ハリー・ポッターと賢者の石になったニコラス・フラメル (GGE48)
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賢者の石になった錬金術師の名は

練習中



 生き残った男の子が闇の帝王ヴォルデモートを倒し、暗黒の時代を終わらせてからもうすぐ十年。イギリスの魔法使いたちは平和を謳歌していた。

 

 だがごく僅かな魔法使いだけが知っている。ヴォルデモートは滅んだわけではないのだと。

 

 確かにヴォルデモートは倒された。だが、彼はどういうわけか生き長らえている。それを知っている魔法界の英雄アルバス・ダンブルドアは、彼が己の復活を目的に賢者の石を狙うことを確信している。それがいつになるかはわからないが、いずれヴォルデモートはそれを狙うのだと予知していた。

 

 そこで彼は賢者の石を所持している友人にそれを伝えたところ、身の回りを整理する時間が欲しいと頼まれた。

 

 友人ニコラスと彼の妻ペレネレは、賢者の石から得られる命の水で通常の人の何倍もの年数を生きてきた古い魔法使い。彼らの知り合いが死へと旅立つ中、彼らもようやく後を追うことを決めたのだ。

 

 だがどういうわけか、ここで本来の道筋と狂ってしまう。

 

 ニコラス・フラメルは錬金術師である己の成果を誇りに思っている。だが自分の研究成果は狙われており、ダンブルドアは利用されないためにそれを壊すのだという。

 

 壊す必要性はわかる。賢者の石は悪の道を歩む魔法使いにとって喉から手が出るほど欲しいだろう。死に片足を突っ込んでいる老人が六百年以上も生きているのだ、その回復力は察して余りある。

 

 だから当初、ニコラスはダンブルドアの依頼に応じて賢者の石を預けようとした。それが、魔法界のためになるならばと。

 

 そうして身の回りを整理する中で、過去の研究論文を手に取り読んでいたニコラスはふと、下書きの原稿の端に走り書きされたメモを見つけた。

 

 道筋が大幅に狂う原因となるそれは、彼がたまたま見つけた古ぼけた羊皮紙に書かれた一文にあった。

 

――――賢者の石と人体を錬成したらどうなるのか?

 

 これだ!とニコラスは脳内に雷が落ちたような感覚を覚えた。魔法使いである以上に探究者であるニコラスは、メモに記された一文をどうしても試してみたくなった。

 

 妻に事情を相談すると、彼女は夫の背中を押した。いやむしろ、彼女の発言が彼を動かしたと言っても過言ではなかった。

 

 

「賢者の石と一つになれたらあなたが一番近くで守れるじゃない。最後の研究の題材として打って付けだわ!」

「そうだ、アルバスに頼まなくても私が守ればいい!そう――――私自身が賢者の石になることだ」

 

 

 賢者の石を守るために手放すのではない。守るなら一緒になればいい。

 

 狂気的な発想を得たフラメル夫妻は、最後の研究として賢者の石と人体の錬成を執り行うことを決定した。アルバスに勘付かれる前に成し遂げなければ、と老体に鞭を打って彼らは研究資料を読み漁る。

 

 老いた脳に久方ぶりの刺激を与え、二人は再び賢者の石の研究に勤しんだ。賢者の石と一つになることは大きなリスクが伴う。もしかしたら、命の水を飲み終えて自然に亡くなる前に、石を取り込んだ副作用で無残な死を遂げるかもしれない。

 

 だが死を恐れず、迎えるつもり満々なニコラス・フラメルにとってそれは研究の失敗が自分の身で証明されるという意味でしかない。最後の研究で死ぬのも悪くはないと彼は思っている。

 

 フラメル夫妻にとって残念なことは、賢者の石が一つしかないということだった。ニコラスが被験者となることは決まっているので、見届け人は妻になる。だがもし仮に実験が成功してニコラスが不老不死になれば、妻は彼を残して先に逝ってしまう。夫妻にとってはそれが残念でならなかった。

 

 しかしそれでも研究をやめるつもりはない。賢者の石が破壊されるのであれば、最後に色々試すくらいは許して欲しいものだ。そんなことを考えつつ、準備を進めていく。

 

 

 そうして迎えた実験当日。彼の選んだ運命の日はハロウィンだった。石を破壊する気満々の友人へ人生最後の悪戯を、という意味で彼はこの日を選択したのだ。

 

 古代ルーン文字が床を埋め尽くさんばかりに刻まれた研究室の中心に、妻ペレネレの視線を感じながらニコラスは立つ。彼の掌には、拳大の賢者の石が乗っている。

 

 失敗したら死ぬかもしれないが恐怖はない。予定より少し早く向こうの世界へ旅立つだけだ。

 

 だから彼は何の気負いもなく実験を始めることにした。妻との別れの挨拶は済ませた。成功すれば意味はなくなるが、ニコラスが自分を保ったまま生き残る保証はどこにもないからだ。

 

 そして彼は、生涯最後の、最高の実験を始めたのであった。

 

 

 

「そしてその結果がこれ、とな……?ペレネレ」

「ええ、可愛らしいでしょう?まさか賢者の石が一から人体錬成するなんて、なんて素晴らしい誤算!研究の成果は大成功、私たちの最高傑作よ!」

 

 

 頬を赤らめて興奮した様子でペレネレ・フラメルは研究成果を友人のアルバス・ダンブルドアに報告した。夫の研究を手伝っただけあって、彼女も立派に賢者の石に対して並々ならぬ情熱を持っていた。

 

 アルバス・ダンブルドアは深い溜息を吐いた。彼らの悪魔的な発想により、賢者の石は消失した。ただ消えたならともかく、実際はそれより更に状況が悪いことを夫妻は気づいているのだろうかと彼は思う。

 

 

「ペレネレ、ニコラスが賢者の石と一体化してしまった以上、彼はヴォルデモート卿に狙われることになるやもしれぬ」

「それが何か?アルバス。まず真実を探り当てること自体難しいのよ?それなら他の方法を探すでしょう?」

「確かにニコラス・フラメルが賢者の石と一体化しているとは誰も思いもしないが……ニコラスもあなたも、既に現役から離れて何年経ったとお思いで?戦いはまだ終わってはおらぬ、慢心は危険じゃ」

 

 

 慎重な意見を積み重ねるダンブルドアへ、実験が成功したという達成感に満ち溢れている新生ニコラスが可憐な声でとんでもないことを言い放った。

 

 

「私、ホグワーツに入学するからそのつもりでよろしく」

「!?」

「寂しくなるわねぇ」

 

 

 ペレネレは夫の言わんとしていることがわかるようで、言葉通り寂しそうな顔で言った。しかしそれでも彼女は、自分たちの最高傑作がどこまで機能するか探究したい気持ちの方が孤独を上回っていた。

 

 随分と小さく、愛らしい容姿に変化した夫を抱きしめながら彼女は友人でありホグワーツの校長であるダンブルドアを窺う。

 

 

「ニコラスがホグワーツにいるならあなたも安心ではなくて?私たちは、ニコラスは、この身体が魔法使いとして使えるか否かを研究する。その代わり、ホグワーツに何かがあればニコラスが出る。お互いに損はないでしょう?」

「うーむ。ホグワーツに新たな戦力が加わることは歓迎できるが……わしは、石をグリンゴッツに保管して後からホグワーツに移すつもりだったのじゃ。ヴォルデモートの、彼の配下の動きを確認したくてのう」

 

 

 この様子ではそれも無理じゃが、とダンブルドアはがっくりと肩を落として続けた。石自体は消滅している。正しく言えば、石は新生ニコラス・フラメル本人だ。

 

 流石にニコラスを賢者の石としてグリンゴッツに預けるのは小鬼たちに気が狂っていると思われかねない。ダンブルドアとしては誘き寄せる意図で賢者の石を欲したのだがこんなことになろうとは予測できるわけがなかった。

 

 それを聞いたニコラスは「あいわかった」と頷くと、小さな両手を宙へ伸ばした。膨大な魔力が彼の内側から溢れ出て、渦巻いては凝縮されていく。しばらくその作業を終えると、魔力が渦巻いていた中心に光り輝く石が浮かんでいた。

 

 

「ほれ、アルバス。賢者の石」

「やめんかい!一瞬本物かと思ったわ!」

「三日分の命の水を内蔵した、賢者の石によく似た石だよ」

「それは最早本物では!?」

 

 

 それを軽々しく放り投げたニコラス・フラメルは何世紀も生きてきただけあって図太い男だった。今は可憐な声を奏でる、雪の妖精のように愛らしい姿だが。

 

 恐々と受け取ったダンブルドアが石ころを検分する。賢者の石をつくりそれを取り込んだ世界最高峰の錬金術師が作成しただけあって、本物と瓜二つだ。内包している力も、賢者の石を知らない者が手に取れば易々と騙されるだろう。

 

 とりあえずそれらしい石を手にしたことで安堵したダンブルドアは「人生の中で一番驚かされたハロウィンだった」と疲れたように言った。彼がそう告げたことでフラメル夫妻はご機嫌な様子でハイタッチを交わす。

 

 側からみたら孫が祖母とハイタッチをしているようにしか見えないが、この二人実は夫婦である。しかも六百年以上連れ添った。

 

 ダンブルドアは早く自分の家でもあるホグワーツへ帰りたいと切実に思いつつ、先程フラメル夫妻が持ち出した話について確認をとった。

 

 

「ニコラスよ、新入生からやり直すのは苦痛ではないかのう。そんな外見で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 

 賢者の石を溶かし込んだような無機質な紅色の瞳が特徴的な少女が胸を張って自信満々に言い切った。膝丈まである長い雪色の髪をペレネレに編まれている少女が彼女の夫だとは一見してわからない。

 

 奇策という意味ではこれ以上のものは存在しない。ダンブルドアとしてはしてやられた気持ちの方が割合的には大きいが。フラメル夫妻に石を回収するまでの時間を与えた結果がこれだ。

 

 謎の敗北感を抱いたが、結局彼は友の意見を尊重し入学を許可することとなった。かの偉大な魔法使いアルバス・ダンブルドアといえども、生きる古の魔法使いにかかればまだまだ子供であった。

 

 ダンブルドアが影を背負いながら帰った後、二人は魔法で派手に祝砲を上げながら豪勢なディナーを頂いた。なんだか彼に勝ったような気がしたからだ。

 

 




ペレネレの「娘が欲しいわぁ」という心からの望みを賢者の石が叶えてくれたらしい。娘と夫が一体化?つまり最高では??


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六百歳越えの少女

アイディアは浮かんでくるけど文章化が難しい。


 それからペレネレは暴走した。

 

 前々から子供を欲しがっていた彼女は、特に娘が欲しかった。夫が賢者の石を取り込んだ末、娘になるという現象はやはり意味不明だが、ペレネレにとっては夫と娘が一緒だというとんでもない幸運にありつけたのだと感じていた。

 

 彼女は娘に着て欲しかった様々な衣装を爆買いして夫に着せた。ニコラスは非常に大らかな性格で、全く疑問に思うことも、抵抗を感じることもなく少女趣味全開の衣装を纏った。ペレネレは狂喜乱舞し、カメラで何枚もの写真を撮り、挙げ句の果てには周りに自慢しようと思いつく。

 

 縁あって今もなお付き合いのある魔法動物学の権威ニュート・スキャマンダー氏に新生ニコラスの写真を送りつけたことから始まると、やがてニコラス本人も悪乗りした。彼はボーバトンの校長に「ホグワーツに入学してみる」と謎の手紙を送ってみたりと、以前とは大違いの行動力を発揮した。

 

 ボーバトンの校長、オリンペ・マクシームは悪戯だと思ったようで返信が来なかった。近い将来、彼女たちがホグワーツに赴いた際にもし彼に遭遇したならば、恐らく絶叫の末倒れるだろう。なにせニコラス・フラメルはボーバトン魔法アカデミーの卒業生だ。伝説の卒業生が違う学校で違う姿になってまで再び学生生活を謳歌していると知ればその衝撃は計り知れない。

 

 ただし、スキャマンダー氏は“生物と無機物の間の存在である彼は新たな魔法生物なのか否か”気になり最終的にはフラメル夫妻の家に突撃してきた。生態が気になるんだ、と言いながら幼気な少女に迫る様はどう見ても変質者であった。

 

 現役は既に引退している彼だが、魔法動物への情熱を忘れたわけではない。新種が発見されると一度は確認に現地へ赴くなど程々に活動している。そんな彼がペレネレから「ニコラスが賢者の石と合体したら女の子になったわ!」と事実だが極めて理解しがたい手紙が届けばどうするかは自ずとわかる。

 

 そうしてフラメル家に襲来した彼だが、彼のおかげで興味深いことが次々と明らかになった。

 

 例えば、ニコラスは杖を使わずとも自在に魔法を扱うことができるようになった。これは賢者の石が杖としての媒体を代行しているのではないかとスキャマンダー氏は推測している。

 

 また、彼が「アグアメンティ」と唱えると命の水が出てくることが明らかになっている。これはとんでもない事実であり、フラメル夫妻はこれを秘匿することを即決した。何の変哲もない少女の水増し呪文が実は命の水を創り出していると知られれば大事になること間違いなしだ。その場にいたスキャマンダー氏も決して漏らさないことを固く約束した。

 

 学校生活を送るうえで困る特技も判明した。ニコラスが変身術を使おうとすると、何もかもが黄金仕様になってしまうのだ。一年生がマッチ棒を待ち針に変える授業があると聞いたニコラスが試したところ、純金製の針が出来上がった。

 

 生態をある程度調べたスキャマンダー氏はやがて結論を下した。

 

 

「ニコラス・フラメルは賢者の石と一体化したことで、賢者の石の力そのものを自在に操ることができるようになった。無機物の要素を多分に含むが、生物としての意識が強いため魔法生物として分類できる」

 

 

 そんなわけで新生ニコラス・フラメルはヒトとして認められた。スキャマンダー氏は無機物と融合したニコラスに興味があったようで、新しい事実が判明したら連絡が欲しいという旨を告げて帰っていった。隠居した研究者たちはこうしてニコラスという研究対象が生まれたことで非常に生き生きし始めることになる。

 

 活発的になった彼らが表舞台に出てくるかどうかは、ニコラス次第かもしれない。

 

 

 さて、ホグワーツに入学することが決まったニコラスだが、彼は一つ考えなければならないものがあった。ニコラス・フラメルは男性だと名前からわかる。だが今の彼はどう見ても十代前半の若々しい少女だ。何故少女になったのかはきっと実験に立ち会ったペレネレの願いが反映されているのだろうと夫妻は推測しているが、ニコラスも含めて大して問題視していない。

 

 ニコラス・フラメルという有名な名前をひとまず封印し、今の彼の外見に見合う名前を考える。ホグワーツで寮の組み分けが行われる際に名無しでは恥ずかしいし、ここはひとつ女性らしい名前でも見繕わなくては。ペレネレが「私にいい考えがある」と言ったために、ニコラスはとりあえず妻に任せることにした。

 

 

 その結果がこの名前だ。

 

 

「私の名前は――えっと、ニコラ・ヘルメス・ペレネレ・ニコール・ゴールドスタイン……長すぎないかね?」

「名前の長さはニュートからヒントを得たわ。あと苗字はポーペンティナから頂いたの」

 

 

 フラメルをそのまま名乗れば折角賢者の石と一体化になった利点が消失してしまう。ペレネレの旧姓を使っても良かったのだが、彼女はなんとフラメル姓を使い続けていたため忘れてしまったのだ。スキャマンダーは教科書に載っているレベルで有名であるため、彼に嫁いだポーペンティナの旧姓を使わせてもらうことになった。

 

 あの夫婦には何かと世話になってばかりだとニコラスは笑う。だが実際のところ、スキャマンダー夫妻はヴォルデモートが台頭する前にかつて世界を恐怖に陥れたグリンデルバルドと戦った際に彼に助けてもらっている。命の恩人に名前を貸す程度なら喜んで、と彼らからの手紙には記されていた。

 

 持つべきものは親しい友人である。年が離れていようと友情は不変だ。ニコラスは今生きている親しい友に感謝した。

 

 

 ニコラスが新たに学校生活を送るうえで準備が着々と整っていく。新たな名前を手紙にしたためてダンブルドアへ送ると、返信としてホグワーツの入学許可証と新学期に必要な物品のリストが届いた。

 

 ずっとずっと昔、それこそ六百年以上前に過ごした学生生活を新たに楽しむのかと思えば興奮してなかなか眠れなかったニコラスであった。睡眠不要の肉体になったのだからそれは当然といえばそうなのだが。

 

 眠れなかった彼は、少し話し方を若者っぽくするために小説を読むことにした。今の彼の外見は老人ではなく若い女の子。姿に見合った話し方をした方がいいだろう、と彼は若者向けの小説を読んで時代に合わせた少女の口調を学んだ。

 

 こうしてソフト面から準備を整えた彼らだが、新学期に必要なものは全てダイアゴン横丁で揃う。

 

 静かな隠居生活を送っていたフラメル夫妻にとってダイアゴン横丁は若者の集う場所という印象しかなかった。世代間ギャップを感じるからと避けてきたあの場所を、若者として向かうのは非常にワクワクする。ニコラスはダイアゴン横丁の歴史を読み解く古い論文を読みながら興奮を抑えようとするも寧ろ助長していた。

 

 

 そんなこんなでダイアゴン横丁にやって来た二人。子連れの魔法使いが数多く、広い通りを忙しなく歩く様子は子供の数が少ない田舎で暮らしている二人には衝撃的だった。

 

 二人はホグワーツの制服を売っているマダム・マルキンの洋装店にまずは向かった。マダムに「あなたは新入生ね?こちらに立って、採寸するわ」と言われて台に上がる。時間がかかると理解したペレネレは先に教科書を買うと言い置いて店を出た。ニコラスが書店に寄ると下手したら一か月ほど出てこなくなるため、このあたりは理性的なペレネレが担当することにしたのだ。

 

 ニコラスが台に立って大人しく採寸をされていると、新たな客が訪れた。しっかりと後ろに撫でつけられた金髪の男の子がすぐ傍に立たされた。彼はニコラスの顔をじーっと見つめてそっと顔を逸らした。青白い顔だからこそ、色づくと非常にわかりやすい。

 

 あまりにもチラチラと視線を寄越すので、ニコラスは彼の相手をしてみることにした。顔の幼さと背丈から在校生とは思えなかったからだ。

 

 

「こんにちは、新入生?」

「あ、ああそうだ。君もだろう?」

 

 

 彼は声をかけてもらったことが余程嬉しかったようで更に顔を赤くした。会話を続けたいと思っているようで彼の方から話題を提供した。ニコラスは若者の話題が掴めなかったのでそれは非常にありがたかった。

 

 

「君はどの寮に入ると思う?僕はスリザリンに決まっているね。ハッフルパフなんかに入れられたら退学してやる」

「寮か。私はボーバトンしか知らないからホグワーツの寮についてはよくわからないんだ」

「ボーバトン?フランス系なのか?」

「フランス人だよ」

「僕も一時期は父からダームストラングに入学したほうがいい、と言われていた。君もその口か」

 

 

 ニコラスは否定も肯定もしていないというのに、少年は勝手に解釈をしてくれた。非常に話しやすい相手だな、と彼は情報収集の相手にうってつけの人材を発掘できたことを喜んだ。ダームストラングと言っているあたりで彼の属性はお察しだが。

 

 彼の言い方からしてハッフルパフは彼の性質とは逆なのだ。それなら最も性格の良い生徒が集まっているといえるだろう。他の寮が気になるところだ、と彼は思う。

 

 少年がスリザリン寮の良さについて語りだそうとしたところで、新たな新入生が追加された。ニコラスの反対隣に立たされた男の子は、もじゃもじゃのワカメのような髪をしていた。割れた眼鏡から覗く瞳は綺麗なエメラルドグリーンで、森林を感じさせる自然な美しさを醸し出している。その彼もニコラスと同様、初めてここを訪れたようで目が忙しなく動いて辺りを見回していた。

 

 少年は雪のように真っ白な髪という、自分とは対照的な色の髪を持つニコラスが気になって仕方ないようだ。そして暗い炎のような、人を誘うように誘惑的で危険な紅色の瞳が。

 

 声をかけようか迷っている様子だったので、先人の魔法使いとしてニコラスから声をかけてみた。

 

 

「こんにちは、ここは初めて?私は初めてだ」

「こ、こんにちは!僕もここ、初めてなんだ!」

 

 

 やはり彼は心細かったようだとニコラスは己の推測が正しかったことを確認した。先にニコラスが「初めて」と言ったことで彼は「自分は一人じゃない」という思いを抱いたことだろう。そして実際、彼のように初めてダイアゴン横丁を訪れる者はこの時期非常に多いのだ。

 

 少年は感極まった様子でダイアゴン横丁の活気の良さを語った。ニコラスも笑顔で彼の話に耳を傾けていた。ただしもう一人はどこか蔑むように男の子を見やっていた。

 

 

「ここが初めてって、もしかしてマグル生まれか?」

「私はマグル生まれではないけど初めてだよ。なにせ田舎にいたもので」

「す、すまない。そういった事情があることも考えていなかった……」

 

 

 金髪の少年はすぐに非礼を詫びた。黒髪の少年は何も言っていないのに自己解釈をしてくれたようである。謎の察しの良さを発揮するこの少年に、ニコラスは「弄ると楽しそうな反応を返しそうだ」となんとなく思った。黒髪の少年はわざわざ家庭の事情をそれとなく明かした。

 

 

「えっと、僕の両親は魔法使いだけど小さいころに亡くなったからマグル?に育てられていたんだ。だから今まで全然魔法のことを知らなくて。マグル生まれとそう変わらないんじゃないかな」

「マグルなんかに育てられているのは辛かっただろうに。僕でよければ力になろう。何も知らなさそうだからホグワーツの寮についていくつか教えてやらなくもない」

 

 

 マグルへの差別意識があるらしい少年だが、魔法使い生まれと話していたため当たりは大分柔らかかった。恐らく最初にニコラスが上手いことクッションになったことで、互いに悪印象を抱かなかったからだと思われる。

 

 黒髪の少年は四つの寮のことを聞いて、肩を落として「僕はハッフルパフだろうな」と沈んだ。そんな彼へニコラスは慰めの言葉をかけた。

 

 

「ハッフルパフが劣等生だというのはあくまで彼の主観だよ。そもそも劣等生が生まれているのなら、それは教師の怠慢だ。優れた教師は劣等生を出さずにある程度生徒の実力を平均的にしなければならないからね」

「な、なるほど……!」

「尤も、純血である彼だからこそ、そう思うのだろうけど。ハッフルパフは誰でも受け入れる、ということからマグル生まれも多いと予測できるし」

「まぁ、彼女の言う通りだ。僕は入学は昔から存続している魔法使いの一族に限ると思っているよ」

 

 

 それにしても君の意見は斬新だが間違ってはいない、と少年は続けた。彼にとって彼女のような通常とは異なる視点から物事を考えている人種は初めてだった。ホグワーツに入学するまで広大な家の敷地から出なくても平穏に過ごせていた彼は、常に自身を肯定してくれる人たちとしか顔を合わせたことがない。

 

 だがこうして外に出て、彼女のような面白い思考と触れるのも存外に悪くないと彼は自覚していた。できれば彼女には同じ寮に入って欲しいと強く願う。

 

 ニコラスは少年の話をきちんと理解し、受け入れたうえで自身の意見を述べていた。そうすることで彼と議論を交わすということになるし、それは単に彼の経験になるからだ。ニコラス自身は人生相談を何百年も聞き続けていた歴戦のカウンセラー。人の話は人生の退屈を解消し、議論は人生の楽しみ。そんな考えを抱いている彼は、少年の言葉に鋭い返しを放った。

 

 

「それはダームストラングの校風だから。ホグワーツに入学する以上はホグワーツの校風を重んじないとね」

「う゛っ……だがサラザール・スリザリンはマグル生まれの入学に反対していたらしいが」

「おや、そうなのか。だけどそれはスリザリン寮だけの話であって、学校の理念としてはマグル生まれも区別しないで受け入れる方針だと思うけど」

「ぐぬぬ……」

「高度な議論だなぁ……僕にはついていけないや」

 

 

 基礎的な学力から差がついているのではと勘繰った黒髪の少年は更に落ち込んだ。そんなときに彼とニコラスがマダム・マルキンに「話が弾んでるところ悪いけど、もう終わったわよ」と声をかけられる。先に入ったのにもかかわらず出るのが少年と同じタイミングなのは、女子ならではの理由があるのだろうか。ニコラスは訝しんだ。

 

 店を出る二人の背中へ、少年が声を投げかけた。

 

 

「それじゃあ、ホグワーツで会おう。できれば同じ寮だといいけどね」

 

 

 そんなことないだろうなぁ、と思いつつもニコラスはにこやかに手を振った。黒髪の少年も手を振り返し、二人で店を出ると丁度大男が通りから歩いてきたところだった。少年は彼の名を呼ぶ。

 

 

「ハグリッド!ここだよ!」

「おぉ、ハリー。先に終わったんか!おっと、こちらのお嬢さんはアレか?お前さんも隅には置けねぇな」

「違うって。えっと、彼はハグリッド。ホグワーツで森番をやってるんだ!」

 

 

 賢い少女が知らないことを知っている嬉しさからか、ハリーと呼ばれた少年の声が弾む。ニコラスは彼の名前を聞いて「森番?そうなんだ」と頷いた。友人のアルバス・ダンブルドアから彼の話を聞いたことのあったニコラスは、しかしハリーのことを思って知っていることを黙った。

 

 ニコラスのことはダンブルドアとフラメル夫妻、そして彼らが信用する一部の人間しか知らない極秘事項だ。口の軽いハグリッドはそのあたりの信用がなかったのか、一度見たら容易に忘れられない印象的な髪色の少女を見ても何の反応も示さなかった。

 

 通りで軽く挨拶をしていると、買い物を終えたペレネレがやって来た。彼女は可愛らしいもふもふのバッグを肩にかけているだけで荷物が全く見えない。だがそれは彼女のもふもふバッグに秘密があり、検知不可能拡大呪文を使われているためにリストの物品全てが中に収められているのである。

 

 ハグリッドはペレネレと面識がなく、賢者の石の作成者本人ではなくその配偶者ということもあって彼女には気づかなかった。祖母と孫なのだろうと勝手に解釈したようだった。

 

 

「あら、もうお友達ができたのね。素晴らしいわ、ええとても。これからも彼女をよろしくね」

 

 

 夫として、そして娘として――が言葉の裏につくが誰も知る由もない。フレンドリーなペレネレに対して好印象を抱いたらしいハリーは「友達……!初めての友達!」と、彼女の言葉に大感激していた。あまりにも可哀想な発言を受けて、彼の扱いを悟ったニコラスは彼に優しく接しようとそれとなく決心した。

 

 

 ダイアゴン横丁での買い物を終えてから一か月は、ホグワーツの歴史書を漁る日々だった。その合間に新入生の教科書を読破し呪文を試してみては、結果をスキャマンダー氏に送り付ける。スキャマンダー氏はまたもやニコラスに「生態を更に詳しく調べたいから協力してくれ」と手紙に書いていたが、その手紙の追伸には「ニュートは私が叱りました――ティナより」と付け加えられていたのでポーペンティナ夫人に絞られたようであった。

 

 ペレネレが「ニコラスは今は娘なのだからニュートも配慮してほしいわ」とぷんぷんしていたが、それにニコラスは「私は別に構わないのに」と返した。それは身体が女性といえど元の彼が男性だからこその思考だった。

 

 ニコラスの意識は男性に寄っているため女性としての恥じらいといったものを持っていない。しかしながら寮生活をする上ではそれが他の女子生徒との壁になるのではないかとペレネレは危惧した。

 

 そこでニコラスはペレネレから“女性とは何か”ということから“女性らしい振舞い”などの講義を受けることになった。その情報を聞きつけたポーペンティナ夫人も交えて女子会が行われた。若いころは勇ましかった彼女が「そこまで無理に女性らしくなる必要はない」と言ってくれたおかげで講義は多少易しくなった。

 

 そうしてある程度女性としての知識を身に着けたニコラスはついにホグワーツへ入学する。錬金術師ニコラス・フラメルとしてではなく、ただの女子生徒ニコラ・ゴールドスタインとして。

 

 

「まずはホグワーツの図書館の本を読破しよう。アルバスの部屋に襲撃を仕掛けるのも楽しそうだ。校長室を荒らすのは学生にしか許されない“若気の至り”だからね」

 

 

 錬金術師として最高峰の実力を持つ、六百年生きた古い魔法使いがホグワーツに入学したらどうなるのか。その答えは、近いうちに明らかになるだろう。

 

 




ちなみに同年代にアンソニー・ゴールドスタインがいる。彼はイギリス系、ニコラ・ゴールドスタインはアメリカ系ということになっている。イギリスのゴールドスタイン家はニコラに血の繋がりはなく、ポーペンティナが訳あって苗字を与えたことを知っている。


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九と四分の三番線と新世代の友人

ニコラス・フラメルを三人称で表現するとき「彼」か「彼女」で悩んでいる。


 ホグワーツへ向かうには汽車に乗らなくてはならない。学校の敷地は姿現しが使えないように魔法がかけられているためだ。

 

 そのため、ホグワーツ生はロンドンのキングス・クロス駅に一旦集まって汽車に乗り込む。それは、ボーバトン魔法アカデミーを卒業したニコラスも同じだ。ホグワーツ生になる彼は、そこらの少女のようにわくわくした様子で切符に書かれたプラットフォームへ向かう。

 

 彼は他の生徒たちのようにカートを押してはいない。友人のスキャマンダー氏のトランクを見習って検知不可能拡大呪文をかけたためだ。賢者の石を取り込んだニコラスは少しばかり呪文のコントロールに苦戦していた。頑張って目立たないようにしたが、彼のトランクは金の幾何学模様が描かれたゴージャスな仕様になってしまった。

 

 混雑している駅でも目立つ少女の白い髪は、助けを求める少年にとっては救いの色だった。少年は助けを求めるべくカートを押し進めた。

 

 

「ね、ねえ!」

「おや、君はあのときのハリー少年。そういえば名前を名乗っていなかったかな、申し訳ないね。ニコラ・ゴールドスタイン、改めてよろしく」

 

 

 そう言ってニコラス――ニコラは手を差し出して微笑んだ。少年ハリーは彼女の細い色白の手を握って握手を交わした。ニコラス・フラメルのときは握手で骨折したほど骨密度が低かったが、今の彼は寧ろハリーの手も砕けるほどの握力を誇っている。

 

 スキャマンダー氏の骨を砕いてしまった経験のあるニコラは極めて慎重にハリーの手を握った。軽く手を握りしめてハリーの顔を窺い、彼の様子からこれくらいが丁度いいのだと感覚を覚えた。

 

 握手を交わしたハリーはカートを所持していないニコラへ怪訝な顔で訳を尋ねる。

 

 

「まさかそのトランクの中に、全部入ってるの?」

「そのまさかだよ。これは検知不可能拡大呪文と言ってね、見た目より多くの物が入るんだ」

「すごいなぁ、これがあったらここまで大変じゃなかったよ。すごく重いのに」

 

 

 ハリーは改めて魔法の利便性に感心する。とそこで時計を見たハリーは慌てたように本来の目的を告げた。

 

 

「そ、そうだよ!九と四分の三番線ってどこにあるの!?」

「ハグリッドから聞いてないのかい?」

「絶対言い忘れてる……何も聞いてないんだ」

「私は待ち合わせしているんだ。ペレネレがどうしても買い物をしたいと言って聞かなくてね……まったく、何を買っているのやら。ペレネレが来るまで動けないから一緒には行けないよ」

 

 

 そう話したニコラへ、ハリーは「僕も一緒に待つよ!」と声を上げた。その方が退屈しないからと続けたハリーだったが、彼はこれ以上誰かに尋ねて変な目で見られることに耐えられなかった。ただでさえ白フクロウのヘドウィグを連れているから視線を集めているというのに。

 

 ハリーのもう散々だと言わんばかりの顔を見てニコラは粗方の事情を把握した。マグルに“九と四分の三番線”を尋ねるというどう考えても「何を言ってるんだ?」と返されそうな案件を、ハリーは愚直にも実行したようだ。

 

 それから十分ほど待った彼らのもとに老婆がゆっくりとした足取りでやって来た。キングス・クロス駅は広くて迷うわ、と愚痴をこぼす妻ペレネレをニコラは窘めた。

 

 

「ペレネレ、それで君は何を買ったのかい?」

「ニコラ、あなたはとても可愛いから身を守るために様々な道具が必要なのよ。まずこれはマグルの銃器。ちょっと弄ったから向こうでも使えるわ。それとこれは杖ね、ちょっと芯材をアレにしちゃったから私たち以外に扱えないのよ。それとそれと――」

 

 

 ぽいぽい。ぽいぽい。ニコラのローブにそれらの物騒なブツを見せながら仕舞いこむペレネレ。どうやらそれも検知不可能拡大呪文が使われているようで、質量を無視して吸い込んでいく。

 

 ハリーはそんな光景を見て、冷や汗をだらだら垂らしながら完全に引いていた。超絶物騒なフレンドリーおばあちゃん、ペレネレに対してハリーはただただ恐怖で震えることしかできなかった。

 

 時計を確認したニコラが喋り続けるペレネレを制した。

 

 

「もう時間が押しているよ。君がくれた気遣いの品々は汽車の中でじっくり確認するから」

「そうね、ニコラは遅れても平気だけど、この子はそうもいかないから。ええ、では行きましょう。そういえば、あなたの名前は?」

「えーっと……ハリー・ポッター、です」

 

 

 どんな反応を返すのか恐々としつつハリーは正直に両親の姓も名乗った。漏れ鍋の客たちは誰もがハリーの顔を一目見たくて詰め寄っていたが、彼らはどうなのだろうと。

 

 だがフラメル夫妻はイギリス魔法界には殆ど関わっていないため、ハリーの名前の意味に気づくことはなかった。イギリスではヴォルデモート卿を倒した男の子は有名だが、彼らはヨーロッパ大陸から来ている。その名残もあってか、彼らは闇の魔法使いといえばゲラート・グリンデルバルドの名前が真っ先に浮かぶのである。

 

 ペレネレはごく普通にハリーと握手を交わして「私はペレネレ。この子の母なの、うふふふふふ」と嬉しそうにはにかんだ。一方のハリーはまさかの母親というフレーズを聞いて「嘘だろ」と思わず漏らした。

 

 

「ああ、娘がいるなんて幸せよ!夫と娘を同時に愛せるなんてああ、私はなんて幸運なの!」

「ペレネレ、落ち着きなさい」

 

 

 嬉しさのあまりクルクル回るペレネレの手をニコラは優しく握ることで彼女の動きを止めようとした。だがハリーへの握手と同等の力を込めたというのに、ペレネレの手からボキリと嫌な音が鳴った。ハリーは真っ青になった。

 

 

「あらまぁ、折れちゃったわ。ニコラ、しっかりコントロールしなきゃ」

「すまないペレネレ。ハリー少年と同じ力では強すぎたみたいだ。大丈夫かい?」

「ええ、慣れたものだわ。ポーペンティナに砕かれたことに比べたら大分優しい痛みよ」

 

 

 当たり前のように手の骨が砕かれることを話す二人に、ハリーは魔法使いとはみな変わり者なのかと思い始める。この二人は長く生きた弊害で骨が弱くなっているだけなのだが、それをハリーがわかるはずもなく。彼の誤解はフラメル夫妻と居続けることでますますその規模が増長していった。

 

 そんなことがありつつも、ハリーは特にトラブルなく紅い蒸気機関車の停車する九と四分の三番線に辿り着くことができた。時間が時間なので、コンパートメントはどこも人でいっぱいだろう。ハリーは少しばかり憂鬱になる。

 

 だが、彼の傍には友人になったニコラがいる。不安はそこまで感じなかった。

 

 

 ペレネレはニコラを枯れ枝のように細い腕で抱きしめながら何かを言い続けていた。あまりにも必死な形相で話している彼女の顔から、ハリーはおよその会話内容を把握した。

 

 羨ましいな、と彼は思う。両親が幼いころに亡くなり、愛情を与えない叔父や叔母に育てられたハリーには何が何でも欲しかった光景だった。過保護だと一言で表せるが、案じられる言葉すらもらえなかったハリーには何よりも羨ましい。

 

 ニコラを解放したペレネレは、ハリーにも同じように抱きしめてくれた。細い腕がハリーの痩せた体躯に回され、不思議なにおいが鼻腔をくすぐる。薬問屋に売られていた薬品のようなにおいがしたが、不快ではなかった。

 

 

「ハリー、楽しい学校生活を送ってらっしゃい。私はボーバトンしか知らないけど、ホグワーツも面白いと聞くわ。たくさん勉強して、食べて、遊んで、とにかく楽しむのよ。それじゃあ、行ってらっしゃい」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 

 思わず彼女を抱きしめ返したハリーは、彼女の身体からバキッベキボキリと凄まじい音を聞いて顔色を失った。ペレネレにとっては日常茶飯事らしく、特に顔を顰めることもなく「ポーペンティナによくやられているから」と言って気にした様子を見せなかった。それがますます恐ろしかったハリーだった。

 

 

 二人はひとまずコンパートメントを探すことにした。別れの挨拶は他の生徒たちがやっているように窓越しでもできる。先頭の車両を早々に通り過ぎて最後尾の車両に向かう。丁度いいことに、最後尾の車両には空いているコンパートメントがあった。

 

 小型のトランク一つ分の荷物しかないニコラは軽々と階段を登る。ハリーは重いトランクを上げようと必死に下から押し上げようとする。だが一度失敗して足の上に落としてしまい、彼は悲鳴を上げた。

 

 先にコンパートメントを確保したニコラが上から杖を振った。すると、あれだけ重いハリーのトランクが羽のようにふわふわと浮いたではないか。そのまま彼が杖をひょいっと軽く動かすとトランクは独りでにコンパートメントへ向かっていった。

 

 

「魔法ってすごいや。でも、もう使えるんだね……魔法」

「変に気に病むことはないよ、これから君は学ぶのだから」

「そう言うニコラはどうして魔法の扱い方を知ってるの?」

「学んだからだよ。私は天才ではない。だから勉強して、練習を重ねた。魔法の才能にも色々種類があって、誰もが一つは秀でているのが私の経験則だ。君も色々試してみるといい、君に合った分野の魔法が見つかるだろう」

 

 

 まるで教師のようなことを言うニコラへ、ハリーは疑うように「本当に僕と同い年なの?」と懐疑的に尋ねる。ニコラは彼の懐疑的な視線を笑顔で受け止めた。

 

 

「ホグワーツは十一歳から入学できることが答えだよ」

 

 

 歳食った大人気ない老人は完全にはぐらかしていたが、純真なハリー少年は違和感に気づかなかった。結局のところ、ニコラは自分が十一歳か否かという質問には答えていないというのに。

 

 まだまだ若いなぁ、と微笑ましい思いを抱いたニコラはハリーを連れてコンパートメントに入る。ひとまず人のいない空間に入ることで安堵したらしい。ハリーが安堵の息を吐いていると、ニコラは外にいるペレネレを手招いた。

 

 

「ペレネレ!」

 

 

 鈴を転がすように美しい声で名前を呼ぶ、神秘的な髪色の少女に視線が集まる。魅惑的な紅い瞳に吸い寄せられる若い少年たちの多いことか。ペレネレは鈍感な夫に内心頭を抱えた。

 

 人混みを魔法で退けながら、彼女はゆっくりと娘を兼ねた夫が顔を出している車両の窓まで歩いていく。賢者の石と同じ色の瞳を輝かせるニコラへ、ペレネレは注意した。

 

 

「私を呼ぼうという意図はわかるわ。だけど、どうしてあんな目立つような真似を?ただでさえ、あなたは、可愛いのに!!」

「すっかり親バカになってまぁ……」

 

 

 どこまでも淡白な反応を返すニコラに、ペレネレは眦を吊り上げた。

 

 

「ニコラ!あなたは娘の身体がどことも知れない男の毒牙にかかっていいというの!?」

「わかっているよ、ペレネレ」

「いいえ、あなたはわかっていません。若い男なんて誰も彼も吸魂鬼なのよ、乙女の純潔を吸い取りたいこの世で最も悍ましい――」

「落ち着きなさい。まったく、年若いハリーが可哀想だ。吸魂鬼に例えられてしまって」

 

 

 幸運なことに、マグル育ちのハリーには“ディメンター”が何か知らなかった。いずれ彼があれらと対峙したときに、ペレネレの酷な表現に「そりゃないよ」と肩を落とすことだろう。

 

 きょとりと目を瞬いたハリーの様子にペレネレは我に返ったように「あら、ごめんなさい。私ったらつい言いすぎたわ」と謝罪した。まったくだよ、とニコラはしたり顔で頷く。

 

 フラメル夫妻がこうして会話をしている間に汽車の出発時刻を迎えたようだ。汽笛を鳴らした汽車は、やがて線路を滑り出した。ペレネレが最後に「ふくろう便を待っているわ」とにこやかに言った。そして彼女はハリーにも声をかけてくれた。

 

 

「あなたも私をおばあちゃんだと思ってふくろう便を送って頂戴ね」

「はい!ありがとうございます、ペレネレさん!」

 

 

 ペレネレが手を振る姿が見えなくなるまで、ハリーとニコラは手を振り続けていた。そうして窓の外の景色が次々と移り変わる様を見ながら、ニコラは頬を緩ませながらハリーに言う。

 

 

「ペレネレと離れるのは随分と久しぶりだよ。長年一緒にいたから」

「不安じゃないの?」

「いいや、とても楽しみだ。私はホグワーツでの学校生活を誰よりも楽しむと決めたんだ。ひとまず私が今まで生きてきた年数と同じ数の悪戯をやってみるのが目標だよ。そしてペレネレに自慢するんだ、君の娘は学校生活を満喫しているのだと」

 

 

 ハリーは「十一個の悪戯か、一年目だから控えめな目標なのかな」と感想を抱いた。彼は知る由もないが、このときニコラはとんでもない計画を建てていた。彼の生きてきた年数――六百云十年。その回数の悪戯をホグワーツで盛大に行うという、校長が聞けばすぐにニワトコの杖を片手に鎮圧に赴くような犯行予告を。

 

 魔法使いの悪戯がどのようなものか興味が湧いたハリーは、詳細を聞こうと口を開きかけた。とそこで、ノック音もなくコンパートメントの戸が開いた。

 

 

「あの、ここ……空いてる?」

 

 

 ハリーの向かい側に座っているニコラに怖気付きながら、赤毛の少年はハリーに尋ねた。神秘的な美少女の隣に座る度胸はなかったようで、彼が指した席はハリーの隣だった。

 

 少年に問いかけられたハリーはニコラに視線を移す。元々このコンパートメントを確保したのは彼女だからだ。ニコラが少年に視線を向けると、彼は髪の色と同じくらいに顔を赤らめて「他はどこもいっぱいなんだ」と口早に続けた。

 

 

「構わないよ。どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 

 

 少年は「うわ、声をかけてもらった……」と呟きながらハリーの隣に腰かけた。だが彼の隣に座ったことでニコラの顔と向かい合うことになり、彼は「んぐぐ……」と奇妙なうめき声を上げ始めた。ハリーは少しこの少年のことが心配になった。

 

 新たに人が増えたことで、ハリーとニコラはそれぞれ顔を見合わせた。ハリーはマグル育ち、ニコラは世代間ギャップからそれぞれ若い魔法使いの話題が掴めていなかったからだ。となれば赤毛の少年が何か言ってくれたら助かるのだが、と二人は思う。

 

 助けを求めた二人に呼応するように、またもやコンパートメントの戸が開いた。新たな客人は赤毛の少年に縁のある少年たちだった。双子らしいそっくりな顔がそれぞれ交互に話しかける。うち一人が、コンパートメントにいたニコラに気づいて「あっ!」と声を上げた。

 

 

「在校生の間で噂になってる新入生の美少女だ!」

「デマじゃなかった!」

 

 

 双子たちが「実在した!!」と喜びの雄たけびを上げた。ハリーと彼らの弟らしい赤毛の少年が「うわぁ」と引いている中、ニコラだけは通常運転だった。

 

 

「こんにちは。もしよかったらホグワーツのことを教えて欲しいな。在校生から一度、話を聞いてみたかったんだ」

「「はい、喜んで!!」」

「うえぇ……友達のところ行って来いよ……僕、汽車の中でも兄と一緒とか嫌だよ」

 

 

 赤毛の少年が絶望する。ハリーはニコラの名案に賛同していたので、悲しいことに少年の味方は一人もいなかった。そして双子は弟の悲鳴を無視してコンパートメントに居座ることになった。

 

 新しい顔ぶれが増えたので、ニコラは自己紹介することを提案した。まずは言い出しっぺから、と彼女が使い慣れない偽名を名乗る。

 

 

「ニコラ・ゴールドスタイン。好きなことは勉強、研究、読書かな?」

「うぉ、レイブンクローっぽいな!くぅ、実在したホグワーツ一の美少女はレイブンクローかぁ……あ、俺はジョージ・ウィーズリー。悪戯が好きだ!」

「レイブンクローは妥当だな。俺はフレッド・ウィーズリー、悪戯が好き!」

「悪戯、奇遇だね。私もホグワーツで悪戯をするって決めてるんだ」

「「な ん だ っ て ! ?」」 

 

 

 バッと双子は全く同じタイミングで立ち上がった。双子らしいねぇ、と感心するニコラの目の前まで迫った二人は改めて整いすぎている顔にめまいを感じながらも、この機会を逃すまいと口を開いた。

 

 

「それなら!」

「俺たちで一緒に!」

「「悪戯しないか!?」」

「いいともー!」

 

 

 ニコラは即答した。このとき、ダンブルドアが密かに恐れていたことが起きた。賢者の石と合体するという頭のおかしい研究を成功させたニコラス・フラメルが、ホグワーツで何もしないわけがないとダンブルドアは予見していた。だから彼は、ホグワーツ生の中で特に問題児のウィーズリー家の双子たちと関わらないことを祈っていたのだ。

 

 だが事態はダンブルドアが恐れていたように動いてしまった。ニコラは双子と出会い、そして即断した。前々から悪戯する予定だったのだ。そこで先にホグワーツに入った先輩と行動を共にすることで、行動範囲が非常に広がることになる。ニコラにとって、彼らとの出会いはまさに奇跡だった。

 

 

「良かったね、ニコラ」

「まったくだよ。こうも幸先がいいと、ホグワーツでの生活はとても充実したものになりそうだ!ハリー、君も交じってみるかい?一緒に楽しもう、私たちは友達だからね」

「う、うん!!」

 

 

 自分が誘われるとは思ってなかったハリーだったが、ニコラはまるでそうすることが当然のようにハリーに声をかけた。友達なのだから誘うのは当たり前なのだと彼女の表情がそう告げていた。

 

 新たなメンバーになったハリーは、ニコラに促されて自己紹介した。

 

 

「僕はハリー・ポッター。今はホグワーツでの新生活のことを考えるのが好きだよ」 

「ハリー」

「ポッター」

「「だと!?」」

「本物?」

 

 

 赤毛の少年たちがそれぞれ騒ぐ。ハリーは三対の目に見つめられて所在なさげに視線を彷徨わせた。彼は後悔していた。いずれ知られるとはいえ、ここで名乗らなかったほうがいいのではないかと。きっと、彼の名前に反応しなかったニコラやペレネレが珍しいのだ。

 

 まだ名乗っていない双子たちの弟は「それじゃ、あれがあるの?」とハリーの額を指した。ハリーは物心ついた時からあった傷跡の存在を、何故知り合って数分の同年代の子供たちが知っているのか心底疑問に思った。ハリーが額を見せようと前髪を掻き上げようとすると、ニコラが彼を制した。

 

 

「人の額なんてそう見せるものじゃないだろう」

「でも、例のあの人のあれがあるって……」

「え、なに?何かがハリーの額に潜んでいるのかい?」

 

 

 ハリー・ポッターというイギリス魔法界の英雄について知らない様子のニコラへ、双子は「まさか知らないとは!」と驚いたように声を上げた。彼らはそれぞれ「うるさいほど親に聞かされた」と言ってからハリー・ポッターについて語った。

 

 

「額には例のあの人を倒した際にできた傷があるって言われてるんだって」

「それでロニー坊やは気になったんだろうさ」

 

 

 双子の言葉を聞いたハリーは「それは知らないけど傷跡はあるよ」と返した。それを聞いた双子たちがざわつくも、ニコラの反応はいまいちであった。彼にとって例のあの人が誰だかまるで見当もつかなかったからだ。名前を呼ばれないくらい忘れ去られているのだろうか、とニコラは訝しんだ。

 

 ハリーはニコラの無反応を好ましく思っていた。ニコラは、ハリーのことを知らずに友達と言ってくれたからだ。英雄の証のような扱いを受けている傷跡も、見せる必要はないと言ってくれた。そう言ってくれた彼女の配慮にハリーは感謝するばかりであった。

 

 傷跡の有無を気にする彼らへ、ニコラは穏やかに諭した。

 

 

「こういった話題はデリカシーがないと言われかねないよ。君たちも顔をじろじろ見られるのは嫌だろう?えーっと、ロニーだっけ?」

「僕はロニー坊やなんて名前じゃない!ロナルド・ウィーズリー、ロンって呼んで」

 

 

 可愛らしい容姿の少女にあだ名で呼ばれたロンは怒りと恥ずかしさから顔を真っ赤にして名前を名乗った。ただ、恥ずかしさに顔を伏せながらもニコラの指摘は素直に聞き入れた。

 

 ロンは「ごめん」と素直にハリーへ謝罪した。ハリーは気にしないでと首を振った後、手を差し出して握手を交わした。

 

 

 こうして名前を名乗り合った五人は、車内販売が彼らのコンパートメントを訪れるまで、途絶えることなく会話に花を咲かせた。

 




悪戯の方針

ウィーズリー家の双子
自作の悪戯グッズをお披露目する目的で様々な人を相手に仕掛ける
授業をサボることができるような、学生目線のものが多い

ニコラス・フラメル
視覚的に面白い、そしてアフターケアも考えて魔法を行使するのが信条
高度な魔法を悪戯に使用しているため、被害に遭ったダンブルドアの目は死んだ


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ホグワーツ特急にて

色々増えていてびっくりしました。ありがとうございます!
皆さん、TS錬金術師がお好きなんですね!

ニコラスがいるおかげで本来の道筋とは違う現象が起きていますのでご注意を。


 十二時半、まさに昼時という時間帯に車内販売のおばさんがコンパートメントの戸をあけて顔を出した。魔法界のお菓子というものを初めて見たハリーの興奮はマグル製品を見た魔法使いのようだった。

 

 全種類を少しずつ買うという子供らしからぬ爆買いをしたハリーは、他の四人にも「一緒に食べよう」と声をかけた。赤毛の子供たちは、母親から持たされていたサンドイッチがあったがお菓子の誘惑には逆らえるはずもなかった。ハリーたちのコンパートメントではお菓子パーティが開催されることになったのであった。

 

 蛙チョコなどの定番な菓子類は世代の違うニコラでもわかる。四人の少年たちがそれぞれ好みのお菓子を手に取って味わう中、それでも彼だけが動きを見せない。しかしハリーがパイを一切れ差し出せばニコラはそれを素直に受け取って食した。

 

 彼らは知る由もないが、ニコラは飲食不要だ。嗜好品として食べ物を食べる彼だが、子供たちとこうして分け合うことは案外楽しいものだと思う。これが青春なのだと理解したニコラは感激した。

 

 戦々恐々と蛙チョコを開封して無事に捕獲したハリーは、同封されていたカードの人物を見て声を上げた。

 

 

「この人がダンブルドアなんだ!えーっとなになに……」

 

 

 ハリーがカードの裏を読み上げる。一通り読んだ彼は、このカードに書かれていることについてロンたちに尋ねてみた。

 

 

「ここに書いてある闇の魔法使い、グリンデルバルドとヴォルデモートってどっちが有名なの?」

「き、君!例のあの人の名前を呼んだ!!」

「ヒューッ、流石はハリー!」

「例のあの人の名前も恐れないってか!」

「「すごいや!!」」

 

 

 赤毛のウィーズリーファミリーが口々に騒ぎ出す。彼らにとってヴォルデモートという名称は口にしてはいけないほど危険な意味合いを持っていた。勇敢な者がその名を出せば、ヴォルデモートの配下である死喰い人の襲撃を受けるということでも有名である。

 

 だからこそ、彼の襲撃を恐れるあまり名前を呼ぶこと自体がタブー視されたともいえよう。現場にいたとなれば自分も狙われない保証がないから。

 

 そんな歴史を知る彼らは、ヴォルデモートを討ち滅ぼしたとされるハリーがその名を恐れずに呼ぶことが何より“すごい”のだろうと思わせた。実際ハリーはその記憶もないのだが歴史の事実とはこんなものだ。

 

 

 一方で、ハリーからカードを借りて読んでいたニコラはハリーの質問に答えてくれた。ニコラはヴォルデモートの何を恐れているのかわからないと言わんばかりの顔をしている。その彼はようやく“例のあの人”と“ヴォルデモート”が同一人物だと理解したばかりだが。

 

 

「有名なのはグリンデルバルドの方だよ。イギリスでは馴染みのない名前だろうけど」

「その、ヴォル……えーっと、例のあの人とグリンデルバルドの知名度の差があるのってどうして?」

「グリンデルバルドはダンブルドアのいるイギリスに手を出さなかったんだ。だからイギリスではそこまで彼を恐れていないのだろうね。同じ理由でイギリスでしか勢力を広げていなかったヴォル……んー、例の人は大陸の方では有名じゃない」

 

 

 地元の有名人か否かの違いでしかないとニコラは続けた。イギリスは大陸とは海を挟んで位置しているため、地理的な意味合いでもグリンデルバルドの恐怖が伝わりにくかったのだろうとも彼は言う。

 

 ニコラは大陸の人たちと意見は一致していて、グリンデルバルドの方が恐ろしいと評価した。そして彼はその危険性についてよく知っている。それこそ、カードに書かれているよりずっと。だがそれを言うのは子供たちにはまだ早いと判断し、ニコラは話をそれだけに留めてパイを齧る。

 

 フレッドとジョージは「グリンデルバルドってそんなに有名なのか」と大陸との認識の差に改めて驚いた。幼少の頃から“例のあの人”について聞かされていた二人は、もう一人の闇の魔法使いについてはカードに書かれている程度のことしかわからなかった。

 

 ニコラから返却されたカードを今一度確認したハリーは、とある言葉に疑問を抱いた。

 

 

「ねえ、“闇”の魔法使いってどうしてそう呼ばれてるの?“悪”の魔法使いとかじゃないの?」

「闇の魔術に傾倒しているからだね」

 

 

 悪事を為した、という意味合いで使われたものではないとニコラは説明した。グリンデルバルドは闇の魔術に長けた魔法使いであり、それで学校を退学にされたことは有名だと彼は言う。

 

 そしてそれはヴォルデモートも同じ。彼もグリンデルバルドと同様、闇の魔術に傾倒しその力で人々を恐怖に陥れたことから「闇の魔法使い」と呼ばれるのである。

 

 近代における闇の魔法使いの意味について説明したニコラへ双子は拍手を送った。

 

 

「魔法史の授業はつまんないけど、ニコラの話は面白いから好きだぜ」

「ビンズ先生の授業は酷いったらありゃしない」

「えぇ、そこまで酷いの?」

 

 

 兄弟から話を聞いていたロンが尋ねる。ハリーはゴーストの先生、と聞いて目を瞬かせた。魔法界は何でもありだということをようやく理解し始めた彼には少しばかり刺激が強かった。

 

 双子たちは「酷いってモンじゃない」と口々に言いながらもネタバレはせずに「後からのお楽しみ」だといって詳細は話してくれなかった。ゴーストに怯えるような精神をしていないニコラは「楽しみだね」と笑っていたが、ロンとハリーは震えていた。

 

 

 ホグワーツの先生の話をしながらお菓子パーティをしばらく続けた五人。百味ビーンズでひと騒ぎがあったものの、それ以外はおおむね平和に終わった。

 

 楽しいお喋り時間が終了した発端は、コンパートメントを律儀にもノックしてから入って来た一人の男の子だった。半泣きで彼はヒキガエルを探しているのだと言った。あまりにも可哀想だったので、双子が「リーに会いに行くついでに探してみるよ」と申し出た。

 

 

「あ、ありがとう!」

「まあ、気にするな。入学早々ペットを失うのは幸先が良くないし」

「リーがでっかいタランチュラ持っているみたいだから食べられる前に探さないと」

 

 

 食べられる、と聞いた少年は最悪の想像をしたのかしまいには泣き出した。ニコラは双子がいなくなったことで空いた席に少年を座らせた。ハリーの方へ顔を向けたニコラは「お菓子を分けてもらっていいかな?」と尋ねる。

 

 

「うん、僕だけじゃ食べきれないし」

「ありがとう。ほら、これでも食べて。ずっと探しているんだからお腹が空いただろう?」

「ひっく……ぅ、うん、うん!ぺこぺこだよ」

 

 

 少年は心底美味しそうな顔でカボチャパイに齧り付いた。ニコラも隣でハリーからまた分けてもらったパイを口の中に放り込んだ。

 

 食べ物をお腹にいれたことで精神的にも落ち着いた少年は涙を拭って「ありがとう」とお礼を言った。

 

 

「ネビル・ロングボトム。えっと、パイありがとう」

 

 

 気にしないで、と笑ったハリーにネビルも控えめに笑い返した。お昼をくれた恩人の名前を尋ねようと口を開いたネビルだったが、戸の開いた音で言葉が引っ込んだ。

 

 ノックもなしに現れたのは女の子だった。既に真新しい制服に身を包んだ彼女は、少し鼻にかけたような話し方でネビルのヒキガエルを見なかったか尋ねた。ロンはネビルを指しながら「探している本人がここにいるのに聞くのかい」と指摘した。

 

 少女はネビルの存在に気づかなかったようで、彼がお菓子を食べている姿を視界に入れると顔を顰めた。眉間に皺が寄り、いかにも不機嫌な様子で彼女は言った。

 

 

「私が色々なところに声をかけていた中、あなたはここでおやつを食べていたの?ネビル」

「だ……だって、何も食べてなかったし」

「私だって食べてません!」

「それなら君も食べたらいいよ。お菓子はたくさん余ってるから」

 

 

 あまりにも責められているネビルが可哀想だったので、ハリーが助け舟を出した。少女は散らばるお菓子類を見て器用に片眉を上げた。だが彼女が言っていたように何も食べていないのは事実だったようで、怒りの矛を収めてニコラの隣に腰かけた。

 

 少女は「実家が歯医者だから甘いものは控えたい」と断りを入れた。彼女の言葉からマグル生まれなのだろうと悟ったニコラは「大鍋ケーキはやめたほうがいい」とハリーに言った。それを聞いたハリーが味見をしたところ、砂糖がふんだんに使われているのかとんでもない甘さだったので「ほんとだ」と頷いた。

 

 ネビルと同じカボチャパイを分けてもらった少女は「ありがとう」とにっこり笑ってお礼を言った。笑った拍子にちょっと伸びた前歯が覗いた。

 

 

「あなたたちも新入生よね?私の家族には誰も魔法族がいないから、手紙をもらった時は驚いたわ。でも実際に教科書を暗記するまで読み込んで、簡単な呪文を練習して上手くいったからどうにかついていけるんじゃないかって思うけど……ああ、私はハーマイオニー・グレンジャー。あなた方は?」

 

 

 教科書を暗記と聞いたロンの目が「嘘だろ!」と言っていたのでハリーは安堵した。魔法使いの子でも教科書を暗記することは普通ではないようだ。ネビルも「えぇ……」とドン引きしていたので彼もハリーたちと同じであることが確認できた。三人の少年たちは奇妙な一体感を覚えた。

 

 彼女の名前を知っているネビル以外の子供たちはそれぞれ名前を教えた。

 

 

「僕はロン・ウィーズリー」

「ニコラ・ゴールドスタイン」

「ハリー・ポッター」

「まあ、あなたが!私、あなたのことを本で読んだわ。あなたのこと『近代魔法史』『黒魔術の栄枯盛衰』『二十世紀の魔法大事件』に出ていたわ」

「僕が?本に?」

 

 

 マグル生まれのハーマイオニーも彼のことを知っていると聞いてハリーはますます自分のネームバリューについて憂鬱になった。しかも、本に載っているという。それなら知らない人が一方的に自分を知っているのも頷けた。

 

 ロンはそれらの本は読んでいないらしいがハリーが本に載っているという件については「当然」だという考えを持っていた。彼は暗黒の時代を終わらせた英雄なのだから。

 

 ハーマイオニーは何も知らない様子のハリーへ「知らなかったの?」と信じられないと言わんばかりの顔をして言った。

 

 

「私があなただったら全部調べるけど。あ、そうだわ。三人はどの寮に入ると思う?色々な人に聞いたけど、グリフィンドールが一番好きだわ。ダンブルドアはそこ出身だって。でもレイブンクローも悪くないわね。ああ、カボチャパイありがとう、ご馳走様。私はもう行くわ、ネビルのヒキガエルを探さなきゃ。三人とも着替えたほうがいいわ、もうすぐ着くはずだから」

「あ、僕も行くよ。カボチャパイありがとう、またね」

 

 

 ハーマイオニーに続いてネビルも出て行った。怒涛の勢いで喋るハーマイオニーの言葉に目を白黒させるハリーとニコラにロンは渋い顔で「僕はあの子のいないところに入りたいよ」とあきれ顔で言った。彼女がいなくなって一分後、ようやく彼女の話を理解できたニコラは「早口の子の言葉は聞き取りづらい」と老人臭いことを言ってから続けた。

 

 

「あとハリー、自分の出ている本は読まないほうがいい。何が何でも」

「それはどうして?」

「あることないこと書かれているから。こういった本を執筆する歴史家っていうのはね、事実と真実の間に自分の推測という名の妄想を挟み込むから“私の理想のハリー・ポッター”が本に載っているかもしれないんだ」

「それはいいことを聞いた。僕は絶対に読まない」

 

 

 妙に実感の籠ったニコラの言葉を真に受けたハリーは決心した。決して、自分の名前が出てそうな本は読まないと。ロンも「まあ恥ずかしいよね、あの子はそう思わないみたいだけど」と一言付け加えながらもハリーに同意した。

 

 そして、話は先程のハーマイオニーの話題になった。ハリーは教科書を暗記したうえで呪文をすべて成功させたというハーマイオニーと出会ったことで、新学期への不安が増したことを友人たちに明かした。初めに出会ったニコラも実際、魔法を使って見せていたのだから尚更増していた。

 

 ロンは「入学前から教科書を暗記する人は早々いない」と自分の兄たちを例に挙げてハリーを安心させた。そこで彼は、ハリーに呪文を見せるのだと言ってトランクから杖を引っ張り出した。ボロボロに欠けているうえ、白くてキラキラ輝いているものが飛び出している。

 

 ニコラは「どうしてこうなるまで放っておいたんだ」と心底痛ましそうな顔で悲惨な杖を見やる。ロンは「お下がりなんだよ」と不貞腐れて答えた。

 

 

「こいつ、僕のペット。おさがりのスキャバーズ。つまらない色をしているから色を変えようと思って昨日から試してるんだけど上手くいかなくて」

 

 

 ポケットから出されたネズミは眠っているようだ。ネズミを膝の上に置いて、ロンは杖を振り上げて長ったらしい呪文を唱えた。詩の一節を聞いているようだとニコラは思う。そして、これは呪文でないとも。

 

 ネズミは相変わらずぐっすり眠っている。元の鼠色のまま。ハリーは「変わらないね」とネズミを突っついた。僅かに身じろぎしたがネズミは起きなかった。

 

 ロンが「ジョージにからかわれた!」と憤慨していると、ニコラが懐から杖を取り出した。ハリーは彼女が新入生であるにもかかわらず魔法を使えることを知っているため、驚いた様子もなく彼女の行動を見守っている。

 

 杖先をネズミに向けた彼女が一振りすると、ネズミは一瞬で黄金色に輝いた。ロンの呪文という名の詩に出ていた“とろけたバター”ではなく、ガリオン金貨のように。

 

 

「すっごい!スキャバーズが金色になってる!!!」

「ニコラは金色が好きなの?そのトランクも金色の模様だよね」

 

 

 大はしゃぎのロンをニコニコ眺めているニコラにハリーが尋ねる。彼が指したトランクには金色の幾何学模様が描かれている。彼はハリーの問いに首を横に振って答えた。

 

 

「いいや、私は呪文のコントロールが出来なくてね。どうしてか金色になってしまうんだ。そこのネズミは生きているかい?」

「怖いこと言わないで!?スキャバーズは……うん、寝てる」

「ちょっと見せて――おや、毛質が金だ。これはいけない、元に戻そう」

 

 

 ニコラが黄金色にしてしまったネズミは、その毛質が一本一本全てが純金で出来ていた。精巧な黄金のネズミが出来上がっていたわけであるのだが、それで生物なのだから最早何が何だかわからない。ニコラが軽く調べたところ、体の表面が黄金になっているだけで内部には影響がなかったことが確認された。

 

 色を変えただけなのだ。鼠色から、黄金に。体毛を変えるという意識で杖を振ったからこそ、そこだけ黄金仕様になったのだと彼は解釈した。やはりこの肉体が行使する魔法は面白い、とニコラは笑顔を浮かべる。

 

 

 だがここで意図せず本来の道筋とは大幅に変わる出来事が起こる。ニコラはネズミを元の色に戻そうと思った。元々ロンに見せるためだけにかけたのだから、戻すのも当然のこと。だからニコラは特に何の感慨もなく杖を振った。

 

 ニコラも含めて、誰もが鼠色に戻ったスキャバーズが見られると思っていた。それもそうだ、彼らにとってスキャバーズはただのネズミだ。

 

 

 だから、小柄な成人男性が現れるとロンとハリーはあんぐりと口を開き、ニコラはきょとんと目を丸くさせた。魔法をかけられた男が振り向くと、ロンと彼の目が思い切り合ってしまう。ロンは息を大きく吸い込んだ。

 

 

「ぎゃあああああ!!!!」

「えぇええ?」

「動物もどきかぁ……」

 

 

 三者それぞれの反応を見せた。ロンは絶叫し、ハリーは戸惑い、ネズミの正体を理解したニコラは気が抜けた。ロンはネズミが成人男性ということが受け入れがたいらしく、現実が直視できていなかった。

 

 

「スキャバーズはどこ!?ニコラ、今すぐスキャバーズを戻して!!」

「え、いや、あの……」

 

 

 狼狽える不審者を視界に入れないように必死に手で顔を覆いながらロンは吠えた。彼は男がネズミに変身していたなどと考えたくもない。一方のハリーは先程から男に穴が空くのではないかというほど見つめられているので「ニコラぁ……」と情けない声で助けを求めていた。

 

 ニコラは既に動いていて、ハリーを自身の背後に隠して杖を男に向けていた。以前ならここまで俊敏に動くことはできなかったが、この若々しい肉体なら可能だ。

 

 逃げるためだろう、男がコンパートメントの外へ視線を移したその隙にニコラは魔法を放った。素早い動きで魔法を使い不意を突いた彼によって、男は再びネズミの姿になった。髭が黄金色だが先程よりはマシだろうとニコラはコントロールできたことに安心した。

 

 

「ロン、スキャバーズは戻ったよ」

「ほ、ほんと……?あの不審者、いない?……あ、スキャバーズだ」

「でもロン、それさっきの人――」

「知らないからな!!さっきのはニコラが間違えてスキャバーズを人にしてしまったんだ、そういうことにして!!!」

 

 

 現実を直視したくないロンの言葉をハリーとニコラは尊重することにした。男だったはずのネズミは先の騒動を忘れたのか、床の上に落ちたパイの欠片を口に入れている。それを見たハリーが頭上に疑問符を浮かべてニコラに訳を尋ねた。ロンに聞こえないように、こっそりと。

 

 ニコラは百味ビーンズをやけ食いして席の上でジタバタしているロンの奇行を申し訳なさそうに見つめながら、こちらも声を潜めて答えた。

 

 

「自分で変身するのと、他人に変身術をかけられるのとは違うんだよ。私によってネズミにされた彼は今はただのネズミだ。人間であったことも忘れているから、大丈夫」

「動物に変身できる魔法もあるんだ……!」

「非常に難しいけどね。それにしても、彼は君を知っているようだった」

「僕を知ってる魔法使いは多いから」

「それもそうだ」

 

 

 ニコラはハリーが有名だという意識が低いようで、本人から言われてようやく思い出していた。それがハリーにはありがたかったが、自分が有名であることを言わなければならないことに関しては複雑だった。

 

 そんな彼の表情を見たからだろう、ニコラは苦笑した。席に置かれたマフィンを手に取って彼はそれをハリーの手に乗せた。彼が甘いもので気を紛らわせていると、コンパートメントがまたもやノックされた。今度は誰だろうと二人の視線が入口へ向くと、そこに顔を出したのは彼らがマダム・マルキンの洋装店で言葉を交わした金髪の少年だった。

 

 

「やあ、この前会ったばかりだね。このコンパートメントにハリー・ポッターがいると聞いたんだけど、君のこと?」

「あのときは名乗る前に別れちゃったからね。そうだよ」

「へえ、それじゃ僕も名乗っておくよ。ドラコ・マルフォイ、改めてよろしく」

 

 

 そう言ってドラコはハリーに手を差し出した。ハリーは彼の手を取って握手を交わした。すると今度は、彼はニコラの方へ歩み寄って同様に自己紹介をした。ニコラもにこやかに名乗り返して彼と握手を交わす。

 

 そして最後に、ドラコは百味ビーンズを頬張って白目になっているロンを視界にいれた。あの悪魔の味が入っている菓子を頬張るという自滅行為を、何故延々と繰り返しているのか。ある種の恐怖を感じたドラコは彼から視線を逸らし、二人にそっと尋ねた。

 

 

「その、彼は……気でも狂ったのか?」

「しばらくしたら元に戻るよ……多分」

「ちょっとびっくりしただけだと思うから大丈夫だよ」

 

 

 汽車に乗っている間の時間に何が起こったのだろう、とドラコは心底疑問に思ったが口には出さなかった。

 

 赤毛の少年のことを彼は知っていた。父親同士の仲が非常に悪く、彼は父親から如何にウィーズリー家が卑しい一族か聞かされていたからだ。だから彼が喧嘩を吹っかけてきたら応じるつもりだったのだが……これは予想していなかった、と彼は思う。

 

 箱に入っている残り少ない百味ビーンズを全て口の中に流し込んだロンは、死んだ目で口をモゴモゴさせながらドラコへ視線を向けた。ごくりと百味ビーンズを食道に送ってから彼は口を開いてドラコに話しかけた。

 

 

「やあ。僕はロン・ウィーズリー。話は聞いてたから知ってる、マルフォイなんでしょ?ハハ、今までの僕なら喧嘩を売っていただろうけど今はそれどころじゃないんだ。僕は恐ろしい夢を見たんだ。ペットのネズミが成人男性で、僕は彼を膝の上に乗せていただって?ハハッ、ハハハハハ――――」

「ダメだ、ロンは正気を失っている」

 

 

 ケタケタ笑いだしたロンを、ハリーは横たわらせた。ニコラは非常に申し訳なさそうな顔で杖をロンに向けた。ハリーが「もう黄金はやめて!」と謎の発言をしたため、ドラコはますます意味が分からなくなった。

 

 

「しばらく寝ていたほうがいい」

「それ、黄金になったまま寝るんじゃ!?」

「ハリー、何事も練習なんだよ」

「尤もらしいこと言うのやめてー!」

 

 

 ハリーが制止するより早く、ニコラが杖を振るった。するとロンの笑い声が一瞬で止んだ。ハリーが恐る恐る彼の呼吸を確認した。よかった、ロンは息をしている。

 

 だがよく見るとロンは黄金だった。ロンの着ている服全てが黄金仕様になっていた。ドラコは「あぁ……」と先程のハリーの発言をようやく理解した。確かに黄金はやめて欲しい、と彼も心の中で同意した。

 

 よくよくロンの服を観察してみると、拠れた服装なのに全てが黄金であるところが実に意味不明だった。繊維質の黄金を杖一振りでつくるとは一体??ドラコは考えることをやめた。

 

 

「それを売ったらウィーズリーの懐も多少は暖かくなるだろう。あー、その……君たちとは、できればいい付き合いを続けたいところだ」

「何を言っているんだ、ドラコ。私たちはもう友達じゃないか」

「と、友達……!」

 

 

 ニコラがにこやかに笑いかけると、ドラコは頬をピンク色にして感激した様子で声を上げた。ハリーも「僕を忘れないでよ」と口をとがらせて会話に入った。

 

 

「僕だってもう君と友達だよ、そうだよね?ドラコ」

「友達。とも、だち!!」

 

 

 ドラコも言語能力を失った。ハリーは彼も自分と同じように友達がいなかったのだろうかと不憫に思った。ハリーもニコラにそう言われてとても嬉しかった。だからドラコにも同じように声をかけたのだが彼の判断は間違ってはいなかったようだ。

 

 二人の友達と一人のウィーズリーができたことでドラコは物凄く嬉しそうだった。そろそろホグワーツに到着するからと自分のコンパートメントに戻った彼だったが、去り際に鼻歌が聞こえたので二人は顔を見合わせて笑った。

 

 




発狂していたロンはドラコと喧嘩せず。マルフォイが気を遣ったため「付き合い方は考えた方がいい」などの発言はなく、ハリーとドラコの仲は良好。元凶は大体ニコラ。

ネズミは三巻までただのネズミ。本筋は変わらないとはいえ、某脱獄囚は「ただのネズミになってる……」と驚愕することになる。


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ニコラ・ゴールドスタインと組み分け帽子

誤字脱字報告ありがとうございます!確認していますが色々見つかるものですね……お世話になっております。

スキャバーズに関してですがご安心を。寿命でぽっくり逝くことはありません。


 ドラコ・マルフォイが姿を消してから、そう時間を置かずにハーマイオニーが顔を出した。相変わらずノックせずに戸を開けた彼女は、ぐっすり眠るロンから歓談する二人へ視線を移してから言った。

 

 

「前の方に行って運転手から聞いたのだけど、もう間もなく着くみたいだから。早く着替えたほうがいいわ」

「教えてくれてありがとう」

 

 

 それだけを伝えるためだけにわざわざ最後尾の車両まで来てくれたらしい。優しい彼女にニコラが礼を言うと、彼女は少し頬を赤らめて「パイのお礼よ」と早口で言ってから足早に立ち去った。存外照れ屋でもあるようだ、とニコラはひっそり笑った。

 

 ハリーがロンを揺り起こすのを横目に、ニコラは手早く着替えを済ませた。彼は元から着替えていたのだ、ただ変身術でマグルの服装に見せていただけで。ハリーは彼の早着替えに目を丸くさせてどうやったのか尋ねた。

 

 

「私は最初から制服を着ていたんだよ。変身術でマグルの服にしただけ。その方が早いからね」

「無駄に高度な魔法使ってない?ニコラ」

 

 

 絶対に新入生で習わないだろうな、と思わせるような呪文を多く使うニコラ。ハリーは早くも友人のことを理解し始めていた。そもそも、彼女の母親とかいう人物からして色々信じがたいのだからこれ以上何があっても驚かないと彼は思う。実際は更にとんでもない真実が隠れているのだが、ハリーはまだ知らない。

 

 そのニコラがまたもや杖を手に取ったので、彼は警戒した様子で今度は何をするのか確認をとった。

 

 

「今度は何をするの?」

「目くらまし呪文。着替えるんだろう?見えなくなったら私に気を遣う必要はないよ」

「うーん。君、ホグワーツに入学する必要がないくらい魔法が使えるんじゃないの?」

「私は楽しい学校生活を送るために入学したからね。君たちとは少し目的が違うんだ」

 

 

 天才なのか、馬鹿なのか、それとも両方なのか。ハリーは頭痛を覚えた。ニコラは外見は物凄い美少女だが中身はとても変人だった。ハリーもホグワーツでの学校生活に憧れを感じているが、一応魔法を習いたいという意欲はある。ニコラは外聞のいい目的すら持ち合わせていないようだ。

 

 とそこで、二人の会話を聞いて意識が浮上したのかロンが起き上がった。先程までの変わり果てた様子から大分落ち着きを取り戻したようで、ハリーがハーマイオニーからの伝言を伝えるなりいそいそとトランクから古いローブを取り出した。

 

 着替えようとローブを手に取った二人に目くらまし呪文がかけられた。体に冷気が流れたような感覚を覚える。暗くなった窓が鏡代わりになり、コンパートメントの中を映していたがそこにはニコラしかいなかった。ハリーとロンは顔を見合わせて「とんでもないや」と肩を竦めた後、急いで着替えを終わらせた。

 

 

「終わったよ、ニコラ」

 

 

 ハリーがニコラに声をかけて呪文を解除してもらったところで、車内アナウンスがされた。五分でホグワーツに到着すると聞いてハリーは緊張から冷や汗が流れだす。胃が引っ繰り返そうな感覚もあり、彼は余ったお菓子をポケットに詰め込むことに専念した。

 

 ロンもハリーと同様に緊張から顔が青白い。吐きそうだ、と呻きながら彼は窓の外の景色を眺めた。既に空は暗く、何も見えなかった。

 

 

 汽車が完全に停車すると、通路は既に溢れんばかりの生徒たちでいっぱいだった。ショックが抜けきれず本調子でないロンに配慮して、二人はある程度人が減るまで待つことにした。

 

 二人がさり気なくロンから話を聞く限り、スキャバーズの件は悪夢として片づけたようだ。彼はスキャバーズの話を持ち出されると一瞬身体を跳ねさせながら「とんでもない悪夢を見たんだ」と顔を真っ青にして震えた。悪夢として片づけると彼が決めたならば、とニコラは彼の選択を受け入れて無理に思い出させることはしないことにした。

 

 

「変身術が解かれない限り、今の彼はただのネズミだから」

「万が一解かれた時が怖いなぁ……僕のこと、じっと見ていたんだよ?もし悪い魔法使いだったら、僕は狙われないかな」

「ん、それなら少しばかり呪文をかけておこうか」

 

 

 ペットは荷物と同様に学校に届けられるのでロンはスキャバーズを放置していた。ただケージではなくポケットに仕舞っていたため、彼はネズミに逃げられることを懸念していた。そこでニコラがケージをつくった。そのついでにネズミにある魔法もかけていたが、それはハリーしか知らない。

 

 黄金仕様のカゴに住まいを得たスキャバーズは実に居心地がよさそうに眠っている。ロンが彼の一時的な住居を、恨めしそうに見やった。

 

 

「黄金の住まいだからっていい気になって」

「ネズミに嫉妬してる……」

 

 

 ボソッとハリーが呟いた。それを聞きとがめたロンが頬を膨らませて「ネズミの家の方が豪華なんだよ、僕の住まいは色々酷いから」と言い返した。

 

 魔法使いの家、と聞いたハリーは興味が湧いてロンに話をせがんだ。ハリーのリクエストに応えて彼が話している間に、人混みはだいぶ解消されていた。

 

 

 歩きやすくなった通路を歩いて汽車から降りれば、大きな声が彼らを出迎えた。ハリーは見覚えのある巨男を見上げて「ハグリッド!」と名前を呼んだ。

 

 ハグリッドは巨体をキョロキョロさせて、目的の人物を見つけると「こっちだ!」と大きな手で彼らを手招く。在校生と新入生はどうやら経路が違うらしい。

 

 森番の役目の一つなのだろう、彼は新入生たちを先導した。何故暗い中まともに整備されていない道を歩くのだろう、とニコラが思っているとその答えはハグリッドが示してくれた。

 

 

「どうだ、あれがホグワーツだ!こっから見ると綺麗だろう?イッチ年生にはこのルートを通ってもらってまずこっからの景色を見てもらうんが伝統だ!」

 

 

 ハリーを含めた新入生たちが一斉に歓声をあげた。夜の闇の中に建つ壮大な城は、この場にいる全ての新入生たちが待ち望んだ彼らの学校。ホグワーツ城は地に根を張る巨木のように、力強さを彼らに見せつけていた。

 

 ホグワーツには何度か赴いたことはあったニコラだが、夜の風景をこの場所から眺めるのは初めてだった。これからこの城で過ごすのかと思うとワクワクが止まらない。

 

 

 ハグリッドは生徒たちを岸辺に繋がれた小舟に誘導した。別ルートから城の中に入るようだ。

 

 

「四人ずつ乗ってくれ!」

 

 

 その言葉に、子供たちがぞろぞろ小舟に乗り込んだ。一緒に行動していたのでニコラはハリーとロンと船に乗る。そしてもう一人、知らない子がそれに加わった。

 

 明るい茶髪の男の子はニコラを見て目を大きく開いた。単純に夜の中に浮かぶ白髪に驚いただけではないようにハリーは思えた。

 

 全員が乗り込んで船がゆっくりと勝手に進んで行く。景色を楽しむニコラへ、少年がそっと話しかけた。

 

 

「もしかして、ニコラ・ゴールドスタイン?僕はアンソニー。えっと、ティナおばあちゃんから話は聞いてるよ」

「ああ、君が今年入学のアンソニーか!よろしく、遠慮なく頼ってくれ」

「ありがとう、ティナおばあちゃんもそう言ってた」

 

 

 そう言ってアンソニーはにっこりと笑った。疑問符を浮かべている二人の友人たちに、ニコラは親戚ということになっているアンソニーを紹介した。

 

 

「彼はアンソニー。イギリス系のゴールドスタイン家だ。私はアメリカの方だから彼とは遠い親戚だよ」

 

 

 実際はそんなことないのだが、ニコラはすらすらと自身の設定を述べた。ニコラの設定では彼はアメリカ系ゴールドスタイン家のフランス人ということになっている。

 

 彼らが軽く自己紹介を交わしたところで、ハグリッドが「頭を下げー!」と吠えたので一斉に頭を下げる。ニコラはここで誰かが頭をぶつけたらどうなるのか少し気になった。

 

 崖下を潜り地下の船着場に到着した子供たちは彼に続いて石段を上がる。ハグリッドは巨大な樫の木の扉の前に生徒を集めると、扉を叩いた。

 

 すると、中からエメラルド色のローブを着た厳格そうな魔女が現れた。彼女はハグリッドへ視線を送り報告を促した。

 

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生です」

「ご苦労様です、ハグリッド。ここからは私が引き継ぎます」

 

 

 新入生を連れてきたハグリッドを労った彼女は扉を開け放ち、生徒たちを引き連れて玄関ホールの脇にある小部屋に向かった。少しばかり窮屈そうに押し込まれて不安そうな新入生たちへマクゴナガルは「ホグワーツ入学、おめでとうございます」とまずは挨拶した。

 

 それから彼女は新入生たちの顔をぐるりと見回してから事務的なことを述べた。組み分け儀式は在校生や教員たちの目の前で行われるようで、彼女が大広間で準備を行う間、ここで身嗜みを整えるようにと指示した。

 

 

 ゴソゴソと皆が服を直す音だけが聞こえる中、ニコラはロンのローブに目をつけた。スニーカーが見える上、よく見たら穴も空いている。

 

 そっと杖を出した彼にハリーが慌てて「今、ロンのローブが黄金になったら大変だからやめてあげて!」と囁いた。ロンも魔法を易々と扱うニコラのヤバさを理解し始めていたため、コクコクと無言でしかし高速で首を縦に振った。ニコラはちょっとがっかりしたように杖を下ろした。

 

 

 彼らがこうしたやり取りをしていると、突然新入生たちが騒ぎ始めた。半透明の、身体が透き通った人たちが壁を通り抜けてきたからだ。

 

 彼らがゴーストだと知るニコラはこれといった反応は見せなかったが、ハリーは息を呑んで「ゴーストだ」と呟いた。現れたゴーストたちに生徒たちの興奮が冷めない中、ハリーはそっとニコラへ囁くように尋ねた。

 

 

「ゴースト以外にもいるのかな、その……人間じゃない存在」

「勿論いるとも。敷地内には沢山の魔法動物がいると友人から聞いているよ」

「へえ、魔法動物かぁ。それってフクロウとかネズミとかヒキガエルとは違うの?」

「全く違うね。例を挙げるとしたらケンタウルスやユニコーンかな」

 

 

 ハリーは「幻の動物だ!」と驚いた顔で反応した。こうして人生二度目なのかと思われかねないほど落ち着き払っているニコラと会話をすることで、ハリーはどうにか緊張をある程度解すことに成功した。

 

 ロンも緊張のあまり震える手で服を正しているが、彼の後ろのネビルは酷いどころではなかった。全身を大きく震わせながら手をローブに伸ばしているが寧ろ皺を増やしていた。

 

 あまりにも可哀想だったのでニコラが彼の元まで歩いてさっさと直した。ニコラ自身は親切心からやったのだが哀れなネビルには嫉妬の視線がいくつも突き刺さった。

 

 側から見ればユニコーンのように真っ白な髪を頭の後ろで編んだ中々見ないレベルの美少女が、新妻のように服を正しているのだ。これは嫉妬しても仕方ない。

 

 ネビルは突き刺さる視線に心臓と胃を痛めながら震える声でお礼を言った。親切にはお礼を言う。彼は祖母の言いつけをしっかり守る子なのだ。

 

 

「あ゛、あ゛りがどう゛」

「気にしないで。あと君、本当に大丈夫?」

 

 

 声までも可憐だ、と一部の男子生徒たちの顔が緩む。その一方で「あいつ、あの子に話しかけられやがって!」と言いたげな鋭い視線がネビルに向かう。

 

 彼らはその可憐な少女の中身が六百歳越えの爺さんだということを知る由もない。彼らの甘酸っぱい夢は実は渋い、苦い、辛いの三重苦だとも。

 

 残酷な現実を知らない子供たちはネビルへの対抗心を無意味に燃やしていたために上手く緊張が解れていた。男とは単純な生き物である。心なしか、女子生徒の視線が冷たくなった。

 

 

 マグゴナガルが「組み分け儀式が間もなく始まります」と戻ってきて見れば、生徒たちは皆、何やら闘争心を剥き出しにしているではないか。この短時間で何があったのか気になった彼女ではあったが、仕事は仕事だ。

 

 

「一列になってついてきなさい」

 

 

 彼女の後をついて行けば、大広間に出た。幾多もの、数える程億劫な視線が新入生たちを出迎える。興味、期待、好奇といった感情がよく見えた。

 

 大体の新入生が目立たせないように身を縮める中、堂々と歩いている目立つ髪色の美少女には特に視線が突き刺さった。

 

 

「ウィーズリーの双子が騒いでた美少女……!」

「双子の嘘じゃなかった……だと!?」

「ホグワーツ美少女選手権、堂々の優勝だな」

 

 

 ヒソヒソと囁かれる言葉も全員が同じことを言えばそれは耳打ちレベルの話ではなくなる。だがそれもそうだ、ニコラの美貌は人間を超越した美しさだ。人の道を外れたような危険な瞳が特に魅力的で、それが甘さに蕩ける様を間近で見たいという欲求に駆られるほど。

 

 

 彼女の人並み外れた端正な顔は、教員席でも話題になっていた。ニコラの驚異的な顔面を見ても驚くだけに留めた『魔法薬学』のスネイプ教授は他の教員の反応を窺った。

 

 『呪文学』のフリットウィック教授と『薬草学』のスプラウト教授は「彼女がヴィーラの血を引いているか否か」について意見を交わしていた。彼らは健全だった。

 

 だがここで『闇の魔術に対する防衛術』のクィレル教授が彼女の生命を感じさせる強い目に惹かれて「う、ううう美しいですね」と感想を述べたので、スネイプは彼からそっと身を引いた。

 

 スネイプは多くの生徒たちが彼女に視線が吸い寄せられているこの状況を危険だと判断して、校長のアルバス・ダンブルドアに警告しようと彼の方へ向いた。

 

 すると彼は、校長の凄まじい顔を見てしまい大いに驚くことになる。

 

 

「うぅーむ、厄介な顔面を創りおって……!」

 

 

 あのアルバス・ダンブルドアが、何故か感情を丸出しに新入生の美少女を睨んでいた。スネイプはまるでわからなかった。

 

 

 ざわざわ騒ぐ在校生たちを鎮めるため、副校長のマクゴナガルは厳しい声で「神聖な組み分け儀式を何だと心得ているのですか」と言い放つ。厳しさに定評のある彼女が一言発すれば、大広間は一瞬で静まり返った。

 

 彼女はそれに満足そうに頷いてから、いつの間にか新入生の前に置かれた椅子の上に帽子を乗せた。ボロボロの帽子で何をするのだろうと新入生たちが一斉に思ったところで、破れ目がパックリ割れて、そこがまるで口とでも言うように歌い出した。

 

 

 それぞれの寮の特徴と自分の役割を歌い終えた帽子は、大喝采を受けて四つのテーブルにお辞儀をすると再び沈黙した。生徒が被るまで、彼は口を閉ざしている。

 

 マクゴナガルが羊皮紙を手にして、名前が呼ばれたら前へ出て帽子を被るように新入生へ告げた。それから彼女はアルファベット順に名前を呼び始めた。

 

 

 ハリーとロンは後ろの方だが、ニコラは前半だ。ハリーは彼女と同じ寮に入りたかった。帽子を被って自分に適した寮に組み分けされるらしいが、それなら彼女と同じ寮に入れる確率は四分の一しかない。

 

 どうか、同じ寮になれますように。ハリーはロープの前をぎゅっと握りしめながら祈る。

 

 早いもので、アルファベットGの苗字が呼ばれ始めた。ニコラの親戚ということになっているアンソニーはレイブンクローに入った。そして彼が呼ばれると、次は同じ名字のニコラだ。程なくして、マグゴナガルは名前を呼んだ。賢者の石になったニコラス・フラメルの新しい名を。

 

 

「ゴールドスタイン・ニコラ!」

 

 

 ニコラが前へ出ると一瞬広場がざわっとした。だがホグワーツの校長及び副校長の凄まじい眼力により否応無く口を閉ざした。

 

 椅子に腰掛けた少女の頭に、帽子が乗せられる。組み分け帽子が少女の心を見て、彼女が何を重んじているのか読み取ろうとした。

 

 が、できなかった。魔法使いの嗜みである閉心術を使っているのか、帽子は彼女の心の内が全く読めなかった。

 

 

――閉心術を解除してもらえんか。

 

――いいとも。

 

――……なんてことだ!別の学校の卒業生が新入生の組み分けに参加するなんて、創設以来初めてだ!!

 

――普通はそうだと思うよ。

 

――君の組み分けはこれだ……アズカバン!!

 

――んふぅ。

 

 

 唐突に出された名称を聞いて、ニコラは噴き出しそうになったのをぐっと堪えた。それにしてもアズカバンは酷い、と彼は異議を申し立てた。

 

 

――アルバスから許可はもらっている。

 

――そうだろうとも。彼の許可なくしてここには入れぬ。

 

――組み分けは?

 

――アズカバン。

 

 

 ニコラは思わず「ふふっ」と笑ってしまった。組み分け帽子が頑なに他校の卒業生の組み分けをしたがらないからだ。あまりにもおかしくて彼は笑った。

 

 だが側から見ると、とんでもない美少女が帽子の中で笑顔を見せているのだ。帽子によって口元以外は隠されていることを在校生たちは惜しんだ。

 

 既に一分経過しているが決まる様子はない。マグゴナガルは自身が組み分け困難者であったため、特に不審に思うことはなく――いや、笑い出したことは不審に思っているが――組み分け帽子が声を上げるまで静かに待っていた。

 

 ニコラと帽子の攻防は未だに続いていた。

 

 

――アズカバンはいやだ……アズカバンはいやだ……。

 

――ふむ、それならば……ヌルメンガード!!

 

――おぉ、グリンデルバルドと一緒だ。アルバスに自慢しよう。

 

 

 まったくもって本題に入ることなくニコラは帽子と会話していた。しかも寮ではなく監獄の組み分け帽子になっている。

 

 既に二分が経過し、少しずつ生徒たちも囁き合う。実際は組み分け帽子が本題に入らず無関係の話題で時間を浪費しているだけなのだが、生憎と彼の声はニコラにしか向けられていないため誰も聞こえない。

 

 組み分け帽子は迷っていた。ダンブルドアに身元を保証されているとはいえ、既にボーバトン魔法アカデミーの卒業生だ。ホグワーツで学校生活を送りたい動機も極めて不純なので組み分け帽子として「学ぶ気はあるんか?」と考えて止まない。

 

 しかしかながら、ここで「アズカバン!」や「ヌルメンガード!」などと叫んでしまえば気が狂ったと思われかねない。組み分け帽子は選択を迫られていた。

 

 三分が経過した。ダンブルドアの顔が何とも言い難いものに変わる。彼は組み分け帽子に予め言っておけば良かったのではないかと少しだけ後悔した。

 

 マグゴナガルは一体組み分け帽子はどこの寮で悩んでいるのだろうかと疑問に思い始める。寮どころか入学そのものを悩んでいるのだが誰もわからないし、わからない方が幸せであることには違いない。

 

 

――ホグワーツで学ぶことなどないだろうに。

 

――いいや、あるとも。

 

――ほほう?

 

――私はね、青春という形ないものの概念について学びたいのだよ。

 

――ふむ。

 

――かつての学生生活は研究一色だった。だから私は今、新しい世代の友人たちと過ごすであろう数年で、青春とは何か学びたい。そして彼らの成長を見届けたいのだよ。

 

 

 組み分け帽子は黙り込んだ。既に五分になりかけていて、マグゴナガルも「おや」と言わんばかりの顔をしている。帽子に覆われたニコラにはわからないが、彼の組み分けを見守っているハリーたちは「あそこまで時間がかかるのか」と戦々恐々としていた。

 

 帽子も時間の経過を自覚しているのだろう、最後に一言だけ尋ねた。

 

 

――それで、本音は?

 

――二度目の学校生活を楽しく謳歌しながらアルバスに悪戯したい。

 

――大変よろしい!君の寮は決めた。それは……

 

 

 五分以上が経過し、久方ぶりの組み分け困難者に大広間がざわつく中、組み分け帽子が口を開いた。

 

 

「グリフィンドール!!」

「ありがとう!」

 

 

 ニコラはそう言うと、組み分け帽子を脱いでマグゴナガルに手渡した。彼女は組み分け困難者がグリフィンドールに選ばれたからか、にこやかに「あちらへ」と言ってくれた。

 

 グリフィンドールの席に座ったニコラに、視線が注がれる。彼の先にほど近いところにわざわざ移動した顔見知りの双子たちが「レイブンクローと悩んでたのか?」と問いかけた。

 

 ニコラはとてもいい笑顔で答えた。

 

 

「アズカバンか、ヌルメンガードで悩んでたんだ」

 

 

 双子は噴き出して大声で笑った。マグゴナガルから直ぐに「静かにしなさい、ウィーズリー!」と叱責が飛んだ。

 

 

 それからニコラはグリフィンドールの席から組み分けを見守った。

 

 ハーマイオニー、ネビルはグリフィンドール。ドラコは本人の希望が通ってスリザリンだった。ちょっと残念そうにニコラの方を見ていたので、彼が手を振ってみたところパアッと表情を明るくして手をブンブン振り返していた。

 

 そしてハリーの名前が呼ばれると、イギリスではやはり彼の名前は特別らしく非常にざわついていた。彼が組み分け帽子を被ると、自然と誰もが口を閉ざして彼の組み分けを見守る。

 

 やがて組み分け帽子が叫んだ。

 

 

「グリフィンドール!!!」

 

 

 グリフィンドールの席から爆発したような歓声が上がった。双子たちが「ポッターをとった!」と高らかに自慢する。

 

 ふらふらとテーブルに近づいたハリーはニコラの隣に座った。まだ何も始まっていないのに、ハリーは早々にベッドに潜り込みたい気持ちに駆られていた。ただ、ハグリッドと目が合うと元気を取り戻したようで笑顔を見せた。

 

 それから二人は残りの組み分けを見守った。ロンもグリフィンドールに組み分けされたので、彼の兄たちが一斉に歓声をあげて祝福した。ロンは崩れるようにハリーの隣に座った。

 

 ハリーは向こう側のテーブルに座るドラコへ手を振りながら「ドラコだけスリザリンなんだ」と残念そうな顔でニコラへ囁いた。そんな彼に対してニコラはにこやかに返した。

 

 

「寮が違っていても友達であることには変わりないじゃないか。今度食事に誘おう。同じ学校の生徒なのだから、一緒に食事くらい摂ってもいいと思うんだ」

「そうだね!寮が違うだけだよね」

 

 

 あれだけ友達ができて喜んでいたドラコだ、きっと今頃心細いだろう。ハリーは早くも彼を誘いたくなっていた。一方のロンは色々あってドラコが来ていた事実を忘れていたことにようやく気付いた。だが、一応会話をしていた記憶は残っている。

 

 

「マルフォイか……案外悪くない奴だったなぁ。今度少し話してみよ」

 

 

 そんな会話をしていた三人がお喋りに熱中している間にダンブルドアの演説が終わったようで、彼らの目の前には豪華な料理が沢山並んでとても美味しそうな匂いを発していた。

 

 その匂いに誘われてお腹を鳴らした子供たちは一様に手を伸ばして最高のディナーを味わったのであった。




『ホグワーツ史上最悪の魔法使い』『男子生徒の悪夢』『絶望の体現』『名前を言ってはいけないあの人』『吸魂鬼殺し』『理想と現実の格差の具体例』など、いくつもの悪名を持つことになるニコラ・ゴールドスタインの伝説

1.組み分け儀式の最中に男子生徒並びに一部の教職員の心を恐ろしい魔法で掌握した。
2.組み分け帽子に「アズカバン」か「ヌルメンガード」か悩まれたことで組み分け困難者になった。
3.男子生徒のペットを人間にして一緒のベッドに寝かせた。

※伝説なので事実と違う部分があります。


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入学式の夜、校長室にて

誤字脱字等の報告ありがとうございます!

今回はシリアスです。このタイミングでしか話が入れられないので。


 楽しい晩餐が終わると新入生たちはそれぞれの寮に案内された。ホグワーツの寮は一箇所にまとまっているのではなくそれぞれ分散している。創設者たちが教え子を住まわせる環境を自ら手がけたのだろうと窺えた。

 

 グリフィンドール塔の八階にある太った婦人の肖像画に合言葉を述べることで、グリフィンドール寮の談話室への入り口が開かれる。そうしてそれぞれの性別に分かれたドアから、各部屋へと繋がっている。大多数の寮生は四人から五人の相部屋だが、ニコラ・ゴールドスタインだけは個室を与えられた。

 

 他の寮生たちは怪訝に思っていたが、まさかニコラの本来の性別は男性で実験の末に女性の身体を得たのだとは誰も思いもしないだろう。いずれ問題になると懸念したダンブルドアの計らいによって、ニコラは個室を獲得した他、自分の部屋以外の部屋に入ることはできない制約をかけられた。

 

 

 さて、一人だけ扱いが違うニコラだが、彼は生徒たちが寝静まるまでじっと待っていた。

 

 賢者の石に肉体を錬成された影響で、彼は食事も睡眠も必要としない。不可解に思われるので食事はするが、わざわざ睡眠時間を設けて貴重な時間を潰すつもりはなかった。

 

 新学期が始まり、汽車に乗るなどして気疲れしたのだろう。消灯時間を少し過ぎた頃には物音一つしなくなった。

 

 そして、ニコラの活動が始まる。

 

 目くらまし呪文をかけ、談話室まで降りる。消灯時間間際まで騒いでいた双子たちも帰ったようで、談話室にある暖炉には火が灯っているものの、寒々しい空間が広がっている。

 

 彼はそれらに気をとられることもなく、肖像画の裏の穴を上った。夫人はぐっすり眠っていたようだが、突然内側から開けられたので「あら?」と声を上げた。

 

 

「誰かいるの?」

「散歩しようと思って」

「あら、新学期早々やんちゃね。見つかったら罰則なのよ」

「それはそれで楽しそうだ」

 

 

 ニコラは罰則を恐れない。何故なら罰則を受けることも青春の一環だからだ。寮杯にもそこまでこだわりはないが、優勝はしてみたいと思うので見つからないように努力はする方針である。

 

 夜のホグワーツをのんびり観光しながら、ニコラは歩く。途中、人の気配を感じた彼は一旦足を止めて動きを注視した。

 

 見回りなのか、暗闇に紛れるような真っ黒なローブをした男性教員が歩いているのが見えたので彼はその後をつけることにした。特に意味はない。

 

 そういえば、とニコラは男の顔を見てあることを思い出した。ハリーは彼の顔を見て「傷が痛くなった」と言っていたのだ。ハリーの額の傷は、ニコラが知る限り闇の魔術によるものだ。そして監督生のパーシーは彼――スネイプのことに関して「闇の魔術に詳しい」と供述していた。

 

 一見して怪しいのはスネイプだが、ニコラはそう思わなかった。確かに外見からして闇に触れていそうなのは違いないが、ハリーの額に傷をつけたのはスネイプではなくヴォルデモートだ。彼らが同一人物でない限り、ハリーの傷が痛むことはないはずだ。

 

 

――クィレル教授の方が怪しいけど。

 

 

 ニコラは自身を見つめるクィレルの熱い視線を思い出してげんなりした。あの目は知っている。どんなことをしてでも生を手に入れたいと渇望する亡者の瞳。あの男は生きているはずだが、死者のような何かの気配もしていた。

 

 賢者の石であるニコラは、その瞳に石の輝きを映す。そのため、純粋にその美しさに惹かれる者もいれば、瞳に漲る生命力を欲する者も引き寄せる。クィレルは厄介な後者の方だ。

 

 この件についてもアルバスに報告しなくては、と彼はスネイプの後を追いながら考えをまとめた。見たところスネイプは実戦慣れしていそうだったので、隠蔽には全力を懸けた。見つかると面倒なのだ。

 

 足音やにおいなどを魔法で誤魔化したニコラは意気揚々と男の後を追う。

 

 だが男の後をつけていると、彼は目的があって歩いていることがわかった。彼の後を追ったニコラの前に現れたのは、以前呼ばれたこともある校長室だったからだ。

 

 校長室前のガーゴイルに「レモン・キャンディー」と短く告げ、男は校長室へ入った。ニコラは話を盗み聞きするつもりはないので前で待つことにした。

 

 

 しばらく時間が経った。まだ出てこない。ニコラは校長室でどんな悪戯をしようか考え始めた。

 

 更に時間が経った。中でどんな疾しいことをしているのか、中々出てこないので痺れを切らしたニコラは行動に移すことにした。盗み聞きは良くないので直接顔を出そうと思い至ったのである。

 

 呪文を解き、ざわっとしているガーゴイルへ合言葉を発する。生徒がこの時間帯に現れたことに動揺していたガーゴイルたちだが、ニコラが合言葉を唱えると退いた。

 

 

 校長室へ踏み込んだニコラへ、校長室に飾られた肖像画の中にいる魔法使いたちが寝たふりをやめて視線を寄越した。一瞬遅れて杖が向けられる。警戒を多分に含んだ鋭い視線が、真っ直ぐニコラを突き刺す。彼は動揺を見せることなく部屋の主へ軽く挨拶した。

 

 

「こんばんは、アルバス。夏以来だね」

 

 

 ダンブルドアは呆れた顔で「まったく、セブルスを警戒させるでない」と友を窘めた。セブルス・スネイプ教授は二人の親密そうなやり取りを受けて「お知り合いですかな?」と極めて渋い顔で尋ねた。

 

 それに「そうじゃよ」と短く肯定したダンブルドアは、夜更けに訪ねたニコラへ苦笑しながら言った。

 

 

「あまりにもその顔の造形が素晴らしいゆえか、多くの生徒や教員たちの関心を引き寄せておるぞ。それは言わば甘い毒じゃ、真実を知らぬ時が長いほど蝕んでいく」

「そう言われても私にはどうすることもできない。そもそもこの顔で生まれたのは私の意思ではないからね」

「はあ、そうであった……なんと気まぐれなモノか」

 

 

 ニコラの肉体は賢者の石が構成している。ニコラス・フラメルは自分の肉体を賢者の石と錬成する際に、詳しい条件は全て賢者の石に委ねるものと定めていた。それは自分が条件を決めることで結果に影響を与えると懸念したからであり、そしてそう考えたからこそニコラが生まれた。

 

 この身体は賢者の石を使う上で最も適している。だからこそニコラは黄金を容易に創り出せ、命の水も生成し、そして不死性を得たのだ。

 

 そうした研究価値の非常に高いこの身体を探求するために、ニコラはここホグワーツに入学してきた。ダンブルドアはそう認識している。

 

 

 ダンブルドアは杖を一振りして椅子と、湯気の立つココアの入ったマグカップを出した。ニコラは遠慮なく腰掛け、マグカップを両手で抱え込んだ。肖像画の魔法使いたちは再び寝入ったが、彼らの耳は遠慮なく会話を聞くつもりであった。ニコラはそれに気づいているのかいないのか、美味しそうにココアを口に含んでいた。

 

 スネイプは突然現れた新入生を警戒し、杖は向けていないものの手に握っている。だがダンブルドアが首を振ると、仕方なさそうにローブの中に仕舞った。

 

 話に入る前に、ダンブルドアが確認をとった。

 

 

「さて、どのような話があって、入学初日の真夜中に、校則を早速破ってここまで来たのか。このようなことはわしの校長人生で初めてじゃよ」

「確認したいことがあってね。時にアルバス、ネズミの動物もどきはイギリス魔法省に登録されているかい?」

「突然何を……?」

 

 

 スネイプが思わず反応するが、ニコラの視線は依然としてダンブルドアに固定されたままだ。彼の問いを受けて、ダンブルドアは杖を振って棚から書類を引き寄せた。勝手にパラリと捲られたそれは、ホグワーツの卒業生がどの動物もどきになったのか詳しく記されたリストであった。

 

 リストを確認し終えたダンブルドアは「いないようじゃ」と彼の質問に首を振った。

 

 ニコラの質問の意図を大凡把握した彼は、険しい顔で尋ねた。

 

 

「未登録の動物もどきはどこで発見されたのじゃ」

「新入生のペットに化けていたんだよ。今はただのネズミだけれども」

「なんと!ホグワーツに動物もどきが侵入するところだったか!」

 

 

 ホグワーツには森がある以上、野生動物に化けてしまえば判別がつかない。特に動物もどきは非常に高度な変身術であり見破ることが難しい。

 

 侵入者を妨害したニコラへ感謝を述べつつ、ダンブルドアは詳細を彼に求めた。スネイプも只事ではないと理解し、表情を一層厳しくした。

 

 

「ウィーズリー家のペットとして潜り込んでいたようで、ハリー・ポッターが気になって仕方がない様子だったよ」

「ハリーに、会わせてしもうたか……!」

「校長、もし仮にネズミが死喰い人の残党であれば……!」

「ハリーの身が危ないのう。今は無害なのじゃな?」

 

 

 ダンブルドアが確認がをとるとニコラは頷いた。

 

 今は人間のことを忘れてただのネズミとして生きているが、何かの拍子で人間に戻るかもしれない。そのとき、直ぐにニコラに伝わるように、色々魔法をかけてあるのだと彼は説明した。

 

 スネイプは渋面を浮かべていたがどこかホッとしたような雰囲気を醸し出していた。だがそれを引き締めると、彼はネズミを速やかにウィーズリーの子から引き離すべきだと訴えた。

 

 だがしかし彼の訴えに、ニコラは反論を述べた。

 

 

「そうしたいのは山々だが飼い主の精神状況が非常に不安定だ。彼を落ち着かせ、じっくり話を聞かせた上で同意を得たい」

「いいや、危険だ!相手が動物もどきということは、それだけ熟練した変身術の使い手ということだ。自分で術を破る可能性も考えねば、子供の身に何かあっては遅いのだ!」

 

 

 どちらも子供のことを考えているゆえに二人は対立している。ニコラはスネイプの尤もな意見に対抗するつもりはないのだが、ロンの悲惨な状況を見ただけに彼のことを思って少し時間をあげて欲しいとは思った。

 

 突然ペットが人間で、ネズミに化けてて、今までベッドで一緒に眠っていたのだと知ったのだ。立ち直るまでに多少の時間は必要だと意見した。

 

 

 スネイプは教師の立場として決して意見を違えるつもりはない。ニコラもそれを理解しているからこそ、強い口調で自身の意見を押し付けるようなことはしなかった。

 

 黙って考え込んでいたダンブルドアは、再び杖を振って銀盤を呼び出した。自身の記憶を読み込ませることで、他者と記憶を共有する憂いの篩だ。

 

 それを杖で指したダンブルドアは、二人の意見を聞いたうえでこんな提案をした。

 

 

「二人の意見はよくわかった。どちらを優先させるか明らかにするために、まずは侵入者の顔を確認させて欲しいのじゃ」

「死喰い人か確認するためですかな」

「そうじゃよ、セブルス。ヴォルデモート卿の配下がこのタイミングで侵入しているということは、賢者の石を狙っていることもあり得るからの」

 

 

 スネイプはダンブルドアが少女の前であっさりと石の名前を告げたことに驚いた。教員の間でしか知らされていない、ホグワーツが一時保管している賢者の石。それを、今日入学してきたばかりの彼女に何故明かしているのか。

 

 彼が更に疑念を抱いたのは、ニコラの顔に動揺が一切見られなかったことにあった。賢者の石がホグワーツに保管されていると知って驚かないはずがない。だというのに、まるで最初から知っているかのように彼女は無反応だった。

 

 ニコラはスネイプの警戒を他所に懐から取り出した杖を側頭に当て、銀色の靄をするりと引き出した。ユニコーンの毛のようにふわふわとしたそれは、過去の断片であることをこの場にいる誰もが把握している。

 

 それを銀盤の中を満たす液体に浸すと、ニコラにとっては先程の記憶が流れ始めた。ロンがポケットからスキャバーズという名前のネズミを取り出した時のことだった。

 

 スネイプとダンブルドアがそれぞれ一瞬たりとも逃さないと言わんばかりの目つきで、ネズミ男の正体を確かめんとする。

 

 

 そうして現れた男は、二人の想像を大幅に裏切るものだった。指だけを残して死んだはずの男。裏切り者に果敢にも立ち向かい、戦死したはずだった。

 

 スネイプが呆然と、その男の名前を呟いた。

 

 

「ピーター、ペティグリュー……!?」

「生きておったのか……ネズミに扮して、シリウスから身を隠そうと?いや、違う……生きていたとしたら、何故ピーターは顔を出さなかったのか……もしや」

 

 

 硬直から解けたダンブルドアが思考を巡らせる。ピーターが人目を避けてウィーズリー家に潜伏していた理由を。何故、人間には戻らなかったのかを。

 

 スネイプはギリッと強く奥歯を噛み締め、記憶の中のピーター・ペティグリューへ鋭い視線を向けた。忌々しい四人組の男のうちの一人。死んだ最も憎い男と、その親友の腰巾着だったはずの男。何故腰巾着をやめて対峙したのか、今もわからない。

 

 彼はココアをゆっくり飲みながら、肖像画に話しかけている少女へ視線を移した。彼女の過去から察するに“うっかり”変身術でミスを犯した彼女は元に戻そうとした。だが最初から変身していたピーター・ペティグリューは人間に戻ってしまう。そして彼女は咄嗟に、彼を普通のネズミにしたという。

 

 ニコラ・ゴールドスタインこそ、変身術に長けている。ピーター・ペティグリューを上回る魔力量で彼の変身を強引に解いたほどに。それは、あまりにも危険すぎる。

 

 自身を危険視する男の視線を受けてなお、少女に負の感情は見られなかった。そうされることがわかっているかのように。一方のニコラはそんなスネイプと実際に顔を合わせて確信したことがある。

 

 

「闇の魔術に詳しいという噂を聞いてもしかして、と思ったけど……スネイプ教授の様子からして君の陣営だね?アルバス」

「そうじゃよ。元は向こうじゃったが」

「校長、何故それを一介の生徒に……!」

「ニコラ・ゴールドスタインはホグワーツの最終兵器じゃ。その顔面も含めてのう」

 

 

 いらない一言を付け加えたダンブルドアは茶目っ気を多分に含んだウィンクをした。だが二人は視界に入れることすらしなかった。ダンブルドアは少し悲しくなった。

 

 しょんぼりしているダンブルドアを放置して、スネイプはダンブルドアが「最終兵器」とまで呼ぶ少女を懐疑的に睨んだ。

 

 

「身元は明らかになっているので?」

「無論。わし自らが入学を許可したのじゃ、普段は普通の生徒として扱ってくれんかの、セブルス」

「あなたがそう言うのであれば」

 

 

 彼は溜息を吐いて、ダンブルドアの依頼を了承した。ニコラがにっこり笑って「よろしくね」と挨拶すると、見るからに嫌そうな顔で視線を逸らした。

 

 グリフィンドール生は嫌いだ。いくらダンブルドアの信頼を得ているとしても。

 

 

 さて、ニコラの素性や危険性についてダンブルドアが保証したところで、彼らは本題に戻ることにした。

 

 ピーター・ペティグリューが生きている以上、シリウス・ブラックがマグルを殺害した容疑は依然として変わらないがピーター殺しに関しては別だ。それでも指一本は犠牲になっているので傷害事件にはなるだろうが。

 

 シリウス・ブラックはアズカバンに収監された。しかしあの当時はヴォルデモート卿が失脚した直後ということもあって、裁判がマトモに行われた試しがなかった。捕らえられた死喰い人の数が多く、裁判の時間すら惜しいと即刻アズカバンにぶち込んでいたからだ。

 

 ダンブルドアは、シリウスの裁判を改めて行いたいと二人に自身の考えを明かした。それを聞いたスネイプの顔が忌々しげに歪む。肖像画の魔法使いの一人が「私の曾々孫がなんだって?」と声を上げたが、ダンブルドアは彼の問いには答えず言い聞かせるような声音でスネイプへ語りかけた。

 

 

「おぬしの気持ちもわかる。だが、わしは知りたいのじゃよ。ポッター夫妻が殺されたあの晩、誰が『秘密の守人』だったのか」

「それは無論、ブラックに決まっ……!ま、まさか……ペティグリュー、だと!?」

「意表を突こうとピーターを選んだ可能性も……無きにしもあらず、じゃ」

 

 

 スネイプは唇を強く噛み締めながら血がにじみ出るほど強く拳を握った。あの晩の真実が、十年目にして明らかになるとすれば。シリウス・ブラックの裁判に反対する理由は、なかった。

 

 二人の会話を黙って聞いていたニコラは、ダンブルドアの不死鳥フォークスから視線を外して確認をとった。

 

 

「参考人のネズミはどうしたらいいんだい?裁判に連れて行くならロンの許可も必要だよ。なにせ飼い主だからね」

「ロナルド・ウィーズリーにはわしから直接説明しよう。彼には辛いだろうが、現実を見てもらわねばならぬ。一人の名誉が懸かっているのじゃからな」

 

 

 哀れなことに、ロンはネズミが裁判へ参加することになったために本来より大分早く、現実を直視する羽目になった。

 

 ネズミの話を粗方終えたところで、ニコラが「別件もあるのだけど」と切り出した。ダンブルドアが続きを促すと、彼は予め伝えておこうと思ったことを明かした。

 

 

「賢者の石を狙っている輩には目星がついているかい?アルバス」

「うむ、セブルスから報告は受けておる。クィレル先生には十分に注意せねばなるまい」

「あの男は少々妙だ。死者かそれに近しいモノを憑けている」

「ふぅーむ……弱った魂、命の水を欲する輩……なるほど、ヴォルデモートじゃな」

 

 

 スネイプは息を呑んだ。ヴォルデモート、闇の帝王。彼が、既にホグワーツに侵入しているという事実。安全だと謳われるホグワーツに潜む魔の手。直ちに動かなければならない、と彼は一人の教員として当然の意見を述べた。

 

 だがダンブルドアは「証拠が足りぬ」と首を振った。クィレルは怪しいが現段階ではまだ何もしていない。そんな彼を突然解雇処分するなどの対処をとれば、魔法省が動かないとも限らない。

 

 ダンブルドアに対して過剰に警戒する魔法省や、彼を引きずり落としたい一部の理事らは嬉々として動くだろう。よって、彼らに気取られないよう決着をつけたいのがダンブルドアの考えだ。

 

 そしてそのためには、クィレルを今すぐどうこうするのではなく、決定的な証拠を見せるまで泳がす必要があると彼は言う。一度ここで明確にあの男と対峙せねばならないのだと。

 

 

「あやつは、自身を滅ぼしたハリーに必ず何らかの形で接触するじゃろう」

「彼を囮にすると!?」

「アルバス、流石にそれはいけない。ハリーはごく普通の、魔法界に触れたばかりの子供だ」

 

 

 ハリーに特別な才能があるわけでないことを知るニコラは友の考えに反論した。ダンブルドアは「わかっておる」と続けた。

 

 

「ハリーは己の未来のために、人生における最大の敵と対峙せねばならぬ。数年後では遅いのじゃ。彼と、彼の愛する者たちを守るためには」

 

 

 ダンブルドアの言葉を聞けども二人は無言を貫いた。スネイプは形容しがたい表情で黙り込み、ニコラは心なしか呆れたように友を見やっていた。

 

 二人がそのまま口を開かないからか、彼は畳み掛けるようにして頼んだ。

 

 

「セブルス、ニコラ。ハリーを、守ってくれんかの。あの子が自分のことを、そして敵のことを知り、己の力で立ち上がるまで」

 

 

 唇をきつく噛み締めたスネイプは、しばらく黙り込んだ。やがて低い声で「それがあなたの命令ならば」と吐き捨てると、足早に出て行った。既にいない彼の後ろ姿を見送るように扉を見つめていたニコラが、友の方へ視線を戻す。

 

 

「相変わらずの悪い癖だ。使える駒に対していつも無茶な“お願い”をする……ハリーは私の友人だから、勿論私は彼を守るとも。ただね、アルバス。君が私を利用しているように、私も君を大いに利用させてもらうけど――構わないだろう?」

 

 

 血の色のように紅い目をキラリと輝かせ、白い少女は黒い教授を追って部屋を飛び出した。無人になり、多少室温の下がった校長室に佇むダンブルドアは、どこか困った顔で己の不死鳥へと視線を移した。

 

 

「フォークスや、わしの言い方が悪かったのかね。わしとてハリーを思う気持ちは二人と変わらぬ。されど、あの予言を知る身としては……」

 

 

 言葉を続けようとしたダンブルドアは、不死鳥が黄金のカードを咥えているのを見つけ、口を閉ざした。そっと嘴に手を差し出しカードを受け取ると、フォークスは炎に包まれてそのまま何処かへ消えた。

 

 疑問に思ってカードへ視線を落としたダンブルドアが最後に見たのは、黄金に刻まれた友からのメッセージだった。

 

 

『今から校長室を生徒がぎっしり詰められた教室にするよ。沢山の生徒に揉まれながら、カードに描かれた人たちを探し出してね。ちなみに全員見つけないと出られないよ。それでは幸運を祈る! 追伸 校長室の肖像画の皆さんには許可を頂いているので、思う存分楽しんでくれたまえ』

 

「ニコラスぅぅうう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアの悲鳴が聞こえた気がしたニコラは悪戯が成功したことを悟って笑みを深めた。傍を歩くスネイプに大層訝しまれたが、それは今更なので彼は気にしていない。

 

 そもそもスネイプがニコラと行動を共にしているのは、自室に戻ろうとした彼を追ったニコラに「グリフィンドール棟の付近まで案内してほしい」とお願いされたからである。

 

 新入生が広いホグワーツを一日で網羅できるわけもなく、迷子の少女を放っておくこともできなかったスネイプは仕方なく案内することになったのであった。ついでに探りを入れるつもりでもあったが。

 

 真っ暗な道を、僅かな灯りを頼りに歩く。スネイプは、少女が何者なのか率直に尋ねた。

 

 

「アルバスには教えてもらえなかったんだね」

「校長は秘密主義だ」

「それは言えてる。理由は言わないのに助力を求めてくる。私は散々悩まされた末に、こちらも好き勝手すればいいと閃いた」

「それはそれは……何を企んでいる?」

 

 

 懐にある杖に手を伸ばしながら、スネイプは険しい表情で尋ねた。新入生であるニコラだが、大人をあっさりと無力化した過去があるため決して油断するつもりはない。

 

 ニコラは特に気にすることなく、あっさりと答えた。

 

 

「アルバスに悪戯をね。今まで散々巻き込んでくれたアルバスへ仕返しをしようと思って」

「……それだけか?」

「それだけ。普通の学校生活を送る傍でアルバスに悪戯する。普段から人を掌で転がしているのだから、たまには自分も転がればいいと思わないかい?」

 

 

 そう言ってニコラはポケットからサイズに見合わない水晶玉を取り出した。水晶玉の形をした魔法道具なのか、彼女が弄り回すと中にある光景が映し出された。

 

 ダンブルドアが、狭い教室に沢山の生徒たちや一部の教員と一緒に押し込まれている。とても暑苦しそうだ。がやがや騒ぎ、時には乱闘騒ぎを起こす彼らを掻き分けて進む彼の必死の形相を見て、スネイプは思わず噴き出しそうになった。

 

 

「なんだこれは!」

「校長室にちょっと魔法をかけただけ。マグルの本でいう……んー、間違い探し?違う、うぉーりぃを探せ、だったかな」

 

 

 ヴォルデモート相手でもダンブルドアはここまで表情を変えないだろうし、想像もつかない。そんな彼にこの顔を作らせた少女について、スネイプは深く考えることも警戒することもやめた。

 

 別に、うぉーりぃを探せを必死に行うダンブルドアが面白かったからではないと、予め言っておこう。

 




【悲報】ロナルド・ウィーズリー、入学翌日から校長の呼び出しをくらう

〜ニコラ監修『うぉーりぃを探せ』〜
とても複雑な呪文で校長室を魔改造したニコラが開催したゲームの遊び方※なおニコラがうっかり全員の服装を黄金にしているのでとても眩しい
1.クィレル教授に捕まると最初からやり直し
2.スネイプ教授を捕まえるとクィレル教授と戦ってくれる
3.ネズミのピーターを、クィレル教授を倒したスネイプ教授に渡さないと反乱を起こされる→最初からやり直し
4.生徒たちに紛れるハリーと必死に逃げるロンを捕まえないといけない
5.最後にフォークスを捕まえてカードを渡すとゲーム終了

熱狂的な応援団の皆さん
肖像画「ダンブルドア!赤毛の少年は黒板の方に行ったぞ!」
肖像画「クィレルが!クィレルが後ろに!違う、横からスライディング……!避けろダンブルドア!」
肖像画「スネイプとクィレルの決闘が終わるぞ、ネズミはまだ見つかってないのか!?」


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ロンの大きな決断

感想、評価、誤字脱字等報告ありがとうございます!

今回も割とシリアスめ。原作のストーリーが殆ど進んでない件については申し訳ないです。


 入学式の翌日。新学期の授業が始まる早朝に二つの伝説がつくられた。

 

 一つは、入学式の夜に新入生が校長室を襲撃したという信じがたい伝説。その伝説について広めたのは、決してそのようなことを言いそうにもないスネイプだった。クィレルと話をしていた彼はどういう会話の流れだったのか、夜中に校長室に用事があった帰りにとある新入生と遭遇し、校長室に悪戯を仕掛けたのを目撃したと話した。

 

 クィレルが大変その話に惹かれて続きを促したところ、スネイプは皮肉気な笑みを見せて「クィレル教授に捕まったらゲームオーバーだったか。まあ、当然の扱いでしょうな」と煽り、彼をイラつかせていた。

 

 気になったフリットウィックはゲームの内容を聞いて爆笑した挙句椅子から転げ落ちた。マクゴナガルはそのときもう一人の伝説の方にかかりきりだったので不在だったが、それは幸いだったかもしれない。もし彼女がこの場にいたら「校長に悪戯なんて!!」と怒っていたこと間違いなしだったのだから。

 

 後に大広間を訪れたダンブルドアは「件の生徒にはわし直々に罰則を与えてやる」と息巻いていたので、そこまで言うほどの目に遭ったのだと周りに思わせていた。そしてあながち間違っていない。

 

 

 そしてもう一つの伝説は、新学期の早朝から呼び出しをくらった新入生の存在だ。ウィーズリー家の六男、ロナルド・ウィーズリー。まだベッドに沈んでいた彼を起こしたマクゴナガルは「校長がお呼びです」と心底意味が分からないと言いたげな顔で呼んだ。もちろん、ロンも心当たりはなかった。

 

 心配する兄たちにマクゴナガルは安心させるように「退学ではありません」と笑顔を見せたが、その彼女も何の要件があって彼を呼んだのかは見当もつかなかった。ただ、ネズミも一緒にと言われたことを思い出した彼女がそれを告げるとロンの顔色が真っ白になった。

 

 この件を通して、マクゴナガルはロンのことを気にかけるようになった。

 

 

 さて、ロンは入学の翌日に校長から呼び出しをくらって、直視したくない真実に強制的に向き合うことになった。スキャバーズを禿げ上がったネズミ顔の男と何度もチェンジされたロンは、すっかり心が折れてしまった。

 

 ダンブルドアとしては、早くピーター・ペティグリューからロンを引き離したくて半ば強引に実感させたのだが、十一歳のロンにはただの虐めにしか映らなかった。

 

 ロンは「スキャバーズを人間にしないで!!!」とネズミを抱えて泣きながら校長室を飛び出し、頼れる魔法使いだが元凶でしかないニコラに泣きついた。談話室でホグワーツ一の美少女の隣に座ってえぐえぐ泣くロンは非常に悪目立ちしたが、早朝の忙しさもあってそこまで気に留められなかった。

 

 悪夢を見たと思ったら現実にも同じ現象が起きたと騒ぐロン。だが彼はどちらも現実だということに決して気づこうとはしなかった。心の折れたロンには認識できない、しないようにという防衛反応によるものだとニコラは考えている。

 

 準備を終えて談話室で合流を果たしたハリーは、非常に申し訳なさそうな顔でロンに言った。

 

 

「でも、僕も見たことあるよ……その、男の人」

「ハリーまでダンブルドアと同じことを言うのか!」

「だって、そもそもの発端はニコラだったし」

「悪気はなかったんだ。ネズミの色を戻そうとしたら男になるなんて想像もつかないよ。一応あのネズミは、ハリーのご両親の友人で彼らの殺害に関する重要参考人だそうだけど」

 

 

 ハリーの首がぐるん!とニコラの方に勢いよく回った。がっしりと細い少女の肩を掴んだハリーは「僕のパパとママがなんだって?」と真剣な声音で聞いた。

 

 両親を知る魔法使いには今までハグリッドしか会ったことのないハリーは、心の奥底では彼らに関することを少しでも知りたかった。一番に知りたかったこととは違うが、それでもハリーがヴォルデモートを倒した日の夜、つまり両親が亡くなった日に関する情報なら聞き逃すつもりは一切なかった。

 

 ロンも、ニコラの発言に大層驚き、ポケットの中のネズミとハリーを何度も見比べた。ペットのスキャバーズが、友達の両親の殺害に関して情報を持っているだと?ロンはますます混乱した。

 

 

「声を潜めて。君たちにはまだ早いだとか言われそうだけど、今か後かの違いだからまあ話しても構わないだろう。君のご両親を殺したのは例の人に違いはない。だけど隠れていたご両親の居場所を教えた内通者はシリウス・ブラックではないかと言われている」

「知ってるよ、マグルを十三人殺した凶悪殺人犯だよね」

 

 

 魔法界に生きているロンが頷く。まだ詳しくないハリーはとりあえず続きを促した。

 

 

「だが昨日、ブラックが殺したとされる一人の魔法使いが生きていることが明らかになった。名前をピーター・ペティグリューといい、小指だけを残して遺体すら残らなかったと言われているが……彼はネズミの動物もどきであり、ウィーズリー家に潜伏していたのが事実だ」

「つまり、スキャバーズってこと……?」

「残念なことにね。君のスキャバーズは普通のネズミではなかった」

 

 

 ロンは「魔法使いだって?スキャバーズが?」といまだに信じられない様子ではあったが、落ち着きは取り戻しつつあった。信じるかどうかは別として、一応話は理解したと彼は言った。

 

 

「そのネズミは重要参考人としていずれ裁判に出頭しなくてはならない。だからロン、ダンブルドアは君からネズミを引き離そうとしているんだよ」

「裁判を受けるネズミ……ハハッ、変なの。スキャバーズがおじさんとか悪夢でしかないけど……でも、それで真相がわかるなら、ハリーのためになるんだよね?」

 

 

 勿論だとも、とニコラは即答した。ハリーは息子として真実を知る権利がある。彼が一歳の時のハロウィンに、誰がどう動いてヴォルデモートが襲撃したのか。そしてどうしてハリーだけ生き残ったのか。彼は全てを知る権利がある。

 

 ハリーは祈るように手を組んで、ロンに「お願い」と懇願した。名前も顔も過去も知らない両親のことが知りたいと。どうして自分だけ生き残ったのか、知りたいのだと彼は手掛かりを握る友人に協力を乞うた。

 

 ハリーには協力したいが、と迷う素振りを見せた彼にニコラはある提案をしてみることにした。

 

 

「ロン、真実薬は何か知っているかい?」

「フレッドから聞いたことある。飲むと何でもかんでも正直に話す薬だっけ?」

「そうだ。君のネズミを人間に戻したら、それを飲ませる手筈になっている。そして君は飼い主として同席できる権利があるから、そこで彼に尋ねるんだ――あなたの正体は魔法使いで、ネズミに化けてウィーズリー家で飼われていたのか、とね」

「肯定したら、スキャバーズが人間になったんじゃなくて……人間がスキャバーズになっていた、ってこと?」

 

 

 ロンの確認に彼は頷いて応えた。真実薬は決して嘘をつかないしつかせない。ロンが現実と向き合うには、本人との対話が有効的だ。精神的な負担はその分大きくなるが、未だに変身術による人への変化を疑う彼にはピーター・ペティグリューに直接自白させるしかない。

 

 彼にとってのスキャバーズは、ピーターだ。それはわかる。だが、いつまでもスキャバーズとしてピーターをネズミにさせることはできない。彼は、真実を明らかにするための重要な参考人なのだから。

 

 時間が刻々と過ぎる中、ロンは一つだけお願いしたいことがあると言った。

 

 

「裁判には連れて行ってもいいよ。ハリーの両親のこと、僕も真実は明らかにするべきだと思うし。だけど、裁判までは僕がスキャバーズを預かりたい。ニコラが変身させたネズミじゃなくてスキャバーズとして」

「君のことだから理由があるんだろう?」

「こいつ、ハリーの両親を知っているんだよね。だったら、どんな形であれハリーのことを知ってもらうのは悪くないと思う。ニコラやダンブルドアがいるならこいつだって手出しできないだろうし」

 

 

 そう言ってロンはネズミをポケットから掴み上げて膝に乗せた。ニコラによってネズミに変身させられているネズミは、今は人間の意識もなく身を捩って自由になろうとしている。金色の髭が、彼がスキャバーズではないことを示していた。

 

 気づけば談話室は静まり返っていて、寮生は朝食を頂きに向かったようだ。しんとした空間に、薪がパチパチと燃える音だけが響く。

 

 ロンが何故こんな提案をしたのか理解できないハリーは「どうして?」と短く尋ねた。だが彼の質問に対して答えたのはロンではなくニコラだった。話したがらなかったロンの代わりに彼は口を開いた。

 

 

「勿論君のためだよ、ハリー。ピーター・ペティグリューは君のご両親の友人だった。彼が裏切ったのか、ブラックが裏切ったのかは現時点ではわかっていない。だがどちらであろうと、彼は両親の友人として息子である君の成長を聞いたほうがいい。君の成長を聞いて、そして彼は亡くなった友人たちに想いを馳せる。その機会を与えたことで彼は君に対して情が湧き、敵対していたとしても決して手が出せなくなる。ダンブルドアなら許可を出すだろうさ、彼はこういった話が大好きだからね」

 

 

 スネイプは大反対だろうが、とニコラは心の中で続けた。動物もどきのピーターを解放するのはリスクがあるし、彼はダンブルドアから「ハリーを守れ」と言われている。容易に頷かないのは明白だ。だがダンブルドアがどうにか説き伏せるんだろうなぁ、とニコラには想像ができた。

 

 両親の死に関係している彼らの友人に何を話せばいいのだろうとハリーは頭を悩ませる。そんな彼にニコラは「そろそろ朝食行かないと。ドラコを誘うんだろう?」と声をかけた。それを聞いたハリーは慌てて思考を振り払い、ふかふかのソファから立ち上がった。

 

 

「ロン、その……ありがとう」

「気にするなよ。僕たち、友達だろ……君のためになるなら、ネズミおじさんと一緒に寝ることくらい大したことないよ」

「大したことあるよ!!普通にできることじゃない!」

「友人のためにここまで身体を張れるんだ。ロン、君は将来いい男になる。間違いない」

 

 

 自覚はしていても他人事のように感じている美貌の少女に微笑まれて、ロンの頬は髪色と同じ色に染まった。ニコラの本質について察しつつあるハリーの目は死んだ。この外見に騙される子のなんと多いことやら。

 

 

 

 さて、長い会話をしていたため彼らは朝食に遅れそうになっていた。初日の授業で遅刻はしたくないと彼らは勢いよく大広間に駆け込んで見知った顔のいるテーブルの席に座り、自然な流れでテーブルの上にある食べ物を取り始めた。

 

 きょとん、と目を丸くしたスリザリン生のドラコ・マルフォイは「テーブルが違うよ」と声をかけた。オートミールに砂糖を振りかけていたハリーが「指定席じゃないからいいんだよ」と答えた。

 

 

「本当は誘いたかったんだけど話してたら遅くなっちゃった。今度、お昼一緒に食べない?」

「だけど君たちはグリフィンドールで僕はスリザリンだし……」

 

 

 続きを言い淀んだドラコ。自分から事実を突きつけるのは気が引けたのだろう。彼らとは、友達でいたいという思いは彼も抱いていたから。

 

 だからハリーが代わりに続けた。

 

 

「僕たちはグリフィンドールだけどその前にホグワーツ生だよ。同じ学校の子と仲良くしちゃダメって学校としておかしいと思う」

「だけど、ウィーズリーはマルフォイ家と犬猿の仲で……君はいいのか?ウィーズリー。あと昨日は大丈夫だったか?大分様子がおかしかったが」

「まさかマルフォイに心配されるとは思わなかった。割と大丈夫じゃないけど何とかなる、おじさんと一緒にベッドに寝るだけだし」

「ウィーズリー……いい病院を紹介しようか?」

 

 

 頭大丈夫か?と言わんばかりの声音だが、彼の表情は身を案じているように心配そうだった。ニコラは「素直な子だねぇ」と老人臭いことを言い、微笑ましそうに彼らを見つめている。

 

 教員席から彼らの様子を気にかけていたスネイプはトラブルはないと判断し、授業の準備をするために席を立った。スネイプの方へ視線を移したマクゴナガルが、ニコラと全く同じ表情で彼の後姿に声をかけた。

 

 

「セブルス、赤と緑の寮生が一緒に座っているのは懐かしいものですね」

「……そうですな」

 

 

 彼女の言いたいことを把握したセブルスは、苦々しい笑みを浮かべて応えた。

 

 彼が学生時代の頃から教員として生徒を導いていたマクゴナガルは、彼とある女子生徒がよく一緒にいたことを知っていた。だからこそ、彼にそれを伝えたのだろう。そろそろ、対応を変えるべきではないかと。

 

 あの赤い寮生たちから与えられた苦痛や恨みは簡単には忘れられないし、碌な人間がいないとは今でも思っている。だが同時に、時代が移り変わる中で生徒の考え方や思想も変わり始めていることも実感していた。

 

 

「そうはいっても、寮杯は今年も我々スリザリンが頂きますがな」

「聞き逃せませんね。今年こそグリフィンドールが頂きますよ」

 

 

 そう言って互いに笑みを交わした二人の教授は、それぞれの教科の準備のために教室へ向かって行った。最後に彼らが視線を向けた新入生たちは、新品のネクタイをそれぞれの寮の色に輝かせて笑い合っていた。それは彼ら教員たちが望んで止まない光景だった。

 

 どうか他の子供たちも彼らに続いてくれれば。きっと、ホグワーツはどの学校よりも結束力が高い学校になるのだろうと。彼らは、淡い期待を抱くのであった。

 




ハリーよりも早く現実を知ってしまったロンは精神的に大きな成長を遂げました。二人の友人と一人のマルフォイができた彼は、周りに心配されながらも楽しく学校生活を送っていくことでしょう。

〜ピーターおじさん(スキャバーズ)に話しかけるハリー〜

ハリー「ねえ、ピーターおじさん。今日は変身術でマッチ棒を待ち針にしようとしたけど、上手くいかなかったんだ。だけど針っぽい何かにはなったんだよ!おじさんは学生時代、成績とかどうだった?待ち針にできた?でもやっぱり、魔法の学校って楽しいなぁ!おじさん話せるようになったらパパとママのこと聞かせてよ、僕、二人のことまだ誰にも聞いてなくて。二人ともどんな人だったんだろうなぁ」


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荒ぶる魔法薬学の教授を鎮めるには

毎度のことながら感想・評価・誤字脱字報告ありがとうございます!

三巻まで内容を進めたいけど描写は丁寧にしていきたい。
二巻?あいつは面白かったよ。


 入学初日から色々な出来事があったものの、ニコラの学校生活は概ね上手くいっている。

 

 友人のロンのことでダンブルドアから合意をもぎ取り、無事彼はスキャバーズと残り少ない時間を過ごすことが決まった。スネイプから根強い反対があったものの、ダンブルドアは彼の意見に耳を傾けることなくピーターと交渉を行った。

 

 動物もどきは本人の意思で行わねばならないため、一旦彼は人間に戻されたのだ。そうして「誓い」を交わしたことでピーターはスキャバーズとなり、現在はロンやハリーの学生生活を見守っている。

 

 彼がどちら側にせよ、純粋無垢な二人の子供たちと接していくうちに何らかの変化が起こるだろう。そうニコラは考えている。なにせ人の情とは厄介なもので、同じ時間を共有していると同情的になってしまうものだからだ。

 

 ちなみにダンブルドアによるとピーターを白か黒かで言ったら「ほぼ確実に黒」とのことなので、最近のスネイプは殺意の波動を放っている。生徒たちは彼の授業を受けることを「拷問」と呼び始めた。

 

 

 そして今日は記念すべき初めての「拷問」だ。スリザリン生との合同授業だが、スネイプはスリザリンの寮監であるため彼らに贔屓するとグリフィンドールの先輩方から聞かされた。グリフィンドールの寮監であるマクゴナガルは決して贔屓しないが、彼はそうではない。

 

 ロンはげんなりした表情でソーセージを突き刺した。

 

 

「僕なんかフレッドとジョージの弟だからって絶対目をつけられてる。しかも最近“拷問”と呼ぶくらい酷い授業らしいし」

「それなんだが、ウィーズリー。スリザリン生も最近のスネイプ先生はおかしい、と思っているんだ」

 

 

 入学の翌日から食事に誘われ続けた末にグリフィンドールのテーブルで食事をとっているドラコが情報を提供した。貴重なスリザリン生からの情報に、周りも朝食を食べながら会話に耳を澄ませる。

 

 

「そうなの?」

「グリフィンドール嫌いの先輩が煽って口論になったのだが、スネイプ先生は苛立ったように“どちらにも”減点したらしい」

 

 

 このニュースを聞いた時、スリザリン寮で激震が走ったとのこと。基本的にスネイプはスリザリン贔屓だ。自身の授業において加点するのはスリザリンのみ。他は難しい質問に完璧な解答を返しても決して加点することはない。

 

 だがここ最近、スネイプはスリザリンにも加点を与えていない。逆に騒がしいからと容赦なく減点しているようなのだ。そのため、スリザリン生は自分たちが彼を怒らせたのではないかとここ最近怯えているらしい。

 

 

「時間が経ったら落ち着くと思うよ」

「ニコラ、何か知ってるの?」

「いいや、彼のことはあまり知らない。だけどああして荒れるのには理由があるだろう?どうしようもないことが起きても、時間が経つにつれて少しずつ冷静さを取り戻すものだよ」

 

 

 スネイプのことをあまり知らないと言ったのは間違っていない。ポッター夫妻の死に動揺していたのも、ハリーへ向ける複雑そうな顔も、ピーター・ペティグリューへの憎悪も、所詮他人なのだからわかるはずもない。

 

 彼は年長者としてスネイプが落ち着きを取り戻すまでただ待つだけだ。待つことには慣れている。冷静さを取り戻せば、いずれは元の授業に戻るだろう。

 

 そう続けたニコラへ、この場にいる全てのグリフィンドール生が「いつもよりマシになればいいのに」と口を揃えて言った。

 

 

 グリフィンドールの新入生たちが「あぁ、時間が止まればいいのに」と言いながらゆっくり朝食をしていると、郵便の時間が来たようでフクロウたちが大広間に飛び込んできた。テーブルの上をぐるりと回って羽と手紙を落としていく。

 

 普段はハリーの朝食をつまんで去っていくヘドウィグだったが、今日は彼の皿に手紙を置いた。ご褒美はないのか、と言いたげな目をしていたので彼はトーストを千切ってあげた。

 

 封を開けると、ごわごわした字体で簡潔に用件が書かれていた。

 

 

「あ、ハグリッドからだ。お茶のお誘いが来ているよ」

「ハグリッド。ああ、父上から聞いたことがある。なんでも野ば……これ以上言うのはやめておく」

「そうしたほうがいいだろうね、マルフォイ。君のある程度様になっている顔に肉汁がかかるところだったよ」

 

 

 そう言ってロンはドラコに向けていたソーセージを口に放り込んだ。一緒に食事をしている二人だが、基本的な価値観はやはり合わないようでこうした小競り合いは日常的だ。呪文ではなくソーセージの肉汁が飛び交うのは子供ならではの可愛らしい応酬だとニコラは微笑ましく思う。もし彼らの仲が今より悪ければ呪文が飛び交っていたかもしれないが。

 

 ドラコが差別的な発言を繰り出すのは割と受け入れられている。彼のフクロウが毎日高級なお菓子を送ってくることからも、彼の家がいかに格式が高いことか周りに知らしめていた。それにマルフォイ家は純血主義の代表ともいえる貴族。彼の発言がマグル寄りだったらそれはそれで驚愕ものだ。

 

 あまりにもグリフィンドール生と一緒に食事をするものだから、周りの新入生たちは彼がどんな過激な発言をしても「マルフォイがまた純血なこと言ってる」で済ませている。適応力が高いのも子供ならではの特徴である。

 

 ハリーもそのうちの一人で、ドラコが「野蛮」と言いかけていても特に気に留めなかった。本人が最後まで言い切らなかったのと、貴族のドラコならハグリッドを「野蛮」と称するのもわかるからだ。ハグリッドは身なりを整えていないし、髭はごわごわしているし、ガサツだ。身だしなみに気を付けて、どこに行っても恥ずかしくない恰好をしている貴族少年ドラコとは水と油のように合わない。

 

 三時からハグリッドに会いに行くといったハリーにロンが同行を申し出た。金曜日の午後からは授業もなく、ハリーの後をついて行った方が暇つぶしになるからだ。ハリーはその申し出を喜んで受けた。合わないだろうなと思いつつ、ドラコも誘った。

 

 

「ドラコも一緒に行こうよ。ハグリッドに友達だって紹介したいんだ」

「と、ともだち……ともだち!僕、君とともだち!」

 

 

 ドラコがハリーの誘いを断れるはずもなく、ハグリッドに顔を合わせることになった。相変わらず「友達」と言われると言語能力が壊れるが、それはいつものことなので誰も気にしない。そこまで友達に飢えているのか、と兄弟に囲まれて育ったロンは一人っ子の孤独を理解できずに首を傾げた。

 

 もちろん、ニコラも誘われた。三時から、と言われて時間割を確認する。午前中の「拷問」で今週の授業は終わりだ。だが彼は別で予定を入れていた。

 

 

「んー、三時か。それならいいかな」

「予定が入ってた?ごめん、それ優先してもいいよ」

「いや、ダンブルドアを襲撃しようと思っていただけだからね。別にお茶が終わってからでも構わないよ」

「もしかして、初日から校長室に悪戯を仕掛けたのって……」

 

 

 ダンブルドアが怒り心頭になった元凶が目の前にいることを理解した子供たちは顔を見合わせた。殺意の波動を覚える前のスネイプが嬉々として広めていた噂は本当に新入生が犯人だったらしい。呼び出しをくらっていたロンは現場にはいなかったが、兄たちから聞かされてはいた。

 

 言語能力が復活したドラコは意外そうに言った。

 

 

「スリザリン生だと思っていたけど、心当たりはなかったんだ。あのスネイプ先生がグリフィンドール生のことを広めるとは思えなかったから。だってあれ、ある意味賞賛しているようなものじゃないか」

「ドラコ、この際寮は関係ないんだよ。スネイプ教授は日頃からダンブルドアの無茶ぶりに振り回されていて、どうしても仕返しがしたかったんだ。だから校長としての威厳を損ねようと噂を朝の大広間で吹聴したというわけだ」

 

 

 なるほど、と生徒たちがそれぞれ納得したような声を上げた。確かに後から来たダンブルドアは目の下に濃い隈を残し、明らかに疲弊していた。生徒にしてやられる校長とは情けない、とスネイプは暗に言っていたのだろう。そして彼の顔からそれが真実だと匂わせてしまった。校長にあるまじき失態である。  

 

 新入生なのに何故彼らの事情を知っているのだろうか、とハリーがニコラに疑問を投げかけた。

 

 

「現場にいたんだよ。ネズミの件、彼らに報告したのは私だから」

「ニコラ!!色々衝撃的過ぎて忘れていたけど君だったな!スキャバーズおじさん事件の犯人は!!」

「忘れていたのかい?元凶は私じゃないか」

「清々しいほどいい笑顔で認めてる!!」

 

 

 だがしかしロンはこれ以上ニコラを責めることはできなかった。何故なら彼女が先に「ごめんね」と非常に愛らしい笑顔で謝ったからだ。こんな笑顔を浮かべた美少女に「許さんぞ、どうしてくれようか!」なんて言ったら兄の双子たちを筆頭に袋叩きに遭う未来しか見えなかった。

 

 ぐぬぬ、と唸ったロンは結局それ以上は言わなかった。ニコラがあのときスキャバーズを戻さなければ、何も知らない自分とハリーはネズミの前で無防備になり、一層危なかったからだ。おじさんだと知るのも地獄だが、知らない方が恐ろしい。

 

 なお、ドラコは「ウィーズリー発狂事件か」と一人で勝手に納得していた。何が起きたのかは直接見てはいないものの、精神的に壊れたロンを見た彼は事情をなんとなく理解してそれ以上探ることはしなかった。古傷を抉るようなことはしないのだ。敵だったらしたかもしれないが彼はウィーズリーだ。敵ではない。

 

 

 こうして彼らが楽しく会話をしながら朝食を頂いても時間とは過ぎ去るもので。彼らは名残惜しそうに大広間から離れ、授業が行われる地下へ向かった。魔法薬やその材料を保存する意味でも地下が適しているのだろう、とても冷え込んでいた。

 

 独特のにおいが漂う中、気味悪いものが入ったガラス瓶に囲まれた生徒たちはそれぞれ静かに待った。贔屓されているスリザリン生も緊張した面立ちなのは、スネイプの変化を先輩方から聞いているからだろう。

 

 

 始業時間と同時に現れたスネイプは激情を無理やり抑え込んでいるような顔をしていた。出欠を確認するときも声が刺々しいので生徒たちは反対に弱々しい声で返事をした。特にニコラの名前を呼ぶときは一層鋭かったのだが、本人は全く動じずに軽く返していた。

 

 フリットウィックと同じようにスネイプもハリーの名前で止まった。凍てついた黒い目がハリーの顔を見た。彼の顔に対して思うところがあるようで、怒りや憎悪といった負の感情が目に宿る。だが、ハリーが彼の暗い瞳をじっと見上げると、何故か驚いて彼の名前を飛ばしてしまった。名前が呼ばれなかったハリーはちょっとショックを受けた。

 

 なお、ロンの名前はニコラと同じかそれ以上に凍てついていたのでロンは死にそうな顔をしていた。やっぱり兄の影響だと双子を恨む彼だが、原因は彼らではなくペットにあることを知るのはニコラしかいない。

 

 

 スネイプはいつもよりさらに感情を抑え込んで、新入生に必ず行う話をし始めた。感情が籠っていない彼の声はまるでガーゴイルが話しているようだった。意図的にグリフィンドールの生徒たちが座る席を見ずに彼は淡々と、いかに魔法薬学が他の授業と違うのか演説した。

 

 面白そうな演説だなぁ、と素直に感心するニコラ。彼がホグワーツの授業で特に楽しみにしていたのは魔法薬学だ。なにせ、命の水を使った魔法薬を調合したいと思っているからだ。そのために、ニコラは一から魔法薬学を勉強し直す方針だった。

 

 さて、演説を終えたスネイプは一旦口を閉ざした。生徒たちが彼の次の言葉を待っていると、スネイプが突然鋭い声で名前を呼んだ。

 

 

「ウィーズリー!」

「へぇぁっ!?」

 

 

 自分が呼ばれるとは思っていなかったロンは素っ頓狂な悲鳴を上げた。隣に座るハリーの肩もびくりと震えた。ロンは恐る恐る、新入生に向けるものではない圧力を放つスネイプへ視線を向けた。彼の黒い目は明らかな怒りに彩られていた。

 

 

「おできを治す薬について知っていることを述べよ」

「え、えっと……」

「一年生の最初の授業は例年同じものだ。君の兄たちから聞いていなかったか?予習しようとも思わなかったのか、ウィーズリー、え?」

 

 

 何故ここまで強く当たられているのか全く分からず恐怖を感じたロンは「わかりませんすいません!」と即答した。そんな彼の威圧的な授業でも、教科書を丸暗記したことで有名なハーマイオニーは高々と挙手していた。よく手を上げられるな、と誰もが思う。

 

 とりあえず謝罪してなんとかスネイプの怒りの矛先を逸らさせたいロンだったが、スネイプは決して手を緩めようとはしなかった。どうやらターゲットをロンに絞ったようだ。そしてハーマイオニーは無視されている。

 

 

「材料一つもわからないのか?ウィーズリー」

「えーっと……」

 

 

 ここでロンはスネイプの死角でドラコが奇妙な動きをしているのを見つけた。席が余った者同士で座っていたため、彼の隣はニコラだ。そのニコラが何かをやるらしく、ドラコがスネイプの真上を指した。

 

 スネイプの真上に、光で出来た金色の角ナメクジがぼやっと浮かんで消えた。生徒たちはみな気づいたが、スネイプの前で発言はしたくなかったので誰もが口を噤んだ。ハーマイオニーは席を立ちそうなほど高く手を伸ばしている。

 

 

「角ナメクジ……?」

 

 

 彼の返答を聞いてスネイプは舌打ちした。ハーマイオニーはやはり「まだありますよね!」と言わんばかりの顔で相変わらず手をプルプルさせている。彼女を決して視界に入れようとしないスネイプは無視して「偶然当たったようなもので、授業前に教科書を開いていたとは思えない」と指摘した。一周回ってイラっとしたロンだが怒りを何とか抑えた。減点も罰則も嫌だからだ。

 

 とここで、突然ニコラが立ち上がった。

 

 堂々とした佇まいで許可も得ずに立つ少女に、グリフィンドール生が尊敬の眼差しを向ける。一部のスリザリン生は「無謀なことをしている」と言わんばかりの、嘲りを含んだ笑みを浮かべていた。

 

 スネイプはニコラ・ゴールドスタインが只者ではないことを十分に理解していた。ただ手を挙げての発言であれば無視すればいいのだが、こうして授業中に立ち上がられたら教員として何も言わないわけにはいかない。

 

 

「ゴールドスタイン。授業中に突然立つのは如何なる理由で?」

「ネズミ嫌いなのはわかるけど、それを飼い主にまで繋げるのは大人げない。ネズミに好き勝手出来ないから腹いせにロンを虐めているんだろう」

「その話をここでするな!」

「それじゃあロンを虐めるのは止そう。そうしてくれたら、私もあの話は持ち出さない」

 

 

 黒と紅が交わる。スネイプが苛立ったように視線を逸らす。席に座れ、と短く告げた彼にニコラは「一つだけ言っておくことがある」と前置きしたうえで、胸を張って朗々と言い放った。

 

 

「このホグワーツで虐められるのはダンブルドアだけで十分だ」

 

 

 沈黙が広がった。グリフィンドール生も、スリザリン生も、誰もが口を閉ざしてニコラの言葉の真意を理解しようとした。もちろん頭の中も賢者の石でカスタマイズされた、狂気的な発想を持つ錬金術師の真意なんて彼らにはわからなかった。

 

 だが以前、ホグワーツに来た目的を語ったニコラの言葉を、スネイプは忘れていなかった。ダンブルドアに悪戯したいがために入学したと告げ、そしてあの頭のおかしい悪質なゲームをダンブルドアに仕掛けて見せた。あのときに感じた今までにない爽快感を、何故忘れていたのか。スネイプはハッとさせられた。

 

 

「全く持ってその通りだ」

「さて、今は授業中だったね。勝手に席を立った挙句、授業に関係ない話をした愉快なグリフィンドール生に、減点してもいいんだよ?」

 

 

 そう言ってにっこり笑って見せたニコラへ、スネイプは皮肉気な笑みを返した。

 

 

「ゴールドスタイン。罰則だ」

「おっと、初めの週から一人の教授と一人のダンブルドアから罰則をもらってしまった」

「では席につけ、罰則好きのゴールドスタイン。只今より魔法薬学の授業を始める。諸君が今回調合するのはおできを治す薬だ――」

 

 

 それからスネイプは普通に授業をした。ハーマイオニーが難問に答えると加点せず、ドラコが完璧に角ナメクジをゆでると加点した。二つの寮の生徒たちはいつものスネイプに戻ったようだとようやく実感し、スリザリン生は心の底から安堵した。反対にグリフィンドール生は殺意の波動を消してくれただけマシだと思うことにした。

 

 しっかりとした授業を行っていたため、ネビルが調合方法を間違えて山嵐の針をいれようとしたのを事前に阻止した。ネビルに怪我はなかったが、教科書を読んでいないということで減点された。どの授業でも大概やらかしているネビルはすっかり自信を失ったようで、泣き出す一歩手前の顔でしょんぼりと肩を落とす。

 

 そんな彼を慰めるべく、先程スネイプに褒められていたドラコと組んでいたニコラが声をかけた。彼は自身たちの鍋を指した。成功したらピンク色の煙が出るはずなのだが、彼らのはまるで違う。

 

 

「ほら見てご覧ネビル、ドラコと組んでいたって私が杖を一振りするとこうなるんだ。誰もが失敗するんだから気にしないでよ、今度はきっとできる」

「ゴールドスタイン、魔法薬の色までその名前の通りにしなくてもいいのだが?」

 

 

 黄金の煙と共に現れた、キラキラ輝く魔法薬。間違ってもフェリックス・フェリシスではない。なにせ現在調合しているのはおできを治す薬なのだから。スネイプは頭痛に襲われた。

 

 ドラコは魔法薬ができなかったことで課題が増える可能性もあるというのに、全く気にした様子もない。寧ろ、なんて素晴らしいのかと驚嘆していた。彼は友人のことになると異様に寛容になる。

 

 

「いやはや、私はコントロールができなくていつも何かしら黄金になってしまう。あのときの悪戯でも金のローブになっていただろう?」

「思い出させるな!!」

 

 

 笑いだしそうになったスネイプが怒鳴る。自分が黄金のローブを纏っていた姿も見た彼は、自分の黒一色がどれほど似合うのか改めて理解した。自分はまだマシな方だ。クィレルが頭のターバンからローブまで黄金だった時などはもう本人を視界に入れただけで腹がよじれる。

 

 スネイプが思い出したくないレベルで酷い悪戯とは、とグリフィンドール生の一部が好奇心を覗かせる。あとでニコラに詳細を聞こう、とハリーは頭の中にメモをした。

 

 さて、最後の最後でやらかしたためにニコラとドラコは失敗作をスネイプに提出するしかなかった。

 

 

「おできが治る薬だといいけど、何か変質しているかもしれないな……気になる、解析がしたい……すごく調べたい……」

「それでは君の罰則にコレの解析をしてもらうとしよう」

「おっと、いいのかい?下手したらダンブルドアで試すかもしれないのに?」

「吾輩は何も聞いていない。仮に生徒が校長を襲撃する計画を建てていても吾輩の関知するところではない」

 

 

 しらーっとした顔でスネイプが言ったものだから、ニコラはおかしくて笑ってしまった。それを聞いていたグリフィンドール生たちの大多数がくすりと笑みをこぼしたが、スネイプからのお咎めはなかった。それがまた一層おかしくて、今度はスリザリン生が声を上げて笑った。

 

 新入生の魔法薬学、しかもよりにもよってグリフィンドールとスリザリンの合同授業で地下牢から笑い声が聞こえるという摩訶不思議な現象が起きたことを、在校生たちはとても信じられない面立ちで聞いたという。今年の新入生は何かが違う、そう感じさせた一週間だった。

 




スネイプはピーターのことがあり、ハリーをターゲットにはできませんでした。ポッター夫妻の死について色々考えていた彼は二人の面影が残るハリーにきつい言葉をかけることができなかったのです。

ロンは犠牲になったのだ。


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金曜日の午後

感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!
この話の次からストーリーを加速させます。フラグが折れてるので進めやすいのです。


 なんだかんだ「拷問」もとい魔法薬学は悪くなかったとロンは言った。初めの頃はやたらスネイプに名指しされ、意地悪をされていたが今となっては気にならない。ニコラが庇ってくれたことに、彼はとても感謝している。

 

 

「スネイプってスキャバーズのことを知っているんだよね。でもどうして僕に怒ったの?」

「裁判が行われるまでスキャバーズを預かりたいと君が言った時、彼はすごく反対していたんだ。ダンブルドアは聞かなかったけどね。それで彼はそれを提案した君に八つ当たりをしたんだろう……まあ誰が悪いかって言ったらネズミだから君は気にしなくていいよ」

「ネズミを手元に置きたかったんだ?」

「そりゃあ、犯罪者だからね。未登録の動物もどきは法律違反だ」

 

 

 教員として生徒の傍に危険人物を、犯罪者を置くべきではない。至極真っ当な意見を述べただけだ。スネイプは間違ったことを言ってはいない。

 

 ダンブルドアは打算があってスキャバーズをロンとハリーの傍に置いた。そして彼の考えをニコラは支持した。その代わりにニコラはスキャバーズから彼らを守る。決して手を出させない。スリザリン寮にいるために容易に動けないスネイプは、いざとなれば彼らを守れなくなるから根強く反対していたのだろうとニコラは言った。

 

 個人的な恨みもあるだろうと推測はしているが、そこまで子供たちに言う必要はないので黙った。

 

 

 魔法薬学は午前中で終わるため午後は授業がない。一年生の一週間は金曜日の午前中でおしまいだ。よって午後からは自由時間になるわけだが。

 

 ドラコが「スリザリン生で課題を一緒にやる」と言ったため、三時まではグリフィンドール寮で過ごすことになったハリーたち。ニコラは「罰則受けてくる」と言い、地下牢に戻った。スネイプの研究室で魔法薬の解析を行うそうだ。

 

 ニコラがいなくなって退屈していたハリーとロンは、ルーモスの呪文を延々と唱え続けていたネビルを誘って三人で課題をすることにした。難しい課題に挑むには二人では戦力が足らないので一人増やしたのだ。

 

 おっちょこちょいなネビルには教科書を読んでもらい、課題に使えそうな部分をハリーとロンがリスト化する。そうしてまとめてみると、案外いけそうな気がしてきた三人であった。気づけばルームメイトのディーンとシェーマスも加わって五人で課題に励んでいた。

 

 何とかいけるところまで終わらせ、時計を見ると三時十分前。ドラコとの待ち合わせに向かわなくてはならないため、二人は「ハグリッドのところに行く」とルームメイトたちに伝えてから急ぎ足で大広間に向かった。

 

 三時五分前にドラコと合流し、校庭を横切ってハグリッドの住まいへ向かう。森番である彼は「禁じられた森」という、ホグワーツ生は原則として立ち入り禁止の森を管理している。そのため、森の端にあるがっちりした佇まいの小屋に住んでいるのだ。

 

 ハグリッドサイズの扉をノックすると、内側からギィと耳障りな音が何度も聞こえたので三人は耳を押さえた。唸るような吠え声もする。ミシリと軋む音と共に、戸が少し開いた。

 

 

「待て、待つんだ、退がれ、ファング!ファング!!」

 

 

 ハグリッドの大声が呼び止めるも、隙間から飛び出した大きな犬がハリーを通り越してロンに飛びついた。ロンが襲われる、と身構えたハリーだったが犬は耳を舐めていたので警戒を解いた。飼い主に似て無害な犬だった。

 

 おっかなびっくりした様子で犬と彼に舐められるロンを、ハリーの背中から眺めるドラコ。背後に隠れた彼を隣に引きずり出したハリーはハグリッドに早速紹介した。

 

 

「こっちはドラコ。マダム・マルキンのお店で出会った子なんだ。で、こっちはハグリッド」

「マルフォイ家か……ウーン」

「ドラコは友達だから悪口は言わないでね。ドラコもハグリッドの悪口言ったらダメだよ。どっちも友達だから互いに傷つけ合うのは見たくないんだ」

 

 

 友達のハリーにそんなことを言われてしまっては、ドラコも頷くほかはなかった。こっくりと頷いた彼はしっかりとした声で「友達の友達の悪口は言わない」と約束した。まだ十一歳の男の子なのだ、例え悪名高いマルフォイでも。父親のことはひとまず脇に置いて、ハグリッドもドラコと同じ言葉を復唱した。

 

 それから握手して、友達の友達として軽く挨拶も交わす。マルフォイは森番と“一方的な嫌悪”から“友達の友達”へと関係が昇格し、ハグリッドは一人のマルフォイを得た。傲慢で純血主義なマルフォイ家の当主と変わらず息子の方も父親の教育を受けているようだが、ハリーたちに感化されて幾分か柔軟性を得たようだと認識を改めた。

 

 そうしている間に、罰則を受けていたニコラが新たに加わった。ニコラの気配を感じ取ったのか、ファングと呼ばれた犬は「キュゥン……」と怯えた様子で室内に逃走した。ハグリッドは「人間に怖がるなんて珍しい」と驚いていたようだがニコラは理由をある程度察していた。

 

 ファングはニコラのにおいが人間ではないことを感じ取ったのだろう。彼にとってニコラは未知の生物だという認識なのかもしれない。なにせ彼は無機物である賢者の石を取り込んだ未解明の生命体だ。野生の動物はその辺りをしっかりと感知できるようだ。

 

 なんとか解放されたロンは涎でべとべとの耳をローブの袖で拭いつつ立ち上がった。

 

 

「ハリー、僕のことも紹介してくれた?」

「まだ。ハグリッド、こっちはロン。ニコラはわかるよね」

「ウィーズリー家の子か、その赤毛はわかりやすいからな。おお、久しぶりだなニコラ。もちろん俺は覚えているぞ」

 

 

 そうして子供たちはハグリッドに勧められて手作り感満載の椅子に腰かけた。ティーポットにお湯を注ぎ、大きめのロックケーキを皿にのせて子供たちに配る。ハグリッドの手作りだろうか、森で採取したであろう干しぶどうがたんまりと入っている。

 

 一口齧ってみたロンの目が死んだ。ハリーも彼に続こうとしたが端っこの部分を齧ったところでリタイアした。

 

 彼らが顎を押さえて呻いている光景を見たドラコは戦慄した。ハグリッドは人間が食べられそうにない硬さのロックケーキを平然と噛み砕いているのだ。どこが野蛮でないというのか、とロックケーキへ恐怖の混じった視線を落とした。

 

 ロックケーキを口にしているはずなのに無反応の子供たちを訝しんだハグリッドが尋ねた。彼としては手作りの感想を聞きたかったのだが、それが思わぬ事態を引き起こすことになる。

 

 

「俺の手作りのロックケーキだが、不味かったか?よくできてると思うんだがなぁ……」

「不味いとか美味いとかの問題じゃない。こんな硬いものを食べられるわけがない。あなたと我々とでは出来が違うのですが?」

 

 

 やっちまった、とハリーとロンは頭を抱えた。しかも紛らわしい単語を選んだものだからハグリッドの方も眉を吊り上げていた。

 

 

「あぁ、ドラコ言っちゃだめ……!」

「言いたいことはなんとなくわかるけど、違うそうじゃない!」

 

 

 テーブルの脇で騒いでいるハリーたちを他所に、ハグリッドは剣呑な視線をドラコに向けていた。どうにか止めたいが、ハリーにはどう止めたらいいものかわからなかった。とりあえずドラコに失言だったと謝罪させてからだとハリーはドラコに声をかけようとした。

 

 すると、今まで黙ってロックケーキを食べていたニコラが口を開いた。

 

 

「ハグリッド。このケーキ、美味しいけど少し硬いなぁ。この硬さだと紅茶に浸して食べると美味しくなると思う。ドラコ、こうやって食べてご覧」

「むぅ……わかった」

 

 

 紅茶の入ったマグカップにロックケーキを浸し、一口食べる。空気を悪くしたことは自覚しているので、渋々ながら彼はニコラの動きを真似てロックケーキを少しだけ食べた。そのままではとても食べられないが、紅茶に浸すと少し柔らかくなって食べることができていた。

 

 彼らに続いて残りの二人もニコラに倣ってロックケーキを口にした。その結果、ロンが「これは中々」と一言呟き、ハリーも同意した。ハグリッドは「硬かったのか?」と齧ってみるも、自分基準で作ってきた弊害だろう、よくわからない様子であった。

 

 ドラコは言いづらそうに口をモゴモゴさせていたが、やがてハグリッドに謝罪した。

 

 

「その、僕たちとあなたは体のつくりが違うから、僕たちには硬すぎて食べられないという意味で言ったのであって……えっと、ごめんなさい」

「お、おう……俺も気遣いが足りなくて悪かった。これからはもうちっと食べやすいの作るからよ……また、食べに来てくれるか?」

「う、うん。あなたがいいのなら」

 

 

 おずおずと互いに向かい合わせになって二人がそれぞれ謝罪する。ハリーは出会ったばかりのドラコの気取った様子を思い出して「大分変わったなぁ」と他人事のように口にした。どちらとも互いへの配慮に欠けていたので、今度からは上手く折り合いをつけられるだろうと思う。

 

 入学から今日までの数日間でグリフィンドールの一年生の多くがドラコのことを理解できるようになった。食事をとる際に彼と言葉を交わせば価値観がわかってくる。

 

 ドラコ・マルフォイは貴族なのだ。ハリーのようなマグル育ちでもなく、ロンのような一般的な魔法族でもなく、ハグリッドのような自然と共に生きる森番でもない。

 

 生まれ育ちから違うのだと理解したうえで会話を重ねると、どのように付き合っていけばいいのかおおよそ把握できた。ドラコも他の子たちの価値観を受け入れたうえで、貴族としての自分を出すようになった。今回のハグリッドの件のようにたまにやらかすが、十一歳の子供ならまだ修正できる。そして彼にはその意思もある。

 

 ハグリッドは純血主義のマルフォイ家は好かないが、それがドラコ・マルフォイを一方的に嫌う理由にはならないしそうしてはいけない。子供がしっかりと自分の過ちを詫びているのだ、大人が出来なくてどうする。したがってハグリッドも、マルフォイ家というフィルター越しにではなく、直接ドラコ・マルフォイという人間に謝罪した。

 

 

 ひとまず問題が片付いたとして、テーブルの片隅でハラハラ見守っていた子供たちは安堵の息を吐いた。特にハリーは友達同士が言い争っている状況が辛かったので、それを止めてくれたニコラに感謝した。

 

 安心したハリーが空のマグカップに紅茶のお代わりを注ごうと、ティーポットに視線に移した時。ティーポットカバーの下から覗く一枚の紙切れを見つけた彼はそれをそっと引き抜いた。ロンが隣から覗き込む。

 

 

「グリンゴッツが侵入されたって?ああ、そんな新聞読んだ気がするなぁ」

「七月三十一日って僕があそこに行った日だ。へえ、荒らされた金庫は既に空だったんだ」

 

 

 新聞をとっていなかったハリーがふんふん、と頷きながら新聞を読んでいるとハグリッドがどこかぎこちない動きで切り抜きを回収してしまった。ニコラは呆れたように「バレバレじゃないか……」と内心思っていたが、きっとそれは他の子供たちも気づいたことだろう。

 

 怪しいハグリッドを見ていたハリーは初めて魔法界に触れた日を思い出した。そう、ハリーもあの日グリンゴッツに訪れていた。そして、一緒に行動していたハグリッドも違う金庫に用事があった。確か……ハグリッドが空にした金庫があったのではなかったか。彼はハグリッドに指摘をしてみた。

 

 

「ハグリッドが事前に回収したから金庫は空だった。ってことは、強盗が欲しかったものはホグワーツにあるんだよね?大丈夫なの?」

「それは問題ない、本当だ。いや、知らないけど。全然知らんがな!!」

「バレバレだって、ハグリッド」

 

 

 呆れた顔でロンが突っ込んだ。今更取り繕っても今までの言動から隠しきれていない。ハグリッドは腹芸が苦手なようだ。これが生徒だからまだよかったものの、もし相手が強盗犯であれば彼はホグワーツの機密情報の一つを漏らしたことになる。

 

 ハグリッド経由で情報が抜き取られる可能性を指摘しておかねば、とニコラは考えた。恐らくダンブルドアはそれを考慮したうえで、最後の最後で意地汚い罠を仕掛けていると思われる。彼は性格が悪いのだ。

 

 奇しくも、ホグワーツの機密情報の一端を知ってしまったドラコは複雑そうな顔で言った。

 

 

「ホグワーツをわざわざ危険に晒したのは納得がいかない。父上に知られたらダンブルドアは校長職を辞めさせられるぞ」

「まったくだよ。ダンブルドアの策にはグリフィンドール生らしい性格がよく表れていると思う。スネイプ教授が腹立つわけだ」

「ニコラって息をするようにダンブルドアの悪口を言ってない?それ多分悪口だよね?」

「否定させてほしい。私はダンブルドアが嫌いではないよ。ただ、事実に基づいて意見を述べているだけだ」

 

 

 ハリーから指摘を受けたニコラは外見年齢に不相応なことを述べた。平然とスネイプやダンブルドアに喧嘩を売る辺り、この少女は只者ではないし本人も自分の実力を隠そうともしていない。本当に同年代なのだろうかとハリーは改めて疑念を抱くが、組み分けを一緒に行った記憶があるのでやはり同年代なのだろう。

 

 彼はまだ魔法界に触れたばかりなので気づかない。現実は思っているよりファンタジーなのだと。

 

 

 それから四人は焦ったハグリッドに「夕食時間が近くなるから」と追い出されたので城に戻った。ホグワーツに強盗犯が狙うようなブツが隠されていることを知ってしまった彼らだが、彼らが一様に気にしていたのはハグリッドの口の軽さだった。

 

 

「ハグリッドのことだから絶対他でも漏らしそう」

「あからさまだったもんなぁ、あれ。ダンブルドアもいるし問題ないと思うけど」

「君が言ったような、ダンブルドアへの過信が一番不安だがな。もし父上がブツを狙っていたら、まずダンブルドアを魔法省に呼び出す。それからホグワーツに潜伏させている父上の手の者に盗ませるだろう」

「うわぁ、すっごいあり得そうなパターンだ」

 

 

 ドラコのやたら具体的な話を聞いたロンがマルフォイ家の狡猾なやり方に関して感想を述べた。ホグワーツはダンブルドア一強で防衛が成り立っている。彼がいなくなれば、ホグワーツの守りは脆くなるだろうと、ドラコは指摘した。

 

 スネイプの研究室に戻るらしいニコラは、そこへ向かう前に彼らを安心させるような優しい声音で言った。

 

 

「ダンブルドアを出し抜こうとしたところで、それすらも彼の掌の上だと思うよ」

 

 

 そう言って地下牢へ向かう階段を降りて行った少女の後ろ姿を、三人の少年たちが見送る。

 

 

「ハグリッドが言っていたように心配しなくても良いんだね」

「これ以上変なことに巻き込まれたくないよ。僕はダンブルドアなら何でもできると思って応援しておく」

「うーん……逆に僕は不安しか感じないんだよなぁ」

 

 

 ハリー、ロン、ドラコの順でそれぞれ自身の考えを話しつつ、彼らは夕食をいただくために大広間に向かった。

 

 夕飯時になり、現れたダンブルドアの額の中心が金色に光り輝いているのを見た三人は、この先の未来に大きな不安を感じることになる。ドラコの感じた不安は正しかったのだと、彼らは一様に考え直した。

 

 

 血色のいい顔の、額に光る黄金の点。まるで吸い込まれるようにそこから目が離せない。何かの魔法がかかっているのか、と勘繰ってしまいそうになるほど魅力的だ。人々の視線を誘うように、手に取れと囁く。額の中心にある、ガリオン金貨が。

 

 ダンブルドアの額と合体したガリオン金貨に魅入られた教授たちが相次いで犠牲になる。フリットウイックはもっと間近から見ようとして椅子から落ちた。クィレルのターバンがチラリズムし、それを目敏く見つけた双子のウィーズリーたちが「クィレルのターバンの中身はニンニクではなかった」と大々的に伝えた。

 

 マグゴナガルはガリオン金貨を何故額に埋め込んだのか理解できず、ただただダンブルドアのおふざけについて「今日はハロウィンではありせん」と冷静にカレンダーを突きつけた。だがよく見ると彼女の手は震えており、目は額に釘付けになっている。

 

 スネイプは既に死んでいた。ガリオン金貨を目にした時は腹筋に力を込めて耐え切ったが、隣に座るクィレルのターバンの隙間に潜むものを見てしまったからだ。ウィーズリーたちより近い席にいた彼はソレと目があってしまい、額から一筋の汗が流れる。

 

 

「吾輩は何も見ておりません」

 

 

 そう呟き、何事もなかったかのように視線を逸らしたスネイプ。だが先程見てしまった光景が頭の中に蘇る。ダンブルドアの、しわしわの額に光る金一点。どう見てもガリオン金貨のおできに惹かれてついターバンの隙間から覗いた––ダメだった。スネイプは己の矜持にかけて生徒たちの前で笑い出すまいと大広間から逃走した。

 

 ちょうど入ろうとしていたニコラとばったり遭遇した彼は、震える腹筋に手を当てつつこれだけは報告せねばならんと口を開いた。

 

 

「闇の帝王はダンブルドアに夢中だ!」

 

 

 絶対違うだろうと自分でもわかっていたが、とにかく早く自室に戻りたかったスネイプはそれだけを言い残して走り去った。きょとり、と目を丸くして立ち去ったスネイプの去った方向を見つめていたニコラだったがやがて緩やかに笑みを浮かべた。

 

 

「みんなが若々しくて微笑ましい。私も頑張って年相応に振る舞わなくては」

 

 

 各方面が聞いたら「大人しくしてくれ」と言われそうなことを言ったニコラは、楽しそうに大広間の騒ぎの中へ交ざった。

 




〜ニコラの不思議な魔法薬〜
『ガリオン金貨おでき薬』
接触した対象にガリオン金貨そっくりのおできを発生させる不思議な魔法薬。作成者はドラコ・マルフォイとニコラ・ゴールドスタイン。監修はセブルス・スネイプ。

夕飯前に校長室にやってきたニコラは、ダンブルドアが開幕から魔法を使ってきたので応戦した。肖像画たちがニコラを応援する中、ついに物理的にダンブルドアを仕留めにかかった。接近したニコラへダンブルドアが魔法を放つと、彼はポーション瓶を盾にしたので瓶が破損、中身が飛び散った。机はどうにかなったがダンブルドアの額に飛び散った薬品はなんとおできを治す薬の失敗作。ゴールデンな失敗作は彼の額におできをつくった。ただし、見た目がガリオン金貨そっくりなものを。

後程スネイプから治療薬をもらったダンブルドアは彼に弱音を吐いたという。ただし彼はスネイプが一番面白がっていた上、元凶と結託していたことを知らなかった。この日彼は、また新たに胃薬をいただいた。


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双子たちが最も賞賛された日

この小説を読んでいただきありがとうございます。
最近モチベーションの低下が激しいので、グリンデルバルドを出すまではエタらないと前書きで宣言して逃げ道を塞いでみることにしました。これからもよろしくお願いします。

原作部分で省略した場面の簡単な説明を。ハーマイオニーと仲良くなるフラグが叩き潰されているためイベントを考案中。

飛行術の授業→ごく普通の授業、ネビルはニコラのファインプレーにより無傷。ドラコとの確執もないのでハリーのスーパープレーもなし。クィディッチ選手にならず。
真夜中の決闘→ドラコと友達なので起こらない。
禁じられた廊下→行く機会がない。


 賢者の石をつくりだしてから、ニコラの人生は酷くゆっくりと過ぎていた。命の水を口にしている限り、寿命という名の枷から解き放たれた彼と妻が送ったのは、魔法使いたちの歴史を端っこで眺める日々だった。

 

 特に関わることもなく、傍観者の立場で彼らはマグル界と魔法界の発展を見つめ続けていた。そうしていたからか、ニコラにとって時間とはひどく緩慢で、そして穏やかな印象だった。

 

 だが今はまるで違う。彼の新たな人生は普通の人のように時を刻み、気づけばもう二か月になってしまう。子供の成長はだから早いのか、と実感させられたニコラであった。

 

 

「おはよう、ニコラ。いつも早いね」

「おはよう、ハリー。早起きに慣れていると朝日が昇る前に目が覚めてしまうものだよ」

 

 

 ハリーに声をかけられたニコラは本から顔を上げた。朝日に反射して紅色の瞳が炎のように揺らめく様は幻想的だったが、中身が変人であることを知るハリーはそこまで動じなかった。その代わり、ロンの兄たちと同年代らしき少年が直視してしまい、少女の瞳のように顔を赤くしてしまっていたが。

 

 新たな犠牲者だなぁ、とハリーはどこまでも他人事のように思いながら彼女の隣に座った。ニコラが愉快犯であることは周知の事実のはずだが、新雪のように穢れのない美しい顔立ちに惹かれる犠牲者たちは時間が経つごとに増加傾向にある。

 

 と、ハリーは「そういやみんな知ってるのかな」と首を傾げた。

 

 

「ニコラがダンブルドアに悪戯を仕掛けている犯人だって知っている人はどれくらいいるの?」

「生徒ではそこまでいないよ。君たちに、ロンの兄たち、あとはレイブンクローのアンソニーくらいだ」

「少ない!だから君に惹かれている人たちが多いんだ」

 

 

 ニコラは自分がダンブルドアに悪戯を仕掛けているのだと吹聴しない。彼女が言うには「誰かに自慢したいのではなく自己満足だから」とのことらしい。そのため、多くの生徒たちはウィーズリー家の双子たちが仕掛け人だと思っている節がある。

 

 フレッドとジョージは真犯人を知っていながら、それを誰にも教えることはなかった。だからといって自分たちがやったとも言わなかった。賢い何名かの生徒たちはウィーズリー家の双子ではない誰かが仕掛けたと見抜いているようだが、真犯人を特定するまでには至っていないようだ。

 

 また、ニコラについて家から幾分か情報をもらっているアンソニー・ゴールドスタインも誰かに故意的に言い触らすような人間ではない。彼は知らぬ存ぜぬを貫いてくれている。それは非常にありがたかった。

 

 

 さて、今日はハリーたちにとって特別な日だ。だからこそ、まだ人の少ない時間帯に談話室に集合しているのである。いつもなら一緒にいるはずのロンが不在なのは彼がまだ就寝中であるためだ。

 

 グリフィンドール生の一部が早起きして大広間に向かう中、男子寮から一組のそっくりな顔立ちの少年たちが飛び出した。

 

 

「「ニコラ、ハリー、トリック・オア・トリート!!」」

 

 

 ボサボサの赤毛を揺らして二人は手を差し出した。いつでもお菓子をポケットに忍ばせていたニコラだったが、敢えてそれを出さずに首を横に振った。ハリーもわくわくした表情を隠さずに「も、持ってないなぁ~悪戯されちゃうなぁ」と棒読みで言った。

 

 待ってましたと言わんばかりに双子は楽しそうに「お菓子をくれなかったから悪戯をするぞ!」と笑った。

 

 

「ふふふ、これは俺たちが徹夜で開発した特別製の卵……」

「クソ爆弾だと思ったか?だが違う!今朝の俺たちはひと味ふた味も違うのさ!」

 

 

 何やら怪しげなことを言いながら卵を見せつける双子。よく見ると目の下に濃い隈がある。

 

 ニコラは「どんな悪戯かな」とハリーと同じようにわくわくしたように笑顔を見せ、ハリーはとりあえず二人のオーディエンスになるべく話を合わせて「なん……だと……」と言ってみた。

 

 これが存外ウケたようで、二人はゲラゲラ笑いながら、なんとかキリッとした表情をつくろうとして失敗した。笑ってるのか真剣な顔なのか判別しづらい変顔を浮かべた双子が、卵を――ニコラに投げつけた!

 

 

「「くらえ!」」

「わぁ」

 

 

 躱すこともできただろうに、ニコラは抵抗を一切せずに卵に当たった。すると卵は外観だけがそっくりにつくられていて、中身はまるで違っていることが明らかになった。ドロドロになったり、何か異臭を発したりするのかと思ったハリーの予想を大きく裏切る。

 

 ニコラの身体に軽く当たった卵型の爆弾は、ぽふりという柔らかい音を発すると突然発光した。眩しいとまではいかない明るさで放つ黄金の光。キラキラと決して交わらない虹と星のエフェクトが舞う。

 

 光が消えて悪戯が終わったのかと思いきや、またもやハリーの予想を裏切る光景が目の前に広がっていた。

 

 そこには、全身が真っ白なニコラがいた。純白のドレスに身を包んだ彼女は、まるで雪から生まれてきたよう。可憐で、それでいて涼しげだ。ウサギの耳を模したようなティアラの存在感がその中でも際立っており、彼女のルビー色の瞳も相まって雪の妖精というよりウサギのお姫様を思わせた。

 

 ガッツポーズを決めて天を仰いでいるフレッドとジョージへ、ハリーは心の底から「ありがとう!!!」と感謝の言葉を叫んだ。外見だけは特上の中の特上なのだ。こうして彼女が仮装してくれたことで証明された。

 

 

「ありがとう!最高だよ二人とも!!!」

「ハハ、やりきったぜハリーよ……これが男のロマン、ウェディングドレス……!」

「試行錯誤は地獄だったが成功すると天に上るようだ!」

 

 

 ジョージの目が一瞬だけ虚ろになったが、すぐに目の前のニコラを視界に入れることで回復した。先程から大喜びの男子生徒諸君に囲まれたニコラは、自分が突然変身したにもかかわらずにこにこ笑っていた。

 

 悪戯をする身が逆にされたことに新鮮な思いを抱いており、不快には思わず逆に楽しかった。元は男性だというのに突然ドレス姿になっても驚くことはあれど拒否感を抱くことはない。精神年齢が成熟しすぎるとその程度では動じなくなったようだ。

 

 

「これは素晴らしい変身術だね。今日はこのまま授業を受けようかな。君たちの傑作なんだ、見せびらかさないと」

「「いいのかい!?嫌がられると思ってたよ!」」

「そんなわけがないじゃないか。私は服装が変わったところで気にしないよ」

「ありがとう!」

「これは是非とも写真に収めて会員たちに配らねば……」

 

 

 ニコラの許可をもらったことでつい気が緩んだのか、フレッドが何やら怪しい単語を発した。何の会員なのだろう、とハリーは疑問に思ったが尋ねるのはやめておいた。

 

 フレッドがカメラを手にして写真を写している間、ジョージは魔法界の初ハロウィンを楽しみにしていたハリーにも悪戯をしてくれた。初心者のハリーに開幕クソ爆弾は酷すぎると思ったようで、ニコラに仕掛けたものと似た卵を懐から取り出した。

 

 卵にはメガネのマークがついており、ハリー専用だと思わせた。不思議そうにそれを見る彼に、ジョージは「それじゃ行くぞ」とあらかじめ心構えをさせてくれたうえで卵を投げた。

 

 

「ほいっと」

「うわっ!」

 

 

 棒立ちのハリーのメガネに卵が当たると、もふんと奇妙な音と共にハリーの顔が煙に包まれた。しばらくすると何事もなかったかのように煙が晴れ、ハリーは何も変わっていないことに疑問を覚える。

 

 ニコラのように服装が変わっているわけでもない。ホグワーツ指定の制服をきちんと着ている。腕が三本になったわけでもなく、全身から魔法薬のにおいを放っているわけでもない。

 

 一体何なんだ?ハリーはメガネをいつものように押し上げようとして、気づいた――メガネがない!

 

 

「あれ?メガネがない!?でもよく見える!!」

「やっと気づいたか、ハリー。あれは糊玉といって当たった対象を同化させる悪戯グッズだよ。フィルチがモップを持っているところに投げて、手をモップにしてやったやつの残り物を使ったんだ。ちなみに効果は半日でメガネは元に戻るから安心してくれ」

 

 

 よくわかってないない様子のハリーに詳しい説明をしてくれた。ジョージが言うには、物に当たると皮膚と同化して物の特性を受け継ぐ作用があるらしい。つまりフィルチはモップに糊玉を投げられたことで、彼の手がモップのように汚れた床を綺麗に拭き取れるようになったとのこと。

 

 ハリーの場合はメガネと顔が同化したので、メガネの特性を受け継いだ彼は視力が一時的によくなっているそうだ。メガネのフレームが見えないのによく見えるという感覚に違和感を拭えないハリーだが、それがまた面白かった。まるでコンタクトレンズのようだ!

 

 

「すごい!コンタクトレンズみたいだね!」

「なにそれ?」

「そっか、魔法界にはないんだ。簡単に説明すると、目の中にメガネのレンズをはめ込んだようなものだよ」

 

 

 厳密には違うのだが、ハリーにはコンタクトレンズの原理など説明できないのでそれらしい説明をした。ジョージは目の中にレンズをはめる、という考え方に狂気を感じたらしく「マグルは頭がおかしい」と戦慄した。

 

 ジョージがマグルの技術に関する新たな知見を得たところで、続々とグリフィンドール生が談話室に降りてきた。彼らは口々にニコラのドレス姿を褒め称え、そしてそんな彼女が所属している自寮に誇りを持った。

 

 男子生徒の幾人かは「ハァン」と遺言を残して卒倒し、何名かは「んふふ」と奇声を発しながら血走った目で大広間へ向かっていった。

 

 なお、女子生徒の多くは「やっぱり可愛い」と特に嫉妬する様子もなく普段通りの生活を送っていた。彼女たちはニコラの人道外れた美しさと、そして本人がそれに無頓着で恋愛ごとに一切興味がないことをよく理解している。

 

 ニコラは男子生徒諸君の淡い恋心を掻っ攫うが、しかし同時に女性にとても紳士的でもあるので女子生徒からも密かに人気があったりする。元は男性なのだから紳士的なのも当然であるのだが。

 

 女子寮から出て談話室に降りてきたグリフィンドールの一年生、ラベンダーはウェディングドレス姿のニコラを視界に入れると一目散に飛びついた。

 

 

「すっごーい!!ニコラ、とても綺麗!」

「ありがとう、ラベンダー。君もドレスを着てみたらどうだい?きっと似合うよ。フレッドにお願いしてこようか」

「うーん、魅力的なんだけどエスコートしてくれる相手がいないから遠慮するわ。今は私の友人がこんなにも綺麗なんだって自慢したいの!」

「ラベンダーはわかってる。私たちがドレスを着たところでニコラの美しさを引き立てることすらできないもの。あと数年経ったら、私たちも綺麗なドレスに身を包んでパーティに行きたいわ」

 

 

 遅れてやってきたラベンダーの友人、パーバティがうっとりした顔で手触りのいいシルク製のドレスに手を滑らせながら未来へ思いを馳せた。ラベンダーも友人の意見に賛同しているようで頻りに頷いていた。

 

 ハリーのルームメイトたちも談話室に降りてきて、ニコラを視界に入れると意識が一瞬で覚醒したと各々が口にした。気づけば談話室には一年生の多くが集い、それぞれが双子たちの悪戯に喝采を浴びせていた。

 

 シェーマスは彼らの弟であるロンの肩を叩きながら言った。

 

 

「ロン、君の兄貴たちは最高だ!クソ爆弾で男子トイレを使用不可にするよりずっといい!」

「ほんとあれは悪夢だった!だけど今回は天国だ!この落差が激しくて癖になるよ!」

「ディーン、君はもう少し寝た方がいいと思う」

 

 

 ニコラの前で大喜びするディーンの傍らで、ネビルが心配そうな顔で提案する。何やら開拓されているディーンに危機感を覚えつつ、ロンはメガネのなくなったハリーに挨拶した。

 

 

「おはよ、ハリー。メガネ割れたの?」

「おはよう、ロン。メガネは僕の一部になったみたい」

「あー、糊玉だっけ」

「そうそれ」

 

 

 ジョージが教えてくれたことを、今度はハリーがロンに教えた。コンタクトレンズのくだりを聞いた彼は兄と同じ結論に至ったようで、頻りに「魔法が使えないからってぶっ飛び過ぎてる」と口にしていた。

 

 しばらくお喋りに熱中していた彼らだが、朝食に向かうには頃合いの時間帯になったので大広間へ向かおうという話になった。彼らが大広間へ向かおうとすると、肖像画の穴から入ってきたハーマイオニーが咎めるように彼らを見やった。

 

 

「いくらハロウィンだからって騒ぎすぎよ。あとニコラ、ホグワーツは学校だから大広間に向かう時は制服に着替えなきゃいけないわ」

「私は制服を身につけているよ。今はドレスになっているけど」

「それなら解いて。登校日は原則として制服を着ないといけないの。だから、ドレス姿なんて以ての外よ!」

 

 

 そう言って憤慨するハーマイオニーに、ロンがあきれ顔で「うちのママみたいなこと言ってる」と呟き、フレッドとジョージが口を揃えて「それな」と返した。パーティでもない日に学校でドレスを着ることは学業に相応しくない服装ということはまあわかる。

 

 だがハーマイオニーが失念していたのは、誰も彼も彼女のように素直にそれを守るわけではないということだ。もしグリフィンドール生が素直に校則を守る模範的な生徒だったら間違いなく寮杯を獲得しているだろう。

 

 彼女のように校則に固執しているわけではないが、言い分を受け入れたニコラは「わかったよ」と素直に頷いた。双子たちは絶望するが、運命はまだ彼らに味方していた。

 

 

「授業が始まる前には戻してもらう、それで良いだろう?朝食の時間帯まではこの格好でいさせてくれないかな。徹夜してくれてまで編み出した努力の結晶を、みんなに披露する前に片付けるのは忍びないからね」

「「ニコラ……!」」

 

 

 ありがとうと口を揃えてお礼を言った双子たちに、ニコラは「こちらこそ、素敵な悪戯をありがとう」と微笑んだ。ここまで言われて拒否したら鬼だ悪魔だと言われかねないことを理解したハーマイオニーは、溜息をついて「減点されても知らないわよ」と警告した後、女子寮へ戻っていった。

 

 心配そうに「大丈夫かな」と零したネビルに、ロンはあっけらかんと返した。

 

 

「減点されるのはフレッドたちだから大丈夫だって」

「そうそう。俺らの悪戯のせいだから心配はいらんぞ後輩たちよ」

「それでは、我らがグリフィンドールが誇る最強に可愛い後輩のお披露目といこうじゃないか!」

 

 

 フレッドの声に応えるように、談話室内で歓声が上がった。グリフィンドールの一年生たちは双子のウィーズリー兄弟を先頭にハロウィン行進を始めたのであった。

 

 道中、スネイプに出会った面々が減点覚悟で真正面から挑んだところ、彼はメガネのないハリーを視界に入れた途端に「ポッー!?」という謎の奇声を発して大広間へ逃走したので事なきことを得た。

 

 ハリーはスネイプを正面から撃退した英雄としてみんなから讃えられた。スネイプは好きでも嫌いでもなかったのだが、なんか面白い人だな、とハリーはこの時思った。

 

 

 大広間に現れたグリフィンドール生と彼らに囲まれた純白のニコラを見て、ホグワーツ中が激震した。

 

 スリザリンのテーブルで食事を取っていたドラコがいの一番に席を立って「あれは誰だ?精霊か!?お姫様か!?もちろん、ニコラだ!!」と声高に讃えると、周りの上級生たちが次々と同意して雄叫びを上げだした。大広間は一瞬でかつてないほど騒がしくなった。

 

 ニコラのウェディングドレスを見たクィレルの目が血走ったのを目撃したフリットウィックとスプラウトは、容赦なく目潰しをしたうえで医務室に連行した。その拍子にチラッとめくれたターバンから何かが覗き、スネイプの目が死んだ。

 

 校長室で無意味に警戒していたダンブルドアは、悪戯されているニコラをせせら嗤いつつ「視界の暴力」などと称したため、マクゴナガルを筆頭とした女性陣による袋叩きに遭った。後程いつものようにニコラの襲撃を受けるのだが、ダンブルドアはまだ知らない。

 

 ハロウィンの朝に、ホグワーツを代表するニコラ・ゴールドスタインのとても素晴らしい姿をプロデュースしたとして、この日フレッドおよびジョージ・ウィーズリーはホグワーツ中から賞賛を浴びた。特にマクゴナガルは彼らの変身術の出来を大層褒めて、周りの教員と相談したうえでグリフィンドールに五十点も与えた。

 

 なお、一番に反対するであろうと思われたスネイプだったが、彼は別件で双子たちに思うところがあったので異論はなかったそうだ。双子たちはそれからハリーに度々糊玉を投げて、スネイプに媚を売ることがあるとかなんとか。

 

 

 こうして朝一から愉快なホグワーツのハロウィンは何事もなく終わった。晩餐会で現れたダンブルドア婆さんに生徒たちは大受けして、女性教員たちはこぞって「視界の暴力」と揶揄して彼を悲しませた。

 

 マダム・ポンフリーに胃薬の調合を断られた彼は、泣く泣くスネイプのいる地下牢で胃薬を処方してもらいながら決意を固めた。必ず外見詐欺のニコラに仕返しをせねばならないと。

 

 ダンブルドアはその日の晩、時計の針が零時を示すまでスネイプに己の壮大な計画を語った。信頼できる右腕が、最初から敵方と通じていることにも気づかずに。

 




時刻、零時十分、地下牢の近くにて
スネイプ「――――というのが校長の計画だ」
ニコラ「なるほど。ダンブルドアも考えるなぁ!今後ともよろしく頼むよ、スネイプ教授」

~ダンブルドア婆さんってなぁに~
説明しよう、ダンブルドア婆さんとはニコラ・ゴールドスタインによるおぞましい魔法によってダンブルドアが強制的に女体化した姿だ。ちなみに錬金術の影響で歯が黄金になっている。誰も得しない要素だな。特別な魔法薬は何一つ使っておらず、校長室で突如として行われた決闘の最中に飛び交った呪文の一つがそれだったらしい。私にはまるで理解できないが、性別を変える魔法というのはある一定の層に人気があるようだ。とても業が深いと思うし、決して私の曾々孫に伝えてはならないとダンブルドアとニコラ・ゴールドスタインに頼み込んでいるが、果たしてどうなることやら。


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魔法使いのクリスマス

感想・評価・誤字脱字報告ありがとうございます!

この小説を執筆してから他のハリポタSSを読まないように努めています。読んだら展開が寄ってしまう可能性がありますので……面白そうなものが沢山あるだけに読めないのは残念です。


この話を入れることで一気に次の話から原作と似た展開を出すという荒業。


 ホグワーツ生の誰も知らないが、ニコラ・ゴールドスタインは既婚者だ。ニコラス・フラメルなのだからそれもそうなのだが、彼には妻がいる。

 

 ホグワーツに入学しても妻ペレネレとは一週間ごとに手紙を交わしていた。友人のハリーはペレネレのことを本当のおばあちゃんのように慕っており、ヘドウィグに毎週手紙を届けてもらっている。

 

 今週の分の手紙を受け取ったニコラは、ペレネレの返事を確認すると嬉しそうに笑った。

 

 

 

 さて、季節は冬、クリスマスを控えた十二月の半ば。マクゴナガルがとある紙を談話室に掲示した。

 

 どうやらこの紙はクリスマス休暇に学校に残ることを希望する生徒たちの名前を書くリストのようだ。ハリーは家に帰っても居場所がないので、もちろんそこに名前を書くつもりだ。

 

 話を聞くところによると、どうやらウィーズリー家の子供たちも残るらしい。両親が海外に在住している息子に会うとか。

 

 ハリーたちのすぐ近くでリストを眺めていたニコラは、学校に残るという二人の友人に声をかけた。

 

 

「もし良かったら私の家で過ごしてみるかい?普段はペレネレと二人だけだから人が増えるのはとても嬉しいんだ」

「でも僕だけニコラの家にお邪魔するわけにはいかないよ」

 

 

 兄たちも残る中、自分だけ友人の家でクリスマスを過ごすのは気が引ける、とロンは肩を落とした。本心ではニコラの家に行ってみたいのだが、抜け駆けと双子たちに締め上げられるのは勘弁だ。

 

 一方のハリーはかなり迷っていた。友人の一人は誘ってくれたが、もう一人は学校に残ると言うのだ。どっちを断っても寂しい結果が残ってしまう。ハリーはとても悩んだ。

 

 ロンの言葉とハリーの表情から彼らの懸念を悟ったニコラは、談話室で騒いでいた双子たちを呼んだ。

 

 

「友人たちを誘いたいから君たちも一緒に私の家でクリスマスを過ごしてくれないかな。もちろん、ここにはいない君たちの兄も呼んで」

「君に誘われて断るヤツは男じゃない」

「だけどいいの?その、君の実家は。俺たち全員男じゃないか」

 

 

 フレッドが招待されている人を指折り数える。ハリー、ロン、フレッド、ジョージ、パーシー。五人とも男だ。普通に考えて、ニコラのような美少女を子に持つ親は絶対に荒ぶるだろう。

 

 しかしながら彼らはニコラがかつて男であったという信じがたい過去を知らない。そして、彼の家に住むペレネレが妻であることも。

 

 彼らの心配を他所に、ニコラは明るい笑顔で問題はないと告げた。

 

 

「既に了承をもらっているからね」

「「いいのかよ!」」

 

 

 まさかの実家の後押しもあるとは。これはますます断りづらいことになったと、二人は冷や汗を流す。先程から視線が突き刺さっていることもあって、二人はついに覚悟を決めた。

 

 何故彼らの顔色が悪いのかわかっていないハリーに、ロンがこっそりと耳打ちした。

 

 

「ニコラってファンが沢山いるんだ。フレッドとジョージは彼女と入学前から仲が良いからよく呼び出しくらってる。なんやかんや上手く抜け出してるけどね」

「そんな気はしてた。ハロウィンでは盛り上がったし」

「ファンクラブもあって、女子のクラブはマダム・ポンフリーが統括してるみたいだけど、男子の方が不明なんだ。なんでもクィレルが立候補したらフリットウィックとスネイプに猛反対食らったとか」

 

 

 ホグワーツの教員は案外暇な人が多いのかなぁ、とハリーはファンクラブの顧問で揉める男性職員らの面々を脳裏に浮かべる。あのスネイプがニコラについて何やら発言するのは意外だったが、思えば彼はニコラの悪戯を黙認していた。

 

 目の前でコソコソ囁き合っていたからだろう。ニコラが「悪巧み?」とどこか楽しそうな表情で聞いてきたので二人は慌てて首を振った。

 

 真っ白なリストを見上げ、ニコラは「ダンブルドアにも平穏なクリスマスをプレゼントしてあげないとね」と悪戯っぽく言う。そんなことを言っているが、きっと彼女はプレゼントで何かを仕掛けるだろう、と二人は確信した。

 

 ニコラはダンブルドアが次にどう出てくるか知っている。優秀なスパイが味方についているのだ、彼が何をしようと失敗に終わる。しかし期待はさせておくのだ、そうした方が面白いから。

 

 誰よりも学校生活を満喫しているであろうニコラに、ハリーとロンは顔を見合わせてお手上げと言わんばかりに肩を竦めた。毎度のことながら飽きないものである。

 

 

 クリスマス休暇が始まり、実家に帰るホグワーツ生はホグワーツ特急に乗ってキングス・クロス駅で家族と合流する。ニコラたちもその例に漏れず、生徒たちの波に乗せられて駅に降り立った。

 

 再会を喜び合う家族の群れを前に、ニコラは友人たちとその兄たちを連れて人の少ないところへ向かおうとする。とそこで、スリザリン生たちと列車に乗っていたドラコが声をかけてきた。

 

 

「おのれウィーズリー。僕たちスリザリン生はこれから合同のクリスマスパーティーがあるというのに」

「そっちはそっちで大変そうだね。貴族って家族で祝ったりしないの?」

「それは付き合いの後だ。君たちみたいな貧乏な一族がたまに羨ましいと思うよ」

「相変わらず一言余計だよ、マルフォイ」

 

 

 ジト目で文句を言うロンだがそこに嫌悪感は含まれていない。ドラコのいつもの純血的な発言だとわかっているからだ。それに、彼は知っている。マルフォイ夫妻に、ドラコは暗に示しているのだ。血を裏切るウィーズリー家とは仲が悪いのだと。

 

 実際はそんなことはないのだが貴族とは面倒なものだとつくづく思ったロンである。父親同士が仲良くなればこんな小細工を使わずともいいのだが、それはきっと天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 ドラコは「家に帰りたくないと思ったのはこれが初めてだ」と言って、ニコラと一緒にクリスマスを過ごせないことを心の底から悔やんでいた。早くも父親への反抗期を迎えそうな彼に、友人としてニコラは声をかけた。

 

 

「来年は遊びにおいでよ。友人が一人減ると寂しいからね」

「う、うん!友達だから遊びに行くぞ、友達だからな!!」

 

 

 ドラコにとってニコラは初めての友人だ。本人は決して純血主義ではないが「それも考え方の一つ」だと言って受け入れてくれる。同じような考え方を持つ人間ばかりに囲まれていたドラコにとって、ニコラの在り方はとても眩しくて尊い。

 

 そんな彼女に改めて「友人」と呼ばれるとドラコはどうしようもないほど嬉しくなるのだ。そして、もう一人の友人であるハリーにも「僕だって友達だからね。今度こそ一緒に遊ぼう」と声をかけてもらったので、彼の心は歓喜に震えた。

 

 

 名残惜しそうに何度も振り返りながら別れたドラコの背を見送り、やがて彼がいなくなるとニコラは動き出した。トランクから取り出した不思議な彫像に向けて杖を一振りした。この彫像、裸のようだが上手い具合に座って何かを考えているようなポーズをしているので大事な部分が見えない。双子たちは興味津々で彫像を観察し始めた。

 

 監督生のパーシーはニコラが何をしたのかわかったようで「移動キーか?」と確認した。ハリーがロンに意味を尋ねると、彼はあまりわかっていないながらも答えてくれた。

 

 

「決められた場所に瞬間的に移動する道具だよ」

「一斉にこの彫像に触れるんだよ。ハリー、大丈夫かい?」

「うん、たぶん」

 

 

 ハリーが恐る恐る手が届くところまで彫像に近づく。ウィーズリー家の子供たちも実際に触れるのは初めてのようで、そわそわしていた。そしてニコラが合図をすると同時に、一瞬で姿が消えた。

 

 

 初めて魔法界らしい移動手段を味わったハリーは見事にダウンした。車ごと一回転したような浮遊感に襲われた彼は、積もったばかりの新雪に埋もれていた。隣ではロンが寒さに震えている。フレッドとジョージは尻もちをついていたようだが、あたりの景色を見渡していた。

 

 先に回復したらしいパーシーは、ニコラと共に家の前で待っていたペレネレに挨拶に向かっていた。頻りに感謝の言葉を述べる彼に、ペレネレは終始微笑ましそうな顔をしていた。年の離れた孫を見る祖母の顔だ。

 

 寒さに震える中、案内された彼らは早速暖炉で暖を取らせてもらった。グリフィンドール寮の談話室のものより大きい暖炉の前で、彼らは炎に温められながらマシュマロなどを刺して炙ったものを食べた。

 

 ニコラの家の外観は貴族の別荘のような建物だ。中も広々としていて二人暮らしには到底向いていない。

 

 

「僕たちの家より広いよ。なのに二人暮らしなの?」

「ずっと二人暮らしさ。たまに友人たちが遊びに来てくれたけれどね。家の中を見て回っていいけど、多分つまらないよ」

 

 

 ニコラから許可をもらい、ロンとハリーは家の中を探索してみることにした。鍵のかかっている部屋はニコラ曰く「ちょっと危ない」とのことなので、それを確認しつつ彼らは一つ一つ扉を開けてみる。

 

 いくつかは鍵がかかっていたので避けて、鍵の開いている部屋に入ってみた。途端に嗅覚が埃臭さを訴える。部屋の中は整えられているが、あまり窓を開けていないようで埃っぽかった。目の前に広がる小さな図書館を前にロンが小さな悲鳴を上げた。

 

 

「なにこの部屋!本しかない!!」

「ハーマイオニーが見たら発狂しそうだね」

「多分、読み終わるまで出てこないよ」

 

 

 本棚に隙間なく埋め込まれた本のタイトルを、なんとなく読み上げるハリー。

 

 

「えっと『古の魔法と錬金術との関連性について』『錬金術の秘めた可能性』『賢者の石とは何か』……すごく難しそうな本ばかりだね」

「こっちは『何故闇の魔法使いは不老不死を欲するのか』って哲学的なことが書いてあるよ」

「確かに哲学的だ。ヴォルデモートやグリンデルバルドも不老不死を求めたのかな」

「ハリー、例のあの人の名前を言うのはやめてくれ。スキャバーズおじさんが怖がってるじゃないか」

 

 

 ロンがポケットから取り出したネズミは身体を震わせていた。ヴォルデモートの名前に恐怖して振動している可能性もあるが、単純に寒いだけかもしれないとも思えた。ハリーは自分のポケットからハンカチを取り出してネズミに巻き付けてあげた。

 

 つぶらな瞳のネズミだが、中身はおじさんなんだよなぁとうっかり思い出しかけたロンの目が死んだ。まだ傷は癒えていない。

 

 

 それからいくつかの部屋を見て回ったものの、ニコラがあらかじめ言っていただけあって本ばかりのつまらない結果に終わった。本以外だと研究室や魔法陣が刻まれた謎の部屋などが見つかったので、ハリーはそれで十分なのだった。魔法使いらしい家だとハリーは頻りに感心していたが、ロンは「典型的な古い魔法使いの家」だと称した。彼の指摘もあながち間違っていない。

 

 探検を終えた後、ハリーたちはペレネレが腕によりをかけて作った豪華なディナーを頂いた。ニコラと二人で食事をするときは大体がフレンチ料理なのだが、ハリーたちに気を遣ったのかイギリス料理も多く並んだ。

 

 年頃の少年たちは食べられるだけ口の中に掻き込み、お腹を大きく膨らませた。彼らの食べっぷりは作り手にとって嬉しいもので、ペレネレはデザートをさらに五品ほど増やして彼らを喜ばせた。

 

 

 

 ふかふかのベッドに潜り込んだ翌朝。ハリーが目を覚ますと彼にあてがわれたベッドの足元にプレゼントの山が出来上がっていた。隣のロンのベッドにも同じような光景が見られた。寝ている間にプレゼントが届けられるのか、とハリーはまた一つ魔法界のことを学んだ。

 

 プレゼントを楽しみにしていて早起きしたロンと一緒に包装紙を破る。ルームメイトたちからそれぞれお菓子のプレゼントが届いていたので、ハリーは苦笑した。何せ彼も知り合いにはお菓子を送ったのだ。

 

 ドラコからもプレゼントが届いていた。高級感漂う包装を解いて、ハリーは貴族の友人から送られてきたプレゼントを開けて見た。

 

 

「うわぁ、それ高級羽ペンだよ。僕のパパの月給と同じくらいするやつ」

「ひぇぇ……こんな高いもの送られても困るよ。普通のお菓子を贈ったのに」

「げ、マルフォイから来てる……なにこれ!?あいつ、あいつ!!」

 

 

 プレゼントを開けた途端に怒り出したロン。そこまで怒るほどものなのかとハリーが箱の中を覗く。すると、そこには一枚の紙と数冊の本が入っていた。

 

 手紙には「君の為になる本をマルフォイ家の本棚から引き抜いてみたから読んでみろ」と丁寧な字でぶっきらぼうなことが書かれていた。友人のハリーには相当な額を注ぎ込んでおいてのロンへのプレゼントにハリーは笑うしかなかった。ロンは友人枠ではないらしい。

 

 取り出した本をベッドに並べる。一通りタイトルを確認したロンは早朝から地団駄を踏んで「何がどう僕のためになるって?」と憤慨していたが、これが彼らなりのコミュニケーションの取り方である。

 

 興味に駆られたハリーも本のタイトルを確認する為に手に取った。

 

 

「『貴族のための資産管理』『純血』『闇の魔術 初級編』『ネズミに使える呪文集』『忘却術の賢い使い方』――選考基準が気になるなぁ、このラインナップ」

「どれも読もうとすら思わないよ。ここに置いて行こうかな。パパとママに見られたら大変なことになるし」

 

 

 確かに息子が闇の魔術の本を持っていたら両親に誤解を招くだろう。しかもこれがマルフォイ家から送られたと知れば罠としか思われないこと確実だ。

 

 ぶつくさ言いながらも、プレゼントを送られたという事実は嬉しいようですぐに機嫌が直った。鼻歌を歌うロンの側で、ハリーはプレゼントの開封作業を再開した。

 

 ハグリッドからは木の横笛、エメラルドグリーンのセーターはなんと、ロンたちの母親の手編みだそうで。あとは送り主が不明なプレゼントが一つ。とても軽くて、水のように滑らかな布だ。

 

 ロンが言うにはこの布の名前は透明マントといい、手紙によるとハリーの父が所持していたものらしい。

 

 透明マントは名前の通り、羽織ったところが透明になる優れものだ。ニコラにかけてもらった目くらまし呪文と似たような効果を、呪文を知らないハリーでも扱うことができる。これを被って姿を隠せばフィルチにだってバレやしない。

 

 そしてハリーは乱入して来た双子たちと共に、透明マントの使い道について熱く語り合ったのであった。

 

 

 朝食を頂いたあと、ハリーはニコラが一人研究室にこもっているとペレネレから聞いたので伺うことにした。ニコラにも透明マントのことを共有しようと思ったからだ。

 

 ペレネレから教えてもらった部屋の扉を叩くとすぐに返事がきた。そっとハリーが扉を開くと、部屋に置かれたずっしりとしたテーブルに箱がのせられていた。そして箱の前には、ニコラが佇んでいる。

 

 

「メリー・クリスマス。どうしたの?その、クリスマスなのに部屋にこもってるって聞いて」

「メリー・クリスマス、ハリー。ああ、大したことじゃないよ。ダンブルドアからプレゼントが届いたから開けようと思ってね」

「何かあるの?」

「罠を仕掛けるというリークを受けたから、君たちに万が一がないようにこの部屋で開けるんだ」

「それって、僕は見ない方がいいかな」

「君の判断に任せるよ。見たければ私の後ろにおいで」

 

 

 そう言って笑みを浮かべたニコラにハリーはいそいそと近寄った。ニコラがダンブルドアに悪戯を仕掛けているのは彼も知っている。ダンブルドアの仕返しについては初耳だったので、ハリーは興味が湧いたのだ。

 

 しっかりとハリーが背後の守れる範囲内に隠れていることを確認し、ニコラは前準備もなく自然な動作で箱を開けた。

 

 蓋が上向きに開いた瞬間、中から怪しげな紫色の煙がもくもくと上がっていく。吸い込んだら危ないかも、とハリーが咄嗟に鼻と口を手で覆った。

 

 一方でニコラはそれがダンブルドアの本命でないことを知っていた。スネイプに作らせた紫色の煙を出すこの魔法薬は、吸い込むと身近にいる異性とくっつきたくなる効果がある。何のために仕込んだのか理解しがたいが、きっと彼はニコラが誰かと一緒に開けることを想定したに違いない。

 

 悪手だと知っていながらニコラが杖を振って薬を消失させると、突然箱が爆発した。何が起こるのか予め知っていた彼は盾の呪文を張り巡らしていたため何事も起こらなかった。

 

 残念なことにダンブルドアの企みは失敗に終わった。箱の残骸から次々と銅像の兵士たちが現れ、スネイプが寝る間を惜しんで作らされた魔法薬を投げ込んでいるが、盾の呪文によって被害は皆無だ。

 

 様々な魔法薬が混ざり合い化学反応を起こしている中、ニコラはプレゼントの話に楽しそうに耳を傾けていた。透明マントについて彼が話すと、ニコラは可愛らしいウィンクを一つして彼に囁いた。

 

 

「私は夜中によくホグワーツを探検していてね。君さえ良ければ今度一緒に行こう」

「ほんとに!?ありがとう!」

 

 

 何せホグワーツはとても広い。部屋一つ一つを確認するだけでも時間を要するため、入学してから毎晩学校を歩き回っているニコラでもまだ全容は把握できていない。一人でも楽しいが、二人だと更に楽しいだろう。

 

 真夜中の探検。ごくり、とハリーは唾を飲み込んだ。とても魅力的な誘いに、冒険に憧れる年頃のハリーが抗えるはずもなく。嬉々としてハリーは探検に参加することにしたのであった。

 

 

 ダンブルドアからの悪戯を軽くいなしたニコラは、ハリーを連れてペレネレのいるダイニングに戻ってきた。ペレネレをはじめとして、ダイニングにいた面々は双子たちからプレゼントを受け取っていたようだ。

 

 ハリーとニコラも彼らから受け取る。早速開けたパーシーが女の子になっていたので、ロンが悟りを開いたような顔で「そんなことだろうと思ってた」と溜息を吐いた。

 

 ロンは警戒して箱を開けなかったが、ハリーたちは開けた。ダンブルドアのアレに比べたら絶対マシだと、フレッドたちの悪戯を味わいながら二人は同じことを考えていた。

 

 

「ハリー、君の髪の色が変わってる!赤毛だ!」

「どうだい、気に入ったか?」

「君もウィーズリー家の仲間入りだぜ」

 

 

 赤毛のハリーは奇妙な一体感を味わっていた。ロン、ジョージ、フレッド、パーシー。みんな赤毛だ。ハリーも彼らの仲間になったのだ。彼はとても嬉しかった。まるで兄弟ができたようで。

 

 肩を組んで走り回る新生ウィーズリー兄弟を他所に、ペレネレがプレゼントを開けたニコラに頬ずりをしていた。彼女にとってニコラは夫だが同時に溺愛すべき娘でもある。複雑極まりないが本人たちは至って単純だ。

 

 悪戯をするにあたって、ニコラが魔法薬の使用は不可と予め伝えていたため、彼らは違う方法を考えねばならなかった。箱に仕掛けのための呪文をかけて念入りに準備をした結果、ニコラはかつて学校で爆発的に人気のあった姿を妻の前に晒すことになった。

 

 ペレネレは暴走した。可愛くなった娘を前にパッションを抑えきれるはずもない。しかもウェディングドレスという、娘に最も着せたい衣装ランキングの頂点に立つ衣装に今、身を包んでいるのだ。

 

 何?結婚相手がいない?それこそ問題ない。何故ならペレネレは!既に!ニコラと!結婚しているのだ!!

 

 これは自分が性別を逆にして式を挙げるべきではないのか?ペレネレは賢者の石を再度作るべきか思考し始めた。

 

 女体化して茫然自失なパーシーが回復するまで、ペレネレは「何としてでも式を挙げる」と夫に頬ずりしながら言い続けていたそうだ。なお、ニコラはぐらぐら頭を揺らされながらも「過去最高に楽しいクリスマスだね」と暢気に笑っていた。

 

 

 

 休暇が終わる三日前、ホグワーツに帰る方向を走る列車の中。予め打ち合わせをして帰寮日程を調整していたハリーとドラコはコンパートメントでクリスマスの話をしていた。

 

 ロンはウィーズリー家の兄弟たちと共に、別のコンパートメントで騒いでいる。パーシーにかけた魔法が解けないと、双子たちがニコラに相談したために家族会議が開かれているのだ。ニコラは巻き込まれているのだが本人は相変わらず人生を楽しんでいるので何ら問題はない。

 

 そんなわけで、このコンパートメントにはドラコとハリーの二人しかいないのだ。

 

 

 粗方話し合えたハリーに、ドラコは「庶民のクリスマスは奇妙だが楽しそうだ」とちょっとずれた感想を述べた。ドラコたちスリザリン生は家同士の付き合いを深めるために貴族たちで集まってパーティを開いた。退屈極まりないものだったようで、もっと楽しい話をして欲しいとせがんだ。

 

 と、ハリーが思い出したように声を上げた。

 

 

「そういやニコラからプレゼントもらった?」 

「ああ。あのロケットペンダントだろう。盾の呪文がかけられていた」

 

 

 ニコラは双子たちの悪戯の効果が消えてから、ハリーたちそれぞれにプレゼントを手渡してくれた。盾の呪文がこめられた、万が一のときに役立つアイテムだ。ただ性能がいいだけでなく、デザインもとても煌びやかで繊細だった。ドラコが両親に見せびらかしたところ、どこの家の子が送ったのかとしつこく聞いてきたほどに。

 

 黄金のロケットに同じ素材のチェーンが繋がれた、想像もしたくない値段のプレゼント。だが贈り主曰く「お金はかけていない」とのことで、どのような意味なのか考えさせられる。

 

 ロケットを開けると、中にはニコラの瞳と同じ色の石が一粒入っていた。何のために入れたのか、と好奇心に駆られたフレッドが尋ねるとニコラは「非常食」と短く答えていた。それがどんな意味を持つのか、考えどもやはり思いつかなかった。石を食べる文化はないのだが、ニコラは違うのだろうか。彼女に関する謎は深まるばかりである。

 

 

 列車は段々とホグワーツに近づく。新学期が始まるまでの間に、ハリーはホグワーツを探検するのだとドラコに語った。新学期が始まってしまうと授業や課題で時間が潰されてしまい、楽しんで探索ができない。そのため、帰寮を早めて残り少ない日数で存分にホグワーツを歩き回るのだ。

 

 その話を聞いたドラコは「僕も参加したい」と訴え、無事了承された。違う寮と言えども友人なのだから一緒に冒険するのは当然のことだ。寧ろドラコが言いださなければハリーの方から誘っていただろう。

 

 

「ホグワーツに戻ったら早速冒険だ!」

「楽しみだな!」

 

 

 クリスマス休暇はまだ終わらない。あと三日もあるのだ。その間に、ホグワーツの中を探検してみよう。歴史あるホグワーツなのだ、面白い仕掛けのある部屋やとても珍しいものが置かれた部屋もあるに違いない。教室までの近道、回り道、抜け道、探そうと思えば沢山見つかるだろう。

 

 まだ十一歳の子供たちは、目の前に迫る冒険の時が早く訪れることを楽しみにしていた。

 

 そんな彼らが禁じられた場所へ出入りしたり、不思議な魔法道具が置かれた部屋に辿り着くまでそう時間はかからない。新入生たちの冒険はようやく始まりを迎えた。

 

 




~ダンブルドアからのプレゼント~
 ダンブルドアのプレゼントは悪意に満ちている。何故吾輩が半分以上も手掛けなければいけないのか疑問に尽きないが、面倒なので全て手抜きした。ゴールドスタインに全て無効化されると思われるので、材料は全て半分にしておいた。ダンブルドアは気づいていない。
 仕掛けは単純だ。まず最初に依頼された「フェロモン薬」を箱に充満させる。そこに校長が直々に魔法をかけ、消失呪文が発動されると次々と呪文が自動的に発動するように仕掛けた。そこに吾輩が作成させられた「愛の妙薬」「痺れ薬」「ポリジュース薬(ハグリッドの毛を入れろとのお達しがあったが、面倒だったので地下牢に落ちていた誰かの毛を入れた)」「脱毛薬」「性別転換薬」など三十種類の魔法薬を加えた。
 ダンブルドアはゴールドスタインがこのプレゼントを誰かと開けることを念頭に置いて仕掛けている。誰かを庇うためならゴールドスタインは身を挺するだろうと推測しているらしい。これは確認するためであると何やら言っていたが、三十種類の魔法薬を新入生に浴びせるなど正気の沙汰ではない。やはりダンブルドアは頭がおかしい。ゴールドスタインに報告して警戒させなければ。万が一怪我をされてはクィレルをアズカバンにぶち込む前にダンブルドアが先に牢屋を温めることになってしまうではないか。


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ホグワーツ探索【前編】

感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!

この話を書くまでに何度書き直したことやら……今回はシリアスです。


 まだ休暇が終わっていないこともあって、グリフィンドール寮はいつになく静かだった。ハリーとロン以外のルームメイトたちは帰ってきていないため彼らがベッドを抜け出してもバレることはない。

 

 談話室に降りた二人は、暖炉の前で読書をしていた友人の名を呼んだ。本から顔を上げた彼女は彼らを確認すると笑みを深めた。

 

 

「よし、では行こうか」

 

 

 まだ一歩も外に出ていないというのに楽しそうだ。深夜の探索に誘ったニコラは慣れた手つきで目くらまし呪文を自分にかけて、梯子を伝って肖像画を裏から開けた。

 

 肖像画の太った婦人はニコラが常日頃から夜のホグワーツを徘徊していることを知っているため「気をつけてね」と言葉をかけるだけだ。彼女は一切戸惑いを見せることもなく、はたまた窘めることもせず校則破りの常習犯を見送る。

 

 深夜徘徊の初心者である二人はマントを被って忍び足で後を追った。梯子を降りて、肖像画の前で手を振るも夫人は気づいた様子を見せない。彼らの被ったマントによって姿が見えなくなったのだ。二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。

 

 グリフィンドール塔から真っ直ぐ大広間の方向へ向かう。案内人であるニコラの姿は見えないが、彼女が杖から出した光は見えるので、宙にふよふよ浮かんで先へ進む光の後を追う。

 

 ドラコから教えてもらったのだが、スリザリンの寮は地下牢にあるとのこと。厚着していて良かった、と地下へ降りる階段を歩きながらハリーは思った。ウィーズリー家のセーターが早速役立った。

 

 寮の位置的に途中でスネイプに遭遇する確率が非常に高いのだが、運良く彼に出会わなかった。もしかしたら他のところを見回っているかもしれない。

 

 スリザリン寮の入口近くまで来ると、ドラコが既に待っていた。楽しみのあまり早く出て来てしまったのであろうドラコを見て彼らは笑みをこぼした。早速ロンが彼を茶化した。

 

 

「よっぽど今夜が楽しみだったんだね、マルフォイ」

「う、うるさい!」

 

 

 からかわれている自覚のあるドラコが頬を赤くしつつ「行くんだろ!」と彼らから顔を背けるために先に歩き出す。ずんずん前へ進む彼の背に、ニコラは目くらまし呪文をかける。すると姿の見えなくなったドラコがいると思われる方向から声がかけられた。

 

 

「僕も光を出した方がいいのか?」

「そうしないと置いてかれても気づかないんじゃないかな」

 

 

 透明マントを被っているだけのロンが言うと、ドラコからすぐさま言葉が返ってきた。

 

 

「お、置いて行くなよ!頼むから!」

 

 

 表情が見えないのが残念だとロンはハリーに囁く。きっと今の彼は顔を青くして震えているに違いないというのに。焦りをにじませた声音で呪文を唱えて光を出したドラコに、黄金にしか見えない光の玉が近づく。

 

 

「君を置いて行くわけがないだろう、ドラコ。私は君がどこにいるか把握しているとも。さあ、全員揃ったことだしホグワーツの探検を始めようじゃないか。まずはどこに行きたい?」

「オススメはどこ?」

 

 

 ニコラのように毎晩出歩いていない一年生たちには目的地などない。ホグワーツの探検なのだから教室を手探りで回るのも一つの楽しみだが、そうすると時間が足りないだろう。まずはある程度知っているニコラからオススメを聞いてみるのがいいとハリーは判断し、彼女に尋ねた。

 

 光の玉がふよふよと彼らを導くように動き出した。

 

 

「それじゃあ、あそこにしようかな。ダンブルドアが空き教室に仕舞いこんでいた魔法道具がある」

「よくわかるね、ダンブルドアが仕舞ってたって」

「彼から直接聞いていたんだ。長年ホグワーツに置かれているものらしくてね」

「どんなものなの?」

 

 

 ロンが詳細を求めると、ニコラは「見てからのお楽しみだよ」と答えた。曰く、何も知らないで見たときの方が衝撃が大きいからとのこと。

 

 

「ダンブルドアは憤るかもしれないが。まあ、無茶は若い時にやるものだよ。年をとればとるほど縋るものだからね、あれは」

 

 

 意味深なことを語る彼女の発言を受けて、ハリーは常々思っていたことを口にした。

 

 

「ニコラの発言って僕らと同年代に思えないんだよね」

「わかる」

「まったくだ」

 

 

 ハリーの隣にいるロンは深く頷き、姿は見えないもののドラコも即答した。そこまでわかりやすかったかなぁ、と首を捻るニコラ。そこまで隠す素振りは見せていないので勘付かれるのも当然だが本人に自覚はない。

 

 ゆらり、と一度だけ揺れた光が先導を再開した。彼女の答えを暗に示していたのだが、子供たちは気づかなかった。

 

 

 地下牢から階段を上がり、一行が進んだ到着した先は図書館だった。図書館に用があるのかと思いきやすぐ近くにある一つの扉を、光の玉がコツコツと叩いた。

 

 ここだよ、と姿の見えないニコラが扉を開ける。何年も使われていない教室の脇に置かれた、金の装飾と背丈の高さが特徴的な鏡が彼女の目的らしい。鏡の前にふよふよ浮く光が消えるとニコラの姿が露わになった。

 

 鏡の前に立つ彼女が杖を振ると目くらまし呪文が解かれ、ドラコも現れた。それを見たハリーとロンも透明マントを剥いだ。全員の姿が露わになったところで、ニコラが「一番近いし、ドラコからおいで」と彼を呼んだ。

 

 恐る恐る前に近づいたドラコへ譲るように彼女は鏡から身体を退けた。彼はそっと鏡を覗き込んだ。するとバッと前触れもなく「父上!?」と振り返った。だがもちろんここに彼の父がいるはずもなく、背後にいたロンが疑問符を頭上に浮かべる。

 

 再び鏡へと視線を戻した彼は、じーっと鏡の中にしか映らない光景を見つめる。ただの鏡でないことは彼の発言からも明らかだが、一体何を見たのか。焦れたロンが種明かしを求めた。

 

 

「何を映すの?その鏡」

「君も見てご覧、答えは鏡の中にある」

 

 

 そう言うと、ニコラは興味深そうに鏡の世界を見ていたドラコに声をかけた。

 

 

「ドラコ、ロンの番だ」

「ああ。これはすごいな」

「何を見たの?」

 

 

 鏡から離れたドラコはハリーの問いかけに答えようと口を開きかけたが、ニコラが制した。戻ってきたドラコの代わりに鏡の前に立ったロンは頻りに「すごい!!」と驚嘆の声をあげている。それが一層、ハリーの興味を駆り立てた。

 

 しばらく鏡に夢中になっていたロンだったが、ひとしきり収まると背後を振り返った。まだ見ていないハリーに順番を譲り、戻ってきた彼はニコラに自分の推測を伝えた。

 

 

「この鏡は自分の未来を見せるのかな?」

「おぉ、君にはそう見えたか」

「僕も同じようなことを思った。今の僕より大人っぽくなっているようだったから」

「マルフォイも成長した自分を見たんだ!じゃあ、僕は将来……へへ」

 

 

 余程いいものを見たのだろう、ロンの顔がにやけている。ドラコも彼と似たような光景を見たのか、どこか嬉しそうに笑みを見せて頷いていた。二人の明るい表情を見たニコラは「なるほど」と得心した様子でハリーへ視線を移した。

 

 ハリーは両手を鏡に押し当て、鏡の世界に行きたいのだと言わんばかりに顔を鏡面に近づけていた。だがロンやドラコのように、彼の表情は明るいに未来に喜んでいるわけではなさそうだった。どこか悲痛に歪んだ表情で、彼は必死に鏡を覗き込んでいる。

 

 おおよそ彼の様子で事態を把握したニコラは、そっと彼の肩に触れた。びくり、と大きく身体を震わせたハリーは歓喜と悲痛をごちゃ混ぜにした顔で彼女を見た。

 

 

「僕のパパとママが……僕に所々似てる人が沢山いるんだ。僕の、家族が……鏡の中に沢山」

「君の家族?確か君の両親はすでに亡くなって……この鏡は未来を見せるんじゃあ……?」

「未来じゃないんだ。この鏡は、未来を見せるわけではない」

 

 

 ドラコが確信を得た口調で言った。彼は理解したのだ、この不思議な鏡が見せるものを。ドラコとロンが見た輝かしい未来の自分。一方でハリーが見たのは過去の、既に亡くなった両親や家族。それらは一見して繋がりが見えないように思えるが、一つだけ考えられることがあった。

 

 吸い込まれるように鏡を見つめ続けるハリーを痛ましそうな顔で見つめたドラコは、自分の持ち得る答えを述べた。

 

 

「僕たちが望んでいるものを、この鏡に映すんだろう」

「正解だよ。この鏡は人の顔ではなく心の望みを映す」

 

 

 ハリーは複雑な生い立ちから母方の家に預けられていた。叔母とハリーは似ておらず、血縁関係を感じられなかったハリーは自分の家族、自分のルーツを求めていたのだろう。そして望みを得られたハリーは、鏡の虜になってしまった。

 

 両親に愛情をもって育てられた二人にはハリーの気持ちは決して理解できまい。だからこそ彼を無理やり鏡から引き離すこともできなかった。途方に暮れた二人はこの場所に連れてきたニコラへ縋るような視線を向けた。

 

 決して実現しない鏡の世界へ入り込みかけているハリーの背中に彼女は声をかけた。

 

 

「ハリー、私は君が鏡に魅入られることを承知の上でここに連れてきた。何故だと思う?」

 

 

 まだ鏡に意識を吸い取られているハリーは首を横に振った。今の彼は何も考えたくなかった。両親の顔を、脳裏に焼き付けたかったからだ。

 

 無言の彼に焦れる様子もなく、ニコラは勝手に答えを明かした。

 

 

「この鏡は誰よりも己のことを知っている。自分自身よりもだ。だから私は、君たちに認識してほしかった。今の君たちが何を望んでいるのか」

「どうして?」

 

 

 静かに話を聞いていたドラコが聞き返した。相変わらずハリーの視線は鏡に固定されたままだったが、話は聞いているようだった。ニコラはまずドラコの問いかけへの返答をした。

 

 

「月日が経つと自然と自分の望みも変わるものだ。新たな出会いによって考えが変わるような出来事が起こるからね。ドラコ、君は私やハリーと出会う前後の自分の変化について自覚しているかな」

「ああ、わかるよ。僕はマルフォイ家に生まれて、家の価値観だけを知って生きてきた。だけど君たちと出会って、それぞれの立場で違う考え方があると気づかされた。純血の一族としての振る舞いをやめようとは思わないが、貴族としてある程度の寛容さを持ち合わせようと思うようにはなった」

「マグル生まれと一緒に食事する程度には寛容になったよね」

「常識に疎い彼らの模範であるべきだと思ったからね。僕ら貴族が手本を見せないと」

 

 

 ロンの指摘に対してドラコは事も無げに返した。純血主義は変わらず、マグル生まれは疎んじているがそれは血筋的な意味だ。古くから続く純血の一族として庶民と貴族を区別しているだけ。彼ら一人一人を魔法使いとして否定しようとは思わなくなったとのこと。

 

 ドラコとロンの会話に加わらず、前方の鏡を見つめているハリーへニコラは話しかけた。

 

 

「ハリー、鏡の中の家族に会いたいかい?」

「うん。こんなに近くにいるのに、遠いんだ。会いたいよ……ママとパパに」

「鏡の世界は近いようで果てしなく遠い。何故なら、彼らは君の心の中にいるからだ」

 

 

 ハリーは思わず背後を振り返った。穏やかな紅色の瞳に悲痛な表情のハリーが映る。

 

 

「鏡はハリー、君にとても重要なことを教えてくれた」

「家族の存在?」

「そして、君は決して一人ではないということだよ。君の中で彼らは君の成長を見守っている。ふふ、両親や親戚たちに常日頃から見られているのは少し緊張するかな」

「僕の中に、家族がいる……」

 

 

 鏡を振り返ったハリーは、中の光景が少し変わったことに気づいた。緑色の瞳の女性が、静かに微笑みながら手を胸に当ててハリーを見つめている。語り掛けているように思えた。ここに、いるのだと。

 

 じっと母親の姿を見つめていると、突然彼の背後からやって来たロンが肩に腕を回した。ニヤリと何やら含んだ笑みを浮かべるロンが「悪いことできないな、ハリー」と茶目っ気たっぷりに言った。

 

 

「今の僕たち、堂々と校則違反してる悪い生徒だよ。君の心の中でママが爆発するかもね。僕のママみたいに」

「君たちの母親は爆発するのか?」

「僕のママは常に。フレッドとジョージがいて爆発しない母親なんてそれこそペレネレさんくらいだよ」

 

 

 ロンとドラコの会話を聞いていたハリーは思った。両親はハリーが何をすれば怒り、喜んでくれるだろうかと。叔母は決してハリーの両親について話すことはなかった。魔法使いという言葉すら口に出したくないという固い意志を感じた。

 

 ハリーは両親のことを何も知らない。顔が父親に似ていて目だけは母親に似ている、とハグリッドに言われたがそれだけだ。ホグワーツに在学していた彼らはどんな人たちだったのだろう。唯一知るであろうピーターはネズミの姿をしているため言葉を交わすことはできない。

 

 純粋に知りたかった。両親はどんな人たちなのだろうと。ハグリッドならわかるだろうか、とハリーが考えているとニコラが「これはあまり言いたくなかったが」と前置きして続けた。

 

 

「スネイプ教授は君の両親のことをよく知っているだろうね。後で本人に謝罪しておくから今度、時間があるときに聞いてみるといい」

 

 

 突然出てきたスネイプの名前にハリーは首を傾げた。スネイプはハリーにとってちょっと怖い魔法薬学の教授でありそれ以上でも以下でもない。余所余所しさを感じることはあったが、もしや両親が理由だったのだろうかと彼はようやく気付いた。

 

 同世代の、スネイプと同じ寮に所属していた父を持つドラコが言った。

 

 

「父上の後輩だったみたいだし、ハリーの両親とは同世代かもしれない。当時のグリフィンドールとスリザリンの対立は凄まじかったらしいから仲は悪そうだが」

「鏡の中でただ微笑んでるだけより、その方が人間味があるからいいよ。どんな話でもいいから聞いてみたい」

 

 

 そもそも父親の友人二人には裏切りの疑惑がついている。裏切られた父親が友人のどちらかに恨まれていたのかもしれない。復讐のつもりで例のあの人側についたとしたら。そう考えると、両親を過剰に美化しようとは思わなくなったハリーであった。

 

 真実がわからないからこそ、あらゆる可能性を考えてしまう。

 

 ペチュニアおばさんはハリーの母を嫌っていた。魔法使いという存在を嫌悪していたのは、母が何かしてしまったからではないか。そういえば、叔母はハリーがハグリッドと出会った夜に母のことを詰っていた気がする。

 

 

「ドラコがマグル生まれの入学を嫌がっていたように、マグルの方も思うところがあるんだなぁ……」

「マグル生まれは極端だからな。自分を特別だと過剰に意識するから面倒くさい」

 

 

 ドラコがマグル生まれの魔法使いを嫌うのはそういった理由もあるようだ。貴族として生まれた彼が特別なのは当然とのこと。血筋という下地があるからだ。

 

 だがマグルから生まれた魔法使いは突然変異で魔法の力を得る。自分たちこそが特別なのだと言うマグル生まれもいるので、貴族の価値観的に受け入れられないようだ。歴史のないマグル生まれの魔法使いに色々言われるのは癪らしい。

 

 

 彼らの話を聞きながら、立場の異なる魔法使いたちの議論は聞いていて面白い、とニコラは言う。それを耳にしたロンが「面白いのは君だけじゃないか」と返した。

 

 

「ニコラって扇動者タイプだよね。マルフォイをグリフィンドールのテーブルに誘ってグリフィンドール生と純血主義について論戦させていたし」

「親からただ聞かされているだけでは自分の意見とは言えないじゃないか。同じ言葉でも使い手によってニュアンスが変わるということを理解してほしくてね。あと、私は扇動者というよりは先導者だよ」

「同年代なはずなのに先導されているのって変だよなぁ」

 

 

 もうニコラが実は若返りの魔法薬を飲んでいたとしても驚かないな、とロンが深く頷きながら言った。若返りの薬じゃないんだよなぁ、とニコラは心の中で訂正する。もし彼らが直接聞いてきたら素直に正体を明かす予定だ。彼らがどんなリアクションをとるか楽しみである。

 

 一方でドラコと話し終えたらしいハリーが「そういえば、時間は大丈夫なの?」と尋ねた。自分が鏡に張り付いていたので時間を浪費したという自覚があるらしい。気まずそうな顔で時刻を確認した彼へニコラは気にしないでと笑いかけた。

 

 

「一度に全部見てしまうとつまらないからね。今日はここだけ。もう鏡に用はないのかな?ハリー」

 

 

 ハリーは再び鏡に視線を移したがすぐにニコラの顔の方へ戻した。にっこりと彼も笑い返した。

 

 

「大丈夫。鏡の中に僕の家族はいない。心の中にいるって、君が言ってくれたから」

「今は君の心の中にいるだろうけど、いつか君の隣に現れるさ。だって、家族ってつくるものだろう?」

 

 

 思いもよらなかった言葉を投げかけられたハリーは目を丸くした。何を言っているのだろう、と思っていたハリーにドラコがニヤリと悪戯っぽく笑って提案した。

 

 

「ハリー、今からでも結婚相手を探すか?純血の一族から幾つか紹介するぞ」

「手始めにウィーズリー家からどうかな!ジニーは君のファンだからちょろいぞ!!!」

「金はないが歴史はある。ウィーズリーでもいいな……あとは君の就職先だな、ハリー。ポッター家を復興させるなら相応のところに就職したほうがいい」

「勝手に進めないで二人とも!!」

 

 

 楽しそうに笑いながら次々とハリーの将来設計について語り合う二人の友人たちにハリーは悲鳴を上げた。頼りになる二コラは余程二人の話が面白いのか「結婚式を執り行う際は即行で式場を建てるからね」とにこやかに先走りすぎることを言ってきたのでついに彼は頭を抱えた。

 

 とそこでいきなり、教室の扉が爆破された。轟音にびっくりしたロンとドラコが会話を止めると、扉を無残に破壊した何者かが室内に入り、彼らの姿が露わになった。

 

 

「話は聞かせてもらった!」

「子供は双子でよろしく!」

「一番先走ってる!?」

 

 

 器物損壊した爆破犯はロンの兄たちだった。しかも会話を扉越しに聞いていたのか、彼らの会話に交ざってきた。全力で兄たちから後押しされている彼らの妹について、ハリーは少しだけ気になった。もちろん結婚するつもりはない。

 

 ハリーはひとまず話を逸らせることにした。自分の結婚云々について色々言われると身体がむず痒くて仕方ないのだ。

 

 

「二人も寮を抜け出したんだ。どうやって僕たちの場所がわかったの?」

「よくぞ聞いてくれました!」 

「俺たちには偉大な先輩方からのお導きがあってな」

「その羊皮紙のこと?」

 

 

 ハリーの問いに頷き、羊皮紙を広げたジョージは「見てみろよ」と後輩たちを手招いた。羊皮紙を覗き込んだ新入生たちはこれが何なのか理解してそれぞれ驚嘆の声を上げた。

 

 

「高度な魔法だ。とても面白い」

「ホグワーツの地図だ!しかも誰がどこにいるか詳しく書かれているなんて……あ、スネイプが地下牢にいるって」

「ゴーストの場所もわかるのか……ピーブスを避けることができるのはありがたいな」

 

 

 ニコラ、ロン、ドラコが各々の感想を言い合う。だがハリーは無言である一点を見つめていた。地下牢にいるスネイプでもなく、トロフィー室付近にいるピーブスの名前ではない。四階の、ダンブルドアから立ち入りを禁じられている廊下。

 

 ハリーはそこに記された名前を読み上げた。

 

 

「クィレル」

「ああ、気づいたかハリー」

「最初は君たちを追っていたんだが、後からクィレルがそこに向かっているのを見つけたからこれから後を追おうと思ってな」

 

 

 二人はハリーたち新入生たちが制止しようとも聞くつもりはないようだ。それに、ハリーもロンも何故クリスマス休暇にクィレルが『禁じられた廊下』に向かうのか気になっていた。ドラコは「後を追っていいのか?」と不安を口にした。

 

 

「クィレル先生は教員だ。隠れていることに気づくかもしれないぞ」

「透明マントでもバレるかな?」

「ホメナム レベリオ、人現しの呪文を使えばね。人の存在を感知されてしまう」

 

 

 魔法の知識についてこの場の誰よりも知っているニコラが答える。それに至らなければバレることはないが、万が一ということもあってニコラは後を追うことを推奨しなかった。彼らは知らないが、クィレルはヴォルデモート卿を憑けている危険人物だ。生徒たちに接触させたくはなかった。

 

 双子を追えばハリーたちが置いてけぼりになるし、彼らを放置することもできない。ニコラは「念には念を入れるか」と呟いた。ダンブルドアなら子供たちの成長に重きを置いて放置するだろうがニコラはそうしない。賢者の石を狙う魔法使いたちは手段を択ばないからだ。

 

 ニコラが杖を振る。杖先から黄金の光でつくられた動物が現れたかと思うと一瞬で走り去った。フレッドとジョージは「それ、もしかして守護霊の呪文かい!?」と身体を乗り出して興奮したように言った。

 

 

「高度な呪文だ!」

「使えるんだ!!」

「「だけど金色だ!!!」」

 

 

 通常の守護霊は銀色のはずだが、ニコラの錬金術の影響か色違いだった。初めて守護霊を見たハリーにドラコが守護霊の呪文について簡単に教えてくれた。術者によって姿形が違い、熟練度が高いと伝言を託すことができるらしいと。

 

 

「ニコラの守護霊は馬か?」

「ユニコーンだよ」

 

 

 そう言ってニコラは「サイズは大人なのに色は子供だね」と苦笑した。何かしら金色になるところは守護霊の呪文でも変わらないようだ。

 

 さて、とニコラは表情を引き締めてこの場にいる若い魔法使いたちを見渡した。クィレルが危険であるということを知るのは彼女一人だけだが、これから彼らを守りながらクィレルの行動を監視しなければならない。ここでクィレルが危険だと言ってもいいのだが、子供たちはきっと自分で確認しないと納得しないだろう。

 

 好奇心のままに赴くことは無謀だが、それが若いということだ。ニコラは年長者として彼らの選択を尊重し、危険が及ばないように守るだけだ。

 

 いつものように笑みを浮かべているものの、目つきがどこか鋭いニコラ。クィレルを追うことが何かあるようだ、と守護霊を出していたことからも事情を把握しつつある双子たちを筆頭に、それぞれが真剣な眼差しで彼女を見つめた。

 

 

「決して真ん中を歩かず、端を歩くこと。クィレル教授と遭遇したら動かない。もしバレたら私が囮になるから、その間に地下牢に逃げなさい――――いいかい?」

「さっきの伝言って、もしかしてスネイプ先生に?」

「そうだよ。見回りをしているし、仮にフィルチ氏に見つかっても問題ないからね」

 

 

 ドラコの質問を肯定したニコラは「質問はいいかな?」と少年たちに確認した。全員が頷き返すと「よし」と彼女は杖を振ってそれぞれに呪文をかけた。ロンとハリー以外は透明になり、全員の足音が一切消えた。ふわり、と黄金の光が再度現れる。

 

 

「殿は地図を持っている双子にお任せしよう。私が囮になっている間、君たちは私のように杖先に光を灯して彼らをスネイプ教授のもとに連れて行って欲しい」

「「任せてくれ」」

 

 

 自分たちが持ち込んだトラブルなのだ、双子たちはきっちり責任をもって新入生たちをスネイプのもとへ送り届けようと決意した。

 

 

 そして、深夜のホグワーツ探索はついに佳境を迎える。

 




Q.ニコラは『みぞの鏡』で何を見るの?
A.鏡を見つめる自分の姿


~ニコラの伝言~
 こんばんは、スネイプ教授。クリスマスプレゼントは如何だったかな。ダンブルドアの愉快な姿をお見せできたなら良いのだが。
 さて、本題に入ろう。クィレルが『禁じられた廊下』に向かったとの報告があった。報告者の双子のウィーズリーたちは安全のため私が連れている。彼らを放置すると危険なので一緒にクィレルのもとへ先行するが、もし何かあれば彼らをあなたのもとへ送るので保護をよろしく頼むよ。

 追伸。ハリーにあなたが彼の両親を知っていると教えたので、近いうちに彼から色々聞かれると思う。勝手に教えたことは申し訳ないが、家族のことを知りたがっている友人にだんまりを決め込めなくてね。重ね重ね申し訳ない。そういえばダンブルドアから聞いたのだけど、ハリーのお母さんとただならぬ関係だったって本当かい?どうせダンブルドアの戯言だろうけど念のため。


スネイプ「おのれダンブルドア!!!」


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ホグワーツ探索【後編】

感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!

最近仕事が忙しくなってきたので一日置きの投稿が難しくなるかもしれません。もし投稿がなければ「仕事サボれないんだな」ということでよろしくお願いします。


 フレッドとジョージが不思議な羊皮紙『忍びの地図』を持っているおかげでクィレルの尾行は順調に進んでいた。なにせ警戒しなければならない教員たちの位置が羊皮紙一枚でわかってしまうのだ。作成者たちは無駄な才能を発揮してとんでもないものをつくってくれたものである。

 

 慎重に辺りを警戒しながら歩くクィレルの目的地は『禁じられた廊下』で間違いないだろうとニコラは判断した。フレッドから見せてもらったルートによると、この先にある目ぼしいものはそれしかないからだ。

 

 ダンブルドアの言が正しければ、そこに向かったところでニコラが渡した偽物の賢者の石は手にできないらしい。ホグワーツの教員たちがそれぞれの分野で罠を設置していると聞く。クィレルの教える科目的に彼も加えないと不自然ということで一応名を連ねているようだが、どうなっていることやら。

 

 教員たちはそれぞれが罠を設置したことは承知している。だが誰が何を仕込んだのかはわからない、とダンブルドアは言っていた。最後はダンブルドア本人が「ヴォルデモートには決して取れない罠」を設置するようで、賢者の石は何があっても守られるとのこと。そういった油断が危機を招くような気がしてならないニコラである。

 

 

 クィレルの位置はわかっているため、ある程度距離を取りながら彼らは尾行している。近づきすぎると勘付かれる恐れもあるほか、生徒たちに極度の緊張を誘発しかねないからだ。

 

 ハリーとロンは透明マントの下で、こっそりと囁き合った。

 

 

「どうしてニコラはクィレルを警戒しているんだろう」

「僕は見回りだと思ったんだけど、ニコラの様子からして違うっぽいね」

 

 

 殿を務めているため弟とその友人の後ろを歩いていた双子たちが、彼らの疑問に答えてくれた。声は聞こえるのに互いに姿が見えないので、独り言を呟いているようだと思いながら。

 

 

「『禁じられた廊下』は教員も出入り禁止なんだと思う」

「ニコラが警戒しているのは、用件がないはずのあそこに何の用があって向かっているのかということだ」

 

 

 交互に弟たちの疑問に答えた双子たちに、今度は先導している光の玉が浮いている方向から声がかけられた。ニコラの傍にいるドラコの声だ。

 

 

「そもそも、一生徒であるニコラがスネイプ先生と連携をとることがおかしくないか?ダンブルドアとも関係があるようだし……」

「私は君たちとは少しばかり違うからね。生徒として入学はしたけど、ホグワーツの防衛も担っているんだよ。その関係でスネイプ教授とは連携を図っている」

「ってことは、もしかしてニコラは最初からクィレルに目をつけていたのか?」

 

 

 クィレルが闇の魔術に対する防衛術に就任したと同時にホグワーツ入りしたニコラ。まるで、ホグワーツに移したブツとやらをクィレルから守るように。

 

 フレッドの指摘に、ニコラはあっさり「そうだよ」と肯定した。

 

 

「組み分けの儀式のときには気づいていたよ、スネイプ教授からも報告を受けたことだしね」

「だけど三か月以上も放置していたのか?」

 

 

 咎めるように言ったドラコだが、言った後であることに気づいたようで「すまない」とすぐに謝罪した。何のことだろうとグリフィンドール生が一様に首を捻る。姿が見えないので彼らが同じタイミングで首を傾けたことには誰も気づかなかった。

 

 首を捻った姿は見えなかったものの、彼らが「ん?」と不思議そうに声を上げたのは耳にしていたようだ。ドラコは「僕の父が原因だと思ってな」と前置きしてから続けた。

 

 

「父上は常にダンブルドアの弱点を探っている。もしダンブルドアがクィレルの証拠を掴む前に事が明らかになれば、ここぞとばかりに父上が突いてくるだろう。だから動けなかったのか」

「ダンブルドア本人もそう言っていたね。一概に間違いではないが、彼には別の思惑もある」

「それはどんな?」

「こればかりは言えないかな。私は彼の思惑通りに事を運びたくなくてね、本当なら今すぐにも君たちをベッドに押し込みたいくらいだというのに」

 

 

 クィレルの監視と、生徒たちの安全。どちらが重要かといえば後者に決まっているとニコラははっきり告げた。だがニコラはフレッドとジョージの意思を尊重し、彼らが危ない目に遭わないよう、自分の意志を曲げて守るために側についている。

 

 今更ながら無謀なことをしたと自覚し、自己嫌悪に陥った二人は「ごめん」と謝った。忍びの地図を持っていればクィレルから逃げることはできるが、万が一見つかってしまったらどうにもならない。考えが足りなかったことを認めた二人は肩を落として、後輩たちを巻き込んでしまった自分を責めた。

 

 過ぎたことは戻らないとあくまで冷静のニコラは、いつも通りの穏やかな声で彼らに話しかけた。

 

 

「だから君たちは万が一に備えて逃げることに専念するんだよ。適切なタイミングで撤退して増援を求めることも立派な戦術の一つだ。君たちが役に立たないから逃がすのではない。君たちを逃がしたほうが利があるからだよ、いいね?」

「「大丈夫だ、ありがとう」」

 

 

 例え役に立たないからだとしても、ニコラの言葉選びに配慮を感じた二人は声を揃えて礼を言った。もしここで感情的に責められていたら、彼らも同じように攻撃的に返したかもしれない。だがニコラの精神年齢は思春期を軽く超えるどころかこの学校にいる誰よりも老熟している。

 

 こうした突然の事態にも動揺を見せず、すぐに状況の打破を計る彼女の姿は熟練の魔法使いを思わせた。幼く、人形のように可憐な魔女だがその実力は外見を大きく裏切っている。外見に反して頼りがいのあるニコラを、この場にいる若い魔法使いたちは信じている。

 

 だから彼らは、ニコラの指示にしっかりと耳を傾けた。いよいよクィレルが目的地に到着する。そこで何をするのかわからないが、こうして現場まで尾行した以上ここにいるすべての生徒が証言者だ。彼らはこれから目にすることを片時も見逃すつもりはなった。

 

 

「ここから会話は控えるように。そして彼が何と話していても決して応えないこと。君たちは透明人間だからね。そして再三言うが、万が一の時は私が囮になるからスネイプ教授のもとに逃げること。大事なことだから口うるさく言うけど、しっかり聞くんだよ」

 

 

 全員が「了解」と短く返すと、ニコラは光の玉を消した。彼らの現在地は『禁じられた廊下』へ繋がる扉のある四階の廊下だ。呪文学の教室があり、ハリーたち新入生にも馴染み深い光景がマント越しに映る。

 

 廊下の両端に集まって、ひとまず待機する。ニコラ、忍びの地図を持つフレッドの二人一組。もう一組は透明マントを被ったハリーとロン、そして目くらまし呪文をかけられたドラコとジョージだ。ニコラはフレッドを小声で呼んで状況の確認を行う。

 

 呼ばれたフレッドは地図を広げ『禁じられた廊下』に入ったクィレルの状況について報告した。

 

 

「クィレルは“フラッフィー”という名前の何かと一緒にいるみたいだけど」

「可愛らしい名前だが、彼の仲間ではないように思える。そういえば、クィレルの名前に変化はあるかな?少しばかり確認したいことがあってね」

「変化といえば、クィレルの名前の上に薄く誰かの名前が書かれていたよ。薄すぎて読めなかったけど。ほら、ここ」

 

 

 フレッドが指した点には「クィリナス・クィレル」と名前が書かれていたがよく見ると別の名前が薄く上書きされている。彼は知らないがクィレルはヴォルデモートを憑けている。つまり、忍びの地図は二重の存在をきちんと把握しているということになる。作成者は魔法道具の制作に関してとんでもない才能を発揮していたようだ。

 

 名前が薄れているのは彼の存在が弱っているからだろう。本来なら既に消滅してもおかしくないほどに魂が弱弱しい。肉体が滅んでもなお活動していることから、何らかの闇の魔術を行使している可能性が大だが、生憎とニコラは闇の魔術について詳しくは知らない。

 

 ダンブルドア、あるいはスネイプなら何かを知っているだろうか。時間の空いた時に聞いてみよう、とニコラは思った。そう簡単に教えてくれないような気はするがその時はその時だ。

 

 

 しばらく時間が経ち、マントの中にいるロンがあくびを零したころ。突然、轟音が扉越しに彼らの耳に聞こえてきた。よく聞くと、犬が威嚇するときの唸り声に聞こえる。ただし、ハグリッドのファングの声より遥かに重たくて大きい。

 

 フレッドが地図を見下ろしながら「フラッフィーって感じの名前じゃない」と引きつったような声で呟いた。地図を持っている彼には分かる。クィレルがあのような声をあげたわけでないのなら、必然的に犯人はもう一方だ。立ち入りを禁じるだけのことはある、と生徒たちは一様に冷や汗を流した。

 

 と、まるで不意を討つように扉が独りでに開き、クィレルが現れた。あまりにも突然のことだったのでドラコは声を上げそうになった自分の口を両手で押さえた。気を抜いていたロンが「んけっ」と妙な声を発したが運よく扉の閉じる音にかき消された。

 

 

「お許しを……お許しくださいご主人様……」

 

 

 ぼそぼそと独り言を呟き続けるクィレルは異様だ。周りに話し相手など一人もいないというのに、まるで誰かと会話をしているように彼は口を動かし続けている。真夜中の、それも『禁じられた廊下』の前で一人許しを請う姿はただひたすら不気味だった。

 

 息を荒く吐きながら閉ざした扉にもたれかかった彼は、呼吸を整えて再び独り言を唱え始めた。

 

 

「私には……三頭犬の攻略法など……わかりもしません……」

「役立たずめ……ハロウィンは絶好の機会だった……」

 

 

 彼の言葉に別の誰かが応答した。だがどう見てもクィレルは一人だし、忍びの地図にも彼一人の名前しかない。目くらまし呪文をかけていても居場所がわかる高性能の地図でもわからないというのだろうか。フレッドはようやくニコラがした質問の意図を理解した。

 

 クィレルの一人問答はまだ続いた。

 

 

「貴様は無能だ……医務室行きだと?……まったくもって嘆かわしい……これでも俺様の忠実な僕か」

「申し訳ありません、ご主人様……申し訳ございません」

「三頭犬はハグリッドの差し金だ……間違いない……奴から聞き出せ」

 

 

 面倒なことになったな、とニコラは苦々しい思いを抱く。子供たちのいる前で作戦会議を開かないで欲しいと訴えたくなったほどだ。もちろん、クィレルはこのタイミングのこの場所で生徒たちが張り込んでいるとは考えもしないだろうが。

 

 重要な情報を小出しして満足したのかは不明だが、クィレルはようやく動き出した。ハグリッドの三頭犬の存在のおかげで今回は諦めるようだ。

 

 透明化している生徒たちを通り過ぎるクィレルの後姿を彼らは声を押し殺して見送る。

 

 だがここで、ターバンにまかれたクィレルの後頭部を見つめていたハリーが「いたっ」と小さく声を上げてしまった。彼の声は十分に小さかった。だが運悪く、周りは静まり返っていて彼の声は距離が離れていたクィレルの耳に入ってしまっていた。

 

 

「だ、誰かそこにいるのかね……?」

 

 

 自分たちの会話が聞かれたのではないか。そう思った青白いクィレルの顔色がより一層悪くなった。一方でハリーは自分が声を出してしまったことで状況を悪化させたことを理解していた。額を押さえて、泣きそうな顔で「ごめん」と声には出さずに口に出した。

 

 ロンはハリーの行動から額の傷関連だと気づき、首を横に振った。ハリーの額の傷はただの傷ではないことは魔法界では有名だ。何かがあるのだろうと悟ったロンは「君の所為じゃない」と言いたげに彼の肩に触れた。

 

 ジョージとフレッドは既に逃げ出すための道順を頭の中に描いていた。杖を片手に彼らは何時でも走り出せる体勢に入る。未だに動きを見せないニコラが、何らかの魔法を発動すれば彼らはすぐにでも動く心づもりである。

 

 

 先に動き出したのはクィレルだった。杖を持った彼は呪文を唱えようと口を開いた。

 

 

「ホメナム レベ――――!」

 

 

 だがそれよりも先に杖を振るったニコラの呪文によって彼は声が出せなくなった。慎重のあまりしっかりと呪文を口に出そうとしていたことが仇となり、ニコラの無言呪文に先手を打たれた形となったのだ。これで誰かがいることはわかったが、何人いるのか誰がいるのかはわからなくなった。

 

 ジョージは今が好機だと判断し、駆け出した。ポケットからチョコレートバーを取り出して一口で飲み込む。喉に押し込まれたために吐き気を催すが、そんなことを言ってられない状況なので堪える。

 

 彼が突然お菓子を食べたことに、もちろん意味はある。咄嗟の判断で悪戯グッズの一つであるこのチョコレートバーを食べた彼は「フォッフォッフォ、クィレル教授や、悪い事はいかんのう!!」とどこかで聞いたことあるような声で言い放った。

 

 

「わしの目の届くところで悪さはさせんよ」

 

 

 クィレルは声を封じられていたので本来なら誰も反応しないはずだが、彼の傍から動揺した声が聞こえてきた。

 

 

「ダ、ダンブルドア……だと!?」

 

 

 いや、ジョージである。

 

 だが今の彼の声はチョコレートバーを食べたことでダンブルドアのものになっているのだ。元々はダンブルドアの声でフィルチに悪戯するつもりで所持していた。まさかここで役に立つとは思わなかったと彼は冷や汗を流しながらも笑みを浮かべた。

 

 ジョージが上手く逃げるチャンスをつくってくれたことにニコラは感謝しつつ、クィレルをけん制するために魔法を幾つか行使した。ダンブルドアが好む魔法は友人として熟知している。折角ジョージがダンブルドアに扮しているこの状況を利用しない手はなかった。

 

 ニコラはローブのポケットからミニチュアの兵士たちを取り出し、それを宙に投げた。このおもちゃの兵士たちはクリスマスの折にダンブルドアが仕掛けたものだ。本人が使ったものを再利用する、妙案だなとニコラは少しばかり自賛した。

 

 魔法をかけられたおもちゃは巨大化し、黄金製の兵士たちに早変わりした。校長室前のガーゴイルのように自在に動き出すゴーレムのようなものだ。その数、七体。数字的にも幸運値が高い。

 

 沈黙の呪文がかけられているためクィレルは話せない。だが彼もホグワーツの教員。斬りかかってきた兵士のゴーレムを無言呪文で爆破した。爆音が四階の廊下に響き渡り、黄金の欠片がそこらに散らばる。

 

 

 突然ダンブルドアの声がしたことで、ハリーたち一年生は混乱に陥っていた。だが先手を仕掛けたジョージがすぐに「逃げるぞ!」とダンブルドアの声で囁くと、彼らは困惑しながらも「わかった」と返事した。幸い、爆音の所為で彼らの会話は聞こえていないだろう。

 

 入学以来、額の傷が痛んで苦しそうなハリーにロンとドラコが肩を貸す。姿が見えないジョージが先導するために弟の手を握って、四人は走り出した。足音はしないが地図にはしっかりと彼らが階段を降りて地下牢へ向かおうとしていることが載っていた。

 

 彼らの逃走を確認したニコラは、地図を持ったフレッドを殿として送り出した。彼は後輩を残して先行することに気が引けていたが、ニコラの足手まといになる方が嫌だったので「頼むから無傷で帰ってきてくれよ」と言い残して先行者たちの後を追った。

 

 生徒たちがいなくなったことで、ニコラもようやく大々的に魔法が使える。校舎に影響を及ぼす類の魔法を早々に使って彼らを危ない目に遭わせるわけにはいかないのだ。

 

 軽く杖を振ると、空間がぐにゃりと大きく歪み始めた。廊下の広さが大広間ほどに拡張されたところで、また一度空間が捻れる。

 

 奇妙な出っ張りや、どこに繋がるかもわからない穴などの仕掛けが広々とした廊下に現れる。ニコラは、手っ取り早い時間稼ぎの方法としてその場に迷宮を建てたのだ。

 

 ニコラが迷宮を作っている間に沈黙の呪文を解いたクィレルは、普段の彼らしからぬ口調で忌々しげに言葉を吐いた。

 

 

「おのれ、ダンブルドア……!私を尾けていたな!」

 

 

 この場にダンブルドアはいないが、何も知らないクィレルは苛立ちを露わにしている。そして同時に彼は恐れてもいた。彼が憑けている存在のことを、知られてしまったがゆえに。

 

 時間稼ぎだけが目的だったニコラは既に帰る準備を始めている。一人で何やら喋っているクィレルを他所に、魔法をかけ終えたニコラはとことこ歩きだした。

 

 背後で迷宮を抜け出そうと光線が放たれたり、爆音が耳を通り抜けるが少女の姿をした魔法使いは振り向きもしない。

 

 明け方まで黄金迷宮を心行くまで味わって欲しいものだと思いながら、ダンブルドアではなくその友人は先行した生徒たちと合流するのだった。

 

 

 何事もなく地下牢まで離脱できたニコラは、スネイプが一人頭を抱えている場面に遭遇した。ニコラの目くらまし呪文を解いたのだろう、双子たちが姿を現している。

 

 ニコラを視界に入れると、ジョージとフレッドは嬉々とした表情で彼女に駆け寄った。

 

 

「「ニコラ!!」」

「この中に一人、ダンブルドアが紛れ込んでいるね?」

「わしじゃよ」

 

 

 ダンブルドアの声になったジョージが自分を指す。スネイプの顔がさらに歪んだ。どうやらジョージたちが合流する際に何やらトラブルが発生したようだ。

 

 頭が痛そうなスネイプに、ニコラがまず礼を言った。

 

 

「彼らを保護してくれてありがとう。クィレルは明け方まで足止めしているから問題ないよ」

「それは僥倖。だが保護する人数について、吾輩は何も聞かされていないのだが?」

 

 

 そう言ったスネイプは、何もない空間を指して疲れたような顔で「二人だけだと思っていたら三人追加され、そのうち一人が我がスリザリン寮の生徒だとは思いもしなかった」と続けた。

 

 ぺらり、と透明マントが捲られて一年生の三人が気まずそうな顔で現れた。どうやら隠れていたつもりらしいが、彼にはお見通しだった。

 

 言い訳はあるのか、と怖い顔で迫るスネイプに、ロンとドラコはぷるぷると細かく振動するだけ。だが彼らはハリーが額の傷の痛みに苦しんでいた時、ハリーの肩を支えながら校舎を走り抜けてくれた。

 

 そんな彼らのためにも、ハリーは立ち上がった。彼は意を決して答えた。

 

 

「僕、自分の両親のことが知りたくて手掛かりを探していたんです。それでニコラが不思議な鏡を見せてくれて、ママとパパの顔を初めて見ました!」

 

 

 スネイプはハリーの両親を知っている。ニコラからそう聞いたハリーは、両親へ助けを求めることにした。両親の顔すら知らないことを前面に押し出した言い訳に、スネイプは見事に怯んだ。

 

 双子たちが「あと一押しだ、ハリー!」とスネイプの背後から身振り手振りで伝える。追撃するためにニコラの方を向いた彼は、彼女から「お母さん」と口パクで援護をもらった。

 

 ママのことを話せばいいんだな、と頭の中で言葉を浮かべながら、ハリーはさらに続けた。

 

 

「ママの目は僕にそっくりだった!それでじっと見つめてるとママが笑いかけてくれた!とても嬉しかったです!!」

「き、貴様かゴールドスタイン!貴様が余計な口出しをしたな!?卑劣な策を弄しおって!!」

 

 

 スネイプが摑みかからんばかりの勢いでニコラに吠えるも、彼女は全く動じずにただただ微笑むだけだ。見守るような暖かい眼差しを受けたスネイプはこれ以上耐えられなくなったのか、身を翻して歩き始めた。

 

 かつかつと足早に自身の研究室に向かう彼は、最後に足を止めて「吾輩は今日は見回りをしておらん!」と言い放ってその場を去った。ジョージが礼を高らかに叫んだところ、スネイプから怒りの罵声が届けられた。

 

 

「黙れダンブルドア!!」

「ジョージだよ」

 

 

 フレッドがぼそりと呟くと、新入生たちはくすくすと笑いをこぼした。

 

 それから生徒たちは静かに寮に戻った。スネイプから黙認されたので、ドラコも安心してスリザリン寮へ戻ることができた。

 

 地下牢でドラコと別れたあと、彼らはグリフィンドール塔へ向かった。太った婦人は「随分と長いお散歩ね」と少し呆れたように笑って肖像画を開けてくれた。双子たちが一緒にいることにも驚いていないあたり、途中で合流することは予想済みだったらしい。

 

 静かな談話室に入ると、どっと眠気が押し寄せてきた。ニコラは睡眠欲を感じないためいつも元気だが、ロンなんて今にも床で寝落ちしそうだ。

 

 ハリーは欠伸をこぼしつつ、忘れられそうにない冒険を提供してくれたニコラに礼を言った。クィレルの足止めをしてくれた分も含めて。

 

 

「ありがとう、記憶に残るホグワーツ探索だったよ」

「どういたしまして。しっかり休むんだよ」

「にこらぁ、ありがとぉ……ぐぅ」

「ロン、ここで寝ないでよ……ごめん、ジョージ。手伝ってくれる?」

 

 

 ハリーの要請に応えるべくジョージは「俺に任せろー」と返事した。だが彼の声は未だにダンブルドアだったので、ハリーとフレッドは腹筋運動をしなければならなくなった。

 

 そんなジョージたちもニコラに礼を言った。自分たちの身勝手で巻き込んでしまったことへの詫びと、そして助けてくれたことへの感謝を。

 

 ニコラは笑いながら彼らの謝罪を受け入れた。気にするなという意味で笑ったのではなく、きっとダンブルドアの声で謝られていることがおかしかったからだろう。

 

 

 そして深夜徘徊していた生徒たちが粗方ベッドに潜り込んだところで、ようやく彼らのホグワーツ探索がようやく終わりを迎えた。

 

 忘れられない冒険になったであろうこの出来事が、彼らの経験の糧となればいい、と本を手に取った少女は穏やかな笑みを浮かべた。

 




〜スネイプ教授の受難〜
フレッド「地下牢だ!スネイプだ!」
ジョージ「助けてー」
スネイプ「ダンブルドア!?」
フレッド「ジョージだよ」
ジョージ「わしじゃよ」
スネイプ「どういうことかわからんが、とりあえずダンブルドアでもそうでなくても姿を現せ!」

すると露わになるジョージとフレッド。ダンブルドアはいない!

スネイプ「どういうことかね?」
フレッド「ボイスチェンジバー食べたらダンブルドアの声が出るんだ。まだダンブルドア味しかないけど、いずれスネイプ味とマクゴナガル味をつくるよ」
スネイプ「やめんか!」
ジョージ「うぅ、みんなが最近わしに冷たい」
スネイプ「黙ってくれ、ダンブルドア」
フレッド「ジョージだって」
スネイプ「(双子たちだけかと思ったらポッターにドラコまでいるとはどういうことだ!?ゴールドスタインめ、わざと言わなかったな!)」


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束の間の平穏と動き出す事態

感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!

ハッピー・バレンタイン!
新入生たちのキャラが色々な意味で崩壊しています。ご注意を。
後半から物語が進みます。


 楽しかったクリスマス休暇が終わると、課題を片付ける日々が戻ってきた。勉強がそこまで得意でないハリーとロンは悲鳴を上げながら、必死に羽ペンを握って羊皮紙に滑らせる一日を送っている。

 

 最初は頼りになるニコラに助けを求めていた二人だったが、彼女から「課題は答えより考える過程が大事なんだよ」と窘められ、ルームメイトたちと課題に向き合うことを提案された。それからというのも、グリフィンドールの一年男子生徒らは仲が深まった。

 

 しかもそれだけではない。

 

 ドラコから誘いがあり、グリフィンドールとスリザリン合同で課題を進める機会を設けたところ、中々の盛り上がりを見せた。課題の合間に設けた休憩時間という名の“男子トーク”が白熱したからだろう。

 

 ネビルが薬草学の授業中に話のタネとして話していると、それを聞いたハッフルパフ生から「参加させてほしい」との要請を受けた。挙げ句の果てにはレイブンクローの新入生まで加わり、空き教室で課題を進める傍で激しい議論が交わされた。

 

 議論の中で全会一致で可決したのは「ニコラはとても可愛いので決して手を出さない」という不可侵条約だったのは青春ならではの一コマだ。魔法使いといえど男の子である。

 

 この年代の男の子たちは想像力が豊かだ。好き勝手に妄想してニヤける可愛らしいお年頃。そんな彼らにあるとき、ロンがこんな議題を提供したことで議論がヒートアップすることになる。

 

 

「もしニコラの年齢が外見通りではないとして、それはアリかナシか」

 

 

 思考が成熟し、大人っぽいニコラを素直に同年代だと受け入れている同志は多い。だが、一部の察しの良い同志はニコラが何らかの方法で若返った熟練の魔法使いではないかという推測を立てている。

 

 そもそもダンブルドア相手に悪戯を仕掛けるという偉業を、十代前半で実行できるわけがない。偉大な魔法使いと同等の実力者なら若返るくらい平然と行いそうだと識者たちは言う。

 

 グリフィンドール生であり言い出しっぺのロンは語る。フレッドやジョージから話を聞いていると、熟練の魔法使いが生徒に化けているような気がしてならないと。

 

 ドラコもロンの意見に同意した。彼は「スネイプ先生はニコラを生徒として扱ってはいるが、実力を認めている節がある」と言った。

 

 あのクィレルの件で、ニコラは生徒をスネイプの元に送り出していながら自分は単身で立ち向かっていた。スネイプの方が強ければ一緒に逃げたり、またスネイプの方から救援に向かうはずだ。

 

 だがスネイプはニコラが来るのを待っていた。まるで、クィレルにはやられないと彼女の実力を認めているかのように。

 

 そして極め付きは、ニコラのセリフだ。

 

 

「ニコラが言っていたけど、ニコラはダンブルドア本人に入学を許可されてる特別な生徒だ。絶対に裏がある」

「ポッターと同年代というのも偶然にしては出来すぎてるよな」

 

 

 スリザリン生のセオドール・ノットが冷静に指摘する。英雄ハリー・ポッターが入学すると同時期に入学を許可されたニコラ。ダンブルドアの部下か何かで、ハリーを守るために近くに入れる存在ということで生徒に紛れたとしたら。

 

 スリザリン生らがそれぞれ同調の声を上げた。彼らもロンやドラコと意見を同じとする同志のようだ。つまりニコラは年齢詐称であるという考えを持っている。彼らの意見に賛同していながらも、ハリーは言った。

 

 

「だけど僕にとってニコラは初めての友人だよ。護衛で、そのために近づかれたとしても」

「ダンブルドアに悪戯ばかりしているニコラが部下って考えられないよ。僕はハリーと同年代になったのは偶然だと思うな」

 

 

 ここでネビルが新たな意見を繰り出した。ニコラがダンブルドアに悪戯を仕掛けている犯人だということは人知れず広まっている。本人が吹聴しているわけではないのだが、ダンブルドアが「ニコラめ!」と憤慨しながらアズカバンの囚人服を着て疾走している姿を大勢の生徒が目撃している。

 

 仮にニコラが部下だとしたら、あの偉大な上司相手にアズカバンの囚人服を着せるだろうか。絶対にあり得ないだろう。

 

 ハリーはネビルの意見を聞いて心が温かくなった。ニコラと初めて出会ったあのダイアゴン横丁のことを思い出したのだ。

 

 

「ニコラ、僕の名前を聞いても全然わかってなかった。ヴォル……えっと、例のあの人のこともあまり知らなかったし、大陸の方の人だと思う」

「そういえばフランス系だと言っていたな。だが姓名はイギリスのゴールドスタイン家ではないのか?」

 

 

 ドラコの言葉を聞いた生徒たちは一斉にある一点に視線を移した。必然的に同姓を持つレイブンクロー生のアンソニーへ視線が集中する。教科書を片手にスリザリン生のヴィンセント・クラッブに付きっ切りで教えていた彼は、突然生徒たちの顔が一斉に振り向かれたので「な、なに?」と戸惑ったような声を上げた。

 

 シェーマスがにじり寄りながら「ほらほら、吐いちまえよ。楽になるぞ」と言いながらクソ爆弾をアンソニーの頬にぐりぐり押し付ける。若きテロリストの出現にディーンが出勤して容赦なく教室の隅に連行した。

 

 しかしながら、参考人アンソニーへの取り調べはまだ終わっていない。さあ吐け、さもなくばゴイルを追加する。そうドラコに脅されたアンソニーは渋々口を開いた。

 

 

「名前を貸したゴールドスタイン家はアメリカの方だけど、そもそも無関係の血筋だよ。彼女の本名は知らない」

「ますます謎めいてきたな……」

「そこが良いじゃないか。ミステリアスな美少女。果たしてその正体は!と想像力が掻き立てられるところが」

 

 

 ドラコが唸る側でセオドールがニヤリと笑みを浮かべて言った。妄想が捗ると彼に同意したのは、近くにあったネビルの蛙チョコを食べるグレゴリー・ゴイルだ。ネビルが非難の声を上げると、近くにいたハッフルパフのジャスティン・フレッチリーがゴイルのかぼちゃパイを奪い取って渡してくれた。

 

 彼らの意見をロンは難しい顔で聞いていた。彼は可愛らしい少女の中身が実はスキャバーズおじさんのような人だったらどうしよう、と密かに恐れている。変身術で化けているニコラの中身がおじさん……うっ、吐き気が。ロンは「おじさんの悲劇……」と震える声で遺言を残してひっくり返った。

 

 実際はそれを上回る年齢なのだがまだ彼らは知らない。ただ不幸中の幸いだろうか、ニコラは変身術で美少女に化けているわけではない。賢者の石がカスタマイズした自前の美少女なのである。

 

 

 議題を投げ入れたロンが発狂しても議論は続く。

 

 途中で話が逸れてしまったので、ロンの代わりにハリーが司会進行を務めることになった。ハリーは「早く課題やりたいんだけどなぁ」と思いつつ、話を戻した。

 

 

「ロンが言っていたけど、結局みんなはアリなの?ナシなの?」

「言うまでもない。アリだ!」

 

 

 真っ先に即答したドラコに、スリザリン生がスタンディングオベーションを行った。スリザリン生の総意なのだろうか、誰も異論を唱えてこない。まさか彼らは全員ドラコによって洗脳されてしまったのだろうかと、ハリーを筆頭にグリフィンドール生が哀れみを多分に含んだ視線を向けた。

 

 ブレーズ・ザビニが「わかっていないな、ポッターたちは」と呆れた顔で言った。

 

 

「年齢なんてあの美貌の前では些細な事さ。仮にニコラの年齢がダンブルドアより上だとしても、喜んでダンスに誘うよ。成長したら間違いなくうちの母よりとんでもない美女になるぞ。妄想が捗るな」

「さっきから君たちスリザリン生は何を妄想しているの?」

「やめてハリー、僕はそれを聞きたくない」

 

 

 ぷるぷると震えながらネビルがハリーを引き留めた。普段から一緒に行動することが多いグリフィンドール生は妄想なんてしなくても一緒に日々を楽しく過ごしている。だが週一の魔法薬学でしか顔を合わせない彼らはそれだけでは我慢ができないのだろうか。何の妄想をしているのか、友人の一人としてハリーはとても気になった。

 

 だがここで聞かなくては議論が進まないぞ、とシェーマスが言う。彼の手にはクソ爆弾が握られていた。

 

 

「大丈夫だ。もし馬鹿なことを言ったらこいつで心中しようぜ」

「はい、没収」

 

 

 すっと現れたディーンによってこの場にいる男子生徒たちがクソまみれになることは回避された。そのディーンも理由を聞くことには賛成していたので、ネビルは拗ねて「僕が耳をふさいでいる間に言って」と背中を丸めた。彼がしっかりと耳をふさいでいることを確認したハリーは、ドラコたちスリザリン生へ「続きをどうぞ」と促した。

 

 するとスリザリン生は一塊になってわちゃわちゃと打ち合わせを始めた。誰が順番に言うか揉めているのだろうか。セオドールが「お前は普通だから最初に言え」と誰かに言っているのが聞こえたので、ハリーは「早まったかなぁ」と早くも後悔し始めた。

 

 ハッフルパフ生のアーニー・マクミランが「僕たちはそんなことしないからな?」とドン引きした様子でハリーたちに伝えた。ジャスティンも何度も首を上下に振って同意した。レイブンクローは言わずもがなである。

 

 

 ようやく打ち合わせを終えたスリザリン生は、何故か皆一様に胸を張っていた。クラッブやゴイルが少し恥ずかしそうだが、彼らは何を競っているのだろうか。他の寮生たちの疑問は尽きない。

 

 まずはクラッブが話し始めた。

 

 

「僕はあのハロウィンの衣装を見てからずっとインスピレーションが湧いているんだ。あのドレス、もっといいデザインのものがあるんじゃないかって……それからずっとドレスを着たニコラの妄想ばかりしていて、実際羊皮紙にアイディアをまとめている」

 

 

 そう言って彼は『闇の魔術に対する防衛術』の教科書に挟んであった羊皮紙を一枚取り出し、アイディアの一つらしいドレスのデザインを見せた。

 

 非常に細かいレースがふんだんにあしらわれた、貴族の茶会に出向くような恰好のドレスだ。レースのデザインは蝶をあしらったものや、花を描いたものなど多種多様だ。特に「春ドレス」とメモされたドレスに使われているレースは一枚の絵画のようであった。

 

 ハリーは彼の情熱にただただ圧倒された。これが普通だって?彼らは頭がおかしいんじゃないか?ハリーがそう思ったのも無理はなかった。

 

 

 次に話し始めたのはドラコだ。

 

 

「僕は大したことを妄想していないぞ?近くに友人がいるのだからな。ただ、僕は友人を父上に紹介するときにどのようにすれば父上もお許しになってくれるか考えているだけで」

「ねえ、ドラコ。友人を紹介するんだよね?結婚相手ではなく」

「当たり前だろう。ニコラは僕の初めての友人だ!ニコラの結婚相手は僕が決めるぞ、もちろん純血の一族から選ばせてもらう!!」

 

 

 スリザリン生たちが歓声を上げた。マトモだと思っていたらドラコは既におかしくなっていた。友人が好きすぎて言語能力を失っていることが度々あったが、どうやら行き過ぎたようでついには謎のアグレッシブさを獲得している。

 

 これが二番目にマトモだというのだから、後から控える面々が恐ろしい。シェーマスとディーンは見るからに引きつった顔でスリザリン生から距離をとっている。ハッフルパフ生のジャスティンとアーニーは黙々と課題に打ち込み始めた。アンソニーの目は死んでいる。

 

 

 三番目はゴイルだ。

 

 

「色々な生徒や先生との絡みを考えると授業に全く集中できない。僕のイチオシはダンブルドア、スネイプ先生、ニコラの三角関係。最近スネイプ先生のダンブルドアへの悪態が増えているし間違いないよ。妄想が滾る……ふう」

「これは酷い」

「うわぁ……うわぁ……」

「スリザリン生は馬鹿しかいないのか?」

 

 

 ハリー、ディーン、シェーマスが口々に「酷すぎる」と感想を述べた。ドラコは少し頬を赤らめながら「スネイプ先生はニコラと……いいな」と何やら言い出しているので、飛び起きたロンが「正気に戻れマルフォイ!」とポケットに入っていたスキャバーズおじさんを投げた。

 

 スキャバーズおじさんが頭に当たったことでドラコは幾分か正気を取り戻したらしい。正気に戻ったドラコは咳払いをして誤魔化していたが全くうまくいっていなかった。

 

 ぽてりと床に落ちたスキャバーズおじさんは心なしかスリザリン生をドン引きしたような顔で見つめていた。つぶらな瞳なのだが温度は一切感じられなかった。彼らは初めて互いの考えが一致した。なお、スキャバーズおじさんはロンによって無事回収された。

 

 ロンは途中から起きていたようで、スリザリン生が次々と妄想を垂れ流しにしているこの状況に危機感を覚えているそうだ。

 

 

「ゴイル以降は頼むから黙ってて。それを聞いたら多分、本人に通報するレベルでヤバそうだから」

「そうか?ニコラの中身が実は爺さんでダンブルドアの依頼で若返ったうえで美少女化したところまでは妄想しているんだが。年甲斐もなくはしゃいでいる美少女……たまらん!」

 

 

 何やら荒い息を吐いているセオドールと彼に賛同するブレーズ。いくらミステリアス好きだからといってそこまで許容するのは最早変態だとロンはげんなりとした顔で指摘した。

 

 スリザリン寮の一年生の大多数が変態であることは判明したわけだが。これならドラコに洗脳されたらしい上級生たちの思考が恐ろしく思える。一体ドラコは何という業の深い生徒たちを目覚めさせたのだろうか。ハリーたちグリフィンドール生だけでなく、スリザリン寮以外の三寮全てが恐怖に震えるしかなかった。

 

 

 警戒したグリフィンドール生が残る二寮に聞き込み調査した結果、スリザリンほど異常ではないことが判明した。ハッフルパフ生は純粋に人を隔てないニコラに惹かれているし、レイブンクロー生は彼女の高度な知識と美貌に惹かれている。健全だ。

 

 マトモな三寮が一致したのは、ニコラをなるべくスリザリン生に近づけないこと。この一点に限った。ドラコが「僕は友人だから関係ないな」と我関せずな態度で言っていたが、スリザリンに広まった狂気の元凶は間違いなく彼だと誰もが確信を抱いていた。

 

 

 そんな彼らの勉強会という名の交流会は、夕食の時間帯に近づくと終わりを迎える。時計を見て片付けの準備に入ろうとした一年生の男子生徒らは、突然開け放たれた扉に肩を跳ねさせた。

 

 彼らの不意をつく形で教室に入ってきたのは、同じ学年のスリザリン生、パンジー・パーキンソンだった。いや彼女だけでなく、グリフィンドール生のラベンダーとパーバティも一緒だ。

 

 ロンは「珍しい組み合わせだな」と零すと、それを聞いたネビルが「そうかな?」と返した。

 

 

「女子の方も僕たちみたいに集まってるって聞いたよ。ハーマイオニーとニコラが色々教えてるらしい」

「なにそれ羨ましい。僕も女の子になるぞ」

「マルフォイ、やめて」

 

 

 ボソボソと言い合いをしているロンとドラコを他所に、教室に入ってきた三人の女子生徒たちはどちらも息を切らせていた。まるで急ぎの用事があるように。

 

 近くにいたアンソニーが要件を尋ねると、彼女たちは一斉に彼に群がって「ごめんなさい!」と謝って泣き出した。

 

 

「あなたの親戚の、ニコラが……!」

「連れて行かれたの、クィレルに!マダム・ポンフリーからクィレルに近づけないようにって言われてたのに!!」

「ハーマイオニーの様子がおかしくて、なんだか彼女変だったの。それで、ニコラが、クィレルのところに行って!」

 

 

 支離滅裂な説明だがわかることはあった。それは、ニコラがクィレルと一緒にいるということだ。アンソニーは目を白黒させながら、助けを求めるように辺りに視線を彷徨わせた。

 

 とここで、嫌な予感を覚えたドラコ、ロン、ハリーが近づく。クリスマス休暇で不審な行動をとるクィレルから逃げた三人は、あの出来事が関係しているのではないかと思い至ったのだ。

 

 近くの椅子に彼女たちを座らせ、ハリーは「最初から教えてくれる?」と聞いた。男子生徒らが盛り上がっている傍で、女子生徒たちに何があったのか真相を知るために。

 

 まず、一足早く落ち着いたパンジーが口を開いた。

 

 

「さっきまで、私たちも勉強会をしていたの。四寮合同、一年生だけで。ハーマイオニーが『闇の魔術に対する防衛術』、ニコラが『魔法史』をそれぞれ教えてくれた。だけど、その……私が、防衛術のある部分について質問したらハーマイオニーには答えられなかったみたいで。クィレルに聞いてくる、と言って聞きに行ったのよ」

 

 

 しばらくして帰ってきたハーマイオニーは、どこか様子が変だったと彼女は言った。パンジーが話し終えると、冷静になったパーバティが「ここらは私が」と引き継いだ。

 

 

「クィレル先生が呼んでる、ってずっと繰り返すの。正気じゃない目をして、まるで操られているみたいに。私、怖くなってハーマイオニーに何度も変だって訴えたのにクィレルのところに連れて行こうとするの。終いにはニコラがわかったから、って……」

「ニコラはハーマイオニーを気絶させてから、一人でクィレルのところに向かったの。スネイプ先生のところに連れて行ってと言われたのに地下牢には誰もいないし、どうしたらいいのかわからなくて!」

 

 

 パーバティの後に話を継いだラベンダーは、また目に涙を溢れさせて泣き出した。彼女たちを落ち着かせるべく、ハリーとロンは近くにあったクラッブのアップルパイを渡してひとまず甘いものを口にさせた。

 

 黙々と食べている彼女たちの隣では、ドラコが既に動きを見せていた。スリザリン生を集めた彼は指示を出した。

 

 

「スネイプ先生を探してくれないか」

「任せろ。先輩方にも声かけてしておく」

 

 

 セオドールがそう言うと同時にスリザリン生たちは教室を後にした。ハッフルパフのジャスティンも立ち上がって協力を申し出た。

 

 

「僕たちはこのことをスプラウト先生とダンブルドアに伝えに行くよ」

「ありがとう、ジャスティン」

 

 

 ハリーが礼を言うと、彼は「これくらいしかできなくてごめんね」と寧ろ謝罪してきた。そんなことない、と首を振ったハリーは改めてニコラが慕われていることを実感した。

 

 レイブンクローのアンソニーは「彼女なら大丈夫だから信じて」と前置きして、彼女たちに次の行動を提案した。

 

 

「スネイプ先生がいなくても、マダム・ポンフリーの元に連れて行けばまず安心だと思う」

 

 

 そう言ってくれた彼は、自分達の寮監と副校長でありグリフィンドールの寮監でもあるマクゴナガルを呼ぶと続けた。そうして残ったグリフィンドール生にロンが頼み込んだ。

 

 

「フレッドとジョージを探してくれないか?普段は談話室にいると思うけど……夕食前なら大広間に向かっているかも」

「任せてくれ」

「僕はハーマイオニーのところに行くよ。男手が必要かもしれないし」

「ありがとう、ネビル。こっちよ」

 

 

 ディーンはグリフィンドール塔、シェーマスは大広間へそれぞれ向かった。ネビルはハーマイオニーを連れて行くために、女子三人と一緒に別の教室へ歩いて行った。

 

 他の生徒たちが粗方いなくなった教室で、ドラコが難しい顔で言った。

 

 

「グレンジャーは服従の呪文がかけられていたと見て間違いないな。それにしてもスネイプ先生が不在というのが理解できない。何があったんだ?」

「スネイプが邪魔だから何処かにおびき寄せたとか?でもクィレルの手に乗るとは思えないし」

 

 

 そもそも教員がホグワーツを離れているとは考えづらい。スネイプは校内のどこかにはいるはずだ。ドラコとロンが話し合いをしているところをハリーが割り込んだ。

 

「『忍びの地図』を見ればどこにいるかわかるから、まずはフレッドたちと合流しないと」

「大広間かな、それとも『禁じられた廊下』に向かった方がいい?」

 

 

 ロンの問いにハリーはしばし頭を悩ませた。頭の中でシミュレートした彼は、意を決した顔で「四階に行く」と告げた。

 

 

「フレッドたちが事態に気づけば、まずあそこに向かうはず。えっと、ここに……透明マントがあるから、被って行こう」

 

 

 カバンから透明マントを取り出して、早速被るハリー。緊急事態のために常に持ち歩くカバンに忍ばせていたらしい。ハリーの日頃の行いに感謝しつつ、ロンとドラコが潜った。

 

 三人が入ると窮屈極まりないが致し方ない。タイミング的に見つかる可能性は低いが念には念を入れなくては。

 

 

 コソコソと四階の呪文学の教室へ向かう三人。道中、すれ違う生徒はいなかった。どうやら大広間へ夕食を頂きに向かったのだろう。三人分の足音がやけに大きく聞こえた気がした。

 

 階段を上がり、呪文学の教室の前を通り過ぎようとした彼らは、気がついたら中に引っ張り込まれていた。透明マントごと抱えられてバタバタ暴れる三人に「俺たちだよ!」と声がかけられる。

 

 

「やっぱりここに来ると思ってたよ、ハリー!」

「ちょいと聞いてくれ、状況がまるでよくわからんことになっててな」

 

 

 聞き慣れた双子たちの声を聞いて、一年生三人組はようやく落ち着きを取り戻した。誰よりも早く冷静になったドラコが「どうしたんだ?」と詳細を求める。

 

 ジョージがあの有能な地図を開いて、一年生たちを手招いた。フレッドは『禁じられた廊下』の部分を指して信じられないと言わんばかりの声音で話し出した。

 

 

「スネイプ、ニコラ、クィレルの三人が一緒にいるんだよ。訳がわからない。あとダンブルドアは不在らしい」

「えっ、ダンブルドアいないの!どういうこと?ニコラはクィレルに連れて行かれたとして、スネイプ??」

「スネイプが向こう側だったのか、それとも巻き込まれたのかはわからんが。ただ奴が向こう側だったら厄介だ。誰がクィレルを見たのか漏らしてる可能性が高いからな」

 

 

 ジョージが自分の考えを述べると、ドラコとロンは顔を青くさせた。自分たちのことが、クィレルに知られるとどんな目に遭うのか恐怖したからだろう。

 

 だがハリーは自分のことよりも、彼らと一緒にいるニコラを心配していた。今一番危ないのはニコラのはずだ、自分よりも彼女の方が気掛かりだと。ハリーは杖を取り出して「いずれにせよ僕は向かうよ」と怖気つく自分を奮い立たせるように言った。

 

 

「いくらニコラの実力が優れているとしても、友達が危ない目に遭っていることを知っていて見過ごすなんてできない。引き留めないでよ、僕は行くからね」

 

 

 クリスマスプレゼントに届いた父の遺品である透明マントを握り、ハリーは力強く言い放った。彼の母親譲りのグリーンの瞳には決然とした光が宿っている。

 

 フレッドとジョージがすぐさま「なら俺たちも一緒に行く」と彼に続いた。

 

 

「「ハリーだけを行かせるわけにはいかないよ!」」

「そうだよ、ハリー。君は一人じゃない!」

 

 

 立て続けにウィーズリー家の赤毛の少年たちが言葉を連ねる。ハリーは心強い言葉を言われてにっこりと笑った。ホグワーツに入学してからこんなにも友人に恵まれていることへの嬉しさからだ。従兄弟に自慢したくなったくらいだ。自分の友人たちがどれほど心強い魔法使いたちなのか。

 

 ドラコも「ウィーズリーに先を越されたが」と悔しそうな顔で言いながらもハリーを励ましてくれた。

 

 

「君は偉大な魔法使いだよ。血筋がよくても、君のような友人思いの勇気ある魔法使いなんて僕は他に知らない。だから、僕も……君の友人として、勇気を出して戦うよ。大切な友人を助けるために」

 

 

 覚悟を決めた彼らは教室を出て『禁じられた廊下』を睨み上げた。

 

 この先にどのような困難が待ち受けているのか。だが、例え大けがでは済まないような未来があるとしても、彼らは立ち上がる。

 

 全員が一人のために戦うのだ。ホグワーツにいる全ての人たちが、一丸となって。

 




〜スネイプ教授の受難2〜

スネイプ「クィレル、一体君は何をしているのかね。我が校の生徒に、一体、何をしている?」
クィレル「セ、セブルス……!わわわ私は何もしていない!ミ、ミス・ゴールドスタインの気分が悪そうだから、保健室にと」
スネイプ「ほう。吾輩の記憶が正しければ、ここは四階の『禁じられた廊下』の前だが。それと吾輩の見立てが正しいのであれば、そこにいるゴールドスタインに服従の呪文をかけている……な?」

目が虚なニコラを盾のように前に立たせていたクィレルは気づかなかった。ニコラがなんとウィンクをしたのだ。服従の呪文にかかるフリをしているようだ。

ニコラ「(ぼーっとするのは日課だったからねぇ。ついに死んだかとよく言われたものだよ。とりあえず、この辺りまで来たら戦闘しても生徒たちに影響はないかな。タイミングを見計らって奇襲しよう)」
スネイプ「(ゴールドスタイン!今度は何を企んでいる!?服従の呪文に耐える時点でとんでもない実力者だが……女としての自覚がまるでない!)」

クィレルがねっとり笑ってお触りしているというのに、ニコラはあまり気にしていない。スネイプは危機感を抱いた。何としてでもクィレルをアズカバンに叩き込まなければ。そして、ゴールドスタインに罰則という名の説教をせねばという教師としての使命感を抱く。

???「セブルス……貴様はどちら側だ?俺様か……それともダンブルドアか……選べ、ここで……どちらにつくか」
スネイプ「(このタイミングでそれを聞くのか!)吾輩の忠誠は変わっておりません。ですが、そこの女子生徒は無関係です。まさかあなた様も、彼女に疚しい気持ちを抱いているので?」
???「貴様はそうか、わからんのか……この小娘の目は……生命力に溢れている……!小娘を糧として……俺様は肉体を得て、復活を遂げる!」
スネイプ「(闇の帝王もクィレルの同類だったか!!)」

スネイプは改めて決意した。どんな素性であれ、ホグワーツの生徒である以上、ニコラ・ゴールドスタインを魔の手から助け出すと。

スネイプ教授の受難はまだ始まったばかりだ−−!


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『禁じられた廊下』を攻略せよ

感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!

『禁じられた廊下』に入った人数が多い分、どうやって彼らを順次離脱させるかとても悩みました。


 連れ去られた友人を助けるため、ハリーたちは覚悟を決めてまだ知らない『禁じられた廊下』へ踏み込む。そうしようとした瞬間、どたどたと重い足音が徐々に近づいて来た。

 

 扉の取っ手に手をかけた彼らへ制止の声が飛んだ。中で吠えていた何らかの生物と大差ない大声だ。

 

 

「開けたらダメだぁああああ!!!」

「ハ、ハグリッド!?どうしてここに!」

 

 

 息を切らせて走って来たのは、ハリーに魔法界のことを最初に教えてくれた恩人のハグリッドだった。普段は森の近くにある小屋にいるはずの彼がどうしてここに。ハリーは戸惑った。

 

 しかしながら、いくら彼に止められようとハリーは先に進むつもりだ。彼が自分の意思を伝えようと口を開いたがハグリッドが先に言ってきた。

 

 

「中には三頭犬のフラッフィーがいるんだ。お前さんらには危ない、だから俺に任せてくれ。フラッフィーは俺を覚えてるからな」

「えっ、なんでハグリッド?急にどうしたの?」

「クィレルの奴に服従の呪文をかけられて、フラッフィーのことを洗いざらい吐いちまった!だから今からここの奥に向かうって先生方も仰っててな」

 

 

 そう言うと、ハグリッドは扉を開いて出迎えた三頭犬に声をかけ始めた。彼が飼い主だというのは事実なようで、本来なら凶暴であるはずの三頭犬が嬉しそうによだれを垂らしながら彼と向かい合うように座っている。

 

 フラッフィーは久し振りに会えたハグリッドに大はしゃぎで、彼を押し倒して顔中を舐め始めた。三つの頭に争われるように舐められている彼は、所々つっかえながらも話した。

 

 

「先生方が来るから、心配、するなよ!入ったら、ダメだからな!おお、フラッフィー!大きくなったなぁ!!」

 

 

 すぐに目の前の三頭犬に夢中になったハグリッドの眼中にハリーたちの姿はない。ここを通り抜けるなら今がチャンスだな、とハリーたちは先程まで犬が座っていた床の上にある仕掛け扉の前まで進んだ。

 

 扉の先は真っ暗で、どこまでこの空間が伸びているのか全貌が把握できない。もしこの下に何もなければ潰れたトマトのようにぺしゃりだ。

 

 ジョージが「俺から行くよ」と先に言った。ロンが心配そうな顔を隠さず窺うも、弟の頭をぐしゃりと撫でた。

 

 

「安心しな、俺はお前と違って浮遊呪文がしっかりできるからな」

「僕だってもうできるよ、ジョージ!」

「よし、そんじゃ行くぜ」

 

 

 ロンの抗議を無視したジョージが意を決して穴の中に飛び込もうとした瞬間、またもや乱入者が現れた。扉を荒々しく開いたのは、『薬草学』の教授のスプラウトだった。

 

 彼女は今にも飛び降りそうなジョージに「先に誰か向かったの?」と尋ねた。その問いに、ドラコが「いえ、一人目です」と短く答えると彼女は安心したように息を吐いた。

 

 今度はスプラウトか、と身構えるハリーたちへ彼女は困ったように微笑んだ。

 

 

「教師として止めるべきなのでしょうが、そんな顔をされては何を言っても無駄ですね。事情は聞いています。なので手短に話を済ませましょう」

 

 

 そう言うと、彼女はハリーたちに自身が仕掛けた罠について教えてくれた。

 

 

「その穴の先には『悪魔の罠』があります。何かは知っていますね?」

「えーっと、すごいうねうねしてるやつ」

「んーっと、動いてるやつを執拗に締め上げる?」

「明るいものが苦手ですよね。火とか、太陽の光が」

 

 

 フレッドたちの説明では不十分だったようで渋面を浮かべていたが、ドラコの解答にようやく「正解です」と笑った。そして、彼女は「使えますか?」と双子たちに確認をとった。彼女の質問への返答としてフレッドが親指を立てて「バッチリ」と応えた。

 

 ハリーとロンが疑問符を浮かべているとドラコが手短に説明してくれた。スプラウトが穴の先に『悪魔の罠』を仕掛けた。それは光や炎が苦手な植物で、そのために必要な呪文を知っているか確認をしていたとのこと。

 

 一年生の彼らは光を出す呪文を知っている。最初に習うからだ。それである程度自衛すれば、フレッドとジョージが盛大に火を放ってくれるらしい。

 

 スプラウトは困った顔で「本来なら教員が片付けるべき案件だけど」と言った。

 

 

「うちの寮の生徒たちが自分たちも行く、って言って聞かなくて。普段聞き分けのいい子たちが多い分、暴れると手に負えないのよ……特にセドリック・ディゴリーが暴走して大変なことになって……ああ、ごめんなさい。私は寮に戻らなくては。ほんとうに、無事に帰って来るのよ!」

 

 

 近くにいたハリーとドラコの頭を撫でてから、スプラウトは大急ぎで出て行った。荒々しく扉が閉まるも、相変わらずハグリッドは三頭犬に埋もれている。

 

 心の準備も済ませたジョージが飛び降りる寸前、スプラウトの話を聞いてから思っていたことをフレッドが呟いた。

 

 

「ディゴリーの暴走とかすごい気になる」

「ほんとそれなぁあああああ!」

 

 

 既に穴に飛び込んでいたジョージの言葉がこだまする。彼の声が暗闇の中に消えて、しばらくが経つとフレッドが弟を手招いた。

 

 

「んじゃ、ロニー坊やも飛び込んじまいな」

「ロニー坊や違うぅううううう!!?」

 

 

 心の準備をする間も無く兄に突き落とされた哀れなロンは、絶叫しながら穴に吸い込まれていった。ハリーとドラコが恐る恐る顔を見合わせ、フレッドを見上げる。

 

 彼は自分がどれだけ残酷なことをしたのか気づいていないようだ。ドラコが「押すなよ、いいから押すなよ」と彼に念を押している。フレッドがにっこりと笑って応じていることが、逆に恐怖を感じたハリーであった。

 

 ドラコがゆっくりと穴に進む。そしてジャンプをしようと足に力を入れた瞬間。

 

 

「おっと、ぉおああああ!?」

「押すと思ったよ馬鹿めぇええ!!」

 

 

 押すなと言われて押さないわけがない。フレッドの悪戯仕掛け人としての本能をくすぐり、次の行動を読んだドラコが反撃に出たのだ。ドラコにローブを掴まれたフレッドは彼と共に悲鳴をあげながら落ちていった。

 

 ふがふが、と三頭犬の下で何やら呻いているハグリッドを背に、ハリーも覚悟を決めて跳んだ。綱のないバンジージャンプだ、周囲が真っ暗なこともあって感覚がおぼつかない。

 

 上がってるのか下がっているのか。浮いているのか落ちているのか。よくわからないまま、ハリーは上を見上げ、穴が小さくなるのを目にして、そして。

 

 ずしり、と縄のような何かに体重を受け止められた。それがクッションのような働きをしてくれたので、ハリーは潰されずに済んだ。スプラウトが設置した『悪魔の罠』に彼はとても感謝した。

 

 

 上から落ちてきたハリーを受け止めてくれた蔦の多い植物だが本質は優しいものではない。伊達に悪魔と称されているわけではないのだ。

 

 手足や、挙げ句の果てには首に蔦が回り込んで行く。ハリーは右手にある杖をしっかり握りしめた。

 

 

「ルーモス!!」

「「インセンディオ!」」

 

 

 ハリーの杖から放たれた光が彼の首を解放し、蔦に埋もれて見えない双子たちが生み出した火が身体を自由にしてくれた。火を厭う植物はそれを放つ人間を放り出すと、やがて元の暗闇の中に消えていった。

 

 ドラコと、彼に憤りを表しているロンにハリーが近づいた。フレッドとジョージは先にある部屋を偵察しに向かっている。

 

 

「何かあったの?」

「ウィーズリーがパニックになったみたいで僕の首を締め上げてたんだ。僕はずっと『悪魔の罠』だと思って光で目潰ししてた」

 

 

 彼らの間に起きた出来事を一言で片付けるとすれば「自滅」だ。初めてこんな罠の中に落ちてはパニックになるものだ。ハリーも、締め上げられていたドラコも、ロンを責めなかった。

 

 偵察を終えた双子たちが戻ってきた。彼らは「どーするかね」と何やら打ち合わせをしていた。先の部屋についてハリーが尋ねると、彼らは「奇妙な仕掛けがある」と話した。

 

 

「鍵に羽がついたような奴らが数えるのも億劫なほど飛んでいるんだ。近くには箒が数本」

「多分あれだ、あの中からひとつだけ正しい鍵を、箒に乗って捕まえないといけないんだ」

 

 

 すごく面倒だ、と一年生三人が同じことを思う。この仕掛けを考えたのは誰だろうか。スプラウトが罠を仕掛けていたように、ホグワーツの教員たちの数人が協力している気がした。

 

 ハリーは壁に立て掛けられていた箒を手に取り、四人を振り返った。

 

 

「まず飛んでみようよ。当たりを探さないといけないし」

 

 

 そう言って、ハリーは慣れた手つきで箒にまたがって飛翔した。飛行術の授業を何度か受けた彼は、ある程度の飛行は可能になった。授業中、マダム・フーチの目を盗んでドラコたちと共にクィディッチに見立てた遊びをしているくらいには。

 

 彼が空を飛んで当たりの鍵を探している中、先に見つけたドラコが上を指した。

 

 

「多分、あれだと思う。一回捕まったみたいに羽が折れてる」

「どこ?全然見つからないけど」

 

 

 先に飛んだハリーの下で、ロンとドラコの会話が聞こえる。ドラコの指した方向へ目を追ったハリーは、よれよれの羽を動かして飛んでいる鍵を見つけた。早速見つけた彼が手を伸ばすも、素早い動きで上へ上へと上がり、そしてジグザグと交互に曲がりながら逃げた。

 

 下から鍵の動きを見ていたフレッドは「奴の進路を妨害して追い込むぞ」と言って箒へ手を伸ばした。ジョージも「合点だ」と返して箒に乗って飛びあがった。慌ててロンとドラコも彼らに続いた。

 

 箒に乗った五人は上下左右から鍵を追い込むべく、タイミングを合わせて箒を飛ばした。フレッドとジョージが左右を挟み、ロンとドラコが上下から追い込む。そしてハリーが直進して鍵を引っ掴んだ。勢いあまって壁に激突しそうになった彼だが、そこは生来のセンスで回避できた。

 

 

「まあ、なんということ!!あなたたちは、まったく!」

 

 

 慌てて下を見た彼らは、驚いたように彼らを見上げるマクゴナガルと目が合ってしまった。スプラウトが素直に引いたのでこれで終いだと思っていた彼らだったが、思えばマクゴナガルが行かないはずがないのだ。彼女は副校長であり、ダンブルドアが不在の時に動くのは当然だったことを彼らは失念していた。

 

 彼女は鋭い声で「降りてきなさい」と告げたので、箒に乗っていたハリーたちは恐る恐る下へ降りた。全員が無事着陸すると、間を入れずに彼女は話し始めた。

 

 

「スプラウト先生から話は聞きました。もちろん、グリフィンドール生のフィネガン、ロングボトム、グレンジャーからも事情を聞いています。私たち教員はそこまで頼りない存在ですか?任せられないほど、私たちはあなたたちの信頼を損ねたのですか?」

「先生、それは違います!」

 

 

 ハリーが即答した。マクゴナガルを筆頭とした先生方が信頼できないから自分たちが向かったわけではない。友人が心配で、いてもたってもいられなかっただけだ。

 

 必死に弁明するハリーへ彼女は「ええ、あなたたちの気持ちはわかります」と彼らの心中へ理解を示したうえで言った。

 

 

「私も連れ去られたゴールドスタインのことが気がかりです。あなたたちの懸念はわかります。ですがここからは教員の領域で、あなたたちは報告だけに留めておくべきでした。先程の飛行術に免じて減点はしません。だからもう大広間に戻りなさい」

 

 

 減点されないだけ運がよかった。本来なら百点以上引かれているような事案だとフレッドたちはわかっていた。だが彼らにも退けない理由がある。

 

 

「ニコラの無事を確認させてください!セドリック・ディゴリーが暴れていると聞きました。みんな、ニコラが心配なんです。僕らからニコラが無事だと伝えれば、彼らは落ち着くと思います」

「マルフォイ……あなたも、彼女の友人でしたね。寮を隔てない彼女の人望には感心させられるばかりです」

 

 

 敢えてスリザリン生であるドラコが前面に出てマクゴナガルの説得にあたってくれた。先生方の話を聞かずに暴走している生徒たちの大半は『禁じられた廊下』に増援に行きたい生徒たちだと聞く。そんな彼らの暴走を抑えるのは、ニコラの無事を真っ先に確認できた生徒にしかできないだろう。

 

 危険なことには首を突っ込まないから、ニコラの無事な姿だけを確認したい。そう言ったドラコに、マクゴナガルは悩み悩んで……だが、時間はあまりないことから彼女は提案を呑んだ。ここで言い合いをするより、先に進んだ方が得策だと判断したからだ。

 

 

「ゴールドスタインの無事を確認出来たらあなたたちはすぐに戻りなさい。ここで時間を浪費するわけにもいきません。私があなたたちの責任を取ります。ですので、怪我一つ負わないように。もしかすり傷一つでもあなたたちについたら、私は、あなたたちの両親にこのことを全て話す必要がありますからね」

「ありがとうございます!」

 

 

 ドラコが表情を明るくして礼を言った。ハリーたちグリフィンドール生も後に続く。マクゴナガルは「減点か罰則は覚悟しなさい」と無情に告げたが、その表情は穏やかだった。

 

 すぐに表情をキリッとした厳しいものに戻した彼女は「それで、シーカー張りの動きをしたポッター」とハリーに向き直った。

 

 

「もしあなたが無事に帰還出来たら来年度のシーカーに推薦しておきましょう。では、鍵を」

「出たよ、マクゴナガルのクィディッチ狂……」

「こんなところでも言うなんて……」

 

 

 ボソボソと顔を見合わせて言い合う双子たちを華麗に無視して、マクゴナガルはハリーから受け取った鍵を穴に差し込んだ。そのまま扉の取っ手を引っ張って開けると、真っ暗な部屋が彼らを出迎えた。

 

 マクゴナガルが足を踏み入れた瞬間、部屋に光が満ちた。部屋一つ分に広がる巨大なチェス盤と、身の丈以上あるチェスの駒たち。重々しい駒たちは、一斉にマクゴナガルへ恭しく一礼した。

 

 生徒たちを部屋の中に手招き、彼女は微かに笑みを浮かべた。

 

 

「ここは私が担当しました。本来ならチェスを行う必要がありますが、少々ルールを変更せざるを得ません」

「あの、チェスなら僕がやります」

「ロン、どうして?」

 

 

 突然そんなことを言い出したロンにハリーは驚きを隠せなかった。マクゴナガルが魔法を解いて素通りできるようにしてくれるというのに、ロンは従来のルールに従ってチェスを行うのだという。

 

 

「僕たち、なんだかんだ言って仕掛けを乗り越えてきたから。ニコラを助けに行くとしてもこの人数は多すぎるし、戦力外の僕はここに残ってマクゴナガル先生のチェスに挑戦するよ」

「ロンがそう言うなら」

「俺たちも残ろうかな」

 

 

 一人残されるであろう弟が心配なのか、双子たちも残ると言い出した。ドラコとハリーは一気に年長者の二人が抜けると聞いて不安そうな顔を見せた。だが思えば双子たちよりも年上で頼りになるマクゴナガルもいることもあって、彼らはすぐに「わかった」と頷いた。

 

 マクゴナガルは暫し考え込んだのちに、彼らの申し出を受け入れた。杖を振り、何か魔法をかけたらしい彼女はウィーズリー家の子どもたちに伝えた。

 

 

「仕様を変えたのであなた方が怪我をすることはないでしょう。ウィーズリー、私は手強いですよ」

「絶対に勝ちます」

 

 

 力強く言い切ったロンに、マクゴナガルが普段の厳しい表情を崩してにっこりと笑って見せた。そしてハリーとドラコを振り返り「ここに残るつもりはないですね?」と確認した。彼らが揃って頷くと、彼女はチェス盤へ歩みを進めた。チェスの駒たちは一斉に左右に分かれて彼女の通り道を開けた。

 

 ハリーたちも後を追ってチェス盤の上を歩く。マクゴナガルと一緒だからか、それとも彼女が魔法をかけたのか。素通りするハリーたちを一切気にかける様子はなかった。そしてハリーたちがチェス盤から降りて通路を歩き始めると、駒たちは道をふさいでロンとの対局に移った。

 

 次の扉へ進む道すがら、マクゴナガルが次の仕掛けについて教えた。

 

 

「次はクィレル先生ですが、あなた方は扉の外で待っていなさい。トロールが中に控えていますので」

「ト、トロール!?どうしてあんな野蛮な生き物をホグワーツに!」

「マルフォイ、あなたの憤りもわかりますが様々な事情が絡んでのことです。もしあなたが怪我をすれば私はあなたの御父上に全てを話さなくてはなりません。大人しく待っているのですよ」

 

 

 そう言い終えると、マクゴナガルは扉の先に消えた。ドラコとハリーは顔を見合わせた。ドラコの父はホグワーツの理事を務めており、ドラコが怪我を一つでもすれば彼は嬉々として責任者であるダンブルドアを罷免させるはずだ。そしてその影響は、彼らの責任を取ると言ってくれたマクゴナガルにも及ぶ。

 

 ハリーたちは危険を顧みず『禁じられた廊下』に入った。本来責められるべきは彼らだが、マクゴナガルが責任をとると宣言した以上、ダンブルドアよりもまず先に彼女がホグワーツを追い出されてしまいかねない。ドラコはそれを避けたかった。

 

 

「僕はここで待っておくよ。ハリー、君は先に行くか?」

「一旦ドアをあけてから考えるよ」

 

 

 ハリーは扉を押しあけて、むわっと入ってきた悪臭に顔を顰めた。ローブを引っ張り上げて鼻を覆った彼は、あまりの悪臭に空気の淀んだ部屋をよく見ようと目を細めた。しょぼしょぼする目で彼は、トロールと戦闘を行うマクゴナガルを見つけた。

 

 丁度トロールがハリーに背中を向けていたので彼は好機だと判断した。透明マントを被った彼は、息を止めながら部屋に滑り込んで回り込む。

 

 トロールの棍棒に杖を向けて、彼は「ウィンガーディアム・レビオーサ」と唱えた。すると独りでに浮き上がった棍棒は持ち主の頭をフルスイングした。巨大なトロールはぐらりと身体を大きく揺らした挙句バランスを崩して倒れ込んだ。

 

 すかさずマクゴナガルが呪文を唱える。すると、トロールはみるみるうちに石化していった。彼女はトロールが隙を晒したのは生徒が魔法をかけたからだと気づいていた。辺りを見回すが、生徒の姿が確認できないことに首を捻る。

 

 

「ハリー!この部屋、臭すぎて僕は先に行けない!だから、後は頼んだ!!」

「わかったー!!」

「ポッター!ポッター、一体どこにいるのです?」

 

 

 マクゴナガルの近くに移動していたハリーがドラコに応えるため声を上げたところ、彼女を驚かせてしまったようだ。彼女が人現しの呪文を使う前にハリーが透明マントを脱いだ。彼女はすぐに透明マントの存在に気づいて、深い溜息を吐いた。

 

 

「ジェームズの透明マントですか……先程の箒の乗り方といい、あなたは父親によく似ています」

「あ、ありがとうございます?」

「あなたの母が見れば何と言うか……いいですか、先程は運が良かったから何事もなかったのですよ。危険を顧みて行動しなさい」

「気をつけます」

 

 

 しおらしく頭を下げればマクゴナガルはこれ以上の叱責をやめた。時間が押していることもあったが、一刻も早くこの場から離脱したかったのだ。マクゴナガルは魔法で対処しているがハリーはそうもいかなかったからだ。

 

 さっさと次の扉を開けて中に入ると、二人が通ってきたばかりの入り口が紫色の炎によって封鎖された。前方の扉にも黒い炎が上がり、彼らは完全に閉じ込められてしまっていた。

 

 テーブルの上に並べられた瓶と隣に置かれた巻紙のうち、後者の方をマクゴナガルは手に取った。ハリーは恐々としながら七つの瓶を観察する。一見して何の薬が入っているかわからなかった。

 

 羊皮紙をテーブルの上に置いたマクゴナガルは二つの瓶を手に取って、そのうち一つをハリーの手に渡した。彼女が瓶を取りに行っている間に羊皮紙の中身を見たハリーは「先生がいなかったら詰んでいたな」と早々に白旗を上げていた。一生ここに閉じ込められていたかもしれない。

 

 マクゴナガルは「ウィーズリーたちと合流しなさい」と言って入口を指した。紫の炎が相変わらず轟々と燃えている。

 

 

「その魔法薬は入口に戻ることができるものです。先へ行く魔法薬は一人分しかありませんでしたので私が使います。あなたは他の生徒たちと合流し、私からの伝言を彼らに伝えてください。箒に乗ってハグリッドのもとへ向かうようにと」

「でも先生、ニコラがまだ無事かどうかわからないのに、僕はこのまま帰れません!」

「わかってください、ポッター。本来であれば、ここまで連れてくることもあってはならないことなのです」

「それは、そうかもしれませんけど……」

 

 

 送り出してくれたロンたちに何と説明したらいいのだろうと彼は顔を曇らせた。マクゴナガルが帰りを促そうと口を開いた時、新たな声が割り込んできた。

 

 

「ミネルバ、ここからはわしが引き継ごう」

「アルバス!魔法省から戻ったのですか!」

 

 

 炎に囲まれているはずだというのに、ダンブルドアはいつの間にか彼らの傍にいた。マクゴナガルは頼りになる彼を視界に入れると見るからに安堵した様子を見せた。ハリーは目を白黒させてダンブルドアと入口を頻りに見比べていた。どうやって入って来たか予想もできなかったからだ。

 

 ダンブルドアはハリーの手元にある瓶を手に取ると、それをマクゴナガルに渡した。そして反対に彼女から小瓶を回収し、ハリーの手に乗せた。

 

 

「わしは、友人を想う彼の意思を尊重したい。安心しなさいミネルバ。一連の責任はわしが取る。あなたにはあちらこちらにいる彼の友人たちを回収し、先に大広間に戻っていただきたい」

「何故、と聞いても答えてくれないのでしょうね。あなたは秘密主義ですから……わかりました、ポッターの身柄はあなたに預けます。ですがくれぐれも怪我をさせないように。もし彼が怪我を負えば、私が真っ先にルシウス・マルフォイの提案に賛同しますので」

「ミネルバや、冗談でもそれを言ってはならんぞ……本気?」

「ええ。私は本気です、やると言ったらやりますよ。私が校長室を頂きます」

 

 

 遅れて登場した挙句、ハリーだけを連れて前進するダンブルドアにとうとうマクゴナガルも愛想が尽きたらしい。今までの彼なら彼女も素直に提案を受け入れていたのだろうが、最近のダンブルドアはいいところがまるでない校長だ。女子の制服を着て女子生徒の背を追いかけている彼を、誰も「偉大な魔法使い」とは思うまい。

 

 威厳がない校長へ鋭い切り返しを放った副校長はハリーの両肩に手を置いて言い聞かせた。

 

 

「ポッター。透明マントは常に被り続けていなさい。己一人の身を守るのですよ、いいですね」

「はい、マクゴナガル先生」

 

 

 ダンブルドアの実力を疑っていたハリーはすぐに返事をした。よろしい、と頷いたマクゴナガルは最後に心配そうな顔で彼の頭を撫でると薬を飲んで戻っていった。ダンブルドアの指示通り、置いてきた生徒たちを回収するのだろう。

 

 マクゴナガルの姿が消えると、ハリーは意を決して手の中の小瓶にある魔法薬を飲み干した。冷たい水が体の中を流れ、指先まで冷え込んだような感覚を覚えた。黒い炎に手を伸ばしても、熱は感じない。そのまま足を進めて、彼は炎の中を歩き続ける。

 

 炎の向こう側まで歩いたハリーは、ダンブルドアがいなくなっていたことに気づいた。責任を取ると言っていながら姿を消した彼にますます疑いを深めるが、それよりも友人の安全を確認したかった彼は先に進んだ。

 

 

 透明マントを被った彼はついに最後の部屋に辿り着いた。そして彼は、友人の状態に絶句することになる。

 




~大広間での騒動~

セドリック「減点がなんだ!そんなことより重要なものがこの世にはある!!」
ハッフルパフ生ら「「「そうだそうだ!!」」」
セドリック「僕たちは減点を恐れない!さあ、大広間から抜け出そう!コンフリンゴ!!」

ハッフルパフ生ら「「「コンフリンゴォ!!」」」
スリザリン生ら「「「「コンフリンゴォ!!」」」」
グリフィンドール生ら「「「コンフリンゴォ!!」」」
レイブンクロー生ら「「「コンフリンゴォ!!」」」

フリットウィック「わかった!わかったから!私に勝てたら『禁じられた廊下』に向かっても構わないから!!」

生徒たちが一斉に杖を取り出して杖先をフリットウィックに向けた。かつて決闘チャンピオンであった彼のこめかみに冷や汗が垂れる。

フリットウィック「この戦いが終わったら、ポモーナを食事に誘うんだ……」
フィルチ「フリットウィック先生ェ!!」

決闘チャンピオン、フリットウィック対ホグワーツ生の戦いが火蓋を切った。


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二つの顔を持つ男との相対

感想、評価、誤字脱字報告ありがとうございます!

そろそろ一巻の内容が終わりそうです。次辺りでエピローグ行きたいけど行けるかなぁ。



 スネイプはとある事実に行きついた。どうやら闇の帝王は十年の間におかしくなったのだと。ホグワーツに移された『賢者の石』を隠すための最後の部屋に向かう道中で、かつての主君はとんでもないことを言ってのけた。

 

 なんと、闇の帝王は十一歳の少女を糧として復活を果たしたいようなのだ。何故そこまで彼女を切望するのか。確かに闇の魔術による復活の手法には、そういうもの(・・・・・・)が必要な事例もあると本で読んだことはある。だが彼は、よりにもよって闇の帝王がその方法を選択したことが解せなかった。

 

 スネイプはホグワーツの教員として生徒を守りたい。しかしながら彼の教員として正しい行いを、彼の立場が邪魔していた。

 

 元死喰い人である彼は現在ダンブルドア側の人間だ。様々な事情が絡んで彼は闇の帝王を裏切った。それをかつての仲間に悟られては一巻の終わりだというのに、まさかの本人が目の前にいる。スネイプは目の前で被害に遭っている女子生徒を助けることができなかった。

 

 現に、内心で歯噛みしているスネイプの目の前には、彼が何もできないと承知しているクィレルが堂々と少女の身体に手を這わせているのだ。

 

 それを止めない闇の帝王も同罪、いや、もし感覚が繋がっているのであれば許容しているというのか?スネイプは恐ろしい発想に行き当たってしまい、顔色を失った。

 

 

 スネイプが閉心術の中で百面相している最中でもニコラの表情は不変だ。服従の呪文にかかっているフリをしなくてはならない以上、彼女はどれだけ不快に思っていても表情を保ち続けなければならない。それはどんな拷問だろうか、と彼は心の底から彼女を哀れんだ。そして、隙を突いて解放しなければとも思う。

 

 ニコラは卓越した演技力で服従の呪文にかけられたフリをしている。あまりにも上手すぎて幼い顔にそぐわない退廃的な色気が醸し出されており、クィレルが興奮しているのだが本人は何時気づくのだろうか。

 

 スネイプは今すぐ「セクタムセンプラ」と唱えたい自分を律さなければならなかった。彼は危機感を抱いていた。このまま自分が何もしていないと、黙認していたとして激しいバッシングを受けるのではないかと。アズカバン行きは御免だ。

 

 彼は自身とダンブルドアしか知らない事情に縛られている。だがそれと、目の前で襲われている生徒。どちらを優先させるべきか、彼は選択を迫られていた。

 

 彼の中で既に結論は決まっている。問題は、いつ仕掛けるかだ。

 

 

 クィレルは部屋の中央に置かれた鏡の前に立っていた。彼はスネイプに背を向けているが、ターバンに潜むヴォルデモート卿がいるため死角はないと言っても過言ではない。

 

 鏡越しに映る二コラは相変わらず完璧すぎる演技を行っているが、流石に本人も焦っているのではないかと彼は思う。なにせクィレルは彼女をずっと連れ回しているのだ。腰を引き寄せ、まるで恋人のように扱う様子は寒気と嫌悪をスネイプに与えた。

 

 湧き上がる悪感情をポーカーフェイスの裏に押し込み、彼は無表情で鏡の前で唸るクィレルを眺める。

 

 

「『石』が見える……ご主人様にお渡ししている……だが、どこにある?」

 

 

 鏡の存在を知る二コラは「ダンブルドアの罠か」とすぐに気づいた。しかしクィレルの行いに手を貸すつもりはないので鏡をぼーっと見つめながら「ペレネレに叱られるなぁ」と妻のことを考え始めた。妻はとても可愛らしいが怒るとその分怖い。

 

 クィレルは徐々に苛立ちを露わにし始めた。

 

 

「この鏡を割ればいいのか?中に隠してあると?おのれダンブルドア、だが帰ってくる頃にはご主人様が復活を遂げているだろう……」

「セブルス……貴様も来るがいい……」

 

 

 ヴォルデモート卿に呼ばれたスネイプは仕方なく鏡に近づいた。彼は鏡の存在を知らない。だから何の前知識もない彼が『みぞの鏡』を覗くと、思いもよらぬものを視界に映してしまう。

 

 スネイプは表情筋を酷使して無表情を作り上げた。そうしないと、鏡に縋りついてしまいそうだったから。

 

 

「――――!!」

 

 

 赤い髪を揺らして微笑む一人の女性。強い意志を秘めた緑色の瞳が、かつて彼女に酷い言葉をかけてしまった男を優しく見つめている。もう既にいない、失ってしまった誰よりも愛しい女性(ひと)

 

 リリー・ポッターが、スネイプへ笑いかけていた。

 

 それは彼が心の底から望んでいたものだった。彼は鏡の性質を理解したがそこに囚われていた。

 

 自覚していた、最後に見た彼女は酷く憤っていたからこうして自分に向けて微笑む彼女は夢なのだと。それでも、彼は手放せない。手放せるはずがないのだ。

 

 クィレルが何かを言っている。ヴォルデモート卿の声も聞こえる。だが、スネイプは微動だにしなかった。あの、何よりも尊い情景から目が離せなかった。

 

 

「この鏡は一体何なのだ……?セブルスが使い物にならなくなったが……ご主人様、如何いたしましょうか」

「小娘を使え……命じろ……」

 

 

 ヴォルデモート卿の命令に従い、クィレルは動いた。棒立ちのスネイプを呪文で吹き飛ばし、抱き寄せていたニコラを鏡の前に立たせた。彼女の背後からクィレルは命じた。

 

 

「ゴールドスタイン、鏡を見ろ。そして石を渡せ」

 

 

 とりあえずクィレルの指示に従ってニコラは鏡を見つめた。服従の呪文のかかっていない彼女に石への欲求はない。ぼんやりと鏡を見つめるだけだ。そして相変わらず、心の底の望みを映す鏡はニコラにとってただの鏡でしかなかった。

 

 ニコラに心の底から欲する望みなどない。妻はいつだって幸せだし、離れ離れでも彼女への愛情が変わるわけでもない。ハリーたちが健やかに成長してくれればと思っているが、それは祈りでありどうしても叶えたい望みではない。

 

 野望もない。賢者の石は既に完成させ、そして最後の研究である『賢者の石との一体化』も成功に終わった。自分が映っているということは、それも表しているのかもしれないと彼女は思った。

 

 

 賢者の石を望まない二人が鏡を見たところで石を取り出せるわけもなく。途方に暮れたクィレルは「ご主人様、御助けを……」と後頭部に助けを求め始めた。ヴォルデモート卿は優れた開心術士だが、力を取り戻していないためそれを使うことができなかった。スネイプやニコラが何を鏡で見たのか、探ることができず彼らは次の手を指し損ねていた。

 

 だがここで、事態が動き出す。

 

 

「ニコラ!!」

 

 

 ニコラは何も見えないところから急に手を引っ張られた。彼女はすぐに誰が何をしたのか理解した。透明マントを被ったハリーが、隙をついてニコラをクィレルから引き離したのだ。

 

 彼はまず先にニコラの意識を確認した。

 

 

「ニコラ、僕がわかる!?」

「勿論だとも、ハリー。よくここまで来れたね」

「ああ、服従の呪文がかかって……えっ!?ニコラ今、返事した!?」

「ハリー、こんなところまで来て危ないじゃないか。待っててくれ、今から護身用の魔法道具を準備するから」

「えっ、あれ?ニコラ、ん??」

 

 

 先程まで透明になって様子を窺っていたハリーは、ニコラが服従の呪文にかけられているとばかり思っていた。彼女はクィレルが嫌らしい手つきで触っていたにもかかわらず無抵抗だったはず。

 

 だというのに、ハリーが少し距離を置かせただけでこうも早く正気を取り戻すだろうか?

 

 戸惑うハリーを他所に、ニコラはローブのポケットから物騒なものを取り出して彼の手に乗せた。従兄弟のダドリーが所持していたおもちゃの銃にそっくりだった。

 

 ハリーの存在に気づいたクィレルが「ポッター!」と叫ぶ。彼が杖をハリーに向けた瞬間、どこからか赤い閃光が放たれた。

 

 クィレルの身体が吹っ飛ばされ、背中から鏡にぶつかる。するとその衝撃から鏡面にヒビが入り、やがて砕け散った。

 

 ガラスの割れるような音がするも、ハリーの意識は音の方ではなく友人に向けられていた。

 

 

「え、なに、どうなってるの、あとニコラこれは?銃だよね?」

「ペレネレから渡された護身用グッズだ。引き金を引いたら失神呪文が弾丸状に放出される。マグルの道具を知る君なら上手く使えるだろう?」

「色々聞きたいことはあるけど、とりあえずクィレルに撃ちまくればいいんだね!」

 

 

 鏡を派手に壊したクィレルに、ハリーが追撃を行う。ダドリーに日頃おもちゃの銃を向けられていた彼は、使ったことはないものの持ち方と使い方は理解していた。

 

 引き金を引くと面白いほど先程見た赤い閃光が撃たれる。原理は不明だが、失神呪文を知らないハリーにはとても助かった。何せこれでクィレルを存分に無力化できるからだ。

 

 ハリーがばかすか撃ち込む中、ニコラは倒れているフリをしているスネイプと合流した。先手を打ってクィレルに攻撃を仕掛けたのは彼だ。彼はダンブルドアへの言葉通りハリーを守ってみせた。

 

 スネイプは嬉々として銃を乱射するハリーを見て重い溜息を吐いた。

 

 

「まるで父親を見ているようだ。敵対者に対して執念深い」

「だけど嫌いではないだろう?」

 

 

 スネイプが言い返す前に、ニコラがハッと何かに気づいたようにクィレルへ視線を向けた。気絶させられたクィレルの身体、強いて言えば後頭部から黒い靄のようなものが抜け出していた。

 

 それが何であるか知る二人の動きは素早かった。スネイプは自ら瓦礫に埋もれて気を失ったフリをし、ニコラはそんな彼をゆらゆら軽く揺すりながら呼びかけた。そして彼女はハリーを守るために彼を近くに呼んだ。側から見れば、クィレルに飛ばされたスネイプを心配している生徒の図だ。

 

 名前を呼んだニコラの元へ駆け寄り、気を失っているように見えるスネイプの容態を心配するハリーに、蛇のような顔をした靄が忌々しそうに吠えた。

 

 

「ハリー・ポッター!貴様だけは殺す!身体を、身体を寄越せ小娘!」

「ニコラッ!」

 

 

 黒い靄が、ニコラへと伸びる。ヴォルデモート卿はスネイプではなくニコラへ狙いを定めていた。

 

 クィレルのように、ヴォルデモート卿もまた、不老不死を与える瞳を欲したのだ。その瞳を抉り取り、力を得るために喰らおうと。

 

 ニコラの血のように紅い瞳に魔の手が差し掛かる。スネイプが仰向けに倒れたまま杖を構える。そしてハリーは動いた。額の傷が割れんばかりに痛みを訴えている。だがそんなことは知るかとばかりに痛みを無視した。

 

 ハリーは何も考えていなかった。友人に迫る魔の手から守るために、自ら盾になろうとしたのだ。かつて、息子を守った母のように。

 

 

「僕の友人に手は出させないぞ、ヴォルデモート!!」

「き、貴様ぁあああ!!!」

 

 

 ニコラの前に飛び出したハリーに、影は触れることができなかった。暗い地下の部屋を照らす、太陽のように眩しいユニコーンが黒い靄に突進してきたからだ。実体のない、幽霊のように魂だけの存在に呪文は効かない。守護霊の呪文以外は。

 

 魂を喰らう生物だけが守護霊を苦手とするわけではない。ヴォルデモート卿のように肉体を離れ、弱々しく辛うじて生に縋る者にとって守護霊は天敵だ。今を生きる者の幸せから創られた高度な守護霊には決して勝てないのである。

 

 後ろ手に杖を持っていたニコラは、ヴォルデモート卿が彼女の目の前に姿を見せることを予測した上で待ち構えていたのだ。彼が一番隙を晒す瞬間。つまり、攻撃するときを。

 

 守護霊によって追い払われたヴォルデモート卿の残渣は苦し紛れに叫んだ。

 

 

「覚えてろポッター!その小娘がここにいる限り、また俺様は戻ってくる!その身に宿す『石』を喰らうまで……!」

「『石』……?」

 

 

 どこかで聞いた覚えがある言葉だ、とハリーが内心首を捻る。スネイプは「まさか」と何かに勘付いたようにニコラへ視線を向ける。一連の会話の流れから『石』が何かを把握している彼は、ヴォルデモート卿の言葉からニコラがどのような存在であるかようやく悟った。

 

 思えばヒントは彼女自身が度々見せていたのだ。杖を振ると何かしらが黄金になる特性。どこかで見たことがある妖しい紅色の瞳。それはまるで、一度だけダンブルドアが見せた――――そこまでスネイプが考えたとき、新たな乱入者が現れた。

 

 

「今日はここらでお開きとしよう。今、おまえを追うつもりはない。その不死性の真実を知るまでは、のう」

 

 

 現れたのはヴォルデモートの天敵とも呼ばれる、ホグワーツに君臨する偉大な魔法使いアルバス・ダンブルドアだった。彼は節くれだった杖を亡霊に向けると、彼の杖先からダンブルドア家の象徴である不死鳥が現れ、優雅に羽ばたいて敵対者である亡霊を追い立てる。すかさずニコラのユニコーンが後に続いた。

 

 この場にいる偉大な魔法使いと錬金術師によって退却を余儀なくされたヴォルデモート卿は、憎悪と呪詛が籠った罵声を浴びせた。

 

 

「貴様も、ポッターも……貴様らの後に続く者が出ないように……惨たらしく殺してやる!!精々、それまでこの箱庭で、束の間の平和を謳歌しているといい……!」

 

 

 その言葉を最後にヴォルデモート卿は姿をくらませた。ダンブルドアはじっと彼が消えた場所を見つめ続けた。何もないそこに、何かを見つけようとしているかのように。

 

 ニコラは一瞬だけ友人へ視線を寄越したが、すぐに視線を新たな友人へ移した。先程まで緊張の連続だったハリーは、ようやく全てが終わったのだと悟ったのだろう。額の傷の痛みからも解放され、緊張が急激に緩んだ彼は「あ、れ……」という言葉を最後に気を失った。

 

 ぐらりとバランスを失い、床にぶつかるその寸前に彼の身体は支えられた。今まで、全く頼れない死喰い人のフリをしていたスネイプだ。彼はハリーの身体を抱えてニコラを見下ろした。

 

 

「ゴールドスタイン、ひとまず離脱する。説教はそれからだ」

「説教?まず説教を受けるべきなのは無茶をしたハリーだと思うけどなぁ」

「ほう。無自覚とはこれはまた叱り甲斐のある生徒だ。あのクィレルに好き勝手に――――」

「どうしたんだい?」

 

 

 途中で言葉を途切れさせた彼へ、ニコラが尋ねる。スネイプは思い出したように「忘れていた」と部屋の奥を指した。そこには割れた『みぞの鏡』と、その上に仰向けに倒れたクィレルがいた。そういえばクィレルの存在を途中で忘れていたな、とニコラは思い出した。

 

 白目を剥いている彼の眩しい頭を蹴りながらスネイプは言った。

 

 

「この犯罪者をまず先にアズカバンに叩き込むべきだと思うのだが」

「何度も失神呪文を撃たれているから聖マンゴじゃないかな」

「ふん、無理矢理覚醒させればいい。吾輩を誰だと心得る?それらしい魔法薬には幾つも心当たりがある」

 

 

 法律的にアウトな気がしたが、その記憶は確かではないのでニコラは何も言わなかった。今までの分の怒りをここで発散させているスネイプは、しつこいほど何度も何度も蹴っている。形のいい丸い頭なのだからさぞ蹴りごたえがあるのだろう。ニコラにはよくわからないが。

 

 スネイプを放置することにしたニコラは、遅れてやって来た友人へ「君の思惑通りだ」と声をかけた。ダンブルドアは片眉を上げて「なんのことかな?」としらを切ろうとするも、先に彼女が言ってやった。

 

 

「ハリーと一緒にここに入って来たのに、結局君が動いたのは最後の最後だ。あの夜言っていた通り、君はハリーをヴォルデモート卿に会わせた」

「ハリーには必要なことじゃ。ヴォルデモート卿と彼には縁が繋がっておる。互いの命を握るほどの強い絆が」

「予言?」

「そうじゃよ。いつか、ハリーに話すべきだとは思うのだが……」

 

 

 ハリーはまだ幼い、とダンブルドアは続けた。ニコラも「そうだね、ハリーは幼い」と同意した。だが、彼女の言葉にはまだ続きがあった。

 

 

「幼いハリーに君は何をした?君は中途半端だ。幼いから真実を話さないと言うなら、そもそも彼をこの件に関わらせるべきではなかった。君ならハリーがここに来る前に留めることができたはずだ」

「ハリーはあなたのために危険に立ち向かうことを選んだのじゃ。無論、彼だけではない。あなたの新しい友人たちもじゃ」

「それは私の責任だね、彼らに心配をかけてしまった。反省しているし、後で彼らに謝るよ。彼らに無茶をさせた責任の一端を担っているのだからね。だけど話を逸らせるのは良くない。私は、校長としての立場にあるまじき行為をした君を糾弾しているのだけど」

 

 

 ニコラの追及は止まない。友人だからこそ彼女は遠慮のない物言いで非難している。他の誰かならダンブルドアの巧みな話術で誤魔化されたかもしれない。だが彼と付き合いの長いニコラには効かない。どのような言葉選びで話を濁してくるかよく知っているのだから。

 

 ダンブルドアは彼女に敵わないことを改めて実感した。普段は敢えて丸め込まれてくれているニコラだが、場合によっては容赦なく友人を責め立てる。最近は特にハリーのことに関して二人は対立することが多いからか、彼女の容赦なさに拍車がかかっている。

 

 降参だ、と彼は終いには首を振って諦めたように言った。

 

 

「校長として事態の収束を計らなかったことは確かじゃ。ハリーの成長には必要だと敢えて手を出さなかったことも認めよう。だが、必要なことだったのじゃよ」

 

 

 だから仕方ない、そう言わんばかりのダンブルドアの声音にニコラは大きく溜息を吐いた。見るからに呆れた顔で、彼女は友人に語り聞かせた。

 

 

「様々な人との出会いや別れを経験して実感したことが一つあってね。皆、若いころは素直だったというのに老いると言い訳ばかり並べる。いいかいアルバス、自分に非があったら反省する。迷惑をかけたら相手に謝る。子供でもわかることじゃないか」

「……うむ。すまんかった」

「私ではないだろう、謝罪の相手は。まったく、これだから君は……昔からそういうところは変わらない」

 

 

 見た目が女子生徒のニコラに懇々と諭されて、ダンブルドアは大分参った様子だ。クィレルに十分な仕返しをして満足したスネイプは彼らの姿を見て片眉を上げた。なにせダンブルドアがまるで少女に叱られているように、肩を落としていたからだ。

 

 距離が離れていたので彼らの会話は上手く聞き取れていなかった。ただし、彼らの力関係についてはおおよそ把握できた。だからこそ不思議に思うのだ、ニコラ・ゴールドスタインの正体を。

 

 ヴォルデモート卿が欲した『石』と、それがホグワーツに移された時期に入学した少女。タイミングが上手く合いすぎていた。考えられるとすれば、それは恐らくそういうことなのだ。

 

 しかし、スネイプは推測を立てていながらそれをニコラに伝えようとも、他の誰かに言いふらそうとも思わなかった。例え彼女が『石』であろうと、ここホグワーツに在学している限り彼の生徒に変わりないのだから。

 

 

「さて、校長。できれば、あなたが一向に姿を見せなかった理由について聞かせてもらいたいのですが」

「それはだな、セブルス……と、とりあえずまずはハリーを医務室に連れて行ってからではいかんかの?」

「雑な誤魔化し方ですな」

「ニコラに叱られたばかりじゃ、きちんと説明するとも……」

「よくやった。校長の隠蔽体質には吾輩も苦労させられていてな。だがゴールドスタイン、君への説教はそれとこれとは別だ」

「また罰則?」

 

 

 言葉だけを見ると嫌そうだと受け取れるが、ニコラの声音は弾んでいた。ニコラス・フラメルの頃は誰も彼に説教を垂れようとしなかったが、今の彼女は学生だ。説教、罰則すらも青春と捉える彼女には何を言っても笑顔で返される。スネイプは変わり者のグリフィンドール生に溜息を吐いて「今までに見ないタイプだ」と愚痴を零した。

 

 

 割れた『みぞの鏡』を背に、ヴォルデモート卿と相対した三人の魔法使いたちは帰路についた。疲労からぐっすり眠るハリーは相変わらずスネイプが抱えている。ハリーをこうして抱き上げることに彼は色々思うところがある。だが、スネイプは『みぞの鏡』を見て改めて決意したことがあった。

 

 誰よりも大切で愛しい女性(ひと)が命を懸けて守った息子を、守り通してみせると。

 

 鏡の中で彼女はあの美しい緑色の瞳を向けてくれた。鏡は割れてしまい、それを二度と見ることは叶わない。だが彼の記憶の中に鮮やかに残り続けるだろう。彼女の息子が生きている限り。

 

 

 こうして、ヴォルデモート卿がホグワーツからひとまず去ったことで、一連の出来事はようやく終息を迎えた。

 




【速報】クィレル、生存する
【続報】大広間でのホグワーツ生の暴動、鎮圧される

~爺たちの戦略~

ダンブルドア
「クィレル先生にヴォルデモート憑いているし、一旦顔合わせを済ませたいのう。あわよくば母の愛の守りについて知ってもらいたいものじゃ」
→ニコラの妨害
「ぐぬぬ、ニコラスが邪魔でハリーが一向にヴォルデモートに会わぬ……」
→ニコラが捕らわれた!
「よし、今がチャンス!友人思いのハリーなら必ず助けに行くはず。これでヴォルデモートに会うじゃろう」
→ミッション・コンプリート
「うむ。母の愛の守りについては話せなんだがおおよそ上手くいったかのう。ニコラスは中々手強かった」

ニコラ
「ダンブルドアは必ずヴォルデモート卿とハリーを会わせるだろう。そうなったときのためにまずは彼の安全を確保しなければ」
→魔改造されたマグル銃
→頼りになる()スネイプ
→自分という死なない盾
「ダンブルドアが直接動いたら攻め時だ。非を認めたがらない彼の責任を徹底的に追及して洗いざらい吐かせよう。友人のために友人を陥れるけど仕方ないよね、幼いハリーの味方に回るのが当然だから」


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決して孤独でない英雄

感想・評価・誤字脱字報告ありがとうございます!

前回の更新から一週間以上経過していたことにびっくり。仕事を片付けて執筆しようとしたら、久しぶりすぎて書き方を忘れてしまうという珍事が発生してさらにびっくり。文章がおかしいのは作者が小説の書き方を忘れていることが原因です。読みづらかったら申し訳ないです。


 額の傷の痛みや極度の緊張から解放されたハリーはその拍子に気を失ってしまっていた。ただ、意識は覚醒の一歩手前まであったので、抱えられて運ばれていたことは覚えている。医務室の柔らかいベッドに寝かされ、ついつい眠気に負けそうになったが彼は気合を入れて飛び起きた。

 

 きょとり、と今にも立ち去りそうだったニコラが目を丸くして起き上がった彼へ視線を移した。ヴォルデモート卿が『石』と称した彼女の瞳が、ハリーを見つめる。やがて彼女は「起きたんだね」と笑みを向けた。

 

 

「こんばんは、ハリー。調子はどうだい?」

「眠いだけだよ、大丈夫。ニコラこそ大丈夫なの?クィレルに服従の呪文をかけられたんだよね?」

 

 

 ハリーが尋ね返すと、ニコラは首を横に振って「いいや」と否定した。クィレルの呪文に抵抗したので、あのときから既に意識はあったのだと彼女は語った。ハリーは見る見るうちに顔を青くさせて、唇を震わせながら再び質問をした。

 

 

「え、だって……明らかに目が虚ろだったじゃないか……意識があるのに、君はクィレルに好き放題触られていたの!?」

「私だって触らせたかったわけではないよ。ペレネレから吠えメールが届くようなこと、私とてやりたくはなかった。しかしながら、手っ取り早く囮になった方が都合がよかったのでね」

「それがダメなんだって、ニコラ!みんなすごく心配していたのに!!」

「それについては本当に申し訳ないと思っているよ。すまない、ハリー。まずは君に謝らせてほしい。そしてありがとう、こんないい友人がいて私は幸せ者だ」

 

 

 謝っているはずなのにとても幸せそうな顔で微笑むものだから、ハリーはすっかり怒る気力を失くしてしまった。はあ、と大きく溜息を吐いたハリーはメガネを掛け直しながら口早に言った。

 

 

「べ、別にそれを言われたからってニコラへの注意が終わるとは思わないでよね。確かに嬉しかったけど、それとこれとは話が別だから!」

「うーん、スネイプ教授からも似たようなことを言われたのに君もかぁ」

「そりゃそうだよ。君は危機感がまるでない」

 

 

 自分も人のことを言えるような状況ではないが、ハリーは言わずにはいられなかった。確かに実力は優れている。ヴォルデモート卿を追っ払ったのはダンブルドアと彼女だ。しかしながら、強力な魔法使いである以前に可憐な少女だ。自分の身の心配をして欲しいと思うのは当然のことである。

 

 一向に改める気配のなさそうな彼女には、やはりペレネレの言葉が一番響くようだとハリーは悟った。そのペレネレの暴走も中々酷いので、ハリーとしては極力巻き込まれたくないところだが。できれば彼がいないときにやって欲しいものだ。

 

 

 さて、ニコラが言うにはハリーがこのまま眠っていたら彼女はそのまま寮に戻るつもりだったらしい。自分の無事をまずはグリフィンドール生に報告するつもりだったとか。しかしここでハリーが起きたので、彼女は校長室に向かうとのこと。

 

 彼女の発言を聞いて、ハリーはすぐに「僕も行く」と声を上げた。

 

 

「まだ消灯時間じゃないし……校長室に行っても大丈夫だよね?」

「マダム・ポンフリーが許してくれれば」

 

 

 そう言ったニコラがカーテンを開けて医務室の主の姿を探すも、面会に気を遣ってか姿が見えなかった。事務室にいるだろうと判断した彼女はハリーにその旨を伝え、マダム・ポンフリーのもとへ向かった。

 

 一分もしないうちに、マダム・ポンフリーがやって来た。そこまで悪くないハリーの顔色を見た彼女は一つだけ条件を突きつけた。しっかりと睡眠をとるのであれば、医務室から出ても構わないと。ハリーは素直に条件を呑み、なんとか医務室を脱することができた。

 

 それから二人は校長室に向かった。日々、校長に悪戯を仕掛けているニコラにとっては通い慣れた道だがハリーは違う。いずれ彼もそうなるのだが、今日初めて向かう彼はまだ知らない。

 

 

 校長室には、部屋の主であるダンブルドアが不死鳥のフォークスを愛でているところだった。来客に気づいた彼は向かいの椅子を指して「ハリー、こちらに」と座るよう促した。彼が椅子に座るのを確認して、ダンブルドアは口を開いた。

 

 

「ハリー、もう大丈夫かね?額の傷の痛みは」

「大丈夫です、ダンブルドア先生。えっと、その……僕の額の傷が痛んだこと、よく知ってますね」

「その傷は、ヴォルデモートがつけたものじゃ。君と彼との間には傷を通して特別なつながりがある。君の傷が彼の出現を警告するものだとしてもわしは驚かぬよ」

 

 

 ハリーは痛みの消えた額の傷にそっと手を当てた。もう痛みはないが、ヴォルデモート卿と相対したときは額が割れそうなほどの激痛を発していたことは記憶に新しい。

 

 校長室の絵画に何やらコソコソ話し込んでいるニコラの背にダンブルドアが声をかける。

 

 

「少々席を外してくれんかの。ハリーと大事な話をするのでな」

「あの先生、ニコラも同席させてくれませんか」

「ほう?それはまた何故かな?」

 

 

 答えがわかっているというのに彼はハリーへ理由を求めた。ニコラはハリーの諸事情にそこまで興味はないのだが、ダンブルドアを監視する意味で「残ってもいいなら残るけど」と言った。そして絵画との打ち合わせを再開させた。

 

 ヒソヒソ囁き合うニコラたちに視線を向けながら、ハリーはダンブルドアの問いに答えた。

 

 

「ニコラが席を外しても後で僕から伝えるので。それなら一緒に聞いたほうがいいかなと思いました」

「ふーむ、質問が続くようで申し訳ないがもう二つ。君は随分とこの者を信頼しているようじゃ。友人だからかな?それなら君は、ロナルド・ウィーズリーやドラコ・マルフォイにも同様のことを告げると?」

 

 

 質問の意図が分からなかった。ハリーは自分の選択でニコラを同席させてほしいと言ったのだが、いつの間にか話が飛躍してロンやドラコにも及んでいる。内心首を傾げつつも、彼はしっかりと返答した。

 

 

「ニコラは友人で、僕が一番信頼できる人だからです。ロンやドラコも勿論友人ですが、話すかどうかは内容次第だと思います。あの二人は、ヴォルデモートのことを恐れているようだったので……」

 

 

 ニコラはヴォルデモート卿を恐れていない希少な同級生だ。ヴォルデモートの名を口にすると誰もが息を呑む中、彼女だけは平然とそのタブーを破る。彼女が元々大陸の人であったことも関係しているのだろうが。

 

 ハリーの言葉に、ダンブルドアはある程度納得したようだ。長いひげを撫でながら、彼は「うぅむ」と唸った。彼らがニコラへ視線を移すと、彼女は彼らに背中を向けてゴソゴソしていた。背中で隠れて見えないのだが、杖がチラリと見えたのでまたもや悪戯を仕掛けているようだ。胃が痛みを訴え始めた気がしたダンブルドアであった。

 

 あとで胃薬をもらおうと考えながら、彼はニコラを呼んだ。話は聞いていたようで、ハリーの椅子の後ろに手を置いて軽く言った。

 

 

「話すのは君だし、決めるのはハリーだ。私はどちらでも構わない。ただダンブルドア、情報の小出しは良くないと思うよ。君の常套手段だから予め言っておこう」

「あなたがいなければ、わしはきっと全てを話さなかったことじゃろう。ハリー、君には難しい話だが最後まで聞いてはくれんかの」

「はい、先生」

 

 

 しっかり頷いたハリーに、ダンブルドアは顔を綻ばせ、そして彼はついに伝えた。何故ハリーが、闇の帝王ヴォルデモート卿に傷をつけられたのか。何故、ハリーは叔母夫婦に預けられたのか。全ての始まりだった『予言』とヴォルデモート卿の選択、そして母のかけた愛の魔法について。

 

 ダンブルドア宛だったという『予言』の全文を聞かされたハリーは、真っ青な顔で呟いた。

 

 

「僕は……ヴォルデモートと、殺し合わないといけない……?」

「そうじゃ」

 

 

 ハリーは黙り込んだ。あの、おぞましい顔の男と、殺し合わないといけない?不可能だ、どう足掻いても勝てるわけがない。ハリーはまだ、ホグワーツに入学して一年も経っていないというのに。

 

 ヴォルデモート卿の知らない力というのは、母の魔法だということは既に聞いている。一度それによってヴォルデモート卿は滅ぶ寸前まで追い詰められたが、二度目はないだろうとハリーは思っている。向こうも何らかの対策をとることが目に見えていた。

 

 手を強く握りしめたまま、ハリーは沈黙する。唇を固く噛み締める彼の頭をそっと撫でたのは、今の今まで黙々と話に耳を傾けていたニコラだった。

 

 

「ギミックがあるのだろうね。愛と死の魔法がぶつかり合ってできた傷。肉体を失い、魂だけのヴォルデモート卿。肉体が愛の魔法によって消滅したというなら、何故彼は霊体の状態で生きているのか。私は闇の魔術に詳しくはないけれど、ヒントは多くちりばめられている」

「ニコラ……」

「ダンブルドア、君もある程度予想がついているんじゃないのか」

「まだ確証はない。物証が見つからぬ以上、わしのは所詮推測にすぎぬ。ハリーの額の傷、ヴォルデモート卿の印については謎が多くてのう……」

 

 

 確証がつかない限り、彼は口を割るつもりはないようだ。ハリーも聞き出そうとは思わなかった。未だにハリーの頭を撫でていたニコラがそっとハリーに告げた。

 

 

「一緒に考えていこう。幸い、時間はまだある。闇の魔術について知らないことは多いが、それはそれ。専門家に聞けばいいことさ。ハリー、君は一人じゃない。君の周りには君のことを好いている友人が沢山いるのだからね」

「ありがとう、君が友人でいてくれて本当に良かった。僕だけだったら、この話……きっと、受け止められなかった」

 

 

 ハリーにとってニコラは誰よりも信頼できる、心強い友人だ。ダイアゴン横丁のマダム・マルキンの店で出会った時から、ハリーは彼女を味方だと認識している。まさに百人力の魔女だ。

 

 例え彼の人生が困難なものであろうと、ヴォルデモート卿と戦う運命を背負っていようと、ニコラが言っていたようにハリーは一人ではない。ホグワーツでできた友人や先輩たちがいる。頼れる大人といえばスネイプやペレネレがいる。彼は、配下たちが侍っていようと孤独だった闇の帝王とは違って、周囲の人間に恵まれているのだ。

 

 ハリーは負ける気がしなかった。今は一撃でやられるとしても、それは向こうとて同じだ。互いに力をつけるために時間を置くとすれば、成長率においては若い自分に軍配が上がるだろう。一人ではない彼は、周りに支えられながらしっかりとした足取りで歩みを進めることができるのだから。

 

 

「先のことは怖いけど……怖いから、立ち向かうんだ。グリフィンドール生として、勇気をもって。僕は英雄になりたいわけじゃない、自分が生きるために……ヴォルデモートを倒す。ニコラ、手伝って……くれる?」

「勿論だとも、ハリー」

 

 

 間を置かずに即答した彼女を頼もしく思いながらハリーはようやく笑みを見せた。

 

 

 一方、ダンブルドアはあの話を聞いてもなお笑顔を見せたハリーに驚きを隠せなかった。

 

 幼いハリーには早すぎる残酷な話だった。ハグリッドから聞いていた彼は育った環境もあってとても繊細な子供だと推測していた。しかしながら、彼を虐げないホグワーツに受け入れられ、のびのびと大きく成長を遂げた。それこそ、ダンブルドアの予測よりも遥かに早く。

 

 彼に影響を与えたのは他ならないニコラ・ゴールドスタインだ。ホグワーツにいる誰よりも精神的に成熟した彼女だからこそ、その姿に誰もが惹かれる。

 

 四つの寮、異なる価値観、それらを彼女は一蹴した。思想によって分けられた生徒たちに、寮ではなく一人の人間として接することの難しさを彼女は気づかない。それらの精神的成長をとうの昔に終えたのだから、無自覚なのも致し方のないことかもしれない。

 

 意図せずして入学した年齢詐欺の少女だが、これからのホグワーツにとって欠かせない重要な人物になることは言うまでもない。ハリーを筆頭とした生徒たちの成長を促す先導者になるだろう。それこそ、校長であるダンブルドアでは届かない、彼らの隣人としての立場から。

 

 ダンブルドアは彼の友人、ニコラス・フラメルを侮っていたともいえるだろう。彼の影響力を過小評価していた。またしても一歩先に行かれたが、彼は悔しく思うことはなく寧ろ感服していた。流石、六百年生きてきた精神の怪物だと。

 

 苦笑を零したダンブルドアは心の中で白旗を上げつつ、それを決して表に出すことなく言葉を繕った。

 

 

「さて、本来ならもう少し後に話すべきだったことをここで全て明かしてしまった。全てを知ってしまった以上、ハリー、君は閉心術を学ばねばならぬ」

「閉心術?」

「うむ。心を閉ざし、開心術を跳ねのける。優れた開心術士であるヴォルデモートからの干渉を防ぐには閉心術しかないのじゃよ。でなければ、今日聞いた君の話全てが彼に伝わってしまう」

 

 

 ハリーに明かした話の一部はヴォルデモート卿すら知らない部分があるという。そのため、彼は早急に閉心術を習得しなくてはならい。ダンブルドアによると元々習得してもらう予定だったとのことで、教師についても決まっているようだ。

 

 

「セブルスが適任じゃろう。かつての彼なら断っていただろうが、今の彼は君のことをそこまで恨んではおらなんだ。問題なく君の指導を行えるはずじゃ」

 

 

 スネイプに対して特に悪感情を抱いていないハリーは素直に頷いた。両親の知り合いであり、ニコラも信用している彼ならばクィレルと違って信頼できる教員だと判断したからだ。何故クィレルに痴漢されていたニコラを救出せず黙認していたのか全く分からないが、事情があったのだろうと解釈することにした。

 

 ハリーが閉心術の特別授業を受講することはニコラも賛成なようで「思春期を迎えて泥沼化するよりは今でやった方が痛みは少ないよ」と彼の提案を支持した。難易度が高いので低学年で習得するにはかなりの練習が必要だろうが後回しにして焦るより断然マシだ。

 

 

 そんなわけで、ハリーは閉心術を習得することが決まった。閉心術は一流魔法使いの嗜みのようなもので、それは必修項目だ。いずれ戦うハリーはそれ以外にも実践的な魔法を使いこなせるようにならなければならなかった。

 

 彼らがこれからハリーが使えそうな魔法の話をしているうちに、やがて消灯時間を迎えた。まだ話し足りない部分もあったが、それはまた次の機会に、とダンブルドアが言った。

 

 眠そうに目を瞬かせるハリーがニコラを伴って退出する直前。ダンブルドアは友人を呼び止めた。

 

 

「ところで、またもや何か企んでいるのではないかね?」

 

 

 ハリーを先に部屋から出したニコラは彼の声に反応して振り返った。意味深な笑顔で、彼女は「どうだろうね?」と首を傾げる。そして彼女が再びダンブルドアに背中を向けたタイミングで、彼は杖先を向けた。

 

 閃光が走るも、彼の先制攻撃を予測していたニコラには効かなかった。タイミングを計ったように彼女は既に扉を閉めていたからだ。しかもそれが引き金となって彼女の呪文が発動してしまった。

 

 一見して校長室に変化はなかったが、扉に手をかけても微動だにしなかった。何らかの制限をかけて空間を閉ざしていると見受けられたが、その目的はわからない。辺りを見回していると、歴代校長の絵画からフィニアスが声をかけてきた。

 

 

「不死鳥の足元に何かがあるぞ」

 

 

 フィニアスの指摘を受けてダンブルドアは彼が指した場所へ向かう。不死鳥のフォークスは足元に何があるのか認識しているようで、不思議そうに首を傾げながらそれを引っ掴んで飼い主に差し出した。

 

 それは、百味ビーンズだった。どう見ても普通の百味ビーンズだ。未開封で、中身を弄られた様子もない。だが、あのニコラ・ゴールドスタインがそれだけで悪戯を済ませるとは思えなかった。

 

 ダンブルドアは共謀関係に当たる校長たちへジトっとした視線を送った。

 

 

「ついにはネタも尽きたか?わしとしてはその方がありがたいのじゃが」

「ははは、まさか。そんなわけがないだろう」

 

 

 前任のディペットがにこやかな顔で否定する。焦りを見せることなく、そしてとてもわくわくした表情で彼を窺う絵画たちに嫌な予感を覚えるダンブルドア。だが一見して普通の百味ビーンズに罪はない。

 

 丁寧にラッピングされたリボンを解き、箱を開封して一粒手に取る。茶色のビーンズを口に放り込んだ彼はそれを噛み締めた瞬間に悲鳴を上げた。

 

 

「なんと、とても臭い!」

「それはNATTO味らしい。私は食べようとも思わないが」

 

 

 口の中に広がる異臭に悶えるダンブルドアに、フィニアスは「ザマァ」と言わんばかりの顔で応えた。手早く水を呼出して口の中に流し込む。臭いが多少和らいだところで彼は言葉を発した。

 

 

「それで、NATTOとはなんじゃ?ゲロ味と似ているが」

「失礼な!ゲロとはまるで違います!!」

 

 

 絵画に描かれた長い銀色の巻き毛の女性、ディリスが吠えた。一体何が彼女を突き動かすのかわからないダンブルドアはただ混乱するばかりだ。ペラペラと納豆について語り始めるディリスを放置することにした彼の耳に、カチリと鍵が外れたような音が聞こえた。

 

 しかしドアに手をかけてもやはり動かない。それなら先程の音は一体何なのか。思考するダンブルドアに、フォークスがそっと足を差し出した。その足には手紙が握られていた。

 

 

『百味ビーンズを食べるごとにロックが解除されるよ。沢山食べよう!新しい味が君を待っている!』

 

 

 ダンブルドアは叫んだ。怒りに任せて、あらん限りの声で。

 

 

「おのれニコラスゥウウウウ!!!」

 

 

 帰りの道中、廊下に響き渡る不気味な悲鳴を耳にしたハリーはニコラから事のあらましを聞いて苦笑したとか。その後、消灯時間を過ぎてもなお心配のあまり起きていたロンたちにもみくちゃにされたのであった。

 

 

 

 さて、ホグワーツ中で起きた騒動から一夜が明けた。早朝からマクゴナガルが来襲して「直ちに大広間に集合しなさい」と呼びかけたため、生徒たちは早起きしなければならなかった。

 

 昨晩は互いの無事を確認してからすぐにベッドに入ったので、ハリーはホグワーツに起きた大事件の詳細を知らない。精々セドリック・ディゴリーが暴走したことくらいだ。

 

 そんな彼に、情報を仕入れてきたらしいウィーズリー兄弟が大広間で起こった反乱について教えてくれた。

 

 

 事の発端は夕食の直前になってセドリック・ディゴリーが突然暴れだしたところにあった。ハッフルパフの一年生からニコラの誘拐、ハリーたちの行動を聞かされた彼は「自分たちも『禁じられた廊下』に援軍に向かうべきだ」と訴えて行動に移そうとした。

 

 レイブンクロー生から事情を聞いたフリットウィックは彼らの気持ちをわかったうえでそれを制止しようとした。三頭犬のいる『禁じられた廊下』に生徒たちを近づけるのは大変危険だからだ。しかし普段は大人しいハッフルパフ生が率先して先陣を切ろうとするので、ついにフリットウィックは実力行使で止めることにした。

 

 だがここで、人数の差が彼の前に立ちはだかる。決闘など何のその、と言わんばかりに生徒たちは一斉にコンフリンゴを唱える。追い詰められた末に、フリットウィックの方に増援が来た――――一足先に『禁じられた廊下』に様子見に向かっていたスプラウトだ。

 

 それから大広間ではフリットウィックとスプラウトが肩を並べて生徒たち相手に大人気なく戦っていたので、負傷者が相次いだ。次々に医務室に運び込まれる惨状を見てついに激怒したマダム・ポンフリーによって生徒たちは寮の自室にぶち込まれた。

 

 

 おかげで『禁じられた廊下』から戻って来た面々は、巨人が荒らしまわったような惨状の大広間に出迎えられ、唖然とすることになった。あちらこちらに飛散した瓦礫は元はテーブルだったものだ。フレッドとジョージは自分たちも交ざりたかったとボヤいたのでマクゴナガルに罰則を言い渡された。

 

 大広間にポツリと佇んでいたフィルチによると、主犯はセドリック・ディゴリー、ポモーナ・スプラウト、フィリウス・フリットウィックだそうだ。ハッフルパフの秀才は厄介なことに、四つの寮を見事にまとめあげる手腕を発揮した。彼らを指揮したセドリックは、生徒たちに使える呪文だけで決闘チャンピオンを追い詰めた。

 

 しかしながら彼らは敗北した。スプラウトを怒らせてしまったからだ。援軍として加わった彼女は自寮の生徒たちの暴走を見て堪忍袋の緒が切れた。

 

 何を考えたのか懐から種を取り出し、それを一様に大広間に撒いたらしい。杖を一振りされた種は凶悪な植物へと一気に成長し、それらが生徒に襲い掛かることで決着をつけたとか。

 

 

「まさかスプラウト先生があのような手段で攻撃に出るとは思いもしませんでした」

「アーガス、二人はどちらに?」

「ああ、あの二人ですか?なんかデートに行きましたよ、ケッ」

 

 

 忌々しそうな顔で舌打ちした彼は足元の石ころを蹴飛ばして苛立ちを露わにした。一体何がどうなってそうなったのかわからないマクゴナガルは困惑しつつ「アーガス、疲れているでしょう。今夜はゆっくり休みなさい」と優しい言葉をかけた。

 

 愛猫ミセス・ノリスを抱えてとぼとぼ大広間を後にした彼を見送り、マクゴナガルは深い溜息を吐いて生徒たちへ告げた。

 

 

「ひとまずあなた方は各々の寮に帰りなさい。 私はポピーから話を聞かなければなりませんので」

 

 

 そうして寮に帰ることになった生徒たち。ドラコは一人スリザリン寮のある地下牢へ行くための階段を降り、ウィーズリー兄弟たちはグリフィンドール塔へ向かった。寮に帰って来た彼らを出迎えた女子生徒たちから、彼らはこうして一連の流れについて教えてもらったというわけである。

 

 

 ジョージたちから事のあらましを聞いているうちにハリーたちは大広間に到着した。先に着席している教員たちは油断なく生徒たちを睨みつけている。彼らと視線を合わせないように、生徒たちは目線を床に固定したまま素早く寮ごとに分けられたテーブルに向かった。

 

 実はホグワーツ生が暴走した所為で崩壊した大広間は一晩でダンブルドアが直していた。そのために彼はダバダバと喉の奥に百味ビーンズを流し込むという、どこかの誰かと同じ行動をとっていたことを知る者は少ない。その誰かといえば、たまたま顔を上げたときに見えたスネイプの隣の空席を見て「クィレルがいない」と気づいた。

 

 ロンの言葉が生徒たちの波に乗り、彼らは「クィレルがいないぞ」と囁き合った。そして始まった集会の折に彼らはニコラを連れ去った誘拐犯がアズカバンに投獄されたことを知り、揃って歓喜の声を上げた。なにせホグワーツで一番可憐なニコラを誘拐したのだ。しかも、話によれば服従の呪文すらかけたのだという。これはアズカバン一択だと誰もが納得していた。

 

 だが、話はこれだけではなかった。

 

 

「昨夜、ここ大広間で生徒たちによる暴動が起こった。わしは君たちの行いを嘆かわしく思う。そこで、寮杯についてじゃが……一旦、全てリセットすることとなった」

 

 

 ダンブルドアの言葉に大広間はざわついた。生徒たちの驚く顔をひとしきり眺めた彼は「連帯責任じゃよ」と短く告げた。と彼は、あることに気づいた。生徒たちは確かに驚愕の表情を浮かべていた。だが同時に彼らは一様にガッツポーズを決めていたのだ。

 

 一体どういうことなのか、と内心疑問に思うも既に教員会議で決まったことなので覆ることはない。違和感を抱きながらダンブルドアは集会を早々に終えて朝食の時間に移った。

 

 最初は慎まやかに行われていた朝食も、時間が過ぎればいつもの喧騒を取り戻していった。

 

 

 グリフィンドールのテーブルで、ハリーとニコラは沢山の生徒たちから声を掛けられていた。無事でよかった、といった安堵を含んだ声から無茶するなよ、と窘める声まで沢山。ハリーは嬉しくなってずっと笑っていた。ダンブルドアから信じがたい真実を聞かされた彼の沈んでいた心が浮上した。

 

 ニコラはハーマイオニーにくっつかれながら女子生徒が多く集うテーブルに連れて行かれた。それを手を振って見送ったハリーは、ロンたちと朝食をいただく。

 

 ハリーの様子がおかしいことに気づいたロンが、気を紛らわせるためにこんな話をしてくれた。

 

 

「寮杯リセットの話だけどさ。あれ、セドリック・ディゴリーの狙いだったんだって」

「え、最初からそれを狙ってたの?」

「うん。パーシーから聞いたんだけど、ディゴリーは四寮の生徒たちが減点どころじゃない騒ぎを起こして強制的に寮杯をリセットさせようとしたんだよ。僕たちがニコラを助けるために減点されてはグリフィンドールが不利だからって」

 

 

 ハリーは目を丸くさせた。まさか暴動にそのような意味が隠されていたとは思わなかったからだ。彼の向かい側に座っていたジョージが「非の打ち所がないイケメンだよ」と観念したように言った。

 

 

「あいつになら、会長を任せられる」

「というか満場一致で決まってたよ。昨晩、大広間で四寮の上級生たちが集まってそんな話をしていたから」

 

 

 話に割り込んできたネビルが、その場にはいなかった面々に最新の情報を教えてくれた。会長、が何のことかわからなかったハリーだがすぐに思い出した。ニコラのファンクラブか何かのグループだ。

 

 ネビルの話に同意したのは少し離れたテーブルでオートミールを食べていたパーシーだった。上級生でありその場にいた彼がネビルの話を引き継いだ。

 

 

「あの状況下ですぐに判断を下せる優れた人物だ。文句などないさ」

「パーシーも参加したのか!」

「何を言ってるんだ、フレッド。参加するに決まっているだろう。僕は君たちの兄だぞ。君たちが動いているのに僕が動かないわけがないじゃないか」

 

 監督生だというのに昨晩の乱闘に参加したらしいパーシーに、フレッドとジョージは驚きを隠せなかった。ロンも大きく口を開いて「優等生なのに!」とびっくりした。

 

 ウィーズリー家の愉快な兄弟たちの話を軽く聞き流しながら、ハリーはもそもそとオートミールを食べ進める。いつもと同じ、温かい味が彼の心を満たす。

 

 日常に帰ってきたと自覚した彼は、いちグリフィンドール生として寮杯の獲得のために頑張らなくてはと密かに意気込んだ。

 




ダンブルドアが食べたのは『バーティ・ボッツの百味ビーンズ~世界のゲテモノを集めた逸品~』という限定販売のレアもの。

普通の箱に入っている「鼻クソ味」「耳クソ味」「ゲロ味」「腐った卵味」はもちろん、シューレストレミング味やハカール味、納豆味などを始めとしたただ臭い味だけでなく「産業革命によって排気ガスで汚染されたイギリス味」とかいう訳の分からないフレーバーもある。

~とある団体について~

名称:ホグワーツ防衛軍
(真名:ニコラ・ファンクラブ)

ファンクラブの皮を被った防衛軍、ではなく防衛軍の皮を被ったファンクラブ。創立者はドラコ・マルフォイ。手続き上では上級生からの申請としてマーカス・フリントとなっている。この団体の目的はニコラを遠目で愛でるついでにホグワーツを内外から守ること。訳が分からないが、申請はこれで通っているので教員も承知の上らしい。

暴動の際に上級生たちを扇動したセドリック・ディゴリーは民意によって初代総司令官に選出された。あのダンブルドアですら真意を見抜けない策を考案した彼は、恐らく防衛軍の司令官に恥じない戦力を見につけることになる。

いずれはホグワーツにおける四天王の一角を担うことになるとかなんとか。


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ホグワーツでの日常と始まる夏休み

感想・評価・誤字脱字報告ありがとうございます!

まだエタってません(白目)
亀更新ならぬナマケモノ更新ですがこれにて一巻部分は終了です。



 穏やかなホグワーツでの日々は瞬く間に過ぎ去った。

 

 

 イースター休暇は課題に潰されてしまったが、ニコラやハーマイオニーを始めたとした秀才たちが空き教室を借りて勉強会を開催してくれたおかげで、新入生たちは過去最高の出来栄えのレポートを提出できた。

 

 スネイプが苦虫を噛み潰したような顔でレポートを返したので、後程グリフィンドール生たちが評価を見せ合ったところ、誰一人落第していなかった。だから彼は、ペットの不死鳥に突っつかれて泣きながら走るダンブルドアを見るような目でレポートを配ったのかと誰もが納得した。

 

 ちなみにそのスネイプだが、彼は念願の『闇の魔術に対する防衛術』の教授に就任することになった。もちろん、今学期のみの臨時講師だ。二ヶ月、いや試験期間を考えればそれ以下という少ない期間だが、彼は悲願を達成できたわけだ。

 

 当初この話を聞いた多くの生徒が「闇の魔術を習わされるぞ」と恐れ慄いていたが、蓋を開けてみるとかつてないほど素晴らしい授業だった。

 

 ニコラの誘拐事件やハリーとヴォルデモートとの相対などを間近で見たスネイプは、ホグワーツ生全体の能力を高めることにした。そのため、彼の授業は座学よりも実技を重んじており、二年生から対人戦を行わせるなど、非常に本格的な防衛術を教えているので多くの生徒たちから高評価を得た。

 

 特に一年生は、ハーマイオニーがスネイプに直談判し、服従の呪文に抵抗するための特別講義が組まれたほどだ。ダンブルドアやマクゴナガルから強く反対されたものの、これを言い出したのが他ならない被害者のハーマイオニーだったことでスネイプは決行した。

 

 ニコラのことで強い責任と恐怖をハーマイオニーは感じていた。余程トラウマになったのだろう、自分が時々操られているのではないかという感覚に襲われるのだという。服従の呪文に抵抗できるようにならなければ、彼女は一生それを抱えて生きなければならなくなる。スネイプとしては個人授業を行おうと当初は言ったのだが、話を聞いた他のグリフィンドール生たちが加わったのだ。

 

 ハーマイオニーのために、彼女と同じ授業を受けたい。そうすれば彼女は孤独ではなくなるから。一人より、みんなで授業を受けた方が心強いだろうから、と。なにせハーマイオニーは、クィレルに一人会いに行った先で杖を向けられたのだ。個人授業でそのトラウマを穿り返すのは明白だった。

 

 この話を聞いたドラコがスリザリン生もやる、と言い出すと残りの二つの寮も話に乗ってきた。最終的にスネイプは学年、寮を問わず全ての生徒たちに特別講義として『服従の呪文に対する防衛術』を開催することになった。

 

 スネイプは忙しかった。とても忙しすぎてミセス・ノリスの手を借りたいほどに。いくら望んでいた科目の教鞭をとることになったとはいえ、元々教えていた『魔法薬学』も継続している。とにかく時間と人手が足りなかった。

 

 なお、途中から他の教員たちも手伝ってくれたので、スネイプの仕事はだいぶ楽になった。特にフリットウィックが嬉々として生徒たちに服従の呪文をかけていく光景には恐怖しか感じられなかったほどだ。相当、例の反乱を根に持っているようだ。スプラウトとデートに行けたくせに、と言ったフレッドとジョージは罰則をもらった。

 

 

 こうして、スネイプによる二ヶ月限りの『闇の魔術に対する防衛術』は大好評のまま終わりを迎えた。ホグワーツ生の実力が大幅に上昇したほか、特に五年生においてはフクロウ試験で高得点が見込めるほどだった。

 

 この一年でホグワーツはだいぶ変わったと誰もが自覚している。一年生たちが空き教室で切磋琢磨し、それを見た上級生たちも自然と寮の違いに限らず集まるようになり。そして気づけば、セドリック・ディゴリーがホグワーツ生の殆どが加入している謎の団体『ホグワーツ防衛軍』の統括をしていたり。

 

 セドリックが率いる防衛軍はその名前に恥じない『演習』を毎週金曜日の放課後に行っている。講師は顧問として勝手に登録されたスネイプが断固拒否したため、面白がったダンブルドアが務めている。元々この防衛軍はニコラという美少女を見守るための団体であるため、ニコラ本人には打診されなかったという裏があったりするが、それを知らないダンブルドアは彼女より自分が信頼されていると思っていて上機嫌だった。

 

 なお、団体の存在は知っているものの実態を知らない彼女は丁度その時間帯にスネイプと研究している。そういうこともあって、ニコラが『ホグワーツ防衛軍』の実態を知る機会は殆どなかったりする。

 

 

 そうした愉快なホグワーツでの日常が終わり、期末試験が始まってしまうと空気は大分変わった。

 

 

 ついに始まってしまった試験には誰もが参った。いや、強いて言うならニコラだけは終始楽しそうだったがあれは例外である。ニコラが試験に提出した黄金の忘れ薬の評価にスネイプが非常に頭を悩ませていたことは半日で学校中に広まった。

 

 ちなみにその得体のしれない黄金の液体をダンブルドアに仕掛け、その効果をスネイプに見せることで彼女は試験をパスしたそうだ。だがハリーがいくら尋ねても、ニコラは決してその効果について口を割ることはなかった。渋い顔で「君にはまだ早いんだ」と首を横に振るので、そこまで危ない代物なのかとますます気になるばかりである。

 

 こっそり、閉心術における個人授業の講師であるスネイプに確認をとると彼もニコラと同じことを言った。納得できなかったハリーがどう思う、と双子たちに聞くと彼らは「俺らが聞いてくるよ」と談話室で読書をしていたニコラに突撃した。

 

 ロンとハリーがその様子を眺めていると、話を聞かされたらしい双子たちが何やら奇声を上げて頭を抱える。ニコラは悪戯っぽく笑って彼らを追い払うように手を振った。だがハリーたちと視線が合うとにっこりと邪気のない笑顔を見せてくれた。

 

 戻ってきた双子たちは真っ青な顔で「やばい」と口を揃えた。

 

 

「まだ早いって意味がわかったぜ」

「ダンブルドアはすげぇや」

 

 

 何があったんだ?と二人は顔を見合わせた。しかしながら彼らの様子を見る限り話してくれなさそうだったので、肩を竦めて詳細を尋ねることを諦めた。それよりも二人はシェーマスが『呪文学』の試験で緊張のあまり、試験に使うパイナップルを爆破させたことの話の続きが聞きたかったので、早々に談話室を後にしてルームメイトたちのいる部屋に戻った。

 

 ハリーもロンも事前の勉強が役立って試験についてはさほど心配していなかった。生徒たちのレベルが上がったことで教員たちも問題の出題レベルを上げていたのだが、ニコラが的確に山をかけてくれたので非常に助かった。ハーマイオニーが「思っていたよりも易しかったわ」と残念そうな顔で言っていたので、やはり秀才はとんでもないなと改めて彼らは思う。

 

 

 試験が終わると学年度末パーティが開催され、寮対抗杯はグリフィンドールが獲得した。一年前まではスリザリンが獲得するとグリフィンドール生たちが揃って苦い顔で喜ぶ彼らを睨んでいたが、今年は誰もが素直にゴブレットを掲げて祝った。

 

 先生方は彼らの変化を誰よりも喜び、にこやかに生徒たちに続いてゴブレットを掲げた。スネイプもこの時ばかりは苦笑して彼らに続いた。

 

 

 パーティの翌朝には試験結果が発表された。各学年ごとに張り出された順位表には誰もが納得した。一年生においてはニコラが圧倒的なトップ、次点でハーマイオニー、そのあとにドラコ、アンソニーが続いていた。生徒たちが一丸となって勉強をしていたためか、学力に不安があるゴイルも無事進級できたのでスリザリン生は祝宴を開くそうだ。

 

 グリフィンドールにおいて少しばかり学力が低いネビルは薬草学の成績が非常に高く、スプラウトに褒めてもらったそうで嬉しそうだったが、その後にスネイプに皮肉を言われたので落ち込んだ。薬草は扱えるのにそれを加工できないとは、と鼻で嗤われたそうだ。

 

 ロンはマクゴナガルの試験において「嗅ぎたばこ入れ」でハグリッドの髭を生やさせてしまい大幅に減点をされたが、無事落第は逃れた。ハリーもどうにかネズミを「嗅ぎたばこ入れ」に変えることはできたのだが、とてもとても小さかったので減点された。小さいだけでデザインはロンほど酷くなかったので、結果は普通によかったので一安心である。

 

 ちなみにハリーがニコラに結果を聞いてみたところ『変身術』の点数が百点を超えていたそうだ。本人は「ダンブルドアほど上手いわけじゃない」と言っていたが、そもそも比較対象がダンブルドアな時点で実力は既に保証されている。黄金の箱を出されてはマクゴナガルも喜んで満点以上の点数をくれるだろうな、とハリーは納得した。

 

 

 そして気が付けば、ハリーたちはトランクに荷物を詰めてホグワーツを出る準備をしていた。ハグリッドに連れられてホグワーツ特急に乗り込み、懐かしいキングス・クロス駅まで揺られる。ハリーのコンパートメントには常に人が出入りしていて彼は人員整理のためとても忙しかった。誰もが夏休みの間、見られないからと今のうちにニコラに声をかけに駆け込んできたのだ。

 

 このとき彼は初めて、ホグワーツ防衛軍の総司令官という肩書を持つセドリック・ディゴリーと相対した。何故そんな物騒な名前のグループができているのか気になるがハリーは努めて意識しないようにした。

 

 セドリックは顔も性格も文句なしで、それでいて非常に優秀な男子生徒だった。彼はにこやかにニコラと挨拶という名の議論を交わした後、ハリーにも挨拶をした。

 

 

「初めまして、ハリー。僕はセドリック、一応防衛軍のトップを任されているよ。そうそう、君もうちに入らないか?戦歴もあるから歓迎するよ。ちなみに君以外のグリフィンドール所属の一年生は全員加入済みだ」

「ロン!!?君、入ってたの!?」

 

 

 ネビルたちは入っているだろうとは予測していたハリーだが、まさかあの場にいなかったロンまでいつの間にか入っていて彼はびっくりした。スキャバーズおじさんに話しかけていたロンにハリーが叫ぶと、ロンは「言ってなかったっけ?」と目を丸くさせた。

 

 

「僕、てっきり君も入ってると思っていたよ」

「話がきていなかったんだけど……えっと、僕で良ければ喜んで」

「大歓迎だよ。これからよろしく、ハリー。配属先は近衛師団で師団長を任せようかな。がんばってくれ」

「えぇ!?なにそれ!?」

 

 

 疑問しか湧かないことを言われてハリーが混乱している間にセドリックは颯爽とコンパートメントを去っていた。ハリーの頭上には疑問符が大量に浮かんでは消える。近衛師団ってなに、師団長ってなに??次々と浮かんでくる疑問をそのまま口に出したハリーへ、ロンが解説をした。

 

 

「僕たちは同学年、かつ同じ寮でしょ?だから近衛師団。ハリーはニコラに一番近いし」

「おめでとう、ハリー」

 

 

 同じコンパートメントに座っているドラコが嬉々とした表情で祝福する。そこまで嬉しくはないのだが、とりあえず受け入れたハリーであった。

 

 ガタゴトと揺れる汽車は目的地に近づいている。家々がちらほら見え始める景色を眺めながら、ニコラは思い出したようにハリーは視線を移した。

 

 

「ハリー、マグルのお金は持っているかな」

「ううん。魔法界のお金はあるけど」

「それじゃあ、少し両替しておこうか。魔法界のお金ではマグルのものは何一つ買えないからね」

 

 

 ニコラの意図がわからなかったハリーは首を傾げた。夏休みの間、ダーズリーの家で過ごさなくてはならないハリーはその理由が母とダンブルドアの魔法によるものだとわかっている。しかしながら、魔法の存在を厭う夫妻はハリーの外出を禁ずると予測できた。つまり、お金はあっても使いどころがない。

 

 それらを話したハリーに、ドラコやロンがそれぞれ憤慨する。性格が矯正されたとはいえ根幹が純血主義でマグルを厭うドラコは怒り心頭だ。

 

 

「僕が杖で脅……話をつけてやろう。君は優しいからできなさそうだしな」

「みんなで杖を持って囲めばいけるいける」

「待って待って、そういうのやるとますます酷くなるからやめて。あと二人ともこれの存在を忘れてないよね?」

 

 

 杖を掲げて呪文を唱える練習を始める二人に、ハリーがポケットにねじ込んだ紙を突きつけた。汽車に乗り込む前に配られた「休暇中、魔法を使わないように」という注意書きは、多くの生徒たちを絶望に追い込んだ最強の羊皮紙だ。

 

 忌々しいと言わんばかりに舌打ちをした二人はどさりと荒々しく席に座りなおした。こういうところはよく似ているのだが、それを言うと喧嘩が勃発するので賢いハリーは代わりにニコラへ先程の提案の意図について尋ねることにした。

 

 

「マグルのお金は何に使うの?」

「色々だよ。手紙を書くためのあれそれとか。後はまぁ、夏休みの予定のためとかね」

 

 

 ニコラの言葉を聞いてハリーは一抹の希望を抱いた。夏休みに、ダーズリー家や近所のフィッグばあさんの猫屋敷ではないところに遊びに行くだと?それはとても、とても楽しいことだ!

 

 だがハリーの希望は直ぐに萎んだ。あの夫婦がハリーの外出を許可するとは思えなかった。もしハリーが何かやらかしたら責任は保護者に来るだろう。そんなリスクのある提案を、果たして二人は受け入れてくれるのだろうか。

 

 思い悩む様子を見せる彼に、ニコラは上着のポケットからマグルのお金を出しつつ安心させるように言葉を連ねた。

 

 

「ペレネレから君の保護者たちに話を通してくれないか頼んである。準備が必要だし費用もそれなりにかかるから、前もって言っておかないとね」

「それは、ももももしや旅行か!?」

「吃ってるよ、マルフォイ。でもいいなぁ、旅行なんて」

「ニコラと旅行……ゴクリ」

「まーたマルフォイが妄想してる。スキャバーズおじさん、僕はマルフォイがこんな奴だって知りたくなかったよ」

 

 

 唾を飲み込み、怪しい妄想をしてニヤついているマルフォイをロンは呆れたように見やる。話し相手のスキャバーズも全くだと言わんばかりに小さな首を縦に振った。

 

 結局ハリーは両替をすることにしたので、ニコラとお金の交換を行った。その間、ずっとドラコがニコラと旅行に行く設定についてブツブツ吐き出しているので、ロンとスキャバーズの目は死んだ。

 

 何やら閃いたらしいドラコは突然立ち上がった。お金を数えていたハリーがげんなりとした顔で「どうしたの?」と聞くと、彼は両手を上げて肩を竦める謎のポーズをして何故か得意げに笑った。

 

 

「ニコラと旅行するベストシチュエーションが浮かんだから少し同志と共有してくる。セオドールに絵を描いてもらうぞ、これでハロウィンの戦いは僕たちの勝利だ」

 

 

 疑問符しか浮かばない発言をした彼は、スリザリン生と合流してくると行って席を外した。慌ただしく消えた彼の後ろ姿を見送ったロンたちは顔を見合わせてため息をついた。

 

 お金を数え終えたハリーは布袋にそれらをねじ込みながら、ドラコの発言について疑問を投げかけた。

 

 

「ハロウィンの戦いって何?」

「スリザリン生を筆頭に盛り上がっているイベントのことだよ。今年のハロウィンから始めようって企画してる」

 

 

 ロンはそれを知ってはいるのだが、ニコラをチラリと見て具体的なことは伏せた。彼の意図を察したハリーは「なるほど」とそれ以上突っ込むことをやめた。ハロウィンの新しいイベントと聞いてニコラの目が光る。

 

 

「みんな楽しそうで何よりだ。やっぱり学校というものは楽しいものでないと」

 

 

 そう言ってとても嬉しそうに綺麗な笑顔を見せるものだから、ロンとハリーは照れ臭くなって視線を逸らした。入学当初の寮ごとの対立はもう見る影もない。気づけばみんなは団結していて、そして同時に切磋琢磨して寮杯を巡って争った。それはとても楽しいことなのだと、誰もが気づかされた。

 

 きっかけとなったのはニコラの存在だ。本人に自覚はないのだろうが、彼女はたった一年でホグワーツにおける軋轢を解消させた。彼女の言う「楽しい学校」は彼女がそう思って行動していたからこそ生まれた結果である。

 

 スリザリン生への嫌悪を感じなくなったロンは、この一年で大きく変わった自分を自覚しながら「そういえば」と思い出したような顔で言った。

 

 

「あれ、結局なんだったの?クィレルの狙いというか、ハリーの話に出てきた『石』の正体」

「ヴォルデモートがなんか言ってたなぁ」

「ああ、あれは『賢者の石』の話だね」

 

 

 さらっと重要な話を世間話のように口にするニコラ。ハリーがなんとなしに声に出した「ヴォルデモート」という名称にロンとスキャバーズおじさんが震え上がるも、ニコラの言った『賢者の石』という名前に彼らは首を捻った。

 

 

「なにそれ?」

「錬金術における至高の物質、最終目標かな?あらゆるものを金に変えるほか、不老不死を与えることもできる。ヴォルデモートが欲したのは不老不死の方だね」

「それってかなりマズい事態だったんじゃあ……」

「『みぞの鏡』の中に隠していたけど、ダンブルドアは性格が悪いから彼らには決して取り出せない方法だっただろうね。仮に『石』を手に入れたとしても、あれは偽物だから彼の望む復活は遂げなかっただろうし」

 

 

 まさかの偽物という発言を聞いてハリーとロンは「偽物!」と驚愕の声を上げた。ヴォルデモートが運よく『石』を奪っても彼は力を取り戻すことは叶わなかった。つまり最初から彼の敗北は決まっていたというわけらしい。

 

 とそこで、ハリーはヴォルデモートの発言を思い起こした。彼は確かニコラに対して「『石』を宿す」と言っていなかったか?

 

 

「もしかして本物の『石』は……」

「まあそこはご想像にお任せする、とだけ」

 

 

 恐る恐る口にしたハリーへ、ニコラは可愛らしいウィンクで言葉を濁した。何も知らないロンは「何の話?」と不思議がっていたが、その場にスキャバーズおじさんがいることもあって「なんでもない」と誤魔化したハリーであった。

 

 

 そしてついに、ホグワーツ特急はキングス・クロス駅に到着した。人波がぞろぞろと出口に流れて、そして順番よく消えていく中、ハリーたちも波に乗った。

 

 マグルたちを驚かせないようにグループごとに違うところから現れる、カートをのせた生徒たち。駅で家族と合流し、彼らはクリスマス以来の再会を喜びあった。

 

 ハリーはロンから母親を紹介された。ふくよかで、優しそうな顔のおばさんだった。フレッドとジョージを叱り飛ばす彼女の姿は、ダドリーを甘やかしてばっかりの叔母ペチュニアとは全く違っていて、個人差が激しいなという感想を抱く。

 

 ロンたちと別れたハリーは、遠目に見えるダーズリー夫妻と従兄弟のダドリーのもとへ向かった。その道中、すれ違う生徒たちに別れの挨拶を交わしながら。

 

 彼を出迎えたダーズリー夫妻の顔は苦い。嫌っている魔法使いたちがそこら中から出てきては、皆がハリーに挨拶をする。小学校とは全く違う彼の境遇にダドリーは大層驚いていた。

 

 そして極め付きが彼女だ。ハリーの最初の友人、ニコラは絶大な人気を誇っていた。挨拶をし損ねた生徒たちが口々に挨拶をしていく。人混みの中から見つけたニコラの美貌に、ダドリーは魔法使いか否か関係なしに見惚れた。

 

 口をあんぐりと開けて視線をただ一人に注ぐダドリーに気づいたペチュニアが彼の身体を揺らす。てぷんてぷんと揺れ動く彼の脂肪を指差してドラコが笑う。彼は両親の迎えが遅くなるということでハリーと一緒に行動していた。マグルに対して牽制をするためではない、多分。

 

 ドラコを宥めにかかっていたハリーのところに、一通り挨拶を交わしてきたニコラがやって来た。いつの間に合流していたのか、彼女の母を名乗るペレネレも一緒だ。彼女はこの場から逃げ出したいと言わんばかりのダーズリー夫妻に話しかけ始めた。

 

 彼らの会話を背に、ニコラは「いい夏休みを、ドラコ」と笑みを浮かべて言った。ドラコははにかみながら「君もね」と返す。

 

 

「君たちだけで旅行なんて羨ましい。来年こそ父上の許可をもぎ取ってくる」

「二人だけは少しばかり寂しいからね。今度は君もおいで」

「勿論だよ。どこがいいかな?父上に別荘を買ってもらうから好きな国を教えて」

「金持ちの発想が怖い」

 

 

 バーノンはマグルの会社の社長ではあるが、マルフォイ家ほど資産を持っているわけではない。それにハリーは恩恵に預かったことがない。ダドリーより贅沢できるという甘い誘惑に乗せられるよりも、彼への恐怖の方が上回っていた。

 

 ハリーたちが会話をしている間も、ダドリーの視線はニコラに固定されていた。きっとマグルの学校では彼女ほど可愛い女の子はいなかったのだろう。彼らが嫌う魔法使いの、それもかなりの実力者だというのに外見だけで惹かれていることに笑いを禁じ得ない。

 

 ドラコが懐から杖を出しつつ「脅すか」と笑みを浮かべた。忌々しいアレを見たダドリーは震え上がって叔母の背後へ逃げ出そうとしたが、にこやかに手招くニコラを視界にいれてしまったので大変なことになっている。可憐な妖精に近づきたい、だが隣に魔法使いがいる。最終的にダドリーは頭を抱え始めた。

 

 明らかに迷っているダドリーに対してドラコが思いきり爆笑する。一歩ニコラのもとへ足を踏み出して、すぐにドラコを見て後ずさる彼の奇行を面白がってのことだ。それから彼の両親が来るまでダドリーは弄られた。彼の姿が見えなくなると、ダドリーは心底安堵したように息を吐いていた。

 

 

「ドラコは苦手だったみたいだね。僕の友人なんだけど」

 

 

 この一年で精神的にタフになったハリーは、平然と自分を虐めてきたダドリーに声をかけた。魔法は使えないというルールをマグルの彼らは知る由もない。ハリーが自分を痛めつける魔法を覚えてきたと思ったのだろう、ダドリーはお尻を押さえながら後ずさる。

 

 そんな彼に近づいたニコラは、懐かしそうに目を細めて彼の体型を見た。突然間近に現れた美少女を前にダドリーは挙動不審だ。

 

 

「懐かしいなぁ、ふくよかなマグルを見ると彼を思い出す。パンは焼けるかい?」

「え、いいいや、いや焼けないけど」

「ああ、ごめんね。私はニコラ、ハリーの友人だよ」

 

 

 杖をこれ見よがしに見せつけたドラコとは打って変わって友好的に接するニコラ。ダドリーの中で彼女への好感度がますます上がるばかりだ。落としてから上げる、という悪い人たちの常套手段だがニコラはそこまで意識していない。そしてダドリーはニコラの美貌に魅入られているためそれどころではなかった。

 

 楽しそうに笑う彼女は、その笑顔をハリーに敵対的なダドリーにも向ける。懐柔されてほしいハリーは「もっとやれ」と思いつつダドリーの様子見を続ける。

 

 

「夏休みにそちらに遊びに来るから仲良くしてほしいな。マグル、非魔法族とは中々仲良くなる機会に恵まれなくてね」

「も、ももももちろん」

 

 

 クィレルより酷い訛りで応えるダドリーに笑いたくなったが、そこは耐えきったハリーである。ニコラと握手を交わしたダドリーは先程から彼女が触れた己の右手を見てにやついている。魔法使いだろうが美少女は美少女なんだな、とハリーは改めて思った。

 

 ニコラが一方的に話しかけてクィレル訛りで返すダドリーを見ているうちに、保護者間の話し合いは終わったようだ。疲れ切ったダーズリー夫妻がダドリーを回収するためにやって来た。彼らはとても友好的なニコラに慄きつつ、口早にハリーへ「行くぞ」と声を投げかけた。

 

 

「それでは近いうちに会おう、ハリー」

「ありがとう、ニコラ。またね」

 

 

 時間の都合上、ペレネレとは話せなかったハリーだが彼女は手を振ってくれたので振り返す。ニコラが手を振ると、驚いたことにダドリーが小さく振り返した。ハリーも負けずと手を振った。

 

 人の波の中に紛れたその一瞬で、ニコラとペレネレの姿は消えていた。彼女たちは移動キーで家に帰ったのだろうか、と疑問に思うもダーズリー夫妻が既に歩き始めていたので慌ててその後を追った。

 

 駐車場に停められた車に向かう道中で、ダドリーがこっそりハリーに囁いた。

 

 

「なあ、あの凄い可愛い子がアレを使うのか?」

「同じ学校に通っているからそりゃそうだよ。ついでに言うなら同じ寮だから三食共にしているし、深夜に学校探検もしたし、ハロウィンにはとても素晴らしいドレス姿を披露してくれたし、クリスマスも一緒に過ごしたよ」

「なにそれ羨ましい」

 

 

 ダドリーが羨ましがるのも当然のことだろう。ハリーは魔法要素を一切省いてニコラと過ごした楽しい日々をダドリーに自慢しながら、これで夏は乗り切れるなと確信に近い思いを抱いた。

 

 ホグワーツに入学してから初めて送る慌ただしく濃密な夏休みは、こうして始まりを迎えたのであった。




【悲報】次年度『闇の魔術に対する防衛術』のハードルが上がる

~ハロウィンのイベント企画~

名称:ハロウィンの戦い
(別名:ニコラオタクのコミケ)

各寮ごとにニコラに関するグッズを製作し売り上げを競う、学校的に問題しかないイベント。教員に知られないようにひっそりと準備が進められている。イベント発案者はドラコ・マルフォイ。イベントの内容としてはコミケ的な感じ。グリフィンドールはフレッドとジョージが写真集を作成しているため優勝候補。スリザリンはあらゆるシチュエーションに対応したイラスト。なおハッフルパフとレイブンクローは制作より購入する生徒が多い。一部のハッフルパフ生は日本のMANGAを参考に何やら描いているらしい。レイブンクロー生は知力を生かして小説を書いていたりするとかなんとか。


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