人と呼べる関係に至り、東郷も少しずつ笑顔が増えた。お役目のことも、決戦の罪悪感も……少しずつ、忘れられた。

 

 

 

 讃州中学に入学し……勇者部部長である風と出逢ってしまうまでは。

 

 

 

 「貴女達、勇者部に入らない?」

 

 そんな言葉と共に現れた1人の女子生徒。勇者の言葉にすっかり魅了された友奈が乗り気で話を聞く傍らで、東郷は俯いて暗い顔をしていた。彼女にとって、勇者とは最早呪いの言葉に等しい。友奈には悪いが、自分は断らせてもらおう……そう思った時だった。

 

 「っと、自己紹介がまだだったわね。アタシは2年の()()() 風よ」

 

 「犬……吠……埼……?」

 

 まさか、と思った。偶然……と片付けるには、犬吠埼の名字は些か珍しすぎる。何より、東郷は彼から姉と妹が居ると聞かされていた。そして、聞いたこともない部活に、自分達に接触してきたという、彼と同じ名字を持つ先輩。あまりにも出来すぎている。

 

 聞かされた名字を呟きながら、東郷は顔を上げる。すると、己を見ている風と目があった。彼と同じ瞳の色、そして髪の色。顔立ちもどこか似ている……なのに、その目は、東郷を見る目は恐ろしい程に……笑って居なかった。

 

 (……ああ……そういうこと、なのね……)

 

 結城家の隣に引っ越してきたのも、こうして目の前に彼の姉が現れたのも、全て仕組まれていたことで。自分は、未だにお役目から逃れられていないのだと……未だに、勇者という存在に囚われているのだと。この時、ようやく東郷は理解した。

 

 

 

 表面上は仲良く……だが、明らかに風は東郷に良い感情を抱いていない。風は友奈には上手く隠しており、東郷もこれは楓と共に戦わなかった自分への罰だと甘んじて受け止めていた。友奈には癒され、風への罪悪感に苛まされ、時折決戦の時のことを悪夢として夢見る日々。2年に上がると、そこに妹である樹が新たに入部してきた。

 

 「い……犬吠埼 樹です。よよよよよっよ、よろしくお願い……します」

 

 風の後ろに隠れながらのたどたどしい自己紹介。人見知りということは見て取れた。友奈は直ぐに仲良くなろうと近づき、東郷は部活の一環として練習していた手品を披露することで緊張感を解す。どうやら樹は東郷のことを知らないようで、風とは違って仲良くなれた。風も妹にまで東郷のことを教える必要はないと思っていたのか、先代勇者の話はしなかった。

 

 そして運命の日。予め知っていた風と知ってしまっていた樹は樹海化、乙女座の出現に少し恐怖しつつも勇者へと変身する。友奈も風から謝罪と共に勇者部とお役目のことを聞き、同様に変身。勇者として戦うことを選んだ。

 

 (どうして……どうしてまた、私は……!!)

 

 だが、東郷は戦えなかった。力いっぱい握り締める端末の画面にピー! ピー! という警告音と共に映るのは、“勇者の精神状態が安定しない為、神樹との霊的経路を生成できません”の文字。つまりは、変身しようにも出来ないという事実だった。彼女はまた、見ていることしか出来なかったのだ。

 

 結果として、乙女座の殲滅は出来た。その際に友奈は右手を酷く痛め、風も大剣を握る手が擦りむけ、樹は初の戦闘ということもあって終わった直後に泣く。そんな3人の姿を……東郷は情けなさと恐怖から下唇を血が出る程に噛み締めながら見ていた。

 

 「……それが、先代勇者の姿なのね……あんたがそんなんだから……楓は……っ」

 

 東郷にだけ聞こえるように言った、屋上から去る直前の風の突き刺すような一言が、いつまでも東郷の心に残った。

 

 

 

 翌日、またバーテックスが襲ってきた。しかも東郷にとっても因縁のある3体。ここで楓のことを呟かなかったのは、東郷にとっても勇者達にとってもファインプレーとしか言い様がない。もし仮に言っていたら、間違いなく風は暴走していただろう。

 

 射手座の大きな矢に吹き飛ばされ、蟹座とのコンビネーションから逃げ惑う風と樹。蠍座に何度も攻撃され、動けない友奈。その光景が、ようやく東郷の心を動かした。やっと……戦う意志が過去の恐怖を凌駕した。

 

 当代の勇者の3人から見れば、東郷の力は圧倒的だったことだろう。蠍座は散弾銃で吹き飛ばし、射手座は狙撃銃で封殺し、蟹座も盾を使う前に撃ち抜く。3人が儀式を行い、東郷は援護と御霊を撃ち抜く。そうやって殲滅を完了させ、友奈と樹は東郷の強さと援護を褒め……その中で風だけが、東郷に近付いて襟首を掴みあげた。

 

 「ふ、風先輩!? 何してるんですか!?」

 

 「お姉ちゃん!? いきなりどうしたの!?」

 

 「……んで……なんであんたはそんな力があるのに!! なんで昨日は戦えなかったのよ!! なんで楓は帰って来なかったのよ!!」

 

 「風……先輩……」

 

 「先代勇者だったんでしょ!? 楓の仲間だったんでしょ!? なのになんであんたはここに居て!! 楓は……楓はぁ……っ!!」

 

 「……ごめんなさい……ごめん、なさい……っ」

 

 風の怒り様に声も出せなくなる友奈と樹。そして、泣きながら謝ることしか出来ない東郷。友奈と樹はここで彼女が先代勇者であることを知り、楓という風と樹の家族の存在を知り……彼が行方不明であると知った。

 

 しかし、東郷は楓は行方不明ではなく大赦に管理されていると知っている。彼女は、何故それが他言無用であるのかを悟った。こんなことを知れば……風は間違いなく、良からぬ行動を起こす。それも、最悪な方向に。だから、東郷は言えなかった。かつて、言わなかったことを言えばよかったと後悔した事実がありながら……言えなかった。

 

 

 

 風が大赦に予想よりもバーテックスが強いことを報告してから1ヶ月後、新たなバーテックスである山羊座の出現と共に()()の援軍がやってきて山羊座を瞬殺した。

 

 「ふーん、随分と間抜けな面をっていったぁ!」

 

 「ケンカ売ってどうすんだ。あたし達は援軍に来たんだろ……」

 

 「という訳で、援軍の新人勇者と先代勇者2人です~」

 

 「……先代勇者……ねぇ」

 

 「仲間が沢山だー!」

 

 「そのっち!? 銀!?」

 

 「……久しぶり、須美」

 

 「わっしー……久しぶり」

 

 いきなりケンカに発展しそうなことを言い出した夏凜の頭を叩いたのは、銀。笑顔でひらひらと手を振る園子。先代勇者だと言う2人を睨み付ける風とおろおろとする樹。純粋に喜ぶ友奈と2年ぶりとなる親友2人との再会に驚く東郷。そんな彼女を、銀と園子は……何とも言えない笑顔で迎えた。

 

 翌日に転校してきた援軍の3人は、直ぐに勇者部へと入部した。夏凜は少し渋ったものの、友奈と園子に纏わりつかれて根負けして入部。ただ、その際に早くも勇者部が崩壊しかねないことが起きた。

 

 「あんたねぇ! 先代勇者にその態度はなんなの!?」

 

 「こっちにはこっちの事情があんのよ!! あんたこそ、そこまで突っ掛かることないでしょ!?」

 

 弟のこともあり、どうしても先代勇者である3人に対して冷たい……とまでは言わなくとも、隠しきれない怒りが見え隠れしてしまう風と、先代勇者に尊敬の念を持つ夏凜。正反対とも言える感情を持つ者故に、衝突してしまうのは仕方のないことだった。例えその怒りを、先代勇者の3人が甘んじて受けているのだとしても。

 

 だが……この後の夏凜の一言が、彼女と風の間に埋めようのない溝を生み出すことになる。

 

 

 

 「突っ掛かるに決まってんでしょ!? 先代勇者は小学6年の時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ!? 尊敬すべき相手にそんな態……度……を……」

 

 

 

 夏凜にとって不運だったのは、大赦から先代勇者は()()であると聞かされていたことだった。そして、そう聞かされていることを……園子と銀は知らなかった。東郷は初対面なので論外。だから、夏凜の発言を止めることは出来なかった。だから夏凜は……なぜ、目の前の風が涙を流しながら、今にも己を殺しかねない程に殺意を抱いているのか理解出来なかった。

 

 「……それが……大赦の……先代勇者の……あんた達のやり方って訳ね。楓を忘れて……楓を無かったことにするって訳ね」

 

 「ち、違う!! あたし達は楓のことを忘れたことなんてない!!」

 

 「そうだよ! だってカエっちは、私達にとって」

 

 「聞きたくない。もう……あんた達の言葉なんて……聞きたくない!!」

 

 そう言って勇者部から出ていく風を、誰も追いかけることは出来なかった。状況を理解出来ていない友奈と夏凜、そして姉と同じようにショックを受けて動けなくなっていた樹に、先代勇者は説明する。かつて共に戦った、夏凜が聞かされていない4人目の勇者の存在を。行方不明とされている……犬吠埼姉妹の兄弟である楓の存在を。

 

 

 

 友奈の頑張りと先代勇者3人の必死の弁解により、何とか勇者部の崩壊は免れた。だが、明らかに最初の頃よりも悪くなる空気に少しずつ皆の笑顔も減っていき、友奈でさえ俯くことが多くなった。

 

 だが、樹の歌のテストのことで、その時限りではあるが一致団結することが出来た。樹は無事にテストを終え、更には夢まで出来た。やりたいことが見つかったという樹の笑顔と共に出た言葉は、風にとっても久しぶりの嬉しいニュースであった。そんな時に……またバーテックスはやってきた。

 

 「……なるほど、総力戦って訳ね」

 

 「わっしー……ミノさん……あれ……」

 

 「……ああ。あの時の奴だ」

 

 「……今度は……今度こそは……もう、誰も……っ!」

 

 7体のバーテックス。その中に居るレオ。溜まり切っている満開ゲージを見て、先代勇者達は覚悟を決める。あの日には、出来なかった。あの日は、共に戦いに行けなかった。だからこそ……今度は。

 

 3人は満開のことは話したが、散華のことは伝えなかった。伝えれば、本当に勇者部が崩壊してしまうと思ったからだ。伝えるなら、12体のバーテックスを倒してお役目を終えてから……そしてその後に伝えようと。例え真実を知った風に殺されることになったとしても……それを受け止めるつもりで居た。しかし、それは悪手だった。いや、例え予め言っていたとしても変わらなかっただろう。言うなればそう……ここまで来てしまった以上、最早()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 総力戦は、勇者部の勝利に終わった。関係が壊れかけていた勇者部も“楓が守った世界”だという園子の発言から風と樹がやる気を出し、協力し、本来の流れのままに満開を使った。御霊は東郷と友奈、園子と銀が担当し、東郷と園子の満開で2人を宇宙まで連れていき、そこで温存していた満開を使った友奈と銀が御霊を破壊。地上へは園子の船を盾にしながら戻り……上空でギリギリ消えてしまったが、樹のワイヤーの網で優しくキャッチして事なきを得た。

 

 勇者部の勝利。神託で告げられた12体のバーテックスの殲滅の完了。夏凜以外が満開したものの、勇者としての戦いの日々は、無事に終わりを告げた……それだけで終わることが出来れば、どれ程良かったか。

 

 

 

 「貴女達は……誰、ですか?」

 

 

 

 散華を知らなかった友奈、風、樹がそれぞれの体の不調に首を傾げていた時。1人目を覚ますのが遅れていた東郷が目を覚ましたと聞かされ、全員が見舞いに行った時……東郷は、そう告げた。

 

 2度目の満開による散華は、東郷から勇者であった4年間の記憶の全てを奪っていた。当然、勇者部の面々のことも誰1人として覚えていなかった。これは傍目から見ても明らかにおかしい。だから風は病院の屋上へと場所を変えてから、先代勇者の2人に問い詰めた。

 

 「東郷のアレはどういうこと? 知らない……なんて言わせないわよ?」

 

 「……アレは……」

 

 風の射殺すような視線から目を反らしつつ、園子と銀は散華について告白した。そこから決戦時の話にまで遡り、もう隠しきれないと楓が大赦に管理されていることを除いて全てを語り……その全てを話し終えた後に、風の目の前に居た園子が思い切り彼女に殴り飛ばされ、銀もまた殴り飛ばされた。

 

 「園ちゃん!」

 

 「園子……ぐっ!!」

 

 「銀ちゃん! 風先輩! もう止めてください!」

 

 「風! あんた、幾らなんでもやり過ぎ……」

 

 「あんた達も、大赦も、バーテックスも全部同じよ! アタシ達から家族を奪って! 樹から声も奪って!! 何が先代勇者だ!! 何が大切なお役目だ!! 赦さない……絶対、赦さない!!」

 

 戦闘後の検査入院の際、お役目は終わりだということで端末を回収していたのは幸いだった。もし、ここに端末があれば……彼女が勇者に変身していれば。そんなことは、考えなくても分かることだろう。ここまで怒り狂った風だったが、東郷にだけはその拳を振るわなかった。友奈の必死の懇願と、彼女自身が記憶を失っていたからだろう。そこまでは、理性を失ってはいなかったらしい。

 

 退院した後の夏休み中、お役目を果たしたご褒美として大赦は海のある合宿先を用意した。が、誰も行こうとはしなかった。友奈と園子、銀は入院している東郷の見舞いと再び友達となる為に共に行動し、風と……樹ですら、最早大赦の言葉を聞こうとはしなかった。夏凜は勇者部に居場所を見つけることが出来ず、1人大赦に戻って訓練の日々に戻った。

 

 夏凜以外の5人は、勇者部だけはずっと続けていた。こればかりは周りの人間からの依頼もあり、学校に認められている部活だったから自分達の都合でいきなり止める訳にもいかなかった。それに、依頼をこなして誰かの為になっていることを実感すれば……勇者部の最悪な空気を、少しでも忘れられた。そんなある日、夏凜が端末の入ったケースを持って勇者部に訪れる。

 

 「……生き残りが、居たそうよ」

 

 双子座は、その名の通り2体居た。これが本当に最後だと、東郷を除いた勇者部が変身し、友奈が即座に倒す。その際に精霊の数が増えており、満開一回につき一体増えるという新たな真実を知った。

 

 これで本当に終わりだと、これでお役目なんてしなくていいと……勇者という存在から離れられると、風は思っていた。これで終わっていれば、ギリギリ彼女は踏み止まれただろう。既に最後の一線を半歩踏み出していたが、それ以上進むことはなかっただろう。

 

 

 

 『伊予乃ミュージックの者ですが、犬吠埼 樹さんの保護者の方ですか? ボーカリストオーディションの件で……一次審査を通過しましたので、ご連絡差し上げました』

 

 

 

 ある日の夕方に来た一通の電話……それが引き金。最後の一線を、彼女は越えた。

 

 

 

 

 

 

 「現勇者の犬吠埼 風が暴走しております。現地の者によれば、神樹様の結界である壁も破壊しようとしていると……人類の為、世界の為……どうか、その力をお貸しください」

 

 声からして男。その人物は自分の全く動かない左手の上に端末を乗せ、そう言ってお願いしてきた。端末の重みに懐かしさすら覚えつつ、自分は()()()()()()()()視界を男に合わせる。

 

 「変身して、その暴走を止めれば良いわけだ。世界が滅びれば、勇者の子達も死んじゃうからねぇ……良いよ、止めてあげる」

 

 「ありがとうございます……御姿(みすかた)様」

 

 首に巻き付いていた夜刀神が離れて自分の手に巻き付いて持ち上げ……勇者アプリをタップした。

 

 

 

 「風先輩! 止めてください!」

 

 「フーミン先輩……お願い、止めて……っ」

 

 「あんたがやろうとしてんのは、楓が守った世界を壊すってことなんだ! なのにっ!」

 

 「止まりなさい! 風!!」

 

 「黙れええええっ!!」

 

 自分は今、()()()()()()()()()から光の翼を出して空を飛びながら少女達を見ている。桃色の少女、紫色の少女、赤色の少女2人が、黄色い少女を止めようとしているけれど、黄色い少女は大剣の一振りで全員を薙ぎ払った。なるほど……あの子を止めればいいんだねぇ。確かに、状況がよく分からない自分でも分かる程に怒り狂ってる……暴走しているねぇ。

 

 「全部……全部壊してやる!! 潰してやる!! 邪魔をするならあんた達も……殺してやる!! 大赦も!! 世界も!! 全部!!」

 

 

 

 「それは困るねぇ」

 

 

 

 そう言って、ゆっくりと降りる。すると、その場に居た全員が自分の方を見て……桃色の少女と赤い二つ結いの少女以外の3人が、信じられないモノを見るかのように自分を見てきた。

 

 「あ……楓……楓!! 良かった……やっと、会えたっ!!」

 

 「カエっち……」

 

 「……楓……」

 

 「あの人が、風先輩と樹ちゃんの兄弟……」

 

 「4人目の、先代勇者?」

 

 自分の名前を泣きながら呼んでいるのであろう、黄色い少女が自分に向かって手を伸ばしている。先程見た怒りはどこかに消え、安堵と嬉しさが見て取れる。自分はその少女の前に降り立ち……すると、少女は自分を力いっぱい抱き締めてきた。

 

 「楓っ……良かった……生きてた……良かったぁ……!!」

 

 「……ごめんね」

 

 「やっと会えた、やっと見つけた! 楓……帰ろう、アタシ達の家に。樹だって喜んでくれ……」

 

 

 

 「自分は、君が誰かわからないんだ」

 

 

 

 「……楓……?」

 

 「本当に……ごめんね」

 

 「かえ……ああああっ!!」

 

 【っ!?】

 

 唖然……いや、絶句かねぇ。そんな絶望にも似た表情を浮かべながら力無く手を下ろした、自分を“かえで”と呼んだ少女に……自分は容赦なく、左手の水晶から光の剣が付いたワイヤーを出して操り、斬りつけた。精霊バリアの上からではあるが大きなダメージを与えたのだろう、吹き飛んだ少女は地面に横たわり、勇者服が消えて制服姿に戻る。

 

 「かえ、で……なんで……!」

 

 「自分は“かえで”って名前なんだねぇ……それも、覚えてないなぁ」

 

 「え……あ……まさか、東郷と同じ……記憶が……?」

 

 「東郷……? まぁ、そうだねぇ……散華の影響なんだろうねぇ。自分が覚えているのは、もう勇者に関することと……後は、2つの誓いだけ」

 

 話している内に、少女の隣に同じ髪色の短い髪の緑色の勇者服を着た少女がやって来た。その少女も自分を見て驚いた表情を浮かべている。自分をかえでと呼んだ少女の妹だろうか。

 

 少女達の周りに、さっきの4人も集まる。ふむ……こんなに勇者が居るのか。皆、年端もいかない少女だ。何故だろうか……そんな彼女達を見ると、誓いが自分の中で一層強くなる。

 

 「自分が守る。自分が、頑張る。何を守るのか、何で頑張るのか……そんなことも、思い出せないんだけどねぇ」

 

 「「っ!!」」

 

 「とりあえずは……大赦の人が言うように世界を守るとするよ。それに、自分にも家族が居るってことが知れてよかった。何の為かわからない誓いに、中身が出来たよ」

 

 「楓……嘘だ……忘れてるなんて……そんな……ああ……うああああっ!!」

 

 「風先輩!? 落ちついてください! 風先輩!」

 

 「……っ! ……っ!」

 

 頭を抱えて泣き叫ぶ少女……確か、風だったか。あんな姿を見るのは辛いが、生憎と自分は何を言うべきかわからない。恐らくは自分の姉なんだろうが、今の自分が何を言ったところでどうにもならないだろう。というより、恐らく今の彼女は何も耳に入っていない。暴走する位に追い詰められていたようだし、自分の存在がトドメになってしまったか。

 

 風を必死に揺らす妹らしき子は何も言わない……いや、あれは声が出ないのか? 恐らくは散華の影響か。なるほど、風という子は家族思いらしい。だが、それ故に今回の暴走……大赦は彼女の心のケアをしなかったのか。

 

 「カエっち……」

 

 「……? ああ、自分のことかい?」

 

 「っ……カエっちは……本当に忘れちゃったの? フーミン先輩のことも……私達のことも」

 

 「あたしは三ノ輪 銀! こっちは乃木 園子! 今は居ないけど、鷲尾 須美! 2年前に一緒に勇者として戦った……最後は、無理だったけど、それでも一緒に!」

 

 「……ごめんね、覚えてないよ。君達も、その須美って子のことも。何せ……」

 

 園子、銀という子達の必死な声に思いだそうとするも、やはり思い出せない。可哀想だけれど、ねぇ。それでも納得がいかないのか、それとも信じたくないのか……それなら、と自分は自分の持つ精霊を全て出現させる。すると分かりやすく、彼女達は青ざめた。まあ、それも仕方ない。今の自分の周囲に居る精霊……その数、24体。

 

 

 

 「これだけ満開したから……声と右耳と、勇者のことと一般常識……それから、内臓が少しだけ。それくらいしか、自分には残ってないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 その後の事を少し語ろう。神託通りに12体……12種類のバーテックスを倒した後、人類は再びしばらくの猶予を得た。勇者部の面々は、風の暴走の日から変身出来なくなった。それはお役目から解放されたからか、楓というある種の勇者の成れの果てを見たからか……それとも、戦う意思を持てなくなったからか。

 

 散華は、少しして戻された。東郷の記憶も戻り、樹の声も戻り……それでも、元の平和の日々に戻ることはなかった。

 

 友奈はもう、勇者という存在に憧れを抱けなくなった。笑うことも減り、東郷と、園子と、銀と共に学校に通い……風を止めきれなかった罪悪感を抱えて日々を過ごしていた。

 

 東郷達先代勇者3人は、自分達の夢を叶えるべく努力している。せめて、覚えている自分達だけでも彼の夢を叶えてあげようと。歴史学者を目指す東郷とは違ってまだ自由がある園子と銀はいずれ大赦に入り、今なお管理されている楓と再会することを誓った。

 

 樹はそのままオーディションを通過し続け、中学生歌手として下積み時代を設けた後にデビューすることが決まった。そして、風は。

 

 「樹ー! ご飯出来たわよー! 後はあんただけなんだから早く降りてきなさーい!」

 

 「はーい!」

 

 とある日の朝、風の作った朝食を姉妹2人で食べる。いつもの風景、いつもの日常。いつもの、笑顔溢れる食卓。朝のニュースを見ながら、楽しい会話も交えて美味しい朝食に舌鼓を打つ……平和な、ありふれた食卓。

 

 ……風の隣に、もう1人分の朝食が用意されていなければ、そんな感想も出ただろう。

 

 「楓、今日は樹がテレビに出るらしいわよ。しっかりDVDに残さないとねぇ」

 

 「……もうっ、恥ずかしいよお姉ちゃん。お兄ちゃんも止めてね?」

 

 勿論、そこに楓の姿はない。樹も、それは理解している。それでも……彼が居るように楽しそうに話す風に合わせて会話をする。この日常を続ける為に。姉の笑顔を守る為に。

 

 風はあの日以来、楓が帰ってきて一緒に暮らしているという幻覚を見ている。それが壊れそうな己の心を守る為の防衛本能のようなモノなのだと、樹は理解している。本当のことを伝えた方がいいのかもしれない。だが、樹にはそれは出来なかった。

 

 いつか、この日常が再び壊れるかもしれない。いつか、風が自力で気付くのかもしれない。それでも……樹は、この仮初めの日常を謳歌していたかった。せめて、幻覚(ゆめ)の中でだけでも……姉に幸せになって欲しかったから。

 

 

 

 

 

 

 この四国には、土地神の集合体である神樹の他に現人神が居る。神樹は人々に寄り添い、守り、現人神はそんな神樹と神樹に選ばれ、神樹を守る勇者……そして、神樹を敬う人々を守っていた。

 

 大赦の奥深くの部屋に、現実における神樹……御神木が存在する。そしてその同じ部屋にある1つの豪奢なベッドの上に、現人神は居る。現人神は目を開けることも、話すことも、動くこともない。守る度に、勇者達の代わりにその力を振るった彼は、そういった人らしい機能を失っていた。呼吸はしているので生きてはいる。その姿は、少年の頃から変わっていないという。

 

 1日に数回、神樹によって選ばれた巫女が眠る現人神の世話をすることになっている。体を拭いたり、話し掛けたり、ベッドを整えたり。今日もまた、その為に1人の巫女が部屋に入ってきた。

 

 「おはようございます。神樹様、“御姿”様」

 

 亜麻色の長髪の少女が懇切丁寧にお辞儀をした後、てきぱきとベッドメイクと御姿と呼んだ眠る現人神……本名、犬吠埼 楓の世話をする。

 

 散華の影響で白くなった髪を丁寧に洗い、少女はどこか楽しそうに、お世話が出来て嬉しいと思いつつ拭いていく。この後は友人であり、仲間である4人と共に学校に行って学ぶ。そして帰ってくるとまたお世話の為にここに来て、その日の出来事を神達に話すのだ。返事は返って来ないが、そんな日々が彼女には楽しくて仕方なかった。

 

 「それでは、行ってきます。神樹様、御姿様」

 

 部屋を出る前にお辞儀。その後に顔を上げた彼女にははっきりと見えるのだ。それが巫女であるからか、それとも少女が純粋過ぎる程に純粋だからなのか。

 

 御神木の前に立って少女に向かって手を振る、現人神と瓜二つの黄色い髪の少年と、その少年の首に手を回して抱き着いている桜色の着物の少女。そして彼等の周りに存在する黄、緑、紫、青、赤の少女の姿をした影。

 

 それらに見送られ、少女は今日も変わらない日常を過ごしていく。




補足、及び本編との相違点

・先代勇者の満開は一回ずつ、須美は記憶を失ってない

・本編同様のバーテックス、大赦への敵意に先代勇者が追加されてる風

・樹は原作初期寄り

・援軍に園子、銀が追加

・勇者部の空気が最悪

・壁を壊そうとするのが東郷ではなく風

・その他



という訳で、楓奉りルートと言う名の本編わすゆ15分岐のビターエンドです。最初と後半にしか楓の出番はありませんでしたがね。

ほぼ原作通りに進むDEifとは違い、決戦まで楓が居て彼女達が散華の恐怖に勝てなかった場合のルートです。このルートでは須美の記憶があり、風も先代勇者の存在を知る為、初めからかなり勇者部の空気が悪いです。目に見える位置に敵意の対象が居るので風のストレスも凄まじいことに。

ビターなのは、最終的に世界は存続し、誰も死んでおらず、勇者達もお役目から解放されて平和な日々を送れているからです。最後に出てきた巫女は、察しの良い方は気付くハズ。

楓の満開は23回。なので精霊は24体です。原作園子よりも多く満開しており、この時点で声と右耳が残ってるのは奇跡ですね。視界は何らかの精霊の目を通してますので見ることは出来てます。

最後の色着きの人影は勇者の章最後の勇者巫女大集合をイメージして下されば。ぶっちゃけ生き霊みたいなものです←

次回はほのぼのです。リクエストから漁りますので……ラジオ、見たいですか? 先駆者の方のように勇者部の活動としてやることになるので、質問等を皆様から募集することになりますが。質問はまだです。でもリクエストは活動報告で募集してます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花達と平穏に

お待たせしました(´ω`)

何ででしょうか、前回と比べてどうにも筆が進まず、話も膨らまず……スランプでしょうか。それともここ最近の頭痛や眠気のせいか? という訳で、流石に前回ほどのクオリティはありません。

今回はプロローグより少し長いくらいです。7000字もありません。皆様にも山もなく谷もなく、本当に無駄な時間を過ごしてもらいましょう……本作では、そんな時間こそが尊いんです(意味深

前回のBEifはご満足頂けたようでなによりです。感想20件は流石に笑いました。返信する右手が散華しそうに……今回は10件も来ないんじゃないですかね(未来予知

尚、皆様の感想はいつも楽しみに読ませて頂いております。今後も本作を宜しくお願いします。

銀ifのような優しい世界です。


 これは、なんやかんやあって平和を取り戻し、散華で捧げた供物も戻り、楓も神樹のごっどぱわーで五体満足になり、銀と園子が讃州中学に転校してきて勇者部に入部し、ギリギリ風も卒業する手前で勇者部のメンバーが8人であるという何ともご都合的な世界線でのお話である。

 

 

 

 

 

 

 「私もゆーゆみたいにカエっちと合体攻撃とかやってみたい!」

 

 始まりは、そんな園子の言葉だった。いつものようにパソコンを操作していた美森とそれを見ていた楓と銀。タロット占いをしていた樹とそれを見ていた風。煮干を齧る夏凜と彼女にあーんをねだる友奈。彼女たちが同時に、黒板に“合体攻撃!!”と書いてバンッ! と叩く園子を見た。

 

 「黒板を叩かないの。迷惑だよ?」

 

 「あっ、はい。ごめんなさい」

 

 「私と楓くんの合体攻撃……?」

 

 「乙女座の時とかにやってたダブル勇者パンチのことじゃないかしら」

 

 「そう! それだよわっしー!」

 

 楓に苦笑いと共に注意され、素直に謝る園子。そんな彼女の先程の言葉になんのこと? と首を傾げる友奈に、美森が過去の戦いを思い返しながらそう言うと、園子は彼女を指差して頷く。

 

 「カエっちとは先代勇者の時から一緒に戦ってたけど、合体攻撃とかやったことないよ!? ゆーゆばっかりズルい!」

 

 「ズルいと言われても……」

 

 「分かるわ園子!!」

 

 「お姉ちゃん分かるの!?」

 

 「家族である私達を差し置いて友奈だけが楓と合体攻撃なんて……こう、心踊るじゃない!」

 

 (そういえば姉さん、小さい頃は割と特撮見たりゲームしたりしてたなぁ……勇者候補になってからは時間なかったみたいだけど)

 

 園子の指摘に苦笑いする友奈。当時は必死だったし、ダブル勇者パンチはそもそも楓からの提案である。それは頑張りすぎなくらい頑張っていた友奈の心や負担を軽くする為であったり友奈は1人ではないことを伝える為の行動だったのを、彼女も今は理解しているし有難いとも思っている。

 

 そんな友奈の心情はさておき、園子に同調したのは風。樹のツッコミを聞き流しつつ、彼女もまた不満を言う……かと思えば、ロマン的な何かを感じただけであったらしい。力説する風を見ながら、楓は小さい頃の風の好きな物を思い出していた。

 

 「あれ? 東郷さんもやってなかった? 楓くんと合体攻撃」

 

 「え、須美もやってたのか?」

 

 「合体攻撃……ああ、確か総力戦の時に満開状態でやったわ。楓君のレーザーと私の砲撃による一斉射撃……まるで戦艦の主砲副砲の一斉射みたいで、今思い返すととても気持ちよかったわね」

 

 「ずーるーいー! わっしーもゆーゆもずーるーいー!!」

 

 ふと思い出したように美森にそう聞く友奈に銀も続くと、美森は少し考えた後に思い出し、当時の時はそこまで余裕はなかったものの、今思い返すとアレは良かったとうっとりとする。そんな彼女の様子を見て、園子は両手をバタバタと振りながら駄々をこねるように不満を溢す。

 

 「……いや、園子も昔やってなかったっけ? ほら、天秤みたいな奴に」

 

 「あれもそうだけど……もっと派手な奴やりたい!」

 

 (どうしよう、あたしの親友がこんなにも面倒臭い)

 

 過去を思い返し、似たようなことをやっていたのでは? と銀が聞いてみると即座にそんな返答が返ってきた。止まる様子がない親友に、思わず銀も面倒臭いと隠さずに表に出してジト目を向ける。が、そんな彼女の表情等眼中に無い園子はやはり止まらない。

 

 「もう勇者に変身することもないのに何言ってんのよ……」

 

 「でもにぼっしー」

 

 「にぼっしー言うな」

 

 「カエっちとかゆーゆと一緒にやりたくない? カッコいいコンビネーションアタック。同時でも合体でも連携でもいいからさ~」

 

 「って言われてもね……言ったところで実行なんて出来ないでしょうに」

 

 「そこは想像で補うんだよ~。例えば、劇の時の魔王役のフーミン先輩を仮想敵にして~」

 

 「アタシ!?」

 

 

 

 得物である二刀を手に、どこか風に似た頭に角が生えている魔王フーミンに接近し、切り刻む夏凜。攻撃の締めとして蹴り飛ばし、その魔王フーミンを楓の光の糸が捕らえて引き寄せる。引き寄せられた魔王フーミンはその勢いのまま友奈の勇者パンチによって殴り飛ばされて地面を転がり……。

 

 『楓さん! 友奈!』

 

 『行くよ、夏凜ちゃん、友奈ちゃん』

 

 『うん! 皆で、ドーンと!』

 

 立ち上がった魔王フーミンに左から走る夏凜が二刀で切り抜け、右から走る楓が左手の水晶から光の剣を出して切り抜け、トドメに友奈が右拳を突き出して殴り飛ばす。さながら“*”の字を描くように。

 

 殴り飛ばされた魔王フーミンは何故か爆発し、友奈と楓が笑顔でハイタッチし、夏凜も照れ臭そうにしながらハイタッチした。

 

 

 

 「……とか、どう?」

 

 「……悪くないわね」

 

 「悪いわよ!! なにその魔王フーミンって!? 明らかにモデルがアタシだし、とんでもない目にあってるんだけど!?」

 

 園子が例として挙げた想像に、夏凜はどこか満足げに頷く。が、仮想敵にされた風としては堪ったものではないので2人に物申す。想像とは言え愛する弟と後輩達にボコボコにされるのは辛いのだろう。

 

 「のこちゃん。姉さんが可哀想だから、仮想敵を変えてくれないかい? かかしとか巻き藁とかでいいじゃないか」

 

 「はーい。ごめんね、フーミン先輩」

 

 「……まあ、アタシじゃなければいいわよ」

 

 「じゃあ次はフーミン先輩とカエっちとイッつんで~」

 

 「私も!? でも、私ワイヤーで捕まえるくらいしか出来ないと思うんですけど……」

 

 「いやいや~、それこそが連携とか合体攻撃の要という奴だぜ~? 例えば~……」

 

 

 

 『まずは自分だねぇ』

 

 横一列に並び立つ犬吠埼3姉弟。風と樹が同時に左右に分かれて仮想敵であるかかしに突っ込み、光の弓を携えた楓が連続で矢を居る。それは敵に当てるのではなく、逃げ場を無くすように周囲に撃ち込み、身動きできない……かかしなのでそもそも動かないが……敵を樹のワイヤーが捕縛し、上空に放り投げる。

 

 『お姉ちゃん!』

 

 『ナイスよ樹!』

 

 その方向には、大剣を掲げて跳び上がっている風。放り投げられた敵に大剣を押し当て、そのまま落下して地面に叩き付けるようにしながら切り裂く。するとやはり何故か爆発し、満面の笑みの風が照れ笑いする樹と苦笑いする楓を両手で抱き締めるのだった。

 

 

 

 「カエっちが牽制、イッつんが捕まえてパスしてフーミン先輩がトドメ。これぞコンビネーション!」

 

 「採用!! 特に最後!!」

 

 「お姉ちゃん……採用してもやる機会がないよ……」

 

 「最後なんて家でよくやってるもんねぇ」

 

 「やってるんだ?」

 

 「リビングで樹とテレビ見てるとよく飛び込んでくるよ」

 

 力説する園子とグッと親指を立てて突き出す風。どうやら彼女の感性にはストライクだったらしい。そんな姉に苦笑いする樹といつものように朗らかに笑いながら家での行動を思い出す楓。そんな彼の言葉に確認するように聞き返す友奈に、楓はさらりと返した。

 

 「肝心の園子はどうなのよ」

 

 「それはね、にぼっしー」

 

 「だからにぼっしー言うな」

 

 「やっぱりね~派手にカッコよく行きたいよね~。例えば~」

 

 

 

 『行くよ~、カエっち』

 

 『うん。行こうか、のこちゃん』

 

 走り出すのは同時。園子は槍を手に、楓は()()()()()から爪を出し、共に疾走。機動力が勝る楓が園子よりも前に出て仮想敵、魔王人形に×字に切りかかる。それにより吹き飛んだ魔王人形目掛け、園子が楓を跳び越えて槍を一突き。更に吹き飛んだ魔王人形を右の水晶から翼を出した楓が追い掛け、園子もまた走る。

 

 『まだまだ行くよ~!』

 

 大量に槍を出現させ、吹き飛ぶ魔王人形目掛け飛ばす園子。その槍達は魔王人形を地面に縫い付けるように周囲に突き刺さり、その動きを止める。

 

 『自分も続こうかねぇ』

 

 飛びながら左の水晶から光の鞭を出し、縫い付けられた魔王人形に巻き付けて上空へと投げ飛ばす楓。更に鞭を弓へと変え、連続して放って空中の人形を射抜いていく。

 

 『カエっち、私を連れてって!』

 

 『お安いご用、って奴だねぇ』

 

 楓に向かって伸ばす園子の左手を弓を消して左手で掴み、そのまま飛ぶ楓。それは直ぐに人形を追い抜き……真上に来たところで、彼女の手を離した。直ぐに園子は槍を真下に向け、楓も左手の水晶から園子のモノに似た槍を作り出す。

 

 『『これで、終わり!!』』

 

 槍を投げ付ける園子と矢のように光の槍を飛ばす楓。2つの槍は人形に突き刺さり、地面に串刺しにし……やっぱり爆発を引き起こす。その爆発を背に、園子を横抱きしながら彼女に首に抱き付かれている楓がゆっくりと降りてくるのだった。

 

 『やったよカエっち!』

 

 『うん、やったねぇのこちゃん』

 

 そう言って笑い合う2人。少しの間見つめ合った2人の顔がゆっくりと近付いていき……。

 

 

 

 「「最後まで言わせるか!! 後、長いわ!!」」

 

 「え~、もう少しだったのに……」

 

 「というか、いつから敵がかかしから魔王人形に……?」

 

 (お姉ちゃんと夏凜さんが居るとツッコミしなくていいから楽だなぁ……)

 

 長々と語った園子に風と夏凜からツッコミが入る。園子としては後少しで想像の中とは言え楓との距離を完全にゼロにする直前だったので不満そうにしている。美森はいつの間にか仮想敵が変わっていることを疑問に思い、樹は3人のやりとりを楽しそうに見ている。

 

ふと、樹は何か足りないような気がしてキョロキョロと辺りを見回す。するといつの間にか、部室に楓と友奈の姿が無いことに気付き、話に参加していない銀に顔を向ける。

 

 「銀さん、お兄ちゃんと友奈さん知りませんか?」

 

 「楓と友奈なら、話しまくってる園子を見て喉が乾いてるかもしれないから飲み物買ってくるってさ」

 

 「なるほど」

 

 「次はミノさんとカエっちで想像してみよ~」

 

 「げっ、こっちに矛先が向いた……まああたしもやってみたいけどさ」

 

 

 

 『まずはあたしだな!』

 

 『はいストップ。最初は自分だよ』

 

 斧剣を構えて突撃しようとする銀の肩に手を置いて苦笑いする楓。彼はそう言った後に両手の水晶から1つずつワイヤー付きの剣を作り出して振り、魔王人形に向かって伸ばして縦横無尽に操り、何度も切りつける。その後にワイヤーを巻き付け、メジャーのように戻すことで本体である自分から近付き、その顔に膝蹴りをした。

 

 『今度こそ、あたしの番だ!』

 

 楓が近付いた頃には、銀も突撃していた。楓が膝を叩き込み、武器を消して飛び上がるとその後ろから近付いていた銀が斧剣を振り回し、人形を切り刻む。更には斧剣にある穴に牡丹の紋章が現れて回転することで炎が吹き出し、炎を纏った斧剣で×字を描くように切り裂いて吹き飛ばし、更に追撃として片方の斧剣をブーメランよろしく投げ付ける。

 

 『よいしょっと』

 

 人形に銀が投げた斧剣が突き刺さり、その直後に跳んでいた楓が人形を踏み潰す。そして突き刺さっている斧剣を掴み取り、突っ込んできていた銀と目配せし……。

 

 『これが』

 

 『勇者の』

 

 『『魂って奴だ!!』』

 

 楓は斧剣を薙ぐように引き抜き、銀はその軌道と擦れ違うように残った斧剣を振るい、同時に横一閃に切り裂いた。案の定起こる爆発。いつの間にか横に立っていた銀に楓は斧剣を投げ渡し、受け取った彼女と笑顔で握り拳を合わせるのだった。

 

 

 

 「味方の武器を借りた同時攻撃、そして決め台詞! これも王道って奴だよミノさん!」

 

 「いやまあ、良いとは思うけどさ……あたしとしては園子みたいな最後でも……いや、なんでもない」

 

 「おや、まだやってたんだねぇ」

 

 「ジュース買ってきたよー」

 

 キラキラと目を輝かせながら力説する園子に、銀は内容を思い返し、割と満更でもないらしい。しかしここでの彼女も立派な恋する乙女、仲間としての終わり方もいいが園子の時のようなロマンスな終わり方でも良かったと言いかけ、恥ずかしくなって顔を背けた。

 

 その後、部室の扉が開いてジュースの缶を抱えた楓と友奈が入ってきた。楓はまだ話が続いているのを確認して苦笑いを浮かべ、友奈は笑顔で買ってきたと報告して配っていき、楓も同じように配る。

 

 「ところで、なんで園子は合体攻撃云々言い出したんだ? いや、友奈がズルいって言ってたけどさ、今更こんなこと……」

 

 「それは多分、アレのせいだねぇ」

 

 「アレ?」

 

 未だに合体だ連携だ同時攻撃だと想像を語る園子とそれを聞く勇者部の面々を他所に、銀がそう楓に聞く。別に答えを知っているとは思っておらず、隣で楓がジュースを飲んでいるから話の種にと聞いてみたのだが、彼女にとっては意外にも彼は理由を知っているらしい。

 

 「こないだ、のこちゃんと一緒に依頼で外に出てたんだけどねぇ。途中でゲームショップがあって、そこの店頭画面でロボット物のシミュレーションゲームのPVをやってたんだよ」

 

 「あー……色んな作品が出てくる? テレビでもCMやってる。弟が欲しがってたなー」

 

 「それそれ。で、合体攻撃シーンとかやっててねぇ……で、自分が友奈ちゃんとも合体攻撃したなぁ、なんて呟いちゃって」

 

 「それが原因で間違いない」

 

 楓から理由を聞き、確信する銀。只でさえ何かと楓と行動したがる園子だ、そんなことを聞かされては自分も自分も言うのは想像に容易い……というか、実際そうなっている。

 

 今もまた園子と風が主になって色々と想像を口にしては夏凜からツッコミを入れられている。友奈と美森、樹はくぴくぴとジュースを飲みつつ話を聞き、矛先が自分に向かないようにしていた。

 

 「それにしても……」

 

 「んあ?」

 

 「部活もせず、ただ何の得にもならない想像の話をする……なんとも無駄な時間だねぇ」

 

 「「げふぅっ……」」

 

 「わー! 風先輩と園ちゃんが倒れた!?」

 

 「楓君はなんでいきなり毒を吐いたの!?」

 

 いつものように朗らかな笑みを浮かべ、園子と風を見ながらさらりとそんなことを聞こえるように呟く。まさかの奇襲に想像を楽しく話していた2人は思わず胸を押さえて倒れ、友奈が心配し、美森は突然の珍しい楓の毒に思わずツッコむ。

 

 「いやいや、別に責めるつもりで言った訳じゃないよ。ただ、そうだねぇ……無駄な時間を過ごせるっていうのは……良いことだなぁって、ね」

 

 くすくすと笑ってジュースを飲んだ後、しみじみと言う楓。そんな彼の言葉に思うところがあるのか、勇者部の面々もジュースを一口飲み、小さく笑って頷く。

 

 その後も、特に依頼も無かったこともあって楓曰く無駄な時間は続いた。たまに仮想敵が魔王フーミンとなって風が文句を言ったり、園子がまた自身と楓をいい雰囲気で終わらそうとして阻止されたり。

 

 山もなく、谷もなく。ただ何の得にも益にもならない無駄な……平和な時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 「合体攻撃、かぁ」

 

 夜、私は園ちゃんから貰ったサンチョの抱き枕を抱いてベッドの上に座り、壁に背中を預けていた。そうしながら、今日部室で園ちゃんが話題にしていた合体攻撃とか、同時攻撃とかの話を思い返す。

 

 天の神をどうにかしたことでもう戦う必要もない私達。手元に勇者アプリもなくて精霊達も居ない、変身も何も出来ない。だから、そんな話をしても本当に想像の中だけになる。

 

 ロボット物のシミュレーションゲームのCMは私も見たことがある。流石にどんな作品が出てるとか、どのロボットがどれだとかは知らないけれど……戦闘シーンとか凄いなーとは思った。最近のゲームって凄い。

 

 「……合体攻撃……」

 

 何度かやった、楓くんとのダブル勇者パンチ。どんなに硬いバーテックスも、どんなに大きいバーテックスも一緒に打ち砕いた私達。楓くんが隣に居て、励まされて、一緒に立ち向かうと、どんな相手でも負ける気なんてしなくて。

 

 例えば、楓くん以外だったらどんな攻撃になるか……なんて考えてみる。風先輩だったら、やっぱりあの大剣でズバッとしたところに私が勇者パンチかな。樹ちゃんだったら、ワイヤーで捕まえてもらったところに勇者パンチ。

 

 東郷さんだったら、私が先に勇者パンチで殴ってから撃ち抜いてもらって、夏凜ちゃんなら交互に殴って斬って、最後に2人一緒にドーン。銀ちゃんも似たような感じになっちゃうかな。園ちゃんは……槍……槍かー……あっ、沢山槍を出してもらって動きを止めたところに勇者パンチ。うん、これだ。

 

 「……楓くんの言ってたこと、分かっちゃうなぁ」

 

 想像するだけの、なんとも無駄な時間。自分でもはっきりとそう思ってしまって、つい苦笑いしちゃう。だけど、平和になるまでの私達はいっぱい不安になって、散華とかで暗くなって、そんな無駄な時間すらも過ごせなくて。

 

 自分でも苦笑いしちゃう無駄な時間。だけど……そんな無駄な時間を過ごせるのは、本当に平和な証拠なんだって……そう思った。




という訳で、マジで山無し谷無しな、合体攻撃とか想像するだけの本当に無駄な時間を過ごすだけのお話でした。最後の友奈の視点ですら一切の山無し谷無し。たまにはこんなお話もいいよね。

リクエストではIQが溶けるようなほのぼの話とのことでしたが、どうでしょう。溶けました? いや溶けたら危ないですが←

これにて番外編は終了。次回からまた本編です。さぁ、地獄を楽しみな。

次の番外編はいつなのか不明です。書くとしたら、DEifの続きか、またリクエスト(基本的に重い)から漁るか、適当に思い付いたのを書くか……敵対ルートとか誰かとの入れ替わり、TS、ヨスガる、ラジオ、他と色々書きたい。

……もし、楓がゆゆゆいに居たらどうなるかな。“咲き誇る花達に幸福を 犬吠埼 楓”みたいな感じで。“あなたを大事にします 犬吠埼 楓”でもいいですが。多分近接型の耐久寄りですね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 13 ー

お待たせしました(´ω`)

また誤字脱字報告が……ありがとうございます。見直しても見直しても直らない。不思議。

今回、びっくりするくらい話が進みません。いや本当に。そしてまた色々と……それは見てのお楽しみです。

悪ィが! ここから先は(しばらくは)一方通行だァ!(不穏


 バーテックスとの戦いの後、私達は検査の為に数日程大赦が経営する病院で入院することになりました。簡単な身体検査に血液検査なんかを受けた後、テレビなんかが置いてある娯楽室に向かうとそこには私より先に検査を終えた風先輩と夏凜ちゃんがそれぞれ椅子に座っていた。

 

 私が部屋に入ると2人も私に気付いたようでこっちに顔を向けて……風先輩の左目には、楓くんみたいに医療用眼帯が付けられていた。

 

 「友奈も診察、終わったみたいね」

 

 「はい……風先輩。その目……」

 

 「ふふふ……これは先の暗黒大戦にて得た魔眼を封じる為の」

 

 「バカ言ってんじゃないわよ」

 

 「……ま、そういうことよね。アタシは左目だったみたい」

 

 いつもみたいにふざける風先輩に、夏凜ちゃんは呆れ顔でそう言う。すると風先輩は苦笑いを浮かべて自分の左目を撫でた。

 

 散華……楓くんから聞いてたけれど、実際に見るとやっぱり悲しくなる。私はまだ自分の散華が何か分かってないけど、どこを捧げたのか少し……ううん、かなり不安だったりする。そんなことを思っていると、風先輩は少し苛立ったように顔をしかめた。

 

 「医者はこの目は戦いの疲労によるもので、療養したら治るって言ってたわ。勇者になるとすごく体力を消耗するからってね……向こうはアタシ達が散華のことを知らないって思ってるとは言え、舐めてんのかしら」

 

 「落ち着きなさいって……満開出来なかった私が言っても仕方ないけど、ね」

 

 「っと、そういうつもりじゃなかったのよ。ごめんなさいね、夏凜」

 

 「別にいいわよ。それに、あんたが大赦嫌いなのも……大赦から来た私のことをあんまり良く思ってないのも分かってるから」

 

 「流石にもうあんたと大赦を一緒には考えてないわよ。なに? 拗ねてんの? 可愛いとこあるわねー」

 

 「別に拗ねてる訳じゃ……ええいこっち来んな! 抱き付くな! 頭撫でるな! 頬擦りすんな!」

 

 夏凜ちゃん、やっぱり自分だけ満開出来なかったの気にしてるんだね。ゲージが溜まってなかったんだから仕方ないと思うんだけど……それに、夏凜ちゃんまであの時倒れてたら、直ぐに大赦の人を呼べなかったんだし。

 

 なんて思ってたら、いつの間にか離れて椅子に座ってた筈の風先輩が夏凜ちゃんにゆっくり近付き、真っ赤になってる夏凜ちゃんが言うように夏凜ちゃんの左側から抱き着いて頭を撫でながら頬擦りしてた。2人共仲良しだね。夏凜ちゃんも文句言いつつもされるがままだし。

 

 「私達も検査終わりました」

 

 2人がじゃれあってるのを見てると、東郷さんと車椅子を押す樹ちゃんが入ってきた。これで後は楓くんだけだね……東郷さん、なんで少し暗い顔してるんだろう。その疑問は、直ぐになくなった。

 

 「樹~、注射されて泣かなかった?」

 

 「……、……!」

 

 「……樹? どうしたの? ……まさか」

 

 「……声が、出ないみたいです」

 

 「あ……」

 

 夏凜ちゃんから離れて樹ちゃんに近付いた風先輩がからかい半分にそう言うと、樹ちゃんは何も喋らずに苦笑して首を振るだけで……風先輩も、そして私達もそれだけで気付いた。東郷さんも痛ましげに、私達の考えを肯定する。

 

 樹ちゃんが捧げることになったのは……声。カラオケでも、部室でも聞いたあの綺麗な歌声が……樹ちゃんの可愛くて、綺麗な声が供物として捧げられた。私達でさえこんなに悲しいんだ、風先輩は……もっと。

 

 でも、樹ちゃんは泣きそうな顔で自分の喉に震える手で触れる風先輩に笑いかけてる。まるで、心配しなくていい、私は大丈夫だからって言ってるみたいだった。そんな時、車椅子に乗った楓くんが入ってきた。

 

 「自分が最後みたいだねぇ……? どうしたんだい?」

 

 「楓……樹が……声が……」

 

 「……なるほど。樹は声、姉さんは左目か……友奈ちゃんと美森ちゃんは? 夏凜ちゃんも、ケガは大丈夫かい?」

 

 「ええ、私が一番被害が少なかったから」

 

 「私はまだわかんない」

 

 「私は、左耳ね。音が聞こえないもの。楓君は、どうなの?」

 

 「自分も友奈ちゃんと同じだねぇ……少なくとも、右耳も右目も左手も左足も無事だよ」

 

 風先輩が泣きながら楓くんに抱き付くと、楓くんは風先輩を左手で抱き締めつつポンポンと背中を叩く。その後樹ちゃんに目を向けると、樹ちゃんがコクリと頷いて風先輩の頭を撫でる。兄妹の間でだけ伝わるアイコンタクトか何かかな。

 

 楓くんは私と東郷さん、夏凜ちゃんにも声をかけてくれた。東郷さん、左耳が聞こえなくなっちゃったんだ……風先輩と東郷さんは、楓くんと同じ場所を捧げちゃったんだね。あんまり嬉しくないお揃いだなぁ……楓くんも捧げた部分がわからないんだ。これ以上、楓くんは何を……。

 

 「……とりあえず、売店で何か買って、戦いを終えたことの祝勝会でもしようか。姉さんの気分転換もしたいし、自分も話すことがあるしねぇ」

 

 「戦う前に言ってた、散華について知る機会があったってこと?」

 

 「まあ、そうだねぇ」

 

 そういえば、そんなことを言ってたような……と、東郷さんの言葉を聞きながら思い出す。確かその時に、散華はいつか治る、みたいなことも言ってたような……。

 

 とりあえず、風先輩は楓くんと樹ちゃんでなんとかしつつ、私と夏凜ちゃんと東郷さんは売店でお菓子とかジュースとかを買いに行く。お金は、大赦の人から検査の前に病院の中でだけ使えるカードを予め貰っているのでそれを使った。ただ、カードを使った時に東郷さんがボソッと“上限はどれくらいなのかしら……”と呟いたのが少し怖かった。

 

 「……もう大丈夫よ。とりあえずは落ち着いたから。それじゃ、勇者部大勝利を祝して……乾杯!」

 

 【乾杯!】

 

 買ってきた沢山のお菓子を広げ、缶ジュースを手に乾杯する私達。因みに私達が居る娯楽室は私達勇者用に一時的に隔離してるという階にあるので、他の誰かの迷惑になるということはない。その分人気(ひとけ)が無くて、少し不気味に感じることもあるけど。

 

 1つのテーブルを皆で囲うように座ってジュースを一口飲み……口の中に違和感。まさかと思って、チョコレートを1つ口に放り込んで転がす……やっぱり。

 

 「友奈ちゃん、どうかしたのかい?」

 

 「え? あ、何でも……」

 

 「友奈ちゃん」

 

 「……うん、ごめんね楓くん。味がね、しないんだ」

 

 楓くんに聞かれて、思わず誤魔化しそうになって……でも、もう一度名前を呼ばれて、白状する。味がしなかった。甘い筈のジュースを飲んで、甘い筈のチョコレートを食べたのに……口の中は水だけがあるようで、何か硬いモノを転がしてるみたいで。

 

 私がそう言うと、皆もまた暗い顔をして……東郷さんなんて両手で口を抑えて、信じられないって顔をして。楓くんも、悲しげな顔をして……そんな顔をしてほしくないっていうのは、ワガママかな。

 

 「……そっか。自分はまだわからないけど、その内分かるか……とりあえず、予定通り話すとしようかねぇ」

 

 「……そう、ね。それで楓、散華について知る機会って?」

 

 「そうだねぇ……まず、最初に話しておきたいのは……自分は1度死にかけたことがあるってことだ」

 

 そんな言葉から始まった、楓くんの先代勇者時代の話。あのエビ……じゃなくて蠍座、蟹座、射手座の3体は先代勇者の時にも出てきたらしくて、その時に楓くんは右腕を失って、死にかけたらしい。その時点で、正直私達は大きなショックを受けていたんだけど……その後の楓くんの言葉は、ある意味それ以上の衝撃を受けた。

 

 「で、ここから少し荒唐無稽……まあ信じられない話かもしれないんだけどね? 自分はその死の淵で、人の姿をした神樹様に会ったんだよ」

 

 【……は?】

 

 「だから、神樹様。それも人の姿……そうだねぇ、友奈ちゃんに良く似た、可愛らしい姿をしてたよ」

 

 「……ふぇっ!?」

 

 人の姿の神樹様に会った? 思わずポカンとした私達は悪くないと思う。その後、楓くんは顎に握った手を当ててくすくすと笑って、私に良く似た可愛らしい……可愛……かわわわわ。

 

 「……冗談、じゃないのよね」

 

 「そう思うのは分かるよ、姉さん。だけど、嘘じゃないんだよねぇ。自分は彼女……神樹様から“あの力”として満開を、“代償”として散華のことを教えてもらったんだ。因みに、実際に満開を使えるようになったのは……あの、瀬戸大橋が崩れた日の戦いからだよ」

 

 私が恥ずかしがってる間にも話は続く。瀬戸大橋が崩れた日……多分、2年前に起きた大きな自然災害のことだと思う。ニュースにもなったし、私も覚えてる。そっか、楓くんは先代勇者だから……私達よりも前に、もっと小さい時にはもう戦ってたんだもんね。

 

 「で、だ。自分が、捧げたモノがいつか治るって言ったのを覚えているかい?」

 

 「ええ、確かにそう言って……まさか、あの時言わなかった根拠って」

 

 「察しの通りだよ、美森ちゃん。それも神樹様からだ。治せるって、自分は確かに聞いたんだ。とは言うものの、聞いたのは自分だけだろうから……根拠と呼ぶには、弱いかもしれないけどねぇ」

 

 そう言って楓くんは苦笑いして、ジュースを一口飲んだ。楓くんが嘘をついてるとか、そういうことは思ってない。ただ、人の姿の神樹様だとか、直接聞いたとか言われてもちょっと……というのが正直なところだったりする。

 

 「……ま、確かに信じにくいっちゃにくいけど……楓が言うことだしね。アタシは信じて、その時を待つわ」

 

 「……!」

 

 「私は満開してないからあんまり関係ないけど、楓さんが嘘をつくような人じゃないって言うのは分かってるつもりよ」

 

 「……そうね。楓君は、こんな嘘をつくような人じゃない」

 

 「……うん。そうだよね!」

 

 最初に風先輩が、次に樹ちゃんが笑って頷いた。続いて夏凜ちゃんがそう言って頷き、東郷さんも少し考えた後にそう言って、私も遅れて頷く。夏凜ちゃんと東郷さんの言うとおり、楓くんはそんな嘘をつくような人じゃないもんね。

 

 供物についての話が一段落した後、風先輩が全員にそれぞれの名前が書かれたシールが貼ってある携帯を手渡してきた。前使ってたのはこの病院に来た時に大赦の人に回収されちゃって、メンテナンスとかで戻ってくるのに時間がかかるんだって。だから代わりになるものを貸してくれるみたい。

 

 「……勇者アプリがダウンロード出来なくなってますね」

 

 「まあ、アタシ達の戦いはアレで終わった訳だからね。もう必要ないってことでしょ」

 

 「そっか、勇者になる必要はなくなったんですもんね……あの、牛鬼は……?」

 

 「アプリが使えない以上、精霊達ももう呼び出せないだろうねぇ」

 

 「そっか……ちゃんとお別れしたかったな……」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。東郷さんと楓くんは入院期間が少し長くなるらしくて、私達は明後日にでも退院できると聞かされた。早く退院して、また皆で部活がやりたいな……なんて思って、眠る為に目を閉じる。病室は結構広い個室で、私だけしかいないのがちょっと寂しい。

 

 

 

 ー カリカリ……カリカリ…… ー

 

 

 「……っ……いやっ!」

 

 不意に、そんな音が聞こえた気がして両手で耳を塞ぐ。なのに、音は止まなくて。目を閉じてる筈なのに、白いものが、あの歯が、口が見えた気がして思わず体を起こして目を開ける。

 

 そこには当然、あのバーテックスの姿はない。窓からお月様の光が入ってきて、少しだけ明るい病室があるだけ。音だって、聞こえない。

 

 「……っ……や……なんで……っ!」

 

 なのに、眠ろうと横になって目を閉じると、またあのカリカリって音が聞こえて、私を食べようとするバーテックスの口が見えた気がして、直ぐに体を起こして目を開ける。でも、見えるのはやっぱり病室。バーテックスなんていない。

 

 ……なんで、なんて嘘。原因は分かってる。あの戦いで楓くんと一緒に獅子座に取り込まれたことが、あの時の出来事がトラウマになっちゃってるんだ。目を閉じると真っ暗になって、嫌でもアレを思い出しちゃうんだ。

 

 ここには私しか居ない。あの時みたいに楓くんは居ない。だから心細くて……怖くて。眠れる気がしないから、本当はいけないんだけど、部屋から出て娯楽室に行って、そこで朝まで時間を潰そうと思った。

 

 「あれ、友奈ちゃん?」

 

 「楓、くん。なんでここに……」

 

 「寝てる最中にトイレに行きたくなって起きちゃってねぇ……友奈ちゃんこそどうしたんだい? こんな時間に」

 

 その途中の通路で、車椅子に乗ってる楓くんと会った。なんでここに……と思ったけど、楓くんの言葉と楓くんの後ろに男女のお手洗いがあることに気付いて納得する。ただ、その理由を聞いて、お爺ちゃん……? と思ったことは黙っていよう。

 

 楓くんの質問に答えようか、悩む。あの時、楓くんは私を守ってくれて、頑張ってくれた。だから……また、頼るのは気が引けた。だから、誤魔化そうと思った。

 

 「えっと、その……ちょっと眠れなくて」

 

 「……大丈夫かい?」

 

 「う、うん。大丈夫だよ……大、丈夫」

 

 大丈夫……自分でそう言い聞かせて。なのに、言葉はどんどん弱くなる。あの音が耳から離れない。あの光景が頭から離れない。でも、耐えなきゃ。我慢しなきゃ。だって私は勇者で……。

 

 「……友奈ちゃん」

 

 「な、なに? 楓くん」

 

 「勇者部5ヶ条1つ。悩んだら相談、だよ」

 

 「え? あ……その……」

 

 「我慢するのが勇者かい? 1人で耐えるのが、勇者かい?」

 

 悩んだら相談。覚えてる。だって勇者部5ヶ条は勇者部の方針で、楓くんと東郷さんと風先輩と……私の、最初の頃の皆で考えたんだから。

 

 ……相談、してもいいのかな。私の問題なのに、私1人の問題なのに。そう思って楓くんの顔を見ると、通路の窓から入ってくるお月様の光で照らされてて……その顔は、いつもみたいに優しく笑ってて。何だか、それだけで安心できちゃうんだ。

 

 「……眠ろうとするとね、あの時の……取り込まれた時のこと、思い出すんだ」

 

 だからかな。気が付くと、話しちゃってたんだ。目を閉じるとカリカリって、あの時の音が聞こえること。瞼の裏側に、あの時の私達を食べようとする口が見えちゃうってこと。そのせいで眠れそうになくて、娯楽室で朝まで起きてようって思ったこと……全部。

 

 楓くんは黙って話を聞いててくれた。それこそ、私が話し終わるまでずっと、楓くんは頷いたりするだけで。呆れられちゃったかな? 少し、不安になる。でも、それは私の杞憂だったみたいで。

 

 「……あんなことがあったなら、仕方ないか。こういう時は……昔、樹に使った手法で行ってみよう」

 

 「樹ちゃんに使った手法?」

 

 「ま、試しにね」

 

 そんな会話の後、楓くんと一緒に元の病室まで戻ってきた私はベッドの上で横になり……左手を、楓くんに握ってもらっていた。

 

 楓くん曰く、昔樹ちゃんが風邪を引いた時なんかにこうして手を握って、眠るまで側に居たことが何度かあったんだとか。そういう話は聞いたことがあるし、読んだマンガにも似たようなことがあった気がする……そんな事を考えながら、目を閉じた。

 

 ー カリカリ……カリカリ…… ー

 

 「大丈夫……ここにはもうバーテックスなんて居ない。自分は居るけどねぇ」

 

 少しして、やっぱり聞こえてきた音。瞼の裏側に見える、大きな口。その後に聞こえる……楓くんの声。

 

 ー カリカリ……トクン…… ー

 

 「友奈ちゃんを怖がらせる敵なんて居ないよ。嫌な音も、大きな口も、あの時にもう倒しちゃったからねぇ」

 

 少しずつ、音が聞こえなくなってきて。大きな口も見えなくなってきて。でも……楓くんの優しげな声と、あの時聞いてた心臓の音が聞こえてきて。大きな口の代わりに、あの優しい白い光が見えた気がして。

 

 ー トクン……トクン…… ー

 

 「だから……ゆっくりお休み、友奈ちゃん」

 

 スッと、体から力が抜ける。聞こえるのも、自分の心臓の音か……それか楓くんの心臓の音だけになって。左手の温かさが、何だか心地好くて、嬉しくて。心臓の音以外に、楓くんの声が聞こえて。

 

 眠れそうになかったのが嘘みたいに……私はあっさりと寝ちゃって。退院するまでの間……私は少し恥ずかしく思いつつも、こうして楓くんに手を握ってもらって眠った。

 

 

 

 

 

 

 (散華の箇所は風先輩が左目、樹ちゃんが声……或いは声帯。友奈ちゃんが味覚で、私が左耳……聴覚。夏凜ちゃんは満開してないから無しで、楓君は元々ある箇所を除けば……不明)

 

 祝勝会も終わり、消灯時間になって部屋の電気が消えても、私はノートパソコンを起動して考えに耽っていた。目の前のノートパソコンの画面にはエクセルで作った簡易的な表があり、そこには勇者部の皆の名前と散華の箇所が書かれている。

 

 その中で、唯一明確になっていないのが楓君の欄。元々あったという右足、左目、左耳。4回満開したという楓君の言が事実なら、この時点で1つ足りない。それに、今回の分も分かってない。

 

 (分かってることは散華……供物として捧げる箇所はランダムであること。捧げるのは体の部位……正確には“機能”であること。そしてそれは……()()()()()()()()()()()ということ)

 

 例えば、風先輩の左目と楓君の手足。これは目に見える。でも、友奈ちゃんの味覚と樹ちゃんの声、私の聴覚なんかは一見すればわからない。機能と言ってるから、それこそ手足が動かないという他に視覚、聴覚、味覚などと感覚的なモノまで捧げることになる。

 

 ……だから、私はふと思ったのだ。目に見えない部分や感覚まで捧げることになるのなら……それこそ、文字通り体のあらゆる部分、機能を捧げることになるのなら。

 

 (楓君は……目に見えない部分の散華を隠してる。例えば、目に見えない内臓。例えば……五感のような、感覚)

 

 そう考えると……もしかしたら、と思うモノがある。1年前の出会いの頃から今日までの彼の行動、仕草、言動。その全てを可能な限り思い返して、ようやく1つ。

 

 ただ、この予想が正しければ……樹ちゃんの声の時のように、風先輩の心を傷付ける可能性が高い。なぜなら、楓君はその散華を2年前からずっと抱えて、隠してることになるのだから。

 

 とは言うものの、これはあくまでも私の予想。知るのは本人だけ。もしかしたら、神樹様も知っているかもしれないけれど。

 

 (……神樹様、か)

 

 ノートパソコンをパタンと閉じて布団に潜り込み、楓君の言う散華が治る根拠のことを思い返す。彼が会ったという、友奈ちゃんに似た姿をしているという神樹様。本当に神樹様が治せるのだと言ったとして、直ぐに治さないのは何故なのか。

 

 楓君は先代勇者の仲間も散華のせいで動けないと言っていた。つまり、2年は散華を治さずにそのままにしているということになる。治す為には相応の時間が必要なのか。それとも治す為に何か必要なのか……もしかしたら……。

 

 (……いえ、やめておきましょう)

 

 思考を中断し、何も考えないようにして眠る。そんなことあるわけないと、自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 それは、楓、美森を除いた4人が無事に退院して数日後のとある日の夕方。勇者部の面々が2人の見舞いにやってきて美森の提案で娯楽室に6人集まり、そろそろ帰る時間となった頃。

 

 「それじゃ、そろそろ帰ろっか」

 

 「そうね」

 

 「わ、もうこんな時間……」

 

 「楽しい時間が過ぎるのはあっという間ね」

 

 《またお見まいにきます》

 

 「うん、楽しみに待ってるねぇ」

 

 

 

 風、夏凜、友奈、美森、樹、楓と続き、見舞いに来た4人は部屋から出ていく。因みに、声が出ない樹は会話の手段として、風の案でスケッチブックとペンを使った筆談を行うことになったようだ。

 

 残った2人は手を振って4人を見送った後、お互い自分の病室に居ても暇だからと暇潰しを兼ねてしばらく談笑をしていた。途中で美森のパソコンで動画や音楽を視聴する為に彼女の病室に移動して色々と見たり、戦いの際に樹海に出てしまった被害による現実への影響らしき事故等のニュース記事を見たりと過ごす。

 

 「……楓君。暑くない?」

 

 「そうだねぇ……もう夏だもんねぇ」

 

 病室の窓を開けているとは言え、季節としては初夏。本格的でこそないが、いい加減暑さも感じれば虫も飛び回る。後少しもすればセミも鳴き始める頃だ。

 

 「悪いのだけど、喉が渇いたから冷蔵庫から飲み物を取って欲しいの。祝勝会の時の飲み物、まだ残ってるから」

 

 「それくらい構わないよ」

 

 ベッドの上に居る美森に申し訳なさげに言われ、楓は笑顔で了承して車椅子を操作し、棚と1つになっている個人用の小さな冷蔵庫から美森の言うように飲み物を取る。その際に彼女から楓君もどうぞと勧められたので、彼も有り難く受け取る。しばらく雑談していたので喉も渇いていたからだ。

 

 美森にプルタブを開けてもらい、楓はそのジュースを飲む。美森はお茶、楓はリンゴのジュースだ。リンゴの味が口に広がり、喉を潤していく。

 

 「どう? 楓君」

 

 「うん? まあ、美味しいよ」

 

 「……そう、良かった。でもね、楓君。そのジュース、何か違和感を感じない?」

 

 「違和感? いや、特には……」

 

 

 

 「その冷蔵庫、昨日からコンセントを抜いてあるの」

 

 

 

 驚愕から目を見開いた楓の動きがピタリと止まった。少しして、彼は美森の方へと視線を向ける。その先には、今にも泣きそうな程に悲しそうな表情をした美森の姿。

 

 楓は車椅子を操作し、棚の裏側を見る。裏側についているコンセントの差し口。そこにはテレビの物と思わしきコンセントが差さっており……冷蔵庫の物と思わしきコンセントは、差さっていなかった。それを見て、楓は苦笑いを浮かべ……彼女に顔を向ける。

 

 「……いつ、気付いたんだい?」

 

 脈絡の無いように聞こえる問い。だが、それは彼女が確信していると理解したからこその問いであり……それを聞いて、美森は自分の考えが正しかったのだと俯く。

 

 「……疑問に思ったのは、楓君が散華の説明をした後。部室で言った満開の回数と、説明してもらった時の散華の回数が合わなかった。だから、楓君は散華を隠してるって思って……そこから、何かヒントがないかと過去を思い返していったの」

 

 「……うん」

 

 「そうしたら、幾つか疑問に思う場面が出てきて……殆どが、熱さとか冷たさとか……気温や熱のことだった」

 

 「……そっか」

 

 「……楓君のもう1つの散華は……“温感”。貴方は暑いとか寒いとか、冷たいとかそう言ったモノが感じられない。冷蔵庫に入っていたのに温いジュースを飲んでも違和感が無いと言い切ったのが……その証拠」

 

 「凄いねぇ……流石、美森ちゃんだ」

 

 ぎゅっと布団を両手で握り締めながら、自分の考えを語っていく美森。そんな彼女の話を聞き、褒める楓。それはつまり、彼女の考えが正しいと認めたことに他ならない。

 

 楓はいつものような朗らかな笑みを浮かべ、ノートパソコンを置いているテーブルの上にジュースの缶を置く。その手を、美森は素早く両手で握り締めた。

 

 「……本当に……感じないの?」

 

 春の暖かさを、共に感じていた筈だった。夏の暑さを、共に感じていた筈だった。秋の涼しさを、共に感じていた筈だった。冬の寒さを……共に感じていた筈だった。

 

 春は暖かな日差しの中で花見をした。夏は暑さから逃げるように冷たい物を食べた。秋になれば冬に向けて温かい服装になって、冬にはホクホクの熱い焼き芋を食べた。

 

 その全てを、楓は感じられていなかったのだと……美森は知ってしまった。

 

 「そうだねぇ……もう……忘れそうなくらいだよ」

 

 「――っ! うあ……ひっぐ……あぁ……っ」

 

 「……ありがとねぇ、美森ちゃん。そんな風に、自分のことで泣いてくれて」

 

 楓の言葉を聞いて、美森は耐えられなかった。自分の両手で包み込んだ彼の左手を額に当て、今自分が感じている手の温もりを感じられない彼を想い、涙が止まらなかった。

 

 それが分かったから……楓は同じように泣くよりも、笑った。感じられるのは両手で包み込まれている感触だけであるが……それでも、彼女の想いが伝わってくるようで心は暖かった。

 

 2年。そして今も耐えられているのは、こうして心を暖かくしてくれる存在が居たからだ。家族である姉と妹、勇者部と先代勇者の仲間達。神樹様。町の人に学校の友人。他にも、沢山。

 

 「大丈夫だよ。いつか……いつか治るんだから」

 

 それが気休めでしかないことを理解しつつ……楓はそう告げるのだった。

 

 

 

 (本当に……治るの? そもそも、それで散華は全部なの? 神樹様……どうして直ぐに治してくださらないんですか……? どうして……どう、して……っ!!)

 

 

 

 膨れ上がる不安と疑念。そんな胸中の美森の瞳に宿った暗い灯には……楓は気付けなかった。




原作との相違点

・散華を知ってる勇者部

・医者の説明に苛立つ風

・あっさり味覚散華を話す友奈

・トラウマ友奈

・名探偵美森

・その他色々



という訳で、友奈がトラウマになってる。美森限定で楓の温感散華がバレるというお話でした。暗い灯? 何の話ですか?(すっとぼけ

話がびっくりするくらい進んでません。まさかの夏凜ちゃん勇者部から居なくなる云々の話すら行きませんでした。

楓の温感散華が明らかになったと思えばまた不明な散華が接続されました(謎)。因みに、この話の前までは幾つか候補がありました。右目(両目)、右耳(両耳)、左足(両足)がその候補の一部でしたが……どれを選んでもまた皆の精神が死にましたね。これらではないのでご安心を(できない)。

次の番外編は未定です。何かの記念か、もしくは……の話が終わった辺りですかね。その前に、またアンケートをすると思います。

楓のような兄、弟、父、爺……欲しくないですか←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 14 ー

お待たせしました(´ω`)

各話PV見たらDEifが10000越えてて笑いました。皆さん好きですねぇ。

もうすぐUAが10万に届きそうです……これは越えたら記念番外編を書くしかねぇ。という訳で銀ちゃん以来のアンケしたいと思います。内容は後書きにて。

また誤字脱字、文の修正まで頂きました。ありがとうございます! いつになれば無くなるのやら……。

突然ですが……正直なところ、結果としてハーレムではあるがそこまで強く意識していなかったりします。皆様にはどう見えてますかね。ハーレムタグ、いりますかね。

今回もほのぼの。話は進んだような進んでないような。


 退院した私達は、学校に部活にまだ退院してない楓くんと東郷さんのお見舞いにと平和な日常を過ごしていた。今日も学校に行って、放課後には部室に行って……でも、そこには風先輩と樹ちゃんしか居ない。

 

 「……やっぱり、3人だと調子出ませんね」

 

 《かりんさん、ずっと来てないですね》

 

 「まだ自分だけ満開出来なかったの気にしてんのかしらねぇ……」

 

 「SNSにも返信無くて……夏凜ちゃん、授業終わったら直ぐに帰っちゃいますし。1回全力で追い掛けてみたんですけど逃げられましたし」

 

 「あんたは何やってんのよ……」

 

 まだ入院中の楓くんと東郷さんは仕方ないけど、夏凜ちゃんも最後に一緒にお見舞いに行った日から3日くらい部室に来てない。お見舞いも、その日から私達と会わないようにしてるみたい。

 

 で、何となく捕まえたくなって全力で追い掛けてみたんだけど……まさか階段降りる時に階段使うんじゃなくて壁を走って降りたのはびっくりしちゃったなぁ……あそこまで本気で逃げられるのも結構ショックなんだけど。

 

 ……なんとなく、なんて嘘。本当は退院してからまたあの音と口が見えて、少し寝不足気味だったから変なテンションになっちゃってたんだ。最近になって東郷さんにも前にあげたことがある白い花菖蒲の押し花を持ってると楓くんのことを思い出してぐっすり眠れることに気付いたから、今は寝不足なんてことはないんだけど。

 

 「……私、夏凜ちゃん探してきますね」

 

 「は? いやまあ特に依頼もないから別にいいけど……」

 

 《かりんさんの居る場所、分かるんですか?》

 

 「とりあえず、夏凜ちゃんの住んでる所の住所は知ってるから、その近くを走ってみる」

 

 

 

 

 

 

 で、走ってみたら思ったより早く夏凜ちゃんを見つけることが出来た。家から近くの海の砂浜の上で動きやすそうな格好をして2本の棒……木刀かな? それを持って……演武って奴かな。それをやってるみたい。

 

 「夏凜ちゃーん!」

 

 「……? 友奈!?」

 

 「やっと見つけたよ夏凜ちゃーん! って、おうっ!?」

 

 「ちょ、大丈夫!? 全く、何やってんのよ……」

 

 見つけたことが嬉しくなって、走りながら近付く。その途中で砂浜に足を取られて思いっきり転けてしまった。うぅ、結構痛い……ちょっと口の中に砂入ったし……味はしないけどジャリジャリするよ……。

 

 転けた私に夏凜ちゃんは木刀を捨てて慌てて近付いてきて、体を起こすのを手伝ってくれて、砂まで払ってくれた。夏凜ちゃん優しいなぁ……なんて嬉しくてつい笑うと、夏凜ちゃんはハッとして立ち上がって少し離れた。

 

 「……何しに来たのよ?」

 

 「部活へのお誘い! 最近、夏凜ちゃん部室に来てくれないし、私から逃げるから」

 

 「いや、部活はともかくいきなり全力疾走で追い掛けられたら普通逃げるから」

 

 「ごめんなさい……それでね、このままだとサボりの罰として腕立て500回、スクワット3000回、腹筋10000回、それから楓くんのお叱りを受けるんだけど」

 

 「桁おかしくない? 後、なんでそのラインナップに楓さんのお叱りが入るのよ」

 

 「でも、今なら部活に来ると全部チャラになります。さあ、部活に来たくなったよね? もし来ないって言ったら楓くんに電話するようにって風先輩から言われてます」

 

 「脅迫じゃないの」

 

 ムスッとして顔を背ける夏凜ちゃんに、私は胸を張ってそう答える。ただ、その後にちょっと反撃を受けたのでごめんなさいする。よく考えると、確かに全力疾走で追い掛けるのはダメだよね……あの後先生からも注意されたし。

 

 サボりの罰は風先輩の案です。なんでこの流れで楓くんが入ってるのかは、夏凜ちゃんが楓くんに甘いからだとか。それに、前に怒られたこともあるからね、夏凜ちゃん。だけど、そこまで言っても夏凜ちゃんはハァ……と溜め息を吐いて首を横に振った。

 

 「行かない。元々私、部員じゃないし……それに、もう行く理由がないもの」

 

 「理由?」

 

 そう聞くと、夏凜ちゃんは理由を話してくれた。勇者として戦う為に讃州中学に転校してきた夏凜ちゃん。勇者部に居たのは、私達と連携を取りやすくする為なんだって。

 

 「だいたい、勇者部はバーテックスを殲滅する為の部でしょ。なのにそのバーテックスが居なくなった以上……もう、勇者部なんてなんの意味もないじゃない」

 

 「違うよ」

 

 夏凜ちゃんの言葉を、直ぐに否定する。すると夏凜ちゃんはまたハッとして、俯きがちだった顔を上げて私と目を合わせてくれた。それが何だか嬉しくて、また笑顔になる。

 

 最初はそうだったかもしれない。残念だけど、それは楓くんだって言ってたことだし……仕方ない。でも、楓くんは言ってくれたんだ。勇者部の活動は楽しかった。皆で何かをするのは……楽しかった。それも、本当なんだって。

 

 「勇者部はね? 誰かが出来ない。もしくは、誰かが困ってる。そういう誰かの為になることを“勇んで”、進んでやる者達のクラブ。夏凜ちゃんも一緒に、皆で楽しんで、誰かが喜んでくれることやる部なんだよ。夏凜ちゃんだって、楽しかったよね? 児童館のこと、忘れちゃった?」

 

 「あ……それは……忘れる訳、ないじゃない」

 

 「良かった。最初はバーテックスを倒す為だったかもしれない。でも、今の勇者部は……そういう部なんだよ。バーテックスが居なくなっても、勇者部は勇者部。戦う為とか、関係ない」

 

 「でも……私は、戦う為に来たから……もう戦いは、終わったから。だからもう、私には価値が無くて……あの部に、居場所も無いって思って……」

 

 そんな風に、夏凜ちゃんは悩んでたんだね。価値がないなんて……居場所が無いなんて、そんなことあるハズがないのに。私にとって、私達にとって、夏凜ちゃんはもう勇者部に無くてはならない存在なのに。

 

 「夏凜ちゃん。勇者部5ヶ条1つ……悩んだら相談、だよ」

 

 だから、それを伝えてあげなきゃ。楓くんも言ってたもん。言わなかったことを、言えば良かったと後悔した子が居たんだって。だったら、後悔しないように……居場所は、ここにあるんだって。

 

 「戦いが終わったら居場所が無くなるなんて、そんなことないんだよ。夏凜ちゃんが居ないと部室は寂しいし、私は夏凜ちゃんと一緒に居るの楽しいし」

 

 私は、私達は、夏凜ちゃんが大好きなんだよって。

 

 「それに私、夏凜ちゃんのこと大好きだから。私だけじゃなくて……皆も夏凜ちゃんのこと、大好きだから」

 

 「……バカ」

 

 真っ赤になった夏凜ちゃんは、とっても可愛かった。

 

 この後、私と夏凜ちゃんは駅前の有名なお店のシュークリームを買ってから部室に戻って、夏凜ちゃんが戻ってきたことを風先輩と樹ちゃんと一緒に喜んだ。後は……楓くんと東郷さんが帰ってきてくれたら、元通りかな。

 

 

 

 

 

 

 『バーテックスは殲滅され、任務は終了しました。今後の私の処遇なのですが、讃州中学に残ることを許可してもらえないでしょうか』

 

 友奈に説得されて……もとい、どうしてもと言われて勇者部の部室へと戻ったその日の夜、仮の自宅でその内容のメールを大赦へと送信する。友奈が言ったように戦いに関係なく私がここにいていいなら……そう、期待して。

 

 砂浜で友奈に言ったことは、私の本心でもあった。勇者として戦う為に続けてきた訓練、援軍とは言え戦う為にやってきた勇者部。その戦いが終わったら……終わってしまったから、それまでの日々が無駄になってしまいそうな恐怖があった。

 

 でも……勇者だからじゃなくて、ただの部活として、讃州中学の生徒として勇者部に居られるなら。戦いが終わっても友奈と、楓さんと……風と、樹と、東郷と……また、部活が一緒に出来るなら。そう思って、チラッとテレビが置いてある低い棚を見る。そこにあるのは……児童館の時に貰った、不恰好な……あの子が折った折り鶴。

 

 「……まあ、悪くはないわね」

 

 脳裏に浮かぶ、勇者部の5人。そんなに長くないけど、部活をした日々。どいつもこいつも笑ってて、大赦嫌いの風でさえ、病院で私にあんなに馴れ馴れしくして。本当に、本当に……バカみたいにお人好しで、人の心に入り込んできて。

 

 

 

 『私、夏凜ちゃんのこと大好きだから』

 

 

 

 恥ずかしげもなくそんなこと言って……全く、調子が狂うっての。そんなことを思いながら、ベッドに潜り込んでその日は眠った。

 

 

 

 数日後、楓さんと東郷が退院することになった。ただ、楓さんだけは数日置きに通院するように言われているらしい……なぜ楓さんだけ? そう思いつつ、私達は病院の屋上に行って全員で街を見下ろしていた。

 

 「これで勇者部メンバー、全員復帰だね」

 

 「そうだねぇ……自分と美森ちゃんが居なくても大丈夫だったかい? 特に姉さん」

 

 「なんでアタシだけ!?」

 

 友奈がニコニコしながら言うと、楓さんも朗らかに笑いながら続ける。風がそれに反応して、と……よく見る光景に、本当に全員揃ったんだと実感する。

 

 「……この街を、私達が守ったんだよね」

 

 「そうだねぇ……皆で守ったんだ。皆、良く頑張ったねぇ」

 

 「楓くんだって」

 

 街を見下ろしながら、友奈が誇らしげに呟くと楓さんも感慨深いとでも言うようにそう言った。守った。頑張った。それだけの言葉なのに、なんでこんなにも心に染みるのか……なんでこんなにも、褒められたのが嬉しいのか。

 

 称賛はされない。普通の人達は私達の戦いのことなんて何も知らないんだから。でも、ここに居る勇者部のメンバーが居なければこの世界は無くなって、この世界の人達は死んでた。それは間違いのない事実で……だから、楓さんが言葉にして褒めてくれたのが、私が認められたみたいで……嬉しい。

 

 「私、初めての戦いの時、怖くて逃げ出したかった。でも、逃げないで……一緒に戦えて、良かった。私は、立派な勇者になれたかな」

 

 「勿論! 東郷さんはカッコいい勇者だった!」

 

 「美森ちゃんだけじゃないけどねぇ。皆、立派だったよ。怖くても、泣きそうになっても……それでも最後まで戦ったんだからねぇ。君達は、凄いよ」

 

 『お兄ちゃんも、カッコよかったよ!』

 

 「ありがとねぇ、樹」

 

 「あんた達、戦い終わっても勇者部は終わらないのよ? 夏休み近いし、勇者部で色々やりたいわねぇ。夏凜、なんか案出しなさい」

 

 「いきなり振っといて無茶言わないでくれる!? ……海、とか……?」

 

 風にいきなり話を振られ、思わず言い返す。少し考えて出てきたのは、やはり夏と言えば海、なんてありきたりな答えなんだけど。というか、今まで勇者になる為の訓練ばかりで遊びだとかどこか遠くへのお出掛けだとか殆どしたことないし。

 

 東郷からは夏祭りだとか、風からは花火だの打ち上げ花火百連発だの案が出た……いや、百連発とか無理でしょ。ただ……まあ、このメンバーなら。騒がしくて、面倒臭くて……きっと、楽しいとは思う。そんなことを思うくらい、私は毒されてる。

 

 不意に、私の端末にメールの着信が来た。内容を確認すると……簡単に言えば、私はこのまま讃州中学に……勇者部に残ることを許可された。

 

 「全部やろう、皆で!」

 

 友奈の言葉に、メールと合わせて思わず頬が緩む。そのことを風にからかわれ、私はまた少し不機嫌になり、友奈と楓さんに宥められることになるのだった。ただ、少し気になったのは……。

 

 (東郷、楓さんを見る目が……)

 

 私が海と言った時、視界の隅で楓さんを痛ましげに見る東郷の姿が映ったことだった。

 

 

 

 

 

 

 退院からしばらく経ち、夏休みに入った頃。勇者部一同はバーテックスを全て倒したご褒美とのことで、大赦が用意した合宿先にて海水浴を楽しんでいた。

 

 貸し切りにしているのか、合宿先の旅館の近くのビーチには勇者部と車椅子に乗る楓、東郷の介助の為の人間を除いて他の一般人は居ない。その為、6人はのびのびと照り付ける太陽の下で砂遊びに海にと年相応にはしゃいでいる。

 

 「こんなに至れり尽くせりでいいのかな?」

 

 「病院で寝ていた分くらいは楽しんでも良いと思うわ」

 

 砂浜、海に対応している車椅子に乗る美森とそれを押す友奈。ビキニにフリルが付いた水着に身を包んだ2人は、目一杯太陽を浴びて砂浜の上を行く。友奈も美森も笑い、存分に楽しんでいるのが見てとれる。

 

そんな2人を、犬吠埼3姉弟と夏凜はビーチパラソルを差して出来た日陰の中で車椅子から降りてパラソルに凭れる楓を中心にして見ていた。風と夏凜もビキニであり、樹はワンピース型。楓はトランクスタイプで上に長袖のパーカーを羽織っている。

 

 「ふふふ、後輩達が楽しげにはしゃいでおるわ」

 

 《私も楽しいよ》

 

 「楽しんでるねぇ……元気なのは良いことだ」

 

 「楓さん、水分補給はしないと……スポーツドリンクです。風、水泳で勝負しましょ。完成型勇者の実力を見せてあげるわ」

 

 「ほう? この瀬戸の人魚と呼ばれたアタシに戦いを挑むなんてねぇ……」

 

 《聞いたことないよお姉ちゃん》

 

 「ありがとねぇ夏凜ちゃん。で、姉さんのはよく聞こえなかったんだけど……瀬戸の人面魚って言ったかねぇ?」

 

 「人魚よ! に ん ぎょ!!」

 

 夏凜からスポーツドリンクを受け取って一口飲み、風を樹と共にくすくすと笑いながら弄る楓。そんな彼から離れて風と夏凜は競争の為に海へと近付き、樹も少し泳ぎたくなったのか同じように海に近付く。その際、熱くなった砂浜のせいで足からジュッと嫌な音が鳴り、熱さにピョコピョコと跳ねながら海の浅瀬へと座り込み、ホッと安堵の息を吐く。

 

 そんな樹の姿にほっこりしつつ、競争を始める風と夏凜。友奈と美森も2人の競争を横目に海に入り、のんびりと波に揺られている。流れてきた海藻を手に取ったり、いつの間にか潜っていた樹が2人の近くで上がると頭に海藻が乗っていてそれを見て笑ったり。各々楽しむ5人を、楓は朗らかに笑いながら1人パラソルの下で見ていた。

 

 (平和だねぇ……それに、皆楽しんでる。良い笑顔だ)

 

 年相応に楽しむ5人。皆が皆ついこの間まで命懸けで戦い、散華に苦しみ、心身共に傷付いていた。だが、今彼の片目に映るのはそんなこととは程遠い笑顔。それが見られたことが、こうして平和な時間を彼女達が謳歌できることが、嬉しかった。

 

 だが、楓自身は海に入るつもりはなかった。パーカーを着ているのだって、見ていて面白くはないだろうと失った右腕を隠す為。冷たいとも熱いとも感じない体は海に入ったところで水に触れているという感触しかないので気持ち悪さしかない。楓とてそれが分かっているのだから入ろうとは思わない。

 

 かと言って砂遊びやビーチバレーのようなスポーツだって満足に出来ない。そもそも楓はどちらかと言えばインドア派である。後は彼自身の気質もあり、こうして彼女達の元気な姿を見ているだけで楽しめているということもある。だが、彼自身が良くても彼女達がそう思うかは話が別。

 

 「なーに1人でのんびりしてんのよ」

 

 「おや、もう競争はいいのかい?」

 

 「全力で泳いだから休憩をね。まさか不意打ちしてスタートダッシュまでしたのに負けるとは思わなかったわ」

 

 「負けたんだ……お疲れ様。はい、スポーツドリンク。自分ので悪いけどねぇ」

 

 「あんがと」

 

 競争を終えて戻ってきたのは風。ニッと笑いながら楓の前までやってきた風は楓の言葉にそう返し、少し悔しそうにしながら右隣に座る。そんな彼女に楓は苦笑いを浮かべ、手元にあった自分のスポーツドリンクを手渡し、風も恥ずかしげもなくコクコクと飲む。姉弟であるからか、間接キス等と騒ぐこともなかった。

 

 ぷはーっと一息付く風の横顔を見て、楓の顔が少し歪む。己と同じ箇所……左目の散華。そこには楓とは違い、黒い眼帯が付けられている。素かわざとか少々痛々しい発言をしては場を和ませたり白けさせたりして眼帯を気にしていないように振る舞う風。楓としては、そんな姿こそが痛々しく見えた。

 

 「ん? なに? お姉ちゃんの水着姿に見とれちゃったかしら?」

 

 彼女の横顔を見ていた楓に気付き、風は冗談なのか本気なのか笑いながら左手を腰に、右手を後頭部に当ててポーズを取る。そんな彼女を見てふむ……と頷いた後、楓はじっくりと視線を上下に動かす。

 

 「そうだねぇ……うん。見とれるくらい姉さんは綺麗だよ」

 

 「……えーと……あーと……あんがと」

 

 楓から見て、家族の贔屓目抜きにして風は美少女である。太陽の下に出れば光を浴びて輝く黄色の髪に美森にこそ及ばないものの年齢の割に充分に大きな胸、括れた腰に肉付きの良い足。家庭的でもあり、魅力的な少女であることは疑いようがない。まあ、楓は精神年齢と家族であることからそう言った対象に見ることはないが。

 

 朗らかな笑顔と共に伝えられたストレートな褒め言葉。それを受けた風は、相手が弟であると理解しつつも照れに照れ、あちこちに視線を動かした後にポーズを取っていることが恥ずかしくなって三角座りをして膝に顔の下半分を埋めて隠しつつ礼を言った。頬の赤みまでは隠すことが出来ず、楓にくすくすと笑われたが。

 

 「……楓は、遊びに行かないの?」

 

 「そうだねぇ……自分はこうして、皆が楽しんでる姿を見ているだけで楽しいからねぇ。後、海にはあんまり入りたくないし」

 

 「……あんたと遊びたいと思ってるわよ、皆。アタシもね……という訳で、楓。じっとしてなさいよ?」

 

 「は? おおっと……」

 

 話を変えたかったのか風がそう言うと、楓は本当に楽しそうに海で遊ぶ4人を見ていた。実際、彼は本当に楽しんでいるのだろう……そこに、己の姿が無くても。風から見ても、楓はまるでそこに自分等必要ないと言っているようにすら見えたし、そう聞こえた。少なくとも、彼女にはそう捉えることが出来てしまった。

 

 だから、そんなことはないと……弟を1人にはしないと、風は立ち上がって片腕がないとは言え体重が男子中学生の平均近くある楓を横抱きして美森と同じ車椅子に乗せ、海へと近付いていく。

 

 「あ、楓くーん! 見て見て! 綺麗なワカメ!」

 

 「ワカメのどこが綺麗なの……? ちょっと風、あんまりスピード出さないでよ。楓さんが落ちたらどうすんの」

 

 「楓君、海から出たら一緒に砂でお城を作らない?」

 

 《私もいいですか?》

 

 「勿論よ、樹ちゃん」

 

 風に押されて海の近くに来た楓を見た友奈が拾ったワカメらしき海藻を掲げて見せつけ、そんな彼女の言に首を傾げた後に2人に近づく夏凜。温感のことを知っているからか海よりも砂遊びに誘う美森と、自分も一緒にやりたいと訴える樹。勿論、美森は断らなかった。そんな後輩達と妹を見て、風は弟の頭を撫でて笑いかける。ほら、言ったでしょう? とでも言うように。

 

 そんな5人を見た楓の脳裏に過ったのは、新樹館に通っていた頃に行った遠足の時。確かにその日は悪夢のような出来事が起きてしまったが、前半だけをみれば楽しい1日だったのだ。

 

 遠足の最中、美森(すみ)、園子、銀が笑顔で抱き合う幸せな風景を外から見ていた自分。そうしていると園子と銀が手を引いて3人の輪の中に連れ込み、遠くじゃなく近くに居ればいいと言ってくれたこと。美森(すみ)に近くに、側に居てほしいと願われたこと。

 

 「……そうだねぇ。少しは、遊ぼうかねぇ」

 

 それを思い出したから、そう言えた。思い出したから、近くに居ようと思った。彼女達はそう望んでいるのだから。彼女達は……そう望んでいたのだから。

 

 そこからは6人で目一杯遊んだ。落ちてた木の枝を使って棒倒しをして友奈が異常な強さを発揮したり、持ってきていたスイカでスイカ割りをして樹が見事に割ったり。風と夏凜の突発的な鬼ごっこが始まったり、美森と楓と樹で協力して砂で完成度の高い高松城を作り上げたり。

 

 そんなこんなで日も暮れだした頃、パラソルの近くに集まった6人。美森は右の人差し指を立てながら話し始める。

 

 「さて、ビーチでの締めに……実はさっき、介助さんに手伝ってもらってこの付近に日の丸印の宝を隠したの。探し当てた人には景品をあげるわ」

 

 「流石東郷、さらっとネタを仕掛けておくとは」

 

 「面白い、受けてたーつ!」

 

 「夏凜ちゃん燃えてるねー。よし、私も負けない!」

 

 「2人ともせっかちだねぇ。まだノーヒントなのに」

 

 いつの間に、と感心する風に対し、早速探し始める夏凜と友奈。美森からヒントも聞かずに走り出した2人を見て、楓は思わず苦笑いする。

 

 《負けません!》

 

 「樹ちゃんには期待しているわ。磨けば磨くだけ立派な大和撫子になれる素養を持っているし……磨かなくちゃね。いずれは私の思想や技術の全てを伝えようかと思っているもの」

 

 「いや、人の妹に個人の思想を植え付けようとするのはやめてほしいんだけど」

 

 スケッチブックにやる気を示すように力強くそう書く樹。そんな彼女に少し怪しさや重さすら感じる期待を寄せる美森に、思わず風はそうツッコむ。流石に可愛い妹に護国思想を植え付けられるのは勘弁してほしいのだろう。

 

 尚、宝探しを制したのは意外と言うべきか楓であった。景品は彼女も愛読しているという歴史の本であり、読書好きな楓は喜んだものの他の4人は微妙そうだったり苦笑いだったりしたそうな。

 

 「ねぇ、楓君」

 

 「うん? なんだい? 美森ちゃん」

 

 「その……私の水着は、どうかな……って」

 

 宝探しを終えて旅館に戻る為に使っていたパラソルや椅子等を片付けている最中、運ぶ以外に手伝うことがない美森は同じ状態の楓にそんなことを聞いてみた。美森とて思春期の女子、形はどうあれ好意を抱いている異性にどう思われているかは気になるところなのだろう。

 

 ちらちらと己の膝と楓の顔の間で何度も視線を往復させ、両手の人差し指を合わせて弄ぶ美森。そんな彼女を見て、楓はくすくすと笑い……ただ一言。

 

 「うん……良く似合ってる。可愛いよ、美森ちゃん」

 

 それを聞いた彼女がどう思ったのか……それは、夕日のせいか赤くなった頬と笑顔で誰もが理解出来た。




原作との相違点

・全力疾走して追いかけた友奈

・転けた友奈に優しくする夏凜

・大赦に散華の症状について聞いてない風

・一緒に高松城を作った樹

・水着姿を褒められる美森

・その他色々あったよね



という訳で、友奈と夏凜の勇者部云々と合宿前半のお話でした。次回も合宿の話になるのじゃよ……まだほのぼの。まだ。

今回もあんまり山無し谷無し。友奈はトラウマ対策として花菖蒲の押し花(自作)を得ました。どう考えても2日程度フォローしただけで克服出来るようなトラウマじゃないですしね。

お爺ちゃんな楓は彼女達の水着姿が見ても慌てない騒がない笑って褒めることが出来ます。お爺ちゃん流石です。

次回は合宿旅館編。部屋割りだとか温泉だとか夜の語りだとか、書き応えがありそうです。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 15 ー

お待たせしました(´ω`)

また誤字脱字報告が……ありがとうございます。見直しても! 見直しても! 誤字脱字は……無くならないんだ……っ!

誰からの、とは言いませんがくっそ鬱いリクエストを頂きました。本気で救いなくて笑う。やめてよね、こんなのもらったら書きたくなっちゃうだろ……←

アンケはまだ続きます。現在DEifが優勢ですね。ほぼ決まりかもしれませんが……どんでん返し、あるか?

今回もほのぼのです。


 「うわー、凄いご馳走!」

 

 「あの、部屋間違えてませんか? アタシ達には少し豪華過ぎるような……」

 

 「いえいえ、とんでもございません。どうぞ、ごゆっくり」

 

 宛がわれた部屋に戻り、浴衣に着替えた自分達の部屋に持ってこられたのはお刺身や大きな丸ごと一杯のカニ等の海の幸だらけのご馳走。友奈ちゃんと美森ちゃん、夏凜ちゃんと樹が目を見開いて驚き、自分も同じように驚く。大赦が用意した合宿先の旅館とは言え、ここまで豪華な料理が出るとは思わなかった。

 

 姉さんが心配そうに旅館の女将らしき人物……茶髪を後ろで結わえた、見覚えのある女性だ……に聞いてみると、女将さんは笑って首を振り、料理を持ってきた従業員の人共々深々とお辞儀をして……自分と目を合わせた後、部屋の襖を閉めた。

 

 ……まさか、とは思う。だがこの旅館は大赦がらみのモノであるから、別にあり得ない訳ではないのだろう……後で、会いに行ってみようかねぇ。自分もあれから落ち着いたし、ねぇ。

 

 「私達、好待遇みたいね」

 

 「お役目を果たしたご褒美、ってことなんでしょ?」

 

 「つまり、食べちゃってもいいと。こんなの美味しいに決まってるじゃない……じゅるり」

 

 《お姉ちゃん、よだれが……それに友奈さんが……》

 

 ご馳走に目を奪われていた姉さんを筆頭に、樹の書いた文字を見た友奈ちゃん以外の動きが止まる。樹の言う通り……書いた通り、友奈ちゃんは散華の影響で味が感じられない。そんな彼女の前で自分達だけが美味しい美味しいと味わうのは……気が引ける。

 

 「おおっ! このイカのコリコリとした歯応え……それにお刺身のつるつるとした喉越し……うーん、いいね! それにこれは……炊き込みご飯だ! 良い匂~い♪」

 

 「……もう、友奈ちゃん。いただきます、が最初でしょ?」

 

 「そうだった。ごめんなさ~い」

 

 しかし、自分達の思いとは裏腹に友奈ちゃん自身は既に座布団に座り、料理を口に感想を言っていた。あらゆる方法で料理を楽しもうと……実際に楽しんでいる彼女を見て、姉さんも夏凜ちゃんも驚き、その後に敵わないなぁと苦笑する。自分も似たような表情を浮かべていることだろう。

 

 ……彼女は、暗い雰囲気を嫌う。今の行動も本心ではあるが、さっきの空気をどうにかしたいという思いもあったのだろう。それが分かるから……自分も、自分達も気にしないようにしないとねぇ。この優しい子の為にも、ね。

 

 友奈ちゃんの左隣に座っていた美森ちゃんが笑いながら注意し、遅れて夏凜ちゃんが友奈ちゃんの右隣に座る。自分は友奈ちゃんの対面に座り、右に樹、左に姉さんが座り、目の前のご馳走に箸を伸ばす。

 

 姉さんにカニの足やらハサミやら甲羅やらとやってもらう。利き腕じゃない左手での動作にもこの2年で慣れたとは言え、流石に片腕でカニをバラすのは無理があるしねぇ。で、そのカニの身を一口……うん、美味い。

 

 「場所的にお母さんを私がするので、ご飯のおかわりをする人は言ってね」

 

 「東郷が母親か……厳しそうね……」

 

 「門限を破る子は……柱に磔りつけます」

 

 「おや、少し厳しいんじゃないかい? ちょっとくらいなら良いじゃないか」

 

 「お父さん……!」

 

 「貴方がそうやって甘やかすから……この子の為にもなりませんよ」

 

 「夫婦か」

 

 《前にもこんなことがあったような?》

 

 美森ちゃんの隣には炊き込みご飯が入ったおひつがある。美森ちゃんがお母さんか……厳しくも優しい良妻になりそうだねぇ。なんて思っていると、夏凜ちゃんが冷や汗をかきながら呟き、美森ちゃんも反応して脅すように言った。

 

 これは流れに乗るべきなのかと思い、この場で唯一の男として父親役で苦笑いしながら言ってみる。すると友奈ちゃんが自分の方を見ながらそう呼ぶ……いや、磔りつけられそうになってる子供って君なのか。美森ちゃんも友奈ちゃんもノリノリだねぇ。姉さんのツッコミと樹の文字はスルーさせてもらおう。

 

 「母さん、おかわりを頼むよ。多めにねぇ」

 

 「はい、どうぞ」

 

 「お父さんいっぱい食べるねー」

 

 「友奈もいっぱい食べて大きくならないとねぇ」

 

 「……え、あ……ふぁい」

 

 「まだ続けるのね……友奈、どしたの?」

 

 「え!? あ、いや、なんでもないでふ!」

 

 ちょっと楽しくなってきたので続けてみる。ふむ……夫婦、か。いずれ自分も、彼女達も家庭を持つことになるだろう。それこそ、のこちゃんも銀ちゃんも。そうなった時、彼女達の旦那はどういった人になるのか。彼女達の未来が楽しみだねぇ……? 未来? 何か……忘れてるような……気のせいかな。

 

 自分が続けると美森ちゃんも友奈ちゃんも同じように続けてくれた。美森ちゃんにおかわりをよそってもらい、茶碗を受け取りながら子供役の友奈ちゃんを呼び捨てにすると、少し間をおいて友奈ちゃんは答える。姉さんが聞くと慌てながら噛みつつお刺身を口に運ぶ友奈ちゃん……少し顔が赤いのは、呼び捨てにしちゃったからかねぇ。

 

 《とうごう先パイがお兄ちゃんとふうふなら、私のお姉ちゃん?》

 

 「うん? ……そうだねぇ。もしそうなったら、確かに美森ちゃんは樹にとって義理の姉、姉さんにとっては義理の妹になるのかねぇ」

 

 「後輩が義理の妹とか気まずいってレベルじゃないんだけど……」

 

 「楓君と夫婦……はぅ……こほん。樹ちゃんみたいな妹が出来たら、きっと楽しいわね」

 

 「風は小姑ね」

 

 「だぁれが小姑だ!」

 

 樹の文字を見て、少し考える。まあ本当に自分と美森ちゃんが夫婦になったなら、当然樹と姉さんと美森ちゃんは義理の姉妹になる。その時には自分が東郷 楓になるのか、それとも美森ちゃんが犬吠埼 美森になるのか……そんな未来も、もしかしたらあるのかも知れないねぇ。

 

 それこそ、友奈ちゃん、のこちゃん、銀ちゃん、夏凜ちゃん。彼女達とそうなる可能性も無くはない。勿論、今は名前も知らない誰かとそうなることもあるだろう。きっと、どんな未来になっても……楽しくて、幸せな日々を過ごせるだろうねぇ。相手が彼女達なら、姉さんは確かに気まずいだろうけど。

 

 友奈ちゃんと美森ちゃんが少し顔を赤くし、夏凜ちゃんがくつくつと笑いながら姉さんを弄り、姉さんがそれに反応し、樹もくすくす笑い……自分も楽しんで。そんな和やかな雰囲気で、時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 豪華な夕飯を食べ終えた私達は、旅館の広い温泉を満喫していた。私は友奈ちゃんにお風呂用の車椅子を押してもらいつつ、のんびりと温泉を堪能する。

 

 「良いお湯だねー」

 

 「そうね、友奈ちゃん」

 

 「あ゛あ゛~……生き返るわ~……」

 

 「本当ね……」

 

 私だけでなく皆も気持ち良さそうにしている。温泉なんていつぶりになるだろうか。それに、友奈ちゃんと……皆と一緒にお風呂というのも新鮮で良い。流石に混浴はないみたいだけど……仮にあったとしても、彼は普通にしているのが容易に想像出来る。

 

 「夏凜、あんたなんでそんなに離れてるのよ」

 

 「っ! ぐ、偶然よ偶然」

 

 「……はっは~ん? 楓が居る訳でも無し、女同士でなぁに照れてんだか」

 

 「別に照れてなんかないわよ!」

 

 「こう広いと泳ぎたくなるねー」

 

 「ダメよ友奈ちゃん」

 

 「わぷ」

 

 1人離れた場所に居る夏凜ちゃんに疑問を覚えたのか、風先輩がそう言うと彼女は赤くなりつつ偶然だと言い張る。そんな彼女に何を察したのか、風先輩は立ち上がって一糸纏わぬ体を見せ付けつつからかうように言った。お風呂にタオルを浸けるなんてこと、私がさせません。

 

 そんな2人と、2人のやりとりを見ている樹ちゃんを他所にスイーッと泳ごうとする友奈ちゃんの顔にお湯をかける。お風呂で泳ぐなんてお行儀の悪いことも勿論させません。そんなことをしていると、風先輩と樹ちゃんの視線が私に向いていることに気付いた。

 

 「どうしました?」

 

 「いやぁ……へっへっへ。何をどうしたらそこまでのメガロポリスなボディになるのか……コツとか教えて頂けませんかねぇ?」

 

 「……ふ、普通に生活しているだけです」

 

 メガロポリス? と疑問に思うものの、2人の視線が私の胸に向けられているのを見て何を指しているのか悟る。確かに私の胸は同年代と比べても大きいとは思うけれど……これといって何かをしている訳ではない。勝手に大きくなったのだから、何をどうとは言えない。

 

 大体、大きくても良いことなんてあんまりない。男性からは嫌な視線を向けられるし、肩だって凝る。寝る時だって息苦しく感じることもある。そう考えると、楓君が勇者部の黒一点なのは有難い。嫌な視線も感じないし、話す時は目を見てくれるし。

 

 ……ただ、あんまり普通に接されるのも、それはそれで私に魅力がないのかと思ってしまうけれど……水着を褒めてくれた時も恥ずかしげもなく似合うと言ってくれた。少しくらい照れてくれても……我ながら面倒な性格をしていると思う。

 

 「お背中流しまーす!」

 

 「ひゃああああっ!?」

 

 「夏凜も結構可愛い悲鳴あげるわねぇ」

 

 「……!」

 

 いつの間にか湯船から出ていた夏凜ちゃんの背中を友奈ちゃんが流そうと手を触れたところで彼女から悲鳴が上がる。それを風先輩がにししっと笑い、樹ちゃんが同意するように頷く。そんな風に、楽しいお風呂の時間は過ぎていった。

 

 

 

 「自分は別の部屋に行った方が良いと思うんだけどねぇ……小学生ならともかく、中学生で男女一緒っていうのは流石に、ねぇ」

 

 温泉から部屋に戻ってきた私達の目の前には、6枚三対のお布団。私達からしばらく遅れて戻ってきた楓君は窓際にあるロッキングチェアに座って苦笑していた。楓君の言うことは分かる。男女七歳にして同衾せずという言葉もあるし。

 

 ただ、少し恥ずかしいとは思うものの、私はそこまで忌避感は無かったりする。それは私だけでなく友奈ちゃんと夏凜ちゃんも同様みたい。因みに、寝る場所は夕飯を食べた時の座った位置と同じ。

 

 「もしくは、押し入れにでも入ろうか? それか、布団をずらすとか……」

 

 「別に楓が変なことするなんて誰も思ってないって。姉としては弟を1人にする方が不安よ」

 

 《お兄ちゃんもいっしょにねよ?》

 

 「そうは言ってもねぇ……皆ももう年頃なんだから、自分のような男とすぐ近くで寝るっていうのはどうなんだい? あんまり寝顔とか見られたくないんじゃないかい?」

 

 「わ、わわわ私は楓さんなら別に……信頼、出来ますし」

 

 「私も楓くんならいいよ? 皆で一緒に寝るのも合宿っぽくていいよね!」

 

 風先輩の言う通り、楓君が変なことをするとは私も思ってないし、夏凜ちゃんと友奈ちゃんも同じみたい。友奈ちゃんはもう少し男女の差について考えた方が良いと思うけれど……でも、楓君に名前を呼び捨てにされた時に赤くなっていたから、少しは考えているのかな。

 

 普通なら距離を開けるのだけど、これは楓君の日頃の行いや私達に対しての行動の賜物かしらね。彼の私達を見る目は、何故か年下……そうね、まるで孫を見る祖父のよう。そんな彼が変なこと……直接的に言うなら、夜這いといったことをするようには思えない。

 

 なんだったら、風先輩と樹ちゃんじゃなくて私が隣に寝てもいい。あの温かさと心地よさをもう一度……? もう一度? なんでそんなことを思ったのかしら……?

 

 「……まあ、皆が良いならいいんだけどねぇ」

 

 「はい、決まり。そろそろ布団に入っちゃいなさい」

 

 「はいよっと……全く、もう少し危機感を感じてほしいねぇ……」

 

 苦笑いしながら、楓君は片足でぴょんぴょんと跳んで真ん中の布団に向かい、風先輩の手を借りて布団に入る。その後に皆も布団へと潜り込んだ。因みに、私は最初から布団に入っている。

 

 「で……寝る前に少しお話しましょうか。合宿に来て話すことと言えば……分かるわね?」

 

 「訓練で何が一番キツかったとか?」

 

 「そうだねぇ……昔、一緒に訓練してた子のフォローとかかねぇ。女の子だから気を使うしねぇ」

 

 「夏凜、違うから。楓も答えなくていいから」

 

 「やはり、日本の今後の在り方ですね」

 

 「それも違うから……」

 

 《コイバナとか?》

 

 「それ! 流石樹!」

 

 「そういうのは自分が居ないところでやってほしいんだけどねぇ……」

 

 後はもう寝るだけ、といったところで風先輩がそんなことを言い出す。夏凜ちゃんが少し悩んでから呟くと、楓君も続けて答える。一緒に訓練してた子、というのは先代勇者のことかしら。確か、楓君以外に3人居たとか……男の勇者は彼だけなのだから、当然他は女の子。当時は小学生とは言え、やっぱり気を使うのね。

 

 風先輩が違うと言うので、次は私がこれだと思うものを答えてみる。やはり日本国民としては日本の未来を熱く語らなければ……と思ったものの、これも違うらしい。次に答えた……書いた? のは樹ちゃんで、これが正解なんだとか。

 

 コイバナ。確かに、合宿と言えば……みたいなところはある。でも、それは楓君の言うように、彼が居ないところでやるべきなのでは……というのも、私達はあまり楓君以外の男性との関わりがない。必然的に、そういう対象と言えば真っ先に彼が上がる。

 

 「コイバナ! 風先輩は……やっぱり良いです」

 

 「なんで止めたの友奈!?」

 

 「姉さん、同じ話しかしないからねぇ。チアリーダーの格好した姉さんに惚れた人が居たんだけど、その人がデートに誘っても告白してきても断ったんだろう?」

 

 「その理由がその人が……というか、同年代の男子はいやらしい画像を見てたり子供っぽくて嫌だから、でしたっけ」

 

 「……それ、大方の男子に当てはまるんじゃないの?」

 

 《私たちはもう10回以上きかされてます》

 

 「うわぁ……」

 

 「……仕方ないでしょ。身近な男として楓が居るんだから、どうしても基準がこの子になっちゃうのよ」

 

 「「「ああ、なるほど」」」

 

 「それで納得されるのもどうなんだろうねぇ」

 

 樹ちゃんが書いたように、私達はこの話を1年の頃から聞かされているし、樹ちゃんも楓君も家でも聞かされていたらしい。正直に言えばうんざりとしている。友奈ちゃんですらこの様子なんだから……ね。

 

 それに、風先輩が言うことも分からなくはない。私だって身近な男性と言えばお父さん、楓君になるし。それに楓君は同年代の男子と比べると明らかに落ち着きがあるし、そういう視線だって向けてこない。老熟している、もしくは枯れてると言ってもいいかもしれない。

 

 「自分と樹に義理の兄が出来るのはいつになるんだろうねぇ」

 

 《ねー》

 

 「しばらくはあんた達から離れる気はないわよーだ。楓は……我が弟ながら、あんまり想像出来ないわねぇ……」

 

 「うん? そうだねぇ……勇者部の皆は、勿論好きだよ。先代勇者の子達もねぇ。恋愛は……まだ、分からないねぇ」

 

 恥ずかしげもなく言う楓君。それは友愛から来る言葉なのだろうけれど、好きだと言われるとどうしても赤くなることを自覚する。友奈ちゃんと同じで、彼は直接的に好意を伝えてくれる。それは嬉しいけれど、同じくらい恥ずかしい。現に夏凜ちゃんも赤くなってるし、友奈ちゃんは……。

 

 「……ぇへ」

 

 (友奈ちゃんの顔が幸せそうに蕩けてる……!?)

 

 「待て待て、何いきなり友奈を撮ってるのよ東郷」

 

 「今の一瞬で携帯を取り出してカメラモードにして更にシャッターまで……!? 完成型勇者の私が全く見えなかったんだけど!?」

 

 「美森ちゃんは相変わらずだねぇ」

 

 《どうしてお兄ちゃんは受け入れてるの!?》

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、元々遊び疲れていたこともあっていつの間にか眠ってしまっていた勇者部。寝る前には樹がしっかり電気を消している。そこから少しして、楓は自分の体に重みを感じて目が覚めた。

 

 (……ああ、姉さんか)

 

 「んふふ……楓……樹ぃ……散華が治ったのね……よか……くかー……」

 

 いつの間にか、風が自分の寝床から楓の寝床へと入り込んでおり、彼に抱き付いていた。その状態の彼女の寝言を聞いた楓は少しの間を起き、優しく微笑む。そして彼女の頭を撫でようと左手を動かそうとするも、その手は誰かに握られていて動かなかった。

 

 誰か、というのは言うまでもなく左側に寝ている樹。彼女は風のように寝床にこそ入ってはいないがかなり近寄ってきており、右手でぎゅっと彼の左手を握り締めていた。その姿はとても愛らしく、楓もまた朗らかに微笑んだ。

 

 (……動けないねぇ)

 

 が、姉に抱き付かれ妹に手を握られては只でさえ動きにくい体が全く動けなくなる。寝返りも打てず、唯一の腕は動かせず。朗らかな笑みが苦笑いになるのも仕方のないことだろう。

 

 ふと周りが気になり、楓は頭を動かして頭上の3人を見る。夏凜と美森はぴっしりと眠った時の姿勢から動いておらず、すやすやと寝息を立てている。そして友奈は横向きになり、何かを手にしながら幸せそうに眠っていた。

 

 (……押し花、かねぇ?)

 

 暗闇に慣れた目と窓から入る月の光で見えたのは、何かの花を使った押し花だった。それが己の変身した時の水晶に描かれた花……花菖蒲であることに気付くも、特に何か思うでもなく頭を元に戻す楓。そこから特に何をするでもなく、楓は眠りに落ちた。

 

 

 

 次に彼が起きたのは、外が白み始めた頃。端末を見れば5時半過ぎとなっており、幸いと言うべきか風は何故か夏凜の布団へと侵入して彼女に抱き着いており、夏凜は寝苦しそうにうんうん唸っていた。

 

 姉とは違って変わらず手を握っていた樹の手を優しく引き剥がし、体を起こした楓は足下に置いてあった車椅子に座り、部屋にある洗面所で顔を洗い、これまた備え付けのトイレで用を足して窓際へと近寄り、車椅子からロッキングチェアへと乗り換えて揺られながら朝焼けを眺める。

 

 「……楓君……?」

 

 「おや……美森ちゃん。おはよう、起こしちゃったかい?」

 

 「ううん……大丈夫。おはよう、楓君」

 

 次に起きたのは美森であった。挨拶を交わした彼女は楓と同じように自分の足下に置いてあった車椅子へと這いながら乗り込み、顔を洗って楓の正面までやってくる。その手に、いつも髪を縛っているリボンを巻いて。

 

 「……綺麗ね」

 

 「……そうだねぇ」

 

 少しの間、2人は向かい合って窓から見える朝焼けを眺めていた。特に何か言葉を交わすこともなく、ただ黙ってこの静かな……それでいて心地いい空気を楽しんでいた。

 

 「……あれ……楓くん……東郷さん……?」

 

 「「おはよう、友奈ちゃん」」

 

 「うん、2人共おはよう」

 

 次に起きたのは友奈であった。彼女もまた挨拶を交わした後に同じように顔を洗ってから2人の居る場所に行き、空いている椅子に座る。手に持っていた押し花は、その前にカバンの中にしまっていた。

 

 「東郷さん、そのリボン肌身離さずだね」

 

 「……うん。私が事故で記憶を失った時に持っていた物なんだって。誰の物かも分からないけれど……とても……とても大切な物な気がして」

 

 「そっか……」

 

 (……やっぱり、記憶を失っても君は……美森(すみ)ちゃんなんだねぇ)

 

 ふと、美森の手に巻かれているリボンを見ながら友奈は呟く。それを聞いた美森はリボンを撫でながら、思い返すように言った。それを聞いた友奈は本当に大切なんだと笑い……そのリボンが誰の物か知っている楓は、記憶を失って尚リボンを大切にする美森に笑みを浮かべる。

 

 「2人は海を見ていたの?」

 

 「自分は海もだけど、朝焼けもだねぇ」

 

 「……私は少し、考え事……ねぇ、2人共。バーテックスって、12星座がモチーフなんだよね……でも、星座って他にもいっぱいあるでしょ?」

 

 「ああ、夏の大三角形座とかね!」

 

 「聞いたことないよ友奈ちゃん……そうだねぇ。少なくとも、自分が先代勇者だった時は、12星座以外のバーテックスは見たことないねぇ」

 

 「……でも、楓君が見たのが全部とは限らないでしょう? 本当に……戦いは終わったのかしら」

 

 美森が不安を口にする。星座だと一口に言っても、その種類は多岐に渡る。それこそ12種類等では済まない程に……美森は、それだけバーテックスは存在するのではないかと思っているのだ。もしそれが現実となった場合、戦いはまだまだ終わらないことになるのだから。

 

 「……大丈夫。その時は自分が守るよ」

 

 「楓君……ううん、そうなったら、私だって頑張るわ」

 

 「うんうん、皆でなら怖くないよね。それに、人類を死のウイルスから守ってくれた神樹様が居るんだしね」

 

 (……神樹様……か)

 

 彼女の不安を取り除くように、楓がいつものように朗らかに笑う。その笑顔を見て自然と美森と友奈も笑顔になり……それでは駄目だと、美森は自分もと訴え、友奈も続く。2人の言葉を受け、楓は頷いた。

 

 ただ、美森は言葉にせずに友奈の言葉に最後まで賛同しなかった。彼女の中では、人類に寄り添い、日々の恵みを授けてくれている神樹について少しの不満……疑心があった。勿論、それを言葉にはしない。だが……それは少しずつ大きくなってきている。

 

 「そういえば、バーテックスってなんでいっつも私達のところに出てくるのかな?」

 

 「ああ、それは神樹様が結界にわざと弱いところを作って敵を通しているからさ。そうすることで敵の現れる場所を誘導しているんだ」

 

 「楓くん物知りだね~」

 

 「友奈ちゃん。楓君は先代勇者だし、そもそもアプリに書いてあったわよ」

 

 「えっと……あはは。でも安心かも。それって神樹様にはっきりと意志があるってことだもんね」

 

 「そうだねぇ……感情だってあるかもしれないねぇ」

 

 (……本当に感情があるなら……散華のことをどう思っているのかしら、ね)

 

 手にしたブラシで美森の髪を解かしながら友奈が疑問を呟くと楓がそれに答える。先代勇者時代に他の3人と共に勉強もしていた彼は直ぐに答えられたし、美森が言うようにこれはアプリのテキストにも載っていることでもある。

 

 忘れていたことを誤魔化しつつ、友奈は笑いながらそう言い、神樹と精神の状態で直接会ったことがある楓も本当に感情があると知りつつ呟く。そんな2人とは対照的に、やはり美森は穿って見てしまう。こんなことではいけないと思っていても……1度出た疑心は消えてはくれない。

 

 「……美森ちゃん。やっぱり、不安かい?」

 

 「……そう、ね。暗いこと考えると、ずっと悩んじゃって……でも、2人が居るから……皆が居るから……もう、大丈夫」

 

 「東郷さん。悩んだら相談、だよ」

 

 「それは……でも、こんなこと相談しても困るでしょう?」

 

 「そんなことないよ。それに、暗いこと考えると悩んじゃうの……分かるもん。そんな時はね、誰かと一緒に居るといいんだよ。だから私が東郷さんと一緒に居るよ。ほら、ぎゅーっ」

 

 「自分も一緒に居るよ。友奈ちゃんみたいにぎゅーっとは出来ないけどねぇ」

 

 「……ありがとう、2人共」

 

 そんな美森の顔を見てどう思ったのか、楓がそう聞くと美森は少し悩んだ後に素直に答えた。今は側に2人が居るから、あまり深く悩まなかった。だが、もし1人だけだったなら……きっと、ずぶずぶと沼にハマるようにどんどん暗い方へと考え込んでいっただろう。

 

 その気持ちは、友奈にも分かった。病院に入院していた時の彼女こそが、正にそうだったのだから。もしあの時楓と会わなければ、眠れない夜を過ごしただろう。誰かと居る時の心強さと安心感を、友奈は身を持って知っていた。

 

 だから、友奈は美森の不安を無くすように後ろから抱き付いた。楓もまた、言葉だけではあるもののはっきりと告げる。今目の前に、自分は居るのだと。側に、自分は居るのだと。それが伝わったから……美森も、また笑顔を浮かべられた。

 

 その後、友奈は他の3人が起きるまで美森の髪を弄り、楓の髪も弄って美森とお揃いの髪型にしてみたり、折角だからと朝焼けをバックに3人並んで携帯で写真を撮ったりして過ごした。楓と美森が隣り合い、友奈が真ん中に立つ朝焼けを背景にした写真には……3人の笑顔が輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 合宿も終わり、後1ヶ月もすれば学校が始まる。合宿中は文化祭での出し物……劇の配役や演出等を話し合い、花火や夏祭りもしっかりと楽しんだ勇者部。各々自分達の家に戻り、のんびりと過ごしていた頃……風の端末に、その知らせは届いた。

 

 

 

 『敵の生き残りを確認。次の新月より四十日の間で襲来。部室に端末を戻す』

 

 

 

 戦いはまだ……終わっていない。




原作との相違点

・5人ではなく6人で寝る

・美森と友奈の語らいに楓参入。写真も取る

・蕩けてる友奈

・怪談無し。風のチアリーダーエピソードインターセプト

・バーテックスとの戦いよりも神樹への不平不満疑心がある美森

・その他色々あるんだってばよ



という訳で、合宿後半でした。男としては羨ましいと思うでしょうが。きっと楓だから許してもらえるハズ←

《》←は樹の書いた文字を表しています。なので、中1の彼女が書いたとして“先パイ”のような表現をしています。誤字ではありません。

さて、次回以降からまた不穏なことになる予定ですが……原作とかなり違ってきている為、原作通りに行くとは限りません。先代勇者とか、園子の心境とかもかなり違いますしね。

このペースならば、番外編は次回の次になるかもしれませんね。ところで、他の先駆者の方々に比べて受けとるリクエストが鬱や暗い話寄りなのは私の勘違いでしょうかね←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 16 ー

お待たせしました(´ω`)

また大量の誤字脱字報告を……ありがとうございます。どうしてなくならないの……。

ゆゆゆいのランイベ、超級星3取れなくて泣きそうです。でも大輪祭で亜耶ちゃん来てくれたので釣り合い取れた←

あれからまた番外編のリクエストをいただきました。ただ、可能な限り応えたいとは思っていますが、どうしても話が膨らまない場合もあります。ご了承下さい。

今回、また少しorかなり無理があるかもしれない描写があります。これもご了承下さい。

今回の3つの出来事!(オーズ)
1つ、高速詠唱NPチャージ(FGO)
2つ、フルチャージ(電王)
3つ、スキャニングチャージ(オーズ)


 それは、皆がまだ温泉に入っている頃。同じタイミングで男性用の温泉に入り、そう時間を掛けずに上がった自分は車椅子に乗って旅館の中を進んでいた。その途中、自分は夕飯の時に居た女将さんと遭遇し……。

 

 「……今、時間いいですかねぇ?」

 

 「ええ……勿論」

 

 それだけの短い会話の後、女将さんに個室へと案内された。部屋の広さはそれなり。2人掛けのソファが2つ対に置かれ、間にはガラスのテーブル。その上には白いテーブルクロスに一輪の白い花を差した花瓶が1つ。談話室、みたいなモノだろう。

 

 ソファの1つに車椅子から移り、女将さんも正面のソファに座る。お互いに見詰め合い、少しの間を置き……最初に口を開いたのは、自分。

 

 「……お久しぶりですねぇ……友華さん」

 

 「はい、久しぶりね……楓君。元気そうで何よりです」

 

 女将さん……いや、もういいか。彼女は一時自分の養子先にもなっていた高嶋家の党首、高嶋 友華さんだ。最後に会ったのは、自分が助っ人として姉さん達の元に帰る前、次の勇者候補のことを聞いた時になるか。

 

 「ここは大赦絡みの旅館、とのことでしたが……」

 

 「ええ。大赦……その中でも、高嶋の家が運営しているの。ご褒美にと合宿先として使うことにしたのも私からの案よ」

 

 「それはまた……何故?」

 

 「そうね……貴方とあの子を……もう1度見たかったから、ね」

 

 なるほど、ここは高嶋の家の旅館なのかと納得する。その旅館を合宿先として使わせてくれた理由を聞いてみると、そんな言葉が返ってくる。あの子……とは、言うまでもなく、美森ちゃんのことだろう。彼女がまだ須美ちゃんだった頃、友華さんと会ったことも話したこともあるのだから、気になるのも分かる。

 

 「……友華さん」

 

 「なにかしら?」

 

 「自分は、貴女に謝らなくちゃいけない」

 

 自分がそう言うと、友華さんは予想外とでも言うように目を見開いた。それはそうだろう。何せ自分と彼女はかなり険悪なままに別れ、今日まで会うことは無かったのだから。それも、自分が怒りをぶつけて彼女のことを目の敵にして。

 

 だが、時間が経って落ち着いた今なら……少なくとも、あの時の自分は怒りに目を曇らせていたのだと思える。

 

 「貴女にも立場があって、貴女にも守る物がある。それを理解していながら、自分は貴女も大赦と同じだと……そう怒鳴って、目の敵にして、酷い言葉をぶつけてしまった。本当に……ごめんなさい」

 

 「……いいえ。確かに、私は党首として高嶋家や、そこで働く人達を守らねばならない立場です。けれど……私も、貴方達を……勇者という、残酷な運命を背負わせている大赦の人間に変わりはありません。貴方のあの日の怒りは、決して間違ってはいません」

 

 頭を下げ、あの日の……決戦の後に目覚めた日に彼女に失望して、怒りと酷い言葉をぶつけてしまったことを思い出し、謝る。その時の言葉は、この世界に転生し(うまれ)て最も怒り狂った状態で出た本心だ。ただ……その怒りの全てを彼女にぶつけるのは違うだろうと……冷静になってから、そう思ったのだ。

 

 正直なところ、彼女に糾弾されることも視野に入れていた。だが、友華さんは糾弾するどころか自分の怒りは間違っていないと言ってのけた。その顔に、微笑みすら浮かべて。出来た人だと思う。こんな自分より……よっぽど。

 

 「それにね? 私は楓君に怒られるよりも……その後に、遠回しにでも嫌いだと言われた時の方が傷付いたわ。だって私達は……例え短い時間であっても家族で、親子だったんだもの。息子に嫌われて傷付かない母親は……居ないわ」

 

 「……そう、ですか」

 

 「ええ。ねぇ楓君……貴方は、まだ私を……嫌っていますか?」

 

 浮かんでいた微笑みが、不安げなモノへと変わる。一見すれば4~50代の妙齢の女性。顔が人の姿をした神樹様にも似ていて整っていることもあり、可愛いと表現することも出来るような友華さん。これで実際は80歳を越えているのだから、人間とは不思議なものだ。

 

 そんな彼女の言葉に、自分は首を横に振る。もう、彼女に対して罪悪感こそあれど怒りは無い。彼女が言ったように、自分達は短い時間とはいえ家族だったのだ。そうして過ごした時間の中で、自分は彼女がどういう人なのかを知っていたハズだった。なのに……。

 

 「いえ……自分はもう、友華さんを嫌ってなんていませんよ。虫のいい話かもしれませんが、ねぇ」

 

 「そう……良かった」

 

 自分がそう言うと友華さんは、本当に……本当に嬉しそうに……笑った。

 

 そこからしばらく、自分達は雑談をしていた。自分からは学校での出来事や勇者部での活動、勇者部の皆のこと。友華さんからは……相変わらずと言うべきか、貴景さんとの惚気話。昔と変わらず仲が良いようで何よりだ。

 

 貴景さんと言えば、友華さんより1つ年上なのだが老人とは思えない程にゲームが上手かったっけ。自分達先代勇者4人でゲームをしていた時に試しに対戦してみないかという話になり、自信があった銀ちゃんと対戦して完勝していた。昔はTシャドウというプレイヤー名で活動していて、その名はゲーマー界では知らぬ者は居ないとまで言われたとか。

 

 「……楓君」

 

 「なんですか?」

 

 「貴方達が検査を受けた病院から、大赦にカルテが送られています。私は大赦の上層部の1人として、そのカルテに目を通しました」

 

 不意に、友華さんが真面目な顔をして自分の名前を呼び、そんなことを言ってきた。個人情報とかどうなっているんだとか、医者でもないのに分かるのかとか言いたいことはあるが……良くも悪くも、この世界は神樹様を祀る大赦によって回っていると言っても過言じゃない。カルテを手に入れるくらい簡単なのだろう。

 

 ただ、何故今その話題を出すのか……と言いたいが、予想は出来ている。

 

 「……大赦では、貴方を乃木さんと三ノ輪さんのように管理しようという話が出ています。理由は……分かりますね?」

 

 「まあ、ねぇ……今回の自分の“散華”が原因でしょう」

 

 「やはり……気付いているのですね」

 

 「流石に分かりますよ」

 

 総力戦の時にした満開、その散華。皆にはわからないと言ってはいるが……実のところ、何を捧げたのかは理解している。ああ、分かるとも。何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 今はまだ、皆にも……一般の人にもバレては居ない。それこそ知っているのは自分の検査を担当した医者とカルテを受け取った大赦くらいだろう。もしバレたら、パニックになりかねない。もしかしたら、ゾンビとでも言われるかもしれないねぇ。

 

 「でも、今自分が勇者部から離れるのは……正直、不安ですねぇ。姉さんと美森ちゃんは不安定だし、友奈ちゃんも少し気になるしねぇ」

 

 「……大赦としては、貴方を管理する方向で話が進んでいます。勿論、現勇者達の心境や感情を考慮するべきという意見も出ていますが……」

 

 「管理する、という案が優勢だと。自分の散華のことがあるから」

 

 「……その通り、です。恐らく、夏休み中か……それが終わる頃には、通院から入院……それも大橋にある病院へと」

 

 「大赦は姉さん達にどう説明するつもりですか? それに、学校のこともあるでしょう」

 

 「……それは……」

 

 やはり……大赦は昔と変わらない、か。いや、分かるとも。自分の散華を考えれば、このまま勇者部として過ごさせるよりも……バレる危険性を排除する為にも管理した方がいいと。それに、神託で出たバーテックスは倒し終えたのだ。自分のお役目……現勇者達のサポート役というのは、もう終わったことになる。

 

 サポートのお役目が終わった時、自分がどうなるのか分からなかった。このまま皆と過ごすのか、のこちゃんと銀ちゃんのように管理されるのか、それ以外なのか。どれも可能性があって……それが、管理するということになっただけなのだろう。

 

 問題なのは、それを姉さん達にどう説明するか。強引に入院、管理したところで姉さん達が納得するハズもないし、姉さん達と大赦の間に大きな溝が出来る可能性は高い。姉さんに至っては既に出来てしまっている。であるなら、どうするべきか……大赦への不満は出るだろうが、出来る限りそれを抑える方法はある。

 

 要は、大赦からあれこれ言うから不満が出る。敵意を向けられる。なら、それ以外の存在が説明すればいい……例えば、()()()からとかねぇ。とはいっても、焼け石に水程度にしかならないだろうが。

 

 「……ごめんなさい、楓君」

 

 「いいえ、わかってましたからねぇ。せめて、お見舞いや電話くらいはさせて貰えると有難いんですがねぇ」

 

 「何とか、便宜を図ってみます。私も……私達も、勇者の子達を悪戯に悲しませたい訳では……決してないのですから」

 

 「信じますよ……友華さん」

 

 

 

 話を終えた自分が部屋に戻ると、皆も既に戻っていた。お風呂上がりだからか皆髪を下ろしていて、何だか新鮮な感じがするねぇ。

 

 「あら? お帰り楓。随分長風呂だったのねぇ」

 

 「いいや、直ぐに上がったんだけど……途中で女将さんと会ってねぇ。今まで話してたんだ」

 

 「女将さんって、あの茶髪の人? ちょっと友奈ちゃんに似てたわよね」

 

 「綺麗な人だったよねー」

 

 「あの女将さん、80越えてるんだってさ」

 

 【嘘ぉっ!?】

 

 「っ!?」

 

 新鮮な姿の皆の見たことのある反応を見て、自分はくすくすと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 風に連絡が入った翌日の部室。勇者部の6人が全員集合し、部室にあったアタッシュケースを開いて中に端末が入っていることを確認しなから、風が話し始める。

 

 「バーテックスに生き残りが居て、戦いは延長戦に突入した……纏めるとそういうこと。だから、これが返ってきた……いきなりでごめん」

 

 「姉さんの責任じゃないよ」

 

 「そうですよ、先輩もさっき知ったことじゃないですか」

 

 「ま、その生き残りを倒せば済むことでしょ。私達はあの総力戦だって乗り越えたんだから、生き残りの1体や2体どうってことないわよ」

 

 《勇者部5ヶ条、なせば大抵なんとかなる!!》

 

 「その通りですよ、皆が居れば大丈夫です!」

 

 「……ありがとう。そうね、バーテックスなんて私達勇者部6人が居れば問題ないわよねぇ」

 

 バーテックスの生き残り。そう聞いて旅館で早朝に会話をした友奈、美森は不安を覚えたものの、会話を続けていく内にその不安も消える。夏凜が言ったように、この6人はあの絶望的な総力戦を乗り越えたのだから。

 

 それは風も同じだったようで、5人の言葉を聞いて俯き気味だった顔を上げ、笑みを浮かべる。この6人ならば、乗り越えられないモノ等無いと。弟と妹、後輩達の顔を見ながら、彼女はそう思った。

 

 生き残りを倒せば、それで本当に終わりなのだ。それさえ終われば、また楽しい日々が戻ってくる。また、この6人で部活をしたり、どこかに出掛けたり、遊んだり出来る。そう思った……ただ、1人を除いて。

 

 「……明るい空気の中悪いんだけど、ちょっと自分の話を聞いてくれないかい?」

 

 「楓? どしたの急に」

 

 「大事な話だよ。とても大事な……ね」

 

 苦笑い気味に言う楓。そんな彼の様子に、皆が不思議に思う。その中でも、美森と友奈が、強烈に嫌な予感を感じていた。

 

 「自分の散華がわからない……前に、そう言っていたよねぇ?」

 

 「え、ええ……まさか、分かったの?」

 

 「ああ……というか、実は最初から分かってはいたんだけど……かなり言いづらくて、ねぇ」

 

 「言いづらい……?」

 

 楓が言葉を続けていく毎に、5人全員が嫌な予感を感じ、それが急激に膨れ上がっていく。不意に、楓は車椅子を操作して風に近付き……彼女の左手首を掴み、それなりに力強く手を引いて自分の方へと引き寄せる。何の備えもしていなかった風は必然、楓の方へと倒れ込む。丁度、彼の胸に顔を寄せるように。

 

 「ちょ、楓? いきなり何……すん……え? あ……待って……そんな……嘘……」

 

 いきなり手を引いた楓に文句を言おうとした風だったが、その顔が少しずつ青く染まっていく。そんな訳がない、これは何かの冗談だ……そう言いたくて、そう思いたくて、数秒間()()()()()()()()()()()()

 

 だが、そこで()()()()()()()()()()()()()()()()。どれだけ音を聞こうとしても、それは聞こえない。嫌でも、理解したくなくても……分かってしまった。彼が、何を捧げたのかを風の様子を見ていた4人も理解してしまい、その顔を青ざめさせる。

 

 「待って……ねぇ、待ってよ……」

 

 「通院していたのは、これのせい。生き残りを倒したら自分は……大橋の病院に入院することになるらしいよ」

 

 「大丈夫なの……? だって、これって……散華って、こんなものまで捧げることになるの……!?」

 

 「先代勇者の子の1人も、同じモノを捧げてる。これが一般の人に知られれば、大変なことになるからねぇ……その可能性を可能な限り無くすためには、仕方ないよねぇ」

 

 風の目から涙が零れる。その涙を左手の指で拭いつつ、楓は苦笑いしながら続ける。5人は、彼の言うことは理解出来ていた。それでも、納得出来るかどうかと言われれば話は別で。

 

 「楓君……何で今……それを言ったの?」

 

 「このまま黙っていることも……勿論考えた。だけど、隠しきれることじゃないしねぇ……それに、通院中にもいずれ大橋の病院に移ってもらうって話も聞かされていたからねぇ……理由を黙ったまま行っても、納得出来ないだろう?」

 

 「だから……今なの?」

 

 「……生き残りを倒して直ぐに行くことになるよりは、良いと思ったんだ。今なら……心構え出来るだろう?」

 

 美森は車椅子を動かして楓に近付き、問い掛ける。彼のいつもの朗らかな笑みと共に返ってきたのは、そんな言葉。確かに、このまま隠し続けたとして……もし何かの拍子で自分達に、或いは一般の人に発覚すれば……今よりも酷いことになっていただろう。それは想像するに難くない。

 

 だが、それが良いとは言えない。否……楓という存在が勇者部から、自分達の側から居なくなると考えれば、何一つ良いこと等ないだろう。心構えなんて出来る訳がない。またこの6人で……そう想像した未来が、他ならぬ彼の手で砕かれたのだから。

 

 「病院じゃなきゃダメなの? ずっと家に居るんじゃ、ダメなの!?」

 

 「外聞の問題だろうねぇ……それに、検査も続けなきゃいけないしねぇ」

 

 「また離れることになるの!? また……また、あんたを1人に、あんたを1人にしなくちゃいけないの!?」

 

 「……ごめんね、姉さん……樹……」

 

 「あ……うああ……っ!」

 

 楓の体を正面から力一杯抱き締め、風は泣き崩れる。樹も楓の後ろから抱き付き、声も無く涙した。また、家族が離れ離れになる。また、彼が1人居なくなる。それがどうしようもなく悲しくて、泣くのを堪えられなくて。

 

 それは他の3人も同じだった。美森は楓の左手を握って泣き、友奈は己の右耳に手を当てつつ瞳を揺らしながら嘘だ嘘だと呟き、夏凜は風達を見ていられないと拳を握り締めながら目を逸らす。

 

 「お見舞いとかは、出来るらしいよ。電話だって、出来るってさ……会いに来て、くれるんだろう?」

 

 「……行く。絶対に、出来る限り毎日、それが無理でも電話だって……絶対に……絶対に!」

 

 「うん……嬉しいよ。大丈夫、2度と会えなくなる訳じゃない。ただ、離れた病院に居るだけ……場所だってハッキリしてるんだからねぇ」

 

 気休めにもならない言葉だと理解しつつも、楓は言う。また会える。いつだって会える。声だって聞ける。だから……離れていても、寂しくはない。風に、樹に、美森に、友奈に、夏凜に……そう、言い続けた。

 

 “心臓”……楓があの日、神樹へと捧げたモノ。その鼓動と共に……彼はまた、彼女達とのありふれた普通の日々をも捧げた。

 

 

 

 (心臓……楓君が捧げたモノ……なんで……なんでそんなモノを捧げたのに……楓君は()()()()()()()()?)

 

 

 

 美森に、そんな疑問を残して。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく、夏休み終了も間近となったとある日。いつものように部室に集まっていた勇者部の面々。茹だるような暑さに風と友奈が簡易テーブルの上に上半身を乗せてスライムのように溶けていた。

 

 「あ゛ー……あっついわねぇ……」

 

 「ですねー……」

 

 「溶けてるねぇ」

 

 「そうね」

 

 溶けてる2人を見ながら、これまたいつものようにパソコンで作業をしている美森と直ぐ側で端末から勇者部のホームページを見ている楓が苦笑いする。因みに、樹と夏凜の2人は部活の為外に出ている。

 

 一時は暗くなった勇者部だったが、今ではすっかり元通り……とまではいかないまでも、ある程度明るくなっていた。楓が言ったように、病院に行ったところで何もまた会えなくなる訳ではない。それに、散華が戻ればまた帰ってこれるのだ。だから勇者部は、楓が病院へ行くその時までの時間をたっぷりと楽しむことにした。彼の、そして自分達の寂しさを少しでも埋める為に。

 

 「なんで楓くんと東郷さんはへーきなの~……?」

 

 「心頭滅却すれば火もまた涼し。日本国民足るもの、気の持ち様でどうとでもなるのよ、友奈ちゃん」

 

 「自分はまあ……そういう体質だからねぇ」

 

 友奈の疑問に、美森は右手の人差し指を立てながらさらりと言ってのける。風から疑わしげな目で見られるものの、本気でそう思っている彼女は自信満々の表情から揺らぐことはない。

 

 楓は苦笑いしつつ、その一言で済ます。温感を捧げていることを知る美森だけはそれを聞いて悲しげにするも、直ぐに隠すように同じように苦笑いを浮かべた。心臓を捧げたことを言っておきながら温感のことを言わないのはおかしいかもしれないが、2年間隠し続けているモノと事実上目の前で失うことになったモノとでは訳が違う。それは美森も理解していたし……不謹慎な話だが、唯一知っているということに少し優越感もあった。

 

 

 

 「そういう体質ねぇ……暑いとか寒いとか感じ難いってこと? 羨ましいわー」

 

 

 

 だから……美森は風が何気なく言ったことに対して怒鳴りかけ、何とか耐えた。風に悪気があった訳ではない。どちらが悪いと言えば、黙っている楓の方が悪いのだろう。それでも、知っているからこそ……その言葉に対して小さくない怒りを覚えた。

 

 「……そうだねぇ。そんなに暑いなら、何か冷たい飲み物でも買ってくるかい? 暇だし、自分が行ってくるよ」

 

 「あ、じゃあ私も行くー」

 

 「そうねぇ……一緒に行きましょっか。東郷、あんたはどうする?」

 

 「あ……いえ、私はここで作業の続きをしています」

 

 「そっか。東郷さん、何がいい?」

 

 「そうね……緑茶をお願い」

 

 そんな会話をして、3人は部室から出ていった。その際に美森は楓と視線を合わせ、感謝を込めて頭を下げる。楓が飲み物を買いに行こうと言い出したのも、美森の怒りを感じ取ったからだ。その理由が分かるから、場の空気をリセットする意味も兼ねて風を連れ出したのだろう。それが分かるから、美森も感謝した。

 

 友奈は、あの日からなるべく楓と共に行動するようになった。それを少し寂しく思うものの、美森はそれも仕方ないと思っている。合宿の日……もっと言えば、入院していた日から、友奈の中の楓への感情が少しずつ変わっていっているのを、美森を理解していたからだ。

 

 そんな友奈が可愛くて仕方ないと、己の中にあった怒りが消えていったのを自覚した美森の視界にとあるモノが映る。

 

 「あら……楓君、忘れて行っちゃったのね」

 

 それは、大赦から返された楓の端末だった。空気をリセットすることに意識を向けていたために机の上に端末を置き、そのまま忘れて行ってしまったのだろう。珍しい楓の失敗に、美森は思わずくすりと笑い……耳元で悪魔が囁いた。

 

 (楓君の、端末……中には当然、勇者アプリもある。そして……精霊のリストも)

 

 端末が戻って来てから今日までの間に、勇者部のメンバーに1つの変化があった。それは、夏凜を除く5人の精霊の数が1体ずつ増えているということ。

 

 精霊が増えた者と増えていない者。その違いは、美森だけでなくとも理解している。即ち、満開を使ったかどうか。使った5人は増え、使わなかった夏凜だけが増えなかった。つまり、精霊は満開を使う毎に1体ずつ増えていくということ。

 

 (……先代勇者である楓君はともかく、私が最初から3体もの精霊が居たのはずっと疑問だった。でも、今なら……勿論、そうだと決まった訳じゃない。でも、可能性は限りなく……高い)

 

 なぜ、友奈達と同じ時期に勇者になったハズの自分だけが複数の精霊を持っていたのか。その理由を、美森は察しかけていた。否、ほぼ確信していると言ってもいい。状況証拠だけがあり、確たる証拠が無いだけの話なのだ。

 

 自問自答を繰り返しつつ、いけないと思いつつも楓の端末に手を伸ばし、掴む。電源ボタンを押してスリープを解除。映し出されるのは……パターンロック画面。

 

 「……ごめんなさい、楓君」

 

 一言謝り、美森は一切の躊躇無く指を動かしてパターンを入力。あっさりと、ロックを解除した。何時だって楓と友奈のことを見ていた美森だからこそ出来る芸当。勿論本人にバレたら間違いなく怒られるだろうが。そして、映し出されたホーム画面の背景を見て、彼女は息を飲む。

 

 ホーム画面には、勇者アプリと他の2つ3つ程度のアプリ。その背景に映し出されているのは、旅館で撮った写真。楓と美森が隣り合い、友奈が真ん中に立つ朝焼けを背景にしたモノ。他の3人は知らない、この3人だけが知っている秘密の写真。

 

 (……それでも私は……貴方を知りたい)

 

 沸き上がる罪悪感。一瞬の躊躇。それでも結局、真実を知りたいという気持ちが勝った。勇者アプリを開き、精霊のリストを開き……中に目を通す。

 

 (夜刀神……与一……陰摩羅鬼……だいだらぼっち……)

 

 美森だけでなく、他の勇者部メンバーも知る精霊達。美森も知った温感の散華と楓の申告、そして総力戦での満開。正しければ、精霊の数は6体。美森からすればそれでも充分多いが、全ての散華が発覚していることにもなるので多少安心出来る。

 

 

 

 だが……やはり、真実とは残酷なモノであって。

 

 

 

 (茨木童子……天狐(てんこ)……っ、槍毛長(やりけちょう)提灯火(ちょうちんび)……そんな……8体……っ!?)

 

 リストに存在する精霊の名前……その数、8。つまり楓は総力戦のモノも数えて7回満開していることになり……美森も知らない散華が、後2つ存在するということになる。

 

 「楓君……貴方は、他に何を失っているの……?」

 

 もうすぐ3人が戻ってくるかもしれないとホーム画面に戻ってスリープモードにし、元の場所に置く美森。泣きそうになるのを必死に堪え、部室の天井を見上げる。

 

 後2つ、楓が捧げたモノ。それは最早、想像することも出来ず……かといって、怖くて聞くことも出来ず。美森は勝手に見てしまった罪悪感もあり、見たことを隠して過ごした。

 

 

 

 時は過ぎていく。バーテックスの生き残りも現れず、学校も始まり、楓の心臓のことがバレないように同じクラスの友奈、美森、夏凜が気を付けて過ごし……そして9月の中頃、ソレはやってくる。

 

 生き残りのバーテックスが。そして……崩壊(おわり)が。




原作との相違点

・生き残り戦前に精霊の増える理由発覚済み

・台詞とか色々



という訳で、久しぶりの登場の友華と楓の仲改善、心臓散華、満開回数発覚、不穏チャージのお話でしてー。

遂に発覚した満開回数。その数7回です。つまりはあの時点では銀ちゃんと同じ6回、総力戦で園子と並んだことになります。最後の散華は、実はここまででヒント(になってるハズ)が出てます。わかるかな?

病院に入院とか、散華暴露とか無理があると思われるかもしれませんが……そこは何とか、ご了承下さい。

次回、本編は置いといて番外編です。DEifが一番多かっ
た為、それを予定しています。なので、アンケートは終了致します。皆様、投票ありがとうございました。

……その次の番外編で、2位、次で3位を書こうと思います。なので、アンケ自体は残します。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif4 ー

新! 番外編! 平成最後の日!(アツクナレーユメミターアシーターヲー

という訳でお待たせしました(´ω`)

FGO、天華百剣、ゆゆゆい、プリコネ、ラストイデアと色々やってて遅くなりました。しかも11000文字越えました。何やってんだ私は。

今回は予定通りDEifの続き。リクエストにあったものも混ぜ混んでます。

ゆゆゆいで平成最後のガチャ回したら花言葉雪花、名探偵園子(小)が来てくれました。たかしーも重なる奇跡。しかもサッカー部たかしーも……推しが沢山来て嬉しい。

感想見て書くの忘れてたの気付きました。10万UA、誠にありがとうございます! 今後とも本作をよろしくお願いいたします。

今回はあの子が中心になります。


 その日は……雨が、降っていた。

 

 「……新士」

 

 ポツリと、その名前を呟く。もしかしたら、いつもみたいに朗らかな笑顔と一緒に“なんだい?”なんて返ってくるかもしれない……そう、思って。勿論……そんなことは、無かったけど。

 

 「お……兄ちゃ……ああああっ……うええええん!!」

 

 「樹……うぅ……楓ぇ……っ!」

 

 「……私が……私が、断っていれば……私が……」

 

 「貴方……」

 

 雨野 新士……本名、犬吠埼 楓の告別式。それは大赦の関係者は勿論、元の家族にクラスメート、更に隣のクラスの何人かまで参加する大きなモノになった。仮面を着けた大赦の大人が言うなんとも大層な新士を持て囃す言葉を聞き流しながら、あたしと園子、須美の3人は自分達が花を贈る……新士を送る順番を待っていた。

 

 今、隣のクラスの髪の白い女の子が花を置いて戻ってきた。さっきのは……新士の元の家族だったんだろうか。新士と髪の色が似てる小さい女の子と、大きな女の子。それから男の人と、女の人があたし達の隣を歩いていった。新士の養子先の人は遅れてやってくるらしい……全部、どうでもよかった。

 

 「……新士……」

 

 安芸先生は昨日学校で言ってた。新士はお役目の最中に亡くなった。友達と別れるのは悲しいけど、どうか誇らしい気持ちで見送ろうって……出来る訳が無かった。

 

 よく頑張った。お役目を立派に果たした。彼は英霊となった。お役目のことをよく知りもしない人達の言葉。本気なのか、心無いって奴なのかは……どっちでもいい。でも……でもさ……やっぱり、悲しいじゃんか。

 

 「……そのっち……銀……私達の番よ」

 

 「……」

 

 「……ああ」

 

 須美に言われて立ち上がり、新士が居る箱に向かう。園子はずっと俯いてて、いつもみたいな元気は無くて。須美も、ずっと何かを我慢してるように無表情で。あたしは……鏡を見た時、冗談みたいに死んだ魚みたいな目をしてるなって思って……少しも笑えなくて。

 

 箱……棺だっけ……その前に来て、中を覗き込む。そこには、綺麗な沢山の白い花。そして……まるで眠ってるかのような、新士。その姿を見て、またあの日を思い出した。

 

 首の無い死体。体の前に転がってて、あたし達の方を向いていた首。その光景は樹海化が終わっても変わらなくて、大赦の人が来るまで喉が潰れる程に泣き叫んだ。

 

 「……新……士……」

 

 また、呟く。首が繋がっていなかったなんて嘘みたいに綺麗な状態。もしかしたら、このまま起き上がってくれるんじゃないかって。園子を抱き締めて、苦笑いしながら頭を撫でて……びっくりさせてごめん、なんて……あたしと須美に笑いかけてくれるんじゃないかって。

 

 でも……そんなことは、なくて。そっと、3人で新士の胸の上に花を添える。もう、名前を呟くことも出来なかった。涙も、出なかった。代わりに、後悔ばかり沸き上がる。

 

 あたしが間に合っていれば……新士を1人にしなければ。いや、新士じゃなくてあたしが残っていれば……ずっと、そんなことばかり考えて。

 

 

 

 不意に……時間が止まってることに気が付いた。

 

 

 

 「これは……まさか」

 

 「嘘だろ……こんな……こんな時にも、来るのかよ」

 

 須美とあたしが思わず口にする。告別式。お葬式。新士との、大事な親友との……最期の大切の時間なんだ。辛いけど、悲しいけど、だからこそちゃんとお別れしなきゃいけなかったんだ。最後まで見届けて、目に焼き付けなきゃいけなかったんだ。

 

 それを……邪魔するのか。あたし達は、最期のお別れすら……出来ないのか。なんで来るんだよ。なんで襲ってくるんだよ。なんであたし達なんだ。なんで……なんで、なんで! なんで!!

 

 「うう……」

 

 「ああ……っ!」

 

 「う、あ……ああっ」

 

 

 

 「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」」」

 

 

 

 極彩色の光と……何故か、桜の花びらが新士の姿と世界を隠していく中で……あたし達は怒りと、悲しみを込めて……叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 「……最っ悪の夢見だな」

 

 今なら悪夢を見てハッキリ覚えてたっていう須美の気持ちが分かる。そんな事を思いながら、布団から出る。悪夢を見たからか、パジャマ代わりのTシャツが寝汗でじっとりとしていて気持ち悪い。

 

 園子とも夏凜とも違う、駅近くのマンション……そこで、あたしは1人暮らしをしていた。週末には実家に帰って家族と会っていたけれど、この世界じゃそれも出来ない。大橋さえ取り戻せれば、また帰ることが出来るんだろうけど……当然、小さいあたしは帰れない。そう思うと、少し気が引ける。

 

 「……ふうっ」

 

 風呂に行ってシャワーを浴びて汗を流し、ふと鏡に写る自分の体が目に入る。小学生の時は新士と並んで小さかったあたしも、中学生になって少し背が伸びたし、須美に及ばなくとも胸だって大きくなった。夏凜以上園子未満、ってところか。

 

 朝食を軽く作って着替えて部屋から出る。向かうのは勿論学校。平日だし、この世界でも普通に授業はある。小さいあたし曰く、“夢みたいな世界なのに夢がない”。何だってこんな世界に来てまで勉強しなきゃいけないのか……流石あたしだ、思考回路が似てる。あたしなんだから当たり前か。

 

 (今日は園子、大丈夫かな)

 

 道中、まず考えるのはソレ。前に新士と何かあったらしく、不安定だったのが安定してたけど……安定し過ぎてあたし達の方が不安定になったけど……油断するとまた泣き出すからなぁ。しかも園子ちゃんまで巻き込んで。前に西暦勇者の皆の前で2人で泣き出してびっくりさせてたっけ。

 

 西暦勇者……300年前の初代勇者達。西暦と神世紀じゃあ色々と勝手が違うんじゃないかと思ってたけど、意外とそうでもないらしい。文明レベルを見れば、そんなに大差ないんだとか。

 

 西暦組と神世紀組の仲も良い。同じリーダー格としてか若葉さんと風さんは良く話をしてるし、血筋の繋がりで園子達とも一緒に居ることも多い。そこにひなたも加わる。

 

 高嶋は同じ西暦勇者の千景さんと一緒に行動するのが多いが、やっぱり良く似てるからか友奈とも行動することもある。2人揃うと正に双子。千景さんは小さいあたし達を相手に良くゲームをして遊んでいる。最初は少し取っ付きにくいイメージがあったけど、すっかりそんなこともなくなった。後、よく須美……大きい須美とも何か話し合っているのを見かける。

 

 タマっちはアウトドア派だからか、あたし達と話が合う。ただ、小さいあたしは味方だけどあたしは敵だと胸を見ながら言われたのは……何とも言えない気持ちだったな。小さいあたしも微妙そうな顔してたし。杏は本好きとその物識り具合から園子達、須美達とよく話してる。樹とも一緒に行動してたりするな。ただ、園子が何か端末見せてると目が怪しい気がする。

 

 「あら、銀じゃない」

 

 「おはようございます、銀さん」

 

 「おはようございます、三ノ輪さん」

 

 「あ、風さんに樹に……新士。おはよう」

 

 学校が近くなってきた頃、犬吠埼3姉弟と会った。風さん、樹と視線を動かして新士に目を向けて……夢を思い出して、一瞬息が詰まる。何とか挨拶を返せたけど……手が震えてるのが自分でも分かる。

 

 そのまま一緒に登校することになり、震えを誤魔化すようにさっきの続きを考える。新士のことは、まだ考えて無かったからな。

 

 新士は、やっぱりと言うべきか誰とでも相性が良い……いや、杏とだけは苦笑いしながらあまり近づかないようにしてたっけ。特に園子ちゃんと一緒に居るときは……それでもまあ普通に話したりしてるんだし、人が良いというか。

 

 ひなたの若葉自慢を唯一最後まで聞く新士。その繋がりで若葉さんとも一緒に居ることも多い。ついでにひなた関連で謝られることも多いらしい。性格的に友奈と直ぐに仲良くなった新士は似たような性格の高嶋さんとも直ぐに仲良くなった。その繋がりで千景さんとも話したりするらしいが、小学生とは思えない落ち着きやお爺さんみたいな雰囲気に戸惑われているとか。

 

 タマっちとは、小さいあたしと一緒に外で遊ぶこともある。部室では暇だと園子達や樹を膝枕しながら本を読んでることが多い新士だけど、その身体能力は小学生組の中でも特に高い。インドア派でありながらアウトドア派並の体力を持つ新士を、タマっちは驚いたと話してた。

 

 ……全部、見たり聞いたりしただけだ。あたし自身は、それほど新士と一緒に居たり、話したりすることはない。話すと、思い出すから。一緒に居ると……思ってしまうから。

 

 (なんであの時……こうして側に居られなかったんだよ……)

 

 園子達が新士と一緒に居ないと泣きそうになるのとは逆に……あたしは新士の側に居ると泣きそうになってしまうから。

 

 

 

 

 

 

 西暦勇者達が召喚されてしばらくの時間が経った頃。

 

 「諏訪の勇者、白鳥 歌野です。皆さん宜しくお願いします! 趣味は農業です!」

 

 「諏訪の巫女、藤森 水都です。宜しくお願いします……趣味は、特にないかなぁ、と」

 

 「私は秋原 雪花。北海道から来た勇者だよ。よろしくお願いシャス」

 

 「……古波蔵 棗。沖縄から来た」

 

 西暦にて諏訪、北海道、そして沖縄で勇者と巫女をしていたという4人が新たな仲間として加わっていた。故郷で1人バーテックスに立ち向かっていた彼女達であったが、他の勇者達と共にその都度現れた敵を撃退し、仲間が居る心強さを感じながら信頼関係を築いていく。

 

 そんな彼女達に、共通して驚くことがあった。男の勇者である新士の存在である。勇者と言えば少女というのは当時からの認識であり、男の勇者というのはそれだけで珍しい。それに加え、年下である新士が同年代と比べて爺臭いとすら呼べる程落ち着いているというのも、彼女達にとっては驚くことだったらしい。

 

 性別の違い、それは確かに大きい。が、そこは老熟した精神を持つ新士。その朗らかな笑みとのんびりした口調、年寄り染みた雰囲気ですっかり仲良くなれていた。

 

 「で、姉としては唯一の男である楓が皆にどう思われているのか知りたい訳よ」

 

 「それはいいけど、なんであたしに言うのよ風さんや」

 

 部室の近くの廊下を歩いていた銀(中)とまるで待ち構えていたように進行方向に立っていた風。ばったり会った後に事実確認として上記のような会話をした後の台詞がこれである。

 

 見た状況、聞いた話では確かに仲良くなれているとは思う。しかし、弟が西暦勇者達に実際はどう思われているか……姉としては非常に気になるという。なので、風は新士にはバレないようにこっそりと聞いて回るつもりでいるらしい。銀(中)は変なことに巻き込まれてしまった……と頭を抱えた。

 

 

 

 「雨野君? ああ、彼は良い子だな。少し落ち着き過ぎている気もするが、一緒に居て気が楽だ」

 

 「私の若葉ちゃんの話も最後まで聞いてくれるんです~。代わりに昔の風さんや樹ちゃんの話を聞かせてくれるんですよ?」

 

 「ひなた、またお前は……雨野君にもひなたの話はあんまり聞かなくていいとは言っているんだが、彼はいつも“楽しいから大丈夫”で済ませてしまう。本当に大丈夫なのか少し心配だな」

 

 「大丈夫ですよ若葉ちゃん。若葉ちゃんの恥ずかしい話は、少ししかしていませんから」

 

 「私じゃなくて彼の心配を……待て、恥ずかしい話? なんだそれは? しかも少しはしているのか!?」

 

 最初に聞いたのは、中庭に居た若葉とひなた。真面目で実直な若葉と西暦の人間の中では風達と最も付き合いが長いひなたの話を聞いて、風は安心すると共に弟がこの若葉大好き人間に自分達の何を話したのか気になって仕方がなくなる。

 

 因みに、銀は知っている。ひなたが時折新士に膝枕されている園子達を羨ましげにしているのを彼に見られた後、こっそりと膝枕してもらっていることを。“お疲れ様”と囁かれながら頭を撫でられ、何とも嬉しそうにしていたことを。その時の部屋の扉越しに園子ズと共に見ていたのだから。

 

 

 

 「新士君? うん! 仲良しだよ! 一緒にお散歩行ったりうどん食べたり……あ、前に結城ちゃんも一緒に3人で組み手やったんだ! 2人共手強かったー」

 

 「確かに、小学生とは思えない動きをしていたわね、彼。ゲームの方も結構上手かったわ。前に小学生の子達と一緒に狩りゲーをやったのだけど、サポートがとても上手いの」

 

 「そうなんだ? 今度私も誘って欲しいなー。皆で一緒にやろうよ!」

 

 「勿論、高嶋さんが良いなら。どんなゲームが良いかしら……やっぱり協力プレイが出来る物を……」

 

 「うん! あ、そうだ。新士君はね、私達がこうやってお話してるといつもこう、見守るように笑ってるんだ。それがちょっと気になるなぁ」

 

 「そう、ね。彼が私達を見る目は……とても不思議な感覚を覚えるわ。嫌な訳ではないのだけれど、なんだか……そう、むず痒いというか……」

 

 次に聞きに行ったのは高嶋。丁度寄宿舎に居たようで、部屋の中には千景も居た。早速、と風が銀を連れて新士をどう思うかと聞いてみたところ、そんな答えが返ってきた。

 

 風は後で知ったことだが、新士はお役目の為の鍛練として格闘技を習い、実戦形式での鍛練を行っていた。この世界に来た今でも日課としてランニングや演武を行っている。その為、同じように格闘技や鍛練をしていた友奈ズ、夏凜、若葉等とも時に共に鍛練、もしくは組み手をすることも多かった。なので、西暦勇者の中では高嶋と行動することは意外と多いのだ。

 

 また、養子に出る前には風とゲームをしていたこともあって滅茶苦茶とはいかないまでもそれなりに出来る。腕としては中の中程度ではあるが、勇者の鍛練で上がった動体視力はある程度ゲームでもその力を発揮する。また、人の機微にも聡いので相手が何を求めているのか察するのも早い。サポートとしても優秀なのだ。弟の評価を聞き、風は銀を連れて満足して次へと向かった。

 

 

 

 「新士? あいつ結構動けるよなー。いや、勇者だから当然なのか? でもなんかお爺ちゃんみたいだろ? 本もよく読んでるみたいだからあんまり動けないと思ってたんだけどさ。小さい方の銀と一緒にサイクリングとかアスレチックコースとかで遊んだんだよ。楽しかったぞ!」

 

 「タマっち先輩、そんなことしてたんだ……私はなんだか避けられてるみたいでして。いえ、一緒に本を読んだり、お勉強したり、お喋りしたりはしますよ? ただ、園子ちゃんと一緒に居る時に私を見つけると離れていくんです……私は2人を温かく見守りたいだけなのに」

 

 「いや、あの息遣いが荒いうっとりとした表情のどこが“温かく見守る”になるんだ。タマにはわからないぞ……勘違いしないでくれよ? あんずはこんな子じゃなくて、本当は女の子らしくて物識りで良い子なんだ……」

 

 「あの2人の小学生カップルを見てると、何だか胸の奥が熱くなってもっと見ていたくなるんです! 先生と一緒でも勿論良いんです、年下の男の子が年上の女の子とカップルなんてそれだけで素晴らしいですし、しかも女の子側は同い年と年上で同一人物! そんな物語でしかあり得ないような状況をこの目で見られるなんて興奮するしかないじゃないですか!」

 

 「折角のタマのフォローを無駄にするようなことはやめタマえよ!?」

 

 寄宿舎から出る為の廊下で、球子と杏の2人と出会った風と銀。これ幸いと弟をどう思って居るかと聞いたところ、そんな答えが返ってきた。球子の楽しげな表情から良い関係を築けているのが見てとれる。問題なのは、その後の杏だった。

 

 避けられてるとは言ったものの、新士は本当に嫌がって彼女だけと関わらないつもりでいる訳ではない。ただ、園子ズと共に居る時に杏と遭遇すると彼女の言う温かい目が妙に彼の危機感を煽るので、状況次第では逃げてしまうのだ。

 

 そんな彼女の言を何とかフォローしようとする球子だったが、その直後の杏の力説から台無しにされる。真の敵は身内とは良く言ったものである。この後も杏を球子が必死に抑え、その隙に風と銀は寄宿舎から出ていくのだった。

 

 

 

 「新士君? こないだ結城さんと彼が一緒に居た時に畑に出来そうな場所はない? って聞いたら2人でこの場所を見つけてくれたのよね。お陰で農業が出来るようになったから感謝してるわ」

 

 「わ、私はまだあまり会話してませんが……その、落ち着く、と思います。何だか、諏訪に居たお爺さんお婆さんと一緒に居るみたいで」

 

 「分かるわみーちゃん! それに彼って他の四国の人と比べてそこまでうどん好きって訳じゃなさそうだから、その内蕎麦派に……ジョーク、ジョークよ風さん。だからそんな目で睨まないで?」

 

 「でも、前に美味しいお蕎麦を出すお店を見つけたからって一緒に行ったよね。新士君、ざるそば8枚も食べてびっくりしました……」

 

 「アンビリーバボーな光景だったわね。それだけ食べて“腹八分目”なんて言うもんだから……8枚食べたことと掛けたギャグなのか、それとも本気なのか……」

 

 「……あの後、園子ちゃん達と一緒にクレープ食べてるの見たよ。食べさせあいもしてた……小学生って進んでるんだね」

 

 「リアリー!?」

 

 寄宿舎から出た2人が向かったのは、讃州中学近くの土地。何もなかったハズのその場所は、今では立派な畑が出来ていた。そこに居るのは農業王と書かれたTシャツとジャージ姿の歌野と、水筒やタオル等を持っている水都。新しく仲間に加わった2人にも、銀を連れた風は弟をどう思っているかを聞いていく。

 

 歌野曰く、この場所は友奈と新士の2人が歌野の依頼で見つけたという。趣味の農業が出来るようになったと、それはもうキラキラとした笑顔で言った。対して水都は、その大人しい性格からかあまり共に行動したりはしないらしい。が、その老成した雰囲気は彼女にとって故郷に住む老人達を思い出すのだとか。

 

 そして、若葉とうどん対蕎麦でよく論争をする歌野にとって新士は蕎麦派になる候補だと言う……が、そこはうどんは女子力を上げると普段から豪語するうどん好きの風。家の弟をどうする気だ? おん? と睨み付け、睨み付けられた歌野は冷や汗をかきながら冗談だと首と両手を振った。その後また驚いたのは、新士の大食いっぷりにか、それとも食べさせあいの部分にだったのか。

 

 

 

 「新士君? いや、こっち来てからそんな時間経ってないからあんまり絡んでないけどさ……あの子、絶対年誤魔化してるよね。あの落ち着きっぷりで小学生はあり得ないでしょ」

 

 「……新士は、良い奴だ。沖縄の話をすると、樹と共に沖縄の歌を歌ってくれた。海の声も、新士は良い奴だと言っている」

 

 「いや、海の声って……まあ、別に悪い子だって言ってる訳じゃないよ。それどころか、棗さんの言うとおり良い子だよね。話してて退屈にならないし。聞き上手って奴かにゃあ」

 

 「ん……私が喋らなくても側に居てくれた。お互いに何も話さなかったが、あの空気は心地好かった」

 

 「後は、ちょっと服装に無頓着なのが気になるかな? 可愛い顔してるし素材は良いんだからさ、もっとファッションに興味を持って欲しいよ。何なら私が色々着飾ってあげるしさ」

 

 畑から部室に戻る際、風達は一緒に歩いていた雪花と棗を見つけて近付き、同じように質問をした。すると雪花は右手の人差し指を頬に当て、首を傾げながらズバッと言ってのける。これには風と銀も少し思うところがあったのか、表は苦笑い、内心で頷いてしまう。

 

 棗はあまり表情は動かないものの、新士に対して悪感情を抱いている訳ではないらしい。それどころか樹と共に沖縄の歌を歌ってもらってご満悦のようだ。何故神世紀生まれの新士が沖縄の歌を知っているのかという謎が出てきたが。

 

 ファッション関係に興味がある雪花にとって、現在風が買ってきた服をそのまま着ているのは見た目はともかく本人が服に興味が無いのが少し不満らしい。容姿を褒められて姉として鼻が高いと風は胸を張り、着飾ることを了承。小学生時代に女装させられていたことを思い出した銀は内心彼に向けて合掌をした。

 

 

 

 

 

 

 「いやー、満足満足。やっぱり弟と皆が仲が良いと安心するわ」

 

 「そりゃあようござんしたね……マジでなんであたし付き合わされたんだ……」

 

 あれから部室に戻ってきたあたしと風さん。言葉通り満足げにしてる風さんはいいけど、あたしとしては付き合わされたことに疑問しかない。まあ楽しかったのは楽しかったし……親友が良く思われているのは、確かに嬉しいけど。

 

 部室にあるパイプ椅子に座り、途中で買ったジュースを開けて一口飲む。ホッと一息つくと、風さんが端末を操作してポケットにしまった後に同じようにジュースを片手にあたしの方を見ていることに気付いた。

 

 「うーん……やっぱり、楓のことを嫌ってる訳じゃないのね、銀」

 

 「は? そりゃ、当たり前ですよ。これでも……親友だったんですし」

 

 

 

 「じゃあ、なんで楓から距離を取ってるのよ」

 

 

 

 ひゅっと、変な息が漏れて思わず俯く。バレていることは……別に不思議じゃない。須美と園子だって気付いてたし。ただ、それを新士の家族の風さんから直接聞かれるとは思ってなかっただけで。

 

 「……それは、その……」

 

 「……楓が死んだのは自分達のせいだから合わせる顔が無いとでも思ってる?」

 

 「っ……なんで……」

 

 「園子に東郷、そしてあんた。3人の楓への対応を見てれば、大体予想出来るわ……それに、前にお葬式の時の夢を見てね。そこに……小学生組の姿があったことを思い出したのよ」

 

 言い当てられた。その後に風さんも同じような夢を見ていたことにびっくりして……ああ、そう言えばあたしも風さんと樹みたいな女の子を見たなと思い出す。

 

 ……あたしが新士から距離を取る……避けてるのは、つまりはそういうことだ。あの日からずっと、ずっと後悔してた。あたしが間に合っていれば、新士は死ななかったのにって。告別式を終えても、その後のバーテックスを倒しても、大赦に奉られていても、供物が戻ってきても……転校してきて勇者部に入っても、この世界に来てからも……ずっと。

 

 「……あたしがあの日間に合ってたら……新士は中学生になって、一緒に讃州中学に通えたかもしれないんだ」

 

 「……」

 

 「園子だってあんな風に泣かなくて済んだんだ……須美だって、好きだった相手を忘れることなんてなかったかもしれない。風さんと樹も家族を失わなくて良かった。あたしが……あたし、が……っ!」

 

 「……バカね、銀」

 

 後悔して、吐き出して、申し訳なくて、泣いて……情けなくて。そんなあたしを、風さんは優しげな声でそう呟いて、あたしの頭を抱き締めてきた。あたしより大きな胸の柔らかさを感じつつ、抱き締められたことに困惑して涙が止まる。

 

 「全部もしもとか、たらればの話じゃないの。そんなに楓のことを思ってくれてるのは嬉しいけれど、そこまで思い悩むこともないのに」

 

 「でも……でもぉ……!」

 

 「あんたがそんなんじゃ、楓が困っちゃうわよ。あの子はきっと、恨むどころか気にしてすらいないわよ。むしろ、そんな風に悩ませてごめん、なんて謝ってくるかもね」

 

 頭を撫でられながら、耳元で囁くように言われる。そんな事はない……そう言おうとして、風さんの言葉に納得しそうになる。苦笑いして、そのまま言ってくるのが想像出来る。

 

 「だから、いいの。もうそんなに悩まなくても……いいのよ」

 

 「風さんは……樹は、あたしを何とも思わない……ん、ですか」

 

 「思うところがない、とは言わないわ。でもね……この世界の楓が、あんた達のことを恨んでも居なければ怒っても居ないの。それどころか、あんたに避けられて寂しいなんて言ってるのよ? そっちの方が腹立つわ」

 

 「新士が……?」

 

 「そうよ。それでも納得出来ないってんなら、楓に寂しい思いをさせた罰として楓に会わせる。それで……全部、本人に直接吐き出しちゃいなさい。あの子はもう……全部知ってるんだから」

 

 新士が、あたしに避けられて寂しい? それに、全部知ってるって……ああ、そう言えば園子もそんなこと言ってたっけ。もう9割気付いてるとか……本当に、知っているのか。自分がもう死んでるのも……その死因も、全部。

 

 ……会うのが、怖かった。新士に恨み言を言われるのが、怒りをぶつけられるのが……怖かった。そんな事はないって思っても、もしかしたらって思って……怖かったんだ。

 

 今でも夢に見る。一見すれば座っているだけに見えるその後ろ姿。声をかけてもまるで反応しなくて、嫌な予感が膨れ上がって動けなくて……須美と園子が来てからやっと近付けて、近付いたら……。

 

 あんな姿で死んでいい奴じゃなかったんだ。もっともっと一緒に居たくて、いつか……あたし達の夢が叶った姿を見て欲しかったんだ。その未來を奪ったのはあたしだって……園子と須美から好きな人を奪ったのはあたしだって……ずっと、思ってたんだ。

 

 「……あたしは……また、新士と一緒に居ても……いいんですか?」

 

 「勿論」

 

 「あたしは……新士と話したり……遊んだりしても……いいんですか?」

 

 「あの子も、そう望んでるわ」

 

 「あたしは……あたし、はぁ……っ……新士とまだ……友達で、親友で……居ても、いいですか……っ!!」

 

 

 

 「勿論だとも」

 

 

 

 「……え……あ……」

 

 泣いて、思ってることを叫ぶように言ったら、風さんとは違う声が答えた。その声の方を向くと、部室の扉がいつの間にか開いていて……そこに、新士の姿があって。

 

 「なん、で……」

 

 「三ノ輪さん……銀ちゃんが自分を避ける理由を知りたくてねぇ。姉さんに頼んでたんだよ」

 

 「部室の隣の部屋に隠れてもらってて、話始める前に合図を送ってね。悪いとは思ったけど……今のあんたは荒療治でもしないとね。つまり、今までの話は全部楓自身も聞いてたのよ」

 

 合図なんていつの間に……と思って、話す前に風さんが端末を弄ってたのを思い出す。多分、あれで新士に合図を送って、その後新士は扉の前であたしと風さんの話を……あたしの叫びも全部。

 

 「のこちゃんもそうだけど……そんな風になるまで自分を思っていてくれてありがとねぇ」

 

 「あ……」

 

 「……でも、もういいんだよ。自分は、自分が死んだことよりも君達が生きていてくれることの方が嬉しいんだ。自分を、忘れないでいてくれていることが嬉しいんだよ」

 

 忘れる訳がない。期間だけ見れば、1年位しか一緒に居なかった。でも……その短い時間の中でも、あたし達は確かに仲間で、友達で、親友で。

 

 いっぱい楽しいことをしたんだ。いっぱい話したんだ。もっと楽しいことをしたかったんだ。もっといっぱい話したかったんだ。もっと……もっと、一緒に居たかったんだ。

 

 「……もっと、一緒に居たかったんだ」

 

 「そうだねぇ。自分も……もっと一緒に居たかったよ」

 

 「もっと……おんなじ時間を過ごせたハズなんだ……っ!」

 

 「……うん」

 

 「ごめん! ごめん新士! あたしが間に合っていたら! あたしがもっと早く動けていたら! もっと強かったら! お前を……ひとりに、しなかったらぁ……!!」

 

 「うん……自分も、もっと強かったら。生きていれば……君を、君達をそんな風に……泣かさなくてすんだのにねぇ……自分こそごめんね、銀ちゃん」

 

 「うああああ!! ああっ、ぐ……ひ……ううううっ!!」

 

 全部……吐き出して。新士と風さんに抱き締められて……あたしは、心の底から澱んだものを全て追い出すように……本気で泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日、悪夢は見なかった。代わりに……遠足の、楽しかった部分の夢を見た。アスレチックコースで遊んで、焼きそばを食べて、景色を見て……そんな、楽しかった夢。

 

 いい気分で朝食を食べて、用意をして学校に向かう。その途中で、前みたいに犬吠埼3姉弟と遭遇して。

 

 「あら銀。おはよう」

 

 「おはようございます、銀さん」

 

 「おはよう……銀ちゃん」

 

 

 

 「うん、おはよう!!」

 

 

 

 今日も……楽しい1日が始まった。




という訳で、DEif時空の銀ちゃん救済話でした。リクエストからはDEifの告別式、勇者達の新士への印象? と盛り込ませてもらいました。

東郷さんと比べると、銀ちゃんは明確に救済されています。風先輩にも先輩&姉として動いてもらいました。

さて、今日で平成が終わり、令和がやってきますね。令和初投稿は本編になります。本編と言えば、本編ゆゆゆいはどうしましょうかね。

花結いの章をがっつりやるか、番外編オンリーか。一応勇者の章を終えてから、おまけストーリーとしてゆゆゆいやるか。話数がかなり増えますが、ゆゆゆいが楽しいのが悪い(責任転嫁

次の番外編は未定です。友奈の章終わりぐらいか、また何かの記念になるか。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 17 ー

お待たせしました(´ω`)

流石に以前程の執筆速度は出ませんね……なんで1日とか2日に1回とか投稿出来たんだ私。

ゆゆゆいでは思いやりぐんちゃんと東郷さんコスのコラボキャラが来てくれました。ぐんちゃんの尊みが深い……。

ラストイデアが楽しくて仕方ないです。レジェンドもっと落ちて←

今回、かなり原作と変わっています。まあ銀ちゃん生存とか満開回数が少ないとか違いが大きいからね、仕方ないね。


 何度目かの樹海化が起き、直ぐに変身する6人。その中で美森がアプリで敵を確認する。数は1、名前は双子座。この敵さえ倒せば、延長戦も終わる。

 

 「さて……今回の敵で本当に終わり。またアレ、やるわよ!」

 

 「また? ホント好きね、こういうの」

 

 「先輩は体育会系気質だから」

 

 「騒ぐのと楽しいのが好きなだけだよ」

 

 「楓うっさい。さあ! 敵さんきっちり昇天させてあげましょ。勇者部ファイトーっ!」

 

 【おーっ!!】

 

 円陣を組み、気合いを入れる6人。今度は夏凜も抵抗無く参加している。声が出ない樹も、その顔にやる気を漲らせていた。

 

 そこから少しして、今までのバーテックスと比べれば小さな影がシャカシャカと高速で走ってくる。総力戦の際、満開した樹によって倒された双子座、その色違いである。

 

 「なんだかちっちゃいねー」

 

 「自分と友奈ちゃんは見てないね、あのバーテックス」

 

 「あれって樹が倒さなかったっけ?」

 

 「双子座という名前の通り、元々2体のバーテックスなのかもしれませんね」

 

 レオに取り込まれていた為にその姿を見ていなかった友奈と楓がああいうのも居るのかと不思議そうにする隣で、風が確認するように呟くと樹が頷き、美森が自分の考察を述べ、それを聞いた5人はなるほどと頷く。

 

 「ま、いずれにせよやることは同じよね」

 

 「そうだねぇ。バーテックスは倒す……それで、終わりだよ」

 

 「うん! よーし、やるぞー!!」

 

 夏凜、楓、友奈と続き、楓は翼を出して飛び上がり、同時に夏凜と友奈も跳び上がる。遅れて樹、風も続き、美森は高い位置にある木の根に向かう。

 

 本来なら、ここで動けたのは夏凜と友奈の2人だけだった。しかしここでは、彼女達は皆散華の存在を知り、その恐怖がありつつもこれで終わりだという意識がある。故に、初動こそ遅れたものの全く動けないということはなかった。

 

 「3人同時だ。動きを止めるよ」

 

 「了解です!」

 

 「うん! 一緒に!」

 

 「「「せーのっ!!」」」

 

 先行していた楓達3人が声を掛け合い、同時に左拳を突き出して双子座目掛けて落下し、その丸い頭部のような部分を同時に殴り付けて進行方向と逆の方へと吹き飛ばす。

 

 確かな手応え。しかし、双子座は倒れた状態で少しばかりジタバタとしたもののピョンと跳ねて再び立ち上がり、また走り出そうとし……その両足に緑色の光のワイヤーが絡み付き、真っ正面にビターンッ! と盛大に転けた。

 

 「うわ、痛そう……」

 

 「これは、樹か。ワイヤーの扱いはもう勝てそうにないねぇ」

 

 「やるじゃない」

 

 「っ!」

 

 その姿を見た友奈は自分が転けた訳でもないのに額を押さえて顔をしかめ、楓は樹の手際の良さを褒め、夏凜も簡潔に褒める。近くまで来ていた樹は2人に褒められたことで笑顔を浮かべ、ぐいっとワイヤーを引くと両足を絡めとられたままの双子座が逆さまに浮き上がる。

 

 「どっせええええいっ!!」

 

 「これで終わり……だから!」

 

 その浮き上がった体を風が大剣で横一閃して両断し、後ろから美森が狙撃銃の引き金を引くと彼女の頭上に光が集まり、レーザーとなって突き進んで双子座の頭部を撃ち砕き、撃ち砕かれた双子座はべしゃっと地面に落ちる。

 

 「ナイスよ東郷! さて、さくっと封印するわよ、皆!」

 

 「任せなさい。封印、開始!」

 

 「バーテックス、大人しくしなさーい!」

 

 「お前で最後だ、よ!」

 

 風の声に従い、美森を除いて意思を込めて封印の儀式を始める5人。魔方陣のようなモノが双子座の下に現れ、その体から他のバーテックスと比べて遥かに小さな御霊が現れる。が、そこからが問題だった。

 

 「出た、御霊……!?」

 

 「なに、この数!?」

 

 樹がかつて破壊した小さな御霊。それが今回は凄まじい量が出てきたのだ。以前にもあった御霊が分裂した、なんて物ではない。文字通り大量に、多過ぎて柱を作り出す程。しかもまだまだ出て来ており、足下にも御霊が転がっている。

 

 全員で御霊に攻撃していくが、破壊する速度よりも出てくる速度の方が速い。夏凜が短刀を投げつけ爆発させて一気に破壊する。風が大剣を巨大化させて峰の部分で押し潰す。樹がワイヤーで包囲して収縮させて切り裂く。美森が先程のレーザーを放って消滅させる。それでも、減らない。彼女達の攻撃範囲では、全てを破壊するには至らない。

 

 4人の顔に焦りが出る。別に攻撃することで満開ゲージが増えることは怖くはない。使う意思を持って満開を叫ばなければそれは発動しないと知っているのだから。しかし、儀式を行った以上制限時間が出来てしまい、このまま破壊出来なければやがて封印出来なくなり、復活する双子座が神樹に走っていく姿を黙って見ていなければならなくなる。

 

 「皆、ちょっと離れて!」

 

 不意に、楓がそう叫んだ。その直後に風、夏凜、樹の3人は疑うことなく御霊から離れ……その御霊を、巨大な白い光が飲み込んだ。さながら物を袋で包むように。

 

 前回の満開によって更に増した楓の勇者の力。それは扱える光の量が増えるということでもある。楓は光を風呂敷のように広げて全ての御霊を包み込み、光を操作して空中へと持ち上げる。

 

 「友奈ちゃん!」

 

 「うおおおおっ!! 炎の……勇者キーック!!」

 

 その光目掛けて、跳び上がっていた友奈が新しい精霊、火車の力を使った炎を纏った足を突き出して高速で落下する。それは光に突っ込み、貫き……友奈が着地するのと同時に楓の光の中で友奈の炎が巻き起こり、1つ残らず御霊を焼き尽くし、破壊し尽くした。

 

 念のためと、美森がアプリを確認する。勿論、その画面には双子座の文字は無い。制限時間を表す数字も空中から消えている。先の12体のバーテックスの生き残りは、ここに殲滅されたのだ。

 

 「ナイスよ楓! 友奈!」

 

 「おっと」

 

 「わわっ! 風先輩、苦しいですよー」

 

 「くっ、美味しいところを持っていかれたわ」

 

 「……!」

 

 「お疲れ様、2人共」

 

 倒した嬉しさを体現するように楓と友奈に抱き付く風。少し悔しそうに、しかしその顔には苦笑が浮かんでいる夏凜。そんな夏凜を見てくすくすと笑っている樹に、リボンを動かしてぴょんぴょんと跳ねながら5人の元に戻って2人に労いの言葉をかける美森。

 

 笑い合う6人。気付けば樹海化は光と共に解除され、見慣れた学校の屋上へと戻って来ていた。これで本当に戦いは終わったのだ。心にやってくる安堵。そして……寂しさ。

 

 「……本当に、終わったのね」

 

 「うん。これで、皆のお役目は本当に終わりだよ」

 

 「……そっか」

 

 確かめるように呟く風に、楓はいつものように朗らかな笑みを浮かべて頷く。その言葉に風は頷き……樹と共に、車椅子に座る楓を後ろから抱き締めた。

 

 これで終わり。それはつまり、楓が大橋の病院へと入院するということだ。もうこれまでのように直ぐ近くに居るということはない。もっと言えば、部室に来ることもないのだ。散華が戻る、その日までは。

 

 それを理解しているから、姉妹は楓から離れなかった。それを理解しているから……友奈達3人は、姉弟の姿を少し離れた場所で見ていた。そして、翌日の学校にはもう……彼の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 友奈ちゃんの後ろ、私の左隣の席。そこにあるハズの姿が無くなってから、私達だけでなくクラスも少し暗くなった気がした。バーテックスがやってきた日の翌日……つまりは昨日、先生から楓君が一身上の都合で休学すると告げられた。その理由を知るのは、私達勇者部だけなのだけど。

 

 昨日は楓君が入院したばかりということでお見舞いには行けなかった。風先輩と樹ちゃんは学校を休んで色々と用意したりお手伝いしたりしていたみたいだけど。

 

 勇者部のホームページにも、楓君が入院したという報告をしてある。主に老人会の人から心配と早く良くなるといいねという応援のコメントが沢山来ている。本当に、早く良くなる……供物が戻るといいのだけど。

 

 「……はぁ」

 

 友奈ちゃんの溜め息が聞こえた。少し離れた席では夏凜ちゃんが退屈そうにしている……私もきっと、同じような表情をしているんだろう。隣に彼が居ない。それだけなのに、全く違う世界に居るかのようで。

 

 授業がいつもよりも遥かに長く感じる。今日は部活があるからお見舞いにはいけないけれど、明日はお休みなので朝からお見舞いに行ける。早く1日が終わらないだろうか。

 

 

 

 そんな事を思っていたのも既に昨日の話。私と友奈ちゃんは電車を使って楓君が居る大橋の病院へと向かっていた。少し遠いが、彼と会うためだと思えば別に苦でもない。

 

 因みに、風先輩と樹ちゃん、夏凜ちゃんは別の時間にお見舞いに行くらしい。皆で集まって一緒に、とも思ったのだけど、それぞれに用事があるとのことで私達は私達で先にお見舞いに行くことになったのだ。

 

 「東郷さん、それなあに?」

 

 「お見舞いの食べ物。別に楓君は病気で入院した訳じゃないし、病院食って味気ないと思うから」

 

 友奈ちゃんに膝の上の四角い袋を指差されながら聞かれたのでそう答える。言った通り、この袋は食べ物……それも楓君用の一口ぼた餅を入れた重箱が入っている。

 

 味覚を失った友奈ちゃんが居るのにぼた餅はどうかとも思ったのだけど、私達が帰った後に食べて貰うなら問題ないはず。以前のように直ぐに会えない以上、こんな時でもないと彼に食べてもらえないから。それに、重箱を取りに行くというお見舞いの理由作りも出来るし。

 

 「友奈ちゃんも、何か持ってきたの?」

 

 「うん! えっとね……これ!」

 

 そう聞いてみると、友奈ちゃんはカバンから1つの写真立てを取り出した。その中に納められていたのは、6種類の花を使った押し花。

 

 「押し花ね。とても綺麗……」

 

 「皆の勇者服にあったお花で作ってみたんだ」

 

 そこまで花の名前に詳しくない私では全部を言い当てられないけれど、私のアサガオに友奈ちゃんの桜の花……どこで見つけたのかしら。もうすぐ秋なのに……楓君の白い花菖蒲、後は……ユリかしら。それからわからないのが2つ。とにかく、その押し花はとても綺麗だった。

 

 集合写真とはまた違う、私達が勇者だから私達だと分かる押し花の集合写真。友奈ちゃんらしい、素敵なお見舞い品だと思う。きっと彼も喜んでくれるハズ。

 

 電車に揺られながら楽しく雑談することしばらく、ようやく目的地に辿り着いた私達は病院で受付の女の人に楓君の病室を聞くと、身元を聞かれ、学生証を見せるように言われ……少しパソコンを操作した後に笑顔で教えてもらった。

 

 少しの疑問。それは友奈ちゃんも同じだったのか首を傾げていたけれど、今は早く楓君の病室に行きたかったので気にしないようにする。教えられた、随分と奥まった所にあるエレベーターに乗り、目的の15階へ。大きい病院だとは思ったけれど、まさか15階まであるとは思わなかった……というか、このエレベーターには15と1以外のボタンが無いのだけど。

 

 「……ここ、だよね?」

 

 「その筈だけど……嫌な雰囲気ね」

 

 止まることなく辿り着いた15階。ただ、その階はなんというか……嫌な雰囲気をしていた。人の気配が無い。それに、少し薄暗い。エレベーターの前には長い通路があるだけで、後は直ぐ近くに非常階段に続く扉と、エレベーターの横にもう1つエレベーターがあるだけ。1階の乗った場所にはこのエレベーターの他には無かった筈なのだけど。

 

 長い通路の先に見える扉を目指して、友奈ちゃんに押されながら進む。窓1つ無い、日の光が一切無い少し暗い蛍光灯のみの変な通路。掃除は行き届いているのか通路や壁自体は綺麗なのだけど、それがかえって不気味に見える。

 

 「これは……注連縄(しめなわ)、だっけ?」

 

 「なんでこんなものが……」

 

 少しして扉の前に来ると、扉の上と天井の間に大きな注連縄が飾ってあった。病室の前の通路は横に広がっていて、トイレも給湯室もある。まるで、この階から出なくても良いように。この病室の近くから離れなくても良いように。

 

 気持ち悪い。違和感だらけで、この階は気持ち悪い。1階が人も沢山居て普通の光景だった分、この階は異世界にすら思える。早く楓君に会おう。友奈ちゃんと顔を見合わせて頷き、扉を開ける。

 

 「……うん? おや、友奈ちゃんに美森ちゃん」

 

 「……わっしー……?」

 

 「え、須美?」

 

 そこには大きなベッドに横たわる楓君と……体と顔に包帯を巻いて病人服を着ている、車椅子に乗った知らない金髪の女の子と灰色の髪の女の子と……仮面を着けた、大赦の人間と思わしき人が居た。

 

 

 

 

 

 

 「えっと……お見舞いに来ました~」

 

 「お邪魔だったかしら……?」

 

 「いや、大丈夫。来てくれて嬉しいよ、友奈ちゃん、美森ちゃん」

 

 「良かった。えっと、この人達は……」

 

 「東郷さんを見てすみ? わっしー? って呼んでたけど、知り合い?」

 

 「……ううん。初対面だわ」

 

 わっしー……今は東郷さんだっけ。それから……赤い髪の女の子は確か、結城 友奈ちゃん。当代の勇者で、カエっちを除けば最高値の適性を誇るっていう。

 

 もしかしたら、会うかもとは思ってた。だけど、こんなに早く会えるとは思っていなかった。それに……やっぱり、私とミノさんのことは忘れてるんだね。知らない人を見る目で見られるのは……結構、辛いなぁ。

 

 「……あはは、ごめんね。須美って言うのは……わたし達の大切な友達の名前で、わっしーはそのあだ名なんだ~」

 

 「……そう、なんだよ。そっちの子が、その友達と良く似ててさ。つい、ね」

 

 何とか、笑って誤魔化す。前のわっしーなら追及されたかもしれないけど……今のわっしーは記憶が無いから、大丈夫だよね。

 

 「そう、なの……楓君。この人達はまさか……」

 

 「美森ちゃんの予想通りだと思うよ」

 

 「それじゃあ……先代の、勇者」

 

 「えっ、私達の先輩勇者!?」

 

 「えへへ、その通りだよ。私と、ミノさんと、カエっちと……鷲尾 須美って子の4人で、一緒に勇者としてバーテックスと戦ったんだよ」

 

 「ミノさんってのはあたしのことな」

 

 驚く2人に、思い出しながら教える。そう、今でも思い出せる。4人一緒だったこと。一緒にお話したり、遊んだり……戦ったりしたこと。最後の戦いは辛かったけれど、その前の日々はキラキラとしてて、思い出すだけで温かい気持ちになれる。

 

 「そうだ……貴女達の名前、教えてほしいな」

 

 「あ、さ、讃州中学、結城 友奈です」

 

 「東郷 美森、です」

 

 「……美森ちゃん、か……」

 

 「……いい名前だな」

 

 名前も、姿も安芸先生から教えてもらっていたけれど……やっぱり、本人の口から聞くのは違うね。後は……寂しいかな。私達の知っているわっしーなのに……目の前に居るのはもう、私達の知らない美森ちゃんなんだって突き付けられるのは。

 

 「次はわたし達だね。乃木さん家の園子ですー」

 

 「三ノ輪 銀っていうんだ。宜しく、2人共」

 

 「園子ちゃんと銀ちゃんだね! 宜しくお願いします!」

 

 「宜しく、お願いします。あの、2人の体は……やっぱり」

 

 「カエっちから聞いてるんだね。満開も……散華も」

 

 「……ええ」

 

 「そっか。うん、この体は散華の結果。両手も両足も捧げちゃってまともに動けなくなっちゃって……2年間ずーっと、この病院の最上階に居るんだ~」

 

 「あたしも左手以外の四肢を捧げちゃったから、園子とおんなじ階に居るんだ」

 

 ミノさんはいつも退屈そうにしていたっけ。わたしはのんびりするのが好きだったし、近くにミノさんも居たし、安芸先生もカエっちの行動とか当代勇者が居る勇者部のことも教えてくれたし……1週間に1回は夢空間でカエっちとも会えたし、それほどでもなかったけれど。

 

 ……嘘。やっぱり寂しかった。夢空間じゃなくて、生身で会いたかった。話したかった。当代勇者の子達ばっかりズルいって思ってた。だから、不謹慎だけど……こうしてカエっちとまた会えて、直ぐ近くに居ることが嬉しい。

 

 「……? 最上階? でも、ここに来るまでの通路に部屋なんて……あ、もう1つのエレベーター」

 

 「そう、それに乗れば最上階に行けるんだ。今日まで降りることは無かったけどね」

 

 「……それはやっぱり、散華のせいで?」

 

 「まあ、そうだな。一般の人に見られる訳にも、知られる訳にもいかないしさ」

 

 「特にわたしはね。カエっちと同じ場所……捧げちゃってるから」

 

 「……楓くんが言ってた、もう1人の心臓を捧げた勇者って……」

 

 「うん。わたしのことだね」

 

 2人が来る前、3人で少し話してた。久しぶりだとか、また満開したんだとか……心臓を捧げたからここに来たんだとか。嫌なお揃いだね、なんて皆で苦笑いして……神託で出たバーテックスは全部倒したとか、そんな話もして。

 

 でも、殆ど勇者部のこととか、わっしーとお姉さん、友奈って子が心配だとか。後は私達も含めて早く神樹様が散華を戻してくれるといいねとか……そんな話をしてて。そんな時に2人が来たんだ。

 

 「……2年間、ずっとその状態で過ごしてきたん、ですよね。辛くはなかったの……?」

 

 「辛かったよ」

 

 「そうだよな……辛かった」

 

 わっしーが聞いてきたからミノさんと一緒に即答する。夢空間の中で、カエっちはいつか神樹様が散華を治してくれる、また自分の意思で動けるようになるって言ってくれたけど……治る気配は、全然なくて。今こうしてここに居るのも、ずっと黙ってる仮面の人……安芸先生が連れてきてくれたからで。

 

 本当は、ここに来るのはダメなんだ。大赦の人は私とミノさんを奉ってて、本当ならその部屋から動かしたくないんだから。この部屋だってそうだ。勇者部の人達がお見舞いで来てるとは言え……部屋の前には注連縄、ベッドの裏や棚の裏みたいな見えない場所には沢山の紙のヒトガタが貼り付けてある。もう、カエっちも奉られているんだ。

 

 きっと、わっしー達は知らない。ここに来られるのは勇者と一部の大赦の人だけ。神様に力を借りた、満開と散華によって神様に近付いた勇者達と、それを知っている大人達だけ。後の一般人は門前払いを受けているなんて、ね。

 

 「……そのリボン、似合ってるね」

 

 「……このリボンは、とても大事なモノなの」

 

 折角カエっちのお見舞いに来てくれたのに雰囲気を暗くしてしまったから、何とか空気を変えようとして……わっしーがしているリボンが目について、そのまま聞いてしまう。返ってきた言葉は意外で……それでも、嬉しいもので。

 

 「それだけは、覚えているのに……ごめんなさい。それ以外は……思い出せ、なくて……っ!」

 

 「……美森ちゃん……まさか……」

 

 「す……東郷……」

 

 「……ううん。仕方ないんだから……いいんだよ」

 

 ああ、分かっちゃった。わっしー……美森ちゃんは泣きながら謝ってる。リボンを握り締めながら、私達の方を見て……そうだよね、美森ちゃんは……わっしーは真面目で、頭も良かったから。

 

 彼女は……自分が私達と同じ先代勇者だったってことに、もう気付きかけてるんだ。ヒントは、きっとあったんだよね。その涙を拭ってあげたいけど……わたしは、動けないからそれも出来ない。あの時渡したリボンを、記憶を失っても大切にしててくれて嬉しいのに……抱き付くことも出来ない。

 

 「東郷さん……大丈夫、だよ。バーテックスは全部倒して、戦いは終わったんだから。散華だって、神樹様がいつか戻してくれるから」

 

 「……そう、よね……いつか……いつか、きっと……」

 

 友奈ちゃんが美森ちゃんを抱き締めて、そう呟くのが聞こえた。でも、肝心な美森ちゃんは……口ではそう言ってても、まるで信じてないみたいだった。

 

 2人は……知らないんだね。戦いは、まだ終わってない……終わらない。きっとまた、時間を置いてバーテックスはやってくる。その時、別の勇者が見出だされるのか……それとも、彼女達が再び勇者として戦うことになるのか。

 

 ねぇ、神樹様。カエっちに供物を戻してくれるって伝えたなら、どうして戻してくれないの? どうして、無垢な少女にしか力を貸してくれないの? どうして、カエっち以外の男の子はダメなの?

 

 いつになったらわたし達は……また、一緒に……。

 

 

 

 少し時間が経って落ち着いてから、私達は5人で楽しくおしゃべりしてた。また……わっしーとゆーゆと、友達になれたと、思う。ミノさんとゆーゆは結構話が合うみたいで、ずっと一緒に居たみたいに仲良くなってた。安芸先生はずっと黙ってたけど、何だか雰囲気が穏やかな気がする。わたし達がこの人は味方だと言ったからか、2人も気にしなくなってた。

 

 わたしと美森ちゃんはカエっちの側で勇者部のこととか聞いて、学校のカエっちのこととか聞いて……え、待って。カエっちとわっしーとゆーゆのスリーショットとか凄く羨ましいんだけど。記憶を失ってもカエっちの右側陣取るとか……え、本当に記憶失ってるんだよね? 後カエっち、この膝枕しながら撫でてる小さい女の子についてもう少し話を……。

 

 そんなこんなで楽しい時間は過ぎていって、電車の時間があるからと2人が部屋を後にするのと一緒に、私達もそろそろ戻らないと他の大赦の人が煩くなるので……と部屋を出る。その際、エレベーターの前で美森ちゃんに声を掛けられた。

 

 「乃木さん。それから、三ノ輪さんにも少し聞きたいことがあるのだけど」

 

 「なに?」

 

 「答えられることなら答えるゾ?」

 

 「そんなに難しいことじゃないわ。貴女達の端末、今どこにあるのかなって。持ってるようには見えないから」

 

 なんだそんなことか、と思った。同じ勇者なんだから、変身の為に必要な端末は気になるのかなとか、別に深く気にすることもなくわたしは答えていた。

 

 「わたし達のスマホは、大赦が預かってるよ。わたし達はいざというときの切り札でもあるけど……普段は怖がられてるからね。変身出来ないように手元には置いといてくれないんだ」

 

 「ネット環境とかも制限されてるから、暇で暇で仕方ないんだよな……」

 

 「怖がられてる……?」

 

 「うん。その理由は、またいつか……ね」

 

 きっと……この時、わっしーは気付いたんだね。ううん、元々もしかしたらとは思ってて……確信させちゃったのかな。

 

 

 

 「……そう……やっぱり勇者は……そして精霊は、その為の……」

 

 

 

 エレベーター前で別れたわたし達には聞こえなかったその呟き。きっとゆーゆには理解出来なかったその言葉。それに気付けていれば……彼女の行動を事前に止められたかもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 ― そんな…… ―

 

 暗い空間。そこに、少女の姿の神樹は居た。初めて勇者部が乙女座を倒した時からずっと期待を、希望を持って試行錯誤を繰り返してきた。戻せないと思った楓の散華を、供物を戻すという期待。強化されていたバーテックスの御霊に含まれる天の神の力、それと自分達の力を合わせれば、不可能だと思われた供物の返還が出来る……そう、希望を持っていた。

 

 

 

 ― ……足りない……っ!? ―

 

 

 

 だが、計算外のことが起きた。いや、予期は出来たかもしれない。だが、惑星規模の御霊を持ってしても足りないとは思わなかったのだ。

 

 計算外だったのは2つ。1つは、総力戦での楓の7回目の満開。これによって只でさえ絶望的だった供物の返還が遠退いた。しかし、それでも惑星規模の御霊を見れば、それまでの()()()()()御霊があれば、何とか戻せる筈だった。ずっとお手本を見て、ずっと試行錯誤してきた。彼と彼女達の未来を見られると、勇者達が報われると、その為に努力してきたのだから。

 

 2つ目の計算外。それは、他のバーテックスと違って獅子座は()()()()()()()()()()こと。強さだけであればバーテックスの中でも最強でありながら、獅子座単体の天の神の力は他のバーテックスと比べてもむしろ少なかったのだ。故に、合体しても神樹の想像するよりも得られた天の神の力が少なかった。

 

 どちらかの計算外が無ければ良かった。満開していなければ、力が足りた。強化されていれば、力が足りた。いや、強引にでもやろうとすれば戻せる。しかし、それをすれば四国を守る結界や人々の生活を支える恵み等の力がしばらく無くなってしまうから出来ない。

 

 ― 次の襲来は……まだ数年先……また、数年待たせるの? ―

 

 神樹が予期する次の襲来はまだまだ先の話。そこまで待てばいいだけ。しかし、神樹には見えている。聞こえている。彼女達の泣き顔が、彼女達の悲しみが。

 

 楓の存在のお陰で力は今尚増し続けている。彼女達の供物は戻せる。だが、彼女達だけ戻れば……それもまた、不審に思われるだろう。“何故彼だけが戻らないのか”と。そして、また悲しみや泣き顔が生まれるのだ。

 

 ― どうしよう……どうしたら……っ ―

 

 心を、感情を得たが故に神樹は……“私達”ではない“私”は思い悩む。答えは出ない。彼女には、それを出す為の経験が無いのだから。“私”は神でありながら人に寄りすぎた。そして、もし仮に答えを出せたとしても……。

 

 ― ……悩んだら相談……そうだ、勇者の子達も言ってた……なら、私もあの人に…… ―

 

 崩壊(おわり)は始まっている。そう……何もかも遅すぎた。




原作との相違点

・袋叩きに合う双子座

・友奈と東郷が園子に呼ばれない

・病院にて園子、銀と再会

・勇者が死なないことを教えられない

・その他ちょっと多過ぎて……逆に教えて下さい←



という訳で……不穏だらけのお話でした(雑)。前書き通り、かなり原作と変わっています。ここから本筋はそのままに、過程がかなり変わっていきます。いや、この流れでそのままやっても違和感凄いですしね←

今回で先代勇者集合+α。色々と知っているので一見穏やかな終わり(少なくとも原作のようないきなり真実を伝えられるということは無かった)ですが、さてはて。

やっぱり戻せなかった楓の供物です。話の流れと満開で“あっ(察し”な人も居るのでは? どうなるんだー(棒

そしてまた東郷さんチャージ。フルチャージ。月は見えているか。スキャニングチャージ。NPチャージ。マキシマムドライブ。準備はよろしいか?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 18 ー

お待たせしました(´ω`)

やっぱり更新速度が落ちている……以前は週一か2週間に1回だったのを考えると、これまでがおかしかったんですがね←

fgoではバルバトスを50体程狩りました。あんまり狩れなかったなぁ……ゆゆゆいでは諏訪の2人のssrが来てくれました。やったぜ。

今回は概ね原作通りです。さぁ、ショータイムだ(マージーックターイム


 「樹さんの今の状態は一部の授業に支障が出ています。彼女が誰かに迷惑をかけたとかそういうことではなく、彼女自身の問題で……英語の会話の練習も出来ませんし。ある程度は授業内容を変えることで対応していますが、あまり露骨な変更は逆に樹さんが気に病まれるでしょうし……」

 

 休みの日の前日、学校で友達に誘われてそれを断っている樹を見つけた後に樹の担任の先生に話があると言われ、着いていった部屋で言われた言葉。

 

 妹は散華の影響で声が出ない。そのせいで友達とカラオケにも行けず、好きな歌を歌うことも出来ず、樹自身がどれだけいい子であっても結果としてクラスメイトに迷惑をかけてしまっている。優しいあの子は、先生の言う通りきっと気に病んでる。

 

 (散華が……供物さえ戻れば、そんなことも無くなるのに。楓はいつか戻るって言ってた。だから、戻るまでの辛抱……)

 

 弟の言うことだ、信じてる。あの子はこんな嘘は絶対に付かない。アタシ達を信じて、大赦が隠すようなことだって教えてくれた。黙っていれば分からなかったのに、心臓の散華も話してくれた。だから、捧げた供物はいつか戻る。

 

 

 

 “いつか”って……いつになる?

 

 

 

 アタシの左目が見えないのは、この際どうだっていい。樹の声、楓の体、友奈の味覚、東郷の聴覚……それらさえ戻ってくれば、それでもいい。あの子の声が聞けなくなって3ヶ月以上経った。楓はマトモに動けなくなって2年。友奈だって、東郷だって。でも、楓の話を信じてるから、神樹様がいつか戻してくれるって信じてるから。

 

 休みの日、樹と一緒に楓のお見舞いに行って、楽しく話してる……樹は筆談……弟と妹を見て少し元気を貰う。妙に違和感のある廊下の先にあるこの病室は、廊下と比べると普通の部屋。窓がないのが気になるけど。

 

 アタシ達の前に東郷と友奈が来たんだろう、ベッドの簡易テーブルの上に写真立てに入った押し花があったし、一口サイズのぼた餅が入った重箱もあった。それを3人で食べて、相変わらず美味いなんて笑い合う。いや、本当に東郷のぼた餅は美味い。前にスーパーで売ってるのと食べ比べてみたけど、圧勝だったわ。

 

 「……っと、やっちゃった」

 

 「大丈夫かい? 姉さん」

 

 「大丈夫大丈夫。ちょっと当たっただけだしね」

 

 片目が見えないせいで上手く距離感が掴めなくて、ぼた餅をもう1つ食べようと手を伸ばすとテーブルの上のプラスチックのコップに手が当たってしまい、床に落ちてベッドの下に入り込む。後で洗わなきゃ、近くに給湯室あって助かるわーなんて思いながらしゃがんでベッドの下を覗き込んで……。

 

 

 

 ベッドの下に、びっしりと人の形をした紙が貼ってあるのを見てしまった。

 

 

 

 「……――っ!?」

 

 思わずを声をあげそうになって咄嗟に手で口を塞ぎ、声が出ないようにしながら素早くコップを取る。少し間を置いて僅かでも落ち着き、2人に謝ってから部屋を出て給湯室に入ってコップを洗う。その間に、見たもののことを考える。

 

 あれは、何? 人の形をした紙だ。何のためにあんなに大量に、それもベッドの下なんて普通は見えない場所に貼り付けてあった? それは病室の前の注連縄と関係あるの? あんなの、どれだけ考えても良いものには思えない。

 

 病室に戻り、コップを簡易テーブルに置きつつテレビが置いてある棚に近寄る。壁に背中を凭れさせれば、2人の姿も見える。ベッドに頭を置く樹と、その頭を撫でる楓の姿を見ながら……棚と壁の隙間を覗き込む。紙はベッドの下なんて見えない場所にあった。なら、もしかしたら……。

 

 (やっぱり……ここにもあった)

 

 案の定、見える僅かな隙間にもびっしりと貼り付けてあった。普通に見えていた病室が一気に気持ち悪い場所に変わった。こんな場所、一分一秒たりとも楓を居させたくない。だけど、直ぐに部屋を変えることも出来ないし……。

 

 「学園祭、樹は何するんだい?」

 

 《セリフある役できないから、舞台裏の仕事をがんばるよ》

 

 「そっか……劇をやるんだったねぇ。自分も役なんて出来ないから……せめて、見に行けたらいいねぇ」

 

 「っ……何言ってんの。樹も楓も、供物が戻れば……アタシの脚本に脇役なんて、居ないんだからねぇ」

 

 

 何とか、笑顔を浮かべられていたかしら。悩み事が増えていく。樹のことも、楓のことも、皆のことも……何一つ解決しないまま。戦いは終わったのに、平和になった筈なのに……勇者のお役目も、しなくていい筈なのに。アタシの周りは、まだまだそれとは遠い。

 

 何時になれば、またアタシ達は3人で……何の気兼ねもなく一緒に暮らせるようになるのか。一緒に楽しくご飯食べたり、話したり……ソファに座る楓に膝枕されながら頭を撫でられる樹、その後ろから抱き着くアタシ、そんなことが出来るようになるのは……何時になるのか。

 

 

 

 

 

 

 楓のお見舞いから数日経った日、友奈と一緒に東郷の家に呼び出された。いきなり呼び出してどうしたのかと聞いてみれば、アタシ達に見せたいモノがあるという。そう言った東郷は……短刀を取り出した。

 

 「? アタシ達に見せたいモノって、その短刀?」

 

 「いいえ。見せたいモノとは……これです……っ!」

 

 「ちょっ!? 東郷!?」

 

 「っ!? 東郷さん!?」

 

 東郷は短刀を抜き……一気に自分の首へと押し付けようとした。幸いにもそれは青坊主が間に入ることで防いでくれたけど、もし青坊主が居なかったらと思うとゾッとする。

 

 「あんたいきなり何して……バカじゃないの!? もし精霊が止めなかったら今頃」

 

 「止めますよ。精霊は絶対に……」

 

 「……東郷、さん?」

 

 「私はこの数日、十回以上自害を試みました。切腹、首吊り、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、溺死……全て精霊に止められました」

 

 「……何が、言いたいの?」

 

 十回もの自害……自殺。なんでそんなことをしようとしたのか、アタシには分からなかった。だから話の続きを促すと、東郷は直ぐに話し始める。

 

 東郷は言う。今、自分は勇者システムを起動していなかった。にもかかわらず、精霊は勝手に動いて東郷を守った。つまり、精霊はアタシ達の意思とは関係なく動いているんだと。

 

 勝手に出てくる楓の夜刀神や友奈の牛鬼が居るのに何を今更……と思ったけど、考えてみれば他の精霊はそうでもない。そういう意味では、東郷の言うことは……。

 

 「私は今まで、精霊は勇者の“戦う”という意思に従っているんだと思っていました。でも違う……精霊に勇者の意思は関係ない。それに気付いたら、この“精霊”という存在が違う意味を持っているように思えたんです」

 

 精霊は勇者のお役目を助けるモノなんかじゃなく、勇者をお役目に縛り付けるモノなのではないか。死なせず、戦わせ続ける為の装置なんじゃないか。東郷は、そう続けた。

 

 「で、でも、私達を守ってくれるんだからそれは悪いことじゃないんじゃ……それに! 戦いはもう終わって……」

 

 「……本当に、戦いは終わったのかしら」

 

 「えっ……?」

 

 「楓君の心臓のことを聞いてから……ううん、その前から疑問に思っていたの。本当に……散華は治るの?」

 

 「っ! 東郷! あんた、楓が嘘ついてるって言いたいの!?」

 

 「いいえ。私は楓君が嘘をついているなんて思ってません。隠すことはあるかもしれませんが、それは私達を悲しませない為のモノが殆どですし、そんな嘘をつくような人じゃないのは私も良く知っています」

 

 「なら、何が言いたいのよ!?」

 

 

 

 「嘘をついているのは楓君ではなく、()()()()()ではないかと言うことです」

 

 

 

 唖然、もしくは絶句。この世界は神樹様の恵みによって成り立っている。結界しかり、ライフラインしかり。食べ物や飲み物だって、神樹様の加護無しでは語れない。そんなことは、この四国に住む人間にとって常識で。だからこそ、東郷が神樹様を悪く言ったのが信じられない。

 

 「楓君のお見舞いに行った時、私と友奈ちゃんは先代勇者の2人に会いました。その内の1人は、楓君と同じ心臓を捧げています……普通、心臓が止まれば生きていられませんよね。でも、2人は生きている……生かされている。精霊によって」

 

 「……精霊は……勇者を死なせない……」

 

 「はい……そして、先代勇者は2人共、殆ど身動き出来ない状態でした。私達と同じ、散華によって。そんな状態で2年です……本当に、散華は治るんですか? もしかしたら、それは嘘で……楓君は、私達は騙されているんじゃ……そう思えてならないんです」

 

 「で、でも! やっぱり考えすぎじゃ……神樹様だって、そんな嘘を付く理由は……」

 

 「戦いは終わったと言うけれど、そもそもバーテックスがやって来ると、全部で12体だと告げてきたのは?」

 

 「……大赦……ううん……神託を降ろす……神樹様」

 

 「そうです。本当に12体だけなんですか? バーテックスは外からやってきて、誰も結界の外なんて見たことないのに。それ以外にバーテックスが居ないという根拠は? またバーテックスがやってこないという根拠は? バーテックスが……これ以上生まれないという、根拠は? 誰も知りません。誰も教えてくれません。大赦も、神樹様も」

 

 勇者を選ぶのも神樹様。戦う力は元々神樹様の力。満開はより多くの勇者の力を……神樹様の力を引き出すモノで、散華はその代償。その代償を返すことはそもそも可能なのか。言うなればそれは対価。だから、普通に考えれば返せない可能性の方が高い。そう、東郷は言う。話は、まだ止まらない。

 

 元々散華のことは大赦は隠そうとしていた。アタシ達が知っているのは、神樹様から教えられたという楓から聞かされたから。当然、大赦は満開も散華も把握している。伝えようとしなかったのは、散華が本当は一生治ることがないからではないか。それを知れば、勇者はもう戦うことなんてしなくなるだろうから。

 

 「1度疑えば、私はもう神樹様のことを信じられなくなりました。私達は知らないことが多すぎる。今まで知らないまま言われるままに戦って、世界を守る為に戦って居ました。神樹様を疑うことなく……そして勝つために満開して、散華する度に手足のように体のどこかを、味覚や温感のように人間として当たり前の機能を失って……」

 

 「……? おん……かん?」

 

 「あ……いえ、今のは……」

 

 「おんかん……って、何? それも、先代勇者が?」

 

 「それは、その……」

 

 何故か、その言葉が気になった。それに、今まで止まらずに喋っていた東郷が急に吃りだした。まるで、伝えようとしていなかったことを間違って言ってしまったかのような。友奈は何か知っているのかと横目で見れば、こっちもアタシみたいに戸惑っている。友奈は知らない、けど東郷は知ってる?

 

 「ここまで言ったんだから、もう……言ってしまいなさい。正直、いっぱいいっぱいで……頭が痛いってレベルじゃないけどさ。それでも、吐き出しちゃいなさい」

 

 「……風先輩には、酷な話になります。今までの話とは比較にならないくらいに」

 

 「アタシはねぇ、あの総力戦で散華の話を聞いて……今のあんたの話を聞いて、結構打ちのめされてんのよ。大赦も……神樹様にも、結構怒ってる。だから、もう少しくらいいいわよ」

 

 アタシはあんた達の先輩で、勇者部の部長で……一番年上で、大赦に従って皆を勇者として戦う日々に巻き込んだ張本人なんだから。そんな自虐的に考えて、似たような話を聞いても大丈夫だろう、なんて考えていた。

 

 

 

 やめておけば、よかった。

 

 

 

 「分かり、ました……おんかんとは温感、そのまま温度を感じる為の感覚です。失えば、温かいとか冷たいとか、そういうのを感じられなくなります」

 

 

 

 聞かなければ、よかった。

 

 

 

 「彼は……楓君は……」

 

 

 

 ああ、でもきっと……聞かなくても変わらなかった。

 

 

 

 「2年もの間……一切の温度を感じていなかったんです」

 

 

 

 アタシが絶望することには……変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 『犬吠埼 風を含めた勇者四名が精神的に不安定な状態に陥っています。三好 夏凜、あなたが他の勇者を監督し、導きなさい』

 

 「不安定、ね……そんなの、分かりきったことじゃないの」

 

 大赦から送られてきたメールを見て、思わず夏凜は毒づく。元々大赦に居た夏凜ですら、現勇者達への大赦の対応は思うところがあった。

 

 不安定になっている……当たり前だ。バーテックスとの戦いを終えて平和な日常に戻れるかと思えば、苦楽を共にした仲間は強制的に離れ離れになった。名前を上げられた風はその家族で、彼女は家族というモノをとても大事にしている。そんな彼女から家族を引き離したのだ、不安定になるのは分かりきったことだろう。

 

 それがなくとも、散華の影響は大きい。勇者部を作り、引き込んだ風はその責任感の強さもあって溜め込んでいる。いつ爆発するかもわからない程に。

 

 そもそも、本来楓は現勇者達の精神的主柱となることを期待されて助っ人として来ていたのだ。彼は大赦の期待通りに動いた。それはつまり、大なり小なり彼が勇者達の精神、心に住み着いているということであり……それを、大赦は引き抜いた。仕方ないとは言え、対応としては悪いどころの話ではないだろう。

 

 「風もだけど、東郷も部室に来ないし……何やってんのよ、あいつら」

 

 風と友奈が美森の家に呼ばれてから更に数日。今度は風と美森が来なくなっていた。流石に学校には来ているようだが、部活もロクに出来ていない。樹も友奈も笑顔を見せてはいるが、空元気なのが丸わかりな程。

 

 来ない理由が精神的なモノであるというのは夏凜も理解している。わからないのは、部活に来ないで何をしているのかだ。特に美森は夏凜にとって部員で最も何をするかわからない部類の人間なので本気で予想が付かないでいた。

 

 ともあれ、大赦から言われたというのもあるが、夏凜自身気になっている。なので彼女は学校帰りに犬吠埼家へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、風は楓の部屋にあるベッドの上に制服のまま座っていた。彼女は美森の家で話を聞いたその日から、時間があるとこうしている。いつか楓が帰ってこれたら、そう思って部屋の掃除を続けていたし、部屋にある物もそのままにしている。今でも、そうしている。

 

 (……知らなかった……知らなかったのよ……)

 

 美森から聞かされた温感の散華。弟は温度を感じていなかった。朝食にホットサンドを出して姉妹が熱い熱いと言っていたのに弟は何も言わずに食べていたのを思い出した。暑い日に、冷やしうどんを食べていたのを思い出した。寒い日に、焼き芋を食べていたのを思い出した。

 

 食べていたことばかり思い出すなぁと苦笑して、その苦笑いも直ぐに消え失せる。同じ時間を共有しているつもりだった。同じ温度を感じているつもりだった。なのに弟は2年もそれを感じていなくて……そんな弟に、“感じ難いのが羨ましい”と言ったことを思い出して、泣きそうになるのを我慢した。

 

 どれだけ弟を傷付けていただろうか。どれだけ弟は傷付いていただろうか。そればかりが風の頭の中でぐるぐると回り、これまでのストレスも加わってあんなにも遣り甲斐があった部活にすら出ることが無くなっていた。

 

 「……?」

 

 不意に、家の電話が鳴り出した。風は楓の部屋から出て電話を取りに行き、その場所に辿り着いて受話器を取る。

 

 「はい、犬吠埼です……」

 

 『突然のお電話失礼致します。伊予乃ミュージックの藤原と申します』

 

 「いよの、ミュージック……?」

 

 『はい。犬吠埼 樹さんの保護者の方ですか?』

 

 「そうですが……」

 

 『ボーカリストオーディションの件で一次審査を通過しましたのでご連絡差し上げました』

 

 風は思わず“えっ?”と聞き返してしまう。予想外の相手からの電話。しかもそれが樹のことであり、更にオーディションなんて彼女には寝耳に水も良いところである。そもそも、風は樹がオーディションを受けていたなんて知らなかったのだから。

 

 「なんの……ことですか?」

 

 『あ、ご存知ないですか。樹さんが弊社のオーディションに』

 

 「い、いつ……?」

 

 『3ヶ月程前ですが。樹さんからオーディション用のデータが届いております』

 

 

 

 ― あのね、お姉ちゃん、お兄ちゃん。私、やりたいことができたんだ ―

 

 ― なになに? 将来の夢でもできた? ―

 

 ― 夢……自分は未だに何も持ってないんだよねぇ。それはそれとして、樹の夢か……是非とも教えて欲しいねぇ。姉さんに内緒で ―

 

 ― 楓ー? アタシも教えて欲しいんだけど ―

 

 ― ……秘密 ―

 

 

 

 風は3ヶ月程前の、樹の歌のテストがあった日の帰り道、姉弟3人で帰っていた時にそんな会話をしていたことを思い出した。その記憶は今でも鮮明に焼き付いている。

 

 ― でも……いつか ―

 

 そして、その後の総力戦で樹は言っていなかっただろうか。

 

 ― いつか、教えるね ―

 

 

 

 叶えたい夢がある、と。

 

 

 

 「樹! 樹っ? いないの……?」

 

 相手に悪いと思いつつ電話を切らせてもらい、樹の部屋へと直行する。名前を呼びながら軽く扉を叩くも返事が無く、まだ帰っていないのかと部屋に入る。案の定、樹はまだ帰っていないようで中には誰も居なかった。

 

 中に入った風の目に入ってきたのは、机の上に置かれた“目標”と大きく書かれたページが開かれているノート。そして、付箋だらけの本。

 

 ノートには、声が出るようになったらやりたいことが書かれていた。勇者部の皆とワイワイ話す、クラスのお友達とおしゃべりする、カラオケに行く。そして、大きく“歌う!”と書かれている。更に横のページには“体の調子を良くする為には”との文字の下に、たっぷり寝る、栄養のある物を食べると綴られている。ついでにお姉ちゃんとお兄ちゃんは食べ過ぎとも書かれていた。

 

 本棚には多くの声、喉に関する本が入っていた。樹が歌に対して、オーディションに対してどれだけ真摯でいたのか良く分かるだろう。

 

 (樹……いつの間にこんな……? ノート、パソコン……? あの子、電源も消さずに……)

 

 部屋を見回していると、電源の入りっぱなしのノートパソコンを発見した。画面を覗き混んでみると、そこにはオーディションと書かれたファイルが1つ。風はマウスを操作し、吸い込まれるようにクリック。するとファイルが起動し、ノートパソコンから聞き慣れた……同時に久しぶりに聞く愛しい妹の声が流れる。

 

 最初に自己紹介。そして、オーディションに申し込んだ理由。歌うのが好きだから……当然、それもある。しかし、樹の理由はそれだけではない。歌手を目指すことで、自分なりの生き方を見つけたいのだと言う。

 

 

 

 ― 私には、大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんが居ます。お姉ちゃんは強くてしっかり者で、いつも皆の前に立って歩いていける人です。お兄ちゃんはいつも笑顔で優しくて、皆に手を差し伸べてくれる人です ―

 

 

 

 そんな言葉から始まった、樹の言葉。2人とはまるで正反対な、臆病で後ろ向きな自分。前向きになろうとしても、中々なれなかった現実。本当は2人と共に歩いていきたかった。後ろよりも隣に居たかった。だから歌手を目指すことにした。自分の力で歩いていく為に、自分だけの夢を持って、自分の生き方を持ちたいから、本気で目指すんだと。

 

 歌のテストの日まで、人前で歌うことが苦手だった。それを勇者部の皆が変えてくれた。人前で歌えるようになった。元々好きだった歌うことがもっと好きになった。歌うことがもっと楽しくなった。だから、自分の好きな歌を1人でも多くの人に聞いてほしいと思ったのだと。

 

 そして、勇者部の話もする。誰かが出来ない。もしくは、誰かが困ってる。そういう誰かの為になることを“勇んで”、進んでやる者達のクラブ。部の仲間は皆優しくて、部活をしている時間は本当に楽しいんだと。その声が、本気でそう思っていることを伝えてくれた。

 

 

 

 その声が聞こえなくなったのは、何故だ。

 

 

 

 ― それじゃあ、歌います ―

 

 樹の歌が聴こえてきた。“出会えて良かった”……そんな出だしから始まる、樹の想いが込められた歌。風の涙腺が急激に弛む。妹の歌を久しぶりに聞いたから。その歌詞に込められた想いが、あまりにも綺麗だったから。

 

 

 

 その歌を聞けなくしたのは、誰だ。

 

 

 

 風は泣き崩れながら最後まで聴き入った。今、彼女の心には妹への愛情とその声を、歌を、夢を奪われかけていることへの悲しみ。そして……その原因であるバーテックス、家族を2度引き離した大赦と……もう1つへの怒り。

 

 

 

 その夢を奪おうとしているのは……誰だ。

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 「うああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 

 

 ()()だ。

 

 

 

 風の悲哀と憤怒に満ちた絶叫が犬吠埼の家に響き渡る。同時に、部屋の中に光が溢れた。その嘆きを受け止める弟は居ない。大赦が奪っていったのだから。怒りに染まる姉を止める妹はこの場には居ない。居たとしても、その声は届かない。神樹が奪っていったのだから。

 

 悲哀、憤怒、憎悪。それらの感情を持って、風は家から飛び出した。




原作との相違点

・東郷さん、神樹様を嘘つき扱い

・友奈ちゃん、擁護するも失敗

・夏凜ちゃん、大赦に呆れる

・風先輩、大赦だけでなく神樹様にもぶちギレ

・樹ちゃん、送る内容にお兄ちゃん追加

・その他色々。人生色々



という訳で、風先輩爆発回です。東郷さんも原作よりも疑心暗鬼になってます。

正直、かなり難産でした。特に東郷さん。この人作者の手を離れて勝手に動くの……(震え声

いよいよ持って友奈の章も大詰めです。原作とはどう変わってくるのやら。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 19 ー

大変お待たせしました(´ω`)

ちょっと感情込めすぎた← ああ、私は風先輩大好きですよ。家庭的で、家族思いで、ノリが良くて、可愛くて。というか、ゆゆゆキャラに嫌いなキャラなんて居ません。少なくとも勇者達には。

誤字脱字、文修正ありがとうございます。こういった方々が居てくれるのは本当にありがたいですね。

また一時ランキングに載り、お気に入りも増え、感想も400件を超え、BEifのPVがじわじわ伸びてます。誠にありがとうございます! でもランキングに載る時、大体鬱い話を投稿した時な気がする←

ゆゆゆいではバトンイベ始まりましたね。ガチャ引いたら勇者服樹ちゃんが来てくれました。3回目です← しかもこの話投稿前に来るとかタイムリー過ぎる。

引き続き、風先輩爆発回です。


 ― どうすれば……いいと思う? ―

 

 皆がお見舞いに来てくれた休日から数日が経ったとある日、何度か来たことのある真っ暗な空間で自分は少女の姿をした神樹様と久しぶりに会っていた。自分の姿も、いつもの白い幽体みたいな姿だ。

 

 神樹様は自分と目が会うなり、泣きそうな顔でそう言ってきた。何でも、以前は治せないと言っていた自分の散華だが……1度は治せる可能性が出てきたらしい。が、自分が再び満開してしまい、それ以外にも予想外なことがあってまた治せなくなったとか。

 

 ― あなたを直ぐには治せないけれど、彼女達は治せる……返せる。でも、それをすれば……彼女達は悲しむ。だけど、治さなければ……ずっと彼女達は苦しむ。私は……“私”は……どうすればいいの? どうすれば正解なの? ―

 

 相変わらず、人間じみた神様だと思う。こんなにも自分達のことで悩んでくれていて、ずっと答えを出せなくて……今にも泣き出しそうで。優しい神様だ。だが、どうすれば正解なのか……それは自分にもわからない。どれを選択しても、その先には悲しみと苦しみが待っているんだから。

 

 自分の心情としては、勿論皆の散華を治してほしいところだ。のこちゃんと銀ちゃんは2年も窮屈な思いをしているだろうし、銀ちゃんは生まれたばかりの弟も居たんだし会いたいだろう。姉さんも片目が見えないと色々危ないし、樹も大好きな歌が歌えず、会話も出来ないのは辛いだろう。

 

 友奈ちゃんも、あの子はいつも美森ちゃんのぼた餅を美味しそうに食べていた。その味が感じられないのは……ねぇ。美森ちゃんも歩けなくて、記憶がなくて不安だと言っていた。その不安を、早く解消してあげたいと思う。片耳が聞こえないのも不便だろうしねぇ。

 

 「……きっと、正解なんてないんでしょうねぇ」

 

 ― ……そう、だよね。どれだけ悩んでも……いい方法なんて思い浮かばなかったから。あなたに相談すれば、もしかしたらと思ったんだけど…… ―

 

 「自分以外に相談出来ないんですか? のこちゃんや美森ちゃんなら、何か思い付くかも知れない」

 

 ― それは出来ないの。私がこうして直接話すことが出来るのは、あなたが高次元からやってきた魂で、その肉体が神によって作られたから。他の人間は……巫女としての高い能力がないと。仮にあっても、イメージを送るのが精一杯 ―

 

 小説で例えてみよう。自分は挿し絵つきでその小説を読める。だが、他の人間にはその小説自体が見えていないか、見えていても文章は読めず挿し絵しか見れないということ。自分は文章を読むことで細かく判断出来るのだが、巫女達は台詞も何もない挿し絵だけで判断するしかない。

 

 ……まあ、仕方ないとしか言いようがないか。自分の方が異端なのだから。もし自分が居なかったらどうだったんだろうか……いや、そんなことはどうでもいい。そんな“たられば”な話なんて、もう意味のないことだしねぇ。

 

 「……自分としては、皆だけでも供物を返してあげてほしいですねぇ」

 

 ― でも、それをすれば…… ―

 

 「ええ、皆は悲しむでしょうねぇ。優しい子達だから。でも……そんな優しい子達だからこそ、普通の体に……マトモな生活を送らせてあげたいんですよ」

 

 ― …… ―

 

 「どうあっても悲しみや苦しみが出るのなら、せめて治してあげたい。それに、1度は治る可能性が出たということは、ずっとこのままという訳でもないんでしょう?」

 

 神樹様はさっき、“直ぐには治せない”と言った。“ずっと治せない”ではない。今は無理だと言うだけで。それだけで希望が持てる。何せ神樹様が……この優しい神様がその可能性を見つけてくれたんだから。信じるには充分過ぎる。

 

 ― ……うん。バーテックスに込められた天の神の力と私の力を合わせば……いつか、必ず ―

 

 「なら、自分は幾らでも待てます。皆はきっとお見舞いにも来てくれるし……それに、自分ものこちゃんと同じように、のんびりするのは好きなんですからねぇ」

 

 まさか治る可能性とやらが天の神の力を利用することだとは思わなかった。神樹様の力だけでは叶わず、恐らくは天の神でも自分の体を作ることは出来ないと言っていたが……成る程、力を合わせば出来なくもないのか。

 

 だが、必ずとまで言ってくれたなら、それは可能なんだろう。治るか分からないのが、いつか必ず治るに変わった。なら、その“いつか”が来るまで待とう。何、楽しい時間はあっという間に過ぎていくんだ。病院でお見舞いに来てくれる皆と話していれば直ぐにその時は来るさ。

 

 そうして、会話は終わった。神樹様曰く、全員の散華を治すには数日の時間が必要らしい。のこちゃんと銀ちゃんは満開の数も多いし、今まで自分の体に掛かりきりだったからそれも仕方ないだろう。そう思ったところで意識が遠退き……夢から覚めた。

 

 

 

 大赦の人間から姉さんが暴走していると聞かされ、入院してから取り上げられていた端末を渡されたのは……その日、起きてしばらくしてからのことだった。

 

 

 

 

 

 

 「っ、風!?」

 

 犬吠埼家の近くまで来ていた夏凜の耳に、風の絶望に満ちた叫びが届く。自転車を止め、家の方に目を向けると……勇者へと変身した風が2階の窓から跳び出し、何処かへと向かっているところだった。しかもその手には彼女の得物である大剣が握られている。

 

 ただ事ではないと瞬時に悟り、夏凜は自転車を乗り捨ててスマホ取り出して勇者へと変身。直ぐに風を追い掛ける。少しして人気が無い山中の道路辺りまで来たところで、強引に止めるべく動いた。

 

 「風! 待ちなさい!!」

 

 「っ!」

 

 夏凜は風の上を取り、当てるつもりの無い短刀の投擲で動きを制限し、そのまま落下して蹴り落とす。咄嗟に風は大剣を盾にして防ぐものの、防いだことで地面に降り立ち、夏凜の思惑通りにその動きを止める。が、夏凜のことを睨み付けた後に彼女を無視してまた何処かへと向かって跳ぶ。当然、夏凜も並走して追い掛ける。

 

 「あんた、樹海化もしてないのに変身して何するつもり!?」

 

 「大赦を……潰してやる!!」

 

 「なっ!?」

 

 並走しながら風に問い掛ける夏凜。今まで見たことのない怒りの形相と共に返ってきたのは、そんな言葉だった。山中にある鉄橋に共に降り立ち、夏凜が邪魔になったのか風は大剣を彼女に向かって縦に振るう。言葉、そして行動に二重に驚く夏凜だったが体は直ぐに対応し、二刀を重ねて防ぐ。

 

 「神樹様も……神樹も引きずり出す! 全部、全部奪い返す!!」

 

 「はぁっ!? あんた、何言って……」

 

 「大赦は何も伝えてこない! アタシ達に何一つ教えようとしない! ずっと気に入らなかった! 楓が養子に行くことになったあの日からずっと!!」

 

 今度こそ、夏凜は本気で驚いた。大赦のことは、正直予想していたのだ。何も知らなかった夏凜から見ても、風が大赦を嫌っていたのは良く分かった。だが、神樹のことまで嫌っているのは完全に予想外だった。

 

 大赦には、夏凜も思うところがある。所属している自分にすら散華を伝えず、勇者部の全員が体に不調があること知っているはずなのに何の対処もしない。体のことに関しては医者から言われた程度で他には連絡1つ寄越さない。勇者を、勇者部の皆を何だと思っているのかと内心憤っていたりした。

 

 だが、神樹は別だ。それは夏凜が……という訳ではなく、四国に住む人間ならば当然の心理。確かに散華、供物は酷なモノだろう。しかし、その供物は戻ってくるのではなかったか。風もその話は信用していたハズだ。他ならぬ弟が言っていたのだから。

 

 「大赦は2度もアタシ達から家族を奪っていった! 神樹もアタシ達から体の機能を、樹の夢を、人間としての当たり前を奪っていったんだ!!」

 

 「ちょ……待ちなさいよ! 供物は戻るんでしょ!? 楓さんがそう言って……」

 

 「アタシ達が供物を捧げてからもう3ヶ月以上が経った! 楓と他の先代勇者達は2年!! 楓は……アタシ達は騙されたんだ!! 大赦にも、神樹にも!!」

 

 「騙されたって……何を根拠に!」

 

 怒鳴るように言葉を交わし、大赦へと向かっているのであろう風に並走し、時に斬りかかられそれを防ぐ夏凜。2人の攻防は続き、どこかの広場へと降り立った。

 

 「大赦は散華を把握してた。でも、それを伝えなかった……散華は一生戻らないって大赦は知ってたんだ! もし本当に治るなら、どうして直ぐに神樹は返してくれないの!? どうして治してくれないの!?」

 

 「っ……それでも、それはあんたの予想でしょ!? 騙されたかなんて、まだわかんないじゃないの!」

 

 「じゃあいつになれば治るの!! 楓は言ってくれた! “神樹様が治してくれる”って! それは何時になるの? 後何日? 何ヵ月? それとも何年? 何十年? その間楓は、樹は! 皆は!! ずっと散華に苦しめられなきゃいけないっての!?」

 

 「それは……」

 

 夏凜は答えられない。答えられるハズがない。楓のように神樹に直接会ったことも無ければ、巫女のように神託を受け取ることも無いのだから。神樹が人の姿をしていただの、会話をしただのの話も、荒唐無稽過ぎて相手が楓で無ければ鼻で笑っていただろう。

 

 そして、彼女は散華の苦しみが本当の意味で理解出来ない。満開も、散華も経験していないからだ。故に、風の怒りも悲しみも、完全には受け止めきれない。夏凜だけでは……風を止めきれない。

 

 「世界を救う大切なお役目? 神樹様に選ばれた勇者!? どの口が言うのよ!! 体の機能を奪われて! 大好きなことが出来なくなって!! 折角出来た夢も諦めないといけなくなって!! 戦いが終わったと思ったら家族とまた引き離されて!! あんな……あんな気持ち悪い部屋に押し込められて!!」

 

 「ぐ、の……っ」

 

 風の口から次々に出てくる叫び。その度に大剣が夏凜に向かって振るわれ、夏凜は二刀で何とか防ぐ。だが、風の大剣に比べればそれは遥かに細く、夏凜の心情も相まって酷く頼りなく見えた。元より風は勇者の中でも随一の腕力があり、感情が爆発している今では更にそれが強まっている。それは防ぐ度に、夏凜の腕を、体を軋ませた。

 

 「世界の為だから!? 人類の為だから!? だから犠牲になれっての!? だから生贄になれっての!? それが……それが大赦の!! 神樹のやり方だって言うの!? 赦せるか……そんなこと! こんなこと!!」

 

 「あぐっ!」

 

 縦に振るわれていた大剣の軌道が横に変わり、それ自体は防いでも踏ん張りが聞かずに吹き飛ばされる夏凜。広場にあったベンチの1つにぶつかり、そのままの勢いで破壊して地面に背中を打ち付ける。その際、二刀も手から離れてしまった。風はその夏凜を追い掛け……正面に立ち、止めを刺すかのように大剣を振り上げる。怒りの形相はそのままに、右目だけから流れているという、歪な涙を流しながら。

 

 

 

 「世界を救った代償が!! 神樹を信じた結果が!! これかああああああああっ!!」

 

 

 

 やられる! 夏凜がそう思って思わず目を強く瞑った時、その人物は現れた。両手を×字に重ねて夏凜の前に立ち、振り下ろされた大剣を間に精霊が……牛鬼が入り、バリアによって防いだ。

 

 2人の間に入った人物……変身した姿の友奈は、この場から一歩も引かないと決意して風を見る。

 

 「ゆ、友奈……?」

 

 「退きなさい!」

 

 「嫌です! これ以上風先輩が誰かを傷付けるところなんて見たくありません!」

 

 「退きなさいって……言ってるのよ!!」

 

 「嫌です!!」

 

 「そこを……退けええええっ!!」

 

 容赦なく、風は大剣を振るった。今の彼女は溜まりに溜まった怒りが爆発した状態、例え相手が勇者部の部員であっても容赦はしない。事実として、既に大赦と同じだとは考えていなかった夏凜を相手に攻撃していた。そしてそれは、相手が友奈になっても変わらない。

 

 その攻撃を、友奈は精霊バリアに任せて防ぐ。バリアが発生しているということは、風の攻撃はそのまま受ければ致命傷になるということだ。人を殺しうる斬撃。それでも、友奈は風の前から動かない。彼女がその力を敵ではない誰かに振るうのを見たくないから。

 

 「あんただって東郷の話を聞いたでしょ!? 東郷と一緒に先代勇者の姿を見たんでしょ!? だったら分かる筈よ!! 大赦に従って! 神樹に従って!! みんな……みんなが苦しむことになった!!」

 

 「そんなの……そんなの違います!!」

 

 「何が違うって言うのよ!? 神樹に選ばれて勇者になんてならなかったら!! 大赦に言われてあんた達を勇者部に誘わなかったら!! ……勇者部なんて……作らなきゃ……っ!! 誰も苦しまずに済んだのに!!」

 

 「違う……絶対に、違う!!」

 

 再び振るわれる大剣。友奈はその動きに合わせて拳を突き出し、大剣を殴り付けて弾く。が、風は叫びながら何度でも大剣を振るい、その度に友奈も拳を振るう。

 

 ぶつかり合う度に、お互いの手に痛みが走る。大剣が弾かれる度に柄を持つ風の手が擦りむけそうになり、友奈の拳が弾く度に衝撃がそのまま伝わり、痛みを訴える。まるで、お互いの心の痛みを伝えるかのように。

 

 「誰かがやらないといけなかったんです! そうしないと世界が救われないから、そうしないと大切な誰かが死んでしまうから! 怖くて辛い戦いだって、何かを失うと知っていた満開だって! 私達は大切な誰かの為にしてきた筈です!」

 

 「その戦いの結果が!! 満開して失った結果が!! 今もアタシ達を苦しめるんでしょうが!! 楓は体と心臓、温度を感じられなくさせられて!! 樹は大好きな歌が歌えなくなって、夢を諦めなくちゃいけなくて!! あんたは美味しいモノを食べても美味しいと感じられなくて!! 東郷も片耳が聞こえなくなった!!」

 

 「それでも!! 私達には戦うしかなかったんです! 誰かを守る方法がそれしか無かったから、世界を救う方法がそれしかなかったから……だから……っ! 誰も悪くなんて無い! 初めから選択肢なんてなかったんです!!」

 

 「アタシ達を犠牲にするやり方でしか救えない世界なんて……そんな言葉なんかで……っ! 納得なんか出来るかああああっ!!」

 

 友奈は必死に説得しようと言葉をぶつける。他に方法なんてなかった。神樹に選ばれたのは自分達だから世界を救えるのも自分達だけで。自分達が戦わなければそのまま世界は終わりを迎えていたのだから。そうなれば自分達にとって大切な人が、それ以外にも多くの人々が死んでしまうから。

 

 満開の危険性は予め楓から聞かされていた。それでも使ったのは、それを使わなければ大切な人を救えなかったから。世界を守れなかったから。それ以外に、選択肢なんてなかったから。世界にも……自分達にも。

 

 それは風も理解している。だが、それでも納得できないのだ。そして、赦せないのだ。怖くても、辛くても、死ぬ思いをしてでも戦って、守って、救った。自分達が犠牲になるという、まるで生贄にされたかのような形で。

 

 弟と後輩1人を含めた先代勇者達4人は小学生の頃から戦ってきたではないか。妹は中学生になったばかりで、もう1人の後輩は辛い状況でも明るく振る舞って、援軍は勇者となる為に子供らしいこともせずに訓練に費やしてきて。

 

 だから風は止まらない。夏凜の行動でも、友奈の言葉でも止められない。勇者部の皆はいい子達ばかりで、決してこんな犠牲や生贄のようにされていいような存在じゃないのだと。どうして苦しまなければならない。どうしてそんな扱いを受けなければならない。そんな思いが、際限なく怒りを生むのだ。

 

 「友奈はどうしてそんな風に言えるの! どうしてそんな風に思えるのよ! 大赦も! 神樹も!! 楓を、アタシ達を騙してるのに、裏切ってるのに!!」

 

 「……私は、信じてますから」

 

 「何を!! 誰を!!」

 

 「神樹様を! 楓くんを!!」

 

 「なっ……東郷の話を聞いたでしょ!? それなのにあんたは、まだ信じるっていうの!?」

 

 「信じます! だって神樹様は、ずっと私達を守ってきてくれました。確かに……供物はまだ戻ってません。治るかどうかも、戦いがまだ続くかもって不安になります」

 

 「だったら!」

 

 「それでも!!」

 

 風がこうも疑心暗鬼になり、怒りが爆発したのは美森に呼び出された日が切欠だ。その場には友奈も居たし、同じ話を聞いたハズだ。なのに、何故こうも違うのかと風は不思議でならない。

 

 疑問に思ったハズだ。不安になったハズだ。自分と同じように大赦に、神樹に怒りをぶつけても良いハズだ。なのに友奈は信じると言う。真っ直ぐな目をして、感じている不安を口にして、それでもと友奈は叫ぶ。

 

 「それでも……私は信じます。ずっと守ってきてくれた神樹様を、私達に力を貸してくれた神樹様を……楓くんが信じてる神樹様を」

 

 「……その楓が……神樹を信じてる楓が! 騙されてるかもしれないって言ってるのよ!!」

 

 「騙されてないかもしれない!! 嘘をついてないかもしれない!! その可能性があるなら、私はそっちを信じます!! 神樹様を信じる楓くんを信じます!! だって……」

 

 騙されてる……“かもしれない”。供物が戻るという根拠が何処にもないように、神樹が騙しているという根拠も無い。どこまでいってもそれは憶測であり……だが、現状が、現実がそれを肯定しているように見えている。だから風はここまで怒り狂っているのだ。

 

 それでも……何度でも友奈は叫ぶ。思いをぶつける。同じ話を聞いたのに、全くの正反対な2人。話に入っていけない夏凜ですら、友奈が何故そこまで信じられるのか理解出来ない。そんな2人の耳に、友奈の真摯な言葉が届く。

 

 「だって……信じる方が……良い方に考える方が、ずっと良いから。信じてるって楓くんが笑ってるから、そんな笑顔を見てると、私も幸せな気持ちになれるから。だから信じます。信じて、私も“きっと治るよね”って笑います。根拠が無くても、不安しかなくても……信じて、笑います」

 

 「……友奈……」

 

 「だって、私は勇者だから。勇者は……仲間のことを信じてるから。仲間のことが、大好きで。大好きな人の笑顔が……大好きで。だから!!」

 

 「その笑顔が、無くなるかもしれないってのよ!!」

 

 「私は風先輩を止めます!! 今の風先輩を見れば……楓くんも! 樹ちゃんも悲しむと思うから!! 誰かの悲しむ顔も辛い顔も、見たくないから!!」

 

 「悲しいのも、辛いのも、全部大赦の! 神樹の……っ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 全力で言葉を尽くした。全力で想いをぶつけた。それでも……風は止まらなかった。最早言葉にならない風の怒りを、友奈は受け止める。何度も振るわれる大剣を、拳の上から発動する精霊バリアで。その度に、少しずつ体が後ろへと下がっていく。

 

 だが、友奈の体力や精神力も無限ではない。仲間とぶつかり合うストレス、先の拳と大剣での打ち合い、信じてると言ってもどうしても心にある不安、そして風の涙ながらに怒り狂う姿。どれもが友奈の体力を、精神を削っていく。

 

 泣きそうになるのを堪える。誰かを守る為に、大切な人を守る為に勇者となったのに。勇者の力は、こうして仲間に向かって振るわれるものではないのに。

 

 (でも……止めるんだ!! 風先輩が誰かを傷付ける前に!! 風先輩がもっと傷付く前に!! それが出来るのは今、私だけだから!!)

 

 そう思い、友奈は動く。再び拳を突き出し、風の大剣へとぶつける。そうして風の手から弾き飛ばすつもりだった。

 

 「づっ、あっ!」

 

 「友奈ぁっ!!」

 

 「もう……邪魔をするなああああ!!」

 

 なのに、弾き飛ばされたのは友奈の方だった。腕に痛みが走り、風の力任せの縦一閃に押し負けた友奈が夏凜の前に倒れ込み、夏凜が悲鳴にも似た声を上げる。

 

 止まらない……止まれない風は大剣を再び掲げ、2人目掛けて振り下ろそうとする。咄嗟に夏凜は風に背を向け、友奈の上に覆い被さる。このまま振り下ろされていれば、精霊バリアが発動すると言えど2人は動けなくなっただろう。肉体的にも、精神的にも。仲間を止めきれなかったという失意と共に。

 

 

 

 だが、その大剣が2人に当たる前に白い光の槍が風の大剣の側面に当たって弾き飛ばし、風の体を両手ごと緑の光のワイヤーが巻き付いて動きを封じた。

 

 

 

 「っ!? これは……樹の……それにさっきのは、楓の……」

 

 「……!」

 

 「全く……やり過ぎだよ、姉さん」

 

 「……楓くん……樹ちゃん……?」

 

 「楓さん……樹……」

 

 驚愕し、思わず動きが止まる風の近くに、光の翼を出した楓が空から降りてきて、樹が風に後ろから抱き付く。足だけは自由だった風はその衝撃で座り込み、妹に抱き着かれていることもあって動けなくなる。

 

 意外な、しかし内心待ち望んでいた2人の登場に、友奈と夏凜も体を起こしつつ呆けたように名前を呟く。そんな2人に向かって、楓は安心させるように朗らかな笑みを浮かべて小さく手を振った。

 

 「樹……楓……」

 

 「落ち着いて。もういい……姉さんがそこまでしなくてもいいんだ」

 

 「あ……う……」

 

 後ろを見れば、悲しそうな樹が首を横に振る。もういい、もうそんなことしなくていいと伝えるように。楓は倒れないように光で右足を包んで操作しつつ、立て膝の状態で風を抱き締め、その頭を撫でる。ゆっくりと、ゆっくりと撫でながら囁く。

 

 途中からではあるが、2人も風と友奈の会話は聞こえていた。樹は家の近くで風と夏凜が跳んでいったのを見て慌てて追い掛けて来た。追い付くのが少し遅れたものの、彼女の叫びは殆ど聞こえていた。楓は大赦の人間に言われて大急ぎで飛んで来たが、実際に聞こえたのは友奈が“信じる”と言った後からの叫びくらいだが。

 

 愛する弟と妹の前後からの包容と悲しげな表情を見た風の、あれほど荒れ狂っていた怒りが落ち着いていく。樹の抱き付く腕が強くなる度に、楓の撫でる手が上下に動く度に、ゆっくりと。

 

 落ち着けば、今度は夏凜と友奈に殺しかねない力を振るっていたことへの罪悪感が沸き上がる。まだ残っている怒り、家族に悲しげな表情をさせてしまったことへの申し訳なさ、仲間に大剣を振るった罪悪感……家族の温もりの、安心感。

 

 「ああ……うぅ……ごめん……ごめん、皆……」

 

 《私達の戦いは終わったの。もうこれ以上、失うことは無いから》

 

 「樹……でも……」

 

 「姉さん。元はと言えば、自分が供物について安心させてあげることが出来なかったのが悪いんだ。姉さんがこんなに思い悩むなんて……考えれば分かるのにねぇ」

 

 「違っ……アタシが……」

 

 怒りがほぼ落ち着き、泣き崩れる風。そんな姉に巻き付けているワイヤーを消し、樹はスマホのメモ機能に入力した文章を見せる。その文章を見て何かを言おうとする風に被せるように、楓は体を少し離して目を合わせながらそう伝える。

 

 神樹と直接話せるのは楓だけ。そうである以上、他の人間には根拠になるものなんて何も無い。だから不安にさせてしまい、ここまで姉を追い詰めてしまった。仲間にすらその力を振るってしまう程に。楓は、そう語った。

 

 「アタシが勇者部なんて……そうしたら皆が……樹の夢も……楓とまた離れ離れにも……」

 

 「それは違う。勇者部を作ったのが悪いなら、自分だって同罪だよ。でも……そうじゃないよねぇ」

 

 「え……?」

 

 勇者部なんて作らなければ……そう嘆く風に楓ははっきりと告げる。その言葉にきょとんとした風の前に、樹が一枚の紙を見せる。その紙には、風も見覚えがあった。それは樹の歌のテストの際、他のメンバーの5人で書いた寄せ書き。風の脳裏に、その時の楽しかった記憶が甦る。

 

 皆が妹の、樹の為に書いた応援の言葉。それを見た時、樹がどれだけ嬉しかったか。書いてある言葉に、どれだけ勇気を貰ったか。樹はその紙を2度半分に折り、取り出したペンでさらさら何かを書き……その内容を風に見せる。

 

 《勇者部のみんなと出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当によかったよ》

 

 「いつ……き……」

 

 「風先輩……私も同じです。勇者部に誘ってくれて、先輩達と一緒に部活して……一緒に過ごせて、本当に楽しかったんです。勇者部が、楽しくて仕方ないんです」

 

 「……私も、ね。騒がしいけど……勇者部は嫌いじゃないわ。風……あんたもね」

 

 「友奈……夏凜……」

 

 「ほらね、姉さん。皆の気持ちは……嘘だと思うかい?」

 

 「楓……う……あぁ……」

 

 勇者部なんて作らなければ……そう後悔してきた風。だが、周りは言うのだ。勇者部は楽しいと。嫌いじゃないと。誰1人として、風を恨んでなど居ないのだ。勇者部を恨んでなど……居ないのだ。

 

 友奈も夏凜も、風に攻撃されていたことを最早気にもしていない。その顔に笑顔を、苦笑いを浮かべて。そこに負の感情等無くて。その言葉に、気持ちに、嘘なんて感じられなくて。

 

 

 

 「勇者部は……作って良かった。勇者部を考えてくれて、勇者部を作ってくれて……ありがとう、姉さん」

 

 

 

 「っ……う、あ……あ……ああああああああ~……っ!!」

 

 涙が止まらなかった。悲しくて、嬉しくて、辛くて、愛しくて、色んな感情が混ざりあって、風はただただ泣き続ける。そんな彼女を、樹は自分は泣くまいと堪えて、強く抱き締めた。姉に1人ではないと伝えるように、姉の心を守るように。

 

 そんな2人を、楓は顔を隠すようにしながらまとめて抱き締めた。今ほど両手があればと思ったことはない。両手で力一杯抱き締められたら、どれ程良かったか。それが叶わないから、左手だけで2人を抱き締めるのだ。誰にも、今の彼の表情は見えなかった。いつものように朗らかに笑っているのか、それとも……。

 

 友奈も、夏凜も、抱き合う姉弟の姿を見て何も言えず……しばらくの間、広場に風の泣き声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 最悪の事態を知らせるアラームが5人の端末から鳴り響いたのは……それから少し経った頃だった。




原作との相違点

・ぶつかり合う夏凜と風

・大赦を潰してやる! 神樹を引きずり出してやる!

・原作以上に言葉を交わす友奈

・止まらないどころか友奈を圧倒する風

・皆の言葉でようやく止まる風

・その他色々。



という訳で、風先輩爆発、そして沈静化のお話でした。書いてて大分感情が籠ってしまいました。心が痛い……。

爆発というかもう大爆発でした。本作ではこうなります。これを中の人が演じたら、絶対喉枯れる。二次で良かった。

さて、次回はあの人が中心予定。ただ、回想の一部は事前に書いてるのでカット予定。勿論、ここからも原作とは変わっていきます。今更過ぎる話ですがね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 20 ー

お待たせしました(´ω`)

いつの間にかUAは12万、お気に入りは1200件を突破していました。皆様誠にありがとうございます。

ラストイデアでメタグリ出なくて守護神ばっかり出て苛立ちが募る私です。でもゆゆゆいのバトンガチャで晴れ着の蕎麦派と体操服のうどん派が同時に来てくれたので嬉しい。

友奈の章も気づけば20話目。感慨深いモノです。皆様は何か印象に残っているお話やワンシーンはありますか? DEifとBEifは禁止で←

今回もまた爆発回。満を持してあのお方の登場でございます。


 小さい頃、私は色々な史跡に連れていってもらい、歴史や国に興味を持った。その興味だったモノが、今では自分の将来の夢に繋がるとは思ってなかったけれど。

 

 これも小さな頃の話なのだけど……母によると、私達東郷の家にも大赦で働く一族の血が入っているとか。もしかしたら、私にも神樹様にお仕え出来る力があるかもしれない。もしそうならとても嬉しいと、私の母が微笑んでいたことは……覚えてる。

 

 次に思い浮かんだのは、病院で目覚めた時の記憶。手に巻き付いている誰のものかもわからないリボンを見て、知らない人影が3人分見えて、知らない男の子の声が聞こえた気がして……とても綺麗なモノを見た気がして、涙が止まらなかった。

 

 お医者様曰く、事故にあって私は2年間の記憶と両足の機能を失ったのだと言う。入院中も、そして今も記憶が戻ることはなかったけれど……その2年間、立派に生きていたんだと……自慢の娘だと、親は泣きながら言っていた。

 

 退院してしばらく経った頃に、家を引っ越すことになった。ようやく車椅子での生活にも慣れてきたのに、住み慣れた家から見知らぬ場所へと引っ越すことには不安しかなかったけれど……引っ越して良かったのだと思える。友奈ちゃんに、楓君に、勇者部に出会えたのだから。

 

 友奈ちゃんから貰った白い花菖蒲の押し花は、今も大切にしている。楓君と出会ってからは、より一層大切にするようになった。友奈ちゃんの家の隣に引っ越してきたことを、友奈ちゃんに出会えたことを、神樹様に感謝した。

 

 友奈ちゃんに出会えた、それだけで私の世界は変わって見えた。その世界が、楓君と出会って……名前で呼ばれた日から、もっと輝いて見えた。抱いていた不安はどこかに消えて、学校生活が楽しくなって。

 

 そういえば、入学式の前日にお互いの制服姿を見せ合いっこして、その時に初めて友奈ちゃんにぼた餅を作って食べて貰った時、大袈裟なくらい大きな反応の後に“出来るなら毎日食べたい”だなんて言われたっけ……この日に初めて私は、友奈ちゃんのことを“結城さん”ではなく“友奈ちゃん”と名前で呼んだのだ。

 

 「……まるで走馬灯のようね」

 

 そんな風に本当の勇者になる前の頃を思い返す私の前には今、短刀が置かれている。玩具なんかじゃない、本物の。

 

 勇者のお役目は攻めてくる12体のバーテックスを倒すこと。怖い思いをして、辛い思いをして、苦しい思いをして、散華なんて……供物なんてモノを知って、それでも私達は力を合わせて役目を果たした。そう思い返しつつ、布の上から短刀を手に持つ。

 

 ……勇者という存在に、お役目に、精霊に、散華に対する疑問は前からあった。ただ、その時は小さなモノで……それが大きくなったのは、楓君の温感の散華を知ってからだ。

 

 楓君は神樹様から散華はいつか治ると聞いたと言う。でも、本当に治るの? その疑問は、あの先代勇者の2人と会うことでより大きくなった。だって楓君も、彼女達も2年もの間治ってないのに、その時点で私達の散華も3ヶ月間治ってないのに。

 

 何よりも……心臓の散華が一番気になった。楓君に死んでほしい訳じゃない。でも、心臓が動いてないのに生きているのはおかしい。その時に、精霊は勇者を()()()から守る為のバリアを張れることを思い出した。

 

 つまり、楓君も彼女も精霊によって生かされているということ。ただ、この時はまだ予想でしかなくて。だけど、それ以外に理由も思い付かなくて。だから彼女達と別れる時に聞いたのだ。“貴女達の端末はどこにあるのか”と。返ってきた答えは、今は“持っていない”。なのに……彼女は生きていた。端末から呼び出す筈の精霊が居ない筈なのに、呼び出す為の端末が無いのに。

 

 「……はぁ……はぁっ……――っ!!」

 

 短刀を布の上から両手で持ち、その切っ先を自分も腹部に向ける。これは実験。予想が正しければ……でも、正しくなかったら……そう思って、手が震える。息が荒くなる。怖い、怖い……怖い。嫌な想像が浮かんでは消える。でも、確かめなきゃ……確かめて、真実を知らなきゃ。そう思って強く目を瞑って……一息に、短刀を腹部へと突き立てようとした。

 

 

 

 「……やっぱり」

 

 

 

 端末は操作してない。今は戦いの時でもない。呼び出そうとなんて……してない。なのに、私の精霊である青坊主の姿はそこにあった。短刀から、私を守っていた。私の予想は……正しかった。

 

 勇者は死なない……死ねない。切腹以外にも何度も自害しようとして、その都度止められた。生きていた。端末の電池が切れていても、遠くに置いていても、精霊達はどこからともなく現れて何がなんでも私を生かそうとしていた。

 

 これが只の安全装置なら、それで良かった。でも……今まで感じていた多くの疑問と合わさり、とてもそうだとは私には思えなかった。

 

 「最初の疑問は……真っ白な男の子。これは楓君のことだった。真っ白な綺麗な花もそう。私が最初のバーテックスと次の3体のバーテックスに抱いた怒りも疑問だった。でも、最初に感じた大きな疑問は……私の精霊の数」

 

 楓君以外は皆、後から来た夏凜ちゃんも1体だけだったのに私は最初から3体居た。最初こそ複数の精霊という共通点が嬉しいと感じていたものの、普通に考えておかしい。

 

 この時点……つまりは私が初めて変身し、楓君に“私の失った2年のどこかで楓君と会っているんじゃないか、楓君は私の記憶が失われたことの理由を知っているんじゃないか”と聞いて、プールの授業で先代勇者が2年前に戦っていたと聞いた後から、少しずつ私は自分が先代勇者、もしくはその関係者ではないかと疑っていった。

 

 それが確信に変わったのは……当然、総力戦の後。散華を知り、満開するごとに精霊が増えることを知り……それで私は、自分が先代勇者であったと殆ど確信した。乃木さんと三ノ輪さんに会った後にも、更に確信を深める為に色々と調べてみた。結果は……やはり、というべきかしらね。

 

 記憶が無い2年間、私は鷲尾という名字だった。乃木さんが言っていた“わしお すみ”とは、私のことだったのだろう。適性検査で勇者の資質を持っていると判断された私は、大赦の中でも力を持つ鷲尾家に養女として入ることになり、楓君達と共に勇者のお役目についたのだ。

 

 「そこまで、分かっちゃうんだね」

 

 「流石す……東郷」

 

 「わっしーでも、すみでもいいわ。記憶はないけれど……私は確かに先代勇者で……貴女達の仲間だったのだから」

 

 時刻は夕方……学校が終わってから1人で直接やってきた私は今、乃木さんと三ノ輪さんが2年間過ごしているという部屋に居る。そこは楓君の部屋と同じく、一見すれば普通の部屋だ……彼女達が横たわるベッドとその周囲だけを見れば。

 

 乃木さんが話を続ける。鷲尾家は乃木家と同じように立派な家柄だ。だから、高い適性値を出した私を娘に欲しがり……両親はそれを承諾した。神聖なるお役目の為だからと。

 

 「そして私は3人と一緒に戦って、散華によって両足を、戦いの後遺症で記憶を失ったのね」

 

 「「えっ?」」

 

 「えっ?」

 

 そう言うと、何故か2人はキョトンとしていた。何か、間違っていただろうか。先代勇者ではなかった? それならさっき指摘されてるだろう。なら、一緒に戦った訳じゃない? いや、流石にそれはないでしょう。

 

 なら……散華の内容? でも私の散華は2回のハズ。だから、()()()()で2回で、その戦いの中で大きなダメージを負ったか、頭に攻撃を受けたことの後遺症で記憶を……と、思っていたのだけど。

 

 「……違うの? 散華は、片足ずつではないの?」

 

 「え、っと……」

 

 「……違うのなら、まさか……記憶が? ……そんな……そんなのって……」

 

 「……わっしー……」

 

 そうじゃ、ないのね。片足ずつではなく、両足。そして、記憶……それで2回。散華は、そんな大切なモノまで奪っていくのね。だから戻る素振りもなかった。そもそも治るハズが、戻るハズがなかった。両足も……記憶も。

 

 失った2年間に、どれだけ大切な思い出があったんだろう。私が覚えていない楓君、私が覚えていない友達……4人で一緒に学校に通っていたかもしれない。一緒に遊んだかもしれない。一緒に戦う以外にも、きっと多くの楽しかった思い出が……大切な、忘れたくない、忘れてはいけない思い出が……沢山、沢山あったハズなのに。

 

 「……記憶を失った私は次なる戦い……今の戦いに回された」

 

 「……大赦は身内だけじゃやっていけなくなって、勇者の資質を持つ人を全国で調べたんだよ」

 

 調べた結果、勇者部の皆の適性値が高かった。風先輩も言っていたわ、自分達のグループが選ばれる可能性が一番高かったと。楓君が来たのも、一番可能性が高かったから。そして、私が友奈ちゃんの家の隣に引っ越してきたのも……大赦に仕組まれたことで。

 

 その事実を、東郷の家の両親は知っていた。そして、事故で記憶喪失になったと嘘までついて……今も、本当のことを黙ってる。

 

 「……家が裕福だったのは、少し疑問だったの。それに、満開をしてからは家の食事の質が上がったわ。思えば、合宿での料理も豪華なものだった」

 

 「大赦が手当てとして、家に援助してるんだろうね。私達の家も……そうだったから」

 

 「正直、あたしはそこは助かってるんだけどさ。まだ小さい弟も居るし……2年も会ってないけど」

 

 「つまり、あれはご褒美だとか労っていたのではなく……お供え物のようモノ。私達を……祀ってたのね」

 

 この2人と同じように……そしてそう考えると、楓君の部屋の前にある注連縄の理由も分かった。彼は既に祀られているのだ。人気の無い、窓の無い薄暗い通路の奥で、同じく窓の無い個室に……1人で。

 

 「……楓君がこの部屋で同じように祀られていないのは、何故? サポート役として来たのは知っているけれど……」

 

 「……カエっちはね、次の勇者の子達と……わっしーのことが心配だったんだよ」

 

 「私……達……?」

 

 「うん。だからサポート役として行くことを選んだんだって……それに、大赦には今の勇者の子達の精神的主柱になってもらおうって意図もあったみたいだね……私達の時みたいに」

 

 「……」

 

 「だから、カエっちはわっしー達の所に行って、一緒に勇者として戦った。だから、カエっちは私達と同じ部屋じゃなくて、わっしー達がお見舞いに来れる部屋に居る。正直、嫉妬してるんだよ? わっしー達ばっかりカエっちと居られてズルいって」

 

 楓君がやってきたのは、私達が心配だったから……それを聞いて、嬉しいと思っている私が居る。少なくとも、そう思ってくれる位には過去の私と仲が良かったって思えるから。だけど、そこには大赦の打算も含まれている……思い出を、私達の思いを汚された気がした。沸々と怒りが沸いてくる。

 

 その後の嫉妬云々は、本気半分冗談半分と言ったところかしら。三ノ輪さんも同じみたい。それは乃木さんが言ったように、彼が彼女達にとって精神的主柱となっていたからか……それとも……。

 

 「わたしもミノさんも散華で動けなくなって、カエっちに会えなくて、こんな場所に祀られて……」

 

 こんな場所と言われ、部屋の入口付近に目を向ける。そこから見える床には夥しい数の人の形にも見える長細い板が刺さっていて、天井や壁には隙間が見えない程に大量の人形の紙が貼り付けられている。

 

 彼女達を神聖な者として祀っているのだとは思う。だけど……この部屋は不気味で、気持ち悪い。まるで、彼女達を人として扱って居ないような……いえ、人として扱ってないのね。神様に身体を捧げたから、その身が神様に近付いたから。

 

 「……でも、今は辛くないんだ。カエっちと……わっしーとまた会えたし、こうやって会いに来てくれたし」

 

 「だなー。楓とも会えるようになったしさ。これで散華も治ればなぁ……」

 

 「……本当に……」

 

 「ん?」

 

 「本当に、治ると思ってるの? だって……2年間もそのままなんでしょう?」

 

 そうだ……私は、それを聞きに来た。真実を知りに来た。私達が知らない……でも、先代勇者がきっと知ってる真実。私が思って、友奈ちゃんと風先輩にも溢した疑問。

 

 戦いは本当に終わったのか。散華は本当に治るのか。壁の……神樹様の結界の向こうは、どうなっているのか。きっと……彼女達は知ってると思うから。

 

 「治るよ。時間は掛かっても、きっと」

 

 「どうして、そう思えるの?」

 

 「カエっちが大丈夫って言ってくれたからね。いつだってそう言ってくれて、約束だって守ってくれた。だからきっと大丈夫」

 

 「……三ノ輪さんも、そう思ってるの?」

 

 「ああ。きっと大丈夫さ。体も治って……夢だって叶えられる!」

 

 「それ、わたしが前に言ったセリフだよね~」

 

 「い、いいだろ? あたしだって……本気でそう思ってるんだから」

 

 本気で信じているのだろう。2人は笑って、そう言った。私だって、そう信じたい。戦いは本当に終わったって、散華はいつか戻るって。でも、状況がそうさせてくれない。1度疑ってしまったら、もうそれを切り離せない。

 

 ……これ以上は、2人は何も言わないだろう。話の流れを変えられてしまったし、乃木さんからは重要なことを教えようと言う気が感じられない。真実を知らないのか、それとも……()()()()()()には、言えないのか。だから今日はもう追及するのをやめて、別の日にしようと思って……それとは別に気になったことを聞いてみた。

 

 「……2人の夢って、何?」

 

 「わたしはね、小説家かな。2年前はサイトに投稿してたりしたんだよ? カエっちも、面白いって言ってくれたんだ~」

 

 「あたしは……お嫁さん、だな。出来れば……ごにょごにょ……」

 

 「……素敵な夢ね」

 

 「わっしーの夢は?」

 

 「私? 私はね……」

 

 

 

 「「「歴史学者さん」」」

 

 

 

 「……酷いわ2人共」

 

 「えへへ~、ごめんね。でも……忘れてないよ」

 

 「うん。須美が忘れても……あたし達は、ずっと覚えてるから」

 

 「……うん」

 

 私の知らない過去(わたし)……一体、どんな人間だったんだろうか。分かることは……きっと、楓君も入れた4人で仲良くしていたということ。お互いの夢を言い合う位に仲が良くて……そんな思い出を大事にしてくれている友達が居ること。

 

 少し、前向きになれた気がした。本当に散華が戻るかもって、少し思える気がした。記憶が戻ったら、何を話そうか。友奈ちゃんに思い出を語るのも良い。逆に2人に今の私の思い出を語るのも良い。きっと……楽しいから。

 

 

 

 そう……思えていたのに。

 

 

 

 「楓君も夢を語ってたの?」

 

 「えっ? あ……その……」

 

 「……? どうしたの?」

 

 「いや、その……楓も、言ってたよ。あたし達の夢が叶ったところを見たいんだって」

 

 楓君らしい、と思ってしまう。自分の将来よりも、私達の将来の姿を見たいと思う辺り、特に。でも、なんで彼女達は急に狼狽えたのか……嫌な予感がした。さっきまでの思いが、一気に消え失せるような……嫌な予感が。

 

 「今、なんで狼狽えたの?」

 

 「それは、その……」

 

 三ノ輪さんがキョロキョロと目を動かし、乃木さんは口を閉じて何も話さない。どうして? ……三ノ輪さんの反応には、見覚え……というか、つい最近私も同じ反応をした記憶がある。風先輩には言うつもりは無かった楓君の温感の散華について口を滑らしてしまった時に……。

 

 

 

 ……()()

 

 

 

 「……まさか……楓君の散華の1つは、私と同じ……」

 

 「……」

 

 「楓君は、あの総力戦の時も合わせて7回満開しているわ。散華は右足、左目、左耳、心臓……温感。後の2つは、分からなかった。彼も教えてくれないし……怖くて聞けなかった」

 

 「温感……それは、知らなかったな~……」

 

 「答えて。残り2つの内の1つ……それはもしかして……私と同じ、記憶なの?」

 

 「……」

 

 「お願い……教えて」

 

 「……わっしー達と会った日とは別の日に、3人で昔の話をしてた時にね。わたし達との思い出とか、出会いとか、細かいとこまで全部覚えたのに……私達の夢と……自分の夢のことだけ、忘れてたんだ。だから……多分ね」

 

 その言葉が、嫌にハッキリと耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 可能性としては、あり得た。だって、私がそうなったんだから。皆の散華がバラバラなように、皆が同じ散華を味わう可能性もある。実際に、楓君と同じ散華が私と風先輩にも起きている。だったら、私のように記憶を失うことも……もう、前向きになんて考えられない。全部、全部疑わしくなった。違う……全部“嘘”だと思うようになった。

 

 あの後直ぐに2人と別れた私は、そのまま人気の無いところで変身して結界の壁の上にやってきていた。外の世界に蔓延するウイルスから人類を守っているという結界。その向こうからやってくるバーテックス。12体全てを倒したと言うが、実際はどうなのか。

 

 誰も教えてくれない、つい最近まで疑問にすら思わなかった結界の向こう。本当に戦いが終わっているなら良い。外にバーテックスが、或いはその元となるモノが無いなら良い。全て私の一人相撲だったということになり、散華のことだって少しは信用出来るようになる。

 

 でも……もし、そうでないなら。私の予想通りなら。大赦も神樹様も嘘をついていて、楓君が……私達が騙されているのなら。

 

 「……私は、真実が知りたい」

 

 一見すれば、壁の向こうには夕焼けに染まった野山が広がっている。とてもウイルスが蔓延しているとは思えない位に綺麗な景色。そう思いつつ前に進んで、結界を越えた時。

 

 

 

 目の前に、地獄が広がった。

 

 

 

 「何……これ。これが……こんなのが、本当の世界だって言うの!? こんな……地獄みたいな世界が!?」

 

 火の海、そう言う他にない。予想外なんて言葉で片付けられない。想像もつかなかった。だって、一瞬前まで綺麗な景色が広がってて。なのに、その景色が一気に地獄に変わって。

 

 私が居るのは……巨大なんて言葉では言い表し切れない程に大きな、黄金の大樹。宇宙にすら届くそれこそが、結界の真の姿。私達が住む四国を覆う、神樹様の守り。

 

 その光景に唖然としていると、不意に敵意を感じた。上に視線を向けると、そこには無数の口らしき部分だけがある白い化物の姿……分かる。あれは全て、バーテックスなのだと。

 

 「くっ!」

 

 口を開いて襲いかかってくる小さなバーテックス達。小さなと言っても、人間1人くらい容易く飲み込める程には大きい。咄嗟に出した拳銃で撃ち抜く。その一撃で倒せるくらいには脆い。だけど、数が多いなんてモノじゃない。それこそ……そう、目に見える白い光が、全てこの化物達だって言うのなら……敵は、バーテックスは……文字通り、()()()()()()()

 

 「っ……あっ!?」

 

 その数にまた絶望し、後ろから襲いかかってきたバーテックスの攻撃を避けようとして、絶望のせいか上手く動けなくて柔らかな何かの上に倒れ込んでしまって。

 

 

 

 その柔らかな何かが、下から迫ってきていたバーテックスだと気付いた。

 

 

 

 「い……やああああああああっ!!」

 

 拳銃から散弾銃に変え、目に見えるバーテックスを片っ端から撃っていく。一撃で倒せる。散弾銃だから一気に複数倒せる。なのに減らない、減らない! 減らないの!! 撃っても撃っても撃っても視界からバーテックスが消えなくて、無限に私に向かってくる。

 

 撃つ。射つ。討つ。減らない、キリがない。仕方なく私は元来た場所に戻り、大きな葉に隠れる。これも結界の一部だからか、バーテックスは寄ってこない。乱れた呼吸を整えつつ、また上に視線を向ける。

 

 「……そんな……あれは、楓君と友奈ちゃんが倒したバーテックス……」

 

 そこには、無数の白いバーテックスが集まっていって、最初に戦った乙女座の形を成していっている光景があった。他にも、倒したハズのバーテックスが形作られていっている。

 

 あんなに苦しい思いして、辛い思いをして倒したのに。バーテックスは次々生まれていっている。そうでなくとも、小さなバーテックスが数えきれない程居るのに。

 

 これが“真実”。これが……こんな残酷なモノが。私達が倒したバーテックスは、これの何分の、何十分の……ううん、何千、何万、何億分の1にもならない。戦いなんて終わる訳がない。たった6人で、あの2人を含めてもたった8人しか勇者は居ないのに。

 

 これを私達が倒すの? このまま私達が戦い続けるの? 散華で体の機能を失いながら、ずっと? 先代勇者はこれを知っていたの? 知っていて、戦ったの?

 

 「はぁっ……はぁっ……!」

 

 結界の中に戻り、荒い息を吐く。後ろを見てもあの地獄は無く、また綺麗な景色が広がるだけ。他の人間にはこう見えている。殆どの人は、あんな地獄があることなんて知らずに平和に過ごしているんだ。私達という勇者の、犠牲の上で。

 

 

 

 脳裏に、乃木さんと三ノ輪さんの笑顔が……楓君の笑顔が浮かんだ。そして……泣きたくなる程に綺麗な、白い花も。

 

 

 

 「ああああっ!! ひっ……ぐぅ……ううううっ!! うああああああああっ!!」

 

 

 

 友奈ちゃんの、風先輩の、樹ちゃんの、夏凜ちゃんの顔が次々と浮かんで……絵画が燃えるように消えていく。想像の中のあの火の海が、皆の笑顔を焼いていく。

 

 「な……んとか、しないと……なんとかしないと……なんとか、しないと……っ!」

 

 泣きながらも必死に考える。またバーテックスがやってくる。また戦わされる。あんな姿になっても戦っていた楓君も、私達も。もしかしたら、乃木さんと三ノ輪さんも。

 

 このままだとまた辛い思いをする。また苦しい思いをする。また、満開して、散華して、何かを失う。そして最後にはあんな風に祀られて、それでも勇者として戦わされて……いつか、体の何もかもを。それこそ、記憶さえも。

 

 

 

 『君は……』

 

 『貴女は……』

 

 

 

 ― ダ レ ? ―

 

 

 

 「それは、ダメ……それだけは、絶対にダメ! それだけはイヤ、忘れられるのはイヤ!!」

 

 2人に、皆に忘れられるのは、また忘れるのは絶対にイヤ。もしそんなことになったら耐えられない。助けなきゃいけない。これ以上苦しませたくない。これ以上辛い思いをさせたくない。

 

 どうする、どうする……どうすればいいの。あんなの、解決策なんて浮かばない。生きている限り戦わされる。精霊が生かして戦わせる。神樹様が、大赦が、勇者の力がお役目を強要する。

 

 思い付かない。それでも、思い付かなきゃ。こんな苦しいだけの世界から、こんな救いのない地獄から皆を助けなきゃ。頭を抱えて、神樹様の……神樹の結界の壁に頭を付けて考える。

 

 

 

 ― 大丈夫……神樹様が守ってくださるよ ―

 

 ― そうだねぇ……きっと、守ってくれるよ ―

 

 

 

 「……あった」

 

 頭を上げ、大赦の本部がある方角を……樹海化した時、神樹の影が見える方角を見る。今は何も見えないそこを目指して、バーテックスはやってくる……()()()()()()()

 

 そうよ……結界も、精霊も、勇者の力も、全て神樹の力。だったら……()()()()()()()()()()()。力の大元である神樹さえ居なくなれば、私達も勇者の力を失うハズ。そう思って私は壁から飛び降り、落下しながら狙撃銃を構える……壁に向けて。

 

 許さない。大赦も、神樹も、世界も。楓君を苦しめて、友奈ちゃんを傷付けて、皆を犠牲にして、生贄にして。私だけなら良かった。私だけが勇者で、生贄だったなら。でも、そうじゃなくて……私の大切な人達を、私の大好きな人達を、私が大好きだった人達をこれ以上世界の為に……そう、言うのなら。

 

 

 

 「私が……終わらせてやる」

 

 

 

 暗い覚悟をした私の狙撃銃から放たれた一撃は大きな光の砲撃となり……壁の上部を半円形に抉り、結界に大きな穴を開けた。




原作との相違点

・(散華内容を)勘違い東郷さん

・でも尋常じゃなく察しがいい東郷さん

・途中で仲良くお話していた東郷さん

・やっぱり気付いてしまう東郷さん

・友奈の留守電はなし(そんなことやれる心境でも状況でもない)

・ダイナマイ東郷さん

・世界の真実や天の神のことは話さなかった園子様

・その他色々多すぎィ!



という訳で、全部東郷さん視点でした。最も大きな違いは、彼女が現時点で天の神の存在を知らないことです。恐らく、東郷 美森が知ることはないでしょう。思い出すことはあるでしょうがね←

で、やっぱりこの人勝手に動くの……駄目だ、私にも制御出来ねぇ。恐るべし東郷さん。

園子は世界の真実を教えるつもりはありませんでした。なのに楓の記憶散華を言ってしまったのは、既に東郷さんが確信していたからです。そしてドカン。

さあ、盛り下がって参りました。ほら、心とか精神とか。これで盛り上がる人は私と握手←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 21 ー

お待たせしました(´ω`)

友奈の章終わり間近だけあってかなり執筆に時間がかかってます……申し訳ありません。もうしばらくこのペースになると思います。ご了承ください。

ゆゆゆいのバトンイベ、うたのんも風先輩も強くないっすかね。必殺技もアビリティも。

今回は、最初からクライマックスだぜぇ!


 「っ、何よこのアラーム!?」

 

 「特別警報? それに樹海化……? そんな、戦いは終わったハズなのに!?」

 

 風を止めてから少しして、唐突に5人の端末からアラームが鳴り響いた。画面には“特別警報発令”の文字。初めて見た文字に、何か異常事態が起きていることを悟る。更には樹海化まで発生し、ようやく敵がやってきたのだと理解した。

 

 夏凜と友奈が慌てる中、楓と樹は項垂れたまま動かない風を見る。失意、罪悪感、感情を爆発させたことによる疲労……色々なモノが重なって動かない風。樹が肩を揺らしても、何の反応も返さない。そんな姉を心配そうに見た後、状況を把握する為に楓は端末を操作してマップを出す。

 

 「っ!? これは……」

 

 「えっ? どうしたんですか? 楓さん」

 

 「マップを見れば分かるよ……かなり、マズイことになってる」

 

 「え……っ!? なに、これ……真っ赤じゃない!?」

 

 「えっ!? うわ、ホントだ……っ! 東郷さんが壁の、敵の近くに居る!?」

 

 マップに映る敵を表す赤いマーク。それが、画面の結界を表す部分に空いた穴から雪崩れ込み、マップの大半を染め上げていた。1体2体なんて話ではない。100や1000、それ以上の規模。先に倒したバーテックスしか知らない2人はそれが敵であると理解するのが遅れ、楓は何故だか空いている画面の穴……そして、その近くにある東郷の文字に嫌な予感を感じていた。

 

 「……樹、姉さんを頼んだよ。自分は……美森ちゃんに会いに行くから」

 

 「……!」

 

 「わ、私も行くよ! 東郷さんを助けなきゃ!」

 

 「私も行くわ。東郷のこと、気になるしね」

 

 楓の頼みに、樹は力強く頷くことで答える。そんな妹に微笑み、翼を出して飛翔してマップに写っている美森の場所に向かう。友奈と夏凜も跳び上がり、遅れないように着いていく。

 

 その途中、敵の姿が見えた。白い体に大きな口だけがある奇妙な姿をした化物。その姿を初めて見た夏凜はそれをバーテックスだと直ぐに理解し……かつて、レオに取り込まれた時にその姿を見た友奈の心臓が早鐘を打つ。

 

 (あの時の……大きな、口。怖い……怖い、けど……今は、東郷さんに会わなきゃ)

 

 あの時の恐怖が甦る。未だにトラウマを克服出来ていない友奈にとって、かのバーテックスは今まで戦ってきたどのバーテックスよりも怖い。その恐怖を、美森に会わなくてはいけないという使命感で何とか押し込める。

 

 少しして、3人は目的の場所に、壁の上に辿り着いた。そこには狙撃銃を構え、小型の機械のような何かが幾つか飛び回って細いレーザーを放ち、時に狙撃して己に向かってくる小さなバーテックスだけを倒している美森の姿があった。

 

 「東郷さん……何、してるの……?」

 

 「……美森ちゃん。壁を壊したのは……君かい?」

 

 「……そうよ、楓君、友奈ちゃん。これ以上2人を……皆を傷付けさせたくないから」

 

 「壁を? どういう、こと……?」

 

 友奈と楓の問いに美森はバーテックスを倒しながらそう返し、ある程度倒したところで振り返り、続けてそう言った。まさかの肯定、そしてその後の言葉に友奈が唖然としつつ聞き返す。彼女の表情には、信じられない、信じたくないといった感情がありありと見て取れた。

 

 そんな友奈に、白いバーテックスが襲来する。それが視界に入り、一瞬友奈が怯えの感情を出し……夏凜が間に入り、一刀の下に切り伏せる。別方向から来たバーテックスは、楓が出すワイヤーによって瞬時に切り捨てられる。

 

 その間に、美森は壁へと銃口を向ける。が、それは夏凜が素早く近付いて止める為に斬りかかることで中断させられる。夏凜の二刀を美森は狙撃銃を盾にすることで防ぎ、2人は距離を取る。その間、楓は次々と寄ってくるバーテックスをワイヤーで片付けていた。

 

 「どういうことよ東郷……あんた、自分が何やったのか分かってんの!?」

 

 「分かってる……分かってるから、やらなきゃいけないの!!」

 

 右手の刀を向け、美森に問う夏凜。四国を守る壁の破壊。それは、世界そのものを危険に晒すことであると誰もが理解出来る。事実、今こうして大量の小型のバーテックスが入り込んでいる。夏凜からすれば、とても正気の沙汰とは思えない。

 

 だが、美森は錯乱している訳でも混乱している訳でもない。正気で、自分の意思で破壊したのだ。悲しげに表情を歪め、3人に背を向けて壁の……結界の向こうへと移動する美森。3人は慌ててその背を追い掛け、結界の外へと出た。

 

 

 

 そして、地獄を見た。

 

 

 

 「……何、これ……」

 

 「楓くん……これは……どうなってるの?」

 

 「……これが、結界の外の世界だよ。見ての通り、火の海だけどねぇ」

 

 「そう、火の海。外の世界なんて……とっくに滅んでる。そして、バーテックスは12体で終わりなんかじゃなく……無限に襲ってくるの」

 

 文字通りの火の海。その中に聳え立つ黄金の大樹。そして、数え切れない程の小さなバーテックス達と……再生しつつある、これまでに勇者部が倒してきた星座の名を冠するバーテックス。それを見た友奈と夏凜が唖然とし、美森の方を見る。

 

 「楓君……貴方は知っていたの? この地獄を……この残酷な真実を知って、それでも戦っていたの?」

 

 「……知っていたよ。自分だけじゃなくて、先代勇者は全員知ってる。それでも、戦った。大切な人の為にね」

 

 「どうして? この世界にも、私達にも未来なんてない。私達は精霊のせいで死ねなくて、満開する度に身体の機能を失って……いつか、大切な友達や楽しかった日々の記憶も……全部無くして、それでも戦わされるのに」

 

 「それでもだ。それでも……自分は、自分達は戦ってきた。外の世界が地獄だろうと、未来が無いように見えていても……ね」

 

 外の世界の真実を、先代勇者は“全員”知っていた。その残酷な真実に、1度は打ちのめされて、戦う意義を失いかけた。それでも戦ったのは、散華の恐怖に打ち勝ったのは、大切な人達が、大切な友達が居たからだ。

 

 数回の満開と散華をして、寝たきりになった園子と銀。隻腕となり、車椅子生活を余儀無くされ、それでも戦ってきた楓。そうなるまで戦ったのは、決して世界の為でも、見知らぬ人の為でもないのだから。それは、過去の美森もそうだったハズなのに……今の彼女に、その記憶はない。

 

 「それで戦って、戦って、戦って……何度も満開して、散華して、ボロボロになって何も分からなくなって、それでも……戦わされて……そんな姿になってまで、そんな辛く苦しい思いをしてまで! 私は楓くんに守って欲しくない! 頑張って……欲しく、ない!!」

 

 「っ……それでも、自分は……君達を!」

 

 「そんなことになるくらいなら、そうやって楓君も、友奈ちゃんも、皆も……大切な人達が犠牲になるくらいなら……私が“勇者”を、世界を終わらせる! 私が、全部断ち切る!!」

 

 「東……郷……さん」

 

 「美森ちゃん……」

 

 「させる訳、ないでしょうが!!」

 

 美森の思いの丈、その叫びを聞いて友奈と楓が悲痛な表情を浮かべ、動きを止める。そんな2人とは違い、夏凜は再び美森に向かって突っ込み、二刀を振るった。美森は狙撃銃から2丁の散弾銃に持ち替え、それを盾にして防ぐ。

 

 「夏凜ちゃん、邪魔しないで!」

 

 「するに……決まってんでしょ! 私は、大赦の……私は、勇者で……っ!」

 

 「その大赦は貴女にも真実を伝えず、道具として扱ってるのに!? 貴女だけじゃない! 大赦は勇者を……人として扱ってない! 楓君の部屋の前にあった注連縄も、先代勇者の2人の部屋にあった人形の板や紙もその証拠。そんな大赦の為に、夏凜ちゃんが戦うことなんてないのに!!」

 

 「……東郷……っ」

 

 「お願い分かって! 楓君も友奈ちゃんも、勇者部の皆も……私が忘れてしまった大切な友達の2人も……私の大切な人達が傷付く姿も、犠牲になるのも、これ以上見たくない!! そんなの、私は耐えられない……耐えきれないのよ!!」

 

 再び聞かされる美森の叫び。それを聞いた夏凜の動きが止まり、押し返されてまた距離を取る。元々、勇者部に来てからの夏凜にも大赦に思うところがあったのだ。楓のお見舞いにも来ていたから、注連縄の存在も知っている。故に、美森の言うことも理解出来てしまう。

 

 風に続き、美森もまた泣きながら思いを綴る。その光景は、その思いは、その嘆きは、その悲しみと苦しみは……友奈と夏凜の心を打ちのめす。それは楓とて同じ。知っていたハズなのだ、彼女が友達思いなのは。須美としての記憶がない以上……前と同じような思いを持ってくれるとは限らないということは。

 

 そうやって思い悩む3人のすぐ後ろに、再生した乙女座が姿を表し……下半身の産卵管のような部分から3人に向けて爆弾を飛ばしてきた。

 

 「「「っ!」」」

 

 それに気付いた3人は、咄嗟に結界の中へと飛び込むようにして避ける。動きが鈍かった友奈を夏凜が無理矢理に引き連れ、楓も隣を飛翔する。結果として、結界の外に美森を置いていってしまうことになり、友奈が顔だけ振り反る。

 

 「東郷さんが!」

 

 「ダメ! 一旦引いて……っ!?」

 

 「2人共危な……ぐぅっ!?」

 

 美森から離れる3人を追い掛けて結界内に入ってきた乙女座が再び爆弾を飛ばしてくる。それに直ぐに気付く夏凜と楓だったが、友奈を引き連れているせいで反撃出来ない夏凜に対応する術は無い。2人を守る為に振り返って空中で翼から弓に変えて迎撃しようとした楓を、乙女座の後ろに居た射手座が槍のような矢で撃ち落とす。そして、邪魔されることがなくなった爆弾が、2人に直撃した。

 

 変身が解けて地面に落ちる友奈と夏凜、2人とは別の場所に落ちる楓。そんな光景を動かない姉の側で見ていた樹は焦った表情を浮かべ、風の肩を掴んで揺らす。兄が、先輩達が大変なことになっていると。それを言葉で伝えられない彼女の後ろに、大量の小さなバーテックスが迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 「……う……? っ、夏凜ちゃん!? か、楓くんは!?」

 

 いつの間にか気を失っていた私が目を覚まして最初に見たのは、同じように気を失っている夏凜ちゃんだった。慌てて起き上がって近付いて抱き上げて名前を呼んでみるけど、反応はない。一緒に居た楓くんはどこに居るのかと辺りを見回して見るけど、私達とは違う場所に落ちたのか姿が見えない。そうして探して視線を動かしていると、さっきまで東郷さんが居た場所が目についた。

 

 ……東郷さん、泣いてた。苦しいって、辛いって……耐えられないって。私は、東郷さんのことを見てたハズなのに。あの日、風先輩と一緒に話を聞いて、悩んでるって知ってたハズなのに……こんなことになるまで、気付けなかった。

 

 一番側に居たのに。一番の友達なのに。私が……気付いてあげられなきゃ、いけなかったのに。大丈夫だよって、守るって、頑張るって言ったのに……私は、何もしてあげられなかった。

 

 「……今は……バーテックスを何とかしなきゃ……」

 

 夏凜ちゃんを地面に寝かせて立ち上がり、スマホを握り締める。空を見上げれば、星とは違う白い何かが沢山あって……あれが全部、あの日見た大きな口と歯の正体で。

 

 「ひっ……!」

 

 そう思ったら、足から力が抜けて立てなくなった。寒くないのに、体が震えて止まらなくなった。何とかしなくちゃいけないのに。東郷さんを止めないといけないのに。

 

 

 

 ― カリカリ……カリカリ…… ―

 

 

 

 「いやっ!! いや……で、でも、止め、ないと……変身、しないと……!」

 

 また、あの時の音が聞こえた。真っ暗じゃないのに、寝ようとしてる訳じゃないのに。耳を塞いでも聞こえる。音が止まらない、止まらないよ……でも、必死に我慢する。止めるんだ、何とか、するんだ。

 

 ― 傷付く姿も、犠牲になるのも、これ以上見たくない!! そんなの、私は耐えられない……耐えきれないのよ!! ―

 

 私だって……見たくない。でも、だけど、それでも……私は。そう思って、震える指で何とか勇者アプリをタップして変身しようとして。

 

 

 

 “勇者の精神状態が安定しない為、神樹との霊的経路を生成できません”

 

 

 

 「……そんな……変身、出来ない……っ!?」

 

 ピー! ピー! ってアラームと共にスマホの画面に浮かぶ文字。びっくりして動きが一瞬止まって、改めてその文字を読んで、血の気が引いた。何度もタップする。何度も、何度もタップする。なのに、いつもみたいに光が出てこない。勇者に……なれない。

 

 「なんで!? どうして!?」

 

 口からそんな疑問が出てくる。でも文字が変わることはなくて、答えてくれる訳もなくて。指が痛くなるくらい何度タップしても、全然変身出来なくて。

 

 友達が苦しい時に気付いてあげられなくて……今度は、止めることも出来ない。何かをしてあげたいのに、何も……してあげられない。

 

 「うあ……ああ……っ」

 

 それどころか、まともに動くことも出来ない。今まで倒してきたバーテックスよりも遥かに小さなバーテックスが、怖くて恐くて仕方なくて。ずっと頭にカリカリって音が響いて、友達の為に動けない自分が情けなくて。

 

 「こんなんじゃ私……友達失格だ……勇者にも……なれない……っ!」

 

 心の中がぐちゃぐちゃになって、辛くて、悲しくて、苦しくて……涙が流れてきた。東郷さんもずっとこんな気持ちでいたんだ……ううん、もっと辛かったんだ。そう思って、また涙が溢れて……東郷さんが居た場所を見たら、私達に集まってくる小さなバーテックス達が視界に入って。

 

 「あ……あ、ああ……」

 

 そのバーテックス達が大きな口を開けて一斉に迫ってきたのが見えて……頭を抱えて(うずくま)った。

 

 

 

 「いやああああああああっっ!!!!」

 

 

 

 「「はああああっ!!」」

 

 そんな声の後、私の上で何かを切るような音がして、私の前に着地するような音がして……目を開けて顔を上げたら、変身して左手の水晶から光の剣を出してる楓くんと2本の刀を持ってる夏凜ちゃんが私に背中を向けて立っていた。

 

 「遅れてごめんね、友奈ちゃん。バーテックスが邪魔で時間掛かっちゃったよ」

 

 「大丈夫? 友奈」

 

 「楓、く……夏凜、ちゃん……ああああ~っ!」

 

 安心して、また涙が止まらなくなって……楓くんが風先輩にしたみたいに抱き締めてくれて、夏凜ちゃんも頭を撫でてくれて……泣いてばかり居る自分が、嫌になった。

 

 「怖……こわか……っ! 私、勇者なのに! 友達、なのに! 何も……してあげられなくって……変身も、出来なくて!」

 

 「うん……大丈夫、大丈夫だよ。一気に色んなことが起きて、受け止めきれなかったんだねぇ……怖くて動けない自分が、嫌なんだねぇ……」

 

 「あの大きな口が怖い! ずっと頭の中でカリカリって音がして、止まらなくて! 体も震えて、動けなくて! でも……でもっ、東郷さんが……東郷さん……ううぅぅ……っ!」

 

 「……友奈。あんた、東郷のことはどうしたいの?」

 

 夏凜ちゃんに頭を撫でられる度に、思ってたことが口から出る。抱き締めてくれてる楓くんの背中に手を回して、勇者服を強く握り締める。怖くて、不安で、この温かさを手放したくなくて、離れたくなくて。そんな自分が……情けなくて。

 

 そうやって吐き出していると、夏凜ちゃんが優しい目でそう聞いてきた。どうしたいか……なんて、そんなのは決まってる。決まって……いるんだ。

 

 「止めたい……止めたいよ。だって、世界が終われば、皆に会えなくなる。私はもっと皆と一緒に居たいよ。もっと皆と一緒に部活がしたいよ。でも……止めたくても、私は変身出来なくて……っ!」

 

 「……そう。楓さん、友奈をお願い」

 

 「……任せて」

 

 「夏凜、ちゃん……?」

 

 私を撫でていた手を止めて、夏凜ちゃんが立ち上がって離れて、背中を向ける。その背中が……なんでか、凄く大きくて、頼もしくて。

 

 「友奈、楓さん。私、大赦の勇者辞めるわ。前からちょくちょく思うところがあったし、風の件でほとほと愛想も尽きたし。これからは勇者部として戦う。戦って……勇者部を守る。だから安心しなさい友奈」

 

 「夏凜ちゃん……」

 

 「私達の勇者部は壊させない。友奈の泣き顔なんて……見たくないしね。あんたはバカみたいに笑ってる方が、ずっとらしいわよ」

 

 そう言って夏凜ちゃんは……空に見えるバーテックス達に向かって走っていった。それを私は……楓くんに抱き締められながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 最初は、只の援軍として、完成型勇者としての役割を全うしようとするだけだった。その気持ちが先走り過ぎて余計なことを口走って楓さんに怒られたのは、今でもよく覚えてる。そして謝った後に友奈と楓さんに強引に勇者部に入れられて……今では、それでよかったって、思ってる。

 

 勇者になる為の訓練しかしてこなかった私。それ以外は不要だって切り捨ててきた私。その切り捨ててきたモノを、勇者部は押し付けてきた。無理矢理押し付けてきて……こんなにも楽しかったんだぞって、教えてくれた。

 

 児童館での誕生日、泣きたくなる程嬉しかったのを勇者部は知らないでしょ。あの子の不恰好な鶴の折り紙のプレゼントが本当に嬉しかったなんて……知らないでしょ。

 

 そうやって過ごして、そうやって楽しいことを教えてきて、いつの間にか大切になって。友奈が、楓さんが、風が、樹が、東郷が……勇者部が大好きになって、大赦じゃなくて、ここが私の居場所なんだって思えて。

 

 ……崖の上から海の向こう、壁の穴を、空を見据える。目に入る数多の小さいバーテックスと、再生した5体の大きなバーテックス。データで見た限り、乙女座、射手座、蠍座、魚座、蟹座、ね。そんだけ居るんだから、流石に犠牲無しって訳には……いかないでしょ。

 

 「諸行無常」

 

 「……久しぶりに喋ったと思ったらそれ? まあ、今回は同意するけど」

 

 側に浮く義輝に同意しながら端末を操作して、あの日児童館で取った集合写真を見る。勇者部と子供達が写った、私の……宝物。世界が終われば、この子達も、この思い出も全部無くなる。そんなことはさせない。させて、たまるか。

 

 「さあさあここからが大見せ場!!」

 

 勇者部も、バーテックスも、神樹様も……世界も聞け。大赦の勇者じゃない、勇者部としての三好 夏凜が叫びを。

 

 

 

 「遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!! これが讃州中学2年、勇者部部員! 三好 夏凜の……実力だああああああああっ!!」

 

 

 

 バーテックス達に向かって跳び、その軌道上の小さなバーテックスを切り裂いて進む。脆い、遅い。正しく一刀両断出来る。けれど、流石にあのバーテックス達はそうもいかないでしょ……()()()()ならね。

 

 満開ゲージはとっくに満タン。散華の恐怖は、当然ある。でも、友奈が泣いているのは嫌だから。楓さんが悲痛な顔をしているのは嫌だから。勇者部は……全員揃っている方がいいから。そして、あの子を死なせたくないから。

 

 「だから!! 持っていけええええっ!!」

 

 意思を示す。あの日に出来なかった満開。樹海から光の根が私に集まり、大輪の花を咲かせ、私の姿を変える。分かる、この力の使い方が、その強さが。なるほど、散華という代償があるのも頷ける。

 

 「勇者部5ヶ条ひとおおおおつ!!」

 

 満開することで現れた4本の巨大な刀とそれを持つ巨大な4本の腕。私のと合わせた6本の腕を思いっきり左から右へと振り抜く。私の意思を汲み取ったその行動は切っ先から楓さんのような光を生み出し、小さなバーテックスを薙ぎ払う。

 

 更に、満開前から良く使っていた短刀を全ての腕を振るうようにして飛ばす。満開によって大きさも、数も圧倒的な迄に強化されたそれは小さなバーテックスに負けず劣らずの数が飛び、一気に殲滅する。見てる? 友奈、楓さん。これが完成型勇者の……いいえ、勇者部部員、三好 夏凜の実力よ!

 

 「挨拶はああああっ! きちんとおおおおおおおおっ!!」

 

 そのままの勢いで乙女座へと突撃。友奈と私を爆弾で落とされた怒りもあり、6刀を以て切り捨てる。それだけで、乙女座が光となって消え去った……御霊が無い? 短期間で再生したから? いいえ、今はどうだっていい。こいつらは、1体残らず殲滅する!

 

 「勇者部5ヶ条ひとおおおおつ!! なるべく……諦めなああああいっ!!」

 

 次は蟹座。同じように切りかかると、4枚の板で防がれた。けれど、その内の2枚を破壊出来た。残り2枚を両足を合わせて突き出し、蹴り破る。その後、6刀で縦一閃に両断し、蟹座は光と消える。

 

 「っ、こいつ!?」

 

 その直後、蠍座の針が満開の腕の1つに突き刺さった。しかも刺さった部分から毒々しい赤い何かが広がって……それを認識したと同時に満開が花びらになって消え去った。

 

 樹海に降り立ち、左肩のゲージを確認。満開時の大量殲滅の影響か、それとも緊急故の神樹様の配慮かわからないけれど満タンになっていた。それを確認し終えた時、右手に違和感を感じる。見れば妙なパーツが右腕を覆っていて……右腕が動かせない。散華……でも、今は気にしていられない。

 

 「勇者部5ヶ条ひとおおおおつ!! 良く寝てええええっ!」

 

 蠍座に向かって跳ぶ。私に向かって伸ばされた尻尾を左手の刀で弾いて剃らし、尻尾に刀を突き刺す。そしてその尻尾を蹴り飛ばしてまた跳び上がり……満開。再び現れた4本の巨大な腕を曲げて刀を構え……。

 

 「良く食べええええるっ!!」

 

 上から下へと落下するように動き、そのまま全ての腕を振ってまた縦に両断する。これで3体……後は、2体。そう考えた瞬間、視界に入れた射手座の下の顔のような部分から大量の光の矢が飛んできた。

 

 咄嗟に全ての腕を盾にする。結果として私自身は無事だったものの、4本の腕が矢に貫かれて無惨な姿になってしまった……しかも、腕の一部が花びらになり始めている。さっきよりも解除の兆候が早い!?

 

 (くっ……連続して満開したから? それともダメージを受けすぎた? ……気にしてても、仕方ない! 解除されるなら……またやるまでよ!!)

 

 射手座の上の口から槍のような矢が放たれる一瞬前に、私は上へと飛ぶ。結果としてそれを避けることに成功し……同時に、満開が解除されて右足の感覚が無くなった。楓さんとお揃いって訳? なんて冗談みたいに思って……また、意思を示す。

 

 「勇者部5ヶ条ひとおおおおつ!! 悩んだら……相談んんんっ!!」

 

 満開、そして直ぐに射手座に向かう。また下の顔から大量の矢が飛んでくるけれど、今度は避けつつ接近してその体を横一閃に両断。そのまま反転し、残っている体を縦に両断して光と消し去る。

 

 これで4……っ! 魚座が居ない!? どこに、と周囲に目をやる。けれど、どこにも姿がない。逃げた? まさか、そんな訳ないし……そう思っていた時だった。

 

 「っ!? あぐっ!」

 

 下の地面から出てきた魚座に反応し切れず、近付かれて体の紐のような部分を鞭みたいに振るわれ、モロにその攻撃を受けた。しかもその一撃で満開まで解けてしまう。

 

 あまりに解けるのが早い……多分、連続で使っているから満開の定着が浅いんだ。本当ならもっと時間を掛けて貯めて一気に解放する満開。それを短時間でしているから、少ししか保たないんだ……そう理解すると同時に、魚座が地面に潜り……私の顔の周りにパーツが生まれる。今度は何を失ったのか、まだわからない。

 

 「勇者部5ヶ条ひとおおおおつ!! 成せば大抵……何とかなああああるっ!!」

 

 わからない散華よりも分かる敵を優先する。そしてまた満開する。どうせこの満開も直ぐに消えるのだから、もう1度出てくるのを待つつもりはない。魚座が潜った地面に4刀を突き出しながら突っ込む。

 

 少しばかり進んだところで切っ先に手応えがあった。その手応えの正体……魚座に4刀を突き刺したまま地上へと出て……一気に引き裂いた。

 

 

 

 「見たか!! これが……勇者部の力だ!!」

 

 

 

 光と消えた魚座を確認した後、切っ先を神樹様の方へと向けてそう叫ぶ。バーテックスなんかに負けない。残酷な真実なんかに負けない。散華になんか……負けない。そこで満開が解けて……私の目の前が真っ暗になって、不気味な程に無音になって……何も分からなくなって。

 

 それでも……落下する私を誰かが受け止めてくれたのだけは、分かった。




原作との相違点

・東郷さんの理由ちょい増し

・友奈ちゃんトラウマ持ち

・夏凜ちゃんの戦う理由ちょい増し

・その他多すぎんよ



という訳で、壁ぶち壊しからの夏凜ちゃん無双までです。忘れていたかもしれませんが、本作の友奈ちゃんは幼生バーテックスにトラウマがあります。それがわんさか出てくるんだから怖いですよねぇ。

またあんまり動かなかった楓君。今回は夏凜ちゃんと友奈ちゃんメインだからね、仕方ないね。彼には活躍の場があります。彼と友奈ちゃんが居て、倒すのが困難な敵が出る……おっと、見覚えのあるシチュエーションですな←

友奈の章は残り2~4話ほどの予定です。執筆に時間が掛かるとは思いますが、どうか気長にお待ちください。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 22 ー

お待たせしました(´ω`)

ゆゆゆコラボ中なのでリリフレ始めました。リセマラ4回目にして東郷さん込み三枚抜きでスタート。友奈はもうすぐだ。東郷さん、解除姿似合いすぎじゃないですかね←

感想では何人かの方が本作でのワンシーン等を答えて頂いて嬉しい限りです。では、調子に乗って人気投票でも(存在散華

実は東郷さんの満開の砲問の数を8つではなく6つだとずっと勘違いしてました。わすゆ決戦とゆゆゆ総力戦のところでも6つと書いてましたが、修正しました。

今回はあんまり進みませんが……クライマックス感は増します。多分←




 「っ!」

 

 樹が戦ってる。迫ってくる小さいバーテックス達を相手に、1人で。それをアタシは……見ているだけだった。

 

 頭の中でさっきの樹の文字と楓と友奈と夏凜の言葉が繰り返されてる。勇者部に入って良かった。勇者部が楽しくて仕方ない。勇者部は嫌いじゃない。勇者部は……作って、良かったって。

 

 嬉しかった。でも、それ以上に友奈と夏凜に攻撃した自分が許せなくて……動く気力も出なくて。分かってるのよ、世界が危ないってことは。それでも……気持ちが、体が、動かない。

 

 「っ!!」

 

 樹が戦ってる。ワイヤーを使ってバーテックス達を切り裂いて、突き刺して、巻き付けて……そうしていたら、別のバーテックスに体当たりされて吹っ飛ばされた。それでも、直ぐに立ち上がって……また、戦って。

 

 どうしてそこまで戦えるの? あんたは歌うことが出来なくなって、夢を諦めなくちゃいけなくて……アタシみたいに……ううん、アタシ以上に怒っていいハズ。バーテックスに、世界に、神樹に。

 

 

 

 ― あのね、お姉ちゃん。私は、私が戦うのは……大赦に言われたからでも、神樹様に選ばれたからでもないんだよ? ―

 

 ― 私は……自分で選んだんだ。何も知らないで帰りを待つよりもお姉ちゃんと……お兄ちゃんと、3人で居たいんだ ―

 

 

 

 ……そういえば、そう言ってたっけ。思えば樹は、最初からお役目だとか、世界の為だとか、そんなことは言ってなかった。最初からずっと……ずっと、アタシ達と居たいって、着いていくって言ってた。

 

 「……樹……」

 

 楓は最初から信じてた。樹のことも……アタシ達のことも。なのに、アタシはずっと……1人で悩んで、突っ走って。一緒に頑張ろうって、生きようって言ってくれてたのに……アタシが原因だからって、勇者部なんて作らなければって。

 

 ……樹が、戦ってる。アタシを守る為に、世界を守る為に。その理由はきっと……アタシと、楓と一緒に居たいから。勇者部の皆と一緒に……居たいから。

 

 妹が眩しい。声を奪われて、夢を奪われて、それでも真っ直ぐに進んでいく妹が。いつもアタシや楓の後ろに居た樹。気付けば……いつの間にか、アタシがこうして背中を見ている。

 

 「……着いていく、か」

 

 体に力が入る。無くなってた気力が沸き上がる。大事なのに、見えてなかった。大切なのに、信じきれてなかった。弟のことも、妹のことも。でも……2人は、アタシよりもずっと……強くて。アタシは、そんな2人のお姉ちゃんだから。

 

 不意に、頭にイメージが浮かぶ。座り込んで動かないアタシの前を歩く弟と妹。そんな2人が振り返って、アタシに笑顔で手を伸ばす。“家族皆で”って、そう言いながら。その手を……アタシは掴んで。2人に、その手を引かれて。

 

 「着いていくどころか……追い越してるじゃないの」

 

 やっと……立ち上がれた。やっと……前に進めた。手を引かれて進むんじゃない。手を引いて走るんじゃない。

 

 

 

 アタシ達は……手を繋いで、隣を歩くんだ。

 

 

 

 「はああああっ!!」

 

 樹がまたバーテックスの突撃を受けて吹き飛ばされる。その樹を追撃しようとするバーテックスに向かって跳びかかり、大剣で切り裂く。まだまだ向かって来るバーテックス達を、巨大化させた大剣を振るうことで一気に薙ぎ払う。

 

 「……!」

 

 「ごめんね、樹。1人で戦わせて」

 

 嬉しそうな顔をして近寄ってきた樹にそう言うと、樹は首を横に振って否定してくれた。その表情が、優しさが眩しくて……嬉しくて。

 

 「でも、もう大丈夫。自慢の妹が守ってくれたからねぇ」

 

 「っ! っ!!」

 

 頭を撫でながら、そう伝える。樹が、嬉しそうに笑って何度も頷いてくれる。大事な、本当に大事な家族。本当に自慢の……妹。楓と樹が居てくれるから、アタシはまだ……戦える。

 

 「さぁて、行くわよ樹。今度は、一緒に!」

 

 「……!!」

 

 2人で跳び出し、バーテックスを倒していく。そうしながら、少しずつ壁の方へと……東郷の方へと近付いていく。東郷が壁の上に居て、そこから動かない以上、壁を壊したのは誰かなんて誰でも分かる。だから、止めなくちゃならない。

 

 アタシは、世界が滅んで欲しいとまでは思ってなかった。そうなったら、家族も勇者部の皆も、友達も、他にも沢山の人が死んでしまう。会えなくなる。それだけは絶対に嫌だから。

 

 待ってなさい東郷。今から、あんたを止めに行くから。

 

 

 

 

 

 

 「夏凜ちゃん!」

 

 夏凜ちゃんが何度も満開してバーテックスを全部倒すのを楓くんに抱き締められながら見ていた私。その夏凜ちゃんが神樹様に向かって何か叫んで満開が切れた瞬間、楓くんは直ぐに飛んで夏凜ちゃんを抱き締めるようにして受け止めてた。

 

 楓くんが降りてきて、私の前に夏凜ちゃんを下ろす。横たわる夏凜ちゃんを抱き上げて名前を呼ぶと、夏凜ちゃんは目を開けてくれた。

 

 「誰……? 楓さん……? 友奈……?」

 

 「え……夏凜……ちゃん?」

 

 そう言って夏凜ちゃんが左手を伸ばして私の頬っぺたに触れる。もう片方の手は、また足に光を纏って片膝を着いた楓くんが握ってた。

 

 「友奈……楓さん……側に居るのね。ごめん……なんか、目も耳も持っていかれたみたい」

 

 「っ!? そんな……そんなのって……!」

 

 「2人共……見てた? 私の大活躍……」

 

 「ああ……見てたとも。凄いよ、夏凜ちゃん」

 

 「そうだよ! 夏凜ちゃん、凄かった! カッコ良かった!!」

 

 夏凜ちゃんが捧げたモノを聞いて、また涙が出てきた。夏凜ちゃんを強く抱き締める。楓くんは握ってた夏凜ちゃんの手を自分のおでこに当てて、震える声でそう言った。私も、聞こえないとしてもそう伝える。

 

 怖くて、泣いて、動けない私なんかよりずっとカッコ良かった。夏凜ちゃんは……凄かった。カッコよくて、凄くて……本当に、物語の勇者みたいで。

 

 「東郷探そうと思ったんだけどなぁ……ここまでか」

 

 「夏凜、ちゃん……」

 

 「ねぇ、友奈、楓さん。私ね、言いたかったことがあるの……“ありがとう”って」

 

 そう言って、夏凜ちゃんは伝えてくれた。大赦の勇者としての役割を果たそうとして居た、戦うことだけが存在意義だった……東郷さんが言ったように道具でしかなかった自分。それを、私達が……勇者部が変えたんだって。

 

 児童館でやったサプライズのお誕生日会。そんなことをしたのは初めてで、泣きそうな程嬉しかったって……そうやって楽しいことを知って、一緒にやって……勇者部が大好きになったんだって。

 

 「友奈と楓さんが勇者部に入れてくれて……2人が私を変えてくれた……だから、2人ならきっと……東郷の心だって変えられる」

 

 「……夏凜ちゃん……」

 

 「……そんな風に、思ってくれてたんだねぇ」

 

 「2人だから……きっと救える。友達、なんでしょ? 大切な人……なんでしょ……?」

 

 そこで、夏凜ちゃんは意識を失ったみたいで、ゆっくりと地面に寝かせる。そうだよ。東郷さんは私の1番の友達なんだ。その友達を止めてあげたいって思うんだ。楓くんだって、そう思ってる。だって楓くんはずっと……東郷さんを優しい目で見てたんだから。

 

 でも、まだ体が震えるんだ。まだ、怖いって思ってて……体が、上手く動かないんだ。どうしてこんな時に私は……夏凜ちゃんにここまで言われたのに……私は。

 

 「……っ!? あいつまで復活するのか……」

 

 「……東郷さん……満開してまで、世界を……」

 

 不意に、楓くんがそう呟いた。顔を上げて楓くんの方を見るとどこかを見ていたから、その視線の先を追うと……あの時、総力戦の時に出てきた1番大きなバーテックスが……獅子座が、さっきよりも大きくなった結界の穴から入ってきたところだった。気のせいかな……あの時より、体が大きい気がする。

 

 それに、さっき大きなアサガオの花が咲いた。アサガオは東郷さんの花……満開、したんだ。そこまで……世界を壊したいんだ。私達がもう傷付かなくてもいいように。私達を……助ける為に。

 

 獅子座の前に炎が集まっていく。段々大きくなっていって、獅子座くらい大きな火の玉になる。あれを神樹様に放たれたら……本当に世界が終わっちゃう。なのに、なんで変身出来ないの。

 

 「友奈ちゃん」

 

 「え? わふ」

 

 楓くんに名前を呼ばれてそっちを向いたら、あの時みたいに頭を抱き寄せられた。前と違うのは、今回は正面から抱き寄せられていることと……楓くんの心臓の音が……聞こえないこと。

 

 「自分は、あの火の玉を止めに行く。神樹様を殺させる訳には……いかないからねぇ」

 

 「……」

 

 「……大丈夫。君は自分が守る。君が戦えない分まで……自分が頑張る。だけど……きっと、友奈ちゃんの力が必要になる。世界を守る為にも……美森ちゃんの心を変える為にも」

 

 そう、頭の上で囁かれる。凄く優しい声で。大きくて安心する腕の中で。凄く、温かいんだ。私の分まで頑張るって言われて、自分が情けなくて……なのに、それ以上に守るって言われて、頑張るって言われて……嬉しいって思うんだ。

 

 それに……怖くて動けないのに、友達のことに気付いてあげられなかったのに……変身も出来ないのに。それでも必要だって言ってくれるのが……本当に、泣きそうになるくらいに、嬉しいんだ。

 

 ……おかしいな。楓くんは心臓が動いてないから音なんてしないハズなのに……ドクンドクンって、聞こえるんだ。いつの間にか、カリカリって音が聞こえなくなってるんだ。何でかな。そう思ってたら、楓くんは少し体を離して……私の目を見て、いつもみたいに朗らかな……見てると、幸せになる笑顔を浮かべてくれてて。

 

 「頑張れ、勇者……ううん、違うか。頑張れ、()()。勇者だからとか、そんなんじゃない。友奈が大切だと思う人の為に……自分も一緒に、頑張るから。だから……信じて、待ってるよ」

 

 楓くんが神樹様に向かって飛ぶ。その姿を、私は見送るだけで……なのに、なんでかな。ドクンドクンって音が止まらないんだ。でも、イヤって訳じゃなくて。

 

 勇者だから、頑張るんじゃない。私だから……私が大切な人達の為だから、頑張る。夏凜ちゃんを見る。いっぱい満開して、いっぱい散華して……勇者部を守るって、私の泣き顔なんて見たくないって戦ってくれた。私の、大切な友達。

 

 夏凜ちゃんだけじゃない。家族のことで怒って、私達の分までいっぱい怒って……本当に、優しい風先輩。声が出なくなっても、歌えなくなっても……それでも笑って、風先輩だって止めた樹ちゃん。

 

 私達の為だって、大切な人が傷つくのが見たくないって、満開してまで世界を終わらせようとしてる東郷さん。外の世界が滅んでるって知ってても大切な人の為に戦ってきた先代の勇者……園ちゃんと銀ちゃん。それから……こんな私でも信じてるって……守るって言ってくれる楓くん。皆、皆大事で、大切で。

 

 ……そうだよ。大事なんだ。大切なんだ。だから守りたくて、その為に頑張りたくて。勇者だからじゃない。“私”だから。私にとって、大事で、大切だから。

 

 「……まだ、怖いって思ってる」

 

 スマホを持つ。壁の向こうから火の玉が飛んでくる。気が付けば、私は走り出していた。神樹様へと、楓くんが居る場所へと。

 

 「だけど……怖いけど……大事だから! 大切だから!!」

 

 待ってるって言ってくれた楓くんの笑顔が浮かぶ。ドクンドクンって……ううん、ドキドキってしてる。その音がなんだか心地好くて、安心して。

 

 「楓くん! 私も、一緒に!!」

 

 「……信じてたよ。友奈ちゃん」

 

 空に居る楓くんに向かって叫ぶ。すると、そんな言葉が返って来た気がして……それを嬉しく思うと同時に、勇者アプリをタップした。

 

 アラームは……鳴らなかった。

 

 

 

 

 

 

 「東郷っ!!」

 

 時は少し戻る。樹と共にバーテックスを倒しながら美森の元へと向かっていた風は遂にたどり着き、壁の……結界の穴が当初よりも更に広がっていることを認識した後に結界の外に居る美森に飛びかかり、大剣する振るう。それを美森は散弾銃を交差させ、真っ向から受け止めた。

 

 「これ以上壁を壊してはダメ!」

 

 「風先輩……この光景が見えるでしょう!? この悲惨な地獄が、未来なんてどこにもない現実が!! 大赦のやり方が、神樹のやり方が! 勇者の存在が……どれだけ私達に救いがないのかを!!」

 

 「ええ、ハッキリと見えてるわ。それでも、アタシはあんたを止めるわよ! 弟と妹を、勇者部の仲間を信じるって決めたからねぇ!!」

 

 「っ……信じても……この現実は変わらないじゃないですか! 私達が救われるには! 皆が救われるには……これしかないんです!!」

 

 「それでも……それでもアタシはああああっ!!」

 

 2人の邪魔はさせないと樹が周囲のバーテックスをワイヤーで切り裂いている中、美森と風は武器を合わせたまま叫ぶようにして言い合う。

 

 お互いに真実を知り、絶望した者同士。風はそこから家族と仲間によって救われた。美森はまだ、その絶望の中に居る。風は皆を信じると決めた。美森は世界を滅ぼすことこそが救いだと信じた。お互いが信じたモノの為に武器を合わせ……風が、美森の散弾銃を弾き飛ばす。が、美森は直ぐに拳銃を呼び出し、構える。

 

 「アタシはあんたを止める! アタシは先輩で、部長だから……そんで、後で全員であんたに説教してやるわ!!」

 

 「分かってください!! っ!? これは、樹ちゃんの……樹ちゃん、貴女も分かって!!」

 

 風は大剣を片手で持ち、その切っ先を向けながら宣言する。その顔に、不敵な笑みを浮かべながら。対する美森はその顔を悲しげに歪め、同じように叫ぶ。これしか方法はない。こうしなければ、誰も救えないと。

 

 そうして撃とうとする美森の手と拳銃に、緑の光のワイヤーが幾重にも絡まる。それが樹によるモノであると直ぐに気付いた美森は樹が居る場所に視線を向け、また叫ぶ。しかし、樹は首を横に振った。彼女は皆と共に居たい。だから、美森の思いを受け入れる訳にはいかないのだ。

 

 美森はこの状況を打破するべく、胸元の満開ゲージを見る。しかし、満タンには2つ足りない。思わず舌打ちをする美森……そんな彼女に向かって、大剣を構えた風が接近する。

 

 「東郷、歯ぁ食い縛りなさい! そんで……ちょっと大人しくしてろおおおおっ!!」

 

 「っ!?」

 

 大剣の峰による全力の殴打。それをマトモに受けた美森は壁の上から落とされる。風は一瞬慌てたものの、下にはまだ神樹の結界による足場があるのを見てホッと息を吐く。そんな彼女の服を、直ぐ側に移動した樹が引っ張る。何事かと風が振り向くと、樹は壁の穴に向かって指を指していたのでそちらへと体ごと向く。

 

 そこで風が見たのは、あれほど結界内を飛び回っていたバーテックス達が侵攻を止めている……否、結界の外へと出ていっている姿だった。姉妹2人が疑問に思っていると、結界の外から強い光が溢れ……大きなアサガオが咲くのを見た。

 

 「東郷……あんたそこまで」

 

 「……っ!?」

 

 「? ……なっ、あいつは!?」

 

 落ちた先でバーテックス達を倒してゲージを溜め、満開した美森が穴のところまで舞い戻る。そして彼女の背後、少し離れた場所に結界内外の数多のバーテックス達が急速に集まり、ドロドロに溶けた鉄を捏ねて形作るように獅子座を再生していく。

 

 「2人共……退いてください」

 

 「退くわけ、ないでしょ!!」

 

 「……そうですか」

 

 言外に満開の力を振るうぞと言う美森。だが、姉妹の返答は決まっている。その目に何度も言わせるなという意思を含ませ、力強く返す風。その答えに、美森はやはり悲しそうにして顔を伏せ……。

 

 

 

 「……ごめんなさい」

 

 

 

 8門全ての砲を神樹へと向けて同時に放ち、それらは途中で1つの巨大なレーザーとして向かって行った。

 

 「さ、せ、る、かああああああああっ!!」

 

 「っ!!」

 

 その砲撃の前に翔び、大剣を盾にする風。樹は満開したことによって得た新たな精霊、雲外鏡の力を使って緑の光の障壁を生み出し、姉と共に砲撃を防ごうとする。

 

 が、やはり満開の力には及ばず、障壁ごと撃ち抜かれた姉妹は声を出す間も無く樹海へと落下し、阻む者が居なくなった砲撃は真っ直ぐ神樹へと向かい……その手前で、花弁となって散っていった。

 

 「そう……勇者の力では神樹本体を傷付けることは出来ないと言う訳ね……だけど、これを連れていけば……」

 

 そう言って美森は背後へと視線を向ける。そこには溶けた鉄のように真っ赤ながら、確実に復活へと近付いている獅子座の姿。その姿を確認し、この巨大なバーテックスならば神樹を殺せると確信し、神樹へと向き直って結界の中へと戻る。その際、誰も見ていない時……獅子座の遥か後方、地獄のような世界から1つの光の玉が獅子座へとぶつかり、浸透し……その体を、一回りも二回りも大きくした。

 

 「くっ……東郷……っ!」

 

 撃ち落とされ、ダメージのせいか変身が解けた風と樹が樹海の地面の上で美森を見上げる。満開状態の美森は完全に再生し、尚且つ巨大化した獅子座の前に出て向き直る。

 

 「? さっきよりも大きくなってる……好都合ね。さあ、私を殺したいでしょう? 撃ってきなさい……それで、終わり」

 

 「あんなのが撃たれたら、ホントにっ! やめろおおおおおおおおっ!!」

 

 巨大化していることに疑問を抱くも、完全に再生しているし力も増しているようなので好都合だと呟く。そして挑発するように言い……反応したのかそうでないのか、獅子座は小さな……それでも美森にとっては大きなの火球を作り出す。

 

 ゆっくりと火球は大きくなっていき、遂にはその身と同等の大きさへと成長する。それを見た風と樹は一気に青ざめ、風の悲痛な叫びが響き……無慈悲にも、それは放たれた。美森はその巨大さ故にギリギリになってしまったものの何とかかわし、火球は真っ直ぐ神樹へと向かう。

 

 「これで皆が……」

 

 救われる。そう思い、安堵の表情を浮かべる美森。だが、火球の行く末を見るべく振り返った彼女の表情が一気に絶望と悲しみに染まった。

 

 「……どうして……どうしてそこまでするの!? どうしてよ……友奈ちゃん! 楓君!!」

 

 その視線の先で、大きな桜と……泣きたくなる程に綺麗な白い花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 「あの大きさは、このままだと厳しいねぇ」

 

 「そうだね。このままなら、ダメかも」

 

 無事に変身出来た私は楓くんと火の玉が出来上がっていくの見ていた。あの大きさは、多分今の状態だと2人でもダメかもしれない。何となく、そう思った。

 

 チラッと、右手の満開ゲージを見る。風先輩を止める時にゲージは溜まりきっていた。なら、やることは決まってる。

 

 「大丈夫かい? 友奈ちゃん」

 

 「……散華は、やっぱり怖いけど……それよりも世界が壊れてしまう方が、皆と会えなくなる方が怖いから」

 

 「……そっか」

 

 「それに、楓くんと一緒だから……大丈夫」

 

 私は1人じゃない。楓くんが居る。楓くんだけじゃない。勇者部の皆が、先代勇者の2人が、勇者部の活動で出会った人達が、友達が、家族が……この世界には居るんだ。だから……東郷さんを止める。楓くんと2人で。私達は友達だから。東郷さんが大事だから。

 

 「ねえ、楓くん。お願いが、あるんだ」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「さっきみたいに……名前で呼んで欲しいな。ちゃん付けじゃなくて……“友奈”って、呼び捨てにして欲しい」

 

 「……うん、分かった」

 

 火の玉が迫ってくる。結構速いし、やっぱり大きい……でも、大丈夫。楓くんと2人なら、不可能なことなんてないよね。

 

 「行くよ……“友奈”」

 

 「うんっ! 2人で、一緒に!!」

 

 

 

 さっきの、ドクンドクンって音がした。その音がどこから聞こえるのか……やっと分かった。

 

 

 

 「「“満開”!!」」

 

 

 

 楓くんに名前を呼ばれて……楓くんと一緒に居て嬉しいって思ってドキドキしてる……私の心臓からだ。

 

 

 

 「「うおおおおりゃああああっ!!」」

 

 楓くんが前みたいに4つの水晶で左手を光で包んで大きな拳を作って火の玉に突撃する。私が、満開の巨大な腕の右腕を突き出して突撃する。そして同時に火の玉とぶつかって……思ったよりもあっさりと突き破って、その後ろで火の玉が爆発した。

 

 「楓! 友奈!」

 

 「っ!」

 

 「おや姉さん。もう大丈夫みたいだねぇ」

 

 「風先輩、樹ちゃん。遅れてごめんなさい」

 

 風先輩、動けるようになったんだ……良かった。でも、変身が解けてる。きっと……私が変身出来なかった時に、樹ちゃんと一緒に東郷さんを止めようとしてくれてたんだ。

 

 「楓くん、友奈ちゃん……どうして! どうして!!」

 

 「決まってる。それに、何度も言ってきたよ、美森ちゃん」

 

 「うん……私ももう迷わない。大事だから! 大切だから!!」

 

 東郷さんが泣きそうな顔で聞いてくる。それを、楓くんはいつもみたいに朗らかな笑顔でそう返して……私も釣られて、笑顔でそう言った。

 

 

 

 「私が……私達が勇者部を……東郷さんを守る!!」

 

 

 

 そうして私は、楓くんと一緒に獅子座に向かっていった。




原作との相違点

・風先輩の思い

・夏凜の思い

・友奈の思い

・樹の思い

・美森の思い

・獅子座「でっかくなっちゃった☆」

・火球粉砕時に満開

・その他色々あるんだよ。



という訳で、風、友奈復活のお話でした。早ければ次回で決着が着きます。

ここに来て明確な獅子座の強化。他にも色々原作とは心境が違います。獅子座の火球を止める為の満開は決定事項でした。

とりあえずこのまま友奈の章の終章まで駆け抜けます。その後わすゆの時のように2、3話番外編を挟みます。そこから勇者の章に行くか、ゆゆゆいに行くかはわかりませんが。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 23 ー

お待たせしました(´ω`)

リリフレにて友奈とピース交換完了。後は何人の勇者部を引けるかな。

ゆゆゆいでは一周年記念復刻。ガチャ回すぞー←

前話の感想がほぼほぼ友奈のヒロイン力についてなのは笑いました。誰がヒロイン、ってのは実は意識してないんですがね。皆様、もしカップリングするなら楓と誰推しですかね? 誰でもいいですよ(意味深


 それは、美森ちゃんと友奈ちゃんがのこちゃんと銀ちゃんに出会った日とは別の日のこと。美森(すみ)ちゃんを除く先代勇者3人で楽しく会話をしていた時のことだ。

 

 「カエっちの女の子の格好、可愛かったんよ~。また見てみたいな」

 

 「流石にもう勘弁して欲しいねぇ……小学生の時とは大分体格も違うんだから」

 

 「ホントにな……2年前はあたしと変わらなかったのに……いや、今の楓も良いと思うゾ、うん」

 

 「そうかい? ありがとねぇ」

 

 そんな風に昔の出来事を話していた。学校ではこんなことがあった。休日にはこんな遊びをした。お互いに楽しかった記憶を話し合って、笑い合って……美森(すみ)ちゃんがここに居れば、もっと楽しいだろうと口に出さずに思っていた。

 

 そんな時だ、のこちゃんが()()()()()()()()をしだしたのは。

 

 「休み時間で夢を話したりもしたよね~」

 

 「あー、あったあった。なんであたしあんなに抱き付かれたのか未だにわかんないんだけど」

 

 「夢……? そんな話、()()()()()()()()()?」

 

 「「……えっ?」」

 

 休み時間に夢を話し合った。そんなことをした覚えは自分にはない。でも、2人は覚えているようだし……自分が忘れているだけだろう。そんな風に考えて……()()()()()ことに疑問を覚えた。

 

 ……実のところ、自分は自身の散華の内容を全て知っている訳ではない。今では合計7回の満開。その前の6回の散華だが、1つだけ何を捧げたのか分からなかった。どうせ内臓みたいな自分には見えない部分だろうと予想していたんだが……。

 

 「……なるほど。どうやらそれが、自分の散華みたいだねぇ」

 

 「カエっち……わっしーみたいに? 自分の夢も……覚えてないの?」

 

 「そうだねぇ……今の自分は、夢を持ってない。妹にもそう言ったしねぇ」

 

 「……須美の時と違って、随分ピンポイントなんだな」

 

 「ホントにねぇ……」

 

 苦笑いを浮かべる自分に、2人は悲しげに顔を歪める。そんな顔をさせたい訳じゃ無いんだけどねぇ……ああ、でも……忘れられるのは悲しいけれど……忘れるのも、悲しいモノだ。きっと、この悲しさと記憶が戻らない恐怖を、彼女も感じているのだろう。それこそ、自分よりも遥かに。

 

 この後、2人はまた夢を教えてくれた。小説家にお嫁さん……どっちも良い夢だと思う。聞いたところでピンと来なかった以上、これが散華だと言うのは多分合ってるんだろうねぇ。

 

 ……でも、お陰で自分にも夢が出来た。過去の自分がどんな夢を抱いていたのかは聞いていない。言わなくて良いと、自分から言ったのだ。夢はまた、見つけるからと。だけどきっと、今の自分と同じ夢を抱いたハズだと……また、2人と話ながら思った。

 

 

 

 今、自分は友奈ちゃんと……友奈と共に再び満開して美森ちゃんとその背後の巨大化している獅子座を見据えている。あれだけ居た小さなバーテックス達は姿が見えない。恐らく、獅子座を再生する為に合体していったんだろう。だが、また直ぐに結界の外からやってくるかもしれない。

 

 ……神樹様は自分の散華は時間は掛かるけど戻せると言っていた。今回の満開で、その時間は更に伸びただろう。そうと分かっていて、自分は満開したのだ。覚悟はある。世界の為、なんて大層なモノじゃない。結局は自分の為なんだからねぇ。

 

 「楓君……友奈ちゃん……なんで……」

 

 「東郷さん……」

 

 「っ、友奈。まずは獅子座だ」

 

 「……うんっ!」

 

 泣きながら自分達を見つめる美森ちゃんと彼女を見つめ返す友奈。自分もそうして居たけれど……獅子座が動いた。その背中の太陽のようにも思える部位が縦に開き……それは、さながら空間を縦に裂いたようにも見える。その空間の中は結界の外のように真っ赤で……中から、あの小さなバーテックス達が炎に包まれながら大量に出てきた。しかも、その大きさは獅子座同様に大きくなっている。

 

 友奈が迫りくるバーテックス達を次々と満開の巨大な腕で殴り、倒していく。自分も水晶をフルに動かし、レーザーを放って倒していく。見れば美森ちゃんも己に向かってくるバーテックスを……小型の機械? で倒して行っている。

 

 「っ、壁の外からもか!」

 

 「楓くん! 風先輩達が!」

 

 「な!?」

 

 壁の穴からも大量のバーテックスが再び入ってくる。獅子座からもまだまだ出てくるようだ。それを2人で倒していっているけれど、流石に手が足りない……そう思っていると友奈がそう叫んだ。姉さんと樹が居た方を見れば、そこには倒れている2人と……その2人に向かっていく大量のバーテックス。

 

 10ある水晶の内の半分を2人を守る為に使う。だけど、多すぎる! 友奈は多対1には向いてない。美森ちゃんは今は手を貸して貰えない。なら、自分がやるしかない。

 

 「おおおおっ!!」

 

 2人の前に4つの水晶で正方形を作り、その空白部分に1つの水晶からレーザーを放つ。空白にぶつかったレーザーは一瞬の間を置き、美森ちゃんの散弾銃のようにレーザーを大量に、かつ広範囲に拡散させた。拡散したレーザーは狙い撃つことこそ出来ないが、その攻撃範囲で一気にバーテックスを殲滅していく。

 

 ……が、それが終わってもバーテックスが減った気がしない。もう1度、と思ったところで、水晶が青い光の攻撃を受けた。破壊されるには至らなかったものの、正方形が崩れてしまい、只のレーザーがその射線上のバーテックスを倒すだけに終わる。その攻撃が来た方向を見れば、美森ちゃんの姿。

 

 視界の隅で、友奈がバーテックス達を倒しながら獅子座へと向かっていた。が、友奈も自分と同じように美森ちゃんから攻撃を受け、行動を中断させられる。

 

 「ダメよ2人共……」

 

 「東郷さん!! そいつが神樹様に辿り着いたら、本当に世界が滅んじゃうんだよ!?」

 

 「姉さん達も、神樹様も死なせる訳にはいかない!」

 

 「それで良いの……一緒に消えてしまいましょう。そうすれば誰も苦しまない。誰も辛い思いをしない! こんな世界で生き地獄を味わうこともないの!!」

 

 「良くない!!」

 

 「ああ、良くないねぇ!!」

 

 美森ちゃんの言うことも……分かる。ああ、分かるとも。外は火の海、バーテックスは天の神が居る限り無限に生まれ、攻めてくる。獅子座のように強いバーテックスには満開が不可欠で、それを使えば散華として何かを捧げることになる。そして、勇者である自分達はそれを繰り返すことになる。

 

 それでも、それでもだ。守ると決めた。頑張ると決めた。世界の為なんかじゃない。勇者だからなんかじゃない。自分にとって大切だから……その為なら、自分は。

 

 「っ、くそ、姉さん! 樹!!」

 

 そうは思うが、美森ちゃんからも妨害されては処理が間に合わない。遂には致命的な迄に処理が遅れ、バーテックス達を通してしまう。直ぐに水晶を向かわせるが、それも美森ちゃんの砲撃に撃たれる。思わず叫び、バーテックス達が姉さん達の直ぐ近くまで接近した、その時だった。

 

 

 

 空から大量の槍が降ってきてバーテックス達を串刺しにし、炎纏った何かが回転しながら突き進んでバーテックス達を切り裂いていったのは。

 

 

 

 「今のは、まさか……」

 

 「槍? それから……何?」

 

 「っ、私達以外にも……まさか!?」

 

 3人同時に空を見上げる。その視線の先にある高い場所の根の上に、2人分の人影があった。そしてその人影は……薄紫の勇者服と、赤い勇者服を着ていた。

 

 「遅れてごめんね、カエっち。安芸先生にスマホ持ってきてもらっておいて良かったよ~」

 

 「安心しな! 楓の大事な家族は、バーテックスなんかにやらせない!」

 

 美森ちゃんのように勇者服の一部が変化し、体を支えているという立ち姿。その姿は紛れもなく……自分と同じ先代勇者ののこちゃんと、銀ちゃんだった。

 

 「そんな……2人も、なんで!?」

 

 「戦う理由なんて、決まってるんだよ? わっしー」

 

 「そうだな。あたし達の戦う理由は、2年前から変わらない。須美。お前が忘れても……あたし達は覚えてる!!」

 

 「そんな姿になっても戦うのは何故!! こんな地獄を、真実を知っているのに、なんで戦えるの!!」

 

 「園ちゃんと銀ちゃんが戦える理由……私にも分かる」

 

 「そうだねぇ……自分達も、同じ理由だからねぇ」

 

 「分からない……分からない! 分からない!! 私には分からない……皆が戦う理由なんて、私が戦っていた理由なんて! 覚えてないの!! 忘れさせられたの!!」

 

 泣きながら叫ぶ美森ちゃん。その姿に、胸が苦しくなる。だが、それでも彼女に世界を滅ぼさせる訳にはいかない。だから自分達は、今もバーテックスを倒していっている。

 

 のこちゃんは勇者服の一部から伸びるリボンのようなモノを槍に巻き付け、振るう。その槍は凄まじい速度で伸びて、一気にバーテックスを薙ぎ払う。銀ちゃんは左手の斧剣に炎を纏わせて思いっきり投げつけ、バーテックス達を殲滅していく。更には新たに取り出した斧剣を左手に持って足代わりのリボンのようなモノを使って己を回転させ、近付くバーテックスを切り裂いた。

 

 自分は美森ちゃんの小型の機械を光の刃を出した5つの水晶に突撃させて破壊し、残りの5つはバーテックスの殲滅に回す。友奈は獅子座に突撃し、その体に巨碗を叩き付け、その体を破壊していた。バーテックスを生み出す空間を作る背中の部位を残して獅子座の体は光と消え、御霊が現れる。

 

 「これを壊せば!」

 

 「ダメ!!」

 

 「東郷さん!? くううううっ!」

 

 「っ、わっしー!」

 

 「須美……っ!」

 

 「美森ちゃん……」

 

 友奈が御霊に攻撃する前に、美森ちゃんの砲撃が彼女に襲いかかり、それを咄嗟に巨碗で防ぐのを見た。その砲撃は自分達にも襲いかかり、のこちゃんと銀ちゃん、自分の前に水晶を3つずつ使って三角形を作り出し、盾にして防ぐ。

 

 「どれだけ考えたって分からない!! 私達を犠牲にして、そんなことを知らずに生きてる人達の為!? それを許容している世界の為!?」

 

 「……東郷、さん……」

 

 「知らない人達のことなんてどうでもいい!! 大切な人達を守れないから、大切な人達が救われないから! だから私は終わらせるの!! 終わらない戦いを! この生き地獄を!! 友奈ちゃんが、楓君が! 皆が大切だから、救いたいから!!」

 

 「わっしー……」

 

 「須美……そこまで……」

 

 美森ちゃんの叫びが樹海に響く。それを、自分達は聞いていた。彼女の思いが、伝わってくる。どれだけ彼女にとって自分達が大切か、それ故にどれだけ彼女が思い悩み、傷付いているのか。

 

 ……バーテックス達が獅子座の御霊に集まっていっているのが見える。また再生する気か、それとも他に何かやる気なのか……気になるが、今は。

 

 「……生き地獄なんかじゃ、ない。だって、楓くんに会えた。東郷さんに会えた。勇者部の皆に、先代勇者の2人にも会えた! だから、生き地獄なんかじゃない!!」

 

 「そうだねぇ……ああ、その通りだよ。自分も君達と出会えたことは、本当に嬉しいんだ。だからこそ……自分は何度でも言うんだ。美森ちゃん。自分は、君達を守る。その為ならいくらでも頑張れる!! 君達が大切だから!」

 

 「行って、2人共!」

 

 「バーテックス達はあたし達に任せろ!」

 

 のこちゃんと銀ちゃんのそう言われ、友奈と2人で美森ちゃんに向かう。小型の機械は自分の水晶で対応し、砲撃は友奈が巨碗で殴って迎撃する。離れてて伝わらないのなら……近付いて直接伝えるまでだ!

 

 「私だって……私だって楓君に、友奈ちゃんに会えて嬉しい!! でも、そんな思いだって……どんな想いだって、いつか忘れさせられる! 2人だって、いつか私のことを……そんなの、そんなのはイヤ! 想像するだけでも耐えられないの!!」

 

 「忘れない!! 私は絶対に東郷さんのことも、楓くんのことも!!」

 

 「私だってそう思いたいよ……でも、現実として私は自分が先代勇者だったことを忘れて、楓君達のことも忘れさせられた!! 楓君だって、自分の夢と私達の夢のことを忘れさせられてる!!」

 

 「……ああ、そうだねぇ。確かに自分も、一部の記憶を散華しているよ。それでも……例え、忘れさせられたとしても! 体が、魂が覚えていることだってある!! 他ならぬ君がそうだったから!! それに……夢なら出来た。きっと前の自分も抱いた夢がねぇ!」

 

 そう、夢なら出来た。自分は……君達の生きる未来を、君達が生きる未来を見たいんだ。だから、その為なら……自分は。

 

 「知らない……そんなこと、知らない!! 怖いの! 忘れるのも、忘れられるのも!! いつか自分が流す涙の意味も分からなくなる! 知らない人を見る目で見られる! そんなの……そんなのは絶対に……イヤああああああああっ!!」

 

 美森ちゃんが泣き叫ぶ。砲撃が無茶苦茶に放たれて、避けにくいし防ぎにくい。それでも、1発足りとも逃さずに水晶で、巨碗で防ぎつつ2人で向かう。友達思いで、怖がりなあの子の元に。

 

 「だから……だから……っ! だから、私は……っ!?」

 

 「東郷さん!!」

 

 「やっと、近くまで来たよ!!」

 

 「っ、あ……」

 

 友奈の巨碗が美森ちゃんの砲身を全て巨碗で掴んで地上に撃てなくする。そして、彼女はその巨碗と自分を切り離し、美森ちゃんの満開に乗って走り、彼女に近付く。その際美森ちゃんは小型の機械を出してくるが、それは全て自分の水晶で撃ち抜き、自分も彼女の満開の上に降り立つ。

 

 そして……友奈が彼女の左頬を右拳で殴り飛ばした。その顔に、今にも泣きそうな程辛そうな表情を浮かべながら。それを確認して……自分は、2人に近付いていった。

 

 

 

 

 

 

 友奈に殴られ、倒れる美森。彼女に2人は近付き、友奈が優しく抱き起こし、楓が座り込んで美森の右手を握り締める。

 

 「忘れない」

 

 「嘘……」

 

 「嘘じゃない」

 

 友奈が、強く言った。

 

 「嘘よ……」

 

 「嘘じゃないさ」

 

 楓が、優しく言った。

 

 「……本当……?」

 

 「うん。私達はずっと、東郷さんと居る。そうすれば……忘れない」

 

 「それに……忘れても、忘れないモノだってある。美森ちゃんがそうだったからねぇ」

 

 「忘れない……モノ……?」

 

 「誰のモノか分からなくても、大切なモノだと言っていたリボン。それに、真っ白な男の子に白い花。後は……一口サイズのぼた餅」

 

 「っ……」

 

 「記憶を失った君が、それでも覚えていてくれたモノだ。本当に……本当に嬉しかったんだよ」

 

 2人の言葉が、美森の心に染み渡る。友奈の抱き締める力が強くなり、楓の言葉を聞いて美森がハッとする。忘れることが、忘れられることが怖かった。全部忘れるのだと、忘れられて、それで全てが終わるのだと、そう思っていた。

 

 けれど、残るモノもあるのだ。他ならぬ美森自身がそうだった。病院で目を覚ました日から大切にしていた誰のモノとも知らないリボン。後から楓のことだと知った、脳裏に過る真っ白な男の子と泣きたくなる程に綺麗な白い花。そして、初めて勇者部で花見をした日に気が付けば作っていた……一口サイズのぼた餅。

 

 全てを失ったと思っていた。何もかも消えたのだと思っていた。それでも、確かに残っているモノも、覚えているモノもあったと教えられて……2人が、ずっと一緒に居ると言ってくれた。

 

 「友奈、ちゃん……楓、君……う……うぅ……ああああああああっ……!」

 

 

 

 やっと……2人の想いが届いた。

 

 

 

 「忘れたくないよ! 忘れられたくないよ! 私を……私を1人にしないで!!」

 

 「うん……うん!」

 

 「ああ……1人にしないよ」

 

 大声で泣き出す美森を、友奈は優しく抱き締め、楓は強く握られる手を握り返す。その顔に、優しい笑みを浮かべて。

 

 そこで終われたなら、それで良かった。だが、敵はまだ存在する。そのことを思い出させるように、急に辺りが赤く染まる。その事に気付いた3人が獅子座が居た場所を見ると、そこには獅子座の姿も御霊の姿もなく……代わりに、太陽と見間違う程に巨大な……神樹をも飲み込める程の大きさの火の玉が出来上がっていた。そしてそれは、神樹に向かって動き始める。

 

 「っ、こんなモノが神樹様に当たったら……!」

 

 「あ……わ、私、とんでもないことを……」

 

 「東郷さんのせいじゃないよ!」

 

 「ああ、コレを作ったのはバーテックスだからねぇ。ともかく、止めるよ2人共!」

 

 「「うん!」」

 

 先に撃たれた獅子座の火の玉よりも更に大きな火の玉。そんなモノが神樹に到達すればどうなるか等、誰にでも理解できる。そうはさせないと3人がそれぞれ飛び、火の玉の前に出る……まさにその瞬間だった。

 

 「あ……っ!」

 

 「く、肝心な時に……っ……友奈!!」

 

 「そんな、楓君! 友奈ちゃん!!」

 

 楓と友奈の満開が解けた。結果として2人は勇者服の状態で火の玉の前に無防備を晒すことになり……()()()()()()()ことに気付きつつも楓は水晶から鞭を出して操作し、友奈の腰に巻き付けて引き寄せた後に球体の盾に代え、火の玉に当たって樹海へと落下する。それを見て悲痛な叫びをあげる美森だったが、火の玉を止める為に精霊バリアを盾にぶつかる。

 

 「っ、熱気が……それに止まらないっ、私だけじゃ……!」

 

 強化されているせいだろうか、精霊バリアを突き抜けて熱気を感じ、翳す手が火傷するんじゃないかと言う程熱く感じる美森。更に彼女1人では火の玉の勢いが弱まっているのかすら分からない。このままでは……そう弱音を吐く美森の耳に、それは届いた。

 

 

 

 「「「満開っ!!」」」

 

 

 

 美森の右側に、満開状態の風と樹が火の玉を止める為に飛んできた。そして彼女の左側には……大きな方舟と6本の巨大な腕という満開をした園子と銀が、同じように飛んできて、全員で火の玉にぶつかる。

 

 「風先輩、樹ちゃん!?」

 

 「遅れてごめんなさいね!」

 

 「……!」

 

 「乃木さん、三ノ輪さんも!?」

 

 「わっしー達だけに……やらせたりしないよ!」

 

 「あたし達も居ること、忘れるなよ!」

 

 驚いて名前を呼ぶ美森に、それぞれが笑いながら声をかける。さっきまで敵対し、姉妹に至っては結果的に砲撃で撃ち落としてしまっている。なのにこうして笑いかけてくれることが、美森は嬉しく、有り難かった。

 

 「お帰りを言うのも、お説教も、全部後! 全員、女子力全開で押し返せええええええええっ!!」

 

 「っ!!」

 

 「ううううっ!」

 

 「やああああっ!!」

 

 「っ、勇者5人がかりなのに、止まらないのかよ!?」

 

 風の叫びと共に全員が更に力を込める。結果として火の玉の勢いは最初に比べれば落ちている……が、速度が多少落ちたところで、止まる様子は見えない。その事実に気付き、銀が思わず舌打ちをする。

 

 「そこかああああああああっ!!」

 

 「っ、夏凜!?」

 

 そこに、満開状態の夏凜が加わる。己の勘と気配を頼りに4刀を前に火の玉に突っ込んだ夏凜の力がプラスされ、また少し火の玉の速度が遅くなる。

 

 「勇者部を、舐めるなああああああああ!!」

 

 「良く言ったわ夏凜! 勇者部、そんで先代勇者の2人も声出して行くわよ! 勇者部、ファイトおおおおおおおおっ!!」

 

 「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」

 

 好機と見た風がそう言い、全員で力強く叫ぶ。声が出せない樹も、全力以上に力を出す。6人の力が増し、溢れた勇者としての力が大きな6つの花弁を持つ光の花を作り出して空に咲き誇り……その花と6人の力が、遂に火の玉を完全に止めた。

 

 

 

 

 

 

 「っ……あ、足が……」

 

 満開、そして変身が解除された友奈は樹海の地面の上で気が付き、両足の感覚が無いことに気付いた。散華によって美森のように両足を捧げたことに思うところはあるが、今はそんな場合ではないと手で足を動かし、うつ伏せになり……そして、同じく変身が解けて病人服姿でうつ伏せに倒れている楓の姿を見た。

 

 「楓くん!? あ……ひ、酷い……っ」

 

 匍匐前進の要領で近付く友奈の目に、酷く焼け爛れた楓の背中が見えた。強化された火の玉の熱気は精霊バリアも、楓の勇者の光も貫通していた。その結果として、楓の背中は見るも無惨な酷い火傷を負ってしまっている。友奈が無事なのは、間に楓が入ったからだろう。

 

 「っ……友奈、無事かい?」

 

 「う、うん。でも、楓くんが……背中、火傷が……!」

 

 「……ああ、火傷をしているのか。それよりも、火の玉を何とかしないとねぇ」

 

 「それよりもって、大丈夫なの!?」

 

 「大丈夫じゃないだろうけど、問題ないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()からねぇ」

 

 「え……」

 

 何事も無いかのようにしている楓に大丈夫なのかと聞く友奈だったが、返ってきた言葉に、その意味を悟って思わず絶句する。

 

 楓の最後の散華……それは“痛覚”。大橋での決戦の日から、楓は苦しいと感じることはあっても痛いと感じたことはなかった。そのお陰で酷い火傷を負っている今も普通に動けるのは皮肉なことだが。

 

 「……友奈。空を見てごらん」

 

 「え? ……あ」

 

 2人で顔を上げる。そこには、大きな光の花が咲いて火の玉を受け止めていた。更には6人分の人影も見える。自分達以外の全員が今、あの火の玉を止めているのだと2人は理解する。

 

 なら、自分が……自分達がこうして寝ている訳にはいかない。お互いにお互いの散華は気になる。でも、今は後回しにすることにした。仲間達の元へ、大切な人達を守る為に……今は、頑張るのだと。

 

 「行けるね? 友奈」

 

 「うん。楓くんも、大丈夫だよね?」

 

 「当然だよ。先代勇者は」

 

 「伊達じゃない、んだよね?」

 

 「その通り……行くよ、友奈」

 

 「うん! 一緒に……2人で!」

 

 「「う……おおおおおおおおっ!!」」

 

 お互いに頷き合い、友奈が右手で動かない楓の左手を握り締める。その手が握り返されることはない。代わりに、いつもの朗らかな笑みが返ってきた。

 

 お互いに笑い合う。2人で一緒に。何度もそうしてきた。その度にバーテックスに打ち勝ってきた。2人でなら……勝てない敵も越えられない困難も無いのだと、そう信じられた。

 

 勇者アプリにタップする必要はない。ただ、神樹に意思を示す。限界を越え、精霊の力を借り、勇者の力を引き出す。この瞬間に、自分達の全てを賭ける。楓の後ろに夜刀神が、友奈の後ろには牛鬼が現れ、そこを中心として満開の10個の水晶と2本の巨碗が現れる。楓の背中に翼を作るように左右に2つずつ水晶が着いて巨大な光の翼を作り出し、友奈の巨碗が地面を強く叩き、同時に飛翔する。

 

 「自分は!」

 

 「私は!!」

 

 「「讃州中学勇者部所属!!」」

 

 その途中で、2人の体が光に包まれて服装が変わる。それぞれの勇者服に、そして満開時の服装に。その手は、しっかりと繋がったままで。

 

 「犬吠埼 楓!!」

 

 「結城 友奈!!」

 

 2人の前に3つの水晶で作られた三角形が2つ並び、同時にその三角形を潜り抜けていく。そうすることで楓と友奈の全身を白と桜色が混ざった眩い程に輝く光が包み込む。2人の繋いだ手が離れないように、光がリボンのようにその手を固く結ぶ。

 

 

 

 「楓! 友奈!」

 

 

 

 2人の姿を見た風が、その名を叫ぶ。

 

 

 

 (お兄ちゃん! 友奈さん!)

 

 

 

 樹が、心の中でその名を叫ぶ。

 

 

 

 「友奈! 楓さん!」

 

 

 

 2人の気配を感じ取った夏凜が、その名を叫ぶ。

 

 

 

 「カエっち! ゆーゆ!」

 

 

 

 園子が、その名を呼ぶ。

 

 

 

 「楓! 友奈!」

 

 

 

 銀が、その名を呼ぶ。

 

 

 

 「友奈ちゃん! 楓君!」

 

 

 

 美森が、その名を呼んだ。

 

 

 

 「「おおおおおおおおっ!!」」

 

 楓の光の翼が友奈のような巨碗を形作り、楓は左を、友奈は右の巨碗を同時に火の玉に向けて突き出し、叩き込んだ。硬い敵にも、大きい敵にも、いつだってそうしてきた。そうして、打ち倒してきた。

 

 「届け……」

 

 火の玉の中を突き進み、少しずつ2人の巨碗が崩れていく。やがてそれは完全に崩れ去り、満開の服装を保てなくなる。

 

 「届け……っ!」

 

 それでも、繋いだ手を伸ばす。火の玉の奥に、獅子座の御霊が見えた。まだ白と桜色の光は2人を包み込んでいる。熱は、感じなかった。

 

 勇者服が、変身が解ける。その頃には火の玉の中を更に進み、2人は自分達と御霊しか存在しない白い空間へと来ていた。後少し、もう少し。自分達を包んでいた光はすっかり解けてしまって……それでも、繋いだ手を離さないように、その部分の光だけは残っていて。

 

 

 

 「「届けええええええええええええええええっっ!!!!」」

 

 

 

 そして、繋いだその手が……御霊に触れて。勇者達も、樹海も、神樹も……何もかもを真っ白な光が飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ― 本当は、自分の供物だけは戻らないって言われていたんだ ―

 

 真っ白な空間の中で、弟の声を聞いた。

 

 ― そんな状態で皆の供物が戻れば、優しい皆は悲しむことになる ―

 

 真っ白な空間の中で、兄の声を聞いた。

 

 ― だから、神樹様は悩んでいたんだ。供物を戻すべきか、自分に戻せる目処が立つまで待たせるべきか ―

 

 真っ白な空間で、聞こえないハズの声を聞いた。

 

 ― 今回の戦いは想定外だったらしいけれど……そのお陰で、自分に戻せる目処が立ったんだってさ ―

 

 真っ白な空間の中で、大好きな人の声を聞いた。

 

 ― でも、それは神樹様の中じゃないとダメらしい。だから……少しの間、皆とはお別れになっちゃうねぇ ―

 

 真っ白な空間の中で、大好きな奴の声を聞いた。

 

 ― 前は、お別れの言葉だった。でも……また、会える。だから、お別れじゃなくて……再開の言葉で。約束しよう。だから…… ―

 

 真っ白な空間の中で、大切な人の声を聞いた。

 

 

 

 ― またね ―

 

 

 

 真っ白な空間の中で……大切な人の声を聞いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 気付けば、()()は樹海の地面の上で円を描くように寝転んでいた。最初に気が付いた美森は全員の姿を確認し……1人、足りないことに気付く。そんな美森が何かを言う前に、寝転ぶ7人の上にそれぞれの精霊が浮かび上がり……花弁となって消え、その花弁が7人の体の上に……具体的に言うなら、散華によって失われた部位の上に降り積もる。

 

 「楓……君……? 友奈……ちゃん?」

 

 美森が呟く。だが、そこに大切な人の姿は無く……大切な人の、返事は無く。

 

 戦いが終わったことで崩壊していく樹海の中で……美森の悲痛な、何度も大切な2人の名前を呼ぶ声だけが響いていた。




原作との相違点

・園子、銀参戦

・美森の叫び

・美森を止めるのが友奈と楓

・満開解けるのが少し早い

・友奈が火の玉に突撃する際、“讃州中学勇者部、勇者”とは言わない

・園子……あ、間違えた。その他←



という訳で、決着のお話でした。先代勇者全員参戦のオールスター戦です。もう総力戦並みにやりたい放題しました。

友奈が“讃州中学勇者部”の後に勇者! と言わないのは選ばれた勇者としてではなく、友奈として大切な人の為に戦っていたからです。そこが原作との1番の違いかもしれませんね。

犬吠埼 楓の消失。イメージとしては神樹に取り込まれる高奈のような感じ。神婚ではないのでご注意を。

次回、友奈の章完結予定。その次は番外編として禁断ルート予定です。落差で風邪引かないでネ←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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結城 友奈は勇者である ー 終章 ー

お待たせしました(´ω`)

今回で丁度50話目になります。記念すべき50話目にて遂に友奈の章が終章に。いつの間にか、ここまでやってきました。

評価の投票者の数も100人を越えました。それでいてバーも赤いまま……皆様、本当にありがとうございます。

何だか完結のような感じですが、本作はまだまだ続きます。今後とも楓君と本作、咲き誇る花達に幸福を、いかゆを宜しくお願いします←

今回、友奈の章最後にして最長です。更に本作なりに理由付けをしてはいますが少々ご都合入ります。ハッピーエンドは好きかい?


 世界が滅びかけた戦いから数日。そして……楓が居なくなって、友奈が人形みたいになって……数日。数日もすれば、樹海が傷付いたことで出る現実世界への悪影響も収まってくる。事故だったり山火事だったりとニュースにもなったけれど、幸いにも死者が出るようなことはなかったみたい。

 

 あの日、気が付いたアタシが見たのは楓と友奈の名前を呼びながら泣いていた東郷の姿だった。楓の姿は何処にもなくて、友奈は東郷の声にもアタシ達の声にも一切反応が無かった。最初はアタシ達も東郷みたいに取り乱していたんだけど……大赦の奴らが来て、アタシ達を病院へと連れていった。

 

 不思議なことに、今回の満開で散華は確認出来なかった。少なくとも、見える範囲には何も。夏凜は目も耳も、右手も右足もダメだったみたいだけど。先代勇者の2人は直ぐに何処かへと運ばれて、友奈も病室へと入れられた。

 

 楓の存在は大赦でも確認出来ていないらしくて、アタシ達も何処へ行ったのかと聞かれた。そんなの、アタシの方が教えて欲しい……そう思った時に、真っ白な空間で楓の声を聞いたことを思い出した。

 

 樹と東郷にも聞くと、やっぱり2人も聞いたみたいで……あの声が本当に聞こえたモノなら、楓は今、散華を治す為に神樹の……神樹様の中に居る。

 

 まだ、怒りは完全に収まった訳じゃない。けれど、アタシは……楓と樹を信じるって決めたから。楓は、またねって言ってくれたから……だから、信じて待つことにした。楓も……散華が戻ることも。樹も東郷も、やっぱり不安そうだったけど……アタシと同じように信じて待つって、そう言ってくれた。

 

 待ってる間、アタシ達は普通に生活していた。普通に寝て起きて、学校に行って。部活は流石にしばらく休止することになって、それをホームページに書いて知らせると応援だったり心配だったりの暖かいコメントを貰った。それを見た東郷がまた自己嫌悪で泣いて……あやすのが大変だったわねぇ。

 

 そして今日、学校も終わって帰って来たアタシはいつもように晩御飯の支度をしている。うどんの汁をお玉で掬って味見して、うん、美味しいなんて呟いて。すると、樹がリビングの方から歩いてきた。

 

 「樹? ご飯はもう少し待っててね。今日も女子力高まるうどんを……」

 

 「…………ぉ」

 

 「……樹?」

 

 一瞬、何か聞こえたような気がして手を止める。樹の方を見てみれば、樹が喉に手を当てて、服の胸の部分を掴んでアタシを真っ直ぐ見て……そして、口を開いた。

 

 

 

 「……お……ねえ……ちゃん」

 

 

 

 あの日、ノートパソコンから流れてきた樹の声。それが……樹の口から直接聞けた。樹の、声が出た。数秒くらい何が起きたのか理解するのが遅れて……理解して、()()から涙が出て来て、止まらなくて……駆け寄って、その体を抱き締めた。

 

 「樹……樹ぃ……! 声、声が出……良かった……良かった~……っ!!」

 

 「うん……」

 

 「本当だった……散華は、治るんだ……! アタシ達……治るんだ……っ!」

 

 「……うんっ」

 

 楓の言っていたことは本当だった。本当に……散華は治る。アタシ達が失ったモノは、捧げたモノは……戻ってくるんだ。そう思うと嬉しくて、樹も抱き返してきて……また涙が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 「……立てた……」

 

 朝、起きたら両足に違和感があった。何も感じなかったハズの両足に布団の重みが、その温かさを感じた。だから、もしかしてと思って、床に両足を付けて、力を入れて……直ぐにふらついてベッドに戻ることになったけど……少しだけ、自分で立つことが出来た。

 

 直ぐに理解した。捧げた供物が戻ってきているんだと。学校に行って風先輩に報告しに行くと、樹ちゃんが声を出せたことを聞いた。やっぱり、供物が戻ってきている。風先輩の左目も戻ってきているらしい……ただ、視力が戻りきってないのでしばらくは眼帯を着けたままで居るらしい。

 

 楓君が言っていたことは本当だった。本当に、神樹様は治してくれた。それが事実として目の前に現れたことで、あの日に自分が仕出かしたことを思い出して自己嫌悪に陥る。

 

 「でも……良いことよね」

 

 私自身の自己嫌悪はともかく、散華が戻るのは良いことだ。私と先輩達が戻ってきている以上、夏凜ちゃんも()()()()()にも戻ってきているだろう。後は友奈ちゃんと……神樹様の中に居る楓君さえ戻ってきてくれれば……。

 

 「……?」

 

 何か、自分の考えに違和感を感じた。ただ、この時はその違和感の正体が掴めなくて……気付けないまま、その日は眠って……そして、夢を見た。

 

 

 

 ― いいんだ ―

 

 ― 例え、君が自分達のことを忘れてしまっても ―

 

 ― それが、君の幸せになるなら……それで、君が平穏な日常を生きられるなら ―

 

 ― 忘れて、いいんだ。だから……幸福(しあわせ)にね、須美ちゃん ―

 

 ― じゃあね ―

 

 

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」

 

 悲鳴を上げて起き上がり、頭を押さえる。思い出した。思い出した……思い出した。あの朗らかな笑みを思い出した。あの優しげな、それでいて寂しげな声を……お別れの言葉を、思い出した。

 

 忘れていた記憶が、捧げていた記憶がどんどん甦ってくる。リボンが誰のものか。私がかつて誰だったのか。鷲尾 須美だった頃の記憶が次々に頭の中を巡っていく。

 

 

 

 ― 私も……戦う。誰も死なせたりしない。友達を……楓君を、1人にしたりしない。私が守るから。貴方と一緒に……頑張るから ―

 

 

 

 そして……残酷な真実を知りながら戦う理由を……夏祭りの日のことを、思い出した。

 

 「ああああ、うぅ……っうぐ……ひっ……ううううっ!」

 

 私も一緒だった。私も分かっていたハズだった。決して世界の為でも、大赦の為でもなかった。私が、私達が真実を知りながら戦えたのは結局、私が守りたいモノの為で。楓君達や東郷と鷲尾の家族、安芸先生のような大切な人達の為で。

 

 私は、散華のせいとはいえそんな大切な事も、大切な人の事も忘れて、世界を滅ぼそうとして、神樹様を殺そうとして。後悔で涙が止まらない。何度手で拭っても、止められない。

 

 「楓君……友奈ちゃん……皆……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ごめん、なさい……っ!」

 

 今まで以上に後悔して、今まで以上に自分がした事が重くのし掛かる。私があんなことをしなければ、楓君が居なくなることも、友奈ちゃんが起きなくなることもなかったのに。

 

 ……会いたい。楓君に、友奈ちゃんに、そのっちに、銀に。思い出したって伝えて、色んなことを話したい。色んなことをしたい。また、一緒に笑い合いたい。

 

 「楓君……友奈ちゃん……会いたい……会いたいよ……っ」

 

 どれだけ願っても、楓君には会えない。どれだけ願っても、友奈ちゃんは未だに人形のような状態から戻らない。それでも、無性に2人に会いたかった。記憶が戻ったことで、余計にそう思った。

 

 彼の右側に寄り添っていたかった。彼女が側で笑っていてくれるだけで良かった。2人が居なくちゃ、もう生きていける気がしなかった。それほどまでに大切なのに。それほどまでに大好きなのに。その2人は、今は。

 

 「楓君……友奈ちゃん……楓、君……友奈、ちゃん……」

 

 そう思うと、また涙が止まらなくなって……私はしばらくの間、壊れたように2人の名前を虚空に向かって呼び続けた。

 

 

 

 

 

 

 散華が戻り始めた日から少しして、私もまだ松葉杖が必要とは言え歩けるようになった。両目の視力は戻りきっておらずまだ少しボヤけているし、両耳もまだ聞こえ難いけれど。それでも学校に通えるくらいになり……私は今、リハビリがてらの散歩としてマンションから少し離れた海の見える場所まで来ていた……風と一緒に。

 

 散華が戻り始めて読み書きも出来るようになった頃、回収されていた端末の代わりの端末に大赦から連絡が来ていた。“当分の間、襲撃はない。精霊を失った貴女は勇者の力も失っている。学生として生活を続けなさい”とのこと。

 

 東郷から話を聞くと、あの戦いの最後は勇者の精霊が花弁となって消え、その花弁が私達が散華した部分に降り積もったんだとか。義輝、ちゃんとお別れを言っておけば良かったかしら。

 

 「勇者の力がなくなったから、もう用無しってことかしらね」

 

 「アタシ達は勇者ってお役目から解放されたのよ。大赦からも、神樹様からもね……目的が無くなって、勇者じゃなくなって不安?」

 

 「全然。アタシは勇者じゃなくなっても……讃州中学勇者部部員だからね」

 

 「……そっか」

 

 風が楓さんに良く似た、朗らかな笑顔を浮かべた。自分の言葉に、嘘はない。もう勇者であることに拘っていた私は居ない。ただ、勇者部部員として、友奈と楓さん、風に樹、東郷達と一緒に居たいという気持ちだけがあった。

 

 とは言え、私達が勇者で無くなっても外の世界があんなことになっていることに変わりはない。バーテックスはまた攻めてくるだろうし、その時にまた勇者は選ばれ、戦うことになる。

 

 私達の戦いは無駄にはならない。神樹様は供物を求めなくなったと聞くし、私達の戦闘データは後輩勇者達に活かされるだろうし。戦いを終え、お役目から解放された私達はまだ見ぬ後輩達を信じるしかない。

 

 「……楓さんと友奈は……まだ?」

 

 「……ええ。2人共、頑張ってくれたからねぇ。2人が居なかったら、今頃アタシ達は……」

 

 「……そう、ね」

 

 2人のことも、聞いている。真っ白な空間で聞いた声も、覚えてる。

 

 楓さんは端末を持ったまま神樹様の中へと消えた。その端末の反応を追っても、神樹様の中にあるせいか反応が追えないらしい。そして友奈は、人形のような状態から目覚めない。散華の影響だと言うのなら、治ってもいいハズなのに。

 

 世界は守れた。勇者部も、守れた。なのに……これじゃあ、素直に喜べない。何の反応も示さない、本当に人形のように身動ぎ1つしない友奈。神樹様の中に居るとしかわからない楓さん。2人共、勇者部に……私達に無くてはならないのに。

 

 早く戻ってきてよ。じゃないと、私は……私達は何のために戦ったのか、わからないじゃないの。そう思って思わず涙ぐむ私の肩を、風が抱き寄せた。いつもなら慌てて離れるところだけど……今回だけは、許してやろうじゃないの。

 

 

 

 

 

 

 それから更に数日が経った。その日の夕方、友奈のお見舞いに来た美森は病室から友奈を車椅子に乗せて中庭に連れ出し、学校で起きた出来事等を語って聞かせる。途中で風、樹、夏凜もやってきて樹がお手製の部員を模した押し花を手渡したり話し掛けたりするが……やはり、友奈は反応を返さない。

 

 普段のような笑顔は、そこにはない。未だに楓が戻って来ないことも重なり、4人の心が陰る。痛ましい姿に思わず目を反らし、夏凜の口からは悔しげな声も漏れた。

 

 「……私が……あんなことをしなければ……」

 

 「東郷、それ以上言ったらぶっ飛ばすわよ」

 

 「風、先輩……でも……」

 

 「誰も悪くない……そう、皆で話し合ったでしょ」

 

 夏凜も、樹も、暴走して攻撃を仕掛けた風と世界を滅ぼし掛けた美森を悪く言うことはなかった。行動だけを見るなら、確かに悪いだろう。だが、その根底はどちらも大切な人の為であり、大赦や神樹に対しての怒りや疑心が爆発した結果であり……それを悪く言うことは出来なかったし、する気もなかった。

 

 風とて未だに罪悪感はある。それでも、2人が許してくれたから。皆で話し合って、謝りあって、供物が戻ってきたことを喜びあって、2人が居ないことを寂しく思って……それでもと、結論を出した。だから誰も悪くない。友奈が言ったように……そう、決めた。そして結局、その日も友奈は反応を返すことはなく……楓のことで特に進展もなく。各々が自宅へと戻ることになった。

 

 それから更に時は過ぎていく。その間に学園祭でやる劇のことを話し合い、友奈の役について少々問答があったものの、2人が戻って来ることを信じて役はそのままにすることに決まる。人形劇ではなく部員が舞台上でやる演劇の為、友奈は勇者役。楓は美森達と共に裏方であるが。

 

 「勇者は傷ついても傷ついても決して諦めませんでした」

 

 毎日のように、美森は友奈の元へとお見舞いに通った。その手には、演劇の時に使う風作の台本。それを、来る度に友奈を中庭に連れ出して隣で読み聞かせていた。

 

 「全ての人が諦めてしまったら、それこそ世界が闇に閉ざされてしまうからです」

 

 何度もお見舞いに来ては何度も読み聞かせた。そうしている間にも月日が経ち、風達の供物も完全に取り戻し、マトモに動けるようになった。勇者部が取り戻しているということは……当然、あの2人の供物も戻ってきている。その時のことを、美森は物語を読みながら思い返す。

 

 

 

 とある日のこと。美森は友奈の病室の前に見慣れた礼服と仮面という姿の大赦の人間に呼び止められ、病室の屋上へと一緒に来てくれないかと言われた。その声にどこか聞き覚えがあった美森は、少し警戒しつつもその後ろを着いていき……。

 

 「久しぶり、わっしー」

 

 「よっ! 元気だった?」

 

 そこには、病人服姿ではあるが……包帯が取れた、しっかりと両足で立つ園子と銀の姿があった。園子はそう言って微笑み、銀は治っていることを知らせるように右手をひらひらと振る。その姿を見た美森は少しの間思考が停止し……我に返ると、2人に向かって走り出して抱き付いた。

 

 「そのっち……銀……っ!」

 

 「……わっしー、記憶が……?」

 

 「ええ、戻ったの。全部、全部思い出したの。一緒に戦ったことも、遊んだことも、勉強したことも、訓練したことも……夏祭りのことも、全部っ!」

 

 「須美……そっか……良かった……っ!」

 

 抱き着かれた2人も、抱き着いた美森も、泣きながら抱き締めあった。忘れていたことが辛かった。忘れられていたのは辛かった。それでも、今こうして思い出して、思い出されて、嬉しくて。また名前を、あだ名を呼び合える日が来たことが嬉しくて。

 

 楓が居ないことに、寂しさはある。彼が帰って来た時こそ、本当の意味であの頃の4人に戻れる。それでも、今はこの再会を喜びたかった。

 

 「……ねえ、2人共。あの大赦の人は……まさか?」

 

 「うん、わっしーの予想通りだと思うよ~」

 

 「それじゃあ……安芸先生?」

 

 「正解。先生もこっちこっち!」

 

 「……久しぶりね、鷲尾さん。今は東郷さんだったわね」

 

 泣き止み、落ち着いた美森はずっと気になっていた、屋上に連れてきてからずっと自分達を見守っていた大赦の人間のことを聞く。とは言うものの、彼女には予想は着いていた。楓の養父だった男のことと、楓が死にかけた時から大赦の大人に対して良い感情を抱いて居なかった2人が心を許す人物等限られているのだから。

 

 果たして、その予想は当たっていた。銀に呼ばれて近付いてきたその人物が仮面を外し、礼服の懐から取り出した眼鏡を掛ければ、そこにあるのは美森が想い描いていた顔があった。2年前の自分達の担任にしてサポート役の安芸である。

 

 それから、4人は思い出話をしたり、2人が今後どうなるかを話したりしていた。2人はこの後、日常生活が送れるようになったこともあり、退院して家に返されるのだという。そこからは2人の希望もあり、努力次第であるが讃州中学へと転入するつもりで居るという。

 

 「そのっちはともかく、銀は大丈夫なの?」

 

 「園子と安芸先生から勉強を教えて貰ってる毎日デス。頭が痛いけど、頑張らないとな」

 

 「久しぶりの勉強は楽しいよ~。カエっちとわっしー、それからゆーゆと一緒に学校に通いたいし……それに勇者部にも入りたいんよ~」

 

 そんな風に楽しく会話していると、不意に安芸がまた懐から何かを取り出した。その礼服はどうなっているんだと疑問に思う美森だったが、その取り出したモノを見て首を傾げる。

 

 それは、黒い筒だった。それだけでは何か分からなかったが、安芸がクルッと筒を回転させ……その筒に書かれた“祝卒業”の文字を見て、また涙腺が緩んだ。

 

 「神樹館では、結局渡せなかったから……3人にはもう渡してあるの。後は東郷さん……いえ、鷲尾さん、あなただけだった。あなただけにはまだ……言えなかったから」

 

 そう言って筒を開け、中から丸まった紙を取り出して広げる安芸。それを美森に差し出し……彼女は、震える手で受け取った。

 

 それは安芸手書きの卒業証書。神樹館という学校に在学して、仲間と共にお役目を全うしたという証。東郷 美森が、鷲尾 須美という人間として確かに存在していたという……証。

 

 「卒業おめでとう、鷲尾さん……やっと、伝えられた」

 

 「……はい……はい゛っ! ありがとう……ござい、ます……っ!!」

 

 涙が止まらない美森(すみ)を……安芸は、優しく抱き締めるのだった。

 

 

 

 そうして、また月日は流れていく。夏の暑さは秋の涼しさへと変わっていき、学園祭の日が近付く。それでも……楓も、友奈も戻っては来ない。

 

 「勇者は自分がくじけないことが皆を励ますのだと信じていました。そんな勇者をバカにする者も居ましたが、勇者は明るく笑っていました」

 

 何度、読み聞かせたことだろうか。晴れの日は中庭で、雨や風の日は病室で、面会時間が終わるギリギリまで側に居た。樹が作って持ってきた押し花が、1枚から3枚へと増えた。

 

 「そんな勇者をバカにする者も居ましたが、勇者は明るく笑っていました。意味がないことだと言う者もいました。それでも、勇者はへこたれませんでした」

 

 ずっと、そうしていた。例え反応が無くても、いつか、きっといつかはと、そう思って繰り返した。あの時信じきれなかったから、今度こそは信じて待つのだと、皆がそう決めて。楓も、友奈も、きっと戻って来てくれるのだと、そう信じて、待った。

 

 「皆が次々と魔王に屈し、気がつけば勇者は一人ぼっちでした。勇者が一人ぼっちであることを誰も知りませんでした。一人ぼっちになっても、それでも勇者は……」

 

 気付けば、木々が紅く色づき始めていた。樹が作って持ってきた押し花も、5枚になった。そして今日もまた読み聞かせに来た美森は……初めて出会った日に友奈から貰った白い花菖蒲の押し花を5つの押し花を持つ友奈の手のひらの上に乗せる。そしてまた、何時ものように読み聞かせる。

 

 「それでも勇者は、戦うことを諦めませんでした。諦めない限り、希望が終わることは……ない、から……です……っ」

 

 それを、何度繰り返したか。どれだけ、時間が経ったのか。待てど暮らせど、2人は戻って来ない。1人は何の反応もしてくれない。1人は姿すら見ることが出来ない。誰もが不安に思い、それでもと信じて、ずっと待っていて。

 

 

 

 ― 私達はずっと、東郷さんと居る ―

 

 ― ああ……1人にしないよ ―

 

 

 

 そう言ってくれた2人は……今、側に居ないのだ。

 

 「何を失っても……それでも、私は……わ、わたし、は……っ……大切な人も、大切な友達も、失いたく……ないっ……!」

 

 もう、堪えきれなかった。我慢して、耐えて、堪えて……限界になった。

 

 「嫌だ……やだよ……! 2人が居ないのは寂しいよ。辛いよ、苦しい……よ……ずっと側に居てくれるって、言ったじゃない! 1人にしないって、言った……言っ……ふ……う゛ぅ゛~……っ」

 

 もう、我慢出来そうになかった。これ以上、耐えられそうになかった。弱音も、涙も……堪えきれなかった。心が悲鳴にも似た軋みをあげた。

 

 それでも……友奈は。

 

 

 

 

 

 

 (東郷さんが泣いてる)

 

 上下が灰色の雲に覆われた不思議な空間の中に、桜色の、明らかに肉体ではない体の友奈は居た。どこか夢心地でふわふわとした意識でいる友奈には、どれだけの間その場所に居るのか分からなかった。ただ、ここが樹海化のような異空間であることは、何となく理解していた。

 

 出ることも出来ず、ただそこで体育座りの状態で膝に顔を埋めてじっとしていることしか出来なかった友奈の耳に、美森の慟哭が聞こえてきた。その声に反応して友奈は顔を上げるが、やはり出口のようなモノは見えない。

 

 ― こっちだよ、友奈 ―

 

 その時、美森とは別の、美森と同じくらい大切な人の声が聞こえた。思わずその聞こえた方向に顔を向けると、灰色の雲とは別に見覚えのある大きな真っ白な光を放つ珠が浮いていた。

 

 ― 手を伸ばして。“約束”しただろう? だから、早く戻ってあげないとねぇ ―

 

 (約束……そうだ、私は“約束”したんだ。大切な友達に、大切な人と一緒に)

 

 光の珠から手が伸びる。今の友奈と同じような、肉体ではない体の真っ白な左手が。その左手の主であろう人物の声を聞いて、友奈は思い出す。約束したのだ。大切な友達の側に居ると。忘れられることを、忘れることを怖がって泣いていた、大切な友達を1人にしないと。

 

 右手を伸ばす。その伸ばされた左手と繋ぐ。肉体ではないハズなのに、繋いだ手からは確かな温もりが感じられた。そして、その手に引き寄せられる。

 

 ― あの子が……美森ちゃんが泣いてる。今の自分は、止めてあげられないから ―

 

 (東郷さんが泣いてる。勇者は……私は、泣いてる友達を放っておくなんて出来ない)

 

 だから、帰るのだ。絶対に、大切な友達の元へ。悲しくて、辛くて、苦しくて……寂しくて泣いている、あの子の元へ。そして、自分達を待っててくれている仲間達の元へ。

 

 意識がはっきりとする。そしてそう強く思い、引き寄せられるままに光の珠へと、真っ白な光の中へと進んでいく友奈。白く温かな光に包まれ、灰色の雲がある空間から現実へと戻って行くその途中、友奈は確かに見た。

 

 ― またね、友奈。自分もきっと……直ぐに帰るから ―

 

 樹海で見た、大きな神樹。その根元で朗らかに笑う、大切な人の姿を。

 

 

 

 

 

 

 「これで、友奈は戻れましたかねぇ」

 

 ― 大丈夫、あの子はちゃんと元の肉体に戻れたよ。後は……あなただけだね ―

 

 友奈を見送った楓は、友奈とよく似た少女の姿をした神樹と共に神樹の本体に寄りかかっていた。その体は真っ白な精神体で、肉体ではないが。

 

 「それなら良かった……自分も、早く戻らないとねぇ」

 

 ― もう少しだけ待っててね。あの戦いで、天の神の力を多く得られた。あなたが2回“あの力”を使ったと考えても、戻せるだけの力が ―

 

 あの日の戦いで、神樹は天の神の力を大量に得ていた。強化された獅子座とその力を分けられた炎を纏った小さなバーテックス達と普通のバーテックス達。総量から見れば、楓の供物を戻しても少し余裕が出る程。

 

 神樹の力自体は楓の存在によって上がっている。供物を戻すことで減少することは避けられないが、それでも楓が生まれる前と比べれば遥かに増している。美森の行動は予想外ではあったが、結果的にはプラスになる形で終わることが出来た。大団円と言っても良いだろう。

 

 ― 供物だけじゃない。2年前のあの日にあなたが失った部分だって戻せる。その為に、私はずっと努力してきたんだから ―

 

 「自分が失った部分? それは……まさか」

 

 神樹の言葉を聞き、思わず自分の右腕を見る楓。精神体である今はそこに右腕はあるが、現実に戻ればそれは失われたままで。だが、神樹は笑って頷いた。

 

 供物を戻すというのは、正確に言うなら捧げられた部分と同じ部分を神樹が新しく作り、返すことだ。だから彼女達は散華が戻っても直ぐには元のように動かしたり声をだしたり出来なかった。自分のモノではないから、馴染むのに時間がかかるのだ。

 

 それは楓も変わらない。だから楓だけは神樹の中へと引き入れる必要があった……()()()()()()()()()()()()()()。だから楓だけが時間が掛かるのだ。()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 とは言うものの、保管出来ていた右腕だから可能なことだ。何せ、本物があるのだから。それをずっと見続けてきたのだから。そうでなければ、いくら力が増したと言っても神樹の力では体の欠損まで治すことなんて出来ない。

 

 ― 勇者の皆が笑顔で終われるように。あなた達の頑張りが、報われるように。だから、“私”は頑張ってきたんだから ―

 

 そう言って笑う神樹に、楓は深く感謝した。

 

 

 

 

 

 

 「とう……ごう、さん……」

 

 台本に顔を埋めて泣いている私の横から、そんな声が聞こえた。思わず顔を上げて隣を……友奈ちゃんの方を向く。そこには……泣いて、微笑んでる友奈ちゃんが居て。

 

 「一緒に、居るよ……ずっと」

 

 私に……そう言ってくれた。

 

 「友奈……ちゃん。友奈、ちゃん!」

 

 フラついた友奈ちゃんの体を支えて、その手を繋ぐ。その手の指と、私の指を絡ませる。所謂、恋人繋ぎという形になって……その手の間に、6枚の押し花もあって。

 

 「聞こえてたよ、東郷さんの声。それに、皆の声も……」

 

 「友奈ちゃん……」

 

 

 

 「……ただいま、東郷さん」

 

 「お帰り……友奈ちゃん」

 

 

 

 そう言って私達は……泣きながら笑いあった。

 

 

 

 しばらくして、友奈ちゃんは退院した。車椅子に乗りながらになるけれど、学校にだって通えるようになった。散華が戻るまで私が車椅子で友奈ちゃんに押されていたのに……今は、その逆で私が友奈ちゃんが乗る車椅子を押している。

 

 一緒に久しぶりに登校して、一緒に勇者部に行って……そこで友奈ちゃんが帰って来たことをお祝いしようとしてその準備をしていた皆とばったり、なんてこともあって、おかしくなって皆で笑いあって……でも、やっぱり……楓君が居ないのが、寂しい。だけど、戻って来るって信じてるから……その名前は、出さなかった。

 

 「皆、無事で良かったよねー」

 

 「ホントにねぇ。友奈、もう目覚めないかと思って心配したわよ?」

 

 「私は心配してなかったけどね」

 

 「え? でも夏凜さん、前に“早く目覚めなさいよバカ友奈”って寂しそうに……」

 

 「夏凜ちゃん……!」

 

 「樹、黙ってなさい。ええい友奈もそんな目でこっち見んな!」

 

 「後は楓さえ……あ、ご……ごめん」

 

 5人で下校している時、そんな会話をしていた。風先輩が言ったように、皆心配していた。友奈ちゃんが2度と目覚めないんじゃないかって……目覚めるって信じていても、どうしてもちらつく不安。今はもう、笑い話にだって出来るけれど。

 

 そうやって笑っていると、風先輩がつい……という感じで溢して、私達も暗くなる。でも、そんな空気を変えてくれたのは、やっぱり友奈ちゃんだった。

 

 「帰ってくるよ、楓君は」

 

 「友奈……」

 

 「だって、私は楓君のお陰でここにいるんだもん」

 

 「え!? ちょ、どういうこと!?」

 

 思わず先輩が聞き返すと、友奈ちゃんは笑って教えてくれた。灰色の雲がある空間。そこで聞こえた私達の声。出口を探しても見当たらなくて……そんな時に聞こえてきた、楓君の声と、彼の白い光の珠。

 

 そこから伸ばされた手を掴んで、引き寄せられて……その先で、友奈ちゃんは見たという。神樹様のところに居る、楓君の姿を。

 

 「きっと、直ぐに帰るからって。だから、帰ってくるよ。約束したから」

 

 「……そうね。姉のアタシが、一番楓を信じないといけないのに」

 

 「お姉ちゃん……大丈夫だよ。だってお兄ちゃんは、ちゃんと帰ってきてくれたんだから」

 

 「ま、楓さんなら心配ないでしょ。友奈が帰って来た以上、あの人が帰って来れない訳がないわ」

 

 「……そうね」

 

 友奈ちゃんの笑顔が眩しい。本当に信じているんだって、分かる。でも……私だって、その気持ちは負けない。

 

 あの時は……お別れの言葉だった。きっとあの時、彼はもう私と会うことはないと思っていたんだと思う。だけどあの日は……またねって、再会の言葉だったから。彼は、約束を破ったりしないから。

 

 「早く会いたいね……楓君に」

 

 「うん!」

 

 そう言って、皆で笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 ― 勇者は自分がくじけないことが皆を励ますのだと信じていました ―

 

 ― そして皆がいるから、皆を信じているから自分は負けないのだと ―

 

 学園祭。楓の姿が無いまま迎えたその日、勇者部は舞台の上で熱演していた。勇者役の友奈、魔王役の風。裏方に美森、樹、夏凜。ナレーションの台詞が流れ、演劇はクライマックスへと進む。

 

 魔王は勇者を嘲笑う。1人孤独に戦う勇者を、側に仲間の姿が無い勇者を。世界の為だと、平和の為だと戦い続けてきた勇者。その勇者に、魔王は言うのだ。世界は嫌なことだらけで、辛く苦しいことばかりだと。

 

 「お前も、見てみぬフリをして堕落してしまうがいい!」

 

 その方が楽だろう。その方が苦しい思いも、辛い思いもしなくて済むだろう。それでも、勇者は言うのだ。それは嫌だと。そんなのは心の持ちようなのだと。

 

 大切だと思えば、友達になれる。互いを想えば何倍でも強くなれる。無限に根性が湧いてくる。世界には嫌なことも悲しいことも自分だけではどうにもならないことも沢山ある。まるで、本当に体験してきたかのような友奈の勇者の演技に観客は見入り、聞き入る。

 

 観客の中には、夏凜の誕生日を祝った児童館の先生と子供達の姿。風が仲裁した、子猫のことで揉めていた親子。他にも勇者部が依頼を通して関わってきた人達の姿もあった。

 

 「だけど、大好きな人がいれば挫けるわけがない! 諦めるわけがない!」

 

 挫けそうになったし諦めそうにもなった。いや、きっと挫けたし、諦めただろう。それでもと、立ち上がれた。

 

 「大好きな人が居るのだから! 何度でも立ち上がる! だから!!」

 

 大好きな人が居たから、大切な人が居たから。その人の為になら立ち上がれたから、その人と一緒なら立ち上がれたから。

 

 

 

 「勇者は……私は絶対……負けない!!」

 

 

 

 勇者だからじゃなく、自分だから。その部分は台本には無かったが、勇者部の誰も指摘しなかった。思いは皆、一緒だったから。大好きな皆となら……どんな困難だって乗り越えられるのだと、知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 舞台は大成功に終わった。最後に友奈が立ち眩みを起こし、勇者部全員が舞台に上がってしまうという珍事が起きてしまったが、それも演出の一環と捉えられたのか観客からは盛大な拍手が送られた。

 

 夕方になり、騒がしかった学校にも静けさがやってくる。勇者部の5人も部室にしっかりと鍵を掛け、後は下校するだけとなっていた。

 

 「楓君、間に合わなかったね……一緒に回りたかったなぁ」

 

 「……あの子、結構間が悪かったりするのよ。養子に出た時も、元の学校の始業式出られなかったし」

 

 「こっちに来ていた時も、入院していたせいで終業式に出られなかったりしてましたね」

 

 結局、学園祭に楓の姿はなかった。一緒に学園祭を過ごしたかったと思うのは仕方ないだろう。溜め息を吐く友奈、苦笑いしながらそう言う風と小学生時代を思い返す美森。3人の後ろでは樹と夏凜が苦笑いしていた。そうして下駄箱がある一階へと続く階段に差し掛かった頃。

 

 「……あっ!」

 

 友奈が、桜色の着物を着た、自分と良く似た顔の少女の姿を見た。

 

 「友奈ちゃん? どうしたの?」

 

 「え? いや、あの子……」

 

 突然声を上げた友奈の方を見て、美森が首を傾げる。どうやら美森……だけでなく、他の3人にも少女の姿は見えていないらしい。あれー? と不思議そうにする友奈に、少女はクスクスと笑って手招きをして……階段を登って行った。

 

 「あっ、待ってー!」

 

 「ちょ、友奈!?」

 

 「ちょっと、どこ行くのよ!?」

 

 何故か、追わなければならない気がして友奈は少女を追い掛けた。いきなり走り出したように見える4人は困惑しつつも慌ててその背中を追い掛ける。

 

 絶妙に背中を見せつつ階段を掛け上がる少女。友奈はそれを追い掛け、やがて屋上に続く扉に辿り着く。その前まで来て立ち止まったところで、4人も追い付いてきた。

 

 「はぁ……急に走り出してどうしたのよ」

 

 「え? ご、ごめんなさい! でも、その、着物を着た私そっくりの女の子が見えたから、つい……」

 

 「は? そんなのどこに居るのよ」

 

 「えっと……多分、屋上?」

 

 「なぜ疑問系……それに、この屋上は……」

 

 「……まさか」

 

 呆れ顔の夏凜が問い掛けると、友奈は慌てて謝りつつ理由を話す。が、やはり見えていなかったのか夏凜は首を傾げる。聞かれた友奈も正確な場所はわからないものの、こうしてこの場に居る以上は屋上に居るのだろうと予想する。あくまでも予想なので自信は無いようだが。

 

 そんな友奈に呆れる風だったが、屋上に続く扉を見てハッとする。この先には、樹海化が解ける度に戻ってきた、祠がある屋上がある。それに気付いた美森も、もしや……と声に出る。そう……この先の屋上は、勇者部にとって()()()()()場所なのだ。

 

 恐る恐る、友奈がその扉を開けた。少しずつ入ってくる夕焼けの光。そして扉が完全に開いた時、その先から風が吹き抜ける。

 

 

 

 そこには、真っ白な男の子が立っていた。

 

 

 

 「……あ」

 

 誰かの……或いは、全員の口からそんな声が漏れる。全員の動きが止まる。そんな中で、友奈は美森と手を繋ぎ……駆け出した。

 

 「……待ってた」

 

 男の子とは少し距離があって、走って近付く途中にそう呟いた。それは友奈だったのか、それとも美森だったのか。

 

 「ずっと、待ってたよ」

 

 君のことを、貴方のことを。その声が聞こえたのか、男の子は振り返り……皆が見たかった、朗らかな笑顔を浮かべていて。2人は、泣き笑いの表情で……飛び付くように、抱き締めた。

 

 

 

 約束は、ようやく叶った。

 

 

 

 「「お帰りなさい! 楓くん(君)!!」」

 

 抱き着いてきた2人を、()()で抱き締め返す。その手を、2人は離さないとばかりに握り締めた。もう2度と置いていかれないように。

 

 「楓!!」

 

 「お兄ちゃん!!」

 

 「楓さん!!」

 

 遅れて、3人が走り寄ってくる。皆が、泣き笑いで迎えてくれる。その後ろで、友奈に似た少女が本当に嬉しそうに笑って、桜の花弁となって消えていく。その姿を見た男の子……楓は、5人に囁くように告げる。

 

 

 

 「……ただいま」

 

 

 

 やっと勇者部は……全員揃うことが出来た。




原作との相違点

・その目で是非確かめて下さい(丸投げ



という訳で、大団円です。まだまだ天の神問題とか片付いてませんが、供物は戻り、楓も五体満足となりました。多分周りの人間には義手と偽ります←

彼が何故勇者に変身した状態なのかは、前話の彼の服装を思い返して見て下さい。あんな姿で人前なんて出られんよ。

最後の辺りはエガオノキミヘの歌詞を意識してみました。歌の歌詞を文に組み込むの大好きなんです。実は他の話でもやってたりします。

こんないい感じに終わったのに、次回は禁断ルート(鬱or暗め)です。温度差で風邪引かないように。他にも1、2つ程番外編入れます。リクエストからか、私からかは未定です。

本編ゆゆゆいですが、今のところ番外編集のような形を予定しています。私に余裕があれば、花結いの章をがっつりやるかもしれません。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲キ誇ル花ト幸福ニ ー 姉妹if ー

お待たせしました(´ω`)

今回のお話はあくまでもifです。本編ではこんなこと起こりませんし、銀ifのようにリンクしたりしませんので悪しからず。

私事ですが、6月1日でまた1つ年を取りました。夏凜ちゃんと同じ誕生月だぜ、羨ましかろう← 今回のお話はあくまでもifです。

その日に投稿しようと思ったんですがギリギリ間に合いませんでした。悔しい。というかそんな日になんつー話を投稿しようとしてんだと。今回のお話はあくまでもifです。

タイトルのひらがなの部分をカタカナにすると狂気感が増す不思議。でも大丈夫、そんなに暗くはならなかったですよ。今回のお話はあくまでもifです。

最後に注意事項ですが……今回のお話はあくまでもifです。


 初恋は実らない、なんて言葉がある。よく聞く、という訳ではないけれど、1度は聞いたことがある言葉だと思う。意味は色々あるけれど、アタシが知る限りでは学校の生徒が教師に対して好意を持ってしまうことがあるからだとか。

 

 つまりは、報われない恋。同級生の異性を子供っぽいとか思って、年上の大人の教師に憧れにも似た好意を持って……結局、歳の差とか立場だとかで実らない。

 

 でもまあ、そういう形ならアタシには当てはまらない。確かに同年代の男子は子供っぽくて付き合おうなんて気持ちにはならない。だからと言って教師とか大人の人に、なんて感情も無い。だから、初恋が実らないというのとは違う。

 

 アタシの場合はそう……初恋は、()()()()()()()()()。だってその相手が……血の繋がった、実の弟なのだから。

 

 

 

 

 

 

 小さい頃のアタシは活発な子供だった。可愛いモノよりもカッコいいモノの方が好きで、家の中で遊ぶよりも外で遊ぶ方が好きで。だから人見知りだった樹よりも楓と遊ぶ方が多かった。樹よりも楓の方を優先していた。何だったら、楓に構ってもらってる樹を邪魔にすら思ってたかもしれない。

 

 思えば、この時から楓は子供らしさとは程遠かった気がする。当時のアタシから見ても、楓は同年代の男の子よりも遥かに落ち着いていて、勉強も運動も出来ていた。その癖あまり目立とうとはせず、周りをフォローしていることが多かった。

 

 学年が上がり、異性の違いを認識するようになると、身近な異性の基準として楓が居たアタシには同年代の男子は子供っぽくて仕方なかった。友達が同じクラスの男の子がカッコいいとか話していてもウチの楓の方が……となってあんまり話に入れなかったし。

 

 この時までは……そう、楓が養子に行く前までは、アタシの弟の方が大人っぽくてカッコいいし可愛いわよ、なんて我ながら姉バカだった。樹もそうだけど、妹よりも弟の方を大事にしていたと思う。

 

 切欠は……やっぱり、楓が養子に行った時。楓の言った通り、今まで以上に樹に構って、仲良くして……それでも、毎日があんまり楽しくなくなった。学校から帰ってきた時に楓の名前を呼んで、返事が無いのを不思議に思って……遅れて、もう家には居ないことを思い出して泣いたこともあった。そこで、どれだけ楓がアタシにとって大きな存在だったのかを思い知ったんだ。

 

 大きな存在だった、という意味ではアタシよりも樹の方が大きかったかもしれない。あの時の樹は楓にべったりで、一緒に寝たりしていたから。しばらくはアタシが一緒に寝てたんだけど……寝言で“お兄ちゃん”なんて呟いて泣いてることも多かった。ソファの上で横になって寂しそうにしているのも、よく見掛けたしねぇ。

 

 そんな風に寂しく毎日を過ごして……あの、大橋が崩れる事件が起きて、両親が死んで……勇者なんて存在を知って、楓が養子に行った理由を知って。そして、もうすぐアタシが中学2年になる頃に……楓が、養子に行った時とは変わり果てた姿で帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 「……ん……~~……あふ」

 

 アタシが家事をするようになってしばらく。慣れなかった家事全般も慣れてきて、料理のレパートリーだって増えてきた。犬吠埼家の家事を担うアタシの朝は早い。朝食を作ったり洗濯したり、掃除したりと色々やることが多いから。

 

 大変だと思うことはある。でもそれ以上に、家族の為にしてあげられるのが楽しかった。綺麗な家は住んでいて気持ちがいいし、料理を美味しいと言ってくれれば作った側として嬉しいし。そう思いながら部屋を出て顔を洗いに行く時、アタシはいつもその近くの部屋……楓の部屋の扉を少しだけ開けて、中を覗き見る。

 

 「……相変わらず、早いわねぇ」

 

 アタシよりも更に早起きしている楓。そんな楓は勇者のお役目の為なのか、右腕が無く右足も動かない体でも出来るトレーニングを毎日していた。真剣に、1日足りともサボること無く。その姿は家族の贔屓目を抜きにしても……カッコいい。

 

 樹に似て、背だってアタシより低い楓。ともすれば女の子にすら見える時もある容姿なのに……この時は、カッコいい男の子になる。そのギャップもあってか、アタシは飽きもせずにトレーニングが終わるまでずっと見ていた。

 

 終わる頃に部屋から離れて何食わぬ顔で朝食を作って、今日初めて顔を合わせたみたいに……まあ間違ってはいないんだけど……挨拶をする。作ってる間に樹を起こしに行って貰って、皆で集まってから一緒に朝食を食べて今日も美味しいって言ってもらえて、嬉しく思いながらアタシも食べる。

 

 ……この時のアタシは、楓が温感を失っていたなんて知らなかった。暑い日は冷たいモノを出したし、寒い日には温かいモノを出していた。どんな気持ちで楓は食べていたのかと思うけど……怖くて、聞けない。

 

 そんな風に過ごしていても、まだ家族愛の範疇だったと思う。勇者候補を集めないといけなかったし、楓が帰ってきたことが、また姉弟3人で居られることが嬉しかったから。

 

 2つ目の切欠……それは、勇者部が出来て、友奈と東郷も入部して、勇者部の活動が学校の内外で認知されるようになって依頼も増えた頃。アタシが、依頼の一環でチアリーダーをやった後だと思う。

 

 もう何度も皆に話してはうんざりとされているけど、アタシのチアリーダー姿に見惚れた人が居て、デートに誘ってきたり告白してきたりしたんだけど……楓と比べると子供っぽくて、そんな気にもならなくて断ったのよねぇ。まあ勇者のお役目もあったし、元々受け入れるつもりもなかったんだけど。

 

 「まあ、そういうことがあってさー」

 

 「やれやれ……仕方ないとは思うけどねぇ。というか、子供っぽいも何も姉さんもその人も子供だろうに」

 

 学校からの帰り道に楓にその報告をしてた時。この時はまだ樹は小学生だったから、帰り道は必然的にアタシと楓の2人きりになっていた。楓の車椅子を押しながら歩いて帰るこの時間が、アタシは大好きだった。

 

 楓の顔は見えないけど、苦笑いしてるんだろうなぁと思う。子供だろうに、か。まあアタシ達は確かにまだまだ子供だけどねぇ……楓もその子供のハズなんだけど、全然そんな気がしないし。だからかしら、余計に周りの男子が子供っぽく見えて……もっと楓みたいに大人っぽいのなら、考えたかもしれないのに。

 

 「けどま、その人の気持ちも分からんでもないけどねぇ」

 

 「え?」

 

 

 

 「普段の姉さんもそうだけど、チアリーダー姿の姉さんも凄く可愛かったからさ。デートに誘われたり、告白されたりするのも納得だよ」

 

 

 

 「……ま、まあね!」

 

 不意打ちだった。頭だけ振り返って、いつもの朗らかな笑顔で恥ずかしげもなくそんなことを言うもんだから……つい、どもっちゃって。相手は弟なのに恥ずかしくて、でも嬉しくて……照れながら、そう返して。

 

 ……可愛い、か。楓から見て、アタシは可愛いんだ。その告白してきた男の子も“凄く可愛かったです”なんて言ってくれたけれど……悪いけど、その言葉よりも断然嬉しかった。

 

 どうしよう、口元が弛んで元に戻らない。ニヤニヤしてるのが自分でも分かっちゃうくらい。それくらい……楓に可愛いって言ってもらえたのが嬉しかった。この話を何度も繰り返してしまうくらいに……繰り返して、その度に可愛いって言われたことを、思い出してしまうくらいに。

 

 

 

 

 

 

 切欠がそれだったなら……自覚してしまったのは、お役目が始まってからだった。最初の戦いで、楓は友奈と東郷を真っ先に心配してた。友奈は何も知らなかったし、東郷は記憶が無いとは言え以前の仲間だったんだから、心配するのも分かる。それでも、真っ先にアタシ達の所に来てくれなかったのは……少し、不満だった。

 

 2回目の戦いの前なんか、東郷にアタシよりも楓の方が信用出来るみたいなこと言われてショックを受けて……そんなアタシを放って出て行った東郷を追い掛けていった楓。もう少し慰めてくれも良かったんじゃないかって、ちょっと怒ってたりもした。

 

 3回目、夏凜が来た頃。楓は最初こそ怒ったもののその後は直ぐに信用して友奈と一緒に近付いて構っていって……アタシから離れていくみたいで、嫌だった。そんなことを遠回しにクラスの友達に愚痴っていた時。

 

 「楓ももっとアタシに構ってもいいと思うのよ」

 

 「風ってさ、本っ当にその楓って子のこと好きだよね」

 

 「そりゃあ当然よ。大事な弟なんだし」

 

 大事な弟。大事な、家族。だから好きなのは当たり前のことで。

 

 「そんな調子だと、その子に彼女とか出来たら大変そうだよね」

 

 

 

 友達のその言葉に、冷や水を浴びせられた気持ちになった。

 

 

 

 考えてみれば、当然のことだ。姉のアタシが言うのも何だが、楓は頭も顔も悪くない。勇者として戦っていたから力だってあるし……中身だって悪くない。それどころか良い。

 

 友奈達からも、クラスではその朗らかな笑顔とともすれば年寄り染みたとも言える大人の雰囲気からそこそこ人気もあるんだとか。クラスで1番運動が出来るとか、頭が良いからとかそういうのではなく、一緒に居て安心出来るから。

 

 彼女……いずれは、楓にもそんな存在が出来る日が来る。いつかその人がアタシ達よりも大切になって、アタシ以外の家族が出来る。そうなればアタシ達から……アタシから離れて行く。前みたいに、アタシの手の届かないところに、行ってしまう。

 

 (また、離れ離れになる……?)

 

 それは……嫌だ。やっと一緒に暮らせるようになったのに。一緒に色んな事が出来るようになったのに。一緒に、色んな所に行けるようになったのに。

 

 もっと、ずっと一緒に居たい。アタシの知らない誰かの所になんて行ってほしくない。アタシが知ってる人でも、嫌だ。もう離れ離れになるのは嫌。楓が居なくなるのは嫌。

 

 「ちょ、風? 大丈夫?」

 

 「え……?」

 

 「いや、いきなり泣き出すから……」

 

 友達に言われて目元に指を当てると指先が濡れていた。友達が言うように、嫌な想像をしている内にいつの間に泣いてたらしい。

 

 「……大丈夫。ちょっと想像して、嫌だっただけだし」

 

 「それ大丈夫なの? にしても……想像だけで泣いちゃうとか、ホント大好きなのね、弟君」

 

 「……うん」

 

 自分でも泣く程とは思わなかった。アタシは、アタシが思っている以上に楓の事が好きみたい。

 

 (……好き、か)

 

 何故か、さっきも思ったハズのそれが……さっきとは違う意味になった気がした。

 

 

 

 ― 普段の姉さんもそうだけど、チアリーダー姿の姉さんも凄く可愛かったからさ ―

 

 

 

 他の男子に言われても、別になんとも思わなかった。でも、楓に言われると顔が熱くなって、少し恥ずかしくなって、それ以上に嬉しくなって。今みたいに離れ離れになるって思うと、想像するだけでも泣けてくる……そんなことを思うのは、こんな風になるのは……楓だけで。

 

 (ああ、そういうことか)

 

 自覚する。アタシは、本当に楓が……でも、それは抱いてはいけない感情(モノ)であることくらい、誰もが知る常識で。だから、アタシは……気付かないフリを、見てみぬフリをして……この気持ちに蓋をした。

 

 胸の奥が苦しくなった。また泣きそうなくらい辛くなった。それでも……それは気のせいだって、思うことにした。

 

 

 

 切欠があって、自覚して、気付かないフリをして、蓋をして。そうして時間は経っていって……樹の歌のテストの数日前。この時のアタシは楓のこと、樹のこと、勇者部のこと、友奈に東郷、夏凜のこと、バーテックスに大赦……それに、自分の気持ちと色々なことが重なって不安定になっていた。楓に、弱音を吐いてしまうくらいに。

 

 そんなアタシを楓と樹は甘えさせてくれて、何年ぶりかに3人一緒に、アタシを真ん中にして楓の部屋で眠ることになった。前と違って楓が直ぐ近くに居ることに緊張していたけど、2人の温かさからか、それとも両手を2人と握っているからか、思ったよりも早く眠れた。

 

 そして、夢を見た。楓が、誰かの手を引いて……アタシから離れていく夢。アタシが何度名前を呼んでも振り向いてくれなくて、その誰かと一緒に遠い場所へと行ってしまう夢。

 

 (楓……っ!)

 

 嫌だ。また離れ離れになるのは、楓がアタシの側から居なくなるのは……楓が、誰かの側に行くのは、嫌だ。だから走ったのに、だから手を伸ばしたのに。追い付けない。届かない。残った左手は誰かに握られているから。その誰かがアタシよりも早く楓と共に居たから。

 

 ……認めない。そんなの、認めない。楓と誰よりも早く一緒に居たのはアタシなんだ。楓と誰よりも長く一緒に居たのはアタシなんだ。楓はアタシにとって大切な家族で、大切な弟で……そして、きっと。そう思いながら、叫んだ。

 

 「楓っ!」

 

 目が覚める。カーテンを締め切っているからかまだ少し薄暗い、見知った天井が目に入る。夢か……と一安心して、大きな声を出しちゃったし2人に悪いことしたなと思って……楓が居ないことに気付いて、自分でも分かるくらいに青ざめた。

 

 夢のことを思い出して飛び起きる。樹のことを気にしてる余裕も無くて、部屋から飛び出して……リビングに入ると、いつものトレーニングをしてる楓を見つけた。

 

 「うん? おや、姉さん。おはよう……どうしたんだい? そんな血相変えて」

 

 「楓……!」

 

 「おわっ」

 

 腕立て伏せを中断して座る楓に、思わず抱き付いた。流石に受け止めることが出来なかったみたいで楓を押し倒す形になってしまったけど……それを恥ずかしいと思うよりも、今ここに楓が居ることに安心して、嬉しいと思ってるアタシが居た。

 

 「楓……かえでぇ……」

 

 「……姉さん? どうしたんだい……?」

 

 楓はここに居る。今、アタシの腕の中に、確かに。夢のように誰かの所になんて行ってほしくない。いつか来る未来なんて来てほしくない。ずっと……ずっと、アタシの側に居てほしい。

 

 蓋は、案外早く外れた。気持ちは、直ぐに抑えきれなくなった。それどころか抑えていた分膨れ上がって、もう止められなくて。

 

 この想いが家族に向けて良いモノではないなんて分かってる。それでも、想ってしまったんだもの。止められない程に、我慢出来ない程に……大きくなってしまったんだもの。

 

 「楓……ごめん……ごめんね……」

 

 「姉……さん?」

 

 「でも、止められないの……アタシから離れていくのが、耐えられないの。アタシ以外の誰かが楓の側に居るのが……嫌なの」

 

 「何を……んんっ!?」

 

 体を少し浮かせて楓の顔を見る。アタシよりも小さかった背は、もう殆ど変わらなくて。女の子みたいだった顔も、すっかり男の子らしくなって。戦いではアタシのことを気遣ってくれて……いつも、朗らかな笑顔で安心させてくれる。

 

 残った左手に右手を合わせて指を絡める。この手は誰にも渡さない。この温もりは……渡さない。離してたまるか、渡してたまるか。大切な家族なんだ。傷だらけになってもアタシ達の所に帰ってきてくれたんだ。絶対に……渡さない。知らない誰かにも……他の部員にも、先代勇者にも。

 

 馬乗りになって左手で楓の右の頬に触れる。そして、困惑している楓にゆっくりと顔を近付けて……何かを言われる前に、その口を自分の口で塞いだ。その時、楓がどんな表情をしていたのか……目を閉じていたアタシにはわからない。

 

 「……姉、さん……」

 

 顔を離すと、唖然とした後に辛そうな楓の顔があった。そんな顔をさせたい訳じゃないんだけど、ね。楓は真面目で、アタシ達のことをよく見てたから……それこそ、子供を見る大人みたいに。

 

 アタシが不安定なことも気付いてくれてた。だから家族3人で寝ようなんて言い出したんだから。辛そうなのは……アタシの不安を取り除けなかったことを悔しく思っているのか。それとも、他に理由があるのか……それでもいい。楓の頭の中にアタシが居るなら、それで。でも……突き放されたくない。否定されたくない。嫌いになられたく……ない。

 

 そう思うと泣けてきて、その涙が楓の顔の上にポタポタと落ちた。ごめんなさい楓。だけど、この気持ちが溢れるのが止められないんだ。家族じゃ……姉弟じゃ、我慢出来ないんだ。

 

 なんで家族で、姉弟なんだろうね……アタシ達。血が繋がっていなければ、こんなに悩まなくていいのに。普通に、この想いを抱いていてもいいのに……家族で大切なのに、今はその間柄が憎い。それでも……。

 

 「好きだよ、楓」

 

 そんなにも……こんなにも……アタシは、あんたの事が。

 

 

 

 

 

 

 「お姉ちゃん……お兄ちゃん……」

 

 ベッドが強く揺れたことで起きた私は隣に2人が居ないことに気付いて、探そうと思ってお兄ちゃんの部屋から出てリビングに入ろうとした時……辛そうなお姉ちゃんの、そんな言葉が聞こえた。入り口から顔を少しだけ出して中を覗くと、泣いてるお姉ちゃんがお兄ちゃんに馬乗りになってて……下に居るお兄ちゃんが、凄く辛そうな顔をしてて。

 

 ……お姉ちゃんが、お兄ちゃんに告白したっていうのは……分かった。でも、それが許されない事だっていうのは私にも分かる。それでも、お姉ちゃんは……家族で一緒に寝るだけじゃ、ダメだったのかな。“家族”じゃ……ダメなのかな。

 

 (ダメ……だったんだよね)

 

 だから、泣きながら告白したんだ。常識と自分の気持ちがぶつかって、悩んで……でも、好きで仕方なくて。お兄ちゃんもきっと、そんな苦しくて仕方ないお姉ちゃんの心が分かってる。だから……どうしようもないから、黙ってるんだよね。

 

 今、2人は2人しか見えてない。その頭の中では色んな事を考えているんだろうけど……それは、お互いの事に繋がって、お互いの事しか頭に無くて……勇者部の皆の事とか……私の事とか、横に置いてる。

 

 また、置いていかれる気がした。2人が私を置いて、2人だけの世界に行くような気がした。お兄ちゃんが受け入れるにしろ、受け入れないにしろ……そこに、私はきっと居ない。

 

 嫌……それは、嫌だ。一緒がいい。やっとまた3人で居られるのに、3人で居られたのに。2人が付き合えば、そこに私は居ない。付き合わないなら……きっと、壊れる。どっちも嫌だ。私は3人一緒が良い。独りは嫌だ。

 

 どうしよう。どうすればいい? どうすればこのまま“家族”一緒に、3人一緒に居られる? お姉ちゃんを壊さずに、“家族”を壊さずに。

 

 「……違う」

 

 見れば分かる。もう今までの“家族”じゃ居られないんだ。私が()()()()()()()()関係は……お姉ちゃんがお兄ちゃんに告白した時点で壊れちゃってる。それに、お姉ちゃんが告白しなくても……きっと、遠からず()()()()()。私がしなくちゃいけないのは壊さずに、ではなく……壊れたまま、形を整えること。3人で居ることを、3人で在ることを。

 

 だったら、どうするか。問題なのはお兄ちゃんの方。お兄ちゃんが()()を受け入れるのが最低条件。“皆”が大切であるお兄ちゃんから、私達以外の“皆”を遠ざけさせる。そして、私達だけにする。

 

 「お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

 「っ!? い、つき……いつから、そこに……」

 

 「樹……これ、は……その……」

 

 「大丈夫だよお姉ちゃん。お姉ちゃんがお兄ちゃんのこと、男の人として好きなの……分かってるから」

 

 考えを纏めて2人の前に出る。最初に気付いたお兄ちゃんが絶句して、お姉ちゃんが申し訳なさそうに言い淀む。でも、知ってるよお姉ちゃん……知ってる。分かってる。だから、そんなに怖がらなくてもいいんだよ。

 

 「樹……分かってるって……」

 

 「ねぇ、お兄ちゃん……お姉ちゃんだけじゃないって言ったら……どうする?」

 

 「……樹? 何を……言うつもりだい?」

 

 お兄ちゃんの顔が焦りの表情を浮かべる。やっぱり聡いよね、お兄ちゃん。もう私が何を言おうとしてるのか分かっちゃうんだから。

 

 悩んでたのは、お姉ちゃんだけじゃないんだよ。それでも、“ソレ”はダメだって分かってたから……ずっと家族で居ようって、ずっと自分を騙していたのに……お姉ちゃんが壊しちゃったから。私が我慢してたのに、お姉ちゃんが我慢するのを止めちゃったから。

 

 「もう“家族”じゃ居られないね。だって……“家族”だって思ってるの……もう、お兄ちゃんだけだもんね」

 

 「樹……まさか、あんた……」

 

 「私も()()なんだよお姉ちゃん……だから我慢してたのに……“家族”を壊したくないって、思ってたのに……だから、私も」

 

 「待つんだ樹! 自分達は」

 

 「家族じゃ、我慢出来なくなったから……兄妹じゃ、満足できないから。私はお兄ちゃんとお姉ちゃんの他に、何もいらないから」

 

 私の願いは、私の望みは……あの日からずっと、それだけ。3人一緒に。“家族”じゃなくても良いんだ。大好きで大好きで仕方ないんだ。

 

 だって側に居てくれたのはお兄ちゃんだけだったから。優しくしてくれて、元気をくれて、励ましてくれて、抱き締めてくれて……私の心の中に居るヒトはずっと……貴方だったから。

 

 「大好きだよ……()さん。お姉ちゃんと貴方が居ないと……この3人じゃないと、生きていけないくらいに……」

 

 だから、ずっと一緒に居ようよ。他の誰かなんていらない。お姉ちゃんと楓さんと私の3人で。大丈夫……今まで通りだよ。何にも変わらない。ずっと続いてた日々が、また今まで通りに続くだけだから。

 

 2人が繋いでる手の上に私の手を乗せる。お姉ちゃんの手を間に挟んで、楓さんの指先と自分の指先を合わせる。彼は拒まない。ただ、辛そうな顔をしているだけで。

 

 いつか、そんな表情もしなくていいようにしてあげないとね。友奈さんのことも、東郷先輩のことも、夏凜さんのことも、先代勇者のことも……全部、その心から追い出してあげよう。

 

 「ねっ、お姉ちゃん」

 

 「……そう、ね。アタシも……3人じゃないと、ダメ。楓が好きで、樹も大事だから。そうよ……3人でずっと」

 

 「うん。3人で、ずっと、ずーっと」

 

 「姉さん……樹……自分は……じぶ、んぐ……」

 

 「……えへ。何も言わなくていいよ」

 

 「ええ……何も言わなくていい。ただ、もう一度……聞いてね、楓」

 

 もう、何も言わせない。私が、私達が望んだ言葉以外聞きたくないから。だから私は、自分の口で楓さんの口を塞いだ。

 

 ねぇ、神樹様。私ね、やりたいことが……叶えたい夢が出来たんだ。このままずーっと3人で居続けることと……私達3人が、誰にも祝福されないとしても……恋人になること。神樹様は私達を勇者に選んだ神様だから……きっと、叶えてくれるよね。

 

 

 

 「「大好きよ(だよ)……楓(さん)」」

 

 

 

 楓さんの涙で濡れた右目に……私達の壊れたような泣き笑いの顔が映った。

 

 

 

 

 

 

 いつから、姉妹は壊れていたのか。どうすれば、良かったのか。どれだけ悩んでも、楓には思い付かなかった。

 

 あの日から、表面上は仲の良い家族として過ごしている。周囲の人間から見ても、少しスキンシップが激しくなったようにしか思えないだろう。兄妹間の仲の良さは周知の事実だったから。勇者部の部員達でさえ、そう思っていた。

 

 だが……家に帰れば、姉妹はそれこそ恋人のように甘えてくるのだ。心からの好意を口にしながら、今にも壊れそうな笑顔を浮かべながら。ずっと一緒に居ようと、この3人以外いらないと、楓の心に、精神に刻み付けようとする。

 

 いっそ、突き放せばよかったのか。それとも、姉妹の元に帰ってきたことが間違いだったのか。やはり大赦に管理されるのは、あの2人ではなく自分であるべきだったのか。

 

 楓は苦悩し続ける。姉妹の甘い毒に少しずつおかされながら、姉妹以外にも居る自分にとって大切な人達のことを思って。その毒におかされきって堕ちるのが先か……それとも、部員達にこの状況が発覚するのが先か。どちらにしても言えるのは……。

 

 その先にはきっと……明るい未来なんてモノはないのだ。




という訳で、抑え切れずに壊れてしまった風と実は割と前からぶっ壊れててそれをかくしてきた樹ちゃんの話でした。あんまり暗くはならなかったでしょ? あれ、感覚麻痺ってる?←

リクエストのご期待に応えられていたでしょうか? 中学生なので肉体的なアレコレは控えました。切なさとか辛さとか狂おしさとか、そういうの重視です。ヨスガるような話とは遠くなりましたが……まあ恋愛童貞なんで拙さは大目に見てください。

次回の番外編は絶対ほのぼの書く。絶対書く。他のリクエストもそろそろ消化していかないと……DEifも他の親密ルートもありますが。後はラジオか……質問募集して集まれば何とか……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花達と平穏に ー 2 ー

お待たせしました(´ω`)

やはり更新速度が遅くなってますね……申し訳ない。しかも今回、時間使った割にいつもよりも文字数少ないです。重ねて申し訳ない。

友奈の章終章よりも禁断ルートの方が感想多いのホント笑う。やっぱり皆類友なのね。仲間沢山。

そういえば、リリスパには楓と書いてフーと読むキャラが居るんですよね。本作勇者部がリリフレ世界に行ったら混乱しそうだ。

リクエストですが、私の力量次第となりますので応えることが出来ないモノもあります。どうかご了承下さい。

さて、前回の温度差のせいで風邪引いたの人もなんか精神とか体にダメージを負った人も、これを見て回復だ!

ケアルガ!(FF
ベホマ!(ドラクエ
シン・サイフォジオ!(ガッシュ
キュアベスト!(黄金の太陽
リカバリー300!(ロックマンエグゼ
ディアラハン!(ペルソナ


 それは勇者達の散華が治り、楓と友奈も戻って来て休学から復帰してから少し経った日の出来事。

 

 

 

 

 

 

 「少し早かったかな?」

 

 「そうね……もう少し遅くても良かったかも」

 

 五体満足となって自由に歩けるようになった楓と美森は私服姿で大橋の駅前に居た。そこにある時計を見上げて見れば、針は11時半を指している。その時間を見て楓は苦笑いし、美森も同じように苦笑いする。

 

 讃州中学に通う2人がこうして大橋に居るのは、過去の友人との待ち合わせの為だった。過去の友人とは言わずもがな、園子と銀のことである。園子はともかく、銀は自他共に認めるトラブル体質。彼女の意志に関係無く、約束の時間通りに来れる可能性は割と低い。

 

 「銀ちゃんが遅刻したら、美森ちゃんは良く怒ってたねぇ。遅刻よ! 銀! なんて」

 

 「今の私の真似? ……まあ、その時はトラブル体質なんて知らなかったから。楓君とそのっちは苦笑いしてたわね」

 

 「自分ものこちゃんも、あんまり怒るような人間じゃないからねぇ。因みに、真似はどうだった?」

 

 「その分怒った時が怖いのだけど……真似は、100点満点中40点。小学生の時ならともかく、もう声変わりもしちゃってるもの」

 

 「これは手厳しいねぇ」

 

 「「……ふふっ」」

 

 待ち合わせ場所の近くにあるベンチに座り、談笑する2人。ベンチの左側に楓が座り、その右隣には美森が座る。その距離は近く、後少し近付けば肩が触れ合う程。その距離をお互いに離すことなく、クスクスと笑い合う。

 

 話の内容はもっぱら小学生時代の、今この場に居ない待ち人の話。途中で楓が美森の物真似をしてみれば、あの頃から成長して声変わりしたせいで上手く彼女の声を真似られず、厳しい評価を受け……可笑しくなって、2人で顔を見合わせてまた笑った。

 

 「お、楓と須美発見! お待たせ!」

 

 「カエっち、わっしー。こんにちは~」

 

 「こんにちは、2人共」

 

 「こんにちは、そのっち、銀。銀が遅刻しないなんて珍しいわね」

 

 「あたしもあの頃から成長してるんですよ須美さんや」

 

 そうして話していて少しした頃、時計の針が待ち合わせ時間の12時の5分前を指し示した頃に、2人と同じく私服姿の園子と銀がやってきた。挨拶を交わし、時計を見た美森が遅刻じゃないことに驚くと、銀が自分で言った通り小学生の頃よりも成長した胸……夏凜以上園子未満……を張って自慢気に笑う。

 

 2人が美森のことを小学生の時のように“須美”、“わっしー”と呼ぶのは、3人で話し合った結果、そのままで良いということになったからである。美森がかつて鷲尾 須美であったことを忘れない為というのもあるが、今の東郷 美森という名前にあまり馴染みがないという理由もあった。本人達が納得しているので、楓を含めた周りは何も言わない。

 

 「さて、2人も来たことだし……行こうか」

 

 「そうね。あんまりダラダラとしてると遅くなっちゃうし」

 

 「賛成~♪ 久しぶりの皆でお出かけ楽しみだな~♪」

 

 「ちゃんと目的あるんだぞー。あ、2人はお昼食べた?」

 

 「いいや。こっちで皆で食べるつもりだったからねぇ」

 

 「ええ。だから結構お腹空いてるわ」

 

 4人が揃ったので立ち上がる楓と美森。2人は讃州市に帰らなくてはならない為あまり長い時間居られないので、早速とばかりに歩き始める。その際、楽しそうに笑いながら園子が楓の左側を歩き、美森が右側に居たものの銀に笑いかけて少し距離を空け、銀が嬉しそうにしながら美森と楓の間に入る。

 

 目的地に向かって歩く途中、銀が園子に苦笑した後にそう聞いてきた。待ち合わせ時間よりも早くに来ていた2人は、当然昼食を食べていない。本人達の言うとおり、こうして4人で会うのだから折角なので皆で食べたいという気持ちもあった。

 

 「あたし達もまだ。理由も一緒。という訳で、まずは腹ごしらえだな!」

 

 「どこで食べるの? ミノさん」

 

 「ふっふっふ、決まってるじゃないか園子くん」

 

 

 

 「「「「勿論、イネスさ!」」」」

 

 

 

 「「「「……あははっ!」」」」

 

 決まっている。この4人で集まれば、そして銀が決まってるなんて言えば、イネス以外あり得ない。初めて4人で出掛けた、初戦を勝利で飾り、その祝勝会をした想い出の場所。すっかり成長して変わった4人の、あの頃と変わらないやりとり。4人の顔に、自然と笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 「んー、相変わらず美味い!」

 

 「久々に食べたねぇ……ここのジェラート」

 

 「そうね……懐かしいわ」

 

 「美味し~♪」

 

 そうして昼食を食べ終えた4人はデザートとしてジェラートを食べていた。あの時のように4人掛けのテーブル席に、楓の隣に園子。向かいに美森、その隣に銀。食べているジェラートもあの時と同じで楓がイチゴ、美森が宇治金時、園子がメロン、銀がしょうゆ味。

 

 4人の脳裏に、あの日の記憶が甦る。買い食いもしたことがなかった園子、校則を聞いた楓、答えた美森、そしてそんなことはどうでもいいとジェラートを勧める銀。美味しくて、懐かしくて、また笑って……今日はずっと笑顔だなぁと、楓は彼女達の笑顔を見て嬉しく思う。

 

 「ねえねえ、カエっち」

 

 「うん? なんだい? のこちゃん」

 

 「あのね……カエっちのイチゴジェラート、一口ちょーだい?」

 

 「……ああ、いいよ。ほら、あーん」

 

 「あー……ん、ぅ」

 

 不意に、園子が楓の袖を引いた。そして楓がそう聞くと、園子が少し頬を染めて、はにかみながらそう言ってきた。そのやり取りも、以前やったことだ。あの日もこうして園子がおねだりしてきて、楓は今と同じようにスプーンでジェラートを一掬いして彼女の口の中へと入れた。あの日と違うのは……園子も楓も中学生になっていること。

 

 「……ね、ねえ楓君。私にも、その……」

 

 (いいなぁ園子……)

 

 そして、あの日注意していた美森が自分にもしてほしいと言い出していること。銀は口にするのも恥ずかしいのか、幸せそうな園子と楓が持つジェラートに視線が行ったり来たりしていること。

 

 そんな2人を、楓は微笑ましいモノでも見るように笑い……美森に、そして銀にも一口ずつ掬っては食べさせた。勿論、その後には自分も彼女達から食べさせてもらうことになったのだが。

 

 そうして昼食とジェラートを堪能した4人は、当初の目的を果たす為にイネスの中を歩いていた。少しすると、目的地が見えてくる。

 

 「で、何を買うんだっけ?」

 

 「家具とか食器とか色々。家にあるのは帰って来た時の為に置いておきたいしな」

 

 「可愛いのあるかな~」

 

 「大丈夫だと思うわ。銀が毎回のように“イネスには何でもある”って言ってたから」

 

 「おう! なんたって公民館だってあるからな!」

 

 銀が言うように、4人の……というか銀と園子の目的は、家具や食器を買うことだった。なぜそれらが必要なのかと言えば、彼女達が大橋にある実家から讃州市へと引っ越してくるからだ。家族全員ではなく、独り暮らしするという形で。

 

 数日前に行われた2人の讃州中学への転入試験。園子も銀も安芸主導の勉強の末に無事合格し、1週間もしない内に生徒として登校することになる。園子は犬吠埼家からそう遠くない距離にあるマンションの1室を借り、銀は週末に実家に帰る為に駅と学校の中間辺りにあるマンションの部屋を借りている。

 

 余程高額な商品を買わない限り、予算は気にしなくて良かった。勇者をしていたことにより、大赦からは充分過ぎる程の金銭を受け取っている。それは他の勇者達も同じである。

 

 「ミノさん、これ買おう!」

 

 「いや、それダブルベッド……あたし独り暮らしだぞ」

 

 「いやいや~、これを買っておけばわたし達がお泊まりしに行ったりカエっちを連れ込んだりしても大丈夫……」

 

 「連れ込むか! シングルでいいよシングルで!」

 

 「そのっち? 真面目にやりなさい?」

 

 「あっ、はい」

 

 「そういうの、自分が居ないところで言って欲しかったねぇ」

 

 園子が指差したのは大きなダブルベッド。独り暮らしをする少女が、しかも小柄な銀が眠るには少々どころではなく大きい。園子が眠るにしても広すぎるだろう。と言ってみれば園子はニヨニヨとしながら言う。聞いた銀は顔を赤くしてツッコミを入れ、直ぐ側にあるシングルベッドを指差した。

 

 園子の言に聞き捨てならんとにっこりと笑いつつも怒りを顕にする美森。怒られるのは嫌なのかあっさり頷く園子の横で、これまでのやり取りを見ていた楓が苦笑いする。当の本人が近くに居るのに連れ込む云々と言われては、流石に苦笑いしか浮かべられなかった。

 

 その後も買い物は続く。楓と美森からも意見を貰いつつ、ベッドに棚にテーブルに椅子、食器、カーペットやシーツ、カーテン。冷蔵庫や洗濯機等の電化製品に、他にも細々とした家具にインテリア。買ったモノは後日引っ越し先に郵送してもらう。それが終われば日用品。折角なので新調したいのだとか。

 

 「いやー買った買った。勇者になる前は絶対に出来ない大きな買い物だった……」

 

 「だろうねぇ。中学生の身でここまで大きな買い物はそうしないだろうしねぇ……金銭感覚、狂わなきゃいいけどねぇ」

 

 「わたしはお買い物自体自分ではあんまりしなかったな~」

 

 「そのっち、お嬢様だものね。昔は買い食いもしなかったって言ってたし」

 

 買い物を終えた4人は日用品の入った袋を手に、またイネスの中をぶらぶらとしていた。使った金額は6桁に届き、自分達が使った金額に戦慄する銀。中学生の身でそれほどの金額を使い、尚余裕があることに金銭感覚が狂うことを心配する楓であった。

 

 

 

 

 

 

 思ったよりも買い物が早く終わったわたし達は買った物をコインロッカーに入れて、カエっち達が帰る時間になるまでイネスの中をぶらぶらと歩くことにした。小学生の頃に何度も皆で来たイネスだけど、成長した今になって歩いてみると視点が違って面白い。

 

 今、わたしの右隣にはカエっちが居る。その隣にミノさんが居て、わたしの左隣にわっしー。またこうして皆と一緒に居られるなんて、本当に夢みたいで……。

 

 ― ……いいんだよ、のこちゃん。それよりも、君達が生きてくれている方が嬉しい。それに……供物だって、いつか戻る。また、この夢のように五体満足で……皆で昔みたいに一緒に居られる日が来るよ ―

 

 初めて夢空間を作ったあの日に、わたし達の夢を……カエっちの夢を叶えられないかもしれないって泣いてしまったわたしにカエっちが言ってくれた言葉。カエっちは抱いていた夢のことを散華してたし、夢空間のこと自体覚えてないだろうけど……本当に、そんな日が来た。カエっちを信じて、良かった。

 

 チラッと、カエっちの横顔を見る。小学生の時はミノさんと同じくらいの身長で、わたしよりも少し低かった彼。気付けばその背はすっかり追い抜かされて、女の子みたいだった顔だって男の子らしくなって。でも……わたしの大好きな笑顔とか、仕草とか……雰囲気とかは、そのままで。

 

 わっしーは……結構変わってた。記憶を捧げた後にカエっちとゆーゆに、勇者部に出会ったからなのかな。でも国防魂とか真面目なところとか変わってないところもやっぱりあって。

 

 (皆変わったところも、変わらないところもあるんだね~)

 

 あの時よりわたし達は大きくなった。子供から、少しずつ大人になっていく。それでも……きっと、わたし達はずっと友達で、親友で。

 

 (確か……西暦の時代だと、こういう時は“ズッ友”って言うんだっけ?)

 

 ズッ友。この先大人になっても、お爺ちゃんお婆ちゃんになってもずーっと友達。ステキな言葉だなって思う。でも、カエっちとは……もっと“先”の関係になりたいな。わっしーもミノさんも……きっと、同じ気持ちだよね。

 

 「ん? どうしたんだい? のこちゃん。自分の顔をずっと見て」

 

 「え? あ……えっと、ね……カエっち」

 

 「うん?」

 

 「手、握ってもいい?」

 

 そんな風に思いながら見てたからか、カエっちが気付いて、歩きながらそう聞いてきた。咄嗟に返事が出来なくて少しどもっちゃって……自然と、その言葉が出てきた。

 

 「……ああ、いいよ」

 

 カエっちは一瞬だけキョトンとして……いつもみたいに朗かな笑顔を浮かべて、わたしの右手を握ってくれた。嬉しくて、わたしもその手を握り返す。

 

 (温かい……それに、おっきいな~)

 

 大きくて、温かい手。こうして手を繋ぐだけで嬉しくて、少し恥ずかしくて、それ以上に幸福(しあわせ)で……。

 

 「……な、なぁ、楓」

 

 「うん?」

 

 「あ、あたしとも、そのぅ……園子みたいに、さ。いい、かな……?」

 

 「……いいよ」

 

 あ、そういえば4人で居たんだっけ……幸せ過ぎて忘れてた。ミノさんも勇気を出したんだね。わたしと同じように手を繋いだミノさんは顔を真っ赤にして俯いて……でも、口元が緩んでる。可愛い。乙女なミノさん本当に可愛い……あ、なんか降りてきた。脳内でメモっとかなきゃ。

 

 「わっしーも手を繋ご~♪」

 

 「わ、私も? ……そうね。繋ぎましょうか」

 

 「えへへ~、皆仲良しなんよ~♪」

 

 「そうだねぇ……仲良しだねぇ。これまでも……これからもきっと、ね」

 

 「当然! あたし達4人は親友だからな!」

 

 左手はわっしーと繋いで、4人が1つの線になる。その手はきっと離れることもあるけど、また何度だって繋ぎ直せる。だって、わたし達は親友だから。皆が皆、大切で、大事な人達だから。そう思うとまた嬉しくて、皆に会えたことが改めて幸せで奇跡みたいな出来事なんだって思えて……また、笑顔になった。

 

 「カエっち」

 

 「うん?」

 

 「わたしね」

 

 

 

 カエっちも、わっしーも、ミノさんも……皆、みーんな……大好きなんよ。

 

 

 

 「知ってるよ」

 

 「合宿の時も言ってたもんな」

 

 「そうね。そのっちらしかったわ」

 

 「えへへ~♪」

 

 大好きだって知ってくれてるのも、嬉しいもんだよね。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらくして、名残惜しくも私達が帰る時間となってお開きになった。夕日に染まる街中で、手を振った後に背中を向けて去っていく2人の姿に後ろ髪を引かれる思いをしつつ、2人で讃州市に戻る為の電車に乗り込む。幸いにも人は少なくて座席に座れた。楓君は端っこに。私は勿論……彼の右隣に。

 

 「ふう……」

 

 「疲れちゃったかい?」

 

 「そうね……少しだけ」

 

 久しぶりに行ったイネスは先代組の4人だったこともあってかなんだか新鮮で、我ながら楽しくてはしゃいでいたと思う。

 

 本屋さんで立ち読みしたり、玩具屋さんでプラモデルを見たり。そのっちがサンチョのぬいぐるみを見付けて釘付けになったり、銀が弟さんへのお土産をどうするか悩んだり。私達も私達で勇者部の皆へのお土産を悩んだ。

 

 歩き通しで小腹が空いたらまたフードコートで適当に買って、そのっちがまたおねだりしたり。久しぶりにゲームセンターにも寄ったりして……本当に何でもあるわよね、イネス。行かなかったけどカラオケもあったし、何故か銭湯もあったし。

 

 ゲームセンターでは銃の形をしたコントローラーを使うシューティングゲームをした。楓君と2人で協力して、最初の挑戦で完全制覇したし。そのっちはクレーンゲームで目当ての商品を1度で手に入れていたわね。

 

 銀は踊りを踊るゲームをしていた。楓君も挑戦していたけど、意外にも彼は踊るのは苦手だったようで直ぐにゲームオーバーになっていた。そんな彼がやったゲームはブロックが落ちてくるパズルゲームだった。最高最速難易度をあっさりクリアするのは正直かなりびっくりした。

 

 「……楽しかったねぇ」

 

 「……うん」

 

 楽しかった。またこんな日が来るなんて思わなかった。イネスで過ごす間にも小学生の頃の記憶が甦って、今と昔の差違が何だか面白くて。買い物も、買い食いも、散策も、ゲームも……全部、全部楽しくて。時間が過ぎるのは早くて……別れ際は、やっぱり寂しくて。

 

 ……何となく、彼の右肩にもたれ掛かる。左手を、彼の右手に重ねる。あの日の戦いで失われた右手。握ろうとして握れなかった絶望は、今でもよく思い出せる。

 

 「美森ちゃん」

 

 「あ……ふふ」

 

 不意に名前を呼ばれて、楓君が重ねていた手を反して……その手を繋いでくれた。その手に、私は指を絡める。所謂、恋人繋ぎ。久々に会う2人に遠慮していたけど……手を繋いでるのが、羨ましかった。だから……今、こうして繋いでくれるのが嬉しい。

 

 「讃州市までまだ少しかかるし……寝ててもいいんだよ?」

 

 「……それじゃあ、お言葉に甘えて……このままでも、いい?」

 

 「勿論だよ」

 

 「ありがとう、楓君」

 

 事実疲れていたことだし、と楓君の言葉に甘えて、こうしてもたれ掛かったまま、手を繋いだまま眠ろうとして……その前に携帯を取り出して、その裏側を見る。そこにあるのは……ゲームセンターで最後に撮ったプリクラ。

 

 大橋での戦いの後、全員が失くしてしまっていた写真。それをもう1度撮りたかった。誰も反対なんてしなくて、むしろ喜んで撮ったモノ。

 

 私の首に左手を回して右手でピースして元気に笑ってる銀。少し重そうにしつつも同じように左手でピースして小さく微笑んでる私。そんな私達の前で頬をくっつけてアップで映る笑顔のそのっちと、朗らかに笑ってる楓君。あの日と同じ構図。違うのは……私達が成長していること。

 

 (いつか……勇者部の皆とも)

 

 引っ越してくる2人が入って8人になる勇者部。その8人で、こうした写真を撮りたい。その時には楓君と友奈ちゃんと隣合っていたい。3人でまた写真を撮るのもいい。そんな風に未来を想像して……私は目を閉じた。

 

 

 

 数日後、勇者部でそのっちと銀の引っ越しの作業の手伝いをした。作業が終わった後は引っ越し祝いとして楓君達の家で8人全員でささやかながらパーティーをした。料理は風先輩が作って、私もぼた餅を持っていって、皆美味しいって言ってくれて。遂に夏凜ちゃんもぼた餅を食べてくれた。この際には“まあ、美味しいんじゃない?”なんて2個目を食べながら言ってくれた。

 

 楓君が居る。友奈ちゃんが居る。そのっちが居る。銀が居る。樹ちゃんが居て、風先輩が居て、夏凜ちゃんが居て……私が居る。そんな空間が、過ごす時間が、笑い合える関係が、その何もかもが嬉しくて、楽しくて、大切で。

 

 神樹様。私は……私達は間違いなく……幸福(しあわせ)です。




という訳で、番外編とは名ばかりの次章の導入みたいなお話でした。2と題打っては居ますが、DEifとは違って別にシリーズ化してる訳じゃありません。本当に山無し谷無しなほのぼの話は総じてこのタイトルで行きます。

次回、もう1つ番外編を書く予定です。つかぶっちゃけDEif書きます。こっちも進めます。勇者は揃っている。後は、分かるな?←

勇者の章ですが、かなり原作と流れとか変わります。というか原作通りに進められる訳がない(神婚とか楓とか)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif5 ー

お待たせしました(´ω`)

誤字脱字報告、誠にありがとうございます! いつまでたっても無くならない……なぜだ。

ゆゆゆい二周年おめでとう! 記念ガチャでは防人服メブが来てくれました。初メブssrで嬉しかったです。リリフレでは新たに樹ちゃんが来てくれました。この子ホント強いわ。

さて、今回はDEifではありますが、ほぼ花結いの章です。特にDEif要素は無……かったらいいなぁ←


 それは、新たに歌野、雪花、棗の3人の勇者が加わった初めての戦闘でのこと。この時に加わった雪花、棗の2人は初めての多人数での戦闘と現代の勇者の力に少々戸惑うものの直ぐに順応し、他の勇者達とも連携を取ってバーテックスを殲滅していく。そうしていくことで少しばかり戦闘が落ち着いて猶予が出来た頃。

 

 「ふいー、一旦引いたかな? まだ来るっぽいけど」

 

 「お疲れ、銀ちゃん。このまま引いていって欲しいんだけどねぇ……」

 

 「新士君、銀。ずっと前線に居るけれど、大丈夫?」

 

 「大丈夫だよ須美ちゃん。他の皆も居るし、須美ちゃん達の援護もあるからねぇ」

 

 「そうそう、お前が矢で援護してくれてるから平気さ。愛してるぜぃ」

 

 「あ、あ、あ、愛って……愛って……!!」

 

 他の勇者達と共に前線で走り回り、バーテックスを攻撃していた新士と銀。少しばかり乱れた呼吸を整えてバーテックスが引いていった方を見ながら呟く2人に、須美が近付きながら心配そうに声をかける。新士は須美に安心させるように朗らかに笑いながら言うが、その後の銀の台詞に須美が顔を赤くして慌てる。

 

 「お、おい。軽口だろ? こっちも恥ずかしくなるリアクションするなよ」

 

 「乃木さん家の園子さんも、わっしーをアイラブユーよ?」

 

 「勿論、自分も須美ちゃんのことは好きだよ?」

 

 「すっ!? そ、そのっちはわ、私もって返せるのだけど……銀とし……新士君は……その……奇襲だったわ」

 

 「アマっち~、わたしは~?」

 

 「のこちゃんも好きだよ。銀ちゃんもね」

 

 「えへへ~♪」

 

 「くっ、流石新士……恥ずかしげもなく言いおって……」

 

 須美の反応に言った本人の銀も顔を赤くし、近くまで来ていた園子(小)も須美に愛を囁く。その流れに乗ってか、新士もクスクスと笑いながらさらりと言ってのけ、須美はそれを聞いて更に恥ずかしがる。

 

 そこで、自身のことがどう思われているのか気になった園子(小)がずいっと顔を近付けて聞いてみると、恥ずかしげもなく新士は彼女の頭を撫でつつそう言い、銀にも好意を口にする。無論、それは愛は愛でも友愛や親愛なのだが。聞いた園子(小)は嬉しそうに笑い、銀もまた恥ずかしそうにしつつ少し悔しげにする。

 

 「……」

 

 「東郷さん? 大丈夫?」

 

 「友奈ちゃん……うん、大丈夫よ」

 

 それを少し離れた場所で、東郷は複雑そうな、悲しそうな表情で見ていた。目の前に居る過去の自分達。まだ世界の真実など知らず、未来のことなど知らず、お役目に一生懸命だった頃。

 

 きっと、彼女達の中では4人がずっと友達で居られる未来があるのだろう。お役目を果たして、いつか平和な世界で楽しく過ごせる日々が来ると信じているのだろう。いずれ夢を叶えて、いつか好きな人と一緒になって……そんな、輝かしい未来を望んでいることだろう。

 

 ……そんな未来など、来るはずもないのに。未来(そこ)に、彼の姿はないのに。この不思議空間での問題が片付けば……元の世界に帰れば、自分達には残酷な現実が待っていて、彼女達には残酷な未来が訪れる。それを知るのは、その未来で生きている自分達と……悟ってしまった、彼だけ。

 

 「……大丈夫、よ」

 

 このままこの世界で……東郷はどうしても、そう思ってしまう。彼が居るのはこの世界だけで、また4人揃うのはこの世界だけで。それがいけないと知っていても、それでもとそう望むのは。

 

 (そんなにも……いけないことなのかしら)

 

 そこまで考えたところで、再びバーテックスが襲来してきた為に気持ちを切り替える東郷。戦い始める仲間達の援護に入り、意識してか無意識か新士の姿を贔屓目に視界に入れつつ狙撃していく。

 

 やってくる勇者が全員揃った初戦の戦いは、無事に勝利を飾って地域の解放も出来た。ただ……一部の人間の心に、“帰りたくない”という釘を打ち込んで。

 

 

 

 

 

 

 あれから日常を過ごし、そして敵の襲来にも対応していた勇者達。人数が増えたことで逆に攻め込み、バーテックスを倒すことで占領されていた香川県を完全に開放することが出来た。その際“カガミブネ”と言う機能が追加されたことで球子が愛媛に瞬間移動してしまうという珍事が起きたものの、何とか帰って来て事なきを得る。

 

 香川が開放された後、次の開放目標は愛媛になった。愛媛での戦闘中に新士と園子(小)が誰かから見られていると発言するものの、それはバーテックスとの戦闘で埋もれていく。そうして勇者達は激闘の末に愛媛での初戦を勝利で飾り、その地域を解放する。

 

 「はぁん、全部見ーちゃった。成る程ね、香川を解放したのはまぐれじゃないね」

 

 それを、同じ樹海に居る勇者達から遠く離れた場所で見ている存在が居た。桃色の髪をポニーテールにし、赤と黒の勇者服に身を包んだその存在は……結城、高嶋の両友奈と同じ顔に笑みを浮かべ、納得だと頷く。

 

 「男の勇者も見れたし、収穫はあったなー……次は私が相手しよ。あはは、胸が高鳴るなぁ」

 

 そう呟いた存在は、勇者達と同じように樹海からその姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 「愛媛奪還第1戦、勇者部大勝利~! おめでとう~! どんどん、パフパフ~!」

 

 「皆さん、お疲れ様です。私達でご飯を作って待っていましたよ」

 

 「いっぱい作ったから沢山食べてくれよな!」

 

 「うたのんにはお蕎麦あるよ。沖縄そばとラーメンも作ってみたから……本場の味には敵わないけど」

 

 戻ってきた勇者達を出迎えたのは園子(中)、ひなた、銀(中)、水都。そして彼女達が作った沢山の気持ちの籠ったご飯であった。戦いの後なのでお腹が空いていた勇者達は西暦組と神世紀組に別れて各々の席に座り、美味しい料理に舌鼓を打つ。

 

 「では、食べながらで良いので聞いてください」

 

 そんな中、ひなたが話し始める。愛媛での初戦は無事、勇者部の勝利で終わることが出来た。今後はこのまま愛媛に存在する敵陣営へと攻撃を仕掛けていくことになる。が、解放した香川が再び占領されないように守ることも必要となってくると。

 

 「そうね、むしろ難しいのはここからかも。攻撃と防衛を両立させないといけないから」

 

 「なーに、難しいほど燃え上がる! それが、タマ魂ってもんだ! ご飯を食べ終わったら、すぐに次の地域に攻め入るぞ!」

 

 「先陣切るのは、この若い方の銀にお任せを!」

 

 「お前ご飯抜きな」

 

 「ああっ! 銀さんそんな殺生な!」

 

 「おっと、先陣を切る役目は男として譲れないねぇ……でも、まだ仕掛ける訳にはいかないんでしょう? ひなたさん」

 

 「その通りです、新士君。球子さんと銀ちゃんも落ち着いてください。攻撃を仕掛けるのは、神託が下ってからです」

 

 風が今後の動きの難しさに眉間に皺を寄せるが、むしろその方が燃えると球子、そして銀(小)が張り切る。その際にいつものノリで言ってしまった彼女の背後に素早く移動した銀(中)が銀(小)の前から用意したご飯を取り上げていく。無論、直ぐに返したが。

 

 そんな2人のやり取りに苦笑いしつつ、新士も自分も先陣にと立候補する。が、これまでの戦闘からそうはならないだろうとひなたに問いかけるとひなたは頷き、そう告げる。

 

 これまでの戦闘において、攻め込むタイミング等は全て神託が下ってから行動している。神託は下るのはその時こそが好機であり、それ以外では危険が大きい為だ。次に神託が下るまでは攻め入ることはない。なので、勇者達はしっかりと休養を取るようにとひなたは締め括った。

 

 「ところで新士君。その焼きそばは……?」

 

 「ああ、これはのこちゃんさんが作ってくれた奴だねぇ。前にも作ってもらったんだけど、あの時よりもっと美味しくなってるねぇ」

 

 「園子先輩の作った焼きそば……美味しそ~。ねぇねぇアマっち、一口ちょ~だい?」

 

 「いいよ。ほら、あーん」

 

 「あ~…ん~♪ 濃い目で美味しい~♪」

 

 ふと、須美が新士の前に()()置かれている焼きそばに疑問を持った。他の皆の前にはうどんやら蕎麦やらと皆の好物が置かれているのに対して、新士だけは焼きそばが置かれている。須美の記憶には別に彼は焼きそばが好物だ、という話はしたことがないし、食べていたのを見たこともない。故に、少し疑問に思ったのだ。

 

 別に隠すことでもないので新士はそう説明しつつ焼きそばを啜る。以前よりも己の好みの味付けになっており、更に美味しくなっていて自然と笑みが浮かぶ。その笑みと焼きそばを見て欲しくなった園子(小)がおねだりすると、新士はやはり恥ずかしげもなくその小さな口に焼きそばを入れ、園子(小)も幸せそうにしていた。

 

 「ふふ……あ、しまった……」

 

 「新士君? どうし……ああ……」

 

 「未来の彼女が過去の彼氏へ作った料理……それを過去の彼女へと……小学生カップルによるあーん、それも間接キス付きで……はぁ♪」

 

 「土居さん……何とかしてあげて」

 

 「無茶言うなよ千景……もうタマはこの状態のあんずをどうすればいいのかわからんぞ」

 

 そうした後になって、新士は己の失敗を悟る。その事に真っ先に気付いた東郷がどうしたのかと疑問を投げ掛け……る前に彼の視線の先に居る杏の姿を見て疲れたような声を上げた。

 

 新士と園子(小)のやり取りを見ていた杏は何やらぶつぶつと呟きながらうっとりとしていた。それを横目で見た千景が気の毒そうに新士を見た後、球子にそう言うものの何度もこの状態になった杏を見てその度に対応していた球子ですら、最早どうするべきかわからないという。

 

 そうした微妙な空気が混じりつつ、皆で楽しく過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして数日後、2戦目の戦いに身を投じる勇者達。1戦目の時よりも更に多くの現れるバーテックスを倒していく中で、数人が妙に東郷が狙われていることに気付く。結城を筆頭に東郷を守りながら戦っている最中、杏が狙われる理由が彼女が“巫女”の資質を持つからではないかと予測を立てる。

 

 新たな移動手段であるカガミブネは今回のように拠点がある香川から敵地である愛媛へと勇者達を運ぶことが出来る。しかし、その移動の為にはひなた、水都、そして東郷のような巫女の存在が不可欠となる。戦場へと赴ける巫女は東郷のみの為、彼女が居なくなれば造反神側が戦略的に有利になるからだと。

 

 しかし、そうなると疑問に思うのはなぜ、急にそんな人間が考えるような戦略的な行動をバーテックスがしてきたのかだ。思わず杏にそう問い掛ける須美だったが、その答えは別の場所から来た。

 

 「それはね、私が命令しているからだよ」

 

 それは結城、高嶋と瓜二つの声をしていた。その声がした方向を皆が見てみれば、そこには赤と黒の勇者服を着た、2人の友奈と同じ顔をした少女の姿があった。

 

 「ばぁーん。皆、はじめましてだね」

 

 「「3人目!?」」

 

 「どうだろうね?」

 

 何人かが驚愕の声を上げる中で、友奈達に似た少女が手を振りながら挨拶をする。思わずそう叫んでしまう友奈ズに対し、少女ははぐらかすように言い、大量のバーテックスを勇者達にぶつけてどこかへと去っていく。

 

 突然現れた友奈達に似た彼女の正体が気になる勇者部はバーテックスを倒し、彼女の後を追う。意外にも彼女はそれほど離れてはおらず、追い付くことが出来た。

 

 「スゴいね。やっぱり簡単には無理か」

 

 「……さっきのバーテックスの群れ、アンタの指示に従ったように見えた。アンタ……いったい何なのよ」

 

 「あ、そうだった……自己紹介だね。私の名前は……」

 

 “赤嶺 友奈”。それが彼女の……そして、勇者達とこの不思議空間で短いような、長いような敵対関係となる()()()()の勇者の名前であった。

 

 “赤嶺”と言えば、大赦では名家の1つに名を列ねている。そのことに夏凜が反応して声を上げると赤嶺はそれを肯定し、その赤嶺家の“友奈”であると言った。

 

 「……こ、こんにちは。結城 友奈です」

 

 「うん。ある意味私の後輩だね~。よろしく、結城ちゃん」

 

 「コーハイ?」

 

 赤嶺の後輩という言葉に首を傾げる結城。本人曰く、彼女は神世紀、その序盤の時代から召還されたと言う。つまり彼女は勇者部に存在する勇者達とは、誰1人として同じ時代の人間ではないということになる。

 

 「こんにちは……高嶋 友奈です」

 

 「高嶋さん……貴女は先輩。貴女が居なければ私は……“私達”は居なかった。会えて嬉しいな」

 

 「え? それってどういう……子孫、とか?」

 

 「子孫じゃないよ。でも、同じ“友奈”。逆手を打って生まれたからね、そういう名前になるんだ」

 

 その後も会話、問答が交わされるが赤嶺は情報を喋ることはなかった。本人曰く説明は得意ではなく、しようとすると“どーんときて、ばーん”などの雑音が入りそうになるのだと言う。名前は同じでも別人であるのに共通点が多く、思わず夏凜が頭を抱える。

 

 その問答の中で雪花が問う。“赤嶺 友奈は敵か味方か”と。ストレートな聞き方に何か言いたげにする風だったが、それを楓が視線で止めた。彼も……彼だけでなく他の者達もそれはハッキリとさせておきたかったからだ。

 

 「敵だね。私は造反神の勇者だから」

 

 「っ!? 造反神も……勇者を召還出来るの?」

 

 「出来るんだろうねぇ。現に赤嶺さんが目の前に居る訳だし」

 

 そこまで言って赤嶺は自己紹介は終わりだと話を切り上げ、また大量にバーテックスを勇者達へとぶつけてどこかへと去っていく。勇者達は赤嶺を追い掛ける為、そのバーテックス達を即座に殲滅する為に動く。

 

 殲滅は直ぐに終わった。この場に居る勇者は園子(中)と銀(中)を除いても16人も居る上にこれまでの戦闘で連携も取れている。早々苦戦することはない。再び追い付いた勇者達に、赤嶺も再び称賛の声を上げる。

 

 彼女の称賛の声を無視し、若葉が問う。愛媛に来てから彼女も新士と園子(小)のように視線を感じていたのだと言う。その正体は赤嶺なのかと。答えは是。香川が奪還されたことにより、自分が直接動くことにしたんだとか。

 

 「本当に敵なのね。なんなのいったい……ゲームで言うネガ、もしくはダークサイドキャラということ?」

 

 「まあ、そういう感じかな? 私は造反神側の勇者。だから造反神が造ったバーテックスを操れる」

 

 「造反神が暴れ回れば、神樹様がバラバラになって……四国が滅びるかもしれないんですよ!?」

 

 千景の疑問に、赤嶺はそう返す。言われてみれば不思議でもないだろう。バーテックスが兵隊ならば赤嶺はその隊長、操れない道理などない。

 

 そして杏の叫びに近い疑問。赤嶺が神世紀序盤の勇者である以上、彼女もまた四国に住む者。それも勇者なのだから、神の恩恵を受けている筈。その彼女が四国が滅びるかもしれない危機でその敵側に居るのは何故なのかと。

 

 赤嶺の返答は“知っていて味方している”。曰く、彼女の時代ならではの事情があり、それは彼女の時代の人間ならば造反神に協力する理由が分かるらしい……逆に言えば、彼女の時代の人間が居ない勇者部の者達ではわからないという。

 

 「要するに、殆ど問答無用って訳? 困ったわね、バーテックスとなら戦えるけど……」

 

 「人間相手は不馴れかな? 逆に私は対人戦の方が慣れてるんだよね~。時代柄……まあ、あれだよ。姿を出したのは宣戦布告と名乗りが目的だから、戦力が整うまで今は引くよ」

 

 そう言って赤嶺は、また大量にバーテックスを置いて去っていった。そのバーテックス達の対処を余儀無くされた勇者達は、赤嶺を追い掛けることが出来ず……バーテックスを倒して拠点へと戻ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「そうですか……赤嶺 友奈、さん。謎の存在ですね」

 

 戻ってきた勇者達を出迎えたひなた達にも赤嶺のことを伝えると、そんな返答が帰って来た。ひなたとしても、造反側が勇者を召還しているというのは予想していなかったらしい。

 

 水都も赤嶺……造反神側の勇者と戦うことに、勇者対勇者という構図に困惑と忌避感を抱いていた。また、勇者はバーテックスを倒す存在だと認識している小学生組も対人戦に対して乗り気ではない。

 

 「っ、なんだ、急に風が……?」

 

 「部室の中で吹き荒ぶ風!? これは、まさか!?」

 

 「みんなー。もしかして私の噂をしていたのかな? どうも、赤嶺 友奈です」

 

 少し暗い空気になる部室に、突然風が巻き起こった。訝しげにする楓と千景が驚くも、もしやと部室の扉の前に目をやると……そこには、先程相対していた赤嶺が勇者服姿で存在していた。曰く、ひなたのことも見ておきたくて着いてきたのだという。狭い部室ではあまり身動き出来ない為、勇者達にも緊張が走る。

 

 「うん、若葉さんと並ぶとお似合いだよ」

 

 「お似合いって……そんな事、言われなくても自覚しています!」

 

 「いや、ひなたさん。そんな胸張って言わなくても……」

 

 「……流石、強力な伝説を残した人だね……」

 

 「いい度胸してるわねーチミぃ。この勇者でみーっちりの勇者ルームに乗り込んでくるなんて」

 

 「およ、もしかして私を捕まえようと? 無理だよ、捕まえることは出来ない。私も攻撃意思はないけど」

 

 赤嶺が若葉の隣に居るひなたを見ながら言うと、ひなたはキリッとした表情で胸を張りながら強めに言ってのける。それを聞いた何人かが軽く脱力し、代表するように新士が力無く苦笑いしながらツッコんだ。

 

 突然やってきた赤嶺に対し、雪花がスマホを片手に赤嶺に言う。何せこの場には先程は居なかった園子(中)、銀(中)も居るのだ、敵の拠点に攻め込むつもりならば悪手だろう。が、彼女は捕まえることは出来ないと言い、東郷も敵だと言う割には今の赤嶺からは緊張感が伝わって来ない言う。

 

 「今は戦う気ないから。私はね、試合開始ってなったら勝つために一生懸命になるけれど……ゴングが鳴る前から襲いかかったりはしないよ。今来ているのは挨拶の続き」

 

 「樹海化していない今は、戦闘意志が無いということか……」

 

 「はい!」

 

 「何故突然良い返事になったんだ」

 

 何故か棗の言葉に良い返事を返す赤嶺。その事を球子がツッコんだもののそれはスルーされ、赤嶺は彼女曰く“挨拶”を続ける。彼女は勇者達に知っておいてほしいことがあると言う。それは、赤嶺自身は勇者達を倒す気はあるが戦闘で殺めようとは思っていないこと。

 

 そうは思われていても神樹が分裂してしまえば、それは勇者達にとって死活問題。そう須美は言うが、そんな事を言いたいのではなく、対人だからと重く考えずに全力でぶつかってこいとのこと。そして、赤嶺が敗北を認めれば“友奈”に関する謎も造反神の正体も全て明かすと言う。

 

 「だから存分に競い合おうよ。こちらの数の不利は疑似バーテックス達で埋めるからさ」

 

 「……何だか不思議な人だね。まるで対人に関しての不安を取り除くように……」

 

 「じゃあそういうことでグッバイ。次の神託の日……樹海化がゴングだよ。そしたら、全力で行くから」

 

 「おっと、逃がす訳にはいかないねぇ」

 

 「そういうこと。って訳で召し捕ったりぃ! ほら、皆も新士君みたいに押さえて押さえて!」

 

 敵対しているにも関わらず勇者達の対人の不安を取り除こうとしているようにも見える赤嶺の行動に園子(中)が疑問に思うも、それに答える事はなく赤嶺は去ろうとする。が、そうは問屋が下ろさないと新士がその左手首を掴み、同時に雪花が後ろから羽交い締めにする。

 

 「だから無理なんだってば。戦いの決着はしっかりと樹海でつけようよ。じゃあね……男の子の勇者も、ね」

 

 しかし赤嶺は他の勇者達にもその体を押さえられても余裕の表情を崩さず……そう言って、また部室内に突風が巻き起こったかと思えば、赤嶺の姿は影も形も無くなっていた。

 

 その事、赤嶺をどう対応するかで話し合ったが……結論として、本人が言うように樹海で相対した際に取っ捕まえて色々と聞き出すということになった。その際に雪花が対人に関して少々容赦ない発言をして即座に撤回するということもあったが、それはスルーされた。

 

 「因みに、新士君はどうなの? 対人戦」

 

 「そうだねぇ、自分も人間相手は慣れてる訳でもないけど……」

 

 「けど?」

 

 「自分は、あの赤嶺って人よりも須美ちゃん達の方が大事だからねぇ……躊躇うつもりはないよ」

 

 「……そっか」

 

 そうして皆が話し合っている時、小声でそんな会話をしている東郷と楓の姿があったそうな。

 

 

 

 

 

 

 その後、赤嶺との戦いが起きた。樹海に大量のバーテックスを配置し、それを勇者達に対処させている間に赤嶺本人は拠点である勇者部の部室に居る巫女達を急襲する。しかし、そこには切り札として温存されていた園子(中)と銀(中)が居た。今の今まで変身機能がロックされていた2人だがこの時になってそのロックが解除され、変身した後は圧倒的な力で赤嶺の連れてきたバーテックスを一掃する。

 

 陽動に気付いて戻ってきた勇者達と合流し、そして赤嶺との戦いに勝利した。が、また少し情報を喋った程度で赤嶺に突風と共に逃げられてしまう。それからしばらく戦いがあったものの、そこに赤嶺が出てくることはなく、勇者達の快進撃が続いていった。

 

 その快進撃がしばらく続いた後に、再び赤嶺は現れる。それも今回は秘密兵器として“精霊”を用意してきたのでそれを使うという。

 

 「私が持ってきた精霊は……造反神が造ったオリジナルでね。人の姿に変身するんだ……言うなれば、自分自身との戦い、かな」

 

 そう言った赤嶺の隣に、私服姿の須美に変身した精霊が現れる。赤嶺がその精霊に攻撃を仕掛けるが、精霊にダメージは見受けられない。

 

 曰く、この精霊にはその姿の元の人間で無ければ倒せないのだと言う。つまり、今の須美の姿をしている精霊は須美本人でしか倒すことが出来ないということになる。

 

 勿論、それだけ強力な能力を持つからには何かしら制約がある。この精霊は変身すれば肉体的な攻撃は一切出来ず、物理的には無害である。しかし、例え本人であっても物理的な攻撃では倒せない。ならば、どうするか。

 

 「この精霊はね、変身した人に対して質問を投げ掛けたり論戦を仕掛けたりするんだ。その質問に対して答えられなかったり……論戦の末に論破されたりすると、悲しい事が起こる」

 

 それは精神世界で行われる自分との戦い。もしも負ければその精霊に取り憑かれ、この世界で戦うことが出来なくなってしまうと言う。質問の内容は本人にとってエグいモノが飛んで来るんだとか。

 

 どんな話が飛んで来るのか、本人達にも予想出来なかった。だが、誰もが負けないという意思を持っていた。どんな質問が飛んできたとしても、どんどん論戦を仕掛けられたとしても、それに打ち勝ち、またこの世界に戻ってくるのだと。

 

 ― まだ、この世界で一緒に居たいんだから ―

 

 東郷……そして園子(中)、銀(中)は新士に視線を送りながら、そう心の中で思うのだった。




という訳で、赤奈登場回でした。精霊との問答ですが、ざっくり終わらせるつもりです。一応番外編なんで、そこまでがっつりやるつもりはないので。

次回からは本編勇者の章を予定。事前に何度か言っていますが、原作との相違点が多いので原作通りになるということはないと思います。話の流れ上、友奈の心にがっつり傷が付くとは思いますがね(不穏

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 序章 ー

お待たせしました(´ω`)

また一時本作がランキングに載ってました。皆様、誠にありがとうございます。そして誤字、脱字報告もありがとうございます。

気付けばUAは15万、総合評価は3千を超えました。思えば遠くまで来たものですね。

ゆゆゆいでは二周年記念イベに夏凜ちゃんと若葉の誕生日イベント。大忙しです。イベ限夏凜と若葉強くないっすかね……尚、本作主人公楓君も設定上6月が誕生日です(だからなんだ

リリフレもゆゆゆいコラボお疲れ様でした。勇者部復刻をお待ちしてます……風先輩、夏凜ちゃん、園子様が揃わなかった←

さて、ここから本編終章、原作で言う勇者の章になります。それでは、どうぞ。


 朝、目が覚めた。スマホを見れば時間は5時半と出ている。つまりは自分が起床するいつもの時間だ。

 

 「ん……流石に、布団から出るのが嫌になるねぇ……」

 

 自分が戻ってきた日から更に時は少しばかり過ぎ、11月に入った。木々はすっかり赤く染まり、なんなら葉が落ち始めている頃だ。気温は低くなり、日が落ちるのは早く、昇るのは遅い。カーテンを締め切った窓の外は暗く……暖房を付けていない部屋の中は()()

 

 布団の()()()を恋しく思いつつ、そこから出て()()で立ち上がり、歩いて風呂場にある洗面所へと向かって歯を磨いて顔を洗う。刺すような()()()が、自分の意識をよりハッキリと覚醒させてくれた。

 

 「ふっ……よっ……んっ……」

 

 そうした後に部屋に戻り、腕立て伏せや腹筋、スクワット等のトレーニング。いつまた勇者として選ばれてもいいようにというのもあるが、日課となってしまっているのでやらないと落ち着かないからだ。

 

 「ふぅ……っ、あだっ」

 

 腕立て伏せの途中、急に右腕から力が抜けて顔から床に落ちる。友奈も意識が快復した後に何度か立ち眩みを起こしたと言うから、自分もまだ再生した右腕が馴染みきってないせいで力が抜けるんだろう。低い位置からとは言え、鼻が床に当たって()()

 

 そんなこんなで1時間程続けた後、かいた汗を流す為に再び風呂場に向かい、服を脱いでシャワーを浴びる。()()お湯で汗を流す気持ちよさを感じることしばらく、風呂から出て最初に着ていた寝間着代わりの洋服は洗濯機の中に入れ、ここに来る際に一緒に持ってきた制服に着替える。

 

 あれから、自分は休学から復帰した。久々に会うクラスメート達は自分の右腕と自分が歩いていることを目にしてびっくりしていたが、休学は治療の為で腕は義手だと言って誤魔化しておいた。流石に生えた、とも言えないしねぇ。

 

 着替え終えた後に閉めていた鍵を開け、風呂場から出てリビングへと向かう。朝に暖房が付くようにタイマーをセットしているので自分の部屋と違って家の中は暖かい。そう思いながらリビングに入ると、制服にエプロン姿の姉さんが朝食を作っているところだった。

 

 「ん? ……おはよう、楓。相変わらず早いわねぇ」

 

 「姉さんこそ……おはよう」

 

 「……楓、こっち来て」

 

 「またかい? ……仕方のない姉さんだねぇ」

 

 自分に気付いた姉さんが振り返り、挨拶を交わし合う。その後に、姉さんが手招きするので自分が応じて近付くと……姉さんは作る手を止めて、自分の右手を両手で包み込む。自分が戻ってきた日から、姉さんは1日に1回はこうしている。自分の右手の存在を確かめるように。

 

 あの日、失った右腕。それを神樹様は自分の散華を戻すと共に新たに作り直してくれた。この手には感覚があり、ちゃんと血が通っている。

 

 「うん……今日も暖かい手だ」

 

 「姉さんの手はちょっと冷たいねぇ。あんまり冷やしちゃダメだよ?」

 

 「またこうして楓の手に暖めてもらうわよーだ。樹、見てきてくれる? どうせ起きられないだろうから」

 

 「それも、いつものことだねぇ……了解だよ、姉さん」

 

 そんな会話をして、姉さんが少し名残惜しそうに手を離したのを見計らって樹の部屋へと向かう。自分が車椅子だった頃の名残でまだエレベーターがあるが、階段で登る。折角動くようになった足があるんだからねぇ。

 

 樹の部屋の前に行き、扉をノック。名前も呼んでみるが、返事はない。これもいつも通り。なので入るよーと声を掛けてから扉を開けて部屋の中へと入る。

 

 「お……片付いてるねぇ」

 

 以前は散らかり気味だった樹の部屋。今はある程度綺麗になっている……机の上に広げられているタロットや、夜中に読んでいたであろう枕元の歌や占い関係の雑誌、ベッド付近に転がっているペットボトルに目を瞑れば、だけどねぇ。

 

 苦笑いしつつ樹が眠るベッドに近付く。見てみれば、樹はまだすやすやと夢の中に居る。相変わらず気持ち良さそうによく寝ているモノだと思うが、今日も今日とて学校がある。

 

 「樹、朝だよ」

 

 「んー……うにゅ……」

 

 「起きないと置いてくよ」

 

 「ゃー……おふぁよ、おにぃちゃん……」

 

 「うん、おはよう。顔洗って目を覚ましてきな」

 

 「ぁーぃ……って寒っ!? ぅー……お兄ちゃん、手、繋いで?」

 

 「仕方ないねぇ」

 

 相変わらず朝が苦手な子だと苦笑いしつつ、眠そうにしながらもベッドから起き上がると部屋の寒さからそう叫ぶ樹。今ので一気に目も覚めただろうが、洗顔はしっかりしないとねぇ。

 

 寒そうにする樹と一緒に手を繋いで階段を下りる。この子も姉さんのように確かめるみたいに自分の右手を握りたがるんだよねぇ。そうして洗面所に向かう彼女とは別に先にリビングに入ると、丁度姉さんがテーブルの上に朝食を置くところだった……何だか、前にもこんなことがあった気がするねぇ。まあいつもの朝の風景なんだけど。

 

 「樹、ちゃんと起きた?」

 

 「ああ、起きたよ。今は顔を洗ってる頃だろうねぇ」

 

 「そう、良かった。寒さで布団から出ないんじゃないかと心配してたんだけどねぇ」

 

 「寒っ! とは叫んでたよ」

 

 「あはは! でしょうねぇ」

 

 「誰だって叫ぶもん……おはよう、お姉ちゃん、お兄ちゃん」

 

 「「おはよう、樹」」

 

 朝食の用意を手伝いつつ、樹の部屋でのことを話すと姉さんは笑って納得していた。実際この時期、部屋の中は暖房を入れないとホントに寒いからねぇ……なんて話をしていると、ちょっと膨れっ面をした樹が入ってきた。その膨れっ面も直ぐに引っ込み、笑いながら改めて挨拶を交わす。“挨拶はきちんと”ってねぇ。

 

 3人揃ったところで姉さんが作ってくれた朝食を食べる。チーズにベーコン、卵を挟んだホットサンドに二個の卵とソーセージで顔を作った、下にハムを敷いた目玉焼き。瑞々しい生野菜のサラダに、コンポタスープ。そして牛乳。よく朝食として並ぶこれらの料理は、聞けば姉さんが初めて樹に作ったモノらしい。

 

 「はむ……あちち……うん、いつも通り美味しいねぇ」

 

 「良かった……ふふっ、熱いから気をつけなさいよ?」

 

 「美味しいけど相変わらず量が……」

 

 「だから樹の分は加減しなって言ってるのにねぇ」

 

 「いやー、なんだかんだ樹も食べてくれるからつい」

 

 「もうすぐ身体測定なのに……今から怖いよ」

 

 自分や姉さんみたいに沢山食べる訳でもないんだから何度も樹の分は減らしてあげなと言ってるんだけどねぇ……いや、たしかになんだかんだ食べる樹も樹か。それに苦しそうにするならまだしも、余裕ありそうだしねぇ。そう考えるとこの子、自分達程ではないにしろ中々によく食べる方なんだよねぇ。

 

 そういえば、もうすぐ身体測定か……自分は体のこともあるから、1人クラスの皆とは別の場所でやらないといけないんだよねぇ。なんて思いつつ、またホットサンドを口に放り込む。

 

 チーズと卵が舌に当たるとやっぱり熱い。それでも、そうやって熱さを感じながら食べることで……やっと、姉さんの料理を本当に美味しいと言える。しゃきしゃきとした野菜も、これまた熱いスープも、冷たい牛乳も……全部。

 

 「熱いけれど……うん……美味しいねぇ」

 

 「……そっか。良かった……」

 

 熱い熱いと言いつつも食べる自分を見る姉さんの目は……少し、潤んでいるようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 朝食を終え、樹も着替えたので学校に向かう為に家から出る。自分が歩けるようになったから自転車で……と思ったんだが、まだ急に力が抜けたりするこの体では不安ということで車椅子の時のように徒歩で学校へと向かう。その途中、1つのマンションの前を通ることになるんだが……その前に、人影が1つ。

 

 「カエっち~♪ おはよう!」

 

 「やあ、のこちゃん。おはよう」

 

 「フーミン先輩とイッつんもおはよう~♪」

 

 「はいはい、おはよう園子」

 

 「おはようございます、園子さん」

 

 手を振りながら自分達に近付いてくるその人影の正体は、このマンションに引っ越してきたのこちゃんだ。讃州中学の制服がよく似合ってるねぇ。

 

 「そう言えば、今日からだっけ? のこちゃんと銀ちゃんが転入してくるの」

 

 「そうだよ~。クラスの人数の関係でカエっちとわっしーとゆーゆとにぼっしーとおんなじクラスになれないのが残念だよ~……」

 

 「にぼっしーって……誰が教えたのよそのあだ名」

 

 「わっしーだよ?」

 

 「東郷先輩から!?」

 

 皆で2人の引っ越しの手伝いをしたのが数日程前。今日ようやく、2人は讃州中学の生徒として転入することになる。彼女が言うようにクラスの人数の関係で自分達と別のクラスになってしまうのが少し残念だが、それは3年になった時のお楽しみにしておこう。

 

 銀ちゃんの住むマンションは学校と駅の間にあるから、残念ながら自分達とは反対方向になる。こうして登下校を共に出来ないのも、ちょっと残念だねぇ。因みに、のこちゃんは自分達と合流するや否や真っ直ぐ自分の左隣を陣取っていた。相変わらずだなぁとつい笑みが溢れる。

 

 そんな会話をしながら歩くことしばらく。学校に着いた自分達はそれぞれのクラスへと向かう為に玄関口の下駄箱で別れ、自分もクラスへと向かう。そこに辿り着くと既に何人かクラスメートが居たので挨拶しつつ、自分の席に座る。勇者部の3人はまだ来ていなかった。

 

 ホームルームが始まるまで暇なので端末を操作する。供物が戻ってからのこちゃんがまた執筆を再開したそうなのでそれを読む。相変わらず面白いなぁと読んでいると、教室の扉が音を立てて開く。

 

 「「「あっ」」」

 

 そちらへと目を向けると、そこには友奈と美森ちゃんの姿があった。目が合った瞬間、3人で揃ってそう言ってしまい……何だか可笑しくなって笑うと、2人もくすくすと笑った。

 

 「おはよう、友奈。美森ちゃん」

 

 「おはよう、楓君」

 

 「おはよう楓くん!」

 

 挨拶はきちんと。そうした後に友奈が自分の前に、美森ちゃんが自分の右隣の席に座り、3人でお喋りする。内容は部活のことだったり、家で何をしていたかだったり。転入してくるのこちゃんと銀ちゃんのことだったり。

 

 「あっ」

 

 「あ! おはよう夏凜ちゃん!」

 

 「やあ、夏凜ちゃん。おはよう」

 

 「おはよう、夏凜ちゃん」

 

 「おはよ、3人共」

 

 そうして話していると、少しして夏凜ちゃんが入ってきた。最初に気付いた友奈が手を上げて挨拶し、少し遅れて自分、美森ちゃんと続く。すると夏凜ちゃんは少し顔を赤くしつつ返してくれた。

 

 3人の中に夏凜ちゃんが加わり、ホームルームが始まるまで楽しくお喋りをする。放課後になれば、部室にのこちゃんと銀ちゃんが来て入部してくることだろう。あの子達とこの子達が同じ勇者部として過ごす……自分が見たかった未来の1つが、もうすぐ現実になる。

 

 (ああ……楽しみだねぇ)

 

 そう思いつつ、この楽しい時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 そうして放課後になった。楓、友奈、美森、夏凜の4人は揃って部室へと向かい、先に来ていた樹と挨拶を交わしてそれぞれの定位置に付く。樹はいつものようにテーブルにタロットを広げ、美森はパソコンの操作。夏凜は黒板に貼り付けられた現在進行中の依頼を確認し、楓は端末から勇者部のホームページにアクセスし、届けられている依頼を確認。

 

 「楓くん、新しい依頼来てる?」

 

 「うん? そうだねぇ……果物の収穫のお手伝いと、去年と同じところから落ち葉のお掃除の依頼が来てるねぇ」

 

 「去年……あ、焼き芋!」

 

 「そうだけど、神社か依頼主の人で思い出して欲しかったねぇ……」

 

 「えへへ……」

 

 そして友奈は、楓の後ろから両肩に手を置いてその端末の画面を覗き込むようにして見ていた。楓が戻ってきた日から、彼女は楓との距離をよく詰めるようになった。その原因があの世界が滅びかけた戦いにあることを、部員の全員が理解している。

 

 楓が初めて全員の前で友奈を呼び捨てにした時は全員がびっくりしたモノだが、今ではすっかり馴れたらしい。因みに、ちゃん付けすると少し寂しげにする。

 

 「おーっす、揃ってるわね後輩達」

 

 「風先輩! こんちわー!」

 

 「こんにちは、姉さん」

 

 「こんにちは、風先輩」

 

 「……あ、お姉ちゃん」

 

 「今日は珍しく遅かったじゃない」

 

 「後数ヶ月もしたら卒業だから、先生と話し合いをね。あの2人は……まだか。何とか全員で迎えられそうねっと、噂をすればかしら?」

 

 少し遅れて風がやってきた。友奈が真っ先に元気に挨拶し、僅かに遅れて楓、美森と続き、タロットに集中していた樹が遅れて気付き、最後にやってきたことを夏凜が珍しく思いつつそう呟く。それに対して風は頭を掻きながらそう返し、部室を見回してうんうんと頷いた。

 

 その直後、部室の扉がノックされる。風が言った2人が来たか? と思い、どうぞと扉の向こうへ声をかける。すると扉が開き……そこには、部員全員が思い描いていた人物達が居た。

 

 「勇者部入部希望者、乃木さん家の園子で~す♪」

 

 「同じく、三ノ輪 銀でっす!」

 

 「よく来たわね。歓迎するわよ、2人共」

 

 入部届を手にやってきたのは、今日転入してきた園子と銀。彼女達とは、部員全員が面識がある。友奈は散華が戻る前に病院で会っているし、楓と美森は先代勇者仲間だ。風と樹は戦いの時が初対面、夏凜は以前の2人のお引っ越しの手伝いが初邂逅となる。その際、抱いていた憧れの先代勇者像に少しヒビが入り、軽く気落ちしていた。

 

 「のこちゃん、銀ちゃん。ようこそ勇者部へ」

 

 「また一緒に居られるなんて嬉しいわ。そのっち、銀」

 

 「園ちゃん、銀ちゃん、いらっしゃーい!」

 

 「わたしも皆とおんなじ部活が出来て嬉しいんよ~♪」

 

 「どうせならクラスも同じだったらよかったんだけどなー」

 

 風に入部届を渡した後に楓達に近付き、3人とハイタッチする2人。園子は満面の笑みを浮かべ、嬉しくて仕方ないと全身で表す。銀も園子同様に嬉しいという気持ちはあるが、同じクラスではないのが残念でしょうがないらしい。

 

 「フーミン先輩もイッつんもにぼっしーもよろしく~♪」

 

 「だぁれがにぼっしーだ!」

 

 「はい、よろしく。期待してるわよー? 先代勇者の新人2人組」

 

 「それ、聞くと凄いややこしいっすね……」

 

 「よ、よろしくお願いします!」

 

 「あー樹ってホント小学生の時の楓そっくりだよなー。なんだか見てて懐かしいゾ」

 

 和気藹々、そんな言葉が相応しいだろうか。楓達と同じように3人にハイタッチしに行く園子。口ではツッコミながらもハイタッチにちゃんと対応する夏凜。腰に手を当ててにししっと笑う風に、ハイタッチしながらそう言う樹。風の言葉に苦笑いした後に樹を見て懐かしそうにする銀。そんな5人を見てくすくすと笑っている楓、美森、友奈。

 

 「フーミン先輩」

 

 「お、おう。どしたの急に」

 

 不意に、園子がキリッとした表情を浮かべて風の前に立つ。その切り替えの速さについていけなかった風は一瞬どもるものの、何か話があるのかと首を傾げる。他の皆も急になんだ? と首を傾げ……美森と銀はまた何か突拍子も無いことを言おうとしているなと直感し、楓はいつものように朗らかな笑みを浮かべている。

 

 そして、園子は口を開くと一言。

 

 

 

 「弟さんをわたしにください」

 

 「おととい来なさい」

 

 

 

 そんなちょっとした出来事から少し。8人となった勇者部は全員でとある公園のゴミ、落ち葉の掃除に来ていた。春になれば桜が咲くこの公園だが、冬も近くなった今ではすっかり落ち葉だらけで木も葉を無くしてきている。後少しもすれば完全に無くなるだろう。

 

 「ふんふんふーん♪」

 

 「ご機嫌だねぇ、友奈」

 

 「うん! だって初めて8人でやる依頼だもん!」

 

 トングでゴミを挟んでは手のゴミ袋に入れていっている楓の近くで落ち葉を箒で集めている友奈が上機嫌に鼻歌を歌う。そんな彼女に楓が笑いながら言うと、友奈もその通りだと笑いながら言った。

 

 今日、園子と銀を加えて8人になった勇者部。その8人全員で行う依頼。またこうして皆で部活が出来ることが、新しい仲間を加えて出来ることが、友奈は嬉しくて仕方ない。そのチーム分けで楓と一緒になれたこともその要因の1つだろう。

 

 楓は他の6人へと視線を向ける。美森と園子は同じように掃除しているが、時折止まって笑い合っている。昔話でもしているのか、それとも学校のことでも話しているのか。

 

 風と夏凜は、時々風がふざけて夏凜がツッコミを入れている。それは直ぐに笑いながら逃げる風と好戦的な笑みを浮かべながら追いかける夏凜というモノに変わった。樹と銀は樹が何やら銀に聞き、それを銀が答えていた。過去の楓のことでも聞いているのか、それとも銀が好きなイネスでも語っているのか。

 

 共通しているのは、皆が皆楽しそうに部活と言う名のボランティアを行っているということだ。誰1人の例外もなく、その顔に笑顔を浮かべて。

 

 「……そう言えば、この公園でお花見をしたねぇ」

 

 「うん。楽しかったよね。初めて風先輩の料理を食べたよ。恐るべし、風先輩の女子力」

 

 「因みに、友奈は料理は作れるのかい?」

 

 「……に、肉ぶっかけうどんくらいなら……」

 

 「それが作れるなら、他にも作れそうなモノだけどねぇ……」

 

 そんな会話をして、2人も掃除を続ける。そうしていることしばらく、日が落ちるのが早くなってきたので普段より少し早めに切り上げ、8人は帰路に付く。別れ道が来るまで、8人は仲良く一緒に歩いていた。その際、園子が楓の左隣を陣取り、その隣に銀が。友奈が右隣を、美森がその隣を歩く。

 

 「カエっちカエっち」

 

 「うん?」

 

 「手、繋いでいい? 寒くって」

 

 「か、楓くん! 私も、その……ダメ?」

 

 「……ああ、いいよ」

 

 その途中、2人からそんなおねだりをされたので楓は朗らかに笑って了承し、2人は嬉しそうに繋ぐ。その手の温もりを感じて、楓はまた朗らかに笑う。

 

 冬に近付く秋風は冷たい。でも、その手は……とても暖かかった。2度と感じられないと思っていた温度。それを再び感じられることが……2人が今、与えてくれていることが、楓は嬉しくて仕方ない。

 

 8人になった勇者部。風がいずれ卒業するが、それまでにこの8人で色んな事がしたかった。またこうして依頼をするのもいい。依頼でなくともどこかへ遊びに行くのもいい。クリスマスを共に過ごすのもいいし、花見をするのもいい。散華のせいで出来なかった楽しいことを、皆で楽しみたい。そう思っているのは、きっと全員だろう。何せ……。

 

 「よし、かめや行くわよかめや! うどんがアタシ達を待ってるわ!」

 

 「お~、勇者部初の皆で外食だ~♪」

 

 「良かったわね、そのっち。でもこの人数だと座れる場所が……」

 

 「ま、4人ずつで別れるしかないわよね。どうするのよ?」

 

 「先代勇者組と今代勇者組とか?」

 

 「それ、お兄ちゃんと東郷先輩はどちらでも入れますよね……」

 

 「えー!? 楓くんと東郷さんと一緒がいいよ~」

 

 「無難にくじ引きでもいいんじゃないかねぇ……」

 

この場には、幸福(しあわせ)そうな笑顔しか浮かんでいないのだから。




原作との相違点

・銀生存、園子と共に入部

・神樹の力が増している。上昇し続けている為、神婚の必要性がない

・タイトル←



という訳で、事実上の勇者の章の序章でした。本作では本編終章感を出す為、タイトルをそのまま着けました。目指すはハッピーエンドです。

これまでに何度か申している通り、原作とはかなり状況が違いますので原作通りに行くとは限りません。神婚もそうですが、奉火祭もですね。原作、なんで奉火祭やったんでしたっけ……。

しばらくほのぼの予定です。その方がいい味出しますからね……何がとは言いませんが←

前回のDEifでは次の問いかけが期待されてて重圧が凄い。でも次の番外編はDEifじゃなくて本編ゆゆゆい……の、楓君敵対ルートを書こうと思います。うーん、また暗くなるなぁ……好きなんだろ? そういう話がサ。本編ゆゆゆいはどうしましょうかね。まだ悩んでます。だってDEifと文章が部分的に被りますし。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 1 ー

大変お待たせしました(´ω`)

ちと執筆の時間が取れなくていつもよりも遅くなってしまいました。申し訳ありません。ゲームもしてましたが←

ゆゆゆいイベ、若葉が落ちません。夏凜ちゃんは既に10を越えているのに……あ、一回限りの有償1500ガチャを回した結果、着物若葉が来てくれました。そっちじゃない←

リリフレではウェディングイベですね。こちらものんびりやろうと思います。fgoも新章来ましたし、忙しい忙しい。

今回もほのぼの。少しほのぼの続きます。後書きには久々にアンケートもありますので、是非。


 勇者部に園子と銀が加わり、8人となってから数日後のとある日の放課後。部活の依頼で海岸の清掃の手伝いにやってきていた楓、友奈、美森の3人。袋に纏めたゴミを捨てに行く途中、泣きながら歩いている小学生の女の子を見つけ、話を聞くために部室へと共に戻ってきていた。

 

 「そっか……お友達が引っ越しちゃうんだ」

 

 「はい……その子は私の一番のお友達なんです」

 

 「それはまた……辛いだろうねぇ」

 

 聞けば、友達がもうすぐ引っ越してしまうとのこと。しかもそれを知ったのは今日であるという。担任は知っていたそうだが、その友達から“引っ越しまで普通に接して欲しい”との言葉を受け、お友達と共に今日まで秘密にしていたそうな。

 

 「お引っ越しはいつなのかな~?」

 

 「明日の朝って……」

 

 「おおう、予想以上に“もうすぐ”が近かったな……」

 

 「急すぎね」

 

 園子が問いかけると、女の子はぽろぽろと泣きながらそうポツリと呟く。銀は予想より引っ越しの日が近かったことに驚き、夏凜も同じように驚きつつそう呟く。この時、女の子から友奈がもらい泣きしていたのだが楓と美森から苦笑いされつつ頭を撫でられてあやされていた。

 

 「大丈夫? 落ち着いたかな?」

 

 「……はい。ありがとうございます」

 

 樹が女の子が落ち着いたのを見計らい、紅茶を手渡す。それを見ながら、友奈は夏凜からティッシュを受け取りつつ自分達で何か出来ないかと言い、風が何か思い出になる贈り物を贈るのはどうかと告げる。

 

 「贈り物、ねぇ。思い出に残ると言えば、アルバムや写真、後は……手紙とか?」

 

 「そうね、そういうのがいいかも……そうだわ、そのお友達が喜ぶモノって分かるかしら?」

 

 「贈り物とかお手紙とかは私も考えてて……あるにはあるんですけど」

 

 「何か難しいモノなのかな~?」

 

 「……“桜”、なんです」

 

 聞けば、その友達は桜が大好きで毎年桜が咲いてその花が舞う中を、女の子が困ってしまう程はしゃいでしまうらしい。しかし、今年は怪我か病気か入院していた為に桜を見れず……女の子がお見舞いに行った時には酷く悲しそうにしていたと言う。

 

 だからこそ、友達には桜を見せてあげたい。しかし、今はもう11月の秋の終わり近く、桜などどこにも咲いていない。一番見せてあげたい、一番贈ってあげたいモノだが……流石に見つからないモノは無理だろう。そう言う女の子に、部員達はお互いに顔を見合せて頷きあい……友奈と風が代表して言った。

 

 

 

 「私達勇者部に」

 

 「お任せあれ!」

 

 

 

 とは言うものの、さっきも言ったように今は秋、それも冬がすぐ近くまで来ている。桜など咲いている訳がない。更に今は放課後終わりで日はもうすぐ沈み、タイムリミットは明日の朝。それまでに桜をどうにかする等無謀の一言。しかし大見得を切ったこともあるが、何よりも女の子達の為にも何とかしてあげたいのが勇者部の総意であった。

 

 「ここは私がお爺ちゃんの格好で灰を撒くしか!」

 

 「花咲か爺さんか。灰を撒いたところで桜は咲かんでしょ」

 

 「桜……桜ねぇ……友奈、桜の花弁の押し花とか持ってないかい?」

 

 「いいわねそれ。友奈、どうよ?」

 

 「ありますよ、去年作った桜の花のしおり! それを渡して贈り物にしてもらう?」

 

 「それもいいけど、あの子にも何かさせてあげられないの?」

 

 「お友達の為に何かをしたいっていう気持ち、大切にしてあげたいですしね」

 

 「後、お友達が喜びそうなのは“桜が舞う”ことでしょうね」

 

 友奈がぐっと手を握り、目を輝かせるが銀にツッコミを入れられ、ですよねと気落ちする。楓は桜、桜と何度か呟きながら自然と友奈に目が行き、そう言えば押し花が趣味だったなと思い出し、そう聞いてみる。彼の質問を聞いた風も賛同し、同じように問うとやはりと言うべきか友奈は作っていたらしい。

 

 しかし、友奈が……というか勇者部が作ったモノを贈るだけでは物足りないと夏凜が自分の考えを告げる。それに樹が続き、美森もお友達が喜びそうなことを呟く。その間、園子は周りの話を聞きつつぼた餅を食べながら考えを纏めていた。

 

 「ふむ……こういう時は先代勇者のリーダーに聞いてみようかねぇ。という訳で、のこちゃん。何か手はないかい?」

 

 「“何かする”と“桜が舞う”……うーん……うーん……」

 

 「えっ、先代勇者のリーダーって園子だったの!? 楓さんか東郷じゃなくて!?」

 

 「アタシも楓か東郷だと思ってたわ……」

 

 「そのっちが隊長でしたよ。彼女の作戦や閃きには何度も助けられました」

 

 「自分でも向いていないと思ってるとは言え、あたしの名前が出ないのはちょっと悲しいゾ……」

 

 用意されていた一口サイズのぼた餅を口の中に放り込み、緑茶を飲んで流し込んだ後に、楓は考えている園子を見ながらそう問いかける。問われた園子は楓に聞かれたこともあり、今も回転させている頭を更に回転させる。

 

 そんな中、楓の“リーダーは園子”との言葉に夏凜と風が驚愕の声を上げる。見れば声に出してないだけで樹と友奈もびっくりしていた。老熟した雰囲気の楓としっかり者で真面目な美森を見れば、大抵の人間はどちらかがリーダーだと勘違いするかもしれない。尚、銀は自分でも思ってるとは言え一切己の名前が上がらないことを少し悲しく思っていた。

 

 「うーん……えっとね~。後ぼた餅2つをカエっちに食べさせてもらえば閃くかも~」

 

 「おやおや……はい、どうぞ」

 

 「あ~ん……んー♪」

 

 「風さん、止めないんすか?」

 

 「背に腹は変えられないわ……まあ食べさせてもらうくらいなら、ねぇ」

 

 「東郷さん東郷さん。あー」

 

 「もう、友奈ちゃんったら……はい」

 

 「ん~♪」

 

 園子がそう言うと楓は朗らかに笑い、テーブルの上にある重箱からぼた餅を2つ自分の紙皿の上に移し、食べやすいように箸で切ってから園子に食べさせていく。ぼた餅自体の美味しさと楓から食べさせてもらうというシチュエーションに、園子の表情もいつも以上に綻ぶ。

 

 そんな彼女の行動を止めないのかと銀は風に聞くが、風は自分の感情より女の子のことが大事だと腕を組みつつ言い切る。その横で友奈が2人を真似して美森にあーんをねだり、美森も笑いつつ食べさせる。夏凜と樹は、そんな2人を見て苦笑いしていた。

 

 「んで、ぴっかーんと閃いたかい?」

 

 「閃いた~♪ でも、すっごいキツイと思うけどね~」

 

 「時間ないし園子の案で行くわよ!」

 

 「どんな案か聞いてないのに!?」

 

 「先代勇者3人が頼ってたらしいし、大丈夫でしょ。それに風が言うように時間ないしね」

 

 「で、園子。必要なもんはなんかねーの? 」

 

 「人手かな~。最低でも私を含めて4人。多ければ多いほどいいよ~。力も居ると思うし、カエっちにも来て欲しいな~。後、車を用意してもらうね~。4台くらい」

 

 食べさせてもらったぼた餅を美味しく頂き、お茶で口の中をすっきりさせた園子に楓が聞くと、本当に思い付いていたようでさらりと言ってのける。それを聞いた風は右手をサムズアップさせ、即決。その早さにいつも通り樹がツッコミ、夏凜が納得する。

 

 園子の考えなら大丈夫だと信頼している銀もまた、どんな案か詳しい内容を聞くこともなく必要なものはないかと訪ねる。返ってきた答えは人手。どうやら人数が必要らしい。

 

 「了解だよ、のこちゃん」

 

 「車を使うんですか!?」

 

 「それじゃ、こっちは私達で行くわ! 急ぐわよ!」

 

 「須美と友奈は贈り物の案を頼むな!」

 

 「あ、後ついでにそこに積んである絵本を保育園に届けといて! 宜しく!」

 

 「じゃ、行ってくるよ2人共」

 

 「「行ってらっしゃい」」

 

 楓の了承を皮切りにバタバタと忙しく動き出す友奈と美森以外の6人。園子、樹がまず部室を飛び出し、2人に頼みながら夏凜、銀と続き、ぼた餅が置いてあったテーブルの上に同じく置いてあった数冊の絵本を指差しながら風も出ていき、楓が慌ただしく出ていった5人に苦笑いしつつ、残る2人に手を振る。そして残された友奈と美森は、楓に手を振り返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 「で、どうするんだい?」

 

 「依頼の中にね、鴨部市にある公園の秋桜(コスモス)畑の花弁の掃除の依頼があったんだ~。結構大きいらしくって~」

 

 「コスモス? なんでその依頼を……」

 

 「なるほど、その花弁を使おうって訳だ。掃除して集めた花弁をそのまま貰っちゃおうってことだね?」

 

 「あったり~♪」

 

 「なーる。でも、6人もいるか? いや、いるか。沢山花弁必要になるだろうし、大きいなら範囲も広いだろうからな」

 

 「そうそう、人手は幾らあってもいいんだよ~ミノさん」

 

 園子が乃木家と勇者の地位を使って鴨部市へと向かう為に用意してもらった車の中で、楓、園子、銀がそんな会話をしていた。風、樹、夏凜は別の車である。勿論、この組分けも園子の案である。風が何か言いたげにしていたが、時間もないので何とか飲み込んでいた。

 

 彼女の案は楓が言った通り。掃除の依頼を受け、その報酬として秋桜の花弁を受け取り、引っ越し当日に花弁を桜吹雪の如く舞わせようということだ。それをしようとすれば大量に花弁がいるし、塵も積もればなんとやら、重量もそれなりになるだろう。時間もあまり無いので、園子が言うように人手は幾らあってもいい。

 

 「で、園子は何してんの……いやまあ、なんか懐かしい光景だけどさ」

 

 「フーミン先輩が居ると出来ないだろうから今のうちに堪能堪能~♪」

 

 「ふふ……懐かしいねぇ。2年前に合宿に行くときのバスでもこうしていたっけねぇ」

 

 「あーやってたやってた。んで園子が寝言言って、須美が園子を揺らしてさ」

 

 「自分も揺れたねぇ。バスの振動もあってガクガクと」

 

 「寝てたからわかんないな~」

 

 車の中の広い後部座席にて楓を間に挟んで右に銀、左に園子。銀が少し前のめりになって園子を見ると、彼女は楓に膝枕してもらっていた。彼女が言うように風が居れば止めただろうが、鬼の居ぬ間になんとやら。久々に彼の膝を堪能している。

 

 嬉しそうにする園子の頭を右手で撫でながらそう言う楓の脳裏には、2年前に美森を加えた4人で行った合宿のことが思い返されていた。2度の戦いを終え、4人の連係を更に高める為に行われた合宿。その場所に向かう為のバスの中で、楓はこうして園子を膝枕し、園子はぐっすりと眠っていた。

 

 その時の出来事を同じように思い返した銀がくくっと笑う。意味深な寝言を呟かれ、内容が気になった美森が園子を揺らし、膝枕していた楓まで揺れた光景。見てる分には面白かったと。その時園子は夢の中なので、彼女はその時のことを知らないが。

 

 「……なあ、楓。あたしも、その……」

 

 「うん?」

 

 「ひ! ひ、膝枕……してほしいな、って……」

 

 「それくらい、別に構わないよ」

 

 「そ、そっか! それじゃあ、その……お邪魔します!?」

 

 「うん? どうぞ……で、いいのかねぇ」

 

 (慌てるミノさん可愛いな~)

 

 そうして思い返しつつしばし園子を羨ましげに見た後、銀が顔を真っ赤にしながらお願いしてきた。楓は微笑ましそうに笑い、了承。元より彼は勇者部の部員達のお願いはあまり断らない。それはお爺ちゃんとしての意識が強いこともあるが、何よりも彼女達は皆命懸けの戦いをしてきたのだ。お願い等は出来るだけ叶えてあげたかった。

 

 園子に内心そう思われていることなど露知らず、銀は楓の右膝の上に頭を置く。弟達にしたことはあれど、あまり自分がしてもらった記憶はない銀。親友の1人がやってもらっている姿を見て、少し羨ましく思ったりもした。念願叶った、という程大層なことではないが、実際にやってもらうとこれが中々心地いい。頭も撫でて貰えて更に良しと内心で頷く。

 

 (……弟、かぁ)

 

 ふと、銀は弟達のことを思い出した。散華が戻り、2年ぶりに実家に帰ることが出来た彼女は家族に優しく出迎えられた。真ん中の弟は姉ちゃん姉ちゃんと泣きながら銀に抱き着いてきたし、両親も同じように抱き締めてくれた。そんな中で、銀は心配事が1つあった。それが、1番下の弟の存在である。

 

 当時は産まれて間もなかった弟。銀が居た時はハイハイも出来なかったが、2年も立てばある程度言葉も覚えるし立って歩くことだって出来る。ただ……自分のことを覚えてくれているか、それが心配だったのだ。

 

 実際、1番下の弟は唯一銀に近付かなかった。だから銀は自分から近付き……声をかけようとして、止まった。なんて声をかけたらいいか、咄嗟に思い浮かばなかったからだ。そして動きが止まった銀に……弟は、自分の指を咥えながら、首を傾げて一言。

 

 

 

 ― ねぇね……? ―

 

 

 

 それが疑問の言葉なのか、それとも姉のことを呼んだのか本当の所はわからない。だが、その場の全員が銀のことを呼んだのだと判断した。その時の嬉しさを、銀は言葉に出来なかった。ただ……泣いて、2年前よりも大きくなった弟を強く抱き締めた。

 

 

 

 ― ああ……“ねぇね”だよ ―

 

 

 

 後から聞けば、真ん中の弟が“お前には姉ちゃんが居るんだぞ”と言い続けていたらしい。そのお陰なのか、それともお世話されていた頃のことが記憶に残っていたのか。ただ、2年という時間は彼女達姉弟の絆を壊すことはなかったのは確かだった。

 

 因みに、園子は両親とは少し距離が出来てしまったらしい。園子が大赦の大人を嫌っているということもあるが、園子自身、そして両親側が仕方ないとは言え勇者として生け贄のような形にしたことへの罪悪感があり、お互いに遠慮しあっていると言う。園子が一人暮らしをしているのも、お互いの為にも少し時間が必要だと思ったからなのかもしれない。

 

 「……もうすぐ着くみたいだねぇ」

 

 「そっか……じゃあそれまでいい、かな?」

 

 「勿論だとも」

 

 「ミノさん、カエっちの膝枕はどう?」

 

 「うん……結構いいな、これ。でもあたしはどっちかってーと……いや、やっぱいいや」

 

 流石に、膝枕をされるよりもしてあげたいとはこの場では言えない銀であった。彼女が何を言おうとしたのか理解しているのかしていないのか、園子はくすくすと笑っていた。

 

 

 

 公園に着いた6人を出迎えたのは、予想よりも大きなコスモス畑であった。あちらこちらに赤白ピンクの花弁があり、6人でも大変な作業となることは明白。それでも、誰1人として文句を言わずに掃除を始めた。

 

 タイムリミットは明日の朝。何とか夜までには終わらせ、女の子とお友達の別れに集めた花弁を桜のように舞わせてあげたかった。友奈、美森と共に女の子を連れてきた楓もそうだが、5人もその気持ちは強かった。何せ、彼女達もまた“別れ”を経験したことがあるからだ。

 

 弟、兄との別れ。親友との別れ。居場所をくれた2人の内1人との別れ。こうして再び出逢えたことが奇跡に思えるほど唐突に、悲しい別れを経験した。それは理不尽にすら思えるほどであった。だが、今別れようとしている彼女達は違う。別れ自体は辛くとも、それを綺麗なモノに、希望があるモノにすることが出来る。

 

 だから、頑張った。疲れていても、笑いながら掃除をして、集めた花弁を袋に詰めていった。今度は皆でこの公園に来たいね、なんて笑いあって、女の子達は喜んでくれるかと未来を想像して……女の子達が笑ってお別れ出来ますようにと、そう願って。

 

 掃除が終わり、帰りの車に乗る頃にはすっかり夜になっていて……乗るメンバーを変えた車の中には、楓に膝枕してもらって眠る風と樹。そして、その状態で姉妹に優しく微笑む楓の姿があった。因みに、もう一方の車では銀を真ん中に園子、夏凜が寄りかかりながら眠っていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 次の日、コスモスの花弁を詰めた袋を持って予め女の子から聞かされていたお友達の家にやってきた6人。そこで見たのは、なぜかあるリヤカーとその近くで疲れ果てている友奈、そんな友奈を介抱する美森。そして、件の女の子とお友達だった。離れた場所にはお友達の家族と車もあり、女の子達を遠くから見ていた。

 

 「え、いや今の人達は……というかなんでリヤカーに……?」

 

 「こ、これ! 時間ギリギリになっちゃったんだけど……」

 

 「あ、うん。それは……?」

 

 「みんなからの桜……持っていってくれないかな?」

 

 見知らぬ2人によってリヤカーで1番の友達が運ばれてくるという衝撃的な光景に少し混乱するお友達だったが、女の子が2人を見て慌てつつも何かを取り出して渡してくるのでそちらに意識を向ける。

 

 女の子が取り出したモノ……何回か折り畳んでいた紙を広げると、そこには“五年二組の桜”との文字の下に木の幹の絵と……葉の部分に、桜を思わせるピンク色の手形と、その近くにクラスメート一人一人からのお別れや再会の言葉が書かれていた。

 

 昨日、あれから風に言われた通りに保育園へと絵本を届けた友奈と美森。その際、園児達から覚えたというお遊戯を見せてもらい、そこからヒントを得て女の子達がお友達にしてあげられることを思い付いた。

 

 それが、女の子とクラスメート達で作る、手形で桜の花を再現した桜の木の絵。その時は既に6時近くで小学生には遅い時間だったが、女の子含め多くのクラスメートが勇者部の部室に集まり、お友達の為に手形の桜を咲かせた。そして今日、女の子が代表してお友達に渡しに来たのだ。なぜ友奈と美森が女の子をリヤカーに乗せてきたのかは謎である。

 

 「……ありがとう」

 

 「絶対、会いに行くから」

 

 「うん」

 

 「また一緒に、桜を見ようね」

 

 「……うんっ」

 

 お互いに涙ぐみながら、それでも笑って約束する女の子とお友達。そんな2人の上から、桜に似た花弁が降ってきた。それは風に乗って宙を舞い、2人に昔共に見た桜の花が舞う光景を思い浮かばせる。

 

 「これ……コスモス?」

 

 「楓くん達だー!」

 

 最初に正体に気付いたのは美森。どこから降ってきたのかと辺りを見回す内に、高い場所にて袋から花弁を取り出しては上に投げている楓達6人の姿を見つけた友奈が笑みを浮かべる。

 

 2人が6人に近付くと、園子が自分達が鴨部市にあるコスモス畑に行ったことを伝え、風がその掃除をすることで花弁を貰ってきたと語る。その間、夏凜と銀は花弁を投げ続けていた。

 

 「また、お掃除しないとですね」

 

 「ま、それは仕方ないよねぇ……2人もお疲れ様。手形の桜の花か……いいねぇ。流石、友奈と美森ちゃんだよ」

 

 「えへへ、保育園の皆のお陰だよー」

 

 「楓君達もお疲れ様」

 

 宙を舞うコスモスの花を見て、手を繋ぎながら嬉しそうに笑う女の子とお友達。そんな2人を見る勇者部の面々にも笑顔が浮かぶ。お友達が引っ越していくその時まで、部員達はかわりばんこに花弁を投げ続けた。

 

 誰かが出来ない。もしくは、誰かが困ってる。そういう誰かの為に、誰かが笑顔になることを“勇んで”、進んでやる者達のクラブ。勇者部は今日もまた、8人仲良く活動していく。




という訳で、勇者の章……ではなく、勇者部所属ぷにっとからのお話でした。勇者部所属は独特の擬音と柔らかな雰囲気、ギャグ寄りの内容で安心して楽しめます。ゆゆゆいでも遂に書かれるとか……楽しみですね。

ぷにっとでは友奈、東郷さん側が書かれていますので本作ではコスモス畑側、そして銀と園子の家族の話を少し。鴨部市とコスモス畑は本当にあるようです。画像で見ただけですが、綺麗でした。

さて、まだ2、3話はほのぼの話が続きます。番外編はもう少し後ですね。その後には……。

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咲き誇る花達に幸福を ー 2 ー

大変お待たせしました(´ω`)

一時日刊ランキングの9位に入ってました。皆様、誠にありがとうございます。

遅れた理由はfgoです。19章でずっと試行錯誤してたらいつの間にか6日も空いてました……申し訳ありません。あ、ちゃんと空想樹は切除しました。

ゆゆゆいもブライダルイベ来ましたね。ウェディングドレスのたかしーとぐんちゃんホント尊い……リリフレもEX激辛来ましたが、クリア出来ません(匙投げ

前話にてアンケートにご協力、誠にありがとうございます。本編花結いとゆゆゆい番外編決定! 死ぬ! でも書く! 1つだけ三桁投票なのは笑いました。

現時点で感想数555件。ファイズと聞いて思い出すのは仮面ライダー? それとも呆れる程有効な戦術?

さて、今回もほのぼのです。安心して見ていってください。


 『夏凜さん、おはようございます。よく眠れましたか? しっかりと朝食は食べましたか? 学校に行く準備は万端ですか? 体調はどうですか? それでは今日も学校、部活と頑張ってください』

 

 私の朝は、そんなメールの着信から始まるようになった。あの最後の戦いで大赦の勇者を辞め、勇者部として戦うと楓さんと友奈に宣言した私。それでも、実際には簡単に辞められるハズもない。未だに私は大赦に所属したままで……ただ、そのままでも普通の学生として生活出来るようになった。

 

 その他の変化として、私への連絡の担当者が変わった。今までは無機質な、硬い定型文しか送ってこないような相手だったのが、今ではこんな文面を毎日送ってくる。そこまで大きな変化ではないけれど、良い変化……とは、言えるかしらね。

 

 『おはようございます。よく眠れましたし、朝食も食べました。学校の準備も昨日の内に終わらせましたし、体調も問題ないです。では』

 

 そこまで書いて、指が止まる。毎日来る担当者からのメール、それに毎日返す私。いつも最後の一言を書くのを、少し躊躇う。結局は書くのだけど。

 

 『行ってきます』

 

 『行ってらっしゃいませ』

 

 不思議なモノだと思う。一人暮らしをしてる私。私以外に誰もいないし、誰の声も聞こえない。なのに、こうして行ってきます、行ってらっしゃいと毎日交わす相手が居る。それが、何とも不思議な気持ちになる。

 

 ただ、嫌じゃない。大赦自体に思うところはあるけど、このメールの相手はそうでもない。送って直ぐに返ってきた一言だけの文面を見ながら、私は自分でも気付かない内に口元がつり上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 「最近さ、妙に視線を感じるのよ。学校や部活中に、なんだけどね」

 

 その日の部活中、風がそう呟いた。

 

 「視線? 姉さんにかい?」

 

 「そうそう。いやー女子力高いのも困りもんよねぇ。それとも溢れ出るカリスマっての? 参っちゃうわー」

 

 「風先輩面白いですもんねー」

 

 「日頃の行いですかねー」

 

 「友奈、銀。それどういう意味? 怒んないから言ってみ?」

 

 「……霊的な何かを感じてるんじゃ……タロットで占おうか?」

 

 「あなたの後ろに居るの~」

 

 「やめてくんない? いや、怖いって訳じゃないんだけどさ、やめてくんない?」

 

 「楓君や友奈ちゃんならともかく、風先輩だから気のせいですよ」

 

 「東郷は酷くない!? あによー皆でよってたかってー!」

 

 楓さんが首を傾げながらそう問うと、風は照れたように頭を掻きながら笑う。すると友奈と銀が笑いながら悪気なさそうに言い、風も笑いながら、しかしちょっと口元をひくひくとさせながら2人ににじり寄り、2人が逃げるように距離を取る。

 

 そんな風に樹がタロットを手に深刻そうな顔で呟き、園子が乗っかって両手を前にだしてだらんとさせ、怪しく笑いながらそう言う。それを聞いた風はビクッと肩を跳ねさせ、そんな風に東郷がとどめを刺すかのようにさらりと言い切った。

 

 友奈達の(多分)悪意のない精神攻撃に晒された風は涙目になりつつ楓さんを盾にするように後ろに回り込み、彼の両肩を掴む。楓さんは苦笑いを浮かべ、大人しく盾になるみたいね。

 

 「まあ、また姉さんの部活中の姿に惚れた男子の誰かかもしれないねぇ」

 

 「……かもしれないですね。前科があるらしいですし」

 

 「楓と夏凜だけが味方よ! 大好き! ……夏凜の“前科”って言い方が気になるけどね」

 

 「姉さん、痛いし苦しいよ」

 

 「ええい抱き着くな!」

 

 振り返ってよしよしと慰めるように風の頭を撫でながら言う楓さんの意見に私も腕を組みながら乗っかり、感動したように風は私達の首に手を回して抱き寄せてきた。楓さんは苦笑いのまま首に回る風の手を掴んで苦しいと言い、私も振り払うことこそないけどそう叫ぶ。こいつ力強いのよ。

 

 そんな私達を見て、他の5人はくすくすと楽しげに笑っていた。私達3人も、なんだか可笑しくなってくすくす笑う。そんな中、私は内心安堵していた。

 

 

 

 (私だっていうのは……気付いてないみたいね)

 

 

 

 風が感じていた視線の主……それは私。と言うのも、別に監視だとか惚れて見ていただとかそういう事ではない。言わば、観察。風だけではなく、勇者部の部員達が改めてどういう人間か……私は、それを確かめる為に見ていたのだ。

 

 例えば風。勇者部部長の風は讃州中学3年の最年長。性格はよく言えば豪胆、悪く言えば大雑把。軽いノリでちゃらんぽらんかと思えばその実結構な苦労人。面倒見が良いのは、その苦労から培われたモノって訳だ。

 

 面倒見の良さも、苦労人っぷりも今なら私もよく理解出来る。あの時の大赦と神樹様への怒りも、家族と私達勇者を大事に思うが故。その気持ちは……結構嬉しい。

 

 (後、女子力女子力うるさい。ついでに大食い。無駄に力強い。料理は美味し……今の無し、今の無し)

 

 次は友奈。最初こそその明るさと強引なまでに近付いてくるのが鬱陶しいとも勇者としての自覚が足りないとも思ったけれど……勇者部を自分の居場所と思える今ではその明るさと強引さに感謝してる。

 

 根性もあるし、勇者部の依頼の猫の飼い主探しでは最後まで諦めずに半日以上歩き続けて捌ききった。諦めの悪さや最悪の状況でも前を向く姿勢は、見習うべきかしらね。

 

 (後、最近は楓さんの近くによく居る。彼の側に居ると笑顔がキラキラしてるように見えるから不思議よね……まあ、その方がらしいけど)

 

 次は東郷。見た目は大和撫子で冷静沈着……かと思えば勇者部メンバーで恐らく最も何をするのかわからない爆弾。そのクセ多才かつ優秀なので対応や扱いに困る。

 

 しかもこいつ、私が敬意を持っている先代勇者の1人であることが発覚。いや、敬意を抱いてない訳ではないのだけど、口にするのは躊躇われる。自他共に認める程の国防魂を持っている。後、楓さんと友奈を見る目がたまに危ない。

 

 (こないだも“3人でも……私は別に側し……”とか言ってたし。いや、意味はよくわからないけど)

 

 次は樹。小動物みたいな見た目で気が弱いかと思えばこれが芯が強い子で家族思い。その思いや心の強さは、戦いを経て近くで見てきた。多分、この子が1番精神的に強い。それは認めざるを得ないのよね。

 

 よくタロット占いをしているところを見かけるけど、何かと死神を引いてる。ツッコミ気質。東郷からは“逸材”と言われ、何かと気にかけられている。

 

 (ただ、東郷みたいな国防国防言うような子にはならないで欲しいわね……東郷みたいなのがもう1人とか疲れるわ)

 

 最後は楓さん。勇者部の黒一点で恐らく、精神年齢は勇者部でも1番高い。基本的に朗らかに笑ってる。もしくは苦笑いしてる。ともすればお爺ちゃんみたいとも言える言動と雰囲気は安心感を覚える。私の中では怒らせると1番怖い。

 

 彼は友奈と同じように私が勇者部を居場所と思えるようになった要因。そして、1番私のイメージに近い先代勇者の1人。近くには大抵勇者部の誰かが居る。それは彼が勇者部の精神的な支柱でもあるから、かしらね。

 

 (意外にも風に匹敵、或いは凌駕する大食いなのよね……そんで園子、東郷のストッパー役。保育園や児童館の子供達からはお爺ちゃんって呼ばれてるのよね……見た目は男版風みたいなのに)

 

 「……ま、こんなもんか。園子と銀に関しては、まだよく分からない部分が多いし」

 

 今まで考えていたことが書かれたメモ帳をパタンと閉じる。あれから自宅へと帰ってきた私は、今まで勇者部部員達のことを思い返していた。それは大赦に報告する為……ではなく、来年に備えてのこと。

 

 来年になれば……風は卒業する。そうなった時、別のまとめ役……新しい部長が必要になる。私の中では次の部長は楓さんか……私が皆を引っ張っていくつもりで居る。このメモ帳に部員のことが書かれているのは、その為に改めて部員のことを把握する為。

 

 勇者部に来る依頼を面倒に思うこともなく、むしろ嬉々としてやってる部員達。無茶することも多くて、いつの間にか思い悩むこともあって、甘ちゃんばっかりで……なんて、最初の頃は思ってたのに。

 

 「今じゃ私も、その甘ちゃん達の仲間入りか……人生何があるかわかんないわー」

 

 思わずそう呟く。訓練ばかりしてた私が、勇者になることが全てだった私が、今では勇者部での時間が大切で……勇者部の奴らのことを、大切な仲間だなんて思ってる。

 

 にぼしを1つ齧る。思い浮かぶのは、友奈と楓さんの笑顔。私に勇者部という居場所をくれた2人。最初は私と距離を取ってたクセに、今じゃよく絡んでくる風。姉と兄が大好きな樹に、友奈と楓さん大好きな東郷。1番よくわからない園子に、どこか私と似たような感じがする銀。

 

 「……明日は、どんなことをするのかしらね」

 

 皆の顔を思い浮かべ、少しだけ明日のことを期待して……視界に入った、棚に飾ってある赤い折り鶴を見て、これをくれた児童館の女の子のことも思い出して……また、笑った。

 

 因みに、私が皆に視線を向けていたのは風以外の全員が気付いていたみたいで……翌日の部室で、なんで最近皆のことを見ていたのかと質問責めにあった。その際、園子の話術で部長のこととか皆を大切に思ってるとかも言ってしまい……その日は物凄く生暖かい優しい目で見られた。尚、楓さんは変わらない朗らかな笑顔で、友奈は私の言葉を聞いて盛大に嬉し泣きしていた。

 

 

 

 『三好君、最近機嫌が良いわね。勇者の子の1人の担当になったからかしら?』

 

 『ああ、安芸さん。そうですね、あの子とメールとは言え少しでも会話出来るのは嬉しいですから……いつか、面と向かって話したいものです』

 

 『大丈夫、人は変われるわ。考え方も、関係も……ね』

 

 『そうであることを願いますよ』

 

 

 

 

 

 

 「東郷さーん! 今度のお休み、予定あるかな?」

 

 「どうしたの? 友奈ちゃん。勿論空いてるけど」

 

 「良かったー。あのね、服を買いに行くんだけど……もし良かったら一緒に行ってくれないかな?」

 

 「えっ、あの、えっと」

 

 夏凜との出来事から数日後のとある日、部室にて友奈が美森にそう言った時のこと。その場には友奈と美森、そして園子しかおらず、他の面子は外に依頼に出ていた。

 

 服、との言葉が出たことで美森がどもる。その脳裏に浮かぶのは、2年前の出来事。銀、自分、そして楓が園子の家で色々と着せられた時のこと。チラリと隣に居る園子を見てみれば、案の定彼女は目を爛々と光らせていた。

 

 

 

 「そういう事なら、私にお任せあれ~」

 

 

 

 「いらっしゃ~い! さあ、あがってあがって~」

 

 「お邪魔しまーす!」

 

 次の休日、友奈と美森は大橋にある園子の実家にやってきていた。園子曰く、実家なら衣装が沢山あるので色々と試着し、気に入った物があれば実際に店に買いにいこうということらしい。友奈がそんな園子にお願いしますと元気に言っている後ろで、美森は気になることがあった。

 

 「それはいいんだけど……どうして楓君達もここに?」

 

 「のこちゃんにお呼ばれされてねぇ。久々に来たねぇ、のこちゃんの家」

 

 「こんな女子力イベントに女子力王(アタシ)を呼ばないとは!」

 

 「私はちょっと興味が」

 

 「まあ……1人だけいかないってのも気分悪いし」

 

 「丁度あたしも実家に帰ってきててさ。なんか面白そうだったし、来ちゃった」

 

 美森の視線の先には、昨日話の場には居なかった私服姿の5人。それぞれ理由を述べるが、皆休日ということで特にやることもなかったのでこうしてやってきたのだ。

 

 「ところで園子。その、お前の両親は……」

 

 「2人とも居ないし、ちゃんと連絡してあるから大丈夫。それに……ずっとこのままじゃ、ダメだからね~」

 

 家に入る前、園子と銀がこっそりとそんな会話をしていた。そんなこんなで家の中に入り、衣装部屋へと向かう8人。部屋の前に来た際に2年前の悪夢……ファッションショーと女装が脳裏に浮かんだ楓と銀の足が止まるものの、他のメンバーに背中を押されて無慈悲にも入室する。

 

 「それじゃ、友奈に似合う服選んだら優勝ってことで!」

 

 「えっ!? あっ、負けないわよ! でも優勝ってなんのこと!?」

 

 「すっ、凄い量ですね……選ぶだけで大変そう……」

 

 「今度はあたしじゃなくて友奈、今度はあたしじゃなくて友奈……よし、選ぼう」

 

 部屋に入り、その服の多さに絶句すること数秒、直ぐ様行動に移したのは風。テンション高めに友奈に似合う服とやらを探しに行く彼女に少し遅れ、風の言にツッコミを入れつつ夏凜も探しに動く。

 

 樹は服の多さに慌てて目を回しつつも服を手にしては見比べ、銀は今回は自分ではないと己に言い聞かせた後に友奈の姿を見て動き出す。そんな4人の姿を見ながら、他の4人は座布団に座って美森が持ってきたぼた餅を食べていた。因みに、友奈だけ座布団が2枚であり、側に“本日の主役”と書かれた小さな立て札が置いてある。

 

 「念のために作ってきておいて良かったわ、楓君用の一口ぼた餅……はい、どうぞ」

 

 「ありがとねぇ、美森ちゃん……うん、やっぱり美森ちゃんのぼた餅は美味しいねぇ」

 

 「美味しいよねー。毎日食べたいくらい!」

 

 「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ。ところで、なんでそのっちは女中さんの格好を……?」

 

 「気分~♪ どう? カエっち。似合う?」

 

 「似合うよのこちゃん。可愛いねぇ」

 

 「えへへ~♪」

 

 和服にエプロン姿の園子を楓が誉めて本人が喜んだ後、園子は友奈にどういう服が良いのかと希望を聞く。しかし、当の本人は自分で選んだことは殆どなく、母親に選んでもらった物を今まで着ていたと言う。そして母親からつい先日、そろそろ自分で選んで買うようにと言われたのだとか。

 

 今着ているのは“かるしうむ”という文字の下に何かの魚の絵が描かれただけのシンプルなモノ。数少ない自分で選んだモノだそうだが、母親には呆れられたらしい。先日美森に同行を頼んだのも、彼女に選んで貰いつつ勉強しようと思っていたからだそうな。つまり、希望を聞かれてもよくわからないので答えようがない。

 

 「友奈ー、服合わせるからこっちおいで」

 

 「わー♪」

 

 「行ってらっしゃーい」

 

 「もう、皆で友奈ちゃんをオモチャにして……」

 

 「友奈は人気者だねぇ。今からどんな格好をしてくるのか楽しみだよ」

 

 「本当なら私だけで……いえ、楓君も誘って2人で楽しむのも……」

 

 「本音が漏れてるよわっしー」

 

 少しして、風がやってきて友奈を連れていった。今から皆に着せ替え人形にされるであろう友奈を思ってか、美森が少しムスッとする。その隣で、楓は皆が友奈に似合う服を探している様を見ながら朗らかに笑いつつ言った。

 

 彼の言葉を聞いてか聞かずか、美森はボソッとそう呟く。その脳裏には己を間に楓、友奈と並んで服屋を巡る姿が浮かんでいる。その呟きに、園子のぽやぽやとした笑みと共にツッコミが入る。

 

 「でも懐かしいわね、そのっちの家での衣装合わせ。銀と楓君を色々着飾って……皆で国防仮面の格好もして……」

 

 「自分は結構恥ずかしい記憶だけどねぇ……特に女装。国防仮面も中々恥ずかしかったけど……ところで美森ちゃん。そのカメラはいったいどこから……」

 

 「ミノさんもカエっちも可愛かったんよ~♪ その時の写真のデータ、パソコンにだーいじに保管してあるんだ~♪」

 

 「……銀ちゃんのだけだよね? 自分のは無いよね?」

 

 「……」

 

 「何か言ってくれないかねぇ……」

 

 美森はムスッとした顔を緩ませ、どこからともなくカメラを取り出して友奈の写真を取る準備をする。そうしつつ思い出を語る彼女に、楓も思い返しながら恥ずかしそうに頬を掻く。女装もコスプレも、彼には少々恥ずかしいのだ。

 

 楓が美森が取り出したカメラに疑問を溢した時、園子もまた思い出の感想を呟く。その際楓にとって聞き逃せない言葉が出てきたので追及するが、園子はふいっと顔を逸らす。そんな彼女に楓は苦笑いするものの、彼女が答えることはなかった。

 

 

 

 という訳で始まった友奈のファッションショー。衣装の中にあったから着てみたという白いスーツに大きな蝶ネクタイ姿の風が司会者のように開始の宣言をした後、衣装部屋の襖から出てきたのは樹プレゼン、ゆったりとした服装の森ガール風の友奈。

 

 「私の好みで申し訳ないんですけど……」

 

 「ま、まあまあね。悪くないんじゃない?」

 

 「うん、ゆったりした服装の友奈は新鮮だねぇ。可愛いねぇ」

 

 「そ、そうかな……えへへ」

 

 「わっしーも残像が出るくらい喜んでるよ~」

 

 「ああ、あの日の悪夢が甦るゾ……」

 

 「銀は何があったのよ……」

 

 友奈の格好におおーっという称賛の声が出る中で、プレゼンした樹が照れたように笑う。夏凜、楓が感想を述べると友奈も頭を掻きながら嬉しそうに笑い、園子が友奈の周囲を残像を生みながら動きつつ写真を撮る美森を微笑ましげに見ながらそう言い、銀は過去のファッションショーを思い出してげんなりとする。その姿に、風が苦笑いしていた。

 

 次のプレゼンは風。普段は元気一杯で活発な友奈だが、今は髪を下ろして花柄のカーディガンにフリルやリボンをあしらったワンピースというガーリッシュスタイルで大人しい雰囲気を醸し出している。案の定、美森は残像を出しながらパシャパシャと写真を撮っている。

 

 「大分雰囲気が変わるねぇ……流石姉さん。髪を下ろした友奈も可愛いねぇ」

 

 「そ、そう? 楓くんはどっちがいいと思う?」

 

 「うん? そうだねぇ……今のも良いけど、いつもの髪型の方が友奈らしいとは思うよ」

 

 「そっか……にへっ」

 

 「ブラボーなんだけど、犬吠埼家は誰主体で服を選んでるの?」

 

 「ええっと、私がいいなって思ったのはお姉ちゃんが既に買ってて……お兄ちゃんのは2人で選んでます。じゃないとお兄ちゃん、いつも1つか2つくらい上のサイズの服を着てますし」

 

 「何年樹と楓の姉をしてると思ってんのよ。因みに、アタシのは残った予算で適当に買ってるわ。可愛い弟と妹を着飾ってあげたいしね」

 

 (上のサイズ……だから袖が手の甲くらいまであるのか……)

 

 楓と友奈がぽやぽやとした雰囲気を作り出している中、園子が疑問に思ったのか樹に問うと苦笑しつつあっさり話す。その後、風も胸を張って自信満々に続けた。基本的に服に無頓着な楓は自分で服を買いに行くことが殆どない為、姉妹が色々と選んでいたらしい。

 

 尚、今の楓の服装は青いデニムに1つ上のサイズの白い長袖Tシャツというシンプルなモノであり、銀は疑問が解けたのかうんうんと頷いていた。

 

 「わ、私のはどうかしら?」

 

 次のプレゼンは夏凜。“かるしうむだぶる”と書かれた文字の下に何かの魚が2尾書かれた絵のTシャツにジャケット、ショートパンツといったカジュアル友奈。シャツの絵が問題なのか、それとも組み合わせが問題なのか、風は“お、おう”としか答えず、写真を撮る美森も先と比べて明らかに動きが少なかった。

 

 「カジュアル、っていうのかな? 動きやすそうで自分はいいと思うけどねぇ」

 

 「なんだかにぼっしーがいつも着てる服って感じかな~」

 

 「あっ、じゃあ夏凜ちゃんとお揃いだ! わーい♪」

 

 「え!? あ、そ、そうね……」

 

 「……ペアルック……? 友奈ちゃんと……?」

 

 「須美、なんか黒いのが出てる出てる」

 

 反応が微妙な数人に対し、服装の良し悪しがわからない楓はそうでもないらしく首を傾げながら不思議そうに呟く。その横で園子が感想を言うと、友奈は嬉しそうに夏凜に抱き付いた。当の本人は満更でも無さそうに顔を赤くし……それを見た美森が顔は笑顔で、その背後に何か真っ黒なモノが出てくる。そんな彼女を、銀が宥めていた。

 

 次は銀。彼女が選んだのは桃色のドレス。沢山の花があしらわれた帽子も被せ、どこにあったのか白い日傘を持った貴婦人友奈が現れた。これまた新鮮な友奈の姿に、美森の写真を撮る指も体も高速で動く。

 

 「お嬢様ゆーゆだ~♪」

 

 「ドレスも似合うねぇ……うん? どうしたんだい友奈」

 

 「う、動きにくくて……後、汚すのが怖いです」

 

 「あー、そこまで意識してなかった。悪い、友奈」

 

 が、友奈本人としては似合うか否かより動きにくさが目立ったらしい。また、他のと比べても明らかに高そうなドレスを汚すことの恐怖もあるらしく、銀には悪いと思いつつも早く脱ぎたいらしい。そこまで意識していなかったと、銀は苦笑いしつつ謝った。

 

 遂に真打ち登場! とニワトリの着ぐるみ姿……本人曰く、勝負服で現れた園子。彼女曰く、コンセプトは“長月”とのこと。

 

 「長月……9月? 季節じゃなくて9月限定なの?」

 

 「まあとりあえず見てみましょうか……って友奈が出てこないんだけど」

 

 「ゆーゆ? どうしたの~?」

 

 「園ちゃん……あの、楓くんが居るのにこの格好は流石に……」

 

 「大丈夫大丈夫、可愛いよゆーゆ。という訳でどーん♪」

 

 「わ、わわわっ!?」

 

 園子のコンセプトを聞いた美森が疑問符を浮かべるが、風がまあとりあえず見てみようと促し……肝心の着替えた友奈が襖から出てこないことに首を傾げる。他のメンバーも疑問に思いつつ、園子が中へと入るとそこに居たのは着替えたはいいものの恥ずかしそうにしている友奈。

 

 襖越しに聞こえる声曰く、楓が居ては恥ずかしいとのこと。いったいどんな服を着せたんだ……と2人を除く全員が思った後、園子が友奈の背中を押して部屋から出す。そうして出てきたのは……バニーガール姿の友奈であった。

 

 「バニーゆーゆで~す♪ バニーさん、いいよね~」

 

 「確かに可愛いけど……ちょっと刺激的だねぇ」

 

 「全く動じてないように見えるんですが楓さんや」

 

 「あううー……」

 

 「ぷはーっ!!」

 

 「東郷おおおおっ!?」

 

 「鼻血ってそんな風に出ましたっけ!?」

 

 「「出るよ(ゾ)?」」

 

 「なんで楓さんと銀は普通にしてるの!?」

 

 のほほんとしている園子とこれまたのほほんと感想を述べる楓、そんな彼に飽きれ顔でツッコむ銀。異性の、というか楓の前にバニーガール姿で出るのは流石の友奈も恥ずかしいのか、再び襖に隠れる。

 

 そんな彼女の姿に、美森が写真を撮りつつ上を向いて鼻血を噴水の如く噴き出していた。それを見た風、樹、夏凜が驚きと心配と疑問の声を上げるが、以前にも見たことがある楓、銀は肯定。そんな2人に、夏凜のツッコミが入るのだった。

 

 この後も園子のターンは続いた。B系友奈、ふわもこ姫系と続き、メンバーも可愛い可愛いと絶賛。美森の残像と使いきったフィルムがどんどん増えていく。

 

 「着ぐるみ~♪」

 

 「着ぐるみ!?」

 

 「でも似合ってます! 後、なんでお兄ちゃんまで着ぐるみ!?」

 

 「何故か自分の分まで持ってきてねぇ。折角だからって」

 

 「園子はいつの間にニワトリから赤ずきんに?」

 

 最後に、と出てきたのは猫、恐らくサンチョの着ぐるみを着た顔だけ出ている友奈だった。トレードマークの桜の花の髪飾りも猫の顔になっていて、恐ろしく似合っている。尚、すぐ近くで“かわい”と己から吹き出た鼻血でダイイングメッセージを残した美森が横たわっている。

 

 感想を述べた後、樹が園子の横に居る、何故か顔だけ出ている狼の着ぐるみを着てお茶を飲んでいる楓を指差す。これまた友奈同様、恐ろしく似合っていた。その横に居る園子もいつの間にかニワトリの着ぐるみから赤ずきんの格好へと着替えており、それを見た銀が不思議そうにしていた。

 

 その後も優勝者が決まることはなく、日が暮れるまで友奈は楓、美森を除いた5人の着せ替え人形となっていた。尚、最終的に優勝者は友奈の好みの服を選んだ美森となった。因みに、何故最初から選ばなかったのかと風に聞かれた美森は……。

 

 「楽しんでる所に水を差すのも野暮でしょ? ……まあそれは建前で、最後に美味しいとこだけ持っていければいいかなって。色んな格好の友奈ちゃんも見れたし♪」

 

 とハッキリと言い切った。にっこりと微笑む美森はいっそ清々しかったとは楓、友奈、園子を除くメンバーの総意である。

 

 

 

 

 

 

 「結局、楓君は選ばなかったわね」

 

 「服の良し悪しは分からなくてねぇ……」

 

 「楓くんにも選んで欲しかったなー。もし選ぶとしたらどんな服を選んでたの?」

 

 「そうだねぇ……自分が着てるような大きめのゆったりした服かな」

 

 「それはそれで見てみたかったかも~」

 

 大橋から讃州市へと帰る電車の中で、美森、楓、友奈、園子の4人はそんな会話をしていた。銀は大橋の実家に戻り、風、樹、夏凜の3人は服を選び疲れたのか座席に風を中心に樹と夏凜が左右に座り、その肩に寄り添うようにして眠っている。因みに、4人は右から美森、友奈、楓、園子の順番で座っている。

 

 ふと、友奈は美森が膝の上に置いている紙袋から覗いている、ぼた餅が入っていた重箱とは別の何か……白い袋が目についた。

 

 「東郷さん。それなーに? 来る時はもってなかったと思うけど」

 

 「これはね」

 

 

 

 『……ねえそのっち。この服、譲ってもらえないかしら?』

 

 『いいよ~♪ その服はわっしーが1番良く似合うと思うしね~』

 

 『ありがとう、そのっち』

 

 

 

 「思い出の服、かな」

 

 「思い出の服? どんなの?」

 

 「今は内緒。いつか見せてあげるわね」

 

 「楽しみにしてるね!」

 

 (思い出の服ってもしかして……アレかい?)

 

 (うん、アレ。サイズは今のわっしーに合わせてあるんだ~)

 

 大切そうにその紙袋を抱き抱える美森。その顔に浮かぶ優しい笑顔を見て、友奈は楽しみだと同じように笑った。その服の正体に気付いた楓は園子に確認を取り、答えがあっていたことでこちらも微笑ましげに笑う2人を見ていた。

 

 そんな、平和な1日の出来事。 




原作との相違点

・夏凜のメールを送る担当が変更

・夏凜の家に園子と友奈が不法侵入しない

・友奈のファッションショーに銀参加

・バニーガールで恥ずかしがる友奈

・赤ずきんの格好をする園子



という訳で、またまた勇者部所属ぷにっと時空のお話でした。詳しい友奈の格好は自分で買って見てください。私の語彙力ではこの表現が限界でした……個人的にガーリッシュ友奈が好きです←

次回もまたほのぼの予定です。その後は本編か、それとも番外編か……悩みますな。いい加減勇者の章入れとも思われてそうですが。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 3 ー

お待たせしました(´ω`) 前回よりは早く投稿出来ましたが、それでも最初の頃に比べれば遅くなりましたね……お待ちしている皆様、申し訳ありません。

ゆゆゆいイベントが重なって辛い。たかぐんの背景は絶対取りたい。尊い……ランイベは何とか超級まで星全部取れました。

突然ですが、エガオノキミヘ、1番の歌詞に須美、銀、園子の名前が入っていてとても素晴らしい曲ですよね。どこかに“かえで”か“しんじ”って入れられないかな……楓は無理そう←

今回もほのぼの空間。安心して見てください……ね(不穏

あ、後書きにまたアンケートです。


 今日は身体測定の日。この日の為に私はお姉ちゃんが作る私の好物の料理の誘惑に頑張って耐え……一口だけならと思って食べて我慢出来なくなってやっぱり全部食べちゃったけど……お菓子だって控え……東郷先輩のぼた餅をお兄ちゃんから少し食べさせてもらったりしたけど……そして今、私の手には結果が書かれた紙がある。

 

 大丈夫、大丈夫……と何度も自分に言い聞かせる。近くで友達が一喜一憂してるのを見て、ちょっと怖くなる。だけど、いつまでも逃げている訳にはいかない。いざ……! そう気合いを入れて紙を開き、身長、体重、スリーサイズと目を通す。

 

 

 

 「ぴゃー」

 

 

 

 そして、地獄を見た。ついでに変な声も出た。

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……」

 

 「あれ? 樹ちゃんだ。やほー♪」

 

 「あひゃああああっ!?」

 

 身体測定表を手に暗い顔をしながら廊下を歩いているのは樹。どうやら彼女にとって散々な結果に終わったらしい。

 

 そうして歩いていると、友奈と美森とばったり会った。完全に不意を突かれた樹はビクッと両手を上げ、その口から悲鳴が上がる。その様子に、そこまでびっくりしなくても……と2人の顔に苦笑いが浮かぶ。

 

 「あ、ああ……すみませんっ! 私のことは忘れてください!!」

 

 「樹ちゃん!? いきなりどうしたの!?」

 

 「その台詞、何か変だよ!?」

 

 突然妙なことを口走り、2人の横を通り過ぎる樹。彼女の行動に2人はびっくりして通り過ぎた樹の方を向くと……そこにはぽってこぽってこ、と重低音の足音を立てながら逃げ去る彼女の姿。しかし、その速度は遅かった。

 

 様子が変なことを心配した友奈と美森にあっさり捕まり、途中で夏凜、園子、銀と合流し、校舎と旧校舎の間にある人気のない渡り廊下、その外れに移動した6人。そして友奈が樹にどうしたのかと聞いたところ。

 

 「えーっ!? 太った!?」

 

 「しーっ! 声が大きいです!」

 

 「太ったって……見た目は別に変わんないじゃん」

 

 「そうね、気にしすぎじゃないの?」

 

 友奈が思わず大きな声を出してしまい、樹が直ぐに注意する。太った、と言われたのでじっと彼女の体を見てみる5人。しかし銀は首を傾げながらそう言い、夏凜も腕を組みながらそう続ける。言葉にはしないが、他の3人も同意見であった。

 

 しかし、樹は溜め息を吐きながら身体測定が酷い有り様だったと告げる。具体的な数値は出さないが、前回よりも……まあ酷かったと。

 

 「私、顔とかには出ないんですけど……」

 

 そう言った彼女の手が自身の胸に触れ、すっと垂直に落ち、ぽこっと腹の部分で少し手が動く。片手で行ったそれを両手で行い、その度にすっぽこすっぽこと悲しい動作が起きる。しまいにはぽろぽろと樹の両目から小粒の涙まで溢れる始末。

 

 「……なんで(こっち)に来ないんだろう」

 

 【(かける言葉が見つからない……っ! ……あっ)】

 

 友奈は涙する樹に貰い泣きしてしまい、4人は何も言葉にすることが出来ない。というか、言葉が見つからない。平均かそれ以上に胸がある彼女達が言ったとしても、それは樹の心を深く傷付けることになりかねないからだ。そんな考えの後、友奈を除く4人が何かに気付いたようにハッとする。

 

 胸の話題から逃れる為か、美森が何か原因に心当たりはないのかと聞いたところ、即座に姉だと返ってくる。曰く、毎日のように自分の好物を沢山作るのだと言う。

 

 「イッつん、もっと強く意思を持って~」

 

 「だから樹にも全部は食べないでいいって言ってるのにねぇ」

 

 「私もそうしたいのは山々だけど、お姉ちゃんが凄く悲しい顔をするし……ん?」

 

 園子がぽやぽやと笑いながら言う隣で苦笑いしながらそう言う楓。樹としても毎回量が多いし楓が風に量を控えてあげてと言ってくれるのでそうしたいのだが、残そうとするか量を減らそうとすれば風がしょんぼりと悲しげにするので何ともやりづらいのだ。

 

 そこまで言ったところで、樹がおや? と首を傾げる。さっきまでこの場に居なかった筈の人間が居たような……そう思って園子の方へと顔を向けると、そこには園子……と、その右隣にひらひらと樹に手を振っている楓の姿。

 

 「……お兄ちゃん……いつからそこに……?」

 

 「樹が泣き出した頃からかな。いきなり泣き出すから何事かと思えば……来ない方がよかったねぇ。ごめんね、樹」

 

 「気付いてなかったのか樹……」

 

 「あれ!? 楓くんいつの間に!?」

 

 「友奈も気付いてなかったんかい!」

 

 「友奈ちゃんと樹ちゃんは渡り廊下から背中を向けていたから……気付かなくても無理はないわね」

 

 「でも同じように背中向けてた須美は驚かないのな?」

 

 「楓君と友奈ちゃんの気配は分かるもの」

 

 「わっしーはぶれないね~」

 

 カタカタと震えながら顔を真っ赤にして聞く樹に、楓は苦笑いのまま溜め息を吐く。彼としては泣く樹を勇者部の仲間達が慰めているように見えていたので何事かと近付いて樹の前へと回り込んでみれば、手には身体測定表、話題は食べ物や何かの原因。そして女性ばかりとくれば……察してしまった楓としては妹のデリケートな問題なので来てしまったことへの罪悪感が凄い。

 

 楓が来ていることに気付いていた銀は気付いていなかった樹に苦笑い。同じように気付いていなかった友奈が楓を見て驚愕の声を上げ、夏凜がツッコむ。そんな2人をフォローするように美森が右手の人差し指を頬に当てながら言い、2人と同じように背を向けていたにも関わらず気付いていた美森に銀が問うと笑顔と共にそんな答えが返ってくる。それに対し、園子はぽやぽやとした笑顔で感想を溢した。

 

 因みに、楓が渡り廊下を歩いていたのは彼だけ体の関係で1人旧校舎で身体測定を受ける為に向かっていたからである。

 

 「風先輩ってあれだよね」

 

 「食べさせるの大好きさん~♪」

 

 「私の誕生日の時にもわざわざ作ってきたくらいだしね」

 

 「食べるのも大好きですけどね……食べるのも作るのも量が……」

 

 「楓はそれ、毎日食べてるんだよな。よく太らないな」

 

 「昔の名残でトレーニングを続けてるからかもねぇ」

 

 「楓君は昔から朝早くからしてたものね……それはそうと、作り手としたら風先輩の気持ちも分からなくはないのだけど。いっぱい食べてもらえると嬉しいもの」

 

 美森がぼた餅をよく作ってくるように、何かとお弁当やら炊き出しやらお祝いやらで勇者部の部員達にも料理を振る舞うことが多い風。新しく入った園子と銀も少し前に依頼の一環で料理を口にしていたので友奈と樹の言うことも理解出来る。

 

 樹と同じ食生活を送っているにも関わらず一見すれば細身の楓を見て銀が不思議そうにするが、楓の言葉を聞いて銀だけでなく先代勇者の3人が納得の表情を浮かべる。夏凜もそれを聞き、流石……と感嘆の息を漏らした。

 

 そんなこんなで話は進み、結果として放課後に有明浜にて少しでも運動して痩せようという結論になった。自分は居ない方がいいのでは? と楓が言うものの、園子が一緒に居たがったので同行することに。そう決まったところで、身体測定がまだだった2年生5人は樹と別れて自分達の身体測定へと向かうのだった。

 

 

 

 「樹ちゃん、一緒に頑張ろう!」

 

 「友奈ちゃん、ちょっと増えてたみたいで……」

 

 「あー……」

 

 「まだかい? のこちゃん、銀ちゃん」

 

 「もうちょっと~♪」

 

 「もう少し待ってやってくれ……」

 

 そして放課後、体操着に着替えて有明浜にやってきた7人。樹だけが頑張るのかと思いきや、そこには同じようにやる気満々な友奈の姿。どうやら彼女も少し増えていたらしい。そうした会話をしてる間、楓は何故か園子に両手で目隠しされ、銀に両耳を塞がれていた。友奈のプライバシーを守るための行動なのだろうが、悲しいかなこの状況の時点で楓は色々と悟ってしまっていた。言わないのは彼の優しさだろう。

 

 「私が見るからには半端は許さないわよ! 返事!」

 

 「「はっ、はい!」」

 

 「よろしい! まずは柔軟から! 始めっ!」

 

 「折角だから楓もやってみる?」

 

 「何もしないのも暇だからねぇ……やってみようか」

 

 夏凜がやる気を出して指示役となり、まずは2人に柔軟をさせる。折角なので、と楓も何故か一緒に運動することに。友奈は地べたに座り込んで足を目一杯開き、美森に背中を押してもらうとペタリと胸が地面に着く。

 

 「わあ、友奈ちゃん柔らかい」

 

 「それじゃあ自分も……っと」

 

 「おお……男の人でそんなに柔らかいの初めて見た」

 

 「柔軟は大事だったからねぇ」

 

 「楓くんも柔らかいねー」

 

 「本当にね」

 

 その左隣で、楓が同じように足を目一杯開いて地べたに座り、銀に背中を押されると友奈と同じように胸が地面に着く。勇者の訓練として武術を習ったり組手をしたりとしていた楓は、当然体の柔軟性を保つ為のストレッチや柔軟も念入りに行っている。その結果がこうした体の柔らかさであった。

 

 そうして4人がのほほんと会話をした後、肝心の樹はどうだと友奈の右隣で園子の手を借りて同じように柔軟をしている筈の樹へと視線を向ける。

 

 

 

 「ふぬ~~~~っ」

 

 

 

 そこには、真剣な顔をして体を倒そうと両手を前に突き出している……しかし、ほんの数センチだけしか体が前に倒れていない程かっちかちに体が硬い樹の姿。これには兄である楓も苦笑いしか浮かばない。

 

 「大丈夫だよイッつん。二の腕はぷにぷにして柔らかいから」

 

 「うわああああんっ!!」

 

 「こら園子、樹にトドメを刺すんじゃない」

 

 そんな悲しい出来事の後にランニングを始める樹と友奈。何故か友奈だけタイヤにロープで繋がっている状態で走らされている。これまた楓も折角なので、と2人と一緒に走ることになった為、並んで走っていた。

 

 「そういえば、風先輩っていつからそうなったのかな?」

 

 「ぜーっ……はーっ……ふぇ……?」

 

 (樹……体力も無いのか……)

 

 ふと、走りながら友奈がそんな疑問を口にした。友奈が言うには、出会った頃から風は食べさせるのが好きな人間だった。彼女の料理を初めて口にしたのは勇者部発足して直ぐの花見の時だが、その後も何かと作ってきては食べさせてくれてきた風。そうなったのは、いったいいつからなのかと。

 

 ぜはぜはと1人息も絶え絶えな樹は楓に今日何度目かの苦笑いをされているとも知らず、友奈の言葉からいつからだったかと考え……割と直ぐに思い出すことが出来た。

 

 風が料理を作るようになったのは、両親が死去し、まだ楓も戻ってきていない頃。勇者候補として風が大赦に行くようになり、どちらも料理なんて出来ない為に食事は専ら冷凍食品や出来合い物ばかり。例え電子レンジで温めたとしても、それは樹にとって冷たくて味気ないモノばかりで、それを独りで食べることもあって寂しい思いもした。

 

 だが、風はそんな樹の為にとなるべく大赦から早く帰ってきては料理を作るようになった。慣れない内は生焼けだったり焦げたりしていたが、それでも樹にとってはとても温かくて、美味しくて……お腹だけでなく、心まで満たしてくれるモノであった。そんな家族の笑顔を見るために、風は料理を作り続け……今の料理の腕がある。彼女が食べさせるのが好きなのは、樹の、家族の、誰かの笑顔を見たいが為なのだ。

 

 「だから……お姉ちゃんは、あのままでいいんです……ぜひっ……私の為に作ってくれたから……ぜひゅっ……だから、体重は、私が、頑張……うぶっ」

 

 「わー! ごめんね樹ちゃん! 走るのが終わってからでいいから、無理して今言わなくていいから!」

 

 「そんな状態でなければ、いい話だったのにねぇ……」

 

 そうした綺麗な思い出を走りながら喋り続けた樹。友奈だけでなく他の5人も黙って聞いていた為に止めることを忘れていたので、走るのと喋るので二重に体力を使っていた樹は今にも死にそうな表情で息も絶え絶えで走っていた。

 

 そんな風に必死になって痩せる為に運動をした後、帰宅した樹と楓を迎えたのは風が作った2人の沢山の好物達。一口だけなら、また明日からも頑張れば……そう言って食べながら嬉しいとも悲しいとも取れる表情を浮かべる樹を、楓はまた苦笑いして見ていた。

 

 

 

 

 

 

 そうして体重を減らそうと頑張ると決めた日から更に数日。友奈、樹、風の3人は部室にて大量のコンビニスイーツをテーブルの上に並べ、3人でもっちもっちもっちもっちと幸せそうに食べていた。こうして大量のお菓子があるのには、勿論理由がある。

 

 それは、新聞部の“新作コンビニスイーツ食べ比べ”記事作成の依頼であった。後に記事を作らなければならないとは言え、美味しいスイーツが新聞部の代金持ち、事実上食べ放題ということで幸せそうにしている。2人は体重云々は頭から抜け出ているだろう。

 

 「でもこんなに散らかしたらお兄ちゃんと東郷先輩に怒られますよ」

 

 「大丈夫よー、終わったらすぐ片付けるし、平気平気♪」

 

 どれだけ食べたのか、部室の隅に食べ終えたゴミが山と積まれている光景を見て樹が冷や汗をかく。基本的にニコニコとしている楓と美森だが、その分怒ると怖い。今は3人しかおらず他の5人は別の依頼に出ているが、この惨状を見られれば確実に怒られるだろう。それを危惧するが、風はお気楽そのもの。

 

 「そうそう、まずはお仕事を……」

 

 そこまで友奈が言った時、ゴミの山から“カサ……”と小さな、しかしはっきりと物音が聞こえた。なんだなんだと3人が顔を向けると……そこには、黒い“奴”の姿があった。

 

 「出たわね……」

 

 「うん……」

 

 「勢いのまま部室から逃げちゃいましたけど、どうしましょう風先輩……」

 

 “奴”の姿を見るなり全力で部室から逃げ出した3人。短い距離にも関わらずぜーはーぜーはーと息を切らしている辺り、精神的な余裕の無さが窺える。

 

 「この中で“アレ”が大丈夫な人ー? ……それでも勇者かい」

 

 と風が2人に聞くが、樹は最早懐かしいスケッチブックを取り出して“ぜーったい無理!”と書き、友奈は全力でいやイヤ嫌々と首を振る。呆れながらそう言った風だったが、友奈にじゃあ風はどうなのかと聞かれれば“女子だから無理”と死守したロールケーキを食べながら即答。そんな説得力の無い姉の姿に、すかさず樹も“説得力皆無”だとツッコんだ。

 

 「誰か援軍を呼びましょう!」

 

 「グッドあいでぃーあっ! で、誰呼ぶ?」

 

 「お兄ちゃんと東郷先輩と園子さんは依頼で遠出中だし……」

 

 「夏凜ちゃんと銀ちゃんは有明浜でマテ貝採りのお手伝い中です!」

 

 「よし! なら夏凜と銀に連絡……」

 

 そこまで言ったところで、3人が同時に“あっ……”と溢す。思い出してしまったのだ……連絡手段であるスマホは部室の中に置き去りにしてしまった自分達のカバンの中であると。

 

 「じゃあ私、夏凜ちゃん達を呼んできます!」

 

 「逃がすかぁ!!」

 

 「ズルいですー!」

 

 2人を呼びに行くのを口実にその場から逃げ出そうとする友奈を姉妹が2人がかりで引き留める。流石の友奈も勇者に変身する前は普通の女の子としての力しかない為、2人を振り払うことは出来なかった。

 

 友奈を引き留めた後、風は何故か作戦会議をすると発言。何を会議するのかと友奈が聞けば、“奴”の呼び方(コードネーム)を決めるのだと言う。

 

 「それ必要?」

 

 「じゃあ普通に言う? ゴキ……って」

 

 思わず樹がツッコむが、風がそう聞けば2人は耳を塞いでまたいやイヤ嫌々と首を振る。“奴”の姿を見ることはおろか、名前すら聞くのも嫌なのだ。大半の人間はそうであろうが。

 

 「……で、これからどうするの?」

 

 「まっ、まずは偵察よ! 友奈、行くわよ!」

 

 「うぃすっ!」

 

 「「いざ、勇者合体!」」

 

 あれこれ話し合った結果、“奴”のコードネームは“ダークサイド”……縮めて“ダーさん”と呼ぶことになった。呼び方1つ決めたことでやり遂げた感を出す風だが、樹に聞かれたことでなんとか言葉を捻り出し……妙な台詞と謎のポーズをした後、風の肩に友奈が足を乗せて上の窓から部室の中を覗こうとする。

 

 「風先輩、もうちょっと右です右!」

 

 「うおおおお女子力パワー!」

 

 「それ、意味が被ってるよお姉ちゃん……」

 

 「……いや、何やってんのよあんたら」

 

 「マジで何やってんすか風さん達は……」

 

 そうして試行錯誤している途中、待望の2人が戻ってきた。それに気付いた友奈と風は直ぐに合体を解除し、樹と共に2人に近付いてかくかくしかじかと部室内の説明をする。

 

 ダークサイドだダーさんだと言われてもなんのこっちゃ分からんと疑問符を浮かべていた夏凜と銀だったが、説明を聞いていく内に銀はなるほどと首を縦に振り、夏凜の顔が青ざめていく。

 

 「まっ、まままままままままかせなさい! こ、こここんなのちょろ、ちょろろろろ!」

 

 「いやいやいやいや、無理してるの丸分かりだゾ夏凜さんや」

 

 「かかかか、完成型勇者に不可能はああああっ!!」

 

 明らかに怯えていた夏凜だったが、銀に心配そうに言われてプライドが刺激されたのか部室の中へと入っていく。その後ろ姿を4人が敬礼して送る……が、数秒後に中から夏凜の悲鳴が聞こえ、かと思えば中から扉が勢いよく開き、中から夏凜が扉を閉めつつ何故か両腕で顔をガードしながら飛び出してきた。

 

 夏凜はそのまま着地と同時に床を1度転がり、ズサーっと床を滑った後にビシッと決めポーズ。そのスタイリッシュな一連の動きに、友奈の心はがっちりと掴まれた。

 

 「やっぱ無理だったかー」

 

 「銀は平気なの?」

 

 「夢はお嫁さん、いつか素敵な主婦になる為日々修行中の三ノ輪 銀です! 黒いのの1匹や2匹、どうってことないですよ」

 

 「くっ、これが先代勇者……」

 

 「いや、先代勇者とかは関係ないかと……」

 

 よしよしとそう言って苦笑しながら夏凜の頭を撫でる銀。自分達と違って平気そうな銀を見て風が聞くと、銀は力瘤を作るように右手を曲げてニッと笑い、4人に手を振りながら部室へと入っていった。自分とは違うその姿に、夏凜が悔しげに呟き、近くで聞いた樹がツッコンだ。

 

 が、数秒後に同じように部室の中から銀の悲鳴が聞こえ、次の瞬間には勢いよく扉が開いて銀が大慌てで出て来て直ぐに強く扉を閉めた。ふぅ……と安堵の息を漏らす銀に、風と夏凜の微妙そうな視線が突き刺さる。

 

 「どした銀。あんなに自信満々だったのに」

 

 「いや、ダーさんが想定よりかなり大きかったんで……あの大きさは流石にNGです」

 

 「そうよ風、あんなに大きいなんて聞いてないわよ!」

 

 「え、そんな大きいの? ごめん、あたしら見つけた瞬間に出たからそこまで見てないのよ。でも2人でもダメか……くっ、このまま部室を乗っ取られたままでは……」

 

 「東郷さんに怒られちゃいますね……」

 

 どうやら銀が予想していたダーさんよりも遥かに大きかったらしく、大きさが彼女の許容を越えていたらしい。待望の2人が即座にギブアップという予定外の結果に、3人の顔も曇る。

 

 「なに? 東郷に怒られるって」

 

 「須美を怒らせるって何やったんすか風さん」

 

 「えーっと、お2人がまだ勇者部に居ない頃なんですけど」

 

 風と友奈の言葉に疑問を覚えた夏凜が不思議そうに、幾度となく怒られた記憶がある銀が恐ろしいモノを見るかのような視線を向けると樹がそう前置きをする。

 

 聞けば、樹が入部してから少しした頃、色々と依頼を請け負い過ぎて忙しかった際に部室を散らかしたまま放置していたことがあったらしい。楓と共に外の依頼から帰ってきてそれを見た美森は激怒し、原因となった風達を正座させたと言う。

 

 「1時間もね……次やったら括って吊るすと言われたわ」

 

 「おかんか」

 

 「楓はどうしてたんです?」

 

 「苦笑いしながらなんとか東郷をなだめてくれたわ……楓が居なかったら4時間コースだったわね」

 

 「厳しいおかんか」

 

 ちょっと涙目になりながらそう語る風。友奈と樹はその時のことを思い出しているのだろうか、頭を抱えて震えている。話を聞いた夏凜は冷や汗をかきつつツッコミ、銀は内心で“須美ならやりかねん……”と頬をひきつらせていた。

 

 しかし、いつまでもこのままでは埒があかない。友奈が自分達は勇者であると気合いを入れて4人も賛同して気合いを入れる。そして各々殺虫剤やらモップやらハリセンやらハエ叩きやらスリッパやらを手に部室の前に立つ。この突入で絶対に部室を取り戻す、そう強く誓った。主な理由は美森が怖いからなのだが。

 

 「友奈、お先にどうぞ!」

 

 「こ、ここは若い方から!」

 

 「せせ、先陣はやっぱり夏凜さんで!」

 

 「先代勇者の力を見せてもらうわよ、銀!」

 

 「いやいや、部長である風さんから先に!」

 

 

 

 

 

 

 「蔵のお片付け楽しかったね~」

 

 「ちょっと遊んじゃったけどねぇ……おはじきにあや取りにけん玉、懐かしいのが多かったねぇ」

 

 「楓君がけん玉が異常に上手かったのが驚いたわ……後、楽しかったけれど埃まみれで大変だったし……虫も出たし……」

 

 「美森ちゃんは虫が苦手だからねぇ。まさか押し倒されるとは」

 

 「わっしーだいた~ん♪」

 

 「あ、あれは、つい、その……というか、私が虫が苦手なの半分はそのっちのせいだからね?」

 

 「のこちゃんも後から乗ってきたりねぇ……2人が軽くてよかったよ」

 

 5人がバタバタとしている頃、楓、美森、園子の3人はとある好事家の家の蔵の片付けの依頼から学校に帰ってきていた。その依頼は美森が行きたがったモノであり、西暦の頃から存在する日本の昔ながらの玩具や書物、衣服等が沢山あり、片付けの最中に少し遊んだりして楽しみながら依頼をしていた。

 

 園子が見事なお手玉を披露したり楓がけん玉で様々な技をノーミスで繰り出したりと意外な一面を見た美森。途中で蜘蛛を見つけてしまい、反射的に逃げた方向に楓が居てそのまま押し倒してしまうというハプニングもあったが。自分だけ仲間外れのようで嫌だったのか、美森の上から園子まで乗ってきたりしたが。

 

 「まあ、部室なら虫は出ないと思うけれど……」

 

 「美森ちゃんが怒った日からいつも綺麗にしてるしねぇ……? なんだか中が騒がしいような……」

 

 「後でその話詳しく~。たっだいま~♪」

 

 そんな会話をしている内に部室の前まで辿り着いた3人。楓が部室の中からどったんばったんと騒々しいおとが聞こえることに疑問を覚えるが、気にせずに園子が扉を開けた。

 

 

 

 【あっ】

 

 

 

 瞬間、3人の目に入ってきたのは酷く散らかった部室。そして色々と道具を手に何やら暴れている5人。扉が開いたことに気付いた5人はそちらへと視線を向け、3人の姿を見て同時に声を漏らす。次の瞬間、美森の表情が怒りに染まった。

 

 「何をしているんですかああああっ!!」

 

 「えっ、あっ、3人共お帰りなさい!」

 

 「お帰りなさい、じゃありません! 友奈ちゃんや銀までこんなに散らかして! 全員その場に正座なさい!」

 

 「ご、ごめんなさいー……」

 

 「いや、まて須美! これには深い訳がだな!」

 

 「あっ! そっちにダーさん行った!」

 

 「東郷! 横よこ!」

 

 「言い訳は聞きませんし誤魔化されません! 大体横に何が……」

 

 怒り爆発。部室が揺れたのではないかという程の怒声に楓と園子以外の全員がビクーッと体を跳ねさせ、反射的に友奈と銀は正座する。しかし他の3人はダーさんとの格闘中であり、美森の言葉に従う訳にはいかない。

 

 そんな中、夏凜と風が美森の足下を見ながら指差す。それを演技か何かと思ったのか、美森は怒り収まらぬと一蹴。しかし念のためにと足下を見てみれば、そこには美森が大っ嫌いな虫、その中でも更に嫌いなダーさんの姿。

 

 「……」

 

 「おっとっと……」

 

 「ああっ、須美が気絶した!」

 

 「東郷さーんっ!?」

 

 美森、ダーさんを一目見て気絶。倒れる彼女を楓はすばやく抱き抱える。まさか気絶するとは思わなかった5人は直ぐに美森に近付いて介抱するのだった。因みにダーさんは園子の手によって部室から外へと出されている。

 

 気絶したショックからか、後程復活した美森は部室の散らかりようを見た記憶が曖昧になっており、気絶している間に7人がかりで何とか片付けたことで5人は正座とお叱りを免れることが出来たそうな。

 

 そんな、平和な日々の中のちょっとした騒動のお話。




原作との相違点

・樹が風が食べさせるの好きな理由を直ぐに思い出す

・走りながら過去語り

・ダーさんバスターズに銀参加



という訳で、またまたぷにっと時空でした。今回は擬音も多めに使っております。8人も居ると流石にセリフが増えますね。私はセリフよりも地の文を多めに書くタイプなのでちょっと違和感。でも書かないと仲間外れが出るし……悩ましい。

樹の“ぽってこ”で重低音とか書いてますが、これ原作で実際に書いてるんですよね← ぽってこやすっぽこを書けたので私は満足です(賽の目にされる

さて、これにてぷにっと時空……前日譚は終わりとなります。次回から本編はついに勇者の章へ……小便は済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備は……OK?(ズドン

でもその前に、前日譚終了記念番外編です。書くのは本編ゆゆゆい……のIF話。そう、あのルートのお話です。書くの今からすげー楽しみです←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー ESif ー

お待たせしました(´ω`) 前みたいな更新速度に戻らないなぁ……。

ゆゆゆいブライダルイベント、たかしー全く落ちてくれませんでした……ぐんちゃん直ぐ集まったのに←

fgoの呼符ではアシュヴァッターマンが、リリフレではssr楓(フー)が、デレステでは無料単発で唯が来てくれました。来てる……波が来てるぞ。これなら明日の魔王をお出迎え出来るのでは?←

それはさておき、アンケートにご協力ありがとうございます! 本編ゆゆゆい新士参加決定! どうしよう、既に3人程動きが読めないのが居るんですが(震え声

さて、注意事項です。ゆゆゆいネタバレ、独自解釈、独自設定、キャラ崩壊があります(今更感)。まだ花結いの章を見てない、クリアしてない人は注意を。

後半、スゲー筆が乗りました(キラキラ

今回は後書きに捕捉ありです。


 とある日のこと。8人揃って部活に勤しんでいた勇者部の面々は突然謎の発光を受けて目を閉じてしまい、再び目を開くと……何故か、もう来ないはずの樹海へとやってきていた。何故か楓、園子、銀の姿は無く、更にはバーテックスまで現れ、スマホにはもう存在しない筈の勇者アプリ。

 

 混乱する5人だったが、これまた突然聞こえてきた謎の声に従い、変身して戦って問題なく撃退。そうして樹海から元の空間へと戻ってきた5人は部室へと戻ってきており……そこには謎の声の主である上里 ひなたと居なくなっていた園子、銀の姿。

 

 【……あれ?】

 

 そこまで確認して、申し訳なさそうにしているひなた以外の全員がキョロキョロと辺りを見回す仕草をする。そうした後に友奈と園子がお互いに顔を見合わせる。

 

 「「園ちゃん(ゆーゆ)……楓くん(カエっち)はどこ?」」

 

 「……すみません。あなた達が探している人のことなんですが……」

 

 5人と2人はお互いにお互いの場所に楓が居ると思っていたらしい。しかし、どちら側にも彼の姿はない。不思議そうに、しかしその表情が次第に焦りへと変化していく。

 

 そんな7人に、ひなたが申し訳なさそうな表情そのままに割って入る。自己紹介もまだしていないので7人から“誰この人”という視線が向けられるが、彼女はそんなことは気にせずに話し始める。

 

 「後から詳しく説明しますが……あなた達を召還した際にとても強い力の横入りがあって……探している人は“造反神”に奪われた可能性が高いんです」

 

 【……造反神?】

 

 

 

 

 

 

 「……こういう時って、こう言えばいいのかな。神様、空から男の子がーって」

 

 神様が作り出した不思議な空間。それは来るべき天の神との戦いの為に演習を行う為の一種の箱庭。そこに私、赤嶺 友奈は過去、そして未来の勇者の人達に神様からの試練を与え、どっち付かずの中立の神達に人間の可能性を見せつけるというお役目を受けて召還された。私がやるべきお役目は文字通り、神様からの試練を彼女達に与え、成長させ、人間の可能性を見せ付けて中立の神達を納得させること。その為に色々と工作とかしないといけないんだけど……。

 

 今、私の目の前には1人の男の子が横たわっている。一応、この男の子の情報は神様からこう、ビビビーッと頭に直接送られてる。未来の、唯一の男の勇者。本来彼は私が試練を与えなければいけない側の勇者なんだけど……何故か、空から降ってきた。因みに、ここは神様が用意してくれた隠れ家の一軒家。まさか住み始めて1週間もせずに屋根に穴が空くとは。

 

 (屋根が壊れるって相当だよね……落ちたのがベッドの上じゃなかったら死んでたんじゃないかな)

 

 で、神様曰く……この男の子は私の助っ人兼個神的な意思で向こうから奪ってきたんだとか。とある1柱にかなり文句言われたらしいけど。色々と言いたいことはあるけど……取り敢えず、この男の子をどうにかしないと。

 

 「う……んん……?」

 

 「あ、起きた。体は大丈夫ー? あの屋根の穴は見える? あれ、君がやったんだよ? どかーんって」

 

 「……えーっと……屋根はごめんねぇ。体は……頭が痛いくらいで、動くのは大丈夫そうだねぇ」

 

 「そっかそっか。ところで、君の名前は?」

 

 そんなことを考えてると男の子が片手で頭を押さえながら起き上がった。結構頑丈なんだね……普通に答えが返ってきたし、こんな状況なのに結構落ち着いてるね。それに、何だか喋り方がお爺ちゃんっぽい。

 

 名前を聞いてみるけど、勿論知ってる。犬吠埼 楓くん。小学生の頃は雨野 新士。雨野……そういえば、そんな名前の黒に近いグレーな名家があったっけ……結局シラを切り通されちゃったけど。というかこの子、私の仲間になってくれるのかな。神様はちゃんと説明して奪ってきたんだろうか。そんなことを考えていると、彼が口を開いた。

 

 「名前……? 自分の名前……なんだっけ?」

 

 「え゛っ」

 

 「そもそもここはどこで、貴女は誰ですかねぇ……」

 

 「えーっと……私は赤嶺 友奈。君は犬吠埼 楓くんだけど……まさか、何も覚えてない?」

 

 これは所謂、記憶喪失という奴だろうか。ちょっと君、記憶を失くすの早すぎないかな。そういうのはもっと後の最後の最後くらいに……というかこれ、絶対神様のせいだよね。彼を強引に奪ってきたからだよね。えっ、どうしよう。ちょっと予想外のことが多くて処理しきれないよ……助けてレンち。

 

 「そうだねぇ、何一つ……いや、一般常識と勇者のこと。それから……覚えてる表情と言葉はある、か」

 

 「表情と言葉?」

 

 「うん。誰かが怖がってて、誰かが泣いてて、誰かが笑ってて……“自分が守る”、“自分が頑張る”って言葉、というか誓いだねぇ。その誰を、なのかは……ちょっとわからないけどねぇ」

 

 そう言って苦笑いする犬吠埼くん。そんな彼に、私はどんなカオをすればいいのか分からなかった。ただ、記憶を失っている筈なのに、それでも誰かを守るとか頑張るとかは覚えてる彼も紛れもなく勇者の1人なんだなーと思って。

 

 (……“守る”に“頑張る”、かー)

 

 記憶を失っても彼がそう思っている“誰か”のことを……少し、羨ましく思った。ところで、彼は住む場所はどうするんだろう。まさか一緒に住むなんて……え、神様本気? 記憶喪失の初対面の男の子と同居なんてちょっと私には難易度高いよ。

 

 

 

 

 

 

 「……あなた達は誰、ですか……? なんだかそのっちと銀に良く似た人が居ますけど……」

 

 「ここ、どこですか? あたし達、早く新士のところに行きたいんですけど」

 

 「……」

 

 あれから少し経ち、場所は勇者部部室。ひなたから説明を受けた7人は制圧されている場所の解放と共に楓の捜索も行っていた。そして幾つかの場所を解放した時、少し戻ったという神樹の力を使って過去の勇者達を新たに召還することになり……召還されたのは、小学生の時の先代勇者3人であった。そこには過去の楓……雨野 新士の姿はない。

 

 それ以外にも不審な点があった。それは、3人の表情が暗く、頭や頬にも包帯やガーゼがあって傷だらけだったこと。今の3人とはまるっきり様子が違い、更に傷だらけであることに勇者達も息を呑み、ひなたも狼狽える。

 

 「そんな、呼び出す時間軸がズレてる!?」

 

 「どういうこと? ひなちゃん」

 

 「本来なら、彼女達を呼び出す時間軸は遠足より1日から1週間程前となっていた筈なんです。ですが、これは……」

 

 「わっしー、ミノさん。もしかして、この子達の時間軸って……」

 

 「ええ……恐らく、遠足から1日経ってる時の私達ね」

 

 「じゃあ過去の楓が居ないのは……召還出来る状態じゃないからか」

 

 8人を不審者でも見るように警戒している須美と早くこの場から去りたいと顔に出ている銀(小)、2人の背に隠れて俯いて一言も喋らない園子(小)。その姿から、彼女達は楓が右腕を失うことになった遠足の日の戦い、その後の3人であることを理解する。本来なら遠足の前日の元気な、新士を含めた4人が召還される筈だったのだ。しかし、これも造反神に楓が奪われた影響か、最悪の時間軸から3人だけが召還されてしまったらしい。

 

 最悪の初対面となってしまった3人と8人。この後直ぐにひなたから世界ややるべきことの説明が入り、中学生の3人からの説明や思い出、中学生の楓の話等を振って何とか小学生組の心と表情を明るくしようと奮闘する。その甲斐あってか、小学生も何とか協力してくれることになった。3人の為にも、そして自分達の為にも楓を見つけ出す。そう再び決意する勇者部であった。

 

 

 

 

 

 

 「ただいまー」

 

 「お帰り、友奈ちゃん」

 

 あれからしばらく。結局一緒に住むことになった私達は思いの外上手くやれていた。神様の力を借りてあちこち飛び回って色々やってる私を、楓くんはいつも笑顔で送り出して、また笑顔で出迎えてくれる。最初はちょっと戸惑うこともあったけれど……今は、このやり取りが好きになってる。

 

 私の時代の勇者は、バーテックスじゃなくて専ら人間相手が殆ど。カルト集団のテロの鎮圧とかもやったし……色々と、人に言えないこともやった。勇者の力を持ってすれば、ただの人間なんてちょっと小突けば……何も()()()()なるしね。

 

 「ご飯出来てるよ」

 

 「お腹ペコペコだよー。今日はなにかな?」

 

 「友奈ちゃんが食べたがってた沖縄そばを作ってみたよ。本場の味とか知らないから、料理本を見ながらの自己流になっちゃったけどねぇ」

 

 「やった! ありがとう楓くん!」

 

 「おっと」

 

 楓くんの言葉が嬉しくて思わず抱き付く。すると彼は受け止めてくれて……あ、結構鍛えてるね。で、耳元で“お疲れ様”なんて言ってくれて、優しく抱き返してくれた。

 

 最初の頃、記憶喪失の彼をあまり手伝わせるのもどうかと思って、彼には留守番を頼んでた。でも彼は何もしていないことが嫌だったみたいで……何故か、家事をしてくれるようになった。始めて……記憶喪失だから当たり前か……だから最初は失敗してたんだけど、今ではすっかり主夫だよね。

 

 そんな生活が続いて、少しずつお互いのことも知って、今では名前で呼び合うようになった。朝に顔を合わせると“おはよう”って言って、私が家を出る時には“行ってらっしゃい”って言ってくれて、帰ってきたら“お帰り”と“お疲れ様”って労ってくれて、寝るときには“おやすみなさい”って手を振ってくれて……いつも、朗らかな、暖かい笑顔を見せてくれて。

 

 それは……私が“体験してきたこと”よりもずっと暖かくて、心地好くて。この暮らしがずっと続けばいいな、なんて思ってしまって。

 

 (……そんなこと、出来る筈ないのにね)

 

 この暮らしは、彼との関係は必ず終わる。終わらせなきゃいけない。それが彼の記憶が戻った時になるのか、それとも勇者の子達が試練に打ち勝った時になるのかは……わからないけれど。

 

 試練のこと、私の目的のことは既に話してある。説明は苦手だからちょっと苦労したけど。それに、向こうの勇者達が楓くんのことを探しているかも……とも、伝えてある。嘘をつくのは苦手だけど、必要とあれば嘘だってつく。でも勇者の子達ならともかく、仲間である彼には……つきたくなかった。だから本当のことを言ったんだけど。

 

 『今は友奈ちゃんに自分以外の仲間は居ないんだろう? だったら、自分くらいは君の仲間でもいいんじゃないかねぇ。自分のことを探してくれている人達には悪いけど、ね』

 

 そう言ってくれたことは、嬉しかった。でも、記憶が戻ったら……そう思うと、怖い。この生活を、この暖かさを知った今では……また、前みたい1人に戻るのが……怖い。

 

 でもその時が来たら……私は、神様には悪いけど彼を返すつもり。試練を与える私がこの世界をずっと望む訳にはいかないから。そう思ってしまうくらいに……私は、楓くんという存在に依存し始めていることに気付いていた。

 

 (早く試練に打ち勝ってね。あなた達の為にも)

 

 そして、本当に抜け出せなくなりそうな……私の為にも。

 

 

 

 

 

 

 香川県が勇者の子達に奪還され、その子達が愛媛へとやってきた時に私は始めて肉眼でその姿を見た。思ったよりも奪還の速度が早い。それは私にとって都合がいいのか……それとも、悪いのか。ただ、今後は私が直接彼女達とぶつかることになるだろうから……楓くんの力も、そろそろ本格的に借りることになる。

 

 「ばぁーん。みんな、はじめましてだね」

 

 「「3人目!?」」

 

 「どうだろうね?」

 

 そして、愛媛での戦いの時に私は彼女達と樹海で直接会った。この戦いでは私は疑似バーテックス達に命令するだけ。後は、少し話をするだけ。私自身の自己紹介、そして私が造反神側の勇者であること。私は皆の……敵であること。そこまで説明して距離を離してまたバーテックスをぶつける。

 

 バーテックスはあっという間に全部倒された。凄いね、西暦の勇者も神世紀の勇者も皆強い。特に神世紀……コーハイの結城ちゃんとその仲間達の勢いが凄い。鬼気迫る、って感じかな。小学生の子達も侮れない。理由は……まあ、分かってるんだけどね。

 

 「赤嶺ちゃんが造反神側の勇者なら教えて! 楓くんは……そっちに居るの!?」

 

 追い付いてきた皆とまた色々と問答を交わした後、結城ちゃんが必死な声と必死な顔でそう聞いてきた。それもそうだよね、彼女達はずっと探し続けていたんだから。教えてあげるべきだよね……元々、そのつもりだったし。

 

 「さあ……どうだろうね?」

 

 「あっ、ま、待って!」

 

 なのに、私の口から出てきたのはそんな言葉だった。これには私自身がびっくりしてる。“居るよ”と、その一言を言うだけなのに……何故か、その一言を言うことを、彼の居場所を明かすことを拒否した。拒否して……逃げるように、そこから去った。 

 

 私と楓くんは造反神の力であちこちに直接ワープ出来る。だから、距離の問題はない。いつでもどこでも望んだ場所に直接行ける。例え彼女達が捕まえようとしてきても、絶対に捕まることはない。それが分かっているから、直接彼女達の本拠地にも行ける。この後はそうするつもりだった……けど今私は、隠れ家に帰ってきている。

 

 「おや、お帰り友奈ちゃん」

 

 「……楓くん。さっき、君を探している人達と会ってきたよ」

 

 「……そっか」

 

 「今から、彼女達の本拠地に直接向かうつもりなんだ……他にも見ておきたい人も居るしね。だから……楓くんも、一緒に行かない?」

 

 いつもみたいに出迎えてくれた楓くん。彼の顔を見て、結城ちゃん達の顔を思い出して、胸が苦しくなる。彼女達に会ってきたと言えば、彼は目を閉じて一言そう呟く。今、楓くんは何を思っているのか……私にはわからないけど。

 

 一緒に行かないか聞いたのは、私がまた誤魔化すかもしれなかったから。楓くんの居場所を、この暮らしを、あの子達に秘密にしておきたいと思ってしまうから。そんなこと、思っちゃいけない。私がそれを望んじゃいけない。何度もそう自分に言い聞かせた。

 

 楓くんは……少しして、頷いた。

 

 

 

 「みんなー。もしかして私の噂をしていたのかな? どうも、赤嶺 友奈です。それから……探してる人も連れてきたよー」

 

 「はじめまして、造反神側の勇者の犬吠埼 楓です。記憶喪失中だけど、友奈ちゃん共々よろしくねぇ」

 

 「……えっ……?」

 

 本拠地で丁度私の話をしてる皆の所に、楓くんと一緒に直接飛んできた私。改めて見ると、西暦の勇者も神世紀の勇者も勢揃いで壮観だね。そんな私の隣で、私服姿の楓くんが朗らかな笑みとそんな言葉と共に皆に向かって手を振る。そんな彼を見て……神世紀組の10人が絶句してた。

 

 いや、正直私もここまで大っぴらに言うとは思ってなかったんだよ? しかも笑いながら。どうしよう、また予想外のことが起きて困るんだけど。もしかしたら楓くんはこのまま皆の所に……という私の心配を返して欲しいなぁ。

 

 「楓、くん……はじめましてって……記憶喪失って……え?」

 

 「赤嶺……あんた、楓に何したの!?」

 

 「私じゃないよ? 造反神が楓くんをそっちから奪ってきたのは知ってるよね?」

 

 「ひなタンからは……そう聞いてるよ」

 

 「そのせいかな? 楓くん、空から降ってきたんだよ。家の屋根をどかーんって突き破って。そのショックで記憶がぽろっといっちゃったみたいで」

 

 「そんな……」

 

 結城ちゃんが信じられないって顔して、楓くんに良く似た女の子……確か、風さんが私に怒鳴ってくるけど、記憶に関しては私のせいじゃないんだよね。中学生の園子ちゃんは私を睨み付けながら頷いたから、私もちゃんと説明する。本当に衝撃的な出会いだったなー、なんて思い出してつい笑っちゃう。

 

 そう説明すると、結城ちゃんの隣に居る……確か、東郷さん? が絶望したような顔で崩れ落ちて、同じように結城ちゃんも崩れ落ちた。確かに記憶喪失は辛いだろうけれど、そこまでかな……? この時の私と西暦組の皆は、彼女達にとって“忘れられる”ということがどれだけ怖いことか知らなかったんだけどね。

 

 「……大きい、アマっち」

 

 「この人が、中学生の新士君……」

 

 「こんなに背が伸びるんだな……あれ? 右腕がある!?」

 

 「「えっ? あっ!?」」

 

 「おっとっと」

 

 「ナーイス小学生の皆! そのまま押さえてて! 皆も結城っち達もほら、今はこの子達を捕まえるよ!」

 

 「およよ、私も?」

 

 皆が結城ちゃん達に目が行ってる中、小学生組の子達はボーッと楓くんを見てた。で、急にそんなことを言い出したかと思えば……楓にしがみついていた。彼もそれを受け止めて……なんだろう、胸がムカムカする。そんなことを思ってたら、私も他の勇者の子達に捕まえられた。楓くんも結城ちゃん達以外の子達にしがみつかれてる。

 

 「やっと、やっと見つけたんだ! 絶対離さないゾ!」

 

 「カエっちが忘れても、また思い出させるから! もう離れるのは、嫌だから!」

 

 「……うん、こんなに自分を思ってくれてる人達がいたんだねぇ……嬉しいねぇ」

 

 「私は今は戦う気はないんだけどなぁ……楓くん、君は……その、このままここに居ても……」

 

 「でも、ごめんねぇ」

 

 「……お兄ちゃん……? っきゃあ!?」

 

 中学生の銀って子と園子ちゃんが必死に楓くんにしがみつく。楓くんは、今自分にしがみついている子達に優しい顔で笑いかけてた……嬉しそうに。もしかしたら、彼はこのまま……それでも、いい。寂しいけど、それでも。それが、君が選んだことなら。

 

 だけど、彼はそう呟いて……瞬間、彼の周りに突風が吹き荒れる。これは私達が移動する時、そして移動してきた時に発生する造反神の力の片鱗。つまり……楓くんは、ここから移動しようとしてる。

 

 「っ、また吹き荒ぶ風!?」

 

 「友奈ちゃん」

 

 「えっ? あ……」

 

 「じゃあね、皆。またどこかで、ねぇ」

 

 急に吹いた風のせいで彼にしがみついていた子達が離れる。そうして身動き出来るようになった彼は私の手を握って……私達は、自分達の隠れ家へと移動した。

 

 

 

 「……良かったの? あんなに求められてたのに」

 

 少しして着替えた私は、隠れ家のリビングで楓くんにそう聞いてみた。彼は優しい人だ、だからあんなに必死に求められたら……残ると思った。結城ちゃんだってあんなにショックを受けてて、楓くんはそれを見てて……だから、残るって、そう思ってたのに。それでもいいって、思ってたのに。

 

 「残ろうとは思わなかった……とは言わないよ。あんなに必死で、泣きそうなあの子達を見て……なにも思わない筈がないじゃないか」

 

 「なら、どうして」

 

 「言っただろう? “自分くらいは君の仲間でもいいんじゃないか”ってね」

 

 「……うん。言ってくれたね」

 

 「自分が向こうに残れば、友奈ちゃんは1人になっちゃうからねぇ。それに、奪われた……まあ誘拐されたみたいなもんだけど、自分は一応造反神側の勇者だからねぇ。後は……自分は結構気に入ってるんだよ。君との暮らし」

 

 「……そっか。私も気に入ってるよ、楓くんとの暮らし」

 

 「だから、これからもよろしくねぇ」

 

 「……うん!」

 

 彼の笑顔が、胸を打つ。彼の言葉が、胸に染み渡る。嬉しいって、その気持ちでいっぱいになる。私とおんなじ気持ちなんだって分かって……もう、言葉にならなくなる。嬉しい以外に言葉が見つからないよ。

 

 そうしてお互いに笑いあって、楓くんの以前よりも更に美味しくなったご飯を食べて、またこれからもよろしくって笑いあって……お休みって言い合った後に自分の部屋に戻った私は、ベッドの上に飛び込んだ。

 

 

 

 「……あはっ♪」

 

 

 

 選んでくれた。あの子達よりも私を選んでくれた。あの子達との過去よりも私との今を選んでくれた。あの子達の元へ帰るよりも私との生活を選んでくれた! 結城 友奈(コーハイ)よりも赤嶺 友奈(わたし)を選んでくれた!!

 

 私は君達の元に戻そうとしたんだよ? 我慢して、寂しいって思って、それでもって。でも仕方ないよね、彼は私を選んでくれたんだから。例えそれが優しさからでもいい。1人になる私を哀れんだからでも構わない。こちら側の目的を知ってて造反神側の勇者として動くからでも問題はない。大事なことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことなんだから。

 

 この幸せがまだ続く。そうだよ、私にとってこの暮らしは“幸せ”なんだ。もう“戻そう”と思わない。もう“我慢しよう”と思わない。だって戻さなくていいんだから。我慢しなくていいんだから。

 

 この先、私は彼女達と何度もぶつかる。きっとその度に“楓くんを返して”って言ってくる。その度に私は言い返せる。“彼がこっちに居ることを選んだんだ”って、笑いながら言える。それが真実で、それが現実。彼女達がどれだけ否定しても覆らない。きっと彼が覆さない。

 

 タガが外れたってこんな状態のことを言うんだよね。幸せ過ぎて浮かれて降りてこられない。だってこの幸せがまだ続くんだから。またおはようって言えるんだ。また行ってきますって言ったら行ってらっしゃいって帰ってくるんだ。ただいまって言ったらあの笑顔とお帰りって言葉が出迎えてくれるんだ。そしてあの子達と戦う時には……彼が隣に居てくれるんだ。

 

 「ごめんね、結城ちゃん」

 

 でも楓くんが選んだんだから……私は悪くないもんね。

 

 

 

 

 

 

 その後、私の予想通りに何度も私達はぶつかりあって、その度に楓くんを返してって言われて……その度に、楓くんは自分で選んだんだからって言い返して、嘘だって否定されて、それを笑って流した。

 

 ぶつかる度に、彼女達は強くなっていた。何度か私自身危ない時もあったけど、その時には変身した楓くんが助けてくれた。過去に白い勇者(おねえさま)に救われた赤嶺の一族の私が、未来の白い勇者(かえでくん)に救われるなんて……あはっ、運命感じちゃうなぁ♪

 

 愛媛が奪還され、そして徳島を巡っていた頃、何度目かの戦いで遂に彼の記憶が戻った。あの子達は喜んだし、私は恐怖した。彼が戻ってくると、彼が離れていくと。でも、彼は残ってくれた。“自分は造反神側の勇者だから”って、また彼は私を選んでくれた!

 

 きっと、凄く悩んだんだよね。私とあの子達を天秤にかけて、それでも答えを出してくれた。私が本当の意味で彼女達と敵対していないのと、大人数でいる向こうより1人で居る私を優先してくれたんだと思うけど……それでも良かった。なのに今度はあっちは“洗脳してるんじゃ”なんて言ってくるんだから、失礼しちゃうよね。彼がどれだけ悩んだのかも知らないで。

 

 

 

 だから……ちょっと本気出すよ、結城ちゃん。

 

 

 

 「行くよ、赤嶺ちゃん!」

 

 徳島の土地を賭けた一騎討ち。その提案に乗ってくれた結城ちゃん達。彼女にはその後ろに居る仲間達から沢山応援が来てる……本来なら、私には無いもの。だけど。

 

 「頑張れ、友奈ちゃん」

 

 私にも1人だけ、応援してくれる人が居るんだよ。あなた達のことを思ってて、それでも私の所に居てくれる……たった1人の、百人力の応援をしてくれる人が。

 

 結城ちゃん、あなた達には可能性を見せて貰わないといけない。私に、試練に打ち勝って貰わないといけない。でもね……ちょっと、本気出すよ。洗脳とか言われたの……私、結構怒ってるんだ。

 

 「……行くよ、結城ちゃん」

 

 赤と黒と白で彩られた、造反神が作った私の勇者服。白は好きだよ、お姉様と楓くんの色だから。黒も好きだよ、あの子の綺麗な長い髪の色だから。でも……赤は嫌いだよ。それは私の手を、私の周りを染め上げる色だから。

 

 でも……ちょっと、その“赤”を見たくなった。何度も何度も彼の意思を聞いて、それでも“返して”なんて言ってくる結城ちゃんの“赤”を。現実に戻れば彼と共に居られる彼女の“赤色”を。この世界でしか得られない私の幸せを奪おうとする……あの子達の“アカイロ”を。

 

 だから私は……この一騎討ちでは言うつもりのなかった、私が()()()()()()()()お役目を行う時にいつも言う言葉(ルーティーン)を口にした。

 

 

 

 「――火色、舞うよ」

 

 

 

 さあ、試練(わたし)に打ち勝ってね……結城ちゃん。

 

 

 

 

 

 

 それは、勇者部と過去の勇者達が一同に集い、造反神の行動を阻止する為の戦い。そして、その中で起きた奇跡の邂逅を成した者達……その無償の優しさと深い愛情を受け、この世界でだけ得られる幸せに溺れてしまった少女と……溺れさせてしまった彼のもしもの話。




今回の捕捉

・小学生組の時間軸は遠足後。本編わすゆ10の病院に見舞いに行く前。その為、新士が入院中という扱いなので召還不可

・土地の奪還速度が原作よりも早い。これは楓が造反神に奪われた=奪われた土地のどこかに居る可能性が高い、という思考の為

・楓は赤嶺 友奈を目的を正しく理解しているし、最終的に記憶が消えることも赤嶺達に会えなくなることも理解している。

・後はイメージしろ。イメージするのは常に都合がいい展開だ



という訳で、リクエストの赤嶺ちゃんが楓に依存しているゆゆゆいのお話、楓記憶喪失敵対添えです。お納めください。あんまり修羅場にはならなかったですが、ご満足頂けたら幸いです。

この後どうなるのかは皆様でご想像ください。まあ、姉妹ifとかBEifよりは救いがあると思います。因みに、エネミーサイドイフと読みます。

さて、次回からは遂に、ようやく、やっと、勇者の章に入ります。虐めます。誰をとは言いませんがね←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 4 ー

お待たせしました(´ω`)

前回のESifもそれなりに評判だったようで何よりです。感想で何で病むん? と聞かれましたが、私にも分からん。病みとか書くの苦手なんですけどねぇ←

ふと勇者部の5人の中の人は他に何やってんだろうなと思い至り調べてみたら、マジで!?×5となりました。風は咲のあらたそ、樹はバンドリのミッシェル、夏凜はプリコネのドM(クウカ)、東郷さんはミルキィホームズのシャーロック、友奈はビルドダイバーズのサラ。声優ってすげぇ。クウカが一番ビックリしました←

DEifが各話PVでもうすぐ15000行きそう。皆さん好きですねぇ。

さて、今回から遂に……読んで下さる皆様には激辛麻婆、赤ワイン、そして胃薬を差し上げます。それでは、どうぞ。


 「おかしいなー、どこで落としたんだろう……」

 

 とある日、友奈は家に帰る途中で財布を落としたことに気付き、帰路を戻りながら探していた。探し始めた時は夕方だったがもうすっかり日は沈み、辺りは暗い。時間帯はともかく夜と言って差し支えない暗さな上に更に月が雲に隠れ、より財布の捜索が困難になったことで友奈の表情も暗くなる。

 

 

 

 「探し物はこれですか?」

 

 

 

 どうしよう、そう考えながらしゃがんで探していた友奈の前に誰かの手が差し出された。その手には友奈が探していた財布があり、彼女は思わず目を見開く。

 

 「あっ、こ、これです! ありがとうござい、ま……す?」

 

 ようやく見つかった財布を手に取り、嬉しくなった友奈は見付けてくれた恩人の顔を見ようと顔を上げ……丁度雲が通り過ぎて月が顔を出し、その下に照らされたその人物の姿を見てお礼の言葉が途中で止まる。

 

 「あの、あなたは……? あっ! せ、せめてお名前だけでも!」

 

 友奈の問いに答えることなく、その人物は背を向けて走り去っていく。その背に向かって友奈は手を伸ばし、恩人の名前だけでも教えてほしいと叫んだ。するとその人物は立ち止まり、振り返り……敬礼する。そして、微笑みと共に口を開いた。

 

 

 

 ― 私の名は国防仮面。憂国の戦士です ―

 

 

 

 「ってことがあってね!」

 

 「へ、へぇ……そうなんだ。優しい人で良かったねぇ」

 

 「うん! また会いたいなー」

 

 翌日の学校の教室にて、美森と共に登校してきた友奈は既に教室に居た楓を見るなりテンション高めにそんなことを話してきた。最初は普通にしていた楓だったが話を聞いていく内に口元をヒクつかせ、朗らかな笑みが苦笑いへと代わっていき……その視線が友奈、明後日の方を向いている美森へと交互に動く。

 

 楓は知っている、美森が以前園子から思い出の服……国防仮面の衣装を譲ってもらっていることを。と言うか、美森がその件の国防仮面本人であることを。しかし友奈はそのことに気付いていない様子であり、美森も隠しているように見受けられる。

 

 「……うん……きっと、また会えるよ」

 

 「うん! ありがとう楓くん!」

 

 「あはは……どういたしまして」

 

 「ホッ……」

 

 「おはよう、3人とも」

 

 「「「おはよう、夏凜ちゃん」」」

 

 それはまるで、特撮のヒーローを信じている純粋な子供のようで……その純粋な気持ちを裏切るような、夢を壊すようなことは楓には出来なかった。無邪気に喜ぶ友奈、その後ろでホッと安堵の息を漏らす美森、疲れたように笑う楓。その後に登校してきて挨拶を交わす夏凜と3人。そんな、朝の平和な風景。

 

 

 

 

 

 

 「え、須美ってばあの格好で外に出たの?」

 

 「みたいだねぇ。話を聞いた時は耳を疑ったよ」

 

 「わっしーは気に入ってたもんね~、国防仮面」

 

 「でもそれって変装だよな? なんで友奈の前に出るのにそんなことしたんだろ」

 

 「本当にねぇ……何か訳があるんだろうけど」

 

 その日の放課後、校内で運動部の助っ人の依頼を受けていた楓、銀、園子の3人は依頼を終えて部室へと戻りながら話していた。楓は体が戻って以来、こうして運動部の助っ人の依頼を受けられるようになった。元々体力や運動神経が良かった楓は今や運動系の依頼で友奈や風、夏凜と同様の人気を誇る。

 

 銀、園子も勇者の訓練を受けていたこともあり、同じように人気があるのだが……銀は料理や裁縫等の家庭科系、園子は勉強の依頼を受けることが多い。それはさておき、3人の会話の話題は楓から話し出した国防仮面のお話。3人の脳裏にはノリノリで名乗る国防仮面の衣装を着た美森の姿が浮かんでいた。

 

 疑問なのは、何故わざわざその格好で、更には正体を隠してまで友奈を助けたのかである。その意味がまるでわからない3人は首を傾げ、答えが出ないまま部室へと辿り着く。

 

 「乃木 園子、ただいま戻りました~♪」

 

 「同じく三ノ輪 銀、戻りました!」

 

 「ただいま、姉さん、樹……どうしたんだい? 2人してパソコンを覗き込んで」

 

 「あ、お兄ちゃん達……お帰りなさい」

 

 「お帰り楓、園子、銀。3人共、ちょーっとこっち来てこれ見てくれる?」

 

 「「「……?」」」

 

 3人が戻って来た部室には樹と風しか居なかった。パソコンの前の椅子に座る樹とその後ろに立つ風の2人は何故かパソコンの画面を凝視しており、難しそうな、複雑そうな顔をしていた。何事かと楓が聞けば、樹は苦笑いし、風は呆れ顔で3人を手招きする。

 

 手招きされるままにパソコンの前に来た3人は風と同じように樹の後ろへと回り、画面を覗き込む。その画面には、勇者部のサイトととある動画が映し出されており……3人の顔がそれぞれ驚愕、苦笑、微笑へと変わる。

 

 「国防仮面っていう、今(ちまた)で噂になってる謎のヒーローらしくて……」

 

 「再生すると、すんごい聞き覚えのある声がすんのよね……あと、この服の上からでも分かるメガロポリスにも見覚えあるわー」

 

 『国を守れと人が呼ぶ! 愛を守れと叫んでる! 憂国の戦士、国防仮面! 見参!!』

 

 苦笑い気味に樹が言い、ジト目で風が画面を見ながら呟く。樹が動画の再生ボタンをクリックして再生されれば、画面から3人にとって聞き覚えのある声とセリフが流れ出した。

 

 3人の脳裏に同時に甦る2年前の記憶。銀は腕を組んで天井を仰ぎ、園子は頬に手を当ててニコニコとし、楓は左手を額に当てて首を振る。3人の反応を見た姉妹は自分達の予想する国防仮面の正体が正しいことを悟り……5人はどうしたものかと各々考え出すのだった。

 

 

 

 「だ、誰かー! ひったくりよー!!」

 

 とある日の夕方。讃州市のとある場所で女性の甲高い声が響いた。その女性から走り去っていく、バイクのヘルメットを被って顔を隠し、女性からひったくったカバンを抱えて走る、体つきからして男が1人。

 

 「待てぇい!」

 

 「っ、誰だ!?」

 

 街中を走っていく男だったが、突然上からそんな声が聞こえたことで思わず立ち止まる。男が声がした方を見上げれば……そこには、夕日を背にどこかの家の塀の上に佇む、海軍将校の服を着て仮面で素顔を隠した謎の人物が居た。

 

 「国を守れと人が呼ぶ」

 

 いや、呼んでねぇ。思わず男が内心でそう呟くが、勿論そんな声は向こうには聞こえない。

 

 「愛を守れと叫んでる」

 

 いや、叫んでねぇ。思わず男が内心でそう呟くが、勿論そんな声は向こうには聞こえない。

 

 「憂国の戦士、国防仮面! 見参!! とうっ!!」

 

 「ぐほっ!?」

 

 男の心のツッコミは届かず、国防仮面はマントと仮面を結ぶリボン、そして長い黒髪を靡かせ……塀から跳躍。そしてそのまま男に飛び蹴りを浴びせた。男は避けられずに喰らい、地面へと倒れ込む。

 

 国防仮面はどこからか取り出した荒縄を使い、妙に慣れた手つきで男を縛り付ける。あまりの手際の良さに、男も縛られてからようやく自分が身動き出来ないことに気付いた。

 

 「確保!」

 

 「な、なんだと!?」

 

 【おー!】

 

 いつの間にか集まっていた野次馬達がみも……国防仮面の行動に称賛の拍手を送る。少しして、被害にあった女性も走ってやってきた。国防仮面は男が落としたカバンを持ち、女性へと手渡す。

 

 「あ、ありがとうございます! あの、あなたは……?」

 

 「私の名は国防仮面。人々が悪の脅威に晒された時、出来るだけ現れます」

 

 「出来るだけ……」

 

 ヒーローのような登場と行動をしておきながら妙に現実的な答えが返ってきて思わず女性はポカンとする。それでは、と国防仮面は手を振り、女性と野次馬に背を向けてその場から去ろうとする……その時、彼女の後ろから声がかかる。

 

 「ちょっとー、見つけたわよ東郷」

 

 「美森ちゃん……ちょっとこっちに来なさい」

 

 「ぁ……」

 

 声色からして呆れているのが分かる風の声と……普段よりも幾らかトーンの低い楓の声。国防仮面……美森がガクガクと震えながら振り向けば、そこには腕を組んでジト目をしている風と……にっこりと、しかしその背中に般若の面が幻視出来てしまう笑顔の楓の姿があった。

 

 そうして2人の手によって部室へと連行されてきた国防仮面の姿の美森。パイプ椅子に座らされ、周囲には友奈を除く私服姿の部員達6名。多くは呆れ顔やら困惑やらだが、彼女の正面に居る楓だけは珍しく怒った表情をしていた。

 

 「なんでその格好で……とかは、今は聞かないよ。なんで自分が怒ってるのか……分かるかい?」

 

 「……分かりません」

 

 「……自分が怒ってる理由はね、君が危ないことをしたからだ」

 

 勇者に変身出来ない以上、幾ら訓練を受けていたとは言えその身は普通の少女。力で大人に、それも大の男に勝てる訳がない。今回は上手くいったものの、もしも……ということもある。仮に相手が刃物、無いとは思うが拳銃等の武器を所持していたら。蹴りを避けられたら。他にも色々ある。

 

 因みにこの時、2人の見えない位置で夏凜が以前怒られたことを思い出して震え、風によしよしと背中を撫でられていた。

 

 「探し物だとか、誰かの手助けだとか……そういうのは良いよ。だけど、今回のようなことは出来るだけやめて欲しい……見つけた時、本当に心配したんだよ?」

 

 「あ……その……ごめん、なさい」

 

 「わかってくれたなら、いいよ」

 

 パイプ椅子に座る東郷の前で体を屈めて目線を合わせ、悲しげな表情を見せる楓。男に飛び蹴りを浴びせた彼女を見た時、彼は酷く肝が冷えた。先のような可能性が無くはないのだ、心配しない訳がない。まして彼女は楓にとっても大切な仲間であり、ただの友達以上の存在。怒るのも仕方ないと言えるだろう。

 

 その心配は、その思いは正面に居る美森も、周囲に居る部員にも伝わった。怒られ、悲しませてしまった立場ではあるが……美森は、そこまで思ってくれる、こうして怒り、心配してくれることが嬉しいと思う。だから素直に、そして心から謝った。それを楓は……笑って、受け入れた。

 

 「……さて、楓のお叱りも済んだことだし、東郷には色々聞きたいこともあるんだけどねぇ」

 

 「本当ですね……何から聞いていいのかわからんくらいに」

 

 部室内の空気も和らぎ、楓も体勢を直して離れた所で、風と銀が腕を組みながらうんうんと頷きながら難しい顔をする。そんな時、部室の扉が勢いよく開いた。

 

 「国防仮面さんが来てるの!?」

 

 「え、あ、友奈、さん」

 

 「わー、本当に居る! こないだはどうもありがとうございましたー♪」

 

 「あ、いえ、その」

 

 入ってきたのは友奈。東郷を見つけ、連行している途中で風から部員全員に国防仮面を部室に連れていく旨を連絡しているので彼女がここに来ることに不思議はない。

 

 国防仮面姿の美森を見つけると嬉しそうに笑い、近付いて両手を握りながらお礼を言う友奈。正体がバレない為になのか、美森も声を低くして対応する。

 

 「……? なんで友奈はこんなに喜んでんの?」

 

 「そう言えば……なんでかな?」

 

 「ああ、姉さんと樹には話してなかったか。友奈、前に財布を落として探してた時に国防仮面が現れて財布を見付けてくれたらしくてねぇ……」

 

 「「あー……なるほどねぇ……あ、ハモった」」

 

 「さっすが姉弟……おんなじ顔してるゾ」

 

 友奈のテンションの上がり方に疑問を覚えた風が呟き、樹が続く。部活やら用事やらで友奈が国防仮面に会っていたことを姉妹は知らなかったのだ。小声で会話する2人に、楓が苦笑いしながら説明すると2人も同じように苦笑いし、自分達の呟きが一言一句被ってくすくすと笑い、それを聞いていた楓も同じようにくすくす笑う。そんな3人を見ていた銀はほへーと感心していた。

 

 「なんだか国防仮面さんって話しやすいなー。なんでだろう?」

 

 「そりゃそうでしょうよ……」

 

 「ところで、なんで勇者部に?」

 

 「そ、それはだって……」

 

 友奈が笑いつつも不思議そうに首を傾げ、夏凜はその後ろで当たり前だろうと呟く。話しやすいも何もほぼ毎日会っている仲間なのだから。そんな彼女の呟きは聞こえていないのか、友奈が問い掛ける。すると美森は被っている帽子と着けている仮面に手を掛け……勢いよく取り去り、その素顔を晒した。

 

 「国防仮面は私なのよ! 友奈ちゃん!」

 

 「知ってるわよー……」

 

 「そ、そんな……国防仮面さんが東郷さんだったなんて……っ!」

 

 「マジかー……マジなのか友奈ー……」

 

 「ゆーゆは純粋なんだね~」

 

 叫ぶように言った美森の後に風の疲れたような声が響く。他のメンバーも同意していたが、唯一友奈だけは本気でビックリしていた。そんな彼女の姿に銀が右手で顔を覆いながら首を振り、園子がぽやぽやと笑った。

 

 「……で、東郷はなんでこんなことしてたのよ。というかどこから持ってきたその衣装」

 

 「それは、皆に申し訳なく思って……この衣装は、2年前にそのっちが用意してくれていたモノです」

 

 「皆で着たりもしたんだよ~。勿論カエっちも。その時の写真はスマホにあるよ? フーミン先輩」

 

 「後で見せなさい園子」

 

 (いつの間にスマホに移してたんだのこちゃん……)

 

 皆に申し訳ない。そうして始まったのは、美森の懺悔。散華によって失われていた両足と記憶。それらが戻って己の体が元気になり、楓と友奈も戻ってきたことで、美森は再び己の仕出かしたこと……壁の破壊や皆を攻撃したことについて罪悪感を抱いていた。

 

 記憶を失っていて真実を忘れ、その時の感情によって壁を破壊してしまった美森。そのせいで世界を危機に陥れ、皆も死なせようとしてしまった。それは決して許されないことであり、自分自身も許せないことであり……そして、どうにか償うことが出来ないかと必死に考えていた。

 

 そうして悩んでいた時に起きた友奈のファッションショー。そこで昔の思い出を振り返り、思い付いたのが国防仮面。園子から譲り受けた衣装で正体を隠し、出来るだけ危機に陥れた世界の為、なんの関係もない人々の為に少しでも何かをしようと思い至ったのだ。

 

 「美森ちゃんは昔から真面目で、責任感も強かったからねぇ……」

 

 「気持ちは分かるけど……それでも突っ走り過ぎよ。悩んだら相談、でしょ」

 

 「すみません……」

 

 話を聞いて、楓は苦笑いの後に優しく美森を見詰める。彼女が鷲尾 須美だった頃から、彼女は真面目で、責任感が強かった。それは記憶を失っても変わらず、記憶を取り戻した今もまた、変わらない。それを思い返す楓と、話を聞いた園子と銀は美森を見ながら微笑んでいた。

 

 しかし、風は苦言を溢す。彼女もまた、一時の感情の爆発によって仲間達に大剣を振るった。故に、美森の気持ちも分かる。だからこそ、美森には1人で突っ走ることなく相談して欲しかった。1人で悩んで暴走した風だから、余計にそう思う。美森は、謝ることしか出来なかった。

 

 「カッコいいね、国防仮面! 私もなりたい!」

 

 「え!?」

 

 「ふっふっふ~、ゆーゆ。何を隠そうこの乃木さん家の園子さんは……国防仮面2号なのだ~!」

 

 「えー!? じゃ、じゃあ私は……」

 

 「因みにカエっちが国防仮面V3で、ミノさんが国防仮面X! はいこれ、その時の写真」

 

 「楓くんと銀ちゃんも!? ……わー、皆可愛い! カッコいい!」

 

 また少し暗くなる空気。それを吹き飛ばすのは、友奈であって。世の為誰かの為に動いていたという国防仮面が、彼女の琴線に触れたのだろう。そう言った友奈に、園子がそう言いながら右手で敬礼しつつ立ち上がる。ならば自分はと友奈が言おうとしたが、それを遮る園子。因みに楓の名前が出た瞬間、風と樹、夏凜が同時に彼の方を見て“マジで!?”と言いたげな顔をしており……楓は、頬を掻きながら恥ずかしそうに頷いた。

 

 証拠を見せるように、園子はスマホを操作してから画面を友奈へと見せる。そこに写っているのは、国防仮面の格好をして並んで敬礼している小学生時代の4人。その写真を、友奈は目を輝かせながら見ていた。

 

 「ちょっと園子、アタシにも見せなさいな」

 

 「わ、私も見せてください」

 

 「私もちょっと気になるから見せなさい」

 

 「いいよいいよー。あ、他にもあるよ。ほら、遠足の時の写真とかね~」

 

 「あ、焼きそばだ! 美味しそ~♪」

 

 さっきまでの空気はどこへやら、いつの間にか園子のスマホの中にある過去の先代組の写真を見る時間へと変わっていた。当時離れていた風と樹にとっては貴重な家族の写真、夏凜にとっては敬意を持つ先代勇者達の写真、そして友奈にとっては大好きな仲間達の写真。皆興味津々で園子の後ろに回り、写真を眺めていた。

 

 「……皆……」

 

 「美森ちゃん。皆の為に頑張りたいのは……自分も、勇者部の皆も同じ気持ちなんだよ。君1人で頑張る必要は、ないんだ」

 

 「そうだぜ須美。あたし達は4人の頃から一緒に頑張って来たじゃないか。もっとあたし達を頼っていいんだゾ?」

 

 「楓君……銀……ありがとう」

 

 5人を眺めながら、楓と銀は美森の隣に来て2人で彼女の肩に手を置く。そして、2人は言うのだ……美森だけで頑張ることはないと。皆、同じ気持ちなのだからと。もっと自分達を頼れと。

 

 天の神の存在を知り、それでも同じ気持ちで立ち上がった。知る前から、4人で一緒に頑張ってきた。それは成長し、こうして勇者部に入り、仲間が増えた今でも変わらない。4人が5人になり、5人が6人になり、6人が8人になり……皆で、一緒に力を合わせて頑張ってきたのだ。

 

 だから、1人でやる必要はない。やるなら皆で、美森には自分達が居るんだから。そう言ってくれる友達の、親友の、それ以上の存在に……美森は、目を潤ませながら感謝した。

 

 「……ところで2人共。あれ、いいの?」

 

 「あれって、写真? 別にいいんじゃない? まあ、昔の写真を見られるのは少し恥ずかしいけどさ」

 

 「そうだねぇ……? 何か忘れてるような……」

 

 「……2年前の写真が入ってるのよね? なら、そのっちのことだからきっと……」

 

 「わー、これ楓くん!? 可愛い!」

 

 その後に、美森は2人に写真を見ている5人を指差しながら問い掛ける。質問の意図が分からず2人は首を傾げ銀は別に構わないと言い、楓も頷く……が、何か忘れてはいけないことを忘れているような気になる楓。2人に美森が自分の懸念を伝えようとした丁度その時、友奈からそんな声が聞こえてきた。

 

 「そうそう、この頃の楓はまだ小さくて、顔も樹に似ててねぇ……我が弟ながら似合うわー」

 

 「銀さんも可愛いです!」

 

 「でしょでしょ~? どう? にぼっしー。2年前の私達は」

 

 「いや、まあ、うん……いいんじゃないの? でも、この格好の楓さん……見たくなかったような、見て良かったような……あと、にぼっしー言うな」

 

 「……須美。さっき、何を言いかけた?」

 

 「……あの中には多分、銀を色々着付けてた時の写真とか、その時の楓君の女装の写真とかも入ってるかもって……」

 

 美森がそう言った直後、2人は同時に5人から園子のスマホを取り上げるべく動いた。

 

 

 

 

 

 

 楓君に叱られた。皆に心配された。そのことは……とても嬉しい。頼っていいと言ってくれて、私は1人じゃないと言ってくれて……本当に、嬉しい。私のことを思ってくれて、私に手を差し伸べてくれて……泣きそうな程、嬉しい。私も皆が大好きで、皆が大切で、皆の為なら頑張れる。皆を守る為なら……どんなことだって出来る。

 

 

 

 ――だから、私は征きます。

 

 

 

 それは自分の罪を償う為でもあり、自分の罪を誰かに償わせない為でもあり、私にしか出来ないことであり、大好きな皆の為に出来る……きっと、最期の。

 

 私が壁を破壊してしまったせいで天の神の怒りを買い、結果として外の火の勢いが強まっているらしい。それを鎮める為には2年前、彼と安芸先生から聞かされた奉火祭を行う為に神の声を聞ける数人の巫女を生贄とする必要がある。そして……勇者であると同時に巫女の適性を持つ私なら、1人でその数人の代わりになれる。そう、私の家に来た大赦の人達は言った。

 

 私が仕出かしたせいで誰かを犠牲にする訳にはいかない。そして、私なら代わりになれる……頷くことに、躊躇いはなかった。皆が無事なら……私1人だけなら、それでいい。

 

 だけど……私が居なくなれば、きっと楓君達は私を探す。ううん、聡い彼やそのっちなら、きっと私が何のために居なくなったのか気付く。

 

 「だから神樹様……お願いします」

 

 どうか私を……どうか。

 

 

 

 ― 叶えたくないよ……そんなこと。でも……叶えてあげないと、ね。“私達”には、天の神の力を覆す力がまだ無いから……ごめんなさい。そして……ありがとう ―

 

 

 

 勇者に変身し、大赦の人達に見守られながら結界の外へと出ようとする私の髪を……どこからか飛んで来た、季節外れの桜の花弁と共に風が撫でた。




原作との相違点

・ひったくり犯を捕まえた美森の元に楓も推参

・美森、叱られる

・友奈と園子の台詞を楓と銀が言う

・その他色々



という訳で、勇者の章です。原作と違い、皆が東郷さんの記憶を失う前からスタートです。この時点でだいぶ変わってますね。神樹様とか部室での話とか。

以前の夏凜の時のように、東郷さんには叱られてもらいました。ただのひったくり犯だから良かったものの、それ以前に中学生の女の子が大の男を相手取るというのが、ね。ここはちょっと賛否両論あるかもしれませんが、楓君だからこそ叱らないと。

前回の赤嶺ちゃんはそれなりに評判なようで何よりです。最初は段々と依存していく過程を書くつもりだったのに、後半どうしてああなったのやら。

しばらく本編です。次に番外編を書くときは、リクエストではなくDEifの予定です。こちらも進めないと……尚、番外編なのでかなりがっつり省きます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 5 ー

お待たせしました(´ω`) もうこれぐらいの投稿速度から抜け出せないよー……あ、いつも誤字報告ありがとうございます!

fgo、ゆゆゆい、他ゲームと連続して爆死してる私です。魔王ノッブ、限定メブ、うたのん、黒メルザ欲しかったなぁ……。

私が病み書くの苦手との前書きに反応してる方が何人か居て笑いました。お願いします信じてください! なんでも書きますから!(書くとは口で言ってない

そうやって感想を見ていると、本作の初期も初期から書き続けて下さってる方が居てくれることを改めて有り難く思います。中には初期からかなり変貌している人も居ますがね……誰とは言いませんが←

さて今回、物語的にはあんまり進みません。本当に申し訳ない。


 「……なんだろうねぇ、この感覚」

 

 いつものように朝になり、いつもの日課をこなす。いつもと変わらない1日の始まり方、自分が今まで過ごしてきたことと変わらない普通の日常……なのに、何故だろうか。朝起きてから自分は、言葉にならない“違和感”を感じていた。

 

 制服に着替えながら首を傾げ、違和感の正体を探る。何かが変わっているような、何も変わらないような……()()()()()()()()ような。部屋を見渡す……が、昨日と何も変わらない。別に模様替えをした訳でもないのだから当たり前なんだけどねぇ。

 

 勉強机の上にある物を見る。今日の用意をしてあるカバンと、今日は使わない教科書達。散華が戻る前に入院していた時に友奈が持ってきてくれた、当時の勇者部()()の勇者服にある花の押し花の栞を()()入れた、押し花の集合写真。

 

 「……6枚?」

 

 あれから調べて知った花の名前。自分の白い花菖蒲、友奈の桜、姉さんのオキザリス、樹の鳴子百合、そして夏凜ちゃんのヤマツツジ。のこちゃんと銀ちゃんの分は当時の勇者部に居なかったから無いのは仕方ない。なら……このアサガオは、誰のだ?

 

 分からない。何か、大切なことを忘れている気がする。そう理解した上で、何を忘れているのかピンと来ない。この感覚は覚えがある。そう、自分の記憶の散華が発覚して、その上で忘れたことを教えられてもまるでピンと来なかった時と同じ感覚。

 

 「……()()()()()()()()()……? なら、まさか神樹様が何かしたのか?」

 

 とは言うものの、明確な証拠はない。思い過ごしかもしれないが……どうにも気になる。違和感を拭いきれない。仮に神樹様が何かをした……何かを忘れさせたとして、なんでそんなことをする必要があるのか。それも分からない。

 

 幾ら考えても答えは出ない。仕方なく、1度違和感の正体を探ることは諦め、姉さんが居るであろうリビングへと向かう。その前に、枕元に置いてあるスマホを忘れないように手に取り……その裏に貼ってある、先代勇者組で撮ったプリクラが目に入った。

 

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()右手でピースして元気に笑ってる銀ちゃん。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。そんな銀ちゃんの前で頬をくっつけてアップで映る笑顔ののこちゃんと、朗らかに笑ってる自分。

 

 

 

 ― ………… ―

 

 

 

 「……なんだ? 自分は今、何を……」

 

 何かを、誰かのことを思った気がする。でも、それを無かったことにされたような……いや、そもそもなんで自分はこの写真に疑問を覚えたんだったか。自分達先代組の()()が映っているだけの、()()()()()()()()()()()()()()()に。

 

 違和感。また、何かを変えられたような……そんな感覚を感じたままスマホをポケットに入れ、部屋を後にする。リビングに向かえば姉さんが居て、いつものように樹を起こすよう頼まれ、起こし、3人揃ってから姉さんの作った朝食を食べ始める。

 

 「いつもありがとうねぇ、姉さん。だけど、毎朝これだけ作るのは手間じゃないかい? もっと簡単なモノで良いのに」

 

 「毎回凄いよね、お姉ちゃん。でも量を加減してくれると嬉しいな……あむ、むぐむぐ……」

 

 「良いのよ、作るのは楽しいし、あんた達にはいっぱい食べさせてあげたいし。それに、手間隙かけた方が料理は美味しくなんのよ?」

 

 「そっか……ありがとねぇ、姉さん」

 

 違和感。前にもそんなことを言われたような……でもそれを言ったのは姉さんではなく、別の誰かだったような。その言葉は自分にとって……とても、嬉しい言葉だったような。

 

 何かを、忘れている気がする。誰かを、忘れている気がする。なのにその“何か”は自分の手から溢れ落ちて掴むことが出来ず、その“誰か”はぼんやりとすら思い浮かべることが出来ない。だけど……ソレに向かって手を伸ばすことを止めたくはなかった。止めれば……本当に、大切なモノを失くす気がして。

 

 そして、その正体を掴めぬままに……3人で学校へと向かった。

 

 

 

 ― やっぱり、高次元の魂を持つあの人だけは効き目が薄い……何度も消そうとすることで遅らせてるけど、完全に思い出すのも時間の問題かな。ごめんなさい、勇者の子。貴女の願いは叶えきれない……でも、それだけ貴女は想われているんだよ。あの人にも……他の勇者の子達にも ―

 

 

 

 

 

 

 12月に入ったとある日の、寒空の下での家族3人徒歩の通学。途中でのこちゃんが住むマンションの前を通り、いつものようにそこで彼女と合流。最早定位置と言ってもいい、自分の左側に立って歩く彼女はいつも笑顔だ。

 

 4人並んで歩くこと数十分。学校に到着すれば、それぞれのクラスへと向かうことになる。自分も自分のクラスへと向かい、既に来ている何人かのクラスメートと挨拶を交わして自分の席へと座り、机の上にカバンを置き……何となく、右隣を見る。

 

 (……なんだろうねぇ……この違和感)

 

 今日起きた時からずっと感じ続けている違和感。自分の席の()()()()()()()()()を見て、またそれを感じる。本当に、自分の右隣には何も無かったのか。本当に……自分の右隣には、誰も居なかったのか。

 

 「おっはよーう!」

 

 「……おはよう、友奈。今日も元気だねぇ」

 

 「おはよう楓くん!」

 

 違和感に首を傾げていると、視線の先の扉が開いて友奈が元気良く挨拶しながら入ってきた。彼女が浮かべる笑顔に違和感はどこかへと飛んで……行くことはなく、また別の違和感を感じる。

 

 「おや、今日は1人なんだねぇ」

 

 「……? 私はいつも学校に来るときは1人だよ? 皆のお家は遠いから寂しいよー」

 

 「えっ? ……いや、そう……だよねぇ……?」

 

 言われてみれば当然のことだ。自分達姉弟の家からものこちゃん、銀ちゃん、夏凜ちゃんがそれぞれ住んでるマンションからも友奈の家は離れている。だから彼女が1人で登校してくることは何もおかしくはない……んだが。

 

 また、違和感。本当に彼女はいつも1人だっただろうか。その隣に、或いは後ろから続いて教室に入ってくる“誰か”が居なかっただろうか。でも、やっぱりその誰かに、何かに手が届かない。

 

 「どうしたの? 楓くん」

 

 「……いや、何でもないよ。今日の部活のことを考えててねぇ。ほら、劇とかさ。学園祭の時は自分は出られなかったからねぇ」

 

 「そうだった。今度は皆で出来るから楽しみだよー。絶対子供達に楽しんでもらおうね!」

 

 「……うん、そうだねぇ」

 

 しばらくしたら、自分達は幼稚園で劇を披露する。学園祭でやった演劇、それを子供達用に少しアレンジしたもの。当時に参加出来なかった自分とのこちゃん、銀ちゃんを加えた7人全員でやるのを自分を含め皆楽しみにしている。因みに、魔王役は姉さんから自分へと変更されている。

 

 友奈が勇者、樹は音楽や効果音の機材管理、姉さんは脚本と道具作成、夏凜ちゃんと銀ちゃんは姉さんの手伝いと本番の時の背景移動、のこちゃんは木や岩等の脇役(?)……ナレーションは誰だったか……ああ、確か姉さんだったか。

 

 (……本当に、そうだったかねぇ?)

 

 

 

 放課後、友奈と夏凜ちゃんと一緒に部室へと向かう。そこには既に姉さんと樹が居たので挨拶を交わし、自分達もそれぞれのやることをやる。

 

 姉さんは大量のプリントを片手に黒板に貼ってある地図に写真を貼っていき、樹はパソコンを操作している。夏凜ちゃんは劇用の道具作りを始め、自分もいつものようにスマホから勇者部のサイトに行って依頼の確認し、今日出来そうなことをピックアップし、纏める。そして友奈は。

 

 「讃州中学勇者部は、勇んで世の為になることをする倶楽部です。“なるべく諦めない”、“為せば大抵なんとかなる”等の精神で頑張っています。それでは、今日も勇者部、しゅっぱーつ! ……と」

 

 「小学生の作文か」

 

 「中学生だよー」

 

 「分かってるわよ」

 

 確か、タウン紙で勇者部の活動を紹介してもらえることになって、そのキャッチコピーや自己紹介文を任されたんだったか。勇者部も随分認知度が上がったよねぇ……最初は手段でしかなかった勇者部が、今ではこんなにも大切なモノになっている。本当に、勇者部を考えてくれた姉さんには感謝しかない。

 

 「ごめんごめん、もう始まってる~? 掃除当番の途中で寝てしまったんよ~」

 

 「それを起こすのに奮闘してて遅れました……」

 

 「お疲れ、銀。園子は……掃除の途中で寝られるのはあんたくらいよね」

 

 「わーい、褒められた~♪」

 

 「「いや、褒めてないから」」

 

 後からやってきたのこちゃんと銀ちゃん、夏凜ちゃんの3人のやり取りを見てつい笑みが溢れる。すっかり馴染んだ夏凜ちゃん、散華によって大赦で管理されていた2人。その2人が勇者部に居るという光景は、自分が見たかったモノだ。

 

 全員が揃ってからも、楽しく部活をしたしねぇ。ペットを探したり、赤ん坊のお世話をしたり、運動部の助っ人に出たり、幼稚園に劇を見せに行ったり。部活じゃなくても7人で遊びに行ったり……本当に、楽しい思い出ばかりだと思い返しながら、ホワイトボードに貼ってある写真を見る。

 

 自分が戻ってきた日に撮ったという、劇での役の格好をした“明日の勇者へ、讃州中学勇者部”と書かれた幕を持った4人の写真。その下に、戻って来た勇者服姿の自分が入った5人での集合写真……自分以外の皆が泣いてるのはご愛敬という奴だろう。その隣には7人で遊びに行ったところで撮った写真。

 

 「……?」

 

 懐かしんでいると、また違和感。友奈達だけの写真にある、友奈と夏凜ちゃんの間にある丁度人1人分空いた空間。そして、勇者服の自分が写ってる写真にも……左側に友奈と夏凜ちゃん、右に樹、姉さんは後ろから自分に抱き着いていて……自分と樹の間にも、人1人分の空間。

 

 なんだ、この違和感。不自然に空いた空間に意識が向く。まるで、そこに誰かが居て……その誰かがだけが消えてしまったかのような。そう、誰か……その誰かを、もう少しで思い出せるような気がして。

 

 

 

 ― ………… ―

 

 

 

 「さて、12月の部会、始めるわよー。今来てる依頼の場所の写真を地図に貼ってあるわ。依頼は楓が纏めてくれてるから、そこから各自確認して……」

 

 姉さんの声が聞こえてそっちに意識を向けたからか……それとも、また何かを変えられたからか。その誰かはまた……自分の手をすり抜けた。

 

 

 

 

 

 

 後少しで手が届くのに、届きそうになる度に何かを変えられたような気がして……あれから2日経った日曜日。自分は銀ちゃんと2人で老人ホームのお手伝いに来ていた。と言ってももう終わっていて、今は銀ちゃんを住んでるマンションまで送る途中なんだけど。

 

 「前にもさ、こうやって家まで送ってもらったことあったよな」

 

 「そうだねぇ……銀ちゃんだけ別の道だったからねぇ」

 

 自分の左側を歩く銀ちゃんが懐かしそうに呟く。前にも……自分達がまだ小学生だった頃にも、こうして自分は銀ちゃんを送っていったっけ。自分がまだあの男の養子だった時、彼女だけ分かれ道で1人だけになるから心配して……。

 

 (……なんで、銀ちゃんだけ送って行ったんだ?)

 

 ふと湧いてきた疑問。自分は銀ちゃんとのこちゃんとは反対方向だった。2人はその分かれ道まで一緒で、そこで別れることになって……それなら、どっちも1人になるはず。なんで自分は銀ちゃんだけを……?

 

 「……な、なあ楓……楓?」

 

 「うん? ああごめんね、ちょっと考え事をしててねぇ。それで、なんだい?」

 

 「最近ボーッとすること多いな、楓。いやさ、その……買い物にも着いてきてくれないかなって……ダメ?」

 

 「それくらい構わないよ」

 

 「やった!」

 

 そんなことを考えていると銀ちゃんに名前を呼ばれたのでそちらへと顔を向ける。すると彼女は不思議そうにした後に視線をあちこちに動かしながら、自分の顔を伺うように上目遣いにそう聞いてきた。両手を前で組んで人差し指をまごまごと動かしてることもあり、その姿はとても可愛らしい。

 

 微笑ましくてついくすくす笑ってしまった後に了承し、小さくガッツポーズをした後に恥ずかしそうにする彼女と共に道中にあるスーパーへと入る。出入口にあるカートにカゴを乗せ、2人で順番に回っていく。

 

 「こっちのは高いけど質が……こっちの方が安いし量も少ないけど質がいいからこっちにしよ。あ、じゃがいも安い。長ネギも……うどんは当然として……卵も切れてたっけ。後は牛乳と……」

 

 「目線や選び方が主婦だねぇ。自分にはあんまり違いとかわかんないや」

 

 「へへっ、夢はお嫁さんだからな。節約術とか目利きとか勉強しててさ。旦那さんを送り出してる間も家を守れる妻でありたいのですよ。どうせならその……ごにょごにょ」

 

 「……銀ちゃんならなれるよ」

 

 自分はカートを押しながら銀ちゃんが真剣な表情で商品を選ぶ姿を見ているだけ。まあ銀ちゃんが使うモノなんだから口出しするのもねぇ……選ぶ姿は正しく主婦。夢であるお嫁さんに向かって邁進している銀ちゃんは照れ臭そうな笑顔も相まってキラキラとしているように見えた。

 

 夢……そういえば、そんな話もしたねぇ。一時は散華の影響で忘れていたけれど、今では神樹館の時に語った時間まで思い出せる。そう、あの時も彼女達()()は……。

 

 (……3人? 銀ちゃんと、のこちゃん……それから……)

 

 

 

 ― ……そろそろ限界、かな…… ―

 

 

 

 また、何かを変えられたような気がする。また、何か……誰かがすり抜けたような気がする。それを取り戻せないまま、自分は銀ちゃんと買い物をして、荷物を部屋まで運んでから帰路へとついた。

 

 「あ……楓くん」

 

 「おや、友奈。今帰りかい?」

 

 「うん。依頼が終わって、夏凜ちゃんとうどん食べてきたんだー」

 

 「そっか。自分も銀ちゃんと依頼が終わって帰る途中だよ。折角だし、友奈も送っていこうか?」

 

 「いいの? ありがとう!」

 

 「どういたしまして」

 

 その途中、道を歩いていると友奈に後ろから話しかけられた。どうやら彼女も帰る途中だったらしい。今日は日曜日だけど、自分と銀ちゃんのように友奈と夏凜ちゃんもまた依頼をこなしていたんだろう……確か、どこかの運動部の助っ人だったか。因みに、姉さんと樹は家にのこちゃんを呼んで勉強を教えてもらってる。のこちゃん、頭いいからねぇ。

 

 少し帰路から外れるがこの際だと友奈を送ることにした。冬だから日が暮れるのも早いからねぇ、暗い道を女の子1人歩かせるのも危ないし。友奈が嬉しそうに笑いながら自分の左隣に移動し、2人で隣合って他愛ない話をしながら歩く。

 

 「……ねぇ、楓くん」

 

 「なんだい? 友奈」

 

 「あのね……夏凜ちゃんと歩いてる時に車椅子に乗ってる女の子を見て……ちょっと気になったんだ。何でかは、分からないんだけどね」

 

 「……車椅子、ねぇ」

 

 ふと、友奈がそんなことを言い出した。彼女自身、本当に何でかは分かってないんだろう。偶然その車椅子に乗った女の子を見て、どうしてかそれが気になった。ただ、それだけの話。

 

 なのに、自分も何故かその話が気になった。車椅子は以前にも自分が乗っていたことがあるが……その話を聞いて、頭に何かがちらつく。そう、自分以外にも誰か、車椅子に乗っていた子が居たような……。

 

 「……悩んだら相談、だったねぇ」

 

 「えっ?」

 

 「自分もね、こないだからずっと違和感を感じてるんだ」

 

 「違和感……?」

 

 「そう、違和感。何かが、誰かが足りないような……そんな違和感がずっと、ね。不思議だよねぇ……」

 

 「うん……不思議だね。今の話を聞いて、私もなんだかそんな気がするんだ」

 

 気付けば、友奈に違和感のことを話していた。自分1人で抱えていても仕方ないという思いと……何故だか、友奈に話せば解決出来るんじゃないか、なんて根拠もなく思ったからだ。まあ、それは友奈も同じように違和感を覚えたというだけで終わったんだけどねぇ。

 

 そこから何となく無言になり、友奈の家までの道を歩く。その間も違和感はずっと続いていて……違和感は、寂しさに変わる。友奈と2人。そこにもう1人……自分の右側に誰かが居たような。それを友奈も感じているのか、時折視線が自分の右側へと行っている。そうしている内に友奈の家に近付き……。

 

 「あ……」

 

 「……」

 

 2人同時に、友奈の家の隣にある和風の大きな家の前で立ち止まった。同時に沸き上がる違和感。只の家のはずだ。なのにどうしてこうも……胸がざわつくのか。

 

 知らない誰かの家……本当にそうか? そう思っていると、不意に友奈が自分の左手を握ってきた。どうしたのかとそちらへ顔を向けてみれば……そこには、涙を流す友奈の姿。

 

 「友奈……? どうしたんだい?」

 

 「……わかんない。でも、なんでかな……このお家を見てると……凄く、悲しく……なって……」

 

 「友奈……」

 

 段々声が震えて、両手で涙を拭う友奈。けれども涙は止まらず……そんな彼女を、自分は無意識の内に抱き締めていた。それからしばらく、自分が友奈が泣き止む時まであやす様に彼女の頭を撫でながら抱き締め続けた。

 

 ……その様子を友奈のお母さんに2階の窓から見られていたらしく、落ち着いた友奈を家に送るとニヤニヤとした彼女が出迎え、友奈は顔を真っ赤にして俯き、自分は苦笑いしていた。

 

 

 

 

 

 

 「じゃじゃーん♪」

 

 「「「「わーっ!」」」」

 

 「ケーキ! どうやって密輸したの?」

 

 「密輸て……他に言い方は無かったのか園子」

 

 「家庭科の授業があったんで、そこで作ってきたんです」

 

 「樹が作ってきたの?」

 

 「はい!」

 

 翌日の放課後、部室に樹がケーキを入れた箱を持ってきた。自分で言った通り、家庭科の授業で作ったらしい。甘いものが好きなのは女の子の共通点なのかねぇ、自分達姉弟3人以外の4人が嬉しそうな声を上げ……樹が箱を開けると、その声も止まった。

 

 出てきたのは、辛うじて猫だと分かるデコレーションが施された、少々……うん、少々歪なチョコレートケーキ。

 

 「作りすぎたから持ってきちゃった」

 

 「偉いぞー、我等が妹」

 

 「ど……独特のセンスね」

 

 「表現力豊かだと言いなさい夏凜」

 

 そんなこんなで姉さんが8等分に切り分け、1つを残して紙皿に移して全員の手に渡る。夏凜ちゃんと銀ちゃんが恐る恐る、友奈とのこちゃんは嬉しそうに口に運び、全員が笑顔を浮かべた。

 

 「どうです!?」

 

 「うん、見た目はともかく……」

 

 「美味しいよ樹ちゃん!」

 

 「お姉さんプロだねぇ」

 

 「園子の感想は良くわからんけど美味い!」

 

 「見て、楓……樹のケーキを皆が美味しいって……樹が遂に食べられる料理を……うぅっ」

 

 「成長したねぇ樹……1年前に作ったうどんはどういう訳か紫色で味もとんでもなかったのにねぇ」

 

 「お兄ちゃん、お姉ちゃん……かえって傷付くよ……」

 

 樹が聞けば夏凜ちゃんは食べながら頷き、友奈、のこちゃんと続き、銀ちゃんがのこちゃんの言葉にツッコミつつ一口二口とケーキを口へと運ぶ。その姿に以前の樹の料理の腕と味を知る姉さんが感激からかダバーッと涙を流しながらケーキを食べるので、ハンカチで涙を拭きつつ自分も一口……うん、美味しいねぇ。最初にうどん食べた時は痛みを感じないハズなのに胃痛を感じた気がする程だったのにねぇ。

 

 そうして食べ進めていけば、ケーキは当然無くなる。そして全員がほぼ同時に残った1つのケーキに手を伸ばし……そこからは譲り合い。夏凜ちゃんどうぞ、樹が食べるべき、お姉ちゃんが食べれば、園子に譲る、じゃあミノさんに、いやいやここは兄である楓に、自分よりも友奈に……なんて1週してしまった。

 

 「そもそもなんで8つに分けたのよ。7つでいいじゃないの」

 

 「知らないわよ。いつもの癖よ」

 

 「……癖、ですか?」

 

 「えっ? あ、いや……何となく……?」

 

 どうやら姉さんもよくわかっていないようで不思議そうにしている。だが、自分はまた違和感を感じていた。というのも、自分も8等分にされたケーキを見て、その数で正しいと思っていたからだ。

 

 そんなことを思っている内に、のこちゃんが1つのケーキを綺麗に7等分していた。流石に小さくなってしまっているが、随分と器用な真似をするねぇ。

 

 

 

 「……ぼた餅」

 

 

 

 不意に、友奈がそう呟いた。

 

 「えっ? 何? 友奈」

 

 「なんか、前に部室でぼた餅食べなかったかなーって……」

 

 ぼた餅……そうだ、友奈が言うように自分達は部室でぼた餅を食べた事がある。それも何度も……? 昔、喉に詰まらせて以来餅が苦手な自分が何度も……? いや、確かに自分も食べていた。そうだ、確か……誰かが作ってくれた……。

 

 「ああ、前に友奈さんも家庭科の授業で作ってきたんですよね」

 

 

 

 『あれ? カエっち、ぼた餅嫌い? あんまり食べてないけど……』

 

 『いやぁ……自分、お餅は苦手なんだよねぇ』

 

 『日本男児が国民食のお餅を嫌うなんて……どうして?』

 

 『ああ、別に味や食感が嫌いという訳ではないよ。このぼた餅も美味しいし。ただ……昔、喉に詰まらせちゃってねぇ。それ以来どうも……』

 

 『お爺ちゃんか』

 

 『それじゃあ、楓君の分は一口位の大きさにするわね』

 

 『手間じゃないかい?』

 

 『料理はね、手間暇掛けた方が美味しくなるのよ』

 

 

 

 「……違う」

 

 「えっ? お兄ちゃん、違うって……何が?」

 

 脳裏に浮かぶ過去の記憶。2年前、自分が退院した後に()()が自分の退院をパーティーで祝ってくれた。その時に初めて、自分は()()()のぼた餅を食べて……でも、苦手だからあんまり手が進まなくて。

 

 そしてその理由を言えば、皆が苦笑いして……それならと、彼女はそう言ってくれたのだ。手間が掛かるとしても、自分の為にと……美味しい、一口サイズのぼた餅を。

 

 

 

 『あら? 一口サイズのもあるのね』

 

 『はい。風先輩と犬吠埼君にも食べてもらおうと思って作っていたら、何故か一口分の大きさまで作ってしまってて……せっかくなので入れてきたんです』

 

 『……普通の奴の他にも一口サイズの奴まで……手間じゃ、ないかい?』

 

 『ふふ、確かにそうかもしれないけれど……お料理はね、手間暇掛けた方が美味しくなるのよ?』

 

 

 

 記憶を失っても……それでも覚えてくれていた。それが本当に嬉しくて嬉しくて仕方なかった。それからも彼女は作り続けてくれたんだ……自分の為に、その一口サイズのぼた餅を……ずっと。

 

 

 

 やっと……思い出した。

 

 

 

 「美森ちゃん……美森ちゃんはどこだ?」

 

 「え? ちょっと楓、急に何を……」

 

 「……あ……!」

 

 「……っ!? そうだ、なんで私忘れてたんだろう……っ!」

 

 「……あれ? そういえば須美は?」

 

 「ちょ、園子に友奈に銀まで? 急にどうしたのよ」

 

 「あの子が居ないんだよ姉さん。この勇者部にはもう1人居るんだ、居たはずなんだ!」

 

 「だから、誰が」

 

 

 

 ― 思った以上に……思い出すのが早かったなぁ…… ―

 

 

 

 「東郷 美森! 自分達と一緒に戦った、自分達と一緒に勇者部で部活をしていた、大切な仲間が!」

 

 真面目で、歴史や国が大好きで、皆のことが大好きで、残酷な真実を知りながら……それでも自分達と一緒に戦うと言ってくれた……怖がりで、寂しがりやなあの子に。

 

 ようやく……違和感の正体に、忘れさせられていたモノに手が届いた。




原作との相違点

・友奈がお隣さんの家を見て涙

・魔王役が風から楓に変更

・思い出すタイミングが劇当日ではなく樹がケーキを作ってきた日

・その他色々



という訳で、東郷 美森の消失から彼女を思い出すまでの話でした。楓は高次元の魂云々の為、神奈様が何度も記憶操作してました。

部分的に銀ちゃんと友奈をピックアップ。原作でもこうしている銀ちゃんを見たかった……。

さて、次回も本編。次回は原作2話目になりますかね……つまり、原作の鬱の始まり。本作ではどうなることやら。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 6 ー

お待たせしました(´ω`)

ゆゆゆいではハピバイベ始まりましたねぇ。今回は棗、雀、水都だそうで……勇者服棗にはいつもお世話になってます。

グラサマでエドラム運極にしました。天華百剣ではもうすぐプリヤコラボ、fgoはサバフェス復刻、大忙しですな。石はない(無慈悲

こないだ偶然Twitterで本作を上げてくださっている肩を見つけました。前作も知って下さっていたようで、面白いとの一言が嬉しかったです。この方に限らず、皆様からの面白いの一言は私の活力になります。

今回、前回同様話が進みません。全く進みません。


 あれから直ぐに姉さん、樹、夏凜ちゃんの3人も美森ちゃんのことを思い出してくれた。とは言え、全員が思い出した所で彼女の居場所が分かるハズもない。何せスマホからは電話帳やアプリからも美森ちゃんの連絡先が全て無くなっているのだから。

 

 あまり時間を掛けたくはないのが本音だが、今は美森ちゃんのことを忘れていた……いや、忘れさせられていた現状を受け止め、事態の把握に努めることにした。のこちゃんは実家の名家であることと勇者としての立場を利用して大赦に直接向かって話を聞きに行き、銀ちゃんは安芸先生に連絡して探る。

 

 自分も友華さんに連絡し、彼女に説明してから動いてもらうことに。姉さんと夏凜ちゃんは劇を行う予定だった幼稚園に向かい、理由をぼかしながら劇の延期をお願いしに行った。友奈と樹は美森ちゃん存在している写真や動画を片っ端から探してもらう。それらのことに、その日の放課後以降の時間を費やした。

 

 そして翌日、学校で授業を終えてから直ぐに部室へと集まった自分達はそれぞれの成果を報告し合っていた。だが、自分を含め皆の表情は芳しくない。幼稚園の方は延期することを了承してくれたようだ。仲間の1人が病気で、と説明したらしく子供達は早く良くなりますようにと願ってくれたらしい。

 

 「東郷さん、やっぱり写真にも動画にも……どこにも写ってなかった。まるで、元から居なかったみたいに……教室にも机がないし……」

 

 「写真と動画だけじゃなくて、東郷先輩が書いた文字とかも消えてるみたいです。前に皆が書いてくれた応援のメッセージ……東郷先輩のだけ、消えてました。周りの人はみんなカボチャって、書いてくれてたのに……」

 

 「東郷が居た痕跡を根こそぎ消されてるって訳か……こんなの、質の悪いイジメみたいなもんじゃない」

 

 「大赦なら、何か知ってるかもしれないけどね……私も今の担当者に連絡してみたけど、知らないみたいだったわ。楓さん達はどうだったの?」

 

 「わっしーのこと、わたしが話出来る地位の上層部の人や神官、巫女さんに話してみたけど……皆、震えながら知らないって」

 

 「あたしは安芸先生……ああ、あたし達先代組のサポート役の人なんだけど、その人に連絡して今も色々調べてくれてる。連絡はまだ……楓の方は?」

 

 「自分も連絡待ちだねぇ。ただ、今の状況を見る限り……望みは薄そうだ」

 

 これと言って進展はない、か。皆の表情が暗くなり、自分も腕を組みながらどうしたものかと悩み……横目で、ホワイトボードに貼ってある、美森ちゃんだけが消えている写真を見る。

 

 今回の件、明らかに人知を越えてる。自分達の記憶の操作に写真や動画、更には彼女が書いた文字までも消えるとなるととても人間の手では成し得ない。十中八九、それをしたのは神樹様だろう……どうしてそんなことをしたのか、自分には検討もつかない。

 

 ……今は彼女の居場所を知るのが先決だ。以前ののこちゃんと銀ちゃんのように大赦に管理されている……という可能性はあまり高くない。そもそもこの香川に居るのかも……なら他の3つの県のどこか? だとしても記憶を消す理由がわからない。

 

 「やっぱり、記憶を消したのは神樹様なのかな……」

 

 「決まってるでしょ。こんなこと、神様でもなけりゃ出来ないわよ……供物のことで見直したと思ったらまたこんな……」

 

 友奈がボソッ呟き、それを聞いた姉さんが苛立ったように吐き捨てる。1度は神樹様に対して深い怒りを抱いた姉さんだ、そうなるのも無理はない……神樹様が記憶を消す理由、か。自分はあの優しい神様が意地悪で消したりしないと思うんだけどねぇ。

 

 「……なんで、神樹様は自分達から記憶を消した?」

 

 「なんでって……なんでだ?」

 

 「分かんないわよ、神様の考えなんて」

 

 「でも、なんでだろう……東郷さん、そんな酷いことされるようなことしたのかな……」

 

 考えていたことが口から出てしまったようで、銀ちゃんが首を傾げ、夏凜ちゃんは首を横に振る。のこちゃんはずっと何かを考えているようで、口元に手を当てて床を眺めている。そして、友奈が悲しげにそう呟いた。

 

 恐らくは、この世界からその存在を消された美森ちゃん。そんなことをされるようなことをしたのかと聞かれれば……した、と言わざるを得ない。壁を破壊したのは事実だし、そのせいで人類滅亡の危機に陥ったのは確かだから。

 

 だが、なぜ今更になって? やるならもっと早く出来たハズ……いや、今でなければならない? 仮にそうだとして、記憶を消す理由はなんだ? 自分達が美森ちゃんを探さないようにする為? 自分達が悲しまない為? それとも極端に考えて、美森ちゃんの存在そのものが許せないから?

 

 「今はそれよりも東郷の居場所よ。家にも居ないし大赦も知らないってんでしょ? 他にどこに居るっていうのよ」

 

 「分かる訳ないでしょ……勇者アプリの入ったスマホでもあれば、そのレーダー機能を使って位置が割り出せるかもしれないけど……」

 

 「そのスマホは大赦にあるしなぁ……くそっ、それさえあれば……」

 

 

 

 「あるわよ、三ノ輪さん」

 

 

 

 姉さんと夏凜ちゃんと銀ちゃんがそんな会話をしていた時、部室の扉が開いた後にそんな声が聞こえてきた。自分達が一斉に扉へと目を向けると……そこには、スーツ姿の安芸先生と宮司服を着て仮面を着けた、体格からして男性。その男性の手には、大きなアタッシュケース。

 

 「「安芸先生!?」」

 

 「安芸先生って……さっき銀さんが言ってた?」

 

 「楓さん達先代勇者のサポート役……」

 

 「安芸先生、なんでここに?」

 

 「三ノ輪さんから連絡を受けてから色々と私達で探ってみたの。それで分かったことを伝えにね」

 

 驚きの声を上げるのこちゃんと銀ちゃん。樹と夏凜ちゃんも同じように驚いているのを見ながら自分が問い掛けると、先生は真剣な表情をしながらそう言って男性に目配せする。すると男性は簡易テーブルの上にアタッシュケースを置き、開く。そこには自分達が使っていたモノであろうスマホが7台……そこに、1台分のスペースが空いていた。

 

 「見ての通り、鷲尾……東郷さんの端末だけが無いわ。乃木さん、レーダーを見てくれる?」

 

 「あ、はい……っ、わっしーの反応がない……」

 

 「それって……どういうことだ?」

 

 「結論から言えば、東郷さんはこの四国……神樹様の結界内に存在しない。つまり……」

 

 「美森ちゃんは結界の中ではなく……外に居る?」

 

 「そういうことになるわね」

 

 「東郷さんが……結界の外に!?」

 

 「外って、あの火の海でしょ!? しかもバーテックスもうようよと居るし、なんでそんなとこに東郷が居るのよ!?」

 

 安芸先生に言われた通りにのこちゃんが端末を操作して勇者アプリを開き、レーダーを起動する。それを自分達も後ろから見ていたんだが……彼女の言う通り、自分達のスマホの反応はあるのに美森ちゃんのモノだけが無い。それはこの四国に彼女が存在していないことを意味していた。

 

 つまり、彼女は四国ではない場所に居る……それは結界の外以外にあり得ない。それを呟けば安芸先生は肯定し、友奈と姉さんが驚きの声を上げる。確かに、外は火の海だ。バーテックスも数え切れない程居る。そんな所に何故美森ちゃんは……。

 

 「……安芸先生の方は、何か分かったんですか? というか、よく端末を持ってこれましたね」

 

 「正直に言えば、よく分からなかったわ、犬吠埼君。何しろ私自身も三ノ輪さんから連絡が来るまで東郷さんのことを忘れていたし、思い出した後に調べたり聞いたりしてもどこにも情報は無かった」

 

 「なら、何故端末を持ってここに?」

 

 「私の方はダメだったけど、同じように調べていた人が教えてくれたのよ。大赦の上層部の方で、“奉火祭を行わなければならない、生贄を選ばなければならない”って話が上がっていたことを思い出した……ってね」

 

 「奉火祭? それってどこかで……」

 

 「……その調べていた人って、友華さんですか?」

 

 「ええ、その通りよ犬吠埼君。端末を持ち出せたのも友華様……高嶋家が声を掛けて下さって、乃木家、三ノ輪家、上里家、鷲尾家といった名家の人が力を貸してくれたからなの」

 

 「エライ名前がずらずらと出てきたわね……」

 

 やはりのこちゃんの時と変わらないかと少し落胆しつつ、続けて言われた言葉に銀ちゃんが反応する。奉火祭……確かあの男も言っていた、天の神に赦しを乞う為に生贄を炎の海へと投げ入れること、だったか。

 

 ……なるほど、美森ちゃんは責任感が強い。そして、自惚れでもなんでもなく、自分達のことを大切に思ってくれていた。恐らくは壁を破壊したこと、もしくはそれ以外の何かが天の神の怒りを買ったんだろう。そして美森ちゃんは自らその生贄になることを決めた……記憶を消したのは、それを自分達が止めようとするのを防ぐ為か?

 

 同じように調べていた人というのは、やはり友華さんだったらしい。自分が連絡を入れてから直ぐに動いてくれたんだろう。そして上層部でもある彼女だからこそ情報を得られた……端末は、彼女が出来る自分達への最大限の支援だろうか。

 

 「ねえ、楓。結局なんで東郷は外に居るかもしれないって話になんのよ。それからその、奉火祭? ってなんなの?」

 

 「それに生贄って何のこと……? 東郷さんに何が起きてるの?」

 

 「……そっか、フーミン先輩達は外の世界のこと、詳しくは知らないんだね」

 

 「外の世界のこと? えっと、本当はこの四国以外は滅んでて、外は火の海で……」

 

 「あと、さっき風が言ったようにバーテックスがうじゃうじゃ居るってくらいね」

 

 「それじゃあ、先に外の世界のことと……バーテックスの親玉である、天の神のことについて説明しておこうか。尤も、自分もある人物から聞かされた程度なんだけどねぇ」

 

 疑問符を浮かべる姉さんと不安げな友奈。のこちゃんが納得したように頷くと、樹と夏凜ちゃんがそう言った。そうか、彼女達にはまだ話していなかったんだっけ。1度はお役目を終えたから、話す必要も無いと思ってたからねぇ。

 

 そうして、自分はのこちゃんと銀ちゃん、安芸先生と一緒に4人にあの男から聞かされたことを説明した。自分の最初の養子先のことや自分が養子となった本当の理由等は、今は言う必要がないので黙っておいたけどねぇ。

 

 天の神。外の世界は既に滅んでいて、今は炎の海。倒すべきバーテックスはそれこそ数えきれない程存在していて、そのバーテックスもウイルスではなく、神が造り出したもの。そもそもバーテックスが襲い掛かってくるのも、元はと言えば人間のせい。

 

 奉火祭とは、国譲りという神話……神代の時、土地神の王が天の神に自らの住み処から出ないことを代償として、その地を不可侵とすることを赦してほしいと願った、というものを当時、つまり西暦時代の大赦がその故事を模倣した儀式のこと。そしてそれは、外の炎の海に生贄を投げ入れることで成される。説明を聞いた4人は皆同じように顔を青ざめさせていた。

 

 「後から調べて分かったことなんだけど、この生贄とは神の声を聞ける巫女のこと。それが数人必要らしいの」

 

 「東郷は勇者でしょ? なら生贄の条件には……」

 

 「風さん……須美は確かに勇者だけど、巫女の適性も持ってるんだ」

 

 「それに、美森ちゃんも奉火祭の話も世界の真実も知ってる。彼女は壁を壊したことに罪の意識を感じていたし、責任感も強い……」

 

 「じゃあ東郷さんは……自分から……?」

 

 「……多分ね~。実際のところは見ていないからわからないけれど……」

 

 「本当のことを知るには、本人に直接聞くしかない、か……」

 

 安芸先生が補足を入れて姉さんがそれに疑問を投げ掛けるが、銀ちゃんが説明して自分が続ける。それを聞いた友奈が暗い表情のまま呟き、のこちゃんが肯定し、夏凜ちゃんが手にしたスマホを見ながら締める。

 

 結局のところ、真実はわからない。集めた情報からああだろうこうだろうと推理するだけ。それでも、だいぶ真実に……美森ちゃんに近付けた気がする。

 

 「……東郷を探しに外に行くなら……また、勇者にならなきゃいけないのよね」

 

 「お姉ちゃん……」

 

 「外の世界は人間が生きていられる環境じゃないからねぇ……」

 

 「……犬吠埼 風さん、だったわね。気休めにしかならないかもしれないけれど……勇者システムはバージョンアップされているの」

 

 そう言ってから、安芸先生は説明してくれた。勇者システムのバージョンアップ。今回から勇者になり、満開したとしても散華は起こらないという。満開ゲージは始めから最大まで貯まっていて、満開をすれば全てのゲージを、精霊バリアが発動すればその度に1ずつ減り……その変身の最中では回復せず、生身で居る時に時間経過で回復していくのだと言う。

 

 注意点として、ゲージが無くなれば精霊バリアは無くなり、ダメージを直接受けることになる。そして満開はゲージが最大の時にしか使えない。散華のような代償が消えた分、安全面は少し不安が残るねぇ。

 

 「……だとしてもアタシは、皆を勇者に変身させるのは……」

 

 「姉さんには悪いけれど、自分は行くよ」

 

 「楓!?」

 

 「勿論わたしも行くよ、カエっち」

 

 「当然! この三ノ輪 銀様もな!」

 

 「園子に銀まで……分かってるの!? 大赦が本当のことを言ってる保証なんて無いのよ!? またあんた達があんなことになったら……」

 

 姉さんの大赦への怒りや恨みは分かる。それに散華のことも知ってるし、その状態の自分を知ってるから余計に不安に思うのも、分かる。自分達のことを思って勇者への変身を拒むのも……分かる。

 

 実際、姉さんだけでなく他の皆もスマホの画面を見て難しく表情を浮かべていた。大赦の人間である安芸先生からの説明、そして前の散華、勇者として戦ってきた記憶……不安に思うのも仕方ない。怖いと思うのも……仕方ない。それでも、自分とのこちゃんと銀ちゃんは行くと言った。美森ちゃんを探し出すのだと、決めた。

 

 「フーミン先輩も、皆も怖いよね……それが当たり前なんだよね。分かるよ」

 

 「だったら!」

 

 「風さん。確かにあたし達は散華のせいで酷い目にあったし、大赦が隠してた真実を知って絶望もしかけたよ。それでも、さ……それでも勇者として戦えたのは、楓とか園子とか須美とか……家族とか、自分達にとって大切な人達の為だから。今回も変わらない。須美っていう大事な奴の為に、あたし達は行くんだ」

 

 「銀……」

 

 「まあ、そういう訳だよ姉さん。それに、他の大赦の人から言われたならともかく……安芸先生と友華さんなら信じられるからねぇ。勿論、強要はしない。でも……自分達は、行く。もう1度勇者になって……美森ちゃんを探しに」

 

 「楓も……っ」

 

 姉さんが何と言おうと自分達の決意は変わらない。銀ちゃんが言ったように酷い目にはあったし、絶望もしかけた。あの大橋での戦いはハッキリと覚えている。ああ、覚えているとも。心が折れかけて、それでも一緒に戦ってくれた3人。自分を守ると、一緒に頑張ると言ってくれて……散華によって消えていく記憶を忘れたくないと、消さないでと泣きながら叫んでいた美森(すみ)ちゃんのことを。

 

 きっと、彼女は1人で居る。自分達に忘れてほしくないと、忘れたくないと叫んでいたあの子が……それをしてまで、そうすることを選んだから。だから自分が……自分達がそこに行くんだ。勇者部として初めて樹海に行くことになった時に自分に手を伸ばしてくれたように……今度は、自分が彼女に手を伸ばすんだ。

 

 

 

 

 

 

 「……私も信じる」

 

 「友奈……」

 

 「風先輩……私も、楓くん達と行きます」

 

 最初にそう言ったのは友奈であった。彼女自身、内心では美森を探しに行きたいのと再び勇者となることへの恐怖がせめぎあっていた。また散華なんてしたら、また皆と会えなくなったら……そんな恐怖が。それでも、その恐怖を飲み込んだ。自身にとって大事で、大切な美森を探すことを決めた。

 

 風の言うことも分かる。だが、楓達と同じように決めた。楓達が信じる大赦の人間の話を信じると……決めたのだ。

 

 「ま、勇者部が行方不明なんだから……同じ勇者部が見つけないとね」

 

 「私も行きます」

 

 「夏凜、樹……あーもう、部長を放って部員達で決めるんじゃないわよ……アタシも行く。東郷のこと、放っておけないし……楓達のことは信じてるから。楓達が信じてる大赦の人も……まあ、信じるわ」

 

 「……ありがとねぇ、姉さん」

 

 結局、全員が行くことを決めた。もう1度勇者となり、美森を探しだして連れ戻すことを……決めた。そんな4人を、先代組の3人は嬉しそうに笑って礼を言い……笑い合う勇者7人を、安芸は微笑みながら見つめ……大赦の男もまた、仮面の下で彼女と同じ表情を浮かべていた。

 

 「ところで楓。友華って誰?」

 

 「合宿の時に居た女将さんを覚えているかい?」

 

 「ああ、あの見た目詐欺の……あの見た目で80とか嘘でしょ」

 

 「あの人、自分の養子先の人。つまり、自分の義理の母親なんだよねぇ」

 

 「「「「嘘ぉっ!?」」」」

 

 「言ってなかったのか楓……」

 

 「わたし達も似たようなリアクションしたよね~」

 

 

 

 安芸と男が部室から出ていった後、7人は屋上に出て来てスマホを手にし、久しぶりに勇者アプリをタップ。画面から花弁と共に光が溢れ、それぞれ変身を完了させる。その直後、それぞれの側にこれまた久しぶりに見る精霊達が姿を現した。尚、6人の勇者服に変化はないが、唯一楓だけ左手にしかなかった水晶が右手にも付いていた。

 

 「また宜しくね、牛鬼」

 

 「久しぶりだねぇ、夜刀神」

 

 「ちょ、こら、くすぐったいって! もうっ」

 

 「やっぱりお兄ちゃん達って精霊に懐かれてるよね」

 

 友奈の頭の上にうつぶせに寝そべる牛鬼、楓の首に巻き付いて頬を舐める夜刀神、出てくるなり風の顔に飛び付いてペロペロと舐める犬神、樹の差し出す両手の上で跳び跳ねる木霊。

 

 「セバスチャン久しぶり~♪ ちょっと太った?」

 

 「いや、精霊は太らんでしょ……」

 

 「……元気?」

 

 「外道メ」

 

 「相変わらずね、あんた」

 

 「諸行無常」

 

 友奈の牛鬼のように園子の頭の上にうつぶせに寝そべる烏天狗、銀の右肩に乗っている鈴鹿御前、夏凜の横に浮かぶ義輝。それぞれが久しぶりに会う精霊とコミュニケーションを取っていた。そんな中、一頻(ひとしき)り烏天狗を撫でた園子は楓に近付く。

 

 「夜刀神も久しぶり~♪ 今度こそ撫でさせ」

 

 「シャーッ」

 

 「に゛ゃー! また噛まれたー!」

 

 「わー! 園ちゃん大丈夫!?」

 

 「まーたやってんのか園子……」

 

 「あれ、なんかこんな光景前にも見たような……」

 

 そんなこんなで7人は屋上から勇者の身体能力をフルに使って跳びながら移動する。目指すは大橋、その壁の向こう。讃州市から大橋まではそれなりに距離があるが、勇者の身体能力を持ってすれば10分もせずに辿り着くことが出来た。

 

 壁の上に辿り着いた7人。その脳裏に、壁の向こうにある地獄のような光景が浮かんだ。だが、それで足を止めることはない。美森を見つけ、連れ戻すと決めたのだから。

 

 最初に結界の外に出たのは夏凜。次に銀、風、樹と続き、園子がその後に続く。楓と友奈はお互いに顔を見て頷きあい、楓が先に結界の外へと出ようとする。

 

 

 

 そして楓の手が結界へと触れた瞬間、バチッという音と共にその手が弾かれた。

 

 

 

 「……えっ?」

 

 「楓くん!? 大丈夫!?」

 

 「あ、ああ……大丈夫だよ友奈。でも、今のは……」

 

 弾かれた手のひらを見つめて唖然とする楓に、友奈が慌てて近付いてその手を握る。少しだけ放心した後、楓は苦笑いを浮かべて心配する友奈に大丈夫だと告げ、手のひらと結界を交互に見る。

 

 友奈に手を離してもらい、恐る恐る楓はまた結界へと手を伸ばす。しかし、その手が触れた瞬間、先程と同じように弾かれた。試しにもう片方の手、足、肩と触れてみるがやはり同じように弾かれ、それならと勢いをつけて結界に跳んでみるが……結界を越えることは出来ずに弾かれ、楓は壁の上で尻餅をついた。

 

 「……んで……なんで! なんでだ神樹様! なんで自分は結界を越えられないんだ!」

 

 「楓、くん……」

 

 「美森ちゃんが、あの子が結界の外に居るかもしれないんだ! あの子を1人にしないと約束した! 見つけ出すと、連れ戻すと決めたんだ! 皆で探し出すと言ったんだ! なのに……なんで自分だけが!!」

 

 それは怒りか、それとも悲しみか。楓は必死な顔で叫び、その度に腕を結界へとぶつけ……そして、弾かれる。その手が結界を越えることは1ミリ足りともない。

 

 2年前、楓は結界を越えられた。数ヶ月前の戦いでも、越えられた。なのに今回は越えられない。他の皆は何の問題もなく越えられたと言うのに、楓だけが。その叫びを、その表情を友奈は胸を締め付けられる思いで見ていた。見ていることしか……出来なかった。

 

 試しに、友奈は己の手を結界へと伸ばす。すると楓のように弾かれる……なんてことはなく、手は問題なく結界の向こうへと消えた。彼女は越えられるのだ。なのに楓だけが……出ることが出来ない。外に、美森を探しに行くことが……出来ない。

 

 「探しに……あの子のところに行かせてくれ……お願いだ神樹様……」

 

 何度も弾かれる。どれだけ叫んだところで、神樹は何も答えてはくれず……自分だけが出られない、美森を探しに行けないという現実が彼を打ちのめす。遂には結界の前に崩れ落ち……壁に両手を着き、神樹に懇願し……それでも、神樹が答えることはなかった。

 

 「……楓くん。私が……私達が楓くんの分まで東郷さんを探してくる。楓くんの分まで……私が頑張る」

 

 「……友奈……」

 

 「だから……だから、楓くんは私達の帰りを待ってて。絶対に東郷さんを連れて、皆で帰ってくるから」

 

 そんな楓を、友奈は見ていたくなかった。だから、友奈は楓の前に片膝を着き、彼の両手の上に己の手を乗せた。そうして自然と近くなった目を合わせ……笑って、そう言った。

 

 どういう訳か楓は出られない。こんなにも探しに行きたがっているのに、辛くて、悲しくて、泣きそうな程に顔を歪めているのに。そんな彼の代わりに頑張ると……彼の分まで頑張ると、友奈は決めた。

 

 (私は、楓くんの笑ってる顔が好きだから)

 

 見てるだけで幸せになれる……あの朗らかな笑顔が見たいから。

 

 「……分かった。自分の分まで頼んだよ、友奈。それから……ありがとねぇ」

 

 「うんっ!」

 

 その笑顔が見れたから……その笑顔に見送られたから……友奈は頑張れる気がした。

 

 

 

 

 

 

 ― ごめんなさい ―

 

 真っ暗な空間。そこで鏡越しに2人の様子を見ていた神樹は、楓に向かってそう呟いた。彼女は何も意地悪をしている訳ではない。彼だけ通さないことには、勿論理由がある。

 

 高次元の魂を持つ楓は、そこに存在しているだけで神樹の力を引き上げ、寿命を伸ばす。供物を戻したことで再び減った力も殆ど戻ってきている程。いずれは天の神の力に匹敵し、凌駕することも可能。しかしそれは……天の神にも作用してしまう。

 

 仮に天の神が楓という魂を手にした場合、神樹の力を強めているように天の神の力を強めてしまう。そうなれば神樹に、勇者に天の神に対抗する術は無くなってしまう。故に、楓が天の神の手に渡ることだけは絶対に阻止しなければならない。

 

 だからこそ、神樹は楓だけ通さないように細工をしたのだ。その結果、彼を悲しませることになったとしても。例え、彼に恨まれることになったとしても。そう思いながら、神樹は友奈を見送った後も壁の上に立ちながら結界の向こうに映る綺麗な景色を眺める楓を鏡越しに見つめ……。

 

 

 

 ― ……ごめんなさい ―

 

 

 

 誰にも聞こえないその場所で、神樹の辛そうな声だけが響いた。




原作との相違点

・多過ぎて書ききれません。もうこれいらない気がしてきた←



という訳で、まあ説明回です。まさか外にすらいけないとはこの隊長の目をもってしても見抜けなんだ。皆様から感想で楓どうすんだと書かれていましたが、そもそも外に出さないという手段を取りました。いや、出したら色々面倒ですしね。

新しい勇者システムに関してはほぼ原作通り。但し、本作では神樹様の力が増していることもあり、減ったゲージは変身していない時に限り充電されます。今回減ったとしても、変身を解除すればまたゲージは最大値まで回復するということですね。

さて、次回も本編です。やっと外の世界での出来事が……楓不在ということもあり、さっくり終わらせる予定です。そこから先は地獄だぞ。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 7 ー

大変お待たせしました(´ω`)

中々難産でございました……後、地味に長くなりました。

fgo、デレステ、バンドリ、グラサマ、ラスクラ、天華百剣、ゆゆゆい、とじとも、プリコネと風呂敷広げ過ぎてるなぁと思い始めました。いや、全部面白いからどれを消すとか……ねぇ?←

最近雨が多くて仕事のこともあり、少しモチベが下がっていましたが皆様の感想を読み返したりして回復してました。まだ本作が一桁の話数しかない頃から今まで欠かさず書いて下さってる方も居て……本当に感謝です。読んで下さってありがとうございます。

さて、今回はほぼ原作通りです。覚悟は宜しいか? 消費が激しいんで胃薬と麻婆と赤ワインを追加で配給しますね←


 「あれ? 友奈、楓は?」

 

 「それが……楓くん、何故か結界を越えられなくて……」

 

 「はぁ!? 冗談……な訳ないか……」

 

 友奈が楓に見送られて結界の外に出た時、既に出ていた5人は楓が居ないことに首を傾げた。風が代表して問い掛ければ、友奈は先程の彼の悲痛な叫びを思い出して暗い表情になり、簡単に説明する。当然風達は驚くが、直ぐに話を受け入れた。そんな冗談や悪ふざけを2人がする訳がないと知っているから。

 

 「でも、私が楓くんの分まで頑張りますから!」

 

 「それは違うよ、ゆーゆ。カエっちの分は、私達皆で頑張るんよ~」

 

 「園ちゃん……うん! そうだよね、皆で頑張ろー!」

 

 友奈はそう言いながら両手をぐっと握り締め、笑顔を見せる。彼とそう約束したから、彼にそう頼まれたから。美森を見つけ出すというやる気が何倍にもなった友奈に、園子が笑いながらそれは違うと告げる。美森を見つけ出したいのは皆同じなのだ。そして、楓が出来ないのなら自分達もその分頑張りたいのだと。友奈は、また笑って両手を握り締めた。

 

 そんな会話を終え、6人は改めて外の世界……地獄のような世界を見る。辺り一面文字通りの火の海。時折その火が生き物のように弧を描き、それがよりこの世のモノではない光景という印象を強くする。

 

 「……おっ、レーダーに反応! やっぱり須美は外に居たんだな」

 

 「えっ!? 銀さん、どこですか?」

 

 「えーっと……あっち、だ、な……」

 

 「どうしたの銀ちゃん……って、えーっ!?」

 

 「ちょっと、何よアレ」

 

 少しその光景を見た後にスマホを取り出していた銀は直ぐにレーダーを確認。すると自分達の名前、結界の中に居る楓の名前の他に東郷 美森の名前を見つけた。それを聞いた樹が近寄って画面を覗き込み、銀はレーダーに従って美森の反応がある方向へ指を指し……あんぐりと口を開けた。

 

 そんな彼女の様子を不思議に思った友奈が同じ方向を見るとこれまた驚愕。2人してどうしたと4人も同じように見れば、同じように驚愕。思わず呟いた夏凜の視線の先、6人の遥か上空にあるのは……真っ黒な、ブラックホールとしか言いようがない球体。美森の反応は、その球体と同じ場所にあった。

 

 「あそこにわっしーが……?」

 

 「あーっと……反応見るに、そうなるな」

 

 「東郷さんが……東郷さんがブラックホールになってる……」

 

 「初めて見たわ、久しぶりに会ったらブラックホールになってる奴」

 

 「お姉ちゃん……」

 

 「他に居てたまるかっての……っ、周りにはバーテックスまで居るじゃないの」

 

 教科書でしか見たことのないようなブラックホール。それは完全に6人にとって予想外であり、その衝撃的な光景は少し彼女達の間の空気を弛くした。園子がほえーと呟き、銀がポリポリと頬を掻き、友奈は唖然、風はボケなのけ素なのかわからない反応をし、樹はそんな姉に苦笑いし、夏凜は風にツッコミを入れる。

 

 夏凜が言ったように、美森が居るであろうブラックホールの周囲には射手座、蠍座、乙女座、魚座、牡羊座、牡牛座の反応。それだけではなく、以前の戦いの時にも見た小さなバーテックスがわんさかと存在する。それはレーダーだけでなく肉眼でも捉えられ、それを見た友奈がぎゅっと自身の胸の前で手を握り締める。

 

 (……大丈夫。もう、怖くない。今は皆が居るし、あの時の楓くんの温かさも言葉も覚えてる。だから……怖くない)

 

 かつては小さなバーテックスにトラウマを持っていた友奈。そのトラウマは以前の戦いを経て殆ど治っていた。それに周りには仲間達が居るのだ、最早彼女に小さなバーテックスへの恐怖は無いに等しい。

 

 「よし、あそこまで行ってみよう!」

 

 「いや、そうしたいのは山々なんだけどさ。アタシ達楓みたいに飛べないわよ? どうやって行くのよ」

 

 「は? 楓が飛ぶって……満開でもしてたんですか?」

 

 「えっ? お兄ちゃんは満開しなくても飛べましたよ? 翼を生やして……2年前もそうやってたんじゃ? あれ、違ったかな……」

 

 「翼!? いや、アタシ達の時は楓は翼生やしたりとかしてないし……爪使ってたし、爪飛ばしたりしてたし……最後はそうじゃなかったけど」

 

 「爪!? っていうか爪を飛ばすってなに!?」

 

 「言ってる場合か! 来るわよ!」

 

 ブラックホールを指差しながらそう言う友奈であったが、風に呆れたように言われてガックリとして腕が下がる。風の言に疑問を覚えた先代組の2人の内、銀が不思議そうに聞くと樹が同じように不思議そうにしながら答える。が、楓が満開も無しに飛んでいた等とは2人には初耳である。そして返答である爪を飛ばす等というのも当代勇者達にも初耳であった。

 

 お互いに鳥の翼に天使の羽、犬の爪やフックのような鉤爪を想像していた時に夏凜のツッコミが入り、空から小さなバーテックス達が6人目掛けて口を開きながら突撃してきた。6人は直ぐ様反応して各々跳んで回避し、迎撃していく。

 

 「邪魔よあんたら!!」

 

 「やああああっ!」

 

 「こんな時に! てええええいっ!」

 

 「ふっ、はあっ!!」

 

 風が大剣を振って1体のバーテックスを両断し、その隙を突こうとしたバーテックスを樹のワイヤーが切り捨てる。向かってきたバーテックスを友奈の拳が打ち砕き、更に右足による回し蹴りを一閃することで粉砕。夏凜はバーテックス達を足場にしながら空を駆け、その度に切り捨てていく。更には大量に出した短刀を投げつけ、爆砕していった。

 

 「はああああっ!!」

 

 「でええええりゃああああっ!!」

 

 結界の葉の上に着地した園子は手にした槍を伸ばしながら左から右へと振るい、数多のバーテックスを一気に殲滅していく。それでも近付いてくるバーテックスも頭上から多数の槍を召還、落とすことで串刺しにしていく。

 

 銀は両手の斧剣にある穴に牡丹の紋章が現れ、回転しながら炎が噴き出してそれを纏わせて近くのバーテックスを片っ端から切り裂き、ある程度片付けた後に体を思いっきり後ろに反らし、前へと戻す反動を使って斧剣をぶん投げる。投げられた2本の斧剣は炎を纏いながら回転し、これまた数多のバーテックスを殲滅しながら彼方へと突き進み、ブーメランのように戻ってきた所をキャッチする。

 

 「やるじゃない園子に銀。さっすが先代勇者ってところね」

 

 「えへへ~、褒められた~♪」

 

 「ま、勇者部の火の玉ガールとしてはこれくらいはね」

 

 「とは言え、ここでバーテックスを殲滅してても仕方ないわ。どうやって東郷の所まで行くか考えないと……」

 

 明らかに自分達当代の勇者と比べて殲滅数が多い先代2人を称賛する夏凜と、それを聞いて嬉しそうに笑う園子とニッと右手の斧剣を肩に置きながら笑う銀。複数回の満開を経て得た勇者の力は伊達ではないのだ。

 

 そうして各々バーテックスを倒しては居るが、本来の目的は美森の元へと向かうこと。こんな場所で無限に襲い来るバーテックスを延々倒したところで永遠に目的は達成出来ないと、そう夏凜が口にする。

 

 「なーに、飛ぶ手段なら満開があるって。ここはあたしが率先して……」

 

 「ちょい待ち。満開したら一時的にとは言え、精霊の加護が無くなっちゃうのよ? それにあんた1人で行かせる訳ないでしょうが……行くとしても、皆で行くのよ」

 

 「……」

 

 「な、なによ。急にじっとこっち見て」

 

 銀はそう言うと結界の葉っぱの先に立つ。以前なら散華の恐怖で躊躇ったかもしれないが、安芸からバージョンアップしたとの話を聞いているのでその恐怖はない。それに飛ぶ手段は満開くらいしかないのだ……使わない理由は無かった。

 

 そんな彼女の右肩を掴みながら待ったを掛けたのは風。部長として、友奈から楓の分まで頑張ると聞いた身として銀を1人で行かせるつもりなど無かった。そんな彼女に止められた銀はきょとんとして振り向き、風の顔をじーっと見つめる。急に見詰められた風は予想外のことに少しビクッとした。

 

 「あー、いや、その……」

 

 

 

 ― はいストップ。まずは須美ちゃんに仕掛けてもらおうね ―

 

 

 

 「風さんはやっぱり、楓のお姉さんなんだなーって」

 

 「何を当たり前のことを言ってるのよあんたは……」

 

 銀の脳裏に浮かぶのは、2年前のお役目のこと。真っ先に飛び出そうとする自分を毎回のように止めた楓。風に止められ、窘められたことでその時の記憶が甦り、銀は懐かしさを覚えたのだ。その懐かしさを胸に苦笑いしながら呟けば、風からは呆れ顔と声が返ってきたが。

 

 「ん~、ミノさんが言ったみたいに皆で満開もいいけど~……あれ位なら船で行けると思うから、わたしがやるね~」

 

 「え? 園子さん、船って……あっ! 確か園子さんの満開は……」

 

 「その通りだよイッつん。という訳で……“満開”!!」

 

 そんな会話の後に園子が高く跳び上がり、力強く叫ぶ。すると結界の方から沢山の光の根が彼女へと伸び、強く発光。その光が収まった時、そこにあったのは満開時の服装に変化した園子と、彼女の満開である巨大な船。その船を久々に見た4人は“おー”と感嘆の声を漏らし、初めて見た夏凜は驚愕から目を見開いた。

 

 「銀と言いあんたと言い、満開に躊躇いがないわね……」

 

 「あたし達の時は最初はバリアなんて無かったですからねー」

 

 「さあ皆、これがわっしー行きの船だよ~」

 

 「お邪魔しまーす!」

 

 「前に見た時も思いましたけど、カッコいい船ですね!」

 

 「わ、私の満開の方がカッコいいわよ!」

 

 次々と園子の船へと跳び乗り、全員が乗ったことを確認してからブラックホールに向かって高速で飛ぶ園子の満開。船を操作する彼女は問題ないが、他の5人は船の速度と火の海の熱風に晒され、船にしっかりとしがみつかないと振り落とされかねない状態であった。

 

 あっという間に、6人はブラックホールの近くまで来ていた。だがその前方に火の海からそ大型のバーテックスが現れ、6人の前に立ちはだかる。そのバーテックス達は、さながらブラックホールを守っているようにも見えた。

 

 「仕掛けてきたか……」

 

 「あいつら、あそこを守ってるの?」

 

 「どうする? 園子」

 

 「む~、だんだん囲まれてるし、倒しながら進むと満開の時間が足りなくなるかも……」

 

 「だったら、私が東郷さんの所に行く! 楓くんの、皆の分まで……東郷さんを連れて帰って来るから! 絶対、一緒に帰って来るから!」

 

 集まってくる大型のバーテックス達。どうしたモノかと園子が悩んでいると、友奈が船の先端へと移動しながら叫ぶようにそう言った。それを聞いた5人は少し悩む。向かう先は何が起きるか全く予想できないブラックホール。そこに友奈1人を行かせて良いものかと。

 

 しかし、だからと言って全員で行けばいざという時に助けにいけない。ならば数人ずつで……と言いたいが、無限に現れるバーテックスが相手では人手は幾らあっても足りない。それに、問答している時間も惜しい。何せ満開の時間は有限で、決して長時間その状態で居られる訳ではないのだから。5人は、友奈を信じることにした。

 

 「友奈、ちゃんと2人で戻って来るのよ! 部長命令!」

 

 「邪魔する敵は、私達で押さえますから!」

 

 「あんな所じゃ何が起きてもおかしくないわ。気合いよ、友奈!」

 

 「勇者は気合いの他に根性と魂も必要だゾ! 須美のこと、頼んだ!」

 

 「ゆーゆ……わっしーのこと、お願い」

 

 「任せて!」

 

 「それじゃあ一気に……行っくよ~!!」

 

 全員からのエールを受け、友奈は自信を持って頷く。必ず、2人で皆の、帰りを待つ楓の元へと戻るのだと決意を新たにする。その力強い一言を聞いた後、園子は船に薄紫色の光を巨大な鳥のように纏わせ、更に加速して突き進む。

 

 更に近くなるブラックホール。当然、そうはさせないと6体の大型バーテックスが追い掛けてきた。その6体目掛け、園子の光の鳥から大量の薄紫の光がレーザーのようにバーテックス達に向かって飛び、その進行を遅らせる。

 

 「ゆーゆ、今!」

 

 「うん! 皆、行ってきます!」

 

 ようやく辿り着いたブラックホールへと、友奈が飛び込む。残った5人はバーテックス達の足止めをする為に園子の船の上でそれぞれ攻撃をし始める。風は新たな精霊である鎌鼬を得た時に使えるようになった短剣を投げ付け、夏凜も短刀を投げ付ける。樹も雲外鏡の緑色の壁を作り出し、そこから同色のレーザーを放つ。

 

 「お前達だけは……絶対許さない!!」

 

 「ゆーゆの邪魔はさせない!! それから……カエっちの腕の仇!!」

 

 そして銀と園子はそれぞれ炎を纏わせた斧剣を投げ付け、レーザーでバーテックス達……特に乙女座、蠍座を重点的に狙って攻撃していた。今でこそ五体満足の楓……その腕を2年前に奪った蠍座。そして、ずっと側に居たかった時に限って襲ってきた乙女座。時を経ても尚、その2体への恨みは根深かった。

 

 

 

 

 

 

 ブラックホールの中を、私は両手を体の前で×字に重ねて牛鬼のバリアに守られながら突き進んでいた。足場とかはどこにも無い。進んでるのか、落ちてるのかもわからない。ただ、ブラックホールの奥に見える光を吸い込んでるように見える黒い渦が近付いてきているのは分かる。

 

 手の方から“キィン!”ていう音が聞こえた。多分、ゲージが減った音。バリアが発生してるからもしかしてと思ったけど、やっぱりここは私が居たらダメな場所なんだ。それでも、私は止まらない。 絶対にあの黒い渦のところへ行くんだ。

 

 「東郷さん……」

 

 また“キィン!”ていう音がした。気にせずに突き進むとまた同じ音。それでも、止まらない。皆と、楓くんと約束したから。絶対に一緒に戻るんだって。

 

 「東郷さん……っ!」

 

 4回目の音。それが聞こえた後、私はやっと黒い渦に辿り着いた。そしてその中へと入り込むと……さっきまでの黒しかない世界が嘘みたいに光がシャワーみたいに溢れて、私に降りかかってきた。

 

 「あ……ああああああああっ!!」

 

 体が光に引っ張られるような、逆に押し出されるような感覚。それを感じた後、気付けば私は前に上も下も雲に覆われているような空間に居た時のような桜色の体……魂なのかな、そんな状態になっていた。自分の姿を見てから落ちてきた方を見ると、私の元の体がそこにあって……この体と、元の体が桜色の光の糸みたいなので繋がっていた。

 

 「……!? く、ううううっ!」

 

 今度はいきなり、光が飛んできてる方から炎みたいなのが避けられないくらい沢山飛んできた。思わず両手で防ぐと……この魂の体に当たった所が火傷みたいに赤くなった。元の体は大丈夫かなと思って見てみれば、今の私みたいに炎に煽られてるみたいだったけど、目に見えるダメージはないみたい。

 

 ……多分、繋がってる糸が切れたりこの体が無くなったりするようなことがあれば……死んじゃうよね。それは嫌だけど、今は東郷さんを……そう思ってると、今度は水玉みたいな、シャボン玉みたいなのが飛んできて……そこに東郷さんが映ってて、それに思わず手を伸ばして触れてみた。すると……東郷さんの記憶が頭の中に流れ込んできた。

 

 東郷さんが壁を壊してしまったせいで天の神の怒りを買い、外の火の勢いが強まっている。それを鎮める為には、私達が楓くん達から聞いた奉火祭を行う必要がある。だけど、その為には……神の声を聞ける数人の巫女さん達を生贄とする必要がある。そして……勇者であると同時に巫女の適性を持つ東郷さんなら、1人でその数人の代わりになれる。

 

 東郷さんは自分のせいで誰かを犠牲にするのは嫌だった。そして、自分なら代わりになれると知っちゃったから頷いた……私達の為に。神樹様に、私達が東郷さんのことを忘れるように願って。

 

 「……東郷さん、そんなにも私達のことを大事に思ってくれてたんだ。そうだよね……そう思ってくれてたから……でも」

 

 私達を大事に思ってくれてたから、大切に思ってくれてたから……壁を壊したりして、今も1人で犠牲になろうとして。でもね、東郷さん……私も、楓くんも、皆も東郷さんのことが大事で、大切なんだよ。だから絶対に連れて帰る。それに……約束したもんね。

 

 

 

 ― 忘れたくないよ! 忘れられたくないよ! 私を……私を1人にしないで!! ―

 

 ― うん……うん! ―

 

 ― ああ……1人にしないよ ―

 

 

 

 私と、東郷さんと、楓くんの3人でした約束。東郷さんを忘れない。東郷さんを1人にしない。だから……何度だって助ける。何度だってそこに行く。楓くんの分まで、皆の分まで。

 

 「私が……頑張る!! ああああああああっ!!」

 

 そう声に出して更に奥に向かう。飛んでくる炎は私の体に当たって、それはとても熱くて痛いけれど……全部無視する。無視してひたすら前に、前に! 前に!!

 

 それからどれくらい進んだのかわからない。気がつけば私は、前にも来たことがあるあの空間に来ていた。前は楓くんがここから出してくれたけど……今度は私が、東郷さんをここから連れ出すんだ。

 

 周りを見てみると、近くに私の体が横になって浮かんでた。上を見上げると、まるで大きな目のようにも見える穴。ふわりと満開の時に飛ぶイメージでそこに向かって見ると……居た。私達が探していた東郷さんが……大きな鏡に体が沈み込んでて、まるで燃え尽きたみたいに煤けているように黒くなってる。

 

 「東郷さん!?」

 

 思わず名前を叫んで近付いて頬っぺを触ってみる。でも、何の反応もしてくれなくて。鏡の上には今の私みたいな、魂みたいな体の東郷さんが炎で焼かれてて。

 

 こんな、こんなの酷い……東郷さんは居なくなった日からずっとこうやって、私達を守る為に……ずっと1人で。必要なことなのかもしれない。それでも私は……こんなの嫌だよ。

 

 「東郷さん、今助けるから……熱っ! く、ううううっ!」

 

 東郷さんを鏡から出そうとして両手を鏡に伸ばすと指先が沈んで、指先が凄く熱くなった。まるで、鏡の向こうに炎があるみたい。それでも両手を突っ込んで、鏡の向こうにある東郷さんの体を掴んだ。そこから両足も使って少しずつ引っ張り出す。

 

 手足が熱い。少しずつしか引っ張り出せない。それに、まるで邪魔するみたいに私の左胸の所に何かの模様みたいなのが出てきて、そこが凄く熱くて、痛くて。でも、そんなことに構っていられない。

 

 「東郷さんを離して!」

 

 少しずつ引っ張り出す。その度に左胸の模様が熱くなって、痛くなって、それが少しずつ広がっていって……耐えろ。耐えて、東郷さんを。

 

 「皆が東郷さんを助けに来てる! 皆が……皆と!」

 

 もう少し。後少し。熱い。痛い。でも、もう腰まで抜けた。あともうひと踏ん張り。

 

 

 

 「楓くんが……待ってるんだ!! ううううああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 そうやって頑張って、やっと東郷さんの体が鏡から全部抜けて……助けられたって安心して東郷さんを抱き締めた時。模様から感じてた熱さと痛みが全身に広がっていって。

 

 次に気付いた時には……いつの間にか結界の中に戻ってて。私と東郷さんは皆に心配そうに見られていて……楓くんに力強く抱き締められていた。

 

 

 

 

 

 

 友奈が美森を助け出した後、美森を捕らえていた鏡とブラックホールは砕け散り、消滅した。ブラックホールがあった場所からは勇者服姿で意識を失っている2人が落下し、直ぐに気付いた園子が船で落下地点に移動して回収。そのまま全員で結界の中へと戻った。

 

 戻ってきた7人を見た楓は安堵したものの、意識を失っている2人を見て近寄って抱き締め、必死になって声を掛けていた。幸いにも友奈は直ぐに目を覚ましたが、美森は目覚めず……楓が美森を抱き抱え、大橋の自分達も入院していた病院へと向かい、そこで友華が手配していたと言う医療スタッフに美森を預け、心配しながらも7人はそれぞれの家に帰ることになった。

 

 「……ぁ……?」

 

 「やった! 東郷さんの目が覚めた!」

 

 「わっしー!」

 

 「須美、大丈夫か?」

 

 美森が目覚めたのはそれから数日後のこと。目を覚ました彼女が最初に見たのは、嬉しそうに己を見る6人。そこに楓の姿が無いことに疑問を覚えたが、自身の右手が誰かに握られていることに気付き……そちらへと視線を動かせば、椅子に座って俯きながら、両手で強く美森の手を握って祈るように額に当てている楓の姿があった。

 

 「ここ、は……」

 

 「病院よ。あんた、数日寝てたのよ」

 

 「助けて、くれたんですか……? でも、このままじゃ世界が火に……」

 

 「事情は安芸って人と楓達からも聞いたわ。それに、火の勢いは安定してるからもう大丈夫だって」

 

 風からそう聞かされた美森はまさか自分以外が生け贄に? と慌てるが、そうではないと告げられる。そこから彼女は仲間達によって説明を受けた。

 

 助け出された美森は、本来ならそのまま死んでいる程の生命力を根刮ぎ奪われていた。恐らくはそれで生け贄というお役目を果たしたことになったのではないかという。今こうして生きているのは訓練の賜物か、それとも本人自身の気質なのか体が非常にタフであり、本当に死ぬ前に仲間達が助けるのが間に合ったからではないかとのこと。

 

 「体鍛えててよかったね、わっしー」

 

 「2年前からの訓練が役にたったな!」

 

 「どこも異常無しだそうです」

 

 「私……本当に助かったの……?」

 

 「そうよ、ギリギリセーフ!」

 

 「お役目ご苦労様。まあしばらくは入院だろうけど、この際ゆっくりしなさい。あ、劇は幼稚園の方に待ってもらってるんだから、退院したら覚悟しなさいよ」

 

 園子と銀が笑ってそう言い、樹が安心させるように微笑み、風が腰に手を当てながらにししっと笑い、夏凜が腕を組みながら悪戯っぽく告げる。

 

 仲間達のそんな姿を嬉しく思う美森だったが、自身の手を握ったまま何も言わない楓のことが気になった。普段の彼なら朗らかな笑みを浮かべ、皆のように話しかけてくれそうなモノだが。

 

 「……ごめんね、美森ちゃん。自分は……数日とは言え君のことを忘れてしまっていた。忘れないと、1人にしないと約束したのにねぇ……」

 

 「私もごめんね、東郷さん。約束したのに、何日か忘れちゃってて……」

 

 「私の方こそ……そんなに心配させて、ごめんなさい」

 

 「仕方ないよ。私でも、そうしたと思うから」

 

 美森がそう思った直後、楓が口を開いた。相変わらず俯いたままで、その声は微かに震えていたが……美森にも、そして他の6人にも彼が深く悔やんでいることは理解出来た。ましてや彼は唯一彼女を助けに行くことはおろか結界の外に出ることすら叶わず、1人安全な場所で身を案じることしか出来なかったのだから。

 

 彼に続いて友奈も謝り、美森も謝る。忘れたことを、心配させたことを。そうして謝る彼女に、風と夏凜は告げる。次からはちゃんと全部話せと、自分達も忘れてしまっていたのだからお互い様であると。

 

 「それでも……皆、思い出してくれた。夢じゃないのね……っ」

 

 「そうだよ、東郷さん」

 

 「……ありがとう」

 

 「それはこっちの台詞だよ、美森ちゃん」

 

 「え……?」

 

 自ら神樹に願ったとは言え、やはり忘れられるのは怖かった。だが、皆思い出してくれて、助けてくれた。それが、美森には堪らなく嬉しかった。夢ではないかという疑問も、楓の手の温もりが、友奈の言葉が、皆の笑顔が現実であると教えてくれる。皆に、現実に感謝して……楓にそう言われて、思わず彼の方へと顔を向けて。

 

 そして、顔を上げて……目尻に涙を溜めながら笑顔を浮かべる楓を見た。

 

 「自分達の為にこんなになって……それでも生きていてくれて……ありがとう……っ!!」

 

 そう言った彼の目尻からこぼれ落ちた涙を見て……嬉しそうに笑う美森の目からも、涙が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく、皆がそれぞれの用事や家のことで帰ってからもギリギリまで楓と友奈は美森の元に居た。楓は美森を助けに行けなかった分、少しでも長く彼女の側に居たくて。友奈もまた、こうして3人で居たくて。

 

 そうしてギリギリまで居た後に病院を出れば外はすっかり暗くなっており、讃州市に戻った後に楓は友奈を彼女の家まで送って行った。

 

 「ありがとねぇ、友奈」

 

 「え?」

 

 「自分の分まで頑張ってくれて、美森ちゃんを連れて皆で戻ってきてくれて。本当に……本当に嬉しかった」

 

 友奈の家の前に着いた時、楓は彼女に面と向かって御礼を言った。急に御礼を言われた友奈はきょとんとしたものの、次の彼の言葉で何の御礼なのか気付き……彼が浮かべる朗らかな笑顔を見て、彼女も自然と笑みを浮かべた。

 

 「……うん」

 

 「じゃあまたねぇ。お休み、友奈」

 

 「うん! お休みなさい、楓くん」

 

 

 

 そうやってお互いに笑いあって別れた後。友奈は入浴する際に鏡を見て険しい表情を浮かべていた。その視線の先にあるのは、鏡に写る自分の裸……その左胸にある、太陽のような……ともすれば眼にも見えるような、禍々しい赤黒い模様。

 

 「……楓くん……」

 

 その模様を見ていると……何故だか、彼の笑顔が浮かんだ。




原作との相違点

・銀関連

・友奈とか皆の台詞とか

・乙女座が友奈を追いかけない。蠍座と共に園子と銀に攻撃されてた

・その他色々色々色々色々



前回の後書きで楓不在だからさっくり終わらせると言ったな。あれは嘘だ(うわああああ

現時点で園子と銀の満開を知らないのは夏凜だけという。そして2年前と現在でかなり戦闘方法が違う楓のことで当代と先代の間に知識の差が……シリアスの中の僅かなほのぼのです。

次回も本編です。番外編とDEifはいつになりますかね……お待たせしているリクエストの消化もしたいですし。DEifも終わらせないと。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 8 ー

また長らくお待たせしました(´ω`) 暑さでうだってるのもありますが、勇者の章が基本的に難産です←

ゆゆゆいでは777日イベントですね、目出度いことです。一回確定ガチャ引きましたが、雪花と勝負しぐんちゃんが来てくれました。今回も超級レクイエムは強敵でした……なんとか☆3つ取れましたが。

相変わらず進みません。原作は6話で終わりましたが、本作ではどれくらい掛かるやら……友奈の章よりは短いと思いますが。

そういえば本作、私の作品では1番話数が多くなったんですよね。随分長くなったモノです。ゆゆゆいも書くのでまだまだ伸びます。今後とも本格にどうかお付き合いください。


 あの日、友奈を見送った後のこと。彼女のお陰で冷静になれた自分は、どうして神樹様が自分を外に出さないのか……その理由を、改めて考えていた。

 

 過去に数回、自分は神樹様と話したことがある。自分に満開を使わないように言い、散華を戻すか否かでとても悩み、自分の体を治してくれた。人と同じように心を持ち、感情を持った優しい神様。そんな彼女が、理由もなくこんなことをするハズがないと。

 

 恐らく、自分達から美森ちゃんの記憶を無くしたのは彼女自身がそう望んだからだ。それと同じように、理由があるハズ……そう思い、過去にした会話の内容を思い返す。

 

 最初に会ったのは……確かあの3体との戦いの後で、病院のベッドの上に居る時だったか。その時に自分は満開や散華のことを聞いたのだ。その他にも、自分が生まれたことで減っていくばかりだった寿命や力が増えていったのだとか言っていたような……。

 

 次に会ったのは……そう、大橋での決戦前。皆で大赦の奥にある現実世界での神樹様……御神木に触れた時。そこで自分の散華は治すことが出来ないんだと言われたんだったか。その理由が自分が上の世界から転生してきたからだとか……その不可能を天の神の力を利用することで可能にしてくれたんだよねぇ。

 

 最後に会ったのは、美森ちゃんが壁を壊したあの戦いの後。自分の散華を治す為には神樹様に取り込まれる必要があり、しばらく共に過ごしていた。実はその時、鏡のようなモノで皆の様子を見せてもらっていたのだ。その時に友奈の魂がどこかの空間に囚われていることを知り、少し渋っていたものの神樹様が力を貸してくれてほんの少しだけその空間と繋げてもらい、彼女を救い出すことが出来た。

 

 (鍵になるのは……多分、自分が神樹様曰く上の次元の魂であること。それは、この世界では恐らく自分だけが持つ唯一無二のモノ。自分が生まれたから寿命や力が増えたと言っていたから、自分だけなのはほぼ間違いないと思うが……)

 

 自分を外に出さないのは恐らくそれが理由。では、仮に出した場合に何か問題があるのか。死ぬ可能性がある? それなら自分だけでなく皆も出さないハズ。美森ちゃんを助けに行かせない為? これも同様。後思い付くのはバーテックスや天の神くらいなモノだが……。

 

 (……天の、()。もしも……もしもだ。神樹様の寿命や力を伸ばすという自分の魂が……天の神にも影響するのなら?)

 

 そうだった場合、只でさえ外の世界を火の海に変える力を持つ天の神が更に力を増し、神樹様との力の差はより開くことになる。もしかしたら、あの合体した強大なバーテックスを複数体生み出せるようになるかもしれない。火の海に変えた力が、結界すらも破壊してこの四国すらも変えてしまうかもしれない。

 

 そういえば、最初の乙女座は自分を捕らえてきた。合体したバーテックスは自分を取り込んだ。この考えは存外、的外れという訳でもないんじゃないか? とは言え、神樹様に聞かない限りどこまでいっても予想でしかないんだが。

 

 それに……やっぱり皆のことも心配だ。信じて待つことしか出来ないのが、こんなにも辛く悔しいことだなんてねぇ……安芸先生と友華さんも、こんな気持ちだったのかねぇ。

 

 (頼むから皆……無事で戻ってきてくれ)

 

 そうして結界の向こうに見える景色を眺めてどれくらい経ったのか。凄く長く感じたが、実際はそう長い時間経った訳ではない気がする。ようやく皆が戻って来て……友奈と美森ちゃんが意識を失っていたのは本当に肝が冷えた。友奈は直ぐに目覚めてくれたが、美森ちゃんは目覚めなかったしねぇ。

 

 病院に連れていき、美森ちゃんが病室に移された後も意識が戻らなくて気が気じゃなかった。そうなるまで外に居て生贄として過ごしていたんだ……自分達の為に。だから目覚めてくれた時には本当に安心したし……自分達のことをそれだけ思ってくれていたことが、本当に嬉しかった。涙を流すことを、我慢出来なかった程に。

 

 結局自分は何も出来なかったが……それでも、また8人で居られるのだから情けなさや悔しさには蓋をして、喜ぶ。そんな少し複雑な気持ちでありつつ、ギリギリまでお見舞いをして友奈を送っていた時のこと。

 

 「じゃあまたねぇ。お休み、友奈」

 

 「うん! お休みなさい、楓くん」

 

 彼女に御礼を言って背を向けて姉さんと樹が待つ家に帰る為に歩く。お腹が空いたな……今日の晩御飯は何だろうか。そんなことを考えながら歩いて、最初の角を曲がろうとした辺り。

 

 

 

 ― …………………… ―

 

 

 

 「っ!?」

 

 唐突に、背筋が凍った。咄嗟に足を止めて振り返り、辺りを見回す。しかし、既に暗いこともあってか自分以外に人の姿はない。だが……ハッキリと感じた。さっき……いや、()()自分は誰かに、ナニカに見られている。

 

 冷や汗が流れる。人の視線に敏感だと言うつもりはないが、それでも今尚見られているというのが解る。それも1つじゃない……複数の存在から。だが、この場には自分しか居ない。少し視線を上げて知らない人の家の窓を見てみるが、そこにも人影は見えない。

 

 そうして見回した直後、視線が消えた。時間にしてほんの数秒……だが、随分と長く見られていた気がする。それにあの視線、背筋が凍る感覚は……以前にも、どこかで。

 

 「……っ!? あ……姉さん、か」

 

 思いだそうとしていた時、急にスマホが鳴り響いてビクッとする。取り出すと、そこには姉さんの名前。その事にホッと安心しつつ、画面を操作して電話に出る。

 

 「もしもし?」

 

 『楓、今どこよ? まだ東郷ん所に居るの?』

 

 「いや、友奈を送ってきたから今から帰るところだよ」

 

 『分かった。気を付けて、なるべく早く帰ってきなさい。もう結構遅いし、樹がお腹空かせてるから』

 

 『お腹鳴らしたのお姉ちゃんのほ』

 

 最後に樹の声が聞こえたかと思えば電話が切れた。これは早く帰らなければいけないねぇ、と思わず苦笑いをして、2階の窓から自分に向かって手を振る友奈に気付いて振り返してから少し速めに歩き出す。

 

 (……さっきの感覚を感じたのは、どこだったっけ)

 

 その間も考えていたんだけど……この時はまだ、思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく。無事に美森は退院し、待ってもらっていた幼稚園に8人全員で劇を行い、大成功に終わった日のこと。日が落ちるのが早い為に辺りは暗く、クリスマスも近いということで街は様々なイルミネーションできらびやかに彩られていた。

 

 「わあ! もう飾り付けされてる!」

 

 「外国の祝祭も祝う……我が国の寛容さね」

 

 「東郷さん……言い方がなんか怖いよ」

 

 その街中を、友奈と美森が2人で歩いていた。飾られているイルミネーションに目を輝かせる友奈の隣で、美森がしみじみと呟くと友奈が苦笑いし、そんな彼女の反応を見て美森もクスッと笑みを溢す。

 

 「クリスマスツリー、どんな風にしよっか……? どうしたの? 東郷さん」

 

 「うん……良かったって思って」

 

 「何が?」

 

 「また、友奈ちゃんと……皆と去年みたいにクリスマスが過ごせるんだと思って」

 

 勇者部に飾るクリスマスツリーはどんな風にしようか。そう呟く友奈の耳に、また美森の小さな笑い声が聞こえた。どうしたのかと聞けば、彼女からはそんな言葉が返ってくる。

 

 決死の、もう2度と会えないつもりで生贄となった美森。しかし仲間達によって助け出され、こうして親友と共にクリスマスを迎える準備をしている街を歩いている。奇跡にも思えるこの時間が、美森に堪らなくうれしいモノであり……そんな彼女の前に移動し、友奈は満面の笑みを浮かべた。

 

 「当たり前だよ。また東郷さんがどこかに行っちゃったりしない限りね?」

 

 「もう……あんまりいじめないで、友奈ちゃん」

 

 「えへへー♪」

 

 「去年みたいにはいかないかもねぇ……今年は夏凜ちゃんにのこちゃん、銀ちゃんも居るんだから」

 

 「あ、楓くん!」

 

 「わたしも居るんよ~♪」

 

 「あたしもいるぞ!」

 

 「そのっち、銀も」

 

 そうして2人が笑い合っていた時、美森の後ろからそんな言葉が聞こえてきた。その声の主……楓の姿を見た友奈はまた笑みを浮かべ、振り返った美森も彼とその両隣に居る園子と銀の姿を見て驚きを交えつつ笑った。

 

 何故3人が居るのかと言えば、楓は予約していた本を買う為に本屋に行った帰りであり、園子と銀は今晩の晩御飯の材料を買いにきた帰りであり、3人偶然出会ったのだとか。そこから3人で話しながら歩いていると、笑い合う2人を見つけたのだ。その為、3人の手には各々が買ったモノが入った袋がある。

 

 「去年は楓達はどうしたんだ? クリスマス」

 

 「自分達の家でクリスマスイブにパーティーをやったねぇ。今年も多分、そうなると思うよ。8人だから、中々大所帯だねぇ」

 

 「わーい♪ 一緒にクリスマスやるの初めてなんよ~♪」

 

 「えっ、そうなの? 意外だなー、皆仲良しなのに」

 

 「そうね……でも、実はあんまり一緒に居た時間って長くないのよね。そうとは思えないのだけど」

 

 そのまま5人は歩きながら他の通行人に迷惑にならない程度に楽しくお喋りしていた。その途中、園子の言葉に意外そうに呟く友奈に美森が過去を思い返しながら話し始める。

 

 小学5年生の夏休みの終わりにやってきた楓、その初日にやらかした銀と翌日から話すようになった園子の3人はこの頃から接することは多かったが、当時は真面目であんまり融通も効かなかった美森は6年生に上がるまであまり会話もしなかった。そして当時はまだまだ子供で勇者としての特訓をしていたこともあり、クリスマスやお正月等のイベントは皆それぞれの家で行っていたのだ。

 

 そして6年になり、勇者のお役目が本格的になった頃から絆を深め、4人でプールにもお祭りにも行くようになったが……クリスマスを迎える前に離れ離れになってしまった。故に、今年のクリスマスが先代組全員揃って祝う初めてのクリスマスになるのだ。

 

 「楽しみだねぇ。きっと、去年よりももっと楽しくて騒がしくなるねぇ」

 

 「食べ物とか持ってった方がいいよな? 風さんにも負けない銀様特製料理をお楽しみに!」

 

 「わたしも頑張るんよ~。焼きそばを!」

 

 「なんで焼きそば!? でも美味しいんだろうな~、園ちゃんの焼きそば」

 

 「私もぼた餅を持っていくわね。それに、和食も少し作るわ」

 

 「クリスマスなのに和食か……流石須美、ぶれないな」

 

 (自分も何か作った方がいいのかねぇ……)

 

 共に過ごしたかった……それでも過ごすことが出来なかった時間がもうすぐやってくる。その時を楽しみに、今からわくわくとしながら笑い合う5人。

 

 その中で唯一友奈だけが自身の左胸に手を当て、一瞬だけ顔をしかめたのを……この時は誰も気付いていなかった。

 

 

 

 翌週のこと。勇者部はクリスマスや年末が近いので少し依頼の頻度を少なくし、自分達も楽しむべく部室にクリスマスツリーを置いて友奈、夏凜、銀がその飾り付けをし、樹にチェックをお願いする。

 

 美森はパソコンに向かい合い、勇者部で行うクリスマス会の予定表を作っていた。風は何故だか瓶底メガネを掛け、参考書を手に園子から勉強を教わっている。ここに居ない楓は途中で担任から頼み事をされ、少し遅れていた。

 

 「なに? あのヘンテコなメガネ」

 

 「視力が落ちてきたんだそうです」

 

 「大変ね、受験生ってのも。部室でまで勉強するなんて」

 

 「先週は色々あって勉強してる暇なんてなかったからねぇ。取り返さないと」

 

 「陳謝!!」

 

 「ああもう、そういうつもりで言ったんじゃないから! 土下座やめなさい!」

 

 風のメガネと勉強していることに疑問を抱いた夏凜が樹に聞くと、苦笑いと共にそんな言葉が返ってくる。受験生である風は家でも勉強に明け暮れている為か、少し視力が落ちてきているらしい。夏凜が腕を組みながらそう呟くと、風は一旦手を止めて夏凜にそう説明した。

 

 そんな風の言葉に反応したのは美森。先週と言えば美森の件で色々と動き、心配を掛けていた時だ。今尚罪悪感に苛まれる美森は風に向かって土下座し、風は止めろと呆れと怒り半々で告げる。

 

 「受験より仲間がブラックホールになってる方が急務だもんね……」

 

 「ですねぇ」

 

 「あははー……樹ちゃん、ちょっと楓くんっぽかったよ」

 

 「陳謝!!」

 

 【わーっ!?】

 

 「止めろっつーの!!」

 

 土下座する美森に呆れつつ、また腕を組みながら呟く夏凜。それに樹が同意し、友奈も何も言えず誤魔化すように笑う。そんな仲間達の反応を見て、美森は今度は正座をしてどこからか取り出したカッターナイフを手に切っ先を己の腹部へと向ける。その傍らには青坊主が同じようにカッターナイフを手に浮かんでおり、園子以外が慌て、銀が直ぐ様後ろから羽交い締めにして阻止する。

 

 「丸、丸、丸、丸……最後も丸っと。スゴいよフーミン先輩、全問正解! これなら受験も安心だね~」

 

 「おっ、流石アタシ! 園子もあんがとねぇ」

 

 「ここでアタックチャーンス」

 

 「お、おう。どした急に」

 

 「正解すると女子力が2倍に、不正解だとカエっちがわたしの所に来ます」

 

 「……やらない! 大事な弟には変えられないわ!」

 

 「今の間はなんすか風さん」

 

 そんな騒動を無視して風が先程書いていたの過去問のテストの採点をしていた園子が採点を終え、結果を伝える。風は元々成績は良かったので頭の出来は良い。園子の教え方が良かったこともあり、お役目のせいで疎かになっていた勉強の遅れも殆ど取り戻せていた。

 

 銀と共に美森を押さえていた風は純粋に喜び、今まで教えてくれていた園子にも御礼を言う。そんな彼女に園子が唐突にそう言うと風はやる! と叫びそうになるがその後の言葉を聞いて数秒の間を置き、首を振る。僅かでも間を置いた風に、銀はジト目を向けていた。

 

 「にしても、部室でまでやるもんなの?」

 

 「来週は樹のショーがあるからねぇ。なるべく片しておきたかったのよ」

 

 「それで詰め込んでたって訳ですか」

 

 「お姉ちゃん、私のショーじゃなくて街のクリスマスイベント! 学生コーラス!」

 

 「スゴいよねー、樹ちゃん。学校代表だもん」

 

 「お兄ちゃんと友奈さんが練習に付き合ってくれましたから」

 

 「実力よ、樹の実力。あんたの歌の力よ」

 

 「それでこそアタシと楓の自慢の妹よ! 他の学校の代表なんてぶっ倒しちゃいなさい!」

 

 「趣旨が違うよ!?」

 

 そんな風に騒がしくも楽しくて会話をする7人。友奈が時計を確認すると、放課後になってからそれなりに時間が経っていた。今は居ない楓も、もうすぐ来ることだろう。

 

 友奈がそう思っている間に、美森と園子、そして銀が樹を左右と後ろから囲んで両手を回しながら“健康健康”と呟き、樹が万全の体調で挑めるように念のような何かを送る。3人としては善意100パーセントでやっているのだが、樹にとってはプレッシャーになるようで余計に緊張してしまっていた。

 

 じゃあサプリでもキメるかと夏凜がどこからかサプリの入った容器を取り出し、樹もよく効く奴を……とお願いすると園子が間に入って樹のグッズを作っていいかと言い、樹が拒否する前に銀に止めろと頭を叩かれる。そんな5人を、友奈は風と共に少し離れた場所で楽しげに見ていた。

 

 「珍しいわね、友奈が入っていかないなんて。何か考え事?」

 

 「え? 何も考えてないですよ?」

 

 「それはそれでどうなのよ……ホントはどっか具合悪かったりするんじゃないの?」

 

 「えっ!? 友奈ちゃん体調悪いの!?」

 

 そうして笑う友奈が気になったのか、風が首を傾げながら聞くと彼女はきょとんとしながら即答し、あまりにあんまりな答えに風の顔に苦笑いが浮かぶ。それでもどこか友奈らしくないと感じたのか風が再度聞いてみれば、それに反応した美森がこの世の終わりのような表情を浮かべ、それを見た銀と樹がビクゥッ! と肩を跳ねさせる。

 

 「そのっち! 銀!」

 

 「おー!」

 

 「え!? あ、なるほど……それじゃあ友奈にも」

 

 「「「健康健康健康健康……」」」

 

 「え? え!?」

 

 「いや、そんなの効かないでしょうよ……」

 

 友奈の隣に素早く移動し、園子と銀を呼ぶ美森。直ぐに反応した園子と驚きから行動が遅れたものの直ぐに何をしたいのか理解した銀も友奈の隣、背後に移動し、両手を回して念を送る。3人の行動に驚く友奈と両手を回し続ける3人に、夏凜が呆れからツッコミを入れる。

 

 「あ~……なんかポカポカする~」

 

 「嘘ぉ!? そんな訳……」

 

 「いやー、本当に効果あるんだな……あたしもびっくりだ」

 

 「「ふふん……健康健康健康健康……」」

 

 「え、ちょ、こっちくんな! や、やめろー!」

 

 両手を回してぶつぶつ言ってるようにしか見えない3人の行動が何やら効果を発揮しているらしいことに夏凜が驚愕の声を上げ、銀も銀で両手を回しながらほえーと驚く。そうして驚く夏凜に美森と園子はドヤ顔を浮かべ、夏凜にゆっくりと近付いて壁際に追い詰めて両手を回して念を送る。銀も面白がって笑いながら参加していた。

 

 「あ、なんかポカポカしてきた……って私の体に何が起きてるの!?」

 

 「「「健康健康健康健康……」」」

 

 「ああ! ポカポカを通り越して暑くなってきた!?」

 

 (あれ、本当に効果あんのかしらね)

 

 (それ、2人に聞こえてたら矛先向けられるよ)

 

 夏凜に念を送り続ける3人、そんな4人に巻き込まれないように遠巻きに見ている風と樹。風は4人を観察しながらむむむ、と唸りながら小声で呟き、その呟きが聞こえていた樹が注意する。そして友奈はそんな6人を少し眺め……ふと、視線が壁に貼り付けられた勇者部5ヶ条が書かれている紙へと向かった。

 

 “挨拶はきちんと”、“なるべく諦めない”、“よく寝て、よく食べる”、“なせば大抵なんとかなる”。そして、“悩んだら相談”の一文に視線が吸い寄せられ……意を決したように、友奈は口を開いた。

 

 「み、皆! あのね……っ」

 

 「ん? どしたの友奈」

 

 「あ……えっと……こ、ここで問題です! ここに楓くんがやってくるまで、後どれくらい掛かるでしょうか?」

 

 勉強終わったなら飾り付けを手伝え、もう殆ど終わってるじゃない、流石完成型勇者、バカにしてんのか。そんな会話をしていた風と夏凜、未だに夏凜に念を送り続ける3人、苦笑いしている樹の6人の視線が声を上げた友奈へと向けられる。

 

 しかし、友奈は6人を見てハッとした後に口を閉ざし……誤魔化すようにそう問い掛けた。

 

 「……いや、わかる訳ないでしょ。友奈は分かるの?」

 

 「分かりません……」

 

 「何で聞いたのよ……」

 

 「楓君なら、気配からして後1分もせずに来ますよ」

 

 「今は部室に向かって最後の階段を登ってる頃だね~」

 

 「「わかるの!?」」

 

 「銀さんは驚かないんですね……」

 

 「いやー、もうこの2人なら何をやってもおかしくないかなって」

 

 分からんと答えたのは風。逆に聞き返せば友奈も分からないと項垂れ、風の呆れ声に友奈は小さくなる。その直後に答えたのはやはりと言うべきか美森と園子。それぞれ時間と場所を大まかに、淀みなく答えたことに風と夏凜が驚きの声を上げる。樹も驚いていたが、何の反応も無かった銀の方が気になったらしくそう聞き、銀は遠い目をしながら答えた。

 

 「でもなんで急にそんなこと聞くのよ?」

 

 「えっ? えーっと……楓くん遅いなーって思ってたらなぜか」

 

 「なぜか、でどうしてクイズ形式になるのよ……」

 

 「あ、あはは……じゃ、じゃあ……あのね! 私あの日……っ!?」

 

 誤魔化すように笑い、再び何かを言おうとする友奈。しかし、また6人を見てハッとして口を閉ざした。6人は不思議そうにするだけで、彼女がそうした理由に気付かない……気付けない。何故なら()()は……友奈の目にしか映っていないのだから。

 

 

 

 (……気のせいじゃ……無かった……っ)

 

 

 

 友奈の目には、6人の左胸の辺りに小さな炎のような模様が怪しい光と共に浮かんで見えていた。それは丁度、友奈の左胸にある模様と同じ場所で……その模様を、そのまま小さくしたようで。

 

 「遅れてごめんね、皆。飾り付けは……結構終わっちゃってるねぇ」

 

 「「「「本当に来た!?」」」」

 

 「その言い方は傷付くねぇ……来ない方が良かった?」

 

 「ああ、そういう意味じゃないのよ楓! ただ、東郷と園子がもうすぐ楓が来るって言い当てたからびっくりしちゃって」

 

 「「ふふーん♪」」

 

 「あ……か、楓くん。こんちわー!」

 

 「なるほどねぇ……ああ、こんにちは、友奈」

 

 友奈が見えたモノに愕然とし、6人が不思議そうにしていた時に部室の扉が開き、楓が入ってきた。美森と園子の予言通り、あれから1分程経った頃のことであった。

 

 驚きの声を上げた風、樹、夏凜、銀の4人の反応に若干傷付く楓。そんな弟の悲しげな表情を見た風が慌てて説明し、名前が上がった2人はドヤ顔を浮かべる。愕然としていた友奈も彼の顔を見ると自然と笑みが浮かび、楓も友奈に笑顔と共に挨拶を返す。そこからは友奈の話が再び話題に上がることはなく、8人で部室を飾り付けて終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 (また、あの視線……)

 

 あれから家に帰って来た自分は、リビングにあるソファに座りながらこの頃何度も感じる視線について考えていた。因みに、姉さんと樹はコンビニに行っている。

 

 家に居る時には感じないソレは、外に居ると時折感じるようになった。あれから視線の主について考えていたんだが……そういえば、と思い出したことがある。以前、どこで視線を感じたのかだ。

 

 2年前の大橋での最後の戦い、そこでのこちゃんと銀ちゃんと一緒に獅子座を結界の外へと押し出し、自分達も外へと出た後に“鏡”を見た。そして、その鏡に見られているのだと感じたことがあった。

 

 (今はもう感じないし、感じたとしてもそう長い時間という訳でもないんだが……)

 

 プレッシャー、と言うのだろうか。視線を感じると同時に、いつも体が重くなるような気がする。それに冷や汗もかく。視線の主については……確証はないが、可能性のある存在は思い浮かぶ。外の世界に出た時に感じた視線なのだから、まあ限られているんだが。

 

 (恐らくは……天の神。だが、仮に天の神だとして、結界の中に居る自分をどうして、どうやって見ている……?)

 

 ここは神樹様の結界の中。そこに居る自分をどうやって見ているのか……そして、どうして見ているのか。今のところ特に実害はないんだが、不気味なことには変わらない。

 

 「……うん?」

 

 不意に、スマホに着信が来た。画面を見てみれば、そこには姉さんの名前が。

 

 「もしもし? 姉さん?」

 

 『楓? 悪いんだけど、家の鍵を開けてくれない? 樹が持ってたハズなんだけど、落としちゃったみたいで』

 

 『ごめんなさい……』

 

 「了解だよ、姉さん。ちょっと待ってて」

 

 電話を切って直ぐに玄関へと向かい、鍵を開けて扉を開く。するとその時に足下でチャリッ……という音がしたので扉の向こうに居た2人と一緒に下を見てみれば、家の鍵が落ちている。

 

 「……どうやら、家を出て直ぐに落としちゃったみたいだねぇ」

 

 「コンビニ周辺と帰り道を必死に探したのは無駄な時間だった……っ!!」

 

 「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 「まあ気付かなかったのは仕方ないねぇ……見つかったから良しとしようじゃないか。とりあえず、お帰り2人共。寒かっただろう? 早く入って暖まりな」

 

 「それもそうね……ちょっとした不幸だったと忘れましょうか。ただいま、楓」

 

 「今後は気を付けます……ただいま、お兄ちゃん」

 

 苦笑いしつつ2人を先に上げてから扉と鍵を締める。まあ、たまにはこんなこともあるだろう……そう思いながら自分も家に上がり、またリビングへと向かおうとした時……急に目眩がして体を壁に預ける。

 

 「っと……最近は無かったから油断してたよ……」

 

 まだ完全に新しい体が定着しきってないんだろうか、この目眩も随分久しぶりだ。これがあるから未だに自転車じゃなく徒歩で通学しているんだよねぇ。

 

 目眩が落ち着いたところでまた歩き、リビングへと向かう。この時の自分は、それほど深く考えることはなかった。

 

 姉さんと樹に起きた小さな不幸も……久々に起きた、自分の目眩にも。




原作との相違点

・台詞周り

・友奈の誤魔化しクイズの内容

・その他多すぎるんでむしろ教えて欲しいくらいです←



という訳で、原作でいえば3話の半分くらいですかね。少しずつチャージしていきます。とは言えこのままでは暗い話が続きそうなので、10話目を書いてから番外編2つ挟む予定です。1つはDEif、もう1つはリクエストからか、もしくは咲き誇る花と幸福に、で書こうかと思います。その際にはまたアンケする予定です。

……早く本編ゆゆゆいでドタバタしたいですねぇ←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 9 ー

またまた長らくお待たせしました(´ω`)

最近猛暑続きで死にそうです。外での仕事なので余計に……今書いてる話とは真逆の季節。秋まで死なないといいですが。

ゆゆゆい777日イベントは無事銀ちゃんを15まで集めました。今回のsr銀ちゃん、随分強くないですか? アビリティかなり優秀なんですが。

さて、今回はとうとう……麻婆豆腐と胃薬追加で用意しました。ご自由にお取りください。


 (東郷さんを助けたあの時……多分、生贄のお役目は私に引き継がれたんだ)

 

 部室で言おうとして、それでも言えなかった日の翌日の授業中、私はこの左胸の模様のことを考えてた。

 

 魂になって東郷さんをあの鏡から引き抜こうとした時に浮かび上がった模様。後になってから思い出したんだけど、鏡の上で炎に焼かれていた東郷さんの魂にも同じような模様があった。それが今、私にある。

 

 この模様が出来てから、そこを中心にして体がじくじくと痛む。我慢出来ないくらい強い訳じゃない。それでもずっと痛いのは……結構、辛い。

 

 (でも……これを東郷さんが知ったら悲しむよね)

 

 東郷さんだけじゃない。きっと、皆が悲しむ。やっと8人全員が揃って、楽しい日々が送れてるのに。その日々を……私のことで壊したくない。それに、話そうとすればまた皆にもあの模様が見えるかもしれない。だから……あんまり、話す気にはなれなかった。

 

 私は、生かされてる。この模様は多分、世界を火の海に変えてしまうような力を持ってる天の神からの呪いみたいなモノ。きっと、私を殺すことなんて簡単なのに……それをしないのはただの気紛れなのかな。

 

 そんな事を考えてる内に時間は進んでいって、今は放課後の部活。部室では園ちゃんと銀ちゃん以外は皆揃っている。そんな中で、夏凜ちゃんは何だか機嫌が悪そうだった。

 

 「夏凜ちゃん、なんだか機嫌悪い?」

 

 「え? ああ、昨日からエアコンが急に壊れちゃって……ったく、この寒い時期に。まだ1年も経ってないってのに」

 

 「私も昨日、夜に急に電灯が切れちゃって困ったわ」

 

 「2人共大変だったんだねー」

 

 「そうよ、災難よ災難」

 

 今は真冬だから、暖房とかストーブとかないと寒いよね。朝起きたら寒くてベッドから出られないし……東郷さんは、夜に電気が付かなくなっちゃったんだ。真っ暗だと危ないよね。

 

 災難……災難、か。夏凜ちゃんの言ったことが、少し気になる。でも、偶然……だよね?

 

 「そっちも大変だったのねぇ」

 

 「そっちもって……風もなんかあったの?」

 

 「昨日の夜に樹と一緒にコンビニ行ったら、帰り道でこの子が鍵がないーって大慌てで」

 

 「もう、言わないでよお姉ちゃん……」

 

 「それ、大丈夫だったんですか?」

 

 「家には自分が居たからねぇ。それに、鍵も玄関先で見つかったんだ。どうやら家を出て直ぐ落としちゃったみたいでねぇ」

 

 「ホント、ちょっとした不幸だったわ」

 

 そう思ってたら今度は風先輩がそう言って……夏凜ちゃんが聞いたら、そんな話が出て来て。3人共苦笑いしながら言ってたけど、風先輩の最後の“ちょっとした不幸”って言葉が、嫌に耳に残った。

 

 偶然……だよね……? 何だか怖くなった。ドジねーなんて言って笑ってる夏凜ちゃんと、苦笑いしてる東郷さん。樹ちゃんの頭を撫でてる風先輩と、夏凜ちゃんと風先輩からからかわれて涙目になってる樹ちゃん。皆、ちょっとした不運が起きてる……楓くんは、何もなかったのかな。

 

 「園子さん登場なんだぜ~♪」

 

 「同じく三ノ輪 銀、参上!」

 

 「のこちゃん、その手はどうしたんだい? それに銀ちゃんも、その指……」

 

 「これ? 大丈夫大丈夫、こうしてサンチョにすぽっと手を突っ込めば見えないよ~」

 

 「食われてる食われてる」

 

 そんな心配をしてると、園ちゃんと銀ちゃんがやってきた。声のした方を向いてみると……園ちゃんは右手に包帯が巻かれてて、銀ちゃんは右手の人差し指に絆創膏が貼ってあった。楓くんが聞くと、園ちゃんは笑いながらカバンにくっついてたサンチョのぬいぐるみ……枕だったっけ? の口に右手を突っ込んで大丈夫だって言ってた。銀ちゃんがツッコミしながらすぽっと引き抜いたけど。

 

 「で、実際何があったのよ」

 

 「今朝、ポットで火傷しちゃったんだ~。カエっち、舐めて冷やして~」

 

 「それは切り傷の時にすることでしょうが。つーかさせないからね」

 

 「あはは……銀ちゃんは大丈夫なのかい?」

 

 「あたしも今朝、包丁でちょっとね。やらかしたの久々だなー」

 

 「ま、大怪我じゃなくて良かったわ」

 

 「にしても、勇者部が揃いも揃って……師走にろくなこと起きないわね」

 

 園ちゃんと銀ちゃんにも、不運なことが起きてる。それが起きてるのは……昨日、私が模様を見た全員。ここまで来たら偶然とは思えない。

 

 夏凜ちゃんが全員で厄祓いにでも行こうかって言って、風先輩が縁起でもないけど行った方がいいか? なんて言ってる。そしたら夏凜ちゃんは冗談だって両手を振った。厄祓い……この模様も、厄祓いしたら消えるのかな。

 

 「友奈ちゃんと楓君は大丈夫だった?」

 

 「え? あ、うん。大丈夫だったよ、東郷さん」

 

 「自分も……特に不幸なことはなかったねぇ」

 

「良かった。これで友奈ちゃんと楓君にも何かあったらいよいよ怪しいものね」

 

 「また大赦が何か隠してるんじゃないかって?」

 

 楓くんがそう言った時、明らかに皆の顔が強張った。でも、直ぐに流石にそれはないでしょって夏凜ちゃんが否定して、疑い深くなってるわね、なんて風先輩が苦笑いした。そうしたら、皆もだよねーなんて笑って、私も笑った。

 

 ……実際、大赦は関係ない。だって皆の不幸はきっと……この模様の、天の神のせいだから。その模様が浮かんでる……私のせいかもしれないから。

 

 どうしよう、どうしたらいいんだろう。悩んだら相談……相談したいけど、また不幸なことが起こったらって思うと怖い。だけど、私だけじゃ解決策なんて思い付かないし……唯一不幸なことが起きなかった楓くんになら、相談しても大丈夫かな。

 

 「……楓くん」

 

 「うん? なんだい? 友奈」

 

 「ちょっと、いいかな」

 

 

 

 「で、どうしたんだい? 何か悩み事かな?」

 

 「えっと、えーっと……」

 

 あれからしばらく経った夕暮れ時、私は楓くんと一緒に階段の所まで来ていた。近くには誰もいなくて、楓くんと向かい合う。すると楓くんは目を合わせて、いつもみたいな朗らかな笑顔を浮かべてそう聞いてくれて……何から言おうか、どう説明しようか悩んだ。

 

 「えっとね……実はこないだ……」

 

 「……ちょっとごめんね、友奈」

 

 「えっ?」

 

 いざ話し始めようとしたら、楓くんはそう言って私の隣を通って後ろにある階段まで歩いていって……そこまで行くと、階段の方を向きながら腕を組んだ。

 

 「姉さん……何やってるんだい?」

 

 「……あ、あはは……さ、流石我が弟。この姉の気配に気付くとは……」

 

 「友奈からは見えてなかっただろうけど、自分からは丸見えだったよ……その頭。頭隠して尻隠さずならぬ、尻隠して頭隠さずだねぇ」

 

 「えっ、風先輩!?」

 

 「あははー……」

 

 楓くんの言葉に驚くと、階段のとこから風先輩が苦笑いしながら出てきた。風先輩が居たの全然気付かなかったよ……そう思ってると、2人共こっちに戻ってきた。

 

 「で、なんでここに?」

 

 「いやー、友奈が東郷も連れずに1人で楓を連れ出したでしょ? もしかしたら告白イベントなんじゃないかと思って……つい」

 

 「こっ!? そ、そそそ、そんなことしにゃいですよ!?」

 

 「うーん、その反応に対して自分はどう反応すればいいのかねぇ」

 

 「うん、アタシもこの反応はちと予想外だわ。まあ、もし本当にそうだったら東郷レーダーか園子レーダーが反応したんだろうけど」

 

 風先輩がいきなりそんなことを言うから思いっきり慌てる。楓くんに告白なんてそんな……楓くんには園ちゃんとか銀ちゃんとか、東郷さんとか……でも楓くんが誰かとこ、恋人になってるのってあんまり想像がつかないなー。東郷さんと夫婦みたいなことしてるのはしっくり来るんだけど……なんでだろう、ちょっと悔しい。

 

 「さて、姉さんのせいで脱線したけど」

 

 「ストレートに言うわね……まあ悪かったわよ」

 

 「で、友奈。さっきは何を言おうとしたんだい? 姉さんも聞いて大丈夫?」

 

 「あ、う、うん。えっと、実はこないだのことなんだけど……」

 

 「こないだって……どの間よ」

 

 「その、スマホを返してもらった時……」

 

 「美森ちゃんを助けにいった時だね。何かあったのかい?」

 

 「うん……その、実は東郷さん……っ!?」

 

 楓くんと風先輩に説明して、東郷さんを助けた時に……そう言おうとした時。うっすらと視界が暗くなって……風先輩の左胸の所に、また私と同じような模様が浮かんだ。気のせいか、昨日見た時よりも大きくなってる気がする。

 

 でも、楓くんには浮かんでない。良かったと思うけど、どうして? と不思議にも思う。皆と楓くん、何が違うんだろう。性別? それとも他に何か……。

 

 「友奈?」

 

 「あ、いえ、その……」

 

 話そうとするのを止めると模様が消えた……昨日と同じように。やっぱりこの模様は、私が模様のことを話そうとするとその人に浮かび上がるんだ。でも、それならどうして楓くんには……気になるけど、今は誤魔化さないと。

 

 「ま、前に皆で撮った写真とか全部消えちゃってて……」

 

 「……成る程ねえ。確かに自分もごっそり消えてたっけ」

 

 「あー、それは仕方ないわねぇ。大赦の検閲とかで消されちゃったのかも」

 

 「だから皆に悪くて……楓くんに相談しようかと思いまして」

 

 「なんでそれで楓に相談すんのよ?」

 

 「えーっと、それは……」

 

 「それは多分、自分と友奈、それから美森ちゃんで撮った秘密の写真があるからだねぇ。それを自分が持ってたら、移して欲しかったとかじゃないかい?」

 

 「そ、そうなんです!」

 

 本当は消えたりとかしてないんだけど、咄嗟に出てきた言い訳がこれだった。えっ、楓くんは写真が消えちゃってたんだ……あの時の旅館の写真も消えちゃってるのかな。だとしたらちょっと寂しい。

 

 言い訳した後にまた風先輩から突っ込まれちゃったけど、楓くんからそう言ってくれたのでそれに乗っかる。すると風先輩はなるほどと頷いて、何かニヤニヤとしだした。

 

 「3人での秘密の写真、ねぇ。楓、お姉ちゃん気になるなー。見せなさいよー」

 

 「だから消えちゃったんだってば……それに、3人だけの秘密だからねぇ。教えてあげないよ」

 

 「それは残念、と。それじゃあアタシは先に部室に戻るから、あんた達も直ぐに戻ってきなさいよ」

 

 「了解だよ、姉さん」

 

 「わかりましたー」

 

 風先輩はそう言って楓くんの首に左手を回して頬っぺた同士をくっつける。楓くんは苦笑いしてポケットから取り出したスマホをひらひらと振って、風先輩の腕を外しながら左手の人差し指を立てて口元に持っていき、“しーっ”てするみたいにした。

 

 すると風先輩は残念と言って肩を竦めて、私達に背を向けて歩きながら手を振って部室の方へと向かって行った。その姿が見えなくなった頃に楓くんがじゃあ自分達も戻ろうかって言って、私も頷いて2人並んで歩き出して少しした頃。

 

 「友奈。君がなんでさっき嘘をついてまで最初に話そうとしたことを話さなかったのかは……今は聞くのはやめておくよ」

 

 「っ!? 楓、くん……気付いて……」

 

 「姉さんは気付かなかったみたいだけどねぇ」

 

 ボソッと、楓くんがそう言ってきたからびっくりした。私が最初に話そうとしたことを話さなかったの、気付いてたんだ……ということはさっきのスマホの写真が消えたとかも、ただ私に合わせてくれてただけだったのかな?

 

 そんな私の疑問に答えるみたいに、楓くんは自分のスマホを取り出して軽く操作して私に画面を見せてきた。そこにあったのは、勇者アプリと他の2つ3つ程度のアプリ。その背景には旅館で撮った……楓くんと東郷さんが隣り合って、私が真ん中に立ってる朝焼けを背景にした写真。他の皆は知らない、私達だけが知っている秘密の写真。勿論、私のスマホにも消えずに残ってた。

 

 「話したくなったら、いつでも話してくれていいんだ。メールでも電話でもいい。遠慮はいらないからねぇ」

 

 「……うん。ありがとう、楓くん」

 

 そう言って朗らかに笑う楓くんを見てると、それだけでなんだか幸せな気分になって……不思議と、体の痛みとか熱さとかも和らいだ気がして。私も、笑ってお礼を言った。

 

 

 

 『今、お兄ちゃんと一緒に病院に居ます。お姉ちゃんが車に轢かれました』

 

 

 

 そんな気分も……その日の夜、押し花を作ってる時に来た樹ちゃんからのNARUKOのメッセージを見るまでだった。

 

 

 

 

 

 

 メッセージを見た部員達は病院へと直ぐにやってきた。最初に夏凜、少し遅れて園子と銀、更に少し遅れて友奈と美森。病院で合流した5人はナースステーションで場所を聞いて風の治療が行われている場所へと向かった。辿り着いたそこで見たのは、椅子に座りながら両手を組んで祈るように額に当てて俯いている楓と、不安げな表情を浮かべてその隣の椅子に座っている樹の姿だった。

 

 「楓くん、樹ちゃん!」

 

 「風は……?」

 

 「皆さん……お姉ちゃんは今、手術中です。いつ終わるのかは……」

 

 「風さん、車に轢かれたって……」

 

 「……本当だよ。自分達の目の前で、ね」

 

 友奈が走って近付き、夏凜も同じように近付いて問いかける。樹は手術室へと続く通路の方を見ながらそう言い、時間は分からないと首を振った。2人に少し遅れて近付いてきた3人の内、銀が信じられないという思いを込めながら呟くと、楓は組んでいた手を離して自分の右手を震わせながら見つめつつそう答えた。

 

 「カエっち……?」

 

 「楓君……っ。その車、許せないわ……」

 

 「須美……」

 

 「どういう状況だったの……?」

 

 夏凜の問い掛けには、楓が答えた。夕方、3人で学校から家までの帰路をお喋りしながら歩いていて、風が2人よりも少し前に出た状態で横断歩道を渡ろうした時だった。その車は赤信号であるにも関わらず速度を落とさぬままに進み、風の体をはねたのだ。そしてその車はそのまま通り過ぎていったと言う。

 

 「自分は直前で車に気付いて、姉さんの手を引こうとしたんだけどねぇ……その時に限って、前みたいに立ち眩みが起きた。それさえ起きなければ、姉さんを助けられたかもしれないのに……」

 

 「カエっち……それで、ずっと自分の手を見て震えてたんだね……」

 

 楓は突っ込んでくる車の存在に姉妹よりも先に気付いた。だから風に向かって右手を伸ばし、その手を引こうとした……だが、その瞬間に立ち眩みが起きてしまった。結果、彼は助け出すどころかその場で崩れ落ちてしまい、風はそのまま轢かれ、樹はただ唖然として立っていることしか出来なかった。救急車は立ち眩みから復帰した楓が呼び、それに一緒に乗ってそのままこの病院に……それが今に至るまでの流れであった。

 

 話を聞き、園子が楓の前にしゃがんでその震える右手を両手で包み込む。そうしても、しばらくその手の震えが止まることはなかった。そこからは誰も口を開くことはなく、ただただ風の無事を祈って時が過ぎるのを待った。1時間、2時間……そした風が治療を始めてから3時間と少しした頃、奥の部屋からガラガラとキャスターが転がる音が聞こえてくる。

 

 「っ、姉さん!」

 

 「お姉ちゃん!」

 

 「楓、樹……いやー、まいったまいっ……いてて」

 

 「風、先輩……」

 

 「大丈夫? フーミン先輩」

 

 「友奈に園子……皆も、来てくれてありがとねぇ」

 

 「全く……人騒がせなのよバカ風」

 

 「夏凜はこんな時くらい労りなさいよ……」

 

 ストレッチャーに乗せられた状態で看護師に運ばれてきた風に楓と樹が真っ先に駆け寄り、風は包帯とガーゼだらけの状態で2人を安心させるように笑顔を見せる。少し遅れて暗い顔をした友奈と心配そうな園子が近付き、夏凜が言葉とは裏腹に安心したようにホッと息を吐きながら腕を組み、風は2人には笑顔を、夏凜には苦笑いを浮かべた。

 

 「風さんが轢かれたって聞いた時はホント焦りましたよ……」

 

 「あの、命に別状は……?」

 

 「アタシも轢かれた時は驚いたわ。東郷は大袈裟ねぇ……大丈夫よ」

 

 銀は汗を拭うような仕草をして焦ったと言い、美森も心配そうに聞くが風は大丈夫だと告げる。それを聞いて他の5人も再び安心するが、その後に美森が受験生なのに……と呟いたことで風は少し慌てるものの試験は絶対に受けると言った。入院はするがそれも1~2週間程の予定で、試験には間に合うらしい。

 

 そうして話していると看護師から病院では静かにするようにと注意され、楓と樹は家族として入院の手続きの為に共に来るようにと促され、他の5人はひとまず帰ることになった。

 

 

 

 信号無視をした車は許せない。精霊はいったい何をしていたのか。皆の身に何かあれば正気では居られない。帰り道にそう呟く美森を4人で宥めながら家に帰ってきた友奈は、自室でノートに起きたことを書き記していた。

 

 (私が皆に話そうとしたら……皆に少しずつ嫌なことがあった。楓くんと一緒に相談しようとした風先輩は……車に轢かれた)

 

 模様のことを話そうとすれば皆の左胸の部分に模様が浮かび、何かしらの不幸が起きた。そして今回の風の事故で、友奈は模様を刻み付けた天の神の力が神樹の結界内に居る自分達にすら影響を及ぼす程強いのだと理解した。

 

 ノートに言った場合、言わない場合と分けて書く。言わない場合、心の中で思うだけだったりそもそも言わなければ何の影響もない。だが、言った場合……或いは言おうとした場合には、何かしらの不幸が降りかかる。それも友奈自身ではなく、その相手に。

 

 (私に起きてることは言っちゃダメなんだ……でも、楓くんに何も起きないのはなんで……?)

 

 疑問なのはそこ。話そうとしたせいで風が事故にあったのなら、楓にも何かしら不幸なことが起こっているハズ。だが、実際は立ち眩みが起きた程度で楓自身に不幸が起きた訳ではない。身内が事故に合ったのが不幸だと言うのなら、そうなのだが。

 

 (……誰にも言っちゃいけない。そのルールさえ守れば……誰も苦しまなくて済むんだ)

 

 そうやって友奈が悩んでいる間にも時間は過ぎていく。1日を終え、朝を迎え、学校で部員達や友達と挨拶を交わし、授業を受け、クリスマスの飾り付けの続きをして、皆で笑いあって……そうした日常が、ありふれた幸福な日々が続く。それを実感する度に、友奈は思う。

 

 (私達の戦いは終わったんだ。もう、皆が苦しむ必要なんてない。私が黙っていれば……勇者部の楽しい毎日が続くんだ)

 

 美森と共に笑い合いながら学校へと向かう。教室に着けば、楓が朗らかな笑顔と共に挨拶をしてくれる。後から来る夏凜に3人で挨拶をして、部室でタロットを広げる樹と会って、後から来る園子と銀と合流して、7人で部活をやって、風の見舞いにも行って。

 

 (誰も巻き込んじゃいけない。私が黙っていれば……それでいいんだ。私が……黙っていれば……)

 

 そう心に決めた友奈は雪雲が空を覆うとある日、1人で風の見舞いにやってきた。病院の中を歩き、目的地である風の病室へと辿り着いた友奈が扉を少し開けた所で、その手が止まる。少しの隙間から見えた中には先客として楓と樹が居て、家族の団欒を邪魔するのも悪いと思ったからだ。

 

 「樹、今日イベントでしょ? 行かなくていいの?」

 

 「自分もそう言ったんだけどねぇ……」

 

 「お姉ちゃんが怪我してるのに、私だけ楽しいことなんて出来ないよ」

 

 「って、聞かなくてさ」

 

 「あんたねぇ……こっちが気を使うでしょうが。お姉ちゃんのことなんて気にしなくていいのに」

 

 「家族3人が楽しくないと、私も楽しくないから……だからいいんだ。それに、ちゃんと代わってもらったから」

 

 そう言って笑う樹に、兄と姉は苦笑いしか浮かべられなかった。そこでこの話は終わりだと樹が話題を変える。怪我人は安静にしているようにと言えば、風の口から次々と心配事が出てくる。ちゃんと食べているか、朝は起きられているか、洗濯物は干したり取り込んだりしているか、掃除は小まめにしているか。内容が家事ばかりなのは、彼女がそれらを一手に担っていたからだろう。

 

 それに対して、弟と妹は問題ないと笑った。洗濯物は下着等の関係で樹がやり、料理は2人でやるか部員達がお裾分けと称して色々と持ってきてくれるらしい。料理が出来ない友奈は、それを聞いてぐさりと胸に何かが突き刺さったような感覚を覚えた。掃除やごみ捨ては楓がやっていると言う。

 

 そうして答えて、楓と樹の方が兄や姉のようだと風が言えば樹が嬉しそうに、楓は何も言わずにクスクスと笑って……心配しなくても大丈夫だと言う家族に、風は小さくお礼を言った。

 

 「退院したら、絶対楽しいことしようね」

 

 「ええ。お正月とか楽しみねぇ」

 

 「そうだねぇ……今年は色々と大変だったけど、仲間も増えたしねぇ」

 

 「来年はもっと凄くなるといいね、楽しい方に」

 

 「そうねぇ。皆、あーんなに頑張ったんだもんねぇ」

 

 幸せそうな、暖かな家族の風景。それをずっと隠れて見ている形になった友奈は、自然と自分の左胸……模様がある部分に手を置いた。この幸せそうな家族が、もしかしたら壊れていたかもしれなかったのだ。自分が、話そうとしてしまったせいで。

 

 原因が何かと言えば、勿論それは天の神だ。だが……友奈は自分のせいでと、そう思ってしまう。勇者部が大好きで、その仲間が大好きで、大切で、大事であるが故に……自分があの時、相談しようとしなければと、体を震わせながら。

 

 

 

 「うん。皆、幸せにならないとだね」

 

 

 

 その樹の一言を聞いて、更に後悔が大きくなった。それは今にも泣いてしまいそうな程に友奈の心を打ちのめす。彼女自身、同じように思っていたから。皆、幸せであって欲しいと思っていたから。

 

 「そうだねぇ……2人も、美森ちゃんも、夏凜ちゃんも、のこちゃんも、銀ちゃんも……友奈も、皆良い子だから、幸せにならないとねぇ」

 

 「ホント、良い子過ぎて勇者部部長は幸せ者だわ」

 

 もう、聞いていられない。友奈は、その場から逃げるように走り去っていく。その際、カバンからお見舞い品にと持ってきていた押し花の栞が落ちたことに気付かずに。

 

 「……?」

 

 「楓? どうしたの?」

 

 「いや、今……」

 

 その僅かな足音が聞こえたのか、楓が病室から出て外を確認する。そこに人の姿はなく、気のせいかと思って部屋に戻ろうとして……ふと視線を落とすと、そこには薄紫色の押し花の栞が落ちていた。

 

 (これは……まさか、友奈が?)

 

 それだけで、友奈がこの部屋の前に居たことを覚る。そして押し花だけを残してその姿が無いことに妙な胸騒ぎを感じた楓は……。

 

 

 

 

 

 

 「はっ……はっ……はぁっ……!」

 

 夜、雪が降り積もる道の上を友奈は走っていた。それは何かから逃げているようにも見えたし、離れようとしているようにも見えた。

 

 今、彼女の心にあるのは後悔だけだ。私が話そうとしなければ、私が1人で我慢していれば、私が、私だけが、私だけで。何度も何度も自分が、自分だけがと繰り返す。

 

 「あっ!? く、うっ!」

 

 そうして走っていると雪に足を取られ、滑って転んでしまう。雪にまみれた服は冷たく重くなり、頬は雪の上とは言え擦ったことでヒリヒリと痛む。それ以上に模様のせいで体が痛くて熱くて、なのに心がもっと痛くて、苦しくて。

 

 「……う……あ……っ」

 

 思い浮かぶのは仲間達の笑顔。ありふれた幸福の日々。それが、自分のせいで無くなってしまうことへの恐怖。ただ1人孤独に耐えなければいけないことの辛さ。

 

 誰にも言ってはいけない。誰にも知られてはいけない。皆が幸福(しあわせ)である為には、自分が我慢しなければいけない。心が軋みを上げ、側には誰も居ない現実に……孤独に、友奈は堪えきれなかった。

 

 「ひっ……ぐ……うええ……っ……うああああん!!」

 

 周りには誰も居ない。遠くからは樹が参加するハズだったイベントのモノだろう、綺麗な歌声と音楽が聴こえてきて……己の現状とは真逆のその美しい音色が、余計に友奈の孤独感を強くして。

 

 

 

 「そんな所で寝てたら風邪引くよ、友奈」

 

 

 

 なのにその声は……はっきりと友奈の耳に届いて。倒れている友奈の目の前に、誰かの足が見えて。信じられないという思いで見上げれば……そこには、4本の尾を生やした白い毛色の狐を肩に乗せた楓の姿があった。

 

 「大丈夫かい? 友奈」

 

 「あ……楓、く……」

 

 「雪のせいでずぶ濡れじゃないか……本当に風邪、引いちゃいそうだねぇ。とりあえず、これでも着てなよ」

 

 楓はそう言ってズボンが濡れることも気にせずに片膝を着き、友奈の体を起こす。そして彼女の体に付いた雪を軽く叩いて落とし、雪のせいで濡れた服の上から自分が来ていた学校指定の上着を脱ぎ、友奈に羽織らせる。

 

 「なん、で……」

 

 「病室の前で押し花の栞を見付けてねぇ。天狐……この子に匂いを辿ってもらったんだ。押し花を残して居なくなるなんて、ちょっと違和感があるからねぇ」

 

 なんでここに、そう言いたげな友奈に、楓はいつものように朗らかな笑みを浮かべながら説明する。説明が終わると同時に肩の狐……天狐は煙と共に姿を消す。

 

 「……なんで病室に入らずに居なくなったんだとか、どうしてこんな場所で泣いているのかとか、聞いてもいいかい?」

 

 「あ、う……っ」

 

 「……どうしても、言えない?」

 

 「……」

 

 「……そっか」

 

 優しく聞いてくる楓。だが、友奈は泣きながら首を横に振った。例え楓に何か起きていなかったのだとしても、今度もそうだとは限らない。今の追い詰められた状態の友奈には何がトリガーとなるのかの判断も難しく、上手く言葉にも出来ず……ただ、それは言えない、出来ないと首を振ることしか出来なかった。

 

 それを見て、楓も友奈にそれ以上聞こうとはしなかった。ただ……独りで泣いていた彼女を思いっきり抱き締め、優しく頭を撫でる。少なくとも……独りではないのだと教えるように。

 

 「なら、聞かない。ただ……自分は、友奈の側に居るよ。君が落ち着くまでは……こうしていてあげる」

 

 「……うんっ……ふ……うぐぅ……っ……ああああん! うああああんっ!!」

 

 言った通り、楓は何も聞かずに大声で泣き叫ぶ友奈の側に居た。離れたくないと、離したくないと背中に手を回す友奈の小さな体を強く抱き締め、落ち着かせるように頭を撫で続ける。それでも、彼女はしばらくの間泣き続けた。自分のせいでという辛さと、誰かが側に居てくれるという嬉しさが混ざりあって、自分では中々止められなくて。

 

 (友奈……君がどうしてそんなになっているのかは、まだ自分には分からない。けれど……自分には君の声が聞こえた気がする)

 

 何も答えない……答えられない友奈。それでも泣く彼女を見て、こうして抱き締めている楓には、確かに聞こえた気がした。

 

 言葉にならない……言葉に出来ない、彼女の“助けて”という声が。




原作との相違点

・栞を拾うのが園子ではなく楓

・泣く友奈の側に誰かが居る

・その他色々



という訳で、やっと原作3話が終わりました。この話を見た時、絶対本作では友奈を1人で泣かせたくないと思っていたんでこのような形に。ここは賛否両論ありそうですが。

さて、皆様色々と天の神や楓について考察しているようで感想を見て楽しんでいます。正確者は居るのかな?

次回も本編です。その後、また番外編を挟む予定です。DEifは本作よりも先に終わらせておきたいですしね。それに、ほのぼのも入れておきたいですし。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 10 ー

またもや長らくお待たせしました(´ω`) もうこの投稿スピードから抜け出せない気がする……許してください。

勇者部所属1~3、ぷにっと2が揃いました。全部ブック○フにあったという奇跡。早速読んでみましたが、楓突っ込んで書きたいエピソードが多すぎる。時系列よくわかんないですが、パラレル的な形でいつか書きたいですね。

fgoで福袋回したらメルトリリス来ました。後はプロテアで桜達が揃います。そしてロリンチちゃんも来てくれて私は感無量です。

前話の感想見ると誰1人として楓を呼び捨てにしてないのに気付いて草。何でなんでしょうね? おじいちゃんぱぅわーかな←

さて、今回も全っっっぅ然話が進みません。いや、ある意味で進みますかね。友奈の章を終えて尚上がり続けると評判の友奈のヒロイン力。今回はどうなるやら。


 あの後、私は泣き止むまでずっと楓くんに抱き締められながら頭を撫でられてて、泣き止んだ後は前みたいに家まで送ってもらった。その時、玄関の扉を開けたらお母さんがニヤニヤしながら待ってて……物凄く恥ずかしくなって、慌てて楓くんにお礼とまた明日って言って扉を閉めた。その時見えた楓くんの顔は、苦笑いだった気がする。

 

 お母さんが服が濡れてることに気付いて、直ぐにお風呂を沸かしてくれたのでお風呂場に行って……服を脱ぐ前に、楓くんが羽織らせてくれた上着を返し忘れたことに気付いた。楓くん、下は制服だったから多分凄く寒いよね……風邪、引いたりしないといいな。

 

 (……楓くんの上着……おっきいなぁ)

 

 私の上着よりも一回りか二回り大きい楓くんの上着。何となく、その袖に腕を通してみる。ぶかぶかで、袖からは指先しか見えない。この上着を着てると……さっき、抱き締められてたことを思い出す。

 

 私よりも大きな体で包み込むみたいに抱き締めてくれた。涙で服が濡れることも気にせずに、力強く。それに、その大きな手で頭を撫でてくれた。私が泣き止むまでずっと……ずーっと側に居て、そうしてくれてた。

 

 寒くて、痛くて、辛くて、苦しくて、寂しくて……そんな私を、優しさで包んでくれた。それを思い出して……今なら、笑顔だって浮かべられる。寒さも、痛さも、辛さも、苦しさも、寂しさも……全部、楓くんが包んでくれた。

 

 「……えへ。っくしゅっ」

 

 幸せな気分に浸っていると、思い出したみたいにくしゃみが出た。当たり前だよね、楓くんの上着は温かくても中の制服は濡れてて冷たいんだから。

 

 上着を脱いで畳んで、制服と自分の上着は脱いだら全部洗濯機の中へ。それからお風呂に入って、湯船に浸かる。体が冷たかったから最初は凄く熱いんだけど、少しすれば温かく感じる。そうして温まったら体を洗う為に浴槽から出て……鏡の前に行く。

 

 鏡に写る自分の体。その左胸の模様が、さっきまでの幸せな気分を消し去る。この模様のせいで、私が言おうとしたせいで風先輩と皆は……そういえば、今日はクリスマスイブだっけ。皆とお祝い、出来なかったなぁ。明日は……出来るかな。そう思いながら左手で模様を撫でる。

 

 「……あれ?」

 

 左手で撫でた模様を鏡越しに見て、首を傾げた後に直接見下ろしてみる。気のせいかな、この模様……。

 

 「何だろう……前よりも()()()()()()ような……?」

 

 赤黒くて、毒々しくて、まるで燃えているようにも思えていた模様。なんでだろう、それが私には色とか……存在感とかが、少し薄まってるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 友奈を彼女の家まで送っていってから少しした頃。そろそろ皆がサプライズパーティーの為に姉さんの病室に居る頃だろうかと歩きながら考えていると、不意にスマホに着信があった。ポケットから取り出して画面を見てみれば、そこには“乃木 園子”の文字。直ぐに画面を操作し、電話に出る。

 

 「もしもし、のこちゃん?」

 

 『あ、カエっち? 今どこに居るの~? 皆フーミン先輩の病室でサプライズクリスマスパーティーやってるよ~? ゆーゆは居ないんだけど……』

 

 「その友奈を家まで送っていったところでねぇ、今は外なんだ。友奈、雪の上で転んだらしくてずぶ濡れでさ。パーティーには行けそうにないかな」

 

 『そっか、残念だな~……でも明日はクリスマスだから、その時はゆーゆも一緒にお祝いできるよね?』

 

 「そうだねぇ……きっと、明日は皆でお祝い出来るさ」

 

 『だよね~♪ カエっちは? 戻ってくるの?』

 

 「……いや、悪いけれど自分はこのまま家に帰るよ。病院は遠いし、友奈に上着を貸したままで寒くて仕方なくてねぇ」

 

 『……分かった。残念だな~』

 

 「ごめんね、のこちゃん。じゃあそろそろ切るよ」

 

 『うん。またね、カエっち』

 

 「またね」

 

 そこで電話を切り、ポケットに入れる。サプライズのクリスマスパーティー、か。そこに自分と友奈は居ないが、楽しんでくれていると嬉しい。本当なら、そこに自分達も居て皆で楽しんでいたんだろうが……友奈が行けないのに自分だけ戻るのも気が引けたし、実際寒いので早く家に帰って温まりたい。

 

 

 

 ― …………………… ―

 

 

 

 「……まだ、消えないか」

 

 それに……友奈を送る途中から今までずっと感じている複数の視線。それが、まだ消えない。思えば、自分がこの視線を感じる時にはいつも近くに友奈が居たか、友奈から離れて少しした頃。今もまだ、後ろを向けば友奈の家がある。

 

 しばらく歩くと、ようやく視線が消えた。ずっとプレッシャーを感じていたので息苦しさを感じていたが、ようやく一息つけた。深呼吸を1つし、また家に向かって歩き出す。その道中で友奈に起きていることを考えていた。

 

 (友奈の身に何かが起きているのは間違いない。それも、あの子が皆から離れて1人で泣いてしまう程に辛く苦しいことが)

 

 原因はほぼ間違いなく天の神。友奈は姉さんが事故にあった日、美森ちゃんを助けに行った日のことを話題に出した。多分、その日に何かがあった。美森ちゃんを助けに行った以外の、友奈にだけ起きた何かが。

 

 外の世界の出来事はのこちゃんから聞いている。美森ちゃんがブラックホールになっていて、そこに友奈が1人で突入し、しばらく経ってからそのブラックホールが消滅、中から気絶した2人が出てきた。

 

 まあ、ブラックホールってどういうことだ? という疑問はあるが……実際に中で何があったのか、友奈本人以外分からないだろう。タイミングが悪くて今まで聞けなかったが、この調子だと答えてくれなさそうだ。

 

 (そして、その時のことを……多分、友奈は言えない。“言わない”じゃなくて、“言えない”。それは姉さんと自分に言おうとして誤魔化したこと、さっき聞いても泣いて首を横に振ったことからも明らかだ)

 

 問題なのは、どうして言えないのかだ。口に出すことそのものが出来ないのか……それとも、口に出すのに何か不都合があるのか。

 

 (……そういえば、どうして友奈は病室で前から居なくなったんだ?)

 

 ふと、そんな疑問が浮かんだ。押し花の栞が落ちていて、その栞に着いていた匂いを天狐に追ってもらった先に友奈が居たんだから彼女が病室前に居たのは確実。なら、どうして入らずに去った? どうして去った後に泣いていた?

 

 あの時、中に居たのは自分達3姉弟だけ。家族だけの輪に入ることを躊躇ったという可能性もあるが、それなら去る必要はない。なら、何が彼女を泣くほどに追い詰めた? 可能性としては自分達の会話くらいだろうが、別段おかしい話はしていないハズだが。

 

 (何が引き金になったんだ? 思い出せ、自分達の会話を。そこにきっと、友奈に起きていることのヒントがある)

 

 樹がイベントに行かなかった……違う。退院したら皆で楽しいことを……多分、違う。来年はもっと……これも違う。足音が聞こえたのはもう少し後だ。だからもう少し後の会話を……思い出せ……思い出すんだ。

 

 

 

 ― うん。皆、幸せにならないとだね ―

 

 

 

 (……これか?)

 

 可能性として高いのは樹が言ったこの部分くらいなモノだが。その後に自分が皆幸せにならないとと言って、姉さんが勇者部部長は幸せだと言って……だが、それの何が友奈に突き刺さったんだ? まさか自分が居たら幸せになれないなんて思ったのか?

 

 「……あいたっ」

 

 いつの間にか俯きながら考えていたから前方不注意になっていたんだろう、それなりに強く電柱に頭をぶつけてしまった。お陰で尻餅を着いてしまい、ポケットからはスマホが落ちる。不幸中の幸いと言うべきか、雪の上だったのでそれほど尻の方に痛みは少なかった。まあズボンは濡れて余計に寒くなったけど。

 

 (ん? ()()中の幸い?)

 

 雪を払いながら立ち上がり、ふと自分のその考えが引っ掛かった。不幸……そうだ、自分が居たら不幸になると、友奈がそう思っていたなら? いや、友奈が言えないことを考えると……()()()()()()()()()()()()()()()()のなら?

 

 思えば、姉さんが事故にあったのは友奈が美森ちゃんを助けに行った日のことを言おうとした後だ。それが自分が言おうとしたから起こったのだと、友奈がそう思ってしまったなら? もしくは、それが自分のせいなのだと友奈が確信しうる何かがあるとすれば?

 

 (そしてそれが、天の神が原因で引き起こされているとするなら……)

 

 彼女は、かなり辛い立場に居る。何せ対処法がない。相談も出来ない。それをしようとすれば不幸なことが起きる。友奈自身に何か起きた訳ではないから、多分相談しようとした相手に。だから言えない……言えば、相手が不幸になるから。

 

 勿論、これは自分の予想でしかない。だが……正しいとすれば、自分が彼女にしてあげられることは殆ど無い。それに、仮にこれが正しいとして……自分に何も起きないのは何故だ? それが、この予想が本当に正しいのかを疑問視させる。

 

 (決定打が無い。自分が外に出られない理由も、友奈に起きていることも……全部自分の予想だから。だが……この考えが正しいとして動いてみよう)

 

 少しでも、彼女の心が救われるように。少しでも……友奈が、笑えるように。

 

 

 

 

 

 

 風が退院出来たのは、年を越えてからだった。すっかり元気になった風を含めた勇者部は8人全員で初詣の為、神樹を祀る神社へとやってきていた。尚、この中で晴れ着を着ているのは美森と園子の2人であり、他は皆私服である。

 

 「はーっ、やっと退院できたわ。シャバの空気は美味しいわねぇ」

 

 「刑務所から出てきたみたいなこと言ってますよ風さん」

 

 「病院なんて似たようなモンよ。好きなの食べられないし、楓と樹にご飯作ってあげられないし、身動き殆ど出来ないし」

 

 「姉さんが居ない間はのこちゃん達がお裾分けに来てくれるか自分達で作ってたけどねぇ」

 

 「持っていって皆で食べると1人で食べるより美味しかったんよ~。ああいうの憧れてたんだ~♪」

 

 「ああいうのって……友達の家で一緒に食べるとかですか?」

 

 「んーん、通い妻」

 

 「いや、別に通い妻じゃないですよ!?」

 

 鳥居の下、他の参拝客の邪魔にならないよう端に寄って集まった8人。風が屈伸をしながら深呼吸をすると、その言葉に銀がツッコミを入れ、それに対して風は腰に両手を当てながらブー垂れる。家族の為に家事が出来なかったのは、彼女にとってかなり精神的に苦痛だったらしい。

 

 その間の食事事情を、楓は改めて思い返す。以前よりも樹は料理が出来るようになっていたし、楓自身も元々簡単な炒め物等の料理は出来る。それに加え、友奈を除く4人がお裾分けだと言ってそれぞれ料理を持ってきてくれたし、何なら材料だけを持ってきてその場で作ったこともある。

 

 美森は和食とぼた餅、銀は主に洋食や母親直伝だと言う煮物等、夏凜は部活中に仲良くなったという子供の母親から教わったオリーブオイルや煮干しを使ったちょっとした料理、園子は焼きそばに釜玉うどん等麺類中心。家族と共に暮らしている美森以外の3人は持ってきては2人と一緒に食べて行ったという。勿論、その後は楓が送っていった。

 

 皆がその時の事を思い返して笑う中、園子がそんなことを口にする。樹が納得したように頷きながら呟けば、園子はぽやぽやと笑いながらさらりと言ってのけ、樹がびっくりしてツッコむ。因みに、この時友奈は自分だけ料理を作ることもお裾分けしに行くこともなかったので心にダメージを負って胸を押さえて背中を曲げており、そんな彼女に楓は苦笑いを浮かべていた。

 

 「園子の戯れ言はさておき」

 

 「フーミン先輩酷い~」

 

 「さておき! 年越して新年迎えちゃったわねぇ……」

 

 「何よ、全員揃って新年迎えてめでたいじゃないの」

 

 「あの夏凜からそんな言葉が聞けるなんてねぇ」

 

 「う、うっさい! 抱き付くな! 頭撫でんな!」

 

 「照れんな照れんな。まあ確かにめでたいんだけど……良い女が1つ歳を取るのよ? それに3月の卒業も近いし……」

 

 「もう1年居てくれてもいいんですよ?」

 

 「いや、それはちょっと……」

 

 風が悲しげに呟くと夏凜からそんな言葉が聞こえ、感動した風が素早く彼女に抱き付いて頭を撫でる。すると夏凜は恥ずかしさか照れからか顔を赤くするものの抵抗らしい抵抗はしない。

 

 少しして夏凜から離れる風だったが、溜め息を吐きながらしみじみと呟く。彼女が卒業するまで後3ヶ月程、いよいよ近付いてきたそれに寂しさが沸き上がる。そんな彼女に美森が冗談なのか本気なのか分からないトーンで笑顔でサラッと言い、風は苦笑いと共にそう返した。

 

 これまでのやり取りに皆も笑う中、友奈の笑顔だけが直ぐに消え……隣に居た楓がそれに気付き、彼女に笑いかけると友奈も直ぐに気付き、また笑顔を浮かべた。

 

 泣く友奈を送っていった日から楓は何かと友奈を気遣い、側に居るようになった。それが友奈の孤独感を和らげ、彼女もその行動を嬉しく思って自然と笑顔が増えた。

 

 (楓くんが側に居てくれるから……まだ、耐えられる)

 

 模様のせいで体が痛くても、熱くても、また皆に不幸なことが起きるかもしれないという恐怖があっても……辛い状況の中に居ても、1人じゃないと思えるだけで笑えるのだと、友奈は知ったのだ。

 

 「ねぇねぇ。あっま酒、飲みたいな~」

 

 「おっ、良いわね。それじゃあ1杯引っかけていきますか!」

 

 「言い方とか手つきとか完全におっさんのソレですね」

 

 「銀……口は災いの元って知ってる?」

 

 「あ゛~! こめかみが! グリグリが~!!」

 

 園子が境内の中にある“甘酒振舞所”と書かれた看板がある屋型テントを指差しながら甘えるような声で言えば、風が右手でお猪口を口に運ぶような仕草をしながら乗る。そんな風に銀が悪気無く笑いながら言えば、ニコォ……と黒い笑みを浮かべた風にこめかみを握り拳でグリグリとされ、涙目になりながら両手をバタバタとさせた。

 

 そんなこんなで甘酒を貰いに来た8人。順番に巫女さんから甘酒の入った紙コップを受け取り、味わう。園子、美森が先に飲んで美味しいと呟き、銀がこめかみの痛みに耐えながら美味しそうに飲み、友奈と夏凜が美味しい、悪くないと感想を告げる。

 

 「「んっ……んっ……ぷはーっ」」

 

 「おお、フーミン先輩もイッつんも良い飲みっぷりだね~」

 

 「……なんか、顔赤くないか?」

 

 「ノンアルコールなのに場酔いしてるんじゃない?」

 

 「あはははは! 酔ってないですよ私は!」

 

 「うわああああっ! アタシの中学生活が終わっちゃうぅぅぅぅっ!」

 

 「なんだこいつら……」

 

 「貴重な記録ね」

 

 そして風と樹は甘酒を勢いよく一気飲み。飲み干した頃にはノンアルコールであるにもかかわらず酔ったように顔を真っ赤にさせており、その顔を見て疑問符を浮かべる銀。夏凜は澄まし顔で投げるように言った。

 

 次の瞬間、急にハイテンションになって笑い出す樹と思いっきり泣き出す風。突然の変貌に夏凜が飽きれ顔になり、美森はビデオカメラを2人に向ける。園子と友奈も2人を見て笑い……5人の頭に同時に1つの疑問が浮かんだ。

 

 

 

 姉妹がこうなのなら、その兄弟である楓はどうなのか?

 

 

 

 さりげなく視線を楓へと向ける5人。そこには甘酒を受け取り、自分達の所に向かって歩きながら甘酒を口へと運ぶ楓の姿があった。

 

 (フーミン先輩は泣き上戸で~)

 

 (樹の奴は笑い上戸だった)

 

 (なら……楓君はどうなるのかしら)

 

 (風みたいに泣く? それとも樹みたいに笑うの? どっちも想像できないけど……)

 

 (なんだかわくわくドキドキしてきた……)

 

 「……ぷはっ。結構美味しいねぇ……」

 

 7人の所に着く頃、楓は甘酒を飲み干した。その顔は姉妹同様に赤く、酔っているように見える。どうやら犬吠埼姉弟は全員甘酒で酔ってしまうらしい。

 

 酔っていることは確認出来た。なら、次はどんな酔い方になるのか。姉は泣いて、妹は笑った。なら楓はどうなるのか。同じように泣くのか、笑うのか、それとも他の何かか。せめて不機嫌になったり怒ったりするようなことはやめてくれと夏凜が1人心の中で祈っていた時。

 

 「……」

 

 「……か、楓くん?」

 

 「カエっち……?」

 

 「ん~……」

 

 「わひゃ!?」

 

 【なあっ!?】

 

 ピタッと、急にジト目になって動きを止めた楓。姉妹のように何かしら感情を爆発させるのだと思っていた5人は肩透かしを食らった気分になり、心配になったのか友奈が近付き、遅れて園子が近付く。

 

 その瞬間、楓は友奈に抱き着いた。友奈は驚いて声をあげ、見ていた4人もまた同じように驚いて声をあげる。まさか楓がいきなり抱き付くなど予想もしていなかったのだから。

 

 「あはははは! お兄ちゃんが友奈さんにぎゅーってしてる!」

 

 「うわーん! 楓が友奈に取られたー!」

 

 「あわわ、あわわわわ……」

 

 「はっ! ゆーゆより先に動いていれば今頃そこにいたのは私だった!?」

 

 「園子は何バカなこと言ってんのよ」

 

 「楓君は絡み酒だったのね……これは使えるかもしれないわ」

 

 「何を何に使うつもりなんだね須美さんや」

 

 ばか騒ぎ……そんな言葉が相応しいか。何が面白いのか樹はただただ大声で笑い、風はぐすぐすと泣きわめき、抱き付かれた友奈は大慌てし、園子はもしかしたら自分が友奈の位置に居たかもしれないと真剣な顔で驚く。

 

 夏凜もびっくりしていたがツッコミ気質のお陰か園子にツッコミを入れることで落ち着き、美森は驚きながらも無駄の無い動きで楓と友奈の2人を最初から今までをしっかりとビデオカメラに納めながらうっとりとした顔でボソッと呟き、それが聞こえてしまった銀がジト目で美森を見ながらそう言った。美森は答えなかった。

 

 (あう……びっくりしたけど、楓くん……あったかいなぁ……あったかい)

 

 大慌てしていた友奈だが、一向に離れる気配が無い楓に抱き締められている内に段々と落ち着き……体の熱さとは違う温かさを感じて、その肩に顔を埋める。

 

 その脳裏に浮かぶのは、クリスマスイブの日に抱き締めてもらった時のこと。自分のせいで仲間達に不幸な事が起き、3姉弟の話を聞いてその幸せを自分が壊してしまうと思った。そうして色々なモノが重なり、心が折れて泣いてしまって……そんな時に唯一側に居てくれた楓。

 

 「……えへへ」

 

 友奈の顔が弛む。あの時、友奈は確かに救われた気持ちで居た。根本的な解決は何1つしていない。だが……少なくとも、心は確かに救われたのだ。こうして模様のことで悩みながらも皆と同じように笑えるのも、今この瞬間が楽しいと思えるのも、救われた心に余裕を持っているから。

 

 勿論、どうにかしなければ自分がどうなるか分からない。だが……こうして抱き合い、幸せな気持ちで居ると痛みも熱さも全て忘れて、何とかなるかもしれないという気持ちになれた。

 

 「……ゆーゆ、変わって~?」

 

 「……もうちょっと」

 

 「……どう?」

 

 「あったかいよ~……あれ、何だか重くなってきたような……?」

 

 「ん~……」

 

 「にしても楓、全然友奈から離れないな……あたしも近付いたら……いや、何でもない」

 

 「ふふ、銀ったら……? なんだか友奈ちゃんの方に傾いてきてるわね」

 

 「呑気に言ってる場合か! 支えるか引き離すかしないと」

 

 「きゃー!?」

 

 「ほら潰れたぁ!」

 

 そんなハプニングもあったものの、8人はこの後酔ったままの姉妹と起き上がって今度は園子に抱き着いた楓を何とか神社前まで動かし、美森のカメラを使って記念写真を撮った。

 

 左から風、樹、夏凜、楓、園子、友奈、美森、銀と並んで……タイマーをセットしたカメラがシャッターを切る瞬間、樹が笑いながら風と夏凜の首に手を回して飛び付き、風が泣きながら転びそうになり、夏凜も驚いた表情で同じように転びそうになる。

 

 銀は飛び付くように美森の首に右手を回して左手でピースをし、美森は銀を抱き止めて友奈と背中合わせになり、友奈は園子に後ろから抱き付く形になり、園子は楽しそうに笑いながら楓に飛び付き、楓は酔っているにも関わらず4人の重さを受け止めていた。そして、その後ろではそれぞれの精霊達の姿もある。

 

 新年初の勇者部全員での集合写真は……そんな、慌ただしくも楽しげな、勇者部らしさが伺える物となった。

 

 

 

 

 

 

 ― ……おかしい ―

 

 真っ暗な空間の中で、少女の姿をした神樹は鏡に映る友奈を見ながら呟く。その目に写っているのは友奈の胸部……そこにある、天の神によって刻まれた模様。

 

 友奈の模様については、神樹も把握していた。美森が生贄になること、そしてその奪還を見逃す形になった神樹だったが……無事で済むとは思っていなかった。何せ相手は人間を滅ぼそうとしている程に人間嫌いな天の神だ、生贄を奪い返されてタダで済ませる訳がないのは予想出来た。

 

 案の定、美森を直接取り返した友奈に天の神の力が感じられる何らかの模様が刻まれていた。当初、神樹はそれが天の神の祟りや呪いの類だと思っていたのだが……。

 

 ― 天の神にしては……()()()。あの程度じゃあの子は()()()()

 

 手緩い、それが神樹が感じたことだった。友奈に刻まれた模様は確かに天の神によるモノだ。だが……その力は、友奈を殺すには至らない程度のモノでしかなかった。確かに友奈は苦しんでいる。そして勇者達にも不幸な事が起きている。それでも、大怪我こそしているが死ぬ程ではなかった。

 

 そして、神樹の目から見てその模様の力は日に日に弱まっているように見える。このままだとそう遠くない内に模様に込められた天の神の力も、模様そのものも消え失せるだろう。故に手緩いと感じたのだ。

 

 ― あの天の神が、その程度で済ませるかな? それに、あの人を呼び出せないのも、()()()()()()()()また目眩が起きたのも気になる…… ―

 

 もう1つの疑問は、以前のように楓の魂をこの真っ暗の空間へと呼び出すことが出来ないことだった。勇者達が美森を助けに行った日、神樹は数日の間を置いて事の説明をしようと楓を呼び出すつもりだった。しかし、どういう訳か呼び出すことは叶わなかったのだ。

 

 そして、ここ数日の間に何度か起きた楓の目眩。作り直した右腕は既に定着し切っている筈なのだ。故に、目眩が起きるのはおかしい。

 

 その理由は神樹にも分からない。何か良くない事が起きようとしている事は理解出来る。だが、それが何なのか分からない。

 

 そうして考えて、考えて、考えて……友奈が心折れた時も、楓が友奈の側に居た時も、勇者部が初詣に行っている時にも考えて、それでも思い付かなくて。そして、しばらく経って神樹がようやく天の神の意図に気付いた時には……。

 

 

 

 再び、崩壊(おわり)が始まっていた。




原作との相違点

・園子と美森が友奈の甘酒をふーふーしない

・犬吠埼姉弟は甘酒で酔う(楓も例外ではない

・楓は絡み酒(文字通り

・銀ちゃん関連(ざっくり

・その他色々あり過ぎてどうにかなりそうです



という訳で、楓の考察と初詣の話でほぼ全部という全くもって進まない話でした。皆様お気づきかもしれませんが、私は風夏の絡みが好きです。友奈には笑顔で居て欲しいです。皆様に愛される主人公を書きたいです。色々不穏をばら蒔くスタイル。話としては、ちょっとくどかったかもしれませんね。

楓を甘酒で酔わせることは確定でした。犬吠埼ですし← 抱き付き魔かキス魔か立ったまま寝るかで悩みましたが、抱き付き魔にしました。勿論、これにも理由はありますが……まあ何度もやってきたからなんですけどね(えー

さて、咲き誇る花達に幸福を(勇者の章)も10話に到達しましたので、次回は番外編を挟みます。その次は本編か、もしくはまた番外編(ほのぼの系)を予定しています。ちょっと悩み中。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif6 ー

お待たせしました(´ω`)

最近ガンブレモバイルと魔界ウォーズを新たに開拓しました。アサギ可愛すぎませんかね。ゆゆゆいでは勇者服の姉さんが来てくれました。後居ないのは夏凜と銀、園子(小)と夕海子さんです。

fgoでは水着イベント間近。水着武蔵ちゃんが当たりますように。

さて、今回は予告通りDEifの続きです。皆様お待ちかねのアレが来ますよ……極一部←


 「それじゃ、まずは鷲尾 須美ちゃん。バトルに行ってらっしゃい」

 

 造反神側の勇者、赤嶺 友奈が連れてきた精霊によってやることになった“自分自身”との戦い。勇者達がどんな問い掛けが飛んで来るのかと身構える中、最初に選ばれたのは須美であった。赤嶺の言葉と共に、須美へと変身した精霊が本物の須美へと指を指す。

 

 「どーん!!」

 

 「……それってひょっとして、笑うせぇる……」

 

 「雨野君、それ以上はダメ。というかなんで知っているの……?」

 

 精霊の行動に思わずツッコミを入れかけた新士が最後まで言う前に千景が止める。神世紀生まれの勇者は彼の言葉の意味が分からなかったが、西暦生まれの一部の人間は分かったようで“なぜ知ってる?”と新士を一瞬凝視する。

 

 「っく、う……あ……っ!?」

 

 「……おい、どうした須美? 須美!?」

 

 「須美ちゃん!? ……赤嶺さん、須美ちゃんに何をしたんですか?」

 

 「そう怖い顔しないで欲しいなー。さっきも言ったけど、精霊との対話が始まったんだよ。彼女の意識は今、ここじゃなくて精神世界に居るんだ」

 

 精霊に指を指された須美が一瞬苦しむような声を上げた後、目を虚ろにして立ったまま微動だにしなくなる。銀、そして新士が心配そうに声をかけるがやはり反応は無く、彼女をどうしたんだと新士が鋭く赤嶺を睨み付ける。

 

 その視線に怯むこと無く、赤嶺は表情も変えずにそう説明した。そしてこう続ける……戻ってくるには、精霊の問い掛けに答えるか論戦に打ち勝つしかないのだと。そう言い残し、赤嶺はどこかへと消える。話を聞いた勇者達は心配そうにするが……須美は絶対に勝つのだと、そう信じて反応が無い彼女を見守るのだった。

 

 

 

 そして、精神世界。真っ白な空間にて己へと変身した精霊に、須美は問い掛けられる。

 

 ― 鷲尾 須美にとって、乃木 園子とは何か。目の上のたんこぶではないのか ―

 

 「目の上のたんこぶ? 意味不明なことを。そのっちは友達よ」

 

 そう即答した須美。彼女にとって園子は勿論、銀と新士も大事な友達であり、戦友である。目の上のたんこぶ……邪魔者であるとか、鬱陶しい者であるとか、そんなことは断じて有り得ない。

 

 須美の答えを聞いた精霊は、もしもその意見が偽りであった場合、須美の魂に寄生すると言った。この言葉の意味の正確なところは須美には分からない。だが、決して良い意味ではないことは想像に難くなかった。

 

 「私は今、貴女の精神世界に居る。だから貴女が体験した記憶を映画のように眺める事が出来るのよ。見える見える、貴女の記憶が……」

 

 須美には分からないが、精霊の目には見えている。目の前に居る須美の、この不思議空間に来るまでに彼女が過ごしてきた過去が。養子になる前、お役目の為に養子に出た後。まだ3人と関わりが薄かった頃、本格的にお役目が始まり出した頃……それら全ての記憶が。

 

 「お役目が本格的に始まって、4人の中から隊長を決める時があったでしょう? 隊長がそのっちに決まって、それが家柄や血ではなく実力で……そして、貴女が憎からず思っている“彼”にも自分より向いていると言われて」

 

 

 

 ― 貴女は、天才とも言えて……彼からの信頼も厚いそのっちに、嫉妬と劣等感を抱いているでしょう? ―

 

 

 

 「……何を言うの。そのっちは凄いし、新士君の言ったことも納得出来るものだった。それだけの話よ」

 

 精霊の言葉を須美は否定する。確かに、隊長になるなら自分が……そう思わなかった訳ではないし、園子の名が挙げられた時には驚いたりもした。その後に新士が言ったことで、まあ精神的なダメージを受けたりもした。

 

 だが、それだけだ。確かに園子が隊長になったのはその実力や頭脳によるモノで新士が頼るのも理解出来る。だからと言って彼女が邪魔である筈がない。それに彼女が隊長であることに、その理由に納得しているのだから。

 

 「……貴女はお役目を果たす時、いつも守られているだけだと、自分の力が足りずに足を引っ張っているのではないかと言う恐怖がある」

 

 「っ!?」

 

 「その恐怖を与えているのは、ある意味出来の良いそのっちと銀の2人と……守ってくれる彼に他ならない。貴女は妬んでいる。そのっちの天性の才能を、彼から頼られる彼女自身を」

 

 

 

 ― その負の感情を向ける相手を……友達と呼べるのかしら? ―

 

 

 

 精霊の言葉を聞いた須美の脳裏に浮かぶのは、彼から頼られる園子の姿。そして、その信頼に応える彼女の姿。

 

 3度、須美は3人と共にお役目を果たした。彼によって守られた最初の戦い。2戦目、3戦目では彼が頼った園子の作戦、そして発想や機転によって勝つことが出来た。自分でも出来た……そう言うことは、須美には出来ない。そういう意味では確かに彼女の能力は園子に劣るだろう。

 

 「……痛いところを突いたつもり? 記憶を眺めることは出来ても、心情は全然読めてないのね」

 

 「……何?」

 

 故に、須美は精霊にハッキリと告げる。

 

 「私は確かに、2人を眩しく思う時がある。彼に頼られるそのっちを羨ましく思う時がある。新士君に守られて……守られているだけでは嫌だと、そう思う時がある。だけどね」

 

 

 

 そんなモノは()()()()にはならないのだと。

 

 

 

 「私が2人に抱いているのは敬意。彼に守られているだけだと思うのは、私自身の力不足。それを人のせいになんてしないわ」

 

 断言する。須美が抱く感情は決して負のモノなんかではない。友達として、仲間として、それ以上の存在として敬意を抱いているのだと。守られているだけだと思うのは自分の問題であり、決して3人のせいなのではないのだと。

 

 「下衆の勘繰りで私達の仲は引き裂けない。消えなさい、妖怪!」

 

 「……自分が至らない部分を既に自分のせいと受け入れていたか……」

 

 その言葉と共に、精神世界と現実世界の須美の姿をした精霊の姿が消えていく。そうして須美自身も、現実世界へとその意識が戻って行くのだった。

 

 

 

 「おお……須美の姿をした精霊が消えていった!」

 

 「勝ったんだね、流石わっしーだよ!」

 

 「須美ちゃんがそう簡単に負けるとは思っていなかったけど、これで一安心だねぇ」

 

 「……あ……銀、そのっち、新士君。ここは……戻ってきたのね」

 

 「うん。わっしーの幻は消えていったよ」

 

 「お帰り須美ちゃん……お疲れ様」

 

 「ただいま、新士君。ふふ、相手も馬鹿な質問をしたものだわ」

 

 3人の仲間に囲まれて嬉しそうにした後、赤嶺に向けて不敵な笑みを浮かべる須美。事実として、彼女は殆ど迷うことも言い淀む事もなく精霊に打ち勝った。大したことは無かったとそう言える程、それこそ完勝と言ってもいい。

 

 「……ねぇ、新士君」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「私は、守られてるだけにはなりたくない。私も守れるように……頑張るから」

 

 「っ……」

 

 「……うん、一緒に頑張ろうね」

 

 「ええ!」

 

 守られているだけでは嫌だから。頑張ってもらうだけでは、嫌だから。だから自分も守ることが出来るように頑張るのだと、須美は新士に告げる。それを受けた新士は、朗らかな笑みを浮かべて頷いた……須美の言葉を聞いてハッとし、顔を少し青くした東郷にちらりと視線を一瞬送りながら。

 

 「お~、自分と決着を着けてきたね。小学生なのに凄いなー、もっと迷うかと思ったよ」

 

 そんな称賛の言葉と共に、さっきまで消えていた赤嶺が姿を現す。その赤嶺に、須美はこんな方法では自分達が揺らぐことはないと告げる。だが、赤嶺の表情に焦りは浮かばない。それどころか、例え須美がそうだったとしても他の人間ならばどうか? と投げ掛けてきた。

 

 「そうだ、言い忘れてたんだけど……精霊に取り憑かれるとこの世界の中では再起不能だけど、元の世界に戻れば精霊の影響は消えるから元通り。紳士的な攻撃でしょ? 血を見ずに無力化だもんね」

 

 そう告げた赤嶺は更に続ける。既に他の勇者達……この攻撃が通じそうな者にも精神攻撃を仕掛けているのだと。愛媛で赤嶺が途中から居なかったのは、この攻撃の準備の為。

 

 「今まで調子が良かった分の反動だと思って、自分の幻影と論戦してね」

 

 「つまり、あたしの偽物も出現するってことか!」

 

 「あたしの偽物の可能性もあるぞ」

 

 「面白い! もう1人の私! さぁどっからでもカモン! 連れ帰って農作業を手伝ってもらうわ!」

 

 「……もう1人のアマっち、連れて帰れないかな」

 

 「いいわね園子、それ採用」

 

 「しなくていいから」

 

 赤嶺の言葉に対し、銀達は自分達の偽物が出るかもしれないと身構え、歌野はむしろバッチ来いとばかりに笑い、園子(中)がボソッ呟いて風が反応する。そんな2人の声が聞こえた新士は赤嶺に視線を向けたまま鋭くツッコミを入れる。

 

 そんな6人に対し、赤嶺は少なくとも銀達と歌野には仕掛けるつもりは無いと言う。理由は、精神攻撃なんて効きそうに無いからだとか。そして、3人等よりも遥かに効きそうな者達が居るとも。

 

 いつの間にか増えていた、勇者達の姿をした精霊。それぞれ若葉、杏、千景、高嶋。主に西暦組が狙われる形となったが、それ以外にも夏凜の姿もあった。

 

 「ズルいぞ赤嶺 友奈! 正々堂々と競い合いをしろー!」

 

 「そうだ! 球子さんの言うとおりだー!」

 

 球子、銀(小)が不満を口にするが、赤嶺は自分なりに正々堂々ぶつかっていると言って取り合わない。そして赤嶺は“レクイエム”と呼んだ巨大なバーテックスの体の飛び乗り、再び勇者達から距離を離す。

 

 そうこうしている内に精神世界へと意識が飛んでいく者達。彼女達を信じて待つしかない者達は自分達に出来ないことはないかと話し合い、友奈が言った応援を外からすることで援護することにした。

 

 若葉に、夏凜に、高嶋に。その効果があったのか、3人は次々に精神世界で精霊に打ち勝ち、現実世界へと戻って来る。精神攻撃に晒されているのは、後2人。

 

 「さてさて、精神攻撃もいよいよ最高潮だよ。本命はどういう……って鞭!? んぅ、キツイ……っ」

 

 「こっそりと近付き、襲う時は一気に。補食の基本ね。さあ、捕まえたわよ!」

 

 「意地でも攻撃してくるなぁ……じゃあ無駄だと思うけど!」

 

 レクイエムに乗って離れた場所に居た赤嶺に言った通りこっそりと近付いていた歌野。赤嶺が気付く前に己の武器である鞭を巻き付けて捕獲するが、反撃として赤嶺も無駄と思いつつも精霊をけしかける。

 

 が、歌野のメンタルは赤嶺の想像を越えて強靭だった。精霊も論戦を仕掛けてはみたものの心が折れたように“ダメだ、何を言っても聞かない”とだけ言い残して消えていった。案の定無駄だったと、赤嶺は苦笑いして一時的に捕まるのだった。

 

 この時点で目覚めていないのは杏、千景の2人。しかし、彼女達もまた仲間の応援を受け、他の者達よりも時間がかかったものの論戦に、精霊に打ち勝った。

 

 「まさか全員戻って来るとはね……コングラチュレーション。それじゃ……力を溜めた私が直接戦ってみるしかないかな」

 

 称賛の言葉と共に動き出す赤嶺。戦闘態勢に入った彼女を止めるべく友奈が動き、お互いにぶつかり合う。だが、僅かに友奈が押された。以前よりも力が増しているも驚く友奈に当然だと告げ、赤嶺はいつものように大量のバーテックスを呼び出し、勇者達へとけしかける。

 

 精神攻撃等よりも分かりやすいと、勇者達はバーテックスとの戦闘を開始。数こそ多いが、勇者側も変身可能になった園子(中)と銀(中)が加わり、精神攻撃を仕掛けてきたことへの怒りもあり、そう時間を掛けずに殲滅、勝利する。

 

 勝利して直ぐに、樹がワイヤーを使って赤嶺の体を雁字搦めにして縛り付ける。幾度となく何らかの力で逃げている赤嶺を警戒してか、それはもう厳重に。仲間の心を傷付けるような事をされて、樹も珍しく本気で怒っていたのだ。

 

 「とっても怒ってるね……まあ当然だよね」

 

 「……私、分かりません。精神攻撃は嫌だったけど、それでもきちんと抜け出す説明はなされていた」

 

 「そうなんです。貴女は……なんというか、まるであの手この手で私達を試しているかのよう」

 

 「ふふ……重要なのはそっちが勝ったってことだよ。造反神の勇者相手にね……凄いことだよ? 造反神は天の神に近しい力の持ち主なのに」

 

 「そ、そこまで強い存在なんですか?」

 

 仲間達が樹が捕まえた赤嶺に一挙手一投足逃さないとばかりに鋭い視線を送る中で、杏と須美が疑問を投げ掛ける。が、赤嶺は取り合わずにただ事実だけを述べ、褒めた後に樹が聞き返す。

 

 天の神は世界の理を塗り替え、火の海へと変える力を持つ存在。そんな存在に近しい力を持つとなれば、造反神の力も勇者達の想像を越えるだろう。もう1柱似たような格の神が居るらしいが、この神は中立の立場に居ると言う。

 

 「それほど強いのなら、初期に押されていたのにも納得ね」

 

 「土地が真っ赤だったものね」

 

 「でも、それだけ強いのなら天の神に負けなかったのでは……?」

 

 「天の神は周囲も強いからね。何より別……これはいいか。また作戦を練り直してくるよ。皆、バイバイねー」

 

 その神に対して勇者達は疑問をぶつけるが、赤嶺は特に確信めいたことを言うこともなくいつものようにこの場から逃げようとする。しかし、無駄だとは理解しつつも動いた者が居た。

 

 「そう何度も逃がさないぞ!」

 

 「いい加減捕まってくれませんかねぇ……?」

 

 「もう無駄だって薄々分かってるのに動いてみるあたりは流石勇者だね。勇者の男の子もお姉様に負けず劣らず速いし……お姉様に強く掴まれるのは嬉しいな。君も、何だか不思議な温かさを感じるよ」

 

 「っ!?」

 

 「……」

 

 「だけど、私は捕まえられないよ。じゃあねー」

 

 赤嶺の片腕を、素早く隣に移動した棗と新士の2人ががっしりと強く掴む。が、2人とも赤嶺の言うとおり無駄だとは理解している。それでも、動かずには居られなかった。

 

 結局、赤嶺はそう言った後にあっという間に消え失せる。全員が僅かな落胆と共に赤嶺が居た場所を少しの間見つめ、首を振って気持ちを切り替えようととしたその時だった。

 

 「っ!? アマっち、後ろ!」

 

 「えっ?」

 

 「くっ、まだ居たの!? 新士君!」

 

 「ちっ、新士にも!?」

 

 「ふふ……どーん!」

 

 真っ先に気付いたのは園子(中)。唐突に、本当に唐突に新士の後ろに現れたもう1人の新士。彼女の声に反応し、振り返った新士は鏡合わせのように居たもう1人の自分……精霊の姿を見て間の抜けた声を出し、東郷が思わず手を伸ばすも届かず、銀(中)の驚愕の声を聞いたのを最後に……新士の意識は、精神世界へと引き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 「……やられたねぇ。まさか自分にも来るとは」

 

 「その割には、この世界に来てからあんまり驚いてないみたいだねぇ」

 

 「似たような体験をしたことがあるだけさ。さて、さっさと済ませよう。あまり皆を心配させたくないからねぇ」

 

 「そうだねぇ……なら、早速問わせてもらうよ」

 

 真っ白な空間に、新士は他の皆と同じように精霊と向かい合わせに立っていた。もう終わったと思って油断したと苦笑する新士に、同じ顔の精霊はそう言って彼の前に現れる。

 

 話もそこそこに、新士は精霊にそう促す。恐らくはこれが今回の最後の戦い。自分さえ勝利すれば、後は帰るだけ。この空間に来る直前に仲間達の焦る声が聞こえたから、早く終わらせて安心させてあげたかった。そして、精霊は新士に問う。

 

 

 

 ― 雨野 新士……犬吠埼 楓は、この世界に生まれて良かったのか? ―

 

 

 

 「っ……」

 

 「答えられないなら、君の魂に寄生させてもらう。もっとも、それはこの世界でしか意味がないのだけどねぇ」

 

 それは、新士に突き刺さる言葉であった。元々はこの世界の住人ではない、転生者と言う特殊な存在である彼だからこそ、その問いかけは彼の心に深く入り込む。

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、この世界に生まれてからの約12年。犬吠埼の家族、そしてお役目を共に果たす3人の仲間。未来において、犬吠埼の両親が死別していることは姉妹から聞かされていた。それが、自分達がお役目を果たしていた時期であることも。

 

 彼はこの世界が何かの作品であったことを理解している。が、その内容は12年の中で忘れてしまっていた。少なくとも、己が居ることで既に本来の内容からは離れているのは分かるが。だからこそ、思うのだ。自分が居なければ、自分が転生などしなければ……より良い未来があったのではないかと。

 

 犬吠埼の家族が全員で暮らせる未来が、園子が泣かない未来が、東郷が記憶を失わない未来が、銀が苦しまない未来が……自分さえ居なければ訪れていたのではないかと。

 

 「……そう思ったことがない、とは言わないよ。この世界に来て……自分のことを想ってくれて、そして苦しんでいたあの子達を見てからは余計にね」

 

 「そう、皆苦しんでいた。それは君の死こそが……いや、君の存在自体が原因。君との出会い、君との繋がり……それこそが間違いなんだ」

 

 「そうかも……知れないねぇ」

 

 「認めるのかい?」

 

 「そうだねぇ……少なくとも自分じゃあ、明確な答えなんて出せそうにないや。だけど」

 

 

 

 ― 生まれてきたことが間違いだとは……思わない ―

 

 

 

 新士の言葉に、精霊は目を見開いた。それは答えられる筈がないと思って居たからか、それとも他に何か理由があるのか。

 

 「自分の過去を見たのなら、君も見て、聞いたハズだ」

 

 新士が……楓が産まれた時、既に彼は自意識があった。母親の腹から産まれ、医者に取り上げられ……母の側まで近付けられた時。そして、父親がその手に自分の小さな体を抱いた時、楓は確かに聞いた。

 

 「“産まれてきてくれてありがとう”……その時の両親の言葉は、ハッキリと覚えているよ」

 

 何せそれが、彼が“犬吠埼 楓”として生まれた時に両親から初めて告げられた言葉だったのだから。その時から、楓はこの世界の住人になったのだから。

 

 「姉さんは自分を良く構ってくれたし、樹は自分の後ろを良く付いて回ったよ。自分の名前を呼んで、自分の手を引いて、自分と手を繋いで、遊んで、勉強もして、たまに一緒に寝て……幸福(しあわせ)な暮らしだった」

 

 初めての弟である楓を、風はこれでもかと可愛がっていた。楓がある程度動けるようになれば、その手を引いて共に過ごしていた。樹が産まれると今度は楓が姉の真似だと言って構い、風が少し拗ねると今度はそっちを構い……たまに姉と妹が楓を取り合ったりもしたが、その時には3人で一緒に色んなことをやって、仲良く過ごした。

 

 「お役目の為に養子に出て雨野 新士となってから、彼女達3人に出会った。初日の銀ちゃんのこと、その翌日ののこちゃんのこと……お役目が本格的に始まってからの須美ちゃんのこと、全部覚えてる」

 

 転校初日に遅刻しておかしな自己紹介をした銀。その翌日に話して、それだけのことなのにとても嬉しそうにしていた園子。お役目が始まるまであまり関わりが無かったが、始まってからは良く一緒に居た須美。

 

 初めてバーテックスと戦って、初めて勝利した後の祝勝会。初めて皆で食べたジェラートの味を新士は今でも思い出せる。その後の戦いも、合宿も、園子の家で色々と服を見たことも……お互いの夢を語り合ったことも、遠足の4日前の日に至るまでのその全てを。

 

 「自分は、生まれたことが間違っているかもしれない。それでも……自分が生まれたことを否定出来る訳がない。自分が生まれたことを祝福してくれた、自分が居たことで笑顔でいてくれた人達が居るんだから」

 

 「より良い未来があったかも知れないのに?」

 

 「自分が生まれたからこそ、良くなった未来があるかも知れない」

 

 「彼女達を酷く悲しませたのに?」

 

 「それだけ想ってくれていることは嬉しい。それに……彼女達は、きっと乗り越えてくれるさ」

 

 「乗り越えられないかも知れないのに?」

 

 「乗り越えるさ。そして……きっと、その手に未来を、夢を掴み取ってくれる。成長した姉さんも樹も、のこちゃんに須美ちゃんに銀ちゃんも……彼女達が未来で得た仲間である結城さんと夏凜さんも。皆で手にしてくれるさ」

 

 「……最後に、もう1度だけ問うよ。“君がこの世界に生まれたことは間違っていたか”?」

 

 

 

 「間違っていない。自分が生まれたことは望まれたことで……きっと、この“犬吠埼 楓”の12年の短い人生にも意味はあったんだからねぇ」

 

 

 

 新士(かえで)が朗らかな笑みと共に答えたのと、現実世界のもう1人の新士が消えたのは殆ど同時だった。そして彼の意識も現実世界へと戻って来た時、周囲には家族である姉妹と中学生、小学生の姿の仲間達。そしてその9人を見守るように他の勇者達が居た。

 

 「楓! 無事!?」

 

 「お兄ちゃん、大丈夫だった?」

 

 「姉さん、樹……大丈夫だよ。ちゃんと勝ってきたからさ」

 

 心配そうにしつつペタペタと新士の顔に触れる風。樹も不安気にしながら近付いて聞くと楓は数秒姉妹の顔を見て安心させるように笑いかける。その表情を見て、2人も安堵の息を漏らした。

 

 「さっすが新士! 歌野さんに負けず劣らずの早さだったな!」

 

 「アマっちも流石~♪」

 

 「新士君なら心配いらないとは思っていたけれど……本当に良かったわ」

 

 「ありがとねぇ。まあ……楽勝だったよ」

 

 新士の帰還に無邪気に喜ぶ小学生組の3人。この3人としては、新士が精神攻撃に負ける姿が思い浮かばなかったことだろう。それでも心配だったのは当然のことだが。銀は新士の肩に手を置き、園子は両手を合わせて称賛し、須美も胸に手を当ててホッとしつつ微笑む。そんな3人に、新士は冗談めいたように答えた。

 

 「アマっち……良かった……」

 

 「肝が冷えたってこういう感じなんかな……」

 

 「新士君が勝てて良かった……もしものことがあれば、何をするかわからないもの……私が」

 

 「そっちの3人は心配し過ぎだよ……でも、ありがとねぇ。東郷さんは落ち着こうねぇ」

 

 中学生組の3人は同時に安堵の息を吐いた。精神世界での戦いとは言え、彼が1人で戦うというのは彼女達にとって絶対に避けたかったことであるから。それでも、今回はちゃんと戻って来てくれたことが嬉しく……思わず目尻に浮かんだ涙を拭った。

 

 久方ぶりの赤嶺 友奈との戦い。それを、勇者達は無事勝利したのだった。

 

 

 

 

 

 

 それからも勇者達は戦いを続けた。愛媛を奪還する際、2体の超大型のバーテックスが現れるが起きた。神託では堅守……向かってくる敵を迎撃すると出たが、今まで神託の通りに戦ってきた勇者達はここにきて神託が無くとも挑むという選択を取る。

 

 数多の敵が密集する敵地に向かうという初めてかつ危険な行動ではあったが、その甲斐あって超大型の1体を打倒。その後のもう1体の超大型バーテックスと赤嶺、大量のバーテックスとの戦いを制し、愛媛を奪還する。

 

 奪還後、更に神樹の力が戻ったことで巫女達による浄化の儀……敵の侵入を防ぐおまじないをすることで守りを固める。そして奪還する目標を徳島へと定め、再び動き出した勇者達。その際、再び仲間が増えることになる。

 

 「歴代勇者の方々ですね。神樹様からの神託で把握しております。私は国土 亜耶と言います。皆様、宜しくお願いします」

 

 最初に現れたのは巫女の国土 亜耶という少女。勇者達を尊敬するあまりに出会って即土下座をするという低姿勢っぷりを見せたが、同学年だと言う樹と杏、そして勇者達と接していくことで緊張も解け、勇者達のノリに少しずつ染まっていって自然体で居られるようになる。

 

 そんな彼女を迎えてからしばらく。徳島での戦いは膠着状態へと陥り、それを打開する為に赤嶺から一騎討ちの提案があった。勇者達は話し合いの末にそれに乗り、赤嶺と戦うことになった友奈が無事に勝利。徳島の大半を奪還することに成功する。そして、この勝利によって残りの仲間が来られることになった。

 

 が、その仲間の1人が赤嶺の嘘を信じてしまい、勇者達と戦うことに。後から召還された3人の仲間もとりあえず戦闘を行い……ある程度戦ったところで、ようやく誤解が解けた。

 

 「楠 芽吹……」

 

 「三好 夏凜……!」

 

 「あれ、雀ちゃん!?」

 

 「あれ、勇者部の皆さん!?」

 

 「っ!? ……おじいちゃ……雨野、新士……?」

 

 「おや、君は確か隣のクラスの……山伏さん、だったかねぇ? 大きくなったねぇ……って、中学生だから当たり前か」

 

 戦いを終え、樹海から部室へと戻った勇者達。新たにやってきた防人の4人の1人の弥勒 夕海子から謝罪を受け、和解した後に新たに自己紹介をして状況の説明を行う。また、神樹が呼び出せる仲間はこれで全員であるらしい。

 

 「しずく、皆にシズクを紹介できる?」

 

 「うん、これなら……せーのっ」

 

 「はぁーっ! 勇者様達、夜露死苦! 山伏 シズクだ!」

 

 「「わぁっ!?」」

 

 「「ワイルド!?」」

 

 「おや、もう1人の山伏さんですか? 宜しくお願いしますねぇ」

 

 「ちょいと新士君、受け入れるの早すぎないかねチミィ」

 

 しずくの第2人格であるというシズクの登場に樹と杏、高嶋と千景が驚くも新士はぽやぽやと笑って直ぐに受け入れ、雪花が呆れと共にツッコミを入れる。そうして仲を深めていった。

 

 多少のギクシャクはあったものの、力を合わせて戦っていき、遂には徳島の奪還を成した。これで残すは高知のみとなる。勝利、そして後少しで全ての土地を奪還し、お役目を果たすことが出来る。

 

 (……後は、高知だけ。そこを奪還してしまえば……お役目が終わってしまえば、また新士君と……分かってるのに……分かってる、のに……)

 

 そしてそれは……この世界での奇跡の邂逅が終わることを意味していた。




という訳で、今回は須美ちゃんのちょっとだけ変わった問い掛けとメインでもある新士への問い掛けでした。転生主人公物にありがちなことではありますが……このDEifでは、避けては通れない所でした。

開き直りとも取れるかもしれませんが……新士が実は感じていた恐怖や思いは感じてもらえたでしょうか。もしも皆様が新士の立場に居たら、どうなったでしょうね?

さて、次回は本編か番外編か……番外編でほのぼの入れたい気もしますし、本編を進めたい気もします。つまりは未定です。どうしよっかな←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花達と平穏に ー 3 ー

大変長らくお待たせしました(´ω`) お盆関係の私用と家族での小旅行もあり、旅行中とその疲れで執筆出来ない日が続いて今に至ります。待って下さっていた皆様、大変申し訳ありません。

さて、ゆゆゆいではランイベ、fgoでは水着イベが来ましたね。ランイベの超級、個人的に難易度はあまり高くなくて助かりました。水着イベは稼ぐぞー。

そして、我がカルデアには遂にマーリンが来てくれました。やったぜ。あまりの嬉しさに血管切れそうになりましたが、私は元気です。

さて、今回はリクエストからの番外編となります。


 これは、なんやかんやあって平和を取り戻し、散華で捧げた供物も戻り、楓も神樹のごっどぱわーで五体満足になり、銀と園子が讃州中学に転校してきて勇者部に入部し、ギリギリ風も卒業する手前で勇者部のメンバーが8人であるという何ともご都合的な世界線でのお話である。

 

 

 

 

 

 

 讃州中学では月1の割合でお昼の校内放送を通じ、各部の“活動報告”を行っている。報告する内容は部活に関するモノであれば自由。そしてそれぞれの活動報告に生徒達が投票し、年間MVPに選ばれた部は校長より追加の部費が進呈される。が、生徒達はそんなことは関係無しに楽しんでいたりする。そしてこの日は、我らが勇者部が活動報告をする日であった。

 

 「準備いい?」

 

 「いつでもどうぞ」

 

 「OPに流す曲……おっけ。園子、そろそろいいぞ」

 

 「それじゃあいくよ~? さん~、に~、い~ち」

 

 美森、夏凜が放送室の機材の設定を確認し、銀は音響設備の確認、及びOP曲を流す準備をする。銀からOKサインが出た後、園子が壁1枚を隔てた先の部屋……さながらラジオのスタジオのような部屋のマイクの前に座る4人に窓越しに確認を取った後にカウントダウン。そして銀が曲を流し……放送がスタートした。

 

 「「「「勇者部! 活動報こ」」」」

 

 「へっくちゅんっ!」

 

 「ゆううううなああああ!!」

 

 「あばばばばっ!?」

 

 「えー……勇者部、活動報告。報告するのは自分こと犬吠埼 楓、自分の姉であり部長の犬吠埼 風、今その部長にグリグリされている結城 友奈と?」

 

 「えっと……妹の犬吠埼 樹です」

 

 4人一緒にタイトルコールという流れをぶった切ったのは友奈のくしゃみであった。出鼻を挫かれたことに怒った風とグリグリとこめかみを拳で攻撃されて涙目になる友奈。そんな2人のことなど知らねえと続ける楓、そして2人を気にしつつも同じように続ける樹であった。

 

 「にしても大きなくしゃみだったねぇ」

 

 「なんかね、鼻が悪戯な風にそよがれちゃって」

 

 「無駄に詩的ですね……」

 

 「ああ、くしゃみと言えば最近流行ってるみたいよ」

 

 「悪戯な風が?」

 

 「風じゃなくて風邪! って放送じゃ分かりづらいわ!」

 

 「インフルエンザも流行る季節ですしね」

 

 「かかると本当に辛いからねぇ……皆さんも予防はしっかりしようねぇ」

 

 楓が朗らかに笑いながらそう言うと、風のグリグリから解放された友奈がティッシュで鼻を拭きながらそう返す。友奈の言葉に樹が苦笑いしていると風が思い出したようにポツリと呟いた。これからどんどん寒い季節から暖かい季節へと変わる為、その温度差で体調を崩すことも間々あることだろう。

 

 友奈のボケだけ天然だかわからない発言に素早く風がツッコミを入れ、樹と楓が注意を呼び掛ける。この後友奈は“風邪を引いたことはないなぁ”と呟き、銀も“あたしもないなぁ”と小声で呟く。その後2人は他の6人から生暖かい目で見られるのだが、本人達はその理由が分からなかった。

 

 「そんじゃま、まずは活動報告から」

 

 「わーい」

 

 「どんどんー」

 

 「ぱふぱふー」

 

 「今月も色々やりました……終わり」

 

 「「終わっちゃった!?」」

 

 これ以上ぐだぐだしていられないと風が進行し、友奈、楓、樹が盛り上げるように口々に言う。そうして風の口から出た報告は……その一言だけ。あまりの短さに思わず樹と、4人には聞こえないが外に居る銀からツッコミが入る。

 

 報告が短かった言い訳として、忙しすぎて何をやったかよく覚えていないとのこと。部長としてそれはどうなんだと楓は苦笑いし、友奈はそっかーと笑いながら納得。なら日誌を見ようと夏凜によって予めスタジオ内に用意されていた日誌を受け取った樹が風にそれを手渡し、開いて4人で見てみることに。

 

 「ハロウィンのカボチャコロッケ美味しかった」

 

 「カボチャ怖い」

 

 「あの時見た女の子は果たしてこの世のモノだったのかねぇ……」

 

 「感想! それ感想だから! というかお兄ちゃんまでそっちに行ったら私だけじゃツッコミ追い付かないよ!?」

 

 「いやぁ、たまにはこっち側に行ってみたくてねぇ」

 

 日誌に書いてあることをそのまま読む風と友奈。以前、勇者部は商店街と幼稚園の合同で行うハロウィンイベントのお手伝いをしたことがあった。衣装作りにお菓子作り、商店街の飾り付けや設営の手伝い等を商店街の人達と共にやっていたのだ。

 

 風が言っているのは、そこで試作品として受け取ったカボチャコロッケのこと。イベント当日でも売られていたそのコロッケはとても美味しかったらしい。友奈が言っているのは、あまりにも不器用過ぎた友奈と夏凜に風がイベントで使うカボチャの中身をひたすらくり貫くように言ったこと。延々とカボチャをくり貫き続けたのは少々堪えたようだ。

 

 そして、楓が言っているのはそのイベントよりも更に前、廃病院に幽霊が居るか居ないか確かめようとしていた子供達の代わりに勇者部全員で確認しに行った時のこと。そこで1人の女の子と出会い、その子が落としたという髪飾りを探すことになった。

 

 結果としてその女の子の髪飾りは見つかった。見つけた髪飾りを女の子に渡した後、勇者部全員がほんの一瞬目を離すとその女の子はまるで最初からそこに居なかったかのように居なくなっていたという……因みに、時折楓と園子には風の隣に髪飾りをつけた可愛い小さな女の子が見えるようになったとか。

 

 「さて、次は12月の予定だねぇ。勇者部は保育園でのクリスマス会のお手伝いだっけ?」

 

 「そうだった! 文化祭でやった劇を披露するんですよ!」

 

 「文化祭の時には自分と後から入った新メンバーの乃木 園子、三ノ輪 銀は参加出来なかったからねぇ。自分達も楽しみにしているんだ」

 

 「因みに、個人的なクリスマスの予定はヒ・ミ・ツ♪」

 

 「ひゃあーっ、風先輩おっとなー!」

 

 「秘密も何も去年と変わらないだろうに」

 

 「それにその前に期末テストがありますよ」

 

 「「ごふっ」」

 

 楓の言った通り、勇者部は幼稚園で劇を行う予定であった。劇で何か役をするのは初めてだと言って楽しみにしている園子、以前に司会のお姉さん役もやっていたからかノリノリな銀、参加出来なかったことを残念に思っていた楓。文化祭で行ったモノを、その3人を加えたフルメンバーでやるのだ。今から楽しみだと思っているのが、楓の声色からも伺えた。

 

 その後に風がそんなことを言って友奈が続くと楓、樹から痛烈なツッコミと現実を突き付けられる。耳を塞ぐ間も無く聞こえた言葉に、2人は胸を押さえながら血を吐くような仕草をするのだった。

 

 「で、では最初のコーナー!」

 

 「“樹ちゃんのお悩み解決”!」

 

 「です!」

 

 「このコーナーは自分達の自慢の妹、樹が得意のタロット占いで寄せられたお悩みを解決していくコーナーだよ」

 

 「解決するお悩みはこのお便りボックスの中からランダムです! それでは風先輩、引いちゃってください!」

 

 やっていることは勇者部の活動報告なのだが、何故だかラジオのようになっているのは気にしてはいけない。そもそも自由にしていいとも言われているのだし、以前から勇者部の活動報告はこのような形でやってきているのだから。

 

 コーナーの説明をした後にこれまた夏凜によって予め用意されていたお便りボックスと書かれたダンボールの箱を手に持ち、風へと差し出す友奈。報告前にはこうしてお便りを募集しているのだ。ボックスの中にはそれなりの数のお便りがあり、このコーナーが人気であることが伺える。

 

 「さて、今回の迷える子羊ちゃんの悩みは何かしら? えーと、なになに……」

 

 そして風はボックスの中から1枚の紙を取り出し、読み上げる。

 

 「RN(ラジオネーム)ぷりんうどんさんから。“最近彼氏と上手く行き過ぎてて逆に怖いです。これからの私たちを……”知るか!!」

 

 「こらーっ! お姉ちゃん!」

 

 「折角送ってもらったのに紙飛行機にして飛ばすんじゃない」

 

 思いっきり“ラジオネーム”と言っているが気にしてはいけない。読むや否や彼氏が居ない己と何らかの差でも感じたのか、風は怒りながら数秒でお便りを紙飛行機にして飛ばす。姉の行動に妹は怒り、弟も笑顔を浮かべたまま額に青筋を立て、それを外で見た夏凜が震えて園子と銀に頭を撫でられる。尚、友奈は何故かお便りボックスを頭に乗せたまま風が飛ばした紙飛行機を目で追っていた。後に紙飛行機は園子によって回収されている。

 

 「では次のお悩みー。樹ちゃんどうぞー」

 

 「今のお悩み、全く解決してないと思うんだけどねぇ……」

 

 「だよね……でも進めないと。えっと……」

 

 紙飛行機として飛んでいったお便りは気になるが、この報告には時間制限がある。サクサク進めていかないとあっという間に時間が過ぎていくので仕方なく進めることにし、樹が友奈に差し出されたボックスに手を入れて次のお便りを引いて読む。

 

 「RN琴弾にゃんこさんからです。“胸が大きくて周りの目が気になります。どうすればいいですか?”」

 

 瞬間、勇者部の空気が放送室の内外問わずに死んだ。風と友奈、外に居る美森と夏凜と銀は樹と目を合わさないように視線を反らし、楓と園子はどうしたものかと苦笑い。このある種の異様な空気は放送を聞いている全校生徒達にも感じ取られていたことだろう。

 

 数秒の後、樹は風と同じようにお便りを紙飛行機にして飛ばす。心なしか、それは風のモノよりも良く飛んだ。友奈と風は涙を堪えきれず、流石に楓もこれには何も言えず、ただ生暖かい慈愛に満ちた視線を樹へと送るのだった。尚、この紙飛行機も後に園子に回収されるのであった。

 

 

 

 「今日はいつにも増してぐっだぐだね……」

 

 「見て聞いてる分には面白いんだけどなー」

 

 「ね~。わたしは構成とか裏方とか好きだからこうして見てるだけでもいいんだけど、カエっちとミノさんとわっしーと一緒に先代組でやるのも楽しそ~」

 

 「それはそれでちょっと聞いてみたい気もするけど、楓さんと銀辺りが大変そうね……いや、銀も割と風側に回るし楓さんだけかしら」

 

 「2年前の須美なら良くツッコミ側に回ってたんだけどな」

 

 「嘘でしょ……!?」

 

 「そこまで驚くことないじゃない夏凜ちゃん」

 

 胸の話題が出て目が死んでいる樹をどうにかしようと奮闘中のスタジオ内とは場所は変わり、外側の4人。今までの進行を見て率直な感想を述べる夏凜とその隣で頭の後ろで両手を組みながらカラカラと笑う銀、その後ろであらあらと頬に手を当てて笑っている美森。

 

 2人の感想を聞いた後、園子がそんなことをポツリと呟いた。彼女の頭の中では小学生時代の4人がスタジオ内で横に並び、面白おかしくラジオをやっている姿が浮かんでいるのだろう。番組の名前は勇者ラジオで決定らしい。

 

 似たようなことを想像したのか夏凜がそんなことを言ってみるが、想像内ではボケまくる園子と美森、ボケにもツッコミにも回る銀、朗らかな笑みを浮かべながらツッコミをしつつなんとか進行していく楓の姿が浮かんでいる。彼女の言葉を聞いた銀がこれまた笑いながら呟くと、夏凜は信じられないモノを見たかのように美森を見ながら戦慄する。これには美森も頬を膨らませてムスッとした。

 

 「にぼっしーとわっしーは出ないの? ミノさんも」

 

 「にぼっしー言うなっつの。まあガラじゃないし、風のツッコミに疲れそうだからいいわ」

 

 「あたしはまだこの報告聞くの2回目だしなー。出るとしたら来年で、園子が言ったみたいに先代組でやりたいな」

 

 「なるほどなるほど~。わっしーは?」

 

 「私は前に国防コーナーの仕様書を風先輩に見せたんだけど、却下されちゃって。そのまま参加も止められちゃったのよ」

 

 「そっか~」

 

 以前よりも丸くなったとは言え、こうして報告として放送に参加するのはガラじゃないと言い切る夏凜。それもあるだろうが、風のツッコミに疲れるというのも本音なのだろう。銀と園子は今回が2回目の参加。まだまだ元の6人に比べれば知名度も低いし……という理由から不参加。

 

 そして美森は、報告に出るなら是非国防コーナーを! とわざわざ仕様書を自作(高さ30センチ越えの原稿用紙の束)して風に提出。彼女は読むこともなく即座に却下し、拗ねた美森は楓に宥められることになった。却下されたことはショックではあったが、楓にしばらく宥められたのは役得だったとは美森の心の声である。

 

 

 

 「ではでは、次のコーナー! 楓くん、タイトルコールをどうぞ!」

 

 「えー……次のコーナーは“女子力王のお言葉”~」

 

 そんな外の事などは知らないと、スタジオ内はようやく樹の精神がある程度回復したのでコーナーを進めていく。何故だか豪華に見える真っ赤なマントと白い付け髭、小さな王冠を頭に乗せた風。同じように付け髭を着けた友奈に促され、これまた付け髭を着けた楓がタイトルコール。その声にやる気は感じられなかった。

 

 「女子力王の女子力による女子力の為のコーナーでっす! 因みに私は三人官女の右側で、楓くんは真ん中です」

 

 「私が左側です……このコーナー、失敗じゃないですかね? それからお兄ちゃん、付け髭似合うよね」

 

 「自分も毎回そう思ってるんだけどねぇ……これが意外と人気があるんだよ。というか何故三人官女? 自分は女じゃないんだけど……ああ、ありがとねぇ、樹」

 

 「それじゃあ女子力王! 今月のお言葉をどうぞ!」

 

 「うむ」

 

 女子力王(自称)の風が女子力王としての言葉を告げるコーナー。いつものように友奈の説明から入り、樹が率直な感想を述べる。楓を含めた3人がなぜ三人官女のポジションなのかは言い出した友奈含め誰にもわからない。

 

 毎回頓珍漢な言葉が出てくるこのコーナー、楓が言うように意外にも人気があった。意味分からなすぎて面白いとか毎回どんな言葉が出てくるのか予想出来なくて面白いとかそういった理由が大半を占めるのだが。そして、友奈に促された風は一言。

 

 

 

 ― うどんって、真っ白な雪のよう ― “女子力王”

 

 

 

 「ありがとうございました!」

 

 「失敗じゃないですか?」

 

 「女子力全く関係ないよねぇ」

 

 それでも人気はあるのである。尚、スタジオの外では銀が大爆笑していた。

 

 ここで一旦友奈がスタジオの外に出てスタジオから見えない場所に行き、美森に手伝ってもらってお着替え。応援団宜しく学ランに鉢巻姿の友奈が戻ってきたところで風が進める。

 

 「お次は“友奈の応援団”!」

 

 「友奈さんがリスナーさんを元気いっぱい応援します!」

 

 「このコーナーも人気だねぇ。友奈の応援で元気をもらった、頑張れるようになった等の感謝の手紙を貰ってるよ。それじゃあ友奈、宜しくねぇ」

 

 「おまかせあれ! どんなお悩みもどんとこいっ!」

 

 楓の言葉とその手にある感謝の手紙を見せられ、いっそう気合いが入る友奈。普段から元気娘を地で行く彼女に応援団ルックは非常によく似合っていた。そして楓はお便りボックスから手紙を取り、次々と読んでいく。

 

 “高校推薦、取れるか心配です”

 

 「成せば大抵なんとかなる!」

 

 “ジャムの瓶の蓋が開きませーん”

 

 「成せば大抵なんとかなる!」

 

 “友奈ちゃんが可愛い過ぎて……”

 

 「成せば大て……楓くん、ちゃん付け……」

 

 「ああ、ごめんね友奈。手紙に書かれてたから……」

 

 「しょんぼりしてるとこ悪いけど、その言葉そんな万能じゃないわよー」

 

 「ツっこむ所違うよお姉ちゃん」

 

 答える度に正拳付きや両手を左へと伸ばしたりとポーズを取る友奈。そして3度楓が手紙を読むと、途中で寂しそうにしながらしょんぼりとする。友奈にとって楓に呼び捨てにされるのは特別な意味を持つ。なので例え手紙の中の言葉であっても彼の口からちゃん付けされるのは寂しさを覚えるのだろう。

 

 それに気付いた楓は苦笑いしつつ友奈のご機嫌を取るべく頭を撫でる。少しすると彼女の顔がしょんぼり顔から“にへーっ”とだらしなく緩む。今の彼女に風と樹の言葉は聞こえていなかった。この外では美森が残像を生みながらガラス越しに2人をスマホでパシャパシャと撮っており、夏凜には少し引かれ、園子と銀からは懐かしいモノを見るような視線を送られている。

 

 「お次はアタシの自慢の弟の楓が主役のコーナー、“教えて! 楓お爺ちゃん”!」

 

 「このコーナーでは、お兄ちゃんへの質問、または勇者部への質問をお兄ちゃんが答えていきます」

 

 「頑張りますねぇ。姉さん、苦しい苦しい」

 

 「それじゃあ最初の質問は……“結城さんのことを呼び捨てにするようになった切欠は”?」

 

 「これはたまに聞かれますねぇ。切欠は、ちょっとした出来事から。あまり詳しくは言えないんですが……その出来事で彼女からお願いされてねぇ。彼女が良いなら、ということで今に至ります。呼び捨てにしないとさっきみたいに拗ねるしねぇ」

 

 「えへへ……」

 

 少しして次のコーナーへと移る。風が楓に抱き付きながらタイトルコールをし、樹が説明。姉の抱擁に少し苦しそうにしつつ楓がいつものように朗らかに笑い、友奈がお便りボックスから手紙は取り出して読む。

 

 答える楓、そしてそれを聞く友奈の脳裏にはその時のことが浮かんでいた。今でも、友奈は名前を呼ばれる度にドキドキとする。ただそれだけのことが、それほどに嬉しいのだ。だからだろうか、呼び捨てでなくなると寂しくなってしまうのだが。照れ笑いする友奈に代わり、風が次の手紙を引く。

 

 「次は……RNがあるわね。RN“いつもあなたを見ている桜”さんから。えっ、楓にストーカー!?」

 

 「違うと思うよお姉ちゃん……多分」

 

 「ただのRNだから大丈夫だと思うよ姉さん。で、なんて書いてあるんだい?」

 

 「本当に大丈夫なんでしょうね……えーっと、“あなたが楽しそうに日々を過ごせているようで何よりです。今の人生は楽しいですか”? こっわ! 本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

 「楓くん……? 大丈夫?」

 

 「お兄ちゃん、視線を感じたりしてない? タロットで占おうか?」

 

 「だから大丈夫だって……3人共、心配し過ぎだよ」

 

 直球なRNと本当にいつも見ているかのような内容に恐怖し、思いっきり手紙を投げ捨てる風。友奈と樹も心配そうに楓を見ており、樹に至ってはタロットを取り出す始末。よく見れば外の4人も似たような表情を浮かべており、気持ちが分からなくもない楓も苦笑いを浮かべる。

 

 ただ、楓にはこの差出人が誰なのか想像がついていた。だから心配はないとハッキリと告げ、質問に答えるべく口を開く。その顔に、いつもの朗らかな笑みを浮かべて。

 

 

 

 「さて、質問の答えですが……楽しいですよ。勇者部の皆が居ますし、皆以外にもクラスメートや先生方、部活で知り合った多くの人が居ますから。勿論、あなたもね」

 

 ― ……良かった ―

 

 

 

 「なんか怖いこともあったけど……気を取り直して、ラスト!」

 

 「「“エンディングは私に任せろ”!」」

 

 「“誰が”、“題材”、“曲調”がそれぞれ書かれたくじを女子3人が引いて、その結果に沿ったエンディングテーマを即興で歌うコーナーだよ」

 

 「このコーナーいる!? 誰よこれ考えたの……正直しんどいわ」

 

 勇者部活動報告もいよいよラスト。最後は楓が言うように、エンディングテーマを即興で歌うことなった。これは最近出来た新しいコーナーであり、案は園子である。そうとは知らず、女子3人は予め用意されていたくじボックスを楓から受け取り、同時にくじを引く。

 

 “誰が”の部分を引いたのは風。その紙には“4人”と書かれており、これで全員が歌うことが確定。次は“題材”を引いた樹。“ホワイトクリスマス”と書かれており、少し早いクリスマスソングを歌うことに。そして最後、“曲調”を引いた友奈の紙には……。

 

 「“演歌”で!」

 

 「どうしろっつーのよ!!」

 

 「だから“4人”で“ホワイトクリスマス”を題材にした“演歌”のエンディングテーマを歌うんだよ」

 

 「お姉ちゃん……頑張ろう。私は覚悟決めたよ」

 

 「樹……っ!」

 

 「それじゃあ行くよー! いつも通りの日常~♪」

 

 「「「友奈(さん)、それ前回のエンディングテーマ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 放送終了後、それぞれのクラスへと戻って部員達はスタジオ内外問わずにクラスメート達に暖かく迎えられた。樹はツッコミ大変だったねと友達に労られ、風は笑わせて貰った、相変わらず弟と妹が好きだねと仲良く笑いあい、銀と園子は裏方お疲れ様と既に友達も出来ていた様子。同じように美森と夏凜も労われ、そして友奈と楓は。

 

 「……? ……?」

 

 「お爺ちゃん、みかん剥いてあるよー。食べる?」

 

 「温かい緑茶もあるよー」

 

 「じいちゃん、今回も面白かったぞ!」

 

 「皆ありがとねぇ。ああ、友奈を撫でるのもほどほどにねぇ」

 

 「やっぱり友奈ちゃんは愛されキャラね。楓君もあんなに懐かれて……」

 

 「毎回思うけど、楓さんだけ距離感おかしいわよね……お爺ちゃんと孫?」

 

 訳も分からないままクラスメート達に頭を撫でられる友奈。楓は剥かれていたみかんと用意されていたお茶を受け取り、それらを口にしながら報告の感想を聞いて朗らかに笑う。そんな2人を見て、美森と夏凜がそれぞれの感想を述べるのだった。そんな……平和な一時のお話。

 

 因みに、楓のコーナーの時に出た風がストーカーと危惧した手紙だが……放送終了後、どこを何度探しても見つからなかったそうな。




という訳で、リクエストから勇者部活動報告、つまりはラジオです。公式の中の人がやるアレではなく、勇者部所属からですが。期待に応えられていれば幸いです。

楓と銀を入れるのは割と難しかったです。3人とい体勢で完成されてますしね、アレ。ちょっとした小ネタも入ってます。分かる人は分かると思います。

全く関係ない話ですが、宿泊先にあったカラオケでエガオノキミヘを歌いました。泣きそうになりましたが、なんとか堪えました。以前に感想で“見返したアルバムの中で”の部分に“かえで”と入ってると言われ、そうだと無理やり考えて歌うと余計にもう……もう←

さて、次回からは再び本編に戻ります。それなりに時間が空いてしまったので、ちょっと復習しつつ書いていきます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 11 ー

お待たせしました……最近どうにも疲れが取れず、執筆が進みにくい私です。申し訳ありません(´ω`)

ですが、エタることはないのでご安心下さい。確かな実績過去4作(中編込み)。ハーメルンにはないですが、その前にも2作完結させてるんですよ私……あの頃は若かった。そして拙かった←

誤字脱字報告ありがとうございます! 中々自分では見付けられないことも多いので、修正や報告は本当に有難いです。

ゆゆゆいではUR実装来ましたね。友奈可愛すぎ問題。欲しいですが石も金もなく……あ、超高難度は無理でした。何回世界滅ぼされたことか。

アークレゾナ始めました。レム可愛すぎませんかね。

fgoではラムダほしくてガチャ回しましたが無事死亡。当たった方々、おめでとうございます。

天華百剣ではあやこが登場。後は超級だけです。水着鶴丸、欲しいなぁ……当たるかなぁ。

さて、今回も話自体は進みませんが……色々と動きます。ここからがいかゆの勇者の章ですよ……本作に良い略称ないかなぁ。

あ、久々にアンケートあります。


 それは、勇者部の皆で初詣をした日の自宅で起きた。

 

 「……こんなところか」

 

 どういう訳か姉弟揃って初詣に行って甘酒を貰った後の数十分間の記憶が無い。何があったのか皆は教えてくれなかったし、友奈は顔を赤くしてわたわたとして言葉にならなかったし、のこちゃんはニコニコとして何も話さなかったし、美森ちゃんはうっとりして誤魔化すし、銀ちゃんはそっぽ向いて口笛を吹いてはぐらかすし……まあ気になるが、それはいずれ教えてもらうとして。

 

 今、自分は自室でノートを開いて自分が結界の外にて出られない理由、友奈に起きていることの予想を書き記していた。確固たる情報も確信も何もないが、我ながらそれほど的外れでもないと思う。

 

 自分が結界の外に出られないのはともかく、友奈のことに関しては皆に伝えておくべきだろうか。彼女が教えられない、或いは知られてはいけない可能性を考えて言わなかったが……いや、やっぱりその可能性がある以上はまだ伝える訳にはいかないか?

 

 (せめて、1つでもはっきりすればいいんだが……)

 

 どこまでいっても予想でしかない。前みたいに神樹様からの接触はないから問うことも出来ない。友奈は言えない。調べようとしても調べられるモノでもない。ただ、彼女が辛い状況に居るという事実しか分からない。

 

 (あの日起きたことは……美森ちゃんの奪還。それをしたのが友奈。なら、それが原因だと考えるべきか。それが原因で天の神は友奈に何かをした……)

 

 1つ1つをノートに書いていく。頭で考えるよりも、こうして書いていく方が紐解ける場合もあるからだ。

 

 原因がそれだとして、“何か”とはなんだ? 思い付くのは……神ということから天罰や呪い、祟り。そういったモノが彼女の身に降りかかっている。効力は……呪いのことを言おうとすると周囲の人間に不幸を振り撒く? なら友奈の身には何も起きてない? いや、何かは起きているんだろう。それが一見すれば分からないだけで。

 

 (……これ以上のことは分からないか。せめて友奈から話を聞くか、神樹様が接触してくれれば聞けるんだが……まあ、自分がやることは変わらない)

 

 彼女が1人で辛い思いをしないように、彼女が1人で居ないようになるべく側に居る。あれ以上、あの子の泣き顔なんて見たくないからねぇ。友奈だけじゃない。あの子達の泣き顔なんて……見たくはない。勇者部で浮かべる笑顔を、ずっと見ていたいモノだ。

 

 「楓ー! 樹ー! ご飯出来たわよー!」

 

 「はーい!」

 

 部屋の外から姉さんの声と樹の返事が聞こえた。スマホを見てみれば、夜の7時を回っているところ。帰って来たのは5時前だったから、2時間以上考察していたことになるのか……ノートに書いた量の割に随分と長く考えていたモノだ。そう思って苦笑し、自分も樹のように返事をしようとして。

 

 

 

 (……えっ?)

 

 

 

 急に体を鷲掴みにされたような圧迫感を覚え、その後に思いっきり後ろへと引っ張られた。おかしい、この部屋には自分以外に誰も居ないハズなのに。いや、おかしいのはそれだけじゃない。そもそも自分は背もたれがある椅子に座っていたのだ……なのに、これはどういうことだ?

 

 今、自分は後ろへと引っ張られたことで尻餅をついている……なんてことはなく、()()に居る。しかも自分の目の前には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()がある。

 

 (なんで()()()()()()()()()()()()? それにこの姿……)

 

 自分の姿を見える範囲で確認する。それはあの真っ白な空間に居る時のような……真っ白な光で出来ているような、魂みたいな姿だった。そして自分の腹からは同じ色をした紐のようなモノが伸びていて、それが自分の肉体の背中と繋がっている。

 

 (まさか、魂が肉体から飛び出している? っ、また!? さっきよりも勢いが……それに、これは……っ!?)

 

 そう認識した直後、また体を鷲掴みにされたような圧迫感の後に後ろへと引っ張られた。その勢いはさっきの比ではなく、身動きも出来ない。自分のこの体を見てみれば……赤黒くて毒々しい色をしたナニカが、自分の体を何重にも縛っていた。

 

 直感する……()()()()()()()()()と。このナニカはダメだと本能が訴えかける。このまま引っ張られて何処かへと連れていかれれば取り返しのつかないことになる。だがその力は強く、自分ではどうしようも出来そうにない。どうする……どうする、どうする!

 

 「楓ー? 寝てるの? ……入るわよー? ……あら、珍しく本当に寝てるのねぇ」

 

 そうやって焦っていた時だった。自分の部屋の扉が開き、姉さんが入ってくる。姉さんは空中に居る自分に気付かず、机にうつ伏している自分の体へと近づき……ポンポンと、その肩を叩いた。

 

 

 

 「っ!」

 

 

 

 「わっ!? びっくりした……」

 

 「はぁっ……はぁっ……あ、ああ……ごめんよ姉さん」

 

 気付けば、自分は元の体で思いっきり顔を上げていた。びっくりさせてしまった姉さんに謝りつつ、視線を自分の体へと落とす。そこにはさっき見たようなナニカは存在しない。それに、魂みたいな姿でもない。

 

 「ちょっと、大丈夫? 汗凄いけど……悪夢でも見たの?」

 

 「悪夢……そう、だね……そんな感じかねぇ。どうにも夢見が悪くてさ……助かったよ姉さん」

 

 「どういたしまして。ご飯出来てるけど、食べられる?」

 

 「うん、大丈夫だよ。丁度お腹も空いてたしねぇ」

 

 「なら良かった。樹が待ってるから、早く行きましょ」

 

 「了解だよ、姉さん」

 

 悪夢……あれは本当に夢だったんだろうか。夢にしてはイヤにはっきりと感触が残ってる。それに、冷や汗が止まらない……あのままだったら、自分はどうなっていたんだろうか。そう考えつつ姉さんと会話した後、ノートを閉じて椅子から立ち上がり、姉さんと擦れ違うようにして先に部屋から出る。

 

 あれは、何だったんだろうか。まさか天の神? だが、自分は結界の外に出られないから接触する機会なんて無かったハズ……仮に天の神だったとして、どうやって自分に接触してきたのか。やはり只の夢? 友奈の身に起きていることをずっと考えていたから、あんな夢を見たんだろうか……いや、今は忘れよう。せっかくの姉さんの料理を不味く感じそうだ。

 

 リビングに入ると姉さんが言ったように樹が待っていて、少し遅れて姉さんも入ってきた。そうして姉さんの作った美味しい料理に舌鼓を打った後、風呂に入って眠るまでにあの出来事のことを考えていたんだが……答えが出せないまま、その日は眠るのだった。

 

 

 

 ― ……A……ah……ア……ア……t……a……to……あ……ト…… ―

 

 

 

 

 

 

 ― あ、と……ス……コし……後……少し…… ―

 

 

 

 

 

 

 とある日の部活の時間、美森はビデオカメラを回しながら楽しく談笑している風と樹を撮っていた。少し遅れて撮られていることに気付いた風は、右手を後頭部に、左手を腰に当てて腰をくねらせてポーズを取る。

 

 「ん? ふっふーん♪」

 

 「風先輩、自然体でいいんですよ?」

 

 「いやー、ついねぇ。というか、東郷は最近熱心にカメラ回してるわねぇ?」

 

 「もうすぐ先輩が卒業ですから。部員が全員揃っている活動記録は貴重になりますし、今の内に沢山撮っておかないと」

 

 美森に言われてポーズを取ることを止め、腕組みをしながらニッと笑う風。突然ポーズを取った姉を不思議そうに見ていた樹は2人の会話でようやく撮られていることに気付き、姉がポーズを取った理由に気付いて苦笑い。

 

 風の疑問に、美森はカメラを回しながら答える。風が讃州中学に在学している期間はもう3ヶ月もなく、卒業すれば当然中学の部活である勇者部には居られなくなる。こうして8人が揃って部活をしていられるのも後少しなのだ、美森が記録に残そうとするのも頷けるだろう。因みに美森の隣には友奈とサンチョの枕を抱き抱える園子の姿があり、友奈の隣には楓が、園子の隣には銀が居る。

 

 「卒業するっつっても、アタシはここに入り浸ると思うわよ?」

 

 「入り浸るんだ……」

 

 「高校生になっても入ってこれるんですか?」

 

 「そこは顔パスよ、顔パス。という冗談はさておき、先生にも聞いたけど大丈夫みたいよ。まあ受付の人か先生の誰かに伝えておく必要があるけど」

 

 「そんな予想はしてたけどね。あんたが楓さんと樹から長いこと離れてるのとか想像つかないし」

 

 美森の言葉に、風はそう言って勇者部の床を指差す。そんな姉に樹はまた苦笑いし、銀がそんな疑問を溢す。卒業すれば風は当然高校生となり、通う学校も違う。そんな彼女が言うように入り浸れるのかというのは当然の疑問だろう。

 

 そんな疑問に、風は笑いながら冗談混じりで答える。風も本当に来れるのか疑問だったので予め先生に聞いていたらしい。その答えを聞いた夏凜は美森のカメラの前に出て屈みながらレンズを覗き込み、さらりと呟く。その呟きには皆内心で頷いていた。

 

 「2人だけじゃないけどねぇ。あんた達ともあんまり、ね。どう? 夏凜。嬉しい?」

 

 「え!? ぅ……」

 

 「……ちょっと、そんな反応されるとこっちも反応に困るじゃないの」

 

 「2人を見てると創作意欲が湧いてくるんよ~♪ 帰ってから2人のも書こうっと」

 

 「「ちょ、アタシ(私)達の何を書く気よ!?」」

 

 「というか園子。今、2人の“も”って言った? 他に何か書いてんの?」

 

 「……内緒~。それじゃあ、カエっちも皆もまた明日ね~♪」

 

 「またね、のこちゃん」

 

 「またねー園ちゃん!」

 

 「またね、そのっち」

 

 「今日も早いなー園子。またなー」

 

 「「待ちなさーい!!」」

 

 夏凜の呟きを聞いた風がニヤニヤとしながら夏凜の顔を覗き込みながらそう聞くと、夏凜はびっくりした後に顔を赤らめてふいっとそっぽ向く。予想外の反応に風も何だかむず痒くなり、同じように顔を赤らめる。そうして真っ赤になった2人を園子はとてもいい笑顔で見ており、頬に手を当てながらボソッと呟いた。

 

 彼女は呟きに言い知れぬ何かを感じたのか2人が同時に園子へと手を伸ばしながら聞き返すが園子は答えず、彼女の言い回しに違和感を感じた銀が聞いても楓をちらっと見た後に内緒とだけ言って手を振りながら部室から出ていった。彼女の背中に楓と友奈、美森と銀、樹は手を振りながら見送り、風と夏凜は届くハズのない手を伸ばしたまま制止の声を上げる。勿論、園子は止まらなかった。

 

 「……」

 

 「……あー……卒業旅行とかどうしようかしら」

 

 「年末はどこにも行けませんでしたしね」

 

 「のこちゃんと銀ちゃんも新しく入ってくれたからねぇ。8人最初の泊まり掛けの旅行になるだろうから、皆の意見も聞かないと」

 

 「あたし達の時は合宿とかしかしなかったからなー。しかも割と近かったし」

 

 「そうなの? じゃあ、そうねぇ……大赦のお金で温泉でも行く?」

 

 「っ! ……温泉は前にも行きましたし、別の場所なんていいんじゃないですかね?」

 

 「……今度は山とかいいかもしれませんね」

 

 1度互いに顔を見合せ、気恥ずかしさから直ぐに反らす風と夏凜。その気恥ずかしさを誤魔化すように風が口を開くと、美森がその話題に乗る。同じように楓も乗り、銀は過去の自分達がどうしていたかを思い返しながら腕を組んで呟く。当時の4人で行った遠出なぞ遠足や合宿を除けば殆ど無い。精々プールに行ったくらいだろうか……そう思うと、銀は8人全員で行く旅行と言うものが楽しみになった。

 

 そんな彼女の言葉と表情を見た風は優しげに笑い、1つ提案をする。勇者として戦っていたからだろうか、大赦は勇者部のお願いはある程度難しいモノでも聞いてくれる。温泉がある旅館1つ簡単に部屋を取ってくれるし、費用も出すだろう。しかし、それを聞いた友奈が直ぐに別の場所はどうかと口にする。

 

 友奈が薄くなったのではないかと疑問を抱いた模様。あれからしばらく経ち、その疑問は確信へと変わっていた。模様は以前に比べれば遥かに薄くなっていたのだ。だが、薄くなったとは言えまだまだはっきりと確認出来る程度には残っている。温泉に入る……つまりは裸になれば、その時一緒に入るであろう同性の仲間達に模様が見られてしまう。それは避けたかった。

 

 その一瞬の焦りを、楓と……そして美森が気付いていた。だがそれを追及することはなく、美森は山はどうかと提案。これには体力に自信のある夏凜と銀が乗り、逆に自信の無い樹が難色を示す。楓は別に皆が楽しめればどこでもいいと特に意見を言うこともなく……ただ、友奈の側に居た。その事を、彼女は嬉しく思い……笑いかける彼に、同じように笑いかけるのだった。

 

 

 

 それからも平和な日々は続いた。久方ぶりに8人全員で迷い猫探しの依頼を受けた。その途中で樹が風と園子に(そそのか)されてにゃーにゃーと鳴いて猫を呼び寄せようとしたり、猫を発見した友奈と楓がその猫に怯えられて威嚇されたりされたものの無事に保護。依頼達成記念として集合写真を取り、飼い主の元へと届けた。

 

 依頼以外にも8人で遊びに行ったりもした。前にも行った事があるカラオケボックスに行って犬吠埼3姉弟でトリオで歌ったり、先代組4人で歌ったり、また友奈と夏凜がデュエットしたり。この時には友奈も模様による熱さや痛みも殆ど無くなってきており、以前と変わらぬ笑顔を浮かべて楽しんでいた。

 

 普通に学校生活も楽しんでいた。楓達のクラスでは授業中に手紙を回してこっそりと会話をしたり、夏凜が不意打ちで描いた絵を見た友奈が吹き出して先生にバレて怒られたり、昼食時にお互いのおかずを分けあったり。勇者部で集まった昼休みに全力で鬼ごっこをして盛り上がったりもした。

 

 「友奈」

 

 「うん? あ、夏凜ちゃん」

 

 「ちょっと話さない?」

 

 「あむ……なぁに?」

 

 「少し歩ける?」

 

 とある日の夕方。部活も終わって沈み行く夕陽を見ていた友奈の元に煮干を咥えた夏凜がやってきた。煮干を指に挟んで差し出しながら聞くと友奈はそれを咥えて聞き返し、2人は学校から出て少し歩いた場所にある港へとやってきた。

 

 しばらく、2人は黙って夕陽によって赤く染まった海を眺めていた。依頼でも無ければこの港に来ることは殆ど無い為、ここに来るのは美森を奪還するべく結界に向かっていた時に数秒降り立った時以来となる。

 

 「友奈、あのね」

 

 「その前にいいかな?」

 

 「なに?」

 

 「夏凜ちゃんは寒くないの?」

 

 「あ……ごめん、全然気が回らなかった」

 

 話をしようと夏凜が口を開いた時、友奈が夏凜の方を見ながら呟く。夏凜が聞き返してみれば、彼女は寒そうに震えながら自分の両肩を抱くようにして肩を竦める。春が近付いてきているとは言えまだまだ冬と言える寒さ、それも近くに海があるのだから潮風も混じって余計に気温は低くなる。

 

 一言謝り、場所を変えようかと提案するが友奈は首を横に振り、“こうすれば大丈夫”と言って夏凜の足下に座り込んで体をくっ付けた。

 

 「はあ……温かい……♪」

 

 「っ……話、だけどさ。私、風が部室に入り浸るって言った時、ちょっと嬉しかったのよ」

 

 「ちょっと?」

 

 「……うん。結構……かな」

 

 「嬉しいよね。私も嬉しかったなぁ……」

 

 友奈にくっつかれ、夕陽のせいではなく顔を赤くする夏凜。赤くしたまま少し顔を背けつつ話し始める。

 

 夏凜にとって、勇者部はようやく見付けられた居場所である。8人で居られるその場所から風が卒業という形で居なくなることを、彼女だけでなく誰もが寂しく思っていた。が、風は卒業しても来ると言った。彼女が卒業した後も8人で居られる……勇者部を居場所と定めた夏凜にとって、それはとても嬉しいことであった。

 

 そんな彼女の心境の吐露に、友奈はこれからも風が居ること、夏凜がそう思ってくれていることと二重に嬉しく思う。そうして彼女が同意した後、夏凜は友奈を見下ろし……その嬉しそうな表情を見てふっと笑みを浮かべた。

 

 「……大丈夫そうね」

 

 「えっ?」

 

 「本当はね……友奈が何を悩んでるのかって聞こうと思ってたのよ。私がこうして自分の気持ちを言えるようになったから……気持ちを言ったから、あんたも話しなさいよってね」

 

 「あ……」

 

 「年末辺りからあんたの様子がおかしいって思ってた。私達にもなんにも言わないで、1人で何か悩んでるんだろうって……私が力になれたらって、思ってた」

 

 「夏凜ちゃん……」

 

 「私は、あんたの友達だから。友達の為ならなんだってしてあげたいって……そう思えるようになったのは、友奈と……皆のお陰だから」

 

 夏凜はその場でしゃがみ、視線を友奈に合わせる。そうして語るのは、話そうと思っていたことと自身の気持ち。彼女は言った通り、年末辺りから友奈の様子がおかしいと感じていたし何か悩んでるのだと思っていた。それを自分達に打ち明けることもなく、1人で悩んでいるのだと思っていた。

 

 友奈が自分達を頼ってくれないと、自分では力になれないのかと悔しく思ったりもした。それでも何かしてあげられることはないかと考えていたのだ。勇者部に来る前では想像も出来なかった、友達の為に何かをしてあげたいという気持ちがあったから。そう思えるようになったのは、友奈を始めとした勇者部の面々のお陰だったから。

 

 「でも、私達が力になる前に友奈はだんだん元気になってきてた。それは嬉しいわ。でも……力になりたかった。なってあげたかった」

 

 「……うん」

 

 「……元気になったのは、楓さんのお陰かしら? 去年よりも側に居る時間が長くなってる気がするしね」

 

 「えっ!? えーっと、その……」

 

 「あー、その反応で丸分かりよ」

 

 「あうー……」

 

 友奈が以前のように笑うようになったことは、悩んでるように見えることが少なくなってきたのは素直に嬉しい。だが、出来れば悩んでいたであろう彼女の力になりたかった。夏凜にとって初めてそう思える相手だったから……その辺りは少し、複雑な心境だろう。こうして力になりたいと言う前に、その相手は解決へと向かっていたのだから。

 

 そうして吐き出した後に冗談混じりに笑いながら言えば、友奈は顔を赤くしてしどろもどろになって視線をあちらこちらへと泳がせる。あまりに分かり易すぎる友奈の反応に、夏凜は苦笑いを浮かべた。

 

 楓が神樹から戻ってきた日から当初より側に居るようになった友奈だったが、年末辺りからは更にその時間が長くなってるのは目に見えてわかった。どちらかと言えば、夏凜の目には楓の方が友奈の側に居るようにしているように見えていたが。

 

 「……楓さんは、友奈の悩みを知ってるの? 友奈は……楓さんにだけ相談したの?」

 

 「……ううん、知らないと思う。聞かれたけど言わなかったし……」

 

 「やっぱり何か悩んでたのね」

 

 「えっ? あっ!? ゆ、ゆーどー尋問だ!」

 

 「完成型勇者だからこれくらい出来て当然よ」

 

 「むー……」

 

 「……ふふ」

 

 「……えへへ」

 

 自然と、お互いに笑みが溢れた。友奈の笑顔を見た夏凜の心から複雑な思いや憂いが薄くなり、自然と笑うことが出来るようになった友奈の心からあの雪の日に感じた絶望や寂しさが薄れていた。それに、こうして口を滑らせても夏凜の胸に模様は見えない。それがより、友奈の心を明るくしていた。

 

 きっと、もうすぐ悩みも心配も無くなってこうして普通に笑いあえるようになる。また、幸せな日々が続く。そこにはちゃんと友奈自身も居て、隣には楓や美森も居て、勿論夏凜と他の仲間達も居る。そんな未来が待ち遠しかった。

 

 まだ、抱えていることを打ち明けることは出来ない。それを言えば夏凜は悲しげな顔をしたが、それでも頷いてそれ以上何も言わなかった。その優しさが、友奈は嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 「……様子がおかしいのは、友奈ちゃんだけかと思っていたけれど……」

 

 壁の至るところに友奈の、楓の、或いは2人が写っている写真を貼ってある美森の自室。その自室の電気を消して暗くし、カメラに保存してあるデータをプロジェクターから比較的写真が少ない壁へと映し出している美森。側に浮く青坊主と共に壁に映る写真を変えながら、彼女はそう呟いた。

 

 初詣に行った時に撮った動画。そこには、おみくじを引いて大吉を引き当てて喜ぶ友奈が映っている。普段の彼女なら、飛び上がって喜んでいたかもしれない。しかし、映っている友奈は心なしか声に力も無いし普段に比べて大人しい。そんな彼女が、美森には切なそうな表情をしているように見えた。

 

 しかし、その表情も次の瞬間には普段通りの……普段以上の笑顔に変わる。友奈の隣に、酔いから覚めた楓が同じようにおみくじを引いて大吉を引き当て、“お揃いだねぇ”と言って友奈に見せながら笑いかけたからだ。そうして笑い合う2人の姿にうっとりとする美森だったが、そんな場合ではないとパソコンを操作して次の動画、写真へと目を通していく。

 

 (友奈ちゃんは、時間が経つほどに元の元気や明るさが戻って来てる。だけど……)

 

 年を越し、写真や動画の中の時間が進むほどに友奈は以前の元気を取り戻していく。まだ記憶を失っていた頃、己を救ってくれたあの明るさが。それは嬉しいと美森は思う。だが……と視線が友奈から楓へと移ると、その表情が暗くなる。

 

 (それに反比例するように……楓君の顔に疲れが出てる)

 

 美森の目に映る一枚の写真。そこに映っているのは、つい先日撮った鬼ごっこの際に息を切らしている樹に苦笑いしながら近付いて手を差し出して鬼を変わろうとしている楓の姿。汗1つかいていない姿を見れば、恐らくは10人が10人とも彼は元気だと答えるだろう。

 

 だが、美森の目にははっきりと見えている。その表情に浮かんでいる疲労感が、よーく見なければわからない程にうっすらと浮かんでいる目の回りの隈が。老人張りに早寝早起きをしている彼の生活リズムから考えれば、寝不足というのは考えづらい。それに楓は勇者部の中でも体力はある方だし、疲労を溜め込むような依頼もして無い。そんなモノがあれば、それこそ体力の無い樹の方がダウンしているだろう。

 

 (友奈ちゃんも……そして楓君も、私達に言ってない……言えない何かを抱えているのかもしれない)

 

 確かめなければいけない。そう呟いた後、美森は青坊主にハンドサインを送る。それを見た青坊主は天井から吊るされている、部屋の壁と同じ色をしてカモフラージュされている糸を引っ張る。すると写真が貼ってある壁が音も無くくるりと回転し、次の瞬間には何もない普通の壁へと変わっていた。

 

 部屋から写真が消えたことを確認した後に美森はスマホを取り出して勇者アプリをタップ。勇者へと変身し、窓から外へと飛び出すのだった。目的地は友奈の家。そして……犬吠埼家。

 

 

 

 

 

 

 「全く……こんな時間に異性の部屋に忍び込もうとするなんてどういうつもりなんだい? しかも勇者に変身してまで」

 

 「……ごめんなさい」

 

 そして、楓にあっさり見つかって彼の部屋の中で変身したまま正座させられるのであった。




原作との相違点

・友奈の模様が薄くなっている

・友奈と夏凜の会話。夏凜が泣かない、友奈も泣かない

・美森の部屋はからくり部屋(自作)。写真も貼ってある

・その他色々



という訳で、まさかの原作4話がまだ終わらないという……そして展開変更のオンパレードなお話でした。東郷さんの部屋については、ラジオか何かで本当は写真貼ってある予定だったとか聞いた記憶があったのでそこから。本作の彼女ならやりかねない←

神樹様、そして東郷さんの行動や状況の詳細は次回です。そしてそろそろ……花火が打ち上げるかもしれませんね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 12 ー

お待たせしました……また1週間もお待たせして申し訳ありません。昨日投稿するつもりだったんですが、尋常じゃなく頭が痛くなったので見直しもしつつ今日になってしまいました(´ω`)

ゆゆゆいで満開友奈来ました。本作を書いているからですかね。嬉しくてガッツポーズして壁に利き手ぶつけました。痛い。

ポケモンマスターズ始まりましたね。メイちゃん可愛すぎ問題。私はクリスでスタート←

dffooも始めました。ジャックの中身が鈴村さんなので完全体にしようと思います。

アンケートにご協力、誠にありがとうございます! 本編ゆゆゆいなて神奈様勇者部参戦決定! 勇者か巫女か逸般人か←

そういえば、いつの間にか本作もUA20万越えてたんですよねぇ……皆様、ご愛読本当にありがとうございます。これからも本作を宜しくお願いいたしますm(_ _)m

さて、今回もあまり話は進みませんが……大きく原作と変わります。


 真っ白な空間。そこで神樹は目の前の鏡を通して四国の……勇者達の様子を見ていた。今、鏡に映っているのは友奈。天の神により何かしらの模様を刻まれていた彼女を、神樹は特に注視していた。

 

 ― やっぱり、彼女から感じられる天の神の力が弱まってる……ううん、もう殆ど感じない ―

 

 以前から天の神にしては込めている力が弱いと感じていた模様。神樹の思っていた通り、日に日にその力は弱まっていき、今ではほぼ力を感じられないほど。そのこと自体は喜ばしいことなのだが、やはり不可解だと感じていた。人間嫌いの天の神が、その程度で済ますのかと。

 

 ― 彼女はもう大丈夫そう、かな。……っ!? ―

 

 神樹から見ても、友奈はもう大丈夫だと判断出来る。まだ残っている力のせいで多少の体調不良はあるだろうがそれも次第に収まっていく事だろう。あの模様が祟りにしろ呪いにしろ、耐え抜いた友奈に神樹は称賛の意を込めて笑みを浮かべて呟く。

 

 しかし直ぐにその笑みも無くなり、驚愕したように目を見開いた。そして神樹は鏡に映る光景を友奈から楓へと変える。そこに映っていたのは、自室で机の上にうつ伏して眠っているように見える楓の姿。

 

 ― そんな……どうやって!? ―

 

 そして、その後方の天井付近に浮いている彼の魂に天の神の力を強く感じる赤黒く毒々しいナニカがまとわり付いている姿。神樹が驚いたのは、天の神の力を楓の近くに突然、何の前触れもなく感じたからだった。

 

 神樹は同じ神として天の神の力を感じとることが出来る。だからこそバーテックスの襲来を予期して神託という形で伝えられる。だからこそ友奈の模様の力の減少を知ることが出来る。だというのに、今起きていることを感じ取れなかった。

 

 ― いえ、今は驚いてる場合じゃない!! ―

 

 今まさに楓の魂が何処かへ……恐らくは天の神の元へと連れ去られようとしている。神樹としても、そして世界の為にもそれは絶対に避けなければならない。

 

 神樹は鏡に向かって手を翳し、鏡を通して外側から力を送り込んでナニカへの対処を行う。その場から動くことが出来ず、自分から天の神やバーテックスと直接戦ったりすることは出来ないが、力に対して力をぶつけるくらいは出来る。それに、友奈のように体に刻み込まれているなら引き離すことは難しいが、ただ魂にまとわり付いているだけの天の神の力。楓のお陰で力が増している今の神樹なら対処は充分可能だった。

 

 ― ……ふうっ……間に合って良かった。でも、本当にどうやってあの人に…… ―

 

 神樹がナニカを引き千切るように楓の魂から引き離すことに成功したのは、部屋に入ってきた風が楓の肩を叩いたのと同時であった。無事に彼の魂が体に戻ったことを確認して安堵の息を吐き……そしてまた考える。

 

 天の神が楓を求めているのは分かっていた。だから恨まれることを覚悟で彼を結界から出られないようにしたのだから。だが、どういう訳か今回、天の神は彼を直接狙うことが出来た。もし天の神の力に気付けなかったら、あのまま連れ去られていたかもしれない。

 

 不可解なのは、どうやって彼に力を送り込んだのかだ。直線的な接触なんてこれまで無かった。天の神が直接力を送り込んでくるのは結界がある以上不可能……結界内に天の神が力を送り込める通り道や媒体でもあれば話は別だが。それに、彼の魂が捕らわれるまで気付けなかったのも神樹にとっては理解出来ない。

 

 友奈の模様、彼の魂をこの空間に呼び出せないこと、彼に頻繁に起きている起きるはずの無い眩暈、そして今回の出来事。こうして不可解なことが連続して起きるのは神樹にとって初めての出来事であり、故に中々考えが纏まらない。

 

 ― あの人と話すことが出来れば、解決出来るかもしれないのに…… ―

 

 己だけで考えることに、神樹は限界を感じていた。“私”として確固たる意思、自我を持ち初めて数年。人間のように考え、人間のように喜怒哀楽の感情を得た神樹。結界を作り、人間達へ恵みを与えることが出来ても決して全知全能とは遠い。故に、答えを中々得られない。それが申し訳なく、そして神である自分を情けなく感じていた

 

 巫女達に神託を下すことも考えた。だが、巫女達にはあくまでもイメージでしか伝えることが出来ない。今を起きていることを伝えようとしても不明瞭過ぎてどう伝えたらいいのかわからなかった。故に神託を下すことも出来ず……それが余計に情けなかった。

 

 鏡の向こう、家族で食事をしている彼の姿を見る。楽しそうな食事風景……だが、彼の顔にはまだうっすらと冷や汗が浮かんでいる。それに、神である神樹の目には見えているのだ……まだ赤黒く毒々しい色が腕や体に残る、痛々しい彼の魂が。

 

 ― ……また、話したいな……あの人と……ああ、そっか。これが…… ―

 

 鏡に手を触れる。だが、力を送り込むことは出来てもその手が彼に届くことはない。彼を呼び出せない以上、いつまた話せるかもわからない。以前のように触れあうことも出来ない。

 

 “私”は己の鏡に触れていない手を胸元にやり、強く握り締める。その表情は悲しげに歪み、今にも泣きそうな程。胸の奥に感じている情けなさと申し訳なさ。そして……もう1つ。

 

 ― “さびしい”って……気持ちなんだね ―

 

 目を閉じてそう呟いた神樹は鏡を消し……また独り、思考の海に潜った。

 

 

 

 

 

 

 美森が楓に見つかって怒られる時から時間は少々遡る。楓と友奈に起きていることを知るべく変身した美森が最初に向かったのは、お隣さんでもある友奈の部屋だった。変身したことで増した身体能力は2階にある友奈の部屋のベランダ、その上の屋根に難なく降り立ち、美森は青坊主に偵察に向かわせる。

 

 室内の電気は消えている。が、精霊である青坊主には問題なく見えているらしい。彼(?)は室内を隠すカーテンの隙間を覗き込み、数秒程様子を見た後に美森に体全体を使ってジェスチャーで伝える。

 

 『対象は睡眠中。侵入可能であります』

 

 『了解。中に侵入し、鍵を開けなさい』

 

 『了解であります』

 

 青坊主のジェスチャーを見てから足音を立てずにベランダへと降り立ち、美森は声を出さずハンドサインで青坊主に指示を出す。彼は了解を意味するハンドサインを返した後に一旦消え、部屋の中に出現。中から鍵を開けた。

 

 「……あ」

 

 なるべく音を立てないように少しだけ窓を開け、中に入ろうとした美森。が、その年齢不相応な大きな胸が窓に引っ掛かる。仕方なくもう少しだけ開け、気を取り直して部屋へと入り込んだ。

 

 部屋の中は暗かったが、闇に慣れた目と勇者の視力はカーテンの隙間から入る月明かりもあり、問題なく見通せた。部屋の隅ではサンチョのクッションの上で鼻提灯を膨らませて眠る牛鬼の姿。そして、ベッドの上には友奈が眠っていた。

 

 (勝手に入り込んでごめんね、友奈ちゃん……? 手に、何か持ってる……?)

 

 眠る友奈に近付き、許可もなく勝手に入り込んだことを内心で謝る美森。ふと、眠る友奈の手に何かあるのに気が付いた。気になって覗き込むようにして確認してみると、それは友奈が良く作る押し花の栞。その花を見て、美森の表情が自然と緩んだ。

 

 (そういえば、海に行った時にも持っていたものね……その花菖蒲の押し花の栞)

 

 それは、かつて美森がお近づきの印として貰った物とは別の白い花菖蒲の栞だった。それを手に眠る友奈の表情はとても安らかで、良い夢でも見ているのかむにゃむにゃと言葉にならない寝言を幸せそうに呟いている。

 

 そんな友奈をずっと見ていたい気持ちに駆られるが、目的を忘れてはいけないと断腸の思いで視線を外して部屋の中を見回す。しかし、部屋の中に不自然な点は無い。流石に漁ると音が出て友奈が起きてしまうかも知れない。これ以上は……と美森が考えた時、不意に勉強机の上に置いてある一冊のノートが目についた。

 

 (あのノート、今まで友奈ちゃんが使ってきた各教科計31冊の中で学校では使ってるのを見たことがない……もしかしたら……)

 

 そう思った美森は机の前に移動してノートを手に取り、軽く開いて見てみる。そして内容を読み進めていく内に、美森の顔はどんどん青ざめていった。

 

 そこに書いてあったのは、去年風が事故に合った日から書いていた模様のことや部員達に起きた不幸との関連性……そして、美森から生け贄のお役目を引き継いでいたこと等。友奈の身に起きていることのほぼ全てが書かれていた。

 

 友奈本人としては、このノートに書いてあるのは自分自身が確認し、忘れないようにする為だ。言わば、自分と模様のことに関する観察日記のようなモノ。自分だけしか見ることがないと想定していた為に確認出来ていた事を全て書いてしまっていた。それを……美森は見ていた。

 

 (あ……友奈、ちゃん……そんな……)

 

 友奈が自分の生け贄というお役目を引き継いでしまっていたことに、そうして彼女が苦しんでいたことに……何よりも、そのことに今の今まで知らずに居たことにショックを隠せない美森。ノートを持つ手が震え、涙も溢れてくる。

 

 しかし、少し読み進めていくとホッと安堵の息が漏れた。そこには今では模様が殆ど薄れてきていることが書かれており、“もうすぐ無くなるかも!?”と字体からも嬉しさが伝わる明るいモノになってきているからだ。実際、もう殆ど苦しさや熱さは感じていないのだろうというのは幸せそうに眠る友奈を見れば分かる。

 

 とは言え、まだ安心は出来ない。完全に模様が消えるまではなにが起きても不思議ではない。涙を拭い、ノートを元の位置に寸分違わず戻しつつ美森は気を引き締める。

 

 (多分、楓君は友奈ちゃんの真実を知っている……もしくは、それに近いところまで推測を立てている。思えば今まで以上に2人が一緒に居るようになったのは、2人が参加しなかったクリスマスイブの日の翌日から。その時点で彼は、きっと……)

 

 友奈の部屋から出て青坊主に鍵を掛けてもらい、美森は再び屋根へと降り立ち……今度は犬吠埼家へと向かいながら思考を回転させる。

 

 恐らくは彼だけが真実に近かったと、美森はほぼ確信している。彼の察しの良さは彼女自身知るところであるし、その察しの良さに救われた経験があるからだ。事実、友奈は体を苦痛に蝕まれている間も楓と共に居る時は本来の笑顔を浮かべられていた。

 

 (……友奈ちゃんの身に起きている真実は分かった。言えない理由も……分かった。楓君が私達に何も言わないのも、多分そこまで理解しているから。だけど……)

 

 ノートを見たことで友奈が誰にも言えなかった理由、楓が恐らくは友奈の異変に気付きつつも他の仲間に伝えなかった理由を美森は理解した。言えば仲間に不幸が訪れると言うのなら、友奈の性格からすれば言えないだろう。もし美森が友奈の立場だとしたら、間違いなく言えない。楓もそこまで理解出来ているのだろうと、美森は予想する。

 

 だが、今までのは()()()()()()()()()()()()()であって()()()()()()()()()()()()ではない。もしかしたら同じなのかも知れないが、美森はそれは違うと確信にも似た気持ちを抱いていた。

 

 思考を止めずに動くこと数分。目的地の犬吠埼家にに辿り着いた美森は記憶にある楓の部屋の窓の所に移動する。犬吠埼家にはそこそこ広い庭があり、手入れは時々大赦の人間がやってきて行っているという。

 

 (部屋の電気は……点いてない。カーテンが閉められているから中の様子はわからない。楓君の気配はベッドの所にあるから、眠っているのだと思うけれど……)

 

 楓の部屋の窓は充分に人が通れる大きさではあるが友奈の部屋の窓よりは小さい。念のため、と窓が開くか確認する美森。案の定開くことはなく、先程と同じように青坊主に指示をして部屋の中で出現して中から鍵を開けてもらう。美森はそれを確認した後にまた少し窓とカーテンを開け、侵入を試みる。

 

 「っ、また引っ掛かって……私は同じ過ちを……」

 

 「へぇ、どんな過ちを犯したんだい?」

 

 「それは窓に胸が……あ」

 

 が、やはりその大きな胸が窓の縁に引っ掛かってしまった。仕方なくまた窓をもう少し開いて侵入し、振り返って窓と己の胸に視線を送って苦々しく毒づく。そうしている彼女の背後からそんな問い掛けが届き、思わず答えようとして……体が硬直する。

 

 ギギギ……と油の切れたブリキの人形のようにゆっくりと振り返る美森。そこにはベッドに腰掛けてにっこりと笑っている楓の姿があり……その隣には夜刀神と、その夜刀神に今にも飲み込まれそうになって小さな手をバタバタとさせている青坊主の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻る。電気の着いた部屋の中心で勇者服の正座をしている美森とベッドに腰掛けたまま腕組みをして珍しく眉間に皺を寄せている楓。隣には夜刀神がチロチロと舌を出し、青坊主が震えながら美森の背中にしがみついている。

 

 「で、なんでこんなことをしたんだい? それもこんな時間に……何の理由も無くした訳じゃないだろう?」

 

 「それは、その……」

 

 時刻は深夜の1時を回った頃。そんな時間に異性の部屋に不法侵入……字面を見ればかなり危ない人だが、理由も無くそんなことをするような子ではないことは楓も知っている。だからお説教もそこそこに理由を聞いたのだが、肝心の美森は言い淀んで答えに詰まる。

 

 無論、理由が無い訳ではない。だが、隠し事をしている相手の隠し事を知ろうとやってきたのにそれを正直に言うのは憚られた。とは言え、このまま黙っていれば解決するという訳でもない。更に言えば、最悪本当に意味も無くしたのだと楓に思われて軽蔑されるかも知れない。

 

 「……楓君、私達に言えない何かを抱えてるんじゃないかって思って……疲れてるみたいだし、よく眠れてないみたいだし……」

 

 「……で、なんでそれが不法侵入することになるのかねぇ」

 

 「その、楓君の部屋にならその理由とか、何かヒントになるものがあるかと思って……ごめんなさい」

 

 結局、美森は正直に伝えることにした。ああだこうだと言い訳を考えて言うより、直接聞いた方が答えてくれるかも知れないと思ったからだ。

 

 美森からそう聞いて、楓はジッと美森の顔を見る。謝った後に俯く彼女は、正座していることもあってか更に小さく、幼く見えた。

 

 (小学生の頃から変に行動的だとは思っていたけど、ねぇ……)

 

 楓の脳裏に小学生の頃、銀を尾行したり雨野の家で訓練していた楓を覗いたりしていたのが浮かんだ。友達や仲間のことを知るためなら犯罪スレスレのこともやっていたことを思いだし、その顔に呆れが浮かび……苦笑いに変わった。

 

 やっていることは誉められたことではないが、楓はその行動理由自体は別に嫌いではない。銀の時も、彼女のことを心配していたからだ。今回もそう。楓の分かりにくい疲労感や寝不足に気付き、心配だから……その理由を知りたいから、行動に移したのだから。

 

 「そうだねぇ……“悩んだら相談”……それをしなかったのは自分だからねぇ」

 

 「……」

 

 「……少し恥ずかしいんだけどねぇ、前に悪夢を見たんだ。起きた後もしばらく冷や汗が止まらないくらい、嫌な夢を。それ以来、眠るのが怖くて……ね」

 

 友奈のことはまだ言えない。が、自分自身のことは言える。だから楓は、恥ずかしいと言いつつも答えた。

 

 魂の状態で何処かへと連れていかれそうになった楓。あの時の圧迫感と恐怖は、まだ楓の中に残っていた。現実だったのか、それとも夢の中の出来事なのか曖昧なところがあるが、そのせいで楓は眠るのが怖くて仕方ない。

 

 美森の侵入を察知出来たのも、単純に眠っていなかったからだ。もし彼女が来なければ、そのまましばらく彼は眠れずに過ごし、それでも日々の習慣から耐えきれずにほんの少しだけ眠り、日課のトレーニングの時間に起きることになっただろう。尚、青坊主は侵入して鍵を開けた瞬間に夜刀神が補食した。

 

 「またあの悪夢を見るんじゃないか……そう思うと、さ」

 

 「……楓君」

 

 「うん? ……美森ちゃん?」

 

 そう語る楓の顔を、美森は上目遣いに見る。その時の恐怖が甦っているのか僅かに震えている肩。写真で見た時よりも濃くなっているように見える疲労感と目の隈。普段よりも弱々しい楓の姿を見た美森は彼の名前を呼んで立ち上がり……美森の方を見た彼の体を抱きしめた。

 

 「楓君、覚えてる? 小学生の頃、私が同じように悪夢を見て怖くて……貴方に電話したこと」

 

 「……ああ、勿論。覚えているよ」

 

 「その後、楓君は私の部屋まで来てくれて……こうやって抱き締めてくれた。あの時、本当に嬉しくて、安心して……悪夢を見た恐怖も不安も、全部それらに変わっていったの」

 

 「それなら、向かった甲斐があったねぇ……」

 

 2人の脳裏に浮かぶのは、遠足の前日のこと。悪夢を見た美森(すみ)が恐怖から楓へと電話を掛け、そのことを話すと楓は勇者に変身して彼女の部屋へと向かい……こうして、抱き締めあったこと。

 

 「その時に言ってくれた言葉も……本当に、本当に……嬉しかった」

 

 

 

 ― 須美ちゃんが泣いているんだ。だったら自分は、いつでも駆け付けるよ ―

 

 

 

 「だから、今度は私の番。貴方が夢を見て怖くて眠れないなら……私が駆け付けるから。あの日、楓君がしてくれたように……こうして抱き締めるから」

 

 「……うん、ありがとねぇ」

 

 しばらく、2人はそうして抱き締めあっていた。楓の震えもいつの間にか止まり、部屋に飾ってある時計の針が2時を回る頃に彼に眠気が出て来て布団へと入り込み……眠るその時まで、美森はその手を握っていた。

 

 (楓君が寝不足だったのは、悪夢を見たからだったのね……余程怖い夢だったのかしら)

 

 楓の寝顔を見ながら、美森はそう思う。老熟していると言ってもいい彼が眠るのが怖くなる程の悪夢。言い方は悪いかも知れないが、友奈の時よりも思っていたよりは軽い理由で良かったと内心で安堵していた。

 

 そっと、握っていない方の手で楓の前髪を撫でる。当時は楓の方が背が低かった。だが、今ではすっかり追い抜かされ、その体格差に嫌でも男女の差というものを感じさせられる。それでも変わらないのは……抱き締めてもらう時の安心感。気恥ずかしさよりも嬉しさが出るその包容が、美森は大好きだった。

 

 (おやすみなさい、楓君……? あれは、ノート……? まだ真新しい。これも楓君が今まで使ってきた42冊の中で見たことがない……)

 

 完全に寝入ったことを確認し、名残惜しく思いつつも手を離す美森。電気を消してこの場から去ろうとした時、電源へと伸びる手が止まって視線が勉強机の上にあるノートに止まる。

 

 それは友奈の部屋の時の焼き増しのようで、どうにも気になった美森は近付いてノートへと手を伸ばす。友奈の時よりも冊数が多いのは性格や書き方によるものだろう。美森はそれを手に取って開き、読み進めていく。

 

 (これは……やっぱり楓君、殆ど気付いて……? 結界の外に出られない……楓君の魂が天の神の力を強める……?)

 

 そこに書いてある友奈の身に起きていることの予想。それは友奈の部屋で見たノートの内容と然程変わらず、改めて彼の察しの良さに驚愕する。その途中、何故結界の外に出られないのかの理由の部分を見て首を傾げた。

 

 そこには、“自分の魂が天の神の力を強めてしまうから?”という疑問が書かれていた。正直なところ、美森にはこの言葉の意味はよくわからない。だが、意味もなく書くことではないだろうと記憶に留め、更に読み進めるがそれ以上気になる情報は無かった。

 

 そうしてノートを見ている時……そして、来た時とは逆に窓から出ていく彼女の姿を、夜刀神はずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。樹海で戦っている時の夢を見た。空を見上げれば赤く染まっていて……太陽が、そこにはあって。

 

 「……」

 

 太陽を見る。その周囲に、更に12個の小さな太陽があって……それらを背負う人影があって。私はその太陽に向かって跳んだ。後方に、同じように跳ぶ誰かの気配がする。その気配に意識を向けている暇は無くて、ただその人影に向かって手を伸ばした。

 

 人影に近づく。人影の姿が少しずつ露になっていく。

 

 「○○っ!!」

 

 夢を見ている私にはまだその人影の正体はわからない。だけど、夢の中の私は分かっているようで……多分、その名前を叫ぶようにして呼んだ。だけど人影は答えることはなくて。

 

 「○○○っ!!」

 

 そうやって叫ぶ私の前に、真っ白な勇者服を着た誰かが現れて……その人影に向かっていって。泣きそうな声で、私には聞き取れないその人影の名前を呼んで。

 

 そこで、目が覚めた。

 

 

 

 「……」

 

 布団から起き上がる。夢を見た。そして、その夢をはっきりと覚えていた。まるで、あの日のように。

 

 以前と違うのは、人死にを知らせるような夢ではなかったということ。でも……良い夢とは決して言えなかった。そしてこれを、只の夢だと言える程今の私は楽観的になれなかった。

 

 「もう、間違えない」

 

 枕元に置いてある端末に手を伸ばす。まずは過去に私の夢の話をしたことがある先代組の3人。次に友奈ちゃん達4人……は部活の時に直接伝えよう。もう、言わなかったことを言えばよかったと後悔したくないから。

 

 そう思って私は……楓君はやっと眠れたんだからと、まずはそのっちに電話を掛けた。




原作との相違点

・友奈が勇者御記を所持していない(大赦が結城家に来てないのでそもそも持ってない)

・友奈が安眠出来ている。どんな夢を見ていたかは内緒

・東郷さん、2度胸が引っかかる

・犬吠埼家はマンションではなく庭付き一戸建て(今更)

・その他多過ぎて最早書ききれんよ←



という訳で予告通り、その頃の神奈様と東郷さんでした。勇者御記は原作では友奈の苦しい状況を知る切欠となる重要なファクターでしたが、逆に言えば苦しい状況から脱しつつある本作ではそこまで重要ではないのでカット。代わりにノートに日記のように書いていました。他の仲間よりも先に真実を知る東郷さんである。

東郷さんの胸は2度引っかかる。絶対にやろうと思ってました。青坊主が夜刀神に飲まれるのもやろうと思ってました。ほら、卵と蛇だし←

いよいよ原作4話が終了。その後にやってくるのは原作だと友奈の神婚やそれを阻止しようとやってくる天の神。それに立ち向かう勇者部でしたが……本作ではどうなることやら。そもそも今年中に本編完結出来るのやら。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 13 ー

とうとう1週間以上空いてしまったなぁ……だがエタらんぞ。私をエタらせたければ、今の仕事量の倍は持ってこい。という訳で長らくお待たせして申し訳ありません(´ω`)

ゆゆゆいでわすゆピックアップ引いたら花言葉銀ちゃんが来てくれました。園子(小)、弥勒さんの花言葉が来てくれたら全部揃います。

dffooではチケット単発でプロンプトのEX武器が来てくれました。個人的に好きなタイプのキャラなので完全体目指します。

fgoは幕間増えましたね。エルキドゥの宝具火力かなり上がって人類の脅威特攻も付いたので満足。

さて……今回は説明とか回です。スッ(胃薬&愉悦セット(麻婆豆腐とワイン)


 「ただの夢……って訳じゃないのよね?」

 

 「恐らくは。小学生の時にも同じようなことがあって、その夢は現実になり掛けました」

 

 美森が夢を見た同日、部活の時間に部室に集まった勇者部の8人は当人である美森から夢の内容を教えられていた。話を聞いた7人の中で風がそう聞いてくるが、美森は“恐らくは”と言いつつも確信しているようにそう続ける。

 

 夢の話を聞いた時、先代組以外の4人は半信半疑……というよりも、話の内容が唐突かつ夢が現実になる所謂“予知夢”のようなモノだと言われて処理しきれないで居た。勿論、美森が意味もなく嘘を言うような人間ではないとは分かっているが……予知夢を見ましたと告げられて信じられる人間がどれ程居るだろうか。

 

 「その、東郷先輩。小学生の時にも見たって……その時はどんな夢だったんですか?」

 

 「それは……」

 

 「自分が死ぬ夢だよ」

 

 【っ!?】

 

 樹に問われ、美森は言葉に詰まる。あの時に見た夢は、それはそれは凄惨なモノだった。今でもはっきりと思い出せるその夢を思う度に、園子と銀にも伝えていれば、夢の内容を勘違いしていなければと後悔が募る。

 

 そうして彼女と、夢の内容を後から聞かされた2人が言い澱んで居た時、楓がサラッと言ってのけた。あまりにあっさり言うものだから言い澱んでいた3人も、聞かされた4人も絶句する。そんな彼女達を見て楓は思わず苦笑いを浮かべ、ひらひらと見せ付けるように右腕を振る。

 

 「ほら、この右腕が無かった時、3体のバーテックスが攻めてきたことがあっただろう? その3体が出てきた戦いの時、自分は死にかけたって話をしたじゃないか」

 

 「……確かに、してたけど……」

 

 「初めて聞かされた時はびっくりしたよね……」

 

 「それって確か……総力戦の後の病院で話してた奴ですか?」

 

 「神樹様にあって満開とか散華とか聞いたって言ってた時に、そんな話をしてたような……」

 

 

 「そうだったっけ。まあ、その戦いの最後の辺りの状況が美森ちゃんが見た夢の内容とほぼ一致しててねぇ……銀ちゃんが間に合ってくれなかったら夢の通りだっただろうねぇ」

 

 「本当にギリギリだったけどな……今思い出しても、間に合わなかったらって思うとゾッとするぞ……」

 

 そういえばそんな話をされたことがあったと思い返す姉妹と友奈と夏凜、当時の事を思い返す先代組3人の表情が暗くなる。銀に至ってはもし間に合わなかったら……と最も間近でその現場を見た人間として当時の恐怖が甦って体が少し震える。

 

 「……東郷が見た夢がただの夢じゃないってのは分かったわ。でも、それが何を意味してんのかしら」

 

 「真っ白な勇者服……は、流石に楓のことだよな? 実は白いペンキを被った誰かとかじゃないよな?」

 

 「樹海にペンキなんかある訳ないでしょうよ……」

 

 「じゃあ太陽は……そのまま太陽? でも12個って……」

 

 「その太陽を背負った人影っていうのも気になりますね……」

 

 「……太陽……もしかしたら、天の神のことかも」

 

 美森が見た夢のことは真剣に考えなくてはならない。そう意識を改め、8人は内容の事を考える。とは言うものの、実際に見た美森以外は言葉の羅列から想像するしかない。

 

 風が顎に手を当てながら疑問を口にすると銀が続く。かつて“赤黒く染まった勇者服”という部分を“赤い勇者服”と勘違いしていたと聞かされたこともあり、今度も勘違いしているのではないかと思い至ったからだ。それを口にすると夏凜に呆れられたのだが。

 

 次に疑問を口にしたのは友奈。その頭の中では太陽の周りに更に12個の太陽がぐるぐると回っている図が浮かんでおり、元より考える事が然程得意でもないので考えが纏まらずにうんうん唸る。樹も顎に人差し指を当てて天井を見上げながら考えるが、特に何か思い付けずに居た。そんな時に園子がポツリと呟き、7人の視線が彼女に集中する。

 

 「何か思い当たることでもあるのかい? のこちゃん」

 

 「カエっちが最初に養子になってた家、覚えてる?」

 

 「……ああ、勿論。忘れられる訳がないさ」

 

 園子に聞いた楓が逆に聞かれ、思いっきり顔をしかめる。その理由を知る先代組の3人は痛ましげに彼を見、理由がわからない4人は珍しい楓の表情に少々びっくりしていた。

 

 楓が最初に養子として入っていた雨野家。養父が死亡したことで純粋な血縁が居なくなり、大赦の名家からもその名を消し、歴史も幕を閉じている。楓としても早く記憶から消し去りたいのだが、その凶行のせいで逆に忘れられずにいる。

 

 「あの家に、太陽に向かって頭を下げてる人達が描かれた絵があったんだ。あの人は天の神の信者だったんだよね? だから……」

 

 「その絵に描かれた太陽は天の神を意味している。だから美森ちゃんが見た夢の太陽も……ってことだね?」

 

 「うん……多分ね~」

 

 「じゃあ12個の太陽ってのはなんなのよ? まさか天の神が12体も居る訳じゃないでしょ」

 

 「……バーテックスじゃないの? あいつらは星座の名前だし、星座は12種類だし」

 

 「それってつまり……天の神とバーテックスが同時に……」

 

 「……また、戦いになるってことかねぇ」

 

 園子と楓の会話を聞き、なるほどと納得する6人。実際に養父のこと、彼の凶行を聞いている先代組は納得以上に当時の出来事を思い出して沸々と怒りが込み上げてくる。それは楓も同じであったが意識を切り替え、話し合いを続ける。

 

 美森が見た太陽のことが天の神だとして、ならば周囲にあるという12個の太陽はなんなのかと口にする風に、しばし考えた夏凜がそう呟く。実際にバーテックスの呼称を考えたのは大赦なのだが、夢との関連性はあるように思える。その呟きを聞いた樹が恐る恐る口にすれば、楓が苦い顔をしながらそう漏らした。

 

 部室に沈黙が訪れる。自分達の戦いはまだ終わらないかもしれず、更に今度は天の神と直接戦うことになる可能性が出てきた。夢を見てそれを伝えた美森を恨む気持ち等は一切無いが、また戦わされるのかとそう思うのは仕方ないだろう。

 

 「……対処法、ある? これ」

 

 「無いよねぇ。そもそもどうして天の神が今更攻めてくるのかもわからないし……攻めてきたら夢の通りに自分達が迎え撃つしかない」

 

 「逆にあたし達が結界の外に居る天の神に戦いを挑むっていうのは……」

 

 「バカね、あんな火の海の上でどうやって戦うのよ。楓さん以外は満開くらいしか飛行手段無いのよ? そもそも結界の外のどこに居るかもわからないってのに」

 

 「楓くんも結界から出られないし……」

 

 「それに、天の神ってどんな姿をしてるんですか?」

 

 「それは……太陽みたいな姿なんじゃ?」

 

 「抽象的過ぎるわ」

 

 話し合いは続くが、解決策や対処法が思い付くことはなかった。そもそも夢の内容は太陽を背負った人影に美森達が向かっていく、というモノだ。人の生死や戦闘内容のようなモノは無く、原因も不明。何をどうすれば解決するのか、どう対処したらいいのか等分かるハズがない。

 

 じゃあ攻めてくる前に向かうのはどうかと銀が言ってみるが、夏凜からは呆れ混じりに返され、友奈は以前に結界から出られない為に美森を助けに行けずに嘆いていた楓を思い出しながら呟き、樹は天の神を見たことがないので首を傾げる。そう言われてみれば銀もその姿を見たことがないので夢のまんま口にし、風にざっくりと切り捨てられる。

 

 銀や樹だけでなく、勇者部の面々は天の神の姿を見たことがなかった。美森とて生贄になったとは言え結界の外に出てその身を火の海にへと投げ出してから助け出されるまでの記憶は無い。そんな中で、もしかしたら……そう思う者が2人。無論、楓と友奈の2人である。

 

 楓はかつて結界の外で、バーテックスとは別に大きな鏡のようなモノを見ており、その鏡に見られていると感じたことがある。その視線と同様のモノをここしばらく感じていることもあり、その鏡こそが天の神ではないかと半ば確信していた。

 

 友奈もそこまで確信している訳ではないが、美森を助け出す為にかつて自身も捕らわれていた空間で美森を火炙りにしていた鏡のようなモノを目撃している。その鏡が天の神に関するモノかもしれない……胸に刻まれた模様のこともあり、そう予測するのは当然のことだろう。尤も、その模様は殆ど見えない位に薄くなっているのだが。

 

 (さて、これは言っても大丈夫なのか……?)

 

 それを2人が言わない……言えないのは、やはり天の神が刻んだ模様のせいだ。友奈の目には部員達に模様が見えていないし、模様の存在は知らないが友奈の様子を見ている楓はそこから言っていいか悪いかのラインを把握している。ここまでの会話は大丈夫だったが、天の神の姿を知らせるのはどうか。

 

 何よりも、今も楓は感じているのだ……その天の神のモノと思わしき視線を。故に口を開くことを躊躇ってしまう。

 

 結局、友奈も楓もそれを口にすることは無かった。夢についての話し合いもそれ以上進むことはなく、依頼もあったので一旦話を終えてそれぞれ依頼へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 (天の神が……来るかもしれない)

 

 東郷さんが見た夢。その夢の内容を部室で皆で話し合っていた時、私は少しだけ安心した。だって、天の神のことかもしれない話をしてても、皆に模様は見えなかったから。でも、安心したのは少しだけで……天の神が攻めてくるのは私のせいかもって思って怖くなった。

 

 この模様のせいで、もしくは私が東郷さんから生贄のお役目を代わったせいで……また皆が戦うのは私のせいでって、そう思ったから。

 

 (人影も……ひょっとしたら、私かも知れない)

 

 話に出た太陽を背負った人影。それはもしかしたら、私かも知れない。薄くなっていると言ってもまだ模様はあるから、あの場所で見た東郷さんみたいに鏡に引き込まれているみたいな形で。もしそうなら、私はどこかで天の神と会ってしまうのかな。また、皆と離れ離れになっちゃうのかな。

 

 (それは……イヤだなぁ)

 

 あの空間に居た時、誰も居なくて寂しかった。どこまでも広がる空間はどこまで行っても出口なんて見付からなくて、出られなくて。どれくらい時間が経っているかも分からなくて、眠くなったりお腹が空いたりもしなくて。だからずーっと蹲って、耐えるしかなかった。

 

 だから意識が朦朧としていた時に東郷さんの声が聞こえて、楓くんが助け出してくれた時……本当に嬉しかったんた。大切で大事な友達と……大切で大事な人が私を助けてくれたから。心も体も救ってくれたから。

 

 もし、私のせいで皆がまた戦うことになったら……また、危険な目に遭ったら。そう思ったら怖くて仕方なくなって……まだうっすらと模様がある左胸の部分の服を掴んで泣きそうになる。

 

 「友奈」

 

 「……えっ? あ、な、なに? 楓くん」

 

 「なんだか泣きそうになってたからねぇ。大丈夫かい?」

 

 「あ……だ、大丈夫だよ! 私は、大丈夫だから」

 

 不意に名前を呼ばれて、遅れて顔を上げると楓くんが心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでた。その顔のまま私に大丈夫かと聞いてきたから、私は無理やり笑って両手を曲げて元気だよってアピールする。すると楓くんは仕方ないなぁって苦笑いして……私の隣を歩いてくれる。

 

 今は私と楓くんの2人で外の依頼を終えて部室に戻る最中で、学校に続く登り道を歩いてた。2人きりの依頼は久しぶりだなぁ……と思いながら、隣を歩く楓くんの横顔を見る。私より背が高いから、少し見上げる形になるけど。

 

 あのクリスマスイブの日からよく一緒に居てくれる楓くん。私がまた辛くなってきた時、見てるだけで幸せになれる……私の大好きな、朗らかな笑顔を見せてくれる。その笑顔が、ちゃんと私を見てくれてるって思えて……頑張ろうって、模様なんかに負けないって思わせてくれた。

 

 「ありがとう、楓くん」

 

 「ん? 急にどうしたんだい?」

 

 「えへへ……急に言いたくなったんだー」

 

 「そっか……どういたしまして、友奈」

 

 そう思ってたらお礼を言いたくなって、だからありがとうって言ったら、楓くんはそう聞き返してきて……ちょっぴり照れ臭くて頬を掻きながら笑って言うと、また楓くんは笑ってくれた。

 

 そんなやり取りが凄く嬉しくて、とっても幸福(しあわせ)で。ずっと、ずーっとこうして居たいなって思った。ずっと楓くんの隣で、楓くんと一緒にこうやって笑いあって。勿論皆も一緒に居て。

 

 「ねえ、楓くん。手、繋いでもいいかな?」

 

 「うん? それくらい構わないよ」

 

 「やった♪」

 

 そんな幸せな未来を想像して浮かれた気持ちになって、その気持ちのまま聞いたら楓くんは手を差し出してくれたから……私は、その手を握った。

 

 

 

 

 

 

 それが……間違いだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 ― ツ カ マ エ タ ―

 

 

 

 

 

 

 「……えっ?」

 

 「友奈? どうしたんだい?」

 

 「あ……あ、ああ……っ!?」

 

 手を繋いだ、まさにその瞬間だった。友奈の表情と声が一瞬の驚愕、そして恐怖と変わっていく。彼女の目には見えてしまっていた……今まで楓にだけは見えなかったハズの、あの赤黒く毒々しい模様が。それも以前他の皆に見えた小さなモノではない。

 

 楓に見えた模様……それは()()に余すことなく広がってしまっていた。あまりに唐突に見えたその光景は友奈を恐怖のどん底へと落とすには充分に過ぎた。

 

 「……友奈? 君には何が見えている?」

 

 「楓、くん……嘘だ……だって、今まで……」

 

 「友奈! 落ち着いて、自分の話を」

 

 手を離し、ガクガクと震えながら頭を抱えて1歩2歩と楓から離れる友奈。余りにおかしい彼女の様子から何か起きている、何か友奈にしか見えないモノが見えているのだと察する楓。何とか友奈を落ち着かせようとした時、楓もまた友奈の後ろに見てしまった。

 

 彼女の後ろの空間が縦に裂け、その中の空間は結界の外のように真っ赤に染まっている。それは以前の戦いの時にレオが起こした行動によく似ており……その向こうに、周囲に12個の小さな鏡を備えた大きな鏡が見えた。そして、その小さな鏡の1つが一瞬発光し……。

 

 

 

 「友奈ああああああああっ!!」

 

 

 

 「え……?」

 

 楓が必死な形相と声で叫びながら、友奈に飛び付くようにして押し倒す。そうして倒された友奈が見たのは……以前にも見たことがある、縦に裂けた赤い空間とそこから飛び出している大量の光の針。自分達の前に現れた牛鬼と夜刀神。そしてその光の針が砕いた、今まで歩いていた道の破片が自分達に向かってくる所。

 

 そして……ガラスが割れたような音を聞いた気がして。白と桃色の花びらが宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 「あ……う……?」

 

 友奈が気付いた時、まだ辺りには道が壊された時に発生した土埃が舞っていた。そして体に重みを感じ、仰向けに倒れている自身の体を見下ろすと……そこには、友奈に覆い被さるように倒れている楓の姿。

 

 そして、その体から出ている白い糸のようなモノ。その糸の先を目で追っていくと……空中に、真っ白な魂の状態の楓。その魂の状態の楓が、彼の()()()()()()()赤黒く毒々しい紐のようなナニカに、気を失っているかのように脱力した状態で縛られていて……真っ赤な空間の中から、友奈も見たことがある赤いハサミのようなモノが出ていた。

 

 「……や……めて」

 

 強烈に嫌な予感を感じる友奈。もう楓に2度と会えなくなるような、取り返しのつかないことになるような、そんな予感。だが、楓の重みと背中や後頭部が酷く痛み、上手く体が動かせない。

 

 そうしている間にも事態は動き続ける。楓の魂は真っ赤な空間に引き寄せられ……空間から出ていたハサミが、魂と体を繋ぐ糸のようなモノへと伸びていく。

 

 「やめ、て……っ!」

 

 あの空間に連れていかれたら駄目だ。あのハサミに糸を切られてもいけない。そんな焦燥感を感じながら、友奈は必死になって体を動かし、ポケットの中にあるスマホを何とか取り出し、勇者へと変身しようとして。

 

 

 

 破片にでもぶつかったのかスマホが酷く損傷しており、画面には何も映っていないことに遅れて気付いた。

 

 

 

 「あ……」

 

 友奈の口から、絶望に染まった声が漏れた。

 

 「ああ……!」

 

 そんな彼女の前で、余りにもあっさりと赤いハサミが体と魂を繋ぐ糸を断ち切った。

 

 「やだ……ダメっ……やめて!! 連れていかないで!!」

 

 泣きながら懇願し、楓の魂へと手を伸ばす友奈の目の前で……彼は真っ赤な空間の中へと姿を消した。同時に、その空間も消える。後に残されたのは砕かれた道と楓の体、虚空へと手を伸ばしたまま涙を流す友奈。

 

 余りにも唐突に、いろんな事が起こった。その全てを友奈は受け止めきれずにいて、ただ絶望だけを感じていた。やがて伸ばしていた手は力無く下がり、俯いた先に彼の体が見えた。

 

 「楓、くん……楓……くん……かえで……く……」

 

 何も出来なかった。楓の体に見えた模様に狼狽えて背後に現れた真っ赤な空間に気付けず、そこから放たれた攻撃から彼に守られた。楓の名前を呟きながら、友奈は起きた出来事を1つ1つ再認識していった。

 

 そうする度にまた絶望して、涙して、段々と声も途切れ途切れになって。どうしたらいいかも分からず、その場に座って俯せのまま身動き1つしない楓の頭へと手を伸ばして……その手に、ぬるりとした感触があった。

 

 疑問に思い、友奈はその手を自分の目の前まで持ってくる。その手は、楓の血で赤く染まっていて……そして、友奈の許容量を越えた。

 

 

 

 「うぁ……あ……あ゛……! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!」

 

 

 

 その手の血で己の顔を染め上げながら……頭を抱える友奈の悲痛な叫びが、空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 ― ……やられた……あれは祟りでも呪いでもなかった……ただの、()()だったんだ ―

 

 真っ白な空間の中で、友奈と同じように座り込みながら神樹はポツリと呟いた。ようやく気付いた友奈に刻まれた模様の正体……それは、余りにも遅かったのだが。

 

 神樹が言った通り、友奈に刻まれたのは祟りでも呪いでもなく、目印であった。それは文字通りに“目”であり、“印”である。天の神はその目印を友奈に刻むことで、彼女を通して結界の中を見ていた。そして、結界の中に居る友奈の位置を正確に把握していたのだ。

 

 祟りでも呪いでもないとは言え、その力は紛れもなく神の力。その力は人間が宿すには余りにも強い。友奈の体の不調や仲間達に起きた不幸は、謂わばその力の余波。友奈が模様のことを口にすると目印の力が言葉に乗って相手に向かって飛び、それが不幸という形で悪影響を及ぼしたのだ。

 

 楓が感じていた視線は、予想通り天の神のモノ。天の神はずっと、友奈を通して楓を見ていた。そして彼が友奈と接触する度に、目印のもう1つの機能が作動する。

 

 それが、楓へと目印の天の神の力が流れるという機能。友奈の模様が徐々に薄くなっていったのは彼に力が流れ込んで行ったからであり……神樹が気付けなかったのはその流れ込む力が微量であり、皮肉にも楓の高次元の魂の存在感によって力の移動が隠されてしまっていたからであった。

 

 そうして彼の中に溜まっていった力は、両方の神の力によって再構成された彼の体にある神の力のバランスを崩した。起きるハズの無い目眩が再び起きるようになったのはこのせいだ。楓の魂が捕らわれた時に神樹が気付くのが遅れたのも無理はない。何しろその力の発生源は彼の中にあったのだから。

 

 友奈に刻まれた目印が楓へと移っていったことで、天の神は直接接触することなく彼の所在を把握し、友奈を通して彼の姿を見続け……そして今回、友奈が手を繋いだその瞬間に全ての力が彼へと移った。故に行動を起こしたのだ。

 

 結界の外から目印を媒体にして力を送り込み、外に居る己の前に空間を繋ぐ。そうすることで神樹の結界に阻まれなかった。そして、まずは用無しになった友奈を排除しに掛かる。それは楓に邪魔されてしまったが、結果的に彼の体は瀕死の重症を負い、魂が飛び出てしまった。天の神はそのまま目標を元々の目的である彼の魂へと変更し、以前のように内側から縛り上げて繋いだ空間から己の元へと引っ張った。

 

 勿論、かなり遅れたものの神樹は今回のことに気付いた。以前と同じように力をぶつけ、対処しようとした。だが、今回は以前と違って天の神が直接出向いていた為……まだまだ開いていた力の差を覆すことが出来なかったのだ。

 

 天の神が赤いハサミで魂と体を繋ぐ糸を断ち切ったのは、そうしなければ糸が邪魔で空間を閉じられないからだ。だが、その糸は……。

 

 

 

 ― それに、体と魂を繋ぐ糸が切られた……これじゃあ、あの人の魂を取り戻したとしても……体に()()()()……っ ―

 

 

 

 絶望に絶望を重ねたような状況に……神樹は泣き崩れた。




原作との相違点

・全部だ(ざっくり



という訳で、勇者の章(オリジナル)という名の友奈いじめのお話でした。前にいじめるって言ったじゃないですか←

オリジナル展開過多なので、ここからも人を選ぶかもしれませんね。まあ事前に独自解釈とかストーリー改変とか書いてますので、皆様は覚悟していると思いますけれども。

友奈に刻まれていたのは原作のような祟りはなく、単なる目印でした。私、1度も模様のことを祟りだと言ってませんよ? 模様とは言い続けましたがね←

皆様、かなり前に私が“ハガレン的精神散華ルート”と挙げたことを覚えてますかね? もしこのルートだった場合、今回のように楓の糸が消失して魂の状態でゆゆゆを過ごすことになりました。その際は友奈の元に現れ、ヒカ碁の佐為とヒカルのような間柄になってる予定でした。

さて、勇者の章(オリジナル)もクライマックスが近くなってきました。それはつまり、本作本編も終わりに近付いてきたということです。本編終了前にはDEifも終わらせる予定です。本編終了後には……リクエストの中にある、あのえげつないのも書くかも?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 14 ー

また1週間……過去の2日、3日投稿はもう遥か昔の話です。お待ちしていて下さった皆様……待たせたな(´ω`)

前回の感想、20件は笑いました。やはり類友か。

以前他のゆゆゆ作品に感想を書いたところ、“愉悦部御用達”と言われました。そんな風に思われているのは喜ぶべきか悲しむべきか。

ゆゆゆいで防人ピックアップ来たので引いたところ、水着亜耶ちゃんと水着メブが来てくれました。2人共可愛すぎて辛い……ゆゆゆいか番外編でいつか亜耶ちゃんと楓の祖父孫の絡みを書くんだ←

さて、今回は前回程がっつり行きませんが……皆様も薄々気付いているであろうアレが来ますよ。


 その振動は楓と友奈よりも先に部室に戻ってきていた6人にも届き、道が砕かれたことによる煙は部室から出た先にある廊下の窓から見えた。

 

 「っ、何? 今の……」

 

 「地震って訳じゃないよな」

 

 「お姉ちゃん、廊下の窓! 煙が上がってる!」

 

 「えっ? うわ……事故でもあったのかしら」

 

 夏凜、銀が一瞬ながら揺れたとハッキリ分かる振動に少し驚き、樹が煙を見て指を指し、風がそれを見てそんな感想を溢す。

 

 全員が部室から出て窓から顔を出し、煙が出ている場所を見る。煙の大きさや量から考えて、事故でも起きたのではないかと考えるがそこまで。気にはなったものの夢の話や依頼の後だったこともあり、野次馬をしに行くような気分でもなかった。

 

 「……ねえ、わっしー。あの場所……」

 

 「ええ……この学校に来る時に通る道よ」

 

 そんな4人に対し、園子と美森は嫌な予感を感じていた。煙が上がっている場所は美森が言うようにこの学校に来る為に通る道の1つであり、美森と友奈の通学路でもある。そして、外の依頼に出ている2人が通る道でもあった。

 

 美森は直ぐにスマホを取り出し、友奈へと電話を掛ける。いつもなら直ぐに出るのだが、今回に限って出ない。それどころか“お掛けになった電話をお呼びしましたが、電波が届かない所にあるか~”というアナウンスが聞こえる始末。

 

 そのメッセージが聞こえたのか、今度は園子がスマホを取り出して楓へと電話を掛ける。しかしこちらも出ることはなく、“電話に出ることが出来ません”とのアナウンス。2人の行動を見ていた4人も流石に嫌な予感を感じ始め、自然と煙が上がっている場所へと視線を向ける。

 

 「……まさか、ね」

 

 「そんなことは流石に……ないよな?」

 

 「そう、ですよね」

 

 たらりと冷や汗が流れたのは誰だったか。もしくは全員なのかもしれないが……この時、美森の脳裏に2人の部屋で見たノートの内容が思い浮かんでいた。即ち、天の神の話をすれば……何か不幸が起きるのではないかと。

 

 その瞬間、美森は駆け出していた。背後から仲間達の声が聞こえた気がするが、そんな事は気にしていられなかった。上履きから下靴へと履き替える暇も惜しいとそのまま学校を飛び出し、煙が上がる場所へと全速力で向かう。

 

 (そんな筈ない……だって、楓君も友奈ちゃんも様子がおかしくなったりしなかったじゃない)

 

 走りながら、自分の予想は外れている筈だと言い聞かせる。確かに天の神に関するかもしれない話はしたが、それをしたのは美森からであって友奈からではない。それに、話してる最中にも話し終わった後にも別段2人の様子が変わったということも無かったではないか。

 

 だから、この嫌な予感は気のせいだ。あの煙と2人は何の関係もない。きっとこうして向かっている途中で部室へと戻っている最中、もしくは煙がある場所の向こうで同じように煙に戸惑ってる2人と合流するんだ。そう思って、走って、ただただ走って、この焦燥感は杞憂だと安堵したくて。

 

 

 

 そして、辿り着いた先で美森が見たのは……身動き1つしない楓と、誰かの血で手を、服を、顔を赤く染めて泣き叫び続ける友奈の……変わり果てた2人の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、6人は学校を休んで大橋にある大赦の運営する病院の一室に居た。部活はしばらく休止だと既に知らせてある。学校にも休む旨を伝え、学校側も快く了承していた。

 

 今彼女達が居る病室には楓と友奈の2人がそれぞれのベッドの上に眠っていた。美森が先に辿り着いた後、他の5人も遅れてやってきてその惨状を目にして少しの間放心状態になり、友奈の絶叫が途絶えて彼女が気絶した後に園子が大赦に連絡。直ぐに救急車に消防車が来て2人を病院へと運んでいった。

 

 勿論、6人も部室に置きっぱなしにしていた荷物を大赦の人間に回収を頼み、病院へとついていった。病院に着いても2人は目覚めず、ずっと病院に居る訳にもいかなかったのでその日は帰宅し、今日また朝からやって来ていたのだ。

 

 2人が目覚める様子は無かった。友奈の家族と姉妹は医者から話を聞いたが、友奈は少しの打撲や擦り傷程度で楓も道の破片を背中や後頭部に受けているものの命に別状はないと診断されていた……少なくとも、体そのものは。

 

 「楓君……友奈ちゃん……」

 

 病室に美森は泣きそうな声が響く。体に問題はない……だがその精神は、心はどうだろうか。友奈の表情と声に込められた絶望は6人に……中でも同じように絶望した経験がある美森と風には深く届いていた。あの友奈が、それほど迄に絶望する何かが、あの場で起きた。そう察することは簡単だった。

 

 疑問なのは、あの場所で何が起きたのかだ。事故だと予想していたが車やバイクのようなモノは見つからなかったし、自然災害に遇った訳でもない。状況だけを見れば、楓が友奈を庇って怪我をして、それで友奈が絶望した……そう取れる。だが、何から庇ったというのか。そして友奈は、楓は何を見たのか。現状、それらがまるで分からなかった。

 

 6人の心配そうな視線が2人に向けられる。怪我自体は大したことはない。なのに……一向に目覚めない。包帯やガーゼを着けた顔が痛々しい。事故だというのなら、その相手を許すことは出来ない。自然災害だというのなら、運が悪かったと言う他無い。

 

 「……あ」

 

 「わっしー? どうしたの?」

 

 そうして美森の考えが危険な方向へと向かいそうになった時、2人を見ていた美森の口からポツリと声が漏れた。それは2人に繋がれた機器の音を除けば無音の室内にはよく響き、自然と5人の視線が美森へと集中し、園子が問いかける。

 

 「どうして、2人は傷を負っているの……?」

 

 「どうしてって……そりゃあ、あの場所で何かがあったからなんじゃ?」

 

 「私達には精霊が居るのに?」

 

 【あっ!?】

 

 あまりに衝撃的な場面だったからか頭から抜けていたが、こうして2人が1歩間違えれば死んでいたかもしれない怪我を負うのはおかしいのだ。何故なら未だに勇者である8人にはそれぞれに精霊が付いていて、バリアで守ってくれるのだから。

 

 その不自然さに気付き、5人が声を上げる。例え端末が無くとも精霊は現れ、勇者を守る。それは6人全員が知っている。思考は“あの場で何が起きたか”から“どうして精霊が居るのに怪我を負ったのか”へと変わり、また思考する。

 

 「……そういえば、フーミン先輩の時もそうだったよね」

 

 「確かにそうだったよな」

 

 「あの時も不思議に思ってましたけど、結局答えは出なかったですし……」

 

 「バーテックスの攻撃も防ぐバリアを貫通する何か、か」

 

 園子、銀、樹、夏凜と続く会話の中で、美森の脳裏には再び友奈と楓の2人の部屋で見たノートの内容が思い浮かんでいた。それを思い返せば、自然と原因かもしれない存在を思い付く。即ち、天の神かもしれないと。

 

 「……天の神の仕業かもしれない」

 

 「風……先輩?」

 

 「ちょっと、どうしてそこで天の神が出てくるのよ」

 

 しかし、それを口にしたのは美森ではなく風だった。まさか風の口から天の神が出てくるとは思わなかったのか美森が思わずと言ったように呟き、夏凜が腕を組みながら首を傾げる。

 

 「前に楓の部屋にあったノートをこっそり見ちゃったんだけど……そのノートには、友奈の身に起きてるかもしれないことが書いてたのよ。内容が内容だから、聞けなかったし言えなかったんだけどさ」

 

 「友奈の身に起きてるって……何が起きてるってのよ」

 

 「ゆーゆがわっしーを助けに行った時、天の神に何かされて、それで苦しめられていた……だよね? フーミン先輩」

 

 「園子? お前も何言って……どういうことだよ」

 

 「わたし、最近帰るの早かったでしょ? カエっちがクリスマス位からゆーゆの側に居る時間が長くなって、ずっと気にかけてたから……それに、ゆーゆもわたし達に何か言おうとした後に強引に話を変えたことが何度かあったからね。ちょっと気になって、安芸先生に調べてもらったり自分でも大赦に行って調べたりしたんだ」

 

 美森は風が自分と同じように彼のノートを見ていたことを知り、なるほどと納得する。だが、ノートの内容を知らない者達にとっては寝耳に水。夏凜が疑問を溢すと、風よりも先に園子が答えた。

 

 銀が聞けば、園子も理由を語る。ここしばらく、園子は部員の誰よりも先に下校していた。それは家に帰っているからではなく、彼女自身が言った疑問を解消する為に大赦に向かい、そこで安芸にも手伝ってもらいながら調べていた為だ。

 

 実のところ、詳しいことは分かっていない。分かっているのは、美森を助けに行ったあの日に友奈が何らかの干渉を受けていたということと、そのせいで友奈が苦しめられていたということだけ。それが分かったのも新年を迎えてしばらくした後である。

 

 勿論、大赦が何かしらの行動を起こさなかったのには理由がある。神樹からの信託が降りなかったこともあるが、1番の理由は友奈の模様が周囲に被害を及ぼすことを知ってしまったからだ。友奈の心を、そして周囲を天の神の力から守る為にも、大赦は静観する他無かった。少なくとも、対処法を見つけるまでは……結局、今日まで見つけられなかったのだが。

 

 「でも、ゆーゆは段々元気になってきた。だからもう大丈夫だと思ってたんだけど……」

 

 「……友奈ちゃんは、私の生贄としてのお役目を代わったって。その事や天の神のことを言おうとすれば、私達に不幸なことが起こるって悩んでた」

 

 「っ、友奈が……だから様子がおかしかったのね……ん? 風や園子はともかく、なんで東郷はそんなこと知ってんのよ」

 

 「でも、そのっちが言ったみたいに最近は元気になってきてた。その体にあった天の神の力も薄れてきてるみたいって……」

 

 「無視か」

 

 「夏凜、今は抑えて抑えて」

 

 園子が眠ったままの友奈を見下ろしながら続け、美森が自分が知ったことを呟く。それを聞いて夏凜は友奈の様子を思い出して納得し……なんで美森がそんなことを知っているのかと疑問を口にする。が、美森は答えずにそのまま話を続け、額に青筋を浮かべる夏凜を銀が抑える。

 

 風、園子、美森のした話で全員が友奈が天の神のせいで苦しめられていたことは理解した。それ故に今回何が起きたのかも朧気ながら理解する……即ち、こうして2人が怪我をして眠ることになったのは天の神のせいなのだと。精霊のバリアを貫通したのも、天の神の力なのだと。

 

 そこで会話が止まり、6人の視線が再び2人に集中する。こうして話していても、起きる気配はまるでない。病室という、6人にとってもいい思い出が無い場所であることもあってどうしても不安感が募る。

 

 特に先代組の3人はそれが大きかった。包帯やガーゼを着けてベッドに眠る楓……それは否が応にも小学生の時の遠足の日の戦い、その後のことを思い出してしまう。本当に死ぬ寸前だった……血塗れの彼の姿を。

 

 そのまま時間は過ぎていく。6人は病室に居られる限界まで2人の側に居て……結局、その日は2人が目覚めることはなかった。

 

 

 

 翌日、休日で学校が無かったので6人は再び病院へと訪れることに。その際美森はいち早く病室に現れ、2人のベッドの間にある椅子に座り、友奈の手にそっと何かを握らせる。それは、彼女が最初に友奈と出会った時に貰った白い花菖蒲の押し花の栞だった。

 

 「友奈ちゃん……楓君……目を覚まして……」

 

 美森は病院が嫌いだ。彼女にとって、病室は悲しい記憶しかない場所だから。小学生の時の楓の大怪我を見た場所で、散華によって記憶を失った後に目覚めた場所で、彼の温感や記憶の散華を知った場所で、園子と銀の2人と記憶を失ったまま思い出したくても思い出せずに再会した場所で……全身を散華した友奈を見続けた場所だから。

 

 その時の記憶が甦る。同時に、その時の恐怖や寂しさもまた……甦る。あんな思いはしたくない。また寂しい日々を送りたくはない。眠り続ける大切な親友を、大切な人達を見続けるのはもう嫌だった。そんな思いを言葉に込め、両手を広げて2人の手を握る。

 

 「っ!?」

 

 瞬間、楓と繋いでいた手を引っ込め、その手を目の前に持ってくる。友奈の手は布団の中にあったこともあって温かい。なのに楓の手は、同じように布団に入っている筈なのに……。

 

 美森は青ざめながら立ち上がり、楓の胸に服の上から耳を当てる。トクントクンと、生きている証である鼓動は聞こえた。その音に安心しつつ、恐る恐る彼の頬に手を当てる。その頬は、先程握った手のように冷たかった。暖房が効いている部屋に居るのにも関わらず。

 

 「……ぁ……ぅ……」

 

 その事実に絶句している美森の後ろで、か細い声をあげながら友奈が目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら真っ白な部屋に居た。頭がぼうっとしててあんまり考えられなくて、喉がなんだかとても痛くて。右手に何か握ってるような気がして。

 

 「友奈ちゃん!」

 

 「とー……ごー……さん……?」

 

 目の前に、天井の代わりに泣きそうな……でも嬉しそうな東郷さんの顔が出てきた。前にも見たことあるような気がするな~なんて、少しだけ懐かしい気持ちになった。その後に右手に持ってるモノを確認したくて、それを目の前に持ってきて。

 

 

 

 ― 友奈ああああああああっ!! ―

 

 

 

 「……あ……」

 

 

 

 「友奈ちゃん……?」

 

 「う、あ……ああ……ごほっ、ごほっ!」

 

 白い花菖蒲の押し花を目にして、あの光景が一気に甦る。楓君の全身に見えた模様。それから、私の名前を叫びながら沢山の光から私を助けてくれて……牛鬼と夜刀神がバリアを張ってくれて……そのバリアが、ガラスみたいに割れて。

 

 涙が出てくる。声も、さっきよりも出なくなって、息がしにくくて。自分の口から呻き声が出て、喉が痛いから少しむせちゃって、空いてる左手で喉を押さえながら東郷さんの方に横向きになって。

 

 

 

 東郷さんの向こうに……頭に包帯をしてベッドに横たわったまま動かない楓くんの姿が見えた。

 

 

 

 「い、や……いやぁ……!」

 

 「友奈ちゃん! 落ち着いて!」

 

 「やああああああああ!! 楓くん!! やだ、ああああ……!!」

 

 「友奈ちゃん!! どうしたの!?」

 

 「楓くんが、天の……連れて……うああああああああん!! ああああああああっ!!」

 

 「……友奈ちゃん……」

 

 思わず体を起こして楓くんの所に行こうとして、東郷さんに抱き止められた。楓くんに手を伸ばしても届かない。東郷さんが私を止めているから。その状態が、嫌でも何も出来なかったあの瞬間を思い出してしまって……私は、もっと泣いて。東郷さんに伝えようとしても、全然声にならなくて。

 

 喉が痛くても、頭が回らなくても涙も声もその時の光景も止まらなくて。皆が来るまで私は、ずっと東郷さんに抱き締められて頭を撫でられながら泣き続けた。

 

 

 

 皆が来たのは、そうして泣いてた私が落ち着いてからしばらくしてのことだった。あの日から2日、私はそれだけ眠ってたらしい。皆私と楓くんを見ながら真剣な、悲しげな表情をしてる。それは……私がさっき、私達の身に起きたことを話したから。病人服の中を見て、もう私の体には模様はなくて……話しても大丈夫だと思ったから。

 

 東郷さんから生け贄のお役目を代わったことも、模様のことも、皆に起きた不幸も、風先輩の交通事故も……あの日に楓くんの魂みたいなのが連れ去られたこととかのことまで、言えなかったこと全部。言えなかったことを、ごめんなさいって謝って。

 

 「……ホント、ウチの弟はスゴいわ」

 

 「何よ急に……? なに? そのノート」

 

 「昨日言ってた、楓の部屋にあったノート。中身は……見れば分かるわ」

 

 「ああ、友奈の身に起きてたことが書いてるっていう……これ、本当に全部予想? 友奈の言ったこと、殆ど合ってるじゃない」

 

 「小学生の頃から察しが良かったけど、ここまで来ると凄いを通り越して怖いな……」

 

 「だからカエっちはゆーゆの側に……」

 

 「お姉ちゃんはいつこのノートを知ったの?」

 

 「前に楓が晩御飯に呼んでも全然来なかったことがあってねぇ。呼びに行ったら寝ちゃってて、起こしたら少し慌てて先に部屋から出て……久々に楓の部屋に入ったなーなんて思って見回したらこれが目についてね。楓もお年頃なのかしら、なんて思いながら見てみたら内容がこれだもの。しばらく立ち尽くしちゃったわ」

 

 風先輩が持ってきた楓くんのノートを皆で見る。そこには、予想だと言いつつも私の状態をほぼ言い当ててる内容が書かれてた。楓くんは気付いてくれてた。私を見てくれてた。私を……守ってくれてた。なのに……私は。そう思ったら、また涙が出てくる。

 

 「にしても……大赦と言い、天の神と言い……何回人の家族を引き離せば気が済むのよ……っ!」

 

 「“カエっちの魂が天の神の力を強めてしまう”……カエっちは何でそう思ったんだろう」

 

 「何か、思い当たる節でもあったのかね……それにその糸みたいなのを切ったハサミ……嫌な予感しかしないな」

 

 「……これ、本当だったらヤバいんじゃない?」

 

 「ですよね……」

 

 「そうね……只でさえ神樹様と天の神の力には差があるみたいだし……これが本当だったら、また外の火の海の勢いが増すかもしれないもの。いえ、もしかしたらそれ以上のことに……」

 

 風先輩が壁を叩いて怒る。前にも風先輩達は散華のせいで離れなくちゃいけなかったから……怒るのも当然だよね。園ちゃんと銀ちゃんは楓くんの文章に疑問を持ったみたい。私もなんで楓くんがそう思ったのか不思議だけど……もしもそれが本当なら、天の神が楓くんの魂を連れてったのはそれが目的だと思った。ハサミについては今も私の中で嫌な予感が膨れ上がってる。上手く言葉に出来ないのがもどかしい。

 

 夏凜ちゃんと樹ちゃん、東郷さんはもしこの内容が本当だったらって考えて冷や汗をかいてた。東郷さんの話を聞いた皆も……勿論私も、事実ならと思うと何も言えなくなる。

 

 他にも気になった部分がある。“視線の正体は天の神?”と、そう書かれた部分。天の神に、楓くんは見られていた。なんで、どうやって、どこから。思い付くのは私の模様くらいだけど、私も皆もそんな視線は感じてない。でも、楓くんが書いてることだし……その部分については、私達は何も言えなかった。

 

 「……良かった、皆ここに居てくれて」

 

 「安芸先生……と、友華さん?」

 

 そうやって皆で話していると、病室の扉が開いた。その音に皆が釣られて扉の方に向くと、そこには前に部室に来てくれた、楓くん達4人のサポート役だったっていう、私服姿の安芸さんと礼服と仮面の人。それから……どこか見覚えがある、私と少し似ているような気がする、着物を着た茶髪の女の人の3人が居た。声に出した東郷さんと、園ちゃんと銀ちゃんは知ってるみたいだけど……。

 

 「園子ちゃん、須美ちゃん、銀ちゃん……お久しぶりね。皆さんは……覚えているかしら。以前に1度会っているのだけど」

 

 「えっ? えーっと……」

 

 「……お姉ちゃん。この人、前に合宿で使わせてもらった旅館の女将さんじゃ……」

 

 「あー! 楓が言ってた年齢詐偽の義理の母親の!」

 

 「滅茶苦茶失礼なこと言ってんじゃないわよバカ風!!」

 

 「おうっ!?」

 

 急に聞かれて私が思いだそうとしてると、樹ちゃんが風先輩に耳元で何か言うと風先輩は女の人を指差してそう叫んだ。瞬間、夏凜ちゃんが思いっきり風先輩の頭を叩く。私も流石にそれは……と思ったけど、女の人……友華さんは気にした様子もなくあらあら、なんて頬に手を当てて笑ってた。その笑い方は……なんだか、楓くんに似ていた。

 

 「友華さん。安芸先生も、どうしてここに?」

 

 「理由は2つあるわ。単純にお見舞いに来た、というのが1つ」

 

 「もう1つはなんですか? ……正直、良い予感はしないんですけど」

 

 「……その予感は正しいわ、三ノ輪さん。こっちが本命の理由なんだけど……無理かもしれないけれど、落ち着いて聞いて」

 

 園ちゃんが聞くと、安芸さんは直ぐに答えてくれた。その時の目は楓くんに向いてて……友華さんも、泣きそうな顔で楓くんのことを見てた。やっぱり義理でもお母さんだから心配なのかな……当たり前だよね。だからこうして来たんだから。

 

 それから、銀ちゃんがそう聞いた時……安芸さんが、凄く辛そうな顔をした。一気に嫌な予感が膨れ上がる。怖くて怖くて仕方なくて、手にある花菖蒲の押し花を両手で胸に抱えてしまう。そうして、口を開いたのは友華さんで……それを聞いて、私は思ったんだ。

 

 

 

 「このままだとそう遠くない内に……ほぼ間違いなく、四国は滅びることになります」

 

 

 

 それは……私が楓くんに守られてしまったからなんだって。何も出来なかった私のせいなんだって……思ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 「……ここは」

 

 気がつけば自分は見覚えのある、上下が雲に覆われているような場所……以前、友奈が魂の状態で閉じ込められていた場所に、同じように魂の状態で居た。

 

 何故ここにいるのか経緯はわからない。だが、直前の記憶は以前に獅子座の後ろに現れたような縦に裂けた空間から見えた天の神らしき鏡による攻撃から友奈を庇ったところで終わっている。その事を考えれば……ここに連れてきたのは天の神である可能性が高い。

 

 

 

 ― やっと……ここに連れてくることが出来たよ―

 

 

 

 「っ!?」

 

 そういえば、友奈は無事だろうか。怪我はしていないだろうか。あんなにも自分を見て怖がっていたのはどうしてだろうか……そんな疑問ばかり浮かんでいた自分の後ろから、聞き覚えのある声がした。驚愕して直ぐに振り返り……また驚愕する。

 

 (……やれやれ、全く……)

 

 その存在を見て、思わず口元がヒクつく。体が硬直する。恐らく、目の前の存在は天の神なのだろう。自分を見続け、友奈を苦しめ、姉さんを事故に合わせた元凶。300年以上前から人類を滅ぼそうとしてきた、バーテックスの大元。そうだと分かっていても、変な笑いが出る……それも、仕方ないだろう。

 

 

 

 ― はじめまして ―

 

 

 

 (神様ってのは、その()がデフォルトなのかねぇ……?)

 

 何せその姿は、その顔は、その声色さえも……腰までの長い黒髪や目の色が赤黒く毒々しい色をしていること、そして黒い着物を着ていることを除けば、友奈と全く同じなのだから。

 

 ― やっと逢えたね……楓くん ―

 

 そう言って天の神は……あの子と同じように笑った。




原作との相違点

・最早原作など意味はない(無慈悲



という訳で、前回ほどのインパクトはないお話でした。前回の友奈の絶望に反して勇者部の絶望感は感じにくいでしょうが……これでも本人達は精神的に参ってます。ただ、直接見た上に元凶かもしれないと知ってる友奈と皆で聞いた6人との違いですね。

風ですが、彼女がノートの存在を知ったのは楓が最初に連れ去られそうになった時です。あの時から風も友奈の身に起きてることを予想ではありますが知ってました。表に出さなかったのは、楓と友奈と同じ理由ですね。言いたくても言えなかったんです。

さて、久々に友華が出ました。大赦のお偉いさんが告げる滅び……さて、どうなることやら。そして皆様の予想通り、天の神が遂に……おかしいな、あの子の姿になる予定なんて無かったのに。黒髪だからでしょうか←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 15 ー

もはや1週間投稿がデフォルトに……どうにかしなければ。という訳でお待たせしました(´ω`)

前回も感想20件以上、ありがとうございます。返信が少し大変とは思いますがそれは嬉しい悲鳴。感想は作者の動力源です、どんどん下さい(感想乞食

いつの間にかお気に入りが1500件突破。誠にありがとうございます。これからも本作を宜しくお願いします。

fgoは念願のボックスガチャが来ましたね。王様は来てくれませんでしたが← さて、何箱開けられるかな。せめて30~50は開けたいところ(低い目標

さて、今回もまた説明回。そして私のバトルフェイズはまだ終了しちゃいねぇぜ……!

あ、後書きにアンケートがあります_(:3」∠)_


 四国が滅びる。友華が発した言葉によって、病室の中は痛いほどの静寂に包まれていた。だがそれは、友華の言葉を信じていないからではない。むしろ、信じている。普通なら何をバカなと笑い飛ばすだろうが、それが出来ない程に友華の目は真剣で声も力強い。そして勇者部は、滅びが決して遠い場所にある出来事ではないと知っている。

 

 「四国が滅びるって……友華さん、それってやっぱり、天の神の力が増してるってこと?」

 

 「その通りよ、園子ちゃん……ちょっとそのノートを見せてくれる?」

 

 「あ、はい」

 

 園子の疑問に友華は真剣な表情のまま答え、風が持ってきた楓のノートを要求すると樹が直ぐに手渡す。友華は渡されたノートを手に取り、黙読。少しして樹に返した。

 

 「楓君の魂は今、天の神の元にあり……体は脱け殻の状態。その状態とノートの内容を照らし合わせると、やはり私達大赦が出した結論は正しいのでしょう。四国の滅びは、そう遠くない内に訪れます」

 

 「……友華さん。楓君の魂が天の神の力を強めるというのは、本当なんですか?」

 

 「状況から考えても、事実です。2日前から神樹様の力や寿命が延びなくなり、逆に結界の外の炎の勢い……天の神の力が強くなっている事を確認しています」

 

 「神樹様の力と寿命? どういうことですか?」

 

 「そうね……教えた方が良いでしょう。これは大赦の中でも私と同じような立場……自分で言うのも何ですが、偉い立場の人間等一部の者だけが知っていることです」

 

 神樹。地の神の集合体であるその存在は元号がまだ西暦だった頃から人類に力を貸してくれている。それは神世紀になり、約300年経った今でもそれは変わらない。

 

 そう、神樹は四国に残る人類に力を貸してくれている。それは結界であり、土地や海等に栄養なり鉱物なりを与えてくれる“恵み”であり、その他人間が生きていく為に必要なモノ、ライフラインのような細かなモノまでの全てを指す。勿論勇者に送る力もそうであり、それを300年、休み無く。

 

 「神と言えど、その力は決して無限ではないのでしょう。神樹様の力は私達人類の為に消費され続け、回復することもなく減る一方の力は神樹様の寿命を削り続け、このままでは神世紀300年前後で寿命を迎えるハズでした」

 

 「ハズでした……ということは、今は違うんですか?」

 

 「ええ。今からおよそ15年前……神世紀286年。その年から、神樹様の力が回復……それどころかどんどん増えていったのです。力も、寿命も 」

 

 「286年って……」

 

 「わたし達2年生が産まれた年だね~」

 

 ある日突然、何の前触れもなく上昇していく力。それを知った大赦は勿論その原因の解明に挑んだ。その原因が分かれば神樹の力をより早く上昇させ、いずれは人類の悲願でもある天の神の打倒を、人類の未来を取り戻すことが出来るかもしれないと。

 

 しかし、数年経っても原因は不明のまま。どうしたものかと悩んでいた時、神樹からの神託で当代の勇者が選ばれた。それが美森(すみ)、園子、銀、そして楓。神樹の力が上昇し始めた年に産まれた者達が勇者に選ばれたことから、大赦がその4人の内の誰か、或いは同じ年に産まれた子供達の誰かがその原因ではないかと当りを付けた。

 

 「4人だけじゃなくて、他の子供達もですか?」

 

 「ええ。貴女達と同じ年代の子達が、他の年代の子達の平均よりも高い適性値を誇っていたのも理由ね。中でも4人と、それから結城さんはトップクラスの適性値を誇っているから」

 

 とは言うものの、大赦は当りをつけるのが精一杯だった。その後も調査こそ続けていたが、結局特定するには至らなかった。可能性が1番高かったのは唯一の男であり、神樹から名指しで勇者に選ばれた楓だったが……確信に至ることはなかった。

 

 そのまま時間は過ぎていく。美森による結界の破壊とその修復や楓の散華を戻す等で再び力を大きく消費さることこそあったが、また力は増えていった。神託によって決められていた戦いやイレギュラーな戦いを終え、このまま行けばどんどん力を取り戻し、いずれは天の神をも越えられる……そう、希望を持つことができた。

 

 「ですが、2日前の夕方にその力の上昇が止まったことが分かりました。更には少しずつ結界の外の炎の勢いも増してきていることも、調査で分かったのです」

 

 「2日前の夕方……私と楓くんが天の神に襲撃されて……楓くんの、魂が……」

 

 「友奈ちゃん……」

 

 「……楓君の魂が天の神に連れ去られた日に神樹様の力の上昇が止まり、逆に天の神の力は増した……つまりは、そういうことなのでしょう」

 

 「原因は分からないけれど、カエっちの魂は神様の力を強める。それは天の神も例外じゃないんだね……」

 

 「……つまりそれって、神樹様と天の神の力の差がどんどん開いてくってことだよな……」

 

 「楓の魂が天の神のところにある限り、そうなるんでしょうね。人の弟をよくも……!」

 

 友華の話を聞き、またその時の状況を思い出して涙する友奈。まして自身が何もできなかった結果として楓の魂は捕らわれ、そのせいで四国が滅びると言われれば……自身よりも周りを優先していしまう彼女の性格からすれば、より重く心に罪悪感や無力感等の感情がのし掛かる。美森は友奈の頭を抱き締め、ゆっくりと撫でる。

 

 そんな2人を痛ましげに見た後、友華は話を続け、園子もベッドに横たわる楓を見ながら呟く。そこまで聞いて銀は苦いを顔をし、風が吐き捨てるように言う。家族思いの風には弟が利用されているようにしか思えず、腸が煮えくり返る気持ちで居た。

 

 「あの……お兄ちゃんの魂が天の神のところにある限り力の差が開いていくのは分かりましたけど……四国が近い内に滅びるって、どれくらい近いんですか?」

 

 「そうね、その滅びまでの間に何とか楓さんの魂を取り返す為の策を練らないと」

 

 「友華さん?」

 

 控え目に手を上げて質問したのは樹。これまでの話を黙って聞いていたが、彼女が気になったのは滅びまでの期間。“近い内に”と友華は言ったが、その正確な期間は分かっているのかと。

 

 樹の質問に同意するのは夏凜。楓の魂は何がなんでも天の神から取り返さなくてはならない。その手段は今のところ思い付かないが、滅びるまでの間に何か思い付く、もしくは見付かるかもしれない。それは10年か、1年か……そして銀が問いかけると、友華は難しい顔をして一言。

 

 

 

 「大赦の計算では……最短で後3日。長くても5日でしょう」

 

 

 

 「みっ……!? 1ヶ月どころか1週間もないの!?」

 

 「そんな、短すぎるでしょ!?」

 

 風、夏凜が驚愕から声を上げる。声を出さなかった5人も信じられないといった表情を浮かべている。友奈に至っては血の気が引いて顔色が土気色になっている。

 

 滅びる日まで今日から3日、長くとも5日。余りにも短い日数だが……この日数は仕方ない部分がある。元々寿命が尽きかけていた神樹は力の総量も少なかった。そこから楓の存在によって少しずつ回復していったのだ。

 

 対して、天の神は元々人類を滅ぼす力があった。それを神樹、そして人間が奉火祭のような儀式を用いることでその滅びを先延ばしにしていたのだ。つまり、神世紀に入る前と力の大きさは変わっておらず、そのまま強まっていっている。

 

 強まった力は火の勢いが増すという形で現れており……この短い期間は、その火が結界を越えて四国を呑み込んでしまうまでの期間。以前のような、天の神が怒りで火の勢いを強めたのとは違う。自然と上がっていく力によって結界の方が耐えきれなくなるのだ。故に、生贄……奉火祭という手段は使えない。そこまで説明した後、友華は7人を見回してからまた口を開く。

 

 「大赦がこの滅びに対して、貴女達勇者に提示できるモノは3つです。1つは、黙って滅びを受け入れることです」

 

 そう言ってまた7人の顔を見回す友華。が、6人の目は“そんなことは認めない”と訴えている。目は口ほどにモノを言うとはまさにこの事。友奈だけは美森に抱き締められている為にその表情は伺えない。ただ、その小さな肩が震えているように見えた。

 

 「2つ目は“神婚”です」

 

 「しん……こん? 何ですか? それ」

 

 「文字通り、神との結婚のことを言います。神との結婚を古来神婚と呼び、神と聖なる乙女の結合によって世界の安寧を確かなものとする儀式……それが神婚。つまり、選ばれた人間が神樹様と結婚するのです」

 

 「神樹様と結婚って……突拍子もないと言うか、無茶苦茶と言うか……」

 

 「その、神婚をするとどうなるんですか?」

 

 友華は真剣な顔をしたまま語る。神婚することで新たな力を得て人は神の一族となり、永久に神樹様と共に生きられる。つまり、滅びから逃れられる。人間ではなく、神の眷属として神の中で生きられるからだ。

 

 だが、それは神婚する者以外の者達の話。神婚が成立すれば選ばれた少女の存在は神界に移行し、俗界との接触は不可能になる。簡潔に言うならば……結婚相手に選ばれた存在は死ぬ。そしてその犠牲と引き換えに他の全ての人間が生き残る。今後、天の神を恐れることもなくなる。

 

 「以上が神婚の説明になります。そして……大赦が唯一見付けることが出来た、確実に人類が生き残る方法です」

 

 「……そんな方法、認められる訳がないでしょう!? 前は東郷を生贄にして、今度は誰を犠牲にするってのよ!? それに、楓はどうするのよ!!」

 

 「待ってお姉ちゃん! まだそれをするって決まった訳じゃないから……!」

 

 「友華さん、最後の1つは……?」

 

 「最後の1つは、他の2つに比べて確実性なんてモノはありません。いえ、むしろ選択肢として提示するのも憚られる程です。大赦の人間も真っ先に選択肢から……意識から外したくらいですから」

 

 「それは、どんな……?」

 

 神婚の説明を聞き、風が怒りを露にする。風だけではなく、他の5人もそうだ。だが、友奈だけは相変わらず表情は分からず……ただ、“神婚”と一言だけ呟く。それが聞こえた美森は、嫌な予感を感じた。

 

 思わず友華に向かおうとした風を樹が抑え、問い掛ける。友華は真剣な表情から苦々しげな表情へと変わり、そう言って首を横に振るう。そんな彼女へと美森が再度問い掛け……。

 

 

 

 「天の神を打ち倒すことです」

 

 

 

 言うは易し、行うは難しとはまさにこの事。生き残る方法の1つとして、300年もの間成し得なかったことをやらねばならない。確かに選択肢の1つではあるが、これを選択肢として提示するのは無理があるだろう。何せ、出来るかどうかと言われれば、誰もが“出来ない”と答えるだろうからだ。

 

 だが……座して滅びを待つのも、神婚による1人の犠牲を受け入れることもしないと言うのなら……それしか方法はない。例え天の神の居場所が分からなくとも。例え倒す方法が分からなくとも。例え、勝機が限りなくゼロに近くとも。人類の未来を勝ち取るためには……そうしなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 私は、ずっと東郷さんに抱き締められながら友華って人の話を聞いていた。後3日……長くても5日で四国が滅ぶ。皆……皆死んじゃう。私が何もできなかったから、私が守られてしまったから。なんで私はあの時……そんな後悔ばっかりしてる。楓くんじゃなくて……私が連れ去られれば良かったのに。私が変わりに、天の神に捕まれば良かったのに。

 

 滅びを受け入れるなんてしたくない。四国を守る為にずっとバーテックスと戦ってきたんだ。悲しいことも、辛いことも沢山あったけど、全部皆で乗り越えてきたんだ。だから……それだけは絶対にしたくない。

 

 次に友華さんが言ったのは“神婚”……話は、正直よくわかんなかった。だけど……その、神婚をすれば……神婚した人が死んじゃう代わりに、皆が助かるんだってことはわかった。だからかな……その神婚って単語が、ずっと耳に残ったんだ。

 

 最後が、天の神を倒すこと。友華さんは選択肢とは言えないみたいなことを言ってたけど、きっと皆はそれしかないって思ってる。私だって、そう思ってる。天の神から楓くんを取り返すんだ。絶対、四国を滅ぼさせたりするもんか。だって私達は勇者だから。勇者は……ううん、私は絶対……諦めたりしないんだから。

 

 (そうだよ……諦めるもんか。私のせいで楓くんが連れ去られたなら、私が絶対に助けるんだ。私を助けてくれた楓くんを、今度は私が助けるんだ!)

 

 泣いてばっかりじゃ居られない。落ち込んでいたってどうにもならない。そうだよ、あの時の戦いだって私は落ち込んで、泣いて……だけど夏凜ちゃんが、楓くんが居たから立ち上がれたんだ。泣いてたってどうにもならない。だって楓くんは、この四国は私にとって大事で、大切だから。

 

 涙が止まる。体の震えも止まる。天の神なんかに負けるもんか。なるべく諦めない。成せば大抵なんとかなる。皆が居れば、きっとどうにかなる。そう思うと心に火がついたみたいに熱くなって、絶対に助けるんだって東郷さんの胸に埋めてた顔を上げて。

 

 

 

 「ただ……結城さんはその戦いには参加出来ないでしょう」

 

 

 

 熱くなった心が、一気に冷めていく。それだけじゃなくて、全身が冷たくなったような気さえした。

 

 「……な……んで、ですか……? なんで、私だけ……」

 

 「……貴女の端末は、2日前のあの時に壊れてしまっているからです」

 

 「あ……」

 

 そうだった。だから変身出来なくて、目の前で楓くんが連れ去られたんじゃないか。だから……何も出来ないまま、見てることしか出来なかったんじゃないか。

 

 「直せないんですか? 端末1つ、データのバックアップとか予備とか……」

 

 「私は専門という訳じゃないから詳しくは言えないのだけど……貴女達が持っているスマホは、その中にある勇者アプリは普通の携帯やデータとは訳が違うの。それに、結城さんの端末は天の神の攻撃を間接的であれ受けてしまっているらしくて……神樹様との霊的な接続が上手くいかないようなのよ」

 

 「そんな……」

 

 「修復には、1週間から2週間以上掛かるらしいわ。だから結城さんは……どうあがいても間に合わないの」

 

 今度こそ、本当に目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらくの時間が過ぎて、今は夜。皆はとっくに帰っていて、この部屋には私と楓くんしかいない。

 

 『あんたの分までアタシ達が戦うわ。絶対に楓を取り戻すから……待ってなさい』

 

 風先輩は、そう言って頭を撫でてくれた。

 

 『わ、私が友奈さんの分まで頑張りますから!』

 

 樹ちゃんは、私の手を握りながらそう言ってくれた。

 

 『この完成型勇者に全部任せなさい。だから……安心して待っててよ』

 

 夏凜ちゃんはいつもみたいに腕を組んで、頼もしい言葉をくれた。

 

 『カエっちはわたし達が絶対助けるんよ。ゆーゆ……辛いかもしれないけれど、待ってて』

 

 園ちゃんは、私の目を見ながらそう言ってくれた。

 

 『あー、その……よし。友奈、辛いと思うけど、さ……あたし達のことを応援しててくれ。大丈夫、この銀様に任せなさい!』

 

 銀ちゃんは、そう言って自信満々に笑ってくれた。

 

 『友奈ちゃん……今度は、私が友奈ちゃんを守るから。友奈ちゃんの分まで……頑張るから。だからお願い。お願いだから……ここで、私達を信じて待っていて』

 

 東郷さんは、私の手をぎゅって握りながら……心配そうな顔でそう言った。

 

 やっぱり皆、戦う気だった。私とおんなじで……天の神から楓くんを取り戻す気だった。おんなじ考えだったことが嬉しい。まるで、心が通じあってるみたいで。

 

 でも……それ以上に悲しい。皆が戦うのに、私はここに居なくちゃいけないから。私は……戦いたくても、戦えないから。

 

 「……」

 

 ベッドから降りて楓くんのところまで歩く。外から入ってくる月の光で部屋の中は意外と明るいから躓いたりすることもなく、楓くんの側まで辿り着いた。

 

 掛け布団の中に手を入れて、楓くんの手に触れる。その手は冷たいけれど……楓くんが眠ったまま動かないこともあって嫌な想像をしてしまうくらい冷たいけれど。その手をぎゅっと握った。

 

 「……なんで、こんなことになっちゃうのかな」

 

 ぽつりと、そんな言葉が出た。でも……それは、私が心のそこから思ってた言葉なんだ。

 

 皆で勇者部が出来るだけで良かったんだ。勇者に変身出来るとか、世界を救える力があるとか……そんなことはどうでもよかった。何も特別なことなんていらない。皆で笑って、楽しい学校生活が送れたら……それだけでよかったのに。

 

 なのに、こんなことになっちゃった。楓くんの魂は連れ去られた。四国はこのままならもうすぐ滅んじゃう。まるで現実味がないのに、それは確かに現実で。

 

 「私は……わ、たしは……」

 

 何かしなくちゃって思うのに。何かしてあげたいって思うのに。でも、何も出来なかった。何もしてあげられなかった。今度は戦うことさえ出来なくなった。本当の意味で私は……もう、何も。

 

 また涙が溢れる。こんなに泣いたら干からびちゃうかもしれないなんて冗談みたいに思って……全然笑えなくて。悔しい。悔しいよ。どうして私だけなの。どうして今回に限って何も出来ないの。どうして私は……楓くんに何もしてあげられないの。私はただ……皆と。

 

 「私は皆と……ふ……うぅ……っ……かえで、くん、と……ひっ……毎日楽しく……過ごしたい、だけ……なのにっ……!」

 

 楓くんの手を握ったまま膝から崩れ落ちる。楓くんは何も言ってくれない。楓くんの声が聞きたい。また、この手を握り返してほしい。あのクリスマスイブの日みたいに抱き締めてほしい。また、頭を撫でてほしい。そう思ってしまったからこんなことになったのに、私はまたそれがほしいと思ってしまう。

 

 「……結城さん」

 

 どうすればいいんだろう。どうしたらよかったんだろう。そう思ってたら、病室の扉が開いて……そっちを見ると、友華さんが立ってた。こんな時間に、なんでここに……そう思って聞いてみると、友華さんは私にあることを言って。

 

 私は……その言葉に頷いた。それが皆の為に……今の私が唯一出来ることなんだって……そう、思ったから。

 

 

 

 

 

 

 「天の……神」

 

 ― その通り。よく分かったね、楓くん ―

 

 「状況的に、ねぇ……」

 

 友奈の顔をしたその存在……天の神は、そう言ってくすくすと笑った。決して嘲笑うような感じじゃない。記憶にある通りの、あの子の笑顔そのままだ。

 

 長い黒髪は、どこか美森ちゃんを思わせる。まるで、友奈と美森ちゃんを足して割ったような……2人の各パーツを合わせたような、そんな姿。

 

 ― どうかな? この姿。本来の姿じゃ話せないから、君達人間に合わせてみたんだけど……体を創る時に良さげなのがあの東郷って子と、友奈って子しか記憶に無くって ―

 

 「……随分とフレンドリーなんだねぇ。天の神は人間嫌いだと聞いていたんだけど」

 

 ― 嫌いだよ。300年と数年前に愚かにも神の力を欲して、あまつさえ神さえ制御しようとした。だから“私達”の怒りを買った。人間なんて大っ嫌いだよ ―

 

 軽く腕を曲げてくるりと着ている黒い着物を見せ付けるように軽やかにその場で回る天の神。楽しげな友奈の顔とふわりと舞う美森ちゃんの黒髪の組み合わせは、こんな状況にいながらも自分の心を掴む。相手が天の神だと分かっているのに、自分の見知った姿が警戒心を薄れさせる。

 

 この警戒心を薄れさせては駄目だと、疑問に思ったことを聞いてみる。すると天の神は友奈の顔を苦々しげにしかめて吐き捨てるように言った。大まかな理由はあの男から聞いていたが、本人から聞くとやはり違う。隠しきれない怒りが、魂の体に直接伝わってくる。

 

 「なら、自分に対してフレンドリーなのはどういうことだ……? 自分とて、お前の嫌いな人間の1人だろうに」

 

 ― 確かに、君は人間だよ。だけど……その魂は、この世界において私達神に限り無く近い。肉体から切り離して“私達”の近くに居れば、()()()()()()()()()()()()()()に ―

 

 「……な、に?」

 

 ぞわりと、背筋を冷たい何かが這いずりまわった。この神は、今なんと言った? 自分の魂が神に近い? 同じ存在に変わりかねない?

 

 ― 最初は、“私達”の……“私”だけの巫覡になってほしいと思った。まさか高次元の魂とは言え、人間相手にそんなことを思うなんて……まだこの“私”という自我が確立する前は思ってもみなかった ―

 

 「何を……言って……」

 

 ― だけど、時間が経つ度にその思いは強くなっていった。そして2年前、直接君の姿を見たとき……それだけじゃ足りないって思った。人間嫌いの私がこんなにも君に執着するなんて、自分でもびっくりだったなぁ ―

 

 「何を言っているんだ……っ!」

 

 ― 東郷って子が“私達”の怒りを鎮める為に生贄になった時、彼女の記憶を覗いたんだ。その記憶の通りなら、君達は絶対に助けに来ると思った。最初は祟ってやろうかと思ったんだけど……それよりも、友奈って子に目印を付けて君の姿を見ようとした。君を、知りたかったんだ ―

 

 まあちょっと目印に込めた力が強すぎて友奈って子とか周りの子に不幸なことが起きちゃったけどね。そう、天の神は笑いながら言った。確かに、クリスマスイブの日の前から小さな不幸が続いたことがある。なるほど、目印……友奈が怖がっていたのはその目印のせいか。そしてその目印は友奈にしか見えないか、服に隠れて見えない場所にあったんだろう。

 

 自分を見る為。自分を知る為。そんなことの為に、友奈はずっと苦しめられていたのか。姉さんの事故も、きっとその目印のせいだろう。そんなことを聞かされて、怒りを覚えない訳がなかった。

 

 ― あの子を通してずっと、ずーっと君のことを見てた。不思議なことにあの子の気持ちとかも全部流れてきててね……だからかな。巫覡にするだけじゃ満足出来なくなった。見ているだけじゃ満足出来なくなった。あの子を通しているだけじゃ……満足出来なくなった。元々満足する気はなかったんだけどね ―

 

 目印に込められていたもう1つの機能がそれを証明する。自分が目印を付けられた対象……この場合は友奈と触れあう度に、目印の力が自分へと流れ込む。そうして徐々に目印そのものを自分へと移し変えていき、こうして自分を連れてくる為の文字通りの目印として機能する……美森ちゃんを助けに行ったあの日から、ここまで全部天の神の手の平の上だったという訳だ。

 

 「何を……自分をどうしたいんだ」

 

 ― ずっと一緒に居たいんだ。存在を感じるだけじゃ満足出来なくなった。見ているだけじゃ満足出来なくなった。あの子を通して見ているだけじゃ満足出来なくなった。神と人間じゃいずれ死に別れる。君と一緒に居たいのに、それじゃここまでした意味がない。だけど、ここまで来たらあと少し ―

 

 「……まさか、さっきの言葉は!」

 

 やっと気付いた……天の神が、自分をどうしようとしているのかを。そんなこと出来るわけがないと思うのに、それが出来てしまうかもしれないとも思う。さっきの天の神の言葉が事実なら……本当に、自分の魂が()()()()()()()()と言うのなら。

 

 

 

 ― “私達”と……“私”と同じになろうよ楓くん。人間の世界なんて捨てて、あの子達のことなんて忘れて……私と同じ……“神”になろうよ。大丈夫……後3日もあれば、そう成れるから ―

 

 

 

 天の神はあの子と同じ笑顔を浮かべながらそう言って……その笑顔を見ながら自分は、指先から少しずつ、今の自分とは違うナニカへと変わっていくのを感じていた。




原作との相違点

・相違点どこ……ここ……?



という訳で、かなり滅亡が近いというお話でした。友奈虐めが前回で終わったと思っていたならとんだ甘ちゃんですな(煽り

3日~5日という日数に無理があると思われるかもしれませんが、正直これくらいの差はあったと思うんですよね。そしてその差はまだ開く訳です。なら短期決戦しかねぇ。

神婚の話は無いと言ったな。あれは嘘だ▂▅▇█▓▒ (’ω’) ▒▓█▇▅▂うわああああああ←読者の皆様

さて、そろそろシリアスと愉悦と胃痛に胃もたれを起こす頃じゃないでしょうか。という訳で次回かその次に胃に優しい番外編を書く予定です。ああ、笑いたかった某ハゲの方にどうぞ。アレは私には書けないッス。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 16 ー

大変長らくお待たせして申し訳ありません。今年&令和で初めてがっつりと体調を崩してしまい、仕事柄休むことも出来ず今も治っていませんが、私は生きてます(´ω`)

fgoではボックスガチャを目標の半分も開けられず、ギル様も降臨せず、ゆゆゆいでは姉さんがやってこなかったです。プリコネもハロキョが170連して来ませんでした。厄日ならぬ厄週です。

それはさておき、アンケートにご協力ありがとうございました。思った以上に接戦でびっくりしました。皆様意外とTS、及び精神的NLやTS百合物が好きなんですかね? 私は大好きだ←

さて、今回は意外なあの人が叫びます。そして、カウントダウンが始まるのです……。

あ、感想返信及び次話にはまたお時間を頂くと思います。どうかご了承下さい。


 友華から四国が滅びると告げられた日の翌日。その日も休日である為に学校は無く、楓と友奈を除く6人は犬吠埼家へと朝から集まっていた。

 

 「さて、集まってもらった理由は他でもないわ……世界征服の為の作戦会議よ!」

 

 「ボケてる場合か! ……天の神について、でしょ」

 

 リビングにあるテーブルの周囲に座る6人。5人の顔を見回しながら風が両手を広げながら宣言すれば、夏凜がツッコミを入れつつ今回集まった目的を答え、風も謝りつつ頷く。

 

 昨日友華から提示された3つの選択肢。滅びを受け入れることも、神婚という形で誰かを生贄とすることもしないのなら、必然的に天の神と戦い、打倒するしかない。だが、6人は天の神の居場所どころか姿形さえ知らない。戦おうにも戦えないのが現状であった。

 

 「タイムリミットは明後日……ううん、明日までと考えた方がいいよね~」

 

 「そうね、只でさえ時間が無いのに、時間を掛ければ掛けるほど天の神との力の差が開く。1分1秒も無駄には出来ないわ……もう、かなり影響が出てるみたいだし」

 

 「だな……大分気温が上がってたし」

 

 園子の呟きに美森が頷く。彼女の言うとおり、滅びまでのタイムリミットは3日~5日……既に1日経ってしまっているから、実際は2日~4日。そして楓の魂が天の神の元にある限り、時間を掛ければ掛けるほど力の差は開く。そして、その影響は既に出ている。

 

 それが、銀が言った気温の上昇。まだ2月にも入っていないというのに、外の気温はまだまだ低いとは言え上着は必要無く、薄手の長袖で充分な程度に上がっていた。結界の外にある火の勢いが強くなり、少しずつその熱が結界を越え始めている証拠だ。

 

 「……天の神を見つけたとして……勝てるんですかね」

 

 「勝たなきゃいけないのよ、樹。勝たないと、アタシ達に未来なんて無いし……楓も取り返せないんだから」

 

 「……イッつんの不安も分かるけどね~」

 

 「まあ、なぁ……」

 

 話を聞いていた樹が思わず、という感じにそう呟く。そんな妹に風は、難しい顔をしながら言い放った。樹の不安は全員が理解している。今回の状況は今までの戦いとはあまりにも違いすぎる。

 

 負けられない戦い、というのは変わらないだろう。だが、今回はそもそも戦いに持ち込めるかどうかさえわからないのだ。そして、仮に戦いに持ち込めたとして……相手はバーテックスのボスであり、その力は計り知れない上に今尚強まっているという。加えて、こちらは万全とは言い難い。楓と友奈という戦力が削がれているのだから。

 

 「大赦の方で天の神の姿についてわからないのかしら?」

 

 「私の連絡相手の大赦の人に聞いてみたけど、わかんないみたいよ」

 

 「わたしも色々な人に聞いてみたけど……ダメだった」

 

 場の空気が更に暗く、重くなる。大赦でさえ天の神の姿を把握出来ていない。それも仕方ないことだろう。300年前から人類を直接攻撃していたのはバーテックスで、天の神が直接出向いたことなど1度として無いのだから。また、友奈も確信が持てないから天の神の姿について話していなかったのだ。

 

 どうすればいい……6人は必死に頭を回すが、これと言って良案は出ない。ふと、美森はリビングにある窓から外へと視線を向ける。そこからは庭や隣の家の壁や空くらいしか見えない。が、彼女の頭の中には讃州市……ひいては四国の街並みが思い浮かんでいた。

 

 四国に住む大半の人間は、滅びが直ぐ近くまでやってきていることなど知る由もない。普段通りに日常を過ごし、同じように“明日”がやってくることを疑いもしないだろう。いや、そもそも明日が来ないかもしれない、なんて考え事態無いのかもしれない。

 

 人の気も知らないで……そうは思わないと言えば嘘になる。そうは思いつつも戦う気でいるのは、美森にとって勇者部が、友奈が、楓が大事で、大切だから。皆と共に在る未来を勝ち取りたいから、美森は勇者として、勇者部として天の神に立ち向かおうという気持ちになれるのだ。

 

 「……ダメね、思い付かないわ」

 

 「ああもう、時間が無いってのに……!」

 

 「イライラしても仕方ないよにぼっしー」

 

 「分かってるけど……後、にぼっしーって言うな」

 

 「気持ちを切り替えるついでに腹拵えも済ませちゃいましょうか。そんで、食べたら病院行って友奈を交えてまた考えるわよ」

 

 気が付けば、時計の針が12時を指そうとしていた。全員が集まったのは9時頃の為、3時間近く考えていたことになり……悪く言えば、残り少ないタイムリミットを3時間無駄にしたとも言える。

 

 その後、風が作った昼食のうどんを全員で食べた。相変わらず空気は重かったが、美味しいうどんは何も思い付かないことによるストレスを和らげてくれた。食べ終えた後は美森と銀が手伝って食器を片付け、風が言った通りに全員で病院へと向かうのだった。

 

 外の気温は……また少し上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 「あら?」

 

 私達が病院に辿り着き、風先輩を先頭に楓君と友奈ちゃんの病室にやってきた時、扉を開けた風先輩から不思議そうな声が聞こえた。

 

 「フーミン先輩? どうしたの~?」

 

 「誰も居ないのよ……部屋間違えたのかしらねぇ?」

 

 「いいえ、この部屋であってるハズですけど……」

 

 風先輩が言った後に全員で部屋の中を覗き込むと、彼女が言った通り部屋の中には無人のベッドと畳まれた掛け布団が置いてあるだけで誰も居ない。部屋を間違えたかと思うのも無理はないけれど、そもそもこの部屋は勇者である友奈ちゃんと楓君の為に用意された部屋で、一般の病室がある場所から離れた所にあるから間違えるには少し無理がある。

 

 なら、別の病室へと移された? そう考えるが、それならそうと連絡の1つくらい入るだろう。疑問、そして不信感。それらを解消してくれる声が、私達の後ろから聞こえた。

 

 「楓君は神樹様の所に居ますよ」

 

 「えっ? ……貴女は」

 

 「友華さん? カエっちが神樹様の所に居るって……」

 

 私達が振り返ると、そこには友華さんの姿があった。大赦、それも上の立場の人間ということもあるからかしら、友華さんを見る風先輩の目がつり上がってる。彼女の大赦への怒りは、今尚衰えることは無いみたい。私も、大赦にあまり良い印象はないけれど。

 

 友華さんの言葉に対して疑問を溢したのはそのっち。私としては、この場に友華さんが居ること自体も疑問だった。さっきも思ったように、友華さんは上の立場の人間。昨日も見舞いに来たというのに今日も来ている程暇な時間は無いハズ。過去に僅かな時間であっても楓君のお見舞いに来ていたことがあったけれど、この場に彼が居ないと言うのならわざわざ来る必要はない。なら、どうしてここに居るのか。

 

 「言った通りの意味よ。園子ちゃん達は以前、神樹様の現実における体である御神木がある場所に入ったことはあるわよね?」

 

 「ええ、確かにあります」

 

 「そこに楓君は居ます。というのも、昨日の内に神樹様の御神体がある部屋に連れてくるようにと神託があったからなのだけど。病院に居た頃よりも状態が安定しているから、近くに居ると精霊の力が強まるみたいね」

 

 「精霊の力が強まるから、精霊がわたし達を生かすための力も強まるってことだね~……じゃあ、ゆーゆは?」

 

 今の楓君は魂が無い脱け殻の状態。この“魂が無い”というのは肉体に大きな影響があるらしく、精霊の勇者を生かす力が無ければそのまま肉体は死んでしまう。肉体が死ねば、例え魂を取り戻した所で目覚めることはない……そう聞かされてゾッとする。

 

 神樹様が己の元へと連れてくるように神託を下したのは、その精霊の力を少しでも強める為だとか。神樹様にはあらゆる伝承が概念的な記録として蓄積されており、その記録にアクセス、抽出することで具現化された存在が精霊。大元である神樹様が近くに居れば、僅かでも精霊の力を強めることが出来るらしい。精霊がどういう存在か、というのは初耳だった。

 

 楓君の所在は分かった。じゃあ、友奈ちゃんはどこに行った? そう問いかけると友華さんは目を伏せ……そんな彼女に、私は嫌な予感を感じていた。同時に、昨日の病室でのやり取り……提示された3つの選択肢の話が思い浮かぶ。

 

 

 

 「……神託はもう1つありました。結城さんを、神樹様の元に連れてくるようにと」

 

 

 

 【っ!?】

 

 「私がここに来たのは、貴女達にそれを伝える為です。私が直接言いに来たのは、私なりのケジメでもあります」

 

 「それじゃ、友奈は!?」

 

 「今頃は大赦へと向かい……神婚の為の準備をしている頃でしょう」

 

 

 

 

 

 

 6人が友華の言葉に絶句していた頃、友奈は大赦にやってきて真っ白で清潔な襦袢に着替え、かつて先代組の4人も打たれた滝に打たれていた。彼女がここにやってきたのは早朝のこと。そこから移動やら準備やらと時間を掛け、今こうしている。その脳裏に浮かぶのは、昨日の夜のことだ。

 

 

 

 『……結城さん』

 

 『友……華……さん? どうして、ここに……』

 

 『貴女に伝えなくちゃいけないことがあってね……神樹様から神託があったの。結城さん……明日、貴女を連れてくるようにと』

 

 『神樹様が……私を……?』

 

 病室にて、楓の側で泣いていた時に再びやってきた友華は、友奈の疑問に対してそう答えた。伝えられた友奈は最初、その意味が分からなかった。神樹様がなぜ、自分を連れてくるように神託を下したのかと。だが、その日の昼にしていた会話を思い出し……もしかして、そう無意識に呟く。

 

 『恐らくは……神樹様は神婚の相手として貴女をお選びになったのでしょう』

 

 神婚。大赦が見つけた、唯一にして確実な人類の救済方法。神婚相手……この場合、友奈の命と引き換えに他の人類全てを神樹の眷属……一部とすることで結界の外にある火の海から、天の神の脅威から逃れることが出来る。

 

 (私が神樹様と結婚する……なんて、想像も出来ない。それに、それをしたら死ぬなんて言われて……怖いって思った)

 

 死ぬ。もう2度と勇者部の皆に会えなくなる。勿論、天の神に捕らわれている楓とも。何故自分なのかと、一瞬足りとも思わなかったと言えば嘘になる。死ぬと聞かされていることに選ばれた事実に恐怖しないと言えば……嘘になる。

 

 だが……それ以上に、友奈にはその事実が救いにさえ感じていた。何も出来ず、何もしてあげられず、第3の選択肢である天の神と戦うことさえ出来ない友奈の前に現れた……今の自分に()()()()()()()。その考えに至った時、友奈は泣き顔で楓の手を握りしめたまま頷いていた。

 

 その後直ぐに他の大赦の人間が現れ、楓を神樹の元へと運んでいった。それも神託であると言われれば、友奈に拒否することは出来なかった。夜遅くの独りになった病室。自分のベッドに入り込んだ友奈だったが……眠ることが出来ず、ベッドに座り、窓から見える空を眺めていた。

 

 (そういえば、前にもこんな風に1人で病室に居たことがあったっけ)

 

 それは総力戦が終わった後のこと。小さなバーテックスにトラウマを植え付けられ、眠ることが出来なかった友奈。朝まで時間を潰そうと病院内を歩いていると楓に遭遇し、彼に眠る時まで手を握ってもらうことで安眠出来た。

 

 もしもあの時、楓に会っていなかったどうだったか。少なくとも入院している間は安眠は出来なかっただろう。その事に思い至り……楓のことばかり思い返す自分が可笑しくなったのか、友奈は小さく笑って……手に持った白い花菖蒲の押し花を両手で握り締めた。

 

 (きっと……皆、怒るよね。それでも……コレは私が唯一出来ることだから。勇者部は……誰かが出来ない。もしくは、誰かが困ってる。そういう誰かの為になることを“勇んで”、進んでやる者達のクラブだから)

 

 それは違うと、この場に勇者部の誰かが居れば叫んだだろう。友奈の命と引き換えなんて認められないと、誰もが叫ぶだろう。本当は友奈も理解しているのだ。こんなことは、こんな選択は間違っていると。皆を信じて待つべきなのだと。それでも……何かをしたかった。誰かの為にではなく、四国の為にでもなく。

 

 (私は……私のせいで天の神に連れ去られた楓くんの為に……楓くんに……私が出来ることを……)

 

 夜が明け、大赦の人間に連れ出されるその時まで……彼女は自分がしたいことを、してあげられることを……唯一出来ることを考え続けていた。

 

 

 

 滝から離れ、友奈は真剣な表情をしながら視線を岩壁の方へと向ける。その壁の向こう、しばらく行った先に神樹の御神木があると聞かされている。かつては先代勇者の4人も行ったことがあるとも。

 

 (この道を楓くん達も通ったんだよね)

 

 ペタペタと足音を立てて歩きながら、友奈はふとそんなことを考えた。小学生時代の4人も通った道を、今自分が歩いている。何だか不思議な感覚だなぁ、なんて地面を見ながらクスリと笑い……笑みを消して、歩き続ける。

 

 気温が上がっているせいか、濡れた体でもさほど寒いとは感じなかった。それだけ、外の影響が強まっているということだ。一刻の猶予も無い。だから友奈はこの神婚を成立させるべく動いている。

 

 (これが、私が唯一出来ることだから)

 

 そして、大赦の人間もその為に動いている。友奈は歩いた先に待っていた大赦の人間達に体を拭かれ、白無垢のようなモノに着替えさせられ、髪だって結われた。神婚という神聖な儀式に相応しい装いへと着替えた友奈は周囲を大赦の人間に囲われ、神樹の元へと歩く。

 

 (これは……私にしか出来ないことだから)

 

 まるで、友奈自身の無垢さを表すような真っ白な姿。穢れなき少女であり、1度は全身を散華したことで供物を戻された際に神々から好かれる体質……“御姿”へと成った彼女にしか出来ないこと。大赦にとっての人類救済の希望。

 

 (私が……やるべきこと、なんだ。なのに、どうしてこんなに胸の奥が苦しいのかな……)

 

 泣きそうな心と顔を俯かせることで隠し、大赦の人間達と共に神樹へと向かう友奈の姿を……快晴の空の上の()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 「どうして勝手に決めたのよ! あんたも! 友奈も!! アタシ達に黙ってそんな大事なことを……昨日の話は、大赦が提示してきた3つは、何のための選択肢だったの!?」

 

 「確かに、昨日私達はあなた達に3つの選択肢を提示してました。ですが……その後に神樹様から神託を降されたのです。大赦として、神託を優先するのは当然のことです」

 

 「何が当然のことよ! 結局あんた達大赦はアタシ達勇者を犠牲にして、生贄にして! 他に方法を見つけられないんじゃないの! そんなに犠牲や生贄を出したいなら……アタシ達みたいな、勇者みたいな子供じゃなくて、あんた達大人がなればいいのに!!」

 

 今にも掴み掛かりそうな……否、殴り掛かりそうな剣幕で風が怒り、叫ぶ。大赦が嫌いだから、だけではない。自分達の話し合いも、自分達の気持ちも何もかもを無駄にされたかのように思えたからだ。

 

 誰も犠牲を出したくない。誰にも神婚なぞさせたくはない。だからこそ考えていたのに。その為に動いていたのに。今だって友奈と一緒に考える為にこの場に来たのに。なのに自分達に一言もなく勝手に話が決まっていた。これで怒りを覚えない訳がない。

 

 「……そうです。私達大赦は勇者様方に頼る以外に、犠牲や生贄の様にする以外に生き延びる道を見つけられなかった。それはこの300年の歴史が証明していますし、否定もしません」

 

 「友華さん……」

 

 「……私達大人が……いいえ、私が犠牲に、生贄に、人柱に……あなた達の代わりに勇者として戦えたら、楓君の代わりになれたらどれだけよかったか。勇者であれ、巫女であれ、子供達の代わりに大人がその身を捧げることが出来たなら……出来るのなら! 私は今ここで命を捧げるくらい喜んでやります!! 私だけじゃない。そう思う大赦の人間がどれだけ居るか!! これまでの歴史の中で、そう思う大人がどれだけ居たか!!」

 

 「っ……」

 

 そんな風の怒りを、何か言いたげな6人の視線を一身に受け止め、友華は肯定する。人類を生き延びさせる為に、大赦という組織はそれこそなんでもやってきた。それでも見つけられなかったのだ。勇者を頼る以外の方法を、子供達を矢面に立たせる以外の方法を。

 

 出来ることと言えば、民衆が混乱しないようにする為の情報操作。後は金銭や贈り物のような勇者達、及びその家族への充分以上の報酬。形になった勇者システムの改良。それ以外にも出来ることをやって……それでも、今以上の方法はどこにも無くて。そう語る友華を、園子が痛ましげに見詰める。

 

 代われるモノなら代わりたい。だが、勇者や巫女に選ばれるのはいつだって無垢な少女達。神樹は大人には何一つ力を与えてはくれなかった。故に大人は見送ることしか出来ず……中には、目の前で話していたかと思えば、次の瞬間には帰らぬ人となった勇者が居たかもしれない。樹海での戦いをリアルタイムで見られる大人は居ないのだから。

 

 だからそれは、大赦の人間としての、そして友華個人の魂からの血を吐くような叫びだった。誰が好き好んで未来ある子供を犠牲にしたいなどと思うモノか。もし代われるのなら直ぐにでも代わりたい。それが許されないから、それ以外に方法が無いから、心を、感情を殺してでも必要な犠牲だと、やむを得ない生贄だと無理矢理にでも納得させてきたから、今この瞬間が存在している。

 

 「だからこそ……私達はどれだけあなた達から怒りを向けられ、果てに殺されることになろうとも神婚を確実にやり遂げねばなりません。ここで人類が滅びれば、本当にこれまでの犠牲が無駄になるからです。それでもあなた達は……神婚を、結城さんの選択を止めますか?」

 

 

 

 【当然!!】

 

 

 

 友華は、その躊躇のない答えに目を見開いた。目の前の子供達に諦めの意思はない。むしろ、絶対に止めてやるという意思がある。彼女達は本気で天の神を倒し、未来を勝ち取る気でいる。それ以外の結末など認めないと譲れない、譲らない気持ちでいる。今の話を聞いて尚……これまでの犠牲を無駄にしないつもりで居る。彼女にとって1番か弱そうな、内気そうな樹でさえ、強い意思を込めた目で答えた。

 

 そんな彼女達を……友華は、眩しいモノを見るように見詰めていた。子供故の無謀だと言うのは簡単だ。だが……覚悟がないとは、友華は思わなかった。彼女達の眼にはそれほど迄の意志が、力が、覚悟が宿っていたから。先のような叫びを上げた友華でさえ、その姿に希望を見出だしたから。

 

 これが当代の勇者達。これが最後の勇者達。これが……残された希望。決して未来を諦めないその姿が、友華にはとても眩しい。それは大赦の、高嶋家当主である彼女には……決して取れない選択肢だから。

 

 それ以上言葉を交わすことなく、6人は友華の隣をすり抜けて走り去っていく。止めることはしないし、友華1人では出来ない。友華は振り返り、去っていく6人の背中を見詰め……着物の裾からスマホを取り出し、どこかへと連絡を取るのだった。

 

 

 

 「神樹様の場所は分かる!?」

 

 「友華さんも言ってたけど、わたし達が行ったことあるから分かるよ!」

 

 「でも、ここから大赦まで距離が……」

 

 「変身していくか!?」

 

 「誰かに見られたらどうすんのよ! でも、それ以外に方法が……」

 

 「っ、皆、前を見て!」

 

 病院内を出入口に向かって走りながら風が誰にでもなく聞き、園子が答える。だがこの病院から大赦までは樹が言うとおりに距離があり、走っていくには時間が掛かる。そもそも樹の体力が保たないだろう。

 

 ならば変身して上がった身体能力を用いて向かうかと銀が聞けば、夏凜が注意する。とは言え、友奈が大赦に向かってから今までの時間を考えれば猶予は余り無い。民衆に秘匿されている勇者の存在を知られる覚悟で行くか……と夏凜含め全員が考えていた頃、丁度出入口に辿り着いた美森達の目の前に大型のワゴン車が止まり、後部座席へと通じる扉を開けていた。そしてその助手席には、全員が見知った人物の姿があった。

 

 「皆、乗って! 大赦に向かうわ!」

 

 「「「安芸先生!? ありがとうございます!」」」

 

 「ちょ、3人共!? もうっ!」

 

 「乗ったわね? 三好君、出して!」

 

 「了解です!」

 

 (あれ、今三好って言った? それに今の声、妙に聞き覚えが……)

 

 何故この場に安芸が居るのかという疑問はあったが、6人の内先代組3人が率先して乗り込んだことで風達も流れのまま乗り込む。全員が乗ったのを確認してから安芸は運転席に座る大赦の人間に車を出すように伝え、大赦の人間……声からして男……は勢い良くアクセルを踏んで発進させる。その際夏凜が首を傾げるが、特に追及することはなかった。

 

 「安芸先生、どうしてここに?」

 

 「友華様を病院にお連れしたのは私達だから。それに、友華様から話を聞けばあなた達は必ず大赦に向かうと思ったし……友華様から送ってあげてと連絡を頂いたから」

 

 「なんであの人がそんなことを……友奈に神婚を伝えたのはあの人なのに」

 

 美森の質問に、安芸は前を向いたまま答える。友華を連れてきたのは彼女達だ。昨日の内に友奈に神託を伝えたのも聞いているし、友奈が神樹の元に向かったのも聞いている。安芸は友華が美森達に話を伝えに行くと聞かされた時から6人が神婚を認めないと思っていたし、大赦に乗り込むとも確信していた。

 

 安芸に6人を乗せて大赦へと向かうのは友華から連絡があったからだと言われた時、真っ先に不信感を出したのは風。ついさっきまでその神婚のことで言い合っていたのだから、それは仕方ないだろう。そんな彼女の様子をバックミラー越しに見た安芸は、苦笑いを浮かべた。

 

 「友華様は大赦の上層部の人間として……何よりも高嶋家の当主として、多くの命を背負っているの。だからこそより確実性のある神婚という選択以外取れない……最小の犠牲で大人数の幸福を。今までそうやってきた大赦の人間だから……ね」

 

 「……そんな幸福、間違ってる。その犠牲になる人達にだって幸福になる権利があるのに……皆で幸福になれないなら、それは幸福だって言えない。そんな幸福を……アタシは、アタシ達は認められないわ」

 

 「そうね……きっと、友華様も本心ではそう思ってる。犠牲なんて無ければ、誰もが欠けること無く幸福を享受できればと。だけど、それは叶わない……叶わなかった。都合の良い幻想、希望的観測……そんなものにすがり付くことさえ出来ないのが、大赦の人間……大人なのよ」

 

 車内が沈黙に包まれる。風を筆頭に、6人は友華の、大赦の神婚という選択肢は受け入れられないし、最小の犠牲で多くを救うという考えも肯定出来ない。ただ……子供なりに、その考え自体は理解が出来る。友華の叫びは風にも負けない程で、本心から今の状況を、これまでの犠牲を望んでいる訳ではない。

 

 だが、それでも勇者達は戦うことを選んだ。神婚という確実性のある選択を捨て、止めることを選んだ。楓を絶対に取り返す。友奈を絶対に犠牲にはしない。そして、絶対に天の神に勝利する。また、皆で笑い合える日々を過ごす為に。ありふれた幸福を得る為に。

 

 「……安芸先生は、どうしてわたし達に協力してくれてるの?」

 

 「そうだよ、なんで? 安芸先生。それに、そこの大赦の人も」

 

 「確かに、私達も大赦の人間だから大赦の選択に従うべきよね。でも、私は大赦の人間である前にあなた達の先生で、サポート役で……つまりは私の個人的な意思であなた達に協力しているの。運転してくれている彼も、私に協力してくれているわ。それに……」

 

 「それに?」

 

 園子の疑問は当然のことだろう。安芸は歴とした大赦の人間なのだから。しかし、彼女は大赦に従うどころか神婚を邪魔しようとする勇者達に協力している。不思議そうにする銀に、安芸はそう口にした。

 

 自身の考えを伝えながら安芸は思う。約2年前、楓に助けられたことによって変わることが出来た。もしもその日が訪れることがなかったら、安芸は協力するどころか勇者達を邪魔するくらいはしただろう。仮面を被り、素顔と本心を隠し、大赦の考えに賛同していたことだろう。

 

 だが、彼女は今ここでこうしている。大赦の大人という立場に居ながら、大赦に反旗を翻す行動だと理解していながら、勇者達を友奈の元へと送り届けようとしている。その理由は……2年前に誓ったから。

 

 「私はね、あなた達と一緒にこの絶望的な状況に向き合うって決めてるの。そして……信じてる。あなた達なら、どんな絶望的な状況だとしてもそれを乗り越えられることを」

 

 大赦の人間、大人としてではなく……本来あるべき大人として。

 

 

 

 そして、その“絶望的な状況”が明確な形をもって現れる。青い空は虫食いのように赤黒く毒々しい空間に塗り替えられていき、四国全体を地震が襲う。赤黒く染まった空から四国全体を覆うかのような巨大な円形のナニカが現れ、人々はそれをはっきりと見ていた。

 

 唐突な現れたナニカ……それは四国の滅びを告げる死神であり、300年前からの人類の仇敵。友奈を利用し、楓の魂を捕らえた元凶。そして……勇者達の、最後の敵。

 

 “天の神”。それが、ついに現実世界にその姿を現した。




原作との相違点

・原作……原作ううううっ!!



という訳で、大人と子供の意見の激突と天の神襲来というお話でした。いよいよラストバトルですが、原作だと割とあっさり終わってるんですよね。本作ではどうなるやら。

原作での安芸先生の立ち位置には友華が入りました。彼女には安芸先生以上に感情的に、大人側の心情を叫んでもらいました。私は別に大赦を悪者にしたい訳ではないんですよ? 納得や理解と肯定は別だと言いたいだけです。

さて、アンケート結果は楓TSに決まりましたが……誕生日も親密√も接戦を繰り広げてくれましたので、後日書きます。ただしわすゆラジオ、てめーは(今は)ダメだ(無慈悲

親密√はどうしましょうかね。積極性No.1の園子、夫婦漫才-漫才の東郷さん、ヒロイン度爆上がりした友奈、奇跡が起きて神奈様、まさかのハーレム、その他のキャラ。誰か書いてみますか?←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き乱れる百合は突然に

またもや長らくお待たせしました(´ω`)

まだ治らないんです……長すぎる。医者にも行ってるし薬も貰って飲んでるのに。私の体に何が起きているのか。書いてる最中ずっと咳でてしんどい←

ゆゆゆいにて花言葉夏凜と銀が来てくれました。勇者部の太刀……ついニヤニヤとしてしまうのは仕方ないですよね←

fgoもオニランド復刻してますね。今回はマーリンが活躍してくれてます。ガチャは見送りました。シトナイ欲しいですけどね。

きらファン始めました。推しはごちうさ、キャラはチノちゃんです。レベル100が遠い……。

さて、今回は予告通り楓TS回です。サブタイトル凄い悩みましたんで、もしかしたら変更するかもしれません。ちょっとネタ多めで、そこまで百合ではないと思います。


 これは、なんやかんやあって平和を取り戻し、散華で捧げた供物も戻り、楓も神樹のごっどぱわーで五体満足になり、銀と園子が讃州中学に転校してきて勇者部に入部し、ギリギリ風も卒業する手前で勇者部のメンバーが8人であるという何ともご都合的な世界線でのお話である。

 

 

 

 

 

 

 「……ん……ふ、あ……~……?」

 

 とある日の朝、窓から入る日差しを顔に受けながら楓は目覚めた。普段起きる時間では日差しが顔に掛かるなんて事はない為、疑問に思いながら枕元に置いてあるスマホで時間を確認してみると、そこには7時の文字。

 

 「……珍しく寝過ごしちゃったなぁ……うん? 何だか声が……?」

 

 普段起きる時間よりもかなり遅い。珍しく寝過ごしてしまったと苦笑いしながら呟く楓だったが、その時の自分の声を聞いて妙に高いことに気付く。普段は声変わりしたこともあって低めの声なのだが、今はまるで女の子のような……樹の声を少し低くしたような声だった。

 

 風邪でも引いたのだろうか? そう疑問に思いつつ起き上がる楓だったが、これまた体に妙な違和感を感じた。具体的には上半身……特に胸が妙に重く、下半身……特に股関辺りに違和感。

 

 (まさか本格的に風邪かねぇ……? ……っ!? まさか……!?)

 

 そう思いつつ掛け布団を押し退けつつ視線を下に向ける。そして楓が見たのは、パジャマ代わりにしていた黒の長袖長ズボンがぶかぶかになっていて袖口から手足が見えなくなっている体。そして、襟と首の隙間から見えるそれなりに膨らんでいる胸。

 

 もしや、と思って下着の中に手を突っ込んで見れば、前世含め100年近く共にあった相棒がその姿を消している。そこまで確認した楓は……ふう、と落ち着くように一息吐き、頭を掻きながらどうしたものかと苦笑いしながら部屋を出てリビングへと向かう。

 

 「おはよう、姉さん」

 

 「おはよう楓……? なんか声高くなかった? ていうか楓、なんか小さくなった? それに、顔つきもちょっと……」

 

 休日ということもあって私服にエプロン姿で料理中の風に挨拶をする楓。その声に反応して彼女は振り返りながら挨拶を返し……楓の姿を見て、少しの懐かしさと凄まじい程の違和感を覚えた。そんな風の反応を見て、楓は左手を右肘にやり、右手の人差し指を頬に当てながら苦笑いしつつ口を開く。

 

 

 

 「朝起きたら女になってたんだけど、どうしたらいいと思う?」

 

 「…………は?」

 

 

 

 『何かの冗談ですか?』

 

 『いや、楓がこんな冗談を言うとは考えにくいゾ』

 

 『とは言え、ちょっと信じがたいわよね』

 

 『女の子になっちゃったの!? 大丈夫!?』

 

 『変身してでも直ぐに見に行くね』

 

 『やめなさいっつーの。普通に来なさい普通に』

 

 「もう来ちゃったよフーミン先輩! 女の子になったカエっちは何処!?」

 

 「本当に変身してんじゃないわよこのおバカ! 庭の窓じゃなくて玄関から来なさい玄関から!!」

 

 風に言った言葉をそのままの文面でNARUKOで仲間達に送った後の返信がこれである。上から夏凜、銀、美森、友奈、園子、風。そして園子の発言に風が返してから30秒もしない内に変身した園子が犬吠埼家の庭に降り立ち、風が窓を開けながら怒鳴っていた。

 

 それから言われた通り玄関から入ってきた園子は本当に女になっている楓に目を輝かせつつ、3姉弟と共に朝食を食べて仲間達を待つこと約1時間。他の4人も集まり、リビングにある“コ”の形に配置されたソファに座って楓の姿を見てびっくりしていた。座る位置はそれぞれ、真ん中のソファに犬吠埼3姉弟、上のソファに夏凜、友奈、美森。下のソファに園子、銀である。

 

 「本当に女の子になってるんだね、楓くん」

 

 「何とも不思議というか、この目で見ても信じられないわ」

 

 「顔つきも身長も結構変わってますね、楓さん。普段はこう、風を男らしくした感じだけど……」

 

 「小学生の時の楓がそのまま成長したみたいだな」

 

 「こうなった原因はわからないんだけどねぇ。試しにお湯のシャワーを浴びたけど男に戻らなかったし」

 

 「お兄ちゃんはなんでお湯のシャワーを浴びると戻ると思ったの……」

 

 女の子姿の楓を見て困惑している友奈と美森。夏凜が言うように、男の時の楓は風を男らしくした顔つきをしている。しかし、今の楓は小学生時のように樹に似た顔立ちをしており、簡単に言えば樹を色々と成長させて髪を長くしたような姿をしていて、身長は銀と同じ程までに縮んでいた。尚、服は己の普段着に着替えているがやはりぶかぶかである。

 

 そして、原因は全くの不明。別に水を被った訳でもなく、内臓がはみ出た悪趣味な動物のぬいぐるみを持っている訳でもなく、極度のツインテール好きという訳でもない。性転換した原因が不明ということは、当然元の性別に戻る方法も不明だと言うことだ。さて、どうしたものかと楓が何気なく前屈みになって右手で頬杖をついた時だった。

 

 「わわっ」

 

 「「っ!」」

 

 「ぶふっ」

 

 「お~……ミノさんと同じ……もう少し大きい?」

 

 「言うなよ園子!」

 

 「どしたのあんたら」

 

 楓達の方を見ていた5人が一斉に何かしらのリアクションを取った。友奈は顔を赤くして顔を隠し、銀と夏凜が同時に明後日の方向に顔を向け、美森は口元を抑え……指の隙間から赤いナニカが流れている……、園子は目を輝かせながら小声で感想を口にして銀に恥ずかしそうにされながらツッコまれる。

 

 そんな5人の反応を見て楓と樹は首を傾げ、風が呆れる。そうして何かおかしいことでもあったのかと楓の方を見て……ああ、と納得した。

 

 「楓、背筋を伸ばしなさいな。胸、見えちゃってるから」

 

 「うん? ……ああ、それで」

 

 (……明らかに私よりも……お兄ちゃんに負けるのは女としてのナニカが砕けそう……)

 

 風に言われて視線を落とす楓。すると前屈みになったことで広がっている襟首の隙間からそれなりに膨らんでいる胸が見えていた。下着など着けていないのだから丸見えである。

 

 リアクションの原因を悟り、姿勢を正す楓。そんな彼……今は彼女……の見えていた胸の大きさを今日初めて確認した樹が凄まじく複雑な表情で楓の方を見ながら自分の胸をすっぽこと触っていた。

 

 「美森ちゃん、はいティッシュ。大丈夫かい?」

 

 「あ、ありがとう楓君……ちょっとこう、目に毒だったというか眼福というかなんというか……」

 

 「まだ見ちゃいけないものを見ちゃった気分だよー……」

 

 楓からソファの間にあるテーブルの上のティッシュを手渡され、赤いナニカを拭き取りつつ言い訳のように口を開く美森。それに続くように、友奈も顔を赤くしたまま苦笑いしていた。

 

 今の楓は確かに女になっているが、元は男だし彼女達もそう認識している。故に、見慣れた女性の体だとしても男の胸元を見た気分になってしまったのだ。異性の裸を見て興奮や気恥ずかしさを覚えるのは男女共通なのである。だから友奈は恥ずかしさで赤くなったし、美森は赤いナニカを出したし、夏凜と銀は反射的に明後日の方を向いたのだ。

 

 「カエっち~。下着は着けないの?」

 

 「着ける着けない以前に持ってないからねぇ。それに、やっぱり女性用の下着を着けるのは抵抗があるしねぇ」

 

 「フーミン先輩のを借りるとか~」

 

 「いや、流石に姉さんのや樹のを借りるのはねぇ……そもそもサイズが無いだろうし」

 

 「確かに、フーミン先輩のも(大きすぎて)イッつんのも(小さすぎて)合わないかもね~」

 

 「園子さん、今何か心の中で付け加えませんでした……?」

 

 「イッつん気のせいだよ~」

 

 例外なのは園子。恥ずかしがるどころか冷静にサイズを目測で計り、夏凜と銀が未だに明後日の方を向いたままなのに対して下着がどうこうと話す余裕まである。とは言うものの、別に恥ずかしくない訳ではない。顔に出してはいないだけで、割と興奮している。それは楓に起きた現象だったり、今は同性とは言え好意を寄せる相手の胸元を見てしまったからなのだが。

 

 楓が言う通り、今の彼に合うような下着は犬吠埼家には無い。ブラジャーは風と樹のモノしかないし、2人とはサイズが違う。パンツは元々あるトランクスタイプを履いているが、構造や大きさの違いで違和感を感じている。

 

 「今日か明日の朝には戻ってくれてると有難いんだけどねぇ……原因がわからないから何時戻るかもわからないし」

 

 「……最悪、一生ってことも……?」

 

 「まあ、可能性としてはあるよねぇ」

 

 「大丈夫だよカエっち! もしカエっちがずっと女の子でも、その時はわたしが娶るから!」

 

 「楓は嫁に出さないわよ!!」

 

 「その返しは違うと思うよお姉ちゃん……」

 

 楓は相変わらず苦笑い。前兆のようなものは一切無く、本当に唐突に性転換したのだから解決法も見当たらない。美森が不安げに呟くのも、まあ仕方の無い事だろう。園子は園子で暴走気味であり、風もやはり混乱している部分が残っている。他のメンバーもどうすれば良いか思い付かない。

 

 「……とりあえず楓」

 

 「なんだい? 姉さん」

 

 「下着、買いに行くわよ。いつまでそのままかはわからないけど、それならそれで必要になるし」

 

 「……流石に抵抗があるけれど、仕方ないよねぇ。動くとちょっと胸が痛いし」

 

 「それから服ね。自分のだと大きすぎるし、アタシのは着られると思うけど……どうせなら色々着飾りたいし」

 

 「待って姉さん。今服装の話題は……」

 

 風の言葉に、楓は不承不承ながら頷いた。女装趣味でもない楓は男として女の下着を買うのには、やはり抵抗がある。が、今の体が女であることは理解しているし、当然体に見合った下着が必要なのも理解している。いつまでこの状態が続くかもわからないが、だからこそ備える必要がある。

 

 だが、服装の話はマズイと焦りを見せる。いや、別に話題自体は特に問題はない。むしろ下着と合わせて揃えるべきだろう。ただ、過去の記憶とこの場に居る存在が問題なのだ。そう、彼の視界に映る……目を輝かせた園子という存在が。

 

 「服の事なら、わたしにお任せあれ~!」

 

 「あれ、前にもこんなことあった気がする」

 

 「奇遇ね、友奈ちゃん。私もそんな気がするわ……カメラ用意しないと」

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらく。アタシ達は楓の下着も買って、途中でかめやでお昼も食べて、今は園子の家の前にも友奈の服を選んだ時に来た部屋に来ていた。前は友奈の服を楓以外の皆で選んで着せてたけど、今回は何故か女の子になってる楓に着せる服を選ぶ。

 

 「前にもこんな展開があった気がするねぇ……まさかまた女装することになるとは……いや、今の性別的には正装になるのかねぇ」

 

 「いっぱい選んでいっぱい着てもらうね~。あれとかこれとかそれとか着てほしいのいっぱいあるんだ~。着てもらった後は勿論脱が……えへへ~♪」

 

 「……お願いだから、着替える時には自分1人にしておくれ。今は同性とは言え、流石に恥ずかしいからねぇ」

 

 「……諦めてるよな、楓」

 

 「ここまで来た以上、逃げられないからねぇ……それに、服が必要なのは理解してるんだよ……はぁ……」

 

 テンションが尋常じゃなく高い園子と同情的な銀が少し気になるけど、アタシはアタシで今の楓に着せたい服を探す。見れば樹達も各々探し始めてた。友奈の時みたいに自分好みの服を探すんだろう。

 

 今の楓……アタシにしてみれば、小学生の時の楓がそのまま成長したみたいで懐かしい気持ちになる。同時に、楓が居なかった時のことも思い出して少し寂しかった時の気持ちが甦る。

 

 服を手に持ちながら、待っている楓の姿を見る。身内の色眼鏡が入ってるかもしれないけれど、樹に似て可愛い。それはもう可愛い。樹は小動物みたいな愛らしさがあるけれど、楓は普段の朗らかな笑顔もあって樹よりも落ち着いた……春の陽気みたいな暖かさと安心感がある。樹が側で愛でたい可愛さなら、楓は側で見ていたい可愛さ。我ながら何を言ってるのかわかんないけど。

 

 「……姉さん、ちょっと手伝ってくれないかい?」

 

 「アタシ? まあいいけど」

 

 「カエっち! 手伝いならわたしが」

 

 「今のあんたを行かせたら危ない気がするわ……銀、抑えるの手伝って」

 

 「あいよ」

 

 「ああっ、酷いよにぼっしーにミノさん! わたしもカエっちの着替え手伝う~! 近くで見る~!」

 

 「その言葉を聞いて余計に行かせられなくなったわ……後、にぼっしー言うな」

 

 皆が選び終わった後、着替える為に別室に居た楓に呼ばれた。後ろの方で園子達の攻防と樹と友奈と東郷の苦笑いが見えた気がするけど、楓の手伝いの方が大事なので無視。そうして楓の居る部屋に入ったアタシ。相変わらず凄い服の量だと圧倒されつつ感心し、楓に近付く。

 

 「で、何を手伝……う、の……」

 

 「恥ずかしいんだけど、このブラジャーってのが着けにくくてさ……着けてくれないかな」

 

 「あ、と……ま、任せなさい」

 

 そこには、家から着てた服の上を脱いでブラジャーを着けようとして着けられずにいる楓の姿があった。園子の家に来る前に買った下着は店では着けず、どうせ服を選んで着るのだからその時で良いだろうと楓が横着……或いは最後の抵抗……したんだっけ。

 

 半裸の楓を見て、何だか凄く恥ずかしくなった。弟相手に……しかも今は同じ女の体だと理解してるけど、楓はアタシにとって弟であると同時に男子の基準でもある。だからだろうか……弟の半裸姿に、こんなにも緊張してしまうのは。

 

 こっちに背中を向ける楓に近付き、ブラジャーに手を伸ばし……固まる。男の時は大差無いのに、今の楓はアタシよりかなり小さいから抱き締めたらすっぽり収まりそうで……視線を下に下げれば、楓のそれなりに膨らんだ胸が見えて……妙に背徳的なモノを感じて、興奮してるのが自分でも分かった。

 

 「姉さん?」

 

 「う゛ぇっ!? あ、ちょ、ちょっと待ってね。今やるから……」

 

 「ああ、お願いするよ……んっ、ちょ、姉さん? あははっ、何で胸触ってっ! くすぐったいから」

 

 「ちゃ、ちゃんとブラに納めないといけないから我慢しなさい」

 

 楓に呼ばれて意識を戻す。危ない危ない、このままイケナイ道に踏み入れそうになったわと思いつつ、ブラをしてあげる。その時、胸に触れたけどこれは必要なことであって他意はない。他意はないのよ……あ、自分のとはまた違う柔らかさがあって中々……ってアタシはおっさんか。

 

 ようやっとブラをしてあげられたので部屋から出る。上も下も女物の下着になった楓は自分の姿を見て凄い複雑そうな顔をしてた……あまり見ない表情に、思わず笑ってしまった。そうやって笑っていたアタシに園子が近寄ってきて……。

 

 「ズルいよフーミン先輩……わたしもカエっちの生着替え見たかったのに!」

 

 「ちょっとは自重しろ!! それから言い方を考えなさい!! あと、今の楓と2人きりになったら……潰してやるわよ、園子」

 

 「なんで!?」

 

 「楓くんの生着替え……はぅ……」

 

 「……青坊主にカメラを持たせれば、何とか……」

 

 「頼むからあたしの親友を警察につき出させないでくれ」

 

 

 

 

 

 

 あれから更に時間が経った。突発的に起きた楓のファッションショーは彼の中のナニカをガリガリと削っていったが、何とか朗らかな笑顔と苦笑いで耐え抜いた。他の7人はホクホク顔だったが。

 

 「中身は男だから、ボーイッシュにしてみたわ。髪型もちょっと弄ってみたけど、どう?」

 

 「うん、動きやすいしスカートじゃないのは有難いねぇ。髪型は……ちょっと恥ずかしい、かな」

 

 「お~、カエっちのそういう格好は新鮮だね~」

 

 「普段のお兄ちゃんはシンプルで大きめの服しか着ませんからね」

 

 風は以前と違ってボーイッシュに攻めた。青いショートパンツに黒ニーハイ、白い長袖シャツに大きく分厚めのフード付きパーカー。長い髪も首の辺りで2つ括りにして体の前に垂らしている。スカートを履くことにならなかった事に楓は安堵の息を吐き、女の子らしい髪型に恥ずかしさから頬を掻いた。美森は残像を出しながら写真を撮っていた。

 

 「私のはこれで……お兄ちゃんとお揃いみたいにしたくて」

 

 「樹には似合うだろうけど、自分にはどうかねぇ……いや、似合うと言われるとそれはそれで複雑なんだけども」

 

 「似合うわ楓君!!」

 

 「あんた楓さんの言葉聞こえてなかったの?」

 

 樹は以前と同じように森ガール風。体のラインが見えにくいワンピースに、男である楓への配慮かジーンズを選んだ。樹と顔つきが似ているからか、今の楓にはよく似合っている。美森はこれまた残像を出しながら写真を撮っていた。

 

 「私のはその……どうですか?」

 

 「うん……個人的には悪くないねぇ。というかこれ、シリーズか何かなのかな?」

 

 「夏凜……あんた学習しなさいよ。つかよく見付けてきたわね」

 

 「うっさいわね! 楓さんが良いなら良いじゃない!」

 

 「前と似たような……つまり夏凜ちゃんは友奈ちゃんとだけでなく楓君ともペアルックに……?」

 

 「須美、また黒いのが出てる出てる」

 

 夏凜が選んだのは、以前と大差ないモノだった。違いがあるとすれば、楓の着ているTシャツが“かるしうむとりぷる”となっていて魚が3尾に変わっていることくらいだろう。これには風も呆れ顔で苦言を溢し、夏凜は流石に自身でも少しはどうかと思っていたのか、噛み付きながらも顔を赤くしていた。美森の写真を撮る速度は、明らかに下がっていた。

 

 「まさか、またこれを着ることになるとは……」

 

 「生で見たかったんだー、楓くんの国防仮面。出来ればセリフも!」

 

 「……こほん。国を守れと人が呼ぶ。愛を守れと叫んでる。憂国の戦士、国防仮面! 見参!! ……友奈、満足した?」

 

 「大満足です!」

 

 「流石楓君。2度目にして敬礼の手の位置も形も完璧よ!」

 

 「……なんで今の楓のサイズがあるんだ?」

 

 「予めお手伝いさんに伝えておいたら1時間くらいでやってくれました~♪」

 

 友奈が持ってきたのは、今回の趣旨を理解していないのか国防仮面(陸軍将校バージョン)の衣装であった。まさか再び着るとは思っていなかった楓だったが、願われるままにセリフとポーズまで取る。これには友奈だけでなく他の6人も満足げにしていた。尚、仮面の下の顔は真っ赤であった。無論、美森の手から何度もフラッシュが起こった。

 

 「あたしのはこれだな。折角だからせくしぃにしてみた!」

 

 「これ、かなり恥ずかしいねぇ……どうして女の人はこういうの着られるんだろうか」

 

 (……谷間がある……)

 

 「素晴らしいわ銀!」

 

 「鼻血を拭きなさい鼻血を」

 

 (我ながら良いんじゃないか? それに……やっぱり袖で手が指先まで隠れてるのっていいなぁ……♪)

 

 銀が選んだのは、黒のオフショルダーのセーターにパンツスタイル。袖は長めで、所謂萌袖状態。ブラ紐も見えており、楓は恥ずかしそうに胸を隠すように両手を組んでいた。そのせいで谷間が出来、それを見た樹の目が死んだ。銀も非常に満足げである。美森は鼻血を出しながら右手をサムズアッフさせながらスマホで撮りまくっている。どうやらフィルムが尽きたらしい。そんな美森を、夏凜が冷めた目で見ていた。

 

 「色々考えたんだけど、やっぱりこれを着てほしいなって思ったの」

 

 「まさか自分がこの制服を着ることになるとはねぇ……」

 

 「後は前に銀が着たような服とか、この際だから色んなコスプ……職業の制服を着た楓君が見たいなって思うの!」

 

 「お願いだから落ち着いて美森ちゃん。本当にお願いだから……その手にあるスクール水着とメイド服から手を離すんだ」

 

 「今、コスプレって言いかけたわよね」

 

 「完っ全に言いかけたましたね。暴走寸前っぽいですけど、どうします?」

 

 「見たいけど止めるわ。楓の精神が死にそうだし……見たいけど」

 

 美森が選んだのは、意外と言うべきか彼女達も着る讃州中学の女子の制服(冬)であった。女になっている楓だが、流石にその姿で学校に通うことはないだろう。故に、ここだけでしか見られないレアな楓を見たいという願望から来たモノだった。いっそ欲望とすら言ってもいいだろう。暴走寸前まで行った美森だったが、風と銀、夏凜によって無事鎮圧された。尚、彼女の代わりに友奈がスマホで撮っていた。

 

 「ここでわたしだよ~!」

 

 (のこちゃんには悪いけど、正直嫌な予感しかしないねぇ……)

 

 (着ぐるみは外せないよね~。バニーさんは見たいけどカエっちが本気で嫌がりそうだから無しで……着物とか……あ、大赦の巫女さんが着る服もあったんだっけ。男装執事も良いよね。それからアレもコレもソレも……ドレも着てほしいから目移りしちゃうな~♪)

 

 「……怒濤の勢いで服が積まれていってるんだけど。アレ全部楓さんに着てもらうの?」

 

 「時間が幾らあっても足りないし、先に楓が参っちゃいそうね。アタシ達で選別するわよ」

 

 「はーい! あ、私が着た猫の着ぐるみもある! 楓くん、これどうかな?」

 

 (……今生分、恥ずかしがることになりそうだ)

 

 この後、楓は園子が選んだ服を片っ端から着ていくことになった。尚、自分で着られそうにない服は恥ずかしいと思いつつ乃木家のお手伝いさん達に助けてもらったそうな。

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……女の子のカエっち、可愛かったな~♪」

 

 あれからしばらく経って今は夜。自分が借りている部屋に戻ってきたわたしは今日の事を思い返していた。

 

 原因不明かつ唐突に女の子になったカエっち。前に冗談半分本気半分でカエっちなら女の子でも良いと言ったことがあるけど、まさか現実になるなんて。事実は小説よりも奇なりとは言うけど、この目で見ても実はちょっと信じきれていなかった。

 

 だけど、膨らんだ胸とかわたしより小さくなった背とかより女の子らしくなった顔つきとか高くなった声とか……見てるだけでどきどきしちゃった。普段のカエっちも女の子のカエっちもどっちもわたしの心を掴んで離さない。離すつもりもないけど。

 

 わたし達に色々着せられて疲労困憊になってたのは申し訳ないと思う。でも、何でも似合うし可愛いんだから何でも着せたくなっちゃった。最終的にカエっちはわたしが選んだ服装……ちょっと短い長袖の赤いリボンが付いた桜色のトップスに水色のジーンズ、オレンジ色の上着に同色の帽子……で帰っていった。桜色……ピンク色だけど大丈夫? って聞いたら、カエっちは笑いながら言った。

 

 『まあ、確かに気恥ずかしいけど……ピンク色は好きな色なんだよねぇ。他にも青、紫、赤、黄色、緑、白……殆ど好きなんだけどねぇ』

 

 それを聞いて、皆笑った。だってカエっちが言った色はわたし達の色だったから。嬉しくて嬉しくて抱き着いても仕方ない。フーミン先輩に阻止されたけど。フーミン先輩はわっしーよりも小さいけど充分にふかふかでした。

 

 そんなことを思い返しつつ、パソコンを起動する。わっしーから貰った写真のデータを全部移植して、その後は書いていた小説の続きを書く。内容は……お爺ちゃんみたいな男の子がある日突然女の子になって、ヒロイン達と……ヒロインは真面目な大和撫子系と、家族思いの元気っ子と、その男の子のことが大好きな天然お嬢様系で……。

 

 「……そう言えば、今書いてるお話と状況が似てるような……?」

 

 

 

 ― 男が女に……あの人が女の子に……そういうのもあるんだね。人間って面白いこと考えるなぁ……試しに少し弄ってみたら出来たし、新鮮なあの人の姿も見れたし……またやってみようかな ―

 

 

 

 一瞬後ろから視線を感じた気がして、ゆーゆの声が聞こえた気がしたけど……気のせいだよね。

 

 

 

 

 

 

 翌日、楓の性別は元に戻った。本人はちゃんと戻って居ることに安堵の息を吐き、周りは安心半分残念半分といった心境だった。風は本気で楓が元に戻ったことに安心し、時折楓と己の手を見てはほうっ……とするようになったそうな。

 

 そう……これは、偶然見かけた勇者の書いた物語を見た神が試しにと力を行使した結果、本当に女の子になった1人の老熟した少年とその周りの少女達が一喜一憂、四苦八苦、少し危ない道に踏入かけたり百合の花が咲き乱れそうになったり……。

 

 

 

 「……あれ、なんだかまた胸が……それに声も……え゛っ?」

 

 

 

 それらがたまに発生しては続いていく……そんなお話。




今回の補足

・楓を性転換させたのは園子の小説を見て影響を受けた神奈

・性別が戻ったのは力の行使が一時的なモノだった為



という訳で、楓TSからのファッションショーでした。何故か姉さんが少しでもメインを張るという展開に。決して姉妹ifのようにはなりませんのでご安心下さい。

そこまで百合百合してなくて申し訳ない。桜trickとかその花びらに口づけをとか見て勉強し直します。尚、このTS回がDEifのように続くことは現状ありませんのでご注意を。

さて、次回は番外編……ではなく本編です。今年中には本編もDEifも終わらせておきたいですしね。その2つの後にはbad endリクエスト、口直しの親密√、そしてゆゆゆいと予定してます。

また、次回と感想返信も再び少しお時間を頂きたく思います。お待たせすることになりますが、本当に申し訳ありません。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 17 ー

また長らくお待たせして申し訳ありません。ようやく更新できました(´ω`)

体調こそ落ち着きましたが、咳は未だに続いております。何故なんだ……まあ何とか以前のように更新出来るよう無理無く頑張ります。感想での暖かい労りのお言葉、本当にありがとうございます。

前回のTS回、評価は良さげと言ったところですかね。やはりTS物は人を選びます。尚、前回の隠されたネタはらんま1/2、けんぷファー、俺ツイです。最後の辺りには化物語ネタがあります。全部分かった人は居たかな?

さて、ゆゆゆいでは遂に赤奈ちゃんが本格参戦し、切り札たかしーが来ましたね。てっきり東郷さんか樹ちゃんが来ると思ってたのでびっくりしました。次は切り札若葉かな? 尚、どちらも来てくれませんでした。ssrは来てくれるんですが、全部プラスされました←

最近シンフォギアとイドラやり始めました。キャロルほしかったのにガリィちゃん7枚集まりました←

さて、今回は本編です。私の目標は……今年中に本編とDEifを完結させることだから……!!

あ、後書きにアンケあります。


 同じ神に成ろう……そう、友奈の顔と美森ちゃんの黒髪をした天の神に言われてからどれくらい経ったのか。ほんの数分しか経ってない気もするし、何時間も経っている気もする。その間色々やったのだが、今の自分はただその場に座り込んでどうにかこの場から逃げ出す方法を考えていた。座り込む、と言っても地面なんかは無いのだけど。

 

 結論から言えば、そんな方法は見つかっていない。というより、想像もつかないと言うべきか。果ての見えない、天の神が居る空間。友奈を助けた時のように神樹様が近くに居る訳でもない。試しにと満開時に飛ぶ要領で上下左右に進んでみたが、景色が変わることは無かった。

 

 端末が無いから変身も出来ないし、今の自分は魂の状態……自分の行動で肉体や魂にどんな影響があるかもわからないし、これ以上動いても活路が見出だせないので皆や神樹様の助けを待つことにして座り込んでいたのだ。それしか出来ないことが、我ながら情けない。あの子の側に居てあげたい時に居られないことが……悔しくて仕方ない。

 

 そうしていると、自分の周りに少し変化が現れた。と言っても、空間に変化が起きた訳じゃない。自分の周囲に、様々な色の動植物の形をした何かが集まってきたのだ。最初は1匹2匹程度だったそれらが、今では足下も見えない程に集まってきている。それこそ自分の周囲の目に見える範囲全てを埋め尽くさんばかりに。

 

 「……なんなんだ、この動物とか植物は……」

 

 ― 私達と共にある神々だよ ―

 

 その声が聞こえて、思わず顔を上げる。そこには、自分の前にしゃがみこんでニコニコとしながら自分の顔を覗き込むようにしている天の神の姿があった。

 

 「神、々……まさかこの動物や植物の1つ1つが、お前と同じ神だと言うのかねぇ?」

 

 ― その通り。力も弱いし、自我もあるかわからないくらい存在も薄いけどね。地の神が数多の神の集合体となって1つになっているように、“私達”もまた数多の神の集合体。この神達は、その一部。自我が薄い分、獣のように本能的に君の魂に強く惹かれているみたいだね。それこそ、ある意味で“私”以上に ―

 

 天の神に教えられ、再び動植物に視線を向ける。小さいモノはネズミや虫、何かの花や草。大きいならキリンやゾウのような大型の動物から大木まで。まるで1つの森林のようにすら感じるこれら全てが神だと? よく八百万(やおよろず)の神と聞くが、この分だと名前の知らない神を含めれば本当にそれくらい居るのかもしれないと思える。

 

 自分の肩や頭に、猫や鳥の形をした赤や黄色のナニカが乗る。行動は正に動物のソレであるんだが、こんな小動物や風も無いのに靡いている草の1本1本すらも神だもするなら……その実、自分達は力だけでなく数すらも大きく劣っていることに……いや、集合体と言っていたから、力を振るうのはあくまでも天の神という存在になるのか。それでも強大であることには変わらないんだろうけれど。

 

 ふと、1つの神が目についた。それは他の神に比べ、自分の知識には無い姿をしていたからだ。何気なくその神に手を伸ばし、抱き上げて目の前に持って来る。

 

 

 

 「ボクをくえ」

 

 「……食べないよ」

 

 

 

 それは、カレーらしきモノを頭に乗せたネコの姿をしていた。しかも喋った。ここに居る以上コレも神の1つ何だろうが、何の神だと言うのか。そもそもコレは本当に神なのか。というかカレーなのか、それともネコなのかどっちなんだ。

 

 カレーだかネコだかわからないモノを下ろし、もう1つ目についたモノに手を伸ばし、抱き上げて目の前にもって来る。するとソレも、さっきのネコのように口を開いた。

 

 

 

 「食べたい」

 

 「その頭に乗っているモノか、さっきのネコでも食べたらいいんじゃないかねぇ」

 

 

 

 ソレは、桜餅らしきモノを頭に乗せたネコだった。というかなんでさっきのネコとこのネコだけこんなにもはっきりとした姿をしているのか。

 

 ― 思ったより馴染んでるというか、落ち着いてるね。このまま“私”と一緒に居てくれる覚悟を決めたのかな? ―

 

 「……生憎と、そんな覚悟は決めちゃいないよ。自分は神になんてならない。必ず……皆の所に帰ってみせる」

 

 ― そう……だけど、楓くん。このままだと君は私と同じ神に成る。その手や足がその証拠だよ ―

 

 ネコを下ろした後、天の神はそう言ってきた。分かっているんだ、自分に残された時間は少ないということは。視線を下げるとそこには、白い魂の姿であるにも関わらず、肘と膝辺りまで生身のように()()になっている左手足があった。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 恐らく、今の魂の体がまるで肉付けされたかのように肌色になった時、自分は天の神が言う神に成る。元の世界で生きる人間ではなく、この世界に生きる神に。そうなれば、勇者部の皆や安芸先生、友華さんや他の知り合ってきた人達と会うことも無くなるだろう。それは絶対に避けたい。自分は……人で在りたい。

 

 そうは思っても、何も出来ない以上このまま黙って見ていることしか出来ない。天の神はその間、ずっと自分の側に居た。そしてそのまま更に時間は過ぎ、肌色が肩、太ももまで染まった時……この空間に変化が起きた。

 

 ― っ……地の神、まさかそんな方法を取るなんてね ―

 

 「……これは……?」

 

 ― 怒ってるんだよ。“私達”が……“私”の意思とは関係なく動く程に ―

 

 不意に、この世界が赤く染まった。それを見た天の神は苦々しげな表情を浮かべ、自分の独り言のように呟いた疑問にそう答えた。更にそのまま説明をしてくれた。

 

 今、結界の中でとある儀式が行われようとしていると言う。それは神婚と呼ばれる、神との婚姻だとか。それをすれば婚姻相手に選ばれた人間の命と引き換えに他の人間が神の眷属となり、滅びが間近に迫った世界から助かることが出来るらしい。

 

 「……お前は、怒ってるようには見えないねぇ」

 

 ― 楓くんをここに連れてくる前なら怒ってたね。“私達”は人間が神の力を手にしようとしたから滅ぼそうと思った。神婚は思いっきりそれに触れてるんだし。でも、今の“私”は()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。人間に関心を向けるより、今はこうして君と居たいんだよ ―

 

 友奈の声と顔で、友奈と美森ちゃんを彷彿とさせる姿ではっきりとそう言った天の神。その言葉、その真剣な表情に嘘は感じられなかった。それほどに執着されていることに少し寒気を覚える。だが、本当に今は人間に関心が無いと言うのなら、そのこと自体は良いことのハズ……。

 

 (いや、待て。そもそもどうして神婚とやらが必要になったんだ? 自分が居た時はそんな話、聞いたことも無かった。それはつまり、自分が居なくなったあの日の、もしくはその後の出来事になる……)

 

 つまり、自分が居なくなったから出た話である可能性が高い。その理由はなんだ? 考えられるのは……やはり、自分の魂が神の力を強めてしまうかもしれないってことくらい……そうだ、自分の魂が()()()()()()()()()()()()()()()()()()のなら。

 

 ― 気付いた? そう、地の神が守る人間達に残された時間は殆んど無い。数日もせずに“私達”の理を塗り替えた世界が、地の神の結界ごと人間達を塗り潰す。でも、楓くんには何も出来ないよ。神に成れば話は別だけど、今の君じゃどうすることも出来ない ―

 

 「っ……」

 

 ― 諦めなよ、楓くん。人間の世界を諦めて、あの子達のことも諦めて、人間であることを諦めて……神として“私”とずっと此処に居ようよ ―

 

 無力感に苛まれる自分に向かって……天の神は、あの子と同じ顔に優しい笑顔を浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 「現実の世界に敵……!?」

 

 「あのバカみたいに大きいのって……もしかして」

 

 「天の……神?」

 

 神樹の元へと向かう車の中で、窓から見える上空に現れた巨大な円形のナニカを見た風が樹海化もしていないにも関わらず敵が現れたことに驚愕し、その敵が何なのかを悟った銀がポツリと呟き、続きを言うように美森がそう溢す。

 

 風達だけではない。四国に住む全ての人々が、その存在を認識し、明らかな異常事態に恐怖を覚えていた。快晴だったハズの空から太陽がその姿を消し、赤黒い空間が青い空を裂いて顔を覗かせる。殆んどの人間は理解不能だろう。

 

 「どうして、天の神が……?」

 

 「神婚をしようとしているからよ。かつて人間が神の力を手に入れようとした事に怒って人類を滅ぼそうとした。だから、神と人間が結婚をするなんて赦せないんでしょう」

 

 「つまり、天の神が直接ゆーゆと神樹様の神婚を邪魔しに来たってことなんだね、安芸先生」

 

 「その通りよ乃木さん。そして、これはチャンスでもあるわ」

 

 「チャンス?」

 

 「そうよ、あれが本当に天の神だってんならチャンスじゃない! アタシ達が倒すべき敵が、向こうから来てくれてるんだから!」

 

 【あっ!!】

 

 車が止まらずに走り続ける中で樹が疑問を口にすると、安芸は前を向いたまま答えた。安芸の言葉は正しい。天の神にとっては人間が神の一部となる神婚は赦せるハズがないタブー中のタブー。それこそ、これまで天の神の行動を決めてきた“私”の決定を待たずして“私達”が邪魔をする為に動く程。

 

 天の神が動いたと言うことは、只でさえ短かった人類に残された猶予が今日この日で消え失せるということでもある。だが、これは安芸と風が言うようにチャンスでもある。どうやって戦うべきか、どうやって見つけるのか悩んでいた相手が自分からやってきているのだから。

 

 「つまり、ここが天王山ということですね、安芸先生」

 

 「そうね、わし……東郷さん。文字通り、この戦いに……あなた達の手に人類の未来が掛かっているわ。でも、ただ戦うだけではダメというのは……分かるわね?」

 

 「理想としては、天の神を素早く倒す。時間を掛けすぎるとゆーゆと神樹様が危ないし、倒しきれないと神婚が成立しちゃうかもしれない……」

 

 「……こうして話してる時間も惜しいわ。天の神は来てるんだから」

 

 「そう、だよな。あたし達は下ろしてもらって、安芸先生達はどこか安全な場所に……」

 

 「っ、樹海化の光!? 車を止めてください!」

 

 そこまで銀が言った時、南の方角から見慣れた極彩色の光が世界を覆い尽くさんばかりに迫ってくる。それに気付いた樹が咄嗟に声を上げると大赦の男が反応して急ブレーキを掛け、停車。そして光はあっという間に世界を、そして人々を呑み込み……樹海化。6人を残し、車と安芸達はその姿を消していた。無論、勇者でない一般の人々も。

 

 見れば、神樹の姿は普段よりもかなり大きく見えた。それは即ち、神樹の近くに来ているということだ。ここまで送り届けてくれた安芸達に感謝しつつ、6人はスマホを手に取る。

 

 「楓を返してもらうわよ」

 

 「うん。絶対、取り返すんだから」

 

 「天の神なんて私の……私達の敵じゃないわ。直ぐに殲滅よ」

 

 「友奈の神婚もしっかり止めないとな」

 

 「カエっちも、ゆーゆも、皆揃って笑顔になる為に」

 

 「これ以上、皆が悲しまない為にも……皆で、これからも生きていく為にも」

 

 

 

 

 

 

 「さあ……やるわよ!!」

 

 「「うん!!」」

 

 「「おう!!」」

 

 「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 6人のスマホから光が溢れる。これが最後だと、誰もが思っていた。当代にして最後の勇者達は変身し、それぞれの武器を手に、遥か上空の巨大な天の神の姿を仰ぎ見る。

 

 そして、6人は見た。巨大な円盤のような姿をした天の神……彼女達が見ている場所が大きく裂け、外の世界のような赤黒い毒々しい色をした空間が見えており……そこに、大きな丸いナニカと、その周囲に12個の丸いナニカがあるのを。その大きな丸いナニカの前に、人影があることを。

 

 彼女達の脳裏に、美森から聞いた夢の話が浮かぶ。だが、今はそれを気にしている場合ではないと6人は樹海化した際に出てきた高い岩場へと移動する。勇者の身体能力を持って素早く最も高い場所に移動し終えた6人。それでも、天の神は遥か彼方。

 

 「来るわよ!」

 

 人影の背後の12個あるナニカの内の1つが強く発光する。すると人影の前に獅子座が使っていた火球が生まれ、巨大化し、6人目掛けて飛んでくる。それを見た風が叫ぶと同時にバラバラに散開し、火球を回避。樹海に着弾した火球は爆風を起こし、樹海の一部を焼いた。

 

 「初っぱなから飛ばしてくるじゃない……!」

 

 「お姉ちゃん、また攻撃が来る!」

 

 「あれは、射手座の奴か!」

 

 無事に回避できた6人。風が内心を代弁するように冷や汗をかきつつ天の神を見ながら叫んだ直後に人影の背後の12個あるナニカの先程とは違う場所が強く発光。直後、天の神の体の別の場所の空間が裂け、その中の赤黒い空間に存在する光の玉から大量の光の針……矢が降り注いだ。

 

 全員が再び回避の為に跳躍。何とか避けることに成功したが、それで安心は出来ない。回避した後にまた先程の光の矢が降り注いできたのだから。それだけではなく、人影の背後の小さなナニカが更に3ヶ所同時に強く発光。同じく別の場所の空間が裂け、その中から滝のような水流が、小さいながら子供1人呑み込めそうな光弾が、誘導する爆弾が勇者達に襲いかかってきた。

 

 「あれは水瓶座と山羊座の攻撃!?」

 

 「乙女座の攻撃まで……バーテックスの親玉なだけあるって訳ね!」

 

 攻撃の種類が増える毎に避けることが困難になっていく。風と銀はその大剣と斧剣を用いて光の矢と光弾を防ぎ、夏凜の短刀と樹のワイヤー、美森の射撃で爆弾を破壊していき、園子が槍の先に傘状に展開した勇者の力で水流を防ぐ。

 

 今のところ、ダメージは無い。だが、誰が見ても防戦一方であることは明白。相手は空に居てこちらは地上に居るのだから仕方ない。だが、何よりも速度こそが重要なこの場面でそれは致命的であり……故に、“ソレ”を行うことに躊躇いは無かった。

 

 

 

 【満開!!】

 

 

 

 樹海に黄色いオキザリスが、緑色の鳴子百合が、青いアサガオが、赤いツツジが、紫色のバラが、真っ赤なボタンが咲き誇る。そしてその場から素早く移動しながら攻撃を回避しつつ、人影を目指して上昇していく。

 

 無論、それを黙って見ている天の神ではない。人影の背後のナニカが発光し続け、天の神の体の裂けた空間数ヶ所から矢が、水流が、光弾が飛んでくる。が、先程とは違って飛ぶことが出来る今、右へ左へと宙を自由に舞うことで地上に居た時よりも余裕を持って回避、ないしは最高速で動くことで攻撃を置き去りにする。

 

 「東郷! あんたは友奈の所に行きなさい!」

 

 「風先輩!? 急に何を」

 

 「念のためよ! 今、友奈がどの辺に居るかわかんないし……あんたが1番友奈のこと分かってるしねぇ!」

 

 「友奈を止めてきなさい! そんで、私達が勝つところを見せて、神婚なんて必要なかったって教えてやるのよ!」

 

 「先輩……夏凜ちゃん……」

 

 攻撃を避けながら、大声で風と夏凜が美森に叫ぶ。天の神を倒すつもりで居ると言っても、勢い任せで倒せるとは楽観視出来ない。だから、保険として友奈の神婚を止めにいく者が必要になる。そして、それが出来るのは……。

 

 「友奈さんのことなら、東郷先輩が1番ですから。天の神は私達に任せてください!」

 

 「よく言った樹! という訳で、友奈のことは任せたぞ! 須美!」

 

 「ゆーゆのこと、お願いね? わっしー。それまで天の神は絶対、近付かせないから!」

 

 「皆……了解! 東郷 美森、最大戦速で友奈ちゃんの元へ向かいます!」

 

 友奈の親友である、美森に他ならない。仲間達の言葉を受け、戦艦のような満開を反転。1人神樹の元へと宣言通り最高速で向かう。当然、彼女を狙って天の神から光の矢が放たれるが……それは園子の船の前に展開された紫色の光の盾に防がれる。

 

 ならばと、天の神は裂けた空間から炎に包まれた星屑を大量に出現させる。それは数百、数千と数を増やし、どんどん空間の中から現れてはまた空間の奥から出てくる。

 

 「今更、そんな小さいのが何匹来たってええええ!!」

 

 「赤い勇者を、舐めるなよ!!」

 

 真っ先に迎撃に動いたのは夏凜と銀の赤い勇者達。夏凜が満開の4本の巨碗の左側2本を振るうとそこから大量の短刀が星屑目掛けて飛び、殲滅していく。その隣では銀が6本の満開の巨碗の3本ずつで持っていた巨大な斧剣を背を反らして振りかぶり、思いっきりぶん投げる。それは炎を纏いながら回転して突き進み、星屑を同じように殲滅していった。

 

 「ってやべっ!?」

 

 「させません!!」

 

 「ミノさんは、やらせない!!」

 

 「ナイスよ樹! 園子! せええええい!!」

 

 再び人影の背後のナニカが発光。夏凜と違って武器を手放した銀に向かって新たに裂けた空間から蠍座の尻尾が4本、彼女を串刺しにしようと伸びてきた。だが、その内2本は樹のワイヤーによって四方八方から逆に串刺しにされて動きを止め、もう2本は園子のオール部分の槍が飛んできてこれまた串刺しにされ、動きが止まった4本を風がまとめて巨大化させた大剣で切り裂いた。

 

 凌ぎきった……そう5人が安堵したのも束の間。大量の光の矢が止まり、代わりに巨大な槍にすら見える大きな光の矢が超高速で夏凜に向かって放たれた。夏凜がそれに反応出来たのは、これまでの訓練の賜物だろう。瞬間的に4本の巨刀を盾にすることで直撃は免れた。衝撃で回転してしまった体を直ぐに立て直し……その顔を見た樹から悲鳴に似た声が上がる。

 

 「か、夏凜さん! 顔に、血が!?」

 

 「っ……バリアを抜かれたってことか……バリアを、抜いた? ってことは……」

 

 夏凜の頬に一筋の傷が出来、そこから血が流れていた。それはつまり、勇者の身を守ってきた精霊バリアを天の神の攻撃が貫いたということだ。それを確認した時、夏凜と……夏凜の呟きを聞いた全員が同じことを脳裏に描いた。

 

 ずっと不思議だったのだ。なぜ、風が事故に遭った時に精霊が守ってくれなかったのかと。なぜ、ただのトラックがバーテックスの攻撃を防ぐバリアを抜いて風に大怪我をさせたのかと。だが、目の前に答えが現れた。思えば、病院で楓のノートを見ながら話し合っていた時点で答えは出ていたのかもしれない。風が大怪我をしたのも、友奈がその事で深く悲しんだのも、全ては。

 

 「やっぱり全部……お前のせいかああああっ!!」

 

 「っ、夏凜! 待ちなさい!」

 

 怒り爆発。誰が聞いても分かる怒声と共に、夏凜は風の制止の声も聞かずに天の神の本体と思わしき人影に向かって突撃する。その夏凜目掛け、再び大量の光の矢が降り注ぐ。だが、彼女は4本の巨刀を盾にそのまま突き進んだ。しかしそれで防ぎきれるハズも無く、左手首の近くを、右太腿を掠り、肉を削られる。

 

 「ぐっ、ん、の、おおおお!!」

 

 「夏凜!! い゛っ、が……っ」

 

 「くっ、夏凜! 銀! っ、邪魔を……っ!!」

 

 「わ、わわっ!」

 

 痛みに顔をしかめ、速度が低下するがそれでも止まらない夏凜の背後から大量の矢が迫る。数多の攻撃をしている合間に天の神が出していた蟹座の板が勇者達の意識の外から地上付近に移動しており、矢を反射したのだ。真っ先に気付いた銀が夏凜に追い付き、その右手を掴んで引っ張ることで強引に避けさせる。その際、銀の右頬を掠って血が流れ、右腕に1本の矢が突き刺さり……矢が消えると、その部分に穴が空いて血が噴き出す。

 

 血を流す2人を見て、風が焦ったようにその名を叫ぶ。だが、勇者達の傷も焦りも天の神には関係無い。再び尻尾が、水流が、矢が、光弾が飛んでくる。尻尾は樹が対処し、矢と水流は移動しながら避ける。光弾は誘導してくるが、銀が傷付いたことで落ち着きを取り戻した夏凜が短刀を飛ばして対処する。

 

 (……さっきから攻撃が来る度に、人影の後ろの奴が光ってる。それに、攻撃が来る場所の奥にも光の玉みたいなのがあって、そこからバーテックスの攻撃を出してる。どっちかが……もしくは、どっちも力の元? それなら……!)

 

 「やああああっ!!」

 

 全員で力を合わせて天の神の攻撃を凌いで居る中で、園子は必死に頭を回していた。状況を打破する為に、勝利を引き寄せる為に。小学生の頃からそうしてきた。その頭脳を彼に頼られることが好きだったから。

 

 素早く思考を終えた園子が取った行動は、勇者の力を持って風のように槍を巨大化させ、それを幾つも用意すること。そして、空間の中にある光の玉のようなモノと人影の後ろにあるナニカを人影ごと砕く為に凄まじい勢いで放った。

 

 そして、各空間からの迎撃をものともせずに槍が光の玉と人影に辿り着いたその時。

 

 

 

 各空間から大きな爆発が発生し、その爆風で勇者達を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 (皆……戦ってるんだよね……きっと)

 

 その爆発を、友奈も見ていた。彼女とて気付いているのだ。上空に現れたモノは天の神であり……勇者部の皆が、天の神と戦っているのだと。戦う力の無い、己とは違って。

 

 地上に咲き誇る花を見た時、友奈は泣きそうになった。それほどに綺麗な花達だったから。その花に込められた皆の意思を感じたから。天の神を倒すと、友奈の神婚を止めると、楓を取り返すと……その強い意思を感じ取ったから。

 

 (ごめんなさい……皆)

 

 目を伏せながら心の中で1度謝り、友奈は振り返る。そこには、1本の巨木……神樹の姿があり、その根元に1つの豪奢なベッド。そして、その上に横たわる楓の体があった。

 

 樹海化しても、勇者部と天の神の戦いが始まっても心配しつつも歩き続けた友奈。ほんの少し前に、彼女はこうして神樹の元に辿り着いていた。樹海化して消えた大赦の人間から手順も聞かされている。後はその通りに動けば……神婚は成立する。

 

 (……楓、くん……)

 

 神樹に近付く友奈。そうすれば必然、楓の体にも近付いていった。そうしてベッドの前まで来た彼女は、泣きそうな顔のまま彼の体を見下ろす。

 

 その体に、魂は無い。上空に存在する天の神、その中に存在するのだろう。それが分かっていても、友奈にはどうすることも出来ない。もしかしたら仲間達が天の神に打ち勝ち、魂を取り返すのかもしれない。だが……それを待つ猶予はない。人類に残された時間は無い。大赦の人間に、道中で友奈は繰り返し教えられていた。

 

 「最後に……楓くんに……皆に……」

 

 その後に続く言葉を、友奈は言い出せなかった。最後にしてもらいたかったことが、してほしかったことが多かったから。また抱き締めてほしかった。名前を呼んでほしかった。手を繋いでほしかった。笑顔を見せてほしかった。笑い合いたかった。楽しく過ごしたかった。そうして……お別れしたかった。

 

 我慢出来ず、友奈は声も無く涙を流した。これが最後。これで、最後。そう思って、友奈は横たわる彼の手を握ろうとその手を伸ばして……。

 

 

 

 その手を、勇者達を守ってきた精霊バリアが弾いた。

 

 

 

 「痛っ……えっ? 夜刀神……ちゃん?」

 

 「シャーッ……」

 

 痛みに一瞬目を閉じて手を引き、再び目を開いた友奈が見たのは楓の前にいつの間にか現れて友奈に向かって舌をチロチロと出しながら威嚇する夜刀神の姿。バリアに弾かれたことと夜刀神に威嚇されて目を瞬かせる友奈。だが、次に起きたことで彼女は本気で目を見開いた。

 

 

 

 「え……? えっ……!?」

 

 

 

 夜刀神が突如強く発光し、あまりの眩しさから友奈は両手を光から逃れるように顔の前に持ってくる。そして光が収まり、友奈が手を下ろして目を開いた時。

 

 夜刀神の姿はそこには無く……文化祭の時に友奈が見た、友奈と同じ姿の桜色の着物を着た少女が、友奈を悲しげに見詰めていた。




原作との相違点

・原作……誰がこんな酷いことを……!



という訳で、最終決戦スタートというお話でした。原作と大きく違う所は全員が満開し、銀が参戦しており、東郷さんだけが友奈の元へ向かっているということですね。今回、分かりづらいかもしれませんが少しだけ原作ネタが入ってます。分かりやすいのも入ってます←

本編ですが、予定通りに進めば残り3~4話で完結します。最終話の前にDEifの最終話を挟みます。それまで番外編は一切書きません。最終話後に書きますがね……リクエストの中で最も鬱いアレを。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 18 ー

お待たせしました。1週間以内に更新する予定でしたが、予定より期間も内容も長くなってしまって申し訳ありません(´ω`)

ゆゆゆいで遂に4コマが登場してテンション爆上がりです。やっぱり所属の得は可愛くていいですね。

アンケートにご協力ありがとうございます! ちょっと友奈強すぎませんかね……他3人合わせてようやく同等とか。これが原作主人公の力か……。

きらファンにてリゼが100になりました。専用武器最大強化が遠すぎて……。

ガンブレ3を買い直してしまいました。なんか唐突に色々と組みたくなったんですよね……ジェガンで色々バリエーション作るの大好きなんです。

さて、今回は長くなってしまったと言った通り、文字数多め内容濃い目です。ところで皆様、うたわれるものは好きですか? 私は好きです。ハクオロさんカッコいいですし、アルルゥエルルゥ可愛いですし、ゲームもアニメも神曲揃いですし。まあだからなんだって話ですがね←


 「あなたは、文化祭の時の……」

 

 夜刀神ちゃんが光ったと思ったら、夜刀神ちゃんが居なくなってて……代わりに、私に似た女の子が居た。この子の事は覚えてる。文化祭の時に、まるで私をどこかに連れていくみたいに手招きして走っていって……追いかけた先の屋上で、私は……私達は楓くんと再会出来たんだから。

 

 そんなあの子が今、私のことを悲しそうな目で見てる。それ以上に不思議なのは、樹海化したこの場所に居ること。それから、夜刀神ちゃんの代わりに現れたこと。

 

 「あなたは……誰なの?」

 

 ― 私は、あなた達が神樹と呼ぶ存在だよ ―

 

 「え……? 神樹、様……!?」

 

 ― やっぱり、私の声が聞こえるんだね。あの人の側に居たからか、“御姿”となった上で天の神の力をその身に宿していたからかな。それとも、神の空間にしばらく居たからか、もしくは“因子”を持って生まれたからか……或いは、それら全てが合わさったからなのかな ―

 

 目の前の私そっくりな女の子が、神樹様。びっくりしている私の頭の中で、前に楓くんが言っていた“私似の神樹様に逢ったことがある”って言葉が甦る。本当に私そっくりだ……その後の言葉は、よく分からない。何か重要なことを言われているような気がするけど。

 

 それに、どうしてそんなにも悲しげな顔で見られているのかわからない。私を呼んだのは、神樹様の方じゃなかったの?

 

 「神樹様……私と、その……」

 

 ― 神婚を行う前に、あなたには聞かなければならないことがある ―

 

 「聞かなければならないこと……? でも、四国にはもう時間が……」

 

 ― 勿論、本当に滅びそうになればソレを行う。だけど……私は、その為にあなたを呼んだ訳じゃない。私は、あなたに質問をする為に呼んだんだ ―

 

 神婚をする為に呼んだ訳じゃない……? でも、友華さんは私が神樹様に呼ばれてるって言ってた。私が、神婚の相手に選ばれたって……それは勘違いだった? でも、神婚はしてくれるんだ。それなら良かった……四国を、皆を救うことが出来るんだ。

 

 だけど、質問って何を聞きたいんだろう。神様である神樹様が私に聞きたいことなんて想像もつかない。だって私は楓くんと東郷さんと園ちゃんみたいに頭が良くないし。そう思っていたら、神樹様が口を開いた。

 

 

 

 ― どうしてあなたは、あの人が命がけで助けてくれた命を捨てられるの? ―

 

 

 

 ヒュッて、喉の奥から変な音がした。体がガチガチに固まって、背筋を冷たい何かが通り過ぎた。一瞬頭の中が真っ白になって……質問の意味を理解して、体が震えた。

 

 覚えてる。楓くんが必死な声で、必死な顔で私を天の神の攻撃から助けてくれたこと。助けてくれたから……楓くんが血塗れになって、その魂が天の神に連れ去られたこと。たった2日前の出来事なんだ、忘れられるハズがない。

 

 「わ……私には、もう、これ以外に出来ることが無い、から……」

 

 悲しげな神樹様の顔に目を合わせられなくて俯く。何とか答えると、その声は自分でも分かるくらいに震えていて……でも、頭の中では神樹様の質問がずっと繰り返されてた。

 

 私が今こうして居られるのは楓くんが助けてくれたから。あの時に限った話じゃない。辛い時も、寒い時も、寂しい時も、楓くんはずっと側に居てくれた。総力戦の時だって、その後の病院でだって。東郷さんが壁を壊した時の戦いでだって……いつだって、ずっと。

 

 私が辛くないようにって、寒くないようにって、寂しくないようにって……悲しくないようにって、何度も。楓くんが居なくちゃ、皆が居なくちゃ、きっとどこかで潰れてた。きっとどこかで、死んじゃってた。私が生きていられるのは、そんな皆の……大好きな皆のお陰で。だから私は……。

 

 「私は……皆の為に神婚を……私1人の命で、皆が助かるなら」

 

 

 

 ― それで……あの人の優しさも、あの子達の戦いも無駄にするの? 戦うことも、助けにいくこともせずに ―

 

 

 

 「……出来るなら……それが出来るなら、やってます!」

 

 神樹様の言葉は、私の心を傷付けるには充分だった。分かってる、分かってるんだ。神婚なんて、勇者部の皆は誰も望んでない。私だって、誰かが神婚しようなんてしたら絶対止める。それに、神婚は楓くんが助けてくれたこの命を捨てることだってことも分かってる。分かってるんだよ。

 

 「だけど、もう時間が無いから! 私には、神婚(これ)しか無いから! だから私は! 私は……ここに、来て……っ」

 

 他に出来ることを探す時間なんて私にも世界にも無いから。だから神婚をすることを選んだんだ。何かをしたくて、その何かが神婚しかなかったから。私に出来ることは、私がしてあげられることは、もう神婚しか残ってなかったから。

 

 その為にここに来たんだ。神婚の手順だってちゃんと覚えた。滝は冷たくて痛くて寒くて、でも必要だから我慢して。死ぬって分かってて怖くて恐くて仕方なくても、考えないようにして。なのに。

 

 「お願いします……私と……神婚して、下さい。皆を……助けて下さい……お願い、だから……っ」

 

 お願いだから……私の決心を鈍らせないで下さい。涙を堪えきれなくて、俯いて、痛いくらい強く両手を握り締めてそう思った時。

 

 

 

 「友奈ちゃん!!」

 

 

 

 「っ!? ……東、郷……さん」

 

 (来たね。この子の意思が変わるかどうか……彼女次第、かな)

 

 後ろから東郷さんの声が聞こえた。顔を上げて振り返ると、総力戦の時に乗せてもらった大きな満開の奴から飛び降りてくる東郷さんの姿。東郷さんは着地すると私の近くまで走ってきて、止まった。その顔は焦ってるような……でも、私を見て安心したような、そんな表情で。

 

 「間に合って良かった……友奈ちゃん、神婚なんてしなくていい。犠牲になんてならなくていいの。今、皆が天の神と戦ってる。皆は……私達は絶対に勝つから。だから……」

 

 「東郷さん……ダメ……ダメだよ。だって世界に時間は無いって。皆が天の神と戦って、それで皆が傷ついたり……死んじゃったり、したら……だから、その前に私は神婚を……その為に、ここまで来たんだよ」

 

 それで皆が助かるから。それが確実に皆を救う方法だから。何度もそう説明されて、自分でも何度も何度もそう考えた。だからって、そうしないとって。

 

 「それが友奈ちゃんである必要なんてない。ううん、誰かが犠牲になるなんて、もう嫌。私も、皆もそう思ってる。友奈ちゃんだってそうでしょう?」

 

 ……勿論、嫌だよ。東郷さんが、皆が犠牲になるなら絶対に止める。東郷さんが私達の記憶を消して1人で奉火祭の生贄になった時、本当に悲しかった。忘れてた自分が嫌になって、東郷さんを犠牲にすることになってたのが嫌で、だから皆で取り返しに行ったんだから。

 

 「それでも……それでも、これは私にしか出来ないことだから! 神婚は、今の私にも出来ることだから!!」

 

 「……友奈、ちゃん……?」

 

 「楓くんを助けにいけない私が! 皆と一緒に戦えない私が! やっと見つけた、私にしか出来ないことなんだ! 私1人で皆が救われるんだよ。私1人が頑張れば皆も、世界も、楓くんだって救えるんだよ! そうすれば、私1人の命と引き換えなら、皆が命懸けで戦うこともなくなって、笑って、幸せに過ごせる毎日が来るんだよ!?」

 

 例え、その毎日に私が居なかったとしても。

 

 「これしか方法はないんだ! 皆が救われる方法は……これしかないんだよ……東郷さん」

 

 それでも……皆がもう戦わなくて済むなら。楓くんも戻ってきて、また……あんなに楽しい毎日を送れるようになるのなら。

 

 「東郷さんが奉火祭に1人で行った時みたいに……楓くんが、私をずっと助けてくれたみたいに……皆が幸福(しあわせ)な毎日を送れるように……私も、頑張りたいんだ」

 

 勇者だから、じゃない。私にとって皆が大事だから、大切だから。私1人の命で皆を守れるから、その為なら……どんなに怖くたって頑張れるから。

 

 「だから……だから! もう……止めないでよぉ……」

 

 「……友奈ちゃん」

 

 決心が鈍りそうになる。我慢が出来なくなりそうなる。だから、神樹様も、東郷さんも、皆も、私の決断を止めないで。俯きながら泣いて、そうお願いして……名前を呼ばれて、それで顔を上げたら……さっきよりも近くに東郷さんが来てて。

 

 

 

 「……えっ?」

 

 

 

 そして涙で歪む視界に入ったのは……その目に涙を溜めて今にも泣きそうな程辛そうな表情を浮かべて思いっきり右手を後ろに引いてる東郷さんの姿で。

 

 次の瞬間には私は……あの時に私がそうしたように、東郷さんに思いっきり顔を殴り飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

 各空間と人影がいた場所から起きた爆発とその爆風によって吹き飛ばされた5人。直接的な攻撃ではなかったからか精霊バリアが問題なく発動し、それによる被害はなかった。だが、樹海を埋め尽くす樹の近くまで飛ばされた為に折角近付いていた距離が再び大きく開いてしまった。

 

 「皆、無事!?」

 

 「私は大丈夫だよ、お姉ちゃん!」

 

 「痛ぅ……こっちもよ! まだまだ、やれるわ!」

 

 「ミノさん……大丈夫?」

 

 「すんごい痛いけど……あの時の楓に比べたら、こんくらい何ともないって」

 

 風が全員の無事を確認する為に声を出し、幸いにも全員近くに居たので声でも肉眼でも確認出来て安堵の息を吐く。とは言え、無傷なのは風と樹、園子の3人。夏凜と銀は小さくない傷と出血をしている。

 

 2人の姿に心配と共に天の神への怒りを大きくしつつ、全員が空を見上げる。見れば、バーテックスの攻撃を放っていた空間が閉じており、その攻撃は止まっていた。だが、閉じていない空間が1つ……それは、人影があった空間。

 

 「……いよいよお出ましって訳ね」

 

 「あの人影……東郷先輩が夢で見たのとおんなじなのかな?」

 

 「多分ね……」

 

 姉妹がそんな会話をしていると、空間の中からゆっくりと人影が降りてくる。勿論、その背には丸い大きなナニカと、その周囲に12個の丸いナニカを背負ったまま。そうして人影の姿がはっきりと認識出来るようになった時……全員が目を見開いた。

 

 「……天の、神……っ……あんたは、どこまでっ!!」

 

 「そんな……!?」

 

 「どうなってんのよ、これ」

 

 「冗談キツいぞ……」

 

 風が憤り、樹が驚愕の声を漏らす。夏凜は困惑し、銀は口の端をヒクつかせて右腕の痛みとは別に冷や汗をかく。そして、園子が信じられないという思いを込めて口を開いた。

 

 

 

 「……黒い、カエっち?」

 

 

 

 人影の正体……それは、風達がよく知る満開時の姿の楓だった。だが、その衣装は真っ白なモノではなく、真逆を行くように真っ黒であった。衣装だけではない。見れば髪も黒く染まっており、目に至っては結界の外のような赤黒く毒々しい色をして無感情に5人を見下ろしていた。

 

 黒い楓がその背に背負っていたナニカの正体……それは、大きな丸い鏡だった。その鏡を小さくしたようなモノが12枚、大きな鏡の周囲に存在している。内1つ、今まで発光していた場所とは別の場所が淡く光っている。そして、園子は黒い楓を注視する。

 

 (小さい鏡4枚……最低でも半分は壊したかったけど……それに、黒いカエっちは無傷かぁ……)

 

 人影に向けて放った槍は、背後の鏡ごと穿つには充分な大きさと速度、威力を誇っていた。それは確かに当たったのだろう、小さい鏡12枚の内4枚にヒビが入っていてその鏡達から力を感じ取れない。だが人影……黒い楓には傷1つ、汚れ1つ存在しない。単純に黒い衣装のせいで目立たないだけかもしれないが。

 

 ヒビが入った鏡は本当にもう使い物にならないのか。あの鏡達はどのバーテックスの力を使うモノだったのか。仮に壊れていたとして再生することはないのか。頭を回転させつつ、園子は口を開く。

 

 「……フーミン先輩」

 

 「なによ、園子」

 

 「黒髪のカエっち……アリだね」

 

 「今言うこと!? 楓はアタシ達と同じ髪色しか認めないわよ!!」

 

 「あんたも何答えてんのよ」

 

 (あたしも個人的に黒髪はアリかなぁ……)

 

 (お兄ちゃんが髪を染めるのは嫌だなぁ……)

 

 緊張感の無い会話が繰り広げられて居るが、戦闘態勢とその視線を黒い楓から動かすことはない。幾ら楓の姿をしていると言っても、アレは天の神であるとちゃんと認識しているからだ。

 

 5人は合図も無く同時に動きだし、黒い楓へと向かう。満開を発動してからそれなりに経っていることもあり、いつ解けるかわからない。そして解けてしまえば飛行手段を失い、天の神打倒は困難になる。だからこそ、満開が続く内に決着をつけなければならない。

 

 向かってくる5人を見て、黒い楓は右手を前に翳す。すると小さな鏡の内3つが発光。その発光した鏡から大量の光の矢が、水流が、蠍座の尻尾が勢いよく飛び出した。更に別の場所が発光し、中から蟹座の板が6枚飛び出す。

 

 「同じ攻撃を何度もっ!!」

 

 「くっそ、板が邪魔だ!」

 

 水流は問題無い。所詮は一直線に進む攻撃なのだ、他の攻撃に比べて避けやすい。5人は散開することで水流を避ける。同じように光の矢も避けるが、蟹座の板が邪魔だった。水流と違って矢を反射させ、挟み撃ちにする。それを避ける為に上に下にと移動すれば、角度を変えて追尾してくる。

 

 それに加え、板が5人に向かって飛んできて直接攻撃することもあった。板は薄く鋭い為、刃物の様に振るわれた。時には板の全面を使って押し潰されそうにもなった。更には進行方向を塞ぐようにされることもある。蟹座を相手に戦った時と比べ、板の厄介さが上がっている。

 

 「あっ、ぐ!」

 

 「あうっ!」

 

 「園子!? 樹!?」

 

 「大、丈夫!」

 

 「まだ……やれます!」

 

 途切れない攻撃に5人の体力と集中力はどんどん削られていく。それは一瞬の体の硬直や視野の狭窄といった形で現れ、遂には被弾してしまう。園子の船の左側を水流が掠り、槍と船体の左側を削られる。樹は尻尾を止める事に意識を割けすぎ、寸前まで板の存在に気付けず……ギリギリ気付いて体を剃らしたが、僅かに右太ももを切り裂かれた。

 

 「よくも2人を!! っ、嘘!? 前よりも硬……ああっ!!」

 

 「風!? っ、この、邪魔を! ぐ、あ、っ!」

 

 「風さん! 夏凜! これ以上、させるかああああっ!!」

 

 2人が被弾したのを見た風が怒り、迫り来る1枚の板目掛けて大剣を振るう。だが、以前は破壊出来た筈の板は大剣を受けても破壊は愚かヒビ1つ入らなかった。満開をしている状態であるにもかかわらず、だ。その事に驚愕した風はその硬度に絶望にも似た声を漏らし、真横から迫ってきた蠍座の尻尾に気付いて咄嗟に大剣を盾とするが強く弾き飛ばされる。

 

 それを見た夏凜が風の助けに行こうとするが、そんな彼女に向けて山羊座の光弾が迫る。満開の4つの腕の4刀を振るうことで切り裂いて無力化していくが、20と数個を切り裂いた頃に光弾が止まり、代わりにレーザーが迫ってきた。4刀を全て防御に回して防いだ夏凜だったが、かつて銀と楓の2人掛かりで漸く数十秒だったモノを1人で、かつ空中で支えきれる訳もなく……夏凜は僅かに声を漏らし、防いだ姿勢のまま地面まで落とされた。

 

 次々と仲間が傷ついていく。それを見かねた銀は無理をしてでも黒い楓に向かうことを選択する。突撃する彼女に向かう、黒い楓の鏡から繰り出される数々の攻撃。水流は大回りすることで回避、光弾は自身が持つ双斧剣を腕の痛みを我慢して振るって切り裂く。

 

 「っ……銀さんは、やらせません!」

 

 「ミノさん、やっちゃって!!」

 

 「サンキュー2人共!! っ、まだ!?」

 

 痛みに顔をしかめつつ、樹はワイヤーを操って尻尾と板に絡み付かせてその動きを止める。園子は銀の前に出て傘状にした勇者の光の盾で光の矢から守る。そのまま突き進み、もう少しというところで銀は上に飛んで黒い楓に迫ろうとする。だが、そこまで来ても尚攻撃は止まらず、黒い楓の別の鏡から獅子座の小さな火の玉が1度に大量に吐き出された。

 

 「完成型勇者を……勇者部の勇者を、舐めるなああああっ!!」

 

 攻撃態勢に入っていた銀はその数もあって対処出来ない。樹と園子は間に合わない。だが、他の勇者なら間に合う。山羊座のレーザーを耐え抜いていた夏凜は頭部や口の端から血を流し、右側の巨腕2本がへし折れて使い物にならなくなっている。が、そんな状態でも可能な限り近付いてから左側の巨腕を振るって大量の小刀を飛ばし、味方に当てることなく火の玉だけを撃ち落としていく。

 

 「流石夏凜! これでええええっ!!」

 

 最早銀の行く手を阻むモノは何もなかった。銀は夏凜を称賛しつつ黒い楓に近付き、6本の巨腕を振りかぶってその手の2つの巨斧剣を振り下ろす。目標は黒い楓ではなく、その自己主張の激しい大きな鏡と小さな鏡達。それが天の神の本体、もしくは力の源であることは明らかだったからだ。

 

 だが、銀は何度目かの驚愕に目を見開く。板を放った鏡から、見覚えのある赤いハサミが銀に向かって伸びてきていたのだ。このままでは上半身と下半身を真っ二つに両断される。背筋に冷たいモノを感じ、銀は強引にでも体を横にずらし……だが、避けきるには少し足りない。

 

 (やべっ……切られる)

 

 その光景を、銀はスローモーションで見ていた。強引に避ける為に体を傾かせたことで巨斧剣の軌道は鏡から逸れてしまっている。なのにハサミは真っ直ぐ伸びてきていて、体を両断されることこそ無くなりそうだが……代わりに、その直線上には銀の振り上げていた右腕がある。このままでは右腕を切り落とされる……銀がそう思った瞬間だった。

 

 「だああああらっしゃああああっ!!」

 

 銀と黒い楓の間を、風の気合いの籠った声と共に異常な程に大きくなった大剣が通り過ぎた。それは延びていたハサミを切り裂き、ハサミはその軌道を大きくずらして銀の右側の巨腕の内1本を切り落としていった。九死に一生を得た銀。だが、引き換えに黒い楓がその間に銀から距離を取っており、攻撃のチャンスを逃してしまったことになる。

 

 再度集合する5人。だが、当初の頃よりも傷付き、疲労している。満開も、いつ解けてしまってもおかしくはない。そんな5人に追い討ちをかけるように、黒い楓は右手を天に向けて伸ばす。すると小さな鏡の1つが強く発光した瞬間、黒い楓の頭上に巨大な火球が生まれ……。

 

 「っ! 皆、避け……いや、受け止めるわよ!!」

 

 容赦なく、5人目掛けて放たれた。直ぐに避けるように指示しようとした風だったが、振り返った先に神樹の姿を見つけてしまう。避けた場合、神樹とそこに居るであろう友奈と美森、楓の体を火球が襲うことは明白。それに気付き、直ぐに受け止めるしかないと結論付け、仲間にもそう指示する。

 

 他の4人も風の意図に気付き、火球の前に出て受け止めようとする。風は大剣を限界まで大きくして盾に、樹はワイヤーを幾重にも張り巡らせて受け止める網を作り出し、夏凜は残った巨腕で風の大剣を押さえた。だが、以前の時よりも人数が少ない上に相手は更に強くなっているからか勢いが弱まらない。

 

 それを瞬時に把握した園子と銀は受け止めることから相殺することに変更。銀は巨斧剣を重ねて炎の剣を作り出して火球に向けて振り下ろし、園子は船に勇者の光を纏わせて不死鳥に変化させて火球に突撃する。

 

 それら全てがぶつかりあった時……再び、大きな爆発を引き起こすのだった。

 

 

 

 

 

 

 美森に殴られ、楓の眠るベッドの近くに倒れ込んだ友奈。涙は止まり、呆然と殴られた左頬に左手を当て、上を向いたまま動けずにいる。

 

 (……東郷さんに……殴られた……?)

 

 理解し、それでも信じられない気持ちで居た。そんな友奈の側に来た美森はその場に膝を着き、呆然としたまま動かない友奈を起こし、抱き締める。それは以前の時とは逆の姿勢で。

 

 「自分1人の命で、なんて……皆の為に犠牲になる、なんて言わないで」

 

 「東、郷……さん……」

 

 「私がそうした時、友奈ちゃんは……皆は私を助けてくれた。自分が助かったって分かった時……生きてて良かったって思った。こんなにも私のことを心配していくれてた人達が居たんだって……嬉しくなった」

 

 奉火祭の生贄として1人で結界の外に向かい、後に勇者部の仲間に助けられた美森。病院で目を覚ました時に彼女が見たのは……安心した表情で、美森が生きていて良かったと言葉にする仲間達。

 

 壁を壊した事に対するけじめのつもりだった。自分1人の命と引き換えに皆が助かるならそれで良いと思っていた。だが、いざ助けられたと知った時……生きて、また皆と共に居られると理解した時、美森は嬉しさの余りに涙した。こんなにも心配してくれていたのだと。命懸けで助けに来てくれる仲間が居るのだと。自分が生きていたことを……手を強く握って涙ながらに喜んでくれる人が居てくれるのだと。

 

 「友奈ちゃんの時も同じこと。皆、友奈ちゃんを犠牲にしない為に命懸けで戦ってる。友奈ちゃんが生きる為に全力で天の神に立ち向かってる。友奈ちゃんが犠牲になっても、誰も幸せになれない。友奈ちゃんが居ない日々なんて考えられない。もし友奈ちゃんが犠牲になってしまったら、私は躊躇い無く腹を切って後を追うわ」

 

 「で、も……そうしないと……私は、それしか出来ない、から……」

 

 「もう聞きたくない。それしかないとか、そうしないといけないとか……そんなことは聞きたくない。ううん、私も、皆も誰も聞かない。友奈ちゃんが犠牲になろうとしても何度でも邪魔してやる。私は、私達は、友奈ちゃんと一緒に居たいから。貴女に生きていて欲しいから」

 

 「だけど……だけど! そうしないと皆!!」

 

 「聞かない!! 絶対に、聞いてなんかやらない!! 私が友奈ちゃんの口から聞きたいのはそんな言葉なんかじゃない!!」

 

 「っ!?」

 

 美森に怒鳴られ、友奈は肩を跳ねさせる。彼女にこうして大声で怒鳴られることなど、出会ってから今まで数える程しかない。それだけにこれはショックな出来事であり……それで言葉が止まってしまう友奈の気持ちよりも、美森の気持ちの方が強いということでもある。美森は友奈の両肩に両手を置き、少し体を離して顔を見合わせる。

 

 「私を独りにしないって楓君と2人で言ってくれたのは嘘だったの!? それしかないから、それしか出来ないから! 犠牲になれば私達と2度と会えなくなるのに!! それで皆が助かったとしても、その未来さえ見られなくなるのに!! 本当にそれが友奈ちゃんのしたいことなの!? 本当にそれが友奈ちゃんの気持ちなの!?」

 

 「ぁ……わ、私は……わた、し、は……」

 

 「私達は絶対に幸福(しあわせ)になんてなれない!! 楓君だって、絶対にそんなこと望まない!! 絶対に……そんなことさせる為に、楓君は天の神から友奈ちゃんを助けた訳じゃない!!」

 

 「う……あぁ……」

 

 「友奈ちゃんが居ないのは寂しいよ! 辛いよ! 悲しいよ! 友奈ちゃんはそうじゃないの? 私も皆もそうなのに、友奈ちゃんはそうじゃないの!?」

 

 「……私、だって……私だって……っ」

 

 「だったら、犠牲になるなんて言わないで! 自分の命を犠牲にすれば皆が幸せになれるなんて言わないで! お願いだから本当のことを言ってよ!! 世界なんてどうでもいいから、それしか出来ないからとか、自分にしか出来ないとか、そんなことは……どうでもいいから……だから……」

 

 

 

 

 

 

 「生きたいって……一緒に居たいって言ってよ……友奈……っ!」

 

 

 

 

 

 

 「……居たい……皆と一緒に居たい。楓くんと、東郷さんと、風先輩と、樹ちゃんと、夏凜ちゃんと、園ちゃんと、銀ちゃん……皆と一緒に生きたい! もっと皆と部活したり、遊んだりして、一緒に過ごしたいよ!!」

 

 叫ぶ。

 

 「死ぬのは怖いんだ! でも皆と離れるのはもっともっと怖い! 怖いよ! 皆とずっと一緒に居たいんだ、皆と一緒に生きたいんだ!!」

 

 心の底からの思いをただ、叫ぶ。

 

 「なんで私なの!? 私はただ、皆と普通に過ごせるだけで良かったのに! その為に一生懸命頑張って、恐くても戦って、やっと終わったと思ったら天の神なんて出てきて! 楓くんが私のせいで捕らわれて!!」

 

 結城 友奈は、勇者に憧れているただの女の子なのだ。自分よりも他人を優先しがちで、その為なら恐怖を飲み込める……言ってしまえばそれだけの、普通の16にも満たない中学生の。

 

 「嫌だよ……もう、嫌なんだ……誰かと別れるのは、離れ離れになるのは……会えなく、なるのは……嫌だよぉ……!!」

 

 「……やっと……言ってくれたね……友奈」

 

 「うああああん!! ひっ……ぅぐぅ……うええええん!! うああああっ!!」

 

 「それでいい……それでいいの……私達は友達だから。友達には、仲間には、本音を叫んでいいの」

 

 もう1度、美森は泣き叫ぶ友奈を抱き締める。ようやく伝わった、ようやく伝えてくれた本心と一緒に、優しく。

 

 気持ちは同じだった。生きたいと願ってくれた。本心を覆い隠していた建前を脱ぎ捨てて、心の底から叫んでくれた。それが何よりも嬉しい。

 

 だが、喜んでばかりも居られない。こうして話している間に2度、大きな爆発が起きたことを美森は把握している。戦いはまだ終わっておらず、仲間達の安否も分からない。友奈が犠牲になる心配が無くなった以上、自分も戦線に加わらなくてはならない。

 

 「友奈……私は、皆と一緒に戦ってくる。だから、今度こそ待っていて。私達は絶対に……天の神に打ち勝つ。絶対に、楓君を取り返すから」

 

 「ぐすっ……ごめん、ごめんなさい東郷さん。私も戦えたら……私も皆と、戦いたいよ……1人で待つのは、怖いよ……」

 

 「友奈……」

 

 

 

 ― 戦えるとしたら、どうする? ―

 

 

 

 美森が友奈から離れ、友奈が泣きながら戦えないと、一緒に戦いたいとそう言った時、彼女の耳にそれは届いた。思わず友奈はその声の方向……神樹の方を向き、美森も釣られてそちらへ目を向ける。

 

 「神樹、様……今、なんて……」

 

 「神樹様? 友奈、神樹様がどうしたの?」

 

 「どうしたのって……そこに、私そっくりの神樹様が……」

 

 「……ごめんなさい。私には楓君が眠ってるベッドと神樹様の本体の大木しか見えないわ」

 

 「嘘……で、でも確かにそこに」

 

 ― 私の姿はあの人と貴女にしか見えてないよ。それよりも……戦えたら、どうする? ―

 

 美森には友奈によく似た着物を着た少女が見えていないことを知ると、友奈は何度も美森と少女……神樹を見る。そんな彼女に神樹は苦笑し、再び真剣な表情になって同じことを聞く。勿論、友奈の答えは決まっていた。

 

 「……戦えるなら、戦う。皆と一緒に、天の神と」

 

 ― それは、何の為? ―

 

 「楓君の魂を取り返す為に……また、皆と一緒に生きる為に。当たり前の日常を、また過ごす為に!」

 

 ― 世界が終わるかもしれないよ? ―

 

 「終わらせない!! 皆が一緒なら、どんな相手だって勝てるんだ!! どんなに大きくても、どんなに強くても!! 勇者だからじゃない。大事なモノの為なら、大切なモノの為なら限界まで頑張れるんだ。限界だって越えられるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 「私達は、人間は、天の神になんて負けないんだ!! 天の神に勝って、皆で幸福(しあわせ)な日々を生きていくんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 ― ……うん、信じるよ ―

 

 友奈の気持ちを、彼女の言葉を聞いた美森の決意に満ちた表情を見て、神樹は満足そうに頷く。そして友奈達の足下から満開の時にも見たことがある光の根が伸び、楓の枕の横に置いてあったスマホに絡みつき、友奈の前に持ってくる。何故ここにスマホがあるのかと言えば、何ということはない。神託で楓の体と共に持ってくるように伝えておいただけのことだ。

 

 「これは、楓くんの……?」

 

 ― あの人の持っていたそれを使えば、貴女は変身出来る。私が直接勇者の力を繋ぐことで、変身出来るようにする。これで貴女は戦えるようになるよ ―

 

 「ありがとう神樹様! あ、でもロック掛かってる……ど、どうしよう東郷さん! 私、解除方法なんて知らないよ!?」

 

 「貸して、友奈。これはここをこうこうで……」

 

 「あ、開いた。ありがとう東郷さん!」

 

 「どういたしまして」

 

 (別に私の力でも解除出来たんだけど……というかなんで解除出来るんだろうこの子)

 

 勇者達が使うスマホには神樹との霊的なパスを繋げる為の特殊な加工がされている。その為、神樹の方からある程度操作可能だったりする。樹海化警報もその応用だし、以前楓が病院にて養父を撃退する為に変身する際にスマホが起動していたのもその為だ。

 

 楓のスマホを受け取り、美森にパターンロックを解除してもらった友奈。2人はスマホのホーム画面を見て一瞬驚き、嬉しさを滲ませる。そこに写っていたのは、旅館に泊まった時に撮った3人だけの秘密の写真だったからだ。

 

 お互いに顔を見合せて笑いながら頷き、友奈は眠る楓の右手に左手を伸ばして乗せ、美森はその上から手を乗せて軽く握る。今度は、その手は弾かれることはなかった。今度は、その手を握ることが出来た。

 

 「楓くん……力を貸してね」

 

 そう呟いた友奈が右手に持ったスマホの勇者アプリを右手の親指でタップする。スマホから光が溢れ、それは3人の姿を覆い隠した。そしてその光が収まった時……普段の勇者服とは違う友奈の姿があった。

 

 勇者服自体は本来の友奈のまま。だが、スパッツやインナーを除いて全てが真っ白に染まっていた。髪も頭頂部は桜色だが、毛先に行くほど白くグラデーションが掛かっている。ポニーテールを留める髪飾りは白い花菖蒲の形で、両手の手甲の上に楓の特徴でもあったひし形の水晶。右手の手甲に桜の満開ゲージが。そして左手の水晶の上の部分に白い花菖蒲の満開ゲージ。その両手の満開ゲージが輝き、友奈に樹海から光の根が集まり……。

 

 

 

 「楓くんと私の2人分の……“満開”!!」

 

 

 

 これまでのどの花よりも大きな……先に咲いた白い花菖蒲と重なるように、桜が咲き誇る。それは桜を、花菖蒲が後ろから抱き締めているようでもあった。




原作との相違点

・私達は原作を忘れてはいけない。それこそが原作が生きていたことの証になるのだから……。



という訳で、人影の正体発覚、東郷パンチ、勇者部奮闘、友奈説得完了、友奈覚醒というお話でした。色々詰め込みすぎた気がしなくもないですが、原作もこれくらいかこれ以上にスピーディーだったからへーきへーき。

楓のスマホを使って友奈が変身。これは予想していた人が多そうですね。実のところ、わすゆ編の時点で決めていたことでもあります。尚、友奈の満開ゲージが右手、楓の満開ゲージが左手(の水晶の上の部分)だったのは意図して居ませんでした。偶然ってスゴいね。

……ネタバレになるんですが、最初のうたわれるものでは最終的にその作品での神となった主人公が仲間達と戦うことになるんですよ。プレイヤーが操作するのは仲間達。クリアするには主人公を倒さねばならない、所謂主人公がラスボス。それ以外にクリアする方法はありません。で、皆様。

う た わ れ る も の は 好 き で す か ? ←

あ、この質問には特に意味は無いです。残り数話となった本編、もうすぐ書くDEif最終話を宜しくお願いいたします。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 19 ー

お待たせしました。更新速度上がんない……上がんないよ……それさておき、皆様いつも誤字脱字報告ならびに多くの感想ありがとうございます(´ω`)

fgoのセイバーウォーズお疲れ様でした。災厄さんは来てくれましたが、スペシュタルは来てくれませんでした。次のスカディ狙います。

ゆゆゆいもきらめきの章に新イベにと大忙しですね。バスタオル棗と友奈、アイドル銀ちゃんにハートブレイクされた人、素直に手を上げなさい。私だよ←

きらファンでサバゲーうみこさん来てくれました。進化前も進化後もかっこよすぎかこの人。

リクエストや感想で度々西暦組と楓君の絡みやのわゆの話を求められます。漫画しかないので書かないつもりなんですが……番外編でチラッと書くくらいならいいかなと思い始めてきました。これが洗脳か(多分違う

ところで皆様、神奈様のことをなんて読んでます? カミナ? カンナ? シンナ? 私はカミナ派です(派閥争い


 「そうですか……まだ神婚が行われた様子はないと」

 

 場所は代わり、現実の世界。勇者達が去り、天の神がやってきてからしばらく経った頃。未だ病院の楓達が居た病室に居る友華はスマホを耳に連絡を受けていた。曰く、本来なら既に神婚が成立し、神樹の一部となっていたハズだった。だというのに、未だにその兆候は現れていないと。

 

 その連絡を聞いて通話を切った後、友華は窓の外の風景を見ていた。今、空に天の神の姿はない。姿を現してから数分程で霧のように消えていた。恐らくは神樹が樹海化したことでその空間へと勇者達ごと移動させたのだろうと予測する。だが、今回はいつもとは勝手が違うらしい。

 

 「っ……また地震ですか。これは今、勇者の子達が戦っているということなのでしょうね」

 

 現実世界では断続的に地震が起きていた。空も赤い空間が穴空きのように見えたままで、地震の影響か建物の一部が崩れたり地面にヒビが入ったりしているらしい。幸いにも死者こそ報告に上がっていないが、重軽傷を負った人間が両手の指では足りない程出始めている。

 

 つまり、現実世界は樹海での戦いの影響をリアルタイムで受けている可能性があった。それ即ち、普段と違って樹海での戦いは()()()()()()()()()()ことを意味する。それも力の差が開いたことが理由なのだろうが、現実世界がバトルフィールドとならなかっただけまだマシなのだろう。

 

 (神婚が行われていないということは……勇者の子達が結城さんを止めたのか、それとも私の想像とは違って()()()()()()()()()()()()のかしらね)

 

 思い返せば、大赦の巫女が受け取った神託は楓を端末事連れてくるように、友奈を連れてくるようにとのことで神婚については触れられていなかった。それをタイミング的にそうに違いないと、巫女を含め大赦の上層部は早とちりしたのだろうか。友華はそう予想した。

 

 しかし、それを確認する術はない。神樹の意思を聞くことは出来ないのだから。友華が、大赦が出来ることは樹海に干渉出来ない以上何も無い。強いて言うならば、勇者達の勝利を祈ることくらいだろう。

 

 今頃、神婚成立を前提として動いていた大赦の人間、上層部の者達は一向に始まらない神婚に混乱していることだろう。本来なら友華もその1人なのだが、不思議と今は落ち着いていた。それは少し前に勇者達の決意を聞かされたからか……それとも、元々友華個人としては神婚に然程乗り気ではなかったからか。

 

 (……きっと、これが勇者になれる子供達と勇者になれない大人達の違いなのでしょうね)

 

 世界の為に動いてきた大赦。それには決して言葉に出来ない、後ろ暗いことだってしてきた。世界の為に、人類の為に。滅びを先延ばしにし、小を切り捨て大を取り、勇者という本来なら加護されるべき子供達を死地へと送り続けてきた。

 

 思うところはある。決して、嬉々としてやってきた訳ではない。それしか方法が無かった。それ以外に取れる手段など無かった。300年考え続け、模索し続け、それでも見出だせなかった。いつしか現状を維持し続けることがやっとになり、天の神を倒して未来を手にすることがどれだけ無謀であるかを悟り……遂には神婚をするしか、未来を諦めるしかない所まで来てしまった。

 

 だが、それは大人達の考え。いつだって子供達は、勇者達は未来の為に戦い、未来を諦めることもなかった。当代の勇者達は特にその気持ちが強い。世界の真実を知りながら、散華で夢を失いかけながら、死にそうになりながら……そうして幾度と絶望を前にしながら、それでも未来を目指して戦っている。

 

 大人は、大赦は現実的だ。だから不確定な方法を取るよりも確実な神婚という手段に出た。未来など、もう目指せないと諦めた。この先に未来など無いと……諦めてしまった。それでも勇者達は天の神を倒すという不可能に等しい手段を取った。そして……神樹は、神婚よりも勇者達に手を貸すことを選んだのだろう。

 

 (なら……神樹様を崇め奉る大赦の人間として、それを受け入れるべきなのでしょうね。そもそも今の私達に出来ることはないのですし……それに)

 

 そう、何も出来ることはない。大人は戦えない。止まった時間内を動くことが出来ない。樹海化に巻き込まれることもない。肉眼で樹海化を見ることも出来ないし、その身で戦いの空気を感じることも出来ない。戦いが始まった時点で、勇者以外の人間に出来ることはないのだ。

 

 だが、今は祈るくらいは出来る。勇者達の無事を、勇者達の勝利を。滅びるか、未来を得るかは全て勇者達次第。そう考えながら、友華は祈るように両手を組んで目を閉じる。

 

 (私も……未来は欲しいのですから。夢だって出来てしまいましたからね。具体的には死ぬまでに義理の息子のお嫁さんを見て孫を貴景さんと抱きたい……)

 

 

 

 

 

 

 「ぅ……ぁ……っ」

 

 か細い声を漏らしながら、気絶していた風は気が付いた。気絶していた時間はほんの数秒程度。体を起こそうとした風の体中に痛みが走り、火球を受け止めたせいか手足や頬に少しの火傷もしている。それらに耐えつつ両手を着きながら起こし、辺りを見回して絶句した。

 

 周囲の樹海は焼け焦げて勇者服の上からでも熱いと感じる程の熱気を放っており、現実世界に及ぼす影響は想像も出来ない。それ以上に、仲間達の状態が問題だった。

 

 「樹……夏凜……ぎ、い、うぅぅぅぅっ!」

 

 元々打たれ弱い樹と5人の中で1番ダメージを負っていた夏凜の2人は、さっきまでの風と同じように焼け焦げた樹海の上で気絶していた。咄嗟に立ち上がって駆け寄ろうとした風だったが、右足に走った激痛で駆け寄るどころか立ち上がることも出来なかった。

 

 涙目になりつつ自分の右足に視線を動かして見れば脛の辺りから変な方向に曲がっている。誰が見ても折れていることは明白だった。しかも満開が解けており、すぐ近くにあった大剣には大きな亀裂が走っている。火球を真っ向から受けたのだ、折れたり溶けたりしなかっただけマシなのかもしれない。

 

 そう、最大の切り札である満開が解けてしまっていた。樹も、夏凜も。つまり、精霊バリアを張ることは出来なくなり、上空に存在する天の神へ接近する方法が著しく制限されてしまった。

 

 「ぐ……園子と銀は……」

 

 痛みに顔をしかめつつ2人を探すと、3人から少し離れた場所にその姿を見つけた。流石は先代勇者と言うべきだろうか、3人とは違って立っており、その顔は上空の黒い楓へと向けられている。しかし……園子は槍を、銀は斧剣を杖にしてようやくと言ったところ。しかも銀に至っては2本あった斧剣の1つが半ばから折れていた。無論、2人の満開も解けてしまっている。

 

 正しく満身創痍。満開の仕様が変わってしまっている今、攻撃をしたり防いだりすることで満開ゲージを溜めることも出来ない。精霊バリアによる防御も無い。自由に動くこともままならず、空を飛ぶ相手への攻撃手段も少ない。

 

 対して、黒い楓は無傷だった。園子の攻撃によって割れた4枚の鏡はそのままだが、本人には汚れ1つ存在しない。満開時の宮司服に似た衣装をはためかせ、無感情に5人を見下ろす黒い楓。圧倒的、絶対的とすら言えるその力の差は、はっきりと示されていた。

 

 「……それ、でも……まだやれるわよ」

 

 「フーミン、先輩……うん、そうだよね~」

 

 「ああ……あたしらは、まだやれる。勇者は、気合いと根性だ。まだ動ける……まだ、戦える!」

 

 「……う、あ……お姉……ちゃん?」

 

 「っ……寝てたみたいね……」

 

 大剣を杖代わりに、風は立ち上がる。左足1本かつ右足に負担がいかないように大剣に体重をかけている状態だが、それでも立った。立って、黒い楓を……その向こうに浮かぶ天の神らしき物体を睨み付け、はっきりと口にする。

 

 まだやれる。まだ立てる。まだ、戦える。園子と銀も同意しながら前を、上を向く。少し遅れて気が付いた樹と夏凜もよろよろと立ち上がり、3人と同じように天の神を睨み付けた。

 

 ……勝ち目など、無いだろう。満開しても勝てなかった相手に、傷付いた体で満開も無く勝てる訳がない。誰もがそう思う。誰もが理解出来る。だが、5人の目に諦めの感情は浮かんでいない。未来を諦めたりしていない。その戦意は、少しも薄れていない。

 

 そんな5人を見下ろしていた黒い楓だったが……やがて、興味を失ったように視線を外した。その視線の先にあるのは……神樹。数秒の間を置いて1枚の鏡が強く発光。黒い楓の前に光が収束していく。それは獅子座が放つレーザーの準備でもあり、かつてそれを見たことがある園子と銀が慌てる。

 

 「ヤバい! 獅子座のレーザーが来る!!」

 

 「っ、体が……」

 

 「少し、でも……雲外鏡……お願い!」

 

 それが来ると分かっていても、肝心の体が動かない。至近距離の火球の爆発のダメージはあまりにも大きい。そんな中で動いた……動けたのは樹だった。雲外鏡の力を使い、黒い楓と神樹の間に緑色の光の壁を作り出して盾としたのだ。それをレーザーが発射されるまでに幾度と繰り返し、二重、三重、四重と続けて作り出していく。

 

 だが、無慈悲にも放たれたレーザーは光の壁などなかったように砕き、その勢いと威力を衰えさせることなく一直線に神樹へと向かっていった。5人の視線が神樹の方に向かい、最悪の想像をしてしまう。そんな時だった。

 

 

 

 神樹の前に巨大な白い花菖蒲と桜が咲き誇り、レーザーを受け止めてそれが消えるまで神樹を守りきった。

 

 

 

 「……間に合ったのね、東郷」

 

 「あ……皆さん! あれ! あれ!」

 

 「大声出さなくても分かってるわよ樹……」

 

 「園子……さっきのって!」

 

 「うん……ゆーゆとカエっちの……!」

 

 風の安堵の声。樹の涙目になりながらの興奮気味の声。夏凜の呆れと喜色が混じった声。銀の少しの困惑と大きな希望が内包された声。そして、園子の全てを言葉にし切れない思いの詰まった声。

 

 

 

 「うぅぅぅおぉぉぉぉおおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 それらの声に答えるように、雄々しい声と共に2輪の巨大な花の中心からやってくる黒い小さな影。徐々にそれは大きくなり、5人の目にはっきりとその姿を映し出す。本来の桜色の満開服のカラーリングが白に変更され、2本の巨腕にそれぞれ5つずつ、まるでブレスレットのように大きな水晶が付いている。そして、前髪の飾りが桜色の花菖蒲という姿に変わった……満開した姿の友奈を。

 

 「満開! 勇者ああああ! パアアアアンチッ!!」

 

 友奈は速度を落とすことなく右の巨腕と右手を引き絞り、突き出しながら黒い楓目掛けて進む。黒い楓は山羊座の光弾、水瓶座の水流、射手座の大量の光の矢で迎撃する。巨腕に光弾が、水流が、光の矢が次々とぶつかり……それらをまるで意に介さず、勢いを衰えさせることもなく、友奈の一撃は黒い楓へと迫った。

 

 迎撃が無駄に終わったことに対して特に表情を変えることもなく、黒い楓は蟹座の板を6枚全てを六角形を描くように重ねて防御する。ぶつかり合う拳と板の勝敗は、拳が板を全て破壊したところで決着。だがその間に黒い楓は後退しており、勇者パンチが当たることはなかった。

 

 「外した!? くぅぅぅぅっ!!」

 

 攻撃が失敗したことに驚いた後、友奈は直ぐに2つの巨腕を前に出して×字に重ねる。すると巨腕の水晶が2つずつ動きだし、友奈の前に正方形の壁を作り出した。その直後、獅子座の小さな火球と射手座の槍のような矢が同時に迫ってきた。矢が壁に直撃し、大きく下の方に後退した友奈に更に火球が迫り、それらも壁に直撃。結果、地面すれすれまで強制的に下がらされた友奈だったが、白い光の壁は健在。

 

 「全砲門、一斉射!!」

 

 友奈への攻撃が止まった後、友奈が飛んできた方向から8つの青い光の砲撃が黒い楓へと向かってきた。それは正面8方向から迫り、黒い楓はそちらへと視線を向けて光弾と小さな火球を飛ばし、相殺していく。

 

 相殺されたことで生まれた爆煙。その爆煙の中から、小型の自律行動する機械が4つ飛んできた。それは黒い楓に近付くとジグザグとそれぞれが動きながら細くも威力のあるレーザーを放つ。しかしそれは黒い楓が蠍座の尻尾をさながら鞭のように動かすことで防ぎ、更にはそのまま打たれて破壊される。

 

 「東郷さん! 前に楓くんとやってたみたいに!」

 

 「ええ! 友奈!」

 

 その間に近付いていた満開状態の美森。その上に友奈が陣取り、そんな会話の後をする。思い出すのは総力戦の時、楓と美森の2人が行った攻撃。

 

 美森の満開の全ての砲門が黒い楓へと向く。友奈は楓のように水晶全てを同時に動く様を想像して操作することなど出来ない。だが、()()()()()()()()()姿()()()()()()ことは出来る。友奈の巨腕に付いていた水晶10個全てが離れ、彼女が想像した通りに美森の周囲に配置され、尖った部分が黒い楓へと向く。

 

 「「せーのっ!!」」

 

 そして同時に放たれる、10の白い光のレーザーと8つの砲撃。放った後も連続して放ち、黒い楓を攻撃する。無論、撃たれっぱなしの黒い楓ではない。火球で、光弾で相殺し、水流と大量の光の矢で直接2人を狙おうとする。

 

 「おおおおりゃああああっ!!」

 

 「届いて! やああああっ!!」

 

 その直前、炎を纏って回転しながら飛んできた斧剣が水流を放っていた鏡に迫り、紫色の光を纏った槍が光の矢を放っていた鏡に迫る。それは力を振り絞った銀と園子が投げたモノであった。友奈と美森の攻撃に集中していた為か黒い楓はその2つが迫ることに気付かず、気付いた頃には既に遅い。斧剣と槍は狙った鏡に直撃し、カシャンッと高い音の後に落下。鏡に突き刺さるようなことは無かったが、直撃した鏡にはヒビが入り、力が感じられなくなる。

 

 だが、武器を手放して無防備になった2人を黒い楓は見逃さない。無事な鏡から蠍座の尻尾を出し、2人目掛けて伸ばした。満身創痍の中で武器を投げたせいか、2人が動く様子はない。このままではその鋭い針に貫かれる……しかし、そうはならなかった。

 

 「させませんっ!」

 

 「っ、サンキュー樹!」

 

 「おっとと……ありがとね、イッつん」

 

 樹がワイヤーを伸ばして2人の体に巻き付け、自分の方へと引き寄せた。それにより、尻尾による刺突は空振り、引き寄せられた2人は少しフラつきながらも何とか着地する。だが、やはり無理に動いたせいかその場で両膝と手を着いてしまう。更には尻尾が樹を狙って伸びてきていた。

 

 「っ!? ぁ……」

 

 「樹!」

 

 「イッつん!」

 

 瞬間、樹は動けそうにない2人を守るべく雲外鏡の力で緑色の光の壁を作り出す。それは尻尾の刺突を受け止め……数秒の間を置いて砕け散り、衝撃で2人の元まで吹き飛ばされる。痛みに顔を歪め、はらはらと舞う壁だった緑色の光を見てか細い声を漏らす樹に、容赦なく尻尾の針が伸びる。

 

 「させるかああああああああっ!!」

 

 妹のピンチに、風は左足だけで跳躍して間に入り、刺突を地面に刺して固定した大剣の腹で受け止める。着地と刺突を受け止めた衝撃で右足に激痛が走るが根性で押さえ込み、耐える。

 

 「お姉ちゃん! ダメ!」

 

 「ぐ……風さん!」

 

 「フーミン先輩! それ以上は剣が保たないよ!」

 

 「それでも、退くわけにはいかないのよ!!」

 

 動けない妹と後輩2人を背に、風はひたすら耐える。彼女達が動かない、動けない以上は守るしかない。友奈と美森は黒い楓と相殺し合っていて動けない。むしろ2人が相殺し合っているからこそ尻尾だけで済んでいる。夏凜もさっきまで動くに動けなかったようだが、今は風を助けるべく4人に向かおうとしていた。

 

 だが、その間にも刺突を受ける度に大剣のヒビが大きくなっていく。勇者の武器の中でも特に風の頑丈な大剣。自分と仲間の身をいつだって守ってきた風の自慢の矛にして盾。

 

 「アタシが……あんた達を守ってみせる!!」

 

 姉として、先輩として、年長者として。これ以上家族を失ってなるモノか。仲間を死なせてなるものか。天の神に、よりによって愛する弟の姿をした奴なんかに。風はその思いで、耐えて、耐えて、耐えて。

 

 

 

 しかし、遂に大剣に限界が訪れ……刀身が粉々に砕けた。

 

 

 

 (あ……死ぬ)

 

 風には刀身を貫き、砕き、迫り来る針がはっきりと見えていた。このままでは針は自身の腹部を大剣よりもあっさりと貫くだろう。そしてそれはきっと、後ろに居る3人の体も。明確な死の予感。守りきれなかった絶望。その2つが同時に彼女の心に襲い掛かり……そんな状態の彼女だからこそ、ソレはよく見えた。

 

 (……えっ?)

 

 真っ直ぐに進んでいたハズの針。それが、風を避けるように右へ動いていくのを。一瞬浮かぶ疑問。しかし、このままではど真ん中とはいかずとも脇腹に刺さってしまう。針自体の大きさもあるので致命傷に変わりはないだろう。

 

 「っっ!!」

 

 そうはさせないと、声を出す間も惜しんで針の側面に突っ込んだ夏凜が力の限り手の2刀で切りつける。それは針を大きく動かし、風から逸れて地面に突き刺さった。大剣が砕け、針が剃れたところを見て半泣きになった樹が動けるようになった瞬間、許さないとばかりにワイヤーで尻尾を締め上げ、そのまま力を入れて断ち切った。

 

 (今、針が……)

 

 「お姉ちゃん! 大丈夫!?」

 

 「風! 生きてるわね!?」

 

 「え、ええ。大丈夫、生きてるわよ」

 

 「フーミン先輩、守ってくれてありがとう」

 

 「助かりました風さん……須美と友奈は?」

 

 ヘタりこんだ風の後ろから樹が抱きつき、焦った様子の夏凜が前に立て膝を着いて肩に手を置いて揺さぶる。針の軌道を思い返していた風は少し反応が遅れたものの頷き、歩いてきた園子と銀が礼を言う。その後に彼女が呟いた声に、5人が同時に2人の方へと顔を向けた。

 

 5人が危機を脱した頃、2人の方にも戦況に変化があった。水流、光の矢を放っていた鏡を割られて攻撃手段が減った黒い楓。それでも2人の18のレーザーと砲撃を光弾と火球で相殺していたが、目に見えてその弾数が減っているのだ。

 

 「東郷さん、攻撃が……」

 

 「ええ、減ってる。これくらいなら私だけでも……行って、友奈!」

 

 「うん! うおおおおっ!!」

 

 少なくなった攻撃は最早自分だけでも充分だと判断した美森はそう言い、友奈はその言葉を受けて水晶を戻して黒い楓に向かって突撃。減ったとはいってもまだまだ光弾と火球は飛んでくるが、宣言通り美森だけでも充分に相殺出来た。

 

 黒い楓に近付きながら引き絞られる右の巨腕。そしてその手が届く距離になった時、黒い楓目掛けて突きだされ……その直前、背後の1つの鏡が強く発光し、ピンク色の卵のようなモノ……乙女座の爆弾が射出される。その爆弾と友奈の巨腕が接触し、2人の間に大きな爆発が起きた。

 

 「くぅぅぅぅっ!」

 

 「友奈! っ、満開がもう……!」

 

 爆発によって風達のところにまで吹き飛ばされる友奈。爆発に巻き込まれたのを見て心配そうな美森の声が響くが、彼女の満開の戦艦も端から花びらとなっていっている。満開が終わってしまうと理解した美森も満開が続いている内に5人の元に向かい、辿り着いて飛び降りたところで丁度満開も消えた。

 

 「東郷……友奈」

 

 「風、先輩……皆……」

 

 ようやく近くに集まった7人。代表するように風が声をかけると、友奈も少し涙声になりながら顔だけ振り返り、呟くように返す。

 

 「言いたいことはあるけど……ま、それは全部終わってからよ」

 

 「風先輩……はい!」

 

 「終わったら覚悟しなさいよ友奈。終わったら勝手に決めた罰として腕立て500回、スクワット3000回、腹筋10000回、それから……楓さんのお叱りをうけさせるから」

 

 「私死んじゃうよ!?」

 

 3人のやり取りに思わず全員が笑みを浮かべ、和やかな時間が流れる。だが、それも数秒程。直ぐに真剣な表情を浮かべ、これまでの猛攻が嘘のように静かな黒い楓を見上げる。

 

 何故か動きを止めている黒い楓。爆風を間近で受けたからか、ようやくその体に汚れの1つをつけることが出来ている。小さな鏡も6枚割られており、大きな鏡を除けばようやく半分。対して7人は友奈と美森以外が満身創痍、風に至っては武器も失っていて右足も折れている。切り札である満開も友奈以外使いきってしまった。

 

 改めて確認せずとも状況は絶望的。だが、それでも諦めという言葉も感情も7人は無かった。そんな中で、唐突に友奈が口を開いた。

 

 「風先輩……楓くんが真っ黒です!」

 

 「今更!? それを今更言うの友奈!?」

 

 「黒髪の楓君……やはり日本男児足るもの、髪色は黒よね。私とお揃いで個人的にはとても良いわ!」

 

 「あんたもか東郷! 楓はアタシ達と同じ髪色しか認めないわよ!!」

 

 「さっきも似たようなことしたよね~」

 

 和やかを通り越してユルい空気が流れる。だが、7人の視線は黒い楓から動いていない。空気は緩んでも気が抜けている訳ではないのだ。

 

 

 

 「……っ」

 

 

 

 そうして居ると、黒い楓が急に項垂れるように体を曲げ、右手を顔へとやった。それはまるで苦しんでいるようにも見え、7人の顔に困惑の表情が浮かぶ。いったい何が起きているのか、より黒い楓を注視して一挙手一投足を見逃さないようにし……勇者に変身したことで上がった視力は、その変化をハッキリと捉えた。

 

 僅かに見えている黒い楓の左目。それが、赤黒く毒々しい色と普段の楓の緑色の瞳の交互に変化していることを。

 

 「……目の色が……変わってる?」

 

 「……楓、くん?」

 

 「楓? 楓! “そこ”に居るの!?」

 

 黒い楓は天の神が作り出した偽物……それが勇者達の考えだった。元の体は今は神樹の元にあるし、連れ去れたのは魂なのだからその考えは間違いではない。ただ……考慮していなかった。いや、そんなハズはないと無意識に思いたかったのかもしれない。

 

 風が言った“そこ”に……黒い楓の中に連れ去れた楓の魂があり、ある意味で本当に楓と戦っていた等と言うことは。だが、あの黒い楓に楓の魂があるとすれば。

 

 (針がアタシを避けるように動いたのは……楓が何とかしようとしてくれたから?)

 

 (途中から攻撃の頻度が減ったのは、楓君が何とかしてくれたから?)

 

 (今苦しんでるのは……楓くんが、中で戦ってるから?)

 

 風と美森、友奈の頭の中で先の攻防と現状の理由が付けられていく。そして、同じ答えに辿り着く。あの黒い楓……もしくは、大きな鏡の中に楓の魂があるのだと。魂となっても……楓は今、共に戦ってくれているのだと。そう思うと、美森は自分の体が動き出すのを止められなかった。目の前に楓の魂を宿すモノが在ると思ってしまったから。

 

 「楓君っ!!」

 

 満開が消え、空を飛べないことを忘れたかのように美森は黒い楓に向かって跳び、手を伸ばす。その手で魂に触れられないとしても……伸ばさずには居られなかった。

 

 大切な人なのだ。ずっと隣に居たいと思うほど、大切な。傷だらけで横たわる彼を見るのはもう嫌だった。世界と彼を天秤に掛けたなら、間違いなく彼へと傾く。それほどに大事で、大切な。その彼がそこに居る。直ぐ近くに居る。届かないと頭で理解していても……動かずには居られないのだ。

 

 「楓くんっ!!」

 

 その美森を、泣きそうな声で名前を呼びながら友奈が追い越していく。美森よりも速く、美森よりも高く。彼と同じ白い勇者服に身に纏い、真っ直ぐに向かっていく。

 

 やがて、美森の体は失速し、落下を始める。満身創痍故に黒い楓に向かっていく2人を見上げることしか出来ない5人と同じように、彼女もまた友奈の背を見上げることになる。

 

 「友奈……楓君を……っ」

 

 「友奈……!」

 

 「友奈! 頼んだわよ!」

 

 「友奈さん! お兄ちゃんをお願いします!」

 

 「ゆーゆ……」

 

 「頼んだぞ、友奈!」

 

 美森が着地する。仲間達から声援が上がる。友奈の近くに夜刀神が現れ、彼女の手が苦しんだまま動かない黒い楓に触れる。それらが同時に起こった時。

 

 

 

 

 

 

 ― ……また来たんだ。後ちょっとだったのになぁ…… ―

 

 

 

 

 

 

 気がつけば友奈は、3度目となるあの空間に来ていた。

 

 「……あれ? なにこれ!?」

 

 但し過去2回とは全く違って植物が生い茂り、大小様々な動物が大量に居て……それを見た友奈から、驚愕の声が上がるのだった。




原作との相違点

・バカな、ここにあった原作の遺体が……まさか、生きていたのか……?



という訳で、風先輩達大ピンチ、ローアイアスからの満開勇者パンチ、ハイマットフルバースト(2回目)、3度目の正直というお話でした。ちょこちょこネタ挟んでますので、わかる人はニヤリとしてくれたら嬉しいです。

さて、いよいよ最後まで後2つ3つといったところです。なので、次回は本編ではなく番外編……そう、DEifの最後の予定です。本編完結を焦らすつもりではありませんが、先にこちらを終わらせた方が個人的にすっきりしますので。

本編完結後も蛇足という感じで書くのが決まっているゆゆゆい編ですが、DEifのように戦闘控えめにするかがっつりストーリー沿いで戦闘もするかでちと悩み中。キャラが倍以上多くなりますしね。楓とも色々絡ませたいですし……悩みどころです。戦闘書くのは楽しいんですがね。過去作も本作もめっちゃ楽しんでますし。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 花結いのきらめき ー DEif終 ー

お待たせしました。予定よりも凄い長くなったのでかなり時間が掛かってしまって本当に申し訳ないです(´ω`)(13000越え

ゆゆゆい、今回は満開園子でしたね。勿論無事爆死、出てきたssrももれなく全被りとなりました。つれぇ←

スカディ狙うもこちらも爆死。代わりにキャットが宝具5になりました。ニンジンを与えねはならんナ。

きらファンもみーくん狙うも無事死亡。代わりに花守ゆみりさんがやってるキャラが来ました。天華百剣も北谷狙うもすり抜けて鳴狐。運が良いやら悪いやら。

さて、今回は終と題してある通り、花結いの章27話~のネタバレがあります。苦手な方は覚悟して見ていってください。かなり詰め込んだので長いですが、楽しんで頂けたら幸いです。


 神世紀組7名、小学生組4名、西暦組10名、防人組6名(別人各込み)。そして、先程戦いの末に捕らえた赤嶺 友奈。総勢28名が集まる勇者部部室は今、重い空気に包まれていた。その原因は……捕まっている赤嶺 友奈の発言。その空気の中、園子(小)にぎゅう……と抱き付かれている新士は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 時は数時間程前に遡る。防人組と合流し、高知の土地を取り戻すべく動いていた勇者達。取り戻された土地を逆に奪い返そうとする造反神からの総攻撃が行われるものの勇者達は戦力を分けることで対応。それぞれが数えるのも億劫な数のバーテックスとの激戦を制し、土地を奪い返されることを防ぐことに成功する。

 

 「おめでとーっ。総攻撃ではあったけど……いやぁ皆凄いポテンシャルだね。バーンとはね除けた」

 

 部室に戻って全員の無事と勝利を喜びあっている中でしれっと混ざっていた赤嶺。歌野に何をしても無駄だと悟ったか? と聞かれるも彼女は造反神側ではあるが己は勇者であり、勇者は最後まで諦めないと断言。

 

 更には彼女が“神花解放”と言うと嵐が起きたかと錯覚する程の力が彼女から溢れ出た。彼女曰く、これまでも全力ではあったが最後の戦いに備えて強さの上限を突破したとのこと。その後、勇者達に最後の対決に備えてしっかり準備と鍛練をしてくるようにと言い残し、吹き荒ぶ風と共にその姿を消した。

 

 その言葉を受け、可能な限りの準備と特訓をしてきた勇者達。決戦の地となった樹海にて対峙した赤嶺から“赤嶺家”の役割と同じ役割に付いていたという“弥勒家”についての説明があったが、詳しい内容は割愛させて頂こう。

 

 「――火色、舞うよ!」

 

 そして始まる赤嶺 友奈との最終決戦。バーテックスとの戦いを主にしている勇者達と違い、赤嶺は対人に特化している。そんな彼女が“神花解放”というパワーアップまで果たしたことで、今までのどの彼女よりも強かった。周囲にバーテックスも居たとは言え、彼女はほぼ1人で24名もの勇者相手に圧倒。その強さがどれ程のモノか伺えるだろう。

 

 が、勇者達もこれまでの戦いを経てより強くなっていた。死闘と言っても差し支えない激闘を制したのは……勇者達。

 

 「最後に良いの入りましたねぇ……流石若葉さん」

 

 「赤嶺ちゃん、大丈夫? お腹千切れそうになったりしてない?」

 

 「怖いこと言わないでほしいなぁ……でも……ふふっ、自分の怪我より先に心配されちゃうようじゃ……これまでだね。敗けを認めるよー」

 

 そう言って赤嶺は抵抗を止め、東郷と千景によって拘束されながら勇者達と共に部室へと向かうことになる。赤嶺との長くも短い戦いに決着を付け、残るは親玉である造反神のみとなった勇者達。その親玉との戦いの前に、勇者達はやろうと決めていたことがあった。

 

 それが、この世界でのお役目……造反神を倒した後のこと。お役目が終われば、皆元の時系列の元の場所に戻る。西暦なら西暦へ、神世紀なら神世紀へ。1人で戦っていたなら、また1人になり……そして、辛い現実が、未来が待っている。そうしたことを後腐れなく、すっきりとさせる為の話し合いをするのだ。

 

 「あれあれ? 部室の様子が何か変……?」

 

 「あー。土地の殆どを貴方達が奪回したからね、この世界のバランスが崩れたんだよ。貴方達にとってみれば、良い意味かな。終わりが近い……まぁその内安定するんじゃない?」

 

 「同じようなことを神託でも確認しています」

 

 部室に戻り、どうにも室内の様子がおかしいことに気付き、口にしたのは樹。その疑問に赤嶺が答え、亜耶が肯定する。終わりが近い……その言葉を聞いて、何人かが顔をしかめた。

 

 そのまま赤嶺は現状の説明を始める。と言っても、確認の意味合いが強いが。最後の土地である高知、その殆どを勇者達は奪回した。後は高知の残りを取り返し、最後に造反神と戦い、鎮めることが出来れば晴れてお役目終了となると。残りを取り返すのは、赤嶺が知る限りでは難所と呼べる場所はないとのこと。

 

 「ここまでやってきた貴方達なら、簡単に出来るだろうね」

 

 「やっぱり、神そのものと戦うことになるのね」

 

 「うん。で、倒せば鎮めたってことでお役目終了。全員が元の世界に戻るんだよ……全ての記憶を失ってね。現実世界には、記憶を持って帰る事は出来ない」

 

 記憶を持って帰る事は出来ない。それ自体は、これまでの戦い、そして自分達でも色々と調べたり試したりしていた為、勇者達も予想はしていた。お役目が終わり、召喚された時に戻れば全ては元のまま。

 

 記憶は持ち帰れない。強くなった体や経験もその時間分無かったことになり、元に戻る。この世界で得た何もかもがリセットされるのだ。仲間達との特訓や戦いで得た強さも、喜怒哀楽の溢れる思い出も。プラスに考えれば年を取ってないということだと茶化すように赤嶺が言うが、それで笑える余裕は勇者達には無かった。

 

 「もし記憶を持ち帰れたら、それは凄く凄く力になるんだけど……」

 

 「やっぱり無理なのね」

 

 「ノートに書いておくとか? それか、肌に直接書いておくとか」

 

 「気が付いたら記憶にない文字が体に浮かんでるとか、軽くホラーだねぇ」

 

 「それ、軽くじゃなくて普通にホラーだよね。でも、勝手に消えてると思うよ。今はあくまで神樹の中だから何でもありなのであって、その理を現実に反映することは出来ないんだよ」

 

 それは決して神が意地悪をしているという訳ではない。例え神と呼ばれる存在であっても全知全能という訳ではない以上、どれだけ頑張ろうとも、どれだけ願われようとも不可能なことはあるのだ。

 

 故に……造反神を倒せば、全員が召喚された直後に戻る。そして、各々の戦いが始まり……。

 

 「この内の半分くらいは、過酷な運命を辿ることになる……火色、舞うよ」

 

 「っ……過酷な……運命……」

 

 勇者達の顔を見ながら、赤嶺はそう語ってボソッと戦いの時にも口にした、お役目をこなす際に言うルーティーンの言葉を呟く。その言葉に気付くことなく、東郷と園子(中)、銀(中)、風と樹の視線が自然と新士の方へと向いた。

 

 「またいつもの冗談って訳?」

 

 「今度は本気で言ってる。というか貴女は死ぬよ、白鳥 歌野」

 

 赤嶺は言う。歌野と水都の2人の拠点であった諏訪と若葉達6人の拠点である四国。その2つは連絡を取り合っていたが、やがてその連絡が取れなくなると。

 

 それを聞き、水都は驚くが雪花は理解を示す。水都は巫女であり、勇者は歌野1人。同じように北海道の勇者である雪花、沖縄の勇者である棗もまた1人で戦っている。無限に等しいバーテックス相手では、いずれその物量に押し潰されるのは自明の理である。

 

 「だから、また1人であんな所に戻るなんて嫌だよ。何か方法は無いの?」

 

 「簡単だよ。造反神を倒さなければ良いんだよ」

 

 「そう来るんですね……!」

 

 雪花が聞けば、赤嶺は笑いながら言い切った。そして、杏が睨むように赤嶺を見る。だが赤嶺は竦むこともなく、笑みを浮かべたまま続ける。

 

 この世界ではどれだけ時間が過ぎようとも年は取らない。肉体が老いることはないのだ。だから、皆がいつまでもこの世界に居ればいいのだと。

 

 「流石にそういう訳にいくか。赤嶺、お前! 私達を撹乱させようと」

 

 「ちょい待ちノギー!! 赤嶺の話を遮らないでくれない?」

 

 「雪花、お前……」

 

 「聞いてなかったの? 戻れば歌野は死んじゃうんだよ」

 

 「赤嶺の嘘じゃないの?」

 

 そんな赤嶺の言葉に、若葉はきっぱりとそういう訳にはいかないと言う。勇者という存在が公に知られていない神世紀とは違い、彼女達の時代において勇者とは人類の希望であり、若葉もまた自分達がそうであると認識している。だからこそ、一刻も早く元の時代に戻らねばならない。

 

 しかし、普段よりも強い口調で雪花が待ったをかける。彼女自身、元の場所に戻りたくないという思いがある。この世界で仲間の存在を知り、その温かさと心強さを知ってしまったからこそ、その思いは人一倍だ。それに加え、先の赤嶺の歌野が死ぬという言葉もあり、より難色を示していた。芽吹はそれは赤嶺の嘘ではないかと呟くが……。

 

 「じゃあ嘘だと思ってそのまま聞いてよ……雨野 新士くん!」

 

 「……なんですか?」

 

 「中学生になった君が、なぜここに居ないのか」

 

 「中学生のアマっちが……」

 

 「居ない理由……?」

 

 「前に風さん達は大橋に居るって……」

 

 「……めて」

 

 「それはね? 君が白鳥 歌野と同じように……元の世界に戻った後に」

 

 

 

 「やめて!!」

 

 

 

 「……それ、答え言っちゃってるのと変わらないよ」

 

 赤嶺は新士を呼び、彼は彼女が言うであろう言葉を予想しつつも聞き返す。その予想通りに、彼女は理由を口にし始める。中学生の彼がなぜ居ないのか……何故今更それを言うのかと疑問に思ったのは小学生組の3人。彼女達も召喚当時は疑問に思ったが、後から勇者部と新士自身から勇者の役目を終え、大橋に居て会えないのだと聞かされていたし、納得もしていた。

 

 だが、このタイミングで赤嶺が言ったことで同時に嫌な予感を覚えた。何故、歌野が死ぬという話の後にこの話をし出したのか。その嫌な予感を裏付けるように彼女は話を進める。そして、決定的なその単語を言う前に……耐えきれなかったように東郷が叫ぶ。それが、ある意味で1番の肯定であるのに。

 

 「もう1度言うよ。造反神を倒さず、皆でずっと此処に居ればいいんだよ」

 

 訪れる沈黙。東郷は思わず反応してしまったことに後悔を覚え、信じられない……信じたくないと新士の方を見る小学生組と3人を、誰もが痛ましげに見ていた。その視線の先に居る新士は特に何か言うこともなく、ただ赤嶺の方を見て……苦笑いを浮かべた。

 

 その苦笑いが、余計に痛々しさを感じさせる。何せ、小学生組以外の皆は知っているのだから。風から、樹から、東郷から、園子(中)から、銀(中)から。防人達もまた、彼女達と彼の告別式に参加したという雫から。

 

 「……何だか気まずい空気になってるけど、事実確認が先じゃないかな? 私が皆に色々としゃべった情報がデマかどうか、それぞれ裏を取れる人は居るでしょう?」

 

 諏訪がどうなったのか、新士がどうなったのか。赤嶺がそう言った後に、小学生組の3人の目が自然と中学生の自分達へと向かう。彼女達は正しく自分達の未来は姿だ。その未来の自分達が新士が本当はどうなったのかを知らない筈が無いと。

 

 だが、誰もが本当のことを口にするのを躊躇った。頭では理解している。この場において、隠すことよりも事実を伝えるべきであると。だが、そうすれば彼女達は間違いなく造反神を倒すというお役目を放棄する。自分達のことだからこそ、それが嫌でも理解出来る。今の自分達でさえ、そうなりそうなのだから。

 

 「事実だよ、3人とも。恐らくだけど、自分は戦いの最中に命を落としてる。だから、そもそも中学生の自分なんて居ないだろうねぇ」

 

 「「新士(君)!?」」

 

 「アマっち……そんな……」

 

 「……思ったより動揺してないんだね、君は。もしかして気付いてたのかな?」

 

 「ええ、まあ。色々ヒントはありましたから、割と早い内に」

 

 「そっか。いつくらいに気付いたのかな?」

 

 そんな皆の顔を見たからか、新士は自分から打ち明けた。未来の自分達から聞くよりも、本人がそれを既に認識し、事実として受け入れている……その事を直接言われた事は、3人にとってかなりの衝撃だった。そして他の皆もまた、本人の口から言わせてしまったことに胸の痛みを覚えた。

 

 だが、その新士が慌てるでも悲壮感を漂わせるでもなくさらりと言ってのけた事が、赤嶺には不思議に思えたらしい。彼女に……いや、赤嶺以外の者にとって、彼はどれだけ老熟した雰囲気や言動をしていたとしても小学生の男の子。そんな彼が自分の死を苦笑い気味に口にするというのは不思議でしかない。そして彼は、赤嶺の質問に対してこう返した。

 

 

 

 「この世界に呼ばれたその日にですけど?」

 

 「割と早い内にっていうか、幾らなんでも早すぎるんじゃないかな。察しが良いってレベルじゃないよね、ソレ」

 

 

 

 口元をヒクつかせる赤嶺を無視して、東郷達は3人に言う。自分達もどうにか出来ないか話し合っていた。須美達に記憶を持ち帰らせることが出来れば、彼の死という歴史を変えられるハズだからと。

 

 自分達だけではない。西暦組の勇者達も防人達も、この世界での経験や記憶を持ち帰ることが出来たらどれだけ歴史を良い方へと変えられるだろうか。だが……そんな方法は結局見つかってはいない。

 

 「だから、おっきいあたし……銀さんが最初の辺りで新士から距離を取ってたり……」

 

 「東郷さんが、新士君がぼた餅を食べる時に普段以上に嬉しそうにしてたり……」

 

 「園子先輩がアマっちによく抱き付いたりしてたんだね~……」

 

 「「……いや、それは昔から変わってないと思うけど」」

 

 「うわ、あたしそんなあからさまだったのか……」

 

 少しだけ、園子(小)の言葉で場が和み……彼女が新士の存在を確かめるように抱き付き、それを彼が受け止めてようやく冒頭に戻る。今まで自分達だけが知らずに居た事実を聞かされた3人。そのショックの大きさは計り知れない。

 

 「……でも、新士は今生きてる。現時点で生きてるなら……」

 

 「ええ。絶対に、そんな歴史なんて変えてみせる。そうならないように、今度は私達で守ってみせる!」

 

 「うん! これからは常時張り付いてるよ! だからわたしとおんなじ部屋でお泊まりしよう!」

 

 「「それはダメ」」

 

 「あはは……3人とも、ありがとうねぇ」

 

 歴史を変える。新士をそんな運命から守る。そう意気込む3人を、新士は嬉しそうに笑って礼を言う。そんな暖かなやり取りをする彼等を見ていた全員に、思わず笑みが浮かぶ。

 

 同じように話に挙げられた諏訪の2人だが、こちらも察しはしていた。巫女1人に勇者1人。増援も見込めない場所で戦い続けることは無理があった。

 

 そんな2人に若葉は言う。確かに諏訪とのやり取りは出来なくなったが、実際に諏訪がどうなったのかの記録は存在しない。彼女達の安否は不明であると。1つ言えるのは、四国が敵と戦う準備がて出来たのは歌野達のお陰であると。それを聞いて歌野は、それなら粘った甲斐はあったと爽やかに笑った。

 

 「南西の諸島も、北方の大地からも……壁の外が火の海になり、生命反応が途絶える」

 

 「……赤嶺。お前、無理して喋っていないか?」

 

 「け、敬愛している、お姉様の話をしている、から……」

 

 「いや……その前から、そんな感じがしている」

 

 「……冗談じゃないって。私はこの世界で楽しくやっていきたいよ。そう、戻らなければ良い。それで全てが解決する……簡単な話だよ」

 

 赤嶺から話を聞き、新士と歌野達がどうなったのか。また、自分達が居た場所がどうなったのかを聞かされ、雪花が強い口調で呟く。それは部室に良く響き、皆の耳に残る。そして雪花は全員に本音はどうなのかと問いかけた。

 

 

 

 ― 元の世界に戻るべきか。戻らざるべきか ―

 

 

 

 しばしの沈黙。俯いたり目を閉じたり、或いは誰かを見ていたり。行動に差異はあれど、誰もが真剣に考えた。そうして数分ほどした後、雪花が再び口火を切る。1人1人の意見を聞き、戻らないと言った人間が多ければこのままこの世界に居ようと。

 

 「1つだけいいですか? その意見の判断材料となるべき情報があります」

 

 その前にと、ひなたが待ったをかけた。この不思議空間は神樹の空間である。故に、その維持には神樹のエネルギーが使われている。それは現実世界の結界を維持するよりは低燃費なのだが、それでもエネルギーを消費している以上、この世界に永遠に居ることは不可能であると。それを踏まえた上で意思を伝え合おうと。

 

 「……いずれきちんと話し合いをしたいと思っていたけど、なんだか急になっちゃったね」

 

 「こっちとしても結城っち達と揉めたい訳じゃないから、そこは申し訳ない。結城っちや新士君、歌野達は本当に優しくしてくれたからね。お陰で、こういう状況でも心は幾分穏やかだよ」

 

 そして、全員が自分達の意思を言い合う。雪花は勿論反対。造反神は倒さず、居られるだけこの世界に居ることを望んだ。ぎりぎりで倒し、それで幕引き……そのような最後が良いと。

 

 それでもいいのではないか。だが造反神を野放しにしてどういう逆転劇が起きるかもわからない。鎮める時に鎮めておかねば危険な可能性がある。むしろ、それこそが赤嶺の狙いではないか。自分達が長く居すぎるとエネルギーの問題で神樹に悪影響が出るのではないか。そうしてリスクの話も一段落付いたところで、今度は話題に挙げられた歌野が意見を言う。

 

 歌野は戻ることを選択。無論、彼女としてもこの世界には長く居たい。が、神樹に悪影響が出たり造反神に逆転の目を与えそうになる前に決着はつけるべきだと。

 

 「諏訪の皆が待ってるし、現世の運命は変えてみせますので!」

 

 そして、危険と分かっていても水都にも共に居て欲しいと。水都はそれを聞いて本当に嬉しそうに涙混じりの笑顔を浮かべ、どこまでもついていくと告げた。そんな2人のやり取りを聞かされ、ますます2人が好きになったと雪花も笑い……だからこそ、ずっと此処に居たいのだと改めて告げた。

 

 「流れ的に、同じように話題に挙がった自分ですかねぇ。自分も戻りますよ。この世界は居心地が良いし、本音を言えばずっと居たい。ああ、居たいとも。それでも……元の世界にも、自分にとって大切な人達が、守りたい人達が居るんだからねぇ」

 

 「新士君……」

 

 「新士……」

 

 「アマっち……」

 

 「……ホント、小学生とは思えないよ。だけど、私はそんな君を尊敬するし、本当に勇者なんだなって思える。凄いよ……君は」

 

 いつものように朗らかな笑みを浮かべる新士。普段なら安心感を与えてくれるその笑顔も、今はどこか不安になる。そんな感想を覚えた中学生組だったが、彼がどう言うかは予想が出来ていた。そして、予想通りに彼は戻ると言った。

 

 同じお役目の仲間である3人が辛い思いをするのなら、己が彼女達を守り、その為に幾らでも頑張る。元の世界で離れてしまった元の家族の為にも、今世話になっている養父や知り合いの為にも。その誓いと決意は、今も彼の胸の内にある。だからこそ、戻るのだと。

 

 「ここに長く残り続けた分、何かアクシデントが起きてしまうのなら……私も戻る」

 

 同じように話題に挙がったいて棗もまた、戻ることを選択した。彼女にも待っている人が、沖縄の人々が居るのだと。それを聞いて、雪花はまた言うのだ。棗も勇者だと……自分は、そんなに強くなれないと。

 

 戻るという意見が続く中で、須美は雪花と同じ意見……此処に残ることを選択し、園子(小)もまた同じ意見だと言う。彼が死ぬ、そう聞かされて素直に戻ることなどしたくはなかった。例え彼が戻るつもりで居ても、せめて対策が見つかるまでは戻らない……戻させないと。

 

 「あなたもそう思うでしょう? 銀」

 

 「……いや、須美と園子には悪いけどさ、あたしは新士と同じだよ」

 

 「ミノさん!? なんで……だって戻ったらアマっちが……!」

 

 「だってさ、新士は本当はこの世界に居たいって思ってて……それでもって言ったんだ。あたしだって新士が死ぬって聞かされて、本当ならずっとここに居たいけどさ……」

 

 「だったら!」

 

 「だから、あたしは新士の気持ちを尊重してあげたいんだ。だーい丈夫! 新士が死ぬ歴史なんて、あたし達なら変えられるって! 絶対……死なせたりしないって」

 

 「銀ちゃん……ありがとうねぇ」

 

 「でも、本当はあたしも須美と園子寄りなんだゾ? 対策とか、記憶を残す方法を考えたりとか、やれることは全部やるつもりなんだから……大事な仲間なんだからさ」

 

 意見が割れる小学生組を見て、中学生組の心が痛む。自分達の心情は須美と園子(小)に寄っている。銀(中)でさえ、そうだ。だが、過去の銀はそうではなかった。新士の事を考えた末に、その意思を尊重すると言ったのだから。彼の死に様を直視した未来の自分には出せない答えに、銀(中)は眩しそうに目を細めた。

 

 そうして話していると聞き慣れたアラームが鳴り響き、敵の襲来を知らせる。勇者達は一旦頭の中を切り替え、全員で倒しに向かった。だが、話し合いの途中だったからか心の整理がつかないままだったからか、普段よりも連携が上手くいかずに苦戦してしまった。

 

 部室に戻り、話し合いの続きをする勇者達。順番に意見を言っていくが、やはり意見は割れる。記憶をどうにかする為の最大限の努力をしてからと告げた上で、若葉とひなたは戻ることを選択。千景と高嶋は皆が居るこの世界に残ることを選択した。少なくとも、全員が帰る選択肢に納得するまでは帰らないと。

 

 球子、杏は帰ると言った。神樹の作ったこの世界は良い場所だが、自分達は勇者であり、だからこそ神樹の思った上を行かなければならないのだと。防人達は雀を除いた4人……シズクを含めた5人は戻るとのこと。そして、讃州中学勇者部の7人は……。

 

 「……姉さん達は、どうなんだい?」

 

 「答えは出ているわ……アタシは残る。だって、やっと楓と会えたのよ? それに、楓も歌野達、杏達も棗も……普通逆でしょ? 死ぬと言われてる人間達が戻ることを選ぶなんて」

 

 「本当にね。普通それ聞いたら絶対戻りたくない。なのに……勇者故にさぁ。良い奴らだからさぁ……新士君なんて小学生なのにさぁ」

 

 「納得行かないのよね、アタシは」

 

 「お姉ちゃんと同じ意見です。もっとお兄ちゃんと、もっと皆さんと居たいですし……皆さんを死なせたくなんかありません」

 

 「私は須美ちゃんと同じ。また会えた新士君と別れたくなんかない! 私は、もっと貴方と一緒にこの世界で過ごしたい!」

 

 「……そうだね。わたしも……まだまだアマっち達といっぱいやりたいことがあるんだよ。だから、ここに残りたいよ」

 

 「……あたしも、残りたい。ずっと後悔してきた分、この世界で一緒に居たいんだ」

 

 (やっぱり、姉さん達はそうなるか……嬉しいけれど、ねぇ)

 

 家族と、未来の同じお役目に着いた仲間達の意思を聞いた新士は苦笑いを浮かべた。それだけ想われていることは素直に嬉しい。故に、残ることを選択するのは予想出来ていた。しかし、彼としてはいつまでも己の死に囚われていて欲しくはない……それが、まだ幼いと言える年齢の彼女達にとって辛く悲しいことであっても、そう思わざるを得なかった。

 

 友奈と夏凜もまた、この世界に残ると言った。死ぬと言われた皆を元の世界に返したくはない。皆と共に生きたいのだと。帰る14、残る13。多数決で言えば、帰るべきだ。だが、ほぼ真っ二つに割れた意見と勇者達の気質もあり、その意見が通されることは無い。だからこそ、話し合うしかないのだ。全員が納得出来るまで、何度でも。

 

 だが……そんな時間など与えないとばかりに、造反神が自ら攻めてきた。

 

 

 

 

 

 

 そこからは、正しく怒濤の展開と言っていいだろう。攻めてきた造反神は神の名に相応しく、鏡のような姿をした巨大かつ強大な存在であった。残る組の“このまま造反神を倒したら、終わってしまうのではないか”という恐怖にも似た思いが連携を取れなくし、犠牲が出る前に一旦退くことを選択する程に。

 

 心がバラバラでは勝てない。だがどれだけ話し合っても纏まる気配はない。赤嶺が煽るように言うまでもなく、話し合うことになっていた時点でなるべくしてなった状況。そんな状況で言い合う中で、何やらボソボソと銀(小)が新士に耳打ちし、新士はそれに頷く。

 

 「はいはい! 皆さんにあたしと新士から提案がありまーす!」

 

 「銀……? 新士君……?」

 

 「いやね? 銀ちゃんがこのままなら話が纏まりそうにないし、自分達に運命をはね除ける力が無いと思われてるみたいで嫌だからってさ」

 

 「そう! だから、須美達にあたし達の力を見せつけてやるとこにした」

 

 「ミノさん、アマっち……それってつまり……」

 

 「思えば、自分達はケンカらしいケンカはしたことがなかったねぇ……という訳で、だ。青春ドラマよろしく、自分達の意思を拳に込めて殴り合いでもしようじゃないか。自分は真っ先に姉さんの顔を狙わせてもらうけど……爪が刺さったらごめんね?」

 

 「怖いわ!!」

 

 そんな2人の意見を聞き、全員が試合による物理的な対話もやむ無しと本当に古い青春ドラマよろしく河原にて残る組と戻る君で試合をすることに。巫女全員が含まれている戻る組は人数的に不利ではあるが、その強い意思と必ず運命を変えるという気迫を持って圧倒。いつの間にか拘束から抜け出した赤嶺が盛り上げる為だと言って出した疑似バーテックスすらものともしなかった。

 

 だが、残る組もやられてばかりではいられない。自分達だって気持ちも、気迫も負けてはいないのだと。仲間達が大切であるから、決して失いたくないから。だからこそその気持ちを拳に、武器にのせてまたぶつかっていった。因みに、新士が本当に風を狙って殴りかかってきたことに風は軽くないショックを受けていた。

 

 2度の全力同士のぶつかり合い。それはお互いの気持ちの強さを見せ付け合い、決着が着く前にお互いがマトモに戦えなくなるまで疲労して戦闘不能になる形で落ち着き……部室に戻ってから、まだ口は動くととことん話し合うことになった。

 

 お互いにお互いを思い合っている。だからこそ、その答えに、この話し合いに正解というモノは存在しない。それでも答えを出すために、お互いの気持ちを何度でも確かめて、理解して、言葉を交わして……そして、1つの結論に到達する。

 

 出来るだけ長く居たい。だが、帰る時が来れば……その時は潔く帰ると。この世界は楽しい。だが、皆と争いあってまで居たくはないと。それでようやく……皆の顔に、本来の笑顔が浮かんだ。

 

 「で、のこちゃんはなんで抱きついているのかねぇ……須美ちゃんと銀ちゃんも両手を繋いだりして」

 

 「新士君と銀が私以上に頑固とは思わなかったもの。意見を変える、なんてことはしないでしょうから……」

 

 「付きっきり作戦だよ~。おはようからお休みまでこうしてるよ~♪」

 

 「あたしはこの手を絶対離さないってことを行動に現してみた。どうだ銀さん、これなら新士が1人になったりしないだろ? 新士のことは、この若い方の銀にお任せあれってね!」

 

 「……他にもっと言い方はなかったのかよ。この、生意気な奴め」

 

 「ちょ、苦しい、苦しいですって!」

 

 「……確かに、これなら1人で居る、なんてことにはなりそうにないねぇ」

 

 「新士君……そうね。そのっち、私達も」

 

 「……うん。ミノさんズルいよ~。わたしも園子ちゃんごとぎゅうってする!」

 

 ぎゅうぎゅうと新士を中心に集まる過去と未来の先代組6人。今みたいに彼の側に誰かが居れば、彼が死ぬようなことはない。もしかしたら、本当に自分達の時とは違って3人の内の誰かが側に居るかもしれない。そんなことは起き得ないと理解しているのに、もしかしたらと思えた。

 

 和やかな空気が部室の中に流れる。試合前のようなギスギスとした、不穏な空気は最早存在しない。ぶつかり合い、気持ちを伝え合えたから。それぞれが笑い合い、7人の姿を微笑ましげに見ていた。それは赤嶺も例外ではなく、彼女も本当に嬉しそうに勇者達の姿を見ていた。

 

 「おねショタもロリショタもいいけれど、ショタ中心のハーレムも園子先生のお陰で好きになれそう……というかなりました。この風景、絶対に記憶に刻み込んでみせます」

 

 「遂にぼかすことなく口にしたなあんず。元の世界に戻ったら、あの女の子らしいあんずが帰ってくるのかタマは心配なんだが」

 

 幸いにも、それは小声だったので聞こえた者は居なかった。

 

 造反神が再び現れる前に意見が纏まり、心を1つにした勇者達。その姿を見た赤嶺はようやく心から降伏し、皆に協力すると告げた上で自身に課せられていたお役目について話し始めるのだが……詳しい事情は省かせて頂こう。簡単に言えば、今回の出来事は全て造反神……神樹からの試練であるということだ。

 

 赤嶺を迎え入れ、しばしの休息に歓談にと楽しい時間を過ごす。だが、ここで造反神が再度攻めてきた。味方となった赤嶺の案内を受け、迎え撃つ勇者達。今まで以上に団結し、巨大な造反神に怯えることもなく、むしろ皆と共に不敵に笑う。お互いに声を掛け合い、信頼し、絶対に造反神に、神様達に自分達人間の強さを信じてもらうのだと奮起して。

 

 

 

 「勇者達よ! 私に続け!!」

 

 【おーっ!!】

 

 

 

 若葉の号令に全員が息を合わせる。造反神との、この世界での最後の戦いに身を投じて。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 それはきっと、試練をクリアした勇者達を認めてくれた神様達が用意した最後の触れ合いの為の時間。勇者部室の掃除をして、祝勝会をして、皆で手を繋いで円陣を組んで、この世界で起きた今までの出来事に感謝の言葉を告げて。

 

 そして、1人ずつ花びらとなってこの世界から消えていく。感謝と再会の言葉を残して、涙を我慢して、笑顔で。

 

 最初は歌野と水都。次に棗。若葉、ひなた、高嶋、千景、杏、球子。赤嶺。芽吹、雀、夕海子、雫とシズク、亜耶。雪花。そして……。

 

 「私達も転送が……」

 

 「もう1人のわたし……元気でね」

 

 「ようし! 戻ったら気合いを入れるぞー!」

 

 「そうだねぇ……頑張らないと、ねぇ」

 

 小学生組の転送が始まる。新士とまた、離れ離れになってしまう。東郷も、園子(中)も、銀(中)も、風も、樹も、手を繋ぐ4人の姿に、只でさえ弛んでいた涙腺が更に弛む。それでも、笑顔を浮かべた。2度と会えないとしても。永遠の別れになるとしても……必死に、笑顔で終わらせようとした。

 

 (ああ……もう、終わりなんだねぇ……)

 

 それは新士も同じだった。終わりなのだ、何もかも。姉の料理を口にすることもない。妹の歌を聞くこともない。己の為に作られた焼きそばも、餅が苦手だと知ってから一口サイズにしてくれたぼた餅も、吹っ切れてから一緒に外で遊んだことも、何もかもがその記憶から消える。

 

 手を繋ぐ彼女達の未来の姿を見ることも出来ない。それを知りつつ、新士は目の前の未来の彼女達の姿を焼き付ける。その中に己が居れば、どれだけ良かったか。決して叶わぬ未来を夢想する。再び出会えた奇跡を覚えていられないことを残念に思う。だが、悲観はしない。彼女達が生きていることが嬉しいから。だから……笑って、再会の言葉を。

 

 「またね」

 

 声が震えた。確かに浮かべた彼の笑顔に、堪えきれなかった一筋の(ほんね)が零れた。花びらとなって消えていった……言葉にならない彼の心の声を、残された7人は確かに聞いた気がして。

 

 誰かが泣いた。誰かが彼の名を呼んだ。誰かがそれを支えて、皆と同じように笑顔でこの世界から消えて。そして……元の世界に戻ったら、何一つ覚えていなくて。残酷な未来は訪れるのだ。

 

 

 

 

 

 

 それは、少し未来の話。生贄となった東郷を助けたことで天の神に呪われた友奈が、その命を掛けて神樹と神婚することで世界を救おうとして……そんなことは認めないと、仲間達が頑張る話。

 

 けれども仲間達は力尽きてしまった。今まで助けてくれていた神樹にすら少女を助けることを妨害され、その身を守ってくれていた精霊達のバリアに行く手を阻まれ……身も心も凍る寒さの中で倒れた東郷は、確かに見た。

 

 「……新士君……?」

 

 オレンジ色の、彼の形をした魂が真っ先に彼女の隣に現れ、彼に続くように沢山の、これまでの勇者と巫女の魂がバリアに触れ、それを砕いた。東郷を阻むものは無くなり、彼女は友奈を神樹から取り返す。

 

 「私は……私達は、人として戦う! 生きたいんだ!!」

 

 人間を信じた神樹が、その力を友奈へと集め、彼女がその力を纏う。そしてそれは大輪の花を咲かせ、友奈は力と想いを全て拳に載せ、上空の天の神にへと突き出した。

 

 仲間達の光が、彼女の右手に宿る。彼女の通った軌跡に、勇者部の大きな満開の花が咲く。桜が、サツキが、鳴子百合が、オキザリスが、バラが、アサガオが、牡丹が。

 

 そして……オレンジ色のガーベラの花が咲いて。友奈はまるで、誰かに優しく背中を押されているような気持ちになって。ガーベラの花が全ての花を押し上げるように友奈に向かい、8つの花が1つになって。その拳は、確かに天の神を打ち抜いた。

 

 樹海が、神樹が消え、空には澄み渡る青空が広がる。結界も消え、外は火の海ではなく本来の土地が姿を現す。いつの間にかいつもの屋上に戻ってきた7人は世界が無事なことに安心し、友奈の呪いが消えて全員が無事であることを泣いて喜び……。

 

 そんな7人を少し離れた場所で見ていたオレンジ色の少年の姿をしたナニカは、嬉しそうに朗らかな笑みを浮かべて……神樹と同じように、安心した表情で花びらとなって消えていった。




今回の補足

・地味に出た養父。この時点では真実を知らないからね、仕方ないね。

・相対した銀(小)と銀(中)。違いは凄惨な光景を見たか否か。きっとどちらの気持ちも正しい。

・オレンジ色の影。勿論新士です。原作銀ちゃんのポジションですので。花も花菖蒲ではなくガーベラのまま。未来という名の希望に向かって前進する彼女達の力になりました。



という訳で、これにてDEifは終了となります。終わり方は賛否両論ありそうですが、原作締めと決めていましたので。今後DEifは、番外編の番外編という形で書くかもしれません。少なくとも、誕生日の話は書きます。

思った以上に長くなったのは反省点。どっちつかずの頃から学習しねぇ……それはともかく、皆様に楽しんで頂けたら幸いです。原作ゆゆゆいの感動が少しでも伝われば良いのですが、がっつり書くのは本編完結後のお楽しみ。

さて、次回から本当に本編完結まで番外編無しです。それまで、そしてその後もどうか私と本作にお付き合いください。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)
本編ゆゆゆい。その時、“私”は……


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咲き誇る花達に幸福を ー 20 ー

1週間を越えてしまって申し訳ありません……難産でしたが、ようやく更新です(´ω`)

fgoはボックスガチャ来ましたね。今度こそ50は開けたい所。スカディ狙いで爆死したので石はありません←

ゆゆゆいでは満開園子登場ですね。こちらは無事爆死です。新規ssrすら来ませんでした。偏りが本当に酷い。

ポケモン剣盾がSwitch無くて買えないので代わりに萌えもん鬼畜3やり始めました。トキワの森前の虫取少年にぼこぼこにされて泣きそうです。

前回のDEif最終回は概ね好評だったようで何よりです。最終回とは言ってますが、リクエストがあれば同じ時間軸で番外編とかやるつもりです。

さて……今回、難産だけあってかなり強引な展開、ご都合展開が含まれます。許せる方はそのままお進みください。許せないという方はお覚悟を←


 少し時は遡る。何も出来ず、むしろ天の神の力を強めてしまうので仲間達を、世界を危機に陥れる一端を担うことになっていると知って無力感に苛まれる楓。ギリッと下唇を強く噛み、辛そうにする彼を見て……天の神の内心は穏やかではなかった。

 

 (そんな顔を……させたい訳じゃないんだけどな)

 

 天の神が楓に語った思いは全て本心だ。他の“私達”はともかく、“私”にとって人間は最早どうでもいい。ただ、彼と共に居たい。彼に側に居て欲しい。それさえ叶うのならば、他はどうでもいい。

 

 友奈を通して見ていた時のように、彼の朗らかな笑みを見ていたい。彼女がしてもらっていたことの全てを自身にもして欲しい。そうしてもらえたら、どれだけ幸福な事だろうか。しかし、そうしてもらえることは現状無いことも理解している。彼にとって大切な存在を、住んでいる世界を壊そうとしているのだから。

 

 だが……残念ながら、“私”にすら最早止められない。“私”は人間への怒りよりも楓という存在を求めた。だが……他の力ある神、“私達”は楓という存在に惹かれてはいるが、それよりも人間への怒りの方が大きかった。そして、それは神婚をしようとしていることで更に強まっている。300年以上続く怒りが、更に燃え上がっている。

 

 だから、止まらない。地の神のように思いが1つならともかく、人間への怒りと滅ぼそうとする意思の集合体であった天の神。“私”という自我を得た神はその筆頭であったが、今や少数派。“私”の意思も声も届かないだろう。尤も、“私”にとっても元々は人間嫌いなので止めようという気にもならないのだが。例えそのせいで彼の心が曇っているとしても。そう思っていると、戦況が少し動いたことを悟った。

 

 ― ……へぇ。思ったよりやるんだ ―

 

 「……なに?」

 

 ― そっか、楓くんは外の状況がわからないんだっけ。見せてあげようか? 外の世界が、地の神の結界の中が今、どうなっているのか ―

 

 数秒の間を置き、小動物の姿をした下級の神々に群がられている楓は“私”の問いかけに頷いた。“私”は楓の隣に座り、目の前に右手を翳して大きな鏡を出現させる。そういえば神樹も鏡を通して色々と見せてくれたなと思い返しながら、楓は鏡に映る映像を見た。

 

 そこに映っていたのは、巨大な天の神らしき存在に戦いを挑む勇者部の姿だった。友奈の姿が無く美森が途中で離脱したことは不思議だったが、天の神の猛攻に晒される彼女達の姿を見て楓は顔を青ざめさせる。

 

 「止めろ……止めてくれ!」

 

 ― ごめんね、“私”には止められないんだ。今、私はこの攻撃に……こうやって攻めていることに参加してない。私の意思は含まれていないんだ ―

 

 「そんな……」

 

 ― それに、もう止まらない。人間への怒りとかどうでもよくなった“私”と違って、他の“私達”は今尚その怒りを燃やし続けてる。神々の中で最も力が強かったからその意思と力を束ねていたけれど、今の私はその意思から外れてる。他の神々との力関係が逆転してるんだよ ―

 

 “人間はどうでもいい”という少数派の意見を持ったことで力の総量が多数派、人間への怒りを持つ神々の方が上回ってしまった。とは言うものの、“私”自体の力は大きい。追い出されたり迫害されたりすることはない。ただ、直接動く“私達”と傍観する“私”に別れてしまっただけ。

 

 だから止まらない。止める力よりも動く力の方が大きいから。楓に懇願されても、その願いを叶えようとしても、力が足りない。楓の存在で“私”の力が増しても、同じ天の神だからその力は埋まらない。むしろ少数派と多数派の数の差で開いてしまう。

 

 楓が再び無力感を感じている間にも戦いは続く。仲間達が傷付いていく。仲間達だけじゃない。樹海も傷付いていた。張り巡らされた根は裂け、焼け焦げる。現実にどれ程の被害が出るのか想像もつかない程に。

 

 (本当に……自分には何も出来ないのか。皆があれほど頑張って居るのに……自分は)

 

 考える。ただ、ひたすらに楓は考えた。魂でしかない自分に、出来ることは本当に何一つ無いのかと。

 

 (守ると、側にいると、一緒に戦うと誓ったんだ。小学生だった頃から中学生の今まで、ずっと。だから皆にだけ戦わせたくない。自分にも……意地があるんだ)

 

 鏡を見る。周囲の動植物の姿を(かたど)っている下級の神々を見る。怒りによって赤く染まっている空間を見る。隣に座る天の神を見て……そして、目が合った。

 

 ― さっきまで絶望したような顔だったのに、今は目に力がある。まだ、諦めてないんだね ―

 

 「当たり前だよ。自分はあの子達が大切だからねぇ……どれだけお前が自分に好意を抱いているとしても、自分はあの子達の為に……あの子達と共に戦いたいんだ。あの子達と共に頑張りたいんだ」

 

 ― ……羨ましいなぁ。あの人間の子供達も……地の神も。君にそんなにも思われているのが本当に……羨ましい。でもどうするの? 今の君に、何が出来るの? ―

 

 天の神は羨ましいとは言うが、そこに勇者達を害そうとする意思はない。本当に単純に羨ましかっただけだった。もし、己が天の神ではなく、地の神側……或いは人間として彼に出逢っていたら……そんなあり得ない想像をする程に。

 

 僅かに、只のアバターでしかない筈の体の胸が痛んだ気がした。その痛みを気にしないフリをして、天の神は友奈と同じ顔に笑みを浮かべて優しく問い掛ける。楓はその笑みにどこか悲しみが混じっていることに気付いて言葉に詰まるが、それよりもと考え、下を向く。すると、肌色に色付いてきた左手と未だ白いままの右手が見え……。

 

 「……賭けになるけれど……ギリギリまで、頑張ってみようか」

 

 その言葉と、後の行動に……天の神は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 時は戻る。魂の姿にて3度目となる神の世界へと入り込んだ友奈。だが、そこは彼女が知る場所とは大きく違っている。灰色だった空間は赤く、雲のようなモノで埋め尽くされていた場所には植物に多い尽くされ、さながら森の中に居るかのよう。それに加え、光が形を作っている様ではあるが様々な動物の姿も見える。

 

 「前に来た時と全然違う……それよりも楓くんはどこだろう」

 

 ふわりと浮き、木々を避けながら進んでいく友奈。楓が何処に居るかはわからないが、動かなければ始まらないのだ。しかし、この空間が、森がどこまで広がっているかもわからない以上、目印や宛もなく探すのは少し無理があるのも事実。

 

 「あ、夜刀神ちゃん! 待って!」

 

 探し始めてから友奈の体感で数分。不意に、友奈の近くに夜刀神……の姿をした神樹が現れる。夜刀神が神樹であるとは理解しつつもついつい今まで通りの名を呼ぶ友奈の顔を1度見た後、夜刀神……神樹は友奈から見て右側へと進み、友奈も追い掛ける。

 

 神樹に置いていかれないようになるべく速度を落とさず、木々や動物にも当たらないように動く友奈。しばらくすると、森の中の開けた場所に出た。更にそこには友奈も見たことがある大きな鏡があり……その前に、見覚えのある白い髪の誰かと黒髪の誰かが居て……黒髪の誰かが友奈達の方に振り返った時、その顔を見た友奈は驚愕した。

 

 

 

 「私と……同じ顔?」

 

 ― 直接会うのは2度目かな……人間の子 ―

 

 

 

 黒い長髪の、自分と同じ顔を持つ誰か。思わず思った事を呟いた友奈の耳に届いたのは、これまた自分と同じ声で……その言葉を聞いて、目の前の存在が何なのかを理解した。

 

 「あなたが……天の神。じゃあその隣に居るのはやっぱり!」

 

 ― その通り。私が、お前達が言う天の神。そして隣に居るのは想像の通り……楓くんだよ ―

 

 「楓くん! 楓くん!! 返事をして!」

 

 ― 無理だよ。お前の声は聞こえてはいるけれど、楓くんに返事をする余裕はない。端末の動きを止めるのに必死だからね……というか、普通に私の声が聞こえてるんだ ―

 

 白い髪の誰かは、友奈の想像通り魂の状態の楓であった。そうだと言われ、友奈は必死にその名を呼ぶ。だが……返事は無い。どうして返事をしてくれないのかと焦りを覚える友奈に、天の神は真顔で淡々と説明する。

 

 「端……末?」

 

 ― お前達と戦ってた“黒い楓くん”のことだよ。元々はお前達人間がバーテックスと呼ぶ存在なんだけど、楓くんの魂の影響かガワがそっくりになっちゃってね ―

 

 「じゃあ……楓くんが戦ってる訳じゃないんだね!?」

 

 ― その通りだよ。逆に、動きを止めてる……こんな状態になってまでね ―

 

 「こんな……状態? っ!」

 

 楓と戦っていた訳ではないと説明を受けて安心したのも束の間、続く言葉に嫌な予感を感じて神樹と友奈は楓の側に寄り、前に回り込み……その姿を見て絶句した。

 

 「楓くん……何、これ……」

 

 ― そんな……これは、神に近くなってる!? ―

 

 「神樹様? どういうこと、ですか?」

 

 友奈は知り得ないものの、元々魂の状態の楓の姿は全身が真っ白、上半身は裸、下半身はダボッとしたズボンの腰を紐で結んでいるだけで、靴も履いていない裸足というモノだった。だが、今の彼は首から下の肌が見える部分は全て肌色に色付いている。

 

 首から上は真っ白で魂の状態の友奈と色が違う程度の違いしかないのに、それ以外はまるで肉体があるかのよう。その異常な姿に友奈は不安を覚え、光と共に夜刀神の姿から少女の姿へと変わった神樹の焦りの声を聞いてその不安が大きくなった。

 

 ― そのままの意味だよ。今の楓くんは人間よりも神に近くなってるんだ ―

 

 ― このままだと人間から外れる……本当に魂が肉体に戻れなくなってしまう! ―

 

 「そんな!?」

 

 ― だけど、空間の影響を受けているとしても早すぎる! どうしてこんなに近付いているの!? ―

 

 ― お前達を守る為だよ、地の神と人間の子 ―

 

 天の神の言葉に、友奈と神樹はそれ以上声を出せずに絶句する。そんな2人を無視して天の神は説明し始める。

 

 それは、楓が頑張ってみようかと告げた後のこと。彼は鏡の前に座り込み、目を閉じる。すると次の瞬間にはゆっくりと変わっていっていた魂……名を着けるなら、神化(しんか)が早まったのだ。短くとも2日は掛かると見ていた天の神にとってもそれは予想外のことだった。

 

 ― 神化が早まった? 楓くん、何を…… ―

 

 『お前が言ったんだよ? “自分には何も出来ない。神に成れば話は別だけど”ってね』

 

 ― 確かに言ったけど…… ―

 

 『なら話は早い。皆を助ける為には神に成ればいい。ギリギリまで、だけどねぇ』

 

 幸いにも楓達勇者は神樹様から力を借りて変身し、戦う存在。そして彼の武器は勇者の力の光……謂わば、神の力そのものに近い。誰よりも神の力を操作、扱うことに長けている。また、楓が神に成る理由はこの神の空間に存在する神の力が主な原因である。

 

 故に、彼は人間である為に無意識の内に拒絶していたこの空間内の神の力を()()()()()。その力は急激に彼に神化を促し、その体を肌色に染め上げていく。そして仲間達と戦っている自身の偽物を、自身の光を操作するように内側から操れるようになれるか試してみた。

 

 試す内に少しではあるが操作出来ることに気付き、完全に神に成りきるギリギリで再び拒絶したのだ。その結果として、首から上は白い魂のままで下は肉体のような異様な姿になってしまったが。1歩……いや、一瞬すら間違えばそのまま神に成っていた。そもそも本当に操作出来るかもわからない為に一か八かの1発勝負。それに、楓は勝ったのだ。

 

 ― なんて無茶を……! ―

 

 「楓くん……やっぱり楓くんも戦ってたんだね……」

 

 天の神の説明を聞き、神樹は泣きそうな顔でそう呟いた。友奈もまた泣きそうな表情を浮かべ……操作に集中している為に身動きも声を出すことも出来ない楓の前に片膝を着き、抱き締めた。

 

 「ありがとう、楓くん。楓くんのお陰で皆無事だよ。後は……楓くんだけ。楓くんが戻ってきてくれるだけ。あの時はあなたが助けてくれた……だから今度は、私が助ける。私が、皆が居る場所に連れていく」

 

 ― させると思ってるの? 後1時間もせずに彼は神に成る。私と同じ神に……そうなれば私はずっと楓くんと一緒に居られる。そうだと分かっていて、そのまま行かせると思ってるの? ―

 

 囁くように、友奈は楓に語りかける。彼は聴こえてはいるが、やはり返事をする余裕はない。ただ、僅かに身動ぎをしたことで聞いていると友奈は理解した。

 

 友奈の脳裏に浮かぶ、ほんの数日前の悪夢のような出来事。連れ去られた彼の魂、彼の血に濡れた自分の手。目を閉じれば、ハッキリと思い出せる。胸が苦しくなり、涙だって出そうになる。

 

 それでも、友奈は立ち上がれた。美森が立ち上がらせてくれた。神樹と楓に戦う力を貰って、仲間達に楓の魂を取り戻すことを託された。その全てを持って、友奈は助けると言った。いや、例えそれらが無くても助けた。友奈にとって彼は大事で、大切なのだから。

 

 だが、楓を抱き締める友奈の前に天の神が立ち、見下ろす。確かに彼は神に成る寸前まで行くことで魂の状態で天の神の端末に何とか干渉できている。だが、それだけ神化が進んだということであり、予定よりも早く彼は神に成る……天の神が求めた通りに。だからこそ、それを見逃すことはしない。

 

 「……どうして、天の神は楓くんと一緒に居たいの?」

 

 ― 彼が“特別”だからだよ。私達神を魅了して止まない魂もそうだけど……私は、お前を通して楓くんのことをずっと見ていたからね ―

 

 そうして語られるのは、楓も聞いた天の神の行動と動機。ずっと一緒に居たい。存在を感じるだけでは満足出来ない。見ているだけでも満足出来ない。友奈を通して見ているだけでは……満足出来ない。知れば知るほど、見れば見るほど焦がれた。しかし、神と人間じゃいずれ死に別れる。楓と共に居たいのに、それでは意味がない。

 

 だからこそ、楓を神にする。永遠に等しい時間を共に在るために。そう強く思うほどに、天の神に……“私”にとって楓とは“特別”なのだ。友奈と同じように。

 

 ― だからこそ、楓くんを返さない。もう少しでずっと一緒に居られるようになるんだから ―

 

 「勝手な……勝手なこと言わないで! 楓くんのことを皆が待ってるんだ! 風先輩も、樹ちゃんも、東郷さんも、夏凜ちゃんも、園ちゃんも、銀ちゃんも! 勿論、私も!!」

 

 ― そんなの、私の知ったことじゃない。楓くん以外の人間なんてどうでもいい! 私は、彼と一緒に居られればそれでいい! ―

 

 天の神の言い様に流石の友奈も怒りを覚えた。あまりに自分勝手。あまりに自己中心的。自分さえ良ければ周りはどうでもいいと言いきる天の神に、友奈は声を荒げる。だが、それでも天の神はどうでもいいと切って捨てた。

 

 元々人間嫌いの天の神にとって、楓のことを抜きにしても人間など本当にどうでもいい。むしろ滅べばいいと思っている。どこまでも、彼と一緒に居られれば良いのだと友奈を睨みながら断言し……。

 

 

 

 ― この人の心に、あなたが居なくてもいいの? ―

 

 

 

 神樹のその言葉で、天の神の勢いが止まった。友奈も思わず動きを止め、2人は友奈の隣に居る神樹へと視線を向ける。

 

 ― 仮に、この人と一緒に居られるとしても……あなたはきっと、この人に何もしてもらえない。優しい言葉も、朗らかな笑顔も、優しげな眼差しも、手を差し伸べられることも……何1つ ―

 

 ― ……それは…… ―

 

 天の神の脳裏に、これまでの楓との会話、その時の対応や態度が浮かび……友奈を通して見てきた彼と比較する。彼の笑顔を1度でもこの空間の中で見ただろうか。友奈の名を呼ぶように、優しく己のことを呼んだだろうか。何か1つでも……友奈や、仲間達にしてきたことをしてもらえただろうか。

 

 ……思い返すまでもない。天の神を呼ぶ時は敵意の籠った“お前”。苦笑いすら浮かべてはくれず、暴力という形でさえ触れることはなかった。どれだけ想いを込めて一緒に居たいと言っても、楓は必ず戻ると、皆の元に帰ると言って選択肢にすら入らない様子。友奈を通して見てきた彼とはまるで正反対。

 

 ― きっと……このままこの人が神に成って、あなたが隣に居たとしても……あなたが傷付くだけ ―

 

 何故なら、その心に天の神の居場所は無いから。楓にとっての大事で大切な存在に天の神は絶対になれないから。それだけのことを天の神は楓にしてしまっているのだから。

 

 ― ……そんなこと、分かってる ―

 

 俯き、震えた声で呟く天の神。友奈を通して見ている間に、楓のことはある程度理解している。その人柄も、どれだけ勇者部や彼と出会ってきた人間達のことを大事に、大切に思っているのかも。その全てを奪い去ろうとしている天の神を、どれだけ敵視しているのかも。

 

 天の神はアバターの胸の奥が痛み、思わずそこに両手を置く。勘違いではなく、本当に痛んだ。いや、もっとずっと前から痛んでいて、気付かないフリをしていた。楓に敵意を向けられるだけで、お前と呼ばれるだけで、無力感に苛まれる苦渋の表情を見るだけで……ずっと痛んでいた。

 

 ― それでも……他に方法なんて思い付かないんだ。こうする以外に、“私”が楓くんと一緒に居る方法が! 恨まれるのが辛くても、敵意を向けられるのが辛くても、笑顔を向けてもらえないのが辛くても、触れあうことが出来なくて辛くても……何1つ人間の子達と同じように出来ないのが、辛くても……私には、これしか……っ! ―

 

 (……なんだろう。この天の神って、まるで……)

 

 遂には涙まで流し出した天の神の悲痛な声を聞き、友奈は思う……まるで、()()()()()だと。友奈には天の神が好きな人に見向きもされず、それどころか嫌われていることに心を痛めて悲しんでいる普通の少女のように思えた。いや……事実、今の天の神は人間の少女とそう変わらない。

 

 そもそも、幾ら楓の魂が神を魅了するとは言え、人間嫌いである天の神が彼の意思や気持ちなど気にする必要はない。実際、他の神々は楓よりも人間を滅ぼさんとしている。以前の天の神ならば、その一員……筆頭として動いていただろう。

 

 だが、友奈を通して見ていたことや美森の記憶を覗いていたことで少しずつ変化が起きた。やがてその変化は人間よりも楓を優先するようになり、彼の意思や気持ちにすら意識を向けるようになった……人間と同じように。

 

 ― どうしたら笑ってくれるの? どうしたら触れ合ってくれるの? お前達はあんなにも簡単に、あんなにも気軽に出来るのに、してくれるのに! ―

 

 「……私を通して見てたなら、分かるハズだよ」

 

 ― っ…… ―

 

 「私は何も難しいことなんてしてない。きちんと挨拶して、よく食べて、よく寝て、そうやって普通に過ごすだけで充分。悩んだら相談して、なるべく諦めなければ……後は大抵、なんとかなる」

 

 友奈は思い返す。部室で出会った、車椅子に乗った楓。おはようと挨拶をして、一緒にお昼や部活帰りにうどんを食べたりして、よく眠れば次の日にはまた挨拶をして。小さなことから大きなことまで悩んだら相談して……沢山辛いことや悲しいことが起きても、それでも諦めずに立ち向かえば何とかなった。

 

 友奈達にあって天の神に無いもの……それは、そういった触れ合ってきた“時間”なのだ。そうした時間の中で育んできた絆があるからこそ、勇者部の皆の仲の良さがある。それは決して、今の天の神には手に入れられないモノで……理解していて、目を反らしていたことで。

 

 「だから……こっちにおいでよ」

 

 ― ……は? ―

 

 「神樹様みたいに、私達と一緒に居よう! 人間を滅ぼすよりも楓くんの方が大事だって言ったあなたなら、時間は掛かるかもしれないけど……きっと仲良くなれる! 楓くんとも、私とも、皆とも! なんかほら、背後霊みたいな感じでいいから!」

 

 ― な、何を言ってるの!? というか、正気!? 頭大丈夫!? 私は人間を滅ぼそうとした天の神の1柱だよ!? それに、私はお前を殺そうとして……というか背後霊ってどういうこと!? ―

 

 「だって……楓くんと一緒に居たいって気持ち、すごく分かるから。泣いちゃうくらい辛いのも、それでも居たいって思うのも……分かるから」

 

 ― ……人間の子…… ―

 

 「違うよ。私の名前は友奈。讃州中学勇者部所属、結城 友奈! 勇者部の活動が大好きで、勇者部の皆が大好きで……勿論、楓くんのことも大好きで! だから、きっと……」

 

 己に向かって手を伸ばしてきた友奈に面食らう天の神。敵対しているどころか、人類にとって不倶戴天の敵である天の神、その集合体の内の1柱。罷り間違っても人類に対して友好的な存在ではないと誰もが理解できる。そんな存在に、友奈は微笑みを浮かべて手を伸ばしたのだ。

 

 先程までの辛さや敵意も忘れ、思わず友奈の正気を疑う天の神。その最中に神樹にチラリと視線を向けるが、彼女は友奈を見て微笑んでいるだけで口を挟むつもりはないらしい。そうしてツッこんだ後の友奈の言葉に、天の神は勢いを無くす。

 

 友奈の気持ちを知り、心に変化が起きた天の神。その逆に、天の神の気持ちもまた友奈は知った。我が事のように理解出来た。だから友奈は、目の前の天の神が人類の敵であると理解しながらも、まるでもう1人の自分であるかのような親近感を覚えていた。そしてこの言葉はきっと……そんな友奈にしか、言えないのだろう。

 

 

 

 「好きな人が一緒なら……私達は仲良くなれる! 皆とも、楓くんとも! 絶対、なんとかなるから!」

 

 

 

 ― ……なるほど、ね……今ハッキリと理解した ―

 

 何の根拠も無い、真っ直ぐな言葉。天の神……“私”ですら、思わず笑ってしまう程の。だが、それは決して嘲笑うようなものでも、ましてや怒りを含んだものでもなくて。

 

 ― ()はバカなんだね ―

 

 「なんで!?」

 

 飽きれ混じりの穏やかな笑顔で、“私”は毒を吐いた。それは本心からではあったが……だが、どこか親しみの籠った言葉だった。友奈の驚いている顔を見ながら、天の神は可笑しそうにくすくすと笑った。そうして笑いながら、友奈の言葉を思い返し……痛んだ胸の奥に、じんわりとした暖かいモノが広がっていく。

 

 人間を滅ぼそうとしている神に、自身に苦痛を味わわせ、殺そうとした相手に向かって“仲良くなれる”と、そう言える人間がどれだけ居るか。お人好し? いいや、最早狂人の行動だろう。だというのに、目の前の人間は間違いなく本気で言っているのだ。本気で……神と仲良くなれると思っているのだ。

 

 天の神はくすくすと笑い続ける。可笑しくて可笑しくて仕方ないと、バカな人間がバカなことを言っていると……そんな人間のそんな言葉に、確かに心を動かされた己が可笑しくて仕方ないと。

 

 ― 君みたいなバカな人間とは……あんまり仲良くなりたくないなぁ ―

 

 「酷い!?」

 

 ― 人間を滅ぼさんとする天の神だからね。それに言ったでしょ? 私は、楓くん以外の人間なんてどうでもいいんだよ。ああ、でも…… ―

 

 ガーンッ! とショックを受けた友奈をまた可笑しそうに笑い……天の神は思い返す。友奈を通して見ていた、楓と勇者達の日常を。見ているだけでは満足出来なくなる前までは、その日常を見るだけで満足だったことを。

 

 人間嫌いな天の神でさえ、その光景は幸福(しあわせ)そうであると思った。朗らかに笑う楓と、同じように笑う仲間達。勇者部の活動中に、一緒にご飯を食べる時に、一緒にお出かけしたり、登下校を一緒にしたり、お喋りしたり……何の変哲もないありふれた時間の中で咲く笑顔は、本当に楽しそうで、嬉しそうで……幸福そうで。

 

 人間嫌いの天の神は、そんな光景に……笑い合う8人の人間に……“私”は自分もその中に居られたならと、確かに憧れたのだ。

 

 ― この顔を借りようと思えるくらいには……君の事を気に入っていたかな ―

 

 天の神がそう言った瞬間、赤く染まっていた空間が澄み渡る青空のような空間へと変わる。赤黒く毒々しい色をしていた“私”の瞳も、同じように綺麗な青へと変わっていた。

 

 「綺麗……わ、わわっ!?」

 

 空間を見た友奈がそう呟く。直後、急に強く体を後ろへと引っ張られる感覚を覚えた。思わず友奈は楓の体を強く抱き締め、耐えようとする……が、抱き締めた彼の体諸とも体が後ろへと引っ張られていく。

 

 ― 絶対に離しちゃダメだよ。離したら、今度こそ楓くんの魂を返さないから ―

 

 友奈は天の神の言葉に返すことも出来ずどんどん離れていく。だが、言われた通り楓を抱き締める力を弱めることはなかった。絶対に離さない。今度は絶対に……そう強く意識して。いつかのように目の前が大量の光で覆われていき……。

 

 ― バイバイ、楓くん……友奈。今更になって返すのは……私に人間と同じような心と幸福を教えてくれた君達への御礼、かな ―

 

 

 

 

 

 

 そして気が付くと友奈は現実の世界へと戻ってきていて、目の前に居たハズの黒い楓は黒い双子座のバーテックスに姿を変えており……双子座と、そして大きな鏡と小さな鏡はこれまで破壊してきた御霊のように砂になって樹海へと落ちて根に染み込んでいった。

 

 「あ……」

 

 ふと、その手に暖かさを感じて視線を向けるとそこには真っ白な暖かい光を放つ水晶で形作られた花菖蒲があった。友奈は両手でその花菖蒲を壊れ物を扱うように優しく抱き締め……そのまま、神樹の元にある楓の体へと向かって飛んだ。

 

 「ちょ、友奈!?」

 

 「友奈!?」

 

 「どうしたんでしょう……わわっ、木の根が!?」

 

 「黒いカエっちがバーテックスに変わったり、上の天の神が動きを見せなかったり……ゆーゆが殴ったあの一瞬で何が起きたんだろうね~」

 

 「木の根が急に動き出したことは気にならないのか園子」

 

 「これ……友奈が飛んでった方と同じ所に向かってるわね」

 

 風と美森の声を聞いても止まらず進む友奈。遅れて、6人が居る木の根が急に動きだし、友奈が向かった場所……神樹の元へと向かっていく。そのことに驚きつつも、美森以外ろくに動けない為になすがままになる。

 

 6人は分からない事ではあるが、友奈にとって随分長く居た神の世界での出来事は現実では一瞬に過ぎなかった。故に仲間達にとっては、友奈が黒い楓に手を当てた瞬間に黒い双子座へとその姿を変え、砂になった後に友奈が神樹へと向かっていったように映る。そうして不思議そうにしていた6人を乗せた木の根が神樹の元へと辿り着いた時……。

 

 ベッドの上で泣きながら抱き付く友奈と……上体を起こし、そんな友奈の頭を撫でながら朗らかに笑う楓の姿があった。




原作との相違点

・原作では友奈が動く木の根に乗っていたが、本作では他の勇者部が乗ることに

↑原作が居たぞ! デュエルで拘束せよ!



という訳で、友奈本人と友奈顔2柱による友奈会議及び言葉の殴り合い、楓復活というお話でした。楓復活の詳細は次回です……次回で終われるかこれ←

正直、我ながらかなり強引かつ無茶な展開ではあると思いますが……友奈だから良いかなと思ってます。敵対している組織の中で正義側の人間に絆されたキャラが出てくるのと同じですよ多分きっとメイビー……賛否両論あるとは思いますが、どうか寛大な心でご容赦下さい。

さて、次回で、もしくはそのまた次回で本作は最終回を迎えます。何とか年内に終われそうです。と言っても、皆様のお声と応援、感想がある限りまだまだ続くんですがね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 21 ー

お待たせしました、ようやく更新出来ました(´ω`)

前回の話投稿後、読者の皆様の天の神(天奈)への人気というか好感度とかが上がったようで……感想とかリクエストにも色々天奈関係の話が出て笑いました。

いくつかの感想にも返答しましたが……残念ながら、本編ゆゆゆいには時系列と原作の内容的に天奈は出せません。先駆者様の某みかん好き主人公の作品のように1年進めるなら話は別ですが……あ、ifでなら何でもアリです。ちゃんとご都合的なって書いてるでしょ?←

ただ、オリキャラである天奈、神奈が皆様に愛されているのは作者として嬉しい限りです。これがイメージcvぱるにゃすのキャラの力か……大したもんじゃねぇか……へへっ(消滅

さて、今回で色々と色々な色々になります。それでは、どうぞ。

最後に久しぶりのアンケートがあります←


 ― で……どうする気なの? 地の神 ―

 

 それは、天の神が友奈と楓の魂を現実の世界へと戻した直後のこと。友奈と共に戻らずにこの空間の中にまだ居た神樹に向かって、天の神はそう問いかけた。

 

 どうする気とは言わずもがな、楓の魂のことである。楓の魂と肉体を繋ぐ糸は天の神が断ち切ってしまっており、現状楓の魂は肉体に戻ることが出来ない。そして、高次元の魂が災いして糸の代わりを探すのも作るのも困難である。

 

 ― 楓くんの高次元の魂と、この世界でそれを入れる肉体。その2つを繋ぐ糸の代わりにするのは、生半可なモノじゃダメなのは分かってるでしょう? ―

 

 ― 大丈夫……代わりになるものは……()()にある ―

 

 天の神の問い掛けに、神樹は己の胸に手を当てながらそう答えた。天の神はきょとんとし、少しの間を置いて神樹の言葉の意味を理解して驚愕の表情を浮かべた。

 

 ― まさか地の神……あなた、自分自身を!? ―

 

 ― それ以外に、方法は思い付かなかった ―

 

 神樹の言う代わりになるもの……それは、神である“自分自身”である。神という楓の魂とはまた別の高次元の存在である己ならば、糸の代わりのモノとしての質は申し分ない。

 

 問題なのは、強度。楓の高次元の魂に耐えうる強度が糸に無ければ、例え肉体と繋いだとしても直ぐにまた切れてしまう。そうなれば再び肉体と魂は別れてしまう。

 

 ― 肉体は私とあなたの力を合わせることで何とかなった。だから、私を糸としても馴染むハズ。後は、私1人で充分な強度を出せるかどうか…… ―

 

 神樹と天の神の力を使って散華を返された肉体と神樹の結界、天の神の空間と神の力に満ちた場所に在った魂……糸の規格が合わないことはないだろうし、よく馴染むことだろう。だが、その2つを繋ぐのに充分な強度が出せるかと聞かれれば、正直なところ神樹には自信がなかった。

 

 何しろ、全ての力を使った訳ではないとは言え“私達”の力だけでは肉体の再生も散華の返還も不可能だったのだ。“私”の存在全てを用いたとして足りるだろうかと言ったところ。確率としては言わずもがな、分の悪い賭けとしか言い様がない。

 

 (それでも……可能性があるのはこれだけだしね)

 

 それでも、最も高い可能性がこれだった。少なくとも、他に方法は思い付けなかった。友奈が楓の魂を勇者の力によって視覚化した花菖蒲を肉体の元へと届け次第、神樹は実行するつもりだった。

 

 不意に、神樹の左手を誰かが掴んだ。誰か、と言ってもこの場には神樹と天の神、動植物の姿の下級の神々しか居ないのだから相手は決まっている。神樹が驚いた表情を浮かべて左隣に顔を向ければ、そこには微笑んでいる天の神の姿。

 

 ― ……私も手伝う ―

 

 ― 天の神……? ―

 

 ― 友奈の顔をしてるからかな? 顔に出てるよ……自分だけじゃ無理かもしれないって ―

 

 ― それは……でも、そうすればあなたも ―

 

 ― “私達”の力を楓くんの肉体に使ったクセして今更何を言ってるの? 友奈を通して見てたんだから知ってるんだよ? ……せっかく返したんだ。それが無駄になるのは許せないからね ―

 

 天の神の言葉に、神樹は驚きを隠せない。天の神の力を使っていたことを知られているのは別に良い。だが、手伝うと言ってきたのは予想外だった。まさか天の神が、自分に手を貸そうとするなんて、と。

 

 だが、その後の言葉で納得もした。天の神としても言った通り、折角自分の意思を曲げて返したと言うのにそれが無駄になるのは不愉快だろう。

 

 ― それに……見方によっては、私の願いも叶うことになるしね ―

 

 ― ……天の神。あなたは、それで良いの? ―

 

 ― 良いんだよ。私の願いは……楓くんとずっと一緒に居ること。糸の代わりになれば、私は楓くんの一部としてずっと一緒に居られる ―

 

 ― …… ―

 

 ― きっと……私達の意識は消えてしまうけれど。顔を見ることも、話すことも、触れあうことも出来なくなってしまうけれど。私は、楓くん()が笑っていて、幸福(しあわせ)そうなら……それで良いって気付いたから。ううん……私が、そうであって欲しいと思ってるから ―

 

 ― ……私もおんなじ気持ちだよ、天の神 ―

 

 目尻に涙を溜めて、少し声を震わせる天の神。その内心を神樹は理解し、共感していた。だから、同じように目尻に涙を溜めて……微笑んだ。

 

 その存在を睹して糸の代わりとなれば、神と言えど意識は消えるだろう。そして肉体と魂を繋ぐ以上、そこから外れることは出来ない。それは彼の一部になると同時に、彼と別れることを意味している。

 

 2柱が繋ぐ手に力が籠る。彼と、彼らと話すことは出来なくなる。触れあうことも、顔を見ることも……幸福な日常を見ることも、何1つ。それでも……良かった。確かに、何1つ出来なくなるのは辛く、苦しく、寂しい。だが……その先に、あの2人の、その仲間達の笑顔があるのだから。

 

 2柱の神の頭の中に、先程まで共に居た人間の少女の姿が思い浮かぶ。きっと、彼女は彼が目覚めたら泣いて喜んでくれるだろう。他に戦っていた者達も、きっと同じように喜ぶことだろう。そして全員が揃えば……きっと、幸福の未来を手にしてくれるのだろう。

 

 ― “私達”とはもう袂を別ってるしね、かなり力は落ちてるハズだよ ―

 

 ― いつの間に!? ―

 

 ― 友奈に“気に入っていたかな”って言った時 ―

 

 今は澄み渡る青空のような空間だが、先程までは赤い空間だった。赤かったのは、“私達”の人間への、神婚への怒りが原因だ。だが、天の神は友奈を認め、気に入ったことで人間への怒り等完全に消え失せ、心の中がすっきりとしていた。

 

 だから、天の神の集合体であった“私達”から完全に離反したのだ……楓の魂に惹かれた下級の神々をそのままに。つまり、天の神の集合体である“私達”からトップクラスの力を持つ“私”と、下級とは言え森を形成して数えるのも億劫な動植物の姿をした神々の分だけ、ごっそりと力を失っていることになる。それでも力の総量はまだ天の神々の方が上であろうが……。

 

 ― まあ……楓くんと友奈ならなんとかしそうだね ―

 

 くすくすと、天の神は笑った。もう天の神々に対して仲間意識等はないらしい。それに、友奈のことを本当に気に入ったのだろうと神樹は思った。

 

 ― ……そろそろ、だね ―

 

 神樹は感覚的にそろそろ友奈が楓の魂を肉体に届けることを悟り、ポツリと呟く。そして、天の神と共に力を行使し……2柱の体が、淡い光を放ち始めた。

 

 同時に、下級の神々が端から同じように淡い光を放ち、その身を粒子に変えていく。それは空間の上に向かって行き、そこで1つに集まっていっている。

 

 2柱の間に言葉はない。もう、言葉を交わす必要はない。そして、失敗するかもしれないという不安も、恐れもなかった。ただ……神樹には心残りがあった。

 

 (……1度くらい、あの人を名前で呼べばよかったなぁ)

 

 自我を持ち、人間と同様の心を得た神樹。今日に至るまで彼女は1度として、心の中ですら楓のことを名前で呼んだことはなかった。深い理由はない。ただ、その名前を口にしようと、思い浮かべようとするだけで顔が妙に熱を持ち、言葉に出来ないむずむずとしたモノを感じて出来なかった。

 

 (だけど……あの子達を見てきたからようやく分かった。これが、“恥ずかしい”って感情なんだって)

 

 つまりは、恥ずかしかっただけ。ただそれだけの理由で、今まで思い浮かべることすら出来なかった。それに気付けたとしても、今更遅いのだが。もう彼に呼び掛けることも出来なくなるのだし、声を届けることも……最早出来ないのだから。

 

 下級の神々が光と消え、遂には隣の天の神も足下から粒子に変わっていく。その顔に、先程のような涙は無い。ただ、満足そうな……嬉しそうな表情で、天の神は何も言葉にすることもなく粒子になっていった。

 

 そうして1人となった神樹も、足下から光に変わっていく。もうすぐ、この意識は消える。だからだろうか……心残りを無くそうという意志が、恥ずかしさを上回ったのは。

 

 

 

 

 

 

 ― ……楓、くん ―

 

 その名前を呟くだけで、胸の奥が暖かくなった。足下から消えていく感覚を覚えながら、私の頭の中にあの人とのこれまでの会話や、あの子達の日常の風景が思い浮かぶ。

 

 ……私もその中に居られたらと思ったことは、1度や2度じゃない。だけど、私は神様だから……“そこ”には行けないと、理解していたから。その思いを見て見ぬふりをして、我慢して……これもきっと、寂しいって気持ちなんだね。

 

 ― 楓……くん ―

 

 もう1度呟く。あの人を名前で呼んだら、どんな反応をしてくれるんだろう。驚くかな。それとも笑われるかな。うん、きっと……朗らかに笑ってくれるんだろうな。その笑顔を見るときっと、私の胸の奥はもっと暖かくなって……私もきっと、それだけのことで笑顔になって。

 

 ― 頑張って。楓くんなら……楓くん達なら ―

 

 後の事を全て“私達”に、勇者の子達に任せることに罪悪感はある。その罪悪感すら、今の“私”になって得た感情なのだけど……でも、この罪悪感という感情すら、得ることが出来て嬉しく思うんだ。

 

 目を閉じる。もうすぐ私の意識が消える。その後の私はどうなるのか……それはわからない。ただ、願うなら……神である私は願う相手は居ないけれど、それでも願うのなら。

 

 同じ人間として……“私”はもう1度楓くんに、あの子達に巡り逢いたい。普通の人間のように……お話したり、触れ合ったり、遊んだり……あの幸福な日常の中に、私も。勇者の子達のように私も……楓くんと。ああ、やっと分かった。

 

 

 

 ― きっと……出来る ―

 

 

 

 この感情の……この気持ちの名前は……きっと。

 

 

 

 

 

 

 現実世界に戻ってきた友奈。彼女は真っ白な暖かい光を放つ水晶で形作られた花菖蒲をその胸に抱え、神樹の元にある楓の肉体に向かって飛んだ。この花菖蒲こそが、楓の魂であると直感的に理解して。

 

 「楓くん……神樹様、天の神……お願いします」

 

 数十秒程飛び、目的の場所へと辿り着くと同時に満開が花弁となって解けた。それを気にすることなく楓の肉体の側に降り立った友奈は2柱に願いながら、花菖蒲を肉体の上に持っていく。すると、その花菖蒲から楓に向かって桜色と青色と白色が混ざりあった細い糸状の光が伸びていき、肉体を繭のように包み込んでいく。

 

 幾重にも、幾重にも糸が絡み付いた後、花菖蒲がゆっくりと肉体へと沈み込んでいき……真っ白な優しい光が溢れる。少しするとその光は収まり……そこには、肉体だけが残っていた。

 

 「……楓、くん?」

 

 恐る恐る、友奈は呼び掛ける。そこから数秒程なんの反応も無いことに不安を覚えたが……10秒に達するかどうかと言ったところでゆっくりとその瞼が開き、見慣れた緑色の瞳と目が合った。

 

 「あ……」

 

 思わず、言葉が漏れた。ゆっくりと上体を起こす楓の姿を、友奈は目で追う。

 

 倒れ伏す姿を見た。病院で眠る彼を見た。神樹の下で身動きしない彼を見た。そして、神の空間にて魂のまま、話すことも動くことも出来ない状態になっても戦う彼の姿を見た。そして……今、病人服を着た楓が起きる姿を見て。

 

 

 

 「おはよう、友奈……真っ白な勇者服も似合うねぇ」

 

 

 

 そう言って……朗らかに笑う彼を見た。瞬間、ぽろりと友奈の目から一筋の涙が溢れた。それは止まることなく溢れ、友奈も顔を歪ませて……思いっきり彼に抱き付いた。

 

 「楓くん! がえでぐぅぅぅぅん!!」

 

 「おっとっと……全部見てたし、聞こえてたよ、友奈」

 

 「も、もう会えないって思っ……! 皆もっ、私、頑張って……っ……うええええん!! うああああ!!」

 

 「うん……うん……皆も、友奈も、いっぱい頑張ってくれたんだねぇ……ありがとう、友奈。自分を助けに来てくれて」

 

 号泣しながらすがり付くように力一杯抱き付いてくる友奈を、楓は抱き返しつつ囁くように良いながら優しくその頭を撫でる。その声が、その手が、全身で感じられる温もりが、友奈の涙腺を更に刺激する。

 

 そうして泣きじゃくる友奈を、楓はそれ以上何も言わずにただただ抱き締め、あやすようにゆっくりと頭を撫で続けた。お互いに、その存在を確かめ合うように。

 

 「楓……起きてる……! 楓!! 友奈!!」

 

 「お兄ちゃん!! 友奈さん!!」

 

 「楓君……良かった……起きて、くれた……!」

 

 「やったのね、友奈……」

 

 「ゆーゆズルいよ~、わたしもカエっちに抱き付く~!」

 

 「ぶれないな園子……でも、さっすが友奈だな」

 

 そこから少しして、樹海の根に運ばれてきた6人も合流する。足が折れていて自由に動けない風は美森に肩を借り、樹と園子は小走りに、夏凜と銀は楓の魂を助け出したらしい友奈に称賛を送りつつゆっくり、それぞれ2人の近くにまで向かう。

 

 「姉さん、樹、美森ちゃん、夏凜ちゃん、のこちゃん、銀ちゃん……皆も頑張ったんだねぇ」

 

 そう言って6人にも朗らかな笑みを見せた楓に、まず樹と園子が友奈諸とも抱き付いた。少し遅れて風も後ろから抱き付き、美森は目尻の涙を拭いながら己も楓の肩に手を置く。夏凜と銀は己の血で皆が汚れないようにか抱き付くまではせず、近くに立ってその様子を嬉しそうに眺めていた。

 

 

 

 ……だが、まだ何も終わった訳ではない。

 

 

 

 「っ、皆! 天の神が!」

 

 最初に気付いたのは銀だった。空を見上げながら慌てた様子で叫んだ彼女に驚きつつ全員が同じように空を見上げると、巨大な円形のナニカの形をした天の神がその身を真っ黒に染め上げ、天高く昇っていく姿が見えた。

 

 高く、高く昇っていく天の神。なのに一向に小さくならないその姿が、天の神の巨大さを物語っていた。それは尚止まらず上昇を続け、宇宙にまで届く神樹の結界のギリギリまで到達した時。

 

 

 

 その巨体が、地上目掛けて落下し始めた。

 

 

 

 「……落ちてる!? まさか、押し潰すつもり!?」

 

 「はぁ!? あんな大きいの落ちてきたら、皆ぺしゃんこになっちゃうじゃないの!」

 

 「一切合切がぺしゃんこになるだろうねぇ……どうにかして止めるか、打ち砕くかしないと」

 

 「派手なことしてくれんじゃない……っ!」

 

 落下してくる天の神に、流石に慌てる勇者達。その全容すらも把握出来ていない巨体が四国の地に落ちればどうなるかなど火を見るよりも明らかである。だが、これは天の神に……天の神々にとっても最終手段に近い行為だった。

 

 何しろ、その力の大本であった“私”と多くの下級の神々が一気に離反したのだ。力の減少は無視できないだろうし、大本の力が無くなった以上バーテックスをけしかけることも直ぐにはできない。だが、一刻も早く人間を滅ぼしたかった天の神は、その身を使って直接滅ぼしにきたのだ。

 

 超が付くほどの巨体によるシンプルな押し潰し。単純故に強力無比。巨体故に逃げ場は無い。そもそもそれほどの巨体が地表に落下するのだ、四国どころか地球そのものもどうなるか分かったものじゃない。

 

 「あんなの、どうしろっつーのよ……!」

 

 風の苛立ちと絶望の混じった叫びに、勇者達も同意見だった。アレほど巨大な相手は、かつての総力戦でのレオ・スタークラスターの御霊以来……それでも、満開をしてギリギリの勝利だった。

 

 だが、今は楓と友奈、美森を除いて満身創痍。その友奈と美森も既に満開は解けてしまっており、友奈が楓の端末を使っているので楓は変身出来るかもわからない。最早出来ることがない。成す術がない。詰んでいる。そう言っても差し支えない……そんな状況。

 

 

 

 「大丈夫。自分達なら……きっと出来るよ」

 

 

 

 それでも、楓は落ちてくる天の神を見上げながら……自分の内で、心に直接聞こえてきたような気がする声と同じように皆に聞こえるように言った。全員が思わず楓の方へと顔を向ける中で、未だに抱き付いたままの友奈は笑みを浮かべる。

 

 楓の言葉には何の根拠もない。何か手がある訳でもないし、天の神を打倒しうる何かが浮かんでいる訳でもない。ただ……それでも、諦める理由にはならない。今までの戦いと同じように。

 

 「うん……きっと、大丈夫だよ。あんなの、ちょっと大きいだけだもんね。今まで戦ってきたバーテックスみたいに倒しちゃえば……それで終わりだよね」

 

 「そうだとも。相手がどんなに大きくても、自分達はなるべく諦めない。諦めなければ……大抵、なんとかなるのさ」

 

 楓は自身に抱き付いている4人を優しく剥がし、ベッドから降りてしっかりと立つ。友奈が言うように、今まで戦ってきたバーテックスも巨大だったのだ、天の神もそれより少し大きいだけで何も変わらないのだと。

 

 友奈は涙を拭い、楓の左隣に立つ。窮地も、絶望も、恐怖も全て体験して、その上で全て乗り越えてきた。なるべく諦めない、成せば大抵なんとかなる。勇者部5ヶ条にも書いたこの言葉を、何時だって体現してきた。勇者だから、ではない。大事な、大切な存在の為に……そうしてきた。

 

 2人の言葉を聞いた6人は顔を見詰め合い……笑って頷く。そして1人、また1人と2人の方まで歩いていった。楓の右隣には美森が、その更に隣に園子、銀と続く。友奈の左隣には樹に支えられた風が、その更に隣に支えている樹、夏凜と続く。

 

 横一列に並んだ8人の顔には、諦めの色も絶望の色も無くなっていた。勝機は無いに等しいのに。根拠なんて何もないのに。それでも……立ち上がる。世界を守るだとか、勇者としての義務だとか、そう言ったモノではなく。

 

 「大丈夫。自分達なら」

 

 「うん。私達なら」

 

 

 

 「「きっと……出来る!!」」

 

 

 

 意思を示す。自分達は諦めない。私達ならきっと出来る。楓と友奈の強い意思を込めた言葉は他の6人の心に響く。そして沸き上がってくるのは、勇気。自分達なら、この8人でならどんなことでも、どんな相手でも乗り越えられるのだと。そして、その諦めない姿と言葉は……神樹を構成する神々にも届いたのだろう。

 

 「っ!? これは……」

 

 「……綺麗」

 

 「皆さん! 神樹様が!」

 

 「……凄いな」

 

 不意に、樹海に張り巡らされている木の根が全て淡く光りだした。その幻想的な光景に思わず感嘆の声が出る風と美森。他の者達もその光景に見とれるが、真っ先に樹が神樹の変化に気付き、全員が背後の神樹へと視線を動かし……銀の口から、そんな言葉が漏れた。

 

 

 

 そこには、その身を光輝かせながら色とりどりの数多の花を美しく咲かせた神樹の姿があった。

 

 

 

 「神樹様が……咲いた?」

 

 「満開……ううん、“大”満開って感じだね~」

 

 「あ、花弁が!」

 

 「あれは……ひょっとして、自分達よりも前の……」

 

 葉すら存在しない巨木の姿をしていた神樹に色とりどりの花が咲いた事に驚く夏凜。神樹そのものの大きさもあり、その様は園子が言うように大満開と言っていいだろう。

 

 咲いた神樹から花弁が吹雪のように舞い落ちる。その舞う色とりどりの花弁は風も無いのに天高く舞い上がり……その姿を、花弁と同じ色の人影に変えた。その変化に驚く友奈の隣で、楓はもしやと呟く。

 

 花弁が次々と人影に姿を変え、人影達は次々と高く高く昇って行き……やがてそれは落下する天の神まで到達し、両手を伸ばして天の神を支えるように添えた。1人2人という数ではない。かつての小さなバーテックスとは行かずとも、それこそ数えきれない程の人影がそうしていった。

 

 ふと、8人の目の前にも花弁が1枚ずつ、まるで意思を持つかのように舞い落ちる。それらは他の花弁のように人影へと姿を変えていく。オレンジ色の小柄な人影。黄色の長髪の人影。赤色の何かの花飾りを着けた長髪の人影。黄緑色のリボンのようなモノをはためかせた人影。白色の長身の人影。黒色のコートのようなモノをはためかせた人影。

 

 「あ……あの青い鳥、見覚えがあるねぇ」

 

 人影達が8人の前に現れた直後、楓が呟くとその人影達の後ろから青い鳥が飛んできて園子の前に降り立ち……その身を青色のポニーテールのような髪型の人影へと変え、その隣に赤い、巫女服のようなシルエットの人影が現れた。

 

 それらの人影は8人の方に顔の部分を向け、数秒程見詰めているようだった。やがて、8人にはその人影にうっすらと少女の顔が浮かんだ気がして……その顔に、笑顔が浮かんだ気がして。その人影達もまた、他の人影のように天の神へと向かっていく。その際、8人の耳には……凛々しく響く少女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 ― 勇者達よ! 私に続け!! ―

 

 

 

 全員がその声と人影を追うように顔を天の神にへと向ける中で、誰かが楓の肩を叩いた。不思議に思いながら楓が首だけを後ろへと向ければ……そこには、深紅のポニーテールのような髪型をした人影が、まるでくすくすと笑っているような仕草で居て。

 

 (……友奈?)

 

 その姿を見た楓は、顔もわからない人影に友奈の姿が重なった。その人影も気付いている楓にだけ手を振り、また同じように空へと昇る。

 

 やがて、全ての人影が天の神に到達し……その身を巨大な、8つの花弁を持つ虹色に輝く花へと変えた。その花は天の神の巨体を支え、落下速度が目に見えて遅くなる。

 

 「……行こう、楓くん! 私達も、あそこまで!」

 

 「……ああ、そうだねぇ。行こう、友奈」

 

 誰もがその光景に感動に近い感情を覚えていた時、友奈が楓の左手を右手で握り締めながら言った。楓もその言葉に頷き……その手を握り返す。それはまるで、壁が壊れたあの日の様で。

 

 あの時は握り返されなかった右手が握り返されたことに、友奈は泣きたくなる程嬉しくなった。ドキドキと胸の奥が高鳴り、2人でならなんだって出来るという気持ちになる。

 

 「さあ……これが最後だ」

 

 「うん! これで、最後の!」

 

 勇者アプリ等、端末等必要ない。ただ……神樹に、意思を示す。人間として生きる意思を。絶望的な状況でも諦めない不屈の意思を。ありふれた幸福な日常を掴み取る意思を。あの時と同じように。あの時よりもずっと強く。

 

 神樹がより強く発光する。樹海の全域から光の根が楓と友奈に集まり、2人を包む。そして……それは花開いた。

 

 

 

 

 

 

 「「最後の……“満開”!!」」

 

 

 

 

 

 

 足下から、最初に大きな桜の花が咲き、それを抱き抱えるように更に下から真っ白な花菖蒲が咲き誇った時、6人が見たのは花菖蒲と桜の花弁が舞い落ちる中で姿を変えた2人。確かに聞こえた満開の言葉。だが、2人の姿は彼女達が見てきた満開時の姿とは違っていた。

 

 楓の真っ白な満開時の宮司のような服はより豪奢に、より神秘的に、より神々しく。黄金に輝く円形の鏡を背負い、周囲には8つの水晶。その瞳は右目は緑のままに、左目が赤く染まっていた。大きな花菖蒲のような形の髪飾りで髪をポニーテールに結わえ、真っ白な髪は毛先に行くほど桜色に染まっていた。

 

 友奈は先程の満開とは違って桜色の巫女服のような服を同じようにより豪奢に、より神秘的に、より神々しくしたものを纏い、両手の手甲も分厚く強化されていた。瞳は楓とは対照的に右目が赤く、左目が緑色に染まり、大きな桜のような形の花飾りで長くなった髪をポニーテールに結わえ、桜色の髪は毛先に行くほど白く染まっている。そして、2人の周囲には他の6人のメインカラーの球体が6つ浮かんでいる。

 

 「それじゃあ、行ってきます!」

 

 「ちょっと行ってくるねぇ」

 

 そう言って、2人が天の神に向かって飛び上がる。満身創痍、或いは満開出来ない6人はそれを見送る。勿論、ただ黙って見送るつもりはなかった。例え力になれなくても、同じ意思を持っているのだから。だから……その声を、残された力を届けようと思った。

 

 「友奈! 楓さん! いっけええええっ!!」

 

 夏凜が叫び、変身が解ける。同時に、人影達が生んだ虹色の花の下に大きな赤いツツジが咲き誇る。

 

 「また、皆でいつもの日常を送る為に!!」

 

 樹が叫び、変身が解ける。同時に、赤いツツジの下に緑色の鳴子百合が咲き誇る。

 

 「勇者は根性だ! 楓!! 友奈!!」

 

 銀が叫び、変身が解ける。同時に、緑色の鳴子百合の下に真っ赤なボタンが咲き誇る。

 

 「成せば大抵!!」

 

 美森が叫び、変身が解ける。同時に、真っ赤なボタンの下に青いアサガオが咲き誇る。

 

 「なんとかなる!!」

 

 園子が叫び、変身が解ける。同時に、青いアサガオの下に紫色のバラが咲き誇る。

 

 「勇者部! ファイトおおおおおおおおっ!!」

 

 風が叫び、変身が解ける。同時に、紫色のバラの下に黄色いオキザリスが咲き誇る。

 

 「私達の、全部を!!」

 

 友奈が叫び、黄色いオキザリスの下に桜の花が咲き誇り……。

 

 「自分達の、全部を乗せて!!」

 

 楓が叫び、桜の花の下に真っ白な花菖蒲が咲き誇った。

 

 「「おおおおおおおおっ!! ダアアアアブル!! 勇者ああああっ!!」」

 

 真っ直ぐに、白と桜色の混じった一筋の流星のように天へと昇る2人。それは花菖蒲、桜を通過し、よりその身に宿った力を強める。オキザリス、アサガオ、バラを通過し、更に。ボタン、鳴子百合、ツツジを通過して更に。そして、最後に虹色の花を通過し……。

 

 

 

 

 

 

 「「パアアアアアアアアアアアアアアアアンチッッッッ!!!!」」

 

 

 

 

 

 

 楓の右手が、友奈の左手が虹色の光を纏いながら突き出され、天の神にへと突き刺さった。2人が通った軌跡には色とりどりの花弁が渦を巻き、勇者の花達は尚咲き誇る。だが、天の神の巨体は尚も落下を続けている。

 

 体格差など比べるのもバカらしい。止まるハズなど無いと、誰もが思う。事実、今も止まってはいない。それでも、2人の顔にも、6人の顔にも諦めはない。諦めるハズがない。そもそも、止められないと考えてなぞ居ないのだから。

 

 「自分達は!!」

 

 「私達は!!」

 

 「「大事な人達と、大切な人達と!!」」

 

 1番下に咲き誇っていた花菖蒲が上昇し始める。それはその上に咲いていた花達と重なりながら更に上昇していく。やがてそれは虹色の花とも重なり、全てが重なった花はより大きく、より輝いて。

 

 そして……2人の背中を、誰かがそっと押してくれた気がして。

 

 

 

 ― ほら、もう少し。後少しだよ、楓くん、友奈 ―

 

 ― 頑張って。楓くんなら……楓くん達なら ―

 

 ― きっと……出来る ―

 

 

 

 隣に居る少女と、自分自身と同じ声をそれぞれの耳元で囁かれた気がして。

 

 

 

 

 

 

 「「幸福(しあわせ)な未来を……生きるんだああああああああっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 突き出していた拳を引き、代わりに2人は繋いでいた虹色を伴った手をそのまま突き出し、それは天の神の巨体にめり込んだ。そこからヒビが入り、広がり……2人の繋いだ手と体は、天の神の巨体を貫いた。

 

 天の神を貫いた2人の体は暗い空の下へと投げ出され、勢いそのままにくるりと一回転し、精霊バリアに包まれながらゆっくりと落下し始める。その下で、天の神の巨体は余すことなくひび割れていき……そして、粉々に砕け散った。

 

 瞬間、神樹の体が色とりどりの花弁へと姿を変えていく。その花弁は樹海へと広がり、傷付いた樹海の根を癒していった。そしてその花弁達は樹海を、結界を越えて地獄のような世界すらも覆い尽くしていく。そしてその花弁が過ぎ去っていった場所は元の現実へと戻っていった。結界の中も……結界の()も、全て。

 

 やがて、花弁が消えた後には地獄のような世界などなかったように本来の日本の土地が姿を現し……神樹と樹海は、花弁として崩れ去るようにその姿を消して。澄み渡るような青空の下、空に居る2人の前には夜刀神と牛鬼がその姿を現していた。

 

 「夜刀神……」

 

 「牛鬼……」

 

 名前を呼ばれた夜刀神は楓に近付いてその頬を舐め……友奈の頬も舐める。友奈が驚いた表情を浮かべると同時に夜刀神は楓の胸にその体を寄せ……楓が右手で抱き締めると、花菖蒲の花弁となって楓の体へと染み込むようにその姿を消した。

 

 そして牛鬼は2人の目の前をしばし飛んだ後、先の青い鳥のようにその姿を桜色の人影に変えた。うっすら表情も浮かぶその姿は勇者服を着た時の友奈に良く似ていて……2人に向かって笑いかけた後、桜の花弁となって消えていった。

 

 「……今までありがとう」

 

 「……さよなら」

 

 感謝と、別れ。その2つを告げた2人は光に包まれ……そして気がつけば、讃州中学の屋上に居た。8人全員で、円を描くように寝転んだ状態で。その傍らにはそれぞれの端末が画面が砕け、その上に花弁が積もっている。それはなぜか持ってきていなかった筈の友奈の端末も一緒であった。

 

 8人はしばらく放心したように青空を見上げ……示し合わせたようにうつぶせになり、お互いに顔を見合わせる。そうして全員が全員の顔を見て……誰からともなく、笑顔を浮かべた。

 

 「お帰り、楓、友奈」

 

 「お帰りなさい、お兄ちゃん、友奈さん」

 

 「お帰りなさい、楓君、友奈」

 

 「お帰りなさい……友奈、楓さん」

 

 「カエっち、ゆーゆ……お帰り~」

 

 「お帰り! 楓、友奈!」

 

 仲間達からの暖かな笑顔と、暖かな言葉。2人は顔を見合せ、くすっと小さく笑って。

 

 

 

 「「ただいま、皆」」

 

 

 

 そう言って……幸福そうに笑った。




原作との相違点

・天の神の最後の攻撃がレーザーではなくサハクィエル(ボディプレス

・人影達が下ではなく上に向かって手を伸ばす。

・あの人が喋った気がする。

・大満開友奈、そして大満開楓

・他の6人の変身が解けるのと花が咲くのが同時

・銀ちゃんブーストではなく天地神ブースト

・ダブル勇者パンチ(3回目、トドメは繋いだ手による一撃)

・牛鬼が人影に

・デュエルで拘束された←



という訳で、最終決戦決着というお話でした。今まで通り、もしくは今まで以上にやりたい放題しました。特に人影関連。私は牛鬼はたかしー説押しです。

気分的には最初から最後までのスペシャル特盛回。皆様に胃もたれが起きてないか心配です。最後の展開はかなり悩みましたが、悩んだ末にど真ん中ストレート。やはり本作としてはダブル勇者パンチで決めたかった。

人影や大満開友奈の容姿、牛鬼や神奈、天奈等色々と仕込んでみましたが、いかがでしたでしょうか。楽しんで頂けたなら幸いです。

さて、本作本編は次回の最終回エピローグをもって完結予定です。次回含め、後3話程書いて今年を終えたいモノですね(完結なのに後3話とかこれもうわかんねぇな)。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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咲き誇る花達に幸福を ー 完 ー

お待たせしました(´ω`)

やりたい放題した前回のお話、皆様に好意的に受け止めて貰えたようで何よりです。

fgoクリスマスイベントお疲れ様でした。ボックスガチャは28箱でフィニッシュ。後2箱開けたかったなぁ……。

ゆゆゆいもイベント目白押しですな。しかし私はガチャらない。年末こそが勝負時ですよ。これから来る満開と切札、まだ見ぬ防人組の満開、切札枠が楽しみですね。

リクエスト、感想でものわゆを求めるお声が増えました。本当に増えてきたので、ちょっと考えます。DEifに代わる短編なら行けるか……?

アンケートはやはりというか“かんな”が多かったですね。これは……決まったな(何が?

さて、今回は最終話兼エピローグです。本編最後のお話、どうぞお読みください。


 あの後すぐ、8人は安芸達によって元の病院まで運ばれた。なぜ讃州中学にすぐ安芸達がやってこれたのかと言えばなんということはない。彼女達ならば必ず天の神に打ち勝つと信じていた安芸が、運転手の大赦の男に讃州中学に向かうように指示していただけのことである。

 

 楓が目覚めていることに安芸が驚いた後に涙を流して大赦の男に慰められたり、席が足りなくてぎゅうぎゅうとすし詰め状態になって園子と友奈が楓とくっついてご満悦だったりとした後。病院に着いた8人は直ぐ様一般人とは別室で診断を受けたのだが、いつの間にかケガが治っていることが発覚。どうやら最後に、神樹が治してくれたらしい。こればかりは風も素直に感謝していた。

 

 そして最後の戦いから2ヶ月近く経ち、3月に入った頃……ようやく四国は混乱から立ち直りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 現実世界への天の神の襲来。それは出現から程なく樹海化したことにより、その結界内に押し込められて現実から姿を消した。とは言え、その巨体と空間が割れて赤黒く染まった空を目撃した者は数多く居た。勇者達の戦いの影響で何度か地震が起きたことも、住民の不安を煽ったことだろう。

 

 それに加え、神樹が最後の力を楓と友奈に託したことによって花弁となって消えたことにより、結界が消失。同時に、四国の周囲を囲っていた壁も崩壊し、天の神を打倒したことで地獄のようだった結界の外は元の世界の姿を取り戻していた。それが問題だった。

 

 美しい自然を映し出していた結界の外は本来の姿を取り戻し、そこから見える外の世界の町並みは西暦の時代、バーテックスの襲来によって廃墟となったままそこに存在したのだ。まるで、そこから時が止まっていたかのように。

 

 謎の巨大飛行物体、頻発した地震、樹海が傷付いたことによる多くの家屋や集合団地等の建物の一部の損壊、小規模に収まってこそいるが山火事や土砂崩れ、ウイルスが蔓延していると伝えられていた外の世界の現実、神樹の結界である壁の崩壊。壁は神樹が作った結界であることは周知の事実である為、その崩壊を切欠に民衆は神樹の死亡、消失を知ってしまった。

 

 そこからはもう大混乱である。一部の住民は避難生活を余儀無くされ、神樹の恩恵を失ったが故に限りある資源で生きていかねばならなくなった。それは神樹という神と恩恵がある生活に慣れきっていた神世紀の人間には肉体的にも精神的にも苦痛を伴った。

 

 当然、大赦にも多くの陳情やら質問やら追及やらがなされたが……そこは良くも悪くも影響力があり、組織としての規模も大きい大赦。友華を筆頭にした上層部の人間による指示で機敏に動き、四国内の復興や外の調査、事情説明にと奔走した。

 

 そう、大赦はメディアを通じて事情を説明したのだ。神樹のこと、ウイルスの真実、天の神の存在。勇者の存在を除いて、全てを。再び混乱や隠していた大赦に対して怒りが向けられ、中には与太話だとして嘘つき呼ばわりもされたが……一月もする頃にはその働きぶりや動画像等の証拠も提示したことで再び信頼を取り戻していった。

 

 また、限りある資源とは言うが四国の土地そのものにはまだ神樹の恩恵が残っているらしく、数年から十数年単位で野菜や果物、山菜といったものは変わらずに収穫出来るらしいということも住民の心労を軽くしたのだろう。後の調査でその恩恵は外の世界の土地にも広がっているようだということが分かり、いずれ外で暮らすことになっても何とかなるかもしれないという希望も出てきた。

 

 『神樹様は約300年、我々を守ってきてくださいました。それだけでなく、我々の未来までもその命を賭して守ってくださったのです。神樹様の死は言葉に出来ない程に悲しく、神樹様が居ない生活と未来への不安は尽きないでしょう』

 

 3月のとある日、テレビやラジオから友華の声が聴こえてくる。それは讃州市にある避難所の1つに設定されている讃州中学の食堂に設置されているテレビからも同じように聞こえていた。画面の中にはどこかの会場にて友華を始めとする大赦の名家、重鎮の人間の姿があり、友華が代表として壇上に上がって話している所だった。

 

 『それでも、我々は生きていかねばなりません。我々を守り、育て、生かしてくれた神樹様への感謝を込めて。雛鳥がやがて親鳥の元から巣立つように、我々もまた、神樹様という親から巣立つ時が来たのです。苦しいことはあるでしょう。辛いこともあるでしょう。厳しいことも、悲しいことも、老若男女関係なく襲い来ることもあるでしょう』

 

 その讃州中学の食堂に、楓を除く勇者部の姿はあった。避難してきている人達の為に大量のうどんを作る風と美森、銀。せっせと材料を運んでは取りに行くを繰り返す友奈と夏凜。出来たうどんを取りに来た人達へと笑顔で手渡す樹と園子。

 

 『それでも、我々は生きています。神樹様の恩恵は今も尚我々を助け、守り、生かしてくれています。そんな我々が神樹様に恩を返すには、自分達の足で真っ直ぐと立って懸命に生きていく事なのです。まずは大人である我々が手本として、子供達にその姿を見せ付けていかねばなりません。神樹様ではなく自分達大人が、未来ある子供達を今度こそ守り、導いていかねばなりません』

 

 大人も子供も関係なく友華の言葉に聞き入り、その姿に見入っていた。大赦の中でもトップに程近い位置にいる人間の、その真剣な表情と心からの真摯な言葉。壇上の上に身一つで立ち、台本も何もない己の口から出る言葉。それは確かに、聞く者の心に染み渡る。

 

 『生きましょう。未来ある子供達に誇れるように、未来の子供達に誇れるように。神樹様への恩返しというだけでなく、自分自身の確かな意思をもって。誰かが出来ないと言うのなら、共に乗り越えましょう。誰かが困っているのなら、手を差し伸べましょう。自分の為だけでなく、誰かの為にも“勇んで”動きましょう。そうして動けたなら……きっと』

 

 

 

 ― あなたの誇りに……誰かにとっての“勇者”になれるハズです ―

 

 

 

 

 

 

 「その格好での作業は辛くないですか? 息苦しいとか暑いとかありそうですけどねぇ」

 

 「いえいえ、これが以外と通気性が良いんですよ。それに、慣れました」

 

 7人が避難所で動いている時、楓は別の場所でスコップ片手に瓦礫や土砂等の撤去作業を手伝っていた。無論、専門の人間が必要な場所ではなく一般人でも作業可能な場所でだが。少し離れた場所では同じようにボランティアとして作業している人間の姿が見え……近くには共にスコップで泥の除去をしているいつもの格好をした大赦の人間の姿があった。

 

 その大赦の人間は楓の質問に軽い調子で答える。声からして男と分かるその人間は、安芸と共に何度か姿を見せている。その為、楓を初めとして他の7人も程度の差はあれど信用していた。

 

 楓はスコップを動かす手を止め、現場のどこかに置いてあるラジオから聴こえてくる友華の声に耳を傾ける。楓は友奈以外の6人から彼が魂を連れ去られていた時の病室での会話、神婚へと友奈を誘導したという話を報告として聞かされていた。だが、別に彼は彼女へと怒りや不信感を抱くことはなかった。

 

 「……良かったのですか? 世界を救ったのはあなた方勇者であると……勇者の存在を世に知らせなくても」

 

 「それ、分かってて言ってますよねぇ? ……良いんですよ。自分達は自分達にとって大事で、大切なナニカの為に戦ったんです。世界を救ったとか、そういうのは結果的にという話ですし……それに、余計な混乱を招きかねませんし、危険なことに巻き込まれたくもないですしねぇ」

 

 楓の言葉に、大赦の男は分かっていると頷く。世間的には、神樹が残り少ない力の全てを賭けて天の神と相討ち、世界を救ったとされていて勇者の存在など知られていない。それは勇者部全員が納得していた。

 

 たった8人の子供達が天の神、その神が生み出した化物と戦って世界を守り、最後には世界を救った。そんな勇者達を世に知らしめるとどうなるか。色々と考えられるが、一言で纏めるなら“面倒なことになる”だろう。

 

 子供を矢面に立たせていた事実は大赦の印象を更に悪くするだろう。勇者の実名が知れれば興味本位で、或いは悪意や善意で近付いてくる者も出てくるだろう。中には神樹の消滅は勇者の責任だなんだと騒ぎ立てたり、勇者の力を失っているとしてもその存在を危険視して排除に動く者だって出るかもしれない。

 

 考えられる可能性はそれこそ細かなモノを含めれば数えきれない。だからこそ、勇者の存在そのものを秘匿したままにしておくのだ。勇者達に危険が及ばぬように。大赦の保身と取られるかもしれないが、大赦は良くも悪くも影響力が大きい組織。過去も今も、そしてこれからも必要な組織である為、これ以上のイメージダウンは避けねばならなかった。

 

 「元々、誰かからの称賛とかからは無縁だったんです。今まで通りですよ」

 

 「……その称賛が欲しいと、思ったことはないのですか? 誰かに認められたいと、思ったことはないのですか?」

 

 「無いですねぇ。勇者部の皆で勝利を分かち合える。勇者部の皆で皆の頑張りを認め合える。それで良いんですよ……自分達は」

 

 「……」

 

 「称賛は、皆の“お疲れ様”。認知は、皆で誰々の何々が凄かったや良かった、なんて感想で充分。報酬は……皆と過ごす、“ありふれた日常”。これ以上のモノが必要ですかねぇ?」

 

 朗らかな笑顔を浮かべて即答する楓に、大赦の男はただ頭を下げた。そんな風に2人が会話をしていると、少し離れた場所から2人の元に向かって歩いてくる人影が2つ。

 

 「犬吠埼君、三好君。お昼のお弁当を持ってきたわよ」

 

 それは私服姿の安芸と、楓がこうして外での活動をしている時に知り合った亜麻色の長髪の小柄な少女であった。安芸の言うお弁当が入っているのであろう少し大きめのバスケットを少女が持ち、ペコリと楓達に向かってお辞儀をしてからまだ残っている瓦礫に足を取られないようにしながら歩いてくる姿を見つつ、楓はボソリと呟く。

 

 「……“三好”、ですか。自分達が揃っている前では仮面を外さず、声も出さないのはそれが理由で?」

 

 「安芸さん……」

 

 楓の言葉を聞き、男は仮面に手を当てつつ呆れたような声を出す。その態度に、楓は男の人物像に確信を抱き……自分のかつての担任がしまったと言わんばかりに口元に手を当てているのを見て、思わず苦笑い。少女は不思議そうにきょとんとしていた。

 

 「黙っていた方が良さそうですねぇ?」

 

 「お願いします……これは、私がどうにかしないといけない……いつか、自ら勇んで動かねばならない問題ですから」

 

 くすくすと笑う楓に、男は仮面を少し外して顔を見せながら、その顔に苦笑いを浮かべる。男の顔は楓の予想通りの茶髪と……どこか、夏凜に似ていた。

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、姉さんの受験合格と樹の部長就任を祝って……乾杯!」

 

 【かんぱーい!】

 

 それから数日後のとある日、8人の姿は部室にあった。中ではそれぞれ持ち寄った様々なお菓子や料理をテーブルの上に広げ、オレンジやらリンゴやらのジュースや麦茶、紅茶等のペットボトルから各々が好きに注いだ紙コップを掲げて楓の音頭と共に乾杯をする。それは楓が言った通り、風の高校受験の合格と樹の次期勇者部部長就任のお祝いパーティーであった。

 

 風には“受験合格おめでとう!!”、樹には“新! 勇者部部長!!”とそれぞれ書かれた手作りのタスキが掛けられており、2人は照れ臭そうにしている。手にした飲み物を飲み、食べ物を少し摘まんだところで、風が話し始める。

 

 「いやー合格して本当に良かったわ。これも園子が勉強手伝ってくれたお陰ねぇ」

 

 「いやいや~、それほどでも~♪」

 

 「結構ドタバタしたからギリギリだったみたいだけどねぇ」

 

 「避難所のお手伝いとかもやってましたからね、風先輩」

 

 年を越す前から園子に受験勉強の手伝いをしてもらっていた風。受験前に天の神が襲来し、勉強どころではなくなったので少し疎かになってしまったものの、何とか合格することが出来た。場所は讃州中学からそう離れてはいない高校である。

 

 風の頑張りを知る7人としても、彼女の合格を聞いた時には本当に嬉しく思い、安堵の息を吐いた。あれだけ頑張って勉強し、天の神とも戦い、その後も勇者部として活動していたのだ、これで落ちていたら当人でなくとも落ち込んでいただろう。

 

 「次の部長は樹、か。納得だけど、正直ちょっと意外だったわ」

 

 「だな。あたしは楓か須美がやるんだと思ってた」

 

 「私はお兄ちゃんか夏凜さんだと思ってたんですけど……」

 

 「私はパソコン関係を担っているから、部長業まで手は出せないもの」

 

 「まあ、私は最初そのつもりだったんだけどね……樹なら問題ないでしょ」

 

 「自分は初めから樹だと思っていたからねぇ。それに、早い内に部長として経験を積んで、自分達が卒業した後も勇者部を存続させていって貰わないとねぇ」

 

 「せ、責任重大だ……が、頑張る!」

 

 「その意気だよ樹ちゃん! 私も手伝うね!」

 

 「はい!」

 

 勇者部の次期部長は樹に任命されている。夏凜と銀と樹が言ったように、風は当初の候補として楓か美森、もしくは夏凜を候補として挙げていた。が、自宅で楓が今言ったことを告げた為、考え方を変えて樹に変更したのだ。それに加え、今の樹ならしっかりこなせるだろうと姉の贔屓目無しに考えていた。

 

 最初は大変かもしれない。しかし、樹は部長としての風の背中を見続けてきたし、何よりも心強い仲間達が居る。プレッシャーこそ感じてはいるが、決して嫌々やっている訳ではない。むしろ、姉と同じように、或いはそれ以上に部長をやるんだと気合いを入れていた。

 

 わいわいと和やかに、楽しく進むパーティー。風と楓に頭を撫でられ照れる樹。その様子を見てくすくす笑う美森と樹を少し羨ましそうに見る友奈。腕を組みながら穏やかな表情で樹を見る夏凜。楓に自分の作ってきた料理を食べて美味しいと呟く楓を見てはにかむ銀。何やら風に笑顔で言い寄って頭に手刀を受ける園子。

 

 そうして、楽しい時間は過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 パーティーから数日経ったとある日の学校の帰路。楓から共に着いてきて欲しいと言われ、8人揃って歩いて病院に向かっていた。

 

 「ねぇ楓くん。病院に何しに行くの? ひょっとしてどこかケガしちゃった!? それとも病気!?」

 

 「違う違う。友華さんから自分達に会って欲しい人が居るって言われてねぇ。何でも、北海道で見つけた唯一の生き残りの女の子らしいよ」

 

 「西暦の人が生き残っていたの!?」

 

 「あの火の海をどうやって……」

 

 心配そうにする友奈だったが、楓の説明を受けて安心し、友奈を含め全員が驚愕する。美森と銀の驚きの声に、楓は自分も聞いた話なんだけどと前置きしてから話し始める。

 

 大赦の知り得た情報では、恐らくは外の世界は世界の理が天の神によって塗り替えられていた間、塗り替えられる直前の状態で時間が止まっていたらしい。その天の神が打倒され、理も元に戻ったことで止まっていた時間は再び動き出した。つまり外の世界は西暦の時代のまま保管されていたことになる。

 

 この事に気付いた大赦は、理が塗り替えられる前の世界の情報をかき集め、最も生き残りが居そうな場所へと調査隊を派遣。色々と紆余曲折はあったものの、北方の大地……北海道のとある洞窟にて1人の少女を発見したと言う。衰弱が激しく意識もなかったが、直ぐ様連れ帰り病院で治療をし、先日ようやく意識を取り戻したのだとか。

 

 「しかもその子は勇者だったらしいよ」

 

 「西暦の勇者……初代勇者の1人ということね」

 

 「それで同じ勇者だった私達が呼ばれたって訳か」

 

 「初代勇者かー、どんな人だろうね!」

 

 「優しい人だといいですね」

 

 「西暦のお話とか聞けるかな~」

 

 「いや、ようやく意識を取り戻したって……あたしらが行って大丈夫なのか……?」

 

 「友華さんが言ったなら大丈夫でしょう。私も、西暦の話が聞けるか楽しみだわ」

 

 そんな会話が繰り広げられた後、しばらくしてから8人は出会う。西暦の時代、北海道にて1人戦い抜いた黒い勇者と。300年の時を超え、奇跡のような出逢いをするその勇者の少女は今から半年後、9月頃に新たな部員として共に過ごすことになることを……この時の8人はまだ知らない。

 

 

 

 (……あれ?)

 

 

 

 その病院への道中、楓の後ろを歩いていた友奈は見た。風と話をしながら歩く彼の両肩に、見覚えのある角の生えた白い蛇と……3本の足が生えた黒いカラスの姿があったのを。その1匹と1羽は友奈の方へと向き直り……その顔に、自分と良く似た緑色の瞳の少女と青色の瞳の少女の顔が重なり、自分に向かって微笑んだ気がした。

 

 「わっ……?」

 

 不意に、風が吹いて思わず友奈は目を閉じる。再び開けた時には、そこに先程みた蛇とカラスの姿はなく……友奈の声が聞こえたのか、楓が足を止めて振り向く。

 

 「友奈、どうかしたかい?」

 

 「……ううん、なんでもないっ」

 

 友奈はそう言って笑い、少し走って楓の左隣に立ち、その手を繋いだ。そのことに楓は少し驚いた表情を浮かべたが直ぐに朗らかに笑い、その手を握り返す。

 

 「えへへ……♪」

 

 そして友奈は……幸福(しあわせ)そうに笑った。

 

 「ゆーゆズルいよ~。わたしもカエっちと手を繋ぐ~♪」

 

 園子が楓の右手を繋ぎ、嬉しそうに笑う。

 

 「もう、そのっちったら」

 

 そんな彼女達を見て、美森がくすくすと笑う。

 

 「園子は相変わらずだな」

 

 銀が懐かしそうに笑い、楓の手に目をやって少し頬を赤くする。

 

 「いやー、弟がモテモテで姉のアタシも鼻が高いわー」

 

 風が2人に挟まれている楓を見て笑いながら胸を張り。

 

 「もしかしたら、どちらかが私の義理のお姉ちゃんになるかもね」

 

 樹が姉の言葉を聞いてそんなことを笑いながら冗談混じりに言い。

 

 「そうなった時の風の顔が見物ね」

 

 夏凜がどんな彼女の姿を想像したのか楽しげに笑って。

 

 「ほら皆、あんまり遅くならない内に行くよ」

 

 【はーい!】

 

 元気良く返事をする皆の声を聞いて……楓はまた、朗らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 これは、勇者となって大切な人達の為、世界の為に戦う少女達と共に戦う、神様さえ魅了する魂を持った中身お爺さんな転生者がのんびりと2度目の青春を謳歌したり、少女達とほのぼのしたり、重いシリアスになったり、時に暗い勘違いを無意識に突っ込んだり……そして最後には大事な、大切な人達と共に笑って、掴んだ幸福な未来に向かって生きていく……まあ、そんな感じの物語。

 

 その中でありふれた日常の中で咲き誇る、満開の笑顔の花達に……幸福を。




原作との相違点

・最終決戦を住民は見ていない

・神樹消失後に石油等の天然資源が出るのではなく、恩恵が残り、他の土地にも広がっている

・北海道に生き残りが居る

・勇者部5ヶ条のまま

・幸福そうに笑う勇者部の人数が8人



という訳で、これにて“咲き誇る花達に幸福を”の本編は完結となります。ここまでのご愛読、誠にありがとうございました。現時点でUA270,465、お気に入り1602件、感想930件、総合評価4032ptでした。

正直なところ、番外編込みとは言えここまで話が長くなり、多くの方から評価を頂けたことに驚いています。また、1年という期間で完結出来たことにも。皆様の暖かく、面白い感想は私の力になりました。改めて御礼申し上げます。

ここで少し今回のお話の補足をば。5ヶ条ですが、あれは原作での勇者部のケンカ、時間が無い友奈との言い争いに近い会話があったからこそ生まれたものだと私は思っています。また、原作では友奈は人間としてというよりも勇者として、という意識が強く自身のことなど二の次三の次な感じでした。

が、本作の友奈は勇者として戦うよりも“自分として”戦う意識が既にありました。神婚云々の言い争いもなかった為、結果として“無理せず自分も幸せであること”という6ヶ条は生まれなかったです。ここは賛否両論ありそうですが、ご理解頂けたら幸いです。

他にも色々疑問やこの後8人はどうなるのか、と考えることはあると思いますが、そこは原作に習ってそのままにしましょうかね。終わってからも考察、想像、妄想してもらうのも楽しそうですし。私が←

さて、本編こそ完結致しましたが本作はまだまだ続きます。書けてないリクエストもありますし、何よりも楽しみにしていただいている本編の設定のゆゆゆいが残ってますからね。楓は園子と銀と同じく切札枠か、それとも最初から戦うのか。

改めましてここまでのご愛読、誠にありがとうございました。番外編、ゆゆゆいとまだまだ続く本作をこれからも宜しくお願い致します。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲キ誇ッタ花ハ……? ー LEif ー

お待たせしました(´ω`)

fgoで5章始まりましたね。オリオン欲しいですが、相変わらず爆死しています。でもプリコネでイリヤが来てくれたのでまぁ……ゆゆゆいは年末ギリギリまで恵み貯め。須美ちゃん色々てんこ盛りで笑いました。

さて、今回は本編完結後最初の番外編、リクエスト品です。私の活動報告のリクエスト箱を見れば分かるので言っておきますが、本作番外編1番の問題話の続編みたいなモノです。

リクエストと言えば、また色々頂きました。某先立者様の作品のような未来の妻&子供ifも来てましたね……見たいですか? オリキャラ沢山に生りますけど←

ここからは注意事項です。

・本作完結の後読感を著しく損なう恐れがあります

・慈悲と救いはありません

・読者様達の知るあの子は居ません

・下手したらあの話より重いです

・書いてる本人に何回かSANチェック入りました←

・リクエスト内容を少し変えています

・長いです(12000字越え)

それでは、どうぞ。


 「あなたは……だぁれ?」

 

 物心付いた時に初めて見た、私の全身を写す大きな鏡。その時に見た鏡の向こうの自分に対して、私はその姿が自分のモノだと気付かず……自分の姿だと()()()、そう口にしていた。

 

 手を伸ばすと、鏡の向こうの女の子も同じように手を伸ばす。だけどその手が触れあうことはなく、代わりに鏡の冷たく硬い感触があった。きょとんと不思議そうな顔をしている女の子。私もきっと、同じ顔をしているんだろう。だってこれは鏡なんだから。

 

 「あらあら、初めて見た鏡はそんなに不思議だったかしら?」

 

 「ははは、子供らしくて可愛いじゃないか。よし、お父さんがその可愛い女の子の名前を教えてあげよう」

 

 私の後ろからそんな声が聞こえて、鏡に2人の男女の姿が映る。微笑ましいモノ見るように笑っているその男女は、私の両親。そして、父親が私の直ぐ後ろにしゃがみこんで……私の両肩に手を置いて、耳元で囁いた。

 

 

 

 「お前が見ている女の子の名前は“乃木 園子”。お前とおんなじ名前なんだよ」

 

 

 

 父親から聞いた名前は、鏡の向こうの女の子の姿と同じように……自分のモノだとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 あれから数年。私は相変わらず自分の姿や声、名前が自分のモノだと思えないまま暮らしていた。住んでいる家は大きな屋敷で、この家は大赦の中でも名家である乃木家だとか。やっぱり自分のモノだとは思えない。だけど何故か私は、その名前を聞く前から“乃木”という名字を知っている気がした。

 

 とある日、私は“お役目”というモノの説明を受けた。両親曰く、私は神樹様によって選ばれた“勇者”であり、来るべき戦いの日に向けて訓練を行わなければならないらしい。このお役目と勇者に選ばれたことはとても名誉なことであり、世界の為にもなる素晴らしいモノなんだとか。

 

 でも、私はそうだとは思えなかった。何故なのかは自分でもわからない。ただ……お役目とか、勇者とか聞いているだけで妙に腹立たしい気持ちになって……でも、それを言うことは出来なくて、言われるがままに訓練を受けていた。

 

 私の勇者としての武器は槍。大赦の人間の専門の人を呼び、教えを受ける。それなりの期間教えてもらっているだけあって、我ながら中々様になってきたように思う。でも、何故だろう……どうにもしっくりとこなかった。何と言うのか……“私の武器はこれじゃない”という確信にも似た考えが頭にあって……でも結局、長く教えてもらっていたこともあって言い出せずにいた。

 

 それに加えて、毎日のように何か夢を見ていた。詳しい内容は……起きたら時にはいつも忘れてしまっていて。でも……懐かしいとか、悲しいとか、辛いとか……そんな夢だったことは何となく理解してた。何かを忘れているような……でも、思い出してはいけないような、不思議な感覚を私はずっと抱えていた。

 

 少しずつ、でも確実に鬱屈とした感情を貯めつつ神樹館……自分が通う学校に向かう。教室に着き、自分の席に座ってすぐに顔を伏せて眠る。周りは乃木家というネームバリューに気後れしているのか話し掛けて来ない。同じ勇者として選ばれた人達も居るらしいが、その人達とも今はまだ関わりがなかった。必然、私は学校ではいつも1人だった。

 

 そんな日に終わりが訪れたのは、5年生の夏休み明けの登校初日。担任の安芸先生が転校生だと言ってその人を招き入れる。瞬間、私はその人に目を奪われた。

 

 男子にしては長めの首程の黄色い髪。顔立ちはまだ子供だからか女の子のようにも見えて、瞳の色は緑。その1つ1つが、私の中の何かを揺さぶって……心の奥底から懐かしさとか嬉しさとか悲しさとかが溢れてきて。

 

 その人を、私は知っている。初対面なハズなのに……違う、初対面なんかじゃない。知っている。知っているんだ。心から求めてるんだ。あと1つ、何か1つの切欠があれば思い出せる……そんな予感を感じて。

 

 「今日から皆さんと共に勉学に励む仲間となります、雨野 新士です」

 

 その声を聞いて、“私”は全てを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 それは、私が高校生になってからのことだった。勇者部は皆が卒業する頃には自然と消滅してしまっていて、だけど部員同士の交流はそれなりに続いていた。お役目から解放されて、勇者として戦っていた日々なんて忘れて高校生活を送る人。夢の為に頑張る人。もう1度、離れ離れになった人に会うために努力をする人。そして……仮初めの幸福に身を置く人。私は……全部だった。

 

 勇者のことなんて忘れたかった。勇者部の中で出来た夢を目指して頑張っていた。夢が叶った後も努力を続けていた。そうすれば、もしかしたらその先でまた会えるかもしれないと思っていたから。

 

 (遅くなっちゃったな……心配、してないかな)

 

 とある日、私は家に帰るのがいつもよりもかなり遅くなってしまった。スケジュールの問題とか交通の問題とか理由はあったけど、そのせいで連絡も遅れてしまっていた。メールは送ったけれど、返信がないから結構怒ってるのかもしれない。そんな風に、呑気に考えていた。

 

 『ただいまー! ……?』

 

 自宅に着いて玄関の鍵を開けて中に入ってそう大きな声で言ったんだけど返事がない。いつもなら直ぐに返ってくるのに……そんなに連絡を忘れてたこと、怒ってるのかな。なんて思いながらリビングに入ると、そこには誰もいなくて。

 

 (……自分の部屋に居るのかな?)

 

 そう思って部屋に向かって扉をノックするけど、やっぱり返事がない。流石に不審に思って部屋の中に入ると……。

 

 

 

 『……お姉……ちゃん……?』

 

 

 

 そこには、勉強机の上にうつ伏しているお姉ちゃんが居て。その机から、赤い液体か床に向かって流れ落ちて、壁にもべったりその赤い液体がついてて……ダラリと力なく垂れ下がっている手の下に、赤く濡れた包丁があって。目の前の光景が理解出来なくて、まるで夢でも見ているみたいな感じで近付くと、深い切れ込みが入って赤く染まった首が同じように赤く染まった髪の隙間から見えて……眠っているみたいに目を閉じてるお姉ちゃんの顔の横に、ノートと1枚の写真があった。

 

 

 

 “全部夢だった。何もかもウソだった。ごめんね樹。お姉ちゃんはこんな世界たえられない”

 

 

 

 ノートに書かれた文字を見て足から力が抜けた。写真は、私達がまだ小学生の頃の……お父さんもお母さんもお兄ちゃんも皆居た、家族5人が写ったモノだった。

 

 なんでお姉ちゃんがこんなことをしたのか、原因はわからない。ただ、お姉ちゃんは今まで見ていたお兄ちゃんとの暮らしが全部幻覚(ユメ)だったってことに何かの拍子で気付いてしまった……ユメから覚めてしまったってことは分かった。

 

 元々、お姉ちゃんの心は限界だった。だからお兄ちゃんの幻覚まで作り出して、その仮初めの幸福な暮らしをしていたのに……残酷な現実は、今度こそお姉ちゃんを殺した。お姉ちゃんに死を選ばせた。

 

 『お姉……ちゃん……』

 

 私だけじゃ、ダメだった。家族3人じゃなきゃ、ダメだった。例え幻覚だったとしても、お姉ちゃんには家族3人での暮らしが必要だったのに。なのに、お姉ちゃんは私を置いていってしまった。勇者のお役目から解放されていたから、精霊がお姉ちゃんの命を守ることもなかった。

 

 バーテックスがお父さんとお母さんを奪った。お兄ちゃんは大赦が、神樹様が奪った。今度は残酷な現実がお姉ちゃんを奪っていった。

 

 

 

 その残酷な現実を作ったのは、誰?

 

 

 

 バーテックス? 神樹様? 世界? 勇者? 大赦? わからない。思考が纏まらない。分かるのは、私の幸福はもう何処にもなくなってしまったことと……私は、独りになってしまったということ。お兄ちゃんにもお姉ちゃんにも置いていかれてしまったってこと。

 

 『……嫌……だ……イヤ、だ、いやだ、嫌だイヤだいやだ嫌だイヤだいやだ嫌だイヤだいやだ!!』

 

 私にはお姉ちゃんしか居なかったのに。お兄ちゃんにも会えなくて、忘れられて、連れていかれて、だからお姉ちゃんしか居なかったのに。また居なくなった。また奪われた。勇者として戦って、解放されて、やっと仮初めでも幸福な日常を過ごせたのに。

 

 『嫌だよ……お姉ちゃんまで居なくなったら……私だって……』

 

 涙が溢れて止まらない。独りになってしまったら、私だってたえられない。こんな……こんな残酷な世界……生きている意味なんて、ない。夢なんてもうどうでもいい。そんなモノ、もうなんの価値も無い。

 

 泣いて、泣いて、泣いて。あんなに気をつけていた喉が枯れて、声が出なくなるまで泣いて。ふと、お姉ちゃんの手の下にある包丁が目について……吸い寄せられるように、這うようにして近寄って、それを手にして。

 

 『……んな……ご、んな……ぜ、がい……っ!!』

 

 そして……首に鋭い痛みが走った。

 

 

 

 

 

 

 「……あれ……ここは……?」

 

 気が付くと私は、知らない天井を見上げていた。体を起こして周りを確認してみると、そこは神樹館の保健室で……私の体は、すっかり見馴れた“乃木 園子”の体だった。

 

 (……違う、私は園子さんなんかじゃない。私は……()()() ()だ)

 

 全部思い出した。そして、理解した。自分が犬吠埼 樹だったこと。お兄ちゃんが散華のせいで全部忘れて、大赦に管理されてしまったこと。お姉ちゃんがそのショックで心を壊しかけ、お兄ちゃんの幻覚を見ることでなんとか保っていたこと……何かの拍子で正気に戻ってしまい、自らその命を絶ったこと。私も、その後を追ったこと。

 

 そして……どういう訳か、私は過去の園子さんとして生きていること。意味がわからない。私は確かに死んだハズで……そんな風に混乱していると、保健室の扉が開いて安芸先生が入ってきた。

 

 「失礼します……乃木さん、よかった。起きたのね」

 

 「安芸……先生」

 

 「大丈夫……みたいね。雨野君を見るなり急に泣いて叫んだ上に気絶しちゃったから、皆びっくりしたのよ?」

 

 「え? あ、その……すみません。先生、雨野君って……?」

 

 「ホームルームの時に紹介した転校生の男の子よ」

 

 安心した様子の先生の話を聞きながら首を傾げる。雨野君って誰だろう……と思って聞いてみたら、そう教えてくれた。転校生の男の子……そう言われて思い出す。記憶を思い出す直前に教室で見た転校生の男の子。

 

 雨野君……そんな名前じゃない。あれはお兄ちゃん、犬吠埼 楓だ。けれど、また思い出す。この時期、お兄ちゃんは養子として家を出ていたんだってことを……勇者になる為に、お役目の為に。

 

 沸々と怒りが混み上がってくる。勇者のお役目、そんなモノの為にお兄ちゃんと離れ離れにさせられた。その上その戦いのせいでお兄ちゃんは満開して、散華して、私達のことを忘れさせられたのだ。覚えてる。24体もの精霊を持っていた、真っ白なお兄ちゃんの姿を。

 

 安芸先生が出ていってから今の自分の手を見る。この手はお兄ちゃんと同じ先代勇者だった園子さんの手だ。教室には東郷先輩……今は鷲尾さんか。それと銀さんも居た。

 

 懺悔するように聞かされた、大橋での決戦の話。最後はお兄ちゃんだけで戦って、何度も満開して……その結果が、アレ。怒りを抑えるように目の前の手を強く握り締める。先輩達さえ一緒戦ってくれていれば……あんなことにならずに済んだかもしれないのに。お兄ちゃんもお姉ちゃんも居て、家族3人で居られる未来があったかもしれないのに。

 

 (……でも、今は)

 

 そうだ、未来がある。だって私はどういう訳か、今は過去の園子さんとして生きているんだから。だったら、私がお兄ちゃんと最後まで戦う。1人で戦わせたりなんかしない。いや、満開なんて使わせない。

 

 「お兄ちゃんは……私が守る」

 

 今度は、私とお姉ちゃんからお兄ちゃんを奪わせたりなんかしない。

 

 

 

 

 

 

 「昨日はごめんなさい……私はいつ……乃木 園子って言います。よろしくね、お……雨野、君」

 

 「こちらこそ、宜しくねぇ、乃木さん」

 

 翌日にそんな自己紹介をして、お役目仲間としてお兄ちゃんと一緒に行動する。他人行儀なのは悲しいけれど、今の私は妹の樹じゃなくて、園子さんだから仕方ない。

 

 雨野君と呼ぶことにもかなり違和感と抵抗がある。雨野は私達からお兄ちゃんを引き離した家だし、そもそもお兄ちゃんを君付けで呼ぶことなんてなかったし。でも、それも時間が過ぎれば少しずつでも慣れ始めた。あんまり……慣れたくはないなぁ。

 

 勇者としての訓練には、より力を入れた。記憶が戻ったせいか体の動きが自分の意識とずれることもあったけど、それも大分直ってきた。代わりに、お兄ちゃんと過ごす時間が減ってしまったけれど……お兄ちゃんも訓練しているのか傷だらけなのを学校で見たときには雨野家に怒りを越えて殺意が沸いた。

 

 

 

 「乃木さんも良く頑張ってるんだねぇ……えらい、えらい」

 

 

 

 ある日、同じように訓練のせいで傷だらけだった私を見たお兄ちゃんは神樹館の中庭へと連れ出して、そこにあるベンチの上に座って膝枕してくれて……そう言って朗らかに笑って、私の頭を撫でてくれた。

 

 自分だって傷だらけなのに、私のことを労ってくれた。そうして撫でられながら、私は最後に膝枕されたのはどれくらい前だろうと考えて。懐かしさとか、嬉しさとか、色んなモノが沸き上がってきて……涙が、堪えきれなくて。

 

 「頑張る……私……もっと頑張る、から……」

 

 「うん……自分も、もっと頑張らなくちゃねぇ」

 

 「だから……また、こうして膝枕と……頭、撫でてくれる……?」

 

 「こんなことで良ければ、いつでもいいよ」

 

 また1つ、頑張る理由が増えた。

 

 

 

 

 

 

 あれから更に時間が経った。お兄ちゃんとの繋がりで昔の銀さんと東郷先輩……鷲尾さんともそれなりに話したりするようになった。そしてとある日、遂にお役目が始まった。いっぱい訓練して、前の勇者としての記憶もある。お兄ちゃん達も居る。だから過去のバーテックスくらい何とでも出来る……そう思ってた。

 

 だけど、それは甘い考えだった。この時代には精霊バリアが無い。私の武器は訓練したとは言え使い慣れない槍。最初に現れたバーテックスも総力戦の時に少し見たくらいしか覚えてなくて、それすらもうろ覚え。それらの違いや認識不足はとても大きかった。

 

 攻撃が効いているのか分からない。相手の攻撃である水流は地面を砕くくらい威力があって、銀さんを守ろうとして幾つもある槍の穂先を並べて盾にしても体が小さくて踏ん張りが効かずに2人して流された上に体中が痛くて、まともに動けなくなって。

 

 「自分が守る! 自分が、頑張る!! 男として……勇者として!!」

 

 私と違って鷲尾さんを守り切りながらそう叫んだお兄ちゃんの背中を見て……口だけだった自分を情けなく思った。この初めてのお役目の後、鷲尾さんから祝勝会の提案があって……翌日の祝勝会で、お兄ちゃんに3人で慰められた後、お互いに名前で呼び合うようになった。2人からそれぞれ園子、園子ちゃんと呼ばれて、私も銀ちゃん、須美ちゃんと呼ぶようになった。

 

 ただ、お兄ちゃんに“園子ちゃん”と呼ばれるのは……悲しかった。

 

 

 

 

 

 

 お兄ちゃん達と合同で訓練するようになってから数日。訓練の終わりにはお兄ちゃんに膝枕して甘やかしてもらうのが定番になっていた。お兄ちゃんが養子に行く前はよくこうしてもらってて……この時間が、本当に好きだったから。

 

 「園子ちゃんはこうされるのが好きだねぇ」

 

 「うん……こうしてもらうと安心出来るんだ」

 

 「そっか……ふふ」

 

 「……? どうしたの?」

 

 「いや……こうやって園子ちゃんを甘やかしていると、元の家に居る妹のことを思い出してねぇ」

 

 銀ちゃんと須美ちゃんが先に帰ったら後もういつものように膝枕されながら頭を撫でられているとお兄ちゃんがそんな事を言ってきてドキッとした。同時に、体の奥底が冷えきったような錯覚も受ける。

 

 この世界には当然、本来の私が……犬吠埼 樹がまだ、お兄ちゃん以外の家族4人で暮らしている。そんな当たり前のことも忘れて……ううん、気付いていて目を逸らしてた。

 

 「……そう、なんだ」

 

 「うん……姉さんに任せたとは言え、やっぱり心配だねぇ。あの子は引っ込み思案で、よく自分の後ろに隠れていたから」

 

 「……」

 

 「だけど、再会するのが楽しみでもある。歌が上手で、たまに芯の強いところを見せてくれる……自慢の妹だからねぇ」

 

 そんな風に思ってくれていたんだと嬉しくなって……また、泣きそうになる。お父さん達が死んで、お兄ちゃんが行方不明だと聞かされたあの日から……私は、しばらく塞ぎこんでしまったから。

 

 お兄ちゃんが記憶を失わずに私達と再会出来ていたら、どうだったんだろう。きっと……喜んで、笑って、もしかしたら泣いちゃうかもしれない。けれど、きっとそれは嬉し涙で……きっと、仮初めじゃない幸福な暮らしをしていたハズで。

 

 「なんて、園子ちゃんに言っても仕方ないんだけどねぇ。ごめんね、急にこんな話を」

 

 「もし」

 

 「……うん?」

 

 

 

 「もし……私がその妹だって言ったら……どうする?」

 

 

 

 気付けば、そんな事を口にしてた。ぎゅっとお兄ちゃんのズボンを掴んで、顔を見せないようにして。

 

 幸福な未来を想像して……怖くなった。だってそこには今の私は居ないから。今の私は乃木 園子、お兄ちゃんの家族じゃない。3人で暮らすかもしれないということは、今の私からお兄ちゃんは離れていってしまうということ。

 

 それは嫌だ。どんな形であれやっと会えたのに。こうして膝枕もしてもらって、頭も撫でてもらって……そうやって触れ合える位近くに居るのに。どう足掻いても今の私は他人でしかない。面と向かってお兄ちゃんと呼べない。私じゃない私の名前でしか呼ばれない。

 

 辛い。悲しい。苦しい。ずっとそんな感情がぐるぐると渦巻いてる。涙が出る。唇が震える。もうイヤなんだ。私を園子ちゃんって呼ばないで。私の前で私じゃない私の話をしないで。私を……また。

 

 「わた、し、が……未来の犬吠埼 樹で……過去の乃木 園子になってるって……言ったら、どうする?」

 

 「……」

 

 「信じてもらえない、かもだけど……でも、私は……っ……本当に……!」

 

 上手く言葉にならない。声が震えて途切れ途切れになる。そもそもちゃんと伝えられたとして、こんな訳の分からないことを信じてくれる保証もない。変な子だと思われて距離を置かれるかもしれない。だけど、言葉にしてしまった以上はもう、引っ込みがつかなくて。

 

 もう1度……樹って名前で呼んで欲しくて。

 

 「……妹は結構甘えん坊でねぇ。ほんの数年前までおねだりされて、一緒にお風呂に入ってたんだよ。その時、よく一緒に歌った歌があってねぇ……」

 

 「……?」

 

 「園子ちゃんが本当に自分の妹……未来の樹だと言うのなら。今、歌えるかい?」

 

 「……うん」

 

 「それじゃあ、せーの」

 

 「「ばばんばばんばんばん……♪」」

 

 忘れる訳がない。お風呂と言えばこれ、というお兄ちゃんの言葉から何度も聞いて、温かなお湯に揺られながら歌っていた……思い出の歌。そんな、楽しかった記憶が甦ってきて……また、涙が出て、声も震えて上手く歌えなくて。でも、歌い終わった後にはまたお兄ちゃんが頭を撫でてくれて……。

 

 「本当に……樹なんだねぇ。不思議なこともあるものだ……久しぶり、って言うのはおかしいかな?」

 

 「……信じて、くれるの?」

 

 「妹の名前だけなら調べれば分かることだけど、流石に歌っていた歌は分からないだろう? それこそ、本人くらいしかね。だから、信じるさ……樹。また会えて嬉しいよ」

 

 「……お兄ちゃん……ああ……ああああ~……っ!!」

 

 (それに、自分みたいなのも居るしねぇ。転生か、逆行か……それにこの様子……未来で何かがあったんだろうねぇ……自分にか、それとも家族にか……或いは、世界にか)

 

 体を起こして抱き着いて思いっきり泣いて……そんな私をお兄ちゃんは優しく抱き締めてくれた。信じてもらえると思わなかった。でも、お兄ちゃんは信じてくれた。また……私を樹と呼んでくれた。

 

 嬉しい。でも、お兄ちゃんと呼ぶのも樹と呼んでもらうのも2人きりの時だけと決められた。寂しいけれど……それは仕方ない。未来のことは……話さなかった。そもそも過去のお役目について私が知ることは少ない。最後の大橋での戦いで初めて満開と精霊バリアが追加されて……そこで、お兄ちゃんだけが何度も満開したということくらいしか。

 

 (お兄ちゃんに満開させない……例えそれが無理でも、1人で戦わせない。そうすればきっとお兄ちゃんはこの世界の私達の所に帰れる……お姉ちゃんも、仮初めじゃない幸福な暮らしが出来る)

 

 その為にも……もっともっと頑張らなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 それからも普通に過ごして、バーテックスに備えて合同訓練をして、自主訓練もした。その度に思うことがある。私は、園子さんには()()()()んだって。

 

 この体は紛れもなく園子さんのモノだけど、中身は犬吠埼 樹という人間でしかない。園子さんみたいに頭は良くないし、槍も扱えない。それはバーテックス戦にも影響があった。

 

 2体目のバーテックス戦では竜巻みたいな攻撃に苦戦して、強引に上から攻めたことで銀ちゃんが傷だらけになった。3体目のバーテックス戦では樹海を守る為にお兄ちゃんと銀ちゃんが攻撃を防いだせいでまた傷だらけに……私がワイヤーを操る要領で槍の穂先を飛ばして串刺しにした後に須美ちゃんが弓で射抜いてくれて勝てたけど。

 

 園子さんなら、もっと上手く戦えたのに。あの人とは総力戦と延長戦でしか一緒に戦わなかったけど、それでもその強さは理解出来たから。銀さんも、東郷先輩も。その強さが理解出来るから、なんで最後までお兄ちゃんと一緒に……ってお姉ちゃんが怒ったんだけど。

 

 (でも……それは諦める理由にはならない。私には私の戦い方がある……お兄ちゃんを死なせないことが、きっと出来る)

 

 絶対にお兄ちゃんを死なせない。例え、それで私がどうなろうとも……園子さんには悪いけど、私はそれ以外に今の人生に生きる意味を見いだせない。壊れてる? 狂ってる? うん……きっと、私はもう……。

 

 お兄ちゃんさえ生きてくれればいい。お姉ちゃんがお兄ちゃんと幸福な暮らしをしてくれればいい。きっと私が過去の園子さんになったのは、その為だから。だから頑張って、頑張って、頑張って。

 

 そして……遠足の後に起きた4回目の戦い。

 

 

 

 「2人を頼んだよ……銀ちゃん。須美ちゃん……樹……またね」

 

 

 

 未来でも同時に出てきた蠍座と蟹座、そして射手座の3体。後から出てきた射手座の不意打ちに対処出来たのは私だけで……でも、私が槍の穂先を並べて盾にするだけじゃ面積が足りなくて。お兄ちゃんは大きな矢に吹き飛ばされていたし、他の2人も盾の下からは動けなくて。

 

 そうしている間に、防ぎようがない蠍座の尻尾に凪ぎ払われて体が動かなくなった私と須美ちゃんを銀ちゃんに任せて……お兄ちゃんは耳元でそう言って頭を撫でてから……1人で、立ち向かって行った。

 

 (ダメ、お兄ちゃん……っ! 1人にならないで! 1人で戦わないで! なんで動かないの!? なんで声も出せないの!? なんで……肝心な時に……っ)

 

 体を強く打ち付けられた為か身動きも声を出すことすらも出来ない私は……気を失いながら須美ちゃんと一緒に銀ちゃんに遠くまで逃がされた。

 

 しばらくしてある程度回復した私達は元居た場所に向かって……須美ちゃんに先に向かうように言われてた銀ちゃんと合流して。身動きしない銀ちゃんを不思議に思って近付いてみると……そこには、座り込んでいるお兄ちゃんの姿があって。

 

 

 

 「……お兄……ちゃん……」

 

 

 

 そして……地面に転がっているお兄ちゃんの首と目が合って。そこから私の記憶は途切れている。

 

 

 

 

 

 

 「夢を……見たの。大橋の中央で、1つの人影が座り込んでいて。それは、赤黒く染まった勇者服を着ていて。私の両隣を誰かが歩いていて……その人影に、首が無い夢……新士君には伝えていた……皆にも伝えていれば……こんなことには……」

 

 「……んで……なんで教えてくれなかったの!? 伝えてくれていたら何か変わったかもしれないのに、何か出来たかもしれないのに!!」

 

 「う、ぐ……っ」

 

 「園子! やめろって!」

 

 3人で病院で検査を受けて病室に戻った後、須美ちゃんにそう打ち明けられた。それを聞いた私の心に沸き上がったのは……今まで感じたこともないような怒り。ううん……もっと強くて、もっとどす黒いナニカ。その衝動に突き動かされるように、私は目の前の女の襟首を掴み上げながら詰め寄っていた。それは慌てて部屋に入ってきた看護師さんや安芸先生に止められたんだけど。

 

 そんなことがあったからか別室に連れていかれて1人になった後、私は窓の外から見える大橋を見ながらずっと泣いていた。未来の私よりももっと酷いことになったから。お兄ちゃんが……死んでしまったから。また、私はお兄ちゃんを奪われた。

 

 樹海化が解けるまで……解けた後も、私はずっとお兄ちゃんの首を抱き締めながら座り込んで泣き叫んでいたらしい。大赦の人が来て私を連れていこうとしても、その場から動かなかったんだとか。結局無理やり気絶させられて、今こうして病院に居るんだけど。

 

 (どうして……こうなっちゃったのかな……)

 

 私が園子さんになったからだろうか。私が園子さんみたいに戦えなかったからだろうか。お兄ちゃんを1人にしたから。あいつらがお兄ちゃんと戦っていてくれれば、夢の内容を伝えてくれていたら。大赦が精霊バリアを作ってくれていれば。神樹が満開出来るようにしてくれていれば。

 

 

 

 きっと……全部悪いんだ。

 

 

 

 私も、あいつらも、大赦も、神樹も、バーテックスも。お兄ちゃんを戦わせたこの世界も、何もかもが悪いんだ。

 

 もうお兄ちゃんに頭を撫でられることもない。膝枕もしてもらえない。一緒に歌を歌うことも……朗らかに笑ってくれることも。私の本当の名前を呼んでもらうことも……何も。

 

 そんな風に絶望していた次の日、お兄ちゃんの告別式をすることになった。私もあいつらと一緒に参加することになって……でも、その会場は不快なことばかりで。

 

 お兄ちゃんのことをよく知りもしないクセにあんな子だったこんな子だったと語る大人。自分達は戦いもしないクセに名誉ある死だの英霊になっただの呟く大人。泣きながら花を添えていくクラスメート。

 

 「お……兄ちゃ……ああああっ……うええええん!!」

 

 「樹……うぅ……楓ぇ……っ!」

 

 ふと、そんな声が聞こえてきた。その声の方に視線を向けると、そこには見慣れた……この世界の私と、お姉ちゃんの姿があって。私達を抱き締めるお父さんとお母さんの姿もあって。

 

 (……そっか……そうだよね……私はもう、犬吠埼 樹じゃなくて……)

 

 改めて現実を突き付けられる。私はこの世界では乃木 園子でしかない。お姉ちゃんに会いに行っても、他人でしかない。私は……犬吠埼 樹は、もう居るんだから。

 

 お兄ちゃんだけだった。私を樹だと呼んでくれるのは、私が本当は犬吠埼 樹だと知っていて、信じてくれたのは。やっと会えたのに。満開させないように、死なせないように頑張ったのに。

 

 (どうして……私からお兄ちゃんを奪うの。どうして……私からお姉ちゃんとお兄ちゃんを奪ったの)

 

 もう何に向けてこの感情をぶつければいいのか分からない。あいつらと一緒にお兄ちゃんに花を添えながら、そんなことを考える。そうしていると時間が止まって、バーテックスの襲来を私達に告げてきた。

 

 そして……止まった時間の中で、叫ぶあいつらの声を聞きながら考えた。

 

 (分からない……分からないから……)

 

 

 

 だから……“全部”にぶつけよう。

 

 

 

 出てきたのは、未来の私達が最初に戦った乙女座のバーテックスだった。見覚えのある姿を見ながら、私は槍を強く握り締める。隣ではあいつらが俯きながら何か考えているようだった。

 

 私は1歩、2歩と下がって2人の背中を見る。私が知るよりも小さな、今は見慣れた背中。活発な赤い方と真面目な薄紫の方。どちらも一蓮托生の、一緒に居る時間も長かったかけがえの無い仲間……。

 

 「お前達さえ……っ!? ぐ、ぶ……?」

 

 「居なけ、れ……ば……? ぎ……ん……?」

 

 

 

 「そうだよね……居なければ良かったのに……」

 

 

 

 ()()()赤い奴の背中に向けて、手にした槍を突き出した。やっぱり私には槍は合わない。今だって心臓を突き刺そうとしたのに……ちょっとずれちゃった。

 

 刺した槍を引き抜く。すると赤い奴はそこから血を噴き出して力無く前のめりに倒れて……その隣に居た薄紫の方が恐る恐る振り返って、信じられないモノを見るような目で私を見ていた。そんな奴に向けて槍を振るうと、それは弓で防がれてしまった。

 

 「そ……園子、ちゃん!? なんで!? どうしちゃったの!?」

 

 「居なければ良かったんだ……バーテックスも……勇者も……神樹も……そうだったらきっと、私達はお兄ちゃんと、お父さんと、お母さんと一緒に……」

 

 「何を、言って……っ」

 

 「家族5人で一緒に暮らせたのに……普通の家族として、普通に、幸福(しあわせ)に暮らせたのに……お前達みたいなのが居たから!!」

 

 「ぐ、う、あ!! ぎ、ああああっ!!」

 

 力任せに弾き飛ばす。そうして倒れた薄紫の奴が起き上がる前に槍の穂先を操ってその四肢を地面に縫い付けるように串刺しにする。動けないようにしたりするのは……得意なんだよ。

 

 穂先が刺さった部分から血を流して痛がる薄紫に向かってゆっくりと歩く。途中で乙女座の方に視線を向けると、そっちは私達の方なんて見向きもしないで神樹の方に向かってた。いいよ、そのまま進んじゃって。私はもう……神樹なんて、世界なんて守る気はないんだから。

 

 「そ……の……ちゃ……な、んで……」

 

 「お兄ちゃんが死んだから。もう全部どうでもよくなっちゃったんだ。前はお兄ちゃんの記憶を奪われて、一緒に過ごす時間も奪われて……今度は、その命すら奪われて。未来ではお姉ちゃんだけだった。けど、今の私にはお兄ちゃんしか居なかったのに。お兄ちゃんだけだったのに。また世界は、神樹は奪っていった」

 

 「づ……ぅぅ……っ」

 

 「痛い? 苦しい? 大丈夫、直ぐに何も感じなくなるよ……神樹はバーテックスに殺される。世界はバーテックスに滅ぼされる。そうだよ、お兄ちゃんが居ない世界なんて……お兄ちゃんを奪う世界なんて……」

 

 「ぁ……」

 

 「ず……み……ぃっ!」

 

 薄紫の心臓目掛けて槍を突き刺す。そうするとビクッと1度跳ねた後に動かなくなった。声がした方を向くと、赤い奴がうつ伏せのままこっちを向いていて……泣きながら、私を見詰めていて。私はそれを見下しながら近付いて槍を振り上げる。

 

 「滅んじゃえばいいんだ」

 

 きっと……あの時のお姉ちゃんもこんな気持ちだったんだ。そう思いながら赤い奴に向かって槍を振り下ろすのと、世界が光に包まれていくのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 「樹ちゃん……なんで、樹ちゃんまで……」

 

 「楓君も居なくなって、風先輩まであんなことになったから……心が耐えられなかったのね……」

 

 「……これも、元を辿ればあたし達のせい……か。なぁ、これって目を覚ますのかな」

 

 「分からないよ……もしかしたら、イッつんにとってはこのまま眠っていた方が良いかもしれない」

 

 「園ちゃん!? なんでそんなこと……」

 

 「だって……もしかしたら、夢の中ではカエっちとフーミン先輩と一緒に居られるかもしれないから」

 

 光に染まる視界の向こうで……そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 「あなたは……だぁれ?」

 

 物心付いた時に初めて見た、私の全身を写す大きな鏡。その時に見た鏡の向こうの自分に対して、私はその姿が自分のモノだと気付かず……自分の姿だと()()()、そう口にしていた。

 

 手を伸ばすと、鏡の向こうの女の子も同じように手を伸ばす。だけどその手が触れあうことはなく、代わりに鏡の冷たく硬い感触があった。きょとんと不思議そうな顔をしている女の子。私もきっと、同じ顔をしているんだろう。だってこれは鏡なんだから。

 

 「あらあら、初めて見た鏡はそんなに不思議だったかしら?」

 

 「ははは、子供らしくて可愛いじゃないか。よし、お父さんがその女の子の名前を教えてあげよう」

 

 私の後ろからそんな声が聞こえて、鏡に2人の男女の姿が映る。微笑ましいモノ見るように笑っているその男女は、私の両親。そして、父親が私の直ぐ後ろにしゃがみこんで……私の両肩に手を置いて、耳元で囁いた。

 

 

 

 「お前が見ている可愛い女の子の名前は……」

 

 

 

 そして彼女は繰り返す。そうとは知らず、何度でも。それが神の意思によるモノか、奇跡等の類なのかは分からない。いつ終わるとも知れない、永劫に続くその世界を……ただただ、彼女は繰り返す。何度でも、何度でも……何度でも。

 

 ただ……ありふれた幸福を求めて。




今回のお話の補足

・風が正気に戻ってしまった理由は不明。如何様にも想像して下さい。

・それぞれ呼び方が変わっているのは中身が樹だから。あだ名呼びもねだってないので須美からはちゃん付け。

・戦いの過程は本編ではなく原作寄り。傘状に展開するのではなく、穂先を操作して並べて盾にしている。シールドビッ○。

・やはり察しがいいお爺ちゃん。彼本人も転生者だから理解はあるのです。

・様々な出来事のせいであの樹ちゃんも精神的にかなり歪んでいる。そして遠足後の戦いがトドメ。似たもの姉妹ですかね。



という訳で、リクエスト品のBEifの続編みたいな樹逆行憑依モノです。LEifはループエンドイフと読みます。つまり、彼女の逆行憑依はその度に記憶を失ってまだまだ続いていきます。さて、今回の彼女は何回目なんでしょうかね?(不穏

時系列的にはBEifから数年→LEif×∞、となります。彼女がありふれた幸福を手にする日は来るのか……あ、鳴子百合には“あなたは為れない”という花言葉もあるんだそうです。

やはり死ネタは心に来ますね……見直しやら気に入らない所の修復やらしてたら思ったより時間掛かりました。話自体は3日で8割くらい出来てたんですがね。構想は半日で出来ました←

やべぇ、この話で1年締めくくるとか絶対にしたくない。年末までに絶対親密ルート書いていちゃラブさせて甘々のまま終わらせるんだ(フラグ

ここまで見ていただいてありがとうございます。この後書きまで読んで下さった皆様、SANチェックです。成功で0、失敗で2d10+4減らして下さい←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花と幸福に ー 友奈if ー

お待たせしました。今年最後の更新です……間に合わないかと思った(´ω`)

fgoは福袋発表されましたね、今回は限定クラス別ガチャ……年末年始の福袋にはいい思い出が無かったり(過去二回被ってる

プリコネではカヤとクリイリヤ来ました。そのままクリイリヤは星5になりました(計3回来た)。他にも色々アプリに手を出してたり←

リクエスト増えたなぁ……全部書ききれるか心配です。来年最初の話は番外編か、それともゆゆゆいか。悩む悩む。

前回のお話は……まあまあ、まあ……まあ。愉悦部が湧いたり吐血してたりSANを最大値減らしてたりと様々でしたね。感想を振り返ってみれば本当に初期の頃から読んでくださっている上に毎回のように感想を頂いている方も居て嬉しい限りです。

さて、今回のお話は愛しさと切なさと心強さで出来ています。前回と違って安心して読んで頂いて大丈夫ですよ。

それでは最後のお話、どうぞ。


 風先輩が卒業する前のとある日の部活。その日は、皆で手分けして迷子の犬を探すことになっていた。くじ引きの結果、私は楓くんと一緒に街中を探してた。

 

 「中々見つからないねぇ」

 

 「だね~。でも早く見つけてあげないと飼い主さんも心配してるし、ワンちゃんも心配だよー」

 

 「本当にねぇ。それにしても……ふふっ」

 

 「……? 楓くん? どうしたの?」

 

 「いや、以前にも……まだ小学生の頃かな。美森ちゃん達と一緒に大橋から讃州市まで迷子の犬を届けに来たことがあってねぇ。その時の犬にちょっと似てるんだよ。白い毛とか、このモコモコ感とか」

 

 お喋りしながら探してた時、飼い主さんから渡されたワンちゃんの写真を見て楓くんがくすくすと笑う。不思議に思って聞いてみると、写真を見せながらそんな話をしてくれた。写真にはモコモコの白い毛並みのワンちゃんが写っていて……そう言えば、私もこんな感じのモコモコしたワンちゃんを友達の為に探したことがあったなぁと思い出した。

 

 それは、私が初めて“勇者”に出逢った日。そして、私が勇者に憧れるようになった日。

 

 

 

 

 

 

 小学6年生の頃、とあるワンちゃんの飼い主のお婆ちゃんが大橋の病院で入院することになり、その家族の友達の家でそのワンちゃんを預かっていた。でもいきなり居なくなっちゃって、その相談を受けた私がお手伝いしていたのだ。似顔絵を書いて、お家の人に許可を貰ってから壁に貼らせてもらって。そうしていると、男の子と女の子の2人組に話し掛けられた。

 

 『ちょっといいかな? その貼り紙の犬……犬? について聞きたいんだけど』

 

 『わたし達、狛たんって犬を飼い主さんに届けに来たんだ~』

 

 他にも2人の女の子が居て、その子達は居なくなったワンちゃん……狛ちゃんを連れてた。その内の1人が狛ちゃんに私の書いた似顔絵を見せると狛ちゃん本人……本犬? に全力否定されて悲しい思いをしたけど。

 

 なんでも大橋に居た狛ちゃんを首輪に書いてた住所の讃州市の飼い主さん……お婆ちゃんのこと……の家まで届けに来たらしい。凄く遠い所まで同い年の子達が届けに来たのにもびっくりしたけど、狛ちゃんが大橋に居たのにもびっくりした。お婆ちゃんのお見舞いに行こうとしてたのかな。

 

 ちょっとケンカみたいなこともしてたけど、その子達は凄くいい子達だった。たまたま出逢った狛ちゃんの為に、子供4人で大橋から讃州市までの道のりを歩いて来たらしいから。

 

 迷子だった狛ちゃんの為に動いた4人の子供達。弱きを助ける優しい人達。そういう人のことを“勇者”って呼ぶんだよね。だから私は、この時に初めて勇者に出逢って……そんな、勇者みたいな人達になりたいって、憧れたんだ。

 

 

 

 

 

 

 「あの犬の名前、なんて言ったっけ。確か……そう」

 

 

 

 「「狛ちゃん」」

 

 

 

 「……え?」

 

 「だよね、楓くん」

 

 「あ、ああ、そうだけど……」

 

 「じゃあ、あの時の4人って楓くん達だったんだ」

 

 「あの時のって……まさか、あの貼り紙を貼っていた女の子は」

 

 「うん、私だよ楓くん。凄い偶然だね!」

 

 ほんの僅かな時間だけの出逢いだったけど。私もついさっきまで顔とか思い出せなかったけど……でも、思い出した。ぼんやりしてた顔も、お話してた時の声も。写真でしか見られなかった、小学生の時の女の子みたいだった楓くんのことも。

 

 私が憧れた勇者は、楓くん達だったんだ。私は、勇者部に入る前から楓くん達と出逢ってたんだ。そんな偶然の出逢いを思い出せたのが嬉しくて、思わず笑顔になる。すると、楓くんもくすくすと笑ってくれた。

 

 「本当に、凄い偶然だねぇ。まさか勇者部の前から会ってたなんて……つまりあの時は初対面ではなく再会だったってことか……運命的、と言えば運命的かな」

 

 「運命的……」

 

 それを聞いて、ほっぺたが熱くなる。確かに運命的かもしれない。住む場所も学校も違う偶然出会った人と、1年経ってから同じ学校で再会して、その人は同じ勇者だなんて。そんな人達と……そんな人と一緒に部活をして、一緒に勉強して、一緒に戦って。

 

 小さなバーテックスを怖がっていた私を抱き締めてくれて、病院で眠れない時は手を握ってくれて。あの子の模様を受けて辛くて泣いてる時は抱き締めてくれて、悲しくて苦しい時は側に居てくれて。

 

 最後にはいつも、見ているだけで幸福(しあわせ)になれる笑顔を見せてくれる……大事で、大切で、大好きになっていた人。今もこうして一緒に居るだけで胸の奥がぽかぽかと暖かいんだ。こうして……ずっと一緒に居たいって思うような……そんな人。

 

 「なんて、流石にクサイかねぇ。でも、本当に凄い偶然だよねぇ」

 

 「そ、そうだね、びっくりしちゃった……あ! 楓くん、あそこ!」

 

 「ん? ……確かに、写真の犬にそっくりだねぇ。あ、走ってった」

 

 「追いかけよう!」

 

 「そうしようかねぇ」

 

 そう言って追いかける時、ついつい楓くんの左手を右手で繋いじゃって……でも、楓くんは握り返してくれて、そのまま一緒に走って追い掛けてくれた。繋いだその手は、まだ少し寒い時期なのに暖かくて。それ以上に……また、ほっぺたが熱くなった。

 

 離した方が走りやすいのは分かってるのに、この手を離したくなかった。ずっと、ずっと繋いでいたい。ずっと……一緒に居たい。いつもよりもずっと強く、心の底からそう思ったんだ。

 

 ドキドキって胸の奥が高鳴ってる。あの日、呼び捨てにして欲しいって言った時のように。ううん、あの時よりもずっと……幸福な気持ちで。大好きって気持ちがもっと大きくなった。

 

 

 

 この気持ちが、きっと……初めての。

 

 

 

 因みに、この後直ぐにワンちゃんを捕まえて、無事に飼い主さんの所に連れていくことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 あれからしばらくして、風先輩は卒業して、私達は3年生になって、樹ちゃんは2年生になった。クラス替えもしたけど、私達は皆同じクラスになることが出来た。嬉しくなって思わずはしゃいじゃって、皆から生暖かい視線を受けて恥ずかしい思いもした。

 

 風先輩は前に言ってた通り、卒業しても勇者部の部室にやってきて一緒に部活をしてた。ただ、部活の方針を決めたりどんな依頼を受けるのかを決めるのは部長である樹ちゃんだったけど。それに楓くんから“高校の人とも一緒に行動しないと友達居なくなるよ”とやんわり言われてしょんぼりしてた。

 

 勇者部への新入部員は、残念ながら居なかった。不思議に思ってクラスのお友達とか、依頼で会った1年生の子達とかにも聞いてみたんだけど……何でも、私達の仲が良すぎて空気を壊しそうで入りづらいんだって。そう言われると皆「あー」って納得の声を出してた。

 

 嬉しいことも、ちょっと残念なこともあったけど……もう1つ、少し残念なことがあった。2年生の時、私の席の後ろに楓くんが居て、その右隣に東郷さんの席があった。夏凜ちゃんは少し離れてたけど……近くならもっとお喋り出来たのになぁ。

 

 (……楓くん達、楽しそうだな~……)

 

 授業中、窓際の最前列にいる楓くんと園ちゃん、銀ちゃんの姿が見える。楓くんの隣に園ちゃんが居て、園ちゃんの後ろに銀ちゃん。3人は授業中たまに小声で話したりしてて、楽しそうにしてる。

 

 私は……出入口側の最後列で、前に東郷さん、隣に夏凜ちゃんが居る。2人と近くの席になれたことは嬉しいけど……。

 

 (……いいなぁ……園ちゃんと銀ちゃん)

 

 あの依頼の後に自分の気持ちをハッキリと自覚してから、ずっと楓くんのことを目で追ってる。今も授業中なのに、楓くんの背中ばかり見てて……黒板を見る横顔とか、ノートを取ってる所とか……たまに隣を向いて、園ちゃんと銀ちゃんと楽しげにしてる所とか見ていて。

 

 もし、私がそこに居たらって想像して……2人が羨ましいって思う。授業中、隣を見ると楓くんが直ぐ近くに居て……たまに目が合ったりなんかして。ずっと見てたら楓くんに苦笑いされながら“前を向かないと怒られるよ”なんて注意されて……。

 

 「結城さん」

 

 「……」

 

 「結城さん?」

 

 「……え? あ、は、はい!」

 

 「授業に集中して下さいねー?」

 

 「ご、ごめんなさい先生……」

 

 「何やってんのよ友奈……」

 

 「もう、友奈ったら」

 

 そうやって想像しながら楓くんの方を見ていたら先生に呼ばれた。思わず立ち上がって返事をしたら苦笑いで注意されて、皆からもくすくす笑われて恥ずかしいと思いつつ席に座る……あれ、前にもこんなことあったような?

 

 夏凜ちゃんからも呆れられ、東郷さんは仕方なさそうに笑って……また楓くんの方を見ると、私の方を見てる3人と目が合って、苦笑いされた。

 

 (は……恥ずかしい……)

 

 その後は、また注意されたくなかったので真面目に授業を受けた。

 

 

 

 

 

 

 「最近の友奈は以前にも増して楓さんの方を見てるわね」

 

 「え? そ、そうかな?」

 

 「いや、誤魔化すには無理があるでしょ……」

 

 「そうね、授業中は殆んど楓君の方を見てるみたいだし、今日だって先生に注意されたものね」

 

 「そうよ、今日だけじゃなくて前にも……ん? 東郷、あんた友奈の真ん前の席だから友奈のこと見えてないハズよね? なんで知ってるのよ」

 

 「友奈のことだもの」

 

 「いや、答えになってないんだけど」

 

 その日の部活中、私と東郷さんと夏凜ちゃんの3人で海岸でゴミ拾いのお手伝いに来ていた。トングみたいな奴でゴミを拾って袋に入れながらお話してると、夏凜ちゃんが今日の授業中のことを言ってきた。

 

 以前にも増して……そんなに楓くんのこと見てたかな……なんて、前なら思ったんだろうけれど、今は自覚してる。仕方ないよね……だって、気付いたら見てるんだもん。

 

 お話するだけで嬉しいんだ。一緒に居るとドキドキして少し恥ずかしくて、朗らかに笑いかけてくれると幸福な気持ちになって、触れあうとそれらが全部合わさって。

 

 でも……園ちゃん達と楽しそうにしてると、胸の奥がきゅうっとなって。今みたいに側に居ないと……寂しくて。そうなる度に思うんだ。私はもう、楓くんが居ないとダメなんだなぁって。

 

 (でも……私だけじゃないもんね)

 

 東郷さんも園ちゃんも銀ちゃんも私よりも前から一緒に勇者として戦ってて、その絆の強さは見て取れる。特に園ちゃんなんて風先輩に向かって“楓くんを下さい”なんてハッキリ言ってたし。銀ちゃんも銀ちゃんでお嫁さんになるために頑張ってて……私みたいに、楓くんのことをよく見てて。

 

 今の私なら分かる。2人が楓くんに対してどう思ってるのか。東郷さんもきっと、同じなんだって……分かる。

 

 (……お似合い、だよね……)

 

 東郷さんも園ちゃんも銀ちゃんも、楓くんと並んで歩くとお似合いだなって思う。雰囲気とか、お喋りしてる時とか、一緒に依頼をしてる時とか。お互いのことを分かってるみたいで、お互いが一緒に居ると安心出来るみたいで。その空気を……壊したくないと思うくらい。

 

 でも……同じくらい、楓くんの隣に2人が居るのは嫌だなって思っちゃうんだ。楓くんの隣には……私が居たいって、誰にも譲りたくないって……思っちゃう。

 

 (私、嫌な子だなぁ)

 

 そんなことを思った自分の事が……少し嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 それからも、私達のありふれた日常は続いた。天の神との戦いで崩れた建物も大分直って、もうすぐ町は元通りになるって所まで来た。人々の混乱だって殆んど収まって、避難民の人達も自分達の家にどんどん戻っていってる。

 

 学校で授業を受けて、放課後は勇者部の依頼をして。たまに皆でお出掛けもして……遊びに行ったり、テスト勉強したり、美味しいものを食べに行ったり、色んな事をした。

 

 夏休みに入ると、去年みたいに旅館に勇者部の皆で合宿をしに行った。去年は気付かなかったけど、ここは友華さんの家が経営してる旅館なんだって。あの時見た女将さんが友華さんだったなんて…そう言えば、病院で誰かがそんなことを言ってたような気がする。

 

 水着は去年も着ていたのに、今年は水着姿で楓くんの前に出るのが凄く恥ずかしかった。でも、少し勇気を出して楓くんに見せてみると“よく似合ってる”って言ってくれて嬉しかった。今年は楓くんも神樹様が体を治してくれたからかパーカーを着てなくて……つい、まじまじと見ちゃった。勇者として鍛えてたからか、思ったよりがっしりしてるんだよね……うん、かっこよかったです。

 

 その後は恥ずかしさも忘れて皆で遊んで、夕方になる頃には旅館に戻って皆で同じ部屋に居て……去年みたいに、皆で同じ部屋で寝ることになった。楓くんは最初、女の子が増えたしもうすぐ高校生にもなるんだから流石に別室で……って言ってたんだけど。

 

 「去年も一緒だったんだから、今年も一緒の部屋で寝ようよ楓くん!」

 

 「そうだよカエっち! それに小学生の時も一緒だったし、何よりわたしは別にカエっちならナむぐむぐ」

 

 「そこまでだ園子。幾らなんでもオープン過ぎるし、最悪引かれるゾ」

 

 「そのっちは寝る時は柱に張り付けておきましょう。荒縄を持ってきておいてよかったわ」

 

 「なんでんなもん持ってきてんのよ……」

 

 「アタシの目が黒い内は楓に手は出させないわよ!」

 

 「お兄ちゃんの隣は私とお姉ちゃんで塞いでおくね……」

 

 「やれやれ……今年もこうなるんだねぇ」

 

 こんな会話があって、最終的に楓くんも折れたみたい。この後は楓くん以外の皆でお風呂に行って、戻ってくる頃には楓くんがお風呂の入口の所でマッサージチェアで寛いでいて……なんだかその姿が凄くしっくりとして思わず皆して笑ったり。

 

 部屋に戻ったら去年みたいに豪華な夕飯が並んでいて、今度はちゃんと美味しく頂いたり……そう言えばこの時に初めて楓くんに呼び捨てにされたんだよね。あの時は呼び捨てにされたことが何だか恥ずかしくて……でも、それ以上に嬉しくて、幸福で。思えばその時から……もしかしたら、もっと前から私は楓くんが……。

 

 

 

 

 

 

 夏休みが終わると、西暦の生き残りで北海道の勇者だった秋原 雪花ちゃん……せっちゃんが讃州中学に転入してきて、勇者部に入部してくれた。病院にいた頃に比べるとすっかり元気になったせっちゃんの姿と新しい仲間が出来たことが嬉しくて、その日は皆でせっちゃんの歓迎会をした。

 

 せっちゃんは凄く喜んでくれて……少し、涙ぐんでた気もする。でもそれには気付かないフリをして、一緒に風先輩達が作ってきた料理を食べたり、勇者部の活動の事を話したりして……。

 

 「でね、その時は私と楓くんと東郷さんと一緒に居たんだけど、帰る途中で女の子が泣いてるのを見ちゃって……」

 

 「うんうん、本当に色々やってるんだね勇者部って。話してくれてありがとね、結城っち」

 

 「全然大丈夫! せっちゃんは大丈夫だった? 退屈だったりとかしてない?」

 

 「うんにゃ、面白かったし、これからの活動が楽しみになった。後は……結城っちがどれだけ勇者部と、かーくんの事が好きかってことが分かったかな」

 

 「かーくん? って好き!? え、あ、う……」

 

 「うーん、この分かりやすい反応。結城っちは可愛いにゃー」

 

 「そう、友奈は可愛いの」

 

 「うわ、びっくりした。足音も気配も感じさせずに背後に立つの止めてよね東郷」

 

 そうして私ばっかり話してるからせっちゃんが退屈じゃないか聞いたんだけど、せっちゃんは楽しいって笑ってくれて……その後ににやにやとしながらそんなことを言ってきて。かーくんって呼び方も気になったけど、好きって言葉のせいで顔が熱くなる。

 

 私は、勇者部も勇者部の皆も勿論大好きで。楓くんのことも……大好きで。天の神にもそう言ったし、その気持ちは嘘じゃない。ただ……皆の大好きと、楓くんへの大好きは違って……自覚してからも、その大好きはもっともっと大きくなってる。

 

 (……だけど……)

 

 目線を少しずらせば、そこには料理を食べてる楓くんが居て……その隣で、あーんって口を開いている園ちゃんが居て。楓くんは、仕方ないなぁってその手の料理を園ちゃんに食べさせてあげてて。いいなって思う。羨ましいなって思う。私も……して欲しいなって思う。

 

 でも、思うだけで園ちゃんみたいには出来ない。というか、旅館に止まってから楓くんの側に居るとドキドキが止まらなくなる。嬉しくて、恥ずかしくて、ふわふわとして。あーんなんてされたら死んじゃうかもしれないって思うくらいに。だって……想像しただけでこんなにも顔が熱いんだから。

 

 「ノギーも積極的だね。一応これ、私の歓迎会じゃなかったっけ」

 

 「そのっちは昔から変わらないのよ。楓くんが初めての友達だっていうのもあると思うけれど……色々あったから」

 

 「ま、その辺は興味あるけど聞かないよ。ただ、勇者部に入部するって言った時のクラスの皆が私を勇者を見る目で見てた理由は分かった。こりゃ新入部員は勇気いるわ」

 

 「……あの時、せっちゃん慌ててたよねー」

 

 「クラスに居た全員から一斉に見られたらそりゃ焦りますって」

 

 そうして、楽しい歓迎会の時間は過ぎていった。その最中、ちょっとだけ勇気を出して楓くんの隣に行って一緒に食べてたら楓くんが園ちゃんにしてたみたいにあーんをしてくれた。

 

 「雪花ちゃんと一緒に居た時から自分とのこちゃんのやり取りをちらちら見てたからしてほしいのかと思ったんだけど……間違ってたかな?」

 

 「間違いじゃないです……」

 

 そんなことを言われて、二重に恥ずかしくなって……それ以上に、私のことを見てくれてたんだって嬉しくなった。

 

 

 

 

 

 

 せっちゃんが入ってくれて9人になっても、勇者部のやることは変わらない。でも、3年生になった私達には風先輩が辿ったように受験勉強が待っていた。目指すは風先輩の高校。楓くんと東郷さん、園ちゃんは大丈夫そうだけど、私と銀ちゃんはちょーっとだけ怪しくて……せっちゃんは神世紀の人間じゃないから歴史とか社会にちょっと難ありらしいけど、他は問題ないんだって。

 

 「こうしてると、1年生の頃を思い出すねぇ」

 

 「そうね、1年生の頃は私達しか1年が居なかったから……勉強会をするとなると、自然とこの3人で集まったし」

 

 「友奈は毎回のように勉強に頭を痛めて、美森ちゃんのぼた餅で復活するを繰り返してたねぇ」

 

 「いつもお世話になります……」

 

 「今回もぼた餅を用意しているから、後で食べましょう」

 

 「やったー!」

 

 そんな私達は東郷さんの家で勉強会。園ちゃん達は家とか大赦での用事とかがあるそうで残念そうに……本当に残念そうにしてた。なので、私と楓くん、東郷さんの3人しか居ない。1年生の頃や2年生に上がりたての時はそれが普通だったのに……勇者部のメンバーが増えて、賑やかになって、もっと勇者部が楽しくなったよね。

 

 東郷さんの部屋にあるちゃぶ台を3人で囲んで、ノートを開いて勉強……をする合間に、ついチラチラと楓くんの方を見てしまう。大事な勉強をしているのに、近くに楓くんが居ると思うだけでドキドキしてそれどころじゃなくなっちゃう。

 

 でもあんまり進んでないと2人に怒られるので勉強もやって……だけど、やっぱりそっちに目が動いて。何度目かの時に楓くんと目が合った。

 

 「友奈? さっきからチラチラと自分の方を見てたけど、どうかしたかい?」

 

 「えっ!? あ、その……えーっと……こ、ここ! ここの漢字の読み方が分かんなくて!」

 

 「そういうのとは違った気がするけど……まあいいか。相変わらず国語が苦手なんだねぇ友奈は……」

 

 咄嗟にそう答えると楓くんに苦笑いされた。良く見れば東郷さんもくすくすと笑ってて、誤魔化したとはいえ恥ずかしい。読み方がわからないのは本当だけど、ちょっと声が大きかった気もするし。因みに、答えはちゃんと教えてくれた。

 

 また恥ずかしい思いをしたくないから今度は集中集中……と思っても、やっぱり楓くんの方を見ちゃって。それから何回も楓くんと目が合って、嬉しさと恥ずかしさが沸き上がってきて……結局、あんまり勉強が身に付かなかった気がする。

 

 東郷さんのぼた餅も食べて、秋になったから日が落ちるのも早くなってきたので暗くなる前にお開きになった。楓くんと2人で東郷さんとさよならをして、すぐ近くだけど楓くんは私を家まで送ってくれた。

 

 「寒くなってきたねぇ」

 

 「そうだねー」

 

 その少しの時間の中で、私達はちょっとだけ雑談する。この少しだけの2人だけの時間を……少しでも長く楽しんでいたくて。わざと歩く早さを遅くしてたんだけど……楓くんは、それに何も言わずに合わせてくれた。

 

 今は秋で、もうすぐ冬が来る。去年の冬は……あんまり、いい思い出とは言えないかな。楽しかったこともあったけど……どうしても模様のせいで辛かったことを思い出しちゃう。その模様のせいで、私のせいで楓くんは……もう終わったことなのに、未だに後悔と悲しさと辛さがある。

 

 「友奈」

 

 「えっ? あ……」

 

 そんなことを思い出していると、楓くんが名前を呼んで私の右手を握ってくれた。驚いて楓くんの方を見ると、朗らかな笑顔を私に向けてくれてて……嬉しくなって、私も笑顔を浮かべられた。

 

 いつも楓くんはこうして私を安心させてくれる。弱った私を、暖かく包んでくれる。私が憧れた勇者みたいに……その見てるだけで幸福になれる笑顔で私を助けてくれるんだ。いつだって、そうだった。

 

 「今年は皆で楽しい冬を過ごせるよ。雪山に行ってもいいし、また旅館に泊まって温泉に行くのもいいねぇ」

 

 「幼稚園の皆とクリスマス会もしなきゃね! 皆でお鍋もしたいなー」

 

 「そうだねぇ……クリスマス会、勇者部の皆でもやろうねぇ」

 

 「うん!」

 

 今年はきっと、楽しい冬を過ごせる。楓くんと一緒に居るだけで、こうしてお話しているだけで……そう思えた。

 

 そうして楓くんと玄関先で別れながら玄関の扉を開けたら前みたいにお母さんがニヤニヤしながら待ってて……前みたいに物凄く恥ずかしくなって、慌てて楓くんにお礼とまた明日って言って扉を閉めた。因みに、2階の窓から私達のことを見てたらしい。

 

 

 

 

 

 

 天の神を倒してから初めての冬。外の世界の調査が進んだとか、北海道は寒すぎるし装備が不充分だったので一時撤退したとかニュースでやってるのを見たり、四国の冬は北海道に比べれば暖かいなんて言ってるせっちゃんに信じられない思いをしつつ、皆で楓くん達の家にやってきて色々と準備する。

 

 今日はクリスマスイブ。皆でツリーに飾り付けしたり、風先輩と東郷さんと銀ちゃんが料理を作って、樹ちゃんがケーキを作って、それを見た夏凜ちゃんとせっちゃんがびっくりしたりして、私も楓くんと園ちゃんと一緒にお皿を出したりクラッカーを用意したり。そうしてクリスマスパーティーの準備は進んでいった。

 

 「……おや」

 

 「? 楓くん、どうかした?」

 

 「いや、ちょっと買い忘れたモノがあってねぇ……友奈、ちょっと付き合ってくれないかい?」

 

 「うん! いいよ!」

 

 「ありがとねぇ。部屋に財布を取りに行くから、先に出て待ってて」

 

 「はーい」

 

 不意に、楓くんがそう言った。楓くんが忘れ物なんて珍しいなーなんて思いつつ、上着を着て言われた通りに先に外に出る。勿論、風先輩達には楓くんが私と少し出掛けるって言って。でも、何を忘れたんだろう……あ、パーティーの途中でやるプレゼント交換の奴かな。

 

 

 

 

 

 

 「カエっちカエっち、ゆーゆだけ? わたしも……」

 

 「……ごめんね、のこちゃん」

 

 「……そっか……うん……残念、だなぁ……」

 

 

 

 

 

 クリスマスイブとだけあって、街中もイルミネーションでキラキラとしてた。そう言えば、去年もこうして街中を歩いてたっけ。あの時は東郷さんと園ちゃんと銀ちゃんも一緒だったけど。

 

 「楓くん、どこに買いに行くの?」

 

 「そうだねぇ……あそこのデパートなんか丁度いいか」

 

 少し歩くと、私も知ってるデパートの前に来た。デパートの前はちょっとした広場になっていて、大きなクリスマスツリーが色んな飾り付けでキラキラ輝いていて、ついつい顔を上げて見ちゃう。

 

 「綺麗だねー」

 

 「そうだねぇ……友奈」

 

 「なに?」

 

 「ごめんね、忘れ物っていうのは嘘なんだよ」

 

 「えっ?」

 

 「ちょっと2人だけで抜け出したくてねぇ」

 

 隣り合ってツリーを見上げていると楓くんに呼ばれて、そっちを向くとくすくすと笑いながらそう言う楓くんが居た。なんでそんな嘘を? と思った後、直ぐにそう言われて……思わず、顔が熱くなる。

 

 そうだ、今は2人だけしか居なくて……楓くんと、2人きりで。今更そう強く意識すると恥ずかしくなって、あちこちに目線を飛ばしちゃって……その度に、私達と同じように2人きりの男女が目についた。そんな私を楓くんはまたくすくすと笑って……上着のポケットから何かを取り出した。

 

 「これを、プレゼント交換とは別に友奈に渡したくてねぇ」

 

 「え、あ、う……」

 

 「メリークリスマス、友奈。受け取って貰えるかな?」

 

 「わ、私、プレゼント交換の奴しか用意してなくて」

 

 「気にしなくていいよ。これは自分が勝手にやったことなんだから」

 

 「……あ、ありがとう」

 

 慌てる私の手を楓くんは引いて、そのプレゼント…小さな袋を強引に握らせた。どうしよう、本当にプレゼント交換の為に用意してた奴しか無いから何も返せないのに……でも、申し訳なく思いつつも楓くんからのプレゼントを嬉しく思ってる私も居て。

 

 結局お礼を言って、私はそれを受け取る。すると楓くんは今度は“開けてみて?”って言うから、私も中が楽しみなのもあって直ぐに開ける。そこに入っていたのは……1つの髪飾り。

 

 「これ……楓くんの……」

 

 「本当は何かネックレスとかの方がいいかもしれないけれど……それは友奈がもう少し大人になってから、と思ってねぇ。何か良いのは無いかと探してたら偶然見付けてさ。その花の押し花を持ってたし、好きなんじゃないかと思ってそれにしてみたんだよ」

 

 「……嬉しい。ありがとう、楓くん!」

 

 それは、白い花菖蒲の髪飾り。私が大好きな花で、楓くんの勇者服の水晶に描かれていた花で……私が大好きな、楓くんの花。今もポケットの中に押し花があるくらい肌身離さず持っている……本当に、大好きな花。花言葉だって覚えてる。

 

 “うれしい知らせ”と“優しさ”。“伝言”と“心意気”。“優しい心”と“優雅”に“あなたを信じる”。白いモノだとそれらに加えて“純粋”。それから……“あなたを大事にします”。凄く楓くんらしい花だなって思える……大好きな花。

 

 嬉しくて、本当に嬉しくて。泣きそうなくらいに嬉しくて。楓くんがこれを選んでくれたってことが、何より嬉しくて。だから私は、その嬉しさが伝わればいいなって思って……笑顔でお礼を言った。

 

 

 

 

 

 

 少し涙ぐみながら嬉しそうに笑う彼女を見て、改めて自分の中の感情を認める。寒い冬だと言うのに、この胸の奥はその寒さをかき消すように温かく……心臓が少し、いつもより鼓動を速くする。その感情を彼女に対して抱いたのは……いつからだったか。気付けば、抱いたからねぇ。

 

 「そんなに喜んで貰えて、送った自分としても嬉しいよ。ああ、友奈。実はこのプレゼント以外にも君に用があってねぇ」

 

 「? なあに?」

 

 きょとんとする彼女は相も変わらず可愛らしい。勇者部の皆も、勿論姉さんと樹もそうだが……中でもやはり、自分にとって結城 友奈という女の子は特別なのだろう。

 

 前世の妻が、子供が、孫が。そして自分をこの世界に転生させた神が今の自分を見れば笑うだろうか。誰かの為に自分自身を後回しにしてしまうような……それでも、誰かの為に本気で行動出来る心優しいこの子を。

 

 「友奈」

 

 「は、はい!?」

 

 初めて会ったあの時から友達の為だと動いていた。勇者に憧れていて、押し花が好きで、勇者部の活動と勇者部の皆が大好きで。コロコロと表情が変わって、少し天然な所もあって、色んな苦難があっても自分で、或いは誰かと乗り越えて行けて……その心は、天の神の意識すらも変えてしまうほど強く、綺麗で。1つ1つの仕草を、つい目で追ってしまう程で。

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女に、前世も含めれば100年近くも生きている爺である自分が……年甲斐もなく本気で恋焦がれ、愛し、寄り添っていきたいと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 「自分と、付き合ってくれませんか」

 

 答えは、飛び付くような抱擁と……涙声の二つ返事。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく、両手の指で足りるかどうかと言った年数が経った後に、楓は同じ日に大人になった友奈に1つのアクセサリーを送る。受け取った友奈は今日と同じように涙ぐみながら喜び……そのアクセサリーは、涙を拭う彼女の左手の薬指にキラリと輝いた。




今回の捕捉

・本編に近いですが、今回は行進曲があった場合のお話になっています。なので、本編とは少し違う世界線でのお話でありながらその実トゥルーエンドに近いお話になっています。



という訳で、今年最後のお話は満を持しての親密√友奈ifでした。いちゃラブ……いちゃラブかこれ?← とりあえず、ほっこりほのぼのにやにや出来る話にしたつもりです。

友奈と言えば、モチーフは山桜で春のイメージがありますが、私は勇者の章のせいで冬に泣いているイメージが強いんですよね。なので、そんな冬に幸福をプレゼントして〆。

さて、今年はこれで本当に最後です。皆様ここまでのご愛読、本当にありがとうございました。来年は来年でゆゆゆいのきらめきの章完結目指して番外編込みで頑張りますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)












 それは、更に少しの時間が流れた後の話。疲労困憊である友奈と彼女の手を強く握る楓の前に、手術着を着た2人の女性がそれぞれ双子の姉妹の赤ん坊を抱き抱えて差し出していた。

 友奈の赤い髪と楓の黄色い髪をそれぞれ生やした赤ん坊は元気に泣き……その姿に、覚えのある感覚を覚えた2人は嬉しそうに笑い、双子に語りかける。

 「「産まれてきてくれてありがとう」」



 ― また、会えたね ―



 それは、2人しか知らない奇跡のお話。


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花結いのきらめき ― 序章 ―

後れ馳せながら、新年明けましておめでとうございます。お待たせしました(´ω`)

殆んどのアプリでガチャは爆死しました。でもデレステで限定飛鳥出たので大満足。fgoでは弓兵福袋にて水着ジャンヌが出ました。アーツ層が厚くなったな……。

新年ガチャ目当てに色々とアプリを開拓中。メダロットと東方ロスワが楽しみで仕方ありません。それはさておき、誰か雀亭のどの辺りがライトなのか教えて←

またリクエストが増えてました。沢山リクエストが来るのは嬉しいのですが、私の手に終えない可能性もあるということはどうかご理解ください。特に暗い系とか……“ああ”なりますよ(どれかは言わない

さて、新年最初の投稿は皆様お待ちかね……かどうかは分かりませんが、本編ゆゆゆいになります。これが私から皆様へのお年玉だ(遅い

ちょいとおかしい部分があったので修正しました。


 美森が壁を破壊してしまい、世界が滅び欠けた戦いを勇者部が勝利してから数ヶ月。神樹から散華した部分を返してもらい、友奈の意識も戻り、楓も戻ってきた。普通に学校に通えるようになってからは園子、銀も転入してきて勇者部に入り、8人となった勇者部は今日も部室へと集まっていた。

 

 「今日も勇者部8人勢揃いだね! 新しい物語の始まり始まり!」

 

 「毎日が新しい物語……いいねゆーゆ、作家の素質があるかもだね~。毎日新しいカエっちが見られて楽しそ~」

 

 「それは楽しいのかねぇ……」

 

 「そのっちは相変わらずね。はい、楓君。いつものぼたもち」

 

 「いつもありがとねぇ、美森ちゃん」

 

 「東郷さん、私の分は?」

 

 「勿論あるわ。はい、友奈ちゃん」

 

 「わーい!」

 

 全員揃ったところで友奈がはしゃぎ、その言葉に物書き志望としての感性に引っ掛かったのか友奈を誉める園子。直ぐに楓の方に思考がシフトしたのを本人が苦笑いし、そんな彼女を美森は相変わらずだと微笑ましく見た後に楓へと一口サイズのぼたもちが乗った皿を渡す。

 

 受け取った楓は礼を言い、竹製のフォークを使って美味しそうに食べている所を見た友奈が自分の分はと聞けば、美森は既に用意していると同じように渡し、受け取った友奈が嬉しそうに笑った。

 

 「ほら樹、これ、取れる? ふふふ、完成型勇者ともなればあやとりも得意よ」

 

 「とか言ってるけど、実は前の児童館の依頼の時に懐かれてる子に一緒にやろうって言われてから練習したんだよなー? 夏凜」

 

 「ちょっと銀、余計なことを言わないで」

 

 「ふふ、夏凜さんは優しいですもんね。で、あやとりはこれをこうして……うぅ、難しい……」

 

 「よし、ここはあたしが先代勇者として手本を……うぅ、難しい……」

 

 「こらこら完成型と先代。樹と遊んでないで楓以外のあのボケトリオにつっこんで」

 

 「楓さんは除くのね……はいはい。ほらアンタら、部長が何か言おうとしてるわよ」

 

 「園子も戻ってこーい」

 

 他の4人はと言えば、夏凜はあやとりで簡単そうに形を作り、それを樹に取らせようとしていた。簡単そうにとは言うが、その裏には児童館の子供に良いところを見せたいという可愛らしい理由から来る努力があることを知っていた銀に笑いながら暴露され、赤くなりつつ俯いて否定はしない夏凜。

 

 そんな彼女を分かっていると笑いつつ樹はあやとりの糸を自分の手に移そうとするが、これが中々に難しい。手間取っている樹に変わって銀が挑戦するも、同じように出来ずに終わった。そうやって遊んでいた夏凜と銀に風が前の3人(楓除く)を何とかしろと言われ、2人は4人に向かって手招きし、4人はお互いに“しーっ”と人差し指に口元に当てる仕草にした後に視線を風へと向ける。

 

 「じゃ、落ち着いたところで今日の勇者部活動内容をセクシーに読むわね」

 

 「姉さんには10年は早いかな」

 

 「どういう意味よ!?」

 

 全員の視線が集まったことを確認し、黒板の前に立った風が少し体をくねらせながら言うと直ぐに楓から朗らかな笑みと共に辛辣な言葉が投げ掛けられる。思わず周りがくすっと笑ってしまい、風が相変わらずな弟の言葉に少しだけ傷付きつつ、思わず黒板をバンッと勢いよく叩く……その瞬間だった。

 

 【っ!?】

 

 「な、何よ今の光!? 皆、警戒しなさい!」

 

 「今の感じは、まさか」

 

 「樹海化!?」

 

 「あ、アラームが、アラームが鳴ってます!」

 

 「な、なんでよ! 勇者に変身するアプリ、もうアタシ達持ってないのよ!?」

 

 一瞬だがハッキリと分かる程に強い発光。その光に全員が驚愕し、夏凜が警戒するように告げる。そして発光と同時に覚えのある感覚を感じていた先代組4人の内、楓がまさかと呟き、続けるように美森が叫んだ。

 

 その直後、園子と銀以外の6人のスマホから聞き覚えのあるアラームが鳴り響く。驚く樹と風が言うように、以前の戦いで8人のスマホから勇者アプリは消えている。そもそもバーテックスとの戦いはその時に終わっているのだ、樹海化のアラームが鳴る時点でおかしい。そもそも手にあるスマホは勇者アプリがあった端末とは別物なのだ。が、そうして混乱している間にも極彩色の光が迫り、やがて世界を呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 光が収まった時に目にしたのは、もう見ることはないと思っていたあの樹海であった。夢ではないかと夏凜が疑うも直ぐに首を横に振り、この光景が現実であると彼女だけでなく全員が理解する。更には大赦に返していたハズの端末もいつの間にかその手に戻ってきており、突然の出来事の連続にその場に居た全員が混乱していた。

 

 「端末がどうしてここに……皆の手元にもあるみたい……うん? のこちゃんと銀ちゃんはどこだい?」

 

 「あれ? 本当だ、園ちゃんと銀ちゃんが居ない!?」

 

 「そんな! そのっち! 銀!」

 

 「落ち着きなさいよ東郷。アプリが戻ってるなら、レーダーで確認してみましょ」

 

 「っ! アプリに反応が……敵、です」

 

 「またアタシ達が戦うって訳……? やっとアタシ達も……楓達も戦わなくてもいいようになったのに……そんなのって……」

 

 いち早く混乱から復帰した楓が自身の手の端末を見た後、全員の手元にも視線を走らせ……その際、この場に園子と銀の2人の姿が無いことに気付く。同じように気付いた友奈、美森が慌てるが夏凜が直ぐに落ち着かせ、勇者アプリがあるかどうかの確認とレーダーを見る為に端末を操作し、他の5人も同じように操作する。

 

 そしてレーダーに写ったのは2人の反応……ではなく、敵の反応を示す赤い点。それを見た樹が声に出して知らせ、風が力無く呟く。つい数ヶ月前に世界が滅ぶ瀬戸際を脱し、先代勇者も自分達も勇者のお役目から解かれ、戦わなくてよくなったハズなのに……と。

 

 「……いや、この反応……どうやら小さい敵ばかりで大型のバーテックスは居ないみたいだねぇ」

 

 「そうみたいだね……あれなら」

 

 「……確かに、あの小さいのならそこまで激しい戦いにはならないか。それに樹海化してる以上は、やるしかないわね」

 

 「友奈は大丈夫かい? 本当にあの時の小さい敵なら、君は……」

 

 「大丈夫だよ楓くん。もう、あの敵は怖くない。それに皆も居るんだもん」

 

 「そっか、それなら安心かな。後は2人の居場所だけど……」

 

 「確かに2人のことは心配だけど、それは戦ってから考えましょう。それに、2人も同じような状況に居るかもしれないし」

 

 レーダーには赤い点ばかりで星座の名前は書かれていない為、小さなバーテックスばかりが居ることが分かる。数もあの戦い程ではない為、6人でも充分に殲滅は可能だろう。楓は友奈のトラウマを知るために彼女の心配をするが、友奈はあの戦いにてそのトラウマを克服している。心配はないと笑ってみせる彼女に、楓も笑みを返した。

 

 この場に居ない2人のことも気になるが、まずは目の前の敵に集中することにした美森。彼女達の後方には大きな木……神樹の影があり、レーダーを見る限りは自分達しかいない。その為、この6人こそが最終防衛ライン。つまりはいつも通りということだ。

 

 「折角守った世界を滅ぼさせたりしないわよ」

 

 「うん! やろう、夏凜ちゃん! 皆!」

 

 「勿論よ友奈ちゃん」

 

 「わ、私も頑張ります!」

 

 「という訳だ、いつでもいいよ姉さん」

 

 「樹、楓、皆……ありがとう。じゃあ行くわよ! 勇者部、変身!!」

 

 【了解!!】

 

 全員が同時に端末の勇者アプリをタップし、あの戦い以来となる勇者へと変身する。その姿は自分達の記憶と相違無い。違うのは、美森がリボンではなく自身の両足でしっかりと立っていることと……楓の右袖にしっかりと右腕が通っており、その右手には左手と同様の水晶が着いているくらいだろう。

 

 そして始まる久しぶりの戦闘……なのだが、それ自体はさほど時間を掛けずに終わることになる。何せ大型バーテックス相手に戦い続け、最後には小さなバーテックス達も数千か数万に届くであろうという数で戦う羽目になったのだ、それがたかだか3桁に届くかどうかと言った程度を相手に遅れを取るハズがなかった。

 

 友奈の拳と蹴りの1撃で弾け飛び、美森が両手の散弾銃で1度に複数を吹き飛ばす。夏凜の2刀が閃く度に両断され、樹のワイヤーに細切れにされ、風の巨大化した大剣に1度に凪ぎ払われる。

 

 更には水晶が2つ使えるようになったことで光の翼で飛行しながら他の攻撃が出来るようになった楓が左の水晶で翼を、右の水晶から剣を作りだして飛び、擦れ違い様に切り裂いていく。決着は、ものの数分で着いた。

 

 「よーし、全員無事ね。これが勇者部の実力よ!」

 

 「久々の戦いだったけど、特に問題はなさそうかな。皆、怪我はないかい?」

 

 「うん、私は大丈夫だよお兄ちゃん。お姉ちゃんも大丈夫そう」

 

 「完成型勇者を舐めないで下さい楓さん。この通り、ピンピンしてます」

 

 「皆無事で良かったー。それじゃあ、園ちゃんと銀ちゃんを探さなきゃ!」

 

 「そうね、早くあいつらを……待って! レーダーを見て」

 

 小さなバーテックス達を退け、1度集まる6人。全員の無事を確認し、問題なく戦いを終えられたことに安心しつつ、笑い合う。戦いを終えたことだし、ここに居ない2人を探そうと友奈が言ったその時、念のためにと端末を見ていた夏凜の表情が固くなる。その視線の先、端末のレーダーには敵の第2波の反応が合った。

 

 「しかもバーテックスが居る……乙女型」

 

 「冗談でしょ!? まだまだ戦えるけど、これ以上やってもしも、また……」

 

 美森の確認の為に口にした言葉に風が反応する。脳裏に浮かぶのは、以前のような数多の小さなバーテックス達。そして、満開した自分達の姿。今はまだ余裕があるが、このまま戦い続けたとしていつ終わるのかもわからない。第2波が来ているように第3、第4が来ない保証もないのだ。

 

 戦いが長引けば、もしかしたら乙女座以外の大型バーテックスが来るかもしれない。物量に押し潰されるかもしれない。再び戦うことになった為か精神的な余裕はあまり無く、風の不安を感じてか樹も不安げな表情を浮かべる。その時だった。

 

 

 

 『大丈夫です、皆さん心配しないで下さい。全力で戦い抜いても、影響は出ません』

 

 

 

 そんな、見知らぬ女性の声が聞こえてきたのは。全員がきょろきょろと辺りを見回すが、声の主らしき存在は見受けられない。耳に届くのではなく、まるで心に直接響いているようなその声に、全員が不思議そうな表情を浮かべていた。

 

 『乃木さんと三ノ輪さんも私達と居ます。今は、戦って下さい』

 

 「この人の声……暖かい」

 

 「うん……この声の主は信じてもいい気がするよ。姉さん、この声を信じてみないかい?」

 

 「……そうね。敵さんも、これ以上はお断りだってのに次から次へとしつこいし……そういうのは嫌われるわよ、全く」

 

 「またモテる人っぽいこと言ってる……」

 

 「誰かは知らないけど、連戦の緊張はほぐれたみたいだし、助かったわ」

 

 「……敵の中に見たことの無い個体が混じっている。バーテックスに似てるけど、違う……?」

 

 謎の声に悪意等の念は感じられず、むしろ温かいと思い口にする友奈。楓も同じように思ったのか風にそう聞き、風は頷いた後に怒った口調で呟く。そんな姉にボソッと樹が呟いたことを耳にしつつ、夏凜は先程までの悲壮感が風を中心に薄れていることに安堵して声の主に感謝し、美森が変身したことで強化された視力で捉えた敵を見ながらそう口にした。

 

 彼女の言葉を聞き、全員が迫り来る敵によーく目を凝らす。そこには乙女座と小さなバーテックス達が居るが、そこには確かに6人の知らない個体が存在していた。形状としてはホイッスル、或いは勾玉が近いだろうか。友奈はそんな新型を“魚? 魚じゃない? やっぱり魚?”と首を傾げながら称し、風は嫌な顔をしつつもどこかその形状が今まで見てきたバーテックスとは別物であると感じた。

 

 「あの新型……レーダーではくっきり敵の色になってるよ、お姉ちゃん」

 

 「うーむ、何を考えているかわからない表情が不気味だわ。敵ってこんなのばっかりね」

 

 「よーし、結城 友奈、燃えてきたのでここは1つ私が」

 

 「いや、ここは自分が行こうか。自分なら飛べる分、かなり自由に動けるしねぇ」

 

 「ダメよ楓君。皆で行きましょう? お願いだから、1人で動こうとしないで……友奈ちゃんも」

 

 「……そう、だねぇ。ごめんね、美森ちゃん」

 

 「ご、ごめんなさい……つい焦っちゃって……」

 

 「はいはい……友奈はともかく、楓さんまで珍しい……」

 

 先んじて動こうとした友奈を制して楓が飛び立とうとするが、美森の懇願にも似た声を聞いて思い止まり、謝る。楓が1人で行動する、というのは美森に取って辛い記憶を呼び覚ましてしまうことに気付いたからだ。唯一の男として、という意識で単独行動を取ろうとした自分自身に苦笑いを浮かべ、夏凜にそう言われてその苦笑いが深くなった。

 

 2人が謝ったことで再び場が和み、6人の意識がバーテックス達へと向く。新型なぞ何するものぞ、目指すは殲滅による完全勝利。6人は笑みを浮かべ、全員で迫り来るバーテックス達にへと立ち向かっていった。

 

 新型の中には先程言った勾玉のようなモノ以外にも5本の鋭い針を持ったモノ、丸い体の四方に輪と栗のような形の針を伸ばしたモノ等も存在した。何とも文章や口頭での説明に困る未知の敵ではあったが、それなりに戦闘経験を積んだ6人全員が揃っている今ではモノともしない。

 

 「せい! っ、あうっ!?」

 

 「姉さん!? 大丈夫かい!?」

 

 「~っ、なんとかね。それよりあの敵、爆発して攻撃してくるわよ!?」

 

 「ならあの敵は私が撃ち落とします!」

 

 「私もやります!」

 

 体当たりや鋭い針を伸ばす、爆発を起こして周囲を攻撃する。前の2つは特に問題無かったが、流石に爆発は予想出来ずに最初に攻撃した風が食らう羽目になったが、寸前で大剣を盾にすることで防ぎ、後々その敵は美森と楓、樹がそれぞれ銃撃、光を飛ばす、ワイヤーで刻むといった方法で対処していく。

 

 次々とバーテックスを倒していく6人。未知の新型も既知の小さなバーテックスも苦もなく対処し、やがて残るのは乙女座ただ1体となる。

 

 「後は1体!」

 

 「友奈、前みたいにやってみるかい?」

 

 「前みたいに? あ! うん! 前みたいに、ダブルで!」

 

 「わかった。それじゃあ」

 

 「「せーのっ!」」

 

 他の4人に比べて前に出ていた楓と友奈。友奈が乙女座に目を向けた時に、隣に降り立った楓がそう問い掛ける。一瞬何のことだろうと疑問に思う友奈だったが、直ぐに思い至った。初めて戦ったあの日、乙女座のやたら頑丈な御霊を破壊する時に行った、2人での攻撃のことを。どんな硬い敵も、大きな敵も打ち砕いてきた2人の必殺技を。

 

 楓の水晶から伸びる白い光が友奈と楓の手を包み込む。友奈はその光の暖かさを感じて笑顔を浮かべ、楓と目を合わせて頷きあい……声を揃えて同時に乙女座に向かって跳躍し、友奈は右手を、楓は左手を引き絞った。

 

 「ダブル!」

 

 「勇者!」

 

 「「パアアアアンチっ!!」」

 

 同時に突き出される左右の白い光を纏った拳。それは乙女座が迎撃に出してきた爆弾も防御の為に広げたマント状のモノも難なくぶち破り、それらごと本体に突き刺さり、そのまま突き破った。大きな風穴を開けた乙女座は御霊を排出することもなく、光となって天に昇るように消えていく。

 

 敵の出現が無いことを確認し、勝利を喜ぶ6人。そんな6人を、この場所に来たときと同じように極彩色の光が呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 「あれあれ? カエっち達が居なくなっちゃった……これはわたしの想像じゃなくて現実だよね?」

 

 「まあ、あたしの目にも楓達が居なくなってるように見えるしな……マジでどこに行ったんだ?」

 

 少し時間は遡り、場所は勇者部部室。そこには樹海に飛ばされた6人とは違い、そのまま部室に取り残された園子と銀が居た。樹海化する感覚こそ感じたものの自分達はこの場に存在し、他の6人が居ないことに驚きつつ辺りを見回すが、見えるのは見慣れた部室の内装だけ。

 

 試しに2人で楓達の名前を呼んでみたものの返事は当然の如く返ってこない。改めてこの場には6人が居ないことを確認しつつ……2人の視線が、自分達以外にいつの間にか部室の中に居た“2人”の人物にへと向けられる。

 

 「……え、誰? というか……えっ!?」

 

 「ゆーゆと同じ顔……それに、樹海化してるんだよね、これ。教室だけが別の空間になってる……?」

 

 「ピンポンピンポーン、正解です。流石若葉ちゃんの子孫ですね」

 

 銀の顔が驚愕に染まり、園子も銀程ではないにしろ驚いていた。2人の目の前には、大赦の巫女が着ている巫女服を着用している長い黒髪に赤いリボンの少女と……同じように巫女服を着ている、友奈そっくりの少女が居た。

 

 友奈似の少女は朗らかに笑うだけで特に喋ることはなく、黒髪の少女が園子の言葉に正解だと明るい声で告げる。子孫……そう言われた園子はその少女を見ながらふむと内心頷き、銀は状況をよく理解出来ていないようで何度も2人の少女の顔を見ていた。

 

 「貴女達はだぁれ~? 大赦の巫女、かな? だけど、わたしは見たことないかも~」

 

 「正解です。やっぱり若葉ちゃんの子孫。私の名前は上里 ひなたです。こちらは」

 

 「私の名前は、他の人達が揃ってから言うね」

 

 「……わかった~。あ、さっきから全問正解だよ~。私はね、乃木さん家の園子っていうんだ~」

 

 「声まで一緒だ……あーっと、あたしは三ノ輪 銀って名前なんだ」

 

 「乃木……それに三ノ輪……素敵な名字ですね。特に乃木という名字はキュンキュンします♪」

 

 「キュンキュン~♪」

 

 (なんかこの2人、ちょっと似てるな……こっちの人は、見た目は友奈なんだけど……なんというか、そうだ、楓に似てるんだ)

 

 園子は大赦に奉られている時や勇者として活動している時に何人かの巫女と会ったことがあるが、目の前の2人に会ったことはなかった。ひなたと名乗った黒髪の少女と顔を横に振って名乗りは後でと告げた友奈似の少女。友奈似の少女の声すらも自分達が知る友奈とそっくりであることに驚きつつ2人も名乗り返す。

 

 何故か乃木という名字と園子に対して妙に好印象を持っているひなた。喜びを体の動きで表現している彼女とそれと同じ動きをする園子の2人を見て友奈似の少女がくすくすと笑い、銀が雰囲気や行動が似てるなと2人をほえーっと感心するように声にしながら見て、友奈似の少女の方は顔はともかく、笑い方や雰囲気が楓に似ていると感じていた。

 

 「……ん? 園子、さっき樹海化してるって言ったよな。なんでか部室だけ無事みたいだけど」

 

 「うんうん、それで正解だったね~」

 

 「じゃあさ、なんでこの2人は動けるんだ? あたしらは元勇者だからで納得できるけど」

 

 「私達は()()()()では巫女であり、特別な存在だからね」

 

 「そして、神樹様から大きなお役目を仰せつかってます」

 

 「特別な存在……ふむふむ、ふ~むふむ。うん、大体分かったよ~」

 

 「あたしには全然分からんぞ……」

 

 ふと、銀がそんな疑問を覚えた。どういう訳か部室の窓の外は白く染まっていて様子がわからないが、現在樹海化が起きているという。ならば、その間は時間が止まり、勇者以外の者は動けないハズなのだ。

 

 だと言うのに、目の前の2人は勇者でないにも関わらずこうして活動出来ている。感じた疑問をそのまま口にする銀に、少女とひなたはあっさりと答えた。その答えに園子は理解したと頷き、銀は逆にわからないと項垂れる。そんな銀に2人はくすくすと笑い、園子の理解したという言葉も冗談と捉えたのか“それは凄いですね”とひなたが溢す。

 

 「もしかして、ひなタン達はこの時代の人じゃない?」

 

 「っ!? 本当に、大体分かってる……? 凄いですね。それに、ひなタン……ひなタンは気に入りました! 今度若葉ちゃんに呼んで貰いましょう」

 

 「この時代の人じゃないって……余計にわからなくなったゾ」

 

 (僅かな問答や反応でそこに辿り着くんだ……実際にこの目で見てこの耳で聞くと、やっぱり凄いなぁ)

 

 「何だかとっても大変なことが起きたんだね? しかもバーテックスとは別の問題で」

 

 「うん、そうなんだ。今、樹海ではあの人達が戦っているよ」

 

 「あの人達……カエっち達のことだね。そっか、戦って……」

 

 「そうだよ。でも、あの人達なら大丈夫、直ぐに戻ってくるよ。その時に私の自己紹介と一緒に、事情の説明をするね」

 

 園子の突拍子も無いように聞こえる言葉にひなたと少女は驚きの表情を浮かべ、1人理解出来ず取り残されたような気分になった銀がガックリと肩を落とす。何か、バーテックスとは別の問題が起こっている。そう察した園子が問い掛けると、少女が楓達6人が今戦闘中であることを教え、2人が心配そうな表情を浮かべる。そんな2人を安心させるように、少女は朗らかな笑みを浮かべてそう言うのだった。

 

 後で説明して貰えると分かった2人は心配しつつも6人が戻って来ることを待つことにした。その間、ひなたが園子に“どことなく面影がある”とか“耳掃除は好きか”と聞き、園子は“好きだしカエっちにされたい”と答えた。その隣では銀が少女に“君も彼に耳掃除されたい?”と聞かれ、なぜ彼女が楓の事を知っているのかと疑問に思いつつも“されるよりしたい”と思わず溢してしまって赤くなった銀を3人で微笑ましげに見詰めたりして。

 

 そして、園子が何かに気付いたようにその場で振り返り、何もない場所に向かって飛び付くようにジャンプし、銀がその動きを見てそろそろかとそちらを見て2人が突然の行動に驚くのと……6人がこの場に現れるのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 「うおっと……のこちゃん、いきなり飛び付くのは危ないよ」

 

 「えへへ、ごめんごめん。お帰りカエっち、皆。無事で良かったよ~」

 

 「あっ、戻ってきた……ただいま園ちゃんっていつの間に楓くんに抱き着いたの!?」

 

 「祠も無い教室に戻ってくるなんて……それはともかく、2人が平気そうで本当に良かったわ。それで、この方達は……? 1人はその、友奈ちゃんによく似てるけれど……」

 

 「須美達も無事で良かった。こっちもこっちで訳分からんくて大変だったんだゾ……? で、こっちの人達は……」

 

 (まさか、樹海からあの人が戻ってくるのを察してあんな行動を……? あの子、どんな鋭敏な感覚をしているんだろう……)

 

 (あれが、私達の時代には居なかった男性の勇者。神樹様からの神託で聞いては居ましたが……実際に見ると雰囲気通り、優しそうな人ですね。それにあの園子さんの躊躇いの無い動き……若葉ちゃん、貴女の子孫は大物に育っているようですよ)

 

 本来なら祠が存在する屋上へと戻ってくる筈がどういう訳か部室に直接戻ってきた6人。楓は戻ってきて周囲の確認をする間も無く園子にいきなり抱き付かれる形になったが、慣れたように衝撃を逃がす為にその場でくるりと回転し、園子を抱き止める。彼女は幸福(しあわせ)そうにしつつも笑いながら謝った。

 

 いつの間にか楓に抱き着いている園子に驚く友奈と2人の無事な姿を見て安心する美森。他の3人も同じように安心し……部室に見知らぬ人物が2人居て、その内1人が友奈に良く似ていることに驚きの表情を浮かべる。少女の方は園子の躊躇いの無さと彼らが戻って来ることを感じ取ったことに驚き、ひなたは男性の勇者と園子が仲が良さそうであることに驚きと共に微笑ましさを感じていた。

 

 「……さて、皆さん、お役目お疲れ様でした。私、上里 ひなたと言います」

 

 「上里!? 大赦の巫女の中でも最高の発言力を持つって言う……あの上里家?」

 

 「あ! 本当だ、上里ってそういう名字だ。基本的な所を見落としていたよ」

 

 「上里……巫女だけでなく、友華さんの高嶋家と同じく大赦の名家の1つだったっけ。というかのこちゃん、上里は確か乃木家と並んでツートップ……っ!?」

 

 「どうしたの楓くん……っ!? 私と、同じ顔……?」

 

 「はい、その上里です。それで、こちらの方は……」

 

 ひなたの自己紹介を聞き、驚きの声を上げたのは夏凜。彼女の言うとおり、上里は楓が言った高嶋家、そして園子の家でもある乃木家と同じく大赦の名家に名を連ねる名字の1つであり、乃木家と共に大赦のツートップの家でもある。

 

 それを見落としていたと言う園子に楓が苦笑いし、もう1人の方はとここで初めて少女の方に視線を向け……少女と目が合い、ハッとする。そんな彼の様子を見た友奈が同じように少女の方を見ると、同じようにハッとする。その顔は紛れもなく、自身と同じモノだったからだ。

 

 ひなたが少女の方に手を向けると、改めて8人の視線が少女へと向かう。年の頃は友奈と同じくらいだろうか。彼女と同じように赤い髪を後ろで束ね、髪にはこれまた似たような桜を模した髪飾り。服装はひなたと同じ大赦の巫女服を着ていて……そして、その目は友奈と違い、楓達3姉弟と同じ緑色。

 

 

 

 「改めてはじめまして。私の名前は……えーっと……神谷(かんだに) 友奈」

 

 

 

 (いや、えーっとって……その名前、ひょっとして今考えたんじゃないでしょうね)

 

 少女の自己紹介に一瞬誰もが疑問符を浮かべる中で、唯一思わず苦笑いを浮かべて生暖かい視線を送る楓。疑問符を浮かべた皆に“ちょっと緊張して”と赤くなりながら口にした少女は、そのまま自己紹介を続ける。

 

 

 

 「名前が同じ人が居るみたいだから……私のことは神奈(かんな)と、そう呼んで欲しいな」

 

 

 

 (いや、貴女……()()()でしょう)

 

 そう確信している楓だったが、その言葉はそっと心の奥に閉じ込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 それは、8人となった勇者部が天の神を打ち倒す未来に続く道程から少しだけずれた、数多存在する世界の内の1つ。当事者達の誰の記憶にも残らない……それでも、1柱の神が不思議な世界で叶わぬ夢を叶え、それぞれの時代から終結する勇者達と共に青春を謳歌したり、ほのぼのしたり、重いシリアスになったり……勇者達と共に問題に当たりつつも“人と同じように過ごす”。

 

 まあ……そんな、夢のようなお話。




原作との相違点

・本編より楓、神樹(人)、銀(中)が参加

・命名、神谷(かんだに) 友奈。あだ名は神奈(かんな)

・神奈は巫女枠



と言う訳で、新年最初の投稿でした。本編ルートのゆゆゆいですが、厳密には本編の最後まで神として存在した神樹……神奈が、例え全員が忘れるとしても夢を叶えていた場合の世界線での話となります。なので、一応はifルートと言えなくもないですね。ややこしいですけれど。

神奈の夢が何なのかは本編“咲き誇る花達に幸福を― 21 ―”にて。神奈が、そして楓がゆゆゆい世界でどう活躍するのか。それは私にもわからない。というかゆゆゆいのバーテックス擬き達のビジュアルの説明が難しすぎる。どう書けっつーんだ(スマホぶん投げ

ゆゆゆいは個人的にお祭りゲーですので、本編のようなシリアスや戦闘寄りではなくコメディ方面にすると思います。皆でわいわいしてもらい、その中で楓と神奈もほのぼのと楽しく過ごして貰いましょう。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 1 ―

お待たせしました(´ω`)

fgoは王様狙いで引きましたが案の定爆死しました。でもきらファンでがっこうぐらしピックアップ単発引いたら水着くるみと通常みーくんゲット。またナイトが……手持ち星5半分くらいナイトなのに←

ドカバト始めました。やってみるとこれが中々に面白い。ギニュー特戦隊大好きです。

こないだ何となくランキング覗いてみたら日刊100位以内に本作が載ってました。たまに載ってるの見ると本当に嬉しいですね。感想もいつの間にか1000件越えてますし、読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます。

今回も説明やらなんやら回です。


 「えっと……さっき樹海で声を飛ばしてくれたのは」

 

 「それは私ですね」

 

 「上里さん、でしたっけ。ありがとうございます!」

 

 「戦ったけど、言われた通り力を使ったリスクは無かったし精霊バリアも発動した。早速で悪いけど、2人には色々説明して貰えると嬉しいわ」

 

 「はい、そのつもりなんですけど、今少し驚いていて……声も性格も一緒なので」

 

 「神奈さんと友奈のことですか?」

 

 「それもありますが……」

 

 そんな会話の後、上里さんの視線が友奈と神樹様……神奈さんの2人を行き来する。確かに、2人の姿は巫女服と制服、瞳の色を除けば瓜二つだ。でも、確か以前に神樹様の今の姿は“ある勇者から借りている”と言っていた。それはてっきり友奈のことだとばかり思っていたんだが……上里さんの反応を見る限り、違うように思える。

 

 「大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか? 何か持ってきましょうか?」

 

 「気に掛けて頂き、ありがとうございます……貴女のお名前は?」

 

 「はい! 讃州中学勇者部、結城 友奈です!」

 

 「友奈……神谷さんも友奈……お2人共、とても素敵な名前ですね。友情の(ゆう)……友達の(とも)……ごほん、落ち着きました」

 

 「ふふ、彼女も落ち着いたらしいから、そろそろ事情の説明をしようかな。衝撃的な話だけど、楽にして聞いてね」

 

 「普通、身構えるように言うもんじゃないの……?」

 

 夏凜ちゃんのツッコミに反応することもなく、神奈さんと上里さんの2人はさっきから言っていた“事情”について説明してくれた。

 

 実は現在自分達が居る場所は本来の世界ではなく、神樹様の中に造られた特別な世界なのだと言う。突拍子も無い話だとは思うが、大赦に返した筈の端末が手元に現れたことと言い、何より人の姿をした神樹様が目の前に居ることと言い、事実なのだろう。皆も突拍子はないが有り得なくはない、と判断しているようだ。

 

 で、なんでそんな世界に自分達が居るのかと言えば……なんでも、人類の味方をしてくれている土地神の集合体である神樹様だが、その中の1体の神が神樹様の内部で嵐の如く暴れまわっているらしい。その神は元々は天の神に属していた強力な神であり、天を追放されて人類の味方となってくれていたのだが……。

 

 「今回神樹となっている他の神様と……端的に言うとケンカしたとか。神樹様から離れると主張されて……」

 

 「さっきあなた達が戦っていたのは本物のバーテックスじゃなくて、その神……造反神と呼ぼうかな。造反神が造った、偽物なんだ」

 

 「偽物……だから御霊が無かったんだねぇ。それに、小さなバーテックスの数も少なかったし」

 

 「元々は天の神側なのでこれくらいの模倣は出来るとか……本当に、位の高い神なのです。その神のお陰で勇者システムに一部、天の神の技術が流用されているくらいに」

 

 (後、彼の肉体を造り直す時にもその力が使われてたりするんだよね、“私達”の内の1柱だし……この子達の前では言えないけど)

 

 「また、造反神は独自の兵隊を作り出して、神樹様の内部を荒らしているのです」

 

 味方だった神が離れて身内の中で暴れまわっているから()()神、か。割とそのままな名前だが分かりやすくていい。それに、先程の戦いで御霊が無かったことも納得出来た。というか勇者システムに天の神の技術が使われているって初めて知ったんだけどねぇ……レーダーに敵が映るのはそれが理由だったりするんだろうか。

 

 独自の兵隊、というのは2人も言ったバーテックスの偽物達と考えていいだろう。皆もその考えに至っているのか、さっきの敵はまさか、と呟くのが聞こえる……というか友奈はハッキリと口にしてた……そして、ここで土地神がバラバラになった時、神樹様はその力を大きく失うのだと言う。

 

 「つまり自分達は……」

 

 「そう、あなた達は勇者として造反神を鎮める為に、この世界に呼……ば、れたんだ。特殊な召喚方法を使ってね」

 

 「神樹様の中で対立が起きた結果、今度の敵は神樹様の中の1体……土地神と土地神の戦い、か」

 

 「外にも天の神が居るのに中でも神様同士でケンカって……勘弁してくれ」

 

 神奈さんが自分の言おうとしたことを言ってくれる。美森ちゃんと銀ちゃんが難しい表情でボソッと呟いた言葉が、嫌に部室の中に響いた。いつの間にかのこちゃんは自分の左手を握っており、そちらを見てみれば同じように少し難しい顔をしている。

 

 天の神……外の世界を火の海に変え、四国以外を滅ぼしたバーテックスの大元であり元凶。その驚異がまだ完全に去っていない所に今回の件だ、難しい顔になるのも分かる。それに、皆も不思議そうな顔をして……不思議そうな顔?

 

 「どうしたんだい? 姉さん。そんな不思議そうな顔をして」

 

 「いや、何でか先代組は伝わってるみたいなんだけどさ……」

 

 そう言って姉さんは同じように不思議そうにしている友奈、樹、夏凜ちゃんにへと目配せし、3人も同じように頷き……こう口にした。

 

 

 

 「天の神ってなんのことよ?」

 

 「「「「……あっ」」」」

 

 

 

 そう言えば、4人には説明したことなかったっけ。自分を含め先代組が同時に思わずそう声にした後、自分達は顔を思い出すのも憎らしいあの男から聞かされた天の神について4人に説明するのだった。

 

 その後は天の神の説明で疲れた体と頭を回復させる為にと美森ちゃんがぼた餅を皆にも振る舞った。自分と友奈は戦いの前にも食べていたんだけど、やはり彼女のぼた餅は美味しいので幾らでも食べられる。神奈さんと上里さんにも好評のようだ。

 

 (これが食べ物の味……これが甘味……これが美味しいってことなのかな。ついつい笑顔になっちゃうね)

 

 「神奈さん、どうですか? 美森ちゃんのぼた餅は格別でしょう?」

 

 「うん、美味しい、ね。こんなに美味しいのなら毎日でも食べたいな」

 

 「だよね! 東郷さんのぼた餅は本当に美味しいよね~♪」

 

 「ふふ、友奈ちゃんと同じ事を言ってくれるのね。嬉しいわ」

 

 そんな和やかな空気になりつつ、説明は続く。夏凜ちゃんが疑問に思ったのは、この世界が神樹様の内部だと言うのなら、今居るこの学校にそっくりな場所はどういうことかということ。

 

 確かに、自分もかつて散華を治す為に神樹様の中に居たことがあったがこんな学校みたいな場所では無かったので疑問に思っていた。2人曰く、自分達が過ごしやすいようにと神樹様が実際の四国を見立てているらしい。

 

 「もしかして私達は、しばらくここに居る流れ……なんですか?」

 

 「はい、そういう流れです。現実とは時の進みが違いますから、戻っても時間は経過してませんよ」

 

 「な、なんだか私、話に着いていけるか少し不安になってきたような……」

 

 「大丈夫、大事なことだから丁寧に説明するから。まずはこれを見てほしいな」

 

 (同じ顔なのに神奈って人の方が知的ね……)

 

 何やら夏凜ちゃんが珍妙な表情で神奈さんを見ているのが気になるが、今は彼女が取り出した自分達の物とは別の端末の画面を見ることにする。その画面には四国地方そのものが映し出されており、自分達が住む香川県、その一部が青く光っている。が、それ以外は全て赤く染まっていた。

 

 上里さんが言うには、この赤い部分が造反神に占領されている土地であるらしい。造反神の反乱は、それほど迄に進んでいるのだと。この青い部分は自分達が居る所、という認識で良いだろう。青い部分を失えば手遅れ、神樹様の中の神々が分裂し、その力を大きく失うことになる。

 

 「大ピンチじゃないの! 造反神を鎮めるにはどうすればいいのかしら」

 

 「土地を防衛、奪還しつつ相手の勢いを削ぐ……まずはそこからですね」

 

 「確かに長丁場になりそうだわ。補給は大丈夫なのかしら?」

 

 「でも、神樹様の中でケンカが起こってるなら止めないといけないね!」

 

 「そうだねぇ……というか、何も自分達の戦いが一段落してからケンカしなくてもいいのにねぇ」

 

 姉さんと美森ちゃん、友奈に続いて呟く。折角散華も治って8人全員揃って平和に過ごしていたのに……内心溜め息を吐くが、神樹様が困っているとなれば助けない訳にはいかないだろう。それに、もうこの世界には召喚されている訳だしねぇ。

 

 造反神が鎮まれば、神樹様は従来通りに活動出来るようになるらしい。現状説明に着いてこれていない人は居ないようで、友奈と何故か銀ちゃんが小さくガッツポーズしているのが見えた。そんな彼女達に苦笑いを浮かべつつ、まだ続く説明に耳を傾ける。

 

 美森ちゃんが先程口にした“補給”についてだが……なんでもこの世界は学校だけでなく実在と同じ町が広がり、実在と同じ人達が生活しているのだと言う。原理はよくわからないが、その人達の魂を召喚し、その人達はこの世界が現実であると思って普通に生活しているらしい。つまり、自分達は実在と同じ世界のような神樹様の内部で普通に暮らしつつ、今回の造反神……お役目を果たしていって欲しいのだと。

 

 「勇者システムは精神の安定が大事です。皆さんのメンタルは常に健全でなければ」

 

 「だからこそ、この世界で普段の生活も出来るようにしてるんだよ」

 

 「じゃあ、私の家とかも普通にあるんだ。店ではサプリやにぼしも売ってる、と」

 

 「なるほど……家? そう言えば、お2人の家は……」

 

 「私達はこの中学近くの空き物件を使わせて頂きますね。この時代出身ではないので、家が無いんです」

 

 「私も同じ物件にしばらく彼女と2人で住むことになるかな……人間としての生活の仕方とかわからないし」

 

 神奈さんの最後の部分は良く聞こえなかったが、その前の話にはふむと頷く。世界が違うというだけで、現実の世界とそう変わらない。変に気を張る必要もないし、野宿やら全員同じ場所で寝泊まりする、なんてこともしなくて済みそうだ……ん?

 

 「か、楓くん。今、凄いことをさらりと言われたような気がするんだけど……」

 

 「自分もそんな気がするよ……上里さん、もう1度言ってもらっても?」

 

 「ぷりーず、わんす、あげいん、です」

 

 「私はこの時代ではなく、約300年前からやってきたんですよ。神世紀ではなく、西暦の世界から。神世紀ではなく、西暦の世界から!」

 

 「重要なことだから繰り返したわね……もう何が起きても早々驚かないわ。ということは、そっちの……神奈って人も?」

 

 「私は一応、神世紀からかな。あなた達と直接会ったことはないけどね」

 

 (そりゃあ、そうでしょうねぇ)

 

 友奈と、そして皆とも顔を見合わせた後にもう1度聞くと同じ言葉が2回返ってくる。300年前の西暦……つまり彼女、上里さんは初代勇者の仲間ということだろうか。この世界、想像を越えて何でもアリなようだ。まさか過去の人物と遭遇することになるとは……いやまあ、神様が目の前に居るから分かってはいたのだけど。

 

 神奈さんが言ったことには思わず苦笑いが溢れる。直接会えるような存在ではないし、人の姿を見たことがあるのも自分くらいじゃないだろうか。嘘を言ってないのが何とも言えない。

 

 「でも皆さんと私達は何も変わりません。私は通常がこんな言葉遣いですが、皆さんさえ良ければ、私には敬語抜きでお願いします。フレンドリーな関係で」

 

 「私も敬語抜きのふれんどりぃ? な関係でお願いするね。神奈と呼び捨てで」

 

 「うん、分かったよ。改めて宜しくね、ヒナちゃん、神奈ちゃん」

 

 「はい! 結城さん!」

 

 「自分は流石に呼び捨ても名前呼びもする訳には……」

 

 「そんな事ありませんよ。園子さんがそこまで心を許している方ですし、年齢も同じくらいのようですから。それに、男性の方に名前で呼ばれるなんて新鮮で……少しわくわくしてます♪」

 

 「私も……その、神奈でお願いしたい、かな」

 

 「……まあ、お2人が良いならいいんですがねぇ。それじゃあ、ひなたちゃん、神奈ちゃん。自分のことも楓で良いからねぇ」

 

 「はい! 楓さん!」

 

 「はぅ……う、うん」

 

 (むむ、ヒナたんはともかく“かーゆ”からカエっちに熱烈な視線を感じるよ~……一目惚れ? でもなんだか違うような……ん~?)

 

 そんな風に名前を呼び合うことになり、自分の左隣に居るのこちゃんが何故か首を傾げたり神奈さん……神奈ちゃんのことを注視しているのを疑問に思いつつ、話は続く。

 

 神樹様の内部であるこの世界には、この世界ならではの利点が幾つかあると言う。その1つが、樹海でも言っていた力のリスクが無いこと。これは自分達にとって本当に有難い。満開はまだ試していないが、それにすら作用するのなら今後の戦いで大きな力になるだろう。

 

 もう1つはひなたちゃんのように時代を飛び越えて勇者や巫女をこの世界に呼び寄せる事が出来ること。造反神が強力な存在である為、歴代勇者の力を結集して事に当たるようにと神託が来ているらしい。時代を飛び越えて、か……それは過去に勇者として戦ってきた人物なら誰でも呼び出せるのだろうか。だとすればもしかしたら……この予想が当たったら、姉さんとのこちゃんが暴走しないか心配だねぇ。

 

 「歴代の勇者が集結……そんな事が出来るなんて、神樹様はやっぱり凄いです」

 

 「あくまでもこの世界だからこそ出来ること、なんだけどね。それに……結局戦うのは勇者の皆だから」

 

 「それでも、やはり神樹様の力があってこそですよ神奈さん。園子さんのご先祖、乃木 若葉ちゃんとかもこの時代にやってきてオールスターバトルです」

 

 「とっても素敵! 他の勇者さん達はどこなんだろ?」

 

 「まだ呼べていません。土地を奪還していけば神樹様に力が戻って呼ぶことが可能になるかと」

 

 「で、ではいざとなれば昭和の日本軍の戦艦などを呼ぶことも出来たり……? そうすればバーテックスなにするものぞ! 雄々しい砲撃の数々で蜂の巣に……」

 

 「目を輝かせているところ悪いけど、バーテックスに人間の兵器は通じないよ。だから戦力として呼ぶのは勇者と巫女だけになるんだ」

 

 のこちゃんはご先祖様の乃木 若葉さん……か。彼女の先祖と言うくらいだから、きっと彼女に似てぽやぽやとした女の子なんだろうねぇ。美森ちゃんは相変わらず日本やら海軍やらが大好きみたいだねぇ。いつだったか、空母だが戦艦だかを黒板にリアルに描いていたことを思い出す。

 

 神奈ちゃんが苦笑いしながらそう言えば、美森ちゃんは残念そうに肩を落とした。この子は本当にもう……そう思って自分も苦笑いした直後、あのアラームが再び鳴り響いた。先程は驚いたが、2度目であることと説明を受けた後だと言うこともあって自分達に驚きはない。疲れてきた頭をすっきりとさせたかった所だし、丁度良いと言えば丁度良いかな。

 

 「皆さん、頑張ってきて下さい。私も早く若葉ちゃん達をここに呼びたいので……出来ればこう、ちゃっちゃとお願いします。まだ先は長いですから」

 

 「あはは……なんだか貴女、ちょっと怖いけど面白いわね。任せなさい! 勇者部、GO!!」

 

 姉さんの掛け声と同時に、自分達の目の前が再び極彩色の光に包まれた。この後の戦いは精神的にも余裕が出来ていた為か、苦戦することもなければ怪我をすることもなく完勝出来たのだった。

 

 

 

 

 「わたしとミノさんの端末は相変わらず現れないね?」

 

 「ってことは留守番になるのか……なんであたしらだけ?」

 

 「君達は緊急事態の為の切り札、というところかな。大丈夫、君達の力は必ず必要になる。その時こそ、あの人達と一緒に戦ってほしいな」

 

 「勿論だよかーゆ。でも、この戦いは重要なモノになりそうだから早い内に経験しておきたいな。敵は“元”天の神で、わたし達勇者がやることは領土の防衛と奪回……現実と似てるからね」

 

 「あ、ホントだ。ってことは、この戦いをどうにか出来れば現実世界とどうにか出来るかも!?」

 

 「はい。この世界での戦いは、決して無駄にならないと思います」

 

 (そう、決して無駄にはならない……でも、最後には……それにしても“かーゆ”、か。あだ名で呼んでもらえると、なんだかより仲良くなれた気がするね。神奈もあだ名だけど)

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく。時折造反神によるバーテックスの襲撃が来るものの難なく撃退し、別の世界であるものの現実と変わらない普通の日常を過ごしていく勇者部とひなた、神奈。とある日、いつものように部室に集まった10人は勇者部に届いた依頼を確認しつつ、いつもの日常を過ごしていた。

 

 ひなたと神奈の姿はこの世界にやってきた日に着ていた巫女服ではなく、讃州中学とは別の中学の制服になっていた。とは言っても、彼女達は現在学校に通っている訳ではない。神世紀の大赦への事情の説明や生活する場所の確保、生活出来るだけの充分な金銭、その他諸々の必要なことが多くある。

 

 その多くはこの数日で片付いている。何せこの場には大赦の上層部に繋がりを持つ人間が2人居るし、大赦に所属する巫女への神樹からの神託もあり、事情説明と生活する場所の確保も済んでいる。その他必要なことや細かな事も大赦が動いてくれるのだとか。勇者が召喚されその数を増やせば、いずれ学校にも通うことになるらしい。

 

 それはさておき、2人は放課後の時間帯になれば勇者部にやってきて部活動の手伝いをしつつ過ごしている。ひなたは1人先に自身の時代の仲間達よりも早くこの世界に来たことで寂しくはないかと友奈に聞かれ、その内会えると信じていると笑いながら返す。その言葉を聞いた園子がひなたとその想い人との恋物語を書くかもしれないと言ったり、ひなたがそれをハイテンションで推奨したりしていた。

 

 「ひなたさんにも、大切な人が居るんですね。神奈さんも、やっぱりそんな人が居るんですか?」

 

 「大切な人……うん、居るよ。だけど私は大丈夫。ちゃんとこの世界に居るし、会えるから」

 

 「そっか、神奈ちゃんは神世紀の人だもんね」

 

 「そういうこと。その中には君達も含まれているんだけどね」

 

 「私ももう、神奈ちゃんは大切な人の1人だよ!」

 

 「ふふ、ありがとう、結城ちゃん」

 

 そうして和やかに過ぎていく時間。時折ひなたがその大切な人への思いを熱く語り、その勢いと口調の強さに風が若干の恐怖を覚えたりしていた時、友奈が閃いたように声を上げる。

 

 「そうだ! 風先輩、神奈ちゃんとヒナちゃんの歓迎会をしませんか?」

 

 「歓迎会……そう言えば、色々あってやってなかったねぇ」

 

 「ホントね、忘れてたわ。勇者部に入ったからには歓迎しなきゃねぇ」

 

 「歓迎歓迎、大歓迎~♪」

 

 「え? あ、いえ、私はそんな立場では……」

 

 (歓迎会……そっか、私、この子達に歓迎されてるんだ……良かった)

 

 「ひなた、残念ながら拒否権は無い。何故ならあたし達もやってもらったからだ!」

 

 「そうだよ~。それにこれは勇者部加入の儀式なんだよ~?」

 

 「そうなんですか……ああ、園子さんの顔で言われたら断れません」

 

 「余程、のこちゃんとご先祖様の……若葉さん、だったっけ。似ているんだろうねぇ」

 

 「えへへ~♪」

 

 「はい! 中身はまるで違いますが、この声、この顔が若葉ちゃんを思い出させるのです……ああ、その蕩けた顔を若葉ちゃんがしてくれたらと思うと……はぁ」

 

 この世界のこと、そして違う世界に来たと言っても変わらず続く日常。普段の8人に新たに加わった2人で10人となった部室にも慣れ始めていたが、すっかり2人の歓迎会をすることを忘れていたと気付く8人。歓迎会をする流れになったことにひなたは慌て、神奈が安心したように胸を撫で下ろす。

 

 銀と園子にも言いくるめられ、まだ少し慌てつつも受け入れるひなたと嬉しそうにしている神奈。楓が園子の頭を撫でながらそう言うとひなたは肯定し、幸福そうに撫でられている園子を見て熱い息を吐いた。それを見た風と夏凜は少し怖かったのか、1歩彼女から距離を取った。

 

 「……分かるわ」

 

 「はい?」

 

 「大切な人と離れ離れで会うことが出来ないというその切ない気持ちが、私には痛いほど分かる。もしもまたそんなことになったら……私なら耐えきれないかもしれない」

 

 「……ありがとうございます、東郷さん。そのお言葉が、私の心の支えです」

 

 ひなたの状況を深く理解し、我が事のように切なそうにしたのは、東郷。彼女もまた、大切な人と離れ離れになり、再会するのにそれなりの時間を要した。故に、ひなたの気持ちが良く分かる。もしもまた楓と友奈と離れ離れになって1人になってしまったら、今度こそ自分は耐えきれないと思う程。

 

 その言葉に込められた想いは、確かにひなたに届いた。自身の心境を、恐らくこの場で最も理解してくれているであろう勇者の存在にひなたは深く感謝し……いつの間にか両隣に居る楓と友奈に手を握られて嬉しそうに笑う彼女を、少し羨ましく思った。

 

 (本当に、嬉しそうに笑うのですね。東郷さんも、結城さんも、園子さんも。やはり男性の勇者という存在は大きなモノなのでしょう……もし私達の時代に楓さんのような異性が居てくれたなら……はっ、その時は乙女な若葉ちゃんを見ることが出来たかもしれません! ああ、何故私達の時代に楓さんのような男性の勇者が居なかったのでしょうか!)

 

 (今度は楓を見る目が妙に輝いて……やっぱりこの人、ちょっと怖いわ)

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで突発的に始まった歓迎会。近くのコンビニやスーパーで買ってきたお菓子とジュースに美森のぼた餅を簡易テーブルの上に広げ、ひなたと神奈の入部を祝して……と言う風の音頭で紙コップで乾杯。

 

 パーティーをしていることに無邪気に喜ぶ園子、巫女なのに勇者部とはこれいかに? と疑問を溢す夏凜。細かいことは気にしないと笑う風と楓。そうして雑談を交わしている時だった。

 

 「そう言えば、巫女って何をするんですか?」

 

 「うんうん、私も聞きたい」

 

 「特にこれと言ってお話しするようなことは……強いて言えば、神樹様の声を聞くことですね」

 

 「神樹様ってどんな声なんですか!?」

 

 「樹が食い付いた!? まあアタシも気になるけど」

 

 (友奈と君みたいな声だよねぇ、神樹様?)

 

 (正確には声じゃなくてイメージを……な、ナンノコトカナー?)

 

 前から疑問に思っていたのだろう、樹がひなたと神奈に聞き、友奈も同調する。他のメンバーも直接口にはしていないが聞きたいことではあったのだろう、耳を傾けていた。ひなたは少し思案しつつ、ポツリと呟くと樹が両手を合わせて興味津々だと態度に示す。そんな妹と同意する姉の姿を見て、楓は自身の隣で同じように一口サイズのぼた餅を食べる神奈と樹の隣に居る友奈を見ながら神奈に囁き、あらぬ方向を見ながら答える彼女を見て彼はくすくすと笑った。

 

 ひなた曰く、神樹の声とは音声として聞こえるのではなく意識が伝達される感じ……テレパシーのようなモノだと言う。本当にテレパシーのようなモノで何かを伝えてくるのなら散華やらバーテックスの襲来やらを自分達に直接伝えればいいものを……と少し風は不満に思うものの、口にはせずにふーんと頷いた。

 

 それはそうとして、楽しいパーティーは続く。美森のぼた餅を食べながら大好物になりそうだと笑うひなたと既に大好物になっているのだろう美味しそうに食べている神奈。買ってきたお菓子よりもそっちの消費が激しいのは気のせいではないだろう。何せ、この場に居る全員の手にぼた餅を乗せた紙皿があるのだから。

 

 「ひなたさんの大切な人も、気に入ってくれるかしら」

 

 「ええ、きっと気に入りますよ東郷さん。ああ……その日が待ち遠しい」

 

 「随分仲良くなったんだな、須美の奴」

 

 「ホントだね~。おんなじ長い黒髪だし、波長が合うのかもね~」

 

 「波長が合うっていうか……似た者同士なのかもね」

 

 「ああ、東郷もたまに友奈と楓に対しての想いとか爆発するときあるから」

 

 (想いが爆発……どういう状態なんだろう?)

 

 美森の言葉を聞き、ひなたの脳裏に若葉と共に彼女のぼた餅を食べている風景が浮かぶ。これ程美味しいのだ、きっと彼女も気に入るだろうといずれ来るであろうその日を夢想する。いつの間にか距離が近くなっている2人の姿にそれぞれが疑問と納得をしつつ、むぐむぐとぼた餅を口にしながら神奈だけが風の言葉を理解出来ず不思議そうにしていた。

 

 それから少しして粗方食べ終え、ゴミを片付けつつ簡易テーブルも直す10人。お菓子とぼた餅とは言え流石に一部を除いて満腹感を覚え、小休止を挟んだところで園子が再び口を開いた。

 

 「ね~ね~、隠し芸はないの~?」

 

 「隠し芸……私達ですか!?」

 

 「勇者部に新人さんが入る時には、必ずしなきゃいけないんだよ~?」

 

 「そ、そうなんだ……どうしよう、私隠し芸なんて……というか隠し芸ってなんだろう……飲み物を8口同時に飲んだり……は、今は無理か」

 

 「私も写真を撮るくらいしか芸が無いものですから……困りましたね」

 

 「サラッと嘘言ってるし!?」

 

 「しかも信じてる!? 待て待て神奈、園子の嘘だからそんなことしなくていいんだゾ!?」

 

 「のこちゃん……全くもう、嘘ついたらダメじゃないか」

 

 「えへへ、ごめんなさ~い」

 

 邪気の無い顔でさらりと嘘をつく園子。彼女と銀も入部の際には歓迎会をして貰っているが、勿論そんな事をした覚えはない。嘘をつく園子とあっさり騙された神奈とひなたにそれぞれ驚く風と銀。銀は紙コップの元へ向かおうとする神奈の手を握って止め、楓は園子の頭を軽く小突き、彼女は短く舌を出して笑いながら謝った。

 

 写真、と聞いて友奈がなら皆で写真を撮ろうかと言った所、わざとなのか天然なのかひなたは他の9人に並ぶように言い、どこからかカメラを取り出す……が、それを横から楓に取り上げられた。

 

 「ああっ、楓さん何を……」

 

 「ひなたちゃん達の歓迎会なのにひなたちゃんが写らないと意味無いでしょうに。自分が撮ったげるから、ひなたちゃんも並んでおいで」

 

 「あっ! で、ですが私は巫女として……」

 

 「巫女である前に、ひなたちゃんはもう勇者部の部員だからねぇ。のこちゃん、友奈、ひなたちゃん確保。神奈ちゃんも並んでおいで」

 

 「「了解!」」

 

 「うん、分かった。でも、後で……その……か、か、か……」

 

 「うん?」

 

 「か……か、え、で……くんも一緒に、ね」

 

 「……初めて、名前を呼んでくれたねぇ。うん、勿論」

 

 (優しい人ですが、こんな風に少し強引な所もあるのですね。ですが、それはどこか親しみがあって……決して、嫌な気持ちにはなりませんね)

 

 「それじゃあ……はい、チーズ」

 

 ひなたの両隣を園子と友奈が囲い、ずるずると引きずっていく。そして友奈が間を開けてそこに神奈が入り、それぞれ集まっていく。並び順で言えば、楓から見て右から園子、ひなた、神奈、友奈、美森。彼女達が少し屈んでその後ろに銀、風、樹、夏凜。指でピースを作り、神奈が戸惑いつつもぎこちなく同じように作ったのを見てから、楓はカメラのシャッターを切った。

 

 後にタイマーをセットしたカメラを使って楓も入った全員での集合写真を撮る。その際、彼は神奈の要望で先の並びで神奈とひなたの間に入ることになるのだった。この後ひなたから勇者達にも特技や隠し芸を持っているのかとカウンターを喰らい、樹がタロット占いをして案の定死神を引いたり。

 

 「もしもし亀よ亀さんよ世界の内でお前程~♪」

 

 「速い!? あまりの速さで玉が複数個あるように見えます!?」

 

 「楓って結構歌上手いよな。流石樹の兄」

 

 「これがアタシの弟の実力よ!」

 

 「だからなんでアンタが威張ってんのよ」

 

 楓が巧みにけん玉を操り、技を披露したり高速で玉を皿の上に行き来させたりして驚かせたり、それを風が我が事のように胸を張ったり夏凜にツッコまれたりしつつ、楽しい時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 そして歓迎会から更にしばらく経ったとある日、ひなたと神奈から勇者達は部室へと呼び出されることになる。そしてその日……勇者達は、とても不思議な体験をするのだった。 




原作との相違点

・説明に神奈が参加

・ひなたの天然ボケ(写真に写らない)をインターセプト

・神奈、夢を叶える(勇者達の日常にin、楓名前呼び)

・その他色々。原作は何度だって甦るさ



という訳で、原作花結いの章1話の続き、1話ハードのお話でした。キャラが増えるとどうしてもセリフ、地の文が多くなって話のボリュームが増えてしまいますね。もっと圧縮した方が皆様的にも読みやすいのかもしれませんが……申し訳ありません。この調子だと60話越えるかもしれませんが……年内に完結出来るだろうか。

戦闘は描写すらなくさっくり。なるべくほのぼのでいきたいので、出来るだけ戦闘は削っていきたいものです。でもオールスターならではの連携とか合体攻撃とかはやりたい。楓、友奈、たかしーのトリプル勇者パンチとかやりたい←

けん玉やら歌ってたりする描写は本編でもあります。是非探して見て下さい。

さて、前から言ってたように本当にのわゆin楓を望む声が増えました。一応案はありますが……DEifの新士が死後に何故だか球子と杏のピンチに颯爽登場したり、千景の叔父か祖父として引き取ったり、たかしーの近所のお爺ちゃんだったり、武具の影響で若返って初の大人(爺)勇者になったりと、考えるのは楽しいですね。皆様はどんな物語が好みでしょうか?

いずれは犬吠埼 楓、雨野 新士、神谷 友奈の自己紹介なんかも書きたいですね。撮られてる感じの台詞で。その際にはお好みの声優で脳内保管して下さい。

ここまで見てくださって皆様にはもれなく“咲き誇る花達に幸福を 犬吠埼 楓(黄属性、近接型)”をプレゼント←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 2 ―

お待たせしました(´ω`)

最近DBのドッカンバトルばかりやっている私です。頂上決戦セルLR必殺技最大まで後少し。

きらファンではゆるキャンの作家イベントで登場した炎魔なでしこが来てくれました。この人銀ちゃんと同じ中の人ってマジですかねぇ……きらファンには東郷さんの中の人も居ます。

fgo、ゆゆゆいも次のイベントが楽しみです。でも石と恵みは貯めよう。ゆゆゆい公式ツイッターのリプ欄にカイジっぽいリプしてる人いたら多分私です←

本作で30万UAが見えてきました。越えたら記念番外編をリクエストから発掘するかもしれません……ただ、今のペースだと番外編込みでゆゆゆい編完結に2年近く掛かる計算に……少しペースを上げた方がいいんですかね。

さて、今回は皆様お待ちかねかもしれないお話です。導入部みたいなモノですがね。

後書きに久しぶりにアンケートがあります。ある意味で本作の今後を左右するかもしれない(不穏


 2人の歓迎会からしばらく経ったとある日、自分達は彼女達に集まるように言われ、放課後に部室に集まっていた。

 

 「ひなたー、神奈ー。勇者部、集合してるわよ。で、話ってなにかしら?」

 

 「これから戦いも激しくなってくると予測されます。新型の敵もどんどん出てくるかと」

 

 「そう言えば新型……なんて呼ぼうかしら。新型バーテックス? 普通に新型?」

 

 「いちいち別の呼び方考えるのも面倒くさいし、全部まとめてバーテックスでいいわ」

 

 「お姉ちゃんらしい、スパッとしたまとめ方だね」

 

 「ふふ……さて、皆に集まってもらったのはね? 君達の頑張りが、早速実を結んだからなんだ」

 

 「つまり、神樹様の力が少し戻ったんです。なので……これより、いよいよ援軍を呼ぼうと思います。全員でお迎えしましょう」

 

 「おぉっ、別の時代の勇者がここに来るんだね、ヒナちゃん。うわぁ、楽しみだなぁ!」

 

 姉さんと夏凜ちゃんのバーテックスの呼び方決めもそこそこに、その様子を微笑ましげに見ていた神奈ちゃんが話を切り出す。ひなたちゃんと2人で説明されたそれは援軍……他の時代の勇者達を召喚する準備が整ったということだろう。

 

 他の時代の勇者。自分が知識として知っている限りでは、ひなたちゃんと同じ西暦の勇者くらいで皆も同じだろう。だが、()()()勇者という考え方次第では……そう思い、美森ちゃん、のこちゃん、銀ちゃんに視線を向ける。

 

 「とても不思議な体験をすると思います。深呼吸してくださいね」

 

 「不思議な体験、かぁ。なんだか凄い事が起きる予感がする。凄く、凄く楽しくてドキドキする事が……このドキドキはカエっちと一緒に居る時の胸の高鳴りだ~」

 

 「私もそのっちと同じ……なんだか凄くドキドキしてるわ」

 

 「お、2人も? あたしもなんか凄くドキドキというかなんというか……胸の奥がそんな感じなんだよなぁ。なんでだろ」

 

 「先代組皆してどしたの。楓もなんかドキドキしてる?」

 

 「まあ、楽しみという意味では同じかもねぇ」

 

 ひなたちゃんに言われ、とりあえず深呼吸を1つ。それをしているとのこちゃん達が自身の胸に手を当てながらそんな事を言い出した。他の皆は楽しみにしているという点では共通しているみたいだが、3人程の高揚はしていない様に見える。

 

 他の皆とは違い、この3人だけが……共通点は先代組であること。ひなたちゃんが不思議な体験をすると言った時に自分達を見ていたことといい、自分の予想は案外当たっているのかもしれないねぇ。

 

 「皆も待ちきれないみたいだね。それじゃあ、早速呼ぼうか」

 

 そう言った神奈ちゃんが願うように手を合わせた瞬間、部室の中に一瞬だが光が溢れて自分達の視界を白く染め上げた。そして、目を開けた時。

 

 

 

 そこには、3人の小学生程の……見覚えのある女の子の姿があった。

 

 

 

 「あれあれ? ここはどこかな~?」

 

 「知らない人達が沢山……? あれ? そのっちの……お姉さん? そちらは……銀のお姉さん、かしら?」

 

 「いやいや、あたしに姉とか居ないから。あっ、男の人も居る……なんか新士に似てなくもないような?」

 

 「わたし、お姉さん居ないと思うけど……でも似てる? お姉さんなのかな~?」

 

 「わたしに妹居ないと思うけど……でも似てる? 妹なのかな~?」

 

 「どう見ても君と同一人物だよのこちゃん。彼女は小学生の時の君みたいだねぇ」

 

 「つまりこの子達は……小学生の時のあたし達ってことか」

 

 不思議そうに部室の中と自分達に目を向け、のこちゃん達3人を見て目を丸くしている光と共に現れた3人の女の子。会話から察するに、やはり彼女達は過去ののこちゃん達……2年前の小学生の時にお役目についていた彼女達なのだろう。

 

 小学生ののこちゃんと中学生ののこちゃんが同じような反応をしているのを見て苦笑いしつつ自分がそう言うと、銀ちゃんが理解したようにふむと1つ頷く。まさか本当に過去の自分達が来るとは……いや、小学生の時の自分の姿がない。まさか自分だけ召喚出来なかったのだろうか。

 

 「じゃあこっちの女の子は……ゆ、ゆあ、ねーむ、いず東郷さん……?」

 

 「……? はじめまして。確かに以前は“東郷”ですが、今は“鷲尾”です。後、私はあまり英語が好きじゃありません」

 

 「あっ、はい。ごめんなさい……」

 

 「素晴らしい意見だわ。護国思想を感じる……」

 

 「そりゃ昔のお前だしな……」

 

 「園子、東郷と続けばこっちの子は……銀?」

 

 「えっと、はい。確かにあたしは三ノ輪 銀、です」

 

 「間違いなく本人達って訳ね。そっか、3人共小学生の時に勇者やってた先代……ん?」

 

 友奈が過去の美森ちゃん……須美ちゃんに何故だか英語で聞くと真顔で返されて肩を落としながら謝り、美森ちゃんは逆に嬉しそうに手を合わせ、銀ちゃんがジト目で彼女を見ていた。まあ自分もまた苦笑いを浮かべている自信がある。

 

 話の流れで状況を悟ったのか姉さんが過去の銀ちゃんに聞けば、見慣れない人に囲まれて少し緊張しているらしい彼女からそう返ってきた。そんな彼女達を見ながら夏凜ちゃんがそう呟いて頷いた後、自分と同じ疑問が浮かんだのか自分の方を見てくる。

 

 「あ、あれ? もう1人呼んだハズなのに……どこかに引っ掛かっちゃったのかな」

 

 「まあ、それは大変です。早く外してあげないといけません」

 

 「召喚する時に何に引っ掛かるのよ……」

 

 少し慌てた様子の神奈ちゃんとひなたちゃんに姉さんのツッコミが入った後、先程と同じように部室の中に光が溢れる。そしてその光が収まった時。

 

 

 

 「おや? ここは……どこなんだろうねぇ?」

 

 

 

 そこには、過去の自分の姿……五体満足の雨野 新士の姿があった。

 

 「……あ……」

 

 「お、お姉ちゃん……あの男の子って……」

 

 「あの子、もしかして小学生の時の楓くん?」

 

 「まあ今までの流れからすればそういうことでしょ。昔の楓さんって樹似なのね……」

 

 「あ! アマっち~♪」

 

 「新士君! 良かった、姿が見えないからはぐれたのかと」

 

 「新士が1番遅いなんて珍しいな。新士が来る前にあたしらなんか凄いことになってたんだゾ。ほら、あたしらそっくりな人が沢山居るだろ?」

 

 「おっと……いきなりは危ないよのこちゃん。須美ちゃんは心配させて悪かったねぇ。銀ちゃん、自分は別に遅刻した訳じゃ……おや?」

 

 姉さんが唖然とし、樹が姉さんの袖を引きつつ過去の自分を見詰め、友奈と夏凜ちゃんが何やら小声で話している。自分達先代組も過去の自分達に釘付けになっているのを自覚する。いやはや、ひなたちゃんが言ったように何とも不思議な体験をしているものだ。まさか過去の自分達と遭遇することになるとは。

 

 そんな自分達を置いて、過去ののこちゃんが過去の自分に抱き付き、過去の美森ちゃん……須美ちゃんが安心したようにホッと息を吐き、過去の銀ちゃんがからかうように笑いながら自分達を指差し、過去の自分は過去ののこちゃんを抱き止めつつ須美ちゃんに安心させるように笑いかけ、過去の銀ちゃんに言い訳しようとして……その顔が、自分の方を向いた。

 

 (……姉さんに、樹? にしては背が……それに、姉さんと似た男性……いや、他にも銀ちゃんが言ったように3人に似た人が丁度同じ人数……それから知らない人が4人……これは、まさか)

 

 「おーい、どした新士?」

 

 「新士君?」

 

 「アマっち? 考え事?」

 

 「……まあ、この場所とかこの人達とか色々考えることはあるけどねぇ……まさかとは思うけど、そっちの女の人は」

 

 過去の自分が姉さんを見ながらそう言った瞬間、部室内に聞き慣れてしまったアラームが鳴り響く。その音にハッとした姉さんは直ぐに表情を引き締め、自分達も同じように引き締めた。色々と話したかったことはあるが、このアラームが鳴ってはそんな時間はない。

 

 「詳しい自己紹介は後ね……敵が来たわ。退けるのがアタシ達のお役目。手伝ってくれる?」

 

 「“敵”とはバーテックス……で、いいんで?」

 

 「合っているよ。ただ、君達が見たことがないタイプだけれどねぇ」

 

 「いきなりで悪いのだけれど、来たからにはやらないと。同じ勇者同士、私達と国防しましょう」

 

 「っ! お役目、国防……了解です!」

 

 姉さんが4人にそう聞くと過去の自分が逆に聞いてくる。我ながらもう少し慌てても良いような気もするが……と思いつつも答える。4人にとってバーテックスとは星座の名を冠する大型だけだ。過去の自分の右腕が健在だから、遠足前の自分達である可能性が高い。小型のバーテックスは見たこともないし知識にもないだろうからねぇ。

 

 そして自分に続くような美森ちゃんが良い、代表するように須美ちゃんがそう答えた直後、自分達はいつものように極彩色の光に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 巫女2人と園子(中)、銀(中)を除いて樹海にやってきた10人の勇者達は直ぐに変身し、迫り来る敵を迎撃する。小学生の4人は自分達の知識にない小型のバーテックスが大量に現れ、攻めてくることに流石に戸惑いを覚えたものの、中学生の6人が対応したことで少し遅れて動き出す。

 

 「やるよ、3人共」

 

 「うん! お姉さんとお兄さん達に負けないよ~!」

 

 「援護は任せて!」

 

 「切り込むのは、この銀様にお任せあれってね!」

 

 そうなれば後は簡単だった。共に訓練をし、連携する力を高めてきた4人は下手をすれば勇者部よりも連携が上手い。最も速く動ける新士と攻撃力とタフネスに優れる銀(小)が攻め込み、園子(小)が隙を埋めるように槍を振るい、3人の攻撃範囲の外の敵を須美の光の矢が撃ち落とす。

 

 「やるじゃないあの子達」

 

 「あれが先代勇者なのね……流石。でも、完成型勇者として負けていられないわ!」

 

 「わ、私もいつも以上に頑張ります!」

 

 「その意気だよ樹ちゃん! よーし、私もやるぞー!」

 

 「何だか懐かしいわね、楓君」

 

 「そうだねぇ……自分達も、あの頃より成長したところを見せないとねぇ」

 

 小学生4人の奮闘に触発されたように中学生6人の士気も高まる。今の自分達よりも小さな弟(兄)、敬意を持つ先代勇者達に良いところを見せようと風、夏凜、樹がその大剣、2刀、ワイヤーを用いて次々にバーテックスを凪ぎ払い、3人に続いて友奈が蹴りと拳を振るう。

 

 そんな4人に対し、楓と美森の中にあったのは懐かしさ。あの頃の自分達は純粋に友達と共にお役目をこなし、勝ったらその勝利を喜びあった。その頃から、自分達は成長した。だが、それでもその時の絆は変わらず、もっと深く強く結び付いている。

 

 それを証明するように、楓は2つの水晶から出る光を両手両足に爪のように纏い、かつてのように駆け出した。あの時よりも速く、あの時よりも強く、振るわれる爪は容易くバーテックスを切り裂く。自身に襲い掛かってくるバーテックスには見向きもせず……そうして彼に近付くバーテックスはもれなく美森の狙撃銃で撃ち落とされる。

 

 「数ばっか多くて大したことない奴らだったなー。イェーイ!」

 

 「イェーイ、お疲れ様でした~。アマっちもイェーイ♪」

 

 「はいはい、イェーイ。ほら、須美ちゃんも」

 

 「い、いぇーい……」

 

 「私ともハイタッチしよう! イェーイ!」

 

 【イェーイ!】

 

 そう時間も掛からず、攻めてきたバーテックス達を一先ず殲滅した勇者達。全員が1ヶ所に集まり、小学生4人が勝利を喜びハイタッチし合う中に友奈が入り、5人で仲良くハイタッチ。和やかな空気が流れ、戦闘の緊張感が解れる。

 

 「所で、大橋が見えないんだけどどうなってるんだろう?」

 

 「あぁ、ろくに説明しないまま戦いに来ちゃったもんね」

 

 銀(小)が溢した疑問に樹がそう言えばと呟き、美森から小学生組に説明が入る。ここが現実ではなく神樹の中にある不思議な空間であり、4人の本拠地である大橋ではなく讃州市であること。造反神の存在、召喚された勇者達のお役目。そして、ここが4人にとって未来に当たること。いつ敵の第2波が来るかわからない為に簡略しては居るが、その説明を受けた4人はふむふむと頷いて理解を示す。

 

 「大変だけど、頑張れば大丈夫な話。だから安心して」

 

 「なるほど……よく分かりました。まあ未来であると予想は出来てましたが……何とも、不思議な体験ですねぇ」

 

 「わたしもよく分かりました、わっしー先輩。わっしー先輩が言うなら大丈夫~」

 

 「わっしー先輩、か。ふふ、どこまでも私はわっしーなのね。私は園子ちゃんって呼ばせてもらうわね」

 

 「私は頭の処理が……時代を越えて……神樹様の中……町の人達……うぅ」

 

 「もっと物事を柔軟に考えるのよ須美ちゃん。大丈夫だから。周囲には仲間が居るでしょう?」

 

 「うーん、良いことは言ってるんだけど、自分で自分も説得とかどこかシュールな光景だわ」

 

 (私としては楓さん……新士君、だっけ。彼が未来だと予想してたって事の方がびっくりなんだけど。察しが良いってレベルじゃないでしょ)

 

 が、真面目で現実的な思考をする須美は次々と明かされる不思議としか説明のしようがない事実に打ちのめされていた。今と変わらぬ朗らかな笑みを浮かべる新士と柔軟な思考をする園子(小)、あまり考える事が得意ではない銀(小)はあっさり受け入れ、頭を痛そうにする須美を見て苦笑い。

 

 そんな彼女を説得しようとしているのが未来の己である美森という図に、風だけでなく全員がこれまた苦笑い。その説得に園子(小)と新士、銀(小)も参加し、“神様だから出来ても不思議じゃない”とざっくりとした理論をぶつける。そんな会話を聞きつつ、夏凜だけが新士の察しの良さに戦慄して冷や汗をかいていた。

 

 「さて、須美ちゃんが納得してくれた所で……第2波だねぇ」

 

 「え? あ、ホントだ……お兄ちゃんが言った通り、敵の第2波です。しかも新型が3体も居ます。でも、前に見たのと同じ姿……だけど、色が違う?」

 

 「新型って言ってもただ色が違うだけなら怖くないわね。次も楽勝よ!」

 

 「色が違うということは攻撃方法なんかも違うかも知れませんよ、風先輩」

 

 「そうですよ。油断せずにいきましょう」

 

 「そもそも前に突っ込んで爆発喰らったことがあっただろうに、慢心は良くないよ姉さん」

 

 「大体、バーテックスなんて未知の敵相手にこっちの常識なんて通じるかもわからないのに……やっぱり、自分が知る姉さんよりも成長してても姉さんは姉さんか」

 

 「過去と現在の東郷と楓から真顔で窘められた……しかも小さい楓に呆れられる形で姉さんって呼ばれた……もっとまともな形で呼ばれたかったワ」

 

 (あたしも楽勝とか思ったけど、口にしなくて良かった)

 

 須美への説得が終わり、一先ず彼女が納得してくれた所で楓が樹海の奥を見据えながら言うと全員の強化された視力がその第2波の姿を捉える。更には先程の戦いでは出てこなかった新型……と言っても、この世界に来た時の最初の戦いでも現れた3種のバーテックスの色違いだが……の姿もあった。これに警戒心を見せる樹だったが、これまでの戦いの勢いもあり所詮は色違いだと自信たっぷりに風が言った。

 

 が、その風に注意と口撃をする人物が4人。過去と未来の美森と楓達の言葉を受け、風が肩を落とす。更に再会した過去の弟にこの時初めて姉さんと呼ばれ、その初めてがこんな形で……と項垂れる。実は似たような事を考えていた銀(小)は自分は口に出さなかったことに安堵して胸を撫で下ろす。もしも言っていたら、同じ未来が待ち受けていたかも知れない。

 

 「第2波の1番槍……いや、1番斧はこの銀さんが」

 

 「前にも言ったけど、男して1番槍は譲れないねぇ」

 

 「それを言うなら、私も先輩達には負けてられないわ!」

 

 「あっ、相変わらず速いな新士……というかなんで先輩!?」

 

 「よーし、私も行くぞー!」

 

 第2波の敵に真っ先に突っ込もうとした銀(小)を追い越していく新士と夏凜。追い越されたことに少し不満そうにした後に夏凜の言葉に驚きつつ、遅れないように突っ込んでいく彼女に更に続いて友奈が突撃。先んじた3人の双爪、双刀、双斧がバーテックス達を切り裂いていき、友奈の拳が打ち砕いていく。

 

 「どっせい!」

 

 「えいっ!」

 

 「援護します!」

 

 「私も続きます!」

 

 他の場所では風がいつものように大剣で凪ぎ払い、樹がワイヤーを使って複数同時に動きを封じ、切り裂く。単純な突進力なら先の4人が上だが、己の意思1つで巨大化させられる大剣とワイヤーという細く長く鋭い獲物を縦横無尽に振るう姉妹は攻撃範囲の広さが随一だ。

 

 そんな2人と先の4人を援護するのが、銃と弓という武器を持つ美森と須美。その長大な射程と百発百中の腕前は過去も未来も変わらない。味方に当てる事は決して無く、味方に迫る敵は逃さない。その威力も低い訳ではなく、当たればそれでバーテックスは光と消えていく。

 

 「わわっ、っ!?」

 

 「よいしょっと。大丈夫かい? ()のこちゃん」

 

 「あ、ありがとうございます~……えっと、アマっち、先輩? こ、のこちゃん?」

 

 「美森ちゃんがわっしー先輩なら、まあそうなるか……うん、自分は君が言うアマっちだよ。呼び方は……自分にとって君はのこちゃんが小さい頃だからねぇ。だから小のこちゃん。嫌かな?」

 

 「ううん! 小のこちゃん……えへへ~♪」

 

 そんな最中、園子(小)が小さなバーテックスの体当たりを傘状にした槍で防いだ所を別のバーテックスに狙われ……美森達の援護が入る前に、近くに居た楓が光の爪で切り裂いた。その後に安心させるように朗らかな笑みを浮かべ、それを見た園子(小)はその笑みに新士の顔を重ねて安心しつつ、己が知る彼と比べて随分と背が伸び、顔付きも変わり、声も少し低くなった目の前の男性が未来の新士なのかと少し不思議に思いつつ名前を呼び……その相手からの自身の呼ばれ方に首を傾げた。

 

 アマっち先輩、と呼ばれた楓の方の心中は少しばかり複雑だったがそれも仕方ないと首を振り、自身は確かに未来の新士であると肯定し、呼び名の説明をする。“のこちゃん”とは楓にとっては今部室で留守番をしている彼女のことだ。目の前の少女も同じ存在ではあるが、それでは呼び名が被ってしまう。故に、小さい頃の園子というそのままの意味で“小のこちゃん”と呼んだ訳である。

 

 説明を受け、園子(小)は両手を頬に当てて嬉しそうに笑う。彼女にとって“のこちゃん”というあだ名は初めての友達であり、想い人がつけてくれた大切なモノだ。名前で呼ばれるのも全然構わないのだが、やはり未来であっても彼にはあだ名で呼ばれたい。それが叶ったから、嬉しかった。そして彼もやはり新士なのだとハッキリと認識出来たこともまた、嬉しかった。

 

 そこからの戦いは、最早語るまでもないだろう。それでも語るとするのなら……総勢10人に及ぶ勇者達の完勝であったと、結果だけを語ろう。

 

 

 

 

 

 

 そして戦いを終え、無事に部室へと戻ってきた勇者達。それを出迎えたのは当然、留守番していた4人である。10人全員に怪我1つ無いことを確認して安心した後、園子(中)が最初に口を開いた。

 

 「皆お帰り~。どうだったかな? アマっち、リトルわっしー。中学生の皆との連携は」

 

 「そつなくこなせました。そ……園子、さん」

 

 「流石に自分達よりも未来の人達とだけあって皆さん強いですねぇ」

 

 「2人共、そんなに堅い言葉遣いじゃなくてもいいんだよ? 大変なお役目だけど、リラックスしていこう!」

 

 「すみません。でも、小学生と中学生の違いがありますし……」

 

 「須美ちゃんは真面目だから、少し難しいかもねぇ。最初の頃なんて名前で自分を呼ぶのも“はしたなくないか?”なんて言ってたし」

 

 「な、な、な、なんで知って!? あ、未来の新士君なら知ってても……」

 

 「言ってた言ってた。最初の頃は本当に真面目で……いつからこんなぶっ飛んだ奴になったんだか」

 

 「銀、聞こえてるわよ」

 

 園子(中)の呼び方に少し首を傾げるが、直ぐに真剣な表情で返す須美と朗らかに笑う新士。敬語で返す2人に友奈が緊張を解すように言うが、真面目な須美には難しいらしく体から力が抜けない。が、楓がくすくすと笑いながら過去を思い出しながら言えば須美は少し顔を赤くして慌てるも直ぐに言ったのが未来の新士であると気付き、落ち着きを取り戻す。彼女に聞こえない位置で銀(中)がボソッと呟くが、美森には聞こえていたらしく恥ずかしそうに答えていた。

 

 「こんな子が少し経つとああなるんだから、人生わからないわね……」

 

 「もうっ、夏凜ちゃんまで……」

 

 「あははっ。でも、須美ちゃんにとってやりやすいならそれが1番だよね。なでなで」

 

 「ふわ……」

 

 「ほほー須美、嬉しそうじゃないか。ん?」

 

 「前にミノさんがアマっちに撫でられた時みたいだね~」

 

 「よーし園子、その口を閉じよう」

 

 「ふふ、もう一度してあげようか?」

 

 「……や、いいでっす」

 

 銀(中)と同じように夏凜が呟き、美森が少しすねたように膨れ、今までのやり取りを見ていた友奈が楽しそうに笑いつつ、偉い偉いと気持ちを込めて須美の頭を撫でる。その撫で方が心地好かったのか須美は嬉しそうにし、それを銀(小)がからかい半分で言うものの隣に居た園子(小)にぽやぽやと笑いながら言われ、恥ずかしそうにして言えば新士にも笑いながらそう言われて逃げるように顔を背けた。

 

 銀(小)の仕草に皆がくすくすと笑う中で、神奈はジッと須美と友奈の事を見ていた。笑顔で撫でる友奈と心地好さそうに撫でられるままの須美。少しして何を思ったのか、神奈は楓へと近付き……。

 

 「か、か、え、で、くん」

 

 「うん? なんだい? 神奈ちゃん」

 

 「その……お願いします」

 

 「……ああ、なるほど。いつも頑張ってくれてありがとう、神奈ちゃん。本当に、感謝してるよ」

 

 (……なんだろう、これ。撫でられてるだけなのに……)

 

 頬を赤くして詰まりながら楓を呼び、彼に聞かれると直ぐに神奈は頭を下げた。いや、下げたというか向けたと言う方が正しいか。一瞬楓はなんのつもりだろうかと疑問に思うも、今までのやり取りから考えてその真意を悟り……労うように、慈しむようにその赤い髪を右手で撫でた。

 

 撫でられている神奈は、ただ撫でられているだけだと言うのに心に溢れる幸福感と涙が出そうな喜びに満たされていた。その感謝の言葉が、己を慈しむその手が、神奈を包み込んでいく。何よりも、彼と触れ合えている……それが、その手の温かさが嬉しく、幸福だった。

 

 「あっ、アマっち先輩。わたしもわたしも~♪」

 

 「じゃあわたしはアマっちにしてもらお~♪」

 

 「ああ、いいよ。おいで、小のこちゃん」

 

 「なんで自分に……えーっと、のこちゃんに倣ってのこちゃん先輩、でいいですかねぇ」

 

 「おお~、のこちゃん先輩。いいよいいよ~」

 

 「中学生になっても園子は変わらないなー」

 

 「じゃあ私は銀ちゃんを」

 

 「え!? いや、あたしは……あ、撫でるの上手いっすね……ほわ~♪」

 

 (……あ、後であたしも楓にやってもらえないかな。皆の前ではちょっと恥ずかしい……って須美、いつの間に小さいあたしを撫でてるんだ)

 

 (男性に頭を撫でられる……私も1度は経験しておくべきでしょうか。いえ、ここはまずは園子さん達の反応を見て……ああ、そんなに幸せそうに……そんな表情を若葉ちゃんがしてくれたらと思うと……はぁ♪)

 

 撫でり撫でり。撫でられ撫でられ。ほわほわふわふわ。そんな何とも言えない空間へと変わる部室。まだ出逢ってから1時間と経っていないハズだが、こうして直ぐに打ち解けられたのは本人達の気質だろう。

 

 とは言え、まだまだ話すべきことややるべきことは多数存在する。そう……小学生の時の先代組と現在の中学生の勇者達との不思議な出逢いは、まだ始まったばかりである。




原作との相違点

・銀が2人

・銀が2人

・銀が2人

・驚きはあれど誰も悲しい顔をしない(口撃された風除く

・他にも色々あったでしょう←



という訳で、ゆゆゆい第2話、その前半です。DEifでも書いた部分ではありますが、本編では当然違ってきます。DEifとの差異を楽しむのもありかもしれません。

戦闘描写はあれどそこまで深く書くこともなく。勇者10人に初期のバーテックスが勝てる訳ないだろう。近中遠と射程に死角は無く、1人に至っては全部こなせるオールラウンダー(しかも高水準)。これが更に倍近くまで人数が膨れ上がり、それを1人で互角以上に戦った赤奈ちゃんの化物っぷりがやべぇ。

今回もニヤニヤによによくすくすニタァ……と出来るようにしたつもりです。次回はもっとカオスになるかも……?

ここまで見て下さった皆様にはもれなく“咲き誇る花達に幸福を 雨野 新士(黄属性、近接型)”をプレゼント←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 3 ―

お待たせしました(´ω`)

FGOにドカバトにメダロットにと奮闘していて少し遅れてしまいましたがこんな時間に投稿です。タワーはようやく125階に到達しました。

ゆゆゆいでは意外や意外、幻の満開銀ちゃんが登場しましたね。流石に本作にて書き直すようなことはしません。原作解離なんて今更な話ですしね。パラレル万歳。

尚、満開銀ちゃんは来てくれました。友奈に続いて2人目です。早速今回のイベントで大活躍してくれています。ドカバトも今週水曜日で5周年だそうでイベント目白押し。

さて、今回は前回に引き続き現在2話部分。ほのぼの……だけで終わらないのが私ということは既にご理解頂けていますよね?(不穏


 「さて、改めて自己紹介をさせて頂きますねぇ。神樹館6年、雨野 新士です。本名は知っての通り犬吠埼 楓ですが……まあそちらの中学生の自分と呼び分け出来ますし、どうぞ新士と呼んで下さいねぇ」

 

 「同じく、神樹館6年の鷲尾 須美です。新士君と同じ理由で私の事も須美と呼んで下さい。今後とも宜しくお願いします」

 

 「神樹館6年、乃木 園子です~。そこの園子さんの小さい頃です。宜しくお願いします」

 

 「同じく、神樹館6年、三ノ輪 銀、です! そっちのあたしの若い頃です! 元気なら負けません!」

 

 「あたしよ、もう少し違う言い方は出来なかったのか」

 

 何故だか撫でたり撫でられたりとしていたが、ようやく皆落ち着き、そこでようやく自分達は改めて自己紹介をし合うことになった。

 

 過去の自分達が1列になって自分達の前に並んだ後、最初に口を開いたのは過去の自分。養子先での名前を何の不信感もなく告げて五体満足な辺り、やはり時系列は遠足前なのだろう。正直かなり複雑だが、目の前の4人にわざわざ言うこともないだろうと顔に出さないようにする。

 

 その後に須美ちゃん、小のこちゃん、小さい銀ちゃんと続くが、ここで茶目っ気を出すのは元気でムードメーカーでもある彼女らしい。中学生の銀ちゃんは笑ってはいるが、ちょっとご機嫌斜めになったかな? ……小さい銀ちゃんのことはなんと呼ぼうか。少し考えておこう。

 

 「おっ、私も元気さなら自信あるよ~銀ちゃん……あ、こっちも銀ちゃんだ。どうしよう、どっちも銀ちゃんだし……」

 

 「そうだねぇ。自分と友奈は銀ちゃんと呼び続けていたから……」

 

 と、考え付く前に友奈が自分と同じ悩みを口にした。腕組みをしながら真剣に悩む彼女につい苦笑いしてしまうが、自分も何か案がある訳じゃない。いっそのこと、小のこちゃんのように小銀ちゃんとでも呼んでしまおうか。

 

 「呼び方かー。あたしも友奈に園子みたいにあだ名で呼ばれてたら何とかなったかな?」

 

 「園ちゃんみたいに? 園ちゃんはミノさんって……あっ、ミノちゃん! よーし、これから銀ちゃんのことはミノちゃんって呼ぼう!」

 

 「……いやまあいいけどさ。友奈にさんづけされるのもなんかしっくり来ないし」

 

 「友奈は解決したみたいだねぇ。じゃあ自分はどうしようか……」

 

 (……楓……楓、か。そういえば前に……よ、よし。ここは勇気を出すべきだよな。女は度胸、勇者は気合いと根性だゾ、銀!)

 

 友奈の方は案外あっさりと解決したらしいが、自分はそうはいかない。これでも彼女の事は親友と思っているし、今更名字で呼ぶのも違う気がする。かといっていきなりあだ名を考え付くこともないし……そう悩んでいると、銀ちゃんが何やら真面目な顔をして近付いてきた。

 

 「あー、その、楓」

 

 「なんだい?」

 

 「あたしのことは……その……よ、よ、呼び捨て! で、良いから、さ。ほら、えっと……前に1回だけ呼んでくれたことあったし……この際、さ」

 

 銀ちゃんにそう言われ、呼び捨てにしたことはあったかと思い返し……目の前の過去の自分達を見て思い出した。そうだ、あの遠足の後の戦いで咄嗟に怒鳴るように呼んだことがある、と。

 

 「いいのかい?」

 

 「う、うん……」

 

 「それじゃあ、小学生の頃の君を銀ちゃん。中学生の君のことを、これからは“銀”と呼ばせてもらうねぇ」

 

 「……お、おう!」

 

 「おお! ミノちゃんも楓くんから呼び捨てされ仲間だ!」

 

 「いや、呼び捨てされ仲間て……ここで喜ぶのが友奈だよなぁ」

 

 (ねぇねぇ園子さん。ひょっとしてミノさん先輩って……らびゅ?)

 

 (そうだよ~。らびゅらびゅ~♪)

 

 (らびゅらびゅ~♪)

 

 「なぁ須美。未来のあたしに何があったんだろう」

 

 「さぁ……でも、中学生になっているのだから色々と変わった所もあるのよ、きっと」

 

 「あっちの須美とか凄いもんな……一回り……いや、二回り?」

 

 「どこを見て言ってるの」

 

 呼び捨てにすることを了承すると、銀ちゃん……銀は花が咲くような笑顔を見せてくれた。友奈は我が事のように喜んでる。のこちゃんと小のこちゃんは何やらニコニコとしているが何を話しているのやら。銀ちゃんは銀を見て不思議そうにしているし、須美ちゃんもよく分かってないようだが自分なりの答えを出していた。その後に銀ちゃんの視線が美森ちゃんに向いたが……これ以上その視線を追うのはやめておこう。

 

 呼び方の問題も解決したところで自分達の方も自己紹介し、改めて状況説明や自分達が召喚された理由の説明をする為、常備してあったパイプ椅子を出しながら美森ちゃんのぼた餅を手にそれらをしようとしたのだが……パイプ椅子の数が2つ程足りないという事態に陥った。それならまあ自分と誰かが立てばいいかと思っていたのだが、そこで小のこちゃんが動いた。

 

 「アマっち先輩、座って座って~」

 

 「いや、自分は別に……」

 

 「いいからいいから~」

 

 「……まあ、そう言うなら……これでいいかい?」

 

 「はい。それじゃあ、お邪魔します~♪」

 

 何故だか少し強引に小のこちゃんに椅子に座らされ、とりあえず座ってみると……まあ正直予想はしていたんだが、その予想通りに彼女は自分の膝の上に座った。確かにこれなら椅子1つで2人座れることになるが、年頃の女の子としてはどうなのか。せめて同じ女の子に……とは思うが、まあ本人が嬉しそうなので今更下ろすのも悪いのでこのままにすることにした。

 

 「楓、ちょっとこっちおいで」

 

 「姉さん、それだと中学生の自分か小学生の自分かわからないだろう」

 

 「じゃあちび楓、こっちおいで」

 

 「どれだけ自分を新士と呼びたくないんだ……で、なんだい?」

 

 「確保ー! あー、この抱き心地は正しく小学生の時の楓! いいサイズ差だわ~♪」

 

 「ちょ、姉さん苦しい、苦しいってば」

 

 後1人はどうするのかと考えていたが、それは小さい自分が姉さんに抱き締められながら姉さんの膝の上に座らされているのを見て解決したことに気付いた。姉さんはご満悦、小さい自分は苦しそうではあるが……自分のことだから分かるが、満更でもないだろう。何せ約1年ぶりの家族とのふれあいなのだから。実際、ちょっと笑ってるし。樹も2人を見て楽しそうだ。

 

 「……」

 

 「須美、園子が昔の自分に嫉妬の視線を送ってるんだが……」

 

 「ええ、そうね。でもそのっちなら仕方ないわ」

 

 そんなこんなで椅子の問題も片付き、ぼた餅を置いた紙皿を手に神奈ちゃんとひなたちゃんから説明を受ける。それ自体は以前に自体達が受けたものと変わらない。付け加えるなら、樹海で自分達が説明したようにここが大橋ではなく讃州市であることと、現在の大橋は敵地なので奪回するまでそこにはいけないということくらいか。

 

 説明を受けている間、自分は小のこちゃんと一緒にぼた餅を食べていた。自分の紙皿の上には自分用の一口サイズのぼた餅と小のこちゃん用の普通のサイズのぼた餅。それを小のこちゃんが自分で食べたり、彼女を膝の上に座らせているので食べにくい自分の口に運んでくれたりとしている。同じ竹串を使っているのはわざとだろうか……まあ間接キス等は自分は気にしないし、彼女も気にしてなさそう……いや、恥ずかしいとは思っているのか。顔が少し赤いし。

 

 そう言えば、初めて皆でイネスに行った時も同じように食べさせあったりしたっけ。懐かしい気持ちになりつつ、自分も小のこちゃんから竹串を受け取って同じように食べさせてみる。すると彼女は照れつつも美味しそうに笑ってくれた。

 

 (ズルい……そのっちズルいよ~……わたしもやってほしいやってあげたい……出来れば膝の上にも座ってみたい……フーミン先輩みたいにアマっちを膝の上に乗せたい……でもどっちの気持ちも分かっちゃうし……でも羨ましい……)

 

 「す、須美? 園子の嫉妬がどんどん強くなってるんだけど……」

 

 「昔の自分があんなことをしているのだから、それも仕方ないわ」

 

 (食べさせあい……そういうのもあるんだね。か……か、え、で、くんに頼んだらしてくれるかな……?)

 

 

 

 

 

 

 説明そのものは問題なく終わった。小学生組も話の詳細をちゃんと理解し、ふむふむと頷く。

 

 「そう言えば、自分と大きい自分……この言い方もいい加減面倒だな……楓さんのぼた餅は皆さんのとはサイズが違うんですねぇ」

 

 「あっ、本当だ。須美……じゃなくて東郷さん、なんでなんですか?」

 

 「楓君がぼた餅……というかお餅があんまり得意じゃないらしくて、食べやすいように小さくしているの」

 

 「そうなの? 新士君、楓さん。日本男子が国民食のお餅を嫌うなんて……どうして?」

 

 「ああ、別に味や食感が嫌いという訳ではないよ。このぼた餅も美味しいし。ただ……昔、喉に詰まらせちゃってねぇ。それ以来どうも……」

 

 「お爺ちゃんか」

 

 ふと疑問に思った新士がそう言い、銀(小)も見比べてから美森に聞くと彼女は過去を思い返しながら笑って言い、他の中学生組もまた当時を思い出して苦笑いしていた。その苦笑いの意味に気付かず須美が本人に聞けば、苦笑いしながら新士が言い、銀(小)がツッコミを入れる。まるで当時を再現したようなやり取りに、中学生組だけでなく皆も笑った。

 

 それはさておき、話は説明へと戻る。ひなたと神奈曰く、造反神をどうにかして神樹の分裂を止めないと元の世界へと戻すことは出来ない。ただ、現実の世界の時間は勇者達が召喚された時点で止まっており、戻る時にはその時の時間軸に戻されると言う。

 

 「つまり、自分達は部室で姉さんから活動内容を聞く瞬間の時間軸に」

 

 「自分達は遠足の4日前の時間軸に戻る、と。何日も行方不明扱いにはならないようで良かったです」

 

 「あたしも小さい弟居るし、そこは心配だったから良かったー」

 

 (やっぱり遠足前なのね……それに4日前。ということは、須美ちゃんは私が見たあの悪夢を見ていない……か)

 

 楓と新士、銀(小)が同じようにふむふむとうなずいて納得しているのを見ながら、美森が新士が言った言葉を頭の中で繰り返す。遠足の日。それは美森達先代組にとって忘れられない悪夢のような日だ。その悪夢の経験がまだ4人に無いことに安堵し、現実に戻れば経験することになると思い、その時のことを思い出して美森は、そして園子(中)と銀(中)の胸の奥が傷んだ。

 

 「……なぁ、ひなた。現実の歴史とかって変えられない? ほら、ここに過去のあたし達が居るわけだしさ。こう、この世界での経験とか記憶とかでなんやかんやして」

 

 「そう、ね。起こったことを無かったことにする……そんな奇跡みたいなことは……」

 

 「止めた方が良いと思うよ。そういうのは大体変えられないモノだし……仮に変えてしまうと、未来の姿である自分達にどんな影響があるかもわからないんだからねぇ」

 

 「カエっち……うん……そう、だね」

 

 「……楓さんの言うとおりです。どのみち、お役目を成し遂げなければ現実には戻れません。今は、お役目に集中しましょう」

 

 故にあの日を、あの悪夢をどうにか変えられないか……そう、中学生組の3人が考えるのは仕方のないことだろう。2年経った今でも、その日の事は3人の心に深く刻まれている。後悔だってある。だから……そう、思わずにはいられない。

 

 だが、ひなたが否定する前に楓がそう言った。仮に結果を変えられたとして、それが今後どのように未来に影響するのかわからない。より良くなるなら良い。だが、悪くなれば目も当てられない。楓に諭され、3人は1度気持ちを落ち着けた。その様子を見ていたひなたもこくりと頷き、そう締め括った。

 

 それから少し時間を置き、全員がぼた餅を食べ終えた頃。ゴミを処理して軽くお腹を休めた後に再び口を開いたのは須美であった。

 

 「これからこの世界で暮らしていく上で質問があるのですが、宜しいですか?」

 

 「な、何かな? 何でも聞いてね、須美ちゃん」

 

 「っ!? 見て、楓、ちび楓。樹が……小学生に対してっ! 年上であろうと! 振る舞っているわっ!!」

 

 「本当だねぇ。自分が知る樹よりも成長したんだねぇ。というか姉さん、感動するのは良いけど抱き締める力が強くなって苦しい苦しい」

 

 「何も泣くことないだろうに……ほら、新士君をホールドしてる腕の力弱めて。潰れちゃうから」

 

 「ぐじゅ……」

 

 「流石楓さん、手慣れてるわね……最早兄と妹と言った方がしっくり来るわ」

 

 「あはは……おめでとうございます、なのかな?」

 

 「それはそれで樹に失礼だろ……」

 

 須美の言葉にいち早く返した樹。勇者部で1番年下である彼女に取って小学生組はその更に年下である。末の妹と言う立場にもある為、部活を除けば初めてのお姉さんポジション。年上として振る舞いたいお年頃なのだ。そんな彼女の行動が嬉しかったのか膝の上の新士を強く抱き締めながら号泣する風。苦しむ新士は風の涙をハンカチで拭う楓によって救われた。

 

 そんなやり取りを見た夏凜は姉と弟という立場が逆転しているようにしか見えず、彼女の感想に苦笑いしながら友奈が首を傾げながらそう言えば、銀(中)からジト目でツッコまれた。

 

 「ここは中学校のようですし、私達は普段どこで勉強すればいいのですか?」

 

 「しっかりしているね。そして鋭い質問……流石は東郷先輩の小学生時代……」

 

 「勉強? こんな特殊な世界に来てベン・キョー? おいおい鷲尾さん家の須美さんや、本気かい?」

 

 「わっしーはこういう時、冗談は言わないよね、ミノさん」

 

 「こらこら、小学生園子の台詞を取らない」

 

 「園子ちゃんなら大丈夫そうだぞ夏凜。楓の膝の上で蕩けてるから」

 

 真面目な須美らしい質問に樹が流石は過去の美森であると納得している横から銀(小)の疑問が飛ぶ。どちらかと言えば頭を働かせるより体を動かす方が好き……ぶっちゃけて言えば勉強苦手な銀(小)。自分達が通う神樹館がある大橋には現状向かえず、未来である以上自分達のクラスも存在しない。つまりは授業も何にもない。勉強する必要がない。そんな場所に来てまで勉強という単語が出てくるのが信じられないらしい。

 

 が、須美が本気で言っていると園子(中)は言う。彼女を知る人間ならば誰もがそう思う。しかしこの流れならそれは園子(小)の台詞だろうと夏凜が言うが、銀に言われて楓へと視線を動かす。そこには成り行きを見守る楓とその膝の上で彼に背中を預け、鼻歌でも歌いそうな程上機嫌な園子(小)の姿。それを目撃した園子(中)がまた嫉妬の視線を送った。

 

 「いいじゃん勉強なんてさ。そうですよね? 樹さん」

 

 「いいえ、勉強は大事よ。勉強と鍛練を欠かしてはならない。そうですよね? 樹さん」

 

 「ほら、樹さん答えて! 年上の威厳を見せつけちゃいなさい!」

 

 「プレッシャーかけないの。でも樹さんがどう答えるのか……楽しみだねぇ」

 

 「楓さん、それ、風よりプレッシャーかかってます」

 

 「え、ええと……勉強は大事だと思うよ。あと、鍛練も……お兄ちゃんも毎朝やってるみたいだし……うん、少しぐらいはやった方がいいかな」

 

 「お兄ちゃんって楓先輩と新士のことですよね……うう、確かに新士は朝からやってたし、それを抜きにしてもまごうことなき正論……でも、夢みたいな世界なのに夢が無い……」

 

 椅子から立ち上がって挟み込むように詰め寄りながら聞いてくる2人とその後ろからそれぞれ新士と園子(小)を膝に乗せた姉と兄に地味にプレッシャーを掛けられる中、樹の回答は須美寄りのモノだった。我が意を得たりと得意気にする須美と対になるようにガックリと項垂れる銀。その脳裏にはかつて見た新士が鍛練する姿が思い浮かんでいるだろう。

 

 尚、この後勉強は大事だと言ったが為に楓と美森から勉強を見てあげると言われることになる樹。彼女自身余り勉強は好きでも得意でも無いが小学生組に言ってしまった手前断ることも出来ずに後日しっかりと勉強することになる。

 

 「まあ、安心していいよ。この世界でも大赦は機能してるらしいし、自分達にも(つて)はある。自分達の事情は分かっている筈だし、上層部に知り合いも居る。君達が来たことを報告すれば、讃州市の小学校に通えるようになるんじゃ無いかな」

 

 「はい、楓さんの言うとおりになると思います。それから、住む場所は近くに寄宿舎を用意してありますのでそこで生活して下さいね」

 

 「ああ、この世界だと大橋が占領されているから帰れないんでしたっけ。そもそも自分達が居た時代とは違う訳だから、衣食住が必要になると……そう考えると、寄宿舎は有難いですねぇ」

 

 「お~、家を出ての生活……なんだかワクワクするよ~。私に出来るかな~?」

 

 「大丈夫、分からないことがあれば教えてあげるわ、そのっち」

 

 「小学生の東郷さんも頼りになるなぁ~。小学生の楓くん……新士くんも凄くしっかりしてる。結城 友奈、感激しました! 握手して下さい!」

 

 「は? はぁ……」

 

 「あはは……面白い人ですねぇ、結城さんは」

 

 「友奈でいいよ新士くん!」

 

 「じゃあ、友奈さんで」

 

 楓が言うようにこの世界の大赦は所属する巫女への神託やひなた、楓から連絡を受けた安芸に友華と言った面々を通じてきちんとこの世界のことと勇者達が時代を越えてやってくるということとお役目等の事情を把握している。小学校への転入手続きも直ぐに終わるだろうし、ひなたが言う寄宿舎も必要なモノは取り揃えてある。今後西暦の勇者達が来ても衣食住に困ることはないだろう。

 

 合宿とはまた違う自宅外での生活に胸を膨らませる園子(小)。小学生にして既に家事能力が高い須美がそう言って笑えば、新士と須美が現在と変わらず頼もしいことに感激した友奈が2人に近付いて握手を交わした。その勢いに戸惑う須美と苦笑いする新士。呼び方は直ぐに修正されることになる。やはり過去の姿であれ、名前で呼ばれたいらしい。

 

 「寄宿舎ってなんだかいい響きだね~。羨ましいなぁ、小学生の頃の私」

 

 「まあ、あんたと同じ場所に住むと混乱しそうだし……」

 

 「時々入れ替わりましょうか園子先輩。案外気付かれませんよ~きっと~」

 

 「お~、グッドアイディアだよそのっち~」

 

 「「「気付くわっ!!」」」

 

 「まあ、身長差もあるからねぇ」

 

 寄宿舎と聞いて園子(小)達を羨ましがる園子(中)。風の苦笑いを他所にそんな天然なやり取りが同一人物達の間で交わされるが、そこに夏凜と銀達からツッコミが入り、楓が姉と同様に苦笑いを浮かべるのだった。

 

 「それにしても……寄宿舎、か」

 

 「どうしたの? アマっち」

 

 「いや、周りが異性だらけで肩身が狭くなりそうだと思いましてねぇ」

 

 「あら、ちび楓はあたし達の家に来たらいいじゃない」

 

 「他の人達が自分の家に帰れないのに自分だけってのは悪いし、仮にも今は養子に出てる身だからねぇ」

 

 

 

 

 

 

 「それに、父さんと母さんにはどう説明するのさ」

 

 

 

 

 

 

 新士がそう言った瞬間、明らかに空気が凍った。その理由が分かっているのは小学生組以外の全員である。中学生組は楓達の両親が既に亡くなっている事を知っているし、巫女2人も家庭事情くらいは把握している。そして、小学生組も流石に空気が凍った……おかしくなったことくらいは理解出来た。

 

 「どうしたんだい? 姉さん、樹、楓さん」

 

 (……どうしよう、楓)

 

 「……2人は居ないよ。自分達は今、3人で暮らしているんだ」

 

 「居ない? 幾ら勇者とは言え中学生3人で暮らすなんて……何があったんですか?」

 

 「……調べれば分かることだから言ってしまった方がいいか」

 

 楓の口から語られるのは、大橋での決戦とその影響の話。散華や満開等の話は出来るだけぼかしつつ、大橋での戦いがどれだけ激戦だったのか。そして、その結果として大橋が崩壊し……樹海が傷付いた影響で少なくない死傷者を出してしまったこと。その中に、自分達の両親が含まれていたことを告げる。

 

 楽しかった空気が消え、誰もが悲痛な表情を浮かべる。黙っていても良かっただろう。未来の話などせずにはぐらかしても良かっただろう。だが、敢えて楓は真実を口にした。それは言った通り調べれば分かることだからと言うのもあるが……後になってから知るよりも、今の内に伝えておいた方が心のダメージが少ないと考えたからだ。

 

 小学生組の視線が新士へと向かい、中学生組の視線は楓達へと向かう。この中で唯一、この4人だけが家族を失っている。その悲しみは4人にしか分からないだろう。しばらく続く沈黙。最初に口を開いたのは新士だった。

 

 「……さっき、銀先輩達が未来がどうのと言ってたのはそれが理由で?」

 

 「まあ、似たようなものだよ」

 

 「そう、ですか……話は分かりました。それでもまあ、自分は寄宿舎に居ますよ……やっぱり、他の人に悪いし、ねぇ」

 

 「……そう。ちび楓がそう言うなら、仕方ないわね」

 

 「でも、今度家に行ってもいいかい? 仏壇くらいはあるだろう?」

 

 「勿論、いつでもいらっしゃい」

 

 結局、話を聞いても新士の意思は変わらなかった。他の3人も当時の家族に会えず、共に暮らすことも出来ないのに自分だけそうする訳にはいかないと。何とも彼らしい言葉に、彼を知る全員から苦笑いが零れる。それでようやく、辛かった雰囲気が多少やわらいだ気がして。

 

 「でも姉さんに絞め殺されそうだし、やっぱりいかなくてもいいかなぁ」

 

 「なにおう!?」

 

 「だから苦しい苦しい。こういうところこういうところ!」

 

 そんな姉弟のやり取りを見て、今度こそ本当にそんな空気はなくなった。皆がようやく普通に笑うようになり、樹と夏凜が新士を助け出そうと動き……小学生組は笑いつつ、寄宿舎ではなるべく彼の側に居ようと心に決めた。

 

 この後、本来の調子に戻った園子ズが“自分達の体が入れ替わってる”といきなりボケだしたり、銀(小)の美森の呼び方が“東郷さん”、楓の呼び方が“楓さん”に決まったり、その際の2人の対応で2年の月日の流れを小学生組が感じたり。いい加減足が痺れてきたのか楓が園子(小)に降りてもらい、それを皮切りに全員でパイプ椅子やら紙皿やらを片付ける。が、まだ話は続く。

 

 「今更だけど、自分が2人居ると大変だよね……勝手に嬉しがってごめんね?」

 

 「嬉しい、ですか?」

 

 「だってほら!」

 

 申し訳なさげに言った友奈の言葉がイマイチ理解出来なかったのか須美が首を傾げ、逆に美森は彼女が何を言いたいのか理解しているらしく微笑んでいた。そんな対称的な反応をする2人の手を友奈は繋ぎ、間に自分が立つ。

 

 「両手に東郷さん! うーん、無敵だね!」

 

 「隣に友奈ちゃんが居れば私も無敵よ。更に楓君も居たら敵無しね」

 

 「は、はぁ。無敵ですか……なぜそこに楓さんまで?」

 

 「ふふ、須美ちゃんももう少し時間が経てば分かるわ」

 

 嬉しそうにはしゃぐ友奈と微笑ましげに笑う美森。が、やはりまだ理解仕切れていないというか着いていけていない須美は首を傾げ、彼女の疑問に美森は意味深に笑いつつ答える。

 

 「次は……両手に園ちゃん! わーい! 幸せ!」

 

 「ゆーゆってば欲張りさんだ~。でもね、いいよいいよ~、ガンガンいこうね~。わたしも欲張りさんになっちゃおうかな~。という訳でフーミン先輩、カエっちを」

 

 「あげないわよ」

 

 「じゃあわたしはアマっちを~」

 

 「あげないわよ」

 

 美森と須美の手を離し、次は園子ズの手を握る友奈。言った通り幸せそうに笑う隣で園子(中)もぽやぽやと笑い、流れに乗るように口を開くがそれは真顔の風に最後まで言わせて貰えない。ならばと園子(小)も同じように口を開くがそれも真顔の風に最後まで言わせて貰えない。

 

 「今度は両手にミノちゃん! 元気が出るよ~」

 

 「おっ、勇者部の火の玉ガールであるあたしに元気勝負とは……笑止!」

 

 「元気なら負けませんよ!」

 

 園子ズの手を離した友奈が次に繋いだのは銀達。小学生の頃から元気を売りにしてきた彼女達の手を握る友奈の笑顔はいつもより少し元気さが増している気がする。そうして3人の元気いっぱいの笑顔でまた部室の中が明るくなったような気がした。

 

 「最後は、両手に楓くん! 凄く安心するよ~」

 

 「ふふ、それは良かった」

 

 (随分距離が近い人だなぁ……まるでのこちゃんみたいだねぇ)

 

 「ゆーゆ、カエっち。次はわたしね?」

 

 「園子先輩、わたしもわたしも~」

 

 「くっ、やっぱりちび楓が家で寝泊まりしないのは惜しいわ……もし樹も2人で弟と妹が2人ずつになれば物凄ーく幸福になったのに」

 

 「あんたは1人で充分だけどね」

 

 「どういう意味よ!?」

 

 銀達から手を離し、友奈は最後と言って右手で楓の左手を握り、左手で新士の右手を握る。2人と手を繋いだ友奈の心に安心感が広がり、同時に幸福感が溢れる。そんな彼女の表情を見て園子達が自分達もすると手を上げ、その後ろで風が悔しげに表情を歪めたり楓と樹が2人ずつ居たらという想像をして幸福そうにしたりと百面相し、夏凜がくつくつと笑いながらそんなことを言って風が少し怒ったりしていた。

 

 その後、園子達だけでなく美森、銀(中)、風と樹、折角だからとひなた、恥ずかしそうにする神奈が同じように楓達と手を繋いだ後に精霊が小学生組にも付き、勇者システムも最新のモノに統一される等の重要な話やもうすぐ西暦の勇者達を呼べるようになるという話をしたり。

 

 「更なる援軍は心強いですが……その前にもっと、皆さんのことを知りたい。宜しければ、ですが……皆さんがどういった戦いをしてきたのかお聞かせ願えませんか?」

 

 「それは自分も興味がありますねぇ。姉さんの失敗談とか聞きたいですし」

 

 「なんでアタシだけ失敗談なのよ!?」

 

 「あたしも興味あります! 皆さん、すごい戦い慣れてる感じがしたし」

 

 「わたしも知りたいな。後学のためにも宜しくお願いします~」

 

 「あはは……そうだねぇ。それじゃあ話そうか。自分達讃州中学勇者部の物語を……ねぇ」

 

 そして、中学生組がどんな戦いや日常を送ってきたかの話を。勿論満開や散華、風がぶちギレて暴走したり美森が壁を壊したり等の言いづらいことは可能な限りぼかして。

 

 不思議な空間での不思議な出会い。部室はまた1つ賑やかになり、暗くなった空気も直ぐに払拭して。14人となった勇者部は、いずれ来るまだ見ぬ仲間達を思い描いて……また、この世界で新たな日常を続けていくのだった。




原作との相違点

・友奈、中学生銀をミノちゃんと呼ぶ

・両手に銀ちゃん

・銀ちゃん関連の不穏な話は無し

・寄宿舎に新士が住むことに

・その他の相違点? 探せ! 様々な相違点をそこに置いてきた!



という訳で、原作2話部分のお話でした。銀ちゃん関連の不穏な話はありませんが、代わりに犬吠埼家の両親のことで少し。大橋の話なんかもここで済ませてしまいました。

アンケートにご協力ありがとうございました。結果は総合なら僅差で、麺類云々を除けば大差で寄宿舎に住むことに。これは新士ならこうだろうという判断なのか、それとも何かしら願望があった結果なのか←

今回もメインは小学生組なので神奈は控え目。そろそろ人数増えてきたので書き分けが大変です。何とか全員を生かしたい所ですが、さてはて。

感想でもしBEifの楓が造反神側についたら、という話が出たので真面目に考えた結果、23回もの満開の影響で単純な勇者の力が勇者部の皆と10倍違い差があり、五感は精霊を通しているので事実上死角が存在せず、攻撃する距離を選ばず飛行も可能で対多数も出来て、記憶が無いので説得も出来ずにお役目を全うして、切り札として満開に加え造反神側なので神花解放もしてくるラスボスになります。どうやって勝つの(震え声

ここまで読んで下さった皆様にはもれなく“巫女 咲き誇る花達に幸福を 神谷 友奈(黄属性)”をプレゼント←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 4 ―

お待たせしました(´ω`)

fgoにて無事イベント完走。アルトリアオルタも呼符で来てくれたので早速最終再臨霊衣解放。ショートパンツって……いいよね←

メダロットはアークビートル爆死。いいんだ、私の狙いはブラックビートルだから……ドカバトでは新ゴジータ当たりましたがベジット当たらず。まだまだ狙います。

ゆゆゆいは六花しずくがチケットで来てくれました。本気で嬉しい。天華百剣もテツ来てくれましたし、全体的に幸運です。だからこそ、キラキラのアーチャーは当たらないだろうなぁ……(哀

毎回ガチャやアプリの報告場になってる気がしないでもない前書き。でも私は止めない(鉄の意思と鋼の強さ

さて、今回かなり長くなってしまいましたが殆んど進みません。説明、ほのぼの、うぇーい(?)となっています。


 「……ふ……あ……~っ……?」

 

 朝、スマホのアラームと共に目が覚めた。時間を確認してみれば5時半となっており、いつも通りの時間に起きられたと思い……部屋を見て首を傾げる。

 

 (はて……自分の部屋はこんな洋装だったかな……ああ、そうだった)

 

 自分の部屋、というか雨野の家は純和風の屋敷で当然自室も和装だ。なのに、目の前に広がる光景は洋装……マンションのシンプルなワンルームと言ったらいいか。なぜこんな場所にと思うが、ここは自分達が居た場所ではなく神樹様の中の不思議な世界、その寄宿舎の一室だったと思い出す。

 

 ひとまず洗面所に行って顔を洗ってすっきりとし、歯を磨きながら改めて部屋を見回す。本当にシンプルな部屋だ。1人暮らしをするなら問題ない程度の広さで冷蔵庫やテレビ、エアコンなんかの一家に1台はあるだろう家電も揃っている。少し狭いが風呂も、トイレもキッチンも当然ある。寄宿舎、というか本当にマンションの一室と言った具合だ。必要な家具も大方揃っているが、逆に言えば趣味が反映されるようなモノはない。

 

 (まだ少し、馴れないねぇ)

 

 自分達が召喚されてからまだ2日。召喚されたその日に大赦から日用品が部屋に運び込まれ、自分達は姉さん達と一緒に衣類を買いに行くことになった。召喚された自分達は端末を除けば着の身着のままだったのだからそれも当然だろう。

 

 住むことになったこの部屋に案内されてから衣類を備え付けられていたタンスへと放り込んだ後は何故か自分の部屋に集まってわいわいと騒いだ。姉さん達が帰った後もしばらくのこちゃん達3人はこの部屋で自分と共に居てくれた。両親のことでショックを受けていた自分を気遣ってのことだというのはわかっていたから、その優しさは嬉しい。ただ、のこちゃんが一泊しようとしたからそれは許さなかったけれど。

 

 口の中を濯いでから買って寝間着にしている着物を脱ぎ、動きやすい服装へと着替えた後にタオルとスポーツドリンクを手に玄関手前で靴を履いて部屋から出る。長く広い廊下には幾つもの扉があり、自分の部屋は2階の最奥。隣の部屋にはのこちゃんが、正面には須美ちゃんが、そして斜め向かいには銀ちゃんが居る。他の部屋はまだ空いているが、これからひなたさんの時代の勇者達がやってくれば自ずと埋まるだろう。

 

 寄宿舎は大きく、2階建て。個人部屋は全て2階にあり、左右に14部屋ずつ。片側7部屋を区切りにして中央に階段があり、1階には皆で集まって食べられるようにか共用の食堂がある。自室で食べるか食堂で食べるか選べるのは有難い。他の共用スペースには持ち出し可能なゲーム機やらボードゲームやらがある遊戯室、大浴場なんかもあるが、男女共用なので大浴場を自分が使うことはないだろう。

 

 (寄宿舎……ねぇ?)

 

 自分が知る寄宿舎からは随分と離れた大きさと設備の整い具合に首を傾げたくなる。大赦が用意したのだから当然というべきか家賃を払う必要はない。むしろここで暮らすことになった他の時代から来る勇者達には生活費が渡される。至れり尽くせりとはこの事かと思うが、炊事掃除洗濯は全部自分達でやらなければならない。自分とて全く出来ないという訳ではないが……。

 

 (……さて、そろそろ始めるか)

 

 寄宿舎に関する考察を止め、寄宿舎の外……庭へと出た自分は日課である鍛練を始める。雨野の家で使っていた巻き藁なんかはないのでやるのは準備運動に走り込み、演武、その他。不思議な世界にやってきたとは言っても、結局自分達のお役目とは敵と戦うことだ、1日足りとも疎かにはしたくない。それに、ずっとやってきたからしておかないと落ち着かない。

 

 ……ここは自分達から見て2年後の世界だと言う。のこちゃん達や久々に再会した家族も成長しているので何とも不思議な気分になる。しかし、ああして未来があるということは……少なくとも、自分達はお役目を全う出来たんだろう。両親のことや犠牲者のことに思うところはあるが、皆が無事であることは嬉しく思う。

 

 「……ふぅ……んぐ……ぷはぁ。っくしゅ!」

 

 しばらくして鍛練を終えたので一息吐き、タオルで汗を吹きつつスポーツドリンクを飲んで蓋を閉めた後に寒さからかくしゃみを1つ。未来に来たことでこの世界での衣食住が必要になった自分達だが、それとは別の問題があった。それが、この寒さだ。

 

 今は11月らしいが、自分達の時間軸ではもうすぐ夏と言った具合だった。虫も鳴き始め、陽射しも強くなってきた頃に今回のことだ。部室に居た頃はそうでもなかったものの、外に出れば4人同時に“寒っ!?”と叫んでしまった。姉さん達の制服が冬服だったのだから当然と言えば当然だったんだが……そこまで気が回らなかった辺り、やっぱり自分も混乱していたんだろうねぇ。

 

 (さて……今日の朝食はどうしようか)

 

 自室へと戻る道すがらそんなことを考える。食堂に備え付けられている大きな冷蔵庫には予め食材が入っていた。一昨日は買いに行った先で皆で外食、昨日の夕飯は中の食材を使って須美ちゃんと銀ちゃんの主導で4人で鍋をしたんだけど……すき焼き。〆は勿論うどん……流石に朝から鍋とはいかない。パンか、ご飯か。雨野の家では和食ばかりだからパンに惹かれる。だが毎回和食だからこそ和食から1日を始めたい気もする。

 

 「あ……新士君」

 

 「うん? ああ、おはよう須美ちゃん。早いねぇ」

 

 「おはよう、新士君。貴方には負けるわ。外で鍛練を?」

 

 「日課だからねぇ。須美ちゃんは……朝風呂かい?」

 

 「私は水行をしていたの。寄宿舎の回りには流石に井戸は無かったし、部屋のお風呂でするのもちょっと違うから大浴場の冷水を使わせてもらっているのよ」

 

 「なるほどねぇ……風邪、引かないようにね?」

 

 「ふふ、ありがとう」

 

 そんな事を考えていると、大浴場から出てきた、以前の合宿でも見た着物姿の須美ちゃんたばったり会った。自分もそうだが、彼女も中々に早起きだねぇ。そう思いつつ挨拶を交わし、質問に答える。逆に聞いてみるとそんな事が返ってきたんだが……水行。桶に水を貯めて頭から被るあれだろうか。

 

 「そうだ。新士君、朝御飯はまだ?」

 

 「うん? まだだよ。これから部屋に戻って汗を流してから、食堂の冷蔵庫から何か拝借するつもりだったから」

 

 「私も着替えた後に作って食べるつもりだったの。もし良かったら、一緒に食べない?」

 

 「ああ、須美ちゃんが良いならいいよ。1人で食べるのも寂しいしねぇ」

 

 「良かった。新士君は朝御飯は何食べるの?」

 

 「そうだねぇ……料理は得意でもないし、パンでも……」

 

 2人で部屋に戻りながらそんな会話をする。生憎と自室の冷蔵庫には今はスポーツドリンクくらいしか入っていない。なので必然食堂の食材を使う訳だが……須美ちゃん達のように料理がそれほど出来る訳でもなし、鍛練で疲れた体で自分の為に手間かけてまでご飯を食べようとも思わない。なのでパンでも焼いて簡単で済ませよう……なんて思いながら言ったのが、ある意味で間違いであり、正解だったのかも知れない。

 

 「パン……洋食……? それはいけないわ新士君。日本国民たるもの、やっぱり朝からご飯、つまりは和食を食べないと」

 

 「須美ちゃんは相変わらずだねぇ……まあ自分も和食の方が良いけれど、あんまり料理は……」

 

 「なら、私が作ってあげるわ。両親にも作ってあげていたし、自分の分を作る量を増やせばそう手間でもないから」

 

 「それは……良いのかい? 自分としては嬉しいけれども」

 

 「ええ、勿論。そうだわ、この際そのっちと銀も起こして皆で食べましょう! 一緒に作っちゃうから」

 

 「皆で、か……いいねぇ、賑やかな朝食になりそうだ。それじゃあ先に2人を起こしに行こうか。自分は部屋には入れないけれど」

 

 「男の子だものね……そのっちなら喜びそう……流石に恥ずかしがるかしら?」

 

 「さあねぇ……悪いけど任せるよ須美ちゃん。部屋のノックと、食器の用意くらいはするからさ」

 

 「ええ、お願いね、新士君」

 

 そんなやり取りがあり、端末の時間を見てみると7時前。起きるには遅すぎず早すぎずと言った具合だろう。話が決まったので早速と2人を起こしに行く。銀ちゃんはノックすると少し眠そうではあるが直ぐに返事が返ってきたが、のこちゃんは案の定と言うべきか返事が無かった。須美ちゃんが電話をすると長いコールの後にようやく出たが、端末越しに眠そうな声が聞こえた。

 

 それも須美ちゃんが“皆で朝御飯を食べるけどそのっちはいらないの?”と聞くまでのこと。聞いた瞬間部屋の中が騒がしくなったので跳ね起きたのが想像出来た。2人で顔を見合わせてくすくすと笑いながら、自分達もそれぞれのやることをやって食堂へと向かった。

 

 「はい、出来たわ」

 

 「これが2人の分だよ」

 

 「わ~、美味しそう~♪」

 

 「おお、これぞ日本の朝食と言わんばかりの純和風……流石須美だな」

 

 「それじゃあ、手を合わせて……」

 

 「「「「いただきます!」」」」

 

 そうして少し経ち、制服へと着替えた自分達。須美ちゃんが作ってくれた朝食をお盆に乗せ、4人で座れるテーブルの上に自分が4つ運ぶ。お盆の上には味噌汁に焼き魚、漬物、卵焼き、そして白いご飯。のこちゃんが言うように美味しそうだ。

 

 運んだ後に席に着く。別に話し合った訳でもないんだが、いつも決まったように自分の隣にのこちゃん、正面に須美ちゃん、斜め向かいに銀ちゃんとなる。今回もその位置になりつつ、皆で手と声を揃えていただきます。生憎と食レポ等は出来ないが、どれもこれも美味しい。作ってくれた須美ちゃんには感謝だねぇ。

 

 「美味しいよわっしー!」

 

 「ホントに美味いなー。流石須美……卵焼きも綺麗だし」

 

 「うん、美味しい。こんなに美味しい朝食を作ってくれてありがとねぇ、須美ちゃん」

 

 「ふふ、どういたしまして」

 

 朝食も美味しいが、こうして誰かと食べるのもやはり良いものだ。雨野の家ではあまり世間話なんかはしないし、時間が合わず1人で食べることも多かった。元の家では大体姉さんが騒がしかったが……まぁ楽しく食事をしていた。姉さんだけでなく樹も……父さんと母さんだって笑っていて。

 

 前世の記憶なんてモノを持って産まれた自分に“産まれてきてくれてありがとう”と言葉を掛けてくれたことを覚えている。子供らしくない自分に普通の子供のように接してくれて、自分が養子に出るとなれば伝えに来た相手に憤ってくれたし、家を出る時には泣いてくれた。そんな2人がもう……居ない。

 

 「……アマっち? 大丈夫?」

 

 「うん? どうしてだい?」

 

 「新士君、辛そうな顔してるから……」

 

 「……そんなに?」

 

 「うん、あたしにも分かるくらい」

 

 不意にのこちゃんからそんな事を言われ、須美ちゃんと銀ちゃんからも言われてしまった。まさか顔に出ていたとは……思った以上に、自分はダメージを受けているらしい。ここでそんな事はないと言うのは簡単だし、言えば彼女達は不承不承でも頷いてくれるだろう。

 

 だが……彼女達にも自分の両親が既に居ないことは知られている。それに、こんな心配そうな顔をさせ続ける訳にもいかない。

 

 「……養子に出る前に家族でこうしてご飯を食べていたことを思い出してねぇ……ちょっと、しんみりとしちゃったんだよ」

 

 「アマっち……」

 

 「……楽しいご飯の時にする顔でも話でも無かったねぇ。ごめんね」

 

 「ううん……そんな事ないわ」

 

 「……よし! なら毎回皆で一緒に食べよう! 今度はあたしが作るからさ」

 

 「お~、ミノさんナイスアイディアだよ~。皆で一緒にご飯、楽しいもんね? アマっち。毎回楽しいなら……きっと、しんみりしちゃうこともなくなるよ~」

 

 「……そうね、そうしましょうか。そうすればそのまま皆で一緒に学校にも行けるし、2人が遅刻したり寝坊したりすることも無くなるでしょう」

 

 「須美さんや、その2人とは誰のことを指し示しているんでございましょう?」

 

 「……ふふ、そうだねぇ。皆で一緒に食べて、皆で一緒に学校に行こうか」

 

 気を使わせてしまったか。いや、これは彼女達が持つ優しさだろう。1人で勝手に沈んでしまった自分を、これ以上沈ませないようにと……その声で、その優しさで引き止め、引き上げてくれる。精神的に大人である自分が、中学生にも満たない子供達に助けられた。

 

 情けないとは思う。それ以上に……嬉しく思う。きっと中学生となった自分も、こうして彼女達に、友奈さんと夏凜さん、姉さんと樹に救われたのだろう。仲間に、友人に、家族に。自分はこんなにも恵まれている。これ程幸福な事はない。

 

 「須美ちゃんと銀ちゃんにばかり作って貰うわけにもいかないし、自分も料理の練習でもしようかねぇ。大雑把に切って炒めるくらいしか出来ないから」

 

 「えっ、アマっちも料理出来るの!? う~、料理出来ないのわたしだけ……そうだ! わっしー、ミノさん、料理教えて!」

 

 「じゃあ自分も教え貰おうかな。いいかい? 2人共」

 

 「ええ、勿論。だけど、和食の道は険しいわよ?」

 

 「和食以外も教えてやれよ……あたしもいいよ。この銀様がビシバシ鍛えてあげよう」

 

 こんなにも楽しい朝食は本当に久しぶりだと改めて思いつつ、会話しながら食べ進める。今後、この世界に居る間は自分達はこうして楽しく食事をして、たまに一緒に料理を作ったりして朝から共に居ることになる。そしてその人数は次第に増えていき、最初は4人だったこの食堂も大人数で賑わっていくことを……この時の自分達はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 それは、小学生の4人が召喚されてからしばらく経った日の事。4人が召喚された時と同じように神奈とひなたに部室に来るように言われた勇者達。いざ集まった全員の目に映ったのは、妙にテンションの高いひなたとそんな彼女を見て苦笑いしている神奈の姿だった。

 

 「皆さんの活躍の~♪ お陰で~♪ 新しい援軍の勇者達を呼べるんです~♪」

 

 「物凄く上機嫌ですね、ひなたさん」

 

 「本当にねぇ……ひょっとして、新しい援軍とはひなたさんの?」

 

 「そう!! 流石新士君鋭い!! 今回は西暦時代の勇者達が来るんです!!」

 

 「朝に神託があった時からこの調子で……」

 

 「あ、あはは……お疲れ様です、神奈さん。でも、ひなたさんの仲間達なんですね。ドキドキ……な、何人来るんですか?」

 

 「5人ですよ樹ちゃん。より賑やかになりますね。その中には、園子さんのご先祖様もいます」

 

 「のこちゃん達のご先祖様か……きっと2人みたいな、ふんわりした雰囲気の人なんだろうねぇ」

 

 「「えへへ~、それほどでも~♪」」

 

 「ふんわりしてるか? アレ」

 

 「いやー、ふんわりというか……不思議?」

 

 ひなたの口から援軍の事を聞き、彼女のハイテンションの理由と神奈の苦笑いの理由を悟り、同じように苦笑いを浮かべる勇者達。しかしその意識は直ぐにもうすぐやってくるであろう西暦の勇者達に向けられる。

 

 西暦。それはバーテックスが人類を襲ってきた時代であり、始まりの勇者が生まれ戦ってきた時代である。神世紀の勇者達からしてみれば先輩も大先輩だ。特に歴史や日本が好きな美森、須美は会うのが非常に楽しみだろう。何せ自分達から見て300年も前の時代の人間なのだ、当時を知る存在としては生き字引と言っても過言ではない。

 

 そうでなくとも、単純に5人の勇者の追加は戦力面で見ても大きい。2人の園子が楓の言葉に照れたように笑い、銀達が首を傾げながら確認し合う傍らで須美はそう考えて口にし、園子(小)は園子(小)で未来の自分だけでなくご先祖様にまで会えることに喜色を示す。

 

 「これで勇者の数が20人近くに! 風先輩。勇者部、大きくなりましたね!」

 

 「全くねぇ……アタシゃそろそろ引退かしら? 後は若い物に任せて、のんびり縁側ライフを……」

 

 「樹、姉さんは縁側のある家に引っ越すんだってさ。これからは2人きりだねぇ」

 

 「お姉ちゃん……私達、頑張って暮らすからね……ぐすん」

 

 「止めてよ!! アタシはまだまだあんた達から離れないからね!?」

 

 「未来の自分達が仲睦まじいようで何よりだよ。自分が養子に出る前はあんなやり取りもしなかったのにねぇ……姉さんと樹は」

 

 「えっ、そうなの? 新士君。私達からすれば楓さん達の仲が良いのは当たり前だったんだけど」

 

 「そうですよ夏凜さん。いやはや、時間が経てば変わるもんですねぇ」

 

 (楓さんは小学生の頃から楓さんみたいだけどね……)

 

 勇者部8人、小学生組4人。ここに西暦の5人が加わればその数実に17人。巫女であるひなた、神奈を加えればいよいよ20人に迫る数に友奈が喜びの声を上げ、風が隠居する年寄りのようなことを言う。すると楓が樹にニコニコとしながらそう言えば、樹もニコニコとしながら目元を拭う仕草をする。引き止める所か笑って送り出そうとする弟と妹に、思わず姉は涙目になりながら抱き着いた。

 

 そんな仲睦まじい姿を見て、新士がしみじみと呟く。その内容は普段の3人を見てきた者達にとって信じられない事だった。が、新士にしてみれば当時はあまり風と樹はそれほど仲が良いという訳ではなかった。無論悪い訳でもないが、どちらも姉妹より楓と共に居ることの方が多かったのだから。時間が経てば変わると言った彼を、夏凜を含めた何人かは老人のような言動や雰囲気は昔から変わらないんだなぁと内心で頷いた。

 

 「ひなタン、わたしのご先祖様はどんな人なのかな~?」

 

 「まあ一言で言えば、西暦の風雲児ですね。初代勇者なんですが、その肩書きに相応しいです。楓さん達の予想とは、残念ながら少し違いますね」

 

 「風雲児!! カッコいい響き、流石初代さまだ!」

 

 「ふふふ、カッコいいとか、そんな次元じゃありませんよ? 今想像したカッコよさを100倍にしてみて下さい」

 

 「100倍とは、また凄い数字ですねぇ」

 

 「そ、そうだねお兄ちゃん……じゃなくて新士君……うぅ、まだ馴れない……」

 

 「それでもまだ彼女……乃木 若葉の素敵さには到!! 底!! 及びません!!」

 

 「ご先祖様……普通じゃないんだね~」

 

 「園子ちゃん、安心しなさい。あんたも普通じゃないから」

 

 園子(中)がひなたに聞くと、テンション高めなのはそのままに楓の予想に少し訂正を加えつつ答えてくれる。その“風雲児”との単語に目を輝かせた友奈と銀達の反応に気を良くしたひなたは更に話を続け、新士が朗らかに笑いながら言葉だけで驚いてみせる。樹も同意したが、未だに過去の兄の事を養子先の名前で呼ぶことに慣れず肩を落とした。

 

 そんな彼女を置いて力強く断言するひなた。この時点で勇者達は既に“若葉”という存在の想像がつかなくなってきているが期待は膨らむ一方。園子(小)の呟きに夏凜が首を振りながらボソッと口にしつつ、更に話を聞こうと美森が口を開く。

 

 「西暦の風雲児……もとい、そのっちのご先祖様以外はどんな人が居るのかしら? ひなたさん」

 

 「シャイな人から賑やかな人まで色々ですよ。皆さん、素敵な勇者達です。うふふ、西暦ですからね、実は外国人の方も……アメリカから来た勇者とか居たりして……」

 

 美森が日本大好きな事を知りつつ、からかうように言うひなた。が、そう口にした瞬間美森と須美の目が据わった。

 

 「米兵!?」

 

 「須美ちゃん! 一大事よ!」

 

 「はい! 竹槍を持ってきます!! 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ……っ!!」

 

 「「はいストップ。物騒なこと言わないの」」

 

 「「あいたっ」」

 

 「あ、あはは……すみません、外国人は冗談ですよ。まさか東郷さん達がここまで反応するとは……」

 

 「東郷のトリッキーさにはその内慣れるわ。私も始めは執拗にぼた餅勧められて驚いたし」

 

 アメリカの単語に過剰に反応する美森と須美。物騒な事を呟き、日の丸が描かれたハチマキを何処からか取り出した瞬間、楓は美森の、新士は須美の背後に回ってその後頭部にそれぞれ左手、右手でチョップを繰り出す。それなりの力で振り下ろされたそれは2人に命中し、そこそこの痛みを与えてその動きを止めた。

 

 予想外に反応が大きかった美森達に驚きつつ2人を止めてくれた楓達に内心感謝するひなた。今後この手のことで美森達をからかうのはやめようと心に決める。そんな彼女の心中を察したように夏凜は過去を思い出しながら呟いた。

 

 「さて、気を取り直して……いよいよひなたちゃんお待ちかねの勇者達が来るよ」

 

 「そうでした! はぁはぁ……皆さん、落ち着いて注目して下さいね~」

 

 「あんたが落ち着きなさい」

 

 これまでのやり取りを苦笑いしながら見守っていた神奈がそう言うと、興奮したように息を少し荒げながらひなたが全員に声を掛ける。どう考えても1番落ち着いていないのは彼女であると風がツッコミを入れつつ、神奈が以前のように願うように両手を合わせ、皆も小学生組が出てきた時のようにその瞬間を待った。

 

 が、その時は中々訪れない。首を傾げながら不思議そうにする神奈が再度手を合わせるが、やはり5人の勇者は現れない。そこから1分待ち、5分待ち、10分待ち……それでも、現れない。皆もこれには首を傾げ、ひなたも寂しそうに眉を下げ、神奈も申し訳なさそうにしている。

 

 「……おかしいな。喚んでいるハズなんだけど……なんで此処に現れないんだろう」

 

 (……この神奈ちゃんの様子……西暦の勇者達が来ないのは、彼女にとっても予想外なのか……?)

 

 「中々来ないですね、どうしたんでしょう……若葉ちゃん……皆……」

 

 「大丈夫だよヒナちゃん! 風雲児なんだもん、ちょっと遅れる事がサプライズ!」

 

 「小さい自分の時のように何処かに引っかかってるのかもしれないねぇ……大丈夫、きっともうすぐ会えるよ」

 

 「結城さん、楓さん……はい!」

 

 「い、一体どれ程凄い人なんだろう。風雲児……あたし少し緊張してきた」

 

 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ銀ちゃん。それに、凄い人ならここにもいっぱい居るじゃないか」

 

 「そりゃあ新士の言うとおり皆凄い人だけどさー……大きいあたしはどうかわかんないけど」

 

 「小さいあたしよ、お前はいちいちあたしを引き合いに出さなきゃ気が済まんのか」

 

 「どうどう、ミノさん落ち着いて」

 

 「そうですね……では、若葉ちゃんがどれぐらい凄いかを具体的に語っちゃいましょうか!」

 

 確かに喚んでいる、なのに一向に現れない勇者達に神奈の表情に疑問が浮かぶ。それを見ていた楓は今回の事は彼女にとってもイレギュラーな出来事なのかと内心頷く。そんな彼の近くでは友奈が寂しそうにするひなたを元気付けようと声を掛け、楓も同じように声を掛ける。2人の慰めの言葉に、ひなたの顔にも笑顔が戻った。

 

 勇者達が現れないことで段々緊張感が高まってきた銀(小)に新士が苦笑いを浮かべながらそう言えば、彼女は両手を組んで後頭部へと持っていきながら彼の言葉を肯定した後に悪戯っ子のように笑いつつ言い、銀(中)がにっこりと笑いながら握り拳を作りつつ銀(小)へとにじり寄ろうとし、それを園子(中)が笑いながら止めた。そして勇者達にやってくるまでの時間を潰そうかとひなたがそう言った瞬間、すっかり聞きなれたアラームが鳴り響いた。

 

 勇者達は端末を取り出し、直ぐに変身する準備を整える。このアラームが鳴り響く時は造反神の襲撃……バーテックスがやってきた合図だからだ。しかし、そのアラームが聞こえているのかいないのか、ひなたの口は止まらない。

 

 「容姿端麗、文武両道。弱きを助ける大英雄。町を歩けば皆が振り向く輝くオーラ!!」

 

 「もしもしひなタン? ひなターン?」

 

 「女性ですけど、男の子の楓さん達を含め皆さん魅力に撃ち抜かれること間違いなし! 私が育てた若葉ちゃんをお楽しみに!」

 

 流石の園子(中)も止めようと声を掛けるがそんな事は知らぬとばかりに、売り込むように言葉を続けるひなた。勇者達はその勢いに呑まれて遮ることも出来ず、楓と新士もどうしたものかと苦笑いを浮かべ……“魅力に撃ち抜かれる”の下りで危機感を感じたのか園子達がそれぞれの時間軸の楓達の手を取った。さりげなく神奈もひなたの近くから楓の近くに移動している。

 

 「ひなたちゃん……その、若葉さんの説明をしてくれるのは嬉しいんだけど、そろそろ出撃していいかい? アラーム、聞こえてるだろう」

 

 「えっ? あ、はい、すみません……」

 

 「……後でまた聞かせてくれると嬉しいかな。楽しみにしてるよ」

 

 「楓さん……はい! 幾らでも話します!」

 

 「全く、ひなたも中々読めない所があるわね……黒髪の人は皆そうなのかしら」

 

 「夏凜ちゃん、今私の方を見て何か言った?」

 

 「なーんにも」

 

 その手を握り返しつつ、楓は期を見てひなたに向かって朗らかに笑いながら空いている手で“樹海化警報”と画面に出ている端末をひらひらと見せる。それに今気付いたのか、ひなたもハッとして少ししょんもりとしつつ謝る。そんな彼女の姿に思うところがあったのか朗らかに笑いながら楓が言うと、ひなたはそれはそれは嬉しそうに笑って頷いた。

 

 まさかアラームを無視してまでひなたが若葉の話をするとは思わなかったのか夏凜がポツリとそう呟き……その姿に誰かの影を見たのか、そちらへとチラリと視線を送りながらそう漏らす。その言葉が聞き取れずとも声は聞こえたのか、美森が聞くが夏凜は首を振った。そんな彼女を不思議そうに見て首を傾げた後に端末の画面に視線を向けた美森は少し驚き、全員に声を掛ける。

 

 「っ、皆、端末を見て! 私達以外の勇者が敵と接触しそうよ」

 

 「大変だ、敵の目の前に召喚されちゃったんだ。早速合流しよう! ちょっと遠いから急がないと……」

 

 そこに映っていたのはいつもの簡易的な樹海のマップ。そして、この場に居る者達以外の勇者の反応があり、その近くに数多の敵の反応があった。そう時間も掛からずに接触することになるであろう距離、そして自分達の現在地からも少し距離がある事に気付き、皆も焦りを覚える。

 

 (召喚する場所が大きくズレた……? これも“試練”の一環ってことなのかな、あの神。それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()弊害かな……どちらにせよ、勇者の子達には乗り切って貰わないと……)

 

 「多分、召喚された人達は状況の判断も難しいよねぇ……自分が先行しようか。自分なら飛べるから最短距離で迎える。ただ、西暦に男の勇者は居なかったらしいから警戒されるかもしれないけれど……」

 

 「あっ、そっか。男の勇者って楓くんが初めてなんだっけ」

 

 「そうらしいよ。それはさておき、早速向かうとしようかねぇ」

 

 「待って楓君、お願いだから1人で動こうとしないで。せめて私達の中から誰か一緒に行けないの? 前に私を抱えて飛んだみたいに」

 

 「出来なくはないけど、多くても2人くらいかねぇ……」

 

 神奈が1人思案しているのを他所に、楓がそう言った。彼が言う通り、この中で唯一“満開”も無しに 飛行できるのは彼だけであり、最も速く勇者達の元に辿り着くことが出来るだろう。懸念があるとすれば、300年の歴史の中でも唯一の男の勇者という存在が向かう先の勇者達に受け入れられるかどうか。最悪、無用な警戒をさせた上で敵対行為を取られる可能性もある。

 

 それでもと向かおうとする楓を止めたのは美森。その脳裏に浮かぶのは、2年前の彼が大怪我を負うこととなった日の事。それは園子(中)と銀(中)も同じようであり、園子(中)は繋ぎっぱなしの手を更に強く握り締める。楓もその事に思い至るものの時は一刻を争う。美森の案も出来ない訳ではないが、変身して上がる腕力でも片手につき1人の計2人がやっとだろう。

 

 もうそれでもいいかという雰囲気になり、誰もがその手を上げて立候補をしようとしたその時、何やら考え込んでいた園子(小)が楓に問い掛ける。

 

 「ねぇねぇアマっち先輩。飛ぶのって別に光の翼が必要な訳じゃないんだよね~?」

 

 「え? ああ、そうだよ。実際は光を体に巻き付けて、その光を操って飛んでる訳だから……翼なのはイメージしやすいからだしねぇ」

 

 「その光って触れるんだよね? 踏んだりも出来る?」

 

 「うん、踏めるよ園子ちゃん! 私踏んだことあるし」

 

 「そんな事あったっけ……いや、あの時か。確かに触れるし踏める……足場にも出来るよ。じゃないと攻撃したところで当たらない……うん? 足場……?」

 

 これまでの戦いで何度も楓の戦いを見てきた園子(小)。そもそも“光”という勇者が持つ武器の中でも異色を放つソレに興味が湧いた彼女はこの世界に召喚されてから質問したことがあり、楓も答えている。それは全員が聞いていた。

 

 次の質問に答えたのは友奈。思い出すのは総力戦の時でのこと。獅子座に取り込まれた後に球体の盾になった光に足を着けていた事があったからだ。楓もその事に思い至り、質問に答えて……何かに気付く。そして園子(中)はいち早く気付いたのか、ニコニコとしてパンっと両手を叩いた。

 

 「あ~成る程~、それなら皆で移動出来るね~。あっ、でも大きさが……どう? カエっち」

 

 「それなら問題ないねぇ。今なら大型バーテックス1体を丸々包み込めるくらいには広く伸ばせるよ」

 

 「お~、アマっち先輩流石~♪」

 

 「待て待て楓&園子ズ。お前らだけで理解してないであたしらにも教えてくれ」

 

 「そうよ楓、何の話?」

 

 3人だけ分かったようにニコニコぽやぽやと会話するのを見て置いてきぼりの感覚をひしひしと感じせざるを得ない11人。それが面白くないのだろう、少し不満そうにしながら銀(中)と風が率先して聞き出そうとする。そんな2人を見た3人は互いに顔を見合せてまたニコニコと笑い……。

 

 「そうだねぇ……のこちゃん達みたいに言うのなら」

 

 【言うのなら?】

 

 

 

 「「「ぴっかーんと閃いた!」」」

 

 

 

 楓、園子(中)、園子(小)は声を合わせ、隣で神奈も一緒に右手の人差し指を立てながらそう言った。

 

 「……ってなんで神奈ちゃんまで?」

 

 「え、えへへ……やりたくなっちゃって……つい」

 

 「あっ、今回召喚された中に結城さんと神奈さんに似ている人が居ますけど……あまり驚かないで下さいね」

 

 「それ、この流れで言うことなの? ひなた……」

 

 

 

 

 

 

 「はぁっ! よし、敵は後少しだ! このまま油断せず行くぞ!」

 

 樹海にて、バーテックスと戦っている少女の姿が5つ。彼女達は各々が手に持つ武器を振るい、或いは放ち、口だけの異形を屠っていた。今も刀を持つ青い勇者服に身を包んだ、どこか園子と似た容姿をしている少女が一刀両断した後に他の4人へと声を掛ける。

 

 「うん! 分かったよ若葉ちゃん!」

 

 「高嶋さんには指一本触れさせないわ」

 

 「言われなくとも分かってるぞ若葉。何なら残りの敵はぜーんぶタマに任せても良いんだぞ?」

 

 「もう、ダメだよタマっち先輩……っ! 皆さん、空を見て下さい!」

 

 友奈に瓜二つの少女、大きな鎌を手にした真紅の勇者服の少女、盾のようなモノを左手に着けた小柄な少女、銃器らしきものを手にした白い勇者服の少女。それぞれが青い勇者服の少女……若葉の声に返しつつ、未だ迫る敵を見据える。このままなら問題なく終わる。そう思っていた時、白い勇者服の少女が声を上げ、咄嗟に空を見上げた。

 

 そこに、何かがあった。その何かをはっきりと理解する前に、そこから人影が飛び降りてきた。

 

 「勇者、パーンチ!」

 

 「せええええいっ!!」

 

 「風雲児様に良いとこ見せるぞ、園子! 新士!」

 

 「うん、ミノさん! やああああっ!」

 

 「落ち着いて銀ちゃん。はああああっ!」

 

 「空から失礼するわ、よっ!」

 

 「わ、わ、わっ!?」

 

 飛び降りてきた人影達は思い思いの叫びを上げながら落下し、その着地点に居たバーテックスを拳で、双刀で、双斧で、槍で、双爪で、大剣で、ワイヤーで殲滅をしていく。更に上空から矢が、目には見えない速度で飛ぶ銃弾が、どういう原理かわからない不可思議な軌道を描く光の矢がバーテックスを穿っていく。

 

 あまりに突然の出来事に、先に居た勇者達はその光景を見ている事しか出来ない。元より後少しという所まで減っていたバーテックスが、あっという間に自分達以外の複数の何者かによって殲滅されたのだから。その中で白い勇者だけが再び空を見上げ……そこに在ったモノを改めて見て。

 

 

 

 「……真っ白な光の……空飛ぶ絨毯……?」

 

 

 

 空からゆっくりと降りてくるその“空飛ぶ絨毯”を見て……そして、そこに乗っていた人物と先に飛び降りた7人の姿を見て、5人は盛大に驚くことになるのだった。




原作との相違点

・寄宿舎云々

・美森&須美、竹槍持ち出しをチョップにて阻止

・西暦組の大一波との戦闘に間に合う

・その他。書いたんですよ! 必死に! その結果がこれなんです!



という訳で寄宿舎の説明と新士が少ししんみりとして、後は大体流れ通りな気がしないでもないお話でした。DEifの時とは違い、あそこまで必死な3人は居ません。

思ったより寄宿舎での話が長くなってしまいました。どこにもゆゆゆいの寄宿舎の詳細って書いてないんですよねぇ……なのでオリジナルです。今後はそこまで細かく出ないと思います。

今回もちらほらと、本作を見てきて下さった皆様ににやりとしてもらえるネタを書いてます。そして楓の光も有効活用。不定形でどうにでも形作れるモノって便利ですよねぇ。レイヴのシルバークレイマーとか、フェアリーテイルのアイスメイクとか。

キャラが増えればセリフが増え、必然文字数も増える。なるべく長くとも10000前後に抑えたいところです。でも皆と絡ませたいからなぁ(諦

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 5 ―

かなり間を空けてしまって申し訳ありません。ようやく更新できました(´ω`)

色々アプリでイベントが起きましたのでそっち集中してました。fgoとかドカバトとかきらファンとか天華百剣とか。ガチャは軒並み爆死、ドカバトだけはまあ速悟飯や知セル、ゴジベジ等のLRを揃えられましたが。55連チケを一枚残しする意味は果たしてあったのか……。

通算UAが30万行きました。皆様ご愛読誠にありがとうございます! これは番外編書くしかねぇ。明るい系か、それとも暗い系か……←

今回も西暦組との出逢い、原作3話部分です。そう、3話……DEif3……ワザリングハイツさん……うっ、頭がああああっ(頭パーン


 あの時部室で自分とのこちゃん達が考え付いたのは、自分の光を広げてその上に全員を乗せて飛ぶことだった。これなら自分1人が先行する必要もないし、戦力を分ける必要もない。それに現場まで最短距離で直行出来る。便利だし、なぜ今まで思い付かなかったのかと思うくらいだ。

 

 形もそこまで複雑にする必要はない。全員が乗れる広ささえあればいいのだから。後は落ちないように足を固定するか手刷りのようなモノでも作ればいい。自分の武器の縛りとして1種類のモノしか形作れないが今の自分には水晶が両手で2つあるので2種類作れる。飛行する足場と手刷り、それで丁度2種類。足を固定するだけなら足場の形を少しだけ変えれば1種類で問題ないし、そのまま攻撃も出来る。五体満足で無ければ、この案は使えなかったかもしれない。

 

 そして生まれたのが“空飛ぶ光の絨毯”。と言ってもただの光で出来た四角い足場なのだけど、まあ空飛ぶ絨毯の方が外聞が良いだろう。後はさっきの通り、西暦は勇者達が居る場所まで最短距離を最速で飛び、到着したら空から奇襲。近接戦闘の皆には飛び降りてもらい、自分と美森ちゃん達で上空からの遠距離攻撃で殲滅。

 

 敵が居なくなったことを確認し、ゆっくりと降りる。自分達が降りる頃には先に飛び降りた皆も集まってきていて、絨毯を消して樹海の根の上に降り立つ。そして改めて西暦の勇者達の方へと視線を向けると、そこには驚きの表情を浮かべている5人の少女の姿。

 

 「突然空から降りてきてびっくりさせましたかねぇ?」

 

 「……はっ!? あ、いや、確かに驚いたのは驚いたが……」

 

 「お、男……の勇者? というか、他の奴らも勇者か!? タマ達以外にも勇者が居たんだ!」

 

 「ああ、やっぱり気になりますよねぇ」

 

 「ちょっと土居さん。ヒトの形をしているからってあまり気を緩ませない方がいいわ。それに男の勇者なんて……今まで見たことも聞いたことも無かったのだから」

 

 驚かせてしまったかと苦笑いしながら言えば、どこかのこちゃん達と似た雰囲気を感じる青い勇者服の少女が先に反応し、オレンジ色の勇者服の樹程の小柄な少女が自分達の姿を見てどこか嬉しそうにした。が、真紅の勇者服の長い黒髪の少女は少し警戒しているようだ。特に自分を……まあ、それも仕方ないだろう。

 

 「まずは挨拶からね。こんにちは、西暦の勇者さん達よね? 話はひなた……上里さんから聞いてるわ」

 

 「っ!? ひなたを知っているのか!?」

 

 「ええ。アタシは犬吠埼 風。こっちの男の勇者は弟の楓、この時代の勇者よ。お仲間だから、まずは安心してね」

 

 「乃木 若葉と言う。宜しく頼む……この時代、か。それに男の勇者……何やら色々と複雑そうだな」

 

 「の、乃木!? アマっち、ミノさん、わっしー。わたしのご先祖様発見だよ~!」

 

 「うん、のこちゃん達とどこか面影があるねぇ」

 

 「つまり、この人が風雲児様だ……ごくり」

 

 (今の声、もしかしてあの子も男の勇者……でしょうか。男性の勇者が2人……若葉さんが言うように、状況は何やら複雑そうです)

 

 やはり彼女はのこちゃんのご先祖様の若葉さんだったらしい。ひなたちゃんの名前にも反応したし、自分からも名乗った以上は彼女達が西暦の勇者で間違いないんだろうねぇ。ひなたちゃんが言っていた人数とも合う。そうして彼女達を確認していると、1人の少女に目が止まった。それは自分だけではなかったようで。

 

 「ああああっ!? ゆ、友奈! あれ、あれ!」

 

 「え、どうしたの夏凜ちゃん? そんなに驚いて……って、あー!」

 

 「っ!? ちょっ……高嶋さん!! あそこを見て!」

 

 「え、どうしたのぐんちゃん。って、わー!?」

 

 「ゆ、友奈さんのそっくりさんが神奈さん以外にもう1人……!?」

 

 「いや、3人とも……確かに驚くことだけど、ひなたちゃんが予め言っていただろうに」

 

 1人の桜色の勇者服の少女は、友奈と非常に似通っていた。神奈ちゃんと同様、瓜二つと言ってもいい。自分も内心驚いてはいたが、部室でひなたちゃんが言っていたから夏凜ちゃんと友奈ほどの驚きはない。だが、向こうは向こうで2人と同じように驚いていた……無理もない。本当に鏡合わせのようにそっくりなんだからねぇ。

 

 ……恐らく神奈ちゃん……神樹様がモデルにしたのは友奈ではなくあっちの勇者の子なんだろう。もしかしたら、彼女の名前もまた“友奈”なのかも知れない。なんて考えていると、樹海の奥からやってくる敵の姿が見えた。

 

 「驚いている暇は無さそうだねぇ。姉さん、敵だよ」

 

 「OK楓! まずは協力して敵を倒しましょ。その後、ひなたの居る拠点で話しましょ」

 

 「聞いていただろう? 皆、行こう。連戦だが、一気に味方が増えたぞ」

 

 「待って、無条件に信じすぎだと思うわ。ここは樹海なのよ? 警戒心を捨てないで……彼女達が味方だと、あの男の勇者も本物だと決まった訳ではないのよ?」

 

 「ちょっと、楓は本当に勇者よ!」

 

 「こらこら姉さん、熱くならないの。向こうには男の勇者が居なかったんだから疑うのも無理はないよ」

 

 「そ、そうだよお姉ちゃん。それに、今こっちの世界に来たばかりなんだから」

 

 姉さんと若葉さんは協力する気だったようだが、真紅の少女が待ったを掛けた。警戒心が強いようだし、今言ったように疑うのも無理はない。姉さんが自分の事で憤ってくれるのは嬉しいが、樹が言うように彼女達はこの世界に来たばかりで何もわからない状況なのだ、警戒心を持つのが自然だろう。

 

 ……最悪、自分だけでも武装解除した上で端末を預けるのも視野に入れようか。そう思い始めた時、白い少女が口を開いた。

 

 「この人達は大丈夫……そう思います。でも、千景さんの言うことも確かです」

 

 「杏もそう言うのなら……分かった、間を取ろう。団結ではなく、連携で当たる」

 

 「まあ、こっちのほんわかした空気には戸惑うわよね。いいわ、一塊じゃなくて、まずは連携で」

 

 「分かったわよ……行くわよ楓、ちび楓! あんた達が本当に勇者だってことを見せ付けてやるわよ!!」

 

 「自分は全然気にしてないんだけどねぇ……」

 

 (これまでの時間の中で分かっていたけど、未来の姉さんは自分達のことになると分かりやすく感情的になるねぇ)

 

 一先ず話は纏まったかと思いつつ、自分達よりもやる気を出している姉さんを見て苦笑い。余程自分達が勇者であると疑われたのが気に入らないのかご立腹な様子だ。それだけ自分達の事を思ってくれているのだから嬉しいんだけどねぇ。

 

 「新士君達の事も、私達の事も直ぐに分かってくれると思います。敵は目前、行きましょう!」

 

 「OK! 銀さん暴れるぞー! なんてったって、風雲児様が見てる!」

 

 「ほほう? 威勢の良いのが居るな。タマだって大活躍するからな!」

 

 「パッと見た感じだと、そちらは近距離が3人に遠距離が1人と……盾だから防御役ですかねぇ?」

 

 「あ、いえ、タマっち先輩の武器は確かに盾ですが、遠距離攻撃が出来るんです」

 

 「おや、そうなんですか……ふむ。今回は自分も遠距離に専念しようか。ちょっと前衛が過剰気味だしねぇ」

 

 次々と迫るバーテックス達に向かって行く神世紀の勇者と西暦の勇者達を見送りつつ、白い少女とそんな会話をした後に今回は自分も足を止めて遠距離に専念することにする。この場には勇者がもう15人も居ると言うのに、遠距離攻撃型は3人……いや、4人らしいが件の盾持ちの少女は一緒になって突っ込んでいっている。

 

 ……成る程、盾の周りには刃状の何かが出ている。その盾を射出してその何かで切り裂くように攻撃しているのか。だが、飛ばしている間は無防備になっている。

 

 「……先程の空飛ぶ絨毯のようなモノは、もう1度出せますか?」

 

 「うん? ああ、出せますよ。あれは自分の武器ですから」

 

 「ひ、光が武器……? いえ、でしたらそれに乗って上空の敵を私達で倒しましょう。制空権を奪えれば、前衛の皆さんも戦い安くなると思います」

 

 「あの……いいんですか? その、先程風雲児様が連携でって……」

 

 「それに、あの黒髪の人も楓君の事を疑っているみたいですし、貴女まで一緒だと……」

 

 「確かにそうかもしれませんし、私も分かるとは言いましたけど……なんででしょうか。自分でも不思議なんですが、貴方は大丈夫だと思ってる私も居るんです」

 

 「……分かりました。問答している時間も惜しいですし、早速やりましょうかねぇ」

 

 前衛で戦う皆と西暦の勇者達を観察しながら須美ちゃんの弓を模した光で射撃に徹していると、同じようにボウガン……にしてはやたら連射しているが……で敵を射抜いている白い少女からそう提案された。成る程、制空権……普段なら空の敵は自分が飛んで直接相手するが、そういった考えはなかった。

 

 案は良い。が、今はまだ自分達と西暦組は信頼関係を築けていない状態だ。それに、男の勇者という恐らくは彼女達の常識外の存在である自分は真紅の勇者から疑われている。ここでこの子と共に行動してはあらぬ疑いを掛けられるかも知れないが……どこか樹に似た、か弱そうな雰囲気の中にある芯の強さをその瞳に見てしまった上に信頼されているような言葉を言われれば頷く他ない。

 

 「それじゃあ早速……美森ちゃん、須美ちゃん、乗って」

 

 「分かったわ」

 

 「はい!」

 

 「君も、お手をどうぞ」

 

 「あ、ありがとうございます……わ、本当に乗れる……不思議な感じです」

 

 「ふふ……それじゃあ、行くよ」

 

 「「「はい!」」」

 

 左手の水晶から出した光で先程の四角い光を出し、そこに乗って美森ちゃん達も乗るように促し、戸惑った様子の少女に手を差し出す。彼女は少しばかり視線を迷わせたが、意を決したように自分の手を取って光に乗った。

 

 不思議そうにする彼女の姿を微笑ましく思いつつ、声を掛けて3人から返事が聞こえると同時に浮き上がり、敵へと向かう。落ちないように足を光で固定し、右手の水晶から弓を作り出し、傍らにはいつの間にか与一の姿。

 

 「上空の敵は自分達がやる!」

 

 「皆さんは上の敵を気にせずに戦ってください!」

 

 「ナイスよ楓! 皆、行くわよ!!」

 

 「なっ、伊予島さん!? なんであんな所に……」

 

 「あんちゃんいいなー、私も乗ってみたい!」

 

 「あんず!? ずるいぞ、タマにも乗せろー!」

 

 「やれやれ、連携すると言ったハズなんだがな……だが、杏の事だから何か考えがあるんだろう。私達も行くぞ!」

 

 下で戦う皆に声を掛けつつ、上空に居るバーテックス達を撃ち落としていく。自分と須美ちゃんの光の矢が、美森ちゃんの狙撃銃が、少女のボウガンから放たれる大量の矢が瞬く間に多くの敵の体に風穴を量産する。

 

 下では下で姉さんが大剣を、夏凜ちゃんと若葉さんが刀を、小さい自分が双爪を、銀ちゃんが双斧を振るって次々に敵を切り裂いていく。友奈と友奈そっくりの少女が同じように“勇者パンチ”と叫んでは殴り飛ばし、真紅の勇者は大きな鎌で屠り、小のこちゃんは槍で貫き、小柄な少女は射出した盾で切り裂いていき、樹もワイヤーで切り裂く。

 

 そしてそう時間も掛からず、敵の殲滅は完了し……降り立った自分達と姉さん達は合流し、取り敢えずはお疲れ様と言ってお互いに労いあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 「お帰りなさい、皆。怪我は無いみたいで良かった」

 

 「……皆……お帰りなさい。無事で良かったです。若葉ちゃん、お久しぶり」

 

 「ああ……ひなた。お前も無事で何よりだ……しかし、久しぶりとはどういうことだ?」

 

 「また高嶋さんに似た人が……いえ、それも気になるけれど。とりあえず敵は倒したわ。詳しい説明は貴女から聞いてと言われているわ、上里さん」

 

 「ええ、では説明させていただきますね」

 

 西暦の勇者達5人と共に部室へと戻ってきた10人の姿を見て安堵の息を吐きつつ喜ぶ神奈とひなた。特にひなたはようやく再会出来た若葉、そして仲間達を見ることが出来て喜びも大きい様子だ。

 

 話で聞いていたとは言え、やはり自身の目で見るのは違うのだろう。若葉達もひなたの元気な姿を見られて安心する。が、彼女の言い回しに疑問を覚えた若葉は首を傾げ、黒髪の勇者が神奈を見てまた驚愕しつつひなたに説明を求める。なので、ひなたはかくかくしかじかとこの世界について、及びこれまでの出来事を丁寧に説明した。

 

 「神樹様の世界……未来の勇者達、か……驚いた。私とひなたとの間で時差があることもな」

 

 「不思議な世界ですから、柔軟に考えてください。やわらか若葉ちゃんです」

 

 「それで、私の子孫というのが……?」

 

 「はーい、わたしです~風雲児様。乃木 園子、小学生バージョンです~」

 

 「よろしくね~ご先祖様~。乃木 園子、中学生バージョンだよ~」

 

 「そ、そうか、よろしく。体のパーツは私だが、雰囲気はひなたに似てないか……?」

 

 「うふふ、不思議ですねぇ……うふふ」

 

 説明を受け、先に来ていたひなたとは1ヶ月近い時差があることを含めて改めて驚きつつも受け入れる若葉。それは他の4人も同様のようで、各々のふむふむと頷いている。そうして受け入れた後、説明の中にあった“子孫”の言葉を思い出したように聞くと、直ぐに反応があった。

 

 手を振りながら自己紹介する園子ズを改めて確認し、同じ人間が時代別で2人存在しているからか、それとも子孫と言う割には己と色々違うからか少々戸惑う若葉。彼女の言葉にはひなたが妖しく笑いながらそう答え、その隣では神奈が目を逸らしている。真実を知るのはひなたと……まあ神樹くらいだろう。

 

 「あ、あの、自分、小学生の方の三ノ輪 銀って言います! 良ければサインしてください、風雲児様!」

 

 「あ~、わたしも、わたしもサインして欲しいな~。ご先祖様でも欲しいものは欲しい~♪」

 

 「こ、こら、あんまりはしゃがない」

 

 「まあまあ、良いじゃないか須美ちゃん。それに、須美ちゃんも欲しいんじゃないかい? 風雲児様のサイン」

 

 「し、新士君……うぅ……」

 

 「ちょっと待て。君達、さっきから言っている“風雲児”とはいったい……?」

 

 「ひなたさんからそう聞いてましてねぇ。何でも、容姿端麗、文武両道。弱きを助ける大英雄。町を歩けば皆が振り向く輝くオーラ。自分達を含め、皆が魅力に撃ち抜かれること間違いなしとか……」

 

 「「「うんうん!」」」

 

 「ひ~な~た~!? またお前はそうやって……」

 

 不意に、銀(小)がそんな事を言い出した。園子(小)も同じように若葉のサインを欲しがり、須美が注意するが新士に宥められた後にからかうように言われれば顔を赤くして俯いてしまう。それを見た小学生組3人はまた笑った。

 

 先程からずっと言われ続けている“風雲児”との言葉に何やら嫌な予感を感じた若葉。いざ小学生組に聞いてみれば、新士の口からひなたが言っていた言葉がつらつらと出てくる。同意するように頷く他の3人に若葉はひなたを見ながらわなわなと震えて握り拳を作り、ひなたはてへっと舌を出して誤魔化した。

 

 「待て待てい。乃木 若葉が乃木 園子の先祖と言うのは分かる。名字同じだからな……じゃ、あれらはなんだ?」

 

 「どうも! 改めまして、結城 友奈です!」

 

 「ど、どうも。改めまして、高嶋 友奈です」

 

 「あはは……はじめまして、神谷 友奈です」

 

 そんなやり取りの後に声をあげたのは小柄な少女。彼女としては未来云々の話や先祖だ子孫だと言う話よりも眼前の光景……神世紀の勇者の友奈と西暦の友奈そっくりの少女、いつの間にか2人の近くに移動していた神奈の三者面談の方が気になっていた。

 

 小柄な少女の声に反応し、自然と全員の視線が当人達を除いて3人へと集中する。既に自身のそっくりさんと出会った経験がある友奈は元気な挨拶をし、まさか自身のそっくりさんが2人も居るとは思っていなかった少女……高嶋は困惑しつつ挨拶。そんな彼女に苦笑いをしながら、神奈が挨拶をする。

 

 「高嶋さんは友奈さんと神奈さんの先祖?」

 

 「それとも、あたし達みたいな同一人物?」

 

 「「ど、どうなってんのか分からん。教えてくれ、須美か楓(新士)!」」

 

 「同一人物ではないわね、銀。それから銀ちゃん」

 

 「まあ、時代も名字も違うしねぇ。単純にそっくりなだけかも知れないよ」

 

 「そう考えるのが妥当かもしれませんねぇ。まあ世の中には自分のそっくりさんが3人は居るって話だし、時代が違えばその時代毎に居てもまあ……不思議じゃないのかもねぇ」

 

 「あ、東郷さんと新士達が答えた」

 

 「そっくりさんが3人って……それにしたってこうも集まるかね」

 

 同じ顔、同じ声でありながら答え方は正しく三者三様。より困惑が大きくなった銀達が楓達に助けを求めれば、それぞれから返答があった。銀達だけでなく他の者達も楓達の考えを聞いて成る程と頷いては居るが、銀(中)は都合が良いと言えば都合良く集まった3人に腕を組みながら首を傾げた。

 

 「そっくりさん……そうね、高嶋さんとあの人達は別人。それは私にもなんとなく分かるわ」

 

 「そ、そうなんですね……でも、高嶋さんについては千景さんが言うと説得力があります」

 

 (あっち側にも東郷みたいなのが居たのね)

 

 (未来にも千景みたいなのが居たんだな)

 

 楓達3人の言葉に声にして同意したのは黒髪の千景と呼ばれた少女。千景の言葉に頷く白い勇者……クリーム色の長髪の少女も彼女の言に頷いた。それらのやり取りを見ていた風と小柄な少女はそれぞれ千景と美森を見ながら、お互いに似たような事を思っていた。その直後に、また長髪の少女が口を開く。

 

 「み、皆さん改めて宜しくお願いします。精一杯頑張りますので……」

 

 「こちらこそ、宜しくお願いします。仲良くやっていきましょう」

 

 「ねぇ、楓、ちび楓。あの子、何だか樹に似てない? 雰囲気というかこう、奥ゆかしいというかなんというか」

 

 「ああ、自分も樹海で見た時からそう思っててねぇ……案外、どこかに繋がりがあるのかもしれないねぇ」

 

 「自分にもそう見えるねぇ。小動物みたいで、だけど芯が強そうな所とか」

 

 長髪の少女と樹が会話するのを見ながらすすす……と楓の隣にやってきた風が近くに居た新士にも聞こえるように呟くと2人から同意の答えが返ってくる。楓は1番近くで少女の事を見ていたこともあり、よりその気持ちは強かった。

 

 「……そう言えば、若葉さんと高嶋さん以外の人の名前、まだ聞いてませんでしたねぇ」

 

 「あ、そういえばまだ自己紹介していませんでした……説明を聞いてからそのままでしたね。私は伊予島 杏、中学1年生です」

 

 「同じ……学年……?」

 

 ふと思い出したように楓がそう言った。瞬間、周囲の者達も今気付いたように“あっ”と声を出した。樹海では自己紹介する暇もなく、名前を言ったのは若葉だけだ。部室に戻ってからもひなたとの再会にこの世界の説明等が続き、自己紹介するタイミングはすっかり失われていた。高嶋だけは友奈、神奈としていたが。

 

 それでは、とまず最初に自己紹介したのは長髪の少女、伊予島 杏。ペコリと礼儀正しくお辞儀をしながら自己紹介をしたが、樹が彼女の背丈や一部分を見ながらわなわなと震えつつ復唱する。杏は樹よりも色々と大きかった。そんな妹の姿を見てしまった姉と兄はそれぞれ目頭を抑えたり苦笑いを浮かべたりしていた。

 

 「タマは土居 球子だ! 杏よりお姉さんの中学2年生だ。チビ共はちゃーんと“先輩”って呼ぶんだぞ?」

 

 「わっかりました! 球子先輩!」

 

 「おう! 樹海の時も思ったが威勢がいいなー」

 

 「宜しくお願いしますねぇ、土居先輩」

 

 「お、おう。こっちはのんびりしてるな……」

 

 次に自己紹介したのは小柄な少女、土居 球子。樹より少し高い程度の小柄な体躯だが杏よりも年上、楓達とは同い年に当たる中学2年だと言う。その声からは元気の良さが勇者部にも伝わってきており、同じく元気を売りにする銀達とは相性が良さそうである。球子自身、銀(小)のことは気に入っているようだ。新士はその老人のようなのんびりとした雰囲気と朗らかな笑みのせいか調子が狂うようだが。

 

 「……郡 千景よ。学年は中学3年」

 

 「……え、終わり? 千景、短すぎるぞ……」

 

 「そう言われても困るのだけど……何を言えばいいのかわからないわ」

 

 「千景……そう言えば、彼を疑っていた事は謝ったのか?」

 

 「う゛っ……それは、まだだけど」

 

 「そうだった! 楓達は男だけど立派な勇者もぐもご」

 

 「はいストップ、姉さんは黙ってて。郡さんも謝らなくても良いんですよ。ひなたちゃんからそちらの状況はある程度聞いてましたし、男の勇者なんてこっちでも自分しか居なかったんですから、郡さんが疑うのも仕方ないですしねぇ」

 

 次に自己紹介したのは黒髪の少女、(こおり) 千景。と言っても名前だけで、他に何も言わなかったが。それは短すぎるだろうと球子が言うが、千景も困ったような、睨み付けるような表情を浮かべてわからないと言った。彼女自身、あまり人付き合いは得意な方ではないらしい。

 

 そんな彼女に若葉が少し眉を潜めながら言えば、彼女は少したじろぐ。樹海で会った時は状況がまるで分からなかったので“男の勇者”と言う常識外の存在故に楓達を怪しみ、疑い掛かっていた。しかしここまでくれば流石にそんな疑いは晴れ、ただの杞憂だったと分かる。尤も、自己紹介同様に謝るタイミング等無かったに等しいのだが。

 

 思い出した事で怒りがぶり返して来たのか風が言い寄ろうとするが、その前に楓に手で口を塞がれ、新士は腰に抱き付いて動きを封じる。そのまま楓は謝罪は不要だと言うのだが、そう言っても千景の表情は曇ったまま晴れなかった。しかし謝ることもまた、無かった。

 

 

 

 それから少しの時間が経った。神世紀組の自己紹介も終え、喉を潤すのと糖分補給の為にと美森がお茶とぼた餅を全員に手渡し、あれから数を増やしたパイプ椅子を出してそれに座りながら皆が美味しいと言いながら舌鼓を打っていた。そして食べ終わった頃、若葉の視線が楓達に向いた。

 

 「……しかし、男の勇者か。楓が言った通り私達の時代には居なかったから、不思議な気分だ」

 

 「本当だよな。新士の奴なんか最初女かと思ったし。髪長いし、顔もそっちの……妹の子に似てたしな」

 

 「土居さん……見れば分かるでしょう」

 

 「タマっち先輩……樹ちゃんだよ」

 

 「新士くんは過去の楓くんなんだっけ。2年で凄く変わるんだねー」

 

 「ちび楓は本当に樹に似てて可愛いわー」

 

 「なんでまた膝の上に乗せるのか……苦しい苦しい」

 

 自己紹介の際、楓から呼び捨てで構わないと言われていた若葉は呼び捨てにしながら彼と風の膝の上に居る新士を見ながらふむふむと頷き、球子が同意しながら言えば千景と杏に飽きれ混じりに突っ込まれる。そんな彼女達の間に居る高嶋は笑いながら楓と新士を交互に見ながらそう言った。件の新士は風の膝の上に座らされて抱き締められながら頬擦りされて苦しそうにしているが。

 

 「まあそれも気になっていたんだが……その……の、乃木」

 

 「「なんですか~? ご先祖様~」」

 

 「ああ、どっちも乃木か……ややこしいなってそうじゃない。どうして乃木は楓の膝の上に居て、園子は楓と手を繋いでいるんだ」

 

 「「そこにカエ(アマ)っち(先輩)が居るから~♪」」

 

 「どこぞの登山家かお前達は」

 

 「おお、若葉の貴重なツッコミだ……というか気にしないようにしてたのに……」

 

 「仲良しさんだねー、楓くんと園子ちゃん達」

 

 「……そうね、高嶋さん」

 

 「もしや中学生カップル……いえ、あの構図はともすれば夫婦と親子にも……落ち着いた雰囲気の旦那さん、のんびりとした雰囲気の奥さんと奥さんそっくりの子供……家庭円満なおしどり夫婦みたい……甘々な恋愛小説を見てるみたいで……はふぅ♪」

 

 若葉の視線が楓の膝の上に座る園子(小)と彼の左隣に座ってその左手を握っている園子(中)を交互に行き来し、疑問をそのままぶつけてみれば返ってきたのはそんな言葉。思わずと言った様子でツッコミを入れる若葉を珍しそうにした後に球子が苦々しげな表情を浮かべ、高嶋はニコニコとして3人を見ており、千景は彼女に同意するものの楓達から視線を逸らした。

 

 そんな中、杏はぶつぶつと周りの人間に聞こえない程の小さな声で呟きながら3人の状況を見ていた。次第にその目はどこかうっとりとし始め、目の前の光景を焼き付けるように凝視してはトリップし出した。どうやら彼女は恋愛物が好きらしい。

 

 「まあ、その内慣れるわ。アタシ達はもう慣れたし」

 

 「そ、そういうものなのか? しかし、場を弁えることも必要なのでは……」

 

 「あの光景を止めるなんてとんでもない! あの蕩けた幸福そうな顔を見てください若葉ちゃん!」

 

 「いやまあ確かに幸福そうではあるが、どうしてひなたがそこまで言うのかが私にはわからないぞ」

 

 「あの表情を若葉ちゃんがしていると想像するだけで、私の胸はいっぱいになるんです! あの光景があったからこそ、若葉ちゃんに会えない時間を耐えられたと言っても過言ではないんです!」

 

 「私の何を想像しているんだお前は!?」

 

 笑いながら手をひらひらとさせる風の言葉に若葉は少し戸惑うものの、やはり男女が周りの目を気にすることもなくべったりとしているのは……と苦言を溢そうとするも、それは隣に座っていたひなたから止められる。その言い分の一部は納得するものの、まさかひなたから止められるとは思って居なかった若葉は更に混乱していた。

 

 混乱する彼女に追い打ちをかけるかのようにひなたの熱弁が入る。若葉が居ない寂しさを今日まで耐えられたのは、若葉に似た園子の表情を若葉がしていたらと想像していたからだと。まさかの言葉に若葉自身も想像してしまったのか、少し頬を赤くしながら目をキラキラとさせているひなたへと声を上げた。

 

 「園ちゃん園ちゃん、交代して?」

 

 「は~い、ゆーゆ」

 

 「わーい♪」

 

 「自分の手を握るのはそんなに楽しいのかねぇ……」

 

 「楽しいし、嬉しいよ? それに安心するんだー」

 

 「分かるよゆーゆ。カエっちの手を握ってるとあったかいんだよね~♪」

 

 「ね~♪」

 

 「おお、結城ちゃん大胆だ……私そっくりだからかな。私が楓くんと手を繋いでるのを見てるみたいでなんだか恥ずかしいな」

 

 「た、高嶋さん。私の手で良ければ……」

 

 「いいのぐんちゃん? わーい♪」

 

 ふと、いつの間にか楓の右隣に居た友奈が園子(中)に交代して貰えないかと聞き、了承を得て座る場所を代わってもらい、彼の左手を握る。彼の右手は園子(小)を支えているので空いていなかったのだ。楓は自身の手を握るのが好きな2人に苦笑いしながら疑問を口にするが、2人はニコニコとしながら共感している。

 

 友奈の行動を見ていた高嶋はまるで自分自身がそう行動しているように見えてしまい、恥ずかしさから顔を赤くする。何せ彼女自身は異性と触れあうことなど勇者になってからもなる前もそう無かったと言うのに、目の前の自分そっくりの少女は楓と言う異性と触れあって何とも幸福そうに笑っているのだから。そんな彼女に千景は自身の手を差し出すと、その手を嬉しそうに高嶋は握るのだった。

 

 「タマ達の時代には男の勇者なんて居なかったからそういう話は出なかったからなー……う、羨ましくなんかないぞ。なぁ、あん……」

 

 「これは三角関係? でも女の子同士の仲は良好……いえ、だからこそ後半になれば……そうだ、頼んだら恋愛小説やドラマでしか見たことないようなあれやこれも見せてくれないでしょうか。出来ればタマっち先輩にも……そうすればタマっち先輩の可愛い姿が見られるかも……私自身も経験してみたいですし、ああでもまずは見てみたいシーンをチョイスして……」

 

 「それならいいのあるよ~。私の書いてる小説なんだけど、これとかこれとか……後こんなのも……そうだ、さっきの“壁どん”とか“顎くい”って奴を教えて欲しいな~」

 

 「こ、これは! こんなものまで!? この男性、モデルは完全に……こっちは女の子同士まで……あれ、このお婆ちゃんっぽい喋り方の人のモデルも同じ人なんじゃ……この発想は素晴らし過ぎます! 展開も私の好みで……はぁ……はぁ……ぜ、是非とも先生と呼ばせてください! 勿論ネタの提供はさせてもらいます! あ、壁ドンと言うのは……」

 

 「ほうほう、そうすることをそのまま壁ドン……顎クイ……西暦ってスゴいね~。今度カエっちにやってもらお~♪」

 

 「あんず!? 頼むからタマを置いて遠い所にいかないでくれ! ていうか今タマの名前出した? そいつに話して大丈夫なのか!? なぁ、あんず聞いてる!? あれ、なんか近くに居るのにあんずが凄く遠くに居る気がするぞ!?」

 

 (壁ドンに顎クイ……成る程、そういうのもあるんだ……それをか……え、でくんにやってもらうと……やって……はぅ)

 

 西暦では同年代の異性との関わりはなく青春染みたことなど皆無に等しかった為、恋愛やら青春やらを謳歌しているように見える神世紀組を羨ましげに見る球子。強がるようにそうは言うが、誰が見ても羨ましそうに思っているのは明白だったので周りから生暖かい視線が向けられる。その視線から逃れるように杏へと顔を向けた球子だったが、そこには未だにぶつぶつと言い続けている杏の姿と、その背後から忍び寄る園子(中)の姿。

 

 園子(中)は杏に自分のスマホの画面に写っている自作の小説を見せながら、彼女が呟いていた神世紀では聞き慣れない言葉の意味を問う。その言葉達に、面白そうな匂いを感じたからだ。杏は見せられるままに読み、直ぐにその内容に魅了される。彼女の好みに園子(中)の作風は合っていたらしい。

 

 そうしてファンを増やしつつ、西暦の知識を増やしていく園子(中)。2人の話はどんどんヒートアップしていき、止まる様子がない。球子が至近距離から制止の声をあげているにも関わらず。他の者達も2人の勢いに押されて声を掛けられずに居た。楓達にひなた、美森は2人を黙って微笑ましげに見守っているが。神奈は聞こえてきた会話の内容を想像してしまい、楓の方を見て真っ赤になって俯き、自身の指を膝の上で弄んだりしていた。

 

 その後も2人の楽しげな会話は止まることはなく、周りの者達も各々情報交換の続きや思い出話等をして互いの事を知っていく。それは夕方になるまで続き、自然と信頼関係を築き上げていき……。

 

 (……謝るタイミングが掴めないわ……)

 

 その中で千景だけが、何度も楓に視線を送っては剃らしを繰り返していたのだった。




原作との相違点

・ファーストコンタクト時にちょっとゴタゴタ

・杏大暴走(作者の手を離れています)

・セリフ回り色々

・その他。もう探すのも疲れただろう?



という訳で、まだまだ続く西暦組との出逢いのお話です。長くなったので本当にまだ続きます。

杏、ひなた、園子(中)大暴走&爆走。DEifより更に割り増しでお送りしております。どうしてこうなった。杏なんていつかの東郷さんのように私の手を離れました。どうしてこうなった。

キャラが増えたことにより、あれもこれもとセリフやら描写やらしているとついつい10000字を越えてしまいます。今回も12000程ありますし。どうにかして減らしたい所ではありますが……。

さて、30万UAに到達しましたので次回は番外編を予定しております。リクエストから発掘するか、それとも依然から言われていたDEif楓誕生日ネタか、それとも親密√か、いっそ鬱系ボム投げ込むか……悩み所ですな。敢えてアンケートは取りませんが、ね。これ見たい! と言うのがあればボソッと小声で呟いてみて下さい←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花と幸福に ー 園子if ー

またまた時間を開けてしまって申し訳ありません、ようやく更新です(´ω`)

前回と同じく色々アプリやってたのもありますが、今回割と難産でした。やはり恋愛童貞に恋愛物は難しい……でも書いてると楽しいんですよねぇ。

ドカバトで何やら色々当たりすぎて死ぬかも知れません。あれからベジット、変身ゴクベジ2種当たりました。55連チケットではフルパワーフリーザ様2枚抜き……本当に死ぬかも知れません。

若葉は爆死です← どうにも西暦勇者のURとは縁が無い模様。まだまだ狙うつもりですがね。天華百剣では遂になのはが来てくれました。やったよレイジングハート。

さて、今回はタイトル通り、園子√です。


 いつものようにノートパソコンで小説を書く。頭の中にある内容を文字にして打ち込んでいくのは楽しくて、この小説のキャラクターのモデルになっているわたしの親友達がもしも本当にこうしていたら……なんて思いながら笑って。しばらくしてキリが良いところまで書けたので1度休憩する。

 

 長時間座りながら書くからということで腰を痛めないように買ったふかふかの座り心地の良い大きな椅子。カエっち達と一緒に選んだシンプルな、だけど頑丈で綺麗な机。それがわたしの執筆場所。

 

 「……う~ん、美味しい~♪」

 

 ノートパソコンの隣にある丸いお盆の上に置かれた、わっしーが選んでくれた湯飲み。そこに入ってる、湯飲みに淹れるにはちょっとミスマッチな熱い紅茶を飲んで、その美味しさにまた笑顔になる。他にはわたしが好きな()()()()()の手作りのクッキーもあって、食べるとサクサクの食感が楽しくて少し甘味が強い。それはわたしの好みな味。

 

 お盆の逆サイドにあるのは、いつの頃からか届くようになった手紙……所謂ファンレター。その内容の殆んどはわたしの小説への感想だったり、わたしがどんな人なのかという質問だったり。数が多くて全部を返すことは出来ないけれど、これだけの人がわたしの小説を読んでくれているのだと思うと嬉しい。

 

 「……あ」

 

 休憩がてらそのファンレターを読んでいると、その内の1通に書いてある質問に目が止まった。

 

 

 

 “サンチョ先生の小説、いつも楽しく読ませて頂いています。最初に出された恋愛小説の頃からの大ファンです。そう言えば、あの小説の内容って先生の経験に基づいてたりしますか?”

 

 

 

 「……そうだねぇ~」

 

 こういった質問も結構来る。人間関係だとか、話の展開だとか、場所だとか、そう言った描写がリアルだからとわたしの経験談ではないかと。手紙は返せないけれど、この手の質問が来るとわたしは届かない返答を呟いてしまう。

 

 手紙を持ちながら両手を膝の上に置き、上を向いて天井を眺める。木造の天井。そこに釣り下がっている照明。すっかり見慣れたそれらに目を向けながら、わたしはいつもと同じ言葉を呟く。

 

 「 ―― あのお話は」

 

 

 

 

 

 

 きっと、それは偶然とか奇跡とかそういう出逢い。本来会うことはなかった筈のわたし達は、そういう出逢いをした。

 

 あの時の彼は、雨野 新士と名乗った。勇者に選ばれなければわたしが通う小学校に来ることがなかった、わたしの初めての友達。そして、わたしが初めて好きになった男性(ヒト)

 

 平凡な出逢いじゃなかった。かといって劇的な遭遇でもなかった。その時のわたし達は同じお役目を担う勇者仲間というある種異常な関係で……。

 

 『おはよう』

 

 『……! おはよう、なんよ~』

 

 だけど、初めての会話はそんな普通の挨拶。乃木という名家に産まれたわたしに、それまでの友人1人居ない学校生活を送っていたわたしにとって、そんな普通の挨拶がどれだけ嬉しかったことか。

 

 わたしが想像する“友達同士のやり取り”をしてくれる彼という存在が、わたしにとってどれだけ嬉しかったことか。乃木という名前を聞いて、知って、それでも一切態度を変えなかった貴方という存在が……わたしにとって、どれだけ有り難かったことか。

 

 お役目が始まる前も、始まってからも貴方は変わらなかった。普段から朗らかに笑っていて、わたしがふらふらとしたら苦笑いしながら手を引いてくれて、時々は“ダメだよ”と嗜めてくれて。そんなことをしてくれたのはカエっちが最初だったから……わたしが惹かれるのはきっと必然だった。

 

 カエっちとミノさんとわっしーとわたしの4人で居られるだけで楽しかった。隣にカエっちが居るともっと、手を繋いでくれたらもっともっと。途中で2年も離れ離れになっちゃったけれど……それでも、夢空間があったから凄く寂しくても耐えられた。現実でなくても夢で会えたら……と思っていたら本当に会えたから最初はびっくりしてたんだよ?

 

 散華が治って、勇者部の皆とも仲良くなって、毎日がもっと楽しくなった。フーミン先輩に言った“カエっちを下さい”……あれ、本気だったんだけど即答で断られたっけ。かなりショックだったな~。

 

 それからまた悲しいこともあって、だけどそれを乗り越えて……四国全体がゴタゴタとしたけど、時間が解決してくれて、西暦の勇者の生き残りの秋原 雪花……アッキーっていう仲間も増えて、より毎日が楽しくなって。

 

 色々終わって、世界が本来の姿を取り戻して、平和になったから……わたしはカエっちのもっと近くに居たいって、ずっと一緒に居たいって気持ちが強くなった。ライバルも多かったし、正直ちょっと焦ってた。

 

 だってゆーゆはわたしとミノさんが居なかった2年間カエっちと一緒に居て、わっしーは時々やる夫婦みたいなやり取りに違和感があんまりなくて、ミノさんは恋心を自覚してからもっと可愛くなってカエっちにアピールするようになった。

 

 でもカエっちは……恋愛とか、そういう感情はあんまり無さそうだった。手を握ってくれる。頭を撫でてくれる。膝枕だってしてくれて、あーんだってしてくれた。いつも優しい朗らかな笑顔を向けてくれる。それでも、それはどこか大人が子供にするかのようで……女の子として扱ってくれているけど、異性としては見られていないみたいで。

 

 讃州中学を卒業する前も、卒業してフーミン先輩と同じ高校に入ってからもそんな感じで……だからまずは意識してもらおうと思った。と言ってもやることは普段と変わらなかった。カエっちを見付けたら突撃して、手を繋いだり……腕を組んでみたり。

 

 「おはようカエっち、フーミン先輩、イッつん!」

 

 「おはよう、のこちゃん。朝から元気だねぇ」

 

 「おはよう園子ってまたあんたはいきなり楓に……」

 

 「あ、あはは……おはようございます、園子さん」

 

 中学の時から変わらない、通学路で会って直ぐに朝の挨拶とカエっちの左隣を陣取って手を繋ぐという行動。今日はちょっと前に進んで腕を組んでみた。必然、密着するので色々と当たる。

 

 わっしーとフーミン先輩には負けるけど、我ながら発育は良い方だ。男の人に見られることも多くなった……カエっち以外の人に見られてもあんまり嬉しくないけど。時々イッつんから怖い目で見られるけど。

 

 「こらこら、あんまり年頃の女の子がくっついたらダメだよ」

 

 「カエっち以外にはしないよ~」

 

 腕を組んではみたものの、カエっちの様子はいつもと変わらなかった。苦笑いを浮かべて、注意はしても離すことも離れることもしない。注意の後はまた朗らかに笑って……自然と同じペースで歩いていく。

 

 (む~……ちょっとくらい顔に出してくれても……)

 

 昔のわたしなら、こうしているだけで満足だった。カエっちの側に居られるだけで、こうして一緒に歩いているだけで幸福だったのに……成長した今では、それだけじゃ足りないって思うようになってしまった。

 

 友達……ううん、親友以上恋人未満。今のわたし達の関係を言葉にするならそんな感じなんだろう。だけどそれは、わたし以外の3人にも言えることで……その関係ではもう、満足出来なくて、したくなくて。

 

 だけどこの時間はわたしがカエっちの隣を一人占め出来るから……それはそれで幸福なんだよね。胸いっぱいの幸福と少しのもやもや。フーミン先輩とイッつんからの“いつまでくっついてるんだ”という視線を感じながら学校に向かうこの時間が、わたしは好きだった。

 

 

 

 高校生になっても勇者部は続いてた。中学の時点で割と名の知れた部活だったからか高校でも問題なく活動出来たし、なんなら“最も市に貢献した部”として表彰されたこともあった。全校生徒の前で部長として呼び出されて表彰状を貰ったフーミン先輩のガチガチっぷりが微笑ましくて皆で笑って、後で追いかけ回されたりしたけど。

 

 そう、勇者部は続いた。高校生になっても、わたし達はあまり変わらなかった。通学して、皆同じクラスで勉強して、お弁当を部室まで行って集まった皆で食べて、放課後には勇者部として中学の頃と変わらない活動をして、終わったら“かめや”でうどんを食べて、自分の家に帰って、寝て起きたらまた同じように毎日を過ごした。

 

 だけど、変わったこともある。それは皆が将来について考えたり、それについての勉強や努力をし始めたり。フーミン先輩なんて高校3年、大学とか就職についてだって考えなくちゃいけない。もう、中学生の時みたいに……勇者だった時みたいには過ごせない。わたし達は心も体もどんどん大人になっていっているんだから。

 

 (……大人、か~)

 

 わたしの将来の夢は小説家。それはわたしの夢であり……ある意味、カエっちの夢でもある。覚えてる。わたし達の夢が叶った姿を見たいって……きっと、輝いて見えるからって、そう言って笑ったカエっちの姿を。絶対に叶えさせるって、そう決意したみたいな真剣な眼差しを。

 

 でも、わたしにはもう1つ夢が出来た。夢が叶った時、カエっちの隣に居たいって……カエっちに隣に居てほしいという夢が。だけど……。

 

 『楓くん! 今日は何の依頼が来てる?』

 

 『うん? そうだねぇ、今日は……』

 

 部室で見かけるいつもの光景。わたしと同じくらいカエっちの側に居ることが多いゆーゆと、わたしと同じようにそれを受け入れるカエっち。その距離感が自然で、きっとわたしが勇者部に入る前からあんな感じだったんだろうなって想像出来る。

 

 それに、ゆーゆはわたしが知る限り唯一カエっちから呼び捨てにされてる。その理由も、経緯も聞いてる。羨ましい……そう思ったこともある。カエっちからの“唯一”を持ってるゆーゆが羨ましい。

 

 『はい、楓君。ぼた餅とお茶』

 

 『ああ、ありがとねぇ美森ちゃん』

 

 これも部室で見かけるいつもの光景。わっしーはカエっちだけでなくわたし達にも同じようにぼた餅とお茶をくれるけれど……やっぱり、カエっちのぼた餅は一口サイズというカエっちだけの特別製で。勿論その理由も知ってるけれど、面倒臭がるどころか嬉しそうに、喜んで作るわっしーもやっぱり……。

 

 それに、時々目の前で行われる夫婦のようなやり取りはわっしーだけがカエっちと出来ることで。まるで本当の夫婦のように思えるようなそれは、わっしーとカエっちだけが出せるモノ。そんなやり取りが出来るわっしーが羨ましい。

 

 『そ、その……楓! あたしの買い物に付き合ってくれない? 何なら、えっと……ジェラートとか、一緒に食べたり……』

 

 『ふふ、それくらい構わないよ。ジェラートはこの近くに売ってる店はあったかねぇ』

 

 これも部室で時々見かける光景。あの日、カエっちが右腕を失った日から……多分、もっと前からカエっちの事を意識してたミノさん。わたしと一緒に奉られた時にカエっちに会えなくて、わたしが“お嫁さんになりたい?”って聞いたら泣いちゃった事を覚えてる。

 

 わたしと同じか、わたし以上にカエっちに対して好意を持ってるのが丸分かりなミノさんは本当に可愛くて。いつも真っ赤になってカエっちを誘って、と2人きりになると嬉しそうに笑って……カエっちも、微笑ましそうに笑いながら断ることもなくて。どんどん女の子らしくなって、どんどん可愛くなっていくミノさんが羨ましい。そして、その3人以外にもカエっちのことを好意的に見てる同級生や下級生も少なからず居るらしい。

 

 「改めて考えてもライバル多いよ~……」

 

 「ノギー達も大変だねー。かーくんも罪作りな男の子だにゃあ」

 

 という話を今までアッキーに愚痴るように話してたわたし。場所はわたしの家で、アッキーの勉強を見るついでに話を聞いてもらっていた。因みに、アッキーは頭が悪い訳じゃないんだけど……元は西暦の人間だから、神世紀の歴史に疎いし、勇者として戦っていた分の勉強をしていなかった期間が長かったりで色々不安らしい。その辺はフーミン先輩と似てるかな。

 

 「ていうかさ、何で皆私にそういう恋愛話を愚痴るかね」

 

 「皆?」

 

 「隣の芝生は青いってこと。ノギーみたいなこと、あんたが上げた内の2人も愚痴ってきたのよ。聞かされる身にもなってよね」

 

 「ごめんね~、アッキー」

 

 「ま、良いけどね。話聞く度にこうやって勉強見てもらったり、結城っちと銀にはご飯奢ってもらったりしてるし」

 

 「あはは~」

 

 アッキーには申し訳ないとは思っているけど、話しやすいというかアッキーはカエっちに対してそういう感情を持ってないから安心して話せるっていう理由がある。フーミン先輩とイッつんは家族だから話しづらいし、にぼっしーはこの手の話は苦手そうだし。

 

 でも、隣の芝生は青いってどういうことだろう。わたしが皆を羨ましがっているように、皆もわたしを羨ましがっている? 2人って事は……多分、ゆーゆとミノさんかな。わっしーはそういう事は言わないだろうし。でも、わたしのどこが……。

 

 「ノギーって鋭いのか鈍いのかわかんないね」

 

 「ひどいよアッキ~」

 

 「かーくんってさ、ノギーだけしかあだ名で呼んでないんだよ。結城っちの呼び捨ては樹に対してもそうだし……家族だからノーカンかも知んないけど。だから羨ましいんだってさ」

 

 「あ……」

 

 言われてから気付く。そう言えば、わたしもカエっちがわたし以外の人にあだ名で呼んだのを聞いたことがない。基本的に名字にさん付けか、仲良くなってきたら名字か名前に君付けちゃん付けになるし。

 

 ……わたし、だけ。わたしが、初めてあだ名で呼んだ人。わたしを、初めてあだ名で呼んでくれた人。それをずっと受け入れて、今もずっと呼び続けてくれている人。

 

 

 

 『アマっち~』

 

 『んぁ? なんだい乃木さん』

 

 『どこに行くのかな~って。あ、私のことは乃木さんじゃなくて、ノギーとかそのっちとか呼んでいいよ~』

 

 『あだ名かぁ……そうだねぇ。じゃあ“のこちゃん”って呼んでもいいかい?』

 

 『おお~のこちゃん。いいよいいよ~』

 

 

 

 あの頃から、ずっと。わたしの小さな……だけど、叶えたかった願いを今も叶え続けてくれている人。

 

 「おーおー、いつも以上にニコニコしちゃって。分かりやすいねノギーは。うりうり」

 

 「えへへ~」

 

 嬉しくなってニコニコしてるとアッキーが指でわたしの頬をグリグリと弱い力でからかうようにニヤニヤしながら押す。それがくすぐったくて、でも嬉しいのが残ってるからまだニコニコとしちゃって、しばらくそうされていた。

 

 アッキーが気付かせてくれた、カエっちのこと。気付く度にもっと、知る度にもっともっと好きになっていく。その気持ちに上限なんて無くて、際限なく好きになっていく。想いが日々募っていく。この想いが届かなかったらと思うと苦しくなるけれど、その苦しささえ含めて、もっと。改めて理解する。わたしはそれほどに、カエっちの事が好きで……誰にも譲りたくないんだって。

 

 「ところでアッキー。昨日……ううん、一昨日かな~。カエっちと一緒に居た?」

 

 「え? あ、うん、一昨日に一緒に居たけど……別に甘い雰囲気とかにはなってないから安心してよ。私が故郷を思い出してラーメン食べたいなーって呟いたら美味しいラーメン出してくれるお店に連れてってくれただけだし。もしかして見てた?」

 

 「んーん、アッキーからカエっちの匂いがしたからそうかなって。後は勘」

 

 「犬かあんたは……ていうか勘って、何その超能力」

 

 呆れるアッキーからその日の出来事を聞いて、そのあとに勉強の続きもして、時間は過ぎていった。へー、徳島ラーメンの美味しいお店……今度わたしも連れてってもらおう。ほうほう、そこで白い髪の女の子と亜麻色の髪の女の子と相席することになったと。え、白い髪の子とカエっち知り合いなの?

 

 

 

 

 

 

 それから更に時間は過ぎて、フーミン先輩が高校を卒業して、わたし達は3年生になった頃。カエっちの誕生日である6月8日におめでたいことがあった。安芸先生とにぼっしーのお兄さんが結婚して、その結婚式にわたし達勇者部が出席することになった。

 

 初めて参加した結婚式は小さな教会で行われた。参加者も安芸先生の親族とにぼっしーのお兄さんの親族、それから勇者部。後、友華さんが高嶋家代表として1人で参加してた。

 

 眼鏡を外してウェディングドレスを着た安芸先生はとっても綺麗で、タキシード姿のにぼっしーのお兄さんもかっこよくて。準備する時の控え室で見た時なんかわっしーが珍しく勇者部以外の人に残像出しながら高速で動き回って写真撮ってたし。

 

 (安芸先生……綺麗だね~)

 

 (そうだねぇ……それに幸福そうだ)

 

 カエっちと小声で会話しながら式の進行を見守りつつ、わたしもいつかカエっちと……なんて素敵な未来に想いを馳せる。安芸先生の位置にわたしが居て、にぼっしーのお兄さんの位置にカエっちが居てくれたならどれ程幸福なことだろう。

 

 わたしと似たような事を考えているのが、ゆーゆとミノさんの顔を見れば分かる。わっしーはウェディングドレスじゃなくて白無垢の方を想像してるのかも知れない。

 

 式は進み、誓いのキスを2人がする。長いような、短いような……どこか神聖さすら感じる、そんなキス。ちらり、とカエっちの方を見て……ついつい、その唇に目が行く。キスなんてしたことがない。知識でしか知らない。わたしもしたら、安芸先生みたいな幸福そうな笑顔を浮かべられるのかな。

 

 (……わたしも、いつか)

 

 あの幸福に満ちた2人の姿を心に刻む。出来ることなら、カエっちと。きっと、他の3人もそう思ってる。だけど、そうなれるのは1人で……もしかしたら、誰もそうなれないかも知れなくて。そう考えると未来が怖い。でも、負けたくないとも思う。

 

 ふと、視線が唇から上に向いて……カエっちの視線が、真っ直ぐ安芸先生達に向かっているのが見えた。もしかしたら、カエっちもわたしみたいに安芸先生達の姿に自分を重ねているのかも知れない。もし、そうなら。

 

 (ねぇ、カエっち。カエっちの視線の先に……貴方の想い描く未来に)

 

 その隣に……誰が居るのかな。

 

 あ、この後も結婚式は問題なく進んで、ブーケトスはフーミン先輩が飛び上がって取ろうとしたところに強風が吹いてわたしの所に飛んできたので咄嗟にキャッチした。

 

 

 

 

 

 

 結婚式からしばらく。大学生になった事で流石にフーミン先輩が勇者部に簡単に顔を出せなくなって、勇者部の活動も前より控え目になってきた。少しずつ、確実に変わっていく日常に皆が少しの不安を覚えつつも将来へと、未来へと進んでいた。

 

 そう、少しずつ……変わっていくんだ。わたし達の体も、精神も……関係も。そうハッキリと、遅いくらい今更だけど自覚したのは修学旅行の時。旅行先は愛媛だった。

 

 3泊4日の高校生活最後の修学旅行。楽しみにしていたし、実際に楽しかった。クラスメートと一緒に、勇者部の皆と一緒に楽しんだ。写真だって撮って、フーミン先輩とイッつんと……家族や親しい人達用にお土産だって沢山買って。

 

 『楓……あたしと……その……付き合って、下さい!』

 

 そして……修学旅行最後の夜。誰も居ない旅館の中庭でカエっちに告白しているミノさんを見掛けた。偶然だった。何となく飲み物が欲しくなってロビーの自販機に買いに行った帰りに、夜の中庭はどんな感じだろうと行った先に2人は居て……その告白を聞いてしまった。

 

 瞬間、怖くなった。もしカエっちが受けてしまったらどうしよう。ミノさんと付き合ったらどうしよう。そんな恐怖が沸き上がった。でも……もし、そうなったなら。それで、2人が幸福なのなら。わたしはきっと祝福出来る。どれだけ辛くて、苦しくても。きっと、いっぱい泣いちゃうけれど。

 

 『……ごめんね、銀ちゃん』

 

 『っ! ……そ……か……うん。ぐす……っ……』

 

 でも、カエっちはハッキリと断った。そしたらミノさんは無理に笑おうとして……でも、出来なくて。泣いて、カエっちが抱き締めながら何か言って、何度もミノさんが頷いてるのを見て……わたしはそこから、足早に去った。その道中、爪が肉を突き破りそうな位に手を握り締めながら。

 

 良かったって、そう思ったから。ミノさんが断られた瞬間、わたしは確かにそう思った。断られた事を、心から喜んじゃった。幸福になって欲しいと思った矢先に、ミノさんの不幸を喜んじゃったんだ。そんな自分が酷く汚い存在に思えて……抱き合う2人が、とても綺麗に思えて。

 

 (……ミノさんは、やっぱり凄いな~……)

 

 関係を進めようとしたミノさんは……わたしの親友はやっぱり凄くて、かっこよくて、可愛くて……綺麗だなって思った。

 

 その翌日、ミノさんとカエっちはいつもと変わらなかった。まるで、告白なんて無かったみたいに。でも……やっぱり、変わったこともある。それは、ミノさんがカエっちの隣に居ようとしなくなったこと。わたしかゆーゆが居ると、1歩離れた場所で見守るようになったこと。

 

 告白して、フラれて……でも、笑っていられる。そんなミノさんがもっと好きになった。わたしの親友は強くて、かっこよくて、可愛くて、綺麗で。

 

 『楓、次はあっちだ! 高校最後の修学旅行、遊び尽くすぞ!』

 

 『そうだねぇ……行こうか、銀ちゃん。心行くまで、ねぇ』

 

 とても……魅力的な人なんだ。そんな人を、カエっちはフッた。それは何故だろう? カエっちにとってミノさんは、わたし達は、やっぱりどこまでも子供のような感じなのかな……恋愛対象には、なれないのかな。それとも……。

 

 (カエっちにはもう……心に決めた人が居るのかな)

 

 その答えを知るのが、怖かった。

 

 

 

 

 

 

 それから更に時間は経って、遂にわたし達も高校を卒業することになった。去年は見送る側だったわたし達が、今度は見送られる側になる。中学の時にも経験したそれは、やっぱり寂しい気持ちになる。

 

 卒業……恋愛物の物語でも良く出てくる言葉。友達との別れ、新たな未来への門出。恋愛物になれば、卒業の日は告白するシーンも出てくる。伝説の桜の木の下で告白すると恋人になれるだとか、夕暮れ時の教室なんてシチュエーションで告白するとか。残念ながら、軽く学校の中を歩いてみてもそんな場面には出会えなかったけれど。

 

 (……カエっちはどこかな)

 

 卒業式を終えて、いつの間にか居なくなっていたカエっち。わたしの勘がまだ学校の中に居ると囁いているので、勘に従って校内を歩く。他の皆は今頃勇者部で卒業パーティーの準備をしている頃で、フーミン先輩ももう来ているはず。卒業式の保護者の席に号泣してるフーミン先輩と友華さんの姿があったし。

 

 ゆーゆも思いっきり泣いてて、わっしーとにぼっしーがお世話してたな~なんて思いながら歩いていると、不意にスマホが鳴った。なんだろうと思いながら確認してみると……そこにはカエっちからのメッセージがあって。

 

 “あの日、君が教えてくれた場所で待っているよ”

 

 普段なら真っ直ぐ言葉を伝えてくれるカエっちにしては曖昧な、ヒントしか書かれていない文章。でも、わたしにはそれだけで充分だった。スマホをしまい、カエっちが居る場所へと向かう。その先に、カエっちは居た。

 

 そこは、高校の中庭だった。カエっちはベンチに座って、周囲には珍しく人気はなくて……わたしはそこまで歩いていって、カエっちの隣に座った。

 

 「あれだけで分かるなんて、流石のこちゃんだねぇ」

 

 「えへへ~。だって、わたしがカエっちに教えた場所なんて学校の中庭くらいだもんね」

 

 そんな会話をして、2人してのんびりボーッとする。あの日とは、カエっちが神樹館に転校してきて2日目のこと。わたしが、カエっちと初めて話した日。わたしに、初めて友達が出来た日。この中庭は、あの日の神樹館の中庭とどこか雰囲気が似ていた。

 

 「ここは良い場所だねぇ、婆さんや」

 

 「そうだね~、爺さんや~」

 

 あの日と同じような寸劇。懐かしくなって、思わず笑ってしまう。カエっちもあの日の事を覚えていてくれた事が嬉しくて、ベンチの上にあるカエっちの左手に手が伸びる。その手が触れると少し恥ずかしくなって……俯く。

 

 小学生だったあの日から、わたし達は高校を卒業するまでに成長した。その間の殆ど時間を一緒に過ごした。でも……ふと思う。これからもずっと一緒に居られるのかと。

 

 不安なんだ。この気持ちが届かなかったら、わたしじゃない誰かとカエっちが一緒になったらって。大人になっても一緒に、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても一緒に居たい。親友じゃなくて、それ以上の関係になりたいんだ。

 

 「……あの日も、こうして2人でのんびりと過ごしたねぇ」

 

 「え? あ、うん」

 

 「あれから随分と時間が経ったねぇ……のこちゃんも、銀ちゃん達も随分と成長したしねぇ。」

 

 「ふっふっふ~、もうすっかり身も心も大人になったんよ~」

 

 「そうだねぇ……子供だと思っていたのに……本当に、大きくなった。とても子供だと思えないくらいに……」

 

 「……カエっち?」

 

 不意に、カエっちが口を開いた。成長したと言われてわっしー程じゃないけど大きくなった胸を張る。正直に言ってまだまだ大人とは言えないけれど、少なくとも勇者だった頃よりは皆成長している。カエっちも背が随分と高くなって、今じゃわたしとは頭1つ違う。

 

 そう思って居ると、カエっちがそう言って……わたしの手の下から自分の手を引き抜いて、わたしの手の上に置いた。その手と言葉が重なったことで、つい顔が赤くなる。疑問に思いつつカエっちの方を見ると……綺麗な緑色の瞳と目が合った。その目は真剣で……でも、真っ直ぐにわたしの事を見詰めていて。

 

 「のこちゃん」

 

 「な……な~に? カエっち」

 

 

 

 「自分と、付き合ってくれませんか」

 

 

 

 頭の中が真っ白になった。聞き間違いだとか、夢を見ているんじゃないかとも思った。だけどこの手の温もりは現実で、ドキドキと高鳴っている心臓の音も……現実で。

 

 「最初は不思議な子だなってだけだった。でも、一緒に過ごしていく内に君が隣に居るのが自然になっていって……いつの頃からか、君が隣に居ないと寂しいと思うようになった」

 

 それは、初めて聞いたカエっちのわたしへの想い。嫌われていない事は分かっていた。でも、カエっちも同じように思ってくれていると聞かされて……嬉しくて。

 

 「今更だと思うかも知れない。散々君の好意を受け止めながら返さなかったクセにと思うかも知れない。だけど……自分は、君に自分の隣に居て欲しいと思ってる。今までも……これからも。お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、ずっと共に」

 

 「カエっち……」

 

 「もう1度言うよ、のこちゃん……乃木 園子さん。自分と付き合ってくれませんか。自分と……生涯を共に歩んでくれませんか」

 

 答えは、決まっていた。それ以外の答えなんて、持ち合わせて居なかった。告白するならわたしからだと思っていた。だけど……こうして、カエっちの方からしてくれるなんて、夢みたいで。でも……やっぱり、これは現実で。

 

 

 

 「……はい!」

 

 

 

 あの日と違う……だけど、同じ場所で。わたしは彼と結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 そして現在。あの日から10年近く経ち、わたし達は結婚した。カエっちは婿養子になって、今は乃木 楓と名を変えた。2人の男女の子宝にも恵まれて、わたしは夢であった小説家となり、カエっちは乃木家の当主として勉強しながら役目をこなしている。

 

 両親とは和解出来た。その際彼氏ですーってカエっちも一緒に連れてったら意外にもすんなり受け入れられた。カエっちの人となりは小学生の時点で知ってたし、まあ当然と言えば当然なのかも。

 

 男の子は紅葉(もみじ)と、女の子には楓子(ふうこ)と名を付けた。どっちも元気に育ってくれていて安心してる。紅葉がカエっちに似ていて一人称が“自分”だったり、楓子がわたしに似ていて紅葉にべったりだったり、かと思えば2人共お父さんの事が大好きでよく膝の上を取り合ったり、その争奪戦にわたしも大人げなく参加したり。

 

 そんな楽しい毎日を思い返しながら、わたしは改めてファンレターの質問に対してこう呟くのだ。

 

 「 ―― あのお話は、わたしの」

 

 フィクションのような……ノンフィクションの幸福(しあわせ)人生(ものがたり)




今回の捕捉

・話の流れ、時間の進み方としては友奈√と変わりません。本編後、友奈よりも園子へと傾いていた場合はこちらに進みます。



という訳で、遂に園子と結ばれる√でした。この√では園子が名家のお嬢様である為に婿養子として名を変えることになります(3度目)。子供の名前が出たのは初めてですかね。

他の√に比べると甘さ控え目な気がしますが、苦悩したり幸福だったりする園子様を書けたので満足。ちょこちょこネタも入ってます。そのネタに気付けた人は本作をよく見てくれているなと嬉しくなります。

去年と比べ遥かにペースが落ちていますが、ゆゆゆい編もしっかり完結させますので何卒宜しくお願いします。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 6 ―

お待たせしました……また1週間を過ぎてしまった。話若干忘れてて見直して杏の部分みて頭パーンってなったアホは私です(´ω`)

色々アプリ触ってると本当に時間が過ぎるのが早いです。仕事の疲れもあって執筆をサボったり……だがエタることだけはしない。

突然ですが、私はなるべく原作、キャラの雰囲気を重視するタイプです。また、好意を持つ場合にもなるべく不自然にならないように、突然過ぎないように気をつけています。本作で、これまでの作品でそう出来ていれば幸いです。

ゆゆゆいがリリースから1000日との事で非常におめでたいですね。ガチャは課金して一回ずつ回そうか検討中です。ドカバトでは新しいウイスが来てくれました。

このファンも始まりましたね。めぐみん、カズマ、アイリスの3人を引けたのでスタート。中々楽しめてます。プリコネでウヅキも来てくれたし、これは流れが来ている。明日はエレちゃん引ける気がする。

今回で原作3話が終わる予定。それではどうぞ。


 西暦の勇者の皆さんと親睦を深め、のこちゃんと伊予島さんが何やら色々と話している姿に何故だか不安を感じつつも微笑ましく見守り、自分は自分で膝の上の小のこちゃんや手を繋いでいる友奈、彼女の反対側に座る神奈ちゃんと共にひなたちゃんから若葉さんの過去話というか自慢話というか思い出話というか……まあそんなことを楽しく聞いていた。

 

 若葉さんは小さい自分を抱えた姉さんと色々話してたり、土居さんは銀達の事を気に入ったらしく須美ちゃんも交えて楽しげに話している。郡さんと高嶋さんは美森ちゃんと夏凜ちゃんから話を聞いているようだ。そうこうしていると時間も経ち、そろそろ学校から出て彼女達が暮らす寄宿舎へと場所を移そうということになった。

 

 彼女達は小さい自分達が召喚された時と同様に着の身着のままだ。色々と物入りになるだろうし、日用品や嗜好品も必要だろう。その辺は寄宿舎にもあるそうだが。後は個人の好みの衣服くらいか。まあ流石にそれに自分が参加する訳にはいかないが……女の子の買い物に今日出会ったばかりの男がいても彼女達も落ち着かないだろうしねぇ。そうして校舎を出た時のこと。

 

 【寒っ!?】

 

 「あー、前にも見たわねこの光景」

 

 「ああっ、再会できたのが嬉しくて半袖だったことを見落としていました! ささ、若葉ちゃん。私がくっついて暖めますね」

 

 「そのセリフを聞いてるとわざと見落としたんじゃないかって思えてくるわね……」

 

 「あ、ああ……ありがとう、ひなた」

 

 外に出た瞬間、若葉さん達が体を震わせながら叫ぶ。姉さんがそう言うのを苦笑いしながら聞きつつ、そう言えば彼女達は半袖姿だったなと思い返す。恐らくは彼女達も小さい自分達と同様に夏の辺りから召喚されたんだろう。なら現在との温度差は相当なモノだろう。

 

 そう納得していると、ひなたちゃんが若葉さんの右腕を取って体を密着させていた。姉さんがその行動とセリフにジトーッとした目を背中に向けるが、彼女が気にした様子はない。

 

 「よ、よしあんず、タマ達もくっつくぞ! 寒いからな!」

 

 「え!? う、うん」

 

 「ぐんちゃん、私もいい?」

 

 「え、ええ……高嶋さんが良ければ」

 

 「わーい! はぁ、ぐんちゃんの手、あったかい……♪」

 

 (……寒いのも、悪くないわね……)

 

 どうやら他の西暦の人達も同じように密着しているようだ。人肌で暖め合うと言うのはよく聞くが、それは本当らしいねぇ。

 

 ……実のところ、自分の上着でも貸そうかと思っていたんだが人数が多くて誰に渡せばいいか分からなかったし、会って間もない男の上着は抵抗あるだろうと思って止めた。それはさておき、そろそろ寄宿舎に向かわねば風邪を引いてしまうかも知れない。

 

 「アマっちアマっち、わたしも寒いから手をつないでるいい?」

 

 「うん? いや、のこちゃんは上着を着て……まあいいか。はい、お手をどうぞ」

 

 「えへへ~♪」

 

 「お、なら須美はあたしとだな。ほれほれ、銀さんの手は暖かいぞ~?」

 

 「バカな事を言わないのって冷たいじゃない!? もうっ、仕方ないわね」

 

 視線を動かせば、若葉さん達に触発されたのか小のこちゃんが小さい自分にそう聞いていた。寒いも何もこっちに来てからそれなりに経っている小学生組はちゃんと上着を着ていたんだが。小さい自分は仕方ないなぁと笑いながら手を差し出し、彼女はその手を繋いだ。恐らく、自分でも同じ行動をしただろうと思うが、よく考えれば同一人物なのでそれも当然か。

 

 その隣では銀ちゃんが須美ちゃんにへと手を伸ばしていた。須美ちゃんは少し顔を赤くして手を引こうとしたが先に銀ちゃんに握られ、そう言って溜め息を吐いた後に大人しく手を繋ぎっぱなしにしていた。その姿が微笑ましく、ついくすくすと笑ってしまう。

 

 「カエっちカエっち、わたし達も手を繋ご~♪」

 

 「うん? ああ、いいよ」

 

 (手を繋ぐ……か……いいなぁ……)

 

 「神奈ちゃん? ……あ、なるほど。楓くん、神奈ちゃんも楓くんと手を繋ぎたいんだってー」

 

 「っ!? ゆ、結城ちゃん!?」

 

 「おや、神奈ちゃんもかい? 自分は構わないけれど……」

 

 「えっ!? あ、えと、その……お……お願い、しましゅ……」

 

 「ふふ、はい、どうぞ」

 

 【(噛んだ……)】

 

 いつものように自分の左隣に居たのこちゃんもそう言ってきたので自分もいつものように手を繋ぐ。やはり自分も彼女と手を繋ぐ当たり、昔から変わらないのだとまた笑ってしまった。

 

 そうしていると不意に友奈がそう言ってきたので神奈ちゃんの方を見てみる。すると、確かに……と言っていいのか分からないが自分とのこちゃんの繋いでいる手を見ていた。自分としては別に問題はないので空いている右手を差し出すと、あちらこちらに視線を動かした後におずおずと左手を伸ばし、手を繋いだ。

 

 ……前から思っていたが、どうにも神奈ちゃんは自分と触れあう事を極度に恥ずかしがる。自分に好意的であるのは見ていて分かるが、ここまで恥ずかしがられると自分もどうするべきか悩んでしまうねぇ。まあ今は手を繋いで顔を真っ赤にして俯いている彼女の横顔を微笑ましく思いつつ、寄宿舎へと向かうことにしよう。

 

 (三角関係と思いきやまさかの四角関係……いえ、勇者部は男性1人に女性7人と聞きました。家族である風さんと樹ちゃんを除外しても5人、きっと他にも……という事は最大で6角……神奈さんも含めれば7角関係の可能性も!? そ、そんなの恋愛小説や少女マンガでも早々見られるモノでは……ハッ! この世界で過ごす内に恋心が芽生える人だっているかも……新士君は新士君で園子ちゃんと良い雰囲気……つまり小学生カップル!? いえ、もしかしたら須美ちゃんと銀ちゃんも含まれる可能性も……ああっ、目が離せません!)

 

 「いだだだだっ!? ちょ、あんず痛いぞ!? 急に腕を組む力を強くしてどうし……ああっ、また目がキラキラしてる上に意識が遠くに行ってる気がする! 戻ってこいあんずー!」

 

 

 

 そんなこんなで寄宿舎へと辿り着いた後に各々好きな部屋を決めてもらい、予め用意されていた日用品を皆で運び込んでいく。明日にでも大赦から当面の生活費が渡され、個人的な買い物も済ますことだろう。今は寄宿舎へと運びながら楽しげに会話する西暦組と小学生の声をBGMにやることをやっていく。

 

 「そう言えば、神奈ちゃんとひなたちゃんも寄宿舎に移るのかな?」

 

 「うん、そうだよ。西暦の勇者達が召喚されたし、ひなたちゃんも側に居たいだろうから」

 

 「それもそうか……ようやく会えたんだもんねぇ。手伝うことはあるかい?」

 

 「大丈夫、元々寄宿舎に移る予定だったし荷物もあまり多くないから。段ボール1つで運び出せちゃうし、もう用意もしてあるから後で取りに行くんだ」

 

 運ぶ途中、神奈ちゃんとそんな会話をする。彼女とひなたちゃんは讃州中学近くの家を仮住まいとしていたが、そこから引っ越すようだ。まあ寄宿舎の部屋は多いし、ひなたちゃんも若葉さん達と一緒に居たいだろうという言葉に納得する……大切な人達に会えない寂しさは自分にもよく分かる。そういう人達の側に居たいという気持ちもまた、分かる。

 

 ちらりと、若葉さんと小のこちゃんと一緒に話しているひなたちゃんを見やる。そこに浮かぶ笑顔は、これまで見てきたどの笑顔よりも明るく、輝いてるように思える。やはり女の子は戦いに身を置くよりも日常の中で笑っている方がずっといい……天の神とバーテックスが居る以上は叶わないと知りつつも、そう思えてならない。

 

 「大丈夫だよ、か……えで、くん」

 

 「うん? 何がだい?」

 

 「必ず、戦いは終わる。この世界の戦いも……現実での戦いも。君達が何の心配もなく笑い合える日々が、きっと来る」

 

 「神奈ちゃん……」

 

 不意に、隣を歩いていた神奈ちゃんがそう言ってきた。相変わらず自分の名前を呼ぶ度に所々つっかえる彼女に内心苦笑いしつつもその言葉に驚きつつ足を止めて彼女の方を向き、同じように足を止めた彼女と目が合う。

 

 友奈と同じ容姿の中で唯一違う綺麗な緑色の瞳に自分の顔が映る。普段と変わらないトーンで、しかし真剣さとハッキリとした信頼が滲む言葉が胸を打つ。そして彼女は、微笑みながらこう言うのだ。

 

 

 

 「貴方なら……貴方達勇者なら、きっとできる」

 

 

 

 いつかの日に聞いた、そっと背中を押してくれるような、明るい、聞くだけで元気になるような声で、その言葉を。

 

 「……神樹様みたいな事を言うんだねぇ」

 

 「な、ナンノコトカナー」

 

 「ふふ……別に自分以外は気付かないと思うけれど……ありがとねぇ、神奈ちゃん」

 

 「……うんっ」

 

 誤魔化すのが苦手で分かりやすい彼女は、姿形だけでなく心も“友奈”に似ているのだと改めて確信した。

 

 

 

 

 

 

 生活必需品等の荷物を運び終え、自室での整理を終えた西暦勇者達とひなた、神奈。その後に行われたのは、彼女達西暦組と色々あってやっていなかった小学生組の歓迎会であった。場所は寄宿舎の食堂を借り、中にある食材を使って風や美森、銀(中)が簡単な料理を作り、他の者がテーブルへと運んでいく。料理だけでなくお菓子やジュースなんかも用意し、歓迎会は始まった。

 

 元々放課後であったこともあり、荷物運びや食事の準備など空は早い段階で茜色から黒へと変わり始めていたが、気にせずに思い思いにテーブルの上の食べ物飲み物に手をだして舌鼓を打つ。

 

 「ほうほう、結城ちゃんの趣味は押し花……楽しそう! それにこの“はなしょうぶ”ってお花の押し花もキレイ……私もやってみたいなー」

 

 「それじゃあ、今度私の部屋でもっと色々見せてあげるね!」

 

 「ありがとう結城ちゃん! あっ、神奈ちゃんも一緒にやろうよ!」

 

 「えっ? 私もいいの……?」

 

 「勿論だよ神奈ちゃん! そうだ、2人はどんなお花を押し花にしたい? 色々出来るよー。お花だけじゃなくて、キノコとかトウモロコシとか!」

 

 「おお! そういうのも出来るんだ……うーん、悩むなー」

 

 「それ、押し“花”なのかな……私は……うん、結城ちゃんと同じ花菖蒲の押し花を作ってみたいな。出来れば白い奴で……」

 

 高嶋と友奈、神奈はテーブルの一角で友奈の趣味である押し花の話で盛り上がっていた。神奈はともかく高嶋は出会ってそう時間も経っていない筈だが、3人はすっかり打ち解けているようだ。

 

 同じ顔に同じ声、友奈と高嶋に至ってはリアクションやちょっとした仕草なんかも似通っている。その2人に比べれば、神奈は落ち着いている。その光景はさながら三つ子の姉妹にも見えることだろう。

 

 「友奈、あっという間に結城と神奈と打ち解けてるな。若葉、見習いタマえよ」

 

 「既に三つ子のような雰囲気だよね。服装同じだと違い分かるかなぁ……あ、でも神奈さんは分かりそう」

 

 「そうね、高嶋さんと結城さんのシンクロ具合は流石だと思うけれど……神奈さんはさながら2人のお姉さんかしら」

 

 直ぐに仲良くなった3人のやり取りを見た後に若葉にからかうように言う球子。杏と千景はあまりのそっくり具合にそう感想を溢しつつ、目の前のお菓子や料理を口に運ぶ。

 

 ふと、千景は視線を横にずらす。そこに居るのは楓と風、そして若葉の姿であった。彼の姿が目についた時、千景はまだ自分が彼を疑った事に対して謝っていないのを思い出した。

 

 「風さん、それから楓。初めに合流した時、少しでも疑ってすまなかった。改めて謝罪する」

 

 「ぜーんぜん。直ぐにアタシ達のことも楓のことも信じてくれたし、こうして仲良くなれたもの。アタシ助かっちゃうわ、色々な意味で」

 

 「自分も特に気にしてませんよ。疑って当然の状況でしたしねぇ」

 

 「そうそう。それにほら、皆良い子だけどクセが強くてねぇ? 纏めるの時々大変なのよ。そこらへんでも力を貸してね」

 

 「言ってる本人がクセ強いからねぇ」

 

 「いや、あんたも相当よ?」

 

 「ふふ、クセが強くて良い連中なのはこちらも同じ。了解した、色々と力を合わせて行こう」

 

 謝った方が良いだろう……そう思って千景が少し近付いた時、そんな会話が聞こえてきた。自分がやろうとしていた事を若葉に先んじられてしまい、思わず千景の足が止まる。そして楽しげに話しているのを見て、その中に入るのを躊躇ってしまった。

 

 千景は、あまり人付き合いが得意な方ではない。また、これは千景以外の勇者にも言えることだが異性との接触というのも殆んど無い。故に彼女は、楓達に対してどう接するべきか図りかねている所もあった。

 

 (……早く謝ってしまえれば、良いのだけど)

 

 だが、ここまでの時間は彼ら、及び神世紀の勇者達の人となりをそれなりに把握するには充分だった。それに基本的に勇者は風と若葉が言うように皆根が良い子である。だからこそ謝罪したいと彼女も思っている訳なのだが……どうにもその為の1歩が踏み出せず、タイミングが合わない。

 

 はぁ、と溜め息を溢す千景だったが、ふとその視線の先にあるテーブルの上の料理に目が行く。それはうどん焼きのようで、そう言えばこれはまだ食べていなかったと小皿に取り分け、割り箸を使って口へと運ぶ。

 

 (あっ、美味しい……これは、プルコギかしら?)

 

 「味はどうですか? そのプルコギ風焼きうどんは」

 

 「ええ、美味し……っ!? あ、い、犬吠埼、君……」

 

 「びっくりさせてしまいましたかねぇ? すみません」

 

 「い、いえ……大丈夫よ」

 

 不意に聞こえてきた問い掛けに対して答える千景だったが、それが隣から、それも男性の声だったことに気付いて驚きながら声の方向へと体ごと向く。そこには先程まで風と若葉と共に居た楓が居た。

 

 びっくりさせたことに対して謝ってくる楓に千景はそう言いつつ、一旦小皿をテーブルに置く。それを見届けた後、楓は朗らかに笑いながらうどん焼きが乗った大皿を見る。

 

 「それ、自分が作ったんですよ。美味しいと言って貰えて何よりですねぇ」

 

 「そ、そうなの……美味しかったわ。犬吠埼君は料理、出来るのね」

 

 「簡単に炒めて焼く程度、ですけどねぇ。折角の歓迎会ですし、姉さんに何か作ってみるかと言われて、折角なのでと。姉さんや美森ちゃん、銀程の味ではないのが申し訳ないんですがねぇ」

 

 「そんなこと、ないわ。ここにある料理は、どれもこれも美味しいから……その、このうどん焼きも」

 

 「ありがとうございます、郡さん」

 

 (……彼は、よく笑うのね)

 

 男子は料理が出来ない、或いは苦手といったイメージを持っていた千景は先程食べたうどん焼きが目の前の楓が作ったと聞かされ、話しかけられたこともあって驚く。そうして食べた感想を簡単に告げつつ、彼の顔を見ながら内心そう思った。

 

 楓はよく笑う。勇者部に、小学生組に、神奈に、ひなたに、そして西暦組に。その顔は千景から見ても微笑ましげで、まるで大人のようで。そんな彼と接する者達も、同じように笑っていて。

 

 (乃木さんみたいに、疑ったことを謝らないと……)

 

 ふと、千景は思い出したようにそう思った。元々その為に近付こうとしていたのだから。だが、やはり思ったところで言葉にならない。はくはくと口だけが動いて、肝心の声が出ない。

 

 どう言えばいい。謝って許してもらえるのか。謝罪1つするだけなのに、その1つ行うのが千景には難しい。性別の違いは意外にも大きい問題だった。しかし、これから共に戦う仲間である以上仲間内での不和は避けたい。どうする。どうすればいい。そう思っていた時だ。

 

 「楓くん!」

 

 「おっと……?」

 

 「目隠ししてるのはだーれだ!」

 

 「うーん、誰かな? 友奈かも知れないし、神奈ちゃんかも知れないし、高嶋さんかも知れないねぇ」

 

 「ふっふっふ~」

 

 (なっ、高嶋さん!?)

 

 いつの間にか楓の背後にやってきていた3人の友奈。その内の1人、高嶋が後ろから両手で彼の目を覆い隠した。3人は楽しそうにくすくすと笑っており、楓も口元が笑っている。

 

 その光景を見た千景は驚愕していた。まさか高嶋が今日会った異性にそんな事をするとは思ってもみなかったからだ。高嶋に目隠しされている楓に嫉妬心を抱くものの、それを口にすることはない。言ってしまえば、答えを言うのと同じことだからだ。

 

 「うーん……高嶋さんかな?」

 

 「正解!」

 

 「流石楓くん!」

 

 「同じ声なのに、よく分かったね」

 

 少しして、楓はそう答えた。それは見事に正解であり、友奈達は彼の前に回って千景の隣に立ちながら誉める。その中で神奈は不思議そうにそう呟き、千景も内心そう思っていた。気付けば他の者達も楓達のやり取りを見ていたようで、感心したような表情を浮かべているのが何人か居る。

 

 「東郷なら当てても不思議じゃないけどね……アタシは当てられる自信ないわー。楓と樹ならともかく」

 

 「私もだ。千景なら可能かも知れないが……」

 

 「わ、私もお姉ちゃん達なら……」

 

 「タマは、あんずだったら当てる自信あるぞ」

 

 「うん、私もタマっち先輩なら当てられると思う」

 

 「あたしも須美なら当てられるな。後ろから目隠しなんてされたら背中に当たるだろうし、その感触で」

 

 「銀……新士君も居るのに何を言っているの?」

 

 「わたしもカエっちなら自信あるよ~」

 

 「わたしもアマっちなら~。アマっち、後でやって~?」

 

 「別に良いけれど、正解は1つしかないよねぇ、それ」

 

 「友奈ちゃん……次は私もやってもらいましょう。その後は楓君にも……」

 

 「東郷……アンタはホントぶれないわね……」

 

 ガヤガヤと楽しげな声が聞こえた。時代を越え、年齢もバラバラで、出会ったこの世界でしか聞くことが出来ない、そんな騒がしくも楽しげな声が。

 

 それは、もうずっと前から共に居たような気安さで。悪感情なんて入る隙間もなく、皆一様に楽しげな表情も浮かべている。そんな中で、千景は1つ楓に問いかけた。

 

 「私も聞きたいのだけど、どうして高嶋さんだと分かったの?」

 

 「そうですねぇ……まあ、似ていてもやはり別人だということですよ。友奈も、神奈ちゃんも、高嶋さんも、ねぇ」

 

 「……そう」

 

 答えになっていないような……だが、答えであるような返答。そんな楓の言葉に、千景は納得する。確かに何から何まで似ているのだろうが、やはり自分が知る高嶋と友奈、神奈は違うのだと。彼女自身、友奈達を見分けることが出来る自信があった。

 

 ふと気付くと友奈達は東郷の元へと移動し、同じように目隠しをしていた。そんな姿を見ていると楓も同じように見ている姿が目に入り、やはり朗らかに笑っているのを見た。

 

 (……本当に……よく笑うのね)

 

 再度、千景は同じことを思う。楽しげに、優しげに、そして親愛の籠った目で彼は笑う。その事を、彼女は少し羨ましく思った。そう思ってくれる人が居る彼女達の事を、彼女達の笑顔が回りに溢れる彼の事を。そして、自分の仲間達とも直ぐに笑い合えている彼の事を。

 

 (私だけが、まだ……そうね。まだ私達は、本当の仲間にはなりきれていないのでしょう)

 

 人が聞けば、そんな事はないと言うかも知れない。が、少なくとも千景にとってはそうだった。だからこそ、千景は楓へと向き直る。本当の仲間へとなる為に。

 

 「犬吠埼君」

 

 「はい?」

 

 「……さっきは、勇者かどうか疑ってしまってごめんなさい。許してくれるかしら……?」

 

 「許すも何も、自分はそこまで気にしてはいなかったんですがねぇ……でも、謝ってくれてありがとうございます、郡さん」

 

 「……千景でいいわ。敬語もいらない。貴方、あまり年下って感じがしないもの」

 

 「それなら、自分の事は楓で構いませんよ……いや、構わないよ、千景さん。これから宜しく、だねぇ」

 

 「ええ。同じ勇者として……仲間として頑張っていきましょう」

 

 どちらからともなく、手を差し出して握手を交わす。2人の顔には確かに笑みが浮かんでおり、そこにわだかまりは存在しなかった。2人の握手を見ていた風と若葉、ひなたも同じように笑みを浮かべており、安心したと表情が語っていた。

 

 その後も何事もなく歓迎会は進み、時間が経つと帰る家がある勇者部の8人はそれぞれ徒歩で、迎えに来てくれた車で帰宅していった。その見送りをした後、寄宿舎組は1階にある共用スペースにあるゲーム機やトランプ等を持って2階の若葉の部屋へと集まり、親睦を深める続きをすることにする。その道中、千景は楓と握手をした自分の右手に目をやり……。

 

 (……男の人の手って、結構固くて、大きくて……あんなにも温かいのね)

 

 見た目の割に鍛練によって固く、自分とは違って大きな手の感触を思い出し……己の記憶の中のソレと違う事に驚きつつ、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 「――ということがあったんだよ。これが戦国時代初期のお話だね」

 

 「なるほど、なるほど……なるほど。大変、大変勉強になります杏さん」

 

 「物知りだよね~。お話も、聞いてて面白いように工夫してくれてるし~」

 

 「ええ。だからもっと、もっと聞かせてください! 我が国の話を、杏さん!」

 

 「アンちゃんモテてるぅ! ヒュウ! アンちゃんヒュウ!」

 

 若葉の部屋の中で須美と園子(小)は杏から昔の日本の話を聞いていた。彼女達が言うように杏の知識はとても多く、語りも上手かった。日本歴史大好きな須美はすっかり杏の知識、話術に魅了され、園子(小)も楽しんで居る。彼女達の感想に嬉しそうに笑う杏を、高嶋は吹けていない口笛のような台詞を口にしながら持て囃す。

 

 「若葉ちゃんも、園子ちゃんに手を握られっぱなしですね」

 

 「子孫が懐いてくれるのは嬉しいが……ちょっと照れるな。まだ慣れない」

 

 須美と共に杏の話を聞いていた園子(小)の手は、ひなたが言うように若葉の手を握っていた。くすくすと笑うひなたに若葉は少し顔を赤らめ、懐かれている嬉しさと照れが混じった苦笑いを浮かべる。しかし、どちらも手を離そうとはしなかった。

 

 「お前達は日本の昔話を聞かなくていいんか、銀、新士、神奈」

 

 「いやぁあたしはこうしてゲームしてる方が……あっ! 新士、よくもあたしに赤甲羅を!」

 

 「ふふ、ごめんね銀ちゃん。にしても郡さんはゲーム上手なんですねぇ。どのレースでも独走するなんて……」

 

 「ゲームって初めてやったけれど難しいね……あ、最下位……も、もう1回! もう1回!」

 

 「私の事は千景でいいわ、新士君。2人も中々筋がいいわ。それじゃあ神奈さん、もう1回やりましょうか。次はこのカートを試してみるといいわ」

 

 (神奈って顔に出るよなー。しかもレースゲーム中に曲がる時、自分も一緒に体傾けてるし……見てるだけで面白いな)

 

 部屋のテレビに遊戯室から持ってきたテレビゲームを遊ぶ銀、新士、神奈、千景。その模様を見ていた球子は神世紀に住む3人にそう聞いてはみるが、今は昔話よりも目の前のレースゲームに夢中なようだ。因みに、千景は新士への謝罪を済ませている。

 

 銀のキャラに新士のキャラのアイテムによる妨害が当たり、抜かされたことでその順位を下げる。2人が良い勝負をしている間に千景は3人との格の差を見せ付けるようにぶっちぎりで1位を獲得し、ゲームは初めてという神奈は慣れない操作でそのまま最下位となり、悔しいらしくもう1度勝負を願う。

 

 再度始まるレースを見ながら、球子は神奈を見ながらそう思う。新士と千景は余り体を動かさず、銀は割とコントローラーをガチャガチャさせているが、神奈はキャラとリンクするタイプのようでレースゲームでは曲がる時は自分の体も傾き、格ゲー等ではダメージを負うと“痛い痛い”と呟く。そんな4人のプレイする姿は、見ているだけで面白かった。

 

 「あ……夢中になりすぎてこんな時間に。杏さん、長い時間すみませんでした」

 

 「ううん、こっちもとっても楽しかった。読書が役に立って良かったよ。皆、優しいからリラックス出来るというか……未来の勇者達もいい人揃いだね。それに良いものも沢山見られたし、これからも見られそうだし……」

 

 「しかしふと思ったが……未来でも勇者達が居るってこは、敵もしぶといってことだよな」

 

 「逆に考えようよ。人類側も滅んでないって。あの状態を乗り切ったんだって」

 

 「確かにな! 前向きでいいぞ、あんず。7タマポイントあげよう」

 

 ふと気が付けば、時計は夜遅くの時間を指していた。杏に随分長く話して貰っていたことに気付いた須美は謝罪するが、杏はそう言った後に笑う。その脳裏には目の前の小学生組や神奈、ここには居ない勇者部達の姿が浮かんでいる。一瞬キラキラと目を輝かせた気もするが、幸いと言うべきかそれに気付く者は居なかった。

 

 だが、と球子は言う。自分達の時代から約300年経っても未だ戦いが続いていると聞かされればそう思っても仕方ないだろう。悔しそうに、或いは不満そうに表情を歪めた球子だったが、杏の言葉を聞いて少なくともまた明るさを取り戻す。

 

 「そうだな……未来があるということは、私達は守れたんだ」

 

 「そうですよ。若葉さん達が頑張ってくれたから、自分達は今こうして未来の四国で生きているんです。ありがとうございます、皆さん」

 

 「新士くん……うん。本当に、良かった」

 

 「いい話だけど隙ありだ新士! 逆襲の赤甲羅!」

 

 「残念、バナナガードだよ」

 

 「ぬああああっ! また順位抜けなかった!」

 

 「うぅ……最下位から脱出出来ない……」

 

 「……その、神奈さん。良ければ、その……私が練習に付き合うわ」

 

 「いいの? ありがとう、千景ちゃん!」

 

 「……ええ」

 

 そんな会話が聞こえたのだろう、若葉もしみじみと、そして自分達の戦いが決して無駄ではなく未来に繋がっているのだと自身の手を握る子孫の姿に実感しながら呟く。その呟きに、新士は感謝の言葉を述べた。未来の勇者から、未来を生きる人間からの心の籠った感謝は、西暦の勇者に、そして巫女の胸にしっかりと届いたのだろう。皆一様に笑みを浮かべ、高嶋は少し涙ぐみながら頷いた

 

 それで終わっていれば綺麗だったのだろうが、ゲーム中であった銀が先のレースの恨みだと妨害するもあっさり防がれ、また新士の下の順位に落ち着く。相変わらず慣れない神奈は少し目が潤んでいる気がするが、千景がそう言うと嬉しそうに笑った。その笑顔が高嶋と被ったのだろう、千景は少し顔を赤くしつつ、微笑みながら頷いた。

 

 「そうだ、今度は私達が神世紀の事を聞きたいな。須美ちゃん、教えてくれる?」

 

 「はい。それでは、私達の事をお話します。神樹館小学校に通う、4人の話を……」

 

 「それじゃあまずは自分の転校初日に銀ちゃんが遅刻してきた所から……」

 

 「その話要らないよな!?」

 

 「じゃあじゃあ~、わたしとアマっちが初めて話した日から~」

 

 「それ次の日!」

 

 そうして、夜は更けていくのだった。




原作との相違点

・歓迎会描写をやりました←

・千景、ちゃんと謝れた。やったね

・友奈の目隠し当てゲームの対象が楓に

・千景達がするゲームがレースゲームに

・他にも色々ありすぎて……



という訳で、原作3話終了です。かなり長くなりましたが、まだ3話なんですよね……原作の話は31話まである。

前回の園子√は感想見る限り好評なようで何よりです。しっかりと恋愛話になっていれば幸いです。次に個人√を書くなら、やはり東郷さんになるか、それとも……。

やっぱり私の手を離れる杏です。マジでこの子本作最長レベルで内心喋ってますよね……この子はどうすれば止まるのだろうか←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 7 ―

また1週間間に合わなかった……お待たせしました(´ω`)

相変わらずアプリで爆死しまくってる私ですが、辛うじてこのファンで風呂アクア出たので満足です。オデュッセウス欲しかった……男なら皆欲しがるじゃろあんなの←

突然ですが、二次創作で気を付けたいのがキャラのセリフです。このキャラはこんなこと言わない! というのをなるべく抑えたいと思っているのが私です。所謂キャラ崩壊を売りにする作品もありますがね。

前話の感想のほぼ全てに神奈に対するモノがあってにっこり。オリキャラが愛されるのは嬉しいですよね。そして敢えて聞こう……本作に出てくるオリキャラ達は好きですか?←

天華百剣はストライクブラットのコラボ、ドカバトはサイヤの日、ゆゆゆいはバースデーイベ、これまた忙しくなりますね。皆様お互いに頑張りましょう。

今回は遂にあのキャラが……それでは、どうぞ。


 あの歓迎会からほんの数日程経ったとある日のこと。いつものように部活をしていた最中にすっかり聞き慣れてしまったアラームが鳴り響き、世界が樹海へと姿を変え、バーテックス達が四国の土地を占領するべく襲い掛かってきた。

 

 が、数日の内に西暦の勇者達との連携にも慣れた自分達は早々遅れを取ることもなく第一派の撃退に成功。次に来るであろう第二派までの間に小休止を入れる。

 

 「ふふん、最新型勇者にバージョンアップしたタマ達に掛かればこの通りだ」

 

 「流石です球子さん!」

 

 「こら銀、調子に乗らないの」

 

 「球子、お前もだ。とは言え、確かに西暦の時とは大分違うな」

 

 「そうだねー。力が漲ってるよー!」

 

 「精霊バリア、だったかしら。西暦ではそんなもの無かったから、防御力も段違いね」

 

 「それに精霊も私達の時代と違ってこうして実体があるなんて……ひんやりしてます」

 

 「便利ですよねぇ、このバリア。自分達の時にも無かったものですし」

 

 「精霊さんも居なかったんよ~」

 

 胸を張る土居さんと褒める銀ちゃん、その2人を注意する須美ちゃんと若葉さん。もうこのやり取りに似た事を何度か見ているからか、皆も苦笑い気味だ。

 

 そうして注意した後、若葉さんが確かめるように手を握ったり閉じたりし、その後の言葉に高嶋さんが同意する。以前にも説明されたが、この世界での勇者システムは最新型……つまりは自分達の時代の物に統一されている。その為、例え西暦の時代のシステムで戦っていた若葉さん達も自分達と同じシステム、戦闘力が引き上げられる。

 

 ……因みに、今は皆の側にそれぞれの精霊が浮いている。伊予島さんは自身の精霊……“雪女郎”を抱き抱えていた。やはり雪女郎という名前だけあってその体は雪、ないしは氷で出来ていたりするんだろうか。球子ちゃんの傍らには車輪の中に人魂があるような姿の“輪入道”が、若葉さんの近くには夏凜ちゃんの義輝や自分の与一に似た武者のような姿の“義経”がいる。

 

 「そうか、乃木達の時代には精霊が居なかったのか……私達の時には精霊はあったんだが、こうして実体化することは無かったんだ」

 

 「そうなの? アタシ達の時には初めから居たからねぇ……犬神とも長い付き合いよ」

 

 「長い付き合いって、まだ1年も経ってないよお姉ちゃん……」

 

 「精霊はあったのに実体化してないって、じゃあどうしていたの? 千景さん」

 

 「そうね、私達の時は“切り札”……体に精霊を入れて、その力を使っていたの。私の場合は“七人御先”と言って、文字通り私自身を7人に分身させることが出来たわ。それに、姿も少し変わるの」

 

 「ああ、それでその精霊は7体に分身してるような姿に……って精霊を体に入れる!? 大丈夫なのそれ!?」

 

 若葉さん達の会話を聞いていると勇者システムも本当に進化したものだと思う。小学生の時点では精霊も精霊バリアも無かったからバーテックスの一撃一撃が致命傷になり得るから肝を冷やさなかった事はない。まあ戦闘は常に命懸けだから、冷やさない方が少ないが。

 

 そうして過去を思い返していると、こんどは美森ちゃんと千景さん、夏凜ちゃんの会話が聞こえてきた。“切り札”……自分達で言う“満開”のようなモノだろう。自分達の場合は貯まった神樹様の力を解放することで大きな力を得るが、あちらは精霊の力使うらしい。

 

 しかし、夏凜ちゃんが心配するのも分かる。自分達の満開は散華という代償があった。なら、その切り札とやらにも何かしらのデメリットがあってもおかしくはない。尤も、切り札を使った所を見たことはないし、彼女達自身にもそれらしいモノは今のところ見当たらないが。

 

 「私の“一目連”はすっごく速くなるんだよ! 1000回連続で勇者パンチ出来るくらい!」

 

 「せ、1000回も!? 高嶋ちゃんも一目連も凄いなー。私も高嶋ちゃん達みたいに“切り札”を使えたら……牛鬼ならどんな能力になるんだろう?」

 

 「牛鬼か……ふふ、友奈に牛鬼みたいな角と羽根が生えて、凄く食いしん坊になるんじゃないかねぇ」

 

 「あ、あはは……確かに牛鬼は食いしん坊だし……楓くんと夜刀神ちゃんならどうかな?」

 

 「さぁ……想像がつかないけれど、とりあえず角は生えるんじゃないかねぇ」

 

 「あっ、私の一目連にも角あるよ。皆お揃いだ!」

 

 「あっ、ホントだお揃いだ!」

 

 「ふふ、そうだねぇ、お揃いだねぇ。自分だけ一角だけど」

 

 切り札を使った友奈……なんとなく、牛鬼の着ぐるみを着てぼた餅をむぐむぐと食べ続ける彼女の姿を想像してしまい笑ってしまう。その想像を口にすれば友奈は苦笑いし、質問されたので答えると高嶋さんが精霊達の共通点を見付けてはしゃぎ、友奈も同じようにはしゃいだ。

 

 ふと、小学生組の傍らに浮く精霊達を見る。本来なら4人の時点では存在しなかったそれは神樹様の内部だからなのか、未来の自分達の精霊と重複していた。小のこちゃんは“鉄鼠(てっそ)”、須美ちゃんは“刑部狸”、銀ちゃんは“鈴鹿御前”、小さい自分は“陰摩羅鬼”。同じ精霊が2体同時に存在するのはなんとも不思議な光景だったねぇ。

 

 「さて、敵が来たよ。お喋りの続きはまた後で、だねぇ」

 

 「あっ、ホントだ。行くよ、高嶋ちゃん!」

 

 「うん、結城ちゃん! 私もやるぞー!」

 

 「私達も行くわよ!」

 

 「ええ……第二波のバーテックスも、全部塵殺してあげるわ」

 

 「前衛は任せたよ。千景さんも行ってらっしゃい。援護は自分達に任せて」

 

 「……ええ、行ってきます。任せたわ、楓君」

 

 第二派のバーテックス達が見えたのでそう言うと、友奈達を筆頭に前衛組が突っ込んでいく。その際に近くに居た千景さんに声を掛けると、立ち止まって自分の方へと向き直り、少し微笑んでから同じように突っ込んでいった。

 

 あの歓迎会以来、千景さんも笑顔を浮かべることが多くなった。最初の警戒心の高さと言い、心根の優しさと言い、自分の2つ目の養子先の義理の父に似た名前と言い、なんとなく彼女を気に掛けてしまう。他にも疑問に思うところがあるが、今は置いておこう。

 

 「さぁ、自分達も援護に行くよ」

 

 「了解です楓さん!」

 

 「分かりました。楓さん、いつものをお願いします」

 

 「すっかり慣れちゃったわね、この“空飛ぶ光の絨毯”にも」

 

 前衛組に遅れる訳にはいかないと後衛の3人に声を掛け、伊予島さんの頼み通りに以前と同じように左腕の水晶から光の絨毯を作り出し、右腕の水晶からは須美ちゃんの弓と同じ形の弓を作り、3人が乗ったのを確認してから飛ばす。

 

 上空のバーテックスは自分達4人で抑え、空からの奇襲という可能性を無くす。また、彼女達の射撃は正確無比と言っても過言ではない為、地上の皆の援護も容易い。自分は絨毯の操作もあるのであまり手が回らないが。

 

 「やはり制空権を握られるのは大きいですね。楓さんの光の絨毯は戦略的に見ても非常に助かります」

 

 「乗り心地はあんまり良くないけどねぇ」

 

 「そんな事ないわ楓君。それに、風を切る感覚は気持ちいいもの」

 

 (皆さん話しながらでも全然外さない……私も、遅れないように頑張らないと!)

 

 その後もちょっとした軽口を挟みつつも攻撃する手は休めず、地上の皆の活躍もあり、今回の襲撃も無事に乗り越える事が出来た。そして部活に戻り、全員で恒例になりつつある“かめや”へと向かってうどんを食べ、寄宿舎の前で別れ、それぞれの家へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな戦いから更に数日経った日の事。いつものように部室へと集まっていた勇者達は手狭になってきた部室を不満に思うこともなく、これまたいつものように思い思いに過ごしていた。

 

 「どう皆。こっちの生活にはもう慣れた?」

 

 「ああ、とっても快適だぞ結城。昨日なんて8時間以上スヤスヤしたぞ」

 

 「私の子孫は今もスヤスヤしているがな……しかも新士の膝を枕にして。まあ……寝顔は可愛い。うん」

 

 「ふふ、のこちゃんの寝顔は可愛いですよねぇ。今度、若葉さんが膝枕してみます? きっと喜びますよ」

 

 「わ、私は別に……」

 

 友奈が球子へと声を掛ける。西暦組がやってきてから早くも1週間が過ぎている。そろそろ慣れた頃だろうと聞いてみれば、返ってきたのはそんな言葉。すっかり馴染んでいるようだ。

 

 2人の会話が聞こえた若葉は自身のすぐ隣、椅子を2つ並べて座っている新士と彼の膝枕で眠る園子(小)を見ながら呟く。その表情は少し緩んでおり、言葉通り子孫の事を可愛いと思っている事が分かる。新士は彼女の感想に同意しつつ、膝枕をしてみないかと誘うと満更でもなさそうな反応をされたのでまたくすくすと笑った。

 

 「そのっちはよく寝るねぇ。すくすく育ちそうだね。どんな子に育つんだろうね~」

 

 「今の君みたいになるんじゃないかねぇ。すくすく育ったね、のこちゃん」

 

 「それもそうだね~。うん、大きくなったよ~」

 

 「園子さん……自分の事を“そのっち”と呼ぶというのは、なんだか混乱しない?」

 

 「大丈夫だよちーちゃん。自分が2人居るってね、結構楽しいんだよ~」

 

 「凄いのね……私は楽しく感じないと思うわ……環境の変化とか、そういうの好きじゃなくて……だから西暦組のクラスが校内で独立している計らいは気に入っているわ」

 

 スヤスヤと眠る園子(小)を見ながら、ぽやぽやと笑って両手を合わせながら園子(中)が呟く。隣に居た楓は特にツッコミを入れることもなく、朗らかに笑いながらそう言えば彼女もまた笑いながら返す。そんなやり取りに部室内のツッコミ気質が何か言いたげにしていたが、その前に千景が疑問を投げ掛ける。

 

 疑問に対し、園子(中)はあっさりと答えた。が、千景の同意は得られない。彼女はあまり人付き合いが得意な方ではない。同じ西暦組、そして神世紀の勇者達とは友好を深められたが、それ以外の人間とは自分から関わりに行くこともあまりない。

 

 しかし勇者達は皆知っている。彼女の優しい心を持ち、意外と面倒見が良いことを。この数日の間に児童館の子供達と遊ぶ依頼があり、その際に不器用ながら子供達と接し、一緒に遊んだり泣いてる子に自身の口元を指で引っ張って作った笑顔を見せて笑わせたり、最後には名残惜しそうに手を振って別れた事を。だから皆、微笑ましそうに千景の方を見て笑っていた。

 

 因みに、彼女の言った通り西暦組の6人、そして神奈は大赦の計らいで讃州中学の空き教室を1つ使って授業を受けている。当時とは変わっている歴史や勉強方もあり、何より召喚された過去の人間であるからだ。神奈は単純に学校に行っていなかった為、ついでにと放り込まれた形になる。“勉強するのは初めてだけど楽しいね”とは彼女の言葉だ。

 

 「のびのび戦えるのが1番だからねぇ。放課後はいつもここに集まる訳だし、勇者アプリで連絡取れるし」

 

 「でも同じ授業も受けてみたいなぁ。杏さん、選択科目何にしました?」

 

 「おぉ、おぉぉ……見て楓、樹が杏と仲良くしているわ。今夜はご馳走ね。お赤飯とうどんと、うどんね……」

 

 「気持ちはわからないでもないけど、いちいち感動しなくても……あと、うどん被ってるから」

 

 樹が杏へと話し掛けている姿を見た風が楓を呼びつつ感動のあまり少し涙声になりながら今夜のメニューを呟く。少し過剰とも取れる姉の姿に楓は苦笑いしつつ、そうツッコんだ。

 

 「風は本当にうどん好きなんだな。薦めてくれるうどん屋は全部美味いし」

 

 「ってことで今日もうどん巡りツアー発足! 我こそは、と思う勇者は手ぇ上げ!」

 

 「はいはい参加しまーす! あいらぶうどん! ぐんちゃん、銀ちゃん、ミノちゃん、どうする?」

 

 「そうね、高嶋さんが行くなら……参加しようかしら。うどんはとても良いものだし」

 

 「も、ち、ろ、ん! 参加します! うどん食べてレベルアーップ!」

 

 「と、う、ぜ、ん! あたしも参加! うどんは食べれば食べるほど強くなる!」

 

 「タマが行かなければ始まらないだろう! タマとうどんは、前世でそういう関係だった」

 

 「今日はどんな美味しさに巡り会えるのかな。うどんはまるで、1冊の本のよう……」

 

 (どうして皆はうどんという食べ物にそこまでの情熱を向けられるんだろう……)

 

 風の発言を聞いて次々と手が上がる。ここは四国の香川県、日本で1番うどんを食し、消費している県である。住人はほぼ全員がうどん大好きと言っても過言ではなく、勇者達も例に漏れない。この反応はむしろ正常なのである。が、神奈は苦笑いするだけでそこまでうどんに対して情熱と愛情を持つ皆の事が少し分からなくなっていた。それに気付いたのは、苦笑いを浮かべたままの楓と新士だけである。

 

 「うどんは生命の根源。あらゆる力の元だからな。勿論私も行く……ちらっ」

 

 「はい、勿論参加させていただきます」

 

 「どう夏凜。うどんを通じて、西暦の皆とも更なるコミュニケーションを謀る部長の姿は!」

 

 「ただうどん食べたいだけでしょ。でも、いーんじゃない? 私達も全員行くわけだしね」

 

 「まあ、そうだねぇ。皆で食べれば美味しいモノはもっと美味しく感じるだろうし。神奈ちゃんも行くだろう?」

 

 「うん、皆が行くんだから私も行くよ。今日は何にしようかな……前は天ぷらで、その前はきつねだったから……」

 

 若葉とひなたも参加表明をし、風が胸を張りながら夏凜に聞くと笑いながらそう言った。それに続くように楓も神奈に問い掛け、頷く。皆のようなうどんへの愛情は無いと思っている神奈だったが、勇者達と交流する内にすっかりうどん好きとなっている事に気付いてはいなかった。

 

 「では、伝達事項は早めに伝えておきましょう。嬉しいお知らせですよ。実は新たな神託が……」

 

 「おっ、もしかして新しい友達!? ひあ、かむず、あ、にゅーぶれいぶまん!?」

 

 「はい。また1人、勇者が召喚されるようです」

 

 「しかも今回は四国以外に存在した勇者が来るんだよ」

 

 「増えていく仲間、頼もしい限りですね」

 

 うどんを食べに行く前に、とひなたが口を開く。高嶋がそう聞けば、ひなたは嬉しそうに笑い、神奈がそう続ける。四国以外という部分を聞いて皆が驚く中、ひなたはそう言ってくすくすと笑ってしみじみと呟く。

 

 西暦勇者の5人が加えてまだ勇者が来ると聞き、夏凜が思ったよりも勇者が存在した事を驚きつつも大歓迎だと言う。風はやってくる勇者を祝う為にうどんを食べようとはしゃぎ、同じように友奈と高嶋もはしゃいだ。

 

 (新しい勇者、それも四国以外……それはもしかして……予感が当たると、嬉しいのだが……)

 

 そんな中で“四国以外の新しい勇者”に心当たりがあるのか、若葉だけは腕を組みながら難しい表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 「ん、今日は東郷と楓だけか、部室に来ているのは。なんだか珍しいな」

 

 「こんにちは、若葉さん。とてもいい天気だし、皆思い思いに外に繰り出しているわ。私はコラムを仕上げ中」

 

 「こんにちは、若葉さん。自分はそんな美森ちゃんの手伝い、ですねぇ。まああまりやることはないんですが、意見を聞いて答えるくらいは出来るので」

 

 「……そうか。ああ、言い忘れていた。こんにちは、2人共」

 

 翌日、1人部室へと訪れた若葉。そこに居たのは珍しく美森、そして楓の2人だけであった。パソコンの前に座る美森とその隣に座る楓は入ってきた若葉に顔を向け、挨拶する。若葉も挨拶を返し、2人に近付いた。

 

 「……そうだ、2人には改めて聞いてみたい事があったんだ」

 

 「おや、なんですか?」

 

 「楓と新士、東郷と須美は同一人物だろう? なんというか、自分がもう1人いる状態は……その……大丈夫か?」

 

 若葉が聞いてみたかったこととは、もう1人の自分……小学生組が存在している事をどう思っているかというものだった。鏡や写真を見ている訳ではなく、確かな実体を持って存在し、その己と向き合うのは強烈だろうという心配からの質問だった。

 

 「園子は心底楽しんでいるようだし、銀も姉妹のように接していてあまり苦ではなさそうだが……」

 

 「ええ、私は大丈夫よ、直ぐに慣れたわ。心底ありがとう。須美ちゃんは国を愛する良い子だしね」

 

 「自分もまあ、小さい自分が居ると言うのは別に思うところはないよ。ただまあ、新士と名前を呼ぶのは抵抗あるけどねぇ」

 

 「東郷は自分で言うとは……お前、やるな。楓は名前で呼ぶことだけか? 抵抗があるのは。確かに、お前の口から“新士”と聞くことはあまりないが……」

 

 「まあ、それだけではないと言えばそうですが……」

 

 「私も、悩み事もあるといえばあるけれど……」

 

 「やはり何かあるのか。良ければ聞くぞ」

 

 東郷の自画自賛とも取れる言葉に戦慄を隠せない若葉だったが、楓の言葉を聞いて驚きが加わる。彼女から見ても、楓は年齢不相応に大人びていて誰かに悪感情を抱いていたり抵抗があるような仕草を見せることは少ない。最近は杏相手だと苦笑いが増えたような気もするが。

 

 とは言え、悩み事が全くない訳でもない。2人がそう呟くと若葉はそう言い、少しの間を置いて2人は語りだす。

 

 小学生組の未来の姿である以上、当然2人は新士、須美が今後どうなるかを知っている。辛いこと、悲しいこと、苦しいこと、そのような運命がやってくる事を知っているのだ。その運命を、小学生組にどう話すべきか。いっそのこと、話さないでおくべきか。悩みとはそのことである。

 

 現状、未来の出来事は話していない。今はこの世界でのお役目、造反神を鎮めるのが先決であるとして現実世界のことは話していないのだ。

 

 「自分達の意見としては、話すべきだとは思っているんだけどねぇ……」

 

 「大事な問題だから、よく考えているの」

 

 「う~む、それは確かに悩ましい問題だ……即答出来ん。須美達は知りたがっているとは思うが……う~ん」

 

 話を聞いた若葉は悩む。彼女は西暦時代の人間であり、今回のような不思議空間でなければ2人とは、神世紀組とは何の接点も持てなかった筈の人間だ。彼らの過去についても小学生組から聞かされた話程度であり、詳しくは知らない。

 

 そんな2人がここまで悩んでいるのだから相当な事があったのだろうと予想は出来る。だからこそ、明確な答えを持ち合わせていなかった。養父が怨敵の天の神への生け贄にする為に楓と養子にしたとか右腕を失うとか美森の記憶が消えるとか園子と銀が大赦に管理されることになるとか、そこまでの予想は出来るハズもないが。

 

 「いいの、聞いてもらっただけで楽になったから……ありがとう」

 

 「まあ、のんびり考えますよ。明日明後日に出さないといけないような問題でもないですしねぇ」

 

 「そうだな……いずれにせよ、この世界をどうにかしてからだ。それまで私も一緒に考えよう。因みに、西暦の……私達の詳しい話を知らないか? 人類を護れたのはいいが、更に詳細があれば……」

 

 「西暦時代の勇者のお話は、大赦が情報を操作しているから私達も全然知らないの」

 

 「そもそもこっちの時代では勇者の存在自体秘匿されていますしねぇ。自分達が見られる部分では情報は期待出来ないと思いますよ」

 

 「でも、知っている限りで良ければ今話そうか? 大した量じゃないから」

 

 「自分も、それで良ければ話しますよ。美森ちゃんと似たり寄ったりですがねぇ」

 

 「い、いいのか? 是非頼む。私はリーダーとして知っておきたい。受け止めて見せる」

 

 若葉に頼まれ、2人は話し始める。あの男から教えられた外の世界の真実。四国の周囲を覆う結界の外の世界は既に滅び、今や炎の海。倒すべきバーテックスはそれこそ数えきれない程存在していること。流石に若葉と親しいひなたという巫女の存在がある為、奉火祭については伏せたが。

 

 自身の予想を越えた惨状に流石の若葉も目を伏せ、ショックを隠しきれない。それは彼女達の時代では、バーテックスの襲撃によって荒廃こそしていたがまだ土地……世界が残っていたからだ。まさか丸々炎の海である等と誰が予想出来るだろうか。

 

 「……何かが行われたな、それは」

 

 「でも、我が国の民は生きている。だから……」

 

 「分かっている。驚きはしたが、役目に支障はない。教えてくれて礼を言う」

 

 「この話をきちんと受け止められるとは、流石は風雲児様、ですかねぇ」

 

 「からかうな楓。それに、私個人は今の話を受けきれる程強くはない。ただ、こうして受け止めることが出来る程に強くしてくれる存在がいる」

 

 「分かるわ」

 

 「うん、自分も分かるよ」

 

 確かに話を聞いてショックを受けた若葉だったが、それを受け入れて尚前を向く。その姿勢に西暦勇者のリーダー足る姿を見た2人。その後に語られた“自身を強くしてくれる存在”との言葉に深く共感する。

 

 1人では決して立ち上がれなかった。1人では決して生きていられなかった。こうして立って進める事は、こうして今を生きていられる事は、周囲の人間の手助けがあってこそ。誰かが手を引いてくれて、誰かが側に居てくれるからこそ。それを良く知る2人だから、若葉が強く居られる理由を確かに感じ取れた。そこで話は1度途切れ、若葉は考える。

 

 (四国の外は灼熱の世界……か。あそこは大丈夫なのだろうか)

 

 そう考える若葉の脳裏には、過去に話したことがある1人の勇者の存在と……その勇者が守っていた筈の土地の事が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 そんなやり取りからまた数日経ち、場所は寄宿舎。部活も終わり、一部の勇者達は寄宿舎の一室に集まっていた。

 

 「高嶋さん。何かお困りの事などありますか?」

 

 「寄宿舎暮らしはあたし達の方が長いから、助けになると思いますよ」

 

 「とは言っても、高嶋さん達も住み始めてから時間が経ってきてますから、あんまり無いと思いますけどねぇ」

 

 「皆ありがとうね、大丈夫だよ。良い子だね~。よしよし」

 

 「とても快適だぞ。ほら、杏を見てみろ。未来の小説読みまくりだ」

 

 「~♪」

 

 「あれはかなり上機嫌だぞ~。タマがワッフルをこっそり食べてしまっても許してくれそうだ」

 

 「ぐんちゃんも神世紀のゲームいっぱいやってるよ。なんだかんだ楽しいみたい。神奈ちゃんにも色々やり方とか教えてあげてるみたいだし」

 

 西暦組の元へと訪れ、困った事はないかと聞き歩く須美と銀(小)、新士と園子(小)の4人。と言っても率先して動いているのは須美と銀(小)で新士は付き添い、園子(小)は彼の後ろをちょこちょこと付いて回っているのだが。

 

 4人の頭を順番に撫でる高嶋と快適だと述べる球子。その視線の先に居る、本棚の横の壁にもたれ掛かりながら神世紀の小説を楽しそうに読んでいる杏。基本的に読書が好きな彼女は時間があれば大体本を読むか園子(中)の携帯小説を読んでいる。

 

 今この場に居ない千景はゲーム好きであるからか遊戯室に置いてあるゲームの使用率が1番高い。1人で楽しんでいる時もあれば、他の勇者と協力なり対戦なりしたり神奈に教えていることもある。その甲斐あってか、少しずつ神奈のゲームの腕は上達しているらしい。

 

 「何よりです。銀、新士君。若葉さんの様子も見に行こうか」

 

 「そうな。この数日ちょっと口数が少なくてさ……心配なんだよな」

 

 「新しい勇者が自分達の時よりも神託があってから召喚されるまで結構経ってるし、それが理由なのかも知れないねぇ」

 

 「あらあら、銀ちゃんも新士君も鋭い目を持っていますね。確かに、ここ数日は哲学若葉ちゃんです」

 

 「っ!? い、いつの間にあたし達の後ろを取ったんだ……ひなたさんも時々、底知れない時があるなぁ」

 

 「あはは……ところで、“哲学若葉ちゃん”とは……?」

 

 高嶋達の言葉に納得し、2人にそう声を掛けてか移動しようとする須美。そんな彼女に、2人も動こうとしつつそう呟いた。

 

 美森と楓と話した日から、若葉は以前よりも口数が減っていた。何か考え事があるらしく難しい表情を浮かべては思考に更ける姿を幾度と見掛け、しかし真剣に悩んでいるようで周りとしては心配ではあるが聞きづらいのだ。

 

 そんな3人の会話に、不意にひなたが混じった。勇者として訓練をしている2人に気取られることなく背後に回っている彼女に銀(小)、顔にこそ出てないが内心驚いている新士を戦慄させながらそう言い、気になった新士が問い掛ける。

 

 「何か色々考えている状態の若葉ちゃんのことです。直ぐに私が相談に乗ろうと思ったのですが……何かあれば直ぐ私に相談、というクセがついても若葉ちゃんの為になりません」

 

 「それはまあ、そうでしょうねぇ」

 

 「なのでここ数日、心を鬼にして見守っていました。でももう限界です! ですから話を聞きに行く所なんです」

 

 「それは確かに心配だね。よし、私も行くよ。高嶋 友奈が仲間に加わった!」

 

 「わたしもご先祖様の所に行く~♪」

 

 新士の問いに心配そうな表情を浮かべながら説明するひなた。実際、ここ数日はひなたも若葉に話を聞いていないし、若葉がひなたに話したこともない。そんな風に部分的にとは言え若葉と共に居られなかったからだろうか、ひなたは全身で若葉に会いに行くのだと訴えていた。

 

 そんな訴えを聞いてか、高嶋が共に行くと手を上げて立候補する。“仲間に加わった”の後に何やらそれらしい効果音が聞こえた気がするが空耳だろう。同じように園子(小)も手を上げた直後、部屋に風と楓、神奈が入ってきた。

 

 「お、遊びに来てみれば……集まってどうしたの? 美味しいうどん屋の情報でも入ったかしら」

 

 「あ、風先輩達。よーし、もうどうせなら皆で行きましょう! これだけ集まればどんな悩みもイチコロさ!」

 

 「おや、誰か悩んでいるのかい?」

 

 (悩みもいちころ……? 悩みって殺せるモノなのかな……?)

 

 そんな銀(小)の発言により、今入ってきた3人も連れて若葉の部屋へと直行する一同。そう時間を掛けることもなく辿り着いた部屋の扉をノックし、出迎えた若葉は人数の多さにびっくりしつつも部屋の中へと一同を入れる。そしてここに来るまでの経緯を聞き、嬉しさと申し訳なさが混じった苦笑いを浮かべた。

 

 「それで皆で私の部屋に来てくれたのか……嬉しいが、心配を掛けたようだな。すまない……実は、諏訪の事を考えていたんだ。つまり、“白鳥”さんの事だな」

 

 「すわ? すわわ?」

 

 「どこかの地名だろうが、あたしは分からん!」

 

 「そんなに力強く言うことじゃないよ銀ちゃん……確か、長野県だっけ?」

 

 「そうよ新士君。かつて長野県にあった街で、諏訪湖に接しているという……」

 

 若葉の口から出た“諏訪”という単語に首を傾げる風と銀(小)。そんな2人に苦笑いしつつ新士と須美がそう説明すると、今度はひなたが口を開いた。

 

 以前に神奈が言っていたが、西暦には四国以外にも勇者が居たのだという。若葉が言った“白鳥さん”とは、その諏訪でバーテックスから諏訪に張られていた結界と人々を守護していた勇者の名前らしい。その諏訪には召喚される前、西暦組の勇者皆で調べに向かう話も出ていたと高嶋は語る。

 

 「だが、神世紀では壁の外は大変な事になっているという……諏訪は大丈夫なのだろうか。白鳥さん……」

 

 「若葉ちゃん……それで色々考えていたんですね」

 

 憂いを帯びた表情を浮かべる若葉に対し、ひなたを筆頭に皆が一様に痛ましげに見つめる。外がどうなっているかを知っている風と楓、神奈は特に。そうして誰もが暗い表情をしていた時。

 

 

 

 若葉の部屋に、光が溢れた。

 

 

 

 「っ!? な、なんだこの光は……もしかして、新しい勇者が!?」

 

 「ええ、どうやら到着したみたいですね」

 

 「今回は時間掛かったね」

 

 溢れた光が全員の視界を白く染め上げる。若葉が驚愕の声をあげ、ひなたと神奈が安心したように呟き、彼女が以前と同じく願うように両手を合わせる。そうして光が収まった時……。

 

 

 

 「……? あら? ららら? こ、ここはどこかしら?」

 

 「うたのん。ほら、さっき話してたやつだよ。私達、神樹様に呼ばれたんだよ」

 

 

 

 濃い緑色のショートヘアーの少女と、茶髪のふんわりとしたショートヘアーの少女の姿があった。




原作との相違点

・切り札や精霊等のお話

・要所要所に楓、新士、神奈が入る

・まあ他にも色々あるんだけどそろそろこの相違点要らないと思うんだがどうだろうか←



という訳で、原作4話の前半部分くらいのお話でした。あのキャラが……ちょっとだけ登場。彼女達の髪色とか髪型とかどう書くか悩みました。

今回はワザリングハイツさんは大人しめ、一部キャラの登場も控え目。これからどんどんキャラ増えてきますし、その辺りも悩みどころですね。ゆゆゆいそのまま丸写しにもならないように気をつけねば。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 8 ―

お待たせしました。今度こそ1週間以内に更新出来ると思ったのに、見直しの最中に寝落ちするとか誰が予想出来ただろうか(´ω`)

また色んなガチャで爆死続きな私です。でもコトダマンで新しいアイとゼツボウが、きらファンではくるみと瑠姫が、このファンではウィズと冬服リーンが来てくれました。リーン可愛すぎかよ……。

先日ランキング見てたら29位に本作の名前がありました。投稿した訳でもないのに何があったのか……嬉しいですがね。

本作のアクセス解析から見られる全期間各話PVを見たところ、DEifだけが2万越えてました。他は番外編が多い見たいですね。皆様、沢山の閲覧ありがとうございます。

さて、今回のキーワードは……“なぜベストを尽くしたのか”です←


 「雰囲気は違うが……しかし、この声はまさか……まさか、白鳥さん……なのか?」

 

 「およよ、私を知っている? それは話が早い……ん? その声はまさか……」

 

 「乃木……若葉。乃木 若葉だ、白鳥さん!」

 

 「本当に……本当に乃木 若葉さん? うどんと、蕎麦……優れてるのはどっち?」

 

 「うどんだ!」

 

 「間違いなく乃木 若葉さん! こうした形で出会えるなんて!」

 

 (う、うたのんいきなりなのに会話が弾みすぎだよ!? 私、どう自己紹介していいか……)

 

 (なんで今ので確信に至れるんだろう……うどんって凄いなぁ)

 

 そんな会話の後に風の言で勇者達を緊急収集することになり、小学生組4人が先輩達の役に立つ為にと集めに奔走すること数十分。勇者達は新たに召喚された2人を連れて勇者部部室へと集まっていた。

 

 「改めまして、諏訪の勇者、白鳥 歌野です。皆さん宜しくお願いします。趣味は農業です」

 

 「諏訪の巫女、藤森 水都です。宜しくお願いします……趣味は、特にないかなぁ、と」

 

 「今回は巫女さんまで来てくれたんだね。良かったね、ヒナちゃん、神奈ちゃん」

 

 「はい。勇者の皆さんに対して私達2人ではそろそろキツかったので、もう大歓迎ですよ、水都さん」

 

 「1人増えただけでも大助かりだね。宜しく、水都ちゃん」

 

 「お、おんなじ顔が3人も……え、あ、はいっ! 色々、その、至らぬ所があるとは思いますが……宜しくお願いします!」

 

 そんな自己紹介から始まり、勇者達も2人を歓迎する。特に巫女である水都の参加は同じ巫女である2人にとっても非常に有り難かった。何せ勇者達は西暦組5人、中学生組8人、小学生組4人の総勢17人。更に今回呼ばれた歌野を合わせれば18人になる。対して、巫女はわずか2人だったのだ、喜びもひとしおと言うモノ。それでも3人と勇者達の6分の1しか居ない訳だが。

 

 そうして巫女達が親睦を深めているのと同時に、若葉と歌野も握手を交わす。2人は西暦で直接会ったことはなく、“勇者通信”という音声でのやり取りしかしたことがなかったと言う。それ故に、この邂逅は奇跡的であり……だからこそ、お互いに嬉しい出逢いであった。お互いに名前で呼び合うにし、風が趣味の農業について詳しく聞こうとしたその瞬間、今回呼ばれた2人には初耳の、以前から居た勇者達には聞き慣れたアラームが鳴り響く。

 

 「んん!? 何の音かしらこれ!? この時代特有のハザードか何かかしら?」

 

 「何って、樹海化警報でしょ。敵が来たのよ。来たばかりで何だけど、戦闘よ」

 

 「あっ、理解した。成る程、手荒い歓迎ね。上っ等! 諏訪パワーを見せつける!」

 

 「ともかく、携帯端末を持っていって下さい、歌野さん。使い方は皆さんが教えてくれます」

 

 「はいこれ、貴女用の端末。失くしちゃダメだよ?」

 

 「うたのん、ファイト!」

 

 「サンキュー! それから、任せてみーちゃん! 勇者、白鳥 歌野! 征きます!」

 

 聞き慣れない警報を聞いて驚く歌野だったが、夏凜に説明されて直ぐに理解する。呼ばれて早々に戦闘することになったが文句を言うこともなく、むしろやってやると戦う意思を示す。

 

 そんな彼女にひなたは待ったを掛け、神奈が彼女が呼び出されると決まった時点で用意していたのであろう他の皆と同様の端末を手渡す。歌野は渡された端末を握り締め、水都の応援を受けてそれに笑顔で返し……そして、世界が極彩色の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 「敵が来た! ということで、よーし行こう! 勇者になーる!」

 

 「や?」

 

 「私も、勇者になーる!」

 

 「やや!?」

 

 「それじゃあ自分も、勇者になーるってねぇ」

 

 「ややや!?」

 

 樹海化に歌野が驚く間も無く、友奈、高嶋が続けて端末の画面にある勇者アプリをタップして変身。歌野が驚きの声を上げるが、聞こえていないのか楓も冗談っぽく笑いながら友奈達の真似をして勇者アプリをタップする。

 

 瞬間、楓の端末の画面から溢れる白い花菖蒲の花弁。その花弁が楓の首から下を覆い隠すように動き、通り過ぎるとその服装が讃州中学の制服から全身を覆う黒いインナーへと変わっており、右足で上段回し蹴りをするとそこに花弁が集まり白い具足となる。そのまま勢いを止めずに左足で上段後ろ回し蹴りをすればまたそこに花弁が集まり同じ具足となる。

 

 両足を地に付け、目を閉じながら両手を左右に伸ばすと両手を花弁が包み込み、一瞬の発光の後に白い手甲へと変わる。楓が口元に笑みを浮かべながら右手を下ろしつつ左手を開いて頭上に掲げると花弁が白い光となって滝のように降り注ぎ、それが消えると腰まであった黄色い髪が真っ白に染まって膝裏まで伸び、インナーの上に腰から前後左右に長く白い布がはためく中華風の勇者服へと変わっていた。

 

 楓は目を開けて朗らかに笑うと掲げていた左手の拳を握りながら前方向に曲げて手首の位置を顔の辺りに合わせる。するとそこに白い光が集まってひし形の水晶を作り出し、下ろしている右手にも同様に水晶を作り出す。そして左手の水晶の中に白い花菖蒲の満開ゲージが刻まれ、その手を真横に払いながらくるりと回転し、最後に少し両足を開いて右腕を軽く後ろに引きつつ曲げ、左拳を突き出すポーズで変身を終えた。同時に、歌野を除く他の勇者達も変身を終えている。

 

 「よーし、迎撃態勢完了……って、どうしたの? 早く変身しないと……敵、来るわよ?」

 

 「サプライズにも程があるわ……皆、ボタン1つでチェンジ出来るなんて……都会!」

 

 「……そうか。歌野は変身する時、着替えていたと言っていたからな」

 

 「しゅ、手動で着替えていたんですか!?」

 

 自身は変身することなく周囲の者達を驚いた表情で見ていた歌野を不思議に思ったのか夏凜が声を掛けると彼女はそう返す。その場にいる全員がどういうことだ? と首を傾げるが、西暦の時代から通信での交流があった若葉が記憶にある彼女の言葉を思いだし、それを聞かされた樹が驚愕の声を上げる。

 

 歌野以外の勇者にとってボタン……アプリをタップすることで即座に変身出来るのは常識と言っていい。しかし歌野の場合は勇者服に自力で着替える必要があったという。

 

 「せいって脱いで、そいって着て……で、私の勇者服はどこかしら? せいっ!」

 

 「「わわっ!」」

 

 「ちょっ、楓達も居るんだから脱ごうとしなくていいの! アンタの勇者システムもこの世界なら最新版よ!」

 

 「あ、そうだった。今は男の子も居るんだったわね。諏訪にいたお爺さんお婆さんみたいな雰囲気だったから気にならなかった……ん? 最新版ということは私もボタン1つで大変身? 都会だわ……というより未来か」

 

 「頼むから自分達が居るときは脱がないでね……友奈、助かったよ」

 

 「のこちゃんもありがとねぇ」

 

 「びっくりしたよー……」

 

 「えへへ~」

 

 「ソーリー2人とも、これから気をつけるわ。それでは早速……やっ! メタモルフォーゼ!」

 

 そのせいだろうか、歌野は男が居るにも関わらずその場で躊躇うことなく自身の服に手を掛けて脱ごうとした。直ぐにその手は風が掴んだことで止まり、友奈と園子(小)は即座に楓と新士の後ろから手で目を隠して見えないようにする。

 

 風に言われてから気付いたように歌野は恥ずかしがることもなく、目隠しをされている楓達の方を見ながら呟く。楓達は呆れ混じりに溜め息を吐きながら目隠ししてくれた2人に感謝した。そんな彼らに謝りつつ、歌野は皆がしていたように端末に指を伸ばしてアプリをタップ。次の瞬間には彼女が西暦で着ていたのであろう勇者服を着た姿へと変わっていた。

 

 「……お、おおっ!? おおーっ! いけた、いけたわ! スゴい便利! ……で、この辺り一面木のワールドは何?」

 

 「樹海化も諏訪には無かったんですねぇ……」

 

 端末での変身に喜ぶ歌野が溢した疑問。樹海化についての説明を楓がした後、彼女はふむふむと頷いた後に諏訪に居た時の事を話す。諏訪では敵がやってくるとそれを知らせるサイレンが鳴り、人も建物もそのままに戦っていたのだという。

 

 自分が居た時代よりも遥か未来。自分の時とは違う変身方法、戦うフィールド。勇者達の回りに浮いている小さな生物。幾つもの違うことに驚く歌野に西暦組と小学生組も共感する。

 

 「驚くよな。タマ達も精霊が……具現化? 実体化? してるの見て驚いたからな」

 

 「私達の時代では体の内部に入れていたからな」

 

 「“精霊”って新種の野菜か何かかしら? 私の知識には無いんだけど」

 

 「精霊も無かったんですね……」

 

 「というか、戦闘力も飛躍的に向上している気がするわ。パワーが漲るの」

 

 そう言って歌野は自身の武器である鞭を軽く振るう。その動作1つで諏訪に居た時よりも己の力が強くなっている……戦闘力が向上していると確信する。その事実に笑みを浮かべる彼女に、銀(小)と千景からも同意する声が上がる。他の西暦組、そして小学生組もうんうんと頷いていた。

 

 その最新版を常に使っていた勇者部6人……その中で、楓と美森以外の4人は自分達のシステムの基本的な部分が如何に恵まれていたかを改めて感じる。自分達が使っている勇者システムは、これまでの勇者達の戦いがあったからこそなのだと。そうして感謝している時……遂に敵が戦闘可能な位置まで近付いてきた。

 

 「ここから私の初参戦、記念バトル! 諏訪の誇りを胸に、いざ征くわ!」

 

 「我々も征くぞ!」

 

 やってくる数多のバーテックス目掛け、鞭を手に歌野が突っ込む。同時に若葉も声を上げながら突っ込み、他の近接戦闘型の勇者達も突撃する。遠距離型の勇者4人はいつものように楓が作る光の絨毯に乗り、飛び上がって上空の敵を殲滅しに掛かる。

 

 「っ!? 若葉、未来の勇者って空まで飛べるのね! 都会だわ! 未来だわ! 私も飛べるかしら!?」

 

 「残念ながら、あれは楓が特殊なだけだ! 飛びたければ彼に直接聞け! 彼なら快く乗せてくれるだろう、さ!」

 

 空を飛んでいる楓達を見て興奮が隠せない歌野に、若葉は苦笑い気味に大きな声で言いながら星屑を切り捨てる。歌野も興奮こそしているが戦闘に支障は無いようで、鞭を振るってバーテックスを打ち付ける。するとまるで刃物で切ったかのようにバーテックスの体が切断された。

 

 そうして敵を屠っていきながら、歌野は自分以外の勇者達の戦いを横目に見る。格闘戦を仕掛ける友奈達と新士。3人は拳に蹴りで、新士は爪も交えてバーテックスを打ち倒していく。夏凜と銀(小)はその手の2刀と2斧を振るい、時に短刀や斧を投げたりして高速で殲滅していく。

 

 風と千景、タマは武器の性質上どうしても大振りになったり隙が大きくなったりとすることがあるが、そこはサポートに秀でた樹、園子(小)が上手くカバーし、先の5人にも劣らない速度で倒して行く。

 

 上空の4人はその攻撃を殆んど外すことなく的確に敵を撃ち抜いていっており、下で戦う仲間達の援護も忘れない。周囲に、上空に仲間が、味方が居る。1人で前線に出て戦っていた時とは違う安心感と充実感に、歌野の顔に自然と笑みが浮かぶ。

 

 「はぁっ!」

 

 「若葉、流石ね! やぁっ!!」

 

 「歌野こそ!」

 

 そして、先に突撃したからか自然と近くで戦っていた若葉。勇ましく、そして凛々しく日本刀を振るう彼女と共に戦える事が、歌野には嬉しかった。声だけでなく姿を見られ、更に共闘することが出来ている。今、彼女のテンションは上がりに上がっている。

 

 「どんどん来なさい! 今の私は、ベリーストロングよ!」

 

 「私も歌野に負けていられないな!」

 

 程無くして、第一波の敵が全て倒された。空に居た楓達も地上へと降りてきて皆と合流し、一息入れる事にする。全員怪我も無くそれほど息も切らしていない。歌野を加えた記念すべき初陣は完勝と言って良いだろう。

 

 しかし、敵の反応はまだ存在する。休憩こそ入れるが警戒は怠らず、戦いの空気もそのまま。一同はいつでも戦えるように心構えはしておく。

 

 「ふふふ……タマ達もこの世界に来て調子が良いし、助っ人も加わってるし……勝ったな!」

 

 「敵も強くなってきている。油断はするなよ」

 

 「これだけの戦力だから、連携についても今一度話し合っておいた方がいいと思います」

 

 「ですね。仲間が増えるのは心強い限りですが、増えた数をしっかり活かさないと」

 

 「誰が指示を出して、どういう陣形を作るか……色々と議論になりそうね」

 

 「それに、相手もいつまでも制空権を取られっぱなしにはしないだろうし……こちらの戦術、戦力が対応された場合の事も考える必要があるねぇ」

 

 「そういう事を話し合える仲間が居る……エクセレントじゃない。いっぱい会議しましょう」

 

 球子がこれまでの戦いを振り返り、今の状況を見ながら自信満々にそう言い、若葉はそんな彼女に油断しないよう注意する。しかし、球子の言うこと分かるのだろう、その表情は苦笑いであった。

 

 杏と須美は戦力が増えたからこそ、今一度戦略なり連携なりを考える必要があると考えた。それに風が乗り、楓も顎に手を当てながら続く。彼の呟きには皆も頷いた。

 

 楓が射撃組を乗せた上で空を飛べると分かってから今まで常に制空権を取ることで戦いを有利に進めてきた。それが無くなったとしても、これまではそれが無くても問題無かったのだから戦える自信が勇者達にはある。

 

 しかし、仮に対応されてしまえばこちら側の戦術を1つ潰されることになる。だからこそ、その場合を想定しておかなければならない。そんな風に戦場で話し合える仲間が居なかった歌野にとって、この会話は新鮮であり、楽しいモノだった。そんな彼女の呟きに、勇者達は仲間が居るという事は心強く、嬉しいことであると改めて再確認する。

 

 「そうね……仲間が居る。当たり前に思えていたけど、素敵な事よね」

 

 「今回の出撃が終わったら、皆で食事をしましょう。より分かり合えると思うので!」

 

 「いいわねぇ。そういうコミュニケーションの取り方、大好きよ」

 

 「皆で美味しい蕎麦でも食べましょう。蕎麦は至高の食べ物だから」

 

 

 

 【えっ?】

 

 「えっ?」

 

 

 

 歌野がそう言った途端に時間が止まり、空気が凍る。瞬間、彼女は悟った。

 

 (……何……今のエアー……ま、ま、まさか……ここにいる皆……若葉と同じ!?)

 

 そう、ここに居る者達は皆、若葉と同じうどん派なのである。晩御飯にうどん、部活帰りにうどん、お昼もうどん、なんなら朝にもたまにうどん、例えインスタントであろうともうどん。話題もうどんであれば止まるところを知らず、味の好みは違えど大元がうどんであるのは変わらず。

 

 ここは四国、その中の香川県。うどん消費量日本全国堂々の第1位の県。その香川で四国を守り抜いてきた勇者達がうどん嫌いな訳が無い。つまり、ことうどんか蕎麦かの話において……ここは蕎麦好きな歌野にとって超アウェイなのだ。

 

 「蕎麦か……ここしばらく食べてないねぇ。白鳥さんは蕎麦好きみたいだし、折角だから歓迎会もかねて蕎麦を食べに行こうか」

 

 「そうですねぇ。どうせなら好物を食べて欲しいですし……たまには蕎麦も良いですねぇ」

 

 だからこそ、楓と新士の朗らかな笑みと共に出た発言は歌野にとって福音ですらあった。それは土地が土地だから仕方ないと半ば諦めていた彼女に救いであり、希望であり……獲物であった。

 

 (最初は蕎麦派にする為の種を撒くところからと思っていたけれど、これは思わぬラッキー! 若葉達と同じくうどん県である香川に居ながらのその思考はまるで如何なる作物にも対応する良質な土壌! これは大事に育てるべきよね……まずはうどん寄りであろうその考えを少しずつ蕎麦派に向けていかないと……ハーベストの時まで慎重に、大事に、ね」

 

 「あのー、全部聞こえてますけど……お兄ちゃん達をどうしようとしてるんですか……」

 

 「愉快な奴のようだ。気に入った」

 

 「おや、自分は白鳥さんに蕎麦派にされちゃうのかねぇ? 自分としては蕎麦……と言っても焼きそばの方ですが、まあ好きなので吝かでは……」

 

 「歌野で良いわ。あなたは楓君、だったわね。勿論、無理強いはしないわよ? 蕎麦もうどんも、勿論焼きそばも全部美味しいでいいんだし……いいんだけども……それでも何か捨てられないこの拘り……なにかしら」

 

 「愛よ」

 

 「ラブ!」

 

 「あるいは、魂!」

 

 「ソウル! ソウルフードって言うわね、確かに」

 

 途中から思考が口に出ているので考えが駄々漏れになっている歌野に樹がジト目で見ながらツッコミ、中々に愉快な奴だと球子は快活に笑う。楓と新士は別に蕎麦派だうどん派だという派閥争いには興味が無いのでくすくすと笑いながら冗談混じりに呟く。

 

 歌野はそんな2人が気に入ったのか若葉と同じように名前呼びで問題無いと伝え、蕎麦派にするとは言ったものの……と悩ましげに頭を振る。そんな彼女に風と銀(小)は強い語気でそう言えば、歌野は納得したように頷いた。その後の若葉の言葉により、うどんと蕎麦、どちらも認め合いつつ切磋琢磨していこうという所で話は終わった。

 

 「そのっち、そのっち起きて」

 

 「のこちゃん、そろそろ次の敵が来るよ」

 

 「……おおう、一瞬寝ちゃった~。でも集中力はバッチリ回復したよ~」

 

 「これで戦闘時は冴え渡ってるから凄いよな。タマなんて1度寝たら最低10分は起きないぞ……抱き着かれタマま微動だにしない新士も中々だけどな」

 

 「私も歌野ちゃんって呼んでいいかな? 連戦だけど大丈夫?」

 

 「オーケーオーケー。どんな敵が来ても畑の肥料にしてあげる。絶好調だし」

 

 「バーテックスを畑の肥料!? 若葉ぁ、そんな事言ってるとまたひなたに怒られるぞ」

 

 「今のは私の発言じゃないだろうが! 冗談でもひなたに言うなよ? 絶対言うなよ!?」

 

 「それはフリという奴ですかねぇ? 若葉さん」

 

 「違う! 楓も絶対に言うなよ!?」

 

 これまでの会話の途中でいつの間にか新士の右手を抱き枕に立ちながら寝ていた園子(小)を須美と新士に2人で起こし、起きた彼女の言に球子がうんうんと頷きながらそう言った。実際、園子(小)は立ちながら寝るという奇行や天然のような発言に目が行くが、そのスペックは勇者達の中でも高い。頭脳や発想に至っては正しく“天才”の一言である。

 

 4人の会話を聞きながら友奈が心配そうに歌野に問うが、返ってきたのは自信満々な言葉。畑の肥料にするという冗談か本気かわからない発言に球子がにししっと笑いながら若葉に言えば、彼女にしては珍しく本気で焦った表情で念押しし、楓が悪乗りすれば更に焦ったように念押しした。若葉がこうして焦るのには、勿論理由がある。

 

 なんと若葉、西暦の時代でバーテックスの星屑を実際に食った……正確には食いちぎった事がある。味は不味く喰えたものじゃないらしい。何故そんな事をしたのなと言えば、西暦の時代では星屑が人々を食い殺していたからその報いを受けさせる為であるとか。後にひなたにそれがバレ、しこタマ怒られたらしい。その怒り様が怖かったのだろう。そんな若葉を見て、歌野はくすくすと笑った。

 

 「ふふ、改めて思うけど、若葉って通信の時に抱いてたイメージとほんのり違うみたいね」

 

 「ふ……それを言うなら歌野も同じだろ?」

 

 お互いがお互いに抱いていたイメージとは異なる人間性である事を明かし、笑い合う。そうして和やかな雰囲気が漂い始めた時、美森が驚いた様子で口を開いた。

 

 「っ!? 敵が来たけど……これは、なんて大きさ……」

 

 「んん……すっごいビッグ。あれはちょっと肥料には大きすぎるわね」

 

 「私達でも初めて見るサイズだな。これは強敵だぞ」

 

 3人以外の勇者達もその姿を見て唖然とする。形としては鳥のようにも見えるだろうか。後に“レクイエム”と呼称されるようになるその疑似バーテックスは、正しく“ボス”と呼べる威圧感を持って勇者達に迫る。その威圧感に一瞬たじろぐ勇者達だったが、直ぐに戦闘態勢に入る。そこに、怯えの表情はない。

 

 「まあ、敵も進化してくるのは知ってたけど……それれにしたってデカいじゃないのよ」

 

 「見るからに威圧的ね……ボスと言ったところかしら」

 

 「ど、どんな攻撃をしてくるんだろう?」

 

 「大丈夫大丈夫! こっちにはこれだけの勇者が居るんだもん!」

 

 「そうだね。皆で力を合わせて、えいやーってやっつけちゃおう!」

 

 夏凜と千景、樹がレクイエムに対して驚きと不安がない交ぜになったような声を出すが、そんな声とは逆に明るく友奈と高嶋が告げる。それには勇者達全員が内心で同意し、頷いた。そうだ、こちら側にはこんなにも頼もしい味方が多く居るのだと。

 

 相手の数が多かろうが、その体がとてつもなく大きかろうが関係ない。星屑との戦いで大量の敵との戦闘に慣れている西暦組。星座の名を冠するバーテックスとの戦いで大型の敵との戦闘に慣れている神世紀組。連携は手慣れたもので、それぞれ戦った事がなかった対多数、対大型の経験もこの世界に来てから積んだ。勝てない通りなど無い。そもそも、負けるわけにはいかないのだから。

 

 「おお、三つ子の内の2人が良いこと言ったわ。全くその通り! 皆、合体奥義よ!!」

 

 「友奈と楓以外そんな技無いけど、力を合わせるのは分かったわ! 後ついでに、友奈達は三つ子じゃないからね!?」

 

 「2人には合体奥義があるの!?」

 

 「ありますよ。それはさておき、敵は強大。されど勇者部五箇荘。成せば大抵……」

 

 「なんとかなる、だよね? お姉ちゃん」

 

 「イェース。じゃあ包囲していきましょう!」

 

 「突っ込むのは、この火の玉ガールに任せてください!」

 

 「おっと、銀ちゃんに遅れる訳にはいかないねぇ」

 

 「結城ちゃん、私達も!」

 

 「うん! よーし、行っくぞー!」

 

 まさか半分冗談で言った合体奥義を使う者が居ると知った歌野は驚きの声を上げ、美森はそれを肯定しつつ五箇荘の1つを呟き、樹が続く。成せば大抵なんとかなる。実際、大抵のことは勇者達はなんとかしてきたのだ。今更新しい巨大な敵が1体現れた所で何するものぞ。

 

 まず銀(小)と新士が突っ込み、友奈達が続く。他の勇者達も続き、遠距離4人はまた光の絨毯で空を飛ぶ。そしてまた、戦いは始まった。

 

 数多存在する、星屑を初めとした中、小型の疑似バーテックス達。それらを銀(小)の双斧が、新士の拳と爪が、友奈と高嶋の拳が、夏凜の双剣が、若葉の刀が、園子(小)の槍が、球子の刃付きの盾が切り裂き、貫き、打ち抜く。

 

 少し遅れ、風の大剣が、千景の大鎌が、歌野の鞭が、樹のワイヤーが多数の敵を一気に凪ぎ払う。上空からは楓の光の弓が、美森の狙撃銃が、須美の弓が、杏のボウガンが距離に関係なく敵を撃ち抜く。例え敵が近付いたとしても楓が操作する光の絨毯に攻撃を当てられない。武器の同時操作は、楓が得意とすることなのだから。

 

 やがて、レクイエムも攻撃を始める。体にある幾つかの赤い球体から放たれる、獅子座を思わせる太いレーザー。或いは光の玉を放ち、それを広範囲に渡って爆発させる。

 

 「獅子座と攻撃の仕方が似てる? 皆、レーザーみたいなのが来るかも知れないわ! 横に避けて!」

 

 「じゃああの光の玉も何かあるかも~。アマっち先輩達、お願いします~!」

 

 「了解だよ、小のこちゃん」

 

 そう、攻撃の予兆が獅子座に似ている。そして、その獅子座と戦った事がある勇者部だからその攻撃に気付けた。美森の声で全員がレーザーに当たることはなく、爆発する光の玉にも何かあるだろうと予想した園子(小)に言われて撃ち抜いたことでそれが爆発するのだと誰も巻き込まれることなく把握出来た。

 

 攻撃の予兆と方法が分かってしまえば、もう勇者達が負けることはない。それどころか予兆が知れたのだ、遠距離組がその攻撃を全力で邪魔をすることだって出来た。巨体故にダメージが通りにくいし、その巨体そのものの動きに当たれば小さくないダメージを負うだろう。しかし、最早その戦闘は一方的と言ってよかった。

 

 攻撃しようとすれば射撃組に邪魔される。進もうとすれば友奈と高嶋の勇者パンチ、風の巨大化させた大剣で真っ向から止められる。動きが止まれば銀(小)と夏凜、新士と千景がその体を駆け回りながら切り刻み、樹と球子はワイヤーと投げた盾で少なくなった雑魚の掃討。そしてレクイエムがダメージの許容を越えたのかぐらりと傾いた時。

 

 「トドメを刺すぞ、歌野!」

 

 「ええ、行くわよ若葉!」

 

 「「はああああっ!!」」

 

 若葉の刀と歌野の鞭が×字を描くようにレクイエムの体を一閃する。数秒の間、レクイエムは身動き1つせず佇み……やがて、虹色の光となって消滅。念のためにと上空の杏が肉眼とレーダーで残りの敵を確認するが、反応はどこにもない。それを全員に伝え、皆が警戒を解いて力を抜き……。

 

 

 

 「我々の勝利だ!」

 

 「イェイ! ファーストミッション、ビクトリー!」

 

 

 

 

 そんな2人の高らかな勝鬨の声が、樹海に響いたのだった。




原作との相違点

・なんかたくさんありました



という訳で、原作4話の戦闘部分でした。ゆゆゆいでは戦闘のアニメ映像なんか無いわけですから、割りと戦闘シーンはあっさりになってしまいますね。というか私の技量ですとこれだけのキャラの戦闘シーンをがっつり書くとそれだけで1、2話消し飛ぶ……かも←

前書きのキーワード部分は勿論楓の変身シーンです。なぜここまで全力で書いてしまったのか……私にも分からん。変身シーンや戦闘シーンは書くの好きですがね、需要あるかどうかは別にして。因みに、彼はまだ変身を2回(散華状態、新士)を残している。この意味が……分かるな?

後はうたのんと若葉の絡みを書けたので満足。代わりに巫女組は控え目でしたが、次回はきっと出てくれるでしょう。

それから、前回のコメントでオリキャラ好きだと書いて下さった方、ありがとうございます。養父は相変わらず嫌われもので何より(?)。今後も愛されるオリキャラ、愛される作品であれるように頑張って参ります。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 9 ―

長らくお待たせしました、ようやく更新でございます(´ω`)

遅れた理由はいつものごとくアプリです……すまないさんから竜系素材を剥ぎ取る為にひたすらリンゴ食べてました。えっちゃんで毎回切り刻んでます←

前回の変身シーンはそれなりに好感触なようで何よりです。ノリノリで書いてましたが、書いた後に“なんで書いたんだろう……”と我ながら疑問に思ったり。

今回は蛇足というかその後の交流というか……まあそんな感じのお話です。


 樹海での戦いを終え、部室へと戻ってきた勇者達を出迎えたのはいつもの4人……それに水都を加えた5人だった。水都の姿を見た歌野は直ぐに近寄り、水都も同じように近付く。

 

 「ただいまみーちゃん。怪我はない?」

 

 「うたのん、それは私の台詞だよ……良かった、大丈夫みたいで」

 

 「でも、樹海化している時のみーちゃんとかどうなってるの?」

 

 「わたしとミノさんが居るから大丈夫だよ~」

 

 「いざとなったら、あたしらで3人を守ってやるさ」

 

 「皆さんお疲れ様でした。では、歌野さんにもじっくり説明しますね」

 

 お互いの無事を確認し、安堵する2人。樹海からは部室の様子は見えず、逆もまたしかり。召喚されてまだ1日目ということもあり、やはり不安は感じていたのだろう。こうして直接確認が出来たことで、ようやく本当の意味で安心出来たらしい。

 

 そうして安心したことで出てきた疑問に、園子(中)と銀(中)が答える。神奈曰く緊急事態の為の切り札である2人は勇者達の中でもそう呼ぶに相応しい強い力を持っている。今は変身出来ないとは言え、護衛としては心強いだろう。

 

 安心させるように歌野に2人が言った所でひなたが労い、していなかった説明を始める。いい加減何度も説明して慣れたのだろう、その説明は淀みなく進み、時折神奈も混じってこの世界のこと、樹海化のこと等を説明していった。

 

 「ふぅ~む、ありがとう! しっかり理解したので! 外の時間が止まってるなら、諏訪の畑も大丈夫ね」

 

 「っ……」

 

 「ところで、私とみーちゃんはお役目の途中でここに飛ばされてきたんだけど……未来の時間軸で諏訪はどうなっているのか、誰か知ってる?」

 

 歌野の疑問に、外の世界の真実を知っている勇者部の8人とひなたと神奈、そして話を聞いた若葉が表情を固くする。

 

 神世紀において、四国以外の外の世界は既に滅んで炎の海と化している。そこには当然、歌野達が守っていた諏訪も含まれている。更に付け加えれば……この世界に召喚される前の若葉の時間軸で、歌野とは連絡が取れなくなってしまっていた。それが意味することは……そんなことはないと信じていても、彼女の胸中にどうしても不安が募るのは仕方ないだろう。

 

 「……そこら辺については、この神樹様の世界を救ってから考える……そう、決まっているんだ」

 

 「あら、そうなのね。というか若葉、そのリアクションだと諏訪が大変な事になってそうなの想像つくわ」

 

 「うっ」

 

 だが、諏訪の現状など言える訳がない。若葉はそう考え、難しい表情を浮かべながら苦しそうにそう言うが……それは誰が見ても分かる程。当然歌野も気付き、苦笑いしながら呟くと若葉は図星を突かれたと胸を押さえた。これには周りの者達も苦笑い。

 

 「変な未来にならないように、諏訪に戻ったらまた全力で頑張りますかね。みーちゃん?」

 

 「うたのんなら、そういう前向きな事を言うと思ったよ。だって、うたのんだからね」

 

 「まあそれは未来の私、任せた! 今の私は、皆の名前を覚える事から始めるわ」

 

 「……歌野が勇者に選ばれた理由が今、とても良く分かった気がする」

 

 「うたのんは、あんな感じでいつも諏訪の皆を鼓舞していたから」

 

 嫌な想像をしたとしても、ならばそうはならないように頑張ると前向きに断言する歌野。そして彼女ならばそう言うと信じていた水都。それだけのやり取りで、2人の間に強く硬い信頼関係があるのは見て取れた。

 

 未来の事は未来の自分に任せると言った歌野は周囲の者達を見やる。ぶっちゃけ、彼女が名前を覚えているのは元々交流があった若葉くらいだろう。そうして未来よりも現在に目を向ける彼女の姿に、若葉だけでなく他の皆も彼女が勇者に選ばれた理由をなんとなく理解した。

 

 誰よりも前向きに、誰よりも明るく元気に。彼女が守っていた諏訪は、彼女に守られていた人達はきっと心強かっただろう。歌野という勇者の姿に、希望を見出だしていただろう。その身1つで戦う、そんな彼女はきっと……諏訪という場所の、そこに住まう人々の誇りであった事だろう。

 

 「後は畑の1つもあげれば、うたのんは大丈夫」

 

 「水都さんもついてますしね。うふふ」

 

 「歌野、語り合いたいことが一杯ある。後でゆっくり話そう」

 

 「こちらも同じ。若葉」

 

 2人はお互いに見詰め合い、笑い合う。かつては勇者通信という手段でしか会話出来なかった。お互いに声だけしか知らず、姿も見えなかった。会うことすら、叶わなかった。

 

 だが、今こうして奇跡のような邂逅を果たした。西暦では語れなかったことが沢山ある。話したかった事が山のようにある。そして……それをする事が出来る時間が、一杯ある。今日の夜は眠れないだろう。夜通し話しても、きっと終わらないのだから。

 

 「うたのん、早速モテてる……」

 

 「うふふ、巫女は巫女でじっくり話し合いましょう水都さん。ぎゅ~」

 

 「私も水都ちゃん達の話、沢山聞きたいな。ぎゅ~」

 

 「あわわわっ」

 

 楽しげに会話する2人の姿に、嬉しさと小さな嫉妬が混じった声を漏らす水都。そんな彼女を見てひなたは微笑ましげに笑いながら左側から抱き付き、神奈も彼女に倣って右側から笑いながら抱きつく。同じ巫女2人に左右から抱き着かれた水都は慌て、恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

 (あれ、この感触……ひよっとして、私が1番色々と小さいんじゃ……)

 

 「逸材が加入して、小説の創作意欲がどぼどぼと湧いてくるよ~。全く、ここは素敵な所だね~。アイデアが多過ぎて書ききれないかも~」

 

 「こっち、90ページまであがったよ~。こういう時、自分が2人居ると便利だね。園子先輩にしか書けないのもあるけど~」

 

 「新しい小説が今、生み出されている……ドキドキ」

 

 (時折伊予島さんの目が自分とのこちゃんを行き来している……)

 

 「のこちゃんと小のこちゃんが楽しそうで何よりだねぇ。これは次の小説も期待大だねぇ」

 

 抱き着かれたことで色々と密着し、その感触を感じた水都は恥ずかしさの後に小さくないショックを受けていた。そんな彼女の表情を見た樹が、まるで同士を見つけたかのような視線を向けていたのは誰も知らない。

 

 歌野と若葉、そして巫女達のやり取りを見ていた園子ズはいつの間にか出ていた簡易テーブルの上に原稿を出して執筆作業に勤しんでいた。彼女達が書くのは女の子同士の……まあ色々なお話。そう言う話の題材やネタとしては、女の子ばかりかつ仲が良いこの空間は宝庫と言っていいだろう。

 

 おまけに、同じ思考をする人間が2人。執筆速度もそう変わらないが書ける量は実質倍。凄まじい速度で書き上がっていく原稿を見ながら、すっかりファンとなっている杏も胸の高まりが押さえきれない。が、時折彼女の視線が園子(小)と自身を何度も往復しているのに気付いた新士は背筋に悪寒が走った。そんな過去の自分のこと等知らず、楓は執筆する園子ズを微笑ましげに見ていた。

 

 (男の人も居るし、知らない人も沢山で馴染めるか不安だったけど……皆いい人そうで良かったぁ。私も巫女として、出来るだけひなたさんと神谷さんのサポートで頑張る。うたのん、着いていくからね)

 

 まだ出会ってから半日と経っていないが、これまでのやり取りは皆の人となりを把握するには充分な時間だった。当初抱えていた不安も払拭され、水都の表情に自然と笑みが浮かぶ。

 

 その視線が、若葉と他の皆と楽しげに話す歌野へと向かう。勇者である歌野が他の勇者と共に戦うように、自分もまた巫女である2人と共に出来る事をする。諏訪に居たときから共に居た彼女とこの世界でも共に居られるように、共に頑張れるように。そう、水都は何故か友奈と高嶋にも抱き着かれ、同じ顔が3人居る事実に改めて混乱しながら思った。

 

 その後、諏訪の2人の好物である蕎麦で歓迎会をしようという楓達の言葉もあって美森が調べた美味しい蕎麦を出す店で歓迎会をすることとなり……その道中、歌野と若葉がうどんと蕎麦どちらが美味しいかで言い争い、更に風や球子も参加していた事を記しておこう。

 

 尚、2人もまた召喚された勇者達の例に漏れず半袖だった為に“寒っ!?”と声をあげていた為、歓迎会の前に服屋に寄って上着を買うことになったそうな。因みにこの2人、召喚された寄宿舎から部室に来る時にも同じことをしていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「香川にもこのレベルの信州そばを出す店があったなんて!」

 

 「びっくりだよね、うたのん」

 

 「喜んでもらえてるみたいだねぇ。美森ちゃん、よく見付けてくれたね。ありがとう」

 

 「直ぐ近くで良かったわ」

 

 「タマげたな、蕎麦も侮れないぞあんず」

 

 「うん、そうだねタマっち先輩」

 

 「この美味しさ、女子力が上がりそうな気配を感じるわ」

 

 「気のせいじゃないかな……」

 

 東郷ちゃんが調べたお蕎麦を出すお店での歓迎会。人数が人数なので広いお座敷で何人かに分けて座り、美味しいお蕎麦に皆で舌鼓を打つ。何人かに分けて、と言っても直ぐ後ろだからそんなに離れてる訳でもないし、普通に会話も出来る距離だけど。

 

 「確かに美味い……だが、勿論うどんも美味い。今度は歌野に美味しいうどんを食べさせないとな」

 

 「うふふ、そうですね、若葉ちゃん。今度は皆でいつものうどんのお店に行きましょう。流石に、この人数ではお店側は迷惑になるかもしれませんが……」

 

 「じゃあ、寄宿舎で自分達でうどんを作ればいいんじゃないかな~。ミトりん達もうどん作り体験だよ~」

 

 「お、良い案じゃないか? それなら自分達で好きなうどん作れるし、他のお客さんの迷惑を考えずに済むしさ」

 

 「他の料理は作れないけど、うどんなら作れるよ、私!」

 

 「肉ぶっかけうどんなら任せて!」

 

 「自分達で好きなうどん、ね……サプリうどん……いえ、煮干しうどん……」

 

 「煮干しはともかく、サプリはやめた方がいいと思うわ、三好さん」

 

 ちゅるちゅると蕎麦を啜りながら、皆の会話を聞く。初めて食べる温かい蕎麦はとても美味しくて、うどんにも負けてない。美味しいお蕎麦に皆の楽しげな会話を聞いているだけで、自然と表情が笑顔になっていく。

 

 「アマっちアマっち。そっちのざるそば、一口ちょーだい?」

 

 「ああ、いいよ。あーん」

 

 「あーん……ん~♪」

 

 「全く、そのっちはまた新士君にねだって……お行儀悪いわよ?」

 

 「いつものことじゃないか須美。という訳で、あたしもいつものように須美から一口……」

 

 「とか言いながら1つしかない海老天を取ろうとしない!」

 

 「神奈ちゃん、お蕎麦は美味しいかい?」

 

 「うん、とっても美味しいよ。か、えで、くん」

 

 園子ちゃんが小さい時のか、えで、くん……新、士くんにあーんとされているのを目で追っていると、近くに座っている彼からそう聞かれたので食べる手を休めて答える。本当にお蕎麦は美味しい。私のはたぬきそばと言うらしくて、蕎麦の上にワカメとかカマボコとか揚げ玉というモノが乗っている。この揚げ玉がさくさくとしてて、お蕎麦と一緒に食べるとより美味しい。

 

 周りを見れば、天ぷらが乗っているモノ、お肉が乗っているモノ、大きなお揚げが乗っているモノ、かき揚げが乗っているモノ。新、士くんのはざる? とか言うのに乗ってて、めんつゆというのに浸けて食べるらしい。しかも冷たいんだとか。冷たいお蕎麦……そういうのもあるんだね。もしかして、冷たいうどんなんかもあるのかな。

 

 「すみません、ざるそばお代わりください」

 

 「あ、アタシもお代わりください! 今度は天ぷらで!」

 

 「じゃあ自分もざるそばお代わりで」

 

 「さっすが男の子とそのお姉さん、よく食べるのね。どう? 楓君、新士君。蕎麦は美味しいでしょ?」

 

 「ええ、本当に美味しいですねぇ。歌野さん達が好きだと言うのも分かります」

 

 「でしょう!? この味が分かるなら是非とも蕎麦派に……私はいつでもウェルカムよ!」

 

 「ちょっとそこ、弟を勧誘しない!」

 

 「そうだぞ歌野。楓達の引き抜きはやめないか」

 

 「いや、別に自分達はうどん派という訳でもないんですけどねぇ……」

 

 「という事はフリー? なら問題なし!」

 

 「「大有りだ(よ)!」」

 

 か、えで、くん達が3杯目のざるそばを、風さん……一応、この体は年下になるし……が同じく3杯目の天ぷら蕎麦を店員の人に頼む。同じテーブルで食べてる歌野ちゃんが少しの驚きを見せつつにこやかに言えば、彼は朗らかな笑みで頷いた。その後の3人の言い合いと彼の苦笑いに、皆もくすくすと笑う。勿論、私も。

 

 笑いながら、私は皆の姿を見回す。1つのテーブルに10人ずつで片側5人で座る私達。私の隣にか、えで、くん。その隣に園ちゃん、若葉さん、ひなたちゃん。私の正面には樹ちゃんが居て、隣に風さん、夏凜ちゃん、歌野ちゃん、水都ちゃん。

 

 別のテーブルでは友奈ちゃん、東郷さん……そう呼んでと言われた……、ミノちゃん……友奈ちゃんと同じ理由であだ名呼び……、須美ちゃん、銀ちゃん。友奈ちゃんの正面に高嶋ちゃん、千景さん、杏ちゃん、球子ちゃん、新、士、くん、園子ちゃん。ここだけ6人だけど、小学生の2人は小柄だから大丈夫みたい。なんならくっついてるからか園子ちゃんも嬉しそうだし。

 

 私も入れれば、全部で21人。大所帯だけど、広い座敷があるお店で助かったよね。東郷さんがその辺りを考慮してお店を探し出してくれたんだけど……そう思いながらお蕎麦を食べ進めていると、カツンと音が鳴った。見ればいつの間にか食べ終えてしまったみたいで、汁と細々とした薬味だけが残った器がある。

 

 (食べきっちゃったけど……少し、物足りないなぁ)

 

 でも、か、えで、くん達みたいにお代わりするのは少し量が多い。それに……彼の前でお代わりを頼むのは、何故だか少し恥ずかしい。居ない時は何ともないのに、感情というのは本当に不思議だね。

 

 ふと、彼の食べてるざるそばに目が行った。ざるの上に乗ったお蕎麦を刻んだ海苔と共にめんつゆへと運び、2度3度と浸けてから口へと運ぶ。ずるずると美味しそうに食べる彼の顔を見ると、その味に興味が湧く。私の食べていたたぬきそばとは大分違うそのお蕎麦は、どんな味がするんだろう。

 

 「……? ざるそばが気になるのかな? 神奈ちゃん」

 

 「ほぇ? あ、えっと、その……うん。冷たいお蕎麦って食べたことないし……でも、お代わりするのは量が、ね」

 

 「じゃあ一口食べてみるかい?」

 

 「え!? あっと、えーっと……じゃ、じゃあ一口だけ……」

 

 その視線に気付いたか、えで、くんがそう言ってきてまた恥ずかしくなったけど、興味には勝てなくて一口だけ貰う。その際、また前のように“あーん”とされて嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなるのを自覚しつつ、ちゅるちゅると頂き、味わう。

 

 あっ、温かいたぬきそばとは違う。めんつゆのせいか少し味が濃い。けど、その濃さが海苔とお蕎麦そのものによく絡んで、冷たいけれど美味しい。初めて食べる冷たい麺だけど、とても美味しい。

 

 「冷たくても美味しいね。お蕎麦って」

 

 「うん、美味しいよねぇ」

 

 「その通り! 蕎麦は温かいのは勿論、冷たくても美味しいからどんな季節でも美味しく食べられるのよ! 具材も薬味も出汁も豊富なバリエーション! 香りも良いし美容にも良い。まさに至高の食べ物!」

 

 「聞き捨てならないな歌野。うどんとて蕎麦と同様に冷たくても美味い。麺類の中で最も消化効率もいいし、体調を崩した時にも安心して出せる! 具と薬味のバリエーションも蕎麦には負けないし、鍋の締め等にも最適だ! 煮て良し、焼いて良し、茹でて良し。調理法を見ても優れた食べ物であるのは明白だな!」

 

 「言ったわね若葉! ならここで決着を着けましょうか」

 

 「ああ、良いぞ。議題は勿論これまで通り……」

 

 

 

 「「うどんと蕎麦、どちらが優れているか。勝負!」」

 

 

 

 「他のお客さんの迷惑になるから寄宿舎に帰ってからにしなさい」

 

 「「……ごめんなさい」」

 

 「おお、若葉が謝った……というか楓も怒るのな。タマげたぞ」

 

 「もう、うたのんってば……羽目を外しすぎちゃダメだよ」

 

 「ちょっと三好さん、大丈夫なの? 凄く震えてるけど」

 

 「ちょ、ちょ~っとね……」

 

 美味しい美味しいと言い合う私達だったけど、急に歌野ちゃんが我が意を得たりと熱く語りだし、触発されたように若葉さんも同じように熱く語り出す。そんなにも蕎麦とうどんが好きなんだなぁと考えてると、遂には立ち上がった2人がテーブルを挟んでそう言い出して、か、えで、くんが静かに怒った。

 

 ちらりとその顔を見てみると、目が全く笑ってない。彼が怒った姿は何度か見たことがあるけど、その姿を見る度に体が少し震える。成る程、これが恐怖という感情なのかな……怒られた2人はしょんぼりとしながら座り、ひなたちゃんと水都ちゃんに慰められていた。

 

 「ご先祖様もカエっち相手だと形無しだね~」

 

 「どうにも楓は同年代には思えなくてな……遥か年上を相手にしている気分になる。怒られると妙に心にクるのはそのせいか……?」

 

 「分かるわ、若葉。諏訪のお爺さんお婆さんと話している気分になるわよね」

 

 「ああ……というか園子はいつまでご先祖様呼びなんだ? いい加減、私の事は名前で呼んでもいいんだぞ」

 

 「じゃあわかちゃんだね~。改めて宜しく~」

 

 「……まあお前のことだから何かしらあだ名で呼ばれることになるとは思っていたがな……」

 

 「うふふ、いいですね、わかちゃん。私もそう呼んでみましょうか」

 

 「ひなたもからかうな」

 

 (部室の2人も良かったけど、ひなタンとわかちゃんも王道だよね~。西暦の皆は良いネタになるよ~。でもミノさんとわっしーのモデルのも書いてるし、カエっちの奴も……やる気とアイデアが止まらないな~♪)

 

 ずず……と残った汁を飲みながら会話を聞いてついくすくすと笑ってしまう。私にとって、こうして皆の会話を聞いているだけでも充分に楽しい。皆が笑っているだけで、胸の奥が温かくなるのを感じる。皆との距離が近い事に、幸福を感じる。

 

 また、周りを見回す。さっきまでしょんぼりしていたのにすっかり明るくなって笑いあっていたり、怒っていた彼も苦笑いを浮かべて会話に参加していたり。小さなあの子達も西暦の子達と楽しげに話していたり、杏ちゃんが2人を見ながら恍惚としていたり……どういう目で見てるのか、私には理解出来ないけれど。

 

 「若葉ちゃんと歌野さんは議論するみたいですし、私達巫女組も帰ったら親交を深めましょうね。一緒に晩御飯……は流石に入らないかも知れないので、裸の付き合いでもしましょう」

 

 「は、はは、裸の!? その、ひなたさん、犬吠埼君達も居ますしそういうのは言わない方が……」

 

 「確かにねぇ。男性のお客さんも居るし、そういうのも寄宿舎に帰ってからにするようにね、ひなたちゃん」

 

 「カエっちはあんまり気にしなさそうだけどね~。カエっち、私もざるそば一口~♪」

 

 「それ、気になると言っても気にならないと言ってもアウトだよねぇ……まあ、同年代に比べて枯れてるのは自覚してるよ。はい、どうぞ」

 

 「あーむ♪」

 

 くすくすと笑うひなたちゃんと顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしてる水都ちゃん。巫女組、って事は私も入ってるのかな……とか思ってると、彼は朗らかな笑みを浮かべたまま諭すように言った。園子ちゃんはほけほけと笑いながらか、えで、くんにおねだりすると、彼は今度は苦笑いしてそう言いつつ園子ちゃんにざるそばを差し出していた。

 

 枯れてる……どういう意味だろう。彼は人間だから植物が枯れる、というのとは違うだろうし。その魂はともかく、肉体は“私達”謹製のモノだし。話の流れからして、異性に興味が薄いってことかな。今度調べてみよう……あ、なんかやめた方が良いって“私達”から頭に届いた。一応は神託になるのかな……うん、やめておこう。なんとなく。

 

 「さて、そろそろ温かいのも食べようかな。すみません、月見そばください」

 

 「アタシも月見そばくださーい!」

 

 「自分はまたざるそばで」

 

 【まだ食べるの(か)!?】

 

 その後、か、えで、くん達は合計8杯ものお蕎麦を食べて私も含めた西暦組全員を唖然とさせた。神世紀の皆は慣れたような顔をしてたけど……うどんをよく食べるのは知ってるけど、好物だからとかじゃなくて単純に大食いだったんだね。

 

 因みに、帰り道に見つけたクレープ屋さんで食後のデザートだとばかりにクレープを食べてまた皆を唖然とさせた。お腹壊したりしないのかな……。

 

 「姉さん、樹、晩御飯はどうするんだい?」

 

 「やっぱりうどんよね」

 

 【まだ入るの!?】

 

 「いつものことですよ……また体重が……」

 

 

 

 

 

 

 寄宿舎に帰ってきた私達は皆で大浴場に入り、ひなたちゃんが言っていた裸の付き合いをした。上がった後は晩御飯は流石に入らないので各自自由に過ごす。他の子の部屋に遊びに行ったり、遊戯室で遊んだり。西暦組と小学生組で別れたり、関係なく集まったり。

 

 「ぐんちゃん、今日も来たよー!」

 

 「千景ちゃん、お邪魔します」

 

 「高嶋さん、神奈さん……いらっしゃい。準備はしてあるわ」

 

 「今日は何するの?」

 

 「今日は協力できるパーティゲームね。アクションもあるから、良い練習になると思うわ」

 

 「協力できるパーティゲーム……足を引っ張らないようにしないとね」

 

 私は高嶋ちゃんと一緒に千景ちゃんの部屋に遊びに来ていた。やるのは勿論ゲーム。あの日の敗北を、全て最下位という無念を私は忘れない。いつか絶対1位を……いや、3位くらい……こ、コンピューターより上位を取れるくらいには成長してみせる。

 

 「それじゃ、始めましょうか」

 

 「うん! 頑張るぞー!」

 

 「今日も宜しくね、千景先生」

 

 「……ええ、しっかり鍛えてあげるわ、神奈さん」

 

 私と高嶋ちゃんは千景ちゃんを挟むように両隣に座り、彼女が準備してくれていたゲームのコントローラーを握る。あの日からほぼ毎晩、こうして彼女にゲームを教えてもらっている。夜な夜なそうしてるといつの間にか高嶋ちゃんも一緒にやるようになって、たまに小学生組の子達や球子ちゃんも入る時もある。

 

 我ながら俗世に染まっているとは思うけれど、多分止めることはできない。だって、知ってしまったから。こうして“友達”と一緒に遊ぶことが、こんなにも楽しいんだってことを。

 

 「ここでジャンプ! ……やった! 出来た!」

 

 「ナイスタイミングだよ神奈ちゃん!」

 

 「上達したわね、神奈さん」

 

 「えへへー、先生が良いからね」

 

 「ぐんちゃん、教えるの上手だもんねー」

 

 (上達しても体は動くのね……高嶋さんも動くし、2人と肩とか腕とか当たって……うん、この時間は良いものだわ)

 

 このまま私達はゲームを楽しんで、気付かない内に夜更かししちゃって眠気が酷かったのでこのまま千景ちゃんの部屋で千景ちゃんを真ん中にして3人で眠ることにした。ベッドが大きめで良かった……と思いつつ、私は2人の方に向きながら睡魔に抗うことなく眠りに落ちた。

 

 明日もきっと楽しい1日になる……そんな確信を抱きながら。

 

 

 

 「くー……すー……」

 

 「むにゃ……にへ……ぐんちゃん……かん、なちゃん……すぴー」

 

 (同じ顔でもやっぱり別人よね……寝相とか寝言とか……今夜は眠れそうにないわね……幸福過ぎて)




原作との相違点

・ちょっとショックを受ける水都

・園子ズが書いた小説20ページ増

・皆で蕎麦屋で歓迎会

・千景ハーレム

・その他探せばいくらでもあるじゃろう?



という訳で、原作4話の最後と神奈視点での歓迎会のお話でした。蛇足感が強く諏訪の2人よりも神奈メインでのお話でしたが、楽しんで頂けていれば幸いです。

今回も所々にネタを仕込んでいます。原作を知っている人、本作を読んでくれている方はニヤリとするかもしれませんね。風呂シーン? ねぇよんなもん←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 10 ―

また長らくお待たせして申し訳ありません。ようやく更新です(´ω`)

気付けば本編ゆゆゆいも10話目。しかし原作的にはその半分の5話部分という。このペースならマジで60話越えますね。

防振りが終わり、デジアドのリメイクが始まり、ブルーオースやら絵師神やらも配信されと本編書いてる間に色々と起きました。FGOは久々にピックアップが仕事して無事お母さんになりました←

コトダマンも銀魂イベント来ましたね。伊藤さんと高杉を無事満幅に。ゴリラは勝てる気がしません。いやマジでなんだあの変態ゴリラ体力多過ぎるだろ……。

感想で知りましたが、本話投稿時点でお気に入り数がゆゆゆ作品で最多でした。お気に入り多い順で探すと本作が1番先に来るということ……こんなに嬉しい事はない。皆様、多くのお気に入り登録、誠にありがとうございます!

さて、いよいよあの2人が……。


 諏訪の勇者である歌野ちゃん、巫女である藤森さんが加わってからしばらく。その間に起きたことは、今までとそう変わらない。2人が加わったことでより賑やかになった勇者部の活動をしたり、たまに寄宿舎で皆で一緒に食事をしたり、前にも行った蕎麦屋に行ったり、かめやに行ったり。

 

 強いて言うなら、歌野ちゃんに“農業が出来る良い場所はないか”と聞かれたことくらいだろうか。友奈と一緒に居た時にそう聞かれ、2人で考えた結果讃州中学近くの拓けた場所を教えた後、3人で実際にその場所に向かってそこで農業することが決まったくらいだ。勿論、その場所が本当に使っていいのかは友華さん経由で責任者の人に聞いて許可をもらっている。

 

 そして今日もまた、いつもと同じように自分達は勇者部へと集まっていた。流石に手狭になってきたなと思うと同時に、圧倒的なまでの男女の人数差に少し参ってしまう。救いなのは、自分という存在に彼女達がそれほど悪感情を抱いていないことだろう。これで蛇蝎の如く嫌われていたら目も当てられないところだ。

 

 「ヒナちゃんヒナちゃん。ここも大分賑やかになったね」

 

 「はい。勇者だらけの部屋、勇者ルーム。なんと心強い響きでしょうか」

 

 「……正直狭いわ。犬吠埼さん、なんとかならないかしら」

 

 「元々8人くらいの部室だからねぇ。まあ我慢して頂戴な、千景」

 

 窓際の壁に寄り掛かってのこちゃんのネット小説を見ながら友奈とひなたちゃんの会話を微笑ましく聞いていると、千景さんと姉さんのそんな会話が聞こえてくる。そういえばこの部室は、元々は8人の部室だったと思い出す。

 

 勇者を1ヶ所に集める為の部だった勇者部。最初は自分と姉さん、友奈と美森ちゃんの4人だった。そこに樹が入学して加わり、後から夏凜ちゃんがやってきて、散華が戻ってからのこちゃんと銀ちゃんが入部した。それで8人だったのが、今では21人。倍以上とは、随分と増えたものだと改めて思う。

 

 「じゃあ空間を確保する為に、私はぐんちゃんの膝にすーわろっと♪」

 

 「……まあ、人が多いということは戦力も増えて……良いことだわ、うん……」

 

 「じゃあわたしもアマっちの膝の上~♪」

 

 「こらこら……もう、仕方ないねぇ」

 

 「カエっち、わたしの膝の上に座る~?」

 

 「どうしてその考えに至ったんだい? 流石に座らないよ」

 

 宣言通りに椅子に座っていた千景ちゃんの膝の上に座った高嶋さん。座られた千景ちゃんが満更でもなさそうなのを見てついくつくつと笑ってしまう。少し視線をずらせば、その2人に影響された小のこちゃんが同じように椅子に座っていた小さい自分の膝の上に座る。

 

 相変わらずスキンシップが激しいなと思っていると、そんな2人の隣の椅子に座っていたのこちゃんがぽんぽんと自身の膝を叩きながらそう言ってきた。唐突な提案に苦笑いしつつ、首を降って拒否する。逆ならまだしも、女の子の上に座るのは流石に、ねぇ。

 

 「ヒナちゃん神奈ちゃん水都ちゃん質問! これで召喚される勇者は全員なのかな?」

 

 「ううん、後2人呼……来る予定だよ」

 

 「その2人はちょっと特殊なケースという神託が……」

 

 「それは、神樹様が“特殊なケース”って言う言葉を使ってるんですか?」

 

 「ね、神託ってどんな感じで来るの?」

 

 ネット小説を一旦閉じ、友奈達の会話に耳を傾ける。勇者……まだ増えるんだねぇ。只でさえ部室がいっぱいいっぱいなのに、これ以上増えると満員電車みたいになりそうだ。勿論、戦力が増えるのは心強いし、まだ見ぬ勇者に会ってみたい気持ちもあるが。

 

 「明確な言葉ではなく、イメージとして伝えてくる感じだね……」

 

 「それを私達が解釈していくんです。大抵は分かりやすいイメージですが」

 

 「あくまでもイメージだからね、たまに解釈違いをされ……じゃなくて、しちゃったりする時もあるんだ」

 

 

 

 「へー、そうなんだね。ウチの所は精霊が色々教えてくれるケド」

 

 

 

 そう、巫女の3人がそれぞれ友奈の質問に答えた時、自分の視界に見知らぬ少女が映った。少女はごく自然に会話に入り、溶け込んでいる。いつから居たのか、自分には分からない。それくらい唐突に、彼女は現れた。

 

 「そ、それは便利だね……」

 

 「……え? いきなり何? 誰?」

 

 「ね、ねぇうたのん……知ってる人?」

 

 「聞いてみればいいじゃない。エクスキューズミー。あなたはどなた?」

 

 「私は秋原 雪花。北海道から来た勇者だよ。宜しくお願いシャス」

 

 「北海道とはまた、随分寒いところからよく来たねぇ」

 

 夏凜ちゃんが驚き、水都ちゃんと歌野ちゃんが軽く相談した後に聞くと、少女はそう名乗った。眼鏡と少し大きいカチューシャが特徴的だねぇ。眼鏡を掛けている人は知り合いだと安芸先生くらいだから何だか新鮮な気分だよ。

 

 「北海道!! ……北海道? そこって寒いの? 楓くん」

 

 「あ、そうか。神世紀の人はピンと来ない……あれ、でも楓くんは知ってるんだ? そう、北海道は上の方のさむーい所だよ」

 

 「……まあ、知識としては知ってるだけだけどねぇ。気温が零度を普通に下回ってたり、雪掻きが必須だったり……まあ、この四国と比べると寒さとか積雪とかで中々大変な場所ってイメージだけど」

 

 「あ、あー! なるほど、北海道! 試される大地! ようこそ勇者部へ! 握手握手!」

 

 「握手握手。ふふ、面白い人達で良かった。それに、本当に男の勇者って居たんだね。北海道のことも知ってくれてるみたいだし、こりゃびっくりだ」

 

 ついうっかり前世の知識のままに喋ってしまっていたが、そう言えばここでは四国しかない上に周りは火の海だから他の都道府県の事を知ることなんて無かったか。流石に資料とかはあるし社会の授業にもある程度出ることは出るからそこまで不審には思われなかったみたいだが……。

 

 試される大地という友奈の北海道の認識についまた苦笑いしつつ、握手する彼女達を見る。どうやら少女……秋原さんはノリが良い性格のようだ。友奈とも直ぐに仲良くなれたようだし……いや、これは友奈の人徳かな。

 

 「えーと、ここにも1人いらっしゃるのですが……」

 

 そう言ったのは須美ちゃん。そちらへと目を向ければ、彼女の隣には褐色の肌に無表情の、姉さんと若葉さんよりも少し高い身長の少女が居た。彼女もまた、秋原さんと同じようにいつの間にか召喚されていた勇者なのだろう。秋原さんとは違い、無口なようだ。

 

 「お、お名前が分からない……水都さん、神樹様から聞いていますか?」

 

 「し、神樹様はそこまではケアしてくれないかな」

 

 (だって“私達”の声は普通は聞こえないからイメージしか送れないんだもん……名前なんてどうイメージしたらいいのか分かんないし……)

 

 「……古波蔵 棗。沖縄から来た」

 

 「北海道の勇者に続き、今度は沖縄の勇者ですか……両端からよく来てくれましたねぇ」

 

 「楓くん楓くん。沖縄ってどんなところ?」

 

 「北海道とは逆に南の方にある暑いところだよ。海が綺麗らしくて、民家の庭に普通に果物とかが生ってるとか……」

 

 「おお! なんか凄そう! あなたもようこそ勇者部へ! 握手握手!」

 

 「……ん。沖縄の事を知ってくれているのは嬉しく思う」

 

 何やら申し訳なさそうというか、どんよりしている神奈ちゃんが気になったが、彼女の自己紹介に耳を傾けていると友奈から聞かれたので答える。生憎と北海道も沖縄も前世と今も無縁だったから本当に知識だけだ。いつか、現実の世界でその2つの場所に行けるようになるといいんだけどねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 友奈が雪花の時のように棗と握手した後、元々部室に居た21人は今度は自分達の番だということで自己紹介を順番にしていき、この世界の現状とお役目の事の説明を風がしていく。流石に21人ともなれば相応に時間が掛かるし、説明そのものもそれなりに掛かる。が、2人は文句を言ったり表情を歪ませたりすることもなく、自然体で黙って聞いていた。

 

 「以上が、それぞれの自己紹介と現在の状況ね。だいたい分かったかしら?」

 

 「把握した。分かりやすい説明、感謝する」

 

 「同じく。状況は精霊からだいたい聞いてたけど、更に理解出来たよ」

 

 「ん? 精霊から聞いてたってそれ……アンタの精霊も喋ったりする訳?」

 

 「そだよ。まぁ心の中で……テレパシーで会話するって感じだけどね」

 

 「驚いたな。テレパシーとは言え、会話できるまで明確な言葉を発することが出来る精霊とは」

 

 雪花の返答に疑問を覚えた夏凜が問い掛けると、雪花はさも当然のようにそう返し、若葉が感心したように頷く。それは他の者達も同じであった。

 

 現状、勇者達の精霊は言葉を発する事はない。せいぜい夜刀神が“シャー”と鳴いたり、夏凜の義輝が幾つかの単語を発するくらいで流暢に会話をするには至らない。だが、雪花の所ではテレパシーに限るが会話出来ると言うのは予想外だった。自分の精霊だけが喋られる事を少し自慢に思っていた夏凜も、思わず“やるじゃないの”と言いつつ心に少しダメージを受けていた。

 

 「北海道と四国で結構差があるんですねぇ」

 

 「そこは神様の性質の違いなんじゃないかな。お互い土地柄の加護って点では同じだろうけど」

 

 「そうか……北海道の神様と神樹様では神様の系統が違うんですね」

 

 「こっちの神様は“カムイ”って呼ばれてるよ。沖縄の神様も、独自の系統だよね?」

 

 「そうだ。私のは海の神……こう……ええと……」

 

 雪花の言うとおり、カムイは日本の一般的な八百万の神々とは系統が異なる。簡単に言えば、カムイとは北海道アイヌというアイヌ系民族の神であり、雪花に勇者としての力や精霊等の加護を与えていたのはこのカムイである。地の神々の集合体である神樹とは別の神であり、必然的に与えている力の内容等にも違いが出るのだろう。

 

 楓と杏が納得したように雪花の説明に頷きながら、彼女は棗の所もそうだろうと話を振る。棗は頷き、自然と他の者達の視線も集まる中で説明しようとするが……中々上手く言葉に出来ないらしい。そして少し経ち、ようやく口を開いた彼女が言ったのは。

 

 「海の底から、ゆらっと来た……分かるか?」

 

 「分かります」

 

 「むしろ簡潔であたし達的にはありがたい」

 

 「良かった」

 

 「海の底から、ねぇ……確か、海の底に封印された神が居たような。いあいあ、だっけ?」

 

 「楓君、それ以上はいけないわ。というか何で知ってるの……神世紀にもTRPGってあるのかしら……?」

 

 棗の言葉に思わずずっこけそうになるのが数人程居たが、行動派の銀達を初めとした数人は納得がいったようで頷く。ふと楓が思い出したように呟いた言葉には千景がツッコンでいた。尚、この会話の意味を理解出来ていたのは杏と園子達くらいである。

 

 「……私達の時代で、北の大地と南西の諸島から生命反応があったって聞いていたけど、それ……」

 

 「私達のことでしょ。今回はウチの神様と神樹様とで同盟を組んだって感じね。それで参戦出来たの」

 

 (目的の相手が天の神なのは同じだし、人間を守護するという気持ちも同じだしね……)

 

 「現実世界でもこうして合流出来るといいが……どうも神樹の中と現実世界では勝手が違うようだ」

 

 (“私達”みたいに大元の神話体系が同じならともかく、他の神話体系の力が混ざっちゃうと色々と不具合が起きかねないからね……下手したら力に耐えきれずにパーンってなっちゃうかも知れないし)

 

 気を取り直した千景が思い出すように言うと雪花が肯定する。西暦では雪花と棗、諏訪の歌野のように日本各地に勇者が居た。しかし様々な要因で命を落としていき、その数もどんどん減っていってしまったのだ。その勇者の数が最終的にどうなったのかは、神世紀の歴史と現状が示している。時折うんうんと頷く神奈を何人かが不思議に思いつつ、話は続く。

 

 「でもいいな、ここに居る人達はチームで戦えて。ちょっとは楽出来るでしょう?」

 

 「楽なんて事はないぞ。毎回毎回必死だ」

 

 「こっちは独り身だから、戦う最中歌とか自分で歌って気分を盛り上げたりしてるよ。イェアーって」

 

 「……それは確かに大変だな」

 

 「その話を聞かされると、自分達は確かに楽な部分があるかもしれませんねぇ。人数に武器、戦略。取れる手段も頼れる仲間も居るし、ねぇ」

 

 雪花に言われ、そんな事はないと若葉が否定する。確かに仲間というのは頼もしいし、1人よりも複数居る方が戦闘は楽に映るだろう。しかし、相手はバーテックス。幾ら勇者達の一人一人が強いとは言え、その物量は決して無視できない。西暦組の元の世界ならば精霊バリアも無いため、一撃でも食らえばそれだけで戦況はひっくり返されてしまう。決して、楽だとは言えないのだ。

 

 しかし、そうは思っていても雪花の……1人で戦う勇者の話を聞くと確かに自分達は恵まれているのだとも考える。お互いの短所を補い合い、長所を伸ばすことが出来る。背中を預けられる、信じられる相手が居る。支え合える人が居る。それは決して、1人では得られないかけがえの無いモノ。勇者達は改めてそう認識し、内心仲間の存在に感謝した。

 

 「うたのんと同じ感じなのかな」

 

 「私はみーちゃんが居るから独りじゃないわよ。心の栄養は常にマックス! サンクスみーちゃん」

 

 「う、うたのんってば……でも、嬉しいな。私の方こそ、サンクス……」

 

 「ビュオオオオオオウ……創作意欲を高める波動を感じるね~」

 

 「そのビュオオオオオオウってなんだい?」

 

 「波動をキャッチした音だよ~」

 

 「今、一瞬風が吹いたような……というか自分で口で言うのか。波動って何さ」

 

 1人で戦う勇者、と聞いて水都は諏訪で1人戦っていた歌野を思い浮かべ、そのまま口にするが本人からは水都が居るから独りではないと否定が入り、感謝される。水都にとって歌野が大事な存在であるように、水都もまた歌野にとって大切な存在なのだ。

 

 お互いに見つめ合い、感謝し合う2人から何かを感じたのか、園子(中)が両手を合わせながら目を輝かせる。彼女の口から出た謎の擬音について楓が聞くとあっさりとそう返し、銀(中)も疑問に思ったがそれは答えられる事はなかった。

 

 「何だか皆、凄く真面目なんだね。もっとそこそこでいいのににゃあ」

 

 「お役目でそこそこなんて、そんな事は……」

 

 そう、雪花の言に須美が言葉を続けようとした時、部室に聞き慣れたアラームの音が鳴り響く。瞬間、新しく召喚された2人を除いた者達が一斉に端末を手に身構えた。そして樹が反応出来ていない棗に近付き、口を開く。

 

 「あ、あの、これは出撃の合図……なんですけど。いきなりで大変でしょうが……」

 

 「分かった。戦闘は任せろ」

 

 「……か、カッコいい……お兄ちゃんとはまた別のカッコよさが……」

 

 「秋原さんも大丈夫ですかねぇ?」

 

 「うん、問題なし。最初くらいは張り切らせてもらおうかにゃあ」

 

 何やら樹が小声でぼそぼそと言うのを不思議に思いながら楓が雪花に聞けば、彼女からはそう返ってくる。何とも頼もしい言葉だと彼が朗らかに笑うのと同時に、世界は極彩色の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 「全身に力が漲っているのが分かる。この時代の勇者システムは素晴らしい戦闘力だ」

 

 「びっくりの力だよねぇ。楓君なんて空まで飛んじゃうし……いやー、良い経験したわ。あ、ちょっと素振りするから離れていてね」

 

 (白い勇者服に黒い勇者服……なんとも対称的だねぇ)

 

 (楓以外にも白い勇者が居たなんて……あ、でも杏も近い色してるし、ちび楓のオレンジと球子の勇者服も被ってるし、夏凜と銀と千景の赤もそうだし……案外、色が被るのも珍しくもないのかしらねぇ)

 

 樹海化した世界で、早速と勇者服姿に変身した勇者達。バーテックスの反応がある場所まで楓の光の絨毯で移動して少し離れた場所に着陸した後、自身の時代との勇者システムの差が分かるのか、漲る力に少し興奮している様子の2人。その内の1人である棗に、勇者達は驚きの表情を浮かべていた。

 

 黒い民族衣装風の勇者服を着ている雪花に対して、棗は白い勇者服を着ていた。それだけでなく、黒かった髪も白く染まっている……まるで楓のように。本人達は特に気にしていない様子だったが、他は風を筆頭に驚きを隠せていなかった。

 

 「……ようし、チューニング終わりっと。棗さんは体動かさなくて大丈夫?」

 

 「大丈夫だ。移動している間に軽く確認しておいた……気遣い、礼を言う」

 

 「んふふ、新規参戦同士、仲良くしましょーね。握手握手」

 

 「うん……握手……」

 

 園子ズが持つ槍よりも幾分か短く細い槍を振るい、突き出して西暦の時の自身と最新の勇者システムになった今の自身の動きの違いを認識し、振り回されないように慣れようとしていた雪花。少しの動きで馴れたようで、最後にくるんと槍を回して石突きを地面に置いて動きを止める。その動きを見ていた者達はその馴れた様子に北海道を守っていたのは伊達ではないと悟る。

 

 雪花に問われた棗は彼女のように動くことは無かったが、楓の光の絨毯に乗っている間に既に慣れていたらしい。棗は気遣われた事に無表情ながら礼を言い、雪花の握手にも対応する。そんな和やかなやり取りが行われていたが、その空気を壊す敵が現れた。

 

 「っ、バーテックスを複数体確認! この世界に来てから最大規模の侵略よ」

 

 「あ、あんな大きい敵がいっぱい来るなんて……で、でも皆が居る。私も、頑張る」

 

 「そういう事だな、あんず。なぁに、タマに任せタマえよ。ちょちょいのちょいだ!」

 

 「球子さんの言葉には、毎回励まされます」

 

 「頼もしいよねぇ。毎回盾投げた後に隙が出来ては自分達でフォローすることになってるけど」

 

 「うぐっ……こ、今回は大丈夫だ! 見てろ楓! タマ大明神は、勉強以外は何でも無敵なんだぞ!」

 

 (土居さんってホント、姉さんに似た反応をするよねぇ……弄るとたのしい)

 

 美森が言った通り、バーテックスの大群が現れる。それも今までよりも大量に。しかも杏が呟いた通り、大型のバーテックスも数体向かってきていた。相変わらず何ともビジュアルの説明に困るそれらは、その大きさも相まって小型、中型バーテックスとは違う威圧感を勇者達に与える。

 

 まるで壁が迫ってくるかのような疑似バーテックス、だらりと複数の触手を垂れさせているような疑似バーテックス、円盤から細く長い牙が延びているかのような疑似バーテックス。さながら腹部がない蜘蛛のようにも見える疑似バーテックス、エビに見えなくもないような姿をした疑似バーテックス。

 

 それぞれ後に“カノン”、“セプテット”、“カプリチオ”、“ロンド”、“スケルツォ”とデータ状呼称される大型の疑似バーテックス達である。これだけの大型が同時に出てきたのは初めての為に少し気後れしたが、勇気を出す杏に球子が胸を張って言い、須美はそう言って頷く。

 

 楓も須美に同意はするが、これまでの戦闘でフォローすることも多かったのでくすくすと笑いながらそう溢す。身に覚えが有りすぎる球子は否定することなく、今回はそうはならないと楓を指差しながら宣言。そんな反応をする彼女を見て、楓はその反応を楽しみながら背筋に少しばかりゾクゾクとした危険な陶酔感のようなモノを感じていた。

 

 「えーと……な、な、棗……アンタ、大丈夫?」

 

 「……」

 

 「あ、これ全然大丈夫ね。既に気を練ってる。頼もしいじゃない」

 

 「凛とした佇まい……私、棗さんのファンになりそうです」

 

 夏凜が黙ってじっとしている棗を気遣うように聞いてみるが、本人はバーテックス達を見据えながら静かに戦意を高めていた。この世界に来てから間も無く戦闘に来ているにもかかわらず戦闘態勢に入っている彼女に頼もしさを覚え、樹は樹で今まで勇者部に居た者達とは別の凛とした姿に心を掴まれている。

 

 「おぉー、敵さんでっかいなー。そして複数体かぁ……先生、今日は初戦闘って事で自分、見学いいですか?」

 

 「本当に怖いならそれもありでしょうけど……違うわよね? アンタ絶対強いタイプでしょ。楓みたいな一人称使ってふざけてるし」

 

 「ふひー、これを相手にするのは中々骨ですなぁ……」

 

 棗とは対称的にバーテックス達の姿を見た雪花は少し眉を下げ、口調だけは不安そうに、後ろ向きな様子を見せる。が、風はその口調や言葉の割に後ろに下がる姿勢を見せない事からそんな訳はないと否定する。雪花としてもそこまで本心という訳ではないのだろうが、彼女自身バーテックスと言えば星屑のような小型ばかりと戦っていたのだろう、大変そうだとは思っているようだ。

 

 確かに、大型のバーテックスに加えて星屑を初めとした小、中型も多数存在しているのだ、それらを相手取ろうとするのは大変であるし、無謀とも言えるかもしれない。しかしそれは、独りで戦うのならば、の話である。

 

 「だから、連携すればいい」

 

 「そうだよせっちゃん! 皆が居るもん!」

 

 「力を合わせれば、大抵何だって出来るよ!」

 

 「前衛はアタシに任せろー!」

 

 「いざとなれば自分が駆け付けますよ。足には自信ありますからねぇ」

 

 「ここに居る全員、とっても頼れる仲間ですよ~」

 

 最初に若葉、友奈と高嶋が続き、銀(小)と新士と次々に雪花に、そして棗に向かって声を掛け、園子(小)が締める。この場には雪花だけではない、棗だけでもない。2人を除いても、総勢16人もの勇者が居るのだ。

 

 「貴女は今まで独りだったから個人技で戦わざるを得なかったでしょうけど……今はフレンドが居る。心強さにびっくりするわよ。仲間との連携……やってみれば分かるわ」

 

 「単独で戦闘していたっていう貴女の言葉だと説得力マシマシだね。そういう事なら、連携してみましょ。秋原 雪花、そこそこにやりまっせ!」

 

 「おおい!? そこそこじゃ困るぞ!」

 

 「古波蔵 棗、戦闘を開始する。人類の敵……花により散れ」

 

 「か、カッコいい……!」

 

 「女の子相手に失礼かもしれないけど、本当にカッコいいねぇ。自分もファンになりそうだよ。同じ白い勇者で、こうも違うんだねぇ」

 

 「大丈夫! 楓くんもカッコいいよ!」

 

 「ふふ、ありがとねぇ、友奈」

 

 水都が居たとは言え、雪花達と同じように諏訪で独りで戦わざるを得なかった歌野。彼女もこの世界に来てからの日々を皆と共に戦うことで、独りではなく仲間と共に戦うことの頼もしさや心強さを感じている。雪花達の戦う環境を最も理解出来る彼女だからこそ、その言葉は雪花の胸に響いた。

 

 先程までの後ろ向きの様子から一転、やる気を出す雪花。だが、その口から出た言葉は少し頼りなかったので思わず若葉がツッコンでしまう。棗は己の武器であろうヌンチャクを手に持ち、銀(小)と新士と共に先にバーテックス達に向かって行く。その際の台詞に、杏は胸をときめかせていた。

 

 その近くに居た楓もまた、棗にカッコいいという感想を抱いていた。妹と同じく、ファンになってしまいそうだとも。同じ白い勇者である楓だが、その言動や雰囲気はあまりに違う。それはただの感想だったのだが、どう感じたのか友奈は楓の前に出てぐっと両手を握りながら満面の笑みでそう言った。そんな彼女に、楓も朗らかな笑みで感謝する。

 

 それからは皆意識を戦闘のモノへと変え、いつものように前衛は突っ込み、中衛はそのサポート、後衛は楓の光の絨毯で空中の敵と下方の味方の援護。今回はその前衛に棗を、中衛に雪花を交えていた。

 

 「ふっ! はぁっ!!」

 

 「せいや! やっ!」

 

 ヌンチャクを振るう棗。一見すればその武器は攻撃範囲が狭く、扱いも難しそうではある。しかし、彼女が振るえばそれは小型バーテックスを粉砕し、流れるような連撃を与えることで中型も難なく撃破する。それはすぐ近くで戦う若葉や風、友奈達に夏凜、銀(小)、新士に心強さを感じさせ、自分達も負けていられないと奮起させるには充分だった。

 

 槍を振るうのは雪花。近付くバーテックスは横凪ぎに、或いは貫いて倒し、離れた場所に居るバーテックスにはその手の槍を投擲することで撃破する。まさかの武器を手放すという行為に近くに居た樹と園子(小)、千景、球子、歌野が驚愕の表情を浮かべるが、彼女が投げた筈の槍がバーテックスを貫きながら独りでに手元に戻ってきてキャッチする様を見て再度驚愕する。

 

 「いやはや、北海道と沖縄の勇者も凄いねぇ」

 

 「本当、頼もしいわね」

 

 「私達もお2人に負けて居られませんね」

 

 「そうですね。まずはいつも通り、制空権を取りましょう」

 

 その様子を上空から空のバーテックス達を撃ち落としながら見ていた4人は感嘆の息を吐き、地上の皆にも負けていられないと同じく奮起。光の矢を、銃弾を、数多の矢を放ち続けて撃破速度を上げていく。

 

 「うわー、何あの弾幕。あれ4人だけで張ってるってマジですかい」

 

 「お兄ちゃん達は凄いんですよ!」

 

 「あんずもやるもんだろ?」

 

 「わっしー先輩とわっしーもですよ~」

 

 「ね、味方が居るって凄く心強いでしょう?」

 

 「あはは、うん。こりゃ心強いわ」

 

 雪花が空の戦いを見て驚きの声を上げると、樹達が笑いながら自慢気に言い、歌野が確認するように問い掛ける。雪花は周囲の戦いに目をやり、自身以外の勇者が戦い、危ない所はカバーし合う姿を焼き付けるように見て……笑って、肯定した。

 

 心強い、その一言に尽きる。槍を投げて戻って来るまでの無防備な時間は仲間が守ってくれる。取り零した敵は味方が倒してくれる。危なくなった時も味方が助けてくれる。逆に雪花自身も、味方が危なくなれば相棒の槍で守り、助ける。そして、1人では厳しいであろう数も、見たことがないような大型の敵でさえも。

 

 「行くわよ棗、合わせなさい!」

 

 「了解した……ふっ!!」

 

 「新士、あたし達も! でりゃああああっ!!」

 

 「分かったよ銀ちゃん。はああああっ!!」

 

 「「勇者、パアアアアンチッ!!」」

 

 「風!」

 

 「若葉! 任せなさい!」

 

 仲間達が、力を合わせて倒す。迫る壁を友奈達が殴って砕き、エビのような敵は棗と夏凜が斬って破壊する。風と若葉が触手諸とも斬り捨て、蜘蛛のようなバーテックスは銀(小)と新士がその体を駆け巡りながら切り裂いていく。

 

 「後はあいつだけだねぇ……やるよ、3人共」

 

 「ええ、楓君」

 

 「目標、敵大型バーテックス!」

 

 「撃ちます!」

 

 そして、円盤のようなバーテックスは上空の4人によって正面から射たれ、その体を蜂の巣にされ、穿たれる。それが、この戦いの一旦の区切りとなる攻撃となったのだった。




原作との相違点

・な、なんだこの場所は……辺り一面敵(相違点)だらけじゃないか!



という訳で、北海道&沖縄勇者合流、第一波撃退完了のお話でした。今回1番苦労したのは間違いなく疑似バーテックス共の描写です。ビジュアルの説明マジで悩みました……あんなのどう説明しろっちゅーんじゃ(怒

原作では棗が現代の勇者システムに馴れたのは敵が居る場所に行くまでの道中ですが、本作では楓の光の絨毯がありますのでそこで馴れたことに。ところで、沖縄の海神って誰なんですかね。キングシーサー?

改めて考えると後衛3人と楓を乗せた光の絨毯がヤバい。制空権もそうですが、ミサイル染みた威力の光の矢(拡散もする)、狙撃銃に散弾銃×2に自立起動光学兵器に極太レーザーに拳銃、異常なまでに連射出来るボウガン。近付くとワイヤーやら鞭やら剣やら斧やら爪やらと距離を選びませんし弾幕も威力もおかしい。戦艦かな?

本編では最後にちらっとだけ出てきた雪花との絡みが番外編以外でも書ける喜び。勿論防人組と赤奈も楽しみです。赤奈は……番外編時の記憶が何故かあったら面白いなとか思いましたが、確実に修羅場になるというか多分試練とかそっちのけになるのでしません←

番外編でも某ハゲの人のように各キャラに番外編の記憶が降りてきて修羅場に……という話も考えていたのですが、これまた確実に修羅場……を越えて流血沙汰になるのでボツ。子供到来で姉妹をおばちゃん扱いするのは面白そうですが。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 11 ―

大変長らくお待たせしました(´ω`) リアルでのゴタゴタがありましたが、ようやく更新です。

色々と不幸な出来事、コロナやら有名人が亡くなった事など悲しい出来事が多くありましたが、それでも私達は頑張っていきましょう。

fgoでは無事爆死、メモデフも爆死、ドカバトも爆死。コトダマンはツラミちゃんもおじいちゃんと引けず。でも私は元気です(ヽ´ω`)

さて、今回も原作5話部分です。また、後書きに久々にアンケートがあります。


 ひとまず敵の第1波を撃破した自分達はいつものように小休止に入る。上空に居た自分達も一旦地上付近にまで降りてくる。が、絨毯から降りることも絨毯を消すこともしない。いちいち消したり出したりも面倒だしねぇ。

 

 地上で立っている皆には悪いけれど、最近ではそのまま浮いてる絨毯に椅子のように座って休憩している。尚、座る順番はいつも決まって自分の右側に美森ちゃん、左に須美ちゃん、その隣に杏ちゃんとなっている。

 

 「とりあえずは退けたけど、まだまだ来るわよ。気合入れて殲滅するようにね」

 

 「どうかなせっちゃん、チームプレイは」

 

 「いいねぇ、これ大好き! 連携、結構楽しいし。それにしても皆、強いわね。さっきまで空に居た4人なんか弾幕凄かったし」

 

 「アンタこそ、やっぱりやるじゃない。投げ槍とか中々にワイルドね」

 

 「投げた槍が戻ってきたのも驚いたねぇ。そういう武器なのかな?」

 

 「そうそう。遠距離攻撃出来るから結構気に入ってるのよ。投げても勝手に手元に戻って来るし、いざとなれば投げずに戦えるしさ」

 

 夏凜ちゃんが気合いを入れ、友奈がそう聞くと秋原さんは戦う直前よりテンション高めにそう言っていた。姉さんが彼女を褒め、自分も上から見ていた皆の戦いを思い返しながらそう問い掛ける。

 

 のこちゃん達とはまた違う槍の使い方。確かに秋原さんは直接振るってもいたが、基本的には投げていた。その速度も威力も命中率も高いレベルで、投げた後に手元に戻っていたのにも驚いた。何とも便利な槍だと思うが、そう言えば銀が投げた斧もブーメランのように戻ってきていたなぁと思い返す。あれはどういう原理なんだろうか……。

 

 「それにしても雪花、そこそこ戦うと言っていた割に凄く頑張ってくれたな」

 

 「あれぐらいは“そこそこ”、だよ。いざとなれば逃げるかもしれないけど許してね」

 

 「フフフ。そう言いながらも、やっぱり貴女、勇者ね。歓迎するわ、いい野菜を作りましょ」

 

 若葉さんの言葉に秋原さんがそう返すが、あの活躍でそこそことは恐れ入る。彼女だけでなく、古波蔵さんも凄かった。武器がヌンチャクなので扱い辛そうと思っていたが、彼女は自由自在に振るってはその武器の小さな見た目とは裏腹に鈍く大きな音と共にバーテックスを粉砕していた。

 

 戦う距離を選ばない秋原さんと高い威力を保持する古波蔵さん、か。歌野ちゃんと同じく1人で戦っていたということもあり、何とも頼もしい2人が来てくれたモノだと思う。

 

 「……また敵が来るぞ。気を付けろ」

 

 「よーし! 今度は前線に出るぞぉ!! タマに超着いてこい銀! 新士! 三日月の陣を敷く!」

 

 「了解、球子さん! 超着いていきます!」

 

 「着いていくのはいいですが、あんまり突出し過ぎないで下さいねぇ」

 

 古波蔵さんが言った通り、第二波のバーテックス達が動き始める。今回はあまり休憩時間は取れなかったが、このくらいなら全く問題はない。第二波にも大型のバーテックスが数体確認出来たが、先よりは少ないようだ。

 

 第一波の時は中衛としてサポート寄りになっていた球子ちゃんが、今度は率先して前に出る。姉さんに似て突撃思考な部分がある彼女らしい行動に思わず苦笑いが浮かび、そうしている内に銀ちゃんと小さい自分も前に出た。

 

 「さて、自分達も行こうか。飛ぶよ」

 

 「はい! 制空権を維持しつつ、前衛を援護します。射撃開始!」

 

 「敵、バーテックスに対して、撃て!」

 

 「了解! 息のあった連撃と我らの弾幕を見よ!」

 

 自分達も再び絨毯を浮かせて飛び上がり、迫るバーテックスを撃ち落とし、味方を援護する。この絨毯を操作して飛行しながら弓を作り出して敵を撃ち抜くという動作にもすっかり慣れた。

 

 因みに、自分の遠距離攻撃の方法が基本的に弓なのは、言わずもがな小学生の時に須美ちゃんの弓を見続けたからだ。勿論美森ちゃんの銃、杏ちゃんのボウガンも作れなくはないが……やはり、見慣れたモノを想像してしまうのは仕方ないことだろう。しかし自分の持ち味とはこの光を使った数多の攻撃方法と利用方法。色々と攻撃の手段を増やしていきたい所だ。

 

 「皆が燃えてるとこっちも熱くなるなぁ。私も張り切っちゃお。どんどん投げるよ」

 

 「んっんー、なんだか嫌なアトモスフィア……杏さーん! 敵の動き、少し妙じゃないかしらー!?」

 

 地上で秋原さんが槍をガンガン投げてる隣でバーテックスから守っていた歌野ちゃんが、大きな声で杏ちゃんにそう言って来たので自分達も敵をよく見てみる。

 

 前衛、中衛の皆が対応しているので特に気になることはない……いや、第1波の時に比べると、少し動きが派手かもしれない。第1波の時は真っ直ぐこちらに向かって来ていたが、第二波を敵はなんというか……そう。無駄に動いていて、小さいモノは大口を開けていたり、触手や針があるものは大きく広げていたりと目につく。

 

 「……どう思う?」

 

 「そう、ですね……わざと目を引く動きをしているように見えます。攻撃に関係ない行動をしてまで……何かを企んでいるのでしょうか……っ! 敵の数が合わない……?」

 

 「空に居ないのなら……下か? 確か、地面を進んで直接攻撃してくる敵がいた筈だ」

 

 「それです! 1体、地面に潜航している可能性があります! 気をつけて下さい!!」

 

 杏ちゃんに聞くと直ぐに答えが帰ってくる。これまでの戦いで分かっていたが、彼女は頭が良い。それに戦略を練るのも戦術を考えるのも専らこの子だ。その彼女が言うのだから、まず間違いないのだろう。

 

 敵の数が合わない。という事は目に見える範囲には居ないということだ。それも、勇者に変身していることで強化された視力をもってしても。遠くに行くには時間が足りないだろうし、空にも地上にも居ないとなれば……後は地面の中。そして自分は、地面に潜り出て来て攻撃してくるバーテックスの存在を知っている。そう呟き、彼女が皆に大声で注意を促した時だった。

 

 「えっ!? わああああっ!? 地面から出てきた!?」

 

 「「っ、樹!?」」

 

 「大丈夫。私が居る……はぁっ!!」

 

 樹の近くの地面から、以前にも見た魚座のような姿のバーテックスが出てきた。それはそのまま樹へと向かおうとしていて、とても自分達では助けられそうになかった。このままでは樹に攻撃が……そう思い、焦った自分と姉さんの声が重なる。

 

 だが、その攻撃が当たる前に誰よりも先にバーテックスが出てくる事に反応していたであろう古波蔵さんが間に入り、そのヌンチャクを横に振るってバーテックスを吹っ飛ばしていた。その事に安堵すると同時に、あれほどの体格差と武器の小ささでかなりの距離を吹っ飛ばしていた彼女に驚く。

 

 「おぉっ、ナイス吹っ飛ばしね! 一撃で敵が離れていったわ」

 

 「潜るのは私の得意技だ。潜航してくる相手は……だいたい分かる」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 夏凜ちゃんが称賛し、古波蔵さんが何でもないように言う。なるほど、彼女は沖縄の勇者だ。沖縄と言えば 海というイメージもあるし、泳ぎや巣潜りなんかも得意なのかもしれない。彼女が居てくれて助かった。

 

 「おっと、敵が纏めて来るよー!」

 

 「妹を襲うとは……許せない。潰してやる! また潜っても、今度は引きずり出してやる!」

 

 「風! 気持ちは分かるが冷静にな! 私も以前熱くなり過ぎて怒られた!」

 

 「……オッケイ。まぁ樹も無事でピンピンしてるし、また楓に顔から地面に叩き付けられたくないし、ここはクールに戦いましょ。来ぉい!!」

 

 「ん~、ホット! 後、風さんは楓君に何をされたのかしら?」

 

 それからの戦いは、もう特に言うことはないだろう。言えるとすれば、新しく仲間になった2人の勇者はとても強く頼もしい存在であり、その2人を加えた自分達では今のバーテックス達は相手にならなかったということだ。

 

 とは言うものの、それはこの第二波での話。ここから更に敵が現れる事を悟りつつ、自分達は本日2度目となる小休止に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ふいー、一旦引いたかな? まだ来るっぽいけど」

 

 「お疲れ、銀ちゃん。このまま引いていって欲しいんだけどねぇ……」

 

 「新士君、銀。ずっと前線に居るけれど、大丈夫?」

 

 「大丈夫だよ須美ちゃん。他の皆も居るし、須美ちゃん達の空からの援護もあるからねぇ」

 

 「そうそう、お前が矢で援護してくれてるから平気さ。愛してるぜぃ」

 

 「あ、あ、あ、愛って……愛って……!!」

 

 2度目の小休止。先程と同じく空に居た4人は地上組と合流し、地上組も集まる。そうして敵の状況を確認しつつ、銀(小)が一息付くと新士は彼女に労いの言葉をかけつつ、何度も攻めてこられるのは面倒だとそう口にする。小学生組の2人は中学生組との体格差や体力の差がどうしても出てしまい、前線で走り回っているということもあって他のメンバーに比べるとどうしても疲労が濃く出てしまうのだ。無論、園子(小)も同じである。

 

 疲労が見える2人を絨毯の上から少し申し訳なさそうにしている須美が心配そうに声を掛ける。遠距離組である須美は楓の絨毯の上に居る以上、移動は彼任せとなる。自分で動くことも無いため疲れも溜まりにくい。故に、遠距離組としても地上組に申し訳なさがあるのだろう。これは他の3人も同じで、それをズルいだのなんだのと言うような輩は勇者達には居ないのだが、それはそれ。

 

 そうした須美達の心配は、新士のいつものような朗らかな笑顔と銀(小)のキメ顔と軽口で払拭される……が、その軽口で須美は口元を押さえながら慌てる。瞬間、すぐ近くに居た杏の目がきらりと光り、それが目についた球子がげんなりとする。

 

 「お、おい。軽口だろ? こっちも恥ずかしくなるリアクションするなよ」

 

 「乃木さん家の園子さんも、わっしーをアイラブユーよ?」

 

 「勿論、自分も須美ちゃんのことは好きだよ?」

 

 「すっ!? そ、そのっちはわ、私もって返せるのだけど……銀とし……新士君は……その……奇襲だったわ」

 

 「アマっち~、わたしは~?」

 

 「のこちゃんも好きだよ。銀ちゃんもね」

 

 「えへへ~♪」

 

 「くっ、流石新士……恥ずかしげもなく言いおって……」

 

 (今、目の前に小学生同士の恋愛空間が広がっています! ああ、やはり本命は園子ちゃんでしょうか。でも須美ちゃんも反応からして満更でもないでしょうし、銀ちゃんも1度ハマればもう抜け出せなさそう。いえ、そもそも未来の4人は……となるとどこかで意識し合う出来事があるハズ。やはり勇者として戦うことでの吊り橋効果? いえ、日常でのふとした出来事とか、或いは不慮の事故による接触で異性を意識したりなんて……きゃーっ♪ これは是非先生に事細かに報告しなくては!)

 

 顔を赤らめて狼狽える須美を見て、銀(小)も少し慌てながら同じように顔を赤らめる。それを見て園子(小)も同じように愛を囁き、新士はくすくすと笑いながら好意を告げる。これには須美も更に大慌てし、園子(小)が問えば同じように好意を伝えて嬉しそうに笑う彼女に抱き付かれ、銀(小)にも告げると流石の彼女も同じように顔を赤くした。杏は“きゃー♪”と小声で悲鳴を上げた。

 

 「楓君もそうだけど、新士君も恥ずかしげもなく“好き”だと言えるのね」

 

 「恥ずかしさも照れもあるよ? でも、伝えられる好意は伝えておいた方がいいからねぇ……それに、本心だし、ねぇ」

 

 「今も?」

 

 「勿論だとも。姉さんと樹は勿論、美森ちゃん達勇者部の人も、この世界で出会った西暦の人達も……皆好きだよ」

 

 「……うん。知ってる」

 

 「私も皆大好きだよ!」

 

 「勿論私も! ぐんちゃんもだよね!」

 

 「た、高嶋さん……」

 

 「凄いな楓の奴。タマには真似出来んぞ」

 

 「ああ、好意を伝えると口にすれば単純だが、こうまでハッキリと言われてしまうとな……しかし、楓達が言っても軟派に見えないのはなぜだろうな?」

 

 「ん~、こっちもホット! でも悪い気はしないわよね。私もライクか聞かれたらイエスと答えるわ!」

 

 (小学生の皆の恋愛模様も勿論ですが、やはり中学生の皆さんの恋愛模様も忘れてはいけないですね。成長した分小学生の子達よりもどこか大人な感じで、この2人なんて夫婦のようなやり取りが心を熱くさせますよね! 園子さんのように一直線な感じも、銀さんの初な反応もまた良いものです。結城さんも恋愛半分友情半分な感じがまたいい味だしてます。是非とも恋愛側に天秤が降りる瞬間をこの目で……神奈さんも忘れてはいけませんし、ああもうどうして私の目は2つしかないんでしょうか!)

 

 そんな4人のやり取りを見ていた美森は、過去を思い返しながらそう呟く。彼女の記憶の中でも、楓はその好意を隠すことなく告げてくる。生憎とそれは甘酸っぱいモノではないが、それでも正面から臆面もなく“好き”だと言われて悪い気はしないだろう。

 

 楓としても、好意を伝えることに躊躇いはない。流石に少しの照れはあるだろうが……伝えられる時に伝えてきたいのだろう。言えなかった事を、言えば良かったと後悔しない為に。伝える前に、2度と会えなくなる前に。それを知るから、その言葉に秘められた気持ちに気付いたから、美森は好意を受け取りつつ、その右肩に頭を乗せた。

 

 流れに乗るように友奈達がそう言い、高嶋は近くに居た千景に抱き付く。小学生組の流れに乗り、これだけの勇者達に見られているにもかかわらず言い切った彼に球子は驚き、若葉も同じように驚く。その後に直ぐに笑う辺り、異性とは言え仲間に好意を伝えられて悪い気はしていないようだ。それは歌野も同じなようで、彼女もまた笑っていた。

 

 因みにこの時、直ぐ近くで楓と美森のやり取りを見ていた須美は未来の自分と新士が仲良くしている、と言うにはやや進んでいる関係にも見える姿に少し慌て、園子(小)と新士は仲良しだなぁと笑い、銀(小)はもしや未来の自分の今までの反応は……? と悟り始めていた。杏は言わずもがなであり、それを見てしまった球子は遠い目をしていた。

 

 「小学生達はタフだし、皆は強いし仲良いし……ホント、頼もしくて嬉しくなっちゃうにゃあ」

 

 「せっちゃんの事も大好きだよ!」

 

 「あはは、会って間もないっていうのに……ありがとね」

 

 「棗! 妹をありがとね」

 

 「そうだった。古波蔵さん、樹を助けてくれてありがとうございます」

 

 「あれぐらい、この娘ならば対応出来たと思うが……」

 

 「本当に助かりました」

 

 「無事なら、それでいいんだ」

 

 そんなやり取りを、雪花は少し場違いな気持ちで見ながらそう言った。彼女と棗にとってはこの戦いはこの世界に来てからの初陣であるし、勇者達と接した時間もあまりに短い。疎外感を覚えるのも無理はないだろう。しかし、時間の短さなど関係無いと友奈がそう言い、雪花はそれを嬉しそうに笑って受け入れた。

 

 その隣では犬吠埼3姉弟が先程の樹を助けてもらったことに対して棗に御礼を言っていた。精霊バリアがある以上大きなダメージを負うことはなかっただろうし、彼女が言うように樹も対応は出来たかもしれない。が、助けてもらった以上礼を言うのは当然と言い、棗もそれを受け取った。かと思うと、目を閉じていきなりその場に割り込んだ。

 

 「……ちょっと、いきなり座ってどしたの」

 

 「敵は直ぐに来る。それまでに瞑想して、心身ともに回復しておく」

 

 「成る程、私も隣でやってみよう……瞑想っ!!」

 

 「はいはい、私もやらせて! ~♪」

 

 「瞑想中に鼻唄はダメでしょうが歌野。お喋りなアンタに瞑想は不向きよ」

 

 瞑想すると聞き、若葉と歌野が棗の隣に座り、同じように瞑想をし始める。しかし、若葉はともかく歌野は何か勘違いをしているのか、同じように目を閉じて座りながら鼻唄を歌い出し、夏凜からツッコミを受ける。それでも止めなかったが。

 

 「私も棗さんのようにカッコよくなりたいなぁ」

 

 「カッコよくね……とりあえず、今できることから始めなさい。ほら、サプリをキメるのよ」

 

 「あはは……そ、それは大丈夫かなぁと」

 

 「なんでよ。あ、棗、瞑想終わった? じゃあ棗からも言ってやって。サプリは良いと」

 

 「う……私も飲まないからよく分からない」

 

 「じゃあ同じ勇者として私が教えてあげる! いかにサプリがイケてるかをね!」

 

 瞑想する棗を見て、樹はポツリとそう呟く。どうやら完全に心を射抜かれている様子の彼女に、ならばと夏凜はサプリを薦める。が、またいつものが始まったと樹は苦笑いしつつこれを拒否する。それを聞いて少し不満そうにする夏凜だったが、瞑想を終えたらしく立ち上がった棗を見て仲間を得たと言わんばかりにそう言った。

 

 しかし、棗は首を横に振る。彼女がサプリを飲んだことがないと分かり、今度はサプリの布教を始める夏凜。これには周りも苦笑い。何しろ雪花と棗を除けば、皆一様に夏凜からサプリの布教と共に勧められた経験があるからだ。尚、それらに加えてたまに煮干の蘊蓄なんかも入る。

 

 「今、ちょっと困ってる感じかな~?」

 

 「かも知れないねぇ。あまり表情は変わらないけど、雰囲気とかには結構出る人みたいだねぇ」

 

 「そうね、少しずつ分かってきたわ、棗のことも。どちらもチームに馴染んできて何より何より」

 

 夏凜からサプリを勧められている棗の反応を見ていた園子(小)と新士がふむふむと頷きながら話していると風も乗ってくる。彼女はこの数10分に及ぶ戦闘と合間の小休止中の会話で雪花と棗の2人のある程度の人柄を把握し、楽しげに接する姿を見て安心したように頷いた。

 

 「……乃木さん? もしかして、あなたも子孫のように……」

 

 「……すぅ……くぅ……」

 

 「やはり寝ている……瞑想したかと思えば……この状況下である意味大したものね」

 

 そんな話をしている外で、瞑想すると言ってから全く動かない若葉を見て少し嫌な予感を感じた千景。近寄って声を掛けてみるが、帰って来たのは静かな寝息だった。座った状態でそのまま眠ってしまっている彼女をやはり園子達の先祖であると認識する千景。それに加え、近付いた彼女に若葉が寄り掛かってきてしまう。

 

 「……全く、仕方ないわね」

 

 ポツリと、千景はそう言って若葉をそのままにする。休憩中とは言え敵がまだ居る為か樹海化は解けていない。にもかかわらず眠りこける若葉に思うところが無いわけではないが、かといって無下に扱う訳にもいかない。そう思いながら溜め息を1つ吐き、千景は彼女をそのままにしておくのだった。

 

 因みに、彼女も視界にはいつのまにやら立ったまま眠る園子(小)と彼女に寄り掛かられている新士の姿が映っており、改めてやはり先祖と子孫なのだと小さく笑みを溢した。

 

 「……はっ、いかん。一瞬寝てしまっていたか」

 

 若葉が起きたのは1分経ったかどうかといったところだった。少し慌てた様子で呟く彼女に千景は先程思った通りに小言を言い、若葉も素直に謝罪をし、その後直ぐに自身が千景の肩を借りている事に気付き、寝ている間ずっと貸してくれていた事に対して礼を言いつつ体を離した。

 

 「乃木さん、毎日気を張りすぎなんじゃないの? 今は人数も増えてきたんだし……秋原さんの台詞通り、結果を出せるならそこそこの頑張りで言いと思う。全力でやって、潰れるよりは」

 

 「そうね。勇者部5箇条に“なるべく諦めない”ってのがあるけど、“なるべく”って言葉がミソだと思うのよ」

 

 「ちょっと肩の力を抜くといいよ! いつも迷惑かけてる私達が言うのもなんだけど」

 

 「……そうだな。ありがとう」

 

 そう言う千景の表情は真顔からあまり変わらない。だが、言葉からは若葉への心配と思いやりが籠っているのが伝わる。そこに風と高嶋も加わり、千景に続くように言葉を掛ける。

 

 前線に出ては声を出し、リーダーシップを取ってきた若葉。西暦での彼女は同じ四国の勇者……千景達のリーダーとして前に出ていた。それが自分の役割であるから。だが、この不思議空間では他にも沢山の勇者が居る。西暦の時と同じように振る舞う必要等何処にもない。彼女1人で頑張る必要も、気負う必要もない。

 

 仲間達の言葉を受け、若葉の表情に笑みが浮かび……心なしか、肩の力が抜けたような気がした。それを見ていた勇者達の心にも温かなモノが生まれ……銀(小)が須美に向かって声を掛ける。

 

 「聞いてたか須美。あれ、お前にも言えることだぞ」

 

 「私は大丈夫よ。銀の無鉄砲な行動には時々ハラハラするけど」

 

 「おいおい、あたしだけじゃなくて新士もだろ? 須美は頑張れ!」

 

 「新士君よりも銀よ。というか無鉄砲を直しなさい」

 

 小学生組の中でも人一倍真面目で肩の力が入っている事が多い須美。若葉に言われている事は彼女にも言えるのだと銀(小)は言う。だが、須美としては他の3人に、そして年上の勇者達に助けられている事を自覚している。故に、1人で気負うことはないという思いを込めて大丈夫だと言い、それよりも突っ走る事が多い彼女の方こそ心配だと告げる。

 

 銀(小)は新士も突っ走るだろうと言うが、須美にしてみれば1番心配なのは彼女の方だと一蹴。その後の反省の欠片も見えないエールには呆れ顔を返した。

 

 「でもな須美、銀は近接だぞ。近接に鉄砲装備は相性が悪いんじゃないか?」

 

 (球子さん……それ、本気で言ってるのかねぇ……)

 

 「(新士君のタマっち先輩への眼差しが生暖かい……!?)タマっち先輩! “無鉄砲”っていうのは、そういう言葉があって……」

 

 「も、もももも勿論知ってたぞ! 銀! 後こっち見てる新士! 今のは冗談だって分かるよな!?」

 

 「はい! わかってます!」

 

 「うん、分かってますよ」

 

 (銀ちゃんはともかく、やっぱり新士君の眼差しが生暖かい……神世紀は本当に良い子揃いだなぁ)

 

 頓珍漢な事を言う球子に思わず苦笑いと共に生暖かい視線を送る新士。彼女の台詞と彼の表情が視界に入ってしまった杏は大慌てで球子に詰め寄り、同じように慌てた球子は嘘かホントか2人に向かって叫ぶように言った。

 

 銀(小)の反応は至って普通。恐らくは彼女の言をそのまま受け取っている。一方の新士はやはり生暖かい視線を向けたままだが、銀(小)と同じように頷いた。そんな2人を見ながら、杏は改めて神世紀の勇者達は良い人ばかりなのだと思った。

 

 「小休止の間とか、つい寝ちゃいますよね~。やっぱりご先祖様もそうだった~」

 

 「これには若葉さんも言い訳出来ませんねぇ」

 

 「うぅっ……なんだか恥ずかしい……」

 

 肩の力が抜けていた若葉だったが、園子(小)と楓にニコニコされながら言われ、顔を赤くして胸を抑える。思えば異性に寝顔を見られたということでもあり、流石の若葉も恥ずかしかったようだ。

 

 「皆、本当に仲良しなのね。男子が居ると色々問題あるかと思えばそうでもないし……それがチームプレイの秘訣かしら」

 

 「せっちゃんも友達だよ! 仲良しになろうね!」

 

 「……なんだか優しさが沁みるわ。学ぶ事が多い。あなた達にはもっと早く会いたかったな……」

 

 「……その沁みるって言葉、分かるわ」

 

 楽しげに、笑いながら会話をする周りを見ながら、雪花はポツリとそう溢す。北海道に独りで居た時には感じられなかった、人と触れ合う暖かさ。この世界に来てからそう長くない時間の中で掛けられた暖かな言葉に笑顔、優しさ。

 

 雪花の心に、暖かい何かが宿る。独りでは決して得られなかった、言葉に出来ない……だが、得られた事が嬉しいと感じられる何かが。それを感じながら呟いた言葉に、夏凜が理解を示す。勇者部に来るまで、同じように独りで居た彼女だからこそ、雪花の気持ちが、雪花の感じている何かが、夏凜には理解出来た。

 

 「っ! また敵が動き出したわよ。注意して」

 

 「どんな攻撃も鉄壁のタマが防ぎ!」

 

 「あたしが押し返えええす!! そして新士が!」

 

 「止めは自分が貰おうかねぇ!!」

 

 「いい気合いだ。やるな小学生」

 

 「おい、タマは中学生だからな。そこを間違えるとワールドウォー3だからな」

 

 それまでの暖かな空間をぶち壊すように、第3波となるバーテックス達が迫りくる。直ぐに戦闘態勢に入り、前衛、中衛、後衛と別れ、前に、後に続き、空へ向かう。

 

 今度は前線に出た球子が迫る中型バーテックスの攻撃をその盾で受け止め、動きが止まったバーテックスを銀(小)がその双斧で押し返し、無防備なその体を新士が追い、双爪で討つ。この世界で何度も行ってきた、前衛3人組の連携。声を上げて戦う3人に感心したように棗が言うが、2人と一緒くたにされたと思った球子から注意が入る。

 

 「ようし、やっつけちゃおうよ! 勇者パンチが火を吹っくっぞ!」

 

 「ほいほい。死なない程度に征っきます!」

 

 3人に遅れないようにと高嶋が拳でバーテックスを殴り飛ばし、雪花もまた槍を投げる。第1波よりも第2波。そして第2波よりも第3波。戦いを重ねる毎に、その投げ槍が冴え渡り、仲間との連携も取れている。

 

 雪花だけでなく、棗もそれは同じ。前線で戦う仲間達の邪魔にならないように、それどころかお互いの隙を無くすように戦い、先の3人のように連携にて中型も大型も関係なく打ち倒していく。

 

 連戦で疲労は溜まっているだろう。バーテックスの多さに辟易もするだろう。だが、勇者達の動きにそれらは見えず、それどころか良くなっていく。それによって加速度的に数を減らすバーテックス。第4波の姿はなく、これで最後であると誰もが理解した。

 

 「ここが勝機。一気に押しきる」

 

 「はいはいはい! 一緒にやろう! せーのっ! 勇者ソバーット!!」

 

 「楓さん! 2人の援護を!」

 

 「分かった。邪魔はさせないよ!」

 

 棗が友奈の声に合わせて飛び込み、振るわれたヌンチャクと飛び回し蹴りがバーテックスを吹き飛ばし、光へと変える。着地した2人に襲い掛かろうとするバーテックス達は、漏れ無く杏と楓のボウガンと縦横無尽に動く光の矢に射抜かれた。

 

 「響け! 私のフェイバリット! ラアアアアアアアアッ!!」

 

 「凄い……歌野さんの連擊でバーテックスが怯んでます!」

 

 最後に残った大型バーテックス……レクイエムに向かっていた歌野が気合いの叫びと共に鞭を振るい、その巨体を連続で打ち付ける。その様はさながら嵐の如く、切れ目なく止まらない攻撃はレクイエムを退け、怯ませるに充分だった。

 

 「よし、雪花! トドメは私と行こう!」

 

 「了解! チームプレイを学んだ私による必殺の一撃!」

 

 「「はああああああああっ!!/せええええええええいっ!!」」

 

 怯んだレクイエムに向かって若葉が飛び、雪花が槍を構える。歌野から続く攻撃は敵の反撃を許さず、若葉が縦に両断した直後に雪花の投げた槍がその体に大きな風穴を空けた。完璧なタイミングでのトドメの一撃。それを成した2人がほんの少し前に出会ったばかりだと、端から見た者が信じられるだろうか。

 

 これが、最北端と最南端からやってきた勇者を含めた最初の戦い。最後のバーテックスを打倒し、まるで以前から共に戦ってきた仲間のように戦勝を喜ぶ18人の勇者達。勝鬨を上げる勇者達のノリに慣れない2人は少し照れたように……だが、これも悪くないと少し笑った。




原作との相違点

・杏 大 妄 想



という訳で、原作5話の戦闘部分の続きでした。殆んど会話パートでしたけどね。やはり本編のようながっつり戦闘描写は難しい……数の暴力ですしね。

久々の杏大暴走ならぬ大妄想。これ、最初書いてなかったんですよ。でも見直しの時になぜか書けとゴーストが囁いたんで……まさかゴーストの正体は……ああっ、窓に! 窓に!

銀ちゃんの愛してる云々はDEifでも書きましたね。その部分と見比べてみるのも面白いかもしれません。逆に胃が痛くなるかもしれませんが←

あ、次回はゆゆゆ作品お気に入り最多記念の番外編予定です。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 集う桜達と平穏(?)に

またお待たせして申し訳ありません。ようやく更新でございます(´ω`)

コロナ云々が続いてますが、私は腰と脇腹を痛めながら元気にお仕事しています。皆様、お身体を大事にして下さいね。腰と脇腹はつれぇぞ(半泣き

fgo、大盤振る舞いの星5条件付き配布。私は項羽様一択です。やっとぐっちゃんパイセンに再会させてあげられるんや……っ! 王様は無事爆死です。

大盤振る舞いと言えば天華百剣。本日27日から最大300連の無料ガチャです。やるなら今ですよ! 私もやってるんだからさ!(同調圧力

ゆゆゆいは相変わらず爆死です。メブ欲しかった……カッコ可愛すぎるだろ防人カスタムスーツ……。

さて、前回のアンケートにご協力ありがとうございます。今回はアンケートトップ&リクエストから友奈顔大集合です。

ああ、こちらの肉ぶっかけうどんはサービスですのでどうぞお食べ下さい っ▽


 「……どこだろうねぇ、ここは」

 

 ポツリと、楓はそう呟きながらそれまでの記憶を思い返す。と言っても、別に何か特別なことがあった訳ではない。少なくとも、彼自身の記憶の中には。

 

 天の神との最後の戦いを終え、神樹が姿を消し、世界が本来の姿を取り戻してしばらく。姉も卒業し、楓達中学2年は3年に、樹は2年に。雪花という新メンバーも加わり、すっかり馴染んだ日常を普通に過ごし、その日も普通に眠ったハズであった。

 

 「……夢、にしても……これはどう反応すべきだろうねぇ」

 

 ならば、今自分が見ている光景は夢なのだろうと思い至る。何せ彼の目に映っているのは気持ちの良いそよ風が吹く緑生い茂る原っぱの上。遠くには高い山々が見え、太陽の光を反射したキラキラと光る湖畔。それらだけであれば、原っぱの上に寝転ぶなりのんびりするなりとしただろう。だが、目の前のとある建物が彼に困ったような笑顔を浮かべさせた。

 

 

 

 そこにあったのは、大きな()であった。

 

 

 

 あまりにも……そう、あまりにも周囲の綺麗な風景とは不釣り合いな、下は小さく上は大きい、まるで飛び出す絵本のようなコミカルな桜色の大きなお城。しかも入り口の上には看板が掛かっており、そこには無駄に達筆な日本語で“楓くん歓迎”の文字。困ったような笑顔の1つくらい浮かぶのは仕方ないだろう。

 

 「これはこのお城に入る流れ、なんだろうねぇ……」

 

 本音を言えば入りたくはない。だが、察しが良いと評判の楓は入らなければならないという事を察してしまっていた。何が待ち受けているのか全く予想できないし、不安しか感じないが……それでも楓は覚悟を決め、この謎の城に向かって歩く。

 

 歩くこと少し、城の前に辿り着いた楓。不思議な事に入り口の向こうから光が見えているのに全く城の内装が見えない。本格的に嫌な予感を感じつつ、楓は城の中に入っていった。

 

 (……これ、実はのこちゃんの夢に入り込んだりしてないだろうねぇ? しかも出られなくなったし)

 

 城に入った瞬間、楓の背後でバタンと大きな音を立てて扉がしまった。更に何やらガチャガチャと複数の鍵を締めるような音が聞こえ、追加で外側から“ドドドド……”と土砂崩れのような音まで聞こえた。完全に外に出られなくなった事を理解しつつ、楓は城の内装に目をやる。

 

 城の外見に反して、中は円柱のような広い吹き抜けの空間だった。天井は見えず、上から桜の花弁がひらひらと雪のように舞っている。なのに床に降り積もるようなことはなく、床に触れた時点で光と消えていっている。

 

 奥には扉が6つあり、全ての扉の上にネームプレートが掛かっていた。右からそれぞれ“友奈1”、“友奈2”、“友奈3”、“友奈4”、“友奈5”と続き、最後の扉だけ“?”となっている。

 

 更に更に、床の上には猫らしき生物? がちょこちょこと短い足を動かして歩いていたのだ。その見た目が園子が持つ抱き枕の“サンチョ”の姿をしている為、楓は実は園子が見る夢に入っている、或いはそういうややこしい夢を見ているのではないかと思った。

 

 (……いや、本当にそうかもしれないねぇ。どういう訳か、今思い出した。自分は実際に、何度ものこちゃんと銀ちゃんに()()()()()()()()()()()())

 

 色々と考えていると、唐突に楓はそんな事を思い出した。それは園子が自身の精霊の力を使って作り出した“夢空間”と呼んでいた空間での出来事。まだ彼女達が散華を返してもらっておらず、大赦に管理されていた時。夢空間で何度も会い、会話をしていたことがあった。と言っても、今この瞬間まで忘れていたのだが。

 

 (ここは夢空間のような場所なのかも……いや、もしそうなら誰がどうやって作った? 神樹様も天の神ももう居ないのに……やっぱりただの夢なんだろうか)

 

 だが、そうなると“誰が”、“どうやって”、“何のために”夢空間を作ったのかという疑問が浮かぶ。戦いが終わり、神々が姿を消し、同時に精霊も居なくなった平和な世界で、どうやって。そんな疑問を感じつつ、何気なく楓は足下に寄ってきていた1匹のサンチョに手を伸ばし、抱き上げて目の前に持って来る。

 

 

 

 「スィ、ムーチョ」

 

 「……お前、喋れたのかい」

 

 

 

 可愛い見た目に反してダンディな声を発するサンチョ。内心でかなりびっくりしつつもツッコミを入れた楓は彼(?)を下ろし、いい加減覚悟を決めたのか意を決した表情で扉へと向かう。

 

 ここが夢空間であれただの夢であれ、一向に起きる気配が無い。このままじっとしていてもいいのだが、楓としても扉の向こうに何があるのか気になっていた。友奈は分かる。だが、それに番号があるのがわからない。いや、予想は出来ているのだ。ならば、後はその予想が正しいかどうかという話。

 

 深呼吸し1度行い、“友奈1”というネームプレートが掛かっている扉に手をかける。そしてノブを回し、中へと入った。

 

 「あ……楓くん」

 

 「……えーっと……」

 

 そこは、ベッドと2人分の椅子の間に丸いテーブルがある以外には何もない、桜色1色の部屋であった。そして椅子に座る少女が1人、入ってきた楓に向かって笑顔を浮かべて名前を呼んだ。だが、楓はその少女に返答することなく困惑しきっている。

 

 目の前の少女は、楓が知る友奈の姿をしていた。顔も声も座っている背格好まで彼が知る友奈と全く同じ。なのに彼が困惑しているのは、彼女が楓が知る“友奈”とは別人だからだ。

 

 「君は、誰だい?」

 

 「え……わ、私は友奈、高嶋 友奈だよ楓くん!」

 

 「高嶋? 友華さんと同じ名字の……あ、いや、また記憶が……?」

 

 楓に誰かと聞かれ、笑顔から一転して酷くショックを受けたように顔を青ざめさせる私服姿の少女……高嶋 友奈。椅子を倒しながら立ち上がり、目尻に涙を溜めながら近付いて上目遣いに見上げてくる彼女を見て、楓も困惑も強くなる。高嶋と言えば楓の養母である友華と同じ、つまりは大赦の名家の名であるが……そう考えた時、また唐突に記憶が甦ってきた。

 

 四国と同じ姿をした、しかし全く別の世界に召喚され、勇者部に加えてそこで出会った多くの勇者、巫女達と共に造反神と戦うことになった。その中に、目の前の少女は居たのだ。奇跡のような出逢いをして絆を育んだ仲間達の中の1人として。

 

 「……高嶋さん。久しぶり、でいいのかねぇ?」

 

 「あ……良かった、思い出してくれたんだ……うん、久しぶりだね、楓くん」

 

 「……ごめんね、忘れていて。それで、高嶋さんはどうしてここに居るのか分かるかい?」

 

 「ううん、思い出してくれたからいいよ。それとごめんね、私にもわからないんだ。気付いたらここに1人で居たから……だからちょっと不安だったんだ。ぐんちゃんも皆も居ないし、この扉も開かなかったし……楓くんが来てくれて良かったよ~」

 

 楓が思い出した事が分かり、本当に安心したと安堵の表情を浮かべて胸を撫で下ろす高嶋。そんな彼女に、楓は違和感を感じていた。確かに、忘れられていた事は不安だっただろうし、その恐怖は楓にも理解出来る。違和感の原因は、彼女がその事に対して強い……強すぎると言ってもいいショックを受けていたということだ。

 

 楓が知る高嶋ならば、忘れていた事に対して悲しむ事はあるだろうが、仕方ないと言いつつまた自己紹介をしそうなモノだ。だが、明らかに笑うことも出来ない程に恐怖し、泣き出す手前まで来ていた。繋がりが失くなる事を本気で怖がっていた。

 

 (それだけ不安だったって事かねぇ……)

 

 「楓くん……?」

 

 「いや、何でもないよ。自分としても知り合いが居てくれて助かったよ。とりあえず部屋から出ようか。まだ5つ部屋があるから確認したいし」

 

 「うん! 分かった!」

 

 考えた末に、楓はそう結論付けた。1人で突然よく分からない空間に居たのだ、不安にもなるだろう。しかも今彼が入ってきた扉も開かなかったと言う。つまりは監禁されていたに等しいのだ、それも仕方ないだろう。

 

 黙って考えていたからかまた不安そうに顔を伺う高嶋を見て楓は安心させるようにいつもの朗らかな笑みを浮かべ、そう言って部屋から出る為に踵を返す。正直に言えば“友奈”と書かれていた時点でおおよその想像はついていたが、やはり直に目にするのとでは安心感が違う。

 

 「……高嶋さん?」

 

 「なぁに? 楓くん」

 

 「いや……なんで腕を組んでるのかな?」

 

 「ダメ……だった? ご、ごめんなさい! 嫌なら離れるから、だから……何でもするから、嫌わないで……っ」

 

 「ダメじゃないし嫌わないから、安心して? 大丈夫だから」

 

 「ほ、本当? 良かった……えへへ……」

 

 (……本当に、どうなってるんだ?)

 

 不意に、高嶋が楓の左手に抱き付くようにして腕を組んだ。その事に、楓は内心かなり驚く。高嶋とは他の勇者同様に仲が良かったとは思っている。しかし、腕を組んだりするような距離感ではなかったハズだった。だが、楓の記憶とは違って今の高嶋は明らかに距離が近い。肉体的にも、精神的にも。

 

 そう疑問を口にすると、高嶋は今度はこの世の終わりのような顔をしてガタガタと震えだした。その異常な迄の恐れ方にまた驚くが、落ち着いて友奈にするように頭を撫でながら安心させるように優しく口にすると、彼女はまだ顔が青いものの先程よりも安心したのか笑顔を浮かべる。明らかにおかしい高嶋と空間に改めて違和感と異常性を感じつつ、腕を組んだまま部屋を出た楓は“友奈2”の扉の前に立った。

 

 (さて、次は誰だ?)

 

 躊躇うことなく扉を開ける楓。眼前に広がったのは、一軒家の玄関とも言うべき空間。明らかにお城の中にあるような場所ではなし、なんなら2階へと続く階段すらある。そして少女のモノと思わしき靴と男性モノの靴。しかもその靴はよく見てみれば楓が愛用しているモノと同じであった。

 

 「誰かの家……かな?」

 

 「そう見えるねぇ……それに、どういう訳か懐かしく感じる。まるで、前にもここに来たことがあるような……」

 

 不思議そうに中を見回す高嶋の疑問に答えつつ、楓も中を見回す。そうしていると、知らない家のハズなのに懐かしさを覚え、何かを思い出しそうになった。それは先程高嶋の事を思い出した時の感覚と似ており、もう少しで思い出せそうになった時、奥から足音が聞こえてくる。そして奥に見えた扉が開き、そこからまた見覚えのある少女が走ってきた。

 

 

 

 「か、え、で、くーん!!」

 

 「おっと」

 

 「え? えーっ!?」

 

 

 

 走ってきた少女は飛び付くように楓に突撃し、楓は手慣れたように受け止める。そしてその少女の顔を見た高嶋が驚愕の声を上げ、楓も確認するべく下を向くと……見慣れた顔と目が合った。

 

 彼女もまた、友奈、高嶋と同じ顔をしていた。違うのは褐色の肌と濃いピンク色をした髪色くらいだろう。そして楓はその少女の名を知っている。あの世界での記憶を思い出しているのだからそれも当然であり……同時に、その記憶ではこのように飛び付いてくることはなかったハズだった。

 

 「赤嶺さん、だっけ」

 

 「あれ? いつもみたいに“友奈ちゃん”って呼んでくれないの……?」

 

 「え? 自分がそう呼んでいた……?」

 

 「う、うん……」

 

 楓の疑問に対し、赤嶺は悲しげに、不安げに頷いた。ここでも高嶋と同様に自身の記憶との差異を感じる楓。彼女とは遭遇した当初こそ敵対していたが最終的にはそのお役目の内容を聞いた上で和解しているが、ここまで好意的になるような時間はなかった。やはりこの空間はどこかおかしいと思いつつ、別段拒否するような事でもないので朗らかな笑みと共に名前を呼ぶ。

 

 「……それじゃあ、友奈ちゃんと呼ばせてもらおうかな。君はどうしてここに?」

 

 「どうしても何も、ここは元から……あれ? 外が……何処ここ!?」

 

 「気付いてなかったんだねぇ……」

 

 扉の外を見て驚愕の声を上げる赤嶺。明らかに家の外が別の場所に変わっているのだからそれも仕方ないだろう。そうして驚いている赤嶺に楓はここが謎のお城の中であること、友奈2の扉を開くとここに繋がっていたこと、他にも扉があることを説明し、そこを調べたいと伝える。

 

 「よく分からないけど……分かった。私も着いてくよ。元居た場所じゃないなら戻りたいし」

 

 「ありがとう! 赤嶺ちゃん!」

 

 「それじゃあ行こうか楓くん。その他の扉に」

 

 「あ、赤嶺ちゃん……?」

 

 「……ああ、先輩、居たんだ。楓くん以外目に入らなかったから気付かなかったよ」

 

 「え……」

 

 「あーっと、早く次の扉に行こうか2人共」

 

 「はーい」

 

 「あ……うん」

 

 楓の空いている手を取って家から出る赤嶺。共に着てくれる事に礼を言う高嶋だったが、赤嶺は聞こえていないかのように返事をしなかった。もう一度名前を呼ぶと今度は振り返ってくれたが、その目は高嶋に対して何の感情も抱いていなかった。

 

 再び顔を青ざめさせる高嶋。そんな彼女と赤嶺の手を強く握り、苦笑いを浮かべながらそう促すと片や元気に、片や安心したように返事をする。赤嶺の高嶋に対する態度にやはりおかしいと感じつつ、楓は2人の手を引きながら“友奈3”の扉の前に立つ。

 

 (高嶋さん、友奈ちゃんと続いたから、きっとここに居るのは……)

 

 誰が居るのか予想しつつ、1度2人に手を離して貰ってから扉を開く楓。開いた先にあったのは……何度か入った事のあるとある少女の部屋。そしてそこにあるベッドに腰掛けているのはその部屋の主であり、楓が予想した通りの少女の姿。彼女は扉が開いた音が聞こえたのかそちらへと顔を向けており……そして、3人の姿を見て満面の笑みを浮かべた。

 

 「楓くん! 高嶋ちゃんと赤嶺ちゃんも居る! 良かった、私だけじゃなかったんだね!」

 

 「やっぱり友奈だったねぇっと」

 

 「結城ちゃん! 久しぶりだねー」

 

 「……あ、コーハイちゃんも居たんだ」

 

 ベッドから降りて立ち上がった友奈は一直線に楓達の方へと向かい、そのままの勢いで彼に飛び付くように抱きついた。先程よりも落ち着いたのか高嶋も笑って手を振り、赤嶺は関心が無いのかようやく気付いたように無感情に呟くだけだった。

 

 彼女を抱き止めた楓はようやく違和感の無い知り合いが現れたことで内心で安堵の息を吐いた。園子程の頻度ではないが、こうして飛び付いてくるのは時々ある。どうやら彼女は自身と同じ時間軸の友奈らしい……と、思っていたのだが。

 

 「楓くん……1人で寂しかったよ」

 

 「ごめんね、友奈。もっと早く来れたら……」

 

 「1人は寂しくて、寒くて凍えそうで、あのクリスマスイブの日みたいに耐えられなくなりそうなんだ。楓くんが居ないと押し潰されそうで……ううん、楓くんじゃないと、もうダメなんだ」

 

 「……友、奈?」

 

 「あんなのはもう嫌だよ。楓くんじゃなきゃダメなんだ。東郷さんと一緒でも夏凜ちゃんと一緒でも風先輩と一緒でも樹ちゃんと一緒でも園ちゃんと一緒でも銀ちゃんと一緒でも……他の友達も、家族でも寂しくて寒くて悲しくて苦しくて辛くて仕方ないんだ」

 

 違和感、なんてモノではなかった。明らかに、楓が知る友奈と違っている。確かに友奈は楓に救われた部分もあるだろう。だが、それは決して彼だけではない。勇者部の皆だって、確かに彼女の救いだったハズで。大好きで、大事で、大切だったハズで。

 

 だが、今抱き付いて絶対に離さないとばかりに楓の服を強く握り締める友奈は違った。依存している、なんてモノではない。それが……楓が居なくては死んでしまうのではないか、そんな風に思わせる危うさがあった。

 

 「お願いだから離れないで、一緒に居て、また抱き締めて、頭を撫でて……大丈夫だよって……」

 

 「……うん、自分が来たからもう大丈夫。自分以外にも高嶋さんも友奈ちゃんも居るしねぇ。寒いなら手を繋いでおこうか。ほら、ここから一緒に出ようねぇ」

 

 「うん……うんっ……えへへ、温かいなぁ……」

 

 (早くこの訳のわからない所から出ないと……本当に、何がどうなっているのやら)

 

 「あ、じゃあ結城ちゃんは私と代わろっか? 私は楓くんの服の裾を掴んでるから」

 

 「ありがとう、高嶋ちゃん」

 

 「終わった? じゃあ次に行こうよ楓くん」

 

 (……少なくとも、自分1人では身が持たないのは確かだねぇ。さて、残り2つの部屋にはまさかとは思うが……いや、違和感だらけの空間なんだ、それも有り得るか)

 

 同じ顔の別人3人から向けられる重い感情と違和感がのし掛かり、物理的な重量は増えていないハズなのにやたらと体が重く感じる楓。高嶋に右斜め後ろから服の裾を掴まれ、赤嶺には右腕に抱き着かれ、友奈とは左手で手を繋ぐ。因みに、4人は私服姿である。

 

 友奈3の部屋から出た4人はそのまま友奈4の扉の前に立ち、手が塞がってる楓とニコニコしたまま腕を離す気がない赤嶺の代わりに友奈がその扉を開く。そして、その先に広がる空間に全員が……無関心であった赤嶺でさえ息を呑んだ。

 

 

 

 「待ってたよ、皆」

 

 

 

 そこは、間違いなく“樹海”であった。と言っても、木の根が敷き詰められているようなあの空間ではなく、目の前に大きな木……神樹があるからそう見えるだけで。そしてその根元に、やはり3人と同じ顔をした、桜色の着物を着た少女が居たのだ。

 

 楓と、そして友奈は知っている。会ったこともある。久しぶりに会うその少女は微笑み、そう口にして自分から4人に近付いてきた。

 

 「……久しぶり、でいいのかねぇ」

 

 「()()()の貴方だとそうなるのかな。私としては……そうでもないんだけどね」

 

 「えっと……誰? 私達と同じ顔をしてるけれど」

 

 「まさか結城(コーハイ)ちゃん以外にも居るなんて……いや、因子の問題だから会ったことないだけで他に居てもおかしくない、か」

 

 「高嶋ちゃん忘れたの? 神奈ちゃんだよ!」

 

 「「誰?」」

 

 (どういうことだ? あの世界に居たハズの2人が神樹様を……神奈ちゃんを知らない?)

 

 2度と会えないかもしれなかった神樹……神奈と再会に嬉しそうにする楓と友奈。それは神奈も同じだったようで……しかし、その後の高嶋と赤嶺の言葉に、2人は驚愕する。何故なら彼女達はあの不思議空間で出会っているハズだからだ。

 

 ここに来て更に大きくなる違和感。その答えに自力でもう少しで辿り着く前に、目の前の神奈がくすくすと笑いながらその答えを口にする。

 

 「2人が知らないのはきっと、その()()では私と出会っていないからだね」

 

 「その世界では……?」

 

 「うん。ここはね、貴方が知る言葉で言えば“夢空間”に近い場所。あの空間よりも、より夢なのか現実なのか酷く曖昧な空間。2つの境界が曖昧で、混ざって、色んな可能性が入り込む、謂わば特異点のような場所。それがこの場所なんだよ。分かるかな……?」

 

 「「あ~う~……分かりません……」」

 

 「つまり……どんな事でも起こりうる可能性がある空間ってこと?」

 

 「パラレルワールド……みたいなモノか。つまり、ここに居る3人は自分が知る彼女達ではなく、()()()()()()()()()()()()()()。彼女達にとっても、自分は別の可能性の自分という訳だ。本人だけど、本人じゃない“if”の存在……で、いいのかな?」

 

 「そんな感じかなぁ。勿論、私もそうだよ。だって“私”は久しぶりなんて言われるほど貴方と離れてる訳でもないからね」

 

 神奈の言葉に目を回す友奈と高嶋とは反対に全部ではないにしろ理解を示す楓と赤嶺。謂わばこの謎の空間は楓が知る夢空間、或いは神樹内部のあの不思議空間のようなモノ。そこにパラレルワールド……似て非なる様々な世界の彼、彼女達がどういう訳かこうして集まっているのだ。

 

 楓が知らない“if”の世界の彼女達。彼に嫌われる事を酷く嫌い、何をしてでも側に居たいと思う高嶋。彼と自身以外はどうでもいい、自分達2人だけで完結している赤嶺。誰よりも何よりも彼を求め、彼が居なくては1人で立てるかも怪しい程に依存している友奈。

 

 「……因みに、君の世界では自分はどうなっているんだい?」

 

 「貴方も知ってる、私が居るあの場所に居るよ。誰にも触れさせず、誰にも見せず、誰にも会わせず、出さず、逃がさず、ずーっとそこで私と一緒に居るんだぁ……♪」

 

 (そっちの自分監禁されてる!?)

 

 そして、自身の両手を頬に当ててうっとりとしながらそんな事を宣う神奈。ビクゥッ! と他の3人が震え上がりながら左右後方から抱き付いてくるのを感じつつ、楓自身もゾクリと悪寒を感じつつ、口元をヒクつかせる。そして、この空間に迷い込んだ彼女達に共通する“可能性”がどういうモノなのかも理解する。

 

 簡単な話、彼女達は皆一様に彼に精神的に依存しているのだ。他人が見れば度を越えているレベルで、精神を病んでいると言われてもおかしくない程に。ガリガリと己の中の何かが削れていくのを感じつつ、楓は声を発する。

 

 「も、元の世界に戻るにはどうすればいいのかねぇ……?」

 

 「ふふ……え? あっ、元の世界には時間が立てば勝手に戻るよ。それに、ここで起きた事は覚えていられない。あの空間と同じでね。現実味がある夢のような出来事……本来は有り得ない奇跡のような一期一会。それがこの場所。戻るということは、夢から覚めるようなモノだから」

 

 「自分達は夢を見ているだけも同然ということか……」

 

 「それにしては君……神奈ちゃんだっけ? 詳しいんだね、この世界について」

 

 「私とは別の、私よりずっと力や存在感とか何もかもが上の“私”が作った場所だからね、話は聞いているんだよ」

 

 (神奈ちゃん……神樹様よりも更に強い力を持つ神樹様……そういう世界もあるのか)

 

 分かるような、分からないような説明。友奈と高嶋の2人に至っては目を回して頭から煙が出そうな状態。楓と赤嶺の2人は何となく理解出来ているのか曖昧な所があるが、辛うじて着いていけてはいる。

 

 説明を聞き、楓はまた考える。この世界を神樹が作ったという事にも驚いたが、神の力を強める己を監禁……共に居る目の前の神奈よりも更に強い神樹が存在する世界が在ることにも驚いていた。その世界の自身は、世界そのものは、勇者部はどうなっているのか……そう考える程には。

 

 「……説明してくれてありがとう、神奈ちゃん。後2つ扉があるんだけど、一緒に来ないかい?」

 

 「2つ? 他に誰が居るのかな……うん、着いてくよ。世界は違うけど、貴方は貴方だしね」

 

 そんな会話の後に共に扉から出る5人。そのまま最後の友奈5と書かれた扉の前に立ち、楓はノブに手を掛ける。彼の予想では、この部屋の向こうには自身の世界の神樹と同様に消えたハズの存在が居る。

 

 深呼吸を1つ。同じように深呼吸するのが1人。楓と……友奈はお互いに顔を見合せ、頷く。どうやら2人の世界は似通った道筋を辿ったらしい。意を決して扉を開くと、その先にあったのは友奈の時のような誰かの部屋だった。そしてその部屋の中に佇んでいる、長い黒髪に黒い着物を着た少女が1人。少女は扉の音に反応したのか振り返り……5人を見て、笑みを浮かべた。

 

 「正直、また会えると思ってなかったよ……楓くん」

 

 「……自分もだよ」

 

 にこやかに言う彼女……天の神に、楓は苦笑いを浮かべた。正直な所、楓は彼女に思うところはある。だが、最後の戦いの時にその告白のような叫びを聞いている。最後の一押しの時に応援されたような気もする。だからだろう、今はそれほど悪く思ってはいなかった。少なくとも、彼女という神のことは。

 

 「あっ……初めて笑ってくれたね。嬉しい……嬉しいな。結局最後まで私には笑ってくれなかったから……その笑顔、私だけのモノにしたいよ。今すぐにでも君以外のそいつらを刻んで潰して溺れさせて燃やして風穴空けて苦しませて破裂させて……でも、それをすると嫌われちゃうから、やらないけど」

 

 「……それは良かった。また、君を嫌いたくは無いからねぇ」

 

 「今は嫌いじゃないんだ? うん……嬉しい。嬉しいから、我慢するよ」

 

 苦笑いでも笑ってくれたことが嬉しかったのだろう、本当に嬉しそうに笑う天の神。その後に不穏過ぎる言葉の羅列がされたが、首を振ってそう告げる。一瞬怒りが沸きそうになった楓だったが、前とは違うのだろうとまた苦笑いをし、その言葉を聞いてまた彼女は嬉しそうに笑った。

 

 「ねぇ、楓くん。この子は誰? また私の知らない先輩か後輩?」

 

 「結城ちゃんも知ってるの?」

 

 「うん! あの子は天」

 

 (友奈、待った。流石に2人に天の神と紹介するのは……)

 

 (ふぇ? あ、そうだよね。天の神は敵だった訳だし……でも、名前が……)

 

 「「天……?」」

 

 「えーっと、その……」

 

 話に入ってこなかった4人の内、対面すらしたことがない赤嶺と高嶋が疑問の声を上げる。赤嶺としては自身の知識外の同じ顔の存在がまた現れたことに、高嶋は純粋に疑問だった。友奈は知っているらしくそのまま天の神と紹介しようとしたのだが、楓に止められて口をつぐむ。

 

 天の神が人類の敵であることは当然、あの世界を経験している2人も知っているだろう。伝えたからと言っていきなり戦闘に入る事はないだろうが、敵対心は持たれるかもしれない。只でさえ先程不穏な事を言っていたのだから。故に別の名前を呼ぶべきなのだが咄嗟に思い付かず、あちらこちらに視線を動かしていた友奈は神奈と目が合い、咄嗟に……。

 

 「その、この子は……そう! 天奈(てんな)ちゃん!」

 

 「は? どうしたの急に……」

 

 (ごめん、合わせて!)

 

 「……うん、天奈です。よろしく」

 

 「天奈ちゃんって言うんだ! 私は高嶋 友奈だよ。よろしく、天奈ちゃん!」

 

 「……まあいっか。赤嶺 友奈だよ、よろしく」

 

 「神奈、だよ。よろしくね、天奈ちゃん」

 

 (中々に不思議というか、壮観と言うか、面白いと言うか……)

 

 友奈の顔をした天の神、故に天奈。いい名前を思い付いたと満足そうにする友奈を何を言ってるんだこいつはと言わんばかりの表情で見るが、楓に小声で頼まれて渋々挨拶をする天の神……もとい、天奈。

 

 納得したのか元気に挨拶を返す高嶋と、疑わしげに見た後にその疑問を呑み込んで返す赤嶺。ニコニコとしながら手を振る神奈。そんな風に挨拶をし合う5人の同じ顔の少女を見て、楓はくすくすと笑っていた。

 

 「ところで、ここ自分の部屋なんだけど……もう1つ扉あるから、確認する為にも出ない?」

 

 「あ、ここ楓くんの部屋なんだ。初めて入ったよ」

 

 「私も。生活するのは私の家だったし。そっか、ここが楓くんの実家の楓くんの部屋なんだ……」

 

 「待って、なんで寛いでいるんだい? 何も面白いモノなんてないし、最後の扉の確認を……」

 

 「楓くんの部屋久しぶりだなー。私ももうちょっと居たいよ楓くん」

 

 「最後の扉は多分誰も居ないし、少し休憩するつもりでここに居るのもいいんじゃないかな」

 

 「私も気付いたらここに居たし、(直接見るのは初めてだし)折角だからもう少し見てみたいかな」

 

 「……まあ、いいけど。本当に何も面白いものなんてないよ?」

 

 

 

 

 

 

 「なるほど、これが楓くんが毎日寝てるベッド……あ、寝心地良いね。それに良い匂いもする……すぴー」

 

 「こらこら友奈ちゃん、女の子が男のベッドで寝ないの」

 

 

 

 「楓くんって色々難しい本読んでるんだねー、アンちゃんみたい。あ、マンガもあるんだ……日本の歴史? やたら歴史本が多いね」

 

 「自分、結構雑食だからねぇ。マンガは姉さんと銀ちゃん、友奈のオススメが多いかな……歴史本はほぼ全部美森ちゃんから押し付けられた(贈られてきた)物だよ」

 

 

 

 「あ……神棚、あるんだね」

 

 「勿論だとも。四国に住むものとしてはあって当然のモノだし……自分としても、神樹様は大事な存在だからねぇ」

 

 「……うん、嬉しいな」

 

 

 

 「どうしよう、何をすればいいのかわからないよ……」

 

 「そうだねぇ……とりあえず、以前は出来なかったことをすれば良いんじゃないかねぇ。折角同じように人の体をしているんだからさ」

 

 「出来なかったこと……それじゃあ……手、繋ぐとか……抱き締めてくれる、とか。友奈がしてもらってるの見て、羨ましかったんだ。今なら……してくれるかな?」

 

 「……そうだねぇ。今なら、いいかな。おいで、天奈ちゃん」

 

 

 

 「あ……ねぇ、楓くん。このコート、着てみてもいいかな?」

 

 「うん? 構わないけど……それ、学校指定の奴だから友奈も持っているハズだけど?」

 

 「楓くんのだから良いんだよ! ……あの時、着せてくれたコートだから」

 

 

 

 そんなこんなで、思い思いに過ごすこと体感で数十分。好意を持つ相手のベッドで寝たり、一緒に本を読んだり、嬉しい言葉を聞いたり、かつて出来なかったことをしてもらったり、思い出のコートを着させてもらったりと満足げにしている5人の友奈達。対応していてほんの少しだけ疲れた様子の楓は彼女達を連れて部屋から出る。

 

 部屋を出ると、何故だかお城の中を歩き回っていたサンチョ達の姿が消えてていた。不思議に思いつつも最後の扉の前に立つと、これまでと同じように楓はノブに手を掛け……。

 

 「楓くん。私は、この場所を聞いているって言ったよね」

 

 「うん? ああ、そう言っていたねぇ……ということは、この部屋のことも?」

 

 「うん、知ってる。大丈夫、別に危ない部屋じゃないよ」

 

 「なら、安心だねぇ」

 

 「うん、危なくない。ただ……」

 

 

 

 ― この現実味のある夢が、覚めてしまうだけだから ―

 

 

 

 「えっ?」

 

 神奈の言葉に安心しつつ、楓はノブを回して扉を開ける。その一瞬前に、“?”となっていたのが“覚醒”に変わっていたような気がして。神奈が……いや、楓達の側にいる彼女ではなく、彼女と同じ声(全員同じ声だが)がお城の中に響くようにそう呟き……開いた扉の中から、樹海化の時のような極彩色の光が色とりどりの花弁と共に溢れだして。

 

 ― バイバイ、違う世界の皆。もしかしたら…… ―

 

 誰もが目を開けられず、声も出せず。唯一の例外として先の声だけがお城の中に……否、6人の頭の中に響く。そして次第に意識も消え、何も感じなくなって……。

 

 

 

 ― また、ここで違う誰かと会えるかもね ―

 

 

 

 最後に、黄色い髪の少年と、その少年の首に手を回して抱き着いている桜色の着物の少女。そして彼等の周りに存在する黄、緑、紫、青、赤の少女の姿をした影の姿を見た気がした。

 

 

 

 

 

 「……ん……ふ……~っ」

 

 朝、いつもの時間に目が覚めた。何やら夢を見ていた気がするが、生憎と思い出せない。ただ、楽しい夢だったような、ヘンテコな夢だったような気がした。

 

 起きた後は日課となっているトレーニングを終え、姉さんに呼ばれて樹を起こしてから3人で食事をして、そのまま一緒に家を出て学校に向かって。途中でのこちゃんと合流して、学校では友奈と美森ちゃん、夏凜ちゃん、銀ちゃん、雪花ちゃんとも合流して勉強して。

 

 放課後には高校から姉さんがやってきて9人で勇者部の活動をして、それが終われば恒例の“かめや”でうどんを食べて、たまに雪花ちゃんの要望でラーメンを食べに行ったりして。

 

 そしてこの日は何となく……本当に何となく、あの人に電話をしたくなったので先にメールで連絡をする。少ししてOKと来たので直ぐに電話をすると、3回程のコールの後にその人が出た。

 

 『もしもし、楓君ですか?』

 

 「ええ、楓です。友華さん」

 

 電話の相手は友華さん。彼女は高嶋家の当主だから忙しいのだが、養子だったからか結構自分に甘い所がある。電話を掛けていいかと聞いても無理だったことは殆んどないくらいだ……無論、自分も時と場所は選んでいるんだけどねぇ。

 

 話すことと言えば、学校での出来事や自分が過ごす日常、勇者部の皆の事などの他愛のない話。それだけだが友華さんは楽しそうにしてくれているし、自分も楽しんでいる。そして話すことしばらく、そろそろ切ろうかと言うところで……少し、悪戯心が出た。

 

 「それじゃあ、そろそろ切りますねぇ」

 

 『ええ、楽しかったわ、楓君。それではまたね』

 

 「はい、また電話しますねぇ……義母さん」

 

 『っ!? か、楓君! 今のもう1か』

 

 完全に言い切られる前に電話を切る。何度か掛かってきたが、敢えて無視する。

 

 慣れない事をするものじゃない……我ながらそう思う。2年越しに初めて義母さんと呼んだ事が恥ずかしくなり、顔が赤くなっている事を自覚しながら帰路を行く自分の頭の中では……友奈に似た、姉さん曰く年齢詐欺の義母の顔が浮かんでいた。




今回の補則

高嶋:奉仕タイプ。対象に嫌われる事を酷く恐れる為、嫌われない為ならそれこそ何でもやるタイプ。

赤嶺:完結タイプ。世界には対象と自分だけさえ居ればいいと本気で思っている為、それ以外の物事には殆んど無関心なタイプ。

友奈:依存タイプ。対象が居なければ自己を保てなくなる為、常に側に居ないと自殺かねないタイプ。

神奈:監禁タイプ。対象を兎に角自分の手元から手離したくない為、あらゆる物事から遠ざけて自分だけが知っている場所に隔離するタイプ。

天奈:排除タイプ。赤嶺と似ているが、こちらは対象と自分以外が存在していること自体が許せない為、その全てを物理的に消し去ろうとするタイプ。



という訳で、友奈顔全員集合&友奈達が楓へ微ヤンデレという内容でした。実のところ、こちらの話はノープランノープロットです。よく書けたな私……。

本作で話中に天奈と呼んだのは初めてですかね。今回の話は、早い話が“夢空間内にif話の友奈と楓を突っ込んだ”というものです。番外編として書いてるモノから書いてない可能性の友奈まで。楓と天奈は本編に近いですが。

さて、記念番外編がこれでいいのかという葛藤はありますが、書ききったので満足。楽しんでいただけたなら幸いです。次回は普通に本編の予定です。

それから、突然ではありますが一旦リクエストの方を終わらせて頂きます。貯まっているリクエストを粗方消化したら、また再開する……かも?

ところで、お気に入り最多記念番外編を書いてるのにとっくに最多抜かされてるんですよねぇ……三日天下とはこの事か(哀

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 12 ―

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

東方ロストワード始まりましたね。東方projectは私がハーメルンにて最初が完結させた作品の元ネタですので思い入れがあったり。この1週間楽しませてもらってます。別に楽しむあまり執筆が遅くなったとかはナイヨー。椛と小悪魔はよ来て。

もう言うまでもなく分かる方も居るかもしれませんが、ガチャ関連は爆死済みです。魔王ノッブ欲しい……本当に欲しい……。

以前にニコ生にて一挙放送されたゆゆゆを見て、その中に楓(新士)が居るのをついつい想像してしまう病気を発症しました。わすゆOPの最初の3人が歩くところに新士が居たらなーとか。ゆゆゆ見て二次作品書く人とか本作を読んでくれる方とかもっと増えろ。

前回の番外編、感想を見る限り好感触なようで何よりです。皆様ヤンデレ好きなのね……そう言えば私の場合、番外編かつ暗めな話だと感想が増える傾向にあります。何故だ←

さて、今回は本編です。それでは、どうぞ。


 「皆お帰り~」

 

 「ただいま、皆」

 

 「お疲れ様です。皆さんご無事で何よりですね」

 

 「温かい紅茶と緑茶もあるから、好きなのを選んでね」

 

 「うたのんにはそば茶を用意してあるよ」

 

 「お菓子もあるからな!」

 

 樹海から戻ってきた自分達を出迎えてくれたのは、留守番組の5人の温かな言葉と用意してくれた飲み物にお菓子だった。歌野ちゃんなんて水都ちゃんから受け取ったそば茶……どんな味なんだろうか……を美味しそうに飲んだ後、喜びながら彼女に頬擦りをしている。

 

 自分達も各々ただいまと返し、飲み物を受け取ってテーブルの上のお菓子をつまみながら戦いの疲れを癒す。新しく召喚された2人とも先の一戦で随分と打ち解けられた気がする。それは今、自分の直ぐ近くで同じようにお菓子をつまんでいる秋原さんと樹と杏ちゃんに挟まれている古波蔵さんを見ても明らかだろう。

 

 「うどんの国で蕎麦を推していくとは……まあ私はラーメン派だけど」

 

 「ラーメン時々食べるよ。美味しいよね~」

 

 「自分もラーメンは食べるねぇ。北海道でラーメンだと……札幌ラーメンとかかねぇ」

 

 「結城っちはラーメン派なんだ! と喜ぶのは罠。あくまでメインはうどんのハズ。かーくんは……意外と脈アリと見た。札幌ラーメンも確かに好きだけど、私は旭川ラーメン派だね」

 

 「……沖縄そばはいいぞ」

 

 「また新たな麺類が……!!」

 

 この場所がうどん県である香川であることは知っているからだろう、秋原さんはそば茶を出す水都ちゃんに対して驚いているようだった。そんな彼女はラーメン派らしいが、確かに北海道ではうどんや蕎麦よりもラーメンのイメージが強い。

 

 自分は姉さん達と影響でうどんをよく食べるが、神樹館時代の同級生から聞かされた好物の影響か熊本ラーメンを食べに行ったりする。そもそも美味しい物に貴賤はない。まあ派閥争いが起きるのは仕方ないとは思っている。

 

 というか、“かーくん”とは自分のことだろうか。あだ名を付けられたのはのこちゃん以来かもしれないねぇ……なんて友奈とのやり取りや何やらキラリとメガネを光らせながら自分の事を見る秋原さん、力強く宣言した古波蔵さんと驚く球子ちゃんに苦笑いしながら考えていた。

 

 「様子を見るに、皆戦いを通じて仲良くなったみたいだね」

 

 「そうだねぇ。秋原さんにはのこちゃんみたいにあだ名で呼んでもらったりしてるしねぇ」

 

 「その雪花さんは私の畑で農作業をするプロミスすらしてくれたわ」

 

 「いや、私は親戚が農家って言っただけなんだけど……でも面白そうかも、土いじり」

 

 のこちゃんの言葉に同意しつつ、お菓子に手を伸ばす。本当に、戦いを通じて仲良くなれたと思う。いきなりの戦闘で彼女達にとっては初のチーム戦。最初は多少連携が取れていなかった部分はあったもののそれも直ぐに無くなり、1度息が合えばそのまま。最後の若葉さんとの連携によるトドメの一撃は今も目に焼き付いている。

 

 「棗も凄腕の勇者だったし、戦力的にも大収穫よ。このまま敵の土地に攻め込みたいぐらいね」

 

 「棗さん。今度、稽古に付き合って下さい!」

 

 「あぁ、宜しく」

 

 「戦力的に大収穫、か……正に今が次のステージに行くタイミングなんですね」

 

 「うん、勇者の数も実力も充分だからね」

 

 「何かあったんですか? ひなたさん、神奈さん。新しい神託とか……?」

 

 「うん、正に神託があったんだ。皆が戦ってる間にね」

 

 夏凜ちゃんは古波蔵さんの戦闘を近くで見ていたし、その実力をより近くで感じていたからだろうか、まだ少し興奮している気がする。遠目で見ていても彼女の実力の高さは分かったから、それも理解出来るけれど。稽古……自分も入れてもらえないかな。ヌンチャクを持った人との組手の経験は流石に無いし。

 

 そう思っていると、何やらひなたちゃんと神奈ちゃんが皆に聞こえる声でそう呟いた。須美ちゃんが緑茶の入った湯飲みをテーブルに置きながら聞くと、水都ちゃんが答える。そして3人の巫女を代表するように、ひなたちゃんが話し始めた。

 

 「皆さん、初期目的は覚えていますか? ズバリ、造反神を鎮めることです」

 

 「そいつが神樹の中で暴れているんでしょう? だから私達勇者が、何とかする」

 

 「うん……鎮める為には、奪われた土地を取り戻さないといけない」

 

 「今までは防戦一方だった。でも、皆が沢山頑張ってくれたから、遂にこっちから攻めることが出来るようになったんだよ」

 

 おお、と自分も含めた勇者側から声が上がる。成る程、夏凜ちゃんが言ったことが図らずも実現したという訳だ。確かに神奈ちゃんが言うように、これまで自分達は敵が攻め込んできたという警報を合図に樹海に行き、そこでバーテックスを撃退してきた。

 

 だが、今度は自分達が攻めに行く。今まで守ってきた自分達が、だ。現実の世界でも防衛しかしていなかったし、初めて攻勢に出るのだと聞かされて少し高揚している自分が居る。

 

 「なんか良いタイミングで呼ばれたみたい。ねぇ、棗さん」

 

 「そうだな雪花……腕の振るい甲斐がある」

 

 「神託に従って、次の満月に仕掛けます。土地を奪還していきましょう」

 

 「ある意味、ここからがスタートラインだな」

 

 「うん、皆と一緒に頑張ろう! 全員で挑めば大丈夫!」

 

 (大丈夫どころか過剰戦力な気がしなくもないけど)

 

 「美しい我が国の為に、力を尽くします」

 

 「ふっふっふ、ガンガン耕すわよ」

 

 「私達の新しい戦いが、また始まる……!!」

 

 「そうだねぇ。どんどん勝ち抜いて、土地を奪い返そう」

 

 【おー!】

 

 高揚しているのは自分だけでは無いようで、皆心なしかテンションが高く言葉に熱が籠っている気がする。途中の神奈ちゃんの苦笑いが少し気になったが、それも直ぐに皆の熱の中に埋もれて気にならなくなった。

 

 自分の言葉にノリが良い何人かが同意して手を上に向かって突き出す。若葉さんが言ったように、ようやく自分達はこの世界でのお役目をこなすスタートラインに立ったんだ。後は仲間達と共にゴールを目指して突っ走るだけ。

 

 これは現実世界での未来が掛かっている戦い。決して軽く見るつもりも、ましてや遊び半分で挑むつもりもないが……なに、自分達は8人で1度世界を救っている。なら20人の勇者に3人の巫女が居る今回のお役目だってこなせるハズさ。そう思いながら、そのまま皆と共にのんびりと過ごすのだった。

 

 (そう、ここからが本当の戦い……ここからが、本当の“試練”だよ、皆)

 

 

 

 

 

 

 あれから数日立った日の休日。神託により、攻勢に出る日は次の満月の日という事になった勇者達は戦いの日々で疲れた精神的、肉体的疲労を癒すように思い思いに過ごしていた。召喚される前は夏真っ盛りだった西暦組も、後一月もせずに年を越すこの世界に多少混乱していたが、今ではすっかり慣れたもの。

 

 その日、寄宿舎の広い庭に一部の勇者達は居た。寒空の下遠出をするのも億劫であるし、しかも雪まで積もっている。が、体力系勇者達にはそんな事は関係無いようで……。

 

 「さぁ行くわよ銀くん、棗さん! 私達のスノーボールを受けてみなさい!」

 

 「頑張ろうね! 歌野ちゃん!」

 

 「おっと、そう簡単にはやられませんよ、歌野さん! 棗さん、いっきますよ!」

 

 「ん、任せろ。雪合戦は初めてだが、頑張る。その後に食べる温かいご飯はきっと美味しい。うん、美味しい」

 

 歌野と遊びに来ていた友奈が、銀(小)と棗がチームを組み、雪合戦を楽しんでいた。それはもう全力で、犬のように。棗は出身地では見られない雪と初めてやる雪合戦に興味津々であり、遊んだ後のご飯を想像してか無表情ながら目を輝かせている。

 

 ある程度距離を取り、霜焼け防止にしっかりと手袋を嵌めた状態で雪玉を投げ合う4人。勇者としての訓練の賜物なのかお互いに避けるので雪玉は中々当てられず、それでも楽しんでいる様子の4人を食堂の窓から見ている者達も居る。

 

 「わんぱくですなー。私はあんな元気無いや。こうして温かい場所で温かいお茶飲んでるのがいいな」

 

 「私も余り外には……温かい場所と言えば、こたつでもあれば良かったんですが、流石に食堂には置けませんね」

 

 「銀ちゃん達は元気だねぇ……はい、須美ちゃんに雪花さん。温かいお茶を持ってきたよ」

 

 「おっ、ありがとね新士君。やっぱり寒い日は温かいお茶だよね」

 

 「あ……ありがとう、新士君。頂きます」

 

 「どういたしまして」

 

 窓に近いテーブルに向かい合わせに座る雪花と須美。お互いに外に居る4人程運動するのが得意ではないというかゆっくりしている方が好きな者同士でのんびりと会話をしていた。そこに丸いお盆に温かいお茶が入った湯飲みを3つ乗せた新士が現れ、2人の前に湯飲みを置いてから須美の隣に座る。

 

 置かれた湯飲みを見てから新士の方に顔を向け、朗らかに笑う彼と目が合うなり少し顔を赤くして直ぐに視線を反らす須美。そんな彼女を雪花はにまにまと、新士は変わらない笑みを浮かべていた。

 

 以前の戦いの時、未来の自分達である美森と楓の夫婦のようなやり取りを見てその距離の近さと未来ではそれほどに心を許している自身の姿を知った須美。それからと言うもの、どうにも新士の事を意識してしまっていた。

 

 元々、彼の事は嫌いではない。この世界に来る前の時点で数回の戦いと訓練、合宿と過ごした時間は長く濃密で、人となりもある程度把握している。それに、鷲尾の義父を除けば最も近しい異性は彼であり、それが余計に意識する理由となっている。これは銀(小)も同じであった。彼女の方はこの数日中で折り合いを着けたようだが。

 

 (銀は“銀さんは銀さん、あたしはあたしだしな!”とか言って先に解決しちゃうし…それに東郷さん、あんなに安らいだ顔をして……楓さんも自然と受け止めていて……わ、私も新士君とあんな風に……?)

 

 真面目であるが故に、1度考えてしまうと中々抜け出せない。何より、そうなった自分達の姿を想像して“悪くない”と思っている自分も居るのが不思議であり……その気持ちが心地好くもあった。そう思いつつ須美はお茶に手を伸ばし、新士も同じタイミングでお茶を持ち、同時に飲む。それを雪花は息がぴったりだなーと感想を内心で溢し……。

 

 「「ん……ふぅ……あぁ、お茶が美味しい……」」

 

 「既に未来の2人の片鱗が見え始めてるよ。須美ちゃんも新士君も本当に息ぴったりと言うか老成し過ぎと言うか……まあ、それが良いところなのかもしんないけどね」

 

 感嘆と少しの呆れが混じった苦笑と共に、今度は心情が口から漏れた。そんな雪花の手元には1冊の手帳があり……そこには自身の元居た世界ではなかった、この世界でのルール等を纏めたものを書き記していた。この後3人はその書かれた内容についての話し合いや他愛のない談笑をしていたそうな。

 

 「そう言えば、残りの小学生……園子ちゃんは何をやってるんだろ。新士君と一緒に居ないの珍しいね」

 

 「別に自分達は常に一緒に居る訳じゃないんですけどねぇ……まあそう思われるのも仕方ないとは思いますけどねぇ」

 

 「そのっち、普段から新士君にべったりだもの。雪花さんが言うのも分かるわ」

 

 「あんたと外の銀ちゃんもだ。ホント、4人は一緒に居ることが多くて良いチームだと思うよ……羨ましいな。私は1人だったから……精霊は居たけど」

 

 「雪花さん……」

 

 園子(小)が共に居ないことを不思議に思いながら聞く雪花に新士は苦笑いを浮かべながら答え、須美もくすくすと笑いながら呟き、そんな彼女に雪花はお前もだとこれまた苦笑いで言って……本当に羨ましげにそう言った。その表情と言葉を聞いた須美が思わず痛ましげに名前を呟いてしまう。

 

 「ごめん、小学生に愚痴ることじゃなかったね。新士君は本当に小学生が疑わしいところがあるけど」

 

 「それも、自覚はしてますけどねぇ」

 

 「その……応援してくれる人とかは……」

 

 「利用されてるって感じでどうにもね。心を許せる同年代の友達が欲しかったよ」

 

 年下の小学生に暗い話を愚痴のように聞かせてしまった事を恥ずかしく思ったのか謝る雪花。場の空気を改めようとしたのか茶化すように言うと、新士もまた苦笑いを浮かべる。

 

 その隣で、須美の脳裏には自分達を応援してくれていた親やサポートをしてくれる安芸の事を思い浮かべながら雪花に問う。自分達にもそういった存在はいたのだからきっと彼女にも……と。しかしその思い空しく、返ってきたのは横に振られた首とそんな言葉。堪らず、須美は俯いてしまう。

 

 「なら、自分達はどうですか? こうして一緒にお茶をして色々お話したんですしねぇ」

 

 「そ、そうね。雪花さん、私達でよろしければ」

 

 「おっ、仲良くしてくれる? やー嬉しいね。北海道に戻る時着いてきてよ」

 

 「そっ!? それは、その……」

 

 俯いてしまった須美を横目で見た後、新士はお茶を一口飲んでからそう言って雪花に笑いかける。彼の言葉にハッとして顔を上げた須美も同じように言うが、雪花の言葉にまた声を詰まらせた。

 

 仲良くするのは何の問題もない。だが、北海道に共に行くことは出来ない。歴史好きな彼女としては北海道は非常に魅力的であるが、それとこれとは別。お役目の事もあるし、それを途中で投げ出す訳にもいかない。何より、共に行っては未来がおかしくなる。そうやって真面目に考えている須美を見て、雪花はまた苦笑いを浮かべた。

 

 「本当に真面目だにゃあ須美ちゃんは。冗談、冗談だよ。ごめんねからかって。でも嬉しいよ2人共。ここは本当に良いところだ」

 

 「……そうですねぇ。自分も、この世界は良い場所だと思います。久しぶりに姉さん達にも会えましたし、西暦の皆さんとも……こうして雪花さんともお話出来ましたしねぇ」

 

 「私も! 私も……そう思います。雪花さんとも、他の皆さんとも出会えて良かったと、そう思います」

 

 「あははっ! 本当に、2人共良い子だ。うん、私も2人にも、皆にも会えて嬉しいよ。もう北海道に帰りたくないくらいにさ……あそこは寒いよ。色々と……」

 

 考え込んでしまった須美を見て雪花は冗談だと笑い飛ばす。どこまでが本心で、本当に冗談だったのか……須美には分からない。どう返していいのかも。また悩んでいる須美の隣で、新士はいつも通りに朗らかな笑みを浮かべて雪花に同意する。

 

 お役目を果たすまでは叶わないと思っていた家族との再会。本来有り得る筈のない別の時代の人間との出逢い。想像すらしてなかったそれらの出来事は、新士にとっても嬉しい出来事。だからこそ、雪花の事を聞いて同情や哀れみを覚えるのではなくこの喜びを分かち合おうと思った。

 

 彼の言葉を聞いて、須美もようやく言葉を紡ぐ。雪花の境遇に対して何かを言えるほど、彼女は人付き合いが得意ではない。それでもこの出逢いを“嬉しい”と口にするくらいは出来る。相手の目を見て、言葉に感情を乗せることは出来る。

 

 2人の言葉が響いたのか、雪花は目尻に涙が浮かぶ程に笑った。その言葉に、その気持ちに嘘はない。肌ではなく、心で感じる温かさに……嘘はない。それはとても心地好いモノで……この世界でようやく感じられたモノで。元の世界に戻りたくないと……冗談か本気か口にしてしまう程で。

 

 「……雪花さん。時間が大丈夫なら、もう少し色々話しませんか? 折角ですしねぇ」

 

 「お、いいの? それじゃあ新士君しか知らない須美ちゃんの事でも聞いちゃおうか」

 

 「えっ!?」

 

 「そうですねぇ。それじゃあ、以前自分の家に3人が覗きをしてきたことでも……」

 

 「え、そんなことしてたの? 未来のあんたも大概だったけど、こっちもこっちでかー」

 

 「し、新士君!?」

 

 

 

 外では雪合戦、食堂では色々と話をしている者達が居る一方で、2階の園子(小)の部屋で杏がうっとりとしながら園子(中)が書き上げた小説を読み耽っていた。

 

 「はぁ……園子先生の小説作品、相変わらず素敵です……心が豊かになっていきます」

 

 「今は普段通りのあんずだな……うちのあんずはすっかりソノコストになってしまったようだ」

 

 「流石園子先輩ですな~。肩揉み肩揉み」

 

 「お゛お゛~。いやいや~、そのっち程の瑞々しい感性はもうないかもね~」

 

 そんな杏を見て、今の彼女が以前から知る彼女の状態である事に安堵する球子。この世界に来てから度々彼女が暴走するので、こうして小説を読んでいる彼女を見ると心底安心するようになってしまっていた。

 

 杏を虜にする小説を書き上げた未来の自分に尊敬と労いの意を込めて肩を揉む園子(小)。過去の自分に肩を揉まれて気持ち良さそうな声を出しながら、謙遜なのか天然なのか分からない事を言う園子(中)。自画自賛とも言える状況に特にツッコミを入れることもなく、球子は杏が読み終えた小説の1つを手にとってパラパラと捲る。

 

 「タマは小説読むと眠くなるけど、ソノの奴は楽しく読めるぞ」

 

 「ふぁいんせんきゅー♪」

 

 「……しっかし、ホント若葉の子孫には見えないよなぁ、2人共さ」

 

 「カエっちは似てるって言ってくれるんだよね~」

 

 「アマっちも言ってくれるんですよ~」

 

 (その楓と新士が一緒に居ないことにこんなにも違和感を感じるとは……)

 

 基本的に考えるよりも体が先に動くタイプの球子はあまり勉強は得意ではないし、活字を読むのも眠気を覚える。だが、園子達の小説は驚くほど楽しく読むことが出来ていた。今ではタマに杏と並んで読み耽ることもあるほどだ。

 

 そんな球子から見て、2人が若葉の子孫であるのは理解していてもそうは見えない。方や真面目でキリッとしているリーダー、方やほけほけぽやぽやとした天然娘。それを伝えると、2人は顔を見合わせながら嬉しそうに語った。その際、普段その2人にべったりな彼女達が彼らと共に居ないことにすっかり違和感を感じるようになってしまった球子であった。

 

 「タマっち先輩の子孫はどんな人なんだろうね」

 

 「生意気な奴かもな。場合によってはご先祖様が上下関係を教えてやる必要があるかもしれんぞ」

 

 「子孫だったりそうじゃなかったり、色々とややこしいから皆全部同じ家系で良いかもねぇ」

 

 「ダメですよ~園子先輩。皆同じだったら、誰もアマっちと結婚出来ないですよ~」

 

 「それは大変だ~。じゃあ、カエっちは違う家で……わたし達と一緒になって同じ家に入ってもらおっかな~。皆幸福(しあわせ)だよ~♪」

 

 「おお、なんだか壮大な小説ネタを閃きそうだよ~。ようし、早速没入だ~」

 

 ふと、杏がそんな事を言い出すと球子はまだ見ぬ子孫を想像しながら好戦的な笑みを浮かべる。若葉と園子達という事例があるが、流石に自身の子孫が彼女達の様であるとは思わないらしい。

 

 それを聞いた園子(中)が顎に右人差し指を当てながらそう言えば、園子(小)は満面の笑みで恥ずかしげもなく言った。それに園子(中)が乗っかり、勇者も巫女も引っくるめた大家族計画を想像する。勿論、自身が彼の妻役である。

 

 「相変わらず楓達はソノ達に愛されてるなー……いや待て、それを口に出すのはまず……」

 

 (皆同じ家系、ということは私とタマっち先輩も本当の家族、姉妹関係になると言うことで、他の皆さんも……そうなると私は何女くらいになるんでしょうか。そして園子先生と楓さんがそうなった場合は……やはりシンプルに義理のお兄さんに? いえ、他の皆さんも居るのですから先生次第では結城さん達が第2、第3婦人ということにも……ああ、もしそうなるとやはりいずれは私達も? つまりタマっち先輩の可愛い姿からあんな姿やこんな姿まで特等席で……)

 

 「い……って遅かった。色々考えてるのが丸わかりのシイタケみたいな目をしてる……おーいあんず、帰ってこーい」

 

 

 

 寄宿舎でそんなやり取りが行われてから暫く時間が立って日が沈み始めた夕方頃、夏凜が普段鍛練の為に訪れる浜辺に数人の人影があった。人影達は積もっている雪と寄せては返る波を浜辺から眺め、人影の内の1人……若葉が最初に話し始める。

 

 「穏やかでいい浜辺だな。次の満月に備えて鍛練するにはもってこいだ」

 

 「良かったですねぇ若葉ちゃん。いい修行場所を紹介してもらって」

 

 「ここでの稽古は身が入るわよ。今の時期は流石に寒いけど、鍛練してる内に気にならなくなるし。んと……その」

 

 私服姿で居る若葉、そしてひなたが浜辺を見る。次の満月までは数日先だが、それまでの間に備えて鍛練することは必須。この浜辺は夏凜が普段から鍛練は使う場所であり、適しているのは実証済みだ。そう語る夏凜だったが、不意に口ごもり……少し恥ずかしそうにしつつ若葉に対して呟く。

 

 「こっ、今度一緒に鍛練……どうかしら。攻め込む時はお互いに先頭に居るだろうし」

 

 「ああ、是非お願いする。敵の土地に行くわけだからな、しっかりと準備はしておきたい」

 

 「……流石初代勇者、いい心構えね。内の部長なんか弟の楓さんを見習ってもうちょい鍛練してもいいと思うわ」

 

 「まぁ、人それぞれですし」

 

 「ひなた、あんたも一緒にどう? 勿論、独自にメニュー組むわ」

 

 「良い運動程度に抑えてくれるのなら……お手柔らかにお願いします」

 

 それは、あまり人付き合いが得意ではない夏凜なりの勇気を出した言葉であった。それを若葉は快く了承し、夏凜も彼女の意気込みを流石と評する。その後に出た愚痴のようなモノはご愛敬というモノだろう。

 

 部長……風のフォローを入れるひなただが、夏凜に聞かれて困ったように笑いつつも受け入れる。巫女である彼女は直接的な戦闘はしないのだが、やはり体力はあって困るものではない。それに、鍛練中の若葉を間近で見たいという下心も多少はあった。

 

 「今度皆で合同鍛練をしてもいいな……千景辺りは文句を言いそうだが」

 

 「こっちは樹辺りの体力が心配ね……それにしても、この海岸は勇者部の人気スポットになったわね。知っている顔がチラホラ居るわ」

 

 「~♪」

 

 お互いに心配の対象を頭に浮かべ、お互いに想像出来たのか苦笑いを浮かべる。そうして話が一段落したところで、夏凜がそう呟きながら改めて浜辺を見渡す。そこには彼女達3人以外にも何人かの見知った姿が見えた。

 

 その内の1人は水都。散歩に来たのか彼女は浜辺を歩きながらご機嫌そうに鼻歌を歌っていた。そんな彼女の元に歩み寄る人影が1つ。

 

 「なんだか機嫌が良さそうだねぇ、水都ちゃん」

 

 「わっ、か、楓さん……わ、私やうたのんは海、あんまり行ったことないから……珍しくてついはしゃいじゃって」

 

 「諏訪は長野県、だっけ? そっか、そこは海無いんだねぇ……でも確か、湖が無かったっけ? 諏訪湖って言う……」

 

 「うん、そうなんだ。確かに諏訪湖はあるけれど……それに見慣れちゃうとね」

 

 「ああ、どんなに大きくて綺麗でも見慣れちゃうと感動も減るか……うん、分かる気がするねぇ。樹海とか最初は驚いたけれど、今じゃそんなこともないしねぇ」

 

 「樹海を見慣れるって、言葉にするとなんだか凄いね……」

 

 人影は楓であった。その手には本が入った袋があり、どこかの本屋で買った帰り道である事が伺える。浜辺に寄ったのは数人の見知った顔があったからであり、挨拶でもしてから帰ろうと考えたからだった。

 

 鼻歌を聴かれていた事に恥ずかしそうにする水都だったが彼と話している内にそれも落ち着き、お互いに笑いながら会話を楽しんでいる。出逢った時であれば異性ということもあって中々面と向かって会話するのは慣れなかったが、今ではこうして談笑出来るようになったのだ。

 

 「ところで、水都ちゃんはここで何を? 冬の海は寒いから、あまり長く居るのはオススメしないけどねぇ」

 

 「綺麗な貝殻があったから、幾つかうたのんに持っていってあげようと思って」

 

 「成る程……水都ちゃんが持っていったら、歌野ちゃんも喜ぶだろうねぇ」

 

 「うたのんなら貝殻を潰して畑の肥料にしちゃいそうだけど……それでもいいかなって」

 

 (それでいいんだ……)

 

 楓がふと気になって聞いてみると、水都は握っていた幾つかの綺麗な貝殻を見せながら笑顔でそう言った。それで海に……と納得した彼は脳裏に貝殻を手に笑い合う2人の姿を浮かべていたが、彼女が笑いながら言った瞬間にその貝殻を手で握り潰して粉状にした貝殻を畑に撒く歌野を想像してしまい、苦笑いを浮かべた。

 

 それから少しの間、2人は談笑をしていた。普段は歌野や園子(中)と達と共に居てあまり接点が無かったが、この際だと言うことで会話を楽しむのだが……自分達の事よりもやはり共に居る人間の事を中心に話が弾んでしまうのは仕方のないことだろう。

 

 「ああそうだ、この間のそば茶は美味しかったよ。こっちではあまり蕎麦は食べないんだけど、そば粉を使った料理とかってあるのかな?」

 

 「そば粉の料理なら、有名なのはガレットかな? クレープも作れるし、蕎麦がきとか……あっ、パンとかクッキーとかも出来るよ。でもやっぱり、そば粉は蕎麦として食べるのがいいかな」

 

 「色々作れるんだねぇ……」

 

 後日、楓は歌野と共に水都が作ったそば粉を使った料理をご馳走してもらう事になり、そのまま更に親睦を深める事になる。

 

 

 

 その日の夜、寄宿舎の千景の部屋では部屋の主の千景と高嶋、神奈、銀(小)の4人が寝間着姿で集まって最早日常の一部であるゲームをしていた。たまにこの4人に他の小学生組と球子が混ざるが、今日は居ないようだ。

 

 「今日こそ千景さんに勝ーつ! 大富豪に、あたしはなる!」

 

 「掛かってきなさい。カードゲームでもボードゲームでも負けないわ」

 

 「ぐんちゃんも銀ちゃんもやる気満々だねー」

 

 「テレビゲームでは勝てないけど、とらんぷなら……」

 

 千景の部屋に集まれば普段ならテレビゲームと洒落込み、千景に教えを乞う神奈と応援する高嶋、練習相手をしたり共にゲームに挑む銀(小)の姿が見られるのだが、今日はトランプで大富豪をするようだ。しっかりシャッフルされた束からカードが配られ、4人は四方からテーブルを囲んで手札を見やる。

 

 結果から言えば、10戦やって千景が圧巻の全勝を果たした。銀(小)が2位に収まり、高嶋と神奈の2人は3位と最下位を行ったり来たり。まさかの同列最下位立ったりする。

 

 「ゲームにおいて、私に敗北の2文字は無いわ」

 

 「千景さんカッコいいっす! でも負けたのは悔しい……いつか絶対勝ちますよ!」

 

 「楽しかったねー神奈ちゃん。やっぱりぐんちゃんは強いなー」

 

 「むぅ……楽しかったけど勝てないのは悔しい……その、他のもやりたいな。まだ皆と遊びたいよ」

 

 「ええ、勿論いいわ。今度は何をしましょうか……」

 

 「ババ抜きとか7並べとかですかね。あっ、UN○とかもありますね。今度はこっちもしてみます?」

 

 「いいね! まだ寝るまで時間あるし、沢山楽しもう!」

 

 その後、4人は珍しくテレビゲームではなくカードゲームで夜遅くまで盛り上がった。7並べでは千景に止められて神奈が涙目になり、スピードでは高嶋が凄まじい反射神経をもって千景から勝利をもぎ取り、ババ抜きでは顔に出やすい銀(小)が最下位になって項垂れ、UN○では手札に恵まれた神奈が遂に1位になって本気で喜んだりもして。

 

 そして、夜更かしになれている千景を除いた3人が部屋に戻る前に遊び疲れて力尽きてしまい……1つのベッドでぎゅうぎゅう詰めになって4人で眠ることになるのだった。

 

 「くかー……」

 

 「んにゅ~……すぴー……」

 

 「すぅ……くぅ……」

 

 (た、高嶋さんが右腕に抱き付いて神奈さんの寝息が耳元に……銀ちゃんも手を握って離れないし、そもそも3人との密着具合が……今夜は眠れるかしら……)




原作との相違点

・帰って来た皆に飲み物以外にもお菓子を振る舞う

・原作よりも季節が進んでいて冬になってる

・神社でジグモ云々ではなく寄宿舎の庭で雪合戦

・雪花の話を聞くのが水都ではなく須美と新士

・海岸で水都と会話するのが楓

・他にも色々あると思ったり思わなかったりしたりしなかったり←



という訳で、原作4話の最後~5話の序盤までのお話でした。

 基本的に原作沿いに進めてる本作ですが、今回は主人公の存在や時系列の問題で大筋はそのままに結構変えてます。本編だとこの時期なら友奈は丁度天の神の呪いを受けている頃ですが、ゆゆゆいだと雪合戦楽しんでます。勇者達には笑顔が似合うんやなって……。

雪花の話の下りや水都との会話は人を選ぶかもしれませんね。本来ならこの2人が会話をして色々と闇が見えるシーンですが、本作では改変。今更ですけどね。ここまで本作を見て下さっている皆様は慣れたことかもしれみせんが。

そう言えば、そろそろ100話……話数3桁が見えてきました。100話目にはまた記念番外編を書く予定です。書く書く詐欺をしてきたDEifの新士誕生日話、親密√、楓と樹の遊戯化(二重人格的な意味で)、ハーレム√、二神再降臨。書いてないリクエストが沢山で目移りしてしまいますね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 13 ―

長らくお待たせしました……申し訳ありません、ようやく更新です(´ω`)

10日以上更新出来なくてエタったのではと不安になった方やその不安から本作から離れた方もいるかもしれませんが、ご安心下さい。本作はゆゆゆいもしっかり完結させます。

fgoでは相変わらず爆死してますが、天華百剣ではUR巫剣が5振り程、ゆゆゆいでは雀と風姉さんの新ssr、このファンではメイドミーアとそれなりに恵まれました。fgoの沼からも抜け出したい……。

去年の今頃はゆゆゆのクライマックス辺りを書いてますね。風姉さんの心の叫びや友奈のトラウマ克服、東郷さんの暴走等、書き応えがあったのを覚えています。

今回は100話目前の99話目です。後書きにはアンケートもありますよ。それでは、どうぞ。


 (今日か明日辺り、あの子達が初めて攻勢に出る)

 

 機械に疎い私の代わりにひなたちゃんが設定してくれた目覚まし時計が鳴り、それを止めて上体を起こしてからしばらくボーッとしていた私は我に返った後にそう思った。

 

 神としての存在の“格”を下げてあの子達に存在のレベルを合わせ、この世界に限りあの子達と同じ“人”としての肉体(アバター)を作って人として、巫女として皆と共に過ごす私にとって、“神託”とは謂わば自作自演みたいなもの。ひなたちゃんと水都ちゃんのような本当の巫女ではないけれど、同じ役割をこなすことは出来る。自分で発して、それを神託として届けるだけなんだから神の声を聞いているも同じな訳だし。

 

 その神託で出した、造反神に奪われた土地を奪還する為の戦いを始める日……それが今日か明日辺り。勿論、始めるにはまだ時間はある。なにせ今はまだ早朝で、まだ外は薄暗いんだから……と言っても、実のところ私自身そこまで正確に始める時間を決められる訳ではない。

 

 私の……神谷 友奈の“本体”は“神樹”であり、“私達”の中の“私”である。けれど今、“私”は神としての……存在の格を人間と同じレベルにまで落としている。だからこそ皆に視認され、言葉を交わし、触れあうことが出来る。代わりに、現実世界のように神としての力を行使できる訳ではない。出来て神託としてのイメージを“私達”と共に巫女達に届けるくらいで、後は“私達”が担ってくれているのだ。

 

 (私が出来る事は少ない。今の私は非力な少女でしかないから。それでも私が此処に居るのは……見定める為)

 

 改めて、“私”の役割を頭の中で繰り返す。いずれ来る未来に、勇者が……人間がどこまでやれるのか。果たして人間とは、“私達”が加護し、“私達”と人類を守り続けてきた勇者とは、その未来を手にする事が出来る可能性を持つのか。そしてその可能性をこの世界で……見せつけ、魅せつける事が出来るのか。

 

 そう、これは“試練”。私はその試練を皆が越える事が出来るか否かを最も近い場所で見定める為に此処に居る。それだけの為に、神谷 友奈という架空の人間は存在する。

 

 (――なんて、ね)

 

 思わず、苦笑いが浮かんだ。役割だ見定めるだとか言っても、本心はまるで違う。そもそも、私からすれば見定める必要なんかない。だって私はとっくの昔に信用し、信頼し、出来ると信じて疑っていないんだから。この“私”という自我を得て、喜怒哀楽の感情を知り、彼らを見てきたからこそ、そう思える。

 

 神谷 友奈として過ごす日々は、とても輝いている。お供え物じゃないご飯は美味しい。皆で食べるともっと美味しい。皆で歩くなんの変哲もない道はただそれだけでキラキラと装飾されて、言葉を交わす口は止まらなくて、触れあう手は心地好い温かさで。ゲームは負けると悔しいけれど、一緒に遊ぶことが楽しくて笑顔が勝手に浮かんでくる。

 

 1日毎に皆が好きになっていくのが分かる。神だからじゃない。“私”が、この胸に宿った“心”から好きになっていくのが分かる。敵と戦い、助け合い、勝利し、笑顔で帰ってくる皆が好きになっていくのが……分かる。

 

 だからこそ、“私達”の中の“私”だけは信じられる。皆がこの試練に打ち勝つことが出来ると。きっと、順風満帆とはいかない。造反神である彼の存在の試練はそんなに生易しくはない。意見の対立やケンカだって起きるかもしれないし、仲違いだって起きても可笑しくはない。確かに皆の事は好きだけど、それだけ心というのは厄介だと知っているから。良くも悪くも、“感情”がどれだけの力を持つのか、私は知っているから。

 

 

 

 そして……絶望した友達の心を救い、神ですら想定していなかった奇跡を引き起こして。最後には良い結果を、より良い未来を手にする姿を……私は、見たのだから。

 

 

 

 「……そろそろ着替えなきゃね」

 

 箪笥……クローゼットだっけ。その中から制服と学校指定のコートを取り出して寝間着代わりの襦袢を脱いで着替える。クローゼットの中にある服は、それらを除けば後はひなたちゃん達と同じ巫女服と……まだひなたちゃんと一緒に暮らしていた時に大赦から贈られた無地の服とスカートくらい。この2つは昨日の内に部屋にある洗濯機の中だけど。

 

 因みに、今は冬休み中とのことで学校自体はお休み。ただ、部活をやっている人達の為に学校は開放されてるから部室に行くのは何の問題もない。だからこそ集合場所にしてる訳だし……皆で年末年始に色々やったけど、楽しかったなぁ……私がお参りに参加する側になるなんて思ってもみなかった。

 

 取り敢えず着替えた私は歯磨きと顔を洗って乾燥機を回してから……この操作を覚えるのに2週間掛かった……部屋を出て食堂へと向かう。食堂には既に何人かの姿があって、調理場には割烹着姿……あれ、エプロンだったかな……の新士君と須美ちゃん、銀ちゃん、園子ちゃんの姿。今日は小学生の皆がご飯を作ってくれているらしい。

 

 「おはよう、皆」

 

 「おはよう神奈。友奈と違って早いな」

 

 「おはようございます、神奈さん」

 

 「グッドモーニング、神奈さん。今日は須美君達が野菜たっぷりのお味噌汁を作ってくれるらしいわよ」

 

 「おはよう、神奈さん」

 

 「……おはよう」

 

 「おはよう神奈。あれ、なんで制服? 今冬休み真っ只中だよ?」

 

 挨拶をすると皆から挨拶が返ってくる。ただそれだけの事が何だか嬉しくて、笑顔を浮かべているのが自分でも分かった。高嶋ちゃんと千景ちゃんの姿はない……昨日私が自分の部屋に戻ってからもゲームしてたみたいだし、また夜更かししたのかな。

 

 若葉ちゃんとひなたちゃんが居るテーブルに行き、ひなたちゃんの隣に座る。歌野ちゃんが言う野菜たっぷりのお味噌汁はとても楽しみだ。此処に居る勇者達の中で1番年下の小学生の皆だけど、新士君と園子ちゃんが須美ちゃんと銀ちゃんに教わりながら4人で作る料理はとても美味しい。なんなら、この寄宿舎の中で1番美味しく作れるかもしれない。

 

 「制服、楽なんだよね。後は着物とか寝間着とか巫女服とか、そういうのしかないし。大赦から支給された服は洗濯機の中だしね」

 

 「……え、それで全部? 他には?」

 

 「……? ないよ?」

 

 雪花ちゃんの質問に答えると、何故か彼女だけでなく周りの子達からも絶句された。確かに皆に比べたら少ないかもしれないけれど、私としては別に少なくても問題はない。元々、そういうモノには関心も無ければ必要も無かった訳だし。

 

 と言っても、流石にこの姿を象るようになってからは裸では不味いという知識くらいはあるので蓄積された記録の中から彼女の姿に合いそうな着物を着ていたのだけど。それに、感情を得てからと言うもの彼の前で裸になるなんて恥ずかしくて想像するだけで顔から火が出そうなる。だけどまあ、着られるなら何でもいい訳で。

 

 「……勿体無い……結城っち達と同じ顔で器量良しだってのに着飾ることもないしオシャレに無頓着……? ああ、勿体無いよ。本当に勿体無い」

 

 「せ、雪花ちゃん?」

 

 「雪花、どうしたの?」

 

 「あ、秋原さん……?」

 

 「どうした雪花」

 

 私の答えを聞くなり何やら俯いてぶつぶつと呟き出した雪花ちゃん。私達3人が居る場所とは少し離れていて、この距離だと流石に聞こえない。彼女と同じテーブルに座る3人もよく聞こえてないのか、顔色を伺うように恐る恐る俯く彼女の顔を見ようとして……バッと、急に彼女は顔を上げた。

 

 「神奈、今日の予定は?」

 

 「え、っと……昼過ぎには部室に行く予定だから、それまではのんびりしようかと……」

 

 「つまり空いてるって訳だね。なら好都合。ちょっと町まで付き合って貰うよっていうか連れてくから。これ、決定事項!」

 

 「え? は、はい!?」

 

 「何やら、神奈は雪花の地雷を踏み抜いたみたいだな」

 

 「神奈さんの衣服の数が随分少ないなとは思っていましたが、まさかそこまでとは……」

 

 顔を上げるや否や、立ち上がってつかつかと私の所まで歩いてきて両肩をがっしりと掴んでくる雪花ちゃん。眼鏡越しに見えるその目は据わっていて、思わずビクッと体が跳ねた。

 

 予定では戦いは今日か明日の昼過ぎ~夕方の手前くらいから。それまでは暇になるからのんびりと過ごしつつ、いい加減あの人の名前をつっかえずに言えるように練習しようかと思ってたんだけど……あまりに強い彼女の口調と圧力から思わず頷いてしまい……私の予定が決まった。

 

 「皆さん、朝食の準備が出来ましたので各自取りに来て下さい」

 

 「今日も美味しそうですよ。須美ちゃん特製の野菜たっぷりの味噌汁と、今日は卵焼きを作ってみました」

 

 「アマっちと一緒にわっしーとミノさんに教わりながら作ったんよ~♪ 甘いのとお出汁の2種類ありますよ~」

 

 「後は焼き魚と漬物です! 納豆もあるけど、それはお好みで」

 

 「おはよう~。あっ、ご飯出来てる! ありがとう皆! ほらぐんちゃん、一緒に取りに行こ!」

 

 「あふ……待って高嶋さん、まだ眠気が……おはよう、皆」

 

 そんな小学生の皆の声が聞こえてきた所で雪花ちゃんから解放され、皆と一緒に“ありがとう”ってお礼を言いながらお盆を手におかずを取りに行く。飲み物とご飯は後で自分達でやるのが、この寄宿舎での食事風景。

 

 途中で高嶋ちゃんと千景ちゃんもやってきて全員揃った。私達が取った後に小学生の皆も自分の分を取り、席に着いた所で皆で一緒に両手を合わせる。

 

 【いただきます!】

 

 今日も皆で食べるご飯は、つい笑顔になるくらい美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 朝食後、少し時間を置いて宣言通りに服を買いに街中へとやってきた神奈と雪花。他には歌野と水都、棗、それから銀(小)と須美の姿もあった。小学生の2人は一行の先頭に立ち、こほんと銀(小)が軽く咳払いをする。因みに、神奈以外は皆私服姿である。

 

 「香川、長野、沖縄、北海道の先輩方。今日は三ノ輪ツアーへのご参加、ありがとうございます。皆さんはまだこの辺に詳しくないと思うんで、あたしがくまなく案内しますよ!」

 

 「可愛いガイドさんだなぁ。でもガイドさんも地元ここじゃないんでしょ? それに今回のメインは服屋なんだから、くまなく案内してもらう時間は無いんじゃないかにゃあ」

 

 「時間を見つけては探検してますし、買い出しとかでこの辺歩き回ってますから地理は極めました!」

 

 「元気な小学生ね。取れ立てのトマトのように瑞々しくて」

 

 「それ、誉めてるのかな……?」

 

 「うたのんの例えは、1歩間違えれば相手にケンカを売りかねないから気を付けてね……」

 

 途中までツアーガイドになりきっていた銀(小)が自信満々に言うと、雪花は彼女の姿を微笑ましく思いながら笑った後にそう呟く。今回の目的はあくまでも服屋であり、雪花的にはぶらぶらと探索する予定はない。なのに他のメンバーが居るのは、特にやることがないのと単純に服を見に来たという理由からだ。

 

 雪花の言葉に対し、グッと握り拳を作りながら改めて自信満々に告げる銀(小)。大橋に居た小学生組は確かに讃州市に馴染みはないが、活動的な彼女はある時は1人で、ある時は球子や園子ズ等と共に讃州市をくまなく歩き回って地理の把握に努めていた。最早彼女に知らぬ場所は殆んどないと言っても良いだろう。

 

 そんな彼女の姿に、歌野はうんうんと頷いた後にそう評価する。が、いまいち分かりにくかったらしく神奈は苦笑いと共にそう呟き、同意するように水都も苦笑いを浮かべて注意を促す。そのすぐ後に、銀(小)の隣にいる須美が口を開く。

 

 「銀だけでは皆さんに失礼があるかもしれないので、私が支援します」

 

 「ということで、何かあった時の苦情は須美にお願いします」

 

 「全くもう……先に謝っておきます。皆さん、銀がすみません」

 

 「ふ……仲良しだな。海もお前達を祝福している」

 

 そんな2人のやり取りに棗が微笑と共にそう溢した後に、一行は街中を2人の先導で進む。目的の服屋は何件かあるようで、銀(小)はそれらへと向かう傍ら他の店の説明なんかも欠かさない。

 

 あの通りには食事処が多い。あの辺りにあるスーパーや百貨店は品揃えが良い。あそこにあるうどん屋は美味しい。あの辺にはよく犬の散歩をしている人が居る。向こうの公園には美味しいジェラートやクレープを販売するキッチンカーが来て小学生組でよく食べに来る。そういった事を喋りながら歩くことしばらく、ようやく目的地の服屋に辿り着いた。

 

 「で、この辺で服とか買う感じです。多分、ここが1番大きい服屋だと思います」

 

 「お、ありがとう。それじゃ早速入ろっか」

 

 そして店内へと入っていく一行。初めて入る場所である為、ひとまず固まって物色することに。時折服を手にとってみたり、あれが似合いそうこれが似合いそうと楽しむ。

 

 「ガイドさんの案内してくれてお店だけあって中々良い服がありますな。棗さん、どう?」

 

 「私は動きやすければそれでいいからな……雪花のチョイスは素敵だと思うぞ」

 

 「この服どうかな、うたのん。水玉模様に大きな文字が面白くない?」

 

 「んん~、そっちは中々前衛的なチョイスを……」

 

 「エクセレントみーちゃん! 私が選んだ服はどうかしら? この派手な柄に大きな文字!」

 

 (どうしよう、服の良し悪しが全然分からない……)

 

 「須美、これとかどう? 前に園子の家で着た奴よりは地味かもしんないけど」

 

 「ま、またこんな非国民な……」

 

 棗に似合いそうな服を手に本人に見せる雪花。しかし棗自身は動きやすさ重視であまり服には拘らないようだが、彼女が選んだ服を見て満更でもない様子。その少し離れた場所で、水都が手にした服を誉める歌野と似たような服を見せる歌野。その服のデザインを見て、雪花が言葉を選びつつ眉間に手を当てる。

 

 その近くでは、神奈が服を物色しながら困った顔をしていた。ファッションやらアクセサリーやらに全くと言っていい程興味も知識もないのだ、どの服がいいのか等分かるはずもない。銀(小)はどこにあったのか手にしたゴスロリを須美に見せ、須美は口ではそう言うも興味はあるのかチラチラとその服を見ていた。

 

 「あー……歌野も水都もその服、本気で選んでるって解釈でいいのかしら?」

 

 「そ、そうだけど……どうしたの秋原さん」

 

 「センスは人それぞれ。指摘するのは野暮だと分かってる。それでも言わずにはいられない! 諏訪組は、服のセンスがそこまでよろしくない気がする。素材が可愛いのに勿体無いよ」

 

 「むっ、みーちゃんの服に文句をつけるなんて。ナスの光沢のように光ってるみーちゃんなのに!」

 

 「あはは……うたのんも含まれているんだよ。後、その例えはやっぱりどうかなと」

 

 (なぁ、あれって誉めてるのかな?)

 

 (た、多分……歌野さんにしてみれば、そうなんじゃないかしら)

 

 (あの服、あんまりよろしくないんだ……服って奥が深いなぁ)

 

 思わずというように雪花が疑問を口にすると、諏訪組の2人は彼女が何を言いたいのか分からないのか首を傾げる。そこに雪花の野暮だとは思うものの物申さずにはいられないと言葉にしてハッキリとした指摘をした。

 

 少しだけ怒った様子の歌野に、水都は苦笑いを浮かべる。それを外から見ている4人の内、棗は取り敢えず黙って成り行きを見守り、小学生組はひそひそと小声で話し、神奈は諏訪組の服の何がいけないのか分からず周りの服と見比べていた。。

 

 「センスよろしくないかなぁ? 選んだ服を着たみーちゃん絶対可愛いよ」

 

 「だからね、素材が可愛いから何を着ても可愛く見えるだけであって……もっと服選びに気をつければ、更に女子力が上がっていくって寸法よ」

 

 「センスは普通だと思っていたわ……ここら辺、棗さん神奈さん銀君須美君はどう思う?」

 

 「ノーコメントだ。よくわからない。なんならこの位置からでも母なる海に聞いてみようか……うん、海もよくわからないって」

 

 「あたしもそういうの、あまりわからなくて……須美は洋服か和服かで判断しそうだし……」

 

 あまり納得はしていない様子の歌野だが、こうもはっきりと言われてしまうとそうかもしれないと思い至る。雪花としても美少女と言って差し支えない諏訪組も神奈も服選びに難があるのは残念で仕方ない。あまりよろしくない服装でも可愛いのなら、もっと合う服を着れば更に可愛くなるのは自明の理なのだから。

 

 「そもそもなんでこんなに服ってあるんだろうね……やっぱり、私は服の良し悪しがよくわかんないや」

 

 「すみません、私もあまり……」

 

 「皆勿体無いなぁ……よし、ここは部室に居るであろう皆にも意見を募る為に学校に行こう。その前に、目的である神奈の服を選んじゃおっか」

 

 「え? あ、別に急ぐ必要は……それに、服にも困ってないし」

 

 「あーまーいって! というか、私服がドシンプルなの1、2着とか有り得ないから! 神奈って素材良いんだからさ、もっと着飾ろ? あれとかこれとか似合いそうだし、神奈は結城っち達とは顔似てても合いそうな服はまた違うし……ガーリッシュに攻めるか、それとも大人しめか、クール系も捨てがたい……」

 

 「あ、有り得ないんだ……わわ、雪花ちゃん選ぶの早いっていうか多くないかな!? 待って、こんなに持てないよ!?」

 

 「すみません、神奈さん。ぶっちゃけ、あたしも流石に少なすぎるかなって思います」

 

 「……雪花が燃えているな。意外な一面を見た」

 

 神奈と須美も続けて答えるが、神奈は店内の服の種類やデザインのあまりの多さに目を回しそうになっており、須美としてもそこまでファッションに詳しくない訳でもない。揃いも揃ってファッションに関して知識や熱意がそこまで感じられないことに嘆きつつ、雪花は皆にそう告げる。もとより目的は神奈の服。そこを履き違えてはいなかった。

 

 しかし、それは部室で意見を聞いてからで、なんなら服を買うこと自体別の日でもと思わないでもない神奈。だがそれを言えば雪花が遮るように神奈が詰め寄りながらはっきりと口にする。そんな彼女に圧倒されて言葉も出なかった神奈であったが、次の瞬間には彼女から離れて瞬時に彼女に合いそうな服を選別していく雪花に両手の上に次々と服を投げ込まれて大慌て。

 

 慌てる彼女に銀(小)は腕を組みながら雪花に同意してうんうんと頷き、棗は珍しく燃え上がっている雪花に柔らかな眼差しを向けている。この後バランスを崩しそうになった神奈を全員で支え、それなりに時間を掛けて服を選び……数着を購入することになった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経った同日、場所は部室。部活が無くとも半ば溜まり場と化しているそこには既に何人かの勇者達の姿があった。尤も、今回の攻勢に出る為の集合場所がここなので当然なのだが。

 

 「……で、最後に恋人の正位置。という訳で高嶋さんは今、健康運金運恋愛運絶好調ということになります」

 

 「わー、色々と絶好調だ! 恋愛運もかぁ。つまり今の私ならぐんちゃんを口説いちゃう事も可能かな?」

 

 「どうかしらね。私というゲームの攻略は難しいわよ」

 

 (およ?)

 

 「そっかー、いっぱいアタックしないとだね!」

 

 (成る程、こうなると。千景先輩賢い~。そして尊い~。アマっちにもこのテクニックは通用するかな~?)

 

 「ん? どうかした? のこちゃん」

 

 「なんでもな~い♪」

 

 部室の一角で、樹が高嶋をタロットで占っていた。結果を聞いた高嶋は喜び、隣で占いを一緒に聞いていた千景の方を見ながらそう言うと、彼女はクールに言う。いつもの反応とは違うと様子を見ていた園子(小)が首を傾げると、また2人がそんなやり取りをしたので千景の思惑に気付き、成る程と頷いて2人に対して手を合わせて拝んだ後、すすす……と新士の腕に組み付く。新士は微笑みつつ問い掛け、彼女は笑いながら首を振った。

 

 「樹、アタシの恋愛運占ってどうぞ」

 

 「お姉ちゃんとお兄ちゃん達は、占うまでもなく絶好調だよ」

 

 「そーか、モテ期が来てしまうのか。武勇伝を聞いてしまうかね?」

 

 「なんで自分達まで絶好調なのかねぇ……」

 

 「ふふ、そうやって小のこちゃんとくっついてるからじゃないかい? あと、武勇伝はもういいから。帰ってから聞いてあげるから」

 

 「どういう意味よ!?」

 

 すすす……と樹に近寄って囁く風に、樹はタロットカードを纏めながら笑ってそう答える。その答えに満足した風が嬉しそうに笑いながらいつもの話をしようとするが、そこは新士と楓の2人に苦笑いと朗らかな笑みと言葉によって止められる。楓に至っては毒まで吐いているので風はちょっと怒った。

 

 2人のやり取りに周りが苦笑いやくすくすと楽しげな笑みを浮かべると同時に何度も聞かされた“風のチアガール姿に惚れた男子が居た”という話をインターセプトした楓に感謝する。流石に2桁も聞かされればうんざりもするというものだ。

 

 「ただいま。ふぅ、良い汗かいたわ。流石に若葉とやると疲れるわね」

 

 「小休止したら、また鍛練しよう夏凜。間も無く満月だ、備えなくては」

 

 「そうね。という事で風、お誘いがあるんだけど?」

 

 「ん? 何よ?」

 

 途中、動きやすい服装の若葉と夏凜が首に掛けたタオルで流れる汗を拭き取りながら部室へと入ってきた。もうすぐ戦いになると理解している為、それに備えて2人で鍛練をしていたらしい。そのやり取りが聞こえていなかったのか、夏凜が風にそう言うと彼女はなんだなんだ? と首を傾げ……また部室の扉が開いた。

 

 「こんちわーっ。そしていきなりなんだけど、ちょっと皆に聞きたいことと見てもらいたいのがあるんだ」

 

 「んん? 何よ」

 

 「ファッション……もとい、女子力に関する話よ」

 

 「女子力? それはもう、アタシが居なくちゃ始まらないでしょう」

 

 「って、緊急じゃないなら声掛けるの早かったこっちを優先しなさいよ。お役目についての案件よ」

 

 「おやおや、夏凜ちゃんに秋原さんと、姉さんにモテ期が来てるねぇ」

 

 「あ、モテ期ってそういう……? 女子にもモテるアタシか……」

 

 入ってきたのは雪花だ。やってきて早々挨拶もしたところで即座に本題に入ろうとする雪花。なんだなんだと風が促せば、真剣な顔をして彼女がそう言うと分かりやすく反応する風。

 

 しかし、そこに待ったを掛けたのは夏凜。彼女としては先に声を掛けたのは自分なので話を聞くにしても優勢してもらいたいとのこと。それにお役目に関することとファッション関係では優勢すべきは此方だろうという意見もあった。

 

 そんなやり取りを見て、楓は可笑しそうにくすくすと笑いながらからかうような風にそう言うと、少し不満そうにそう呟く。が、部員達に好かれている、と考えると悪い気はしない風であった。

 

 「あー、まあ風さんは後でもいいや」

 

 「と思ったらフラれたんですけど!?」

 

 「女子力云々の話もしたいけど、本命はこっちだしね。さあ入って入って!」

 

 「わわっ、雪花ちゃん引っ張らないで……」

 

 夏凜の言葉を聞いてひらひらと手を降る雪花にそれなりにショックを受ける風。その反応に苦笑いしつつ、雪花はにんまりと笑って1度部室の外に出る。そして誰かの手を引いて再び戻ると……。

 

 「わー! 神奈ちゃん可愛い!」

 

 「そうね、よく似合ってるわ。朝に言っていたのはこういうことね……」

 

 「ああ、確かにそんな話をしていたな。服装で大分変わるな……似合うじゃないか、神奈」

 

 「神奈先輩可愛いですよ~♪」

 

 「驚いたわ。友奈とはやっぱり違うのね……に、似合ってる、わよ」

 

 「そ、そうかな……」

 

 そこには、ガーリッシュな服装に身を包んだ神奈の姿。いつかの乃木邸での友奈のファッションショーで彼女が着た風プレゼンのガーリッシュスタイルに近いだろうか。普段は纏めている髪も降ろし、いつも以上に女の子らしさと大人しさがある。

 

 高嶋と千景、若葉、園子(小)、夏凜と続けて絶賛され、本人は恥ずかしそうに俯く。服屋に似て同じような反応をその時のメンバーにもされたが、褒められ馴れていないのか顔から赤みが抜けない。

 

 「どうよこの会心の出来ぃっ! やっぱり元が良いからさ、しっかり着飾れば更に可愛くなるのは当然の帰結だよね」

 

 「中々やるわね雪花……この女子力、アタシに匹敵するやもしれんわ」

 

 「その自信はどこから来るんだろうねぇ……でも本当に似合ってますねぇ、神奈さん」

 

 「神奈さん可愛いです!」

 

 絶賛の嵐に今の服装を選んだ雪花としても手応えを感じていたのだろう、思いっきりガッツポーズをする。良い仕事をしたと流れていない汗を拭う仕草をした彼女を風はライバルを見つけたかのような表情で見ていた。

 

 新士はそんな風の言に苦笑いを浮かべた後、朗らかな笑みを浮かべて褒める。それに続くように樹も目を輝かせながら両手を合わせて絶賛する。そして楓も何か言おうとしたところで、聞き慣れたアラームが鳴り響いた。

 

 「おっと、襲撃!? じゃ、なかったっけ。もう攻める時間なのかしら?」

 

 「お姉ちゃん、準備しようよ」

 

 「出撃タイミングが少し早いな……」

 

 「今のタイミングが攻め込む最高のチャンスということやつかも? ご先祖様」

 

 「成る程、確かに。戦場の状況次第で攻め込むタイミングがずれることもある、か」

 

 (……もうちょっと後でも良かったのに……“私達”のバカ)

 

 アラームが鳴ったことで先程までの空気が変わり、皆意識を戦いのモノへと変えていく。全員がスマホを手にし、そんな会話が交わされる中で、神奈は楓が感想を言う前にアラームを鳴らしたであろう神樹……“私達”に対して内心で少しの不満を溢す。

 

 「攻め込む、か……戦いは新たなステージに行くのね。第2戦術……」

 

 「服の事は一旦忘れて、畑……もとい領地を広げにいざ! 白鳥 歌野のカーニバル開始!」

 

 「あんまり忘れてほしくないけど、神奈の御披露目も出来たしまあいいか……一旦切り替え切り替え」

 

 「今ここに居ない人とは、樹海(向こう)で会えるか……ああ、そうだ。神奈ちゃん」

 

 千景もまた同じようにスマホを手に持ち、遅れて入ってきていた歌野がやる気を漲らせ、雪花は彼女の言葉に溜め息を吐いた後に笑って部室の窓の外に見える極彩色の光を見る。そして楓が部室を見回しながらそう言った後に神奈へと視線を合わせ……そして、世界は極彩色の光と花弁に包み込まれた。

 

 

 

 「よく似合ってる。可愛いよ」

 

 

 

 朗らかな笑みと共に紡がれたその言葉は、しっかりと神奈の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 「あ、あら? 神奈さん? 顔が真っ赤ですけど……」

 

 「かーゆが新しい服を着てるよ~。可愛いよかーゆ!」

 

 「確かに似合ってるけど、大丈夫か? 神奈。ひなたが言うように凄く顔が赤いぞ?」

 

 「あはは……沢山褒められてたもんね」

 

 「……うん。服装……気にしてみようかな……」

 

 樹海化した後の部室にて、お留守番組の間でそんな会話があったそうな。




原作との相違点

・神谷 友奈は実は“私”だったのさ!(ナ,ナンダッテー

・三ノ輪ツアーに神奈参加

・部室でのやり取りに楓と新士参加

・遠足での約束前に料理を教わってる園子(小)

・相違点だ! お前相違点だろ! 相違点探し出せ!



という訳で、原作7話前半のお話です。次書くのは戦闘ですね。

今回遂にはっきりと神奈の招待を書きました。当然勇者達は知りません。皆様もびっくりしたでしょー(棒読み

後半の神奈の服装は勇者部所属の時のガーリッシュ友奈参照です。活動中な友奈も勿論似合いますが、比較的大人しい方の神奈もきっと似合うと思います。見た目も一緒ですしね(親馬鹿

さて、今回が99話目。次回が大台の100話目になります。勿論記念番外編を書きますよ。どんな話になるかは、アンケート次第です。何になるかなとわくわくしますね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 未来の花達は突然に

丸々2週間も空いてしまった……本当にすみません。そしてお待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

記念すべき100話目なので見直し追記あれこれしてたらこんなにも時間が……アプリのイベントとかも次々と来ましたし、走行娘始まりましたしでてんやわんやでした←

fgoでは恐竜が来てくれました。ボイジャー? ああ、エックスとかジードとかのOP歌ってる人ですよね。

ゆゆゆいでは友奈、銀に続いてUR夏凜が来てくれました。神世紀赤属性URにはどうにも縁があるようです。3周年ですし、ラジオ来るし、ショートアニメになるし、ゆゆゆいの勢いは衰えませんな。

東方ロスワではレミリアと幽々子、ユウキの誕生日から再スタートしたメモデフでは10人もの星6ユウキが。天華百剣も琉球三宝刀揃いましたし……fgoとのこの温度差はなんだ←

さて、今回はアンケートで最多だったお話です。それでは、どうぞ。


 「……また、ここに来ちゃったんだねぇ」

 

 気付けば、楓は気持ちの良いそよ風が吹く緑生い茂る原っぱの上に居た。遠くには高い山々が見え、太陽の光を反射したキラキラと光る湖畔。視認する直前まで何処に居るのかも分からず混乱したが、次々と脳裏に浮かぶ記憶がこの場所の事を彼に教えてくれる。

 

 ここは以前にもやってきた、或いは夢で見た“夢空間”のような場所。以前は様々な可能性の世界の少女達と邂逅し、奇跡か夢でしかあり得ない体験をした場所である。そう思い返しながら、楓は以前はコミカルな大きな城があった場所に体ごと向き直り……。

 

 

 

 「……なんかパワーアップしてる……!?」

 

 

 

 彼にしては珍しく、目を見開いて驚愕した。以前に見た下は小さく上は大きい、まるで飛び出す絵本のようなコミカルな桜色の大きなお城。今回はその上に、直接乗せたかのように真っ白な大きな教会が()()()()()。上の方には黄金の鐘があり、揺れてリンゴンリンゴンと大きく綺麗な音を響かせている。

 

 更に、以前もあった入口の所の大きな看板の文字が“楓くん歓迎”から“うぇるかむかえでくん”と何故かひらがなかつ達筆に書かれている。行きたくないな……と内心思うものの行かなくてはならないという謎の使命感を持って城なのか教会なのかわからない建物へと足を運ぶ楓。そしてそのまま以前のように内部が見えない入口を通って中へと入った先で、彼は見た。

 

 「こっちもなんか増えてる……」

 

 床の上を、足の踏み場も無い程に埋め尽くす、色とりどりのサンチョ達。奥には前回と違って扉が1つだけであり、ひとまずはそこを目指す……前に、楓は足下のサンチョの中から1匹の紫色のサンチョを抱き上げて凝視する。

 

 そのサンチョは他のサンチョと違い、何故かカツラを被っていた。しかもそのカツラの髪型が園子と同じなのだから笑うべきか笑わないべきか悩む。というか、カツラの髪の長さが明らかにサンチョに合っていない。他に居ないのかと見回してみると、同じように勇者部メンバーの髪型のカツラを着けたサンチョがちらほら。そして、抱き上げられたサンチョが一言。

 

 

 

 「テ アモ」

 

 「なんで声はあのダンディな声のままなんだ……というか何語なんだろうねぇ」

 

 「スペイン語で“愛してる”という意味だよ、チコ」

 

 「ああ、そう……!?」

 

 

 

 見た目に反してダンディな男性の声で喋るサンチョ(園子ヘアー)。ふと疑問に思った楓が何となく呟くと流暢な日本語で返ってくる。一瞬の間を起き、目の前のサンチョが話してきたのだと理解した楓は思いっきり驚き、思わずサンチョを手離してしまう。そのまま他のサンチョ達に埋もれて姿が見えなくなった。

 

 驚きのあまりバクバクとしている胸を焦った表情で抑えつつ、扉へと歩み寄る楓。勿論、サンチョ達を踏まないようにゆっくりと。少し時間を掛けて辿り着いた彼は扉に手を掛け、ゆっくりと開いて中へと入った。

 

 そこは真っ白な広い部屋だった。中央には丸いテーブルと1つの椅子、そしてその奥に大きなベッド。他には何もないシンプルな部屋であった。

 

 「また、シンプルな……っ!? 扉が……開かない?」

 

 部屋を軽く見渡した瞬間、扉がドゴォッ! と無駄に鈍く大きな音を立てて閉まる。直ぐに開けようとしたが、どういう訳か開く気配がなかった。試しに蹴ったり体当たりしたりとしてみたが、やはり開かない。そこで楓は以前に会った少女の1人が“扉が開かなかった”と言っていたのを思い出す。

 

 (……今回は自分が“待つ側”なのかねぇ?)

 

 以前は自分が扉を開けていく側に居たが、今回は逆に“開けられる側”なのだと思い至る。勿論確証はないが、こんな何でもありな場所で一々確証を探すのも面倒だと楓は扉から離れて部屋の中央に向かい、椅子に座って待ってみることにする。

 

 さて、今回は誰と出会うことになるのか。どんな可能性の世界の人がやってくるのか。少しの不安とワクワクを感じつつ扉の方を見ること数分、唐突にガチャッ……と音を立てて扉が開いた。そして、入ってきた人物を見て楓はまた大きく目を見開く。

 

 

 

 「あれ、楓? にしては背と髪が……?」

 

 「……銀ちゃん? にしては背と()()が……!?」

 

 

 

 入ってきたのは三ノ輪 銀だった。しかし、彼の記憶の彼女とは色々と変わっている。

 

 150と少しだった身長はどう見ても楓と同じくらいまで伸びており、髪も大分伸びていて首の後ろで纏めている。明らかに年齢が楓の記憶よりも上であり、1番の違いはその大きく膨らんだお腹。つまり、妊娠していることであった。

 

 「……とりあえず、こっちにどうぞ。椅子に座って下さいねぇ」

 

 「え? あ、ありがとう……えっと、楓……で、いいんだよな?」

 

 「そうですよ。そちらは三ノ輪 銀……で、いいんですかねぇ?」

 

 「あ、うん。もう“三ノ輪”じゃないけどさ」

 

 立ち上がって彼女に近付き、その手を引いていつの間に増えていた椅子にゆっくりと誘導し、座ったのを見てから対面の椅子に座る楓。お互いにお互いのことを把握しながらも疑問が抜けないことに苦笑いしつつ確認し合う2人。そこで銀が呟いたことに疑問を持った楓が首を傾げると、銀はクスッと笑って口を開いた。

 

 「今はあたし、()()() 銀なんだ」

 

 「……成る程、今回はそういう感じなのか」

 

 「そういう感じ? 楓はここがどういう場所なのか知ってるのか? いや、なんかあたしも覚えがあるというかなんというか……それに、楓もなんかちっさいしさ」

 

 「それは今から説明しますねぇ」

 

 銀のセリフで今回の流れを概ね把握した楓は彼女の疑問に答え、この世界の自身で分かる範囲で説明する。ここが様々な可能性の世界……パラレルワールドの誰かと出会える場所であること。以前にも同じようにここに来たことがあること。そして、いつ元の世界に戻れる……夢から覚めるかはわからないこと。

 

 説明を聞いた銀は驚きつつも彼がこんな嘘を付くはずがないと言う。更に言えば彼女自身もここに来たことで似たような空間……園子の夢空間での記憶が甦っていたこともあって彼女なりに理解を示していた。ここまで話す際、大人の銀相手ということで敬語で話していた楓だったが、彼女からの申し出で中学生の時と同じ対応で構わないと告げられたので敬語は抜けている。

 

 「今回は多分、自分と一緒になった誰かと出会うことになるんだろうねぇ」

 

 「で、あたしが1番乗りって訳か。楓がちっさいのも納得したわ。中学生の時の楓か……もう10年以上前になるのか。懐かしいなぁ」

 

 「銀ちゃんは大人になったねぇ……うん、綺麗になった。綺麗なお嫁さんと一緒になって、そっちの自分は幸福(しあわせ)だろうねぇ」

 

 「へへっ、そうかな……うん、あたしも素敵な旦那さんが居て幸福だよ。最高の形で夢を叶えてくれた……自慢の旦那様さ」

 

 昔を懐かしむ銀に楓は朗らかに笑いながら呟く。今の彼には想像することしか出来ない未来の姿。彼女の人となりを知るからこそ、夫婦になった別の世界の自分は幸福であることは疑いようがない。その証拠として目の前に幸福そうに笑う銀の姿があり、そのお腹の中には2人の愛の結晶が産まれる瞬間を待っている。

 

 改めて、大人になった彼女の姿を見る。伸びた身長、長くなった髪、可愛いというより綺麗になった顔立ち、女性らしく丸みを帯びた体。控え目に言っても美人という言葉が出るだろう。膨らんだお腹を撫でる手は優しく、会話をしていても落ち着きがある。だがその笑顔は楓が知る中学生の彼女と変わらなかった。

 

 それから少しの間、楓は銀の世界の話を聞いた。銀は専業主婦として家を守り、彼女の世界での楓は大赦に所属し、同じく大赦で上の地位に着いた園子の秘書のようなモノをしているらしい。勇者部の皆とも交流は続いており、頻繁に連絡も取り合うし一緒に食事をするのも珍しくないそうだ。

 

 身重になってからは夫が家事をするようになり、家に居ない間は大赦からお手伝いさんが来るようだ。そのお手伝いさんは銀よりも小柄ながらてきぱきと家事をこなし、特に掃除に関しては凄まじいの一言だそうな。お陰で銀も助かっており、帰宅した楓と共に3人で晩御飯を食べることも多いとのこと。初対面の時にいきなり“かつての勇者様のお手伝いが出来るなんて光栄です!!”といきなり土下座をされて驚いたとか。

 

 「そういえば、お腹の子の性別とか名前とかは決まっているのかい?」

 

 「女の子だってさ。名前は……まだ。あたしと楓みたいに何か1文字にしたいんだけど」

 

 「悩みどころだねぇ……おや?」

 

 そうして2人で悩んでいると、ガチャリと音を立てて扉が開いた。銀が振り返り、楓もそちらへと視線を送る。入ってきたのは、やはり楓にとって見知った顔だが少し大人っぽくなっている女性。その女性は2人の顔を見ると笑顔を浮かべながら2人に向かって歩いてくる……両手に2人の赤ん坊を抱き抱えながら。

 

 

 

 「楓くん! 銀ちゃん! 良かったー、私以外にも人が……あれ、楓くん小さくなった? 髪も長いままだし……あれ? 銀ちゃん妊娠したの!?」

 

 「あうー」

 

 「きゃうー」

 

 「ああ、やっぱり友奈なんだねぇ……今度は子供まで……しかも2人……それに、何だが覚えのある感覚が……」

 

 「別の世界の友奈ってことなんだろうけど、ここまであたしの知る友奈と変わらないと不思議な気分だなー。子供は居なかったけどさ」

 

 

 

 入ってきたのは、友奈であった。成長した彼女は楓よりも背が高くなっており、纏めていた髪は下ろしている。体つきもすっかり大人の女性へと成長しており、胸も風と同じくらいには大きくなっている。

 

 そして目につくのは、やはり抱き抱えている双子と思わしき赤ん坊達。友奈の赤い髪と、恐らく父親と同じなのだろう黄色い髪を生やしているその子達は、楓の方へと笑顔と共に手を伸ばしていた。赤ん坊に何となく感じた覚えのある感覚を抱く楓だが、流石にその正体までは掴めなかった。

 

 一先ずまたいつの間にか生えていた椅子へと誘導し、この世界の説明をする楓。話を理解したのかしていないのか笑顔で頷く友奈を見て、楓は大人になっても変わらないなと苦笑い。尚、やはり敬語は抜きで言いと言われた。

 

 「ところで、この子達の父親はやっぱり……」

 

 「うん! 楓くんだよ」

 

 「やっぱりねぇ……別の世界の自分だと分かっていても、夫だ父親だと2人の女性から言われると何とも言えない感覚になるんだけどねぇ……」

 

 「あたしも正直何とも言えない感覚になるゾ……」

 

 「きゃーう♪」

 

 「ぶーぅ」

 

 赤ん坊とは言えずっと2人を抱き上げているのはしんどいだろうと黄色い髪の赤ん坊を抱きながら友奈に問う楓。返ってきた答えは予想通りではあったが、今の楓はまだ中学卒業前。こうも夫だ父親だと、それも同級生だった相手に、複数から言われるのは中々に複雑な心境になる。それは自分の夫が別世界とは言え他の相手と子を成していると言われた銀もそうだが。

 

 苦笑いを浮かべる楓に抱き抱えられた赤ん坊が機嫌が良さそうに笑いながらペタペタと彼の頬に触れる。逆に友奈に抱き抱えられたままの赤い髪の赤ん坊は不満そうに黄色い髪の赤ん坊を見ていた。随分と表情が分かりやすいなと思いつつ、自身と同じ髪を撫でるとまたきゃらきゃらと笑った。

 

 「なぁ友奈、そっちの子達の名前って何て言うんだ? あたし達の子はまだ決まってなくてさ、参考に……な」

 

 「こっちの赤い髪の子が“かなで”ちゃんで、楓くんが抱っこしてる黄色い髪の子が“かなみ”ちゃんだよー。かなでちゃんは私達の名前の一部、かなみちゃんは私達と東郷さんの名前を一文字ずつにしたんだー」

 

 「やっぱり美森ちゃんとも交流は続いているんだねぇ。勇者部は大人になっても仲良しなようで何よりだよ」

 

 「うん! それにお隣さんなんだ! 夫婦で買った新しい家でもお隣さんなんて凄い偶然だよねー。たまにこの子達の相手してもらったり、家事を教えてもらったりしてるんだよ! お陰で立派な主婦になれました!」

 

 (そこはあたしのところの須美と変わらないのか……いや、夫婦の隣の家って……それ絶対偶然じゃないだろ)

 

 「そっか、美森ちゃんには感謝だねぇ」

 

 (いや、その一言で片付けられるような事じゃないだろ……あれ、あたしがおかしいのかな)

 

 お腹の子の名前を決める参考にと銀が聞くと、友奈は快く教えてくれた。聞かされた名前を良いなと思いつつ、銀は脳内にメモをする。友奈としても気に入っているのだろう、話している最中はずっと笑顔だった。

 

 彼女の世界でも勇者部の仲の良さは変わらないようだと聞いて安堵する楓と話の内容の所々に不穏さを感じる銀。しかしあまりに普通に、楽しげに2人が会話しているものだから自分の方がおかしいのでは……と悩んでしまった。

 

 それからまた少しの間、今度は友奈の世界の話を聞いた。楓が髪を切って短くしているだとか、たまに風が襲来するだとか、やっぱり楓は大赦に所属して園子の部下として働いてるだとか、ダブルベッドで一緒に寝ているだとか、寝るときはいつも手を繋いでくれるだとか。

 

 そして友奈の話が一段落した時、再び扉が開く音がした。3人は話を止め、扉を注視する。次は誰が来るのか……そんな緊張感を伴う3人の前に現れたのは、金髪の女性……ではなく。

 

 

 

 「おお? おお! ミノ姉さんとゆーゆ姉さんじゃないか! そっちの人は……父様に似ているな」

 

 「そうですねー、紅葉くん。写真で見たお父様の幼い頃にそっくりですねー……でもあんまり今と変わらないんですねー」

 

 「そうだな、父様をそのまま小さくしたみたいだ! ということはやっぱり自分の父様レーダーは正しかったようだぞ楓子!」

 

 「紅葉くんは凄いですねー。わたしはまだそこまで正確じゃなくてー」

 

 (((誰!?)))

 

 

 

 現れたのは黄色い髪の少年と少女。少年の方は楓とよく似た顔立ちをしており、髪型も楓と同じだが首までの長さ。少女は園子にそっくりで、髪型も彼女と同じ。年の頃は小学生に成り立てと言ったところだろう。どうやら3人の事は知っているようで、3人を見て紅葉と呼ばれた少年のテンションが上がっており、そんな少年を見て楓子と呼ばれた少女は朗らかに笑っていた。

 

 予想外の人物が現れたことで驚愕していた3人だったが、その容姿を見て誰の子かを悟り……その直ぐ後にまた誰かが入ってくる。そしてその姿は、今度こそ予想していた人物の姿だった。

 

 「紅葉も楓子も速いよ~。お母さんを置いてったら悲しいよ~?」

 

 「母様がサンチョと戯れていたからだぞ。そんな事よりほら、あの人達! 父様とミノ姉さんとゆーゆ姉さんだ!」

 

 「おお? おお~、本当にカエっちとミノさんとゆーゆだ~。でもカエっちは昔の姿だし、ミノさんはお腹が……ゆーゆも赤ちゃん抱っこしてるね~。カエっちも……ん~」

 

 「やっぱりお父様なんですかねー? そもそもここはどこなんでしょう?」

 

 「ああ、やっぱりのこちゃんなんだねぇ。すっかりお母さんになって……成長したんだねぇ」

 

 「あーぶ」

 

 「それはどういう目線なんだ楓」

 

 「園ちゃんは見た目変わらないなー」

 

 パタパタと足音を立てながら入ってきた2人に近付き、苦笑いする女性。その姿は紛れもなく楓達が知る乃木 園子であり、中学生の容姿をそのままに大人にしたような姿をしていた。白い縦じまセーターに青いジーンズというシンプルな服装の上に白いエプロンを着けている姿は新婚の主婦という言葉を連想させる。

 

 呆れつつも園子の手を握りながら3人を指差す紅葉の指先を目で追う園子はその姿を見て一瞬を目を見開き、直ぐに情報をぶつぶつと呟きながら脳内で纏めていく。その隣で紅葉と同じように彼女を手を握っていた楓子が疑問を呟く。その姿は考え事をする園子と瓜二つであった。

 

 一連の動きが自身の知る彼女と変わらないことと親子の仲の良さを見た楓は感動しながら朗らかに微笑み、何故か抱っこされているかなみも同じように笑う。銀と友奈もそれぞれ苦笑いとぽやぽやとした笑みを浮かべた後、考えが纏まったのか園子が口を開く。

 

 「成る程成る程……だいたい分かったよ~」

 

 「本当に分かったのか? 母様」

 

 「こんな訳の分からん空間だと流石に分からんだろ……」

 

 「ここはわたしが勇者時代に精霊の力で作った“夢空間”と似たような場所なんだね~。カエっち達はわたし達の知ってる皆とは別の存在で、“もしもの世界の人”なのかな? それで、この場所にはその“もしもの世界の人”が集まってきてるんだね~。多分、カエっちと一緒になった人が呼ばれてるのかな~」

 

 「流石のこちゃんだねぇ。ほぼ完璧に言い当てたよ」

 

 「お母様、流石ですー♪」

 

 「園ちゃんすごーい! 私全然分からなくて混乱したのに」

 

 「「本当に分かってた!?」」

 

 息子と別世界の親友から疑わしげな目で見られたものの、楓達が説明するまでもなく現状をほぼ正確に言い当てる園子。似たような朗らかな笑顔で称賛する楓と娘、そして普通に驚いている友奈。見れば双子の赤ん坊達も驚きからか園子を目を大きく開けて見ていた。

 

 照れたように笑う園子に息子と親友の驚愕の声が飛ぶ。まさか本当に分かってるとは思いもよらなかったことだろう。2人が驚いている内に彼女は子供の手を引いて銀と友奈が居るテーブルの空いている場所にいつの間にか生えていた3つの椅子に腰掛け、子供達も同じように座る。

 

 そして行われるのは、銀と友奈の世界での話と園子達の世界での話。2人の話を楽しそうに聞いた後、園子はにこにことしながら自分達の馴れ初めや日常を語ってくれた。

 

 「そっちだと楓は婿養子なのか……まあ園子の家は大赦の中でも上里と並んでトップだしなぁ」

 

 「そうなんよ~。カエっちがわたしと同じ名字なのは変わらないんだけど、わたしとしては犬吠埼 園子でも良かったんだけどな~」

 

 「乃木 楓、か。場合によっては三ノ輪 楓だったり結城 楓だったりしたのかもねぇ」

 

 「この子達も結城 かなで、とか結城 かなみ、とかだったりしたのかもね。でもやっぱり、犬吠埼で良かったかな。ああ、私はこの人と結婚したんだ……って強く思えたから」

 

 「ゆーゆはこの中だと1番早くカエっちと付き合ったんだっけ。わたしミノさんは高校の終わりくらいだし」

 

 「あたしと園子の世界だと告白する側と結果は逆なんだよな……」

 

 園子の話を聞いて楓は未来の自分を想像する。こうしてifの自分の妻達を見ても流石に未来図は想像しにくいが……円満な家庭を築けているのは分かる。それだけでなく、未来では誰もが自分の夢を叶えているのだと言う。銀は主婦で、園子は小説家で、美森は歴史学者としての地位を確固たるモノにしているとか。

 

 因みにこの大人達……楓はまだ中学生だが……による会話の最中、子供達もそれなりに交流を深めていた。楓子はかなでを抱っこさせてもらいながら楓の隣に座り、紅葉は何故か楓が抱っこしているかなみとの間にバチバチと見えない火花を散らしている。どうやら楓に抱っこされているのが羨ましいようだ。

 

 「告白はやっぱり楓から?」

 

 「そうだよー。びっくりして、でも泣いちゃうくらい嬉しくて……」

 

 「わたしも最初は信じられなかったな~。でも現実だって、夢じゃないんだって……うん、胸の奥から幸福が溢れてくるよ~」

 

 (誰か助けてくれないかねぇ……)

 

 3人が思い出しながら幸福そうに笑い、それぞれ薬指にハマっている指輪を眺める。はにかんだ笑顔を見せる3人が思い出に浸っている傍らで、楓は自分の知らない自分の話を聞かされ続けて流石に羞恥心が沸き上がっている。因みにこの時、楓子が紅葉にかなでを預け、楽しそうに楓の髪を弄って園子や紅葉と同じ髪型にして遊んでいた。

 

 話は自分達の話から夫の話へとシフトする。3人の世界の共通点として、楓が結婚を折に長い髪をうなじが見えるくらいまでにバッサリと切ってしまっているらしい。仕事は銀と友奈の世界では大赦に所属して園子の部下、園子の世界では婿入りしたことで乃木家の当主として必要な知識を収めつつ、現当主の義父の手伝いをしているとのこと。

 

 「家だといっぱい甘えさせてくれるんだよね~」

 

 「そうそう、学生の時の東郷さんとの夫婦みたいなやり取りを本当の夫婦として出来るんだよねー。膝枕とか、耳掻きとか、頭撫でてもらったり……」

 

 「あれ羨ましかったんだよなぁ……今じゃあたしが羨ましがられる方だけどさ」

 

 「お父様、お顔が真っ赤ですねー」

 

 「やっぱり父様も恥ずかしがるんだな」

 

 「そりゃあ、まぁねぇ。未来の自分の話なんて聞くもんじゃないねぇ」

 

 「あーうー」

 

 未来の自分との惚気話を聞かされると流石の楓も顔が赤くなる。夫婦仲は睦まじいようで何よりであるが、今の彼としては未来の自分との甘々な生活ややり取り等聞いていて恥ずかしいことこの上ない。そんな彼を子供達はにまにまと笑いながら見ていた。

 

 それはそれとして、と楓は再び話し合っている3人を見る。未来の自分の妻達。勇者部の仲間だった彼女達。前世のこともあり、彼にとって彼女達はどうしても年下の子供として見てしまう。それ故に恋人に、夫婦になるかもしれないという可能性を口にはしても本当にそうなるとはあまり思っていなかった。

 

 勇者という特殊な立ち位置や他の人には言えない秘密。それは交遊関係にも影響し、勇者部というある種の閉鎖された空間と関係は彼女達から楓以外の異性との交流を浅くさせた。だからこそ楓は、彼女達が勇者という肩書きから解放されて交遊関係を広め、他の異性との交流を広く持って恋や愛を知っていくのを望んだ。

 

 “自分以外にも男性は居て、その中にはきっと彼女達にとって好い人が居る”のだと。

 

 (……それは、自分の独り善がりだったのかも知れないねぇ)

 

 だが、目の前の彼女達を見て自分の考えは間違っていたのではないかと思ってしまった。自分達の結婚生活や夫婦仲の良さを話す彼女達の姿は、誰がどう見ても幸福そうで。こうして楓が抱き抱えている赤ん坊や隣に座る子供達、お腹の中に居る赤ん坊が居る程に愛しあって。

 

 そして……彼女達を子供だとか、他に好い人が居るとか思っていたハズなのに……彼女達に恋して、彼女達を愛して、告白して、結婚した未来の自分が居る。

 

 「未来はわからないモノだねぇ」

 

 「あうー」

 

 「そういえば父様はまだ母様と結婚していないんだな」

 

 「そうだねぇ。結婚どころか誰とも付き合ってもいないねぇ」

 

 「好きな人は居ないんですかー? やっぱりお母様がー?」

 

 「ふふ、好きな人……勇者部の皆が好きだからねぇ。あんな風に誰かと付き合うかもしれないし、まだ会ったこともない誰かと付き合うかもしれない。未来は、わからないからねぇ」

 

 抱っこしているかなみの頭を撫でながら、紅葉と楓子の疑問質問に答える。今の彼は自身が誰かと付き合うというのは想像しにくい。だが、目の前にその可能性がある以上、誰かと付き合う可能性はある。

 

 友奈と付き合う未来。銀と付き合う未来。園子と付き合う未来。それら以外にも美森と付き合う未来があるかもしれない。夏凜と付き合う未来があるかもしれない。雪花と付き合う未来があるかもしれない。

 

 いや、可能性……ifの世界など無数に存在するのだ。楓の世界にとってあり得ないことでも、もしかしたら有り得る世界があるのかもしれない。未来はわからない。わからないからこそ、幾らでも想像出来てしまう。そうして想像することのなんと楽しいことだろうか。

 

 「3人とも」

 

 「「「うん?」」」

 

 楓は問う。彼女達の口から改めて聞きたいと思ったから。未来の自分との生活が、子供達が居る生活が、自分にとっての未来が、彼女達にとっての現在が。そして、その手の中に居る小さな命に、お腹の中に居る生まれる前の命に、両隣の子供達に、友奈の手の中の命にとって。

 

 

 

 「今、幸福(しあわせ)かい?」

 

 「「「勿論!」」」

 

 

 

 そうして咲き誇ったのは……笑顔の花達。

 

 直後、再び扉が開く音がした。全員がそちらへと視線を向け、ゆっくりと開く扉のその向こうに……長い黒髪をした女性と同じ髪色の少女。そして、茶髪の女性の姿をその目に映して……。

 

 

 

 

 

 

 気付けば、楓は自室にて朝を迎えていた。何か良い夢を見ていた気がする。そんな風に思いつつ、彼はベッドから降りて窓に掛かるカーテンを開けて外を眺める。

 

 「……うん。今日も良い朝だ」

 

 そして今日もまた、彼らは未来に向かって日常を過ごしていく。

 

 

 

 

 

 

 無数に枝分かれした可能性の世界。その可能性が、千に、万に、億に、兆に、京に……もっと多く、そして遥かに小さな可能性であったとしても……決して、ゼロではないのなら。

 

 

 

 

 

 

 「行ってらっしゃい、楓。気を付けてね」

 

 「行ってくるよ、風姉さん」

 

 「もう、また姉さんって言ってるわよ」

 

 「……そうだねぇ。改めて行ってくるよ……“風”」

 

 

 

 

 

 

 「今日のスケジュールも埋まりに埋まってるねぇ。人気なようで夫としては嬉しい限りだよ」

 

 「あんまり忙しいと甘えられる時間がないよ……あ、でも今日は一緒に出演する番組があるんだね。やっぱり夫婦だからかな?」

 

 「マネージャー兼元義理の兄妹兼夫なんててんこ盛りな肩書きだからねぇ、自分」

 

 「えへへ……でも、ずっと一緒だから嬉しいなぁ」

 

 

 

 

 

 

 「おはよう……貴方」

 

 「おはよう。ふふ……やっと詰まらずに言えるようになったねぇ」

 

 「まだ恥ずかしいよ……でも、奇跡に奇跡が重なって今があるからね……何度でも貴方って呼びたいんだ。こうして得た人の身で貴方ともっと……もっと触れ合いたいんだ」

 

 「自分もだよ、友奈。それとも昔みたいに“神奈”って呼ぼうか?」

 

 

 

 

 

 

 「時々ね、この時間が嘘なんじゃないかって思うんだ。だって私は貴方にとって間違いなく敵だったハズで……こうして一緒になるどころか、触れ合うことすら有り得なかったハズで……」

 

 「でも、こうして自分達は触れ合ってる。自分と君は、皆から祝われて一緒になった。自分も、自分の意思で君を選んだんだ」

 

 「うん……えへへ、嬉しいのに、幸福なのに、怖くて涙が出るんだ。人間って不思議だよね」

 

 「怖いなら、怖くなくなるまで手を握っていてあげるよ。それが君を好いた男の……夫の役目で、してあげたいことだからねぇ」

 

 

 

 

 

 

 きっと……こんな世界だって有り得るのだろう。




今回の補足

登場したのは既に書いた親密√の“幸福になった後”の3人+α達。

犬吠埼 銀:幸福な夫婦生活満喫中。お腹の中には新たな命が。名前はまだ決まってない。

犬吠埼 友奈:銀同様に夫婦生活満喫中。そうでもなかった家事能力は東郷さんのお陰で申し分ないレベルに。髪は下ろすようになった。

かなで&かなみ:双子の赤ん坊。名前の由来は今話の通り。その中身は……流石の楓も不思議に思いつつも最後まで気付けなかった。父>母

乃木 園子:他の2人の√とは違い、こちらでは主婦兼小説家。察しの良さは変わらない。実は今回の話の中では最も年上。

紅葉&楓子:こちらも双子。生まれた順番で紅葉の方が兄。園子の好奇心の強さをがっつり引き継いでいる。楓子は逆にのんびりした部分を引き継ぎ、語尾を伸ばすのも両親の影響。



という訳で、未来の嫁&子供襲来のお話でした。舞台は友奈顔襲来時と同じなような違うような。ifが入り交じる設定だと凄い使いやすい舞台だからね、仕方ないね。

大人になった彼女達はきっと恋やぶれても変わらない友人関係を築いていると妄想。本作の銀ちゃんは幸福です。お嫁さんです。子供も出来ました。二次でくらいいいじゃないか(半泣き

赤ん坊の言葉って結構悩むんですよね。いっそ書かないようにするかとも悩みましたが結局台詞ありに。あーうーとか書いてると昔を思い出しますね←

さて、100話記念番外編はお楽しみ頂けたでしょうか? 今後も簡潔まで鈍くてもしっかりと進んで行きます。時折番外編として横路に逸れたりもしますが、どうか最後までお付き合い頂ければ幸いです。前書きのガチャ結果日記もどうか許して下さい。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 14 ―

また2週間空いてしまった事をお詫び申し上げます。雨が連続で降って仕事の疲労が増えたり、8割程書き上げた後に致命的なミスが見付かって8割中5割を書き直すことになったり最近頭痛がしたりしてますが私は減気(誤字にあらず)です(ヽ´ω`)

また色々イベント来てますね。fgoはQPの稼が時なのでガンガン周回しなければ。コトダマンではラムが来たので鬼レム満幅出来そうです。

天華百剣は超電磁砲とのコラボですね。爆死しましたが。東方ロスワはもこたん出ましたね。ガチャで出たのは橙でしたが。今月も爆死とそれなりに良い結果がいったり来たりなようです←

何年かぶりにドラクエのゲームを買いました。9ですけど。私のドラクエはDSテリワンで止まってたので新鮮です楽しいです。やはりRPGは良いものだ……黄金の太陽リメイクされないかな。

ゆゆゆいの新イベントのSR絵見て死にました。ゆうみも最高やでホンマ……本作の場合だと楓と隣に白無垢を着たゆうみもの姿があるかも知れません。姉さんは親族席で号泣してます←

さて、前書き(と言う名のゲーム報告)が長くなりましたが久しぶりの本編です。それでは、どうぞ。


 部室から樹海へと飛ばされた自分達が最初にしたことは、部室に居なかったメンバーと連絡し、勇者アプリのレーダーを使いながら1ヶ所に集合することだった。幸いと言うべきかそれほど離れていなかったようで直ぐに全員が集まる事が出来、勇者へと変身しながらレーダーに映る敵の反応に向けて移動する。

 

 「これ乗ってみたかったんだよねー♪ にしても、空から見ても見渡す限り相変わらずの樹海だぁねっと」

 

 「雪花、なんか上機嫌ね? 乗ってみたかったってだけじゃなさそうだけど」

 

 「いやー神奈を可愛く着飾れたこともあるけど、最近はこの任務にも遣り甲斐を感じている訳よ。ここは雑音が無いのが最高……味方か敵かだけ」

 

 「……北海道では、大変だったみたいですねぇ」

 

 移動する為の足として楓が普段よりも大きく光の絨毯を作り出し、全員が乗ったところで飛び上がる。絨毯から顔を出して樹海を見下ろす者、戦いに備えて瞑想する者、リラックスしているように談笑する者と思い思いに過ごす中で、雪花がふとそう呟いた。

 

 反応したのは近くに居た風。上機嫌な理由が今呟いたことだけではないと感じた彼女が聞いてみると、ニコニコと笑う雪花はそう語る。ただ、最初はともかく後半は少し声のトーンが落ちたので楓が顔を向けずに呟くように言うと、雪花は苦笑いを浮かべた。

 

 「……もうずっと、皆でここに居ればいいんじゃないかな」

 

 「あはは……まぁ、そういう訳にはいかないよねぇ」

 

 「だよねー」

 

 「……ん? どしたの東郷」

 

 「敵発見。1つのところから動きません」

 

 それは本心か、それとも冗談なのか。苦笑いのまま紡がれたその言葉に返せたのは近くで聞いていた楓だけだった。知っていた、そう笑いながら流す雪花。そんな彼女を見ていた風は、弟のように何かを言うことは出来ずに居た。

 

 そんな風だったが、ふと美森が険しい顔をしているのを見付ける。そして彼女の言葉を聞いた風……いや、気こえたのだろう全員が意識を前方へと集中させ、強化された勇者の視力がそれを捉えた。

 

 普段であれば、樹海に在る神樹を目指して進んでくるバーテックスの群れ。それが1ヶ所に止まったまま動かずに居た。特に何か拠点のようなモノが在る訳ではない。何か特別な物体が在る訳でもない。ただ、いつものような小型から大型まで存在するバーテックスが動かないだけ。

 

 「ふむ……守ってるってことかしら」

 

 「神樹様曰く、敵はあの位置を守護しているから攻めてくる事はない……こちらから仕掛けるしか」

 

 「神樹様曰く……ご神託ということですか? 東郷さん」

 

 「美森ちゃんは巫女の適性もあるからねぇ。この世界に来る前にもそういう事があったし」

 

 「そうみたいなの」

 

 風がそう考察し、美森は今正に神託からイメージを通して伝えられた神託通りに肯定する。彼女にも巫女の適性は存在するのだ、ひなたと水都……神奈のように神託が降りるのは不思議ではない。が、それを知るのは楓を除けば後は小学生組くらいなもの。杏が聞くのは仕方ないだろう。

 

 肯定したのは本人ではなく楓。過去にも起きた出来事を軽く説明し、美森本人も頷く……だが、彼女の内心はあまり穏やかではない。彼女に起きた神託、或いは予知夢のようなモノ。それは過去に2回起き、そして2回共が後に心に深いキズを負わせているのだから。

 

 「東郷さん万能だなぁ。凄いね」

 

 「私より友奈ちゃんと楓君……ううん、皆の方が凄いわ」

 

 そしてそのキズも、まだ刻まれていれど乗り越えつつある。絶望に染まりきっていた自分を、心を救いだしてくれた仲間達、親友達の存在があるから。一緒に居ると言葉にしてくれた、また自分の側に戻ってきてくれた人達が居るから。だからこうして今、美森は笑って居られるのだ。

 

 「あれ? ウチの須美にもそういう才能あるのか?」

 

 「実感は無いけれど、ある……とは言われているわね」

 

 「この世界に来る前にそういう説明はされたねぇ」

 

 「わっしーは無限の可能性を秘めているんだね~。アマっちとミノさんも~」

 

 あまり当時の話を聞いていなかった、それとも忘れていたのか首を傾げる銀に須美は自信無さげに頷く。新士が言うように、巫女の適性があるという説明は受けている。が、目の前の美森や部室に居る巫女3人のような神託を受けたことが無い以上、半信半疑とはいかないまでも実感は湧かないのだろう。そんな会話をする3人を見ながら、園子(小)がそう締めた。

 

 「タマにもあるかも知れんな。そういう特異な才能というものが!」

 

 「巫女の才能よりはネコの才能の方があるかもしれないねぇ。あだ名的に」

 

 「どんな才能!? 確かにタマのあだ名はネコっぽいかもしんないけどな!?」

 

 「ネコちゃんって何でか“タマ”とか“シロ”って名前のイメージがあるよねー」

 

 「ワンちゃんだと“ポチ”とかねー。あれなんでだろ?」

 

 「はいはい、無駄話は終わり! いい加減陣取ってる敵を叩きに行くわよ。敵が攻めてこないってんなら楽に終わるかもしれないし」

 

 球子がそう言うと、楓はくつくつと笑いながら茶化すように呟く。何人かが小さく笑って球子が思わずツッコむ傍ら、友奈と高嶋がお互いに顔を見合せながらそんな話をしていると風がパンパンと手を鳴らし、敵へと視線を向けると仲間達も同じように敵へと意識を移す。

 

 未だに敵に動きはない。だがいつも通り数は多く、大型の敵も存在する。そして今回は自分達が攻める側……なのだが、やることはいつも通りにバーテックスを倒すことだ。

 

 「よし、今回はこのまま突っ込んで下さい楓さん! あたしが先陣を切って敵をスライスしてやりますよ!」

 

 「おっと、先陣を切る役目は譲れないねぇ……でも、少し落ち着こうか銀ちゃん。今回はいつもと勝手が違うんだから」

 

 「そうよ銀。落ち着きなさい」

 

 「いつもの親友インターセプト!?」

 

 「あはは……相手は動かない分、意外な方法で攻撃してくる可能性があるから慎重に行きましょう」

 

 「そうね、ゲームでもそういう敵の方が厄介だったりするものよ。早まって突っ込もうとしないで、銀ちゃん」

 

 「姉さんみたいに不用意に攻撃して爆発に巻き込まれたりするかもしれないからねぇ」

 

 「いい加減忘れてよ!?」

 

 (ふふ……良い先輩勇者じゃないか、千景)

 

 意気揚々と斧を握り締めて気合いを入れて突撃姿勢に入る銀(小)だったが、いつも通りに新士と須美によって制止させる。尤も、今は楓によって落ちないように両足を光で固定されてるので動けないのだが。これは彼女だけでなく全員同じである。

 

 いつものやり取りを見て苦笑いする杏が危険性を説き、千景はゲームと照らし合わせ、楓はくすくすと笑いながらからかう様に言うと風が顔を赤くして叫ぶ。そして若葉は銀(小)へと注意する千景を見て、自分達の元の時間である西暦に居た時と比べて随分変わったモノだと微笑ましそうに笑った。

 

 「楓、そろそろ光を外してくれ。杏が言ったように慎重に仕掛ける」

 

 「ええ、分かりました。皆、今から足を固定している光を外すけど準備はいいかい?」

 

 【勿論!】

 

 「だそうですよ若葉さん。さ、外しましたよ」

 

 「頼もしい限りだな。では行くぞ。勇者達よ、私に続け!!」

 

 若葉に言われ、仲間達の返事を聞いてから楓は足を固定していた光を外す。そして若葉は自身の武器である刀の“生太刀”を抜き、切っ先をバーテックス達に向け……その言葉と共に絨毯から飛び降りた。それに続き、次々と仲間達も飛び降り……すれ違い様に最も近くに居たバーテックスを撃破していく。

 

 いつものように地上で暴れる組と楓の光の絨毯で空を飛びながら制圧する遠距離組。普段通りの組分けと動きは、今回の攻勢でも問題なく通じた。因みに、雪花は槍で直接攻撃する場合もあるので地上組である。

 

 「……あれ? 反撃とかは特に無い……? タマちゃん、棗さん、どう思う?」

 

 「これは楽勝ムードだな。油断はしないけどな……ふふん、そこがタマの強い理由だ。分かるかシルバー、新士」

 

 「はい! 球子さん!」

 

 「流石、球子さんですねぇ」

 

 「良い声だ、尊敬と情熱、そして何故だか微笑ましく見られてる気がして……新士のでちょっとマイナスして27タマポイントをやろう」

 

 幾らか倒して進んだ際、不意に友奈が疑問の声を上げる。敵の数からして勇者達が攻撃し、撃破したバーテックスの数はまだまだ少なく、進んだ距離も短い。だが、その僅かな距離での戦闘で敵が反撃してくることはなかったのだ。と言っても、無駄に漂っている訳ではない。明らかに、勇者達に道を妨げるように動いてはいる。ただ、反撃として攻撃してくる事がないのだ。

 

 邪魔はされるが攻撃すればするだけ倒せるし、倒せば倒すだけ進める。球子がそう言うのも仕方ないかもしれない。自信満々ながら警戒は怠らない彼女に銀(小)は元気よく返事をし、新士はいつもの朗らかな笑みを浮かべる。その笑みは球子のポイントを聞いたことで直ぐに苦笑いに変わったが。

 

 「この調子でガンガン攻めていくべきだろう。海もそう言っている」

 

 「ようし、畳み掛けて殲滅よ! 諸行無常ってね!」

 

 「いえ、ちょっと待って下さい! 何だか、バーテックスの様子がおかしいです!」

 

 「やや? 敵はオーラみたいなものを纏ってるわね」

 

 「杏ちゃん、気付くのが早いねぇ。頼もしい限りだよ」

 

 どのみち進まねばならない以上、相手が反撃してこないのは都合が良いと棗、夏凜がそう言って更に敵陣へと踏み込んで行く。だが、そうする2人に空から杏が待ったをかけ、彼女の言葉に全員が攻撃の手を少し緩めつつ敵へと意識を向ける。

 

 いつの間にか、或いは見えていなかったのが見えるようになったのか、歌野が言うように勇者達を邪魔するバーテックス達の奥に居る1体のバーテックスが“もや”のようなモノ……アニメや漫画等にある、俗に言うオーラのようなモノを纏っていた。全員がそれを確認し、楓が真っ先に気付いた杏を褒めると彼女は照れたように目を伏せた。

 

 「お、臆病だから敵の動きに敏感なんです。空に居るから敵の全体像も見やすいですし」

 

 「よっと。臆病なのは良いことよ。生存に直結するわ」

 

 「それにしても……バーテックス、正確にはバーテックスもどきは個性豊かな敵ね。爆発したり守りに専念したり」

 

 「色々な顔を見せる……造反神の特徴に起因しているのかもしれません」

 

 照れる杏に楓は朗らかな笑みを向け、雪花が良い事だと臆病である事を肯定する。地上と空中で距離が開いているが、変身することで強化されている身体能力、五感は距離があっても問題なく会話を可能にしているのだ。故に、雪花の声が聞こえた杏はまた照れてはにかんだ笑みを浮かべた。

 

 その近くで、美森は右手を顎へとやりながらこの世界でこれまで敵対してきたバーテックス達の事を振り返っていた。元の世界でのバーテックスに比べ、この世界ではその特徴やバリエーションはかなりの数になる。それを聞いた須美は同じようなポーズを取りつつ考察する。

 

 「……何故だろうか。こいつらからは海の香りがする」

 

 「棗はとりあえず海って言ってない? ま、別に良いんだけどね」

 

 「確かに、しょっちゅう聞いてる気がしますねぇ……というかバーテックスのどこに海の要素が?」

 

 「そ、それは誤解だ。いや、確かに新士の言うとおりしょっちゅう海海言ってるか……だがよく考えるとそれは恥ずべき事ではないな」

 

 「夏凜もとりあえず煮干し食べてない?」

 

 「そこまで頻繁に食べてないわよ! って、あれ!」

 

 地上では棗がすんすんと鼻を動かし、バーテックス達から彼女にしかわからないであろう海の香りが漂うことに気付き不思議そうにする。夏凜がそれに反応して敵を切り伏せながら呟き、新士も同じように爪で切り裂きつつ苦笑いを浮かべる。

 

 2人から言われて慌てる棗だったが、よくよく思い返すと結構な頻度で言っていると自覚するが、別に問題ないと自分の中で完結させる。その直ぐ後に風がにやにやとしながら夏凜に言うと即座に反論し……敵から視線を外して居なかった故に、直ぐに敵の様子が変わった事に気付いた。

 

 「ああ、明らかにあの敵のオーラが増した。話しながらも敵から視線を切っていないのは流石だな、夏凜」

 

 「敵さん反撃開始ってところかしら? じゃあ、ちょっと突っついてみましょうか」

 

 「はいよーっと! っの! 1度で全部倒せないのってもどかしいわね……」

 

 若葉が言うように、最奥に鎮座する巨大なバーテックスが纏っていたオーラが明らかに大きくなったのだ。加えて、進行を邪魔するように動いていたバーテックスの一部が勇者達に向かって来る。それに伴い、勇者達も攻める手を強める。

 

 雪花が迫るバーテックス目掛けて槍を投げつける。投げた槍はバーテックスを貫き、更に奥のバーテックスをも貫いていく。風は大剣を振るい、両断。だが数が多く、一撃で全てを屠ることが出来ないのが悔しいのか表情を歪ませる。残った敵は返す刃で切り裂いたが。

 

 「1匹の怪人を倒すのに2話使うとか、特撮でもよくあることですんで!」

 

 「戦闘員みたいにわらわら居るけどねぇ……」

 

 「詳しいのね。新士君はあまりそういうのを見るイメージは無かったわ。銀ちゃんは……ああ、確か弟が居たんだったわね」

 

 「特撮見てたのは主に姉さんでしたけどねぇ」

 

 「小さい頃の話でしょ!?」

 

 そんな会話をしつつ、倒し方を学習した勇者達は次々とバーテックスを屠って行く。連続攻撃が得意な者は連撃で、或いは2人以上で連携して。特に攻撃を受けることもないまま少しずつ、しかし確実に進んでいく。

 

 次第に、オーラを纏ったバーテックスとの距離も縮んでいく。スパートを掛けるように全員が攻撃の速度や勢いを強める。普段は大人しい樹ですら、今は勢いに乗っているのか体も気持ちも前に出始めていた。

 

 「さぁ皆さん! どんどん行きましょう!」

 

 「ふふ、樹も自分を出すことが増えたねぇ。良いことだ」

 

 「そうね。樹ちゃんを見習って私達も声を出していきましょうか」

 

 「東郷さんの言うとおりね。声を出していきましょう!」

 

 「樹が皆に檄を飛ばしている! あるのね、樹にもリーダーの素養が!」

 

 「感動するのは良いけど、戦いの手は緩めないでよ姉さん」

 

 樹が仲間達に声をかける姿を微笑ましげに見守る楓と美森。彼女の言葉を聞いた歌野が鞭を振るいながら同意している隣で、風が妹の姿に感激している。涙すら流しそうな未来の姉の姿に、思わず新士は苦笑い。注意をしつつ、彼もまたバーテックスを切り裂いていく。

 

 やがて、オーラを纏ったバーテックス……後に“スケルツォ”と呼称される巨大なエビを縦にしたような、曲げた手を地面に着いているかのような形をした相変わらず説明に困る奇妙な姿をしたバーテックスが射撃組の射程距離に入る。そこまで近付いた所で、上空の杏から全体に1度止まるように声が届いた。

 

 「皆さん、一旦止まって下さい! 私達飛び道具チームであのバーテックスに攻撃してみましょう!」

 

 「私や樹ちゃん、球子さんは参加不可?」

 

 「伸縮系は飛び道具系より負傷のリスクが高くなるので参加不可です!」

 

 「歌野、あんずの言うことだからここは聞いておこう」

 

 「ですね。的確な助言をしてくれます」

 

 「はい、杏さん。了解しました。南無八幡……大菩薩!」

 

 「文字通り突っついてやりましょ! そーらそらそらそらそら!!」

 

 「美森ちゃん、自分達も続くよ。“満開”より威力は下がるけど、この状態でも射てないことはないよねぇ」

 

 「ええ、楓君。狙撃します!!」

 

 光の絨毯の上に居る4人と地上に居る雪花が武器を構え、攻撃の姿勢を取る。途中、歌野が質問してくるが杏は直ぐに答えを返し、球子と樹も彼女の言うことだからと頷く。そして、攻撃が開始される。

 

 スケルツォに向けて杏のボウガンの矢が、須美の目の前に現れた紋章を通して放たれたミサイルの如き威力の矢が、連続で投げ付けられる雪花の槍が、楓の右手の水晶からは満開の時のようなレーザーが、美森の狙撃銃からは光の弾丸が放たれ、その全てが着弾する。が、その巨体と堅牢そうな見た目に違わない耐久を誇るのか無傷とはいかないが健在であった。

 

 「中々硬いねぇ……」

 

 「およ? 楓くん、見てみて。あのバーテックス、何か……って!?」

 

 「星屑をべろんって吐き出したー!?」

 

 「オウ、グレートジャーニー……ってあいつこっちに来るわよ!」

 

  遠距離組5人による連続攻撃を受けても尚健在の敵に、楓は睨み付けるように目を細めながら呟く。最奥に居ることやその堅牢さからあのバーテックスこそが土地の守護者のような存在なのだろうと誰もが予想出来る中、友奈が何かに気付く。そしてそれを周知させようとした時の事だった。

 

 曲げた手という説明を続けるなら、丁度手首の位置にある口のような部分が開き、そこから大量に、さながら吐き出すように星屑が出てきたのだ。高嶋と歌野が仲間達を代表するように驚きの声を上げると、更に今まで動かなかったスケルツォがゆっくりと、だが確実に勇者達に向けて動き始めた。

 

 「数が多い……先に星屑を倒すか。樹、久々に合わせるよ!」

 

 「うん! ええーい! てやっ! お仕置き!」

 

 「ほっほっほ、これが我が弟と妹の実力よ。バーテックスがまとめてスライス&串刺しよ」

 

 「アマっち先輩と樹先輩の武器って本当に凄いね~。応用効きまくりだよ~」

 

 「応用に関しては、のこちゃんも大概だと思うけどねぇ。槍が盾になったり階段になったり大きな光の槍になったり」

 

 迫り来る巨体も気になるが、まずは吐き出された大量の星屑が邪魔だと感じたのか楓は絨毯を巧みに操作して迫る星屑を避けつつ、樹と共に光のワイヤーを使って一気に殲滅に掛かる。それは他の勇者達の誰よりも迅速に、かつ効率的に撃破していった。

 

 愛する弟と妹が活躍にご満悦な風。だが周りとしてはワイヤーによって縦に横にとスライスされたり串刺しにされたりと中々にエグい末路を辿ったバーテックス、そしてそれを成した空と地上の兄妹を見て苦笑い気味である。園子(小)は相変わらずぽやぽやとしつつ称賛し、新士が彼女の武器も似たようなモノだと朗らかな笑みと共に呟いた。

 

 「それにしてもあの敵、攻撃すると増えるって中々に危ないね」

 

 「もう1度だけ試してみましょう。実験も努力も積み重ねよ」

 

 「東郷さーん! もう1回ばきゅーんってお願ーい!」

 

 「ご指名だよ美森ちゃん。頼んだよ」

 

 「ふふ、任せて楓君、友奈ちゃん。ふっ!」

 

 増えた星屑は一掃されたものの根本的な解決は出来ていない。改めて星屑を吐き出したバーテックスと見ながら高嶋が呟くと夏凜がそう提案し、友奈が上空の美森へと頼む。楓がくすくすと笑いながら同じように頼むと、美森もクスリと笑い、直ぐに真剣な表情へと変えて狙撃銃の引き金を引く。それは間もなく敵の口らしき部分の上……位置的に額の部分に着弾した。

 

 「さっすが東郷、ナーイスヘッドショット。あそこが頭なのか分からんけどね」

 

 「あっ、アマっち見てみて。またペッて新しい敵を吐き出したよ~」

 

 「やっぱり攻撃したら増えるみたいだねぇ。となると、連続で攻撃するのは危険かもしれないねぇ」

 

 「吐き出すとか行儀が悪い奴だな……須美……じゃなくて母ちゃんに怒られるぞー!」

 

 「誰が母ちゃんよ! って銀! 星屑がそっちに!」

 

 「私に任せろ。せやっ!!」

 

 着弾した部分を見て反射的にそう言ったもののバーテックスにそんなものはあるのかと自分で疑問を口にして苦笑いする雪花。彼女がそう言っている間に園子(小)が言った通り、また口らしき部分が開いて中から星屑が数体出てくる。これにより、敵を攻撃すると星屑が吐き出されるという行動が正しいと認識する。

 

 新士が真剣な表情で頷き、銀(小)は食事時の須美と何かしらあったのか嫌そうな顔をしながら敵に向かって叫ぶ。それが聞こえたのだろう須美が空から怒鳴るが、真っ直ぐ銀(小)へと向かっている星屑を見て焦ったように言い……直ぐに前に出た棗がその手のヌンチャクで撃破、更に1匹をオーバーヘッドで蹴りつけ、撃破した。

 

 「おお! オーバーヘッドキック! 棗さんカッコいい!」

 

 「で、そろそろタマのあんずが作戦を考えたことじゃないかと思うんだ。あんずー! どうだー!」

 

 「はい、作戦を立案しました! 今から説明します!」

 

 棗の動きに友奈が感動を覚えていると球子が空に向かって叫び、杏が全員に聞こえるように叫び返す。彼女が考えた作戦とは至ってシンプル。

 

 生半可な攻撃を闇雲にしたところで敵の数が増え、いずれこの人数でも対応仕切れない程になる可能性がある。そうなれば必然、勇者達は敗北するだろう。故に、攻撃力が高い者達で吐き出している本体を攻撃し、他の勇者は吐き出される星屑と戦い、出てくる端から撃破していくというモノだった。

 

 「分かりやすくていいわ。つまり、アタシみたいなのは本体。手数で攻めるのは星屑ね」

 

 「どれだけ増えても纏めて倒すのみよ……この鎌でね。命を刈り取る形をしてるでしょう?」

 

 「国土を返してもらう……新士君、そのっち、銀、皆と一緒にお役目を果たす!」

 

 「わたし達はミノさん以外は星屑かな~?」

 

 「あたしが1番攻撃力あるしな。本体はこの銀様にまっかせなさい! ふっふっふ……今宵のあたしの斧はバーテックスの血に飢えている……」

 

 「バーテックスに血は流れてないけどねぇ。というかどこで覚えたのそんな言葉」

 

 (銀ちゃん、それ私と一緒にやってたゲームのキャラのセリフよね……)

 

 そんなやり取りの後、勇者達は杏の作戦通りに動き出す。1撃の威力が高い勇者達は本体へと進み、その巨体に攻撃を加えていく。参加しているのは神世紀組からは友奈、美森、風。小学生組からは銀。西暦組からは若葉、高嶋、千景、歌野、棗がその高い攻撃力で倒しにかかる。

 

 だが、その高い攻撃力を持ってしても、今回の防衛用と言えるバーテックスは簡単に沈まない。そして攻撃を加えれば加える程、星屑はどんどん吐き出される。

 

 だからこその本体には攻撃していない遠距離、広範囲、手数が売りの面々。楓、樹がワイヤーで一気に輪切りや串刺しにして処理し、夏凜が2刀を振るうか短刀を投げつけて爆発させて殲滅。

 

 須美の正確無比な矢が敵を射抜き、園子(小)と新士はお互いの背中を守るようにして切り裂いていく。球子が盾を投げ付けて敵を両断している間の無防備な時間は杏が大量のボウガンの矢で敵を撃破しつつ守り、雪花は槍をガンガン投げ付けて串刺しにする。

 

 「この纏っているオーラのせいか、今までのバーテックスに比べてタフだな!」

 

 「それに見た目通りの固さね。前に戦った乙女座の御霊を思い出すわ!」

 

 「ちょっと、どんだけ出てくるのよ!? 今はまだ大丈夫だけど、これが続くようなら……」

 

 戦況を見れば、勇者達の方が押しているのは確かだ。既に敵は吐き出される星屑を除けばスケルツォのみ。その星屑達も処理に専念する勇者達の奮闘で数を一定数以上増やすことはない。

 

 しかし、押しきれない。若葉が言ったように纏うオーラのせいだろうか、傷は付けられても倒すには至れない。確実に傷は増えている。手応えは感じている。だが、倒すには時間が掛かることは明白だった。そして時間が掛かれば掛かる程、攻撃を加えれば加える程星屑の数は増える。

 

 風の顔が歪み、夏凜から焦りの声が出る。まるで無限に出てくるのではないかと思う程、吐き出される星屑は止まらない。それでも、攻撃し続けるしかないのだ。

 

 「乙女座の御霊……そうだ! 楓くん! 乙女座の御霊だよ!」

 

 「うん? ……成る程、あの時と同じようにするって訳だね」

 

 「そうね、友奈ちゃんと楓君の同時攻撃なら、あの頑強な体のバーテックスも一撃で倒せるかもしれない」

 

 「えっ? 楓さんにそれ程の攻撃力が?」

 

 「この絨毯を動かせるのが楓君だけだから最近は前に出てないけれど、私達の中でも攻撃力は高いわ」

 

 「それなら……お願いします。今は制空権よりも高い攻撃力が必要ですから」

 

 「了解だよ。それじゃあ下ろすからねぇ」

 

 不意に、友奈が何かを思い付いたような声を上げる。それは勇者部が初めて勇者として戦った時の乙女座との戦闘でのこと。固すぎる御霊を破壊する為に行った、初めての楓との同時攻撃。直ぐに彼女が言いたい事を理解した楓と美森は頷き、不敵な笑みを浮かべる。

 

 疑問を口にしたのは杏。彼女にとって楓とは攻撃力よりも範囲や汎用性に優れた武器を扱う、中~遠距離で戦う勇者だ。それが勇者の中でも随一の火力を持つ友奈と同レベルと言われれば驚きもするだろう。そしてその攻撃力こそ、現状で最も重要な要素。疑うこともなく前に出ることを願い、楓は自信を持って頷き、絨毯を下ろし……そして久しぶりに、その背中から光の翼を生やした。

 

 「友奈! 準備はいいね?」

 

 「うん! あっ、高嶋ちゃんも一緒にやろうよ!」

 

 「え? 何を? というか楓くんに翼が生えてる!? 絨毯で浮くんじゃなくて飛んでる!? なんで!?」

 

 「懐かしいリアクションだねぇ。やることは単純だよ」

 

 「え? あ……」

 

 そして一気に前線に飛び、友奈の側に浮く。それを見て笑顔を浮かべながら返事をする友奈はどうせならと高嶋を呼び……呼ばれて跳んできた彼女が飛んでいる楓の姿を見て驚愕のち絶叫。そういえば友奈もこんなリアクションだったなーと楓が笑いながら降り立つと彼は翼?消し、両手の水晶から2人の右手に光を伸ばし……包み込む。

 

 「暖かい……」

 

 「えへへ、久しぶりだなー、この暖かさ……落ち着くな~」

 

 「それは良かった。それじゃあ、行くよ。3人同時だから、今回はトリプルだねぇ」

 

 「え? トリプル?」

 

 「うん! 皆で一緒に勇者パンチ!」

 

 「あ、成る程! うん、分かったよ結城ちゃん! 楓くん!」

 

 「それじゃあ行くよ」

 

 「「「せーのっ!!」」」

 

 高嶋が右手を包む真っ白な光の暖かさに穏やかな表情を浮かべている隣で、友奈も目を閉じて懐かさを感じつつ嬉しそうに口元が緩む。その様子を見て楓も朗らかに笑った後、未だに仲間達が戦う姿を見ながら2人に声を掛け、意味が伝わらなかった高嶋が首を傾げる。

 

 が、直ぐに友奈が右手をぐっと握りながら簡潔に説明することで理解して笑顔を見せ、同じように右手をぐっと握る。そして楓が自分の左手を2人と同じように光で包み込みながら1歩敵へと歩を進めると2人は自然と彼の両隣に立ち……友奈が左側、高嶋が右側……3人は同時にそう言って、敵に向かって跳んだ。

 

 「これが、私達の!」

 

 「トリプル!!」

 

 「勇者!!」

 

 

 

 「「「パァァァァンチッ!!」」」

 

 

 

 引き絞られ、後に放たれる3人の真っ白な光を纏った拳。本体を攻撃していた仲間達はその威力を感じ取ったのか、既に離れていた。そして3人はさながら白い流星の如く高速で、真っ直ぐに敵に向かい……程なくして、轟音と共にその拳が敵に、先程美森が狙撃した場所へと叩き込まれた。

 

 その後、弾かれたように後ろへと着地する3人。その手を光は霧散し、本人達と見ていた全員がどうだ? と敵に視線を向ける。だが、敵は健在。今のでもダメか……と僅かに落胆仕掛けた時、ふと杏が疑問に思った。

 

 「……星屑が出てきません。ということは……!」

 

 思わず笑顔が浮かぶ杏。そしてその予想が正しいと言うように、スケルツォの体の殴られた部分からヒビが入り、加速度的に全身に回り……そして、これまでのバーテックス達と同じように光となって天へと昇っていった。

 

 静寂、後に歓声。楓達が嬉しそうに3人でハイタッチをし、楓と友奈の後ろから風が抱き付き、それに続いて仲間達が集まってくる。わいわいと喜びの声が樹海に響き……それは樹海化が消えるまで続くのだった。




今回の相違点

・トリプル勇者パンチ

・……上以外に何を書けと!?



という訳で、原作6話の戦闘パートでした。実は西暦組が来てからは翼を出してなかった楓です。やりたかったトリプル勇者パンチも出来たので私としては満足。

前回の嫁子供襲来番外編は好評なようで何よりです。幸福な家庭ややり取りは書いてる私も楽しくなります。暗い話は書いてると精神が悪堕ちしてます←

さて、100話を越えた本作ですが花結いの章完結はまだまだ先。更新速度が目に見えて遅くなってしまっていますぐ、今後ともお付き合い下さいませ。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)

……前書きに比べて後書きが短いとは言ってはいけない←


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花結いのきらめき ― 15 ―

またこんなに期間が空いてしまって申し訳ありません。切実に以前のような更新速度を取り戻したい……いやでも別作品だと似たような更新速度だったしなぁ……(´ω`)

多くの誤字脱字報告ありがとうございます。球子を珠子と間違えるゆゆゆ好きにあるまじきミス。恥ずかしか!(川へダイブ

相変わらず頭が痛いですが私は元気です。今更ゼノバース2買って楽しんでるくらいには元気です。ドラクエ9も無事エルキモス倒せました。メラゾーマ反射して自爆は笑った。

fgoではバニ上狙うも無事死亡。天華百剣も言わずもがな。ロスワは兎2匹が来てくれました。そしてゆゆゆいでは大満開友奈が来てくれました。本作書いてて大満開友奈には思い入れがありますので本当に嬉しい……本作の場合、友奈の隣には同じく大満開した楓が手を繋いで立っていることでしょう。

ところで皆様、女の子同士の友情やら恋愛やらのいわゆる百合作品は好きですか? 私は大好きです。

そんな百合作品に男性キャラを入れ、友情やら恋愛やらをする二次作品は好きですか? 私は大好きです。

それらに該当する本作はどうですか? 私は大好きです。作者こそが1番のファンの精神ですので。

さて、今回は半分程説明が入ります。内容はお楽しみです。


 初めての土地の奪還戦を無事に勝利することが出来た勇者達。戦いを終えた後は少しの間を起き、樹海から元の世界の部室へと帰ってきていた。

 

 「ふぅ……ただいま、ひなた」

 

 「お帰りなさい、若葉ちゃん、皆。大戦果を上げましたね」

 

 「皆が守っていた敵を倒したから、土地を1つ取り戻せたみたい。これで行動出来る範囲が広くなったね」

 

 「うたのん、皆、本当にお疲れ様」

 

 戦いの疲労をため息に込めた後、若葉が代表してただいまと告げると巫女達が順番に声を掛ける。勇者達の勝利は土地の奪還という形で留守番組にも伝わっており、皆一様にその顔に笑みを浮かべている。

 

 「取り戻せた土地はもう行くことが出来る訳?」

 

 「勿論、行こうと思えば直ぐにでも行けるよ」

 

 「とは言え、生活するだけなら讃州地域だけで充分だとは思いますが」

 

 「相手の力を削いで、神樹様の力が増した……良いことだらけだね~」

 

 「あたしらはその実感がまるで無いけどなー。神奈達みたいに何かしら感じ取れたり出来ないし」

 

 風がふと疑問に思ったことを聞くと、直ぐに神奈とひなたからそう帰ってくる。これまでは讃州地域しか無事な土地がなかった。その地域を除いて他が赤く塗り潰された地図はまだ勇者達の記憶に刻まれている。だが、今回の勝利でその赤かった土地を1つ取り戻せた。たった1つだが、それでも確実に奪還したのだ。

 

 園子(中)が言うように、それは造反神の力を削り、その分神樹の力を取り戻したことを意味する。奪還戦で勝つことはメリットだらけなのだ。とは言うものの、目に見えて得られる成果というのは少ない為、巫女でない者は実際にその土地に行くまで実感が薄いのは仕方ないのかもしれない。苦笑いする銀(中)に、巫女達も同じく苦笑いを浮かべた。

 

 「後3、4回も土地を取り返せば、造反神は手も足も出なくなるでしょ?」

 

 「そう簡単にはいかないんだ。相手は元々天の神。その力は想像以上に強いから」

 

 「神奈さんの言うとおり、造反神は強力な神です。楽観は出来ません」

 

 「そっか。まあ焦る必要もないか。なんていうか、負ける気しないもん」

 

 「まあ、これだけ勇者が居るしねぇ。それに、負けるつもりもないしねぇ」

 

 「そうそう、まったり行きましょ。焦って帰ることなんてないよ」

 

 夏凜が軽く言うが、それには神奈が首を横に振り、ひなたが同意する。以前にも説明されたことであるが、造反神は元は天の神の所に居た神なのだ。その力の強さはギリギリまで追い詰められている現状が証明している。

 

 それを聞いても、夏凜は不敵に笑った。部室いっぱいに居る、つい先程まで力を合わせて戦ってきた勇者達。これまでも戦い抜き、勝ってきた自負。そもそも負けるつもりもない。そう楓が朗らかな笑みと共に呟き、雪花が笑いながら続いて皆の顔にも自信ありげな笑顔が浮かぶ。

 

 「……」

 

 「……?」

 

 「……新士君、やっぱり……」

 

 「うん……多分、ねぇ」

 

 ふと、友奈は水都が雪花を見ながら浮かない顔をしている事に気付いた。更に近くで須美と新士が同じような表情で小声で話しているのが聞こえた。その理由までは今の彼女では気付くことは出来なかったが。

 

 「まずは皆、お疲れ。解散! たっぷり休んで、次に備えてね」

 

 「よーし! 新しい土地を早速探検だ!」

 

 「銀ー! それタマも行くぞ!」

 

 「あたしは知ってる場所だしいいや。でも、うーん……あたしも銀だから紛らわしいな。と言っても、球子はちゃん付けするタイプじゃなさそうだし」

 

 「あ、それもそうですね。じゃああたしが若い方、そっちが年取った方で……」

 

 「なーんでお前はあたし相手だと遠慮って奴が無くなるのかナー?」

 

 「あだだだだっ! こめかみが! ぐりぐりがーっ!!」

 

 「お、おう……遠慮無いのはそっちもじゃないか? うーん、でもどっちも銀だしなー。大銀(おおぎん)小銀(こぎん)って分けてみるか?」

 

 「ミノさんにもわたしと同じように“小”がつくんだね~」

 

 風が全員に向けそう言った途端、アウトドア派の銀(小)と球子が早速とばかりに外へ行こうとする。その際に彼女が“銀”と呼んだ事でつい反応しそうになる銀(中)は腕を組みながら苦笑い。尚、彼女は探検に行くつもりはない。それは散華が戻り、勇者部へと入部して活動している合間に済ませているからだ。

 

 苦笑いする銀(中)に対して、銀(小)はにししっ、といたずらっ子のように笑いながら呟いた瞬間、素早く彼女の背後に回った銀(中)がにこやかに、かつ的確にこめかみに握り拳を当ててぐりぐりとする。受けた本人は涙目になりながらバタバタと両手を動かしていた。それを見て自身も痛そうに顔を歪める球子が提案し、それを聞いていた園子(小)はぽやぽやと笑った。

 

 「ところで……さっきから気になってたんだけど、神奈ちゃん! その服装似合ってるね! 可愛い!」

 

 「あ、ありがとう結城ちゃん。皆が樹海に行く前に雪花ちゃん達に選んでもらって……その直前で……あぅ……」

 

 「……? 神奈ちゃん、どうかした? 楓君を見て赤くなるなんて……楓君?」

 

 「似合ってる、って言っただけなんだけどねぇ」

 

 「我ながらいい仕事したわー。今度は歌野と水都も着飾らせてもらおうかな。選び甲斐があるし」

 

 「その時は是非、私も若葉ちゃんを連れてご一緒させて下さいね」

 

 「なんで私まで……」

 

 「ぐんちゃんぐんちゃん。私達も色々お洋服を見に行こう!」

 

 「高嶋さんが行くなら……」

 

 そんな楽しげな会話をしながら、皆は思い思いに時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「水都ちゃん」

 

 「……え? あ、楓さんと結城さん……それに新士君と須美ちゃんも。どうしてここに?」

 

 「水都ちゃん、部室に居た時にちょっと辛そうだったから」

 

 「自分達は少し、相談したい事がありましてねぇ」

 

 あれから少しして、自分と友奈は部室での水都ちゃんが気になって彼女を追いかけた結果、学校の屋上に来ていた。道中、小さい自分と須美ちゃんから相談は事があると言われてどうせならと同行してもらい、この場には合計5人居る……いや、6人かな。

 

 「相談なら、私は移動した方がいいかな……?」

 

 「いや、友奈も言ったけど水都ちゃんの様子も気になっていたからねぇ……何か悩み事かなってね」

 

 「え……? あ、えっと……全然悩みとかじゃなくて、ちょっと気になった事があったり……?」

 

 「良ければ聞くよ? 水都ちゃんは大事なお友達だん!」

 

 「私達も聞きます。藤森先輩は大事な先輩ですから」

 

 「あ、ありがとう。でも良く気付いたね、私の表情。うたのんも分かってなかったのに」

 

 「そんな事はないと思いますけどねぇ」

 

 「えっ?」

 

 相談の内容を聞かないようにする為かそう言ってくる水都ちゃん。彼女の優しさは嬉しいが、元々の目的は彼女の方だ。それに、言ってない事だが……恐らく、彼女と2人の悩み事、相談したい事は同じだろう。何せ水都ちゃんも、そして2人の表情が変わったのは雪花ちゃんが“焦って帰ることなんてない”と言った時だからだ。

 

 それに、自分達の事よりも他の人の事を優先する気質がある勇者の皆は先に来ていた水都ちゃんを移動させようとはしない。悩み事や気になった事があるならそれを何とかしてあげたいと思う子ばかりだ。案の定2人も友奈も、勿論自分も話を聞く気満々だしねぇ。そして、もう1人もね。

 

 「みーちゃーん、さっき気になる事があったんだけど。あら? 楓君達も一緒ね」

 

 「ほら、やっぱりねぇ」

 

 「……秋原さんの事なんだけど」

 

 自分達よりも少し遅れて屋上に現れたのは歌野ちゃん。自分達の中の誰よりも長く一緒に居て、誰よりも大切に思い合っている彼女が水都ちゃんの表現の変化を見逃すハズがない。小さい自分が朗らかに笑いながら肩を竦めると、彼女の顔に笑顔が浮かんで……また直ぐに沈んだ表情に変わり、口を開いた。

 

 水都ちゃん曰く、雪花ちゃんの“元の時代に帰りたくない”という気持ちが凄く強く感じられたということ。それ故に、もしこのまま全てのお役目を終わらせてしまった場合に一悶着あるかも知れないと不安に思っているらしい。

 

 「……実は、私達の相談というのもその事なんです」

 

 「その事……ってせっちゃんの事?」

 

 「ええ。以前、食堂で雪花さんの故郷での話をする機会がありまして……どうにも、北海道に良い思い出があまり無いようでした」

 

 「みーちゃんのは神託って訳じゃなくて、みーちゃん自身の考えなのね?」

 

 「小さい自分達の場合は直接話したからこその予想、か……」

 

 「うん……私、なんとなく気持ちが分かるんだ。うたのんと会う前の時代に戻りたくないもん」

 

 「私も……分かる気がします。もう新士君達が居ない日常なんて考えられませんから」

 

 水都ちゃんと須美ちゃんの表情が沈む。2人だけじゃなく、自分も含めた全員が少し表情や雰囲気が暗くなる。それは2人だけでなく、自分達も理解出来るからだろう。

 

 この世界は居心地が良い。出会うハズの無かった人達との出会い、それが生み出す新しい日常。笑顔が絶えない日が続き、戦いとなっても皆が居るから心強い。その思いは、1人で戦っていたという雪花ちゃんは人一倍強いんだろう。

 

 ……そして、この日常には終わりが来る。お役目の終了という形で、必ず。それを受け入れられるかどうかは皆次第だが、きっとこの世界にいたいと強く思う子もいる。水都ちゃん達の不安はそこなんだろう。自分としては、雪花ちゃん以外にも()()()()不安な子が居るんだが。

 

 「分かった。私に……もとい、私や楓くん、歌野ちゃんに任せて! なんとかしてみせるよ」

 

 「そうよみーちゃん、須美君、新士君、安心して。畑も心も耕せば芽が出るものよ」

 

 「……歌野ちゃんの言ってる事はちょっとわからないけど、頑張ってみるよ。終わる時は……綺麗に終わりたいしねぇ」

 

 「ありがとう、3人とも」

 

 「私達も、勿論出来る事はします」

 

 「最後はやっぱり笑ってお別れしたいですしねぇ」

 

 いつの間にか自分も“なんとかしてみせる”組に入っていて思わず苦笑いしてしまったが、自分としても否はない。雪花ちゃんの事は気になっていたし、ねぇ。

 

 そこで話は終わり、日も沈み始めていたのもあって皆で屋上を降りる。その道中、自分の脳裏には雪花ちゃんと……そして、樹海から戻ってきてから顔を赤くして目を合わそうとしなかったあの子の事。

 

 (雪花ちゃんが戻りたくないと強く思うのなら……君はもしかしたら、それ以上に思っているのかもしれないねぇ)

 

 何故ならあの子は……この世界()()()自分達と話すことも、触れ合うことも、笑い合うことも出来ないのだから。

 

 「楓くん? 考え事?」

 

 「……いや、何でもないよ、友奈」

 

 不思議そうにする彼女の顔が、あの子の笑顔と重なった。

 

 

 

 

 

 

 「自分の武器の事を知りたい?」

 

 「はい」

 

 初めての攻勢に出た戦いの数日後、楓は聞きたい事があると杏に言われ、特に用事も無かったので他の時代の者達が暮らす寄宿舎の食堂へとやってきていた。同じく特に用事が無かった姉妹も着いていくことにし、折角だからと連絡を入れた友奈達も同じく暇だったのか途中で合流し、結果として食堂には勇者も巫女も全員揃っていた。そこで正面に座る杏に聞かれたのがそれだったのだ。

 

 「前回の戦いで、楓さんは私達に新しい力を見せてくれました。そこで思ったんです……楓さんの武器である“白い光”のことを、私達はよく知らないなと」

 

 「確かに、なんか空飛んだり他にも色々出来るってことしか知らないな」

 

 「ウチの新士の武器とは全然違いますもんね」

 

 「そういえば、アタシも具体的にどういう事が出来るのか知らないわね……弟の事で知らない事があるなんて、姉として自分が許せないわ!」

 

 「姉さんは大袈裟だねぇ……でも確かに、自分の武器は分かりにくいか」

 

 (1人だけ決まった形がない武器だもんね……)

 

 杏の言葉に球子が頷き、銀(小)を含めた小学生3人娘が新士の方を見ながら同意し、風が悔しげに拳を握り締め、楓はそんな彼女に苦笑いした後にふむ……と1つ頷き、神奈は他の勇者達の武器と比べて内心そう思う。

 

 楓の武器。それは両手にあるひし形の水晶……から出てくる“勇者の光”である。決まった形は無く、彼の想像力次第ではどんな形にもなり得る。はたまた先の戦いのように光そのものをレーザーのようにして射出したり、矢として放った光を操作したりも出来る。正しく“万能”と呼べるだろう。

 

 加えて、その威力は彼自身の勇者としての資質や力に左右される。元々歴代でトップである資質と現時点で9回もの満開で劇的に上昇した勇者の力により、その威力は数いる勇者達の中でもトップクラスなのだ。ただ、西暦組が合流してからは主に空飛ぶ絨毯として活用することが多かった為、勇者部以外はその威力を知る機会は今まで無かったのだが。

 

 「楓さんの武器……というより、楓さんの万能さは戦略的に見ても非常に有用です。ただ、万能過ぎて逆にどう組み込むかで悩むところですが……」

 

 「今まで通り、遠距離組の足として使ってくれていいんだけどねぇ」

 

 「そうだな。楓の光の絨毯は機動力がある。空の敵の対処や上空からの援護に指示、杏達の安全面。メリットが多くある」

 

 「今回の敵のように火力が必要な場合は前衛に来て欲しいところだけどね。楓さん、私達の中でもかなり攻撃力あるし」

 

 「防御力もあるわ。光の盾で敵の攻撃から守ってもらったことがあるもの」

 

 「前に光で作った大きな手でバーテックスを殴ったりもしたもんね!」

 

 「そんなモノまで出せるのね……楓君、本当に何でもありね」

 

 「私と一緒に沢山のワイヤーで多くのバーテックスを倒したりしましたし……」

 

 火力がある。機動力もある。手数も出せる。攻撃範囲も広い。防御力も高く、満開と切り札無しに空を飛べる。神世紀で共に戦ってきた夏凜、美森、友奈、樹の証言も加わり、小学生組からは尊敬の眼差しが、西暦組からも称賛の眼差しが向けられ、楓はそこまでのことだろうかと苦笑いを浮かべる。隣では満足げに風がドヤ顔をキメていた。

 

 「それに……まだありますよね? その光の使い道」

 

 「え、まだなんかあるのか? タマは既にお腹いっぱいなんだが」

 

 「楓、他に何があんのよ」

 

 「うーん? ……ああ、友奈と高嶋さんと一緒に殴った時の奴かな?」

 

 「はい、その時のことです。一見、ただお2人と自分の手を光で包んだ……グローブや手甲のような使い方をしてるように見えました。ですが、それだといくら3人同時だとしてもあの威力はおかしいんです」

 

 「そういえば……そうだな。友奈と結城の同時攻撃なら何度かしていたが、それでも倒せなかった相手だ。楓1人入っただけで倒せるというのは少しおかしい……か?」

 

 「そうね、高嶋さん達以外に私達も攻撃していたわ。それでも、倒すにはまだまだ時間が掛かりそうだった。そんな相手を一撃……確かに不思議ね」

 

 「ゆーゆとたかしー、カエっちと同時攻撃とかしてたんだ……羨ましいんよ~」

 

 「園子、論点はそこじゃない」

 

 まだ他に用途があるのかと驚き半分呆れ半分な空気になるが、杏、若葉、千景の疑問を聞いてその戦い見ていた者達も確かにと頷く。最後に現れた大型バーテックス、スケルツォ。それは近接組の攻撃力を集中させても尚倒すのに時間が掛かる堅牢さを誇っていた。攻撃していた者達も同時攻撃や連続攻撃等試行錯誤していたが、それでも倒すのにはかなりの時間を有しただろう……光の手甲を纏った楓と友奈、高嶋の同時攻撃が無ければ。

 

 (楓くんの光、暖かかったな~。それに、なんだか力が湧いてきて……楓くんの手も、あんな風に暖かいのかな?)

 

 羨ましがる園子(中)と彼女にツッコミを入れる銀(中)のやり取りを見ながら1人、高嶋は自分の手を見ながら考える。

 

 彼女の手が楓の白い光に包まれた時、感じたのは暖かさと安心感だった。次に感じたのは、湧き上がってくる力。まだまだ倒すのには時間が掛かると思っていた敵を、自身と楓、友奈の3人でならば倒せるという自信。ただその右手を光に包まれただけだと言うのに、そこまで心に、体に変化を与えていたこと。それは決して嫌ではなく、むしろ心地好くてずっと感じていたいと思えるもので。

 

 「つまり……楓さんの光は、私達を強化する力があるのではないでしょうか?」

 

 「ゲームで言うバフを掛けられるということね……どうなの? 楓君」

 

 「正直なところ、今までは友奈くらいにしか光を使っていなかったのであまりはっきりとは言えないけれどねぇ……多分、杏ちゃんの推測は合っていると思うよ。それに、心当たりが無いわけでもないし」

 

 楓が言う心当たりとは“満開”のことである。神世紀の中学生組が使う満開は、見た目も大きく変わるが基本的に通常時の能力や武器等を大幅に強化するモノだ。

 

 拳を主体にする友奈と2振りの斧剣を振るう銀(中)なら、巨大化した拳と斧剣。多様性がある槍を扱う園子(中)と銃撃を行う美森なら、様々な用途に使える複数の槍を持つ船とより高い威力の砲撃を扱う戦艦。手数がある樹と夏凜なら、より数を増やしたワイヤーに刀と短刀。切れ味と頑強さがある大剣を扱う風なら、その大剣はレオ・スタークラスターの角を切り裂き攻撃を受けても折れない程より鋭く頑強に。

 

 このように満開は勇者の能力と武器を一段も二段も跳ね上げる。では楓の満開はどうだっただろうか。彼の満開では水晶の数が増え、放つ光の数や威力が上がる。それに加え、水晶と光を組み合わせる事で盾を作ったり、レーザーを()()()()より大きく威力のあるレーザーを放ったり、はたまた散弾のようにしたり。加えて、水晶で作った三角形の中心を通ればそれだけで勇者の力と攻撃の威力を上げられる。

 

 再三言うが、満開とは勇者の通常時の能力を跳ね上げるモノだ。ならば逆説的に、満開の時に出来る事とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な事なのだ。故に、規模は小さくても楓が勇者の力を強化出来る事はなんら不思議な事ではない。

 

 勿論、楓だけが強化出来るのには理由がある。それは楓の魂は高次元のモノであるが故に神の存在と力を強めるという事。そして“勇者の力”とは、根本的には“神の力”であるという事。根本が神の力であるならば、楓が強化出来ない道理はないのである。この事実を知っているのは……今は“私”である神奈1人だけだが。

 

 「じゃあ楓がタマ達全員に光を使えば、それだけで友奈達と同じくらい威力のある攻撃を出せるようになるのか?」

 

 「あたし達も攻撃力大幅アップしたり!? 友奈さん達みたいに楓さんと同時攻撃したり!?」

 

 「わたしもわたしも、アマっちとアマっち先輩と一緒に同時攻撃したい~。ミノさんとわっしーともしたい~」

 

 「楓、アタシはいつでも準備出来ているわ。樹だけじゃなくてアタシともするわよね?」

 

 「お姉ちゃん……」

 

 「うーん、盛り上がってる所悪いけど、そこまで便利な訳じゃないんだよねぇ」

 

 「やっぱりそう美味い話はないか……で、かーくん。どんな制約とか条件とかあるわけ?」

 

 自分達もあの威力の攻撃が出来るようになるのではないか。そう思ったのかテンションが上がる球子と銀(小)。強化よりは同時攻撃の方がやりたい園子(小)と風。他にも同じような事を思っているらしい面々も居るが、苦笑いを浮かべる楓が申し訳なさそうに言う。半ば予想していたのだろう雪花が聞くと、返ってきたのはこんな話だった。

 

 万能とも言える楓の武器だが、幾つかの制約がある。光で何かしら形作る事が出来るのは、水晶1つにつき1種類。今は2つ水晶があるので同時に2種類作れる。だから今は片方で絨毯を、もう片方で遠距離武器をと分けているのだ。ただ、同じ種類であれば同じ水晶から複数作り出せる。樹と共に数多のワイヤーでバーテックスを輪切りにしたのはこの為だ。

 

 そして強化だが、“光で包み込む”というプロセスを行う必要がある。そして、強化を行えるのは一部分だけであり、尚且つ対象が楓の直ぐ近くに居る、または在る事が条件。更に、その対象も水晶1つにつき1人であること。尚、楓本人はその限りではないが、一部分だけという制約は受ける。ただ、彼の魂の特性上強化の度合いが大きいようだが。

 

 「あの時で言えば、近くに友奈が居て、高嶋さんを近くに呼んだから出来たことだねぇ」

 

 「結構条件が多いんだな……」

 

 「ですが、強化自体は戦略に組み入れるに値する能力です。いざというときには頼りにさせてもらってもいいですか?」

 

 「勿論だとも。杏ちゃんの指示なら信用出来るしねえ。いつでも言ってくれていいんだよ」

 

 「あ、ありがとうございます……やはり、基本的には今まで通りに絨毯で私達の機動力の要になってもらうのがいいですね。制空権はやはり捨てがたいですし、何よりも私達が上空……地上よりも幾らか安全であり、援護もしやすい位置に居るのは皆さんにとっても安心でしょうから」

 

 「そうね、いざとなったらそのまま楓君の絨毯に皆乗せてもらってエスケープも出来る訳だし」

 

 「ん……杏達は楓に任せていれば安心出来る」

 

 「その信頼に応えられるように頑張りますねぇ」

 

 それなりに長く話したが、結果として楓は現状維持……今まで通りということで話は纏まった。そもそも後衛よりも前衛の数の方が多いのだ、楓1人加わるよりは後衛を1人でも多くしておきたいのだろう。それに、楓1人居れば仮にバーテックスに近づかれたとしても盾なり絨毯を操って機動力で撒いたりも出来る。前衛に比べて機動力、防御力がない後衛組には嬉しい存在だろう。

 

 だが、全部今まで通りという訳でもない。いざとなれば楓は前衛に加われる事が分かった。満開も切り札も使えない今、強化という新たな切り札があることが分かった。それらが分かったなら、それは今まで通りに見えても全く新しい作戦、戦術になる。勇者達の心も表情も明るくなるのは当然のことだろう。

 

 「さて、話は纏まったし……もうこのまま皆で何かしようか」

 

 「あっ、じゃあか、えで、くん、ゲームで対戦しよう! あれから千景ちゃんに鍛えてもらったんだ。今度はそう簡単に負けないよ」

 

 「あ、ゲームならあたしもやりまっす! 千景さん、部屋行きましょ部屋!」

 

 「ま、待って銀ちゃん……もう、手を引っ張らないで」

 

 「ぐんちゃん待ってー!」

 

 「私もいこーっと。東郷さんも行こう!」

 

 「ええ、友奈ちゃん。須美ちゃんと園子ちゃんもどうかしら?」

 

 「もうこの際全員で行っちゃう? パーティーゲームの1つや2つあるでしょ」

 

 「ゲームは見てるだけでも楽しい……うん、楽しい」

 

 この後何故か全員が千景の部屋の中に入り、多少窮屈な思いをしつつも皆で面白おかしくゲームをしたり、その様子を見て笑ったり、以前より食らい付いたもののやはり惨敗した神奈を慰めたりしたそうな。

 

 「ふっふっふ、今回はこの恐竜バイクで勝負! やたら攻撃上昇アイテム落ちたから戦闘では強いですよ!」

 

 「今回こそ負けないよ。レースなら私の星の方が早いんだから! カクカクにしか動けないけどね」

 

 「……2人共、今回の予告バトル見てないのね」

 

 「まあ、見てない2人が悪いよねぇ」

 

 「予告バトル? にしても、2人のは随分と飛行能力が高いんだな。千景は翼の乗り物で、楓は……悪魔?」

 

 「「え? ……どれだけ高く飛ぶかを競うステージ……だと……っ!?」」

 

 

 

 

 

 

 それから更に数日。勇者達は“その時”まで思い思いの時間を過ごしていた。

 

 「……それで、ここが玉藻市に五岳市。ここが大橋市、こちらが大束町になります」

 

 「ふむふむ、見事にがらりと変わっているんだな。今までさほど気にしていなかったが……」

 

 若葉とひなたは西暦と神世紀における四国の地名の違いを改めて確認。その際歌野が会話に参加し、諏訪の話題が出て一瞬空気が重くなったかと思えばあっさり本人によって払拭され、おねだりとして新しい畑を要望されたり。後からやってきた雪花が手伝うことになったり。

 

 

 

 「ふっ! せやっ! はぁっ!!」

 

 「何時にも増して気合いが入った鍛練ね、若葉。こりゃあ負けていられないわ。ねぇ? 須美」

 

 「はい! 私も頑張らないと……」

 

 海岸にて冬の寒さにも負けず気合いを入れて鍛練をする若葉に触発され、夏凜と須美も普段以上に気合いを入れて鍛練をしたり。一緒に居た雪花もその熱気に当てられたのか槍を振るったり。

 

 

 

 そして、やがて“その時”がやってくる。勇者にとって2度目の攻勢に出る戦いの日が……西暦勇者の四国組にとって思い入れのある場所、丸亀城周辺の土地を奪還する為の戦いが。




原作との相違点

・屋上での会話に楓、須美、新士参加

・楓の武器“勇者の光”の説明が入る

・神奈はゲームで勝てない←

・どうしてこんなに相違点があるんだ!



という訳で、樹海から帰還後の話と深く説明していなかった楓の武器の説明でした。100話越えてから主人公の武器を深く説明するのってどうなのよ←

この時点での満開数は楓がトップの9回です。次いで園子(8回)、銀(7回)と続き、美森と夏凜(5回)、友奈(3回)、風と樹(2回)となってます。ゆゆゆ編最終戦で稼ぎすぎィ!

次回はなるべく早くと思っていますが、リアル問題と体調面でまたお待たせする事になるかもしれません。どうかご容赦下さい。そして本作を宜しくお願いします。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 16 ―

大変長らくお待たせ致しました。楽しみに待っていて下さった皆様、本当に申し訳ありません。ようやく更新でございます(´ω`)

連日の雨と配達仕事の為に着ていたカッパのせいで体から中々熱が抜けず、どうにもグロッキーな状態が続いて今に至ります。更に見直しの最中に致命的なミスを見つけ、4000字程書き直す羽目に……もう大丈夫、の筈です(不安

fgoではホームズ狙うも勿論爆死。次のイベントの限定は引けるかな……ドカバトも無事死亡。ブルー悟空&ベジータ欲しいなぁ……当たらないかなぁ……他のゲームも色々爆死。どうにも最近運が悪い。

最近のストレス発散はもっぱらゼノバース2。片手かめはめ波カッコいいですよね。

さて、今回はなぜベストを尽くしたのかパート2です←


後書きには久しぶりにアンケートもありますが、気楽にかつテキトーに投票してみて下さい。


 「今日皆に集まってもらったのは、新しい神託があったから、その報告を」

 

 「水都さんが言った通り、神樹様から神託がありました。次に私達が取り戻す土地が、丸亀城とその周辺に決まったんです」

 

 「おおーっと、聞き覚えがある場所が来たな。燃えてきたぞぉ! メラメラメラ!」

 

 「球子さん! 燃えるのはあたしの専売特許です!」

 

 いつもの部室にて巫女達に集まるように言われた勇者達。そこで言われたのは新たな神託と、それにより決まった次の奪還する土地の話。“丸亀城”という単語を聞いた西暦勇者、特に四国組はどの勇者よりも顔に真剣さが宿る。球子などやる気のアピールなのか燃えている擬音を口にし、銀(小)はそれに少しだけ物申す。銀(中)も何か言いたげにしていたが、先に言われたので口を閉ざした。

 

 「丸亀城を奪われているなら取り返さないと、いい気分しないよね」

 

 「……ええ。あそこを奪われているのは腹が立つわ」

 

 「そうだな、千景。その通りだ」

 

 「私達の色々な思い出があるもんね」

 

 「……うん」

 

 杏の言葉に苛立ちを隠せないのか言葉にも怒気が乗る千景に若葉も同意する。何故なら、彼女達にとって丸亀城とは高嶋が言うとおり思い出が、思い入れがある場所だからだ。その思い出を振り返っているのか、千景が小さく頷く。

 

 丸亀城。四国香川にあるその城は、西暦において人類守護の要の砦として勇者達の拠点となっていた。拠点というだけありそこで生活や訓練も行い、勇者である彼女達の為の特別教室も存在し、喜怒哀楽に溢れた大切な場所でもある。その話は他の勇者達も聞かされており、前回の土地奪還以上にやる気が漲ってきていた。

 

 「四国組の皆の為にも、しっかり奪還しないとねぇ」

 

 「うん! 皆の大切な場所だもんね。結城 友奈、張り切らせて頂きます!」

 

 「私達も力になるぞ」

 

 「こっちの町とも近いし、あたしも一層火の玉になるってもんですよ!」

 

 「火のタマ……かっこよさそうな響きだ」

 

 「実際になってみるかい? 銀ちゃんが出す炎を体に着けるとかして」

 

 「それじゃ火のタマじゃなくて火だるまになるだろ!?」

 

 「気合い入れすぎて怪我とか燃えたりしないでよ? これからも戦いは続くんだからね」

 

 楓、友奈がやる気を口にし、棗が続く。丸亀城がある場所は小学生組の家がある大橋にも近い為、自然と彼女達でやる気も上がる。燃え上がる銀(小)の言に何かが刺激されたのか球子がそう言うと、くつくつと笑いながら楓が弄りに行く。弄られた球子は思わずツッコミを入れ、そんなやり取りを楽しげに見ていた雪花がやる気を漲らせる面々を見ながらそう呟いた。

 

 「こうなりゃあ善は急げってことで、いきなりカチコミますか!」

 

 「だからダメよ銀」

 

 「銀ちゃんもそろそろ学んでくれてもいいんじゃないかねぇ」

 

 「再びのダブル親友ブロック!?」

 

 「今回は園子も居るんだぜ~」

 

 (まるで昔のあたしを見てるみたいだなぁ……って昔のあたしだった)

 

 「取り返す気持ちが強いのは頼もしいけど、攻めるタイミングは神樹様が教えてくれるから」

 

 気分が乗ってきたのだろう、銀(小)がそう言うと直ぐ様須美と新士が強い口調と苦笑いで止めに入り、止められた彼女は勢いが削がれる。園子(小)も止める側だと示す為だろう、銀(小)の前で通せんぼするように右手を広げている。尚、左手は新士の右手と繋がれている。

 

 水都が小学生組のやり取りを見た後、苦笑しながらそう伝える。しかし、その言い分に雪花が待ったを掛けた。曰く、今回は攻め込むパターンなのだから下準備くらいは出来るのではないかとのこと。

 

 「例えば……敵地の視察をするとかですか?」

 

 「さっすが杏、話が早い」

 

 「斥候(せっこう)か……ふむ、やる価値は高いかと」

 

 「神樹様が攻め込む時期を指定してくるということは、それ以外の時期は危険ということです」

 

 「つまり、斥候……偵察するということ自体が危険な行いってことだね。意見を否定するみたいで悪いけれど……」

 

 「全然! 私達を心配して言ってくれてるんだし。ありがとうヒナちゃん、神奈ちゃん」

 

 (とは言っても、“私”は今回の神託には関わってないからホントかどうかはわからないんだけどね……)

 

 敵情視察。この世界では奪還していない奪われたままの土地に足を踏み入れようとした場合、勇者であるならその時点で樹海に入り込み、巫女なら結界があるかのように弾かれる。つまり、勇者であるなら奪われている土地に入り、その場所を状況を見ることは可能なのだ。

 

 勿論、敵が攻め込んで来た場合での樹海化でもその土地に向かうことは可能である。樹海化は四国全土に及ぶからだ。杏の言葉にその通りと雪花が頷き、美森も同意する。他の勇者達も同意するが、待ったを掛けたのは巫女達。

 

 神託……つまりは神樹、“私達”が届けるメッセージ。次に奪い返す土地と時間帯まで伝えられている以上、それこそが絶好の機会であると。逆に言えば、それ以外ならその限りではない。ならばその日以外で敵情視察の為に人を送る行為は危険なのだと言う。成る程、と巫女達の言い分にも勇者達は納得する。

 

 ……因みに、この神託に“私”こと神奈は関与していない。だが同じように“私達”の声を聞いている。なんなら会話も出来る。だからこそ巫女としての役目を果たせる訳なのだが。尚、話す内容は神託や世間話、ちょっとした助言等である。

 

 「これからもこうすべきと思った意見はどんどん出してネ。目標が決まった所で、今日は解散じゃあ!」

 

 「丸亀城……待っていてくれ。必ず奪還する!」

 

 

 

 という会話があったのが初めて土地の奪還に成功した日の数日後であり、今日はその更に数日後。再び部室へと集まっている勇者達を見回した後、美森が口を開く。

 

 「この間話に出た、攻め込む敵地に向けて斥候を出す案は良いと思うの。再び議題として出してみるわ」

 

 神託で指定された時間帯以外の敵地への潜入は非常に危険であるという巫女達の言葉を受け、その時に案は却下されている。だが、敵情視察という案自体は決して悪くはない。故に、危険であるなら相応に用心してならどうかと美森は言う。

 

 つまり、徹底した戦闘行為を禁止した上での偵察。敵に見つかれば必ず逃げる。絶対に戦闘はしない。そうして充分に用心するのならどうだろうかと。彼女の言葉を受け、情報が有れば有利に戦うことが出来ると意見を言った上で真っ先に園子(小)が賛成。他にも何人かが頷き、賛成の意を示す。

 

 「東郷さんの言う通り、情報は大切です。普通なら私も偵察に賛成……なんですけど、今回のケースだと敵地の危なさが尋常ではないようなので……幾ら用心したところで難しいかと」

 

 「はい。繰り返しますが、神樹様が指定したタイミング以外で敵地に行くのは薦められません」

 

 逆に、その意見に反対する者も居る。神託を受けた巫女達と参謀役でもある杏、他数名。敵情視察するべきということは当然、こちら側には敵地の情報等何もない。それに加え、神託を聞く限り偵察に向かう場所の危険度も高い。更に、ひなたからこんな話も出てきた。

 

 当時、バーテックスが攻めてきた頃。まだ勇者と呼ばれる存在もおらず、多くの人が為す術無く食い殺されていった時のこと。まだ小学生だったひなたと若葉は神樹からの神託に導かれ、他の者達と共に本土から四国まで生きて帰って来ることが出来たのだと。

 

 「もし神樹様の言うことを聞いていなければ……死んでいたでしょう」

 

 「……成る程。私も、神託に助けられたことがあるから分かるわ。議題は取り下げる」

 

 (助けられたのは自分の方だけどねぇ)

 

 ひなたの話を聞き、美森も頷いて議題を取り下げる。彼女もまた、神託によって助けられた経験があるから理解出来たのだ。無論、彼女が言う“助けられたこと”とは小学生時代の遠足の時の戦いの事である。もしも神託が無ければ……当時の銀を途中で新士の元へ急がせる事もなく、彼はそのまま死んでいただろう。それを理解しているから、美森はなるべく顔に出さないようにしつつも暗くなる顔を伏せ、楓は苦笑いだけを浮かべた。

 

 「ん、ちょっと待ってくれ。今の話を聞いてそれでも尚、自分ならば斥候に行けると思うが」

 

 「戦闘の危険度を下げる為の偵察なのに、その偵察班が危なければ本末転倒。行かなくていいワ」

 

 「助っ人としてこの地に来た以上、こういう所で頑張りたいのだが……」

 

 「せめて、どう危ないか分かれば対策を立てられるんだけどねぇ。樹の占いでも無理でしょ?」

 

 「そこまで具体的には分からないねぇ……」

 

 (風さんも樹もやっぱり楓の姉と妹だよなー。語尾が伸びるとことか)

 

 (わたしも伸びるよ~?)

 

 (そういう話じゃないわよ……)

 

 だが、それでもと声を上げたのは棗。彼女も他の勇者と同様にこの世界でのお役目を果たす為の助っ人として召喚された勇者である。その役割を果たしたいと、真面目な彼女がそう思うのは当然のことと言ってもいい。風は棗の気持ちも分からないでもないしその心遣いは嬉しいが、部長としても仲間としても認められないと言って首を横に振った。

 

 戦いの危険度を下げるには偵察が必須。だがその偵察に行けば向かった人が危険になる。当たると評判の樹の占いも流石にそこまで具体的なことは分からない。姉妹の会話を聞いていた銀(中)と園子(中)、夏凜はひそひそとそんな会話をしていた。

 

 「どう危険なのか、どれくらい敵が居るのか。神樹様も具体的に語ってくださればなぁ」

 

 「お話出来たらいいよね~。こちらから神樹様に質問出来ないんですか~?」

 

 「どうなんだい? 神奈ちゃん。危険な理由とか敵の数とか分かりそうかい?」

 

 「あ、あはは……私には分からない、かな」

 

 神託を受け、それでもはっきりと露呈する情報不足。どうせなら……と不満げにする銀(小)とぽやぽやとした表情のまま巫女達に問い掛ける園子(小)。それを聞いてくすくすと笑いながら聞く楓に、神奈は少しの冷や汗と苦笑いを浮かべながらそう答えた。

 

 だが、仲間達の制止の声や危険性の高さ等を受けても、それでもと棗は言う。確かに危険だろう。それでも、こういう場面だからこそ自分は役に立ちたいのだと。

 

 「信じて、偵察を任せて欲しい」

 

 「じゃあ自分も着いていこうかねぇ。棗さん1人だと危険でも、自分と2人なら問題ないだろう?」

 

 「うん、楓となら安心だ。いざとなれば空に逃げられるし、深入りすることもないだろう」

 

 「棗の腕も、勿論楓の腕も信じてるけど……今はダメよ。体を張る時が来たら頼るから」

 

 「……了解した」

 

 「ま、そこまで言われれば仕方ないよねぇ。それに考えてみると、自分の光だと目立ちそうだし」

 

 「ん、言われてみれば……だがバーテックスに“目”はあるんだろうか?」

 

 (……楓君には、あまり少人数で樹海に行くようなことはしてほしくないのだけど……)

 

 1人でダメなら2人。そう言った楓と棗の会話を聞き、それなら……と何人かが頷きかける。彼1人居るだけで出来ることが遥かに増え、機動力も確保出来る。また、性格的にも1人で突っ込んだりもしないだろう。

 

 しかし、風はやはりダメだと首を振った。2人なら偵察の1つや2つこなせしてみせるだろうと信頼出来る。だが、それとこれとは別の話。どれだけ信頼も信用も出来ようと、危険性が高過ぎるのであれば行かせる理由にはならない。再三偵察はダメだと言われ、ようやく棗も、そして楓も苦笑いと共に折れた。その事に安堵したのは、先代勇者である中学生組の3人。

 

 遠足の日の戦いは、彼女達の心に傷を負わせている。そしてそれは今後も癒える事はないかもしれない……それ程までに大きく、深い。故に、楓が1人、ないし少人数で樹海に行くことが怖くて仕方ないのだ。もしも彼が1人で行く、或いは孤立することにでもなれば取り乱してしまうだろう。尤も、これだけ多くの仲間が居るのだからあまりその心配はないだろうが。

 

 「というか、棗さんはいつも役に立ってますよ。居てくれるだけで安心感が違います!」

 

 「ありがとう、樹」

 

 「実際棗さんに助けられたこともいっぱいありますしねぇ」

 

 「なー。あのオーバーヘッドキックとかかっこよかったしな!」

 

 「バーテックスがまるでサッカーボールだったんよ~♪」

 

 「上空から見ても見事な蹴りでした。あれほどの動きは中々出来るものではないですよ棗さん」

 

 「む……そこまで言われると、その、照れるな」

 

 樹、そして小学生組に誉められ、或いはキラキラとした尊敬の眼差しを向けられ、棗の無表情な顔に赤身が指す。感情が出にくくあまり喋らないクールな女性という印象の彼女だが、その実会話には普通に参加するし喜怒哀楽も起伏は大きくこそないが分かりやすい方なのだ。

 

 これまでの交流で彼女の人となりを知った勇者達は5人のやり取りを微笑ましく見守り……そんな和やかな空気をぶち壊すように、聞き慣れたアラームが部室中に響き渡る。

 

 「っ、警報が来た! 出陣だ! 丸亀城奪還戦だね!」

 

 「……偵察の必要も無くなったな。何にせよ、出来ることを精一杯やるまでだ」

 

 「皆さん、ご武運をお祈りします。そして、宜しくお願いします」

 

 「うん! 取り戻して来るよ、ヒナちゃん」

 

 「それじゃ、行ってくるねぇ。お留守番宜しくね」

 

 「あたしも皆と戦いたいんだけどなぁ……ま、こればっかりは仕方ないか。皆、頑張ってな!」

 

 「良い子でお留守番してるよ~」

 

 高嶋、棗を筆頭にやる気を漲らせる勇者達。お役目の為、そして西暦の四国組の為だと普段よりも1段上の戦意を燃え上がらせ、極彩色の光と共に留守番組に手を振られながら樹海へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、早速変身といこうかねぇ」

 

 「ええ、敵は待ってはくれないもの」

 

 「よーし、やるぞー!」

 

 「おー! へーんしーん!」

 

 そんな会話の後に、顔を見合わせて笑い合いながら端末の画面に映る勇者アプリをタップする小学生組。画面から溢れた花弁と共に、4人の変身が始まる。

 

 オレンジのガーベラの花弁がその姿を隠し、再び現れたのは淡く光る己の裸体を抱き締めるようにして目を閉じている新士。彼に先と同じガーベラの花弁が集まり、オレンジ色の竜巻がその身を再び隠す。竜巻が弾け飛び、彼が両手を上に伸ばすとその裸体に花弁が集まり、黒いインナーが上半身を覆う。そして腰回りにも同じように集まり、同じインナーが下半身を覆った。

 

 両足を曲げて思いっきり伸ばすと両足に花弁が集まり、膝から爪先までを覆うオレンジ色の具足に変わる。新士が口元に小さな笑みを浮かべ、両手を首の後ろに回して外側に広げるように動かしながら軽く頭を振り、インナーに入り込んでいた肩ほどの黄色い髪を外に出す。

 

 そして両手の握った拳を体の前でぶつけ合うと両手と体がオレンジ色の光だと包まれ、目を開けて勝ち気に笑うと同時に彼の武器である具足と同色の手甲とオレンジ色を基調とした前後左右に布がはためいている中華風の服がインナーの上に現れる。最後はそれぞれの手甲から4本の爪を伸ばしながらその場でくるりと回転し、“はぁっ!!”という気合いの籠った声と共に体の右側を前にして少しかがみ、右腕を左に曲げ、同じように右に曲げた左手の爪を右手の爪の上に重ねたポーズで変身を終えた。同時に、他の者達も変身を終える。

 

 「っし、変身完了!」

 

 「準備も完了、ってねぇ」

 

 「はぁ……はぁ……小学生組の変身は何回見ても可愛いなぁ……なんだろう、このドキドキ」

 

 「須美は本当に小学生なのかとか新士は本当に男なのかとツッコまずには居られないが……まあいい。それより敵だ」

 

 「ちゃんと男ですよ球子さん」

 

 「はい皆、早く絨毯に乗って。早速敵の反応がある場所まで飛ぶよ」

 

 この変身シーン、小学生組は変身中は目を閉じていたり花弁やら光やらがあるのでお互いには見えていないが他の者には見えているらしい。小学生が行うには些か色っぽいというか扇情的とも言えるそれを毎回見る度に杏は頬を赤らめながらうっとりとし、球子は特に小学生離れしたスタイルの須美と変身中は肝心な部分が見えていない為か変身の仕方と樹似の顔のせいで未だに新士の事を女ではないかと疑問に思うようだ。

 

 苦笑いしながら球子に抗議する新士だったが、特に気にしていない様子で楓の用意した光の絨毯に飛び乗る。全員が乗った所で飛び上がり、端末に映る敵の場所まで飛ぶこと少し。辿り着いた場所でいつものように前衛組を下ろし、後衛組を乗せたままその場で滞空する。

 

 「……やはり敵に動きがない。1つの所でじっとしているわ」

 

 「また“攻撃したら増える”って奴かしらね」

 

 「可能性はあるねぇ。前と同じバーテックスの姿が見えるし、今回もあいつが防衛の要と見ていいんじゃないかねぇ」

 

 「とくれば、1発の破壊力が重要ですね。先輩方、三ノ輪 銀、三ノ輪 銀におまかせあれ! いっくぞおおおおっ!!」

 

 「あ、こら! 銀!」

 

 「自分も行くよ、任せて須美ちゃん」

 

 「我々も行くぞ!!」

 

 数多存在する星屑をはじめとした中、小型のバーテックス。そしてその奥に鎮座するように強い存在感を放ちながら存在する大型バーテックス。それは前回の攻勢の時にも姿を見せたスケルツォであった。また、バーテックス達は前回同様その土地から動く素振りを見せない。

 

 前回と同じならば、スケルツォに攻撃を加える度に星屑が増える。ならば今回もと考えるのは不思議な事ではないだろう。真っ先に銀(小)が飛び出し、須美が声を上げた後直ぐに新士がそれを追い掛ける。若葉の声と共に他の勇者達も動きだし、近付いてきた勇者達に反応してバーテックス達も迎撃の為に動き始める。

 

 何度も繰り返してきた行動。上空の光の絨毯から降り注ぐ光の矢、ボウガンの矢、銃撃、矢。地上からも短刀や槍が時たま飛び、近接武器が振るわれる事による銀閃や緑のワイヤーが宙に軌跡を残す。その度に体を穿たれ、切り裂かれ、たまに爆散するバーテックス。

 

 やがて中、小型を粗方殲滅し、遂に銀(小)がスケルツォへと辿り着く。両手に持つ斧から炎が吹き出し、その炎に包まれた斧を強く握り締めながら走る勢いそのままに飛び上がる。そして気合いの籠った声と共に、敵目掛けてそれを振るった。

 

 「うりゃああああっ!! っ!? か……ったい!! 手が痛い痛い痛い!!」

 

 「っ!? ダメージが入っていない……だと?」

 

 「銀ちゃん! 痛がってる所悪いけれど、直ぐにバーテックスから離れるんだ!」

 

 「援護します! 銀、新士君は早く離れて!」

 

 「何をするつもりか分からないけれど、2人はやらせない!」

 

 前回と同じなら、それは倒せなくともそれなりにダメージが入っただろう。だが今回はそうならなかった。思いっきり振り下ろされた斧はガキイイイインッ!! と何とも堅そうな音を出し、その衝撃が銀(小)の小さな手に襲いかかり、かなりの痛みを味わうこととなる。勇者達の中でも攻撃力がある彼女の攻撃に特にダメージが入った様子がない事に棗が驚き、痛がる彼女の腕を引いて新士が共に後方へと飛ぶ。

 

 その際、スケルツォの今まで動かなかった巨体が少し動いた。何かされる前に2人を……と直ぐに美森と須美の連続した矢と銃撃が嵐の如く降り注ぎ、行動を封じる。2人だけの攻撃でありながらその密度は凄まじく、勇者達が驚嘆の息を吐いた。

 

 「はぁー、すっご。嵐みたいな援護射撃だわ」

 

 「助かったよ新士、須美、東郷さん。にしても手が痛い……」

 

 「余程固かったんだねぇ……よしよし、痛かったねぇ」

 

 「分かるよー、ジーンとするよねぇ。痛いの痛いのとんでいけー」

 

 「ちょ、あはは、新士も友奈さんもくすぐったいですって」

 

 思わず言葉にした雪花の近くまで戻ってきた2人。助けられた銀(小)は3人にお礼を言いつつ、1度斧を手離して両手を擦り合わせて痛みに耐える。それを見た新士は苦笑いしながら彼女の手を取って撫で撫でと労るように撫で、友奈も似た経験したことがあるので同意しつつ彼とは反対の手を撫でる。撫でられた本人はそのくすぐったさにもじもじとしつつ、少し恥ずかしそうに笑い……その様子を、樹と園子(小)が羨ましげに見ていた。

 

 そうしていると、スケルツォの背後から何かが出てくる。すわ敵かと誰もが警戒する中、それは姿を現した。大きさは星屑と同程度か少し小さい位の大きさ。恐らくは今まで出てきたどのバーテックスよりも小さいそれは星屑よりも高く空を飛んでいた。

 

 「小型……でもこれまでのものよりも高く飛ぶ敵……」

 

 「全部撃ち落とすには数が多いか……」

 

 「何か仕掛けてくるから、出方を見た方がいいよ」

 

 大量の、少なくとも最初に倒した中、小型よりは多いであろう小さなバーテックス達。今こうして出てきた以上、必ず何かを仕出かす。そう予想した雪花の言葉により、一同は何をするのかを見極める為に警戒だけに留める。そして勇者達の上空、楓達が居る場所よりも更に高くまで飛んだ時、その小さな体から何かを落とした。

 

 「ん? 何か落ちてきたわね……ってもしかして、爆弾? 爆撃!?」

 

 「まずいぞ! 皆、散れ!」

 

 「本当に爆弾だとしたら不味いねぇ。3人共、可能な限り落とすよ!」

 

 「「「はいっ!!」」」

 

 爆弾。そう風が言った瞬間、直ぐに若葉の指示が飛び、全員が落ちてくる物の着弾地点から遠ざかる。楓も絨毯を操作して落下物から離れつつ、3人と共に落下物を破壊するべく攻撃を開始。直後、楓達の攻撃が当たった落下物が次々と爆発。風の予想通り、それは爆弾であった。その範囲は小型ながらかなり広くて威力も高いであろう事が分かる。

 

 攻撃による破壊とその爆発による誘爆でかなりの数を破壊したが、それでも全てとは到底言えない。更に言えば、運悪く誘爆しなかった物が爆風に煽られてその飛距離を伸ばし、より広範囲にバラけてしまった。そしてそれらが樹海へと着弾し、連続して爆発を引き起こす。

 

 「きゃーっ!?」

 

 「樹! 足を止めないで動くのよ!」

 

 「敵も色んな手で仕掛けてくるのね。とんだアトラクションだわ」

 

 「爆撃とはやってくれる……でも制空権なら、私達が!」

 

 「ああ、須美ちゃんの言うとおりだねぇ。制空権……空は、自分達の領域だよ」

 

 「はい。見たところ、爆弾以外に攻撃方法は無いようです。爆弾も落とすだけなら、楓さんの絨毯ならまず当たらないでしょう」

 

 「だけど地上の皆が危険になるわ。急いで撃ち落としましょう」

 

 幸いにも爆発に巻き込まれる者は居なかった。だがその威力は高く、とてもではないが受けて良いものではない。それに爆発のせいで行動範囲が狭まり、行動自体が妨害されてしまう。そして敵は上空、地上組の攻撃は殆ど届かないか、距離があって避けられる可能性もある。

 

 だが、空には光の絨毯に乗った楓、美森、須美、杏の4人が居る。4人はこれまで上空の敵を相手取り、制空権を取り続けてきた自負があった。故に……これまでよりも言葉に力が入り、上空の小さなバーテックス達と爆弾を破壊する攻撃が苛烈さを増した。

 

 「流石は楓達だ。空の敵は任せた」

 

 「とは言え、幾つか射ち漏らしもあるわね……あれも対処しないと。シューティングゲームも得意なのだけど、肝心の射撃武器が無いわね……」

 

 「わ……私がやります! ええーい!!」

 

 「的がちょっと小さいけど、投げたら当たるかな。そーれっ!」

 

 「わたしも、頑張るよ~!」

 

 その姿に安心感を得た棗がグッと拳を握りながら呟く。だが、やはりその数は多い。更にバーテックス達から落ちてくる爆弾が小さい事もあり、百発百中とはいかず幾らか射ち漏らしてしまう。

 

 しかし、地上組もただ黙って見ているだけではない。細かな操作が可能であり、それなりに攻撃範囲も射程もある樹のワイヤーが空中に閃き、爆弾を切って捨てる。彼女だけでなく雪花の槍投げも加わり、更に園子(小)が槍の穂先を操作して貫いていく。

 

 「埒が明かない、って奴だねぇ……ここは一気に決めてみるかい?」

 

 「そうですね。でもどうやって……」

 

 「前の友奈と高嶋さんの時と同じだよ、須美ちゃん。美森ちゃん、君を強化する。絨毯もあるから自分は攻撃出来ないけれど……」

 

 「分かったわ楓君。任せて」

 

 敵の数と敵が落とす爆弾の数。それらを一気に片付ける為に楓が取った行動は以前と同じように誰かを強化すること。前回は友奈と高嶋と自身を光によって強化し、三位一体の一撃で敵を突破した。だが、今回必要なのは攻撃範囲と射程距離。故に、後衛組の中で最も適しているであろう美森に白羽の矢が立った。

 

 楓の前に移動し、狙撃銃を構える美森。彼は彼女の両肩に手を置き、右手は水晶から出る光が彼女が持つ狙撃銃を包み込む。その間に絨毯も操作してバーテックス達よりも更に上を取る。

 

 (温かい……これが楓君の光。いつも私達を助けてくれた……私を救ってくれた、真っ白で綺麗な……優しい光)

 

 狙撃銃のスコープに目をやり、引き金に指をかけつつ、狙撃銃を覆う白い光の温かさに頬を緩める美森。まるで楓自身と手を繋いでいるかのような温かさに心地好さを覚え、心が落ち着いてくる。

 

 そして両肩の手の重みと感触が、また彼女の心を満たす。彼の右手が触れている事が、彼の右手に触れている事が、彼女に取っては未だに泣きそうな程に嬉しい事で……それでも、その嬉しさと心地好さにいつまでも浸っている訳にはいかないと、スコープの中の敵を見る。

 

 「空のバーテックスだけとは言わないわ……あの大型も、きっと落としてみせる」

 

 本来なら狙撃銃1つで落としきれる数ではない。だが、彼女にはやれる自信があった。1人では不可能だろう。だが、今の彼女が持つ狙撃銃にはもう1人の、百人力の力が宿っているのだ。ならば100にも満たない敵等何するものぞ。

 

 瞬間、狙撃銃の銃口の前に巨大な青いアサガオが描かれた丸い紋章が現れ、その後ろに同じ大きさの白い花菖蒲が描かれた紋章が現れる。そして美森は、その引き金を引いた。

 

 

 

 「これが私の……私達の護国の一撃!!」

 

 

 

 狙撃銃の銃口から放たれる、小さな青白い弾丸。それは白い花菖蒲の紋章にぶつかり、紋章と同じ大きさになってまたアサガオの紋章にぶつかり、更に巨大化。弾丸だったモノは獅子座のレーザーすら越える程の極光となり、その青白い光は真っ直ぐに大型の敵に向かって飛び、範囲内に居る小さなバーテックス達を消滅させ、範囲外の敵も余波だけで文字通りに消し飛ばした。

 

 バーテックス達を粗方吹き飛ばしたその青白い光は止まることなく突き進み……大型の敵に着弾。それは光が途切れるまで当たり続け、光が途切れた一瞬の間を置いて着弾点を中心に敵を覆い隠す程の大きな爆発を引き起こした。

 

 「ナイスよ楓! 東郷!」

 

 「楓くんも東郷さんもすごーい!」

 

 「凄まじいな……あれが楓の強化の力か」

 

 「すっげええええ! あたしも強化してもらったらあんなこと出来るかな!?」

 

 「いや、武器的に無理なんじゃないかねぇ……」

 

 地上ではそんな歓声が上がり、上空に居る須美と杏も同じように興奮を覚えていた。それほどに美森が強化してもらった上で放ったレーザーは強大であり、鮮烈であった。事実一撃で殆どのバーテックスを爆弾諸とも倒したのだからその興奮も頷けるだろう。

 

 だが、地上組とは違って直ぐ側に居る須美と杏は気付いた。強化が無くなったのであろう光が消えた美森と光を消した楓が、射った姿勢のまま動かず……その表情も難しそうなモノである事に。

 

 「……楓さん? 東郷……さん?」

 

 「まさか……でも、あの攻撃を……?」

 

 「手応えはあったし、間違いなく命中したわ。だけど……」

 

 「うん……()()()()()()()()()ねぇ」

 

 やがて、煙が晴れる。そこにはあれだけの強力なレーザーを浴びて尚健在なスケルツォの姿があり……2人の言葉を示すかのように、殆どダメージを受けていない、ほぼ無傷の状態でそこに居た。




原作との相違点

・面子の増加(今更

・楓、偵察に立候補(却下

・まさかの新士の変身シーン(誰得杏得

・空の戦いは後衛組に任せろー!(バリバリ

・美森との合体攻撃(勇者部2人目

・今までも散々あっただろう! 今更グダグダ抜かすな!(自己否定



という訳で、原作7話序盤~中盤程までのお話でした。以前に楓の変身シーンを書きましたが今回は新士の変身シーン。小学生組の変身シーンを見たことがない人は是非ともニコニコなりようつべなりで確認してみて下さい。よりイメージしやすいと思いますし、色々捗ると思います←

今回登場した合体攻撃は楓&東郷さんです。イメージとしてはスローネアイン&ドライのGNメガランチャーですかね。武装はアインじゃなくてデュナメスですけど。

案の定というべきか、前回後書き通り長らくお待たせして本当に申し訳ありません。それでも待ち望んでくれていた方々、本当にありがとうございます。あなた方のお陰で、私は本作を書くモチベーションを保っていられます。今後もお待たせするかもしれませんが、どうかゆゆゆい編完結までお付き合い下さい。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 17 ―

ギリギリ2週間以内……という訳でお待たせしました。ようやく更新です(´ω`)

ようやく梅雨が明けてきましたね。雨と湿気と熱でうんざりでしたが、ようやくマシになります。早く夏終われ←

fgoでは大奥復刻ですが、個人的にこのイベントは面倒なのであまり……出てくる桜ーズは皆好きなんですがね。ガチャは案の定です。フランしか来ませんでした。

変わりにドカバトではLRのベジット、悟飯&悟天二枚抜き。DQタクトでもりゅうおうが、テイクレでも水着カノンノにユーリ、ロイドとウハウハです。イアハート可愛いよイアハート。天華百剣の水着鳴狐とゆゆゆいのぐんちゃん来ませんでしたがね……どうにも西暦組URとは縁がないです。

アンケートは全部が1番多く、次点でイチャコラが。恋愛経験皆無な私の話でも楽しんで頂けているのなら幸いです。

前回の変身シーンはまあそれなりに評価された様子。流石に期間が空きすぎたのか感想が目に見えて減っているのは悲しいことですが、それでも変わらず感想を下さり、それでなくとも読んでくださっている皆様に大きな感謝を。今後も本作を宜しくお願いします。


 「冗談でしょ……楓の強化付きの東郷の攻撃よ?」

 

 「固いにも程があるでしょうが……っ!」

 

 楓の強化を受けた美森の強力な銃撃……というか最早砲撃と言える一撃。威力だけを見れば満開時の彼女自身の砲撃と同等だと言える程のそれを食らってもさほどダメージを受けた様子のない大型バーテックス、スケルツォの姿の見て思わずと言った様子で風と夏凜の口からそんな言葉が溢れる。

 

 無傷……ではない。だが、攻撃に反してあまりにもダメージが少なすぎた。傷の大きさを見れば、先に一撃入れた銀(小)のモノと大差ない。だが、2回の攻撃の威力の差は歴然。なのにこの結果とあり、勇者達の心に影を落とす。特に美森の満開の攻撃を見たことがある勇者部は動揺を隠せなかった。

 

 「動揺するのは分かるけど、まだ敵は居るよ! そこの太い枝の後ろとかね……せーい!」

 

 「っ、ホントに居た!? よく気付いたわね雪花」

 

 「隠れて期を伺う、私もどっちかって言うとそういうタイプだからね」

 

 「頭が良いんだね、せっちゃん!」

 

 「そうやって褒めてくれると嬉しいねぇ。ありがとうのハグ!」

 

 「あははっ」

 

 「……ま、確かに動揺してばかりは居られないか」

 

 周りが動揺している中でスケルツォだけでなく周囲に気を配っていた雪花が樹海にある木の太い枝の後ろに粗方吹き飛んだと思われていた小型バーテックスに気付き、槍を投げ付けて撃破。そして戻ってきた槍を手に取り、驚いている風に得意気に言って笑った。

 

 その言葉を聞いて高嶋が純粋に褒めると、彼女も嬉しそうに笑って両手を広げて近付くと高嶋と抱き締め合う。こんな時に何やってんだと風はジト目を向けるが、雪花の言葉にも一理あると軽く頭を振って気分を変える。その様子を見て動揺していた者達も気を取り直し、スケルツォを見やる。

 

 「ほう。世の中は常に発見に満ち溢れているよね。人生とは美しい旅だよ!」

 

 「園子、お前急にどうした」

 

 「雪花さんと高嶋さんに感銘を受けたみたいだねぇ」

 

 「それはともかく、残りはあの動かない奴ね。あれ程の攻撃を受けて尚も攻撃してくる気配が見えないけど……」

 

 「ならこちらから仕掛け続けるのみよ。はああああっ!!」

 

 抱き合う2人を見て何やら詩的に、声に力を込めて語る園子(小)に若干引き気味な銀(小)と普段通りに朗らかに笑う新士。そんな3人をおいて、歌野がスケルツォを睨みながら思案に耽る。

 

 銀の一閃、そして楓と美森による強化されたレーザー。それらを受けて尚、特にこれといった動きを見せない敵。どこか不気味にすら映る相手に怯むことなく、今度は千景が大鎌を手に突撃する。

 

 「っ、やっぱり硬い……一撃でダメなら、何度でも!!」

 

 「凄まじい連撃だ。楓達の攻撃にも耐えた敵を何度も……凄い気合いだな。やるな、千景」

 

 「それでもやっぱりダメージは少なめかしら……次はアタシよ! 必殺剣! ばああああく熱!! 女子力落とし!!」

 

 「女子力落としてどうするんだい?」

 

 「いや、多分必殺技の名前みたいなものだから本当に落とす訳じゃないと思うぞ」

 

 ガキリ、そんな硬い音が鳴り、勢いよく斬りつけた大鎌を伝って千景の手に痛みが走る。が、そんなことは関係ないとばかりに連続して振るう。2撃、4撃、8撃……それでも、やはり最初の銀(小)が着けた傷程のダメージしか与えられない。

 

 その気合い、気迫に若葉が称賛の声を溢し、風が千景と入れ替わるようにして大剣を思いっきり振り下ろす。やはりガキイイイインッ!! という音が鳴り、ほんの数センチ程刃が入った程度で止まり、あまりダメージを与えたようには見えない。あんまりな必殺技名に新士が首を傾げながら問い、珍しく若葉がツッコンだ。

 

 「~っ、ホンットに硬いわねこいつ!?」

 

 「とりあえず、姉さんそのまま!! はぁっ!!」

 

 「え? ってどわぁ!?」

 

 大剣を敵に叩き付けた姿勢のままじ~んと手に痺れるような痛みを感じていた風の耳にそんな声が聞こえ、首だけ振り替えると頭上に新士の姿が見えた。彼は若葉のツッコミの後直ぐに風の大剣目掛けて飛び上がっていたのだ。

 

 そして気合いの籠った声と共に体を縦に回転させたことによる遠心力を加えた右足による落下と勇者の身体能力をフルに使ったかかと落としを大剣に決める新士。普通の相手ならば更に大剣の刃が入り込み、なんなら両断も出来ただろう。だがこの敵にはそれもあまり効果が無く、反動で逆に大剣が抜けてしまう。因みにこの時、風は大剣を握りっぱなしだったのでかかと落としの分の衝撃も味わっている。

 

 「いっ……たいしびっくりしたじゃないの! って前にもこんなことあった気がするわ!」

 

 「やっぱりこれでもダメか……なら別の手段を……」

 

 「無視か!? これも前にあった気がするわ!!」

 

 「ごめんよ姉さん。でも訳分かんないこと言ってないで離れるよ」

 

 「……まあ許してあげるし分かったわよ。全く、やっぱり楓は小さい頃から変わんないのねぇ……」

 

 着地し、痛そうに手を振った後に隣に着地した新士に怒鳴る風。が、無視して別のことを考える新士に涙目になり、このやり取りに既視感を感じつつ、ため息を吐きながら言われた通り共にスケルツォから離れる。それでも変わらず敵は動かなかった。

 

 「風さんの一撃も、その後の新士君の追撃も効果はイマイチですね……歌野さん、敵に鞭の嵐を浴びせてくれませんか?」

 

 「オーケー、行くわよ! そおおおおりゃああああっ!!」

 

 「では次に棗さん、強めの一撃をお願いします!」

 

 「分かった。せいっ!! ……くっ、あまり効いてないか……さっきの東郷達の一撃があまり効かなかったのだから、期待はしていなかったが……」

 

 上空から一連の行動を確認していた杏が指示を出し、その通りに動き出す歌野と棗。連続して振るわれる鞭が何度もスケルツォの体を打ち付け、これまで付けられた傷と同じ大きさのモノを量産していく。その傷がかなりの量になった頃、歌野が下がった瞬間に間髪入れずに棗がその手のヌンチャクを思いっきり振るった。

 

 だが、結果は案の定と言ったところ。小型なら弾け飛び、中型も一撃で屠り、大型であろうと大ダメージを与えてきた攻撃は、似たような傷を1つ増やしただけに終わった。その結果は予想出来ていたことだと彼女は言うが、それなりにショックを受けているのだろう、少ししょんぼりとしているように見えた。

 

 「これは、勇者としてプライドが傷付くな。っていうかこいつ堅すぎないか? あんず」

 

 「どんな攻撃でもダメージが一定なんだよね。防御特化型……にしては与えた傷の大きさが()()過ぎる……とにかく、今回は手数で攻めるべきですね」

 

 「それくらいしか無いだろうねぇ。にしても、本当に硬いだけなのかねぇ……まるであの傷以上のダメージを無かったことにされているかのような……」

 

 「ゲームで言うダメージカット……いえ、この場合はダメージ制限かしら?」

 

 「どう違うんですか? 千景さん」

 

 「ダメージカットは一定以下の威力の攻撃をカット……無効化するの。ダメージ制限の場合、与えるダメージに制限……つまり、“ここまでしか与えられない”ということね」

 

 「なるほど……要するに、あの敵は()()()()()()()()()()()()()()()()ということか。厄介な……それにしても、指示を出す姿が板についてきたな杏。それに千景もよく意見を言うようになった……いつも以上に輝いているぞ、お前達。よし、皆! 杏の指示通りに!」

 

 これまでどんなバーテックスであってもあそこまで微動だにされないという経験が早々無かったからか、勇者達の心の内を代弁するように球子が呟き、杏へと質問を投げる。分析しながら返答する彼女は考えを纏め、全員へと自身の考えを言うと楓が納得し、また疑問を呟く。

 

 その疑問に答えたのは千景。首を傾げながら銀(小)が問うと、彼女は顎に手を当てながら答える。ゲームの敵の中には一定以下の威力の攻撃を無効化するモノや与えられるダメージに制限がかかっているモノも居る。つまり、本来なら1000は与えられた筈の攻撃に制限が掛かり、500までしか与えられない、という事だ。

 

 千景の言いたい事を理解し、若葉は納得しつつ顔を苦々しげなモノに変える。彼女の言葉が正しければ、今回の敵は前回の敵と違って破壊力のある攻撃はあまり意味がないのだから。むしろ先程攻撃した者達のように手を痛めてしまう可能性の方が高い。全員がそう理解した所で若葉が声を上げ、全員が動き出す。

 

 「手数なら私の剣舞に任せておきなさい。完成型勇者、三好 夏凜のね!」

 

 「私も出来るかも……犬吠埼 樹、行きます!」

 

 「そうね、樹の武器は応用力高いから」

 

 「流石にお兄ちゃんには負けますけど……」

 

 「ってことは……樹が最前線ってこと?」

 

 「心配するのは分かるけど、樹を信じて送り出してやりなよ姉さん。大丈夫、自分もフォローするから」

 

 「そうですよ風先輩! 私達もフォローしますから。ね! 高嶋ちゃん!」

 

 「そうだね、結城ちゃん! 大丈夫ですよ風さん。私達も夏凜ちゃんも新士くんも居ますから!」

 

 夏凜が双刀を構え、樹も攻める姿勢を見せる。実際、彼女のワイヤーという武器は応用力が高い。楓の光には負けるが、あれは応用力というより万能なので微妙に違うのだが。

 

 あまり打たれ強い方ではない妹が最前線に出ることになると気付き、風が心配の表情を浮かべる。だが、直ぐに新士と友奈、高嶋が自分達がフォローすると告げ、任せろと言葉で、目で訴える。それに安心したのか、風は笑って頷く。

 

 「分かったわ。樹、ちび楓もファイトよ」

 

 「うん、お姉ちゃん」

 

 「任せて、姉さん」

 

 「こうして人は大人になっていくのね……今夜はお祝いにうどんだわ」

 

 「今夜も何も昨日も一昨日もその前もその更に前ももっと前もうどんだったよお姉ちゃん……味は全部違ったけど」

 

 そんな会話の後、勇者達は攻め込む。手数で攻めるタイプの勇者や直接ではなくある程度距離を保って攻撃するタイプの勇者……神世紀組からは樹と夏凜が、小学生組からは新士と園子が。西暦組からは引き続き千景、そして球子、歌野、雪花。無論、一撃の威力が高い者達も攻撃を適度に加えていく。

 

 だが、敵はスケルツォだけではない。未だに爆撃してくる小型は出てきているし、最初より数は減ったとは言え星屑を初めとした中、小型もまだまだ居る。上空の遠距離組が空の敵を殲滅して爆撃を防ぎ、地上の火力組が地上付近のバーテックスをスケルツォに集中している者達の邪魔にならないように倒す。

 

 そうして邪魔が入らない中で、スケルツォに攻撃していく8人。二刀流と幾つもの短刀を投げ付ける夏凜、複数のワイヤーで斬りつける樹、双爪で斬り続ける新士、槍で突いたり飛ばした穂先で攻撃する園子(小)、大鎌を振るう千景、何度も旋刃盤を飛ばす球子、鞭で乱打を繰り出す歌野、槍を投げ続ける雪花。そのどれもが確実に傷を増やしていく。

 

 「はぁっ!! くっ、やはり硬い。生太刀が折れるかと思ったぞ」

 

 「その割に刃零れ1つしてないように見えますけどねぇ。随分と頑丈なんですねぇ、その刀。切れ味も鋭いですし」

 

 「ふっ!! ああ、この刀は私の勇者の力の源みたいなモノだからな。この刀があるからこそ私達は生き残り、勇者としてその力を振るえるんだ」

 

 星屑を斬り伏せ、ついでとばかりにスケルツォの体を切り裂こうとする若葉。案の定対して刃が入ることもなく、硬い感触で少しばかり手を痺れさせながら忌々しげにその巨体を見上げながら呟く。

 

 その呟きに反応したのは敵を切りつけた後に偶々彼女の近くに着地した新士。そして若葉の語りは全員の耳に届く。歌野達四国外の勇者の武器は分からないが、四国の西暦勇者達は皆その手の武器をどこかで導かれるように入手し、当時襲い掛かってきた星屑を迎撃して生き残り、勇者として戦い続けているのだ。

 

 神世紀の勇者達との大きな違いと言えばその武器だろう。神世紀組は勇者に変身することで初めて武器を手にする。しかし西暦組は変身せずとも武器を持ち、持った状態で変身するのだ。勇者システム等無く、変身もしなかった当時から戦えた事を考えれば、神世紀組はその武器こそが力の大元なのだと分かるだろう。

 

 故にその武器は既存の武器、同じジャンルの武器と比べてと明らかに高性能どころではない性能、力を誇る。若葉の持つ刀“生太刀”や高嶋の手甲の“天ノ逆手”等、神話の時代の武具である事もその理由だろう。神話の時代の、“神の力を宿す武器”。それこそが西暦勇者の最大の特徴なのだ。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……ふぅっ。だいぶダメージを与えたんじゃないかな」

 

 「うん、目に見えて敵の傷が増えてるし、深くなってる。絶えず攻撃した甲斐があったねぇ」

 

 「お疲れ樹ちゃん、新士くん。帰ったらいっぱいマッサージするよ。とうりゃー! って」

 

 「あはは、ありがとうございます」

 

 「おや、友奈さんはマッサージ出来るんですねぇ。それじゃあ帰ったらお願いしてみましょうかねぇ」

 

 それからしばらく攻撃し続け、一旦体力の回復をする為か少し敵から距離を離す勇者達。上空組も近くまで降りてきて一息ついている。スケルツォの巨体を見れば、傷がない箇所を探すのが難しい程に傷だらけとなっていた。堅牢な巨体をしていれど本体はまるで反撃も移動もしないのだ、勇者達にとってはサンドバッグに等しい。それでも未だに倒すことが出来ていない。今回のスケルツォが前回と違ってどれ程防御に重きを置いているか分かるだろう。

 

 肩で息をする樹と汗を掻いてこそいるがまだまだ体力に余裕がありそうな新士に友奈が近づき、労いの言葉をかける。見たところ、樹程体力を消耗している者は居なかった。自分だけ……と軽くショックを受けつつ、樹は彼女の言葉を有り難く受け取り、新士も感心しながら朗らかに笑って頷いた。

 

 「今も軽くやろうか。立ったままでも出来るよ。せいやーっ!」

 

 「へ? ふ、ぁっ? ひぁっやあぁぁぁっ! い、今は大丈夫ですぅ!」

 

 「樹、なんて声を出しているんだい……」

 

 「ふぇ? ゆ、友奈さんのマッサージが凄く気持ち良くてつい声が……」

 

 「次は新士くんだね。ていやーっ!」

 

 「いや、自分は……ん、くぁ……っん。な、なるほど、これは確かにぃ……ふ、ぅんっ」

 

 「美森ちゃんに須美ちゃん……いきなり鼻血を吹き出した君達に自分達はどういう反応をすればいいのかねぇ……慣れたけど」

 

 「慣れたんですね……(私も危なかったとは言えませんね……)」

 

 「ご、ごめんらひゃい、はえでふん……」

 

 「ふ、ふみまひぇん……」

 

 そう言うや否や樹の後ろに回って肩やら首やら腕やらをマッサージしだす友奈。そのあまりの気持ちよさから意図せず矯声のような声が出てしまう。年上の妹のそんな声を聞くことになってしまった新士は珍しく微妙な顔をして呆れを隠せない。しかし別に彼女も出したくて出したくて訳ではなく、友奈の手腕が凄まじいモノだから故のことなのだが。

 

 そんな会話をしていると友奈が既に彼の背後へと回り込んでおり、拒否する間も無く妹と同じ運命を辿る。彼女程大きくはないが気持ち良さげな表情と声をしてしまった事が恥ずかしいのだろう、流石の彼も顔を赤くしていた。周囲の者達も皆顔を赤くしたり苦笑いしたりとしている。

 

 が、上空では大惨事の一言。美森と須美の2人がだくだくと鼻血を出しており、楓は苦笑い。彼女達の奇行というか反応に慣れている為、普通ならドン引きするところだろうがその程度で済んでいた。実のところ杏も怪しかったのだが、何とか平静を装っていた。

 

 「やいバーテックス! 愛する弟と妹のあんな声を聞いた上に攻撃までしてもらったんだから大いに感謝しなさいよ!! で、様子はどうよ? 棗」

 

 「何をバカな事を言ってるんだ姉さん……」

 

 「ああ、確実に効いている。あれだけの傷だ、そろそろ倒せるだろう。丸亀城奪還まであと少しだ」

 

 「……ふう、やっと血が止まった。前回の戦いでは、敵に攻撃する度に星屑が吐き出されていた……なら今回もきっと」

 

 「こっちもやっと止まりました……はい、きっと堅牢なだけでなく、何らかの動きや行動に変化があると思います」

 

 右手の大剣をスケルツォに向けながら高らかに言い放った後に棗に問う風。棗が言うとおり、そろそろ倒せてもおかしくはない、そう思わせる程に敵は傷だらけであった。例え与えられるダメージに制限があり、大したダメージを与えられずとも塵も積もればなんとやら。反撃も何もないのだ、このまま行けば問題無く倒せるだろう。

 

 だが、誰1人として問題無く終わるとは考えていない。そもそも、今回の敵はその固さを考えてもあまりに動きが無さすぎた。不信、疑問、疑惑。そう言った感情を持つのは仕方ないだろう。手で鼻血を拭った美森と須美がそれぞれの考えを口にした時、遂に敵に動きがあった。

 

 「前と同じオーラ……ダメージが一定量を越えたから? ともかく、“オーラを纏ったバーテックスが現れる”というパターンに入ったみたいね」

 

 「手負いの獣は危ないものよ。あれが獣かどうかはおいといて、気をつけていきましょ」

 

 「ようし、一息ついたら仕掛けるわよ!」

 

 「これだけ勇者が多いと周囲に注意してくれる人が多いから、あたしも安心して突っ込めるなぁ」

 

 「気持ちは分かるけど、あんまり突っ込みすぎないようにねぇ」

 

 「銀ちゃん、楓君が言うようにあんまり突っ込みすぎちゃダメよ」

 

 現れたのは爆撃してきた小型バーテックス達。それが前回と同様のオーラを纏いながら出てきたのだ。見た目こそ同じだが、オーラを纏っているせいか感じられる力は強い。とは言え、言ってしまえばその程度。加えて編隊を組むように次々と出てきているが、そこから動くことはなかった。

 

 怯むこと無く、平常心のまま小休止する勇者達。樹程息が乱れている訳ではないが、堅すぎる敵に攻撃し続けた為に武器を持つ手が痛んだりしている。敵が準備を整えている内に、勇者達も息を整える。そして相変わらず突撃思考な銀に絨毯の上から楓と美森がそう言った時だった。

 

 「分かってるよパパにママ」

 

 「ママって、もう……」

 

 「楓くんと東郷さんの子供役は私……だから銀ちゃんは私の妹だね!」

 

 「ふふ、そうだねぇ。友奈、妹の面倒をしっかりと見てあげてねぇ」

 

 「あなた、2人をあんまり甘やかしちゃダメよ? 最近は2人共成績が落ちてきているんだから」

 

 「まあまあ。勉強も大事だけど、元気なのが1番だろう?」

 

 (ノリで言ったけど、楓さん達の夫婦漫才が板につきすぎてないかな? 須美と新士が将来こんな言い合いをすんのかー……うーん、ちょっともやもやする)

 

 ノリで銀(小)が言った事を皮切りに始まる夫婦漫才のような寸劇。友奈も加わり、いつかの続きだと言わんばかりに自然と繰り広げられるやり取りに勇者部はまたか……と思い、他の者達はその自然さに驚き半分、仲の良さと息の合い具合に微笑ましさ半分と言ったところ。

 

 「あはは、何だか面白いことやってる。じゃあ私も……千景ー、帰ったぞー」

 

 「えっ!? ち、ちかっ……お、お帰りなさい」

 

 「いやいや、今日も会社が大変だったよ。上司の楓さんにフォローしてもらっちゃってね」

 

 ((自分(楓君)と同じ会社の設定なんだ……))

 

 「お、お疲れ様……えーと……」

 

 「そういう時は“お風呂が沸いてます”とかでいいんじゃないか?」

 

 「ああ、そういうフレーズみたいなの聞いたことあるねぇ。ご飯にする? お風呂にする? それとも……って奴」

 

 「そうか……それが普通なのね」

 

 (そのフレーズ、神世紀にもあるんだ……)

 

 そのやり取りを見て自分もやりたくなったのか高嶋が楓と同じように夫役として千景に話し掛け、千景はいきなりの事に驚きつつ、かつ満更でもない様子で妻役として返す。高嶋の中の設定では自身と楓は同じ会社の上司と部下らしい。

 

 慣れていないのか言葉が続かず詰まる千景に若葉が助け船を出し、楓が聞き覚えのあるフレーズを口にすると千景は成る程と頷く。彼の後ろでは杏が神世紀にも西暦時代に聞いたことのあるフレーズがまだあると知り、ふむふむと頷いていた。

 

 「……! 友奈、さっき私にしたみたいに千景をぎゅっとしなさい」

 

 「OK! ぎゅーっ!」

 

 「あっ……た、高嶋さん……!」

 

 「ふしゅー……イイモノ、見せて貰ったぜ。アマっち、わたしもぎゅーっと!」

 

 「はいはい、ぎゅーっとね」

 

 「わーい♪ はふぅ……世界には素晴らしいモノが溢れているんだね~。園子、がんばる」

 

 「あんずに負けず劣らず、園子も暴走というか爆走するよな」

 

 千景達を見ていた雪花は何かを思い付いたようにニヤリと笑った後にすすす……と高嶋の後ろに近付き、耳元でボソボソと囁く。すると彼女はそれに従い、満面の笑みでぎゅっと抱き付く。無論、夫婦のようなやり取りだけで赤くなるほどの千景だ、そんな事をされれば嬉しさと恥ずかしさでぐるぐると目を回し始めた。その手は抱き締め返すべきかどうか悩むようにわたわたと動いている。

 

 仲睦まじいゆりゆりとした姿に満足げに目を輝かせて息を吐く園子(小)。当然と言うべきか、その後は触発されたように新士に向かって両手を広げ、彼は慣れたように恥ずかしげもなく抱き締めた。再び満足げに息を吐き、その温もりを満喫する園子(小)。そんな彼女を、球子は杏の暴走を思い出してか少しげんなりとした表情で見ていた。

 

 「ふふっ……よし、リラックスした所でぶつかりましょうか。行きましょう、皆」

 

 「やいデカブツ! お前が居座ってるのはタマ達の家なんだ、返してもらうかんな!」

 

 「ほら、あんた達もいつまでも抱き着いてないで行くわよ! 若葉達の大事な場所、取り返してあげなきゃね!」

 

 「分かったよ姉さん。のこちゃん、銀ちゃんも行くよ」

 

 「は~い♪」

 

 「銀様にまっかせなさい! このもやもや、ぶつけてやる!」

 

 (ああっ、折角の小学生カップルのくんずほぐれずが! カメラなんて無いからもっとこの目に焼き付けておきたかったのに……いえ、これから先もまだまだチャンスはあります。その為にも戦わなければ! この先の展開が見られない!)

 

 (またあんずが暴走している気がする……)

 

 そうして再開される戦闘。相変わらずスケルツォ本体は動かない。だが粗方倒していた敵は増えており、オーラが伴う小型バーテックスも出てきている。だからと言ってやることは変わらない。敵を倒す。そして風が言うように若葉達の大事な場所を、丸亀城とその周辺の土地を奪還する。その為に、戦うのみ。

 

 「行くよー! 炎の……勇者キーック!!」

 

 「結城ちゃんなにそれ!? カッコいい! よーし私も……1000回は流石に今は無理だから10回! 勇者パーンチ!!」

 

 「あたしの専売特許が!? これは火の玉ガールとしては負けていられないですね!! うおりゃああああっ!!」

 

 友奈は高く飛び上がり、いつかのように炎を伴う飛び蹴りで地上まで突き進み、その方向に居る敵と周囲の敵を一気に撃破する。その姿に目を輝かせた高嶋も1発1発の威力が高い連続勇者パンチを繰り出して目の前の敵を屠る。同じように炎を出した彼女を見た銀は負けん気が刺激され、対抗するように両手の炎を吹き出す斧を振り回して殲滅していく。

 

 「杏達、歌野達の邪魔はさせん! はあっ!!」

 

 「樹達に近付くな。バーテックス……花により散れ!!」

 

 「タマ達の家から出ていけ! りゃああああっ!!」

 

 本体を攻撃することなく、近付く敵を切り裂いていく若葉。棗も本体を攻撃する勇者達を守る為にヌンチャクを振り回して獅子奮迅の動きを見せ、球子が投げる旋刃盤が射線上の敵を両断していく。

 

 「そろそろ数が減ってきたわね。もう一息よ!」

 

 「上空の敵もかなり数を減らしました。後は本体をどうにかすれば!」

 

 「ええ、土地の奪還は間近。一気に決めましょう!」

 

 大剣を振り回していた風が戦況を確認し、増えた敵が殆ど殲滅されている事に気付く。同時に、それ以上数が増えていない事にも。いよいよもって敵の戦力も、この戦いにおいては底を尽きかけているらしい。矢を放って小型バーテックスを射抜いていた須美もそれに気付き、美森も目の前の敵を撃ち落として中の爆弾の爆発を確認しながら声を出す。

 

 「行くわよ樹! 滅多切りよ!!」

 

 「は、はい! ええーい!」

 

 「のこちゃん、合わせて!」

 

 「うん! アマっちとのコンビネーションだよ!!」

 

 夏凜がスケルツォの巨体に向かって飛び上がり、二刀を振るって切り刻む。その上から樹のワイヤーが鞭のように振るわれ、重ねるように切り裂く。別方向からは新士と園子(小)が走り寄り、息を合わせて交互にダメージを与えてく。

 

 「私達もフルアタックよ! やああああっ!!」

 

 「い、今は集中しないと……ふっ!!」

 

 「顔は赤いままだけどしっかりやる千景は流石だにゃあ。私もしっかりやらないと、ねっ!!」

 

 夏凜と同じように飛び上がり、落下する間に怒涛の乱打を浴びせる歌野。未だに顔は赤いままだが直ぐにキリッと表情を改め、大鎌を振るって巨体を傷付ける千景。そんな彼女を微笑ましく思いつつも自身のやることはしっかりやると素早く槍を投げ続ける雪花。

 

 「私も……楓さん。私を強化してくれませんか?」

 

 「杏ちゃん? それは構わないけれど、一撃を強くしても」

 

 「いいえ、東郷さんや友奈さん達の場合は確かに一撃の強化でした。ですが私のボウガンはボウガンとは思えない程の連射が持ち味です。恐らく、強化してもそれは変わりません」

 

 「成る程……今の状況にうってつけな訳だねぇ。なら、やるよ」

 

 「はいっ! ……!? これは、ボウガンが変化してる……? 東郷さんの時は光に包まれただけだったのに……」

 

 そして上空では杏が美森と同じように楓の前に移動し、楓は絨毯を敵よりも上空へと動かしてから彼女の両肩に手を置く。水晶から光の糸が伸び、それは杏の持つボウガンを包み込んだ。本来ならこれで終わる所だが、今回はボウガンに変化が起きる。

 

 白い光がボウガンの銃身を伸ばし、本体も光によって一回り大きく、神々しく輝く。なぜ美森の狙撃銃の時とは違ってボウガンがこのような変化をしたのか疑問に思う杏と楓だったが、その2つの武器には違いがある。それは、勇者に合わせて出来た武器か、神話の武器かという違いだ。

 

 楓の魂は神の力を強くする。そして楓の光による強化とは、実際の所勇者達の神樹の力……つまりは神の力を強化している。神の力を勇者服や武器という形で纏う神世紀組とは違って、西暦組の持つ武器は神の力そのものと言ってもいい。つまり、西暦組と神世紀組では武器が持つ神の力に差があり、西暦組の方が強化幅が大きいということ。謂わばこの武器の変化は、一時的ながら楓の強化によって一段上の力を得た事による“進化”と言っていいのかもしれない。

 

 (それに、安心する暖かさを感じます。友奈さん達が感じていたのは、この暖かさなんですね。誰かに手を繋いで貰っているかのような……優しく手を引かれているような……この肩に置かれている手と同じ、ホッとするような暖かさ……)

 

 「……ともかく、強くなったことだけは確かだねぇ」

 

 「そうですね。持っているだけその強さが分かります……皆さん! 私達の射線上から離れて下さい!」

 

 ボウガンの光から伝わる暖かさに、思わず杏の頬が緩む。だが直ぐに真剣な表情になると狙いを定め、引き金に手をかけながら仲間に声をかける。仲間達も杏の武器の変化に気付くと少し驚いた表情をしつつも直ぐに従い、その射線上から離れる。そして全員が離れた事を確認した杏は、躊躇うことなくその引き金を引いた。

 

 

 

 「これで……終わらせます!!」

 

 

 

 瞬間、比喩表現ではなくボウガンから光の矢の雨が放たれた。それは残っていた中、小型の敵とオーラを伴う敵を呑み込み、スケルツォの巨体すら覆い隠すほどの密度で樹海へと降り注いだ。さながらそれは矢のスコール。もしくは雨ではなく滝と表現してもいいだろう。

 

 時間にして十数秒程樹海に降り続けた光の矢は、勇者の力故に決して樹海の木を傷付けることはなくバーテックスのみを打ち続けた。そしてその雨が止んだ時、そこには中、小型とオーラを纏ったバーテックスの姿はなく……スケルツォもまた、虹色の光となって天へと消えていく所だった。

 

 光が霧散し、元の状態に戻ったボウガンを下ろし、杏は一息を付く。そしてその数秒後、樹海に勇者達の勝鬨の声が響き渡るのであった。




原作との相違点

・夫婦漫才再び。家族が増えたよ!

・新士がゴッドハンド友奈の餌食に。女の子のような少年の嬌声に需要はありますか?

・強化攻撃第3段。多分4ゲージ、全体攻撃、時ペア攻撃速度100%上昇、移動速度50%低下とかその辺

・他の相違点? 探せば幾らでもあると思います←



という訳で、原作7話の戦闘決着というお話でした。敵が硬い云々は原作通りなんですよね。ぐんちゃんのダメカや制限の説明は分かりやすかったでしょうか?

強化攻撃西暦組2人目は杏。ボウガンの変化、進化はモンハンの軽弩が重弩(ヘビィバレル付き。但し取り回しは軽弩と同じ)になったようなモノです。私は軽弩(通常LV2速射好き)と操蟲棍使いでした。杏の滝のような矢の雨はFGOの弓アタランテ、もしくはオルトリンデ(ワルキューレ)の宝具辺りを想像して下さい。

次回は原作7話の最後を書きつつ、8話に入るか……もしくは何か別の話を挟む予定です。所属から何かゆゆゆいに差し込むか、HとEXで見られる日常を書くか悩み所ですな。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)



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花結いのきらめき ― 18 ―

また長らく間が空いてしまい、本当に申し訳ありません。ようやく更新でございます(´ω`)

連日の猛暑、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は相変わらず直射日光の下、マスクによる息苦しさを感じながらの配達でグロッキーです。いやホント辛い←

ゆゆゆの第3期、大満開の章が放送されるとのことでテンション爆上がりしました。内容次第では、煌めきの章で終わる予定の本作が更に続くことになるかもしれません。望む声あらば、ですが。

fgoも5周年。普段爆死報告ばかりしてる私ですが、遂にこれまでの爆死を払拭出来ました。キャストリア……来てくれてありがとう。福袋はスカディ狙いでしたがメイドとふじのんが。メイドよりふじのん嬉しい。凶れ。

他にはロスワで人生初の天井(諏訪子)を経験。テイルズ……ダオス来てくれませんかね。

それでは本編、どうぞ。


 「やったやった! 倒したよ! お役目達成だー!!」

 

 高嶋さんが両手を上げて全身で喜びの感情を表す姿を見て思わず笑みが溢れる。あの厄介な相手を下し、土地を奪還した自分達は樹海から戻ると丸亀城の敷地内に居た。こうして丸亀城を見るのは何年ぶりかねぇ。普段は用事もないし行く予定も無いから、本当に久しぶりに見た。

 

 「丸亀城と周辺地域、奪還だな。皆、良くやってくれた! 特に杏と楓、最後の攻撃は見事だったな!」

 

 「大変だったけど、取り戻せたからオッケーだ。ナイスファイトだったぞ千景」

 

 「土居さん、あなたも。伊予島さんと楓君も」

 

 「自分は強化しただけですけどねぇ。まあ、そう言われて悪い気はしませんけどねぇ」

 

 「千景さん……楓さん、そんな事ないですよ。最後のあの攻撃は、私達2人の力ですから」

 

 「そうね、楓さんもそうだけど、今回は樹や杏が頑張ってくれたわ。2人とも完成型勇者に1歩近付いたわね」

 

 「あはは、2人で誉められたね」

 

 「うん、嬉しいね」

 

 自分が最後にしたのは杏ちゃんの強化だけなんだが、誉められて悪い気はしない。それに若葉さんが言った通り、最後の杏ちゃんの変化? いや、進化かな。進化したボウガンから放たれた光の矢の豪雨。強化したとは言え、凄まじいまでの攻撃範囲と量だった。今後の敵を掃討する時の強力な切り札になるねぇ。

 

 皆から誉められて嬉しそうに笑う2人を見る。今回、手数が必要だった戦いで大いに活躍したのは間違いなくこの子達だ。やはり自慢の妹とその妹によく似ている子だと思う……こう考える辺り、やはり自分も姉さん同様にシスコンなのだろうねぇ。

 

 「……ぐすっ」

 

 「そこで泣くな。おめでたいんだから」

 

 「最近弟達の活躍がめざましくてねぇ……凄く嬉しいけどちょっと寂しい」

 

 「樹の成長よりあんたの妹、弟離れの方が大変そうだわ……」

 

 「楓と樹からはしばらくは離れないわよ!!」

 

 「“しばらく”が“ずっと”じゃなきゃいいんだけど……ねぇ? 棗」

 

 「……樹は可愛いし、楓は頼もしいから、気持ちは分かる」

 

 そう考えていると何故だか姉さんの涙声が聞こえてきたのでそちらを向くと、何やら夏凜さんと会話をしている。距離も近いので全部聞こえたのだが、内容を聞いている思わず苦笑いをしてしまう。

 

 姉さんの妹、弟離れ……あまり想像がつかないねぇ。自分が養子として家を出たこともそうだし、両親の事もある。まだ散華があった時の事もある。姉さんが言うように、しばらくは姉さんからも、そして自分達からも離れることはないだろう。いつかは離れることになるのだろうが……それまでは姉弟3人で楽しく暮らすことになるだろうねぇ。

 

 「皆さん、お疲れ様でした! ……そのっち、さっき転びそうになってなかった?」

 

 「良いものを見たせいではりきり過ぎて~……アマっちに支えてもらったから良いものが倍プッシュなんよ~♪」

 

 「気をつけてねぇ、のこちゃん。近くに自分が居なかったら須美ちゃんが言うように転んでたんだから」

 

 「は~い。でも転んでもアマっちが手を差し出してくれるよね~?」

 

 「勿論だとも。でも転ばないに越したことはないからねぇ」

 

 「……なぁ新士。それって須美とか……あたしとかが転んでも?」

 

 「うん? 当然じゃないか。誰が転んでも、自分は手を差し出すよ。立てる? ってねぇ」

 

 「そっか。うん、もやもやがどっか行った!」

 

 「銀ったら、急に何聞きだすのよ……」

 

 須美ちゃんの言葉に全員で返事をした後、小学生組は4人で会話し始める。聞こえてきた会話によれば、自分は気付かなかったが小のこちゃんが転けそうになったらしい。そこを小さい自分が助けたとか。自分にも覚えがある。以前ののこちゃんは抜けていることが多かったしねぇ……いや、今もちょっと怪しいかな。

 

 その後の銀ちゃんの言葉は……まあ、触れないでおこう。それは今の中学生の自分が触れるべき所じゃないしねぇ。あの子達の問題はあの子達の本来の時間の中で解決していく。そうして過ごした時間の先に、今の自分達が居るのだ。

 

 「いいなぁ、仲良し4人組。何かにつけて集まるし、青春してるし……微笑ましくてカワユイ」

 

 「お疲れせっちゃん!」

 

 「結城っち、歌野、おっつー」

 

 「勝ったのにリトル暗くない? なんかダメージ受けてたって事はないよね?」

 

 「ん、全然平気。痛がり屋なもので」

 

 観光用に置いてあるのだろうベンチに腰掛けつつ、皆の楽しげに会話をする姿を眺めていると今度は友奈達の姿が目についた。距離も遠くないのでその会話に耳を傾けていると、何やら友奈が嬉しそうな顔をして手を合わせながら雪花ちゃんに歌野ちゃんに続いて話し掛けていた。

 

 「でも優しいよね。さっきのぐんちゃんと高嶋ちゃんのやりとりで……ほら、高嶋ちゃんに」

 

 「別にそんな優しい訳じゃないって」

 

 「今日は帰ったらパーティーよ。楽しみね!」

 

 「うん! もっといっぱいお話しよう!」

 

 「……そうね」

 

 「よーし、凱旋じゃあ! ひなた達を喜ばせてあげましょ!」

 

 「ふぅ……そうだねぇ。皆、首を長くして待ってるだろうねぇ……ただ、ここから帰るとなるとそれなりに距離があるけどねぇ」

 

 「あ、確かにここ丸亀城だった! 大赦に頼めば車出してくれるかしら……」

 

 「自分の方から大赦の知り合いに連絡しとくよ」

 

 疲れから一息吐き、留守番している5人の事を思い浮かべる。今頃自分達が勝った事に気付いて喜んでいるだろうけど、自分達から直接伝えた方が喜びもひとしおだろう。若葉さん達にとってそれだけ思い入れがある場所らしいからねぇ。

 

 ただ、丸亀城から中学までは相応に距離がある。徒歩で帰るには少し遠いだろう。そう言うと今更気付いたかのように姉さんが驚き、他の子達もそういえば……と驚いた表情をしていた。そんな皆に苦笑いしつつ、姉さんに言ったように端末から大赦の知り合い……友華さんに連絡を入れ、車を手配して貰う。

 

 直ぐに車が来ることを伝え、端末をポケットにしまう。そうしているといつの間にか美森ちゃんと杏ちゃんが自分の側に来て心配そうにこちらを見ていた。

 

 「楓君、大丈夫? 随分と疲れているように見えるけれど……」

 

 「うん? まあ、確かに樹海に居た時より疲れてはいるねぇ。動けない程ではないけど……まあ、理由は想像がつくけど」

 

 「やはり、あの強化の反動でしょうか? あれだけの強化が出来るのですから、大元である楓さんが疲労感を感じるのは分からなくないのですが……」

 

 「原因はやっぱり、前とは違って今回は2回使ったからかねぇ」

 

 「同時に2人を強化するより、同じ戦闘中に別々に分けて強化する方が疲れてしまうのね……使いどころは考えないといけないわ。楓君が疲れて動けなくなっては困るし、心配だもの」

 

 3人で顔を見合せながら考える。前回の戦闘では、自分は友奈と高嶋さんを同時に強化した。今回は美森ちゃんと杏ちゃんの2人を別々に強化した。強化する回数が増えたことで前回以上に疲労感が増したという考えは恐らく正しいだろう。

 

 1回なら特に問題はない。2回でも、勇者に変身している最中は大丈夫だった。こんなに疲れているのは戦闘の疲労と強化の反動が重なり、加えて変身時程の身体能力も無くなったからだろう。強化は強力な力だが、相応に制約があって使いどころに困るねぇ。そう思って苦笑いしていると、杏ちゃんが難しい表情を浮かべて自分を見ていた。

 

 「……恐らく、楓さんの強化が使えるのは最大で3回が限度だと思います」

 

 「杏ちゃん? なんでそう思ったんだい?」

 

 「戦いが終わった後、楓さんの左手の水晶にある……ゲージ、だと思うんですが、それが5つの内4つ無くなっていたんです」

 

 「満開ゲージのことね。杏ちゃんの言葉が正しいのなら、楓君の強化は1回につき満開ゲージを2つ消費していることになる……でも、それだと1つ余るから2回が限度になるんじゃ……」

 

 「いや、多分杏ちゃんの言った3回で合っているよ。無理をすれば、だけどねぇ」

 

 自分では気付かなかったが、杏ちゃんが見間違ったとも思えない。満開ゲージが4つ減っていたのも本当だろう。強化が美森ちゃんが言うように1回につき2ゲージ消費するのであれば2回しか使えないことになるが、残った1ゲージと自分の勇者の力を使いきるつもりでやればもう1回くらいは出来るだろうという確信がある。

 

 だが、3回目を使った瞬間に自分がどうなるのかわからない。最悪の可能性は使った瞬間に変身が解けてしまい、かつ動けなくなるパターン。疲労のあまり気絶してしまう可能性だってある……どこかで最悪に備え、試しておくのも良いかもしれない。

 

 「……まあ、この話は一旦置いておこう。今は純粋に丸亀城と周辺を奪還出来た事を喜んでおこうか」

 

 「……そうね、今は考えていても仕方ないのだから。私もお祝いのぼた餅を沢山用意しなきゃね」

 

 「ありがとうございます、楓さん、東郷さん。ぼた餅、楽しみにしていますね」

 

 そこで会話を終え、自分達は友華さんが寄越してくれた大きなワゴン車に乗って讃州中学に戻るのだった。その道中に3人で会話した内容を伝え、強化は2回で止めておくこと、そしてどこかで3回使うとどうなるかを試す事を決めた……渋る姉さんと樹を説得するのに少し時間はかかったけどねぇ。

 

 そして、帰った後のパーティーは寄宿舎の方で行われる事になり……皆で喜びを分かち合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 「レクリエーションをしないか?」

 

 丸亀城奪還から数日後のこと。若葉のその言葉は部室に居る全員の耳に届いた。

 

 「レクリエーションって、また唐突ねぇ若葉。具体的には何すんの?」

 

 「ズバリ、模擬戦だ。ここ最近、我々は土地の奪還を続けて成功させている。それは喜ばしい事だが、成功に浮かれてばかりも居られない。そこでだ、1度気を引き締める為にも全員で模擬戦を行ってみないか?」

 

 「なーる。確かに、連続して成功させているけど、それで次も確実成功する、なんて保証もないしね。いやまあ、失敗出来ないんだけどさ」

 

 「いや、レクリエーションっつってんのにそれで“模擬戦”ってどうなのよ。まあ私としては大歓迎なんだけど」

 

 「若葉ちゃんらしいですよね」

 

 「確かに。ところでその模擬戦ってチーム戦? バトルロイヤル?」

 

 「バトルロイヤルの予定だ。これだけの人数だ、いつどこから攻撃が飛んで来るかもわからない。戦場に近い緊張感を得られると思うぞ」

 

 腕を組んで首を傾げながら問い掛ける風に、若葉は部室の黒板にでかでかと“模擬戦”と書きながら答える。彼女が言うとおり、現状勇者達はその戦いの全てに置いて勝利を飾っている。危機という危機に陥ることもなく、戦場で楽しく会話する余裕すらある。だが、今後もそうなるとは限らないし、いささか緊張感に欠けている場面があるのも確か。

 

 雪花がうんうんと頷き、夏凜は模擬戦そのものには乗り気だが“レクリエーション”と言いながらその内容が模擬戦というのはどうなんだとジト目で若葉を見やる。ひなたは若葉に微笑ましげに笑いながらそう言い、その言葉が聞こえた歌野も納得しながら問うと若葉はグッと右拳を握りながらそう告げた。

 

 戦うフィールドは先日奪還した丸亀城の敷地内。建物の中に入るのを禁止し、他は敷地の外にさえ出なければ林に隠れようが屋根に登ろうが自由。安全面を考慮し、勇者に変身した状態で戦い、武装も本物ではなくレプリカを使う。因みに思い付いたのは奪還したその日であり、留守番組には既に話してあったとのこと。

 

 「模擬戦は分かりましたが、そんな事に丸亀城を使うのは良いんですか?」

 

 「大赦に聞いたところ、問題ないとの事です。貸し切りにする事も大丈夫みたいですし、模擬戦の為の武器のレプリカも直ぐに作ってくれるとか」

 

 「というかもう作って貰ったんよ~♪ はいこれ、フーミン先輩の武器のレプリカ。大赦の人達が楽しそうに作ってくれました~♪ 半日で!」

 

 「どっから出したその大剣!? さっきまで持ってなかったでしょ!? ていうかこれ半日で作ったの!?」

 

 「凄いねぇ、本当に姉さんの大剣そっくりだよ。あ、でも軽い……レプリカはレプリカということかねぇ」

 

 「私のボウガンなんかもありますね。流石に矢は普通の先端がゴムになってる物ですし、普通のボウガンみたいにしか射てないようですが……」

 

 「お、タマの旋刃盤もあるぞ。刃の部分はゴム製なんだな」

 

 「あたしの斧もある! 新士の爪付きの手甲と須美の弓矢、園子の槍も……あれ、でも流石に槍の先が飛んだりはしないよな」

 

 「ミノさんの斧も火が出たりしないよね~。アマっちの爪も飛ばしたりは出来ないのかな~?」

 

 当然と言うべきか、かつて初代勇者である若葉達が過ごした丸亀城の管理は大赦が行っている。その為、貸し切りにすることは充分に可能であった。園子(中)のコネもあり、模擬戦を行う為のアレコレは既に完了しているらしい。そのアレコレの1つとして、模擬戦に使う為の武器のレプリカの作成があった。

 

 どこからともなく園子(中)が出したのは風の武器である大剣。見た目も本物と変わらない出来映えは大赦の人達の熱意の塊である。風のツッコミを余所に楓が試しにと園子(中)から受け取って持ち上げてみると見た目に反して片手で持てる程に軽い。流石に重さまでは再現出来なかった……もしくは安全面を考え、あえて再現しなかったのだろう。

 

 楓が大剣を見ている間に他の勇者達の武器のレプリカもテーブルの上に並べられており、皆自分の武器の前に立ってそれぞれ触る。レプリカは本来の戦いの際に扱う武器とは違い、見た目は同じでも常識の範囲内の使い方しか出来ない。杏のボウガンのように連射は出来ないし、銀達のように炎が出たりはしないのだ。

 

 「更に、だ。レクリエーションと言ったからには楽しむことも重要だろう。そこで、模擬戦で最後まで生き残った者は他の者に何か命令を下せることにする。勿論、敗者はその命令をちゃんと聞かなければならない」

 

 「バトルロイヤルと王様ゲームを合わせたような感じなんですね」

 

 「命令って何でもいいの~? ご先祖様~」

 

 「勿論だと言いたいが、流石に常識の範囲内で頼むぞ」

 

 「この模擬戦に参加出来ない巫女の人やのこちゃん、銀はどうするんですか?」

 

 「ひなた達にも楽しんで貰いたいからな、5人は模擬戦前に誰が生き残るかの予想をしてもらい、的中すれば命令権を得られる事にしようと思う。但し、途中で対象を変更するのは無しだ」

 

 「バトルロイヤルと王様ゲームに競馬かボートレースみたいなのが追加されたわねぇ……」

 

 若葉の話を聞き、風のツッコミの後に各々がしたい“命令”の内容を考え始める。楽しげに笑う者、怪しげに笑う者、一部の存在に熱視線を送る者と十人十色の表情を見せる。それぞれの内心は分からないが、少なくとも若葉が言う“楽しむこと”は出来ると考えていいだろう。

 

 尚、園子(中)と銀(中)が参加出来ないのは未だに彼女達が勇者へと変身出来ないからだ。安全面から変身した状態でやると言っている以上、変身出来ない彼女達は模擬戦に出られない。よって巫女の3人と予想をする側に回ることになる。

 

 「長々と説明したが、レクリエーションの概要はこんな感じだ。それで、どうだろうか?」

 

 改めて若葉に問われた部室に居る者達の返事は、当然のように是であった。

 

 

 

 

 

 

 レクリエーション当日、私達は丸亀城に集合していた。戦わない私達はお城の中に入り、周囲を見渡せるように最上階の窓から模擬戦の観戦をする。窓の外を見て視線を下に向けると、そこには既に勇者へと変身した皆の姿があった。

 

 「さて、今から始める訳だが……その前に、改めてルールを説明するぞ」

 

 若葉ちゃんの凛々しい声はよく響き、最上階に居る私達の所にまではっきりと聞こえる。まず、戦う場所はこの丸亀城の敷地内全域。但しお城の中には入ってはいけないし、敷地の外にも出てはいけない。林の中やお城の上に乗るのは構わないけれど、なるべく傷付けないようにすること。中に入るか外に出るかした場合は即失格。

 

 攻撃が一撃でもクリーンヒットしたら撃破判定、リタイア。但し精霊バリアが発生してしまった場合は命を奪いかねなかった危険行為ということで攻撃側が反則としてリタイア。リタイアした場合はその証として変身を解除すること。勿論、リタイアになってないのに変身を解除していたらその時点で失格。死んだフリからの騙し討ちは出来ないって事だね。

 

 勿論、端末のレーダーによる位置の特定も禁止。勇者同士で連絡を取り合うことも禁止。その他の戦闘面でのルールは特に無しの何でもあり。一時的に共闘したり、誰かが戦っている最中に乱入したり、乱入せずに隙を見て漁夫の利を狙ったりなんかも当然あり。この辺は皆の性格によるかな。

 

 私達留守番組は事前に勝ち残ると予想した人の名前を紙に書いて箱の中に入れてある。そして、私達はお互いに誰の名前を書いたか分からない。応援したい人を書いたかのか、それとも勝ち残りそうな人を書いたのか。私は勿論か、えで、くんにした……いい加減、詰まらずにちゃんと名前を呼べるようになりたいな。

 

 (それにしても……この世界に来ても()()()()()()()()()()()んだね)

 

 眼下でレクリエーションを行う皆が若葉ちゃんの説明を聞いているのを見ながら、私はそう思う。私がまだ“私”としての意識を持たず、“私達”でしかなかった時の話。若葉ちゃん達は知らないけれど、彼女達が呼び出された時間軸の更に進んだ日に、彼女達は今のようなレクリエーションという名の模擬戦をしたのだ。発案は同じように若葉ちゃんだった。

 

 “私達”は知っている。今程はっきりとした意識は持っていなくとも、人間の事を守り、見てきたのだから。“私”は知っている。彼女達が勇者として戦ってきた日々を、その思いを。今程の意識を持ち、もっと彼女達の事を知り、寄り添えていたならばと今になって思う。もう、意味のない考えだけど。

 

 (後悔先に立たず、だっけ。人間って上手いこと言うよね……でも)

 

 自嘲気味に笑った後に、私は戦いを始める準備の為に変身して散り散りにその場から去っていく皆の姿を見る当時の場合、そこには色々な思いがあった事を知っている。同じ人間に対する不満や先の戦いへの不安を感じ、だからこそ少しでも楽しもうとしていた当時。だけど今回は気を引き締める為であり、同時に皆楽しみで仕方ないとばかりに笑顔を浮かべていた。

 

 やろうとしている事は同じなのに、まるで違う心境。皆真剣に、だけど楽しんでいるんだろう。そんな姿を見られる事が、今の私は本当に嬉しく思うんだ。そうして楽しむ皆の輪の中に入ることが出来るのが……とても、嬉しいんだ。

 

 皆が散り散りになって姿を隠すなり石垣の上で待ち構えるなりをした頃、ひなたちゃんがメガホンを手に窓際に近寄る。彼女が始まりの宣言をした時点で、模擬戦は始まる。私自身が戦う訳じゃないのに、何故かドキドキとしている。そうして、彼女が宣言をする直前に私は思い出した。当時の勝者は確か……。

 

 「皆さん、準備はいいですね? それでは! 勇者王決定戦……」

 

 

 

 杏ちゃん、だったなぁって。

 

 

 

 「開催ですっ!!」

 

 

 

 そしてどこからか、何かがぶつかるような音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 皆が散り散りに動く中、若葉は威風堂々と来る者を迎え撃つつもりで居た。鞘に入れたままのレプリカの刀を手に、戦意を漲らせる。目指すのは当然、自身の勝利。西暦の四国勇者のリーダーとして、レクリエーションの発案者として、何より己の性格としても勝利以外目指すつもりはない。そんな彼女の正面に堂々と立つ者が1人。

 

 「皆と同じように隠れないんだな、風さん」

 

 「アタシの武器の大きさだと隠れにくいのよねぇ。それに、そもそも隠れたり不意打ちしたりってのも性に合わないし」

 

 「成る程、私も同じだ。ならば、正々堂々戦いましょう」

 

 「……静かな、それでいて力強い闘志を感じる。ふる……勿論よ」

 

 若葉は刀の柄を握り、居合いの姿勢を取る。風はくるりと右手で大剣を一回転させた後に肩に乗せ、不敵な笑みを浮かべる。恐らくこの模擬戦のせいで妙なテンションになっているのだろう。弟が見ていたら嬉々として弄りに行ったのだろうが、幸か不幸かこの場には今は2人以外居なかった。そして、ひなたの宣言が響き渡り、レクリエーションと言う名の模擬戦が始まった。

 

 「正々堂々、全力でいかせてもらう!! 先手必勝よ!!」

 

 「来い! 風!」

 

 跳び上がってから大剣を振り下ろす風。その迎撃の為、大剣に向けて刀を振り抜いてぶつける若葉。開幕の一撃は、2人の武器のぶつかり合い……ではなく。

 

 「そのバトル、私も参加させて貰うわよ!!」

 

 「「っ、歌野!?」」

 

 ぶつかり合う瞬間、その戦いに乱入してきた歌野が2人の間に打ち付けた鞭であった。

 

 

 

 

 

 

 (あれは乃木さんと風さん……あんな見晴らしのいい場所で戦うなんて大胆というか、彼女達らしいというか……あ、白鳥さんも来たのね)

 

 その3人の戦いを少し離れた場所の林の中に隠れながら見ていた千景。ゲーム好きの彼女からしてみれば、人数が多く遠距離武器を持つ者も居るバトルロイヤルで見晴らしのいい場所で大立回りするなど自殺行為にも等しいと考えていた。だが、堂々と戦う2人にそんな感想を持ち、つい苦笑いが浮かぶ。

 

 とは言え、勝負は勝負。大鎌を手に息を殺し、3人の戦いを注視する。勿論、戦いの隙をついてどちらかを、あわよくば3人に一撃を当ててリタイアさせる為だ。そんな彼女の背後から近付く影が1つ。その影は何かを手にし、千景に向けて投げ付けた。

 

 「……っ!?」

 

 「うーん、おしい。寸前で気付かれたか」

 

 「……本当にギリギリだったわ、秋原さん。でも、武器を投げたのは失敗だったわね」

 

 だが、寸前で気付いた千景は振り返り様に大鎌を振り、投げ付けられた物を弾き跳ばし、投げてきた犯人の姿を捉える。そこに居たのは、口調は残念そうだが楽しげに笑っている雪花であった。内心で危なかったと冷や汗を掻く千景だったが、不敵に笑ってそう言った後に直ぐに彼女に向かって突っ込む。

 

 本来の武器ならともかく、今回の武器は全員がレプリカを使用している。普段なら雪花の投げた槍は直ぐに手元に戻り、連続して投げ付ける事が可能だ。しかし、レプリカなら自動的に戻るということは無い。つまり、今の雪花は手ぶらであり、無防備。そう思っていた千景だったが、大鎌を振り上げた瞬間に雪花が勢いよく右手を引いた事で驚きから目を見開く。何故なら、雪花の手に槍が戻ってきたからだ。

 

 「せぇい!」

 

 「くっ!?」

 

 大鎌が振るわれる前に槍を横薙ぎに振るわれるが、これまたギリギリ大鎌を盾にすることで防ぎ、ぶつかりあった衝撃で後ろに下がる。問題なく着地をした後、睨むようにイタズラが成功したような笑みを浮かべる雪花を見る。

 

 「……そう、槍に紐を付けているのね」

 

 「その通り。ちょっと練習が必要だったけど、それなりに形になって良かったよ。いつもみたいにとはいかないけどさ、投げても手元には戻ってくる。本来のスタイルには近付いてるでしょ?」

 

 「器用ね。でも、初見殺しでは無くなったわ。ここからは……」

 

 「最初の2回で当てたかったんだけど、やっぱりそう上手くはいかないか。私ってこそこそしながら攻撃するのは得意だったんだけど……まあたまには……」

 

 槍が戻ってきたからくりは、雪花の持つ槍の石突きから伸びている紐。石突きの中から出ているそれは最大10メートル程まで伸び、引っ張ると巻き尺のように槍の中へと収納される。これにより、雪花は槍を投げても手元に槍を戻すことが出来る。代わりに、射程は本来と比べると著しく短くなってしまっているが……今回の模擬戦であればあまり支障はないだろう。

 

 2回の奇襲を凌ぎ、凌がれた2人は改めてそれぞれの武器を構えて対峙する。一撃でも食らえば終わりのレクリエーションという名の真剣勝負。その目に宿るのは、共通して負けるつもりはないという意思。そして2人は、再びその距離を詰めた。

 

 「私のステージよ!」

 

 「正面からやってみますか!」

 

 

 

 

 

 

 「ど、どこから来るのか分からない……」

 

 林の中でキョロキョロと辺りを不安そうに見回しながら呟いているのは樹。彼女の武器は形状はともかくその使い方がレプリカでの再現が非常に困難であった為、特別に普段と同じ物を使うことになっている。これは全員承諾済みである。

 

 本来の武器であるということはつまり、単純な性能と威力なら彼女がトップであるということ。代わりに、やり過ぎる可能性が1番高いということでもあり、精霊バリア発生による反則負けが発生する可能性も1番高いということでもある。相手がどこから来るか分からないという状況、姉や兄、勇者部の仲間達すらも今回は敵ということを踏まえると、最も精神的に疲れているのは樹かもしれない。

 

 丸亀城の敷地は広い。どこからかぶつかり合う音が聞こえてくるが、どこで行われているのかまでは分からない。取り敢えずこの場から移動して誰かの姿を確認したい……そんな風に思って樹が動こうとした瞬間だった。

 

 「樹さんみっけ!」

 

 「えっ? えっ!? わわっ!?」

 

 「外した!? 新士! 園子!」

 

 「呼んだら奇襲の意味がないよねぇ!」

 

 「ちょ、ちょっと待っ、て!?」

 

 「お~、全部かわされちゃった。樹先輩凄~い」

 

 樹の頭上から、銀(小)が双斧を振り上げながら落下してきたのだ。そのまま振り下ろしてくるが、声を出してしまったからか寸前で気付いた樹は後方へと跳んでこれを回避。避けられた事に驚きつつ彼女が2人を呼ぶと、同じように頭上から爪を振るう新士、背後から槍を構えて突き進む園子(小)が現れた。

 

 しかし、これも樹はワイヤーを張り巡らせることで防ぐ。爪はワイヤーに当たって弾かれ、槍はワイヤーを叩き付けるように当てられて逸らされる。慌てながらも3人の連続攻撃を捌ききった樹はバクバクと早鐘を打つ心臓を胸の上から押さえつつ、目の前に居る3人を見る。

 

 「い、いきなりは酷いと思うよ……というか何で3人がかりなの!? ルール違反なんじゃ……」

 

 「いや、別に手を組むこと自体は禁止されてないよ? 連絡を取り合うのはダメだけどねぇ」

 

 「それに樹先輩の武器は厄介ですからね~。出来るだけ確実に倒しておきたいですし~」

 

 「なので、あたしらは手を組んで樹さん含め、中学生の皆さんを数の暴力で倒すことにしました!」

 

 「ええー!?」

 

 悪びれることもなく言ってのける3人に樹は驚きの声を上げる。確かに言われてみれば、手を組むことは禁止されていない。一時的に複数人でチームを作り、他の勇者を倒してから最後にチームの者で勝者を決める……そんな戦略もアリだろう。だがまあ、理解はしても納得出来るかは話が別だが。

 

 しかしながら、樹にとって状況は悪い……とは言い切れない。元々彼女の武器は攻撃範囲と対多数に優れている。バーテックスと人間では勝手が違うとは言え、充分に彼女の戦い方は通じる。ましてや相手の武器はレプリカだ、ワイヤーを切られるという心配もない。

 

 未だ驚きの気持ちと1体多という状況、小さい兄が敵側に居る事に不安があるが、樹は覚悟を決めて対峙する。そんな彼女の背後にある木の上に弓を携えた須美が息を潜めて居ることを、彼女はまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 「あんたとは1度本気でやってみたかったのよ! 棗!!」

 

 「ん、私も夏凜とは1度こうして戦ってみたかった」

 

 別の場所では、夏凜と棗が2刀とヌンチャクを振るい、激しい攻防を繰り広げていた。夏凜が仕掛ければ棗は防ぐなり避けるなりし、棗が反撃すれば夏凜もまた同じように防ぐなり避けるなりし、また反撃する。始まってそう経っていないにも関わらず、2人の応酬は3桁に届きうる。

 

 今回、夏凜は投げる用の短刀のレプリカを持っておらず二刀のみで参加している。普段のようにどこからともなく取り出す、何てことが出来ず常に持ち歩く必要があるからだ。ならばいっそのこと初めから持たずにおき、動きやすさ重視で行くことに決めたのだ。

 

 「はぁっ!! ちっ、流石に早々当たらないわね」

 

 「当たれば終わりだからな。こんなに早い段階で終わるつもりはない」

 

 振るう。防ぐ。振るう。避ける。振るう。弾く。時には拳や蹴りも飛んでくるが、やはりそれも当たらない。ほぼゼロ距離で武器を振るい合うかと思えば距離をおいて動き回り、示し合わせたかのように同時に近付いて再びぶつかり合う。夏凜は分かりやすく、棗は分かりにくいが確実に、お互いに楽しげな表情は浮かべて。

 

 「勝つのは私よ。この戦いも、模擬戦全体でもね!」

 

 「私も……負けないぞ!」

 

 そう宣言し、戦いの激しさを増していく2人。高まる戦意は際限が無く、ただ目の前の相手に勝つために己の武器を振るい続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「そう言えば、こうして組み手をしたりすることってなかったねぇ」

 

 「そうだね。だからちょっとわくわくしてるよ、私! でも大丈夫? 楓くん」

 

 「そうだよ楓くん。いつもの光じゃなくてその手甲だけなんでしょ?」

 

 また別の場所では、楓と友奈、高嶋が三つ巴の戦いを始めようとしていた。3人共に勇者となった後に、或いは勇者として戦う為の自主的な訓練こそしたことあれど、勇者同士で訓練することはなかった。故に今回の模擬戦は新鮮であり、お互いの力をぶつけ合うことに少し高揚感を覚えてもいた。

 

 そんな3人だったが、友奈と高嶋の2人に少し心配そうな表情が浮かぶ。楓は樹とは違い、再現が困難な武器故に自身の武器を使うということはせず、2人と同じくレプリカの手甲を使っていた。その為、本来の手甲を取り外しているので両手に水晶はない。光を使うことが出来ない為、本来の彼の戦い方とはかけ離れている。戦力が大幅にダウンしているとも言える為、2人が心配するのも分かるだろう。因みに、本来の武器は留守番組と同じく城の最上階に置いてある。

 

 「ああ、特に問題ないよ。確かに光が使えないから普段みたいな戦い方は出来ないけど……」

 

 「けど?」

 

 「だからと言って、自分があっさり負けるくらい弱くなるのかと言えば……そんな事はないからねぇ」

 

 「それってどういう……わわっ!?」

 

 「高嶋ちゃん!? うわっ!?」

 

 高嶋が言い終わる前に、楓が彼女に突っ込んで右足による回し蹴りを放つ。奇襲染みたその蹴りを高嶋は左手で受け止めるが、突然の攻撃と思った以上に威力があったのだろう、踏ん張りが効かずに吹き飛んだ。

 

 驚く友奈に楓は今度は彼女に向かって飛び掛かり、左拳を振るう。友奈は両手を✕字に合わせて受け止めるが、高嶋と同じように吹き飛び、その拳の重さに驚く。そんな彼女に、楓は普段のような朗らかな笑みを浮かべて言った。

 

 「自分は元々、友奈達みたいな格闘戦をしていたからねぇ……格闘技なんかも習っていたんだよ? 実践形式でねぇ」

 

 「し、知らなかったなー……でも、そうと分かれば全力でやるだけだもんね!」

 

 「あいたたた……やったなー! お返しの勇者パーンチ!」

 

 「おっと」

 

 「うわわわっ!?」

 

 着地した後、彼の言葉を聞いて友奈を思い出す。普段の戦闘スタイルがまるで違うので忘れていたが、楓と新士は同一人物だ。ならば当然、新士と同じ戦闘スタイルだったことがあるのだから格闘戦が不得意な訳がない。ましてや今は五体満足の状態なのだから。

 

 だが、そうと分かれば最早遠慮も心配も無用。この模擬戦という名のレクリエーションを楽しむ為にも全力を出すだけ。そう意気込む友奈だったが、先程吹き飛ばされた高嶋が戻ってきて楓へと勇者パンチを繰り出し、あっさり避けた事でそのパンチが自分に当たると悟った彼女が慌ててその場から飛び退く。

 

 そうしてお互いに距離が離れたことで、3人は再び構える。先のような油断は無い。3人が3人とも笑みを浮かべ、拳を握り締め……同時に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 そして、とある場所では。

 

 「それじゃああんず、東郷、作戦通りに頼んだぞ」

 

 「うん、任せてタマっち先輩」

 

 「ええ、此度の戦、我々に勝利を!」

 

 それぞれレプリカの旋刃盤、ボウガン、狙撃銃を手に話し合う3人の姿があった。その話し合いが終わったのか、球子は手を上げながら2人に背を向けてどこかへと走り去っていく。そして、その背中を見届けた2人は……。

 

 にんまりと、楽しげな笑みを浮かべた。




原作との相違点

・褒められる妹枠2人と一緒に楓も褒められる。姉はやはりブラシスコン。

・レクリエーション(模擬戦)をすることに。君達には◯し合いをしてもらいます。

・その他? 見れば分かるだろう! 原作に無い話ばかりだよ!←



という訳で、原作7話の最後と“のわゆ”からレクリエーションのお話でした。折角丸亀城の奪還が出来たので、思いきって煌めきの章に関係ないレクリエーションを投入。王様ゲーム的報酬の話も書くので、1話に纏める為にもさっくり終わらせる予定です。

レクリエーションの原点はのわゆですが、ちょっと所属の行進曲も混じってます。こういったことを出来るのが二次創作の良いところですね……のわゆのレクリエーション……次の戦い……球子と杏……うっ、頭が。

楓の強化についても少し設定追加。ゲージを使う点では原作勇者の章で風が残りのゲージ使って大剣強化して道を切り開きましたのでそこを意識しました。疲れるのは、ゲームだと強化魔法使えばMP消費しますよね? というノリです。まあ消費量が凄い訳ですが。

次回は模擬戦と報酬のお願いの話で纏める予定です。それが終われば原作8話に突入すると思います……模擬戦の結果とお願いは皆様「あっ(察し」となるかもしれませんが、お口にチャックで←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 19 ―

連日の猛暑に体力気力が削られダウンしていました……遅れて大変申し訳ありません。ようやく更新でございます(´ω`)

日中のカッパは雨の中であっても普通に死ねますね。むしろ雨の分湿気が酷くてジメジメして不快感凄いです。早く秋になって涼しくなぁれ。( 農)<秋はまだかああああっ!

ガチャは可もなく不可もなく。とは言え運は良い方ですね。水着はイリヤにキアラ様に紫式部と中々。アビーちゃんも限界まで狙います。ゆゆゆいでは雪花は残念ながら。狐耳欲しかった……狐キャラは私としても割と思い入れありますしね(分かる人は分かる

ラスクラはラグロボス様来てくれました。メモデフも新ユウキ、ドカバトではLRサイヤ人4悟空。ロスワはこいしが当たった。こいしが当たった(素振り)テイクレはユナ来て下さいお願いしますめっちゃ欲しいんです(土下座

さて、今回はレクリエーションの続きとなります。やはり戦闘シーンは書くの楽しいです。


 「お~、思ったよりひんやりしてる」

 

 「こらこら園子、何やってるんだ」

 

 「カエっちの水晶触ってるんだよ~」

 

 丸亀城の各地で戦いが勃発している最中、留守番組が居るお城の最上階の部屋で園子(中)が楓の手甲、その水晶をペタペタと触っていた。呆れた顔で言う銀(中)に対し、彼女はにこにこと笑いながら変わらずペタペタと触り続ける。

 

 「楓さんの武器については聞いていましたが、実物を見るのは初めてですね。私は若葉ちゃん達のしか見たことがなくて……」

 

 「私もうたのんの鞭しか……本当に色々あるね。こんな大きな剣とか、長い銃とか今日まで実際に見たことないよ」

 

 「あたしらも楓と須美の武器以外は1回くらいしか見たことないんだよなぁ」

 

 園子(中)の隣でまじまじと楓の手甲の水晶を見た後、ひなたは並べて置かれている勇者達の武器を見る。現在、彼女達の前には勇者達が使う武器の本物が樹の物を除いて丁寧に並べられている。戦いに行くことが出来ない彼女達にとってこうして皆の武器を見るのは貴重な体験でもある。

 

 水都もまた同じようにまじまじと武器を眺めていた。西暦を生きた彼女にとって、バーテックスと戦っている時でさえ武器を間近で見ることはそう無い。それこそ共に居た歌野の鞭くらいだろう。その為、目の前に並ぶ武器達……大剣に大鎌、刀、槍、斧等を興味津々に見ていた。

 

 勇者達の武器を見たことがない、という点ではある意味で園子(中)と銀(中)も似たようなモノ。散華が戻る前に参加した最後の戦いでしか勇者部の6人と共に戦わず、それ以降は戦いの無い日々。この世界に来てからも戦っていない。故に、過去の自分達と美森、楓の武器以外は初見に等しいのだ。

 

 「……おお、やっぱりカエっちの手ってわたしより大きいんだね~。手甲がぶかぶかだ~♪」

 

 「なんで着けてんの? 元のところに戻しなさい」

 

 「だってミノさん、カエっちの着けてる武器だよ~? 大きさとか重さとか温もりとか色々気になるよ~」

 

 「大きさと重さはともかく、温もりはどうなんだ……あ、本当に大きい……あたしもぶかぶかだ」

 

 「新士君の手甲は……あ、楓さんの物より小さいですが結構重いんですね。これをずっと着けたまま動いているんですか……」

 

 「勇者に変身すると身体能力が大きく上がるからね。多分、皆武器の重さとかは気にならないと思うよ」

 

 「うたのんも鞭をいっぱい振り回してもあんまり疲れてなかったなぁ……あ、皆。武器もいいけど、模擬戦も見ないと……」

 

 「そうでした! 若葉ちゃん達の勇姿をこの目とカメラに焼き付けなければ!」

 

 (ひなたと須美って結構共通点多いよな……カメラ撮るところとか、ちょっと暴走気味なところとか)

 

 そんな、模擬戦中の留守番組の微笑ましい(?)一幕。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、場所は丸亀城を正面から見て左側にある林。そこで戦っていたのは夏凜と棗の2人。両手の二刀を振るい続けて手数で攻める夏凜、ヌンチャクを自由自在に扱い、変幻自在かつ重い一撃を放つ棗。他の勇者達と比べ、遥かに多い攻撃の応酬を繰り広げていた2人だったが、何度目かのお互いの武器がぶつかり合った瞬間に同時に距離を離した。

 

 (流石にやるわね……)

 

 (やはり強い……一撃が遠いな)

 

 武器を構えつつ、内心で相手への惜しみ無い称賛を送る。手数では夏凜の方が上だが、棗はその全てを己の武器で受け、或いはかわしている。一撃の重さと攻撃の軌道の予測のし辛さでは棗が勝っているが、夏凜もまたその全てを二刀で防ぎ、或いは逸らし、かわしている。

 

 これまでの共闘で相手が強いことはお互いに知っていたが、こうして本気で立ち会ってみるとその強さに感服する。たった一撃当てられれば撃破扱いになるのに、その一撃が遥かに遠く感じられる程。しかし、2人に焦りはなく、むしろ笑みさえ浮かんでいる。

 

 「はぁっ!!」

 

 「ふっ!!」

 

 夏凜の右の刀による体を狙った突き。それを棗は右側に動いて避け、彼女の方に体を向けつつその勢いで左手に持ったヌンチャクを横薙ぎに振るう。しかし夏凜は着地と同時にしゃがみ込むことで避け、左手の刀を横一閃。その一閃は棗が後方に跳んだ事で避けられ、振った勢いそのままに追撃で振るった右の刀の一閃も両手で縦に構えられたヌンチャクによって受け止められる。

 

 直ぐに刀を引いた夏凜の顎目掛けて棗の右足が振り上げられるが、それは夏凜が上半身を逸らしてバク転をすることで避けられる。だが今度は彼女がそうしている間に棗が距離を詰め、お返しとばかりにヌンチャクを縦に振るう。しかしその一撃は夏凜が空中に居る状態で左手の刀を振るって弾いた。が、それは結果的に悪手となる。

 

 「もらったぞ!!」

 

 「なんっのこれしきぃ!!」

 

 空中という不安定な場所で重い一撃を弾いたせいだろう、左手の刀が手から飛んでいってしまったのだ。幸いにも着地は出来たが、未だ互いの距離は近く飛んでいった刀を拾いに行く暇を棗は与えない。そして、二刀で拮抗出来ていたのに片方しか無くなっては捌ききる自信は彼女にはなかった。そもそも彼女の戦闘スタイルは二刀流なのだ、1本の刀で戦うことに慣れていない。

 

 しかし、だからと言って負けられない。完成型勇者として、勇者部の勇者として。棗も沖縄を1人で守ってきた勇者として負けられないし、このチャンスを逃す訳にはいかない。お互いの意地のぶつかり合い。そして勝利を手にしようとする強い意思。その気持ちは手に持つ武器に伝わり、お互いに相手に一撃を与える事にその気持ちを注ぐ。

 

 棗が戦いを終わらせるべくヌンチャクを右から左へと横一閃に振るう。夏凜もまた、負けてなるものかと残った右手の刀を同じように右から左へと一閃する。全くの同時に行われた最後の意地と意思を込めた本気の一撃は何の障害も無く一直線に相手の頭へと向かい……。

 

 

 

 そして、同時に精霊バリアが発動した。

 

 

 

 「「……あっ」」

 

 バリアを確認した2人は一気に冷や水を浴びせられたかのように冷静になり、そのままの姿勢で見詰め合う。ポカンとする夏凜。きょとんとする棗。その2人の側にはお互いの精霊である義輝と水虎。そして2人は武器を引いて体勢を直し……同時に肩を落とした。

 

 「「やってしまった……」」

 

 「諸行無常」

 

 力無く呟く2人の耳に、義輝の言葉が虚しく響いた。夏凜&棗、全参加者の中で精霊バリア発動による反則で最速脱落。

 

 

 

 (夏凜さんと棗さんは脱落……っと)

 

 

 

 時は少し戻り、場所は丸亀城付近。そこで戦っていたのは若葉と風、そして乱入してきた歌野の3人だ。この三つ巴の戦い、最初は奇襲した歌野が若干優勢に立ち回っていた。

 

 「食らいなさい!」

 

 「っ、流石は歌野だ、中々近付けさせてはくれないな!」

 

 「ああもう、リーチの差がキツイわね!」

 

 彼女が2人相手に優勢な理由として、まずはその武器のリーチの差。日本刀と大剣を扱う2人に対し、歌野はリーチのある鞭。単純な攻撃範囲の差は近距離でしか戦えない2人にとって厄介以外の何物でもない。

 

 次に、攻撃の軌道が読みづらいこと。鞭は剣や銃等とは違って“しなる”。攻撃を受け止めてもその部分から先があれば絡むように先端が背後から飛んで来る。また、その攻撃速度も速い。2人が近付くまでに幾度振るわれることになるかわからない程に。

 

 だからと言って2人もそう簡単には当たらない。若葉はしっかりと鞭の軌道を見切り、風は当たりそうな攻撃は大剣を盾にして防ぐ。そんな対照的な2人は、どうすればこの状況を打破できるのかを考えていた。そして、それは歌野も同じ。

 

 (若葉も流石……それに風さんのディフェンスが予想以上に上手い! 全っ然攻撃が通らない!)

 

 若葉が強い事はよく前線で共に戦う歌野には分かりきっていたこと。勿論風も強いとは知っているが、予想以上だったのがその防御の巧みさ。勇者に変身したことで上昇した動体視力と持ち前の反射神経で大剣を操り、横に振るわれた鞭は大剣を横向きに、縦に振るわれると直ぐに縦に構え、その広い面積でしっかりと受け止める。

 

 攻撃が届かない。攻撃が通らない。何とかこの状況をどうにかしたい3人。攻撃をしながら、避けながら、防ぎながら考えに考え……最初に動き出したのは風だった。

 

 「ああもう、まどろっこしい! こうなりゃヤケよ!」

 

 「風!?」

 

 「何する気!?」

 

 声を上げたかと思えば動きを止めていきなり大剣を地面に突き刺す風。突然の行動に驚く2人だが、歌野はほぼ反射的に動きを止めた彼女に向かって鞭を振るう。すると風は大剣の後ろに身を隠し、しゃがむ。本来なら彼女がしゃがんだ事によりその頭上を鞭が通り過ぎる。だが、地面に突き刺さっている大剣がそれを阻害した。

 

 「あっ」

 

 「つっかまーえた! おおおおりゃああああっ!!」

 

 「えっ、ちょ、おおおおっ!?」

 

 「なっ、歌野!?」

 

 大剣に……正確に言うなら大剣の柄に当たり、先端が巻き付いてしまう鞭。本来ならこうなる前にどうにか出来たのだろうが、そこはやはりレプリカ武器であることの弊害だろう。しまったと歌野が思わず声を出したのも束の間、風は巻き付いた鞭を握り、体全体を使って思いっきりぶん回し始めた。

 

 咄嗟に踏ん張ろうとした歌野だが、相手は勇者達の中でもトップクラスの女子力(パワー)を誇る風。変身していることで更に高まっている腕力は中学生1人分の重量等物ともせず、振り回される歌野というあまりの光景に若葉も驚愕せざるを得ない。

 

 「アタシ達犬吠埼3姉弟はああああっ!! 四国一スイイイイングッ!!」

 

 「意外とスケールが小さ……ノオオオオッ!?」

 

 「う、歌野ー!?」

 

 風の台詞に思わずツッコンでしまいそうになり、少し力が抜けたのかズルッと鞭を持つ手が滑ってしまい、遠心力によって林を向こうへと消えていく歌野。かなりの速度で飛んでいった彼女を見ていた若葉が思わず手を伸ばして名前を叫ぶものの相手は既に林の中。

 

 どこからか“ぐえっ!!”という苦しげな声が気こえたような気がしつつ、若葉は風へと向き直る。彼女は柄に巻き付いた鞭をそのままに、大剣を握って若葉に向かって飛びかかる所だった。

 

 「隙ありぃ!!」

 

 「くっ、なんの!」

 

 確かに風から目を逸らしていたことは隙と捉えられても可笑しくはないが、素直に攻撃を受ける若葉ではない。右側へと転がるようにして大剣を避け、今度はこちらの番だと体勢を低くして接近し、腹部目掛け刀を一閃。しかしそれは風が大剣を盾にしたことで防がれる。

 

 思わず若葉は顔をしかめる。先の攻防でも分かっていたことだが、こと防御に関して風は勇者の中でもトップクラス。当たると思った攻撃でさえ、正面からなら大剣で防がれてしまう。その鉄壁と言える防御をどうにかせねば一撃を与える事は出来ない。

 

 「ならば、越えてみせる!」

 

 「このっ!」

 

 一閃した刀を再び一閃するがやはり防がれる。だが、それでも若葉は攻撃を止めない。防御されるということは、風自身も攻撃できないという事だ。大剣という武器を使う以上、どうしてもコンパクトに振るうのが難しい。例え大剣を小枝のように軽々と扱えるとしても、現状では防御から攻撃に移るにはタイムラグがあるのだ。

 

 武器を構え直すべく、風は距離を取る為に後方へと跳ぶ。しかし直ぐに若葉は逃がすつもりはないと距離を詰め、再度一閃。それもやはり防がれてしまったが、次第に風の表情から余裕が消える。いつまでこうして防ぎ続けられるかもわからない。もしかしたら、別方向から誰かから奇襲を受けるかもしれない。そんな焦りもあった。

 

 「はあっ!」

 

 「うわっと! しまっ」

 

 「もらったぞ!」

 

 「なんのっ!」

 

 風の焦りが見えた若葉はここで決めるべく勝負に出る。刀を持つ手を後ろに引き、風の顔に向かって高速の突き。その突きにも反応して大剣を引き上げて防いだが、顔の前に持ってきたことで自らの視界を遮ってしまう。如何に反応が良かろうと、見えていなければ防ぎようがない。故に、若葉は風が防ぐと信じて顔目掛けて突きを放ったのだ。

 

 だが、正面を防いでいる以上そこからの攻撃は意味がない。ならば相手は横から攻撃してくるハズ。そう予想した風は、次の瞬間には己の予想通り横から攻撃する為だろう、左側から物音が聞こえたので半ば反射的にそちらへと大剣を構えたまま向いた。

 

 「かかったな! はぁっ!!」

 

 「なん、げふっ!?」

 

 だが左を向いた瞬間、風の視界の右側に若葉が左手に刀を持って振りかぶっているのが見えた。左に向いて彼女が右側に居るということは、彼女は風の正面から動いていない事を意味する。なんで? と言いきる間も無く、彼女は右脇腹に無慈悲にも一閃を受け、軽く吹き飛んだ。

 

 完璧にクリーンヒットした事で己の敗北を悟る風。地面に倒れ込む際、彼女は見た。若葉が持っていた筈の鞘が自身が向き直った方向に転がっていたのを。そして彼女は理解する。

 

 「鞘を投げて音を立てて、そっちから攻撃が来るとアタシに思わせたのね……ガクッ」

 

 「賭けだったがな……というか口で言うのか、それ」

 

 倒れる音を口にしながら力尽きたように倒れる風に、若葉は呆れつつ勝利したからか安堵の息を吐く。足音とは違う音を聞いて風が勘違いしてくれるのかどうか、若葉としても賭けだったからだ。その賭けには見事に勝利した訳だが。

 

 さて、歌野はどうなったかと鞘を拾ってから彼女が飛んでいった方向を向いた瞬間、咄嗟に若葉は上体を逸らしていた。その次の瞬間、円盤状の何かが彼女の上を通り過ぎていった。

 

 「そこか! 見つけたぞ、球子!」

 

 「くっそ、外した!?」

 

 石垣の下にある、歌野が飛んでいった方向とは別の方向から飛んできた円盤状の何か……球子のレプリカ武器を避けた若葉。武器を見て下手人が球子であると理解し、飛んできた方を見れば飛ばしたからだろう左手を突き出した姿勢の球子を林の中に見つけた。

 

 球子の武器は紐で繋がっている為、戻ってくるまで移動できない。まして今は武器を飛ばした直後であり、引き戻すには多少時間が掛かる。その“多少”の時間は若葉が彼女の元へ行き、攻撃するには充分過ぎる時間であり……迷い無く、若葉は球子に向かって石垣から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻り、若葉達から少し離れた林の中に居る千景と雪花。2度の奇襲を凌ぎ凌がれた2人は正面からぶつかった。刃ではなく長い柄同士をぶつけ、鍔迫り合いのような状態になる2人。あまり表情が変わる方ではない千景とコロコロと変わる雪花。対照的と言える2人は今、同じように好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 お互いに1度距離を離し、お互いの武器を振るう。木が多い林というこの場において不利なのは千景であった。大鎌という武器の特性上、どうしても風以上に攻撃は大降りになる。だが林にある木がその行動を阻害してしまい、仮に木に当たればそれは大きな隙になる。対して雪花は突くか投げるかという攻撃を主に使う為、あまり阻害される心配がないのだ。

 

 どうしても攻撃頻度が下がる千景と攻める雪花。これが生身なら雪花があっさりと勝利を決めていたかもしれない。今尚この攻防が続いているのは、勇者としての身体能力と動体視力があるからこそ。でなければ千景は槍という点の攻撃を大鎌の柄という細い部分で受け止めることは出来なかっただろう。そんな攻防が続き、再び2人は互いに距離を詰めて鍔迫り合いに持ち込む。

 

 「ふっ!」

 

 「ととっ、危ない危ない。お返しに!」

 

 「くっ、点の攻撃は厄介ね……」

 

 「距離を開けたね。せぇい!」

 

 「しまっ……いえ、まだ!」

 

 千景が力任せに雪花を押し退け、大鎌を横に振る。雪花は直ぐに後方に跳んだ事で事なきを得た後、槍を連続で突き出す。柄も細く横向きに受け止めるのにも向かない大鎌である為、千景が取ったのは彼女と同じく攻撃が届かない位置まで跳んで避ける事。

 

 だが、その行動を見た雪花はにんまりと笑い、突く事を止めて槍を投擲。両足が完全に地面から離れており、着地まで僅かに時間がある千景はしまったと顔をしかめるが、咄嗟に大鎌を盾にする。上昇している動体視力をもってしてもそれはまたもやギリギリになったが、防ぐこと自体には成功した。だが、それは着地を疎かにすることに繋がり、着地に失敗した千景は尻餅を着いてしまう。

 

 「あうっ! ま、まだ!」

 

 「その隙は見逃せないね。千景、討ち取ったりぃ!」

 

 そしてそれはあまりにも大きな隙。紐を引いて槍を引き戻しながら近付き、途中で手にした雪花は千景が立ち上がる前に槍を突き出す姿勢を取る。悪足掻きか苦し紛れか大鎌を足に向かって横に振るうが、そんな攻撃が当たる筈もなく跳び上がることで避けられ、回避も防御も間に合わない完全な死に体となる千景。そして、今にも槍がその体目掛けて解き放たれる……正にその瞬間であった。

 

 

 

 「ノオオオオッ!?」

 

 「えっ?」

 

 「ん? え? 歌野!? ぐえっ!!」

 

 

 

 突如、どこからともなく飛んできた歌野が運悪く雪花に激突し、きりもみしながら2人は地面を盛大に転がった。突然の出来事にポカーンとする千景。目を回している歌野。痛みからかうめき声を上げるも歌野の下敷きになって動けない雪花。それを見て千景は意識を取り戻し、立ち上がって2人に歩み寄る。

 

 「いたた……なんで歌野が……というかどこからっ!?」

 

 「ナスッ!?」

 

 「ふぅ……危なかったけれど、運も実力の内というしね」

 

 「痛た……いやホント、運が悪いなぁ私も……もうちょいだったのに」

 

 「目、目が回っ……頭も……」

 

 「ボロボロなのは分かったから歌野は私の上から退いて」

 

 ガンッ、ガンッと2度響く重い音の正体は千景が大鎌の刃の反対側で転がる2人の頭を叩いた音だ。事故のような勝ち方に少し不満げな千景と勝利していたハズがイレギュラーによって敗北してしまって不満げにする雪花。散々振り回された挙げ句雪花にぶつかり、更に頭にクリーンヒットを受けて脱落が決まる歌野。中々にカオスな状況であった。

 

 ため息を1つ吐き、歌野がここに居るということは若葉達はどうなったのかと千景が視線を向けると、丁度風が敗北し、若葉が鞘を回収している所だった。やはり若葉が勝ったのかと納得しつつ、千景は奇襲を掛けようと石垣の方に近付き……。

 

 (あれは土居さんの……なら乃木さんの意識はそちらに向いた筈。奇襲するなら……今!)

 

 自身が居る場所とは別のところから飛んでいった球子の攻撃を避け、若葉の意識が彼女へと向いたのを確認した後に奇襲するべく跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 同じく時は戻り、場所はどこかの林。まさかの須美を除く小学生組3人を相手取る事になった樹だったが、意外と言うべきか、それとも相性や武器の性能から当然と言うべきか善戦していた。

 

 「ええーい!」

 

 「いいっ!? う、わ、っとぉ!」

 

 「うおっ、と。なるほど、いざ戦ってみると中々……」

 

 「戦いにくいよ~。最初に樹先輩と戦うの失敗だったかも~?」

 

 (樹先輩、凄い……新士君達を1人で相手してるのに……)

 

 彼女が右手を振るう度に伸びる4本の光のワイヤー。樹の意思で自由自在に動くそれは時に柔らかく鞭のように、時に硬く張って盾のように。更には林の中に張り巡らせる事で動きを阻害したりと攻防一体を実現する。

 

 4本のワイヤーが横1列に並び迫ってくるのを見た銀(小)の脳裏に浮かぶスライスされたバーテックスの姿。いざとなれば精霊バリアがあるとはいえ、そんな切れ味のワイヤーが迫ると流石に怖い。おまけに今はレプリカ武器なのだ、普段の斧と比べると耐久性も心許ない。故に彼女は少し怯えつつ、高く跳んでそれを避けた。

 

 別方向から攻めようとする新士だったが、今度は足下を狙うようにワイヤーが突き刺しに来る。ジグザグに動くことで避ける彼の所に、今度は上と左右からワイヤーが迫る。彼はジグザグに加えて緩急をつけることでタイミングをずらしたりして避けていたが、中々接近することが出来ない。

 

 園子(小)も樹を包囲するように2人とは別方向から攻めようとするが、やはりワイヤーが邪魔をする。槍を突き出せばワイヤーが槍に巻き付くように伸びてくる。1度巻き付かれてしまえば回収は不可能、もしくは破壊される可能性があるので槍を下げるしかない。だがそうすれば攻撃は届かないしそもそも攻撃できない。

 

 樹から離れた場所で隙を伺う須美にはその全てが見えていた。わずか4本のワイヤーを巧みに操り、3人の動きを阻害し隙あらば撃破すら出来てしまいそうなその姿は普段の彼女からは想像することが難しいだろう。更に、これは偶然なのだろうがワイヤーがひっきりなしに動くので矢を放ったところでワイヤーの方に当たる可能性が高い為に須美も未だに矢を放てない。

 

 (つ、辛い! ちょっとでも気を抜いたら小さいお兄ちゃんか銀ちゃんが突っ込んでくるし、園子ちゃんも攻撃してくるタイミングが……やっぱり3人相手はキツい!)

 

 しかし、樹も余裕がある訳ではない。1人1人をしっかり対応しなければ直ぐにでも距離を詰められてクリーンヒットを許す事になる。いや、1人に意識を割きすぎればそれだけでこの戦況は傾く。勿論、樹にとって悪い方へ。だからこそ頭とワイヤーをフル回転させているのだ。

 

 だが、そんな事をずっと続けられる訳がない。時間が経てば経つ程不利になるのは樹の方なのだ。彼女は考える。この戦況をどうにかする方法を。

 

 (……そうだ、あの時のお兄ちゃんみたいにすれば!)

 

 そして思い付いたのは、以前兄がやっていたこと。樹は右手を体の後ろへとやり、3本のワイヤーを3人は向かって伸ばす。残りの1本は真下へと伸ばす。

 

 「攻撃方法が変わった? 2人共、イッツん先輩が何かしてくるよ~」

 

 「何かって何!? いや、でもこれなら、何とか!」

 

 「うん、さっきより攻撃の頻度が下がってるねぇ……行ける、かな?」

 

 4本から3本になった事で3人の方に余裕が出てくる。だが攻撃方法が変わった事で何かをしてくると察した園子(小)が警戒を促し、銀(小)と新士は樹へと近付く隙を伺う。

 

 伸びてくるワイヤーを避ける3人。やはり先程よりも単調になっている為だろう、余裕を持って避け、捌く事が出来ている。そして何度目かの攻撃をそれぞれの武器で弾いた瞬間、銀(小)が真っ先に動いた。

 

 「行ける! 樹さん、覚悟ー!!」

 

 「続くよ!!」

 

 「は~い!」

 

 体から離すようにワイヤーに武器を当てて剃らす3人。その勢いを殺す事なく樹へと迫り、新士は姿勢を低くして、園子(小)はそのまま真っ直ぐ、銀(小)は飛び上がって双斧を振り下ろさんとする……その瞬間だった。

 

 

 

 「今っ!」

 

 「えっ? へぶぅっ!?」

 

 「「銀ちゃん(ミノさん)!? あっ! おぶっ!?」」

 

 

 

 銀(小)の真下からワイヤーが伸びてきて右足に巻き付き、飛び上がった勢いのままに顔から地面に盛大に突っ込んだ。中々に派手な出来事と音に思わずそちらへと意識を向けてしまった2人だがその隙に背後からワイヤーが迫り、気付いた時には両腕の上からぐるぐると巻き付けられ、バランスを崩してこれまた顔から地面に倒れた。

 

 樹がやった事は単純明解。1本のワイヤーを地面へと伸ばし、地面の中を進ませていたのだ。そして銀(小)が……正確には誰かが跳んだ瞬間にその足に巻き付ける為に伸ばし、そのまま地面へと倒す事が目的。多方向から攻めてばかり居たので1人くらいは上から攻めるだろうという予想が的中した。尚、あの時のようにとは2度目の戦いの際に楓が怒る風を止める為にした時のことである。

 

 「ふぅ……やっと捕まえられた。これで皆リタイアって事でいいのかな?」

 

 「うごご……バリアが発動しなかったからそれなりに痛い……」

 

 「ご、ごめんね銀ちゃん……小さいお兄ちゃんと園子ちゃんも大丈夫?」

 

 「痛いよ~。アマっち、鼻とか顔とか撫でて~」

 

 「自分も痛いけど、両腕がこうして封じられるからねぇ……ああ、自分達はリタイアでいいよ。このままバーテックスみたいにスライスされたくないしねぇ」

 

 「やらないよ!?」

 

 さながら捕らえられた罪人の如く、ワイヤーでぐるぐる巻きにされたまま地面の上に転がる3人。ようやく一息付けると流れる汗を拭う樹が聞けば、涙目の銀(小)は痛みに耐え、園子(小)は芋虫のように動いて新士へとすり寄り、彼はそんな彼女達に苦笑いしつつ、冗談も交えながら座る。

 

 新士が言うように、クリーンヒットこそ受けていないがこうして拘束された以上はリタイアと同義だろう。そこは2人も異論は無いのか、座った後に3人共変身を解いた。これで本当に肩の荷が降りたのか樹もツッコミつつ安堵して再び安堵の息を吐く。

 

 「でも3人がかりで挑んでおいて惨敗っていうのもねぇ……」

 

 「本当になー。よし、新士! 最終兵器だ!」

 

 「最終兵器!? り、リタイアした人は攻撃しちゃダメだよ!」

 

 「攻撃じゃないよイッツん先輩~。むしろダメージ受けるのはアマっちかも~」

 

 「……まあ、確かにねぇ。というか本当にやるの? 流石に……」

 

 「「頑張れ新士(アマっち)!」」

 

 「な、何をする気なのかな……」

 

 幾ら樹が対多数に優れているとは言え、3人がかりで敗北した事に落胆の色を隠せない新士。他2人も同意し、一瞬だけ暗くなるが直ぐに銀(小)が明るい声で叫ぶ。物騒な発言に樹も慌てるが、園子(小)の言葉と新士の反応に首を傾げる。そして、彼は覚悟を決めたように深呼吸を1つし……。

 

 

 

 「い……樹、お姉ちゃん♪」

 

 「はうっ!! あふんっ!?」

 

 

 

 口の端をヒクつかせつつ、それでも満面の笑みでそう口にした。瞬間、樹はまるで胸を撃ち抜かれたような衝撃を感じた。

 

 普段は老人張りに落ち着きがあり、朗らかな笑みを絶やさない新士。そんな彼が、年上の妹というなんとも不思議な関係にある樹を笑顔で、何なら声もちょっと甘えているような感じで“お姉ちゃん”と呼ぶ。末っ子の彼女に、その言葉と笑顔は言葉に出来ない歓喜から来る衝撃を与え……そして、そんな大きな隙を逃すこと無く、背後の木の枝の上に居た須美の放った矢がその後頭部を捉えた。

 

 「そ……そういえば須美ちゃんだけ居なかったっけ……」

 

 「ナーイス須美!」

 

 「お疲れ様、新士君、銀、そのっち。私以外やられてしまったけれど、樹さんも凄かったから仕方ないわね……新士君、大丈夫?」

 

 「恥ずかしさで顔から火が出そうだよ……2度とやりたくないねぇ」

 

 「え~、アマっち可愛かったからもう1回聞きたかったな~」

 

 「お、お兄ちゃん。私ももう1回聞きたいな。もう1回だけ! お願い!」

 

 「言わないよ……」

 

 バタリと倒れる樹の隣に須美が降り立ち、彼女に当たって地面に落ちた矢を拾いながら顔が赤い新士の心配をする。銀(小)が言った“最終兵器”とは、彼が樹の事を“お姉ちゃん”と呼ぶことであった。普段の彼なら決して言わず、樹自身も決して予測していなかったであろうその言葉は恥ずかしそうにする彼の表情も相まって彼女にとって破壊力抜群であった。因みに、発案者は当然のように園子(小)である。

 

 

 

 (樹ちゃんと新士君、園子ちゃん、銀ちゃんも脱落……須美ちゃんは生存っと)

 

 

 

 小学生組対樹の戦闘はこうして3人という被害を出しながらも小学生組の勝利に終わった。1人になってしまった事に少し不安を覚えつつ、須美は会話もそこそこに待っている間ずっと騒がしかった丸亀城の方へと進む。そこで彼女が見たのは、歌野と雪花を叩く千景。そして、更に向こう側で風を倒した所の若葉。

 

 (お2人は恐らく私には気付いていないハズ……漁夫の利を得るなら、ここね)

 

 そう判断した須美は先と同じように木の枝に乗り、弓を構える。そうして準備をしている間に若葉は球子の攻撃をかわして彼女へと向かうべく石垣から飛び降りようとし、千景は2人の方へと跳んで行く所であった。息を潜め、いつでも矢を放てるようにする須美。そして、若葉が飛び降りる瞬間に須美は必中の意思を持って矢を放った。

 

 「なっ!? くっ!!」

 

 (弾かれた! でも、後は千景さんが攻撃してくれれば……)

 

 迫る矢を空中で刀を振るうことで弾く若葉。だがそれ故に無防備を晒す事になる。そこに大鎌を構えた千景が近付き、がら空きになった彼女の体に攻撃を加えようとし……。

 

 「っ、乃木さん!」

 

 「ち、千景?」

 

 若葉の横を通り過ぎ、彼女の後方上空から飛んできた()()をその大鎌で受け止めた。それはこの模擬戦において敵である若葉を守る行為に他ならない。彼女としても予想外であったのだろう、目を見開いて驚きの表情をしており……千景自身、咄嗟とは言え彼女を守った己に驚いていた。

 

 2人は着地し、攻撃が飛んできた方を見る。それは須美も同じであり、唯一球子だけは自身のレプリカ戦刃盤を回収して距離を取っていた。そして3人はそれぞれの視界に、攻撃してきた相手を捉える。

 

 「そうか、今のは須美だったか……なら、背後の奴は」

 

 「東郷さんね」

 

 「東郷先輩……あんな所に」

 

 「残念、外しちゃったわね」

 

 石垣から少し離れた所に背中合わせに居る若葉と千景。そこからそれなりに離れた場所に弓を構える須美。2人から距離を離す球子。そして、丸亀城の1番の屋根に胸から上だけを出して狙撃銃を構えている美森。こうして戦いは、次のステージへと移るのだった。

 

 そんな5人の戦いから更に少し離れた場所……5人がまだ気付いていないその場所では。

 

 

 

 「「勇者、パーンチ!!」」

 

 「勇者パンチ、ってねぇ!!」

 

 

 

 楓と友奈、高嶋の3人が流れる汗もそのままに拳をぶつけあっていた。




原作との相違点は今回はお休み(!?)

という訳で、前回の続きでした。報酬の話と纏める為にさっくり終わらせると言ったな? あれは嘘だ(うわああああっ

戦闘シーン書いてると長くなってしまいます。過去作から学ばない私を許してくれ、ナタク。なまじゆゆゆいに入ってからがっつりした戦闘描写を書くことが少なかったのでつい書きたい欲望が爆発しました。本当は楓達の戦いも書くつもりでしたが文字数が15000~20000字行く可能性があったので次回に持ち越し。次回でレクリエーションを終わらせたいですね。

今回はちょこちょこパロネタが入ってたり。樹が強過ぎると思われないかと不安にもなったり。戦闘描写が分かりにくくないかと心配にもなったりしてますが、楽しんで頂ければ幸いです。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 20 ―

大変! 長らく! お待たせして! 申し訳ありません!! 2週間以上の時間を置き、ようやく更新でございます(´ω`)

本作最大の難産と言っても過言ではない内容に加え、ここしばらく仕事疲れかどうにも睡魔に抗えない日々でした。待っていて下さった皆様、本当に申し訳ありません。

最近のfgoの運の良さが怖い。始皇帝が来ました……嬉しいんですけどね。他のアプリは殆ど爆死ですが。せいぜいポケマスでマジコス初代御三家揃ったくらいで。リーフ可愛いよリーフ。

テイクレ、コレット欲しかった……私はTOSから始めたので思い入れあるキャラでしたし。ゆゆゆいも爆死です。今月の切り札枠は誰ですかねぇ。

さて、今回も戦闘シーン多めです。レクリエーション、遂に決着。優勝者は誰なのか。


 それぞれの場所で決着が着き、また新しく戦いが始まっている頃。楓、友奈、高嶋の3人の戦いは未だ続いていた。その戦いの中での何度目かの拳のぶつかり合いの後、3人の距離が再び開く。

 

 ここまでの3人の戦いは、正しく一進一退の一言。2人がぶつかり、ある程度時間を置くと残った1人が乱入し、ぶつかっていた2人の内1人が離脱して残った1人が乱入者と戦い、また時間を置いて乱入して……そんなローテーションで動いていた。

 

 (なんというか……攻めきれないねぇ)

 

 (攻撃が全然当たらないよー……)

 

 (楓くんも結城ちゃんも強いなぁ)

 

 一撃でもクリーンヒットすれば落ちるルール。具体的に言うなら、胴体や頭部等へ防御も回避もされずにダメージを与えることが条件。なのに、その一撃がどうしても届かない。その理由の1つとして、やはり勇者に変身したことで上がった身体能力。ひいては動体視力や反射神経が上がる。

 

 3人の共通点は、過程は違えど武術及び格闘技を習得している事。楓は小学生時代の訓練で、友奈は父親から、高嶋も勇者としての訓練の一環で。それらの経験がある3人は、体の動かし方や殴る蹴るといった行動に勇者の中で最も慣れている。同時に、その対処方も知っている。

 

 「やああああっ!」

 

 「ふっ!」

 

 「今度は私! 連続! 勇者パーンチ!」

 

 「っ、流石にやるねぇ!」

 

 友奈の拳や蹴りを、楓は落ち着いて対処する。拳が飛んでくれば両手を使って剃らし、受け流す。蹴りが飛んでくれば後方へと動いて距離を離して避け、間に合わなければその場でしゃがみ、或いは上に跳んで、無理ならば拳同様に手で受け流す。3人の中では楓が1番防御が上手かった。

 

 だが、反撃として拳を突き出しても友奈はそれを回避する。楓がどれだけ素早く拳を、蹴りを繰り出そうとも、友奈はそれをしっかりと目で捉え、対処する。楓のような防御の技術こそ無いが、拳に拳を当てたり、蹴りに蹴りを当てたりと迎撃するのでダメージを負うことはない。サジタリウスが放つ数多の矢を連続パンチで対処出来る彼女は、3人の中で最も目が良かった。

 

 何度目かの攻防を終え、友奈が横に跳ぶと今度は高嶋が楓と相対する。楓が防御、友奈が目の良さならば、彼女はその攻撃の速度と量こそが最も秀でた部分だろう。素早く、かつ的確に体に、顔に一撃を入れんと拳を連続で突き出す高嶋。それでも楓ならば技術で、友奈ならばその動体視力で対処する。こうした攻守が入れ替わり立ち代わりすれど決定打となり得る事はなく、時間だけが過ぎていっているのだ。

 

 「今度は私だよ、高嶋ちゃん!」

 

 「結城ちゃん! 負けないよ!」

 

 (誠に遺憾ながら、あの男の元での訓練は無駄じゃなかったねぇ……さて、どうしたものか……怖いのは美森ちゃん達遠距離組だ。いつ視界外から攻撃が飛んでくるかもわからないし)

 

 高嶋の攻撃を捌ききり、友奈が乱入してきたところで距離を離す楓は2人の攻防を見ながら思案する。過去のことで軽くない苛立ちを覚えるもすぐにそれに蓋をし、周囲に軽く目をやってから直ぐに2人に向ける。

 

 楓が最も警戒しているのは美森、須美、球子、杏の遠距離武器持ちの4人。こうした乱戦の最中に遠距離攻撃による横槍が入るのが1番怖かった。何なら今もどこかからこちらを狙っている可能性もあるのだから。

 

 (いっそのこと、このまま2人から離れて別の場所に向かうのもありかな。少なくとも、この状況をどうにかする為には何かアクションがいる。さて、どうしたものか……)

 

 頭を回転させ続ける楓。そうしながらも視線は2人から離れず、動きを見逃さないようにしている。だが、無意識の内に体が思考を反映したかのように少しずつ2人から距離を取っていた。

 

 (あれ? 楓くんが入ってこない……?)

 

 (そろそろかな? ……? 距離を取ってる? まさか、ここから離れる気!?)

 

 思考に時間を割きすぎたのか、戦っている2人が未だに乱入してこない楓を不思議に思ってちらりと視線を送ると、そこには思案顔をしつつ少しずつ距離を離していく姿。それを確認した瞬間、2人は殆ど同時に行動を起こした。

 

 「「楓くん! 逃がさないよ!」」

 

 「いっ!? 2人同時はちょっとどころじゃなく厳しいんだけどねぇ!?」

 

 即ち、ここから離れようとしている様に見える彼を逃がさない為に接近。全く同じ思考をしたのだろう2人は図らずも2対1の状況を作り出し、楓は1人でさえ辛いのに2人の友奈を同時に相手取る事になってしまった。彼の無意識に離れるという行動こそが、状況を変える為のアクションとなったのだ。

 

 流石に防御が得意な楓とあっても2人を同時に対処する事は不可能……かと思われたが、意外にも彼は対処出来ていた。後ろに下がりながら友奈の拳を左手で、高嶋の拳を右手で受け止め、逸らす。2人同時に素早く、かつ連続で飛んでくるパンチを、楓は冷静に対処する。

 

 それが出来る理由として、まず楓は2つ以上の事を同時に行うという行為が得意であること。でなければ光の絨毯を動かしつつ攻撃する、なんて事が普通に出来る訳がない。次に、2人以上の相手を同時に相手取る経験があったこと。無論、あの男のもとでの実戦的訓練の賜物である。後は3体のバーテックスを同時に相手したこともあるだろう。

 

 そして、どれだけ素早く攻撃してこようとも結局は1人に付き()()()()()しか来ないこと。下がり続ける彼に攻撃する為、当然彼女達は常に前進し続ける必要がある。その為、蹴りの類いは飛んでこない。また、両手の拳を同時に突き出すなんてこともしない為、必然的に右、もしくは左の拳のどちらかによる一撃しかしてこない。

 

 「高嶋ちゃんと2人がかりなのに!」

 

 「なんで当たらないのー!?」

 

 「いやいや、滅茶苦茶キツイんだけどねぇ!?」

 

 しかし、そこに気付かない2人は攻撃が当たらない事に焦りを覚える。その焦りから更に攻撃は単調なモノになり、楓にとっては対処しやすくなる。だが、それもいつまでも続かない。

 

 3人が戦っている場所。それは、現在若葉達が居る場所の丁度反対側にある石垣の上。そこで下がりながら攻撃を対処していた楓だったが、一瞬だけ後方を見ると足場が無いことに気付く。下がり続けた結果、いつの間に石垣の端まで来てしまっていたのだ。これ以上が下がる場合、彼は石垣の上から林へと落ちてしまう。最も、落ちたところで何ともないが。

 

 (下がれない。なら、ここでどうにかするしかないか)

 

 「やっと止まった! 行くよ楓くん!」

 

 「今度こそ! 勇者……パーンチ!」

 

 「そう簡単には、いかないよ!」 

 

 楓は石垣のギリギリで足を止め、2人は止まった事に驚きつつも同時に友奈は左、高嶋は右拳を突き出した。それに対し、楓は強く地面を踏み締めて両拳を突き出す。狙いは当然、2人が突き出した拳。避けるでもなく、逸らすでもなく、受け止めるでもない。彼は迎撃を選んだ。

 

 幾度目かの手甲同士のぶつかり合う音が響く。結果として、迎撃には成功した。3人の拳は弾かれ、2人の右手は大きく後ろへと反っている。それに伴い、体も大きく仰け反っていた。対して楓は強く地面を踏み締めていた分、左右に弾かれた両の拳と軽く仰け反っただけで済んだ。

 

 「だあっ!!」

 

 「ふぐぅっ!?」

 

 「あだっ!?」

 

 更に1歩踏み込み、その勢いのまま2人に向けて両手を突き出す。それは真っ直ぐに2人の腹部へと向かっていったが、当たる寸前に友奈は空いていた右手を、高嶋は左手を間に差し込んで防御することでクリーンヒットは免れる。

 

 だが、ここで楓が攻勢に出た事で流れが再び変わる。彼が狙い定めたのは友奈。ガードした腕に響いた衝撃と痛みに呻く彼女に近付き、再び腹部へと右拳を突き出す。友奈はそれを見て痛みに耐えつつ何度もしたように左拳を突き出して迎撃しようとするが……。

 

 「いい加減、パターンを変えないとねぇ!」

 

 「え? わわっ! あいたぁっ!」

 

 楓は途中で握り拳を解いて指を伸ばし、突き出された手に添えるように下に動かし……その手首を掴む。そのまま立ち止まって掴んだ腕を引っ張ると友奈はバランスを崩してされるがままに引き寄せられる。

 

 引き寄せた勢いをそのままに彼は少し腰を落としつつ右へと回転。彼女の懐に、まるで背負うかのように入り込みつつ左足で友奈の足を後ろへと弾き、左手は彼女の左腕の二の腕辺りに回す。そしてそのままの彼女の体を前方へと……つまりは一本背負いである。彼に容赦の文字はなかった。

 

 文字通りされるがままに背中から地面へと投げられた友奈は驚きの後に背中から来る痛みに声を上げる。涙目になりつつ痛みから閉じていた目を開くと、その眼前には彼の右拳が突き付けられていた。

 

 「まだやるかい? 友奈」

 

 「こ、降参しま~す……」

 

 「よろしいっと、危ないねぇ」

 

 「次は私だよ、楓くん!」

 

 にっこり、といつもとは違う少し威圧感のある笑みで問われ、地面に寝転んだまま苦笑いと共に両手を顔の横に持ってくる友奈。彼女のリタイアを見届けて満足げに朗らかに笑う彼の横から、高嶋の飛び蹴りが飛んでくる。しかし楓は直ぐに後方に跳ぶことで避け、2人は再び正面から対峙する。

 

 今度は楓の方から仕掛けた。素早く距離を詰めて放つのはシンプルな右ストレート。高嶋はそれを曲げた左手を内側から外へと動かすように当てて受け流し、お返しにと反撃の右ストレート。しかしそれは楓に同じように左手で受け流される。

 

 さながら鏡合わせのような体勢になりつつ、同時に距離を離すと今度は高嶋が接近。右左の連続パンチを繰り出すも、楓は冷静に手のひらを当てて受け流す。どれだけ攻撃しても通らない事実に、高嶋は顔をしかめる……事はなく、むしろ楽しげな表情を浮かべる。

 

 (楓くん、やっぱり強いなー。でも……その方が燃えてくる!)

 

 (ここで笑うんだ……意外とバトルジャンキーという奴なのかねぇ?)

 

 楓は苦笑いしつつ、高嶋の攻撃を捌き続ける。時には友奈と同じように投げる為に手を伸ばすが、瞬時に引かれて避けられる。攻撃の速度が速いということは、攻撃の出と共に引きも速いということ。腕を掴むのは難しいだろう。

 

 故に、楓は別の方法を取った。今までのように受け止めるでも受け流すでもない。かといって攻撃に攻撃を当てて迎撃するでもない。後方へと跳ぶことで大きく距離を取ったのだ。

 

 「逃がさないよ!」

 

 「逃げないよ」

 

 高嶋が距離を詰める合間に何やらごそごそと腕を動かす楓。その行動の後、楓は右腕を後ろへと引き絞る姿勢を取る。何をするつもりだ? と彼女が疑問に思いつつも更に距離を詰め……。

 

 

 

 「よい、しょぉっ!!」

 

 「え? うわっとぉ!?」

 

 

 

 その途中で、楓が素早く、鋭く引き絞っていた右腕を突き出す。次の瞬間、驚く事に楓の右手がまだ距離がある高嶋の顔に向かって()()()()()。突然の出来事に驚きつつもその手を体を後ろに反らせることでなんとか避ける事に成功する高嶋。だがその代償として動き完全に止めてしまう。それは楓にとっても彼女自身にとっても大きな隙であった。

 

 「もらったよ!」

 

 「いっ!? わ、わわ、あうち!」

 

 距離を詰められ、未だに残る驚愕の感情と不利な体勢のまま楓の攻撃をなんとか捌こうとする高嶋。だがそんな状態で完全に捌ききれるハズもなく、2度のパンチで防御に使った両手を弾かれ、戻す間も無く額に素手によるデコピンを受けて尻餅を着いた。

 

 痛みから涙目になりつつ、額を擦りながら楓の方を見る彼女は楓の右腕に先程まであった物が無いことに気付く。先程“素手”と言ったことから分かるように、彼の右手には手甲がなかった。きょとんとする高嶋に苦笑いしつつ、楓は彼女の後ろを指差す。高嶋がその方向を見ると、そこには数10メートル程先に件の手甲が転がっていた。

 

 「飛ばせ手甲、ロケットパンチってところかな」

 

 「な、なるほど……うーん、負けちゃった。悔しい!」

 

 つまり、楓は手甲を外して右手に被せるだけに止め、突きの勢いで飛ばしたのだ。ごそごそとしていたのはその動作の為。何が起きたのか理解し、悔しげにしつつも笑って変身を解く高嶋。そんな彼女を見届け、楓は次の相手を探すべく手甲を回収してから跳び上がったのだった。

 

 

 

 (ここで友奈さん達が脱落……正直、楓さんの近接能力があそこまで高いのは予想外ですが……何とかしてみせます。私の望みの為に)

 

 

 

 楓の勝利から少し時を戻して場面は代わり、若葉達4人が居る場所。屋根から放たれた美森の弾丸から守った千景と守られた若葉は背中合わせになり、若葉の正面数10メートル先に須美が、千景の正面上の方向に胸から上だけ見せている美森の姿。

 

 「千景、助かったぞ」

 

 「別に、貴女の為じゃないわ。咄嗟に体が動いただけで……いえ、何でもない」

 

 「ふっ、そうか。だが、感謝する。ありがとう千景」

 

 「……これはバトルロイヤルだってこと、忘れないで」

 

 「勿論忘れてないさ。だが、今は千景と戦うより……」

 

 「そうね、そこは同意しましょう。今は……」

 

 背中合わせのまま感謝する若葉に、千景もまた背中合わせのままそう返す。素直なのか素直じゃないのかわからない返答に思わず笑みが溢れる若葉。彼女には見えていないが、感謝の言葉を受けた千景の顔は少し赤くなっていた。それがはっきり見えている美森はにまにまとしており、同じように表情が見えている千景は顔が赤いまま彼女を睨み付けている。

 

 そして2人はお互いに武器を構え、そう呟いた後……合図もなく、しかし同時に自身の目に映る狙撃主の元に向かって飛び出した。

 

 「「厄介な狙撃主を狙う!!」」

 

 「くっ、やっぱり来ますか」

 

 「ここに辿り着く前に、狙い撃たせてもらうわよ」

 

 林の中、須美に向かって真っ直ぐ進む若葉と丸亀城の一番上の屋根に居る美森に向かって跳ぶ千景。狙撃主の2人はそれぞれ弓と狙撃銃を構え、迫り来る2人を狙い撃つ。

 

 だが、本来の武器ならともかくレプリカ武器ではその試みは無謀とも言える。バーテックスの高速の攻撃すら回避を可能とする勇者の動体視力と身体能力は正面からの矢も弾丸も対処を可能とする。

 

 「ふっ、はっ!」

 

 「当たらない! 流石は若葉さん……っ!」

 

 「見えるわよ。私にも敵の弾丸が!」

 

 (やっぱり簡単には当たってくれないわね……それに角度的にもう狙撃出来ない。後は……文字通り、千景ちゃんと出たとこ勝負ね)

 

 須美が次々に放つ矢を切り伏せ、叩き落とす若葉。半ば分かりきっていた事ではあるが、こうまで当たらないといっそ清々しいと須美は矢を射ながら苦笑いと共に思う。千景も飛んでくる弾丸を大鎌の刃の側面を使って防ぎつつ丸亀城の元に辿り着き、今度は屋根をどんどん跳び上がっていく。

 

 美森から見て屋根を登る千景の姿は見えない。こうなっては出来ることは移動して距離を取るか待ち構えるかの2択だが、彼女は待ち構える事を選んだ。狙撃銃の弾をリロードをし、姿勢をそのままに待つ。

 

 「須美、悪いが手加減はしないぞ! はああああっ!!」

 

 「最後の一矢……当たって! っ、これも外れ、あうっ!?」

 

 「っ! や、やりすぎてしまった。須美、大丈夫か?」

 

 「いたた……は、はい、なんとか。負けてしまいましたね……」

 

 「いや、須美の狙いは正確だった。正直、あまり相手にしたくないな……千景はどうだ?」

 

 矢を放ち続け、遂にはレプリカ武器故に背中に背負っていた矢筒の中身が残り1本となる須美。必中の意思を胸にもう10メートルも無い距離の先に居る若葉に向けて構え、放つ。しかし、やはり当たらない。若葉は速度を維持したまま右から左へと一閃し、矢を弾く。そして距離を詰め、返す刃で須美の体を切りつけた。

 

 切りつけられた須美は痛みに呻きながら吹き飛ばされ、背中から地面に落ちる。焦りながら近付く若葉に須美は切られた部分を押さえつつ起き上がり、大丈夫だと告げる。リタイアしたことにしょんぼりとする彼女に慰めるようにそう言いつつ、若葉は千景が向かったであろう丸亀城を見上げる。その視線の先では、まさに千景と美森が接触するところであった。

 

 (そろそろ来るハズ……? 上がってこない? いえ、足音が……左から!?)

 

 「スナイパーが居ると分かっていて、ばか正直に正面から姿を晒す訳が無いでしょう?」

 

 「くぅっ!!」

 

 撃った場所から動かず待ち構えていた美森だったが、未だに千景が姿を現さないことに疑問を抱く。だが左側から足音が聞こえたことで、己の思慮が足りなかったことに気付く。そして、気付いた時には遅かった。

 

 千景はある程度まで屋根を登るとそのまま屋根を横方向に移動し、美森の側面を取ったのだ。そもそもスナイパーに真っ正面から向かって行くなど自殺行為でしかない。千景は姿を現すと同時に接近し大鎌を振るうが、美森は移動や体勢をどうにかする前に咄嗟に持っている狙撃銃を縦に構え、大きな音を立てながら大鎌を受け止めた。

 

 「っ、そんな姿勢で……? 動かない!? どんな力をしているのよ!」

 

 「ごめんなさいね。これでも私、勇者部の中だと3番目に腕力があるのよ」

 

 左手だけで狙撃銃を縦に持っているにも関わらず、大鎌を受け止められた上にそこから全く動かない事に驚愕する千景。今思えば両手で持って全力で振り抜いたハズの大鎌を片手持ちで防がれた時点でおかしいのだが。そんな彼女に淡々と言いつつ体勢を整える美森はゆっくりと右手を自身の年不相応に豊かな胸元へと持っていく。

 

 何してんだコイツと思っていた千景だが、その手が谷間に入り込み、引き抜いた手に拳銃が握られているのを見て再度驚愕する。そんな彼女を見て、美森はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

 「武器の複数所持は禁止されていない。それに、近付かれた時の為の保険は必要だものね」

 

 「……くっ!」

 

 タァンッ! という軽い銃声と共にレプリカの弾が拳銃から放たれる。それは至近距離に居る千景に向かって真っ直ぐ飛び、勇者服の上から腹部に衝撃を与えた。弾がレプリカであることと勇者服の性能のお陰で痛みはほぼ無いに等しいが、それでもルール上千景はリタイアとなってしまった。

 

 戦いに敗れ、女としても凄まじい敗北感を覚えながら大鎌から手を離して座り込む千景。その瞬間、思わず自身の手でペタペタと一部に触れて悔しそうにしていたのはご愛敬。それを見て苦笑いしていた美森だったが、直ぐに表情を引き締めて拳銃をまた谷間にしまいつつ千景の後方に向けて狙撃銃を構える。

 

 (さっき楓君が友奈ちゃんから離れていった。そして、今ここに真っ直ぐ向かってる……勝ったのは楓君ということね。近付かれたら敗北は必至。だけど私が此処に居るのはわからないハズ。なら、出てきた瞬間に決める)

 

 相変わらず超能力染みた感覚で友奈と楓の位置を把握していた美森はつい先程2人の勝負がついたことに気付き、楓が自身が居る丸亀城の屋根の上に向かって居ることを知る。千景と違い、彼はこの場所に美森が居ることを知らない。その為、このままやってくれば出会い頭に当てられると思った。

 

 そして、遂にその時が来る。跳び上がってきた楓は屋根の上に美森と千景の姿がある事に驚き、既に狙撃銃の銃口が自身に向いているのを見て焦りの表情を浮かべている。そんな彼に向かって容赦なく引き金を引こうとする美森。だが、途中でその指が止まった。何故なら……。

 

 (っ!? 銃身が歪んでる!? これじゃ弾が……いつの間に……いえ、千景ちゃんの大鎌を受けた時ね!?)

 

 (撃たない? なら、今がチャンスだねぇ!)

 

 「くっ、いっっっったぁっ!?」

 

 明らかに、狙撃銃の銃身が途中から歪んでいた。それは丁度千景の大鎌を防いだ部分であり、その際に歪んでしまったのだろう。レプリカ故の耐久性の低さが仇となった。その事に今更気付き、驚愕する美森。それは楓を前にした今では致命的な隙となる。

 

 その隙を逃すことなく、楓は素早く美森に近付く。彼女も直ぐに対応するが、それはせいぜい狙撃銃を鈍器の如く振るう程度。だが屋根の天辺に居る美森と縁から登ってきたばかりの楓とは高低差もあり、体勢を低くされたことであっさり避けられる。

 

 ならばと虎の子の拳銃を手にしようとするが時既に遅し。その動作よりも速く距離を詰められ、顔に向かって楓の右手が伸びる。思わず目を瞑る美森だったが、次の瞬間には“ビヂィッ!!”と何とも痛そうな音と衝撃が額に走った。高嶋と同様に楓がデコピンをしたのだ。尚、彼女の時は素手だがこちらは手甲付きである。

 

 「……ふっ」

 

 「痛ぅ~! ち、千景ちゃん、今鼻で笑ったわよね……?」

 

 「いいえ、別に」

 

 「痛かったねぇ、美森ちゃん。ごめんねぇ。でもこれ以外でダメージを与えるとなると、殴るかチョップか蹴るくらいしか……」

 

 「い、いいのよ楓君。確かに痛いけどそれらに比べたらマシだもの」

 

 そんなこんなでリタイアとなった美森、直ぐ近くで2人の攻防を見ていた千景を後にして前に進み、屋根の上から下を見る楓。そこで彼が見たのは、変身が解けた須美の近くに居る若葉。左右も確認してみるが、隠れているのか見えないだけか他に人は居ない。

 

 「さて、後何人かねぇ……友奈と高嶋ちゃんはリタイアしたけど」

 

 「高嶋さんが? そう……白鳥さんと秋原さんはリタイアしたわ。後、風さんも」

 

 「杏ちゃんもね。須美ちゃんも脱落してるみたい」

 

 「やっぱり、もう殆どリタイアしたみたいだねぇ……」

 

 そもそも、楓は残り人数を把握出来ていない。若葉もそうなのだが、なんとなく2人は感じている。もう殆どの勇者達はリタイアしており、残るは自分達と数人程度であろうと。その考えが当たっていると教えるように美森と千景からも情報を教えられ、ふむと1つ頷く。

 

 そうした後に楓と若葉の2人は距離が離れているにも関わらず目を合わせ……若葉は丸亀城に向けて全速力で走り、楓は屋根の上から躊躇いなく飛び降りた。

 

 「カエっち~、わかちゃ~ん、頑張れ~!」

 

 「若葉ちゃん! 後少しですよ!」

 

 「後誰が残ってるっけ?」

 

 「2人以外だと……土居さんの姿も見てないかな? 後は……」

 

 (が、頑張ってか、えで、くん……!)

 

 留守番組がそうやって応援なり会話なりをしていると2人は石垣の上でぶつかる。楓の右拳によるパンチと若葉の刀が打ち合い、甲高い金属音を響き渡らせる。

 

 そこからは数秒間、拳と刀の応酬とぶつかり合いが続いた。楓の両手でのラッシュに若葉は刀と鞘で対応し、ラッシュを凌げば鋭い一閃が彼を襲う。それを手甲で防ぎ、受け止め、弾いてまたラッシュ。そしてそれを……と繰り返す。そんな攻防が20秒程続いた時、突如2人は弾かれたように距離を開け……その数瞬後に見覚えのある円盤が横から通りすぎた。

 

 「今のは……」

 

 「球子!」

 

 「タマも混ぜろー!!」

 

 円盤は引き戻しながら叫んだのは勿論球子。いつの間にか戻ってきていた彼女は2人から距離を離しつつ、いつでも円盤……旋刃盤を射出出来るように構える。2人はまた三つ巴か……と内心で思いつつ、その場で自身以外の2人を油断無く見る。

 

 3人の誰もが動くに動けなかった。どちらかに向かって行けば、もう1人に狙われる。その攻撃を避ければ隙が出来、向かおうとした相手に狙われる。つまりは2対1の関係に自ら飛び込むようなモノ。故に動けない。

 

 さて、どうしたものか。そう考えながら何かこの状況を変える方法は無いかとあちらこちらに視線を向ける楓の目があるモノを捉える。それを見た彼はニヤリと笑い……若葉に向かって突っ込んだ。

 

 「動いた!? 何をする気か知らないが、向かってくるなら容赦はしないぞ!」

 

 「隙ありだ楓! 時タマ弄られる恨みー!!」

 

 ここで楓が動いた事に驚きつつも待ち構えて迎え撃つ姿勢を取る若葉。そんな彼女に対して球子は普段から風と同じく弄られる事、反撃してもいなされる事に恨みがあるらしく直ぐ様彼に向けて旋刃盤を射出する。それは彼の移動速度等もある程度計算したモノであり、走る彼の直撃コースを辿る。

 

 「君ならそうしてくると思ったよ球子ちゃん!」

 

 「何? っ!? それは歌野の!」

 

 「は? 何いいいいっ!?」

 

 若葉に向かう途中、楓は若葉から見て右に向かって跳んで地面の上を転がった。突然の行動に疑問を覚える若葉だったが、起き上がった彼の右手にあるモノを見て驚く。彼の手にあったのは、歌野が手離して風が投げ捨てていた“鞭”であった。因みに、風本人と大剣は無い。リタイアした後に持っていったのだろう。

 

 彼は飛んできた旋刃盤に向けて鞭を振るう。すると鞭は旋刃盤と球子の腕を繋ぐ紐に絡まり、直撃コースから大きく逸れる事になる。更には絡まっている事で引き戻す事も封じ、球子から攻撃手段を奪うことに成功した。

 

 「さぁ、こっちに……おいで!!」

 

 「え、ちょ、のおおおお!?」

 

 「楓、確かにお前は風の弟だな……しかし、好機!!」

 

 更に楓は鞭を引き寄せて旋刃盤の紐を握り、思いっきり自分の方へと引っ張った。その力の強さに球子は踏ん張ることも出来ずに引き寄せられ、その小柄な体躯が宙を舞う。似たような光景をつい先程見た若葉は苦笑いを浮かべ、直ぐに表情を真剣なモノに変えると楓に向かって走る。

 

 引き寄せた球子に意識が向いている楓。武器を封じられ、身動きの取れない空中に居る球子。勇者の身体能力をフルに使って2人に向けて疾走する若葉。楓はしっかりと若葉の方にも意識を向け、迎撃する為か紐から手を離して拳を握る。若葉は直ぐ様抜刀出来る様に刀を握る。そして球子は……何故か、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 「この模擬戦、私が勝つ!」

 

 「自分も負ける気はないねぇ!」

 

 「いーや! この勝負……」

 

 

 

 

 

 

 「私達の勝ちですよ♪」

 

 

 

 

 

 

 「なっ!? ぐっ!」

 

 「しま……痛ぅっ! これは、杏の矢か!」

 

 「はーっはっはっは! 若葉と楓敗れたりぃっ!! タマが相手を引き付けて意識を向けさせ、その隙に杏が射抜く。タマ達のチームワークの勝利だ!」

 

 突如として楓、そして若葉の側面から襲い来る2発の矢。それはお互いに意識を向けていた2人の死角を完全に突き、攻撃と反撃の姿勢を取っていた2人の脇腹に突き刺さった。痛みこそそれほどでもないが衝撃から思わず呻き、着地して膝を着いた2人を同じく着地した球子が高笑いしながら指を指す。

 

 2人に当たり、地面に落ちた矢は須美のモノにしては短く、美森は矢は使わないので確実に杏のモノ。予想はしていたにも関わらずしてやられた楓は苦笑いを浮かべ、若葉は悔しげに俯く。そんな2人の様子を満足げに見た球子は勝利の要因を自慢気に口にした後、笑顔で矢が飛んできた方向に振り向いた。

 

 

 

 「やったなあんずぅっ!?」

 

 ((……ええー……?))

 

 

 

 その瞬間、彼女の額に1本の矢が飛来し、突き刺さった。そのままパタリ、と額を赤くして仰向けに倒れる球子を見て、2人の表情が微妙そうなモノに変わる。

 

 そんな3人の元に向かってくる足音が1つ。球子を除く2人がそちらへと視線を向けると、そこにはボウガンを手にニコニコとした表情でゆっくりと歩いてくる杏の姿。

 

 「これでタマっち先輩もリタイア。他の皆さんも全滅……お疲れ様でした♪」

 

 「なに? まさか、本当に他の皆はリタイアしたのか!?」

 

 「というか、何故杏ちゃんが……美森ちゃんは確かに、君が脱落したと」

 

 「東郷さん、それからタマっち先輩とは模擬戦の前日に3人の内誰かが勝てるように動くと協定を結びました。模擬戦前に準備なり交渉なりをしてはいけないとは言われてませんから♪」

 

 「盲点だった……!」

 

 「やれやれ、まんまと騙された訳だ……皆がリタイアしたというのは?」

 

 「この目で確認してきました。皆さんの性格やルール、人数を考えると直接戦わなくても大方減ると予想してましたしね。結果は案の定、です」

 

 「戦わずに見ていた、ということか……やるな、杏」

 

 「戦いとは、戦わずして勝つ事こそが理想ですからね」

 

 (杏が勝って嬉しいような、組んでたのに容赦なく撃たれて悲しいような……)

 

 杏の説明を受け、若葉は四つん這いで落ち込み、楓は苦笑いしながら首を振り、球子は額を撫でつつ複雑な表情を浮かべ、勝者となった彼女は自慢気に笑う。

 

 杏はこの模擬戦中、ひたすら姿を隠して情報収集と戦況の把握に徹していた。勇者は20人近く居るのだから誰も戦わない、なんて状況が起こることはほぼ無い。つまりは勝手に潰しあってくれる。故に自ら戦う必要は無いというのが彼女の考えだった。そしてその考えは的中し、そう時間を掛けずにほぼ全員がリタイアするに至った。

 

 後は残ったメンバーを協定を結んだ者と撃破し、協定通りに3人の内の誰かを勝たせば良い。美森が嘘を伝えたのも協定の内、球子が囮として動いたのは最後に合流していたから。最後に撃ったのは……まあ、隙だらけだったからだろう。それら全てを説明し終え、杏は再び満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 「模擬戦が始まる前からこの瞬間まで全て私の計画通り。私達の、そして私の勝利です♪」

 

 

 

 若葉主催レクリエーションという名の模擬戦、ここに決着。優勝者、伊予島 杏。

 

 

 

 

 

 

 そして、その翌日。

 

 「俺のモノになれよ……球子」

 

 (……いや、どうしてこうなった!?)

 

 西暦勇者達に用意された特別教室。そこで、球子は真剣な表情の楓に壁際まで詰め寄られて顔の真横に手を置かれ、ほんの数cmの距離まで顔が近付いた状態で……所謂“壁ドン”をされて顔を赤くしていた。




レクリエーションの戦績

3人撃破:楓(友奈、高嶋、美森)/樹(新士、園子(小)銀(小)/杏(楓、若葉、球子)

2人撃破:若葉(風、須美)/千景(歌野、雪花)

1人撃破:美森(千景)/須美(樹)

反則負け:夏凜、棗



という訳で、レクリエーションでのお話でした。優勝者は杏。知ってた、という方も多そうですね。しかしこのレクリエーションがほぼ彼女の掌の上であったとは思うまい。楓が友奈ズ相手に強くない? と思われるかもしれませんが、理由は本文が書いた通り。そもそも天の神でもない楓には特攻も意味ないですしね。それに誰が言ったか友奈特攻持ちなので←

結果を見ると1年2人が大健闘。内1人は優勝。やっぱり自慢の妹なんやなって。美森の力の強さですが、本当に友奈より強いらしいです。仮に勇者部で腕相撲をした場合。

楓(左手)>風>楓(右手)>美森>友奈>園子>銀=夏凜>越えられない壁>樹、となります。

さて、今回でレクリエーションは終わり、次回は優勝者へのご褒美(暴走とも言う)回。原作以上に被害者と加害者が居ることになるでしょう。因みに、原作の髪下ろしたヒロイン球子は必見。誰だお前!

……ところで、ハーメルンで“ここ好き”なる新機能があるとか。本作にもあったら是非してみて下さい。私が喜びます←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)






ちょっとした裏話

誰かの感想に返したか忘れましたが、楓君の散華はTOSのコレットの天使化の症状+αとなる予定だったり。そうなっていたら、本作はBEif寄りになっていた……かも?


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花結いのきらめき ― 21 ―

また長らくお待たせしてしまい、大変申し訳ありません。ようやく更新出来ました(´ω`)

ゲームのイベントをやっていたのもありますが、前回同様、或いは前回以上に難産でした。特に後半。その分思いっきり楽しんで書きましたが←

fgoは最終的に目標を少し越えた104箱開けました。開封作業疲れた……スカサハ師匠も当たりましたし満足。沖田さんと土方さん来ないかな……他のゲームのガチャは諦めの境地です。樹ちゃん本気で欲しかった……。

さて、前回は戦闘シーンもりもりでしたが、今回は戦闘無しの会話と甘さと色々多めです。普段地の文多めに書く私ですが、今回は会話大盛り……かも?


 それは、杏がレクリエーション(模擬戦)の優勝者となった後のこと。留守番組が居た丸亀城の最上階に全員が集まり、優勝者の杏に皆で称賛の拍手をしていた。変身は既に解いており、素直に称賛する者も居れば自身の結果に未だに落ち込んでいる者も居る。次第に拍手の音も消え、休憩も兼ねたのんびりとした時間になる。

 

 「今回は散々なリザルトに終わったわ……みーちゃん、慰めてー」

 

 「あ、あはは……残念だったねうたのん」

 

 「散々なのはこっちもだけどね。ホント、歌野が飛んできたのは何事かと……何があったのアレ」

 

 「アレはびっくりしたわね。まあそのお陰で勝ちが拾えたのだけど」

 

 「ああ、アレか。風が大剣に絡めた鞭ごと歌野を振り回してな……」

 

 「風は相変わらず無茶苦茶ね。前にバーテックスの一部をそのバーテックスにぶつけたりしてたもんね」

 

 「本当に何をやっているんだ風は」

 

 よよよ……と泣きマネをする歌野に膝枕をしながら頭をよしよしと撫でる水都。2人を苦笑いしながら見る雪花はそう言って今は痛みこそないがその際の痛みを思い出してか脇腹を擦り、千景も腕を組みながらうんうん頷く。若葉はあの衝撃のシーンを思い出してか遠い目をしながら彼女の疑問に答え、当の本人は会話に参加することなくサッと目を剃らしていた。

 

 そんな話を聞いた夏凜がとある1戦を思い出しながらそう呟くと勇者部以外の全員から“えっ?”という視線が風に集まる。その視線を受けて顔を背けたまま冷や汗を流す彼女に、若葉の呆れた声が胸に刺さった。

 

 「風さんも凄かったみたいだけど、樹さんもやっぱ凄かったよなー。あたし達相手に1人で勝っちゃったし」

 

 「そうだねぇ。正直、3人がかりで負けるとは思わなかったねぇ。隠れてた須美ちゃんが決めてくれなかったら本当に1人に全滅するところだったよ」

 

 「イッつん先輩とっても強かったんよ~♪」

 

 「はい、本当に。ワイヤーのせいで最後くらいしか攻撃出来ませんでしたし……樹先輩、お見事でした」

 

 「あ、ありがとう皆。ところで小さいお兄ちゃん、あの呼び方をもう1度……」

 

 「言いません」

 

 【(何て呼ばれたんだろう……?)】

 

 「妹が絶賛されてお姉ちゃん嬉しい……ずびっ」

 

 「何も泣かなくてもいいだろうに」

 

 次に話を始めたのは小学生組と樹。風の話にほうほうと頷いていた銀(小)が自分達の戦いを思い返しつつキラキラとした目を樹に向ける。新士もそれに乗り、ふむと1つ頷きながら苦笑いする。最後の彼の秘密兵器と須美の一撃がなければ小学生組は樹によって全滅させられていたのだからそれも仕方ないだろう。それでも4人中3人倒されているのだが。

 

 そんな戦いを終えたからか、小学生組からの樹への評価が鰻登りである。銀(小)など尊敬の感情を惜しげもなく向け、新士も最後の呼び方を請われて脱力しているが称賛の目を向けている。園子(小)と須美も似たようなモノ。話を聞いていた他の者達も樹に同じような視線を向けだす。風に至っては感涙している。そんな姉を仕方ないなぁと弟は優しげに見ていた。

 

 「強かったと言えば楓くんもだよ! 私と高嶋ちゃんの2人でも倒せなかったし」

 

 「途中までは3人で戦ってたんだけど、私達と楓くんの2対1になってからはあっという間だったね」

 

 「君達2人を同時に相手するのは2度とやりたくないねぇ……ギリギリだったんだよ、アレでも」

 

 「楓さんが友奈さん達を相手に勝利したのは目を疑いましたけどね」

 

 「あの時から見てたのかい?」

 

 「はい。因みに、夏凜さんと棗さんの戦いも樹ちゃん達の戦いも見てました。勇者の視力と運動能力って凄いですよね」

 

 「いつの間に!?」

 

 「ってことは結果も知られてるのか……あれを見られた、と。うああああ……」

 

 「うん……海があったら潜りたいな……」

 

 「いや、普通は“穴があったら入りたい”じゃないの? 棗的にはそれで正しいのかも知れないけど」

 

 次に話し始めたのは三つ巴の戦いをしていた楓達。友奈と高嶋の2人からすれば、拮抗していた三つ巴の戦いが2対1という有利な状況になってからあっという間に負けたのだからその印象は強いだろう。彼からすれば、勝利したとは言え同じ顔の2人から同時に攻めてこられるのは悪夢のような出来事だっただろうが。

 

 そう、彼は勝利したのだ、友奈と高嶋の2人を相手に。2人の実力を知る仲間達としても驚愕の出来事のようで幾人か目を見開いている。信じがたいと言わんばかりだが、そこに承認の杏も加われば最早疑いはない。実は同じように見られていたと知った樹は驚き、夏凜と棗は再び落ち込む。その際に出た迷言にツッコんだのは風である。

 

 「美森ちゃんも杏ちゃんと繋がっていたんだっけ? 見事に騙されたよ」

 

 「ふふ、ごめんなさいね楓君。本当ならもう1人か2人は倒しておきたかったのだけど……」

 

 「千景が居なければ倒されていたのは私だったかも知れないな。改めて感謝するぞ、千景。お前が居てくれて助かった」

 

 「べ……別に、乃木さんを守ろうとした訳じゃ……あれは偶々よ」

 

 「あら、偶々にしては必死な表情だったような気がしたけれど?」

 

 「……黙りなさい」

 

 「自分も屋根に登った所を待ち構えられていたから、その時点でやられていたかもねぇ。そういえばなんで撃たなかったんだい?」

 

 「ああ、あれは千景ちゃんの攻撃を受け止めた時に銃身が歪んでいたのに気付いてなかったのよ。気付いた時には楓君が来た後だったの」

 

 「成る程、それで……という事は自分も千景ちゃんのお陰で助かったってことか。ありがとうねぇ、千景ちゃん」

 

 「ぐ、偶然よ……その、お礼を言われるような事じゃ……」

 

 美森と杏、球子の3人が模擬戦前に繋がっていたという話を思いだし、彼女の方を見ながら本日何度目かの苦笑いを浮かべる楓。そんな彼に楽しげに笑い返した美森はその際の事を思い返し、少し悔しげにそう呟く。同じように思い返した若葉は千景の方を向き、改めて礼を言うと千景は腕を組みながら若葉から視線を剃らしつつ言い訳するように言った。美森にクスクスと笑いながら言われると少し顔を赤くして睨んでいたが。

 

 そういえば、と楓が問い掛けると美森はそう説明すし、理解すると彼もまた千景に礼を言う。実際のところ、彼女が居なければ若葉と楓の2人は美森の手によって脱落していた可能性が高い。言うなれば彼女は2人にとって恩人とも言える。彼の朗らかな笑みと共に真っ直ぐ向けられたお礼の言葉を受けた千景は、今度は恥ずかしそうにふいっと顔を背けたのだった。

 

 「で、最後は杏にしてやられた訳だが……」

 

 「模擬戦前に交渉もしてる辺り、本気で優勝しに来てたねぇ」

 

 「流石あんずだな! タマも鼻が高いぞ」

 

 「その球子ちゃんは何してたんだっけ? フリスビーかな?」

 

 「ふふん、今回は楓のからかいも嫌味も効かないな。タマはずっと囮と意識を杏から逸らす為にタマに向け続けるだけだったからな」

 

 「成る程、私達に避けられるのも計算の内だったということか」

 

 「なら、球子ちゃんはしっかりと仕事をしていたんだねぇ。実際負けてる訳だし、今回は杏ちゃんに完敗かな」

 

 「ああ。流石は我らが誇る参謀役だ。見事だったぞ、杏」

 

 「ありがとうございます。タマっち先輩と東郷さんも協力してくれて本当に助かりました」

 

 「そうだろうそうだろう。おい楓、タマにはタマを素直に褒めても良いんだぞ?」

 

 「うん、こればかりは褒めるしかないねぇ。流石は杏ちゃんだ」

 

 「だからあんずだけじゃなくてタマも褒めろよ!?」

 

 「ふふ、ごめんごめん。囮役としての君にはまんまと引き付けられたよ。やる時はやるもんだねぇ、球子ちゃん」

 

 「ふふーん♪」

 

 そして最後の場面の話になり、若葉が悔しげに呟くと楓はまた苦笑いを浮かべる。恐らく今回のレクリエーションで最も勝利する為に動いたのは杏であろうとこの場の誰もが理解する。やる気や戦果の問題ではなく、勝利までの道程の作成と準備を最も行った者、という意味でだ。

 

 杏に称賛の目が向けられた事が嬉しいのか、本人よりも自慢げに胸を張る球子。いつものように楓が弄りに行くが、今回ばかりは糠に釘。球子の役割はあくまでも囮と注意を引くこと。彼女は立派にかつ完璧にその役割をこなしてみせた。そんな彼女が凄いのか、その作戦と役割分担を考案した杏が凄いのか……言うまでもなく、両者だろう。

 

 敗けを認め、杏を褒める楓と若葉。それを見てうんうん頷き、楓にどや顔をして詰め寄る球子。余程彼を出し抜いた上でチームでの勝利を得た事が嬉しいのだろう。そこまでしても杏しか褒めない楓に結局弄られた球子だったが、朗らかな笑みと共に褒められるとまた自慢げに胸を張って満足げな笑みを浮かべた。そんな姿を周囲の者達に微笑ましいモノを見る目で見られている事には気付かずに。

 

 「さて、そろそろあたし達の箱の中身を確認しますか……自分の結果は分かってるけどさ」

 

 「銀さん、なんですか? その箱」

 

 「お前はもう忘れてるのか……あたし留守番組がレクリエーションで勝つと予想した人の名前を書いた紙がこの中に入ってんだよ」

 

 「あ、あははー、そんな話をしてたよーなしてなかったよーな……」

 

 「もうっ、してたわよ銀」

 

 「皆さんが誰に賭けたのか気になりますねぇ」

 

 「まあ何人かは予想出来るけどね」

 

 そう言って銀(中)が取りに行ってきたのは上の部分に丸い穴が空いている四角い紙製の白い箱。彼女が説明した通り、その中には模擬戦に参加できない5人が予想した模擬戦の勝者の名前を書いた紙が入っている。この予想……今回は“杏”と書かれた紙が入っていれば、彼女と共に書いた人が優勝賞品である“皆に命令する権利”を得られるのだ。

 

 頬を掻いてあらぬ方を見る銀(小)に呆れる須美。そんな2人をくすくすと笑いながら見た後に新士と風は銀(中)が箱から紙を取り出す姿を見る。2人だけでなく全員がそこに視線を向け、結果発表を今か今かと待っていた。

 

 「まずは……“須美(東郷)”。これはあたしだな」

 

 「あら、銀は私に賭けていたのね」

 

 「楓か須美にするか迷ったんだけどなー。どっち道外してたけどさ。次は……“楓くん”って書いてある」

 

 「あっ、わ、私だね」

 

 「神奈ちゃんだったんだ。勝たせてあげられなくてごめんねぇ」

 

 「ううん、いいの。それに当たってたとしても命令とか思い付かなかったし」

 

 「後3枚だし、一気に引いちゃうか。これは“うたのん”、これは“若葉ちゃん”、これは“カエっち”って書いてるな」

 

 「うたのんは私だね」

 

 「若葉ちゃんは私ですね」

 

 「カエっちはわたしだよ~」

 

 【(知ってた)】

 

 箱から次々と紙を取り出し、書いてある名前を読み上げていく銀(中)。結果から言えば、留守番組は全員予想を外した形になる。読み上げた後に名前を書いた本人が手を挙げれば全員が言葉にせずとも頷いて納得の意を示す。特に最後の3人はそれ以外書く気がなかっただろうと言わんばかりである。

 

 「さて、それじゃあ優勝した杏は皆にどんな命令をするんだ?」

 

 「はい。私が皆さんに命令する内容は……ズバリ」

 

 留守番組の賭けの確認も終え、今回の締めとして若葉が代表して杏に問い掛けると彼女は一旦目を伏せ……満面の、それはもう満面の笑みでこう言った。

 

 

 

 「お気に入りの恋愛小説(多数)のシーンと私自身の要望のシーンの再現。それを皆さんに順番に演じて貰います♪」

 

 

 

 

 

 

 そして、話は前回の最後のシーンへと戻る。西暦組が通う特別教室を使い、杏のお気に入りの恋愛小説のシーンの1つであるヒロインがヒーローに壁ドンされて迫られているというシーンなのだろう。ヒーロー役が楓なのは当然男性だからであり、新士ではないのは年齢や身長の問題である。

 

 (そう、これは演技だ。それに相手は楓なんだし、普段からこいつを見てれば別に慌てる事はない……)

 

 「どうした? 聞こえなかったのならもう1度言ってやる……俺のモノになれ、球子」

 

 (いやもう誰だよお前!? 普段そんなキリッとした目でもないしそんな男らしい喋り方もしてないだろうが!?)

 

 球子にとっての普段の楓、と言えば思い浮かべるのは朗らかな笑顔と爺臭いとも言える老熟した雰囲気。加えて少し悪戯好きなイメージもあるだろう。落ち着きがあり、優しげな雰囲気と実際に優しい性格は好印象なのは違いないが、肉食系よりは草食系に位置する男性である。

 

 だが、目の前にいる楓は普段の彼とは似ても似つかない。いつもの讃州中学の制服ではなく学ラン姿であり、髪もポニーテールに纏め、目は鋭さの奥に優しさを持って球子を至近距離で射抜き、普段より幾分か低く耳に残る声色。口調ものんびりしたモノではなく力強さがあり、一人称すらも“自分”から“俺”に変わっている。

 

 最早変貌と言っても良い変わりっぷりに球子の自身がドキドキとしているのを自覚する。それが驚き過ぎているからなのか、それとも普段とのギャップにときめいているからなのかは本人にすら分からない。因みに、球子も衣装はどこかの学校のブレザーを着ており、髪も下ろしている。

 

 「そ……そんな事言われても、タマには他に好きな人が……」

 

 「ストップだ! 球子ちゃんが嫌がってるじゃないか!」

 

 「白鳥君……ってやってられるかああああっ!!」

 

 「タマっち先輩! ちゃんと台本通りに台詞を言ってくれないとダメじゃない!」

 

 「言えるか!! というか何でタマの役が“内気な少女”なんだよ!?」

 

 「ヒロインの女の子が“小柄な少女”だからタマっち先輩にぴったりかなって……それに普段と違ってしおらしいタマっち先輩も見たかったから」

 

 「チビだって言いたいのか!? それなら樹とか小銀達小学生組でも良かったじゃないか! というか普段と違ってってやかましいわ!!」

 

 「ツッコミが忙しいわね、土居さん」

 

 「見てる分には面白いねぇ」

 

 何とか演技を続けると教室の扉が開き、男子生徒という役なのだろう学ランを来た歌野が入ってくる。そして彼女の名前を呼んだところで球子が羞恥のあまりに爆発。両手で頭を抱えながら背中を剃らして叫んだ。そんな彼女に丸めた台本を手に近付く杏に、球子は再び疑問と共に叫ぶ。

 

 彼女の疑問に対してしれっと欲望混じりに答える杏。彼女に詰め寄って心の丈を叫ぶ球子だったが、残念ながら杏の心には響かなかったようだ。そんな2人のやり取りを間近で見ていた楓と歌野は我関せずと少し距離を開けて楽しげに見ていた。

 

 「にしても、まさか衣装まで用意しているとはねぇ」

 

 「そうね、男子生徒の格好なんて初めてしたわ。なんだかフレッシュな気分ね」

 

 「それは私の要望でもあるからよ」

 

 「東郷さんの要望?」

 

 学ランの襟元を摘まんで引っ張りながら首を傾げつつ衣装を見る楓と、くるくると回って少し大きいサイズの学ランを楽しげに見る歌野。2人の様子を見ていた外野の中から美森が声を上げ、全員の視線が彼女へと向いたところで代表するように友奈が疑問符を浮かべる。

 

 話を聞けば、協定を結んでいた美森、球子、杏の3人は誰かがレクリエーションで優勝した場合、自身の願いと他2人の願いを可能な限り叶えるという約束をしていたのだ。今回は杏が優勝したので彼女の願い、命令を聞いて貰いつつ、美森、球子の願いも出来るだけ叶えるつもりだった。

 

 「私の場合、杏ちゃんに“なるべくいろんな格好をした皆の姿を見たい”とお願いしたわ」

 

 「衣装は大赦の人に頼んだんだよ~。武器のレプリカを作ってくれた人達に頼んだらレクリエーションの後に半日でやってくれました~♪ 色んな衣装があるよ? この教室が埋まる位」

 

 「私達の知ってる大赦と違うわね……というか早くないかしら。それに量も……」

 

 「千景、ここは私達の時代から300年も経っているんだ。そういうこともあるだろう」

 

 「私達は300年前の大赦も知らないけどね。でも色んな衣装を着た皆を見られるとは東郷ナイス。着飾るのは任せんしゃい!」

 

 「アタシも手伝うわよ雪花。楓達と樹は勿論、皆綺麗に可愛くしてやるわ! 夏凜にはこのフリフリした衣装を着せてあげましょ」

 

 「なんで私を引き合いに出すのよ! や、やめろー! そんなフリフリしたのを持って私に近寄るなー!」

 

 「うん……2人が楽しそうで何よりだ。ところで、演技は良いのか? このままだと日が暮れてしまうぞ」

 

 美森の要望は杏としても願ったり叶ったりだったことだろう。現にわざわざ衣装を変えて演技をさせているのだから。因みに、衣装は大型トラックによって運ばれており、必要に応じて用意した大赦の人間達が運んでくる。総勢10名程の大赦の者達はレプリカを用意した時と同じくノリノリであった。

 

 園子(小)の説明を受けて唖然としている千景に若葉が若干の諦めが入った表情で諭すように呟く。戦っていた場所が北海道なので大赦の存在をこの世界に来るまで知らなかった雪花は特に気にした様子もなく、色んな衣装を皆に着せられると燃えていた。

 

 そんな彼女に同調した風もやる気を出すや否やニヤニヤとしながらフリルが沢山付けられた可愛らしい服を手に夏凜に迫り、彼女は全力で逃げ出した。それを見てうっすらと微笑んだ棗のその後の言葉でハッとした杏は、再び皆に演技をしてもらうように動くのだった。

 

 「学ラン、男装……若葉ちゃんにも後でしてもらいましょう。でも今は楓さん達をこのカメラで……」

 

 「須美ちゃん、フィルムとメモリーカードの容量は充分ね?」

 

 「はい、東郷先輩! この時の為にそれぞれ10ダースずつ、メモリーカードは32ギガのモノを用意してあります!」

 

 「わ、私もか、えでくんを写真に撮りたいな」

 

 「私もうたのんを……」

 

 「やっぱ東郷さんは須美なんだよなぁ……」

 

 「アマっちアマっち。わたしにもあれやって?」

 

 「杏さんに頼まれたらねぇ」

 

 

 

 

 

 

 3人の演技に杏が満足した所で次のシーンに移る。メンバーは楓は続投で相手は千景。場所は変わらず教室のままである。

 

 現在、黒いゴスロリを着用して髪も左側のサイドテールに纏めた千景は教室の真ん中に立っていた。その手にはクマのぬいぐるみが抱かれ……そして目の前に、片膝を付いて(ひざまず)いて頭を垂れる、勇者に変身した状態で黒いスーツを着ている楓の姿。更にその頭には髪と同じ色の犬だか狐だかの着け耳があり、腰の辺りから垂れ下がった尻尾らしきモノ。

 

 「ぼくの為に、その命を賭けるというのか」

 

 「はい、この身は貴女の為にあります故に」

 

 「ぼくの為に、その生涯を使うというのか」

 

 「はい、それが私のすべてであります故に」

 

 

 

 「ぼくと……ずっと一緒に居てくれる……?」

 

 「はい。貴女を……愛していますが故に」

 

 

 

 「……ここまでやってなんだけど、伊予島さん、なにこれ? それに楓君に変身までさせて……」

 

 「“高貴な家柄の孤独な少女と人外(獣人でも妖怪でも可)の青年の異種族ラブストーリー”です! 先程のタマっち先輩達のが学園ラブコメならこちらはファンタジー! やはり種族の壁を感じつつもそれを共に乗り越えていくのは王道ですよね! 因みに、今回はそれに加えて主従の禁断の愛も追加です! 千景さんの雰囲気と変身した楓さんの姿がもうぴったりで! あ、獣耳と尻尾はアクセサリーで例によって大赦の方が作ってくれたそうです」

 

 「凄いよこの耳と尻尾、本物みたいにモフモフしてる!」

 

 「ぐんちゃんもその服似合ってて可愛い! ね、ね、もっかい“ぼく”って言って!」

 

 「友奈、あんまり触ると取れちゃうから……」

 

 「た、高嶋さん……そんなに抱き着かれると、その……ぼくも恥ずかしいわ」

 

 (演技だって分かってるけど、カエっちに愛してるって言われるなんて……羨ましい)

 

 演技が恥ずかしかったのか、それとも楓の言葉が恥ずかしかったのか顔を真っ赤にした千景が杏に問い掛けると怒涛の勢いで説明が始まる。その間にも美森と須美、ひなたがパシャパシャと写真をあらゆる角度から撮りまくっているが最早誰も気にしていなかった。

 

 立ち上がった楓に近付き、着け耳と尻尾を触って満足げな友奈と苦笑いしている楓。千景の方も高嶋が満面の笑みで抱き着き、演技での一人称が気に入ったのかそれを要求すると千景は恥ずかしそうにしつつもそれに応えた。幸福そうに笑う彼女を見て、軽い嫉妬の視線を園子(中)が向けていたのを、銀(中)だけが知っている。

 

 

 

 

 

 

 「部長。試合を受けてくれてありがとうございます」

 

 「いや、お前がそんな事を言うのは珍しいからな。だが、急にどうしたんだ?」

 

 「……僕は、この試合で勝って部長に言いたい事が……伝えたい事があるんです」

 

 「伝えたい事? それなら別に試合などしなくとも」

 

 「いいえ、それではダメなんです。僕は試合に勝って、貴女よりも強いんだと……弟分ではなく、貴女を守る事が出来る1人の立派な男なんだと証明したいんです」

 

 「新士……そうか。ならば、本気でやらなくてはな」

 

 「うん、全力でお願いします。若葉姉さん……僕は、貴女を越えてみせる!」

 

 

 

 「……杏、説明をくれ。いや、大体の流れは分かるんだが……」

 

 「勿論、“姉弟のような幼馴染で同じ部活(今回は若葉さんが相手なので剣道部)を通して関係を進めていく純愛物語”です! 年上の幼馴染に守られてばかりの弟分! そして姉貴分は学校では有名かつ高嶺の花! やがて自分を情けなく思う男の子は守られるよりも守れる立派な男を目指し、いつかは幼馴染という近くて遠い関係から脱却してその募る想いを彼女へと……やっぱり若葉さんはお……タが似合いますね」

 

 「そしてどれだけ打ち据えられても諦めずに立ち上がり、遂に死闘の末に若葉ちゃんに勝利する新士君。守る事が当たり前だった筈の弟分の成長を目の当たりにし、本気の想いを告げるその姿に若葉ちゃんはドキドキと胸を高鳴らせてしまうのです! やがて弟分から1人の男として意識するようになった若葉ちゃんは新士君の想いを受け入れ、2人の影は部活で使う体育館の中で重なって……」

 

 「おい、あんずが増えたぞ」

 

 「ひなた……なんでお前まで……」

 

 「ひなたさんは若葉さん大好きですからねぇ」

 

 「園子さん園子さん、アマっちが僕って言うの……良いですね~」

 

 「さっきの俺って言うのも良いよね~そのっち」

 

 「若葉……アタシを差し置いてちび楓に“姉さん”呼びだと……?」

 

 「お姉ちゃん、どうどう」

 

 教室の中で人形劇に使うような簡易的な背景を使って体育館の内装を演出しつつ、お互いに髪をポニーテールに纏めて竹刀を手に胴着を着た姿で向かい合う若葉と新士。演技を終えた若葉が頭に手を当てながら聞くと、相変わらずテンションの高い杏が説明し、更にカメラをパシャパシャと言わせながらひなたもそれに参加する。まさかの参戦に球子が遠い目をし、若葉が頭を抱え、新士はくすくすと笑っていた。

 

 そこから離れた位置では園子ズがこれまでの楓達の演技を思い返しながら感想を言い合い、新士に若葉が姉さんと呼ばれた事に実姉(じっし)としてのプライドが刺激されたのか風の目が据わる。そんな姉を、妹は苦笑いしながら抑えていた。

 

 

 

 

 

 

 それからも、杏の命令であるお気に入りシーンや要望シーンの再現は続いた。砕けた荒っぽい口調の高嶋と少し舌ったらずなお嬢様口調をこなす友奈の2人に無表情キャラをこなす楓、眼鏡を掛けて姉にコンプレックスを持つ内気な少女を演じる美森に鈍感な熱血正義漢な少年を演じる楓、元気な男装女子の従者をやりきる風に魔王のような厳かな主をやりきる楓、人懐っこい小学生のアイドルを恥ずかしがりながらも演じた樹にそのプロデューサーとして接する楓、ダルいダルいと無気力に言う夏凜に膝枕をして真っ赤になる彼女に笑いかける楓。

 

 酒好きな刀の人の姿の女性として絡むひなたにその刀の主として付き合う楓、(球子の要望で)恥ずかしがりながらも貴族の少女として剣の師事(勿論真似事)を受ける杏と真っ黒な服に身を包んで剣を教える楓、露出度高めな盗賊の格好をする歌野と一緒に楽しげに酒を飲む振りをするジャージ姿のそろそろ疲労困憊な楓、渋い叔父様キャラが好きという設定で羞恥と戦いながら演技する水都とメイクや付け髭等で渋い叔父様キャラを演じる楓。

 

 テンション高い姿が見たいとの要望でギャルのような格好をして頑張ってテンションを上げるが失敗する棗とそんな彼女を慰めつつこれまた要望でお姫様抱っこする楓、意外とノリノリで露出度高めの黒く際どい服を着て眼鏡を外している雪花と1回人類を救いそうな露出度の少ない白い服を着て右手の甲に赤い模様のシールを貼る楓。

 

 先程の美森と共に男装女子としてこれ幸いと遠慮なく抱き着きに行く園子(中)と抱き着かれて苦笑いする楓、大赦の者が用意したテント(教室内です)を貼って家庭用プラネタリウムで星空を観賞する銀と肩が触れ合う程に近くの隣に座って共に見上げる楓、無表情系食いしん坊キャラの園子(小)と彼女のお世話をする狸耳と尻尾を付けられた新士、仮面を着けて全身を覆う白い服を着た銀(小)とそんな彼女を抱っこする全身漆黒の鎧に身を包んだ新士、チョココロネが好きな女の子として苦笑いしながら一緒に食べる須美とどこから漏れたのか女装する事になってしまって落ち込んでチョココロネを食べる新士(傍らに楽器のベース)。

 

 途中から小説云々より欲望を優先した結果、死屍累々と言わざるを得ない状況が出来上がっていた。男性2人が肉体的にも精神的にも疲労困憊状態になり、女性陣も嬉し恥ずかしな混沌とした空気になっている。そんなこんなで時は過ぎ、最後の1組となった。

 

 「それで、自分に用って? わざわざ手紙でこんな時間に教室に来るように書いてさ」

 

 「ご、ごめんなさい…その、か、えでくんに言いたい事があって……」

 

 「ふぅん? 自分に、ねぇ……で、その言いたい事って?」

 

 「えっと、その……」

 

 場所は変わらず教室。沈み行く夕日の赤い光が窓から入り込み、それを背に受ける制服を着た神奈の姿が逆光で暗くなる。楓は右手に持つ手紙をひらひらとさせ、もじもじとする彼女を優しげに見た後にポケットへとしまい込んで問い掛けると、神奈は恥ずかしそうに俯いたまま言葉に出来ずに居る。

 

 今回のシチュエーションは今までのモノに比べてシンプル。夕方の誰もいない教室。女子の方から意中の男子に呼び出しの手紙を送り、来てくれた相手に告白する……そんな、恋愛物ではありふれた場面。つまりはここから告白するのだが、恥ずかしさが勝って中々台詞が出てこない。

 

 思わず監督でもある杏が声を掛けようとするが、それは振り返った楓が視線で止めた。そしてしばらく待ってみるものの、何度か声を出そうとしてまた俯いてを繰り返すだけで台詞が聞こえてこない。彼の後ろでは声を出さずに友奈と高嶋が“頑張れー”と声援を送り、他の者達もそれを見て身振り手振りで応援し、楓はただ微笑んだまま待つ。

 

 「……か、えでくん」

 

 「うん、なに?」

 

 (このまま台詞を……ううん、まだ駄目。だってここでは彼の名前を噛んだりどもったりしないから。だから……)

 

 再び深呼吸。演技なのに本当に告白するかのような緊張感。神である自分が、本当の人間の女の子のようにドキドキと胸を高鳴らせている事に内心笑みが溢れる。よし、と両手をギュッと握り締め、楓に向かって1歩踏み出す神奈。そして、今度こそ口を開いた。

 

 「か、えで……楓くん!」

 

 「うん」

 

 

 

 「私と……つ、ちゅきあってくりゃはい!」

 

 

 

 「……ふ……くふ……っ」

 

 「……ぁぅ……」

 

 神奈、噛んだ。それはもう盛大に。折角名前を噛まずに言えたのに肝心の告白部分でこれが手本であると言わんばかりの見事な噛みっぷりを見せ付けた。これには楓も演技抜きに笑いを我慢出来ず、他の者達も苦笑いを浮かべる者も居れば盛大にコケている者も居る。勿論神奈はこれまでにない程に顔を赤くして俯いている。

 

 そんな彼女に、楓は歩み寄った。その事に神奈は気付かなかったが、俯いた視線の先に彼の足が見えた事で近付いてきている事に気付き、思わず顔を上げようとして……その前に彼の右手が彼女の顎の先に添えられ、ゆっくりと上を向かせた。所謂、顎クイである。

 

 少し背中を曲げているのであろう、神奈の目と鼻の先に彼の顔はあった。あとほんの少し近付けば、唇が重なる程の距離。あうあうとしか声を出せない彼女に、楓は演技ではない彼自身の朗らかな笑みを浮かべ……。

 

 

 

 「自分で良ければ喜んで……神奈ちゃん」

 

 

 

 この後、その言葉を聞いた神奈が嬉しさやら恥ずかしさやらのあまりに気絶してしまい、その場はお開きとなる。その後しばらくは一部はこの時の演技や衣装姿で撮った動画やら写真やらで盛り上がり、一部は家や自室に戻って泥のように眠った。更に翌日以降も数日間、数人は楓達と目も合わせられない日が続いたそうな。




今回は後書きのおまけ的なモノは一切ありません(!?)

という訳で、レクリエーションの報酬による杏(と私)の欲望開放回でした。シチュエーション書くのも時間掛かりましたが、1番時間掛かったのは最後の辺りのダイジェスト風に書く際に中の人の出演作を調べた時ですね。この人これにも出てたんか!? となって面白かったです。1番笑ったのは東郷さんとひなたがきららファンタジアでコンビ組んでた(ランプ&マッチ)事です。次点にぱるにゃすがちょい役とは言えエピソードオブバーダックに出てたこと。

演技は原作のモノを入れつつ、元ネタありきやふと思い付いたのを入れました。ダイジェストは別作品キャラのを簡単に。楓のcvがコロコロ代わりますな。NLしか書いてないので楓は誰よりも疲れてますね← 元ネタ知ってるとニヤリとするかもしれません。

さて、今回で幕間のようなお話は終わり。次回から原作へと戻ります。番外編はしばらく無しですかね。それから、本作の話への“ここすき”ありがとうございます。この文が好きなのかーとニヤニヤさせてもらっています。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 22 ―

長らくお待たせしました、ようやく更新でございます(´ω`)

ゆゆゆ6周年には間に合いませんでした……目の疲れや頭痛さえ無ければ(ギリィッ。しかし6周年、時間の流れとは早いものですね。

fgo、中の人が好きなので卑弥呼欲しかったですが爆死……と思いきや一ちゃんがかなり好みなキャラでしたので個人的なそうでもなく。ダウナー系キャラ好きなんです。

天華百剣も1000万ダウンロード。今なら無料10連や好きな恒常キャラが1人交換出来るアイテムも貰えますよ。私は毛利ちゃんでした。たいぎぃ。

ファイナルギア始めました。シュミリ来なかった……テイクレもドカバトも爆死。ラスクラはレム来たのでガッツポーズして壁に中指ぶつけました。超絶いてぇ。そしてロスワ! 椛! 犬走 椛! 来て下さいなんでもしますから!(暴走

さて、今回から再び原作沿いに戻ります。どうぞお楽しみ下さい。ところで皆様……アンケートはお好きですか?←


 レクリエーションでの模擬戦を優勝した杏の命令である全員参加のシーン再現から数日経ったとある日。現在の神世紀の勇者達以外が集められた特別教室の中。皆が思い思いに休み時間を過ごしている時、雪花と歌野が机を挟んで対面に座り、間に興味深そうに対局の様子を見守る神奈を置いて将棋を指していた。

 

 「私はここに駒を動かすとしましょう。いざ華麗に進軍」

 

 「ん~、強烈な手を直ぐに指してくる。歌野、本当に将棋はやったことないの?」

 

 「ええ、結構面白いわね。盤面の動きがうっすら見えてくるというか、分かるというか……つまり、戦いと同じよね。あれもほら、敵の弱そうな所とか、攻めてきそうな気配とか分かるじゃない?」

 

 「や、普通はそこはわからないよ」

 

 「園子君は分かるってさ」

 

 「くぁ~この閃きタイプ共め。いいなぁ眩い才能。ちくしょう、絶対負けない」

 

 「あはは……雪花ちゃん頑張って」

 

 「うん、神奈の応援で勇気100倍。才能が戦いの全てじゃないってことを教えてあげるよ!」

 

 「かかってきなさい! その王将を畑の肥料にしてあげるわ!」

 

 将棋を始めてやるという歌野だったが戦況は彼女に寄っているらしい。押され気味な雪花が問い掛けるとあっさりと言ってのけ、天才肌な彼女に苦笑いと嫉妬の言葉を溢す。だがそれも神奈の応援を受けるまで。彼女の応援を受けた雪花と相対する歌野が見えない火花を散らした時、不意に彼女の端末に水都から連絡が入った。

 

 曰く、新しい神託が来たので勇者は全員部室へと集合して欲しいとのこと。雪花が神奈に視線を送ると彼女はコクリと頷き、神託があったことを言外に告げる。仕方ないと将棋の駒と盤を片付け、3人は並んで部室へと向かうのだった。

 

 「そうだ、神奈さんも今度私と将棋でバトルしましょ。楽しかったし、色んな人としてみたいわ」

 

 「うん、いいよ」

 

 「歌野ならいい勝負できるかもね。私はもうやりたくないけど」

 

 「あら、そんなに強いの?」

 

 「10枚落ちで園子に勝ってるよ。一緒に見てた風曰く、一手一手が“神の一手(ゴッドハンド)”だったってさ」

 

 「なにそれすごい」

 

 (あの時は頭の中に“私達(みんな)”の声が響いて煩かったなぁ……私だけでも充分だったから良いけど、今度は“私達”の代わりに指してあげないと)

 

 

 

 時間が少し経ち、場所は勇者部の部室。そこには既に勇者と巫女の皆が集まっており、各々が軽く談笑をしていた。

 

 「実は私は少々困っているのです。1つは冷蔵庫のエクレアが消えたこと」

 

 「こういうのも何だが、それは若葉が食べたのではないのか?」

 

 「私がひなたのおやつを勝手に食べたらどうなるか……思い返すのも恐ろしい」

 

 「若葉ちゃんではないですね。結構厳しく躾ましたので」

 

 「ほらな!」

 

 「いやいや、今のはツッコミ所のような……えっへんしてどうする」

 

 「姉さんが自分や樹のおやつを勝手に食べた時も同じように厳しく躾した方がいいかもねぇ……今度美森ちゃんにアドバイスしてもらおうか」

 

 「東郷式は、4時間正座は勘弁して下さい……!」

 

 (ああ、やっぱり東郷さんも須美みたいに怒らせたら恐いんだなぁ……)

 

 ひなたニコニコとしながら言い始めると棗が腕を組みながらそう言うも直ぐに若葉が否定する。よく見ればうっすらとだが表情が青くなっており、ひなたの“躾”との言葉もあって何があったんだと周りの目が2人に行く。胸を張りながら声は元気よく、しかし顔色は悪い若葉が言うと風のツッコミが入った。

 

 するとふと思い出したように楓がポツリと呟く。それが聞こえた風は直ぐ様彼へと向き直り、ピシッと誰かから教わったのだろう体を90度曲げて頭を下げた。その姿と懇願にも似た震える声に銀(小)は遠い目をしていたが、それは誰も気付かなかった。

 

 「~♪」

 

 「タマちゃん、口にチョコの残りが付いてるよん」

 

 「何ぃっ!? ……ってなんだ、付いてないじゃないか……ハッ!?」

 

 「こういう時はなんて言えばいいんだろうねぇ……」

 

 「今の土居さんにはこう言うべきね。だけど、マヌケは見付かったようね……とね」

 

 「あらあら……球子さんは後で東郷さんに手伝ってもらって吊るしますね。で、本題です」

 

 雪花に指摘されて慌てて口元を拭ってその手を確認する球子だが、チョコが付いてない事に安堵し……自身の行動の愚かさに気付き、油の切れたブリキの人形のようにギギギ……とゆっくりひなたへと顔を向ける。そこには、困った笑みを浮かべたひなたの姿。しかし球子にはその背景は炎が燃え上がり、般若の面があるように見えた。

 

 そのあまりにお約束な行動と言動に楓は苦笑いし、千景は呆れたように首を振りながら彼に向かって呟き、2人は横目で目を合わせてくすくすと笑った。そして球子に死刑宣告をした後にひなたと巫女の2人が今回の本題を口にする。

 

 今回の神託は2つ。1つはもうすぐ戦闘が始まること。もう1つは今回の戦闘は短いスパンで連続して発生するとのこと。普段なら1戦終えると数日、短くとも1日は間が空くのだが、今回はそれが無い。その為、勇者達の負担が大きくなるのだと言う。

 

 「なに、それぐらいなら問題ないさ。この人数に加え、伊達に修羅場は潜っていないぞ」

 

 「なんなら二手に分かれて戦ってもいいのよ? ねぇ千景」

 

 「RPGでも時々見るあれね。パーティを分割するから、満遍なく鍛えていないと苦労するという……」

 

 「現在は勇者の数が強味の1つですから、パーティ分割は最後の手段という事にしたいですけどね」

 

 「でもいざそうなった時の為に組分けはした方がいいかもねぇ。今なら戦えるのは……18人か。9人ずつ分けられるねぇ」

 

 「ま、どんな敵が来ようと肥料にするだけね。頑強な土の船に乗ったつもりで任せてちょうだい」

 

 「いや、沈むっちゅーに……」

 

 「ここは戦艦に例えましょう」

 

 「という事で、何があろうと熱く、そして柔軟に対応してみせるぞ、ひなた」

 

 「本当に頼もしい味方が増えましたね。宜しくお願いします」

 

 連戦すると聞かされても勇者達に焦りはない。ここまでの戦いを終え、厄介な相手と戦ったことも1度や2度ではない。それでも、このメンバーで誰1人欠ける事なく今日まで戦い抜いてきた。その自負、そして仲間への信頼がある以上、恐れる事は何もないのだ。

 

 その姿に、巫女達は大きな安心感を得る。今は戦えない2人もまた、皆が負けるとは微塵も思っていない。ただ、自分達が共に戦えない事が少しだけもどかしい。そして予定されるの戦闘までしばらくの時間がある為、一同は一旦下校するのだった。

 

 

 

 再び学校へと戻るまでの時間を各々が自由に過ごしている頃。1度寄宿舎へと戻ってきていた千景、銀(小)、神奈の3人は千景の部屋に集まってゲームで時間を潰していた。

 

 「さぁ千景さん! 今度はノックダウンファイターズでいざ勝負!」

 

 「次は私と勝負してね。今回こそ一撃でも当てて見せるから!」

 

 「ええ、良いわよ。私は1ラウンド足りとも遊ばない。神奈さんにも、手加減は一切しないわ」

 

 また学校に向かうので制服から着替えないまま、先程までやっていたソフトを入れ換えて格闘ゲームを始める千景と銀(小)と観戦の神奈。それぞれキャラクターを選び、コントローラーを握って対戦を始める。

 

 宣言通りに遊ぶ様子もなく操作する千景に、以前よりも遥かに成長したと自他共に認める銀(小)が食らい付く。が、やはりゲーム歴的にも単純な腕でも上を行く千景にあっという間に追い詰められる。

 

 「せい、せい、せいやっ、あ、ああああぁぁぁぁ~、その3択はエグいっ! あ~、負けた~惜しい!」

 

 「す、凄いよ銀ちゃん! 千景ちゃんの体力を8割も!」

 

 「ええ、本当に危なかった。大した反射神経だわ。また上達したわね、銀ちゃん……どうやら開けてしまったようね。格闘ゲームの対戦という羅刹の門を……」

 

 「格闘ゲームにそんな地獄に続きそうな門があるの!?」

 

 「いえ、ただの比喩よ……」

 

 千景のキャラの残り体力を2割にまで追い詰めるものの攻撃を読み間違えた銀(小)はそのままコンボを叩き込まれ、結果的に1ラウンドも取れないままに敗北する。しかしながらここまで体力を削れたのは初めてであり、千景もふう、と息を吐いて額を拭う仕草をし、神奈は快挙とも言える結果を見て感動したように誉める。

 

 悔しがりながらも楽しげに笑う銀(小)の姿を見て、千景は小さく笑いながら褒めつつボソッと呟く。それを聞いた神奈は思いっきり信じてしまい、驚愕の表情で千景を見る。これには彼女も銀(小)も苦笑いし、直ぐにそう返すと神奈はホッと胸を撫で下ろした。

 

 「褒められたけど、やっぱりまだ差を感じますね。千景さん本当にゲーム強いなぁ」

 

 「本当だよね。千景ちゃん、今度は私と!」

 

 「ええ、勿論良いわ……っと、招集が……」

 

 「あっ、もうそんな時間か~……」

 

 「あちゃー、残念ですね神奈さん。でも大丈夫です! あたし達がさっくりスピード解決してきますから!」

 

 「そうね、素早く終わらせて、また一緒にゲームをしましょう」

 

 「……うん! 約束だよ?」

 

 上達していると言われて嬉しそうにする銀(小)だったが、成長したからこそ千景の強さがより分かると言うもの。恐らく勇者達の中ではこの2人が最も彼女と共にゲームをしているということもあり、共感してうんうんと頷き合う。そうした後に神奈は銀(小)からコントローラーを受け取りいざ対戦……という所でタイムアップを告げるように招集のメールが来た。

 

 出鼻を挫かれ残念がる神奈に銀(小)と千景は元気を出させる為に片や明るく、片や軽く微笑んで約束をする。笑顔を見せる神奈と小さく微笑む千景は指切りをし、3人はゲームを片付けてから学校へと向かうのだった。

 

 

 

 すっかり冬が終わり、春の暖かさが眠気を誘う頃。夕暮れは少しずつ遅く訪れるようになり、夕陽の茜色の光が部室の窓から入り込んで中を染め上げている。本日2度目となる部室へと全員が集合した瞬間、聞き慣れたアラームが鳴り響いた。

 

 「おお!? 全員集まったら直ぐ警報が!?」

 

 「来て早々だねぇ。準備はいいかい?」

 

 「勿論よ新士君。変身開始!」

 

 「あっ、小学生組の皆の変身だ。見なくちゃ」

 

 「杏、自分の準備をするんだ。行くぞ」

 

 「うぅ、圧倒的正論……分かりました」

 

 「行ってらっしゃい、若葉ちゃん、皆さん」

 

 「こっちは変身出来ないのはもどかしいな……気をつけてなー」

 

 「仕方ないよミノさん。わたし達お留守番組はお留守番組で出来る事をしよ~」

 

 「皆、行ってらっしゃい」

 

 「うたのんも行ってらっしゃい」

 

 警報を聞き、直ぐに変身を開始しようとする小学生組に視線が行く杏を若葉が止め、続くように変身を開始する。他の者達も同じように変身し、お留守番組の5人に見送られながら最早見慣れた極彩色の光に呑まれ、樹海化した世界へと移動した。

 

 樹海に移動した勇者達はマップを確認した後、いつものように敵の反応がある位置へと楓の空飛ぶ光の絨毯が乗り込んで向かう。程なくして目的地へと辿り着き、お馴染みとなったポジション……遠距離武器組はそのまま絨毯の上で待機し、他の者達は降りて地上で待ち構える。

 

 「やぁやぁ我こそは三好 夏凜! さぁ敵よ出てきなさい! 殲滅してやるわ!!」

 

 「夏凜は今日も覇気充分だな……見ろ、早速お出ましだ」

 

 「あら、今回のは前のよりも慎ましやかなサイズ……さて、どんな仕掛けがあるのやら」

 

 「基本的に、バーテックスはデカイ奴ほど強い。どうやら今回の敵は比較的楽?」

 

 「そういうこと言うとフラグにしか聞こえないよお姉ちゃん……」

 

 「今回厄介な事になったら姉さんのせいだねぇ」

 

 「そこまで!? アタシそこまでのこと言った!?」

 

 夏凜が二刀を手に戦意を高めつつ敵の反応がある方へと言い放ち、そんな彼女の姿に棗は感心し……そう言った直後に勇者達の目がバーテックスの姿を捉える。相も変わらずわらわらと数多く出てくる敵を見て各々武器を構える中、歌野は中、小型が多数居るが大型の姿が“カノン”という個体の1体だけであり、これまで見てきた中では最も小さいサイズである事に疑問を覚える。

 

 風が言ったように、これまでのバーテックスの強さを見る限り大きければ大きい程より強くなり、能力もまた厄介なモノを持っている事が多い。この世界に来てからはまだ1度も見ていないが、神世紀組が戦ってきた星座の名を冠するバーテックス等その例だろう。この世界で相対した大型バーテックス達も充分な強さ、厄介さを誇っていた。

 

 「神奈さん達によると、今回は戦いが続くようです。長期戦も視野に入れて戦うといいかと」

 

 「それなら任せろ、経験済みだ。なぁ?」

 

 「うん! 私達の時代の丸亀城での戦いだね」

 

 「さぁ、きっちり倒していきましょう。無理せず、でも確実に!」

 

 「両方やってこそ勇者ってことね。辛いねぇ、そこそこに頑張ろ!」

 

 「皆となら出来るよ、せっちゃん。よしっ、行くぞーっ!!」

 

 犬吠埼3姉弟がじゃれ合っていると須美が樹海に来る前の巫女達の言葉を思い返しながら呟き、球子が自信あり気に呟き、高嶋が肯定する。言葉にはしていないが、他の西暦の四国組も頷いていた。

 

 先の戦いで解放した丸亀城。若葉達5人はかつてそこで長時間バーテックスと戦い抜いた経験があった。今でこそ戦える勇者の数は20人近く居るが、元の世界では5人。前線に出るメンバーと控えのメンバーとの交代を繰り返し、疲労を重ねつつも仲間への信頼と連携を武器に長時間の戦闘を乗り越えた。その経験、信頼関係、そしてこの世界で築き上げたそれらがあるのだ、何も恐れる事はないだろう。

 

 それは何も5人だけではない。これまで各地を1人で戦い抜いてきた歌野、雪花、棗。長期戦の経験があまりに多くなくとも信頼関係や連携では負けない神世紀組も、その表情に恐れはない。それにこの世界では何度か同戦闘内で1陣、2陣と連続して敵が来ることもあったのだ。帰還して直ぐにまた戦闘という事例こそまだ無いものの、連戦の経験が全く無いという事もないのだから。

 

 かくして始まる、連戦を前提とする最初の戦闘。大型は1体だけとは言え他の数は相変わらず多いが相手するのもすっかり慣れたモノ。空中では遠距離武器の攻撃が飛び交い、地上では前衛が最前線で大暴れし、その隙を埋める為に中距離組がテクニカルに動く。これまでも、そしてこれからも続くであろう戦闘風景である。

 

 「行っきますよー千景さん! 神奈さんが待ってますから!」

 

 「ええ、銀ちゃん。さっさと終わらせて、3人で続きをしましょう」

 

 「私も歌野に将棋でリベンジしないとね。そぉら!!」

 

 「いつでも受けて立つわ秋原さん。せいや!」

 

 炎を纏う双斧と大鎌が振り回され、眼前のバーテックスを焼き斬り、輪切りにしていく。戦場での会話としてはやや不謹慎だろうが、そんな事はいつものこと。むしろ緩いくらいの方が勇者達には合うのだろう。同じような理由で雪花も槍を投げつけ、歌野は鞭が空気ごとバーテックスを裂いた。

 

 他の者達も各々好きに会話を挟みつつ、しかしバーテックスを倒す手は止まらない。今更中、小型では勇者達を止められない。敵はその数をどんどん減らし、やがて唯一の大型であるカノンも上空から放たれた須美と楓の光の矢が貫き、2つの大穴を開けた後に光と消えた。それを見た美森は端末を確認し、敵の反応が無くなっている事を伝える。

 

 「全部ビシッとやっつけたね。ねーアマっち、おかわりは来ないのかな~?」

 

 「まあ見える範囲にも端末にも反応無いから大丈夫じゃないかねぇ」

 

 「そうね、今回はもう帰還だと思う。だけど、神託では連続で戦闘があるって事だったけど……」

 

 「速やかに撤収するぞ。だが、部室に戻っても解散ではない。次に備えて待機とする」

 

 「若葉殿、お腹が減ると思うのでおりますが?」

 

 「安心しろ結城、ひなたなら何か気を利かせておいてくれているハズだ。私はひなたには詳しいんだ」

 

 「やったね! じゃあすぐに帰ろうよ。あはは、実は既にお腹空いちゃって……」

 

 「ああ、私もだ」

 

 降りてきた遠距離組と合流し、全員集まったところで園子(小)が新士の隣を陣取りながら聞くと彼は軽く周囲を見回してから端末のマップも確認し、敵の姿も反応も無いことを確認にしてからそう返す。須美もそれを肯定しつつ事前に言われた神託の内容を思い返しながら言うと、それに続いて若葉が全員にそう口にする。

 

 部室で待機する、そう言われて疑問を口にしたのは友奈。樹海化する前、放課後という事もあって夕方であった。今しがた戦闘という名の運動をしたこともあり、空腹を訴えている者も数名程出ている。言い出した友奈本人もお腹を押さえながら空腹であると告げれば、若葉はそう言って安心させつつ自身も同意する。だが、次の台詞が問題であった。

 

 「だがバーテックスを齧ると、それこそひなたに怒られるからな」

 

 「いや、齧りませんよ。というかバーテックスって食べられるんですかねぇ? 倒したら消えますし、まあそもそも食べる人なんて居ないでしょうが……」

 

 「ああ、止めておけ。不味くて食えたモノじゃないからな」

 

 (なんで味の感想を……? まさか若葉さん……いや、流石に無いだろう。バーテックスを本当に齧った、なんて……ねぇ?)

 

 かつて若葉は星屑と呼ばれるバーテックスを齧った事がある。それは人間を食い殺してきた星屑に対する報いを受けさせる為の、目には目を歯には歯をという目的によるモノなのだが。実際にその瞬間を目にした事のある若葉以外の西暦四国組は当時を思い出して苦笑いし、それ以外の者達は冗談として受け取って笑っている。

 

 楓もまたそう受け取り、苦笑い気味に疑問を口にするが……返ってきた言葉に冷や汗が流れる。嫌な想像が脳裏に浮かぶが、結局彼はそれも冗談に違いないと内心首を振った。或いは、気付かなかった事にした方が良いと察したのかもしれない。

 

 「お腹空いたんなら、夏凜齧って飢えを凌いでちょうだい」

 

 「私は食えないっつーに」

 

 「はむっ」

 

 「ひぃやぁ!? ゆゆゆ友奈、あんた何して」

 

 「あむっ」

 

 「若葉も友奈と同じことすんな!!」

 

 「ん? 中々に味があるぞ」

 

 「夏凜ちゃんって美味しいね!」

 

 「嬉しくないわよ!!」

 

 お腹が空いた云々の話をしていると風が冗談めかして言うと直ぐに本人からツッコミが入る。が、次の瞬間には彼女の右耳に友奈が甘噛みし、右耳を押さえながら飛び退いて顔を真っ赤にしながら慌てる。しかし飛び退いた先には若葉が居り、同じように左耳にやんわり噛みついた。これまた直ぐに飛び退いて両手で両耳を押さえながら真っ赤なまま怒る夏凜。2人が味の感想を言うとやはり怒鳴り声が返ってきた。

 

 「えっ、夏凜さん齧れるんですか?」

 

 「“友奈と同じリアクション”と聞いたからには、私も齧っておいた方がいいかな?」

 

 「そう言えば、夏凜は煮干しが好きだったな。煮干しの味がするのかも知れない」

 

 「煮干しか、タマは魚好きだぞ。よし、夏凜を味見だ」

 

 「ひっ!?」

 

 「ああ、好きそうなあだ名だよねぇ。今度キャットフードでも開けてあげようか?」

 

 「だぁれがネコだこらぁ!」

 

 「アマっち、わたしはいつでもアマっちに食べられる準備は出来てるんよ!」

 

 「その台詞で充分お腹いっぱいだよ……」

 

 「あらら、大変。このままじゃ皆のお腹が膨れても夏凜さんが居なくなってしまう」

 

 「あはは、そんな事になる前にちゃちゃっと帰りましょうか」

 

 銀(小)が不思議そうに言ったのを皮切りにノリか天然かその場の空気が混沌としてくる。視線が集中した事で夏凜が怯えて風を盾にした時、ここぞとばかりに楓が球子を弄りに行く。そのまま2人が追いかけっこを始め、流れに乗って園子(小)は新士の手を両手で包み込みながら目を見てそう言うと、彼は頭が痛そうに空いている手で押さえながら溜め息を吐いた。

 

 戦闘時の空気はすっかり消え去り、緩くも混沌とした空気に包まれる。会話に入らず外野として楽しんでいた歌野がくすくすと笑い、雪花が流れを終わらせるようにそう呟く。皆がそれに同意した後、そう間を置かずに部室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「帰還しましたー……ってなんだか良い匂いが」

 

 「お帰りなさーい。兵糧を用意してあるんよ。その兵糧とは、な、な、なんと! うどんだよ~!」

 

 「素敵よ。流石ねそのっち」

 

 「連戦の可能性があるからね。良かったら食べてね」

 

 「わんぱく若葉ちゃんには大盛りを用意しましたよ」

 

 「カエっちには焼きそばも作ったんよ~♪」

 

 「雪花にはラーメン作ったぞ。棗さんにも沖縄そば、調べてから作りましたんで。味見はしたんだけど、本場のとは違うかも……」

 

 「うどんは私もひなたちゃんに教えてもらいながら作ったんだよ」

 

 部室へと帰還するや否や、勇者達の鼻を良い匂いが擽った。見れば部室の中に簡易テーブルが幾つか広げてあり、その上に大きな鍋が4つ程。更に別のテーブルの上にはうどんやラーメン、そば、沖縄そばに使う麺の束がどっさり。焼きそばもこんもりと置かれており、出来立てなのか鍋と焼きそばからは湯気が上がっている。麺の近くにはトッピング用の具材も多数あり、まさに麺バイキング。

 

 無論、本人達が言った通り用意したのはこの5人だ。しかしどうやって調理を……何人かがそう思った時、ふと窓の外を見ると下に大きな車……所謂キッチンカーと窓から覗き込む勇者達に頭を下げる大赦の人間の姿。後に5人に聞いた所、予めキッチンカーと器具、材料を用意してもらい、帰還する皆に直ぐに振る舞えるように招集前に作っていたらしい。尚、沖縄そばの情報提供は赤嶺家らしい。

 

 「やはり予想した通りだ。ひなた、ありがとう」

 

 「のこちゃんもありがとねぇ。焼きそば、美味しく頂くよ」

 

 「郷に入りては郷に従え……か。蕎麦帝国の建国宣言はまだまだ先ね」

 

 「うたのん、ちゃんとお蕎麦を用意しておいたよ」

 

 「みーちゃん最高!!」

 

 「おお……本当にラーメンがある。銀様、あざっす!」

 

 「まさか沖縄そばが食べられるとは……感謝する、三ノ輪」

 

 「いや、銀様て……棗さんもいいっていいって。でも味の感想は聞かせて下さいね。こっちでも色々調べてみるけど、やっぱり本場の人の話を聞きたいし」

 

 「分かった。では沖縄そばとソーキそばの違いや成り立ちから説明しよう」

 

 「えっ、そこから?」

 

 そんな会話があり、各々器を手に麺とスープ、具材を好きに入れて好みのうどんやらそばやらラーメンやらを作って舌鼓を打つ。楽しげな会話とずるずると麺を啜る音が部室に響き、味と共に束の間の休息を味わう勇者達。疲れた体と精神に心の籠ったそれらはじんわりと染み渡り、自然と笑顔が浮かぶ。

 

 とは言え、休憩中とは言え完全に気を抜いている訳ではない。次の襲撃がいつ来るかわからない以上、気を抜き過ぎるのは危険だからだ。適度に気を抜き、適度に戦闘時の空気を保つ。会話の内容とて只の談笑もあれば次の戦闘に対してのモノもあった。そんなこんなで時間は過ぎていき、来た時は茜色だった空がすっかり暗くなってしまった頃。

 

 「モグモグ……だからね、アタシ達勇者は武器の特性なんかで個性はあれど……あれよ。もう少しこう、雷を操るとか時間を止めるとか、そういう特殊能力があると味わい深いって話よ」

 

 「特殊能力か……悪くない響きだ。モグモグ……うん、三ノ輪の作った沖縄そばは美味い」

 

 「そうね、各自に何かしらの能力があれば個性として面白いと思うけど……沖縄そば、後で少しだけ食べてみようかしら……モグモグ」

 

 「ねぇ、もしも何か1つ自由に能力を使えるとしたら、どんなものが欲しい?」

 

 「世界を書き換える力とか……現在では問題だって解決できるはずよ」

 

 「ふむぅ、それはちょっと何でもありすぎてNGで。あ、うどんおかわりしよっと」

 

 (雷ではないけど炎なら友奈が出せるし、時間はある意味で神奈ちゃんが止めたり出来るんだけどねぇ……)

 

 風、棗、千景の3人は食事をしながらそんな会話をしていた。そう広いとは言えない部室の中ではさほど声を張っていなくとも会話が聞こえる為、楓は焼きそばを手にしながら耳に届いた姉達の会話に内心苦笑い気味に呟く。因みにこの時点で焼きそば、うどん、沖縄そば、ラーメン、蕎麦の全てを楓は口にしている。

 

 その後も水を操る能力や重力を操る能力なんかの話を始めに特殊部隊談義を楽しげにしている3人を見ている友奈もまた、直ぐ近くの夏凜に話しかける。

 

 「なんだか3年生組が面白そうな話をしているね。さすが年上さんチーム!」

 

 「話題は小学生が好きそうなものに思えるけど……むっ、この気配は」

 

 「……やっぱり、もう出撃だ。さっきの戦いから1時間位しか経ってないのに」

 

 「一息はつけましたけど、中々へヴィですね」

 

 「あ~、食後にいきなり激しく動くと体に悪いかも」

 

 「確かにねぇ。それにまだ食べたり無いし、戻ってきた時にはスープや焼きそばも冷めちゃってるだろうしねぇ」

 

 「お姉ちゃんは3回お代わりするんだもん……ってお兄ちゃんは1時間近くずっと食べる手は止めなかったのにまだ食べたり無いの!? 私が見てた限りだと麺類全部食べてまだ焼きそばお代わりしてたのに!?」

 

 「イッつん、カエっちは焼きそば更にもう1回お代わりしてくれたんよ~。沢山作ってて良かった~♪」

 

 「更に上を行ってた!?」

 

 「未来の自分は随分と大食いだねぇ」

 

 「風さんと同じ回数お代わりしてるお前が言うなよ」

 

 夏凜が何かに気付いた様子を見せると同時に楓も美森、園子(中)、銀(中)もピクリと何かに反応した直後、次の襲撃を告げるアラームが鳴り響く。普段のインターバルと比べると驚く程早く次の戦いが始まる事に水都から不安げな声が漏れ、実際に戦う事になる杏も予想以上の早さに溜め息が溢れる。

 

 2人に同調するかのように一瞬部屋の空気が暗くなるが、いつもの犬吠埼3姉弟の漫才染みたやり取りに全員が笑い出す。そこにほけほけと笑う新士と銀(小)のツッコミも入り、余計に笑いが込み上げてきた所で、若葉が口を開いた。

 

 「敵を多く倒せる、そう前向きに考えよう。さぁ行くぞ勇者達よ! 私に続け!」

 

 「おぉ、流石ご先祖様、タフだよ~」

 

 

 

 

 

 

 そして再びやってきた樹海。勇者達は先の戦いと同じように敵の反応がある場所へと向かい、その道中に談笑をする。休憩出来たのは1時間程で会話も挟んで食べていた事もあり、成長期としてはまだまだ食べたり無いと言う者も何人か居た。実際の所、連戦にならなければまだまだ食べていたかっただろうし、まだまだ休憩もしたかった事だろう。

 

 「ん~、元気の源を補給したから体力満タン。さぁ行くぞ!」

 

 「あたしは食べ過ぎないで良かった。止めてくれてナイス須美。新士みたいにおかわりしたかったけど」

 

 「自分ももう少しおかわりしたかったねぇ」

 

 「アマっちにミノさんや、おかわりしたければさくっと戦闘を終わらせれば良いんだぜ~」

 

 「ん! 園子の言う通りだわ! ぱぱっと倒して、またうどんを食べましょう」

 

 「そうだねぇ。折角作ってくれたんだから、冷めたり残したりしたら勿体ないからねぇ」

 

 「風さんもかーくんもまだ食うんかーい」

 

 「まだ食べられるのは凄いな、素直に尊敬する。海でも余裕に生きていけるだろう」

 

 とは言え、1時間程とは言え好物を食べて体力も気力も充分に回復出来ている。やる気を漲らせる高嶋、食べ盛りの小学生組の前衛2人、まだまだ食べる気の大食い姉弟とツッコミを入れる雪花。棗はその2人に本当に尊敬の目を向けていた。

 

 「須美ちゃん、準備はオッケイかな?」

 

 「はい、友奈さん。いざ参りましょう」

 

 「東郷さんの声で友奈さんって本当斬新!」

 

 「他にも色々試そうか? 友奈君、友奈っち、友奈様、友奈殿。楓さん、楓っち、楓様、楓殿」

 

 「なんで自分まで? いつも通りでいいよ、美森ちゃん」

 

 「あははっ、楓君のも私のもどれも素敵だけど、やっぱり私もいつも通りに友奈ちゃんがいいかな!」

 

 「うん、分かったわ。行こう、楓君、友奈ちゃん」

 

 3人のやり取りに笑う周囲の声に3人も釣られて笑いながら、光の絨毯は勇者達を乗せて樹海の空を飛ぶ。後少しもすれば敵と遭遇し、本日2度目となる戦いが始まる。その後少しの時間を楽しみながら、勇者達は戦場へと向かうのだった。




原作との相違点(久しぶり

神の一手(ゴッドハンド)神奈

・千景と銀の絡みに神奈参加

・ハイツさんの台詞が微妙に違う

・若葉のバーテックス食いに疑問を持つ楓

・捕食者友奈&若葉と非常食夏凜

・花嫁修業中料理人銀(中)

・その他多いんじゃないかな……(曖昧



という訳で、原作花結いの章8話前半でした。久しぶりに原作沿いに書いた気がします。原作沿いを書くのはキャラの台詞や展開等を書く時は比較的楽な方なんですが、楓と新士、神奈を違和感無く入れられるかどうかで悩みます。

原作では麺はうどんとそばだけでしたが、本作では銀(中)のお陰でラーメンと沖縄そば、園子(中)と楓の絡みがあるので焼きそばも追加。更に原作だと2時間のインターバルがありますが1時間に半減。ゆゆゆいで難しいのは時系列の把握なんですよね……。

前回の杏ご褒美回は好評なようで何よりです。ダイジェストにした部分も見たいと嬉しいお言葉がありましたが、書くかどうかは未定。今もリクエスト貯まってる状態ですしね。また番外編としてリクエストを消化しないと……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 23 ―

前回の投稿からおよそ3週間、大変長らくお待たせして申し訳ありません。それでも待っていてくれた方、本作を読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます(´ω`)

銀ちゃんの誕生日に間に合わなかった……そして難産でした。寝不足か精神的なものか毎日のように激しい頭痛がしてましたが、最近ようやく収まってきました(治ったとは言ってない)。今年は後何回投稿出来るのか。

ロックマンDAIVが始まり、ラスクラでリゼロコラボが終わり、アプリで爆死多数。ゆゆゆいでは先月遂にハイツさんが切り札化したので狙いましたが来たのはタマっちでした。これでURは5人、内赤が4人です。しかもタマっち以外近接。この片寄りは何なのか。

今日からfgoもイベント始まりましたね。ゴッホちゃん可愛い。ホント可愛い。欲しい。ネモ君も欲しい。量産機みたいな名前がツボです。1番好きなのはジェガンですが←

さて、今回もアンケートあり。今回は普通に本作への皆様の感想みたいなものなので、是非とも気楽に投票して下さい。私が喜びます。


 予め聞いていた神託通りにその日の内に2度目の襲撃を受け、連戦することになった勇者達。最初の戦闘と留守番組が用意してくれていた麺料理に舌鼓を打ったことで心も体も暖まっていた勇者達は楓の光の絨毯で目的地まで移動した後、いつも通りの立ち位置で直ぐ様戦闘を開始する。

 

 敵は初戦とそう変わらない構成だった。中、小型が多く大型の敵も初戦と同様のカノンと呼ばれる、以前遭遇したものよりも一回り小さいバーテックスが1体だけ。連戦とは言え、しっかり休憩を取った勇者達の敵ではなかった。

 

 空で光が迸ればその直線上のバーテックスが消し飛び、射線の直ぐ近くの中、小型は体勢を崩したかのように動きが鈍り、逃さず撃ち抜かれる。地上では前衛が大暴れし、その隙を中衛が埋める。そうやって上空と地上の中、小型のバーテックスを粗方倒した後は残ったそれらを撃破しつつカノンへ攻撃を開始。そうし始めて少し経った頃、ようやくカノンの動きが鈍り出した。

 

 「よーし大分弱らせたな。今回は敵からオーラみたいなのも出てないだろ」

 

 「後少しでフィニッシュだねぇ。じゃあトドメをお刺し申すか……ん?」

 

 「大変……向こうから新手が出てきたわ!」

 

 敵の様子を見た球子の言葉に、勇者達は確かにと内心で頷く。これまでの戦いで、追い詰めたバーテックスがオーラのようなモノを纏う事が多々あり、そのバーテックスは厄介な能力やタフな身体を持っていた。しかし今回はそういったモノは確認出来ない。

 

 ならばと雪花が槍を構え、いざトドメの一撃を放とうとした時、上空の美森が全員に聞こえる声量で呟く。見れば現在の戦場から少し離れた場所に数十体のバーテックス。中でも目立つのはやはり大型の1体……なのだが。

 

 「ぬっ、ここに来てもう1匹か。そういうサプライズは求めてないのにぃ」

 

 「……あれ? 新しく出てきたのって、数時間前に倒したバーテックスじゃない?」

 

 「同じ種類の別個体とも考えられるけど、どうなんだろう……2体、か。面倒な」

 

 「仮に別個体だとすれば、同じ姿のバーテックスが3体現れた事になるねぇ……大型だと初めての事じゃないかい?」

 

 新しくやってきたバーテックス達にげんなりとする風。彼女と同じようにそちらへと視線を向けていた友奈はふと気付いたように呟き、千景が考察しつつ疲れたように首を振る。そう、新たに現れた大型バーテックスは、つい数時間に、そして今も戦っているカノンと同種であった。更には他と比べると小さい事も同じである。

 

 同じように考察しつつ呟くのは楓。これまで同種のバーテックスが出てくる場面等幾らでも見てきた。中、小型等は完全に同じ見た目なのがうようよといるし、大型もカラーリングだけ変わっている、なんてこともあった。しかし、同種の大型が3体連続して出てくる事は初である。

 

 「んんんっ! ぴっかーんと閃いた! ご先祖様!」

 

 「ああ、2体には距離がある。合流する前に今戦っている奴を倒してしまおう」

 

 「全くもって同意見。大丈夫、ちょっと強引に行ってもいける」

 

 「……そういう“流れ”が見えるんだろうねぇ、指揮官タイプの才能ってのは。神奈も案外指揮官として動くと凄かったりするのかにゃあ」

 

 「風さんと球子は遠くの敵が仕掛けてきたら防御頼む! 楓達も引き続き上空の敵と援護を!」

 

 「よーし行くぞー! 全力全開! 勇者パーンチ!!」

 

 「せいやぁー! 出力最大! 勇者パーンチ!!」

 

 「高嶋さんに続くわ!」

 

 「刻んで殲滅! 乱舞を食らえ! そらぁぁぁぁああああっ!!」

 

 「燃えろ、あたしの斧! いっくぞ! うりゃりゃりゃりゃりゃ!!」

 

 「自分も突っ込むよ! この爪で引っ掻いたら痛いだけじゃ済まないけどねぇ!!」

 

 子孫と先祖の2人がそうして言葉少な目に意志疎通をし、簡単に作戦を告げると歌野が断言するように同意する。敵が現れた次の瞬間には作戦を考え付いた3人を見て雪花は少し羨ましげに呟きつつ、そんな留守番しているもう1人の指揮官タイプを頭に浮かべた。

 

 もしもの為の防御を防御力に定評がある2人に任せ、他の前衛組は目の前のカノンに攻撃を集中させる。友奈と高嶋の2人の拳が、それに続く千景の大鎌が、夏凜の双剣と銀の双斧と新士の双爪が、同時に多方向から攻め立てる。その体躯に次々と傷が付けられていき、目に見えてカノンの動きが更に鈍る。

 

 「銀君の斧の威力はいつ見ても凄まじいし、新士君のスピードは相変わらず速い。負けてられない諏訪の農業王! はっー!!」

 

 「大きくぐらついた……けど、反撃狙ってるね? させない!!」

 

 「同じく見切った! 反撃しようとしている部分を砕ーくっ!! 樹先輩、続いて下さいな~!」

 

 「うんっ! えーい!!」

 

 「そろそろフィニッシュ!? 行っちゃって! 後ろは良い女に任せて!」

 

 「向こうの敵が何かしてきてもタマが守るかんな! 防御とか気にせずやっとけ!!」

 

 「上空の敵も気にしなくていいよ。自分達が全部落とすからねぇ!」

 

 「よし! 棗さん、一緒に頼む」

 

 「あぁ、脆い部分を……砕く!」

 

 小学生の2人の猛攻に触発されたように歌野が鞭で強烈な一撃を与えた直後、カノンの体中から冷気のようなモノが吹き出し、反撃の動きを見せる。が、それを黙って見ている勇者達ではない。直ぐに気付いた雪花が吹き出している部分に向かって槍を投げつけ、園子(小)と樹も続いて槍で、ワイヤーで切り裂き、穿ち、砕くことで噴射を止めて封殺する。

 

 ボロボロのカノンの姿にあと一息だと風と球子、楓が声を出して後押しする。その言葉に押されつつ、若葉と棗は同時に敵に向かって気合いを入れた声と共に突っ込んで両断、粉砕。数秒の間を置いて光となって消滅したのを確認し、若葉は再び声を上げる。

 

 「敵バーテックス、討ち取った!!」

 

 「果敢な攻めだねぇ。これで残りは後1体」

 

 「そちらは楓達が向かってくれている。私達も向かうぞ」

 

 「ああ。行くぞ雪花、棗さん!」

 

 そう棗が呟いた後に、もう1体のカノンが現れた場所に幾つもの光が迸る。それを見た前衛組は直ぐに転身、そこに向かって走る。遅れないように若葉達も続き、程無くして2体目のカノンもまた勇者達の攻撃に耐えきれずに光となって空へ昇るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「さーて、またまた連戦だ……ってわーっ、小さい敵がわらわらと出てきたね」

 

 それから少しの間、勇者達は小休止を取ることが出来た。しかしおよそ5分かそこらの時間が経った時、再び敵が姿を現す。相変わらず中、小型が園子(小)が言ったようにわらわらと現れ、その多さに何人かがうげぇ……と嫌な表情を浮かべる。

 

 「小さい敵にうろうろされたら邪魔だ。ペアになって撃破していくぞ!」

 

 「若葉さんストップ! 自分と杏ちゃんで数を減らします!」

 

 「っと、そ、そうか。わかった!」

 

 (あの乃木さんが止まった……)

 

 「杏ちゃん、頼んだよ」

 

 「任せて下さい。小さい敵がどれだけ居ても、強化されたこの攻撃なら……っ!」

 

 再び果敢に先陣を切ろうとした若葉だったが上空から楓に言われ、勢いを削がれつつ動きを止める。その事実に誰に知られることもなく千景が驚愕していると楓は攻撃の為に出していた光の弓を消し、以前したように杏のボウガンを強化する。

 

 楓の光により、その姿を大きく神々しく輝く光のボウガンへと姿を変えた武器を構え、杏はその光の暖かさに安心感を覚えつつバーテックスの群れに向けて引き金を引く。瞬間、放たれるのは比喩表現ではなく光の矢の雨。丸亀城奪還戦の時にも牙を向いた豪雨に等しいそれはバーテックスの群れの大半を消し飛ばし、大幅に敵の戦力を削る。

 

 だが、今回の敵も数だけは非常に多い。大多数を消し飛ばした筈なのにまだわらわらと現れており、未だに“大量”の枠から外れない。とは言え多くの敵を消し飛ばしたのも確かであり、勇者達の士気は高まっている。

 

 「……やはり、強化は1度引き金を引くと効果が消失しますね」

 

 「だねぇ。これで使えるのは後1回……いや、出来れば早めに限界と反動を知りたいから、今回で3回目を使って確認しておきたいところだ」

 

 「気持ちは分かるけど、あんまり無理しないでね? 楓君」

 

 「今後しないように、今確認しておくのさ。勿論、使わないで終わるならそれに越したことはないけどねぇ」

 

 「そうですね。楓先輩の強化は強力ですが、使いどころが限られますし……」

 

 光の矢の放出が終わり、ボウガンの光が消えて元の姿へと戻っていく様を見ながら杏が呟く。強化は1度の攻撃にしか作用しない。杏の場合は連射力が売りの武器だからか1度引き金を引き、引き続けた状態で放たれる攻撃全てに作用しているが。

 

 杏の呟きに答えつつ、楓は自身の考えを述べる。1回なら特に問題はなく、2回目を使うと変身解除後に疲労感が出る。限界であろう3回目を使ったらどうなるのか想像も付かないが、なるべく早く反動……代償を知っておきたかった。心構えが出来ていた方が緊急時の対応もしやすいからだ。

 

 「楓と杏がかなり数を減らしてくれたな。だが、やはりまだ数が多い……私も前に出るぞ!!」

 

 「張り切りすぎて周りが見えなくならないように気を付けて。あまり熱くならないで」

 

 「む、そうだな……また同じ事を繰り返すところだった。ありがとう、千景」

 

 「別に、お礼を言われる程じゃないわ。それと……前に出るのは私“達”よ。次に1人で前に出ようとしたら、その前に私がこの鎌の刃側でどついてあげるわ」

 

 「そ、それは怖いな……肝に命じておくとする」

 

 「ええ、是非そうして頂戴。貴女のこと、ちゃんと見ているからね」

 

 2人が多くのバーテックスを倒した姿に触発されたのか意気揚々と前に出ようとする若葉だったが、千景にそう言われて昂りすぎた気を抑える。以前のようになる訳にはいかないのだ、と。

 

 同じ事を繰り返す、とは西暦での出来事のこと。当初、若葉はバーテックスへの憎しみ、復讐心に囚われていた時期があったのだ。故に殲滅する為に前に出続け、その結果仲間の1人が倒れてしまった事がある。その戦う理由を、その結果を怒られ……紆余曲折あり、今のように仲間の為、人々の為に戦う若葉が居る。その際にも千景が今と同じようなことを言ったのを思いだし、若葉は冷や汗を流しながら笑みを浮かべた。

 

 2人のやり取りを微笑ましげに周りが見ているのを知らず、若葉が千景と楓達の攻撃前に言っていたペアを作りつつ、他の勇者達も各々ペアを作って攻撃を開始する。尚、上空の遠距離組はペアを作らず地上組の援護である。

 

 「……地上の皆さんの団結を見ていると、体の奥が熱くなる時がある。これは一体何なのでしょう……」

 

 「須美ちゃんにもきっと分かる時が来るよ。そのまま、その熱を育てようね」

 

 「杏ちゃん、君は何を言っているんだ」

 

 「さてさて、折角かーくん達が貴重な強化を使ってやってくれたんだし、残ったバーテックスを叩きましょうか、結城っち」

 

 「だね、せっちゃん。勇者パワーを10倍だぁっ!」

 

 「おっ、それじゃ私は20倍!」

 

 「あたし100倍!」

 

 「タマは1000倍ー!」

 

 「こやつら元気だのぅ」

 

 「精神年齢小学生だらけねぇ。さぁボク達、あのバーテックスを倒すわよ!」

 

 上空でそんなやり取りがあったことなど知らず、雪花はペアとなった友奈に声を掛け、彼女もやる気を漲らせながら答える。それに対抗するかのように高嶋が、銀(小)が、球子がやる気を漲らせた。そんな4人の後ろ姿を見ながら雪花は呆れ混じりに笑い、風もやれやれと首を振った後に大剣を構え、同時に突っ込んでいった。

 

 先程楓と杏が掃討したバーテックスに加え、ガンガンその数を減らしていくバーテックス達。2回目の戦い、その2戦目となるこの戦いもそう遠くない内に決着が着くだろう。

 

 (同じ形をしたモノが続けて現れただけなのか……一体どういうことなのかしら。疑問は解けないわ)

 

 ただ、美森を含めた数人の内心で、3度現れたカノンの姿に疑問と不安が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 それから少し経ち、粗方の雑魚敵を倒し、大型バーテックスであるカノンへと攻撃を開始していた勇者達。同じ行動、同じ戦闘力という事もあり、対応にも慣れてきている勇者達には最早敵ではないと言っても過言ではなかった。

 

 「よーし、手応えは充分。どうかな?」

 

 「ああ、敵が弱まっている。今こそ勝機だ!」

 

 「いざバーテックスへのトドメよ! この鎌で刈り取る……!」

 

 勇者達の猛攻を受け、再生が追い付かずに身体中にヒビを作るカノン。もう間も無く先に倒した同型と同じ末路を辿る事は想像に容易い。さあ後一息……というところで、須美が何かに気付いたように声を上げた。

 

 「っ!? ま、また新しい敵が出てきました! 位置は、遠いですが……」

 

 「何ですって!? 次から次へと……ちょっと異常ね……」

 

 「マジか……んぎぎ、終わりかと思ったのに」

 

 「あの敵の姿、さっき倒した奴に今戦ってる奴と同じ姿だよねぇ」

 

 「楓君の言うとおり、同一個体のようね。今回はそういう特殊な敵という事なのかしら」

 

 須美の視線の先に、また数10体の中、小型のバーテックスと共に大型のバーテックス……カノンが現れた。その見た目はこれまでと同様に本来のカノンよりも幾らか小さくなっており、この連戦中に出てきたモノと同じ姿であった。

 

 倒しても倒しても出てくる同型の大型バーテックス。同じ大型ばかり現れる事に風が顔をしかめながら呟き、もう少しで戦いが終わると思った矢先に再び現れたことで球子が疲れたように呟く。否、実際に肉体的にも精神的にも疲れてきていたのだ。休憩を挟んだとは言え連戦中なのだからそれも仕方ないだろう。

 

 ポツリと呟いた楓の言葉に肯定を示すのは美森。そしてようやく、今回の敵の特性がどういったモノなのか理解し始める。何度も現れる同じ姿の大型種。他の勇者達も段々と理解してきていた。

 

 「一筋縄じゃいかなくなってきた敵か。造反神も必死ね」

 

 「私は何となぁくだけど、造反神がどんな神か想像ついてきたな……予想が当たってるとしたら、逸話通りの暴れん坊さんだわ」

 

 「まずいわね、敵が合流しようと動き始めてる。対応しないと」

 

 「なら、目の前の弱った方を叩こうか。3人とも、やるよ!」

 

 「わかったわ、楓君」

 

 「「はいっ!」」

 

 この世界に召喚された頃と比べ、明らかに厄介な能力や耐性を持つ敵が増えている事に風は苦い顔をする。その隣で、雪花は造反神がどういった神であるのか予想がつき始めていた。とは言え、あくまでも予想であるからか詳しい事は内心に留めて置くようだが。

 

 夏凜が新たに現れたカノン達が今戦っているカノン達に合流するべく動き始めたのを察知して直ぐに楓達遠距離組が弱ったカノンへと攻撃を開始する。楓の光の弓から放たれた光の矢が、美森の狙撃銃から放たれた弾丸が、須美の弓から力を溜めて放った矢が、杏のボウガンから放たれる数多の矢が少なくなった雑魚諸ともカノンへと突き刺さり、その体躯に多数の風穴を開ける。数秒の間を置いて、カノンはその身を光へと変えた。

 

 「楓達、ナイス撃破! 相変わらず遠距離組もやるわね」

 

 「……そして、もう1体か。さてさて、普通にぶつかっていいものか」

 

 「あと一息なんだ、やってやりましょう! 勇者は根性!」

 

 「そしたらまた片一方が復活したりね? 完全にパターン入ってると思うな」

 

 「片方倒すだけじゃダメってことですかねぇ……セオリーで言えば、2体を同時に倒すのがまあ良くある話ですが」

 

 「成る程……同ターン内で同時に倒すとか、ゲームでは良くある話ね」

 

 「それなら、これだけの人数が居るんだから何とかなるわね」

 

 「ひとまず、疲れ切る前に作戦を立てましょう。力押しだけでは勝てそうにないです」

 

 (案外、強化した攻撃で一掃すればどうにか……いや、流石に1ヶ所に纏める必要があるからどちらにせよ策は必要か)

 

 弟が活躍したのが嬉しいのか声に喜色が混じる風。だが新たに現れた方はまだ無傷であり、着実にこちらへと迫ってきている。倒しては現れ、倒しては現れを繰り返すにどうしたものかと歌野が悩む素振りを見せると銀(小)が元気に叫ぶ。とは言え、元気だけでどうにかなるような敵ではないのも確か。雪花が言うようにパターンに入ってしまっている。

 

 不意に、新士がそうポツリと呟くと千景が同意する。今回の敵がそういったギミックを持っているかどうかはさておき、RPG等ではそう珍しくもない話である。歌野もこの勇者達の人数なら出来なくはないとやる気を出すものの、杏がそう提案する。楓としては案外力押しでもどうになるのではないかと思うが、今や彼女は勇者達の頭脳。全面的に信用と信頼していることもあり、口に出すことはなかった。

 

 「新士や銀達は大丈夫か? 今回はまだ戦いが続いていくぞ」

 

 「ウィ御先祖様。鍛えていますので」

 

 「問題なく。まだまだ行けますよ若葉さん」

 

 「私も殆ど自分で動いている訳ではないので、問題ありません」

 

 「同じく! 三ノ輪 銀、まだまだ行けまっす!」

 

 「そうか。強いな……頼りにしている」

 

 「小学生が頑張ってるんだから、流石に弱音は吐けないね、樹ちゃん」

 

 「はい、頑張りましょう雪花さん!」

 

 最年少達の体力を心配する若葉だが、返って来たのは疲れをあまり感じさせない元気かつ頼もしい言葉。小学生組のその姿にほっこりとしつつ、彼女はそう言って微笑む。雪花もあまり体力がある方ではない樹にクスッと小さな笑いを含みつつ言えば、彼女も負けていられないとむんっと両手に力を込めた。

 

 少し空気が緩んだところで、勇者達は1度バーテックスから距離をとって作戦会議をする事に。遠距離組も1度地上近くまで降りてきて話し合いを始める。無論、敵への警戒は怠らない。何かあれば直ぐに知らせられるように意識を向けつつ、この戦いを制する為に作戦を立てる。

 

 現在、新たな敵が現れたものの敵を倒した時点から動きはなかった。その事に疑問を覚えた球子が首を傾げるが、杏の見解は“もう1体の復活を待っているのではないか”と言うもの。そこで美森がこれまでの情報を纏める。幾ら倒そうとも復活しては攻めてくる同型の大型バーテックス、そして連続して戦う事を告げる神託。そうすると、1つの解が浮かんだ。

 

 「つまり、今回のバーテックスは()()()()()のバーテックスということですね?」

 

 「そう思うよ。片方が倒されそうになるタイミングでもう片方が復活してきてるし」

 

 「どちらか片方を倒しても、片方が居れば蘇ってくる……そういう系統の敵なのではないかと」

 

 「なら今までの出来事も分かるってもんよねぇ」

 

 「仲良しの敵ってことなのかな?」

 

 「で、どうやって倒すんだ? さっき言ってたみたいに2体同時にやっつけるのか?」

 

 「完全に同時には難しくても、ほぼ時間差無しで倒せば……」

 

 「1匹を倒したら、もう1匹も即座に撃破だね~」

 

 「今さっき倒した敵は、やっぱり甦るってことか……」

 

 「でも倒し方がわかったんだから、これが最後の復活だと思えば、ね?」

 

 2体で1体のバーテックス……それこそが今回の敵の正体であり、何度も現れるカノンのからくり。例え1匹のカノンを倒そうとも、もう1匹のカノンが現れる。それを倒そうとも、また現れる。このまま戦っていても延々とそれが続き、いずれは体力が尽きて敗北……なんて事になりかねない。だが、そうと分かればどうすればいいかも分かるというもの。

 

 杏と雪花、美森が考えを告げ、風が納得し、友奈がどこかズレた考えを呟く。すると球子が先程の会話……新士と千景の会話を思い返しながら言うと全員が頷く。片方が居ると復活するのだから、それなら両方同時に倒してしまえばいい。実にシンプルで分かりやすい答えであり、攻略法だった。

 

 「倒すには調整が必要……か。まさしくボス戦ね」

 

 「かといって敵を両方並べてゆっくり戦うのも、なんだか危険だと思うのよ。仲良しなら、あいつら力を合わせそうでね。そんな空気が漂ってる」

 

 「本来なら“それ根拠の無い勘でしょ?”って言うけど、歌野が言うなら信じるわ」

 

 「実際に2体はくっつこうとしていたから、何か隠し持っているかも~」

 

 「やれやれ、勇者は根性だけじゃなく頭も使わなくちゃいけないってことか」

 

 「ふふ、銀ちゃんはあんまり得意じゃ無さそうだねぇ」

 

 「まあ確かにあんまり得意じゃ無いけどさ……でもま、いいさ。こっちもレベルアップしないとな!」

 

 千景が少々面倒そうに動かないカノンを睨み付けていると歌野が同じように敵を見つつ呟く。それ自体は“空気”という根拠もないものだが、これまでに彼女の天才的な部分を見てきた雪花はそう言って信じ、これまでの動きから考えた園子(小)も同意する。

 

 基本的に突撃思考な己と違って色々考えてるなぁと頭を使うのがさほど得意ではない銀(小)はそう言って首を振り、それを知る新士がくすくすと笑う。笑われたのが恥ずかしかったのだろう少し赤くなった彼女はそれを紛らわせるように両手に力と気合いを入れた。

 

 「敵が進化するならこっちも、ね」

 

 「ふー。大変だけど、なんとか終わりが見えてきたね」

 

 「ああ。からくりが分かれば、力を振り絞って決戦あるのみだ」

 

 「ここが踏ん張り所だ! 皆で力を合わせて乗り切るぞ!」

 

 「それなんですが若葉さん、それから皆も。ちょっと自分に力を貸してくれないかい?」

 

 「楓? どったの急に」

 

 どんどん強く、或いは厄介になっていく敵にならばこちらもと対抗心を見せる風。溜まってきている疲労からか深く息を吐く高嶋。静かに闘志を燃やす棗。そして皆を鼓舞する若葉と続いた時、楓が小さく右手を上げる。何かあるのかと姉が問うと、彼はいつもの朗らかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 「こんな時に不謹慎だと思うけど……ちょっとした実験に付き合ってもらいたくてねぇ」

 

 

 

 楓の言う実験とは勿論、無理をして3回目の強化を使用した場合にどうなるか確認することだ。その為には後2回強化を使い、その上で敵を倒す必要がある。そこで、1回目の強化を雑魚を散らす事に使い、最後の1回をトドメに使うことになった。また、2回使った後の少しの疲労感から考え、念のため3回目は地上で使うことを約束する。今回は2回目に美森の狙撃銃を強化し、最後に地上組の誰かを強化することになった。

 

 「それじゃあ美森ちゃん、頼んだよ」

 

 「ええ、任せて楓君。見よ、これが我らの護国の砲撃!!」

 

 「我々も続くぞ!」

 

 「あいよー。合流させず体力調整なんて、中々骨だけどね。やってやりますか!」

 

 新たに2体目のカノンが多数の雑魚と共に現れた事を確認し、早速光の絨毯の上で美森の肩に手を置いて狙撃銃を強化する楓。美森は銃身を纏う光から感じる暖かさと安心感に自然と緩む頬を引き締め、砲撃と呼ぶに相応しい光線が2体のカノンの間を突き進む。絶大な威力を誇るそれは直撃コース内と付近のバーテックスを消し飛ばし、更には2体の巨体の表面を焦がした。

 

 それを確認した勇者達は若葉を先頭にして2体へと接近し、攻撃を開始する。未だに残る雑魚も蹴散らし、何が起こるかわからないので合流を防ぎつつ順調に攻撃を当ててダメージを負わせていく。予定通りに3度目の強化をした攻撃を当てた所で、敵が倒せなかったり片方が残ったりしてしまえばまた振り出しに戻ってしまうのだから。

 

 慎重に、敵の行動や2体の距離感を見極めつつ戦況を進めていく。友奈と高嶋の拳がその巨体に突き刺さった。若葉の刀と千景の大鎌、夏凜の双刀、銀(小)の双斧、新士の双爪が鋭く切り裂く。歌野の鞭、棗のヌンチャクが激しく打ち付ける。園子(小)と雪花の槍が貫き、時折来る反撃の体当たりや冷気は風と球子によって防がれ、或いはそれまでの戦いと同じく攻撃の前に潰される。そして上空から数多の矢と弾丸が降り注ぎ、体を穿たれた2体から濛々(もうもう)と煙が上がり……それを見た樹がワイヤーを檻のように伸ばして動きを封じる。

 

 「よし、お膳立ては済んだな。楓! いつでもいいぞ!」

 

 「分かりました、若葉さん。姉さん、一緒にやるよ!」

 

 「まっかせなさい!」

 

 「それじゃあ、行くよ」

 

 準備は整ったと判断した若葉が声を上げ、それを聞いた楓は予定通り絨毯を消して他の3人と共に地上に降り立つ。そしてカノン達の前に出た彼が強化の対象に選んだのは風。弟に呼ばれた姉は直ぐに近寄り、隣に立って大剣を構えた。そして楓もまた、風の大剣を象った光の大剣を作り出し、同じように構える。

 

 (制約その1、光で形作れるのは水晶1つにつき1種類)

 

 改めて頭の中で自身が扱う武器“勇者の光”についての制約を思い返す楓。現在は2つ水晶があるので2種類まで作れる。その内の1種類として、今握っている光の大剣を作った。

 

 (制約その2、強化する場合は光で包み込む必要があり、包めるのは一部分。これも水晶1つにつき1か所で、対象に出来る人数は自分ともう1人だけ。そして、自分はその1人と同時に同じ部分だけを強化可能)

 

 かつては友奈と高嶋を同時に強化したこともある。水晶1つで友奈と自身の拳を、もう1つで高嶋の拳をという風に。美森と杏の時は銃とボウガンが対象であり、同時に絨毯も作っていてそのどちらも作っていなかったから楓自身は強化出来なかった。しかし今回は地上に居て、水晶の1つが空いているので大剣を作れた。故に、風と同時に強化出来ている。

 

 (制約その3、強化する対象が自分の近くに居ること……全ての条件はクリアされた。なんて、ね)

 

 そして最後、強化する対象が楓自身の直ぐ近くに居ること。強化する為の光の射程が短い為か、それとも楓の魂の近くに居ることが条件なのか詳しい事は不明。だがとにかく近くに居る必要があるという事は分かっており、そしてそれを含め強化の為に必要なプロセスは全てクリアしている。

 

 (おお、これが楓の光。何気にこうして直接触るのって絨毯に乗る時位なんだけど……温かい、それに安心する。まるで家で楓にくっついて時みたいな……)

 

 風の大剣が真っ白な光に包まれ、その光に触れている風の頬が思わず緩む。家で樹も含めた家族の団欒を思い浮かべられるような、心と体が暖まるような幸福感。そしてはっきりと解る力の上昇。それは今ならどんな敵でも両断出来ると確信が持てるほど。

 

 風と楓は自然と両手で握った大剣を上段に構える。するとどうか、まるで風が大剣を巨大化させるが如く、光が刃の形状のまま神々しく輝きながらより巨大に、より長大にその姿を膨らませていく。目を焼くような膨大な輝度でありながら、どういうわけか眩しいとは感じずずっと見ていられ、思わず勇者達の視線がその輝く巨大な刀身に釘付けになる。

 

 「楓、行くわよ!」

 

 「いつでもいいよ!」

 

 

 

 

 

 

 「これが、アタシと楓の!! 超必殺女子力斬りいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!!!」

 

 「いや、自分男だから女子力関係な……」

 

 

 

 

 

 

 全くの同時に2体のカノンに向かって振り下ろされた光の大剣。それは樹海化した空間諸とも切り裂くのではないか見紛う程の勢いでありつつ、光である為か音もなく敵に届き……世界を白く染める白光と共に、その姿を消し飛ばした。後に残るのは戦闘など無かったかのような静寂と、敵を倒した証である空へと昇る虹色の光が2つ。

 

 「う……おおおおっ!! 楓さんと風さんすげぇ!!」

 

 「……敵が復活する様子は無し。レーダーにも反応、ありません!」

 

 「やー、相変わらず派手だねぇかーくんの強化攻撃。お姉さんお兄さんと活躍を見た感想はどうよ樹ちゃん?」

 

 「2人共カッコいいです! ……あれ?」

 

 「どうしたの~? 樹先輩~?」

 

 「……楓君の様子が変だわ」

 

 見た目からしてド派手な光の大剣による一刀両断に興奮を隠せない銀(小)。彼女だけでなく友奈と高嶋、球子達も同じように興奮しており、ハイテンションな彼女達の後ろでは須美が美森と杏と共にレーダーを確認、敵の殲滅が完了したことを告げる。

 

 雪花が今は何もない大剣が通った軌跡を見ながらにやにやとしつつ樹に聞くと、両手をぱちんっと合わせながら大好きな2人の活躍に満面の笑みを見せる。が、2人に視線を向けていた彼女が不意に首を傾げた。不思議に思った園子(小)が問い掛ける横で千景が呟いた時、それは全員の耳に届いた。

 

 

 

 「楓! 大丈夫!? ちょっと、楓!?」

 

 

 思わず全員が視線を向けたその先で、地面に膝を着きながら必死な表情で叫ぶ風と……変身が解除され、制服姿で倒れ伏した楓の姿があった。




原作との相違点

・基本的に戦闘内容全般(上空での戦い)

・新強化対象風

・不穏な終わり方

・他多数。この相違点は必要なのだろうか……



という訳で、原作8話の戦闘終了です。レクリエーションの時に比べれば戦闘描写は控え目ですね。次にがっつり書くとすれば……何時になるやら。

前回のアンケートにご協力、誠にありがとうございました。楓が倒れてしまいましたが、はたしてどうなるのかーわかんないなー(棒

さて、もう11月ですのでそろそろ年末の予定をば。本作は来年も続きます。ただ明らかに投稿ペースは落ちてますので完結には暫し掛かります。年末は去年同様に何かしらの番外編を投稿して終わるつもりです。リクエストから発掘するか、それとも親密√か……流石に後味悪い感じには終わりませんので愉悦部の方は座って下さい。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 24 ―

前回よりは早いが平均よりは遅い、という訳でお待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

気が付けばUAが40万を突破していました。皆様ご愛読、誠にありがとうございます。今後も花結いの章完結まで頑張りますので宜しくお願いします。

fgoのノーチラスイベント、個人的にはとても楽しめました。ゴッホちゃんも来てくれてくっそ可愛くて満足。ゆゆゆいでは銀ちゃん、芽吹、雪花に続くゲームオリジナル切り札の棗も来てくれました。今年の私は来ている←

また、アンケートにご協力ありがとうございます。現時点で結果は勇者の章と番外編が同率でした。次点ではわすゆ編と見てみると綺麗に分かれた感じが。愉悦か? 愉悦成分か? 友奈虐めやDEif、BEifが好きか?←

さて、今年も終わりまで本当に後1ヶ月程。個人√で締めるのは確定として、後1つはリクエストから発掘しますがさてはて。また愉悦系→個人√の流れにしますかね。LEif……友奈√……うっ、頭が。

今回はほぼ説明回。それでは、どうぞ。


 (――これは、次からは使わせてもらえないな)

 

 無理矢理に行った3回目の強化。光が姉さんの大剣を包み込んだ瞬間、自分はそう悟った。

 

 強化を行うこと自体には問題は無かった。だが、包み込んだ瞬間に自分の視界が半分……左側が黒く染まった。右足も動かなくなり、左側の音も聴こえなくなった。

 

 大剣を掲げる頃には胸の奥……心臓に激痛が走った。更には満開が解ける時のように変身が足下から解除されていっているのも見えた。多分、他の皆は気付いていないだろうけども。

 

 姉さんの台詞に思わずツッコミを入れた時には、もう殆ど意識が飛んでいた。最後に大剣を振り下ろしたが、敵に当たったかどうかも曖昧だ。ただ、振り下ろしたまま受け身も取れずに倒れ込んだことだけは理解出来て……痛みを感じることもなく、自分の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 光の大剣を振り下ろし、2体の大型バーテックスを倒した風は最初、初めて強化を受けたことと一緒に攻撃したことの嬉しさから楓に抱き着いて喜びを分かち合うつもりであった。だが、そうするつもりで横を向けば、そこには変身が解けた上でうつ伏せに倒れている弟の姿。先の喜びなど直ぐに消え失せ、代わりに背筋が凍ったかのような錯覚と不安、焦燥感がその胸中を占めた。

 

 慌てて直ぐ近くにしゃがみこみ、体を揺する。だが起きる気配は全く無く、身動ぎ1つしないことに更に不安は募る。少しして他の者達も集まり、倒れた楓を見て焦りの表情を浮かべる。

 

 「風、楓は……」

 

 「わ、分からない。アタシも攻撃の後に見たらもうこの状態だったし……」

 

 「東郷さん。楓くん、どうしちゃったんだろう……やっぱり、3回目の強化を使ったから?」

 

 「そうね、元々3回目は無理に発動すれば使えるという事だったから……見た限りは眠ってるだけみたいね。怪我もしていないし」

 

 「2回目の時はどうだったんだっけ?」

 

 「2回目を使った場合は、疲労感だけだったハズです。それを踏まえれば、無理に3回目を使ったから強制的に気絶……眠ってしまったというのはありそうなんですが……」

 

 「その話は後にしましょう。敵を倒した以上、樹海化が解除されるハズよ。このままだと彼は部室に戻った時にこのまま地面に寝ている事になるわ」

 

 「それはダメね。楓君にも悪いし、部室の皆もビックリしてしまうわ」

 

 「楓はアタシがおぶっておくわ。樹、手伝って」

 

 「うん、お姉ちゃん」

 

 若葉が問い掛けると風は首を横に振り、起きる気配の無い弟の姿に不安を隠せないで居る。同じく不安げな表情を浮かべる友奈が美森に聞き、彼女もまた同じような表情をしつつも状況、状態の把握に努める。だが見た限りでは本当に眠っているだけのようで、その顔も特に苦痛に歪んではいないのが救いだろう。

 

 雪花が真面目な顔で誰にでも無く口にすると答えたのは杏。美森と同じく間近で疲労感を覚えていた彼の姿を思い返し、ならば無理に使った3回目の反動でこうなるのは予想の範疇ではある。だが予想したことが現実に起きるとなるとやはり不安、動揺は隠せなかった。ましてこの世界では誰も戦いの中で気を失ったりしたことがないのだ、驚きも大きいのは仕方ないだろう。

 

 そこで話を一旦区切るように言ったのは千景。敵の復活の兆しが無い以上、普段通りに元の空間に戻ることになり、このままにしておけば地面の上で倒れたままになる。歌野も同意した後、風は樹の手を借りて楓をおぶる。そして、いつものように勇者達は元の世界へと戻るのだった。

 

 (……楓君が倒れる前、彼の表情が苦痛に歪んだような気配がしたけど……気のせい、よね?)

 

 その一瞬前、美森はそんな事を考えていたが……どう考えても彼の表情が見えない位置に居たにも関わらず、なぜそれを感じ取れたのかは彼女のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 「皆さん、お疲れ様です……あの、楓さんはどうしたのでしょう?」

 

 「カエっちはどうしたの? フーミン先輩」

 

 「寝てる……のか? そんなに疲れる戦いだったんですか?」

 

 「確かに疲れたけど、楓は3回目の強化を使った後に倒れてたのよ。今は眠ってるみたいだけどねぇ」

 

 「眠ってるだけ、なんだね。良かった……」

 

 (3回目の強化……そっか、それで楓君は……)

 

 戻ってきた勇者達を迎えたお留守番組だったが、やはりその視線は風に背負われた楓に向けられた。彼女が疑問に答えると直ぐに心配そうな表情に変わり、園子(中)と銀(中)が彼に近寄って眠っていることを確認する。水都も確認した後にホッと胸を撫で下ろし……神奈は未だに表情が晴れなかった。

 

 ひとまず楓を4つ並べた椅子に寝転ばせ、膝枕をしたところで自分達も疲労感から思い思いの椅子に座りながら戦勝の報告をする勇者達。お留守番組も楓の事を心配しつつ長丁場の戦闘を終えた皆に労いの言葉を贈る。だがふと気付くと、大半の者達が座ったまま船を漕いでいるのが見えた。

 

 「皆お疲れだね。ぐっすりだ……それだけ大変な戦いだったって事なんだよね」

 

 「やっぱり連戦は体力を削られるんだね……起きてる人も眠そうだし」

 

 「そうですねぇ、起きてるのは自分を含めても半分も居ませんし」

 

 「小学生で起きてるのは新士君くらいだもんねぇ。というかまだ体力残ってるのか。おっそろしい小学生だこと」

 

 「いや、実はそうでもないんですよねぇ……正直、今にも寝そうです」

 

 「その状態で寝られるのか?」

 

 「ええ、目を瞑ったら直ぐにでも……寝、そう……な……」

 

 「あらら、本当に直ぐに寝ちゃったわ」

 

 寝ているのは夏凜以外の勇者部と若葉と歌野、雪花、棗以外の西暦組、新士を除く小学生組。部室なので布団等は無く、皆椅子の上で数人ずつ寄り添うようにして眠っていた。座ったままや椅子2つを使って窮屈そうに寝転んだりと体勢は辛いかも知れないが、それが気にならない程に疲労し、熟睡しているようだ。

 

 そうして眠っている勇者達を見ながら、水都と神奈が納得するように呟く。実のところ起きているメンバーとしても眠気はあるようで、何度か目をしぱしぱと瞬きしたり擦ったりとしている。そんな中で右肩に園子(小)を、左肩に須美の頭を乗せた新士が起きている事に雪花が驚いていた。尚、銀(小)は寝転んでいて頭は須美の膝の上である。

 

 そうして棗とも少し話した後、園子(小)の方へと頭を倒して目を閉じると直ぐに彼から静かな寝息が聞こえてきた。普段から老熟しているように思われても体は小学生、本人が言った通り限界だったらしい。微笑ましげに笑う歌野の後ろで、小学生組が眠る姿を見ながら高速でメモを取る園子(中)の姿があったが誰もツッコまなかった。

 

 この後、少しして勇者達は全員が日が沈むまで眠った。眠る勇者達にお留守番組は毛布を掛けてやり、ひなたと水都はそれぞれ若葉と歌野に膝枕をしてあげたり。園子(中)と銀(中)は小学生組の頭を労いを込めて撫でてやり、神奈は眠る楓の頭に恐る恐る触れて同じように撫でたり、それに園子(中)が参加したり。起きた後はそれぞれの住む場所へと戻る。お留守番組が作った麺料理はその日の晩御飯として皆の胃の中に消えたそうな。

 

 そして、新しい1日が始まり……その日、そしてその次の日。戦った当日を合わせた約3日の間、楓が起きることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 目が覚めて最初に目についたのは、暗い部屋の中に見える見慣れた天井だった。どうやら樹海から戻ってきているようで、今は自宅の自分の部屋に居るらしい。

 

 (……体の動きが鈍い。それに、両手と右足が全く動かない……視界もいつもより狭いし、やっぱり勘違いじゃなかったみたいだねぇ)

 

 3回目の強化を使った後に感じた違和感や痛み。そしてベッドの上で横になって布団を被せられているにも関わらず温かいとも寒いとも感じていない、ある意味で慣れた感覚。ここまでくれば嫌でも理解出来る。自分の体は今、散華が戻る前の状態に戻っている。しかし、両手が動かないのは何故だろう。散華した訳でも無い……いや、右腕は神樹様が作り治してくれたモノで、左手は現実世界の最後の戦いの時の満開で散華したんだったか。

 

 「夜刀神、居るかい?」

 

 「シャー……」

 

 「おはよう、夜刀神。悪いけれど、自分の端末を持ってきて欲しいんだ。ついでに操作も頼めるかな?」

 

 天井に向けて夜刀神の名前を呼ぶと、直ぐに目の前に現れてくれた。どこか心配そうにしているように見える夜刀神に挨拶しつつそう頼むと、直ぐに自分の視界の外から端末を咥えて持ってきてくれた。枕元に置いた夜刀神は頼んだ通り尻尾で画面を押して操作し、ロックを外してくれたので横目で画面を見る。

 

 (あれから4日経っているのか……どおりで喉がカラカラだし、お腹も空いている訳だ)

 

 時刻は5時半と普段から自分が起きる時間ではあるものの、日付が最後に確認した日から4日も経っている事に驚く。思った以上に眠っていたようだ。これは皆にだいぶ心配を掛けてしまっただろう。特に同じ神世紀の皆には西暦の皆よりも大きく、深く。

 

 腹筋だけで体を起こす。散華が戻ってからしばらく経っているのでブランクはあるものの、2年も散華がある状態で過ごしていたのだから動かす分には問題無い。だが部屋を見渡す限り車椅子は無いから、移動するのは少しばかり厳しいものがある。さて、どうしたものかと考えていると、不意に部屋の扉が開いた。

 

 「楓、起きてるー? ……楓起きてる!?」

 

 「……おはよう、姉さん。長いこと寝てたみたいだねぇ」

 

 「ホントよ、もう。寝過ぎよ……おはよう、楓。心配したんだから」

 

 「うん、心配かけてごめんねぇ」

 

 開いた扉から入ってきたのは姉さんだった。自分が眠っている間、こうして朝早くに起きているか確認しにきてくれていたんだろうか。同じセリフを違うトーンで繰り返した姉さんに思わず笑いつつ挨拶すると、姉さんは自分の近くまで来て……恐らくは涙目になってるんだろう。顔をそちらへと向けると案の定で、そこまで心配掛けたことを申し訳なく思うと同時に嬉しく思う。

 

 だが、今の姉さんには更に心配を掛けてしまうだろう。どうかまた、神奈ちゃん……ではなく神樹様に怒りが向けられないことを願うばかりだ。

 

 「起きて早々なんだけど、お願いがあるんだ」

 

 「なに? 何でも聞いてあげるわよ」

 

 

 

 「車椅子、まだあったよねぇ? それを持ってきて欲しいんだ」

 

 

 

 「……な、んで? 数日寝た切りだったけど、そこまで……」

 

 「両手と右足に感覚が無いし、左側が見えてない……ここまで言えば、分かるだろう?」

 

 「あ……なんで、なんでまたっ!? ……もしかしてそれが、3回目の強化の……?」

 

 「みたいだねぇ」

 

 予想通り、絶句した姉さんが自分の言葉の後に酷く狼狽えて泣いてしまった。だが隠しきれる事でもないし、伝えるべきことでもあったのだ。ただやっぱり、泣かせてしまったのは心苦しい。

 

 苦笑いしながら肯定すると姉さんに力一杯に抱き締められた。やはり本来感じるであろう温もりも、抱き締められている息苦しさや痛みなんかも感じない。再び失って分かる、それらの有り難みに自分も鼻の奥がつんとしたが、それを耐えつつ……抱き返すことも出来ないのでされるがままでいる。

 

 「ずっとそのまま……なんてことはないわよね?」

 

 「確約は出来ないけど、それは無いと思うねぇ。巫女の皆に聞くと、もしかしたら分かるかも知れない」

 

 「神奈達? そっか、神託ね?」

 

 「そういうこと。だから他の皆にも今起きてることの説明と報告をするつもりだよ。ただ、小学生の子達には内緒にしておくけどねぇ」

 

 「……そうね、ちび楓達には言わない方がいいかもね」

 

 そういうこと、と頷く。決してあの子達を信用していない訳でも侮っている訳でもないが、散華や今回の自分の容態の詳細を知ればあの子達の心に重くのしかかるだろう。それは自分の望むところではないし、血生臭い話もすることになる。経験したとは言え、わざわざ小学生の子達に聞かせる話でもない。

 

 西暦組の人達と勇者部の皆を家に呼び、そこで現状の説明をする。西暦の人達にはぼかしていた散華のこともある程度話す。そう話を纏め、自分は姉さんに持ってきて貰った電動の車椅子で移動して姉さんの作る朝食を食べた。その際起きてきた樹にも泣かれてしまった後に抱き着かれたが……仕方ないと苦笑いしつつ受け入れた……流石に、日課のトレーニングは治るまで出来そうにないかな。

 

 

 

 「私達の“切り札”に似た力、“満開”……話は聞いていたが、その代償の“散華”、か」

 

 「なるほど、そりゃ話辛いわ。でも話してくれたってことは、今のかーくんの状態に関係あるってことでしょ?」

 

 「うん、その通りだよ。まあ見ての通り、体のあちこちに異常が出てる。で、その異常が散華の時と同じなんだよねぇ」

 

 「楓さんの3回目の強化はもう使えませんね……いえ、使わせる訳にはいかなくなりました。そういう意味では、早い内に結果を知れた事は幸いです。3回目を使っても戦いが終わらなければ、無防備な楓さんを守りながら戦うことになりますし……」

 

 「もしそうなってもタマがばっちり守ってやるからな!」

 

 「それは頼もしいねぇ。ありがとね、球子ちゃん」

 

 で、その後に小学生組以外の皆を家に呼んで自分に起きてる事の説明をした。以前はぼかしていた散華の説明もし、頭に入れて貰った上で現状を語った。話の内容と自分の姿を見た皆が驚きと悲しみが混じった目で見るけれど、自分の都合の実験の結果でそんな顔をされると少し早まったかと考えてしまう。

 

 因みに今、自分はのこちゃんと友奈、樹、姉さんに前後左右から抱き着かれ、美森ちゃんに右手を、銀に左手を掴まれている。夏凜ちゃんは姉さんの後ろに居るようだ。ぎゅうぎゅうと擬音が聞こえてきそうな程で西暦組の皆からは生暖かい目で見られているが甘んじて受け止めよう。神奈ちゃんは顔を赤くしてちらちらとこちらを見ているが、動く様子はない。

 

 尚、全員が座るにはリビングにあるソファだけでは足りなかったのでテーブルの椅子や1階の自分の部屋から持ってきた椅子に座ってもらっている。自分は勿論、姉さんに持ってきてもらった懐かしい車椅子だ。

 

 「でも、3日経ってから楓君が起きて、まだその……散華? が残ってるのね。2回目とのこの差はなんなのかしら」

 

 「それは多分、楓くんに戻した散華の力を使ってしまったからじゃないかな。残っていた勇者の力だけじゃ足りなくて、その力を使ってようやく強化出来たんだと思うよ。勇者の力も散華を治す為に送った力も、元々は同じ神樹……様の力だから」

 

 「えっ、戻ってきた散華って元は神樹様の力なのか? そのまま返したんじゃなくて? ていうか神奈、良くそんなこと知ってたな」

 

 「え゛っ!? えっと、私は皆と直接会ったことはないけど同じ時間軸だし……後は……そう、神託で知ったんだ」

 

 「そういえばそうだったわね。まあどちらにせよ、戻してもらって良かったわ。私なんかそのままだったらまともに生活出来なかったし」

 

 (どうして君はそう口が軽いと言うか危機感が無いと言うか……隠す気はあるんだろうけどねぇ)

 

 千景ちゃんの疑問に皆も考え込むけれど、直ぐに神奈ちゃんが答える。だけど、はっきりと答えた事や散華が戻ってきた理由を知らない銀がまた疑問に思ったみたいで、姉さん達も同じように神奈ちゃんへと視線を向ける。彼女は慌てて誤魔化したし、夏凜ちゃんを含めて皆も納得したようだけど……この神様は本当にもう。

 

 それはともかく、夏凜ちゃんが言うように散華が戻って……治して、かな。まあ良かったと本当に思う。自分なんか一時は治らないとまで言われたしねぇ。そして、1度は治ったからこそ、余計に姉さん達に現状心配を掛けてしまっている訳だが。

 

 「楓くんはずっとそのまま、ってわけじゃないんだよね?」

 

 「そうですね、そこが重要です。神奈さん、大丈夫なんでしょうか?」

 

 「うん、大丈夫。今の楓くんは、謂わば空の容器みたいなもの。だからその容器に水……この場合は神樹、様から勇者の皆にも送られてる勇者の力を注いで貰えば、また散華は治るハズだよ」

 

 「あー、んー、つまりなんだ? カップうどんにお湯を淹れるみたいなもんか?」

 

 「なんでわざわざカップうどんに例えたんだタマちゃん」

 

 「そうだねぇ……球子ちゃん()()分かりやすく言うなら、自分は今は腕とか足とかが電池切れになっていて、ゆっくりと充電しているところなんだよ」

 

 「なるほど! ……ん? おい楓、今タマ“でも”って言った?」

 

 「気のせい気のせい」

 

 球子ちゃんから剣呑な雰囲気を感じたのでいつも通りに誤魔化しつつ、我ながら“電池切れ”や“充電”は上手い例えだと思う。実はさっきまで何も感じていなかった体だが、今はほんの少しだけ温かさを感じているのだ。やはり勇者の力は普通に生活している間に回復していっているのだろう。そうでなければ1度に満開ゲージを2つ使う強化はとっくに打ち止めになり、もっと早く今のような状態に陥っているハズなのだから。

 

 そうして回復する……つまりは満タンまで充電出来れば動くようになるのはと道理。勇者の力の消費のし過ぎでこうなったのだから、力が戻れば神奈ちゃんが言うように散華も戻るハズ。という神樹様本人からお墨付きをもらったようなものなのだから疑う余地はない。

 

 「まあ、自分は充電が終わるまで勇者はお休みするってことだねぇ」

 

 「そうか……楓の離脱は痛いが、その分我々が頑張ろう。ゆっくり休んでくれ」

 

 「まあこんだけ勇者が居るんだから、かーくん1人の穴くらいなら何とかなるでしょ」

 

 「ですが、楓さんは唯一空を飛べます。私達はそれで敵が居る場所へ素早く向かったり、私や東郷さん、須美ちゃんの機動力と安全面の確保が出来ました。戦力としても戦術としても、決して小さい穴とは言えませんね」

 

 「でもそれって、元いた時代の時の戦い方に戻っただけよね? ならノープロブレム! 沢山仲間も居るんだし、その時と比べたらまだまだ余裕があるわ」

 

 「私達も楓くんの分まで頑張るよ!」

 

 「そうね、弟の分は姉が埋めて見せるわ。お姉ちゃんにドーンと任せなさい!」

 

 「ふふ、流石姉さん。頼もしいねぇ」

 

 皆の優しく頼もしい言葉がじんわりと身に染みる。実際に戦力は多いし、替えの効かない能力があるとは言え、それは無ければ不便になる程度だろう。それに小学生の時の自分達や西暦組の皆の時代は自分のように空を飛べる勇者は居なかったのだから、戦闘にも特に支障はないハズ。楽観的な考えかも知れないが、そもそも自分が戦えない時に襲撃があるとも限らないし。

 

 「それで、楓の散華はどれくらいの期間で治るんだ?」

 

 「それがもう1つの皆……というより巫女の3人を呼んだ理由でもあるんですよねぇ。もしかしたら、神託とかである程度治る期間が絞れないかと思いまして」

 

 「すみません、私にはそういう神託は……」

 

 「ごめんなさい、私にも……」

 

 「ごめんなさい、詳しい時間は私にもわからない……でも、楓くんが眠っていたのは3日だから、同じ期間か倍くらい時間が掛かるんじゃないかな……と、思いたいかな~」

 

 「やっぱりそこまで美味い話はない、か」

 

 「神奈のも結局願望でしかないわね。本当にそれくらいの時間か、もしくはもっと早く治るならいいんだけど」

 

 (実際、“私達”にもそこまで詳細にはわからないし……何より初めての出来事だから前例とか基準みたいなのもわかんないもんね。でも、“私達”から聞く限り力の貯まる速度は枯渇していたにしては結構早い……なら本当に、3日~1週間くらいだと思うけれど……)

 

 棗さんに聞かれたのでそう答えて3人に視線を向けてみるけど、やはりそんなピンポイントな神託は無いようだ。神奈ちゃんの誤魔化し方はもう諦めるとして、彼女が言った通りなら思ったより短いと考えるべきか、それとも長いと考えるべきか。

 

 ……いや、短いだろう。前は2年以上も掛かったんだから、それに比べれば雲泥の差と言って良い。だが……きっと、その2年以上に匹敵する程、長く感じるんだろうねぇ。1度は失って、再び得たモノだ。戻ってきた時は本当に嬉しかったし、皆と一緒に歩けることの喜びは言葉に出来ない。それを知ったからこそ、余計に色々思ってしまうんだが。

 

 「……ところで、姉さん達はいつまでそうしているつもりだい?」

 

 「楓が治るまで」

 

 「お兄ちゃんが治るまで」

 

 「ごめんね楓くん。でももう少しこのまま……」

 

 「こうして手を繋ぐことで、私から勇者の力とかアルファ波を送れないかと思って……」

 

 「前は離ればなれだったから、今回はおはようからおやすみまでこうしてるんよ~」

 

 「その、感触はあるんだろ? こうしてたら、安心するかなって……」

 

 「いや、気持ちはわからんでもないがいい加減離れなさいよあんたら。楓さんに迷惑でしょうが」

 

 話も一段落したと思い、今の今までずっと自分にしがみついたままの姉さん達に苦笑いしつつ聞いてみると返ってきたのはそんな言葉。西暦の皆とは違い、姉さん達は皆自分と同じく散華を経験し、その状態の自分を見ている。だからまあ、こうなるのは予想通りではあるんだけどねぇ。あれ、なんか美森ちゃんの手から何か送られてきてるような気が……いや、流石に気のせいだろう。

 

 因みに、この後自分の両手が使えない事を理由にのこちゃんが治るまで泊まり込みで自分の世話をすると言い出したが姉さんによって却下されたり、じゃあ毎日世話をしに来ると言って却下されたり、この後皆で家で昼食を食べる事になった際にあーんをしようとして姉さんにインターセプトされたりと色々あった。これじゃ完全に介護される老人だねぇ……。

 

 尚、寝ている間は男性の大赦の人が体を拭いて清潔にしてくれていたらしい。治るまでの間も同じように大赦の人が風呂や御手洗いを手伝ってくれた。前世で経験があるものの、家族とは言え異性にされるのは……と思っていたから感謝だ。因みにこれは後から聞いた話だけど……のこちゃんが突然家に来ては水着を着て風呂の世話をしようとしていたが姉さんが本気で止めていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 「楓くん、目が覚めて良かったねー」

 

 「そうね、友奈ちゃん」

 

 楓君達の家からの帰り道を、私は友奈ちゃんと2人で歩いていた。この世界に来た当初は冬間近だったのに今はもう春。現実の世界の時間は進まないと言うけれど、この世界に来て初めて年を越してしまった。時間が経つのは早いものね。

 

 あの戦いから3日。その期間で彼が目覚めてくれたのは早いと言うべきか、それとも遅いと言うべきか。ともかく目覚めてくれて本当に良かった。またあの時のような……起きた時に誰かが居なくなって、誰かが眠り続けるのを見るのは嫌だったから。

 

 「……ねぇ、東郷さん」

 

 「なぁに? 友奈ちゃん」

 

 ふと、友奈ちゃんの足が止まった。私も足を止めて彼女の方を見ると、さっきまで笑顔だったのが嘘のように俯いている。気づけば、その俯いて見えない顔から滴が落ちているのが見えた。

 

 「楓くん……心臓、止まってた。左手も動いてなくて……っ……多分、また温度とかも感じてなくて……!」

 

 「友奈ちゃん……」

 

 「どうしよう。神奈ちゃんは治るって言ってたけど……もし治らなかったら……また、ずっとあのままだったら……!」

 

 それは、友奈ちゃんらしくないと言えばらしくない言葉。でも、こうなるのは仕方ないのでしょうね。散華は私達の心に深い傷を残してる。治った今でも、まだその時の恐怖は大なり小なり残っているもの。私だって、捧げていた記憶が戻った時の絶望感は心に刻み込まれている。

 

 仮に散華が戻ってしまったのが楓君でなくとも、私達は同じように不安を抱いてしまう。でも今は、神奈ちゃんの言葉を信じるしかない。きっと戻ると。それに、帰り際に楓君は少しは温かいと感じるような気がすると言ってた。だから大丈夫……また、直ぐに元気に歩く彼を見ることが出来るから。

 

 「大丈夫……大丈夫よ友奈ちゃん。満開した訳じゃないし、治る予兆は出てるみたいだから。楓君と神奈ちゃんを信じましょう?」

 

 「うん……うんっ……!」

 

 すがり付く友奈ちゃんを抱き締めてその頭を撫でる。自分の口から出る言葉は……彼女だけでなく、私自身にも言い聞かせている。大丈夫。必ず治る。そうでなければ……私はまた、神樹様を恨んでしまうかも知れない。

 

 だけど結局、私達の不安は杞憂に終わる。そして楓君が倒れたあの日から約1ヶ月もの間、襲撃も自分達から攻めることもない、平和で穏やかな時間が流れることになることを……この時の私達は、まだ知らない。

 

 (それにしても……3人の巫女の内、神奈ちゃんだけが願望とは言え治る期間を口にしてた。それ以前にも、直接会ったことはないハズなのに私達の事をよく知ってるような事も……まるで見ていたかのよう。神奈ちゃん……もしかして、あなたは現実の世界では……)

 

 

 

 

 

 

 (私やそのっちのように、楓君の気配や場所を察知出来る領域に居るのかもしれないわ……!)

 

 

 

 

 

 

 「ど、どうした神奈!? 急に頭を押さえて……」

 

 「神奈さん、大丈夫ですか? 頭が痛いのですか?」

 

 「だ、大丈夫だよ若葉ちゃん、ひなたちゃん。何故だか急に頭の中で八百万の神が盛大にずっこけたような音が響き渡っただけだから……」

 

 「いやそれ大丈夫なのか!?」




原作との相違点はお休みです(!?)

という訳で、3回目の強化の代償とその説明回でした。予定通りと言うべきか、代償は楓の散華の復活です。ゆゆゆ編の最終バトルの満開の散華も込みですので、それまで動いていた左手も動きません。

原理というか理由としては、話の中でも書いた通り楓の中にある勇者の力の全てを使っている為です。散華は神樹の力によってそのまま戻されたのではなく新たに構成されていますので、その構成している力を使ってしまったので動かなくなった=散華の復活ということですね。右腕は散華した訳ではありませんが、これも神奈が構成した部分ですので同じように動かなくなりました。

西暦組に散華の説明をしたのは実は初。流石にその辺はぼかして話すでしょうしね。散華だとか世界を滅ぼし掛けたとか説明する方が……特に小学生組に言うわけないですし。

神奈ちゃん割とうっかりさん。そしてズレた考えして気付かない東郷さん。ヒロインやってる友奈ちゃん。芸人気質になってきてる他の神々。シリアスな雰囲気もありつつ微妙になりきれないのはゆゆゆい時空だからです。

さて、今年は投稿出来て2~3回。どんな番外編になるかはお楽しみです。個人√は後2人。いや3人……?

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 25 ―

お待たせしました、ようやく更新でございます(´ω`)

fgo5.5部、無事クリアしました。ガチャは無事爆死。リンボと伊吹欲しかった……伊吹、イブキ。心惹かれる名前ですよね←

セブストも奏目当てに始めました。相変わらず可愛い。ラスクラではアリス狙うも出るのはキリングドールばかりで心折れそうです。

さて、今年も残すところ2週間と少し。クリスマスと年末年始のイベントも楽しみです。福袋ガチャも、ね。

それでは今年最後の本編、どうぞ。


 「アマっち先輩、思ったより元気そうだったね~」

 

 「そうね。強化の後遺症で体が殆ど動かない、というのはびっくりしたけれど……」

 

 「本人あんまり気にしてなさそうだったなー。そこは良かった……のか?」

 

 「姉さん達も居るし、生活する分には心配はなさそうで良かったよ。ただ……」

 

 「まあ……」

 

 「ええ……」

 

 「……? 顔に何かついてたりする?」

 

 「いいや、いつも通り可愛い顔をしているよ」

 

 「本当? にへへ~♪」

 

 楓さんが目覚めたと若葉さん達から聞かされた日の翌日、自分達小学生組は姉さん達の家にお見舞いに行ってきた。部屋に入るとベッドの上で横になっている楓さんが居たが、まさか強化の代償のせいで須美ちゃんが言ったように体を動かすのが困難になっていたとは驚いた。

 

 説明を受けた時には自分も含めて全員が心配したし嫌な想像だってしたが、回復の兆候は出ているとの事なので安心した。そうして軽く雑談と姉さんが用意してくれた昼食をご馳走になり、遅くなる前に家を出て今は帰路に着いている。

 

 家での出来事を思い出しながら歩く途中、のこちゃん以外の目が彼女を見る。恐らく他の2人も思い浮かべているであろう、今日目にした事を考えながら。

 

 

 

 『今日も来たよカエっち! 身の回りのお世話は全部わたしにお任せなんよ!』

 

 『させる訳ないでしょうが! あんたにやらせるくらいなら全部アタシがやるわ! っていうかやるつもりだったのに断られた以上誰にもやらせてたまるもんですか!』

 

 『そんな、酷いよフーミン先輩……わたし、ちゃんとやれるよ! ちょっと恥ずかしいけど、お風呂だって予行演習として……』

 

 『なんの予行演習!? とにかく、ちび楓達もお見舞いに来てるんだから変な話を聞かせる前に帰れ!』

 

 『え、アマっち達も来てるの? じゃあそのっちも一緒にカエっちのお世話を』

 

 『あんたの煩悩まみれの行動にあの子達まで巻き込むんじゃないわよ!!』

 

 

 

 以上が扉越しに聞こえてきた姉さんとのこちゃん先輩の会話だ。お世話だお風呂だと聞こえる度に須美ちゃんと銀ちゃんは赤くなってたし、自分達は乗り気になったのこちゃんを抑えるのに必死だった。そうしていると会話はいつの間にか聞こえなくなった。

 

 

 

 『うるさいよ2人共……お兄ちゃんの迷惑になるから騒がないでね?』

 

 

 

 そんな、静かな樹の声と共に。その声色が聞こえただけの自分達でさえ震えたのだ、正面から本人に直接言われたであろう2人はどうだったのか。唯一楓さんだけが朗らかに笑っていてついつい4人で尊敬の目で見てしまったものだ……これはある種の自画自賛になるのかねぇ。

 

 それに樹も随分と成長して……まさか姉さんを、更にのこちゃん先輩も含めて圧倒するとは。元の世界で実際に目にするのがより楽しみになってきた。まあ楓さん曰くまだ甘え癖があるそうだが……そこは中学1年生なのだからまだまだ許容範囲だろう。甘えさせている彼も彼だし。

 

 「にしてもさ、初めて風さん達の家に行ったけど色々凄かったな。あたし家の中にエレベーターがあるの初めて見た」

 

 「そうね。それにバリアフリーも行き届いていたし、今の楓さんでも過ごしやすいと思うわ」

 

 「リビングも広かったし、ソファもアマっち先輩のベッドもふかふかだったんよ~♪」

 

 (確かに、過ごしやすそうではあったが……)

 

 皆の話し声を聞きつつ歩きながら考えるのは先程のお見舞い、その時に感じた幾つかの疑問。そして、前からあった疑問のこと。

 

 銀ちゃんと須美ちゃんが言った通り、あの家は随分とバリアフリーが行き届いていた。自分は彼女達と違って何度か家に来ているが、その度に不思議だったのだ。両親が死去し、五体満足の3人姉弟が暮らしているのになぜあそこまで整っていたのかと。

 

 それに、楓さんの部屋に置いてあった車椅子。よく見てみるとタイヤや車椅子自体にも細かな傷があった。自分達勇者に良くしてくれる大赦が用意したのなら、そんな傷だらけの車椅子を用意するだろうか?

 

 (思い付く理由としては、家族の誰かが元の世界で車椅子を使わざるを得ない怪我や病気をしていたから。そしてその誰かとは、恐らくは未来の自分)

 

 根拠は姉さん達が自分達の見送りをしてくれた際に楓さんを車椅子に乗せて押していたこと。その一連の動作がやけに手馴れたように見えたからだ。無論、気のせいという可能性もあるが。だが、それにしたってエレベーターはやりすぎだと思う。あんなモノ、後付けで付けられるとは思えないし、仮に後付けだとしたら思いきったことをしたと思う。

 

 ……いや、今更だが自分が養子に出る前に住んでいた家と場所や内装は違う。つまりあの家には引っ越してきた訳で、最初からバリアフリーが整っていた? ならなんでそんな家に引っ越すことにしたのか……。

 

 (……家族の誰かの為に必要だった? もしそうなら……)

 

 「アマっち? 何か考え事?」

 

 「うん? いや、今日の晩御飯は何だろうと思ってねぇ。お腹空いちゃって」

 

 「あー、あたしもお腹減ってきた。お母さん、今日は何ー?」

 

 「誰がお母さんよ……今日の当番は確か歌野さんと水都さん、それから雪花さんと棗さんだったから……」

 

 「野菜たっぷりは確定だねぇ。後は蕎麦かラーメンか……」

 

 「歌野さん達ならうどんは出ないだろうなー。でも美味しいから問題なし! 天ぷら蕎麦とか煮込みラーメンとか……」

 

 「前に棗さんが作ってくれたごーやちゃんぷるーも美味しかったんよ~♪」

 

 「歌野さんが作ると生野菜のサラダも誰よりも美味しくなるのよね。あの美味しさの秘訣はいったい……」

 

 考え事を止め、そんな会話をしながら寄宿舎に帰った。その日の晩御飯は案の定野菜たっぷり、蕎麦とラーメンが並んだ。四国組はうどんが無いことに少しだけ残念そうにしながらもいざ食べれば満足げに完食していた。勿論、自分は蕎麦もラーメンも野菜もお代わり数回ずつだ。

 

 そうだ、今はこの世界で過ごしているんだから元の世界の事なんて考えても仕方ない。どこまで行っても自分に出来ることは予想予測で、真実なんて本人から直接教えてもらうまで知り得ない。それに、実際に聞いたところで教えてくれないだろうし……仮に教えてもらったとしても、それは自分の胸の内に秘めたままにするだろう。

 

 今の自分達の時間軸より更に未来で、恐らくは自分が車椅子が必要になるような状態に陥る等と……彼女達に言える訳がないのだから。

 

 

 

 

 

 

 楓が3回目の強化を使ったあの戦いからおよそ1ヶ月の時間が経った。その間に襲撃が来ることはなく、神託も来ていない。彼の散華が復活したことで神世紀の中学生組は一時精神が不安定になったものの、戦いから10日程経ってようやく治った彼の姿を見てホッと一安心していた。

 

 3回目の強化については、余程の事がない限り使用の禁止が本人に告げられた。楓としても仲間達に無闇に心配を掛けたくはないしまた寝た切りになるのも嫌なので了承。尚、治るまでの間に幾度となく園子(中)、風の彼の身の回りの世話をする権利を掛けた攻防が繰り広げられた。風呂やトイレ等の介護は風が見事に防衛し切ったものの、食事だけはたまに楓本人の許可を得て行っていた。具体的に言えば“あーん”である。

 

 「平和だな……連戦は大変だったし、楓が動けなくなったりと色々あったが……もう1ヶ月も戦闘が無い」

 

 「その節はお手数掛けました、っと……うん、いい暖かさだ。お昼寝したくなるねぇ」

 

 「お昼寝もいいよね~。押し花製作も捗っちゃうなぁ」

 

 「3人共、ぼた餅食べます?」

 

 「わーい食べる! いただきまーす! ……うーん、相変わらずでりしゃす!」

 

 「東郷の作るお菓子は本当に美味しい……いただきます」

 

 「自分も貰うよ、美森ちゃん。いただきます……うん、美味しいねぇ。ところで、いつも作って持ち歩いているのかい? 自分用の一口サイズの奴まで……」

 

 「流石にいつでも持ち歩いている訳じゃないけれど、今日は楓君と友奈ちゃんに会える気がしたから用意したの」

 

 (それで本当にこうして会ってるんだから凄いよねぇ……)

 

 そんなドタバタとしつつも平和な時を過ごしていたとある日の海水浴場。季節的に人は居ないそこに、すっかり春となった暖かな陽気とまだ少し冷たさが残る潮風に吹かれながら、楓達はそこに居た。理由は各々違うが、偶然にも出会った彼らはそのまま海を見に行く棗に付き合う形でやってきたのだ。

 

 ふと、海を眺めていた棗がこの1ヶ月のことを思い返す。色々とショックな出来事こそ起きたが、それを除けば平和そのもの。それは良いことであるし平和な時間は穏やかに過ぎていたが、一部の者は口には出さないが若干の物足りなさも感じていた。その物足りなさを鍛練やリハビリで埋めていたのだが。

 

 寝た切りだった期間の事を軽い調子で謝罪しつつ、楓はそよそよと吹く風の気持ち良さに目を閉じる。このまま寝転べば本当に寝てしまいそうな程、その表情は穏やかだ。そんな彼の横顔を嬉しそうに見た後、友奈も道中で回収した押し花用の草花……相変わらず花以外もあるが……を眺めつつ手帳に挟んでポケットへと仕舞う。

 

 そうした所で、美森は持参した重箱を取り出して3人へとぼた餅を提供。彼女の作る甘味の虜である3人はそれぞれ手を伸ばして口へと運び、相変わらずの美味しさに頬を弛ませる。不意に楓が疑問を投げ掛けると、美森は何でもないようにさらりと言ってのけた。相変わらず楓と友奈に関しては超能力染みた勘の良さを発揮する彼女に楓が苦笑いを浮かべた時、ふと美森はこんなことを呟いた。

 

 「作ると言えば、例のアレはどうなったんだろう」

 

 

 

 

 

 

 「レタス。玉葱。ほうれん草。トマト。インゲン。ナス……ピーマンにししとう……大根にブロッコリー。とうもろこし」

 

 「何あれ、育てたい野菜の名前を口にしてるの?」

 

 「だ、大丈夫なんでしょうか? いつものはつらつとしている歌野さんらしくないというか……まるでお兄ちゃんと東郷先輩に何日も会えない友奈さんみたいになってますけど……」

 

 「禁断症状だね。うたのんは土に触れていないと少しずつおかしくなっていくんだ……というか結城さんの話が凄く気になるんだけど……」

 

 「友奈さんはお兄ちゃんと東郷先輩に暫く会わないと目に見える人全てが2人のどちらかに見えてくるそうで……一応、ある程度の判断基準はあるみたいですけどね……判断基準が……」

 

 (なんで自分の胸に手を……ああ、判断基準ってそういうことなんだね……)

 

 所変わって勇者部部室。そこに光の消えた目で野菜の名前を虚空に向かって呟く歌野は居た。その姿を不審に思う風、普段の明るい姿からかけ離れた様子の彼女を心配そうに見る樹。その脳裏に浮かぶのはかつての友奈の姿。

 

 歌野の状態を説明してくれた水都に、今度は樹が簡単に説明する。以前、諸事情で普段から一緒に居る2人が友奈から暫し離れた事があった。すると寂しさのあまり2人の名前を連呼してその存在を求めるようになり、直ぐ近くの人間を2人と見間違えるようになったのだ。

 

 まさに禁断症状と呼ぶべき状態に陥った彼女に樹も抱き付かれる形で被害に遭ったのだが、その際とある部分の感触から“東郷さんじゃない”と断言された事があるのである。どんよりと闇を背負う彼女に何かを察し、水都は思った事を心に留めておく事にした。

 

 「そんな農業王に素敵なお知らせだよ~。畑の許可が降りたから自由に使ってねって」

 

 「リアリー!?」

 

 「マジだぜ。大赦関係者諸々話をつけてくれたよ~、安芸先生が! 思う存分どうぞ」

 

 「やっっっったああああっ!! ばんざああああいっ!! 園子さんも安芸先生って人もありがとおおおおっ!! 愛してるわ!!」

 

 「愛されちゃった~♪ でもわたしにはカエっちが居るんだ~♪」

 

 「弟はあげないわよ」

 

 「お姉ちゃんさっきの歌野さんみたいな目をしてるよ……」

 

 園子(中)からの報告に叫びのような喜びの声を上げる歌野。彼女は楓と友奈から紹介された場所に元の持ち主から農業が出来るように許可を貰ったのだが、持ち主側の都合でその場所がこの今日この日まで使えなくなっていたのだ。その為、畑を耕して種を蒔くことも土を弄るどころか、そもそも畑に立ち入ることすらも出来ていなかった。

 

 そこでサポート役である安芸の出番。詳細は省くが、彼女の手腕と大赦の存在もあって無事に再度許可を得た上に畑も完全な大赦預かりとしたのだ。無論、双方に不満も不利益もない円満解決である。これにより歌野は自由に畑を好きに出来るようになった。禁断症状が出るまで追い詰められた所にこの朗報、喜びもひとしおだろう。

 

 喜びのあまり園子(中)に抱き付いて叫ぶ歌野。そんな彼女を水都が菩薩のような優しい目で見ている先で抱擁を受けつつニコニコと笑う園子(中)の言葉に、風が即答。その目から先程の歌野のように光が消えているのを、樹だけが見ていた。

 

 「畑が耕せるよ!」

 

 「やったねうたのん」

 

 「これで皆に素敵な野菜を食べさせてあげるわ!」

 

 「楽しみです」

 

 「樹さんは嫌いな野菜とかない? 大丈夫?」

 

 「はい。敢えて言うなら、ブロッコリーかな? 全然食べられますけど、苦い時があって……」

 

 「農業王を目指す私のブロッコリーは糖分多めで食べやすいわよ。茎まで柔らかくて甘味があるの」

 

 「素敵です! 私の体も成長するかも……わくわく」

 

 「ねえねえフーミン先輩。カエっちは嫌いな野菜とかってあるの?」

 

 「え? うーん、基本的に楓も樹も好き嫌いしないからねぇ……ああ、でもトマトはあんまり得意じゃなさそうだったかしら? ケチャップとかは平気みたいだけど」

 

 「そんな楓君もきっと私のトマトなら大丈夫! フルーツトマトにだって負けない甘さで苦手な人でも安心!」

 

 余程畑を耕せること、そしてその畑で採れる野菜を仲間達に提供出来るようになるのが嬉しいのだろう、いつにも増してテンションが高い歌野。西暦の時にも経験があるのだろう、野菜の話にも淀みがなく自信に溢れている。

 

 そうして野菜のセールストークで樹と風の心をがっちり掴んだ歌野だったが、もう辛抱たまらんと畑に向かいたいと言い始め、この場に居る5人全員で件の畑へと向かう事に。一刻も早くその場に行きたいと満面の笑みを浮かべている彼女を、水都もまた嬉しそうに見ていた。

 

 「ところで、園子ちゃんが楓君と一緒に居ないのって珍しいね」

 

 「体が治ってからずっとべったりだったから、たまには休ませないとと思って楓の所に行かせないよう途中で捕獲したわ」

 

 「捕まっちゃった~♪」

 

 

 

 

 

 

 再び場所は変わり、とある山道。そこにはアウトドア好きな球子と銀達と共に歩く夏凜、新士、杏の姿があった。涼しげな顔で歩く5人とは対称的に、杏だけは疲労しているのが見て取れた。そんな風に仲良くてくてくと歩いていると球子の端末に連絡が入る。

 

 「んあ? 連絡か……何々? 速報……歌野の畑が使えるようになった、ってさ」

 

 「歌野さん良かったね。大喜びだろうな……ふぅ……はぁ……」

 

 「大丈夫? 杏。疲れてるみたいだけど……まあ結構歩いたもんね」

 

 「大丈夫です。私も勇者の端くれなので、足腰を鍛えないと……」

 

 「よく言った杏。下山までもう少しだぞ」

 

 「慣れてないと山登りは疲れるからな。無理はするなよ?」

 

 「あっ、球子さん、銀さん。この野草って食べられるんですか?」

 

 「バッチリいけるぞぼうず。アウトドアの達人が言うんだから超間違いない」

 

 「いや、それ以前によく分からん野草を食べようとすなよ……」

 

 「呆れてますけど、過去の貴女ですよ銀ちゃん先輩」

 

 先の部室でのやり取りを簡単にメールで届けられたらしい。球子が皆に画面を歩きながら見せると、その様子を想像したのか全員がくすくすと笑う。杏だけは直ぐに息を切らして心配されてしまったが、読書家である彼女としても勇者である自負があり、己よりも年下の小学生2人が息を切らしていないのを見てやる気を漲らせた。

 

 そうして杏を励ましつつ下山する途中、銀(小)が山道にある野草に近寄って指差しながら聞いてみると球子から妙に自信に溢れた答えが返ってきた。2人のやり取りを呆れた表情で見ていた銀(中)が疲れたように言うが、隣から苦笑い気味の新士から鋭いツッコミを入れられて項垂れた。

 

 「山だといつもより一層元気ね、ホント……」

 

 「ん? なんだ夏凜、煮干が食べたいのか?」

 

 「違うわよ。あんたと杏が、風と樹に被ることがあるのよね。だから話しやすいってのもあるけど」

 

 「分かります。風さんと樹さんが、球子さんと杏さんに見えるときがあります、雰囲気的に。新士的にはどう? 弟として」

 

 「そうだねぇ……確かに、自分から見ても似てるというか、重なる時があるねぇ。多分、楓さんもそうだと思うよ。姉さんの時と同じノリで球子さんを弄ってるし」

 

 「ああ、確かに楓は楽しそうに弄ってるな……んー、球子と杏の2人が風さん達に似てると思うのは、2人が姉妹みたいな雰囲気だからか? 普段のやり取りとか」

 

 普段よりも更にテンションが高い球子達を見て呆れ顔をした後、じーっと球子と杏の顔を見る夏凜。その視線に気付いた球子が振り返りつつ聞くと、彼女はそう言って首を振った。その言葉に銀達と新士も頷いても同意する。

 

 姉妹のよう、そう言われて満更でもない……むしろ嬉しいのだろう球子は来世では杏と共に姉妹に生まれ変わっているかもしれないと嬉々として言い、杏もそうだったら嬉しいと笑って頷いた。そんな風に和やかな空気が流れた時、不意に夏凜と銀(中)が真剣な顔になる。

 

 「夏凜、ちょっと急いだ方が良いかも知れない」

 

 「そうね、嫌な風が出てきてる。急いで戻りましょう」

 

 「えっ、銀さんも完成型の夏凜さんみたいにそんな事まで分かるんですか? 凄いなぁ」

 

 「いや、未来の君だろうに」

 

 そんな新士のツッコミの後、6人は早足で下山するのであった。

 

 

 

 

 

 

 部室でのやり取りから少し経ち、場所は件の畑。着くや否や歌野は思いっきり深呼吸をして畑の土の匂いを嗅ぎ、次にしゃがんで土の感触や質を確かめる。そうした後にご満悦な顔をしながら立ち上がり、満足そうにうんうんた畑を見ながら頷いた。

 

 「うっっっっとりする程の畑だわ。見て、私から立ち上るこのオーラ!!」

 

 「すんごい“耕してやる!”感が伝わってくるよ」

 

 「だって触ってみてよこの土! これはいいわよ!」

 

 「なんだか木霊が嬉しそうです。いつもより弾んでるといいますか……」

 

 「精霊には分かっているのよ。ここが素敵なHA・TA・KEであることが」

 

 全身から喜びのオーラを立ち上らせるだけに留まらず周囲にもばら蒔いていそうなくらいに上機嫌な歌野。普段よりもテンションが上がりに上がっているのが言葉を介さずとも4人に伝わっている。文字通り木の精霊である木霊も姿を現し、畑の上でぽむぽむといつも以上に元気よく跳ねていた。

 

 「水都も一緒に耕すんでしょ?」

 

 「えっ、私はその……あ、神託だ……そんな、3方向から同時攻撃……!? その内の1つが凄い速度でこっちに来る!?」

 

 「異常事態か。それは把握したから大丈夫。クールに行きましょう」

 

 「頼りにしてるわ農業王! 水都、落ち着いて状況を分析して」

 

 風からそう聞かれて水都が答えようとした時、彼女の動きが一瞬止まる。それは神託が来た合図でもあり、それを受けた水都が驚きの声をあげる。そして次の瞬間には警報まで端末から鳴り響き、戦闘まで差程猶予が無いことも理解出来た。

 

 突然の展開に慌てる水都だったが、歌野と風に声を掛けられて深呼吸を1つし、何とか気を落ち着けて神託に意識を向ける。彼女がそうすることでいきなりの敵襲に少なからず驚いていた他の4人も落ち着き、準備運動をしたり神託を受ける水都の言葉を待つ。

 

 「直ぐにここに敵が来ます。迎撃準備を。他の区域は他の皆に任せて……丁度、他の2つにひなたさんと神奈さんも居るみたいですから、同じ神託を受けて皆に伝えてると思います」

 

 「オーケーみーちゃん。園子さんと一緒に安全なところへ」

 

 「うん……大型も居るみたい。気を付けてね、皆……」

 

 「あ~わたしとミノさんも戦えたらいいのにな~。歯痒いよ~」

 

 少しして、水都が受けた神託の内容を話す。その際に他の巫女の居場所も知ったようで、自分達と同じ状況だろうと予想。簡潔ながらも話を聞いた後、歌野の言葉の後に園子は悔しげに眉を下げつつ、水都と共にその場から離れていった。2人の姿が住宅街へと消えた後、3人はそれぞれ端末を手にする。

 

 「さぁ樹! ウインクしながら変身して!」

 

 「普通に指示してくれればいいってば!」

 

 「ふふ、緊張を解そうとしてるのよ。さて、他の皆も頑張ってるだろうからやりましょう」

 

 端末にある勇者アプリをタップ。画面から溢れる光と花びらがその身を覆い隠すのと、勇者達を樹海へと誘う極彩色の光が世界を覆うのは同時だった。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、居たぞ、若葉達だ。おぉーい! こちらタマーズだ!」

 

 「球子! 杏! 夏凜! 新士! 銀! よく戻ってきてくれた」

 

 「急いで下山してきて正解だったわ。敵襲なのね」

 

 「ああ、いきなり来たぞ。直ぐに戦いになる」

 

 「ふーっ、間に合って良かった」

 

 「これで全員ですか? いきなりだったから皆バラバラの場所に居るでしょうし、直ぐに合流するのは難しいですかねぇ」

 

 風達が樹海に移動したのと同じく樹海に来ていた球子達。直ぐに下山したのが功を奏したのか、移動してから直ぐにひなたから神託を聞かされたという若葉、そして彼女達の近くで一緒に居たという須美と園子(小)とも合流出来ていた。若葉以外は神託を知らないが、警報は聞いているので敵襲があったということだけは理解していた。また、これまでのように全員が揃うのは難しいということも。

 

 「ああ、神託が無かったから油断していたな。全員の合流が難しいのもそうだが、奇襲される可能性もある。点呼1」

 

 「こちらが攻めていたとはいえ、相手が攻めてくることもありますからね……点呼2」

 

 「切り替えて戦おう。点呼3」

 

 「同感です! 点呼4」

 

 「まあこのメンバーならそうそう負けることはないでしょうけどねぇ……点呼5」

 

 「私とそのっちは鍛練する為に集まっていたので丁度良かったと切り替えます。点呼6」

 

 「点呼7~! ひなた先輩がさっき言っていた情報だと、相手は足が速いバーテックス。だから……」

 

 「やっぱり全員が集まるのは難しいわね。私達だけで殲滅しましょう。点呼8、以上!」

 

 「この8人でバーテックスを迎撃する。今度の敵は足が速いとのこと、気を付けろ」

 

 会話の合間に人数確認の為の点呼を挟み、現状の把握に勤める。この場にいる勇者は8人、半分近い人数が集まっている。突発的に始まった敵襲、しかも多方面からの同時侵攻。かつてない状況ではあるが、勇者達に焦りは無い。とは言え戦力がバラけてしまっているのも確か。全員が声に出さずとも、なるべく早く殲滅し、他の勇者の元へと行こうと考えていた。他に懸念があるとすれば……。

 

 「……ひなた。安全な所に避難出来ただろうか」

 

 「銀ちゃん先輩も避難出来てるといいんですけどねぇ」

 

 「若葉も新士君も、ひなたと銀が心配ならとっとと片付ければいいのよ」

 

 「……そうだな、夏凜の言うとおりだ」

 

 「敵が見えてきました!」

 

 「よし、行くぞ! 奇襲など無駄な事だと、教えてやろうではないか!!」

 

 戦う術を持たない、いつものお留守番組が無事に避難出来ているかどうかであった。だがそれも夏凜の言葉で払拭され、バーテックスを直ぐ様殲滅する為に戦意を高める。そうしていると黙視できる距離に敵の姿を確認した須美が知らせ、いつものように若葉が気合いを乗せた声を出す。

 

 「アイアイサー!」

 

 「了解でいいのよ銀!」

 

 「ふふ、銀ちゃんは元気だねぇ。了解です、若葉さん」

 

 「わたし達は4人揃ってるから、頑張るよ~!」

 

 そうして小学生組の元気な返事の後、8人はバーテックスへと立ち向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、せっちゃーん! こっちこっちー!」

 

 「やあ、雪花ちゃん。こんにちは」

 

 「結城っち、呼ばれて飛び出てきたよーん。かーくんもこんちわ。ここは風が気持ちいいね」

 

 「今皆でまったりしてるから、せっちゃんもどうかなーって」

 

 「いいねぇまったり。ご相伴にあずかりますか」

 

 「挨拶代わりのぼた餅はいかが?」

 

 「海を見ながら皆で食べるお菓子は美味しいぞ。元が美味しいから尚更だ」

 

 「いただきまーす。むぐむぐ……甘ーい♪ んまーい♪ お、他にも来た」

 

 時は少し遡り、楓達が居る海水浴場。友奈が連絡して呼んだ雪花が加わり、5人となったメンバーでのんびりまったりとしながら美森の作ってきた美味しいぼた餅を頬張る。春風の心地好さもあり、何ともほのぼのとした空気が流れていた。

 

 そうしてのんびりしていると雪花が誰かがやってきた事に気付く。他の4人がその彼女の視線の先に目を向けると、そこにあったのは3人の少女の姿。それは神奈、高嶋、千景であった。よくもまあ勇者がここに集まるものだと思うかもしれないが、今やこの海水浴場は勇者達の人気スポット。今回のようにのんびりする場所としてもいいし、トレーニングの場所にするメンバーも居るくらいなのだ。

 

 「ぐんちゃんと神奈ちゃんもたまにはお散歩しないとね」

 

 「神奈さんを鍛えるのが楽しくて、ついゲームばかりしてしまって……誘ってくれて嬉しいわ」

 

 「あはは、私も千景ちゃんとゲームするのが楽しくて……でも、こうやって誰かと歩くのも楽しいね」

 

 「あら、手を繋いで仲良しね」

 

 「本当だねぇ。それに楽しそうにしているし、邪魔しちゃ悪いかな?」

 

 まだ3人は5人に気付いていないらしく、楽しげに浜辺を歩いていた。その手は千景を真ん中に置いて繋がれており、両手を塞がれている彼女はとても幸福そうに微笑んでいた。そんな仲睦まじい姿に声を掛けようとした雪花も止まり、楓と顔を見合わせてくすくすと笑いながら見送ろうとして……不意に、楓と美森の表情が山道での夏凜と銀(中)のように真剣なモノへと変わり……。

 

 

 

 「てな感じで、のんびり浜辺でスローライフを楽しんでいたのに敵の強襲とか……」

 

 「急だからびっくりだよね。皆が近くに居て良かったよ」

 

 「東郷さんと神奈ちゃんから神託を聞けたから心の準備が出来たよ」

 

 「勇者と巫女の両方の適正を持ってるからねぇ、美森ちゃんは。自分達の中では彼女だけだし、やっぱり凄いことだよねぇ」

 

 「うん、東郷さんは凄いよ!」

 

 「うん、東郷さんは凄いんだよ!」

 

 「褒めてくれるのは嬉しいけど、恥ずかしいわ」

 

 そんなこんなで、他の場所と同じように樹海へとやってきていた7人。飛ばされる前に神奈、そして神託を受けた美森から簡単に状況の説明を受けているので状況は把握出来ている。既に変身も終え、準備も万端である。勿論、楓の左手の水晶にある満開ゲージも最大まで回復している。

 

 「状況を分析するに、私達で迎え撃つしかないっていう訳ね」

 

 「こっちに1体向かってきているもの」

 

 「私達が抜けたら神樹様に辿り着いてしまうな。合流は考えずここを守るしかない」

 

 「多分、皆そんな感じで各地で戦いが始まっていると思う」

 

 「なら、自分達も速攻で片付けて救援に行こうか。自分なら直ぐに皆の所にまで飛んで行けるからねぇ」

 

 「この前の戦いではパーティを分けずに済んだけど、とうとう分割する時が来たのね……楓君がこちらに居るのは、不幸中の幸いかしら」

 

 そんな会話をしていると、勇者達へと向かってきていたバーテックスの姿を美森が捉えた。高速で動く大型に加え、遅れて無数の中、小型の影。他の場所も似たようなモノだろうと思いながら、勇者達はそれぞれの武器を手に迎撃準備を整える。

 

 戦う場所は違えど、思うことは同じ。素早く敵を倒し、そして離れた味方の救援へ。こうしておよそ1ヶ月ぶりとなる造反神との戦いは幕を開けたのだった。




原作との相違点

・海水浴場、山道にそれぞれ楓と新士を追加

・Q.なんでぼた餅作って持ってるの? A.会う気がしたから

・楓君はトマトがちょっと苦手

・両手に花のぐんちゃん

・他色々ありすぎて……



という訳で、原作9話の始まりからバトルスタート直前というお話でした。次の本編更新は来年になります。

今年の初めから書いてきたゆゆゆい編ですが、原作沿いに進んでまだ1/3なんですよね。このペースだと完結は再来年に……もう少し更新速度を上げたい所です。完結はさせます。絶対させます(鋼の意思

本編はこれで終わりですが、今年はまだ番外編を更新します。出来れば2つ程。リクエストも消化したいですしね……忘れられているかもしれない活動報告にあるリクエスト箱、中身見ると結構真っ黒です(震え声

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 寄り添う花は暖かく ー bsif ー

お待たせしました、普段より早めに更新です(´ω`)

ファンリビ、始まりましたね。私はリアスで始めました。今のところ割と楽しんでます。子猫可愛いよ子猫。

fgoもボックスガチャ再び。目指せ100箱。尚ガチャは無事爆死です。ゆゆゆいでも遂に大天狗若葉様が来ましたね。勿論爆死です←

ドカバトではLRで新悟飯、すり抜けて体トランクスとブロリー一家が出ました。天下一ガチャで天津飯&餃子も出ましたし、こちらに運が吸われてるのでは無かろうか。

今回はリクエストの憑依ものです。それでは、どうぞ。


 油断したと言うべきか。いや、ここは自分の力が足りなかったのだと言うべきだろう。銀ちゃんに動けない2人を託し、1人残って3体のバーテックスを相手に戦いその末に撃退出来た……そう、思っていた。だが結局、自分1人では力不足だったのだろう。だから自分は今……こうして()()()()を聞いている。

 

 『お……兄ちゃ……ああああっ……うええええん!!』

 

 『樹……うぅ……楓ぇ……っ!』

 

 『……私が……私が、断っていれば……私が……』

 

 『貴方……』

 

 樹の泣き声だ。姉さんの泣き声だ。父さんの嘆く声だ。母さんの耐える声だ。自分の姿も見えない程暗い空間の中で耳を塞ぐことも出来ず、ただ悲しみに暮れる家族の声だけが自分に届く。

 

 分かってしまう。悟ってしまう。思い出したように痛む、あるかもわからない首の痛みが、こうして自分を想い泣いている家族の声が、自分があの戦いで命を落としてしまったということを。

 

 自分が力不足だったから、銀ちゃんが戻るまで耐えられなかった。敵を撃退出来なかった。家族の下に帰れなかった。家族を……きっとあの子達も悲しませてしまった。

 

 すまない、ごめんなさい。声すら出せない今の自分には、そう思うことしか出来ない。何度でも、何度でも、後悔だけが続いた。家族の泣き声を聞きながら、聞こえなくなった後も、どれだけの時間が経ったかもわからない程に。

 

 

 

 『お兄ちゃん……お兄ちゃん……お……にぃ……ちゃん……うぅ……ああああっ……!』

 

 

 

 なのに、樹の泣き声だけはずっと聞こえていた。何度も何度も自分の名前を呼んで、ずっとずっと泣き続けている。何度その涙を拭いたいと思ったか、何度樹の側に行ってあげたいと思ったか。

 

 (なんの為に泣き声だけを聞かせるんだ。なんで自分はいつかのように転生することなく、こんな暗い世界に閉じ込められているんだ)

 

 直ぐにでも行ってあげたいのに、例え聞こえなくとも、声を届けたいのに、この暗い世界が邪魔をする。ああ、邪魔だ、邪魔なんだ。あの子の所へ行くのに、この世界は、この場所は。

 

 もがく。あるかもわからない体を、伸ばせているかもわからない手を動かす。みっともなくとも、泥臭くても、どれだけ時間が掛かろうとも、あの子の下へ行くのだと。その意思だけが自分を突き動かした。

 

 やがて、その意思が通じたのか暗い世界に光が射した。その光の中に、自分が伸ばす手が見えた。地面の無い闇を踏みつける足が見えた。そして、光の先に……こことは真逆の真っ白な世界で座り込むあの子の姿が見えた。

 

 

 

 『会いたいよ……お兄ちゃん』

 

 

 

 「会いに来たよ……樹」

 

 これが、死んだ自分が見た都合の良い夢だって構わない。もがいた先で、座り込んで泣いていた彼女が顔を上げて自分を確かに見たから。その目に涙を溜め込みながらも……驚きの表情ではあったが、確かにその涙を止められたから。

 

 「お……兄……ちゃん……? お兄、ちゃん……お兄ちゃん……っ!」

 

 「……樹」

 

 また、泣かせてしまったけれど。自分に向かって伸ばされた手を……確かに掴むことが出来たから。

 

 

 

 

 

 

 いつかまた会えるって。いつか、成長した私を見せるんだって……そう思っていたのに。再会したのは……何故だか、やたらと豪華なお葬式で。お兄ちゃんは……棺の中で真っ白な花に囲まれて眠ったようにそこに居て。その体は冷たくて……こんなにも近くに居るのに、もう2度と会えないとなんとなく理解して、私はお姉ちゃんと、お父さんと、お母さんと一緒に思いっきり泣いた。

 

 その日から私の世界から色が消えたような気がした。ご飯も美味しくない。お父さん達も夜遅くまで帰って来ない。今まで楽しかった事が全部楽しくなくなって。よく歌っていた歌だって……お兄ちゃんと一緒にお風呂で歌っていた事を思い出して辛くて歌えなくなった。

 

 そうして過ごしていると、今度は大橋が崩壊したってニュースが流れて……暫くして、お父さんとお母さんも亡くなったって聞かされた。あの、お兄ちゃんを連れていった人と同じ格好をした人達に。しかもその人達は今度はお姉ちゃんによくわからない話をしてた。こっそり聞いたけど、この時は勇者だとかお役目だとかもよくわかっていなかった。ただ……お姉ちゃんもお兄ちゃんみたいにどこかに行っちゃうかも知れないって思って、怖かった。

 

 家族が2人だけになった。お姉ちゃんは、遅くまで帰って来なくなった。リビングにあるソファに座って待っていても中々帰って来なくて……1人で待つ時間は、とても長くて。寂しくて毎日のように泣いちゃって……泣き疲れて、そのままの姿勢で横になって眠ってしまった。

 

 (会いたいよ……お兄ちゃん)

 

 夢の中でも、私はお兄ちゃんを求めていた。いつだって見るのは家族5人が揃っていて、皆が楽しそうに笑っていて。私はお兄ちゃんと一緒にお風呂に入って歌ったり、膝枕して貰ったり。お姉ちゃんが“アタシも構えー”って突撃してきて3人で笑いながら地面に転がったりして。そんな……幸福(しあわせ)な思い出を映画を見るみたいに。そうしている時、その声は聞こえたんだ。

 

 『会いに来たよ……樹』

 

 驚いて顔を上げると、そこにはお兄ちゃんが居た。会いたくて会いたくて仕方なかった人が、焦った表情で。驚いたまま固まっちゃって……でも、そこにお兄ちゃんが居るんだって思うとまた涙が出て来て。思わず手を伸ばして……その手を掴まれた所で、夢から覚めた。

 

 

 

 

 

 

 「樹……大丈夫?」

 

 「……お姉ちゃん……? お帰りなさい」

 

 「っ……うん、ただいま。こんなところで寝てたら風邪引くわよ?」

 

 目が覚めた時、目の前には心配そうに私を見るお姉ちゃんの姿があった。目を擦りながらそう言ったら、お姉ちゃんは少し泣きそうな顔をした後に無理に浮かべたような笑顔で頭を撫でてくる。その手の暖かさが、夢の中で掴んだお兄ちゃんの手を思い出して、また泣きそうになった。

 

 夢でお兄ちゃんに会えたんだ。そう言ったら、お姉ちゃんはまた泣きそうな顔をして……でも、また笑顔を浮かべて“良かったねぇ。アタシの所にも出てこいっつーのよ……楓”って、震えた声で呟いてた。そんな風に懐かしさと悲しさがあった日の次の日だった。

 

 (……あれ? 体が、動かない……!? えっ、なにこれ!? 金縛り!?)

 

 何故だか、凄く早く起きた。だけど、目は開いているのに体が全く動かない。それに、自分の意思で動かしていないのに勝手に視界が動く。部屋の中をゆっくりと見回して、時計を見ると朝の5時半だった。そして、そんな状態が怖くなって……思わず声に出た。

 

 『いや、やだ、怖い! お兄ちゃん! お姉ちゃん!』

 

 「っ、樹!? どこに居る……っ? なんだ、声が……?」

 

 『え、私の声!? それに今の喋り方……』

 

 何故か、私の声が2つ聞こえた。まるで、私以外にもう1人私が居るみたいに。だけどその喋り方は、とても聞き覚えのある喋り方で。

 

 また勝手に視界が動く。キョロキョロと見回すけど、そこには誰も居ない。なのに、また声が聞こえた。

 

 「ここは……樹の部屋? なんでこんな所に……それにこの声、まるで樹みたいじゃないか……ん? 女の子用の寝間着? これも見覚えが……」

 

 『やっぱり私の声……でも喋り方が……まさか、お兄ちゃん?』

 

 「樹!? やっぱり聞き間違えじゃない……頭の中に樹の声がする……そうだ、鏡。今の姿を見れば、この妙な状況が分かるかもしれない」

 

 『えっ? えっ!?』

 

 体が勝手に動き出して、ベッドから飛び出す。私の体のハズなのに、何故か妙に動きが軽やかな気がする。勢いよく扉を開けてお風呂場へと向かうその足に迷いは無くて、ドタドタと音が響くことも気にせずに走るとあっという間に辿り着いた。そして、鏡を覗き込むと……。

 

 「っ……これは……樹? いや、自分が樹になってる……? それとも、樹の体に入り込んでいるのか……?」

 

 『私の体? ということは、やっぱりお兄ちゃんなの!? お兄ちゃんが私の体を動かしてるの!?』

 

 「どうやらそうみたいだねぇ……なんだこれは、どういうことなんだ……自分は確かにあの日……」

 

 声も、動きも、全部私の体のモノ。だけど……分かる。今私の体を動かしているのはお兄ちゃんだ。お兄ちゃんが、私の体の中に居る。死んだハズのお兄ちゃんが、もう2度と会えないハズのお兄ちゃんが、私の体の中に。

 

 『お兄ちゃん……だよね? お兄ちゃんが、ここに居るんだよね?』

 

 「……不思議な事に、ねぇ。というかこれはどういう状況なんだ……死んだと思ったら樹になってる。しかも頭の中では樹の声がする……自分と樹が入れ替わってる? だが、それなら樹は今どうなって……」

 

 『わ、わかんない……』

 

 「だろうね……これ、まさかずっとこのままな訳じゃないだろうねぇ……? 樹に体を返せない、なんてことは……」

 

 「樹……? 今日は随分と早いのね」

 

 「『っ!?』」

 

 お兄ちゃんの考えを聞いても、私にもどうなっているのかなんて分からなかった。ただ、不安はなくて……どんな形であっても、どんな姿であっても、またお兄ちゃんとこうしてお話出来てるのが嬉しかった。

 

 そんな私の心境とは違ってお兄ちゃんは本気で悩んでるみたいで、顎に指を当てながら考え込む。私の姿でお兄ちゃんみたいな行動をしてるのがなんだか可笑しくて声を出さないようにこっそり笑ってると、ガチャっと扉が開いてお姉ちゃんが入ってきた。思わずビクゥッと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「お、お姉ちゃん。おはよう」

 

 「うん、おはよう。珍しいじゃない、こんな時間に」

 

 「う、うん……あれ、体が動く」

 

 「は?」

 

 「えっとね、さっきまでお兄ちゃんが私の体を動かしてて……そうだ! お姉ちゃん! 私ね、さっきまでお兄ちゃんとお話してたんだ! お兄ちゃん、私の体の中に入り込んじゃったって」

 

 

 

 「樹!!」

 

 

 

 いつの間にか自分で体が動かせるようになってて、その事に驚きつつもさっきまでのことをお姉ちゃんに伝える。だってお兄ちゃんが帰ってきたんだ。もしかしたら幽霊とか、魂だけとか、そういったものなのかもしれないけど……それでも、帰ってきてくれたんだ。きっとお姉ちゃんも喜んでくれる……そう思っていたのに、言葉の途中で怒鳴られて思わず身を竦ませた。

 

 「お姉……ちゃん……?」

 

 「……怒鳴ってごめん。でも樹……楓は、もう居ないのよ。お葬式でお別れ……したでしょ」

 

 「で、でも本当にさっきまで」

 

 「なら、その楓はどこに居るの? お姉ちゃんには……その姿も、声も……何も見えないし、聞こえない」

 

 『……姉さん、自分の声が聞こえるかい?』

 

 「っ! ほ、ほら! 今もお姉ちゃんに話しかけてるよ! お兄ちゃんはここに居るよ! 私達の所に、帰ってきてくれたんだよ!?」

 

 「……樹……そう、ね。あんたには……聞こえているんだもんね。そうなるくらいに……これも全部、あいつらが原因で……」

 

 「……お姉ちゃん……」

 

 「……朝御飯、作って待ってるからね。早く着替えてきなさい」

 

 そう言って、お姉ちゃんは……凄く辛そうに、だけど笑って出ていった。お姉ちゃんに怒鳴られたのは……家族が2人だけになってからは初めてだった。でも、びっくりしただけで怖くはなかった。ただ、なんで? どうして? って分からなくて……でも、私の話を信じてはくれなかったってことは理解出来た。

 

 足から力が抜けてペタンと床の上に座り込む。悲しくて、あんな顔をさせたことが辛くて涙が出てきた。でも、私は何も間違ったことなんて言ってないもん。お兄ちゃんは本当に帰ってきてくれたんだ。本当に声も聞こえるんだ。

 

 『……樹』

 

 「……居るもん……お兄ちゃんはここに居るもん! 幽霊だとしても、魂だけでも、ちゃんと帰ってきてくれたんだもん!! わ、たしと……おはなし……っ……したんだもん……っ!!」

 

 『……うん、そうだねぇ。自分はちゃんと、ここに居るよ。どういう訳か、樹の中に。こうしてお話出来るもんねぇ』

 

 「うああああん! ひくっ……ひっ……ああああん!!」

 

 『ごめんよ樹……今の自分じゃ、頭を撫でてあげることも出来ないんだ。でも……いつでもお喋り出来る。少なくとも、この状態が続く限りは……ずっと一緒に居られるから』

 

 「お兄ちゃん……おに……ちゃ……ううううぅぅぅぅっ」

 

 『そういえば、まだ言ってなかったねぇ……ただいま、樹。どうか泣き止んでくれないか? そして……笑って、お帰りと言ってくれないか?』

 

 お兄ちゃんに言われて、そういえば言ってないなって思って……何度も何度も両手で目を擦る。そうだ、ちゃんと言おうって思ってたんだ。いつかお兄ちゃんが帰ってきたら……成長した私の姿を見せて、笑顔でって。

 

 立ち上がって、鏡に映る自分の姿を見る。我ながら涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、ちっとも可愛くないし、成長した姿だなんて言えない。でも……せめて、笑顔で。上手く、笑えないけど。まだ、涙は止まってくれないけれど。でも……ひきつりながらでも、ニコッと笑って。

 

 「……お帰り、お兄ちゃん」

 

 『ああ……ただいま、樹』

 

 鏡の向こうに映る、不細工な泣き笑い顔の私の直ぐ後ろに……同じように泣き笑い顔のお兄ちゃんの姿が映った気がした。

 

 

 

 

 

 

 その日から、お姉ちゃんは今までよりも早く帰ってくるようになった。今までより、側に居てくれるようになった。お兄ちゃんも居るし、お姉ちゃんも居てくれる。だから、前よりも寂しくなくなった。だけど、お兄ちゃんの事を話すことはなかった。もうあんな辛そうなお姉ちゃんの顔は見たくなかったし、また信じてもらえずに怒鳴られたらって思うと怖かったから。

 

 そんな風にしばらく過ごしていると、色々と分かった事がある。体の……主導権? は私達の意志次第で代えられること。体を動かしてる方は頭の中で話そうとすれば心の中に居る方と会話出来ること。これでお兄ちゃんに勉強を教えて貰えるしテストもバッチリ……と思ったけどそれはカンニングだからダメってお兄ちゃんに叱られちゃった。

 

 運動能力は、体は動かしている方に引っ張られるということ。お兄ちゃんが動かしてる時は私が動かすよりも動けてる気がする……体力も腕力も無いから、誤差の範囲だと思うけど。

 

 『樹……あんまり自分がお前の体を使うのは良くないと思うんだけどねぇ』

 

 「え、なんで?」

 

 『正直、自分達の状態は良いのか悪いのか判別が付かない。けれど、1つの体に2つの心……何かしら悪影響があっても可笑しくない。だからしばらく、自分は体を動かすのはやめておこうと思うんだ』

 

 「私は別に気にしないんだけどなぁ……でもお兄ちゃんが言うなら仕方ないよね」

 

 ある日、部屋でのんびりしてるとお兄ちゃんがそう言ってきた。私としてはそこまで気にしていないし、仕草がお兄ちゃんのまんまだからよりお兄ちゃんが居ることを感じられるからむしろもっと頻繁に動かしてもらってもいいくらいなんだけど……お兄ちゃんが心配してくれるなら、まあ仕方ないかなって思った。その日からお兄ちゃんは、私の体を動かすことはしなかった。

 

 でも、1週間くらい経った頃。お兄ちゃんの声が聞こえにくくなって、私の中に感じられたお兄ちゃんの存在が感じにくくなった。まるで、段々とお兄ちゃんが消えていくみたいで……また、お兄ちゃんが居なくなってしまう気がして、本当に怖かった。

 

 「お兄ちゃん! お兄ちゃん、聞こえる!?」

 

 『……ぃ……き……ご……ん……』

 

 「あ……いや、嫌! 消えないで、また私から離れないで、居なくならないで! お兄ちゃん!!」

 

 何度も何度も泣きながらそう言って、自分の体を抱き締めた。そんなことしてもお兄ちゃんを抱き締めることなんて出来ないのに。でも、そうしなきゃいけない気がして……お兄ちゃんが居なくならないように、どこにも行かないようにって思いながら、強く強く、抱き締めた。

 

 すると、体が動かなくなった。ううん、体は動いてるけど、私の意志で動いてなかった。これは私とお兄ちゃんの意識が入れ替わってる時の状態。その事に気づいたら、また声を掛けていた。

 

 『お兄ちゃん! 聞こえる!?』

 

 「あ、ああ。聞こえるよ樹……あれはなんだったんだろうねぇ。まるで、意識が溶けてなくなっていくような……」

 

 『良かった……良かったよぅ……』

 

 「……また泣かせちゃったねぇ。ごめんね樹……今までこんな事はなかったのに、体を動かさないようにしてからこうなった……まだ確証はないけど、これからは定期的に体を動かすようにした方がいいのかもねぇ」

 

 この出来事があった日から、最低でも3日に1度は丸1日お兄ちゃんが私の体を動かすようになった。4日以上動かさないで居ると段々と意識が途切れていくみたいで、私を不安にさせない為にそれだけの時間を取るようにしたんだって。

 

 ……因みに、この時は真夜中だったので流石に眠そうにしたお姉ちゃんに怒られた……お兄ちゃんが。お兄ちゃんは仕方ないって笑って許してくれたけど、申し訳なさでまた泣きたくなったのは私だけの秘密。

 

 

 

 

 

 

 それから更に時間は経ち、何故だかお姉ちゃんから讃州市に引っ越すと言われ、そこで私も中学生になった。お兄ちゃんを意識して肩まで髪を伸ばしたり、お姉ちゃんに引っ張られて勇者部って所に入って友奈さんと東郷先輩の2人の先輩とも知り合いになったりした。

 

 東郷先輩を見た瞬間お兄ちゃんがとても驚いていたけど、自己紹介を聞いて“まさか……いやでも名前が違うし、他の2人も居ない……他人のそら似かねぇ”って呟いてた。聞いてみると、養子先で知り合った女の子の1人と凄く似ていたらしい。その話を聞いた日から数日後、たまたま部室で2人きりになった時に東郷先輩からこんな事を聞かれた。

 

 「……ねぇ、樹ちゃん。私達、以前にもどこかで会ったことはない?」

 

 「え? い、いえ、部室で会ったのが初めてかなぁ……と、思い、ます」

 

 「そう……そうよね。ごめんなさい、急に変なこと聞いて」

 

 「だ、大丈夫です。でも、なんでそう思ったんですか?」

 

 「……何故かわからないけれどね、樹ちゃんの顔を見た時に……とても、懐かしい気持ちになったの。懐かしくて……でも、悲しくて、切なくて……そんな、不思議な気持ちに」

 

 そう言った東郷先輩は……今にも泣きそうな顔をしていた。私はどう返したらいいか分からなくて、ただ黙って東郷先輩を見ているしか出来なかった。その日から、東郷先輩は私に前よりも優しく接してくれるようになった気がする。まるで、その誰かと私を重ねるみたいに。

 

 しばらくしてから教えてもらったのだけど、東郷先輩は2年間の記憶が無いらしい。もしかしたら、その2年間の中で東郷先輩はお兄ちゃんと会っていたのかも知れない。お兄ちゃんもそうかも……と同意してくれた。だけど、それ以上の事は何も進展はなかった。ただ、4人で……お兄ちゃんも居るから5人かな……楽しく部活をしていて、これからもそんな日々が続くと思ってた。

 

 

 

 「あれが、私達の敵……バーテックスよ」

 

 

 

 前にこっそり話だけは聞いてた“勇者”の存在。“バーテックス”という敵。それらを知るまでは。神樹様を殺しに来る化け物。倒せるのは勇者だけ……私達、だけ。倒さないと世界が滅んでしまう。急にそんなこと言われたって、出来っこない。だけど。

 

 『大丈夫だよ、樹。自分が代わりに戦うから』

 

 (でもお兄ちゃん……あんな大きな敵とどう戦うの?)

 

 『ま、やりようはあるさ。それに……自分、これでも前の勇者だったからねぇ』

 

 (えっ……? お兄ちゃんが……勇者?)

 

 ここで私は初めて、お兄ちゃんが養子に行った本当の理由を知った。そして……死んでしまった、本当の理由も。バーテックス。お兄ちゃんを殺した、敵。お姉ちゃんが前に家を空けるようになったのも、勇者として戦う為の訓練をする為。あの日大赦の人が来たのは、お姉ちゃんに勇者の存在と戦うことを教える為?

 

 そう思うと、胸の奥がムカムカとしてきた。バーテックス。私達家族を、私達兄妹をバラバラにした元凶。大赦の人はお姉ちゃんにだけ教えて、私には黙ってた。もしかしたら、お姉ちゃんが心配して口止めしてたのかも知れないけど……今は、そんなことはどうでもいい。

 

 お姉ちゃん1人では行かせられない。お兄ちゃんにも戦わせられない。だから、私が戦う。私も、戦う。今度は隣で、姉妹で一緒に。家族で一緒に。

 

 「私も……戦う。着いていくよ、何があっても」

 

 「樹……ええ、行くわよ、一緒に!」

 

 と、言っても私が戦い慣れてないなんて分かりきってたことで……お姉ちゃんから変身の仕方とか武器の出し方とか精霊とかの説明を受けても上手くいかずに跳びすぎたり着地に失敗したりバーテックスの攻撃を避け損ねたり……。

 

 『樹! 悪いけど、変わるよ!」

 

 「え、お、お兄ちゃん!?』

 

 精霊バリア越しに攻撃を受けてフラフラとしてたらお兄ちゃんに無理やり入れ替わられた。するとお兄ちゃんは明らかに私とはレベルが違う動きで体を動かす。本当に同じ体なのかと疑問に思うくらいに。

 

 それに、私とは違う武器の……ワイヤーの使い方をしてた。私がワイヤーを動かして飛んでくる爆弾を捕まえたりしてるのに、お兄ちゃんは樹海にある木にワイヤーをくくりつけて引き寄せてそっちに移動したり、乙女座に巻き付けてから同じように移動してドロップキックしたり。

 

 「姉さん、その剣貸して!」

 

 「え? 樹、今……ああっ、アタシの大剣!?」

 

 お姉ちゃんの大剣の持つ所にワイヤーを巻き付けて強引に奪ったかと思えば、思いっきり振り回して乙女座に叩きつけるようにして切り裂いたり。それでも倒せなくて、途中で変身した友奈さんが参加して凄いパンチで乙女座に大穴を開けた後、回復される前に封印の儀? をして御霊っていうのを出して最後は友奈さんが壊した。

 

 そんな日から、私達は学生として、勇者部として日常を送りながら勇者として戦う非日常も送ることになった。途中で夏凜さんっていう大赦から来た勇者も加わって、より賑やかになった。最初は怖い人かと思ったけど、お兄ちゃんが微笑ましそうに見てたし、サプライズの誕生会とかもしたら実はいい人なんだって気付けた。

 

 「……ねえ樹。あんた、時々雰囲気違わない? たまに凄い年上に感じる時があるんだけど」

 

 「夏凜ちゃんもそう思う? 私も時々そう感じる時があって……それに、やっぱり懐かしい気も……」

 

 「そ、そうですか? 気のせいなんじゃないですかね……あはは……」

 

 『2人共鋭いねぇ……それに美森ちゃん……懐かしいってことはやっぱり君は……』

 

 お姉ちゃんですら気付かないのに私の中のお兄ちゃんに気付きかけたりもして、これが完成型勇者……! とちょっと尊敬もしたり。5人……お兄ちゃんも入れて6人になった勇者部は、もっと楽しくなった。

 

 でも、その勇者部が壊れかけた。それは夏凜さんが入った後の戦い……7体のバーテックスの同時侵攻の時。お兄ちゃんの時にはなかった、勇者の更なる力の解放……“満開”。4体のバーテックスが合体した大きなバーテックスは強大で、それをしないと勝てなかった。夏凜さん以外が満開して、何とか戦いに勝って……。

 

 そして、私は声が出なくなった。お兄ちゃんに入れ替わってもそれは変わらなくて、私が直接会話出来るのはお兄ちゃんとだけになった。大好きな、折角出来た夢に必要な歌が歌えなくなったのは悲しかったけれど……でも、皆と過ごす日常が守れたなら、それで良かった。

 

 

 

 「勇者部なんて……作らなきゃ……っ!! 誰も苦しまずに済んだのに!!」

 

 

 

 だけど……お姉ちゃんはとても苦しんでた。私達を勇者部に入れたこと、私を勇者にしたこと。私は後悔なんてしたことなかったのに、私達の状況を誰よりも苦しんでたんだ。止めようとした友奈さんと夏凜さんでも止められないくらいに怒って、恨んで、悲しんで……だから、傷付けても、止まれなくて。

 

 だから……言葉を端末に入力して見せた。私と……お兄ちゃんの分を。私1人だけじゃ足りないかもしれなかったから。ううん、それだけじゃない。私は、やっぱりお姉ちゃんにも分かって欲しかった。お兄ちゃんは本当に……此処に居るんだって。

 

 《勇者部のみんなと出会わなかったら、きっと歌いたいって夢も持てなかった。勇者部に入って本当によかったよ》

 

 《勇者部を考えてくれて、勇者部を作ってくれて……ありがとう、姉さん》

 

 「樹……これ……違う、樹じゃない。楓……本当に、居るの? そこに……ずっと、ずっと前から一緒に……ああああ……っ!!」

 

 入れ替わったお兄ちゃんがお姉ちゃんの前に膝をついて……昔と変わらない、朗らかな笑みを浮かべてお姉ちゃんを抱き締めた。この表情は私じゃ出せないから。だからかもしれないけれど……お姉ちゃんは、お兄ちゃんを信じてくれた。

 

 「退いて! 私の邪魔をしないで!」

 

 「するよ。この世界はアマっちが……貴女の好きだった人が守ろうとした世界なんだから!」

 

 「須美、お前だって新士と……あたし達と一緒に守ってきただろ!」

 

 「私は、覚えてない! 貴女達のことも、そのアマっちって人のことも! 散華の影響で忘れさせられたから!! 友奈ちゃん達のことだって、いつか忘れさせられる!!」

 

 「それでも、アマっちは確かにこの世界に居たから。勇者部の皆と会えたのも、この世界があったから! それはわっしーだって……貴女だって分かるでしょ!?」

 

 「その人が、貴女達が私にとって大切で……友奈ちゃん達と出会わせてくれたのがこの世界なら……その思い出も、その想いも、その何もかもを奪ったのも……世界の方じゃない!!」

 

 「だとしても……私は守るよ。だって、私の好きな人が、私達の未来を見たいって言ってくれた人が守った世界だから!!」

 

 『の、のこちゃんに銀ちゃん!?』

 

 それで終われたら良かったのに、今度は東郷先輩が……正直、私はもういっぱいいっぱいだった。でもお兄ちゃんと……立ち直ってくれたお姉ちゃんが居たから、最後まで頑張れた。数えきれない小さなバーテックスも、最後に出てきた大きな元気っぽい火の玉だって、いつの間にか現れたお兄ちゃんと同じ先代勇者の2人も加えた皆でなんとか出来た。

 

 ……因みに、東郷先輩を止めたのは友奈さんだけど、その前に私と入れ替わったお兄ちゃんが“いい加減にしなさい!!(声に出てない)”って乙女座にしたみたいに東郷先輩にドロップキックしてしばらく悶絶させてた。直ぐに火の玉を止める為に戻ったけど、私だけは東郷先輩の“え……樹ちゃん……え……?”という困惑の表情を知っている。

 

 この後友奈さんの意識が戻らなかったりしたけど、私達の散華が戻ってからしばらくして友奈さんも戻ってきてくれた。やっと……私達の大好きな日常が戻ってきてくれた。それだけじゃなくて、なんと先代勇者の園子さんと銀さんも転校してきて勇者部に入って、またメンバーが増えた。そんなある日のお兄ちゃんと入れ替わってる日のこと。

 

 「ねえねえイッつん。イッつんってたまに雰囲気変わるよね。今日とか」

 

 「そうですか? 前に東郷先輩と夏凜さんも言ってましたけど、そんなに違います?」

 

 「うん、全然違うよ~。でもわたしは今のイッつんの方が好きかも~」

 

 「あはは、それは……ありがとうございます?」

 

 「勿論普段のイッつんも良いけどね~♪ あ、イッつん。今度わたしの家に来ない? お昼ご馳走するんよ~」

 

 「え? いえそんな、悪い……」

 

 「焼きそば、ずっと練習してきたんよ~。2年前の遠足の日の後、大橋の戦いまで……散華が戻ってからも、ずっと。ねえ、イッつん……ううん、“アマっち”……今度は……今度は、食べてくれるよね?」

 

 「……うん。自分も楽しみだったんだよ、のこちゃんが作る焼きそば……きっと、きっと美味しいだろうねぇ」

 

 私だけが知ってる、お兄ちゃんと園子さんの“約束”。いつもは皆を混乱させないように私の演技をしてるお兄ちゃんも、直ぐに本来のお兄ちゃんの口調で園子さんと一緒に居るようになった。園子さんにいつ気付いたのか聞いたら、あの戦いの時に一目見た瞬間に気付いたんだって……それを聞いた瞬間、私は見た。園子さんがまるで獲物を見るかのようにお兄ちゃんを見ていたのを。

 

 「もう2度と離れないよ、アマっち。あんな寂しい思いはもう嫌だから……それに、考え方によってはアマっちは女の子になってるんだし……イッつんも好きだし、問題無いよね」

 

 「何がですか!?」

 

 

 

 

 

 

 これは、死んだ筈の楓が何故か妹の樹に魂だけが入り込んでしまい、時に樹の中で、時に樹の体で別の世界で過ごしていたような勇者として、勇者部として日常と非日常を過ごしていく。

 

 そんな、不思議で……暖かなお話。




今回の補足

・基本的にはDEif√を原作沿いに進めた話。楓の記憶は遠足での三体との戦いまでなので満開の事を知らない

・楓と樹は所謂“もう1人の僕”状態。別の意識が入れ替わったところで体が成長したりはしない

・樹は中に居る兄を意識して髪を肩まで伸ばしている。セミロング樹

・歌のテストは中に兄が居るので安心。その代わり勇者部でカラオケイベント消失

・勇者としての戦闘力は純粋に楓の方が上。戦い方はゆゆゆいで言えば近接

・普段大人しい樹(意識は楓)にドロップキックされて困惑の東郷さん

・安定の園子



という訳で、リクエストのDEifで死んでしまった楓が樹に憑依したというお話でした。1話で纏める為にかなり急ぎ足かつ強引な話になってしまったやもしれません……いやこの設定、作品1つ書けるので纏めるのが大変でした。因みに、ブラザーソウルイフと読みます。まんまですね←

話の流れはDEifと原作のごちゃ混ぜです。なので安芸先生と園子は不仲だったり東郷さんに楓レーダーが無かったり神奈が居なかったりと本編とも大分変わってます。

別に楓が「AIBOOOO!!」と叫んだりはしません。ホントはもっとシリアスな雰囲気になる予定だったのですが、重めなのは前半だけになりましたね。今年は甘々で締めますし、来年はダークな感じで始めるのもいいかもしれません。尚、来年は本編から再開予定です。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花と幸福に ー 美森if ー

お待たせしました、今年最後の更新です(´ω`)

東郷√か美森√で悩んだ末に他と同様に名前にしました。そう、今回はお待ちかねの(?)東郷さん√です。

必死に石を集めたゆゆゆいで大天狗若葉様来てくれました。最後の最後で嬉しいサプライズ、風雲児様ありがとう。

ファンリビではチャイカがすり抜けで来てくれましたが元ネタ知らねえ← そして育成が中々進まねぇ……fgoはもうすぐ目標の100箱達成出来そうです。

前回のお話はそれなりに好評のようで何よりです。感想ではドロップキックの言葉が多く見受けられました。そんなに面白かったんですかね、樹ちゃんドロップキック。因みにドロップキックの理由は体重も軽く力も無い樹ちゃんの体でも出せる最大威力の攻撃だからです。

今回は他の親密√同様に色々とキャラが……私の中の本作の東郷さんはこんな感じです。


 寄り添うだけでいい。寄り添って貰えれば、もっと良い。まだ私達が小学生だった頃、世界の真実を知り、散華を知り、絶望したその日に4人で行った夏祭りの花火を見上げながら思った事。あの時、彼は右腕を失っていた。残った左手はいつもそのっちが握っていたから……それなら私は右側で良いと、例え手を繋げずとも、側に居てそうしているだけでいいと。

 

 彼の事は勿論好ましく思っている。ううん、もっと簡単に言えば……1人の男性として好きなんだとはっきり言える。でも、私が彼に異性として好かれる必要はない。友奈とでも良い。そのっちとでもいい。銀とでも良い。夏凜ちゃんでも、雪花でも構わない。楓君が誰かと一緒に幸福(しあわせ)になってくれるなら、誰とだって。

 

 私の友達が、私の好きな人が幸福であれば、私にとってそれ以上の幸福はない。その幸福を……私は遠くから、出来れば直ぐ近くで見ていられるなら……そう、思っていた。そんな時だった。

 

 

 

 「東郷 美森さん。自分は、貴女の事が好きです。自分と……付き合ってくれませんか」

 

 

 

 高校生になり、中学の頃と変わらず勇者部として過ごしていた頃。私と楓君の2人だけで行った依頼の帰り道……茜色の空の下で、私は彼に告白された。それは私にとって思ってもみなかった事で……とても、とても嬉しい出来事で。

 

 いつものような朗らかな笑みではなく、少し緊張した面持ちという珍しい表情なのが彼が本気であることを教えてくれる。高鳴る自分の心臓が、これが夢ではなく現実であると教えてくれる。彼が選んだのは、彼が求めてくれたのは……私であると。

 

 本当に嬉しい。友人としてではなく、異性としての好き。両思いであるその事実が、跳び上がりそうなくらいに。今にも抱き着いて、声高らかに“はい!”と返事をしてしまいたい程に。

 

 

 

 「……ごめん……なさい……っ」

 

 

 

 でも……私の口から出たのはそんな言葉。嬉しいのは間違いない。私も好きなのは間違いない。本当なら“喜んで”と返事をしたい。友達以上に、彼と恋人に、いずれは夫婦に……そう、思っている。思っているのに。

 

 思い浮かぶのは、中学生の時に私がしてしまったこと。四国の壁を壊し、世界を終わらせかけたこと。仲間達に酷い事を言って、酷い事をしてしまったこと。小学生の時の夏祭り……そこでした約束を散華で忘れて……心にも体にも傷を付けてしまったこと。

 

 皆は最後には赦してくれた。それでも……私の心には未だに残っているんだ。(わだかま)り。罪悪感。悲しみ。そういった感情が、傷のように、泥のように。

 

 だから私は、どうしても自分が赦せない。彼と恋仲になることが、幸福の未来を歩むことが、そんな未来を想像することすら。見ているだけでいい。貴方が幸福な姿を。誰かと共に幸福そうに歩く姿を。いつか家庭を持ち、子宝にも恵まれて幸福な日々を過ごす……そんな姿を。

 

 「……そっか。断られたら、仕方ないねぇ」

 

 「ごめんなさい……ごめん、なさい……っ!」

 

 「理由は……言えない、か。分かった。ああ、泣かないで美森ちゃん。自分もいきなり過ぎたねぇ」

 

 嗚呼、私は卑怯者だ。真摯に気持ちを告げてくれたのに、そんな彼に罪悪感まみれの言葉で拒否をしたのは私の方なのに。断る理由も言えず、謝罪の言葉以外言えず……断った側のクセに泣いて、哭いて、啼いて……彼の気持ちを踏みにじったのに、そんな私を彼は優しく抱き締めてくれて、慰めてくれて。

 

 私は……私が……私なんか……大っ嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 あの後、私は部室に戻らずに楓君に自宅まで送ってもらった。部室にあった荷物も取ってきてくれて……直接帰った理由は体調を崩したからだと言い訳してくれたらしい。お陰で翌日の朝に友奈と会った時に心配してくれた際、話を合わせることが出来た。

 

 告白のことは……言わなかった。彼も言ってないみたいだし、私の方から言うのもどうかと思ったから。でも、私達の間に何かしらあったのは……丸わかりだったと思う。

 

 「カエっち、昨日わっしーと何かあったの?」

 

 「いいや、美森ちゃんを送っていったくらいだけど。なんでだい?」

 

 「いや、珍しく2人が挨拶くらいしか会話してないなーって話しててさ」

 

 「あっ! 確かにそうだね!」

 

 「そういえば……珍しいこともあるものね」

 

 「あ……そ、れは」

 

 「うーん、これはあんまり言うべきことじゃないんだろうけど……まあ、ちょっと気恥ずかしいからかもねぇ」

 

 「気恥ずかしい? 気付けば夫婦漫才してるのに今更じゃない?」

 

 風先輩と樹ちゃんを除く私達勇者部は高校2年生になって嬉しいことに全員同じクラスだった。なんの思惑が働いたのか席も教室の片隅に集まり、お昼時はこうして7人で机をくっつけてそれぞれ持ち寄ったお弁当なりパンなりを食べている。

 

 今日も全員がお弁当を持ち寄って……楓君と友奈はそれぞれ風先輩とお母様作。意外にも夏凜ちゃんは手作り……食べているとそのっちからそう切り出された。因みに相変わらずそのっちと友奈は彼の両隣を陣取っている。

 

 そのっちに続いて銀、友奈、夏凜ちゃんと続き、楓君は苦笑いしながら呟いた。気恥ずかしい……正直、そんな言葉で済むようなことじゃない。だって私は最低な事をしたのだ。寄り添いたいと、寄り添ってもらいたいと思いながらその人の好意を、その人の想いを足蹴にしたんだ。彼は怒っていい……まともに説明すら出来なかった私を。なのに……どこまでも楓君は優しかった。

 

 「依頼が終わった後の帰り際にハプニングがあってねぇ……簡単に言えば、所謂“ラッキースケベ”って奴だよ」

 

 「……かーくん。それ、具体的にどうなったのよ?」

 

 「正面衝突。但し自分の顔にはクッションが」

 

 「あー……成る程。つまり、須美のエベレストに顔から突っ込んだと。流石の須美もそれは恥ずかしい……よな?」

 

 「あ、当たり前でしょう!?」

 

 「わっしーまだ成長してるもんね~。わたしも成長したけど全然敵わないし」

 

 「教室にはまだ男子が居るからその手の話はやめなさいって」

 

 「あはは……確かにそれは恥ずかしいかも」

 

 らっきーすけべ……つまりは楓君の顔が私のむ、胸に……勿論そんな事は起きていない。むしろ私が彼に胸を借りた側で、勇者時代に鍛えられ、今もトレーニングが続いているという硬く逞しい胸板の感触を堪能し……ごほん。

 

 もし仮に楓君とそうなった場合……銀に言ったように恥ずかしいとは思う。けれども、想像してみると満更では無い。勿論他の男性ならひっぱたいて警察に突き出すくらいはするだろうが、楓君なら別に……そこまで思って、また気持ちが沈む。改めて自分の中の彼へと好意を感じて、同時に昨日の自分の所業に心が痛んだ。

 

 「……もう切腹するしか」

 

 「どっちが!? いや、どっちにしても早まるな須美! 大丈夫だ、減るものじゃないし!」

 

 「楓くんも東郷さんもお腹切っちゃヤダよ!?」

 

 「あんたは昔から変わらないわね……園子、念のため取り押さえるわよ」

 

 「あいあいさ~♪」

 

 「え、昔から切腹とか言い出してんの? あの子」

 

 「まあ、実際に切腹寸前まで行ったことはあるねぇ……ほら、短刀から手を離して。というかなんで刃物入ってるんだ……持ってきちゃダメだよ、美森ちゃん」

 

 わなわなと震えながら鞄の中から常備している布にくるまれた短刀を取り出した所で楓君と雪花以外の4人に取り押さえられる私。手にした短刀は楓君によって取り上げられ……その際、触れた手の感触に少し気恥ずかしさを覚えた。そしてやんわりと叱られながら頭を撫でられる。

 

 嗚呼、こうして触れられる度に、声を掛けられる度に心が温かくなる。告白されるよりも、もっと。そうして思い知るのだ、私も彼が好きだと。でも、思い知らされるのだ……やはり私は、私自身が彼と結ばれる事を赦しはしないのだと。

 

 (ああ……やっぱり私は……)

 

 なんて、面倒な女なのだ。そう何度も思った事を、また思った。

 

 

 

 

 

 

 そんなやり取りから数日経った日、私は悪夢を見た。それもあの日……小学生の時、遠足の前に見た神託らしき夢だ。当時はわからなかった、赤黒い勇者服を着た誰かが大橋の上で座り込んでいる……そんな夢を見た。

 

 近付いていく夢の中の私。ダメ、近付かないで、見たくない。そう思っても声は出ない。どれだけ思っても足は止まらない。そして見てしまうんだ……首の無い、そのカラダを。

 

 (ぐ……ぶ……ううううっ……)

 

 夢の中なのに吐き気が込み上げる。これは私の最初に見た神託。言わなかったことを、言えば良かったと後悔したトラウマ。この夢を彼以外にも伝えていれば、結果は変わったかもしれない……何度そう思ったことか。何度過去の自分に怒りを向けたことか。何度……後悔したことか。

 

 ああそうだ、壁を壊した時のことだけじゃない。こうして彼の危機を知らされながらそれに気付かず、ただの悪夢だからと話すこともしなかったからこそ、現実に彼を失いかけたこと。それもまた、私にとって赦し難いことだった。

 

 戦いが終わって尚、この悪夢は私を苦しめる。いや、苦しめているのは私自身。これは言わば自傷行為。両思いであると知って、それでも拒絶した私自身への戒め、罪に対する罰。好きなのだ。これ以上好きになれる人なんて現れないと確信出来るくらいに、この人以外の異性は愛せないと断言するくらいに。だって私には、“鷲尾 須美”と“東郷 美森”の2人分の彼への好意があるんだから。

 

 ……そして同時に、“鷲尾 須美”と“東郷 美森”の2人分、彼への罪の意識がある。だから、私は寄り添うだけで良かった。一緒になれずとも、端から見てるだけで良かった。それで……良かったのに。

 

 (あ……楓、君……)

 

 目の前に、中学生の時の楓君が現れて蹲る私を見下ろす。吐き気を耐える為に口に手を当てて見上げる彼は五体満足の姿で……今でこそ存在する右腕に視線が寄る。覚えている。あの病室で、触れようとして伸ばした手が触れられなかったことの絶望を。側に居たい時に限って敵が現れて、側に居られなくなった時の焦燥と怒りを。

 

 (っ、待っ……)

 

 彼が背を向け、私から離れるように歩き出す。咄嗟に私は彼の右手へと手を伸ばし、その手を強く握って……その手が、まるでオモチャのように肩の辺りからズルリと引き抜けた。肩と、腕の断面から夥しい血が吹き出して、私と彼の頬を汚す。そして、固まって動けなくなる私に……彼は振り返って言うのだ。

 

 

 

 ― 君が伝えていれば……こんな事にならなかったかもねぇ ―

 

 

 

 血にまみれたその顔に、悲しげな笑みを浮かべ……その首から、頭を落としながら。

 

 

 

 

 「あああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」

 

 絶叫と共に、目が覚めた。悪夢を見た。またあの悪夢を見た。彼に告白され、断ったあの日から続く悪夢を見た。あの時と同じようにはっきりと脳裏に刻まれ、記憶に残る悪夢を見た。

 

 鷲尾 須美の時の、決して忘れられない私の罪。今回見た悪夢はそれだったが、他にも壁を壊し、世界諸とも皆と心中を図ろうとした時の事も悪夢として見ることもある。それらは皆と過ごしていく内に乗り越えることが出来た筈だった。自分を赦せなくても、皆が赦して、支えてくれたから……そうやって、乗り越えた筈だったのに。

 

 「はぁっ……はぁっ……」

 

 荒い息を何とか整えようとする。寝間着である襦袢が汗で湿って気持ち悪い。涙が溢れて止まらない。まだ悪夢の中に居るようで怖い。悪夢はもう通り過ぎた筈なのに、不安が無くなってくれない。

 

 楓君の告白を断った日からこんな調子だ。罪の意識を感じたからか、それとも自分から断っておきながら未練を感じているのか……感じているんだろう。本当はその手を取りたかったんだ。私も好きだと返したかったんだ。そうしなかったのは私が勝手にこれまでのことに罪の意識があるからだ。私が、彼と一緒になって良い筈がないと……そう思ってるからだ。

 

 でも、そう思う程余計に彼の事を想ってしまう。今だって悪夢の事を除けば彼の事ばかり頭に浮かんでしまう。意識を集中すれば、彼の居場所だってある程度把握出来る。今はまだ自分の家に居るんだろう。時間は……深夜。あれだけ大きな声を出してしまったのに両親が何も言わないのは部屋が遠いことと時間帯が理由なんだろう。

 

 「……そういえば、前にもこんな事があったわね」

 

 思い出す。遠足の前の日に見た悪夢から目覚めた後、彼に電話した日の事を。深夜だったにも関わらず、直ぐに出てくれた彼の事を。私の感じていた恐怖を、言葉少なくとも気付いてくれた事を。怖くて、泣いて、眠れなかった私の所に、変身してまで飛んできてくれた事を。

 

 思い出す。窓越しにお互いの顔が見えた状態で、電話越しに聞こえた彼の言葉を。私が泣いている、なら直ぐに駆け付けてくれる……そう言ってくれた事を。そして彼は、本当に駆け付けてくれた。

 

 彼を思う。彼の事を想う。嗚呼、やっぱり私は彼が好きなんだ。銀にだって、そのっちにだって、友奈にだって負けないくらい。だから……こんなにも苦しい。だから……過去の自分が赦せなくて。そんな私が彼と結ばれようとするのが、赦せなくて。

 

 電話を取る。指が動き、彼の電話番号が画面に出たところで止まる。後1度指を動かせば、彼に繋がる。もしかしたら、また出てくれるかもしれない。また、駆け付けてくれるかもしれない。少しの期待。その期待と共に指を動かして……。

 

 「……今の私に……そんな資格は……ない」

 

 その期待を捩じ伏せて、電源を落とした。その後は悪夢を見ることに怯えながら、恐怖を胸に抱いて眠った。

 

 

 

 

 

 

 「東郷さん、大丈夫? ここのところずっと目にクマがあるけど……」

 

 「……大丈夫よ、友奈」

 

 それから数日、私は毎日悪夢に苛まれていた。ように、ではなく毎日。決まってあの日の大橋での出来事と、去り行く楓君の手を取ると彼があの言葉を私に告げる悪夢を。繰り返し、繰り返し、罰を与えるように、刻み付けるように。

 

 だからだろう、この数日魘されては起きてまた眠ってを繰り返してまともに眠れていない。授業にも集中出来ない。最近は食事の味だってちゃんと認識出来ていない。友奈達はこうして私を心配してくれる。勿論、楓君も。でも、そうした彼からの優しさだけは……今は、辛かった。

 

 「いやいや、全然大丈夫そうに見えないって須美」

 

 「まあ、そんだけ濃い隈こさえてたらね。眠れてませんって言ってるようなものよ?」

 

 「わっしー……何かあったの?」

 

 「快眠出来るサプリ、明日持ってくるわ」

 

 「……美森ちゃん、保健室に行くかい?」

 

 次の授業の為、別の教室へと移動中に皆からそう言われる。心配を掛けていることが申し訳ない。心配しないでと言おうにも、今の状況では意味がないでしょうね。それでも、私はそう言うしかない。悪夢のことなんて話しても仕方ないし、誰にもどうにも出来ない。それに……楓君には、話せない。

 

 話せばきっと、彼は自分が告白したのが原因だと考える。それだけは思わせてはいけない。口にさせてはいけない。例え私の過去であろうとも、彼の想いと言葉は否定させないし、悪いとは言わせない……拒絶した癖にこう思うのは、矛盾しているかもしれないけれど。

 

 「……ぁ」

 

 「っ、美森ちゃん!?」

 

 返事をしようとした時、不意に視界が揺らいで足から力が抜けた。そのまま廊下へと正面から倒れ込みそうになった時、楓君が素早く回り込んで抱き止めてくれた。その力強い両腕に抱き締められていると、凄く安心出来る。制服越しに彼に触れている事実に、頭の中がふわふわとする。

 

 他の皆から心配の声が聞こえているけれど、はっきりとは言葉を聞き取れない。それだけ睡眠不足による体調不良が酷いのだろう。同時に、彼の温もりに触れた部分の心地良い熱に……私の意識が、心が奪われているからでもあるのだろうけれど。

 

 (楓君……)

 

 私も、大好き。過去の自分の所業さえ無ければ、過去の後悔さえ無ければそう返していたハズなのに。純粋に喜んで、幸福を享受出来ていたハズなのに。誰も悪くない。悪いのは私だけで。ああでも皆は違うって言ってくれて。赦せないのは私だけで。でも皆は赦してくれて。傷付けたのは私で。でも私も傷付いて。考えが纏まらない。意識を保てない。でも眠るのは怖い。

 

 そうして私の意識は途切れた。だけど……悪夢は、見なかった。

 

 

 

 

 

 

 「……ここは……」

 

 目が覚めた時、私は自分の部屋に居た。どうして……と思うも、直ぐに学校で倒れた事を思い出す。あの時よりも幾らか頭が冴えているので、ある程度の時間眠る事が出来たんだろう。それが体調不良による気絶なのはどうかと思うけれど。

 

 ……皆に、心配を掛けてしまった。ぼんやりと残る皆の心配そうな声と楓君の表情が浮かび、胸の奥が苦しくなる。まるで学習しない、周りに迷惑と心配を掛けてばかりの自分に嫌気が差す。そんな風に自己嫌悪に陥っていると、部屋の(ふすま)が開いたので自然とそちらに目をやる。

 

 「……ああ、美森ちゃん。目を覚ましてくれて良かった」

 

 「楓……君……」

 

 そこに居たのは、楓君だった。私が倒れてからそう時間は経っていないのか、それとも何日か経った上での学校帰りなのか、彼は制服を着ていた。その手にあるのは、お茶碗と湯飲みが乗ったお盆。

 

 私を見て安心した顔をすると、楓君はこちらへと歩み寄ってきたので私も体を起こす。誰が着替えさせてくれたのか記憶の最後にある制服姿とは違って寝間着の襦袢姿だった。隣に胡座をかいて座った彼が枕元に置いたお盆の上を見るとお粥とお茶が置いてあった。別に風邪を引いた訳じゃないのだけど。

 

 「いきなり倒れたからびっくりしたよ。気分はどうだい?」

 

 「ええ、だいぶ良くなったわ。というか、別に病気でも何でもなくて、ただの睡眠不足が原因なのだけど……」

 

 「気絶までいったら“ただの”とはとても言えないけどねぇ」

 

 聞けば、私が倒れてからまだ数時間程経った程度で、迎えと着替えはお母さんがしてくれたという。そう教えてくれた後の苦笑い気味の彼の言葉にごもっともですと思う。それでも、私は別に平気だと返す。彼に悪夢の内容を知られてはいけない。彼が原因だと思わせてはいけない。何度もそう思って、当たり障りの無い言葉で終わらせようとした。でも、私は忘れていた……彼の察しの良さを。

 

 「自分の告白が原因かい?」

 

 「っ……それは、違うわ。ただ、夢見が悪かっただけで」

 

 「自分が告白して何日か経ってからだったよねぇ、夢見が悪くなり始めたのって。急に顔色が悪くなっていってたの、皆気付いてたよ」

 

 「あ……」

 

 そう言われて、また皆の心配そうな顔が浮かんだ。友奈の、そのっちの、銀の、夏凜ちゃんの、雪花の。部活に行けば風先輩にも、樹ちゃんにも心配された。部活として現地に行けば、依頼人の人にさえ。勿論、家でも両親に同じ顔を。そして今も、楓君に。

 

 「……自分の告白は、そこまで君にとって心労の元になってしまったみたいだねぇ」

 

 「違っ、違う! 楓君は悪くないの! 悪いのは、私で……」

 

 「何故だい? 事実、君はこうして倒れてしまったじゃないか」

 

 「それは……でも……」

 

 「……自分は、告白したことは後悔するつもりはない。断られてしまったけれど、その気持ちに嘘は無いからねぇ」

 

 「ぁ……」

 

 また、胸が苦しくなる。私が断ったと本人から言われて泣きそうになる。あの告白を、彼の言葉を、彼の気持ちを疑ってなんか無い。嬉しかったんだ、両思いだったと教えられて。私からじゃなく、彼から告白されて。そんな……夢みたいな事が現実に起きて。

 

 「だけど……その好きな相手がこうして倒れる原因となる位なら、秘めていたままの方が良かったのかもしれない」

 

 

 

 「そんな事ない!! それだけは、それだけは絶対に!!」

 

 

 

 「……美森ちゃん」

 

 強く、強く否定する。あの言葉を、あの告白を、無かったことにだけはしたくない。自分勝手な思いだとは分かってる。都合が良いことを言っている自覚もある。だけど、それだけは夢幻(ゆめまぼろし)の出来事にしたくなかった。そんな後悔を彼にして欲しくはなかった。彼の気持ちを、両思いである現実を、無かった事に、なんか。

 

 「私は……楓君と付き合う資格は……貴方に好かれる資格は、無いから。だから……あの悪夢だって、それを教えるようで……」

 

 「資格……?」

 

 俯きながら、私は悪夢の事を話した。小学生の時にも見た、彼にも話した事のある神託……悪夢。その後に見る、彼の姿と言われた言葉。悪夢だけじゃない。今までの私の所業。乗り越えたハズの、皆に赦されたハズの出来事。壁を壊した事も。言わなかった事を、言えば良かったと後悔した事も。

 

 何よりも……何よりも私自身が赦せないのは……散華のせいとは言え、“約束”を忘れてしまって事だ。

 

 

 

 “友達を……楓君を、1人にしたりしない。私が守るから。貴方と一緒に……頑張るから”

 

 

 

 4人で行った夏祭りでの約束。悪夢を見た日、駆け付けてくれた彼にした誓い。それを忘れて、挙げ句……こんな裏切りがあってたまるものか。こんな、酷い事をした私に……彼に好かれる資格があるものか。その気持ちを、言葉にした。彼に嫌われるつもりで。彼が離れていくつもりで。

 

 (なのに……私はまた、この期に及んで……!)

 

 だけど……思いは、真逆で。彼に嫌われたくない。側に居て欲しい。このままずっと、ずっと一緒に。情けない。本当に情けない。自分勝手極まりない。私は……こんな私が……。

 

 (本当に……大っ嫌いだ)

 

 「……そっか。安心した」

 

 「……え?」

 

 「嫌われてはいないようでさ。断られた時、実は内心怖くてねぇ。もしかしたら、実は嫌われていたんじゃないかって、ね」

 

 「そ、そんなことない!! 私だって、本当は!!」

 

 「……本当は?」

 

 「あ……本、当……は……」

 

 私が楓君を嫌っていることなんて有り得ない。本人に言われて、思わず否定した。否定して……目の前に皆が、私が大好きな彼の朗らかな笑顔を見た。優しくて、慈しむような……愛しい者を見るような……そんな、笑顔。

 

 次の言葉が紡げない。今更、私も好きだなんて言えない。でも、今更……否定することも、出来ない。嘘は、つけない。

 

 「……察しが良いと言われるけれど、自分だって心が読める訳じゃない。実際に聞かないと、その本心はわからない。それが本当に本心かどうかもね」

 

 「……」

 

 「それでも、今の君の叫びは……自分を嫌ってないって事だけは理解出来るつもりだよ。自惚れでなければ……きっと、両思いなんだって思った。違っていたら恥ずかしいけどねぇ」

 

 「……っ」

 

 違わない。そう思って首を横に振る。

 

 「良かった。ねぇ、美森ちゃん。自分は、君に自分に好かれる資格はないとは思わない。というかね」

 

 

 

 

 

 

 「君が、勝手に自分が君を好きになる資格を作るな!!」

 

 

 

 

 

 

 「ひっ!? え、あ、う……?」

 

 「自分の気持ちは、自分のモノだ。例え誰であっても、自分の気持ちを否定させない。誰かを好きになる事を誰かに決めさせない。それが自分が好きな君であってもだ。自分が君を……東郷 美森という女性を好きになる邪魔は誰にもさせない。君が自分を嫌っていたならともかく、両思いだったのだとわかった今、例え過去であろうと障害になるなら越えていく!!」

 

 「か、楓君……?」

 

 「もう一度……いや、何度だって伝える。美森ちゃん。自分は君が好きだ。君が過去を理由に断るなら、過去に縛られているなら、自分はその過去から君を奪う。過去も、誰も追い付けないくらい遠くまで、君の手を無理やりにでも引いて連れていく!!」

 

 「……楓、君……」

 

 彼の右手で腕を強く握られながら。言葉が、心がぶつけられる。そんなにも想ってくれている。好きな人に、こんなにも想われている。嬉しい。嬉しい以外の言葉が見つからない。

 

 

 

 大橋での悪夢が甦る。悪夢で見た彼に手を伸ばして……掴んだ、その手が。

 

 

 

 『通り過ぎた過去が、人の恋路の邪魔をするな』

 

 

 

 「楓……君……」

 

 強く、痛いくらい強く抱き締められる。彼の硬く逞しい胸板に胸が押し潰されて苦しい。だけど……その痛みも、苦しさも、彼が与えてくれているのだと思うと心地良いとすら思う。それだけ想ってくれているのだと……実感出来る。

 

 

 

 四国を覆う壁を壊した時の、皆と心中しようとした時の悪夢が甦る。何度も何度も、皆に向かって攻撃をしようとする私が……。

 

 

 

 『乗り越えた過去が、彼女を縛るな』

 

 

 

 「楓、君……っ!」

 

 彼の背に両手を回す。胸の奥から色んな気持ちが溢れてくる。塞き止めていた想いが、間欠泉のように噴き出す。止められない、止まらない……止めたくない。もうこの気持ちを抑えられない。私は、彼が。私も、楓君が。

 

 

 

 過去を見ていた私の手を誰かが引く。無理やりにでも、未来(まえ)を向かせてくれる。そうして私はその誰かと……彼と、駆け出す。私を連れて、過去も、何も、誰も追い付けないくらい遠くの場所まで。

 

 

 

 「私も、大好き。私を……側に置いてください。私の、側に居てください」

 

 

 

 

 

 

 ― 新士君。前に、私が言ったことを覚えてる? ―

 

 ― どれのことだい? ― 

 

 ― 私も守る。一緒に頑張るって言ったじゃない ―

 

 ― うん……覚えてるよ ―

 

 ― だったら、もう私達から離れないで。近くに……側に居て? ―

 

 

 

 

 

 

 「ああ……自分と一緒に……同じ名字になってくれ。美森」

 

 「うん……うんっ!」

 

 それは……私達の想いが本当が意味で通じ合った日。私達のあの日の約束が……叶った日。

 

 

 

 

 

 

 パタン、と見ていたアルバムを閉じる。あれから10数年経ち、犬吠埼 美森と名を変えた私はあの日以来悪夢を見た事はない。そんな私は今、夢を叶えて念願の歴史学者を名乗れるようになった。世界が元の姿に戻ったことで外の世界は神世紀を生きた私達にとっては歴史的発見や宝の山と言っても過言ではない程。研究は時間を忘れるくらいに楽しく遣り甲斐があるが、決して家族との時間を忘れたことはない。

 

 専業主婦になることも考えたが、夫である彼に背中を押されたのでそのまま進んだ。と言っても、主婦業も勿論している。彼の毎日のお味噌汁やお弁当、おやつのぼた餅を作るのは誰にも譲れない私の役目だ。家事は彼も娘も良く手伝ってくれるので差程苦には感じていない。

 

 そう、私達には娘が1人産まれた。もうすぐ私達が出会った頃と同じ年齢になる娘は、私と同じ黒髪に……ついでに胸も……彼と同じ黄色い瞳を持って産まれた。名前は美花。私の名前と彼の名前から一文字ずつ取って名付けた。そして私は今、そんな美花と休日に一緒にアルバムを見ながら過去を振り返っていたのだ。

 

 「お母さん……昔はかなり面倒臭い人だったのね」

 

 「ふふ、お母さんもそう思うわ」

 

 「でも、昔のお父さんってそんなに熱い人だったんだ。今はそんな風に大声出したり怒ったりも全然しないから意外。お母さんから(はりつけ)にされそうになったら助けてくれるし」

 

 「今も昔も、お父さんは変わらず優しいままよ。あの人は娘にも甘いんだから……最近は何とか縛ってもどこで覚えたのか縄脱けまでするし、何か対策を……」

 

 (娘()()ってさりげなく惚気たよねこの人。縄脱けはそのっちお姉さん直伝……とは言えないよねぇ)

 

 溜め息を吐きつつ、再び過去に想いを馳せる。こんな面倒臭い女を真剣に、今も愛し続けてくれる愛しい自慢の旦那様。そんな旦那様は大赦に所属し、重役であるそのっちの補佐をしている。欲望や目的が透けて見えるが、例え親友であろうとも渡すつもりはない。

 

 不意に、玄関が開く音がした。愛しい愛しい旦那様が帰って来た音だ。気付けば隣に居たハズの娘の姿が無い……相変わらず父親好きなようで何よりだと思いつつ、親友から貰った栞を……泣きたくなる程に綺麗な白い花の栞をアルバムに挟み、私も玄関へと足を運ぶ。

 

 少し歩けば、目的地は直ぐ。そこに居るのはスーツ姿の、べったりとしがみつく娘を片手で抱き上げている、昔よりも背が高く、かっこ良くなった……私の、私だけの。

 

 

 

 「お帰りなさい、あなた」

 

 「ああ。ただいま、美森」

 

 

 

 その頃も、今も一緒の朗らかな笑顔を浮かべる……私の愛しい人。




という訳で、美森√でした。甘々で締めると言いましたが、甘々かこれ……? 私の中の東郷さんは他の人への愛情が深い故に悪い方に考えると止まれず、自罰的な考えをしてしまう、そんな人です。悪い言い方をすれば面倒な女。でも愛は人も世界も救うのです。

今回は他のキャラがあまり入れない、ほぼほぼ2人だけの世界になりました。そして中々出ない熱い楓君も登場です。もしかしたらこんな彼には違和感を感じるかもしれませんが、割と本編でもこんな感じで大声や気持ちを出してます。

そして東郷さんと言えば鷲尾 須美。鷲尾 須美と言えばわすゆ。わすゆと言えばエガオノキミヘ。という訳で後半全力で歌詞を意識しました。娘は別の番外編でチラッとだけ出てます。名前は話の通りですが、歌詞の“見返した”の部分も意識。

さて、これにて今年の投稿は終わりです。来年1発目はゆゆゆい本編……もしくはゆゆゆい風自己紹介を本編ゆゆゆいに出てるオリキャラの3人分となります。どちらになるかは待て、次回← 今年中に感想を頂いた場合、申し訳ありませんが来年以降に返信させて頂きます。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしております。皆様、よいお年をv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 26 ―

皆様、明けましておめでとうございます。かなり遅れましたが、ようやく更新でございます(´ω`)

fgoにて人生初の5桁の課金の末に村正来てくれました。おじいちゃん本気で欲しかったから嬉しい……財布には大ダメージでしたが。

ファンリビてよしのん引けなくて悲しい……七罪も来ましたし、是非とも欲しいところ。

去年最後の投稿となった東郷さん√は楽しんで頂けたようで何よりです。感想では大体の人が面倒臭い女という部分に共感してて笑いました。東郷さんは重くて面倒臭くてなんぼだと思ってます(失礼

某百合廚バーテックス主人公二次を見てバーテックス化楓で勇者部曇らせたいとか思い始めました。敵側主人公も大好きなんです。

それでは、今年最初のお話、どうぞ。


 3ヶ所で同時に戦いが始まってからおよそ10数分。現れた高速で動く大型バーテックス……見た目を例えるならアメンボに近いだろうか。後に“ロンド”と呼ばれるようになるバーテックスと大量の中、小型バーテックスと相対した若葉達8人。普段よりも半分以上少ない人数での戦いであったが、問題なく勝利した。

 

 須美、杏による援護射撃。園子(小)と球子が要所要所でサポートと防御を担い、新士と銀(小)、夏凜と若葉の素早さと力、手数による突破力。戦力としてはバランスが良かった8人の前では、高速で動こうが体が大きかろうが問題はなかった。

 

 「敵の全滅を確認しました。我が方の勝利です」

 

 「あはは、なんだか須美ってゲームのオペレーターみたい。これ褒め言葉ね」

 

 「え、そうかしら?」

 

 「知的な感じがバッチリと似合ってるよわっしー」

 

 「うん、ゲームの勝利画面で流れても違和感ないねぇ」

 

 「も、もう、新士君まで……」

 

 最後の敵が光と消えてから少しの間を起き、全滅を確認した須美が弓を下ろしながらそう言うと同時に全員も武器を下ろす。その後直ぐ自然と集まる小学生組の中で、銀(小)が須美の言い方を何かのゲームで聞いた事があるのか少し笑い、意識していなかったのか首を傾げる彼女に園子(小)と新士も同意し、須美も少し恥ずかしそうに頬を染めた。

 

 「ふぅ……いつもより少ない人数だが皆、奮戦してくれたな。礼を言うぞ」

 

 「まぁバランスは良いチームだからね。何より私が居る訳だし」

 

 「流石タマーズだ。因みにあんずは、タマーズの終身名誉監督だ」

 

 「知らなかった……」

 

 そんな微笑ましいやり取りを見てほっこりとしつつ、戦闘の疲労を抜くように息を吐いたのは若葉。雑魚は遠距離組が抑え、高速で動くロンドは素早い夏凜と新士が翻弄し、園子(小)と球子が敵の攻撃を防ぎつつ味方の攻撃をサポートし、若葉と銀(小)が主に仕留める。夏凜が言うようにバランスが良いこのチームの奮戦があったからこそ、全員が無傷で終わることが出来たのだろう。

 

 全員で成し得た勝利を胸を張って誇る球子。いつ組んだのかわからない謎のチームの引退した監督にいつの間にかされていた杏がそのことに驚いていると、ふと園子(小)が呟いた。

 

 「今頃、他のチームもどったんばったん大乱闘しているのかな?」

 

 「視界内に入れば助けに行けますけど……見当たらない。ちょっと遠い所に居るみたいです」

 

 「こんな時、大きい自分が居れば文字通りに飛んで行けるのにねぇ」

 

 「なー、楓さんの武器って色々便利だよな」

 

 「仲間を信じよう。問題ないハズだ」

 

 「その通りだな、球子」

 

 「えへん」

 

 (はぁ……若葉さんに同意されて胸を張ってるタマっち先輩も可愛いなぁ……)

 

 

 

 

 

 

 一方、風と樹、歌野の3人の戦場。他の場所と比べ人数が少ないここではまだ戦闘は終わっていなかった。

 

 「女子力大旋風!! うりゃああああああああいっ!!」

 

 「わぁ、まるでヘリのプロペラね。敵が細切れに……」

 

 「いっぱいお仕置き! えい、えい、えーい!!」

 

 「ワォ、糸でばっさばっさとお豆腐みたいに……」

 

 「さっすが我が自慢の妹! ってまた敵が湧いてきたか……」

 

 両手でしっかりと握り締めた大剣を体ごと回転させて振り回しながらバーテックスに突っ込んでいく風。風を狙い襲いくるバーテックスは触れた瞬間からもれなく細かな肉片へと変えられた後に光と消えていく。

 

 姉の活躍を追うように、樹もいつものようにワイヤーを伸ばして時に串刺しに、時に巻き付けて収縮させて切断、張り巡らせて引っ掛かった敵を細切れにしたりと次々に撃破していく。そんな2人の活躍を実況する歌野もまた手を休めることなく鞭を振るい、姉妹に負けず劣らずバーテックスを輪切りにしていっているのだが。

 

 妹の活躍に気を良くする風だったが、敵の更なる増援を見て内心で舌を打つ。只でさえ人数が少ないと言うのに敵は普段通りの物量を展開してくる。オマケにこちら側には遠距離攻撃出来るメンバーが居ない。お互いをサポートし合うにも限度がある。事実、戦いの中で片手の指で足りる程度とは言え何度か攻撃を避け損ねて精霊バリアが発生してしまっている。

 

 「樹、こうなったらアレやってみるわよ」

 

 「本気!? お兄ちゃんから呆れた眼で見られてたけどいいの? お姉ちゃん」

 

 「ええ、よくってよ。さぁ樹カモン!」

 

 「よーし、えい! ええええいっ!!」

 

 「ん? 樹さんの糸が風さんの足を縛りーの? そ、そのまま振り回しーの!?」

 

 付近のバーテックスを粗方細切れにした姉妹が近くに集まり、風が樹に向き直る。次の言葉に驚きと少しの呆れを含めつつ聞き返す妹に、姉はさぁ来いと大剣を構えた。次の瞬間、歌野は信じられないモノを目にする。

 

 普段バーテックスを容易く切り裂く樹のワイヤーが風の両足に幾重にも巻き付く。それだけでハラハラとする光景だが、更にそのまま風を振り回し始めたのだ。さながらそれは西部劇に出る投げ縄を振り回すかのように。回っているのは大剣を掲げた風だが。

 

 「見さらせ! これぞ女子力大旋風の超強化版! 犬吠埼いいいい!」

 

 (……やっぱり言わなきゃダメなのかな……)

 

 「犬吠埼ぃっ!!」

 

 「だ、大車りーん!!」

 

 そうしてこの連携のモノか必殺技の名前なのかわからない言葉を叫ぶ風を回しながら突撃していく、技名を渋々叫ばされる樹。だが見た目や名前の割に勇者2人分の連携ということもあってか、その威力は中々に凄まじい。

 

 何しろ風に当たれば大剣によって、風の足を縛るワイヤーに当たればそれによって切り裂かれるのだ。オマケに攻撃範囲が広い。そして攻撃に使われている部分全てがダメージになり得る。風が目を回しそうな攻撃ではあるが、そこは勇者の力が三半規管にでも作用しているのだろう、特にそう言った症状は見受けられない。

 

 「四国1スイングじゃないのね……うっ、急に頭が……それはともかくワンダフル! あっという間に敵が減っていく……流石姉妹の連携力ね!」

 

 「解説しながら敵を沢山倒してるあんたも充分凄いわよ歌野! さぁ、どんどんかかってこーい!!」

 

 以前のレクリエーションで風にぶん回された事を思い出したらしく、一瞬頭が痛んだのか手で軽く抑える歌野。その痛みも直ぐに収まり、改めて姉妹の合体攻撃を見て興奮気味だ。無論、そうしつつも攻撃の手は休めていないので振るわれる鞭が敵を多数屠っている。

 

 だが、まだまだ敵は居る。どれだけ倒しても、やはり元の戦力差と人手不足なのは否めない。それでも3人は、お互いをサポートしつつ立ち向かう。いずれ、仲間達が来てくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

 場所は代わり、楓達海岸に居た組。こちらもまたロンドと多数のバーテックスに襲われていたが、勇者達の中でもトップクラスの攻撃力を持つ友奈、高嶋、棗と広い攻撃範囲を持つ千景、遠距離攻撃が出来る美森と雪花、幅広い行動が出来る楓が居る。若葉達と同じか、少し早い時間で戦闘は終わっていた。

 

 「ふぅ、全部やっつけたかな? なんだか敵の気配が残っているような……?」

 

 「友奈ちゃん、またあっちから敵が!」

 

 「よーし! 楓くん、高嶋ちゃん、行こう!」

 

 「うん! 敵が集団でも、ずらっと並んでいれば……」

 

 「飛んで火に入るなんとやら、ってねぇ」

 

 「いくぞぉ! 勇者……ラッシュー!!」

 

 「空の敵は自分が行くよ。生憎と、友奈達みたいに必殺技は無いけどねぇ!」

 

 「奥の大きいのは私! 炎の……勇者キーック!! からの! のぼり……勇者パーンチ!!」

 

 かと思えば、再び敵が現れる。それは最初に比べて少数ではあったが、ロンドではないが大型まで加わった1団体。それが隊列を組むように2列になってやってきたのだ。そこに突撃したのは、いつもの友奈と高嶋の2人と、すっかりお馴染みとなった絨毯ではなく翼を出して飛行する楓の3人。

 

 まずは高嶋が切れ目の無い拳の壁を思わせる連続パンチをしながら突っ込み、正面から敵を殴り飛ばしていく。空から迫る敵は楓が迎え撃ち、右手の水晶から出した光の剣を伸ばして切り払い、翼で直接両断。最後の大型は友奈が炎を伴った跳び蹴りを浴びせて貫き、着地して直ぐに反転してからの跳び上がりながらアッパー。体に風穴を空け、下から上へと真っ二つされた大型はその体を光へと変えた。

 

 「切れ目の無い連撃、嵐のような攻撃……流石高嶋さん」

 

 「楓は鳥のように空を自由に飛んで光を自在に扱う……凄いな」

 

 「あの巨体をああもあっさりと……流石友奈ちゃん」

 

 「3人共ナーイス。敵さん完全に居なくなったよ」

 

 「殲、滅。諸行無常……なんてね」

 

 「夏凜ちゃんと義輝の真似かい? 中々似てるねぇ」

 

 「ふいー、動きが速くて大変だったね。ぐんちゃん平気?」

 

 「ええ、大丈夫。高嶋さんも無事で良かった」

 

 最後に敵を殲滅した3人を見ていた4人がそれぞれ褒めた後に再び集まる7人。友奈が夏凜達の物真似をしていると隣に降りた楓がくすくすと笑い、高嶋は戦いが一旦終わった事に安心から息を深く吐き、千景の無事を確認し、彼女もまた高嶋の無事を確認して小さく笑った。

 

 ここでの戦いが一段落した所で、7人の意識は他の場所で戦っているであろう仲間達の方へと移る。神奈、そして美森に降りた神託である程度他の勇者の居場所や人数は把握出来ている。若葉達はここと同じく人数が居るので問題はないだろうが、風達は人数が少ないことも。

 

 「若葉さん達は平気だと思うけど……」

 

 「風先輩の所が人数少なそうなんだっけ。速く手助けに行こうよ!」

 

 「そうね、そのっちも今は戦えないし……」

 

 「……直ぐ駆け付ける事には同意するが、なに、大丈夫だ」

 

 「……? どういう意味です?」

 

 「あの姉妹は強いし、歌野も居る」

 

 「まあそりゃ。でも戦いは数ですよ数。楽できる事に越した事はないもん。ってことで、早く助けに行きましょ。かーくんが居るからひとっ飛びでしょ」

 

 「勿論だとも。という訳で、皆乗って。全速力で飛ぶよ」

 

 雪花の言葉に頷き、最早手慣れた光の絨毯を作り出して全員に乗るように促すと素早く全員が乗り込み、言った通り全速力で飛ばす楓。無論、風圧と落下しないように対策として風避けと足を光で固定している。

 

 目的地へと向かう途中、棗が嬉しそうに雪花を見ながら笑った。不思議に思った雪花がどうしたのかと聞くと、棗はこの世界に来るまで独りで戦いっていた彼女から“助けに行く”という言葉が聞けて嬉しいのだと言う。

 

 「そう言われると、元は冷たい人間だったみたいに思われるからやめてくださいよ」

 

 「それは……すまない。そんなつもりではなかったんだが……」

 

 「分かってますって。でもまあ、そうですね。歌野達の危機だと思うとかなり焦る自分が居て。焦りは禁物だけど焦っちゃう……弱くなっちゃったかな」

 

 「違う、強くなったんだ。その気持ちを大事にしつつ、戦いに影響しないようコントロールするんだ。お前なら出来るさ」

 

 「了解。強くなったんなら問題なし! さぁかーくん、早く助けに行こう!」

 

 「任せて雪花ちゃん。これでも速度には自信があるからねぇ」

 

 棗とのやり取りの最中、周りから嬉しそうに微笑まれながら見られている事には気付かない雪花。彼女がそれに気付き、照れたように笑いながらそっぽ向くのは、楓が光の絨毯の後ろに噴射口のような物を作り出し、そこから光のレーザーを出して加速させるのと同時だった。尚、やってる事は多いが絨毯と風避けと固定と噴射口(全部纏めて絨毯扱い)で1種類、レーザー(武器)で2種類である。

 

 

 

 

 

 

 「はぁっ……はぁっ……ひとまず片付いたかしら……」

 

 「はぁ……ふぅ……ど、どうなんだろうね。もう無我夢中で……」

 

 「遠くの方にまだ敵が見えてる、直ぐに来るわ……まあ、一息くらいはつけるか。脱力タイム」

 

 「だってさ樹。ちょっと力抜こ」

 

 「ふぅーっ……」

 

 そして楓達、若葉達が向かう先である風達。時間と労力は掛かったようで風は大剣を杖に、樹は両手を膝に置いて肩で息をして疲労を隠せていない。歌野がまだ余裕がありそうなのは、伊達に諏訪を1人で守り抜いてきていないという事だろう。

 

 だが、彼女が言うように敵は遠く、しかし視認が出来る距離に既に見えている。それも1体2体ではなく、普段通りに大量に。激戦を終えたばかりで強張っていた体から力を抜き、少しでも体力を回復させる。そうしている姉妹を見た後、軽く周囲を見回した歌野が少しだけ笑みを溢した。

 

 「ここのところ皆でワイワイと戦ってたから、3人だとスカスカした感じね」

 

 「あっはは、歌野は余裕ねぇ……本当に頼もしいわ。樹、平気?」

 

 「うん、体は平気なんだけど……1体も撃ち漏らせないからプレッシャーが凄い。皆と居る時なら撃ち漏らしはフォローしあえたけど……4人とか1人で戦ってた人達、強いなぁって改めて思うよ」

 

 「……本当ねぇ」

 

 体力だけでなく、精神的にも余裕がある歌野の姿に頼もしさを覚える風。樹もまた、姉と同じく頼もしさを覚えていた。実際の所、彼女が感じているプレッシャーは凄まじい。何しろ撃ち漏らしてしまって自分達が抜かれてしまえば、その結果神樹へと辿り着かれてしまえば、それは明確に敗北と世界の崩壊を招きかねない。たった1体の星屑であったとしても、だ。

 

 全員が……せめて遠距離組の誰か1人でも居てくれたなら、まだマシだっただろう。更に樹達勇者部であれば6人、頼れる先輩に兄と姉が居たから安心感もあった。そう考えると、自分達の勇者システムよりも性能が低く、人数も少ない状態で戦っていた勇者達……小学生組や目の前の歌野のように孤軍奮闘していた雪花と棗の強さ、凄さも再確認出来た。

 

 「……ちょっと、不謹慎なことを言うとね。今、キツイ状況だけどある意味良かったと思ってる」

 

 「ほう、その心は?」

 

 「ここが大変な分、他の人達の危険が減るってことだから。自分の所は自分が頑張ればいいだけだから。他がキツくて助けにいけない時は辛いけどさ」

 

 「そういう考え方ね。成る程、分かるわ……うっ、嫌なことも思いだした……」

 

 「素敵だと思います。頑張ろうって気持ちがより強くなりました!」

 

 ふと、歌野が微笑みと共に呟く。どういう事かと風に聞かれた彼女は、即答に近い早さで答えた。確かに、この場に居るのは3人だけなのはキツイ。しかしこの場に3人という事は、逆に言えば他の場所には多くの仲間達が居るということ。水都から聞かされた神託でもそう聞かされている以上、仲間が多い分ここよりは遥かに安全だろう。

 

 自分よりも、他の人の事を思う。その考えは勇者らしいと言えた。その考えに、姉妹と共感を覚える。自分の事よりも仲間の、家族の事を。そういう考えには覚えがあるからだ。その際感激している樹の隣で、風がその思考の末に仲間に攻撃してしまったことも思い出して軽く自己嫌悪してしまっているのはご愛敬。

 

 「ただね、この考えで行くと……戦えるハズなのに、まだ神樹様に温存されてる園子さんと銀さんとか凄く辛いハズだよね」

 

 「そうね……巫女の神奈とひなた、水都だって……自分達が戦えない分、辛いと思うわ。園子はまあ、楓と一緒に居られない方が嫌かもしれないけどねぇ」

 

 「ふふ、園子さんはそうかも……私達が大怪我なんかして帰った日には気持ちが沈むと思うんだ。何も出来ない己が歯痒いって。だから、何が言いたいかと言うと……勝つだけじゃなくて、大怪我もやめようねってこと」

 

 「……はい、歌野さん」

 

 「そうね……他の子達の為にも、怪我なんか出来ないわ」

 

 戦う力があるのに、戦えない。命懸けで戦っている人が居るのに、自分達だけは安全な場所に居る。その立場に居る者達は、やはり歯痒く思う。可能なら自分達も共に……そうは思っても、出来ることは無事を祈ることだけ。心優しいからこそ、それが余計に辛い。その辛さを少しでも和らげる為にも、出来るだけ素早く、尚且つ出来る限り無傷で戦いを終わらせて帰りたいのが勇者達の本音なのだろう。

 

 歌野の言葉に、神妙な面持ちで頷く姉妹。予想以上に重く受け止めた2人にきょとんとする歌野だったが然もありなん。姉妹の脳裏に浮かぶのは、車椅子で帰って来た家族の姿。散華によって体の機能を失い、それを伝えられたその時の衝撃を、彼女達は忘れられない。もうあんな思いはしたくないし、させたくはない。そう思うからこそ、歌野の言葉を強く心に刻み込んだ。

 

 「……お! 敵が動き出したか。じゃあまた防衛といきますか!」

 

 「私、頑張ります! むんっ!」

 

 「気合い入れて、いきまっしょい!」

 

 「「おーっ!!」」

 

 休憩は終わりとばかりに数えるのも億劫な数の敵が3人に向けて殺到してくる。彼女達はそれを見て怖じ気づくこともなく、気合いを入れて迎え撃つ。1匹足りとも残すつもりはない。心配させたくないから怪我をするつもりもない。先程刻んだ言葉と意思を胸に、勇者達は威風堂々と立つ。

 

 風は大剣を両手で持ち、いつでも飛び掛かれるように肩に置くようにして構える。樹は右手を引き、直ぐにでもワイヤーを出せるようにする。歌野も鞭を握り締め、振るう準備は万端。そうして数秒の後、3人とバーテックスはぶつかり合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから数分経ち、バーテックスを粗方殲滅し終えた3人。とは言えまだ幾らか残っているし、戦いが始まってから1秒足りとも休めなかったので疲労と酷い。特に樹は息を整えることすら出来ておらず風も大剣を振るう速度が落ちてきており、歌野ですら息を荒くしている。

 

 「え……ええーい! はぁっ……はぁっ……」

 

 「樹! っのぉっ!!」

 

 「お、お姉ちゃんありがとう……」

 

 「もう一息よ。ラストスパート、頑張りましょう!」

 

 敵の1体をいつも通りスライスした樹だったが、背後から襲い来る星屑に反応が遅れる。だがそれを黙って見ている風ではなく、直ぐに間に入ってカバー。家の妹になにさらすんじゃと大剣にて横に両断。何とか間に合ったが、妹の礼に疲労からか返事を返すのも難しかった。そんな姉妹と残敵を見て、歌野が鼓舞するように叫ぶ。その後、直ぐのことだった。

 

 

 

 「見つけた!!」

 

 

 

 そんな声の後に真っ白な光の絨毯が3人の上空を高速で飛び、バーテックスを轢いていき、更に轢いた後にUターンして彼女達の上空に戻ってきた後、絨毯から複数の人影が飛び降りて残りのバーテックスを倒していったのは。

 

 

 

 「っ、今の!?」

 

 「うん、お兄ちゃん達だよお姉ちゃん!」

 

 「これは嬉しいサプライズ! 正直助かったわ」

 

 「風先輩! 樹ちゃん! 歌野ちゃんも! 無事で良かったよ~」

 

 「姉さん、樹、歌野ちゃん……大分疲れてるみたいだけど、無事で良かった。怪我は……無いようだねぇ。3人だけで良く頑張ったねぇ」

 

 「ナイスタイミングよ楓、友奈……本当に。やっぱりアタシがヒロイン体質だから、こういう時には王子様が来るのねぇ」

 

 「ヒロイン体質は樹の方じゃないかな」

 

 「どういう意味よ!?」

 

 「あはは、お姉ちゃんってば……疲れてたのにもう元気になってる」

 

 (茶化してるけれど、最初に風先輩の呼び名が上がるのよね、楓君は)

 

 降りてきたのは楓達であった。周辺にバーテックスの姿が無くなった事を確認した後、7人は疲れきった3人の姿を見て安堵の表情を見せる。特に楓はホッと大きく息を吐いており、それを見ていた美森、歌野は小さく笑っていた。

 

 いつも通りの姉弟のやり取りが始まった事で全員が笑い出す。だが、やはり今の今まで苦しい戦いを強いられていた3人には濃い疲労が見られた。それを心配そうに見ていた7人は本当に間に合って良かったと改めて思い……空気が再び変わった事を感じて、その方向へと振り向く。

 

 そこにあったのは、既にその姿を見ている大型バーテックス、ロンドの姿。それも1体だけではなく3体。7人は疲れている3人を守るように前に出て各々武器を構える。そして誰かが1歩踏み出すと同時に、その声は聞こえてきた。

 

 「バーテックス! これ以上好きにはさせん!! 歌野、無事か!?」

 

 「若葉! ふふふ、平気よ平気! サンクス、ヒーロー」

 

 「流石だな。様子を見る限り、千景達の方が先に助けに来たというところか」

 

 「ええ、楓君の力を借りてね。っ、もう1体がこっちに来るわ!」

 

 声の主は若葉。彼女もまた楓達と同様に他のメンバーを助けに動いており、ここに辿り着いた。その際ロンドの1体を一刀の元に切り捨てており、ロンドはその身を光へと変えていた。無論、ここに来たのは若葉だけではない。

 

 「安心しな! タマが守る!」

 

 「邪魔よ、デカいの!!」

 

 「吹っ飛べ!」

 

 「豪快……流石です夏凜さん、棗さん。球子さんもありがとうございます」

 

 「樹……ああ、こんなに疲れきっちゃって……歌野もいつもより疲れてるわね。よくも樹と歌野を苦しめたわね! 覚悟しなさい!!」

 

 「あのぉ! アタシも苦しんだんですけどぉ!?」

 

 「照れてるから言ってないだけですよ」

 

 盾を携え、疲れている3人を守るように降り立つ球子。近付いてきていたロンドには背後から夏凜が二刀で切り裂き、動きを止めた瞬間に飛び込んでいた棗がヌンチャクを振るって鈍く大きな音を立てて吹き飛ばしていた。

 

 2人の攻撃には感嘆、自分達を守るように立ってくれた球子には感謝をした樹に夏凜が近付き、歌野と少しだけ風を視界に納めた後、その疲れ具合に苛立ってロンド達に右手の刀を向けて吼える。自分の名前がなかったことに突っ込む風は美森が苦笑いと共に抑えていた。尚、彼女の言葉が聞こえたのか夏凜の耳がほんのり赤くなっているのを、樹はバッチリと見ていた。

 

 「あっ! 敵が……合体しようとしています!」

 

 「……でも、あいつらみたいな威圧感は感じないねぇ」

 

 「大きくなったからって負ける気はしないわね。ヘイヘイ、掛かってきたらどうかしら?」

 

 「全員揃ってるから秋原さんが強気だわ……」

 

 「3方向から奇襲……中々考えたがこれで決着だ。バーテックス……花により散れ!!」

 

 美森が気付き、声を上げると全員がロンド達へと視線を向ける。そこには残った2体のロンドがゆっくりと一体化……合体している姿であった。その様子を見て楓を含めた神世紀中学生組の脳裏に、総力戦の時の獅子座……レオ・スタークラスターの姿が浮かぶ。だが、このロンドの合体にはその際に感じたような威圧感も絶望感も無い。

 

 雪花の強気な声がする直ぐ近くで、千景がボソッ呟く。それは幸いにも誰にも聞こえなかったか、それとも敢えて触れなかったのか。そうして棗の気合いの籠った叫びの後、合体したことで足のような部位を倍に増やし、大きさも2倍以上となったロンドとの最後の戦いが始まった。

 

 ……とは言え、例え合体しようが全員集まった勇者達の敵ではない。増えた足は残らず斬り飛ばされ、全身は殴られたり蹴られたりとあちこち凹み、投げた槍やら弓やら銃やらで穿たれた部分は穴だらけ。楓の強化すら使う必要もなく、別段力を入れて描写するような展開になることもなく。奇襲から始まった戦いは、最後にはあっさりと終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わった後、皆は歌野ちゃん達が居たという畑の前に集まっていた。戦いの邪魔にならないように避難していた私達お留守番組も集まり、皆に掠り傷はあれど大きな怪我が無いことに安心し、お疲れ様と労う。

 

 遠巻きではあるけれど、実際に皆の戦う姿を見たのは初めてだった。いや、“私達”の中から見ていたことならあるんだけど、この姿になってからは初めて。改めて思う。勇者達は、あの子達は強い。そんな勇者達を矢面に立たせている事が、心を得た今では申し訳なくも感じ……胸の奥がじんわりと温かくなるような、誇らしくなるような気持ちになる。

 

 さて、今日は疲れただろうしもう帰ろうか……と私が言う前に、歌野ちゃんから驚きの言葉が聞こえてきた。

 

 「さて、と」

 

 「帰って寝る?」

 

 「いんや、耕す」

 

 「はい? 今からここを?」

 

 「目の前に畑があるんだもん! 私はやるわよ!!」

 

 「ふわぁ……本当にぶれないね、うたのん」

 

 (えっ、まだ動けるの?)

 

 雪花ちゃんが寝る? って聞いた時は私も皆疲れてるもんね……と思ったんだけど、歌野ちゃんから出たのはそんな言葉。彼女は風さん達と共に少人数で長く戦っていたハズだけど、まだまだ体力は有り余っているみたいだ。諏訪の勇者って凄い……改めてそう思ったら“私達”の中の諏訪から来た神が凄い得意気に……なんだっけ……そうだ、どやがお? っていうのをしているのが浮かんだ。“私”に引っ張られているのか、“私達”も結構自意識が出てきている気がする。

 

 その流れのまま、何故だか皆で畑を耕すのを手伝うことに。最初にツッコミを入れていた雪花ちゃんも仕方ないなぁって笑っていた水都ちゃんも。誰よりも疲れていたハズの風さんと樹ちゃんも、小学生の皆も、西暦の皆も、他の勇者部の皆も。勿論、私も。

 

 (……楽しいなぁ)

 

 神として豊穣の加護を土地に送り、四国だけでも問題無く人間が暮らしていけるようにするのとは全然違う、人の体で土を弄るという行為。体力を使うし、手は当然土まみれ。だけど……なんでかな。皆と一緒にやっているからだろうか。それだけの行為が、皆の笑顔を見ながらやるのが、とても楽しい。

 

 いつも以上にキラキラした笑顔を浮かべている歌野ちゃんと、それを優しげに見ている水都ちゃん。何故か凄く疲れてる杏ちゃんを補助してる球子ちゃん。誇らしげに歌野ちゃんを見ている若葉さんと隣に寄り添うひなたちゃん。元気に耕す高嶋ちゃんと疲れが見える千景ちゃん。

 

 意外と言ったら失礼かもしれないけど、手際良く耕してる雪花ちゃんと樹ちゃんと風さんの様子を見ながら手伝ってる棗さん。顔とか服に土を着けて笑ってる銀ちゃんと恥ずかしそうにしてる須美ちゃん、ハンカチで土を拭って貰ってる園子ちゃんと拭ってる新士君。

 

 疲れてるけどそれでも楽しそうな樹ちゃんとガンガン耕して注意されてしょんぼりしてる風さん。歌野ちゃんに習いながら土を弄る結城ちゃんに、皆を様子を撮っている東郷さん。小学生組の世話を焼くミノちゃんとわざと顔に土を着けてちらちら見てる園ちゃん。そんな彼女に朗らかに笑いながらハンカチで拭って上げてる楓君と……そんは彼の隣で、彼の横顔を見ながら土を弄る私。

 

 (うん……楽しいな)

 

 皆とこうして土を弄ることが。皆と一緒にこうして何かをすることが。人として生きることが。彼の横に居られることが。

 

 こんなにも……楽しい。そんな楽しい1日の最後は、寄宿舎に住む皆で大浴場に入って終わり。敢えて不満を言うのなら……何故か球子ちゃんに胸をもがれそうになったことくらい。勿論、千景ちゃんと銀ちゃんと一緒にゲームもして……銀ちゃんと私で千景ちゃんを挟んで眠った。




原作との相違点

・友奈と高嶋の増援撃破の際に楓も参加

・スイング系がトラウマの歌野

・原作よりも早く風達の救援は到着

・諏訪神「家の勇者と巫女が幸せそうで善き良き」

・他にも色々あるけれど書ききれない←



という訳で、原作9話の終わりまでというお話でした。最後まで見て頂き、誠にありがとうございます。

原作とは違い、飛行タイプの楓が居るのでロンド達が出るまでに救援に到着しました。主人公が便利すぎる。因みに犬吠埼大車輪、樹の代わりに楓でも出来ますが最後には縦回転になります←

番外編でバーテックス化楓は真面目に考えてます。ただそうすると姉妹、小学生組が曇ります。喜びそうなのが感想に何人か居ますがね。次辺りの番外編で書きましょうかね……。

ゆゆゆい風自己紹介を書くか悩みましたがこちらは先送り。対象は楓と新士と神奈です。こちらも番外編でいつか書くことがあれば。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしております。今年も宜しくお願いいたしますv(*^^*)


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番外編 花は墜ちて嘆き狂いて ー VKif ー

大変お待たせしました、ようやく更新ですございます(´ω`)

ゆゆゆいでは弥勒さん当たらなくて泣きました。今月出るであろう新URは当てたいところです。

天華百剣では久々に大勝利。振袖テツ可愛いですね。ドカバトも新身勝手来てくれたのでキラキラベジータも是非きて欲しい。

ファンリビは結局よしのんも七罪も引けずじまいで心が死にそうです。恒常だからいつかは欲しい……。

さて、今回は私が書きたかった番外編です←


 それは、自分が小学生の時の最後の戦いでのこと。須美ちゃんが散華によって記憶を失ってしまった後も、自分達3人は満開を使って戦い続けた。しっかりと体が出来上がっていない、まるで(さなぎ)の中身のような状態の、多くのこれまで倒してきたバーテックス達と同じような姿の赤いバーテックス達。それを3人で満開を繰り返して倒していく。

 

 「“満開”!!」

 

 「ぐっ、まだまだぁぁぁぁっ!!」

 

 「銀ちゃん、満開ゲージが溜まるまで自分達に任せて!」

 

 満開して、解除されて、ゲージを貯める為に攻撃して、精霊バリアで受け止めて、また満開して。散華を恐れている暇なんて無い。今を越えなければ、四国は滅ぶ。自分達にとって大事な人達が死ぬ。大赦で働く本当の両親も、平和に過ごしているであろう姉さんと樹も……今、樹海で気を失っている須美ちゃんも、共に戦うのこちゃんと銀ちゃんも。

 

 解除され、再び満開。これで片手の指の数を越えただろうか。そうしてまた1体、2体、3体と撃破して、また満開した2人が前線に出て、それに入れ替わるように自分の満開が解けた。

 

 (くっ、またゲージを溜めないと……あれ?)

 

 そう思った瞬間、体から力が抜けた。いや、力がというか……()()()()()()()()()。だって目の前には、満開はおろか変身すら解けて真っ逆さまに海に向かって落下する自分の体があって……なのに自分は、凄い勢いで後ろへ引っ張られているのだから。

 

 「っ、カエっち!? ミノさん! カエっちが!!」

 

 「え!? 楓、どうし……っ、邪魔をすんなああああ!!」

 

 そんな自分の体を、異変に気付いた2人が追おうとする。だが、それは複数のバーテックスに攻められた事で邪魔される。そして自分の体はそのまま落下し続け……海に入る前に、魚のようなバーテックスの上に落ちて、その中に呑み込まれた。その際、自分の端末が海に落ちたのも見えた。

 

 自分が見たのはそこまで。気付けば、自分は真っ白な……白い魂だけのような姿で、神樹様の前に居た。そして隣には、あの少女の姿をした神樹様。そして彼女は泣きそうな顔で……。

 

 ― どうしよう……貴方から1番供物となってはいけないモノが捧げられちゃった…… ―

 

 「1番供物となってはいけないモノ……っ!? 今のこの姿と何か関係があるのかい!?」

 

 ― うん……下手をすれば、2度と目覚めないかもしれない。それに、貴方の肉体まで天の神に奪われてしまった……本当に、本当にまずいことになっちゃった…… ―

 

 「……何を……自分は何を、散華してしまったんだ……?」

 

 

 

 ― 肉体と魂を繋ぐ“精神の糸”……今の“私達”では……どうやっても貴方に返すことが出来ないよ…… ―

 

 

 

 自分を返せと泣き叫ぶのこちゃんの声と、邪魔をするなと泣き叫ぶ銀ちゃんの声が聞こえる中で……彼女は涙を流しながらそう言った。それは自分が見ていることしか出来ないもどかしい時間の始まりであり……自分の体が、自分の大切な人達を傷付ける場面を何度も見せつけられる悪夢の始まりでもあった。

 

 

 

 

 

 

 天の神は今、歓喜に震えていた。何故なら自身の眷属が、魂の入っていない脱け殻とは言え、欲していた高次元の魂が入っていた肉体を手にすることが出来たからだ。肝心の魂は地の神の元にあるが、10数年その魂の器であった肉体は天の神にとっても価値があるものだった。

 

 だが、同時に不愉快でもあった。存在しない右腕を除けば一見綺麗な状態だが、天の神には分かる。部分的に、その肉体が地の神へと捧げられていることが。魂どころか肉体まで欠けている。それでは折角の価値も下がるというもの。

 

 しかし、肉体だけでも手に入ったのは僥倖なのも確か。後はこれまでと同じように攻めながら今度こそ魂も手に入れればいい。そこまで考え、アバターである大きな丸い鏡の姿をした天の神は神の空間にてその肉体を眺める。そしてふと思った……この肉体を、どうにか有効活用出来ないだろうかと。

 

 もうこの肉体は自分のモノだ。己が望んだ通りに、好きなように出来る。決して邪魔はされない。だが、この肉体を手に入れてしまったからこそ、余計に欲しくなる。その魂も、その意思も、己だけの巫覡(ふげき)にと。肉体だけでなく、魂だけでなく、意思だけでなく。それらを内包し、構成されている人間そのものが。人間嫌いの天の神にあるまじき発想、考え。だが、思ってしまうのだから仕方ない。

 

 地の神の結界から出た、僅かな時間の中で見た彼の存在。僅かに届いたあの声。自分の意思で動いていた体。それを己に向けられたら、今感じている歓喜を上回ることは間違いない。だから望む。だから欲する。名前すら知らないこの存在を、真の意味で己の手に出来るのならと。

 

 鏡から光の糸が出て楓の肉体へと伸びる。まずはこの肉体から、己のモノにする。望む通りにする。肉体にある記憶……所謂、“体が覚えている”こと……を読み取り、知ることが出来る事を知り、足りないモノを補い……準備をする。望む未来の為に。だが、伸ばした糸は“私”でもある為に四国から出られない夜刀神以外の精霊達が作るバリアに弾かれた。

 

 人間が生きていられない地獄のような世界。まるでマグマのような体をしたバーテックス。それらに包まれながらも楓の肉体が無事なのはこの精霊バリアがあったからだ。だが、致命的な攻撃から勇者を守るバリアとて天の神そのものからの力の前では無意味。あっさりと、ガラスが砕けるような音とも共に、不愉快な地の神の精霊達ごとバリアは砕け散り、光の糸は肉体へと届いた。

 

 天の神のアバターである巨大な鏡と脱け殻の楓の肉体だけがある、真っ白な神の世界。そこで誰にも邪魔されず、天の神は望むままに過ごし……そしてその時間は、その欲望は2年の後に勇者に、神樹に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 2年後、物語は数多ある世界の殆どと同じように進む。風は両親の死と弟の行方不明を伝えられ、妹と少しの間ギクシャクとしながらも勇者部を作り、妹は兄が養子に出る前と同じく引っ込み思案になりつつも勇者部に入り、友奈も、勇者時代の記憶を失った東郷もまた勇者へと入った。

 

 楽しく、和気藹々と過ごした日々。そんな平和な日常は突如として非日常へと姿を変える。勇者部が作られた本当の理由。平和を脅かし、四国を滅ぼさんとするバーテックスの襲来。この時点でその情報を知るのは4人の中では風のみ。妹、そして突然の樹海に慌てる友奈と東郷とも合流した風。この状況を説明しているとふと友奈が端末の画面を見て首を傾げた。

 

 「あの……この“乙女座”ってなんですか? それに、この名前……」

 

 「名前?」

 

 友奈の言葉に疑問を抱き、風は画面を覗き込む。そこには彼女の言った通り、バーテックスを表す“乙女座”の文字。そして、それに重なるように出ている名前。それを見て思わずハッとなる風は居てもたってもいられなくなり、妹と部員2人にそれ以上説明することなく、後ろから名前を呼ばれても振り向くこともなく、気が逸るままに変身をしてバーテックスへと向かう。

 

 (なんで……どうしてそこに居るの!?)

 

 変身したことで上がった身体能力をフルに使い、どんどん距離を詰めていく風。10数秒もすれば離れていた距離を半分以上無くし、改めてバーテックスという存在の巨大さを実感する。だが彼女の視線はバーテックスよりも乙女座の頭部らしき部分の横……まるでマントのようにはためくそこに、頭部に()()()()()()()()()()体を支えながら立つ存在に釘付けとなった。

 

 乙女座に比べれば遥かに小さいその体躯は乙女座に良く似たフードの着いたマントで体を覆っており、更にフードを深く被っていて顔がよく見えない。だが、下半身は勇者服に似た意匠のズボン、腰から前後左右に伸びている布、爪先から膝まで覆う脚甲を着けていて……その全てが黒く染まっていた。

 

 「ねぇ……あんたなの……?」

 

 その姿をはっきりと視認した時点で、風の足は止まっていた。俯きながら出た疑問の声は震え、聴く者には泣いているようにも思えるだろう。その声が届いているのかいないのか、彼の存在からの返事は無く、依然として乙女座は進んでいる。

 

 「あんたなんでしょ……!?」

 

 先程よりも声は大きく、だが返事はやはり無く。泣くのを耐えるように下唇を噛みながら顔を上げる風は下から見上げる状態となって、見た。はためくフードの奥にある、右半分だけ見える見覚えのありすぎる顔を。記憶にある朗らかな笑顔とは正反対の無表情を。そして遂に溢れた涙を拭うことなく、風は叫んだ。

 

 

 

 「返事をしなさいよ! 楓ぇっ!!」

 

 

 

 「……アぁ、なんダ。姉さンじゃなイか」

 

 「っ!? 楓……やっぱり楓なのね!?」

 

 声が聞こえた。ずっと聞きたかった、また聞けると信じて……ほんの少し、諦めていた声が。風の顔が歓喜に染まる。涙を拭って顔を上げて、声の主の方へと向いて。

 

 

 

 「お姉ちゃん危ない!!」

 

 

 

 何かが体に巻き付いた後にぐんっと勢いよく後ろに引き寄せられ、一瞬息が詰まり……次の瞬間、先程まで居た場所に何かが振り下ろされて樹海を傷付けた。それは鞭のように伸びた桃色の布のようなものであり……着地に失敗して背中を打ち付けた風がその先を目で追うと、それは乙女座のマントに続いていて、楓が変わらず無表情で見下ろしていた。

 

 「あ……楓……?」

 

 「お姉ちゃん、大丈夫!?」

 

 「い、樹? あんたいつ変身を……ていうかどうやってアタシを……いえ、それより今アタシ……!?」

 

 信じられないものを見たように目を見開く風の側に慌てた樹がしゃがみこみ、妹の変身した姿を見て驚く。そして遅れて気付いた。己は妹に助けられたのだと。そして……弟と共に居るバーテックスに攻撃されたのだと。

 

 「楓……なんで……なんでよ! なんでバーテックスと一緒に居るのよ!?」

 

 「えっ、お兄ちゃん!? やっぱり画面の名前はお兄ちゃんで……」

 

 「樹……久シぶりダねェ。姉さンは見テ分かラナいかイ?」

 

 「分からないから、聞いてんでしょうが!!」

 

 再び泣きそうになりながら叫ぶ姉の言葉に、樹も乙女座と共に居る存在へと顔を向け、名を呼ばれたことで驚愕する。その顔は、その声は、明らかに兄のモノであったからだ。だが……そこに、共に暮らしていた時の温かさは無い。表情にも、声にも。

 

 淡々とした質問に風は叫び返す。いや、本当は薄々と分かっている。ただ、理解したくなかった。行方不明だった弟。やっと会えた、声が聞けた弟なのだ。

 

 

 

 「自分は、姉サん達の敵ニなッたんダヨ」

 

 

 

 理解したくなかった。信じたくなかった。だが現実は厳しく、辛く、悲しいモノで……その言葉を切欠として、乙女座から爆弾がミサイルのように放たれた。

 

 起き上がりながら樹と共に後方へと跳んで避ける風。だが爆弾は着弾前に方向を変えて姉妹を追いかけてきた。その爆弾を、風を助ける際に直感的に把握したのかワイヤーを出した樹が撃墜していく。時折伸びてくるマントは風が出した大剣を振るうことで切り裂いて防ぐ。

 

 初の戦闘。それも家族が敵対した状態で、巨大な化け物相手に。混乱しながらも何とか攻撃を防ぎ、凌ぐ姉妹だったが、そんな状態でいつまでも耐えられる程敵は甘くなかった。

 

 楓が、今まで体を支えるように乙女座に当てていた右手を姉妹へと向ける。そして次の瞬間……その手が、高速で樹に向かって()()()

 

 「えっ……きゃああああっ!?」

 

 「樹!? うぐっ!」

 

 突然の兄からの予想外の攻撃に対処出来ず、樹はそれを受けてしまう。精霊バリアこそ発動したが空中で受けてしまった為かそのまま吹き飛ばされた。思わずそちらへと意識を向けた風だったが自分にも同じように手が伸びてきていた事に気付き、咄嗟に大剣を盾にする。

 

 だが伸びた腕は大剣に当たる直前に曲がり、ロープのように巻き付いた。更にそれを巻き取るかのように腕が縮み、その勢いを利用して楓が接近し、大剣に飛び蹴りを浴びせる。その衝撃に歯を喰いしばって耐える風。着地した後も踏ん張ってなんとか倒れずに済んだが、その際に楓のフードが後ろへと外れ……。

 

 「な……によ……その顔……それに、その腕は……! その足はっ!!」

 

 (あらわ)になった顔の左半分を、仮面のように覆う真っ白なナニカ。右腕も肩先から指先まで、左足も腰の辺りから脚甲で隠れていない膝まで、その真っ白なナニカで埋め尽くされている。フードの中に納めていたのだろう長い髪は本来の黄色でも変身した際の白でもない艶のある黒。それだけなら、不審には思ってもそこまで驚きはしなかっただろう。それでも風が驚き、怒りを覚えたのは、それだけではなかったからだ。

 

 「バーテックス!! あんたらは、人の弟をどうしたのよ!!」

 

 蠢く()とカチカチと音を鳴らす()()のように2つある十字模様。それがその白い部分に纏わり付くように、所々に存在した。まるで、それはナニカに寄生、あるいは融合されているかのよう。

 

 視覚的な気持ちの悪さと大事な弟の体にそんなモノが着いている嫌悪感。怒りを超え、最早憎悪とも言うべき感情をいつの間にか攻撃を止めていた乙女座に、まだ見ぬ化け物達に向ける風。だがそれは敵対している楓にとっては隙以外の何物でもなく。

 

 「余所見をしたラ駄目じゃナイか、姉サん」

 

 「あっ……ぐっ、ああああっ!?」

 

 「お姉ちゃ」

 

 「やレ」

 

 「っ!?」

 

 大剣に巻き付けていた腕を解いた後に大剣から離した右足を軸足にして左足による後ろ回し蹴り。言葉にすればそれだけの攻撃が、勇者の身体能力と……恐らくは覆っているナニカの影響で恐ろしい程の威力を持っていた。咄嗟に大剣で防いだ風を、遥か彼方に吹き飛ばす程に。吹き飛んでいる最中に水切りの如く地に当たる度に何度も発光している為、それだけの数精霊バリアが発動しているのだろう。

 

 蹴り飛ばされた姉を心配する妹が言いきる前に、短い命令を下す兄。受け取った乙女座は幾つもの爆弾を放ち、樹の姿は叫びと共に爆炎の中へと消えていき……それを相変わらずの無表情で一瞥した後、乙女座を伴って歩き出す。目指す先は無論、神樹だ。

 

 「風、先輩……樹ちゃん……」

 

 その戦闘を……否、戦闘とすら呼べないそれを、友奈と東郷は見ていることしか出来なかった。何しろ樹海にしてもバーテックスにしても勇者にしても説明は中途半端で、心構えすら無く、突然非日常に突っ込まれたのだ、どうしようもない。むしろ泣き叫んでその場から逃げ出さなかった時点で充分称賛に値する。

 

 だが、それだけだ。逃げ出さなかっただけで事態が好転する訳がない。変身して立ち向かう事が出来たならまだ可能性はあっただろうが、その変身の方法すら教えてもらっていないのだ。友奈がどうしよう、どうすれば……そう悩んでいる隣で、東郷もまた考えていた。

 

 (……なんで……重なるの)

 

 脳裏に浮かぶ、見たこともないハズの……だが、何故か大切なモノである気がする真っ白な男の子と泣きたくなる程綺麗な白い花。今もまた浮かぶその男の子が、その花が、どういう訳かあの化け物と共に居る少年の姿と重なるのだ。

 

 (なんで……こんな気持ちになるの)

 

 端末を握り締める手に力が籠る。俯く視線の先にある画面に映る“犬吠埼 楓”の名前に涙腺が刺激される。知らないハズの少年。先輩と後輩と同じ名字の知らない名前。なのに、懐かしいと思う。同時に、彼女は怒りも覚えていた。

 

 その気持ちを、その心を何に例えたらいいだろうか。まるで、綺麗な花を目の前で手折られたような。美しい絵画に汚水をぶちまけられたような。気持ちの籠った手紙を破り捨てられたかのような。思い出の写真が納められたアルバムを燃やされたような……大切な人を、殺されたかのような。

 

 ただ1つ、確かな事は。

 

 「……赦さない」

 

 「えっ? 東郷……さん……?」

 

 恐怖よりも、悲しみよりも、辛さよりも……大きな怒りが彼女の胸の中で燃え上がったという事だ。

 

 

 

 「絶対に……赦さないっ!!」

 

 

 

 まるで知っているかのように勇者アプリに指が伸びた。画面から溢れ出す光と花弁は彼女の姿を覆い、制服姿から勇者へと変身する。親友が変身した姿を見てポカンとしている友奈に目を向けることもなく、手元に出現した狙撃銃を構えて照準機を覗く。対象は無論……化け物。

 

 東郷は躊躇い無く、手慣れたように引き金を引く。勇者の力が込められた弾丸は真っ直ぐに目標に向かって飛び、頭部らしき部分へと着弾、貫通して一部を抉り取った。再度引き金を引き、今度は体を。更に引き金を引き、マントを。そうやって何度も放っては体を抉り取る。吐き出される爆弾すら、即座に撃ち抜いて爆発させる。

 

 「東郷さん……凄い……!」

 

 普段なら決して聞き逃さないそんな友奈の称賛や尊敬の眼差しも、怒りに燃える彼女には届いていなかった。ただ、出所の分からない怒りに任せて何度も何度も引き金を引き続けた。

 

 (お前達が、あの男の子の側に居るなんて赦さない。あの男の子の綺麗な白を汚すなんて絶対に赦せない! あの男の子は、あの人は……お前達が近くに居ていい人なんかじゃない!!)

 

 記憶が戻った訳ではない。ただ、脳裏に、瞼の裏に浮かぶ真っ白な男の子と泣きそうにくらいに綺麗な白い花。それらを連想してしまうあの黒い少年の側に化け物が居るのが赦せなかった。少年の“黒”が、真っ白な男の子を汚す汚泥にしか感じられなかった。

 

 「……君、邪魔ダねェ」

 

 「っ! ……ぁ」

 

 乙女座を撃ち続ける東郷に、楓が何の感情も宿さない瞳を向けながら走って向かってきた。その速度は到底普通の人間が出せるモノではない。呟くような声が耳に届いたのか咄嗟に銃口を彼に向け……。

 

 

 

 ― ■■ちゃん ―

 

 

 

 誰かの朗らかな笑顔が、優しく誰かの名を呼ぶ声が浮かんで、東郷は体が拒否したかのように引き金を引くことが出来なかった。何故だか、涙が溢れた。それは致命的な隙を晒すことになり、楓の右手が鋭利な針のようになって彼女の胸元に向かって真っ直ぐ突き進み……。

 

 

 

 「東郷さん!!」

 

 

 

 当たる直前、友奈の左拳が弾いた。弾く瞬間に左手が光り、それが収まるとそこには桜色の手甲。

 

 「……君モ、邪魔をするんダねぇ」

 

 「東郷さんは、やらせない!!」

 

 弾かれた勢いを殺さず、楓は左向きに体を回転させて再び右手を、今度は剣のようにして振るう。それに対して友奈は右足による上段回し蹴りで迎撃、その足は左手と同じ光った後に脚甲が装着されていた。

 

 「東郷さんは……皆は、私が守る!!」

 

 再び弾かれたことで1歩後退する楓だが、再び右手を、今度は左手を添えて振り下ろす。ただそれだけの事だが、先程よりも明らかに威力が上がっていた。だが友奈は回し蹴りの回転の勢いのままその場で回転。今度は左足の後ろ回し蹴りで弾いた。これには楓も無表情を崩し、驚愕から目を見開く。勿論、彼女の左足には右足と同じ脚甲。

 

 「勇者……パアアアアンチッ!!」

 

 「ぐッ!」

 

 「楓! 友奈! 東郷!」

 

 「お兄! ……ちゃん?」

 

 「あ……うぁ……」

 

 「え……な……んで……?」

 

 がら空きになった胴体に向けた、回し蹴りをしたことで上げていた左足を思いっきり地面に踏み込んでからの渾身の右ストレート。右手を引き絞る頃には全身に桜色の光りが灯り、突き出すと同時にその姿を勇者服へと変え……その拳は、盾に変化させた右腕に防がれたものの彼を大きく吹き飛ばした。

 

 吹き飛ばされた楓は樹海の地に何とか体制を整えて着地するが、それでも中々体が止まらずに土煙を巻き上げてその体が隠れる。その頃には蹴り飛ばされていた風と精霊バリアで無事だった樹が2人の元に集まり、楓の方へと視線を向け……煙が晴れた時に見えたその姿に、誰もが絶句した。

 

 「……成ル程……君は中々に厄介ダ」

 

 ぼろぼろと、まるで風化した土くれのように崩れていく右腕。先程まで自在に変化して猛威を振るっていたハズのそれが、跡形もなく消え去った。血は出ていないが、本来あるべきハズのモノがないその痛々しいとも言える姿は、つい先程まで平和に生きていた少女達の心に深く刻まれた。

 

 楓としてもまさか腕が崩れる程のダメージを負うとは思ってもみなかっただろう。見た目に反して凄まじい破壊力を見せた友奈に無表情ながら警戒を向け……勇者達にゆっくりと視線を向ける。

 

 何故弟の、兄のこんな姿を見なければならないのかと今にも泣きそうな姉妹。右腕が無い少年の姿に自分でも分からない程の絶望感を感じている東郷。そして、自分の攻撃で片腕を失った現実に打ちのめされている友奈。そんな4人をざっと見た後、彼は背を向けた。

 

 「自分は今回ハ引かセテ貰ウねぇ。後は頼んダヨ」

 

 「待っ、楓!!」

 

 乙女座にそう声をかけ、姉の制止の声を無視して跳び去っていく楓。その姿が結界の外へと消える頃には再び攻撃し始めた乙女座の対応をせざるを得なくなり、追うに追えなくなった勇者達は苦い気持ちになりながらも戦う。その戦いは本来よりも戦える人数が多いこともあってかそう時間も掛からずに終わりを告げ、元の世界へと戻り……樹海では行えなかった勇者や敵への説明をすることになる。

 

 そしてこの後も数度に渡り、彼女達は戦うことになるのだ。四国を滅ぼす敵を連れて現れる弟であり、兄であり、かつての仲間であり、先代勇者であり……世界の命運を賭けて、本気で滅ぼしに、殺しにやってくる……同じ人間であり、勇者である彼と。

 

 「楓!!」

 

 「お兄ちゃん!!」

 

 「楓くん!!」

 

 「楓君……っ!!」

 

 「楓さん!!」

 

 その度に声を上げる少女達。例え見た目が変わろうと、例え記憶を失おうと、例え敵の手に墜ちようと、例え何の繋がりが無かろうと、戻ってきて欲しいと、その心を言葉に変えて。

 

 嗚呼、それでも。

 

 

 

 「邪魔ダよ……勇者」

 

 

 

 その魂無き抜け殻には……何一つ届きはしない。

 

 

 

 

 

 

 「ただいま」

 

 結界を抜け、地獄のような灼熱の世界の中に、その神々の住まう世界はある。バーテックスを足にしてその世界に戻ってきた楓は、出迎えてくれた1人の少女を抱き締め、少女もまた抱き締め返した。

 

 勇者達に見せた無表情が嘘のように、言葉も流暢で蕩けるような笑顔を見せる楓。少女もまた笑顔を浮かべ、帰って来た彼の包容と体温を堪能する。その姿はまるで恋人のようであった。

 

 やがて体を離し、互いに見詰め合う。言葉は無い。ただ、時間を忘れてお互いの目を、顔を見詰めていた。言ってしまえばそれだけのこと。だが、異質なのはその世界に楓と少女の2人しか居ないこと。そして……少女の姿が、彼にとって見慣れた、だが見慣れない姿をしていたこと。

 

 体つきは須美のモノ。髪型は銀のモノ。そして顔は、園子のモノ。髪は黒く、黒い着物を着て、外の世界のような赤黒く毒々しい色の瞳。まるで、先代勇者の少女達の部分部分を切り取って繋げたようなその姿を、彼は愛おしいモノを見る目で見ていた。

 

 ― お帰りなさい、楓くん ―

 

 少女の姿をした天の神は、同じように愛おしいモノを見る目で楓を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 「やってくれたねぇ……」

 

 ― うん……まさか貴方の体をあんな風に使うなんて…… ―

 

 神樹の本体である巨木の根元に、魂の状態の楓と“私”は居た。2年前に散華のせいで魂のままそこにやってきてから、楓は“私”と共に四国を、次期勇者達を、大赦に奉られている先代勇者を見守っていた。勿論、乙女座との戦いも。故に、2人は難しい表情を浮かべていた。

 

 彼の体か天の神の元にあることは分かっていた。その体がどうなったのかは分からなかったが、まさかバーテックスに体を侵食されていた挙げ句勇者達と敵対するとは流石に予想は出来なかった。何せ魂が入っていない人形のような状態のハズだったのだから。

 

 「あの体がまたやってきた時に自分を戻せたりは……しないだろうねぇ」

 

 ― うん……ごめんなさい。魂と肉体を繋ぐ精神の糸が捧げられた以上、どうすることも…… ―

 

 「いや、謝らなくてもいいんだよ。仕方ないことだからねぇ」

 

 そう、仕方ないことだと楓も理解している。というのも、この2年で“私”に説明されていたからだ。魂と肉体を繋ぐ精神の糸。2年前の大橋の戦いでそれを散華してしまい、繋がりが断たれた事で肉体から魂が離れてしまった。魂は神樹の、そして肉体は天の神のところに。

 

 高次元の魂を入れる器である肉体と繋ぐ為の糸を生み出すのは現状の神樹では不可能であり、元々供物を返すことが絶望的だった楓は再び肉体を得ること自体が絶望感であった。今出来る事は“私”と共に勇者達を、四国を見守り、高次元の魂の影響で無意識の内に神樹の力を強くし、寿命を伸ばすことだけ。

 

 ― 色々と模索はしているんだけど……ごめんなさい、何一つ浮かばないんだ。貴方はあんなに頑張ってくれたのに……“私”は何一つ、返せないんだ…… ―

 

 「探してくれているだけでも嬉しいよ。だから泣かないで。それに、きっと大丈夫。今の自分にも出来ることが、きっと見つかる。一緒に探してくれるんだろう?」

 

 ― ……うん ―

 

 泣きそうな顔で頷いた彼女に、楓はいつものように朗らかな笑みを返した。彼は大木に背を預けて根の上に座り、“私”もその隣に座る。そして彼女が目の前に手を翳すと宙に大きな鏡が浮かび上がり、勇者達の日常が浮かび上がる。

 

 2年。彼が出来た事は、こうして“私”と共に見守ること。そして、それは今後も変わらない。魂だけの彼に“出来ること”が見つかるその日まで。穏やかに、少しだけ寂しさと無力感を感じつつ……ただ、神樹と共に。

 

 

 

 

 

 

 その横顔を、ジッと見詰める“私”に気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 (ごめんね)

 

 誰にも触れさせない。

 

 (精神の糸を、貴方の魂を肉体に戻す方法はこの世界には無いんだ)

 

 誰にも見せない。

 

 (そもそも……探しても居ないんだ)

 

 誰にも会わせない。

 

 (だって貴方はここに居るから)

 

 此処から出さない。

 

 (魂だけでも良いから)

 

 此処から決して逃がさない。

 

 (勇者の子達じゃなくて……“私”と)

 

 

 

 ずーっと……此処に一緒に居ようね。

 

 

 

 2人以外の他の存在が居ることを赦さない、まるで結界の外のような赤黒く毒々しい感情を心に持ちながら、綺麗な赤い瞳はいつまでも彼を見ていた。




今回の捕捉

・話の流れは原作とBEifを混ぜたようなモノ。ほぼ原作通りに進みつつもBEif程殺伐とはしていない。

・天の神(須美銀園子キメラのすがた)。声は園子だったりする

・東郷さんが初戦から変身

・精霊バリアが無ければ5、6回は死んでる風先輩

・実は病んでた神奈

・VKif(バーテックス楓イフ)



バーテックス化楓の愉悦な話かと思った? 残念! いつかの病み神奈も居るよ! というお話でした。こういった話は見るのは好きでしたが書くのも好きになりました。書いててとても楽しかったです←

実はいつかの番外編に出た病み神奈と同じ世界線だったりします。合法的に魂の楓を囲えるので“私”もにっこり。しかし相変わらず名前は内心ですら呼べない模様。

後から星座バーテックスの力を使えるように調整されたり、本編最後に出てきた超究極体楓になって満開勇者とガチバトルしたり、魂の楓の力を借りてスピリットオブ勇者パンチする友奈とか出る話。続きません←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしております。今年も宜しくお願いいたしますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 27 ー

お待たせしました。ようやく更新です(´ω`)

様々なアプリで爆死する中、ドカバトだけは私を見捨てず極身勝手、キラベジ、ゴルフリ&17号と来てくれました。普通以上に嬉しい。

BBDW始まりましたね。タイトル画面に居るなんだかんだ主人公さんはいつ出てくれるのか。ゆゆゆいは本日のメンテ明けにまた新たな切り札枠の登場。是非とも来て欲しい。

前回のVKifは好評なような、とりあえず反応あって嬉しい限りです。番外編は本編とは違う展開を色々やれるので書いてて楽しい。次は何を書こうか←

それでは久しぶりの本編をどうぞ。今回はちょっとしたアンケートもあります。


 「はぁ……やっぱり園子先生の小説は最高です……」

 

 (いつもは“園子さん”なのに彼女の小説を読んでる時だけ“先生”呼びになるのはなんでだろう……)

 

 今日、私は杏ちゃんと一緒に園ちゃんが書いた小説を読んでいた。小説、つまりは本なのだから紙の束かと思っていたんだけど、ねっとにあがってる? らしく勇者の皆が持ってる端末から見られるとか。

 

 人間って凄いね、こんな板みたいなので本が読めるし、(ページ)だって捲るのに指1本を横に動かすだけで済むなんて。それに杏ちゃんが教えてくれた園子ちゃんの作品もとても面白い。1人で寝る時は寝る前にちょっとだけ……と思ってついつい読み更けっちゃうこともある。

 

 他にも沢山作品があったので色々読んでみたけど、やっぱり園ちゃんのモノに落ち着く。そういえば色々見てる時に物凄く日本と海軍と戦艦について詳しく、まるで洗脳するかのように書いてる小説らしきモノも見つけた。2年以上休載してたけどあれはいったい……。

 

 「ああ、何回読んでもこの4人で仲良くお料理して食べさせ合いをしているシーンは最高です……後からお相手も増えますし、日常も恋愛も……続きを待つ間に何度読み返したか……」

 

 「本当に小説が好きなんだね、杏ちゃん」

 

 「はい! 特に恋愛小説が大好きで……」

 

 こうして本の話を振ると杏ちゃんは中々止まらないけれど、話を聞くのは楽しい。あの本は良かった、この本はタマっち先輩に進めたけど読んでくれなかった、この登場人物は誰々に似ていた、あの本は感動して泣いてしまった等々。

 

 こういうのも、風さんが言っていた“女子会”とやらに当てはまるんだろうか。なんて思いつつ、話が一段落したところでさっきまで読んでいたのをまた読み始め……ふと気になった。

 

 (うーん、この“お婆ちゃんみたいな女の子”ってやっぱり楓くんがもでる? なのかな)

 

 今読んでいるのは、お婆ちゃんみたいな雰囲気や喋り方の女の子を主人公に3人の女の子の友達が居て、その4人の日常と女の子同士の恋愛模様を描いたモノ。その喋り方とかが彼によく似ていて、そう思うと他の女の子もどこか東郷さんにミノちゃん……結城ちゃんがそう言っているので私や高嶋ちゃんもそう呼ぶことにしている……に園ちゃんにも似ている気がする。

 

 後で園ちゃんに直接聞いてみようと思いつつ、杏ちゃんと2人で黙して読み更ける。たまに隣から妙に熱っぽい吐息が聞こえたり、私が思わずクスッと笑ったりする以外には静かな時間。それは今日の夕飯を作る当番である歌野ちゃんと水都ちゃんが私達を含めた皆を呼びに来るまで続いた。

 

 (それにしても……男の子が女の子に、か)

 

 実際に楓くんが女の子になったらどんな風になるのかな……なんて、ちょっと気になった。ところで杏ちゃん、なんか凄いはあはあ言ってるけど風邪? 違う? 今読んでる小説に球子ちゃんに似た人が出てきたから興奮した? 勇者の子達って時々分からなくなるなぁ……分からなくていい? “私達”が言うなら気にしないでおくね。

 

 

 

 

 

 

 とある日の放課後、巫女達に呼ばれて勇者達は勇者部の部室へと集まっていた。各々出してあるパイプ椅子に座ったりその側に立ったりしている姿を確認して全員が集まっていると頷き、若葉が代表して口を開いた。

 

 「ひなた、全員集合したぞ。相変わらず凄い密度だが」

 

 「人数が多いから、わたしは今日はご先祖様の膝の上に失礼します~」

 

 「楓か新士じゃないのは珍しいな。だが、私にも本当に懐いてくれている……のは嬉しいし乗るのはいいが、寝るなよ」

 

 「すぴ~……」

 

 「言ったそばから寝るな!」

 

 「既視感あるよな、あの光景」

 

 「ええ、小学生の時に何度も見た光景ね」

 

 本来なら8人で行っていた勇者部の部室には今や総勢23名、手狭に感じるのも致し方無いというモノだ。そんな状況の下、園子(小)は珍しく新士達ではなく若葉の膝の上へ。珍しくとは言っても比較的という話であり、割と先祖である若葉とは一緒に居ることが多いのだが。

 

 懐かれている事を嬉しく思いつつもどんな状態でも寝てしまう子孫を危惧して注意するも刻既に遅し。膝の上に座った頃には既に寝入っている。落ちないように肩に手を起きつつツッコむ姿に、銀(中)と美森の小学生の時の記憶が刺激される。よく楓もあのように膝を貸していたなぁと……尤も、彼の場合は寝てもそのままにしていたが。

 

 「え!? 蕎麦派に鞍替えした!?」

 

 「言ってない!!」

 

 「若葉ちゃん!? なんて恐ろしい……」

 

 「濡れ衣だ!!」

 

 「リトルわっしーはわっしーの膝の上に。プチミノさんはミノさんの上に座ってね~。アマっちは勿論わたしの」

 

 「生憎と、既にちび楓はアタシの膝の上に確保しているわ!!」

 

 「姉さん、苦しい苦しい」

 

 「そんな~! 酷いよフーミン先輩~!」

 

 「むむ、未来のあたしながら背中の感触は中々……」

 

 「あたしまで恥ずかしいからやめい」

 

 そんなそれぞれのコントのようなやり取りを周りが微笑ましそうに見ていると、ある程度と収まったところで巫女達が本題の話を始める。

 

 前回は神託を得るよりも早く奇襲されてしまったが、今回はしっかりと神託を得ていた3人。その内容はこれまでの比ではない程の重要なモノであると真剣な表情で告げた後、改めてその内容を語り始めた。

 

 神託によれば、瀬戸大橋の手前にかなり大規模なバーテックスの巣があるという。大規模と呼ぶだけはあるらしく、この巣のバーテックスを撃破出来れば香川のほぼ全域を解放することか可能であるらしい。

 

 「香川一気に全部!? わぁ、それは凄いよ!」

 

 「今までだってせいぜい香川の半分を解放しているかどうかという話なのに、それが一気に全部……」

 

 「今度の敵はそれぐらいの力を持っているという事ですね」

 

 「それにわざわざバーテックスの“巣”と言っているくらいだし、敵の数もこれまで以上に居ると考えるべきだろうねぇ」

 

 「そうだとしても香川全域を解放なんて良いことばかりじゃない。全エリアのうどんが食べられるわ」

 

 「それはすっごい大事だな。谷山米穀店のうどんを早く食べたいぞ」

 

 「うどん関係無しに頑張りなさいよ……まあ食べたいけどさ」

 

 バーテックスと幾度となく戦ってきたが思うように進んで居なかった香川の解放。それが一気にほぼ全域と聞いて勇者達も喜色満面となる。だが浮かれているだけでなく、しっかりと警戒もする。これまでも大規模と呼べる戦いはあれど解放出来たエリアはそれ程広くない。それが全域を解放出来る程の“巣”ともなれば、どれ程の敵の数と力を持つのか予想すら困難だろう。

 

 とは言え、やはりこの場の殆どの人間の出身地かつ現拠点を解放出来るとなれば自然とやる気は満ちるというモノ。利用出来る店や行ける場所も増えるのだ、今からあれこれ想像もしてしまうだろう。その殆どがうどんに関する事なのはご愛敬。更に、嬉しい話はこれだけではない。

 

 「香川を解放出来ると神樹、様の力が一気に高まるんだ。そうすると新しい力が手に入れられるんだよ」

 

 「バストが自由自在になるマシンか」

 

 「え!? 本当ですか!?」

 

 「え? いや、そうじゃなくてカガ……えーと、どんな力まではまだ分からなくて……その、ごめんなさい」

 

 「全然平気だよ神奈ちゃん! 楽しみが増えるよね」

 

 

 

 「自由! 自在に!! なるんですか!!!!」

 

 

 

 「落ち着きなさい樹。それで、戦いの時はいつなの?  ひなた」

 

 神奈がそう言うと球子が冗談半分に呟き、それを聞き取った樹が喰い気味に問う。体の一部が小さい事が気になるお年頃なのだ。神奈は彼女の気迫に圧されつつも何とか否定とどんな力が手に入るのかはわからない事を謝罪するが、それを気にする者はこの場には居なかった。高嶋などわからないからこそ楽しみとまで言うくらいだ。

 

 だが樹は気になるようで巫女達に迫りながら凄まじい程の気迫を持って問い続ける。流石に落ち着けと夏凜が襟首を引っ張りながら後退させながら、その巣へと向かう日は何時なのかと聞く。すると聞かれたひなたが答えた。

 

 ズバリ、決戦の日は次の満月の前後。丁度、ではなくあくまでも前後であり、そしてその日は近く、心身の準備期間はあまり長くない。とは言えやる気を漲らせている以上、精神的な準備は必要ないかも知れないが。

 

 「瀬戸大橋の戦いか……このお役目も、必ず成し遂げなくては」

 

 そんな須美のやる気に満ちた呟きが、全員の耳には届いていた。

 

 

 

 

 

 

 そんな日から数日、皆は各々好きなように過ごしていた。決戦が近いと知っていつも以上に鍛練する者もいれば、普段通りに過ごす者も居る。小学生組は後者であり、寄宿舎の園子(小)の部屋に集まっていた。

 

 「決戦を前に何をするべきなのか……私は普通に日常を過ごすのもありだと思うの。いえ、正確には思うようになった、ね。3人のお陰で思考が柔らかくなったわ」

 

 「確かに、お役目が始まる前と比べると柔らかくなったねぇ」

 

 「変わらない奴も居るけどなー。お役目始まる前も後もお前にべったりな園子とか」

 

 「今はおんなじ寄宿舎に住んでるから元の世界よりも皆と一緒で嬉しいんよ~♪」

 

 須美の言葉を切欠に、4人はこの世界にやってくる前の事を思い返す。この世界に来てからそれなりに時間が経っているので今では笑える思い出となっている部分もある。そうして思い返すと、須美は毎回こっそり内心で思う。もっと早く3人とこうして集まって笑い合えていたならと。

 

 相も変わらず新士にべったりとしている園子(小)。すっかり見慣れた光景をいつものように面白そうに見ている銀(小)。腕に抱き付かれつつ動じた様子もなく空いた手で彼女の頭を撫でる新士。いつも通りのやり取り。普段通りの光景。それにちょっとだけ嫉妬心を抱くようになったのは、果たして良いのか悪いのか。

 

 「で、集まったのはいいけれど何をするんだい?」

 

 「今日はお料理教室だよ!」

 

 「うん? 料理ならのこちゃんも大分出来るようになったじゃないか」

 

 「ああ、料理教室っつっても何か教えるんじゃなくて、今回は園子が新士に料理を振る舞うんだ。あたしと須美はその手伝い」

 

 「自分に?」

 

 「ええ。何でも、園子さんと楓さんを見てて思い付いたらしいの」

 

 実は呼ばれるがままに来ていた新士が聞いてみれば、返ってきたのはそんな言葉。それだけではまだ疑問符を浮かべていた新士だが、続く2人の言葉に成る程と頷く。

 

 寄宿舎に住む人数は多い為、普段から数人で1グループとして当番制で代わる代わる料理を作っている。ちなみにグループメンバーはランダムであり、これは普段から料理を通して交流を深める意味を含めている。

 

 勿論小学生組も当番に含まれており、元から家事をしていた須美と銀(小)はともかく、家事をほぼしない園子(小)と新士は先の2人、或いは共にグループとなった誰かから料理を教わりながら作っていた。お陰で料理の腕はかなり上達したし、新士に至っては楓よりも出来ると断言出来る。

 

 「あのね、園子先輩はアマっち先輩によく焼きそばを作ってるでしょ? アマっち先輩はそれをいつも美味しそうに、ぜーんぶ食べちゃうでしょ? あれ、いいなーって思ってたんだ~」

 

 「ああ、確かに。樹海から帰ってきたら殆ど毎回用意されてるねぇ」

 

 「だからね、わたしもアマっちに焼きそばを作ってあげたいな~って思ったんだ~。作り方とかはミノさんとわっしーに何度か教わってたんよ~」

 

 「と言っても所詮は焼きそばだから、教える事なんて殆ど無かったけどな。具材切って麺と一緒にソース絡めながら焼くだけだし」

 

 「いきなり麺を強火でこんがり焼こうとしたのは焦ったわ……」

 

 「お疲れ様、2人共。で、その焼きそばを今日食べさせて貰えるってことか。楽しみだねぇ」

 

 「園子先輩みたいには作れないかも知れないけど、一生懸命真心込めて作るんよ~♪」

 

 そんなこんなで食堂にあるキッチン……ではなく部屋に備え付けられている方のキッチンを使って作り始める3人。勿論メインとなるのは園子(小)で他の2人はお手伝いだ。途中で焼きそばの良い匂いに釣られたのか千景と神奈が様子を見にやってきたが、3人は一緒に食べようと快く迎え入れる。

 

 楽しみだねぇと本当に楽しみな様子でニコニコしている新士と共に2人が待つこと10数分。テーブルの上に並べられた小盛の焼きそば5つと大盛の焼きそば1つ。因みにお代わり用にまだキッチンの方に大量の焼きそばが山になっている。

 

 「出来たんよ~♪ 焼きそば。略して、園子スペシャルだよ~!」

 

 「元の名前より長くなってるのに何をどう略したんだろう……?」

 

 「神奈さん、そこはつっこまないであげてください……」

 

 「いやー、あたしらの手伝い殆ど要らなかったな。免許皆伝だな、園子」

 

 「やった~免許皆伝~♪」

 

 「美味しそうね。でも最初に食べるべきは貴方よ、新士君」

 

 「そうさせて貰いますねぇ。それじゃあ……頂きます」

 

 園子(小)の台詞に小声でツッコミながら本気で悩む神奈に須美が苦笑いし、銀(小)は誉めながら頭を撫で、撫でられた彼女が無邪気に喜ぶ。そんな微笑ましい光景を見て優しげに笑いながら自身は1度箸を置いて新士に先に食べるように促す千景。本来は彼の為に作られたのだからそれも当然だろう。無論彼もそれを理解しているので遠慮なく目の前の湯気が立ち上る美味しそうな焼きそばへと箸を伸ばして口へと運び、その様子を彼女はドキドキとしながら見ていた。

 

 具材はキャベツに玉ねぎ、人参、ピーマン、豚肉。味付けは濃い目。麺はソースが絡みつつも程よく乾いている。好みが別れるかもしれないが、新士は乾いている方が好きだった。本当なら彼は一口食べた後に感想を言うつもりであったのだが、気付けば山だった焼きそばが半分消えている。その事に遅れてから気付いたところでようやく箸を止めたのだが、周りからは生暖かい目で見られていて恥ずかしそうに彼は頬を掻いた。

 

 「うん、とても美味しいよのこちゃん。見ての通り、全然手が止まらなかったくらいにねぇ」

 

 「……良かった~……っ……うえ~んわっじぃぃぃぃ! ミノざぁぁぁぁんっ!」

 

 「おーよしよし。だから言っただろー、心配ないってさ」

 

 「そのっち、何度も練習していたものね。新士君の好みの味とかも観察していたみたいよ。美味しいって言ってもらいたいからって」

 

 「成る程、通りで自分好みの味だと思ったよ」

 

 「本当に“新士君の為の焼きそば”なのね」

 

 「きっと、世界で1番彼が美味しく感じるんだろうね」

 

 何度も練習したし好みの味も覚えたとは言え、やはり実際に感想を聞くまで不安だったのだろう。だからこそ美味しいと、本当に美味しそうに食べた後に言って貰えた事が嬉しくて、嬉しすぎて感極まり泣き出してしまう園子(小)。頑張った彼女を優しく抱き留めてポンポンと背中を叩く銀(小)と頭を撫でる須美に言われ、自身の好みにぴったりな味付けの理由を知る新士は納得したと頷いた。

 

 そんな4人の姿を見て顔を見合せながら笑う千景と神奈。少し蚊帳の外ではあるが、それも仕方ないと少しだけ心の中で苦笑い。その後は園子(小)が泣き止んだのを見計らい、全員で焼きそばに舌鼓を打つ。無論、感想は美味しいの一言。新士以外からもそう言われ、彼女はまた嬉しそうに笑った。そして真っ先に新士が、他の4人もお代わりをとその場から立ち上がった瞬間、その楽しい空気を壊す無粋な音が部屋に響いた。

 

 「……やれやれ、まだ全部食べてないのにねぇ。冷めたらどうしてくれようか」

 

 「おお、新士がいつもよりヤる気になっている……食べ物の恨みって恐ろしいよな」

 

 「時間は止まるから、冷める心配は無いと思うよ。皆、頑張ってね」

 

 「はい! 早く帰ってきて、焼きそばパーティーの続きだよ~!」

 

 「そうね。皆で戦えば、きっと直ぐに敵を倒して戻ってこられるわ」

 

 「では行きましょう。お役目を果たして、また皆でそのっちの焼きそばを食べる為に!」

 

 それぞれやる気……1人は珍しく殺る気……を漲らせながら、香川を解放する為の決戦へと身を投じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 樹海にて集まった勇者達はいつものように楓の光の絨毯へと乗り込み、目的地であるバーテックスの巣へと向かう。周囲の警戒をしつつそれなりの速度で飛んだ先で目にしたのは、これまで以上の敵の姿であった。

 

 「ここが噂のバーテックスのハウスね」

 

 「う~ん、“バーテックスの巣”とは聞いてたけど……」

 

 「気持ち悪いくらいに敵だらけ、だねぇ」

 

 「見渡す限り一面の星屑だ……」

 

 「語感的にはロマンチックなんだけど、見た目は割と地獄絵図ね」

 

 「こんな光景でもちょっと平気になってきた自分が居るよ、お姉ちゃん」

 

 「流石我が妹よ。女子力が高まっておるわ」

 

 「少なくとも胆力は付いてきてるだろうねぇ」

 

 歌野が腕を組ながら呟く横で何とも言えない表情を浮かべる小学生組。確かに、予め巫女達からは“バーテックスの巣”だと聞いていたが、実際に見てみればその言葉は正しい。これまでの戦いでも大量のバーテックス達と戦ってきたが、目の前の光景はそれらの比ではない。

 

 文字通り、目の前を埋め尽くす程のバーテックス達。それはさながら大きな白い雲が地上に降りてきたかのよう。見える白い部分全てが星屑なのだろうが。名前と状況説明だけなら綺麗にも思えるが、現実は見た目も気持ち悪い人類の敵の大量発生である。そんな敵の見た目や数にすら動じなくなってきた己に、樹は遠い目をしていた。

 

 「“巣”……成る程、巣窟か。星屑君以外に小型バーテックス君もおるね」

 

 「虫とか嫌いなのでこれは気持ち悪いような……! いけない、お役目なのにそんな事を……」

 

 「キモいモノはキモいって言っていいんだよ。やる事さえやってればね」

 

 「おぞましい。何匹居ようと絶やすわ」

 

 「千景さん、大型が控えている可能性があります」

 

 「確かにこれだけの規模だ、奥に大型やそれ以上の敵が待ち受けていても不思議じゃないねぇ」

 

 「了解よ。それを踏まえて戦うわ」

 

 「よーし! 地元補正があたしにはある! やってやる!」

 

 「銀、実際はそういうのは無いから気を付けるのよ」

 

 雪花が言うように、敵は星屑だけに留まらない。今までに現れた中、小型もうじゃうじゃと大量に居る。今は見えていないだけで、杏と楓が予想したように大型が居てもなんら不思議ではないだろう。何せ今回は香川の解放を賭けた決戦なのだから。

 

 各々目の前の光景に気持ち悪さやらおぞましさやらを感じつつ、香川解放の為だとそれぞれ武器を構えてやる気を見せる。フォーメーションはいつも通り。遠距離武器の3人を楓が絨毯に乗せて飛行しつつ制空権を握り、地上部隊を援護。近接組は持ち前の火力と突破力で最前線で敵を蹴散らし、中距離組は要所要所でサポート。

 

 勇者達が戦闘態勢を取った事を川切りに、バーテックス達が雪崩の如く襲い掛かってくる。だが大量の敵などもはや慣れたもの。慌てる事なく迎撃していく勇者達。殴り飛ばされ、切り裂かれ、串刺しにされ、風穴を空けられ、撃ち抜かれ、振り回され、容赦なく殲滅し、されていく。

 

 「こんのぉ! 殲滅殲滅!! っはぁ、はぁ……ったく、こいつら何体居るのよ。キリがないわ! 斬っても斬っても湧いてくる!」

 

 「おや? 三好夏凜が、完成型が泣き言を言うなんて世にも奇妙な光景ねぇ」

 

 「事実を分析してるのよ!」

 

 「棗を見なさい。無心で戦ってるわよ」

 

 が、減らない。殴り飛ばそうが切り裂こうが串刺しにしようが風穴を空けようが撃ち抜こうが振り回そうがまるで減った気がしない。敵は間違いなく倒している。何度も光へと消える光景を見た。それでも尚、最初に見た時から減っている気がしない。

 

 かれこれ数分、勇者達は動きっぱなしだ。何せ敵は幾らでも向かって来ているのだから休む暇もない。特に動き回っている近接組は疲労も貯まってきているだろう。それでも夏凜と風のようなやり取りをする余裕がある辺り、体力そのものはまだまだ問題無い様だが。

 

 言い返しながら風の視線を追う夏凜の目に映ったのは、無駄口を叩くことなく、いっそ機械的とも言える効率重視かつ無駄のない動きでバーテックスを屠り続ける棗の姿。彼女曰く、肉体を海と同化させるイメージをすることで体が勝手に動くのだと言う。こういった大量の敵と戦い続けるような場面では有効らしい。

 

 「凄いね、沖縄の武術?」

 

 「我流だ。海が語りかけてくるから、その声に従うまで」

 

 「あー分かる! 私も棒倒しを練習していたら砂が語りかけてきたもん!」

 

 「あの異様な強さの理由はそれなの!? って、話題を戻すけど……流石にこれ、ちょっとおかしくないかしら」

 

 「せいやー! 勇者チョーップ!! ……ふぅ。そうだね夏凜ちゃん。倒しても倒しても目に見える光景が全く変わってない気がするよ」

 

 「……ふむぅ」

 

 「まだまだ体は動くけど、本当に減っているかどうかは怪しくなってくるよね」

 

 「まあかなりの数を倒しているし、このまま倒し続けていればいつかは終わる……といいねぇ」

 

 「不安になる言い方はやめてよ小さいお兄ちゃん……」

 

 弛いやり取りをしている辺り、まだ精神的には余裕があるらしい。だが、どれだけ倒しても減らない。減っているのかもしれないが、それを実感出来ない。後どれだけ倒せばいいのかまるでわからない。さながら終わりのないマラソンをしているかのよう。

 

 地上組がそうであるように、上空の遠距離組も同じ心境であった。むしろ地上組よりは見える範囲が広く、敵の動きも良く見えているハズなのだが、最初に見た光景から敵の数が減っている気がしない。流石にこれは異常であると誰もが思っていた。

 

 「しかぁし新士! 勇者は頭脳も使わないといけないって訳で。ほら、前に倒した奴で敵を吐き出す大型が居たじゃないか? そういう生産ユニットを潰さないと、戦いが終わらないんじゃないか?」

 

 「……成る程、ゲームで言う“無限湧き”と同じってことか。確かに敵を吐き出す大型があの時の奴だけってこともないだろうしねぇ」

 

 「生産ユニットに無限湧きという例えは分かりやすいわね」

 

 「このまま戦ってても、こっちばっかり疲れちゃうかも~」

 

 「それは嫌ね。ようし、キツくても突破しつつ進んでみるとしましょうか! 異議がある人居る!?」

 

 ここで鋭い意見を出したのは、意外と言うべきか銀(小)。その意見に新士も敵を爪で切り裂きつつ賛同する。実際大型バーテックスも同じ種類のモノが複数同時に現れたりしているのだ、以前倒した特殊な能力を持つ大型がまだ居てもなんら不思議ではないだろう。その話が聞こえた者達も納得し、風の現状を打破する為の提案に異議を申す者は居ない。

 

 「異議なーし。今は嫌な流れだと思うんだ~」

 

 「流れは園子ちゃん程分からないけど、元気に動ける内に色々試してみるのは賛成だわ」

 

 「進軍にこそ、活路がある気がする。奥からなーんか熱量を感じるのよね。GOGO!!」

 

 「よし、タマ探検隊は更に中へと進んでいくぞ。移動用バスは楓の絨毯だ!」

 

 「無免許だけどねぇ」

 

 会話が聞こえていた楓は直ぐに降下し、それを見た地上組も飛び込むように乗り込んでいく。全員が乗った事を確認した後に絨毯は空を飛び、奥へ奥へと向かった。

 

 勿論、その間にもバーテックスは攻めてくる。だが現状、足場は決して広くはないものの戦力は密集している。近付かれる前に遠距離組が撃ち落とし、撃ち漏らした敵は中距離組が担当。それでも尚近付いてこよう者なら、遠慮なく近距離組が各々は攻撃手段にて迎撃。そうしてノンストップで進んでいくに連れて、勇者達は敵の種類に中型も混じり始めている事に気付いた。

 

 「バーテックスに中型のサイズが混じり始めたな。奥に行く程、デカくなってくる」

 

 「このまま進んでいけば、指導者が居そうね。それを倒せば周囲もおさまる……といいのだけど」

 

 若葉と美森がそんな会話をしていると、これまでの攻撃が嘘のように段々と敵の攻撃の勢いが修まっていった。やがてそれは全く行われることはなくなり、不気味な程に敵の動きも無くなる。誰もが不振に、不思議に、或いは嫌な予感を感じつつも、楓は絨毯を止めることなくバーテックス犇めく樹海を飛び続ける。

 

 「なんだか相手が襲ってこなくなったな。タマ達にビビったか。まあ気持ちは分かる」

 

 「私が完成型という事にようやく気付いて怯えてるのよ。“星屑”だけに、手も足も出ないってね」

 

 「お陰でサクサク進めるわ」

 

 「これ動かしてるの自分なんだけどねぇ……それに、楽観視し過ぎだよ姉さん」

 

 「かーくんに同意。どーもこういう風に都合がいいと疑ってかかってしまう年頃なのよ。例えばこれが奥に誘い込む罠で退路が断たれてたりとか」

 

 分かりやすいくらいに楽観的な解釈をして気楽にしている3人。他にも何人か同じような者が居るが口には出していない。正確には、言う前に楓にぴしゃりと言われて風が肩を落としたのを見たからだ。

 

 そもそも、倒しても減ってないと錯覚する程の、感情があるかも分からない人類の敵が何もせずにこちらを通しているのが可笑しい。雪花の言うように何かしらの罠であると考えた方が自然だろう。そうして彼女の言葉を確認するようにそろーりと誰もが後ろを向いて……絶句。そこにあったのは、今まで通ってきた道をわらわらと蠢きながら埋め尽くしている大量のバーテックスの姿であった。

 

 「ねぇちょっと、本当に退路断たれてない!? これマズイ奴じゃない!?」

 

 「退路がバーテックスで埋め尽くされて……いつの間にこんな……っ!」

 

 「任せて。完成型のオーラで、モーゼのようにあの壁を割いてみせるわ。ほら、退きなさい! ちょっと、退きなさいよ。何無視してんのよ。完成型がオーラだしてんのよ、ビビりなさいよ!」

 

 「モーゼまだ!?」

 

 「遅いぞモーゼ! ……モーゼが何かは後でタマに教えるようにな」

 

 慌てる雪花と杏に、やたら自信満々な夏凜が絨毯の最後尾に移動してバーテックスの壁に手を翳しながら、本人曰くオーラを出して威圧する。が、当然と言うべきか何も起こらない。全く反応しない。相変わらず攻撃もしてこないが、何のリアクションも起こさない。

 

 風と球子が囃し立て、こっそりと苦笑いしている新士から教わるのを背後から感じつつ、夏凜はやはり無理みたいだとガックリと項垂れた。何人かは内心でそれはそうだろうと思ってはいたが、何も言わないであげた。楓はここで1度絨毯を止め、攻撃されない間に一度作戦会議をすることに。

 

 「どうする? かーくんにUターンしてもらう? 今ならまだ壁は薄いだろうし、強引に突破出来ると思うけど」

 

 「前に進みましょう! 奥からビリビリくる威圧感……親玉が居る」

 

 「ちょーちょっちょっ……マジですか、行くんですか」

 

 「ドキドキするけど……私達がやらなきゃ。だって」

 

 「勇者、だもんね」

 

 「ここが香川の最終戦。ラストダンジョンは攻略するまで下界には戻れないということ」

 

 「コンテニューはないよ?」

 

 「正直、怖いわ……でも……高嶋さんや、皆が居るから」

 

 「ああ、皆が居るから怖いもんも怖くない。やってやる!」

 

 退路が断たれている事に不安を感じているのもあるのだろうが、状況を見て慎重になる雪花。しかし歌野を始め、友奈と高嶋、千景も前に進むべきだと告げる。

 

 恐怖はある。当たり前だ、どれだけ勇者として戦い、経験を積んだとしても彼女達は中学生なのだ。だが、その恐怖を持っていても戦える理由が、仲間達の存在。この世界にやってきて、或いはやってくる前から共に戦ってきた、人類の敵を相手に“勇んで戦う者”達。球子の言葉に頷く皆の顔を見て、雪花は小さく笑った。

 

 「……ふふふ。勇者揃いの中に放り込まれた慎重派のワタクシ、色々考えておりますが……いいよ、上等よ。行ってやりましょう!」

 

 「せっちゃんも勇者だよ! 怖いのは当然なんだから」

 

 「それでも征くって言ったんだから、あんたも勇者!」

 

 「慎重なのは悪いことじゃないしねぇ。雪花ちゃんのような慎重派の勇者が居てくれた方が心強いよ。姉さんみたいなのばっかりでも困るしねぇ」

 

 「どういう意味よ!?」

 

 「あはは、まあ“こんな所に居られるか! 私は帰るぞ!”って1人逃げても結末は読めてるし。ていうか今空だからこんな囲まれた状況で1人飛び降りる勇気はないし」

 

 「進んでこその突破口だね。行こう!」

 

 (この精神力……間違いなく若葉さんの子孫です)

 

 再び士気を高めた勇者達はお互いに視線を合わせながら頷き合い、最後に楓を見て頷く。Uターンは必要ない。今こうして止まっている必要もない。園子(小)が言ったように突破口は、目標は、前に進んだ先にある。彼もまた頷き、絨毯を操作して再び真っ直ぐに飛ぶ。前に、前に、前にと。

 

 そうしてしばらく進んだ先で、勇者達は見た。数えるのも馬鹿らしい程の数多の中、小型のバーテックス。これまでにも見た数体の大型バーテックス。そして……明らかに今までのどのバーテックスとも違う、最奥に見える超巨大なバーテックスの姿を。




原作との相違点

・銀(小)は銀(中)の膝の上に

・お料理教室ではなく焼きそばパーティー

・他細々としたものばかり。大きなモノがあれば私に教えて下さい←



という訳で、原作10話の前半というお話でした。最初に楓女体化フラグが立ってますが多分本編中はしないです←

本作では寄宿舎組は当番制で料理をしている設定ですのでお料理教室するまでもなく小園子は原作よりも料理が出来ます。なので中学生の自分と楓のやり取りや好きな相手に料理を振る舞う姿に憧れて……という理由から今回の流れに。新士の為の焼きそば作りの研究、試行錯誤を2人に手伝ってもらったという形です。

移動は相変わらず楓の光の絨毯任せ。高低差がある樹海を直接移動しない分、勇者達の疲労は抑えられているでしょう。超大型バーテックスは私の中ではレオくらいの大きさのイメージ。大型はタウラスくらいですかね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 28 ―

大変長らくお待たせしました、ようやく更新でございます(´ω`)

すみません、ウマ娘やってました……あのアプリ、沼が凄い深くて中々抜け出せません。今も抜け出せてません(ずぶずぶ

ウマ娘やってるせいで他のアプリがちょっと停滞気味。fgoはイベントストーリーとガチャしかしてません。勿論爆死です。テイクレやゆゆゆいも無事死亡。満開小園子欲しかった……ホント欲しかった……。

ファンリビでは狂三が、ブルアカではイズナが来てくれました。可愛いが過ぎる。BBDWもEs来てくれましたし、振り幅が酷い。天華百剣ではゆゆゆコラボするそうなので来るまでガチャ禁です←

前回ではアンケートにご協力ありがとうございます。季節イベを見たい、イチャイチャ系見たいが多かったのでこれ季節イベでイチャイチャ書けば解決するのでは? 尚三番人気は愉悦系でした。入れた人の心当たりがありすぎる←

それでは約3週間ぶりの本編、どうぞ。


 数えるのも馬鹿らしい程の中、小型バーテックスと数体のこれまで何度か目にしてきた大型のバーテックス。そして全高100メートルはあるとされる獅子座に匹敵、或いは凌駕していそうな程の超大型バーテックス。()()()()()()()()それだけの戦力が敵にはあり、恐らくは中、小型を生み出すバーテックスも居て無限に増えるともなれば、実際の戦力差は考えるだけ無駄と言うものだろう。

 

 勇者達の中では満場一致で超大型バーテックス……レクイエム・フォルテ(以後レクイエムFと記す)こそが親玉。つまりはアレさえ倒せば今回の戦いに終止符を討ち、香川の大半を解放する事が出来る。

 

 「あれを倒してさっさと帰りましょう。さて、どう攻めるか……あれ? なんか蠢いてない?」

 

 「なっ!? 超大型バーテックスから大型バーテックスが出現した!?」

 

 「以前倒した大型は小型を生み出していましたが、この超大型は大型を生み出す……という事でしょう」

 

 「あれを真っ先に叩かないとヤバい奴じゃないか?」

 

 「そうね、時間を掛けるだけこちらが不利になる一方よ」

 

 「だが親玉に行くには、あの大型どもが邪魔だ……」

 

 ならば、と戦意を高める勇者達の中で雪花が呟くや否やレクイエムFに存在する球体からずるりと大型バーテックスが出てきた。須美が驚愕する横で杏が冷静に考察し、同時に厄介な能力である事に苦い表情を浮かべる。それは後に言葉を発した銀と美森、若葉も含めた全員が同じ。

 

 単純に、数の違いだけでも脅威なのだ。それに加えて戦闘力も伴っているのだから質が悪い。最悪、生み出された大型に更に小型を生み出すタイプが混ざっていても不思議ではない。倍々ゲームどころではない速度で更に敵が増える可能性すらある。敵を生み出す敵、というのはそれだけ厄介な存在なのだ。が、そんな事実を前にしても動けなくなるような者はこの場には居ない。

 

 「簡単な話だ。この前出来た事をまたやればいい。すなわち部隊を分けて敵に当たる。私が大型を引き受ける。お前達は奥へ行け」

 

 「棗……」

 

 「体を張る時が来たようだ。是非頼ってくれ」

 

 「幾ら棗さんでも1人じゃ無理だよ!」

 

 「しゃーない、同じ助っ人枠として私も頑張るわよ」

 

 「それなら、高嶋 友奈、残ります! だって、私と結城ちゃんタイプが同じだから、2手に分かれるなら分けた方が良いかなって」

 

 「……私も残るわ」

 

 「……分かったわ。部隊を割りましょう」

 

 棗の言葉を切欠に勇者達は残って邪魔な大型以下を引き受ける者と突っ込んでレクイエムFを撃破する者に2手に分かれる選択をする。流石に今回は攻撃力云々等の単純な話ではない為、戦力差が偏らないようにと風が代表してメンバーを選抜する。

 

 残る組には先程名乗り出た棗、雪花、高嶋、千景の4人に加えて杏、球子、夏凜、新士、銀の計9人。残りの楓、友奈、美森、風、樹、須美、園子(小)、若葉、歌野の9人が奥に居るレクイエムFを叩く。残る組は楓の絨毯に乗って進む9人を見送り、周囲に居るバーテックス達に目をやり……各々武器を構え直す。

 

 「さて、こいつらさっさと片付けるわよ。香川の解放戦最終局面、気合入れていけぇっ!!」

 

 そんな夏凜の気合と戦意が籠った叫びと共に、9人はバーテックス達へと立ち向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……後ろは激戦になっているだろうな。だが、あいつらなら大丈夫だ」

 

 「そうね。だからこちらも全力を尽くしましょ」

 

 「風先輩。チーム分けって何か基準があるんですか? 夏凜ちゃん達が残りましたけど……」

 

 「自分も気になってたんだ。姉さんが小さい自分を残すとは思わなかったからびっくりしたよ」

 

 「あんたはあたしをどう思ってんのよ……」

 

 一方の進む組は楓の絨毯の上で迫るバーテックスを迎撃しつつ、そんな会話をしていた。本来ならもっと速度を出せるのだが、その迫るバーテックスのせいでろくに速度を上げられず、距離を詰めようにも少し時間を要する。その間に友奈は疑問に思っていた事を聞いてみた。

 

 風曰く、残る組の9人を選んだ理由はあちら側のバーテックスは既に既知となっているモノが多かったから。但し能力自体は割れていてもその数が凄まじいのでひたすら攻めてくることだろう。

 

 故に、残った方にはその多数の敵と途切れぬ攻勢に耐える精神性を持つ者を重視。その中にも冷静さを失わないタイプの勇者もおり、遠距離からのサポートもある。足の速さや防御力等の危険時のカバーも問題無い。

 

 進む組は初見となる超大型が目標なので閃き、対応力等を重視。何が起きるかわからない、何を起こすかわからない。だからこそどんな状況でも対応出来る、どんな能力かを看破、ないし対処方法を閃く能力が求められた。

 

 「なるほど、勉強になります」

 

 「納得したよ」

 

 「もしかして、アテにされてるのかな~?」

 

 「超アテにしてるわ」

 

 「ふふ、頼りにしてるよ、小のこちゃん」

 

 「プレッ……プレッシャー……」

 

 「いつも通りでいいのよ、そのっちは」

 

 「私達は敵をよく観察しましょう、須美ちゃん」

 

 「はい。少しでもお役に立ちたいです」

 

 各々納得したように頷き、アテにされていると知った園子(小)は珍しく眉を下げて自信なさげにしている。だが美森達に励まされ、楓には頭を撫でられ、若葉を含めた他の者からも信頼を向けられ、今度はやる気を漲らせる。

 

 今一度、勇者達は遠くに居ても超大型と分かるレクイエムFの巨体を見やる。その姿は間違いなく近付いてきており……接触は時間の問題であった。

 

 

 

 

 

 

 進む組を見送ってから数分。その間休むことなく戦い続けていた残る組は既に100や200では利かない数のバーテックスを屠っていた。その中には大型も数体混じっており、今も大きさ関係なくバーテックスを倒し続けている。

 

 「ったく、粗方倒したと思ったけど……やっぱりどんどん涌いてくるわね、敵は」

 

 「親玉の救援に向かわせず、こちらで全部引き受ければいい」

 

 「ふぅ……大変な任務の連続だけど……背中を預けられる仲間が居るのはいいね」

 

 「全くだ」

 

 時折会話を挟み、仲間が居る安心感を得る。それは終わりを感じさせない数多の敵との戦いに気後れしない気力を得る事に繋がり、互いの位置を確認してお互いを守り合う距離を保つ事にも繋がる。手を、足を、頭を、そして口を休めず、勇者達はただただ奥に進んだ仲間の為にバーテックスを倒し続ける。

 

 「ふ……ふふ……な、なんか段々笑えてきたわ。だって、血の滲む努力で身に付けた戦闘技術がこんなに役立っているんだから……あの時、頑張って良かったぁ!!」

 

 「てやっ! 勇者パーンチ! ……ん~?」

 

 「はぁっ!! っと、高嶋さん、どうしました?」

 

 「新士くん? あのね? 実際のバーテックスと比べると、神樹様の中のバーテックスはどうも硬いような気がして」

 

 「そんな事はないと思うぞ友奈」

 

 「私の拳が関係しているのかな……まぁいいや。ガンガンいこう!」

 

 「そうそう! 細かいことはいいんだ!」

 

 (大雑把なところがあるのは姉さんに似てるなぁ、球子さん)

 

 勇者として戦う為に、勇者となる為に本当に血の滲むような努力を重ねて遂には勇者となった経験を持つ夏凜。そのお役目が終われば勇者部には居られないと思っていたことすらある。命掛けとは言え、両手の指で足りるだけの戦闘。それで終わるハズだった、その為だけに費やした時間と努力。

 

 その努力の時間をこうして四国の為に、何よりも仲間の為に振るうことが出来ている。戦い過ぎてテンションがハイになっている事は否めないが、それ以上に嬉しいのだろう。その時の頑張りが、決して無駄ではなかった事が。思わず笑いが溢れてしまう程に。絵としては笑いながら敵を切り刻んでいるので中々にアレだが。

 

 そんな夏凜はさておき、バーテックスの手応えに疑問を覚えたのは高嶋。理由は不明だが、元の世界と比べてバーテックスが硬く感じるらしい。しかしちょっとした疑問程度だったのだろう、球子の言葉に頷くと直ぐにまた攻撃を開始し、球子も続く。そんな短いやり取りの中で、新士は姉と似てると内心で頷いた。

 

 「敵さんやい! こっから先は、ぜ~~~~ったい通さないぞ! 通るっていうなら、三ノ輪 銀様がお相手だ!」

 

 「こら銀ちゃん。また君は1人で……」

 

 「あはは、ごめんって新士。見ろ! あたしだけじゃなく、雨野 新士も居るぞ!」

 

 「全く……ほら、一緒に行くよ!!」

 

 「ああ! 須美、園子……こっちは頑張ってるぞ。そっちも頑張れ」

 

 仁王立ちしてバーテックスに向けて啖呵を切って走り出そうとする銀(小)の肩を掴んで止めて呆れた顔をする新士に、彼女は笑って謝りつつまたバーテックスに向かって叫ぶ。そして彼と共に突っ込みながら、奥に進んだ2人にエールを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「しっかし、防戦ばっかりだったからこうしてダンジョンの奥で敵のボスと戦うのは斬新だわ」

 

 「ある意味とっても勇者らしい行動なんですけどね。初めてですよね」

 

 「ああ、姉さんが冷蔵庫から樹のプリン食べてたのは“ある意味勇者らしい行動”って奴だったのか」

 

 「なぜそれを!?」

 

 「お姉ちゃんまた勝手に食べたの!?」

 

 「なぜ勝手にプリンを食べるのが勇者らしい行動になるのかしら……東郷先輩、分かりますか?」

 

 「さぁ……銀なら分かるかしら」

 

 場所は変わって奥に進む組。絨毯で飛び続けながら会話が途切る事もなく、賑やかに進む9人。くつくつと笑う楓と慌てる風、ポコポコ叩く樹とそれを笑って見ている友奈。“勇者らしい行動”の理由が分からず首を傾げる須美と美森。敵のど真ん中とは思えないその穏やかな空気はやがて霧散し、顔を強張らせた若葉がポツリと呟く。

 

 

 

 「遂に最深部まで来たな……こいつさえ倒せば、香川が解放される」

 

 

 

 遠くでさえ理解出来たレクイエムFの巨大さ。到達した最深部で改めて至近距離で見るその巨体はこれまでのバーテックスとは桁違いの威圧感を与える。思わず、というように誰かが生唾をゴクリと飲み込む。誰しもが自然と武器を持つ手に、身体に力を入れた。

 

 「本当に大きい敵……ゾクゾクしてくる。造反神の一部、なのかな……お兄ちゃん」

 

 「さて、どうなんだろうねぇ……情報が何もないから、どうにも判断が出来ないねぇ。姉さんはどう思う?」

 

 「アタシも同意見。こいつら謎だらけだから。そもそも造反神はなんで反乱を起こしたんだろうねぇ?」

 

 「迷惑な話ですな~……と思いながらも……」

 

 「不思議な体験が出来ているのはある意味、造反神のお蔭でもあるわね」

 

 「そうね。私と若葉が会えたのも……そう」

 

 「あぁ……」

 

 「元々は神樹様の味方な訳だし、憎みきれない所もあったりね」

 

 大きさもそうだがその威圧感や存在感、感じられる力の強さ等もこれまでのバーテックスとはまるで違う。香川解放の戦いのボスでもある異常、この世界にやってきた理由でもある造反神の一部、ないしは力を多く持っているのではないか。その樹の意見には楓もわからないと首を振り、風も同じように首を振って別の疑問を口にする。

 

 そもそも何故造反神は神樹の中で反乱を引き起こしたのか、その理由や目的は判明していない。神樹を構成する神の一柱が反乱を起こし、このままでは神樹の力が大きく削がれてしまい、やがて四国は滅びるとしか聞かされていないのだ。とは言え、それだけで充分に戦う理由にはなるのだが。

 

 しかし、園子(小)と美森が言うようにその反乱が無ければこうして時代を越えて勇者が一堂に会することはなかっただろう。この運命的な奇跡の出逢いをもたらした事に関しては、造反神に感謝するところかもしれない。

 

 「それでも……皆さん、相手は……」

 

 「大丈夫、分かってるよ須美ちゃん。相手は倒さなくちゃいけない。お役目はしっかりやる。でも、色々な思いはあるから……それらを拳に乗せて、どーん! と打ち込むよ!」

 

 「いいわね友奈。女子力の何たるかが分かってきたわね」

 

 「こっちはそれが分からなくなってきたわ」

 

 「女子力ってなんなんだろうねぇ……」

 

 勿論、感謝しているからと言って倒さない訳ではない。それはそれ、これはこれとやるべきことはやる。拳を突き出しながら笑ってそう言う友奈に安心したように須美は頷き、風もうんうんと腕を組みながら頷く。ただその意見がなぜ女子力に繋がるのか理解出来る者は本人以外居らず、皆首を傾げたり苦笑いしたりしていたが。

 

 そうこうしている内にこれまでの道中では進路上に居る敵を除けばあまり動きを見せなかったバーテックス、そして目の前のレクイエムFが動きを見せる。何をしてくるか予想が出来ない相手に警戒しつつ、勇者達はいつも通りに地上、上空に別れてそれぞれの武器を構える。

 

 「皆と一緒にひなた達のところに戻る。やるべき事をやってな」

 

 「造反神様……ありったけの勇者パンチ、行きます!」

 

 「こうして本当なら会えない人とも出会えた……それは感謝しているけど、お役目はお役目……」

 

 「皆とならお役目を果たせる……鷲尾 須美、大和撫子として頑張ります」

 

 「アマっちとミノさんもハッスルしてるだろうし、私もやるよ~、やっちゃうよ~」

 

 「どんな敵だろうと戦える! ちょっとは怖いけど……大丈夫」

 

 「さて、皆でよってたかって鎮めるとしますか」

 

 「よってたかってって、もう少し言い方があっただろうに……まあ、やるんだけどねぇ」

 

 「ええ、覚悟してもらいましょう!」

 

 それぞれのやる気に意気込み、思いを言葉にしてレクイエムFに視線を向ける。人数は普段の半分。しかし負ける気は微塵も無い。敵を倒し、香川を解放する。他の者よりも1歩前に出た若葉は己の武器である刀の切っ先をレクイエムFと向け、声を張る。

 

 

 

 「行くぞ勇者達よ! 香川奪還最終ミッションだ!!」

 

 【応っ!!】

 

 

 

 その声を待っていたかのように、全てのバーテックスが勇者達へと殺到する。その勢いに臆する事なく、勇者達は迎撃すると共に目標であるレクイエムFへと真っ直ぐに突き進む。

 

 「やああああっ!!」

 

 「行きます!」

 

 「おしおき!」

 

 「通してもらうよ!」

 

 「外さない!」

 

 何度も相対してきた大量の敵。その大量の敵を怒涛の勢いで殲滅していくのが中、遠距離攻撃に秀でた5人。歌野が鞭を縦横無尽に振るい、須美が連続して矢を放ち、樹がワイヤーで切り裂き、楓が多種多様な光で一掃し、美森か散弾をばら蒔いて穿つ。面に、点に、線に。何かが閃く度にバーテックスは殲滅されていった。

 

 「勇者パーンチ!!」

 

 「切り捨てる!!」

 

 「必殺! 女子力斬りいいいいっ!!」

 

 「え~い!!」

 

 友奈の拳がバーテックスを打ち砕き、若葉の一閃が縦に横に両断。風が力任せに叩き斬り、園子(小)が槍の突撃で風穴を空ける。9人の攻撃に中、小型は一撃と耐えること叶わず、大型は2、3人の攻撃で光と消える。この世界にやってきた当初よりも成長した勇者達は最早大型ですら止められない。

 

 進む。進む。進む。倒して、倒して、倒して、その度に進む。やがてその進撃は目標であるレクイエムFに届く。同時に、レクイエムFの攻撃もまた勇者達に向けられる。

 

 両翼のような部分にある2つの深紅の小さな球と巨体の下部にある大きな深紅の球。そこから放たれたのは、同じ深紅の色をした極太のレーザー。原作のゲームにおいて“ヘヴィーレイ”と呼ばれるそれが勇者達に無慈悲に襲い掛かった。

 

 しかし、大きさこそ違えど同種のレクイエムと戦ったことがある勇者達にとってその光景は初見でも何でもない。放つ前に球が光るという予備動作もある為、慌てずに放つ前には素早く攻撃範囲から逃れる。代わりに、射線上に居た数多のバーテックスが光と消えた。

 

 「あんなもの、精霊バリアがあっても当たりたくないねぇ」

 

 「そうですね。もし当たったらと思うと……」

 

 「なら、壊してしまいましょう。そうすればあの光線も出せなくなるかもしれないわ」

 

 「なら、やるよ!」

 

 「はい!」

 

 「分かったわ、楓君」

 

 上空の3人はそんな会話の後、レクイエムFの周囲を飛びながら深紅の球へと攻撃を集中させる。それを邪魔に思ったののかレクイエムFはレーザーを3人めがけて放ち、更には翼のような部分から紫色の羽のようなモノも飛ばして撃ち落とさんとする。

 

 しかし、当たらない。元より楓は空中戦を得意としており、その機動力と速度において右に出るものはいない。ひらりひらりと舞うようにレーザーを、羽をかわし、その合間にも矢と弾と光がレクイエムFの球にダメージを与え続けている。

 

 「楓達ばっかり狙ってんじゃないわよ!!」

 

 「私達も居るぞ!! はああああっ!!」

 

 「高嶋ちゃんの見よう見まね! 勇者パンチパンチパーンチ!!」

 

 「お兄ちゃん達を狙うなら、まとめておしおき!!」

 

 「わっしー達はやらせないよ~!」

 

 「行くわよ、私のフェイバリット! らああああっ!!」

 

 無論、その攻防を黙って見ている仲間達ではない。レクイエムFの巨体に竦む事なく飛び掛かり、大剣と刀を振るう風と若葉。同じく跳び上がり、左右の拳を連続で叩き込む友奈。飛び交う紫色の羽を切り落としながらレクイエムF以外のバーテックスを倒していく樹と園子(小)。歌野も周囲の敵を鞭を振るって掃討し、その後にレクイエムFに渾身の一撃を横一閃。

 

 そうして攻撃されたからだろう、レクイエムFは巨体を回転させて攻撃と同時に地上組を吹き飛ばそうとする。獅子座にも匹敵し得る巨体はそれだけで武器となり、ただ動くだけでも充分に脅威と化す。その大きな体や翼に当たれば精霊バリアがあると言えど大きなダメージを負うのは必死。

 

 だが、それを黙って見ている訳がない。迫る翼に向けて上空の3人は攻撃を集中させ、樹はワイヤーを巻き付けて動きを阻害し、園子(小)は飛ばした穂先を突き刺し……友奈は正面から殴り掛かり、風と若葉も各々切りかかる。するとどうか。ダメージが集中したことで右の翼が本体から千切れるように離れ、そのままバーテックスを倒した時のように光と消えた。

 

 「げっ、敵さんなんか動いてるんですけど……まだ倒せないの?」

 

 「凄い生命力、だね……」

 

 「でも、もう瀕死だと思います!」

 

 「後もう少しね……楓君」

 

 「うん、これで仕留めるよ美森ちゃん」

 

 「ええ。狙撃する!!」

 

 しかし、レクイエムFはまだ倒れない。楓達の攻撃を集中して受けたせいで3つある深紅の球にはヒビが入り、その輝きが失われている。右側の翼はつい先ほど失われ、左側も所々欠けており、その見た目は誰が見ても満身創痍。それでも動き続ける彼の敵は、勇者達に向けてその巨体を前進させている。

 

 散々攻撃を受けていても尚動くその生命力に驚きつつも、流石にもうすぐ倒せるだろうと気合いを入れ直す勇者達。香川解放の為にレクイエムFに引導を渡すべく、楓は地上に降りて狙撃銃を構える美森の後ろに立つ。彼女を強化し、その一撃を持って終わらせる為に。

 

 彼の光による強化を受け、輝き始める狙撃銃。肩に置かれた彼の手の暖かさを感じつつ、引き金を引く美森。放たれた極太のレーザーの如き光弾は真っ直ぐにレクイエムFへと向かう。その威力を知る勇者達は誰もがこれで決まると思った。

 

 「……っ!? 敵機、健在! そんな……なんで!?」

 

 「わっしー、周りを良く見て。敵が殆ど居なくなってるよ~」

 

 「えっ!? ほ、本当だわ……どうして」

 

 「つまり、あのバーテックスの周りに居たバーテックス達がシールドになったってことか……やるじゃない」

 

 「褒めてる場合か歌野。だが……」

 

 「ええ、これで完全に道が開いた。後はありったけの鞭を入れるだけ! トドメの火力は準備してて!」

 

 だが、レクイエムFは尚も健在。まさか強化された一撃が効かなかったのかと絶望の声を漏らす須美だったが、園子(小)の言葉に周囲を見回す。他の者達も見回してみれば、あれほど大量に居たバーテックスが大中小関係無く消失している。

 

 一瞬の疑問。それも歌野の言葉で解けた。単純な話、周囲のバーテックスが強化された一撃の盾になったのだ。勇者達の誰もがレクイエムFに、2人の攻撃に意識を集中してしまっていたからこそその動きに気付けなかった。仮に気付いていたとしてもどうすることも出来なかっただろうが。

 

 だが、レクイエムFの周囲に邪魔な敵は居なくなった。後方から来るバーテックスは他の9人が抑えている。最早敵を守る盾も、遮る壁も何もなくなった。故に、勇者達はこれで本当に最後だと跳び掛かった。

 

 風の大剣が一閃する。歌野の鞭が叩き込まれる。樹のワイヤーが左翼を締め上げ、園子(小)の槍を前にした突撃がそれを貫く。美森の狙撃銃が撃った箇所に須美の矢が撃ち込まれて爆発して風穴を開け、楓の両手の水晶から光を2つ出し、体の前で1つに束ねたレーザーがもう1つ開ける。

 

 「今よ!!」

 

 「行こう、結城!」

 

 「うん! 若葉ちゃん!」

 

 「香川を、皆の土地を返してもらうぞ!」

 

 「皆のお陰でここまで辿り着けた。代表して、ありったけの力で……!!」

 

 

 

 「斬る!!」

 

 「勇者……パアアアンチッ!!」

 

 

 

 「うわぁ、綺麗に決まってる~! 流石です~!」

 

 「バーテックスが崩れて……?」

 

 「流石友奈達、美味しい所を取られて……? な、なんかおかしくない? こっちに落ちてきてない!?」

 

 「なに!?」

 

 「嘘っ!? 皆!!」

 

 一閃。そして一撃。若葉が横一文字に斬り抜け、友奈が大きな深紅の球を突き破る。今度こそ決まった……誰もがそう思った。事実レクイエムFの体は端から崩れ初めており、そこからゆっくりと光と消えていっている。

 

 最初に気付いたのは樹。崩れる速度が今までのバーテックスに比べて遅くはないかと首を傾げた。そして本格的にヤバいと察知したのは風。焦燥感に駈られた声の通り、レクイエムFが勇者達に向けてその巨体を落下させていたのだ。それが力尽きたが為の動きなのか、それとも悪足掻きなのかはわからない。だが、間違いなくピンチであることは確かであった。

 

 最後の攻撃で背後に回ってしまっている若葉と友奈は気付くも間に合わない。風達は避けられるかもしれないが、それでは樹海が傷付いてしまう。そうなれば現実に、そしてこの世界にどんな影響があるかわからない。かといって受け止められる訳がない。ここまで来て……と誰もが考えた時、楓が須美の手を引いた。

 

 「須美ちゃん、手を貸して!」

 

 「えっ!? わ、分かりました!」

 

 「楓君、まさか」

 

 「まだ2回目だよ。それに、今回はこれで最後だ。須美ちゃん、構えて!」

 

 「はい!」

 

 驚いた須美だったが彼の考えを悟り、表情を引き締めて言われたままに左手の弓を構え、右手で矢をつがえる。強化をするつもりだと悟った美森が心配そうにするが楓は朗らかに笑ってみせ、須美の左隣に立って右の水晶から彼女の弓の形をした光を出現させる。その立ち姿はまるで鏡合わせのようであった。

 

 ほぼ真上に構えられた2つの弓に左の水晶から伸びた光が絡まり、真っ白な光を纏い、輝き始める。2人はその輝きを見た後に矢を引き絞り、落下しているレクイエムFに向けた。

 

 (暖かい……これが楓さんの光。新士君とは違うのに、同じ……彼の手の暖かさの、なんて真っ白で綺麗な光……)

 

 「さぁ、行くよ須美ちゃん」

 

 「……はい! 受けよ、我らの国防の一矢!」

 

 「須美ちゃんはよく、こう言っていたっけねぇ」

 

 

 

 「「南無八幡……大菩薩!!」」

 

 

 

 同時に放たれた2本の矢。それはレクイエムFに当たる前に1つに重なり、白い光の螺旋を描きながら空へ向けて突き進む。一瞬の間を置いてその矢は落ちてくる巨体に突き刺さり……呆気なく貫き、下部の深紅の球の半分から上を消し飛ばしながら天高く昇っていった。

 

 「新士! あの光!」

 

 「うん、楓さんの光だねぇ」

 

 「おっ、てことはやったっぽい?」

 

 「……ああ。やってくれたようだな」

 

 「綺麗だねーぐんちゃん」

 

 「そうね。高嶋さん」

 

 「楓さんが強化を使ったってことは、分かってたけど向こうも激戦だったみたいね」

 

 「おっ、見ろよあんず。バーテックスの動きが止まってるぞ」

 

 「そうだね。それにこちらからでも見えていた超大型が見る影もない……これで香川は解放されるんだね」

 

 そしてその光は、後方で敵を抑えていた9人にも良く見えていた。この位置からでもはっきり見えていたレクイエムFの姿も今は無く、周囲のバーテックスも行動を停止し、光と消えていっている。そんな周りよりも、9人は空へ昇る一筋の光に目を奪われていた。さながらそれは地上から飛び立つ流星のようで。

 

 やがて、2ヶ所からお互いの場所に届く程の勝鬨の声が上がる。それはバーテックスが全て消え去り、樹海が極彩色の光に包まれて勇者達が元の場所へと戻るまで続くのだった。




原作との相違点

・残る組とレクイエムFに向かう組に1人ずつ追加

・レクイエムFのわるあがき。イメージはファーストガンダムのガウ特攻

・小学生組の強化のハジメテは須美

・後は色々と色々な色々で色々



という訳で、香川奪還最終ミッション決着というお話でした。原作的にはまだ決着後の話が続きますがそれは次回にて。

今回の強化枠はダブル須美でした。そして小学生組では初となります。東郷さんの場合は1人で強化された弾を撃つのに対し、須美ちゃんの場合は2人でそれぞれ矢と光の矢を放った後に1つになります。初代プリ◯ュアのダブルサンダーか悟空&ベジータのかめはめ波&ファイナルフラッシュ辺りを思い浮かべて頂ければ。

レクイエムFの攻撃描写や大きさ等はオリジナルです。ゆゆゆいのバーテックスは攻撃名と絵があるだけですから戦闘描写がオリジナルになるのは仕方ないですがね。ヘヴィーレイはゲロビか板野サーカスみたいなイメージです。紫色の羽はアレです、ポケモンの葉っぱカッター←

季節イベ、いつか番外編として書くと思います。本編の日常として書くか、個別√を短く書いて1つに纏めるかは分かりませんがね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 29 ―

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

念願のSwitchと剣盾を買いました。シールドです。相変わらずグレイシアが可愛すぎてどうにかなりそうです←

現在ゆゆゆコラボ中の天華百剣、友奈狙うも盛大に爆死中。真面目に今のデータ捨ててリセマラしようか悩んでます。BBDWは冥来てくれました。

ゆゆゆでは東郷さん来てくれず。ドカバトもブロリー来てくれず。ファンリビもイッセー来てくれず。ウマ娘もssrサポート来てくれず。ガチャ運が……ガチャ運が死んでる……。

さて、今回はいつもより少しだけ短いです。と言っても9000文字は超えてますがね。それでは、どうぞ。


 「ふーっ、帰って来たぁ。今回もまた無茶したわねぇ。そして勝っちゃうし」

 

 「勇者っていうのは、無茶をして最後に勝つものよ。んん~疲れた疲れた」

 

 「棗さん。敵大部隊の足止め助かったぞ」

 

 「皆のお陰で役目を果たせた……ん、神奈達も来たか」

 

 「皆さーん、お疲れ様でした。これで香川全部と愛媛の一部まで取り戻せました」

 

 「全部、と言っても入れない部分もあるけどね。大赦関係とか、小学生の皆の家がある部分とかは基本的に入れないんだ。色々とややこしくなっちゃうからね」

 

 「超大型を倒したんだよね、凄いよ~」

 

 「本当になー。今日はお祝いだな」

 

 「……? 須美ちゃん達、どうしたの?」

 

 レクイエムFを倒し、樹海から戻ってきた勇者達。そこは瀬戸大橋が見える場所にある、橋から少し離れた場所の社の前であった。疲れた体を解すように屈伸をしたり背伸びをしたりしつつお互いに無事であることを喜んでいると、そこに留守番組の5人も現れ、勇者達を労い、褒める。

 

 しかし、そんな明るい空気の中で小学生組は静かであった。様子がおかしいことに気付いた水都が問い掛けると、4人は唖然としながらゆっくりと振り向き……崩壊した大橋を指差した。

 

 「大橋が……見えて、いるんですけど……は、破壊されているんです。なぜ……!?」

 

 「この世界の大橋だけが特別なの? それとも現実の大橋も…… 」

 

 (薄々そんな気はしてたけど、やっぱり破壊されているか……自分が大怪我をしたと思われる時か? それともまた別の……もしかしたら、今は変身出来ないのこちゃん先輩と銀ちゃん先輩もそれが関係している……?)

 

 中学生組は勿論、予め話を聞いていた西暦組のメンバーは大橋が崩壊していることとその理由を聞いている。小学生組に伝えていなかったのは、4人の時系列が正にその大橋で戦っている時だったからだ。いつかは伝えるつもりではあったが、運悪くというべきか今回のようにいきなり知ってしまうことになった。

 

 困惑と焦りの表情を浮かべる4人。どう説明したものかと頭を悩ませる勇者達だったが、真っ先に口を開いたのは園子(中)であった。

 

 「現実の大橋も破壊されてるよ。でもね、世界は無事だったんだ」

 

 「……うん、そうだねぇ。確かに大橋は守りきれなかったけれど、本当に守るべきモノは守れた。それは確かだよ」

 

 「ああ。だからそう不安そうな顔するなって。あたしらは、ちゃんとやり遂げた。なあ? 須美」

 

 「ええ。あの日々は私の誇り。心配するのも当然の光景だけど、大丈夫だから」

 

 「……そっか。それならうん、いいか」

 

 「自分がそう言っているなら、セーフ」

 

 園子(中)と共に、中学生となったかつての4人が過去の自分達……小学生の4人へと安心させるように語る。事実として、大橋は破壊されてしまっている。当時の自分達もまた、その光景を間近で見て唖然としたし、絶望だって感じた。戦意だって折れそうになった。

 

 だが、それでも立ち上がり、共に戦い、世界を守ったのは確かだ。決して万々歳に終わった訳ではない。しかしそれを乗り越えて4人で、勇者部でこうして並んで笑い合える現在(いま)がある。それもまた、確かなこと。未来の自分達が優しい表情でそう言うものだから、それならいいかと小学生組は取り敢えず納得したように頷いた。

 

 「香川の奪還に成功した……ということは、これで神樹様が新しい力を得る……の、だったわね。どんなチカラかしら?」

 

 「あ、そうだ。そういう話だったわね」

 

 「携帯に通知が来るとのことでしたが……」

 

 (私が直接言うわけにもいかないからね……)

 

 千景が思い出したように呟くと夏凜を始めに他の者達もそういえば……と思い出したようにハッとし、ひなたの言葉を受けて全員が自然と端末を取り出して画面を見やる。今のところそれらしい通知は来ていない……と思った瞬間、その通知が来た。内容は簡潔なモノで、“勇者アプリに新しい機能が追加されました”というメッセージのみ。

 

 「私にも来てるかな~……ああっ、メンテナンス中だった……ミノさんは?」

 

 「あたしもだ。ああもう、なんであたしらだけなんだよー……」

 

 「いやいや~、ミノさん。これは遂に来るかもしれないよ~? 今までうんともすんとも言わなかったけど、今回はこうして通知自体は来てるんだし」

 

 「あっ、そういえばそうだな。よしっ、今のうちにいつでも行けるように準備しとかないとな、園子!」

 

 「うん!」

 

 しかし、今回まで変身出来なかった園子(中)と銀(中)には通知は来ていても“メンテナンス中”との文字のみ。まだ参戦出来ないのかと気落ちする銀(中)だったが、彼女の言葉を聞いてやる気を取り戻す。参戦する日は近いかもしれないという予感の元、2人は顔を見合せながらその日に備えて体を動かせるように準備することを決めた。

 

 「んお? 確かにボタンが増えてるな。ボタンがあれば押したくなるのが人情。よーし、タマ1番乗り! どんなモノかわからないけど、最初の経験者になってやる!」

 

 「あっ、ちょ、ちょっとタマっち先輩!」

 

 「はい、ストップだよ球子ちゃん。ちゃんと説明書があるみたいだから、それ読んでから……」

 

 「止めるなあんず、楓! タマがやらねば誰がやる! スイッチオン!」

 

 「あっこら……え?」

 

 「た、タマっち先輩が……消えた!?」

 

 球子が言うとおり、勇者アプリの隣に新たに何かのアプリが追加されていた。更に勇者アプリの説明テキストの下にそのアプリの説明らしきテキストも追加されている……のだが、そのテキストには目もくれず新しいアプリに指を伸ばす球子。杏の言葉の後に素早く楓がその手をがっしりと掴み、止めた。

 

 が、それでも止まらないのが彼女。無駄にキリッとしたキメ顔で2人を見た後、片手の親指を伸ばしてそのアプリをタップした。流石に楓も2度も止めることは叶わず、その行動を許してしまい……瞬間、球子の姿が忽然と消えた。

 

 

 

 

 

 

 「お? おお? おおおおっ!? あんず? 皆? っていうかどこだここは?」

 

 その球子本人は今、どことも知れない場所へと来ていた。彼女からしてみれば一瞬の内に視界が変わり、仲間が居なくなったので混乱するのも仕方ない。だがそこは細かいことは気にしないタイプの球子。混乱も直ぐに収まり、周囲を見渡す余裕も出てくる。

 

 「……いや、待て待て待て。タマここ知ってる気がするぞ、見たことある!」

 

 すっかり慣れ親しんだ神世紀の香川とは少し違う街並みと自然。彼女自身の周囲に沢山生っている蜜柑。恐らくは蜜柑畑に居るのだろう。少なくとも、この場所は来たことがないのは確か……なのだが、彼女はどうにもこの場所に既視感を覚えた。そして直ぐにその既視感の正体に至る。球子が今居る場所、それは。

 

 

 

 「ていうかタマの故郷、愛媛じゃないか!! タマは瞬間移動してしまったのか!?」

 

 

 

 四国にある都道府県の1つ、愛媛県。球子の、そして杏の故郷であるそこに、球子は香川から一瞬にして飛んで来ていた。

 

 

 

 「アプリの新しい機能のボタンを押したら球子が消えた……」

 

 「美森ちゃん、須美ちゃん」

 

 「荒縄ならここにあるわ、楓君」

 

 「お灸の準備は出来ています、楓さん」

 

 「なんで持っているんですか!? タマっち先輩、早く戻ってこないと大変な事に……」

 

 「まあまあ、待ってください。今アプリの説明書を読みますから」

 

 「こういうのにもトリセツ用意してくれるって、大赦の人達も変なとこで律儀よね」

 

 「勇者システムを作った人の中には元ゲーム開発者が居ると、私は踏んでいるわ」

 

 球子の姿が消えた事に唖然としている者達が居る中で、朗らかに笑いながら、しかし目が笑っていない状態で2人を名前を呟く楓。すると呼ばれた2人は勇者服のどこに仕込んでいたのか、どこからともなくそれぞれ荒縄とお灸を取り出す。戻ってくると辿るであろう球子の惨状を想像して蒼白になる杏とやる気満々な3人を宥めつつ、ひなたはアプリの説明書を読み始める。

 

 同じく水都も、神奈も説明書を読み始め、それを見て自分もと読み始める者も居れば雪花と千景のように雑談をする者も居る。杏と小学生組、勇者部は球子へのお仕置きを考える3人を宥めている。そうしていると巫女達が説明書を読み終え、ひなたが代表してその内容を語り始める。

 

 新しく追加された機能、名称を“カガミブネ”。その効果は球子が大橋から愛媛まで一瞬で移動したことから分かるように、特定の場所同士を行き来する瞬間移動、いわゆるテレポートが出来るというものだ。

 

 「えっと……“出発地点”と“到着地点”が解放されていて、出発地点に“巫女”が居れば瞬間移動出来るようです」

 

 「テレポート! ハイテク! ハイカラ! ジェネレーション・ショーック!!」

 

 「うたのんがショックを受けすぎて英語しか喋られない体に……」

 

 「それはいけない。後で調整しておくわね。前々からちょっと気になっていたの」

 

 「うん、いつかはやると思ってたけど程々にな、須美」

 

 水都が続けて説明すると、テレポートというある種の人類の夢のような機能に興奮したのかハイテンションになる歌野。その口からは彼女曰く、ショックを受けすぎた為に英語しか出ておらず、今も“アンビリーバボー! ファンタスティック! レボリューション!”等と叫んでいる。

 

 そんな彼女を見て笑顔で呟いたのは美森。日本大好き英語大嫌いな彼女からしてみれば、時折英単語を口にする歌野の言動には前々から思うところがあったのだろう。むしろこれまで何らかの行動や注意が入らなかったのが不思議なくらいである。やる気を見せる親友の姿に、銀(中)は諦めたように首を振った。その直後、ひなたの端末に連絡が入る。相手は勿論球子であった。

 

 『もしもし、こちらタマ。なんか分かんないけど、タマは愛媛に居る!』

 

 「実は、カガミブネという機能でかくかくしかじか……」

 

 『な、なんだってーっ!? テレポート!? タマはどうすればいいんだ!? こっちには巫女が居ないから、カガなんとかを使えないぞっ!? あっ、そうだ、楓! 楓の空飛ぶ絨毯で迎えに……』

 

 「勝手に突っ走るくらいだからそのまま走って帰ってくればいいんじゃないかねぇ」

 

 『なんでそんなに辛辣なんだ!? 勝手にボタン押したのは謝るから迎えに来てくれよ!!』

 

 「うーん、どうしようかねぇ」

 

 「楓の奴、生き生きとしてるわね」

 

 「お姉ちゃんを弄る時とおんなじ顔してるね。あとお姉ちゃん、さっきお兄ちゃんが言ってた私のプリン食べたのホント?」

 

 「……ごめん」

 

 「もーっ!」

 

 球子に先程もした説明をすると端末越しに彼女の驚愕の声が響く。ひなたが思わず耳から端末を遠ざけるも余程大きな声で驚いているのだろう、声が周囲の者にもはっきりと聞こえる。周りがその元気そうな声に安堵半分呆れ半分に黙して聞いていると、このままではカガミブネが使えない事に気付いた球子が再度焦りの声をあげる。

 

 直ぐに楓の存在に気付き、助けを求めるが彼はにっこりと笑いながらさらりと助けに行く気はないと遠回しに言った。彼女の焦り様を楽しげに流す姿に、周りは彼が今はもう怒りが落ち着いているのだと理解する。元々彼は怒りが長続きする方ではないのだ。本気で怒るともっと泣きそうになるくらい怖くなることを銀(中)は知っている。

 

 「楓さんが行かないのであれば、私達の誰かが迎えに行けば……」

 

 「待てひなた。マップを見る限り、球子が居る場所は未解放地域の直ぐ側……お前達が行くのは危険だ」

 

 「楓君が言った通り、土居さんが自力で戻ってくれば良いんじゃないかしら。自分の足で、走って」

 

 『千景まで言うのか!? ここから自力で戻るのは大変だぞ……』

 

 「勇者の身体能力なら1時間も掛からないわ。登山より楽だと思うけど」

 

 『同世代の2人が冷たい……くっそー、タマ超特急で走って帰る!!』

 

 「ふふ、冗談だよ。心配しなくても迎えに行ってあげるから、そこで今度こそ動かないようにねぇ。動いたら……引き擦るよ」

 

 『……はい』

 

 姉妹の微笑ましいやり取りを背景にひなたがそう口にするも直ぐに若葉から却下される。それもそのはず、球子が居るのは愛媛であり、先の戦いで少し解放されたとは言えまだまだ大半が未解放の場所だ。そんな危険なところに戦闘力を持たない巫女達を行かせる訳にはいかない。

 

 自業自得だ、と千景も楓と同じように自力で帰る提案をする。まだ戦闘から戻ってきてから変身を解いておらず、勇者の身体能力をもってすれば隣接した県から戻ること自体はのは多少時間は掛かるが容易だろう。2人から自分で帰ってこいと言われて拗ねる球子に、楓はくすくすと笑いながらちゃんと迎えに行く事を告げる。ただ、その後に低いトーンで呟かれた言葉に本気度を感じたのだろう、端末の向こうから震えた返事が聞こえた。

 

 「楓、私も行こう。2人だけでは何かあった時に手が足りないかも知れないからな」

 

 「私も迎えに行きます。流石にもう勝手に動いたりしないと思いますが……心配ですし」

 

 「そうね……仕方ないから私も行くわ」

 

 「はいはーい! 私も行くよ!」

 

 「うん、4人も居れば充分かな。姉さん達は先に戻っててねぇ」

 

 「了解。楓に若葉達が行ってくれるんだから安心ね」

 

 

 

 

 

 

 若葉を筆頭に球子と共にやってきた西暦勇者4人を乗せ、風達に手を振って光の絨毯で空を飛ぶ楓。樹海ではないので人目の事も考え、普段よりも少し高めに飛行しつつ隣でマップを見る若葉の指示通りに進むことしばらく、愛媛へと入った頃に杏が球子を発見。やってきた楓達に向けて手を振る彼女の元に降り、無事再会出来た事を表現の差はあれど喜ぶ。

 

 「タマっち先輩! 無事で良かった……」

 

 「あんずー! 楓達もなんだよー、お前達結局タマのこと大好きなんだな!」

 

 「……ふん」

 

 「……ん?」

 

 「どうした? 楓……ん? 今、視線を感じたが……」

 

 「若葉さんもですか? 自分も誰かに見られていたような気がしましてねぇ……」

 

 「……視線を感じたのが2人か……気のせい、ではないかも知れないな」

 

 抱き合う杏と球子をニコニコと嬉しそうに見る高嶋。抱き合いつつなんだかんだ来てくれた仲間達に嬉しそうに彼女が言うと、図星なのか顔を赤くしてそっぽ向く千景。そんな彼女を見て、高嶋はまたニコニコと嬉しそうに笑った。

 

 そんな風に和気藹々としている4人を見ていた楓だが、ふと視線を感じてそちらへと顔を向ける。それを不思議に思った若葉もまた同じように視線を感じ、お互いに視線を感じたことは気のせいではなく、実際に誰かに見られていた可能性が高いと真剣な表情で頷く。

 

 問題は、誰が見ていたかということだ。一般人に見られた……という可能性はあるにはある。だが未解放地域にその一般人が居るとは考えにくい。ならば敵が? となると何のアクションも起こしてこないのは疑問だ。偵察のバーテックスということも考えられるが、今は樹海化しておらず、結局視線を感じた以外に何かしらの出来事が起こってないので何とも言えない。

 

 「……まあ、何も起きないみたいですし、球子ちゃんを連れて帰りましょうか」

 

 「ああ、そうだな。ひなた達も待っていることだしな……ところで楓、なぜ私にだけは敬語が抜けないんだ? 棗相手ならともかく」

 

 「うーん、特に意識してませんでしたねぇ……やはり、初代勇者にして風雲児様だからじゃないですかねぇ」

 

 「からかうな。どうにもお前を同年代と思えなくてな……こう、むず痒いんだ。頼むから敬語は無しにしてくれ」

 

 「わかった、君がそう言うならこれからそうするよ、若葉ちゃん」

 

 「……何故だ? ひなたが2人に増えたような気がする……別の意味でむず痒いな……」

 

 そんなやり取りをした後、楓達は再び光の絨毯に乗って風達が待つ中学校へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 (……あれがお姉様と同じ“白い勇者”……ていうか私が見た瞬間にこっち見たんだけど、どれだけ視線に敏感なの……)

 

 

 

 

 

 

 「タマ、帰還!」

 

 「良かった、これで勇者全員揃ったわね」

 

 「皆にお土産だぞ! 愛媛の蜜柑だ!」

 

 「これは……この上品な甘味とコク! 砂漠に涌き出る水源のように細胞を潤す果汁! 間違いなく、愛媛蜜柑!!」

 

 「うわー、これ美味しいっす!」

 

 「いつの間に、というかどこで手に入れたのやら……うん、美味しいねぇ」

 

 「えへん、タマげたかぼうず、楓。愛媛の蜜柑は世界一だぞ」

 

 「ポンジュースは命の水らしいけどホントかい?」

 

 「その通りだ!」

 

 讃州中学の勇者部部室に再び全員で集まる勇者達。球子の無事な姿を見た全員が安心した後、球子はどこからか取り出した蜜柑が大量に入ったビニール袋から蜜柑を取り出して全員に手渡していく。

 

 蜜柑を食べるや否や故郷の味に感動して普段よりも語気が強い杏。他の者達もその甘酸っぱい果汁たっぷりの蜜柑の味に頬を緩め、パクパクと食べている。誰もが手を止めない姿を見て、風は自分も手を止めないままに今後の話をしようと告げる。

 

 改めて言うが、今回の戦いを勝利したことにより香川県のほぼ全域が解放された。これは四国の4分の1を解放出来た事を意味し、数字以上に大きな成果を得られている。そして香川を解放したのなら、次に解放するべきは。

 

 「神樹様から神託があったのですが、香川の次は愛媛を奪還せよ、と」

 

 「だからタマ坊が愛媛に飛ばされたんだね~」

 

 「神樹様もせっかちさんだね~」

 

 (この場合、“私”がせっかちなのか“私達”がせっかちなのか……)

 

 「前もって、“次は愛媛だー”って言っててほしいよね~」

 

 「だよね~。びっくりしちゃうよ~」

 

 (びっくりさせない為にもどうにか事前に連絡を……いやその為に神託を……うぅ、思い付かない……)

 

 「園子ズのステレオ音声にまだ慣れないわ……神奈はなんでうんうん唸ってるのよ」

 

 「今はそっとしておいてあげなよ姉さん」

 

 園子ズの“神樹様はせっかち”との評価を受けて地味にショックを受けている神奈。勇者達をびっくりさせることも本意ではないのでそうならない為に何か方法は無いかとうんうん唸りながら考えるが、残念ながら今回及びこれまでと同様に神託を授ける以外に何も思い付かない。そうやって悩む彼女の姿に誰もが内心首を傾げるも、話はそのまま続く。

 

 「勇者の身体能力があれば、愛媛まで走って数10分もあれば行けますが……」

 

 「緊急事態の時間的な問題や、体力消耗を考えれば……楓君の絨毯だって、今回の戦力を分散させる必要があった時のように自由に使えない場合もあるのだし」

 

 「その時間的な問題を解決する為の機能が、今回追加されたカガミブネという訳だ」

 

 「ああ、そういう事ですか。須美ちゃんは巫女の適正を持っていると聞かされているし、当然未来の姿の須美ちゃん先輩も……」

 

 「こっちにもステレオ居たわ。流石に楓とちび楓は声変わりしてるから聞き分けられるけど」

 

 須美が言うように、勇者の身体能力をもってすれば香川から愛媛まで行くだけなら容易である。しかし、それでも長距離であることには変わりはなく、毎回移動するだけで時間も体力も削られてしまう。今までのように楓の光の絨毯でならそれらも軽減出来るが、これまでに数回ほど戦力が分散していることを考えれば頼りきりになるのも不味い。

 

 だが、カガミブネがあればそれを解決出来る。問題は行きは良くても帰りの際にも巫女が居なければカガミブネで帰ってこられない点だが、これも問題無い。新士が言った通り須美、そして同一人物である美森はひなた達と同じ巫女の適正を持っているのだ。カガミブネを使う条件は満たしている。

 

 「東郷さん達も巫女の素養が? カガミブネは巫女も使えるみたいだから、速く走れなくても問題なく愛媛に行けるので私が行こうかと……」

 

 「ということは、また私とみーちゃんがトゥギャザー出来るって訳ね!」

 

 「いや、だから東郷か須美ちゃんが居るからわざわざ巫女の誰かを連れていく必要はないんだっての。そもそも戦闘地域に巫女を連れていくのは賛成出来ないわ」

 

 「夏凜の言うとおりだ。だが、東郷達が巫女の素養があるのは驚いた」

 

 「とにかく、これでカガミブネを使うことは問題無いねぇ」

 

 「はい。なので、次の奪還場所である愛媛……戦略の基本として地の利、戦いの場の情報が欲しいです」

 

 美森達に巫女の素養があると聞いて驚く水都。彼女としては自身が共に戦場に赴き、帰りの際の力になるつもりであった。それは西暦に諏訪で歌野と共に居た経験から来る考えだろう。しかし、この世界ではわざわざ戦闘力を持たない巫女を戦場に連れていく必要はない。そう諭され、彼女と共にまたどこでも共に居られると喜んだ歌野がしょんぼりと肩を落とした。

 

 「愛媛の事ならタマに任せタマえ! まず蜜柑が美味しい! そして都会だ! 四国1の都会だぞ! 人口も1番多いぞ! あと蜜柑が美味しい!」

 

 (その情報、戦いの役に立つのかにゃあ……?)

 

 「ねえ球子ちゃん。その情報、戦いの役に立つの?」

 

 (凄く不思議そうな顔でズバッと言ったよこの子!?)

 

 「うぐぅ……っ!?」

 

 愛媛なら任せろとの言葉通り意気揚々と語り始める球子。しかし、その内容は愛媛の魅力や蜜柑の美味しさに関することばかりでとても“戦いの場の情報”とは言えない。恐らくはその場のほぼ全員が雪花と同じ事を考えただろうが言葉にはしなかった。が、純粋な疑問として口にした無自覚の猛者が1人。神奈である。そのあまりに純粋な眼差しに、球子は答えられずに胸を押さえて蹲るのだった。

 

 

 

 

 

 

 (4つある内の1つの解放……正直、“私達”の予想よりも早い。凄いなぁ、勇者の皆)

 

 あの後、寄宿舎に皆で集まって遅くまで“香川奪還おめでとうパーティー”をしていた私達。風さんやひなたちゃん、東郷さん達、ミノちゃん達、園ちゃん達といった料理上手が腕によりを掛けて作ってくれたご馳走は皆で美味しく頂いた。私もちょっとだけ手伝って肉ぶっかけうどんのお肉の味付けを結城ちゃんと高嶋ちゃんと一緒にしてた。

 

 お蕎麦やラーメンなんかの皆の好物もちゃんと作って、楓くん達の前に大きなお皿に乗った焼きそばがでーんと置かれたのにはその見た目もあって皆で笑ったりして、でもしっかり全部平らげた彼らの健啖ぶりに相変わらずと思いつつも驚いたりして……楽しかったなぁ。

 

 そして今、お腹いっぱいになって寄宿舎住まいの皆で一緒にお風呂に入った後の小休止に自分の部屋に居る私。この後はまた皆集まって千景ちゃんの部屋でゲーム大会の予定なんだよね。今からとても楽しみです。

 

 (次からは愛媛……戦いはどんどん激しくなる。だけど皆はきっと……どんな戦いも、どんな試練も乗り越えてくれる)

 

 こうして人間の姿で皆と関わっていると分かる。資質だけじゃなく、戦闘力だけじゃない、皆の……人間の強さ。“私達”がこうしてしっかりとした意識を持つ前から守ってきた人間の心や繋がりの強さ。勿論、いい人ばかりじゃないのも理解しているけれど……少なくとも、勇者の皆には“それ”がある。

 

 見てきた。感じてきた。だから信じられる。きっと、“あの神”の……造反神のもたらす戦いを、試練を超えて……人間の強さを信じさせてくれるハズ。

 

 (そうなるのが待ち遠しいような……ううん、これ以上はダメだよね。だって私と皆はそもそも……)

 

 「神奈ちゃーん! そろそろぐんちゃんの部屋に行こうよ!」

 

 「……はーい! 今いくよ高嶋ちゃん!」

 

 そこまで考えて、扉越しに高嶋ちゃんの声が聞こえたので座っていたベッドから降りて廊下に向かう。今から楽しいゲーム大会なのだ、楽しむ為にはさっきまでの考えは合わない。今は忘れてしまおう。目指すはゲームの中での1位。私だって上手くなってるんだから、1回くらいはなれるハズ。

 

 そして結局私は1度として1位になることが出来ずにどんよりとして皆から慰められることになるのを、この時の私はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 この日から数日後、再び神託が下される。戦いの場は言うまでもない。愛媛を故郷に持つ為に戦意が普段よりも高い球子と杏と共に、勇者達はカガミブネを使い、愛媛の樹海へと赴く。こうしてこの不思議な世界での戦いの舞台は、愛媛へと移されるのだった。




原作との相違点

・現実に戻る前の樹海で合流した時のやり取りは無し

・大橋前の留守番組合流時に銀(中)も居るよ!

・球子、お仕置きされそうになる(実際にされたかは定かではない)

・誰かの視線。いったい何嶺なんだ……

・香川奪還おめでとうパーティー

・寄宿舎組皆でお風呂。描写? ねぇよんなもん←

・その他はその目で確かめろ!



という訳で、原作10話の最後~11話の途中までというお話でした。友奈のこれまでのあらすじの台詞がマジで小並感で可愛すぎる。

特に進展という進展はなかった今回。楓が視線に敏感なのは仕様です。次回からは愛媛編へと進みます。愛媛編と言えばあの子が初登場しますよね。そして遂にお留守番が真の実力を……え、また戦闘時のキャラ増えるの(絶望

最近また頭痛がするようになりましたが私は元気です。次回は普通に本編書きますが、近い内に何かしら季節イベ番外編を書きたいと思います。ゆゆゆいから引っ張ってくるか、現実世界での勇者部の話になるかは未定。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 30 ―

お待たせしました、ようやっと更新です(´ω`)

花結いの章を書いてからもう30話目と言うべきか、それともまだ30話目と言うべきか悩みますね。

剣盾は本編もDLCもクリアしたので厳選なう。オンライン購入したら対戦に潜ろうと思います。天華百剣はゆゆゆコラボギリギリにサブアカで3人揃えられました。やったぜ。本アカは死にましたがね←

ファンリビもイッセーと恵来てくれましたし、デジモンコラボと聞いてた復活したメダロットもオメガナイツ来てくれましたし、ガチャ運上がってきてますかね。ウマ娘は爆死んしてますが。

グラブルもボーボボコラボで再開。相変わらず人類には早すぎる展開で何よりです。ああ、窓に! 窓に古戦場が!

あ、今回は後書きにアンケートがあります。


 それは、香川奪還おめでとうパーティーより2日経った日のこと。いつものように部室へと集まっていたメンバーの中で、巫女達が同時にハッと顔を上げた。

 

 「……! 神託が来ました。愛媛奪還の第1戦です」

 

 「よし来た! タマテンション、MAXだぞ!」

 

 「私も!」

 

 「タマちゃんとアンちゃんの故郷だもんね。私達も全力で手伝うよ!」

 

 故郷奪還となり普段以上のやる気を見せる球子と杏。それを見た仲間達も友奈を筆頭にお役目であること以上に2人為にも愛媛を必ず取り返すという意識を強くする。そうしたやり取りの後、極彩色の光と共に樹海へと移動した勇者達は早速新しい機能であるカガミブネを使い、愛媛の樹海へとやってきた。

 

 新しい戦場、となるのだが香川であれ愛媛であれ樹海は樹海。変わったところと言えば、既に目に見える距離に居る敵、バーテックスの中に見慣れないバーテックスの姿が見えているところだろう。

 

 「愛媛って言っても場所は樹海だから、あんまり変わった気がしないね」

 

 「敵軍に関して言えば、以前よりも新型が増えているように見えます」

 

 「お、あいつはなんだ? 今まで見たことの無い奴が居るぞ」

 

 「とりま殴ってみたら分かるっすよ!」

 

 「待った銀ちゃん。毎度毎度突っ込もうとしないの」

 

 「んじゃ新士も一緒に行くぞー!」

 

 「いやまずは様子見を……ああもう」

 

 「あ、こら銀! 新士君まで!」

 

 「最近の銀ちゃんは新士君を避けようとせず連れていくようになったわね」

 

 「あんまり嬉しくない成長だねぇ」

 

 新たに現れたバーテックス。さながらそれは見た目のシルエットだけで言えば虫眼鏡のような姿をしていた。と言っても、レンズ部分や持ち手部分は何とも言いづらい、控え目に言っても気持ち悪い生物的な赤いナニカがそう見えているだけなのだが。

 

 球子の疑問に答えつつ、いつものような突撃思考でその新型バーテックスをへと突っ込む銀(小)。それにいつものように止めに入る新士だったが、構わず行ってしまった彼女に仕方なく並走する。止めるどころか一緒に行ってしまった2人に怒る須美、止めることが困難になっている銀(小)の姿に苦笑いを隠せない美森と楓。そうこうしている内に2人は新型へと接近し……。

 

 「とりゃああああっ!!」

 

 「はぁっ!!」

 

 斧と爪による一閃。それが新型に当たる直前、その新型が一瞬発光したかと思った次の瞬間、さながら爆弾のように爆発した。それは敵の大きさに反して規模が大きく、2人の姿が爆炎によって見えなくなる程。その爆発を見た心配そうな表情を浮かべ、須美はサッと顔を青くする。

 

 「ば、爆発した!! 新士君! 銀ーっ!?」

 

 「……ああ、危なかったぁ……」

 

 「もう少し近付いてたら直撃してたかもねぇ……」

 

 「も、もうっ……びっくりさせないで2人共……」

 

 「ごめんね、須美ちゃん」

 

 「悪かったよ須美。ま、この銀様が須美達残して戦闘不能になる訳にいかんしね。なぁに、側に新士も居るし大丈夫だって」

 

 「頼りにしてくれるのは嬉しいけれど、もう少し用心して行動するようにして欲しいねぇ」

 

 須美が叫んだ後、直ぐに2人は爆炎から吹き飛ばされるように仲間達の所へと戻ってきて何とか足から着地する。直ぐ近くで爆発を食らったように見えたが、攻撃が当たる前に爆発したこともあって敵との間に少し距離があり、爆風によって吹き飛ばされたものの爆風そのものの直撃は避けられたのだ。仮に直撃したとしても精霊バリアが守ってくれただろうが。

 

 一先ず無事を喜ぶ仲間達の外で、美森だけは浮かない顔をしていた。銀(小)の言葉が、過去に自分が体験した遠足の後の戦いを思い出させたからだ。彼の側に誰も居なかったから、あんなことになった。だが今度は、今は違う。これだけ沢山の仲間が居る。ならば彼も、誰も1人にはなったりしない。1人には、させない。そう誓う彼女と、2人の無事を喜んでいた仲間達は爆発した新型を見据える。

 

 「どうやら近付いたら爆発するタイプの敵みたいね……」

 

 「でしたら、奴らへの攻撃は私達飛び道具組が担当します」

 

 「はい!」

 

 「了解!」

 

 「任せてねぇ」

 

 「ま、程々に頑張るさね」

 

 「オッケー。じゃあ他のメンバーは、5人が開けてくれた道を通って他の敵を倒す役目ね。ガードと回避は楓に任せましょ」

 

 「わかりました!」

 

 「任せて!」

 

 件の新型バーテックス。後に“アジタート”と呼称されるようになる小型バーテックスは千景が言った通り、勇者が近付いたら爆発する爆弾のようなバーテックスである。爆発の範囲は中々広く、威力も楽観視出来るモノではない。その仕様上、接近戦タイプの勇者は近付けば2人の二の舞になる。遠距離攻撃を主にする勇者が担当するのは当然の事だった。

 

 故に、今回は普段の上空組の4人に加えて雪花が絨毯に乗り込むことになる。いつものように回避と防御は楓に任せ、地上組は遠距離組の攻撃でアジタートが排除された隙間に潜り込んで他の敵を殲滅していく形を取る。改めて各々武器や拳を構え、眼前に見える数多のバーテックスを見据え……風が声を張り上げる。

 

 「それじゃ……愛媛奪還第一戦、始めましょうか。勇者部、ゴー!!」

 

 【応っ!!】

 

 一斉に飛び出す勇者達。アジタートは真っ先に上空組が撃ち落として爆発させ、居なくなった場所に入り込んだ勇者の誰かが他のバーテックスを破壊する。アジタートはその場に浮遊するだけでなく接近もしてくるようだが、その速度は決して速くはない。爆発範囲に入る前に地上組には距離を取られ、上空組が容赦なく撃ち抜く。

 

 更に言えば、その爆発自体は敵にもダメージはないが衝撃や爆風等の影響はあるらしい。倒すことはなくとも落下したり吹き飛ばされたりして無防備になるバーテックスもおり、勇者達はその隙を容赦なく突く。アジタートの爆発に別のアジタートが巻き込まれても誘爆したりはしないが、やはりそれらの影響で無防備になるので遠距離組からすれば良い的。その為、バーテックスを殲滅する速度は普段よりも早いくらいである。

 

 

 

 (……)

 

 

 

 「……な~んか視線を感じる……」

 

 「どうした? 園子」

 

 「う~ん、なんだかね、見られてる気がするんだ。遠くから、誰かに……」

 

 「のこちゃんもかい? 自分もなんだかそんな気がしてねぇ……楓さんと若葉さんも言ってたし、同じ人かも知れないねぇ」

 

 「うーん、と言ってもあたしは何にも感じないし、あたし達とバーテックス以外に誰も居ないぞ。気のせいじゃないか?」

 

 「う~ん、そうなのかなぁ~?」

 

 「……確かに見える範囲には自分達以外に人影はないけどねぇ」

 

 そうして戦っていると、園子(小)が不意にそんな事を言い出した。すると新士も同じように視線を感じていると言い出し、2人はキョロキョロと辺りを見回す。愛媛にやってきてから視線を感じたとは楓と若葉は予め仲間に話してあってので、同じ存在の可能性もある。しかし当然と言うべきか確認出来る人間は今も戦っている仲間達くらいで、他はバーテックスくらいしかいない。

 

 話を聞いた銀も同じように辺りを見回すが結果は同じ。彼女自身、自分が視線を感じていないこともあり、2人を疑う訳ではないが気のせいではないのかという結論に至る。そもそもこれだけバーテックスが居るのだから、その視線なのかも知れない。奴らに目があるのかどうかはともかく。2人も件の存在の姿が見えないこともあり、一先ずは気のせいということで頷いた。

 

 「はぁ……はぁ……結構倒したハズなのに、全然敵が減らないぞ!?」

 

 「減った分、増えているように見えるわね……」

 

 「この感覚……倒しても倒しても増える……畑の害インセクトを思い出すわ……私の野菜を傷付けるなああああああああっ!!」

 

 「お、落ち着いてください歌野さん! あれは害虫じゃなくてバーテックスです!」

 

 「似たようなもんだけどね。でも、増えているってのは確かかも」

 

 「空から見ても増えているように見えるわね。敵の中に親玉が居て、それが子を増やしているのかも知れない」

 

 「うん、確かに。となるとその親玉を倒すのが先決なんだけどねぇ……」

 

 「ああ。親玉は何処に居るんだ……?」

 

 戦い始めてからおよそ数十分、ほぼ休むことなくバーテックスを倒し続けているが、一向に減った気がしない勇者達。倒しても倒しても涌いてくるその姿に野菜に涌く害虫を重ねた歌野が怒り心頭といった様子で鞭を振り回して周囲のバーテックスを殲滅していく。その姿に樹が落ち着かせようとするが、残念ながら聞く様子はなかった。

 

 しかし敵が減った気がしない、或いは増えている気がするというのはこれまでにもあったこと。その時と同じように敵を生み出す大型が存在するとして、その大型……親玉を倒すべく探す勇者達が、付近にはそういった存在は見受けられない。敵を倒しながら探していると、ふと園子(小)が思い付いたように呟いた。

 

 「爆発するバーテックスがいーっぱい集まってる所に居るんじゃないかな~?」

 

 「なるほど……園子ちゃんの言うとおりだと思います。親さえ居ればいくらでも爆発型を増やせるなら、爆発型を親の周りに配置して守ろうとするハズ……」

 

 「敵の集団がより厚く居る場所が怪しいということね」

 

 「多少のダメージは仕方ないな。爆発型の群れを突破し、中心に居る親玉を倒す!」

 

 「なら自分の絨毯で突っ込もうか。絨毯の周りを更にバリアみたいに光で覆えば、ダメージは最小限に出来ると思うよ」

 

 「だが、それではこちらから攻撃出来ないんじゃないか?」

 

 「ああ、“攻撃”するだけなら問題無いよ」

 

 「どういうことよかーくん。まさか内側からなら攻撃出来るとかそんな都合の良い機能が?」

 

 「うーん、それなら便利なんだけど生憎とそれは無いねぇ。まあ簡単な話だよ」

 

 「簡単な話?」

 

 「あっ、そっか~。アマっち先輩の武器は……」

 

 「そういうこと……飛ばすよ!!」

 

 話を聞き、全員がバーテックスの層が分厚い場所……特に爆発型が多く密集している場所を探す。程なくして、それは見つかった。敵が多いとしか感じていなかったが、条件を絞った上で探せば明らかに怪しい、他と比べて爆発型だけがやたらと密集している場所が。

 

 その場所の奥に親玉が居る可能性が高い以上、向かわない選択肢は無い。だが向かう先は近付けば爆発する敵が密集しているのだ、とても無傷で進めるような道ではないだろう。ならばと楓が提案したのは、光の絨毯の周りを更に光のバリアで覆い、そのまま奥まで突撃するということ。大型バーテックスの攻撃さえ耐えきる光のバリアならば爆発型の直撃でも幾度かは耐えられるだろう。

 

 しかし、バリアで覆うとなれば若葉が言うように内側に居る勇者達からも攻撃出来ない。雪花が言うような勇者達の攻撃だけ通すという都合が良い能力も無い。しかし楓は“攻撃は問題無い”と言う。どういうことだ? と誰もが首を傾げる中でいち早くその理由に気付いたのはやはりと言うべきか園子(小)。そんな彼女に笑みを返した後、彼は全員が乗ったのを確認してから真剣な表情をし……奥に向かって飛んだ。

 

  絨毯から数メートル離した状態で球状にバリアを張りながら進む。すると当然バーテックスが殺到し、爆発型もバリアが近付いた時点で自爆する。他のバーテックスの攻撃と爆発型によってバリアにダメージが入るが、厚く作っているのと楓自身の持つ勇者の力の強さもあってかなりの硬度を誇る為か直ぐに壊れるということはなかった。

 

 更に言えば、爆発型以外のバーテックスはバリアに触れると数秒の間を置いて光と消えていく。その光景を見て何人かが不思議そうに首を傾げたが、先の園子(小)の台詞を思い出した杏がハッとして口を開く。

 

 「そうだ、楓さんの武器は()()()()()……周りのバリアだって光で作られたものなら、それ自体がバーテックスを倒す武器なんですね」

 

 「その通り。なんなら絨毯で体当たりしても倒せるだろうねぇ。姉さんや球子ちゃんを光で包んでハンマー投げ宜しく投げ込んでも当てれば倒せるかもねぇ。試しにやるかい?」

 

 「「やらんわ!!」」

 

 杏の説明で納得したのか成る程と勇者達が頷いていると、楓が笑いながらそう言うと2人は少し怒りながら声を上げる。そんな2人に冗談だよ、と言いながら絨毯を進ませる楓。相変わらずバリアにダメージは入っているが、未だに壊れる様子は無い。そして最後まで壊れることなく、ヒビすら入らないまま密集しているバーテックスを突き抜けた。

 

 「抜けた! さっすが我が自慢の弟!」

 

 「褒めてくれるのは嬉しいけれど、バリアを解くから周りを警戒して。まだ周りに敵は居るし、親玉も居るハズなんだから」

 

 「……見つけたわ! 親玉はあいつよ!」

 

 「どこどこ? あ、ホントだ! 爆発する奴が生まれてきてる!」

 

 「ふふん。完成型勇者の索敵能力、見たか」

 

 「流石だな、夏凜。良し、奴の首級を取る!」

 

 「って言ってる側からどんどん爆発型が増えていってるよ!?」

 

 「うわあ……気持ち悪い、この増え方……あっという間に親玉が覆い尽くされて見えなくなりました」

 

 褒めながら後ろから抱き付く風にそう言った後、楓は周囲のバリアを解除。そうすると敵が迫ってくるが、直ぐに遠距離組が矢に弾に槍に光にと撃ち、或いは投げて爆発型を迎撃。他は絨毯から降りた近接、範囲攻撃組が倒していく。そうしながらも親玉はどこかと探していると、真っ先に夏凜が発見し、その声の後に全員がそちらへと目を向ける。

 

 それは、一見すれば船のようにも見えた。仮にそれを船体と呼ぶなら、その船体の左右に3対、計6本の棒のようなものが生え、その先に豆電球のように先の爆発型を逆さまに吊るしたようなモノが見えた。後に“カルマート”と呼称されるそれは勇者達に気付かれた事を悟ったのかその吊るしていたモノを落とし……落とされたモノはやはりと言うべきかその姿を爆発型へと変え、それを幾度となく繰り返す。

 

 そうして生まれた大量の爆発型は樹が思わずドン引きするような速度で親玉のカルマートを覆い点くしてその姿を隠し、更に数を増やしていく。爆発型が大量に蠢く姿は控え目に言っても不気味、気持ち悪いモノで、樹だけでなく他の勇者達もげんなりとしていた。

 

 「爆発型が生み出されるペースが速すぎる……厄介だね」

 

 「ならば、それ以上に速く倒す。それだけだ」

 

 「良いこと言うわね棗。こっちはあらゆる時代から、これだけの勇者が集まってんのよ! 手数で負けるハズがない! 私達の力、見せてあげるわ!」

 

 「最初に来た時はあんなこと言って楓を怒らせていた夏凜が“私達”と……! ふっ……良きかな、後輩の成長を見るのも。先輩冥利に尽きるわ」

 

 「うっさい! 戦闘中に気合いが削がれるようなこと言うなぁ!!」

 

 「ていうか夏凜が楓を怒らせたってのが凄い気になるんだが。タマでも早々無いぞ」

 

 只でさえ近付けば爆発するという厄介な特性をしているというのにそれが凄まじい速度で量産されている。対処する方法等、広範囲の攻撃で一網打尽にするか棗の言うとおり生み出される以上の速度で撃破するしかない。その上で親玉も倒さねばならない。

 

 無茶な、或いは脳筋と言われそうな方法だが、夏凜が言うとおりこの場には時代を越えて集った勇者が18人も居る。威力も、手数も、範囲だって申し分ない。決して不可能な事ではないだろう。気合の籠った声を上げる彼女の姿に、風はわざとらしく涙ぐんで全員に聞こえるように呟き、聞こえた勇者部以外の者が“えっ”と呟いて楓と夏凜の2人を交互に見た。

 

 夏凜が勇者部にやってきた時の話はしてあるが、それは簡潔にした説明でしかないので詳細は省いてある。なので、彼女がやってきた当初の“用済み”発言やそれに対して楓が怒った事など知らない。当時の事を思い出して恥ずかしさとトラウマから赤くなったり青くなったりしながら風に怒鳴る夏凜。そんな彼女の後ろから球子の声がしたが聞こえないフリをした。

 

 「それはともかくとして、力任せに突っ込むだけじゃ被害が大きくなるかもしれないわ。1人で突出し過ぎないこと。けど、纏まり過ぎないように。爆発で一網打尽にされちゃうからね」

 

 「そうだな。ならば少人数で別れ、互いのフォローをしながら戦う形で行こう」

 

 「後は状況次第で、臨機応変で~!」

 

 「愛媛に居たのが運の尽きだな、バーテックス! タマの旋刃盤のサビにしてやる!」

 

 そんな球子の言葉を最後にカルマートを倒すべく行動を開始する勇者達。その身を覆う爆発型を遠距離組に任せ、邪魔な他のバーテックスを殲滅。時折遠距離組だけでなく夏凜が短刀を投げ付けて爆発させ、風もこれまであまり使っていなかった短剣を投げ付けて倒す。爆発型は厄介だが、耐久性があまりないのでそういった小さな投擲武器でも充分倒すことは可能ではあった。

 

 しかし、それでも親玉の姿が現れることはなかった。単純に爆発型が生まれる速度に対して攻撃速度と密度が足りていないのだ。それに親玉の方だけに弾幕を集中させる訳にはいかず、こちらへと迫りくる爆発型の対処もある。それらを同時に行いつつ、更に親玉まで攻撃を通し、尚且つ倒さねばならない。大型なだけあって生半可な攻撃では1、2回直撃させたところで倒すには至らないだろう。

 

 「楓君。強化した攻撃で一気に決めてしまいましょう。このままじゃじり貧だわ」

 

 「自分もそうした方がいいと思ってはいたよ。問題は誰を強化するかだけど……」

 

 1度に多くの敵を攻撃する為、普段の狙撃銃ではなく2丁の散弾銃と4つの自立小型機動兵器で攻撃している美森と同じくその2丁の散弾銃の形をした光を両手に光の散弾をしこたまぶちこんでいる楓はそう言って目線だけを周りに動かす。

 

 今現在近くに居るのは遠距離組の4人。美森、須美ならばその身を覆う爆発型を貫通して親玉まで届くかもしれない。杏なら一気に爆発型を殲滅し、親玉までの道を開けるかもしれない。雪花はどうなるかわからないが、武器的に美森達と近い結果を期待できる。地上組も対象に入るが、強化したとしても接近戦は危険過ぎる。

 

 「……ん? いや、一気に殲滅するならあの子の方が適任か」

 

 「あの子? ……なーる、確かに」

 

 「この敵はこのまま正面から火力を集中させるより、全身を1度に攻撃して一気に爆発型の総数を減らす方がいいかもしれません。そうすれば、全方位からの攻撃が通るようになるハズです」

 

 「楓さん。私達のことは大丈夫ですから」

 

 「ええ。行って、楓君」

 

 「わかった。樹! 2人でやるよ!」

 

 「え!? う、うん!」

 

 さて、どうしたものか……と悩みながらふと楓の目に入ったのは、いつも通りにワイヤーを伸ばして多数のバーテックスを同時にスライスしたり串刺しにしたりしている樹の姿。槍を投げた後に彼の視線を追う雪花もその姿を見つけ、成る程と頷く。射程距離はともかく、こと攻撃範囲という点ならば樹は全勇者の中でも随一と言っていい。

 

 他の3人も納得し、樹にも声をかけた後に楓は地面すれすれまで急降下し、4人が降りた後に彼女のところまで進む。辿り着いた後は絨毯を消して隣に立ち、左手からはワイヤーを、右手からは2人の手……正確にはワイヤーを出しているそれぞれの右手の花飾りと左手の水晶に向けて光を伸ばして包み込む。今回の対象は“腕についている物”のようだ。

 

 (暖かい……これがお兄ちゃんの光。お兄ちゃんに膝枕されてる時に感じる温もりとおんなじ……うん、今なら何でも出来る気がする!)

 

 「樹、行くよ」

 

 「うん! やあっ!」

 

 自然と兄妹は光を纏っていない左手と右手を繋ぎ、ワイヤーを伸ばす為にもう片方の手を開いて前に突き出す。それぞれの花と水晶から伸びる緑と白が交ざった光のワイヤー……その数、1人8本。それらがぐねぐねと、或いはカクカクと伸び動き、時にその道中に入り込んだバーテックスを串刺しにしながら親玉へと向かう。

 

 やがて親玉の周囲に辿り着いた計16本のワイヤーは円を作るように動き、さながら親玉を囲う檻のような網目がある光の球体を作り出す。それはこれ以上爆発型バーテックスを親玉周辺から勇者達に向かわせない、見た目通りの“檻”の役割を果たし……。

 

 

 

 「「お仕置き(だよ)!!」」

 

 

 

 グッと兄妹が握り拳を作るのと同時に一気に収縮し、中の存在を縛り、切り裂く“攻撃”でもある。檻の中心に向かって収縮したワイヤーは親玉とその周辺の爆発型を同時に切り刻み、全ての爆発型が同時に、かつ盛大に爆発した。大量の爆発型が同時にした爆発の威力は凄まじく、流石の強化されたワイヤーも消し飛び、勇者達を爆風が襲い、親玉は爆煙の中に消える。

 

 やがて爆風と爆煙が収まり、親玉が居た方へと視線を向ける勇者達。しかしてそこに親玉の姿はあった。だがその体躯には余すところなく切り傷が刻まれ、爆発型を生み出していた6本の棒のようなものは全てへし折れ、黒煙を吹き出して徐々に落下し始めている。更にへし折れた棒からも再び爆発型が生まれようとしていた……が。

 

 「アタシの自慢の弟と妹が作った勝機! 逃すわけないでしょうがああああっ!!」

 

 「その通りだ! 切り捨てる!!」

 

 「愛媛を返してもらうぞ! おおおおりゃああああっ!!」

 

 「私も! 撃ちます!!」

 

 丸裸になった親玉の隙を逃す勇者達ではない。2人ならばやってくれると信じていた勇者達の中で先んじて動いた風、若葉、球子、杏の4人に続き、他の勇者達も各々の必殺の意思を込めた一撃を叩き込む。守りを剥がされ、倒されなくとも切り刻まれていたカルマートに耐える術も迎撃する術もなかった。

 

 やがて勇者達の攻撃に耐えきれず、その身を他の倒されたバーテックス達と同様に光へと変えるカルマート。その様を確認した後、勇者達の顔に笑顔が浮かんだ。

 

 「親玉を倒したぞ! ふはは、タマげたか。造反神の手先め!」

 

 「これで爆発型バーテックスの増産も止まりました……」

 

 「やったやった!」

 

 「勇者部大勝利! ブイ!」

 

 「今のがこの地域を支配しているバーテックスだったら、ここも解放されるハズですよね……?」

 

 「……待て、樹。油断するな。まだ不穏な気配が去っていない……気がする」

 

 「そうね、確かに樹海化も解けないし……」

 

 「だけど、敵の姿も無し……か。お約束で言えば、まだ敵がどこかに隠れているか、それとも増援が来るのか……だねぇ」

 

 カルマートを倒し、他のバーテックスの姿も見えないことから今回の戦闘は終わったと認識し、無邪気に喜ぶ勇者達。だが一部の者は未だに樹海化が解けていない事を奇妙に思い、油断なく構えている。楓は再び絨毯を出していつでも動けるようにし、棗と歌野との会話を聞いた他の勇者達もまだ戦闘があるかも知れないと身構える。

 

 全員が準備を終え、遠距離組も再び絨毯に乗る。だがまだ何の動きもない為、千景が“巫女なら何かわかるのでは?”と呟いたところで若葉の端末から着信音が鳴り響いた。相手は当然と言うべきかひなたであり、名前を確認することなく若葉は電話に出る。

 

 「む、ひなたから電話だ」

 

 「何このタイミング……あなた見張られているんじゃない?」

 

 「ははは、まさか。流石に樹海化中()見張ってないだろう」

 

 「それ以外の時は見張られているの……?」

 

 『もしもし、若葉ちゃん!? まだ張り詰め若葉で居てください! 戦いは終わっていません!』

 

 コントのような2人のやり取りの後直ぐに聞こえてきたひなたの声は切羽詰まっているものであった。その声に驚きつつも続きを促してみれば、もうすぐこの場に真の親玉バーテックスが現れるという。

 

 直ぐに全員が周囲に視線を向け、ひなたが言った“真の親玉バーテックス”を探す。しかし、やはり敵の姿は無い。隠れられるようなところも無い。警戒しつつも不思議に思い内心首を傾げていると、突如として足下が揺れ始めた。

 

 「うわわ、地震!?」

 

 「いや、ただの地震じゃない……これは……来るぞ!」

 

 グラグラと地震が起きたかのように樹海が揺れ、地上に居る全員が少し慌てつつも転ばないようにバランスを取っていると不意に一瞬だけ樹海が目を開けられない程の強い光に包まれる。その光に全員が目が眩み、再び開いた時……そこには巨大なバーテックスの姿があった。

 

 「うっわー……随分強そうなのが出てきたねー……」

 

 「今までどこに隠れてたんだよ、こんなデッカいバーテックス!」

 

 「隠れてた、というかさっきの光に乗じていきなり現れたみたいだけどねぇ」

 

 「どっちでも構わん! コイツが正真正銘ここの大ボスだな! さあ、タマ達の愛媛を返してもらうぞー!!」

 

 どうやってこの場に現れたのかという疑問はあるが、この現れた大型バーテックス、レクイエムが球子の言うとおり今回の大ボスで間違いない。以前の香川解放戦の時に現れたレクイエムFに比べれば小さいとは言えそれでも勇者達の何10倍も大きいし、何度か戦ったこともあるのでその強さは勇者達も理解している。

 

 しかし、何度も戦っているということは当然、何度も倒しているということだ。先程倒したカルマートのような厄介な相手の初見ならともかく、既にある程度能力や戦い方が判明している相手に……勇者達が遅れを取ることはない。例え激戦の後で多少疲労していようとも、これで終わりという確信と自身の、仲間の故郷を一部でも取り返す為に、この敵を倒すのだと勇者達はレクイエムに挑む。

 

 拳が、刀が、大剣が、双斧が、双剣が、大鎌が、鞭が、ヌンチャクが、ワイヤーが、槍が、矢が、弾丸が、光が連続してレクイエムへと殺到する。無論相手も反撃してくるが、大量の爆発型の爆発を防ぎきった楓の光のバリアや防御力のある風に球子、園子(小)の槍が防ぎ、仲間を守る。

 

 最終的に、レクイエムは楓の強化を使うことすらなく勇者達によって撃破され、愛媛の一部を取り返すことが出来た。その事に喜ぶものの、あくまでも今回は愛媛の戦いの初戦であり、まだまだ解放すべき地域は無数にある。香川よりも広い愛媛は、当然解放する地域も多くなる。それでもこれだけの仲間が居れば、愛媛も香川と同じように解放出来る。そう確信し、勇者達は今回の勝利の喜びを分かち合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな勇者達を、気付かれないように遠くから見ている存在があった。以前に楓と若葉に気付かれ、今回も園子(小)に気付かれたことから学んだのかこれまでよりも遠く、その手に双眼鏡を手にしたその存在はにんまりと笑みを浮かべる。

 

 「はぁん、全部見ーちゃった。成る程ねー、香川を奪還したのはマグレじゃないね……男の子達も、唯一の男性勇者は伊達じゃない、か。白い男の子の方はカミサマから聞いてた以上、かな……」

 

 双眼鏡を下ろし、これまでずっと見ていた戦いを思い返しながら、その存在は立ち上がりながら感じた事を呟く。もし、その場に勇者達の誰かが居て、その声を……その顔を見たのなら、きっと驚くだろう。何せその存在は……。

 

 

 

 「……私が相手しよ。あははっ、胸が高鳴るなぁ♪」

 

 

 

 声も、そして顔も……“友奈”にそっくりなのだから。




原作との相違点

・銀突撃に新士も巻き込まれる

・親玉(仮)までの道先案内人は、この楓(絨毯+バリア)が引き受けた!

・犬吠埼兄妹強化コンプリート

・レクイエム「戦闘がほぼカットされた件」

・双眼鏡装備の誰かさん

・その他ァッ!←



という訳で、勝った! 原作11話完! というお話でした。カルマートの戦闘に文字数掛けすぎたのでレクイエムはほぼカットです←

相変わらずバーテックスはビジュアルの説明が難しいです。ゆゆゆいユーザーは皆大嫌い爆発型。遠距離連れていかなかった時に出てきた場合の絶望感よ……カルマート出てくる辺りの難易度全制覇は難しかった思い出。

さて、いよいよ出番が近くなって参りました謎の友奈そっくりさん(すっとぼけ)。勿論番外編とは別人ですので病んだりしません。多分楓とは好意も友情も紡げないのでは……でもなんだかんだ接触しそうなのが。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 31 ―

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

前回のアンケートにご協力、誠にありがとうございます。僅差で本編ゆゆゆい軸で過去イベから抜粋となりましたので、近いうちに番外編として書く予定です。

最近はもっぱらグラブルとウマ娘な私です。ちょこちょことクラス4を解放出来てきているので嬉しい……最初の十天衆はシエテでした。JPと覇者の証1兆個くらい欲しい(枯渇気味

ゆゆゆはちゅるっとが始まってますね。所属を描いている娘太丸様の絵が動いていて短くも楽しいアニメです。大満開の章も楽しみで仕方ないですね。

それでは本編、どうぞ。


 「愛媛奪還第1戦、勇者部大勝利~! おめでとう~! どんどん、パフパフ~!」

 

 「皆さん、お疲れ様です。私達でご飯を作って待っていましたよ」

 

 「やったぁ! もうお腹ペコペコー」

 

 「うむ。飯、そして風呂だな」

 

 「いっぱい作ったから沢山食べてくれよな!」

 

 「私も手伝ったよ。皆程美味しくはないかもしれないけれど……」

 

 「ふふ、そんなことないよ神奈さん。あ、うたのんにはお蕎麦あるよ。沖縄そばとラーメンも作ってみたから……本場の味には敵わないけど」

 

 戻ってきた勇者達を出迎えたのは園子(中)、ひなた、銀(中)、神奈、水都。そして彼女達が作った沢山の気持ちの籠ったご飯であった。戦いの後なのでお腹が空いていた勇者達は西暦組と神世紀組に別れて各々の席に座り、美味しい料理に舌鼓を打つ。特に風と楓、新士の大食い組は余程腹が減っていたのだろう、うどんや目の前に置かれた焼きそばを凄まじい勢いで、かつ妙に綺麗な仕草で食べている。

 

 因みに、神奈は他の4人から教わりながらそれぞれの料理に手を加えている。少し焦げた卵焼きや麺類の上に乗せるのであろう形が歪なかき揚げや天ぷら等は彼女が高温の油におっかなびっくりしながら作ったもののようだ。ただ、友奈達が食べている肉ぶっかけうどんの肉の味付けや量の調整は何故か4人を越えており、調理時に全員が首を傾げていたそうな。

 

 「では、食べながらで良いので聞いて下さい。まず、愛媛での初戦は我々の勝利です」

 

 皆が作ってくれた5人に感謝しながら美味しく食べている中、ひなたが話し始める。彼女の言うとおり、愛媛での初戦は無事に勇者部の勝利で終わることが出来た。今後はこのまま愛媛に存在する敵陣営へと攻撃を仕掛けていくことになる。が、解放した香川が再び占領されないように守ることも必要となってくると。

 

 「そうね、むしろ難しいのはここからかも。攻撃と防衛を両立させないといけないから」

 

 「なーに、難しいほど燃え上がる! それが、タマ魂ってもんだ! ご飯を食べ終わったら、すぐに次の地域に攻め入るぞ!」

 

 「先陣切るのは、この若い方の銀にお任せを!」

 

 「お前ご飯抜きな」

 

 「ああっ! 銀さんそんな殺生な!」

 

 「君も懲りないねぇ銀ちゃん。また爆発に巻き込まれても知らないよ? でも、まだ仕掛ける訳にはいかないんでしょう? ひなたさん」

 

 「その通りです新士君。球子さんと銀ちゃんも落ち着いてください。攻撃を仕掛けるのは、神託が下ってからです」

 

 風が今後の動きの難しさに眉間に皺を寄せるが、むしろその方が燃えると球子、そして銀(小)が張り切る。その際にいつものノリで言ってしまった彼女の背後に素早く移動した銀(中)が銀(小)の前から用意したご飯を取り上げていく。無論、呆れながら直ぐに返したが。

 

 そんな2人のやり取りに苦笑いしつつ、新士も自分も先陣にと立候補する。が、これまでの戦闘からそうはならないだろうとひなたに問いかけるとひなたは頷き、そう告げる。

 

 これまでの戦闘において、攻め込むタイミング等は全て神託が下ってから行動している。神託は下るのはその時こそが好機であり、それ以外では危険が大きい為だ。次に神託が下るまでは攻め入ることはない。なので、勇者達はしっかりと休養を取るようにとひなたは締め括った。

 

 「む~、もどかしいな……」

 

 「自分達も爆発型なんて初見の敵と戦ったんだから休息は必要だよ。バリアを張って突撃なんてあんまりやりたくもないしねぇ」

 

 「んぁ、なんでだ? 攻撃を防ぎながら進めるしバーテックスも倒せるしで便利じゃないか」

 

 「あれは小型のバーテックスだから倒せただけだよ。確かに自分の武器は“勇者の光”だからバリアそのものにも攻撃力はある。だけどそれは他の攻撃に比べれば遥かに低いんだよ」

 

 現に、バリアでバーテックスを倒したと言っても数秒程の時間が掛かっている。それもバリアを押し付けた……向こうからぶつかってきた……状態でだ。これはつまり、倒せないことはないが光を直に数秒当て続けなければ倒せないと言うこと。それも小型相手にだ。もしこれが中型なら更に時間は掛かるだろうし、大型なら更に掛かり、以前戦った超大型など倒せるかもわからない。それなら普通紙武器や光を飛ばして攻撃した方が遥かに早い。

 

 更に言えば、バリアを張ったまま突っ込めば確かに敵の攻撃を気にしないで済む。だがそれはつまりバリア越しとは言え攻撃を受け続けている訳だから解除してしまうとそのまま攻撃が殺到することになる。つまり、敵の攻撃が止むまで、もしくはぶつかっている敵が居なくなるまでバリアが解除出来なくなり、楓自身身動きが出来なくなるのだ。

 

 「現に、1度自分はそれが原因で……まあちょっと大変なことになってねぇ。今回は皆が居るからなんとかなると思って突っ込んだけど、本来ならやらないんだよ」

 

 「ふーん。やっぱそう上手い話は無いんだな」

 

 ちらりと友奈の方を見て言葉を濁しながらそう締めくくる楓。同時に、園子(中)と銀(中)を除く勇者部の6人の脳裏に浮かぶのは現実世界での総力戦。友奈と自身をバリアでレオ・スタークラスターの攻撃から守っている時にそのまま内部に取り込まれてしまった時のこと。今は乗り越えたとは言え、あの時の恐怖は友奈にまだ残っているし、他の5人も苦い思い出としてまだ刻まれている。

 

 だが、それを乗り越えたから今こうして沢山を仲間と共に過ごしている。まだまだ戦いは続くだろうが、それも過去と同じように乗り越えていけるだろう。そう思いながら、勇者部は……そして勇者と巫女達は愛媛の戦い初勝利の余韻と共に楽しい食事を続けるのだった。尚、沢山あった料理は無事に完食したことを告げておこう。主に3人が理由で。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、勇者部の部室にはまだ明かりが点いていた。先程の賑わいが嘘のように静かなそこに居たのは杏1人。その視線の先にあるのは机の上に広げられた地図。それも今後の戦いの場となる愛媛の地図であった。

 

 (愛媛は土地が広いから拠点との距離に問題が……うーん……カガミブネは東郷さんが居るし、楓さんの絨毯もあるし……)

 

 「何やってるの? 杏。1人で部室に籠って」

 

 「ああ、夏凜さん」

 

 その地図を見ながらうんうんと1人色々と考えている杏に後ろから声を掛けたのは私服姿は夏凜。振り向いた杏は彼女に返事をした後に机に向き直り、夏凜は隣まで行ってその地図を見下ろす。隣に来た彼女を見た後、杏は地図を指差しながら先の質問に答えた。

 

 「愛媛の土地を調べていたんです。敵陣地を知ることは、戦いの役に立つかと思って。夏凜さんこそ、なんでここに?」

 

 「ロードワーク終わって帰ろうとしてたら、部室の窓に人の姿が見えたから。よーし、じゃあ私も手伝うわ。愛媛のこと調べるの」

 

 「え? でも、トレーニングが終わったばかりで疲れてませんか?」

 

 「全っ然平気。ロードワークなんて私にとっては準備運動みたいなものよ」

 

 「わ、凄いです。夏凜さんの基礎体力の高さは、やっぱり抜きん出ていますよね」

 

 「私は完成型勇者だから」

 

 「ふふっ、前から思ってましたけど……夏凜さんってその言葉に拘りますよね。“完成型”って」

 

 杏の脳裏に浮かぶのは、双剣を手に樹海を動き回りながらバーテックスを殲滅していく夏凜の姿。日常でも鍛練や勇者の誰かと組み手をしたりして自己研鑽に余念が無く、戦いでは己のことを“完成型勇者”と自信満々に口にしてはその自信と完成型勇者に相応しい獅子奮迅の勇姿を見せ付ける。そんな姿はどちらかと言えばインドア派であり、戦うことも決して好きではない杏にとっては純粋に格好いいと思えた。

 

 「まあね……色々あったから。勇者になるまで……」

 

 何気ない疑問……いや、疑問ですらない只の感想だったのだが、苦笑いと共に返ってきたのはそんな言葉。その言葉に対して不思議そうに聞いてみると、彼女は思い出すように目を閉じながら語ってくれる。

 

 “勇者”。西暦とは違い、神世紀ではその存在は公にはなっていない。だがこの四国と人類、そして神樹を守る存在として確かに存在し、勇者となる為には資質が必要。夏凜以外の勇者部の7人は神樹により選ばれたが、夏凜は他にも居る勇者“候補”の中から厳しい鍛練の末にその座を勝ち取った。

 

 そう、勇者候補は他にも多く居たのだ。そして夏凜は、その多くの中から1人勇者となれた。その背中には、勇者になれなかった少女達の意志を背負っている。彼女達の分まで勇者として……“完成型勇者”として戦うのだと。決して軽くはないその思いを聞き、軽い気持ちで聞いて良いことではなかったと暗くなる杏……だが、そんな彼女の気持ちを吹き飛ばすように、夏凜は笑った。

 

 「さぁ、やるわよ! 愛媛の地図と地形図はこれ?」

 

 「……はい! じゃあ、宜しくお願いします!」

 

 その笑顔に夏凜の優しさを感じ、杏もまた笑って地図に向き直る。この後2人は真面目に、だがどこか楽しげに見回りの人に注意されるまで皆の為に愛媛の地図に向き合い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、そこは美森の家の彼女の自室。そこには部屋の主である彼女自身と友奈の姿があった。本来なら部屋中に友奈、そして楓の写真が貼ってあるのだがそれを知るのは本人のみ。その写真は自力で改造を施した部屋の壁の裏へと消えているのだが勿論友奈は気付くことはない。

 

 「東郷さんの部屋に来るのって久しぶりな気がする!」

 

 「ふふ、久しぶりって……前に来た時からそんなに間空いてないよ?」

 

 「そうだっけ? でも何でだろ? 東郷さんの家に来るのも、こうして東郷さんと2人だけで過ごすのも、凄く久しぶりに感じるんだ」

 

 「そうね……もしかしたら、以前よりも色んな人が周りに居て、色んな事が起こっているからかも」

 

 「色んなこと?」

 

 現実には居なかった様々なバーテックスとの戦いのことだろうか? と首を傾げる友奈を微笑ましげに笑いつつ、美森はそれも勿論あるが、それだけではないと語る。

 

 この世界にやってきて、8人だった勇者部の仲間達が2倍以上に多くなった。その大人数で過ごす毎日は楽しく、お祭り騒ぎのように騒がしい。それだけ多くの事が起こっているのだから、こうして2人で過ごす時間が短く感じるのかもしれないのだと。

 

 「あはは、なんだか難しい……」

 

 「ふふ、いいの。難しく考えないで」

 

 「うん。でもね、友達が沢山出来るのは凄く嬉しいし、皆と過ごすのも楽しいけど……やっぱり、こうして東郷さんと2人だけで居る時間は何だか特別なんだ」

 

 「友奈ちゃん……」

 

 勇者部に入る前は、美森がお隣さんとして友奈の家の隣に引っ越してきてからずっと一緒だった2人。讃州中学に入学してからは風に勇者部に誘われ、そこで楓と出会い、2人の妹である樹と出会った。その頃は楓も含めた同級生3人で居る事が多くなったが、やはり家が近所であることから2人でいる時間の方が長かった。

 

 だからだろう、共に居る時間が当たり前だった。他の人ではきっとこうは思わない。そこに()()()()と付くのは共通事項であるが。

 

 「ねえ東郷さん。四国を取り戻したら色んなところに行ってみようよ! 香川だけじゃなくて、遠出して、他の県とかも一緒に行ってみたいな!」

 

 「うん、凄く楽しそう。私と色んなところをこの足で歩いて回ってみたいし」

 

 「よーし、じゃあ早く四国を取り戻そう!」

 

 (うん……きっと楽しい。友奈ちゃんと2人だけでも、皆と行っても……楓君と行っても。男女2人だけというのはまだ早いかもしれないけれど……)

 

 「でも東郷さん、無理はしないでね。何かあったら私が絶対に東郷さんを守るからね!」

 

 「友奈ちゃん……」

 

 いつかお役目を終えて現実に戻ったら、友奈が言うように香川を出て他の県に旅行に行くのも悪くない。それが友奈と2人でも、勇者部全員で行ってもきっと楽しい。そこに楓と2人きりで……と考えるのも、彼に好意を抱く年頃が少女であれば仕方ないことだろう。

 

 そうやって想像を楽しんでいる美森だったが、友奈の言葉でそれも止まる。“守る”、“頑張る”。それはいつだって友奈が、楓が美森に掛けてくれる言葉だ。そして、実際に守ってくれる。頑張ってくれる。その度に美森は思う。言葉にする。

 

 「私だって、守られるだけじゃないよ友奈ちゃん。私も友奈ちゃんを守る……私も、頑張るから」

 

 「ありがとう東郷さん。お互いに守って、守られてだね!」

 

 「うん。守って、守られて……」

 

 そう言って笑い合う友奈の右手と美森の左手が自然と握り合う。そしてもう片方の手が、もう1人の誰かを探すように動き、握るように指が閉じる。きっと思い描く人物は同じで、お互いの気持ちを感じ取ったようにクスクスと笑い声が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 再び場所は代わり、そこは犬吠埼邸。日はすっかり沈んで既に夜と言っていい時間になっている。その家のリビングにあるテーブルを挟んで向かい合う風と若葉の姿はあった。

 

 「風さん達や皆には本当に感謝している。最近……いや、この世界に来てからかもな。千景が前よりも生き生きしている気がするんだ」

 

 「それならアタシだって若葉に感謝しないと。夏凜がね、あんたと訓練してる時は楽しそうなのよ」

 

 「私も夏凜と鍛練するのは楽しいぞ! 全力で模擬戦が出来る相手は滅多に居ないからな」

 

 「あはは、あんた達ってそういうところ似てるわよね」

 

 それぞれの時代の四国勇者のリーダー同士の会話。その話題は自分達のことではなくもっぱら仲間の事。お互いに夏凜と千景という、少し気難しいところを持つ仲間が居て、その仲間がこの世界に来て多くの仲間と出会ってからより楽しそうに、生き生きと過ごせている事が嬉しいのだ。

 

 夏凜は1人でやっていた鍛練に若葉や棗を初めとして共に鍛練する仲間が増えて充実しているようだし、千景は高嶋だけでなく銀(小)に神奈とよくゲームをしている。元の世界よりも笑顔が増えたように見えるのは気のせいではないだろう。そうやって楽しげに話しているとリビングの扉が開き、パジャマ姿の樹が入ってきた。

 

 「若葉さん、お姉ちゃん。もう結構遅い時間だけど……若葉さん、泊まっていくんですか? 家、お兄ちゃん居ますけど……」

 

 「ああ、今日はそうさせてもらおうと思う。楓が居ることも問題ないと思っている。ひなたからも“楓さんは大丈夫です”と言われているしな」

 

 「ひなたの基準が気になるわね……樹ももう寝ないとダメよ? 子供は寝る時間。それと楓どこ行ったのか知らない? さっきまでソファに座ってたと思うんだけど」

 

 「むぅ……私子供じゃないもん。中学生だもん。お兄ちゃんは……あ、居た。ソファの上で寝ちゃってる」

 

 「成長期なんだから夜更かしは許しません。大きくなりたいでしょ? で、楓がソファで? 珍しいわね、疲れてたのかしら」

 

 「今回の戦いも楓には助けられたからな。無理もないだろう」

 

 樹が遅い時間にも関わらずまだ居る若葉を見て泊まるのか問う。姉妹だけならばまだ女同士と言うこともあってあまり気を使う事もないだろうが、この家には男である楓が居る。気心知れた仲間とは言え異性が居る家に泊まるのはどうだろうかと言う気遣いだったが、若葉はあっさりとそう言ってのけた。ひなたからのお墨付きもあるようで、異性が居ることもそれほど気にしていないらしい。

 

 若葉大好きなひなたがOKサインを出していると聞いてその基準が気になる風。それはさておき、成長期の妹の夜更かしが許せないので寝るように促しつつ、実は先程までソファに座って本を読んでいた楓の姿がいつの間にか見えなくなっているのでその所在を妹に聞く。普段なら部屋に戻る時には一声掛けるので、それが無かったのが気になったようだ。

 

 姉に言われてソファに寄って見ると、そこには読んでいた本を腹の上にしてソファに横たわりながらすやすやと寝息を立てる兄の姿。腰程の長い髪が床に垂れてしまっており、寝相は悪くないとは言え少々だらしない。そんな兄の珍しい姿に姉妹共々少しばかり驚いて居ると、若葉が苦笑いしながらそう言う。

 

 実際、戦いにおいて楓の存在は大きい。カガミブネが出る前も後も樹海の移動に便利な絨毯の存在、空を自由に飛べる為に制空権を奪い、遠距離組の空からの援護と視野の確保も出来る。その遠距離組の回避と防御を絨毯の操作で担いつつ自身も援護に参加し、戦況を良くする為に知恵も絞る。

 

 更に今回は途中の敵の爆発から仲間達を1人で守りきり、親玉の懐に入り込めた。光の操作にイメージ……頭を使う為、普段以上に働かせていたであろうことは想像に難くない。彼1人だけという事ではないが、肉体的、精神的な疲労はどうしてもあるのだろう。それこそ、着替えもせずに読書の途中で寝落ちてしまうくらいには。

 

 「ま、仕方ないか。楓を部屋に運んで来るわ。樹ももう自分の部屋に行って寝ちゃいなさいな」

 

 「はぁい。分かった、もう寝る」

 

 「若葉はどうする? 樹の部屋で寝るか、アタシと一緒に寝るか。流石に今から空き部屋の用意するんじゃ時間掛かるしね。あ、楓の部屋は止めといた方が身のためよ? 絶対園子が聞いてくるから」

 

 「想像出来るのが恐ろしいな……というか、流石に楓とは言え異性と床を共にする気はないぞ。風さんと一緒で頼む。話したいことがまだあるしな」

 

 「ならばよ~し! 今宵は夜通し語るのじゃ~。という訳で、先にアタシの部屋で待ってて。よいしょっと」

 

 「ああ、分かった……いや力持ちだな風さん……中学生とは言え男1人抱き上げるとは」

 

 「じゃあおやすみなさいお姉ちゃん、若葉さん。お兄ちゃんもね」

 

 「「おやすみ、樹」」

 

 楓の持つ本をテーブルの上に置き、ひょいと横抱きに持ち上げる風を見て驚愕する若葉。確かに楓はまだ中学生であるし身長も風よりは僅かに小さい。が、それでも日々のトレーニングで筋肉も付いていて相応に重い筈なのだが彼女はそれを感じさせない。姉のそんな姿に馴れているのか樹は特に驚いた様子もなく、挨拶をして自室へと向かっていった。

 

 この後、風と若葉は彼女の部屋にてリーダーミーティング……という名の恋バナを(風から一方的に)することになり、若葉は都合4度目となる風の自分のチアリーダー姿に惚れた男子が居て云々かんぬんの話を聞かされることになる。そうして話し疲れ、聞き疲れた2人はそのままベッドの上に横たわって眠ってしまった。占いをしていて夜更かししていた樹はそれを見て呆れながら2人に布団を掛け……占いの結果を思いだし、難しい表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ああ、若葉ちゃんはちゃんとお風呂に入ったり歯を磨いたりしているでしょうか……夜更かししたりしてないでしょうか……」

 

 「心配し過ぎだと思うよひなたちゃん……若葉ちゃんも小さい子供じゃないんだから」

 

 枕を抱いて心配そうな表情をしながらぶつぶつと呟くひなたに苦笑いを浮かべる神奈。2人が居るのはひなたの部屋であり、そこに神奈がお邪魔している。先程まで2人は水都と歌野の諏訪組も合わせた4人でトランプやボードゲーム等で遊んでいたのだが、遅い時間になってきたので諏訪の2人はそれぞれの部屋に戻り、2人だけになるや否やひなたがこうなった。尚、遊びの結果は当然のように神奈が惨敗である。

 

 「確かに若葉ちゃんももう子供ではありませんが、こうしてお友達の家に泊まりに行ったことなんて殆ど無いんです。なので羽目を外していないか心配で心配で……」

 

 「楓くん達の家だっけ。ひなたちゃんは男の子の彼が居るのはいいの?」

 

 「楓さんは大丈夫です。確かに若葉ちゃんはとても、それはもうとっても魅力的ですが、彼はなんというか……年頃の男の子というより、年配のお爺さんという感じがして。なのであまり間違いが起こるという心配は無いんです」

 

 (す、鋭い……)

 

 心配だ心配だとぎゅむぎゅむと枕を強く抱き締めながら何度も呟くひなたに1つ屋根の下に男子が居るのは問題ではないかと聞くと返って来たのはそんな言葉。その理由にあははと苦笑いを浮かべる神奈だが、たらりと冷や汗を流していた。

 

 楓が前世はお爺ちゃんであり、高次元からの転生者であることを彼女は知っている。が、それは彼女の正体が“神樹”であるからであり、それ以外が知る者は居ない。仮に知られたところでどうなるという訳でもないが、ひなたのようにちょくちょく勘が働く存在が居るとどうしても驚く。普段は風に似た顔の普通(?)の男の子なのだから。

 

 「若葉ちゃんから連絡も無いですし……ああ、ちゃんと歯磨きはしたでしょうか。お風呂に入ったでしょうか。しっかりと髪を乾かしたり、夜更かししたり……」

 

 「それさっきも言ったよね……ほら、言ってる本人が夜更かししてたらダメだよ? そろそろ寝よう、ね?」

 

 「うう……はい」

 

 まだおろおろしているひなたを宥め、手を引いてベッドに誘導する神奈。彼女がベッドの奥に潜り込んだ事を確認し、部屋の電気を消して自分も同じベッドに潜り込む。実は若葉が泊まるつもりで犬吠埼邸に行ったように、元々神奈もひなた部屋に泊まっていく事になっていたのだ。因みに、この事を知っていた諏訪組は感化されたのか戻ってから同じように歌野の部屋に水都が泊まりに行っている。

 

 「……ふふ」

 

 「……? どうしたの?」

 

 「いえ……何だか懐かしいと思いまして。最初の頃は私達しか居なくて、こうして同じ部屋で住んでましたから」

 

 「あ……そうだね。そんなに前の事でもないのに……不思議だね」

 

 お互いに横を向いて顔を合わせていると不意にひなたが小さく笑いだし、彼女の言葉に神奈も笑みを浮かべて同意する。今でこそ20人に及ぶ勇者部だが、当初は元々の8人にひなたと神奈を加えた10人だけだった。そして異なる時代、場所……次元と言ってもいい……からやってきた2人は大赦に用意された住まいに2人で住んでいたのだ。

 

 2人はそのまま、その時の思い出を語り合う。人間の営みを知識として知りつつも行動に移したことのない神奈はひなたから見てどこかの箱入り娘か世間知らずに見えた事だろう。だが彼女は呆れも面倒臭がりもせず神奈の好奇心や純粋な疑問から来る質問に丁寧に答え、時に体験させて教えた。特に髪や肌の手入れ等は女の子の嗜みだと真剣に。

 

 今でこそ簡単な料理は作れるようになったしその他家事も覚えた神奈だが当時はそれらの事もまるでやり方が分からなかった。なので基本的にひなたがやり、申し訳なく思った神奈も教わりながらやっていた。この不思議世界で最もお世話になった人物を挙げるのなら、神奈は真っ先にひなたの名を挙げるだろう。

 

 だが、ひなたもまた神奈に感謝していた。もし神奈がいなければ、彼女は小学生組がやってくるまで1人でどこかに住むことになっていただろう。しっかりしていてもまだひなたは中学生の女の子なのだ、表に出さずとも寂しさは感じていたハズだ。だが神奈が居たからこそ、1人ではなかった。若葉達が居ない事に寂しさは感じても、決して孤独に夜を過ごす事はなかった。

 

 「……ひなたちゃん」

 

 「……神奈さん」

 

 ありがとう、おやすみなさい。最後にそう言葉を交わして、2人は目を閉じる。お互いの右手と左手を間に伸ばして重ね、自然と笑みを浮かべる。少しすれば2人から小さな寝息が聞こえ始め……その顔は、とても安らかで……幸福(しあわせ)そうな寝顔であった。

 

 

 

 

 

 

 各々が平和な時間を過ごしていた翌日に、敵はやってきた。カガミブネで愛媛の樹海に跳び、敵の場所まで楓の絨毯で向かう。その先に、いつものように大量のバーテックスは居た。各々がいつものように戦闘体勢を整えていた頃、樹は前夜の事を思い返していた。

 

 (昨日の夜のタロット占いの結果……出たのは“吊るされた男”、“恋人”、“戦車”……それから“剣”。どれも“試練”って意味を含んでる。それに“剣”は……“大事、大切なものが奪われる、失う”って意味もある……何だか嫌な予感がするよ)

 

 「よし、愛媛奪還戦2回目! 行くわよ!」

 

 「……楓、園子、どうだ?」

 

 「う~ん、やっぱり見られてる気がする~」

 

 「そうだねぇ。それに、前より近くで見ている気がするよ。バーテックスじゃない、と思うけど……」

 

 樹が難しい顔をし、風が戦闘開始の声を上げる隣で若葉が園子(小)と絨毯の上の楓に問いかける。無論、愛媛に来てから感じた視線の事だ。そして2人も彼女同様に視線を感じており、周囲に目を向けながら頷く。だがやはりその視線の主らしき存在を見つけられず、ひとまずこの戦いを制する為に戦闘を開始する。

 

 そうして始まった2回目の愛媛奪還戦。だがその戦いは最初から1回目の時と……否、これまでの戦いとは違っていた。

 

 「前回よりも敵が多いししつっこいぞ! うりゃああああっ!!」

 

 「2戦目だもの、相手もこれ以上陣地を奪われたまるかって思ってんで……しょ!!」

 

 「さっきから楓達が狙われている……いや、東郷と楓が狙われている……?」

 

 「えっ!?」

 

 「うん、私もそう思う……てやああああっ!! 楓くんと東郷さんも、須美ちゃんと杏ちゃんも私が守る!!」

 

 「今回は本当にしつこいねぇ……っ!」

 

 これまでよりも敵の数が多い。大量の敵と戦う事に馴れている勇者でもはっきりとそう確信出来る程、その数は凄まじかった。さらに言えば、その執拗さもこれまで以上。1度狙った獲物は逃がさないとばかりに最初に狙った勇者に向かい、光と消える直前まで攻撃し続けた。

 

 何よりも違っているのは、バーテックスが狙っている勇者が上空組に集中していること。正確に言えば、棗と友奈の言うとおり楓と美森に集中しているのだ。必然的に絨毯で行動を共にしている他の3人にも攻撃が集中している。楓が普段よりも消極的にしか反撃に移ることが出来ず、思わず苛立ちの声を呟いて回避行動に専念しなければならない程に。

 

 そしてここに来て絨毯の弱点が露呈する。それは遠距離組を一纏めにしている為、集中的に狙われると射程距離の問題で地上組からの援護が届きにくいことだ。故に楓は普段よりも低く飛ぶ事で地上組の援護が届きやすいようにしているのだが、それ故に制空権を上手く得られないで居る。これは光の絨毯という移動手段を得てから初めての事であった。

 

 「どうして私と楓君が……?」

 

 「もしかして、“巫女”だからではないでしょうか? 私達の移動手段“カガミブネ”の要である巫女が居なくなれば、戦略上圧倒的に有利ですから」

 

 「じゃあ楓さんは、この絨毯の飛行能力が厄介だから……? でも、なぜ急にそんな……人間が考えるような戦いをするように?」

 

 須美の疑問は当然の事だろう。これまでの戦いでは確かにバーテックスが戦術のようなモノを使った事があるが、ここまで計算されたような動きではなかった。少なくとも、一部の勇者を重点的に狙うような事はない。また、消滅するギリギリまで攻撃してくるような事も。

 

 初めてだらけの戦況。それでも何とか対応し、疑問を口にしながらも迫り来るバーテックスの殲滅をしていく勇者達。そんな時、須美の疑問に答えるかのように勇者達の耳に()()()()()()()()が届いた。

 

 

 

 「それはね、私が命令しているからだよ」

 

 

 

 咄嗟に、各々が目を向ける……友奈、そして高嶋に。何せ今聞こえた声は彼女達と同じだったのだから。しかし当然と言うべきか2人はそんな事は言っていない。ならば誰が……と目を動かした先に、その少女は居た。そしてその姿を見た誰もが驚きの表情を浮かべた。

 

 赤と黒が目立つ勇者服と思わしき服装と右腕を覆う程の大きさの手甲のような装備。しかし、勇者達はその格好に驚いた訳ではない。驚いた理由はただ1つ……その背格好が、そして顔が、棗のような褐色の肌である事を除けば友奈と高嶋、神奈と同じだったからだ。

 

 「ばぁーん。皆、初めまして……だね」

 

 「「4人目!?」」

 

 「どうだろうね……えっ、4人目?」

 

 バーテックス達の中心でフレンドリーに手を振る少女。思わず叫ぶように驚いた友奈達の言葉に浮かべたきょとんとした表情もまた、彼女達にそっくりであった。




原作との相違点

・ちょくちょく台詞が違う(今更

・DEifと違って楓が居る(原作ではない)

・若葉のお泊まりはひなた公認

・神奈とひなたの会話

・占い結果に“剣”が追加

・4人目発言にびっくり○嶺ちゃん

・その他その他その他その他その他その他ソナタその他その他



という訳で原作12話の半分までというお話でした。地味にDEifでも書いた部分なのでかき分けにちょっと悩みました。

原作でも色々語り合う部分ですが、楓や新士、神奈という存在が居るのでちらほら台詞や心境が違います。原作ゆゆゆいではこの辺りから不穏な空気が流れ始め、ステージも一筋縄では行かなくなってくるんですよね……○嶺ちゃんの右手の装備、初見はパイルバンカー的な何かだと思ってました。ちょっと「これが私の切り札だ!」って言って欲しい←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 32 ―

普段よりも遅れて申し訳ありません。ようやく更新です(´ω`)

グラブルでリミナル姉さん当たって嬉しい。ファンリビでも遂に四糸乃が来てくれて狂喜しました。可愛過ぎる……。

最近また酷い頭痛が再発して中々執筆速度が上がりませんでした。1万文字ちょい書くのにどんだけ掛かってんだと……それでも待ってくれている方、読んでくれている方、感想を下さる方には本当に感謝。お陰様でエタることなく続いています。

今回もまた赤嶺ちゃん登場回。それでは、どうぞ。


 (4人目? 4人目って言った? そこに居る高嶋 友奈(せんぱい)結城 友奈(こうはい)ちゃん以外にもう1人? でもカミサマからはそんな事聞いてないし、かと言って嘘を言ってる訳でもなさそうだし……)

 

 謎の友奈達に似た容姿の少女は“4人目”という言葉に混乱していた。折角ミステリアスな雰囲気と共に出たというのにそんな空気はすっかり壊れ、お互いに謎の少女の登場と予め聞かされていた情報との差異に頭上に疑問符を撒き散らし、命令を受けていたとされるバーテックスでさえ動きを止めている。が、一旦そんな疑問に蓋をして最初に動き出したのは雪花であった。

 

 「ま、また“友奈”が増えたって感じ? 確かに反応とかそっくりだけど、でもなんか……」

 

 「……まぁいっか。ふふ……」

 

 「あー……ああいう笑みはねぇ……ヤバい笑みなんだよねぇ。敵だからこそ笑ってるパターン、あるよ。頑張って繕ってる感もちょっとあるけど」

 

 雪花の声が聞こえたのか、同じように疑問に蓋をした少女が妖しく笑う。それは少なくとも友好的に見えるものではなく、彼女の居る場所や先のバーテックスに命令しているという発言からも味方であるとは考えにくかった。が、やはり感じた疑問は大きかったのか少し表情は固かった。

 

 とは言え、彼女が動き出したからには止まっていたバーテックスも動き出す。勇者達も自然と対応せざるを得なくなり、少女にばかり意識を向けていられなくなる。

 

 「それじゃ、後は任せたよ」

 

 「ウェイト! あなた結局誰なのよ!?」

 

 「うわ、バーテックスの大群がまた来た!」

 

 「まずはこのバーテックスを倒すことが先ね。その後であの友奈モドキを探す!」

 

 (モドキ、ねぇ……友奈と高嶋ちゃんという例がある以上、あの子の名前も“友奈”という可能性は充分にあるけれど……いや、あの子について考えるのは後か)

 

 近くのバーテックスに手を振り、歌野の叫びに答えること無く後方へと跳んでいく少女。何人かが咄嗟に追い掛けようとするが、その行く手を阻むようにして新たなバーテックスの大群が現れる。さながら少女の言葉に従ったかのように。

 

 謎は一切解けていないが、今は考察よりも目の前の敵が優先だと戦いを続ける勇者達。やはりその動きはどこか組織的、効率的でこれまでのバーテックスの戦い方とはまるで違う。敵を倒せばその隙を突くように攻撃が迫り、カバーしようと近くの者が動く前にその者自体に攻撃を加える。相変わらず絨毯の上の遠距離組は集中的に狙われ、空を飛べるアドバンテージを活かしきれない。

 

 が、それでそのまま押しきられるようであればとっくの昔に勇者達はどこかで敗北している。次第に相手の新たな動きにも慣れ始め、ある者は技術で、ある者は強引に、ある者はより広範囲に、ある者はより素早く、各々の持ち味を活かして敵を殲滅していく。楓など自身の遠距離攻撃を止めて完全に絨毯の操作に集中し、時に前面に展開したバリアで敵を空中で轢いて吹き飛ばして強引に距離を取っている。そうして、その戦いを割と近くで見ていた少女がバーテックスが粗方倒された頃にポツリと呟いた。

 

 「すごいね。やっぱり簡単には無理かぁ」

 

 「意外と近くに居たわね……さっきのバーテックスの群れ、あんたの指示に従っているように見えた……あんた、いったい何なのよ」

 

 「あ、自己紹介、だね。私の名前は……赤嶺(あかみね) 友奈だよ」

 

 「やっぱり名前は“友奈”か……でもあかみね? 確か、大赦の上の方の家名に同じ読みの名前があったねぇ……」

 

 「そうだよ。大赦ではそこそこ有名な家だよね。そこの赤嶺さん家の友奈だよ。君ももしかしたら、同じ名字だったかもしれないね?」

 

 「え、あの人はもしかしたら赤嶺さん家じゃなくて雨野とか犬吠埼だったってことなのか?」

 

 「いや、違うと思うよ銀ちゃん。この場合、自分が養子となる場所が今の“雨野”じゃなくて“赤嶺”だった可能性があったってことじゃないかねぇ」

 

 それは素直な称賛から来る言葉だった。実際最初は押され気味……とまではいかずとも対応に困っている様子だったのだ。それが少し経てば困るどころか粗方殲滅しているのだから、勇者達の対応力と成長速度は凄まじいモノがある。そんな声が遠くに行ったと思っていたら思いの外近くに居たのだから少し驚く夏凜。だが直ぐに右手の刀の切っ先を彼女に向けて問い掛けると、彼女の方から自己紹介をし……その名前に、小学生組と夏凜、そして楓が驚きの表情を浮かべた。

 

 赤嶺家。乃木、上里、高嶋、土居、伊予島、鷲尾、三ノ輪、白鳥、そして雨野……は楓達の時代には無いのだが、それらが大赦の中で高い地位にいる名家の名前であり、彼女の名字にある赤嶺もその1つに名を連ねている。まさか目の前の友奈に似た少女名前だけでなく名字にも驚かされる事になるとは思ってもいなかったことだろう。

 

 特に楓の驚きは大きかった。確かに彼女の言うとおり、過去の己……新士の養子先が赤嶺になった可能性はある。しかしその可能性がハッキリと分かったのは遠足が終わった後の戦い、その後の病院の中での話である。そんな、勇者の中では自分と中学生の園子と銀、そして美森くらいしか知らない情報を彼女が知っている。驚くなという方が無理だった。

 

 「……友奈だけど、友奈ちゃんじゃない」

 

 「似ているけど、高嶋さんとも神奈さんとも別人だわ……」

 

 「……こ、こんにちは。結城 友奈です」

 

 「うん。ある意味、私の後輩だね~。よろしく……結城ちゃん」

 

 「コーハイ?」

 

 「私はさ……神世紀序盤の時代から召喚されたから」

 

 「こんにちは、高嶋……友奈です」

 

 「高嶋さん。貴女は先輩。貴女が居なければ私は……()()は居なかった。会えて嬉しいな」

 

 新たな“友奈”の存在に恐らく最も動揺が大きいのが美森と千景の2人。周囲の者達が“コイツらは……”と苦笑いだったりジト目だったりを向けている隣で、友奈と高嶋の2人が赤嶺に自己紹介をしていた。その返しに、彼女は意味深に言葉を紡ぐ。

 

 “後輩”と“先輩”。そして高嶋が居なければ自分達は存在しなかったという台詞に、高嶋は意味が良く分からず首を傾げる。つまり、彼女は園子達と若葉のように、自分の子孫なのか? と問い掛けるも、それは手を軽く振って否定された。

 

 自分は高嶋 友奈の子孫ではない。だが、同じ“友奈”であり、逆手を打って生まれたからその名前になるのだと言う。逆手(さかて)と言うのは大昔、人を呪う時や凶事に際して打ったという手の打ち方というもの。その詳細は分かってはいないらしい。

 

 「ちょっとちょっと、分かるように説明しなさいよ」

 

 「うーん、説明はあまり得意じゃないんだよね……擬音が入りそうで。どーんときてばーんとか」

 

 「ああ、最初に出てきた時もばーん、とか言ってたねぇ」

 

 「くっ、別人だと言われているのにこの共通点……」

 

 「私がコーハイなら、神奈ちゃんもコーハイになるのかな? 神谷 友奈って名前なんだけど……」

 

 「私より後に生まれたなら、結城ちゃんと同じコーハイになるかな」

 

 「う~ん、色んな時代の人が入り雑じって、なんだかややこしい~」

 

 「人数も多いしねぇ……あの人が神世紀序盤から来たのなら、若葉さん達とも別の時代から来てる訳だし」

 

 「園子と新士もややこしくしてる材料の1つ……2つ……いや、あたしと須美も合わせて4つだけどな……」

 

 説明が長いのか、それとも聞き覚えのない単語が出て来て小難しいのか夏凜が改めて説明を求めるも赤嶺はそう言ってまた拒否するように手を振る。確かに“友奈”ならばありそう……と彼女達を知る勇者達が納得していると友奈が神奈について聞き、赤嶺は先程と違って曖昧気味に答えた。何せ彼女自身、2人と違ってその神奈の事を知らないのだから無理もない。

 

 勇者部がある神世紀300年、その2年前、西暦と3つの時代から勇者が集まっている現状に加えて新たな時代が出た事で混乱気味の園子(小)と同意するように隣で頷く新士の2人に、良く考えてみれば同じ顔どころか子孫、及び同一人物が自分含め4人も居るので銀(小)はどこか疲れた様子で首を横に振った。

 

 「……ズバリで聞くけどさ、赤嶺さん家の友奈さん。貴女、“敵”か“味方”かどっちよ」

 

 「ちょ、雪花?」

 

 「私さ、なんとなく分かっちゃうんだよね……攻撃を仕掛けてこようとする意思みたいなものが」

 

 「アタシはわからないけど……」

 

 「姉さんは基本的に鈍いからねぇ」

 

 「どういう意味よ!?」

 

 「あはは、風さん達は分からなくていいよ。で、敵なの? 味方なの?」

 

 雪花のあまりにストレートな問い掛けに風が嗜めるように名を呼ぶが、彼女の言葉に首を振り、楓がからかうように呟く。それをしっかりと聞いた彼女が憤慨し、そんな姉弟のやり取りに苦笑いする雪花。しかし直ぐにその目は真剣なモノを宿し、改めて問う。この場に突然現れた彼女はどうなのかと。その返答は短く……そしてハッキリとしたモノだった。

 

 

 

 ― ……敵だね。私は造反神の勇者だから ―

 

 

 

 それを聞いた勇者達の動揺は決して小さくないし、また新たな疑問も浮かぶ。造反神も自分達が神樹によって召喚されたように勇者を召喚出来るのか。仮に本当にそうならば、目の前の彼女以外にも造反神側の勇者が居るのか。だが、少なくとも目の前に1人居る。自分達と同じ“勇者”が。

 

 「さて……自己紹介は終わり。戦闘再開で」

 

 「えっ? わぁ!? またバーテックスが沢山!」

 

 「とにかくこのバーテックス達を倒してあいつを……」

 

 それだけを告げ、再び姿を消す赤嶺。次の瞬間にはまたどこからともなく大量のバーテックスが現れ、勇者達に迫り来る。直ぐに勇者達は戦闘態勢を整え、風が言うようにバーテックスを倒して赤嶺を追い掛けようとする。

 

 

 

 「で……君だけはちょっと付き合ってもらおっかな」

 

 「っ!? ぐっ!」

 

 「「えっ?」」

 

 「っ、楓君!?」

 

 

 

 が、次の瞬間には姿を消したと思っていた赤嶺が上空のバーテックスの上から現れ、絨毯の上の楓に奇襲を掛けてきた。彼が彼女の予想外の動きに反応出来たのは直感か、それとも経験か。上空からの右ストレートを両手を✕字に重ねて防ぎ、だがそのまま絨毯に着地した赤嶺が拳を振り抜くと左の水晶の上から押し込まれるように更に後方へと吹き飛ばされる。

 

 須美と杏が反応したのは2人の姿が絨毯の上から後方の樹海の奥へと消えた後。美森は反応こそ出来ていたが楓に当たることを危惧して2丁の散弾銃を構えるだけに終わり、地上組は距離と時間的に手出しする暇が無く、2人の姿が消えていくのを見ていることしか出来なかった。それ程の短い時間での出来事。当然直ぐにそちらへと向かおうとするが、大量のバーテックスが行く手を阻むように動き、勇者達をその場に釘付けにする。

 

 「あいつ……っ!!」

 

 「風さん、バーテックスを倒さないと追うことも出来ん……今は」

 

 「分かってるわ……邪魔するなら1匹残らず……潰してやる!!」

 

 「にしてもなんでかーくんだけ……いや、考えるのは後々。さっさと倒すよ」

 

 「楓くん……直ぐに行くからね」

 

 「彼女、本当に敵なのね……なんなのいったい……」

 

 今にも噴火しそうな火山のようにな怒りを見せる風を宥める若葉。分かってるとは言いつつもその振るわれる大剣は何時もより荒々しい。それも仕方ないと思いつつ、雪花は冷静に楓だけが攻撃された理由を考え……1度止めて直ぐに敵の殲滅へと移る。友奈も不安げに呟きつつ拳を握り締め、千景が二転三転する状況と赤嶺の行動に頭を悩ませて首を横に振る。

 

 「きゃあっ!?」

 

 「ひゃっ!? じゅ、絨毯が!」

 

 「くっ、楓君が居なくなったから……?」

 

 「あっ、あんず達が落ちたぞ! 楓の絨毯が消えてる!」

 

 「絨毯を操作していた楓がいなくなったからだろう。東郷達を守りながら戦うぞ」

 

 「オーケー! 任せなさい!」

 

 楓と赤嶺の姿が無くなってから10数秒程経った時、突如として残っていた光の絨毯が跡形も無く消え去り、乗っていた3人が落下してきた。その理由を美森、棗は彼が居なくなったからだと予想するがこれは当たっている。イメージで形作り、動かせるということは当然、そなイメージが出来ない……想像が止まれば形を保てない。つまりは楓が絨毯を想像出来る状況ではなくなった事を意味する。

 

 その事に気付いたのか……いや、例え気付いてなくともやることは変わらない。1秒でも早くバーテックスを殲滅し、2人の元へと向かう。その為に勇者達は素早く敵を倒すために各々の武器を、拳を振るうのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、赤嶺に吹き飛ばされた楓は仲間の姿が見えなくなったところでようやく着地する事が出来た。予想以上に吹き飛ばされた事に驚きつつ飛んできた方向に顔を向けると、丁度赤嶺が彼の前に降り立つところであった。

 

 「……皆から自分だけを引き離してどういうつもりだい?」

 

 「そう怖い顔しないで欲しいなぁ。私は今回は自分で戦うつもりはないんだ。ただ、君にだけはちょっと用事があってね。私が……じゃなくてカミサマが、だけど」

 

 「カミサマ……造反神が、自分に?」

 

 

 

 「犬吠埼 楓くん……君に、私達の仲間になってほしいんだ」

 

 

 

 きょとん、と言うべきか、それともぽかん、と言うべきか。あまりに予想外の言葉に楓は思わず頭が真っ白になり、そんな表情を浮かべていた。これが絨毯が消えた理由なのだが、それはさておき。

 

 「……何の冗談だい?」

 

 「あはは。まあ、そうなるよね。だけど冗談じゃないんだ。カミサマは君を私と同じ“造反神側の勇者”にしたいと思ってる。私はそれを伝えただけ」

 

 「仮にそれが本当だとして、なぜ自分を?」

 

 「それは私にはわからないなぁ。だけど、君を仲間に引き入れようとしてるのは本当。皆から引き離したのも一対一で勧誘する為……どうかな?」

 

 表情を引き締め、いきなり何を言い出すんだとばかりに聞き返す楓に赤嶺もその反応も当然だと小さく笑う。彼女自身、これまで敵対してきた彼を勧誘したところで本当に仲間になるなんて微塵も思ってはいない。しかし彼女はあくまでもカミサマ……造反神からの言葉を届けただけでそんな自分の考えは関係ない。

 

 何より、どんな理由があってわざわざ彼を勧誘するのか……造反神の意図がわからないのだから。無論、予想は出来る。楓も理由を予想するが、確証には至らない。だがまあ、答えは決まっている。考えるまでもない。

 

 「断るよ。君も何か理由があって造反神の味方をしているんだろうけれど、自分には皆から離れてまでそっちの味方をする理由が無いからねぇ」

 

 「残念、断られちゃった。でも、断られたからって諦める訳にもいかないんだぁ……だってカミサマからは、無理やりにでも連れてくるように言われてるしね」

 

 きっぱりと、楓は勧誘を断る。そもそもこの世界に呼ばれたのはその造反神を鎮める為であり、赤嶺の仲間になるという事は同じ目的を持つ仲間達を裏切る事に他ならない。これまで共に戦い、日常を過ごした彼女達を彼が裏切る訳がない。

 

 赤嶺もそれは理解している。樹海で見た戦いや連携、合間の会話からも彼らと彼女らの絆の強さは言うまでもない。それこそ何かしら“理由”を用意しなければ誰1人として勧誘を受けたりしないだろう。

 

 だが、ただ勧誘するだけが目的ではない……というより、それは手段の1つ。造反神からは無理やり、力ずくでも連れてくるようにと言われているのだ。ならば断られたところでやり方が口答から腕っぷしに変わるだけの事。そう言うや否や彼女はスッと構えを取り、反射的に楓も構える。

 

 お互いの間にピリピリとした緊張感のある空気が流れ、無言で睨み合う。赤嶺はうっすら笑みを浮かべ、楓は表情を消す。

 

 (彼女がどんな攻撃をしてくるかはわからないけど、恐らくは友奈達と同じ徒手空拳。右手の武器だか手甲だかが気になるが接近戦が主体なのは間違いないだろうねぇ……)

 

 そんな風に楓が目の前の彼女の戦い方の考察をしながら赤嶺と睨み合い、少しばかりの時間が経つ。すると赤嶺はクスッとまた小さく笑い、構えを解いて肩を竦めた。

 

 「……やーめた。別に今回は戦いに来た訳じゃないしね」

 

 「……」

 

 「そう睨まないで欲しいなぁ。私は本当に今回は自分で戦う気はないんだよ? それに、いつの間にか向こうも終わったみたいだし」

 

 「えっ?」

 

 「楓! 無事ね!?」

 

 「あっとと……大丈夫、怪我なんてしてないよ」

 

 「追い付いたぞ赤嶺!」

 

 戦いに来た訳ではないと言われても直ぐに信じられる訳がなく、楓は構えを解かない。なんなら2つの水晶から光で過去に使っていたような爪を作り出していつでも攻撃出来るようにしている。そんな彼に苦笑いを溢し、再度戦うつもりは無いという彼女。そしてその視線の先には、この場に跳んでやってくる勇者達の姿が映っていた。

 

 驚く彼の近くに真っ先にやってきたのは風。彼女はそのまま楓の肩を掴み、全身を軽く叩きながら怪我が無いかを確認する。そんな姉にされるがままになる弟の周囲に続々と仲間がやってきて、若葉が刀の切っ先を向けながらそう言った。向けられた赤嶺はまたうっすらと笑い……どこか嬉しそうに口を開く。

 

 「わぁ、すごいね。こんなに早く倒せるなんて」

 

 「……赤嶺、友奈。聞きたいことがある。愛媛に来てからずっと視線を感じていた……あれはお前なのか?」

 

 「あ、乃木 若葉だ。英雄の乃木様だ」

 

 「答えろ」

 

 「そうだよ、あなた達が香川を奪還したって聞いてね、私が行かなくちゃって思ったから。カミサマからのおつかいもあったしね」

 

 「その“おつかい”が自分って訳だ」

 

 「おつかいだかなんだか知らないけど、なんで楓なのよ!」

 

 「それは私に聞かれてもわからないかな。カミサマに直接聞いて貰わないと」

 

 それが出来たら苦労はしない、というのが赤嶺の言に対する全員の心境である。香川を奪還したとはいえ造反神の影も形もない。つまりは親玉の姿すら知らないのだから。しかし、先程の行動と今の話で勇者達は確信した。どういう訳か、楓が造反神に狙われているのだと。

 

 彼を守る為だろう、友奈と美森が楓と赤嶺の間で入るように前に出る。風など大剣は構えて思いっきり睨み付けている程。過去の彼でもあるからか新士の周りにも同じ小学生組が守るように立ち、本人は苦笑いを浮かべている。

 

 「で……実際貴女は何なの? ゲームで言うネガ……もしくはダークサイドキャラということ?」

 

 「まあそういう感じかな? 私は造反神側の勇者。だから造反神が造ったバーテックスを操れる」

 

 「造反神が暴れまわれば、神樹様がバラバラになって……四国が滅びるかも知れないんですよ!?」

 

 「うん、勿論知ってて味方しているよ。私の時代ならではの事情があってね。今の説明だと難しいかな……えーと、私の時代の人なら造反神に協力する理由が分かると思う」

 

 「……生憎と、自分達の中に君と同じ時代の人間は居ないねぇ」

 

 「そう。だからあなた達に理由を話したところでピンと来ないと思うよ」

 

 「要するに、殆ど問答無用って訳? 困ったわね、バーテックスとなら戦えるけど……」

 

 「人間相手は不馴れかな? 逆に私は対人戦の方が慣れてるんだよね~、時代柄……」

 

 千景に改めてどんな存在なのかと問われ、思いの外あっさりと答える赤嶺。同じ四国の人間なのに造反神になぜ協力しているのかと叫ぶように聞く杏にもあっさりと頷き、その理由を答える……が、それは勇者達にとって要領を得ないモノだった。

 

 楓が言うように、今の勇者と巫女達に彼女と同じ時代からやってきた者は居ない。その為、言ったところで理由が分からないと言われるのは分かる。最も、考えたところで残された地である四国を滅ぼしかねない造反神に与する理由など浮かばなかったが。

 

 結局理由は分からないままだが、それでも敵である以上は戦う事になるだろう……楓が居ることで冷静になった風がボソッと呟くと、赤嶺はまた笑いながらそう言った。勇者達の相手は基本的に……というか全てバーテックスであり、対人戦など鍛練くらい。そもそも基本的に良い子達なので人に暴力を振るうという事が無いし、選択肢にもまず入らない。なので、同じ勇者であり人である赤嶺と戦う事に躊躇いがある者が多かった。

 

 「まぁあれだよ。彼にも言ったけど姿を出したのは宣戦布告と名乗りが目的だから、戦力整うまで今は引くよ。最後のお土産は置いてくけどね。今度はアタッカくーん、多めに来てねー」

 

 「わわ! メニー、バーテックスぅ……アタッカ君あんまり得意じゃないのに」

 

 「それじゃまたね。先輩に後輩、楓くん。そして……あはっ、お姉様」

 

 「お、おね!? 先輩と後輩が私と結城ちゃんで、楓くんはそのままだから……お姉様って誰に言ったんだろ?」

 

 「タマ、という線が濃厚だな……滲み出る包容力に惹かれてしまったのか?」

 

 「……球子ちゃんは寝てるみたいだから誰か起こしてあげてくれるかい?」

 

 「寝言って言いたいのか楓ぇ!?」

 

 「なんだか、私の方を向いていたような……?」

 

 赤嶺の掛け声と共に再度現れる大量のバーテックス達。その中には歌野が苦手と言う、ホイッスルのような形をしたバーテックス、アタッカの姿がこれまでよりも多めに存在していた。また出てきた、という不満を顔にする勇者達に手を振り、高嶋と友奈と楓、そして棗と順番に目を向け、嬉しそうに言いながら赤嶺はまた姿を消した。

 

 彼女の口から出た“お姉様”は誰だと誰もが不思議に思う中、キメ顔をしながら胸を張る球子に少し思案していた楓が遅れて呟くと何人かから吹き出したような音と共に球子が憤慨して両手を振り回しながら彼に迫るも額を押さえられて届かない。そんなギャグマンガのような展開に目を向けず、棗は不思議そうに首を傾げていた。

 

 「話している場合じゃないぞ。今はあのバーテックス共を掃討する」

 

 「頭がパンクしそうだけど、とにかくここは敵を倒せばいいんでしょ? よーし、それなら、来い!」

 

 「そうよね、狼狽えるより、やることをやらないと。それでこそ完成型ってもんだわ!」

 

 「楓君、大丈夫? あの子に何か……」

 

 「いや、本当に何もされていないよ。少し、話をしただけさ……内容は、樹海から戻ってから話すよ」

 

 そうして会話を終えた後、勇者達は再度戦い始める。先程と違い楓が居るので遠距離組は彼の作る絨毯に乗り、以前のような厄介な大型も居ないので問題無く制空権を握る。それによる援護とここまでの戦いで温まった体と闘志が勇者達の今日1番の力を引き出し、素早く敵の殲滅に掛かる。

 

 ハッキリ言って、それは消化試合に等しかった。1度はその人間的な戦い方に惑わされたが経験してしまえば対処も出来る。得た経験は勇者達を更に成長させ、更に殲滅する速度を早め、連携を無駄無く行えるようになる。

 

 最後には紫色の3つの玉を縦に数珠繋ぎにしたモノの上に触手を垂らしたクラゲのような……相変わらず説明に困る姿をした大型バーテックス“ドルチェ”に怒りを発散させる目的も含めて楓が強化した大剣を風が振り下ろし、真っ二つにしたのを最後にその戦いは終わり……少しの間を置いて勇者達は極彩色の光と共に元の世界へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「そうですか……赤嶺 友奈、さん……謎の存在ですね。こちらが想定しなかった事態です」

 

 (造反側の勇者……試練の1つなんだろうけれど、まさか勇者の召喚を行うなんて)

 

 戻ってきた勇者達が部室にてお留守番組に今回の戦いの出来事を語ると全員が難しいになる。それは神樹である神奈とて例外ではない。彼女にとっても“造反神側の勇者”というのは予想外だったようだ。

 

 「占いで大変な事が起きる、みたいな結果が出て気になっていたのですが、こんな事になるなんて……」

 

 「じゃあこれからは造反神側の勇者と戦う事になるんだよね。勇者対勇者……」

 

 「バーテックスを倒すのはいいけど、対人はなぁ……どうにも……」

 

 「っ、何!? いきなり吹き荒ぶ風!?」

 

 「なんで急に……いや、まさか!」

 

 樹は前日の夜にした占いの結果を思い返し、今回の戦いが苦しいものであり、敵の勇者の存在に苦い表情を浮かべる。同じように水都もまた同じように顔を歪め、銀(小)の呟きに部室の空気が暗くなる。

 

 バーテックスという人類の敵、化け物相手ならば何の躊躇も要らない。が、相手が自分達と同じ人間となれば話は別。そもそも喧嘩さえ滅多にせず、例えしたとしてもせいぜい口喧嘩程度で暴力等ほぼ振るわないのがこの場に居る面々だ。例え敵であったとしても同じ人ならばその力を振るうことを躊躇うのは仕方の無いことだろう。

 

 だが、敵として出てきた以上いずれは彼女本人とぶつかることは必死。その際にちゃんと戦うことが出来るのか……そう悩む者が多い状況で、不意に部室の中に風が吹き荒れた。それはさながら小さな台風のようで、生身では目を開ける事さえ困難な程のそれに千景が驚き、新士が何かに気付いたようにその発生した場所に顔を向ける。そして、その風が止んだ時。

 

 

 

 「皆ー、もしかして私の噂をしてたのかな? どうも、赤嶺 友奈です……あ、本当に4人目が居る」

 

 

 

 樹海で別れた筈の……敵である造反神側の勇者の赤嶺 友奈が、勇者服姿で堂々と部室に姿を現した。




原作との相違点

・お怒り風姉さん

・勧誘される楓

・勧誘する赤嶺

・弄られる球子

・4人目が本当に居てびっくりな赤嶺

・そろそろこの原作との相違点は要らないんじゃなかろうか←



という訳で、原作12話の終わり~13話の始まりというお話でした。ESifではここで記憶の無い楓が赤嶺と共に現れましたが本編では勿論そんなことは無く。初接触の神奈と赤嶺はお互いにびっくりでしょうね。

さて、この後の展開としては皆様も予想しているかも知れませんが楓君があれやこれやそれやどれやなことになるかもしれません← ESifのようになるかもしれませんし、女体楓が本編に登場するかもしれませんし、記憶関連で友奈&東郷の逆鱗とトラウマに触れるかもしれませんし、赤嶺がヤンデレ坂を転がり堕ちるかもしれません。さあどうなることやら。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ― 33 ―

大変長らくお待たせしました。ようやく更新です(´ω`)

機種変した為、扱いに馴れずやたら時間掛かりました。何が辛いって削除長押ししたら凄い速度で文字が消えるんですよ……何回心折れそうになったか。

アプリのガチャはどれもこれも可もなく不可もなし。ゆゆゆいで園子(小)のUR、グラブルで光ルシオ、ファンリビで春虎が当たったくらいですかね。fgoも乳上当たってくれないかな←

モンハンライズを遂に買いました。よく使うのはライトボウガンと操蟲棍です。翔蟲と操竜はまだ馴れませんね……。

今回もまたまた赤嶺ちゃん登場回。そして……それでは、どうぞ


 突然部室の中に吹き荒ぶ風と共に現れた赤嶺。彼女を見た者達の反応は多くが困惑であり、数人が警戒心を持って睨むように見ている。中でも楓や夏凜、雪花等はいつでも変身出来るようにかポケットの中の端末へと手を忍ばせている。そんな視線の先に居る赤嶺と言えば、軽く全員参加視線を向けた後に神奈を注視する。

 

 (顔といい髪といい、確かに私達と同じ“友奈”みたいだね……おかしいなぁ、カミサマはこの世界に居る“友奈”は私を含めて現状は3人だって言ってたんだけど……カミサマが黙ってた? それとも気付かなかった?)

 

 カミサマ……造反神からある程度情報を貰っていた彼女の知識に無い、4人目の“友奈”。彼女にとってイレギュラーと言える存在に意識が向くのは仕方ないことだろう。しかし、その意識も直ぐに他の皆へと向けられる。友奈が声を掛けたからだ。

 

 「ど、どうも……って、あ、赤嶺さん!」

 

 「あはは、上里 ひなたと、4人目の“友奈”を見たくて着いてきちゃった。うん、若葉さんと並ぶとお似合いだよ」

 

 「お似合いって……そんな事言われなくても自覚しています」

 

 「……流石、強力な伝説を残した人だね……」

 

 【(多分、ろくな伝説じゃないんだろうなぁ……)】

 

 考えを1度止め、友奈に笑いかけながらこの場にやってきた……否、着いてきた理由を述べる赤嶺。若葉と並び立つ……というよりは若葉が庇うように立ってその少し後ろに居るひなたを見てそう言うと、彼女は至極真面目な顔をして即答してみせた。赤嶺がその速さに思わずというように口元を少しひきつらせながらボソッと呟くと、そう広くない部室に居る為に全員の耳に届き、チラリと横目にひなたを見ながら大半が内心でそう思った。

 

 「いい度胸してるわねーチミぃ。この勇者でみーっちりの勇者ルームに乗り込んでくるなんて」

 

 「およ、もしかして私を捕まえようと? 無理だよ、捕まえる事は出来ない。私も攻撃意思はないけど」

 

 「……どうにも分からないわ。敵と言いながら、今はあまり貴女から緊張感が伝わってこない」

 

 「今は戦う気ないから。私はね、試合開始ってなったら勝つ為に一生懸命になるけれど……ゴングが鳴る前から襲い掛かったりはしないよ。今来ているのは挨拶の続き」

 

 「樹海化していない今は戦闘意志が無いということか……」

 

 「はい!」

 

 「何故かいい返事になったぞ、読めない奴だな。2タマポイント没収だな」

 

 (ふむ……棗さんが“自分の方を向いていた気がする”と言ってた事といい、彼女の言葉に対しての返事といい、樹海で言ってた“お姉様”とやらは棗さんの事っぽいねぇ……だけど彼女は確か神世紀序盤から来たと言っていたから西暦からやってきた棗さんとは年代が合わない……棗さんは序盤まで生きていて、そこでの知り合い? それとも……)

 

 勇者服姿とは言え単身で敵の本拠地でもある部室へとやってきた赤嶺に敵意を向ける雪花。彼女は端末に手を伸ばしたままジリジリと近付いており、その意図を悟った赤嶺は手を振りながら気負う事なく言ってのけた。そんな彼女が言った通り、彼女自身から戦意といったモノが感じられない事に困り顔の美森。それは他の何人かも同じのようで、同じように困り顔を彼女へと向けている。

 

 棗が赤嶺の言葉を簡単に纏めると何故か本人は途端に満面の笑みで元気良く返事を返す。そんな彼女に球子がまた謎のポイントを没収していると、真剣な表情をした楓が樹海での出会いから今この瞬間までの赤嶺の行動言動を考察していく。そうした空気をモノともせず、再び彼女が口を開く。

 

 「1つ知っておいて欲しいけど、私は貴方達を倒す気はあるけど戦闘で殺めようとは思ってない」

 

 「私達を殺める気はなくても、神樹様が分裂してしまっては我らにとっても死活問題ですが?」

 

 「……まあ何が言いたいかって、対人だからって暗くならず全力でぶつかってきてねってこと……ふふふ。私が敗けを認めれば、私達“友奈”に関する謎も造反神様の正体もぜーんぶ教えてあげるよ?」

 

 (ぜーんぶ教えてくれそうな……というか知ってそうな人はこっちにも居るけどねぇ)

 

 (楓くんが確信を持った目でこっちを見てる……っ! でも教えてあげられないんだ、ごめんなさい!)

 

 「だから存分に腕を競い合おうよ。こちらの数の不利は疑似バーテックスで埋めるから」

 

 敵側とは言え勇者……同じ人との戦闘ということで嫌な想像はしていたのだろう、赤嶺が殺し合うつもりはないと言えば誰もがホッと息を吐く。しかし実際に殺し合う事はなくとも、仮に造反神側が勝利して神樹を構成する神々がバラバラになれば結果的に勇者達だけでなく四国そのものが滅び、人類は死に絶える。そうなっては意味が無いし、結局は生死が掛かっているのではないか。

 

 そんな須美の疑問に答える事はなく、彼女はただそう言って笑う。“友奈”の謎も造反神の事も知りたいのだろう先程よりもやる気が出たように見える勇者達の中で、楓だけがそのぜーんぶを知るであろう神奈……神樹へと目を向ける。その視線を感じた神奈は目で謝ると彼も予想はしていたので苦笑いで頷いた。

 

 「……なんだか不思議な人だね。まるで対人に関しての不安を取り除くように……」

 

 「あたしはただただ友奈達と比べて掴み所が無い奴だなぁとしか思えんけどな……」

 

 「じゃあそういうことでグッバーイ。次の神託の日……樹海化がゴングだよ。そしたら全力で行くから」

 

 「うん、まあ逃がさないんだけどねっ! 召し取ったりぃ! ほら、皆で押さえて押さえて!」

 

 「任せて雪花ちゃん。ちょっと手荒にいかせてもらうよ」

 

 「おお? 楓くん思ったより筋肉あるんだね……でもまあ無理なんだけどね。戦いの決着はしっかりと樹海で着けようよ。じゃあね」

 

 「っ、また突風!?」

 

 園子(中)の言葉に銀(中)が首を横に振りながら呟く。何度も言うが、基本的に勇者達は良い子……善良であり、バーテックスのような化け物相手とは違って人間と戦うことなんて殆ど無ければ訓練以外でその力を振るうことに躊躇いもある。何せ自身よりも巨大な相手を屠るような力だ、人間相手に振るおうものなら相手がどうなるかなど想像に容易い。

 

 故に、敵である赤嶺相手であっても実際に本気で戦えるかとなると難しい……が、それも彼女の言葉である程度は払拭される。敵であるならそういった躊躇はむしろプラスに働く筈だが、わざわざ彼女はその有利を捨てるような真似をした。園子(中)の疑問も当然と言える。

 

 それじゃあと赤嶺がこの場から去るような事を言うと、いつでも動けるようにしていた雪花が真っ先にその左手を押さえ込み、楓も続いて右腕の関節を極めるように押さえる。他の者達も直ぐに、或いは慌てて足なり肩なり腰なりとしがみつくように押さえる……が、現れた時も同じように部室に風が吹く吹き荒び、誰もが思わず目を閉じてしまい……次に開けた時には、数人がかりで押さえていた筈の彼女姿はどこにもなかった。

 

 「逃げられた……足をしっかり握っていたと言うのに……」

 

 「嵐のように去っていったわね……なんなのよいったい」

 

 千景が悔しそうな呟く。その隣に居る風の疑問には、誰も返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ、赤嶺 友奈に関しては樹海で捕まえて話を聞くことで対応、ということで」

 

 「了解した、それが最善だろう。今、細かい事を考えていても仕方ない」

 

 「敵である事は間違いないと思うんだけど……一応“友奈”な訳だし、非道な感じには見えないのよね」

 

 「早めに捕獲して色々と教えてもらいましょう。そうしましょう。決まり!」

 

 「私達に関する謎だって、高嶋ちゃん、神奈ちゃん」

 

 「なんなんだろうね~。気になるね、結城ちゃん、神奈ちゃん」

 

 「そ、そうだね、結城ちゃん、高嶋ちゃん」

 

 「でーんと構えてる辺り流石だな~。須美、あたし達も友奈さん達の力になろうな」

 

 「ええ、それは勿論。銀、赤嶺……さんは競い合おうと言ってきたのだから遠慮はしなくていいからね」

 

 赤嶺が去った後、突風のせいで紙やら椅子やらが散らかった部室を皆で綺麗にして後に彼女についてあれこれ話し合い、纏めとして“樹海で捕まえて色々聞き出す”という事に決まった。というよりはそれ以外に無い。相手の居場所は分からないし、仮にまだ未解放の場所に本拠地があるのならどのみち行けないのだから。

 

 そうして真剣に話し合っている横で肝心の友奈達は自分達の謎についてわくわくとしている。小学生組は悩む素振りもなくむしろ楽しげにしている彼女達にどこか頼もしさを覚えつつ、自分達も中学生達の力になろうと改めて決意。人間相手に、それも知り合いと同じ顔相手に力を振るえるか? という懸念はあるが、多分大丈夫だろうと4人で話ながら結論付けていた。

 

 「私なんて敵である以上、気にせず槍を連射しちゃうけどな~。ねぇ? 棗さん」

 

 「うん、普通に戦うが、対人なんだから少しくらいは相手を気にすると思う」

 

 「そ、そうだよね勿論。あ、さっきの発言は取り消しで。私の爽やかなイメージが危ないから……っとそういえば。かーくん」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「ほら、樹海であの子に1人だけ連れてかれたでしょ? 何かされたりしなかった?」

 

 「ああ、まだ話してなかったねぇ。特に別に何かされた訳じゃないよ。ただ……仲間にならないかって勧誘されてねぇ。何でも、造反神が自分を仲間にしたいんだとさ」

 

 【造反神が勧誘!?】

 

 本心か冗談か闇を感じさせる事を言い、棗に同意を求める雪花だったが非情にも返答は求めたモノとは違ったらしい。慌てて前言撤回を図るが、何とも言えない空気が広がっている。それを払拭する為と、樹海から今まで聞きそびれていた、赤嶺が楓だけを引き離した理由を聞いてみると、さらりと平然と言ってのける楓に全員が驚く。何かしら目的はあるとは思っていたが、まさか勧誘とは思っていなかったらしい。

 

 「な、なんで楓くんを!?」

 

 「さぁ、そこまでは……ただ、力ずくでも連れていくとは言っていたから、造反神が自分を勧誘……連れてくるように言っているのは本当なのかもねぇ」

 

 「それは、楓君が男の勇者だからかしら……」

 

 「その可能性はあるかも~。でもそれならカエっちだけじゃなくてアマっちも連れていこうとしてもおかしくないけど……」

 

 「楓さんと違って、自分はあんまり視界に入ってない感じでしたねぇ」

 

 「楓、あんたなんか身に覚えとか心当たりとかはないの? あっても絶対あの友奈モドキと造反神になんな渡さないけど」

 

 「と言われてもねぇ……せいぜい美森ちゃんが言った男の勇者であることくらいしか思い付かないけど」

 

 そこまで話し、全員がうーんと考え込む。まさか敵である造反神が勇者を召喚するのではなく勧誘してきていたとは思いもよらなかったのだから。その理由も思い付かない。

 

 「……まあ神様が人間を求める理由なんて、大抵は人間にとってろくでもないことだけどね」

 

 「ろくでもないこと? それってなんですか? 雪花さん」

 

 「そりゃあ……まあ、生け贄とか……後は嫁入り婿入りとか」

 

 「生け贄!? そんなの絶対ダメよ! 婿入りもさせる訳ないでしょ! 楓はまだ中学生よ!?」

 

 「そうだよアッキー。それにカエっちは私がお婿さんに貰うんだから~」

 

 「あんたにもあげないわよ!!」

 

 「落ち着いて風さんと園子、例えばの話だから。実際にどうかはわかんないし」

 

 「そうだな。どのみち仲間を渡す気はない。また勧誘に来ても、力ずくで来ても追い返すだけだ」

 

 (勧誘……“私達”の時から一緒に楓くんの事を見ていたのだから、手元に……と考えるのは別に不思議じゃない。“試練”に当て嵌める気かも知れないし……)

 

 神と言えば神樹、というのか根付いている神世紀の人間である銀(小)は雪花の言う“ろくでもないこと”が思い浮かばなかったらしく首を傾げながら問い掛け、その返答に新士以外の小学生組が驚く。それに加えて風が怒り心頭に立ち上がりながら叫び、園子(中)がぽやぽやと笑って楓の右腕に抱き着きながら言えば風はそれにも怒鳴る。当の本人や周りは苦笑いしていた。

 

 やり取りが落ち着いた後に若葉が強く言えば、仲間達は全員頷いて同意する。好き好んで仲間を敵に渡すような人間はこの場には居ないのだ。そんな中で、神奈は造反神が楓を勧誘する理由について考えていた。

 

 造反神も元は神樹、“私達”である以上彼がこの世界よりも高次元からやってきた転生者であることを知っているし神である以上その魂を求めるのは理解出来る。また、楓の勇者としての能力……主にそのオールラウンドな武器や強化の存在は勇者達にとって心強く、敵にとっては厄介。“試練”の難易度を上げる為だと考えるなら、勧誘……勇者達から楓という存在する取り上げるのも分からなくはない。

 

 そう、“試練”だ。それを知るのは神奈を含めた神々のみ。彼女から見て、造反神側の勇者である赤嶺も知っている……彼の神から聞かされている可能性も充分にある。それにしては神奈の存在を知らない様子だったのは疑問だが。

 

 (ていうか、お願いだから純粋な勧誘であって欲しいよ……だって私の予想だと、造反神って)

 

 (……考えても分からないね。“試練”については彼の神に一存しているし。でも、目的が“試練”に関するものじゃなくて、楓くんそのものだったら……いや、無いよね。だって彼の神は)

 

 話も一段落し、そろそろ帰ろうかという空気になっている時、雪花と神奈は偶然にも同じ事を……造反神の事を考えていた。そして色々と考えた後、これまた偶然にも冷や汗を流しながら思った。

 

 

 

 ((男神の上にお嫁さんまで居た筈だし……))

 

 

 

 男(神)が男(人間)を求めるという、アブノーマルな事になりませんように、と。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、寄宿舎の高嶋の部屋。制服から私服へと着替え、各々自由に行動している時分に、彼女の部屋には部屋主に加えて若葉、神奈の姿があった。

 

 「その、本当に大丈夫か友奈、それに神奈も。自分と似た人間が敵として現れて……」

 

 「驚いたけど、赤嶺ちゃん悪い人に見えないし。なんだか少し私に懐いてくれたし」

 

 「私は、高嶋ちゃんと違って戦わない……戦えないから、あんまり気にならないかな。それに高嶋ちゃんと結城ちゃんにそっくりだから、きっと良い子だし」

 

 「神奈ちゃんにもそっくりだから、うん! きっと良い子だよね! きっと色々と事情があるんだよ。だから早くお話したい」

 

 「いや、同じ顔だろお前達……それはともかく、お前は……お前達は本当に優しいな。そうだな、赤嶺 友奈……何か事情があるんだろうな」

 

 話題はやはりというべきか、今日出会った赤嶺のこと。若葉としては同じ顔の人間が敵対するというほぼ遭遇する事のないシチュエーションに高嶋達が参っていないかという心配があった。しかし、当の本人達はさほど気にした様子はない。そもそも敵だ味方だ、という意識があまり無い様で、高嶋は取り敢えずゆっくり話したいという思いが強いらしい。

 

 きっと良い子。そう思える彼女達の姿が若葉には眩しく、そして誇らしい。その2人に感化されたのか、それとも彼女自身もまた優しい心を持っているからか、赤嶺の事も前向きに考える。きっと、敵対せざるを得ない事情が、自分達には言えない理由があるのだろう、と。若葉もまた、高嶋と同じように彼女から好意的な意志があったことを感じているのだから。

 

 「別に私が赤嶺ちゃんの先祖でもいいんだけどね。若葉ちゃんにべったりの園子ちゃん可愛いし」

 

 「格好いいご先祖様に惚れ惚れ~♪」

 

 因みに、この場には3人の他にずっと園子(小)も居て若葉の膝枕を堪能していたりするのであった。

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって犬吠埼家のリビング。そこには犬吠埼3姉弟の姿に加え、友奈の姿もあった。話の内容は奇しくもと言うべきか、若葉達も話していた赤嶺の事。理由は当然、高嶋にもしていたように友奈を心配してのことだった。

 

 「友奈、大丈夫? なんだかちょい悪風味な赤嶺が出てきたけど」

 

 「色々と気にはなりますけど、お友達になれる気もしますので、大丈夫です!」

 

 「そーね。相手も競い合おうとか言ってたし、河原で勝負して分かり合う展開を目指しますか。楓は渡さないけど」

 

 「友奈なら、きっとお友達になれるねぇ。あ、骨は拾ってあげるよ姉さん」

 

 「なんでアタシが負ける前提なのよ! ていうかやるのはアタシじゃなくて友奈でしょうが!」

 

 「あはは! お気遣いありがとうございます、風先輩。楓くんもありがとう。よーし、待っててね赤嶺ちゃん」

 

 そんな会話をして、もう遅いからと友奈を楓が彼女の家まで送っていく。幾らこの世界が神樹の中の不思議空間とは言え、中学生の女の子1人で夜道を行かせる訳にはいかない。特に何事もなく送り届け、また明日と挨拶を交わし、帰ってくれば家族3人で少し遅い夕食を食べた。後は風呂に入り、そして眠るだけ……そんな時間帯。そして正にそうしようとパジャマに着替えた楓がベッドへと潜り込む為に膝を乗せた時だった。

 

 

 

 「こんばんは、楓くん」

 

 

 

 窓も扉も締め切った部屋の中に不自然なそよ風が吹き、そのすぐ後に送り届けた彼女と同じ声が背後からしたのは。

 

 「なっ、むぐ!?」

 

 「おっと、ごめんね? 君だけに用事があるから、家の人に気付かれるのは困るんだ~」

 

 振り返った先に居たのは、部室にもやってきた勇者服姿の赤嶺。驚きのあまり声をあげようとした楓の口を素早く右手で塞ぎ、その勢いのままベッドへと押し倒された。右手は左手で押さえ付けられ、右足には左足を乗せられて封じられる。左手で口を塞いでいる手を退けようとするが相手は変身済みで勇者の身体能力と生身では力の差がありすぎる。残った左足だけでは大したことは出来ない。

 

 近くに端末が有れば変身出来たかもしれないが、生憎と勢いよくベッドに押し倒されたせいか枕元にあった端末は勢い良く跳ね、ベッドから落ちるという最悪の事態にはならなかったものの運悪くどう頑張っても手が届かない場所にある。現状、楓が赤嶺をどうにかする方法はなかった。

 

 「夜遅くにごめんね、と言っても10時前だけど」

 

 (……いや、それよりもなぜ自分の部屋に。部室に来たのは戻ってきた自分達を着けてきたのだとしても、ここにどうやって来れた?)

 

 「あっ、どうやって此処に来たか分からない? 実はね、樹海で君だけを皆から引き離した時、カミサマから渡されたカミサマの力を君に刻み付けたんだ。発信器、みたいなモノかな。私も良く知らないんだけどね」

 

 楓の目から彼の疑問を感じ取ったのか、今まさに欲しかった答えを告げる赤嶺。話を聞いた彼の脳裏に浮かんだのは、彼女の攻撃を防御した時の事。彼女の言った事が本当ならば、あの時受け止めた水晶に、或いはそれを通して彼自身にカミサマの力とやらを刻み付けられたのだろう。部室にやってきたのも実は着けてきたのではなく、刻み付けたという力を辿って来たのかも知れない。

 

 「ここに来たのは当然、勧誘の続きだよ。と言っても、このままだと何回誘っても応じてくれないよね」

 

 当然だ、と楓は口を塞がれたまま頷く。その目はしっかりと彼女の目を見ている。睨み付けていると言ってもいい。赤嶺としてもこのまま勧誘を続けたところで彼が応じる事は決してないと理解している。そんな彼女の顔に浮かぶのは……苦笑い。それもどこか憐憫を感じさせるような。樹海や部室で見せていた余裕そうな表情ではない、初めて見せるそのカオに楓は疑問と困惑を浮かべる。

 

 「だから、応じざるを得ないようにするんだって。正直、私はあんまり乗り気じゃないんだけど」

 

 (だったらやらないで欲しいんだけどねぇ……)

 

 「その方法もあんまり……うーん、説明が難しいな。だけど大丈夫、他の皆に害はないよ。心の方までは分からないけど……」

 

 その言葉を聞き、楓の目が先程よりも強く敵意を持つ。西暦の勇者達はまだ深くまで知らないが、神世紀の勇者達……特に同じ時間軸の仲間達は既に心に大きな傷を持っている。乗り越えているとは言え、傷が癒えたという事はないだろう。そんな彼女達に、また傷を負わせるつもりか。また、悲しませるつもりかと、彼の心に煮えたぎるような怒りが沸き上がる。

 

 彼女の右手を掴んでいた左手に先程よりも力が入る。それは痛みが走り、赤嶺が思わず痛みに顔を僅かにしかめる程。それに伴い、口を抑えて居た手の力が僅かに弛んだことで少しだけ、手が離れた。しまった、と彼女は思うがもう遅い。

 

 「姉さん!! ここに赤嶺ちゃんが居る!!」

 

 「……残念、また失敗しちゃった。もう勧誘は諦めるようにカミサマに言った方がいいかな」

 

  「そうしてくれると助かるねぇ……」

 

 家中に響いたであろう彼の大きな声。これ以上の会話も行動も不可能だと判断した赤嶺は彼から離れ、残念そうに呟く。その間に楓は素早く端末を手に取り、いつでも変身出来る準備を整える。彼女がこれ以上この場に居るなら、直ぐにでも変身して取り押さえるか攻撃出来るように。

 

 「だけど……もう1つの方は成功かな」

 

 「もう1つの方……?」

 

 「そう。勧誘はそれ自体が目的だけど、それ以外にも君を狙う理由があったんだ。まあ今はこれ以上言う時間はないけど」

 

 「何を……っ、風が……」

 

 「楓!! 無事!? うっ、これ、部室の時の……!?」

 

 「お兄ちゃん!? わわっ、凄い風!?」

 

 

 

 「じゃあねー。もう1つの理由は……次の戦いの時に分かると思うよ」

 

 

 

 ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきたからか、赤嶺は楓の左手を……樹海で殴った部分と端末を見て呟いてから言葉を切る。彼が再び問い掛けようとした瞬間に部屋の扉が開き、血相を変えた風と樹が入ってきた瞬間に目を開けるのも難しい突風が部屋に吹き荒んだ。そしてそんな赤嶺の、どこか哀れみを感じさせる声色の言葉が聞こえた後に風が止み……3人が目を開けると、そこに彼女の姿はなかった。

 

 (勧誘に乗ってこっちの味方になってくれたら……まだ()()()()が効いたかもしれないのに……男の子にはちょっと、いや結構可哀想……かな)

 

 去り際に赤嶺がそんなことを思っていたことを、3人は知る由もなかった。そして、何があったのかと姉妹に詳しく説明をする楓もまた……自身の端末の勇者アプリに、一瞬ノイズが走った事に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 「そうか、赤嶺が直接……その刻み付けられた力というのが理由なら、また楓の所に現れるかもしれないな」

 

 「じゃあ私がカエっちの護衛をやるんよ~。おはようからおやすみまで守るよ~♪」

 

 「させないわよ。とは言っても、造反神が諦めないなら赤嶺がまた来る可能性はあるわね……どうにかならないかしら」

 

 翌日、昨夜の赤嶺来襲の事を部室に集まった仲間達に話した楓達。部室だけでなく個人の部屋に直接やってきた、という事実に、仲間達は一様に難しい表情を浮かべる。つまるところ、相手は楓を……最悪の場合、自分達全員を直接奇襲出来るかもしれないという事だ。なのに逆は叶わず、常に奇襲を警戒して気を張るなんてことも出来る筈がない。どうしたものかと悩む仲間達だが、神奈が明るい顔で口を開く。

 

 「大丈夫だよ。刻み付けられた力はそれほど強くないみたいで、もう1度変身すればその時に纏う勇者の力が塗り潰してくれる筈だから……って、神樹、様から神託が来たよ」

 

 「……はい、私にもそれらしき神託が来ました。それに……」

 

 「うん……来たよ。これからまた戦いが始まるって神託が」

 

 神奈の言葉にひなたが肯定し、それに安堵の息を吐く間もなく続く水都の言葉に勇者達の顔が引き締まる。戦いを知らせる神託……それ即ち、赤嶺が言っていたゴングが鳴ったということだ。それを聞いた風が不敵な笑みを浮かべ、仲間達を見回す。

 

 「さー皆の衆、出撃準備は出来たかな。愛媛奪還戦、新たなラウンドよ」

 

 「いつでも行けるわ……戦が始まる。赤嶺 友奈……高嶋さん達に似た人への攻撃は気が進まないけど」

 

 「神託は激戦を予想しています。ご武運を」

 

 「皆、気をつけてね」

 

 「無事に帰ってこいよ!」

 

 「うん、園ちゃんありがとう!」

 

 「銀もありがとねぇ。ちゃんと無事に戻ってくるよ」

 

 そうした会話の後、世界が極彩色の光に呑み込まれる。そして勇者達は樹海へと渡り、いつものお留守番組が部室へと残される。仲間達の姿が見えなくなり、先程までの大人数による圧迫感は消えたものの、やはり仲間が居なくなるこの瞬間はより部室が広くなった気がして寂しさを感じさせた。

 

 「もどかしいですね、園子さん、銀さん。戦いたいのに戦えないというのは」

 

 「まーね。あたしらも居れば、もっと早く敵を倒せるのに」

 

 「ね~。それに、ゆーゆは気にしてない雰囲気を出してるけど、赤嶺ゆーゆの事が引っ掛かってると思うんだ」

 

 「赤嶺ゆーゆてお前ね……」

 

 「ゆーゆにも、カエっちにも力になってあげたいのにな~。わたし達、本当に緊急事態の切り札なのかな? はっ、まさか漫画とかである、お前は秘密兵器だからと言いくるめられて出番が無いパターン……?」

 

 「不吉なこと言わないでくれよ園子……無いよな?」

 

 「か、考え過ぎだよ2人共。大丈夫大丈夫」

 

 (それに試練に彼女達だけ参加させない、なんて事はないからね。新しい土地に来て、赤嶺ちゃんという存在も増えた。彼女達が皆と一緒に戦えるのも、早ければ今回、遅くても次かその次には……)

 

 いつまでたっても端末のロックが解けず変身出来ない園子(中)と銀(中)。ひなたが言うように自分達だけ戦えないと言うのはかつて大赦に奉られていた事を思い出して歯痒い。またかつてのように楓と美森で、そして今居る仲間達と共に肩を並べて戦いたいと強く思う。

 

 そんな2人を宥める水都を見ながら、神奈は口にせずに考える。2人が戦えるようになる日が近いとも感じている。今は造反神となって分かれてはいるが元は神樹という地の神の集合体の1柱、彼の神とて2人の存在は認知しているハズ。だからこそ、2人だけいつまでも戦わせないという事は無い。そこまで考えて、彼女はふと別の疑問を浮かべる。

 

 (それにしても、彼の神はなんで次の戦闘には消える程度の力をわざわざ刻み付けたのかな)

 

 今でこそ造反神として敵対関係……勇者達に試練を与える側として存在する“彼の神”は、何度も言うが元はたまに神奈と脳内で神託という名の会話をしている“私達”だった。当然、楓を含めた勇者達の事はある程度把握しているハズ。それは赤嶺に情報を渡している事からも分かるだろう。

 

 疑問なのは、そうと理解しているにも関わらず少ない力を楓に刻ませたのかだ。本当に彼を狙うなら、それこそどこでも場所を把握出来るような、或いは昨夜のように赤嶺がいつでも拉致できるように強い力を刻む……マーキングでもした方がいい。或いは……とそこまで考えて、神奈がたらりと冷や汗をかいた。

 

 「……楓くん、危ないかもしれない」

 

 「うぇっ? 神奈、どうした急に」

 

 「カエっちが危ないって、どういうこと?」

 

 「うん……なんで造反神が変身1回で消えるような弱い力を赤嶺ちゃんに刻ませたのかなって考えてたんだけど……」

 

 「か、楓さんの場所を把握出来るようにする為じゃないのかな」

 

 「……いえ、でしたら長い時間把握出来るように強い力を刻むのではないでしょうか。そうでないと言うのなら……」

 

 「うん、弱い力だからこそ意味がある……もしくは、()()()()()()()にこそ意味がある。つまり、楓くんが変身して、私が言っ……じゃなくて神託通りに力を塗り潰してしまおうとした時」

 

 彼の身に、何かが起こってしまうかもしれない。そう、神奈は暗い表情で消え入るような声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 そして、部室でそんな会話がされ、終わった直後に。

 

 「そ、そんな……楓くんが……!?」

 

 驚きに満ちた友奈の声が、樹海に響き渡った。




原作との相違点

・勢揃い、4人の“友奈”

・ちょっと筋肉好きが発動した赤嶺

・突撃! 楓の部屋!

・お留守番組に銀(中)と神奈追加(今更

・どの辺が違うのかもう面倒なんでその目で確かめよう!←



という訳で原作との相違点をそろそろ別のおまけか何かにしようか考え中です。何か良い案や後書きで出来そうなのがあれば感想へ(雑な誘導

さて、次回は恐らく6月での投稿になると思います。本編の続きではなく番外編を予定しており、ゆゆゆいの過去イベから発掘して改変すると思います。どのイベントか悩みますが、今の候補としては……ヒントは本編ゆゆゆ編の夏凛ちゃんが出た辺り。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 生まれてきてくれた花達に幸福を

大変長らくお待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

暑くなってきたせいか、思いっきり体調を崩してしまいました。コロナの検査にも行ってきましたが陰性とのことで一安心。皆様も少しでも違和感や不安があれば直ぐお医者様へ。

投稿までの間ガチャ結果は可もなく不可もなく。セイウンスカイ欲しかった……ゆゆゆいも4周年絢爛ssr誰も来なかった←

体調崩してたこともありライズも集会所6から進まず。ファンリビで琴里も当たらず。でも四糸乃が必殺技3になったのでよし。

今回は予告通り番外編です。それではどうぞ。


 夢を見た。

 

 『ねぇ、先月にアタシの誕生日を皆が祝ってくれたみたいに、今月も誕生日を祝ってあげようと思うんだけど……』

 

 『いいですね! 今月は6月だから、夏凛ちゃんが誕生日ですよ!』

 

 『若葉ちゃんもそうですね。6月20日なので』

 

 『そっか……でも、ごめん。その2人は悪いけれど、アタシはあの子を……楓を主に祝ってあげたいの。あの子も6月生まれだから』

 

 『風先輩……』

 

 『……アマっち、6月生まれだったんだ。そう言えば教えてくれなかったな~……』

 

 『知ってたら、あたし達が祝ったのにな……』

 

 時間の関係か、小学生組の4人と……何故か、中学生の楓の姿がない部室でそんな話をしている夢を見た。

 

 『……確か、元の世界だと新士君は』

 

 『そう。だからあの子には祝ってあげられなかった分の……3年分のお祝いをしてあげたいのよ』

 

 夢の中の私の言葉に疑問を持つ。どうして3年分なのか。確かに私は楓の誕生日を祝ってあげられなかった期間があるけど、それは養子に行った後の6年生の間……1年だけだ。なのに3年分となれば、中学1、2年も祝ってあげられなかった事になる。でも、雪花の悲しげな表情といい期間と言い、それじゃまるで……。

 

 

 

 『私も……お兄ちゃんが()()()()ハズの分までお祝いしてあげたいな』

 

 

 

 6年生の時に楓が……死んだみたいじゃない。

 

 

 

 

 

 

 「おはよう、姉さん」

 

 朝起きていつものように朝食を作って居ると、後ろからいつものように楓の声がした。振り返ってその姿を見ると、何故だかいつも以上に愛おしく感じて……思わず作っていた朝食そっちのけで楓に飛び付くように抱き付いた。

 

 「おっとと……姉さん? どうしたんだい? 急に」

 

 「……何でもないわ。ちょっとこうしたかっただけ」

 

 夢を見た気がするけど、内容は覚えていなかった。ただ、起きた時に涙を流していたから、何か悲しい夢を見たんだろう。そのせいか、楓を抱き締めていると……抱き返されているととても安心する。弟が今此処に居ることが、どうしようもなく安心するんだ。

 

 「……ん、もう大丈夫。さて、樹を起こして朝御飯食べましょ。今日は部員でやりたいことあるしね」

 

 「おや、何かするのかい?」

 

 「今は内緒。部室に全員集まってからねぇ」

 

 そう言って笑い、楓には樹を起こしに行ってもらい、朝食作りに戻る。今はもう、起きた時の物悲しさは無い。あるのは、今日はどうやって楓達を祝ってやろうかというワクワク感。

 

 そう、今日は6月1日。楓と夏凛の誕生日がある月の始まりなのだ。あ、目玉焼きちょっと焦げちゃった……。

 

 

 

 

 

 

 そんな出来事があった朝から数時間、場所は部室。神世紀組は勿論小学生組、平成組全ての部員が集まった……否、楓達と夏凛、若葉は居ないがそれ以外の者が集まった辺りで、友奈がわくわくとしながら風に問い掛ける。

 

 「風先輩風先輩! 今日は何をするんですか?」

 

 「先月、アタシの誕生日を皆が祝ってくれたでしょ? だから、今月は6月生まれの部員をお祝いしようと思ってねぇ」

 

 そう言われて部員達の脳裏に浮かぶのは、風の言った先月……5月生まれの彼女を祝った誕生日の事。愛媛奪還前……ふとした疑問からこの不思議空間の時間は季節の移り変わりはあれど主観的な時間……つまり、本来流れるハズの時間は止まっていると発覚。神樹が四季や朝晩を演出しているだけで、時間そのものは動いていないのだと言う。その為、勇者達は歳を取らないし成長もしないのだ。

 

 それはさておき、1日遅れで風の誕生日に気付いた部員達は直ぐにケーキを買い、1日遅れのバースデーパーティーを決行。その頃には香川も殆ど解放して安全地域も多かったので敵に襲われることもなく、無事に楽しくも騒がしいパーティーとなった事はまだ部員達の記憶に残っている。

 

 「今月誕生日の方、どなたか居るんですか?」

 

 「夏凛ちゃんが6月だよ」

 

 「若葉ちゃんもですね。6月20日ですから」

 

 「後は楓とちび楓もね。6月8日だし」

 

 【えっ!?】

 

 風が言った瞬間、驚きの声が上がる。その発生源に部員達が目を向けると、そこに居たのは園子達、銀達、そして須美の5人であった。

 

 「アマっちの誕生日……知らなかったんよ~」

 

 「そう言えば聞いた事無かったなー。6月8日ってあたし達の時間じゃもう過ぎてるゾ」

 

 「話題に出たこともなければ気にしたことも……そう言えばそのっち達の誕生日も知らないわ。こ、これは友達としてどうなのかしら……」

 

 「あたし達の方でもとっくに過ぎてるな……ん? 須美は驚かないんだな」

 

 「だって私は中学生になってからちゃんと楓君をお祝いしたもの」

 

 「え~!? わっしーだけズルい~!」

 

 意外と言うべきか、彼女達は楓達の誕生日を知らなかったのだ。元々楓は自身の事をあまり話す方ではないし、小学生組は学業に訓練に戦いにと忙しかったし、中学生の2人は散華の影響で大赦に奉られていた頃、お祝い等出来るハズもない。その間安芸に日常風景を教えてもらってはいたが彼女とて本来は2人のお世話役、毎日毎日確認出来る訳がない。唯一美森だけは中1の頃から同じ勇者部として祝っている。なので親友と過去の自分達から嫉妬の視線を甘んじて受けていた。

 

 「で、でもそれなら4人の誕生日を一緒に祝っちゃう~?」

 

 「い、祝っちゃお~♪」

 

 「ふふ、皆さんにお祝いされてはにかむ若葉ちゃんが目に浮かびます♪」

 

 「いいんじゃないの? 一緒にやれば盛り上がりそうだし」

 

 「ああ、良いと思う」

 

 「楽しみだね。今回はどんな誕生日になるのかな?」

 

 「神奈ちゃんの時もお祝いしないとね!」

 

 「楓達は老人会からの依頼でそっち行ってるし、夏凛と若葉は剣道部の相談に乗ってる頃だからしばらく来ないわ」

 

 「皆へのプレゼントかぁ……やっぱり好きな物がいいよね」

 

 気を取り直して……と珍しく少し慌てた様子で言う園子達。そんな彼女を微笑ましそうに見ながら、ひなたははにかむ若葉を想像して顔を蕩けさせる。勿論雪花、棗をはじめとして皆乗り気であり、神奈もまた前回のような楽しい誕生日を想像してか笑いながら首を傾げ、高嶋の言葉に曖昧な笑みを浮かべる。神である彼女に明確な誕生日は存在しないのだからそれも仕方ない。敢えて言うなら、今の姿で初めて姿を楓の前に現した遠足の翌日……7月11日になるだろうか。

 

 そんな会話をしている隣で風が今この場に件の4人が居ない理由を告げ、友奈が誕生日に渡すプレゼントを考える……が、これが意外に纏まらない。何せ好きな物を……となっても、夏凛と言えばにぼしかサプリ。それは同じ時間軸の者達以外にとっても最早共通の認識。が、幾ら好きとは言えそれらをプレゼントととして渡すのは微妙だろうと球子と共に数人が首を振る。そして、問題なのは夏凛だけではない。

 

 「……プレゼントって意外と難しいのかも。私達だって若葉さんが好きなものってあまり想像が……」

 

 「……そう言えば、楓の好きなものってなんだろうな。あんまりあれが欲しいこれが欲しいって聞いた事ないゾ……」

 

 「ひなたさん、風さん、何かありますか?」

 

 「若葉ちゃんは毎年何を渡しても喜んでくれますからね」

 

 「楓だって同じよ。何なら“祝ってもらえるだけで充分だからプレゼントはいい”なんて言って両親を困らせてたわ」

 

 「あはは……でも楓くんがプレゼントを要求するのって全然想像つかないかも」

 

 杏がポツリと呟くと、銀(中)も悩み初め、釣られるように周りの者達も悩み初める。楓も若葉も夏凛も物欲が強い方ではなく、自発的に買い物に行くことも少ない。せいぜい日用品や本程度、夏凛は一人暮らしなのでにぼしやサプリを除けば日々の食材や弁当くらいだろう。これまでの勇者の生を見てきた神樹こと神奈でさえ、彼彼女があれが欲しいこれが欲しいと言っている姿など想像も出来ないし見たこともない……気がする。

 

 「それなら、サプライズ要素を入れるのはどう?」

 

 「ええ。どうせなら凄く喜ぶものにしたいです。うーん、これは悩みます」

 

 「サプライズはアリなんだ……」

 

 「ぐんちゃんは何か良いアイデアある?」

 

 「乃木さんが喜ぶもの、ね……思い付きそうもないわ」

 

 「園子は何か思い付かないか?」

 

 「うーん、カエっちもアマっちも何でも喜んでくれそうだけど~……」

 

 「夏凛もなんだかんだ喜ぶでしょうし、これは時間掛かりそうね……」

 

 悩む、その一言に尽きる。歌野が言ったようにサプライズの誕生日パーティー、贈り物をするのは良いだろう。折角の1年に1度の特別な日……当日にする訳ではないとは言え……なのだ、喜んで貰う方が断然良い。問題なのは、やはりプレゼントの内容。特に何を渡せば喜ぶのか……否、余程酷い物でない限り何を渡しても喜んでくれそうなのが問題なのだろう、想像も出来ない2人。それは何を食べたいかと聞いたら何でもいいと返ってきたような感覚に似ていた。

 

 そうしてあれこれ話し合ってはみたものの、やはりこれと言った良案は浮かばなかった。1人でさえ難しいのにそれが4人も居るのだ、早々出る訳もない。もういっそのこと当人達に聞いた方が早いのでは……とサプライズも何もない意見が銀(小)の口から出た為、これ以上悩んで時間を食い潰すよりは……ということで依頼から戻ってくる当人達に聞くことになったその少し後に剣道部に行っていた2人が先に戻ってきた。

 

 「剣道部からの相談、聞いてきたわ。で、大会に向けて時々稽古に付き合うことになりそうよ」

 

 「居合道と剣道は別のものだが、皆と共に心身を鍛えるというのは楽しみだ」

 

 「夏凛ちゃん! 若葉ちゃん! 欲しいもの教えて!!」

 

 「ゆ、友奈!? なんなのいきなり!?」

 

 「ほ、欲しいもの? どういうことだ?」

 

 「実はですね……」

 

 「ただいま。思ったより早く済みました」

 

 「……どういう状況だい? これは」

 

 「あっ、楓くんと新士くんもお帰り! 欲しいもの教えて!!」

 

 「はい?」

 

 「結城さん、少しお待ちを……」

 

 帰ってきてすぐに剣道部の相談内容の報告とその稽古に付き合う事を楽しみにしている旨を伝える夏凛と若葉に友奈が素早く近付き、ストレートにかつ元気に問い掛ける。突然の事とその質問に目を丸くして困惑する2人に、ひなたがこれまでの経緯を説明しようとすると丁度楓達も帰ってきて状況を良く理解出来ず首を傾げ、そこに再び友奈が突撃するという2人の焼き増しのような状況が出来上がった。

 

 一旦友奈を落ち着け、今度こそ4人に先程の話し合いの事を説明するひなた。それを聞いた夏凛は腕を組んで考え込み、若葉と楓達は少し困った表情を浮かべた。

 

 「私達の……誕生日プレゼントね」

 

 「その……なんというか、ありがとう」

 

 「そう言えば今月だったねぇ。すっかり忘れていたよ」

 

 「それで、何か欲しいものとかやって欲しいことってありませんか?」

 

 「欲しいものか……うーむ」

 

 「私、特にないわ。困ってることもないし……でも楓さんのは知りたいわね。去年のリベンジしたいし」

 

 「私もだ。風さん達には良くしてもらっているからな」

 

 「自分も流石にパッと思い付かないねぇ」

 

 「以下同文。夏凛さんと同じく特に困ってることもないしねぇ」

 

 「若葉の言うことは嬉しいけど、他は予想通りというか……困っちゃうのよねぇ」

 

 樹が率先して聞いてはみるものの、案の定と言うべきか返ってきた言葉は“特にない”。若葉に至ってはむしろ良くして貰っているのだからこれ以上望むものはないというもの。楓達も同様で、特に思い付くことはない。半ば解りきっていた、というか予想通りの返答ではあるが、祝ってあげたい側としてはそれはそれで困る。かといって無理に何か挙げてもらうのもそれは違うだろう。

 

 「4人とも本当に何もないの~? 私ならやってもらいたいこといっぱいあるんだけどな~」

 

 「そう言われても困ってしまうんだが……はっ!」

 

 「なんか思い付いたのか? こーゆー時は遠慮しなくていいんだからな」

 

 「強いて言えば……手合わせをしてくれる相手が欲しいな」

 

 園子(中)がそう聞くと困り顔で首を傾げていた若葉が何か思い付いたようにはっと口に出して顔を上げた。これはもしやと球子が聞くが、出てきた言葉に一同は呆れ顔か苦笑い。彼女らしいと言えばらしいのだが、それでも真っ先に出てきたのが手合わせの相手なのは年頃の女子としては如何なものか。

 

 「ええっと……プレゼントはトレーニングの相手をすること……?」

 

 「さっき剣道場の空気を感じたからか、身体を動かしたい気分なんだ」

 

 「良く考えたら名案ね、それ。私も思いっきりトレーニングしたいわ」

 

 「夏凛……あんたもか。か、楓達は違うわよね?」

 

 「思いっきり身体を動かすのは良いかもねぇ。ここしばらくは樹海の戦いも絨毯で飛んでばかりだし、身体が鈍ってないか少し心配だったし」

 

 「自分も元居た時間軸と比べると少し鍛練の量が落ちましたし、そういう意味では久々にガッツリやっておきたいですねぇ」

 

 「そうだ、楓は小学生の時から朝早くからトレーニングやってる系男子だった……!」

 

 「まるで見てきたように言うのね銀。あの子5時半とかに起きてるんだけど……」

 

 「かーくん起きるの早いね……お爺ちゃんかな?」

 

 

 

 

 

 

 という訳でやってきたのは多少暴れても問題ない大赦が用意してある道場のような内装の訓練施設。お留守番組以外の勇者達は変身しており、本日の主役の4人は気合い充分。何せ怪我をしないように気を付けるとは言え今回はレプリカではない本来の武器を使うのだ、レクリエーションの時とはまた本気度が違う。

 

 「では、まずは私の相手を頼もうか」

 

 「当然、若葉側の相手には私も参加させて貰うわ! 初代勇者とは手合わせしてみたかったし、手は抜かないわよ?」

 

 「無論、遠慮せず本気で来てくれ!」

 

 「では自分も。思いっきりやらせてもらいますねぇ、風雲児様?」

 

 「新士、からかわないでくれ」

 

 「自分は不参加だよ。いざというときの流れ弾だったり吹っ飛ばされた人だったりからのこちゃん達を守らないといけないからねぇ」

 

 「カエっちが守ってくれるなら安心だね~♪」

 

 他の勇者達と相対するように威風堂々と立っていた4人がそんな会話をした後、楓だけが離れて戦わない組の近くに立つ。今回の誕生日手合わせ、なんと誕生日組が1人対他の勇者という所謂乱取り形式で行うという。無論道場の広さや高さは樹海と比べる迄もないので樹海と同じように戦うことはできないだろうが、人数差や武器、個人の戦闘力を考えれば無謀と言わざるを得ないが……まあ本人達がやる気なので良いだろう。

 

 「誕生日のプレゼントがこれでいいのかしら……新士君まで……」

 

 「4人とも楽しそうだし、いいんじゃん? 新士と楓さんは正直予想外だったけど。ていうか須美はアッチ側だと思ったけどなー」

 

 「わっしー、訓練の時いつも真面目だからね~」

 

 「訓練を真面目にやるのは当たり前よ。とは言え、いくら私でも……誕生日のプレゼントに訓練は……」

 

 そんなやる気満々な4人を見て、本当に誕生日のプレゼントがこんな事で良いのかと悩む他の勇者達。何か贈り物をとあれこれ考えていたというのに当の本人達が欲しいのは物ではなく手合わせ。しかも一見すれば多勢に無勢。どうにも誕生日らしくないというのが正直なところだろう。まさか誕生日にトレーニングすることになるとは……と樹と杏は肩を落とし、雪花と千景は誕生日にトレーニング(こんなこと)を思い付くのはこの4人位だろうと呆れ顔。

 

 しかし、今回の主役はあくまでも4人。その4人が望むなら叶えてあげようと友奈がやる気を出し、棗も同意。彼女の言葉にそれもそうだと他の者達もやる気を出し始める……が、少し不満があるのが戦えないお留守番組である。

 

 「ウキウキの若葉ちゃんはとっても可愛いですけど……これじゃ私がプレゼント出来ません……今日ほど自分が勇者でないことを悔しく思ったことはありません」

 

 「私達もプレゼント出来ないね……何かしてあげたいなぁ」

 

 「で、でもその分若葉さんの写真撮り放題ですよ……ひなたさん!」

 

 「確かにそうですけど……やっぱり残念です」

 

 「カエっち達とにぼっしーの分はわたしが撮るんだぜ~」

 

 「そこは神奈に撮らせるところじゃないのか……」

 

 現状手合わせ以外の要望は無いため、お留守番組がプレゼントと称して何か出来ることはない。何かしてあげたかった……としょんもりするひなたに杏がなんとか慰めようとするがやはり気は晴れない模様。因みに片手にはしっかりカメラを持っており、園子(中)も既に何枚かパシャパシャと撮っている。

 

 何かしてあげたい。しかし見つからない……とあれこれ考えている神奈だったが、ふと思い付いたように顔を上げる。その目はそろそろ準備が終わるだろう勇者達に向けられ……直ぐ側に居た銀(中)の耳元でこしょこしょと囁いた。

 

 「あのね、ミノちゃん……多分……って……」

 

 「……あっ、ホントだ。じゃああたし達で……」

 

 「うん! ごめん、ちょっと私達外に出てくるね」

 

 「えっ、2人で? 何しに行くの~?」

 

 「なーいしょ。園子達は写真撮っててよ。あたし達しばらく戻らないからさ、後で見せてくれよな」

 

 そう言って神奈と銀(中)の2人がこそこそとしながら施設から抜け出した頃、丁度勇者達の準備が終わったようで若葉が愛刀を手に掛け、夏凛と新士が皆の方へと立つ。皆もまたそれぞれ武器を構えたり開いた片手にもう片方の拳をパシッと打ち付けたりして気合い充分な模様。

 

 「皆、そろそろ準備は大丈夫だろうか?」

 

 「私はいつでもオッケーよ、若葉」

 

 「こっちもよ。怪我しないように、それだけは気を付けて」

 

 「勿論だ、怪我をしては元も子もないからな……それでは皆、宜しく頼む!」

 

 「じゃあ行くよー、若葉ちゃん!」

 

 友奈がそう言った瞬間、誕生日プレゼントという名の鍛練は始まった。真っ先に飛び出したのは友奈と高嶋、風と夏凛、銀(小)と棗、園子(小)と新士の4組。同時に攻めるのではなく、連続して正面2方向から1組ずつ若葉に攻撃を仕掛けた。それに対して若葉は待ち構えるのではなく全身し抜刀。刀と鞘で友奈達の拳を受け流し、2人の間を抜けたら迫る風の大剣を往なして夏凛の双刀の盾にした。

 

 「「わわっ、受け流されちゃった!?」」

 

 「アタシの剣を盾にしたぁっ!?」

 

 「ちょっと風、邪魔しないでよ!」

 

 「若葉に言いなさいよ!」

 

 自分の武器を盾代わりに使われ、攻撃を防がれた事に驚く2人を無視して大剣を跳び越えて間を抜ける若葉。その着地を容赦なく狩りに行くのは銀(小)と棗、そして園子(小)と新士の4人。銀(小)と新士は上から、園子(小)と棗は左右から各々の武器をほぼ同時に振るう。逃げ場は無く、若葉を確実に捉えたと思われた。

 

 「なんの!!」

 

 「うっそぉ!? あいたっ」

 

 「ぐっ! 今のを避けられますか……」

 

 「むっ……流石若葉だ」

 

 「ご先祖様すご~い!」

 

 しかし若葉は跳び越えた後ろの大剣を足場にしてタイミングと着地点をずらすことでこれを回避。見当違いのところに武器を振るうことになった4人の内、上の2人の背中を刀の峰と鞘で叩いて落とし、身体を回転させて刀を振るって左右の2人を遠ざける。

 

 「そこよ若葉!」

 

 「刈らせてもらうわ、乃木さん」

 

 「たまには投げずに使いますかっとね!」

 

 「そうは行かんぞ!」

 

 回転が止まったところで彼女の腕に向かって歌野の鞭が伸び、咄嗟に鞘を盾にするが巻き付かれて動きを封じられる。それを好機と見た千景が大鎌を手に跳び上がり、槍を手に近付いて振るって来た。が、直ぐに鞘を手放した若葉は大鎌が振り下ろされる前に高速の峰打ちによる一閃を腹部へと放ち、吹き飛ばした後直ぐに雪花にも一閃。しかしこれは防がれたが距離を離すことに成功。

 

 「容赦無しかよ……でもタマ達だってな!」

 

 「そこです!」

 

 「射ちます!」

 

 「おしおき……じゃなくて捕まえます!」

 

 (樹の“おしおき”を聞くと怖いな……)

 

 「ちょ、ちょっとこっち来ないで若葉!? 樹ちゃんストップ! ストーップ!」

 

 「ご、ごめんなさい!」

 

 今度は攻撃後の隙を狙って遠距離組が攻撃を開始。しかしこれも対応してみせるのが若葉。球子の旋刃盤は刃のない裏側を蹴り上げて弾き、そのまま宙返りをして杏と須美の矢を回避。その直ぐ後に樹のワイヤーが四方八方から伸びてくるが歌野の方へと走ることでフレンドリーファイアを狙い、その狙い通りに当たりそうになったので慌てて回避する彼女の隙を突いて鞘を回収。同時に樹に心理的に無闇にワイヤーを使えないようにさせた。

 

 「さぁ、まだまだ行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 とまあこんな感じで短くも濃密な時間は過ぎていき、ようやく一息をつく勇者達。鍛練中、所々でシャッター音がしていたのが気にならないくらい集中出来たので若葉的にも満足出来た鍛練のようだ。

 

 が、この後にはまだ夏凛と新士、そして楓も控えている。このまま連続して鍛練するぞと夏凛が構えるものの、普段これ程動かない樹やインドア派の杏は既に体力的に厳しいものがある。それを見た球子の案で暫しの休憩をすることになり、夏凛も万全の相手とトレーニング出来なければ意味がないと了承、勇者達は各々水分補給をして休息を取る。

 

 「やってみて分かった事だが、1体多数というのは実戦でもあり得る事だし、良い訓練だ……うむ。何より相手が強者揃いというのが良い」

 

 「ふふん、腕が鳴るわね」

 

 「とは言え、結構体力使うから後1、2回くらいかねぇ。次は自分も参加するよ。じゃないと機会を逃しそうだ」

 

 「じゃあ楓さんの代わりに自分がのこちゃん先輩達を流れ弾から守りましょうか。楓さん程万全の守りとはいきませんが」

 

 「そんなことないよ~。アマっちも頼もしいよ~」

 

 そんなこんなで少し長めに休憩を挟んだ勇者達。その間にひなたは撮りまくっていた若葉中心の写真を他の者達に見せたり歌野が水都に甘えたり棗や夏凛、楓が若葉の動きを思い返して自分達なら……と話し合ってたりしていた。そしてそろそろ体力も回復しただろうと夏凛が確認したところ、返事が返ってきたので全員が定位置に立つ。先程はお留守番組の近くに居た楓が新士が居た場所へ、逆に新士が楓の居た場所へと移動し、準備完了。因みに楓は体を動かす事が目的なので遠距離攻撃はせずに新士と同じ爪だけを使うつもりだ。

 

 「手加減無しでガンガン掛かってきなさい。この三好 夏凛が相手になるわ!!」

 

 そして始まる誕生日プレゼントという名の鍛練2回戦。若葉が抜刀による一撃や鞘を使った防御や受け流しをしていたのに対して、夏凛は持ち前の速度で避けて2刀の手数で圧倒する。流石に爆発物でもある短刀は使わないが、それでも縦横無尽に動き回り、相手側は中々攻撃を当てられない。速度、という点では夏凛と新士がツートップと言ってもいい。

 

 また、周りが見えない程の煙の中でも気配でバーテックスの居場所を感知した事もあるくらいに彼女は気配に聡い。若葉同様に不意や隙をついた一撃や視覚外からの攻撃にも対応してみせる。それは先の若葉の戦いを思い出させるかのようで、彼女は一対多であるにも関わらず最初の激突を見事捌ききって見せた。

 

 「流石は夏凛。やるな」

 

 「ああ。普段は頼もしい分、若葉と同じで戦うと手強い」

 

 「若葉の時もそうだけどアタシの攻撃全っ然当たらないんですけど!?」

 

 「姉さん大振りだからねぇ……」

 

 「ふふん、完成型勇者はこんなものじゃないわ。まだまだ上げるわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 そこから数分みっちりと動き続けた後、2度目の小休止に入る勇者達。2回戦目ということもあり、その疲労は1回戦を終えた後よりも大きく濃いようだ。

 

 「流石にこの人数を1人で相手するのはキツイわね!」

 

 「そうだろうねぇ。それに皆もそろそろキツイだろうし……」

 

 「となると……次はやはりこれしかないか?」

 

 「いいんじゃないですかねぇ? 自分達としては充分満足してますし」

 

 「はっ! 若葉ちゃんが楓さん達と意味深なアイコンタクトを……」

 

 大きく肩で息をする夏凛に対して、1度しか戦ってない分余裕がある様子の楓は他にも彼女と似た状態……或いはもっと酷い……の皆を見てふむ、と1つ頷く。それを聞いた若葉はぽつりと呟きながらひなた曰く意味深なアイコンタクトを3人へと送り、3人は楽しげな表情を浮かべて頷いた。

 

 それを見て分からないのは仲間達。戦慄しているひなたの事は放っておき、話を進めた方が良いと球子は慣れた様子で先を促し、美森も同意したところで友奈が代表して問い掛けた。

 

 「新士くん、何がいいの? どういうこと?」

 

 【今度は自分(私)達4人が相手だ(よ/だよ)!】

 

 「まだやるつもりなの……あんた達」

 

 【もちろん!】

 

 「ええ……もう勘弁して欲しいなぁ。というかかーくん達意外と体育会系なのかな……」

 

 「アマっち達凄いな~。私、頑張ったら眠くなっちゃったよ……すぴ~……」

 

 「起きてそのっち、まだ寝ちゃダメよ」

 

 「誕生日のお祝いだし、もうちょっと4人に付き合ってあげよう!」

 

 「うんうん! お祝いだしね!」

 

 何人かから勘弁してくれ……という空気や言葉が出るが、友奈ズの“お祝いだから”との言葉でこれが最後だぞとやる気を出す。最後故に遺恨無しの全力で来て欲しいと4人は告げ、先程まで相手が1人であったこともあり、怪我しない程度の加減はしていた者達も全力を出すことを約束する。というより、4人が相手だと全力で対応しなければこの人数差でも危ないのではという危機感も少しあった。

 

 何せ4人の内2人が勇者の中でも随一のスピードアタッカー。内1人は純粋に高水準の戦闘力、内1人は接近戦縛りとは言え割と何でもありなオールラウンダー。1人相手でも割と厄介なのが4人。しかも休憩を挟んだとは言え体力は全快時とは比べるまでもない。

 

 【さぁ、いざ尋常に!!】

 

 後に勇者達は語る。出来れば来年の誕生日の時は別のプレゼントでありますように……と、最後まで元気に立っていた4人を見ながら。

 

 

 

 

 

 

 たっぷりとプレゼントの鍛練を堪能した4人はまだ少し疲労感を残す皆と共に部室へと戻ってきていた。4人はとても満足げな表情をしており、プレゼントそのものは成功したようである。

 

 「うむ、今日はいい鍛練に出来て良かったな。ありがとう、皆」

 

 「私も結構楽しかったわ。その……あ、ありがと……」

 

 「自分も久々に満足の行く鍛練が出来ました。ありがとうございます」

 

 「うん、自分も思いっきり動けたよ。皆、ありがとねぇ」

 

 満面の笑みを浮かべる若葉と新士、楓と照れたように俯きながらぼそぼそと感謝を告げる夏凛。4人の言葉に誕生日を企画した仲間達も疲れたものの満足してくれて良かったとこちらも満足げ。4人のお祝いは大成功に終わり、めでたしめでたし……となるハズだったのだが。

 

 「でも、誕生日なら鍛練よりケーキを買ってきた方がやっぱり良い気がしますね」

 

 「全然誕生日らしくないもんね」

 

 「おおぅ、ここに来て勇者部妹系部員から圧倒的正論が……ん? そういえば銀と神奈はどこいったの?」

 

 「言われてみれば、鍛練の時にどこかに行ってからまだ帰ってきていません……」

 

 「部室に戻る、とは銀に連絡してあるよ。こっちに直接戻ってくるとは返ってきたけど……」

 

 中1の2人が少し残念そうに呟くと風を含めた数人が確かに……と頷く。誕生日なのだから主役に喜んでもらうのが1番とは言え、やはり誕生日にはケーキというイメージが強い。しかし誕生日プレゼントの鍛練に集中した為、何より突発的に今日祝った為にケーキの用意など出来ていなかった。

 

 ケーキを用意出来ていない事を残念に思うと同時に、施設から姿を消して今まで1度も銀(中)と神奈が戻って来ていないことに今更気付く。ひなたが心配そうに呟くも、楓がちゃんと連絡しており、その返事も貰っているとNARUKOの画面を見せながら伝える。時間を見るに施設から出る前に連絡しており、数分とせずに返事も返ってきていた。これならもうすぐ戻ってくるかも知れない……と皆が思った瞬間、図ったかのように部室の扉が開いた。

 

 「ただいまー! ケーキ買ってきたぞ!」

 

 「ケーキって思ったよりも沢山種類があるんだね、びっくりしちゃった。とりあえず、ほおるけえき? を4種類選んできたよ」

 

 「でかしたわ銀と神奈!!」

 

 笑顔を浮かべて入ってきたのは件の2人。その手には神奈が言ったようにホールケーキが入っているのであろう箱が1つずつ、計4つ握られていた。

 

 2人は……というか神奈は施設で前回の風の誕生日の時と違ってケーキの話題が1度もなかった事を思い出し、もしかしたらケーキを用意していないのではないかと思い至っていた。それを銀(中)に相談し、ならサプライズとしてこっそりケーキを買いに行こう! となったのだ。ケーキ屋が少しばかり遠く“誕生日おめでとう!”と書かれたプレートの用意等でそれなりに時間が掛かってしまったが、こうして間に合ったので結果オーライだろう。

 

 因みに、神奈がケーキの種類の豊富さに驚いているのは前回の誕生日では飾り付けをしていたのでケーキ屋に赴いたのは今回が初めてだったからだ。おやつとして食べたことはあるがほぼショートケーキやチョコ、チーズ等のポピュラーな3種類のみ。後に一緒に行った銀(中)は目を輝かせてショーケースの中のケーキを見る神奈を玩具屋で目を輝かせる子供のようだったと語る。

 

 「誕生日と言えば、ケーキもそうだけど歌もそうだよね! だから歌もプレゼントしよう!」

 

 「え、歌? ど、どうしよう。私歌ってあんまり……」

 

 「大丈夫だよ神奈ちゃん、心を込めて歌えば。ほら、風さんの時みたいに! 皆で一緒に! せーのっ」

 

 そんな友奈トリオの会話の後、高嶋の合図と共に主役4人を除いた全員が歌い始める。数人ほど歌うことを恥ずかしそうにしていたが、自身が羞恥心より祝う気持ちの方が強かったのかちゃんと歌っていた。その気持ちが伝わるのだろう、4人は照れ臭そうに頬を赤くしつつ嬉しそうに笑っていた。

 

 happy birthday to you。お誕生日おめでとう。この世界に産まれてくれた、数多の咲き誇る花達に……幸福を。




原作との相違点

・風の誕生日は祝い済み。面子は本編と同様

・プレゼント鍛練は3回戦のまま。但し最後は4人

・ケーキは買ってきた。種類はショート、チョコ、チーズ、モンブラン

・その他色々だよ!



という訳で番外編&初のゆゆゆいイベントは6月の誕生日でした。本作主人公の楓が6月生まれ設定なので丁度良いかなと思いこのイベントに。6月生まれなのは本編ゆゆゆ編で出てきてます。夏凛のリベンジ発言もここから。因みに私も6月生まれだったり(無関係

少しばかり戦闘シーンを挟み挟み。本当は夏凛と4人戦も若葉くらい書くつもりでしたが流石に長引くのでカットです。見直してみるとなんだ若葉強くないかと思ったけど風雲児だしこんなもんでしょ←

もし楓と新士がゆゆゆいでユニットとなった場合、新士は防御と速度、攻撃速度が最大クラスの近接の動く壁に。楓は前列2マスで近接、中列2マスで範囲、後列2マスで遠距離になる特殊ユニットになります。URはきっとそれぞれの時間軸の仲間達と笑い合う一枚絵になりますね。あ、UR雀当たりました(唐突

次回は、というかしばらくは久々に本編予定。早く亜耶ちゃん出して爺孫するんだ……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 34 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

白夜極光なかなか面白いですね。バイスも可愛いですし。天華百剣はサ終とのことで……悲しい、本当に悲しい。最後まで遊びますがね。

ガチャは相変わらず爆死しまくりです。でもfgoではなんとか妖精トリスタン引けました。ラスクラもラスボス引けましたし……たかしー? 無理でした_(:3 」∠ )_

最近またポケモン熱が高まってます。剣盾の厳選楽しい。ライズもやってますがやっとオオナズチ出たところです。過去作で秘薬盗まれた恨み忘れんぞ……。

さて、今回楓の身に起きたことが発覚。どうなったのか……それでは、どうぞ。


 「さぁ、変身してバーテックスの所に向かうわよ!」

 

 樹海に着いて直ぐの風の掛け声に返事を返し、皆が同時に端末へと指を伸ばす。当然、楓も例に漏れず指を伸ばし、変身する為に勇者アプリをタップした。瞬間、いつものように光と花びらが画面から吹き出し、各々が変身を開始する。

 

 (……ぐっ、う……っ!?)

 

 変身途中、楓は不意に体に痛みを感じた。まるで強い力で全身を締め付けられているかのような、無理矢理に小さく丸めようとしているかのような窮屈で息も出来なくなる程の。思わず自分の体を抱き締め、声も出せず両膝を着いて体を丸めてしまう程の。それでも変身は止まらず、その姿を勇者服姿に変えていく……のだが、その服装も何かおかしい。

 

本来の楓の勇者服は勇者達の中では珍しい長ズボンタイプであり、その上から膝から爪先まで具足で覆われている。しかし男性であるハズの彼の下半身には四方に広がる布の下にズボンではなく膝より少し上程の長さ白いスカートがあり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が艶かしく見えていた。

 

 「よし、変身完了……楓!? どうしたの!?」

 

 「お、お兄ちゃん!?」

 

 「えっ? か、楓くん!?」

 

 「楓君大丈夫!?」

 

 変身を終えたのは全員同時だが楓の異変に真っ先に気付いたのは姉妹であった。彼女達の声を聞くと友奈、美森と次々に気付き、彼に近付く。変身したことで長く白くなった髪を樹海に垂らしながら体を丸める姿はどう考えても尋常ではなく、風と樹が側で呼び掛けるも返事を出来る状態ではないようで呻き声しか聞こえてこないのが不安が煽る。

 

 「お、おい……楓はどうしたんだ? 刻み込まれた造反神の力って奴は、変身すれば塗り潰せるんじゃなかったの?」

 

 「ええ、神奈さんはそう言っていたわ。彼女が嘘をついたとは思えないから……造反神の力が神樹様の予想以上だったってことかしら」

 

 「もしくは……変身することで発動する、トラップのようなモノが仕掛けられていたのかもしれません」

 

 「そんな!? 楓さんは大丈夫なんですか!?」

 

 「落ち着いて銀ちゃん、杏さんに言ってもわからないよ。それに、どうやらもう大丈夫そうだよ」

 

 普段は楓と軽口を言い合う球子も流石に不安を隠せないようで千景に声を掛けていた。彼女は樹海に来る前の部室での会話を思い返し、確かに神奈がそう言っていたと言いつつ自身の予想を口にする。その会話はつい先程の事であったので勇者達も皆覚えており、内心で確かにそう言っていたと頷く。

 

 杏もまた、現状から考えられる予想を口にする。神樹の神託を受けた(となっている)神奈の言葉を疑うことはない。ならば疑うべきは刻み込まれた造反神の力の方となるのは当然の事で、そのせいでこうなっているとなれば銀(小)の焦りも仕方がない。そんな慌てる彼女の肩に手を置いて落ち着かせ、新士はそう言って楓の方に顔を向ける。彼女が釣られてそちらへと向くと、楓が深く息を吐いて両手を地に着けて立ち上がろうとしている所だった。

 

 「楓……? 大丈夫なの?」

 

 「……ふぅ。うん、もう大丈夫だよ……?」

 

 「あれ、樹ちゃん何か言った?」

 

 「え? い、いえ……でも今、確かに……」

 

 心配する風にそう返し、立ち上がる楓。そう、確かに返したのは彼だった。しかしその声に高嶋は疑問を覚え、思わず樹に問う。が、当然何も言ってない彼女は首を横に振る。だが疑問を覚えたのは高嶋だけではなく樹も、周りも、言った楓本人ですらそうであった。今聞こえた、口から出た声は男の楓の声ではなく、まるで……樹のような、もう少しだけ低くした……それでも女性だと分かるような声だったと。そして彼が立ち上がった時、全員が驚愕と共に声を上げた。

 

 

 

 【ええええええええっ!?】

 

 

 

 先程言った一部変わった勇者服に身を包んだ楓。その勇者服が体にフィットしているからか分かる、男ではあり得ないはっきりと膨らんでいる胸。よく見てみれば顔立ちも風似から新士のような樹似へと少し幼く、女性らしくなっている。風が側に立っている事から分かるが、彼女と同程度あった身長も幾分低くなっているようだ。

 

 はっきり言おう。“彼”は“彼女”になっていた。

 

 「楓くんが……女の子になっちゃった」

 

 「え゛っ? ……え……? え……?」

 

 「あ、珍しく楓がフリーズした……いやなんでよ!? なんで性別変わってんの!?」

 

 「そうだよお兄ちゃん!! その銀さんか園子さんくらいありそうな胸は何!? どうしたらそんなにむぐむぐっ」

 

 「樹、今はそういう事言う場面じゃないから黙ってなさい。風も、造反神以外に考えられないでしょ……」

 

 「造反神の力が原因だとしても理解は出来んがな……楓を女にする理由が分からない」

 

 (おーっと、これは……ひょっとするとひょっとして、来て欲しくないパターン来ちゃった? そりゃあ神話だと人間を小さな無機物に変えちゃうくらいだし、性別変えるくらい出来ても不思議じゃないけどさぁ……)

 

 大混乱である。友奈が簡潔に事実を延べ、それを聞いて流石の楓も平和な時間や場所ならともかく、いきなり激痛が走るわ急に女になるわで冷静では居られず混乱の極みに陥り、釣られるように風と樹も驚きの声を上げる。樹の場合は驚く方向が少し違うが素早く夏凛に手で口を封じられ、彼女が姉妹を落ち着けようとしている隣で若葉も腕を組んで首を振る。周りも似たようなものだが……園子(小)はどこからか取り出したメモ帳に高速で書き記し、美森は端末のカメラで楓を撮っているが……雪花は1人口元をヒクつかせて冷や汗を掻いていた。

 

 彼女と、そして神奈が考えていた来て欲しくないパターン……それが、楓が恐らく造反神によって性転換させられた事で現実味を帯びたのだ。証拠が無いので確信を持って造反神がその神であるとは言えないが、あまり良い予感はしないことは確か。こりゃ気を引き締めにゃならんね、と雪花は1人気合を入れ直した。

 

 「……うん……うん……よし、うん。何とか呑み込んだ」

 

 「待って、アタシまだ呑み込めない。これからあんたをどう扱えばいいの? 弟? 妹?」

 

 「出来れば弟として扱っておくれ、心は男のままなんだから……いや、それはいい。良くはないけど、いい。もう樹海に来てるんだ、早く終わらせて帰ろう。赤嶺ちゃんだって来てる筈だし」

 

 「あ、そうだよね。もしかしたら赤嶺ちゃんが楓くんが女の子になった理由を知ってるかもしれないし」

 

 「十中八九知っていると思うわ。彼女は造反神側の勇者で、その力を楓君に刻み付けた張本人だもの」

 

 「そう、ですね。直接的な原因ではないかもしれませんが、楓さんを元に戻す方法を知っていてもおかしくありません」

 

 「ていうか知ってなきゃ困るでしょ。下手したらかーくんずっとこのまま、なんてことも……」

 

 「それは勘弁願いたいねぇ……」

 

 どうにか現状を受け入れた楓に対してまだ完全には受け入れきれない風。そんな姉に苦笑いを返す元弟の現妹。しかしいつまでも混乱していられないと樹海を見渡す。既に赤嶺が言っていたゴングは鳴り、直ぐにでも愛媛へと向かってバーテックスを殲滅せねばならないのだ。本人も来ているだろうと言えば友奈がハッとして手を叩く。美森が言うように赤嶺は楓に造反神の力を刻み込んだ張本人であり、敵側の勇者。杏の予想通り、元に戻す為の何らかの方法を知っている可能性はある。

 

 勿論知らない可能性もなきにしもあらずだが、それは出来るだけ考えない方で行く。雪花の言葉に嫌そうな顔をして楓は自分の二の腕辺りを擦り、嫌悪感を示す。結果として両手で胸を持ち上げるような形になり、球子と銀(小)の目が獲物を狙う目付きになり、樹の目が死んだ。

 

 話が一段落したところで美森のカガミブネを使って愛媛へと飛び、そこから楓の光の絨毯に乗ってマップを頼りに進む。内心で問題なく力が使えた事に安心する楓であった。少しして目的の場所へと辿り着き、勇者達は各々武器を手に構え、バーテックスを見やる。

 

 「さぁさぁ! 讃州中学勇者部が来たわよ赤嶺 友奈ぁ!! いざ勝負!!」

 

 「……? 赤嶺さんが居ませんね。何か作戦があるのでしょうか?」

 

 「遠くからバーテックスが沢山出てきた……これが第1陣ということ?」

 

 「消耗させてから本命が来る気か。確か、数の差はバーテックスで埋めると言っていたな」

 

 「数ならとっくに埋まってますけどねぇ……勇者1人辺り、バーテックス何体の計算なんですかねぇ」

 

 「それならまだまだ増える事になるな。タマの強さには全然足りないぞ」

 

 夏凛が意気揚々と敵の反応がある方に右手の刀を向け、居るであろう赤嶺の向かって言い放つ。しかし何の反応もなく、当の本人の姿も見えない事に杏が疑問を口にし、そらから直ぐにバーテックスがわらわらと姿を現した。その数はどんどん増え、真っ直ぐに勇者達へと向かってきている。

 

 美森の呟きに若葉が先日の赤嶺の言葉を思い返しながら頷く。それに対して新士が苦笑いしながら冗談半分に言えば、球子が素でそれに続き、千景から呆れたような目で見られていたが気付かなかった。

 

 「……どのみち敵は倒す必要があるわ。行きましょう」

 

 「三ノ輪 銀と雨野 新士がお供します、千景さん。トリオ名は銀影士隊というのはどうでしょうか!」

 

 「あれ、自然と巻き込まれてる? 異論はないけどねぇ」

 

 「……悪くないわね。三ノ輪と千景、新士で三千世界の戦士というのも……」

 

 (千景が楽しそうで何よりだ……)

 

 「な、何を微笑ましい顔で見ているの。号令よ、号令を掛けて」

 

 改めて迫り来るバーテックス達へと向き直る千景。その隣に銀(小)が並び立ち、ついいつものように彼女の隣に立つ新士。そのせいか妙なトリオに組み込まれてしまい、苦笑いしながら首に傾げた。

 

 銀(小)の言ったトリオ名を殊の外気に入ったのか、満更でもない様子の千景。更にはノリノリで3人の名前を組み合わせて自身も考える始末。楽しげな様子の彼女を、若葉はどの目線からか微笑ましそうに笑って見ていた。その顔が気に入らなかったのか、それとも単に恥ずかしかったのか急かす彼女に、若葉は分かった分かったと頷いてから鞘から抜いた刀をバーテックスへと向けた。

 

 「さぁ行くぞ勇者達よ! 私と銀影士隊に続け!!」

 

 「了解! とっつげきー!!」

 

 「また1人で突っ走る……全く、後で注意しないと」

 

 「珍しく引っ張るわね……さぁ、刈り取るわよ」

 

 顔は真剣に、しかし言葉には少しのユーモアを混ぜて号令を掛ける若葉。それと共にいつものように突っ込む銀(小)と1人にしないように共に行く新士に加え、今回は千景も共に出向く。ほんの少し遅れて若葉が、続けて夏凛や風、棗も突っ込み、小型を蹴散らしていく。

 

 そして中衛に位置する歌野に雪花、樹に園子(小)が突っ込んだメンバーの周囲から攻めてくるバーテックスを攻撃範囲や射程に優れた武器で落とす。背後を突こうと回り込もうものならワイヤーで切り刻まれ、鞭で一掃され、反撃してこようとも園子(小)の槍が傘状になることで防ぎ、その後ろから投げ槍が飛んできて数体纏めて貫かれる。

 

 地上では無理なら上空から、となっても無駄である。如何なる理由か女になってしまっている楓だが光を扱うことになんら問題は無いようで、光の絨毯で縦横無尽に空を飛び回りながらその手の須美の物と似た光の弓で撃ち落としていく。かつては苦手だった射撃も今では手馴れたモノだ。

 

 絨毯の上に居るのは楓だけではない。須美が放つ矢が当たったバーテックスは貫通し、勢いを無くして刺さって止まっても少し間を置いて爆発と共に消し飛び、杏の圧倒的な連射力を誇るボウガンに狙われればもれなく穴だらけとなる。最も火力と射程がある美森に至っては近付けば2丁散弾銃で広範囲にばら蒔かれる弾丸、離れれば狙撃銃による一撃必殺、狙っている最中は無防備かと思えば独立飛行する小型兵器によるレーザー。乗ってるのは4人の上に光の絨毯だがやってることは戦艦である。

 

 「よーし、敵撃破! これぞ業火の女子力! ってまた来るの? 粘着質は嫌われるわよ」

 

 「なんだかおかしいな。倒しても倒しても赤嶺 友奈が出てこない」

 

 「これさー、消耗以外の……何か企んでるよね。山がそう語りかけている」

 

 「山が語りかけてくるなんてあまり考えられないが……凄いんだな」

 

 「海といつも会話してる棗さんのネタだったのに……」

 

 そうやって数えるのも億劫なバーテックスを倒し続け、ようやく途切れたと思ったところに直ぐにまた追加のバーテックスが出てきたことに苛立ちを隠せない風。しかし若葉は苛立ちよりも疑問を強く感じていた。

 

 今回の戦い、勇者達は赤嶺との直接対決をするつもりで挑んでいた。しかし以前は突然現れたと言うのに、今回は倒せど倒せど一向に現れる気配はない。雪花が言うように何かを企んでいる事は明白だろう。その際に普段から“海もそう言っている”と口にする棗の真似をしてみるも本人から素で言われ、軽く凹む雪花であった。

 

 「消耗以外の作戦、ねぇ……自分達をこの場所に釘付けにするとかかねぇ?」

 

 「消耗以外……釘付け……あぁっ!? ま、まさか!?」

 

 ぽつりと考えられる可能性を呟く楓。先程の雪花の呟きと今の彼の呟きを聞いた杏は頭を回転させ、赤嶺の狙いを考察し……少しして、青ざめながら声を上げた。その声に勇者達は驚き、どうしたのかと問い掛け……杏の想像を聞き、しまったと誰もが思った。そしてその頃には新たなバーテックス達がやってきており、勇者達は交戦せざるを得なくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 少し時間を遡り、場所は部室。お留守番組の5人はいつものように戦いに赴いた仲間達を心配しつつ、大人しくその帰りを待っていた……のだが、ふと園子(中)が不安げな顔をして呟いた。

 

 「皆は大丈夫かな~。何だか悪い予感がビンビンするんだよ。このビンビン度はなかなかだよ~」

 

 「園子が言うとシャレにならないな……ていうかビンビン度ってなに?」

 

 「大丈夫です。西暦の風雲児たる若葉ちゃんがついていますし。今頃ちぎっては投げて……」

 

 「若葉ちゃんの武器は刀だから、ちぎったり投げたりはしないんじゃないかな?」

 

 「そのまんまの意味じゃないよ神奈さん……わわっ、何々! 何が起きたの!?」

 

 悪い予感がする。その彼女の言葉にこれまでの経験から気のせいでは済まないことを知っている銀(中)は呆れたように言いながら警戒し、ひなたは安心させる為かそれとも本気でそう思っているのか若葉の勇姿を想像する。そんな彼女の言葉に神奈は不思議そうに首を傾げ、天然な発言をする彼女に水都は苦笑い。

 

 瞬間、どこかから轟音が響き、小さいながらはっきりと分かる程度に部室が揺れた。思わず慌てた肥を出す水都の肩を神奈が支え、驚いたようにひなたが顔を上げる。

 

 「これは敵襲!? 激戦という神託が出ていましたが、まさかこちらが襲われるとは……」

 

 「ふふふ、作戦成功ーっ。本命はこーっち。今頃あっちは2つの意味で慌てていると思うよ」

 

 「貴女は、赤嶺ちゃん……私達を直接狙いに来たんだね」

 

 「ゆ、友奈という名の人がこんな作戦を使ってくるなんて……」

 

 「予め言っておいたと思うんだ。戦いのゴングが鳴った以上は……戦闘が始まった以上は……もう何でもアリで攻撃するって。さぁ、皆出てきて出てきて。固めの数マシマシで」

 

 「ら、ラーメンを注文するかのようにバーテックスを呼んでいる……人がそんな事を出来るなんて」

 

 (ラーメンってあんな注文の仕方するんだ……)

 

 ひなたが予想外だと言うように呟いた後、部室の扉がバタンッ! と大きな音を立てて倒れる。その音に驚きながら5人がそちらへと目をやると、そこには赤嶺の姿。得意気に笑いながら入ってくる彼女の言葉から、5人は“作戦”と“本命”の内容の大方を悟った。と言っても、この状況と神奈の言葉こそが答えであり、水都が酷く驚いているのは戦えない者を直接狙うという他の“友奈”達では考えられない作戦を彼女が取ったからだろう。

 

 だが、作戦自体は有用なのは確か。先程も言った通り、今この場に戦える者は赤嶺以外には居ない。そしてここで5人をリタイアさせれば勇者達にとって様々な点で大打撃を受ける。それを理解しているのだろう、赤嶺は容赦も躊躇もなくバーテックスを多数呼び出す。その呼び出し方に水都が若干の呆れを交えつつ戦慄し、神奈は真面目な顔をしつつ内心で別の意味で驚いていた。

 

 「出来るんだよ。そう、この世界ならね」

 

 そう言って赤嶺は、また得意気に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 「成る程、敵の目的が本拠地への奇襲である可能性……これは急いで戻らないとですね!」

 

 「でも、敵が意図的に東郷先輩ばかりを狙ってきて……カガミブネを使わせないつもりです」

 

 「まあ、自分達が近寄らせないけどねぇ……とは言え、こうも狙われると流石に迂闊に地上に降りられないねぇ」

 

 「東郷さん達に近付いちゃ駄目! 勇者、パーンチ!」

 

 場所は戻って樹海で戦う勇者達。赤嶺の作戦である留守番組が居る本拠地、部室への奇襲を予想したものの大量のバーテックスが部室へと戻ること……現状この場で美森だけが使えるカガミブネを封じる為にか美森に、絨毯へと群がってくる。絨毯に乗る4人と地上組の攻撃で撃退は出来ているが、余りの多さと攻撃の集中具合に地上に降りてカガミブネを使うことが出来ないでいた。

 

 「確かに危機的状況だけれど……私達だって無策で居る訳ではないわ。拠点を空に出来ている理由の1つは、こちらには切り札があるから」

 

 「とは言え、万が一の可能性もあるからねぇ……杏ちゃん、やるよ」

 

 「はい。私達の強化した攻撃で一気に広範囲の敵を殲滅。その後の隙をついて東郷さんのカガミブネで戻りましょう」

 

 「それじゃあ行くよ!」

 

 部室への奇襲、襲撃そのものは考えなかった訳ではない。元の世界と違ってこの世界では樹海化しても留守番組、巫女達は動けるし同じく樹海へと部室ごと来てしまっているからだ。可能性としては充分にあり得た。それでもこうして部室を無防備に出来るのは切り札……今は変身出来ないとは言え、残った2人の勇者が居るから。

 

 だが、楓の言うように万が一の可能性はある。故に勇者達は一刻も早く部室へと戻るため、いつものように楓の強化による攻撃で一気に殲滅を図る。そして楓が杏へと光を伸ばした……のだが。

 

 「……ん?」

 

 「あれ?」

 

 「んんっ……楓君? 杏ちゃん? どうしたの? 早く攻撃を……」

 

 「……いつもの暖かさや力が漲る感じがしないんです。まるで、1枚の壁があるような……」

 

 「自分もそんな感じがするよ。普段通りに強化出来ている感じがしない……杏ちゃん、試しに射ってみてくれるかい?」

 

 「わかりました。やぁっ!」

 

 不思議そうに首を傾げる2人。その仕草に口を抑えて体を曲げた美森だったが素早く体勢を元に戻し、問い掛けてみるが帰ってきたのはそんな言葉で、試しにと促されて杏がボウガンを放つ。これが普段なら、光によって強化されて少し変形したボウガンから矢が大量に放出され、数多のバーテックスを1度に屠れた。

 

 しかし、現実は違う。ボウガンは光に包まれてこそいるが変形はしていないし、矢に至っては光を纏ってすらおらずいつも通りのモノが先程と変わらない速度と威力と見た目で放たれた。それを見た楓が直ぐに左手の水晶に目をやると、本来なら2つ分消えている筈の満開ゲージが満タンのままそこにある。そこまで確認して、楓は苦虫を噛んだような顔をした。

 

 「……やられた。自分に力を刻み込んだ理由の本命はこっちか」

 

 「ど、どういうことですか?」

 

 「つまり、造反神が赤嶺ちゃんに楓君に力を刻ませた理由は、楓君を女の子にする為じゃなくて……」

 

 「楓さんの強化を封じることが本命ということだよ、須美ちゃん」

 

 (あ、良かったそっちが本命か。いや良くはないけどさ……)

 

 上空組から聞こえる会話を聞きながら、雪花は槍を投げながら1人安堵の息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 「さぁて、一気に……嵐のように攻めるよーっ」

 

 「っ……」

 

 「そうは、させないよ~!」

 

 「赤嶺 友奈、お前の好きにはさせないぞ!」

 

 「貴女達に何が出来るの?」

 

 場所は再び部室へと戻り、赤嶺が拳を握り締めて攻撃の姿勢を取る。思わずビクッと震える水都だったが、直ぐに神奈に抱き寄せられて後ろへと隠され、ひなたはその隣に立ち、そして巫女3人を守る為に園子(中)と銀(中)がそれぞれスマホを手に前に出る。そんな2人を見て、赤嶺は不敵に笑った。

 

 実際、これまで2人の勇者アプリはロックされており、変身することが出来なかった。だからこそ今樹海で戦っている勇者達のように戦いに向かうことが出来ずお留守番組として部室へと残っていたし、それを歯痒く思うこともあった……そう、()()()()は。

 

 「出来るんだよなー、これが!」

 

 「じゃーん! たった今、勇者への変身が可能になったんだ」

 

 「ええー……それはびっくりだね」

 

 「緊急時の切り札……ここに発動という訳ですね」

 

 (“私達”、この短時間で頑張ってくれてありがとう!)

 

 自慢するようにスマホの画面を見せ付ける2人。そこには使えなかったハズの勇者アプリのロックが解除されており、タップ1つでいつでも変身出来る状態だった。“いざという時の切り札”……元の世界で繰り返した満開により、勇者達の中でも高い戦闘力を得た2人。これまでロックが解除される気配が無く、本当に戦えるようになるのか半信半疑になることもあった。だが、この危機的状況でそれは払拭された。

 

 ……実のところ、解除するのは神奈達としては解除するのはこんなギリギリになる予定ではなかった。なんなら他の勇者達と共に戦いに向かう時にでも……と神奈は考えていた。それだけ赤嶺の存在と行動が“私達”には予想外であったと言える。だからこそ彼女が来た瞬間から会話の最中を利用して最速でロック解除したのだが。神奈の脳裏に数多の神々がやりきった表情で親指を立てる姿が浮かんでいた。

 

 「わたし達に任せて。さあミノさん、ずがーんと行くよ~!」

 

 「おう! ようやくあたし達も参戦だ、一緒に行くぞ!」

 

 そう言って同時にアプリをタップする2人。瞬間画面から光と花弁が溢れだし、部室を埋め尽くす。そしてそれらが消えた後、そこに立っていたのはそれぞれ勇者服に身を包み、槍と双斧剣を携えた2人の姿。この世界で初めて見る2人の勇者服姿に、巫女3人と赤嶺は思わず見入っていた。

 

 「これが、園子さんと銀さんの勇者服っ……神々しい……睡蓮? と……牡丹?」

 

 「たかだか2人、バーテックスで押し流しちゃうよ。それいけー、やれゆけー!!」

 

 「部室は皆の拠点なんだよ。その周囲を荒らそうなんて……」

 

 「そんな奴らはあたし達が許さない! お前ら纏めて……」

 

 

 

 「「ここから、出ていけええええっ!!」」

 

 

 

 窓を開けて外へと出た園子(中)の伸縮自在の槍と扉の方に向けて振り上げられた斧剣から吹き上がる炎。それらは赤嶺の号令で窓から扉から部室へと侵入しようとするバーテックス達を一薙ぎで一掃してみせた。炎が向かってきた赤嶺は斧剣が振り上げられた時点で危機感を覚えていたのか既に部室から出ており、被害は避けた。その表情は驚きに満ちており、まさか一薙ぎで大量のバーテックスが全滅したことが予想外だったようだ。

 

 「っ!? うわぁ、あっという間に……全滅した」

 

 「これ程とは……圧巻です。切り札と呼ぶに相応しい」

 

 「成る程……1人辺りの戦力を見誤ったね。それ以外は上手く行ったと思ったのに」

 

 「皆、無事!? みーちゃん!?」

 

 「うたのん……!」

 

 「ひなた……良かった」

 

 「しかも戻って来ちゃったか……楓くんを封じればもう少し掛かると思ってたけどこれも予想外。仕方ない……最大戦力プラス、私自身で相手だよ」

 

 ここで、前線に居た勇者達がどうにか仕掛けられていたバーテックス達を殲滅し終えたらしく部室へと慌てた様子で戻ってきた。カガミブネと楓の絨毯を駆使して戻ってきたのだろう、予想通りに赤嶺の姿があることに驚きつつ地上組が上から飛び降りてきて部室と彼女の間に着地し、歌野は中に入るや否や水都に抱き付き、若葉もひなたの無事な姿を見てほっと安堵の息を吐く。

 

 赤嶺にとって予想外な事が続いたものの、彼女もどこかでこの状況になるとは思っていたのか納得したように頷き、背後に大量の中小型バーテックスに加え大型バーテックスも数体出現させる。双方睨み合う……と言いたいところだが、勇者達の方はそこまで空気が重くなかった。

 

 「お、おおぉぉーっ! 中学生園子とあたしの変身……強そうだなぁ」

 

 「そうだねぇ。それにやっぱり須美ちゃん先輩みたいに意匠も違う……よく似合ってるねぇ」

 

 「ありがとうアマっち。プチミノさんも、これからは一緒に戦うよ」

 

 「強そう、じゃなくて強いぞあたし達は。未来のあたしの力、よーっく見とけよな」

 

 「ところカエっちはどこ? 近くに居るのは分かるけど……上かな~?」

 

 「園子先輩~。アマっち先輩が女の子になっちゃったんだよ~。すっごく可愛かったんよ~♪」

 

 「えっ、楓が女の子に……? それってどういう……」

 

 「女の子になったカエっち!? 何それすっごく見たい! 女の子になったカエっちはどこ!? 上!?」

 

 「おおう、ここまでテンションが高い園子は久しぶりだな……というか近くに居るのは分かるけど……? お前のその楓に対する超感覚はホントなんなんだ」

 

 初めて見る事になる未来の自分達の勇者服姿に目を輝かせる銀(小)と同意しながら誉める新士。褒められたこととこれからは共に戦える事が嬉しいのだろう園子(中)も笑みを返し、銀(中)も確固たる自信と自負を持って返す。

 

 ふと楓の姿が見えない事に疑問を覚えたらしくキョロキョロと辺りを見回して本人を探す園子(中)。その直感が存在を捉えたのか絨毯がある空を見上げ、その時に園子(小)からさらりと新情報を伝えられて困惑する銀(中)。神様だバーテックスだ勇者だと割とファンタジー溢れる世界とは言え、流石に性転換は想像がつかなかったのか銀(中)は困惑した様子で首を傾げた。

 

 そんな彼女に対し、園子(中)は目をさながら切れ込みが入った椎茸のようにして光らせ、彼女へと目を合わせた後に変身した事で高くなった身体能力を最大限生かし、己の直感のまま彼が居るであろう上空の絨毯へと素早く跳躍。仲間達が静止する間もなく辿り着いたその先で、彼女は自身の目ではっきりと見た。

 

 「ん? やあ、のこちゃん。勇者服姿を見るのも久しぶりだねぇ……ああ、あんまり見ないでくれると助かるんだけど……聞こえてないっぽいねぇ」

 

 普段見る彼の姿とは違う、自分よりも少し小さな樹に似た少女。真っ白な長い髪や白い勇者服に武器である両腕の水晶と小学生の頃から変わらない手甲と具足。違うのは全身を覆うタイプの黒いインナーがレオタードのようになっており、太ももから具足がある膝辺りまでの素肌が見えていることとズボンからミニスカートのようになっていること。声も樹の声を少し低くしたような、明らかに少女だと分かること。胸も自分と同じか少しだけ小さいくらいにあるということ。

 

 「か……可愛い!! カエっち可愛い!!」

 

 「待って落ち着こうのこちゃんぐむっ……」

 

 「そ、園子さん!?」

 

 「ああ、やっぱりこうなったのね……そのっちだから仕方ないのだけれど」

 

 「新士君が女の子になっていたらそのっちがこうなっていたでしょうから、予想は出来ていましたね」

 

 そこまで認識して、もう辛抱たまらんとそれはもう満面の笑みで楓に抱き付く園子(中)。彼女より低くなった身長のせいで肩辺りに口が当たり喋られなくなる彼と抱き付いている彼女を見て慌てる杏を他所に、予想は出来たと腕を組んで頷く美森と須美。そんな状況で、園子は大きな声で叫ぶように言った。

 

 

 

 「フーミン先輩! カエっちをお嫁に下さい!!」

 

 「楓は嫁に出さないわよ!!」

 

 「その返しは違うと思うよお姉ちゃん……」

 

 

 

 (実は若葉様じゃなくてひなたさんの子孫じゃないのかなあの子……)

 

 (楓くん、女の子になっちゃってるんだ……まさか彼の神は本当に……ち、違うよね?)

 

 そんな気の抜ける会話を聞きながら、どうにも戦闘を始められる空気じゃないのか攻めるに攻められない赤嶺と雪花と違って楓の強化が封じられた事を知らない為に嫌な予想を更に深めた神奈であった。




原作との相違点

・番外編以来のTS楓参戦

・ツッコミ役の銀(中)

・楓、強化を封じられる

・園子(中)はいつも通り←

・原作との相違点……もう何を書けばいいのか……



というわけで、VS赤嶺(始まらない)の続きでした。予想していた方も居るでしょうが、楓の身に起きたのはTS、性転換でした。しかも強化封じのおまけ付きです。勇者服もインナーがレオタードのようになって更にスカートにもなるとは彼の精神ダメージは如何に。

樹海化後の部室ですが、個人的には映画のセットのように部室そのものが樹海の上にポツンとあるイメージです。部室ごと世界を移動しているような、ディケイドの写真店みたいな感じだと思っています。流石に校舎ごとは無いでしょうしね。謂わばプレハブ小屋の状態の部室周辺にバーテックスが現れ、中から外から瞬殺したのが切り札2名です。ぅゎっょぃ。

話は変わりますが、最近別のわすゆ軸のゆゆゆ短編を投稿しました。よろしければそちらも是非読んでみて下さい。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 35 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

楓の女体化は予想されていた方が多かった印象ですね。これが切っ掛けで本作から離れる人が出ると予想していましたが特にそれもなかったので嬉しい限りです。もしや皆様は私と同じTS百合好きでは……?

ボスカノンノに釣られてザレイズ復帰しました。イアハート可愛いよイアハート。魔鏡技も鏡装も出て嬉しい限り。ロアー以外の2人も出てラッキー。fgoの箱ガチャはどうにもやる気が……2~30箱でフィニッシュ予定です。

ファンリビは新イベ来ましたがガチャは見送り。反転十香はスキルマ予定です。でもこの子BASARAの元親アニキに似てる……似てない?←

それでは本編、どうぞ。今回は後書きにアンケートがあります。


 「のこちゃんそろそろ離しておくれ。今は赤嶺ちゃんとの戦いが先決だよ」

 

 「は~い」

 

 「おおう、マジで女になってる……でもなんだか懐かしいな。小学生の時の楓を見てるみたいだ」

 

 「分かるけど、懐かしむのは後よ銀。今は……」

 

 「楓の強化が封じられているから万全とは言えないが、こちらもほぼ最大戦力で相手できそうだ。赤嶺 友奈……捕獲するぞ」

 

 (お姉さまになら捕まってもいいかも……♪ でも半信半疑だったけど、本当に女の子になってるんだ楓くん……()()()()()()大変だろうなぁ)

 

 園子(中)に遅れて絨毯に乗ってきた銀(中)が女になった楓を見て顔や身長差から昔を懐かしんでいると美森にそう言われ、2人は降りて地上組と共に赤嶺+バーテックスの前に立つ。そして棗が彼女を見据えながらそう宣言した後、直ぐに戦いは始まった。今回は直ぐ近くに部室と非戦闘員の巫女達も居る為、楓は纏めて光で覆ってシェルターを作り、同時に攻撃もすると絨毯が使えないので遠距離組も地上から敵を狙うことになった。

 

 ……とは言え、戦いそのものは語るべきところは殆ど無い。園子(中)と銀(中)という強力な勇者が参戦した事で勇者達は文字通りに全員参加の最大戦力。赤嶺も戦ってはいるがどこか本気ではない……消極的な戦い方をしており、軽く攻撃を仕掛けてはしばらく距離を置く、という動きでなるべく自身の力を見せないようにしているようにも見えた。

 

 そんな戦いの中で最も興奮していたのは、恐らく小学生組だろう。特にようやく未来の自分の戦う姿が見られた園子(小)と銀(小)は自分達以上の攻撃範囲、攻撃力、戦いの技術に魅せられていた。伸ばした槍を凪ぎ払うだけで、炎を纏った斧剣を投擲するだけで数多のバーテックスが光になって消し飛ぶ。接近戦をすれば文字通りに瞬殺。正しく“切り札”と呼ぶに相応しい強さだった。

 

 結果として、部室と巫女達に一切の被害が出ることなくバーテックスはそう時間を掛けることなく全て殲滅され、残るは赤嶺1人となって勇者達に包囲された。端から見れば大ピンチだと言うのに、彼女の表情は余裕そのものであったが。

 

 「ん~……今回はダメかなぁ。お見事だね……樹海が戻る……」

 

 彼女が言い終わった直後に樹海に光が溢れる。元の場所へと戻る合図でもあるそれは勇者達諸とも樹海を呑み込み、余りの眩しさに誰もが目を閉じて次に開くとそこは元の世界の部室の中であった。無論、赤嶺の姿もあった。

 

 「赤嶺 友奈、神妙にしてるじゃないの……全く、あんたの作戦には肝が冷えたわよ」

 

 「造反神の策略にもね……まさか自分の強化を封じてくるなんてねぇ。とりあえず、性別を元に戻す方法だけでも教えて欲しいんだけど」

 

 「え~っ!? まだ女の子のカエっちを堪能してないよ~」

 

 「充分してただろ……」

 

 「上手くいったと思ったんだけど……でも負けたよ。流石、現実でも勇者をやってた人間は手強いね」

 

 「貴女は違うの? 勇者(そんな)服を着ているのに……」

 

 誰もが変身を解かないまま赤嶺を包囲し、実際に冷や汗を掻きながら風はニヤリと笑ってみせる。もし彼女の作戦に気付かなければ、気付いたところで殲滅が間に合わず戻れなければ、部室に残っていた勇者2人が変身出来なければ……無事に終わった今だからこそ、強く“もしも”がなかった事に安堵した。

 

 名残惜しげな園子(中)に抱き着かれたままの楓の言葉に返すことなく、赤嶺は余裕そうな表情のまま。周囲の勇者に軽く視線を向けてそう呟く。まるで自分は違うとでも言うような彼女の言葉に疑問を覚えた千景は彼女の身を包む自分達と似た勇者服らしきモノを指差しながら問い、意外と言うべきか赤嶺はあっさりと答えた。

 

 曰く、彼女は周りの勇者達のように勇者服を纏って戦っていたのではなく、神樹から直接力を貰って戦闘力を上げていたらしい。

 

 「乃木 若葉さん達なら分かるかも。初めて勇者の力に目覚めた時、力が湧いてきたよね?」

 

 「ああ。その力で危機を切り抜けて、私達は島根から香川まで戻ってきたんだ」

 

 「私はそういう力で戦ってきたから、勇者服はなかったんだ。私の勇者服はこっちの世界に召喚された時に、造反神が用意していてくれたモノだよ」

 

 それを聞いた勇者達の目が自然と彼女の勇者服へと向く。楓達は流石に視線を向けはしなかったが。動きやすそうな、体にフィットした勇者服。友奈に似たスパッツのようなモノを穿いている下半身にどこか中学生にしては大きな胸を強調しているようにも見える上半身、一番目立つ右手の大きな籠手に見える装備。成る程、このデザインは造反神の趣味か……と何人かが遠い目をした。その理由がわからないのか、或いは勇者服に特に思うことはないのか友奈顔の4人は首を傾げていたが。

 

 ふと、また何人かの視線が赤嶺から楓へと……正確には彼の勇者服へと移る。元の服より少し露出が増え、スカートになっていたりと女性向けに変わっている勇者服。思い返せば彼が恐らく()()()()()によって“彼女”へと変わってから勇者服も変わった。つまりこの改造された勇者服もまた、造反神の趣味なのでは……そう思い、勇者達はこれまでとは別の意味で造反神に対して危機感を覚えた。

 

 「……いったいお前は何者なんだ。“赤嶺”と言えば、沖縄で見掛ける事が多い名字だが……」

 

 「そうだよ……赤嶺は元々、沖縄の人間。沖縄を脱出する時に、ある勇者に守られて、無事に港を出て、四国まで逃げ延びた……」

 

 「そうなのか……」

 

 「話の流れ的に“ある勇者”ってのは棗さんの事だと思いますよ」

 

 「だろうねぇ……成る程、前に棗さんのことを“お姉様”と呼んでいたのはそういう理由か」

 

 「なに……? そうなのか」

 

 「せいかーい。お姉様、お噂通り凛々しい……こうして話せて良かった」

 

 (……()()()()、ねぇ……やはり赤嶺ちゃんが居た時代だと棗さんは居ない、或いは直接会っていた訳ではないのか)

 

 棗の疑問に、赤嶺は隠すことなく答えた。“ある勇者”、というのは棗自身は気付かなかったようだが、雪花も言ったように彼女の事らしい。初めて会った際に赤嶺が彼女のことを“お姉様”と呼んだ理由が分かり、楓はふむと頷いていた。

 

 「お、お姉様?」

 

 「今回はそちらの勝ちだけど、次はもっと激しく攻めてみせるから」

 

 「次? まさか逃げる……うっ、突風……!」

 

 「今回は1本取られたから幾つか情報を話したけど、まだまだこれからだよ」

 

 「撤退する気ね……そうは、させない!」

 

 「おっと、まだ自分が男に戻る方法を教えて貰ってないよ」

 

 「あっ、カエっちが光でぐるぐる巻きにした後にわっしーがしがみついて……」

 

 「か、楓くんに東郷さん! 私! 私だよ!」

 

 本人曰く、一本取られた……奇襲作戦を見事に切り抜けられた事への褒美とでも言うのか情報を話終えたようで以前はように部室内に風が吹き荒び、逃げようとする。直ぐに反応した美森とまだ男に戻る方法を得ていない楓が動き、楓は光のワイヤーを出してぐるぐる巻きに、美森は飛び付くようにして抱き着く。

 

 しかし、その対象は赤嶺ではなく何故か友奈であった。正確に言えば、赤嶺が居た場所に何故か友奈が居て、楓のワイヤーによって身動きできない彼女はそのまま美森に抱き締められており、肝心の赤嶺はいつの間にか扉の方に移動していた。

 

 「ごめんね、結城さん。変わり身の術。それから楓くん……今は楓ちゃんだね。悪いけれど、私も男に戻る方法は知らないんだー。でも、他の地域を解放したら戻れるんじゃないかな……多分」

 

 「多分!? ま、待ってくれないか赤嶺ちゃ……」

 

 「それじゃ皆、またねー。次はもっと激しいのいくから」

 

 「ああ~また逃げられた! 今回は結構気を付けてたのに」

 

 「おのれ、(あやか)しの術……! 1度負けただけではわからないというの……?」

 

 「というかいつまで結城に抱き着いてるんだ? 楓もワイヤーを解いてやれよ」

 

 「あ……ああ……ごめんね、友奈ちゃん」

 

 「あ、ううん、大丈夫だよ楓くん」

 

 嘘か真か知らないと言う赤嶺の曖昧な言葉に珍しく本気で驚愕し、焦りの表情を浮かべる楓。彼としては彼女が男に戻る方法を知っていると思っていたのだから驚くのは当然であるし、というか知っていて貰わないと困る。まさか本当に知らない訳では……という僅かな希望に縋ろうとするが彼女はさっさと退散してしまい、周りが悔しがる中1人意気消沈しながら球子に言われて友奈を縛っているワイヤーを消した。

 

 「……こりゃ赤嶺が負けを心から認めるまで取っ捕まえる必要がありそうね」

 

 「逃げられはしたけど、さしあたり愛媛の一部は解放された訳だし、今回の作戦も成功だよ」

 

 「不思議な敵が現れた訳だが……要は今後とも今まで通りにやっていけば良いわけだな」

 

 「そうだねぇ……“今まで通り”……ねぇ……」

 

 逃げた赤嶺が先程まで居た場所を見ながら、彼女を心底負かすと拳を握る風。こう何度も逃がしてしまっては悔しいと思うより次こそは捕まえるとやる気が出てくるというもの。そんな彼女を落ち着かせるように、水都は今回の戦いの勝利と皆が無事で居る事を喜ぶ。若葉は赤嶺というこれまでの敵……バーテックスのような化け物とはまるで違う存在にまだ少し困惑しているようだが、結局やることはこれまでと変わらないと表情を勇ましいものに変えた。

 

 そんな良い雰囲気の横で、今にも床に手を着かんばかりにどんよりとした空気を出しているのは当然というべきか楓。1人だけ“今まで通り”とは掛け離れた姿であることに、というかこのままいつ元に戻るかもわからない女の子の姿である事にこれまでで類を見ない程に落ち込んでいるようだ。幾ら見た目中学生で中身がお爺ちゃんとはいえ、性別が変わるのは許容範囲外というか、()()()()()()()は受け止められたが()()()()()()()()()はまだ受け止めきれないらしい。

 

 「あー、そのー……げ、元気出せよ楓。な? あたし達もやっと戦えるようになったしさ、日常でも戦いでもフォローするって」

 

 「そうだよカエっち~、だから女の子はままでも大丈夫~。皆、これからはわたし達もいっぱい頑張るんよ~。お役目、えいおーっ!」

 

 「ダブル園子で頑張るんよ~」

 

 「ならこっちはダブル銀だ! 4つの斧をブンブン振り回すぞ!」

 

 「それだけ聞くと危ない人みたいよ銀……新士君? どうしたの?」

 

 「いや、未来の自分が女になってるのを見るのは……こう、変な気分だなぁってねぇ」

 

 沈んでいる楓の背中を擦りながら、銀(中)は意識して明るい声で元気付けようとする。しかしその頑張りを無に返すかのように園子(中)は素の明るい声でトドメのような言葉を吐き、周囲に向けて右手を上に突き出す。園子(小)もそれに続き、銀(小)も2人に負けていられないと同じように突き上げた。

 

 そんな3人を見た後、須美は隣に居る新士が楓を見て微妙な表情を浮かべているのに気付く。首を傾げながら聞いてみれば彼は困った表情に変わり、苦笑いして未だに銀(中)に背中を擦られている楓を指差しながらそう呟いた。未来の自分とはいえ、自身が女の子になっているのはやはりどこか受け入れにくいのだろう。

 

 「……そ、そうだ! 楓くん、変身を止めたら元に戻るんじゃないかな?」

 

 「……赤嶺ちゃんのあの言い方だとそれも望み薄だねぇ。まあ試してみるけれど」

 

 友奈がまだ全員が変身したままである事を思い出してそう言ってはみるものの、楓も周りも変身を解除したところで元に戻るとは思ってはいなかった。勿論、戻ってくれた方が嬉しいのは間違いないのだが……案の定、変身を解いても男に戻ることはなく、体格差からブカブカになった男子の制服に身を包んだ女の子姿のままの楓がそこに居た。そのままではずり落ちてしまうのでズボンのベルトを締め直し、どうしたものかと椅子に座って楓は項垂れる。

 

 何故こんなにも彼が落ち込んでいるかと言えば、先程も言ったようにまだ女であり続ける事を受け止めきれていないのと、どうやってこの先過ごしていくか悩んでいるからだ。不思議空間とはいえ一般人の姿は普通にあるし、ご近所さんやクラスメイト達に今の姿をどう説明すれば良いのか検討もつかない。かつて失った右腕が神樹によって治された時は義手だと説明して何とか納得して貰ったが、それとは訳が違うのだから。

 

 「て、転校生って説明するとか!」

 

 「男の自分はどこに行ったのかってなるよねぇ」

 

 「しばらくお休みするって言えば……」

 

 「友奈さん、楓さんが“いつ”元の姿に戻れるかわからない以上、その“しばらく”がどれだけ長引くか分かりません。あまりに長いと不審に思われるでしょうし……」

 

 「タマ達の特別教室に来るとかどうだ?」

 

 「良い案だけど、理由はどうするつもりだい? それに、学校で知り合いと鉢合わせする可能性もあるしねぇ……」

 

 「大赦に任せちゃおう~」

 

 「……もうのこちゃんの言う通り、大赦に丸投げにしちゃおうかねぇ……ああ、大赦に理由付けしてもらって特別教室に移動させて貰おうか」

 

 「ええー! 楓くん教室変わっちゃうの!?」

 

 友奈の“転校生”という案は却下される。男の楓が居なくなった理由が無いし、転校扱いするにしても学校に説明せねばならない。無論、信じて貰える可能性は低いが。高嶋の長期欠席は案としては悪くないが、杏が言ったように楓がいつ男に戻れるかわからないのて現実的ではない。

 

 では球子の案である、西暦から召喚された勇者達の為に用意された特別教室への移動はどうかと言えば、案そのものは良い。楓の事情を知る勇者達しか居ないのだから気を張る必要もなくなる。だが、学校の中に居るのは変わらないので知り合いと鉢合わせてしまう可能性もある。また、やはり学校側に説明も必要だろう。

 

 園子(中)の大赦に任せる案は最終手段だ。だが、1番現実的でもある。大赦になら楓が女になった理由は敵側が原因と説明出来るし、半信半疑でも信じる方に傾くだろう。大赦を頼ることになりそうな空気に風が苦虫を噛み潰したような顔になるが、幸いにも誰も気付かなかった。

 

 「……わた……じゃなくて神樹、様なら何とか出来るかも……」

 

 「えっ。神奈ちゃん、本当かい?」

 

 「どういう事ですか? 神奈さん」

 

 「ここは神樹様の中で、実際の時間は止まってる。だから皆成長しないまま同じ1年を繰り返してる訳なんだけど、その理由を知らない他の人達がそれを“不思議”や“異常”だと意識出来ないように認識や思考を少し操作してるの。それを利用する……じゃなくてしてもらえば」

 

 「自分が急に女になったことを“異常”だと認識せず、元から女だったって思うようになるってことか……」

 

 「……? ……?」

 

 「結城っち、無理に理解しようとしなくていいよ。でもそれってさ、簡単に言えば“洗脳”ってことだよね。その一般の人達に副作用とかないの?」

 

 「大丈夫だよ。さっきも言ったけど実際の時間は止まってるから、現実世界に影響はしない。そもそも一般の人達はこの世界の出来事を現実では覚えていられないんだ」

 

 (なんだろ、神奈の言葉はちょくちょく引っ掛かるんだよね……でもこの子天然なところあるから隠し事とか出来そうにないし……ま、今はまだ深く考えなくていいかな)

 

 粗方案は出たかといったところで、神奈が控え目に手を上げてそう言った。楓とひなたが聞き返してみれば、返ってきたのはそんな説明。現実の時間が止まっているという説明は以前にも受けた勇者達だが、一般人が成長しない姿や学年が上がらない事などをどう思うかというのを今更疑問に感じたようで“確かに……”と頷き、理解したのか楓は顎に手を当てながらポツリと呟いた。

 

 理解したように頷く者達が居る反面、友奈のように話がよく分からずに首を傾げたり、球子や銀達に至っては頭から煙を上げている者達も居る。そんな彼女達に苦笑を溢し、雪花は真剣な表情で神奈に問う。“洗脳”や“副作用”という穏やかでない言葉を聞いた勇者達は一転顔を青くするがが、神奈がきっぱりと言い切ったことで安堵の表情を浮かべた。が、彼女の今の、そしてこれまでの言動に不信感……とまではいかないまでま引っ掛かるモノがある雪花。とはいえこれまでの彼女の姿も見ているので苦笑いと共に考えを1度保留にした。

 

 「……よし、神奈ちゃんを信じて神樹様にお願いしてみようかな。もしダメそうならのこちゃんの案で大赦に丸投げしよう」

 

 「うん、分かった」

 

 「楓がそれで良いならいいんだけどねぇ……で、神奈。どれくらい掛かりそう?」

 

 「一晩で大丈夫……じゃ、ない、かなぁ」

 

 「そんなに早く……!? 流石は神樹様ですね! ですが、神樹様が実際にしてくれるかどうか……」

 

 「あ、あはは……そこは頑張ってお祈りしてみるね」

 

 「私達もお祈りしてみよう、ひなたさん」

 

 「そうですね、楓さんの為にも私達が頑張ってお祈りしましょう」

 

 「それじゃあ話が決まったところで……そろそろ帰ろうか。色々疲れたよ……」

 

 「本当に色々あった1日だったな……」

 

 結局、楓は神樹(神奈)に頼むことにした。仮にダメならそれこそ大赦に頼めばどうとでもしてくれるだろう。誤魔化すように視線を宙に向けながら確信を持ったような、逆に曖昧なような言い回しをする神奈にひなたは驚いた後に興奮した様子で神樹を褒め称えた。

 

 そこまで話してキリが良いと思った楓は話を終えて解散を促す。精神的にも肉体的にも疲れた様子の楓に若葉が同意し、周りも頷いたり苦笑いしたりと同意する反応を見せる。そうして各々帰る支度をし、部室を出る時……風が楓に声をかけた。

 

 「ああ楓、家に帰る前に色々寄るわよ」

 

 「えっ? ああ、夕飯の買い物かい?」

 

 「何言ってるの、あんたの服とか下着とかよ。しばらく女のままなんだから、女物のアレコレが必要でしょうが。男物と女物じゃ全然違うんだから」

 

 「え゛っ」

 

 「おっと、これはかーくんを着飾るチャンス? 風さん、この雪花をお供に、どすか」

 

 「いいわよー。この際だから皆も行く?」

 

 「勿論行くよフーミン先輩!」

 

 「……今、あんただけ置いていきたくなったわ」

 

 「なんで~!?」

 

 「その……大丈夫? 楓君」

 

 「……はは……大丈夫だよ美森ちゃん。必要なのは解ってる……解ってるからさ……」

 

 (やべー、かつてない程楓が落ち込んでてからかうことも出来ないぞ……)

 

 この後、勇者部全員で街に繰り出し、女となった楓の為の服や下着、ついでにと勇者達自身の服なんかも買い歩いた。案の定というべきかその際に園子ズや美森が暴走し、風と雪花、友奈トリオと歌野にひなたもノリノリで服を選び、彼の着せ替え人形っぷりを哀れに思ったのか他の者達はなるべくデザインが男物に近い服やパンツルック、ボーイッシュな物を選んで楓に渡したりしていた。尚、新士は巻き込まれないように1人少し離れた場所で見るだけだった。

 

 因みに、翌日登校すると神樹の力がしっかり作用したらしく学校で楓を知る生徒や教師達は楓を元から女だと認識しており、楓“ちゃん”や“おばあちゃん”と呼んでいた。これには勇者と巫女達も“流石神樹様”となっていたが……これにより、楓は中身が男でありながら女子と同じ体育の授業及び着替えという新たな難題が浮かび上がり、頭を抱える事になる。尚、着替えはトイレでこっそりと、体育は右腕が義手だから……ということになっている……という説明で見学の形で逃げる事が出来たそうな。

 

 「讃州中学の制服は買い物中にわたしがカエっちのサイズを測って安芸先生に教えたら直ぐに注文してくれたんよ~」

 

 「ああ、だから今朝家の前に届いてたのか……ん? でも自分は店員さんに測ってもらってたし、のこちゃんは姉さん達に隔離されてたハズだけど…… 何で知ってるんだい?」

 

 「目測と抱き付いた時の感触で充分だよ~。測った感じ、ミノさんよりちょっとだけ大きくてわたしよりちょっとだけ小さいくらいで……」

 

 「園子、ちょっと黙ろうな。ていうかなんであたしのサイズまで知ってんだ」

 

 「私が教えたのよ。たまに銀が背後から私の胸を触る時の背中の感触から測ったわ」

 

 「待って、親友達の超能力に付いていけない」

 

 

 

 

 

 

 それから数日後の部室。未だに女の姿に慣れない楓もいい加減折り合いを付け、女性物の服や下着を身に付ける事、トイレにも何とか耐えられるようになった頃。男に戻る気配は無く、試しにお湯を被ったりしてはみたが当然のように効果はなかった。どうにか戻れる方法はないかと依頼を確認するついでに部室にあるパソコンで検索したり仲間達も色々探してみたりとしていた頃、樹海化の警報が鳴り響く。

 

 「ああ、襲撃か……最初からこの姿で行くのは初めてだねぇ……この状態で変身したら元に戻らないかねぇ……」

 

 「お兄ちゃん、家で試したけどダメだったじゃない……」

 

 「うーん、ダークな空気。だけど樹海にはゴーしないといけない訳で。さあ皆さん、出撃準備はオーケーコラル? 樹海に遠征に行きますので!」

 

 「いつでも大丈夫だ。私の奥義で勝ちを呼ぶ……名付けて、一閃緋那太(いっせんひなた)……!」

 

 「……いいんだけどさ…その技名、なんというか背中がむず痒くなるんだけど」

 

 ふふふ……とパソコン前の椅子に深く腰掛けながら力無く、さながら燃え尽きた某ボクサーのように項垂れる楓。現在の格好は友奈達と同じ讃州中学の女生徒の制服である。樹海に行く前から精神的に参っている兄に苦笑いしつつ、樹はよしよしと背中を擦った。その際襟元の隙間から己より大きくなった兄現姉の胸が目に入り、見えてしまった恥ずかしさと嫉妬で顔を赤くしながら瞳を濁らせた。

 

 そんな兄妹の暗い空気を感じ取りつつ、歌野は周囲を見回しながら両手を握ってやる気を出す。皆も準備万端だと頷き、若葉も何やら隣に居るひなたと同じ技名を呟きながら端末を握り締め、それを聞いた夏凛が苦笑いを浮かべつつぶるりと体を震わせた。

 

 「背中掻いてあげようか、夏凛ちゃん。はい、カキカキ」

 

 「あん、ちょ、く、くすぐったい!」

 

 「ネーミングについてはちゃんと本人に許可を取ってるぞ。問題ないさ」

 

 「そういう問題じゃない気がする。まあ本人同士が良いならいいんだろうけどねぇ」

 

 「技名に私の名前を入れたいなんて言われた時には、嬉しくて潤んで近くの神奈さんに抱き付いてしまいました」

 

 「あはは、しばらく離してくれなかったよね」

 

 友奈が善意から夏凛の言葉をそのまま受け取って背中を掻いてやり、そのくすぐったさに彼女が悲鳴を上げて距離を離した後、若葉はひなたの方を見ながらそう答える。しっかりと名前の主に許可を取る辺り、彼女の真面目さが伺えるだろう。その技名の元になった本人と言えば、風が言ったように快く了承、むしろ感激していた様子。その時の再現なのか神奈に抱き付き、抱き付かれた方は笑って受け入れていた。

 

 友達の名前をつけた必殺技と聞いて興味が引かれたのか、高嶋がやはり名付けると威力が変わるのかと聞いてきた。若葉の返答は“気分の問題”、ではあったが戦いに気力は重要とのこと。実際、やる気のない状態の攻撃とやる気がある状態の攻撃とでは威力が変わる。戦闘において“気分の問題”は決して冗談ではないし、どうせなら気合が入る掛け声や技名はあって損はないだろう。

 

 「じゃあ私、ぐんちゃんパンチとか名付けてみようかな。なーんて!」

 

 「じゃあ私も、東郷さんパンチとか、楓くんパンチとか付けてみようかな」

 

 「高嶋さん……」

 

 「友奈ちゃん……」

 

 「自分もかい?」

 

 「私は大抵農作物を技名に取り入れてるから、そこにみーちゃんの名前もドゥーンと入れると……“みーちゃんラディッシュウィップ”!! うーん凄くストロングな雰囲気」

 

 「私の大根鞭……というネーミングはちょっと……」

 

 「がーん! 許可が降りなかったなんて……これじゃ使用することはできないわ……」

 

 「わたしもカエっちの名前を入れた必殺技を」

 

 「アタシが許可しないわ」

 

 「名付ける前に却下されちゃった……酷いよフーミン先輩~。ゆーゆには言わなかったのに~」

 

 (風さん、相変わらず園子に警戒しまくりだな……でもあたしも鉄男と金太郎が楓と同じことになってたらそうするかも)

 

 わちゃわちゃ、イチャイチャ。そんな擬音が聞こえてきそうな部屋の雰囲気はとても樹海に、戦いに行く前の空気とは思えない。が、それも今更だと言えてしまえるのが勇者部である。とはいえ、警報が鳴ってからそれなりに時間が立っているし、もうすぐ樹海へと飛ばされるだろう。そろそろ頃合いだと判断したのか、雪花が棗に向かって口を開いた。

 

 「肩の力が抜けたところで、行きましょっかお姉様。赤嶺が何をしてくるかわからないけど」

 

 「雪花までお姉様呼びは止めてくれ。な……なんとも恥ずかしい」

 

 「恥ずかしい? むしろ嬉しくないか? 銀……だと中学生の方と被るな。子銀や、コールしてみてくれ。きっとタマに気合が入る」

 

 「行きましょう、タマお姉様!」

 

 「よっしゃの、しゃあ!! いいぞいいぞ!! 愛媛を救いに樹海に行くぞ!! ゴーッ!!」

 

 「お姉様呼び……良いわね。楓達、樹、試しに呼んでみて、プリーズ」

 

 「全く、直ぐ影響されるんだからねぇ……1回だけだよ、お姉様」

 

 「お姉ちゃん……じゃなくてお姉様は仕方ないなぁ」

 

 「1回だけだよ、風お姉様」

 

 「アタシも気合入ったああああっ!!」

 

 「やっぱり似てるよなー、タマっちと風さん」

 

 「ふふ、そうね」

 

 雪花からのお姉様呼びに困惑と恥ずかしさが半々に来ている棗。だがその反応が予想外というべきか、己の感じ方とは違ったのか球子はむしろ呼んで欲しいと銀(小)に要求し、彼女は素直に呼んだ。瞬間、爆発的に上がる球子のやる気。それを羨ましそうに見ていた風が弟妹達に呼び掛けると新士と樹は苦笑気味に、楓はようやく回復してきたのか朗らかな笑みと共に呼んであげた。

 

 瞬間、球子と同じように爆発的に上がる風のやる気。その流れを見ていた銀(中)は美森と共にやる気が上がった2人に笑いながらそう感想を溢した。そして部室を、世界を覆い尽くす極彩色の光に呑まれながら、勇者と巫女達は樹海へと飛ぶのであった。




原作との相違点

・銀(中)参戦

・銀(中)参戦

暴走気味(いつも)の園子(中)&東郷さん

・お姉様呼びされた風

・あなたが“そう”思ったのなら、それは(すべから)く相違点だ



という訳で、原作13話終了、14話開始というお話でした。楓TSは暫く続きます。

前書きでも書いた通り、主人公TSについてあれこれ言われたり人が離れたりするかと思いましたがそんなことはなかったので一安心。まあ番外編で1度やってますしね。そのせいかなぁとも思ったり。

流石にファッションショーはカットです。ただ人数が人数なので相当着せ替えられたでしょうね。女になった楓の普段着は基本的にボーイッシュなものになります。イメージは少し成長した園子程の大きさの胸の樹という感じですので、如何様にもご想像下さい。絵心無いのが本当に悔やまれる……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 36 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

楓を早く男に戻してあげてとの優しい感想がちらほら見えました。申し訳ありませんが、彼には今暫く彼女になっていてもらいます。原作20話前後まではそのままの予定です。

ディシディアファイナルファンタジーオペラオムニア、略してdffooを再開しました。やはりティーダとユウナ、アーロンはいいなぁ……ルフェニア全く勝てませんが←

妖精ランスロット爆死しました。パーさん来てくれただけマシですかね……福袋に居たら狙います。久々にドツボにハマった鯖ですのでホント欲しい。

ゆゆゆいでは新しいUR銀が来ましたが、杏と園子(中)とすり抜け。持ってなかったので嬉しいですがね。でも銀ちゃんも欲しかったんや……。

前話のアンケートにご協力、誠にありがとうございました。変身シーン、需要あるんですかね。これで新士含めて3種類目です←

それでは本編、どうぞ。


 「……ふぅ、いい加減切り替えよう。落ち込んでても戦いは始まるんだしねぇ」

 

 「そうそう、落ち込んでても仕方ないって。という訳で」

 

 「久しぶりに皆揃って変身なんよ~」

 

 「ふふ、そうね。4人揃って一緒に変身なんて本当に久しぶり」

 

 樹海に着いて直ぐ、楓は頭を振って意識を切り替えて真っ直ぐ立ち、樹海を見渡す。その左隣に銀(中)が立ち、反対の右側には園子(中)が、その更に隣に美森が立つ。かつてはこうして4人で並んで樹海に立つのが普通だったのに、今では20人に及ぶ仲間達が居る。その中にはかつての自分達4人の、今の自分達と同じように並んでいる姿。それらを改めて認識した後に4人は顔を見合わせて頷き合い、今の仲間達と共に勇者アプリをタップした。

 

 銀(中)は勝ち気な笑みを浮かべ、左手を真横に伸ばして右へと振るとその軌跡をなぞるように炎が燃え上がり、その炎に隠れるように体を一回転させる。炎が消えるとそこには制服からインナー姿へと変わっている彼女の姿があり、回転を止めるように両足で強く地面を踏みつけるとインナーの下半身部分の上に勇者服が現れた。

 

 そしてどこからともなく2輪の牡丹の花が回転しながら彼女に向かい、途中で燃え上がる。銀(中)はその燃えた牡丹に両手を伸ばし、掴んだ後に頭上へと掲げて左右に振り下ろすと上半身部分にも勇者服が現れ、勝ち気な笑みのまま両手の炎を気合の入った声と共にX字を描くように順に振るうと炎が掻き消え、現れるのは2本の巨大な斧剣。最後は斧剣の刃を地面スレスレまで下ろして左右に広げるように持ち、背中を向けるようにして変身を完了する。

 

 楓は自身の体を抱き締めると全身が光に包まれ、それが弾けるように消えると制服姿からレオタードのようなインナー姿へと変わっていた。そしてトントンと軽く右足の爪先で地面を叩くと両足に光が集まり、脚甲を形作る。その後にくるりとその場で回転すると前後左右に光が伸びて布を形作り、その下に同じように光がミニスカートも作り出し、回転によってふわりと翻った。

 

 両手で腰までの長い黄色い髪を後ろへと流すように動かすと旋毛(つむじ)から毛先まで真っ白に染まり、長さも膝裏までに伸びて両手には手甲。次の瞬間には彼の前に光で出来た真っ白な花菖蒲が現れ、それに手を伸ばすと弾けて彼の体へと降り注ぎ、両手の手甲に水晶が付き、上半身の勇者服も現れる。最後には朗らかな笑みを浮かべてその妹に似た顔に似合う右目を閉じたウインクを1つし、左腕を開いた状態で胸の前で曲げ、右腕も開いた状態で下ろし、軽く足を開いた姿勢で変身完了。

 

 

 

 そして変身が終わった瞬間、楓は崩れ落ちてどんよりした空気を背負いながら四つん這いになった。

 

 

 

 「か、楓ー!?」

 

 「違う……違うんだよ……自分の意思じゃなくて体が勝手に動くんだ……友奈と樹ならともかく、自分がウインクなんてしてどうするんだ……」

 

 「大丈夫だよカエっち! 凄く可愛かったんよ!」

 

 「そうだよ楓くん! 可愛くてなんだかドキドキしちゃった!」

 

 「園子と友奈、それトドメだからやめてやれよ……」

 

 「うずうず……」

 

 「あんずもダメだぞー。心の中でだけにしろよー」

 

 「東郷。ばっちりね?」

 

 「はい、風先輩。最初から最後までこの端末に確かに録画してあります」

 

 「いつの間に!? ていうか風、東郷の行動に気付いてたんなら止め……樹? どうしたの、そんな暗い目をして」

 

 「夏凛さん……お兄ちゃん、揺れてたんです……お兄ちゃんなのに……」

 

 そんなやり取りもそこそこに、美森のカガミブネで愛媛まで瞬間移動し、そこからいつものように楓の光の絨毯に乗り込んでマップに映る敵の反応がある場所まで飛ぶ。話には聞いてはいたが実際に飛ぶのは初めてになる園子(中)と銀(中)はその速度と体験に少しはしゃぎ、周りから微笑ましげに見られていた。

 

 少しして、目的の場所へと辿り着く。相変わらずうじゃうじゃと居るバーテックス達に顔をしかめ、各々武器を握りしめる。そしてもうすぐ接触するというところで、地上組が身構えた。

 

 「そろそろだねぇ……皆、準備はいいかい?」

 

 「オーケーよ楓」

 

 「こちらも問題ない」

 

 「そろそろか……よし、行くぞ! あたしに続けー!!」

 

 「あっ、銀さんずるい! あたしもいっくぞー!!」

 

 「やれやれ、銀ちゃんが2人になった……ってのは今更か。突っ込みすぎちゃダメだよ」

 

 「それじゃ、行ってくるねカエっち。ミノさん待って~」

 

 「もう、銀とそのっちは……ふふ、こんなやり取りも懐かしいわね」

 

 「そうだねぇ。それじゃ自分達も昔みたいに……やろうか。自分は遠距離に変わってるけどねぇ」

 

 後数十メートル程の距離まで近付いた地点で、銀(中)が真っ先に絨毯から飛び出して空中でバーテックスを切り裂きながら着地し、銀(小)も続いて別のバーテックスを切り裂きながら同じように着地。2人を追い掛けて園子(中)も突っ込み、残った地上組も次々と飛び出して行く。昔のように早々に突っ込んだ2人に楓と美森はお互いに苦笑いを浮かべて昔を懐かしみつつ、絨毯の上に残った須美、杏と共に上空のバーテックスを殲滅にかかる。

 

 戦力的に見れば、勇者が2人加わっただけ。だが、バーテックスの殲滅速度は飛躍的に上昇していた。銀(中)の炎と斧剣の圧倒的と言って申し分ない攻撃力。園子(中)の伸びる槍や召喚する数多の槍の凄まじい手数と攻撃範囲。大型すら秒で倒しきる程の強さは、改めて彼女達を切り札と呼ぶに相応しい。

 

 だからと言って他の勇者が劣っているかと言えばそんな訳がない。むしろ2人が活躍すればする程“自分も負けていられない”と普段以上にその力を発揮する。これまでの戦いで皆がより強く、成長しているのだ。決して見劣りする訳ではない。やがてバーテックスの数が目に見えて減り、残り数体程になる。その内何体かを上空からの攻撃で倒し、残りを地上組が殲滅し、そして最後の1体に向かって高嶋が右手を引いて飛び掛かり……。

 

 「これでトドメ! 全力全開気合必中! 勇者あーんどぐんちゃんパーンチ!!」

 

 「た、高嶋さん!?」

 

 「あっ、本当に威力が上がった気がする!? 勝利のぶい!」

 

 「敵、全滅ですね……お疲れ様でした。普通に襲ってきただけでしたね」

 

 「ごめんね、名前を借りちゃって。千景お姉様……なーんて♪」

 

 「高嶋さんってば……」

 

 部室で言った通りの技名を叫びながら殴り付け、撃破する高嶋。心なしか普段よりも威力が上がっている気がするのは本人だけでなくそれを見ていた者達も同じであった。技名に組み込まれた本人と言えば、まさか本当に言うとは思っていなかったの恥ずかしさからか、それとも嬉しかったのか、或いはその両方か顔を赤らめていた。

 

 着地して直ぐに振り返り、千景へと右手でVサインを向ける高嶋。彼女が倒したのが最後だったのを見届けた後、須美がそう言った後に全員が1ヶ所に集まる。上空組は念のため絨毯から降りることはなかったが。集まった後に高嶋は謝りつつも悪戯っ子のように笑い、千景もくすくすと笑う。そんな2人のやり取りを見ていた風がポツリと呟く。

 

 「お姉様呼びがにわかにブームって訳ね。さあ部員達よ、呼ぶのじゃ」

 

 「あんた部室で楓さん達に呼ばれてたでしょうが。これでいいかしら、風お姉様?」

 

 「なんだか……いい潮目に変わってきたな。このまま皆がお姉様呼びをすれば……素敵だ。私がお姉様と呼ばれても……目立たない。うん」

 

 「残念ながら、直ぐ終わってしまう流行りかと……」

 

 (今は楓さんもお姉様だねぇ……とは流石に言えないかな)

 

 お姉様呼びが随分と気に召したのか、弟妹達だけでなく部員達にも要求し始まる風。はいはい、と呆れを含みつつも夏凛が呼んであげれば、彼女はうむと満足そうに頷いた。最初にお姉様呼びされた棗と言えば、周りが“お姉様”と呼び、それを楽しんでいる空気にどこか満足げに頷いていた。それだけ自分だけが赤嶺からお姉様と呼ばれている事が慣れなかったのだろう。

 

 このままブームが続けば1人だけお姉様と呼ばれる事は無くなる……と思っていた棗だが、無慈悲な美森の一言に無言で小さく肩を落とした。ふと、新士は今は女となっている楓へと目を向ける。性別だけ見れば呼ばれても不思議ではない未来の自身の姿に、そう思うだけで言葉にはせず少しの哀れみを込めて首を横に振った。そうしているとすすす……と樹と杏が棗は左右から静かに近寄り……。

 

 「あのー、な、な、棗お姉様!」

 

 「ん、んん?」

 

 「戦闘お疲れ様でした、棗お姉様!」

 

 「う、うん」

 

 「呼んじゃった呼んじゃった!」

 

 「呼んじゃったねぇ!」

 

 「大人気ぃ」

 

 「うぅぅ……恥ずかしい……」

 

 「あんずが嬉しそうでタマは何よりだ」

 

 「ありがとう、タマお姉様」

 

 左右から中1組にお姉様呼びされた後に2人がお互いの両手を合わせてぴょこぴょこと跳ねながら嬉しそうにしているのを見て、一連の流れを見ていた雪花が面白そうに笑いながら呟くと、やはりお姉様呼びが慣れない棗は恥ずかしげに俯いた。球子は嬉しそうな2人、その中の杏を見てうんうんと腕を組んで頷き、杏は今度は彼女に近付いてそう呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 「皆さん、お帰りなさい。どうでした? 何事もありませんでしたか?」

 

 「あぁ、何ともないぞひなた。戦闘も恙無(つつがな)く終わった」

 

 「出てこなかったんですね、赤嶺さん。諦めてしまったんでしょうか」

 

 「だと良いがな……引き続き警戒していこう。大胆な奇襲をする奴だ、油断はならない」

 

 「警戒若葉ちゃん! 凛としてて素敵です」

 

 「ホントどんな若葉でもいいのね……愛が深いわ」

 

 「自分としては出てきてもらわないと困るんだけどねぇ……何としても男に戻る方法を聞き出さないと」

 

 「でも赤嶺ちゃんもよく知らないみたいだったよ?」

 

 「それでも知ってる可能性が1番高いのが彼女だからねぇ……」

 

 それからしばらく。特に何か起こることもなく戦闘を終えた勇者達は樹海から部室へと戻ってきていた。出迎えた巫女組からひなたが代表して樹海での出来事を聞くと、彼女に近付きながら若葉が答える。その自然なやり取りに何人かは仕事から帰ってきた夫を出迎える妻の姿を幻視した。

 

 それはさておき、今回も出てくると思っていた赤嶺が現れなかったことを悟ったひなた。勇者達と戦うことを諦めてしまったのかと半ば冗談で言うが、若葉もそう思うことなく警戒は怠らない姿勢を見せる。前回の奇襲にはそれだけ焦らされたのだ、警戒しておくに越したことはないだろう。

 

 真剣な表情でそう言う彼女にひなたがときめき、そんな彼女に夏凛が呆れと感心をしているが、赤嶺が出てこないと困るのは変身から戻っても変わらず女のままの楓。一刻も早く男に戻りたい彼としては何としても戻る方法を聞き出したいところだが……正直に言って、友奈が言うように望みは薄いとは彼自身も感じている。しかし原因である造反神に最も近いのが彼女なのも事実なのだ。だからこそ、早急に赤嶺と接触……出来れば捕まえて色々と聞きたいところなのだが。

 

 その日以降、連日のように樹海に行ってはバーテックスを殲滅し、愛媛奪還を進めていく勇者達。新たに加わった2人という要因があるからかこれまで以上にサクサクと危なげなく連戦連勝を重ねていく事になるのだが……どういう訳か、赤嶺が出てくることはなかった。それどころか赤嶺が居た時のような人間染みた戦術、時折現れていた特殊なバーテックスの登場等もなく、本当に順調に勝利を重ねて愛媛の土地を奪還していった。

 

 だが、その順風満帆な結果に不安を覚える者達もいる。杏曰く、勝たせ続けることで油断させてその隙を突くという兵法もあるとのこと。しかし、勇者達には確かに連勝に気を良くする者も居れば警戒を怠らない者達も居る。また巫女達が危険な目に合わないように奇襲には特に気をつけているし、早々油断することもない。とは言え、何をしてくるのかわからないのが赤嶺、そして造反神なのだが。

 

 「実際のところ、どう思う? ひなたちゃん」

 

 「そうですね……私も、油断させてからの一撃に賭けているのではないかと思います。勇者部の拠点は、神樹様の世界において中心部に近いところです」

 

 「ここが取られちゃうと、とっても危ないもんね」

 

 「しかもさ、なんだかここから離れる程に敵さんたら強くなってない?」

 

 「それは仕方ないよ。わ……神樹、様から離れれば離れる程、それは造反神に近付くという事だから。力の元から離れれば離れる程加護は弱くなり、敵はその元が近ければ近いほど強くなる……」

 

 「RPGみたいね。冒険が進めば進むほどに強い敵が出てくるという」

 

 「ますます気が抜けないな! 残念だったな赤嶺も! タマ達を油断させようという目論見は崩れている!」

 

 「さっき“楽勝過ぎてタマだけでも充分かもしれないな”とか言ってちょっと油断してなかったかしら? 球子は」

 

 「言い掛かりはやめタマえ。海に還してしまうぞ」

 

 「人を海から来たみたいに言わないでくれる?」

 

 今日も今日とて集まった部室でこれまでの戦闘の事を話し合い、ひなたに意見を聞く楓。彼女としてもやはり油断させる為に勝たせているのではないかと疑っているらしい。現実でもそうだが、勇者部は他の3県と比べて神樹の本体にかなり近い場所にある。水都が言うようにこの場所を取られてしまうということは即ち神樹の懐に近い場所を敵に奪われるということ。それがどれだけ危険な事か言うまでもない。

 

 そして、雪花の感じた事も気のせいではない。勇者達の力は元は神樹の、或いは神樹と協力関係にある神の力だ。その元、つまりは神樹本体から離れてしまう程に勇者達に力を送る事が難しくなり、造反神側の力の干渉も受けてしまう。つまり、充分な量の力を渡す事が困難になる。逆にバーテックスはその力の元である造反神に近い為に力は送りやすいだろうし、そもそも本拠地に近くなっているのだからその付近の戦力を強くするのは当然のこと。

 

 「……海!? それはともかく。もしも……この快進撃が油断させる作戦じゃないとしたら……?」

 

 「敵さんは何かの秘密兵器の準備をしていたりでこっちに手が回らないとか?」

 

 「あー、有り得るかもなそれ。なんせ奇襲仕掛けてくるなんてことをしてくる奴だし」

 

 「ありそうよね。神様が関わってるとホント何が起こるか未知数……」

 

 (神様の私でも造反神が何をしてくるか未知数だよー……)

 

 「私達も勇者ロボの開発を急ごうよにぼっしー」

 

 「さも建設している風に言うな!」

 

 球子と夏凛の会話に入った海の単語に反応した棗だが直ぐに話を戻し、別の可能性を考える。彼女が言った通り、これまでの勝利が全て赤嶺の思惑とはなんの関係もない可能性も有り得るのだ。その別の可能性を直ぐに思い付いたのは銀(小)で、納得だと頷くのは銀(中)と夏凛。最早赤嶺は何をしてきても可笑しくないと思い知らされているのだ、本当に対勇者用の秘密兵器を用意している最中だと言われてもあまり違和感が無い。

 

 神奈が彼女の言葉に乾いた笑いを内心で浮かべていると、園子(中)が夏凛に真剣な表情をしながらそう言って即座にツッコミを喰らう。球子といい園子といい自身に向かってボケられるのでもしや弄られて遊ばれているのではないかと懸念するが雪花から“完成型勇者だから親しみやすいだけ”と言われ、なら仕方ないと納得するのだった。

 

 

 

 

 

 

 「よーし、準備完了っと。その間に随分と土地を奪われちゃったなぁ……まぁ、ここからだね」

 

 丁度その頃の愛媛にて、赤嶺によってまさか本当に秘密兵器が用意されているとは、勇者達も確信を持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、いつものように愛媛の樹海へとやってきていた勇者達。既に準備万端だとカガミブネによって到着した地点で各々の武器を片手に広い樹海を見据え、現れるであろう敵の反応を待っていた。しかし……。

 

 「よし! 今日も愛媛を奪還していくぞ。勝ち続けているからと言って気を弛めるなよ」

 

 「……敵の姿がどこにも見当たりません。絨毯の上から見ているのに、どこにも」

 

 下から聞こえる若葉の声の後、上から絨毯に乗っている美森のそんな声が地上組に聞こえてくる。これまでの戦いと違い、彼女が言った通り周囲に敵の姿が全く見えないのだ。それは遠くを見渡せる絨毯の上であっても変わらず、マップを見ても敵らしき反応はない。

 

 「透明とかステルスとか、特殊な敵の可能性は?」

 

 「それは無いと思う。気配というか……雰囲気で分かる。海もそう言っている」

 

 「とにかく警戒態勢を維持してくれ。樹海だというのを忘れるな」

 

 

 

 「全く油断してないのは流石ー。少しぐらい隙があってもいいのに」

 

 

 

 千景の疑問に棗がいつものように海が云々と返し、周りが苦笑いして場の空気が若干弛む。若葉がその空気を引き締めるように言った後直ぐに聞こえた声に、誰もがその聞こえた場所を見た。そこにはいつの間にやってきたのか赤嶺の姿があり、勇者達は直ぐに戦闘態勢を取る。

 

 「っ! 今回は出てきたのか……赤嶺 友奈」

 

 「とりあえず挨拶しておこうかしら。ハロー!!」

 

 「こんにちは」

 

 「こんにちはー! 挨拶はきちんと!」

 

 「皆元気そうで何よりだね。私はちょっと低血圧気味……」

 

 「ああ、元気だとも……男に戻ればもっと元気になれるんだけどねぇ」

 

 「あ……うん。ちょっと楓くんには何とも言えないかな……」

 

 現れた赤嶺に警戒する若葉を他所にフレンドリーに挨拶するのは歌野と友奈。赤嶺も存外普通に挨拶を返し、いつの間にか地上付近まで降りてきていた楓の朗らかな笑み……の後ろのどんよりと暗い空気を感じて曖昧に笑って言葉を濁す。当初よりは女の姿を受け止める事が出来ている楓だが、完全に受け止めるにはもう少しだけ時間が掛かるようだ。

 

 「楓さん……こほん。ふん! 投降するって言うならサプリとにぼしを分けてあげてもいいわよ」

 

 「前は1本取られたから色々準備してきたよ。今回は精霊を使うんだ」

 

 「くっ、無視か……」

 

 「私が持ってきた精霊は造反神のオリジナルでね。人に変身するんだ……こーんな風に。ばぁぁーん」

 

 楓を一瞬痛ましげに見た後、直ぐにキリッとした表情に変えた夏凛が赤嶺にそう話し掛けるも当の本人は一瞥することすら無く話を進める。悔しがる夏凛をそのままに赤嶺は掛け声と共に両手を左隣へと伸ばす。すると一瞬の発光の後、彼女の隣には私服姿の、目に光が無い須美の姿があった。彼女の言が正しければ、その須美は精霊が変身した姿。だが本人との違いはまるで見受けられず瓜二つ。そのあまりのそっくりさに何人も精霊と本人を見比べた。

 

 「わ、私そっくりな人間が……!?」

 

 「これが新しい攻撃方法……なの?」

 

 「何かまた嫌な予感がしてきたわねぇ……」

 

 「須美ちゃん、念のため自分の後ろに。何してくるかわからないからねぇ」

 

 「は、はい」

 

 まるで鏡を見ているようにも思えるその姿に本人は当然驚き、秘密兵器と言っていた割にこれまでの戦いと比べて静か……というか規模が小さい事にこれのどこが秘密兵器なのかと首を傾げる樹。その隣に居る姉は直感的にロクでもない事が起きるだろうと思い、内心同意した楓が絨毯の上で須美を自身よりも後ろへと移動させ、盾になるように前に出る。

 

 「見ての通り、そっくりさんの登場だよ」

 

 「須美が2人……か。でもよく見るとコピーした方は何だかくすんでるというか……存在が変だ」

 

 「自分達の神樹様の精霊とは違って造反神の精霊だから、かねぇ……でも、そっくりになってどうするつもりなのか……」

 

 「須美ちゃんそっくりの敵だから、私達が攻撃しにくいという狙い……?」

 

 「だとしたらセコいわね。だいたい、友奈に似たアンタと腕比べしてる今、そんな作戦無駄よ」

 

 「勿論それが狙いじゃないよ。今回のテーマは……“自分自身との戦い”と言ったところかな。例えば、この鷲尾 須美そっくりになった精霊に対して……」

 

 須美そっくりの姿に最も困惑しているのは、やはりその親友達。しかし銀(小)が言ったように、よくよく見てみればどこか存在があやふや……僅かながら、本人よりもくすんでいるように見えた。新士はその理由を自分達の神樹から出た精霊ではなく造反神の精霊だからと予想するが、赤嶺は何も語らない。

 

 しかしながら、疑問なのはバーテックスではなくなぜそっくりに変身する精霊を用意したのかという事だ。美森が言うように攻撃を躊躇わせるのが理由だとすれば、特に問題はない。勇者達の中には相手を傷付けず捕縛する術を持つ者も居るし、なんなら無視してもいい。それを聞いた風もセコいと思わず口にするが、赤嶺は首を振って否定する。それどころか“勇者パーンチ”と軽い口調で拳をその須美そっくりの精霊に向かって振るう始末。そっくりさんとは言え見た目が須美の為、思わず息を呑む勇者達だが……。

 

 「ほら、元気そのもの。私の攻撃が全く効いてない。割りと強く仕掛けたのにさ。変身した精霊はね、その姿の元ネタの人じゃないと倒せないルールなんだ」

 

 「えーっ、凄く強いルール。何かしら制約があるのかな?」

 

 「……偽物とは言え、須美ちゃんが殴られるのを見るのは気に喰わないねぇ」

 

 「そう怖い顔しないでよ楓くん。ルールの確認の為にはこれが1番手っ取り早いからさ。それと、すぐバレるから白状しちゃうけど、変身した精霊は()()()()攻撃が一切出来ない」

 

 つまり、物理的には無害、安心安全。そう言って笑う赤嶺だが、勇者達としては全く笑えない。そもそも特に効いた様子が無く、そもそも偽物とは言え須美の姿をした精霊に殴られて仲間達、特に小中の親友組は気が気でない。園子(小)も一見冷静にルールの考察をしているが、心の中は小さくない苛立ちを秘めている。楓などモロに顔に出ている程だ。例え見た目だけでも大切で、大事な存在に拳を振るわれたのだ、それも当然だろう。

 

 そんな仲間達の姿に自分達は大切に思われている事を感じ取り、自然と笑みが浮かぶ須美と美森。その喜びを一旦心の端に置き、赤嶺の白状した部分を聞き、ならば何のためにこの精霊を用意したのかと疑問に思いつつ、理由がどうであれ変身された本人が倒せばいいだけの事だと須美が楓の後ろから出て精霊目掛けて素早くを矢を放つ。その矢は少しの間を置いて精霊に直撃した……のだが。

 

 「あれ? 矢が命中しているのに精霊が消えない?」

 

 「本人であろうと物理的な攻撃じゃ倒せないよ。肉体的にじゃなくて、()()()()倒さないと駄目な敵なんだ」

 

 「……?」

 

 

 

 「簡単な事よ……須美」

 

 

 

 「「うわああああっ! 喋ったああああっ!?」」

 

 矢は確かに精霊に直撃したハズが、先程の赤嶺の拳の時のように微動だにせず、効いた様子もない。その事に首を傾げる樹だが、その理由は赤嶺によって語られる。しかしその内容がよく分からなかったのか須美が精霊を睨み付けつつも不思議そうにしていると、これまで特に動きを見せなかった精霊が須美と同じ声でポツリと呟いた。

 

 突然言葉を発した事にてっきり変身した精霊は喋らないもだと思い込んでいた仲間達、特に2人の銀は飛び上がる勢いで同じように驚き、改めて2人が同一人物なのだと思い知る仲間達。その様子を見て小さく笑う精霊……しかしその視線が一瞬、楓に向けられたのに気付いた者は居なかった。

 

 「この精霊はね、変身した人に質問を投げ掛けたり論戦を仕掛けたりするんだ。その質問に答えられなかったり……論戦の末に論破されちゃったりした場合……悲しい事が起こる」

 

 「悲しい事って何よ!」

 

 「死にはしないけど、もうこの神樹の中では戦えなくかるだろうね……この精霊に取り憑かれるんだから。議論は本人の精神世界で行われるの。だから、負けたら呑み込まれる感じ?」

 

 「勝手に精神世界に入って問答を仕掛けてくる癖に負かしたら取り憑いてくるのか……普通に悪霊だねぇ」

 

 「それかタチの悪い妖怪じゃないの……」

 

 「元々、精霊は妖怪が多いからね。牛鬼も青坊主も」

 

 悲しい事……そう聞いて幾人かが最悪の場合を考えるものの、赤嶺によってそれは覆される……が、それでも議論に負けた場合の結果は決して軽くない。それに、取り憑かれた本人がその後どうなるのかも言及されていないのだ。変身出来なくなるだけなのか、それとも目覚めなくなるのか、はたまたこの世界から消えるのか……それとも、精霊が変身ではなく本人そのものに成り代わるのか。

 

 心底不愉快だと言うように吐き捨てる楓に同意するように頷く夏凛。そんな2人に赤嶺は軽い口調で返した。確かに精霊には妖怪と同じ名前、伝承を連想する姿をしているモノが多いが目の前の精霊ほどタチの悪い存在ではない。一緒にするな、というのが勇者達の総意であった。

 

 「……とにかく、口喧嘩に勝てば良いってことでしょ。これは得手不得手、分かれそうですにゃあ」

 

 「因みに、質問や議論は本人にとってかなりえぐい話題が飛んでくるから気を付けてね。どうかな? この趣向。ある意味、自分自身との対話とも言えるね。なかなか出来ない体験だよ」

 

 「自分との対話なら何度もやっているけど……須美ちゃんとはよく話すし」

 

 「わたしはわたしとお喋りするし」

 

 「息もぴったりだし」

 

 「自分はまあ、未来の自分とは言え数少ない男勇者同士だしねぇ……今は違うけど」

 

 「小さい自分、帰ったら覚えておくんだねぇ」

 

 「あたしもさっきは息ぴったりだったしな!」

 

 「自分自身のハズなのに手の掛かる妹みたい……って思うのはどうしてなんだろうなぁ……」

 

 「……あっ、そう言えばそっか。ていうか多いね、同一人物……それはまあ良しとしちゃおう。さぁ、説明と警告はきちんとしたからね。そろそろ始めようか」

 

 雪花がポツリと呟き、それを聞いた勇者達も確かにと頷く。口が回るタイプも居ればそこまで回らないタイプも居る。その回らないタイプに論戦を仕掛けられた場合、ちゃんと論破出来るか不安ではある。更に赤嶺から“本人にとって”の話題、自分自身との対話となればよりその不安を煽ると言うものだ。

 

 ただ、勇者部には小中の年齢差はあれど同一人物が4人居て、そういう意味では“自分自身との対話”はもはや日常的である。各々和気藹々と話す様子と内容にそれもそうかと納得する赤嶺だったが、それはそれだと気を取り直してそう口にし……何かをする前に雪花の動いた。

 

 「その前に君を倒したらいいんでない!? ほいや!」

 

 「おっと! 距離を取って逃げるだけだよ。勇者ならこの攻撃、正攻法で打ち破ってくれると嬉しいな」

 

 「怪しい技を使ってくるわねぇ……全員、気をしっかり持つのよ!」

 

 「今度は自分とのマインドバトル。なんともホットな戦いになりそうね!」

 

 「……歌野は楽勝だと思うんだが、気のせいだろうか」

 

 「自分との戦い……ってよく分からないところもあるけど、為せば大抵なんとかなーる!」

 

 「それじゃまずは鷲尾 須美ちゃん。バトルに行ってらっしゃい」

 

 雪花の素早く力強い槍投げを難なく躱した赤嶺は本人にその意識があるかはともかく挑発のように言い放ち、少しムッとした風がそう声を掛ける。どのようにして精霊が精神攻撃を仕掛けてくるかまだ分からないからだ。彼女が真剣に注意しているすぐ近くでは歌野がどこか自分自身との戦いを楽しみにしているように思え、普段の彼女を見ている限りその戦いに負けるとは思えない若葉が苦笑いしながら小声で呟いた。

 

 そして赤嶺が須美を名指しし、絨毯の上で警戒する彼女に向けて精霊が右腕を上げて人差し指を突きだし……こう一言。

 

 

 

 「どーん!!」

 

 

 

 「……それってひょっとして、笑うせぇる……」

 

 「新士君、それ以上はダメ。というかなんで知っているの……?」

 

 何かを言いかけた新士に対する千景のツッコミが、樹海に小さく響いた。




原作との相違点

・銀(中)の変身シーン追加

・4人揃って変身する先代勇者中学生組

・同一人物多すぎ問題(4組)

・ツッコミ千景

・相違点多すぎて手に負えねえよ……



という訳で、原作14話の終わりと15話の始まりというところでした。

アンケートでTS楓の変身シーン書くのは決まってましたが、よく考えると銀(中)の変身シーンとか原作には無いのでこちらもオリジナルで書きました。彼女は背中で語るのが似合うと思うんです。

遂に来ました、精霊による自問自答。がっつり書くべきか、それともある程度簡略して書くべきか今から悩みますね。あれを実際に書くと文字数結構増えそうですし、Deifの時のような書き方でもいいかもしれませんね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 37 ー

大変お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

ランスロットもオベロンも爆死し、周年石も消えました。コヤンスカヤが当たった事が唯一の救いです……福袋で伊吹童子が来てくれたのでそれも良かったことかな?

dffooではアルテマ剣3段階まで解放。BT持ちも増えてよきよき。ザックス強いですが私はティーダ推しです(鋼の意志

ゆゆゆいでは初春だけ来てくれました。コラボキャラがバトルキャラになるとはこの海のリハクの(ry)。コラボイベ復刻したらまた増えそうですね。

さて、本編ゆゆゆいも1つの山場です。それでは、どうぞ。


 「く……うっ、ああっ……!」

 

 「須美ちゃん!?」

 

 「お、おい須美? どうした須美!?」

 

 「……赤嶺さん。須美ちゃんはどうなったんですかねぇ?」

 

 「精霊との対話が始まったんだよ。彼女の意識は今、ここじゃなくて精神世界に居る。戻ってくるには、問い掛けに答えるか論戦に打ち勝つしかない」

 

 須美の姿をした精霊に指を指された後、須美は苦しげな声を漏らした後に目から光を無くして微動だにしなくなる。驚いた楓はこのままでは絨毯から落ちるかも知れないと思い、彼女を抱き抱えた後に地上に降り、地面の上に座らせる。それでも動かない彼女に、銀(小)は慌てて声を掛けるがやはり反応は無い。

 

 

 それを見た新士ははっきりと顔に怒りの感情を浮かべ、赤嶺を睨み付けて問う。そんな彼の怒りを涼しげに流し、彼女は先程も説明した事を改めて説明した。須美の状態を見て、勇者達は彼女の言葉が事実であると本当の意味で理解する。“自分自身との戦い”。須美の意識が精神世界とやらにある以上、自分達にはどうすることも出来ない。手助けも何も。須美自身の勝利を信じて待つ以外は。

 

 「こんのーっ!! 須美を解放しろ!!」

 

 「だから私を倒したところで対話は終わらないよ。自分の事は自分で決着を着けないと」

 

 「……消えた、か。本当に今回は自分達と直接戦うんじゃなく、精神世界で精霊と論戦させるつもりなんだねぇ」

 

 「これ以上赤嶺 友奈を攻撃しようとしても無駄ね。ずっとこの罠を作っていたんだろうし」

 

 (……精神世界で、自分自身との戦い。それも()()()()()()()()()()()()()()……もし、それで須美ちゃんが……いや、彼女だけじゃなく、論戦をした子達の心が傷付くような事があれば……)

 

 銀(小)も怒りの声を上げるが、赤嶺はさらりと言った後に部室に来た時と同じようにその場から消える。現れてから1度としてバーテックスの召喚はおろか自分から勇者達に攻撃してこなかった事から今回の戦いはあくまでも精神世界での精霊との対話、論戦しかするつもりはないのだと悟る勇者達。新士がその共通する心の声を口に出し、歌野も赤嶺が今日まで暫く姿を見せなかった理由を理解して首を横に振った。

 

 誰もが心配そうに須美を見る中で、楓は手甲が無ければ爪が肉を突き破っているであろう力で拳を握り締めていた。彼にとって、勇者の子達の心が傷付きかねない今回の事は地雷と言ってもいい。まだ遠足後の戦いを経験する前の時間軸から召喚されたとは言え、須美達小学生組を含めた神世紀の勇者達は皆その心に大きな傷を負ってきた。そして楓は、それを目の当たりにしてきたのだ。

 

 そんな彼女達の心に、また傷を負わせるつもりなのか。或いは、その傷を思い出させ、深くするつもりなのか。彼女達が精霊に打ち勝つと信じては居る。だが、それとこれとは別。もし彼女達が傷付き、涙を流すような事があれば、楓は自分を抑える自信が無かったし、抑えるつもりもなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして精神世界。須美と須美の姿をした精霊しか居ない真っ白な世界の中で、彼女は精霊に問い掛けられる。

 

 

 

 ― 鷲尾 須美にとって、乃木 園子とは何か。目の上のたんこぶではないのか ―

 

 

 

 「目の上のたんこぶ? 意味不明なことを。そのっちは友達よ」

 

 そう即答した須美。彼女にとって園子は勿論、銀と新士も大事な友達であり、戦友である。目の上のたんこぶ……邪魔者であるとか、鬱陶しい者であるとか、そんなことは断じて有り得ない。

 

 須美の答えを聞いた精霊は、もしもその意見が偽りであった場合、須美の魂に寄生すると言った。この言葉の意味の正確なところは須美には分からない。だが、決して良い意味ではないことは想像に難くなかった。

 

 「私は今、貴女の精神世界に居る。だから貴女が体験した記憶を映画のように眺める事が出来るのよ。見える見える、貴女の記憶が……」

 

 須美には分からないが、精霊の目には見えている。目の前に居る須美の、この不思議空間に来るまでに彼女が過ごしてきた過去が。養子になる前、お役目の為に養子に出た後。まだ他の3人と関わりが薄かった頃、本格的にお役目が始まり出した頃……それら全ての記憶が。

 

 「お役目が本格的に始まって、4人の中から隊長を決める時があったでしょう? 隊長がそのっちに決まって、それが家柄や血ではなく実力で……そして、貴女が憎からず思っている“彼”にも自分より向いていると言われて」

 

 

 

 ― 貴女は、天才とも言えて……彼からの信頼も厚いそのっちに、嫉妬と劣等感を抱いているでしょう? ―

 

 

 

「……何を言うの。そのっちは凄いし、新士君の言ったことも納得出来るものだった。それだけの話よ」

 

 精霊の言葉を須美は否定する。確かに、隊長になるなら自分が……そう思わなかった訳ではないし、園子の名が挙げられた時には驚いたりもした。その後に新士が言ったことで、まあ精神的なダメージを受けたりもした。

 

 だが、それだけだ。確かに園子が隊長になったのはその実力や頭脳によるモノで新士が頼るのも理解出来る。だからと言って彼女が邪魔である筈がない。それに彼女が隊長であることに、その理由に納得しているのだから。

 

 「……貴女はお役目を果たす時、いつも守られているだけだと、自分の力が足りずに足を引っ張っているのではないかと言う恐怖がある」

 

 「っ!?」

 

 「その恐怖を与えているのは、ある意味出来の良いそのっちと銀の2人と……守ってくれる彼に他ならない。貴女は妬んでいる。そのっちの天性の才能を、彼から頼られる彼女自身を」

 

 

 

 ― その負の感情を向ける相手を……友達と呼べるのかしら? ―

 

 

 

 精霊の言葉を聞いた須美の脳裏に浮かぶのは、彼から頼られる園子の姿。そして、その信頼に応える彼女の姿。

 

 現実世界で3度、須美は3人と共にお役目を果たした。彼によって守られた最初の戦い。2戦目、3戦目では彼が頼った園子の作戦、そして発想や機転によって勝つことが出来た。自分でも出来た……そう言うことは、須美には出来ない。そういう意味では確かに彼女の能力は園子に劣るだろう。

 

 「……痛いところを突いたつもり? 記憶を眺めることは出来ても、心情は全然読めてないのね」

 

 「……何?」

 

 

 

 故に、須美は精霊にハッキリと告げる。

 

 

 

 「私は確かに、2人を眩しく思う時がある。彼に頼られるそのっちを羨ましく思う時がある。新士君に守られて……守られているだけでは嫌だと、そう思う時がある。だけどね」

 

 

 

 そんなモノは()()()()にはならないのだと。

 

 

 

 「私が2人に抱いているのは敬意。彼に守られているだけだと思うのは、私自身の力不足。それを人のせいになんてしないわ」

 

 断言する。須美が抱く感情は決して負のモノなんかではない。友達として、仲間として、それ以上の存在として敬意を抱いているのだと。守られているだけだと思うのは自分の問題であり、決して3人のせいではないのだと。

 

 「下衆の勘繰りで私達の仲は引き裂けない。消えなさい、妖怪!」

 

 「……自分が至らない部分を既に自分のせいと受け入れていたか……」

 

 その言葉と共に、精神世界と現実世界の須美の姿をした精霊の姿が消えていく。そうして須美自身も、現実世界へとその意識が戻って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 「おお……須美の姿をした精霊が消えていった!」

 

 「勝ったんだね、流石わっしーだよ!」

 

 「須美ちゃんがそう簡単に負けるとは思っていなかったけど、これで一安心だねぇ」

 

 「……あ……銀、そのっち、新士君。ここは……戻ってきたのね」

 

 「うん。わっしーの幻は消えていったよ」

 

 「お帰り須美ちゃん……お疲れ様」

 

 「ただいま、新士君。ふふ、相手も馬鹿な質問をしたものだわ」

 

 3人の仲間に囲まれて嬉しそうにした後、先程まで赤嶺が居た場所に向けて不敵な笑みを浮かべる須美。事実として、彼女は殆ど迷うことも言い淀む事もなく精霊に打ち勝った。大したことは無かったとそう言える程、それこそ完勝と言ってもいい。

 

 「……ねぇ、新士君」

 

 「うん? なんだい?」

 

 「私は、守られてるだけにはなりたくない。私も守れるように……頑張るから」

 

 「……うん、一緒に頑張ろうね」

 

 「ええ!」

 

 「……ふふ」

 

 「楓君? どうしたの?」

 

 「いや……懐かしくてねぇ」

 

 「……ふふ、そうね」

 

 守られているだけでは嫌だから。頑張ってもらうだけでは、嫌だから。だから自分も守ることが出来るように頑張るのだと、新士に告げる須美とそれを受けた新士が朗らかな笑みを浮かべて頷くやり取りを見た楓が楽しげに、思わずといった様子で笑った。それを見た美森が不思議そうに問い掛け、返ってきた言葉に彼女も同じように笑う。

 

 2人からすれば過去の、目の前の4人にとっては未来の出来事。夏祭りの日、空に咲き誇る綺麗な花火の下での誓い。大人が大嫌いになっても、酷いと思っても、それでも親友の為に、親友ともっと一緒に過ごしたいと思ったから頑張れた。その大事で、大切な親友と、好きな人達を守りたいと、一緒に頑張りたいと……頑張るのだと誓った、大切な思い出。

 

 散華によって記憶を失っても尚、その誓いは美森の口から出る程にその想いは、誓いは魂に刻まれている。その日を経験していないにも関わらず、須美は美森(みらい)と同じ事を口にした。それがまた彼女達が同一人物であることを知らしめ、嬉しくなって笑みが零れたのだ。

 

 「お~、自分と決着を着けてきたね。小学生なのに凄いなー、もっと迷うかと思ったよ」

 

 そんな称賛の言葉と共に、さっきまで消えていた赤嶺が姿を現す。その赤嶺に、須美はこんな方法では自分達が揺らぐことはないと告げる。その自信満々な顔と声に、他の勇者達も同じような表情で彼女を睨み付けるように見る。だが、赤嶺の表情に焦りは浮かばない。それどころか、例え須美がそうだったとしても他の人間ならばどうか? と投げ掛けてきた。

 

 「随分と手の込んだ攻撃を仕掛けてくるものね……」

 

 「あ、言い忘れてたんだけど……精霊に取り憑かれるとこの世界の中では再起不能だけど、元の世界に戻れば精霊の影響は消えるから元通り。紳士的な攻撃でしょ? 血を見ずに無力化だもんね」

 

 「やってることは充分外道だと思うけどねぇ……人の心に土足で踏み込んで来る訳だからねぇ」

 

 「酷い言われよう……まあでも、既に他の勇者達……この攻撃が通じそうな皆さんには精神攻撃を仕掛けたよ」

 

 「なっ、いつのまに!?」

 

 「準備に時間を掛かったんだよね。そのお陰で愛媛の半分以上が取られちゃった。今まで調子が良かった分の反動だと思って、自分の幻影と論戦してね」

 

 「つまり、あたしの偽物も出現するってことか!」

 

 「あたしの偽物の可能性もあるぞ」

 

 「面白い! もう1人の私! さぁどっからでもカモン! 連れ帰って農作業を手伝ってもらうわ!」

 

 「……もう1人のカエっち達、連れて帰れないかな」

 

 「いいわね園子、それ採用」

 

 「しなくていいから」

 

 赤嶺の言い分に、楓は心底不愉快そうな表情を隠さない。ここまで彼が不快げにするのが珍しいのか西暦組や小学生組が驚いている。赤嶺も内心かなり驚いていたが努めて表情には出さないようにし、そう言ってのける。既に攻撃を受けていると聞いて銀(小)が驚きの声を上げ、彼女は頑張れとでも言うように首を振った。

 

 そしてその論戦、及びもう1人の自分の姿を象るという精霊を恐れるどころかむしろウェルカムだと楽しみにしていそうな反応をするのは勇者部の中でも特にメンタルが強そうな元気娘達。更には本人そっくりになる精霊を欲しがる園子(中)と頷く園子(小)と姉。そんな緩んだ空気に楓の不愉快そうだった顔も緩み、自然と苦笑いを浮かべた。

 

 「あはは、君達には仕掛けてないよ。ホント精神攻撃とか無駄そうだしね……もっと効きそうな人が居るじゃない?  ほら」

 

 

 

 「ハハ……ハ、さあ、語りましょう」

 

 「ククク……どーん、だ!」

 

 「アハハ、言葉を尽くしましょう」

 

 「フフフ、どぉ――――ん!」

 

 

 

 赤嶺の目線を勇者達が追うと、そこに居たのは千景と若葉、杏、高嶋の4人。そして4人の前には須美の時と同じように彼女達と同じ姿をした精霊がいつの間にか存在しており、既に指を指して彼女達を精神世界へと送り込んでいる所だった。例え止められなかったとしても、止めるどころか気付くことすら出来なかった事実に残された勇者達は悔しそうに顔を歪ませる。

 

 「主に西暦組が狙われたか……くっ、もう全員精神世界に入ってる」

 

 「お、お姉ちゃん! 夏凛さんが!」

 

 

 

 「……完成型勇者がどれ程のものか、お手並みを拝見させてもらうわよ」

 

 

 

 樹の声が響き、風だけでなく他の勇者も夏凛の方へと視線を向ける。そこには4人同様に彼女の姿をした精霊が存在し、同じように精神世界へと送られている所だった。これで5人、須美も合わせれば6人が精神世界へと送り込まれた事になり、つまりは赤嶺、或いは精霊や造反神にとって“精神攻撃が効きそう”だと判断されたということだ。更に、勇者達にとって驚く事が起きる。

 

 「夏凛も狙われたか……! くっ、見ていることしか出来ないって言うの?」

 

 「何か、援護出来る方法があるかも……考えましょう!」

 

 「あれ? 私は攻撃されなかったか。我ながら意外だったり……」

 

 「っ、楓君! 後ろ!」

 

 「えっ? っ!? しま……」

 

 

 

 「ハハハ……()()()()()

 

 

 

 風が棒立ちになる夏凛達を見て悔しがり、友奈が何とか精神世界に送られた皆をどうにか援護する方法を考えるよう呼び掛け、雪花はメンタルが強い自信が無かったのか自分の姿をした精霊が現れなかった事を不思議がる。その後直ぐに美森の慌てた声が響き、咄嗟に後ろを振り向いた楓は何らんかの対応をする間もなく、皆と同じように自分の……元の男の時の楓の姿をした精霊によって精神世界へと送り込まれてしまった。

 

 「そんな、楓まで……! ちび楓は無事ね!?」

 

 「大丈夫、自分は無事だよ姉さん」

 

 「……いやでも、楓なら大丈夫でしょ。精霊との論戦なんて楽勝ですって風さん。なぁ? 園子……園子? どうした?」

 

 「あ、うん。カエっちなら大丈夫だと思うんだけど……違和感があるんだ。何かは、わからないんだけど……」

 

 「ぐむ~っ、チーム丸亀はタマ以外の皆が狙われてしまうとは」

 

 「そこら辺はある意味的確な攻撃と言えよう」

 

 「精神的にも大人なタマはそういうの平気だからな……皆は心が危ない年頃だから。こういう手はズルいぞー! 赤嶺 友奈!! 正々堂々の競い合いをしろー!!」

 

 「そうだ! 球子さんの言う通りだー!!」

 

 (タマっちが精神的に大人なら、かーくんも候補から外れると思うんだけどな……あれかな、女の子になってるから精神的に弱ってると見なされた? それとも他に何か理由が……)

 

 「精神の競い合いだよ。私なりに全力でぶつかってると思って欲しいな。それじゃ、私はレクイエムさんに乗って一旦退避するよ。攻撃目標にされかねないから」

 

 楓まで精神世界へと送り込まれた事に焦り、新士は無事かと確認する風。彼の無事な姿を見て安堵の息を吐く彼女に銀(中)は安心させるように、本心からもそう言って笑って見せた。そして同意を求めて園子(中)へと顔を向けるが、彼女は予想と違って難しい顔をしていた。園子(中)は楓の姿をした精霊の発言に違和感を感じていたのだが、直ぐには答えは出なかった。

 

 そんな神世紀組の隣で、自分以外の西暦の四国組が精神世界に送られた事に憤りを見せる球子。メンタルが強そう、というか実際に強いだろうしぶっちゃけ論戦してもまともなやり取りは出来なかったと思われる彼女を飛ばさなかった事を雪花は敵ながら英断だったと褒め、その真意を知らず褒め言葉と受け取った彼女はそのまま銀(小)と共に赤嶺に抗議の声を上げた。

 

 そして雪花もまた、園子(中)と同様に楓が精霊の対象となった事に違和感を抱いていた。無論直ぐに答えは出なかったが、どうしてもその違和感が拭えず……そうして考えている間に赤嶺は近くに召喚した大型バーテックス“レクイエム”に飛び乗り、また勇者達から大きく距離を取った。

 

 「くっ……矢の射程外……大型のバーテックスもあそこまで自由に動かせる……か」

 

 「とりあえず今、精神世界に居る皆をどうにか援護出来ないかな。須美の時は驚いてる間に須美が片を付けて戻ってきたけど……」

 

 「ふむ……のこちゃん。何か思い付くかい?」

 

 「「うーんとね~……」」

 

 「おーい、呼ばれたのは多分お前じゃなくて園子ちゃんの方だぞー」

 

 「応援するっていうのはどうだろう?」

 

 「あっ、ゆーゆ、それ良いかも~」

 

 「シンプルで良いと思います。アマっち先輩、ご先祖様、ファイトー!」

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、若葉の精神世界では精霊との対話、論戦が行われていた。

 

 「……乃木 若葉よ。皆が泣いている。お前なら声が聞こえるだろう」

 

 「皆? 皆とはなんだ?」

 

 「バーテックスに殺されていったお前の友達……そして民だ。“私達の仇を取ってくれ”と」

 

 「私は生きている人々を守る為に戦うと決めたんだ」

 

 「それがお前の主張か? 嘘だな。“何事にも報いを”が乃木の標語の筈だろう?」

 

 若葉の姿を象った精霊は言う。元の時代でバーテックスにより殺された人々が、若葉に自分達の仇を取って欲しいと嘆いていると。自分達を殺したバーテックスに自分達の代わりに復讐して欲しいとあの世で叫んでいると。

 

 だが、若葉は首を横に振る。確かに、かつて若葉はバーテックス達に人々の命を奪った報いを受けさせる為に、目の前で殺された友人や人々の為に……そうやって過去に囚われて自分の復讐の為にその刀を振っていた時期があった。だが仲間達に諭され、自分1人で戦っている訳ではないと気付かされ……そして決めたのだ。“今生きる人々の為に戦う”と。しかし、精霊は嗤いながら言うのだ。

 

 

 

 ― 綺麗事を言っても、結局お前の戦う理由は復讐心だ ―

 

 

 

 違う、と若葉は即座に否定するが、精霊もまた即座に返す。ならば死んだ人間の事は忘れるのか。お前は薄情なのだな、と。しかし、若葉は強く迷いの無い口調で言葉を返す。

 

 「忘れはしない。1度だって忘れた事はない。その上で、私は未来の為に戦う。丸め込もうとしても無駄だ」

 

 

 

 ― 自分との決着は、既に着けた ―

 

 

 

 そう、既に着けた。自分1人では決して辿り着けなかった答えを、若葉は得ている。ひなたが若葉なら必ず答えを見つけると信じてくれた。杏が若葉を連れ出して今を生きている人達の暮らしを見せてくれた。球子が悩む若葉を気にかけてくれた。千景が側で若葉の事を見ていると言ってくれた。高嶋が笑って若葉と共に戦ってくれると言ってくれた。

 

 復讐心だけで戦う若葉はもう居ない。ここに居るのはそれを乗り越え、信じられる仲間達と共に未来の為に、生きる人々の為に戦う事を()()()()()()()()()四国最初の勇者の1人。精霊の言葉に惑わせられる事など、有り得ない。その揺るぎ無い本心を精霊に言葉で叩き付けた後、若葉と精霊が居る精神世界が光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、風雲児様の精霊が消えたって事は」

 

 「……どうやら自分に打ち勝てたようだ。精神攻撃を掛けた時期が悪かったな……少し前ならともかく、今の私に対しては揺さぶりは効かない!」

 

 「ご先祖様、無事で良かった~」

 

 「流石、のこちゃんのご先祖様……風雲児様ですねぇ」

 

 「対話している時にお前の存在を感じたぞ園子、ありがとう。あと新士、からかわないでくれ……それはともかく皆、対話している仲間の応援をしよう! 効果はあると思う」

 

 「よーし。こら夏凛、聞こえてる? 完成型勇者なんでしょ! はね除けてみなさい! 楓もアタシの弟でしょ! さっさと打ち勝ちなさいよ!」

 

 最初に戻ってきたのは若葉だった。若葉の姿をした精霊が消えるのと同時に彼女の意識が戻り、直ぐ近くに居た小学生組が彼女が精霊に無事に打ち勝った事を率先して喜ぶ。勝ち誇る若葉は園子(小)に礼を言い、新士のいつものからかうような言葉に苦笑いと共に楽しげに返しつつ、仲間達に向かって告げる。仲間達の応援は、必ず精神世界の皆にも届くのだと。

 

 ならば即実践だと風は夏凛に、楓に向かって叫ぶ。いつも完成型勇者だと自信満々の彼女なら、自分の自慢の弟である彼なら、そんな精霊との対話など簡単に勝てるだろうと。

 

 

 

 

 

 

 そして夏凛の精神世界。彼女は己が精神世界に来ている事を理解した後、自分の姿をした精霊を見てどんな対話や論戦であろうと打ち勝ってみせると意気込んでいた。そんな彼女に、精霊は鼻で嗤いながら切り込んできた。

 

 

 

 ― 自分を完成型だと言い張っているが、実は未完成もいい所だと気付いているか? ―

 

 

 

 「……この問い掛け、つまりは自分が完成型勇者と認め続ければ勝ちってことかしら? なら楽勝ね」

 

 「必殺技の名前は“勇者部の太刀”。勇者部を大事にしているのが伝わってくるセンスね。勇者部はようやく手に入れた大事なモノ……皆の為なら命だって張れる」

 

 「……そうよ!! くぅぅ……精神世界での対話だから断言出来るけど、ちょっと恥ずかしいわねこれ……」

 

 「皆は大切な友達……」

 

 「そ、そうよっ……」

 

 精霊の問い掛けに、夏凛は相手が自身が普段から言う“完成型勇者”であることを否定し続けてくるのだと思い、ならば逆に認め続ければ打ち勝てるのだと考えた。が、そんな考えを否定するように精霊は言葉を紡ぐ。

 

 友奈と高嶋が“勇者パンチ”と叫ぶように、時折勇者達は各々必殺の、或いは渾身の攻撃の際に技名を叫ぶ時がある。夏凛の場合、ニ刀で切りつける際に“勇者部の太刀”と叫ぶ。そう名付けたのは精霊が言う通り、彼女にとって勇者部そのものが大切で、大事な存在だからだ。改めてそれを突き付けられ、恥ずかしさはあるものの周りに仲間が居ないので素直に叫ぶように認める。しかし、認めた後に精霊はこう突き付けてきた。

 

 

 

 ― でも、皆が自分の事を本当にそう思っているか不安に思っている時があるでしょう? ―

 

 

 

 「……は?」

 

 「だって……私は人付き合いが苦手だもんね。合流が遅くて、皆との積み重ねが浅い。それに合流時に失言をして怒られもしたしね」

 

 「ぐっ……」

 

 「ここまで満たされているのに、どこか不安を感じている精神が弱い“未完成勇者”……それが三好 夏凛」

 

 「そ……そんな事無いわよ……」

 

 精霊の言葉は的確に夏凛の心を、精神を揺らす。確かに人付き合いは下手だという自覚はある。最初に勇者部に来た時とて部員達とどう接したら良いか分からず、刺々しい態度を取っていた。それ以前の勇者になる前の時も友人らしい友人も居なかった。

 

 それに合流時に失言をしたせいで楓に怒られた事も、未だに夏凛の心に暗雲を残す。当時でさえ“やってしまった”と後悔したのだ、勇者部が大切な存在になった今だからこそ余計にあの時に失言が、仲間達への態度が情けなく、そして苦い記憶として残り続けている。

 

 精神が弱い“未完成勇者”。それを否定する言葉も先程とは違って弱々しい。真っ直ぐ精霊を見ていた筈の視線も不安げに揺れ、楽勝だと言っていた時の自信満々な姿が見る影もない。そんな時、精神世界に2人以外の声が響き渡った。

 

 『こらー! 楓に夏凛聞こえてるかー!? ファイトよ、ファイトー!!』

 

 『楓くーん!! 夏凛ちゃーん!!』

 

 『お兄ちゃん!! 夏凛さん! 2人なら絶対大丈夫です!!』

 

 『心を強くもって!! あなた達なら絶対大丈夫よ!!』

 

 『カエっちー、にぼっしー! 早く起きないと色々しちゃうよー!』

 

 『2人共早く勝って戻ってこーい!! じゃないと園子に色々されるぞー!!』

 

 「……ふ、ふふふ……自分との対話だってのに声が聞こえてくるなんてどんだけ大声……ていうか楓さんも捕まってるっぽいわねあの言い方。あと園子は何するつもりよ……こら、アンタ聞きなさい!」

 

 それは、勇者部の仲間達の声であった。1番大きい声の風。大声で名前を呼ぶ友奈。普段は出さないような大声で2人なら絶対に勝てると叫ぶ樹。精霊に負けるような弱い心ではないだろうと叫ぶ美森。何をするつもりなのか心配になる園子(中)。それを心配したのか6人の中で1番焦った声をしている銀(中)。

 

 自分でも言った、大切な友達達の自分を応援(?)する声に、先程の不安が払拭されていくのを感じて思わず笑ってしまう夏凛。そしてその中に楓の声が無かったことと自分と同じように名前を呼ばれている事から彼も同じように精神世界に囚われていると悟り、園子(中)の声に別の不安を覚える。が、それらには蓋をしてキッと精霊を睨み付け……胸を張り、叫んだ。

 

 

 

 「私は勇者部に居る限り“完成型勇者”よ! それは胸を張って言えるわ! 消えなさい!!」

 

 「……まさか精神世界(ここ)まで声が届くとはね」

 

 

 

 声に僅かな驚きの色を宿して精霊がそう呟き、精神世界に光が満ちたのと同時に現実の樹海に居た夏凛の姿をした精霊が消え去る。それを見た樹が真っ先に嬉しそうな声を上げる。

 

 「あっ、夏凛さんの分身が消えていきます!」

 

 「復・活!!」

 

 「あ~ら、早かったわね。おかえり」

 

 「……ただいま。あと、ありがと」

 

 「ん? 何か言った?」

 

 「うっさい!」

 

 精霊に打ち勝った勝利の雄叫びとでも言うように声高らかに復活を叫ぶ夏凛。声を届けるべく叫んでからそう時間も経っていない内に戻ってきた彼女に、勝つと信じていた風が軽い調子で言い、夏凛も同じように返す。その内心は声を届けてくれた仲間達への感謝に溢れているが、やはり現実では素直になるのは難しいのだろう、つい強めの口調になってしまう。が、それが照れ隠しであると分かっているのだろう、仲間達はくすくすと笑うのだった。

 

 しかし、若葉、夏凛と続けて打ち勝っては居るがまだ高嶋に杏、千景、そして楓の4人は戻ってきていない。それでも勝つと信じて待つ勇者達を見ながら、遠く離れた場所で赤嶺は呟く。

 

 「どんどん対話に勝っていってるなぁ。やるねぇ……でも」

 

 

 

 ― 残りの人達は……どうだろうか? ―

 

 

 

 西暦組は内なる心の声には苦労したって、よく話を聞いたからね。そう赤嶺が呟いた声は誰の耳にも届かない。精神世界に居る4人にも、現実世界に居る勇者達にも。そしてその精神世界……楓の精神世界で、楓は自分の元の男の姿をした精霊を前に唖然とした表情をしていた。その震えた口が開き、精霊に問い掛ける。

 

 「……今、なんて言ったんだい?」

 

 「ん? 聞こえなかったかな? それじゃあもう一度……」

 

 

 

 ― 自分は犬吠埼 楓に問い掛けないし、論戦も仕掛けるつもりはないよ ―

 

 

 

 「ここへ連れてくる前に言っただろう?」

 

 “捕まえた”ってね。そう言って精霊は、目に光の無い男の楓の顔に朗らかな笑みを浮かべた。




原作との相違点

・夏凛の応援に園子(中)と銀(中)追加

・論戦を仕掛けない精霊が居る

・相違点ってなんだっけ……?



という訳で、ゆゆゆいの山場の1つの精霊との論戦回です。この場面は以前DEifでもやってましたので須美の辺りはコピペになってしまいました。勿論、DEifの時とも違ってますので見比べても面白いかもしれません。

最近は暑い日、雨の日が続いたせいか精神的にも肉体的にもしんどい日が続きますね。皆様もお気をつけ下さい。今年は雨多いなぁ……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 38 ー

大変お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

fgoもゆゆゆいも欲しいキャラは誰一人来てくれず失意に沈んでいる私です。ドカバトも新LR悟空来てくれず、ダンカグも水着こいしちゃん来てくれず……私は悲しい(ポロロン

最近仕事量が増え、必然疲労も増えました。雨も多いので配達業は地獄です。救いなのは段々と涼しくなり、過ごしやすくなってきていることですかね……。

今回はかなり難産でした。後結構無理矢理な感じに……多分、こんな展開は私だけかもしれない←


 少し時間は巻き戻り、そこは高嶋の精神世界。他の者と同じように真っ白な空間で自分の姿をした精霊を前に彼女は驚きの表情を浮かべるが、直ぐに対話を終わらせてみせると意気込む。

 

 「おおお……私も対話っていうのが始まったんだ。よーし、直ぐに終わらせる!」

 

 「それがいいね。長いと皆に心配かけちゃうから、早い決着と行こうよ」

 

 

 

 ― ねぇ……貴女は……本音をちゃんと話せる人間なのかな? ―

 

 

 

 「え……本音? そ、そんなの内容に寄るんじゃ……ないのかな?」

 

 「内容に関わらず、“本音を言えない人間”……だよね。貴女は周囲に対して気を遣っているもん。だって、嫌だもんね」

 

 本音を言って、意見がぶつかって喧嘩になったりするのは。そう続ける精霊に、高嶋の表情が暗くなる。更に精霊は言葉を紡ぐ。そうして本音でぶつかることを避けている高嶋は、本当に皆とは友達であると言えるのだろうかと。

 

 

 

 ― 貴女の友達は……貴女にとって本当の友達なの? ―

 

 

 

 「確かに私は、あまり自分の事を人に話していないけれど……」

 

 精霊の言うことに、高嶋は心辺りがある。確かに、彼女は自分の事をあまり話す方ではないしそれを自覚している。意見がぶつかり合う事で……いや、自分が、友達同士が喧嘩になることを避けているのも本当だ。そうなることを忌避しているが為に、自分の意見を……本音を言えない、言わない事だってあった。

 

 「でも、話せない訳じゃない。ここに居る皆になら絶対話せる! 断言出来る!」

 

 「本音を言えばぶつかり合うかもよ。怖くない?」

 

 「……それは、正直……怖い」

 

 そう、怖い。喧嘩して、そのまま別れてしまうかもしれない。自分から離れるかもしれない。友達同士が友達でなくなってしまうかもしれない。高嶋は、そうなるかもしれない事が本当に怖い。どこか優しげな声色で問う精霊へと吐いた弱音は震えていて、その恐怖が本物であると聴く者に告げる。それでも、彼女は顔を上げた。その顔に、確かに笑みを浮かべて。

 

 「けど、皆となら大丈夫!!」

 

 恐怖はある。直ぐに本音を告げる事だって出来ないかもしれない。けれど、大丈夫だと彼女は笑う。西暦から共にやってきた友達は勿論、この世界で出会った仲間達とだって、その恐怖を乗り越えられる。本音を言える。意見がぶつかって言い合いになって、喧嘩をしたってきっと大丈夫。

 

 皆となら、大丈夫。声高らかに、彼女はそう精霊に答えた。その答えに、或いはその表情に精霊は満足したかのように、どこか嬉しそうに頷いて……そこで、彼女の精神世界は白く染め上げられた。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、友奈の分身も消えていくぞ」

 

 「皆ただいまー!」

 

 「流石友奈だな」

 

 「と言っても結構怖かったよー。さぁ、皆に手を貸そう!」

 

 球子が高嶋の精霊が消えた直後にそう呟けば、意識が戻った高嶋はいつものように元気な笑顔を浮かべて手を振りながらそう言った。勝って戻って来ることを信じていた若葉は流石だと一言誉め、高嶋は喜びつつも両手を振って決して楽ではなかった事を告げる。実際、精霊の問い掛けは赤嶺が言ったように本人のとってかなりエグいのが飛んできた。

 

 が、須美は自分の弱さを認めていた。若葉は既に乗り越えていた。夏凛は仲間達の声援に助けられた。そして高嶋は、皆となら大丈夫だと信じていた。そうして精霊との対話を乗り越えたから、仲間達も乗り越えられると信じられる。精霊との対話など何するものぞと、球子はどこかに居るだろう赤嶺に届くように叫ぶ。

 

 「ほーら見たか赤嶺 友奈ぁ!! どんどん対話とやらに皆が打ち勝っているぞ!! しかも何人かはむしろスッキリさえしているぞ。逆効果だったな、お前の攻撃は!!」

 

 「……まあそういう話は、全員が危機を乗り越えてから聞くよ」

 

 今残っている人達が、こっちの本命狙いだからね……球子の叫びに、遠くの赤嶺はそう呟く。彼女としては確かに若葉、夏凛、高嶋の3人がここまで早く対話に打ち勝つのは予想外だった。しかしそれは、彼女にとって()()()()()()が予想外なのであって《打ち勝つこと自体》は予想通りなのだとも言える。逆に言えば……残りの3人、いや千景と杏の2人は打ち勝てるとは思っていない。もしくは、可能性は低いと考えているという事だ。なぜ楓が入っていないのかと言えば……。

 

 (ただ、楓くんが精霊に精神世界に連れて行かれたのは予想外だったなぁ。私は楓くんはお姉様や銀ちゃん達、土居さんみたいに()()()()()()()()()()()のに。精霊が勝手に動いちゃうんだもんなぁ)

 

 

 

 表情や態度にこそ出なかったが……赤嶺自身にとっても、楓が精霊に精神世界に連れていかれたのが予想外の出来事だったからだ。

 

 

 

 「……ま、いいか。さてさて、精神攻撃もいよいよ最高潮だよ。本命はどんな反応をするんだろう? ってうわ、鞭!? く、んぅ、き、キツイ……!」

 

 「こっそりと近付き、襲う時は一気に……補食の基本ね。さぁ、捕まえたわよ」

 

 「意地でも攻撃してくるなぁ……じゃあ無駄だとは思うけど、白鳥 歌野にも精神攻撃!」

 

 「むっ!?」

 

 それはさておき、と楓の事を頭の片隅に追いやり、精神攻撃を受けている相手も半分になった。そしてその相手も赤嶺の予想としては勇者は中でもこの手の攻撃が効きそうだと思っている2人+1人。このまま打ち勝てるかどうか観察して……と思っていた所に、見覚えのあるロープ……ではなく鞭が両腕の上からぐるぐると巻き付いて彼女の体を縛り上げる。そうして動きを封じたのは……当然と言うべきか歌野。いつの間にか気配を殺してこっそりと近付いてきていたらしい。

 

 何度も攻撃や拘束は意味がないと言ってもめげることなくそれらをしてくる歌野の行動に呆れ半分驚き半分といった表情をし、候補から外した相手だが仕方なく反撃として精神攻撃をすべく精霊を彼女の側に召喚し、現れた精霊に歌野が目を合わせてしまう。

 

 

 

 「貴女は私、私は貴女……という事で、マインドワールドへドーン!」

 

 

 

 と、歌野を精神世界へと連れ込む事には成功した精霊だったのだが……。

 

 「ここが私の精神世界……」

 

 「……って早速土の質を確かめないでくれる?」

 

 「なんだかへにょへにょの地面……私の精神世界なのにショック大きいわ」

 

 やってくるや否や即座にしゃがみこんで真っ白な精神世界の地面を触って質を確かめ、その感触にがっかりと肩を落とし……。

 

 「誰だろうとそこは同じようなモノよ。さぁ、問うわよ! ユーは諏訪の住民を鼓舞する勇者だと言われているけれど……本当は毎日とても怖いんでしょう? 無理をしているんでしょう?」

 

 「そりゃ怖いわよ。あの状況下の諏訪で怖くないのは、ちょっと野菜足りてないわ」

 

 「ほう、怖さをあっさり認めたか」

 

 “本人にとってかなりエグい問い掛け”として元の世界の諏訪の話をするも、その恐怖をあっさりと肯定され……。

 

 「重要なのはそっからどうするかでしょう。私は頑張りますので! みーちゃんや皆と一緒に!」

 

 「ひょっとしたら、諏訪に助けなんて来ないかもしれないよ」

 

 「でも来るかもしれないので!」

 

 「作った農作物は無駄になるかもしれない」

 

 立った1人の勇者として諏訪で戦う彼女に、諏訪に他の勇者の助けなど無いかもしれない。彼女がこよなく愛し、育てている農作物とて無駄になる可能性もある。そうして更なる不安を、恐怖を煽る精霊。だが、歌野の表情は変わらず陰ることはなく……。

 

 

 

 「万が一そうなっても、“種”は残りますので! 何より農業王の魂は不滅ですので!!」

 

 「駄目っ……何を言っても聞かない……」

 

 

 

 「次は私が問う番……ってあら、居なくなっちゃった」

 

 「あっ、もう戻ってきた。早っ、流石っ!」

 

 「やっぱり無駄だったぁ。1人で守ってたタイプはメンタル強そうだもんね」

 

 最後には諦めたようにそう呟き、逃げるように歌野を精神世界から解放する精霊。その精霊に逆に問いかけようとしていた歌野は気付けばその相手は居らず現実世界に戻っていることに肩透かしを食らったように呟き、精霊が現れてから1分と経たずに戻ってきた彼女に共に赤嶺の近くまで来ていた銀(小)が驚きと称賛の声を出し、縛られたままの赤嶺は分かりきっていた結果だと首を振る。

 

 そんな赤嶺をそのまま皆の元へと連行する歌野と銀(小)。皆は見事に赤嶺を捕まえた歌野を誉めるものの、直ぐに視線が楓、千景、杏の3人へと向けられる。そう、3人は未だ精神世界から戻って来ていないのだ。他の者と比べても時間が掛かっている事に少しばかり不安になるが、勇者達は必ず勝って戻ってくると信じて待つ。

 

 「杏さんがまだ帰ってこない……ファイト! ファイトです杏さん!」

 

 「フレー! フレー! ア! ン! ちゃん!」

 

 「杏……こうして手を握っている。戻ってこい」

 

 「あんずはやる時はやるぞ。タマが横に付いてるし、大丈夫だ」

 

 

 

 

 

 

 銀(小)が、友奈が、棗が、そして球子が信じて待っている頃の杏の精神世界。そこではこれまでと同じように精霊との対話が繰り広げられており……精霊は杏の顔で、杏の声でこう言うのだ。

 

 「ねぇ杏。貴女はこう思っているんじゃないかしら? 現実の世界にバーテックスが襲ってきて……勿論、悲しい思いは沢山したけれど、自分的には……」

 

 

 

 ― 総合的に見て、襲ってきてもらえて“良かった”って ―

 

 

 

 「何を言っているの! そんな訳がない!」

 

 精霊の言葉を、杏は即座に否定する。それもそうだろう、神世紀と西暦ではバーテックスの襲撃の規模、度合いがまるで違う。一部の人間しかその存在を知らず、襲撃にも気付けない神世紀と違い、西暦のバーテックスの襲撃とは人類全てに降り注いだ災厄。数多の人間が食い殺され、文字通りその大地が多くの血で染まった。そして、杏達はそれを目の前で見てきた。

 

 そんな災厄が、惨劇が起こって良かった……等と口が裂けても言える訳がない。だが、精霊は杏の怒りが籠った声を無視して更に言葉を重ねる。

 

 「果たしてそうかなぁ……義務教育で原級留置しちゃうほど病弱で、本だけが支えだった伊予島 杏……」

 

 

 

 ― それが勇者として活躍し、皆と仲良くしていられるのは()()()()()()()()()()なんじゃない? ―

 

 

 

 「違うよ……絶対に……」

 

 「だって大好きなタマっち先輩とは、バーテックスが襲ってこなかったら会えなかったよ? もしバーテックスが来なかったら……勇者でもなんでもない、ただの伊予島 杏が居るだけ……」

 

 否定の言葉を紡ぐ杏だが、その声は心なしか震えているようにも思えた。それは、例え僅かでも精霊の言葉に思う所が……同意する所があったからだろう。

 

 病弱でよく学校を休んでしまった杏は、小学校を1学年留年した事がある。その為に彼女は外で遊ぶような事は出来ず、娯楽になるのは本のようなモノばかり。インドアでも出来る読書が趣味となるのは必然であり……故に、アウトドア派の球子と会う可能性はほぼなかっただろう。精霊の言う通り、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「……貴女は私の記憶を眺める事が出来ても、想いまでは分からないみたいね」

 

 「……何?」

 

 だが、杏は先程の不安げな声とは裏腹に強い声ではっきりと言った。そしてその顔に柔らかな笑みを浮かべて精霊の言葉を否定する。バーテックスが襲ってくる事がなかったとしても、そんな惨劇が起こらなかったとしても。例え自分が病弱で外で遊ぶような子供じゃなくても、球子が真逆の元気で外で遊ぶような子供でも。

 

 

 

 「タマっち先輩と私は……出会ってたよ」

 

 

 

 必ずどこかで出逢っていた。それが運命だとか偶然だとか、どんな名で呼ぶのかはどうでもいい。だが、絶対に出逢っていた。伊予島 杏と土居 球子の2人は人類の敵も、遊ぶ場所も、学年も、身体の状態も関係なくどこかで出逢って今と同じような仲良しに、まるで姉妹のような関係になっていた。

 

 「そう確信出来るくらいに、私はタマっち先輩の事を想っているもん……! 大切な友達だから……!」

 

 「……ううん。ロマンチストの度合いを見誤って……いた……」

 

 なんの根拠も無い。だが、確かな確信が込められた言葉は確かに精霊の問い掛けの答えとして叩き付けられ……精霊が僅かな呆れと共にそう呟いた後、精神世界は光に包まれていった。

 

 

 

 

 

 

 「あ……分身が消えていく。勝ったんだな杏」

 

 「……ふーっ。ただいま」

 

 「ああ、お帰りな」

 

 「これで残す所は後2人」

 

 杏の姿をした精霊が消え、杏が目覚めたことで棗は安堵の息を吐く。本人と言えば深く息を吐いた後、球子に視線を合わせて軽い調子でそう言い、なんの心配もしていなかったように球子もまた軽い調子で迎えた。そこには確かな信頼があり……杏は、精霊にも伝えた言葉の確信を深めた。

 

 その2人のやり取りを見て、美森は残った2人……まだ精神世界に居る楓と千景に目を向ける。今もまだ精霊との対話に、問い掛けに……自分自身と戦っているであろう2人へと。

 

 

 

 

 

 

 「……ここが私の精神世界、か」

 

 「そう、居るのは私と貴女だけ。高嶋さんの手助けは無いから」

 

 「はっ!!」

 

 そこは千景の精神世界。その真っ白な空間の己の精神世界であると認識し、自身と同じ姿をした精霊から話し掛けられた千景は直ぐにその手にある大鎌を精霊目掛けて振るった。しかし事前に赤嶺が言い、行った通りそれは無駄に終わる。まるで霞を切ったかのようにその刃は精霊の体を通り抜け、攻撃された本人は彼女と同じ顔に無表情を張り付けて呆れ混じりに口を開く。

 

 「お互いに物理的な攻撃は不毛よ。疲れるだけだから、止めましょう」

 

 「ならばさっさと用件を済ませなさい。私に議論なり質問なりするんでしょう?」

 

 「では問おう」

 

 「……今更、何を聞かれても堪えないわ。昔の事でも、家族の事でも」

 

 振り抜いていた大鎌を下ろし、対話なり問い掛けなりを早く終わらせるように急かす千景。では早速と問いかけようとする精霊に、彼女は精霊と同じ無表情で呟く。彼女の過去、家庭環境はお世辞にも良いとは言えない。むしろ最悪に近いほど悪い。とは言え、今の千景は元の世界での経験に加えこの世界にやってきてからの経験もある。今更そんな過去の話で揺らぐことはないと確信していた。

 

 そう、精霊の問い掛けの内容が()()()()ならば。

 

 「高嶋 友奈と郡 千景の関係性について」

 

 「……」

 

 「高嶋 友奈を1番の親友だと思っている貴女。でも」

 

 

 

 ― 高嶋 友奈は、果たしてそう思っているかな? ―

 

 

 

 精霊は言う。自分が親友だと思っている相手は、高嶋にとっては千景の事を“親友”だとまでは思っておらず若葉達と同列の“友達”でしかないのではないか。精霊は問う。高嶋 友奈は千景の事を、最も大切な、1番の大事な友達と見てくれていると思っているのかと。

 

 「……そうよ、と答えたいけどそれが罠なのね。嫌らしい質問」

 

 数秒の沈黙の後、千景はそう呟いた。そして答える……“わからない”と。無論、高嶋にとって1番大事な友達でありたい。しかし、その本心がどうであるかなど心が読めない限りはわからない。何よりも、高嶋は心優しい少女だ。誰が1番だ、とある種の依怙贔屓とも言えるような格付けをする事は無いかも知れない。だが、千景はそれでも構わなかった。何故なら……。

 

 

 

 「でも、私は高嶋さんのそんな所が……優しさと温もりが大好きなのよ」

 

 

 

 「……驚いた。過去を見るに、もう少し精神が不安定だと思っていたけれど。乃木 若葉達の存在……そしてこの世界に来て、出会った仲間達の存在が……貴女を強くしている」

 

 「私は勇者なのだから、強く在らねば」

 

 例え高嶋にとっての1番でなくとも、千景は彼女のそんな優しさに惹かれ、温かな言葉や笑顔に救われ……それらを自分に、周りに向けてくれる彼女が大好きなのだから。それだけは決して変わることはない。揺るぎ無いその答えに、精霊は驚いたように目を見開いた。

 

 再度言うが、精霊が見た千景の過去は悲惨、凄惨と言っても過言ではない。情緒不安定であったとしても、人間嫌いになっていたとしてもなんら可笑しくない程だ。だがその精神は精霊の言葉にも揺れず、過去を引き摺ってもいない。それ程に、彼女は成長していた。それは精霊が言う通り、若葉達の、そしてこの世界で出会った仲間達のお陰でもあるのだろう。そうして成長した彼女の心の強さを見せ付けられ、精霊は千景と同じ顔に笑みを浮かべた。

 

 「……フフ、赤嶺 友奈よ。今の彼女達に精神的な揺さぶりは無駄なようよ……()()()()()()()けどね」

 

 「……? 待ちなさい、それはどういう……」

 

 精霊の意味深な言葉が気にかかり、千景が問い掛けようとした時……それを言いきる前に、精神世界を光が覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 「あっ、ぐんちゃん! 戻ってきた!!」

 

 「……ただいま。最後から2番目に時間が掛かってしまったようね。でもしっかり倒してきたわ」

 

 「千景。良かった……!」

 

 「そんな心配しないでも、私は勇者なのよ乃木さん」

 

 「ああ、そうだな千景」

 

 千景の姿をした精霊が消え、彼女の意識が戻った事を確認した瞬間に高嶋が喜びの声を上げる。精神世界から戻った直後ということもあり、千景は一瞬反応が遅れたものの彼女の声を聞き、自身が現実世界へと戻ってきている事を理解すると小さな笑みを浮かべた。

 

 若葉も高嶋と同じく喜びの声をあげ、千景を出迎える。心配していた、と顔に書いてあるように見える彼女に千景は苦笑いを1つし、そう告げると若葉は同意して頷く。そして千景の視線が何故だか歌野の鞭で拘束されている赤嶺へと向けられ、未だに意識が戻っていない楓を見た後に口を開く。

 

 「……赤嶺さん、貴女に聞きたいことがあるわ」

 

 「うん? なにかな?」

 

 「戻ってくる前に、精霊はこう言っていたわ。“彼女達に精神的な揺さぶりは無駄、彼には関係ないけど”と。彼というのは楓君の事でしょう……関係ない、とはどういうこと?」

 

 「うーんと……良くわからないかな」

 

 「わからない? 精霊をけしかけてきたのは貴女でしょう?」

 

 「そうなんだけどね……うーん、もう皆戻ってきてるし、言っちゃおっか。私は元々、楓くんに精霊をけしかける気はなかったんだよ。というか、精霊が勝手に楓くんを精神世界に連れていったんだよね」

 

 「は? ちょっと、どういうことよそれ」

 

 「どういうことも何も今言った通りだよ。私の命令とかじゃなくて、精霊が勝手に楓くんの前に現れて、勝手に精神世界に連れていった。私にも予想外の事だよ」

 

 千景の問い掛けに、赤嶺はきょとんとした後に首を傾げながら知らないと返す。当然千景はしらばっくれていると思い再度聞くが、彼女は少し思案した後に本音をさらけ出す。楓を捕まえた精霊の行動は、彼女自身にとっても予想外の出来事だと。

 

 その返答に少し前のめり気味に、少し怒った表情を浮かべながら聞く風を恐れること無く赤嶺は知らない、予想外だと繰り返す。勇者達が頭上に疑問符を浮かべる中、思案顔をしているのが4人。園子ズと杏、そして雪花だ。彼女達は自身の中で千景が聞いた精霊の言葉と赤嶺の言葉、杏以外の3人は楓を連れていく前の精霊の言葉を思い返していた。

 

 (楓さんに揺さぶりは関係無い……“無駄”ではなく、“関係無い”ですか)

 

 (精霊の動きは赤嶺さんにとっても予想外……赤嶺さんにアマっち先輩を捕まえるつもりはなかったんだよね~……)

 

 (んで、勝手に動いた精霊は確かに“捕まえた”って言ってた……ひょっとして、捕まえたって()()()()の意味だったりしちゃう?)

 

 「……ねぇ、赤嶺ゆーゆ。ちょっと聞きたいんだけど」

 

 「あ、赤嶺ゆーゆ? ま、まあいいか……それで? 何が聞きたいの?」

 

 「精神世界で精霊が問い掛けとか対話とかを()()()()()()どうなるの?」

 

 「う、うーん? 精霊は皆にそれをする為に生み出された訳だから、しないっていうのは考えにくいんだけど。まあ仮にしなかったとしたら……」

 

 「したら?」

 

 園子(中)の疑問に赤嶺と他の勇者達も首を傾げるが、考え込んでいた4人と精神世界での精霊の言葉に疑問を覚えていた千景がハッとする。それは園子(中)と同じく、最悪に近い答えに辿り着いてしまったからだ。それに気付かないのか赤嶺は、あり得ないと思いつつも自分なりの考えを告げる。それは、聞いた勇者達を絶句させるには充分な威力があった。

 

 「“対話に打ち勝つ”っていう条件が満たせない訳だから……かといって負ける訳でもないし……そのまま精神世界から出られないんじゃないかな?」

 

 

 

 

 

 

 「ふっ! はぁっ!!」

 

 「フフ、無駄だよ。何をしても、君は精神世界(ここ)からは出られない」

 

 「っ……本当に出られないみたいだねぇ……」

 

 勇者達が絶句してい頃、精神世界に居る楓はそこから出る為に行動していた。千景がやったように精霊への直接攻撃は勿論、その場から動いて光の翼で飛んで見たり、空間そのままに攻撃を仕掛けてみたり。だが、現状その全てが空振りに終わっている。

 

 精霊への攻撃は他の勇者達と同じく無意味。地面と平行に進むとある程度進んだ所で元の場所に戻ってきてしまう……ループしてしまう。ならばと真上に飛ぶとまるで見えない天井があるように何かにぶつかり、それ以上進めない。では精霊ではなく空間そのものに攻撃してはどうかと光をレーザーとして放ってみれば、平行に撃つと正面に射ったレーザーが背後から襲いかかってきて自爆しかけたので慌てて消し、空に射てば天井などなかったように遥か空へ消えた。

 

 ならばと地面に射てば、手応えこそあったが地面は無傷の真っ白なままで焦げ目1つない。ここまでして空間に何一つ効果が見られない為に、流石の楓も少しばかり気分が沈む。光を消して再び男の自身の姿をした精霊の前に立ち、睨み付ける。そんな彼を、精霊は朗らかな笑みを浮かべて見て現実を突き付ける。この精神世界から出る事は不可能であると。

 

 (どうする……どうすればここから出られる……?)

 

 焦りを抑えつつ、精神世界から出る方法を考える。いや、出る方法は分かっているのだ。“精霊からの問い掛け、論戦に打ち勝つ”……そうすれば出られる。だがこれは()()()()()()()()()()()()()事が前提であり、目の前の精霊は喋ることはしてもそれらを決して仕掛けてこない。故に楓はそれを成し遂げるどころか勝負の場に立つことすら出来ていない。だからこそ他に脱出する方法は無いかと色々試していた訳だが、それは無駄に終わった。

 

 「……っ!? なんだ、あれは……」

 

 「そうだねぇ……君にとっての()()()()()()()ってところかねぇ」

 

 そうして考えている楓の視線の先に、真っ白な精神世界を塗り潰すかのような、さながら燃え盛る炎のような“赤”が遠くから滲んできているのが見えた。それは歩くような速さでゆっくりと、しかし確実に楓達が居る場所へと迫ってきているのが分かる。驚く彼に精霊は言う。タイムリミット……制限時間。無限にこの世界に居られる訳ではないのだと。

 

 精霊の言葉を聞いた楓は流石に焦る。察しが言いと言われているし頭の回転も悪くはない彼だが、その焦りのせいもあってそれが十全に発揮されていない。どうする、どうすればいい、そんな言葉がぐるぐると巡り、前に進めない。なぜこんなにも焦っているのかと言えば、あの“赤”にとてつもない程の嫌な予感を感じているからだ。過去、壁の外で鏡の姿をした“ナニカ”に見られたと感じた時と似たような感覚を。

 

 (攻撃は無駄、移動も無意味……やはり精霊をどうにかしないとダメか。だけど問い掛けをしてこない精霊をどうすれば……)

 

 

 

 『カエっちー! 頑張ってー!!』

 

 『皆戻ってきてるよ!! 楓くんも戻ってきて!!』

 

 『楓君なら精霊なんて敵じゃないわ!!』

 

 『こぉら楓! 負けんじゃないわよ!!』

 

 『お兄ちゃんなら大丈夫だよ!!』

 

 『私も勝てたんだから、楓さんも勝てます!!』

 

 『早く戻ってこい楓! 皆待ってるぞ!!』

 

 

 

 「……皆」

 

 「凄い大声だねぇ」

 

 悩む楓の耳に、仲間達の声が聞こえた。夏凛の時のように精神世界に響いたその声は確かに彼の心に届き、精霊は朗らかに笑いながらそんなことを呟く。そんな精霊を見据え、楓は再び考える。焦りは、仲間達の声援で落ち着いたようだ。

 

 (皆戻ってるのか……なら自分がいつまでもこのままで居る訳にはいかないねぇ。出来るなら()()()()()()皆に声を届けたいところ……)

 

 そこまで考えて、楓はハッとした。それはもしかしたらこの状況を打破できるかもしれない考え……思い付きだったからだ。無論、無駄に終わる可能性もあるが……楓は仲間達の声援のお陰で思い付いたことに感謝の笑みを浮かべ、この思い付きに殉じる気持ちで口を開いた。

 

 「……君は、自分達勇者に問い掛け、論戦する為に生まれた精霊だよねぇ?」

 

 「いきなりなんだい? ……そうだねぇ。でも自分はさっきも言った通り、君にそれをするつもりは」

 

 

 

 ― それって、自分で自分の存在理由を否定してるよねぇ ―

 

 

 

 鋭く切り込むような楓の言葉に、精霊が朗らかな笑みを消して口を噤む。赤嶺は言った。“自分自身との戦い”だと、“精神の競い合い”だと。愛媛の半分を取られるというリスクを犯してまで準備した末に生み出されたのが目の前の精霊。その生まれた意味を、やるべき事を放棄し、存在理由を自ら否定しているのだと、楓は言う。

 

 「……」

 

 「おや、反論は無しかい?」

 

 「……今の自分の役割は、君をこのままこの世界に閉じ込めておくことだ」

 

 「だけどそれは君が生み出された理由じゃない。君が()()()()()()()()()じゃない。それに、皆が戻ってきたという事は皆の所に行った精霊は役割をこなしたということになるねぇ……なのに」

 

 君()()は何もしないんだねぇ。そう言って、楓は精霊を無表情に見つめる。焦りも、怒りも無い、普段の朗らかな笑みも無い無表情を意識して浮かべる。そんな彼の表情に、そして言葉に、精霊は無意識にか1歩後退った。そして口を開いて何かを言いかけ……食い縛るように閉じる。それも当然の事だろう。今の精霊は赤嶺……ではなく“造反神”から楓を()()()()()()()()()この世界に捕まえておくように命令を受けている。ここで何かを言えば、それは“反論”となる。

 

 つまり、楓と“論戦”をする……した事になる。それは出来ない。そう命令されているから。楓の言葉に反論したくてもそれは許されない。逆に楓の過去を見て論戦を仕掛けたくともそれは許されない。そう命令されているから。

 

 「が……ぐ……」

 

 精霊が呻く。さっきまで焦って、そう遠くない時間に“赤”に……造反神の手に落ちるしかなかった筈の楓に己のことを好き勝手言われ、生まれて初めて感じる煮え滾るような熱い何かの感情を胸の奥に感じてそれをそのまま言葉にしたくともそれが出来ない。“言葉”で試練を与える為に生まれた筈の精霊が、その創造主の命令によって言葉を封じられていた。

 

 「……ああそう言えば、赤嶺ちゃんが言ってたねぇ」

 

 

 

 ― 質問に答えられなかったり、論戦の末に論破されちゃったりした場合には悲しい事が起こる……ってねぇ ―

 

 

 

 「あ……う……っ……ああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 楓がそう言い終わると精霊は胸を、喉を両手で掻き毟るようにガリガリと動かした後に、悲痛な叫び声を楓に殴りかかってきた。物理的な攻撃は無駄だと、自分でも言っていた筈なのに。無論、その拳は楓に届いた所で意味を成さない。それでも精霊は拳を振り続け……そんな精霊を、楓は憐れみの目で見ていた。

 

 その精霊の目には、今までに無い程の様々な“感情”が込められていた。好き勝手言われた“怒り”。それに反論出来ない“悔しさ”。試練を与える側だった筈の自分が逆に問い掛けられ、設定されていた敗北条件を満たしてしまった事の“絶望”。そして、今になって気付いた……否、目を剃らしていた現実……産みの親によって存在理由を取り上げられたという“悲しみ”。

 

 「自分だって! わ、私だって! 俺、あたし、ワタシ、僕、わたし、オレ、アタシ、ボク、だって!! ちゃんと! ちゃんと……なんで、なんで、なんで」

 

 

 

 ― なんで……自分だけ……っ ―

 

 

 

 自分だってちゃんと。自分だけなんで。その続きを、精霊が言葉にする事はなかった。もしかしたら、出来なかったのかもしれない。楓に、仲間の誰かに、名も知らぬ誰かにとスライムのようにぐにゃぐにゃと何度も姿を変えながら子供のように泣き喚いてそう何度も繰り返す精霊に、楓は思わず目を伏せた。いや、実際にこの精霊は子供……何なら赤子と言っても言い程に生まれて間もないのだ。その考えに至った楓は、精神世界が迫る“赤”を逆に塗り潰すかのように真っ白な光に覆われていくのを視界の端に認め、精霊の姿も消えていくのを見て精霊に勝利した事を確信し……。

 

 「……こんなにも気分が悪い勝利は初めてだねぇ」

 

 心底嬉しくなさそうに、吐き捨てるようにそう呟いた。 




原作との相違点

・捕まったまま連行される赤嶺

・ボソッと意味深な一言を付け足した千景(精霊)

・情緒不安定な精霊

・造反神フライング登場(?)

・今度から相違点ではなく、本文に無かった一幕の会話とか書こうかと思います←



という訳で、精霊との論戦の続き~全員勝利までのお話でした。この話を書いてる時に改めて原作の方見てましたが、やっぱり歌野の精神の強さは勇者随一やなって。千景ちゃんも精神的に強くなって本当にもう……このまま永住したらいいのに←

囚われた楓の脱出方法は、対話も論戦もしてこない精霊に逆に論戦を仕掛けるというモノでした。原作では精霊からの問い掛けでなければ無理かも知れませんが本作ではこのような形に。これも全部、造反神って奴の仕業なんだ。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 39 ー

大変長らくお待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

2回目ワクチン摂取の副作用が思ったよりも重く、執筆に随分と時間が掛かってしまいました。話には聞いていましたが、かなり体にキますね。そんな私よりももっと重い症状が出る人と居るのですから、必要な事とは言え怖いものです。

ここ暫くガチャ運はマイナスに振り切っているようであらゆるアプリで爆死続きです。水着鯖は出ない。新LR悟空は出ない。新ウマ娘も出ない。白夜極光は遅れてヒイロがやってくる。ガブリエル来てくださいというかチェンジャー本当に来て頼むから……。

さて、今回で1つの山場である精神攻撃編は終結。それでは、どうぞ。


 「精霊が消えていく……」

 

 「カエっちが勝ったんよ~!」

 

 「おっと……のこちゃん、ということは戻ってきたみたいだねぇ。ただいま、皆」

 

 「お帰り楓くん! ……楓くん? どうしたの?」

 

 「ああ、いや……ちょっと、精神世界で色々とあったからねぇ」

 

 男の楓の姿をした精霊が精神世界とは違って静かに消え去っていく様を安堵した表情で美森が見送った後に楓が目覚め、それを確認するや否や即抱きつきに行く園子(中)。それを慣れた様子で、半ば反射的に受け止めた楓は精神世界から脱出出来た事を把握してそう呟く。その言葉に直ぐに返したのは友奈。が、彼の表情がこれまで戻ってきた者達と違ってどこか暗いことに気付き、首を傾げながら問うとそう返ってくる。

 

 その言葉に成る程、と皆は内心頷く。だが、楓が睨むように赤嶺を見ると思わずビクッと肩を跳ねさせる者が2人。夏凛と銀(中)である。他の者達も楓の様子に驚きを隠せない。それは睨み付けられている赤嶺も同じだった。何せ誰が見ても分かる程に怒気を放っている楓を見るのは初めてだったのだから。

 

 「赤嶺ちゃん……あの精霊を用意したのは君だったねぇ」

 

 「えっ……と、そうだね。でも、楓くんの前に現れた精霊は私は知らないよ。私は元々、楓くんに精霊を差し向けるつもりはなかったんだし」

 

 「……本当だろうねぇ?」

 

 「ほ、本当だよ。私だって楓くんが精神世界に連れていかれたのは予想外だったんだから」

 

 「となると、用意したのは造反神か……そうか」

 

 「カエっち……?」

 

 「……後で話すよ。樹海から戻った後にでもねぇ」

 

 声を掛けられて一瞬言葉が詰まったが、直ぐに平静を装いつつ口を開く赤嶺。普段よりも少しだけ話す速度が速いのはご愛敬というものだろう。嘘じゃないだろうなという副音声が聞こえてきそうな追及が来ると首を縦に振りつつ本心からそう返す。そこでようやく楓の目線が赤嶺から外れ、睨まれていた本人は安心したように小さく息を吐く。

 

 その後ボソッと小さく呟かれた言葉が聞こえたのは抱き付いたままの園子(中)だけだった。声に含まれた怒りに気付いた彼女は少し不安そうに名前を呼び、その声にハッとした楓は苦笑いを浮かべつつ彼女を安心させるように頭を撫で、柔らかい声色でそう呟いた。

 

 「ちょっと楓がご機嫌ナナメだけどそれはそれとして……見たか赤嶺 友奈! これがオールスター勇者部の精神力ってもんよー!」

 

 「誰を狙おうが空振りさ!」

 

 「……確かに、正直全員戻ってくるとは……コングラチュレーション。それじゃ……力を溜めた私が直接戦うしかないかな」

 

 「あら? いつの間にか鞭がほどけてる!?」

 

 「白鳥 歌野に精霊をぶつけた時点でほどけていたよ。これ以上追い掛け回されたくなかったから後ろ手で鞭を持って捕まった振りをしてただけ」

 

 「っ、戦闘態勢に入ってるわ。皆、気を付けて!」

 

 声と共に表情も柔らかくなった楓に安心しつつ風が勝ち誇るように赤嶺を指差しながら叫び、銀(小)が続く。用意した精霊が全て消え、全員戻ってきているので赤嶺も彼女達の叫びも当然と頷き、勇者達を褒め称える。ならばと拘束されていた筈の腕を動かし、その拳を握る。

 

 いつの間にか鞭による拘束が外れている事に歌野は驚くが、その後の赤嶺の言葉に成る程と頷く。秒殺したとは言え精神世界へと飛ばされたのだから現実の体は無防備……つまり力が入っていなかったのだ、鞭の拘束が外れているのも当然だろう。そうして戦闘の意思を見せる赤嶺に美森は周りに注意するように言い……そして、彼女が動く。

 

 「行くぞ……!」

 

 「私が止める!」

 

 「……勇者パンチ」

 

 「勇者ぁ、パーンチ!」

 

 赤嶺の前に出たのは友奈。2人が繰り出すのはお互いに右の拳。赤嶺は静かに、友奈は何時ものように叫びながら拳を突きだし、ぶつけ合う。思わず雪花が“凄いぶつかり合い”だと感想を漏らす程の重い音と衝撃が走り、弾かれるようにして2人の距離は1度開く。

 

 「前より全然強くなってる!?」

 

 「当然、そうでなければ意味がないよ。さぁさぁ、皆出てきて出てきて」

 

 「お馴染みの愉快なフレンズ……バーテックス軍団ね」

 

 「精神攻撃より……こっちの方が……うん、分かりやすくていい。行くぞ、赤嶺 友奈」

 

 赤嶺と直接戦ったのはあの部室への奇襲を受けた時が最後。そこから時間が経っているし、あの時は彼女自身全力を出している訳ではなかっただろう。しかし、それらを横に置いても友奈が驚愕するには充分なほど赤嶺の拳は重く、強くなっていた。更には先程ちらっとだけレクイエムが出てきただけでそれ以降影も形も無かったバーテックスが普段の様にわらわらと現れる。

 

 しかし、いきなり出てこようが大量な現れようが普段通り過ぎて驚くことすら無くなった勇者達。むしろようやく現れたなとやる気満々に武器を構える始末。中でも精神攻撃を受けなかった者達は待っているだけだった分力が余っている様で今度は自分達が頑張る番だと張り切っている。

 

 そして始まる直接対決。いつものように楓の光の絨毯に乗る上空組と他の地上組に別れ、各々の戦場でバーテックスを撃破していく。赤嶺は友奈がそのまま抑え、皆は周りの対処。普段よりもバーテックスを倒す速度が速いのは気のせいではないだろう。と言うのも先程も言ったように待つばかりで鬱憤と力が余っている者達がそれを晴らすように戦っている事。

 

 「3人とも……悪いけれど、今回だけは援護より攻撃に集中させて欲しい。いいかい?」

 

 「は、はい! 任せて下さい!」

 

 「私達なら大丈夫ですから」

 

 「ありがとねぇ、須美ちゃん、杏ちゃん。さて……今の自分は少し虫の居所が悪いんだ。いつもより派手に行かせてもらうよ!!」

 

 (楓君がここまで怒るなんて……精神世界で何があったのかしら)

 

 「楓さんって怒ったら滅茶苦茶怖いんすね……雰囲気とか、戦い方とか」

 

 「お前も元の時代に戻ったらあれくらい怒られる覚悟しとくんだぞ。アタシも通った道だから」

 

 「未来のアタシにいったいなにが!?」

 

 中でも楓の戦い方は普段よりも苛烈だった。援護は任せたとは言うものの、普段より少ないとは言え地上組の援護はするし誤射もしないように気を付けているが……精霊とのやり取りや造反神に対して余程腹に据えかねているのだろう、獅子座のような太いレーザーや満開した美森の砲撃のような大きな、かつ大火力の光の攻撃を多様し、空中に派手な花火を咲かせている。彼がここまで怒りを顕にするのは、そしてそれを勇者達にも見せるのは本当に珍しい。だからこそ、精神世界で何があったのか美森は気になっている。

 

 そして普段の朗らかな笑みや柔らかい雰囲気から掛け離れた雰囲気や戦い方、怒り様にびっくりしている銀(小)。隣で戦う新士の普段の様子と楓本人の様子と比べても驚くのは仕方のない事だろう。言葉にしないだけで他の勇者達も、赤嶺すら内心驚いているのだから。そんな彼女に実際に怒られた事がある銀(中)は銀(小)に心構えをしておく様に言う。彼女にとっては過去の出来事だが、銀(小)にとっては未来の出来事なのだから。

 

 「勇者ぁ、キーック!」

 

 「……勇者キック」

 

 「わっと、弾かれちゃった! ならもう1度、勇者パーンチ!」

 

 「なら私も、勇者パンチ」

 

 他のメンバーがバーテックスの殲滅に勤しむ中、友奈は赤嶺と激闘を繰り広げていた。最初の拳のぶつかり合いで分かっている事だが、2人の攻撃力はほぼ互角。友奈が勢い良く飛び蹴りを繰り出すと赤嶺は体を1回転して勢いを付けてから右足を突き出す横蹴りで対応。結果としてお互いの足裏がぶつかり合い、再び弾かれて距離を開ける。

 

 弾かれた勢いで空中で1回転しつつ着地した友奈は地を蹴り再び右拳を突き出す。ならば此方もと赤嶺もまた右拳を突き出し、再度ぶつかり合う両者の拳。それは先程の焼き増しのように同じ結果を生み出し、また距離が開く。かと思えばまた友奈が距離を詰め、今度は勇者パンチと叫ぶ事無く、素早く拳に蹴りにと繰り出し、赤嶺も対応する。

 

 打つ打つ打つ打つ。捌く弾く流す避ける。勇者の身体能力を持って繰り出される友奈の拳と蹴りを、赤嶺もまた同じ身体能力、そして経験か技術か両方か、それらを持ってして対応していく。それは明らかに人と戦う事に馴れた者の動きだった。だが、友奈とてこの世界に来てから彼女と出会った事で模擬戦なり訓練なりと仲間達と共に行っており、元の世界に居た時より対人戦にも慣れた。攻守が逆転しても早々当たる事はない。

 

 そうして2人が戦っている内に、バーテックスの姿はすっかり無くなっていた。普段よりも勇者達が攻撃的であり、楓など後先を余り考えず力任せかつ大雑把に吹き飛ばすような攻撃ばかりしていたのだから殲滅速度が早まるのも当然と言うもの。普段は敵の後続を警戒したりしてある程度温存するのだが今回はそういうのは一切無し。彼の怒りの度合いが分かると言うものだ。

 

 「か、勝てた、勝てました。さぁ大人しくして下さい。縛ります」

 

 「自分もやるよ樹。ちょっときつめにねぇ」

 

 「くぅぅっ、糸で雁字搦めっていうかぐるぐる巻き……しかも本当にきついから胸の部分とか圧迫されて苦しいんだけど」

 

 「……」

 

 「待って待って待ってなんでもっときつくんぐぐぐぐ!?」

 

 「こうでもしないとマジックショーでまたまた逃げるでしょう。でも口まで縛ると話せないわ。樹さん、口のホールドはやめましょう」

 

 そうして勇者達の勝利が確定した事で友奈の元へと全員が集まり、流石に多勢に無勢と見たのか赤嶺も戦闘行為を止めたところに樹と楓の緑と白のワイヤーで全身ぐるぐる巻きにされる。楓はまだ怒りが収まりきっていない事と今度こそ逃がさないという意思を込めて樹よりもきつめに巻いた。

 

 そうして彼女の全身を余さず縛ったのだが、その結果勇者服の上から分かる同年代にしては豊満な胸が潰れるようにワイヤーで締め付けられている為、彼女も少々息苦しそうにする。その言葉と、そしてつい胸部へと視線を向けた樹の目が死に、ギリギリと音が聞こえてくる程ワイヤーをきつく締め上げる。更には口元も縛って喋られなくする始末。歌野に言われて彼女は力を緩めて口元のワイヤーも外したが、この時赤嶺は割と本気で命の危機を感じていたそうな。

 

 「あのままバーテックスみたいにバラバラになるかとタマは思ったぞ……さぁ事務所へ行こーか姉ちゃん。な! タマが話聞くから! あいてっ」

 

 「人に精神攻撃を仕掛けた罪は重いわ。それから土居さん、嫌な想像させないで」

 

 「とっても怒ってるね。まあ当然だよね」

 

 「……私、分かりません。精神攻撃は嫌だったけど、それでもきちんと抜け出す説明はなされていた……」

 

 「そうなんです。貴女はなんというか、まるであの手この手で私達を試しているかのよう」

 

 「……ふふ。重要なのはそっちが勝ったって事だよ。造反神の勇者相手に。凄いことだよ。造反神は天の神に近しい力の持ち主なのに」

 

 赤嶺に巻かれたワイヤーを見てバーテックスのようにバラバラになるのではないかと悲惨な想像を口にした後にまるでその手の人間の様な言い回しで迫る球子。同様に淡々とした口調で大鎌を手に迫る千景。その後嫌な想像をしてしまった原因として軽く球子の頭を小突いた。

 

 彼女の言葉や何人かの勇者の怒り混じりの視線にそれも当然だと頷く赤嶺に、杏と須美は疑問をぶつける。今回もそうだが、以前から彼女の行動や言動は勇者達を倒すというよりは試すように感じる物が多い。今回とて精神攻撃やその脱出方法の説明をわざわざ事前にしていた。敵対しているのであればする必要等無いのに。

 

 だが赤嶺はその疑問に深く答える事はなく、重要なのは勝敗だと言って流し、天の神に近しい力を持つ造反神に、その勇者に勝った勇者達は凄いのだと本心から褒める。その言葉を聞き、勇者達は造反神がそこまで強大な存在なのかと驚く。

 

 「そ、そこまで強い存在なんですか?」

 

 「うん。もう1体……いや“(はしら)”か。もう1柱、同じくらいの格の神様と居るけどコレ中立でね」

 

 「そこまで強いなら、初期にあそこまで追い込まれていた理由も分かるわ」

 

 「敵の色で真っ赤だったからね、四国」

 

 「でも、それならばまず天の神に負けはしなかったのでは?」

 

 「天の神は周囲も強いからね。何より別……まあそれはいいか……また作戦を見直してくるよ。皆、バイバイね」

 

 「そう何度も逃がさないぞ!」

 

 「もう無駄だって薄々分かってるのに動いてみる辺りは流石勇者だね。お姉様に強く掴まれるのは嬉しいな」

 

 「っ!?」

 

 「あらら~♪ なんて感心してる場合じゃないよ! ……あぁ、やっぱり消えちゃった」

 

 何やら気になる呟きを赤嶺が漏らしたが、その意味を勇者達は知り得ない。だが、美森の言う通りこの世界に来た時に見た四国の地図が敵を表す赤色でほぼ染まりきっていた程追い込まれていた理由は分かった。しかしそこまで神としての力を持つのなら天の神とも渡り合えたのではないかという須美の疑問に、赤嶺はまた意味深な呟きをしつつそう答える。“天の神”と一口に言っても、実際には地の神の集合体である神樹の様に1柱だけの存在ではないのだろう。

 

 そこまで話したところで、これまでと同じように彼女の周りに風が吹き荒ぶ。半ば予想していたとは言え、やはりワイヤーでぐるぐる巻きにしようが関係無く彼女はどこかへと瞬間移動出来るらしい。そうはさせまいと棗が風をものともせずワイヤーの上から赤嶺に掴み掛かる。その行動に嬉しそうにした後、2人のやり取りに園子(中)が嬉しそうな声で感心した頃には既に赤嶺の姿は無く、ワイヤーを抱き締める棗が居るだけだった。

 

 「やっぱり捕まえるのは無理みたいだねぇ……」

 

 「ぬぐぐ。となるとやはり心を折るしかないようだ。赤嶺 友奈……」

 

 ワイヤーを消しつつ悔しげに呟く楓と球子。今回の戦いには勝利したハズなのに赤嶺に逃げられたことにより、どこかスッキリしない気持ちを抱えつつ、勇者達は樹海を覆い尽くす極彩色の光と共に部室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……成る程、そんな事が。ともかく皆さん、お疲れ様でした」

 

 「精神攻撃なんて怖いなぁ。皆が無事で良かったよ」

 

 「それに対話をしないことで精神世界に閉じ込めるなんて……楓くんもだけど、皆が打ち勝ってくれて本当に良かった」

 

 「怖いものを“怖い”って認められるみーちゃんなら、精神攻撃受けても平気よ」

 

 「そーかなぁ」

 

 部室へ戻り、変身を解いた後に今回の出来事を巫女達に報告する勇者達。流石に精神への攻撃、精霊との対話には驚く巫女達。勇者達も楓が他の者達とは違う手段で閉じ込められていたと知って驚いている。だが、その驚きよりも打ち勝ったとは言えこれまでにない攻撃を受けた者達への心配が勝るのだろう、心配そうな視線を向けている。その視線に気付いた者達は笑って大丈夫だと言外に告げる。

 

 「精神攻撃を受けた皆は、念のため数日安静にしていてね」

 

 「大丈夫、平気だよ」

 

 「自分も平気……だと言いたいけど、一応そうさせてもらおうかな。色々疲れたしねぇ」

 

 「そうだな、ここは言葉に甘えて休んでいこう。私達は長く戦っていくんだからな」

 

 「ふー。最近楽だった分、流石に今回のは疲れたわね」

 

 「でも、とても大きな勝利ですよ。これで愛媛の大部分は奪還出来ました」

 

 今回精神攻撃を受けた者達へ風がそう告げると高嶋が直ぐに問題無いと手を振る。楓もそれに続くが、皆の心配も分かるので近くの椅子に座って休む姿勢を見せる。予想外の精神攻撃もそうだが、楓自身色々とピンチだった上に大暴れしたので肉体的にも精神的にも疲労がある。それに予想外の悪影響があるかもしれないし、若葉が言うようにまだまだ戦いは続くのだ、休んで英気を養うのも大切だろう。

 

 しかし、そうして色々あった戦いも勝利で終わった。それにこれまでの勝利と合わせればひなたが言った通り愛媛の大半を奪還した事になる。球子と杏の故郷を完全に奪い返す日もそう遠くないだろう。

 

 「よーしよし、美しい国は守られた!」

 

 「球子さん、私の真似? だったらもっとこう、想いを込めて」

 

 「愛媛全部を取り返せば、実に四国の半分を取り返した事になります」

 

 「そうなったらもうこっちが有利ですよね。神樹様の力も大きく戻るし」

 

 「そうしてわた……神樹、様の力が戻れば、勇者の皆にもっと力が渡るし、更に奪われた土地の奥へと踏み込めるからね」

 

 「はい。高知と徳島、同時に攻め込む事だって夢ではありませんよ。次の戦いは、愛媛奪還戦であると同時に天下分け目の激突とも言えましょう!」

 

 「関ヶ原って訳ね。女子力も俄然高まるわ」

 

 球子が美森の真似なのか胸を張って言うが、本人から即座にダメ出しを食らう。それはさておき、と口を開くひなたに水都が続き、更に神奈が続く。この世界にやってきた当初は殆ど後が無い状態だったが、今ではほぼ拮抗する迄に土地を奪還出来ている。勇者の人数も多い為、ひなたが言うようにこのまま行けば残りの2県に戦力を分散して同時に攻略することも不可能ではないだろう。

 

 しかし、それも愛媛を完全に奪い返してからの話。造反神側とて今回の精霊を用意するために土地の奪還を黙って見ていた形になっていたし、今回の敗北で更に取り返されたのだ、次の戦いではこれ以上奪い返されてなるものかと奮起する可能性が高い。激突する事は必至だろう。それを聞いた風のやる気が高まる。そして、やる気が高まるのは彼女だけではない。

 

 「その戦いでは役に立ちたいものだ。今から鍛練をしておこう」

 

 「お? お? もしかしてこの世界の戦いも終わりが見えてきたって事ですか」

 

 「……」

 

 (雪花ちゃん……?)

 

 「よーし、次も頑張るぞ。どんな手段で妨害してこようが、負けない!」

 

 「そうだねぇ。次も勝って、しっかり愛媛を取り返そうか」

 

 精神攻撃を受けなかった事と受けた仲間達に何もしてあげられなかった事を悔やんでいるのか、そう言って棗はやる気の炎を燃やす。銀(小)はここまでの話を聞いてこの世界の戦いのゴールが見えてきたのだと少し浮かれていた。これまでは土地の奪還が先決で戦いを終わらせるのは遥か先の話だったのだ。それがようやく半分……折り返し地点まで来た。終わりが近付いてきているのは確かだろう。

 

 そんな風に浮かれている彼女や周りとは対照的に、雪花は1人浮かない顔をしていた。その様子に気付いたのは神奈のみであり、彼女は気になりつつもひとまず黙っている事にする。2人の様子が気付いていない友奈は棗同様にやる気を漲らせ、楓も頷いてそう締め括る。そこまで話したところで今日のところは解散となり、皆は各々の帰路へと着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、別の時代からこの世界にやってきた者達が暮らす寄宿舎。入浴や食事を終え、後は就寝するまで思い思いに過ごす時間。とある人物の部屋の扉がノックされた。

 

 「はいはーい、ちょっと待ってね……あら、神奈じゃない」

 

 「こんばんは、雪花ちゃん。今大丈夫かな?」

 

 「珍しいねこんな時間に。いいよー、入って入って」

 

 部屋の主は雪花でやってきたのは神奈。お互い寝間着姿で髪も下ろして寝る準備は出来ているようだ。快く部屋に招き入れた雪花は珍しそうにキョロキョロと部屋を見回す彼女を見て小さく笑い、ベッドに座るように促すと素直に神奈は従って座り、雪花は対面するように椅子に座る。

 

 雪花の部屋は他の部屋と同じような内装でそこまで変化は無かった。強いて言えば本棚にファッション雑誌や日本の城に関する本が入っているくらいだろう。そういうのが好きなのだろうかと思っている神奈に、雪花は問いかける。

 

 「んで、こんな時間にどしたの急に。いつもなら千景と銀ちゃんとかと一緒にゲームしたりしてるじゃない?」

 

 「今日は大事を取って早めに切り上げたんだ。疲れてるハズなのにまた1勝も出来なかったよ……」

 

 「神奈が千景達に勝つのはまだまだ先かにゃー? 因みに何やってたの?」

 

 「格闘ゲームだよ。やっと弱攻撃、中攻撃、強攻撃を意識して続けて出せるようになったんだ!」

 

 「私はあんまりゲームやらないからよく分からないけど、多分それって基本中の基本みたいなもんだよね。いやうん、凄い凄い」

 

 時計を見て時間を確認し、普段ならだいたい千景の部屋で3人集まってゲームをしているのは周知の事実。珍しいと表情と言葉で伝える雪花に、神奈は項垂れながら答える。以前よりは上達しているようだがまだまだ2人に勝てる……渡り合うのは先の話だとからかうように笑った後にそう聞くと今度はむんっ、と両手を握りながら力説される。

 

 話の内容的にそこまで力説するような事ではないのではないかと思うものの褒めて褒めてと神奈の雰囲気が言っているので雑に褒めつつ、それはそれとしてと話を戻すように促す雪花。するとさっきまでの褒めてオーラが嘘のように鳴りを潜め、俯きながら彼女は口を開く。

 

 「その、部室で銀ちゃん……あっ、小学生の方の銀ちゃんね? この世界の戦いも終わりが見えてきたって言った時に雪花ちゃん、浮かない顔してたから。どうしたのかなって……」

 

 「あー……そっか、顔に出ちゃってたか」

 

 「うん。何か気になる事でもあった?」

 

 「気になるっていうか……そうだにゃー、このまま近い内に戦いが終わったらって思っちゃってさ」

 

 「戦いが……終わったら?」

 

 苦笑いする雪花の言葉に神奈は首を傾げる。戦いが終わったら。それは、考えて当然の事だろう。最初の頃はまずは土地の奪還が最優先であり、そう言った話は考えるには早いと後回しにしていた。だが、半分近く土地を奪還したことで戦いが終わった後の事を考える余裕が少しずつ出てきている。銀(小)が言ったのもその余裕の表れだろう。

 

 そう、この世界の戦いもいつかは終わりがやってくる。それは当然の帰結であり、勇者達が目指すところでもある。土地を全て奪還し、造反神を倒し……そして、元の時間軸へ、元の世界へと戻る事が。

 

 「ここはさ、居心地が良いんだよね。私にとっては元の場所よりもずっと」

 

 「それは……」

 

 「ああ、別に戦いを終わらせるつもりはないって訳じゃないよ。ただね……戦いが終わってもこのまま……とか思っちゃうんですよ私は」

 

 雪花が語るのは、恐らく誰にも言った事がない心の内。こうして本音を語るのは、他ならぬ彼女自身が驚いていた。誤魔化す事は出来た。何でもないと言って適当に話を逸らす事だってきっと出来た。だが何故だろうか、彼女は目の前に居る神奈にそれらをする事は憚られた。それはきっと、共に過ごす内に心を開き、信用や信頼といった感情を向けているからだろう。

 

 そんな彼女の言葉や表情を見た神奈は、何も返せずに居た。正直に言えば、彼女は雪花に共感を覚えていた。何せ、2人は共通している部分がある。それは、元の世界では独りであるということだ。雪花は元の世界……北海道で、人間関係に恵まれなかった。寒い北の大地で、心身を冷やしながら孤独にバーテックスと戦ってきたのだ。彼女にとってこの世界で出会った勇者達は、ようやく出会えた本当の仲間であり、友人……暖かな感激である。

 

 神奈もまた、独りだった。彼女は四国を守る神樹……“私”その人。勇者が傷付いても見ていることしか出来ず、共に戦うことは出来ない。楓以外と言葉を交わすことも出来ず、ずっと同じ場所から動かない……動けない。肉体と呼べるモノを持たないから。ただ近く、そして遥か遠い場所から見守ることしか出来ない。それは今もさほど変わらないかもしれないが。

 

 (……でも……)

 

 内心で思う。雪花の思いを叶える訳にはいかない。正確に言えば……()()()()。終わりは必ずやってくる。元の世界へと戻る時は必ずやってくる。試練(たたかい)は……結果はどうあっても、必ず終結する。神たる神奈はそれを知っている。定められた結末であると。

 

 それでも共感を覚えるのは、“私”である神奈自身がこの世界で人間であり、巫女であり、勇者部であり……雪花達の仲間である神谷 友奈として過ごしてきたからだ。もっとこの時間が続けば良い。もっと一緒に話せたら良い。もっと一緒に、もっともっと一緒に。人間と同じような心を持った1柱の神は、神より遥かに身近な存在で居られるこの世界が好きになっていた。試練でなければ良いと、そう思ってしまう程に。

 

 「……変な子だねぇ神奈は。別に泣くことはないでしょうに」

 

 「え? あ……私、なんで、泣いて……涙なんか……」

 

 「私の考えなんだから、そこまで思い詰めた顔しなくてもいいのに。ああほら、擦ったらダメだって」

 

 いつの間にか、自分でも気付かない内に涙を流して混乱する神奈。それを見て苦笑いする雪花は目を擦る手を止めさせ、タンスの引き出しからハンカチを取り出して拭った。そんな彼女の優しさに触れて余計に顔を歪ませ、涙はいつまで経っても止まらず……抱き着いてきた神奈を、雪花は驚きつつも抱き返し、その後ろ髪を優しく撫でる。

 

 ごめんなさいと、神奈はそう言いたかった。必ず来る別れに、決して思いが叶わない事に。そして、ありがとうと言いたかった。別れを惜しんでくれる事に、この世界にずっと居たいと思ってくれている事に。だが、それは出来ない。今此処に居るのは神谷 友奈という1人の少女。神樹として、“私”としての言葉を伝える訳にはいかない。この戦いを、試練を与える側であり、見守る側である神として。

 

 そんな様々な思いが溢れ、涙となった。何も言えないけれど、それでも伝えたくて抱き着いた。きっと……雪花は不思議に思うだけで何も伝わってはいない。それでも、神奈が何かを思い、それが雪花への思いであることは……何となく理解しているだろう。

 

 「こういうのはかーくんとか風さんとかひなたとかの役割だと思うんだけどにゃー。でもま……雪花さんので良ければこのまま胸を貸してあげる」

 

 「うん……っ」

 

 声を圧し殺して泣き続ける神奈を見る彼女の目は、とても優しいモノだったから。

 

 

 

 

 

 

 「ビュォオオオオウ! 今、すぐ近くでとてつもない波動を感じたんよ! 早く行かないと!」

 

 「待て園子、今は絶対行っちゃダメな空気だと思うぞ! 多分本当ならあたしらも出ちゃダメな感じだ!」

 

 「銀ったら何を訳のわからない事を……そのっちも急に立ち上がらないで」

 

 「夜中なのに元気だねぇ。ほら、トランプ片付けるよ。早く自分達の部屋に戻りなさい」

 

 「「「はーい」」」




今回の相違点

・お怒り楓にちょっとビビる者数名

・原作よりも早く本心をちょっと吐露しちゃう雪花

・ビュォオオオオウ

・後書きの相違点を無くそうと思うが無くならない……←



という訳で、精神攻撃編の終了と雪花の本音というお話でした。戦闘描写は控えめですが、かなり楓が大暴れしています。赤嶺ちゃんは戦闘スタイルはカブトのイメージ。豪快というよりスマートに叩き込みそうですよね。

最近気付いた事ですが、どうにも私は自分が思っている以上に雪花というキャラが好きなようです。無意識に優遇してる気がする。そして何故か神奈と絡ませたがる←

そろそろリクエストの方も消化しないといけませんね。後どれくらい残っていたんでしたっけ。個別√も書かねば……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 40 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

遂にきらめきの章の数字が40に……ストーリー的にはまだ半分ちょっと越えた辺りなのに。このペースなら80越えますね。リクエストも残ってるのに←

大満開の章始まりましたね。事実上くめゆアニメ化とは予想外でした。でも動くくめゆ組良いぞ良いぞ。こっちでも早くくめゆ組出して爺孫やりたいですな。

fgoは相変わらずガチャ運に恵まれませんが、ゆゆゆいで新UR芽吹、コトダマンではウォンレイ以外のガッシュコラボキャラ、dffooではサイスを初め色々とLDEXBTをゲット。ユウナ本当に嬉しい。

さて、今回は遂に(?)造反神の目的が明らかに……?


 (流石に、今回の件は問い質さないと)

 

 雪花の部屋から出て自室へと戻ってきた神奈は、部屋の壁の天井付近に備え付けられた神棚に向きながら真剣な……そして怒りが混ざった表情を浮かべる。理由は当然と言うべきか、今回の戦い……中でも楓を精神世界に捕え、脱出させないようにした事だ。

 

 この世界における戦いは、そのほぼ全てが勇者達への試練である。それを神奈は……“私達”は当然把握しているし、実行している言わば運営側。精神攻撃も試練の一環であるし、何なら楓が女になっているのもその側面がある……のかも知れない。曖昧なのは戦い、試練の内容そのものは造反神側が決めており、神樹側は勇者達のサポート以外はノータッチだからだ。

 

 だが、今回の楓の監禁未遂……それに加え、話を聞いた神奈は造反神が精神世界で彼の拉致未遂まで行ったと考えている。試練の内容を一任しているとは言え、これは流石に度が過ぎている……というより、本当に必要な事なのか疑問に思ったのだ。これが精神攻撃を受けた全員にも行われていたのならともかく、性転換の件も含めて楓が狙われ過ぎている。不審に思うのも当然だろう。

 

 (……答えて)

 

 神奈は祈るように両手を組み、目を閉じる。瞬間、密閉された部屋にも関わらず柔らかな風が吹き、彼女のパジャマや髪を揺らす。もし今の彼女を外側から見ている者が居れば、淡く緑色の光がその身を包み、さながらホタルのような同色の数多の光の珠が周囲に浮かぶ幻想的な光景が見られた事だろう。

 

 心の中で短く呟き、造反神……“彼の神”の名を思う。そうして意思を繋ごうとする傍らで、神奈は罪悪感を抱く。神である彼女は、造反神……敵の首魁と繋がる事が出来る。文字通り、人間として勇者達の仲間と共に行動しつつ神としては試練を見守っているのだ。それはスパイ行為とも言えるし……ある種の裏切り行為とも取れる。少なくとも本人自身はそう考え、罪悪感に苛まれている。

 

 また泣きそうになる。罪悪感に押し潰されそうになる。それでも今の暮らしが、勇者達と共に居る事が楽しく、甘美で離れる事が出来ない。ああ、本当に人間のように考え、思うようになったなぁと苦笑いしたところでようやく意思が繋がった。

 

 (答えて。今回の試練の事を。楓くんの事を。何故そうしたのかを……目的を)

 

 ― ………… ―

 

 緑色の光の珠の中に赤い光の珠が1つ。それが造反神の意思……その端末のようなモノ。それが彼女の前に移動し、神同士でのみ伝わる意思を交わす。そのような言葉無き会話を続ける事数分、神奈は思わずそれを言葉として口にする。

 

 (……それが、目的? 確かにそれをすれば、“私達”はその存在をより強く出来るかも知れない。少なくとも寿命や力については心配が無くなるし、天の神にだって……)

 

 ― ………… ―

 

 (でも、それはダメ。“私達”はそれでいいかも知れないけれど……それで、人間は確かに救われるかも知れないけれど。勇者の子達も、家族や友達、そんな繋がりを持つ人達が悲しむ。それに彼の意思も無視してる……本当の本当に、もう後がないってくらいの最後の時に、楓くん本人に聞くべきだよ)

 

 造反神が楓を連れ去ろうとした目的を聞き、神奈は驚き、そして納得し、しかしそれはダメだと首を横に振る。造反神の目的はこうだ。

 

 

 

 ― 高次元の魂を持つ犬吠埼 楓を、神樹を構成する神として迎え入れる ―

 

 

 

 奇しくも、というべきか、それは本編勇者の章……“咲き誇る花達に幸福を”で天の神が楓にやろうとしていた事と殆ど同じである。無論、この時点では誰もその事を知らないのだが。言ってしまえば、造反神は楓と神婚しようと言っているのだ。そして、そうする事のメリットは大きい。高次元の魂を持つ楓と神婚し、取り込む事で遥かに力や寿命は増すだろう。もう天の神に脅えなくても良くなる事だろう。

 

 だが、と神奈はそれを拒む。“私達”として言えば、納得はしている。元より人間達を守ってきたのだ、それがより強固に、確実になるのならばやるべきだろう。だが“私”として、神奈としては納得出来ない。それは人間と同じような心を持ち、倫理観や道徳観、良心と言ったものが育まれたからだろう。何よりも、彼女はもう勇者達が悲しい思いをするのも、悲しい表情をするのも嫌だった。

 

 ― ………… ―

 

 その言い分を、一先ずは受け入れる造反神。彼の神もまた“私達”の中の1柱、神奈の思いも理解しているのだ。だが、この世界の戦い……試練を越えられないようならば天の神の打倒や人間達を生き長らえさせるなど夢のまた夢。もし越えられなければ、確実な手段を取るだろう。そう言葉にせずとも理解していると、神奈は頷く。そしてここで話は終わりだと赤い光の珠が離れていくのを見て、ふと彼女は思い至る。

 

 

 

 あれ、でもこれまでの話だと楓を女の子にする必要はないのでは?

 

 

 

 (……ところで、楓くんを女の子にした理由をまだ聞いてないんだけど、なんで?)

 

 ― ………… ―

 

 (ねぇ、なんで? なんで急に黙ったの? 待って、話を終わらせようとしないで。“電波が悪くなってきたから切る”って“私達”に電波とか関係ないでしょ! 答えるまで何度でも意思を繋げるからね!)

 

 ― …………! ―

 

 (“どうせ神婚するなら男より女の方がいい”? ってやっぱりそんな理由だったの!? あなたお嫁さん居たでしょ! 何をそんなに力強い声で……こら、逃げるな! ってもう繋がらない!?)

 

 「……あ、本気で繋がらない……も、もー! もーっ!!」

 

 この後、何度も再び意思を繋げようとするも全く繋がらず直接文句も言えない事にぷんすかと怒り、暫くぼふぼふと枕を弱めに叩いて八つ当たりする見た目相応な神奈が居たそうな。そしてそれを見て和んでいた“私達”が居たことを、彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 「いよいよ愛媛を解放する戦い……ひいては天下の半分を手に入れる戦いだ」

 

 「天下(四国)(かっこしこく)

 

 「アタシ達は、それに備えて訓練の量を増やしていくわ」

 

 「という訳で、今日は全員で合同訓練です。張り切っていきましょう」

 

 翌日の朝、勇者達は大赦が用意した一般人が入れない砂浜を使って勇者全員参加の合同訓練を行っていた。若葉の言葉に雪花は小さく笑いながら呟き、風と須美が合同訓練の目的を全員に再確認しつつ締める。勇者達も皆やる気を出し、各々訓練を始める。

 

 基本的には素振りや組み手、射撃組なら的当てや回避訓練。前回の戦いで久しぶりに戦った赤嶺はより強くなっており、バーテックスは倒したが彼女自身を倒すまでは至れなかった。友奈は次の戦いでは彼女が更に強くなっていると予想し、高嶋と共に熱意を持って訓練に当たる。戦闘スタイルも殆ど同じの彼女達は訓練時には良くこうしてペアとなって組み手をしている。

 

 熱意を持っているのは彼女達だけではない。高嶋に続くぞと千景も大鎌を振り回して次はもっと多くの敵を刈り取るのだと決意し、夏凛や雪花は変身しての訓練とはいえあまり体力がある方ではない樹を気にかけ、面倒を見ている。年上から可愛がられている妹の姿を、風は妹は可愛いだろうと自慢げに見ていた。

 

 「風、惚気ていないで……修行」

 

 「なっちの動きは鋭くて、いい訓練になるよ~」

 

 「なっち、か……何度聞いてもこう……」

 

 「あれ、ごめん嫌だった~? ちゃんとする~?」

 

 「ううん。なっち……なっち。ふふ」

 

 「気に入ってもらえてるみたいだねぇ、のこちゃん」

 

 「うん。何よりなんよ~」

 

 妹を見てばかりで動きが止まっている風に苦言を申しつつ、棗はヌンチャクを園子相手に振り回していた。それを時に避け、槍で受け、或いは流しと対応している園子(中)がアダ名で呼んだ時に1度手が止まり、モゴモゴと何かを言おうとする棗。もしやアダ名が嫌だったのでは? と不安に思う園子(中)だったが、口元を綻ばせて軽く体を揺らす彼女はどこか満足げであった。

 

 不安が杞憂に終わり、近くで訓練していた楓の朗らかな笑みと言葉を受けて同じように嬉しそうに笑う。そのまま風を巻き込みに行き、訓練をし始める4人とはまた別の場所で他の頭脳担当は次以降の戦いの話し合いをしていた。

 

 「愛媛解放戦ってことは、相手も相当の気合を入れてくるよね~」

 

 「うん、何かしら勝ち筋を考えてくると思う。対応出来るようにしておかないと」

 

 「それでは、相手が打ってきそうな手をもっともっとシミュレーションしてみましょうか」

 

 「それはいいんですが、のこちゃん? なんでずっと自分と腕を組んでいるのかねぇ?」

 

 「こうしてると頭の回転が早くなる気がするんよ~♪」

 

 「只でさえ早い方なのにもっと早くなるのか……」

 

 (好意を隠さずに積極的に側に行ってボディタッチする園子ちゃんにされるがまま優しく受け入れている新士君……やはり小学生カップルは良いものですね! それにここに須美ちゃんや銀ちゃんまで入ってくるのですから、初々しくも微笑ましい恋愛模様……素晴らしいの一言です。この世界にやってこれて良かった)

 

 頭脳担当と言えばやはり園子ズと杏。その内の園子(小)とひなたを加え、次の戦いに赤嶺がどのような戦法を取ってくるかを可能な限り考え、詰めていく。そんな3人の輪の中に、というか園子(小)に右腕に抱き付かれている新士。頭脳担当というわけではない彼がなぜここに、と疑問を口にすれば即座にすぐ近くからそんな言葉が返ってくる。それには苦笑いを返しつつ、ならしょうがないとそのままで居る彼と嬉しそうに笑う彼女。

 

 そんなやり取りを見ていた杏の脳が高速で回転し、記憶に焼き付けていく。勿論それはそれとして顔に出すこと無くしっかりと話し合いは進めていく彼女は確かに頭脳担当であった。そんな風に各々次の戦いに向けて行動をしていく。愛媛を必ず奪還する為に。そんな仲間達を見ながら、珠子は決意を口にする。

 

 「皆、大張り切りだな。あんずはちょっと怪しいけど……待ってろよ、我が故郷。間もなく完全解放するからな」

 

 

 

 

 

 

 そうした朝の訓練の後、各々が自宅なり息抜きに町に行ったり遊んだりと自由に過ごしている時間帯。美森の家に遊びに来ていた友奈と神奈。初めてやってきた友達の家という事でそわそわと落ち着かない様子を見せる神奈を見て可笑しそうに笑う2人とそれに気付いて顔を赤くして俯かせる神奈と囲碁やら将棋やらで遊んだりして穏やかな時間が流れるが、不意に友奈が小さな欠伸を1つ。

 

 「ふ……あ、ふ……」

 

 「友奈ちゃん? 眠い?」

 

 「ん……ちょっと寝そうになってた」

 

 「皆と一緒に訓練頑張ってたもんね、結城ちゃん。疲れてるんだよ」

 

 「なんていっても、もうすぐ天下分け目の……あれだよ。関ヶ原だからね」

 

 欠伸をした上にカクンッと頭が一瞬落ちて今にも寝てしまいそうな友奈。美森はその姿を優しげな眼差しで見つめ、神奈はそうなるのも仕方ないと朝の訓練の様子を思い返す。何度も言うように次の戦いは愛媛解放の為の大事かつ大きな戦闘……決戦になる。それに備えての訓練は普段よりも力が入るのは仕方ないし、それにより普段よりも疲れるのも当然の事だろう。

 

 実際、寄宿舎では小学生組の4人が千景の部屋に集まってゲームで遊んでいたが少しすると並んで仲良くお昼寝をしている。その4人にタオルケットを持ってきて体に掛けたのは勿論千景で、彼女もまた眠る4人を見て睡魔が伝染したのか隣で眠り、こっそりやってきた高嶋がその隣に潜り込んで一緒に寝ているのだがそれはさておき今は東郷家でのお話。

 

 「皆張り切って訓練していたもんね。須美ちゃんなんか汗だくになって」

 

 「若葉ちゃんと夏凛ちゃん、棗さんとか凄かったよね。訓練というか実戦って感じだったし」

 

 「小学生なのに凄いよね。夏凛ちゃん達も流石……ん、ふぁ~。ちゃんと帰って寝るね……ふ、ぁ~……」

 

 「ふふ、凄い欠伸。あふ……結城ちゃんのが移っちゃったかな。私も帰ってお昼寝しようかな」

 

 「いくらお隣だからって、そんなにふらふらじゃ危ないわよ。神奈ちゃんもここからだと寄宿舎まで少し距離があるし……2人共ここで寝ていけばいいわ。こうしてこうして……ほら、もう寝られる」

 

 「わわわ、手伝う間もなく布団がてきぱきと敷かれて……」

 

 「あれ? ここ東郷さんの部屋だよね。なんで敷き布団が2つも……」

 

 「1つはお客様用にね」

 

 2人も訓練内容を思い返すがまた友奈が欠伸をし、同じように神奈も欠伸を1つしながら立ち上がってそれぞれ自宅と寄宿舎に戻ろうとするが美森が待ったをかける。実際、神奈はまだ余裕がありそうだが友奈の足取りは覚束無い。お隣さんとは言えこれは危ないと判断した美森は瞬時に碁盤と将棋盤を片付けて素早く押し入れから敷き布団を2つ床に敷き、ぽふぽふと叩いてそこで寝るように催促する。

 

 その手際の良さに驚きつつ、厚意を無下に扱うのも悪いし眠気も限界に近いしで彼女の言葉に甘えて布団の上に横になる2人。それを満足そうに見ていた美森も2人の欠伸が移ったのか同じように小さな欠伸をし、顔を見合わせて笑いあった後に彼女達に誘われて2人の間で横になり、そのまま仲良くお昼寝をするのであった。

 

 

 

 夢を見た。愛媛の樹海の奥深く、そこで成長する大型の……もっと大きな、超大型とでも言うべきバーテックスが2体も存在する夢を見た。感じる威圧感はこれまでのどのバーテックスよりも大きく、強い。そして、それと対峙する……多くの人影を見た。

 

 

 

 「東郷さん!」

 

 「っ!? は、ぁ……はぁ……友奈、ちゃん?」

 

 「東郷さん、大丈夫? ……もしかして、“見た”?」

 

 「神奈ちゃん……見た? って……あ、そうか。あれは神託なのね」

 

 「神託?」

 

 「やっぱり、私と同じ夢を見たんだね」

 

 暫くして、友奈が起きると美森が魘されており、慌てて起こそうとする。次に神奈が起き、同じように揺すって起こそうとすると少しして美森が身動ぎをしてから目を開けた。2人に心配されながら体を起こし、神奈の言葉で今見た夢が神託であることを理解する。同じ夢を見たという神奈も頷き、不思議そうにする友奈に2人が説明し……仲間達にも説明しようとするが気が付けば夕日が半ばまで沈んでいたので流石に翌日に部室でという事になった。

 

 

 

 

 

 

 「新たな神託です。愛媛で大型よりも大きな超大型バーテックス2体が成長中です」

 

 「完成予測は1ヶ月後。愛媛を襲撃したあと香川に向かってくるみたい」

 

 「間違いなく、決戦に投入する為の向こうの切り札だね。これまでのバーテックスよりも遥かに強力だと思う」

 

 「それほどの……問題なのは、そのバーテックスの対応ですが……」

 

 「今のところ、神託が降りてきていません。出撃ではなく迎撃が望ましいのではないかと」

 

 翌日、部室に集まった仲間達に神託を受けた巫女達から説明が入る。これまでレクイエムを初めとして様々な大型バーテックスと戦ってきた勇者達だが、今回は敵はそれらよりも大きく、強力と聞いては流石に表情を強張らせる。特に勇者部の8人は脳裏に獅子座、及び複数のバーテックスが合体したレオ・スタークラスターの存在を思い返し、体に力が入る。

 

 その超大型にどう対応するべきかという神託は無く、巫女達としてはいつものように愛媛に向かうのではなく、香川に近付いた所を迎撃する姿勢を取った方が良いのではないかと考えている。が、その考えを聞いた勇者達はあまり肯定的ではなかった。それを最初に言葉にしたのは美森。

 

 「香川が……ここが抜かれたら決定的にまずい以上、堅守が確かに確実であるとは思うけれど……」

 

 「でもそうすると愛媛が危ないんじゃないか? 超大型が2体通ってくるんだぞ」

 

 「はい。神託を考えると堅守で間違いはないかとは思うのですが……」

 

 「ん~、難しい問題だね、これは。結構根が深いと思うな」

 

 (皆悩んでるね。さて、あなた達はどんな選択をするのかな)

 

 話し合う勇者と巫女達の姿を、同じように悩みつつ神奈は眺める。神託、それは神の意思であり、言葉であり、導きでもある。西暦で、そして神世紀でもその神託によって人間達は救われ、生き長らえてきた。無論、あくまでもイメージしか伝わらないので誤った解釈や、降ろしたとしてもどうにもならなかった事はあるが、概ね助けられてきた事には変わり無い。

 

 そして今回、神託に従うのであれば堅守……守りに入るべき。そうすれば相手が成長する間の時間を使って万全の状態まで持っていけるだろう。愛媛の地が再び敵の手に落ちるかも知れないが、最悪の事態はほぼ確実に打破できる。しかし、神託を受け入れない……つまり、勇者達の意思を、人間の意思を優先するのであれば。

 

 「ちょっとタマ、凄いこと言っていいか? ビックリするかも知れないけど」

 

 「良いわよ、どんどん言っちゃって。そのためのミーティングなんだから」

 

 「神樹って、四国を結界で囲って守護してくれたじゃないか。でも逆の言い方をすれば、他の地域の皆を護ってはくれなかったよな?」

 

 (ぐ、グサッときた……)

 

 「一部の地域で例外はあったけど、そういう言い方も出きちゃうわね」

 

 「しかしそれは、四国が頑張れる……守れる範囲のギリギリの所だったんだろう」

 

 (若葉ちゃんが言う通りなんだよね……当時の人間に怒り狂った天の神に着いた神々は“私達”よりも多くて、それだけ力の差が開いてしまった。信仰心も昔に比べれば遥かに弱くなってたから、加護を与えられて結界を作れる範囲もそう広くはなかったんだよね……)

 

 球子と歌野の言葉に心に大きなダメージを受けて思わず胸を抑えそうになった神奈(神樹本人)だが何とか表情も歪めないように頑張って悩んでる表情を貫く。彼女が神樹であると知っている楓は思わず苦笑いを浮かべていた。若葉が擁護するように言うが、球子もそれは分かっていると頷く。

 

 「何が言いたいかってさ、今回も同じケースな気がするんだよ。神樹の神託がない限り守りに徹する……それはタマ達が勝てるんだろうけどさ。でも、多分愛媛が痛め付けられる。勝つ為の犠牲として」

 

 「……確かにそうですね」

 

 「何度も言うけどさ、神樹は限界まで頑張ってて、出来る範囲で人類を生かそうとしてくれてる。だから神樹を責めてはいないんだよ。“逆”なんだ」

 

 「……逆? タマちゃん、逆ってどういうこと?」

 

 「つまりな? 神奈。“神様”が無理な範囲は……」

 

 「……私達、“人間”が頑張ればいい、だね?」

 

 グサグサと球子の言葉がナイフのように胸に突き刺さっている神奈が首を傾げながら疑問を口にすると、彼女の後に高嶋が続き、球子も頷く。神託が出ない時に攻め込む危険性は理解している。その話は以前にも1度出ているし、その際には神託が出るまで待った。

 

 だが、と彼女は言う。その時と今とでは状況がまるで違うのだと。前よりも土地は沢山取り返し、前よりも強くなった。戦力は充実している。ならば、危険性が高いとしても仕掛けてみる価値はあるのではないか。そう、彼女は胸を張って強く言い放った。

 

 「……なるほど。なるほどな」

 

 「神樹様の神託の上を行く行動を取る……私達“人類”が。そういう事ですね? 球子さん」

 

 「なんか格好良く纏めてくれたな須美。それそれ、そういう事」

 

 「実は私もタマ坊に賛成なんだよね。神託は本当に大事というのは分かるけど、それに甘えすぎるのも良くないというか」

 

 「……そうだな、私も賛成だ。すまない、ひなた達は頑張って神託を受け取ってくれているのに……」

 

 「……いえ。皆さんの勇者としての思いは素敵です。尊重すべきだと思います。若葉ちゃんも球子さんの意見に賛成でしょう?」

 

 「あぁ。正直グッと来たぞ。お前格好良いな球子」

 

 (……うん。本当に、格好良いなぁ、皆)

 

 神託の上を行く行動を取る。神託に従うのではなく、自分達の意思で立ち向かい、乗り越えて見せる。神様(わたしたち)では無理な部分を人間が頑張る。そう強く意思を示し、賛同する皆の姿を、神奈は胸の奥が暖かくなるのを感じていた。

 

 神という存在は概念的、自然的なモノだ。それでいてその動きや考え方はどこか機械染みている。効率的で、リスクを抑えてより確実な動きをする。それが四国を包囲し外界隔てた結界であり、巫女に降ろす神託。天の神だってそうだ。かつて誰かが言った。バーテックスは天の神が作り出した人類粛清“システム”だと。バーテックス、星屑は人類に怒り狂った天の神が効率的に人類を殺し尽くす為のシステムに近い。

 

 効率よりも、確実性よりも感情を、意思を優先する。それは……神には出来ない思考なのだ。敵である天の神でさえ、自ら滅び尽くすのではなくより効率的に大量に殺し尽くす為にバーテックスを産み出したのだから。なんか冒頭辺りで己の欲望を優先したバ神が居たかも知れないが直ぐに神奈は脳内から追い出した。

 

 「……言うてさ、ここの愛媛は実際の愛媛ではない訳だし? 神樹の中の世界の訳だし? 最重要拠点の堅守が重要な訳で、神託通りに動くのがクレバーな気がするけども」

 

 「……でも、それでもだ、雪花」

 

 「……理屈じゃないのね。ハートなのね。OK了解。やったりましょうや!」

 

 「貴女、どんどんここに染まってきているわ。素敵な事よ」

 

 「うん、雪花ちゃんも格好良いよ!」

 

 「よしてよ神奈。そんな笑顔で言われると恥ずかしいって」

 

 「じゃ、ここは1発、成長中の超大型バーテックスに仕掛けてみるって事で、いいかな?」

 

 そうして熱が高まっている所に、雪花の冷静な意見が入る。球子自身も言った通り、神託通りに行けば勇者達は勝てるのだろう。そして、この世界は現実ではない。この世界の愛媛がどれだけ傷付こうとも、元の世界の愛媛には何の影響も無い。それでも、そう言う球子に彼女はだろうね、と首を横に振る。そういう人間ばかりであることはとっくの昔に分かっているのだ。

 

 故に、雪花もやる気を見せる。すっかり仲間達に染められている彼女を見て歌野は微笑ましそうに呟き、神奈は本心から褒める。恥ずかしそうにパタパタと手で自分の顔を扇ぐ彼女を周りが楽しげに笑った後、風が纏めて皆に問い掛ける。神託には従わず、自分達の意思に従うぞと。反対意見は、無い……のだが、ひなただけが不安げに呟く。

 

 「敢えて言うのなら、条件付きで賛成でしょうか? 本当に危ない所に行く訳ですから……まずい! と思ったら撤退する勇気も持って下さいね?」

 

 「大丈夫だよひなたちゃん。その時にはちゃんと撤退するし、撤退しそうにない人には首にワイヤー付けて引き摺ってでも引かせるから」

 

 「だって、お姉ちゃん」

 

 「銀達も分かった?」

 

 「「「なんでアタシ(あたし)達だけ!?」」」

 

 「心配を掛けるな、ひなた。ありがとう」

 

 神託に従わずに動くことは危険だが、その危険性は未知数だ。それ故に不安が隠しきれないひなたは、賛成ではあるが撤退する事も念頭に置くように伝える。それには水都も神奈も同じ意見なのか同じように不安そうな表情になり、頷く。その不安を拭い去るように楓が笑いながら払うようにして右腕を動かしながらそう言った。

 

 それを聞いた樹が風に、美森が銀(中)と(小)に向かって笑いながら囁く。これには周りも同意なのか本人以外がうんうんと頷き、3人は自分達だけが言われた上に誰も否定しないことに驚愕の表情を浮かべた。因みにこの時こっそり杏から球子へ同じように注意されて驚いていたりする。そして若葉がひなたに心配してくれた事に感謝を告げ……勇者達は巫女達の応援を背に、愛媛へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 「あ、あれがあれが成長中の……うわわわ、大きすぎるような……」

 

 「思ったよりも……もっともっと……大きいね。わ、なんか動いてる!」

 

 「成長中だから、更に進化を遂げようとしているのでは?」

 

 「これで成長中か……予想以上、だねぇ」

 

 そうして到着した勇者達を待っていたのは、神託通りの()()()の超大型バーテックス。成長中……つまりはまだ大きくなるというのに、その大きさは既にこれまでに出会ったどの大型バーテックスよりも大きく、勇者部が出会った獅子座に匹敵……或いは凌駕しうる程。流石にスタークラスター程ではないが、このまま成長すれば届く……下手をすれば、本当に凌駕する可能性もあるだろう。

 

 その大きさのバーテックスが2体、目の前に居る。間違いなく、今回の戦闘は勇者達にとって未知の領域。だが、自分達は今からあれと戦い、そして勝利して愛媛の全てを奪還せねばならない。そう意識したのか、勇者達の体に力が入る。

 

 「よし! 引き返す勇気を持とう!」

 

 「早い早い! 警戒はしながらも、超大型バーテックスに仕掛けるわよ」

 

 「前にも同じ事を言ったかもだけど、これだけ勇者が揃っているんだから大丈夫だよ!」

 

 「何より、完成型勇者がここに居るんだからね。特訓の成果を見せてやるわ」

 

 「皆で呼吸を合わせて仕掛けるぞ! せーのっ!」

 

 雪花が力強く言うが風がツッコミを入れつつ大剣を構えながら周りに呼び掛け、高嶋が左手の平に右拳を打ち付けて安心させるように言い放つ。それに乗るように夏凛が両手の刀を軽く振りながら超大型バーテックスを見据え、球子が全員にそう言い、皆は頷きながら各々構える。そして彼女の合図と共にいつものように地上組と上空組に別れ……。

 

 次の瞬間には、地上と上空から一斉に攻撃を初め、その全てが身動き1つしない超大型バーテックス2体に殺到するのであった。




精霊紹介コーナー(!?)

夜刀神(やとのかみ)

本作オリジナルの角の生えた白蛇の姿をした精霊。その正体は楓の精霊であると同時に“私”と意思を共有する端末の役割も持つ。夜刀神の意思全てが“私”という訳ではなく、あくまでも見聞きしたモノを共有する。行動は本能的で、楓以外が撫でようとすると噛み付く(主な被害者は園子(中)と友奈)。ゆゆゆい編だとひなたと雪花、水都は撫でる事が出来るが他の人間だと威嚇される。バリアや光の生成等の主要部分のアシストを担っている。



という訳で、勇者達の戦いはこれからだ! というお話でした。本作の造反神はちょいと色ボケが入っている模様。

今回から“原作との相違点”は少しお休みし、楓の手持ち精霊の紹介を今更ながら後書きに書いていこうと思います。勿論無理に見る必要はありませんが、何か書かないと落ち着かなくて←

次回、遂に愛媛奪還……まで進むといいなぁ(´ω`)

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 41 ー

大変お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

まさかののわゆアニメ化でびっくりしてる私です。酒呑童子ちょっと代償大きすぎないですかね……酒呑童子であれなら若葉の二重切り札とかどれ程なのか。

転スラ新アプリのまおりゅう、別の新アプリのラグナドール始めてます。銀と中の人が同じのシズさん、園子と中の人が同じののっぺらぼうをゲット出来て嬉しい限り。他のアプリのガチャ? fgoでジャック・ド・モレー当たりましたが他は死にました←

スパロボ30もDL版買いました。やはりスパロボは面白いですね。グリッドマンとナイマジ目当てでしたが、現状とても楽しめています。杉田さんvcの男主と早見沙織さんvcの艦長とか最高ですマジで。

今回も原作と色々変わっています。それでは、どうぞ


 成長の超大型バーテックス……さながら幾つもの触手、或いは虫のような足が無作為にミミズのように長い体から生えているかのような見た目のバーテックス、“アニマート”2体へと攻撃を仕掛けた勇者達。近接、射撃問わずその攻撃は確かに2体の巨体に直撃し、見て分かる程に傷を付けた。その事実に、かつてレオ・スタークラスターと戦った勇者部は内心で安堵していた。

 

 その巨体故にか、一斉に攻撃しても倒す事は出来なかったし、傷を付けるだけに終わっている。何なら少しずつだが既に治ってきてもいる。だが、それはつまり攻撃が通らない訳ではないという事だ。レオ・スタークラスターの場合は満開の攻撃以外では歯が立たなかったが、アニマート達はそこまでの防御力は無い。ならば満開等の切り札無しでも倒す事は決して不可能ではないということになる。

 

 「手応えあり……! これは行けるかも。相手は成長中で動いてこない」

 

 「よーし、セカンドアタック! 呼吸を合わせて、いっせーのっ!」

 

 確かな手応えを感じた美森がこれならば……と口にする。それは他の勇者達も同じ気持ちであり、歌野がその勢いを殺さぬように2度目の一斉攻撃の合図を出し、それに誰も遅れること無く再び同時に攻撃を繰り出す。このまま同じ事を繰り返せば特に被害も無く勝てる……のだろうが、元の世界とは違う偽物とは言え頂点(バーテックス)の名が付けられた存在がそう簡単に行く筈もない。

 

 同じ箇所を狙った攻撃は、アニマート達の触手のような部分が動いて防いだ。身動きしなかった存在が行った防御行為は勇者達の警戒心を高める。そして、攻撃を防いだのはアニマート達だけでなく……その2体の前に現れた人影が一部を弾いていた。その正体は、言うまでもない。

 

 「ちょっと待ってよ。今攻めてくるなんて酷いなー。完成するまで待ってくれないと」

 

 「やはりお前も来たか、赤嶺 友奈。邪魔をするな」

 

 「今どうしてもやるって言うなら……それはそれで。皆、集合! おっきな君も動いちゃって!」

 

 「超大型が動き出したか……赤嶺が指示を出しているのか?」

 

 「でしょうね、それにいつもの星屑まで……っ! 超大型が何かしてきそうですよ!」

 

 現れた赤嶺 友奈がそんな事を(のたま)うが、勇者達としては超大型が成長中であり、放っておけば愛媛が危ないとなれば攻めない理由等無い。若葉が彼女の言葉を一蹴するが、勇者達が今攻めてくるなら対応するまでだと赤嶺もいつものごとく大量の中、小型のバーテックスを呼び出し、超大型も動き出してその巨体を勇者達に向けた。

 

 棗の疑問に同意する新士が、1体のアニマートの体から生える触手のようなモノの先端から岩のような塊を撃ち出そうとしているのに真っ先に気付いた。それを聞き、行動を見た勇者達は各々の判断で回避を試みる……前に行動した小さなオレンジ色の影が1つ。それは旋刃盤を前に構え防御の姿勢を取る球子であった。

 

 「こんなものは、タマの盾が受け止めええええる!! うぎぎぎ、ぎぎぎぎっ!!」

 

 「タマっち先輩!?」

 

 「なんて無茶な……でも流石は球子ちゃん、防いで……いや」

 

 「超大型の攻撃を受け止めるなん……て、え!?」

 

 「どおおおおりゃああああっ!!」

 

 彼女の小さな身体の何倍、何十倍もの大きさがある巨岩のようなそれを、信じられない事に真っ向から吹き飛ばされる事もなく受け止めて見せた球子。杏からは心配の叫びが上がり、仲間達は信じがたい光景にぽかんとしていた。楓もまさか真っ向から受け止めるとは思っておらず、しかし防いだ彼女を称賛する。それは敵である赤嶺も同じであった。

 

 が、そこで終わらない。更に信じがたい光景として、球子は受け止めた巨岩を受け止めた旋刃盤を振り払うように動かし……そして、気合の籠った叫びと共にアニマートへと跳ね返した。投げ返した、と言ってもいいだろう。その巨岩は流石に命中することはなく触手によって弾かれたが、弾かれた巨岩に数十体の中、小型が巻き込まれていた。

 

 「……や、やたらと気合い入ってるのが居るね」

 

 「タマが言い出した事だ、これくらいはやらないとな! さぁ、皆行けええええ!!」

 

 「タマばかりに良い格好はさせないわよ。よーし、突撃!!」

 

 「おおー!」

 

 「あんな凄いことされたら、あたしらも気合が入るってもんだ!!」

 

 「こっちも突撃ー!!」

 

 球子が見せた防御……最早反撃と言ってもいいそれに赤嶺でさえ驚きから数秒言葉が出なくなるが直ぐに気を取り直し、仲間達は彼女に続くぞと戦意を漲らせる。特に風と銀ズのやる気が凄まじい勢いで上がり、率先してバーテックスへと突っ込んでいく。無論、仲間達もそれに続き……赤嶺もどこか楽しそうに、バーテックスに命令を下す。

 

 そうなれば後はいつものような戦いだ。襲い掛かるバーテックス。それを迎撃し、倒していく勇者達。いつものように上空組の4人が遠距離攻撃で仲間を援護し、空の敵を担当する。地上組が各々突撃する者、サポートする者と連携を駆使し、お互いに助け合いながら殲滅していく。

 

 ……が、そこまで簡単に終わるような戦いではなかった。超大型は成長中故にかそれほど攻撃頻度は多くはなかった。しかし、球子が防いだように巨岩を飛ばしてくる。それが1発2発ならまだしも身体にある複数の触手から繰り出してくるのだ。それに超大型は2体居る為、飛んでくる数は単純に倍。自身の何倍もの大きさのそれを受け止め、跳ね返すなんて芸当はそう何度も出来るハズもない。

 

 「ああもう、大きい上に邪魔だなコレ!」

 

 「姉さん、その大剣で打ち返せない?」

 

 「出来るか!!」

 

 「大丈夫大丈夫、姉さんの女子力なら出来るって、多分」

 

 (煽るなぁ新士。でも幾ら風さんでも流石に……)

 

 「そ、そうね。アタシの女子力なら、こんな攻撃くらい! 行くわよ! 女子力ホォォォォムラァァァァンッ!!」

 

 「「やるんですか!? しかも本当に打ち返した!?」」

 

 (確かに煽ったけどまさか本当に出来るとは……)

 

 「やるな風。タマも負けてられないぞ!」

 

 また、大きい為に回避するのも一苦労だ。加えて厄介な事に、この巨岩は消えずに樹海に残るので障害物の役割も果たしている。なのでたまに飛び越える、或いは迂回する必要が出てくるので地上組からすれば銀(小)が言うように邪魔の一言。その樹海にめり込んだ巨岩を指差しながら冗談半分で新士が風を煽ってみたところ、飛んできた巨岩に対して大剣を野球のバット宜しくフルスイングする。

 

 するとどうか。ザリザリと音を立てて後退するものの轟音を鳴らしてアニマートに向かって巨岩を打ち返した。冗談半分に煽ってみた新士も聞いていた銀達もまさか本当に打ち返せるとは、そもそもまさか実行するとは思わなかったのか驚愕の表情を浮かべている。因みに打ち返された巨岩は見事にアニマートに打ち出した時以上の速度と威力を伴ってその巨体に直撃していた。

 

 「む、無茶苦茶するね!?」

 

 「生憎と、風が無茶苦茶なのはこの世界に来る前からよ!!」

 

 「姉さんも球子ちゃんもやるもんだねぇ」

 

 「タマっち先輩、凄い……」

 

 「お二人とも凄い力ですね」

 

 「本当ね。それに今ので超大型が目に見えてダメージを負っているわ……これならいけるかも知れない!」

 

 「それはマズイなぁ。仕方ない、か」

 

 その一連の動きを見ていた赤嶺も流石に大声でそう言わざるを得ない。その声には夏凛が星屑を切り裂きながら返し、上空組も巨岩を相手に返した2人に称賛の声を漏らす。無論、バーテックスを撃破しながら。そうしつつ美森は巨岩を受けたアニマートに視線を送ると、そこには巨岩以外にも勇者の攻撃をその身に受け、あちこち凹んだり切り裂かれていたりと満身創痍。それに加えて件の巨岩を受けてもう1体のアニマートと比べて半分くらいの大きさに潰れている。

 

 そして被害が少ない方のアニマートも決して無傷と言うわけではなく、その巨体にはしっかりと数多の傷が付けられている。これならば、ここで終わらせられるかも知れない……そう告げる美森だが、それで終わらせるような赤嶺ではなかった。半死半生と言っていいアニマートを勇者達にぶつけ、比較的損傷の少ない方を可能な限り素早く後退させる。残った中小型、大型も盾にするように動かし、後退するアニマートへの攻撃、接近を防がせる。そして。

 

 「見たか、このタマ達のパワーを! ナンバーワン!!」

 

 「くっ、こんな危険地帯に来るなんて……完全に読みが外れたよ。堅守するかと思った」

 

 ぶつけたアニマートが倒される頃には粗方のバーテックスが殲滅され、残ったアニマートは奥へ奥へと後退していくところであった。勝ち誇る球子に対し、赤嶺は予想外の勇者達の攻勢、そして切り札である超大型の1体を失った事に悔しげな表情を浮かべて自身も撤退していく。

 

 上手く事を運べた勇者達だが、赤嶺とアニマートを追うことはしなかった。勝利こそしているが、彼女が言ったようにここが危険地帯……愛媛の中でも最も敵陣営の戦力が集中している場所でもあるし、今の戦闘で大きく疲労している。そんな状態で追撃を仕掛けるのは今回の戦いを決断したような勇気ではなく無謀と言うものだ。

 

 それに、完全に目標を達成出来なかったとは言っても相手の切り札の1つを倒せたのだ、充分に大戦果を挙げている。少ないともこれで相手が2体の超大型を別々に動かして二面作戦、なんて戦法は取れなくなった。次の戦いで勇者達が全員で事に当たれるのは大きい。

 

 「皆、お疲れ様!」

 

 「本当に疲れたわ……アタシの剣が折れるかと思ったわよ」

 

 「大活躍だったねぇ、姉さんも皆さんも」

 

 「……あぁ。流石タマの仲間達だ。これで……いいん……だ……」

 

 「……タマっち先輩? タマ先ぱぁぁぁぁいっ!?」

 

 「な、球子!?」

 

 そうして友奈が元気に声をあげ、風は大剣を消して両手をぷらぷらとさせて疲労感をアピール。新士は姉と仲間達を褒め、球子がそれに同意し……突然、意識を失ってその場に崩れ落ちた。それを見た杏は即座に絨毯から飛び降りて走って近付き、若葉達も心配して慌てて近寄る。戦勝ムードは彼方へと消え去り……仲間達に不安を残して、樹海から元の世界に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わった日の翌日。あの後、倒れた球子は直ぐに元の世界で楓や園子(中)、銀(中)も入院していた大赦が運営する病院へと運ばれて入院していた。そして彼女の病室に見舞いに来た人影が幾つか。同じ時代から来た仲間達と夏凛である。他のメンバーはまだ来ていないようだ。

 

 「だいぶ具合は良さそうね? 全く、びっくりしたわよ」

 

 「あぁ……まさか倒れるなんてなぁ。格好悪い所を見せてしまった」

 

 「ううん。タマっち先輩、凄く格好良かったよ」

 

 「そ、そうか?」

 

 「あんな凄い攻撃を受け止めるなんて凄いよ!」

 

 入院してはいるが、球子はベッドの上で元気にしていた。倒れたのも何度もアニマートの攻撃を受け止め、跳ね返して味方への被害を抑え続けていた事による疲労故の事。別に大怪我した訳でもないので1日寝ていれば良くなるのも当然と言えば当然。だが倒れたのは事実なのでこうして心配してお見舞いに来るのもまた当然のことだろう。

 

 千景の素っ気なくも心配を滲ませる言葉を受け、少し悔しげに首を振る球子。だがその彼女の手を握って顔を近付けながら杏が目を合わせながら褒め、千景の隣に居る高嶋も同じように褒める。2人に褒められた球子は悔しげな表情を恥ずかしげなモノに変え、ポリポリと頬を掻く。

 

 「球子さんの犠牲は出したくないという考え、素敵は素敵なんですが……自分自身もしっかり無事でないとダメですよ。忘れないで下さいね」

 

 「うん……心配かけたな。さしあたり、タマは直ぐに皆と合流出来るから、しっかり決戦の頭数には入れておいてくれ」

 

 「勿論だ。球子は大事な戦力だからな」

 

 「よーし、機先はしっかりと制したわ。次もばっちりと勝って完全勝利よ!!」

 

 「それは良いけど、夏凛ちゃんもう少し声抑えて。周りに一般の人が居ない個室とは言え、ここは病院だからねぇ」

 

 「あ、楓さん……ごめんなさい」

 

 「前から思っていましたが、夏凛さんは楓さんには弱いですね」

 

 「まあこっちにも色々あるから……」

 

 「よっ! 楓、その袋はなんだ?」

 

 「やぁ球子ちゃん、元気そうで何よりだよ。これはお見舞いのお菓子と、美森ちゃんが作ってくれたぼた餅」

 

 ひなたから苦笑混じりにそう言われ、素直に頷く球子。自分でも今回の戦い方は無茶したと感じているのらしい。しかしその奮闘は称賛されるべきだろう。その結果として誰一人脱落する事なく戦いが終わったのだから。それに無茶した本人も直ぐに退院出来る程度なので結果としては最良に近い。若葉が言うように彼女も欠けてはいけない大事な戦力なのだから。

 

 さぁ次の戦いも勝つぞとやる気を漲らせる夏凛に、病室に入りながら苦笑いで注意する楓。直ぐに振り返り即頭を下げる姿に杏が頭に疑問符を浮かべながら聞くが、夏凛からはそんな曖昧な言葉しか帰ってこなかった。そんなやり取りを気にすること無く、球子の視線が楓が持つビニール袋へと向く。元気そうな彼女に朗らかな笑み向けつつ、手に持つ袋を見せつけるように上げながらそう説明し、ベッドのテーブルの上に取り出して並べた。

 

 そうしてその場に居る皆で彼が持ってきたお菓子やぼた餅に舌鼓を打ち、次の決戦の話や他愛の無い話をしながら穏やかに時間は過ぎていくのだった。

 

 「ところで楓。今日はなんというか、随分と可愛らしい格好をしているのだな」

 

 「ああ、これは……姉さんの趣味だよ。自分の私服は使えないし、お見舞いに行くなら他の人の目にも触れるからって……だからってスカートを履かせる事はないだろうに……」

 

 (今の楓さんは樹ちゃん似の女の子の姿をしてますから、スカート姿が良く似合いますね……ハッ、“姉さんの趣味”という事はこの格好はつまり風さんの“自分色に染め上げたい”という意思表示なのでは? 今まで園子先生達との恋愛模様を想像していましたが、これはつまり姉弟の禁断の関係という新しいパターンが!!)

 

 (あんずがまた暴走している気配がするけど、今は流石に相手するのは辞めておこう。タマは今病人だからな)

 

 

 

 

 

 

 数日後、球子は無事に退院した。元々戦闘で無茶した事による疲労が原因なのだから本人としては翌日、なんならその日にでも退院して良かったのだが念には念をという事で時間を掛けた。そのお陰か、それとも杏の看病のお陰かすっかり元気になった彼女の全快を喜びながら、夕方の砂浜にて次の決戦に向けて訓練を行う勇者達。

 

 「なっはっはっは! タマは完全復活なのだ。これもあんずの看病のお陰だな」

 

 「ナイス女子力よタマ。全快おめでとう」

 

 「さぁフルメンバーでレッツらトレーニング! 打倒、超大型バーテックス!」

 

 「うん、やろう歌野ちゃん。あの敵を倒せば愛媛解放だもんね」

 

 「愛媛の次は徳島ともう決まっています。勢い的には高知にも攻め込みたいですね」

 

 「よーし、銀さん張り切っちゃうぞ! 鍛練鍛練! とっく島とっく島!」

 

 「私だって銀に負けて居られないわ。鍛練鍛練!」

 

 「徳島徳島~♪ 皆でワイワイ鍛練するのは結構楽しいねぇ」

 

 「ふふ、そうだねぇ。元の世界だと4人だけだから、こんなに大勢だと何だか楽しいねぇ」

 

 鍛練だトレーニングだとしている間にそんな会話がされる。ひなたが言うには次の解放を目指す土地は徳島だと言う。可能であれば、同時に解放を目指して動くことも視野に入れているようだ。それを聞いてやる気を漲らせる勇者降臨。中でも小学生組ははしゃいでいるようにも見える。

 

 この場で1番楽しそうに鍛練をしているのは間違いなくこの4人だろう。鼻歌のように鍛練鍛練、徳島徳島と呟きながら武器を振るったり矢を射ったり拳を突き出したり。他の者達もそうして動いている中で、息を乱す者が1人。樹である。

 

 「うぅぅ……はぁ……はぁ……はぁ……小学生の皆も息を切らしてない……本当凄いなぁ」

 

 「大丈夫? 樹ちゃん」

 

 「あんまり無理したらダメだよ樹」

 

 「うん、大丈夫だよお兄ちゃん。友奈さんもありがとうございます……はぁ……はぁ……」

 

 「徳島ラーメンか。楽しみですなー。徳島城もね」

 

 「ふふ、雪花ちゃんお城好きだもんね」

 

 「気が早いぞ……渦潮……渦潮……」

 

 (徳島ラーメンか……そういえば、神樹館の同級生の子が好物だったねぇ。あの子は元気だろうか? 大橋の最後の戦い以来顔も見てないからねぇ……)

 

 給水用のスポーツドリンクやタオルの持ち運びをする巫女達はともかく、変身した状態で唯一息を切らしている樹は他の仲間達が息一つ乱していない事実に改めて驚く。友奈と楓から心配されると一旦動きを止め、息を落ち着けようと何度か呼吸を繰り返しつつまた周囲に気を配る。

 

 徳島と聞いてテンションが上がっているのが小学生組の他にも2人。うどんよりもそばよりもラーメンと日本の城が好きな雪花は解放したら味わい、見られるであろうそれらに想いを馳せ、それを知る神奈は微笑ましそうにクスクスと笑い、海が好きな棗も雪花に注意しつつも自身も行けば見られるかもしれない渦潮を脳裏に思い描く。

 

 そんな会話を聞きながら、ふと楓は1人の少女を思い浮かべる。片目が隠れるくらいの前髪と白髪が特徴の、たまに勉強を教えていた少女。勇者であることもあってあまり長く接する事はなかったが、彼の記憶に刻まれるには充分な時間を過ごした。大橋での決戦以来……いや、重症を負い入院してから会うことは無かったかもしれない、徳島ラーメンが好物な少女の事を。

 

 (棗さん達は当然のようにピンピンしてるし。西暦組はやっぱり鍛えられてる)

 

 「行くよ高嶋ちゃーん! せいせーい! とあーっ!」

 

 (同じ時期に勇者になった友奈さんも武道をやっているから基礎体力が違う……前々から分かってた事だけど……私、頑張らないと)

 

 楓の事はさておき、樹に視線の先にあるのは相変わらず自分と違って息を乱さない仲間達。西暦組は勿論の事、同じ時期に勇者になった友奈もそう。大赦で勇者となる為にある程度訓練していた(のが理由かは分からないが何故か体力はある)風や血の滲むような鍛練をしていた夏凛とも違う。先代勇者であった楓や美森、園子(中)と銀(中)とも違う。完全な一般人であり勇者としては同期の友奈。その仲間達と比べ、自身にはあまりに体力が無さすぎる事を改めて樹は痛感する。だからこそこうして鍛練を頑張っている訳だが……。

 

 「でも頑張った所で……皆が凄すぎるような」

 

 「おほん。自分の可能性を下に見たらダメなんよイッつん」

 

 「わっ!? 園子さん……」

 

 「基礎体力は大事だから、それを付けながらもイッつんは特技をキュッキュと磨けばいいんだよ」

 

 「と、特技ですか?」

 

 仲間達は皆が凄い人達で、その凄い人達に頑張った所で追い付けるのか。そもそも頑張って、その凄い人達の力になれるだろうか。そんなネガティブな考えが浮かぶ彼女の後ろからひょっこりと現れた園子(中)に驚きつつ、面と向かって言われた言葉に首を傾げる。特技、と言われても自分自身の事は早々思い当たる事はない。不思議そうに首を傾げる彼女に、園子(中)はピンと右手の人差し指を立てながら答える。

 

 「日常のイッつんに占いや歌があるように、樹海のイッつんにも独自の持ち味があるんよ。それは少しわたしに似ている……でもカエっちの方が近いかな。考え方次第で色々な事が出来る」

 

 「私が、お兄ちゃんと園子さんに……えぇっと……あ、もしかして“武器”ですか?」

 

 「うんうん。カエっちの“光”ほどとはいかないと思うけど、ワイヤーの戦法って無限大だと思うんだ。そこを磨けばオンリーワン~」

 

 「おんりーわん……」

 

 園子(中)の話を聞き、暗かった表情から一転明るくなる樹。目の前の凄い先輩と自慢の兄に近い、似ているのだと言われれば嬉しい。しかもそんな先輩が自身の武器を、独自の持ち味とやらを磨けばオンリーワン……唯一の存在になれると言う。もしかしたら本当に……嬉しく思った樹は右手を持ち上げ、手首のワイヤーを出す鳴子百合の花の形をした自身の武器を見た。

 

 「でも、戦法と言っても……さしあたり、何をすればいいか……」

 

 「イッつんの周りには動きの参考に出来る人がいっぱい居るじゃない。1番参考になるのはカエっちかな~。だけど、皆とも一緒に鍛練していると見えてくるものがあったりするかも……かも~」

 

 「な、成る程です……ありがとうございます。ようし、皆さんの素敵な所を学んでいこう!」

 

 「色んな人に話しかけるんよ。可能性を見せてね~」

 

 「おおう、何やら妹が燃えているじゃないの。樹、ファイト。お姉ちゃんは……お姉ちゃんは見守っている」

 

 「見守るのはいいけど鍛練は続けようね、姉さん」

 

 園子(中)に助言を貰い、その様子を見ていた姉に見守られながら宣言通りに皆の鍛練風景を観察し、研究し、本人と会話をして学び、自分に出来る動きや戦法を増やす事になった樹。まずは先程話していた友奈の元に行き、その動きを見る。改めて見る友奈の勇者パンチは力強く、その拳はこの世界で数多のバーテックスを粉砕している。何なら彼女だけでなく、高嶋……思えば、楓も同じ事をしているが。

 

 もし、それが自分にも出来たならと樹は思う。そして思い付いたのだ。楓が光で剣やワイヤー、弓を形造るように、自分もワイヤーを使って同じようにそれらを形造る事は出来ないだろうかと。

 

 「こうして、こう……えい!」

 

 「わぁ、ワイヤーが集まって拳の形みたいに……凄い! そんな事が出来たんだね樹ちゃん。まるで楓くんみたい!」

 

 「えへへ、試しにやってみたら出来ちゃいました。今までの戦い方でも敵に通じてはいたんですが、更なるステップアップがしたくて」

 

 「樹ちゃんいっぱい考えてるんだね。偉いなぁ」

 

 「皆の動きを戦い方の参考にしようと思いまして。まずは友奈さんの所へ」

 

 「まず私? い、いやぁ光栄でありますな……なんで最初に私を?」

 

 「そう言われてみれば、なんででしょう? ……多分、友奈さんとお兄ちゃんの2人が、一緒にバーテックスを倒したのが強く印象に残ってるからでしょうか?」

 

 そうして試しに、とワイヤーを操作してみた結果、1回目で拳の形を作り出して虚空を殴るように動かす事に成功した。友奈の動きをしっかりとイメージ出来ているからだろうか、緩やかな動きではなく素早く突き出されたそれは見る者に当たれば確かなダメージがあることを想像させるには充分であった。

 

 友奈からまるで兄のようだと褒められれば嬉しくない訳がなく、照れたようにはにかむ樹。その後にそんな疑問を口にされ、自分自身も疑問に思う。普段の彼女からすれば兄か姉のどちらかから真っ先に向かいそうなものだが、足は自然と友奈へと向いていたのだ。それが何故なのかと改めて考えてみると、そんな考えが出てきた。

 

 樹が初めて対峙したのはヴァルゴ……乙女座。その乙女座に捕えられた楓を救う為の、巨体を穿った友奈の勇者パンチ。そして硬い御霊を破壊した、彼女と兄の2人によるダブル勇者パンチ。それが強く印象に残るのは当然とも言えるだろう。

 

 「だから、こういう時友奈さんならって自然と足が向いたのかもしれません」

 

 「な、成る程ぉ……深いねぇ。あ、これって……若葉ちゃんが前に言ってた“後輩は常に先輩のする事を見ている”っていう事なのかな……よーし! 近くで見ていってね樹ちゃん! 参考になると嬉しいんだけど」

 

 「はい! 友奈さん。沢山勉強させてもらいます!」

 

 「……お、あれは中々面白い光景じゃあーりませんか。ほら東郷、見てみ」

 

 「友奈ちゃんの動きに合わせて樹ちゃんの糸の形状が変化していく……器用だわ」

 

 「可愛い外見に反して樹ちゃんの武器はエグいからなー。いや、エグさで言えばかーくんもどっこいか。まあ頼もしい後輩に育ちそう」

 

 「元々樹ちゃんの素質は凄いのよ雪花。私も後で磨かなくちゃ」

 

 樹の理由を聞き、分かったのか分かっていないのか納得したように頷く友奈。その際脳裏に浮かんだのは日常の中でふと若葉が溢した言葉だ。そうとなれば先輩として後輩に情けない姿は見せられないし、後輩の助けになるのなら全力でやろうと更なるやる気を見せる友奈。そのやる気に釣られ、樹もまた声を出して気合を漲らせる。

 

 そんな様子を面白そうに見ているのは雪花と、彼女に言われて視線を向けた美森。その先にはやる気を漲らせていた2人の鍛練風景だ。友奈が拳を突き出せば樹のワイヤーが拳を形作り、なぞるように突き出される。友奈が回し蹴りを繰り出せば、樹のワイヤーが今度は足のような形を作り、蹴りを繰り出す。回し蹴りというよりはまるで鎌でも振るっているかのようだったが。

 

 それらを僅かな時間でやるのだ、威力は未知数だが実戦で使うには充分かもしれない。雪花が感心したように頷き、改めて樹のワイヤー、そして同じようなことをしている楓の光の強さ、というかエグさを実感する。斬って良し縛って良し刺して良しに加え、殴って良し蹴って良しが加わったのだからその感想も仕方ない。美森も雪花の言葉を聞いて誇らしげにしている。

 

 「ところであの武器、糸? ワイヤー?」

 

 「好きな方で呼べば良いと思う。私は断然“糸”ね」

 

 「……っと、皆、警報だよ。鍛練は中止だねぇ。友奈と樹も一旦中断だよ」

 

 「はーい! という訳で樹ちゃんごめんね、出撃しなきゃ」

 

 「考えようによってはついています。今習った事を実践できますし」

 

 「はっ! そう言われてみればそうだね。私も訓練の成果を発揮するぞー!」

 

 そんな話を2人がしていた時、全員の端末から聞き慣れたアラームが鳴り響く。敵がやってきた合図だが、今回のは神託が無かったので決戦ではない。そうだと理解しつつ、楓は鍛練をしていた全員に呼び掛け、友奈と樹にも中断するように声を掛ける。2人は素直に中断し、訓練の成果を試す事が出来ると燃えていた。

 

 この後、勇者達は樹海へと赴いて襲来してきたバーテックスと戦うのだが、そこに赤嶺の姿も超大型の姿もなく、これまでに現れたような特殊な大型等も居なかった。そんな相手に負ける筈も苦戦することもなく、勇者達は勝利を納める。強いて言うのなら……樹の新しい戦法は、充分にバーテックスに通じる物に仕上がっていたという。




精霊紹介コーナー(まさかの2回目)

与一(よいち)

夜刀神と同じく本作オリジナルの精霊。輝義や義経と似たような姿の人型の精霊。名前の元は平安時代の弓の名手、那須 与一より。

精霊としての能力は楓の射撃能力の向上。光を射撃武装へと変化させている時、彼の目には“どう飛べば当たるか”が“軌跡”として映り、その軌跡をなぞるように光を操作する事で百発百中を実現する。また、その際の光のコントロールもある程度与一が担っている。楓本人の射撃精度はそれほど高く無いが、与一が出現中は美森達にも匹敵する。たまに勝手に現れては輝義や義経、鈴鹿御前とチャンバラしたりして遊んでいる。



という訳で、原作17の終わりから18話の入り、樹ちゃん改造計画というお話でした。原作と違うのは球子が超大型の攻撃を跳ね返したこと、樹ちゃんが試行錯誤無しに“やったら出来ちゃった”と一発でワイヤーによる拳の作成&攻撃を成功させている事です。自慢の妹だからね、仕方ないね。

そろそろ年の終わりも迫ってきました。本作では年末は大体幸福な感じの番外編で終わってきましたが、今年もそうするつもりです。またアンケートするかもしれません。その時は是非とも投票をば。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 42 ー

お待たせしました。前よりは早く更新です(´ω`)

スパロボ30が楽しくて仕方ありません。ドライストレーガーのデザイン良し、乗組員良し、武装良し、新要素良し。男主人公も主人公機もカッコいいですね。

大満開の章ののわゆ展開に色々びっくりしてる私です。あのままマンガや小説の展開になるとまた色々言われそうですね。アニメ自体は楽しんで見てますが……二次で千景を幸福にしなきゃ(使命感

あ、千景の新URは当たりませんでした。FGOの卑弥呼もダメでした。まおりゅうのヴェルドラも……どうにもガチャ運ががが。

さて、今回は後書きにアンケートがありますので、出来れば気楽に投票して下さると嬉しいです。それでは本編、どうぞ。


 今日も今日とて愛媛完全解放の為の決戦に向けて放課後の時間を使って砂浜で鍛練をする勇者達。ここ数日何度か敵がやってきているがそれも難なく下し、結果的に鍛練、実戦を繰り返して着実に力を付けていっている。

 

 「こうして糸を繋ぎ合わせるとですね……大きな盾になります。それから雲外鏡の鏡と組み合わせると……」

 

 「おおっ、ワイヤー入りの窓ガラスみたいに! 器用だな! で、盾ということはタマにガードする時のコツを聞きに来た訳だ」

 

 「宜しくお願いします、球子さん」

 

 「任せタマえよ樹。なんだろうなぁ、お前にお願いされると嬉しいぞ」

 

 特に成長しているのは、先日からワイヤーを使った戦い方で新しい戦法を生み出しつつある樹だろう。友奈の拳や蹴りによる格闘戦に始まり、少しずつ仲間達に専門の技術を教えてもらい、見て研究して物にしていっていた。今も球子に盾による防御技術を教わっている。

 

 樹の前にはネット状になったワイヤーを組み込むようにして現れた緑色の光の壁、精霊雲外鏡による鏡を組み合わせたワイヤー入り窓ガラスのような盾。2つを組み合わせた事により飛躍的に防御力が増しており、友奈のパンチや銀(中)による全力の攻撃を防ぎきる頑強さを有している。尚、楓のだいだらぼっちによる巨腕の攻撃には流石に耐えられなかったものの10数秒耐えている。

 

 「ワイヤーを束ねればウィップのように使えるか……うーん、樹さん賢い! 私の鞭で良ければ、幾らでも学び取ってね」

 

 「はい、ありがとうございます歌野さん」

 

 ワイヤーのまま使うのではなく、束ねて1つの太い糸……ではなく鞭として使うことを覚えた樹は球子に続いて歌野にも教えを乞いに行く。これが本物の鞭なら教えて貰ったところでそこまでのモノにはならないだろうが、樹の手にあるのは元々彼女の意思1つで自在に動く糸。ならば束ねた鞭となっても意思1つで自在に動かせるのは道理。

 

 結果、歌野の教えを得た樹は彼女の動きを学んだ事で自在に鞭を振るえるようになった。破壊力こそ本物には及ばないが、いざというときの凪ぎ払い位は出来るだろう。

 

 「気の練り方は、そう簡単には修得出来ない。まずは呼吸から始めよう。割りと長い道のりになると思うが」

 

 「大丈夫です。棗さん、教えてください」

 

 武器や動きではなく、棗が時折口にする“気”を学ぼうと彼女の元に足を運んだ樹。正直なところその“気”とやらについては全く理解出来ていないが強くなる為なら、とチャレンジ精神から教わりに来たのだ。そうしてやってきた樹を邪険にすること無く、棗はそう念押しした上で自分なりに教えていく。

 

 当然と言うべきか、彼女の言う通り一朝一夕で出来るようなものではなく棗と共にゆっくりと呼吸をするだけとなったのはご愛敬。しかし全く得るものが無かった訳ではないようなそうでないような、教わる前よりも心なしか素早く息を整えられるようになった……気がする。

 

 「投げ槍のコツ?」

 

 「はい。前にお兄ちゃんが光で槍を作って投げてたので、同じような事が私にも……」

 

 「そうか、ワイヤーを束ねて有線式の槍を作れるんだもんね。便利ー。いいですとも、教えられるだけ教えましょうとも」

 

 「感謝です、雪花さん」

 

 以前見た兄の行動を思い出し、槍を直接振るうのではなく投げるのなら最適な人間は……ということで樹が次に習いに来たのは雪花。樹のやりたいことを察した雪花は改めて彼女の武器って便利だなと感心し、前例があるとは言えそれを思い付いた彼女自身にも感心する。

 

 それはそれとしてしっかりと投げ槍について教え教わる2人。実際にはワイヤーを束ねた槍を操作しているので“投げ”と言って良いかは少々疑問だが、どこに向かって投げれば有効か、どういう意図で投げるかを教わる樹。そうして次々に教わり、自分なりに物にしていっている彼女の姿を巫女達が見守っていた。

 

 「樹ちゃんが色々な人から色々な事を教えて貰ってる……」

 

 「この合同訓練で1番伸びているかもしれませんねぇ」

 

 「うん、それに直ぐに実戦で使えるくらいに使いこなしてる。勇者の中で1番伸び代があるのはあの子かもね」

 

 「はい。決戦が直ぐ近くまで迫っている今、頼もしいですね」

 

 様々な人に教えて貰いに文字通り東奔西走する樹の姿を微笑ましく見守る3人。1人に教わる毎に戦略の幅が広がっていく彼女を頼もしく思い、その将来性に期待が高まる。3人と同じような事を思っているのだろう、鍛練の合間に似たような表情で樹の姿を眺める勇者達は姿もあった。そうして幾ばくかの時間が経った後……全員の端末からアラームが鳴り響く。

 

 「また敵襲だと言うの? 最近は随分な頻度で仕掛けてくるのね」

 

 「決戦を前にイライラさせようとしているのかもです~」

 

 「……では平常心で敵を切り払うまでね」

 

 「皆のお陰で大分戦い方の幅が広がった気がする……ようし!」

 

 「ふふ、やる気満々だねぇ樹。じゃあ、その広がった戦い方の幅を見せて貰おうかねぇ」

 

 「任せてお兄ちゃん。教えてもらったこと、実践してみせる!」

 

 そしていつものように極彩色の光に呑み込まれ、樹海へと飛ばされる勇者達。この後に起きた戦闘について、特に言うことはない。今更赤嶺や特殊な力を持った初見のバーテックスも居ない襲撃など勇者達には何の驚異にもなりはしないのだ。が、決戦前にこう何度も仕掛けられては千景のように辟易してしまうのも仕方ないと言うもの。

 

 が、辟易しようが平常心で居ようが結果は変わらない。これまでと同じように勇者達が殲滅し、今回の襲撃も樹の、皆の鍛練の実践の糧となるだけの事であった。

 

 

 

 

 

 

 そうして更に数日程経ち、日課となりつつあった砂浜での鍛練……の前に全員で1度放課後に部室へと集まっていた頃に聞き慣れたアラームが鳴り響いた。皆が各々端末を取り出した姿を見て、巫女達が真剣な表情を浮かべる。

 

 「皆さん。今日は決戦の日となるでしょう。ご武運を」

 

 「当然、残った超大型もより成長して強くなって襲い掛かってくると思う。気を付けてね」

 

 「征って参ります」

 

 ひなたと神奈から激励を受け、須美が返事をしたところで樹海へと飛ばされ、そのまま美森の力でカガミブネを使い愛媛へと飛び、その奥地まで楓の光の絨毯に乗って向かう勇者達。因みに樹も光の絨毯、ないしワイヤーを操って空を飛べないか試してみたが失敗に終わっている。

 

 そして向かった先には……勇者達の予想通り、赤嶺の姿があった。それを認識した勇者達は彼女から少し離れた位置に降り立ち、ゆっくりと見据える。全員が地上に足を着けた事を見て、彼女が口を開く。

 

 「皆ー、こーんにーちわー。愛媛の命運を賭けて戦いに来たよ」

 

 「ハロー、赤嶺 友奈。間違い無く来ると思っていたわ」

 

 「くっ、超大型バーテックスの前に、まずはお前が相手という事か!」

 

 「……あれ? 怪我治ってたの? あんなに超大型の攻撃を防いだり跳ね返したりして? ……まあ、それはともかくおめでとう。困ったなぁ、作戦にギリギリ間に合ったかと思えば、1個足りなくなっちゃった」

 

 「……? 何をぶつぶつと言っている。また精神攻撃でも企んでいるのか」

 

 どこかの教育テレビに出てくるお姉さんのように挨拶を投げ掛け、さらりと戦いに来たと告げた赤嶺。近くにバーテックスの姿は無く、今現在は彼女単身であるのが見て取れた。挨拶は歌野が返し、球子は旋刃盤を構えて戦闘の構えを見せる。そうして構えた彼女を見て、赤嶺は首を傾げた。

 

 球子の快復におめでとうと口にはするものの、その表情は少々困ったように眉を下げている。その後になにやら呟いていたが、それは勇者達の耳にははっきりとは聞き取れず若葉が彼女がまた何か悪い事を企んでいるのではと疑い……正解だとでも言うように、赤嶺はにんまりと笑った。

 

 「いいや、今度は肉体的な攻撃だよ。それ! いけ! 新たな改造精霊!」

 

 「きゃっ! な、なに!?」

 

 「ちっ、追尾形式か……!? 斬っても纏わり付く!?」

 

 「な、なんだかべたーってくっついている!?」

 

 「くっ、結構速い……!? なんで光が!?」

 

 「楓君の光が消えた……って落ちる!?」

 

 彼女が勇者達を指差しながら言った言葉に反応してか、どこからともなく現れた無数の光の球達。それは勇者達へと高速で飛んでいき、勇者達はどんな効果があるかわからない以上それに触れないように動く。回避したり、飛び回ったり、或いは武器で弾いたり切り裂いたり、防いだり。

 

 が、どれも効果はなかった。武器で弾こうとすればまるでお餅のような感触と共に受け止められ、切り裂こうとすれば半ばで止まる。殴ればズブズブと沈み、逃げようとすればそれを越える速度で追い付かれ……やがて、それらを行った全員がその白い光の球……改造精霊によって両腕が使えなくなるように拘束された。飛んでいた上空組も全員捕まり、どういう訳か楓の光が消えて落下してしまう。

 

 因みに、落下した楓、美森、須美、杏の4人だが……咄嗟に下に移動した風、友奈、新士、球子がそれぞれ下敷きになる形で地面にぶつかる前に受け止めている。

 

 「勇者捕獲用のトリモチだよ。皆を捕獲出来たみたいだね。因みに、楓くんを捕まえてる子は光の生成を封じる特別仕様~。造反神の力作だよ」

 

 

 「あたた、大丈夫? 楓……む、何やら柔らかな感触が……」

 

 「助かったよ姉さん……あと、動かないでくれると嬉しいんっ、だけど」

 

 「東郷さん、大丈夫?」

 

 「ええ、大丈夫よ友奈ちゃん」

 

 「須美ちゃん、無事かい?」

 

 「え、ええ、新士君……か、顔がち、近っ……!」

 

 「タマっち先輩ありがとう……た、タマっち先輩!?」

 

 「むぐぐ! むぐーっ!」

 

 勇者達に纏わり付いている改造精霊についての説明をしている近くで助けられた者と助けた者がそんな会話を繰り広げていた。状況を説明するのなら、ヘッドスライディングで潜り込んでいた風が背中の柔らかな感触を体を揺らして確かめ、滑り込むように潜り込んだ友奈は両膝の間に横抱きをするように美森を受け止めて互いに笑い合っている。

 

 新士は仰向けの状態でクッションとなり、須美を受け止めた。その際お互いに顔が向き合う事になり、両手が使えないので咄嗟に離れることも出来ず顔が近いことに気付いた須美が赤面。園子(小)はそれを羨ましげに見ていた。彼と同じような体勢で潜り込んだ球子は杏との身長差のせいか丁度彼女の胸に顔が埋まり、窒息しそうになっている。

 

 「……にしても、まさか光を直接封じられるなんてねぇ」

 

 「こんなモノ直ぐ引き千切ってやる!!」

 

 「だろうね。それも奇襲用の精霊だ、2度目の捕獲はまず不可能……でも、今ほんのちょっとでも皆の動きを止められれば、それで充分なんだよ」

 

 「あ、まずい! あれが来る!」

 

 「行くよ」

 

 光が出せればこんなトリモチくらいどうとでも出来そうなのだが、べったりと腕と水晶を覆い隠すように纏わり付いているそれは赤嶺が言うように光の生成を封じる能力があるのだろう、いつものように出す事が出来ない。他の皆も腕を動かせない以上武器は使えない。

 

 だが、トリモチと言うだけあって物理的な強度はそれ程でもない。銀(小)がやろうとしているように、少しすれば勇者の力であれば強引に引き千切る事は充分に可能だろう。勿論、赤嶺もそれは理解している。だが、例え僅かな時間であっても動きを止める……無防備な状態に出来るのであれば、彼女の力からすれば充分過ぎる。

 

 「勇者……!」

 

 「させない!!」

 

 「っ!? 楓くんのとは違う緑色の光の壁……防がれた?」

 

 「樹! 樹だけ……攻撃を受けていない!?」

 

 「それに赤嶺ちゃんの攻撃を受け止めた……」

 

 「皆に手出しは、させない!」

 

 身動き出来ない勇者達に右腕を引き絞りながら迫る赤嶺。このままであれば間違いなく誰かが、最悪全滅する可能性すらあり得た。それだけの速度と力を彼女は確かに有しているのだから。そう、このままであれば。

 

 勝ちをほぼ確信していた彼女が拳を突き出すその瞬間、彼女と勇者達を隔てる緑色の壁が現れ、突き出された彼女の拳を防いだ。強い意志が込められた言葉と共に壁と共に立ちはだかったのは、樹。風の疑問の通り、どういう訳か彼女だけには精霊が仕掛けてこなかったのである。

 

 唯一動くことが出来た彼女が出した緑色の壁はワイヤーを格子状に編み、それを挟むように2枚展開することで作られている。それは友奈と同等以上の破壊力を誇る赤嶺の拳を完全に受け止め、防ぎきっていた。その強度に彼女は予想外とでも言いたげな顔をし、少しばかり距離を取る。

 

 「犬吠埼 樹ちゃん……か。攻撃を防がれたのは予想外だけど、私と正面から戦う気なのかな?」

 

 「皆に手出しをすると言うのなら……私は!」

 

 「なんで樹だけ攻撃を受けてないんだ?」

 

 「簡単な話だよ。この勇者用トラップ精霊、御覧の様に極めて強力だけど作るのに時間が掛かってね。何とか人数分用意したと思ったら、土居 球子が退院してるんだもん。1つ足りなくなったよ」

 

 

 

 ― だから、1番戦闘力が低そうな君はターゲットから外したんだ ―

 

 

 

 赤嶺の問い掛けに毅然とした態度で相対する樹。彼女1人が動ける事に銀(中)の口から疑問が溢れると、赤嶺がそれに答える。奇襲とは言え勇者達をしっかりと捉え、今も引き千切ろうとする勇者の腕力にもう少し保つ事が分かる程の拘束力。極めて強力との言葉に嘘は無いのだろう。

 

 つまり、球子を除いた人数分しか用意出来なかったというのも本当。そして彼女の予想よりも早く球子が退院しており、それを彼女は把握していなかった為に後1体を用意することも出来なかった。なので彼女は彼女の視点で最も勇者としての戦闘力が低く見える樹を残したのだ。何故なら……。

 

 「こうして直接、制圧すれば良いわけだから! 勇者パーンチ! もう1回!!」

 

 「そんな、樹さんの壁が3回で」

 

 「いや、3回“も”保たせた。それにあれで終わりじゃないよ」

 

 「今度は直接!」

 

 「ええい! 球子さんの教えを!」

 

 「っ、壁の次はネットにして防いだ?」

 

 「よし! ナイスガードだ!」

 

 「勇者部期待の新人を甘く見過ぎね」

 

 戦闘力が低いのなら、小細工無しで倒せば良いだけの事。そう言って迫る赤嶺は目の前の壁に再度拳を叩き付け、壁にヒビが入る。そこに更にもう1度と都合3度叩き付けたところで、緑色の壁は粉々に砕け散った。その事実に銀(小)が驚愕の表情を浮かべるが、新士は逆に保った方だと首を横に振る。決して防御力がある訳ではない樹の能力で友奈と同等以上の破壊力のパンチを、砕けたとは言え3度も防いだのだ、充分に称賛に値する。

 

 勿論、壊して終わりではない。赤嶺はそのまま次は樹を直接狙う……のだが、今度は壁を出すのではなく、出したワイヤーをネット状に展開して受け止める。真っ向から耐えるのではなく、衝撃を逃がす方向で防いだのだ。そして、赤嶺が壁を壊して終わらなかった様に樹もまた防いで終わる訳ではない。

 

 「ええええい!!」

 

 「くっ、糸が変幻自在に……! こんなに強かったっけ!?」

 

 「私の拳、歌野ちゃんの鞭、せっちゃんの槍……凄い、凄いよ樹ちゃん!」

 

 「まだまだ……お兄ちゃんみたいには、いかないけれど!」

 

 「今度は今までのを同時に……!」

 

 「いいわよ樹! そのままやっちゃいなさい!!」

 

 「姉さん煩いよ……でも、流石自分達の自慢の妹だねぇ。んんっ、姉さん、だから動かな……いやこれ、動いてるのは姉さんじゃないな……」

 

 ネット状だったワイヤーが動き、赤嶺を絡め取ろうと動く。それを察知し素早く跳び退いた彼女だったがワイヤーは途中から拳の形へと変化し、追撃。跳んだ事で回避出来ない赤嶺は両手を交差させて防ぐが、想像よりも威力があったのか顔をしかめる。そしてそのまま吹き飛ばされるが難なく着地する……が、まだ樹の追撃は終わらない。

 

 拳に続き束ねられて鞭となったワイヤーを普段の様子からは想像出来ない程に荒々しく、攻撃的に振るう樹。先の拳の事もあり、食らう訳にはいかないと流石に赤嶺も回避に専念しつつ、それでも距離を詰めていく。そしてある程度詰めたところで、今度は鞭から槍となったワイヤーが凄まじい速度で一直線に飛んできた。

 

 槍を体を傾ける事で避けた赤嶺だが、直ぐに先程飛んできた槍が樹の手元に戻り、彼女が投げる事でまた飛んできた槍を避ける。投げ方から見てそこまで速度と威力が出るとは思えないが、勇者の身体能力の彼女自身のワイヤーの操作技術によりその2つを両立させている。しかも槍の形をしていようとも元はワイヤーで尚且つ手首の鳴子百合と繋がっているのだから直ぐに手元に戻ってくる。

 

 強い。赤嶺は心からそう思った。ワイヤーだけでも充分厄介なのに、破壊力まである。何かしらの形にワイヤーを動かす速度と精度も速く的確で、正しく変幻自在。更には1つ1つ作って使っていたそれらを同時に扱い、赤嶺を攻め立てる。同時に扱う為に束ねるワイヤーの数は少なくなり大きさも小さい。かなり集中しなければ操作も狂いそうになる。それでも樹は、それをやってのけ……同時に、毎回こんな事をやっている自分の兄は凄いのだと内心で思った。

 

 「だけど、もう……見切っちゃったよ! 覚悟して!」

 

 「いや、樹はやらせないぞ! これだけ時間を稼いでくれたら充分だ!」

 

 「お姉様!? くっ……もう復活してきたか」

 

 「なかなかの奇襲だったけど、あんたはアタシ達の自慢の妹を侮った。詰めを誤ったわね、赤嶺 友奈」

 

 「凄いわ樹! あんた……成長したわね!」

 

 しかし、教わった拳や武器の扱いと違って同時に操作するのは見様見真似の付け焼き刃。それに1人で対峙する精神的なプレッシャーもあったのだろう。最初の頃よりも操作は荒くなり、精細さに掛けてきている。更に束ねるワイヤーの数が少なくなった事で強度も下がったのだろう、赤嶺が拳に蹴りにと迎撃すると形を保てなくなっていた。

 

 更には赤嶺自身が樹の攻撃に慣れてきて迎撃に回避にとワイヤーを掻い潜り、遂には樹の前にまでやってきた。先程のような防御も間に合わない距離、やがてその拳は樹自身に振るわれ……当たる直前、赤嶺が身を引き、その一瞬後に2人の間にヌンチャクが振り下ろされた。それは拘束を引き千切り自由となった棗の物だった。

 

 想定より復活が早かったか、それともそれだけの時間を樹1人に稼がれた事が悔しかったのか驚きの表情と声を上げつつ、振り下ろされたヌンチャクが自身にも向かってきたので大きく後方へと跳んで勇者達から距離を取る赤嶺。その間にも他の勇者達も復活し、風と夏凛の様に樹を褒めつつ赤嶺と相対する。

 

 「はぁ……はぁ……わ、僅かの足止めが精一杯でしたけど……よ、よかったぁ」

 

 「ふふ、流石自分達の自慢の妹だねぇ」

 

 「どうだ! 樹さんは強いだろ! 何せあたしと園子と新士を同時に相手しても勝ったんだからな!」

 

 「樹先輩は強いんだぞ~!」

 

 「あったねぇそんな事も……うっ、恥ずかしい事を思い出してしまった……」

 

 「1番弱いと思った彼女さえこれか……全員が全員成長しているっていうことだね。それなら……」

 

 「っ! この地鳴りは……遂に来たか」

 

 「超大型バーテックス、見えました! 真っ直ぐこちらにきます」

 

 「よし! 樹のガッツに負けるな皆! 天下分け目の戦いだ、行こう!」

 

 【応っ!!】

 

 荒くなった息を棗に教わった呼吸で整えつつ、時間稼ぎが成功して皆が復活してきた事に安堵する樹。楓に朗らかな笑みと共に頭を撫でられて褒めれると嬉しそうに顔を綻ばせ、そんなやり取りをする兄妹……現状パッと見姉妹……を見て予想外に強くなっていた事に驚きつつ、赤嶺は右手を空に向かって掲げる。すると樹海が地震が起きたように揺れ、彼女の遥か後方から土煙と共に勇者達に向かってくる巨大な影と、その周囲に幾つもの大小様々な影。

 

 巨大な影……それは、以前逃げて生き残った超大型のアニマート……それが更に成長を遂げた超大型。例えるなら、それは白と灰で彩られた巨大なパイプオルガン。そのパイプの部分が爪の様に変化した巨腕の様に動き、鍵盤部分を胴体として浮遊している様にも見える。明らかにアニマートの時よりも大きくなっており、さながらビルがそのまま迫ってきているかのよう。

 

 只でさえ規格外に大きかったアニマートが更に巨大化した姿……“グランディオーソ”。だが、樹のガッツに触発された事とこの1戦が愛媛を完全解放する為のモノであると理解している勇者達に怯えはない。後輩が、先輩があれだけ頑張ったのだ。ならば次は自分達が頑張るのだと。そう思う勇者達だが、楓にだけ問題が残っていた。

 

 「楓君、光の絨毯を……楓君? その水晶に着いているトリモチは……」

 

 「ごめんねぇ、美森ちゃん。どういう訳かこれだけがどうしても取れなかったんだ。幸い拘束は外れたけど、相変わらず光は出せない。空中戦は、出来そうにないねぇ」

 

 「そんな……じゃあ楓さんはどうやって戦うんですか?」

 

 「それは勿論、友奈達と同じく……拳しかないよねぇ!!」

 

 腕ごと身動きを封じていた精霊は皆と同じく振りほどいたものの、水晶にはまだべったりと白いソレが着いていた。それは何故か拘束していた部分と違って引き剥がす事が出来ず、楓はまるで着ぐるみの上から更に枷を付けられたような気分に陥り……表情には出さないものの、内心かなりイラついていた。

 

 彼は普段、怒ることはあまり無い。それに怒る事はあってもそれは怒るというより叱ると言った方が正しい。今生において本気でぶちギレた事など小学生の頃の風が樹に意地悪し過ぎた事や養子時代での3体を相手にした時や調子に乗ってアスレチックから落ちた銀に、決戦後の友華に対してくらいと両手の指で足りる。この世界にやってきてからもそれほど怒った事は無い。

 

 しかし、だ。造反神によって女の子にされ、力の一部は封じられた。それによる日常におけるストレス。封じられていなければもっと楽に倒せただろうという申し訳無さ。以前の精神攻撃。先程も散々言っている自慢の妹の樹を低く、軽く見られ、加えてさっき気付いた拘束していた精霊の自身の身体……主に胸辺り……を弄ぶような動き。重なり続けるストレスは間違いなく彼の怒りのボルテージ上げ続けていた。

 

 「おおっ、楓さんのパンチで星屑が吹っ飛んだ!?」

 

 「っ、樹ちゃんも樹ちゃんだったけど、楓くんも楓くんだね。先輩達でも無いのにパンチでバーテックスを倒すなんて……」

 

 「そ、そうでした。楓さんは友奈さん達と格闘戦が出来るくらいの近接戦闘能力があるんでした」

 

 「そもそも楓君の本領は接近戦よ?」

 

 「えっ、そうなんですか?」

 

 「そりゃあ自分の未来の姿なんだから、本来は接近戦だろうねぇ」

 

 「アマっちがそうだもんね~」

 

 手近な星屑に跳んで近付いて怒り混じりの拳一閃。その一撃を食らった星屑は殴られた部分を大きく凹ませ、吹き飛んでから光へと変わる。拳で倒した姿はまるで友奈達の様だと小学生と赤嶺が驚きの声を上げるが、美森が言ったように楓の本領は接近戦である。(ぶき)が使えないのなら己の肉体を使うのみ。以前のレクリエーションにおいて友奈と高嶋の2人の攻撃をギリギリでも捌ききったのは伊達ではない。

 

 そんな楓に負けていられないと、他の勇者達も戦闘を始める。友奈と高嶋の2人は楓と共に殴る蹴るでバーテックスを打ち倒し、若葉と夏凛と風の3人は突っ込んで切り捨てる。同じように銀ズと新士も突撃して切り裂き、棗もヌンチャクを振るいどんどん撃破していく。絨毯が使えない為美森と須美、杏は地上から上空はバーテックスを中心に狙撃。園子ズと球子はバーテックスへと攻撃しつつも射撃組の護衛をし、雪花も槍投げで射撃組に迫る敵を優先的に倒す。

 

 そして赤嶺相手に奮闘した樹はワイヤー本来の、いつもの使い方で歌野と共に一気に殲滅を図る。伸ばしたワイヤーは彼女の視認できる全てのバーテックスに絡み付き、柄ごと右手を振り返らせながら引き寄せ、一気に収縮させて切断。連続して起こる爆発と発光を突き抜けてくる敵は漏れなく歌野の鋭くも荒々しい鞭の一閃にて一気に撃破される。

 

 「っ! 皆、離れろ!!」

 

 そうして戦闘を優位に進めていると、勇者達の足下が大きな影で黒く染まる。日常の癖か、太陽が雲に隠れたのか確認するように上を見上げれば、そこにあったのは今にも振り下ろさんとされるグランディオーソの巨腕。若葉が大声でそう言い終わるかどうかという頃には全員が巨腕の下から退避しており、その数秒の間を置いてそれは振り下ろされた。

 

 瞬間、樹海に響き渡る轟音と地震の如き大きな揺れ。そしてその破壊力を物語るような衝撃は土煙と暴風を伴い、その巨躯と比べれば遥かに小さい勇者達を木の葉のように吹き飛ばした。が、幾度も戦闘を重ねた勇者達は直ぐに体勢を立て直し、無事に樹海の上に着地する。

 

 「皆! 無事!?」

 

 「……ええ! ちゃんと全員居るわ!」

 

 「樹も最初の頃みたいに着地失敗してないみたいだねぇ」

 

 「も、もうあんなことにはならないもん!」

 

 「一撃で樹海が……」

 

 「分かってはいるのだけど、改めて“大きい”というのはそれだけで厄介なものね。ただの腕の振り下ろしであれだけの破壊力……」

 

 「当たったらスッゴく痛そうだね~」

 

 「いや、痛いで済まないだろあれは……」

 

 風が全員の無事を問い、直ぐに確認し、数えた夏凛が問題無いと答える。距離は離れてしまっているが、若葉が西暦四国組を、歌野が他の西暦組と小学生組の確認をしているようだ。今この場に居るのは勇者部の8人。とは言えお互いに視認できる場所を固まっているので直ぐに合流出来るだろう。

 

 雑魚の殆どを倒したが、それは前哨戦……本命の前の準備運動のようなモノだ。愛媛奪還の為の、文字通り最後の固く大きな壁である目の前のグランディオーソこそが大本命。皆がそれぞれ改めてやる気を、戦意を高める。楓だけはちらりと水晶に付いたままの改造精霊を苛立たしげに見るが、両手に力を込めて皆と同じように正面の敵を見据える。時折、水晶から小さな……本当に小さな軋むような音を立てながら。

 

 「さぁて……ここからが本当の勝負だよ、勇者の皆。バーテックスの皆、やっちゃってー!」

 

 「ここが正念場だぞ!! 超大型バーテックス……ここで必ず討ち取る!!」

 

 赤嶺と若葉の声が響き渡る。それを合図に動き出す超大型と再度涌き出す疑似バーテックス達。そしてそれらに向かい、跳び上がる勇者達。そして……楓本人にすら聞こえない程の小さな、枷にヒビが入るような、服が破れたような音を体の奥から響かせながら、愛媛を賭けた最後のぶつかり合いが始まるのだった。




精霊紹介コーナー(楓の全部で精霊何体だったかな←)

陰摩羅鬼(おんもらき)

ゆゆゆいにも存在している精霊。なので詳しいビジュアルはそちらでご確認下さい。

精霊としての能力は楓の飛行能力の補助。光の翼を出していたり、絨毯を出していたりといった事は実は関係ない。“光を使って飛行している”場合にその操作の補助をしている。これにより楓は自在に空を飛び回り、高い機動力と速度を誇る。空中戦は間違いなく(他に飛べる勇者も居ないので)最強。名前の割に大人しく、鳥の見た目をしている為か青坊主を見るとその上に乗って暖めて孵そうとする。木霊の双葉を啄んだりもしている。楓の精霊の中では牛鬼に齧られる回数が1番多い。



という訳で、愛媛奪還ラストバトルの話でした。本作の樹は原作よりも強化されています。というか楓の影響で単純な勇者としての性能や強さは原作以上となっています。

そろそろ楓も女体化解除のカウントダウン開始です。何なら結構時間経ってます。原作でも赤嶺ちゃんから弱そうとか言われてる樹ちゃん。小学生より弱そうに見られてるのは彼女の普段の雰囲気やその見た目でしょうかね。でも雑魚相手のキルスコアは確実に勇者達の中でもトップですよね。何の情報も訓練も運動もせずに勇者の力を使ってみせたある種の天才やぞこの子。赤嶺ちゃんの目が節穴説、あると思います←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 43 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

最近のガチャ運死にすぎてアプリのモチベ(特にまおりゅう)が下がってる私です。でもドカバトでゼノ悟空とベジータ当たりましたし、dffooではティーダのFRも当たりましたのでちょっとメンタル回復。ゆゆゆいはUR若葉当たりませんでした。クソが←

スパロボ30はようやく終盤です。寄り道してたらホント長引きますね。DLのサクラ大戦組、特に大神さんはいつも通りで安心しました。戦闘中に何やってんだコイツら。

それから、何度も同じ方から本作の誤字脱字の修正報告を受けています。念のためお名前は出しませんが、いつも本当にありがとうございます。

さて、今回はいつもより少し文字数多めです。そして……それでは、どうぞ。


 「杏達は小型のバーテックスを!」

 

 「樹や歌野ちゃんは美森ちゃん達の護衛と手伝いを頼むよ」

 

 「任せて!」

 

 「須美ちゃん達には近付けさせないわ!」

 

 「残りの皆は超大型の相手をするわよ!」

 

 「よーし、行っくぞー新士!」

 

 「了解だよ銀ちゃん」

 

 若葉、楓が指示を出し、代表するように美森と歌野が返事を返し、風が叫ぶと同時に小学生組の2人が即座にグランディオーソに向かい、皆も行動を開始する。今回、楓は水晶にくっついたトリモチのような改造精霊によって光を封じられているので普段のように光の絨毯はおろか武器や翼の生成すら出来ない。その為、射撃組は1人減り、地上からの援護を余儀無くされている。

 

 機動力が格段に下がる事となった射撃組の3人を守るのは樹と歌野、園子(中)、雪花の攻撃範囲が広い者と球子、園子(小)のように盾を使える者。彼女達が数が多い中、小型のバーテックスの相手をし、残りの近接組の道を開く。その開いた道を突き進み、近接組はグランディオーソ……超大型へと攻撃を開始する。

 

 「高嶋ちゃん!」

 

 「うん、結城ちゃん!」

 

 「今回は自分もやるよ」

 

 「ならトリプルだね!」

 

 「行くよー! 久しぶりの3人で!」

 

 「「「せーのっ!!」」」

 

 先んじて攻撃を仕掛けたのは、友奈と高嶋に加えて楓の3人。同時に並んで翔び上がった3人は同時に右拳を引き、その巨躯に向かって同時に突き出す。前に1度やった事があるトリプル勇者パンチ。それは確かに、その巨躯へと突き刺さった。

 

 瞬間、先の超大型の振り下ろしの時と同様に樹海に響き渡る轟音と僅かに、だが確かに後方へと傾く超大型の巨躯。そして小さいながらもその巨躯に刻まれたクレーターが超大型にダメージを与えた事を物語っていた。それはつまり、以前倒したアニマートよりも巨大になってはいるが決して傷つけられない程の防御力を有していないということ。そして、傷つけられるのならば倒すのは不可能ではないということだ。

 

 「楓達に続くわよ!」

 

 「了解でっす! おりゃおりゃおりゃー!!」

 

 「どんどん行くわよ! 完成型勇者の連撃を受けてみよ!!」

 

 「我々も続く! はああああっ!!」

 

 「前よりも大きいなら、その分前よりも切り刻むだけよ」

 

 「樹が頑張った分、私達も頑張らなければ……はぁっ!!」

 

 3人に続くのだと叫ぶ風と共に超大型に攻撃を仕掛ける勇者達。風の大剣が下部に叩き込まれ、銀達が巨躯を駆け上がりながら双斧と斧剣で切り刻む。夏凛も跳び掛かりながら双剣を連続で振り、斬撃を浴びせていく。この時彼女の脳裏にかつての決戦、レオ・スタークラスターに攻撃をした際に刀が折れた苦い記憶が過ったがそれが再現される事はなく傷を付けていっている。その事に誰にも見られる事なく安堵の息を吐いた。

 

 正面から攻め立てる神世紀組に対し、若葉と千景は左右に別れて側面を切り裂きながら後方へと抜けていく。若葉は地面と平行に巨躯に刀を突き立ててそのまま巨躯を足場に走り抜け、千景は回転しながら何度も切り裂き、棗はヌンチャクを振り回して下部を何度も殴打。巨躯に対して傷は小さいが、勇者達の攻撃は確かにダメージを与えていっている。

 

 「杏達には指一本触れさせないぞ!」

 

 「星屑達に指ってあるの?」

 

 「指どころか手足も無いわね」

 

 「あ、あはは……それは言葉の綾というものでは……」

 

 「でも、タマ坊と同じ気持ちで頑張るんよ~。わっしー達はわたし達で守るよ~!」

 

 「はい、園子先輩! 全部防ぐよ~!」

 

 そんな気の抜けた会話をしつつもやることはしっかりやる6人。遠距離組の3人を守るべく死角を無くすように六角形を描くようにそれぞれ位置し、迫る中、小型の攻撃を防ぎ、或いは迎撃する。何度も何度も現れるこれらのバーテックスの相手などすっかり慣れたモノだと言わんばかりにあっさりと対処し、その数を削っていく。

 

 防ぎ、弾いたバーテックスを飛んできた旋刃盤が切り裂く。投げられた槍が的確に複数の敵を貫き、持ち主の手元に戻る。鞭が縦横無尽に動き、敵を一閃。覚えた緑の光の盾を出しつつ、ワイヤーを使っていつものように多くの敵を殲滅。それでも尚近付かれれば傘状になった槍が防ぎ、振り回すと同時に切り裂かれる。そしてそれとは別の槍を振るわれ、それだけでまた数多のバーテックスが爆散、光と消えていく。

 

 「皆さんの援護を!」

 

 「了解! 援護射撃を行います!」

 

 「そのっち達が守ってくれているもの、安心して撃つことに集中出来るわ」

 

 その鉄壁と呼べる護衛達に守られている事の安心感の中で、射撃組は仲間達の援護に集中する。超大型を相手取る仲間達に迫るバーテックスを撃ち落とし、時には超大型そのものへと攻撃を当てる。その着弾場所に近接組が追撃する事でより大きなダメージを与えてるのだ。

 

 ここまでの流れを見れば、勇者達の優勢。中、小型は勇者達の攻撃に数発と保たず、超大型は巨腕を振り下ろしたり薙ぎ払ったりするものの勇者達を捉えることは出来ずに居る。何せ近接組はその巨躯に張り付いていると言っていい程の超接近戦を仕掛けており、それ以外は巨腕の届かない距離で戦闘をしている。当たる筈もない……の、だが。

 

 「流石にやるね、皆。だけど……更に成長した超大型バーテックスのグランディオーソさんが、それで終わる訳がないんだよ」

 

 「っ、何かしてくる。皆離れろ!」

 

 戦闘を遠巻きに見ていた赤嶺が勇者達の奮闘に称賛の言葉を呟く。が、ニヤリと意味深に笑いながらそう言うと同時に、グランディオーソが左腕を勇者達の頭上にまで持ち上げた。それは一見すれば最初の時と同じ振り下ろしの動作にも見えたが、若葉はそれとは違うと判断し、巨躯に張り付く勇者達に離れるように言うと同時に自身も一旦離れる。

 

 瞬間、左腕が赤く色付き初め……勇者達がその腕の下から逃げ切ると同時に、その下にある樹海の根が影の形にベゴォッ! と音を立てて陥没した。不可思議なその光景に驚きと動揺を隠せない勇者達だったが、左腕が勇者に向かって動いているの確認すると再び若葉が声をあげる。

 

 「離れろ! あの腕の下に、影の中に絶対入るな!!」

 

 「あーもう、何よあれ!?」

 

 「樹海が一気に凹んじゃいましたね……」

 

 「あの影の中に居たら私達もぺちゃんこになっちゃうのかな?」

 

 「精霊バリアがあるから大丈夫だと思いたいけどねぇ……」

 

 「あれは……ゲームでは良くある重力操作かしら」

 

 「わ、凄い。もう答え分かっちゃったんだ。正かーい! グランディオーソさんは重力を操れるんだよ。重くしたり……軽くしたりね」

 

 慌てて迫る腕の影から逃げる勇者達。追いかけてくる影の下に入った木の根はその度に凹み、地を平らにしていく。もし現実であれば樹海の被害に応じて現実世界にもかなりの被害が出ていただろうが、そこは神樹の中の世界なので気にしなくても良いだろう。心情的には宜しくないが。

 

 大剣を担いで影から逃げる風の叫びに、冷や汗を掻きつつ追従する銀(中)が背後の潰れた樹海を見てそう呟く。同じように逃げる高嶋が自分達が紙のようにペラペラになる様を想像しながら顔を青くしてそう溢し、楓は精霊バリアがあるから……とは言うものの流石に試す気にはならなかった。もし大丈夫じゃなければ、グロテスクな未来予想図しか描けなかったからだ。

 

 そうして逃げている間、その攻撃を見ていた千景は記憶にあるゲームに似たような挙動……効果と言うべきか、それを口にすると赤嶺がパチン、と両手を合わせて音を鳴らして正解と言って答えを教える。重力操作。つまりはグランディオーソは文字通りに重力を操る能力を持ち、平らになった樹海は重くなった重力により押し潰されたという事だ。そして……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「なんだ? 今度は青く……っ!?」

 

 「お、わ、わわわ!? なんだぁ!?」

 

 「体が軽く……いや、浮いてる!?」

 

 「ちょ、何よこれぇ!?」

 

 「っ、そういうことね……重く出来るのなら軽く出来るのも……いえ、これは軽くするなんてモノじゃ……」

 

 「そう、軽くするんじゃなくて《重力の向きを変える》。何せ重力()()だからね。愛媛での決戦の切り札の超大型バーテックス、その名前に偽りはないよ」

 

 持ち上げられた右腕。それは左腕よりも素早く動き、近接組の勇者達をその影の中に捉える。そして左腕とは違い青く色付き……動きが止まった直後、何とか逃れた友奈達と夏凛、新士、若葉、棗を除いた5人……銀達と楓、風、千景の体が突如として軽くなり、その場から浮き上がる。さながら水中に居るような、宇宙に放り出されたようになりつつ何とか手足を動かしてバランスを取ろうとするが、上手くいかない。

 

 何がどうなったのか真っ先に気付いたのは先程と同じく千景。左腕が重力を操り重くしたのなら、右腕は逆に軽くした……否、重力の向きを下から上へと変えた。つまり、今浮いている5人は無重力によって浮いているのではなく、上に向かってゆっくりと()()()()()のだ。そして、無防備に落下……言うなれば“落上”している5人に対し、超大型が何もしない筈はなく。

 

 「っ、まずい、腕が来る!」

 

 「いいっ!? ちょ、逃げ……無理! 防ぐ……体が上手く動かせない!?」

 

 「あんなのが直撃したら……っ」

 

 「させない!!」

 

 「樹!? ナイスよ樹、助かったワ!」

 

 ある程度の距離を浮かせた5人目掛け、そのまま振り下ろされる青から元の色に戻った右腕。今の状況では、光を使えない楓は勿論他の4人にも成す術がなかった。逃げる為の踏み締める足場がない。飛行手段も無い。防ごうにも今度は上から下へ落下中で体が上手く動かせないし、そもそも大きさ的に無理がある。無防備の状態で巨腕に叩き潰されることになれば、精霊バリアが耐えられるかも分からない。

 

 そんな絶望的な状況から救ったのは樹。彼女が出したワイヤーが5人の体に絡み付き、自分達の元へと引き寄せたのだ。重力の操作が無くなったので問題なく届いたが、仮に過重力ではなく浮き上がらせる程度ならワイヤーを伸ばしても問題はなかっただろうが。正に九死に一生を得た5人は樹に感謝し、今度は腕の影に入らないように気を付けつつ再び接近していく。

 

 そうして近付く勇者達を右腕の薙ぎ払いが襲うが、高く飛び上がることで避ける勇者達。その際に夏凛と銀(中)と若葉はすれ違い様に迎え撃つ形で斬撃を浴びせた。同時に3ヶ所切り裂かれたパイプのような右腕が通り過ぎた直後、着地した3人の顔が歪む。カウンター自体は成功したが、その際に凄まじい衝撃が両腕に襲いかかっていたのだ。

 

 「っ、流石にあの大きさにカウンターは厳しいか」

 

 「った~……素直に近付いて体を攻撃した方がいいな」

 

 「そうね。でもさっきみたいに浮かされたら面倒だし……」

 

 「あんず! どうだ、なんかわかったか!?」

 

 「うん、タマっち先輩。これまでの行動から見て、左手が赤くなったら重くなって、右腕が青くなったら浮かされる。同時に使ってはいないから、どちらかしか使えないのかも……」

 

 「後は、あの腕の下にしか効果が無さそうってところかな~。多分、腕の下の影の範囲でしか重力の操作は出来ないんだね。だからあの腕そのものをどうにかすれば……」

 

 「壊すか、動かなくすればいいんですね~」

 

 「あの大きさだから、動かなくするのはあまり現実的ではないわね。壊す方向でいきましょう」

 

 「だそうよ!! 腕のブレイクを狙いましょう!!」

 

 痺れる腕をプラプラと振りつつ、また赤くなった左腕を見て直ぐにその場から離れつつそんな会話をするカウンターをした3人。その後色が戻った左腕を下ろした超大型は右腕を浮かべ、勇者達を影の範囲に入れつつ青く染め始める。次は浮かされる訳にはいかないと左腕の時よりも素早く、着地の事を考えずに全力でその場から離れる勇者達。

 

 一見すれば樹海そのものに変化はないので左腕の過重力より危険は無さそうに見えるが、良くみれば細かな葉や破片等が浮き上がっているのが見える。重力操作。その凶悪さを身を持って知った超大型の近くの勇者達は忌々しげに青い右腕を見上げた。

 

 そして、離れた位置に居る8人はその様子を観察し、超大型を攻略するべく頭を働かせていた。球子の問いかけに杏、園子(中)、園子(小)、美森とこれまでに得た情報から重力操作の効果範囲や攻略する為の作戦を考え、それを全員に簡潔に歌野が伝えて勇者達は反撃に出る。

 

 「腕の破壊は分かったが……」

 

 「腕も体も大きすぎるのよこいつ!」

 

 「攻撃手段そのものは他のバーテックスと比べるとシンプルなんだけどねぇ……」

 

 両腕による薙ぎ払いと振り下ろし。グランディオーソのこれまでの攻撃方法は、重力操作を除けばこの2つ。本体の動きは鈍重であるし、攻撃を当てる事そのものは容易だ。実際、勇者達は何度も攻撃は当てている。確実にダメージは与えている。だが、その巨躯に対して付けられた傷はあまりに小さく、少しずつ修復もされて傷が消えているところも出てきている。

 

 これまで出会ったバーテックスの中でも最大の巨体。その比べるのもバカらしい体格差はただそれだけで厄介極まりない。連続攻撃で畳み掛けようとしても捕まれば終わりの重力操作と巨腕による攻撃がそれを許さない。腕を動かなくさせるのは勿論、破壊を狙うのも正直に言って難しい。

 

 (自分の光さえ封じられていなければ……いや、そもそもこうして女にさえなっていなければ……)

 

 楓は悔しさと怒りに拳を握り締めながらそう思う。もし、改造精霊によって光を封じられていなければもっと多くの手札があった。もし、女になって強化を封じられていなければ一撃で腕なり体なりを破壊出来たかもしれない。そう思えば思う程、その身を怒りが焦がしそうになる。

 

 (ああ、本当に……造反神は余計な事しかしないねぇ……!)

 

 というか、自分に対してもそうだが造反神に対しての怒りの方が大きい。目の前に居たらそれはもう怒りに任せて怒鳴り散らしながらぶん殴りそうに成る程に。思い出すのも腹立たしいあの男と同列に並べる程に。普段温厚な楓でも、それだけの怒りを覚えていた。

 

 「……姉さん」

 

 「なに楓? 何かあいつの腕を壊すいい方法でも思い付いた?」

 

 「いや、むしろ壊してほしいのは自分の腕の水晶にくっついてる精霊なんだけどねぇ」

 

 「あ、まだくっついてるのね……ってそりゃそうか、光出してなかったもんねぇ」

 

 超大型の振り下ろしを避けた先で偶然近くに居た風に話し掛け、彼女の問いにそう返してから両腕をプラプラとさせる楓。そこにはトリモチのような状態でべったりとまんべんなく水晶にひっついたままの改造精霊。そういえばと頷いた後に風は試しに手で引き剥がそうとしてみるが、やはり剥がれない。感触や見た目としては餅のようなモノで一見簡単に剥がれそうなモノなのだが。

 

 (光を出そうとはしてるんだけどねぇ……何かにつっかえているというか、押し込められているような感じだ。まあ十中八九この精霊のせいなんだろうけど)

 

 何度もいつもの要領で光を出そうとしている楓。だが、操作出来ている感じはあるのにそれが実際にいつものように現れる事はない。戦っている最中にも行っているのだが、それが形にならない。どうしたものか……と悩む楓が超大型の方へと顔を向けるのと同時に、隣に居る風が困惑気味に彼に呟いた。

 

 「……ねぇ、楓」

 

 「なんだい? 姉さん」

 

 「それ、()()()()()()?」

 

 「それ?」

 

 ふと、風が楓の左手の水晶を指差しながらそう言ってきた。不思議に思いつつそちらへと目をやった彼が見たのは、つい先程まで水晶にぴったりと張り付いていた精霊が少しだけ丸みを帯びて膨らんでいる……例えるなら、角餅を焼いて膨らませたような、或いは風船を膨らませたような。少なくとも水晶の形ではなくなっていてる。

 

 右手の水晶を見てみれば、やはりこちらも同じように少し膨らんでいる。もしやと思い再び光を出すように操作をしてみるとまた僅かに膨らむ精霊。

 

 「これは……そうか、封じていると言っても自分の武器である光そのものを無くした訳じゃなかったのか。今の状態は蓋を閉めているだけみたいなものか」

 

 「う、うーん? どゆこと?」

 

 「……そうだねぇ……姉さんに分かりやすく言えば、この精霊は蛇口の出し口に付けられた風船で、光がそこから出る水。風船がある限り水は外気には触れられないけれど、水をそのまま出し続けると?」

 

 「そりゃパーンと……成る程ねぇ。つまり、楓がそのまま光を出そうとし続ければ」

 

 「精霊が破裂……もしくは光を抑えきれなくなって剥がれるハズ」

 

 「そうはさせないよ。グランディオーソさん!」

 

 精霊が光そのものを封じるのではなく、あくまでも光を外へと出すことを封じるものであると察する楓。その言葉だけでは理解出来なかったのか首を傾げる風に苦笑いしつつ説明をすると、今度は理解したように頷く。一瞬精霊がビクッと反応したような気がするが、誰も気付かなかった。

 

 2人の会話が聞こえていたのだろう、赤嶺が超大型の名前を呼ぶと他の勇者達に向かって腕を振り回していた超大型はその巨躯を楓の方へと向け、彼を狙ってその巨腕を振るい始めた。当然、喰らう訳にはいかないと同時にその場から飛び退く2人。各々左右別に跳ぶことで、その一撃を回避する。

 

 右腕による振り下ろしを避けられた超大型だが赤嶺の命令通りに楓を狙い、再びその巨腕を薙ぎ払う。振るわれた左腕は着地したばかりの楓に向かっていくが、彼の後方から飛んできた3本の槍……内2本は良く見れば緑色のワイヤーが巻き付いている……と幾つもの矢と光弾が突き刺さり、動きが鈍くなったところを楓は余裕を持って跳び越えることで再び回避し、着地した後に攻撃が飛んできた方へと振り返る。

 

 「助かったよ皆」

 

 「現状出てきていた星屑達は全て倒しました!」

 

 「私達も超大型攻略に参加します。我ら、総攻撃を実施す!!」

 

 「カエっちはその精霊をどうにかすることに集中して。また攻撃されても、わたし達が守るんよ~!」

 

 「雪花さんも今回はいつも以上に頑張りますよっと!」

 

 「意外と早く片付けられた……! それなら、おかわりだよ!」

 

 気付けば、超大型と共に現れていた中、小型バーテックスは姿を消していた。近接組が超大型と対峙している間にも後方に居た援護組が相手し続け、遂には殲滅したのだ。そして楓に迫る巨腕に集中攻撃し、避けるだけの時間を稼いだということである。楓は8人に礼を言いつつ、光を出すべく操作する。

 

 そうして前線へと合流した8人。ここから更に総攻撃を……とした時、星屑達が想定より早く全滅した事に驚きつつも赤嶺がそう言うと直ぐにまた新たな中、小型バーテックスがどこからともなく現れ、勇者達は相手を余儀なくされる。赤嶺とて造反神側の勇者としてこの大一番を負けるつもりはないのだ。

 

 「この、いい加減に倒れなさいっ!!」

 

 「せええええああああっ!!」

 

 「こいつ、本当にタフだな!」

 

 もう何度攻撃し、ダメージを与えた事だろうか。今もまた夏凛と若葉が超大型の左右から刃を付き入れ、そのまま前から後ろへと横に真っ二つにする気で切り抜ける。実際、付き入れた刃以上の長さの切り傷を付けたが真っ二つになる気配も、ましてや倒れる気配もまだ無い。追撃としえ銀達が跳び上がり、正面から斧、斧剣の4本による叩き付けるような斬撃を浴びせ、少し仰け反らせたがそれだけだ。

 

 攻撃した4人に迫る中、小型。それを一部は返り討ちにし、一部は援護組が落とす。その後着地した4人の耳に、先程も聞いた樹海を押し潰す音が届く。横を見てみれば左腕の影が迫って来ており、楓を狙っているその途中に自分達が居る事に気付いた。

 

 「っ、楓ばっか狙ってるんじゃない! くっ、やっぱりダメか……って危ない!?」

 

 「銀さん!?」

 

 「銀! 無事かい!?」

 

 「だ、大丈夫! ギリギリ避けられた!」

 

 (攻撃の頻度が上がってる気がする…とこれ以上時間は掛けられそうにないな……)

 

 楓を狙う超大型に向かって叫び、斧剣の1つを向かってくる左腕目掛けて投げ付ける銀(中)。炎を纏い回転しながら向かう斧剣は、しかし下から投げつけた為に左腕に届く前に過重力に捕まって地面に落下し、そのまま埋まるように突き刺さる。やはりダメかと落胆する彼女の目の前には左腕の影が迫っており、全力でその場から跳び退く。既に退いていた銀(小)と追われている楓からの心配の声にそう返し、それを見ていた全員が安堵の息を吐いた。

 

 しかし、楓を含めた数人は危機感を覚えていた。勇者達の中でも高い戦闘力を持つ銀(中)が攻撃直後とはいえギリギリ避けられた左腕は、明らかに先程よりもその速度が上がっている。また、振り下ろしと薙ぎ払いも当初よりも速く、感じられる威圧感は強くなっているように思えた。

 

 つまり、この超大型は()()()()()()()()。このまま戦闘が長引けば、いったいどこまで成長し、強くなるのか想像も出来ない程に。一刻も早く倒さねばならないのに、近付いて数回攻撃を与えるのがやっとで相手の攻撃は食らえば一溜りもないのが見て取れる。

 

 (まだ……まだなのか……まだ……邪魔をするのかっ!)

 

 水晶に張り付く精霊を見る楓の中にある苛立ちが大きくなる。既にバスケットボール、それよりも更に2周りは大きくなっているソレはまだ剥がれる様子が無い。かなりの量の光を操作、放出しようとしているというのに、まだ。今こそ使えなくなった“強化”が必要な場面だろう。だと言うのに、精霊が、造反神がまだ邪魔をする。

 

 いつ仲間が被弾してもおかしくない。過重力に捕まり押し潰されるかもしれない。薙ぎ払われた腕に、振り下ろされた腕に直撃するかもしれない。戦い始めてからかなり時間が経っているのだ、いつ体力が、気力が切れてもおかしくない。大一番の激闘なのだ、どう転んでも不思議ではない。そうならない為に、この大一番を物にする為には……この精霊が邪魔だ、造反神による封印が邪魔だ。

 

 「ふぅ……っ、おおおおおおおおああああああああっ!!!!」

 

 「か、楓!?」

 

 「この音……楓君、まさか!?」

 

 立ち止まって苛立ちを、怒りを声に乗せて叫びを上げる楓。その叫びに風がまず先に驚き、他の者も、赤嶺でさえついそちらへと目を向けてしまう。その視線の先には仁王立ちして水晶を正面に向けるようにして両肘を曲げる彼の姿。そして急激に膨れ上がる張り付いた精霊。内部が発光しているようにも見え、限界は近いのだと悟る事が出来る。

 

 が、その途中で美森はキィンッという音が響いたのを聞いた。それは満開ゲージが消える時の音であり、彼女は彼が普段使う以上の光を、それこそ強化に使うレベルのモノを精霊を引き剥がす為に引き出しているという事だ。しかしゲージを使いきる程に消費すれば……もし、それすら精霊が耐えてしまえば……嫌な記憶を思い出し、嫌な想像をしてしまった彼女の表情が青くなる。

 

 「っ、それ以上はさせないよ! やっちゃえ! グランディオーソさん!!」

 

 「させな……こいつ、両腕を同時に!?」

 

 「くそっ、これじゃ近付けない!」

 

 2回、音が鳴った。これ以上は本当に引き剥がされると焦った赤嶺はグランディオーソの名を呼び、心なしかそれ自身も焦っているかのように両腕を持ち上げて楓へと動かす。それを見ても……それとも見ていないのか、楓はその場から動かずに光を操作し続け、精霊を引き剥がそうとしていた。

 

 仲間達が彼を守るべく動く。だが、驚く事に持ち上げられた両の腕は片や赤く、片や青く染まっていた。それに伴い、樹海が轟音を上げて陥没し、または小石等が浮き上がる。つまり、出来ないと思っていた過重力と反重力の両方が同時に発動している。最初から出来たのか、それとも出来る程に成長したのか定かではないが、それにより勇者達は足を強制的に止めざるを得なかった。

 

 「がっ!? ぐ、うううう……っっ!」

 

 「楓くん!? このっ」

 

 「待って友奈! 今近付いたらあんたまで!」

 

 「夏凛ちゃん、でも!」

 

 「やめろ赤嶺!」

 

 「大丈夫、死ぬ訳じゃないよ。この世界から元の世界に戻るだけだから……もしかしたら、造反神がまたなんかするかもしれないけど」

 

 やがて、その腕の影が遂に楓を捉える。左腕の下に、その影の上に入った楓の体は過重力により足場の樹海と共に押し潰され……その一瞬前に現れた夜刀神が張った精霊バリアのお陰か、四つん這いになって耐えていた。だが、それは過重力に耐えられているだけで、その身は自身の何十倍、何百倍もの重さに押し潰されそうになっている。

 

 苦しそうな声をあげる彼を見て目の前に過重力があると分かっていても助けに向かおうとする友奈を夏凛が止める。足を止められた彼女は泣きそうな顔で振り返り、何かを言おうとし、若葉が赤嶺に向けて叫ぶ。だが、彼女は優しくそう言い止める様子はない。その際何かを呟いたが、勇者達の耳には届かなかった。

 

 そして、都合3度目のキィンッという音がなり……左腕の色が元に戻るのと同時にそれが振り下ろされ、衝撃と共に土煙を巻き上げて勇者達の視界を奪った。誰もがその場所に視線を釘付けにされた。勇者達は最悪をイメージし、赤嶺は自分達にとっての最高をイメージした。それだけの衝撃だった。逃げる場所も、タイミングも無かった。庇うことも、防ぐことも不可能だった。誰かが泣きそうになり、誰かが叫びそうになり……。

 

 

 

 

 

 

 「“だいだらぼっち”!!!!」

 

 

 

 

 

 

 そんな悲壮感溢れる樹海に()()()()()()()が響いた。そして土煙を突き破り、グランディオーソの巨腕と同じ大きさの白い光の巨大な右腕が左腕を掴み、持ち上げていた。それにより後方へと体を傾けるグランディオーソ。その体を、新たに煙の中からから現れた巨大な光の左手が握り拳を作り、そのまま殴り付けた。

 

 瞬間、樹海に響き渡る轟音。殴られた部分を大きく凹ませ、その部分から全身にヒビを入れたグランディオーソは大きく後退し、そのまま背部から樹海に倒れた。光の巨腕は消え、そして煙が晴れる。そこに居たのは、凹んだ樹海の上に真っ直ぐに立つ、傍らに勇者達も知る精霊“だいだらぼっち”を浮かせた1人の()()。その姿を見た勇者達の誰もが同時に、各々の呼び方でその名を呼んだ。楓と。楓くんと。楓さんと。カエっちと。楓先輩と。かーくんと。そして、本人は朗らかに笑いながら答える。

 

 

 

 「心配させてごめんねぇ、皆」

 

 

 

 少女の姿ではなく、元の男の姿で彼がそこに居た。その手の水晶にトリモチの姿をした精霊の姿は無い。周りに敵が居ることも忘れ、風と樹に園子達、友奈が思わず抱き付きに行き、全員を受け止める楓。お互いに笑顔を浮かべ、その様子を微笑ましげに見ていたが、超大型が起き上がる姿と音を聞いて顔を引き締め、そちらへと目をやる。

 

 楓が無事であり、男へと戻れたのは喜ばしい事だが、まだ肝心の超大型は倒せていない。大きなダメージは与えられたようだが、先程は奇襲のようなモノ。次は当てられないかもしれない……だが、と楓は左手の水晶の満開ゲージに目をやる。5つあるゲージは光を2つ残して消えており……それはつまり丁度1回分、今まで使えなかった“強化”が使えるという事だ。そして強化が使えるならば……と、楓は目的の人物の肩に手を置いた。

 

 「? お兄ちゃん?」

 

 「樹。自分と樹で、あいつを倒すよ」

 

 「えっ? 私達で……あっ」

 

 その人物とは、樹。兄の言葉に不思議そうに首を傾げた彼女だが、彼の水晶から伸びた光が自身の武器でもある右手の鳴子百合を包み、そこから安心する温かさを感じ取る。

 

 (これが、友奈さんや東郷先輩も言ってたお兄ちゃんの光……温かい。家で膝枕して貰ってる時にも感じる、安心するお兄ちゃんの温もりとおんなじ……)

 

 「やるよ、樹。球子ちゃん達の故郷の奪還の邪魔をするあいつを……」

 

 「……うん。皆を苦しめた、お兄ちゃんを潰そうとしたあいつを」

 

 「「自分(わたし)達で、倒す!! はああああっ!!」」

 

 「ぐ、グランディオーソさん!?」

 

 楓の両手の水晶から、樹の右手の鳴子百合から伸びる白と緑が混じった光のワイヤー。それは凄まじい勢いで超大型へと伸び、両腕を使えないようにその上から全身を余すことなく雁字搦めにしていく。それでも反撃に出ようとしているのだろう、ギチギチと音を立てて僅かに動く超大型。

 

 ……が、動かない。本当に僅かな身動ぎだけしか出来ず、体も両腕もそれ以上動くことはない。それどころか動かそうとする度にギチギチと音を立て、只でさえヒビ割れていた体のヒビが更に大きく広がる。仮に、樹だけの力だったならろくに拘束出来なかっただろう。しかし、楓の強化が彼女の足りないパワーを補っている。しかも雁字搦めにしているワイヤーは2人分。それは以前よりも成長し、今も成長している筈の超大型をもってしても微動だに出来ない程の拘束力を生んでいた。

 

 慌てる赤嶺を他所に兄は左手を、妹は右手をグランディオーソに向かって伸ばし、開く。それを見た周りの勇者達は敵の行く末を確信した。ワイヤーに絡め取られた敵の結末など、もう幾度となく見ているのだ。そしてそれは……数秒の間を置き、現実となる。

 

 

 

 「「お仕置き(だよ)ッ!!」」

 

 

 

 「グランディオーソさあああんっ!?」

 

 2人が伸ばした手を同時に握り締める。瞬間、その手に連動するようにグランディオーソの全身に巻き付いていたワイヤーが一気に収縮し、その巨躯を余すところなく、まるで紙でも切るかのように引き裂いた。ズ……と全身がズレた超大型の姿に赤嶺が悲痛な叫びをあげるが、次の瞬間には周囲のバーテックスをも巻き込んで盛大に爆発し、光と消え失せた。

 

 重力を操り、勇者達を苦しめた超大型バーテックス、グランディオーソ。その撃破を勇者達は喜び、赤嶺は唖然としてその巨躯があった筈の、今はただ光の残滓が残る空間を見詰めているのだった。




精霊紹介コーナー(相違点よりもいらない気がする←)

・だいだらぼっち

頭が富士山のようになっている土気色の体が丸い、腹の部分に“巨”と書かれている見た目の本作オリジナル精霊。イメージとしてはシャドウバースのクレイゴーレムを他の精霊サイズまで小さくして、顔に牛鬼みたいな目を着ければほぼ完成。

精霊としての能力は、光で巨腕を作る際の光のコントロールと作成後の操作、破壊力の向上。単純な破壊力は満開にも匹敵するのだが、楓本人とのスケールの違いから目測が定まりにくく扱いが難しい。また、巨腕を作る際にしっかりと密度を高める必要があるので操作に集中するべく足を止める必要がある。射程もそれほど長くないので楓本人としては扱いにくいとの評価。彼はこの弱点を飛行して勢いを着けた後に巨腕を作って殴りに行くという方法で克服したが、その場合操作が足を止めた場合に比べて雑になるので威力が落ちる。精霊としての性格は気は優しくて力持ち。外に出ている時はよく木霊が頭の上で楽しげに跳ねている。牛鬼に齧られても微動だにしないが、楓の評価にはショックを受けたりと割りと繊細。



という訳で、愛媛ラストバトルの超大型撃破、楓女体化及び強化封印解除というお話でした。久しぶりの強化相手は樹でした。

グランディオーソの能力の重力操作はゆゆゆいでの必殺技が“アンチグラビティ”と“グラビティプリズン”でしたのでそのまま重力を操るという事に。赤くなったり青くなったりするのはとある能力者バトル漫画のキャラがモチーフです。

ようやく楓の女体化と強化封じが解除されました。水晶に張り付いていた精霊はどうなったんでしょうね……私にも分からん。強化相手が樹なのは当然、この話の主役が彼女だからです。彼女のワイヤーに大型バーテックスにも引けを取らないパワーが備われば最強だと思うんです←

さて、皆様アンケートへの投票ありがとうございました。結果はハーレム√となりましたね。色々こじつけて何とか納得の結果となるよう頑張ります。尚、今年は本作はそれを含めて後2回程の更新となる予定です。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 44 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

真面目に難産でした……あんまり時間掛けると番外編間に合わなくなるしそれで焦って更に考えが纏まらなくなる悪循環。

FGOで魔王ノッブ当たってくれました。欲しかったから本気で嬉しい。その後のスカディは来てくれません。dffooもティーダにガブラスにシェルロッタにとfrが来てくれて嬉しい限り。BTも来てくれ頼むから←

スパロボ30は無事クリアしました。今は女主人公に変えて2週目です。アズ可愛いなオイ。

それでは、今年最後の本編、どうぞ。


 男に戻り、強化を使えるようになった楓による強化を受けた樹の兄妹2人の力により、超大型バーテックス“グランディオーソ”を倒した勇者達。これにより、愛媛は完全に奪還出来る……とはならず、喜ぶ勇者達の前に現れた赤嶺が叫ぶ。

 

 「まだだよ……まだ! まだ!! 四国の半分を……天下の半分をどっちが取るかの戦い……こんなんじゃ終われない!!」

 

 彼女がそう言うや否や、再び集まってくるバーテックス達。これまでに何度も出てきている中、小型だけでなく、大型のモノまでも何体も現れた。これには勇者達も慌てる……事はない。超大型を倒した。楓も元の姿に戻った。ならばこそ、赤嶺が言うて天下の半分を取る戦い……とことんまでやってやろうという気になる。

 

 「受けて立ってやる……正面からな。行くぞ皆!!」

 

 「まだだよ、どんどん来て。惜しみ無く投入してかないとね」

 

 「もうお腹いっぱいなんだけどな~」

 

 「これぐらいで泣き言を言ってるようじゃあれだよ、壁の外は踏破出来ないよ?」

 

 まだまだ、まだまだとバーテックスを呼び続ける赤嶺。その物量を見ても怯まない……むしろいつも通りだとでも言うように若葉の宣言通り真っ向から倒しに行く勇者達。実際の所、超大型さえ居なければいつも通りの戦闘だ。強化は今回はもう使用出来ないがこれまでも使えなかったのだ、何の問題もない。

 

 とは言え、超大型との激戦の後ということもあって流石に相手の物量に嫌気が差してきているのも事実。園子(小)が皆の内心を代弁するようにそう呟くと、赤嶺がそう返す。“壁の外”。そう聞いて幾人かはその意味がよくわからないのか疑問を覚えるが、実際に壁の外を見たことがある神世紀の中学生組もまたどういう事だ? と疑問に思う。

 

 「ええーい! 勇者パーンチ!!」

 

 「おわっとぉ!? せぇんぱぁい!!」

 

 「そろそろ、目的や正体を教えてくれてもいい頃だと思うよ?」

 

 「正体はともかく、目的の方は察しのいい人なら気が付いているんじゃないのかな? 先輩」

 

 「そういうちょっとぼかした言い方は無しで!」

 

 そうして皆が疑問を覚えている中、真っ先に行動したのは高嶋だった。赤嶺の元へと真っ直ぐ跳んで向かい、落下しながらの勇者パンチ。それは彼女が後方へと下がった事で避けられたが、それ自体は気にせずに高嶋はそう言葉を投げる。それに対して赤嶺は相変わらずはっきりとした事は言わず、楓や杏、園子(中)と言った面々に視線を向けながら答えるが、高嶋は納得はせずに首を横に振る。それを見た赤嶺は仕方ないと言うように苦笑いをした後、腕を組みながら改めて口を開いた。

 

 「……神樹は、四国全土に対して生きていけるよう恵みをもたらしているんだ。生態系……生命のサイクルに“因子”のようなものを入れる事だって出来るんだよ。ね、先輩?」

 

 (因子……? それに前々から言ってる“先輩”や“後輩”……友奈と高嶋ちゃん、それに赤嶺ちゃんが瓜二つなのはその因子とやらが理由か? それなら神樹様……神奈ちゃんが同じ顔なのは、その因子を自分自身にも……?)

 

 「っ!? どういう事? もう1回……うわっ!?」

 

 「ワオ、またもっそりと敵が来たわね」

 

 「これが正真正銘、愛媛の最終戦だよ。防ぎきれるかな?」

 

 「できらぁ! 生まれ故郷、返してもらうぞ!!」

 

 素直に答えるのかと思いきや、彼女が口にしたのはそんな話。直接言われた高嶋は勿論、話を聞いていた仲間達も、それこそ園子ズや杏のような頭脳組でさえ何を言おうとしているのか理解出来なかったし、急に因子等と言われても混乱する。勿論楓もそれは同じだが、神奈が神樹であると知り、彼女の姿が曰く“とある勇者の姿”であると知っている彼はつい考察を始めてしまう。

 

 高嶋が今の話はどういう事だと聞く瞬間に、また現れる数多のバーテックス。その数は既に超大型が居た時よりも多くなっている。文字通り、赤嶺はこの戦いで愛媛の戦力の“全て”を出してきていた。超大型という“質”が敗れた以上、残されたのは勇者達の何倍もの“量”。その物量をもってしてこの愛媛での最終戦とするのだ。

 

 この量を防ぎきれるか? そう問い掛ける赤嶺に珠子は叫ぶ。そしてそれを合図に、本当に最後になる愛媛での戦いが始まった。疲労はある。消耗もしている。だが、気炎を滾らせる勇者達の戦意が衰える事はない。大量のバーテックスなど何するものぞ。そんなもの、今更障害にすらなり得ない。

 

 事実、バーテックスは凄まじい勢いでその数を減らしていっている。拳が、刀が、大剣が、双剣が、槍達が、双斧剣が、双斧が、双爪が、鞭が、ヌンチャクが振るわれる度に。ワイヤーが、光の弾が、矢が、投槍が、真っ白か光が宙空を閃く度に。小型も、中型も、大型も平等にその姿を光へと変えていく。向かえど向かえど、勇者達には届かない。近くで、遠くで、距離を問わず爆散し、また光へと変わる。

 

 「そいつらで最後よ!」

 

 「トドメは君達に任せたよ。球子ちゃん、杏ちゃん」

 

 「はい!」

 

 「任せろ! 愛媛は、タマ達が取り返す!」

 

 「タマっち先輩!」

 

 「あんず!」

 

 

 

 「「これで……ラストおおおおっ!!」」

 

 

 

 最後に残ったのは大型バーテックスが2体。その止めを、仲間達は愛媛を故郷に持つ2人に託す。愛媛を取り返すのは、この最終戦の最後を飾るのは、この2人が1番だと思ったからだ。その心意気を、思いを受け取った2人は仲間達に感謝をしつつ前に出て己の武器を構える。そして同時に放たれた旋刃盤と矢は、これまた同時に2体のバーテックスの体を穿ち……天へと昇る光へと変える。

 

 赤嶺は悔しげに、だがどこか安心したような笑みを浮かべ、何も言わずに吹き荒ぶ風と共に樹海からその姿を消した。彼女の表情の変化を見た者は居なかったが、その場から消えるのは誰もが確認していた。美森は直ぐに端末のマップに視線を送る。そこに、敵の反応は無い。あるのは勇者達の……仲間の反応だけ。つまり、敵は本当に全滅した。赤嶺が居なくなった以上、増援も無いのだろう。

 

 それを理解し、勇者達は思い思いに勝鬨の声を上げた。天下分け目の一戦に、故郷を取り戻す一戦に勝利したのだ。四国の半分を取り戻し、楓も元の姿に戻り、そして誰1人欠けることなく、皆の力で手にした勝利。喜ばない訳がない。そしてその勝利を祝福するかのように、美しく煌めく極彩色の花弁が世界を埋め尽くし……勇者達は、巫女達が居る部室へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 そして戻ってきた部室。勇者達が大きな怪我も無く決戦を勝利で飾って無事に戻ってきた事に留守番をしていた巫女達は大層喜び、楓が男に戻っていた事に驚いてはいたが直ぐに笑顔で戻れたことを祝い、その後に労いの言葉を掛ける。勇者達も疲労こそ濃いがまだ樹海での勝利の喜びは続いており、巫女達と共に喜んでいた。が、ふと風がとある事に気付く。

 

 「あら? 楓、あんたなんで変身したままなのよ」

 

 「いや、今変身解くと多分色々と問題があるからねぇ……戻るに戻れないんだよ」

 

 「問題? 何かあるの?」

 

 風が言った通り、勇者達は皆変身を解除して制服姿へと戻っているのだが、楓だけはまだ勇者に変身したままであった。彼女に言われ、彼が返事した事で他の者も気付き、友奈が不思議そうに首を傾げる。問題、と聞いても何も思い付かなかったのだろう。だが、次の彼の言葉で誰もが納得した。

 

 

 

 「自分、変身前はまだ女だったからさ……多分、今変身解くと女の子用の制服を着た状態になるんだよねぇ」

 

 

 

 あっ……と溢したのは誰であったか。もしくは全員だったのかも知れない。今でこそ男の姿であるが、戻ったのは樹海の中。樹海に行く前はまだ女の姿であり、学校に来ている以上当然服装は他の仲間達(新士除く)と同じ女用の制服だ。つまり、このまま変身を解けばそこに居るのは女装した楓という状態になる可能性がある。

 

 これが新士であったなら、まだ見た目が樹に近く銀(小)と同じ背丈ということもあってさほど違和感はなかっただろうし、諦めもついたかもしれない。が、楓の顔は風に似ているとはいえ男と分かる体つきをしている。そんな彼が友奈達と同じ制服を着た姿は……存外様になるかも知れないし、何なら見てみたいと思っている者も一部居るが本人は嫌だろう。

 

 という訳で、楓だけは先に1度自宅へと帰ることとなった。その際園子(中)が少々渋ったりもしたが、変身を解除していた彼女に止める力は無かった。窓から人に見つからないように屋根づたいに跳んで移動し、庭に降りてカバンから鍵を出して玄関の鍵を開け、扉を閉めてからようやく楓は変身を解いた。

 

 

 

 「っぐ、ぅ……やっぱり、か」

 

 

 

 案の定、服装は女の時のままだった。それはともかく、変身を解いた瞬間に彼を凄まじい疲労感が襲った。それも立っていることが困難になる程に、汗が溢れだす程に。実のところ、楓はこうなる事を予想していた。以前強化をした際、2回使ってゲージが1つ残った場合でも疲労感を感じていた。ならばゲージが無くなるまで強化を使えば、それ以上の疲労感を覚えるのは当然と言える。

 

 つまり、楓が先に変身したまま帰ったのはこの女装姿を見られたくなかった事と皆に疲労感に崩れ落ちそうになる姿を見せたくなかったからだ。最悪、無理して3回使った時のように倒れる可能性もあった。折角の勝利で浮かれている空気を壊したくなかったのだ。

 

 (……結構しんどいけれど、動けない程じゃないか。さっさと着替えて、汗も流してしまおう)

 

 そう考え、先に風呂へと向かう楓。着ていた物を全て洗濯機の中へと突っ込み、風呂場でシャワーを使って汗を流す。疲労感はまだ抜けないが、それも本当に少しずつだが薄れていっている。それからしばらく、彼は自宅でまったりとしているのだった。

 

 

 

 そうして彼が自宅に居る頃、部室に残った仲間達は戦勝ムードのままだが一旦解散する事になった。楓も帰ったし、決戦後ということもあって勇者達の疲労が大きかったからだ。後日、愛媛の奪還を祝う為に寄宿舎の食堂を使って祝勝会を開く事となり、一同は別れの挨拶をして各々の帰路へと付いた。

 

 そんな中で、犬吠森姉妹は疲労を感じさせないいつもよりも早い足取りで自宅へと向かっていた。何せようやく兄が、弟が元の姿に戻ったのだ。女だった時も特に不満があった訳では……樹の場合は少々とある部位に対して不満を抱いていたが……ないが、やはり見慣れた姿でいつもの日常を過ごす方が断然良い。

 

 やがて帰ってきた自宅だが、想像していた彼からの“お帰り”の言葉はなかった。帰ってきた事に気付いていないのかと疑問に思いつつリビングへと顔を出してみると、姉妹は顔を見合わせてくすりと笑った。2人が見たのは、ソファに座ってまったりしている内に疲れからか眠ってしまっている私服姿の楓だった。

 

 「寝ちゃってるわね」

 

 「そうだね。あふ……」

 

 「あら可愛らしい欠伸だこと……アタシ達も夕食まで少し寝ちゃおうか。流石に今日は疲れたわ~」

 

 「うん……着替えてからね」

 

 そんな会話を小声でした後、2人は制服から私服へと着替えて楓を起こさないように隣に座る。樹は彼の膝を枕にするように体を横に倒し、風は起こさないようにゆっくり彼の肩に頭を乗せる。女の時とは違う、顔の割にがっしりとした安定感と安心感のある体つき。触れていると落ち着く温かさ。こうして触れている事で、ようやく彼が本当に元の姿に戻れたのだと実感出来た。

 

 「……お帰り、楓」

 

 「……お休みなさい、お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

 最後にそう溢し、2人は目を閉じる。やはり決戦の疲労は大きかったのだろう、あっという間に2人も彼と同様に眠ってしまった。静かになったリビングには仲良く眠る3人の姉弟の静かな寝息だけが穏やかに響くだけだったのだが、少ししてそれぞれの精霊が姿を現す。出てきたのは夜刀神とだいだらぼっち、犬神、木霊の4体。

 

 4体はお互いに顔を見合わせた後、夜刀神と木霊を残してふよふよと浮かんでどこかへと飛んでいく。しばらくしてリビングへと戻ってきた2体の手にあるのは、どこから持ってきたのか毛布が3枚。その持ってきた毛布を犬神は前足で挟んで、夜刀神は噛んで、だいだらぼっちは手で掴んで持ち上げて眠る3人にえっちらおっちらとその体に被せていった。木霊はぴょこぴょこと跳ねて応援(?)をしている。

 

 少し苦戦しつつも何とか被せた3体は顔を見合わせて満足そうに頷き、各々の主人の側に寄る。夜刀神は楓の首に巻き付き、犬神は風の膝の上。木霊は樹の顔の近くに、だいだらぼっちは床に座って楓の足に寄り添う。そして、そのまま同じように目を閉じてすよすよと寝息を立て始めた。そこに先程まで出ていなかった精霊達も出てきてこれまた主人達に思い思いに寄り添い、眠りにつく。さながら動物園のような状態だが、仲良く眠る姿は平和そのものであった。

 

 ……尚、この後思ったよりがっつり眠ってしまった3人の夕食はかなり遅くなった上に素うどんになってしまい、後日の祝勝会では思いっきり食べたそうな。

 

 

 

 

 

 

 あれから数日。いつものように部室に集まった面々の話題はもっぱら次の解放目標である徳島の話。ここに居る面々には徳島出身の者はおらず、行ったことも殆ど無い。つまりはよく知らないのである。だからだろう、自主的に調べたりしていた者が多かった。

 

 「ねぇねぇ、徳島にもうどんの文化が根付いてるんだって」

 

 「へぇ、それはあまり知らなかったわね。ラーメン1強かと誤解していたわ」

 

 「そうだねぇ、自分も徳島と言えばラーメンというイメージだったよ」

 

 「ちゅるちゅると音を立てて食べる。親しみのあるうどんか……楽しみね」

 

 「渓谷の蕎麦も名物らしいよ。楽しみだね」

 

 「おっ、頑張るわね蕎麦派の水都。でもうどん派の牙城は堅いわよ」

 

 「太めの麺を薄味の出汁でつるつるっと……刻んだネギとちくわも口に広がって……」

 

 花の中学生、花より団子……ではない者も居るがやはり食べ物の話題が中心となるのは仕方ないのかも知れない。友奈から始まった徳島の食文化の話に千景と楓は驚き、美森や他の者も徳島のうどんはどのようなものだろうと想像を膨らませる。因みに、今は話していない園子ズはそれぞれ楓、新士の腕に組み付いており、最早誰も気にしていない辺りすっかり慣れたものだ。

 

 徳島はラーメンやうどんだけではないとその空気の中に蕎麦の話を突っ込んだのはうどん派(ひし)めく勇者部の中では少数派の蕎麦派である水都。歌野ほどではないが、彼女も蕎麦派を増やしたい……のではなく純粋に蕎麦の魅力も知って欲しいだけかもしれないが、それを蕎麦派への勧誘行為と見たのか夏凛はからかい半分で腕を組みながらそう言った。

 

 そんな彼女に向け、水都は目を閉じて自身も想像しながら徳島の蕎麦の食レポ……食べてないが……のような物を始める。その見た目や味を想像したのだろう、気付けば夏凛はゴクリと喉を鳴らしていた。それが聞こえたのか、それとも気になると表情に出ていたのか水都はくすくすと笑い、夏凛は少し顔を赤くしつつ悔しげに“やるわね”と彼女を称賛した。

 

 「皆さん徳島の事で熱くなっていますね、歌野さん」

 

 「なんだかグルメツアーになっているけど、私も楽しみだわ」

 

 「タマは鶏肉にも興味あるな。どれ程のモノか今から楽しみだと知りタマえよ」

 

 「あーどれもこれも美味しそうねぇ。ええい、実際に食べてみない事にはなんとも……」

 

 「棗さんは何が楽しみなんですか?」

 

 「私、気になります。教えてください棗さん」

 

 「渦潮だ。きっと、とてもぐるぐるしている。そこは海の力が豊かに満ちている……!」

 

 「ふ、深い意見だなぁ。()だけに」

 

 「なんだか神秘的ですね、棗さん」

 

 他の者達もやはり徳島の事が気になる様子。その様子を見て楽しそうだと笑う須美に、歌野は食べ物関連ばかりだとは思いつつも自身も気になるので楽しみだと告げる。球子も風も徳島のまだ見ぬ……いや食さぬ食べ物を想像して弛んだ顔をしていた。

 

 皆が食べ物を想像する中で、1年生ズに聞かれた棗はそれまでの流れを断ち切るように答えた。徳島と言えば、鳴門海峡の渦潮は有名だろう。海が好きな棗にとっては見たいモノの筆頭であってもなんら不思議ではない。そうしてあれこれ話す勇者達に、申し訳なさそうにしつつひなたが話し始める。

 

 「あの、皆さん頭が徳島モードの時にすみません。次の県に行く前にやることがありまして」

 

 「そう言えばそうだった。“浄化の儀”があったんだった」

 

 「ジョーカー乃木?」

 

 「いや、トランプのジョーカーじゃなくて(きよ)めるって意味での浄化……」

 

 「切り札若葉ちゃん! 格好いいですね。想像するだけで五穀米が食べられます!」

 

 「もう、そのっち。ひなたさんが脱線してしまうわ」

 

 「ジョウカノギ……はて? ジョウカノギ……」

 

 「なんだか嫌な予感がしてきたぞ……」

 

 「なんとかの儀って聞くとあんまりなぁ」

 

 ひなた、そして銀達と共に徳島のパンフレットを熱心に見ていた神奈が顔を上げてそう言えば……と告げた“浄化の儀”。こてん、と首を傾げながら素なのかボケたのか園子(中)が聞き返せば神奈は苦笑いしつつ言い直す。が、それを遮るようにひなたが目を輝かせて身を乗り出してそう(のたま)い、美森が呆れつつ苦言する。

 

 そんなやり取りをしている横で、友奈が何度もそう呟きながら体を小さく左右に揺らしながら浄化の義とは何かと考えていた。銀達も儀……儀式と聞いてあまりいい予感はしていない。何せ決戦の後に行う儀式だ。内容はまだわからないが、重要な事であるのは確かだろう。

 

 「そう身構えなくても……いや、身構えた方が良いのかな? というのもね、これから皆には奪還した愛媛の各地で“浄化の儀”を行うんだけど……その護衛をして欲しいんだ」

 

 「浄化の儀というのは、危険な儀式ですか~?」

 

 「いえいえ。簡単に言えば、愛媛に敵が侵入しにくいようにする“おまじない”ですね」

 

 「それはありがたいわねぇ。領地が広くなったって事は守るところも多くなったって事だし」

 

 「神樹様の力が大きく戻った事により、可能になりましたよ」

 

 「守りを固めてから心置きなく徳島へ、という事ですね。大賛成です」

 

 「我々が有利な状況になったのだからな。磐石のものにしておきたいな」

 

 神奈とひなたから“浄化の儀”の説明を受け、成る程と納得と賛成の意思を示す勇者達。度々襲撃があるように、敵もまた領地を奪おうと攻めてくる事が多々ある。その度に勇者達はその場所へと急行している訳だが、幾らカガミブネと楓の光の絨毯という移動手段があるとは言ってもある程度時間を要する。また、風が言ったように完全に愛媛を奪い返した以上守るべき土地は多く、大きくなった。また多方向から攻められればいずれ間に合わなくなる可能性もある。

 

 そんな危険性を排除するのがこの“浄化の儀”。ひなた曰く“おまじない”を愛媛の各地に施せば、四国を覆う結界と同じような効果を発揮するのだと言う。これにより襲撃や防衛を気にする事なく、次の土地の奪還に集中出来るということだ。おまじないを施すのは巫女なので、勇者達にはその護衛を頼むとのこと。

 

 「そーいう事なら任せて下さい! 難しい条件をこなしていく役目かと思いました」

 

 「でも巫女さんは大変だね。やる事が多くて」

 

 「ううん、やれる事が多くて嬉しいよ」

 

 「そうだね、水都ちゃん。皆の為に出来る事が沢山ある……とても嬉しい事だよ」

 

 「嬉しいけれど、なんだか大袈裟ね神奈」

 

 「ふふ、では早速行きましょう皆さん。善は急げと言いますからね」

 

 銀(小)が率先してやる気を見せ、皆も同じ気持ちで頷く。大切な仲間を守る。分かりやすく、そしてこれ程やる気が漲る事も無いだろう。そうしてやる気を出している時、友奈はポツリとそう溢す。勇者は基本的にバーテックスを戦う事だけに集中すればいいが、巫女は戦う事が出来ない代わりに……という訳ではないだろうが、神託にカガミブネに浄化の儀にとやることは勇者に比べて多いのは確かだ。

 

 だが、やる事が多いからと言ってそれが苦であるとは限らない。水都は勿論、神奈もむしろ勇者達の為に出来る事が沢山あることに喜びを感じている。特に神奈はその気持ちが大きい。この世界だけとはいえ、こうして生身の体で勇者達の為に、見ているだけではなく巫女や勇者と共に何かをする事が嬉しくてたまらないのだ。そんな彼女に夏凛は苦笑いし、キリが良いところでひなたが出発を促し、皆も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 そして勇者達は大赦……と乃木家……から車を出してもらい、樹海からではなく普通に愛媛の浄化ポイントへと向かった。車で幾つかある浄化の儀を行う場所へと直接向かい、儀式を行っている最中に敵が来た場合は勇者達がこれに対応する。部室での説明通りに、事は進んでいく。

 

 警戒する際、園子(中)の提案で普段樹海ではあまり組まない面子でペアを組み、続けて歌野と風が広範囲に広がって警戒し、遭遇したペアが持ちこたえている間に他のペアがその現場に急行、撃破する事を提案してそうすることになった。まあやることは“はーい、それじゃあ2人組を作ってー”という事なのだが、あっさりペアを作る者達も居れば二の足を踏む者達も居る。

 

 はっきり言ってしまえば、須美や千景がそうだった。人付き合いが苦手、人見知り、どう接すればいいかわからない。そんな心境が表情から透けて見えている。特に須美は親友達があっさりとペアを組んでいた事も焦りに繋がっている。例えば銀(小)は若葉と、園子(小)は棗と、新士は美森と組んでいる。

 

 「さあ行くぞ、銀ちゃん」

 

 「お供します! 風雲児様!」

 

 「園子ちゃん……私と組むか?」

 

 「勿論です棗先輩~。今から古波蔵 園子です~」

 

 「籍を入れる必要はないような……」

 

 「新士君は私と行きましょう。ふふ、いつも呼んでる筈なのに、こう呼ぶのも何だか懐かしいわ」

 

 「分かりました、須美ちゃん先輩。自分はなんだか新鮮というか、不思議な感じですけどねぇ」

 

 (う、そうね……上級生として、私も自分から行かないと……)

 

 焦っているのは千景も同じであった。小学生達にとって上級生である自身と同じ者達が自ら率先して、気負った様子もなく誘っているのだ。それは自分には出来ない……とまでは行かなくとも難しいと思いつつもやはり尻込みしていてはいけないとも思う。そして千景はまだペアが見つかっていない須美の元へと向かっていく。

 

 「あの……わ、鷲尾さん。私と……いいかしら?」

 

 「! は、はい! 宜しくお願いします! すみません、予期せぬ不馴れな事態になると……なんだか少し緊張してしまって」

 

 「……そう。いいのよ……そんなものよ。一緒にやりましょう」

 

 「はい、千景さん」

 

 (ふふ、大丈夫そうだねぇ)

 

 そんな2人のやり取りを、微笑ましげに楓は見守っていた。しかしずっと見ている訳にはいかないと自分もペアになってくれる人を探し始める。とは言うものの、楓としては普段絨毯で共に居る遠距離組と勇者部の者達で無ければ、園子(中)が言うあまり組まない面子となる。つまりは杏を除いた西暦組と須美を除いた小学生組がそれに入るのだが……西暦と神世紀の勇者では人数に差がある。

 

 西暦組は8人。対して神世紀組は小学生の4人込みで12人。4人は神世紀同士で組む必要がある。球子は樹と、歌野は夏凛と、高嶋は園子(中)と組んでいる。杏は風と組んでいる為、残るは銀(中)と友奈、雪花なのだが……。

 

 「こうなると、雪花ちゃん以外は“あまり組まない”とは言えないメンバーになるよねぇ」

 

 「なー。あたしと楓は小学生の時からで、友奈は勇者部の時からだもんな」

 

 「そうなんだよね。あっ、じゃあせっちゃんに選んでもらおう!」

 

 「待ちんしゃい結城っち。難しい選択を強いてるって気付いてる?」

 

 「大丈夫、楓くんともミノちゃんともせっちゃんともペアになればきっと楽しいもん。誰を選んでも一緒だよ?」

 

 「そりゃあまあそうかも知れないけどね……」

 

 「じゃあグーとパーで別れようか。選ぶよりは精神的に楽だと思うよ?」

 

 「それでお願いするよかーくん。3人から選ぶなんて私には気が重いよ」

 

 「まー、気持ちは分からんでもないけどな。それじゃ、グーっとパーっで!」

 

 そんなやり取りの後にグーとパーを出し合う4人。結果、グーを出した友奈と銀(中)がペアとなり、パーを出した楓と雪花がペアとなった。そうしてようやく全てのペアが決まり、浄化の儀とその護衛行動が始まった。巫女達が“おまじない”を始めた頃、少しして襲撃を知らせるアラームが鳴り響く。案の定と言うべきか、この儀式を止める為に襲撃してきたのだろう。

 

 ……とは言うものの、襲撃してきたバーテックスの脅威は決戦の時に比べれば遥かに低いものだった。雲泥の差、と言っていい。特に特殊能力を持った個体も居らず、数もこれまでの襲撃と比べればまるで少ない。それでも100前後は居るのだろうが、愛媛が奪還された影響なのか能力は下がっているようにすら思えた。結果、襲撃してきたバーテックスは苦戦する事もなく殲滅し、儀式は問題無く終わった。

 

 それを、数回繰り返した。移動は車で楽々かつ素早く。儀式は順調に進み、襲撃は油断はせずとも軽く撃退。そして最後の浄化の儀を行う海岸へと辿り着き、巫女達は儀式の準備を、勇者達はペアの者と共に今回も来るであろう襲撃に備えたり会話をしたり。楓と雪花のペアもまたそうだった。

 

 「さて、これで最後らしいねぇ。疲れてると思うけれど、もうひと頑張り出来るかい?」

 

 「かーくんが居ると戦いも移動も楽できるからね、もうひと頑張りくらいオッケーだよ」

 

 「それは良かった。これが終わればいよいよ徳島か……徳島には雪花ちゃんの好きなラーメンも有名なのがあるし、早く行けるようになって食べに行こうか」

 

 「いいね。徳島、今から楽しみだね……ここでの勇者としての役目も、終わりが近いかな。そしたらまたあの寒い大地かぁ……考えるだけで凍えてくるにゃあ……」

 

 「……ようやく半分と言ったところだし、相手も色々してくるだろうから、役目が終わるのはまだまだ先だと思うけどねぇ」

 

 「……ん、そうだね。頑張らないとだね」

 

 楓に話を振られた雪花はグッと両手に力を入れ、まだまだいけるとアピールをした。実際、戦いの際には彼が前衛に出て雪花を守ったり、仲間の元へ向かう時には絨毯でひとっ飛びしたりと楽できる所はあったので戦った回数の割に疲労は少なかった。それは何よりだと笑った彼は、部室での続きだと言うように徳島に行った時の話を始める。

 

 彼女もそれに乗り、楽しみだと笑顔で告げるが直ぐに表情は曇り、もうすぐこの世界での戦いも終わり、そうなれば元の世界、元の場所へと戻る事を想像し……弱音のような事を呟く。それが聞こえた楓は苦笑いを浮かべ、慰めるようにそう言った。

 

 これまでの彼女の様子や発言から、楓は彼女の元居た場所が決して温かな、優しい場所では無いことは察していた。少なくとも……彼女が帰りたくはないと、そう思って居る事は理解している。少しの間、楓は目を伏せながら考え込み……目を開けると、雪花の前で少し屈んで目を合わせる。

 

 「うん? どしたのかーくん。いやー、近い距離で見詰められると流石にちょっと恥ずかしいにゃあ」

 

 「……寒い時は、誰かに手を握ってもらったり、側に居てもらえばいいよ。そうすれば寒さなんてへっちゃらさ」

 

 「え? えーっと、いやー、今は夏だから別に……」

 

 「体じゃなくて、心が寒い時だよ。勿論、実際に寒い時でも良いけれどねぇ……ここには君を独りにする人は居ないんだから。誰かが握ってくれるし、誰かが側に居てくれる。そうすると心が温かくなるんだ。自分もそうだったからねぇ」

 

 少し恥ずかしそうにする雪花に、楓は優しく、語りかける様に言う。思い出すのは、小学生の時に1人で戦った後の入院した時。そして、まだ体が五体満足出なかった時の総力戦、その後の生き残りと戦った後の入院していた時。仲間達がお見舞いに来てくれた時、皆と共に居る時、寂しいと感じていた心が暖かさで、そして安心で満たされていた。

 

 雪花が感じているのは、元の世界でまた独りに戻る事への恐怖と寂しさであると楓は思っている。その結末は、恐らくは変える事が出来ないとも。だからこそ、その最後の時までは、孤独を感じることも、寂しさで凍える事もなくなって欲しい。人の暖かさで、震える事が無くなって欲しい。そう願い、この思いが届くようにと、楓はいつもの朗らかな笑みを浮かべる。

 

 「かーくん……」

 

 「っと、襲撃か。まあ、自分が言いたいのはそれだけだよ。友奈とか銀ならきっと直ぐに来てくれるしねぇ。覚えていてくれると嬉しいな」

 

 (……それは、さ。かーくん)

 

 何かを言おうとした雪花の声を遮るように、襲撃を知らせるアラームが鳴り響く。それを聞いた楓は一旦話を切り上げ、その場から移動する。その背中を見ながら、雪花を彼の話を思い返す。

 

 友奈と銀の名を挙げたのは、彼の中でそういった行動をする事に拒否感が無く、むしろ自らしてきそうな面々の筆頭角だからだろう。勇者達も、勿論巫女達も望めばしてくれるのは想像に容易い。そこに自身を挙げなかったのは異性であり、多感な年頃であることも考えたから。その考えに至りつつ、それでもと雪花はこう思った。

 

 

 

 (かーくんに頼んでも、いいのかな? なーんて、雪花さんらしくないかな)

 

 

 

 「……あー、夏だから顔が熱いよ、全く……地元じゃ考えられないねぇ。そうやって優しくされればされるほど、帰りたくなくなっちゃうな……と、私も援護に行かないと。今回もばんばん投げますぜ!」

 

 そんな事を言いながら、顔をパタパタと手で扇ぎながら雪花は楓を追いかけ……。

 

 

 

 「……良いこと聞いちゃったかも。最大の“泣き所”が分かったよ。精神攻撃の方向性を間違えてたね……これもこちら側のお役目だから……」

 

 そんな彼女の姿と声を、どこからともなく現れた赤嶺が見聞きしており……少し苦しそうな声で呟いた後、彼女もまた姿を消したのだった。




精霊紹介コーナー(まだやる)

・天狐

見た目は4本の尻尾を持つ、白い毛色の小さな狐。もふもふとしていてさながらデフォルメされたぬいぐるみのようでもある。

精霊としての能力は犬のように匂いで何かを探したりする事の他に、本作未使用ではあるが狐火のような白い火の玉を出し、それを投げつけて直接攻撃したり友奈の火車のように体に纏わせたりも出来る。言ってしまえば白炎を操る能力。あまり使わないのは、炎が扱う仲間が居る事と普段からやっている(光の操作)事と差程変わらない為。

精霊自身の性格は人懐っこく甘えん坊。1度出てくるとだいたい楓の肩に乗ったり足元をちょこちょこと歩き回ったり背中にしがみついたりととにかく引っ付く。たまに火車と追い駆けっこしたり木霊を前足で優しく転がしたり犬神とのんびりしたりしている。牛鬼の視線を感じると楓の後ろに隠れる。



という訳で、愛媛最終戦~浄化の儀の終わりまでというお話でした。戦闘が続いたのでほのぼのしたシーンを書けて良かったです。

ゆゆゆい原作では千景の成長に涙しそうな話ですが、本作だとのわゆの話はあまりしていないので大幅カット。むしろ雪花との絡みに力が入りました。原作通り友奈とペアでも良かったのですが、やはりここは楓とのペアに。手を握ったりはしませんでしたが……楓もまた入院なりなんなりで孤独を知る者ですしね。雪花とのやり取りに、彼女のその後の行動言動に違和感をあまり感じなければ幸いです。

さて、今年も残すところ2週間程。番外編でしっかり占められるように頑張ります。尚、来年の初めは同じく番外編、個別√を考えています。未定ですがね。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花達で花束を

お待たせしました、今年最後の更新です(´ω`)

ハーレム番外編でしたが、やはり難産かつ過去最多文字数となりました。なんだ14000字越えって……。

カウンターサイド始めました。ユキちゃん最推し、外伝見てオルカもより好きになりました。ソルジャーパ作りてぇ。

fgo、ツングースカレイドでは稼がせてもらいましたがメリュジーヌは来ませんでした。課金しても来ないのホント心折れます。ドカバトも悟空来てくれないし相変わらずガチャ運は……dffooはそれなりに出ててるんですがね。後スパロボXやりたい←

それでは今年最後の更新、ハーレム番外編です。どうぞ。


 それは、天の神との戦いが終わってしばらくの時間が経ってからのお話。壁の崩壊、神樹の消失、外の世界の真の姿……怒涛の展開に四国の人々は混乱を極めたが、大赦の誠意ある対応と時間が経つにくれて落ち着き、変わる環境にも対応していった。無論、順風満帆とはいなかったし、“大赦は嘘をついていた、自分達を騙していた”という怒りの声もまだまだあるが……それもいずれ、段々と消えていくのだろう。

 

 そんな四国の情勢はさておき、場所は犬吠埼家。そのリビングには現状西暦の唯一の生存者であり、すっかり勇者部の仲間として馴染んでいる雪花を含めた勇者部メンバーが勢揃い……ではなく、楓を除いた8人の姿があった。中でも園子と銀はかなり疲れた様子で、2人で肩を寄せあってソファーに深く腰掛けていた。

 

 「で、どしたの皆呼び出して家に集まって。しかも珍しく楓が居ない時を狙って来るなんて……はい、ココア」

 

 「ありがとうございます、風さん……あ~、ココア温かい。滲みる……」

 

 「ず、随分とお疲れですね、銀さん」

 

 「2人とも大丈夫?」

 

 「大赦で何かあったの? まさか、嫌がらせとか……」

 

 「えへへ、あんまり~。嫌がらせとかは無いんだけど……うーん、ある意味嫌がらせかな~」

 

 「おっと、そりゃ穏やかじゃないね。夏凛とかその辺の事情知らない?」

 

 「少なくとも私は知らないわ。兄貴と安芸さんからも別に何も聞いてないし」

 

 風が人数分のココアを樹と美森と友奈と共に持ってきて手渡しながら聞いてみると、銀は答える前にまずココアを飲み、しんみりと呟きながらちびちびと飲む。目尻にキラリと光る水滴が浮かんでいるのは気のせいではないだろう。その様子から見える肉体的か精神的な疲労感を感じ取り、樹は苦笑いを浮かべ、友奈は心配そうに問い掛ける。返ってきたのは無言の頷きであったが、とても大丈夫そうには見えない。

 

 あの戦いから2年。勇者達は皆、高校生へと成長していた。そうして学生生活の青春を満喫しつつ、皆が皆夢を探し、或いは夢を目指して邁進していっている。そんな中で、大赦に深く関わる家柄である園子と勇者を排出した事で格が上がった三ノ輪家、その親族に度々呼び出される銀は今の大赦をより良くするべく、恩師の安芸とその部下……兼恋人……の夏凛の兄の春信、そして現状の大赦代表格の友華と共に学業や青春を蔑ろにする事なく日々奮闘しているのだが……。

 

 

 

 「……お見合いの話がね、しつこくて」

 

 「あたしも。家族はそんなことないんだけど、他の親族の人達がさ……後、大赦の神官の人達が……」

 

 【あー……】

 

 

 

 2人が楓に懸想しているのは周知の事実。そんな彼女達にとって、赤の他人が進めてくるお見合いの話は聞きたくもない。なんなら仕事や勉強の邪魔でしかない。しかも本人達は善意でやっているのだから質が悪い。ぐったりしながら小さな声で呟く2人から見える心労の具合に仲間達は哀れみや可哀想な物を見る目で納得の意を示す。しかし、このお見合いの話は何も2人だけの話ではなかったりする。

 

 神樹という存在が無くなった今こそ、今度こそ自分達大人が子供達を守り、導いていかねばならない。それこそが今まで見守ってくれていた神樹への恩返しであり、大人がやるべきこと。友華がそう宣言し、彼女自身を筆頭に大赦は変わり始めている。勿論、良い方へと。だが、神樹が消えてからまだ僅か2年しか経っていない。まだまだ信心深い神官も多く、神による恩恵やこれまでの暮らし、生活スタイルから脱却出来ていない者も多い。

 

 つまり神樹を、勇者を敬い、尊い存在だと考えている神官はまだまだ多いのだ。それ故にその血を後世に残す為に、或いは自分達の家にその血を入れる為に、もしくは大赦の名家の者こそが勇者達の伴侶に相応しいと思って……善意、打算と様々な思惑があり、勇者()へとお見舞いの話が舞い込む。幸いなのはあくまでも話だけであり、強制や脅迫のようなモノがない事だろう。

 

 「私の家にも神官の人が来たけど、あの時はびっくりしたなぁ」

 

 「友奈も? 私も来たけど、お断りしたわ」

 

 「友奈と東郷のところにもか。ウチにも来たけど、追い返してやったわ」

 

 「“まだ中学生の樹と楓にお見合いなんかさせないわよ!”って怒鳴ってたよね……もしかして、夏凛さんと雪花さんも」

 

 「私は直接来たのは無いわね。兄貴が私に話が来る前に全部断ってくれてたみたい」

 

 「私は友華さんがシャットアウトしてくれてたね。いやー、あの人には頭が上がらないし足を向けて眠れませんよ」

 

 案の定、園子と銀以外にも見合いの話は来ていた。が、全員が全員しっかりと断っていた、もしくは彼女達の事を真に思う大人によって話が来ないようになっていた。因みに雪花は発見されてから高嶋家預かりとなっており、友華から実の娘同然に可愛がられていたりする。

 

 彼女達も勿論、お見合いなんて迷惑な話だ。友奈と美森もまた2人同様に自他共に認める位に楓を想っている。その想いはこの2年でもっと大きく、深くなっているのは想像に難くない。風は弟妹が幸福になってからでないと自分のお相手探しはやる気はないし、樹はまだ早いと考えている。夏凛と雪花も、親しい相手ならともかく顔も知らず勇者としてしか見てこない大赦からのお見合いなど願い下げなのが本音だ。

 

 「ていうか、結局皆を集めた理由って何よ? まさかこうして愚痴を言う為だけって訳じゃないでしょうね」

 

 「それもあるけど~」

 

 「あるんかい」

 

 「皆でカエっちの本音、聞いてみない?」

 

 【本音?】

 

 皆が大きなため息を吐いた後、そろそろ当初の目的をと軌道修正した夏凛。もしやわざわざ愚痴を聞かされる為に集められたのではなかろうかとジト目でまだダレている2人を見詰め、園子は口元に人差し指を当てながらそう返す。すかさず雪花がツッこんだ後に続けられたのはそんな言葉で、思わず銀以外の全員が首を傾げ……そして、その後の言葉に驚きの声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 「お疲れ様でした、楓君。わざわざ来てくれたのに、ごめんなさいね」

 

 「いえ、大丈夫ですよ。まあ、流石にここまで多いと辟易するのが本音ですがねぇ」

 

 そこは高嶋家にある応接室。そこに、犬吠埼家に1人居なかった楓が友華と共に居た。その理由は友華に“直接会って話がしたい”と言われたからなのだが、この時点ではまだその話は行われていなかった。と言うのも、やってきた楓に使用人らしき人間が非常識にも“家の娘とお見合いしてもらえないか”と話し掛けてきてそれの対応をしていたからだ。

 

 彼女達といいあまりに“お見合い”が多くないか、と思うだろうが、信心深い神官達にとって神樹が居なくなった今、勇者達は変身出来なくなったとは言え神の力を宿して戦ってきた、言わば現状この世界で神に最も近い存在だ。特に奉られていた園子と銀は勿論、御姿だった友奈、文字通り神によって体の一部が作られている楓はより近い。そうした存在達が神樹のように居なくならない様に、その血を後世に残す為にと動いているのだ。それこそ自分達の家族、子供を使ってでも。

 

 尚、楓に話を持ち掛けてきた使用人は途中で友華が乱入してきた事で事なきを得た。因みにその使用人はクビにこそならなかったが、暫くの謹慎を楓の目の前で友華に笑顔で告げられて顔を俯かせて走り去っていった。そうした出来事があり、ようやく今応接室でソファーに座りながら2人で向き合っているのだ。

 

 「それで、改まって話とはなんですか?」

 

 「ふふ、別にお堅い話という訳ではないの。最近はあまり時間が取れなかったから、たまにはこうして2人で色々とお話したいと思って。嫌……かしら?」

 

 「まさか。いつでも歓迎です。ただ、こうして向かい合っていると……なんだか2年……いや、もう3年前か。夏休みの旅館での事を思い出しますねぇ」

 

 「ふふ、そうね。あの時はまだ貴方が車椅子だったわね……」

 

 思い出話に花を咲かせる2人。血は繋がっては居ないが、笑みを浮かべて穏やかに話す様子は親子そのもの。勇者部の活動はどうか、大赦の様子はどうか等の話に始まり、学校の事や復興作業、外の世界の状況や改めて捜索、探索、遠征の準備の度合い、相変わらず仲睦まじい友華の貴影の惚気話。時間を忘れ、2人はこの穏やかな時間を楽しんだ。

 

 それから幾ばくかの時が流れ、喉を潤す為のお茶とお菓子を別の使用人が持ってきて何やら友華にボソボソと楓には聞こえない声で囁いていた。不思議に思う楓だが、友華は仕事の事だとだけ言ってお茶を一口飲む。仕事ならばそろそろ帰ろうかと言う楓にもう少しだけ聞きたい事があると言い、これまた不思議に思いつつも彼は素直に座り直す。

 

 「それで、聞きたい事とはなんですか?」

 

 「下世話な話なんだけれど……楓君は、誰か好い人は居ないのかしら?」

 

 「えっ? 好い人、ですか……」

 

 「そう、好い人。2年前のあの日、勇者部の子達の未来を諦めない姿を見て、私も希望を持てた。そうするとね、新しい夢が出来たの」

 

 「夢、ですか。その友華さんの新しい夢が自分の好い人と何の関係が……」

 

 「だって私の夢は、義理の息子である貴方の子供、つまり孫を貴影さんと一緒に抱く事なんですもの。私達ももう歳だし、いつお迎えが来ても可笑しくはないわ。それまでには夢を叶えておきたいじゃない?」

 

 (見た目50代、下手をすれば40代でも通用しそうなのに実際は80半ばだものねぇ……)

 

 まさかの好い人、文字通り楓に好きな人は居ないのかとの質問。突然の恋バナに驚きつつ目を伏せる楓。そんな彼の様子にこれはもしやと思いつつ、聞いた理由を告げる友華。両手を合わせて楽しそうに言葉を紡ぐ彼女の様子に苦笑いしつつ、彼はそういえばこの人結構高齢だったなと思う。

 

 そうして理由を聞いた楓は、考え込むように手に持つ湯飲みに視線を下ろす。中に入っている麦茶に映る自分自身の顔を見詰め、暫し沈黙。そんな彼を、友華は黙って見ていた。決して催促はせず、それ以上問い掛ける事もなく、彼が再び口を開くのを待った。チクタクと応接室に備え付けられた時計の音だけが響くこと少し、湯飲みの中のお茶を一口飲んだ後に、ようやく彼は口を開いた。

 

 「……やっぱり、勇者部の皆……になるんですかねぇ」

 

 「あら、私が聞きたいのは友愛じゃなくて恋愛の方よ?」

 

 「分かっていますよ。ただ……今の自分は最低で傲慢な事に、誰か1人を選ぶなんて出来ないんですよ」

 

 「それは、どうして?」

 

 「前提として、自分は間違いなく皆の事が好きですよ。きちんと男として。嫌いになる訳がない。勇者部としても、自分自身としても、ずっと一緒に生きていけたら……そう思う位に」

 

 誰にも話したことがない本音を今、楓は友華にさらけ出していた。その脳裏には、勇者部の仲間達と過ごした日々が、思い出が浮かんでは消えていっている。大事で、大切で、幸福で。苦しい事も辛い事も確かにあった。それも今となっては愛おしいと思える。

 

 この世界に転生()まれ、共に育ってきた姉妹は勿論家族愛だが。勇者に選ばれ、編入した神樹館で出会った銀、園子、美森(すみ)の3人。そこで育んできた友情と、共に向けあってきた真っ直ぐな好意。戦いも、遊びも、日常も、掛け替えのない大事な思い出だ。

 

 中学生に上がり、姉が作った勇者部で新しく出会った友奈と夏凛。再会した風と樹、記憶を失った須美(みもり)。辛い時は本当に辛く、苦しい時は本当に苦しかった。だがそれ以上に、皆で過ごす日々は幸福に溢れていた。些細な事でも笑い合えた。温度を感じなくなったハズの楓の体と心を温かさで満たしてくれた。友愛、親愛が、いつからか恋愛感情へと変わる程に。

 

 そうした日常の、戦いの先に得た新たな日常。そこで新たに、奇跡のような出逢いをした雪花。勇者部に仲間入りした彼女を共に過ごしてきた今日までの日々も、既に無くてはならないモノ。誰が欠けてもあり得ない、求めた以上の幸福な、当たり前の日々。

 

 「のこちゃんは小説家になるのが夢だと言っていました。銀ちゃんはお嫁さんに、美森ちゃんは歴史学者に。自分としては、もう大赦や大人の都合に巻き込まれる事無くその夢を叶えて欲しい。樹は歌手に。姉さんも、友奈も夏凛ちゃんも、雪花ちゃんも夢が出来ればそれを叶えて欲しい。その姿を見るのが、自分の夢ですから」

 

 「それは……」

 

 「ええ。難しい事は分かっています。それに、大赦を変える為に動いている以上、妥協はしないといけませんからねぇ。それでも……それなら、せめて自分は彼女達が夢を叶えるまで側に居たい。支えてあげたい。そして……ずっと一緒に生きていきたい。他の誰でもない。自分が彼女達を幸福(しあわせ)にしてあげたい。一緒に、幸福になりたい」

 

 苦楽を共にしたからこそ。彼女達の苦しみを、喜びを最も近くで見てきたからこそ。自分の苦しみも喜びも分かち合ってきたからこそ。彼女達とこれからも共に。静かに、独白のように本音を告げる楓の姿は、友華にはまるで叫んでいるようにも見えた。

 

 それを、優柔不断と呼ぶか。それとも軽薄と呼ぶか。傲慢と、最低な人間だと指を指すか。成る程、それは正しい反応なのだろう。何せ楓は複数の女性を好きだと、一緒に在りたいと言ったのだ。一般常識から考えればそう後ろ指を指されても不思議ではない。楓も自覚しているし、友華から見れば自分のその感情に苦しんでいるように思う。しかし……。

 

 

 

 

 

 

 (あの子達だけじゃなく、楓君もしっかりと恋……いいえ、愛していたのね。これまでのような友愛や親から子へと向ける無償の愛ではない、男女の求め合う愛を)

 

 彼の本音を聞けて良かったと思う。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も同じ気持ちでしょう。老成した雰囲気と言動で彼女達の事をまるで年下の子供のような、祖父が孫を見るような目で見ていた彼が、いつの間にかこうして恋愛感情を持っていてくれたのだと分かったのだから。

 

 そう、この応接室の隣の部屋に、彼以外の勇者部の子達は居る。高校生になり、なかなか仲が進展しない上に大赦関連で会える時間も前より短くなった事に焦りを覚えた園子ちゃんから相談された私はこうして彼と2人で話す機会を作り、何とかあの子達への気持ちを聞き出し、それをこっそりと彼女達に聞かせる……それがこの“お話”の目的。何なら彼にお見合いの話を持ち掛けてきた使用人も彼女達が彼に気付かれないように家に来るまでの時間稼ぎの仕掛人。

 

 話を聞いた彼女達はどんな気持ちで居るのかしら。少なくとも、彼を蔑んだり距離を置いたりする事はないと確信出来る。勇者という常識からかけ離れた存在であり、周りから理解されない出来事を共有出来る唯一の異性。我々大人には出来なかった、心も体も寄り添ってくれた……守ってくれた存在。正直に言って、今の彼女達は今更一般の異性、大赦の人間も恋愛対象として見ることは難しいと思う。

 

 彼が彼女達以外の異性が好きだと言う言葉が出てこなかったように、彼女達もまた彼以外の男性は想像すら出来ないでしょう。それ程までに彼らが共に過ごした時間は濃密で、側に居ることが自然で……離れる事なんて、言葉にするのは勿論、可能性を考える事さえ拒否してしまう。依存している、と言ってもいい。だけど、そんな彼女達を引き離す事なんて私には出来ないし……させたくない。

 

 (それに、このまま彼と彼女達が一緒になれば……私としても、大赦としても悪い話じゃないのよね)

 

 私としては、義理の娘が沢山増える事になる。孫も沢山になるかも知れないし、何より可愛い義理の息子に可愛いお嫁さんが沢山出来るのは喜ばしい。大赦の人間としては……あまり言いたくはないけれど、神樹様に近しい尊ぶべき存在の勇者達が夫婦になるのは、お相手としてそれ以上の存在は無い。お見合いを進めてくる神官達も、相手が勇者となれば流石に退くでしょう……多分。

 

 問題があるとすれば、彼自身も言っていたように一般常識的に考えれば複数の相手を好きになるというのは良くない事だということ。また、彼女達が受け入れるかどうかも分からないことだけど……後者はさっきも思ったけど多分大丈夫。むしろ彼がそうまで想っていてくれた事は良い意味で予想外だったに違いないわ。

 

 そして、一般常識の方は私達がどうとでもしてあげられる。隠蔽してもいい。改竄してもいい。勇者の子達が幸福になるのなら、幸福であるのなら、私は私の持てる全てを使って成し遂げてみせる。大人は、親は、子供の幸福こそが望みなのだから。

 

 「とは言え……こんな気持ちはきっと、彼女達の邪魔になる。自惚れていなければ、大なり小なり好かれてはいるでしょうが……誰か1人を選べないような優柔不断な自分です。この想いが知られれば、今の関係が壊れてしまうかもしれない」

 

 (えっ? あ、あら……なんだか話の雲行きが……)

 

 「だから、表に出さずに内に秘めたままにしておくつもりです。まだまだ彼女達は子供で、知らない人も出会った事の無い人も沢山居ます。その中にはきっと……自分以上に彼女達を幸福にしてくれる“誰か”が居るハズ……さっきの話と矛盾はしていますが、自分は……」

 

 (ああっ、下手な大人よりも大人の精神を彼が持っている事が裏目に出てる……! ど、どうしましょう。何とか説得を……でも私の言葉で思い止まるかしら……)

 

 彼は意外と頑固というか、自分の言葉を曲げないところがあるから……それこそ彼女達の為にともなれば尚更。誰かの為に突き進むのは勇者の子達の美点でもあるけれど、欠点にもなりうるのね。私の言葉じゃ……でも。

 

 

 

 「わたしは! わたし達はカエっち以外の誰かなんて要らないんよ!!」

 

 「そうだよ楓くん!」

 

 「私は貴方以外の男性とお付き合いするつもりはないわ楓君!」

 

 「あ、あたしも同じだぞ! 他の誰かじゃなくて……その、か、楓が良い!」

 

 「待ちなさいあんたら! いきなりそんな事言っても楓さんと友華様が困るだけでしょうが!」

 

 「あーもう滅茶苦茶だよ……まああんなの聞かされちゃ居ても立ってもいられないのはわかるけどね」

 

 「……うっかり着いてきちゃったけど、これアタシ達はあのまま隣に居た方が良かったんじゃ……」

 

 「……私もそう思うけど、来ちゃったのは仕方ないよお姉ちゃん……後で一緒にお兄ちゃんに怒られようね……」

 

 「えっ? 皆、どうしてここに……友華さん。これはどういう事ですかねぇ……?」

 

 

 

 きっと……彼女達の言葉なら。あと楓君、お願いだから睨まないで……前に病院で怒鳴られた事を思い出すから……。

 

 

 

 

 

 

 フーミン先輩達の家から友華さんの屋敷に移動してたわたし達は、カエっちと友華さんが居た応接室の隣で2人の会話をこっそり聞いていた。カエっちの好きな人の話になった時、わたしは凄くドキドキしてたし、皆もそうだと思う。それはわたし達の中から名前が出るかも知れないし、そうじゃなかったかも知れなかったから。

 

 勇者部の皆が好きだって聞いた時、カエっちらしいって思った。小学生の時も中学生の時もカエっちはわたし達を優しく見守ってくれてた。時には叱ってくれた。わたしが抱き付いても優しく受け止めてくれた。わたしにはもう、彼が居ない日常も、人生も、世界だって考えられない。ミノさんも、わっしーも、ゆーゆも、フーミン先輩も、イッつんも、にぼっしーも、アッキーもきっと同じ気持ちだと思う。

 

 “誰か”じゃなくて“皆”が本気で好きだって言われた時、自分の顔が赤くなるのが分かった。面と向かって言われた訳じゃないし、名指しされた訳でもないけれど……好きな人が、好きだって言ってくれた。“皆”の中の1人だとしても、一方通行の想いじゃなくて、両想いだと分かった。嬉しくて泣きそうになったし、今すぐにでも部屋の中に突撃して抱き付きに行きたかった。でも……。

 

 「ねぇ、皆はどう思う?」

 

 「そのっち? どうって……」

 

 「カエっちは“皆”が好きだって。1人は選べないって……あのね、わたしはそれでもいいなって思ったんよ~」

 

 「それでもって……どういう事よ園子?」

 

 「だからね? にぼっしー。()()()()()()()()()()()()()()()するんだよ」

 

 「いやいやいやいやノギー、何言ってるか分かってる? んな常識外れというかなんというか……」

 

 「だって、そうすれば誰も悲しい思いはしないんよ。それにわたし、皆となら良いよ? カエっちとも、皆ともずっと一緒に居られる……それって、とってもとっても幸福な事だと思うんだ~♪」

 

 手を合わせてアッキーに言いながら、目を瞑ってそんな未来を想像する。皆で住むんだから、お家は大きい方がいいな。ご飯はわっしーが居るから朝はきっと毎日和食だね~。でもたまには洋食も食べたいな。勿論うどんは毎日食べる。カエっちとフーミン先輩が居るからいっぱい作らないとね。ベッドは皆で眠れるように大きくて、お風呂も皆で入れるように大きくして。眠る時も起きる時も必ず誰かが居て……おはようもおやすみも、朝の行ってきますと夕方以降のお帰りなさいも皆で言い合うんだ。

 

 おかずを取り合ったり、テレビのチャンネル争いとかちょっとしたことでケンカもして、でも直ぐに仲直りして。お風呂で背中の流しっこなんかもやりたいなー。勿論カエっちとも……勿論、アッキーが思ってるみたいに皆で、なんて周りが良い顔はしないと思うんよ。でもね。

 

 「わたしは、わたし達の事を良く知らないような周りの人達なんて、どうだっていいんだ。わたし達の幸福を邪魔するような常識も……要らない。わたしは、わたし達はいっぱいいっぱい苦しい思いも辛い思いもしてきたんよ。だったらその分、いっぱい、いーっぱい幸福になっても罰は当たらないと思う」

 

 「園ちゃん……うん。そうだよね、私も楓くんと皆と一緒に幸福になりたいな。ううん、皆と一緒の方がいいよ! 絶対!」

 

 「そうね、友奈。私もそう思う。そのっちが言う通り、皆で幸福になりましょう。私達の幸福を邪魔する常識の壁なんて私が壊してやるわ」

 

 「須美が言うとシャレにならんなそれは……でも、それもいいな。勇者部の皆で楓のお、お嫁さんに……結婚式とかどうすんだろ」

 

 「いや展開が早いわね!? 多分そこまで色々と掛かるからそれまでに考えとけばいいでしょ」

 

 「あら、夏凛も園子の提案には賛成なのね」

 

 「……まぁ、ね。誰か1人じゃなくて皆が幸福になれるならそれに越したことはないし……」

 

 「雪花さんは、どうですか?」

 

 「いやいや、ここで私が“常識的に考えて無し”とか言ったら完全に空気読めてない上に東郷に壊されるじゃないの。そんな命知らずな真似はしないよ」

 

 わたし達がそんな会話をしていると、壁の向こうからなにやらわたし達にとって不穏な言葉が聞こえてきて……こっそり聞いてたことも忘れて、思わず応接室に入り込んでカエっちに皆でああ言って……。

 

 

 

 「……自分がハッキリしなかったのも悪いし、それが皆を不安にさせたのも悪いと思う。だけどね、わざわざ友華さんを巻き込んでこんな状況を作った上に盗み聞きするのはよく無いと思うんだけどねぇ……何か言うことは、あるかい?」

 

 【ごめんなさい……】

 

 

 

 皆で一緒に叱られました。

 

 

 

 

 

 

 皆が叱られた後、友華は“後はお若い人達に任せて……”等と言ってそそくさと部屋から退出し、今は勇者部の9人だけとなった応接室。気持ちを聞かれた楓と聞いてしまった上に色々口にしながら部屋に乱入した8人の間には気まずい空気が流れていた……。

 

 「……まあ、聞かれちゃったものは仕方ないよねぇ。自分の気持ちは、皆が聞いた事が全てだよ。自分は、皆が大事で、大切で、1人だけを選べない程に好きになっていた。我ながらこんなに気が多かったなんて、呆れちゃうけれど」

 

 (改めて聞くと、あの楓がねぇ……今まで園子とかのアタックを受け流してたように見えてたけど、実のところしっかり届いてたのねぇ)

 

 (でも、誰か1人を選べない自分が嫌で、皆に相応しくないって思ってたんだね。お兄ちゃんらしいなぁ……)

 

 姉妹はこれまでの()と彼女達のやり取りを思い浮かべ、彼女達からのアプローチはしっかり心に響いていた事を悟る。だが、その好意は彼に全員を好いてしまう結果を招き、常識的で真面目な彼はその自身の想いに悩んでしまっている。当然ながら四国は一夫一妻だし、複数の人間と付き合うのは常識的にも外聞的にも宜しくはない。彼が軟派な人間ならその想いのまま突き進むかも知れないが、現実は自分で自分が許せなくなっている。

 

 「だから、君達に伝える事無くこのまま蓋をしているつもりだったんだけどねぇ……」

 

 「そんなの嫌だよカエっち。わたしは小学生の頃からずっとずっとカエっちが好きなんよ。他の誰かじゃない。わたしは、カエっちが良い。カエっちじゃなきゃイヤだ」

 

 「私もそのっちと同じ気持ちよ楓君。私はずっと貴方に寄り添っていきたい。貴方が寄り添ってくれたら、もっと良い。例え離れても、私はどんな手を使っても貴方の側に居るわ」

 

 「なんか須美が怖いこと言ってるけど、あたしも同じだゾ。皆が好きでもいいじゃんか。好きなんだからさ。だから……だから、さ、楓。あたしの夢、楓が叶えてよ。ううん、楓に……叶えて欲しい。あたしを、楓の……うぅ」

 

 こんな想いは許されない。そんな楓の想いなど、周囲の考えなど、常識など何も関係ない。ただ一途に、一直線に自分の気持ちをぶつける、最初に勇者として共に戦った3人。小学生の時から何一つ変わらない想い。楓だけではない。小学生の時からずっと4人で、中学生になってからは勇者部皆でずっと居られたらと思っている。

 

 「楓くん。私も楓くんと、皆とずっと一緒がいいよ。大人になっても、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、ずーっと一緒に居たいな。だって私、楓くんも皆も大好きだから! むっちゃくちゃ大好きだから!」

 

 「大きな声出さなくてもあんたが大好きなのは伝わるわよ友奈……その、私は友奈達ほど強い気持ちがあるとは言い切れないけど、楓さん以外の男の人とかは全く想像出来ないです。それに、勇者部は私の大切な場所だから……勇者部は全員揃ってないとダメだと思うから、その……」

 

 「おうおう、頑張ったねー夏凛。まあ私は他の皆と比べると付き合いはまだ短い方だけどし、常識的に考えると思うところもあるよ? だけど、それでもかーくんの人となりはその辺の人より知ってるつもりだし……このメンバーだとどうとでもなりそうだよね。それに……うん。私も付き合うなら、結婚するなら、かーくんみたいな人がいいしさ」

 

 先代勇者の3人だけではない。中学から、或いは戦っていた時から、或いは戦いが終わってから出会った3人の気持ちとて決して軽いモノなんかじゃない。確かに付き合いは3人と比べると短いかも知れない。だが、時間の濃密さでは負けていない。その中で育んだ想いもだ。

 

 大事で、大切で、大好きだから。他の人なんて考えられないから。皆で、皆が幸福になれるのならその方がいいから。同じ気持ちだった。楓も、彼女達も。違うのは、それはダメだと大人の、常識的な考えがあってそこから進めなかったか、そんなモノは知らない、そんなモノが邪魔をするなと進んだかの気持ちの向き。

 

 「……姉さんと樹はどう思うんだい?」

 

 「うん? アタシとしてはそりゃあ部員が義理の妹になるかもって思うとまあ色々と考えるけど……それはそれ。あんた達が幸福なら、文句はないわ。むしろあんた達と樹が幸福になるのをしっかり近くで見届けるつもりだから」

 

 「フーミンお義姉さん……!」

 

 「早い早い、まだ呼ぶの早い。まああんたの熱意には遂に負かされたわ」

 

 「あはは……私も皆さんが義理のお姉ちゃんになると思うとあんまり想像出来ないけど、お兄ちゃんが……皆が幸福なら、それでいいと思う。だって、いっぱい戦ってきたんだもん。だったら、皆で一緒に幸福になってもいいと思うよ」

 

 「……そっか。そうかもねぇ……それにここまで言ってくれたのにしっかりした答えを出さないのも……男らしくない」

 

 「カエっち……!」

 

 半ば諦めたような……いや、憑き物が落ちたような楓が姉妹に問うと、また淀みなく答えられる。風は勿論、樹も兄と部員が一緒になることに特に嫌悪感は持っていない。なんなら、言葉にはしないが()を幸福に出来るのは部員達の誰か以外に居ないとすら思っている。それが全員と一緒になると言うのなら、これ以上の結果はないだろう。

 

 家族に、そして自分を好いていると大切に、大事に、そして好きだと想っている本人達からその想いを肯定され、そしてそれでも良いと言ってくれている。きっと、周りからは色々と言われるだろう。悪意をぶつけられるかも知れない。知ったような事を言われ、常識を盾に異常者と突き付けられるかも知れない。

 

 だが、彼、彼女らは言うだろう。()()()()()()と。自分達の幸福を他人が決めるなと。そんな常識なんて要らないと。異常者で結構だと。例え周りからどう見られようとも、ただ1つの不変の事実がある。決して他人に踏み込ませない。常識なんてぶっ潰す。自分達の幸福を掴み取る為ならば。

 

 そして、9人を知る大人達だって、9人の幸福を認める存在だって居るのだ。その存在達は言うだろう。邪魔をするな、道を塞ぐな、9人の幸福を怖そうとするなと。その為ならどんな手段でも使うだろう。やっと掴み取れる幸福の為に。神樹無き今の世にしっかりと根を生やし、立派に咲き誇(いき)る花達に幸福を手に入れさせる為に。

 

 

 

 「自分は皆が……皆の事を、心から愛しています。この世界を、これからの人生を、自分と……一緒に生きてくれませんか」

 

 【……はい、喜んで!】

 

 

 

 

 

 

 それから数年後、大人になった9人は四国の中で夢を叶える者も居れば大赦に所属しつつ四国の外へと出て調査を行う者も、大赦のトップとなった者も居る。働く場所やその行動自体はバラバラだが、その心や日々を幸福に思う気持ちは同じであった。それに、毎日連絡を取り合ったり言葉を交わす事も忘れたりしない。

 

 「おはよう、皆。こっちはちょっと寒いねぇ……ほら、3人とも起きて」

 

 挨拶はきちんとして。

 

 「次の樹のライブ? 日時は……ちょっと間に合わなさそう……戻って全力で走ればイケるかな。何とか頑張ってみるよ」

 

 なるべく諦めずに行動して。

 

 「さて、調査した後にお昼を食べよう。その後は、そうだねぇ。少しだけ、一緒に食休みでお昼寝でもしようか。その後に明日の道順を確認しよう」

 

 良く食べて、良く寝て。

 

 「神官の人がまだお見合いを進めてくる? ちょっと待っててねぇ……そっちに帰ったらその人に皆でお話しにいかないとねぇ……」

 

 悩んだらちゃんと相談して。

 

 「さて、早めに帰らないとねぇ……ちょっと先に行って確認してくるよ。大丈夫、心配しないで」

 

 そして……成せば大抵、何とかなるものだ。

 

 「ああ、のこちゃん? うん。やっと諏訪に着いたよ。ここの調査が終われば1度香川に友奈と美森、夏凛と戻るから……その時はまたしばらく一緒に居ようか。うん、勿論他の3人にも連絡する。また後でね」

 

 数年人の手で手入れされていない荒れた土地の上に、厚手のコートに身を包んだ青年が1人。コートから出ているその髪は長く膝裏まであり、黄色い髪は不思議な事に半ばから毛先に至るまで白くグラデーションが掛かっていた。

 

 青年は今しがた使っていたスマホをポケットへと直し、眼前の光景を目に焼き付ける。倒壊した家屋やビル、見渡せば神社もあり、そこから少しあるくと耕された土……畑らしきモノもあった。そして……その土には、何らかの芽が2つ寄り添うように出ており、不思議と青年はその芽に視線を釘付けにされた。

 

 「……」

 

 「楓くーん!」

 

 「友奈はまだその呼び方から変わらないのね。私にみたいに“あなた”と呼べばいいのに」

 

 「いや、あんたが切り替え早すぎなのよ。園子ですらまだ昔と呼び方変わってないのに」

 

 ふと、青年……楓は名を呼ばれたので後ろに振り返る。そこには彼と同じようなコートの色違いのモノを来たポニーテールの赤毛の女性、黒髪のショートヘアの女性、セミロングの茶髪の女性が居た、それぞれが成長した姿の友奈、美森、夏凛である。

 

 3人の姿を見た楓はふっと笑みを溢し、畑に向き直った後に何とはなしに数秒ほど手を合わせる。それを終えると3人の方へと歩き、近付くと友奈がその右腕に抱き着いた。

 

 「えへへー♪」

 

 「ふふ、楽しそうだねぇ友奈」

 

 「ホントにね。楓さん、この辺りの調査は終わりました。やっぱり生存者は……」

 

 「雪花のようにはいかないものね。あなた、ここからどうする?」

 

 「予定通り、一旦四国に戻るよ。物資も残り少なくなってきたし、最近姉さんからの催促がねぇ……それに、会えない時間が続いたからのこちゃんと銀、雪花にも会いたいし」

 

 「そうだね、皆に会いたいね。じゃあ直ぐに船まで戻ろう!」

 

 「いや船からバイクでここまでどんだけ走ったと思ってるのよ。調査はそれも降りて徒歩だったし、また結構掛かるわよ」

 

 「行きは通れる道の確認をしながらだったから時間は掛かるけど、記録した地図の通りに戻れば帰りはまだ早いと思うわ夏凛」

 

 「船で待って貰ってる春信義兄さんにも悪いしねぇ。早く戻って安芸先生……今は三好先生か。先生に会わせてあげないと」

 

 そんな会話をしながら、4人はバイクが置いてある場所へと向かう。大人になった4人は四国外の調査を仕事にしており、夏凛の兄である春信は船の運転と留守番を担って貰っている。陸地に着いた後は通れる道を探り、記録しながらバイク2台を2人乗りで移動しながら少しずつ確認した場所を広げていっているのだ。その目的は四国外の人間の生活圏を確保と危険が無いかの確認、そして生存者探し。ただ、雪花以外の生存者は今のところ確認出来ていない。

 

 その雪花と言えば、カチューシャとメガネはそのままに髪を伸ばし、今では有名な服飾デザイナー。4人のコートも彼女のデザインだ。園子は背が伸びた以外姿はあまり変わらず、大赦のトップとして君臨している。また、子供の頃サイトに投稿していた小説は書籍化して大ヒットしてているそうな。銀は髪を伸ばしていて今は大赦運営の幼稚園の先生になり、勇者部や弟たちの相手の経験を活かして活躍して子供にも親にも人気となっている。が、たまにトラブルに巻き込まれては子供達や他の先生に助けて貰っているらしい。

 

 受験勉強のせいかメガネを掛けるようになった風は意外にも研究者の道を取り、4人が乗るバイクや船を動かすガソリンや電気とは全く別の燃料の開発チームに所属している。因みに仕事よりも妹のライブを優先し、度々抜け出しているのだとか。そして話に出た妹、樹は兄と姉に憧れてかかなり髪を伸ばし、歌手の夢を叶え、今尚神樹無き世に希望を見出だせない人達に、そして大好きな人達に歌を届ける為に歌っている。因みに、全員同じ家に住んでいる。

 

 「やっと着いたねぇ……さて、誰が後ろに乗る?」

 

 「行きは私だったから、次は友奈でいいわ」

 

 「あら、酷いわ夏凛。私だって後ろに乗りたいのに」

 

 「あんたか楓さんしか運転出来ないでしょうが!!」

 

 「あはは……という訳で私が乗るね。よいしょっと」

 

 「ふふ、了解。さぁしっかり掴まって……美森と夏凛も行くよ」

 

 「「「はーい」」」

 

 バイクがある場所に着いた4人は直ぐにバイクに乗り、船がある場所まで向かう。諏訪から船がある海までは距離がある為、着くのにはまた数日を要する。だが、その長い道のりも愛する者同士が居るなら退屈にはならないだろう。確かなことはその時間は4人にとって。

 

 

 

 「ねぇ、楓くん」

 

 「なんだい? 友奈」

 

 「私ね、今、すごーく幸福(しあわせ)なんだ!」

 

 「そっか。自分もだよ。とても、とても……その一言以外に思い浮かばないくらいに、幸福だよ」

 

 

 

 彼らは、彼女らは……幸福であることだ。




精霊紹介コーナーはお休みです(!?)

という訳でハーレム番外編でした。見ての通り、大満開の章の影響をがっつり受けています。一応原作沿い二次なのでこういう展開に。違うとすればハーレム番外編なので同じ家に住んでいること、調査班に楓が居ること、船のお留守番が春信さんになっていることです。遂にアニメでも情報出なかったな春信さん……。

原作との大きな違いとして、神官達が稲穂になっておらずそのまま全員残っている事です。なのでお見合いとかまた奉ろうとするとか友華達の意思に関係なく動きました。その奉ろうとした存在同士が婚姻を結んだんですから本人達は納得してくれるでしょう。しなかった人は闇に葬られます←

さて、拙作及び今年最後のハーレム番外編はお楽しみ頂けたでしょうか? 何分ハーレム物は初めてと言ってもいいので難しいとは思いましたが、想いをぶつけるシーンは書いていて楽しかったです。考え方によってはこの番外編がトゥルールートに近いとも言えますし。

それでは今年もご愛読ありがとうございました。あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしております。来年も本作を宜しくお願いしますv(*^^*)






 それは、更に数年の時を経てからの話。何度目かの調査から帰ってきた楓達4人に、見覚えの無い……だが見覚えのある顔の女性が2人着いてきていた。1人は大人になった友奈にそっくりの。もう1人は美森のような黒い髪をした……友奈と同じ顔の女性。2人は驚く5人に向け、笑顔でこう言った。

 「はじめまして……ううん、久しぶり、かな?」

 「まあ、はじめましてじゃない? 実際に私達と顔を合わせたのは楓くんと友奈だけだしね」

 「それもそっか。それじゃあ改めまして……はじめまして!」

 そしてその名を、存在を聞いた5人が驚きの声をあげるまで……それを聞いた4人が笑うまで後数秒。そこから先に続くのは……2輪の花を加えた花束となった11人の幸福な未来。


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花結いのきらめき ー 45 ー

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年も本作を宜しくお願いします(´ω`)

盛大に爆死したのでメリュジーヌ貯金始めました。次に彼女が来るまで石と呼符を貯めに貯めます。目指せ宝具マ。

カウンターサイドでは無事覚醒ヒルダをゲット。シグマ是非とも欲しいところですが果たして当たるかどうか……可愛過ぎんよ。メカだけど。

何となく暇潰しとして剣盾地面統一縛りもやってます。久々にポケモンすると本当に楽しいです。アルセウスは……買えないな←

さて、今年最初の更新です。それでは、どうぞ。


 それは、浄化の儀を終えた後の夜の寄宿舎でのこと。各々が寝るまでの時間を思い思いに過ごしている時間帯の若葉の部屋に、部屋の主の若葉と共に過ごす為にひなたは居た。

 

 「浄化の儀も無事終わって、いよいよ次のステップだな、ひなた」

 

 「……」

 

 「どうしたひなた。考え事か? それとも、今日は流石に疲れたか」

 

 「疲れたから、若葉ちゃんと居るんですよ。覚えていますか? 若葉ちゃん」

 

 今日の事を振り返り、無事に“浄化の儀”を終えた事を喜びつつ、次に取るべき行動を考えながら隣に座るひなたを呼ぶ若葉。しかし、普段なら直ぐに来る返事が来ずどこか浮かない顔をしている彼女を見て心配そうに問い掛ける。すると今度は直ぐに返事が聞こえ、ひなたは彼女の目を見ながら問う。

 

 この世界での丸亀城奪還作戦。その際、ひなたは皆にこう言っていた。神樹が攻める時期を指定した場合、それ以外のタイミングで攻め込むのは危険であると。巫女達が何度もそう言っていたことで、この時提案された偵察、斥候は中止となった事を若葉は覚えている。

 

 しかし今回、愛媛の地を犠牲にしない為に敢えて神託に関係なく攻め込んだ。結果はこうしてこの場に居る事から分かるように勝利。これは本当に凄いことであると、ひなたは少し興奮気味に言う。

 

 「それだけ、皆が強くなったという事だろう。もう神様に守られてばかりの私達ではない……生意気と思われるかも知れないがな。そういう所を見せていく気概も必要だろう」

 

 「ええ。私自身、かなりハッとする出来事でした。神様を敬う気持ちは変わりませんが」

 

 「……私達の目的は、日常を取り戻すことだ。神様の手を煩わせる事なく、また普通に暮らせる世界に戻れるのなら、それが1番」

 

 「はい。日常に戻る為にも、神樹様には時に我々の気概も見せていきましょう。人は、頑張って歩いていけると」

 

 「それを神の体の中で言っているのだから、本当に図々しいがな……これ、怒られないか?」

 

 「これぐらいなら大丈夫ですよ。神の力に頼らず、人が人として歩んでいく事を目指す。これは当たり前の事だと思いますし」

 

 神への敬意を忘れなければ、神がその選択を怒るとは思えないと、ひなたはそう締め括る。こうして神の体の中で神の力によって戦う力を得て戦い、現実では神の力によって守られている。今はまだ、神樹の力無くしては人間は生きていく事は出来ないし、戦う術もない。だが、いつか。やがていつかこうして神の力を借りる事なく、バーテックスや天の神に怯える事もなく何気ない日常を過ごせる日が来ればいい……それが1番だと若葉は、ひなたは思う。

 

 「……怒る」

 

 「どうした? ひなた」

 

 「怒る……!? もしかして、案外それこそが……天の神が怒った原因では」

 

 ここまでの会話の中に出てきた、若葉の“怒られないか”という言葉を聞き、ひなたは天の神がなぜ人類に対して攻撃を仕掛けてきたか、なぜ滅ぼそうとしているのか……その理由に触れた気がした。というのも、そこまで深い理由ではない。そして、それが当たっているという確証がある訳でもない。

 

 ひなたの考えは至ってシンプル。人が人ならざる力を得ようとし、それが天の神の逆鱗に触れたのではないかというもの。例えばそれが天の神に連なる“何か”……神具だったり、或いは奉られている社だったり。そういったものに人間が無遠慮に、我が物としようと手を伸ばしたのではないか。

 

 「だから攻撃を仕掛けてきたというのか……」

 

 「考えすぎですかね。でもそれも、造反神を鎮めれば答えは見えてくるはずです……」

 

 「あぁ。赤嶺 友奈からも色々と聞けるだろう」

 

 「今後とも気を緩めず、頑張っていきましょう……」

 

 答えは出ない。これはあくまでもひなたの予想であり、真実を知るのは天の神だけだ。もしかしたら元は天の神と同じ陣営だったという造反神なら、そしてその勇者として行動している赤嶺ならば知っている可能性はある。つまりはこれまでとやることは変わらない訳だ。

 

 取り返した愛媛と同様に徳島を、高知を取り戻す。そして造反神を鎮める。その過程で赤嶺も捕まえる事が出来るかもしれない。その為にも、これからも頑張っていこう……そう言うひなたの表情は、同意する若葉の目には言葉とは裏腹に曇っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 浄化の儀、そして2人の会話があった日より数日。いつものように勇者部の部室へと集まった勇者と巫女達。巫女達より何やら話があるとの事で、全員が集まった事を確認した若葉が代表して口を開く。

 

 「ひなた、全員揃ったぞ。いよいよ徳島奪還作戦の開始だな?」

 

 「その前に。神樹様の力も大分戻りましたので、新たな助っ人を呼ぶことになりました」

 

 「ワオ、そりゃびっくり。自分らで打ち止めだと思ってたのに」

 

 「もうタマ達だけで充分なんじゃないか? なんたって、天下分け目の戦いに勝ったんだぞ」

 

 遂に徳島を奪還する戦いの始まりか、と言葉にやる気を漲らせる若葉だったが、ひなたは戦いの前に更なる助っ人を召喚すると言う。現時点で既にこの場に20人以上居るのにまだ勇者、或いは巫女が居るのかと皆大なり小なり驚いていた。特に勇者としては最後に参上した雪花は自身と棗でもう勇者の召喚は無いと考えていたので驚きが大きい。

 

 だが、球子はもう戦力は充分ではないか? と呟いた。事実として現在の戦力で愛媛での天下分け目の戦い……最後の戦いを制している。このメンバーだったらもう負ける事はない、どんな相手にも勝てる。そんな自信が顔に浮かんでいるが……巫女達は首を横に振った。

 

 「それが、ここ数日で造反神の力がぐんぐんと増してきているみたいで……」

 

 「まだまだ余力がある……ううん、まだまだ力を出し切ってる訳じゃないってところだね。確かに土地の数で言えば同等だけど、わた……神樹、様と造反神の力にはまだ開きがあるんだ」

 

 「えーっ、なんて底知れない存在……」

 

 「或いは、追い込まれると力が増すタイプなのかもしれません。味方だと頼もしいんですけどね」

 

 「油断していると戦力を引っくり返されるという訳ね」

 

 「それで、こちらもきっちり戦力増強……か。でも他に勇者が居るの?」

 

 奪還した土地は香川と愛媛の2つ。土地の数は同等で、その分造反神の力も戦力も削った。しかし、それでもまだ神樹と造反神には力の差がある。それどころか削ったハズの力が増していっているとのこと。如何に天下分け目の戦いを勝ち抜いたからと言って油断出来る相手ではないのだ。

 

 巫女達の言葉に、歌野が成る程と真剣な顔で頷き、他の勇者達も気を引き締める。しかし、戦力増強といわれても肝心の戦力、勇者が他に居るのかも疑問だ。千景がそう問い掛けると、ひなたが笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 「まずは巫女が増援として来るようです。とても助かりますね」

 

 「巫女さん! どんな子なんだろう。わくわく」

 

 「おっ、光った! 来たぞ来たぞー。いらっしゃいませー!」

 

 「4人目の巫女か。どんな子が来るのやら……」

 

 「とっても良い子だよ。ほら……来るよ」

 

 新たにやってくるのは巫女と聞き、高嶋を筆頭に待ち遠しそうにしている者が数名。声に出してわくわくとしていると部室が一瞬光に包まれる。それがもうすぐこの場へ新しい仲間が現れる前兆であると分かり、銀(小)がフライング気味に歓迎の言葉を投げ掛ける。

 

 そんな彼女を見ながら、楓はポツリと朗らかな笑みと共に呟く。4人目の巫女。少なくとも悪い子ではないだろうと予想し、それが正解であると言うように神奈は笑いながらそう告げる。そしてその直後、再び光が部室を、或いは世界を満たし……。

 

 

 

 「…………」

 

 

 

 光が収まると、そこには亜麻色の長い髪の小柄な少女がぽかんとした表情でそこに居た。着ている制服は西暦組は勿論、勇者部の面々が着ている讃州中学の物とも違う。当然というべきか、誰も彼女との面識は無かった。

 

 「わー、凄く可愛い子が来たね~。ちょっとびっくりするくらいキュート」

 

 「ふふ、そうだねぇ。でもどこの学校の……もしくは時代の子かな?」

 

 「ようこそ勇者部へ! 私達は……」

 

 「歴代勇者の方々ですね。神樹様からの神託で把握しております。私は国土(こくど) 亜耶(あや)と言います。皆様、宜しくお願いします」

 

 「ちょ、ちょっと、そんな地面に手を着くなんて」

 

 その愛らしい姿につい笑顔になる園子(中)と孫を見るような目で見る楓。しかし、と彼は見覚えの無い制服にどこの学校に通う生徒か、もしくは西暦組のように別の時代からやってきたのではないかと顎に人差し指を当てながら考え込む。

 

 友奈が歓迎の言葉を掛け、自分達の自己紹介を……となると亜耶と名乗った少女は既に神託にて知っているという。神託って便利だなぁと思っている勇者達だったが、挨拶をするや否や地面に手と膝を着く……簡単に言えば土下座の姿勢を取る彼女に驚く。高嶋が止めるように言うが……。

 

 「勇者様達には、最大の敬意を……」

 

 「大丈夫だから頭上げて! こ、これはまた新しいタイプが来たわね」

 

 「まさかいきなり土下座されるとはねぇ……そういえば神奈ちゃん、さっきの言い方だとこの子……国土さんだったかな? 知ってるみたいだったけど」

 

 「うん。この子は楓くん達と同じ時代の……」

 

 

 

 「し、神樹様!?」

 

 

 

 「えっ!?」

 

 【神樹様ぁ!?】

 

 そう言って、風に立たされるまで土下座し続けた亜耶。新鮮というべきか、今までの仲間とはまるで違う反応と行動に困惑気味の勇者達。楓は過去に勇者である己を敬い平伏する神官を見た事があるので彼女にそれらに似たモノを感じて苦笑いし、先程神奈が“良い子”と称していた事を思い出して聞いてみると彼女は頷き、亜耶の事を説明しようとする。

 

 が、亜耶は神奈を見ると目を見開いて驚き、かと思えば突然彼女の事を神樹と呼んだ。いきなりの土下座の時よりと更に大きな驚愕が勇者と巫女を襲うが、1番驚いているのは正体を当てられた神奈本人であろう。これはマズイ……と思わず楓を見る神奈に彼は苦笑いを浮かべ、亜耶に話し掛ける。

 

 「あー……国土さん? 彼女は神樹様じゃなくて、神谷 友奈という名前の人間なんだけど……なんで神樹様と?」

 

 「えっ? あっ、す、すみません勇者様! その、なんと言うんでしょうか……私が神託を受け取る時、いつも温かな感じがするんです。その感じがして、咄嗟に……」

 

 「ああ、それは分かる気がします。私もこの世界に来てから神託を受ける時、元の世界とは違う温かさを感じますし」

 

 「私も神託を受ける時にそう感じるなぁ……」

 

 「あ、あはは……わ、私もそう感じる? 時があるから……」

 

 「ふふ、神樹様と似た雰囲気があるんだって。良かったねぇ、神奈ちゃん」

 

 「本当にごめんなさい……」

 

 「だ、大丈夫、気にしてないし……むしろ神樹、様と似てるなんて光栄だなぁ」

 

 (雰囲気が似てるだけ……でもなんで神奈ちゃんにだけそう感じたのかしら。雰囲気が理由なら、友奈ちゃんと高嶋さんにも感じそうだけれど……彼女だけ巫女である事と何か関係があるのかしら?)

 

 楓の問い掛けに恐縮しつつ頭を下げながら、辿々しくも理由を述べる亜耶。神託を受ける時、と言われても勇者達には共感出来ないし、巫女の適性があるとされる須美と美森も“温かな感じ”とやらはまだ感じたことがないので首を傾げるばかり。が、巫女達は彼女の言葉に同意を示した事で勇者達も“そういうものか”と頷いた。

 

 自身の発言が周囲を混乱させたのだと反省して小柄な体を更に小さくして謝罪する亜耶に、神奈はまだドキドキとしながら自分と似ている事を光栄に思うというよくわからない状況と心境になりつつ苦笑いを浮かべる。そんな彼女の心境を察し、楓もまた誤魔化すように言いつつ苦笑した。

 

 そんなやり取りを見ていた美森は内心で考え込む。確かに雰囲気が……という理由ならほぼ同じ容姿の友奈、高嶋にも同じ雰囲気を感じそうなもの。しかし亜耶が反応したのは神奈ただ1人。その理由は……と考える美森だが、まさか本当に神樹……正確にはその中の1柱……であるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 「かくかくしかじか、という訳。これが今、私達が置かれている状況よ」

 

 「事情をより具体的に把握できました。ありがとうございます東郷様」

 

 「そんなに畏まらなくてもいいんだぞ。ここでは皆、仲間だ。タマ、ユア、フレンド」

 

 「そうそう、タマ坊の言う通りだよ。リラーックス、リラーックス」

 

 「そ、園子様に土居様……勿体ないお言葉です」

 

 「緊張でカチコチになってるね。なんとかして、ほぐしてあげたいなぁ」

 

 「いきなり知らない人がズラッと並んでるからね、気持ちは分かるよ。秋原さん、何かいいアイデアないかなあ?」

 

 「ご指名ですか。こういうのはかーくんとか結城っちが得意そうだけど……よーっし、オラがいっちょやってみっか! まずはお互いを知る所から」

 

 全員が落ち着いた頃を見計らい、美森がこれまでの出来事を亜耶に説明していく。彼女も神託によってある程度の事情は知っていたが、言葉による説明もないイメージ映像くらいなもの。より深く知ることが出来、美森に礼を言うのだがどうにも言葉や姿勢が固い。緊張しているのは誰の目にも明らかだった。

 

 そんな彼女の緊張を和らげようと球子と園子(中)が声を掛けるが、やはりまだ固い。高嶋と水都もどうにかしてあげられないかと悩み、何となく水都は雪花に振ってみる。振られた本人は自分以外にも適した人間は居るだろうとは言いつつ頼られたからにはとやる気を出し、亜耶の前に行ってそう言うと更に言葉を続ける。

 

 言葉遣いの事はひとまず置いといてと前置きをし、亜耶の学年や、来た時代なんかを問う雪花。その質問に対し、亜耶は素直にハキハキと答えていく。自身が中学1年生であること。勇者部の8人と同じく神世紀300年の秋から来たこと。そして大束町(だいそくちょう)のゴールドタワーで巫女としてお役目についていたとのこと。学年と時代、季節まで同じであることに樹は大層驚いていた。

 

 「大束町って言ったら、大橋市の隣辺りだっけ?」

 

 「ですね! 知ってる名前が出ると嬉しいな」

 

 「ゴールドタワー。この世界では入れなくなっている所ね」

 

 「前にぐんちゃんが屋上遊びに行こうって誘ってくれたのに、残念だったよね」

 

 「召喚されて疲れているだろうから、国土さん、こっちでゆっくりお話しましょう」

 

 「あ、は、はい! 伊予島様」

 

 「! それ、私も着いていきます!」

 

 「なんか良く分からんがタマも……!」

 

 「タマちゃんは行かなくていいの。まずは同学年の子だけで、落ち着いて話をして緊張を解かないと」

 

 「球子ちゃんが行ってもあんまり違和感ないけどねぇ」

 

 「楓、お前本当に最近タマに対して遠慮が無くなってきたよな!?」

 

 亜耶がお役目についていた場所だという“ゴールドタワー”。勇者達は中に入った事はなかったが名前と建物だけは知っていた。銀ズはそれがある場所の市の名前が知っている場所であると知ると何故だか嬉しくなり、自然と笑みを浮かべている。それに対し、千景と高嶋は依然訪れた時に入れなかった事を思い出して少し残念そうにしていた。

 

 それはさておき、疲れているであろうと亜耶を人口密度が高い部室から繋がる別室へと連れていこうとする杏と着いていく樹。それに球子も着いていこうとするが雪花に止められ、くつくつと笑いながら楓が聞こえるように呟くとここ最近姉に毒を吐くように球子にも遠慮しなくなってきた彼にツッコミを入れる。そんな2人のやり取りを、周りは微笑ましそうに見ていた。風は少し嫉妬していたようだが。

 

 「「それにしても、国土 亜耶ちゃん(さん)……“国土”というのは素敵な名字だと思わない?(ですね) (千景さん)」」

 

 「同じタイミングで同じワードを!? このシンクロ加減、流石本人同士ね」

 

 「シンクロなら私達もだよね!」

 

 「わ、私が君達で、君達が私で!」

 

 「ウィーアー! これ、いつか赤嶺ちゃんも入れてやるって決めてるんだ」

 

 「友奈トリオからカルテットか。見るのが楽しみだねぇ」

 

 「神樹様に呼ばれたってだけでもビックリなのに、いきなりこういう光景見たらそりゃ驚くわよね」

 

 「同じ顔が2人も3人も居るんだからね……あっ、戻ってきたみたいよ。さぁどうなってるかにゃ?」

 

 3人の姿が見えなくなった後、同時に同じ事を銀(中)と千景に向かって言い出す美森と須美。若干の言葉の違いはあれど同じタイミングに台詞、なんなら姿勢まで同じの2人に歌野は驚きと感心を抱く。その言葉に自分達だって! と高嶋と神奈、友奈も何故か同じポーズを取ったり鏡合わせのように両手を合わせたりして対抗する。いずれはこの中に赤嶺を……と野望を抱く友奈に、楓はクスクスと笑いながらそう呟く。

 

 そっくりさん、或いは本人がこうも沢山居るとなればああも固くなるのも無理はないと夏凛は言う。おまけに亜耶は他の神官達のように信心深く、勇者を敬っているのが見て取れる。緊張に加え、若干以上の混乱もあっただろう。雪花も同意するように頷いた直後、別室に居た3人が戻ってきた。すると亜耶は樹と杏の見守る視線を背に全員の前に立ち、挨拶と共にペコリとお辞儀を1つ。

 

 「改めまして、巫女の国土 亜耶です。先程は緊張してしまい、すみません。でも、もう大丈夫です。落ち着きました。樹ちゃんと杏ちゃんのお陰です」

 

 「おぉー、いい感じで打ち解けたみたいね。やるわねぇ2人共。お姉さんは感無量だわ」

 

 「何も泣き真似しなくても……宜しくお願いしますねぇ、国土先輩」

 

 「宜しくお願いします、亜耶先輩~」

 

 「雨野様と乃木様……でなく、うん、新士君、園子ちゃん」

 

 「まだちょいと堅苦しいけど、後は時間が解決してくれるっしょ」

 

 「ありがとう、秋原さん」

 

 「あはは、何もしてないって。亜耶ちゃんは寮暮らしって事になるのかな?」

 

 「はい。私と神奈さん、水都さんで案内しましょう。巫女同士のお話もありますし、この世界で生きていく上で頭に入れておいてもらいたい事もありますし」

 

 「そうだね、この後の亜耶ちゃんの事は私達に任せて。それじゃあ亜耶ちゃん、こっちに来て?」

 

 「はい!」

 

 「……うわぁ、か、可愛い……」

 

 最初の時よりも緊張が取れた様子で改めて自己紹介をする亜耶。2人のお陰でもう大丈夫だと振り返り、後ろに居る中1組と顔を合わせて微笑み合う。その姿に本当にもう大丈夫だと、中1組がやってくれたのだとわざとらしく目元を拭う風。そんな姉に苦笑いしつつ、新士は腕にしがみついている園子(小)と共に挨拶を返し、亜耶は気にする事なく頷く。

 

 つい敬語や敬称がついてしまう辺りにまだ堅苦しさを感じるが、それも時間の問題だろうと笑う雪花。水都は彼女に礼を言うが、本人は自分の力ではないと手を振った。そんな彼女の次の疑問は亜耶の住む場所。当然と言うべきかそれは雪花達も住む寄宿舎で、そこへの案内は諸々の話もあるので巫女組でやるとひなたは言う。自分を呼ぶ神奈の元へ元気の良い返事と共にトコトコと歩いてくる愛らしい姿に、水都は胸を撃ち抜かれたような気がした。

 

 「よーし、アーヤに決めた!」

 

 「楓の腕に抱き付いたまま考え込んでいると思えば、あだ名を考えていたのか……」

 

 「のこちゃんは人にあだ名をつけて呼ぶのが好きですからねぇ」

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、寄宿舎。制服へと着替えた若葉が朝練へと向かっている途中の廊下で、同じく制服姿で掃除用具を手に廊下を楽しげに掃除している亜耶の姿があった。

 

 「おそうじー♪ おそうじー♪」

 

 「おぉ、亜耶、おはよう。こんなに朝早くから掃除をしてくれているのか」

 

 「若葉先輩、おはようございます。朝練頑張ってください」

 

 「心が洗われるな。よし、一層頑張ろう」

 

 「グッモーニン亜耶さん。お互い早いわね」

 

 「歌野先輩、おはようございます。農作業、お気をつけて」

 

 「おはようさんです、亜耶さん。何か手伝いましょうか?」

 

 「大丈夫だよ銀ちゃん。ありがとう」

 

 「おはようございます、国土先輩。昨日来てくれたばかりなんですから、何も今日掃除しなくてもいいんですけどねぇ」

 

 「鍛練お疲れ様、新士君。私はお掃除やお片付けするの好きだから、大丈夫だよ」

 

 廊下での掃除なので次々と寄宿舎に住む者達とすれ違い、挨拶を交わしていく亜耶。昨日の今日ではあるがすっかり緊張も取れて自然な応対が出来ており、愛らしい容姿と早朝に自主的に掃除をしている姿を見た勇者達も皆笑顔で一言二言交わして通り過ぎていく。

 

 若葉は朝練へ、歌野は畑へ、銀(小)は食堂へ、新士は鍛練を終えシャワーを浴びに。勇者という存在を敬い、慕う神世紀の巫女である亜耶としてはこうして朝早くから勇者達の顔を見られるのは光栄な事である。幸福な気持ちになりながら掃除を続けていると、今度はひなたが現れた。

 

 「うふふ、おはようございます。大分馴染んで来ましたね、亜耶さん」

 

 「伝説の勇者様が次々と話し掛けて下さる凄い状況ですが……皆さん、とても素敵な方ばかりで。お陰でいつもの生活リズムになりました」

 

 「何よりです。本日、浄化の儀を行いますので、亜耶さんの力を貸して下さい」

 

 「はい! その為に私は来ましたから」

 

 

 

 という会話から暫く。各々が朝食を終えてから登校して授業を終え、放課後に部室へと再度集まった仲間達。ひなたが亜耶に言ったように徳島へと向かう前に更に浄化の儀を行い、より万全にするのだと説明すれば、勇者達は成る程と納得の意を示す。

 

 「ダメ押しで更に浄化の儀を行う、か……うん、良いと思う」

 

 「同じく賛成。私はゲームとかでも堅実プレイでね。守りは堅いに越した事はないよ」

 

 「今回は私も行きますので、宜しくお願いします」

 

 「まーかせなさい! フィンガー1本も触れさせない」

 

 「うんうん! 安心していいからね、亜耶ちゃん!」

 

 「おおー、凄い人気だな亜耶は。タマげた」

 

 「亜耶ちゃん、とっても良い子だもん。凄く可愛いし、エンジェルだね」

 

 「……? 亜耶ちゃんは人間だよ?」

 

 「いや、別にあんずは本気でそうだと言った訳じゃないぞ神奈。それとあんず。あんずもエンジェル、だぞ」

 

 「タマっち先輩……♪」

 

 (人間なのにえんじぇる……確か、天使だっけ? なんでだろう……まだまだ勉強不足だなぁ)

 

 まず棗が賛成し、雪花が続く。早く徳島に向かいたいという気持ちは確かにあるが、守りを更に堅くして万全の体勢にしておいて損はないだろう。加えて今回は亜耶も参加すると聞き、この愛らしい新たな仲間を守護(まも)らねばと勇者達のやる気も前回より上がった。

 

 歌野と友奈が亜耶に向かって言葉でやる気を示していると、それを見た球子が彼女に人気っぷりに驚く。その理由を杏が言うと、それを聞いた神奈が首を傾げる。エンジェルという言葉の意味は知っているので、何故それを人間の亜耶に言ったのか理解出来ていないらしい。球子から見ればそれは天然以外の何物でも無いので呆れつつ、杏と見詰め合いながら2人だけの空間を作り出す。神奈はまだ疑問符を浮かべたままだった。

 

 「杏、球子、何をしているんだ。神奈も考え込んでいないで行くぞー」

 

 「「「あ、はーい」」」

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、浄化の儀を行う場所である愛媛のとある神社。巫女服へと着替え、新しく亜耶を加えた巫女達が儀式を行っている最中にやってくるかもしれない敵を勇者達が待ち構えてから暫く。前回の儀式が効いているのか襲撃もなく、安全に儀式を終えた頃。

 

 「ふう……儀式、終わりました」

 

 「素晴らしいですね亜耶さん。巫女の力をそこまで引き出しているなんて」

 

 「わ、私なんかより全然凄いよ……」

 

 「私は小さい頃からずっとやっていますから。むしろこれぐらいは出来ないといけません。正式な訓練を殆ど受けていないのに、巫女のお役目を出来る水都先輩の方が凄いですよ」

 

 (私、訓練を受けるどころかそもそも巫女ですら無いけどね。巫女っぽく見せてるだけで、実際は“私達”と一緒に彼女達に合わせて神としての力を使ってるだけだし……)

 

 「2人共凄いんですよ? 水都さんはもっと自信を持って下さい」

 

 3人の時よりも遥かに早い速度で儀式を終わらせた4人。共に儀式を行った事で巫女としての能力を感じ取れたのか、最年少ながらも強く大きい巫女の力を持つ亜耶を褒めるひなたと自信無さげに言う水都。神奈も何か言おうとはしたのだが、そもそも真の意味で“巫女”ではないので何も言えないのか沈黙したまま笑顔を浮かべている。

 

 しかし、と亜耶は否定こそしないが自慢したりもしない。むしろ育ってきた環境から考えてこれぐらいは当然だと言い、元の時代では自身のような訓練を受けられなかった筈の水都こそ凄いのだと逆に褒める。結局は2人とも凄いのだとひなたが締めた。

 

 新たな戦力である国土 亜耶。彼女の力を目の当たりにした勇者達は心強い仲間が増えたと改めて実感し、巫女達と共に部室へと大赦と乃木家、高嶋家が出してくれた車で帰るのだった。その道中の車内では、楽しげな会話が絶えなかったそうな。




精霊紹介コーナー(久しぶり)

茨木童子(いばらきどうじ)

見た目はデフォルメされた鬼の子供のような姿。ゆゆゆいの酒呑童子の金髪バージョンを想像して貰えると分かりやすいか?

本作オリジナルだが名前のみの登場。精霊としての能力は光を纏った部分の身体の強化。つまりはゆゆゆい編での楓の“強化”はこの酒呑童子の力。元は彼だけの身体を鬼のように強くするだけだったが、度重なる満開によって彼自身の勇者としての力が強くなったので仲間も限定的ながら強化出来るようになった。ただし反動も大きい為、ここぞと言う場面でしか使われない。因みに追加されたのは5番目。

精霊自身の性格は喧嘩っ早い。が、能力の割に本体はそこまで強くないので他の精霊に軽くあしらわれる。牛鬼に齧られては涙目になって楓の後ろに隠れる姿が見られることもしばしば。高嶋の酒呑童子によく懐いている。



という訳で、遂にくめゆより亜耶ちゃん登場というお話でした。明確に彼女の名前が出たのは本作では初めてです。彼女の存在を示唆する文は何度か出てますがね。

実のところ、本作では触れるつもりはなかったのであまりくめゆ組に対しては原作以上の追加設定というものはありません。どちらかと言えば、小説よりアニメ寄りになるかもしれませんね。強いて言えば、しずくと新士、楓の関係が……。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしております。今年も宜しくお願いしますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 46 ー

お待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

色んなゲームのガチャで目当て引けず意気消沈の私です。ドカバトではゴクベジゴッドブルーもゴクベジ4も引けず、代わりに以前出なかったフリーザ様が2凸に、身勝手も2凸に。カウンターサイドも覚醒ミナ引けてません。悲しい。

マスターデュエル始まりましたね。遊戯王からは離れて久しいのですがアプリなので復帰。Switchで霊使い、スマホで絵札の三剣士で楽しんでます。

アルセウス購入。これまでのポケモンとはまるで違うので戸惑い半分楽しい半分。図鑑完成どころかストーリー終了すら遠いですが←

それでは本編、どうぞ。


 「という訳で、亜耶さんという心強い存在のお陰で守備は鉄壁になりました」

 

 「おぉー、ありがとう亜耶ちゃん! 握手握手!」

 

 「ゴールドタワーでどんな任務をやっていたんだ?」

 

 「防人(さきもり)と呼ばれる皆さんが、危険な場所の地質調査等をしていまして。私は巫女として、その補佐役なんですよ」

 

 「サキモリ? 勇者じゃないの?」

 

 「私は近しいものだと思っています」

 

 「国土さんが補佐役という事は、自分達と同じ時代にその人達が居るという事か……でも、聞き覚えは無いねぇ」

 

 浄化の儀を終えて部室へと戻ってきた勇者と巫女達。愛媛の守りは亜耶という新たな仲間のお陰でより鉄壁となったと言うひなたの言葉に感動した友奈は亜耶の両手を握って上下に振り、握られている彼女も勇者達の力になれた事に嬉しそうにしている。笑い合う2人に周りがほっこりとしていると、球子がふとそんな事を聞いてみた。

 

 そして亜耶から語られたのは勇者でも巫女でもない“防人”という存在。歌野の勇者とは違うのかという疑問には、確かに違うが近しいものではあるとのこと。その話を聞いた楓は真剣な表情で考え込み、ポツリと呟く。亜耶が楓達と同じ時代の人間である以上、当然その防人も同じ時代の人間であるハズ。だが、楓達勇者部はその存在は知らないし、名前さえ聞いたことがなかった。

 

 彼女の言葉は続き、防人の内の何人かは間もなく援軍として勇者達の元に駆け付けると思うらしい。亜耶だけでも充分心強い味方だったのだが、ここにきて更なる戦力、それも言い方からして複数やってくるというのだから尚更心強い。まだ見ぬ仲間達に、勇者達は心を踊らせた。そこで話も一段落し、早々に終えたとは言え浄化の儀をこなし車に乗ってはいるが愛媛と香川を往復した疲れもあり、今日のところは解散となった。

 

 

 

 

 

 

 少しばかり時間が過ぎたとある日。いつものように全員が部室へと集まっていた頃、亜耶が来て初めてとなる襲撃を知らせるアラームが鳴り響いた。勇者達は顔を見合せ、同時に頷き合う。

 

 「皆さんに、神樹様の御加護がありますように」

 

 「ふふ、ありがとねぇ。行ってくるよ、国土さん」

 

 「……この瞬間だけは、何度お見送りしても慣れません」

 

 「凄く分かるよ。でも大丈夫、皆無事に戻ってくるから」

 

 戦場に向かう勇者達の無事を祈る亜耶に楓が代表して礼を言い、極彩色の光と共にその姿を消す。こうして見送るのは初めてのハズだが、亜耶は何度も経験しているように不安げな声で呟く。いや、実際に経験しているのだろう。勇者達ではなく、防人達を戦地に見送る事を。それを察したのか、水都が彼女の両肩に手を置いて安心させるように囁いた。

 

 水都も、勿論ひなた、神奈も亜耶の気持ちは理解出来る。実際に命懸けの戦いに赴くのは勇者達で、自分達は比較的安全な場所で信じて待つことしか出来ない。姿が見えないからこそ、どうしても不安になる。だが、それでも信じる。勇者達の勝利を、誰1人欠けることなく帰ってくる事を。今日もまた、無事に勝利して笑顔で帰ってきてくれるのだと。

 

 「やってきたぞ徳島!! 確かに樹海も徳島って感じだな」

 

 「いやいや、いつもと変わらんでしょう」

 

 「どこからか、渦潮の香りも漂ってきた」

 

 「流石にそれは気のせいでは……」

 

 「棗さんだから、存外有り得るかもねぇ……」

 

 「早速敵が来たわ」

 

 「よーし皆、交戦準備!」

 

 「うん! お姉ちゃん!」

 

 そうした巫女達の心配と信頼を背に、遂に徳島にやってきた勇者達。球子の勢い任せの発言に夏凛がツッコミを入れ、嘘か真か棗がすんすんと鼻を鳴らしながら呟く。どこを見ても渦潮どころか海、というか水辺すら無いのでそれは無いだろうと雪花が苦笑いするが、楓は散々海が……と言ってきた棗なら有り得るのではと真剣な表情でそう溢していた。

 

 そんな会話をしていると、敵地に居るので当然わらわらと敵がやってくる。いち早く発見した美森が皆に伝え、風が意気揚々と大剣を握り締めて叫び、樹が元気良く返事をする。すると風がその顔を見つめて感慨深そうに頷き、そんな反応をされた樹は困惑していた。

 

 「ど、どうしたの? お姉ちゃん」

 

 「最近、樹が凛々しく見える時があるわ。我が妹ながら、色んな一面があるのね」

 

 「感動するのは良いけれど、敵が来てるよ姉さん」

 

 「おっと、いけないいけない。さぁ皆、やるわよ!」

 

 【おう(はい)っ!!】

 

 こうして始まった徳島での最初の戦い。いつものように地上、上空と別れる動きも随分とスムーズになった。楓もすっかり万全となったし強化も出来るようになった。初戦とあって勇者達の士気も高い。この勢いのまま初戦を軽く勝利……とは残念ながらいかなかった。と言ってもそこまで厳しい戦いだった、という訳ではないが。

 

 簡潔に言えば、敵が明らかに愛媛の時よりも強くなっていた。勿論、決戦の際に出てきた超大型のような強大な力を持ったバーテックスが現れた訳ではない。ただ、数に物を言わせる中、小型の性能が上がっていた。それは速度だったり、威力だったり。

 

 星屑の体当たりが、威力を増していた。爆発するバーテックスの範囲が広くなっていた。トゲを伸ばしてくるバーテックスの伸びる速度が速くなっていた。一撃で倒せたバーテックスに2撃を要した。これまで必中だった攻撃が避けられ掠める程度に終わった。そういった劇的ではないが明らかなパワーアップが成されていたのだ。

 

 ……だからと言って、勇者達が敗北するかと言えばそんな事はない。バーテックスのパワーアップに動揺したのは確かだし、ヒヤリとしたのも確かだ。が、パワーアップしているのは勇者達とて同じ事。直ぐに自力で、もしくは仲間によって平静を取り戻し、今までと同じように対応していく。“これまで”で通じない、足りないと言うのならこれまで“以上”をもって対処するのみ。“これまで”ならそれを続けるのは難しかったかもしれないが、“今の成長した勇者”ならば何の問題もない。

 

 これまでよりも“少し”力を込める。それだけで威力を増した体当たりを防げた。爆発の範囲から余裕を持って逃れた。攻撃の速度に対応出来た。一撃で倒せた。攻撃を外さなくなった。劇的なパワーアップをした訳ではない。それが出来るだけの実力は既についていただけの事。とは言え手こずったのも確かで、普段よりも戦闘はやや長引いた。

 

 「はぁ……はぁ……敵、中々やりますね」

 

 「そうね。造反神が追い込まれてパワーアップしたという話、今理解出来たわ。国盗り物のゲームなんかでは、全国の半分も支配すれば後は消化試合なのに」

 

 「こっちだって強くなっている。大丈夫さ」

 

 「いよーし。この調子で戦って、徳島での戦いの足掛かりを作るわよ!」

 

 「調子に乗ってその足掛かりにつまづかなきゃいいけどねぇ……姉さんとか転けそうだし」

 

 「失礼ね! 最近の楓は姉への敬いが足りないわよ!? もっとアタシに優しくしなさいよ!」

 

 「ふふっ、ごめんって姉さん。苦しい苦しい」

 

 「家じゃいっつも優しくされてるのに……」

 

 「イッつん、その話詳しく」

 

 肩で息をしながら今回の戦闘の感想を呟く須美に、千景はゲームでよくある展開の話を交えつつ同意する。巫女達が言っていた造反神の力が増しているという話は、彼女達を疑うわけではないが土地の半分を奪還したという事もあって半信半疑だったのが本音だ。だが、今回の戦いでそれは事実であると突き付けられ、今後の戦いも決して楽な道ではない事が分かった。

 

 だが、若葉が言うように勇者達も確実に強くなっている。それもまた、今回の戦闘で分かった事だ。厳しくなる戦いにも仲間達が居れば問題無いだろうし、まだ見ぬ仲間達もやってくるという。不安はあるが、それ以上に戦意が漲るというもの。その戦意にやる気を乗せて声に出す風に、楓が冗談っぽくくつくつと笑いながらポツリと聞こえるように呟いた。

 

 当然聞こえている風は弟に絡みに行き、ヘッドロックをかます。怒っているように見えるが口元は緩んでいるし楓も苦しいと言いつつも本当に苦しそうな様子はない。ただの姉弟のじゃれあいだと分かっている仲間達は仲睦まじい姿にほっこりとしている。同じようにほっこりしている樹がポロリと溢せば、直ぐに園子ズが話を聞きに行った。なんなら数人は聞き耳を立てている。

 

 そうしたほのぼのとした時間は樹海化が解けるまで……解けた後は巫女達も一緒に穏やかな時間を夕方になるまで過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 別の日。勇者達は制服に身を包んで行けるようになったばかりの徳島へと樹海ではなく現実世界……というには語弊があるが……でやってきていた。普段香川で暮らす勇者達からすれば未踏の地と言ってもいい場所へと足を踏み入れた為か、いつもよりも少しばかり勇者達のテンションは高い。

 

 「今、私達は徳島県に来ていまーす!」

 

 「ふふ、高嶋さん、誰に言っているの?」

 

 「エンジョーイ、徳ー島ラーイフ! とっくしっまとっくしっま~♪」

 

 「とっくしっまとっくしっま~♪」

 

 「ふふ、元気だねぇ。老人ホームの人達から貰った飴ちゃんいるかい?」

 

 「ありがとうございます、楓先輩! あたしイチゴ味もーらい♪」

 

 「園子ちゃんのテンションに乗れるくらい馴染んだよなぁ亜耶ちゃん」

 

 「とても良いことだわ。楓君から飴を貰っても恐縮しなくなったし、このまま砕けた態度で居てくれると良いのだけど。銀、あっちに行ってみましょう」

 

 「皆、思うがままに徳島を楽しんでいるな」

 

 自分達の状況を紹介する高嶋に千景が笑いながら返し、どこかで見たことがあるテンションが爆上がりしている園子(小)のノリにすっかり馴染んだ亜耶が続き、その姿を微笑ましく見ていた楓がポケットの中から貰い物だという飴玉を複数取り出してちびっこ達(中1組と球子、何故か神奈も含む)に配り、貰った9人は喜んで口に放り込んでコロコロと笑顔で転がしている。精神年齢の違いか新士は子供扱いに少し照れが見えた。

 

 仲良く飴を転がす亜耶の姿を見て、最初にこの世界にやってきた時に開幕土下座を敢行した人間と同一人物であるとは思えない程の馴染んでいる事に安堵する銀(中)。美森もそれに同意し、このままありのままの彼女で居てくれればと願う。それはそれとして自分達も楽しもうと、彼女も銀(中)を連れて徳島の観光へと洒落混む。そんな仲間達の姿を見ていた若葉がふと、浮かない顔をするひなたに気付いた。

 

 「……どうした、ひなた。浮かない顔をしているが」

 

 「徳島に食い込む事は出来たんですけどね。思ったより解放地域が少なくて……すみません。愛媛全部を取れば一気に展開が楽になる、みたいな事を言ってしまって」

 

 「全然問題無し。いやーまだまだ解決する事が多くて嫌になっちゃうね。あはは!」

 

 「その割に上機嫌だな。でも本当に気にすることはないぞ、ひなた」

 

 「ああ、前進はしているんだ。棗さんがよく言っている事だが、勝ちを積み上げていけばいいさ」

 

 「自分の言葉を覚えてくれている、というのは嬉しいものだな、若葉」

 

 「そんなに感謝されると、こちらも照れるのだが……」

 

 ひなたが浮かない顔をしていた理由は、自身の思惑……予測が想定よりも外れている事だった。確かにこうして徳島にやってくる事は出来たが、想定よりも遥かに歩ける範囲が狭い。少し歩けばもう未解放の場所になってしまうくらいだ。おまけに仲間達に期待させるような事を言っておいて実際は楽になるどころか更に危険度が増している。こうまで想定より悪い方へと進めば表情が暗くなるのも仕方ないかもしれない。

 

 しかしそれを気にするような、ましてやひなたを責めるような者は居ない。雪花など元気付けるためかそれとも本心か笑顔で言って笑い声まで上げている。何故だか上機嫌な彼女を不思議に思いつつ棗も同意し、若葉がかつて聞いたという彼女の言葉を交えつつ続く。快勝でも、辛勝でも、勝ちは勝ち。それを積み上げていけば、いずれは造反神にも手が届く。そう言う彼女に、棗は小さく笑いつつ感謝し、真っ直ぐ感謝された若葉は照れていた。

 

 「当面の目的は、粘り強く戦って解放地域を増やして、更なる援軍を呼び込めばいいのね」

 

 「うん、コツコツとって感じだね」

 

 「大いに結構。前も言ったと思うけど、私はコツコツ堅実派なんだ」

 

 「せっちゃんせっちゃん、あれ見て?」

 

 「美味しそうなラーメン屋を友奈が見つけてねぇ、行ってみるかい?」

 

 「いーねいーね。よーし、入っちゃいましょー! そこで飴を口で転がしてるタマちゃんもどうかね? らあめん」

 

 「当然(ほぉれん)行くぞー(いふほぉ)! んぐっ……飲み込んじゃった。うどんは大好きだが、他の麺類を食べない訳じゃないからな!」

 

 話を聞いていた歌野が徳島の戦いの当面の目的を再確認するように言い、水都が同意する。結局のところ、徳島に来てもやることは何も変わらないのだ。これまで通り敵と戦い、奪われた土地を奪還していく。少しずつ、時間を掛けて、しかし確実に歩みを止めずに進む。近道等無いのだから。コツコツとやるしかないとしても問題無いと、雪花は笑った。

 

 そんな彼女の袖口をくいくいと引くのは友奈。なんだなんだとそちらへ顔を向けた雪花が見たのは、微笑ましげに笑う楓と2人が指差した先にある如何にも老舗らしい風貌のラーメン屋が1件。ラーメン好きであり、2人にも促されたとあっては行かない選択肢は彼女には無かった。近くで飴を転がしていた球子も誘い、共にラーメン屋へと入っていく。その際、飴を口に入れたまま喋った球子が誤ってその飴玉を飲み込んでしまったが特に問題は無い。

 

 そして入ったラーメン屋。老舗のような見た目に違わず味は素晴らしかった様子で皆笑顔で食べ進めている。楓の所にだけ丼が5つ程積み上がっている事には最早驚きはない様子。尚少しすればまた1つ積み上がり、新たな一杯が彼の前に運ばれている。それを笑顔で食べるのだからまだまだ彼の胃には余裕があるらしい。

 

 「うまっ、うまっ……完食だ! タマごもタマねぎもタマらんなァー! ていうかまだ食うのか楓!?」

 

 「ご馳走さまーっ。美味しかったねー、徳島ラーメン。ご飯と一緒だとよりでりしゃす! 楓くん、最近は風先輩より沢山食べるもんね」

 

 「たまらない味ですにゃあ。近くに居た東郷や銀も来れたら良かったのに。かーくんは本当に良く食べるねー」

 

 「徳島ラーメン、美味しいって聞いてたから食べてみたかったんだよねぇ……結局、今日まで食べる機会無かったから。実際に美味しいし、後2回はおかわりしようかねぇ」

 

 「更に追加するのか!? いや、もう楓の大食いはいいや。東郷達は他の店に入ったから仕方ない。ところで雪花、タマ気になってた事がある」

 

 球子、友奈、雪花は殆ど同じタイミングで完食している中でまだまだ食べる気で居る楓。3人から驚きや慣れ、感嘆と三者三様の感情と言葉を受け、一旦食べる手を止めて空になった器を見下ろしながらしみじみと呟く。彼の脳裏に何が浮かんでいるのか、何を思いながら食べているのかはこの場では本人以外分からない。だが、少なくとも大切な思い出である事は理解出来た。

 

 それはそれとしてまだまだイケると笑顔でおかわりをする楓に球子がツッコむがもう気にするだけ無駄かと首を振り、先程の雪花の呟きにはそう返す。考えて見れば先代勇者の中学生組が彼から離れているのは珍しいかもしれないが、別に彼女達とて意中の相手とは言え四六時中共に居る訳ではないし別行動するのも不思議ではない。若干2名程どこからともなく彼の元に現れる事はあるが。

 

 「ん? この眼鏡? 凄いでしょ。ラーメン食べてもあまり曇らな~い」

 

 「凄いけどもそうじゃなくてな、お前と東郷の関係だよ。なんか東郷、お前の事を名前で呼んでないか? 普通と違うような……」

 

 「……君のような察しの良い子は好きだよ。お気付きの通り、私と東郷は特別な関係なんだ」

 

 「はうあっ!?」

 

 「お、震え始めた」

 

 「トクベツ!? というかこれ、もしかしてこの場で聞いたらアカン奴か!?」

 

 球子の気になること、と言われてもしやと本人の言う通りあまり曇っている様子が無い眼鏡をくいっと軽く持ち上げる。湯気が立ち上るラーメンを前に曇らない眼鏡とは確かに凄いがと言いつつ、彼女が気になっていたのは雪花と美森のお互いの呼び方……美森からの呼ばれ方であった。

 

 基本的に、美森は“さん”や“ちゃん”といった敬称を付ける。例外と言えばそれこそ銀(中)と園子(中)くらいだろう。ここに居る楓と友奈でさえ“(くん)”、“ちゃん”付けである。だと言うのに、雪花には“雪花”と呼び捨てにしている。これが球子が不思議に思った点であった。

 

 その疑問に対し、そう言えばーと上を向きながら思い返している友奈を横目に無駄にニヤリと意味深な笑みを浮かべた雪花は口元に人差し指を当てながら妖しげに言った。それを聞いた球子はまるで体に電流が走ったかのように震え始め、もしや自分は踏み込んではイケない領域に踏み込んでしまったのではと狼狽え始める。そんな彼女の反応を見た雪花は楽しげに笑った後に口を開く。

 

 「あはは、ごめんね、冗談冗談。実にシンプルな理由なのよ」

 

 「あっ、確かお城の話で花が咲いたんだよね。東郷さん、そういうの大好きだから」

 

 「雪花ちゃんと沢山お城の話をして楽しかったって自分達に嬉しそうに話してくれたよ。美森ちゃんには悪いけれど、自分達はそこまでお城や歴史の話が出来ないからねぇ」

 

 「お、結城っちとかーくんは流石に把握しておりますな。いかにもその通り。城トークで夜中まで話し込んでてねー、深夜テンションでアダ名的に決まったと言うか」

 

 「な、なんだそういう理由だったのか。タマげる所だったぞ」

 

 「私も今、お城の勉強中なんだ」

 

 「皆、色々な人と仲良くなっていくな。タマは導き手として嬉しいぞまったく」

 

 「季節ごとだったり何かのお祝いだったり勇者部の活動だったり、皆で色々やってるからねぇ。仲良くなるのは良いことだよ」

 

 3人が説明した通り、美森が雪花を呼び捨てにする理由は至ってシンプルな事だった。要は趣味と話が合う者同士である事が発覚し、お互いに語り合って仲が深まったという訳だ。美森としては神世紀では深く語り合える同士と呼べる存在には会えなかった為、心行くまで話せたのはさぞ嬉しかった事だろう。思わず親友達に嬉しそうに話して回るくらいには。

 

 しかしながら、そんな嬉しそうな顔をされては少しはモヤモヤとしてしまうもの。自分も、となった……かどうかは定かではないが、友奈は影響されてか城の勉強をしていると言う。楓も言葉にはしていないが、家では暇潰しも兼ねて美森から昔貰った歴史の本等を読み進めていたりする。尚、2人は結構楽しんでいるようだ。

 

 話を聞いた球子は雪花と美森だけでなく、ラーメン屋に入る前とこれまでの、そして出会った当初の仲間達の様子を思い返しながら腕を組んでうんうんと頷きながらそう言う。それを聞いた楓も、友奈も同意して頷き、楽しい思い出を頭に浮かべながら笑った。それは勿論、雪花も同じで。

 

 「今度は誰と話し込んでみよっかな。全く、ここは楽しくて仕方ないね♪」

 

 そう言って笑顔を浮かべる彼女を、楓はラーメンのスープを飲み干しながら横目で見ていた。

 

 「ふう……すみません、お代わりください」

 

 「「「まだ食べるの!?」」」

 

 

 

 

 

 

 場所は代わり、ラーメン屋から少し離れた道に須美、園子(小)の2人の姿があった。園子(小)の視線は下を向いており、その先には蟻の行列がある。須美はそんな彼女が心配なのか、近くを共に歩いていた。

 

 「蟻さーん。HEYHEY、園子だよ~」

 

 「あれ? そのっち、亜耶さんは? 新士君も居ない……一緒じゃなかったっけ?」

 

 「およ? およよ? 居ないね~。ごめん、蟻さんとの対話に夢中だったよ~。アマっちはさっき、ちょっと離れるって言ってたよ~」

 

 「新士君が? 私が聞き逃してしまってたのね……というか亜耶さんは見逃したのに新士君のは聞き逃さないのがそのっちらしいと思う。それと、別に謝ることじゃないわ。しっかりしている2人の事だから、端末に伝言とか無い?」

 

 「あー、本当だよ名探偵わっしー。端末にメッセージが入ってたよ」

 

 蟻に話し掛けている園子(小)を見ていた須美だったが、ふと気付くと共に居た筈の新士と亜耶の姿が無いことに気付く。それを聞いた園子(小)も顔を上げてキョロキョロと辺りを見回すが、近くに2人の姿は無い。それでも亜耶については須美と同様だが新士の言葉を聞き逃さないのは流石と言うべきか。

 

 彼女らしいと苦笑いしつつ、須美は2人から何かしらのメッセージが端末に来ていないかと確認を促す。見てみれば予想通りにメッセージが来ていた。内容はここに来るまでの道中に良さそうな掃除道具を見つけたとのことで、それを見に行っているらしい。新士はその付き添いで、いざというときの為の護衛も兼ねるとのこと。

 

 「お掃除好きだもんね~。うーん、折角アマっちと亜耶さんと4人で歩いていたのに、わたしがいきなり脱線したんだよね、これって」

 

 「珍しいわね、そのっちがそういう事を気にするなんて。いいのよそのっち。私はそんなそのっちが大好きなんだから」

 

 「わっしー……」

 

 

 

 そうして園子(小)が反省し、それを珍しく思うがそんなマイペースな彼女が好きだと言う須美と2人で良い雰囲気になっている頃の件の掃除道具を商店街に見に来ていた亜耶と付き添いの新士。2人の前には店頭に並んでいる様々な掃除道具があり、それを見て亜耶は目をキラキラと輝かせていた。

 

 「~♪ 色々な掃除道具があって目移りしますねー」

 

 「こうして見ると色々ありますねぇ。国土先輩、気に入った物はありましたか?」

 

 「どれも良さそうで、それに沢山あるので悩みます……」

 

 

 

 「うわ、うわー、可愛い新人さんだ。それに君が他の小学生の子達から離れているなんて珍しいね」

 

 

 

 「っ! 貴女は、まさか……」

 

 「国土先輩、自分の後ろに……こんにちは、赤嶺さん」

 

 楽しげな2人だったが、ふと背後から聞こえた声に一気に空気が一転して緊張感が増した。直ぐに振り返った2人の前に居たのは、勇者服に身を包んだ赤嶺 友奈。その姿を確認した瞬間に新士は亜耶を下がらせ、守るように前に出る。直ぐに変身出来るようにポケットから端末を取り出して後ろ手に隠しており、その姿を見た赤嶺は小さく笑った。

 

 「ふふ、こんにちは、新士くん。そっちの子も私の事を聞いてるみたいだね。そう、赤嶺 友奈だよ」

 

 「国土 亜耶です。宜しくお願いします」

 

 「亜耶ちゃん。それに新士くん。ちょっと向こうでお話しない? 話で解決出来る事もあるかも知れないから」

 

 「いきなりですねぇ。自分達以外誰も居ない時に狙ったように現れておいて何を……」

 

 「素晴らしい提案ですね。分かりました、行きましょう新士君」

 

 「……いや、国土先輩。流石にそれは……」

 

 「……うん、新士くんの言う通り、もうちょっと警戒してくれないかな」

 

 驚きつつも挨拶はする新士に挨拶を返し、亜耶に向けて名乗ると彼女も名乗り返す。その後2人を少しばかり見詰めた後、人気の無い商店街の店の間の通路を指差しながらそう提案をする赤嶺。当然と言うべきか。警戒している新士は乗るつもりはない。もしかしたらそのまま戦いに発展するかも知れないし、そうなれば亜耶を守りながら1人で戦う羽目になる。それだけは避けたかった。

 

 が、そんな彼の心情を知ってか知らずか、亜耶はあっさりと話に乗った。なんなら新士が後ろに下げていなかったらそのまま率先して指差された方へと歩き出しかねないくらいの迷いの無さだった。思わず新士と赤嶺の時間が一瞬止まり、張り詰めていた空気が和らぐ程。同時に苦笑いを浮かべた2人に、亜耶はきょとんとしていた。

 

 「メッセージによるとこのお店に……ああっ、赤嶺さんが居るよ!?」

 

 「2人を……いえ、もしかして亜耶さんを狙ってきたと言うの!?」

 

 「そうそう、今のが平常な反応。国土 亜耶ちゃん、最低限3人くらいの警戒心が無いと危ないよ」

 

 「でも、会ってみて分かるのですが、赤嶺先輩は全然悪い人では無いと思うのですが」

 

 (……まあ国土先輩の言うことも分からなくも無いけれど、仮にも敵対してる人の事をここまで信じて行動出来るのは凄いねぇ)

 

 「それは亜耶ちゃんが悪い人を見たことが無いからだよ……って何を言ってるんだろ。調子狂っちゃうな」

 

 直後、亜耶からのメッセージを受け取って商店街に居る新士と亜耶を探しに来ていた須美と園子(小)の2人が後方から歩いてきていた。2人は3人を視界に収めると慌てて3人の元へと走り寄り、亜耶を守るように新士の両隣に立つ。こうして自身を前に警戒している3人こそ正しい反応だと頷いた赤嶺はこれくらいは……と彼女に注意を促す。

 

 しかし、帰ってきたのは真っ直ぐで綺麗な眼差しと言葉であった。彼女が造反神側の勇者として召喚され、仲間達と敵対していることは勿論聞いている。だが、直接会ってみて亜耶は彼女を“悪人”だとは思えなかった。彼女が何を感じたのか、その純真な心が何を映したのかは彼女自身にしか分からない。が、新士は内心同意していた。最も、それは赤嶺が悪人ではないという部分の話で、警戒心を抱かないという事ではないのだが。

 

 脅かそうとしたのか、それとも皮肉を言おうとしたのか。だが結局言いたい言葉が上手く口に出来なかったのか、はたまた一向に警戒する様子の無い亜耶に呆れたのか、それとも別の何かを感じていたのか。結局赤嶺は何をすることも無く、これまでのようにその場から一瞬にして姿を消したのだった。

 

 「消えた!? 何だったのいったい……」

 

 「あの、お話は……」

 

 「居なくなっちゃったからお話出来ないね~」

 

 「残念です……もっとお話してみたかったのに」

 

 「まあ、居なくなったものは仕方ないですねぇ。今のことは後で姉さん達に伝えるとして、気を取り直してまた皆で歩き回ってみようか」

 

 急に現れ、そしてまた急に消えた赤嶺の事は気になるが、居なくなったものは仕方ない。新士は残念そうな亜耶と合流した2人にそう言うと3人は頷いて同意し、亜耶の目的である掃除道具を見繕った後、商店街で売っている鯛焼きや立ち食いうどんなんかにも舌鼓を打ち、帰る時間になるまで楽しい時間を満喫したのだった。




精霊紹介コーナー(後数回で終わり)

槍毛長(やりけちょう)

見た目は赤い色の鳥だが右手の翼に槌を、背中から槍の柄らしき体長と同じ長さの棒が突き出ている。

精霊としての能力は名前の通り槍に関するモノで、光で槍を形作った際の耐久性か攻撃力が上がる。また、“毛”という繋がりかワイヤーを作った際にもその耐久性、鋭さが上がる。その為、楓のワイヤーは樹よりも頑丈で鋭い。が、技術やワイヤーそのものの応用力は樹が上回っている。本作オリジナル精霊で名前だけの登場。

精霊自身の性格は温厚。そして飛べない。他の精霊と違って何故か浮くことすら出来ないので現れるといつも足下でポツンと1匹勇者達を見上げる羽目になる。ただそうしていると楓が抱き抱えてくれるのでそうされるとご満悦になる。しかしその後直ぐに夜刀神に噛まれる。



という訳で、原作21話の半分ほどまでのお話でした。防人達の登場はもう少しお待ち下さい。

今回はほのぼの、ほんのり爺孫成分配合です。もっと爺孫染みた絡みをさせたいところですが、自然に行うのは中々に難しいですね。私の一番の懸念は、オリ主が自然と入り込めているかという点ですので……もうすぐ140話に到達しそうなのに今更ですが←

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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番外編 咲き誇る花達は甘い一時を

本っ当に大変長らくお待たせしました、ようやく更新でございます(´ω`)

最後の投稿の後にコロナの陽性と診断され、先日まで体調不良に悩まされていました。良くなってきた後も酷い頭痛や喉の痛み、声もマトモに出せない状態が続き、ようやく執筆出来るくらいに回復しました。エタる事はしませんので、今後とも本作を宜しくお願いいたします。

さて、今回はサブタイ通り番外編です。それでは、どうぞ。


 それは、神樹の中という不思議空間に様々な時代の勇者、巫女達が来て共に過ごしていてる日常の中での出来事。尚、防人組がまだやってきていない頃の話だ。

 

 

 

 部屋に入る陽射しを顔に受け、眩しいと思いつつ銀(中)は目覚めた。寝起きでしょぼしょぼとする目を擦りつつ上半身を起こし、欠伸と共に手を伸ばしてぐーっと屈伸。まだ頭が完全に覚醒していないのか数秒程ボーッとしているとふと部屋を見回し、ポツリと一言。

 

 「あれ……あたしの部屋ってこんな感じだっけ……」

 

 微妙に、というか自身が記憶する部屋の内装とは家具や壁の色等も含めて違う。ではここはどこだ……と思っていると、自分以外の誰かのすやすやという寝息が聞こえた。そちらを見てみれば、そこには見慣れた金髪の親友……園子(中)の姿。そんな彼女と部屋に漂う甘い香りにすんすんと鼻を鳴らし、ようやく意識が完全に覚醒したのか銀(中)はまたポツリと一言。

 

 「……そうだあたし、昨日は園子の部屋に泊まったんだった」

 

 そう、ここは園子(中)が一人暮らししている部屋であり、銀(中)は彼女の部屋に昨日から泊まっていた。その理由は、彼女の視線の先にある壁に掛けられた何の変哲もない2月のページが開いているカレンダー……その、赤ペンで丸い印が書かれた日にある。印が書かれているのは、2月の14日。そして、それは今日この日。

 

 男女が期待に胸を膨らませるイベント……バレンタインデーである。

 

 

 

 「おーし、出来てる出来てる」

 

 「後はラッピングして完成だよ~♪」

 

 すっかり目が覚めた銀(中)と園子(中)の2人。冷蔵庫に冷やしていたチョコレートの確認をし、その出来映えを見て満足そうに頷いた2人は慎重に取り出し、用意していた箱に入れて丁寧にラッピングを施していく。チョコレートだけでなく、クッキーも沢山あり、それらも分けて袋に入れてリボンを結んでいく。テーブルの上にはシンプルなハート型のチョコが入った物が2つとクッキーが入った袋が大量に置かれている。

 

 「カエっちもわっしー達も喜んでくれるといいな~。ね~ミノさん」

 

 「だなー。しっかし、我ながらハートは直球過ぎるというか……今更ながら恥ずかしくなってきた……」

 

 「なんで? 可愛いんよ~♪ それに美味しそうだし、カエっちも喜んでくれるよ~」

 

 「まあ楓はちゃんと受け取ってくれると思うけどさ」

 

 言わずもがな、2つあるハート型のチョコは2人の所謂本命チョコ。勿論渡す相手は楓である。小学生の頃にも渡した事があるがその時は園子(中)はともかく銀(中)は友チョコ、本命を渡すのはこれが初めてとあって恥ずかしそうにしている。それにチョコを渡したのは2人ともその時が最後であり、中学生になってからは初めて渡すのだ、気合いの入り方も違ってくるというもの。

 

 故に直球勝負というか想いを込めて作った結果がハート型ミルクチョコである。箱もハート型で箱もリボンも色は2人それぞれのイメージカラー。園子(中)に至ってはチョコにチョコペンで“大好き”の一言まで添えている程。戦いならともかく、恋愛方面は割と乙女な銀(中)は流石にそこまでやる度胸は無かったが。

 

 2人はしっかりとチョコをカバンの中へと入れ、制服に着替えて学校へと行く準備。渡すタイミングは通学路か放課後かはたまた部室か教室か。むむむと悩む銀(中)の隣では園子(中)が既に渡してからその後までのあれやこれやを妄想している。そうこうしている内に普段部屋から出る時間帯となり、2人はまだ冷える2月の青空の下へと歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ばれんたいんでー……女の子が好きな人にちょこれいとを送る日、かぁ」

 

 場所は代わり寄宿舎。そこで食堂の冷蔵庫にあるチョコを見ながらそう呟くのは神奈だ。元々神である彼女にとってバレンタインデーというのは馴染みがない。その無知っぷりはひなたが“もうすぐバレンタインデーですね”と呟いた事に対して“ばれんたいんでーってなに?”と素で返し、周囲に居た者達を驚愕の渦に巻き込んだ程。その時は巫女としての暮らしが長くてイベント事に疎かったのではと楓からフォローが入って事なきを得た。

 

 しかし、知ってしまったのなら行動しない訳にはいかないと仲間達と共にチョコレートを作ってみた神奈。湯煎と聞いてお湯に直接チョコを入れ掛けたり、チョコを溶かすと聞いてフライパンの上にチョコを置いて火に掛けたりとお約束をやりそうになる度にひなたと小学生組に止められ、紆余曲折ありつつも何とか形にしてみた結果、ポピュラーなハート型チョコが完成した。勿論、皆にも渡す用に大量の一口サイズチョコも作ってある。

 

 (……今更だけどこの形、凄く恥ずかしいんじゃないかな……?)

 

 想像する。ハート型チョコを手渡す相手は当然楓を想定している。しかし神とは言え今ここにいるのは普通の女の子とそう変わらない感性をしている神奈である。ハート型という好意を直球に伝える形をしたチョコを相手に渡すのは正直に言ってかなり恥ずかしい。が、作った以上渡さない選択肢は無い。折角作ったのだから是非とも貰って欲しいと思うのだ。

 

 「あのー、神奈さん。そんなに握ってたらチョコ溶けちゃいますよ?」

 

 「わぁっ!? ぎ、銀ちゃん……そ、そうだね」

 

 「うふふ、神奈さんは誰に渡すのを想像したんでしょうね」

 

 「ひなたちゃんも……その……か、楓くんに……」

 

 ((分かりやすいなぁ))

 

 チョコの入った箱を両手で握りしめたまま棒立ちする彼女に話し掛けたのは銀(小)とひなた。彼女達もまた自分達が作ったチョコやクッキーの確認の為に冷蔵庫の前にやってきたのだろう。話し掛けられて驚いた神奈は慌てつつも1度冷蔵庫の中へとチョコを戻し、ニコニコと笑いながら言うひなたの言葉には顔を赤くしながら正直にぼそぼそと呟く。その可愛らしい反応を見て、2人は内心で知ってたとほっこりしていた。

 

 その後、続々と寄宿舎に暮らす仲間達が起きてきては自分が作ったチョコやクッキーの確認をしに冷蔵庫へとやってきていた。勿論男である新士もだ。彼も日頃の感謝を込めてチョコを一緒に作っていた。無論、友チョコである。そして寄宿舎に共に住む者達は、部室で会う仲間達よりも一足先にチョコを手渡していた。

 

 「アマっち~。はいチョコレート。勿論大本命なんよ~♪」

 

 「私からもはい、どうぞ。その……所謂お友達チョコという奴なのだけれど……」

 

 「あたしからもな新士。あまりの美味しさに驚くなよー?」

 

 「ふふ、3人ともありがとねぇ。自分からもはい、チョコレートのプレゼントだよ」

 

 小学生組は女子3人は真っ先に新士へとチョコを渡し、彼も3人へと渡した後、女子3人も互いにチョコを渡し合う。園子(小)から本命と言われても普段の朗らかな笑みを崩さない新士。お友達チョコと言う割には気合を入れて慣れない洋菓子に挑戦し、渡す際にも顔を赤くしている須美を横目でにまにまと笑いながら見ていた銀(小)。渡した後は彼にあーんとチョコをおねだりする園子(小)と食べさせる新士、彼の真似をして差し出す銀(小)と恥ずかしそうに拒否しつつチラチラと見る須美の姿があった。

 

 「若葉ちゃん。はい、チョコレートですよ」

 

 「いつもありがとう、ひなた」

 

 「はいぐんちゃん! 私からのチョコレートだよ。ぐんちゃんには1番に渡したかったんだー」

 

 「た、高嶋さん……あ、ありがとう。とても嬉しいわ。わ、私からも……私も、高嶋さんに最初に渡したかったの」

 

 「さああんず、タマにチョコを、プリーズ。代わりにタマ特製チョコをやろう」

 

 「ふふふ、はいタマっち先輩」

 

 西暦四国組も学校に行く前にチョコを渡し合っている。恒例のやり取りだと言わんばかりにひなたからチョコを受けとる若葉。勿論彼女も皆と共に作っていたチョコをお返しにと手渡している。高嶋は満面の笑みで千景に真っ先に赤いラッピングが施されたチョコを渡す。恥ずかしそうに、同時に嬉しそうに頬を染める千景も礼を言いつつ桜色のラッピングのチョコをお返しに渡した。チョコを交換した彼女達は、大事そうにそのチョコを胸に抱いていた。

 

 球子は他の者達とは違い、杏に両手を伸ばしてチョコを要求していた。彼女としても初めからそのつもりなので微笑ましげに笑いながら用意していたチョコを渡し、逆に球子からのチョコを受け取る。早速ラッピングを綺麗に取り、チョコを食べ始める球子を、杏はやはり微笑ましげに見ていた。

 

 「みーちゃん、私からバレンタインのチョコをプレゼント!」

 

 「ありがとう、うたのん。私からもはい、チョコレートだよ」

 

 「雪花ちゃん、棗さん、先に2人に渡しておくね。初めて作ったから色々と自信はないんだけど……」

 

 「いやいや、作ったところ見てたけど全然大丈夫だったじゃないの。ありがとね、神奈。はい、私からのお返しのチョコ」

 

 「ありがたく受け取ろう。うん、大丈夫だ神奈。見た目も綺麗だ……味も美味しい」

 

 諏訪の2人も相変わらずの仲の良さを見せつけながらお互いにお互いが作ったチョコを交換し合っている。こうして見ればやはり故郷や元居た場所が同じ者同士が真っ先に渡し合っているが、そうでない者の雪花と棗には神奈が最初にチョコを渡していた。渡す際に自信無さげにしていた神奈だが、彼女が頑張ってひなた達から教えて貰いつつ作っていたのを見ていた2人は心配無用だと安心させるように言う。

 

 実際、貰った袋を開けばそこにあるのは四角く綺麗に型どられたシンプルな一口サイズのチョコ。棗はそこから1つ摘まんで早速食べ、少し笑みを浮かべて美味しいと一言。その言葉に安心する神奈に、2人もまたお返しにとチョコを渡す。そこからは全員が全員にチョコやクッキーを渡し合っていた。それは普段の寄宿舎から学校へと向かう時間になるまで続き……寄宿舎から出る皆のカバンの中には、部室で会う仲間達用のチョコが入っていた。

 

 

 

 

 

 

 「おはようカエっち、フーミン先輩、イッつん。カエっち、ハッピーバレンタインなんよ~♪」

 

 「おはよう楓、風さん、樹。あたしからも、その……ハッピーバレンタイン、楓」

 

 「おはようのこちゃん、銀。2人からチョコレートを貰うのは小学生の時以来か……ありがとう、大切に食べさせて貰うねぇ」

 

 「はいおはよう2人共。アタシ達のも含めて早速チョコ4つとは、我が弟ながらモテるわねぇ」

 

 「おはようございます、園子さん、銀さん。お兄ちゃんは毎年沢山貰ってるもんね」

 

 「イッつん、その話詳しく」

 

 「そ、園子さん……目が怖いです」

 

 あれから少し経った朝、通学路の途中で合流した犬吠埼3姉弟と園子(中)と銀(中)。出逢うや否やいつものように即楓の右腕に抱き付きに行く園子(中)がカバンからごそごそと作ってきたチョコレートを取り出し、彼に渡すと銀(中)も恥ずかしそうに顔を赤らめつつ同じように取り出して渡す。受け取った楓は過去に2人から貰った事を思い返しながら、朗らかな笑みを浮かべて大切にカバンの中へと入れた。後でゆっくり食べるのだろう。

 

 2人からチョコを貰う()にどこか誇らしげに笑う姉妹。事実として、楓はバレンタインの日には同級生や勇者部の部活で知り合った先輩、一般市民、年齢を問わずチョコレートやクッキー等を貰い、自然と数が多くなる。勿論義理や友チョコ、お礼もあるが、中には本命と思わしきモノもある辺り侮れない。

 

 が、想い人が毎年バレンタインにアニメや漫画の如く沢山貰ってると聞けば心穏やかに居られないのが恋する乙女。しかも自分達がまだ復帰していない頃からともなれば余計に。脳裏に浮かぶのは小学生の頃、クラスの女子からチョコを受け取っていた彼の姿。それが中学生になっても続いているとは流石自身が好きになった相手と誇るべきか、それとも恋敵が多いと焦るべきか。

 

 そも、楓は雰囲気こそ爺臭いと取られる事が多いがはっきり言ってモテる。器量は姉妹と共通して良し。老衰による転生者という事もあり、勉強の大切さを知る為に勉強を真面目にしているし、頭の回転も悪くない。察しの良さは知っての通り。勇者としての訓練を受けていた上トレーニングも欠かさないので運動も部活の助っ人に呼ばれるくらいに出来る。性格もおおらかで優しく、時に厳しい。

 

 つまり、彼は小中における人気者、或いはモテる男子の条件をおおよそ満たしているのだ。ただ同年代に比べてあまりに老熟した雰囲気や口調等であだ名が“お爺ちゃん”となる為、貰うチョコの量に対して本命は少ない。まあ言い換えればそんな彼に本命を渡すのはかなり真剣な想いを抱いていると言える訳だが。

 

 それはさておき、雑談しながら学校へと向かう5人。学校までそれなりに距離のある道のりを楽しみ、気が付けばもう目的地。姉妹とはまた放課後に部活でと下駄箱で別れ、クラスが違うので楓は2人とは教室まで共に行く。因みに、靴箱の中にチョコレートが入ってるというシチュエーションは良く見掛けるが彼のところには無かった。というのも、ラッピングしてるとは言え靴箱に入れるのは衛生的にどうなのかという彼の注意があったからなのだが。

 

 「おはよう」

 

 「おはようお爺ちゃん」

 

 「おはよう犬吠埼君」

 

 「おー、じーちゃんおはよう!」

 

 2人と別れ、挨拶しながら楓が教室へと入ると既に投稿していたクラスメイト達から挨拶が返ってくる。共に過ごす時間が長いのは勇者部のメンバーであることは周知の事実ではあるが、別にクラスメイト達との仲が悪い訳ではない。むしろ関係はクラスメイト、それどころか先輩後輩を含めても良好である。そもそも神世紀は神樹という実在する神の存在が根付いている為か、四国の人間は基本的に皆善人である。無論例外も居るが。

 

 「あ、お爺ちゃん。はいバレンタインチョコ」

 

 「私もー。いつもありがとね」

 

 「おや、今年も貰えるなんて嬉しいねぇ。ありがとね」

 

 クラスメイトの女の子2人が笑顔でラッピングされた小さなチョコを楓に渡し、彼はそれに礼を言いつつ受けとる。今年も、と言った事から分かるようにこの2人から貰うのは今回が初めてではない。そして、それは2人だけに止まらないのだが。因みに、ホワイトデーにはしっかりとお返ししている。貰う数が数なので大量にクッキーやチョコを作ることになるのだが。因みに、小さいだけに数があるのか他の男子にも配られていた。

 

 「楓くん! おっはよー!」

 

 「おはよう、楓君」

 

 「楓さん、おはようございます」

 

 「おはよう、友奈、美森ちゃん、夏凛ちゃん」

 

 受け取ったチョコをカバンに入れていると、友奈、美森、夏凛の3人が登校してきて元気に、笑みを浮かべながら挨拶をし、楓も朗らかな笑みと共に返す。その後3人は直ぐに自分達の席に向かい……と言っても友奈は楓の前、美森は隣……カバンから何かの箱を取り出して彼に差し出す。何を差し出したかは言うまでもなく、ラッピングされたチョコレートである。

 

 「はい、楓くん。ハッピーバレンタイン!」

 

 「私からも、どうぞ楓君。友奈ちゃんと2人で作ったのよ?」

 

 「わ、私からも……どうぞ、楓さん。2人と違ってその、買ったものだけど……」

 

 「ありがとう、3人共。嬉しいよ」

 

 満面の笑顔で、穏やかな微笑みで、恥ずかしそうに目線を逸らしながら。三者三様に手渡されたチョコを受け取った楓は朗らかな笑みと共に礼を言い、大事そうにカバンの中へとしまう。この時点で彼は家族からの物を含めて9つのチョコを受け取っているのだが、ここから更に登校してきたクラスメイトからも受け取る事になる。

 

 加えて、休み時間や昼休みになれば先輩や後輩からも笑顔と共に勇者部のお礼や顔見知りだから、と様々な理由から手渡される。去年、つまり楓がまだ1年だった頃よりも増えている事に彼は有難い気持ち半分、沢山貰ったけれどどうしようという気持ちが半分だった。尚多くの思春期男子は彼ほど貰えない事に色々と嘆きの声が上がってこそいたが、別に楓を妬むような声は無かったらしい。女子にも、そして男子にも楓は人気だった。

 

 「うん、美味しい。友奈、頑張ったんだねぇ。とても美味しいよ」

 

 「良かったー。東郷さんに教えてもらって良かったよー」

 

 「ふふ、友奈ちゃん頑張ってたもんね」

 

 「確かに美味しい……やるわね、友奈……」

 

 そして時間は少し経ち放課後。少し行儀は悪いが、部室へと向かう途中で楓は友奈から貰ったチョコをポリポリと食べていた。昼食の時にも他の子達から貰ったチョコをデザート代わりに食べていたのだが、それでも尚急遽先生から貰った紙袋2つとカバンいっぱいにチョコがある。こうして食べていかないと何日で食べきれるかわからない。大食漢な上同じ味を食べ続けても飽きない彼がやろうと思えば1日で食べきれる気がしないでもないが。

 

 その隣では夏凛も友奈から貰ったチョコを食べていた。勇者部は皆仲が良い。なので楓相手だけでなく部員全員分を誰もが用意していた。流石にこの世界では部員の総勢が20名にも及ぶ為、本気本命の1つと大量に作れる物と分けたが。本気本命の1つが誰に対する物なのかは部員それぞれだが。尚、友奈の場合は楓と美森に、美森の場合は4つ程、夏凛は1つだけ気合の入れ方が違う。因みに、女子3人のカバンの中には楓から受け取ったクッキーの袋が大切にしまわれている。

 

 「こんちわー! 結城、楓君、東郷さん、夏凛ちゃん入りまーす!」

 

 「こんにちは、4人とも。昨日ぶりだな」

 

 「こんにちは、楓さん、友奈さん、東郷さん、夏凛さん」

 

 「こんにちはー! 皆集まってきたね、ぐんちゃん」

 

 「そうね、高嶋さん。楓君達も、こんにちは」

 

 「楓なんだその大量のチョコは!? お前モテモテだったのか!?」

 

 「もう、タマっち先輩。先に挨拶しなきゃ……こんにちは、皆さん。でも確かに凄い量……」

 

 部室に入りながら先に部室に来ていた西暦四国組と挨拶を交わす4人。球子が楓の持つ袋を指差しながら驚きの声を上げると、他の5人も自然と視線がそちらに向き、その量に驚きの表情を浮かべた。それも仕方ないと言えば仕方ないかも知れない。何しろまるでアニメか漫画かと疑うような量だ、元の時代では異性と過ごす事も殆ど無かった事もあり、楓のような状態は想像もしなかっただろう。

 

 驚きが落ち着いた後、6人と4人はお互いにチョコ、クッキーを手渡していた。その際、楓が“風雲児様達から貰えるなんて光栄だねぇ”とからかうように笑い、若葉が“からかうな楓”と苦笑いするというやり取りがあり、皆が笑っていた。因みに受け取ったチョコ、クッキーは袋に入りきらないこともあって楓の胃袋へと次々入っていっている。6人分ともなればそれなりに量があるが、姉に匹敵、或いは凌駕しうる大食いの彼には少し早いおやつにしかならなかった。

 

 そうして皆でおやつタイムを堪能していると、他の勇者達も部室に集まってくる。園子(中)と銀(中)、風と樹、歌野に水都、雪花に棗、神奈、小学生組。集まる度に元気な挨拶が交わされ、楓の貰ったチョコの量に驚き、部員同士で交換し、今日はバレンタインデーという事で部活はお休みとの事で単純に交換したチョコ、クッキーをおやつにのんびり過ごす時間になっていた。

 

 「ど、どうかな? 楓くん……」

 

 「うん、美味しいよ神奈ちゃん。これだけ作れれば充分だねぇ」

 

 「はい、若葉ちゃん。あーん」

 

 「あーん……ひなたのチョコは美味しいな」

 

 『おぉぉぉぉん……ぅおぉぉぉぉん……』

 

 「私が作ったチョコです。お姉ちゃんにも手伝って貰ったんですけど、そのお陰で上手く出来たんですよ!」

 

 (なんか喋ってない? そのチョコ。泣いてるような、呻いてるような感じで。しかも紫色のオーラみたいなのも見えるし……私のメガネがおかしいのかな?)

 

 (ちょっと風。あんた本当に手伝ったんでしょうね!?)

 

 (いやー、しっかり見てた筈なんだけどねぇ……何がどうなってああなるのかアタシにもわかんないのよ)

 

 「……ありがとう、樹。いただきます……」

 

 (行ったああああ! ちょっと躊躇ってたけど、棗がしっかりと手に取って食べたああああっ!)

 

 神奈が顔を真っ赤にしつつ差し出したチョコを、楓は優しい笑みを浮かべながら受け取って食べる。その感想を聞いた彼女は花が咲くような笑顔を浮かべ、その隣ではひなたが今朝渡したチョコを若葉に食べさせており、少し離れた所で樹が棗にチョコ……らしき紫色の物体が入った箱を渡していた

 

 箱の蓋を開けるまでは何とも無かったが、開けた瞬間何やら紫色のオーラのようなモノがその物体から漏れ出した。しかも空耳か幻聴か何やら妙な声も聞こえてくる始末。冷や汗を掻きながら何度も目とメガネのレンズを拭く雪花だが、そうした所で目の前の現実は変わらない。夏凛が風に小声で本当に手伝ったのだろうなと聞くが、手伝いながら作業もしっかり見ていてこれなのだから世界は不思議に満ちている。

 

 そして差し出された本人の棗は普段のクールな無表情に冷や汗を浮かべ、一瞬たじろいだが樹の邪気の無い笑みと手作りである事を知り、ゴクリと喉を鳴らしつつ……決して前向きな意味で鳴らした訳ではない……その物体を手に取り、礼を言いつつ口の中へと放り込んだ。その光景を見ていた球子は内心で絶叫し、棗を心配そうに見る。

 

 1回、2回とゆっくりチョコ(仮)を咀嚼する棗。口を閉じている事もあるだろうが、不思議な程に噛む音はしなかった。いつの間にか誰もが自然と彼女の一挙手一投足に注目しており、チョコを送った本人だけが自信ありげにニコニコとしていた。やがてゴクリと飲み込んだ棗は、パチクリと目を瞬かせ……。

 

 「……美味しい。本当に美味しいぞ樹」

 

 「良かったです♪」

 

 「マジで? 本当に大丈夫か? 棗。体に違和感とか……」

 

 「無いぞ球子。美味しいチョコだ」

 

 「あの見た目で……?」

 

 「失礼ですよ球子さん、夏凛さん。確かに見た目はちょっと失敗しちゃいましたけど、ちゃんと味見もしたんですよ」

 

 【(見た目は()()()()失敗……?)】

 

 喜ぶ樹を横目で見つつ心配する球子に、棗はそう返した後に美味しい美味しいと言いながら1つ、また1つと手を伸ばして樹のチョコらしきナニカを口へと放り込んでいく。とは言え見た目が見た目なので半信半疑にジト目で見てしまう彼女にムッとする樹。しかし彼女以外のその場に居る全員が同じ事を考えた。その見た目は“ちょっと”どころではないだろう、と。

 

 尚、しっかり全員分作っていた樹から各自受け取り、恐る恐る食べてみるとこれが本当に美味しいと全員が驚きの声を上げる事になる。見た目はアレだが匂いと味はマトモという何とも不思議な樹の手料理であった。

 

 因みに、この後の勇者部は部活動として普段お世話になっている、よく依頼を受ける幼稚園や老人ホーム、商店街等に赴き、バレンタインのチョコレートを配って行った。当然と言うべきか、渡した相手側からも感謝を込めてチョコなり他のお菓子なり感謝の言葉が綴られた手紙等を貰ったのだが。そうしてその日は珍しく、造反神からの襲撃も無く、平和に過ごすことが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 その平和な1日が後数時間で終わるという頃。夕食も入浴も終えて後は寝るだけとなった楓は姉妹におやすみと挨拶を告げ、自室へと入る。歯磨きしたというのにデザートがてらに食べた貰ったチョコレートの味がまだ残っている気がしつつ欠伸を1つし、ふと部屋にある勉強机に目を向ければ見覚えの無い2つの四角い物体。気になって近付いてみれば、それは綺麗に片や白、片や黄色い包装紙でラッピングされ、上から赤いリボンが巻かれた物。

 

 そして、2つの四角い物の間に手紙らしき紙が1枚。手にしてしばし書かれた文字を目で追っていると、読み終えた楓は右手を口元に持ってきてくすくすと小さく笑った。

 

 (ふふ……また来たのか。確かに表立って渡すのは無理だろうねぇ)

 

 この場合、手紙の送り主と言うべきか。それとも差出人と言うべきか。手紙を書き、2つの四角い物を彼の部屋に置いたのは赤嶺であった。中にはまた勝手に部屋に入った事の謝罪と四角い物の中身がチョコレートであり、渡す相手が棗であること。そしてこの事を黙っている事と自身の代わりに彼女へ渡すことへの条件として、もしくはお礼として楓への分のチョコレートも置いた旨が書かれていた。

 

 「どうせなら、朝の内に置いていてくれれば学校に持っていけたんだけどねぇ」

 

 そう言って苦笑いしつつ、楓は手紙を引き出しに入れて箱を両手に持ち、再びリビングへと戻る。目的は勿論、まだ数多くのチョコレートが入っている冷蔵庫の中へと更に2つ追加する為だ。就寝に向かったのにチョコを持って戻ってきた弟に風は驚き、まだあったのかと驚き半分呆れ半分に呟いた彼女に、楓は何も言わず苦笑いだけを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、チョコは無事に棗の手に渡り、持ち主については楓が“恥ずかしがり屋の棗さんのファン”と誤魔化した。因みに楓が貰ったチョコレートは貰ってから3日で全て彼の腹に納められたそうな。




精霊紹介はありません(!?)

という訳で、2ヶ月遅刻のバレンタイン番外編でした。特に大きな動きや展開は無い、チョコを作ってキャラ達がお互いに渡し合うだけのお話でした。

途中まで書いた後にコロナになりましたので、後半は殆どリハビリがてら書いてました。こんな感じだったっけ……と私自身何度か首を傾げましたが、いかがでしたでしょうか?

さて、次回で140話目、キリの良い150話が見えてきました。ゆゆゆい本編は後何話で終わることになるのか……どうかその時まで本作にお付き合い下さい。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 47 ー

約2ヶ月間が空いてしまい、申し訳ありません。大っっっっ変長らくお待たせしました。ようやく更新です(´ω`)

スランプなのか全く執筆が進まず今日まで来てしまいましたがエタらせてたまるものか……今後も本作を宜しくお願いいたします。

久しぶりの本編ゆゆゆいの続きです。アプリゆゆゆいはここしばらく新規URが当たりません。悲しい。柚リリ登場は嬉しいですが、本作に登場予定はありません←


 「え、亜耶が赤嶺に拐われそうになったの!? 巫女を狙うなんて、友奈の名が泣くわね全く」

 

 「亜耶ちゃん可愛いからねぇ。それにしても油断も隙もない……新士君が一緒に居てくれて良かったよ」

 

 「赤嶺先輩、全然怖いイメージが無かったんです。だからお話合いで解決出来るならって」

 

 「確かに赤嶺は敵だけど、どこか憎めないところもあるわね」

 

 「だとしても自分が止める間もなく即答したのは本当にびっくりしましたねぇ……」

 

 徳島から部室へと戻ってきた勇者達は、亜耶と新士から商店街で遭遇した赤嶺との間にあった出来事の報告を受けていた。話を聞いて真っ先に驚きと心配、呆れが混ざった声が出たのは夏凛。部室に居る2人の“友奈”と同じ顔でありながらこうも違うかと不満を溢している。

 

 そんな彼女の言葉には苦笑いしつつ、雪花は亜耶の顔を見ながら呟く。その言葉にぶんぶんと同意するように何度も首を縦に振る杏を見なかった事にした彼女は次いで新士へと視線を向け、もし彼が居なかったら夏凛が言うように拐われていたかもしれないと思った。案外、彼が居なかったとしても同じように呆れてそのまま何もせずに帰ったかもしれないが。

 

 「すみません。お力になれればと思ったのですが、ご心配をおかけしてしまいました」

 

 「亜耶は既に十分過ぎる程に力になってくれている。亜耶からは風に近しいものを感じる。そう、母なる海のようなおおらかさを」

 

 「ええっ? 私、相当ちみっちゃいですけど……」

 

 「身長の問題ではないんだ。私は亜耶は亜耶のままでいて欲しい」

 

 「姉さんみたいなのは1人居れば充分ですしねぇ」

 

 「か~え~で~? それはどういう意味かしら~?」

 

 仲間達からの心配の声を聞き、申し訳なさそうに謝る亜耶。彼女としては争う事無く対話で平和的に事が済めばそれに越したことはないという思いから来る行動だったが、尊敬する勇者達に、そうでなくとも仲良くなった仲間達に心配を掛けさせるのは本意ではないのだ。

 

 シュンとする彼女に、棗は励ますようにそう告げる。事実彼女の助力で香川、愛媛の守りは万全と言っても過言ではないのだ。決して力になれていないという訳ではない。また、その優しい心や愛らしい容姿も仲間達の癒しとなっている。棗の口から“海のよう”と最大級の賛辞が出る程に。

 

 亜耶はそれを単純な体の大きさの話と捉えたようで困惑気味に首を傾げているが、棗からそう言われればまだ完全に理解した訳ではないのだろうが首を縦に振った。尚近くではからかわれてと口元をヒクつかせながら頬を引っ張ろうとする風とそれをくつくつと笑いながら避ける楓の攻防が起きている。

 

 「風と楓は本当に仲が良いな。それはともかく、亜耶を拐おうとするなど……赤嶺 友奈、今回は特に怒ったぞ私は」

 

 「今度会ったらビシッと言ってやって下さいね、お姉様」

 

 「母なる海のようなおおらかさ、か。なんとなく、今回は古波蔵さんの言っている事が分かるわ」

 

 「亜耶ちゃん、なんていうか、抱き締めてくれそうな雰囲気がするんだよね~」

 

 「高嶋さんも……割とそんな感じだと思うけど」

 

 「あら、抱きしめてくれそうな雰囲気と言うなら楓君だって負けてないわ」

 

 「張り、合わなくて、いいんだよ、美森ちゃん」

 

 姉弟のやり取りを見て小さく微笑んでいた棗だが、話を戻しつつ普段余り怒らない彼女も流石に非戦闘員である亜耶を狙ったのは許しがたい事だったようで静かな、しかし確かに怒りの熱を感じられる。その熱を更に高めるように、雪花がそう言った。

 

 棗の先の言葉を思い返し、千景は普段は良くわからない海云々の言葉の中でも今回は理解出来ると頷く。同意するように高嶋も続け、亜耶を見ながら手を合わせながら包容力があると言いたいのか笑顔でそう言う彼女に千景は高嶋も同じ様な人間だと言い、いつの間にか隣に居た美森が会話に参加し、聞こえていた楓は風と両手を掴み合って力比べをしつつ苦笑いしていた。

 

 「ともかく、今後は、単っ、独っ、行動は止めた方が、いいかもしれないわね。特にっ、巫女、はっ! さあ楓、往生しなさい!」

 

 「あはは、やっぱり変身していない時に姉さん相手に力比べは無理が……苦しい苦しい」

 

 「あ、あはは……はい。土地の半分が取られて、敵側の動きに何か変化があったのかもしれません」

 

 「みーちゃんには私がつくわ。鉄壁のディフェンスで守り抜く!」

 

 「うたのん」

 

 「明日から農作業も一緒にやろ! 離れる訳にはいかないから」

 

 「あわわ……」

 

 話ながらも力比べをしていた2人の勝負は姉としてのプライドか素の腕力か風に軍配が上がり、いつものようにヘッドロックを極められる楓。無論、じゃれ合いの範疇でありがっちりと首が決まっている訳ではないのでそこまで苦しくはないし、2人の表情も楽しげであるが。

 

 2人のいつものやり取りを苦笑いしてみていたひなたは直ぐに表情をキリッと引き締め、赤嶺の行動に対する考察を口にする。ならばと声高らかに歌野は水都を守るのだと告げ、彼女も嬉しそうに頬を緩める。その後の言葉には少々戸惑い気味だったが、普段から農作業の時にも共に居るので特に問題は無いだろう。尚、巫女達の守りについては体力的な問題や個人個人の予定や事情等の事もある為、交代制で行われる事となった。

 

 

 

 

 

 

 翌日の勇者部部室。そこに居るのはいつも通りの面子だが、その中でグループが出来ているのが幾つか。楓、友奈、美森、園子(中)、銀(中)、神奈の6人のようにグループが出来ているのには理由がある。それは先日の巫女を守るという話に関する事であった。

 

 「赤嶺ゆーゆがアーヤを拐おうとした事例が発生。それはアマっち達とアーヤ本人のお陰で食い止められたけれど、これが巫女狙いだったのならまた同じ事が起きるかも……ということで」

 

 「巫女の資質がある美森ちゃんと神奈ちゃんには、自分とのこちゃん、銀、友奈の4人が交代で守りに着くことになったよ」

 

 「何だか私、場違いな気がするよ……」

 

 「そんなこと無いって神奈。須美と一緒に纏めて守ってやるからな!」

 

 「私は勇者になれるから、大丈夫よ。亜耶ちゃん達を守ってあげて」

 

 「いえいえ姫、私達は離れませんぞ」

 

 「守らせて、わっしー」

 

 「君も神奈ちゃんも自分達が守るよ。安心してね」

 

 「……うん。皆には、いつも守ってもらってばっかりで」

 

 美森を守る為に着いたのはこの4人。美森は巫女であると同時に勇者でもあることから神奈はともかく自分には護衛は要らないと言うが、4人から守らせて、守ると言われて申し訳なさ半分、嬉しさ半分で頷き、目を閉じて過去にも同じように守られていた事を思い出す。

 

 後衛である美森を背に戦う事が多かった4人。時に敵の攻撃から、時に理不尽な現実から、時に恐怖から。体も、心も守ってくれていた。盾となることで、その手を握ったり抱き締めたりしてくれる事で。何度安心感を覚え、幸福を感じ、救われてきた事かと。

 

 神奈もまた、自身が神である事や5人の絆の強さから己が中に入っているのは場違いではと思いつつも守られる事を嬉しく思う。それに、神樹の時と人の身で守られるのとではやはり感じ方が違うのだろう。今の方がより強く守られていると感じられ、嬉しさもまた大きく、胸の奥を満たしていくように思えた。

 

 「わっしーはそういう性質なんよ。ほら、あれ見て」

 

 

 

 「安心しろ須美。三ノ輪 銀が近くに居るから」

 

 「園子も居るんだぜー」

 

 「勿論、自分もね。頼りになる先輩も居るから、大船に乗ったつもりで居てくれていいよ須美ちゃん」

 

 「頼りになる先輩……ん、んん。そうね、私達で連携しましょう、銀ちゃん、園子ちゃん、新士君」

 

 「わ、私は巫女としての力は持っていなくて」

 

 「なんて油断してる所に来るかもしれないからさ。ま、諦めてあたし達に守られることだな」

 

 

 

 「ね、リトルわっしーも既に親衛隊が出来てるよ」

 

 園子(中)が指差した先に居たのは、美森と神奈同様に須美を守る為に側に居ると言う銀(小)、園子(小)、新士、千景の5人1組。現状美森と違い、須美は巫女としての適性こそあるがカガミブネを行使出来るような力は無いらしく、なので赤嶺に狙われるような事はないハズというのが本人の言。

 

 が、銀(小)はそうして油断している所に……と言って彼女の言葉を遮り、両肩を掴んで笑いながらそう言った。他の3人も頷いて同意を示し、須美は赤くなりながら“もう……”と仕方なさそうに、だがやはり守るという言葉と行動は嬉しいのだろう、笑っていた。それを見ていた園子(中)も、ほらねと美森に言ってくすりと笑った。

 

 5人の様子と園子(中)の笑みに同じく笑みを返し、神奈共々守られる事を受け入れて改めて自分達からもお願いしますと告げる美森。そんなやり取りをしている場所とは別のところでも、同じように巫女とそれを守る者達のグループが出来上がっている。

 

 「亜耶、安心していいぞ。もしまた赤嶺が来ても私が居る。任せろ」

 

 「私も近くで守るからね。頼りないかもしれないけど、危機察知だけは自身あるから」

 

 「心強い限りです」

 

 「ひなた、という訳で私がずっと居るぞ」

 

 「うふふ、いつも変わらない気がします」

 

 「確かにな」

 

 「私もフォローするよ! 若葉ちゃん、ヒナちゃん」

 

 「ありがとうございます、友奈さん」

 

 今この場に全員居るわけではない為少なく見えるが、勿論他にも守りにつく者は居る。今日この日は亜耶には棗と杏が、ひなたには若葉と高嶋が付いていた。亜耶は頼りになると手を合わせて言葉にしている。ワンセットと言っても過言ではない若葉とひなたはいつもと変わらないと自然体でおり、高嶋もやる気を漲らせていた。こうして暫く、巫女達の周りには特定の勇者達が居るようになり、共に過ごしていくのだった……が、普段通りとそう変わらないとは言ってはいけない。

 

 

 

 

 

 

 そうして過ごしていたとある日の事。徳島の敵戦力を削るべく樹海へとやってきた勇者達。いざ戦いへ……となる時、若葉が何かに気付いたように声を上げる。

 

 「よし、今日も敵戦力を削っていくぞ……ん? この気配は……」

 

 「こんにちはー。元気そうだね皆」

 

 「出たな、この誘拐未遂犯!」

 

 「私は怒っているぞ赤嶺 友奈」

 

 「国土 亜耶ちゃんのこと? 信じてくれなくて良いけど、別に害意は無かったよ」

 

 現れたのはやはりと言うべきか赤嶺 友奈。出るや否や雪花と棗から怒り混じりの言葉を受け、首を傾げつつそう言い、四国の半分を取ったからと言ってあまり楽勝ムードになられても困るから、びっくりさせようと思ったと彼女はそう続ける。

 

 「仮に新士君が居なくても、人質にはしないで直ぐ返すつもりだったけど。あの子が余りに純粋で狂言する気もなくなった。まあその様子を見るに、私が国土 亜耶ちゃんに接触する姿を見ただけで充分びっくりはしたみたいだね」

 

 「そりゃあね。戦闘外の不意打ちはしないとか言ってた奴が何の心変わりかと思うじゃない」

 

 「実際に接触した身としては本気で戦闘を覚悟をしましたしねぇ。国土先輩に毒気が抜かれた、というのも同意しますが」

 

 「今日はそれを言いに来たのかしら?」

 

 「ううん、別件。こちらも徳島での迎撃準備が整ったからね、改めてご挨拶をと思って」

 

 「今度はどんな作戦で来ると言うの?」

 

 「シンプルだね、数にモノを言わせるだけ。造反神様、不利になったことで力が増したから。という訳で、今度は攻めても攻めても中々土地が取れないと思うよ?」

 

 亜耶の前に現れたあの時、例え新士という邪魔者が居なかったとしても何もするつもりはなかった。と言われても敵陣営である彼女の言葉をそのまま鵜呑みにする者は居ない。以前ゴングが鳴る前に動かないと言っていたこともあり、夏凛としてはあの言葉も嘘だったのではないかと疑ったものだ。

 

 その場に居た新士もまた、戦闘になる事を覚悟した。結局はそうならなかったし赤嶺もそのつもりはなかったと言っても、やはり緊張はしたのだ。その緊張も亜耶の存在でどこかへ飛んでいったのはまだ記憶に新しい様子。

 

 それらの弁明でもしに来たのかと歌野が問うが、当然それだけの為に姿を現したわけではない。これまで徳島では大きな動きはなかった赤嶺と造反神だったが、彼女の言う“迎撃準備”が整ったと言う。そして巫女達の懸念通り、不利になった造反神の力もやはり増しているらしい。そしてそれを事実として突きつけるように、樹海に数多のバーテックスが現れた。

 

 「っ、凄い数の敵が……」

 

 「普段通りと言えば普段通りだけどねぇ……その普段よりも質も量も増えたってことか」

 

 「そういうこと。ね? ハッタリじゃないでしょ? それじゃ、頑張ってねー」

 

 これまでも100や200ではきかない数を相手取ってきた勇者達であったが、それは増援も込みでの話。端末のマップを見れば当然のようにバーテックスが見えている場所は真っ赤に染まり、数なんて数えられたモノじゃない。徳島に入ってから敵の性能が上がっていることもあり、愛媛より前の戦いとは段違いに厳しい戦いとなるのは想像に容易いだろう。

 

 そして、赤嶺の迎撃準備とはこの質が上がったバーテックスをこれまで通り数にモノを言わせて勇者達にぶつけることらしい。どれだけ大量のバーテックスを造反神が用意したのか勇者達は想像も出来ず、そんな勇者達に手を振って彼女はこれまでのようにその場から吹き荒ぶ風と共に消えた。

 

 「ぬぎぎ……言いたいことだけ言って消えるとは、あんにゃろう」

 

 「なんであろうとやる事は1つだ。敵を迎撃する! どんな手を使ってこようとも私達は負けん。そしてお前に敗けを認めさせてみせるぞ、赤嶺 友奈!」

 

 あっさりと消えた赤嶺に憤慨する球子。そして若葉の気合の籠った宣言を引き金に、勇者達はいつも通り地上と空中に別れ、迫り来るバーテックスの迎撃へと向かう。相手の準備が整おうと、数が増えようと結局やることは最初から変わらない。バーテックスを倒し、土地を奪還していき、最後には造反神を鎮める為に勇者達はこの世界で日々戦うのだ。

 

 

 

 

 

 

 という事があったのももう数日前の事。今日も今日とて勇者達がやってきた樹海の上空からは弾に矢に光にと遠距離攻撃が閃き、或いは地上へと降り注ぐ。地上では拳が剣が刀がヌンチャクが槍が斧が爪が、もしくは鞭がワイヤーがバーテックスに振るわれ、或いは貫き、或いは切り裂き、或いは殴打する。中、小型であれば一撃ないし数発も当たれば光と消える。大型も攻撃を集中させれば、容易く突破出来た。

 

 「トァー! 徳島返せー!!」

 

 「いっぱい、いーっぱいお仕置き! えいえいえいえいえーい!!」

 

 「ふっ、はっ!! 結構倒したハズなんだけど……」

 

 「おおっ、高速処理に高速両断……! 妹と弟(小学生)が更に腕を上げているのは喜ばしいけど、キリがないわね」

 

 「最近は倒しても倒しても敵がわいてきて徳島の土地を中々取り返せないなぁ。あんずー! 策はないのかー!?」

 

 「焦っても仕方ないよー。堅実に、堅実に……」

 

 旋刃盤を投げ付けて暴れる球子、伸ばしたワイヤーで細切れにする樹、両手の手甲の爪で切り刻む新士。弟妹の活躍に感動する風だが、自身もバーテックスを両断しながら減った気がしない敵の数にうんざりしたように呟く。

 

 球子が続いて言ったように、勇者達は赤嶺から迎撃準備が整ったと言われて以来、土地を取り返すべく敵を倒しても倒しても数が減った気がせず、中々奥へと進むことが出来ないで居た。こんな時はと彼女がいつも通り光の絨毯で上空に居る杏に問い掛けても、数が数だけに早々策など出ない様子。何せ楓の強化による攻撃で一掃しても直ぐにまた数が出てくるのはこれまでの戦いで分かっているのだから。

 

 「ぬーっ、やっぱりないか……良いだろう。小銀! かけ声だ! 勇者はー!?」

 

 「根性ーっ!!」

 

 「あたしも、根っ性ーっ!!」

 

 「銀達は今日も元気だねぇ。ここまで声が聞こえるよ」

 

 「ふふ、本当ね……っ、あれは」

 

 「今日も燃え滾ってるね。こんにちは、お姉様。皆もご機嫌よう」

 

 球子も分かってはいたのだろう、仕方ないと首を横に振る。しかし策が無かろうとやることは変わらないしやる気も変わらない。彼女のかけ声に続いて斧と斧剣を振るう銀ズの元気な返事が樹海に響き、思わずといった様子で上空に居る楓と美森がクスリと笑い……美森の視線が地上に行った時、驚きと共にそんな呟きが聞こえた。その先には赤嶺の姿があり、手を振りながら挨拶をしていた。

 

 「遂にボスのお出ましという訳ね、赤嶺 友奈」

 

 「残念ながらそうじゃないんだな」

 

 「じゃあ引っ込んでいなさい」

 

 「まあまあ、会話イベントだと思って聞いてよ」

 

 「会話イベントか。それなら仕方ないわね」

 

 「千景さん、ゲームじゃないんですから……」

 

 赤嶺と千景の簡潔な言葉の応酬がまさかの納得で終わり、思わず新士がツッコミを入れるが無情にもそのまま赤嶺が会話を続ける。

 

 会話イベントだと言う赤嶺の言葉は、勇者達が中々徳島を奪還出来ない事をもどかしく思っているだろうという確信している声色の問い掛けから始まった。当然、勇者達側から反論の声が上がる。そうしてもどかしく思わせる事で根負けさせるのを狙っているのだろうと。

 

 しかし、彼女はそれを否定。先程のかけ声でも根性と叫んでいたように、根負けを狙うのは効果が薄いと考えていると言う。また、勇者達の土地の奪還を阻止出来ていると同時に造反神側も奪えていない為、こうして膠着状態となっている事は望ましくないらしい。

 

 「そこで私がある提案を持ってきたという訳。このテイタイジョーキョーを打破する提案をね」

 

 「提案? なんだか危険な香りがしてきたなー」

 

 「まあ、この状況での敵側からの提案なんてろくでもないことだろうしねぇ」

 

 「酷い言われようだなぁ。ちゃーんとどちらにもメリットがある提案なんだよ?」

 

 停滞状況を打破する提案。その言葉に、勇者達は各々程度の差はあれど顔をしかめる。園子(小)と新士が言うように、敵側である赤嶺の提案がどのようなものであれ危険を伴う事はほぼ間違いないだろう。とは言え、思うように土地の奪還が進まない現状に苛立ちを覚えていたのも確かなので勇者達は一先ず話を聞くことにする。

 

 赤嶺の提案とは、互いの陣営から代表者1名ずつ出して戦う“一騎討ち”だった。造反神側が勝てば、徳島の全てを再び奪い勇者達の徳島奪還は振り出しに戻る。勇者達が勝てば、残っている徳島の土地の多くを渡すのだと言う。

 

 「どうかな? この行き詰まった感じを一気に解決出来ると思うんだけど」

 

 「大切な国土を、賭け事のように使うことは……」

 

 「あはは、真面目だね。でもここは神樹様の中の世界だし、気にしなくていいんじゃないかな」

 

 「こっちが勝ったとして、そちらが素直に土地を返してくれる保証がゼロなんですけど」

 

 「まあ確かにね。じゃあどうする?」

 

 日本大好きな須美は徳島の土地が景品のようになる事を渋るが、安心させるように彼女は笑って言った。だが、雪花の疑いに対して赤嶺はこう問い掛けた。逃げる? と。当然と言うべきか、挑発するように言われた言葉に勇者達の中から怒りを露にする者も居る。

 

 球子などその筆頭で今にも自身が代表として飛び出そうとしていたが、上空から慌てて飛び降りてきた杏が止めに入る。同じように風も大剣を振り被ろうとしていたが、新士と樹が腕に腰にと飛び付いて何とか止めていた。上空に居た楓達も杏を追うようにして地上に降り立ち、美森が真剣な表情で口を開いた。

 

 「勝負は、我が国の英雄の古今東西とかでもいいの?」

 

 「そんなのこっちが普通に負ける奴だって。普通に一騎討ち。戦うってことでよろしく」

 

 「じゃあ赤嶺ちゃん。タイム良いー?」

 

 「良いよ? よく話し合ってねー」

 

 「結構ノリが軽いねぇ……それじゃあ作戦タイムと行こうか」

 

 この場においてまず間違いなく自分や須美が出れば勝利するであろう勝負方法を提案したがやはりというか即却下された美森。流石に通るとは思っていなかったのだろう特に反論することもなく引き下がるが、ちょっとは本気だったのだか少しだけしょんぼりとしていた。

 

 やることは単純な戦いであるとされ、友奈が赤嶺から許可を貰ったので作戦タイムだと円陣を組むように集まる勇者達。内容は勿論、この場に居る20人の中から誰が出るか。以前に赤嶺本人から自身は対人に特化していると伝えられている以上、誰が出ても危険極まる事は確かだ。そう告げる美森に、納得しつつも若葉は敢えて一騎討ちを挑むべきだと告げた。

 

 「若葉さん、その心は?」

 

 「赤嶺 友奈は物理的に捕えても逃げる。決着を着けるには徹底的に負かして、心を摘まなければな」

 

 「その為には挑戦を受ける必要がある、か。心理攻撃を打ち破った時のように」

 

 「戦おう! あいつは私が倒す。運命を切り開くぞ」

 

 「し、痺れるわねぇ……素直に格好いいわ。じゃあもう任せちゃうわよ?」

 

 「よく任せてくれた。ありがとう風さん。よーし、赤嶺 友奈。私が相手になろう!」

 

 理由を問う楓に若葉はハッキリとした口調で答える。事実赤嶺は数人掛かりで押さえ込んでもワイヤーで縛り上げても吹き荒ぶ風と共に姿を消している。物理的に捕まえられないのなら、精神的にも負かして屈伏させようという事なのだろう。

 

 棗を初めとして皆も彼女の言い分に納得した様に頷き、風もハッキリとした態度の若葉を賞賛しつつ任せた。皆も同様に彼女に視線を送り、若葉はやる気を漲らせながら赤嶺の方に1歩進んだ。

 

 「あ! ごめんごめん、条件を言ってなかったね。私が戦う相手は結城 友奈か東郷 美森、犬吠埼 楓で!」

 

 「何? 私との戦いから逃げると言うのか?」

 

 「逃げるって言うか……貴女じゃ今回の趣旨とは外れるんだよ」

 

 「なんで私か楓君か友奈ちゃんなの?」

 

 が、赤嶺と戦えるのは楓、友奈、美森の3人のいずれかで若葉は一騎討ちには出られないと出鼻を挫かれる。後から“条件違う”と言われて流石に憤りを隠せない若葉だが、そんな彼女の言葉に対して赤嶺は今度は“趣旨”から外れると言う。どうやら今回の一騎討ちには土地の奪い合いとは別に目的があるらしい。

 

 名前を呼ばれたからだろう、美森が問う。3人の中での共通点は勇者である事を除けば同じ時代の勇者部、同い年くらいしかない。皆もなぜその3人なのかと疑問に思っていると、赤嶺は勇者達に必要なのは“団結”だがそれでも“個人の力”というのはどうしても必要になると言った。

 

 「貴方達には“可能性”を見せて貰わないと。その為に、私は来た」

 

 「……? 一体どういう事? 楓君、そのっち、今の赤嶺の発言はどう見てる?」

 

 「カエっちかゆーゆ、わっしーのお手並み拝見って言ってるんだと思うよ」

 

 「それとも、例え1人になっても戦えるだけの気概があるのかどうかの確認……にしては自分達3人である理由が分からないねぇ」

 

 「そうですねぇ。これと言って理由になりそうな共通点も見当たらないですし……」

 

 「先輩達である理由は分からないけど、この停滞状況自体が一騎討ちの土台として予め用意されてたんじゃないかな~」

 

 「楓君か友奈ちゃん、もしくは私が一騎討ちするしかない状況を作る為に戦線を膠着させたと言うの?」

 

 赤嶺の言う“可能性”にピンと来ている者は勇者達の中には居なかった。が、頭脳担当の園子ズと楓達、言葉にはしていないが杏も色々と考えていた。流石に少ない情報では何故3人なのかは分からないものの、この状況が仕組まれていた事である可能性が高いという。そして、尚も考察は続く。

 

 「やっぱり巫女狙いじゃないの? 東郷を一騎討ちに引きずり出して倒そうって腹じゃ……」

 

 「結城さんが指名に入っているのは、結城さんを倒した場合でも東郷さんを無力化出来るから?」

 

 「でも赤嶺ゆーゆのさっきまでの事を考えると、その説はちょっと弱いような気がするよ。それにカエっちも指名に入ってる理由が無いし……」

 

 (案外自分はこの一騎討ち自体にはそこまで関係無くて、造反神が赤嶺ちゃんに言わせただけかも……なんて、流石に無いかねぇ)

 

 雪花の意見は巫女である美森が本命であるというもの。事実美森が倒されてしまえば戦闘要員かつカガミブネを扱える希少な人間が居なくなり、行動にかなりの制限が掛かってしまう。造反神側としても倒しておきたい最たる存在だろう。千景も続いて考えを述べるが、それは園子(中)が首を横に振る。

 

 勇者達が一様に考え込んでいる中、楓はこれまでの経験……性転換や心理戦の時など……からもしや、とも考えるが流石にそれはないだろうと内心首を振った。出来ればそうであって欲しくないという願望でもあったが。

 

 「あの……私、行ってこようと思うんだけど。組み合ってみる事で、赤嶺ちゃんの考えてる事が分かるかも知れない」

 

 「でも相手は対人に強いのよ? 危険だわ。それなら私が」

 

 「いや、対人に強いなら自分が行った方がいいだろうねぇ。それに自分なら距離も選ばないし、手数も手段もある」

 

 「ありがとう楓くん、東郷さん。でも相手も“友奈”だから、こっちも“友奈”で丁度良い気がするんだ」

 

 「そっか、友奈さん同士の謎を解明するチャンスでもあるわけね」

 

 「うん! 結城 友奈、行ってきます!」

 

 続く話し合いの中、友奈が自分が行くと手を上げる。ぶつかる事で赤嶺の事が理解出来るかも知れないと昔の青春漫画のような物言いだが、言葉でははぐらかされたり遠回しな言い方だったりするので案外良案なのかも知れないと勇者達は納得しているようだ。何人かは思い当たる事があるのだろう、深く頷いていた。

 

 しかし、彼女に待ったをかけたのが2人。名前を上げられた美森と楓である。大事な人達が危険な目に遭うくらいならと美森は言うが、それならと楓も自薦する。実際、多彩な行動が出来る彼が1番赤嶺と相性が良いと言える。しかし、と友奈は首を振り、相手が“友奈”であるのだから自分が出るべきと譲らない。結局、歌野の呟きもあって勇者達は彼女を代表とする事に決め、友奈は赤嶺の前に出る。

 

 「お、話が纏まったのかな? 一騎討ち、やる流れみたいね。嬉しいな。どうせだから高嶋先輩、レフリーとして勝負の判定、お願いしていい?」

 

 「分かったよ。責任持ってレフリーするね」

 

 「皆ー! 私、やってみるよ!」

 

 赤嶺からレフリーを任され、快く引き受けた高嶋。3人の“友奈”は勇者達から少し離れた場所へと移動し、その際友奈は元気よく仲間達に向けて手を振っていた。これから真剣勝負をするというのに緊張した様子の無い彼女に仲間達は心配したり呆れていたりエールを送ったりしている。共通しているのは、誰も彼女の勝利を疑っていない事だ。

 

 夏凛からは、ぶっ倒してこいと。若葉からは、頼んだぞと。千景からは、もしかしたら赤嶺とさえ仲良くなれるかも知れないと。球子からは、タマが応援するのだから絶対勝てると。杏から、相手は正攻法で来るだろうと助言を。須美からは、大変な重圧だろうけれど友奈ならはね除けられると。

 

 園子(小)からは、頑張れと応援が。銀(小)からは、大声での声援が。歌野からは、自分が作った野菜を食べているのだから大丈夫だと。雪花からは、気づいた事があればアドバイスすると。棗からは、海が見守っていると。樹からは、友奈だから出来ると。風からは、拳に女子力を乗せろと。

 

 「皆ありがとう! 楓くん、東郷さん、見ててね!」

 

 「いつも見てる」

 

 「勝つと信じてるよ、友奈」

 

 「うん!」

 

 仲間達の声援、親友の真剣な眼差し、大切な人の朗らかな笑みと信頼を受け、笑顔を返した友奈は改めて正面の少し離れた場所に立つ赤嶺に向き直る。そして深い深い深呼吸を1つし、小さく笑みを浮かべた彼女は真っ直ぐに目の前の“友奈”を見詰めた。

 

 

 

 「お待たせ、赤嶺ちゃん」

 

 

 

 その言葉を受けた赤嶺は、そうこなくてはと同じく小さく笑みを浮かべた。




精霊紹介コーナー(久しぶり)

提灯火(ちょうちんび)

見た目は赤く小さな提灯を持っている、大きな葉っぱを頭に乗せた子狸。尻尾の先にはこれまた小さな火が浮いている。

精霊としての能力は現在は不明。何なら本作の中では登場はおろか能力を使うことすらないかもしれない。天狐のように火を伴う能力の可能性が高い、か?

精霊自身の性格は世話好き。悪戯好きの火車や鎌鼬の相手をすることが多く、見た目が狸の繋がりか刑部狸とも仲が良い。火があるからか牛鬼にはあまり狙われない。



という訳で、原作22話の友奈同士による一騎討ち、その導入部のお話でした。これが終われば遂にあの子達が……?

当初は友奈ではなく楓を出すつもりでしたが、ここはやっぱり友奈じゃないとな……と思い直し原作通りに。巫女達の主語役も人数が増えました。特に東郷さん&神奈には楓(適性最強)、友奈(原作適性最強)、園子(中)(原作中最強説)、銀(中)(本作中の園子(中)と同レベル)と鉄壁を誇ります。なんだこれ硬ぇ←

こんなペースで今年中に完結出来るのか、リクエストは消化し切れるのかと不安ですが、頑張って参ります。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 48 ー

大変長らくお待たせしました、ようやく更新です(´ω`)

前回の投稿が6月の終わり際……だと? 約3ヶ月も投稿せず申し訳ありません。私自身まさかここまで間が空くとは思っていませんでした。

ゆゆゆいのサ終が決まってしまいましたね……悲しい。非常に悲しい。天華百剣の時もそうでしたが、やはり自分が良く遊んでいるアプリが終わってしまうのは悲しいものですね。以前に貰った感想で本作を見てゆゆゆいを始めたと言って下さった方が居たことを覚えています。

ゆゆゆいは終わりを迎えてしまいますが、本作はまだまだ終わりません。その時まで、どうかお付き合いくださいませ。


 「これから友奈と友奈の戦いを始めます! レフリーは私、友奈です!」

 

 「改めて相当カオスな状況だわ……高嶋も開き直ってるわね」

 

 「あれだけ私が戦うと宣言したのに結城に任せてしまうとは恥ずかしい」

 

 「あの流れじゃ仕方ないでしょ。別に格好悪いとは思わないわよ」

 

 「千景……」

 

 「さぁ、応援しましょう。結城さんを、そしてレフリーの高嶋さんも」

 

 仲間達から離れた場所で互いに向き合うは2人の友奈。そしてその2人の近くで審判を任され、向き合う友奈を見つめるのもまた友奈。各々違うところはあれど名前も顔も声も同じ。これで血の繋がりは無いのだから不思議というか同じ顔が集まってて混沌としているというか。そんな状況に送り出したとはいえ流石に苦笑いが込み上げてくる夏凛。

 

 若葉は一騎討ちに出る条件に自分が入っていないのを知らなかったとは言え代表として出る気満々で居たし発言もしていた分、妙な気恥ずかしさに少し落ち着きがない。そんな彼女のフォローをしたのは千景で、気を取り直した若葉は彼女と、そして仲間と共に応援するべく友奈達の方へと視線を向ける。

 

 「この戦いに勝って土地を取り戻せば、更なる援軍が呼び込める筈です」

 

 「友奈ちゃん……友奈ちゃん!」

 

 「美森ちゃん……大丈夫、友奈なら」

 

 「あ……楓、君……うん」

 

 「……いいなぁわっしー」

 

 「まあまあ、後で園子も握って貰えばいいじゃん」

 

 「うん。その時はミノさんも一緒にね~」

 

 「いやあたしは別に……その……ぉぅ……」

 

 杏が一騎討ちを征した場合の予想を口にする。亜耶から“防人”という存在を聞いており、造反神の力が増していると分かっている以上、神樹側も新たな増援を呼ぶのも当然と言える。その為には土地を奪還し、神樹の力を更に取り戻す事が必要不可欠。元々奪還していかなければならないが、この一騎討ちによる勝利は確実に大きな意味と結果をもたらす事だろう。

 

 それだけ重要な1戦に、そして1人で対人に特化した敵と戦わなければいけない大切で大事な存在を心配する美森。そんな彼女の、或いは自身の不安を和らげる為にか、楓は右手で美森の左手を握って笑いかける。その手の温もりと笑みに少しは落ち着いたのか、彼女も少しだけ笑みを浮かべた。そんな2人を羨ましげに見ていた園子(中)は銀(中)に言われて自分達も後で手を繋ごうと言い、真っ赤になった銀(中)は小さく頷いた。

 

 そんな仲間達を他所に、高嶋は右手をピッと真っ直ぐ上げる。自然と空気が引き締まったように感じられ、仲間達も言葉を発さなくなり、静かになる。それはさながら嵐の前の静けさを彷彿とさせ……やがて、その“時”が来る。

 

 

 

 「それでは2人共、見合って見合って~……ファイッ!!」

 

 

 

 「はぁぁぁぁ……っ!」

 

 「ふぅぅぅぅ……っ!」

 

 「勇者ぁ……パーンチ!!」

 

 「勇者パンチ……!!」

 

 高嶋が腕を振り下ろし、開戦を告げると同時に2人は各々気合の入った呼吸を1つし、友奈は右腕を引いて跳び上がり、赤嶺は同じように右腕を引いて待ち構える。そして片や大きく、片や静かに技を叫びながら突き出された腕がぶつかり合い、硬い物がぶつかったかのような重い音と衝撃が周囲に響き渡る。

 

 たった1度のぶつかり合い。だがそれは戦いの外に居る勇者達に2人の力量と技の威力が互角であると悟らせるには充分だった。衝撃の強さを物語るかの如く弾かれたように大きく距離が開く2人だが直ぐに友奈が距離を詰め、今度は低く跳んで体も回転させる。

 

 「勇者ぁ……キーック!!」

 

 「勇者キック……!!」

 

 友奈の右足による跳び回し蹴りに対し、赤嶺はその場から動かずに右足による上段回し蹴りで対抗。腕同士のぶつかり合いの時よりも更に大きな音と衝撃が周囲に響き渡り、あまりの風圧に1番近くで見ていた高嶋が思わず後退る。

 

 「分かっていたけれど、赤嶺ちゃんも強いねぇ……」

 

 「ああ、結城の攻撃とぶつかり合っているのに全く力負けしていない」

 

 「友奈ちゃん……頑張って……!」

 

 再度距離が離れ、その都度接近して拳と蹴りをぶつけ合う2人を見ながら楓、若葉が呟く。直接戦った回数こそ少ないが、その少ない中でも赤嶺の実力が勇者達に決して劣らず、むしろ高い事は理解していた。だがこうして戦うところを外側から眺める事でよりその強さを感じ取れる。

 

 友奈の攻撃力は仲間達の中でも高い。武器ではなく拳や蹴りの1つで中、小型を消し飛ばし、大型ならば凹ませ、或いは抉る。そんな一撃を赤嶺は悉く相殺しているのだ。いや、勢いを付けて放つ友奈に対して大きな動きをせずに繰り出す攻撃で相殺している分、彼女の方が僅かでも威力が上なのかも知れない。それは彼女が力を増している造反神の勇者であるが故にか、或いは彼女自身の強さなのか。

 

 美森が祈るように応援する間にもぶつかり合いは続く。お互いに相手の攻撃を避ける事はせず、拳には拳を、蹴りには蹴りを繰り出し、気持ちを乗せて激しくぶつけ合い、相殺する。

 

 「勇者パーンチ! っくぅ!」

 

 「勇者パンチ! どうしたのかな、少し威力が下がってるよ?」

 

 「まだまだ! やああああっ!!」

 

 「そうこなくっちゃね」

 

 何度目かの拳のぶつかり合いの際、明確に友奈が押し負けた。大きな後退ではないが、両者の表情にも違いが出ている。押し負けた友奈には僅かながら焦りが見え初め、赤嶺にはまだ笑みを浮かべる余裕がある。だが、それで諦める友奈ではない。また何度も赤嶺にぶつかりに行き、赤嶺もそうではなくてはと同じくぶつかる。

 

 しかし、最初と比べるとやはり差が開いてきていた。何度友奈が攻めても赤嶺は苦もなくパンチやキックをぶつけ、その度に押し返される。それが数度続いた後、遂に友奈は上手く着地も出来ない程に弾き飛ばされた。

 

 「勇者パンチ!」

 

 「勇者パンチっ! う、わあぁぁぁぁっ!」

 

 「吹き飛んだね。相殺し切れてないよ……私の勝ちかな」

 

 「勇者部五箇条ォ!!」

 

 「なるべく~?」

 

 「っ……諦めない!」

 

 攻撃の威力が下がっているどころか相殺すら最早出来ておらず、吹き飛んで倒れた友奈の姿を見て赤嶺は勝ちを半ば確信する。これが一騎討ちである以上友奈は味方からの援護を受けられないし、マンガやゲームのような即座に体力を回復するような都合の良いアイテムや能力も無い。体力も力も減る一方で、こうしてハッキリと赤嶺が上回った以上彼女に勝ちの目は無いに等しい。

 

 だが、友奈は夏凛と園子(中)の声に元気よく返してしっかりとした足取りで立ち上がる。その目に諦めの色は無く、強く折れない意思を感じさせる。それは勝利を確信していた赤嶺から、余裕の笑みを消し去る程に。

 

 「……立ったか」

 

 「ごめんね赤嶺ちゃん。私1人の力を見てみたいって言ってた気がするけど……」

 

 そう言葉を区切り、視線を横に向ける友奈。赤嶺がその視線を追えば、その先に居るのは大きな声で、身振り手振りで友奈の応援をしている仲間達の姿。誰1人として不安な顔をしておらず、彼女が勝つと信じて疑っていない。

 

 その声援を、応援を一身に受けている友奈は赤嶺に向けて苦笑いをする。一騎討ちをしている自分がこうして、あれ程気持ちの篭った応援を受けている自分が、とても1人で戦っているとは言えないと。だからこそ。

 

 「皆の想いを、声を、この拳に乗せて……!! はぁぁぁぁっ……!」

 

 「す、凄い力……それになんだか、白く光ってるような……?」

 

 「……ふふ。こっちも限界を超えていくよ」

 

 右手の拳を強く握り締め、目を閉じて息を吐きながらゆっくりと後ろへと引いていく友奈。仲間達の自身の勝利を思う気持ちを、その声援を、その期待と想いに応えたい自身の心を全てその拳に乗せてぶつける為に。

 

 その時、友奈以外の者達は見た。彼女の右手に、どこからともなく現れた様々な色の光が集まっていったのを。その瞬間友奈の周囲に風が吹き、彼女自身の髪を揺らす。近くに居る高嶋と赤嶺は勿論、応援している仲間達にもそれが友奈の勇者の力が溢れているのだと感じ取れた。更には彼女の右手を覆うように薄く白く光っているようにも見える。それはまるで、誰かの白い光が彼女の手を覆っているかのようで……それを面白そうに見ていた赤嶺もまた、同じように、そしてこれまで以上の力で腕を引く。

 

 そして、その時は来た。

 

 

 

 「勇者パンチ!」

 

 「勇者ぁぁぁぁっ!! パァァァァンチ!!」

 

 

 

 「っ、ああああぁぁぁぁっ!!」

 

 これまでのぶつかり合いの中でも一際大きな衝撃と音。最早爆音に等しいその音と共に広がった衝撃は2人の最も近くに居た高嶋を本人が声を上げる暇も無く数メートル吹き飛ばした。そして、吹き飛んだのがもう1人……ぶつかり合った、赤嶺。

 

 直接ぶつかり合ったせいだろう、高嶋と違って大きく後方へと吹き飛んだ彼女は樹海の根の上を二転三転と転がり、別の根に激しくぶつかってようやく止まった。根を転がった為に煙が巻き上がり、彼女の姿はその中に隠れてしまって見えない。が、誰もが確信した……友奈の勝利を。

 

 「っ……一騎討ちは、完敗だね……凄いよ」

 

 「あ、アタッカ君が赤嶺さんをそのまま拐って行っちゃった」

 

 「見て下さい。樹海が解けていきます。土地が戻ってきたんですよ」

 

 「意外とあっさり敗けを認めたね……」

 

 「そうだねぇ。それにちゃんと土地も渡してくれたみたいだし、やっぱり悪い子って訳では無いんだろうねぇ」

 

 煙は直ぐに消え、中から現れた赤嶺は勇者服が汚れ、右手の手甲のような部分には大きく罅が入っており、その罅が友奈の放った一撃の強さを物語っている。彼女はうっすらと笑いながら潔く敗北宣言をし、横からホイッスルのような形をした小型バーテックス、アタッカに拐われるようにその場から去っていった。

 

 歌野がその様を説明するように呟いた直後、杏が言ったように樹海化が解けていくのが見えた。友奈が一騎討ちに勝利した事で土地が戻ってきたのだろう。つまり、赤嶺が言っていた“勝った方が土地を得る”というのは嘘偽りではなかったという事だ。雪花は彼女が潔く敗北を認めた事に少々不信感があったようだが、楓の呟きに頷いてそれ以上彼女に対して何か言うことはなかった。

 

 「凄かったよ結城ちゃん! まるで楓くんが強化してくれたパンチみたいにずがーんって!」

 

 「皆のお陰だよ高嶋ちゃん! 皆から貰った応援とか、気持ちとかを込めるって思ったらすっごく力が湧いてきたんだ。そして、ハッキリ分かったよ」

 

 

 

 ─ 赤嶺ちゃんとも分かり合えるって。絶対、一緒に戦える時が来る ─

 

 

 

 「……うん! そうだね、結城ちゃん!」

 

 興奮した様子で走って友奈に近付いた高嶋はその勢いのまま彼女を、そして最後の一撃を褒める。その声が聞こえていた仲間達は流石に実際に彼の強化を受けた一撃程とはいかないまでもそれに迫る威力を誇っていたと内心同意していた。友奈自身もそれを感じていたのだろう、皆のお陰だと口にしながら開いた右の手のひらを見る。

 

 今はすっかり光も消え、そこにあるのは普段通りの手。だが友奈はその手に自分のものではない温もりが、彼の強化を受けた時のような、手を繋いだ時のような安心感が

僅かに残っているように感じられた。その温かさを逃さないようにグッと握り締め、高嶋の目を見ながら強く断言する。

 

 今は敵対している赤嶺、彼女とも必ず。そしていつか、絶対に共に。友奈の言葉に高嶋は嬉しそうに笑って頷く。いつか、神奈も含めた4人の“友奈”が仲良く並ぶ事が出来る事を信じて。

 

 尚、この後友奈は集まった仲間達に思い思いに褒められ撫でられともみくちゃにされた上に風の案で樹海化が完全に解けて部室に戻るまで胴上げされる事になる。

 

 

 

 

 

 

 一騎討ちの翌日。勝利したことで徳島の土地の多くを奪還出来た喜びをそのままに部室に集まった勇者と巫女達。中でも特にテンションが高い高嶋が体を左右に小刻みに揺らしながら口を開く。

 

 「結城ちゃんの頑張りで、来るよ来るよ亜耶ちゃんの友達が……新しい仲間が来るよーっ!」

 

 「確かに目出度いことだけれど、高嶋ちゃんはちょっと落ち着こうねぇ」

 

 「徳島の土地をいっぱい取り返して、神樹様にまた力が戻って。良かったね亜耶ちゃん」

 

 「うん、杏ちゃん! 芽吹先輩、雀先輩、しずく先輩、シズク先輩、弥勒先輩……会えるのが楽しみ♪」

 

 「んん……? 何だか気になる名前が2つ程……芽吹に弥勒……?」

 

 (はて、今同じ名前が2回出たような……それに“しずく”という名前、どこかで……)

 

 新たな仲間が増えることが嬉しいのだろう興奮を抑え切れていない高嶋を苦笑いしながら落ち着かせようとする楓。杏はこれも神樹に力が戻ったからだと良い、仲間が増える事に1番喜んでいるであろう亜耶に笑いかける。彼女はそれに満面の笑みを返し、手を合わせながら防人の仲間のものであろう名前を続けて呟く。

 

 当然と言うべきか、今この場に居る他の勇者、巫女達に聞き覚えはない。が、その中で首を傾げたのは夏凛と楓と新士。3人は各々亜耶が呟いた名前に聞き覚えがあったようだ。夏凛はもしや……と脳裏に人物像を描き始めていたが楓達は完全に思い出すには少し時間が掛かりそうだった。

 

 「わくわくする瞬間だよね、東郷さん!」

 

 「ええ。でも体調は大丈夫なの? 友奈ちゃん。赤嶺さんと凄い戦いをしていたから」

 

 「時々ズキッと痛いけどね、大丈夫大丈夫。さぁ、ようこそ勇者部へ!」

 

 「わくわくわくわく……………………わく?」

 

 「あらら? 新戦力が来ないわね。ちび楓みたいにどこかに引っ掛かってるとか?」

 

 「自分がそうだったとはいえ、どこに……というか何に引っ掛かるんだい?」

 

 「あはは、えーと……どこだろうね」

 

 高嶋に負けず劣らずテンション高めの友奈。新しい仲間が増える瞬間を楽しみにしている彼女に同意しつつ、美森は友奈の体を心配する。赤嶺との一騎討ちは離れて見ている仲間達の元へもその衝撃が届く程激しいモノであり、それ程の攻撃を全てぶつけ合う形で相殺していたのだ、心配も当然だろう。

 

 その懸念は当たっていたようで、友奈は苦笑いしつつ手や足を擦る。だが大丈夫だと笑い、もうすぐ来るであろう新たな仲間に向けて歓迎の言葉を述べる。それを聞いた亜耶はいよいよ自身のよく知る仲間達がやってきてくれるのだと気分を高揚させていた……が、どういう訳か仲間が来る前兆の発光もなく、雪花に棗のようにいつの間にか居るということも無い。

 

 いつまでも仲間達が来ない事に首を傾げる亜耶。以前にも似た現象を見た事がある風は新士のように出遅れているのかと冗談半分に呟き、本人である新士は“引っ掛かる”という表現に疑問を覚えて考え始める。そんな彼を見て神奈は誤魔化すように視線を泳がせていた。そんな時、聞き慣れたアラームが部室の中に鳴り響く。それに真っ先に反応したのは銀(小)と園子(中)。

 

 「あ、樹海化警報! これは新士じゃなくて球子さん達のパターンじゃないですかね?」

 

 「樹海に召喚されて敵と遭遇してるんだね~? 早く助けに行かないとだね」

 

 「なら樹海に行き次第、前みたいに自分の光の絨毯に乗って行こうか。全速力で飛ばすから、皆落ちないようにねぇ」

 

 「落ちそうになったら私の鞭でレスキューしてあげるからノープロブレムよ!」

 

 「私もワイヤーで助けますね!」

 

 「歌野の鞭はともかく、樹のワイヤーはちょっと怖いわね……」

 

 「なぜ!?」

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでカガミブネで徳島の樹海へと移動し、楓の光の絨毯に全員が乗り込んでから反応がある場所へと向かうこと少し。それを最初に見つけたのは千景と若葉の2人だった。

 

 「人影発見よ。2人程居るようね……? 1人は赤嶺 友奈じゃないの」

 

 「いきなり赤嶺に襲われるのはまずい……が、そういう戦闘の雰囲気でもないような?」

 

 2人がそう疑問を口にした後、他の勇者達も勇者の力で強化された視力でハッキリとその姿を捉える。1人は先日も戦った赤嶺。そしてその隣に見知らぬ浅緑色の、勇者服とは違って顔以外の露出が無い戦闘服らしきモノに身を包んだ少女が居た。

 

 「あれが私の戦っている相手だよレンち……じゃなかった。蓮華じゃなくて子孫の夕海子(ゆみこ)だったね」

 

 「まぁ! 彼女達……男性もおりますね。人間の格好をしているけれど、バーテックスなのですね? 赤嶺さん」

 

 「うん。そしてこちらのバーテックスは味方なんだ。という訳で助けてくれないかな」

 

 「確かに空も飛んでいますし……わかりましたわ! 赤嶺家と弥勒家は盟友! そこの皆さん! いざ、わたくしとデュエルですわ!!」

 

 そして赤嶺と夕海子と呼ばれたお嬢様口調の少女はそんな会話をしていたのだが、勇者達には聞こえていない。故に、恐らくやってきた新しい仲間なのであろう彼女がライフルのような武器を自分達に向けてどこからともなく現れたバーテックス達と共に迫ってきた事に驚愕していた。

 

 「っ、襲いかかってくる? もしかして騙されているのでは……私達は味方で、そちらが敵です!」

 

 「ちょっと、弥勒さんじゃないの?」

 

 「知っているのかい? 夏凛ちゃん」

 

 「え、ええ……ほら、私よ! 三好 夏凛よ!」

 

 「お黙りなさい、わたくしの目は欺けませんわ。問答無用で参りますわ! デュエル!!」

 

 「……聞いてくれそうにないねぇ」

 

 「あの人はもう、仕方ないわね……こちらも対応しましょう。そうでもしないと止まらないわ」 

 

 須美と夕海子と知り合いらしい夏凛の言葉を聞いても既に敵と見なしている為か制止する事無く、更には発砲してくる。その攻撃を楓は難なく回避してみせ、止まる様子も言葉を聞く様子も見えない彼女の姿にため息を吐きそうな声で呟く。その呟きと話を聞かない知り合いに頭を抱える夏凛。そんな彼女も仕方ないとそう提案し、バーテックスも迫っているので仲間達も頷き、いつも通りに地上組と上空組に別れて迎撃を開始するのだった。

 

 ……だが、バーテックスと共に亜耶の仲間が居るといっても1人。対して勇者は20人越えで攻撃方法も多種多様。それに加え、夕海子の射撃技術はとてもではないがバーテックスや勇者達の攻撃の合間を縫って勇者達に当てられる程のモノではなかった。人間同士の一対一ならばまた違ったのだろうが。

 

 無論、勇者達も彼女を傷付ける訳にはいかないのでバーテックスへの攻撃は慎重にならざるを得ない。とは言え早いところ誤解を解く、ないしは騙されていることを悟らせないといつまでも攻撃してきそうな雰囲気なので早急に殲滅する必要がある。

 

 「弥勒さん! 少しくらい話を……!」

 

 「バーテックスの言葉など聞く必要もありませんわ!」

 

 「ああもう、全っ然聞いてくれない! 仕方ないわね……楓さん達、やっちゃって!」

 

 「っ、逃がしませんわ! あら? 何だか空が明るく……っていやーっ!?」

 

 唯一夕海子と知り合いらしい夏凛が接近戦で彼女を抑えつつ説得を試みるが、やはり彼女はまるで聞いてくれない。これ以上の説得は無駄だろうと判断した夏凛は夕海子のライフル……銃剣らしいそれに両刀を当てて大きく弾き飛ばして上空の楓達に声を掛けつつ強引に距離を取る。夕海子はそれを逃走だと見て追おうとするが、不意に樹海の空が明るくなった気がしたのを疑問に思い、つい足を止めて見上げた。

 

 そこにあったのは、明るくなった原因であろう白や青といった様々な光……の矢に弾丸。当然放ったのは上空組の楓、美森、須美、杏である。雨の如く降ってきたそれらはバーテックスを的確に貫きつつ夕海子の周辺にも落ちてきた。当然、銃剣の大きさ程度で防げるモノではないしそんな量でもない。彼女に当たらない様にしていたのか直撃こそしなかったものの、彼女はその衝撃に煽られて悲鳴と共に宙を舞い、ろくに受け身も取れずべしゃっと樹海の上に落ちた。

 

 「わ、わたくしとしたことが……悔しい、ですわ。でも屈しませんわよ。もう1度デュエルを……」

 

 「ちょっとちょっと、いい加減話を聞いてよ……あのねってうわまずい。お仲間も召喚されてきた!」

 

 

 

 「っ!? ここは……まさか、樹海!? 何故樹海の中に居るの私達は。壁の外を探索中だったハズよ」

 

 「ど、どうなってるのどうなってるのメブ!? 私達3人しか居ないよ? 他の皆はどこ!?」

 

 「(くすのき)加賀城(かがじょう)、あそこ見て」

 

 「弥勒さん!? 人間と戦っている!? 何が起きているかわからないけれど、とにかく行くわよ!」

 

 「ん、了解」

 

 「ええっ!? まさか戦闘するの!? 私聞いてないよメブー!」

 

 「とにかく状況を見極めないと」

 

 

 

 対したダメージは無かったが宙を舞ったせいだろう、よろよろと銃剣を杖に立ち上がる夕海子。まだ戦う意思を見せる彼女にそろそろ話を聞いて貰えないかと雪花が話し掛けるが、そんな暇もなく樹海に新しく少し離れた場所に3人の人影が現れた。その3人は今しがた戦った夕海子と同じ衣装を身に付けており、彼女の仲間であることが伺い知れる。

 

 無表情の白髪の少女にそれぞれ楠と呼ばれた少女、加賀城と呼ばれた少女の2人はこの状況に片や驚きつつも冷静に、片や慌てている。だがその視線が夕海子に、そして勇者達に向けられ、仲間を助ける為か銃剣を手に勇者達に向かってくる。

 

 「まずい、また戦闘になってしまうぞ」

 

 「一旦落ち着いて貰おう」

 

 「そうですねぇ。というかあの白髪の女の子……見覚えがあるんだよねぇ」

 

 「あ、新士もそう思う? あたしもそうなんだけどさ。というかあの顔って隣のクラスの……」

 

 「うん、山伏さんだよねぇ、多分。自分が知ってる彼女よりも背が高いから、恐らく未来……姉さん達と同じ時代の山伏さんかな?」

 

 (っ!? お爺ちゃんに……三ノ輪……!?)

 

 「しずく!? 急に立ち止まってどうしたの?」

 

 「お爺ちゃんと三ノ輪が居る……2人ずつ居る……!?」

 

 「は? お爺ちゃんって……知り合いがあそこに……いえ、私も見覚えのある顔があるわね」

 

 「芽吹さん、雀さん、しずくさん、ようやく来たんですわね。さあわたくしと共に目の前のバーテックス達を倒しますわよ!」

 

 「え? バーテックスって……どう見ても人間、勇者様達だよ!? ってなんか勇者様いっぱい居るけど!?」

 

 武器を手に向かってくる3人を見てまた仲間となる者達との戦いを予期した棗。流石に何度も戦うのは嫌なので再び話をしようと何とか落ち着いて貰おうとする若葉に同意する新士だったが、ふと向かって来る内の1人のしずくと呼ばれた少女を見て銀(小)と共に既視感を訴える。どうやら小学生組の同級生に似た容姿の少女が居たらしい。

 

 その既視感が正しいと言う様に、しずくもまた2人の姿を見て驚愕に目を見開いて勇者達とそう離れていない距離で立ち止まった。突然止まった彼女に気付いて芽吹が、次いで雀も立ち止まって振り返り、どうしたのか聞けばその理由を呟き、同時に楓と銀(中)も視界に入ったのかまた驚いていた。

 

 “お爺ちゃん”の呼び方にピンと来なかった芽吹は首を傾げながら誰が彼女の言うお爺ちゃんなのかと探すと、途中で夏凛に目が止まる。そこで仲間の姿に気付いた夕海子が元気よく声を上げ、そう呼び掛けつつ銃剣を勇者達に突き付けた。それに対して雀はそう叫んだ後に今更気付いたらしく20人程居る勇者達の姿にびっくりしている。

 

 「騙されてはいけませんわよ雀さん。弥勒家の盟友である赤嶺さんからの確かな情報ですわ! 相手は人間の格好をしたバーテックスで敵、そしてこちら側のバーテックスは味方ですのよ。全滅しましたが……さあ、共にデュエルと致しますわよ!」

 

 「バーテックスが味方で勇者様達が人間のバーテックスって訳が分からないよ!?」

 

 「お爺ちゃんと三ノ輪達が敵……? そんなことは有り得ない……というかバーテックスに見えない」

 

 「そうね。弥勒さんには悪いけれど、私も人間としか思えないわ。とてもバーテックスには見えない、見知った顔が居るもの」

 

 ダメージがある程度回復したのか、戦う姿勢を取らない3人に向けて赤嶺から伝えられた情報を告げ、共に戦おうと銃剣を再度勇者達に向けて戦意を滾らせる。が、いきなりそんな説明をされたところで理解出来るかと言われればそうではない。雀が至極当然のツッコミを入れ、しずくは静かにしかしハッキリと有り得ないと首を振る。

 

 芽吹も仲間の言葉を信じたい気持ちはあるのだろうし、本来ならば半信半疑でも勇者達と1戦交えたかもしれない。が、仲間の1人は元々の性格的にあまり戦闘に積極的ではないし、もう1人は夕海子の言葉ではなく自身の判断から既に……と言っても見知った相手だけだが人間と断言している。グダグダのまま戦う事になるのは望ましくないし、何よりもとても勇者達がバーテックスには見えない。それに彼女自身もまた、見知った顔がある。

 

 「楠 芽吹(めぶき)……」

 

 「三好 夏凛!」

 

 「え……まさか、本物の三好さんですの!? にぼしとサプリが大好きな!?」

 

 「だからさっきからそう言ってるでしょ。突撃思考は相変わらずね、弥勒 夕海子」

 

 「……お爺ちゃん。それに三ノ輪」

 

 「うん、やっぱり隣のクラスの山伏 しずくさんだよねぇ」

 

 「だよな。でもあたしが知ってる姿より大きいから、やっぱり中学生になった山伏さんか」

 

 「あれあれ? 雀ちゃん!?」

 

 「っ!? ゆ、勇者部の皆様!?」

 

 「おや、知り合いかい? 友奈」

 

 「うん! 楓くんがまだ帰ってきてない時に勇者部に依頼に来てくれたんだ」

 

 「今度は勇者様が空から降りてきたぁ! あ、他にも乗ってる!? ていうか何に乗ってるの!?」

 

 「いいツッコミの奴が来たな。にしても知り合いが多いな? タマも混ぜタマえよ」

 

 お互いに確認するように名前を呼び合う夏凛と芽吹。その2人を見てようやく、ようやく目の前の勇者達がバーテックスではなく本物の人間であると認識したように名前を呼ぶ夕海子。夏凛の反応を見るに、これが彼女の通常運転らしい。

 

 次いで名前を呼び合ったのはしずくと新士、銀(小)。近くには園子(小)と須美も居るのだが、2人とはあまり面識が無い様子。チラチラと視線を上に向けたり銀(中)へと向けたりしているのは同じ顔が2人居る事に驚いているからなのだろう。

 

 そして友奈もまた、知り合いらしい雀の名を呼び、呼ばれた本人も地上に居る勇者部メンバーを見て何度目かの驚きを見せる。因みに楓は現実世界で彼女に会った事は無く、光の絨毯を下ろしながら友奈に問えばそう返ってきた。一瞬寂しげな表情を浮かべたのは、その時の楓が居ない日々を思い出してしまったからだろう。

 

 その降りてきた上空組を見てもう数えるのも面倒なくらいの驚きとツッコミを入れる雀。元気な奴だと笑う球子と他の面識が一切無い勇者達も彼女達と交流するべきか近寄る。そういったところで、困惑した顔で夕海子は後ろへと振り返り……離れた場所に居る赤嶺に問い掛ける。

 

 

 

 「赤嶺さん!? これはいったいどういうことですの!?」

 

 

 

 そんな彼女の言葉と他の者達からの視線を一身に受けつつ、赤嶺は悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。




多分名前が出た楓の精霊は全部書いたので久々の原作との相違点←

・友奈が何か凄いパンチで赤嶺に勝つ

・夕海子、デュエルするもあしらわれるように惨敗

・他の防人との勝負は発生せず

・新士(楓)と銀が2人ずついて興奮してるしずく



という訳で、一騎討ち決着と防人組登場というお話でした。実のところ、本作における防人達の設定はあまり固まっていなかったりします。ただ何度か存在を示唆していたしずくに関してだけは原作通り銀、そして楓に対して他の勇者よりも信を置いている、雀と楓は出会っていない時系列であるとしています。

防人組は、ゆゆゆい原作沿いに本作の設定を多少加えて若干のアレンジをすると思います。どうかご了承下さい。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしておりますv(*^^*)


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花結いのきらめき ー 49 ー

大変長らくお待たせしました、久しぶりかつギリギリですが今年最後の投稿です(´ω`)

ポケモンSVや色々アプリとか触って至り書き始め当初ほど保てなくなったモチベーション等言い訳は多々ありますが、本来に期間が空いてしまって申し訳ありません。来年こそは本作ゆゆゆい編を完結させることを目標に頑張りたいと思います。

FGOにて念願のメリュジーヌ確保、かつ宝具5に出来ました。嬉しい限り……後は何とか120まであげたい←

では、今年最後のお話をどうぞ。


 「赤嶺さん!? これは一体どういうことですの!?」

 

 「あはは、私こそが敵だったんだよー。ごめんねー嘘ついて。盟友の子孫を見ておきたくてね」

 

 「なっ、なっ……!」

 

 バーテックスだと教えられていたハズの相手が実は顔見知り、味方であったと知った夕海子。当然、それを教えた赤嶺に向かって振り返り問い質す。ただその表情は怒りや悲しみではなく、困惑の方が大きいようだ。

 

 そんな彼女に返ってきたのは本当に悪いと思っているのかどうか分からない笑みと軽い謝罪、そして嘘をついた理由らしき言葉。一見して反省の色も罪悪感も見えない赤嶺に夕海子は思わず言葉を失っていた。

 

 「赤嶺ちゃん!」

 

 「1体1の決闘も終わって、いよいよ私との攻防戦も大詰めだね。高知で待ってるよ」

 

 “そこで決着を着けよう。来ることが出来たらね”。そう言って赤嶺はこれまでのように姿を消した。自身は特に何もすることなく新しい仲間の1人を騙し、自分達にぶつけた事に憤りつつ今回はそうやって同士討ちさせるのが目的だったのかと美森が口にする。すると、友奈が少し沈んだ表情でポツリと呟く。

 

 「……赤嶺ちゃんは私との戦いで、もっと技術に頼ることが出来たと思うんだ」

 

 「それは……確かに思い返してみれば、あの時はただただ真っ正面からぶつかり合ってたって感じだったねぇ」

 

 「うん。あの時、赤嶺ちゃんは正面から勇者パンチの……気持ちのぶつかり合いで勝負してきた。赤嶺ちゃんはそんな人だから。今のはただ、本当にからかってただけの気がする」

 

 「いや、それはそれで質が悪くないか……?」

 

 「高知に行けば分かるってことだね、結城ちゃん」

 

 「うん。今度で決着か。その後はお友達になろうね、赤嶺ちゃん」

 

 先日の決闘を振り返る友奈の言葉に、楓を筆頭に皆も頷く。戦闘技術を使っていたというより真っ向から力と力をぶつけ合っていただけと言っても良かったあの戦い。対人に特化した勇者であるといういつかの彼女の言が正しければ、もっとやりようはあっただろう。それをせずに真っ直ぐにぶつかってきた……ぶつかってきてくれた彼女を、友奈は何となくどう言った人物なのか理解していた。

 

 故に、断言こそ出来ないがきっとそうだろうと思えた。その意見に対して銀(中)が苦笑いを溢すのは仕方ない事だろう。とにかくその真意が知れるのは高知だろうと言う高嶋に、友奈はこの場から居なくなった赤嶺に向けてそう宣言するのだった。

 

 「……どうやら、仲間が迷惑をかけてしまったようね。私は防人(さきもり)の楠 芽吹。防人のリーダーとして詫びるわ」

 

 「うぐっ」

 

 「いいのいいの楠さん。この世界に召喚された直後なんだからワケ分からなくて当然よ。こっちに被害らしい被害もないしね」

 

 「かはっ」

 

 「取り敢えず部室に来てくれないか? 亜耶……国土 亜耶から詳しい話を聞いてくれ」

 

 「っ! 亜耶ちゃんが来ているのね」

 

 「アーヤの名前を聞いて明らかにホッとしているね~。アーヤの人望が垣間見える~」

 

 「亜耶ちゃんも楠さん達を待ち望んでいたいたしねぇ。仲良さそうで何よりだよ」

 

 芽吹が勇者達を攻撃していた夕海子の代わりに謝罪する後ろで本人が胸を抑えてダメージを負っているのを全員がスルーし、夕海子ではなく芽吹にフォローを入れる風。その言葉にもまたダメージを受けている者が居るが誰も気にしなかった。

 

 若葉から亜耶の名前を聞くと芽吹だけでなく他の防人の3人の表情も明るくなる。亜耶にとってだけでなく、彼女達にとっても亜耶は大事な存在なのだということがよく分かる。その事に園子(中)と楓は顔を見合せて笑みを浮かべ、その後に全員が樹海から元の場所……部室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 部室に戻ってきた勇者達。そして樹海へと向かった時にはなかった防人達4人の姿を見て巫女達は今回もまた無事に戦いを終える事が出来たのだと悟った。突然樹海で極彩色の光に呑み込まれたかと思えばどこかの部屋に、防人スーツから自分達が通う学校の制服に戻っている事に驚いていた防人達だったが、加えて亜耶が芽吹に向かって笑顔で抱き着いてきた事に驚き、同時に彼女の姿を見て安堵の表情を浮かべた。

 

 そして積もる話もあるだろうと1度防人達と亜耶だけを別室に移動させ、話が終わるまで勇者達も巫女達と暫しの休憩を挟む事にする。樹海でのあれやこれやを話したり、飲み物を貰ったり、次の戦いの事を考えたりと各々思い思いに過ごしていると少しして別室の扉が開く。真っ先に姿を見せたのは、申し訳なさそうな表情を浮かべた夕海子だった。

 

 「国土さんから話は全て聞きましたわ。皆さん、大変申し訳ないことをしてしまいました。ごめんなさい」

 

 「いいのいいの。じゃ、この話はもう終わりね。後は楽しいトークターイム!」

 

 「実際そこまで被害受けてないしねぇ。過ぎたことを気にしても仕方ないわ。歌野の言う通り、今後は仲間として仲良くしていきましょ」

 

 (うぐっ……ゆ、許して頂けるのは感謝しますが……なんでしょう、このなんとも言えない悔しさは……)

 

 改めて自身が赤嶺に騙され、本来仲間である勇者達へと攻撃した事を深く反省し、謝罪する夕海子。その姿を見た勇者達は誰1人として責めることもせずに受け入れ、歌野と風が代表するようにそう言葉を掛ける。後から入ってきた亜耶と他の防人達3人も謝罪が受け入れられたことに安堵の様子を見せる。

 

 が、本人は風の言葉に感謝半分、実際バーテックスとの共闘とはいえ録な被害を与えられなかったこと……被害らしい被害がないことそれ自体は喜ぶべきことではあるのだが、自身の力が通用していないも同然であるので悔しさ半分の言葉にし難い気持ちになっていた。

 

 そんな彼女の心境はさておき、改めてこの世界にやってきた防人達に説明をしていくひなた。本来、防人の戦装束……戦衣(いくさぎぬ)は勇者達の勇者服程の性能は無い。しかしこの世界ではその性能差が殆ど無くなり、勇者達の物と遜色無いものにまで引き上げられているらしい。

 

 「神樹様も防人全員を呼ぶ程の余力はなかったようですが、4人も来て下さり心強いですよ」

 

 「こんな素敵な勇者様軍団の中に加えられたって事は私達、いよいよ認められたんだねメブ!」

 

 「どうかしらね。使えるものは何でも使うって精神かもしれないし」

 

 「それでも選ばれたという事だから。それにお爺ちゃんと三ノ輪達とまた会えて嬉しい」

 

 「心理を解析するようになってきたわね、しずく。ところで、樹海の時から言ってるその“お爺ちゃん”ってまさか……」

 

 亜耶から事前に聞かされていた事であるが、勇者とは別に組織され、活動をしていたという防人はこの世界に来た4人を加えた32人が居るらしい。もしその全員が召喚され、かつ全員の戦衣が勇者達と同レベルに性能を引き上げられていたとすれば大幅な戦力の向上が出来た事だろう。現実は4人で精一杯だったのか、それとも他に理由があるのかはわからないがこの場にいるのが全員なようだが。

 

 その32人の中から自分達が喚ばれた事に興奮した様子の雀。反対に芽吹は良く言えば冷静に、悪く言えば若干悲観的な意見を述べる。しかしそれに対してしずくは選ばれたという事実は変わらないのだと言ってのけ、小さな笑みを浮かべて楓と新士、銀(中)と銀(小)の4人に視線を向ける。大きな仕草こそ無いが、嬉しいという感情が見て分かる姿にほっこりとした空気が部室を満たしていた。

 

 「芽吹ちゃんは、夏凛ちゃんと一緒に特訓してたんだよね。頼もしいよ」

 

 「わ、わたくしも同じ環境でしたわよ。頼りにして下さいまし」

 

 「ふふ、頼りにさせてもらいますねぇ、弥勒先輩」

 

 「確かに芽吹さん、なんか強いオーラ出てますもん。三ノ輪 銀です、宜しくお願いします」

 

 「宜しくね、三ノ輪 銀ちゃん」

 

 勇者になる前に共に訓練していたと聞いていた友奈が芽吹の近くに行き、夏凛を良く知るが故に彼女もまた同じくらい強いのであろうと考えたのか、それとも特に深い考えはないのか笑顔で言う友奈。その言葉に反応したのかまだ少し悔しさが後を引いているらしく少しどもりつつ夕海子も声を上げる。樹海での事があるので勇者達も防人の仲間も苦笑い気味だったが、新士だけは朗らかに笑ってそう返していた。

 

 そんな彼とは別に銀(小)は友奈の言に同意し、戦った姿こそまだ見ていないがそういった雰囲気を感じ取れたのか人懐っこい笑みで自己紹介をする。そんな彼女に、芽吹は先程とは違って口元を和らげ、挨拶を返した。その様子を見て夏凛が少々驚きの表情を浮かべていたが、気付いた者は居なかった。夕海子が勇者達に握手を求めたりそれに答えたりとしていてそっちに気を取られたのもあるだろうが。

 

 「神世紀も時代が進むと勇者になる人数も増えてくるんだな」

 

 「でも私達、芽吹ちゃん達が頑張ってるの全然知らなかったんだ」

 

 「そうだねぇ。彼女達には悪いけれど、防人という存在は聞いたこともなかった。そもそも大赦の関係者と直接会うこともあんまりなかったくらいだし……」

 

 「現実世界でのアタシ達のお役目は終わったものだと思っていたけれど……そういう訳じゃないのかも」

 

 「でも今回みたいにちゃんと事情も話してもらって、皆と一緒に戦えるなら、私は……」

 

 「我が妹ながら勇者ねぇ。まあそれは戻ってから考えるとしますか」

 

 ちらりと小学生組に向け、その視線を勇者部と防人達に移しながら小さな驚きを含めて呟く若葉。神世紀の勇者は小学生の時点で4人、そこから追加で4人増え、更に勇者と似たような存在である防人達32人全員が加わるとなればその数は40人にもなる。驚くのも仕方ないだろうが、この世界で亜耶と出会うまで勇者部はその存在を知らなかったのが実態だ。

 

 そもそも、楓が言ったように大赦の関係者と直接会うことはほぼなかった。せいぜいが病院の医者や旅館の従業員で後は端末の文字による連絡程度。防人の“さ”の字も知らされる事はなかった。しかし防人達は勇者達の事を知っている。そういう違いもあり、雀が言った“認められた”という言葉もまた意味深に思える。

 

 それらの事から風は“元の世界に戻ればまた戦わされるのでは”と不安に駆られるが、妹の頼もしい言葉もあって考えを後回しにする事にした……結果として、その不安は最悪に近い形で的中してしまうのであるが、それはまた別の話だ。

 

 「やー、部室がよりみっちりになったね。わいわいで楽しい!」

 

 「男女比が更に広がったから自分達としては肩身がより狭くなったねぇ……」

 

 「カエっち達なら皆気にしないんよ~。それでも気になるならわたしにくっつけばモウマンタイ~♪ 園子の左側(ここ)、空いてますよ~♪」

 

 「ふふ、それじゃあお邪魔しちゃおうかねぇ」

 

 「園子先輩……勉強になるな~。ねぇねぇアマっち~」

 

 「はいはい。自分もお邪魔させてもらうねぇ」

 

 「「にへへ~♪」」

 

 (乃木は中学生になってもお爺ちゃん好きなのは変わらないみたい……)

 

 神樹(神奈)の力で本来の広さより広がっているとは言え、只でさえ勇者と巫女で20人を越えていたところに防人4人が加わったのだ、人口密度が高くなるのは分かりきっていたとは言え狭くなったと誰もが強く実感する。かといってそれが不満であるかと言えばそうではなく、友奈を筆頭に狭さより仲間が増えより賑やかになることを大なり小なり喜んでいる勇者達。

 

 だが、新たな仲間は全員が女子。男子2人他女子という圧倒的な男女比に楓達は苦笑いを浮かべるが、その言葉に真っ先に反応した園子(中)が彼の右手を引いて自分の左側に寄せる。そのままちゃっかり手を繋ぎながら腕に抱き付き、流石に少しばかり恥ずかしいのか頬を染めていた。そんな彼女と顔を見た楓は朗らかに笑い、そのままされるがままにする。

 

 当然、室内での行動なので全員がそのやり取りを見ている。特に杏は両手で顔を隠しながら指の隙間からガン見しているというお約束な事をしていおり、しずくと亜耶を除く防人組も男女のあれこれを匂わせる行為にどこか挙動不審になっている。そんな周りとは違い園子(小)は新士の手を引き、それだけで悟った彼も彼女の左側に寄った。神樹館に居た頃から変わらない2人の関係性を見て、しずくは懐かしさを感じて内心ほっこりとしていた。

 

 「楠 芽吹が夏凛と知り合いというのは分かったぞ。銀達と楓達としずくも知り合いなのか?」

 

 「私は神樹館小学生だった。お爺ちゃん達とは同学年で、三ノ輪とはちょっと話した事がある程度。お爺ちゃんとは偶然話す機会があって、そこからたまに勉強を見てもらったりしていた」

 

 樹海の頃から疑問に思っていたのだろう、球子が5人に問うと直ぐにしずくから返答が来る。が、実のところしずくは楓達が自分の事を覚えているとは思っていなかったらしい。というのも学校は同じでも小学生組とはクラスが違う上に相手は勇者のお役目を担い、彼女は神樹館に居るとはいえ一般生徒。そうそう話す機会も接触する機会も無かっただろう。

 

 実際、美森と須美、園子ズの4人は彼女の事を知らなかった。4人は面識が無いことを申し訳なく思うが、そんなことはないと本人は首を横に振った。記憶力のある4人が知らない以上、本当に会ったことは皆無に等しいのだろう。むしろ楓達はともかく、ちょっと話した程度の事を、それも名前までしっかり覚えている銀達の方に驚くべきだ。

 

 「4人がお役目で頑張っている事は聞いていたから……一緒に戦えるのは喜ばしい」

 

 「そんで? 加賀城 雀と東郷達が知り合いなんだな」

 

 「そうなんですよ。本当に恐悦至極で……」

 

 「でも自分は会ったこと無いんだよねぇ。自分がちょっと勇者部から離れてた時期のことらしくて」

 

 (その時にうっかり“もう一人居ないんですか?”と聞いてしまって色々と誤解を招きそうになったとは言えない……!)

 

 樹海でも言っていたが、雀は元の世界で勇者部に来たことがあるらしい。その時はまだ楓は神樹の中に居たので彼女との面識は無い。尚うっすらと冷や汗をかいている雀が招きかけた誤解の内容として楓のファンだのスパイだの面白半分(主に風が)な疑惑というか疑問だったのだが、最終的に“勇者部は有名だから”で強引に納得させたようだ。

 

 「防人だったんだね雀ちゃん。あ、呼び方は雀ちゃんでいい?」

 

 「チュン助でもなんでも好きに呼んで下さい。え、えへへ……」

 

 「あーいいね、ユニークなアダ名だよ。可愛い~、チュン助~」

 

 「ありがとうございますぅ乃木様! チュンチュン!!」

 

 「なんか亜耶とは別の意味で下からねぇ。ふつーで良いのよふつーで」

 

 「いえいえ、私は戦闘になれば皆さんに守って貰う立場ですので、これぐらいは!! 出来ればあの空飛ぶ何かに乗せて貰えれば本当に……」

 

 「良いけれど、自分達は上空の敵を担う事になるからあんまり守る余裕はないかも知れないよ?」

 

 「あ、い、今のは無しでお願いします……大変失礼しました……チュンチュン……」

 

 友奈、園子(中)の言葉に全肯定というかどうにも媚を売っているように見える雀に風は思わず苦笑いしながらその必要はないと告げる。亜耶は当初こそ明らかにへりくだった様子で勇者達に対して敬っていたが、今はもう敬意こそ持てどそこまでではない。そもそも勇者達は先輩後輩、先代今代の勇者としての礼儀や敬語等は使うが基本的に明確な上下関係を築くのは好きではないのだ。必要以上に下手に出られても困るだけである。

 

 が、雀としては重要な事なのか態度は改める様子はない。なんなら守って貰えそうな相手として飛行手段を持つ楓にちらちらと何度も視線を向けてあわよくば地上より安全そうな上空に……という思惑が透けて見えた。しかしながら彼女の思惑とは違い、上空組は地上組と比べてたった4人で上空の敵を相手取り、更には地上の援護もする激戦区である。そう言われては雀は申し訳なさそうに謝罪し、小さくなりながら芽吹の後ろへと下がっていく。

 

 「こんな事を言ってるけど彼女は立派な戦力よ。普通に扱って構わないわ」

 

 「な、なんて殺生な事を!! 生存戦略を邪魔しないでよメブー!!」

 

 「め、芽吹さんに抱き付いた。というか、張り付いた……?」

 

 「こっち側にもよく抱き付いたり張り付いたりする人達が居るけどね。にしても面白い人達だね、これから宜しく! 良いところだよ~、仲良くやりましょ」

 

 「様々な縁を持つ人達が集う。これも神樹様のお導きですね」

 

 (近くにいるからか亜耶ちゃんからの信仰を強く感じる……心が芽生えたからかな、信仰を感じるのがこんなにも嬉しいよ)

 

 後ろに下がる雀の背中を押して前に出し、彼女の思惑など関係ないとあっさり戦力だと告げる芽吹。そんな彼女に下手に出てた態度はどこへ行ったのか、不満たらたらに彼女に抱き付く雀。それは杏の言う通り抱き付くというよりは張り付くといった方が正しいくらいの密着具合で、その様子には既視感がある雪花は今正に似たような状況にある楓達と園子ズに笑いながら視線を向ける。

 

 そうして彼女が防人達を迎え入れる言葉を改めて告げた事で、再度歓迎ムードに包まれる部室。和気藹々とした空間に、亜耶は目を閉じて手を合わせ、神樹への感謝と信仰を示す。その心は神樹を構成する神々に、神奈にしっかりと届いており……神奈は胸に手を当て、亜耶を見ながら嬉しそうに、優しく微笑んでいた。

 

 「だいたいの自己紹介は済んだけど、まだ知っておいて欲しい事があるわ。しずく。今、皆に“シズク”を紹介出来る?」

 

 「ん、さっきから準備してた。多分これならいけそう……せーの!」

 

 

 

 「はぁーっ! 勇者様達、夜露死苦! 山伏 シズクだ!」

 

 

 

 「「わぁっ!?」」

 

 「「ワイルド!?」」

 

 「ああ、以前亜耶ちゃんが山伏さんの名前を2回呼んだのは聞き間違いじゃなかったんだねぇ……成る程、こういうことだったのか」

 

 「ちょいとかーくん、受け入れるの早すぎやしないかねチミィ」

 

 芽吹はまだ教える事があるとしずくへと視線を送り、それを受けた彼女は1度目を閉じる。それを不思議そうに勇者達が見つめてほんの数秒、次の瞬間にはこれまでとは売ってかわって荒々しい口調と好戦的な表情のしずく……彼女達が言う“シズク”が顔を出した。その豹変ぶりに思わず亜耶を除く一年生ズが声を出して驚き、高島と千景の2人は感想らしき声を漏らす。

 

 しずくと同じ顔、体なのに何故か髪型まで変わっているように見えるシズク……具体的にはしずくの時は前髪が片目を隠していたのだがなぜか両目が見えるようになっている。そんな彼女に声を出したかどうかの違いはあれど驚きの様子を見せていた勇者達だってが、唯一楓だけは納得したように頷き、受け入れている。そんな彼に、雪花は呆れ気味にツッコミをいれていた。

 

 「なんだそれ一発芸か!? 凄いな、本当に別人みたいだぞ」

 

 「しずくさんの別人格ですのよ。直ぐ慣れると思いますわ」

 

 「俺は楠のモノだからな、楠が勇者様達と一緒に戦えと言えば戦うぜ。爺ちゃんともな」

 

 「“爺ちゃん”はカエっちの事だとして……その前のところ、もう少し詳しく聞かせて欲しいなー。“モノ”とはいったい?」

 

 「簡単な事だ。俺は自分より弱い奴には従わない。勝手にやるのが信条だ」

 

 球子はいまいち良く分かっていなかったようで一発芸か何かと勘違いしており、夕海子から簡潔に説明されていた。その後コショコショと杏から耳元に小声で説明され、本当に分かっているのかふんふんと頷いている。シズク本人は無視して話を進める。腕を組みながら自信満々に、ハキハキとそう言った彼女の言に誰よりも早く飛び付いたのは園子(中)。

 

 シズクの返答はシンプルで少々挑発的にも聞こえるモノだった。防人になった当初もこのような感じだったらしく、ならばという事で芽吹が彼女と勝負をし、結果芽吹が勝利したのでそれ以降は彼女に従うようになったと言う。話を聞いた勇者達は成る程と頷き、誰かさんは素早くメモを取っていた。

 

 「豪快な歓迎なんだね。分かりやすいって言えば分かりやすいんだろうけど」

 

 「ま、今は楠そのものを気に入ってるから勝手にしろって言われても着いていくだろうが」

 

 「私もメブに着いていくよ、どこまでも。メブ党だから」

 

 「ふっ、わたくしもそんな感じですわ。なんだかんだで、わたくしと芽吹さんはコンビみたいなところがありますから」

 

 「えっ?」

 

 (そのコンビの相手は何を言われたかわからないって顔してるけど、気付いてないのかねぇ……)

 

 (気付いてないんだろうね~。あ、わたしはカエっち党だよ~。あとわっしー党とミノさん党でもあるよ~。それからゆーゆ党と~……)

 

 これまでのやり取りで追加で分かったことは、しずくにはシズクという別人格が存在し、そのシズクはかつては力関係で、今は本人を気に入ってるから芽吹と共に戦っているらしいという事だ。それを分かりやすい関係だと雪花が纏め、自分も自分もと雀、夕海子も主張する。コンビ発言に関しては夕海子からの一方通行な認識のようだが。

 

 そんな2人の反応の差に思わずクスクスと小さく笑う楓と小声で会話する園子(中)。その中でどんどん彼女の入っている党が増えていっているが、楓はそれを朗らかな笑みで時々相槌を打ちながら聞いていた。

 

 「おぉ……慕われているリーダーなのだな、芽吹」

 

 「それはもう! 防人全員が芽吹先輩の事を好きですよ。勿論、私も!」

 

 「素敵な関係です。是非是非近くで勉強させて下さい~」

 

 周りから慕われているのだと分かる芽吹に若葉は感嘆の声を漏らす。亜耶は即座に肯定し、防人であるなら自身を含めて誰もが芽吹という人間を好いているのだと力説。その関係が素敵なのはともかく何を勉強するつもりなのかは園子(小)本人とその未来の姿である園子(中)のみぞ知る。

 

 そうして自己紹介や知っていて欲しい事柄、防人達の仲の良さをよく知ることとなった勇者達。親睦も深まったところだが、話はまだ終わらない。防人達という新たな戦力が加わった以上、次に話すべき話題は当然……徳島奪還のこと。

 

 「これだけ戦力が揃えば、激戦となっている徳島でも優位に立ち回れるな」

 

 「相手の抵抗も相当しぶといけど、女子力で圧倒出来るってもんよ」

 

 そう、先代勇者のリーダーと勇者部のリーダーが話そうとしたところで、戦いの話になる雰囲気をぶった切るように夕海子が口を開く。

 

 「ところで皆様に1つ質問があるのですが」

 

 

 

 「名家、弥勒家の事はご存知でして?」

 

 

 

 反応は、純粋に聞き覚えがなく首を傾げる者、何故今ここでそんな話を? と疑問符を浮かべる者、そして今その話いらねぇだろと若干のイラつきが混じった者に分かれるのだった。




今回は相違点もお休みです(!?)



防人組は結局あまり設定は変わらなさそうです。ただまあ本編通りしずくが楓に懐いていたこと、銀の生存等から多少変わりはしますが……ところでしずくが直接会っていた小学校時代と今の楓では彼女にとって大きな違いがあるんですが、お気付きですかね? ヒントは、本来ならばある筈の無いものです←

さて、今年も本作をご愛読、誠にありがとうございました。来年は最初に番外編として個別√を書く予定です。まだ書いてないツインテールの子が居ますよね……ダレナンダー。

それでは、あなたからの感想、評価、批評、pt、質問等をお待ちしております。来年も宜しくお願いしますv(*^^*)


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