目が覚めたらスラムでした (ネコガミ)
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プロローグ『スラムにようこそ!』

憑依転生物です。

原作とキャラが違うのが苦手な方はブラウザバックをお願いします。


瞼に当たる陽の光で目が覚める。

 

「くぁ…あ~、よく寝た。って…何で俺は外で寝てんだ?」

 

頭を掻きながら身体を起こすと、寝惚けた頭を起こす為に背伸びをする。

 

「っ、あ~…そういえば、昨日はけっこう酒を飲んだからな。それで酔っ払って外で寝ちまったのか?」

 

辺りを見渡して見ると、周囲には見覚えのない景色が広がる。

 

「あん?どこだここ?」

 

立ち上がって改めて周囲を見渡してみるが、まったく見覚えが無い。

 

困り果てた俺はため息を吐いてしまう。

 

「財布はあったけど…なんで諭吉がドル紙幣に変わってるんだ?」

 

更に休みだったからジャージで過ごしていたというのに、服装がTシャツとジーパンに変わっている事に驚く。

 

色々な事が立て続きに起こって俺は混乱してしまう。

 

「落ちつけ、落ちつけよ俺…っ!?」

 

気を落ち着けようとして無意識に額に手を持っていこうとしたその時…。

 

俺の目には、見慣れぬ肌の色をした腕が映り込んだ。

 

「なんでこんなに日焼けして…。」

 

ジャリ!

 

混乱の最中だったが、不意に聞こえた物音に振り向く。

 

「見ねぇ顔だな。新顔か?」

 

三人の黒い肌をした少年達が、何かをクチャクチャと噛みながら俺を見ている。

 

ガムでも噛んでるのか?

 

出会った人達が明らかに日本人じゃない事にも驚いたが、それ以上に彼等が話す英語が当たり前の様にわかってしまう事の方が驚いた。

 

何故なら俺の学生時代の英語の成績は五段階評価で一なのだから。

 

そこで気がついたのだが、先程から溢していた俺の一人言も英語だった。

 

「はは…もう何がなんだか…。」

 

驚きを通り越して呆れの状態になったその時、少年達はニヤニヤとした笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 

「ヘイ新顔、俺達がお前にスラムの流儀ってもんを教えてやるぜ。」

「…スラム?」

 

少年の言葉に猛烈に嫌な予感がしてきた。

 

「ニューヨークのスラムに来た奴が一度は味わう通過儀礼ってやつさ。さぁ、出すもんだしな。」

「はは…。」

 

そうか、此処はニューヨークのスラムなのか。

 

もう乾いた笑いしか出てこないが…さて、どうしたもんかな?

 

正直、俺の身に何が起きたのかさっぱりわからんのだが、一つだけわかる事がある。

 

それは、諭吉からドル紙幣に変わった財布の中身は俺の生命線だという事だ。

 

それを目の前の少年達に渡す?

 

冗談じゃない!

 

渡せるか!

 

ならどうする?

 

そんなの…答えは一つしかないだろ!

 

俺はあえて不敵な笑みをする。

 

それを見た少年達は訝しげな表情を浮かべた。

 

そこで…。

 

「…っ!?おい!」

 

少年達の一人が声を上げるが関係無い。

 

俺は全力で走り出した。

 

「「「待ちやがれ!」」」

 

少年達が異口同音に声を上げながら、俺を追いかけてくる。

 

こうしてニューヨークのスラムにて、俺の人生で初めての逃走劇が始まったのだった。




本日は3話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第1話『はじめての逃走と闘争』

本日投稿2話目です。


「ま、待ちやがれ!」

 

少年達から逃げ始めて10分ぐらい経っただろうか?

 

明らかに息切れしている少年達を、俺は時折振り返って様子を窺う。

 

本来なら運動不足のアラサーである俺は、100mも走れば足が悲鳴をあげてしまうポテンシャルの筈なのだが、今はフルマラソンだって笑顔で完走出来るんじゃないかと思える程に余裕である。

 

これだけ余裕があると色々と考える事が出来てしまうもので、俺は走りながら自身に何が起きているのかを考えた。

 

その結果、一つの考えが浮かんだ。

 

転生。

 

普通なら馬鹿らしいと一蹴するだろうけど、俺もオタクの端くれである。

 

最早俺は転生したのだと受け入れ始めていた。

 

「…ははっ!」

 

今だに少年達から逃げているのに笑いが止まらない。

 

何故なら、家と会社を往復するだけの日々の中で数え切れない程に望んだ事が起こったからだ。

 

逃げている最中にそんな事を考えていたからフラグが建ったのだろうか?

 

無意識に曲がり角を曲がると、そこは行き止まりになっていた。

 

「も、もう逃げられねぇぞ…。」

 

思いっきり肩で息をしている少年達が、俺を追い詰めたと不敵な笑みを浮かべている。

 

「な、舐めた真似をしたんだ。財布の中身だけじゃ済ませねぇからな。」

 

少年の一人が息を整えながら、手の骨を鳴らし始める。

 

察するに俺を殴るつもりなのだろう。

 

少年達の方が人数は多い上に、俺よりも頭一つは背が高いんだ。

 

強気に出るのもわかる。

 

でもさ、明らかに体力切れしているんだが?

 

まともに殴り掛かってこれるのか?

 

うん、正直に言って負ける気がしない。

 

なんせあれだけ走っても余裕なくらいの身体スペックがあるからな。

 

問題があるとすれば…俺が喧嘩一つした事が無い草食系オタク男子だという事か。

 

「おらぁ!」

 

弓を引く様に、少年の一人が思いっきり振りかぶって殴り掛かってくる。

 

その動きは丸見えだ。

 

憧れの転生をしたという思いが俺に高揚感を(もたら)しているのか、恐怖は欠片も無い。

 

俺が一歩下がってパンチを避けると、少年は勢い余って上体が流れてしまい、俺の目の前に顔がやって来る。

 

そんな少年の顔を、俺は体重を乗せる様に踏み込んで思いっきり殴り抜いた。

 

バキッ!とでも形容する様な音が少年の頬から鳴る。

 

すると、少年は転がる様にして地面に倒れた。

 

それを見た少年達の一人が怒りの声を上げて殴り掛かってくる。

 

うん、これも動きが丸見えだ。

 

横に一歩動けば少年の顎はガラ空きだ。

 

下から思いっきり殴り上げたら、少年の一人は膝から崩れ落ちる様にして地面に倒れた。

 

パチンッ!

 

残った少年の一人の方向からそんな音が聞こえる。

 

振り向くとそこには、ナイフを手に持った少年の姿があった。

 

「ふざけやがって…もう容赦しねぇぞクソ餓鬼がぁ!」

 

かつあげをしようとしておいて容赦も何もないと思うんだけど?

 

残った少年の一人が俺を刺そうとナイフを突き出してくる。

 

俺はそれを下がりながら避けていくが、ついに壁を背にしてしまった。

 

「はっ!運が尽きたな!」

 

追い詰められてしまった俺だが、欠片も焦りは無い。

 

むしろ、非日常を味わって高揚している。

 

「なに笑ってんだコラァ!」

 

コメカミに青筋を浮かべた少年が、俺を刺そうとして踏み込みながらナイフを突き出してくる。

 

その動きはもう何度も見た。

 

俺は斜め前に一歩踏み込むと、思いっきり体重を乗せて少年の顔面を殴り抜く。

 

グシャ!

 

形容し難い音と共にナイフを持った少年が後ろに倒れる。

 

こうして生涯初めての喧嘩を終えた俺は、勝利の雄叫びを上げたのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第2話『現状確認』

本日投稿3話目です。


勝った!初めての喧嘩で勝った!

 

身体の奥底から何か衝動の様なものが沸き上がってくる。

 

俺は衝動に身を任せて雄叫びを上げた。

 

「ヤーハー!」

 

う~ん…アメリカンな雄叫び。

 

予想外の雄叫びに毒気を抜かれたのか冷静になってしまった。

 

あの高揚感にもう少し浸っていたかったんだけどなぁ…。

 

「うぅ…。」

 

呻き声が聞こえたので目を向けると、俺が殴り飛ばした少年達がヨロヨロと身体を起こし始めていた。

 

それを見た俺に悪戯心が芽生える。

 

一度やってみたかったんだよねぇ。

 

なんせ俺は草食系オタク男子だったからな。

 

こういった事とは無縁だったのだ。

 

俺は殴られた所を押さえながら上体を起こした少年達の近くに歩み寄る。

 

「さて、喧嘩は俺の勝ちだ。こういう時スラムではどうするんだい、先輩?」

 

俺がニヤニヤと笑いながら問い掛けると、少年達は舌打ちをしながら財布を投げ渡してきた。

 

「なんだ、大して入ってねぇなぁ。」

「うっせぇ!ほっとけよ、チビ!」

 

確かに少年達の方が頭一つ以上はデカイけど、そんな事を言っていいのかねぇ?

 

「スラムの流儀を教えて貰ったから加減してやろうと思ったのになぁ~?」

 

ニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらそう言うと、少年達は腰を低くして謝り始めた。

 

うむ、素直でよろしい!

 

そんな少年達に免じて、俺は少年達の財布から10ドルずつ抜き取って返す。

 

「あん?ボーイ、それぽっちでいいのか?」

「言っただろ?ここの流儀を教えて貰ったって。」

 

少年達の財布には30~40ドルぐらいしか入ってなかったからな。

 

20~30ドル残ってれば、今日明日で飢えるって事は無いだろ。

 

「まぁ、そういう事だ。また俺と喧嘩したくなったら、ちゃんと財布に10ドル入れてこいよ。」

「うっせぇ!次は俺が10ドル貰うからな!」

 

俺が10ドル札をヒラヒラとしながらそう言うと、少年達は中指を立てて去っていった。

 

うん、ワルガキなのは間違いないけど悪人ってわけじゃなさそうだ。

 

機会があれば一緒に飯を食いたいな。

 

「あっ、しまった。」

 

俺は失敗した事を悟る。

 

何を失敗したのか?

 

それは…。

 

「ここがどこなのか、全然わかんねぇぞ。」

 

困って頭を掻くと、腹の虫が盛大に鳴き声を上げたのだった。

 

 

 

 

適当にそこら辺をウロウロとしていると、ホットドッグを売っている屋台を見つけた。

 

これ幸いと歯並びの綺麗なナイスガイに10ドル札を渡してホットドッグを買う。

 

そして適当にそこら辺にあったベンチに腰を落ち着けて腹拵えを始めたのだが…。

 

「こんな紙、財布の中にあったか?」

 

ホットドッグ売りのナイスガイに10ドル札を渡そうとして財布を開くと、今手にしている紙がヒラヒラと財布から落ちたんだよね。

 

「あの少年達の物だったら悪い事をしたなぁ。」

 

まぁ、10ドルを奪っておいて悪い事をしたもないけどな!

 

俺はホットドッグをくわえながら折り畳まれている紙を開いて中を見る。

 

すると…。

 

『この手紙を見ているという事は幾らか落ち着いたのだろう。そこで改めてお主の状況を説明する。お主は一度死んだ。私の部下のミスでだ。そこで詫びとしてお主を転生させた。』

 

モグモグとホットドッグを咀嚼すると、コーラもといコークで胃に流し込む。

 

「まぁ、転生したんだろうなとは思ってたけど…なんで英文が普通に読めてんだ?」

 

二個目のホットドッグに手を伸ばしながら手紙の続きを読む。

 

『そこでお主を転生させた世界なのだが…そこは、はじめの一歩の世界だ。そして望みの転生特典を聞く余裕が無かったので、お主を転生先の世界でもとびっきりの才能を持つ男であるブライアン・ホークとして転生させたのだ。』

 

危うくホットドッグを落としそうになった。

 

はじめの一歩?!

 

ブライアン・ホーク?!

 

あまり詳しくは覚えていないが、俺もオタク男子の端くれであるので少しは読んだ事がある。

 

はじめの一歩はボクシング漫画で、主人公のいじめられッ子である『幕ノ内 一歩』がボクシングを通じて成長していく物語だ。

 

その主人公がボクシングの世界に入るキッカケになったのが作中最強クラスの『鷹村 守』だ。

 

そしてその『鷹村 守』と世界タイトルマッチで死闘を繰り広げたのが『ブライアン・ホーク』だ。

 

たしか『ブライアン・ホーク』はほとんど練習をしないで世界チャンピオンになった超天才だったよな?

 

でも、作中でもトップクラスの悪役である…と。

 

ため息を吐いてから二個目のホットドッグにかぶりつく。

 

そして手紙の続きを読む。

 

ブライアン・ホークの…俺の両親の事が書かれているのだが、どうやら二人共にそれぞれ新しいパートナーと一緒に蒸発してしまっているらしい。

 

俺をスラムに置き去りにしてな!

 

『今のお主は10歳。ボクシングで身を立てるも、他で身を立てるも自由だ。どうか第二の人生を楽しんでほしい。』

 

これで手紙は読み終わった。

 

俺は二個目のホットドッグをコークで胃に流し込むとため息を吐いた。

 

「素寒貧の状態で、どうやってスラムから成り上がれってんだよ…。」

 

もう一度ため息を吐いてから三個目のホットドッグに手を伸ばす。

 

そして、手に取ったホットドッグを見詰めた。

 

「オーケー、やってやるよ。いつかこのホットドッグを、肉汁滴るステーキに変えてやるさ!」

 

俺はその決意と共に、ホットドッグに噛み付いたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第3話『勝利報酬は10ドル』

本日投稿1話目です。


俺がブライアン・ホークとして転生してから1年が経った。

 

今のところ五体満足にスラムで生き抜いている。

 

この1年で俺はスラムではちょっとした有名人になった。

 

『10ドル(テンダラー)ホーク』

 

こんなニックネームで呼ばれる様になったんだ。

 

そう呼ばれる様になったのは、俺が喧嘩で勝った際に相手から10ドルだけを頂戴するからなんだよな。

 

普通は有り金全部を貰うらしいが、それは俺の思惑に合わないのでやってない。

 

思惑ってなんだって?

 

簡単な事だ。

 

喧嘩で勝つしか金を得る手段が無いからだ。

 

まず俺の年齢なんだが、今は11歳。

 

そして両親はいなくて、金を払えないから学校にも行っていない。

 

これで誰が雇うと思う?

 

売り上げを盗まれる事を危惧して誰も雇っちゃくれねぇよ!

 

まぁ、自由業の方がそれとなくスラムの連中に仕事を斡旋してくれようとしているのを見たことがあるけど、俺は全力で避けたね。

 

だって、ムキムキマッチョな国家公務員がピストル片手に自由業の方を追い掛けるのを見ちまったからな。

 

他にも肌の色が原因で雇って貰えないなんて問題も時にはある。

 

スラムの連中が言うには、この問題は一昔前に比べてマシになったそうな。

 

それでもまともに仕事を貰えない以上、俺が金を稼ぐ手段は喧嘩しかないわけだ。

 

そこで俺は『俺が勝ったら10ドル貰う』って俺ルールを作って喧嘩をする様になったわけだ。

 

生かさず殺さず…っていったら言葉は悪いが、ある程度安定した収入にするにはこれが一番だって思ったんだ。

 

最初の3ヶ月は俺の方からワルガキ達に喧嘩を売っていた。

 

それで一度も負けずにいると、今度は腕自慢のワルガキの方から俺に喧嘩を売ってくる様になった。

 

鉄パイプ、ナイフなんて道具は可愛いもんで、時にはピストルを持ち出してくる奴もいた。

 

それでも…俺は喧嘩に一度も負けなかった。

 

そして少し前から『10ドルホーク』って呼ばれる様になったのさ。

 

さて、そろそろ行くか。

 

今日もしっかりと稼がないとな。

 

 

 

 

スラムにあるちょっとした広場に足を運ぶと、そこで俺を見付けた少年が白い歯を見せて微笑む。

 

「ヘイ、ホーク。挑戦者が待ってるぜ。」

 

親指で相手を示すこの少年の名前はダニー。

 

俺の初めての喧嘩相手だった三人の内の一人だ。

 

あれから数回喧嘩してからは、こうして普通に話す仲になっている。

 

俺は今日の最初の相手に目を向ける。

 

入念に準備運動をしているところを見るに、相手は何らかの経験者ってとこか?

 

俺の疑問を察したのか、ダニーがそれとなく耳打ちをしてくる。

 

「なんでも、ハイスクールでレスリングの州3位になったって話だぜ。」

 

つまり今日の最初の相手は高校生ってことか。

 

俺はまだ11歳だぜ?

 

小学生相手に高校生が出張ってくるとかどうなのよ?

 

まぁ、ここはスラムだ。

 

年齢制限だの体重制限だのといった細かいルールは無い。

 

あるのはただ一つ。

 

オールオアナッシングだけだ。

 

たっぷりと汗をかいた対戦相手が俺の前にやって来る。

 

「ボーイ、今日で無敗の看板は下ろしてもらうぜ。」

 

身長差もあって相手は俺を見下ろしてくる。

 

ハッ、上等だぜ!

 

「ちゃんと10ドルは持ってきたのかい、ブラザー?」

 

俺が問うと、相手はズボンの尻ポケットからクシャクシャの10ドル札を取り出した。

 

「オーライ、それじゃ始めようぜ。」

 

俺と相手が適当に離れて向き合うと、ギャラリーが俺達を中心に輪になる。

 

ふと見渡すと、輪の外では俺達の喧嘩で賭けが始まっている。

 

ワルガキ達が生み出す喧騒に、俺は自然と笑ってしまう。

 

それが癪に触ったのか、俺の喧嘩相手から舌打ちが聞こえた。

 

オーライ、待たせちまったな。

 

さぁ、始めようぜ!

 

こうして俺のスラムでの日々は過ぎていく。

 

この日の稼ぎは100ドル。

 

俺は10人と喧嘩して、一度も負けなかったのだった。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第4話『ステーキハウスでの一方的な邂逅』

本日投稿2話目です。


俺がブライアン・ホークとして転生してから4年が経った。

 

今の俺は14歳。

 

身長は170cmを超えて、そうそうスラムのワルガキ達にガタイ負けしなくなった。

 

そのせいなのか、最近は喧嘩相手が少なくなってきた。

 

今では俺と喧嘩をするのは格闘技の経験者ぐらいだな。

 

スラムの喧嘩自慢のワルガキ達はこぞって見に回っている。

 

去年と比べても今年の稼ぎは悪い。

 

今日も俺と喧嘩をしようとする奴等は五人程度と少なかった。

 

まぁ、今は食うに困らないんだけど、このままでは相手がいなくなる。

 

う~ん…どうする?

 

いい考えが浮かばない。

 

むしろ良くない想像ばかりが浮かび上がってくる。

 

あぁ!やめやめ!

 

腹が減ってるからネガティブな事ばかり考えるんだ!

 

よし!今日は久しぶりにステーキを食うぞ!

 

そう考えた俺はスラムを抜け、程近い所にあるステーキハウスに入ったのだった。

 

 

 

 

「おう、ホーク。今日の稼ぎはどうだった?」

 

この数年で顔馴染みになったステーキハウスのマスターが、笑顔で俺に問い掛けてくる。

 

「まぁ、ツケにせずに食える程度ってとこだな。」

「そいつは最高だ。いつものでいいか?」

「おう。」

 

カウンター席に座ると、マスターは俺に水を出してから大きな鉄板でステーキを焼き始める。

 

ジュウゥゥゥ!という音と共に立ち上る煙が、俺の空きっ腹を刺激してくる。

 

腹の虫の鳴き声を抑える為に水を一口飲むが効果は無い。

 

むしろ準備万端と更に鳴き声が増す始末だ。

 

少し経つと重厚な存在感を放つステーキが俺の前にやって来る。

 

前世の記憶にある日本式の薄いステーキじゃない。

 

アメリカ式の分厚いステーキだ。

 

ナイフとフォークでそいつを切り分けると、大口を開けて食らい付く。

 

噛み応えのあるステーキは育ち盛りの俺にピッタリで、咀嚼は一瞬たりとも止まらない。

 

500グラムはあったステーキ1枚を平らげる頃合いに、マスターが2枚目を焼き始める。

 

顔馴染み故の見事な呼吸だ。

 

付け合わせで間を埋めていると、2枚目のステーキが目の前に置かれた。

 

俺は衰えぬ勢いで2枚目のステーキを食らっていく。

 

そして至福の時を終えた俺は、マスターに礼を言ってスラムに帰るのだった。

 

 

 

 

「マスター、少しいいかな?」

 

ステーキハウスの一角でサイドメニューのサラダを食べていた老人が、不意にマスターに問い掛ける。

 

「あん?どうした、じいさん。」

「先程出ていった少年なのだが、何者かな?」

 

老人の問い掛けにマスターは訝しげな表情をするが、老人が差し出したチップを懐に仕舞うと話し出す。

 

「あいつはブライアン・ホーク。スラムのワルガキさ。」

「スラムの?」

「ただのワルガキじゃねぇぜ。スラムの喧嘩で負けなしのワルガキさ。」

 

興が乗ってきたのか、マスターはホークの事を語り続ける。

 

「スラムじゃあ鉄パイプやナイフは当たり前。果てにはピストルまで喧嘩に持ち出されるんだが、ホークはそんなスラムの喧嘩で拳一つで負けなしなのさ。」

「ほう?」

 

興味深そうな老人に機嫌を良くしたマスターは更に話しを続ける。

 

「他にもレスリングにカラテといった格闘技の経験者相手にも一度も負けた事が無いらしい。俺も初めてホークを見た日から、あいつがケガをして店に来たのを見た事が無いんだ。」

 

マスターから話を聞いた老人は笑みを浮かべながら立ち上る。

 

「面白い話を聞かせて貰った。釣りはチップとして取っておいてくれ。」

 

帽子を被りながら老人は踵を返して店を出ようとするが、不意に立ち止まって振り返る。

 

「そうだ、マスター…。」

 

声を掛けられたマスターは首を傾げて老人の言葉を待つ。

 

すると…。

 

「ホークが喧嘩をする場所なのだが…わかるかな?」

 

帽子の鍔を持ち上げながらそう問い掛けた老人の目は、まるで宝物を見付けた少年の様に輝いていたのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第5話『転機』

本日投稿3話目です。


ステーキハウスに行った翌日、いつもの様に広場に行ったんだけど、そこで俺を待っていた喧嘩相手は3人しかいなかった。

 

日を追う毎に喧嘩相手が減っていく事態に、俺はため息を吐きたくなっちまう。

 

(わざと負けた方がいいか?)

 

そう考えた俺はその考えを振り払う為に首を横に振る。

 

スラムの喧嘩で無敗。

 

俺がこのステータスを失えば、わざわざ俺と喧嘩をしようとする奴は本当にいなくなっちまう。

 

かといって勝ち過ぎてる今も、どんどん喧嘩相手は減っている。

 

八方塞がりの現状にどうしたもんかと思うが、取りあえずは待っていた相手と喧嘩をしなきゃな。

 

たっぷりと汗を流していた相手はご丁寧にグローブとヘッドギア、おまけにマウスピースまでつけている。

 

(パッと見はボクサーっぽいが、見た目で騙そうとする奴もいるからな。)

 

広場の中央に進むと、ワルガキ達が俺と相手を中心に輪になる。

 

いつもの喧嘩の舞台が整った。

 

俺の相手はボクシングでいうところのオーソドックススタイルの構えをした。

 

こういった知識は喧嘩の後にダニーが教えてくれる。

 

あいつは格闘技が好きで、わざわざスラムを抜けて直接見に行くらしいからな。

 

その見に行く為の費用は、俺の喧嘩での賭けで手に入れているそうだ。

 

まぁ、悪友の趣味は置いておこう。

 

今は目の前の相手と喧嘩をしなきゃならないからな。

 

オーソドックススタイルの相手は、腕を下げてノーガードな俺に対してステップを刻みながらジャブを打ってくる。

 

俺はそのジャブを首を動かすだけで避けたり、横に身体ごと動いたりして避けていく。

 

相手は時折ジャブとストレートのコンビネーション…ワンツーを打ってくるが、それも全部避ける。

 

焦れてきたのか、相手は大きく踏み込みながら引っ掻ける様にして左フックを打ってきた。

 

俺はそれを身体を大きく仰け反らして避ける。

 

そうすると、相手の無防備な下顎が俺の目に映る。

 

その無防備な下顎を、俺は下から殴り上げた。

 

顔が跳ね上がった相手は、大きく踏み込んだ勢いで転がる様にして地面に倒れていく。

 

俺にとってはいつもの光景。

 

ギャラリーからは歓声も聞こえるが、それ以上に大きな悲鳴が上がっている。

 

どうやら相手に賭けていた連中の様だ。

 

その連中から相手への声援が飛ぶ。

 

(そう心配するなよ。今のは『効かせる』殴り方をしてないからな。)

 

4年に及ぶスラムの喧嘩で、俺は殴り方によって相手のダメージの受け方が変わる事に気付いた。

 

殴り方には大きく分けて二種類ある。

 

殴ったところが腫れやすいけどダメージが身体の芯に響かない殴り方。

 

そしてダメージを相手の身体の芯に響かせる殴り方だ。

 

声援に反応した相手はフラフラと上体を起こし、膝を震わせながら立ち上がった。

 

次があるからさっさと終わらせるかと思った俺は、ノーガードのまま相手に歩み寄る。

 

ある程度近付くと、相手は牽制する様にジャブを打ってきた。

 

首を横に傾げてジャブを避けると、引き手に合わせて踏み込む。

 

そして『効かせる』殴り方で相手の腹を殴ると、相手は膝から崩れ落ちていったのだった。

 

 

 

 

3人との喧嘩を終えた俺が勝利報酬の30ドルを財布に入れていると、不意に拍手が聞こえてきた。

 

その拍手が聞こえてくる方に振り向くと、そこにはスラムに似つかわしくないスーツを着たじいさんの姿があった。

 

「おい、じいさん。ここはスラムだぜ。あんたみたいなスーツを着た奴が来るような場所じゃねぇ。外まで送ってやるからさっさと帰んな。」

 

俺の言葉を聞いたじいさんは不敵に笑う。

 

「見事な喧嘩だった。」

「話聞いてんのか、ジジイ。」

 

スラムで数年過ごしてきた結果、俺は前世と違ってまともに敬語で話さなくなった。

 

まぁ、スラムの流儀に染まったってわけだ。

 

呆れた様な言い方の俺に、じいさんは微笑んでくる。

 

なんだ?

 

俺にそっちの趣味はねえぞ。

 

「君に仕事を紹介したい。」

「あん?ヤバイ仕事ならお断りだぜ。」

 

俺は自由業になるつもりは欠片もない。

 

まぁ、今の俺はチンピラと変わんねぇけどな。

 

「私が紹介する仕事は、人を殴って称賛され、更に金を貰える仕事だ。」

 

そんな上手い話、そう簡単にあるわけねぇだろうが…。

 

俺はため息を吐きながら頭を掻く。

 

「じいさん、ボケてんなら医者に連れてってやろうか?金は出さねぇがな。」

「私はボケておらんよ。私は先程紹介した仕事をする者を育てる事を生業にしているのだ。」

 

胡散臭ぇ…。

 

俺の顔を見たじいさんが笑いだす。

 

人の顔を見て笑うとか、性質(たち)の悪いジジイだな。

 

「失礼、遠回しな言い方がよくなかったかな?」

 

そう言ってじいさんは咳払いをしてから話し出す。

 

「私はミゲル・ゼール。ボクシングのトレーナー兼マネージャーをしている者だ。」

 

じいさんが帽子を外しながら自己紹介をすると、俺は口を開けたまま呆然としたのだった。




次の投稿は13:00の予定です。


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第6話『名伯楽の回想』

本日投稿4話目です。


私はミゲル・ゼール。

 

ボクシングのトレーナー兼マネージャーをしている者だ。

 

これまで5人の世界チャンピオンを育て、アメリカのボクシング界では『名伯楽』と呼ばれている。

 

私は今、ニューヨークにあるボクシングジムの会長から依頼されたトレーナー契約を終え、最近のお気に入りであるサラダを食べるためにステーキハウスに向かっている。

 

ステーキハウスに向かいながら、私は先のトレーナー依頼の事を思い返す。

 

ボクシングジムの会長は私の知人なのだが、彼は光る物を持つ練習生のトレーナーを引き受けてほしいと依頼してきた。

 

練習生の練習を見学したが、知人の言う通りに確かに光る物を持っていた。

 

プロテストを受けるまでという内容で契約した私は練習生を指導していった。

 

結果、練習生は無事にプロテストに合格した。

 

その後、知人と練習生に契約延長を申し入れられたのだが、私は引き受けなかった。

 

何故なら、その練習生は世界チャンピオンを『目指せる者』だったが『なれる者』ではなかったからだ。

 

そう思い返している内にステーキハウスに到着した。

 

私はマスターにサイドメニューのサラダとビアー(ビール)を注文した。

 

まだ昼だが一仕事を終えたのだ。

 

飲んでも構わんだろう。

 

程なくしてマスターが私の座るテーブルにビアーを持ってくる。

 

私は一口飲んで喉を潤す。

 

美味い!

 

人心地ついたところで、私はまた思い返す。

 

あの練習生は『なれる者』では無かったが、私が育てた世界チャンピオン達も決して『なれる者』では無かった。

 

彼等は世界チャンピオンに『ならせる事が出来る者』だったのだ。

 

それだけでも彼等は素晴らしい才能の持ち主なのだが、私が若き日に見たあの『なれる者』と比べれば、彼等の才能も霞んでしまうだろう。

 

私が若き日に見た世界チャンピオンに『なれる者』。

 

その男の名は猫田 銀八。

 

時代は第二次世界大戦が終戦した頃の事、当時軍隊にいた私は敗戦国である日本に進駐していた。

 

敗戦からの復興の真最中であった当時の日本のとある広場に、私は一つのリングを発見した。

 

そのリングの上で日本人達はボクシングをしていた。

 

いや、あれはボクシングと呼べる代物ではなかったな。

 

当時の日本人達はボクシングを『拳闘』と呼んでいたのだが、文字通りに拳での闘いでしかなかった。

 

ボクシングと呼ぶに相応しい技術的な駆け引き等は無く、神風の精神で何度も立ち上がり、そして殴りあうだけのものだった。

 

そんな『拳闘』を楽しむ日本人に本物のボクシングを教えてやろうと、進駐軍の一員であるラルフ・アンダーソン軍曹が言い出した。

 

日本語が堪能だった私はアンダーソン軍曹の通訳の様な事をしていたのだが、そのアンダーソン軍曹の望みを日本人と交渉した。

 

そしてリングに上がったアンダーソン軍曹は文字通りに日本人を蹂躙していった。

 

戦前のアンダーソン軍曹はウェルター級の世界5位の実力者だったのだ。

 

体格も技術も違う日本人が勝てる相手ではない。

 

アンダーソン軍曹が次々と日本人を倒していく中で、浜という男がリングに上がりボクシングと呼べる技術を見せたが、それでもアンダーソン軍曹の敵では無かった。

 

戦争によりボクサーとしての道を断たれたアンダーソン軍曹は当時荒れていた。

 

そのせいか試合後の興奮をしていたアンダーソン軍曹は日本人女性に乱暴をしようとしてしまった。

 

そんな時に現れたのが猫田と鴨川だ。

 

遺恨が生まれた猫田はアンダーソン軍曹に挑戦する為にリングに上がる。

 

すると猫田はアンダーソン軍曹との体格差を逆手にとり、スピードで彼を翻弄していった。

 

体格の大きいアンダーソン軍曹の顔に有効打を見舞う為に、ボディを打って顔を下げさせる。

 

そして下がった顔を打つと素早く下がる。

 

正に理想的なヒットアンドアウェイだった。

 

数多のボクサーがその理想を体現しようとしたが、それを体現出来たのは世界を見回しても極僅かだ。

 

だが猫田はそれを体現してみせたのだ。

 

圧倒的なスピードとアンダーソン軍曹のパンチを察知する野性的な勘。

 

猫田はボクサーの理想像の一つだった。

 

アンダーソン軍曹が反則である後頭部への打撃『ラビットパンチ』を使わなければ、確実に猫田に負けていただろう。

 

猫田との試合後、アンダーソン軍曹は鉄の意思を持つ鴨川との試合に敗れてしまったが、鴨川との試合後には戦争によって運命を狂わされて腐っていたアンダーソン軍曹の姿は無く、ボクサーとしての誇りを取り戻した彼の姿があった。

 

帰国後、アンダーソン軍曹は軍を除隊しボクシングの世界に復帰した。

 

既にボクサーとしての旬を過ぎていた彼だったが、私は彼のトレーナー兼マネージャーとなった。

 

そして彼を世界チャンピオンへと導いたのだ。

 

コトリと目の前にサラダを置かれた事で、私の意識は過去から現実へと帰ってくる。

 

私は笑みを浮かべてサラダを口にした。

 

マスター特製のドレッシングが効いたこのサラダは、老いて弱った私の胃を優しく満たしてくれる。

 

サラダに舌鼓を打っていると、このステーキハウスのドアベルが音を鳴らす。

 

ドアベルの音に釣られて目を向けると、そこには一人の少年がいた。

 

その少年を見た瞬間、私の身体に鳥肌が立った。

 

鳥肌は猫田のボクシングを見た時と同じ種類のもの。

 

だが同時にそれ以上の衝撃も感じている。

 

私はこの日、従軍して以来した事が無かった感謝の祈りを神へと捧げたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第7話『新たな報酬は30ドル』

本日投稿1話目です。


ミゲルにボクシングに誘われた翌日、俺はミゲルに連れられてニューヨークにあるボクシングジムの一つを訪れた。

 

「ミゲル、これは何だ?」

「これはバンテージと言ってね、拳と手首を保護する物だよ。」

 

そう言いながらミゲルは器用に俺の手にバンテージを巻いていく。

 

そしてグローブとヘッドギアを俺につけさせると、ミゲルは俺をリングに上げさせた。

 

「リングの上で何をするんだ?」

「あちらでアップをしている彼とスパーリングをしてもらおうと思ってね。」

 

ミゲルの目線を追うと、そこでは入念に汗をかいている男がいる。

 

「おい、ミゲル。あいつみたいにトレーニングをしないでいいのか?」

「ホーク、今はその時ではないよ。」

 

ミゲルの言葉に俺は首を傾げてしまう。

 

「まぁ、気にせずにしっかりと稼いできなさい。ホーク、君のスパーリングパートナー代は30ドル。打たれてダメージを負ったりダウンをしたりしなければ、1日に何度でもスパーリングをして構わない。君次第で、1日に100ドル以上稼ぐのも可能だよ。」

 

そう言うミゲルに、俺はニヤリと笑ってやる。

 

「ミゲル、ちゃんと相手を用意しておけよ。」

 

俺はそう言うと、スパーリング相手がリングに上がってくるのを待ち受けるのだった。

 

 

 

 

リングに上がり相手を待つホークを見ながら、私はホークのこれからの事を考える。

 

今のホークは14歳。

 

プロテストを受けられるのは17歳からだから、後3年の時間がある。

 

この3年をどう使うかで、ホークがただの世界チャンピオンになるのか、史上最強の世界チャンピオンとなれるのかが分かれるだろう。

 

「トレーニングをしなくていいのか…か。」

 

トレーニングとはただ積めばいいものではない。

 

その人物の才能や適性にあったものでなければ、効果は低いものとなってしまう。

 

だからこそ私はホークにスパーリングパートナーの仕事を斡旋した。

 

リングの上でホークはどう動くのか。

 

それをこの目で見て、ホークに必要なトレーニングメニューを作り上げなければならない。

 

後はこれまでのホークの流儀に合わせたといったところか。

 

拳一つでスラムを生き抜いてきたホークに受け入れやすい様にと考えたのだが、まさかトレーニングの事を言ってくるとは思わなかった。

 

私と会ったときにホークは、私の事を心配してくれた。

 

言葉遣いや振る舞いは粗にして野だが、心は卑ではない。

 

その事が更に私の心を昂らせてくれる。

 

私自身、トレーナーとしてホークにトレーニングを積ませたい気持ちは勿論ある。

 

だが、今のホークにトレーニングをさせてもあまり効果的では無いだろう。

 

その理由の一つは、ホークがスラムで身に付けた拳や野性が無くなりかねないことだ。

 

その為、ホークの適性を見る事と合わせて、スパーリングで自然にボクシングに慣れさせる事を選択したのだ。

 

そしてもう一つ理由がある。

 

それは…ホーク自身にトレーニングを必要と思って欲しいのだ。

 

今のホークは周囲のボクサーや練習生の姿を見てトレーニングをと言っていた。

 

誰かがやっているからではなく、己に必要だからと思って欲しいのだ。

 

しかしホークが心からトレーニングを欲する様になるには、競い合えるライバルが必要だ。

 

そう考えた私はリングに上がったホークの相手に目を向ける。

 

彼は以前に私が指導をしてプロボクサーになった者なのだが、彼では間違いなく不足だ。

 

「せめて、一分はもってほしいのだがね…。」

 

おそらく無理だろう。

 

その事は知人であるこのジムの会長にも伝えてある。

 

しかし知人はスパーリングパートナーとしてホークを快く受け入れてくれた。

 

プロになって伸びてしまった彼の鼻を折ってほしいと言っていたな。

 

それだけで済めばいいのだがね。

 

そう思いながらホークの背中を見ているとゴングが鳴り響く。

 

そしてホークの初めてのスパーリングは、私の予想通りに一分持たずに終わりを迎えたのだった。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第8話『黄金の鷲との邂逅』

本日投稿2話目です。


月日が流れるのは早いもので、私がホークと出会ってから1年が過ぎた。

 

この1年、私はホークに数え切れない程のスパーリングを課した。

 

そしてホークは私の期待以上の結果を残した。

 

なんとホークはダウンはおろか、一発もクリーンヒットを食らわなかったのだ。

 

階級、ボクシングスタイル、利き腕を問わずにあらゆるボクサーをぶつけたのにだ。

 

これには流石に私も驚いた。

 

ホークのボクシングスタイルなのだが、私はスラムの喧嘩で身に付けたホークの拳は攻撃的なものだと予想していた。

 

しかしホークのボクシングスタイルは変則的ではあるが防御的なものだった。

 

これにも驚いた私は好奇心からホークに、何故防御的なスタイルなのかと聞いてみた。

 

ホーク曰く、『スラムじゃあポケットにナイフを忍ばせているなんてのは当たり前だからな。格闘技の経験者が馬乗りの状態で気持ちよくスラムのワルガキを殴ってたら、いつの間にか刺されてた…なんて光景は腐る程見た。まぁ、勝つことも大事だけどよ、その前にケガして動けなくなりゃ稼げなくなんだろ?』

 

私はホークの言葉に納得した。

 

スラムの喧嘩で勝たなければ生きる糧を得る事が出来なかったが、先ずはその喧嘩が出来なければ意味が無い。

 

あぁ…ホークは野性だけでなく、理性も併せ持っていた。

 

神よ、感謝します。

 

私をホークと巡り会わせてくれた事を。

 

さて、ホークには十分にボクシングを経験させた。

 

今ならばトレーニングを積んでも、ホークがスラムで身に付けた拳が無くなる事はないだろう。

 

だが、まだホークがトレーニングを欲しているわけではない。

 

ホークがトレーニングを欲する様になるにはライバルが必要だ。

 

ホークのありあまる才能を真正面から受け止め、切磋琢磨していけるライバルが。

 

生半可な相手ではホークの才能の前に潰れてしまうだろう。

 

一人心当たりがいる。

 

未来のアメリカの英雄だ。

 

彼はまだ挫折を知らない故に潰れてしまう危険性があるが、私のホークが成長する為に必要ならばそれもやむを得まい。

 

私は受話器を取る。

 

そして私が培ったツテを使い、未来のアメリカの英雄へと連絡を取るのだった。

 

 

 

 

今日もミゲルに呼ばれてジムに顔を出したんだが、ジムの雰囲気がいつもと違っていた。

 

「あん?なんだぁ?」

 

周囲を見渡すと練習生でもトレーナーでもなさそうなのが大勢いる。

 

その連中を見ているとミゲルが側にやってきた。

 

「おはよう、ホーク。」

「おい、ミゲル。あの連中は何だ?」

「あぁ、彼等はテレビクルーだ。」

 

俺はミゲルの言葉に首を傾げる。

 

「テレビクルー?」

「うむ、彼等はとあるアマチュアボクサーのドキュメントを撮影していてね。」

「アマチュアだぁ?何者なんだそいつは?」

「3年後のオリンピック代表候補…未来の金メダリストだよ。」

 

そう言ってミゲルが見る方向に俺も目を向ける。

 

すると、そこには金髪碧眼の白人の姿があった。

 

「彼はデビッド・イーグル。君と同い年の男だ。」

 

デビッド・イーグル。

 

『はじめの一歩』をほとんど知らない俺でも覚えている原作キャラの一人だ。

 

原作の俺と同じく、鷹村を後一歩まで追い詰めたミドル級の世界チャンピオンで、実力、人格共に併せ持ち、英雄の見本とまで呼ばれた男だ。

 

デビッド・イーグルはたっぷりと汗を流している。

 

まだ15歳でありながら、その動きはこれぞボクシングと呼べる程に綺麗なものだ。

 

「もしかして、あいつ専属のスタッフまでいるのか?」

「それだけ期待されているという事だよ。彼はアメリカが求める未来の英雄なのだからね。さぁホーク、君も準備を始めなさい。」

「おいおい、まさかだろ?」

 

俺の言葉を聞いたミゲルは悪戯が成功した子供の様な笑顔を見せる。

 

ジジイがそんな笑顔したって可愛くねぇぞ。

 

俺は一つため息を吐いたが、それと同時に笑みを浮かべたのだった。




次の投稿は11:00の予定です


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第9話『黄金の鷲の回想』

本日投稿3話目です。


僕はデビッド・イーグル。

 

今年15歳のアメリカ人だ。

 

僕は今年からアマチュアボクシングを始めたのだが、今年の18歳未満のアマチュアボクシング州大会で優勝を果たした。

 

どうやら大会にはアマチュアボクシング界で有名な選手がいた様なのだが、その選手にRSCで勝った事で僕は大会後にマスコミから取材を受けた。

 

そして後日、オリンピック委員会からアマチュアボクシングの強化指定選手に指名をされた。

 

それからの僕はオリンピック委員会から派遣されてきたスタッフと共に、日々のトレーニングに励んでいたのだが、そんな僕の元に一本の電話が掛かってきた。

 

電話の相手は…ミゲル・ゼール。

 

5人のボクシング世界チャンピオンを育て上げた彼は、アメリカのプロボクシング界では『名伯楽』と呼ばれ、ボクシングを始めたばかりの僕でも知っている様な有名人だ。

 

スタッフにゼール氏から電話が来たと聞いた僕は、彼の指導を受けられるのかと喜んだのだが、彼から聞いた言葉は想像とは違った。

 

『私のボクサーとスパーリングをしてみないかね?』

 

ゼール氏からこの言葉を聞いた次の瞬間、僕はスパーリングをすると答えていた。

 

一言も相談しなかった事でスタッフから小言を言われてしまったが、これは仕方ないだろう。

 

僕のスケジュールを組み直さなくてはならないのだから。

 

だが、後悔していない。

 

ゼール氏が『私のボクサー』と呼ぶ者に興味を持ってしまったのだから…。

 

 

 

 

ゼール氏のボクサーとのスパーリングが決まってから、スタッフは直ぐに動いて相手の情報を集めてくれた。

 

優秀なスタッフばかりでとても助かっている。

 

彼等に応える為にも、僕は次のオリンピックで金メダルを勝ち取る事を約束する。

 

だが、今はゼール氏のボクサーとのスパーリングが優先だ。

 

スタッフからゼール氏のボクサーの情報を聞いていく。

 

相手の名はブライアン・ホーク。

 

ニューヨークのスラム出身で、10歳から14歳までの4年、喧嘩で負けなし。

 

そしてゼール氏にボクシングに誘われてからの1年、数多くのボクサーとスパーリングをしてダウンはおろか、一発もクリーンヒットを貰っていないそうだ。

 

正直に言って信じ難い情報だった。

 

これを聞いた僕はますますホークに興味を惹かれた。

 

その日からスパーリングの日まで、オリンピックの事が完全に頭から抜けてしまった程にだ。

 

一度ホークのボクシングを見ておきたかったのだが、どうやらホークのスパーリングを記録した映像は手に入らなかった様だ。

 

残念だが仕方ない。

 

ならばリングの上で、ホークのボクシングを体験するまでだ。

 

僕はホークとのスパーリングの日にコンディションのピークを合わせるべく、スタッフと共に入念に調整をしていくのだった。

 

 

 

 

ホークとのスパーリング当日、ジムの前にはテレビクルーの姿があった。

 

どうやら今日のスパーリングを僕のドキュメントの1つとして撮影するらしい。

 

名伯楽にスカウトされたホークとのスパーリングは絵になると判断した様だ。

 

僕はテレビクルーとの打ち合わせやゼール氏への挨拶もそこそこに、ホークとのスパーリングに向けて入念なアップを始めた。

 

いったいホークはどんなボクシングをするのだろうか?

 

そんな事を考えながらアップをしていると、僕のアップを眺めていたゼール氏がどこかに行くのが目の端に映った。

 

彼の行方を目で追うと、そこには金髪の黒人男性の姿があった。

 

ゼール氏と親しく話しているところを見るに、彼がブライアン・ホークなのだろう。

 

驚いた顔をしたり不敵な笑みを浮かべたりと表情が豊かだ。

 

バンテージを巻き始めたホークを見て、彼もアップを始めるのだと思ったが違った。

 

なんと、彼は汗一つ流さずにリングに上がったのだ。

 

呆然とする僕を、彼はリングの上で待ち受けている。

 

「イーグル、彼は彼、君は君だ。君は十分にアップをしてからリングに上がればいい。」

 

スタッフに声を掛けられて気を取り直した僕はアップを再開する。

 

(過程は問わない。リングでの結果が全てだ…。)

 

そう思い直した僕は入念なアップを終えると、ホークが待ち受けるリングへと上がったのだった。




次の投稿は13:00の予定です


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第10話『黄金の鷲、ホークを体験する』

本日投稿4話目です。


僕とホークのスパーリングはヘッドギアを着用して、12オンスのグローブで行う事になった。

 

この形のスパーリングに僕は慣れているが、ホークはどうなのだろうか?

 

もし彼が力を出しきれないのならば困るのだが…。

 

ゼール氏が問題無いというのならば大丈夫なのだろう。

 

マウスピースを着けてリングに上がると、待ち望んでいたホークとのスパーリングが始まった。

 

オーソドックスに構える僕に対して、ホークは両腕を下げてノーガードだ。

 

いや、よく観察をすると軽く肘を曲げている。

 

あれがホークの構えなんだろう。

 

彼がボクシングをする映像は手に入らなかったが、スタッフは彼とスパーリングをした相手から情報を聞いてくれていた。

 

その情報によると、ホークは変則的なボクシングをするらしい。

 

ペースを乱されない様に気をつけよう。

 

ある程度近付いたところで、先ずは挨拶代わりのジャブを打つ。

 

これをホークは首だけで避けた。

 

2発、3発とジャブを打つが、今度はスウェーで避けられる。

 

ここで僕は、僕が最も得意とするパンチを打つ。

 

左ジャブから右ストレートのコンビネーションパンチ…『ワンツー』だ。

 

ホークはジャブをスウェーで避けた後、次のストレートは身体を捻る様な形のダッキングで避けた。

 

目の良さ、反応の良さだけでなく、身体の柔軟性もあるようだ。

 

僕はジャブとワンツーで様子見を兼ねた攻撃を続けていく。

 

するとスタッフから一分経過の声が上がった。

 

ここまでホークは一発もパンチを打ってこない。

 

1ラウンド目は様子見の指示が出ているのだろうか?

 

次のラウンドの戦略を立てるためにも、ホークのパンチを見ておきたいが…。

 

ここで僕はリズムを変えて、左ジャブから左のショートフックに繋げる左のダブルを打つ。

 

この左のダブルを、ホークは上体を後ろに大きく反らすスウェーで…!?

 

なんだ?!

 

何故僕は天井の照明を見ている?!

 

顔を跳ね上げられた?!

 

パンチはなんだ?!

 

混乱しながらも構えを戻すと、ホークは目の前にいた。

 

反射的にジャブを打つと、ホークは身体を斜めに傾けてジャブを避けながら、僕のボディーに左のパンチを打ってきた。

 

一瞬だが息が詰まって動きが止まると、今度は右のフック系のパンチが顔にくる。

 

たった3発で膝が震えてしまった。

 

12オンスのグローブとは思えないパンチの強さだ!

 

震えて足が使えない以上はガードを固めるか、手を出すしかない。

 

ホークを突き放す為にジャブを打とうとするが、それよりも先にホークがパンチを打ってきた。

 

しっかりとガードを固めるが、彼はガードの上からでもお構い無しに打ってくる。

 

これまでのアマチュアボクシングでは経験した事のないラフさだ。

 

震える足のせいで踏ん張りが利かず、彼のパンチを受ける度に身体ごと動かされてしまう。

 

トンッ…と何かが背中に触れた。

 

反射的に振り返ると、いつのまにかコーナーに追い込まれていた。

 

1ラウンド目からコーナーに追い込まれたのは初めてだ。

 

僕をコーナーに追い込んだホークは、両腕を下げたままゆっくりと近付いてくる。

 

(右か?左か?どっちだ?集中しろ、デビッド!)

 

パンチを振りきれる中距離まで近付いても、ホークは足を止めない。

 

そしてストレート系パンチを打つ事が難しい近距離まで来ると、ゆっくりと進んできていたホークの足が止まった。

 

(…こんなボクシングは初めてだ。)

 

これ程の近距離でもホークの両腕は下がったままだ。

 

僕の得意パンチであるワンツーを打つのは難しいが、この距離なら左フックを引っかけて身体を入れ替える事が出来る!

 

右のフェイントを入れてから左フック!

 

…!?

 

また照明を見ている!

 

僕はどんなパンチを受けたんだ?!

 

パンチの正体がわからないので対処が出来ない!

 

ダメだ!手を出すな!

 

ガードを固めろ!

 

これ以上パンチをもらったら耐えられない!

 

僕が顔のガードを固めても、ホークはお構い無しにガードの上からパンチを打ってくる。

 

そして時折、ガードが空いているボディーにもパンチを。

 

今の僕にはマウスピースを噛み締めて耐え続ける事しか出来ない。

 

そして1ラウンド終了のゴングが鳴ると、ホークは手を止めて軽い足取りで離れていく。

 

散々に打たれた僕にはホークの背を見送る余裕すら無く、崩れ落ちる様にして椅子に腰を下ろしたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

原作同様にイーグルは才能溢れていますが、まだボクシングを始めたばかりで経験が少ないのでこんなものかなと…。

また来週お会いしましょう。


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第11話『黄金の鷲の勇気と黒金の鷹の決意』

本日投稿1話目です。


椅子に崩れ落ちる様に座った僕は、水を求めて口を開く。

 

スタッフは素早く水をくれた。

 

水を飲み込みたい衝動を堪え、口を濯いだら吐き出す。

 

「お、教えてくれ、僕は何を食らった?スウェーをしたホークはどんなパンチを打ってきたんだ?」

 

僕の疑問にスタッフは顔を歪める。

 

「イーグル…すまないが、我々にはそれに応える言葉が無い。」

「…どういうことだい?」

「大きくスウェーをしたホークが『下から殴った』としか形容出来ないんだ。強いて言うならスウェーをした状態で打つスリークウォーターからのアッパーだが…。」

 

優秀なスタッフが僕と同様に困惑している。

 

「僕はどう対処したらいい?」

 

スタッフから答えが返ってこない。

 

戦略が無い状態でホークと戦えというのか?

 

無理だ。

 

僕にはそれが出来る程…ボクシングの経験は無い。

 

今の僕ではホークに勝つことは出来ない。

 

そう思ってしまった瞬間、僕の身体と心から急激に熱が失われていった。

 

ラウンド間のインターバルの終わりを告げるゴングが鳴っても、僕は立ち上がる事が出来ない。

 

ホークが僕を待っているというのに…。

 

「イーグル、酷な言い方だが、アメリカの期待を背負う君に諦める事は許されない。」

 

スタッフの言葉に頷くが、それでも僕には立ち上がる気力が無い。

 

あのホークを相手に目標も戦略も無い状態で立ち上がれる程、僕は強くない。

 

「イーグル、よく聞いてくれ。一発でいい。ホークにパンチをクリーンヒットさせるんだ。」

 

クリーンヒット?

 

今までスパーリングで一発もクリーンヒットをされた事が無いホークに?

 

僕はスタッフの顔を見る。

 

「ホークを相手に無策で向かうには、大変な勇気が必要だ。だが、君なら立ち向かえる筈だ。」

 

勇気…。

 

そうだ、僕はアメリカ国民の期待に応え、勇気を与えなければならない。

 

その僕が、勇気を示さずにどうするんだ!

 

心に火が灯る。

 

身体に熱が戻る。

 

気が付けば、僕は立ち上がっていた。

 

「ありがとう。出来るかわからないが、全力を尽くす事を約束する。」

 

そう言った僕は、マウスピースを口にして微笑んだのだった。

 

 

 

 

ホークとのスパーリングの2ラウンド目、僕は勇気を振り絞って立ち向かった。

 

ジャブを、ワンツーを、そして奇襲気味にいきなり右ストレートを打ったりしたが、いずれもホークには届かない。

 

それどころか僕はホークのパンチで、立っているのかわからない程に意識が朦朧としていた。

 

(一発でいい…僕のパンチを…ホークに…。)

 

ショートフックやショートアッパーも、ホークは危なげなく避ける。

 

一発、二発とホークのパンチを受けてダウンすると、僕は目を開けているのが億劫になる程の眠気に襲われる。

 

(このまま目を閉じれば楽に…!?まだ…僕は全力を尽くしていない!)

 

マウスピースを噛み締めて上体を起こす。

 

そしてロープに縋る様にして立ち上がるが、余力はほとんど残っていない。

 

ファイティングポーズを取った僕に向かってくるホークの姿が目に入る。

 

身体に力が入らない。

 

どうして立っていられるのか、自分でも不思議に思う程だ。

 

迫るホークに、僕は無意識にワンツーを打っていた。

 

力強さの欠片もなく、見てからでも避けられる様な遅いワンツーだ。

 

だけど…。

 

ポスッ。

 

「…あっ?」

 

今日のスパーリングで、右拳に初めての感触が生まれる。

 

パンチと呼ぶにはあまりにも弱々しく、ただ触れただけのもの。

 

しかし僕のパンチは、確かにホークに届いていた。

 

それを認識した次の瞬間、僕はこれまで感じた事の無い程の大きな満足感に包まれながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

 

 

「ホーク、お疲れ様。」

 

イーグルがリングに倒れてスパーリングが終わると、ミゲルが労いの言葉を掛けてきた。

 

「最後に一発くらってしまったね。油断したのかな?」

 

ミゲルの言葉に俺は舌打ちをする。

 

「してねぇよ。最後の一発だけ、わかんなかったんだ。」

「ほう?」

 

そう、わかんなかったとしか言いようがない。

 

あの最後のワンツーは身体に力感が無く、あまりに動きが自然過ぎて全くわからなかった。

 

それでもジャブは避けられたんだが、その後のストレートまでは避けられなかった。

 

俺は無意識にまた舌打ちをしていた。

 

そんな俺を見て、ミゲルは笑いを噛み殺している。

 

いい性格してんな、ジジイ。

 

リングに目を向けると、イーグルが担架に乗せられて運ばれていくのが見えた。

 

「イーグルは強くなるか?」

「オリンピックの金メダルは確実に取れるぐらいにね。賭けても構わんよ。」

「そうか…。」

 

俺はイーグルのグローブが当たった所に触れる。

 

あの感触が甦ると、俺の中で何かが熱く燃え上がるのを感じる。

 

初めての感覚に少し戸惑う。

 

でも、悪くない。

 

こんな風に熱くなるのも、悪くない。

 

「おい、ミゲル。」

「何だね、ホーク?」

 

俺は自分の拳を見る。

 

始めはスラムから成り上がる為の手段でしかなかった。

 

だが今ではこいつが…俺の生き様だ!

 

「俺を鍛えろ、俺はこいつで…誰にも負けたくねぇ!」

 

そう言いながら拳を突き出すと、ミゲルは嬉しそうに微笑んだのだった。

 

…初めからこれを狙ってやがったな、クソジジイ!




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

何故かライバルキャラが主人公化している事にデジャヴ。


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第12話『ライバル宣言』

本日投稿2話目です。


イーグルとのスパーリングの翌日から、俺はミゲルの指導でトレーニングを始めた。

 

ダッシュや縄跳び、そしてブリッジやら腹筋やらと基礎トレーニングをしていったんだが、何故かミット打ちは一切やらなかった。

 

疑問に思ってミゲルにやらなくていいのか聞いてみたんだが…。

 

「ホーク、君のパンチは実戦で身に付け磨き上げられたものだろう?ならばこれからも可能な限り、君の流儀を変えずに行きたい。君に課している基礎トレーニングは、実戦の中で君が新たな力を欲した時に、それを体現出来る様にするためのものだ。だから君がパンチを磨きたいのならば、実戦形式の練習であるスパーリングをするのがベストだね。」

 

そういうわけで、パンチを磨くならミット打ちの代わりにスパーリングをという事になった。

 

まぁ、ミゲルは名伯楽だからな。

 

そこら辺は信じよう。

 

そんな感じでトレーニングを始めてから3ヶ月が経ったんだが、何故かまたイーグルがジムに姿を見せた。

 

「イーグルは倍のスパーリング代を払ってくれるそうだ。受けなくてもいいのかな?」

 

そのニヤニヤとした笑顔はなんだ?このタヌキジジイめ!

 

まぁ、金を払うってんなら文句は無い。

 

しっかりと稼がせて貰うさ。

 

そう思った二度目のイーグルとのスパーリングなんだが…。

 

「コーナーに追い込まれた状況を想定して始めようか。追い込まれた役はホークでいってみよう。イーグルはホークをコーナーから逃がさぬ様に考えて攻めなさい。ホークはパンチを打たずにコーナーからの脱出を試みてくれ。」

 

こんな感じでミゲルはスパーリングに注文をつけてきやがった。

 

スパーリングが始まると、イーグルは生真面目に小さなパンチで俺を逃がさない様に攻めてくる。

 

何度も反撃のチャンスはあるんだが、ミゲルの指示もあって俺は避ける事に徹する。

 

そして適当に隙を見付けてコーナーから脱出した。

 

イーグルは一瞬だけ悔しそうに天を仰いだんだが、その後には直ぐに嬉しそうに笑いやがった。

 

「ホーク、やっぱり君は素晴らしいボクサーだ!君と競い合っていけば、僕はもっともっと強くなれる!」

 

イーグルらしい優等生発言だな。

 

だが…。

 

「俺は負けるつもりはねぇぞ。」

「…今は無理だが、いつか君に勝ってみせる。君にとって僕は力不足かもしれないが、僕は君をライバルだと思っているんだ。」

 

よくそんなこっぱずかしい台詞を真面目に言えるもんだ。

 

だが、悪くねぇ。

 

イーグル、お前は俺が初めて負けたくねぇって思った奴なんだからな。

 

 

 

 

初めてのホークとのスパーリングを終えてから2ヶ月、漸くダメージが抜けてきた僕は練習を再開しようとしていたんだが、そんな時にゼール氏から電話が掛かってきた。

 

電話の内容はホークとのスパーリングだった。

 

聞いた直後は少し躊躇したが、あの時の右手の感触と達成感を思い出した僕は、ゼール氏にホークとのスパーリングを受けると答えていた。

 

スタッフに叱られてしまったが、僕の心は既にホークとのスパーリングで一杯になっていた。

 

そして練習を再開してから1ヵ月後、スパーリングの約束の日に合わせてしっかりとコンディションを整えた僕は、ゼール氏に指定されたジムにやってきた。

 

そこで3ヵ月振りに会ったホークの身体は、以前に比べて引き締まっている様に見えた。

 

ゼール氏に聞いたのだが、以前のホークは他のトレーニングは一切せず、スパーリングしかした事がなかったみたいだ。

 

だが僕とのスパーリングがキッカケで、ホークはトレーニングを始めたそうだ。

 

それを聞いた僕は誇らしくなった。

 

ホークとのスパーリングを行ったが、そこで見たホークの動きは前回に比べてキレが増している様に見えた。

 

コーナーに追い込んだ状況で、しかもホークの反撃が無いにも関わらず、僕は一発もホークにパンチを当てる事が出来ずに脱出を許してしまった。

 

悔しかった。

 

でも、それ以上に嬉しかった。

 

僕は競い合える相手を…ライバルを求めていたのだから。

 

今日この場で宣言しよう。

 

ホーク、君は僕のライバルだ!




次の投稿は11:00の予定です


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第13話『ライバルとの切磋琢磨とプロテスト』

本日投稿3話目です。


イーグルと初めてスパーリングをしてから1年程が過ぎ、俺は16歳になった。

 

身長は180cmを超えたが、今の俺のナチュラルウェイトは原作のジュニアミドル級よりも下のウェルター級だ。

 

ミゲルはこのままトレーニングを続けていけば、1年後のプロテストを受ける頃には、俺のナチュラルウェイトはジュニアミドル級になっているだろうと言っている。

 

だから俺はジュニアミドル級でプロデビューするのだろうと思っていたのだが、ここで1つ問題が起こった。

 

それは…イーグルが俺をライバルだと公言した事だ。

 

オリンピックのメダリストになってから華麗にプロデビューという青写真が既に出来上がっているイーグルなのだが、そのイーグルがプロデビューで予定しているのがジュニアミドル級で、俺が予定していた階級と同じなのだ。

 

それの何が問題なんだと思うだろうが、ここで登場するのがイーグルのドキュメントを撮影している連中だ。

 

連中は話題性抜群のイーグルとそのライバルである俺の試合は、世界チャンピオン同士のタイトルマッチにしたいと考えたのだ。

 

同じ階級で別の世界王座認定団体のチャンピオンとしてやればいいじゃねぇかと思うだろ?

 

ところがどっこい。

 

世の中はそんな甘くなかった。

 

アメリカで認められている世界王座認定団体は多いのだが、それぞれの団体が持つ権威には差がある。

 

要するに同じ世界チャンピオンでも、そのベルトの価値に差が出てしまうんだ。

 

そういった事情があって俺にはイーグルが所属予定している世界王座認定団体で、ジュニアミドル級からウェルター級に下げてプロデビューして欲しい…という要請があったとミゲルから聞かされていた。

 

「別に構わねぇが、俺にメリットはあんのか?」

「ビッグマッチの多くはラスベガスで行われるのだが、イーグルとの関係で名が売れればそこでメインを張れる様になる。そしてベガスでの試合は一夜でミリオンダラー(百万ドル)を稼げる事もある。正にアメリカンドリームだね。もちろんホークが望むなら別の線でマネジメントするが…どうするかね?」

 

オーケー、その線でマネジメントを頼む。

 

まぁ、そんな感じで俺のプロデビューの話が裏で進んでいるんだが、それとは別に変わった事があった。

 

「やぁ、ブライアン。今日もよろしく頼むよ。」

 

イーグル…デビッドと俺は、お互いをファーストネームで呼び合う様になった。

 

2回目のスパーリング以降、デビッドは月に2回のペースで俺とスパーリングしにやって来る様になったんだが、そんなペースでスパーリングをしていれば完全に顔馴染みにもなるわなぁ。

 

しかもデビッドが絵に描いた様な真面目な好青年の上にコミュニケーション能力も高いとくれば、必然的にライバルでありながらも親しい友人となるわけだ。

 

デビッドとのスパーリングの内容なんだが、これは俺が稼ぐ為に相手をぶっ倒すものから、ミゲルの指導で俺とデビッドがお互いに技術と経験を高めるものに変化していた。

 

ミゲルが言うにはこれが本来のスパーリングなんだそうだ。

 

まぁ、金さえ貰えればどっちでも構わねぇけどな。

 

そんな感じで1年近くデビッドとスパーリングをしてきたんだが…デビッドの奴、最初の時と比べて明らかに強くなってんだよな。

 

ちょっと前にスパーリングをした世界ランカーと比べても遜色がねぇぐらいに強い。

 

このまま行けば、デビッドは原作よりも強くなるんじゃねぇか?

 

まぁ、それもいいか。

 

デビッドは俺のダチだし、強くなったデビッドならミリオンダラーを稼ぐ為の相手として不足はねぇ。

 

そんな事を思いながら、今日もいつも通りにデビッドとスパーリングをしていく。

 

そして日々はあっという間に過ぎていって、俺がプロテストを受ける日がやって来たのだった。

 

 

 

 

「ホーク、準備はいいかな?」

 

プロテストも残すところはリングに上がって相手と戦うだけとなっていた。

 

俺もミゲルも、不安は欠片も無い。

 

あるとすれば…相手を壊しちまうかもしれないってところか。

 

まぁそんな事を気にする程、俺は殊勝な性格をしちゃいねぇがな。

 

スラムでそんな事を考えていたら、逆に食われるだけだ。

 

オールオアナッシング。

 

俺はブライアン・ホークになってから、いつだってそうしてきた。

 

そして、これからもそうしていくだけだ。

 

わかりやすくていい。

 

「ブライアン、幸運をとは言わない。君には必要ないからね。」

 

既に来年のオリンピック代表の内定を受けているデビッドが、俺の応援にやって来ていた。

 

「当然だろ。さっさとKOしてくるぜ。」

「オーライ。今日はレストランの予約をしてあるんだ。君とのランチを楽しみにしてるよ。」

 

デビッドはいい奴だ。

 

だから隣にガールフレンドがいようが目くじらは立てねぇよ、くそったれが。

 

…まぁ、いい。

 

この鬱憤はリングで晴らすとするさ。

 

恨むならデビッドを恨めよ。

 

リングに上がった俺は30秒で相手をKOする。

 

こうしてプロテストに合格した俺は、デビッドと奴のガールフレンド、そしてミゲルと一緒にランチを楽しむのだった。




次の投稿は13:00の予定です


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第14話『ステーキハウスから始まる伝説』

本日投稿4話目です。


プロテストに合格してプロデビュー戦の日が決まった俺は、ウインドブレーカーを着てトレーニングをしている。

 

まぁ、減量をするためだ。

 

今の俺のナチュラルウェイトはジュニアミドル級なんだが、そこからウェルター級のリミットまで減量をしなければならない。

 

減量を始める前は1、2kgぐらい楽勝だろうと思ってたんだが…まぁ、甘い考えだったな。

 

好きな時にステーキを食えないのがかなりきつい。

 

まぁ、文句を言ってもやるべき事は変わらねぇんだがな。

 

さて、減量を続けるかね。

 

減量で溜まった鬱憤はリングで晴らすとするさ。

 

 

 

 

ウインドブレーカーを着て汗を流すホークを見てため息を吐く。

 

ホークの知名度を上げる為にイーグルのプロジェクトに乗っかったのだが…失敗だったかもしれない。

 

先日、知人に頼んでホークのメディカルチェックをしてもらったのだが、まさか184cmまで成長していたホークの身長が、まだ伸びる余地があるとは思わなかったのだ。

 

知人は信頼出来る医者だ。

 

その彼が言うのならば、ホークの身長は確実に伸びるだろう。

 

もはやウェルター級はホークの適正階級では無くなりつつある。

 

早々にホークの階級を上げねばならない。

 

現在のイーグルのプロボクシングでのナチュラルウェイトはジュニアミドル級だが、トレーニングを積み続ければ1年後にはミドル級になっているだろう。

 

オリンピックにはアマチュアボクシングのウェルター級に出場する事が決まっているが、プロデビューする際の階級はまだ決定していない。

 

なのでイーグルをミドル級でプロデビューさせる事は可能だ。

 

だがイーグルを確実にミドル級でプロデビューさせるには…向こうをこちらの事情に合わせさせるにはホークに実績が必要だ。

 

だがその程度、ホークならば何も問題は無い。

 

後は…私のマネジメント能力次第。

 

一息入れているホークを見て私は微笑む。

 

どうやらこの老骨に鞭を打つ時がきたようだ。

 

「ホーク…君には伝説を作ってもらうよ。」

 

そう呟くと、私は込み上げてくる笑いを堪えるのだった。

 

 

 

 

デビュー戦の前日計量が終わると、俺はミゲルと一緒に馴染みのステーキハウスに入った。

 

「よう、マスター。」

「あのスラムのワルガキだった10ドルホークがプロボクサーとはな。俺も老けるわけだ。」

「ステーキを焼く腕まで老け込んだんじゃねぇだろうな?」

「はっ!そいつは食って確かめてみろってんだ!」

 

いつものカウンター席に座ると、マスターがステーキを焼き始めた。

 

減量を始めてからずっと焦がれていたステーキが焼ける匂いが、俺の嗅覚を蹂躙しやがる。

 

「ホーク、少しいいかな?」

「あん?なんだ、ミゲル。」

 

ミゲルが真面目な顔をしている。

 

どんな話でもいいが、ステーキが焼ける前に終わらせろよ。

 

「君のこれからの試合スケジュールについてだ。」

「おいおい、まだデビュー戦も終わっちゃいねぇぞ。」

「勝利以外はありえない…そうだろう?」

 

慢心しているつもりはねぇが、負ける気はしねぇな。

 

「プロボクシングの規定では、ダウンをしなければ2週間後から次の試合が出来るのだが…知っているかね?」

「知ってるけどよ…おいおい、まさかだろ?」

「ホーク、そのまさかだよ。」

 

ニコニコと笑っているミゲルに、俺はため息を吐いてしまう。

 

「ボクサー使いの荒いジジイだ。」

「君なら出来ると確信しているからだよ。」

「はっ、よく言うぜ。」

 

そう言って肩を竦めると、俺の前に待ち望んでいたステーキが置かれた。

 

俺はミゲルの話を聞きながら、ナイフとフォークを手にしてステーキに挑み掛かっていく。

 

「ホーク、君には1年以内にウェルター級の世界チャンピオンになってもらう。我々がイーグルの予定に合わせるのではなく、イーグルを我々に合わせさせるためにね。」

 

切り分けたステーキをフォークで刺すと、顔の前に持ってくる。

 

「オーケー。全員ぶっ倒して、王様になってやるよ。」

 

不敵に笑いながらそう宣言した俺は、肉汁滴るステーキに食らいついたのだった。




次の投稿は15:00の予定です


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第15話『黒金の鷹伝説の幕開け』

本日投稿5話目です。


デビュー戦当日、入場アナウンスが掛かるまで通路で待機していた俺は、そこからでもわかる会場の熱気に首を傾げていた。

 

「どうしたのかね、ホーク?」

「まだ4回戦の試合だってのに、随分と盛り上がってると思ってな。」

 

俺がそう言うと、ミゲルはニヤリと笑う。

 

「それだけボクシングが、アメリカで人気のスポーツだという事だよ。」

「なるほど、つまりは儲かるわけだ。」

「身も蓋も無いがその通りだね。」

 

俺が肩を竦めると、ミゲルは小さく息を吐いた。

 

「あん?どうした?」

「なに、ホークが緊張をしていないとわかって安心してね。」

「俺がそんな柄じゃねぇのは知ってんだろうが。」

「その通りだが、トレーナーはそういった悩みが尽きないものさ。これは職業病と言えるかな?」

 

ミゲルとそんな他愛ない会話をしていると、運営スタッフが入場を促してきた。

 

「それじゃ、行くとしようか。」

「おう!」

 

ミゲルに返事をしながら、俺は俺の『はじめの一歩』を踏み出す。

 

すると、会場の熱気が俺を包み込んできた。

 

スラムの連中の熱気も、この会場の連中の熱気も同じだ。

 

そう思った俺は、自然に笑っていた。

 

リングに向かって歩きながら拳を握り込む。

 

スラムから始まった俺の『ブライアン・ホーク』としての人生。

 

最初はスラムから成り上がる為の手段でしかなかった。

 

だが、今ではこいつで誰にも負けたくねぇと思っている俺がいる。

 

こんな風に熱くなる奴を、斜に構えて馬鹿にしていたのが前世の俺だったが…。

 

「はっ、悪くねぇ。」

 

今の俺はこうして熱くなるのを楽しんでいる。

 

この熱を知ってしまったら、もうあの退屈な日常には戻れない。

 

そんな事を思う俺を、俺は心から悪くないと思える。

 

さぁ、行こうか。

 

もっと熱くなれる…あのリングの上に!

 

 

 

 

リングに上がって名前がコールされると、会場の観客から歓声が上がる。

 

リング中央に歩み寄ると、対戦相手が俺を睨んできた。

 

ここら辺はスラムの喧嘩と同じノリだな。

 

「バッティングには注意して…。」

 

レフェリーが注意事項を話しているが、適当に聞き流す。

 

そんなもんに耳を傾けていたら、この熱が逃げちまうからな。

 

試合を始める為に俺と対戦相手がそれぞれのコーナーに別れると、ミゲルが声を掛けてきた。

 

「ホーク、帰る準備をしておくが構わないかね?」

 

流石だな、ミゲル。

 

俺の乗せ方をわかってやがる。

 

「おう!さっさとぶっ倒してやるよ!」

 

カーンッ!

 

ゴングが鳴ると、ガードを固めた相手が突っ込んできた。

 

俺は自コーナーで相手を待ち受ける。

 

もちろん、いつも通りにガードを下げたままだ。

 

相手は突っ込んできた勢いを乗せてスイング気味のフックを打ってくる。

 

隙だらけ過ぎねぇか?

 

何かを狙ってるんじゃねぇかと思った俺は、カウンターで殴り返さずに相手のパンチを避ける。

 

パンチを避けられた相手は返しの左フックから右ストレート、そして左のショートアッパーと開幕からラッシュを仕掛けてくる。

 

そのラッシュを全部避けていると、観客から大きな歓声が上がり始めた。

 

舌打ちを一つした相手は、左フックをすると見せ掛けて思いっきり前に踏み込んでくる。

 

タックルで俺をコーナーに押し付けるつもりか?

 

でもなぁ…。

 

「遅すぎだ。」

 

俺は左手を横に広げてがら空きになった相手の顎を下から殴り上げる。

 

こいつのタックルは、スラムで喧嘩をしたレスリング経験者と比べたら…呆れる程に遅い。

 

顔を跳ね上げられた対戦相手は、前につんのめる様にして倒れ込んでくる。

 

俺は横に一歩動くと、倒れていく相手の横っ面を殴り抜く。

 

すると、俺に殴られた相手はロープに弾かれ、リングに勢いよく転がった。

 

「ダ、ダウン!」

 

レフェリーが駆け寄ってきて、俺をニュートラルコーナーに押しやる。

 

カウント必要あんのか?

 

ニュートラルコーナーに行くとカウントが始まるが、レフェリーは途中でカウントを止めた。

 

こうして俺はデビュー戦を1ラウンドKOの圧倒的な勝利で飾る。

 

そして半年後、11戦11勝11KOの戦績で、世界ランカー入りを果たしたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第16話『とある会長の憂鬱と奮起』

本日投稿1話目です。


儂は受話器を置くと大きくため息を吐いてしまった。

 

「その様子ですと、また空振りみたいですね、鴨川会長。」

 

八木ちゃんがそう言うて儂と同じく大きなため息を吐きおった。

 

「今ので都内は全滅じゃ。新人王戦で、ちと派手に勝ちすぎたわい。」

「仕方ありませんよ。鷹村くんに手を抜けとは言えませんからね。」

 

儂は鷹村との出会いを思い出す。

 

およそ2年前、儂は喧嘩をしていた鷹村を見て衝撃が走った。

 

あやつは出会ったあの時点で日本チャンピオンになれるだけの力を持っていた。

 

そんな鷹村を、儂は躊躇なくボクシングの世界に誘った。

 

それからは鷹村をひたすらに走らせ、左を徹底的に覚え込ませた。

 

いつか世界の舞台で戦う本物の強者達に振り回されぬ為にじゃ。

 

そして去年、鷹村はプロボクサーとしてデビューした。

 

デビュー戦から新人王戦が終わるまで、鷹村は全ての試合を1ラウンドKOで勝利しおった。

 

物が違うとはこの事じゃろう。

 

だがその結果、日本国内にはまだ新人王でしかない鷹村と戦おうとする相手がいなくなってしまいおった。

 

方々に声を掛け続けているが…返事は渋いものばかりじゃ。

 

「八木ちゃん、鷹村はどうしておる?」

「サンドバッグを叩いています。先日、栗田くんが辞めてしまったのでスパーリング相手がいませんからね。」

「出来るなら鷹村のスパーリングパートナーを用意したいとこなんじゃがな…。」

 

資金に乏しいうちのジムでは、鷹村のスパーリングパートナーすら満足に用意出来ん。

 

そして国内でなかなか試合相手が見つからない今は、本来なら海外から手頃な試合相手を呼ぶべきところなんじゃが、そういった事もうちのジムでは難しい。

 

鷹村が日本チャンピオンになってからならば、少しは話が違ったのじゃが…。

 

そこまで考えて儂は再びため息を吐いてしまう。

 

己の無力を痛感するばかりじゃわい。

 

「すいません、鴨川会長はいらっしゃいますか?」

 

最近うちのジムに頻繁に顔を見せる様になった男の声が聞こえるわい。

 

「藤井、入ってこい。」

「それじゃ、失礼します。」

 

月刊ボクシングファンという雑誌の記者である藤井が、遠慮無しに会長室に入ってきよった。

 

藤井のこの性分は間違いなく記者向きじゃな。

 

「どうした、藤井?儂等は鷹村の相手を探すのに忙しいんじゃが?」

「鷹村くんはデビュー戦から全試合1ラウンドKOのホープですからね。国内では相手を探すのも難しいのでしょう?」

 

藤井の言う通りに鷹村は全試合1ラウンドKOのホープじゃ。

 

それ故に鷹村はまともに試合を組めぬようになってしまいおった。

 

このままではブランクを抱えさせて、A級トーナメントに出場させる事になるじゃろう。

 

それでも鷹村なら勝てるじゃろうが…プロのリングで生き抜いてきた曲者に、思わぬ苦戦を強いられるやもしれん。

 

せめて鷹村に試合勘を失わせぬ為に、スパーリング相手だけでも用意したいところじゃが…。

 

いかん、藤井のせいでまた同じ事を悩んでしまったわい。

 

鷹村の出来が良すぎるが故の悩みじゃが、それで嬉しい悲鳴とはならぬのがな…。

 

「それで藤井、今日は何の用じゃ?」

「海外の記事で面白いのを見つけたのでお持ちしてみました。鷹村くんの発奮材料になればと思いましてね。」

 

そう言って藤井は机に一冊の雑誌を置く。

 

「鴨川会長は昔、トレーナーとして学ぶ為にアメリカに行ったので英語は読めますよね?」

「ふんっ!問題ないわい。」

 

儂は鼻を鳴らしながら雑誌を手に取る。

 

「アメリカのボクシング界は景気がいいのう。世界タイトルマッチが毎月の様に行われとる。」

 

雑誌を流し読んでいくと、一つの記事に目が止まる。

 

その記事にはとあるボクサーの事が書かれておった。

 

「名伯楽の秘蔵っ子か…。」

 

世界チャンピオンを5人育て上げた名トレーナー『ミゲル・ゼール』が、現役の世界チャンピオンからの依頼を断ってまで指導に専念する逸材と書かれておる。

 

「その記事に書かれている選手はブライアン・ホーク。ウェルター級の選手で、今年デビューしたばかりの新人ですね。」

「新人じゃと?」

 

藤井の言葉に疑問を持ちながら記事に目を向ける。

 

「なんじゃこの戦績は?!」

 

儂は心底から驚いた。

 

ブライアン・ホークはデビューから月2回のペースで試合を続け、僅か半年で11戦をこなしていたのじゃから。

 

こんなペースの試合スケジュールは近年のボクシングではありえん事じゃ。

 

しかもそれだけではない。

 

ブライアン・ホークは全ての試合を『一発もクリーンヒットを食らわず』に、1ラウンドKOで勝ち続けたと書かれておる。

 

鷹村でさえ数発は受けておるんじゃ。

 

思わず何度も記事を見返してしまったわい。

 

「八木ちゃん、世界は広いのう。」

「会長?」

「くくく…燃えてきたわい。」

 

この老骨の血が熱くなってきおった。

 

数年前までなら、世界など考えられんかった。

 

じゃが今なら…鷹村なら世界の舞台でも不足無く戦えるわい!

 

「八木ちゃん!日本中のジムに片っ端から電話を掛けてくれ!」

「会長はどうするんですか?」

 

儂は愛用のスクーターの鍵を手に取りながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

「鷹村の尻を叩いてくるわい。不貞腐れさせとる暇などないからのう!」

 

そう言って会長室を出ると、儂は鷹村を連れ出してロードワークをさせるのだった。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

拙作のホークとイーグルは鷹村の1歳年下となります。

なので青木村の1歳年上、一歩の3歳年上になりますね。


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第17話『黄金の鷲の焦りと誓い』

本日投稿2話目です。


「おい、デビッド。やる気がねぇなら止めるぜ。」

「あぁ、すまない。続けようか、ブライアン。」

 

ここ最近の僕はある事に迷っている。

 

そのある事とは…このままオリンピックに出場するべきかどうかだ。

 

こう思い悩む様になったのは、ブライアンがプロボクシングにデビューしてから僅か半年で11戦11勝11KOの素晴らしい戦績を上げたからだ。

 

もちろんライバルであり親友でもあるブライアンが活躍するのは喜ばしい事だ。

 

だがそのブライアンの活躍が、まだアマチュアボクサーである僕に焦りをもたらしている。

 

このままでいいのだろうか?

 

オリンピック出場を辞退して、今すぐにプロボクシングに転向すべきじゃないのか?

 

ゼール氏にブライアンの試合スケジュールを聞いたのだが、僕がオリンピックで戦う頃には、ブライアンはゼール氏が課す試合スケジュールをこなして、ウェルター級の世界チャンピオンになっているだろう。

 

オリンピックに出場し、アメリカ国民の期待に応え、メダルを手にするのはとても誇らしい事だ。

 

だがその時の僕は…世界チャンピオンとなったブライアンに相応しいライバルと言えるのだろうか?

 

そんな風に迷いを抱えて集中しきれていない僕と、ブライアンはスパーリングをしてくれている。

 

疲労を抜くための1ヶ月程の休養期間中なのにだ。

 

貴重な休養時間を割いてくれているブライアンに申し訳ないのはわかっているが、それでも僕はスパーリングに集中しきれない。

 

すまない、ブライアン。

 

 

 

 

「おい、デビッド。何を悩んでんだ?」

 

スパーリングを終えた僕はブライアンに誘われ、彼の行き付けのステーキハウスにやって来ていた。

 

「…いや、大した事ではないよ。」

「大した事じゃなきゃ、真面目なお前が練習に集中出来ないわけねぇだろうが。」

 

ブライアンは呆れた様にため息を吐いている。

 

情けない事だが、彼に迷いを打ち明けてみよう。

 

「ブライアン、僕はオリンピックに出場するべきなんだろうか?」

「あん?金メダルを目指して練習してきたんだろ?なのにオリンピックに出場しねぇでどうすんだよ。」

「…正直にいうと、今すぐにプロに転向すべきじゃないかと悩んでいるんだ。」

「はぁ?」

 

一度話し出すと、僕は迷いの全てをブライアンに話し始めていた。

 

「僕は君をライバルだと公言した。そのライバルの君は、半年後には世界チャンピオンになっているだろう。だが僕はどうだ?君がプロボクシングで世界チャンピオンになった頃、僕はまだアマチュアボクサーだ。それでも僕は、君に相応しいライバルだと言えるのだろうか?」

 

ここまで一気に話すと、ブライアンは大きなため息を吐いた。

 

「ほんとに真面目な奴だぜ…。」

 

ブライアンはコップの水を一息で飲み干すと僕の目を見てきた。

 

「デビッド、3年待ってやる。」

「3年?」

「おう、お前がオリンピックでメダルを取って、プロデビューしてから3年だ。」

 

意味がわからず僕は首を傾げてしまう。

 

「たしかオリンピックに出ればA級ライセンスを取れるんだよな?」

「あ、あぁ…。」

「そうなりゃデビッドは8回戦からプロデビューだ。2年もありゃ、お前なら無理の無いペースで試合をしても世界チャンピオンになれんだろ。」

 

たしかに8回戦からならば、3ヶ月に一度のペースで試合をしても、2年あれば世界チャンピオンになれるだろう。

 

もちろんこれは負けない事が前提だ。

 

そしてマッチメイク次第では、もっと早く世界チャンピオンになる事だって出来る。

 

「そんで世界チャンピオンになった後は、残った1年で防衛戦を重ねりゃいい。誰からも文句が出ない世界チャンピオンになる為にな。」

 

ただ世界チャンピオンになっただけではボクシングファンにフロックと言われる事もある。

 

だが、何度も防衛を重ねればそういった言葉は少なくなるだろう。

 

「そんで名実共に世界チャンピオンになったら世界最高峰の舞台で…ラスベガスで俺と試合だ。」

 

世界最高峰の舞台…。

 

この言葉で僕の身体に震えが走った。

 

心に火が灯った。

 

気が付けば、僕の心から迷いは消えていた。

 

「ありがとう、ブライアン。おかげで目が覚めたよ。」

 

僕がお礼を言うと、ブライアンはニッと笑顔になった。

 

「気にすんな。俺達はダチだろ?」

「あぁ、そうだね。」

 

言葉遣いは少々粗いところがあるが、やはりブライアンは心根の優しい人物だ。

 

「あぁ、そうだ。デビッド、俺はウェルター級の世界チャンピオンになったら階級を上げるぜ。減量がきつくなってきてるからな。」

「ブライアン、僕に遠慮せずに階級を上げてくれ。君を待たせる代わりに、僕は君に合わせて一つ上の階級でデビューをしよう。もちろん、スタッフやテレビクルーの説得も僕がする。」

 

そう言って僕は手を差し出してブライアンと握手をする。

 

待っていてくれ、ブライアン。

 

僕は必ず…君が待つ場所に辿り着く!




次の投稿は11:00の予定です。

イーグルの主人公化が止まらない…!


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第18話『10ドルホークからスモーキーホークに』

本日投稿3話目です。


半年で11戦をこなした俺は、ミゲルの指示で減量による疲労を抜くために1ヵ月の休養に入った。

 

休養中にデビッドとスパーリングをしたが、まぁこれは試合勘を失わない為のものとしてミゲルが指示してきたものだ。

 

だがデビッドの様子がどうも変だったので飯に誘ってみたら、あの真面目君はクソ真面目に悩んでやがった。

 

まぁ、解決したからよかったものの…知ってたなら最初に言いやがれクソジジイ!

 

さて、1ヵ月の休養を終えた俺はまた減量を始めた。

 

ミゲルはまた1ヵ月に2試合ペースの最短スケジュールを組む予定らしい。

 

そして世界ランキングを駆け上がってタイトルマッチをするんだとよ。

 

ちゃんとマッチメイク出来るんだろうな?

 

まぁ、そこは年の功という事でミゲルを信じるしかねぇか。

 

そんな感じで減量をしていくと、ミゲルは予定通りにマッチメイクをしてきた。

 

…ほんとにどうやってマッチメイクしてやがんだ?

 

まぁ、試合が出来るなら構わねぇか。

 

原作の鷹村みてぇに試合が出来ねぇよりはずっとマシだからな。

 

そして始まった世界ランカーとの試合、俺は1戦、2戦、3戦と勝利を重ねていく。

 

こいつらにも1発もクリーンヒットをくらわずに1ラウンドKOで勝っていったんだが、4戦目の世界ランク3位の奴だけミゲルの指示で2ラウンドにKOした。

 

ミゲルが言うにはタイトルマッチの前にラウンドをまたいだ試合を経験させておきたかったそうだ。

 

細かいというか良く気が付くもんだな。

 

まぁ、そうじゃなきゃ世界チャンピオンを5人も育てられねぇか。

 

さて、こうして俺はデビューから9ヵ月で世界ランク3位になったんだが…。

 

「ホーク、決まったよ。2ヵ月後に世界タイトルマッチだ。」

 

ミゲルは俺が世界ランク3位になってから3日後に、この言葉を満面の笑みで言ってきやがった。

 

ジジイ…ほんとにどんな魔法を使ったんだよ…。

 

 

 

 

今日は世界タイトルマッチ前の公開スパーリングの日だ。

 

スパーリングパートナーはデビッド。

 

デビッドはオリンピック前の追い込み期間中の筈なんだが…まぁ、ドキュメント的に俺との友情を優先したとかそういう演出のようだ。

 

もっとも、デビッド本人は100%善意の行動だろうけどな。

 

「やあ、ブライアン。取材される側になった気分はどうだい?」

「減量中で気が立ってんのに、営業スマイルなんてやってらんねぇよ。」

「ハハハ、ブライアンらしいね。」

 

少し前からカメラを持った連中がチラホラとジムに姿を見せ始めていやがる。

 

正直に言えばめんどくせぇが…これも飯のタネだからな。

 

「しかし『スモーク』とは、ブライアンに相応しいニックネームだね。」

 

先日発売されたアメリカの有名ボクシング雑誌に俺の事が掲載されたんだが、その俺の記事には『彼のディフェンスはスモーク(煙)の如く捉える事が出来ない』なんて書かれていた。

 

それの影響なのか俺はボクシング関係者から『スモーク』とか『スモーキーホーク』って呼ばれる様になった。

 

『10ドルホーク』やら『スモーキーホーク』やら、アメリカはこういうノリが好きだよな。

 

まぁ、俺も元はオタクだからこういうノリは大歓迎だ。

 

「ホーク、そろそろスパーリングを始めようか。」

 

デビッドと話していると、記者連中と話をしていたミゲルがそう言ってきた。

 

「オーライ。それで、どういう演出で行くんだ?」

「『スモーク』のお披露目といこうか。お互いに7割程の力でイーグルは自由に、ホークは反撃は控えめにして回避を重視してくれ。」

 

ミゲルの指示を聞いた俺とデビッドは、いつもの様にヘッドギアと12オンスのグローブをつけてリングに上がる。

 

すると、記者連中のカメラからフラッシュが焚かれ始めた。

 

「おいおい、今日は俺が主役じゃねぇのか?カメラのほとんどがデビッドに向けられてるぜ。」

「すまないね、ブライアン。だけどスパーリングが終わった時には、彼等のカメラは君に向けられているさ。ただし、僕のパンチが当たったらわからないけどね。」

 

そう言いながら爽やかな笑みを浮かべるデビッドに、俺は肩を竦めて返事をしたのだった。




次の投稿は13:00の予定です。


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第19話『静かなる怒りとビッグマウス』

本日投稿4話目です。


今日は世界タイトルマッチの前日計量の日だ。

 

俺とミゲルは早々と計量室に入って待ってんだが…。

 

「チャンピオンはまだ来ないのかね?」

 

ミゲルがスタッフに聞いた通りに、チャンピオンがまだ来てねぇんだよな。

 

俺は計量室にある時計に目を向ける。

 

計量予定時間の5分前か…。

 

軽くため息を吐く。

 

実は俺とミゲルは計量予定時間の1時間前に来ている。

 

これは俺が前世で日本人だったから時間前行動を…なんて殊勝な理由じゃねぇ。

 

計量の後にはチャンピオンとの共同記者会見が待ってるからな。

 

さっさと終わらせてステーキを食いに行きてぇだけだ。

 

そんなつもりで早く来たんだが意味無かったな。

 

チャンピオンはルーズなのか?それとも俺を焦らす作戦か?

 

いや…もしかしたら今の時代はこんなもんなのか?

 

今は西暦1988年。

 

前世では当たり前だった携帯電話やインターネットがまだ普及してねぇ時代だ。

 

常識なんかが違っても不思議じゃねぇか。

 

そう思った俺は壁に背を預ける。

 

チラリと時計をみると計量予定時間になっていたが、チャンピオンはまだ来ねぇ。

 

無意識に舌打ちをした俺は、一つ息を吐いてから目を瞑る。

 

胃が鳴き声を上げやがるが、計量前だから水も飲めやしねぇ。

 

…くそったれ。

 

 

 

 

壁に背を預け目を瞑ったホークに目を向ける。

 

だいぶ苛立っているようだ。

 

それもそうだろう。

 

私達は早く計量や記者会見を終わらせるつもりで1時間前に来ていたのだからな。

 

だがチャンピオンは計量予定時間になってもまだ現れない。

 

おそらくはホークを焦らす作戦だろう。

 

…失敗したね、チャンピオン。

 

君は明日、リングの上から歩いて帰る事は出来ないだろう。

 

それは今のホークを見たらわかる決定事項だ。

 

せめて再起できる程度のダメージで収まる事を祈っているよ。

 

私が心の中で祈り始めてから10分程経つと、漸くチャンピオンが姿を見せた。

 

やれやれ、どうやら私の祈りは無駄になったかもしれないね。

 

何故ならチャンピオンを見たホークの顔から、表情が消えてしまっているのだから…。

 

 

 

 

計量が終わって漸く水を飲めたぜ。

 

だが一心地ついたところで直ぐに共同記者会見だ。

 

あんまり気が利かねぇインタビューをしてくんじゃねぇぞ。

 

早くステーキを食いに行きてぇんだからな。

 

「明日、彼から『スモーク』のニックネームは無くなるだろう。何故なら、私のパンチが彼を捉えるからだ。」

 

チャンピオンがそんな事を言うと、記者連中のカメラから一斉にフラッシュが焚かれる。

 

別にそんな事はどうでもいい。

 

待たされた詫びに、テメェからはベルトを貰うからな。

 

「ホーク選手、今年18歳の貴方ですが、今回が初めてのタイトルマッチです。その事について何かありませんか?」

 

あん?

 

ミゲルに目を向けると微笑んでやがる。

 

好きに言っていいんだな?

 

マイクを右手に持つと、俺は左手で指折り数え始める。

 

「7階級だ。」

 

俺の言葉に記者連中は首を傾げてやがる。

 

そんな連中の姿に笑いが込み上げてきたぜ。

 

「ウェルター、ジュニアミドル、ミドル、スーパーミドル、ライトヘビー、クルーザー、ヘビーで7階級だろ?俺は7階級制覇をするって言ったんだ。今回のタイトルマッチは、7階級制覇の通過点でしかねぇ。」

 

俺の言葉に記者連中からどよめきと一緒にフラッシュが沸き起こる。

 

そのフラッシュの中で、俺はチャンピオンに目を向ける。

 

「当たんねぇよ、テメェのパンチはな。まぁ、当たっても大した事無さそうだが。」

 

この俺の言葉でチャンピオンの顔に幾筋も青筋が浮かぶ。

 

そんなチャンピオンの視線を無視して記者連中に顔を向けた。

 

「宣言してやる。明日はKOで俺の勝ちだ。今のうちに賭けておいた方がいいぜ。」




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第20話『ウェルター級世界タイトルマッチ』

本日投稿1話目です。


今日はウェルター級世界タイトルマッチの日だ。

 

前座が終わり、いよいよ俺の出番がやって来る。

 

俺の名前がコールされると、会場に入場曲が流れだした。

 

俺が入場曲に選んだのは、前世ではキングオブポップスと呼ばれていたエンターティナーの曲だ。

 

去年発売されたこの曲を選んだのは、この曲のミュージックビデオを見たのがキッカケだ。

 

キングオブポップスのミュージックビデオは、曲の前に短い映画の様なものが導入されているのが特徴的で、その映画部分でキングオブポップスが老人に言ったある一言が俺の琴線に触れた。

 

『小銭を寄越せ。』

 

この一言で俺はスラムにいた頃を鮮明に思い出したぜ。

 

あそこが俺の原点。

 

あの頃の俺があるからこそ、今の俺がある。

 

『10ドルホーク』として喧嘩に明け暮れ、ミゲルと出会い、プロボクサーとなってここにいる。

 

俺はスポットライトが照らし出す花道に足を進めた。

 

会場の熱気が俺を熱くさせる。

 

そうだ、俺が待ち望んでいたのはこの熱気だ。

 

リングに入ると、会場の熱気が脹れ上がるのが肌でわかる。

 

いいぞ…もっと熱くなりやがれ!

 

会場の熱気に自然に笑みになっていると、熱気が収まっていく。

 

そして再び熱気が脹れ上がると、チャンピオンが入場してきた。

 

リングに入ったチャンピオンは観客にアピールすると、俺を睨んできやがった。

 

オーケー、チャンピオン。

 

そういうノリは大歓迎だ。

 

昨日の遅刻してきた分も含めて、思いっきりぶっ倒してやるよ。

 

 

 

 

私が見守る中でゴングが鳴り響き、ウェルター級の世界タイトルマッチが始まった。

 

ホークはいつも通りにガード下げた構え…最近では『ホークスタイル』と呼ばれる様になった構えをしたのに対して、チャンピオンはサウスポーに構えた。

 

流石はチャンピオン。

 

構えからでもその強さが滲み出ているのがわかる。

 

チャンピオンは試合開始の挨拶代わりであるグローブを合わせる行為をしようと、リング中央で右手をホークに向けて伸ばしてきた。

 

ホークは左手を伸ばしてチャンピオンの右手と合わせようとしたが、チャンピオンはそのホークの左手を払って、左のロングフックを打ってきた。

 

だが…。

 

「これ程に安心して世界タイトルマッチを見れるのは初めてだよ。」

 

ホークがチャンピオンの左ロングフックをスウェーで避けると、チャンピオンが開幕からラッシュを始める。

 

しかしそのチャンピオンのラッシュを、ホークはリング中央からほとんど動かずに避けていった。

 

このホークのディフェンス技術に、目の肥えたボクシングファン達から大歓声が上がる。

 

「初の世界タイトルマッチとあってホークが緊張している内に…とでも思ったのだろうが、生憎とホークはそんな可愛い気のあるボクサーではないのだよ。」

 

試合開始からたっぷり30秒はチャンピオンのラッシュが続いたが、チャンピオンは牽制の右ショートフックを打つとホークから離れた。

 

一息入れて仕切り直すつもりだろう。

 

だがそんな暇を与える程、ホークは甘くない。

 

チャンピオンのバックステップより早く踏み込んだホークが、チャンピオンの左手のガードなどお構い無しとばかりに右のパンチを打つ。

 

不意をつかれたのかチャンピオンが僅かに慌てるが、彼はしっかりと踏ん張ってガードを固めた。

 

流石だね、チャンピオン。

 

しかしその選択は誤りだ。

 

一つ、二つとホークがパンチを打つたびに、チャンピオンはその圧力に負けて後退していく。

 

やがてロープを背負うと、チャンピオンは驚いた表情を浮かべた。

 

ホークが一歩踏み込むと、チャンピオンは右のショートフックを打つ。

 

サウスポーの右は慣れていない選手にとって比較的対処が難しいパンチだ。

 

だが、その程度の事で苦戦する様な私のホークではない。

 

何故ならプロになる前から多くのサウスポーとスパーリングをさせてきたからだ。

 

ダッキングでチャンピオンの右ショートフックを避けたホークは、がら空きになったチャンピオンのボディーにパンチを打つ。

 

くの字に折れ曲がったチャンピオンの身体を、ホークは下から顔を殴り上げる事で起こす。

 

この二発でチャンピオンの足が止まったのがわかる。

 

後はどこまでチャンピオンがホークのパンチに耐えられるかだ。

 

必死にガードを固めるチャンピオンにホークが次々とパンチを打っていく。

 

ガードの上から打って相手の反撃を封じ、時折ガードの無い所を打って確実にダメージを与え、相手の隙を見透かすとガードの隙間を抜いてパンチを打ち込んでいく。

 

この辺りの呼吸はスラムの喧嘩で磨かれた天性のものだ。

 

やがて圧力に耐えかねたチャンピオンが苦し紛れの左ロングフックを打つが、ホークは大きなスウェーで避けるとそのまま下から殴り上げた。

 

意識が飛んだチャンピオンの身体が、ロープで弾んで跳ね返ってくる。

 

レフェリーが止めに入ろうとするが…遅かったね。

 

ホークは力強く踏み込むと、ロープで跳ね返ってきたチャンピオンの顔を殴り抜いてリングの外に叩き出してしまった。

 

僅かな悲鳴と大歓声が響き渡る中でレフェリーが試合を止める。

 

おめでとう、ホーク。

 

これで君が、ウェルター級の世界チャンピオンだ。

 

チャンピオン…いや、元チャンピオン。

 

君が再起可能なダメージである事を祈っておくよ。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第21話『元ウェルター級世界チャンピオンへのインタビュー』

本日投稿2話目です。


これは月刊ワールドボクシングファンの記者がした、元WBCウェルター級世界チャンピオンへのインタビューの一幕である。

 

「チャンピオン、世界タイトルマッチは残念な結果でしたね。」

「元チャンピオンだ。そこを間違えるのは新チャンピオンに失礼だよ。」

 

元チャンピオンの言葉に記者が苦笑いをする。

 

「失礼しました。もう何度も聞かれたと思いますが、スモーキーホークをどう思いましたか?」

「彼との共同記者会見の時は生意気な若者だと思ったね。だからその鼻っ柱をへし折ってやろうと試合では開幕から仕掛けたんだが、あっさりと対処されてしまったよ。」

 

「おっしゃる通りにスモーキーホークは素晴らしいディフェンス技術を我々に見せてくれました。」

「ジャブ、ストレート、フック、アッパー、私が持つ全てのパンチを駆使しても、彼には一発もクリーンヒットしなかった。あれ程のディフェンス技術を持つボクサーと戦ったのは初めてだ。」

 

チャンピオンの言葉に記者は何度も頷く。

 

ボクシングに明るい記者でも、目の肥えたボクシングファンを沸かせる程のディフェンス技術を持ったボクサーは、片手で数えられる程度しか記憶にないからだ。

 

「スモーキーホークのディフェンスには、あのホークスタイルと呼ばれている構えが関係しているのでしょうか?」

「彼のあの構えは、彼にとってパンチを打ちやすいところに手を置いているだけだ。そうでなければ、あれ程に威力のあるパンチは打てないからね。」

 

元チャンピオンの言葉に、記者は驚いた表情を浮かべる。

 

「彼のパンチはどれ程の威力だったのですか?」

「今の私を見てくれればわかる。鼻は折れ、首はムチウチの全治3ヶ月の怪我だ。これだけの怪我を、彼はたった1ラウンドで私に与えたのだ。」

 

鼻にガーゼ、首にコルセットを巻いた元チャンピオンの痛々しい姿に、記者は苦笑いをするしかない。

 

「貴方はスモーキーホークのパンチでリングの外へと叩き出されたのですが、その事は覚えていますか?」

「答えはノーだ。私の意識はその前のパンチで途切れていた。病院で意識を取り戻した後にスタッフから聞いたのだが、我ながらよく生きていたものだと思うよ。丈夫な身体に産んでくれた母と、私を鍛え上げてくれたトレーナーに感謝しなければいけないね。」

 

肩を竦めようとして首を押さえて痛がる元チャンピオンの姿に、記者は笑いを堪える。

 

「神への感謝はしないのですか?」

「もちろん感謝するさ。でも、彼とマッチメイクをしないでいてくれたのなら、もっと感謝出来たのだけどね。」

 

元チャンピオンの答えを聞きながら、記者は神へ感謝を捧げている。

 

何故ならウェルター級世界タイトルマッチでホークに賭けた結果、彼の財布はこれまでの人生で一番大きく膨らんでいるからだ。

 

「カムバックは考えていますか?」

「もちろん考えているよ。ただし、彼との再戦はノーサンキューだけどね。」

 

この元チャンピオンの答えに記者は嬉しそうに微笑んだ。

 

ホークとの試合を機に、幾人もの選手が現役を引退してしまっているからだ。

 

「最後に何か一言あればお願いします。」

「これからボクシング界は新たな時代を迎えるだろう。それは打たれずに打つという、ボクサーの理想像の一つを体現するブライアン・ホークが造り出す時代だ。」

 

「私を含む多くのボクサーが彼のボクシングをリスペクトし、研究をしていかねばならない。ボクシングの理想の一つを攻略する為にだ。これは並大抵の努力では成せない。」

 

「もしかしたら不可能かもしれない。だがその可能性の光が見えた時、我々ボクサーは新たなフロンティアへと歩み始めるだろう。」

 

こうして元ウェルター級世界チャンピオンへのインタビューは終わった。

 

後日、今回のインタビューをまとめて編集長に提出した記者はこの年のボーナスが増え、ガールフレンドと豪華なディナーを楽しんだのであった。




次の投稿は11:00の予定です。

掲示板回代わりにこういったものを書いてみました。

好評な様ならまた書く…かも?


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第22話『ホーク、異国の地へ』

本日投稿3話目です。


世界タイトルマッチからおよそ2週間後、俺は飛行機に乗ってオリンピック開催国にやってきた。

 

デビッドの試合を見る為というのが表向きな理由なんだが、実はデビッドのドキュメントを撮影している連中からの依頼なんだよな。

 

プロボクシング史上最年少の世界チャンピオンになった俺がデビッドの応援に来る…っていうのは、ドキュメントとして映えるそうだ。

 

まぁ、ファーストクラスのチケットに加えて宿泊先も用意されたんじゃ仕方ねぇよな。

 

しかし…ミゲルはいつの間に俺のパスポートを用意してたんだ?

 

聞けばコネを使って用意させたって言ってたが、深く考えるだけ無駄だな。

 

さて、オリンピック開催国に来たらデビッドがわざわざ出迎えてくれたんだが、一緒にいたデビッドのスタッフは顔をしかめていた。

 

ミゲルが事情を聞いてみると、どうもアウェーの洗礼を受けているらしいな。

 

宿泊先のシャワーが使えないのは当たり前で、練習場に行くための足もまともに用意が出来ないそうだ。

 

まぁ、開催国以外の国はどこもそんな扱いらしい。

 

デビッドが『御世辞にも良い練習環境とは言えない。』と言っている辺りから、くそったれな練習環境だってのがわかるってもんだ。

 

「ブライアン、一つ頼みがあるんだがいいだろうか?」

「なんだ?」

「減量は順調なんだけど、調整はいまいちなんだ。世界タイトルマッチを終えたばかりですまないが、僕のスパーリングパートナーを引き受けてもらえないだろうか?」

 

…デビッドの表情を見るに、これはドキュメントの筋書きじゃなくて本当に困っているみてぇだな。

 

デビッドのスタッフが話を補足したんだが、なんでも予め用意していたスパーリングパートナーはアウェーの洗礼に耐えかねて帰国しちまったらしい。

 

「オーケー、引き受けてやるよ。」

「ありがとう、ブライアン。とても助かるよ。もちろん、いつも通りに報酬は払わせてもらう。」

「その報酬なんだが、今回はデビッドが金メダルを取るって事でどうだ?」

 

俺が不敵に笑いながらそう言ってやると、デビッドは爽やかな笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。君の期待に必ず応えるよ。」

 

そう言って手を差し出してきたデビッドと、力強く握手をしたのだった。

 

 

 

 

時差ボケを抜くために1日休んでから練習場に行くと、そこには大勢の開催国の連中がいやがった。

 

見渡せば窓から俺達を覗き込んでいるのもいやがる。

 

「おいおい、今日はこの練習場を貸し切っていたんじゃなかったのか?」

「これで十分だよ。なにせ先日は練習出来るスペースすら無かったんだからね。」

 

デビッドのスタッフが言うには、各国からの苦情が相次いでこれでもマシになったんだとさ。

 

「スタッフが得た情報では、審判が買収されている可能性もあるらしいね。」

「端からわかってりゃ問題ねぇだろ。」

「そうだね、RSCで勝てばいいだけさ。うん、シンプルでいい。」

 

残念だったな。

 

この程度の逆境じゃあ、デビッドは崩れねぇよ。

 

「そんじゃ始めるとするか。リクエストはあるか?」

「いつも通りに華麗なディフェンスをお願いするよ。それが僕の中の挑みの血を、一番熱くさせてくれるからね。」

 

リングすら無い練習場だが、俺とデビッドは準備を終えると向かい合う。

 

開催国の連中の多くがビデオカメラを回し始めるが関係ねぇ。

 

よく見とけよ。

 

金メダリストになる男のボクシングをな。

 

こうして俺とのスパーリングで調整を終えたデビッドは、万全の状態でオリンピックの開会式を迎えたのだった。




次の投稿は13:00の予定です。

大人の事情で開催国名を明記していません。

また、拙作はフィクションです。

アウェーの洗礼はあくまで拙作世界内での事と御理解ください。


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第23話『アウェーの地でも色褪せぬ黄金の鷲の輝き』

本日投稿4話目です。


オリンピックが始まると、俺はアマチュアボクシングだけを見学していく。

 

ポイントを重視するアマチュアボクシングだからこその戦い方が、見ていて面白かったからだ。

 

ウェルター級でオリンピックに出場しているデビッドは、順調に勝ち進んでいる。

 

1ラウンド目は相手を観察し、ラウンド間に戦略を立て、2ラウンド目から攻略していく。

 

デビッドの安定感は他の連中と比べても際立っていた。

 

まぁ、この調子なら問題ねぇな。

 

俺はデビッドの試合以外も見てるんだけどよ、まぁ…疑惑の判定が多いわな。

 

いや、ハッキリいって明らさまなホームデシジョンが起こっている。

 

なんせ開催国の選手全員が、明らかに劣勢な試合を判定で勝ってるんだからな。

 

しかも亀の様に丸まって手を出さずに試合終了まで耐えただけでも判定勝ちだぜ?

 

判定後に対戦相手がリングの上でぶち切れても仕方ねぇだろ。

 

だからこそアメリカ代表のアマチュアボクサーは全員、最初から積極的にRSCを狙いにいっている。

 

まぁ、アウトボクシングしか出来ねぇのは早々と負けちまったが、それでもアメリカ代表は出場している階級のほとんどで準々決勝まで勝ち残った。

 

でもまぁ、問題はここからだろうな。

 

おっと、言った側から開催国の奴との試合で、判定まで持ち込まれて負けた奴がいるぜ。

 

お疲れさん。

 

お?デビッドは日本人と試合か。

 

あ~…こりゃ日本人に勝ち目はねぇな。

 

1ラウンド目は気持ちよく攻めれたんだろうが、デビッド相手にパンチを見せ過ぎだ。

 

2ラウンド目のデビッドはショルダーブロックを多用して、日本人選手のパンチを捌いていく。

 

どうやら完全に見切ったみてぇだな。

 

日本人は生真面目にポイントになる所をガードしてるが、デビッドはポイントなんざお構い無しにダメージになる所を攻撃していく。

 

先ずは足を奪うつもりみたいだな。

 

デビッドが腹を丁寧に叩いていって2ラウンド目が終わると、3ラウンド目の日本人の動きは明らかに鈍っていた。

 

後は一方的だ。

 

3ラウンド目の終了間際に日本人をリングに沈めたデビッドが、準決勝に駒を進めた。

 

流石だな、デビッド。

 

そしてデビッドは準決勝も大したダメージを受けずに勝利すると、いよいよ決勝戦の日がやってきた。

 

 

 

 

オリンピックの決勝戦のリングにデビッドが上がった。

 

対戦相手は開催国の選手だ。

 

ミゲルと一緒に相手の試合を少し見たんだが、ミゲル曰く『お粗末なボクシング』だそうだ。

 

正直に言って賭けが成立しねぇ様な組み合わせだが、それでも判定までいったら負けが確定している試合だからな。

 

油断すんじゃねぇぞ、デビッド。

 

オリンピックのアマチュアボクシング、ウェルター級の決勝戦が始まった。

 

相手はゴングと同時にガッチリとガードを固めやがった。

 

まぁ、試合終了まで立ってりゃ勝ちだからな。

 

そうしても不思議じゃねぇ。

 

だが、テメェの前にいるのはデビッドだ。

 

そんな事で勝とうなんざ、虫が良すぎるぜ。

 

丁寧にジャブを打ったデビッドは、様子見をせずに1ラウンド目から仕掛けていく。

 

ポイントを取りにいくのではなく、上下に揺さぶりを掛けながらダメージを積み重ねるためにパンチを打っていく。

 

1つ1つ基本に忠実に放つパンチは、ボクシングの教科書に載ってもおかしくねぇレベルだ。

 

おっ?ボディーを嫌がって相手がガードを下げやがった。

 

そこを見逃さずにデビッドはワンツーを叩き込むと、そのままパンチをまとめていく。

 

何度も顔を打たれて反射的に相手はガードを上げた。

 

そこにデビッドがタイミングよくボディーブローを打つと、相手はリングに膝をついた。

 

だが、レフェリーの判定はスリップときやがった。

 

普通ならブーイングが沸き起こってもおかしくねぇんだが、生憎とここは相手のホームだ。

 

ブーイングをしたのはデビッドの応援をする数少ないアメリカ人だけだ。

 

俺は相手を見下ろしているデビッドに目を向ける。

 

そこにはあの時と同じく、強い意思を秘めた目をしたデビッドの姿があった。

 

 

 

 

明らかにダメージによるダウンだが、レフェリーにはスリップと判定された。

 

だが問題無い。

 

この事は既に想定していたのだから。

 

それに僕には果たさねばならない約束がある。

 

だから君が立ち上がる限り、僕はパンチを打ち込む。

 

君に戦って勝とうという意思が無かろうと遠慮はしない。

 

僕はブライアンとの約束を果たすために…全力を尽くす!

 

 

 

 

3ラウンド目にイーグルのワンツーがクリーンヒットすると、対戦相手はリングに沈んだ。

 

だが試合後に勝者への称賛はなく、大きな罵声が会場を包み込んでいく。

 

しかしイーグルは勝ち名乗りを受けると罵声に怯むことなく胸を張り、誇らしげに拳を突き上げた。

 

止まぬ罵声の中でも、黄金の鷲の輝きは決して色褪せる事はなかった。




次の投稿は15:00の予定です。


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第24話『とある親子のオリンピック観戦』

本日投稿5話目です。


時間は遡りオリンピックのアマチュアボクシングウェルター級決勝戦が始まろうとしていた頃、日本の鴨川ジムにはオリンピック中継に目を向けるとある親子の姿があった。

 

 

 

 

「うむ、勉強になる。」

 

休憩中に鴨川ジムにあるテレビを見せてもらうと、ちょうどオリンピックのアマチュアボクシングの中継が始まったとこだったんだが、その試合を見た父さんが笑みを浮かべていた。

 

「父さん、一方的な試合展開だけど、どこが勉強になるのさ?」

「一郎、今のボディーへの一発を見ていなかったのか?」

「ダウンじゃなくスリップって判定されたのは見たけどね。」

 

俺と父さんが見ている試合は、試合開始のゴングから亀の様に丸まった開催国の代表選手を、アメリカ代表の選手が一方的に攻め立てるといったものだ。

 

アメリカ代表選手のパンチには正直見惚れるけど、それ以外では特に見所が無い試合だ。

 

「やれやれ、その様子だとデビッド・イーグルのパンチだけを見て、試合は見ていなかったな?」

 

父さんに図星をつかれて動揺する。

 

「まぁいい、この試合は録画してあるからな。練習が終わった後に見返せばいい。」

 

父さんはそう言いながら立ち上がった。

 

どうやら休憩は終わりみたいだな。

 

 

 

 

練習が終わると録画していたあのオリンピックのビデオをダビングさせてもらい、そのビデオテープを貰って家に帰ってきた。

 

正直に言うと、父さんが言ったあのボディーブローの事が気になって練習に集中しきれなかった。

 

そのせいで鷹村さんに色ボケかとからかわれちまった。

 

青木さんと木村さんまで悪ノリしやがって…。

 

あの二人には後で、スパーリングでキッチリお礼をしないとな。

 

「よし、適当につまみながら見るとするか。」

 

母さんがいない我が家の食卓はいつも簡素なものだ。

 

たまに俺が自分でパスタを作ったりするが、父さんが『ボクシングの本場であるアメリカでは、食事による身体作りも研究されている。』と言っていたので、日頃からそういった情報を集める様にしている。

 

まぁ、俺に出来るのは学校の運動部の連中に、どういった食事がいいのかを聞いている程度だけどな。

 

今日の夕飯である鶏のササミをつまみながらビデオを再生する。

 

テレビに試合が映し出されると、やはり俺が注目してしまうのはデビッド・イーグルのパンチだ。

 

基本に忠実で綺麗なフォームから繰り出されるパンチには、どうしても見惚れてしまう。

 

ジャブもストレートも俺には初動がほとんどわからず、極めてカウンターが取りにくい。

 

だからこそ見極めてやろうと注目してしまう。

 

気が付けばデビッド・イーグルのタイミングを取ろうと、指でリズムを取っていた。

 

「ここからだ。」

 

父さんの言葉が耳に入った俺は、デビッド・イーグルに注目していた意識を切り替えて試合全体を見る。

 

デビッド・イーグルのボディーを嫌がった相手がガードを下げると、まるでそれを見越していたかの様にワンツーが放たれた。

 

その光景を見てゾクリと震えが走った。

 

ワンツーを放つまでの一連の流れが、あまりにも完璧だったからだ。

 

その後、デビッド・イーグルはワンツーを機にパンチをまとめていく。

 

そして相手が腕に隠れる様にしてガードを上げると、デビッド・イーグルのパンチがボディーに刺さり相手がダウンをした。

 

そこで父さんがビデオを一時停止すると、俺は息を吐き出した。

 

「一郎、デビッド・イーグルが何をしたのかわかるか?」

「上に相手の意識を集めさせて下を打つ。もしくはその逆…そうだろ、父さん?」

「そうだ。だが注目すべきなのは、それをプロでも中々お目に掛かれないレベルで行っている事だ。」

 

父さんはビデオを巻き戻すと、一連の流れが始まるところから再生する。

 

「ここで相手がガードを下げたところでワンツーが打たれているが、これは間違いなく狙っていたものだ。こういった事を意図して駆け引きをするのがボクシングの基本だが、それをここまで冷静に実行出来るボクサーはそう多くはいない。」

 

再びビデオが再生されて試合進んで行く。

 

パンチが上にまとめられると、今度はそれを嫌がって相手のガードが上がる。

 

すると、デビッド・イーグルのボディーで相手の身体がくの字に折れ曲がってダウンした。

 

何度見てもゾクリと身体が震える程に完璧な試合運びだ。

 

「うむ、見事なカウンターだ。」

 

カウンター?

 

「父さん、相手は手を出していないのに、なんでカウンターなんだ?」

 

父さんはビデオを一時停止してから話し始めた。

 

「私はカウンターは三種類あると思っている。1つは、私が現役時代に好んで使っていた『相手のパンチに合わせる』カウンターだ。これは相手のパンチを利用する為、より強いパンチを相手に打ち込めるが、逆に相手のパンチをカウンターでくらってしまう危険があるリスクの高いカウンターだ。」

 

そのカウンターはよく知っている。

 

俺は父さんのそのカウンターに憧れて、父さんのボクシングが最強なんだと証明する為にボクシングを始めたのだから…。

 

「2つ目は『相手のパンチの打ち終わりに合わせる』カウンターだ。1つ目のカウンターと比べてリスクが低いが、その反面として己のパンチの威力のみで相手を倒さなくてはならない。現役時代の私の様にパンチの威力が低いボクサーには不向きなカウンターだな。」

 

そう言って苦笑いをした父さんは、水を一口飲んだ。

 

「そして3つ目のカウンターだが、これは説明するのが難しいな…。」

 

顎に手を当てた父さんは、少しの間考え込む。

 

「ふむ、そうだな…強いて言うなら『相手の意識の外から打つ』カウンターと言ったところか。」

 

俺は父さんの言葉に首を傾げた。

 

「父さん、それはどういうカウンターなんだ?」

「カウンターと表現したがカウンターとは限らないんだ。ただ、相手の意識の外からのパンチを打てる状況を作りやすいのがカウンターなんだ。」

 

俺がまた首を傾げると、父さんは苦笑いをした。

 

「この3つ目のカウンターは、現役時代の私が追い求めて届かなかったカウンターだ。お前のトレーナーとしてはすまんが、言葉にするのは少々難しい。」

 

俺が知る限り一番のカウンター使いだった父さんが、追い求めても届かなかったカウンター…。

 

「気になるのなら後で私がわかる限りで詳しく話そう。だが、先ずは飯を済ませてしまおうか。」

 

飯の後で父さんから、父さんが追い求めたカウンターについて詳しく聞いていく。

 

その後、夢中になって話を聞いていたせいで寝るのが遅くなり、翌日は寝不足の状態で朝の走り込みに行くはめになったのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第25話『ウェルター級世界タイトルマッチ防衛戦前日』

本日投稿1話目です。


デビッドの優勝を見届けた俺は、閉会式を見ずに帰る事にした。

 

そろそろ防衛戦の為に減量を始めねぇといけねぇからな。

 

そこでデビッドに一言を挨拶しようとしたんだが、その時にデビッドから友人だというマイク・エリオットを紹介された。

 

マイク・エリオットは今大会で金メダルを獲得したそうだ。

 

俺をリスペクトしてると言ってマイク・エリオットが握手を求めてきた。

 

まぁ、悪い気はしねぇな。

 

後日に二人と食事の約束をした俺は、ファーストクラスの飛行機でアメリカに帰った。

 

さて、アメリカに帰った俺は減量を始めようとしたんだが、そこでミゲルがある男を紹介してきた。

 

その男とはスラム時代の悪友であるダニーだ。

 

ダニーはスラム時代の俺の喧嘩の賭けで儲けた金を使って大学に行っていたんだが、そこでダニーは栄養学なんかを学んだんだとさ。

 

それでミゲルはダニーに俺の減量のサポートを任せると言いやがった。

 

まぁ、知らねぇ仲じゃねぇからな。

 

ダニーにサポートさせるのは構わねぇ。

 

でもよダニー…ちゃんとステーキを食える様に減量を計画しろよな。

 

そんなこんなでダニーが俺のサポートに加わって2ヵ月、俺は無事に減量を終えて計量の日を迎えたのだった。

 

 

 

 

「チャンピオン、オーケーです。」

 

スタッフからオーケーの声が出ると、ダニーが大きなため息を吐きやがった。

 

まぁ、無事に初仕事をこなせたんだから仕方ねぇか。

 

「チャンピオン、明日はよろしく頼む。」

 

あん?

 

俺の防衛戦の相手が、好戦的な目をしながら手を差し出してきやがった。

 

俺が相手の手を握ると、記者連中のカメラからフラッシュが焚かれる。

 

握手を終えた相手は、さっさと計量室を出て記者会見場に向かった。

 

「勝算はある…といったところかな?」

「はっ、上等だぜ。」

「ホーク、油断は禁物だよ。」

 

ミゲルの言葉に俺は肩を竦める。

 

「さて、早いところ合同記者会見を終えてステーキハウスに行くとしようか。イーグルとエリオットが待っているのだろう?」

 

ミゲルの促しで、俺は合同記者会見が行われる会場に向かったのだった。

 

 

 

 

「スモーキーホーク、貴方と食事を出来て光栄です。」

 

合同記者会見を終えてステーキハウスに向かうと、デビッドの友人であるマイク・エリオットが俺に握手を求めてきた。

 

「固ぇな。もっと気楽に行こうぜ、エリオット。」

「オーケー。なら、俺の事はマイクと呼んでくれ、ブライアン。」

 

俺が肩を竦めながらそう言うと、マイクは歯を見せる笑顔になった。

 

なかなかノリがいい奴だ。

 

「デビッド、デビュー戦は決まったのか?」

「あぁ、君の防衛戦の1ヵ月後だ。」

 

デビッドはもっと早くデビュー戦をしたかったみてぇだが、金メダリストになったデビッドは色々とイベントで忙しかったそうだ。

 

だからプロ転向が少し遅くなったんだとさ。

 

「デビッド、焦んじゃねぇぞ。」

「あぁ、ありがとう。」

 

デビッドは以前みてぇに焦ってねぇようだ。

 

どうやら金メダリストになって一皮剥けたみてぇだな。

 

その後はミゲルとダニーも合流して飯を楽しんだ。

 

 

 

 

防衛戦の前日、ホークがステーキハウスで楽しんでいた頃、日本ではとあるジムに所属するミドル級のボクサーが、日本タイトルマッチに挑もうとしていたのだった。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

何気にマイク・エリオットが原作と違って金メダルを獲得しております。

気になる方は原作を読んでみてください。


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第26話『日本の鷹のミドル級日本タイトルマッチ挑戦』

本日投稿2話目です。


「鷹村さん、頑張ってくださいよ!」

「鷹村さんならいけますよ!」

 

先日にプロデビュー戦を終えた青木と木村が鷹村を激励しに控え室にやってきおった。

 

まったく…デビュー戦でそれなりに打たれたから休んどれと言うたのに…仕方ない奴等じゃ。

 

ジムに来たばかりの頃はとんだ跳ねっ返りじゃったが、今ではボクサーとしての自覚も芽生えておる。

 

篠田君も二人のこれからが楽しみじゃろうて。

 

それに鷹村の奴も満更でもなさそうじゃわい。

 

これまでの経緯はどうであれ、同じジムの仲間として認めたといったところじゃろう。

 

「おい宮田、お前もなんか言えよ。」

「そうだぜ、鷹村さんの晴れ舞台なんだからな。」

 

青木と木村に煽られて宮田の息子が小さくため息を吐いておる。

 

素直に応援するのは柄じゃないとでも思っとるんじゃろう。

 

「鷹村さんなら問題ないでしょ。」

「ふんっ!当たり前だ!俺様が負けるわけねぇだろうが!」

 

やれやれ、日本タイトルマッチの前だというに…騒々しい奴等じゃわい。

 

 

 

 

試合開始のゴングが鳴りリングの中央でグローブを合わせると、鷹村は試合開始早々からチャンピオンに仕掛けていきおった。

 

やれやれ、攻撃的なのはいつも通り…いや、違う。強引に行き過ぎじゃ!

 

「鷹村ぁ!」

 

鷹村を落ち着かせる為に、儂は声を張り上げた。

 

いかん!儂の声が届いておらん!

 

リングを叩いて鷹村の注意を引こうとするが、あやつは一本調子でチャンピオンを攻め立て続けている。

 

チャンピオンのあの目…狙っとる!

 

儂はもう一度声を張り上げる。

 

じゃが…。

 

「ダウン!」

 

狙いすまされたチャンピオンのカウンターで、鷹村はリングに膝をついてしまった。

 

「鷹村さぁん!」

「立ってくれぇ!」

 

青木と木村の声が聞こえたのか鷹村が反応するが、足に力が入っておらん。

 

…駄目か。

 

「立てよ、鷹村さん!」

 

儂が悔しさに拳を握り締めたその時、宮田の息子の声が響き渡った。

 

すると、足を震えさせながらも鷹村は立ち上がりおった。

 

儂は鷹村の目を見る。

 

うむ、落ち着いておる。

 

いつもの鷹村じゃわい。

 

まったく、柄にもなく緊張しおって…心配させるんじゃないわい!

 

いや、緊張しておったのは儂もか…。

 

浮き足立って選手の状態を把握出来なかったのは、トレーナーである儂の失態じゃ。

 

やれやれ、試合の後には鷹村を説教せねばならんが、儂も反省をせねばのう。

 

 

 

 

「立てよ、鷹村さん!」

 

宮田の声が聞こえた俺様は、歯を食い縛って立ち上がった。

 

ちっ、足が震えやがる。

 

ファイティングポーズを取った俺様の目を、レフェリーが覗き込んでくる。

 

止めんじゃねぇぞ、レフェリー。

 

俺様に恥をかかせやがったチャンピオンに、礼をしなきゃならねぇんだからな!

 

「ファイトッ!」

 

レフェリーの声と同時にチャンピオンが踏み込んできやがる。

 

ちっ、まだ足の踏ん張りが利かねぇ。

 

チャンピオンのパンチを避けながら足の状態を確かめていく。

 

まだか?

 

まだ…後少し…今っ!

 

足の踏ん張りが戻った俺様は、チャンピオンのパンチに合わせてカウンターを打ち込む。

 

たたらを踏んだチャンピオンに追撃する。

 

よくも恥をかかせてくれやがったな!

 

こんなもんで終わりじゃねぇぞ!

 

止めんじゃねぇ、レフェリー!

 

…ちっ!ゴングが鳴っちゃあ仕方ねぇ。

 

ここで止めにしといてやらぁ。

 

「鷹村ぁ!」

 

あっ?ジジイ?

 

ジジイと八木ちゃんがリングに上がって来やがった。

 

「おめでとう、鷹村君。君が日本ミドル級チャンピオンだ。」

 

八木ちゃんの言葉で俺様はリングに倒れている元チャンピオンに目を向ける。

 

チャンピオンか…。

 

ベルトを持ってきたジジイが、俺様の腰にベルトを巻く。

 

すると、後楽園ホールの客席から拍手の雨が降ってきやがった。

 

「へっ!」

 

やっぱ、この瞬間はいいぜ。

 

「バカもんが、控え室に戻ったら説教じゃ。」

 

水を差すんじゃねぇよ、ジジイ!




次の投稿は11:00の予定です。

原作と違って一歩はまだ鷹村と出会っていません。

拙作内ではまだ15歳ですからね。仕方ないね。


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第27話『メダリスト達のスモーキーホーク観戦』

本日投稿3話目です。


ブライアンのウェルター級世界タイトルマッチの日がやってきた。

 

彼からチケットを貰った僕とマイク、そして僕のフィアンセとなったガールフレンドは最前列の席に座る。

 

「流石はスモーキーホークの試合だな。まだ前座だというのに満席じゃないか。」

 

マイクの言う通りに会場は既に満員となっている。

 

この光景はアメリカのボクシング界におけるブライアンの人気を表していると言えるだろう。

 

ライバルであり親友でもあるブライアンの人気の高さを嬉しく思う。

 

フィアンセも交えてマイクと観戦していくと、いよいよメインイベントであるブライアンの試合の順番がやってきた。

 

「ねぇ、デビッド。今日のブライアンの相手はどんなボクサーなの?」

 

フィアンセの質問に僕は笑顔で答えていく。

 

「足の速さとディフェンス技術、そしてカウンターに定評のあるアウトボクサーだね。」

「デビッドならどう攻略するのかしら?」

 

僕のフィアンセはボクシングにかなり明るい女性だ。

 

だからこそ、こういった質問には真摯に答えなければならない。

 

「そうだね、僕なら圧力を掛けてコーナーに追い込むかな。マイクはどうだい?」

「ボディにパンチを集めて足を奪うってところさ。」

「二人共セオリー通りね。でも、それが正しいと思うわ。」

 

フィアンセの言葉に僕とマイクは顔を見合わせて肩を竦める。

 

「さて、そのセオリーに当てはまらないブライアンはどうするのかな?」

「じっくりと、勉強させてもらうとしよう。」

 

そう言ってリングに目を向けた僕とマイクを見て、フィアンセは楽しそうにクスクスと笑ったのだった。

 

 

 

 

ゴングが鳴り響いて試合が始まった。

 

リング中央でグローブを合わせると、挑戦者はステップを刻んで左ジャブを打っていく。

 

そして左ジャブを打ちながら時計回りに移動するその動きは非常に滑らかで、挑戦者が生粋のアウトボクサーである事を現している。

 

そして時折長い距離からボディーストレートを打ち、対戦相手の距離感を混乱させようとしている。

 

中々厄介な挑戦者の様だ。

 

だがブライアンはそんな挑戦者の攻撃を、リング中央からほとんど動かずに避けていく。

 

「ジャブの一つも打たずに、あそこまで距離感を把握出来るものなのか?」

 

ブライアンの試合を初めて直に見るマイクが疑問の声を上げる。

 

当然の疑問だが、それが出来るのがブライアンなんだ。

 

ブライアンは挑戦者の長い距離からのボディーストレートに合わせて踏み込むと、挑戦者をどんどん攻め立ててロープへと追い込んでいく。

 

すると…。

 

「あっ!?」

 

僕のフィアンセが驚きの声を上げた。

 

ロープ際に追い込まれた挑戦者がブライアンの右に合わせてカウンターの左フックを放ったんだ。

 

だが…。

 

「なんだ今のは?!」

 

驚きのあまりマイクは立ち上がった。

 

しっかりと踏み込んで右を放ったブライアンだったが相手のパンチを察すると、天井を見る様にして上体を斜めに捻り、相手のカウンターを避けながら下から殴り上げたんだ。

 

常識外れの動きに試合会場は一瞬で静寂に包まれる。

 

「ダ、ダウン!」

 

だがレフェリーの声が響くと、試合会場は一気に沸き上がった。

 

僕は身体の震えを止める為に右手で左肩を抱き締める。

 

流石だね、ブライアン。

 

君はいつでも僕の挑みの血を沸き立たせてくれる。

 

あぁ…今一度誓おう。

 

僕は必ず、君との約束の場所に辿り着いてみせる!

 

その後なんとか立ち上がった挑戦者だが、意識がある様には見えない。

 

続行するのは危険だ。

 

それを認識したのか挑戦者側のセコンドがタオルをリングに投げ込んだ事で、ブライアンは初めての防衛戦に勝利したのだった。




次の投稿は13:00の予定です。


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第28話『防衛戦挑戦者へのインタビュー』

本日投稿4話目です。


これは月刊ワールドボクシングファンの記者がした、ウェルター級世界タイトルマッチの元挑戦者にしたインタビューの一幕である。

 

 

 

 

「今回のウェルター級世界タイトルマッチへの挑戦は残念な結果になりましたね。」

「僕なりに勝算はあったのだけどね。結果を見ればその見積もりが甘かったとしか言えないよ。」

 

「私には貴方が見事なアウトボクシングを展開していた様に見えましたが、手応えはどうでしたか?」

「パンチが当たらなかった事を除けば手応えは十分だった。あのままリズムに乗っていけば、いずれはスモーキーホークのミスを誘えると思ったよ。」

 

元挑戦者の言葉に記者は頷く。

 

「ボディーストレートに合わせてスモーキーホークに踏み込まれましたが、如何でしたか?」

「驚いたね。あのボディーストレートで、僕は多くのボクサーを相手に距離を制してきたんだ。あのボディーストレートは僕のボクシングの要だったんだが、それをあっさりと攻略されてしまったよ。」

 

元挑戦者の言葉に記者は困った様に苦笑いをする。

 

「それを言ってしまってよかったのですか?」

「もちろん記事にしてくれて構わない。それを利用しようとしてくるのを含めて戦略を練ればいいからね。それに、僕は僕のボクシングを一から作り直す必要を感じているんだ。カムバックをした時には、僕のボクシングは以前の僕と別のものになっているだろう。」

 

「どんなボクシングを見せてくれるのか楽しみです。ちなみにそれは聞いてもいいですか?」

「はっはっはっ!すまないが、それはシークレットだ。」

 

茶目っ気たっぷりに元挑戦者がウインクすると、記者は笑ってしまう。

 

「ボディーストレートに合わせて踏み込まれた後、スモーキーホークにロープ際まで追い込まれた貴方はカウンターの左フックを放ちました。あれは狙っていたのですか?」

「もちろんだ。私は何度もチャンピオンのビデオを見返して戦略を練り上げた。その戦略の一つがあのカウンターだったんだ。」

 

今では多くのボクサーがホークを研究している事を知る記者は何度も頷く。

 

そして近年始まったインターネットサービスが普及していけば、そこで多くの者が意見を交換していく様になるだろうと記者は考えているのだ。

 

「あのカウンターの左フックを放った後の事は覚えていますか?」

「ノー。気が付けば僕はダウンしていた。ビデオを何度も見返したが、あのカウンターが避けられたのが今でも信じられないよ。それほどに僕はあのカウンターが完璧だったと思っているんだ。」

 

記者も会場に足を運んでタイトルマッチを見ていたが、あの光景は今でも信じられない出来事なのだ。

 

「一度はダウンから立ち上がった貴方ですが、そこでセコンドがタオルを投げ入れました。その事についてどう思いますか?」

「感謝しているよ。おかげで君のインタビューに笑顔で応える事が出来ているからね。」

 

小さくため息を吐いた元挑戦者が言葉を続ける。

 

「一度立ち上がったと君は言ったが、正直に言うと僕はその事をほとんど覚えていないんだ。だからあそこでセコンドがタオルを投げ入れてくれなければ、僕はどうなっていたわからない。あまり想像したくない事だが、カムバックは難しくなっていただろうね。」

 

元挑戦者の言葉に記者は唾を飲み込む。

 

ボクシングはリングの上で事故が起こってしまっても不思議ではないスポーツである。

 

だからこそ人々は熱狂し、惜しみ無い称賛の声を選手に送るのだ。

 

「最後に何かあればお願いします。」

「世界チャンピオンのベルトを巻いた経験の無い僕が語っても、説得力は無さそうだけどね。」

 

そう言って元挑戦者は肩を竦めたが、真面目な顔になって話し始める。

 

「僕はデビュー戦から一貫してアウトボクシングを続けてきた。それが僕のボクシングだと思っていたからだ。だけど、スモーキーホークとの試合を終えた今ではその考えが変わっている。僕はただ、変化を怖れていただけなんだとね。」

 

自嘲する様に苦笑いをした元挑戦者は言葉を続ける。

 

「今の僕なら心から言える。変化を怖れてはいけない。スモーキーホークが造り出す新たな時代に適応出来なければ、僕達は旧い時代のボクサーとして取り残されてしまう。だからもう一度言おう…変化を怖れてはいけない。」

 

「僕のボクシングがどの様に変化していくのかはわからない。でもその変化をしていく中で僕は、ボクシングを始めた頃の様に心からボクシングを楽しめる事を確信しているよ。」

 

 

 

 

この記事を書き終えた記者は、机の引き出しから包装された小さな箱を取り出す。

 

その箱の中身は婚約指輪だった。

 

元挑戦者の変化を怖れてはいけないという言葉を聞いた記者は、恋人との関係の変化を望み、勇気を出してこの婚約指輪を用意したのだ。

 

ちなみに婚約指輪を用意するための費用は、先のホークの防衛戦で稼いだものである。

 

「変化を怖れてはいけない…。」

 

早鐘の様になる心臓を落ち着ける為に、記者は大きく息を吐き出す。

 

そして力強く椅子から立ち上がった記者は、一世一代の大勝負に向かう男の顔をしていたのだった。




次の投稿は15:00の予定です。


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第29話『黄金の鷲の手応えと旧友と再会する名伯楽』

本日投稿5話目です。


デビッドのデビュー戦まで残すところ後10日、俺はデビッドの追い込みに付き合っていた。

 

「休養中なのに依頼を受けてくれてありがとう、ブライアン。」

「気にすんな。貰えるもんを貰えるなら問題ねぇよ。」

 

防衛戦を終えてから1週間後にベルトを返上してジュニアミドル級に階級を上げた俺だが、今のナチュラルウェイトはミドル級のリミットに近い。

 

ミゲルはトレーニングや加齢によるウェイトの変化を考えると、俺がジュニアミドル級で問題無く試合が出来るのは後2、3年ぐらいだと考えろだとさ。

 

さて、リングに上がってデビッドと軽いスパーリングを始めたんだが、ここ最近のデビッドのワンツーは、俺達が初めてスパーリングをした時に放ったあのワンツーに近いものになってきている。

 

本当に避けにくいんだ。

 

なんていうかデビッドのワンツーは、俺の感覚で言うと『考える前に打っている』って感じになってきてるんだよな。

 

大抵の奴はパンチを打ってくる前のモーションの起こりがわかったり、今から打つぞっていう気配みてぇなもんが勘でわかんだけどよ、デビッドのワンツーはそれがすっげぇわかりにくいんだ。

 

少しでも気を抜いたら当たっちまいそうだぜ。

 

デビッドも手応えを感じてんだろうな。

 

スパーリングが終わると嬉しそうに鏡の前でフォームチェックをしてやがる。

 

作業とも言えるこのフォームチェックを、デビッドは生真面目にずっと続けてきたんだろうな。

 

へっ、面白くなってきやがった。

 

次の試合が待ち遠しいぜ!

 

 

 

 

最後の追い込みとしてブライアンにスパーリングを依頼した。

 

防衛戦を終えて休養中だったブライアンには申し訳ないが、今はスパーリングを依頼してよかったと心から思っている。

 

何故なら、僕は今までにない程に手応えを感じているからだ。

 

僕がブライアンと初めてスパーリングをしたあの日以来、僕はあの日にブライアンに当たったワンツーを理想として追い求め続けてきた。

 

毎日の様にビデオを見てイメージを目に焼き付け、トレーニングでは必ずワンツーのフォームチェックをしてきた。

 

しかし、ただ触れただけのあのワンツーを、相手を打倒するためのものに昇華するのは至難の業だった。

 

何度もトレーナーと確認し合ってきた。

 

理想のワンツーの影すら掴めない日々に、頭を抱えた事だってある。

 

だけど今日、僕は確かに手応えを感じた。

 

後はこの手応えをものにするだけだ。

 

ありがとう、ブライアン。

 

僕はまた一つ成長する事が出来た。

 

このお礼はデビュー戦での勝利で返そう。

 

そして必ず、君との約束を果たす。

 

 

 

 

行きつけのステーキハウスでお気に入りのサラダを食べていると、私の隣に一人の男が座る。

 

「ビアーを頼む。」

「あいよ。」

 

ビアーを注文した男の声で、私は隣に座った者が誰なのかを察した。

 

私は隣に座った男がビアーで喉を潤すまでゆっくりと待つ。

 

うん、やはりマスターのオリジナルドレッシングは最高だ。

 

ゴクッ!ゴクッ!とビアーを飲む音が耳に響く。

 

実に美味そうに飲むものだ。

 

「マスター、私にもビアーを。」

「あいよ。」

 

やれやれ、彼につられてしまったか。

 

「ダン、思わず私もビアーを頼んでしまったよ。」

「ふっ、どうやら酒を忘れる程に仕事が充実しておる様だな、ミゲル。」

 

見事にたくわえられた髭の中で、ダンの口がニヤリとしたのがわかる。

 

私の隣に座った男の名は浜 団吉。

 

青年時代に日本で顔見知りになった旧友だ。

 

彼と鴨川は私が帰国してからしばらくすると、ボクシングのトレーナーとして学ぶ為にアメリカにやってきた。

 

そして当時の理論や技術を学び終えた鴨川は日本に帰国してジムを開き、ダンはアメリカに残ってトレーナーとして幾人も世界ランカーを育て上げたのだ。

 

「用件は何かな?」

「ホークを見せてほしい。」

 

そう言ったダンはビアーを飲み干す。

 

私も目の前に置かれたジョッキに手をつける。

 

うむ、美味い。

 

久し振りに感じるビアーの苦味とアルコールが、私の胃と心を癒してくれる。

 

日本では『百薬の長』と言うのだったな。

 

正にその通りだ。

 

「それは構わないが、トレーナー業の方はいいのかな?」

「ふんっ!儂のボクサーは半年前にホークに敗れて引退したわ。」

「それはすまない事をしたね。」

 

もちろんその事は知っていた。

 

だが、文句ならばマッチメイクを受けた選手のマネージャーに言ってくれ。

 

「まったく…久しく見なかった儂好みのボクサーだったというに。」

「選り好みし過ぎではないかな?」

「それはお互い様だろう。」

 

確かにダンの言う通りだ。

 

ダンは若き日の自身に似たテクニックに長けたボクサーを好み、私は野性的な一面を持つボクサーを好む。

 

鴨川はどんなボクサーを好むのだろうか?

 

「ダン、後で君にホークのスケジュールの一部を伝えよう。」

「すまんな。」

「構わないよ。ところで、鴨川はどうしているかわかるかな?」

 

私がそう問い掛けると、ダンはマスターに2杯目のビアーを頼んだ。

 

「少し前に話したが、どうやら教え子が日本タイトルを取ったそうだ。」

「ほう?久しく聞かなかった旧友の朗報だね。」

「まだまだと謙遜しておったが、随分と声が弾んでおったわ。」

 

そう言って笑ったダンはビアーを口にする。

 

私も付き合ってビアーを口に。

 

ふむ…私も2杯目を頼むとしよう。

 

「鴨川が言っておったわ。奴の教え子、鷹村は世界を狙えるとな。」

「ふむ、それは興味深いね。」

 

鷹村か…覚えておこう。

 

その後、ダンと語り合いながら飲んだ酒はとても美味しく、年甲斐もなく深酒をしてしまった。

 

そして翌日、二日酔いの頭を抱えてジムを訪れると、そんな私を見たホークが笑い声を上げたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第30話『黄金の鷲のプロデビュー戦』

本日投稿1話目です。


side:ホーク

 

 

デビッドのデビュー戦の日がやってきた。

 

俺とミゲル、そしてデビッドの婚約者は一緒に見物をする。

 

マイクはデビュー戦が1週間後に控えているから、今回は見にこれねぇそうだ。

 

「ゼールさん、今日のデビッドの相手はどんなボクサーなのかしら?」

 

ブロンド美人なデビッドの婚約者が微笑みながらミゲルに問い掛ける。

 

ジジイも美人に話し掛けられてどこか御満悦だ。

 

「アウトボクサー寄りのボクサータイプだね。駆け引きが上手く、ポイントアウトよりも打ち合いを好む傾向がある。」

「あら、デビッドはデビュー戦から大変な相手と戦うのね。」

「イーグルがいつも通りのボクシングをすれば問題無い相手だよ。」

 

ミゲルとデビッドの婚約者が話し合っていると、デビッド達の入場が始まる。

 

デビッドが姿を現すと、会場から大歓声が上がる。

 

「流石は金メダリストになった英雄ってところか。」

「それもあるだろうが、これはイーグルに対する期待の表れでもあるだろうね。」

 

ミゲルとそんな会話をしていると、デビッドの婚約者はデビッドに声援を送っている。

 

それに気付いたデビッドが振り向いて手を振りやがった。

 

「デビッドは婚約者に手を振ったのに、周囲の女も騒いでやがる。いい顔をしてると得だな。」

「おや、気付いてなかったのかね?ホークの試合でも女性達から大きな声援が上がっているんだよ。」

「あん?そうなのか?」

 

あぁ~…そう言えばそんな気もするな。

 

「まぁ、ホークは声援を聞いてモチベーションを上げているからね。気付かなくても仕方ないよ。」

 

ミゲルはそう言うが、実感がねぇな。

 

デビッドは人気俳優も形無しな程に顔がいい。

 

それにボクシングで鍛え上げられた肉体も合わされば、デビッドはアメリカ人女性が理想とする男性像の一人となる。

 

対して俺はスラム上がりのワルガキだ。

 

正直に言って、俺を見て女が騒ぐ理由がわからねぇ。

 

世界チャンピオンになったからか?

 

 

 

 

side:ミゲル

 

 

ホークが首を傾げているのを見て私は笑いを堪える。

 

やれやれ、どうやらホークは女性の機微に疎いようだね。

 

確かにイーグルはその爽やかな青年像から世の女性が騒ぐ程の色男なのだが、ホークも野性的な男性として世の女性が騒ぐには十分な魅力を備えていると言える。

 

ホーク、人の魅力とは顔の造形だけではないのだよ。

 

まぁ身内贔屓かもしれないが、ホークは顔の造形も悪くないがね。

 

その証拠と言ってはなんだが、私の元にはホークに対してテレビ出演やコマーシャル撮影の依頼がくるようになっている。

 

あくまでホークのトレーニングを邪魔しない範囲でだが、そういった話をそろそろホークに聞かせてもいい時期だろう。

 

ホークとイーグルに最高の舞台を用意する為にもね。

 

おっと、どうやらイーグルのデビュー戦が始まるようだ。

 

じっくりと観察させてもらおう。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

ゴングが鳴るとジャブの差し合いが始まった。

 

リング中央に陣取り、お互い空間を制しようと駆け引きを繰り返す。

 

1発、2発とデビッドのジャブがヒットすると、相手は足を使い出した。

 

流れを渡さねぇためだろうな。

 

だが、デビッドはそれに付き合わずにリング中央にどっしりと構えている。

 

試合開始から1分経ったが、二人共まだ右を見せてねぇ。

 

おっ?相手がジャブからショートフックに繋ぐ左のダブルを打ちやがった。

 

ショートフックが当たってもデビッドは落ち着いている。

 

ダメージはほとんど無さそうだな。

 

ショートフックを当てた相手は、多彩な左を見せていく。

 

ショートフックにショートアッパー、そして肩を入れて距離を伸ばすメキシカンジャブを打って、デビッドから主導権を取ろうとしていく。

 

だが、デビッドは丁寧にジャブを打って相手に主導権を渡さない。

 

1ラウンド目はそのまま両者共に右を見せずに終わりを迎えた。

 

そして2ラウンド目が始まると、試合のペースはデビッドが握り始める。

 

デビッドはパーリングやショルダーガードを使って、相手の左を防いでいく。

 

逆に相手はデビッドのジャブに何度も顔を打たれていく。

 

ここで相手が右ストレートを打った。

 

デビッドは冷静に相手の右ストレートをガードする。

 

この試合、両者通じて始めての右に会場から歓声が上がった。

 

それがキッカケとなったのか、相手がギアを上げた。

 

足を使って激しい出入りをしながらデビッドを攻め立てていく。

 

だがデビッドは冷静に相手のパンチをガードして、丁寧にジャブを打ち返していく。

 

そのジャブで何度も相手の顔が跳ね上がるが、相手はジャブだからと意に介さずに攻め立てる。

 

…こりゃ、次のラウンドで決まるな。

 

2ラウンド目が終了すると、両コーナーにわかれたデビッドと相手の表情は全く違うものになった。

 

強かに何度も顔を打たれてダメージが伺える対戦相手と、ほぼダメージが無いデビッド。

 

目の肥えている観客もわかってるんだろうな。

 

3ラウンド目が始まって1発、2発とデビッドがジャブを当てると、イーグルコールが始まった。

 

相手は足を使って避けようとするが、デビッドは相手を誘導してコーナーに追い込んだ。

 

わかりやすい程に相手の表情が歪む。

 

デビッドがジャブを重ねていくと、相手はデビッドのジャブの引き際に左フックを打ち込んだ。

 

引っ掛けてコーナーから脱出するのが狙いだろうな。

 

だがデビッドはそれがわかっていたかの様に、ジャブに続けて右ストレートを打ちこむ。

 

このワンツーをカウンターの形で受けてしまった相手はよろける。

 

そこを逃さずにデビッドはパンチをまとめていく。

 

すると…。

 

「ダウン!」

 

相手はリングに膝をついてダウンをした。

 

ニュートラルコーナーに下がったデビッドは、油断なく相手を見据えている。

 

…まぁ、立てねえだろうな。

 

俺の予想通りに相手は10カウント以内に立ち上がれなかった。

 

ダメージもあったが、それよりも相手は心が折れちまってた。

 

左だけでああも見事にコーナーに追い込まれた上に、反撃を見越してカウンターのワンツーを打ち込まれた。

 

あそこまで試合をコントロールされちゃたまんねぇだろ。

 

勝ち名乗りを受けたデビッドは、リング中央で胸を張って拳を上げている。

 

初めてのプロのリングなのに様になってるじゃねぇか。

 

流石は金メダリストだぜ。

 

こうしてデビッドはデビュー戦をKO勝利で飾った。

 

デビッド、おめでとさん。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第31話『名トレーナーと黄金の鷲の出会い』

本日投稿2話目です。


side:ホーク

 

 

デビッドのプロデビュー戦に続いてマイクのプロデビュー戦も観戦してから10日後、俺はジュニアミドル級で試合をする為にトレーニングと減量を始めた。

 

そんなある日の事、見事な髭をたくわえたじいさんが俺のトレーニングを見学していた。

 

「おい、ミゲル。あのじいさんは誰だ?」

「彼はダン…浜 団吉という日本人で、アメリカでボクシングのトレーナーをしている男だよ。」

「ハマ・ダンキチ?」

 

ミゲルに疑問の声を上げると、舌が回らずに独特なイントネーションの日本語になってしまった。

 

俺が難しい顔をしていると、ミゲルがお手本とばかりに日本語で浜 団吉の名を口にする。

 

「浜 団吉。」

「ハマ・ダンキチ。」

 

うへっ、やっぱり舌が回らねぇ。

 

まぁ、8年も英語だけで暮らしていたから仕方ねぇか。

 

「ふむ、ホークが興味あるのなら後で日本語を教えるかね?」

 

聞き取りは問題ねぇけど、話すと片言になっちまうから教えてもらった方がいいか?

 

いや、待てよ。

 

今生の俺はアメリカ人なんだ。

 

別に日本語を話せなくても問題ねぇだろ。

 

習うならスペイン語の方がよくねぇか?

 

…まぁ、どっちでもいいか。

 

「まぁ、暇な時にな。」

 

俺がそう答えると、ミゲルはニコリと微笑む。

 

なんで嬉しそうなんだ?

 

まぁ、いいか。

 

デビッドがスパーリングの準備をしてる事だし、俺も早いとこ準備をするかね。

 

 

 

 

side:浜 団吉

 

 

儂はブライアン・ホークのトレーニングを見学してため息が出そうになった。

 

あれ程の体躯でありながら、軽量級と遜色がない程に動きにキレがあるのだからな。

 

まるでその動きのキレは猫田を彷彿とさせるものだった。

 

それも鴨川との試合で壊れる前の猫田のだ。

 

奴の動きを捉える為に、若き日の儂は左を磨き抜き『飛燕』を編み出した。

 

この顎が今少し丈夫であったならば、奴ともっとしのぎを削り合えたのだが…。

 

そこまで考えて儂は首を横に振る。

 

この顎で勝つために、若き日の儂は空間を制するべく左を磨いたのだ。

 

そうでなければ儂は猫田と鴨川の好敵手となれなかっただろう。

 

そう思い己の気持ちを納得させた儂はリングに目を向ける。

 

うむ、ラッキーだ。

 

今日はアメリカの若き英雄デビッド・イーグルとのスパーリングの日だったか。

 

じっくりと勉強させて貰おう。

 

そしてブライアン・ホークとデビッド・イーグルのスパーリングを見ていくと、儂の心は『惜しい』という感情で占められていった。

 

何故なら儂の目にはブライアン・ホークが若き日の猫田の姿と被り、デビッド・イーグルが若き日の儂の姿と被ったからだ。

 

非常に優れた身体能力と野性でセオリーに縛られず自由に戦うホーク。

 

そんなホークに基本のパンチで立ち向かうイーグルの姿を見て、儂は拳を握り締めてしまう。

 

…惜しい。

 

何度も思ってしまう。

 

戦略や駆け引きは見事なものだ。

 

だが、それだけでは奴の様な種類のボクサーを追い詰めるには『手札』が足りん。

 

…なるほど。

 

まんまとミゲルに一杯食わされたわ。

 

儂がこうなる事を想定しておったな?

 

その証拠に儂が目を向けると、ミゲルは不敵に笑いおった。

 

ふんっ!今回は貴様の思惑に乗ってやるわ。

 

ミゲルに不敵な笑みを返すとリングに目を戻す。

 

そしてトレーニング終了後に、儂はデビッド・イーグルに話を持ち掛けたのだった。




次の投稿は11:00の予定です。

イーグルの梃入れは出来たけど…鷹村はどうしよう?


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第32話『黄金の鷲の成長』

本日投稿3話目です。


side:ホーク

 

 

浜 団吉ことダンがデビッドのトレーナーになった。

 

ダンはアメリカのボクシング界では有名なトレーナーらしく、デビッドは知っていたそうだ。

 

そんなダンからトレーナー契約の話を振られたデビッドは二つ返事で受け入れていた。

 

まぁ、それでデビッドのスタッフが苦笑いをしていたがな。

 

さて、ダンをトレーナーとして受け入れたデビッドなんだが、ダンの指導を受けて少し変わった事がある。

 

それは左のパンチのバリエーションが増えた事だ。

 

左ジャブのダブル、左ジャブからの左ショートフックといったコンビネーションパンチは以前から使っていたんだが、そのコンビネーションの繋ぎが独特になったんだよな。

 

ミゲル曰く『飛燕』というパンチらしい。

 

なんでも第二次世界大戦後の日本のリングで、ダンが使っていたパンチなんだとさ。

 

まだ完成したわけじゃねぇみたいだが、この『飛燕』ってやつは間違いなくデビッドの武器になるだろうな。

 

スパーリングでその『飛燕』を体験したんだから間違いねぇだろ。

 

でもよ、その『飛燕』を全部避けていったらダンのやつが…。

 

『ヌシを見ていると、かつての好敵手を思い出すわい。』

 

って、仏頂面で言ってきやがった。

 

誰の事を言ってんだろうな?

 

原作キャラか?

 

まぁ俺は原作の事は少ししか知らねぇし、考えても意味ねぇか。

 

さて、減量を続けるかね。

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

新しくトレーナー契約を結んだダンの指導で身に付けた『飛燕』に、僕は手応えを感じている。

 

これは間違いなく今後の僕の戦略の要となるパンチだ。

 

「ありがとう、ダン。貴方と契約を結んで本当によかった。」

「ふんっ、教え子が優秀過ぎると教えがいが無いわ。」

 

ダンが小さく息を吐きながらそう言うと、僕は思わず笑ってしまう。

 

「デビッド、ヌシが行こうとしておる道は苦難の道のりだと理解しておるか?」

 

不意に告げられたダンの言葉に僕は強く頷く。

 

その事は誰よりも僕が理解している。

 

だからこそ挑みがいがあるという事もだ。

 

「もちろんさ。それよりも、『飛燕』について何かアドバイスはあるかい?」

「後はフォームチェックをして熟せばよい。が、強いて言うならば通常のコンビネーションと使い分けるんじゃな。」

 

なるほど、確かにその方がより戦略が広がる。

 

流石は幾人も世界ランカーを育て上げた名トレーナーだ。

 

勉強になる。

 

「『飛燕』をものに出来たその時には、もう1つの武器を教えてやろう。」

「もう1つの武器?」

 

僕が疑問の声を上げると、ダンは不敵な笑みを浮かべる。

 

「さよう。リングの上に燕は二羽おる。もっとも、こいつはホークに対して使える様な場面はほとんど無かろう。じゃが、ヌシのボクシングの幅を広げる事は確約する。」

 

そう言ったダンは、ゼール氏と談笑するブライアンへと目を向けたのだった。

 

 

 

 

side:浜 団吉

 

 

儂はミゲルと談笑するホークを見て鼻を鳴らす。

 

奴め…まだ未完成ではあったが、デビッドの『飛燕』を初見で全て避けおった。

 

ミゲルが気に入ったという逸材だけはある。

 

並みのボクサーではパンチを当てる事すら困難だろう。

 

そう思った儂は若き日の事を思い出す。

 

儂と猫田の持って産まれたものの違い…才能の差というものを痛感したあの時の事をだ。

 

「…ふんっ!」

 

確かにボクシングに限らず、スポーツの世界は残酷なまでに才能が物を言う世界だ。

 

だがボクシングにおいて強さとは反応や足の速さ、そしてパンチの強さといった身体能力だけではない。

 

戦略や駆け引きも間違いなくボクシングにおける強さなのだ。

 

儂とデビッドのボクシングがあやつらに通じるかは正直わからん。

 

だがいつの日か、必ず挑戦状を叩きつけてやろう。




次の投稿は13:00の予定です。


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第33話『スモーキーホークの戸惑いと圧勝』

本日投稿4話目です。


side:ホーク

 

 

今日はジュニアミドル級で初めての試合の日だ。

 

相手は世界ランク2位。

 

ボクサータイプのボクサーで、総合的な評価は高いんだとさ。

 

さて今日の試合なんだが、ミゲルが言うには世界前哨戦だそうだ。

 

なんでもジュニアミドル級現世界チャンピオンと俺のタイトルマッチは、まだ発表していないだけで既に内定してるんだとさ。

 

でも、俺が負ければそこで終わりの話なんだけどな。

 

しかし…何度も思ったが、ミゲルはよくそうポンポンとマッチメイク出来るな。

 

まぁ、いいか。

 

さっさと試合を終わらせてステーキハウスに行くとしよう。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

ジュニアミドル級に階級を上げて初めての試合だが、ウェルター級の防衛戦の時よりも身体が軽く感じる。

 

いつもの感覚で踏み込むと半歩ぐらい大きく踏み込んじまったり、相手のパンチの引き際に合わせて踏み込もうとしたらまだ相手のパンチが打ち終わってなかったりして、色々とズレちまっている。

 

減量が楽になった影響か?

 

感覚のズレに少し戸惑ってたら1ラウンド目が終わっちまったぜ。

 

「ホーク、何か問題があったのかね?」

「ちと身体が軽すぎてな。感覚のズレに慣れるのに手間取っちまった。」

 

俺がそう言うとミゲルが頷く。

 

「ホーク、慌てる必要は無い。ゆっくり感覚の変化に慣れなさい。」

「もう問題ねぇよ。次のラウンドで終わらせてくる。」

 

俺はそう言うと椅子から立ち上がる。

 

「では、私は帰る準備をしておくよ。」

「おう!」

 

 

 

 

side:ミゲル

 

 

感覚のズレ…か。

 

ホークはその理由を減量に見出だしている様だが、私の目には数年に渡るトレーニングによる成長が原因だと映っているのだがね。

 

ホーク、知っているかね?

 

これでも最近はマッチメイクをするのに一苦労しているのだよ?

 

君との戦いを避ける相手は多いが、それと同じぐらい君との戦いを希望する相手も多い。

 

だがそんな者達の中から、君に相応しい相手を見つけるのは非常に困難なのだ。

 

トレーナーとしてはとても誇らしい事だけどね。

 

さてダニー、帰る準備をしてくれ。

 

そう時間は掛からずに試合が終わるからね。

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

「デビッド、ホークはあれほどに速かったのか?」

「ノー。僕が知っているブライアンよりも、間違いなく速くなっている。」

 

ジュニアミドル級に階級を上げたブライアンの試合をダンや婚約者と一緒に見ている僕だが、リングでのブライアンの動きを見て驚いていた。

 

ダンに答えた通りに、ブライアンはウェルター級の時よりも速くなっている。

 

あの速さは軽量級の世界レベルと同等…いや、それ以上かもしれない。

 

「すごい…ジュニアミドル級の選手で、あんなに速く動ける選手は見たこと無いわ。」

 

婚約者の驚きも無理は無い。

 

ブライアンの速さはボクシングファンの常識を覆す程のものなのだから。

 

「デビッド、あれを見てもヌシの心は変わらんかね?」

 

僕はダンの目を見て強く頷く。

 

「もちろんさ。僕はブライアンのライバルなのだから。」

「クックックッ、その意気やよし。」

 

ダンと僕はリングの上で勝ち名乗りを受けているブライアンに目を向ける。

 

「当代最高峰のボクサーの一人に挑むか…楽しめそうじゃな。」

 

そう呟いたダンは席を立って歩き出す。

 

僕は婚約者と顔を見合わせて肩を竦めると、ブライアンに惜しみない拍手を送る。

 

そして2ヶ月後、ブライアンはジュニアミドル級の世界タイトルマッチを1ラウンドKOで制し、2階級制覇を成し遂げたのだった。




次の投稿は15:00の予定です。


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第34話『活気づく鴨川ジム』

本日投稿5話目です。


side:鴨川 源二

 

 

鷹村が突如連れてきた小僧…幕ノ内 一歩を鍛え始めて数ヵ月、宮田の息子とのリターンマッチとなるスパーリングまで残すところ後1週間じゃ。

 

一目見た時はボクサーとしてやっていけるとは欠片も思えぬ程に覇気が無かった。

 

プロの世界で生きられるとも思えなんだ故に、儂は小僧の初めてのスパーリング相手に宮田の息子を指名した。

 

酷な様じゃが、諦めるなら早い方がいいと思ったからじゃ。

 

だが小僧はその初めてのスパーリングで、覇気の無さからは想像出来ぬ程の意思の強さを見せおった。

 

気が付けば儂は小僧を本気で鍛えるつもりになっておったわ。

 

鍛えていく内にわかったのは、小僧は日本人離れをしたパンチの強さを持っておった事じゃ。

 

その反面とでも言うべきか、小僧はとことん不器用じゃった。

 

試合前にビデオで相手のボクシングを研究する事は今の時代では当たり前じゃ。

 

故に何でも出来るボクサーが求められるが、不器用な小僧はインファイターとしてしか生きられぬ。

 

まるで時代を逆行するかの様な挑戦じゃ。

 

一先ずは宮田の息子とのリターンマッチに向けて出来る限り鍛えるしかないが、その後はディフェンスを中心に鍛えていくとしよう。

 

地味な反復練習が続くが、そういった練習を小僧は苦にせんからな。

 

一昔前の鷹村ならば文句を言っておるところだわい。

 

「ガードが下がっとるぞ!」

「はい!すいません!」

 

ミットで小僧の横っ面を張ったが、小僧は真剣な目で練習を続けおる。

 

この小僧の姿を見て、青木と木村も練習に熱が入っておるわい。

 

鷹村も日本ミドル級チャンピオンとして初めての防衛戦に向けて練習に励んでおるしの。

 

ジムの活気が日に日に増していくこの光景…嬉しい限りよ。

 

「よし!休憩じゃ!」

「はい!」

 

肩で息をしながらタオルで汗を拭く小僧を見て、宮田の息子が走り込みに行きおった。

 

その息子の後ろ姿を見て、宮田が笑っておるわい。

 

「楽しそうじゃな。」

「えぇ、一郎があそこまで誰かに対してムキになるのは珍しいですからね。幕ノ内には感謝しますよ。」

「その余裕がどこまで続くか見物じゃな。」

 

儂がそう言うと、宮田は不敵な笑みを浮かべる。

 

「1週間後のスパーリング、楽しみにしてますよ。」

「ふんっ、一泡吹かせてやるわい。」

 

 

 

 

side:宮田 一郎

 

 

走り込みをしながら数ヵ月前の幕ノ内とのスパーリングを思い出す。

 

ガードした手が痺れる程のパンチと、何度倒しても立ち上がってくる姿についムキになっちまった。

 

あのスパーリングが終わった後、父さんにはそのムキになった事を指摘された。

 

今思い出せば、あんな事をしていたら俺が追い求め始めた『あのカウンター』には絶対に届かない。

 

…くそっ!

 

苛立ちを紛らわせる為にダッシュすると、今度はニヤついた鷹村さんの顔が頭に浮かんだ。

 

ダッシュを止めてシャドーボクシングを始める。

 

右ストレートを振りきった所で止めると、自分の拳に目を向ける。

 

幕ノ内のあのパンチの強さは天性のものだ。

 

俺がどれだけトレーニングを積んでも、決して届かない領域。

 

正直に言えば嫉妬するぜ。

 

だがボクシングはそれだけじゃ勝てない。

 

幕ノ内…その事を1週間後のスパーリングで証明してやるぜ。

 

 

 

 

side:幕ノ内 一歩

 

 

「小僧!練習再開じゃ!」

「はい!」

 

数ヵ月前までいじめられていた僕が、今ではボクシングの練習で汗を流している。

 

今でもその事を不思議に思う事がある。

 

全てはあの時に鷹村さんと出会ったから始まったんだ。

 

まさか会長と顔合わせをしたその日に、宮田君とスパーリングをするとは思わなかったな。

 

宮田君は本当に凄かった。

 

僕が当てられたパンチはガードの上からの一発だけ。

 

それ以外は全部避けられてしまった。

 

そして何度もダウンさせられて、気が付けばKO負けしていた。

 

そんな僕が1週間後にはまた宮田君とスパーリングをする…。

 

会長を信じて練習を続けているけど、正直に言って宮田君に勝てるとは思えない。

 

でも後悔はしたくない。

 

だから僕に出来る事を、会長に教えて貰った事をやろう。

 

僕に出来る全部を…宮田君に見せるんだ!




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第35話『とある女性新人記者の嘆息』

本日投稿1話目です。


side:飯村 真理

 

 

アメリカのハイスクールを卒業して日本に帰国した私は、両親の伝を使ってとあるボクシング雑誌の編集部に職を求めた。

 

私はもともとスポーツを見る事が好きだったのだけど、スポーツの中でも特にボクシングに傾倒する様になった。

 

そのボクシングに傾倒したキッカケは、アメリカで出来た友人の中にコアなボクシングファンがいたのだけど、その友人に連れられて約1年前のブライアン・ホークのデビュー戦を見に行ったこと。

 

彼のデビュー戦は本当に衝撃的だったわ。

 

スピード、パワー、テクニックの全てが常識外れで、デビュー戦の彼の相手が可哀想に思った程。

 

彼のデビュー戦の観戦が終わると、休日に彼がいるというジムに押し掛けた私は、彼にサインをお願いした。

 

その時に彼は…。

 

『あ~…サインなんてしたことねぇぞ。』

 

と言って困った顔をしていた。

 

言葉遣いは少し乱暴だったけど、なんというか…同年代の男性には無い包容力の様なものと、可愛いと思える愛嬌がある人だった。

 

気が付けば、私はブライアン・ホークのファンになっていた。

 

それからの私は可能な限りチケットを買って彼の試合を見に行き、見に行けない時は両親に頼んで彼の試合のビデオを手に入れて試合を見た。

 

家族でステーキハウスに食事に行ったとき、そこでたまたま彼と彼のトレーナーと再会してからは、時折一緒に食事をする様になったのはラッキーだったわ。

 

私は彼をブライアン、トレーナーをミゲルとファーストネームで呼ぶようになったし、彼等も私の事を真理とファーストネームで呼んでくれる仲になれたのは素直に嬉しかった。

 

そして史上最年少のボクシング世界チャンピオンになった彼の姿を見た私は、自らの歩む道をボクシング記者に決めた。

 

出来ればアメリカでそのまま就職したかったのだけど、両親との約束で成人するまでは共に暮らさなくてはならないから日本に帰国した。

 

そして今に到るのだけど…正直に言って日本のボクシングの現状に愕然としたわ。

 

アメリカを始めとした世界のボクシングファンは高度な駆け引きに盛り上がるのだけれど、日本のボクシングファンの多くは殴りあいで盛り上がる。

 

もちろん高度な駆け引きに唸る日本のボクシングファンもいるけれど、そういった人達は少数派。

 

そんな日本のボクシングの現状にため息が出たわ。

 

「着いたぞ、新人。」

 

職場の先輩である藤井さんの声で、私は思考を打ち切る。

 

「ここが藤井先輩が推す鷹村 守というボクサーのいるジムですか?」

「あぁ。」

 

ジムの看板を見上げると『鴨川ボクシングジム』と書いてある。

 

聞いた事が無いジムね。

 

「こんちは~。」

 

気軽な様子で声を掛けながら藤井先輩がジムの扉を開けて中に入っていく。

 

こういう所は日本らしいのかもしれない。

 

「あぁ、藤井くん。いらっしゃい。」

「八木さん、いつもと雰囲気が違いますけど…何かあるんですか?」

 

藤井先輩の疑問に、八木という男性がニコリと笑みを浮かべる。

 

こういった機微を掴む辺り、藤井先輩はそれなりに優秀な記者なのかもしれないわ。

 

いきなり新人を連れ出して実地研修するのはどうかと思うけどね。

 

新人記者として私が挨拶をすると、私と藤井先輩は八木さんに案内されてジムの地下に向かった。

 

「藤井くん、タイミングが良かったね。今日はうちの期待の練習生二人でスパーリングをする日なんだ。」

「へぇ、二人ですか…。一人は宮田として、後の一人は?」

「それは見てからのお楽しみだよ。」

 

期待の練習生…ね。

 

今の日本のボクシング界には一人も世界チャンピオンがいない。

 

だからこそ多くの日本人ボクサーが期待されて世界に挑んだのだけど、世界の壁に阻まれて返り討ちにあってしまっている。

 

世界チャンピオンを狙えるボクサーではなく、世界タイトルマッチに挑めるボクサーが限界なのが日本のボクシングの現状。

 

はたして、藤井先輩が推す鷹村 守はどうかしら?

 

私と藤井先輩が見学する中で期待の練習生二人のスパーリングが始まった。

 

一人は藤井先輩が知るボクサーで宮田 一郎という少年。

 

彼の基本に忠実なワンツーは、どこかデビッド・イーグルを思い出させてくれるわね。

 

そしてもう一人は…。

 

「八木さん、彼は?」

「あの子は幕ノ内 一歩くん。鷹村くんが連れてきた子だよ。」

 

幕ノ内というボクサーはインファイターね。

 

宮田君のアウトボクシングを中々捕まえられないけど、我慢強く一発を狙ってるわ。

 

そして1ラウンド目の終了間際、宮田君のショートフックをダッキングで避けた幕ノ内君はアッパーを放った。

 

幕ノ内君はどこかぎこちない動きをしていたのだけど、ショートフックをダッキングで避けてからのアッパーは迷いのない綺麗なものだった。

 

あのアッパーは予め想定していた一発みたいね。

 

そしてその一発で宮田君はダウン。

 

どうやらパンチ力はあるみたい。

 

宮田君が立ち上がって2ラウンド目に入ると、幕ノ内君は空回りしていった。

 

ダメージを抜くためにディフェンスに専念する宮田君と、それを必死に攻め立てる幕ノ内君。

 

2ラウンド目が終了すると、状況は完全に宮田君優勢になっていた。

 

そして3ラウンド目、完全に息が上がっている幕ノ内君は二度のダウンをした。

 

辛うじて立ち上がったけど、セコンドがタオルを投げ入れないのが不思議な程の状態ね。

 

日本はまだ精神論が中心みたいだし、棄権させないのはそのせいかしら?

 

宮田君が完全に優勢な状況で始まった4ラウンド目、ここで幕ノ内君はギャラリーを驚かせる程のキレがあるショートアッパーを放った。

 

当たれば一発逆転があったのだろうけれど、宮田君は見事な反応で回避した。

 

そして万策尽き果てたのか、幕ノ内君は宮田君のワンツーでリングに沈んだ。

 

終わってみれば確かに練習生とは思えないレベルのスパーリングだったわ。

 

八木さんが期待の練習生というのもわかる。

 

でも、私は藤井先輩程に喜べない。

 

何故なら私はブライアンを始めとした世界レベルを知っているから、彼等にあまり興味を持てない。

 

だから藤井先輩に可愛い気が無いって言われるのよね。

 

わかってますよ。ちゃんと仕事はしますから。

 

藤井先輩が興味を持ったというので幕ノ内君は任せて、私は宮田君に話を聞きに行くとしましょうか。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第36話『届かなかった1cm』

本日投稿2話目です。


side:鴨川

 

 

ぬう…届かなんだか。

 

リングに倒れた小僧を見ながら儂はため息を吐いてしまう。

 

いや、ボクシングを始めて数ヵ月の小僧が、宮田の息子に冷や汗をかかせたのじゃ。

 

上出来と言っていいわい。

 

ダウンをした小僧に治療を施して離れると、藤井が儂の所にやって来た。

 

「鴨川会長、彼の最後の一発は惜しかったですね。」

 

藤井の言う通りに確かに惜しかった。

 

じゃが、たらればを言うても結果は覆るわけではない。

 

小僧の…そして儂の負けじゃ。

 

「して、なんの用じゃ?」

「1ラウンド終了間際の一発でダウンを奪う彼のパンチ力に興味を持ちまして。」

 

一発で戦況をひっくり返せる小僧のパンチは確かに魅力的じゃ。

 

じゃが、それに頼ってばかりでは上にはいけぬ。

 

不器用な小僧では『打たせずに打つ』ボクシングは無理じゃ。

 

だからこそ、何よりも優先してディフェンス技術を鍛えねばなるまい。

 

少しでも小僧のボクサー生命を延ばす為にのう。

 

「彼…幕ノ内のデビュー予定なんかを聞かせてもらえますか?」

 

まだプロテストも受けておらん小僧のデビュー予定を聞いてくるとは…藤井め、小僧の事を気に入ったか?

 

「あくまで予定じゃが…小僧は減量させてジュニアフェザー級でデビューさせるつもりじゃ。」

「幕ノ内は宮田 一郎と同じ階級でしたか…個人的には伊達 英二のカムバックで盛り上がっているフェザー級で揉まれて欲しいと思いますけどね。」

「今日のスパーリングで小僧が勝っておれば、あるいはそういう道もあったやもしれんな。」

 

小僧と宮田一郎には伏せておったが、宮田とは二人の扱いについて話し合っておった。

 

今日の結果次第ではあったが、小僧が負けた以上は宮田一郎の都合を優先していく。

 

故に小僧がジュニアフェザー級で、そして宮田一郎がフェザー級でデビューじゃ。

 

「なるほど。ところで、幕ノ内がこのジムに来た経緯なんかを…。」

 

藤井がそんな事を言うと、鷹村がニヤニヤと笑いながら近付いてきおった。

 

余計な事はせんで、さっさと練習を始めんか!

 

 

 

 

side:飯村 真理

 

 

「少しいいですか?」

 

私が問い掛けると、先程まで行われていたスパーリングについて話し合っていた宮田親子が、同時に私の方に振り向いた。

 

「あんたは?」

「月刊ボクシングファンの飯村です。今日は藤井先輩に連れられて、鴨川ジムに来ました。」

 

名刺を差し出しながらそう言うと、宮田 一郎君は小さくため息を吐いた。

 

可愛い気が無いわね。

 

「お嬢さん、一郎のボクシングをどう見たかな?」

「ストレート系のパンチで試合を組み立てていく様子は、先のオリンピック金メダリストのデビッド・イーグルのボクシングに少し似ていました。」

 

私がそう答えると、二人は驚いた表情を浮かべる。

 

この様子だと二人はデビッド・イーグルを知っているみたいね。

 

「アマチュアボクシングの選手を知っているとは…お嬢さんは随分とボクシングに通じている様だね。」

「アメリカの高校に通っていましたので、アメリカのボクサーについてはそれなりに。」

「なるほど。」

 

先程までの態度とは打って変わったわね。

 

女だからボクシングは知らないとでも思われていたのかしら?

 

「よろしければデビッド・イーグルのプロデビュー戦のビデオをお持ちしましょうか?」

「頼めるかね?」

「はい。代わりに私のインタビューに優先的に答えていただければ。」

「強かなお嬢さんだ。」

 

しばらく宮田さんと話をしていると、不意に一郎君が話し掛けてきた。

 

「なぁ、さっき俺のボクシングがデビッド・イーグルのボクシングと少し似ていると言ってたが、あんたは俺のボクシングとデビッド・イーグルのボクシングのどこが違うと思う?」

 

一郎君の言葉に、私は少し考えながら答える。

 

「そうねぇ…一郎君がカウンターを狙っているのは別として、デビッド・イーグルのボクシングとの違いはフック系のパンチかしら。」

「フック系?」

「一郎君のストレート系パンチは練習生とは思えない程にレベルが高いわ。でもそれと比べたら、貴方のフック系のパンチは相手に選択肢を強いる程の脅威を与えるものではない。1ラウンド目の終わりに、幕ノ内君にショートフックを狙って避けられた様にね。」

 

そしてカウンター気味にアッパーを食らった一郎君はダウンをしてしまった。

 

その事を思い出したのか、一郎君は苦虫を噛み潰した様な表情になる。

 

そんな一郎君を見て宮田さんは笑っているわ。

 

「くくく…これはストレート系のパンチ以外も鍛えていかねばな。」

 

宮田さんにそう言われた一郎君は、拗ねた様に顔を逸らしたのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第37話『元ジュニアミドル級世界チャンピオンへのインタビュー』

本日投稿3話目です。


これは月刊ワールドボクシングファンの記者による、元WBCジュニアミドル級世界チャンピオンへのインタビューの一幕である。

 

「元チャンピオン、スモーキーホークとのタイトルマッチを振り返っていかがですか?」

「ニューヨーク市警は何故切符を切らないんだ?スモーキーホークは明らかにスピードオーバーしているじゃないか。」

 

元チャンピオンのジョークに記者は笑ってしまう。

 

その笑っている記者の左手を見た元チャンピオンが、嘆く様に首を横に振る。

 

「君は僕の独身仲間だと思っていたんだが…いつの間に裏切ったのかな?」

「ははは…。」

 

笑って誤魔化す記者に元チャンピオンはため息を吐く。

 

そんな元チャンピオンに記者は一つ咳払いをしてからインタビューを再開する。

 

「タイトルマッチの前は九度の世界タイトル防衛をした貴方が有利との声もありましたが、元チャンピオンはどの様に思っていましたか?」

「もちろん僕が勝つと思っていたさ。もっとも、リングに上がってみれば、そこには別人の様に成長したスモーキーホークがいたけどね。」

 

肩を竦めながらそう言う元チャンピオンに記者は頷く。

 

「貴方がスピード違反と形容した様に、スモーキーホークのスピードは衝撃的でした。」

「スピードだけじゃない。パワーもディフェンス技術も、僕のキャリアの中でナンバーワンのボクサーだった。」

 

元チャンピオンの真剣な眼差しに記者は息を飲む。

 

目の前にいる元チャンピオンは九度の世界タイトル防衛を持って、アメリカのボクシング界では名チャンピオンの呼び声が高い人物である。

 

その彼がホークに対して手も足も出ずに負けたのだ。

 

先のジュニアミドル級世界タイトルマッチの衝撃は、近年アメリカで始まったインターネットサービス上でも大いに話題になっている。

 

「勝ちの目は無かったのでしょうか?」

「もしの話は好きではないのだけどね。ノーチャンスだったよ。戦略以前の問題だ。スピードも、パワーも、経験も僕には足りていなかった。彼と戦う為の準備が、僕には無かったのさ。」

 

名チャンピオンの呼び声が高かった彼をして足りないのでは、一体誰がホークの好敵手足り得るというのだろうか?

 

そんな疑問を記者は持ってしまった。

 

「…スモーキーホークのライバル足り得る人物は誰でしょうか?」

「生憎、その質問の答えを僕は持っていない。だが、強いて上げるとしたら…デビッド・イーグルだろうか。」

 

元チャンピオンの答えに記者は驚いた表情を浮かべる。

 

「先のオリンピックで金メダリストになったデビッド・イーグルですか?」

「その通りだ。彼には僕と違って若さがある。例え敗れても、やり直せるだけの若さがね。」

 

元チャンピオンの言葉に、記者は悲痛な表情を浮かべる。

 

「元チャンピオン…カムバックは?」

「ノー。僕は既に34歳だ。強制引退まで3年しかない。今一度世界チャンピオンに返り咲く自信はあるが、スモーキーホークに勝てるだけの何かを身に付けるには時間が足りな過ぎる。」

 

そう言って首を横に振る元チャンピオンの姿に、記者は俯いてしまう。

 

何故なら記者は元チャンピオンのファンだったからだ。

 

「ファンの一人として、とても残念です。」

「ほう?では、世界タイトルマッチではどっちに賭けたのかな?」

「フィアンセとマイホームの購入を検討中とでも言っておきましょうか。」

 

先程までの悲痛な様子はどこに行ったとでも言える程に、記者はふてぶてしい様子を見せる。

 

そんな記者の姿に元チャンピオンは大笑いだ。

 

「元チャンピオン、最後に何かあればお願いします。」

「若きボクサー諸君、君達はラッキーだ。何故ならスモーキーホークと同じ時代にボクシングを出来るのだからね。既に全盛期を過ぎてしまった僕は、君達がとても羨ましい。」

 

「トレーニングを積みなさい。研究を重ねなさい。その一つ一つがボクサーとして、そして一人の人間としての財産となる。その財産を持って勝利を掴めるかはわからないが、悔いなく笑って引退出来たのならば、それは間違いなく勝利だ。君達がそうなれる事を希望する。」

 

 

 

 

side:月刊ワールドボクシングファンの記者

 

 

「笑って終われたら勝利…か。」

 

記事を書いていた手を止めた僕は、両手を頭の後ろで組んで椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「元チャンピオンは心から笑って引退出来たのだろうか?」

 

二十代で世界チャンピオンになった彼は一度世界チャンピオンの座から陥落している。

 

しかし不屈の闘志でカムバックを果たした彼は再び世界チャンピオンに返り咲いた。

 

だが、二度世界チャンピオンに返り咲いた彼の前にはライバルと呼べる相手がいなくなっていた。

 

七年に渡り九度の防衛を果たした彼だが、彼は常に強者との試合を求めていた。

 

そんな彼が求めていた相手…スモーキーホークと出会えたのが、皮肉にも引退を考え始めていた時期だ。

 

惜しい。

 

後五年…いや、三年早ければ、元チャンピオンはボクサーとして燃え尽きる事が出来ただろうに…。

 

ため息を吐いた僕はペンを手に取る。

 

あの偉大な元世界チャンピオンの言葉を一人でも多くの人に伝えるのが、今の僕の仕事だ。

 

ふと僕は左手の薬指に嵌めている指輪に目を向ける。

 

「…うん、悔いを残さない為にも、早く仕事を終わらせて彼女の所に行こう。」

 

意欲を燃やした僕は定時で仕事を終え、彼女と待ち合わせをしたレストランに行く。

 

そして彼女と共に食事をしていたその時、嬉しそうに微笑んだ彼女から新たに家族が増える事を告げられたのだった。




次の投稿は13:00の予定です。


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第38話『黄金の鷲の世界前哨戦』

本日投稿4話目です。


side:ホーク

 

 

WBCジュニアミドル級の世界チャンピオンになった俺は、防衛戦を1回挟んでWBAジュニアミドル級世界チャンピオンと、世界タイトル統一戦をやった。

 

結果は俺の2ラウンドKO勝利で、俺はWBC、WBAの統一世界チャンピオンになった。

 

このまま他の団体とも統一戦をするのかと思ったんだが、ミゲルが言うには他の団体の世界チャンピオンは俺との試合を渋っている…いや、はっきり言って拒否しているらしい。

 

ダニー曰く、『他の団体の世界チャンピオンは30歳を超えているからな。世界チャンピオンのまま引退したいんじゃないか?』との事だ。

 

俺とミゲルはダニーの言葉に納得した。

 

そこでミゲルは俺の試合スケジュールを半年に一度程度の頻度で防衛戦をしつつ、期間が空きすぎない様に2ヶ月に一度のペースでノンタイトルの試合を組んでいく様に変更するそうだ。

 

ミゲルがそんな感じで俺の試合スケジュールを組む事を告げるとダニーが、『まるでリカルド・マルチネスみたいなスケジュールだな。』と言って笑っていた。

 

リカルド・マルチネスはフェザー級の選手で、50試合以上戦って負けなしのパーフェクトレコードを続けているボクサーだ。

 

たしかフェザー級は原作主人公と同じ階級だったよな?

 

リカルド・マルチネスも原作キャラなのか?

 

まぁ、俺には関係ねぇし、気にしなくていいか。

 

それよりも日本に帰った真理に、手紙と一緒に俺やデビッドの試合のビデオを送るか。

 

そんな感じでトレーニングに励んでいくと、あっという間に日々は過ぎていく。

 

そして統一世界チャンピオンになってからノンタイトルマッチを1戦終えた頃、デビッドが世界ランク1位の奴と行う世界前哨戦の日がやってきたのだった。

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

今日の試合を勝てば世界タイトルへの挑戦が確約される。

 

漸くここまで来ることが出来た。

 

「デビッド、いつも通りだ。」

 

ダンの言葉に僕は頷く。

 

世界前哨戦、または世界タイトルマッチであってもいつも通りに戦えなくてはならない。

 

その程度をこなせなければ、ブライアンと戦う資格は無いのだから。

 

もちろん、相手を見下しているわけではない。

 

僕はいつも通りに全力を尽くすだけだ。

 

ゴングが鳴って試合が始まる。

 

リング中央でグローブを合わせると、ジャブの応酬で探りあいだ。

 

事前に入手していた相手の情報との差異を埋め合わせる。

 

そして今日の自身の状態を加味して戦略を組み立てていく。

 

1ラウンドを終えると、相手のおおよその手札はわかった。

 

後は攻略をしていくだけだ。

 

2ラウンド目、試合を優勢に進める事が出来たが、主導権を完全に物にするまでには至らなかった。

 

なるほど、彼が次の世界チャンピオン候補だという噂は本当の様だ。

 

だが、問題無い。

 

戦略の修正は出来た。

 

3ラウンド目、『飛燕』を用いて放ったショートフックを機にパンチをまとめてダウンを奪った。

 

これで主導権は奪えたと思ったが、相手はこれまでとリズムを変えて対応してきた。

 

うん、勉強になる。

 

もっと僕に学ばせてくれ。

 

そして試合は進み5ラウンド目、2度のダウンを奪ったところでレフェリーが試合を止める。

 

これで世界タイトルマッチが確約された。

 

僕はダンと拳を合わせる。

 

「世界挑戦は2ヶ月後…行けるな、デビッド?」

「2ヶ月の試合間隔で世界挑戦とは、まるでブライアンの様だね。」

 

僕の言葉にダンが笑う。

 

「その程度をこなせなくては、あの男のライバルを名乗る資格は無い。」

「…あぁ、その通りだ。」

 

ブライアンとの約束の時まで残された時間は1年以上残っている。

 

世界タイトルを取り、防衛戦を数戦こなすには十分だ。

 

待っていてくれ、ブライアン。

 

君のライバルとして、僕は必ず君との約束の舞台に辿り着いてみせる。




次の投稿は15:00の予定です。


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第39話『ホーク、日本へ行く』

本日投稿5話目です。


side:ホーク

 

 

デビッドの世界前哨戦から2ヶ月後、デビッドは世界タイトルマッチを勝利してWBCミドル級チャンピオンになった。

 

約束の2年まで後11ヶ月はある。

 

デビッド次第だが2、3回は防衛戦をこなせるだろうな。

 

俺もノンタイトルマッチや防衛戦をこなしていく。

 

この調子でいけば、デビッドとのタイトルマッチまでにデビューから30戦を超えるな。

 

まぁ、経験が多いにこしたことはない。

 

さてそんな感じで日々が過ぎていき、約束の時まで残すところ8ヶ月となった。

 

昨日防衛戦に勝って休養に入った俺は、後2回ノンタイトルマッチをこなし、さらに防衛戦を1回こなしてからミドル級に階級を上げる。

 

そしてミドル級で1戦したらデビッドとの世界タイトルマッチといった状況だ。

 

そんな状況の俺にミゲルは唐突に旅行の準備をしろと告げてきたのだった。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

「ホーク、旅行の準備をしてくれ。」

「旅行だぁ?構わねぇが、どこに行くんだ?」

「日本だよ。」

 

ミゲルの言葉に俺は首を傾げる。

 

「次の防衛戦を予定している相手が日本人ボクサーと世界前哨戦をやるらしい。日本人ボクサーは世界ランキングが低いので、君とのタイトルマッチに向けた調整のつもりなのだろうね。」

「こういうのを『噛ませ犬』って言うんだったか?」

「日本語の発音が随分と上手くなったね。」

 

几帳面にノートに書き出しながら俺の減量メニューを考えていたダニーが声を上げた。

 

「ヘイ、ボス。その憐れな日本人は何て言う奴なんだ?」

「鷹村 守といって、鴨川ジムに所属するミドル級のボクサーだよ。」

「ミドル級?なんでまた、わざわざ階級を落としてまで試合をするんだ?」

 

ダニーの疑問の声にミゲルは顎に手を当てて答えていく。

 

「マッチメイク出来ないからだろうね。特に日本人ボクサーの実績が少ない重量級ではその傾向が強い。」

「確かに日本人ボクサーの世界チャンピオンってのは聞かねぇな。」

 

ミゲルの言葉に俺はそう言いながら頷く。

 

ダニーが言うには一昔前なら日本人ボクサーにも世界チャンピオンがいたそうだ。

 

でもその世界チャンピオン達の多くは軽量級の選手ばかりで、重量級では一番上の階級でジュニアミドル級の選手が一人いただけだそうだ。

 

「日本人選手の試合はチャンピオンと挑戦者の立場に関係なく、ほぼ必ずと言っていい程にホームである日本で組もうとする。金払いはいいのだが、あまり評判は良くないのが現状だね。」

 

ミゲルの言葉で少し前世の事を思い出す。

 

そういえば日本人ボクサーのアウェーでの試合ってのはほとんど聞いた事がねぇな。

 

「さて、明後日には日本に行くので準備を頼むよ。」

 

そう言って去っていったミゲルの背中を見て、俺とダニーは顔を見合わせて肩を竦めたのだった。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

ファーストクラスの飛行機での空の旅に、ダニーは終始ハイテンションだった。

 

シャンパンを飲みまくって酔い潰れるまではな。

 

「ダニー、下りる前に顔を洗って来なさい。それではカメラに映れないよ。」

 

ウェルター級の世界チャンピオンになってからは、デビッドではなく俺自身がテレビクルーに撮影される様になっている。

 

この映像はデビッドとの世界戦の広告として使われるそうだ。

 

飛行機を下りて前世以来の日本に足を踏み入れたが、特に感慨は沸いてこなかった。

 

まぁ、今の俺はブライアン・ホークだからな。

 

これでいい。

 

「ブライアン!」

 

空港内を歩いていくと、アメリカで友人になった日本人の飯村 真理の声が聞こえた。

 

「なんだ、来てたのか、真理。」

「ミゲルから連絡をもらってたのよ。それにしても、なんだはないんじゃないかしら、ブライアン?」

「真理の言う通りだ。女性の扱い方がなっていないよ、ホーク。」

 

真理とミゲルの言葉に俺は頭を掻く。

 

「ところで真理、後ろの男性は誰かな?」

「彼は私の職場の先輩で藤井さんという人よ。」

 

ミゲルの言葉で真理が後ろの男を紹介する。

 

「『初めまして。月刊ボクシングファンの藤井と言います。』」

 

そう言って藤井は俺に手を差し出してきた。

 

俺は藤井って男と握手をしながら日本語で話す。

 

「『俺はブライアン・ホークだ。よろしくな、藤井。』」

 

俺が日本語を話すと、藤井は目を見開いて驚いた。

 

「日本語が随分と上手くなったわね、ブライアン。」

「出来れば日本語で最初に話す相手は真理がよかったけどな。」

「ふふ、それは残念ね。」

 

俺と真理が気楽に話す様子を見て、藤井が更に驚いてやがる。

 

まぁ、真理の様ないい女と話す役はデビッドの方が似合うだろうから仕方ねぇか。

 

「それじゃ行きましょ。美味しいステーキを食べさせてくれる所を予約してあるわ。」

 

そう言って真理が俺と腕を組むと、藤井は顎が外れるんじゃねぇかと思うほどに口を開けたのだった。

 

これぐらいのスキンシップはアメリカじゃ当たり前なんだがな。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第40話『ホーク、日本のステーキを堪能する』

本日投稿1話目です。


side:ホーク

 

 

真理が予約していた銀座のステーキハウスで、日本ブランド牛のステーキを食った。

 

柔らかくて美味かったけどよ、1枚200グラムでニューヨークの行き着けのステーキハウスのステーキ500グラムと同じ値段ってのはどうなんだ?

 

スラム時代の俺だったらぜってぇに手をつけねぇな。

 

まぁ、今は金があるから毎日でもこいつを腹一杯に食えるけどよ。

 

とりあえず5枚ペロリと食ったら藤井が驚いてたな。

 

食うのは身体作りの基本だぜ?

 

一応、今の時代にもプロテイン粉末はあるんだが、それがくっそ不味いんだよなぁ…。

 

前世の様に飲み物に溶けやすくて、飲みやすいフレーバーなんかは無い。

 

ほんとに粉を飲んでる感じなんだ。

 

だからなんだろうな。

 

アメリカでも食事に頓着しねぇ奴か、よっぽど意識の高い奴ぐらいしかプロテイン粉末を飲んでねぇんだ。

 

ちなみに俺はプロテイン粉末を飲むぐれぇなら、迷う事なくステーキを食うぜ。

 

当たり前だろう?

 

「『このサラダのドレッシングは梅干しを使っているのかな?』」

「『そうね。この味は梅干しが使われていると思うわ。』」

 

ミゲルと真理はサラダ好きだから、この銀座のステーキハウスでもサラダを食ってる。

 

しかし梅干しドレッシングか…。

 

日本らしいドレッシングだな。

 

「『随分と食べるんですね…。減量は大丈夫なんですか?』」

 

食後にコークを飲んでゆっくりとしていると、唐突に藤井がそう聞いてきた。

 

「『あぁ、問題ねぇよ。』」

「『海外のボクサーはナチュラルウェイトで戦う事が多いと聞いた事がありますが、チャンピオンもそうなんですか?』」

 

俺はチラリとミゲルに目を向ける。

 

頷いてるって事は喋っていいんだな?

 

「『俺の今のナチュラルウェイトはスーパーミドル級だ。だから2階級落としてる事になるな。』」

「『2階級落としてるのに2ヵ月に一度のペースで試合をしてるのか?!』」

 

そんなに驚く事か?

 

デビューしてから半年は一月に2回のペースで試合をしてたんだ。

 

それに比べたら随分と楽なんだけどな。

 

「『藤井先輩、ブライアンはプライベートで日本に来てるんです。正式に取材申し込みをしたわけじゃないんですから、あまり突っ込んで聞くのはマナー違反ですよ?』」

 

真理の言葉を聞いて、藤井は頭を掻きながらメモを閉じた。

 

「『別に構わねぇよ。もっとも、野郎に取材されるよりは、真理みてぇな美人に取材される方が嬉しいけどな。』」

 

俺がそう言うと真理は微笑み、藤井はため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

鷹村の前日計量が終わって、儂は安堵のため息を吐いた。

 

3時間前までサウナに入って鷹村は減量を続けておったのだが、そこで意識を失ったと小僧から連絡が入った時はヒヤリとしたわい。

 

「これ、鷹村!もっとゆっくりと飲まんか!」

 

少し水を飲ませて口を潤わせた後、鷹村にはスポーツドリンクを飲ませておるのだが、鷹村は脇目も振らずに飲み続けておる。

 

目は窪み、頬は痩せこけ、唇は渇いて割れ、肋が浮き出ておる。

 

さらに疲労を抜く時間を取れなかった鷹村は、どう見ても最悪の状態じゃ。

 

この後に飯に連れて行くが、どこまで回復出来るか…。

 

1階級落とす影響は考えておったが、初めてのジュニアミドル級への減量にここまで鷹村が苦戦するとは思わんかったわい。

 

これは鷹村のマッチメイクを出来なんだ儂の力不足であり、先方からの話に飛び付いた儂の失態じゃ。

 

明日の試合、タオルを投げ込む事も考えておかねば…。

 

「心配すんな、ジジイ。」

 

儂が渋い顔をしておると突如、鷹村がそう言ってきおった。

 

「マッチメイクさえ出来りゃ俺様のもんだ。チャンピオンへの挑戦権、取ってきてやらぁ。」

 

国内には敵がおらず、海外の選手と試合を組もうにもツテは無く、資金もけして豊富ではない。

 

そんな状況故に鷹村は中々試合が出来ず、モチベーションの維持が大変じゃった。

 

そこに降って沸いたのが今回の具体的な世界挑戦への道筋じゃ。

 

普段は傍若無人な鷹村が寡黙に練習を続ける光景は、儂を始めとしてジムの皆が影ながら応援しておった。

 

勝たせてやりたいと切に思う。

 

そして世界への挑戦…ブライアン・ホークに挑戦させてやりたい。

 

正直に言って鷹村でも、あのブライアン・ホークには勝てるかわからぬ。

 

じゃがブライアン・ホークとの試合は、鷹村の大きな糧となる筈じゃ。

 

その為には、明日の試合に勝たねばならん。

 

鷹村…正念場じゃぞ。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第41話『怒れる日本の鷹』

本日投稿2話目です。


side:鷹村

 

 

今日はWBCジュニアミドル級世界ランク5位の奴との試合だ。

 

こいつに勝てば世界ランクと世界挑戦権を奪う事が出来るってジジイが言ってやがった。

 

だから俺様は本来のミドル級からジュニアミドル級に階級を落としたんだ。

 

たった1階級落とすだけと思ってたが、減量に苦戦してジジイに心配かけちまった。

 

心配すんな、ジジイ。

 

さっさと相手をブッ飛ばしてきてやらぁ。

 

とは言うものの、アップをしても身体がシャキっとしねぇ。

 

まぁ、ゴングが鳴れば大丈夫だろ。

 

そう思ってリングに上がったんだが、試合開始のゴングが鳴っても身体がシャキっとしねぇ。

 

ちっ、しょうがねぇ。

 

相手にジャブとストレートをお見舞いしたが、まったく手応えがねぇ。

 

それどころか、逆に相手を調子付かせちまった。

 

調子付いた相手に相打ちでカウンターをぶち込んだが、それでも打ち負けちまった。

 

くそったれ!

 

長引くとやべぇと思った俺様は、短期決戦を狙って一気に仕掛けた。

 

だが、相手は亀の様に丸まりやがった。

 

「落ちつけぇ!鷹村ぁ!」

 

うるせぇぞ、ジジイ!

 

心配しねぇで、黙って見てやがれ!

 

俺様はラッシュを重ねていく。

 

倒れろ!倒れろ!倒れろ!

 

だが一度もダウンを奪えずに1ラウンド目終了のゴングが鳴る。

 

たった1ラウンドで肩で息をする程に消耗しちまった俺様は、ジジイが待つコーナーにゆっくりと戻った。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

「バカもんっ!水を飲むなっ!ボディーブローを食らったらのたうち回るぞ!」

 

叱責をしても鷹村から反応が返ってこぬ。

 

むぅ…これは想像以上に不味いわい。

 

とにかく、1ラウンド目の様に勝負を急ぐのは止めねばならん。

 

その事を鷹村に伝えるが、今の鷹村に相手に対応出来るだけの余力が残っておるだろうか?

 

…タオルを投げ込む準備をしておかねばな。

 

2ラウンド目のゴングが鳴ると、勢い良くコーナーを飛び出してきた相手が、果敢に鷹村を攻め立てていく。

 

鷹村も幾度かカウンターを返すが、そのカウンターには力が入っておらず、相手にほとんどダメージを与えられておらぬ。

 

故に相手は鷹村のパンチを無視して攻め立ててきおる。

 

鷹村はなんとかダウンをせずに耐えておるが、このままでは時間の問題か…。

 

2ラウンド目終了のゴングが鳴って鷹村が戻ってきたが、手の打ち様が無いわい。

 

そして3ラウンド目が始まって早々に、鷹村はダウンを奪われてしまった。

 

いつもならば避けられた筈のパンチも、今の鷹村では避けられぬか…。

 

無念じゃが致し方あるまい。

 

鷹村がもう一度ダウンしたらタオルを投げ込む。

 

その事を八木ちゃんに伝えると、悲痛な表情で頷いた。

 

仕方なかろう。

 

こんなところで鷹村を壊させるわけにはいかんのじゃ。

 

3ラウンド目も残すところ2分といったその時、相手のパンチを受けてふらついた鷹村が、ダウンを拒否して相手に寄り掛かる様にしてロープに押し込みながらクリンチをした。

 

そのクリンチの最中、鷹村は呆然としてリングの外を見ておる。

 

なんじゃ?

 

鷹村は何を見たんじゃ?

 

鷹村の視線を追うようにしてそちらを見ると、そこにはブライアン・ホークの姿があったのだった。

 

 

 

 

side:鷹村

 

 

「なんであいつがここにいやがる…?」

 

ダウンを拒否してクリンチをした俺様の目に、偶然とある観客の姿が目に入った。

 

その観客の姿には見覚えがあった。

 

それはジジイが俺様に見せたビデオに映っていた、WBCジュニアミドル級世界チャンピオンのブライアン・ホークと同じ姿だ。

 

他人の空似か?

 

いや、違う。

 

あの存在感…あいつは、間違いなくブライアン・ホークだ。

 

「ブレイク!」

 

レフェリーが俺様と相手を引き剥がすと、相手の表情が目に入った。

 

…なんだその顔は?

 

俺様を見下す様な相手の顔で、身体に熱が灯っていく。

 

「ファイト!」

 

レフェリーの声に反応して相手が突っ込んでくる。

 

…気に入らねぇ。

 

相手のパンチに被せて、俺様もパンチを打つ。

 

相打ちになるが、相手は退かねぇ。

 

…気に入らねぇ。

 

もう一度相手と相打ちになるパンチを打つ。

 

その時、先程見たブライアン・ホークの表情を…この試合から興味を失った様な顔を思い出す。

 

…気に入らねぇ!

 

二度、三度と相打ちを続けても、相手には退く様子がねぇ。

 

気に入らねぇ!

 

四度、五度と相打ちを続けると相手がふらつきだした。

 

ふらついて手が止まった相手をパンチでロープに押し込んでいく。

 

そしてロープに追い込んだ相手が手を出してきたのに合わせて、全体重を乗せてパンチを振りきる。

 

すると、相手はリングから落ちていった。

 

俺様は相手が落ちていった先にいるブライアン・ホークをリングの上から睨みつける。

 

だがブライアン・ホークは何も反応を返さずに、試合会場を去って行きやがった。

 

この日、勝ち名乗りを受けて拍手の雨を浴びても喜ぶことなく、俺様は怒りで拳を握り締め続けたのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第42話『期待外れ』

本日投稿3話目です。


side:ホーク

 

 

さっきまで俺と真理、ミゲル、ダニー、おまけに藤井と一緒に鷹村の試合を見てたんだが、今は試合会場を出て、俺達が宿泊しているホテルのレストランにやって来ていた。

 

レストランのボーイにメニューの注文を終えると、俺はミゲルに向けて口を開く。

 

「おい、ミゲル。わざわざ日本に来てまであんな試合を見せたかったのか?」

「これは手厳しいな。もっとも、そう言われても仕方ない内容だったがね。」

 

真理が藤井に俺達の会話を訳す。

 

すると、藤井は驚いた表情を浮かべた。

 

「『ミスターホーク、少しいいですか?』」

「『藤井、おめぇは真理の先輩なんだろ?だったら、普段通りの口調で話して構わねぇぜ。』」

 

俺が日本語でそう言うと、藤井は口笛を一つ吹いた。

 

「『話せるな、チャンピオン。』」

「『ニューヨークのスラム出身なんでな。堅苦しいのはノーサンキューなんだよ。』」

「『オーケー。飯村に聞いたんだが、さっき見た試合を酷評してただろ?理由を教えてくれないか?』」

 

俺は水を一口飲んでから藤井の問いに答える。

 

「『俺の挑戦者予定だった奴は勝てる試合を落とした間抜け。そして日本人の方は明らかに調整を失敗してた。試合をする以前の問題じゃねぇか。』」

 

俺がそう言うと、藤井はムッとした様な表情をする。

 

「『ホーク、君が言う日本人…鷹村は急遽試合の話を貰って十分な調整期間が無かった上に、初めてのジュニアミドル級への減量だったんだ。それでもリングに上がり勝利した事は、評価するべきなんじゃないか?』」

「『それが鷹村を評価する事となんの関係があるんだ?』」

 

少なくとも、ミゲルはそんな条件の話は一度も持ってきた事がない。

 

まぁ、ミゲルを他のマネージャーと比べるのは酷かもしれねぇがな。

 

「『鴨川ジム…鷹村が所属しているジムなんだが、資金が豊富とは言えない。だから、多少は無茶な条件で試合を受けても仕方ないだろう?』」

「『それとリングでの結果は別物だろうが。』」

 

アメリカじゃあ自分に合わないとなれば、トレーナーやマネージャーとの契約を打ち切ったりは当たり前で、ジムの移籍だってよく耳にする話だ。

 

藤井の言っている言葉はいわゆる人情というか感情論だ。

 

理解出来ねぇわけじゃねぇけどよ、それとリングでの結果は別物だ。

 

俺の言葉に藤井は明らかに不満そうな顔をしている。

 

鷹村のファンなのか?

 

そう思っていたら藤井は頭を掻きながらため息を吐いて気持ちを切り替えると、俺に一言『熱くなり過ぎた、すまん。』と詫びてきた。

 

選手に感情移入して熱くなりやすい性質の様だが、悪くない男だ。

 

「真理とダニーはさっきの試合をどう思う?」

「日本人好みの試合だったわね。でも、それだけってところかしら。」

「あの日本人の挑戦を受けるんなら、俺は貯金も含めて全部ホークに賭けるぜ。」

 

真理は同じ日本人相手でもハッキリとした評価だな。

 

まぁ、真理らしい。

 

ダニーはスラム時代から変わらねぇギャンブラー振りだな。

 

俺達の会話をミゲルから訳してもらった藤井は苦笑いだ。

 

「ところでミゲル。俺の防衛戦は白紙に戻ったんだが、相手はどうすんだ?」

「鷹村ではダメかな?」

「本気で言ってんのか?」

 

今日の試合の鷹村を見て思ったのは、ハッキリ言って期待外れだ。

 

俺の原作知識なんて大した事ねぇが、鷹村はデビッドみたいに熱くなれる相手だと期待してたんだけどな。

 

「もっとも、向こうがマッチメイクを受けるかはわからないがね。さて、話はここまでにして食べようか。明後日にはアメリカに帰るからね。日本の食事を堪能しよう。」

 

こうして俺、真理、ミゲル、ダニーは日本の一流ホテルの食事を楽しんでいく。

 

藤井は最初遠慮してたんだが、払いがこちら持ちだとわかると、遠慮無しに酒も注文しだした。

 

現金な奴だぜ。




次の投稿は13:00の予定です。


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第43話『カムバックした男の成長の手応え』

本日投稿4話目です。


side:藤井

 

 

「あ~…飲み過ぎた。」

 

鷹村の試合を見た一昨日、そして昨日と続けてブライアンとその一行に同行していい酒にありついた結果、人生で最高の二日酔いになっちまった。

 

後輩の飯村はブライアンが乗った飛行機が飛び立って行くのを見送っている。

 

それにしても、飯村がブライアンとファーストネームで呼びあう程に仲がいいとは思わなかったぜ。

 

まぁ、おかげで名伯楽のミゲル・ゼール氏から色々と聞けたけどな。

 

ブライアンが乗った飛行機を見送りながら昨日の事を思い出す。

 

昨日のサプライズは本当に驚いたぜ。

 

まさかブライアンが公開スパーリングをするなんてな。

 

その公開スパーリングをジムの人間なら誰でも自由に参加出来る様にした結果、まさか3ヵ月後に日本タイトルへの挑戦が決まっている伊達 英二が名乗りを上げるとは思わなかった。

 

公開スパーリングの後に聞いた事だが、伊達はリカルド・マルチネスへのリベンジを目指している。

 

だが、現状はブランクの影響がまだ残っているそうだ。

 

そこで伊達はブランクを埋めて全盛期よりも成長する為に、階級は違えども世界トップレベルのブライアンのボクシングを肌で感じたかったらしい。

 

伊達はハイレベルな駆け引きで見ている者を唸らせたが、ブライアンは尽く伊達の上をいった。

 

スパーリングは3ラウンドで終わる予定だったが、伊達が要求して4ラウンド目も行われた。

 

それでも伊達は一発もブライアンにパンチを当てる事が出来なかった。

 

正直に言って信じられない光景だった。

 

ここまで日本と世界には差があるのかと思ったぜ。

 

そんな風に驚いている俺を見た飯村は…。

 

『藤井先輩、ブライアンが特別なだけですよ。もっとも、そんなブライアンに追い付き追い越そうと、世界のボクシングレベルは日々上がり続けていますけどね。』

 

鷹村の試合を見た後のホテルでの食事の時、俺はブライアンがどこか慢心している…もしくは自惚れている事を期待していた。

 

だが伊達とのスパーリングを見た後では、飯村のブライアンが特別という言葉を否定出来なかった。

 

そこまで思い出していると、ブライアンの乗った飛行機は雲の向こうに飛び去って行った。

 

俺は胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。

 

「ふぅ~…。」

 

愛煙しているタバコの煙が肺に染み渡ると、少し二日酔いが楽になった気がする。

 

さて、サプライズだったから昨日の公開スパーリングをしっかり取材出来たのはうちだけだ。

 

帰って記事を書くとするか。

 

今回のは編集長からの金一封を期待出来そうだぜ。

 

 

 

 

side:伊達

 

 

「英二、大丈夫か?」

 

ジムに顔を出すと、笑いを含んだオヤッサン(会長)の声が聞こえてきた。

 

「強く打たれたのはボディーだけだから問題ねぇよ。」

「3ヶ月後に日本タイトル挑戦だってのに、世界チャンピオンとスパーリングをやるってんだからヒヤヒヤしたぞ。」

 

昨日、思いがけず世界チャンピオンのブライアン・ホークとスパーリングするチャンスを得たんだが、他の奴とスパーリングをしていたブライアン・ホークは明らかに流してやがった。

 

今の俺は日本ランカーでしかなく、更に階級も下とあっちゃあブライアン・ホークが流すのも仕方ねぇだろうが、俺はリカルド・マルチネスにリベンジする為にカムバックしたんだ。

 

だからこそ世界レベルのボクシングを経験する為に、俺はグローブの中の拳をわかりやすく握り込んでブライアン・ホークを挑発した。

 

そのせいでたっぷりとサンドバッグにされちまったがな。

 

「それで…どうだ?」

「世界レベルってやつを思い出したよ。奴さんには一発も当てられなかったが、俺自身の手応えはカムバックしてから最高だったぜ。」

 

1ラウンド目より2ラウンド目、2ラウンド目より3ラウンド目と、ラウンドを重ねる毎に俺の動きから無駄が無くなっていき、更にキレが増していった。

 

本来は3ラウンドの約束だったんだが、あの成長していく感覚が心地好くて、つい大人気なく4ラウンド目を頼んじまった。

 

オヤッサンが止めなけりゃ、5ラウンド目も頼んだんだがな。

 

「英二、しばらくは大人しくしとけよ。日本タイトル挑戦に向けてダメージを抜かなきゃいけねぇんだからな。」

「わかってるさ。ところでオヤッサン、俺はちょっと鴨川ジムに行ってくるぜ。」

 

俺がそう問い掛けると、オヤッサンは器用に片方の眉だけ吊り上げる。

 

「英二、どうするつもりだ?」

「鷹村をちょっとからかってくる。」

「おいおい、世界チャンピオンの恩を仇で返すつもりか?」

 

オヤッサンの言葉に俺は笑ってしまう。

 

「人聞きが悪いぜ、オヤッサン。ブライアン・ホークは少しでも強い相手との戦いを望むと思うから、俺はその手伝いをするのさ。だから、せいぜい鷹村をからかってくるさ。」

 

俺はオヤッサンに手をヒラヒラと振ると、鴨川ジムへと向かったのだった。




次の投稿は15:00の予定です。


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第44話『イラつく日本の鷹と鴨川ジム』

本日投稿5話目です。


side:宮田 一郎

 

 

鷹村さんが世界ランク5位の奴を倒してから2日後、鷹村さんは明らかに不機嫌な様子で鴨川ジムに顔を出した。

 

2日前の試合でダウンをした鷹村さんは、本来ならダメージを抜く為に安静にしてなきゃならないんだが、どうも虫の居所が悪すぎて大人しくしてられないらしいな。

 

鴨川会長が止めているにもかかわらず、鷹村さんはサンドバッグを叩き続けている。

 

「み、宮田くん、鷹村さんはどうしてあんなに機嫌が悪いのかな?」

 

幕ノ内が顔を青くしながら俺にそう聞いてきやがった。

 

「父さんからの又聞きだが、なんでも世界チャンピオンに無視された事に腹が立ってるんだとよ。」

「えっ?!2日前のあの会場に世界チャンピオンがいたの!?」

 

幕ノ内は青木さんと木村さんの三人で懸命に声を出し続けていたからな。

 

気付かなくても仕方ねぇか。

 

「WBCミドル級世界チャンピオンって、デビッド・イーグルだよね?」

「はぁ…鷹村さんはジュニアミドル級に減量して試合をしたのに、なんでミドル級の世界チャンピオンがわざわざアメリカから日本まで試合を見に来るんだよ。」

「あっ!?じゃあ、見に来たのってブライアン・ホーク!?」

 

ブライアン・ホークの名前に反応して鷹村さんが俺達を睨んできた。

 

幕ノ内は慌てて両手で口を閉じてやがる。

 

リングの上じゃあ馬鹿が付くほどに真っ直ぐなんだが、どうして普段はこうも抜けてるんだ?

 

鷹村さんは鼻を鳴らすと、またサンドバッグを叩き出した。

 

「こんちは~。おっ?予想以上に荒れてんなぁ?」

 

その声に反応してジムの入口に振り向くと、そこには伊達 英二の姿があった。

 

「えっと…誰ですか?」

 

幕ノ内のそんな反応に、伊達さんは膝がカクッと抜けて転けそうになる。

 

「これでも日本のボクシング界じゃ、それなりに名前が売れてると思ってたんだがなぁ。」

「そいつは今年ボクシングを始めたばかりですからね。伊達さんを知らなくても仕方ないですよ。」

 

伊達さんと俺の会話に、幕ノ内は慌てて頭を下げてくる。

 

「す、すみません!そんな有名な人だったなんて知らなくて!」

「いや、気にすんな。昔と違って、今の俺はただの日本ランカーでしかないからな。」

 

和解の為なのか、伊達さんから幕ノ内に握手を求めた。

 

こういった対応は流石だな。

 

幕ノ内は慌てて手をズボンで拭いてから伊達さんと握手をする。

 

「僕、幕ノ内 一歩って言います。」

「そうか。俺は伊達 英二だ。よろしくな、幕ノ内。」

「はいっ!」

 

幕ノ内と握手を終えた伊達さんは、俺に意地が悪そうな顔を向けてくる。

 

「鴨川ジムの期待の練習生は、俺とよろしくしてくれねぇのかな?」

「同じフェザー級でライバルになる相手ですからね。仲良く握手ってわけにもいかないでしょ。」

「確かに、お前が日本タイトルまで勝ち上がってこれたら、俺とライバルになるかもな。」

 

そう言って伊達さんは挑戦的な視線を俺に向けてくる。

 

俺も伊達さんにそういった類いの視線を返すと、幕ノ内が慌てて仲裁に入ってくる。

 

「ま、待ってくださいよ二人共!ここはジムですよ?!」

「そうだな。幕ノ内の言う通りだ。そこにちょうどリングもある事だし、スパーリングでもどうです、伊達さん?」

 

俺がそう言うと、幕ノ内はあんぐりと口を開けた。

 

「嬉しい誘いだが、昨日スパーリングでしこたま打たれたばかりでな。」

「伊達さんが打たれた?相手は?」

「ブライアン・ホークだ。」

 

俺と幕ノ内は伊達さんの言葉を聞いて大きく目を見開いてしまう。

 

「なんだ?鴨川会長から聞いてないのか?昨日うちのジムで、ブライアン・ホークが相手を募集して公開スパーリングをしたんだぜ。」

「…幕ノ内?」

「ぼ、僕も聞いてないよ、宮田くん。」

 

俺達の反応を見た伊達さんが大声で笑う。

 

「いや~、残念だったな。折角、世界レベルを体験出来る貴重な機会だったってのにな。」

 

ニヤニヤと笑う伊達さんの顔に、ストレートをぶち込みたくなる。

 

「まぁ、そういう事でな。俺はそれをネタに鷹村をからかいに来たわけだ。」

「どういう事ですか?」

 

ジト目でツッコミを入れる幕ノ内に、俺は同意して頷く。

 

「ちわ~。おっ?幕ノ内と宮田。それに…なんで伊達がいるんだ?」

「藤井か。その台詞はそっくり返すぜ。」

 

月刊ボクシングファンの記者の藤井さんが鴨川ジムにやって来た。

 

藤井さんはショルダーバッグから一本のビデオテープを取り出す。

 

「鴨川会長に頼まれてブライアン・ホークの試合のビデオテープを持ってきたのさ。宮田と幕ノ内も見るか?」

 

藤井さんの問いに、俺と幕ノ内は揃って頷いたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第45話『戦慄する鴨川ジム』

本日投稿1話目です。


side:鴨川

 

 

藤井が持ってきたブライアン・ホークの試合のビデオを見終えた今、部屋は沈黙に包まれておる。

 

皆がブライアン・ホークの圧倒的な強さを感じて唖然としておるのだ。

 

唯一、伊達だけが感心した様な表情をしておるが、流石は世界タイトルに挑戦した経験を持っておるといったところか。

 

それはともかく、何故に伊達がここにおるんじゃ?

 

「つぇえ~…。」

「相手、死んだんじゃねぇか?」

 

呆然とした状態から復活した青木と木村が口々に感想を言うが、その感想も的外れではない。

 

それほどにブライアン・ホークは、対戦相手を圧倒したんじゃ。

 

八木ちゃんと篠田くんは冷や汗を流しとるわい。

 

「こ、この人に鷹村さんは挑戦するんですか?」

 

小僧の一言で、皆の視線が儂に集まる。

 

「ジジイ。」

 

その一言と目で、鷹村が言わんとする事がわかる。

 

戦わせろ。

 

そう言うておるわい。

 

「先方には話をしておく。じゃが、受けてもらえるかはわからんぞ。」

 

儂がそう言うと皆がざわつく。

 

世界挑戦の話だというのに、沸き上がるでなくざわつくか…。

 

皆もわかっておるんじゃ。

 

この挑戦が、如何に困難であるかという事をのう。

 

儂の言葉を聞いた鷹村は無言で部屋を出ていきおった。

 

あやつのモチベーションの為にも、ブライアン・ホークに挑戦させてやりたいとは思う。

 

じゃが、儂の頭には鷹村が勝つビジョンが浮かばん。

 

己の無力に腹が立つ。

 

「やれやれ、茶化せる雰囲気じゃなかったな。」

 

伊達の言葉に皆が目を向ける。

 

「伊達さん、今の鷹村さんを茶化したら殺されますよ?」

「俺達を巻き込まないでくださいよね。」

「おいおい、冷てぇじゃねぇか。」

 

青木と木村、そして伊達のやり取りに、場の空気が和らぐ。

 

こういった気を回せる辺り、伊達は流石じゃな。

 

「ところで、伊達さんはブライアン・ホークとスパーリングをしたって言ってましたが、その伊達さんから見て、鷹村さんに勝算はあるんですか?」

 

宮田の息子の言葉に、皆の注目が伊達に集まる。

 

「はっきり言って、今の鷹村じゃあ勝ち目がねぇな。」

 

伊達の答えに皆が驚く。

 

「ちょ、ちょっと伊達さん!鷹村さんに勝ち目が無いって、どういう事ですか?!」

「あの鷹村さんですよ!?いくら世界チャンピオンだって、鷹村さんなら何とかなるんじゃないですか!?それに、この前の試合だって、世界ランカー相手に勝ったじゃないですか!」

 

木村と青木の言葉に、伊達が首を横に振る。

 

「たしかに鷹村なら世界に通用するぜ。だがな…。」

 

一度言葉を区切ってから、伊達が言葉を続ける。

 

「世界チャンピオンってのは別物なんだ。世界レベルの強豪達の頂点に立ってるのが世界チャンピオンだ。才能や技術、そして経験といったものとは別の、本物の強さを持った奴だけが成れるのが世界チャンピオンなんだよ。」

 

かつて世界タイトルに挑戦をした伊達のこの言葉は重みがある。

 

経験した者だけが持つ重みが…。

 

「鷹村に才能や技術が無いとは言わねぇ。それを磨く努力だってしてるのはわかる。だがな、だからといって報われるとは限らねぇのがボクシングだ。それはお前らだってわかってるだろ?それでも前に進む覚悟や勇気を持った奴だけが、世界に行けるんだ。」

 

そこまで言うと、伊達は立ち上がった。

 

「応援してやれ。あいつが挑もうとしてるのはボクシング史上でも稀な怪物だ。あいつを独りにするな。同門のお前達の声だからこそ、あいつの背中に届くんだからよ。」

 

そう言って手をヒラヒラと振りながら、伊達はジムを去って行きおった。




本日は5話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第46話『内定したWBC世界ジュニアミドル級タイトルマッチ』

本日投稿2話目です。


side:ホーク

 

 

鷹村の試合を見てからアメリカに帰国して1週間、鷹村との世界タイトルマッチが内定した。

 

内定である理由は、伊達の日本タイトルマッチ挑戦に合わせて鷹村が世界ランク1位の奴と試合をするんだが、そこで負けたら俺への挑戦の話が消えるからだ。

 

まぁ、俺のスケジュールが変わるわけじゃねぇから、向こうがどんなスケジュールだろうと構わねぇがな。

 

ちなみに俺がアウェーで戦う予定だ。

 

ミゲルが言うには相手のホームで戦う代わりに、試合の放映権はこっちが持つんだとさ。

 

そこら辺の面倒な事は全部ミゲルとダニーに任せてある。

 

頼もしい仲間だぜ。

 

さて、だいたい2ヶ月後にノンタイトルマッチを1戦、さらに2ヶ月後にノンタイトルマッチをもう1戦するんだが、2回目のノンタイトルマッチは日本で行う予定になっている。

 

これは俺と鷹村の世界タイトルマッチを盛り上げる為の演出なんだとさ。

 

盛り上がるのか?

 

ダニーにそう聞くと、ブックメーカーでも賭けが成立するかわからんそうだ。

 

成立したら全財産を俺に賭けるからチェックしてるらしいがな。

 

さて、そろそろ本格的に練習を再開するか。

 

ミゲル、ダニー、頼んだぜ。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

WBCジュニアミドル級世界ランク1位の選手との試合に向け、ジムのメンバーを連れて海で合宿を開始した。

 

儂は重点的に鷹村を見ねばならぬので、小僧は宮田に預けておる。

 

現役時代の宮田の技術は世界クラスじゃった。

 

その宮田にしごかれれば、小僧のディフェンス技術は確実に向上するじゃろう。

 

それに、宮田の息子が小僧と張り合うじゃろうて。

 

合宿が終わった時が楽しみじゃわい。

 

問題は鷹村じゃ。

 

ビデオを見て可能な限り研究はしたが、今のままではブライアン・ホークの自由なボクシングに振り回されてしまうじゃろう。

 

故に今一度基礎の見直しをさせておるのだが、正直に言って儂にはこれしか対策が思い浮かばん。

 

己の無力を痛感するばかりじゃわい。

 

ミットを構え鷹村のパンチを受ける。

 

その際にミットをブライアン・ホークの急所となる位置に構え、そこをしかりと鷹村に叩かせる。

 

これでいいのか?

 

何か教え忘れてはいないか?

 

その思いばかりが、儂の頭を駆け巡る。

 

ドンッと重い衝撃がミットに残る。

 

この手応え…鷹村は間違いなく世界を狙える器じゃ。

 

うちの様な小さなジムではなくもっと大きなジムならば、鷹村は本来のミドル級で相手に不自由する事なく試合を組めていけたじゃろう。

 

鷹村を儂の手元に置いておく事は、儂のワガママなのじゃろうか?

 

「心配すんな、ジジイ。」

 

ミット打ちを終えた鷹村が儂に声を掛けてくる。

 

前回の減量失敗を考え、既にウェイト調整をしておる鷹村の目元は少し窪んで見える。

 

しかしその奥にある目の光は、確かな目標を見据えているものだ。

 

「うちのジムで初めての世界のベルトは、俺様がジジイにプレゼントしてやる。だから、くたばらねぇで待ってやがれ。」

 

鷹村の言葉で思わず目頭が熱くなる。

 

こやつを勝たせてやりたい。

 

こやつに世界の頂点の景色を見せてやりたい。

 

「…ふんっ!そんな事は次の世界前哨戦に勝ってから言わんか!」

「へっ!俺様が負けるかよ!目ん玉見開いてよく見てやがれ!」

 

そう言うと鷹村は砂浜に走りに行きおった。

 

そんな鷹村の背中を青木や木村、そして小僧と宮田の息子が追っていく。

 

「選手がやる気になってるんです。なら我々に出来るのは、信じて送り出してやるだけでしょう。」

「わかっておるわい。」

 

宮田の言葉に儂は頷く。

 

わかっておる。

 

じゃが、覚悟はしておかねばなるまい。

 

例え世界のベルトを手に入れるチャンスであろうと、あやつが無事に帰って来ねば意味が無いのだから…。




次の投稿は11:00の予定です。


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第47話『ホーク、伊達を激励する』

本日投稿3話目です。


side:ホーク

 

 

ノンタイトルマッチを1戦こなしてから1ヵ月、俺は再び日本にやって来た。

 

目的は鷹村の世界ランク1位の奴との試合を見るためだ。

 

減量中じゃなけりゃステーキを食うのが主な目的だったんだけどな。

 

「ブライアン!」

 

今回も真理が空港まで出迎えに来てくれたか。

 

「よう、真理。」

 

俺は真理に手を差し出して握手をする。

 

俺に続いてミゲルも握手だ。

 

アメリカだったら頬にキスをする場面なんだが、生憎とここは日本だ。

 

ちっとは自重しなきゃな。

 

「ところで真理、藤井はどうした?」

「もう試合会場に詰めてるわ。」

「仕事熱心なこった。」

 

用意されていた車に乗り込むと、真理の運転で試合会場に向かう。

 

「来年にはアメリカに来るんだろ?」

「えぇ、もちろん行くわ。ミゲル、その時は頼むわね。」

「既に月刊ワールドボクシングファンの編集部には連絡してあるから安心しなさい。」

 

流石はミゲル。

 

仕事が早いぜ。

 

こんな感じで適当に雑談をしていると試合会場近くの駐車場に着く。

 

そして試合会場に入ると、俺達は伊達の控え室に向かった。

 

伊達の控え室前にいるスタッフに声を掛けると、慌てた様子で控え室に入っていく。

 

そして少し経つと、既にガウンを着て着替えを終えていた伊達…もとい英二が出迎えにきた。

 

「『よう、ブライアン。歓迎するぜ。中に入ってくれ。』」

 

英二に促されて控え室に入る。

 

すると、英二が所属する仲代ボクシングジムの会長がミゲルと握手をする。

 

そして二人は何やら話を始めた。

 

「『ははっ、オヤッサンも気がはえぇな。』」

 

仲代ボクシングジムの会長とミゲルが主に話しているのは、英二のスパーリングパートナーについてだ。

 

英二の目標はリカルド・マルチネスへのリベンジなんだが、そのリカルドとの試合に向けて入念な準備をするには日本のボクサーでは不足だと考えているらしい。

 

そこで前回の俺達の来日で縁を得た仲代ボクシングジムの会長は、ミゲルにスパーリングパートナーの紹介を頼んだんだ。

 

ミゲル曰く『伊達はスポンサーのバックアップが豊富だからね。スパーリングパートナーを探すのにそれほど苦労はしなかったよ。』との事だ。

 

ミゲルが英二はと言ったのには訳がある。

 

バンダム級を始めとした軽量級には、これまで多くの日本人ボクサーが世界チャンピオンになった実績がある。

 

だからフェザー級の英二にもスポンサーが付きやすい。

 

じゃあ、俺と戦う予定の鷹村はどうなのかというと、鴨川ジムを実際に見た事がある真理が言うには『芳しくない』そうだ。

 

過去の日本人ボクサーが重量級で世界チャンピオンになったのは1人だけ。

 

それもジュニアミドル級でだ。

 

鷹村の本来の階級はミドル級…つまり、日本人ボクサーにとっては未知の領域だ。

 

スポンサーが及び腰になっても仕方ねぇだろうな。

 

「『なぁ、ブライアン。また俺とスパーリングをやっちゃくれねぇか?お前とのスパーリング、俺は確かに成長した手応えを掴んだんだよ。』」

 

顔は笑っちゃいるが、英二の目は真剣そのものだ。

 

「『アメリカまで来て金を払ってくれるんなら、いつでも受けてやるぜ。』」

「『金?いくらだ?』」

「『30ドルだ。』」

「『30ドル…おい、オヤッサン!』」

 

仲代ボクシングジムの会長と英二が真剣に話始めると、ミゲルがこっちに戻ってきた。

 

「彼等は本気でアメリカでの合宿を考えているようだね。」

「その前に日本タイトルがあるじゃねぇか。」

 

俺がそう言うとミゲルが笑った。

 

「そうだね。本来なら目の前の試合、それも国内とはいえタイトルマッチを前にする話じゃない。だが、あのリカルド・マルチネスに本気で勝とうというのだから、このぐらいの自信は必要だろうね。」

 

その後しばらくして、英二が本格的にアップを始める時間になったので控え室を後にしようとする。

 

すると…。

 

「『ブライアン、お前には色々と世話になっていて悪いとは思うんだが、鷹村の応援をさせてもらうぜ。俺も日本人だからよ。』」

 

英二の言葉に俺はあえて笑みを浮かべる。

 

そして…。

 

「『構わねぇさ。でも、賭けるなら俺にしとけ。そうすりゃ、嫁さんにいいもんを買ってやれるからよ。』」

 

そう言って背を向けると、英二は大笑いをしながら俺達を見送ったのだった。




次の投稿は13:00の予定です。


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第48話『圧倒する伊達と鷹村』

本日投稿4話目です。


side:ホーク

 

 

英二の日本タイトル挑戦が始まった。

 

俺と真理とミゲル、そしてダニーは英二からもらったチケットで、会場の前列の方で観戦をしていく。

 

1ラウンド目、日本チャンピオンとのジャブの差し合いを制すると、英二はリング中央に陣取って試合をコントロールしていく。

 

その様子は挑戦者とチャンピオンの立場が逆転している様に見えた。

 

2ラウンド目、英二はチャンピオンの顔にパンチを集めていった。

 

ボディーを狙えば楽に追い込める場面もあったんだが、ガードの上からでもお構いなしだ。

 

この英二の攻勢に会場は沸いたが、いったい何人が英二は何かを狙ってるって気付いたんだろうな?

 

そして3ラウンド目、ここで英二は日本チャンピオンの意識が上に集中しているのを確認すると、日本チャンピオンの胸にスクリューブローを放った。

 

すると、日本チャンピオンの動きが止まった。

 

「ミゲル、あのパンチは何だ?」

「ハートブレイクショットだね。心臓を打つ事で一瞬鼓動を止め、意識があっても相手を動けなくするんだ。」

 

動きが止まって無防備な日本チャンピオンに、英二が返しの左フックを振り抜く。

 

日本チャンピオンはリングに沈むとそのまま立ち上がることなく、英二が日本チャンピオンに返り咲いた。

 

「ヒューッ、おっかねぇパンチだ。」

 

そう言ってダニーは自分の体を抱きしめる様にして身を震わせる。

 

「技術だけでなく判断力や決断力も求められる極めて難しいパンチだよ。相手が格下であった事を差し引いても、実戦で使いこなして見せた伊達は間違いなく世界レベルのボクサーだね。」

 

ミゲルが認める程に英二は高いレベルのボクサーって事か。

 

前にスパーリングをした時はそう感じなかったんだが、成長の手応えってのは嘘じゃなかったようだ。

 

ベルトを肩に掛けて拳を突き上げた英二に拍手を送る。

 

さて、鷹村の方はどんなもんなんだろうな?

 

 

side:鷹村

 

 

世界前哨戦のリングに上がると、ジジイが相手じゃなくてリングの外に目を向けてやがる。

 

俺様もジジイの視線の先に目を向ける。

 

…きてやがったか。

 

「鷹村、今は目の前の相手に集中せい。相手は世界ランク1位なんじゃぞ。」

「わかってらぁ。」

 

ジジイに言われなくてもわかってらぁ。

 

だが、予定変更だ。

 

あの野郎に…ブライアン・ホークに俺様のボクシングを見せ付けてやる!

 

ゴングが鳴って試合が始まると、俺様は左一本で戦っていく。

 

ジャブの差し合いだけで1ラウンドを終えると、ジジイが声を掛けてきた。

 

「狙っとるのか?」

 

ちっ、ジジイには気付かれたか。

 

「悪いか?」

「いや、構わん。じゃが、もっと足を使わんか。」

 

2ラウンド目はジジイの指示通りに足を使っていく。

 

ちっ、砂浜ダッシュで仕上げた俺様の足に対応しやがるか。

 

思ったよりも時間が掛かりそうだぜ。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

鷹村の世界前哨戦の観戦を終えた俺達は、合流してきた藤井を連れて宿泊先のホテルに戻ってきた。

 

「『ブライアン、鷹村の試合はどうだった?』」

 

妙に機嫌がいい藤井が、レストランのボーイに酒を注文しながら俺に問い掛けてくる。

 

「『前の試合よりはマシだったな。』」

 

左一本で6ラウンドKO勝利。

 

これが鷹村の世界前哨戦の内容だが、ハッキリ言って英二の試合の方が面白かった。

 

ハートブレイクショットを見据えた駆け引きは間違いなく世界レベル。

 

鷹村の方は…デビッドと比べると見劣りするからなぁ。

 

そういった事を藤井に伝えると、機嫌が良かった藤井がため息を吐く。

 

「『…ブライアン、鷹村は見る所が無いのか?』」

「『パンチの威力は世界レベルだが、それだけって感じだな。』」

 

俺が正直に言うと、藤井はまたため息を吐く。

 

「ミゲルは鷹村をどう評価するんだ?」

「パンチの威力はホークの言う通りに世界レベルだね。だが、駆け引きの拙さが端々に伺える。おそらくだが、これは経験不足が原因じゃないかな?」

 

ミゲルの言葉に頷く。

 

鷹村のボクシングは、なんか後一押しが足りないんだよな。

 

力を持て余しているというかそんな感じだ。

 

だから本当に惜しい。

 

真理がミゲルの言葉を訳すと、藤井はガシガシと頭を掻く。

 

「『…大舞台で才能が華開いた選手もいる。まだ勝負は決まってないぜ。』」

 

知っている。

 

俺もそういう奴と戦った事があるからな。

 

「『鷹村もそうだといいんだがな。そうすりゃ、試合を楽しめる。』」

 

減量中だから控えめな量で飯を楽しむ。

 

藤井は込み上げてくるため息を飲み下す様に酒を煽ったのだった。




次の投稿は15:00の予定です。


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第49話『ホーク、世界前哨戦に向けて日本で調整する』

本日投稿5話目です。


side:ホーク

 

 

英二の日本タイトル挑戦と鷹村の世界タイトル前哨戦を見た俺はアメリカに帰国せずに、そのまま日本に残って1ヵ月後の世界タイトル前哨戦に向けて調整をしていくとミゲルに告げられた。

 

その際に世話になる日本のジムは仲代ボクシングジムだ。

 

どうもこの事はミゲルと仲代会長が、英二の日本タイトル挑戦の日に話し合っていたらしい。

 

それで翌日、日本フェザー級チャンピオンに返り咲いた英二がジムに顔を出したんだが、俺やミゲルにダニーといった見知った顔を見ると驚いていた。

 

あ~、知らなかったんだな。

 

仲代ボクシングジムの会長が説明すると英二はニッと歯を見せて笑いながらリングに向かうが、仲代ボクシングジムの会長に慌てて止められていた。

 

「なんだよ、オヤッサン。ダメージはねぇから大丈夫だよ。」

「英二、ダメージは無くても疲労はしっかり抜け。」

 

英二はそう言われて1週間は俺とのスパーリングを禁止された。

 

思いっきり不満そうな顔をしてたな。

 

さて、そんなわけで仲代ボクシングジムで調整を始めたんだが、いつものアメリカからついてくるドキュメント撮影スタッフだけじゃなく、なんかやたらと日本人でビデオカメラを持った奴の姿が多いんだよな。

 

「アウェーの洗礼といったところだね。先日の試合で鷹村が左だけでKO勝利したのも影響しているのだろう。」

 

ミゲルがそう言うと納得がいった。

 

現在の日本のボクシング界には一人も世界チャンピオンがいない。

 

そんな時に鷹村が期待を匂わせる勝ち方をすれば、ここぞとばかりに日本のボクシング関係者が援護に出ても仕方ねぇか。

 

仲代ボクシングジムのスタッフが、外にいる連中がジムに入ってこようとしているのを止めようとしているんだが、連中は聞く耳を持たずにジムに入ってこようとしている。

 

「ちっ、ちょっと行ってくるぜ。」

 

そう言ってコメカミに青筋を立てた英二が、ジムに入ってこようとしている連中の所に行った。

 

なんで英二が俺達よりも苛ついているんだ?

 

「ホーク、我々はどうしても此処で調整をしなければいけないわけではないんだよ。もし嫌ならば別のジムに移ったり、アメリカに戻って調整をしてもいい。伊達はその事をわかっているから、彼等の所に行ったのさ。折角の君とのスパーリングの機会を失わないためにね。」

 

なるほどな。

 

その後、英二が外にいた連中を追い払うと、アウェーとは思えない良い環境で調整を進めていけたのだった。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

「小僧、出掛けるぞ。ついてこい。」

 

儂がそう告げると、小僧は首を傾げおった。

 

「会長、どこに出掛けるんですか?」

「仲代ボクシングジムじゃ。今そこでブライアン・ホークが調整をしておると、仲代のから連絡があった。」

「ブライアン・ホークがですか!?」

 

小僧が大声で反応しおったから、ジムの皆がこっちに振り向きおった。

 

鷹村は1週間前の試合の疲労を抜く為に休ませているのでジムにはおらんが、ジムにいる誰もが儂についていきたいと目で訴えておる。

 

「会長、私達も連れて行ってもらえませんか?」

「宮田か。少しぐらいなら増えても構わんじゃろう。」

「か、会長!俺も連れて行ってください!」

「俺も!お願いします!」

 

青木と木村も声を上げおったが、ちと遅かったな。

 

「ダメじゃ。貴様らは残って練習しとれ。」

「「そ、そんなぁ~!」」

 

出来ればあやつらにも世界レベルを体験させてやりたいが、今回は見送りじゃ。

 

「では行くぞ。」

 

小僧と宮田親子を連れて先方のジムへと向かう。

 

そして先方のジムに着くと、そこにはブライアン・ホークとスパーリングをする伊達の姿があった。

 

「鴨川会長、すみませんが先に始めさせてもらってます。」

「構わんよ。儂達は招待された立場じゃからのう。」

 

ふと、リングサイドに懐かしい男の姿を見つける。

 

向こうも儂に気付いたらしい。

 

儂は宮田に二人を任せると、奴の元に歩いていった。

 

「久しいな、ミゲル・ゼール。」

「あぁ、久しぶりだね、鴨川。」

 

儂もミゲルもリングの上でスパーリングをする伊達とブライアン・ホークを見ながら会話をしていく。

 

むぅ…ハイレベルなボクシングだ。

 

「今日は鷹村の為に偵察に来たのかな?」

「それで読み切れる程、ブライアン・ホークは浅いボクサーではなかろう?」

「ふっ、その通りだ。」

 

会話をしながらもリングの上の二人の動きを目で追っていく。

 

伊達が何度も仕掛けようとするが、その度にブライアン・ホークは速い出入りで逆に伊達を揺さぶっていく。

 

読みか?勘か?

 

いずれにしても、手強い男じゃわい。

 

儂はチラリと小僧達の方に目を向ける。

 

宮田親子はリング上の駆け引きについて会話をしておるが、小僧はただ見惚れておるだけじゃ。

 

まぁ、まだボクシングを始めて1年経っておらん小僧では無理もないか。

 

「今日は世話になるわい。」

「今日だけでいいのかな?よければ鷹村にスパーリングパートナーを紹介するが?」

「ありがたい申し出じゃが、うちのジムはまだそれほどに余裕がなくてな。」

 

1週間前、鷹村が素人目にも強い勝ち方をしたおかげで、うちのジムにも大口のスポンサーから声がかかる様になった。

 

おかげで資金繰りはだいぶ楽になったが、鷹村のマッチメイクに回す事を考えればまだまだ足りぬわい。

 

ブライアン・ホークとの試合結果次第では海外からスパーリングパートナーを呼ぶ余裕も出来るじゃろうが、逆に以前の様にマッチメイクにも苦労する状態に戻ってしまう事もあるじゃろう。

 

じゃが、鷹村はまだ若い。

 

たとえ挑戦に失敗してもやり直す時間は十分にあるわい。

 

…いかんな。

 

儂がこんな考えでは勝てる試合も勝てん様になる。

 

手形が付く程に思いっきり己の頬を張ると、小僧が慌てて儂の所にきおったわ。

 

「か、会長!どうしたんですか!?」

「何でもないわい。それよりも、ちゃんと見学をせんか!」

 

杖で小僧の頭を軽く小突く。

 

宮田親子を見てみろ。

 

あやつらは我関せずとリングの上に目を向けておる。

 

そしてリングの上の二人も、互いに駆け引きを楽しんでおるわい。

 

しばらく見学を続けると、伊達とブライアン・ホークのスパーリングが終わる。

 

そしてブライアン・ホークが一息入れている間に、小僧達にアップを指示したのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第50話『幕ノ内 一歩の奮闘』

本日投稿1話目です。


side:一歩

 

 

着替えてアップを終えた僕は、ヘッドギアを着けてリングに上がる。

 

うわぁ、緊張するなぁ。

 

「あ、あの!幕ノ内 一歩です!よろしくお願いします!」

「おう、よろしくな。」

 

日本語で応えられてびっくりした。

 

「日本語上手ですね。世界チャンピオンって皆そうなんですか?」

「俺はミゲルから教えてもらったから出来るだけで、他の連中は違うんじゃねぇか?まぁ、デビッドはプロボクシングがある国の言葉は大抵話せるらしいがな。」

 

へぇ~、そのデビッドさんって凄いなぁ。

 

「小僧!」

 

会長に叱られてホークさんとの話が終わってしまう。

 

もっと色々と話をしてみたかったなぁ。

 

気持ちを切り替える為に深呼吸をするとゴングが鳴った。

 

リング中央でホークさんとグローブを合わせてから、会長や宮田君のお父さんに教えられた通りに、ビーカーブースタイルで構える。

 

ホークさんはビデオで見た通りに手を下げている。

 

こうして対峙しているだけでジワリと汗をかくぐらいに圧力を感じる。

 

「小僧!飲まれるな!自分から手を出していけ!」

「はいっ!」

 

会長の指示通りに僕は自分から手を出していく。

 

ジャブを打っていくけど、まるで当たる気がしない。

 

ストレートを打つとホークさんはバックステップで下がった。

 

海の合宿で教えてもらった足の親指で強く蹴るダッシュで踏み込む。

 

すると、その踏み込みに合わせてホークさんも踏み込んできた。

 

予想外に距離が近付いてしまって、どうしたらいいかわからなくなる。

 

ドンッと重い衝撃がボディーにきて、思わずガードを下げてしまう。

 

…あれっ?なんで僕はここで寝てるんだろう?

 

「小僧!」

 

会長の声が聞こえる。

 

身体を起こして周りを見渡すと、宮田君と宮田君のお父さんがいる。

 

それとホークさんも…!?

 

そうだ!僕はホークさんとスパーリングをしてるんだった!

 

慌てて立ち上がろうとして尻餅をついてしまう。

 

うわっ!?足に力が入らない!

 

なんとか立ち上がると、ホークさんが笑顔で話し掛けてきた。

 

「ヘイ、幕ノ内、まだやれるか?」

「はいっ!お願いします!」

 

レベルが違い過ぎて何がなんだかわからないけど、会長や宮田君のお父さんに教えてもらった事を全部出すんだ!

 

 

 

 

side:宮田 一郎

 

 

「かぁ~、ブライアンも容赦ねぇな。」

 

伊達さんがニヤニヤと笑いながらこっちに近付いてくる。

 

今すぐにリングに上がって顔にストレートをぶち込みたい気分だぜ。

 

「それで、鴨川ジム期待の練習生はブライアンが何をしたのかわかるかな?」

 

リングの上だったら何がなんだかわからなかったかもしれない。

 

けど、俺はリングサイドで見てたんだ。

 

わかって当然だろ。

 

「左でボディーを打って、幕ノ内のガードが下がったところに右のフック。」

 

そう答えるが、伊達さんはニヤニヤとした笑みを止めない。

 

「その答えじゃあ50点だな。」

 

その言葉を聞いて驚く。

 

なんだ?何を見逃した?

 

父さんの方を見ると、驚いて目を見開きながら手を口に当てていた。

 

俺は何を見逃し、父さんは何を見たんだ?

 

「信じられない事だが…。」

 

そう前置きをした父さんは冷や汗を流しながら続きを話す。

 

「ブライアン・ホークはハードパンチとソリッドパンチを使い分けたのではないかな?」

「正解。」

 

二人の会話に驚く。

 

そんな驚いている俺に父さんが話し掛けてくる。

 

「一郎、パンチの質は生まれ持ったものだと知っているな?」

「あぁ。」

 

俺は幕ノ内の様なハードパンチは打てないソリッドパンチャーだ。

 

だからこそ幕ノ内のパンチに嫉妬した事がある。

 

それなのに…ブライアン・ホークは使い分けた?

 

どういう事なのか知りたくて、俺と父さんは伊達さんに目を向ける。

 

「最初にやられた時は俺も信じられなかったぜ。でも、ホークが言うにはコツがあるそうだ。俺も聞いてやってみたんだが、確かにある程度はパンチの質を変えられたぜ。」

 

それを身に付ける事が出来たら、俺のボクシングは変わる。

 

いや、カウンターを捨てるつもりはない。

 

これまでとは違うカウンターになるんだ。

 

ダウンを奪った相手に立たれる事なく、一撃で相手をリングに沈められるカウンターに…。

 

それを想像すると、背中にゾクリとした興奮が走った。

 

「伊達さん。」

「まぁ、そう焦るなよ。俺だって完璧に身に付けたわけじゃないからな。本気で身に付けたいんなら、最高の教師があそこにいるだろう?」

 

顎で指し示されるリングに目を向ける。

 

そこにはダウンをした幕ノ内が立ち上がる姿があった。

 

ちっ、早く終われよ!

 

俺の舌打ちを聞いた父さんと伊達さんが含み笑いをする。

 

…くそっ!

 

その後、幕ノ内はボコボコにされながらも、約束の3ラウンドをきっちり戦い抜いたのだった。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第51話『宮田 一郎の成長』

本日投稿2話目です。


side:宮田 一郎

 

 

くそっ!

 

スパーリングを始めてまだ1分だが、もう二度もダウンをさせられちまった!

 

ブライアン・ホークがパンチを一発も打たずに俺をコーナーに追い込むと、コーナーから脱出するために引っ掛け様とした左フックにカウンターをしてきた。

 

タイミングを合わせて押されたただけの軽いパンチだから、直ぐに立ち上がる事が出来た。

 

でも、俺のプライドがズタズタだぜ。

 

ノーガードのブライアン・ホークにワンツーで仕掛けるが、まるで当たる気がしない。

 

リズムを変えて右から…!?

 

くそっ!またダウンさせられた!

 

これがWBAルールなら、俺は1ラウンドKO負けじゃねぇか!

 

「一郎!熱くなるな!」

 

直ぐに立ち上がろうとした俺の耳に父さんの声が届く。

 

立ち上がる前に大きく深呼吸をした。

 

…オーケー、大丈夫だ。

 

冷静になれた。

 

だからといって、何が出来るわけでもねぇけどな。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

「うわぁ、流石は世界チャンピオン。強いなぁ。宮田君がもう3回もダウンさせられちゃいましたよ。」

 

小僧の声に頷きながらも、儂はリングの上から目が離せぬ。

 

…どうやら儂は思い違いをしておったようだ。

 

型に嵌まらぬボクシングと圧倒的なパンチから、あやつは鷹村と同じく攻撃的な性格をしておると思っとった。

 

じゃが、こうして直接目にして気付いたわい。

 

あやつは…ブライアン・ホークは攻撃よりも防御に重きを置いておる。

 

宮田の息子がコーナーから脱出するために打ったカウンターの左フック。

 

これに反応出来る程の野性を持ちながらも、それを理性で御するか…厄介じゃわい。

 

鷹村も確かに野性は持っておる。

 

じゃが、あやつはそれをここまで御せてはおらん。

 

ミゲル・ゼールはどうやってブライアン・ホークにその術を教えたのじゃ?

 

世界は広いわい。

 

儂は今、野性と科学が融合したボクサーの理想像の一つを目撃しておる。

 

鷹村もいずれはこの領域に至るのかも知れんが、まだ時期尚早じゃろう。

 

鷹村よ、貴様が挑もうとしている男は遥かな高みにおる。

 

じゃが安心せい。この老いぼれも一緒にその茨の道を歩いてやるわい。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

「ソリッドパンチとハードパンチの打ちわけかたを教えてほしい?」

「あぁ。」

 

スパーリングが終わった後に宮田 一郎が流暢な英語で話し掛けてきたと思えば、そんな事を俺に聞いてきた。

 

英二も聞いてきた事だが、そんなに珍しいのか?

 

まぁ、隠す様なもんじゃねぇし、教えても構わねぇか。

 

そう考えて幾つかコツを伝える。

 

話を聞いていたダニーがミットを構えたので、宮田に打たせてみる。

 

「ミットを打った時の手応えと音が違うのがわかるか?ハードパンチを打つとそんな感じになるんだ。」

「…あぁ、わかる。すまないが、もう少し打たせてもらってもいいか?」

「オーケー。」

 

英二も直ぐにコツを掴んでたが、宮田も器用なもんだな。

 

日本人だからか?

 

それにしても、楽しそうにミットを打つもんだ。

 

「ホークの伝え方が的確だからだよ。選手を引退したら、トレーナーとして食べていけるだろうね。」

 

そのミゲルの言葉を聞いて肩を竦める。

 

「それも悪くねぇが、引退したら働く必要がねぇぐらいに稼ぐつもりだぜ。」

「ホークなら難しくないだろうね。まぁ、そこは真理とよく相談をしなさい。」

 

なんでそこで真理が出てくるんだ?

 

この時、既に用意周到に外堀を埋められていた事を知らない俺が首を傾げると、事情を知っているミゲルとダニーが笑い出したのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第52話『伊達の気付き』

本日投稿3話目です。


side:伊達

 

 

ブライアンのスパーリングパートナーを文字通りに買って出てしばらく経つと、ブライアンの世界タイトル前哨戦の日がやってきた。

 

激励のために控え室に向かいながら今日までの日々を思い出す。

 

間違いなくボクサーとして最も濃密な日々を過ごしてきた。

 

スパーリングでありながら世界レベルの駆け引きにのめり込んで熱くなる日々。

 

宮田と幕ノ内も加わってきたのは予想通りってとこだな。

 

ブライアンが鷹村と戦う以上、鴨川ジムとしては少しでも偵察しておきてぇだろうし、あわよくば階級が近い俺から何かを学ばせようとしても不思議じゃねぇ。

 

そんな鴨川ジムの二人だったが、宮田は大収穫ってところだな。

 

あいつはブライアンのアドバイス1つでブレイクスルーを果たしやがった。

 

あれならプロのリングで少し経験を積めば、国内レベルぐらいは取れるだろ。

 

そして日本タイトルを取る頃には東洋も見えてる筈だ。

 

あんなのが来年には新人でデビューするってんだから詐欺もいいとこだぜ。

 

幕ノ内は…成長はしたんだがまぁまぁってとこだな。

 

宮田は器用なんだが、幕ノ内はとことん不器用だった。

 

それはもうコツを掴むとか以前の問題というぐらいのレベルでな。

 

あれはとことん反復練習を積み重ねて身体に覚え込ませるしかねぇ。

 

幸いにも、あいつはバカが付くぐらい真面目な奴だ。

 

ブライアンにサンドバッグにされながらも、愚直に基本を繰り返していたぐらいだからな。

 

鴨川会長も扱き甲斐があるだろうよ。

 

まぁ、幕ノ内は不器用な反面、階級詐欺だって思うぐらいにパンチの威力がありやがった。

 

あいつとスパーリングをした時に、面白半分でボディーを打たせてみたらやばかった。

 

ブライアンのボディーブローを経験してなきゃ、愛子の弁当を戻してたかもしれねぇな。

 

そういえば、この1ヶ月は家に帰ったら愛子にその事ばかり話してたな。

 

それでも愛子は何一つ嫌な顔をしないでニコニコとしてくれていた。

 

本当にいい女だ。

 

…カッコつけてぇ。

 

そうか…俺は愛子の前でカッコつけてぇんだ。

 

なんてことはねぇ。

 

リカルド・マルチネスにリベンジする為だと思ってたんだが、どうやら俺がカムバックしたのはただ惚れた女の前でカッコつけたかったからみたいだ。

 

そう自覚したら、なんか心と身体が熱くなってきたぜ。

 

今すぐに試合をしたい気分だ。

 

そんな思いでブライアンの控え室前に辿り着いた俺は、ノックをする前に深呼吸をする。

 

落ち着けよ、俺。

 

今日の主役はブライアンなんだからな。

 

ノックをして返事が返ってくると、俺は努めていつも通りに振る舞うのだった。

 

 

 

 

side:一歩

 

 

今日はホークさんの世界タイトル前哨戦の日だ。

 

僕と宮田君がホークさんと初めてスパーリングをした次の日、ホークさんと鷹村さんのジュニアミドル級世界タイトルマッチが正式に発表された。

 

僕は敵になるホークさんとのスパーリングは遠慮した方がいいかなと思ったんだけど、会長は遠慮せずに勉強させてもらってこいと言ってくれた。

 

だから僕は宮田君と一緒に、宮田君のお父さんに付き添ってもらって仲代ボクシングジムに通い続けたんだ。

 

宮田君はホークさんと伊達さんの二人とスパーリングをしてどんどん成長していった。

 

それと比べて僕は…強くなったっていう自覚がない。

 

宮田君のお父さんは僕も強くなったって言ってくれるけど…。

 

そんな風に考えながら歩いていると、二本の腕がガシッと僕の肩に置かれた。

 

「よう裏切り者。敵とのスパーリングは楽しかったかぁ?」

「いい御身分だなぁ?鷹村さんはカンカンに怒ってるぜぇ?」

 

青木さんと木村さんの言葉で嫌な汗が込み上げてくる。

 

「お、脅かさないでくださいよぉ。」

 

そう言っても二人はニヤニヤと笑っている。

 

ほ、本当に鷹村さんは怒ってるのかな?

 

「ほっとけよ、幕ノ内。二人は自分達がスパーリングに参加出来なかったから拗ねてんのさ。」

 

宮田君のその言葉で、二人は気まずそうに顔を逸らした。

 

あ、本当なんだ。

 

「おい、宮田。少しは遠慮して俺達に譲ってくれてもよかったんじゃねぇか?」

「そうだぜ?世界チャンピオンとのスパーリングなんて、そうは経験出来ねぇんだからよ。」

 

青木さんと木村さんの言葉に宮田君はため息を吐きながら首を横に振る。

 

「俺と幕ノ内は来年になればプロデビューをするんですよ?これからプロの世界で生きていくって言うんなら、折角の機会に遠慮してどうするんですか?」

 

はぁ~…凄いなぁ、宮田君は。

 

僕はここまでハッキリと言えないや。

 

「ちっ、わかってるよ。」

「けどよ、次は俺達が行くぜ?なんとなくだが、また機会がありそうだからな。」

 

それからはいつも通りに楽しく会話をしながら会場に入っていく。

 

こんな楽しい時間を過ごせるのもボクシングと出会えたからだ。

 

そして僕をボクシングと出会わせてくれたのは鷹村さんだ。

 

だから僕は全力で鷹村さんを応援します。

 

ホークさんには悪いと思うけど、それが僕に出来る鷹村さんへの恩返しだと思うから…。




次の投稿は13:00の予定です。


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第53話『日本のボクシングファンは黒金の鷹を知る』

本日投稿4話目です。


side:ホーク

 

 

世界タイトル前哨戦のリングに上がると相手に目を向ける。

 

そこにはWBCジュニアミドル級元世界チャンピオンの姿があった。

 

俺との世界タイトルマッチに負けたあいつは引退するつもりだったらしいんだが、ミゲルがノンタイトルマッチの事を持ち掛けると前言撤回して、今日までトレーニングを積んできたそうだ。

 

身体を見ると以前よりも仕上がっているのがわかる。

 

そりゃそうだろうな。

 

1年近く掛けて準備をしてきたんだからよ。

 

「彼は今日の試合を最後に引退するそうだ。手向けというわけではないが、1ラウンドは彼に付き合ってあげてほしい。2ラウンドからは心残りが無い様に全力で叩き潰してあげてくれ。」

 

ミゲルの言葉に頷く。

 

あのおっさんは世界タイトルを9度防衛した男だけあって、プロのリングで戦った連中の中では一番面白い奴だった。

 

だから1ラウンドぐらいは付き合ってやるさ。

 

リング中央に行くとおっさんと目が合う。

 

…デビッドと同じ様な目をしてやがる。

 

レフェリーの言葉を聞き流してコーナーに戻る。

 

「ミゲル、この試合は楽しめそうだぜ。」

 

そう言うと、ミゲルは少し驚いた後に微笑んだのだった。

 

 

 

 

side:宮田 一郎

 

 

少し離れた所に会長と鷹村さん、そして八木さんと篠田さんがいる。

 

この距離だと会場の声に紛れて、お互いの会話は聞こえないだろうな。

 

「一郎、よく見ておけ。現在の日本のリングではめったに御目に掛かれない、本物の世界レベルの試合なのだからな。」

「わかってるさ、父さん。」

「一郎だけじゃないぞ。幕ノ内も、青木も木村もよく見ておきなさい。」

 

父さんの言葉に俺達は頷く。

 

父さんは現役時代は世界を狙えると言われた天才ボクサーだ。

 

その父さんの解説付きで世界レベルの試合を見れるんだ。

 

見逃したら損だぜ。

 

ゴングが鳴り試合が始まった。

 

ブライアンの相手のジャブだけで俺達は驚く。

 

「と、鳥肌が立っちまった。」

「あのジャブだけで金が稼げるぜ。」

 

青木さんと木村さんの会話に幕ノ内が息を飲んでいるのがわかる。

 

「基本に忠実だが、一発一発のタイミングと角度を変えている。流石は9度の防衛を果たした元世界チャンピオンだな。」

 

父さんの解説に青木さんと木村さんは驚愕する。

 

「マジかよ!鷹村さんとの世界タイトルマッチを前に、そんな相手とノンタイトルマッチをしてんのか!?」

「くそっ!舐められてんのか!?」

 

二人の言葉を耳にしながらも、俺はリングの上から目を離さない。

 

瞬きすら鬱陶しく感じる程の試合が行われているからだ。

 

ジャブの差し合いで試合を作るのが基本だと思っていたが、相手のパンチを避けて試合を作っていくブライアンのボクシングも参考になる。

 

「すごい…。」

「幕ノ内、感心してばかりではいかんぞ。ダッキングはお前もよく使うディフェンス技術なんだ。少しでも学び取らなくてはな。」

「ぼ、僕はあんなに避けられませんよぉ。」

 

1ラウンド目は元世界チャンピオンが攻めて、ブライアンは終始ディフェンスに撤して終わった。

 

ラウンド間に観客のざわめきが耳に入る。

 

「なんだ、一発も手を出さないなんて、ブライアン・ホークは大したことねぇな。」

 

ちっ!

 

思わず舌打ちをしちまったぜ。

 

「観客の目が肥えてると言っても、所詮は国内レベルってところか。」

 

そう言いながら、伊達さんが俺達に合流してきた。

 

「伊達、鷹村の方に行かなくていいのか?」

「こっちの方が色々と聞けそうですからね。それに、今のあいつは減量中なのもあってピリピリしている。とばっちりはごめんですよ。」

 

そう言って伊達さんは父さんの横に並んだ。

 

「次のラウンドですね。」

「あぁ、ホークの雰囲気が変わった。」

 

伊達さんと父さんの会話でブライアンに目を向ける。

 

残念ながら、俺にはまだそういった機微は読み取れない。

 

ここら辺はプロのリングを経験した者だからこそわかるんだろうな。

 

チラリと青木さんと木村さんに目を向ける。

 

二人も前のめりになってリングを見ている。

 

まだ日本タイトルに挑戦した事がない二人だが、それでも選手の雰囲気を感じ取っているのか。

 

素直に悔しいぜ。

 

2ラウンド目が始まると、1ラウンド目とは変わって打ち合いになった。

 

だが、その内容は一方的だ。

 

ブライアンのパンチは当たるが、元世界チャンピオンのパンチは当たらない。

 

打ち合いが始まって直ぐは沸いていた観客が、今では息を飲んじまってる。

 

皆わかったんだ。

 

ブライアンが化け物だって事が。

 

元世界チャンピオンがクロスカウンターでダウンした。

 

ゾクリと身体が震える。

 

カウンターに至るまでの一連の流れが完璧だったからだ。

 

「あれは使えるな。今度試してみるか。」

 

伊達さんの言葉に歯噛みをする。

 

俺がまだまだ未熟だと思い知らされるからだ。

 

その後、元世界チャンピオンは立ち上がったが、試合の流れは一方的にブライアンのものとなる。

 

そして3ラウンド目、元世界チャンピオンがこの試合で3回目のダウンをするともう立ち上がることなく、ブライアンは一発の被弾もなくKO勝利したのだった。

 




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第54話『鷹村の和解と後輩の成長を促す伊達』

本日投稿1話目です。


side:鷹村

 

 

あの野郎の世界前哨戦を見終えた俺様は、翌日から本格的に減量を始めた。

 

走って、サンドバッグを叩き、走って、走って、走りまくった。

 

家に帰ればジジイに渡された干しシイタケを口に含んで水分を出す。

 

この減量方法は悪くねぇ。

 

口に物を入れた分、何かを食った気になれるからな。

 

すっかり元通りになったシイタケを皿に放ると、インターホンが鳴った。

 

「ちっ、誰だ?」

 

そう口にしながらドアを開けると、そこには兄貴がいた。

 

「守、入るぞ。」

 

そう言ってズカズカと部屋に入っていく。

 

「あ、おい!?」

 

止める間もなく兄貴が部屋に入っていくのを見て、俺様は頭を掻くしかねぇ。

 

部屋に入った兄貴は暖房をガンガンに効かせているのも気にせずに、ドカッと腰を下ろした。

 

仕方なく俺様は水でも出すかと台所に行く。

 

コップに水を注いでいくと喉が鳴る。

 

…くそったれ!

 

水を兄貴の前に置いて俺様も座る。

 

兄貴は水を一口も飲まずに話し出した。

 

「…本気で戦うつもりの様だな。」

 

誰と?

 

決まっている。

 

ブライアン・ホークだ。

 

「俺もスポーツの世界に身を置いていたからわかる。あれは本物の化け物だ。」

 

兄貴に言われなくても耳にタコが出来る程聞いてるぜ。

 

「世界ランクを取ったのならば、本来の階級に戻す道もあるんじゃないか?」

 

八木ちゃんも同じ事を言ってやがった。

 

だが、それは俺様の道じゃねぇ。

 

そう思ったのがわかったのか、兄貴はため息を吐く。

 

「…わかった。骨は拾ってやる。納得いくまでやればいい。」

 

そう言うと兄貴は立ち上がった。

 

「既に鴨川会長には話してあるが、鷹村建設はお前のスポンサーにつく事が決定した。役員を説得するのは少しばかり骨だったぞ。」

 

片手を上げて兄貴が去っていく。

 

ちっ、すかしやがって。

 

恩を売ったつもりか?

 

そんな事は頼んじゃいねぇよ。

 

「守…頑張れよ。」

「…応!」

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

世界前哨戦を終えた俺はアメリカに帰って半月程休養すると、また日本に戻ってきた。

 

空港に到着すると、日本のボクシング関係の記者連中が待っていた。

 

ここら辺はどの国でも変わらねぇな。

 

「ははっ、ブライアンは日本でも人気があるんだね。」

「デビッドの方が日本人受けすると思うけどな。」

 

今回の世界タイトルマッチの日にはデビッドが見に来る予定だったんだが、そのデビッドは予定を繰り上げて俺の調整を視察するそうだ。

 

まぁ、まだ俺達の世界タイトルマッチは内定しているだけの状態だからな。

 

ついでに俺のスパーリングパートナーもやるつもりなんだろうよ。

 

「ブライアン!」

 

おっと、今回も真理が迎えに来てくれたか。

 

真理はデビッドを見て少し驚いた顔をしている。

 

一緒に来ていた藤井は顎が外れんじゃねぇかと思う程に口を開けてるな。

 

「どうやら万全の状態で試合の日を迎えられそうね。鷹村選手が少し気の毒だわ。」

 

そう言いながら真理は俺と腕を組んでくる。

 

回りにカメラを持ったマスコミ連中がいるのにいいのか?

 

「さぁ、行きましょう。伊達 英二が首を長くして待っているわ。」

 

 

 

 

side:伊達

 

 

日本タイトル防衛戦が決まった。

 

鷹村の世界挑戦と同じ日にだ。

 

会場を盛り上げて鷹村の後押しをするつもりなんだろうよ。

 

そんな事でどうこうなる相手じゃねぇんだけどなぁ…。

 

ため息を吐くと同じジムの後輩の沖田が近付いてくる。

 

「伊達さん、世界チャンピオンは今回もうちのジムで調整するんですか?」

「おう、それがどうした?」

「いえ、またあいつらが厚かましく来るのかと思いまして…。」

 

そう言う沖田と目を合わせる。

 

「おい沖田、勘違いすんな。宮田や幕ノ内の方が正しくて、遠慮してブライアンとスパーリングをしねぇお前が間違ってんだよ。」

「ですけど、俺じゃレベルが違い過ぎて、却って世界チャンピオンの練習の邪魔じゃないですか。」

 

こういった遠慮が美徳なんて誰が言いやがった?

 

喰うか喰われるかの世界でそんな甘っちょろい事を言ってるから、いつまで経っても日本人から世界チャンピオンが出ねぇんじゃねぇか。

 

頭を抱えて大きくため息を吐く。

 

今年の新人王を取った沖田はうちのジムの期待株だ。

 

流石に宮田の相手はきついだろうが、それでも日本タイトルは十分に狙えるだけのものは持ってる。

 

この甘っちょろい考えさえなければな。

 

「沖田、命令だ。今回はお前もスパーリングに強制参加だぜ。」

「だ、伊達さん!?」

 

上手くいけばこいつも一皮剥けるかもしれねぇ。

 

そうすりゃ東洋…いや、その上だって目指せるだろうよ。

 

沖田、お前が俺に憧れてくれるのは嬉しいぜ。

 

でもよ、だからこそ上を目指せ。

 

器用なお前なら上のレベルにだって適応出来る筈だ。

 

お前がそうならなきゃ、安心して日本タイトルを返上出来ねぇからな。

 

ジムの扉がノックされると、ブライアンとその一行が姿を現す。

 

しかも今回は更にとびっきりの客もいるようだ。

 

試合までの1ヶ月半、楽しくなりそうだぜ。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第55話『アウェイでの共同記者会見』

本日投稿2話目です。


side:ホーク

 

 

世界タイトルマッチの前日計量の日、計量が行われている場所は誰かが唾を飲み込む音が聞こえる程に静まりかえっていた。

 

そして…。

 

「…鷹村選手、計量クリアです!」

 

さっきまでの静かさが嘘の様に、場には一気に歓声が沸き上がった。

 

歓声の中心で両腕を突き上げている鷹村に目を向ける。

 

目は窪み、頬は痩せこけ、肌はかさつき、肋が浮き出ている。

 

よくもまぁ、そんな減量をしたもんだ。

 

大きく息を吐き出した鷹村は鴨川会長と握手をしている。

 

その姿を記者連中が撮影してやがるな。

 

「さぁ、ホーク。次は君の番だよ。」

 

ミゲルに促されてシャツを脱ぐと、パンツ一枚になって計量台に向かう。

 

すると、場にはざわめきが起こる。

 

「なんだよ、あの身体…。」

 

誰かがそんな事を言ってやがるが、気にせずに計量台に上がる。

 

「…ホーク選手、計量クリアです。」

 

流石にアウェイだから鷹村みてぇに沸き上がらねぇな。

 

おっ?真理がウインクしてきた。

 

野郎共に沸き上がられるよりもよっぽど嬉しいぜ。

 

計量台を下りると鷹村がこっちを見てやがる。

 

「『さっさと共同記者会見場に行こうぜ。腹減ったからな。』」

 

そう言うと、鷹村のコメカミに青筋が浮かぶ。

 

記者連中にも浮かんでんな。

 

何を怒ってんだ?

 

まぁ、いいか。

 

俺が歩き出すとミゲルとダニーが続くが、記者連中は続かずにその場に立ったままだった。

 

真理はついてきたけどな。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

共同記者会見が始まった。

 

世界タイトルマッチに向けての抱負を話す鷹村は、若干だが肌が潤っている様に見える。

 

ここに来る前に水でも飲んできたのか?

 

鷹村は『KO以外の決着はねぇ』って言ってんな。

 

「『チャンピオン、一言お願いします。』」

 

チラリとミゲルを見る。

 

好きに言っていいんだな?

 

「『通過点だ。』」

 

俺の言葉に記者連中が首を傾げてやがる。

 

「『チャンピオン、それはどういうことでしょうか?』」

「『日本語の発音が悪かったか?この試合は通過点でしかねぇって言ったんだよ。』」

 

記者連中が不満気な顔をしてやがんな。

 

藤井なんかはコメカミに青筋を浮かべてるぜ。

 

真理は…口を手で隠して笑いを堪えてるな。

 

「『この試合が終われば俺はミドル級に階級を上げる。そして1戦挟んでデビッド・イーグルと世界タイトルマッチだ。こいつは以前から約束していたもんでな。だからここは通過点なんだよ』」

 

記者連中の内の一人がマイクを持って立ち上がった。

 

「『鷹村選手は以前に貴方の次期挑戦者候補にKO勝ちしています。そして世界ランク1位の選手には左だけでKO勝ちしています。もっと警戒すべきではないのですか?』」

「『両方とも直接この目で見たぜ。その上で通過点だって判断したんだがな。』」

 

記者連中の半分以上が顔を赤くしやがった。

 

お~お~、熱くなってんなぁ。

 

試合を盛り上げる為に煽り合うのは基本だぜ。

 

なのにそんな熱くなるなんて、随分とお行儀がいいこった。

 

それと、鷹村から懐かしい気配を感じるな。

 

スラム時代によく感じていた、怒気や殺気とでもいった気配だ。

 

鷹村は煽り耐性がねぇのか?

 

おっと、記者連中が熱くなっている中で真理がしれっと手を上げたぜ。

 

進行役が指名すると、真理は立ち上がって話し出した。

 

「『チャンピオンに1つ聞きたい事があります。日本ボクシング界には長い間、世界チャンピオンがいませんでした。これにはどういった理由があるのか、お考えいただけますか?』」

 

微笑んでいる真理の顔は、まるで悪戯をする子供みてぇだな。

 

いいパスをくれたんだ。

 

きっちり返さねぇとな。

 

「『その答えが知りたかったら一緒にディナーでもどうだ?もちろん帰りのタクシー代は出すぜ。あんた程の美人なら、ミゲルの口も軽くなるだろうよ。』」

 

記者連中がギョッと目を見開いてんな。

 

まぁ、共同記者会見で口説いてんだ。

 

そうなるだろうよ。

 

真理はくすくすと笑ってるぜ。

 

「『お誘い、ありがたく受けさせて貰いますね。』」

 

あ~あ~、そんな口を開けたら顎が外れるぜ?

 

そもそも、アメリカと日本のボクシング界は環境が違い過ぎる。

 

興業の規模が文字通りに桁違いなんだ。

 

そうなれば必然的に稼げる金が違ってくる。

 

日本のボクサーの内、ボクシングだけで食っていけてる奴は何人いるんだ?

 

稼げるかどうかは競技人口に密接に繋がってると俺は思ってる。

 

そして賭けがあるかどうかもだ。

 

アメリカのボクシングは1試合で100万ドル稼ぐのは夢じゃねぇ。

 

そして賭けで大儲けする奴だっている。

 

ダニーみてぇにな。

 

だからアメリカではボクシングの競技人口は多いし、ファンやスポンサーだって多い。

 

日本ではどうだ?

 

稼げねぇ、賭けがねぇ。

 

それでスポンサーがつくのか?

 

ボクシングに興味を持ってねぇ奴を試合会場に呼べるのか?

 

そんな事を話すとスポーツの健全性が云々と喚く記者がいた。

 

プロスポーツは興業だし、ビジネスである事は間違いねぇだろ。

 

健全性は別問題だ。

 

ここら辺の感性の違いは俺がアメリカ人だからか?

 

それともあの記者がスポーツを神聖化してそれに酔ってるのか?

 

そんなこんなで記者連中が明らかに不機嫌な顔をしたまま、共同記者会見が終わる。

 

そして共同記者会見場を後にすると、会場から怒号が上がったのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第56話『ホークの共同記者会見を聞いた者達の反応』

本日投稿3話目です。


side:鴨川

 

 

ブライアン・ホークが去った共同記者会見場に怒号が響き渡っておる。

 

じゃが、チャンピオンの言っておった事は正しい。

 

儂もジムを経営する身。

 

プロボクシングとビジネスが切っても切れぬ関係だとは理解しておる。

 

選手のファイトマネー、会場の設定、協会やスポンサーとのやり取りなど数え上げたら切りがないわい。

 

しかし儂は指導者として、教え子達がボクシングを通じて人間的にも成長してほしいと願っておる。

 

もちろんそれと同じぐらい試合に勝たせてやりたいと思っておる。

 

「鷹村選手!あいつに日本人の意地を見せてやってください!」

「鷹村選手!あいつに正義の鉄槌を!」

「鷹村選手!」

「鷹村選手!」

 

こやつらが怒ってくれているのは、それだけ鷹村に期待してくれていることの証でもある。

 

素直に嬉しいわい。

 

それはそれとして…いかんな。

 

「すまんがその辺にしてもらえんか?こやつに飯を食わせねばならんのでな。」

「あぁ、すみません!」

「鷹村選手!明日は頑張ってください!」

「期待してます!」

 

記者達が散って行き、儂は小さく息を吐く。

 

「さぁ、行くぞ。少しでも腹に物をいれねばな。」

 

強く拳を握り締めている鷹村からは、怒気を超えて殺気が漂っておる。

 

壮絶と形容出来る減量を乗り越えて辿り着いてみれば、チャンピオンに相手にされんかった。

 

それがこやつのプライドを著しく傷付けた。

 

いや、今日だけではない。

 

初めてブライアン・ホークと会ったその日からじゃ。

 

鷹村は今、人生最大の屈辱を味わっておるのじゃろう。

 

…ジムの皆も来ておるが、今日の所は一緒にさせぬ方がよいか。

 

その事を伝える為にジムの皆に向けて首を横に振ると、儂は鷹村と共に歩き出したのじゃった。

 

 

 

 

side:一歩

 

 

鴨川会長が鷹村さんと一緒に行った後、僕達は青木さんのバイト先であるラーメン屋にやって来ていた。

 

八木さんと篠田さんは明日の準備があるからと言って来なかった。

 

なのでメンバーは僕、宮田くん、宮田くんのお父さん、青木さん、木村さんの五人だ。

 

でも、その道中の青木さんと木村さんの機嫌はあまり良くなかった。

 

理由はホークさんの発言が原因…だと思う。

 

「青木!ラーメン大盛りだ!それとギョウザ!」

「おう!」

 

まだ木村さんと青木さんの機嫌が良くない。

 

やっぱり、ホークさんの発言が原因なのかなぁ?

 

「二人共、何にそんなに腹を立てているんですか?」

 

うわっ!?宮田くんが二人に切り込んだ!

 

この思いきりのいい踏み込み…流石は宮田くんだなぁ。

 

二人は宮田くんにジト目を向けている。

 

「鷹村さんが軽く見られた事だよ。」

「スポーツの健全性がとかは別にどうでもいい。俺達はそんな御大層なもんを語れる程、真面目に生きてこなかったからな。でもよ、あれだけ頑張ってきた鷹村さんが軽く見られるのは我慢出来ねぇ。」

 

青木さんと木村さんの機嫌が良くなかったのはそういう理由だったんだぁ。

 

「おい一歩、お前はどうなんだよ?」

「お前だって鷹村さんには恩があるだろう?その鷹村さんがあんな扱いを受けて腹が立たねぇのか?それにお前の性格なら、スポーツの健全性だって理解してんじゃねぇか?」

「えぇっ!?えっと…。」

 

二人に言葉を振られて驚いてしまう。

 

どういったらいいのかよくわからないけど…。

 

「あの、ですね…。ホークさんの言った事は間違ってないんじゃないかなぁ…って。」

「「あぁん!?」」

 

二人に凄まれて言葉に詰まる。

 

それでも、なんとか僕の考えを言葉にしていく。

 

「何度もスパーリングをさせてもらって、ホークさんの強さを体感しました。本当に強かったです。僕なんかじゃ強さは測りきれませんでしたけど、それでもホークさんは世界チャンピオンなんだっていうのはわかりました。だからホークさんは鷹村さんを軽く見ているんじゃなくて、それだけ自分に自信があるんだと思います。」

 

ちゃんと自分の考えを二人に伝えられたのかはわからない。

 

でも二人はため息を吐くと、いつもの顔に戻っていた。

 

「鷹村さんよりも強いってか?」

「裏切り者の一歩には、このギョウザはやれねぇなぁ。」

「そ、そんなぁ!?」

 

僕が狼狽えると二人は笑った。

 

宮田くんと宮田くんのお父さんも笑っている。

 

ようやく、僕達はいつもの調子に戻れたんだ。

 

「それで、スポーツの健全性についてはどうなんだ?」

「おうおう!ギョウザが食いたきゃキリキリ喋りな!」

「わ、わかりましたよぉ。」

 

僕なりに考えて言葉を選んでいく。

 

「えっと、僕がいじめられていた事は知ってますよね?」

「知ってるぜ。それで鷹村さんに助けられてジムに来たんだよな?」

 

青木さんに頷くと、木村さんが割り込んでくる。

 

「そういや、その一歩をいじめていた奴とはどうなったんだ?」

「梅沢くんとは友達になりました。今では学校でよくボクシングの事を話しています。」

 

そう言うと皆が感心した様に声を上げる。

 

ちょっと恥ずかしいな。

 

「でも、梅沢くんとボクシングの話をする様になって思ったんです。ボクシングって、日本ではあまり人気がないのかなぁって。」

「確かに一昔前に比べれば、ボクシングの人気は下がっているだろう。以前はゴールデンタイムにテレビで放送されたりしていたんだが、今では深夜にしか放送されないからな。」

 

宮田くんのお父さんの言葉に、青木さんと木村さんが興味深そうに目を向けている。

 

「僕はボクシングと出会えて少しは変われたと思います。だから健全性というか、人として成長させてくれたボクシングをもっと皆に知ってもらえたらいいなぁ、興味を持って貰えたらいいなぁって思うんです。でも、どうしたら興味を持って貰えるかわからないんです。」

 

ここまで話してお冷やを一口飲む。

 

プロデビューに向けて慣れる為に始めた減量のせいなのか、練習で一杯汗を流す様になったからなのか、最近は水が美味しく感じる。

 

「それでホークさんの言葉を聞いて思ったんです。野球は人気があるのにボクシングが人気が無い理由には、ホークさんの言う通りにお金も関係しているのかなって。」

 

青木さんはこのラーメン屋で、そして木村さんは実家の花屋さんで働いている。

 

ボクシングだけでは食べていけないからだ。

 

働いて、トレーニングをして、試合をする。

 

僕はまだプロボクサーではないけど、その大変さは想像出来る。

 

もちろん野球だって色々と大変だと思う。

 

でも、ボクシングよりは野球の方が始めやすいんじゃないかな?

 

そんな風に話すと、青木さんと木村さんが唸り声を出す。

 

「確かにそうだよなぁ。」

「それに、働いている場所がボクシングに理解があるとは限らねぇしなぁ。試合に出るから休みをくれって言って『首だ!』とか言われたら最悪だぜ。」

 

木村さんの言葉はありえない事ではない。

 

試合の度に仕事を辞めるって事も、ボクシングの世界では結構聞く話なんだ。

 

「僕は実家の釣り船屋を手伝うので問題ないですけど、そういった事もボクシングは敷居が高く感じられてしまう理由なのかなぁって…。」

 

…なんかしんみりしてしまった。

 

そう思っていると青木さんが目の前にギョウザを置いてくれた。

 

うわぁ、美味しそうだ。

 

「釣り船屋か…。」

 

僕が割り箸を手にしたその時、宮田くんのお父さんがポツリとそんな事を言った。

 

「幕ノ内、君のところでは従業員を募集しているのかな?」

「えっと、小さい釣り船屋なので特にチラシなんかで募集をしたりはしていません。でも、一人か二人なら雇えると思います。」

「そうか、ならば一郎を雇ってはもらえないかな?」

 

その言葉を聞いて驚いた。

 

僕だけじゃない。

 

宮田くんも驚いている。

 

「…父さん?」

「一郎、幕ノ内の足腰の強さを知っているだろう?特にスポーツの経験がない幕ノ内の足腰が強い理由は、波間に揺れる船の上で養われたものの筈だ。おそらくは三半規管も鍛えられているのだろう。何度ダウンをしても立ち上がれるのは、そういった理由があったのかもしれない。」

 

宮田くんのお父さんの言葉に、皆が唸り声を上げている。

 

僕はただ母さんを手伝っていただけだ。

 

でもそれが僕のボクシングに繋がっていると考えると、なんか嬉しいなぁ。

 

「働いて給料を貰えるだけでなくトレーニングにもなる。しかもボクシングに理解がある職場だ。こんな条件の所はそうはないぞ。」

「はぁ…わかったよ、父さん。」

「よし。では幕ノ内、そういう事ですまないが、一郎を雇うのを真剣に考えてくれんか?」

「は、はい!帰ったら母さんに話します!絶対に説得しますから!」

 

うわぁ、まさか宮田くんと一緒に釣り船屋をやれるなんて思ってもみなかった。

 

帰ったら母さんを説得しなくちゃ!




次の投稿は13:00の予定です。


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第57話『ジュニアミドル級世界タイトルマッチ前夜』

本日投稿4話目です。


side:飯村 真理

 

 

共同記者会見が終わると私はブライアン達に同行して、彼等が滞在する一流ホテルに向かった。

 

ブライアンの発言に怒っていた藤井先輩も一緒に。

 

いつも通りにお酒目当て…だけとは思えないわね。

 

何が目的かしら?

 

ホテルのレストランに入った私達はそれぞれボーイに注文をしていく。

 

ブライアンが日本ではあまり見ないチップを払うと、ボーイは笑顔で離れていったわ。

 

そのタイミングを見計らっていたように、藤井先輩がブライアンに話し掛けた。

 

「ブライアン、一つ聞いてもいいか?」

「あぁ、構わねぇぜ。」

 

そう言いながらブライアンは水を口に含む。

 

藤井先輩は煙草をくわえたわ。

 

それを見て思い出す。

 

お酒も煙草もやらないのはプロスポーツ選手として当たり前…と学生時代の私は思っていたけど、実際にはそうではなかった。

 

たとえば角界ではタニマチとの付き合いで大酒を飲む力士は当たり前にいるし、焼肉屋で喫煙と飲酒をする野球選手の姿を見掛けた事もある。

 

そういったものを知ってしまった今、共同記者会見の時にとある記者が語った様に、スポーツが崇高なものとはとても思えないわ。

 

プロスポーツ選手だって人間。

 

様々な重圧の中で生きていくには、お酒や煙草といったストレス解消は必要なのでしょうね。

 

でもブライアンはお酒も煙草も興味無いみたい。

 

スラム時代から一度も手を出していないらしいわ。

 

手を出していても不思議ではないのだけど、そういったところは真面目なのよね。

 

真面目といえば女性との交際経験も無いってダニーから聞いたわ。

 

嬉しい反面、油断していると横から誰とも知らない女に奪われかねない。

 

十分に注意しておかないとね。

 

「聞きたいのはその…アメリカと日本では、ボクシングと他のスポーツの競技人口の比率がかなり違うだろう?やっぱり、金が関係していると考えているのか?」

 

ブライアンは少し考えるそぶりを見せてから話し出した。

 

「日本にそれなりの時間いるけどよ、ボクシング関係の何かがテレビで流れてるのを見たことがねぇ。メディアが使わねぇって事は金にならねぇからだろう?そしてメディアが使わなきゃ、ボクシングに興味を持ってねぇ奴等の興味をひくチャンスも減っちまう。そうじゃねぇか?」

 

そう言われて藤井先輩は不満気な顔をする。

 

「選手達が見た人を感動させる様な試合を、そして俺達記者が読者の心に訴える記事を書けば…。」

「見て貰えたらな。でもよ、興味がねぇ奴等にどうやって見て貰うんだ?」

 

結局はそこに行き着いてしまう。

 

興味を持って貰うには、やはりメディアの力を使うのが一番だと思うわ。

 

だけどメディアだって慈善事業ではない。

 

どうしてもビジネスが関わってくる。

 

当然の事ね。

 

でも日本人はそういった話を嫌う人が多いのよね。

 

何故かしら?

 

「まぁ、客を呼べる奴が出てくれば話は変わるんだろうけどな。」

 

ブライアンの言う通りに1人のスーパースターの登場で、業界が一新する現象が起こる事があるわ。

 

たとえばアメリカのバスケットボール界にあの背番号23が現れた時の様にね。

 

今の日本のボクシング界でスーパースターになれそうなのは…伊達さんかしら?

 

鴨川ジムの宮田くんも候補かもしれないわね。

 

幕ノ内くんは…彼のボクシングは日本人受けするでしょうけど、スーパースターって柄じゃないわね。

 

「客を呼べるか…鷹村はどうだ?」

「それはそっちの方がわかるんじゃねぇか?」

 

鷹村選手の情報を思い出す。

 

日本でも有数の建設業社である鷹村建設の子として産まれ、学生時代には不良になった。

 

そしてその不良時代に鴨川会長と出会い、ボクシングの世界へ。

 

選手としてデビューしてからは全ての試合をKO勝利…ブライアンと似てるわね。

 

でも、二人には全く違う所があるわ。

 

一方は裕福な家庭に産まれながら不良に。

 

そしてもう一方は食べる為に喧嘩をするしかなかった。

 

一見同じ様な更正、成り上がりに見えても、二人の境遇はまるで違う。

 

贔屓は否定しないけど、ブライアンに勝ってほしいと思うわ。

 

「はぁ…タイトルマッチ前日だってのにすまなかった。」

「気にすんな。」

 

鷹村選手とブライアンの違う所がもう1つあったわ。

 

それは人当たりの良さ。

 

ブライアンはファンサービスは笑顔でやるし、メディアへの対応もしっかりやるけれど、鷹村選手はそういった事に気を使っていた様には見えなかったわ。

 

日本人にはボクサーは孤高ってイメージがあるのかもしれないけど、そういった事も日本であまりボクシングが流行していない理由の1つかもしれないわね。

 

「さぁ、話はここまでにして食おうぜ。飯が出来たみたいだからな。」

 

その後、和やかな雰囲気で食事を終えると、タクシーに乗って家路についた。

 

明日がタイトルマッチでなければ、ブライアンの部屋に泊まってもよかったのだけどね。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第58話『黒金の鷹vs日本の鷹』

本日投稿1話目です。


side:ホーク

 

 

セミファイナルである英二の日本タイトル防衛戦が始まった。

 

この様子だと直ぐに終わるな。

 

アップを終えた俺はガウンを羽織る。

 

すると、係員が呼びにきた。

 

「では、行こうか。」

 

ミゲルが先導して花道の前に着く。

 

ちょうどその時、大きな歓声が響いてきた。

 

「どうやら英二が勝ったみたいだね。」

「頼んだぜ、ホーク。ブックメーカーでお前の勝ちに全財産突っ込んだんだからな。俺がガールフレンドとマイホームに住めるかはお前に掛かってるんだぜ。」

 

ダニーには大学時代から付き合っている彼女がいるんだが、その彼女とは既に婚約していて、帰国したら式を挙げる予定になっていた。

 

そんな大事な時に全財産賭けるなんて、ダニーはギャンブラーだな。

 

「オーライ、ダニー。だけどよ、そんな賭けばかりして彼女に愛想を尽かされるなよ。」

「ハッハッハッ!勝つってわかってる賭けは賭けじゃねぇよ。」

 

そこまで信頼されちゃあ応えねぇとな。

 

「『ホーク選手、スタンバイお願いします。』」

 

係員の言葉に続いて俺の入場曲が流れ始めた。

 

さて、行くか。

 

 

 

 

side:鷹村

 

 

漸くこの時がきたぜ。

 

レフェリー、御託はいいからさっさと始めやがれ!

 

ゴングが鳴るとガードを上げてオーソドックスに構える。

 

こいつとの試合が決まってからのジジイの説教は、どこかいつもと違ってた。

 

うちのジムからは一人も世界チャンピオンが出てねぇからな。

 

ジジイに自信が無くても仕方ねぇ。

 

なら、俺様が証明してやる。

 

ジジイのボクシングは世界に通用するってな!

 

そして…こいつに俺様の名前を刻み込んでやる!

 

先ずは耳にタコが出来るぐらい言われた左だ!

 

左、左、左!

 

スウェーやダッキングで器用に避けやがる。

 

しかも俺様に対してノーガードでだ。

 

ちっ!

 

左から右に繋ぐワンツーを打つと、あいつが後ろに一歩下がる。

 

踏み込んで追い、左、右と打って誘導する。

 

そして…コーナーに追い込んだ。

 

もう逃げ場はねぇぜ!

 

右ストレートを振り抜く。

 

俺様の右がコーナーに突き刺さ…!?

 

なんだ!?

 

一瞬膝が抜けたのを踏ん張り、左フックを打つ。

 

!?

 

また天井の照明が見えやがる!

 

何をくらってんのかわからねぇ!

 

くそったれが!

 

歯を食い縛りパンチを打ち続けるが、俺様のパンチは一発も当たらねぇ。

 

だが、反撃してくるあの野郎のパンチは確実に俺様を捉えていった。

 

「落ち着けぇ、鷹村ぁ!」

 

ジジイの声が聞こえた俺様は、落ち着く為にガードを固める。

 

だがガードの上でもお構い無しに、あの野郎は殴り続けてきやがる。

 

調子に乗んな!

 

右フックを打つと、俺様は尻餅をついていた。

 

…なんだ?

 

なんで俺様は尻餅をついてんだ?

 

「鷹村ぁ!」

 

ジジイの声に反応して立ち上がる。

 

ファイティングポーズを取ると、レフェリーがやれるか聞いてきやがった。

 

当然だろ!

 

止めるんじゃねぇぞ!

 

試合が再開すると、あの野郎はノーガードで歩いて近付いてきやがる。

 

その姿が俺様の神経を逆撫でする。

 

…舐めやがって!

 

「落ち着けぇ!ダメージが抜けるまでガードに撤するんじゃ!」

 

…ちっ!

 

ジジイの指示でガードを固める。

 

あの野郎はまたガードの上からでも構わずに殴ってくる。

 

たまに打ってくるボディーがうざってぇ。

 

こんなのでダウンする程、俺様の腹筋は柔じゃねぇ!

 

「鷹村くん!残り一分!」

 

八木ちゃんの声が聞こえた。

 

爪先に体重をかけてダメージが抜けたのを確認すると反撃に出る。

 

ジャブ、ストレート、フック、アッパーの全てを打つが悉く避けられる。

 

それが癪に触り、次第に大振りになってしまう。

 

そこを狙われ、カウンターでボディーを殴られた。

 

一瞬息が詰まって動きが止まったところを横から殴られる。

 

膝が震えた。

 

ロープに飛んでしがみつき、ダウンを拒否する。

 

すると1ラウンド終了のゴングが鳴った。

 

あの野郎は目の前まで来ていたのにあっさりと手を止めて、悠々とコーナーに戻っていく。

 

その後ろ姿がまた癪に触り、俺様は拳を握り締めた。

 

 

 

 

side:ミゲル

 

 

「どうかね、鷹村は?」

「いいもんを持ってるな。でもオーソドックススタイルがなんか馴染んでねぇ感じがする。それと思った以上にタフだ。鷹村をKOするには少し時間が掛かりそうだぜ。」

 

私もホークと同じ印象を持った。

 

鷹村は世界でもトップクラスのパンチを持っているが、それ以上に驚異的な打たれ強さを持っていた。

 

生まれ持ったものか、あるいは彼の怒りの心故か。

 

どちらにしても、今のままならホークの敵ではない。

 

今のラウンドだけで、彼は何発もボディーブローを受けた。

 

ホークは鷹村の驚異的な打たれ強さを考えて、冷静にスタミナを奪う作戦に切り替えたのだ。

 

あれほどの姿になる減量をして、どれだけのスタミナがあるのか理解しているのかな?

 

鴨川は気付いていないだろう。

 

おそらくは3ラウンドでスタミナが切れるだろう。

 

4ラウンドは持つまい。

 

鷹村。

 

君は敗北を知るだろう。

 

だが、それは決して無駄にはならない。

 

何故なら君は世界最強のボクサーとの戦いを経験出来るからだ。

 

それは間違いなく君の成長の糧となるだろう。

 

ただし…君の心が折れなければの話だ。

 

鴨川、君が判断を間違えない事を祈っているよ。

 

鷹村が壊れる前に試合を止める判断を間違えない事をね。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第59話『覚醒する日本の鷹、されど届かぬ拳』

本日投稿2話目です。


side:鴨川

 

 

「鷹村、いつものスタイルに戻せ。」

「あん?何でだ、ジジイ?」

「変則ボクサーには基本こそが有効だと思っとったが甘かった。チャンピオンは明らかにそういった相手に慣れておる。」

 

考えてみれば当然じゃ。

 

広いアメリカで誰もそれを試さなかったわけがない。

 

そしてあのミゲル・ゼールがそういった相手と試合をさせんかったわけがない。

 

器用な相手に振り回されぬ様にと叩き込んだ基礎だった。

 

儂のボクシングが世界に通じるかと思い、鷹村に指示を出せんかった。

 

その代償が打たれ強い鷹村のダウンじゃ。

 

己の愚かさに怒りが沸く。

 

「とにかく、次のラウンドからはいつも通りに戦うんじゃ。」

「…わかったよ。」

 

それ以外に指示が出せん。

 

あれほどチャンピオンの研究をしたというのに、攻略方法を見出だせんかった。

 

いったい、なんのために歳を重ねてきたんじゃ!

 

「セコンドアウト!」

 

アナウンスに従ってリングから下りる。

 

「心配すんな、ジジイ。」

 

目を向けると、鷹村が不敵に笑っておる。

 

「ちゃんとベルトは取ってきてやるからよ。」

 

今の儂に出来るのは選手にやる気を出させる事だけ。

 

ならば…応えねばならぬ。

 

「ふんっ!待っておるぞ。」

 

2ラウンド目のゴングが鳴ると、鷹村はコーナーを飛び出していった。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

2ラウンド目になると鷹村の構えが変わった。

 

ガードを下げて殴りやすい場所に手を置いているその構えは、オーソドックススタイルと比べてしっくりといっている様に感じる。

 

いきなり右から打ってきた。

 

右に続いて左、左のダブル、右とパンチが続けられる。

 

パンチ1つ1つのキレと繋ぎが、1ラウンド目とは全く違う。

 

狙っていたのか知らねぇが、しっかりチェンジオブペースになってるぜ。

 

鷹村のパンチを避けながらそのリズムを学んでいく。

 

1分程観察を続けてだいたいわかった。

 

反撃。

 

下から顔を跳ね上げたが、直ぐにパンチが返ってくる。

 

タフな奴だ。

 

右を掻い潜ってボディーに一発。

 

左アッパーが来たので身体を起こして避け、右を被せる。

 

手応えはあるがダウンまではいかない。

 

だがダメージはあるのか、正面からの打ち合いを止めて足を使い始めた。

 

重量級にしては速いな。

 

飛び回る様にしてリングを広く使い攻め立ててくる。

 

俺はリング中央に居座ってパンチを避け続けていく。

 

1つ、2つ、3つ、4つ、5つ。

 

鷹村が一息入れる瞬間に踏み込んでボディーに一発。

 

左右のフックを振り回して来たので直ぐに離れる。

 

さて、今度はこっちの番といくか。

 

 

 

 

side:宮田

 

 

「なっ!?」

「は、速い!」

 

ブライアンが足を使い出した。

 

鷹村さんも重量級とは思えない程に速かったが、ブライアンはその上をいく。

 

おそらくは軽量級の世界レベル。

 

激しい出入りに鷹村さんがついていけていない。

 

「鷹村さぁん!」

 

幕ノ内が大声を上げた。

 

それだけ鷹村さんが劣勢なんだ。

 

「冷静で、強かだな。」

「どういうことだい、父さん?」

「ホークは鷹村のスタミナを奪いにいっている。スパーリングと比べてボディーへのパンチが多いだろう?」

 

父さんの指摘で俺も気付いた。

 

確かにボディーへのパンチが多い。

 

「鷹村さんのボディーはそんな柔じゃないっすよ!」

「そうですよ!あれだけ鍛えたんだ!そう簡単に鷹村さんの足は止まりませんて!」

「そうだな。だが、それは鷹村がベストの状態ならばだ。」

 

青木さんと木村さんが父さんに向かって叫ぶが、父さんの一言で表情を変える。

 

気付いたんだ。

 

壮絶な減量の影響で、鷹村さんの状態がベストじゃないって。

 

「「鷹村さぁん!」」

 

二人が鷹村さんの名を叫ぶ。

 

その声が届いたのか鷹村さんはダウンはしなかったものの、ブライアンに打たれ続けていったのだった。

 

 

 

 

side:一歩

 

 

4ラウンド目が始まったけど鷹村さんの動きが鈍い。

 

あの鷹村さんの足がこんなに早く止まるなんて!

 

「…ここまでだな。タオルを投げるべきだ。」

 

宮田くんのお父さんの言葉で涙が出そうになった。

 

あれだけ頑張って練習をして、減量をして、それでも全然届かないなんて…。

 

「鷹村さぁん!」

「頑張ってくださぁい!」

 

青木さんと木村さんに続いて僕も叫ぶ。

 

叫ばずにはいられないんだ。

 

足が止まった鷹村さんにホークさんが畳み掛けていく。

 

一発、二発とパンチを受けて、鷹村さんの身体が左右に揺れる。

 

そして鷹村さんは糸が切れた人形の様にリングに倒れた。

 

試合会場中から悲鳴の様な声が上がっている。

 

それと同時に鷹村さんを応援する声もだ。

 

僕達も声を張り上げる。

 

頑張って。

 

頑張ってください…鷹村さん!

 

立ち上がった。

 

カウント8で何事もなかった様にふらりと立ち上がった。

 

なんか様子がおかしい気がする。

 

「…鷹村の意識が無い。」

 

宮田くんのお父さんの言葉に驚いた。

 

「意識が無いって…でも、立ってますよ!?」

「稀にあるんだ。意識を失っても尽きぬ戦意で立ち上がる事が。」

 

レフェリーが試合を再開した。

 

すると鷹村さんは、まるでダメージが無い様な動きを見せ始めた。

 

1つ1つのパンチが鋭く、遠目から見てもいつも以上にキレているのがわかる。

 

ホークさんが手を止めて回避に専念する程だ。

 

「父さん、どうなっているんだ?」

「私にもわからん。意識を失ったまま戦い続けるボクサーもいるが、そういった時は大抵パンチが雑になるものだ。だが、鷹村は逆にいつも以上に洗練されている。」

 

あまりの凄さに唾を飲んでしまう。

 

「そうか、理性がぶっ飛んだのか。」

「木村さん?」

「悪さをしていた時に何度か経験があるんだ。喧嘩相手の意識が無くなったと思ったら何も無かった様に立ち上がってきて、本気でキレていた事がな。」

 

そこまで言うと木村さんは頬の汗を手で拭う。

 

「そうなっちまった奴はいくら殴っても倒れねぇ。痛みを感じてねぇんだ。あの時はマジでビビったぜ。」

「本気でキレたって、どうなるんですか!?」

「知らねぇよ!あぁなった鷹村さんは初めて見るんだ!どうなるのか見当もつかねぇ!」

 

リングに目を向ける。

 

そこにはパンチを打ち続ける鷹村さんの姿がある。

 

だけど、鷹村さんのパンチは一発もホークさんを捉えることなく、4ラウンド目終了のゴングが鳴ったのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第60話『敗北と目覚め』

本日投稿3話目です。


side:ホーク

 

 

「問題ないかな?」

「あぁ、大丈夫だ。でもよ、少し驚いたぜ。ぶっ飛んだ奴を見たのは久しぶりだからな。」

 

4ラウンド目の途中、ダウンから立ち上がってきた鷹村は理性がぶっ飛んでた。

 

スラム時代はああいう奴と何度も喧嘩したもんだが、リングの上じゃ初めてだぜ。

 

それはそれとして…。

 

「ああなったら、もっと攻撃が雑になるもんなんだがな。」

「見事に人体の急所だけを的確に、鋭く狙ってきていたね。それだけ鴨川にしごかれてきたという事なのだろう。」

 

あの状態で急所だけを狙うなんざ並じゃねぇ。

 

ミゲルの言う通りに、本能に刷り込まれるまで丹念に繰り返し練習してきたんだろうな。

 

「面白くなってきたぜ。」

「残念ながらそうはいかないようだ。」

「あん?」

 

ミゲルの目線を追う。

 

するとそこには、相手コーナーから投げ込まれたタオルが舞っていた。

 

「強靭な精神力で肉体の限界を超え、更に世界タイトルマッチという舞台で才能を目覚めさせた。見事だよ。おそらくゴングが鳴れば鷹村は立ち上がるだろうが、ここで止めるのは賢明な判断だ。鴨川も見事。良き師弟関係だね。」

 

その言葉には頷けるが、ちと不完全燃焼だぜ。

 

まぁ、仕方ねぇか。

 

「また戦(や)ろうぜ、鷹村。」

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

「担架じゃ!担架を持ってこい!それと救急車を呼んでくれ!」

 

口惜しい。

 

その一言に尽きる。

 

4ラウンド目の途中から見せたあの鷹村の動き…おそらくは、あれが本来の鷹村の動きじゃ。

 

あの動きをしていた時の鷹村は間違いなくブライアン・ホークと渡り合っておった。

 

もしを考えてしまう。

 

もし、あの動きが最初から出来ていたならば…。

 

それを練習で引き出せなんだは儂の力不足。

 

この試合の敗因は…儂じゃ。

 

…担架が来たようじゃな。

 

リングドクターの指示で慎重に鷹村を担架に乗せる。

 

そして運ばれる鷹村に付き添ってリングを後にする。

 

「鷹村ぁ!」

「ナイスファイトだったぞ!」

「また世界に挑戦しろよ!待ってるからな!」

 

会場に足を運んでくれたファンの声が耳に届く。

 

鷹村、聞こえておるか?

 

儂はお主を誇りに思うぞ。

 

出直しじゃ。

 

一から出直しじゃ。

 

これだけ歳を重ねても、まだまだ学ぶべき事が多いわい。

 

鷹村に寄り添い歩き続ける。

 

そして会場から去っても、皆の鷹村を呼ぶ声は届き続けたのじゃった。

 

 

 

 

side:鷹村

 

 

「あ?ここは…いっ!?」

 

身体を起こそうとするとズキッ!と頭が痛みやがる。

 

くそっ!なんだってんだ!

 

「起きたか。」

 

ジジイの声が聞こえてもう一度身体を起こそうとする。

 

ちっ!また頭が痛みやがる。

 

「ここは病院じゃ。起きんでええ、そのまま寝とれ。」

 

そう言われ、ふと思い出した。

 

「おい、ジジイ。試合は?」

「どこまで覚えとる?」

「…4ラウンド目の途中までだ。」

 

ジジイは帽子を被り直してから話始める。

 

「お主は意識を失ったままダウンから立ち上がると、そのまま戦い続けた。そして4ラウンド目は戦い抜いたのじゃが、そこで儂は限界と判断しタオルを投げ込んだ。」

「…そうかよ。」

 

これまでも試合中に何度か意識を失った事はあった。

 

だが、そのまま戦い続けた事はなかった。

 

どうなってやがる?

 

「お主に伝言がある。チャンピオンはお主の名を覚えとくそうじゃ。試合後のインタビューでそう言っておったと、小僧達が伝えてきたわい。」

 

その言葉を聞くと、頭が痛むのを堪えて身体を起こす。

 

「なんのつもりじゃ?」

「決まってんだろ、退院すんだよ。退院して練習すんだ。」

「バカ者が、検査結果が出るまで入院じゃ。それと退院してもダメージが抜けるまで練習は禁止じゃぞ。わかったら大人しく寝とれ。しっかり休むのもボクサーの仕事なのじゃからな。」

「ちっ!」

 

身体をベッドに横たえると、ふと思った事を口にする。

 

「ジジイ…『俺』のボクシングはどうだった?」

「鷹村…。」

 

あん?何を驚いてやがんだ?

 

「…いいボクシングじゃったわい。この老いぼれに、世界を夢見させる程にな。」

「へっ、そうかよ。」

 

その後、一言二言話すとジジイは帰っていった。

 

俺は窓の外に目を向ける。

 

「『俺』か…。」

 

自然に出た言葉だった。

 

いつ以来だ?自分を『俺』と言ったのは?

 

そう考えると可笑しくなってきた。

 

「ハッハッハッ!…くそっ!頭がいてぇ!」

 

頭が痛むのに楽しくて笑いが止められねぇ。

 

ボクシングは本気でやってきた。

 

だが初めてなんだ。

 

『誰か』に本気で挑みたいと思うのは。

 

伊達のオッサンもこんな気持ちなのか?

 

試合前まであった怒りは、今では欠片も残っちゃいねぇ。

 

今あるのは早くボクシングがしてぇ、早く練習がしてぇって気持ちだけだ。

 

ブライアン・ホーク…首を洗って待ってろよ。

 

勝ち逃げなんて許さねぇからな!




次の投稿は13:00の予定です。


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第61話『翌日の鴨川ジムと伊達英二』

本日投稿4話目です。


side:一歩

 

 

鷹村さんの世界挑戦の日から1日が過ぎた。

 

スポーツ新聞の幾つかには鷹村さんの事が書かれていた。

 

でも、あまり好意的な記事が多くないのが残念だなぁ。

 

「こんにちはー!」

 

ジムに挨拶をして入ると、もう皆が来ていた。

 

「おう、一歩。鷹村さんは昨日の内に目を覚ましたみたいだぜ。さっき会長がそう言ってた。まぁ、検査結果が出るまでは入院するみたいだがな。」

「本当ですか!?はぁ~…よかったぁ~。」

 

木村さんからそう聞いて安堵のため息を吐く。

 

「早くお前も着替えてこいよ。皆、もう始めようとしてるぜ。」

 

見渡すと宮田くんや青木さんがウォーミングアップをやっている。

 

皆、昨日の試合を見て早くボクシングがしたかったんだ。

 

そう思うと嬉しくなる。

 

早く僕も着替えないと!

 

着替えて身体を暖めて準備を終える。

 

そしてミット打ちが始まると、木村さんの動きがいつもと違うのに気付いた。

 

「あれ?なんかボディーブローが多いような?」

「昨日の試合を見て、考えるところがあったんだろうぜ。」

「あっ、宮田くん。」

 

目を向けると宮田くんが話を続ける。

 

「俺や木村さんみたいなアウトボクサーは足を使って自分の距離を保つのが基本だ。だが、昨日のブライアンの内と外に出入りするボクシングを見ただろう?」

「正確には内と外に出入りする事で、相手の反撃のタイミングを誘導する、だな。」

 

あっ、宮田くんのお父さんも話に入ってきた。

 

「あのボクシングを見た木村は自身も内に飛び込むボクシングを取り入れようと考えたが、いざ内に飛び込んでみると、あいつにはそこからの選択肢が無かったんだ。」

 

そう言って宮田くんのお父さんは、ミット打ちをしている木村さんに目を向ける。

 

「それであのボディーブローですか?」

「そうだ。距離を保とうとするアウトボクサーも、内に飛び込もうとするインファイターも、必要となるのは足だ。その足を奪うボディーブローを選択する辺り、木村はクレバーだな。」

 

ジャブやストレートで牽制を入れ、踏み込んで左のボディーブロー。

 

ボディーブローを打つと直ぐに離れ、またアウトボクシングに。

 

あんなに激しく内、外って動かれたら、僕なら混乱するだろうなぁ。

 

「青木も昨日の試合に感じるものがあったのだろう。パンチよりもディフェンスの練習を優先している。」

 

青木さんに目を向けると、ダッキングやスウェーの練習をしている。

 

でもホークさんみたいに大きくスウェーをした青木さんは、そのまま後ろに倒れて頭を打っちゃった。

 

「…さぁ、二人共練習だ。」

 

そうですね。

 

見なかった事にしましょう。

 

 

 

 

side:伊達

 

 

明日にはアメリカに帰るブライアンと飯を食うために、俺は銀座にある一流ホテルに足を運んでいた。

 

ここに来る前に鷹村の見舞いに行ったが、あいつはなんか憑き物が落ちた様な顔をしていたな。

 

出来れば今の鷹村とブライアンの試合を見てみたがったが…。

 

まぁ、二人共まだ若い。

 

また戦うチャンスもあるだろう。

 

「雄二、美味いか?」

「うん、美味しいよ、パパ。」

 

ブライアンが家族で来てもいいと言ったので、遠慮せずに家族で押し掛けた。

 

息子が喜んでいる姿を見ると、昨日までの疲れが吹き飛ぶぜ。

 

愛子も旨そうに食っている。

 

出来れば俺のファイトマネーで二人に食わせてやりてぇんだが、今の日本のボクシング事情じゃ、ここみたいな一流の場所で悠々と食える程は稼げねぇんだよなぁ…。

 

正直に言えば、義兄(にい)さんの会社に勤めていた頃の方がよっぽど稼げた。

 

おかげで愛子には苦労をさせている。

 

そしてアメリカでの合宿を決めたこれからは、更に苦労をさせちまうだろうな。

 

だからこそ勝ちてぇ。

 

勝って、愛子の前で格好つけてぇ。

 

鼻の傷に触る。

 

リカルド・マルチネスにつけられた傷だ。

 

以前はなにかと疼いていた傷だが、今では疼かなくなった。

 

ブライアンとスパーリングを始めた頃からか?

 

日本タイトルを奪取してからか?

 

いつから疼かなくなったかわからねぇが、悪くねぇ。

 

今の俺は…引退する前よりも強くなった自信がある。

 

「どうしたの、パパ?」

 

雄二に問われて気付くと、皆が俺を見ていた。

 

「ハハハ、ご飯が美味くてびっくりしてたのさ。」

 

そう言って頭を撫でると雄二が笑う。

 

その笑顔が俺に活力をくれる。

 

「英二さん…。」

「さぁ、食おうぜ、愛子。お前も俺に付き合ってあまり食ってなかっただろう?」

「パパ、僕もママと一緒に頑張ったよ!」

「そうか!雄二はボクサーになれる才能があるぜ!将来は世界チャンピオンだな!」

 

自信を取り戻し、こうして家族の幸せを素直に感じられる様になった。

 

ブライアンには感謝してもしきれねぇぜ。

 

「ありがとうよ、ブライアン。」

 

そう呟くと、ブライアンは首を傾げたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第62話『釣り船幕ノ内』

本日投稿1話目です。


side:一歩

 

 

鷹村さんの世界挑戦の日から1週間が過ぎた今日は、宮田くんが僕の家に初めて働きに来る日だ。

 

いつもよりも早く起きると母さんに笑われてしまった。

 

ご飯を食べて外で待っていると、そわそわしてシャドーをしてしまう。

 

「来たぜ、幕ノ内。」

 

勢いよく振り返ると、そこには宮田くんがいた。

 

「おはよう、宮田くん!」

「あぁ。」

「長靴とか準備してあるからこっちで着替えて!」

 

宮田くんが着替え終わる頃になると母さんもやって来る。

 

「宮田 一郎君ね?初めまして、一歩の母です。」

「…どうも。」

「お客さんもほとんど常連の人ばかりだから、あまり固くならなくてもいいわよ。従業員も私と一歩の身内だけだし、少しずつ慣れていってね。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

宮田くんが頭を下げると、母さんはニコニコと笑っている。

 

やっぱり宮田くんがカッコいいからかなぁ?

 

「それじゃ一歩、一郎君に仕事を教えてあげてね。」

「うん!任せてよ!」

 

大きな声で返事をすると、母さんは船の準備に向かったのだった。

 

 

 

 

side:宮田

 

 

「それじゃ、先ずはクーラーボックスを船に運び込むよ。氷が一杯入ってて重いから気を付けてね。」

 

そう言うと幕ノ内は一気に4つを持ち上げて、軽快に運んでいった。

 

俺も同じ様に運ぼうとするが持ち上げられない。

 

「あっ!無理しなくていいからね!膝とか腰を痛めちゃうから!」

 

…くそっ!

 

肩に2つのクーラーボックスを掛けて持ち上げる。

 

それでも幕ノ内の様に軽快には運べない。

 

「これを幕ノ内は小さい頃からやってたのか…。」

 

どうりでスポーツ経験の無いあいつが、あれだけの強打を打てるわけだ。

 

クーラーボックスの他にも色々と運び込むと、常連だという客がやってきた。

 

「おっ?社長、新しい従業員かい?」

「男前だねぇ。これは社長も嬉しいんじゃないかい?」

「もう、冗談はよしてください。」

 

幕ノ内の母親…社長が常連と和やかに話をしている。

 

客商売である以上は、俺もある程度は相手をしなければいけないのか?

 

案の上というべきか、常連に絡まれた。

 

「へぇ、一歩君と同じジムなのかぁ。」

「一歩君はどうだい?日本タイトルぐらいは狙えそうかい?」

「ちょ、ちょっと皆さん!やめてくださいよぉ!」

 

そんな会話をしていると船が出港した。

 

波に揺られるとたたらを踏む。

 

だが、幕ノ内はバランスを崩さない。

 

(慣れだけじゃねぇな。しっかりとシフトウェイトをしている。なるほど…これが強打を連打出来る理由か。)

 

勉強になる。

 

父さんの言った通りにここで働ける事になってよかった。

 

常連に絡まれなければな。

 

「宮田くん、ポイントに着いたから撒き餌をするよ。」

「あぁ、わかった。」

 

波に揺られる船上でも軽快に動き回るあいつの姿に対抗心が沸く。

 

幕ノ内…負けねぇぞ!

 

 

 

 

side:幕ノ内の母

 

 

「ふふ、男の子ねぇ。」

 

楽しそうに船を動き回る一歩と、その一歩を見て対抗心を燃やしている一郎君を見ていると微笑ましいわ。

 

少し前に一歩が普段はあまり見ないぐらい本気で頼んできたから、一体どんな子が来るのかと思っていたけど、思っていたよりもいい子だったわね。

 

それに最近は少し疲れていたから、彼が来てくれて助かったわ。

 

「それにしても…一歩がボクシングねぇ…。」

 

正直に言って、我が息子ながら想像出来ないわね。

 

「幕ノ内、釣った魚はどうするんだ?」

「今行くからちょっと待ってて!」

 

でもこの頃の一歩は毎日をとても楽しそうに過ごしている。

 

なら、応援してあげないとね。

 

後は彼女の一人でも出来れば安心なのだけど…。

 

そう考えて小さくため息を吐く。

 

「まぁ、その事は縁次第でしょうね。」

 

一歩…頑張りなさい。

 

母さんは応援しているわ。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第63話『ネット掲示板と恋人と』

本日投稿2話目です。


これは近年、アメリカで開始されたインターネットサービスで起こった掲示板でのやり取りである。

 

 

 

 

【ザ・スモーク】ブライアン・ホークの事を語るスレ11【ザ・ビースト】

 

 

1:このスレはボクサーのブライアン・ホークの事を語るスレです

  関係の無い話題は雑談スレにてお願いします

  次スレは800を踏んだ人が書いてください

 

 

55:またスモーキーホークが勝利した

   だが4ラウンドも掛かっている

   アウェーで調整に失敗したのか?

 

 

59:試合後には相手の日本人を称賛している

   調整の失敗ではないだろう

 

 

66:あの日本人には可能性を感じた

   次に戦う時には彼がパンチを当てる事に賭けてみよう

 

 

72:日本在住の友人から驚きの情報を聞いた

   なんとあの日本人は日本での評価が低いそうだ

 

 

77:72>本当か?スモーク相手にあれだけのファイトをしたんだぞ

 

 

89:マモル・タカムラは偉大なボクサーになれる素質を持っている

   何故ならあのスモーキーホークが名前を覚えたからだ

 

 

92:先日のスモーキーホークのアメリカでの記者会見を知った日本のマスコミは

   盛大に手の平らを返しているらしい

 

 

98:92>アメリカなら訴訟案件だな

 

 

131:いよいよ金メダリストの英雄デビッド・イーグルとの決戦が迫ってきた

    まだチケットを買える所を知らないか?

 

 

136:131>残念ながらどこも即日完売だ

    当日券が売られるのを期待するしかない

 

 

142:チケットが買えなくて友人と喧嘩をしてしまった

    何故かって?

    友人がチケットを手に入れていたからさ

 

 

145:142>その友人の住所を教えてくれ

    明日にでも話し合いに行く

    ピストルを持ってな

 

 

151:142>じゃあ俺はショットガンを持って行くよ

 

 

162:明日の警察が給料分働く事を祈っているよ

    俺はチケットを手に入れたのでな

 

 

170:誰か162のPCをハックしてくれ

    報酬として100ドル払う用意があるぞ

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

ミドル級に階級を上げて1戦こなした今、俺はデビッドとの世界タイトルマッチに向けて調整に入った。

 

舞台はラスベガス。

 

デビッドとプロのリングで戦うに相応しい場所だ。

 

アメリカのケーブルテレビでは俺とデビッドのドキュメントが流れている。

 

今日の練習を終えた俺はそのドキュメントを見ている。

 

真理と一緒にな。

 

「考えると不思議ね。あの時はまだデビューしたての新人だったブライアンが、こうして全米で話題になる程のボクサーになっているんだもの。」

 

そう言いながら俺の肩に頭を預けてくる。

 

フワリといい匂いがした。

 

「まぁ、スラムで喧嘩をしていた悪ガキが英雄扱いだからな。そう思っても仕方ねぇか。」

「ふふ、ミゲルには感謝しないとね。」

 

真理の言う通りだ。

 

あの時にミゲルが誘ってくれたから今の俺がある。

 

スラムの悪ガキだった俺が、今ではこうしてニューヨークの一等地に家を持てるまで成り上がれた。

 

しかも真理といういい女が恋人になったんだ。

 

いくら感謝してもしきれねぇぜ。

 

「ブライアン、今日は泊まっていくからね。」

「…本気か?」

「ええ、もちろん。」

 

気が付けば周囲の知人達全員に外堀を埋められていたのを知ったのはつい先日だ。

 

デビッドとの世界タイトルマッチが終われば、真理との婚約を発表する手筈になっている。

 

なのに…いいのか?

 

俺だって男だ。

 

興味が無いわけもねぇ。

 

むしろ大いに興味がある。

 

やべぇ…世界タイトルマッチよりも緊張してきたぜ。

 

この日、俺は己の内に在る野性を解放した。

 

まぁ、おかげで1週間は真理に『ケダモノ』って呼ばれる羽目になっちまったがな。

 

反省はしているが後悔はしていない。

 

こんな俺だけどよ…これからもよろしく頼むぜ、真理。




次の投稿は11:00の予定です。


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第64話『来日するアマチュアボクシング世界王者』

本日投稿3話目です。


side:伊達

 

 

「オヤッサン、日本タイトルの返上は待ってくれってどういう事だ?」

「あぁ、こんどうちのジムに来る予定のボクサーが関係してるんだ。」

「うちのジムに来る予定のボクサー?」

 

日本タイトルを返上してリカルド・マルチネスとの再戦を目指そうとした矢先に、オヤッサンから待ったが掛かった。

 

理由を聞いてみると、少し前にソビエトが崩壊したんだが、そこのアマチュアボクサーの一人がうちのジムに来るんだとさ。

 

それでそのアマチュアボクサーなんだが、俺と同じ階級の奴で、俺とは違うボクシング団体で世界チャンピオンを目指させるそうだ。

 

それでそのアマチュアボクサーに俺のベルトを継がせる事で箔を付けるそうだ。

 

「オヤッサンにそんなコネあったか?」

「付き合いは長いんだ。あるかどうかはわかるだろう?」

 

詳しく聞いていくと、うちのジムに来る予定のボクサーはアマで200戦して無敗の世界王者なんだが、そいつの事で日本のテレビ局とプロボクシング団体の間で、色々と話し合いが長引いているらしい。

 

オヤッサンも噂程度しか聞いていないそうだが、その話し合いが長引いている事で、日本の有望なアマチュアボクサーのデビューまで遅れているそうだ。

 

「まぁ、スポンサーと団体の意見が食い違うのは今に始まった事じゃないんだがな。」

「それで俺にまでとばっちりが来るのはたまったもんじゃないぜ。」

 

俺とオヤッサンは揃ってため息を吐いた。

 

それにしても…。

 

「アマチュア世界王者か…。」

「興味が出たか?」

「まぁな。」

 

200戦の経験があるなら、色々と引き出しは多いだろう。

 

ブライアンやイーグル程じゃねぇだろうが…スパーリングパートナーとしては悪くなさそうだ。

 

「それで?待たされる分、防衛戦とかの予定は入れてくれるんだろう?もちろん、ファイトマネーを奮発してな。」

「安心しろ。五倍のファイトマネーをふんだくってきたぜ。」

「ヒュー!そいつは豪気だ。」

 

これで愛子と雄二に良いもんを食わせてやれるな。

 

「ところでオヤッサン、うちに来る予定の奴の名前は?」

「ヴォルグ・ザンギエフだ。」

 

ヴォルグ・ザンギエフか…期待して待ってるぜ。

 

 

 

 

side:ヴォルグ

 

 

「…暖かい国だね、日本は。」

 

トレーナーのラムダと共に日本に降り立った僕は、お世話になる仲代ボクシングジムに向かう道中でそう呟く。

 

「ラムダ、仲代ボクシングジムはどういう所かわかるかな?」

「かつて世界挑戦をした事がある国内チャンピオンがいるそうだ。」

「かつて?」

「一度引退してカムバックしたらしい。」

 

詳しい事情はわからないけど、母さんの治療費が払えるなら問題無い。

 

「『コニチワー。』」

 

仲代ボクシングジムに到着した僕は、覚えたばかりの日本語で挨拶をする。

 

すると、髭を生やした貫禄のある人が近付いてきた。

 

「英語はわかるか?」

「少しなら。」

「オーケー。悪いがロシア語はわからねぇんだ。英語で頼むぜ。」

 

貫禄のある人だけど、どこか馴染みやすい雰囲気を持っている人でもある。

 

「俺はエイジ・ダテ。よろしくな。」

「エージだね。僕はヴォルグ・ザンギエフ。よろしくね。」

「エージじゃねぇ、エイジだ。」

 

少し難しい発音だ。

 

困っているとエージが苦笑いをする。

 

「まぁ、エージでもいいか。歓迎するぜ、ヴォルグ。」

 

そう言うと彼は手を差し出してきた。

 

エージ・ダテ。

 

日本フェザー級のチャンピオンだ。

 

彼と握手をすると、ニッと笑顔を見せてきた。

 

「さて、歓迎の挨拶代わりってわけじゃねぇが、時差ボケ抜きにスパーリングでもどうだ?」

 

ラムダに目を向ける。

 

「判断は君に任せる。」

 

…出来るだけ早くブランクを抜いておきたい。

 

「エージ、お願いするよ。」

「オーケー、それじゃ準備をしてくれ。俺は先に汗を流してるからな。」

 

そう言って彼は離れていった。

 

「悪くないジムだ。」

「うん、まだ来たばかりだけど、好きになれそうだよ。」

 

そう言いながら準備を始めると、エージのシャドウが目に入る。

 

「…かつて世界挑戦をした話は嘘ではないようだ。」

「うん、最大限の警戒をしてスパーリングをするよ。」

 

準備を終えた僕はリングに上がる。

 

そしてゴングが鳴ると、僕はエージとの初めてのスパーリングを始めたのだった。




次の投稿は13:00の予定です。


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第65話『プロ日本王者とアマ世界王者のスパーリング』

本日投稿4話目です。


side:ヴォルグ

 

 

グローブを合わせるとエージとのスパーリングが始まった。

 

挨拶代わりにジャブを放つと、身体に少し鈍さを感じる。

 

右手でジャブが逸らされると、お返しとばかりにエージのジャブがきたのでガードする。

 

速いだけでなく、初動が極めてわかりにくい。

 

厄介なパンチだ。

 

ブランクのある今の僕では捌ききれないだろう。

 

ダウンさせられる事も覚悟しておく。

 

ワンツーを始めとした左右のコンビネーションを駆使していく。

 

この左右のコンビネーションの繋がりの速さが僕の最大の武器だ。

 

だけどエージはガードにパーリング、スウェーにダッキングと僕のパンチに対処していく。

 

左ボディーがきた。

 

受ける代わりに右フックを返す。

 

ヘッドスリップでいなされた。

 

上手い。

 

素直にそう思う。

 

ゴングが聞こえた。

 

1ラウンド目が終わったんだ。

 

ラムダが待つコーナーに戻る。

 

「エイジ・ダテは強いボクサーだね。」

「うん、僕もそう思う。」

 

上手いだけでなく強い。

 

まだ1ラウンドだけしかエージと戦っていないけど、それがよくわかった。

 

国内チャンピオンのレベルじゃない。

 

間違いなく世界レベルだ。

 

ブランクのある僕には少し荷が重い。

 

「仲代ボクシングジムに来れたのは幸運だった。ヴォルグのスパーリングパートナーには困らない様だからね。」

 

確かに僕は困らないけど、エージはどう思ってるだろうか?

 

 

 

 

side:伊達

 

 

「どうだ?」

「可愛い気のある顔してるがボクシングは生意気だな。俺の引き出しを確認してきやがった。」

 

流石はアマチュアボクシングの世界王者といったところか。

 

まだ若いのにボクシングが上手い。

 

ただ闇雲にパンチを打つんじゃなく、しっかりと駆け引きの材料にしてきやがる。

 

だが、ビデオで見た動きよりもキレが無いな。

 

「ブランクか?」

 

そう呟くとオヤッサンが苦笑いをする。

 

「あまりいじめるなよ。」

「冗談だろ、オヤッサン。これから面白くなるところなんだぜ?」

 

オヤッサンがため息を吐くと、沖田が2ラウンド目開始のゴングを鳴らした。

 

「そんじゃ、行ってくる。」

 

 

 

 

side:伊達

 

 

3ラウンドのスパーリングが終わった。

 

結果は俺がノーダウンでヴォルグが2回のダウン。

 

今回はハートブレイクショットを使わなかったが、それでもまだまだ詰めが甘いぜ。

 

こんな出来じゃ、リカルド・マルチネスには通用しねぇな。

 

そう思いながら汗を拭いていると、ヴォルグがこっちにやって来た。

 

「『ありがとう、エージ。いいスパーリングだったよ。』」

 

2回のダウンは折り込み済ってか?

 

ますます生意気な野郎だ。

 

少しは幕ノ内を見習え。

 

「『エイジ、私のボクサーは君のスパーリングパートナーになる資格があるかな?』」

 

ラムダは確信を持った顔で聞いてきやがる。

 

師弟揃って可愛い気がねぇな。

 

「『あぁ、合格だ。明日からもよろしく頼むぜ。』」

 

そう言うと二人は微笑む。

 

おい、沖田。

 

不満そうな顔をしてねぇで、お前もヴォルグとスパーリングしやがれ。

 

ったく、イーグルとのスパーリングで成長はしたが、変なところで遠慮するのは変わらねぇ。

 

先が思いやられるぜ。

 

沖田、俺はお前に期待してるんだ。

 

だから、宮田と戦ったらさっさと上がってこいよ。

 

今のお前なら東洋はおろか、世界だって目指せるんだからな。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第66話『鷹村復帰!』

本日投稿1話目です。


side:宮田 一郎

 

 

あの世界タイトルマッチから3ヶ月、今日は鷹村さんがジムに復帰する日だ。

 

通常なら2ヶ月程で復帰出来るダメージだったが、減量による消耗が影響して復帰が1ヶ月延びている。

 

「おっす!」

 

そんな事を考えていると、鷹村さんがジムに入ってきた。

 

「お帰りなさい、鷹村さん!」

「待ってましたよ、鷹村さん!」

「おう青木、木村、久し振りだな。」

 

そう言いながら鷹村さんは二人の肩を軽く叩いてジムの奥に進んでいく。

 

「な、なぁ木村、鷹村さんどうしたんだ?」

「わかんねぇ…。」

 

確かに以前の鷹村さんなら、あそこでプロレス技のヘッドロックをやってもおかしくない。

 

だが、そんな様子は微塵も見せなかった。

 

俺と幕ノ内も挨拶をしたが、同じ様に軽く肩を叩かれただけだ。

 

「宮田くん、やっぱり会長が言ってた様に、鷹村さんは変わったのかなぁ?」

「…たぶんな。」

 

会長は目標が見つかって変わったって言ってたが、こうして目にすると面食らうぜ。

 

更に驚く光景を目にする。

 

会長の前まで歩いていった鷹村さんが頭を下げたんだ。

 

「…負けちまってすまねぇ。」

 

俺だけじゃない。

 

会長を除く皆が驚いている。

 

「…ふんっ、あの敗戦の責任は貴様にではなく儂にある。頭を下げる必要はないわい。」

 

変わったと言えば会長も変わった。

 

以前に比べて杖を振り上げなくなった。

 

「まぁ、敗戦の責任云々は置いておこう。鷹村、敢えて問うが、儂でいいのか?」

 

この言葉にまた驚く。

 

「ろくに試合を組めないどころか、まともにスパーリングパートナーすら用意出来ん。そんな弱小ジムでよいのか?今の貴様ならば、日本中のジムから引く手数多じゃぞ?」

 

呆然としてしまう。

 

移籍?

 

あの鷹村さんが?

 

考えた事もなかった。

 

それほどに鷹村さんはこのジムに馴染んでいたからだ。

 

皆の視線が鷹村さんに集まる。

 

まさか…だよな?

 

鷹村さんは大きくため息を吐く。

 

「はぁ…ジジイ、ボケたのか?」

「茶化さんでええ、お主の言葉で答えんか。」

 

鷹村さんはガシガシと頭を掻きながら答える。

 

「あの試合のビデオは見たか?」

「夢に見る程に見たわい。」

「『俺』もだ。」

 

『俺』?

 

俺様じゃなくて『俺』?

 

気付いたのは俺だけか?

 

いや、会長も気付いている。

 

だから鷹村さんは変わったって言っていたんだ。

 

「俺のボクシングはあいつに通じなかった。でもよ、4ラウンドのあのボクシングは間違いなく通じていた。あれは…ジジイが教えたボクシングだ。」

 

意識の無い状態でも洗練されたあのボクシングは、会長が丁寧にミットを打たせ続けたから出来たものだ。

 

父さんと俺も同じ答えを出している。

 

鷹村さんには会長以上のトレーナーはいないと…。

 

「俺は移籍しねぇ。これからもここでボクシングをする。金の事は兄貴がなんとかしてくれるさ。だからよ、まぁ…よろしく頼むわ。」

 

会長の頬が紅潮している。

 

それを知られたくないのか、帽子を深く被り直した。

 

「…ふんっ!ならばさっさと着替えてこんか。その鈍った身体を叩き起こしてやるわい!」

「おう!」

 

鷹村さんが笑顔で更衣室に向かうと、会長も嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

3ヶ月振りにあやつのミットを持ったが、ブランクを感じさせない見事なものだった。

 

いや、手応えならば3ヶ月前を超えておる。

 

その事にあやつも気付いておったのだろう。

 

以前と違う手応えに戸惑っておったわい。

 

「お疲れ様です、会長。」

「…宮田か。お主の目から見て、あやつはどう映った?」

「間違いなく成長してますね。ですが、あの時の鷹村にはまだ遠い。」

 

ブランクもあるが、確かに今の鷹村はあの時には及ばぬ。

 

理由はハッキリしとる。

 

本能で打っていたあの時と違って、思考によるタイムラグがあるからじゃ。

 

それを無くすには、やはり練習を積み重ねるしかない。

 

何度も丹念に積み重ね、反射で打てるレベルまで引き上げねばならぬ。

 

それは気が遠くなる様な作業じゃろう。

 

だが、今の鷹村はそれを苦にせぬ筈じゃ。

 

むしろその過程を楽しむじゃろう。

 

何故ならば、ブライアン・ホークが立つ場所に近付くからじゃ。

 

「それにしても、ここでボクシングをする…ですか。トレーナー冥利につきますね。」

「…ふんっ!」

 

歳をとると涙腺が緩んでいかん。

 

その言葉で思わず目頭が熱くなってしまったわい。

 

「ジジイ、さっきのボディーブローの角度なんだけどよ…。」

 

宮田に目配せをしてから鷹村の元に向かう。

 

ふんっ!

 

宮田、貴様が笑いを堪えておるのは気付いておるぞ。

 

随分といい性格に成長しおったもんじゃ。

 

「それはじゃな…。」

 

鷹村、お主が真摯にボクシングに打ち込む姿が嬉しくて堪らぬ。

 

こうしてボクシングを教えるのが楽しくて堪らぬ。

 

ありがとう。

 

儂を選んでくれてありがとう。

 

この老骨の全てをお主に捧げてやるわい。

 

鷹村、お主はこれから日本人には未知の領域に羽ばたいていくじゃろう。

 

もしその羽の一枚を担えたならば、それ以上の喜びはないわい。

 

鷹村…お主は最高の孝行息子じゃ。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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第67話『決戦前日』

本日投稿2話目です。


side:イーグル

 

 

「ブライアン・ホーク選手…計量クリアです!」

 

約束の時まで残すは後1日、今日は前日計量の日だ。

 

ブライアンがゼール氏とダニーの二人と握手をしている。

 

万全の状態に仕上げてきたブライアンを見て笑みが抑えられない。

 

もしここでゴングが鳴っても戦えるだけの準備は出来ている。

 

それほどにブライアンとの世界タイトルマッチを待ち望んでいたんだ。

 

結果は問わないとは言わない。

 

勝ちたい。

 

明日の試合程勝ちたいと思える試合はもう無いかもしれない。

 

拳を握り締めると、ダンが僕の肩に手を置いた。

 

「さぁ、イーグル、主の番だ。」

 

促されて計量台に上がる。

 

コンマ1ポンドまで完璧に仕上げてきた。

 

僅かの憂いもない。

 

「チャンピオン、計量クリアです!」

 

僕のスタッフが歓声を上げる。

 

さぁ、着替えて合同記者会見だ。

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

「ブライアン・ホーク選手、明日の試合に向けて一言お願いします。」

 

話を振られたブライアンが席を立つ。

 

「明日はデビッドが相手だ。流石にパンチを全部避けるとはいかねぇだろうな。」

 

この発言に場がざわめく。

 

そして僕は高揚している。

 

ブライアンが僕を認めてくれている。

 

応えたい。

 

明日が待ちきれない。

 

「別にパンチをくらうのは構わねぇし、他の何かで負けたっていい。だけどよ、ボクシングだけは誰にも負けたくねぇ。たとえデビッドが相手でもな。」

 

言葉に重みがある。

 

ニューヨークのスラムから、ボクシングの世界チャンピオンにまで成り上がった彼の言葉には重みがある。

 

だが、負けたくないのは僕も同じだ。

 

「チャンピオン、明日の試合に向けて一言お願いします。」

 

席を立って場を見渡す。

 

この場の何人が僕の勝利を期待しているだろうか?

 

たとえ0でも構わない。

 

僕は全力を尽くし…勝つだけだ!

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

「明日は勝つ…か。イーグルがハッキリとそう言ったのは初めてじゃないか?」

 

ダニーの言葉に皆が頷く。

 

デビッドはこれまで全力を尽くす、期待に応えるとは言ってきたが、勝つとは一度も言わなかった。

 

それがさっきの合同記者会見ではハッキリと俺に勝つって言いやがった。

 

いいな。

 

いい。

 

明日は楽しめそうだ。

 

「ブライアン、婚約発表が待ってるんだから負けたらダメよ。」

 

真理が指輪を嵌めた手を見せながらそう言ってくる。

 

「オーライ、任せとけ。」

「俺からも頼むぜ、ブライアン。お前の勝ちに期待して式場を予約しちまったんだからな。」

「オーケー。それよりもダニー、俺達も招待してくれるんだろうな?」

 

そう言うとダニーが白い歯を見せて笑顔になった。

 

「もちろんさ。スラムで悪ぶってた俺が一端の大人になれたのはお前のおかげだからな。」

「一端の大人なのに人生を賭けた勝負をし過ぎじゃねぇか?」

「相棒なんだ。一蓮托生だぜ。」

 

やれやれ、昔から本当に変わんねぇ奴だよ、お前は。

 

 

 

 

side:一歩

 

 

「しかし、よくもまぁジムに集まったもんじゃ。」

 

会長が言った通りに僕達は皆でジムに集まっている。

 

今日はホークさんとイーグルさんの世界タイトルマッチの日なんだけど、鴨川ジムには鷹村さんのお兄さんの好意で衛星放送が導入されたから、アメリカで行われるボクシングの試合が見れる様になったんだ。

 

「ラスベガスかぁ…夢があるよなぁ。」

 

青木さんの言葉に皆が頷く。

 

話に聞いただけだけど、ラスベガスでメインイベントとなれば、1試合で1億円以上稼げるらしい。

 

額が大きすぎて僕には想像も出来ないけど、もし日本でもそれだけ大きな試合が出来る様になれば、もっと多くの人がボクシングに興味を持ってくれるんじゃないかと思う。

 

そんな事を考えていたらホークさんの入場が始まった。

 

異名の通りにスモークの中から姿を現したホークさんだけど、その姿は何かがプリントされたシャツを着ているだけで想像より地味だった。

 

だけどカメラがズームをした事でわかった。

 

ホークさんが着ているシャツはイーグルさんの写真がプリントされた物なんだ。

 

そのシャツを引き千切ると、少し見ただけで仕上がっているのがわかる身体が露になる。

 

このパフォーマンスにテレビの向こう側にある会場は凄い盛り上がりだ。

 

「かぁ~、派手だなぁ。」

「日本では中々お目に掛かれないパフォーマンスだな。」

 

青木さんと木村さんの言う通りに、日本ではここまで派手な入場は無いと思う。

 

こういうのも人気に繋がっているのかなぁ?

 

僕は自分が派手な入場をするシーンを思い浮かべようとする。

 

…ダメだ。

 

全然似合わない。

 

チラリと宮田くんを見て派手な入場を想像する。

 

…カッコいい!

 

コツンと軽く頭を叩かれた。

 

「なにをニヤニヤしてんだ。ボーッとしてると見逃すぜ。」

「あっ、すみません、鷹村さん。」

「気付いたのが俺でよかったな。ジジイなら説教が始まってるぜ。」

 

その光景が容易に想像出来てしまう。

 

…気を付けよう。

 

ホークさんの入場が終わって、今度はイーグルさんの入場が始まった。

 

ガウンを着込んでゆっくりと歩いている。

 

普通だ。

 

でも…普通なのに目を離せない。

 

それだけイーグルさんの姿が絵になっているんだ。

 

「…ちっ。」

 

鷹村さんが舌打ちをしている。

 

二人の入場前に合同記者会見の映像が流れたんだけど、そこでホークさんはイーグルさんの事を認めていた。

 

それが悔しいのかもしれない。

 

「ジジイ、録画してるよな?」

「もちろんじゃ。ブライアン・ホークだけでなく、デビッド・イーグルとも戦う機会はあるやもしれんからな。」

 

イーグルさんの入場が終わった。

 

二人の紹介も終わって、後はゴングが鳴れば試合開始だ。

 

そしてゴングが鳴り響くと、僕達は世界最高峰のボクシングを目にするのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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第68話『成長の証』

本日投稿3話目です。


side:イーグル

 

 

リング中央でグローブを合わせると、ブライアンとの世界タイトルマッチが始まった。

 

感慨深い想いがあるが、それに浸るのは試合が終わってからだ。

 

先ずはジャブ。

 

相手のパンチを避けてリズムを作っていくのがブライアンのスタイルだ。

 

だから様子見でも牽制でもなく、当てるつもりで打っていく。

 

1つ、2つと打ったところで『飛燕』を使ってパンチの軌道を変える。

 

出し惜しみは無しだ。

 

ブライアンがその場で避けずに距離をとった。

 

これだけで自身の成長を感じる。

 

しかし、そう簡単に攻略出来る相手じゃない。

 

僕がブライアンを追おうとして一歩踏み込もうとした瞬間、ブライアンも一歩踏み込んできた。

 

予想はしていたので思考に硬直は無い。

 

だが、咄嗟の反応勝負に持ち込まれると分が悪い。

 

ガードを固める。

 

ドンッ!と腕に強い衝撃。

 

そこから更に前へ。

 

お互いの肩が当たる距離。

 

ショートアッパーを打つ。

 

大きく身体を逸らすスウェーで避けられた。

 

反撃に備えて歯を食い縛る。

 

ドンッ!と下から顔を殴り上げられた。

 

予想していても効かされた。

 

膝が震える。

 

ボディーを打たれる覚悟をして顔のガードを固める。

 

ドスッ!と腹に2連続で衝撃がくる。

 

問題無い。

 

このぐらいなら耐えられる。

 

こうなる事を想定して腹筋を鍛えあげてきたんだ。

 

足の踏ん張りが利く様になったのを確認して『飛燕』を打つ。

 

一発一発の角度やタイミングを変え、反撃のタイミングを絞らせない。

 

ブライアンが手を止めて回避に専念しだした。

 

手を出し続ける。

 

ブライアンが下がって距離が空いた。

 

一息付けるタイミング。

 

しかし…ブライアンならここで踏み込んでくる。

 

そのタイミングに合わせて僕が最も得意とするパンチを打つ。

 

ワンツーだ!

 

…左拳に確かな手応え。

 

当たった。

 

だが右拳の手応えは小さい。

 

ヘッドスリップで威力を殺された。

 

距離を取ってお互いに一息入れると、ブライアンが僕の目を見ながら嬉しそうに笑っている。

 

きっと僕も笑っているんだろう。

 

ありがとう、ブライアン。

 

君がいたから僕はここまで成長出来たんだ。

 

だから…全力で勝ちにいく。

 

それが君の友人であり、そしてライバルである僕に出来る…最高の御礼だ!

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

1ラウンド終了のゴングが鳴ってコーナーに戻る。

 

椅子に座るとダニーが水を口に含ませてきて、ミゲルが汗を拭いてくる。

 

「ついに被弾してしまったね。油断したのかな?」

 

口を濯いでからミゲルに答える。

 

「わかってて聞いてんだろ?油断じゃねぇ、完全に狙われてた。」

「そうだね。相手が一息付く瞬間の踏み込み、これを狙われた。流石にホークをよく知っていると感心したよ。」

 

そう言いながらミゲルが楽しそうに笑う。

 

いい性格してるぜ。

 

「なにかアドバイスは必要かな?」

「いらねぇよ。」

「ならば、楽しんできなさい。」

「おう!」

 

 

 

 

side:鷹村

 

 

「マジかよ!?」

「ブライアン・ホークにパンチを当てやがった!」

 

青木と木村が驚いてやがる。

 

まぁ、俺も驚いたがな。

 

あのワンツー…完全に狙ってやがった。

 

「パンチに合わせるのではなく、踏み込み際を狙ってのカウンターか…うむ、勉強になる。」

 

(宮田の)親父殿も感心してる。

 

それだけあのワンツーを打つタイミングが上手かったって事だ。

 

「デビッド・イーグルの戦略か、団吉の仕込みかわからんが…見事じゃ。」

「団吉って誰ですか?」

「儂の旧友でな、デビッド・イーグルのセコンドをしとる男だ。」

 

一歩の疑問にジジイがそう答える。

 

だが俺はデビッド・イーグルがパンチを当てた事よりも、パンチをくらったブライアン・ホークが楽しそうに笑っている事から目を離せねぇ。

 

…くそっ!

 

「あの顔をさせたのが自分じゃなくて不満ですか?」

「…ほっとけ。」

 

目敏く宮田が気付きやがった。

 

わかってるならツッコミを入れてくるんじゃねぇよ。

 

1ラウンド目終了のゴングが鳴ると、青木と木村が大きく息を吐いた。

 

「鷹村さんの目から見てどうです?デビッド・イーグルに勝てますか?」

「…さてな。」

 

宮田にそう答えると驚いた顔をしやがる。

 

なんだ?

 

「…前の鷹村さんなら、間違いなく『俺様が負けるはずねぇだろ』って答えてましたよ。」

 

…あぁ、そうだろうな。

 

以前の俺は相手が誰であろうと、リングに上がりさえすれば勝てると思ってたところがあった。

 

国内ならそれでも勝てた。

 

だが世界に出てみれば、それじゃ勝てねぇ奴がいた。

 

世界は広いぜ。

 

画面の向こうでは、ラウンド間に両陣営が笑顔を見せている。

 

世界タイトルマッチとは思えねぇ雰囲気だ。

 

俺はどうだった?

 

そんな余裕は欠片もなかった。

 

ジジイもだ。

 

足りてなかった。

 

準備も、覚悟もだ。

 

負けて当然だ。

 

そして…あそこで負けてよかった。

 

絶対に口に出して言えねぇがな。

 

もしあそこで負けてなけりゃ、どこかで何かが壊れてたかもしれねぇ。

 

心か身体かわからねぇが、壊れたのを理解しつつも絶対に認めなかった筈だ。

 

「あ、2ラウンド目が始まりますよ。」

 

一歩の言葉で全員の意識がテレビに向かう。

 

画面の向こうじゃ、また笑顔でグローブを合わせてやがる。

 

今は仕方ねぇ。

 

我慢するさ。

 

だが…必ず俺もそこに行ってやるぜ!




次の投稿は13:00の予定です。


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第69話『均衡した試合』

本日投稿4話目です。


side:ホーク

 

 

2ラウンド目が始まった。

 

大抵のパンチは気配で反応出来るんだが、デビッドのワンツーはその気配が薄くて反応がどうしても遅れちまう。

 

『飛燕』や他のパンチの気配が濃いから余計にな。

 

しかも俺の意識が攻勢に寄った瞬間にワンツーを打ってきやがるから避けきれねぇ。

 

上手いだけじゃなくて強い。

 

リングの上が楽しくて仕方ないぜ。

 

2ラウンド目が終わって3ラウンド目が始まる。

 

試合展開は中距離での戦いが中心だ。

 

そこからインファイトに持ち込みたい俺と、アウトボクシングで駆け引きを続けたいデビッドって感じの状態だな。

 

懐に飛び込んでもボディー以外のガードは固い。

 

ダメージを与えちゃいるんだが、後一歩のところでダウンが奪えない。

 

俺の方はワンツー以外はまだくらってねぇからそれほどダメージはねぇ。

 

そのワンツーも英二のを見て覚えたヘッドスリップを使って威力を殺してる。

 

だから大して効いちゃいねぇが、どうにも乗りきれねぇ感じだな。

 

そんな状況が続いて3ラウンド目が終わった。

 

さて…どうしたもんかね?

 

少し考えていると笑顔のミゲルが目に入った。

 

「ホーク、鷹村との試合を思い出してみなさい。」

「鷹村との試合?」

「そう、それがイーグル攻略の鍵になるよ。」

 

鷹村の試合ねぇ…?

 

あの試合の何が攻略の鍵なんだ?

 

あっ、そういえば初めて試合中にアドバイスをもらったな。

 

そう気付くとなんか可笑しくなってきたぜ。

 

「どうかしたかな?」

「いや、初めてアドバイスをもらったと思ってな。」

「君は手が掛からない優秀なボクサーだからね。セコンドは楽なものさ。」

 

ミゲルと一緒にダニーも笑ってやがる。

 

鷹村との試合か…さて、何が攻略の鍵なんだろうな?

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

「ここまでは上出来よ。して、消耗は?」

「問題無い。想定の範囲内だよ。」

 

ブライアンとのスパーリングから攻略案を練り、入念に準備を重ねてきた。

 

体力、精神双方の消耗は想定済み。

 

むしろ彼にパンチが当たる事で想像以上に高揚してしまっているので、オーバーペースにならない様に気を付けねばならない。

 

その事をダンがしっかり伝えてきてくれる。

 

頼もしい存在だ。

 

「奴の打たれ強さはどうだ?」

「ストレートがヘッドスリップで威力を殺されているから何とも言えない。」

「あれは厄介よのう。普通は伊達 英二の様に洞察でやる技術なのだが、奴は勘でやっておる。」

 

入念な準備をしたブライアンの攻略だが、その中で想定しきれなかった事が2つある。

 

1つは彼の打たれ強さだ。

 

プロのリングで一度も打たれなかった以上は想定出来ないのも仕方ない。

 

そして2つ目だが…それは彼のスピードだ。

 

鷹村との試合で見せたあのフットワークの速さ。

 

軽量級の選手をスパーリングパートナーとして雇いそのスピードに慣れはしたが…果たしてどこまで対応出来るだろうか?

 

「儂の勘だが、次のラウンドで来るぞ。覚悟をしておけ。」

 

ダンの言葉に頷く。

 

焦らず、慌てずに対応する。

 

そしてダンの教えの通りに身体は熱くとも心は静かに…それが僕のボクシングだ。

 

首筋に当てられた氷嚢で高揚した心が落ち着く。

 

準備は整った。

 

「セコンドアウト!」

 

場内アナウンスが響くとダンを含めたスタッフがリングから下りる。

 

さぁ、行こうか。

 

 

 

 

side:宮田

 

 

ブライアンとイーグルの試合も3ラウンドが終わった。

 

インターバルに入ると鴨川ジムの皆がそれぞれ話を始める。

 

話題のほとんどはイーグルのワンツーだ。

 

「あのワンツーはやべぇな。鳥肌が立っちまったぜ。」

「初動がわからねぇのもそうだが、何よりも打つタイミングがすげぇぜ。」

 

青木さんと木村さんの会話に内心で頷く。

 

あのワンツーを打つタイミングは父さんも誉める程だ。

 

流石は世界チャンピオンだぜ。

 

チラリと目を向けると、幕ノ内がシャドーをしていた。

 

練習しているのは…ボディーブローか?

 

「小僧、ボディーブローで大事なのは肘の角度じゃ。」

「えっと、こうですか?」

「ちっ、おい一歩、そうじゃなくてこうだ。」

 

会長だけじゃなくて鷹村さんも加わっちまった。

 

この部屋は狭いのによくやるぜ。

 

「皆、そろそろ4ラウンド目が始まるよ。会長も落ち着いてください。」

 

八木さんの一声で皆が落ち着く。

 

流石に扱い慣れてるな。

 

そして始まった4ラウンド目、ブライアンが仕掛けた事で試合が動き始めたのだった。




これで本日の投稿は終わりです。

また来週お会いしましょう。


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第70話『黄金の鷲の一撃』

本日投稿1話目です。


side:イーグル

 

 

4ラウンド目が始まるとブライアンは足を使い出した。

 

その速さは僕がスパーリングパートナーにした軽量級の選手をも上回り、即座には対応出来ない。

 

4ラウンド目は捨てる覚悟をする。

 

一刻も早くこの速さに慣れなければならない。

 

激しい出入りの中に緩急を混ぜられ、僕のリズムは何度も崩されてしまう。

 

その度にジャブとワンツーを打って修正していく。

 

4ラウンド目が終わっても対応の確信が持てない。

 

そろそろ勝負を仕掛けたいが、確信を持てない以上は5ラウンド目も捨てる覚悟をする。

 

その事を伝えるとダンも頷いた。

 

「主の好きにすればいい。だが、そう長くは持たぬ事を自覚しておけ。」

 

如何に鍛え上げてきたとはいえ、ブライアンのボディーブローを何度も受けてしまっている。

 

ダンの言う通りにそう長くは持たないだろう。

 

右拳に目を向ける。

 

『飛燕』に熟すために鍛えたリストがもたらした副産物のニューブロー。

 

これの為に1ラウンドから積み上げてきた戦略。

 

持ってくれよ…僕の身体。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

4ラウンド目から足を使い始めると、試合は俺のペースになった。

 

鷹村との試合で一番印象に残っているのはあの4ラウンドの時だが、あれは俺のスタイルじゃねぇからな。

 

そう考えて俺は足を使う事を選んだ。

 

4ラウンド目は終始デビッドを振り回し、5ラウンド目にはダウンも奪った。

 

だがデビッドの目は死んじゃいねぇ。

 

何かはわからねぇが狙ってやがるな。

 

5ラウンド終了後のインターバルでミゲルもその事を伝えてきた。

 

おそらくは次のラウンドで仕掛けてくるってな。

 

さて…何をやってくるんだろうな?

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

6ラウンド目。

 

ブライアンのボディーが効き始めている。

 

動けても次のラウンドまでだろう。

 

だからこのラウンドで仕掛ける!

 

おそらくブライアンは察している筈だ。

 

だからこそいつも通りを心掛ける。

 

ジャブ。

 

避けられた。

 

ワンツー。

 

これも完璧に避けられた。

 

僕のパンチに慣れられたのだろう。

 

ブライアン相手に1ラウンドからずっと打ち続けていればそれも仕方ない。

 

だが、だからこそニューブローを打ち込めるチャンスだ。

 

足を使うブライアンに心まで振り回されない様に気を付ける。

 

1発、2発とブライアンのパンチをくらい足が震える。

 

まだだ!

 

まだ、僕は全力を出し切っていない!

 

6ラウンド目の1分が経過したタイミングで、一息付ける瞬間が訪れる。

 

…ここだ!

 

ブライアンが予想通りに踏み込んでくる。

 

ジャブ。

 

避けられた。

 

想定通り。

 

ここで僕はストレートを打たずに、手首を捻って溜めを作る。

 

それが一瞬の間を作り、ブライアンへのフェイントになった。

 

あぁ…まるで世界がスローモーションになった様によく見える。

 

ブライアンが驚いて目を見開いている。

 

溜めを作った右拳を捻り込みながら打ち込む。

 

これが僕のニューブロー…コークスクリューブローだ!

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

やられた。

 

リングに膝をつきながらそう思う。

 

初めてのダウン。

 

だが、思ったよりも冷静な俺がいた。

 

「ブライアン!」

 

真理の声が聞こえる。

 

カウント7で立ち上がり構えた。

 

足元がフワフワしてやがる。

 

でも、頭は妙にスッキリしてるぜ。

 

「ホーク、やれるか?」

「あぁ、問題ねぇよ。」

 

レフェリーに返事をしながらデビッドに目を向ける。

 

今ならわかる。

 

全部あの一発の為だったんだな。

 

よくもまぁ、そこまで考えて試合が出来るもんだ。

 

俺には真似出来ねぇよ。

 

だけどよ、勝つのは俺だ。

 

行くぜ…デビッド!




本日は2話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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最終話『掴み取った栄光』

本日投稿2話目です。


side:イーグル

 

 

ダウンから立ち上がったブライアンに攻め掛かる。

 

ここが僕に与えられた唯一の勝機だ。

 

それ故に全てを振り絞るつもりでパンチを打っていくが、まだダメージの残るブライアンにパンチが当たらない。

 

いや、正確にはクリーンヒットしないと言うべきか。

 

ブライアンはスウェーやダッキングだけでなく、ショルダーブロックやパーリングも使う様になった。

 

ショルダーブロックやパーリングは僕が主に使ってきた防御技術だ。

 

この状況で成長するとは…流石はブライアンだ。

 

パンチを一発打つ度にグローブに重みを感じる様になっていく。

 

いよいよ体力の底が見えてきた。

 

だが、諦める事は許されない。

 

それをしてしまっては、彼のライバルを名乗る資格は無い。

 

手を出し続けろデビッド。

 

試合終了のゴングが鳴るまで諦めるな。

 

たとえ絶望的な状況だろうと…勇気を振り絞れ!

 

追撃の一撃を入れられずに6ラウンド目が終わった。

 

外してしまいたい程にグローブが重い。

 

足が棒になった様に動かない。

 

きっと椅子に座ったら立ち上がれないだろう。

 

だから立ったままインターバルを過ごす。

 

スタッフが含ませてくれた水を一口だけ飲む。

 

あぁ…身体に染み渡る。

 

ほんの少しだけ力が戻った。

 

パンチを一回打つ分だけの力が。

 

ならば戦える。

 

7ラウンド目のゴングが鳴る直前、ダンが背中を押してくれた。

 

心強い。

 

僕は一人じゃないとわかり勇気が湧いてくる。

 

さぁ、行こう。

 

ブライアンが待っている。

 

ゴングが鳴り7ラウンド目が始まった。

 

足を引き摺る様にして前に進む。

 

ブライアンがリング中央で待っていた。

 

彼に敬意を示す様に左拳をゆっくりと前に出す。

 

ブライアンもゆっくりと左拳を前に出してきて、僕達のグローブが合わさる。

 

これがラストラウンド。

 

それがわかっているのだろう。

 

会場が静まりかえっている。

 

ガードを固めて一発を狙う。

 

僕に残されているのはパンチを一回打つ体力だけだ。

 

やれる事を…全力で!

 

ブライアンのパンチがきた。

 

右に、左に身体が振られる。

 

今にも意識を失いそうだ。

 

歯を食い縛り堪える。

 

まだだ!

 

意識を失うな!

 

全てを出し尽くせ!

 

…ここだ!

 

タイミングを合わせてジャブを打つ。

 

首を傾けて避けられた。

 

そこにストレート。

 

コークスクリューブローの影もあって捉えられる筈だった。

 

だがブライアンは身体を大きく後ろに逸らすスウェーで見事に避けてみせた。

 

完璧に僕の戦略の上をいってみせたんだ。

 

顔を跳ね上げられ意識が薄れていく。

 

そしてリングに倒れるとゴングが鳴り響いた。

 

その音を耳にした僕は、半分の満足と半分の悔しい気持ちの中で目を閉じたのだった。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

担架でデビッドが運ばれていく。

 

ショルダーブロックもパーリングも考えてやったわけじゃねぇ。

 

気付いたらやってた。

 

そこまで俺は…あいつに追い込まれたんだ。

 

そして最後のワンツー。

 

あいつがまだアマチュア時代の時に見た、完全に気配が無かったあのワンツーと同じものだった。

 

あれを見てなければ避けられなかった。

 

やっぱお前はすげぇよ…デビッド。

 

会場の皆がデビッドをスタンディングオベーションで送り出している。

 

そしてデビッドが会場の外に運び出されると、今度は俺に拍手の雨が降り注いできた。

 

胸を張りながら手を上げる。

 

拍手の雨が一層濃くなる。

 

やっぱりこの瞬間は堪らねぇな。

 

ベルトが巻かれ、リングの上で試合後のインタビューが始まろうとした時、真理がリングの上に上がってくる。

 

ここで俺達の婚約発表をするためだ。

 

こういったサプライズが出来るのが、アメリカの良いところだな。

 

リングに上がってきた真理を見ながら思う。

 

10ドル札を握り締めてホットドッグを頬張っていたスラム時代から、こうしてラスベガスという最高峰の舞台で皆に認められるまでに成り上がれた。

 

真理といういい女と恋人になれた。

 

全てはボクシングを始めたからだ。

 

ありがとうよ、ミゲル。

 

あんたのおかげで今の俺がある。

 

俺は腰に巻かれたベルトを外して、ミゲルの肩に掛ける。

 

しわくちゃの目に涙が浮かんでやがるぜ。

 

長生きしろよ。

 

あんたの肩に後4つはベルトを掛ける予定なんだからな。

 

真理を抱き寄せながら周りを見渡す。

 

歓声を上げたり指笛を吹く会場の皆。

 

そんな皆を囃し立てるダニー。

 

タオルで顔を覆っているミゲル。

 

そして…幸せそうに微笑んでいてくれている真理。

 

ありがとう。

 

感謝の想いを込めて拳を突き上げると、この日一番の拍手に包まれたのだった。

 

 

 

 

side:ホーク

 

 

デビッドとの世界戦から2ヶ月程経った。

 

色々と変わった事があるぜ。

 

先ずはあの試合の後から、俺の試合間隔が延びる事になった。

 

これまでは2ヶ月に一度のペースで試合をしてたんだが、これからは3ヶ月~5ヶ月に一度のペースに変更になった。

 

これは俺に対する研究が進めばデビッドとの試合の様に被弾が増えるであろう事と、婚約者である真理との時間を取る為だ。

 

日本なら仕事優先が当たり前かもしれねぇが、アメリカでは家庭優先が当たり前だ。

 

まぁ金には困ってねぇし、家庭優先のスケジュールでいいだろ。

 

他に変わった事と言えば…今日参加しているダニーの結婚式だな。

 

スラム時代からの友人であるあのダニーが家庭を持つ…か。

 

感慨深いものがあるぜ。

 

結婚式が進んでダニーの嫁さんがブーケを投げた。

 

そのブーケがすっぽりと真理の手に納まった。

 

「ふふ、次は私達の番…って事かしらね?」

 

そう言って真理は流し目を送ってくる。

 

「じゃあ、明日にでも式場を探しに行くか。」

「ドレスも決めないとね。」

 

ダニー達に負けないぐらい幸せそうに微笑む真理が、俺の肩に頭を預けてくる。

 

そんな俺達の所にミゲルがやって来た。

 

「ホーク、次の試合が決まったんだが…出直した方がいいかね?」

 

その物言いに真理と顔を見合わせると、二人して笑ってしまう。

 

そして…。

 

「問題ねぇよ、ミゲル。誰が相手だってぶっ倒してやるぜ!」




『目が覚めたらスラムでした』の本編はこれで終わりです。

山場が終わってしまい、これ以上は蛇足になると思ったのでここで完結にしました。

番外編として伊達vsリカルド、鷹村vsイーグルを書くつもりですが、投稿は7月を予定しています。

気長に待ってあげてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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外伝1話『伊達 英二の世界挑戦準備』

本日投稿1話目です。


side:伊達 英二

 

 

世界ランク1位のアルフレド・ゴンザレスとの試合に勝ってから2ヶ月、俺は確定したリカルド・マルチネスとの世界タイトルマッチに向けて調整を始めた。

 

試合は半年後。

 

調整するには十分な時間だ。

 

ロードワークを始めとした練習で今の身体の状態を確認していく。

 

アルフレド・ゴンザレスとの試合のダメージを抜く為に大人しくしていたから、少しばかり身体が鈍ってんな。

 

1週間程の練習でかなり身体が解れたが、それでもヴォルグとのスパーリングでは少し圧されちまう。

 

本当にいいスパーリングパートナーだぜ。

 

ヴォルグはデビューから直ぐにA級賞金王トーナメントに出て危なげなく優勝した。

 

そして圧倒的な内容で日本タイトルも取り、今は東洋のタイトルに向けて調整をしているところだ。

 

ヴォルグが東洋を狙うのは…まぁ、俺がこけた時の保険だな。

 

そんなこんなで練習を再開してから1ヶ月、宮田と幕ノ内がうちのジムにやって来た。

 

「こんにちは。」

「こんにちは~。」

 

挨拶もそこそこに二人は着替えてアップを始める。

 

あの二人も随分とうちのジムに慣れたもんだ。

 

そんな慣れた二人…いや、正確には宮田を沖田が睨んでいる。

 

沖田が宮田を睨んでいる理由は、宮田が階級をジュニアライト級に上げたからだ。

 

西日本代表の千堂との試合を制して全日本新人王になった宮田は、そこで階級を1つ上げた。

 

どうも東日本新人王トーナメントをやっている時から減量がきつかったみたいだ。

 

鴨川ジムの面々で相談した結果、宮田の階級を1つ上げるのに合わせて、青木と木村も1つ階級を上げる事になったそうだ。

 

木村は元々減量がきつかったそうでこの話を歓迎した。

 

青木もライト級で半ば燻っていた形だから受け入れた。

 

そしてこの階級を上げたのが青木と木村にはまった。

 

階級を上げての初めての試合で二人はあっさりとKO勝ちをしたんだ。

 

俺も二人の試合のビデオを見たが、前の階級とは別人の様な身体のキレをしていた。

 

経験と環境がはまった二人は、これからブレイクしていくかもしれねぇな。

 

さて、今年のジュニアフェザー級全日本新人王になった幕ノ内なんだが、幕ノ内はしばらくは階級を上げずに続けていくつもりの様だ。

 

そして幕ノ内は今年のA級賞金王トーナメントに出ずに、1つずつ日本ランキングを上げて経験を積ませるってのが鴨川会長の考えだとオヤッサンから聞いた。

 

まぁ、ジュニアフェザーの連中には御愁傷様ってとこだな。

 

さて…。

 

「おう、宮田、鷹村はどうしてる?」

「ミドル級の世界タイトルマッチに向けて張り切っていますよ。」

「そうか。」

 

少し前にブライアンがスーパーミドル級に階級を上げた事で、ミドル級の世界王座が空いた。

 

そこで暫定王座を決める試合が組まれる事になったんだが、ここで鷹村が名乗りを上げたんだ。

 

ブライアンの後の世界王座とあって注目が集まっていたんだが、鷹村の評価は向こうで高かった事もあってあっさりと選考されたらしい。

 

相手はピーター・ラビットソンってボクサーだ。

 

かなり上手いボクサーだって話だが、今の鷹村なら問題ねぇだろ。

 

アップを終えた宮田が先ずリングに上がって俺とスパーリングをする。

 

無理な減量をしてないからか、宮田の動きのキレがいいな。

 

ジャブの差し合いを俺が制すると、宮田が足を使い出した。

 

速い。

 

現役の日本人ボクサーの中じゃ一番かもしれねぇな。

 

無理に追わずに待って迎撃していく。

 

1つ、2つとパンチを当てたところで宮田がリズムを変えてくる。

 

随分と引き出しが増えたもんだ。

 

まぁ、そうこなくちゃ面白くねぇ。

 

見える様に拳を握り込んで挑発すると、宮田もそれに応えてきたのだった。

 

 

 

 

side:幕ノ内 一歩

 

 

「うわっ、二人とも拳を握り込んでますよ!大丈夫ですかね、ヴォルグさん?」

「大丈夫だよ、幕ノ内。エージはまだ加減をしてるから。」

 

宮田くんを圧倒していても手加減をしてるなんて…やっぱり伊達さんは凄いなぁ。

 

でも、その伊達さんについていけるヴォルグさんも凄い。

 

流石は元アマチュアボクシングの世界チャンピオンだなぁ。

 

階級が違って本当によかった。

 

「宮田が仕掛けるみたいだね。」

 

ヴォルグさんの言う通りに宮田くんが仕掛けた。

 

多分、宮田くんはカウンターを狙っている。

 

でも伊達さんが上手く誘ったみたいで逆に宮田くんがカウンターを当てられた。

 

膝をついてダウンをした宮田くんは悔しそうにリングを叩いている。

 

「ヴォルグさんなら今の場面、どうしました?」

「ボディーストレートで宮田のリズムを崩しにいったかな?その方が後が楽になるから。でもエージは宮田をムキにさせる事を選んだみたい。」

 

あっ、本当に宮田くんがムキになってる。

 

「宮田くん!落ち着いて!」

 

僕の声が届いたのか、宮田くんは大きく深呼吸をして間を取った。

 

うわっ、伊達さんに睨まれた。

 

す、すみません!

 

何度も頭を下げていると、そんな僕を見たヴォルグさんは苦笑いをしたのだった。

 

 

 

 

リカルド・マルチネスとの世界タイトルも明日に迫った。

 

前日計量を終えて共同記者会見が始まる。

 

「チャンピオンには感謝している。日本にベルトを持ってきてくれたんだからな。」

 

俺の挑発を受けたリカルド・マルチネスが立ち上がる。

 

そして…。

 

「彼には何も期待しない方がいい。」

 

…上等だ。

 

明日が楽しみだぜ。




本日は6話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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外伝2話『伊達 英二の世界挑戦』

本日投稿2話目です。


side:伊達 英二

 

 

リカルド・マルチネスとの世界タイトルマッチ当日、控え室で出番を待つ俺は、思ったよりも冷静な自分に気付いて驚いていた。

 

「俺もオッサンになったって事か?」

「英二、それは成長したって言うんだ。」

「あぁ、そうだな。」

 

オヤッサンの言葉に納得しながら頷く。

 

若い頃の俺は試合が決まる度に勝ちを確信する様な自信家だった。

 

あの頃の俺にもいい所はあったんだろうが、今の俺だからこそ持っているものもある。

 

それは…愛子と雄二だ。

 

惚れた女と愛する息子の存在をハッキリと自覚している今の俺は、確実に若い頃の俺よりも強い。

 

二人がいたから…俺は這い上がれたんだ。

 

「エージ、お客さんだよ。」

 

今日のセコンドについてくれるヴォルグが、笑顔でそう告げてくる。

 

あんな人のいい顔をするヴォルグも、一度リングに上がればボクサーの顔になる。

 

本当にボクシングは面白いぜ。

 

「おう!オッサン!」

「「こんにちは。」」

 

控え室に来たのは鷹村と宮田、そして幕ノ内だった。

 

「ミドル級世界チャンピオンはまだしも、日本タイトルが控えている宮田はいいのか?」

「問題ありませんよ、伊達さん。」

 

先月のタイトルマッチで鷹村はミドル級の世界チャンピオンになった。

 

俺も負けてられねぇな。

 

宮田はA級賞金王トーナメントに優勝して、日本タイトルマッチが控えている。

 

いや、宮田だけじゃない。

 

鴨川ジムは宮田を始めとして、青木と木村もA級賞金王トーナメントを優勝して日本タイトルマッチが決まっているんだ。

 

1つのジムが3階級を制した今年のA級賞金王トーナメントは、日本のボクシング界でちょっとしたお祭り騒ぎになった。

 

この勢いのまま、3人が日本チャンピオンになればもっとうるさくなるだろうな。

 

「伊達さん、頑張ってください!応援してますから!」

「おう、ありがとよ。」

 

幕ノ内はA級賞金王トーナメントには参加しなかったが、デビュー戦からKO記録を続けているジュニアフェザー級のホープだ。

 

なんでも数人は幕ノ内のパンチで肋や顎を砕かれちまって引退したらしい。

 

ヴォルグにも増してお人好しな雰囲気を持つ幕ノ内が、日本人屈指のハードパンチャーってんだから面白いもんだ。

 

後進が育って日本のボクシング界が盛り上がるのは嬉しいが、まだ託すには早ぇよなぁ。

 

そう思う自分に可笑しくなる。

 

カムバックした当初は勝っても負けてもここがゴールだと思ってた。

 

だが今の俺は先を考えている。

 

これはブライアンに影響されたか?

 

ボクシングが楽しくて、引退の考えが微塵も浮かんでこねぇ。

 

あぁ…いいな。

 

うん、いい。

 

こんな楽しいのを、そう簡単にやめられねぇよ。

 

腹を抱えて笑う俺を、皆が首を傾げて見ていたのだった。

 

 

 

 

side:伊達 英二

 

 

胸を張って花道を歩いていく。

 

身体は熱いが頭は冷えている。

 

いい感じだ。

 

間違いなく今出来るベストを持ってこれた。

 

集大成…ってわけじゃねぇが、愛子や雄二の前でカッコつけるには十分だ。

 

俺の入場が終わってリカルド・マルチネスの入場が始まる。

 

やっぱ雰囲気がありやがるな。

 

フェザー級だって事を考えるとブライアン並みか?

 

上等だ。

 

カッコつけがいがあるぜ。

 

リカルド・マルチネスの入場が終わって、お互いの母国の国歌が順番に流れる。

 

誇りだのなんだのはどうでもいい。

 

そんなもんは後から勝手についてくる。

 

俺がリングに上がる理由は、惚れた女と愛する息子の前でカッコつけてぇだけだ。

 

それでいい。

 

それがいい。

 

さぁ、そろそろ始めようぜ。

 

行くぜ…リカルド・マルチネス!




次の投稿は11:00の予定です。


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外伝3話『英雄は伊達を挑戦者と認める』

本日投稿3話目です。


side:伊達 英二

 

 

ゴングが鳴り、リング中央でリカルド・マルチネスとグローブを合わせる。

 

先ずは挨拶代わりとばかりにジャブを打つ。

 

避けずにガードされた。

 

ジャブの威力、俺の距離感等の情報を取られたと感じる。

 

2発、3発と続けたところでジャブを右手で外に弾かれた。

 

そしてリカルドのジャブが来る。

 

予備動作がほとんどわからない完璧なモーション。

 

急に奴のグローブが大きくなった様に感じるパンチだ。

 

1発目は右手一本でガード。

 

2発目は両手でガードして奴のパンチを学んでいく。

 

ジャブ1つをとっても、フェザー級では滅多に御目に掛かれない威力でありながら、フェザー級でもトップクラスのハンドスピードがありやがる。

 

流石は生きる伝説と言われるだけあるぜ。

 

3発目は俺がされた様に奴のジャブを外に弾いてジャブを返す。

 

奴がガードせずに避けた事でジャブの差し合いが始まった。

 

ステップ、スウェー、ダッキング、ヘッドスリップと出し惜しみをせずに、奴のパンチを避けていく。

 

俺のパンチも奴に避けられていく。

 

1分を経過したところでお互いに一度離れた。

 

1呼吸の間で情報を整理していく。

 

(威力や速さは問題ねぇ。だが、やっぱり思ったよりもパンチが伸びてくるのがやっかいだな。どうしても距離感がぼやけちまう。さて、どうすっかな?)

 

タイミングを合わせた様にお互いに踏み込んでジャブの差し合いが再開される。

 

そこでヘッドスリップの顔の戻り際を狙われた。

 

咄嗟にグローブを差し込んで直撃を避ける。

 

それはブライアンやヴォルグに散々やられたからな。

 

対応出来るぜ。

 

直撃は受けなかったが、一歩下がって体勢を立て直す。

 

だがリカルド・マルチネスはそれを許さないとばかりに一歩踏み込んできた。

 

下がった俺と踏み込んできた奴の体勢にはハッキリとした優劣がある。

 

ちっ、流石に強かだぜ。

 

無理にその場に踏み留まったら、奴に有利な状況で攻防が始まる。

 

かといって退いたら流れをもってかれるか…。

 

即断。

 

俺は退いて体勢を整える事に決めた。

 

あっという間にコーナーに追い込まれたが、これは想定内だ。

 

慌てる必要はない。

 

定石ならフックを引っかけてコーナーを脱出だが、そんな事は相手もわかってる。

 

さぁ、どうくる?

 

探る意図でジャブを打つ。

 

奴は俺のジャブを弾きながら踏み込んできた。

 

…来る!

 

マウスピースを噛み締めた俺のボディーに、リカルド・マルチネスのパンチが突き刺さったのだった。

 

 

 

 

side:リカルド・マルチネス

 

 

手応えあり。

 

コーナーに追い込んだ彼のボディーに深々とパンチを突き刺せた。

 

幾人ものボクサーが私のボディーブローで倒れたのだ。

 

これで君がダウンをしても恥ではない。

 

そう思った直後、彼は反撃のボディーブローを打ってきた。

 

「むっ!?」

 

これで倒れる程、私の腹筋は柔ではないが、驚きで思考が一瞬硬直してしまう。

 

そこに彼は左フックと右アッパーを放ってきた。

 

左フックはヘッドスリップで流せたが、右アッパーはクリーンヒットされてしまう。

 

1秒に満たない間だが彼の姿を見失ってしまった。

 

その間に彼は悠々とコーナーを脱出していた。

 

…なるほど。

 

共同記者会見での言葉は訂正しよう。

 

エイジ・ダテ…君は戦うに相応しい相手の様だ。

 

いつしか作業と化していた防衛戦。

 

君が相手ならかつての自分に戻るのもいいだろう。

 

エイジ・ダテ。

 

私は君を敵と認めよう。

 

全力を出すのに相応しい敵とね。

 

 

 

 

side:伊達 英二

 

 

1ラウンド目が終わってコーナーに戻る。

 

椅子に座ると大きく息を吐いた。

 

「かぁ~、危なかったぜ。」

「コーナーに追い込まれた時はヒヤヒヤしたぞ。」

「でもエージは冷静だったね。ボディーに一発もらうのと引き換えにしっかりとコーナーを脱出した。」

「大して堪えた様子はなかったがな。それに、次はこう上手くはいかねぇさ。」

 

オヤッサンとヴォルグは俺の言葉に頷く。

 

二人も今のラウンドでわかったんだ。

 

リカルド・マルチネスがバケモノだってな。

 

今のラウンドもホームだからポイントは取れただろうが、そうじゃなきゃ向こうに取られてた。

 

しんどい試合だぜ。

 

「それで、どうすんだ英二?」

「たっぷり時間をかけなきゃ無理だろうな。それまで俺が持つかはわからねぇが。」

「おいおい、弱気になってんのか?」

「冗談だろ、オヤッサン。やりがいがあるって言ってんのさ。」

 

フェザー級で戦ってきた相手の中では間違いなく最強の相手だ。

 

カッコつけがいがある。

 

愛子と雄二の前でカッコつけるかいがな。

 

『セコンドアウト』

 

立ち上がってリカルド・マルチネスに目を向けると、1ラウンド目とは雰囲気が違っている。

 

まだまだ引き出しはあるか。

 

流石だぜ。

 

だがな世界チャンピオン。

 

オッサンを舐めるなよ。

 

お前さんは英雄として国を背負ってんのかもしれねぇが、俺は家族を背負ってんだ。

 

その重みは種類は違うだろうが、貴賤はねぇって教えてやるぜ!




次の投稿は13:00の予定です。


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外伝4話『ハートブレイクショット』

本日投稿4話目です。


side:伊達 英二

 

 

2ラウンド目が始まるとリカルド・マルチネスのボクシングが荒々しくなった。

 

だが雑になったわけじゃない。

 

妙に馴染んで見える今のスタイルこそが、リカルド・マルチネス本来のボクシングなんだろう。

 

1ラウンド目と違うパンチの角度やリズムが対応を難しくする。

 

1発、2発と被弾が増えていく。

 

俺もやり返しちゃいるが奴の勢いが止まらなくなってきた。

 

奴の方がパンチの威力は上。

 

このままじゃ駆け引きも何もなく押しきられる。

 

そこで俺はカードを1枚切ることを決断した。

 

手首を捻って溜めを作る。

 

そしてコークスクリューブローを奴の『顔』に打ち込んだ。

 

ブロックの上からだが手応えあり!

 

奴の勢いが一瞬だが止まった。

 

だが直ぐに攻撃を再開してきたのを見るに、ガードの上からじゃ大してダメージにならねぇか。

 

タフさも世界チャンピオンクラスってか?

 

まぁ、そうでもなきゃ60戦以上試合をして無敗なんてやれねぇだろうな。

 

正直に言えば奴のパンチのダメージもあるからここで一息入れてぇとこだが、ここで退いちゃカッコがつかねぇか。

 

俺は息を吸い込むと、拳を握り込んで踏み込んだのだった。

 

 

 

 

side:リカルド・マルチネス

 

 

強い。

 

その一言に尽きる。

 

並みいるボクサーを倒してきた私のパンチに耐え、更に私の意識を一瞬だが奪う一撃を打ってくるとは…。

 

そして試合を流れをしっかりと把握して打ち合いに来ている。

 

エイジ・ダテ。

 

君は素晴らしいボクサーだ。

 

君の拳からは私に勝とうという意思がハッキリと感じられる。

 

ただ私と戦う事を目的としたり、金や名誉に目が眩んだ拳ではない。

 

君の拳は…紛れもなくボクサーの拳だ。

 

彼のパンチをいなし反撃の一撃を打つ。

 

手応えはある。

 

彼の動きも一瞬だが止まった。

 

しかし彼は退かずにパンチを打ち返してくる。

 

そんな彼の姿に思わず微笑みそうになる。

 

素晴らしい。

 

君とならば祖国や契約の事を忘れ、一人のボクサーとして戦うのに不足はない。

 

私は彼の拳に応えるべく、拳を強く握り込むのだった。

 

 

 

 

side:伊達 英二

 

 

4ラウンド目までは贔屓目無しで奴と渡り合えたと思う。

 

だが5ラウンド目にダウンを奪われてからは、確実に奴が優勢になった。

 

なんとか誤魔化しちゃいるが、駆け引きを除く全てで奴の方が上だ。

 

6ラウンドでも一回、そして7ラウンドで二回のダウンを奪われた。

 

だが…その代わりに仕込みは終わった。

 

「エージ。」

 

ヴォルグが口に含ませてくれた水を一口だけ飲み込む。

 

ボロボロにされた身体に染み渡るぜ。

 

「パパ!頑張れ!」

 

満員の観客の声援の中でも、雄二の声援はハッキリと聞こてくる。

 

振り向くとそこには手を組んで祈る様にしながらも、しっかりと目を開いて俺を見守ってくれている愛子の姿があった。

 

ボロボロの身体に力が戻る。

 

心に火が灯る。

 

俺は自然と立ち上がっていた。

 

リカルド・マルチネスと戦う為に。

 

あいつらにカッコいいところを見せる為に。

 

 

 

 

side:リカルド・マルチネス

 

 

何十発とパンチを打ち込んでも、まだエイジ・ダテから勝利を得ていない。

 

私のパンチが弱いわけではない。

 

彼の精神力が肉体の限界を上回る程に強靭なのだ。

 

それが日本人故なのかはわからない。

 

わかっているのは彼が素晴らしいボクサーだという事だけだ。

 

見据えた先にいるエイジ・ダテが、その目に尽きぬ闘志を灯して立ち上がった。

 

まるでインターバルがもどかしいと言わんばかりに。

 

ならば私も立ち上がって応えよう。

 

リングに生きるボクサーとして、一人の男として、君の闘志に応えよう。

 

この試合が終わった時、周囲がどう評価するかはわからないが、私は今日のこの試合こそが私のキャリアの中でベストバウトだと答えるだろう。

 

だからこそ、試合終了のゴングがなるその瞬間までKO勝利を目指す。

 

それがエイジ・ダテへの礼儀だ。

 

私と彼が立って睨みあう中で8ラウンド目のゴングが鳴り響く。

 

その音と共に私達は、リング中央に踏み込んでいくのだった。

 

 

 

 

side:伊達 英二

 

 

1発、2発と奴のパンチを食らう度に意識が飛びそうになる。

 

その度にマウスピースを噛み締めて堪える。

 

反撃のパンチを打つが、俺のパンチの威力じゃあ、奴への決定打にならない。

 

唯一、奴が警戒するのはコークスクリューブローだけだ。

 

だからこそ引っ掛かる。

 

その為にここまで戦略を積み上げてきた。

 

奴の右ストレートをヘッドスリップでいなす。

 

それに合わせて右拳を捻って溜めを作りながら、右拳から注意を逸らす為に左ボディーを打つ

 

すると、世界がまるでスローモーションになった様に見え始めた。

 

俺が右を打とうとすると、奴はしっかりと反応してガードを上げ始めている。

 

やっぱりすげぇな、リカルド・マルチネスは。

 

反応してくれると信じていた。

 

後は…打ち込むだけだ。

 

俺はコークスクリューブローを放つ。

 

奴の『心臓』に向けて。

 

打ち込んだその瞬間、目を見開いた状態で奴の時間が止まった。

 

返しの左フック。

 

振り抜く。

 

俺の手応えに応じる様に、奴の顔が勢いよく横に捻られる。

 

そして奴がリングに膝をつくと、俺は拳を天に突き上げたのだった。

 

 

 

 

side:リカルド・マルチネス

 

 

ハートブレイクショット。

 

極めて難しいこのパンチを実戦で成功させるとはな…。

 

見事だ、エイジ・ダテ。

 

私の時間は確実に奪われた。

 

無防備に左フックを受けた私の目に映る景色は酷く歪んでいる。

 

ダウンをしたのはいつ以来だろうか?

 

レフェリーのカウントを耳にしながらそう思う。

 

カウント7で立ち上がると膝が震える。

 

ファイティングポーズを取って続行の意思を伝える。

 

止めるな、レフェリー。

 

エイジ・ダテが待っているのだ。

 

レフェリーが試合を続行した。

 

ありがたい。

 

これでまだエイジ・ダテと戦える。

 

私は力強く踏み込んで来るエイジ・ダテを、全力で迎え撃つのだった。




次の投稿は15:00の予定です。


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外伝5話『敢闘と再会の約束』

本日投稿5話目です。


side:伊達 英二

 

 

リカルド・マルチネスにハートブレイクショットからの左フックを決めてダウンを奪うと、会場はお祭り騒ぎになった。

 

これで決まれば楽なんだが…。

 

「まぁ、そうはいかねぇよな。」

 

カウント7で立ってきたリカルド・マルチネスを観察する。

 

膝が震えているのを見るにダメージは伺える。

 

だが積み重ねのダメージじゃねぇからな。

 

ラウンドを跨いだら回復されるだろうよ。

 

ホームのアドバンテージを考えてもポイントじゃ負けている。

 

1ラウンド目とこのラウンドは取れただろうが…判定までいったら負けるな。

 

つまり俺にはKO勝ちしか、勝つ方法は残ってねぇわけだ。

 

わかりやすくていい。

 

まぁ、それが一番難しいんだけどな。

 

レフェリーが試合再開を告げてリング中央から離れる。

 

それを見た俺は大きく息を吸い込んで踏み込むのだった。

 

 

 

 

side:伊達 英二

 

 

ダメージを負ったリカルド・マルチネスを仕止めきれず、試合は最終ラウンドまで進んだ。

 

9ラウンドで2回、そして最終ラウンドの今もダウンを1回奪われた。

 

奴のパンチで積み重なったダメージで身体が重い。

 

このまま目を瞑ってしまいたい誘惑に負けそうになる。

 

だが…。

 

「パパぁ!」

 

ここで意地を張らなきゃ男じゃねぇだろ!

 

ロープを使って身体を持ち上げる様にして立ち上がる。

 

ファイティングポーズを取るが、レフェリーが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「『後少し、意地を張らせてくれ。』」

 

英語でそう言うと、レフェリーは俺の前から退く。

 

「ファイト!」

 

試合が再開されるとリカルド・マルチネスが突っ込んできた。

 

まだそれだけ動けるのかよ。

 

まぁ、こっちはほとんど動けねぇからな。

 

そっちから来てくれるのは助かるぜ。

 

右を捻って溜めを作る。

 

奴は気づいて顔と胸のガードを固めやがった。

 

だろうな。

 

そうするのはわかってたぜ。

 

だから…俺の狙いはそのガラ空きのボディーだ!

 

俺の右がボディーに突き刺さると、奴の動きが止まった。

 

ここだ!

 

残りの体力全てを注ぎ込む覚悟でラッシュを掛ける。

 

1つ、2つ、3つと打ったところで、奴が打ち返してきた。

 

退くかよ!

 

歯を食い縛って打ち続ける。

 

互いにパンチで相手の顔を弾いていくが、次第に俺が圧されコーナーに追い込まれていく。

 

意識が飛び飛びになり、少しずつ瞼が重くなる。

 

そんな時にリカルド・マルチネスの右拳が捻られているのが目に映った。

 

考えたわけじゃない。

 

だが、俺は自然とブライアンの動きを真似していた。

 

左手でロープを掴み後ろに倒れない様にして、身体を後ろに大きく逸らす。

 

そして奴のコークスクリューブローを避けると、勘で右を大きく振り上げた。

 

…右拳に確かな手応え。

 

奴の膝から力が抜けている。

 

後一発打ち込めば、それで奴は倒れる。

 

身体を起こした俺はパンチを打つ為に踏み込もうとする。

 

だがレフェリーに止められた。

 

なんだ?

 

何故止める?

 

奴はまだ倒れてねぇぞ。

 

「『伊達、試合は終わった!試合終了のゴングが鳴ったんだ!』」

 

意識が飛びかけていたから直ぐには理解出来なかった。

 

だが、両陣営のスタッフがリングに入ってきた事で漸く理解出来た。

 

あぁ、そうか…終わっちまったのか…。

 

一気に身体から力が抜ける。

 

リングに倒れそうになる。

 

だが…。

 

「エージ、ナイスファイトだよ。」

 

ヴォルグに支えられた。

 

思考が回らない俺の頭に、オヤッサンが水を掛ける。

 

少しシャキッとした。

 

口を開けて水を貰う。

 

一口、二口と飲み込んで漸く一息つけた。

 

「ありがとよ、ヴォルグ。」

 

支えてくれたヴォルグに礼を言ってから自分の力で立つ。

 

まだ判定が残っている。

 

結果はわかっちゃいるが…。

 

会場を見渡すと拍手が降り注いでいた。

 

…そうだよな。

 

胸を張って判定を聞こう。

 

どうやら決まった様だ。

 

判定が読み上げられていく。

 

結果は…0ー2で俺の負けだ。

 

判定の1つが引き分けなのはホームだからだ。

 

試合後のセレモニーが始まって奴の腰にベルトが巻かれた。

 

静まり返っている会場の中で俺が拍手を送る。

 

すると会場中から拍手が沸き起こる。

 

そんな中で奴は俺に手を差し出してきた。

 

握手を交わすと…。

 

「『see you again.エイジ・ダテ。』」

 

そう言って奴は会場を去っていく。

 

「…あぁ、また会おうぜ、リカルド・マルチネス。」

 

 

 

 

メキシコの英雄にしてWBAフェザー級の絶対王者であるリカルド・マルチネスは、帰国後の記者のインタビューに次の様に答えた。

 

『私は日本で偉大なボクサーと出会えた。』

 

『好敵手は誰かと問われたら、私は必ず彼の名を答える。』

 

『エイジ・ダテ。』

 

『また彼と戦える機会があるのならば、私は二つ返事で了承するだろう。』




次の投稿は17:00の予定です。


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外伝6話『ボクサー伊達 英二の道は続く』

本日投稿6話目です。


side:伊達 英二

 

 

検査入院も終わって漸く退院だぜ。

 

まぁ、フルラウンドあいつと打ち合ったから、ダメージを抜くのに5ヶ月は大人しくしてねぇといけねぇ。

 

早くても復帰戦は1年後だな。

 

入院中にオヤッサンから聞いたが、どうもスポンサーが増えるかもしれねぇそうだ。

 

ロートルと言っていい年齢の俺が、負けてスポンサーが増える…か。

 

驚いたってのが素直な感想だな。

 

オヤッサンには1つだけ条件を付けて、前向きに話し合ってもらっている。

 

その条件は…リカルド・マルチネスと同じWBAでボクシングを続ける事だ。

 

WBCでやればベルトは取れるだろう。

 

だけどよ、俺にはそれがカッコいいとはどうしても思えねぇんだ。

 

だからWBAでボクシングを続ける。

 

機会があればもう一度リカルド・マルチネスと戦う。

 

これが俺にとって一番カッコいいと思える道だ。

 

そんな事を考えながら歩いていると、ジムに着いていた。

 

「う~っす。」

「あ、エージお帰り。」

 

アップをしていたヴォルグが挨拶を返してくれる。

 

「ヴォルグ、悪いが5ヶ月は大人しくしてなきゃいけねぇ。お前のスパーリングパートナーを出来なくてすまねぇな。」

「ノープロブレムだよ、エージ。会長さんが鴨川ジムに連絡してくれたから。」

 

ヴォルグが振り向くのにつられて目を向けると、そこには宮田の姿があった。

 

「沖田じゃ不足か?」

「ノー、でも沖田は中々時間が合わないから。」

 

働きながらボクシングをしている沖田と、スポンサーが付いてボクシングに専念出来ているヴォルグではどうしても練習する時間がずれちまう。

 

その点、宮田は融通が効く幕ノ内の所で働いているから適任ってわけだ。

 

もちろん宮田にはその分の金を出すみたいだがな。

 

「そういえばエージ、ユージはどう?」

「あん?そんなの…天才に決まってるじゃねぇか。」

 

俺がそう言うとヴォルグは苦笑いをする。

 

リカルドとの試合後、検査入院している俺の前で息子の雄二がボクシングを始めると言った。

 

病室で雄二のシャドーを見たが、間違いなくセンスがある。

 

親馬鹿かもしれねぇがな。

 

ただ、雄二がやろうとしているボクシングはいわゆる『ホークスタイル』なんだよなぁ…。

 

雄二は『一番カッコいいのはパパのボクシングだけど、一番強いのはブライアンのだから。』って言ってやがった。

 

嬉しいけど複雑な気分だぜ。

 

ブライアンと会う機会があったら一発殴ってもいいよな?

 

当たるかわかんねぇけどよ。

 

ヴォルグと宮田のスパーリングが始まった。

 

二人の動きはいいが、所々で詰めが甘いのが目に付く。

 

…こんなだったか?

 

疑問に思っていると、宮田と一緒に来ていた親父さんが俺の肩を叩いた。

 

「二人のアラが目に付くのは、それだけお前が成長したってことだ。」

「…俺が成長?」

 

頷いて親父さんが言葉を続ける。

 

「リカルド・マルチネスと真っ向からやりあってフルラウンド戦い抜けたボクサーは何人いると思う?伊達、お前はまだ知らないのだろうが、お前はリカルド・マルチネスがライバルと公言したボクサーなのだぞ。」

「リカルドが俺をライバルって公言?」

 

驚いていると親父さんが笑う。

 

くそっ、オヤッサンめ…知ってて黙ってたな?

 

「はぁ…。」

 

頭を掻きながらため息を吐く。

 

「5ヶ月は長ぇなぁ。」

「焦るなよ。」

「わかってますよ。これでもベテランですからね。」

 

わかっちゃいるが、5ヶ月は長ぇなぁ…。

 

もう一度ため息を吐いてからリングに目を向ける。

 

「やれやれ、ますます引退出来なくなったじゃねぇか。」

 

あんだけ痛い思いをしたってのに、欠片も引退しようなんて思わねぇ。

 

どれだけ努力をしたって報われるとは限らねぇのに、また試合がしたくなっちまう。

 

ボクサーってのは厄介なもんだ。

 

だけどよ…最高にカッコいいんだ。

 

ボクシングをやめられねぇ理由なんてそれでいい。

 

俺は…ボクサーなんだからな。




これで本日の投稿は終わりです。

鷹村編は書いたとしても9月辺りかと…。

暑い季節は苦手なんです…。


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外伝・ライバル編:第1話『鷹村のスパーリングパートナー』

本日投稿1話目です。


side:鷹村

 

 

6ヶ月後にデビッド・イーグルとの防衛戦がラスベガスで開催される事が決まった。

 

日本のプロボクシング協会が日本開催を主張したんだが、ファイトマネーが文字通りに桁違いなんでどうしようもなかったみてぇだ。

 

それからはお偉いさんがうちのジムに来て、『神聖なボクシングの試合で~』云々と何度も俺に説教を垂れてきていたんだが、兄貴がコネを使って圧力を掛けてからは全く来なくなりやがった。

 

おかげで練習に集中出来る様になったぜ。

 

この試合に掛かっているのはベルトだけじゃねぇ。

 

スーパーミドル級に階級を上げた後の、ブライアン・ホークへの挑戦内定も掛かっているんだ。

 

嫌でも練習に熱が入るってもんだ。

 

「小さく!鋭く!そしてパンチの戻しを意識せぇ!」

 

ジジイの指導通りに身体を動かし、身体を作り上げながらウェイトを絞っていく。

 

正直に言ってミドル級の減量はもうギリギリだ。

 

次の防衛戦が終われば階級を上げるとわかってるからやれるが、そうでなきゃ試合に辿り着けてもモチベーションとコンディションがちぐはぐになってただろうな。

 

「スパーリングじゃ!」

 

俺のスパーリング相手をする連中が五人ズラリと並ぶ。

 

世界タイトルの為に手伝うって体裁だが、本音は兄貴が用意した高額のスパーリング料が目当てだろうな。

 

一人、二人とスパーリングを続けていくが、ハッキリ言って相手にはならねぇ。

 

ミドル級の日本ランカーもいたがそいつも同じだ。

 

だが一人だけまともな奴がいた。

 

スパーリングの3ラウンドを一度もダウンせずに、俺と戦い抜きやがった。

 

「八木ちゃん、あいつは?」

「彼は兵藤くん。21歳の大学生で、今年のアマチュアボクシング世界選手権で銀メダルを取って一躍有名になったんだ。次回のオリンピックメダル候補として期待されているんだけど、大学卒業後はプロ転進を表明しているね。それでうちでも声を掛けていたんだけど、その縁で今日来てくれたという訳だよ。」

 

アマチュアボクサーか…たしかイーグルの奴もアマ出身だったよな?

 

兵藤の奴がこっちに来て頭を下げた。

 

「世界チャンピオンのボクシング…勉強させてもらいました!」

「おう。」

 

ジッと俺の目を見据えてくる。

 

「自分はアマチュアボクシングはプロボクシングにも劣らないと証明する為、アマチュアボクシングに一生を捧げるつもりでした。でも、貴方とブライアン・ホークの世界タイトルマッチを見て、プロに転進する決心をしました。」

「…そうかよ。」

 

あの試合からうちのジムには練習生が随分と増えて活気が良くなったが、俺達の練習量を見てプロになろうっていう骨のある奴はいなかった。

 

こいつはどうだ?

 

「ジジイの扱きは厳しいぜ?」

「望むところです。あの時に貴方が見せたボクシングを身につけられるなら、どんな扱きにだって耐えてみせます。」

「…そうかよ。」

 

どうやらこいつは骨がありそうだ。

 

「今からロードに行くが、一緒に来るか?」

「はい!」

 

ウインドブレーカーを着込んでタオルを首に巻く。

 

「ジジイ!兵藤とロードに行ってくるぞ!」

「オーバーワークにならんよう気をつけるんじゃぞ!」

「わかってらぁ!」

 

兵藤を連れてロードに行く。

 

ダッシュをしても遅れずにしっかりとついてきやがった。

 

そんな兵藤の姿に笑みを深め、俺は更にペースを上げるのだった、




本日は6話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。


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外伝・ライバル編:第2話『訪れる戦いの時』

本日投稿2話目です。


side:デビッド・イーグル

 

 

鷹村とのミドル級世界タイトルマッチまで残すところ3ヶ月だ。

 

この一戦には世界チャンピオンベルトだけでなく、スーパーミドル級で待っているブライアンへの挑戦内定もかかっている。

 

全ての試合がそうだが、なおのこと負けられない一戦だ。

 

鷹村の試合のビデオは全て取り寄せて研究した。

 

彼のボクシングはブライアンとの一戦以来、そのファイトスタイルに変化がある。

 

以前のままの彼ならブライアン対策がそのまま通じただろうが、今の彼はまるで別人だ。

 

だが今の彼のボクシングの方が僕のファイトスタイルと噛み合うので問題はない。

 

問題があるとすれば…噛み合い過ぎる事だ。

 

「デビッド!ワンツー!」

 

ダンが構えるミットにワンツーを放つ。

 

ブライアンから初のダウンを奪った事で身に付いた自信が、僕のボクシングを一つ高みに導いた。

 

今度はダンが構えるミットに飛燕からコークスクリューブローに繋げる。

 

続けてフック、アッパーとパンチの一つ一つを確認していく。

 

…いい感じだ。

 

減量は順調に進んでいる。

 

この調子でいけば試合当日に、コンディションとモチベーションをベストに持っていけるだろう。

 

不意にジムが騒がしくなった。

 

「来たぜ、デビッド。」

 

なるほど、ブライアンが来たのなら騒がしくなるのも仕方がない。

 

「スパーリングパートナーを引き受けてくれて感謝するよ、ブライアン。」

「気にすんな。真理もお前を取材出来るって喜んでるからよ。」

 

彼の後ろから手帳を片手に真理が姿を見せる。

 

今やボクシングジャーナリストとして名を広めつつある彼女の見識は、間違いなく僕のボクシングを高める役に立つ。

 

こうして友人達に支えられる事で僕は万全の準備が出来るんだ。

 

鷹村…ベガスで会おう。

 

 

 

 

side:鷹村

 

 

前日計量が終わって共同記者会見だ。

 

兄貴が雇った通訳が俺に英語を訳してくる。

 

ジジイは若い頃にアメリカにいた事があるから英語がわかるそうだ。

 

「『鷹村は世界チャンピオンに相応しいボクサーだ。だからこそ明日の試合、僕は全力を尽くして勝利を掴み取る事を約束しよう。』」

 

気障な台詞だが、奴が言うと妙に様になりやがる。

 

ジジイに脇腹を小突かれると、俺にマイクを向けられている事に気付いた。

 

さて…どうすっかな?

 

 

 

 

side:伊達

 

 

「よう、鷹村。」

 

鷹村のデビッドとの世界防衛戦当日、控え室を訪ねると鷹を模したガウンを着た鷹村の姿が目に入った。

 

「わざわざアメリカまで応援に来るなんて暇してるな、伊達のおっさん。」

「試合が近いんでな。ブライアンとスパーリングをしようと思ってアメリカにきたついでさ。まぁ、いくら世界タイトルマッチとはいえ、仕事がある宮田や幕ノ内達をアメリカまで連れてこれねぇだろ?だからこうして激励をしにきてやったんじゃねぇか。」

 

鷹村は俺にジト目を向けてくる。

 

「今日の試合を見に来るブライアン・ホークに便乗したんじゃねぇか?」

「ばれたか。」

 

ブライアンが認めるボクサーである鷹村とデビッドのカードは、今のボクシング界では最高に注目されるカードの一つだ。

 

宮田達も見に来れなくて悔しがっているだろうな。

 

「あっ、鴨川会長、遅くなりましたが三人ともに日本タイトル獲得おめでとうございます。」

「うむ。」

 

3ヶ月前に宮田、木村、青木の三人が日本タイトルに挑戦したんだが、全員が見事にKO勝ちで日本タイトルを獲得した。

 

おやっさんの話では宮田は直ぐに東洋タイトルを目指すが、木村と青木は数戦は防衛するらしいな。

 

「2ヶ月後には幕ノ内も日本タイトルに挑戦ですし、鴨川ジムは随分と活気づいていますね。」

「小僧の相手は医者の卵という異色のボクサーが相手じゃ。決して楽観は出来んわい。」

 

真田は鴨川会長が言う通りに異色のボクサーだ。

 

日本タイトル初防衛戦はあっさりとこけちまったが、その後は医者の卵としての観察力で相手の状態を正確に見抜き、人体の弱点へ無駄なくパンチを当ててKOを量産していっている。

 

幕ノ内も苦戦するかもしれねぇな。

 

「まぁ、今は小僧の事よりも今日の試合じゃ。」

 

その後、話もそこそこに俺は控え室を後にしたのだった。




次の投稿は11:00の予定です。


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外伝・ライバル編:第3話『交錯する思惑』

本日投稿3話目です。


side:鷹村

 

 

入場セレモニーも終わって、いよいよ試合が始まった。

 

リング中央で奴とグローブを合わせる。

 

いつもより大きく間合いを取り、ジャブを打って少しずつ調整していく。

 

一発、二発とジャブを打っていく中で、奴の目が俺を観察しているのがわかる。

 

昔の俺なら奴の目に苛立っていたかもしれねぇな。

 

左、左、左。

 

ジジイが教えたボクシングをしていく。

 

奴の身体にジジイが構えるミットのイメージが重なっていく。

 

そのミット目掛けてジャブではなく、左ストレートを強めに打ってガードさせたところで、前足にシフトウェィトする。

 

そこで気付く。

 

奴が右手首を捻っている事に。

 

思わず身構えて動きが止まったところに一閃。

 

奴の左で顔を跳ね上げられた。

 

更に角度とタイミングが違う左が続いてくる。

 

これが飛燕か…。

 

ジジイの助言で木村に再現させたものを何度か見たが、キレが別物だ。

 

こいつは慣れるのに時間が掛かりそうだぜ。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

「強かじゃな。」

 

パンチを打つことなく、コークスクリューブローの溜めを見せるだけで鷹村を止めよった。

 

その後も飛燕を軸にペースを握られておるわい。

 

「む?」

 

鷹村が距離を詰めようとしておる。

 

何をするつもりじゃ?

 

「飛燕を嫌ったか?」

 

たしかにクロスレンジ(近距離)なら飛燕に煩わされる事もないだろう。

 

パンチの威力とタフネスでイーグルに勝る鷹村に適した距離と言えなくはない。

 

だが、距離を詰めてどうする?

 

「…ボディーブローか。」

 

おそらく鷹村は拳一つ分の隙間から放つパンチを狙っておる。

 

鷹村の足腰ならそれでも十分にKOを狙える威力の一発を打てる。

 

決まれば一気に流れを掴めるじゃろう。

 

だが…。

 

「団吉なら気付くじゃろうな。」

 

このラウンドでクロスレンジまで距離を詰めるのは出来ぬじゃろう。

 

そしてインターバルに入れば団吉は助言し、イーグルに想定されてしまう。

 

そうなれば奇襲の効果は見込めん。

 

ならば…。

 

「もう一工夫必要じゃな。」

 

儂は鷹村に勝利を掴ませるべく、老いた頭を必死に働かせるのだった。

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

1ラウンド目が終わりコーナーに戻る。

 

そして椅子に腰を下ろすとダンが話し掛けてきた。

 

「どうじゃ?」

「間合いとパンチを打つタイミングが噛み合い過ぎる。幾つかジャブを貰いそうになって冷や汗をかいた。」

「ふむ、想定通りじゃな。修正は出来たか?」

「あぁ、問題ない。」

 

だが疑問は残った。

 

1ラウンド目の後半から鷹村は距離を詰めようとしてきた。

 

彼のボクシングはミドルレンジを主体とするもの。

 

クロスレンジに持ち込んで何をするつもりなのだろうか?

 

「奴はワンインチパンチを狙っておる。」

「ワンインチ?」

「左様。鍛え抜かれた足腰を持つ者なら、拳一つ分の隙間さえあれば有効なパンチが打てる。」

 

ボクシングの常識では考えにくいパンチだ。

 

ダンの情報が無ければ、一時的に混乱していた可能性がある。

 

「ありがとう、ダン。」

「気にするな。これがセコンドの役目よ。だが、向こうのセコンドも儂が入れ知恵する事に気付いておるだろう。なら、更なる工夫を加えてきても不思議ではない。」

 

ワンインチパンチに加えて更なる工夫か…。

 

「覚悟はしておくよ。たとえダウンを奪われても気持ちが揺れない様に。」

「それでいい。主が己のボクシングを貫けば、自ずと勝利は掴み取れる。それだけの準備はしてきたのだからな。」

 

その通りだ。

 

なに一つ不足なく準備をしてきた。

 

後は勝つだけだ。

 

場内アナウンスが流れ、ダンがリングを下りる。

 

「奴の狙いがあろうと、戦略を変更する必要はない。一つ一つ、積み上げていくのだ。」

 

ダンの言葉に頷くと、ゴングと同時にリング中央へと進み出た。




次の投稿は13:00の予定です。


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外伝・ライバル編:第4話『鷹村の一撃とイーグルの戦略』

本日投稿4話目です。


side:鷹村

 

 

「鷹村、貴様の狙いはおそらくばれとるだろう。」

 

1ラウンド目が終わりコーナーに戻ると、いきなりジジイがそう言ってきやがった。

 

「マジか?じゃあ止めた方がいいか?」

「いや、貴様の狙いは間違っておらん。飛燕に慣れるまでに一方的にダメージを受けては、反撃も覚束無くなるじゃろう。ならばその間に一手を打って向こうにもダメージを与える必要がある。」

「けどばれてんだろ?」

「うむ、そこで貴様の狙いにもう一手を加えるんじゃ。」

 

首を傾げるとジジイがニヤリと笑う。

 

「まだプロデビューをする前の小僧と宮田のスパーリングは覚えとるか?」

「あぁ、覚えてるぜ。」

「うむ、そのスパーリングで小僧が放ったショートアッパー…あれを使え。」

 

俺はジジイの言葉で一歩の右ショートアッパーを思い出す。

 

当たりはしなかったが、当たっていれば間違いなく宮田相手に逆転KOしてただろうな。

 

イメージを固めながら右を握り締める。

 

「クロスレンジでは正確に顔を狙えんじゃろう。だが、貴様の当て勘ならいけるわい。」

 

ジジイにそう言われると悪い気はしねぇな。

 

そう思ってると場内アナウンスが流れてジジイがリングを下りる。

 

「行ってこい。貴様以外の日本人ボクサーに奴は倒せん。」

 

…ったく、いつの間におだてられる様になりやがったんだ?

 

まぁ、いいか。

 

ジジイのその言葉…証明してきてやるぜ!

 

 

 

 

side:イーグル

 

 

2ラウンド目が始まると、鷹村は先のラウンドと同じ様に距離を詰めようとしてくる。

 

そこを飛燕を軸に丁寧に叩いていく。

 

顔の左半分…彼の目を狙って。

 

煩わしそうに顔を振りながら、彼は更に距離を詰めようとしてくる。

 

リングを円く使い彼に距離を詰めさせない。

 

そうやって彼を振り回し4ラウンド目に入ると、不意に彼の右ストレートが飛んできた。

 

ブライアンのパンチを経験していなければ、その風圧に身体が硬直していたかもしれない。

 

僅かに体勢を崩した彼を咎める様にワンツーを放つと彼がぐらつく。

 

そこから彼は更に左アッパーを放ってきた。

 

そして自身のパンチの勢いに負けたのか、ふらついた彼は僕に身体を預ける様にして倒れてくる。

 

…しまった!

 

僕は咄嗟にマウスピースを噛み締めて腹に力を入れる。

 

その刹那…。

 

ドスンッ!

 

彼の肩が僕に触れかねない程のクロスレンジで、信じられない威力のボディーブローがきた。

 

そして次の瞬間…天井のライトを見上げるとリングに膝をついてしまった。

 

「ダウン!」

 

レフェリーの声が耳に入る。

 

ダウン?

 

僕はどんなパンチを貰ったんだ?

 

「イーグル!右のショートアッパーだ!落ち着いて休め!」

 

ダンの声が届く。

 

そうか…僕は右のショートアッパーでダウンしたのか。

 

深呼吸をして状況を確認する。

 

膝が震えている。

 

だが立ち上がるのは問題ない。

 

レフェリーのカウントが進む中でシミュレーションをしていく。

 

カウント8で立ち上がりファイティングポーズを取った。

 

「イーグル、行けるか?」

 

レフェリーの声に頷きつつ、鷹村に目を向ける。

 

1ラウンド目から積み上げた戦略が身を結び、彼の右目はふさがりつつある。

 

そしてこの程度のピンチはブライアン対策の練習で常に想定してあるから問題ない。

 

レフェリーが試合を再開すると鷹村が力強く踏み込んでくる。

 

ここをしのげば…勝利は一気に僕に近付く!

 

その気持ちを胸に僕は全力を尽くすのだった。

 

 

 

 

「八木ちゃん!氷じゃ!」

 

4ラウンド目が終わりコーナーに戻ってきた鷹村の右目を冷やしながら、儂は悔しさに歯を噛み締める。

 

イーグルの狙いは最初から鷹村の距離感を奪う事じゃった。

 

それにもっと早く気付いておればと後悔するばかりじゃ。

 

まだ完全に右目の視界が塞がったわけではない。

 

だが既に距離感には僅かにずれが出ておる。

 

もし鷹村の距離感がずれておらねば、先程の4ラウンドの追撃で更にダウンを…上手くいけばそのまま勝利する事だって出来たかもしれぬ…口惜しいわい。

 

悔しさを飲み込む様に大きく深呼吸をする。

 

そして儂は開いている鷹村の左目と目を合わせて話す。

 

「鷹村、危険だと判断したらタオルを投げ込む。」

 

重量級のボクサーのパンチは優に人を殺せる。

 

この先、右目が完全に塞がればそのパンチを無防備にくらってしまう。

 

「…そうかよ。」

「儂を恨んでくれて構わん。罵倒してくれて構わん。じゃが…。」

「おい、ジジイ。」

 

そう言って鷹村はグローブで儂の顔を挟み込む。

 

そして…。

 

「まだ試合は終わってねぇだろうが!」

 

…そうじゃった。

 

まだ若い鷹村に気付かされるとは…儂もまだまだ未熟者よな…。

 

「…水を差してすまんかった。」

「気にすんな。ジジイに心配を掛ける様な試合をした俺が悪いんだからな。」

 

こやつは本当に変わりよった。

 

儂も変わっていかねばならん。

 

こやつと共に世界と戦っていく為に…。

 

その後、鷹村は距離感を失いつつも5ラウンド目は見事にイーグルと渡り合ってみせた。

 

だが6ラウンド目にイーグルのコークスクリューブローを受けて一度目のダウンをしてしまう。

 

そして7ラウンド目に更に二度のダウンをすると、儂はリングにタオルを投げ込んだのだった。




次の投稿は15:00の予定です


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外伝・ライバル編:第5話『試合後の鴨川ジム』

本日投稿5話目です。


side:幕ノ内

 

 

「あ~…惜しかったですねぇ。4ラウンドにダウンを奪った時は行けると思ったのになぁ。」

 

鴨川ジムに練習生としてやって来る様になった高校生の板垣 学(いたがき まなぶ)君が、残念そうに声を上げる。

 

「右目の視界を奪われてしまったからな。重量級のパンチの危険性を考えると、あそこで会長がタオルを投げ込んだ判断は間違っていない。」

「プロの世界は厳しいですねぇ、宮田コーチ。」

 

宮田君のお父さんの言葉に学君が相槌を打つ。

 

学君が宮田君のお父さんをコーチと呼ぶのは、彼が鴨川ジムに来る様になった理由が関係している。

 

学君はアマチュアボクシングのインターハイで全国2位になったんだけど、そのインターハイ決勝戦で負けた相手にリベンジする為に、鴨川ジムに修行をしにきたみたいだ。

 

聞いた話だけど、学君が通っている高校のアマチュアボクシング部はそこまで有名ってわけじゃなく、ちゃんと指導出来る人や学君のスパーリングパートナーが出来るレベルの人がいないらしい。

 

だから学君は何人も日本チャンピオンがいるうちに来るって決めたみたいだ。

 

でもそこで問題になったのが学君の家庭事情。

 

あまり裕福じゃないからジムに払う月謝が厳しいらしく、家族会議では中々話が進まなかったみたいなんだけど、そこで会長は学君にこう言ったそうだ。

 

『将来、うちのジムからプロになるのならば月謝はいらん。』

 

この一言が最後の決め手になって、学君は鴨川ジムに来る様になった。

 

実は学君以外にも三人、うちのジムに来る様になった人がいる。

 

一人目は以前に鷹村さんのスパーリングパートナーをした人で兵藤さん。

 

この人は今すぐプロデビューしても、東洋は確実に取れるって会長が太鼓判を押す程の凄い人だ。

 

二人目は山田 直道君。

 

山田君はいじめられっ子だった僕がプロボクサーとして頑張る姿に感動して、自分もボクシングを始めようと鴨川ジムに来たって言っていた。

 

凄く照れ臭いけど、僕の試合が誰かを感動させる事が出来たのなら、それはとても嬉しい事だ。

 

そして三人目は…。

 

「凄い試合だったね、一郎さん!」

 

学君の妹の菜々子ちゃんだ。

 

「…暑苦しいから離れろ。」

「えぇ~?減量するボクサーなんだから、暑いのには慣れておいた方がいいんじゃないですか?」

「…ちっ。」

 

菜々子ちゃんは恋愛事には疎い僕でもハッキリとわかるぐらいに、宮田君を好きだとアピールしている。

 

初めは宮田君も戸惑っていたけど、慣れてきたのか最近はこんな感じだ。

 

菜々子ちゃんは決して宮田君の練習を邪魔したりしないし、僕から見ても美男美少女でお似合いの二人だ。

 

よく今みたいに腕を組んだりしてるんだけど、あれでまだ正式に付き合ってはいないみたいだ。

 

板垣家の御両親と宮田君のお父さんの間では、既に水面下で二人の将来を具体的に話し合ってるそうなんだけど、宮田君当人は知らないみたいで、宮田君のお父さんから僕達に内緒にしてほしいと頼まれている。

 

こういうのは外野から見ているとけっこう楽しいから、僕は木村さんや青木さんと一緒に内緒で二人の様子を笑って見ている事がある。

 

「さて…学、今の試合を振り返ってどう思う?」

「そうですねぇ…イーグルは最初から鷹村さんの目を狙ってたんじゃないかと。」

「あぁ、その通りだ。では、なぜ鷹村の目を狙った?」

 

宮田君のお父さんのこの問い掛けに、学は腕を組んで悩む。

 

「ふむ…では木村、お前はどう思う?」

「そうっすねぇ…二人のファイトスタイルが噛み合うから、打ち合いのアドバンテージを取りにいったってとこですかね。」

「うむ、大方その考えで間違いではないだろう。流石は日本チャンピオンだな。」

 

宮田君のお父さんの称賛に、木村さんは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「学、近代ボクシングの主とするところは空間の削り合いだ。」

「空間の削り合いですか?」

「あぁ、間合いを制すると言い替えてもいい。アウトボクサーならば、相手を中心として円を描く動きで間合いを制する。逆にインファイターは踏み込んでいって己の間合いに持ち込む。これらの行為は己の空間を作る作業であると同時に、相手の空間を削る作業でもあるんだ。」

 

僕も同じ様な事を会長から何度も聞かされている。

 

それが出来ているかはわからないけど、それをするには何よりもジャブが大事なんだと教わった。

 

それから鷹村さんとイーグルさんの世界タイトルマッチについて話し合っていくと、一区切りをつける様に宮田君のお父さんが柏手を一つ打った。

 

「さて、お喋りはここまでだ。練習を始めるぞ。」

「よし板垣、俺とスパーリングをしようぜ。」

「えぇ~…木村さんとのスパーリングは頭が疲れるんですよねぇ…。」

 

そう言って苦笑いをする学君の頭を、宮田君のお父さんが軽く小突いた。

 

「馬鹿者、今のお前に必要なのが正にそれなのだ。なんとなくといった感覚的なものではなく、理屈でボクシングを理解する様に努めろ。でなければ試合で感覚を掴む前に潰されるぞ。」

「うぅ…おっしゃる通りです。」

 

今井君との試合を思い出したのか、学君はガックリと項垂れる。

 

そして自分で顔を張って気を取り直した学君は木村さんに頭を下げた。

 

「木村さん、学ばせてイタガキます!」

「青木と幕ノ内はシャドー、山田はロープスキッピング、一郎はロードワークだ。菜々子ちゃん、一郎がオーバーワークしない様に見張りを頼むよ。」

「は~い。」

 

笑顔で返事をした菜々子ちゃんに宮田君が頭を抱えている。

 

鷹村さんが負けてしまったの本当に残念だけど、それでも胸を張って帰ってきてもらいたい。

 

だって鷹村さんは僕の…僕達の憧れのボクサーだから…。




次の投稿は17:00の予定です


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外伝・ライバル編:最終話『ステーキハウスに響く笑い声』

本日投稿6話目です。


世界タイトルマッチから一週間、鷹村はまだアメリカにいた。

 

試合後直ぐに病院に向かい精密検査を受けていたからだ。

 

そんな鷹村はとある人物から招待を受け、ニューヨークのとあるステーキハウスに向かって移動している。

 

「ここか?」

「運転手が間違えておらねばな。」

 

鴨川の言葉に鷹村は首を傾げる。

 

小洒落てはいるが、一見すると何億も稼いでいる男が行くような超高級な店には見えなかったからだ。

 

「まぁ、いいか。入ろうぜ、ジジイ。」

「うむ。」

 

扉を押し開けると来客を告げる古めかしいベルの音が鳴り響く。

 

すると…。

 

「よう、鷹村。遅かったじゃねぇか。」

 

何故か伊達が出迎えた。

 

「なんで伊達のおっさんがいるんだよ?」

「俺も招待されたからに決まってんだろ。ほら、主催者が待ってるから早く中に入れよ。」

 

少しイラっとしたが、鷹村は伊達の案内で店の中に進む。

 

そして店の中に招待状の送り主である、ブライアン・ホークの姿を見付けた。

 

片手を上げるホークに鷹村は鼻を一つ鳴らしてから席に座る。

 

「おいデビッド、どうやら鷹村はまだお前に負けた事を根に持ってるみたいだぜ。」

「そうかな?僕には病院食に飽々して臍を曲げている様に見えるよ。」

 

そうやって楽しそうに談笑しているホークとイーグルの姿を見て鷹村が頭を抱えると、伊達が肩を叩く。

 

「リングを下りれば後腐れなく過ごす。さっぱりしていていいだろ?」

「…おっさんは随分と慣れてるみてぇだな。」

「二人とは何度もスパーリングをしているからな。」

 

そう言って笑う伊達に鷹村はコメカミに青筋を立てる。

 

「てめぇ!裏切者か!」

「妬くな妬くな。日本じゃ中々いいスパーリングパートナーが見つからねぇからってよ。」

 

図星をつかれた鷹村は押し黙ってしまう。

 

だが今の鴨川ジムにはいいスパーリングパートナーがいる。

 

それで溜飲を下げた鷹村は口角を上げた。

 

「鷹村、儂は向こうで飲む。貴様に体調管理の事を今更言うまでも無いじゃろう。今日はゆっくりと楽しめ。」

 

そう言って鴨川が向かう先には浜 団吉とミゲル・ゼール、そして身体が大きい老人の姿がある。

 

「ジジイはジジイ達で飲むってか?」

「俺の嫁さんも向こうで楽しんでるぜ。」

「あん?」

 

鷹村が目を向けるとそこには伊達の妻である愛子、ホークの婚約者である真理、そしてイーグルの婚約者であるメアリーの姿があった。

 

「こっちじゃあ、パーティで家族を招待ってのは当たり前だからな。」

「…そうかよ。」

 

ホークの言葉に鷹村は鼻を鳴らす。

 

「それじゃ始めるか。今日は店を貸し切ってある。俺の奢りだから思いっきり楽しんでくれ。」

 

こうしてホークの音頭でパーティは始まったのだった。

 

 

 

 

ステーキハウスの一角で酒を口にしていた鴨川は、団吉に問い掛ける。

 

「初めから狙っておったのか?」

「無論だ。」

「何を根拠に?」

 

団吉は酒で喉を潤してから答える。

 

「儂とイーグルは、貴様のボクサーと真っ向から打ち合うのは危険だという認識で一致した。そこでアドバンテージを得る手段として目を狙ったのだ。」

「…そうか。」

 

鴨川は悔しそうにグラスを干す。

 

「負けてはしまったが鷹村は素晴らしいボクサーだ。流石は鴨川の教え子だな。」

 

そう言葉を発するのは、若き日の鴨川と死闘を繰り広げたラルフ・アンダーソン元軍曹である。

 

「アンダーソンからそう言われたのならば悪い気はせんわい。」

「なんじゃ、ラルフ。儂のボクサーには何かないのか?」

「アメリカ国民の私がイーグルを今更評価しろと?彼はオリンピックで金メダルを取ったその日からアメリカの英雄として成功が約束されていた。もっともあの若き英雄は安穏とした王座よりも、ライバルの背を追うことに生き甲斐を見付けている。見事なフロンティアスピリットだよ。」

 

アンダーソンはそう言いながら水を口にする。

 

「やはり酒は飲まんのか?」

「あぁ、君達との試合でボクサーの誇りを取り戻した事を忘れたくなくてね。もっとも、忘れたくともあの時の君のボディーブローは忘れられるものじゃない。」

「一撃で肋骨を砕く馬鹿げた拳じゃったからな。」

「団吉、馬鹿げたとはなんじゃい。」

 

不満な顔をする鴨川を見てミゲルがクスクスと笑う。

 

そしてボクシングの事となれば話題に事欠かない老人達の会話は弾んでいく。

 

そんな老人達とは離れたところで女性達も会話に花を咲かせていた。

 

「じゃあ、マリの結婚式は3ヵ月後の防衛戦が終わった後なのね?」

「えぇ、そうよ。メアリーはどうなの?」

「私達の結婚式は二ヶ月後の予定よ。デビッドはしばらくメディア露出で忙しいから。」

 

イーグルの婚約者であるメアリーとホークの婚約者である飯村 真理が幸せそうな顔で話している。

 

その二人の様子を愛子が微笑ましそうに眺める。

 

「そういえば、愛子さんの時はどうだったのかしら?」

「私達の時は身内だけで済ませたわ。昔から英二さんはボクシングに夢中なやんちゃ少年って感じで、堅苦しいのは嫌いだったから。」

「ボクシングに夢中なのはデビッドも変わらないわ。」

「ブライアンもそうよ。」

「ふふ、そういうところが男の人の可愛いところよね。」

 

少し離れたところで三人が同時にくしゃみをしたが、それに気付いた彼女達は笑ってしまう。

 

「マリ、貴女のところでは子供はもう考えてるの?」

「まだ考えてないわ。まぁ、いつ出来てもおかしくはないのだけど…。」

「ワォ、ブライアンはそっちも世界チャンピオンなのね。」

 

アルコールが入って舌が軽くなったのか彼女達の間でそんな話題も飛び出す中、男達はステーキに舌鼓を打っている。

 

「美味しい!」

「日本のとは違って肉厚だから食い応えあるだろ?」

「うん!ねぇ、ブライアンはいつもここでステーキを食べてるの?」

「あぁ、十歳の頃からだいたいここで食ってるな。」

 

伊達の息子と歓談しながらステーキを食べるブライアンを横目に、鷹村もステーキを口に運ぶ。

 

「おいおい鷹村、減量明けでそんなに食って大丈夫か?」

「問題ねぇよ、おっさん。」

「若ぇなぁ。」

 

伊達はステーキをそこそこにサラダを口に運ぶ。

 

「それで、入院中にたっぷり試合を振り返ったんだろ?」

「…まぁな。」

 

鷹村がそう返事を返すと、イーグルが興味を持った。

 

「タカムラ、君の目には僕のボクシングはどう映ったんだい?」

「…めんどくせぇボクシングだったぜ。」

「ハッハッハッ!そいつは最高の誉め言葉だな!」

 

笑う伊達を気にせず鷹村はイーグルに問い返す。

 

「そういうテメェは俺のボクシングをどう思ったんだよ?」

「基本に忠実。だけど駆け引きには慣れていない様に感じた。」

 

鷹村は世界に舞台を移すまで、駆け引きを必要としないぐらい圧倒的な力の差がある選手との試合が多かった。

 

故に経験不足の鷹村は、世界トップクラスの相手との緻密な駆け引きでは後れを取ってしまう。

 

だが言い換えれば成長途上でもあるのだ。

 

しかし鷹村はどこかで何かが噛み合わないと感じている。

 

「ブライアン、お前は鷹村のボクシングどう思う?」

 

伊達が話題を振るとホークに注目が集まった。

 

「あ~…なんていうか、合ってねぇんじゃねぇかと思うぜ。」

「合ってねぇってのは、基本に忠実なボクシングがか?」

「いや、そうじゃねぇ。なんて言えばいいんだろうな?」

 

頭を掻きながら天井を見上げたホークは言葉を探す。

 

「あぁ、そうか。今はインファイターとかアウトボクサーじゃなくてボクサータイプが流行ってるよな?」

「確かになんでも出来る器用なボクサータイプが求められてるのが現状だな。」

「それってよ、相手に合わせてボクシングを変える為だろ?それが合ってねぇんじゃねぇかと思うんだ。」

 

理解を示して伊達は続きを促す。

 

「なるほどな。でもよ、相手に合わせねぇならどんなボクシングをするんだ?」

「『打たれる前に打つ』ってのはどうだ?これなら相手に合わせる必要はねぇ。」

 

その言葉に伊達はプッと吹き出す。

 

「自分を押し付けてねじ伏せるボクシングか。確かにそういったボクシングもあるわなぁ。」

 

笑いながらも伊達はチラリと鷹村に目を向ける。

 

すると、そこには何かを考えている鷹村の姿があった。

 

そして少しの間の後、鷹村は徐に席を立ち上がった

 

「わりぃ、ちょっとジジイのところに行ってくるぜ。」

 

鷹村の背を見送ると、伊達はイーグルに話し掛ける。

 

「余計な事をしたか?」

「いや、ライバルの成長は歓迎すべきものだ。気にしないでいいよ、エイジ。」

 

その返事に笑みを浮かべた伊達は息子の頭を撫でる。

 

「雄二、覚えとけよ。ボクサーってのは一人じゃなかなか強くなれねぇ。でもライバルと競い合って、トレーナーに鍛えてもらい、多くのファンに支えられると、そいつは世界チャンピオンになれるぐらい強くなれるんだ。」

「うん!覚えとくよパパ!」

「よ~し、いい子だ!」

 

ふと皆が鷹村に目を向けると、そこには鴨川も一緒になって席を立ってファイティングポーズを取っている光景があった。

 

そんなボクシング馬鹿の二人の姿に、ステーキハウスは笑いに包まれたのだった。




これで拙作の外伝も完結です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


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