白百合の騎士と悪魔召喚士 (気力♪)
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少年と騎士のプロローグ
悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋


真・女神転生NINEのリメイクまだかなー


悪魔、それはマグネタイトと呼ばれる精神物質で体を構築する人ならざるもの。

古来より、闇から生まれ、闇に潜み、人を喰らう。受け継がれる数多の神話や英雄譚がその一端を表している。

 

そして、その悪魔の影は平成の終わる現代になってもなお終わることはなかった。

 

だが、人々は無力ではない。

 

古からの呪法をもって悪魔を祓う者

生まれ持った異能をもって悪魔を討つ者

鍛え上げた肉体をもって悪魔と戦う者

供物をもって悪魔と取引をする者

最新鋭のテクノロジーをもって悪魔を制御する者。

 

そんな彼らの時代に大きな影響を与え、もはや不可欠となった異端の技術。電脳空間内で悪魔との召喚、契約の儀式に必要とする様々な工程を再現(エミュレート)したもの、それが悪魔召喚プログラム。

 

そんなプログラムを使って悪魔を使役し悪魔と戦う者を影の世界の人々はこう言った。

 

悪魔召喚士(デビルサマナー)と。

 


 

「ドリー・カドモン?」

「ああ、造魔素とも言うね。千尋くんは造魔は知っているかい?」

「一応は。肉体を人造のものに置換した悪魔ですよね。知ってる事はマグネタイトの消費がないってことと、多種多様なカスタマイズを施せる事くらいですね」

「その造魔を作り出す為の素材がドリー・カドモンさ。今回の依頼はそれの護衛。魔界技術を研究しているヤマオカ研究所がそれを量産できるかもしれないところまで来たらしいんだが、その情報が流れに流れた。スパイでもいたのかな」

「てことは、相手はダークサマナーですか。解毒薬(ディスポイズン)麻痺解除薬(ディスパライズ)魅了解除薬(ディスチャーム)あたり買い足しておかないと怖いですね」

「惜しい、メパトラストーンと石化解除薬(ディストーン)封魔解除薬(ディスクローズ)もだね」

「あー、頭から抜けていました」

「こればっかりは経験だからね。精進しなよ」

 

事務所の倉庫へと向かうついでに情報を整理する。正直なところ所長一人で余裕な依頼なのだろうが、まだ新人である俺に経験を積ませようとしてくれているのだ。感謝してもしたらない。

 

「長期の任務ですか?」

「護衛期間は、研究員がデータとかを纏めて逃げられるまで。つまり明日の朝か昼までだね。短期の任務だよ。ちなみに他の護衛はなし」

「土曜の深夜に仕事とか、研究員さんたちからしたらたまったもんじゃないですね」

「いいんじゃない?国からの補助金で儲けてるみたいだし」

 

そういって、事務所のロッカーから装備を取り出す。所長は西洋鎧を着用しクレイモアを背に背負った。女性ながらも鎧や大剣を軽々しく扱うその様は、流石の異能者というところだろう。

 

対して、俺の装備は軽装。短機関銃P-90に各種属性弾を仕込んだホルスター。それと左腕につけたスマートウォッチ。あとは頑丈なケプラーベストを着けて終わりだ。

 

「行こうか、千尋くん」

「はい、所長」

 

買い出しを済ませてからヤマオカ研究所へと向かう事となった。

 


 

草木も眠る丑三つ時。悪魔の力が最も高まる時間でもある。こちらの悪魔使いが一人である事を考えると、このタイミングで攻めてくるのが定石というものだろう。

 

「来ますかね」

「...来たよ。気配の感知もまだまだ練習が必要だね」

周囲警戒アプリ(百太郎)入れてるんですけどねー」

「便利なものに頼らず、自力を鍛えないとダメって事よ!」

 

隣にいた所長の足元が爆ぜる。瞬間、空へと所長が飛んでいった。

 

所長は、身体強化と疾風魔法(ガル)系の異能者である。故にそのベクトルを空に向けることで空を飛ぶ事が可能なのだとか。

 

「いつも通り、空からの絨毯爆撃スタートか...それで終わってくれりゃ楽なんだけどな」

 

眩い輝きと共に展開される魔法陣。現れたのは幻魔クラマテングをリーダーとした妖魔カラステング、妖魔コッパテングの群れ。

 

天使ではない悪魔を使っていることから、メシア教系列の組織の攻撃ではないだろう。悪魔合体で耐性を付け変えてている可能性もあるため、迂闊な攻撃は危険だ。

 

とはいえ、それは相対しているのが普通の異能者だった場合に限る。所長は別格だ。

何一つ危なげなくテングの群れを撫で切りにしている。質実剛健なその剣は、舞というには無骨だった。

 

あれよあれよと言う間に、テングの群れは数を減らしていきついにクラマテング一体まで追い詰めていた。

仕掛けがあるなら、この辺りからだろう。

 

「残るは大物一体。懺悔の用意はできているかな?悪魔」

「いいえ、そんな物はありません。何故なら、死ぬのはあなたなのですから。サマナー!」

 

クラマテングの声と共に展開される魔法陣。敵のサマナーはかなりの大型の悪魔を呼び出すつもりのようだ。周囲のマグネタイトを使って個人では扱いきれないクラスの悪魔を呼び出す術式。かなりの研鑽の跡が見える。

 

テングたちの死体を使っての場作りと異界強度(ゲートパワー)極所的の増加。戦線に出てこないという事は後方支援タイプのサマナーのようだが、腕は確かだ。

もし、その悪魔が召喚されてしまえば流石の所長とはいえ苦戦を強いられるだろう。

 

故に、ここは俺が動くときだ。左手のスマートウォッチを操作して、異空間収納(ストレージ)から取り出すは空のマグネタイト収集器(MAGアブゾーバー)。召喚したノッカーとモコイと俺で儀式のフィールドを囲み、スイッチを押し込む。すると、空間に散布されていたマグネタイトがアブゾーバーへとみるみるうちに吸収されていく。

そんな状態で周囲のMAGを使った悪魔召喚なんてものをやろうとしたらどうなるのか?答えは単純だ。

 

「うぇえあぁ、ひぎぃ!」

 

物質世界への固定失敗。つまりはスライム化だ。

 

「なんと⁉︎」

「凄いでしょ、ウチの新人は。知識の使いどころが上手いのよねー」

「褒めてもケーキくらしいか出ませんよ、所長」

 

クラマテングは空中で戦いを繰り広げる所長に任せ、スライムへと向かう。MAG反応分析(アナライズ)完了、弱点は火炎、破魔属性だ。つまり、カモである。

 

「施餓鬼米、安くて強くて安心だ!」

 

施餓鬼米を投げつけて、スライムにぶつける。

生産技術の向上により、一個5000円で買えるようになった霊能者の作った本物の施餓鬼米は俺のマグネタイトと反応して破魔の力を展開させる。その光により、スライムは天に召された。

 

「なんと、こうもあっさりッ⁉︎」

「そう、そしてあなたはバッサリ。なんちゃって」

 

そして、空中のクラマテングは所長の剛撃に耐えきれず真っ二つと化した。

 

これで、第一陣は終了だろう。召喚する悪魔をテング系列に絞る事によって自分と召喚デバイスへの負荷を軽減する召喚スタイル。なかなかに魅力的だ。だが、他の仲間や仲魔を併用しなかった事から、制御に問題があるのかもしれない。今度サマナーネットで調べてみよう。自分がやるにしても、敵に使われるにしても知識は多い方がいい。

 

さて、次は第二陣の警戒だ。情報が流れたのは一つの組織にだけではない。時期をずらして次が来ると考えておかしくはない。それに、テングを召喚したサマナーを拘束してもいないのだから、そっちのケアも必要だ。もっとも、テングの人はもう逃げているだろうが。

 

「所長、敵サマナー見えます?」

「...んー、見えないね。今日は終わりかな?」

「あるいは戦闘を見て隠れたか、ですか...俺は一回りして研究所の様子見てきます」

「よろしくねー。ま、何もないと思うけど」

 

その後、霊的に閉じられている門を見て回ってみたが、門がこじ開けられた形跡はない。どうやら心配は杞憂だったようだ。

ならば、中への直接攻撃か?ちょっと心配になったので、あらかじめ研究所に潜ませていたグレムリンへと連絡を取る。悪魔召喚プログラムの機能、契約している悪魔との念話だ。

 

『グレムリン、様子はどうだ?』

『監視カメラを見る限りだけど、知性派のオイラの見立てじゃ何もないね。撫で斬りカナタの姿を見て、ビビって逃げちゃったんじゃない?』

『確かに、無理と分かれば引くのも道理か...ありがとうグレムリン。そのまま警戒を続けてくれ』

『報酬のチーズケーキ忘れないでよ?サマナー』

『安上がりでありがたいこって』

 

そう言ってグレムリンとの念話を切ろうとする。だが、このまま護衛任務が終わるなんて甘い考えは、この業界では通用しないようだ。マグネタイトの圧が、俺を襲った。

 

「サマナー!異界化の兆候だよ!研究所内部の炉心が中心だ!」

「...情報感謝だ。戻ってくれグレムリン。」

 

マグネタイトの圧力に、思わず目を閉じる。そして目を開けた先には、世界は一変していた。

 

主の無機質な心の表れを示すかのような空虚な空気。それに比例するような微弱な異界強度(ゲートパワー)

 

どうにも、人工的に作られた異界のような気がしてならない。

スマートウォッチを操作して所長と通信しようとしても、通話、メール、SNS、どれも遮断されている。

 

「...所長との連絡は取れないか。サモン、カラドリウス!」

 

とりあえず、伝令役として妖鳥カラドリウスを呼び出す。空を飛ぶこの悪魔で、この異界が脱出、侵入可能かどうかを調べるのが先決だ。

 

研究所内部に残っている研究員の事は気がかりだが、俺の実力で無計画に突っ込んだ所で異界討伐なんて出来るわけがない。まずは下調べからだ。

 

「サマナー、いちごを所望するのさ。とちおとめ」

「地味に足元見やがって...了解だよ、行ってこい」

 

忠誠心を高めるためとはいえ、味を覚えさせたのは失敗だったかもしれない。そんな事を思った。

 

「さて、ノッカー、モコイ、偵察行くぞ」

「全く、僕らみたいな雑魚悪魔で何ができるってのさ」

「俺が逃げるための足止め要員」

「サマナー、割と最悪じゃの」

 

仕方ないだろう。俺は未だ弱いのだから。

 


 

空虚さのせいで周囲のマグネタイトがよく感知できる。スマートウォッチにインストールしているエネミーソナーが良く通るのはありがたい限りだ。もっとも、俺たちのマグネタイトも通るという事なので、逃げるときは命がけになるだろうが。

 

「研究所をぐるっと一回りしてみたが、侵入経路は正面口だけ。かなり厄介なタイプの異界だな」

「サマナー、すまぬ。外には出れなかったさ」

「いいさ、カラドリウス。お前が無事なら差し引きはゼロだ」

 

とはいったものの、所長がこの異界に侵入できていないというのはかなり気になる。力尽くでは入れないタイプの異界なのか?

 

「しゃーない、中入るぞ。異界の結界性質を破壊しないと帰れん。ノッカーとモコイが前衛、俺とカラドリウスが後衛だ」

「あいよー」

「フォッフォッフォッ。今日が命日かの」

「間違いなく死ぬよね僕ら」

「うっせぇ、お前らはCOMPか魔界に帰るだけだろうが」

 

研究所内部へと足を踏み入れる。異界化の常というのだろうか、建物の構造はめちゃくちゃになっていた。入り口入ってすぐに実験室があり、警備員の詰所は存在しない。

 

実験室を覗いてみるが、人の気配はない。探索すれば何か有用な道具が見つかるかもしれないが、まずは敵が何かを知らなくてはメタることもできやしない。

 

実験室を出て順路に沿って歩いてみる。するとスマートウォッチの振動で百太郎が曲がり角から奇襲が来ると警告をくれた。

 

「お前ら、行くぞ!」

 

スタングレネードの投擲から、戦闘を開始する。

光で視界を奪ってから一方的にノッカーの氷結魔法(ブフ)とモコイの突撃で先制攻撃を加える。

 

「サマナー、敵は造魔だ!」

「サマナーは?」

「見当たらぬ。偵察に来たのじゃろうな」

「なら、仕留めないと不味いか。カラドリウス、行くぞ」

「了解さ」

 

カラドリウスとともに角から顔を出す。造魔は一体。カスタマイズ性によりどんな耐性を持っているかわからないが、とりあえず撃って見ないとわからない。

 

P-90により神経弾をばら撒く。反射されなかったことから、銃撃の通りはあるといえばある。

とはいえ、弱点というわけでもないようだ。スマートウォッチを操作してアナライズシステムのターゲットを目の前の造魔にして、戦闘態勢に入る。

 

「モコイ、ノッカー、そのまま攻撃!カラドリウスは回復準備!」

「ラジャ!」「任せるのさ!」

 

造魔は、プログラムされたかのような機械的な動きで目の前のノッカーに襲いかかる。だが、小柄とはいえノッカーは地霊。地に足をつけた防衛ならばなかなかの技量を誇る。

 

「サマナー、儂なら受けれるぞ!」

「なら、殺せる!カラドリウス、回復魔法(ディア)を絶やすなよ!」

 

造魔は、サマナーの指示がないとワンパターンでしか動かない。故に、攻撃はずっとノッカーに対してのみだった。

 

だが、決定力が足りない。アナライズの結果、奴は打撃、銃撃、氷結に耐性かある事が分かった。しかも弱点はない。こっちの攻撃手段の殆どが潰されている。なんて不幸だ。

 

各種特殊弾は1マガジンしかない以上、迂闊には使えない。これが1戦目である事を考えるとなおのことだ。

 

「しゃーなし!切り札を使う!ノッカー、そいつを逃すな!カラドリウスは衝撃魔法(ザン)で足を潰せ!」

「サマナーよ、儂ごと殺そうとしておらんかね?」

「あとで地返しの玉ちゃんと使ってやるから勘弁な」

「僕、時々うちのサマナーって悪魔より悪魔なんじゃないかなって思うんだ」

 

造魔の一撃が、ノッカーを潰す。だが、ノッカーの両手はしっかりと造魔の体を拘束しており、その隙をしっかりとカラドリウスは狙い撃った。

 

衝撃(ザン)を直に受けた造魔は、一瞬動きが止まった。

そこに投げつけるのは、蠱毒皿。ガイア教会から買った呪殺の力を込めた一品だ。価格にして150万、必要経費とはいえ、ふざけんなって話である。

 

さぁ、どうなる?

 

「...ざっけんな、これだから呪殺は当てにならないんだよ」

 

造魔は、健在であった。力場に呪殺が弾かれたようだ。確率の壁ッ!

 

「どうする、サマナー。逃げるかい?」

「いや、二発目を受けたノッカーがまだ健在だ。態勢を立て直せばまだ戦える」

「...いや、逃げた方がいいのさ。奥から、もう3体やってくる」

「...冗談だろ?」

 

そう思ってエネミーソナーを確認してみるが、カラドリウスの言う方向から何かがやってくるのは事実だ。

 

「これは、モコイ足止めで逃げるが正解か?」

「...まぁ、僕はいいんだけどね。こういうサマナーだって分かってて買われたんだし」

 

そうして、3つの造魔の足音が聞こえるところにまでやってきた。だが、違和感がある。一つの足音がステップやフェイントを入れているようなのだ。

 

悪魔と戦い慣れている強者の動き。そう判断してからは次の行動に迷いはなかった。

 

「モコイ、足止め!カラドリウス、付いて来い!」

「待ってサマナー!そっちは、()()()()()()さ⁉︎」

「分かってる。それでも今は、行く時だ!」

 

曲がり角一つ先に造魔か3体いたのなら、詰みだ。その時は潔くカラドリウスを犠牲にして虎の子のトラエストストーン(700万円)を使う。

だが、誰かが造魔から計画的に逃げているのなら。それはこちらにとっても誰かに取っても得になる。

 

そうして走る先で、騎士と俺はすれ違った。

 

「斬撃打撃は通らない。私対策に特化した悪魔だ。だからこそ、銃撃は充分に効果がある。押し付けてしまって済まないね」

「打撃銃撃氷結に耐性があるのが一体。謝るくらいならさっさと片付けてこっちの援軍来てくれ」

oui(ウイ)、勇敢なサマナー」

 

走ってくる二体の造魔に向けて引きながら銃撃を浴びせる。騎士の言う通り、銃撃の通りが良い。どうやら弱点入っているようだ。

 

「カラドリウス、もう一体の牽制を!」

「任せるさ、サマナー!」

 

まず、銃撃が弱点の奴を潰す。P-90のファイアレートなら、さほど時間かからず始末できるだろう。もう一体も、カラドリウスの衝撃魔法(ザン)が通るため、牽制くらいはできる。

 

数十秒後、一体の造魔は、俺たちに近付くことは出来ず崩れ落ちた。もう一体。

 

「全く、僕の悪魔生の中で一番の幸運を使った気がするよ。サマナー」

「私もだ。まさかこんなに容易く状況をひっくり返せるとはね」

 

背後から、モコイと騎士がやってくる。ノッカーが死んだのは仕方ないにしても、モコイが生き延びたのはかなりの幸運だ。地返しの玉は異界攻略にあたっては貴重品なのだから。

 

「さ、終わらせるか。カラドリウス」

前衛にモコイと騎士が入った今、単純行動しかとらない造魔はただの的だ。P-90の鯖にしてやろう。

 


 

戦闘を終了してすぐに、ノッカーに地返しの玉を使う。悪魔を構成しているマグネタイトに干渉して、その命を再び現世に固定するというものだ。これがたった3000円で買えるというのだから、この世界悪魔の命が軽いと思わざるを得ない。

 

「フォッフォッフォ、慣れんのこの感覚は」

「すまんな、ノッカー」

「責めとる訳じゃないぞ、サマナー。もう気にしとらんわい」

 

肉体を取り戻すノッカーと対照的に、崩れ落ちていく造魔のことを見る。

 

崩れていくその体が、人間のものだったように見えたのは気のせいでないだろう。ドリーカドモンは造魔を作る材料だが、悪魔は悪魔。人を喰らう事で力をつけるものなのだから。

 

だが、一つ嫌な予感が頭をよぎった。この異界化は、そもそも何が原因で発生したのかという事だ。

 

研究員の中から裏切り者が出たのならそれはそれで構わない。想定の範囲内だ。交渉次第では出してくれるかも知れない。だが、もしそうでないのなら?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性は?

 

「待て待て待て、思考が逸れてる。というかそんな強力な造魔を殺せるわけないだろ」

「それならば、ここで仲魔を集めるというのはどうだい?」

「...造魔って話通じるのか?」

「いや、通じない。でも、通じる奴も混ざっているのさ。私みたくね」

「そりゃ重畳。所でお前は誰だ?俺が死んでない所から、敵じゃないのはわかるんだが」

「私は...そうだね、リアと呼んでくれ」

 

明らかに偽名だろうが、とツッコム気はない。機嫌を損ねれば、それだけでお陀仏だからだ。

 

「俺は、花咲千尋。駆け出しだが、悪魔召喚士(デビルサマナー)をやってる。よろしく頼むな、リアさん。」

 

その言葉と共に、ようやく騎士の方を振り向く。P-90を直ぐに構えられるように覚悟を決める事だけは忘れずに。

 

だが、その覚悟は即座に吹っ飛んでいった。

 

何故なら、そのリアさんは全裸に白衣だったからだ。

 

「いや、どういう状況だよあんた⁉︎」

「...仕方ないだろう、受肉したてなんだ。」

「受肉?」

「ああ、こっちの話だ。そんなことより剣の類は持ち合わせているかい?サーベルが理想なんだが、最悪ナイフでも構わない。」

「...はいよ。」

 

スマートウォッチを操作して、ストレージからショートソードを取り出す。

 

「それ、そこそこ高かったんだから壊すなよ、リアさん」

「善処しよう」

「てか、さっきは青い服とサーベルを持っていたと思うんだが」

「...さぁ、行こう!」

「すっげえ下手な誤魔化しッ⁉︎」

 

されど、その言葉と振る舞いには凛とした空気があつまた。

なんとなく、リアさんには白百合が似合う。そんな事を思った。

 

「こりゃ、難儀な者と出会ったのぉ、サマナー」

「ノッカー、何かわかるのか?」

「込み入った話は、後に取っておくものじゃよ」

「その心は?」

「生きて帰りたくなるじゃろ?」

「確かに。流石、歳食ってるだけあるな」

「人の子と比べればの」

 


 

それからの探索は、順調に進んだ。なにせ、リアさんが強いのだ。

所長の強さを剛のものとするのなら、リアさんの強さは柔の強さだろう。慣れない獲物だというのに、その剣の冴えは感嘆に値する。

 

そして何より恐ろしいのは、そのカバーリング能力の高さだ。後衛である俺とカラドリウスはともかく、前衛のノッカーとモコイに対しての致命的な攻撃すら捌いて躱しているのだ。

 

正直、どこに目が付いているのか気になって仕方がない。

 

「何かな?チヒロ」

「いや、リアさんが敵じゃなくて良かったって思ってた所だよ」

 

そうして、異界の深部へとリアさんの案内で到達した。

 

血の匂いがする。ここが生き残った研究員達の逃げ延びた部屋なのだろう。だが、力のないものが異界にいたところで、末路は決まっている。この世界はそういう世界なのだから。

 

念のため中を確認する。この部屋は、研究員の準備室か何かのようだった。千切られた腕や足が散らかっている。推定3人分。使えそうな道具はなさそうだ。

 

「...やはり、遅かったか」

「知り合いがいたのか?」

「ああ。彼のことは、見ていたんだ。こうして受肉するまでふわふわとだけれどね」

「...受肉、か」

 

その言葉をそのまま受け取るのなら、このリアという騎士は守護霊か何かだったのだろう。それがドリー・カドモンという肉の器に押し込められた事で騎士としてこの世界に現界する事が出来ている。そんな感じか。

 

「行こう。葬いは後でいい。今はこの異界をこじ開ける事が先決だ」

「...慰めの言葉はないのかい?」

「必要なら言うが、この程度であんた程の人が戦えなくなるとは思えない」

「厳しいんだね」

「優しさだけで、人は救えないからな」

 

だが、一つ覚悟は決まった。俺は、この異界の主を殺す。恐らくもう生きてはいない彼らへの葬いは、それ以外にないのだから。

 


 

異界最深部、研究所の心臓部である炉心のあるその場所にそのツギハギの造魔はいた。アナライズを起動させているがロードが遅い。強力な悪魔の兆候だ。

 

騎士さんとは事前に手札は公開しあったため、作戦は決まっている。まずは何にせよ挑発からだ。

 

「来たな、失敗作」

「そういう君は、こんな所で油を売っていていいのかい?ああ、私に斬られる為に居るというのなら、何も問題はないが」

「違うぜ、リアさん。こいつ、ここから動けないんだ。外にはコイツを確実に殺せる実力者がいるからな。ここで異界のゲートを閉じていないと自分が死ぬってわかってるんだ。無様だな」

「なるほど、つまり無駄な足掻きというわけか。畜生のなりそこないらしい手だ」

「黙れ雑魚共!私は、生きているんだ!人の知性を取り込む事によって!だから、私を蔑むな!」

 

その言葉と共に、造魔は神速と言える速度でリアさんに襲いかかった。だか、それはリアさんの持つ()()()()によりあっさりと捌かれた。

 

いつのまにか、白衣の内側が青を基調にした軍服へと変わっている。マグネタイトで練られた戦闘形態という奴だろう。実際に見たのは初めてだ。

 

「カラドリウス、ノッカー、モコイ、俺たちはリアさんのサポートだ。いつものいくぞ」

「そうさね、やっぱり頼るは他人の力さ!反応性向上(スクカジャ)!」

「僕の役割ってこればっかり、防御力向上(ラクカジャ)!」

「フォッフォッフォ、残りの魔力を全て使うとしよう。攻撃力向上(タルカジャ)!」

 

三色のマグネタイトが、リアさんを包む。すると、技術で防戦していただけのリアさんが押し返し始めた。

 

スペックが、敵と互角に至るまで届いたのだ。ならば、あと勝敗を決めるのは技術の差。

 

あの騎士は、百戦錬磨の強者だ。それに知識だけの造魔が勝てる道理はない。

 

「何故だ、何故だ!ナゼダァア!私は自我を手に入れた!命を手に入れた!生きているものに自由がなければならないのなら、私だって自由でいいはずだァ!」

「お涙頂戴は死んでからな」

 

アナライズ完了、破魔呪殺反射、打撃火炎衝撃無効、そして、精神異常耐性なし。

 

「リアさん、案の定耐性は無しだ。」

「ならば見せようか、私の剣を!」

 

瞬間、リアさんの周囲に白百合の花の幻想が見えたような気がした。

 

思わず、見惚れた。その華麗なる剣に。カラドリウス達悪魔でも見惚れていた。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

絶技、そういう他はないだろう。そうして必殺の斬撃を無防備に受けた造魔は、膝から崩れ落ちた。

 

百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

そんな言葉を、一つ残されて。

 


 

私が、意識というものを認識したのはいつからだっただろうか。

 

ただ、肉の塊として生み出されたはずの私は、何故か知性を求めていた。それが自我というものだと理解したのは、手遅れになってからだったけれど。

 

「これで君は自由だ、13号。引越しのイザコザに紛れて君を逃す事になってしまったのは些か抵抗はあるが、でもしょうがない。意思のある者には、自由がないといけないんだから」

 

そう言った人間の手引きで、私は自由を手に入れた。

でも、自由とは何かなど私にはわからない。だから、いつも通り目の前にあるものを取り込む事にした。

 

口から取り込むのは初めてだったが、上手くいった。

人間の知性を、私は手に入れた。

 

そして、その事が私の最大の過ちだと理解してしまった。

 

外にいる者の強さは私を上回る。人間を食った悪魔がいるのなら躊躇いも無しに殺されてしまうだろう。

 

そんなのは認められない。取り入れた知識は教えてくれたのだ。空の青さを、海の広さを、世界の美しさを。

 

だから、まだ死ねない。

 

その思いでこの研究所の全てのドリー・カドモンに雑霊を憑依させ、それにマグネタイトを過剰投与する事強化しで私の兵隊とした。

しかし、そんな中で一体のドリー・カドモンに異変があった。素材とした雑霊の中に魂の強いものが紛れていたのだ。

 

「...僕は、君を殺すよ」

 

その失敗作が、私にとっての死神だった。

 

だが、私には知識があった。目の前の敵は剣士、術は使えない。ならばそれに対応させた造魔を作り出す事で封殺できる。

 

故に、即興で稼働している造魔を改良した。その造魔を盾にすれば、剣士を殺す事ができる。

 

その目論見は半分成功した、剣士は不利を悟ると一目散に逃げ出したのだ。だが、外の化け物と合流されては私の死は変わらない。故に知識を使って異界を作り出した。外から入れず、内から出れない。そんな檻に。

 

でも、その檻の中には不純物が紛れ込んでいた。明らかに外の化け物とは劣るひとりのサマナー。ただの雑魚。

 

それが、死神と協力して私の兵隊をいとも簡単に殺してみせた。

 

恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。

 

だから、力を補充しようとした。兵隊に残っている人間を集めさせ、その知性を喰らった。それが反映されたのか、私の体も変化したが些細な事だ。

 

そして、目の前に死神と人間が現れた。

 

ただ、殺意だけをもって現れたその二人からは、恐怖しか感じなかった。だから、十全の力をもって屠ろうとした。

 

なのに...ああ、なんて美しい。

 

私は命を得てから短く、空の青さも海の広さも世界の美しさも知らないけれど。

 

あの白百合の剣舞の美しさは、そのどれにも劣らないだろう。

 

できる事なら、もっと見ていたかった。

そんな事を、最後に考えていた。

 


 

「終わったな」

「うん、そのようだ。生き返ってくる予兆もない。終わりだね」

 

斬り伏せられた造魔は、どこか満足げな顔で死んでいた。その顔に手を触れて、そっと目を閉じさせる。

 

人を喰らった以上、敵として殺すしかなかったのだけれど。それでもコイツの存在そのものは否定してはならない。そんな気がした。

 

「さ、異界はもうすぐ崩れる。お前はどうする?」

「さぁ、どうしようかな」

「行くあてがないなら、俺と来るか?」

「魅力的な提案だ。でもちょっと惜しいね。僕は自由でいたいんだ」

「残念だが、それは許されない。契約されていない悪魔が発見されれば速やかに処理される。それがこの世界のルールだ」

「追っ手程度に殺される私だと思っているのかい?」

「思ってる。だから言ってるんだ」

「舐められたものだね」

「実際、お前を殺す事はそう難しい事じゃない。斬撃と魅了に耐性のある悪魔をぶつければお前は何もできないんだから」

「...なるほど、私を脅しているのか」

「半分な。でも、もう半分は戦友に生きていて欲しいっていう単純なものだよ。それは嘘じゃない」

 

その言葉に、リアさんはぽかんと口を開けた。何か変な事を言っただろうか。

 

「なるほど、戦友か。うん、確かにそうだね。赤の他人は信用できないけれど、戦友なら信用できる。...いいだろう、当面の間だけど、君との契約を結ぶよ」

「じゃあ改めて、俺は花咲千尋、悪魔召喚士(デビルサマナー)だ。俺の命、お前に預ける」

「私の真名はシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモンだ。当面の間だけれども、君の剣となり盾となることをここに誓おう」

「...名前長いな」

「シュヴァリエ・デオンと呼ばれていたよ」

「じゃあデオン、これからよろしく頼む。」

 

終わりゆく異界の中で、契約は結ばれた。

それが、影の世界で生きる白百合の騎士と悪魔召喚士(デビルサマナー)の始まりだった。

 


 

それからの話。デオンはドリー・カドモンで受肉している関係上、身体のマグネタイト構成を分解して悪魔召喚プログラムの中に収納するという事が出来なかった。故に、戦闘モードでないコイツは裸に白衣のままである。

 

「とりあえず、明日にでも服屋行くか」

「それは楽しみだ。これでもお洒落には興味がある方だからね」

「それで、お前って男なの?女なの?」

「...どっちだと思う?」

「...降参だ、わからん」

「うん、教えない事にする。そっちの方が楽しそうだからね」

「うわ、性格悪っ」

「なんとでも言うがいいよ、サマナー」

 

その後は、実は外で異界ごと吹き飛ばそうとしていた所長と合流し、異界化の影響でドリー・カドモンが全てぶっ壊れたという情報を流す事でこれ以上の襲撃を未然に防ぐ事でこれ以上の戦闘なくその日を終える事が出来た。

実際、異界の主の造魔が全てのドリー・カドモンを使用して手駒を使っていたのだから間違いではない。

 

予期せぬ単身でのダンジョンアタックにより報酬は赤字、俺の昼食に彩りが加わる日はまだまだ遠そうである。

 


 

改めて、俺の隣にいる騎士を見る。

 

その存在の違和感を、なんと表現すればいいのかはわからない。だが、シュヴァリエ・デオンと名乗る騎士は明らかに()()

 

コイツは、悪魔にあらざるものだ。

それが善性で動いていることに安堵を覚えつつ、違和感の事を調べることにする。

 

とりあえずは時間をみて、彼女の語った言葉を精査してみるとしよう。




デオンくんちゃんと千尋くんの出会いです。でもまだ絆レベルはゼロ。隙を見せたらずんばらりんです。主人公は人理を守るマスターでもフランス王家ゆかりの人でもないので。


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女子中学生神野縁

主人公のスキル登場回。今作ではステータスなんて便利なものはないですが、あるのなら主人公は知力特化型です。


県立遡月学園、それが俺の通っている高校の名前だ。

 

ごくごく一般的な普通の公立高校である。とは実の所言い切れない。何故ならこの学校、俺と同世代の裏の関係者が全員通うというミラクルを起こしているのだ。

 

西条誠(さいじょうまこと)は、その一人。メシア教会のテンプルナイト見習いをやっている。実力はまだまだだが、人々を守るというメシア教のお題目を信じて日々訓練をしているのだとか。

 

「やぁ、千尋くん。元気かい?」

「内に秘める嫉妬の炎とサイフポイントに余裕がない事を除けば元気だよ、西条」

「...今度は何を失敗したんだい?博打?麻薬?マネーロンダリング?」

「人聞き悪いこと言うな馬鹿野郎。合法だよ」

 

だからこそ解せないと言うところはあるのだが。

 

昨日、護衛任務が終わってすぐにデオンの服を買いに行った。認識阻害の札を使えば白衣オンリーというロックな格好でも怪しまれないというのはありがたかった限りである。

 

その札の効果で最低限の服を揃えて私服を探しに歩き回ったところ、奴は恐ろしい事をしでかした。

なんと、男物の服と女物の服、どちらも買い揃えやがったのである。

流石に少し値段は抑えてくれたが、それでもお洒落な服というのは金がかかるもの。出費がかさんで仕方がない。

 

その上、男物の服を着てからの奴の行動はまさに紳士だった。右に迷子がいれば助け、左に老婆がいれば手を貸し、女子高生に逆ナンされれば快く応じて写真を撮る事を許すのだ。

 

何という紳士的ムーブ。見た目で俺に勝っているくせに中身も完璧とかやめてくれ。

「君と私は違う。比べても仕方ないよ?」とは本人の談ではあるが、彼女のいないフツメンとしてはやはりイラつくのだ。

 

駄目だ駄目だ、頭を切り替えろ。過去の事を思い出して自爆してどうする。

 

「んで、西条。そっちは今どんな感じだ?」

「...まぁ、ぼちぼちだよ」

「何その露骨に何かあるって言い方。気になるだろうが。」

「んー、ちょっと調査が上手くいっていないんだよ。」

「そりゃお気の毒に。でも調査系の仕事はぶっちゃけ運だぜ?気にすんな」

「ありがと。でも君、探偵として名前が売れてきてるじゃん」

「そりゃ、その手の仕事では仲魔を使ってズルしてるからな」

「流石異端、何でも使うね」

 

そんな会話と共に予鈴が鳴る。もうすぐ授業の始まりだ。

 

「ま、どうしようもなくなったら浅田探偵事務所を頼れ。力になる」

「ありがとう。でも、被害者も出てないしもうちょっと自力で頑張ってみるよ」

 

そんな会話と共に、別れて席に着く。さぁ、しっかり学ぶとしよう。

 


 

放課後、クラスの連中と別れて家に戻る最中、念話が繋がった。

 

『もしもし、サマナー。聞こえているかい?』

『どうした、デオン。何か問題でも?』

『いいや、生前このような術の類とは縁がなかったものでね。練習しろと所長さんに言われてるんだ』

『確かに、焦って失敗したら笑えないな』

『だろう?』

『ま、俺も今から帰りだ。ぐだぐだ念話しながら事務所に向かうとするよ』

『そうか、それではグレムリンのチーズケーキとカラドリウスのとちおとめといういちご。あとは所長さんへのケーキを忘れないようにね』

「...あー、出費がかさむなぁ」

 

というわけで、懇意にしているスーパーとケーキ屋に途中で寄る。

ケーキ屋は、俺が元々バイトしていた所であるため、行くとちょっとサービスしてくれるのだ。店長にはマジで頭が上がらない。

 

「お疲れ様です、ケーキとか買ってきました」

「おー、よくぞ来たね千尋くん。ちょうど一件依頼が来た所だよ」

「...どっちのですか?」

「探偵のさ」

 

事務所の奥に入ると、そこには20代前半に見える青年がいた。大学生だろうか、スーツなどは着ていない。

 

「はじめまして、この探偵事務所で働いている花咲千尋と申します」

「...俺は十文字小太郎(じゅうもんじこたろう)、人探しを頼みにやってきた」

 

所長に手続きとかは終わったんですか?と目で合図すると、終わったよと帰ってきた。なら、早速取り掛かるとしよう。

 

「では、特徴を教えてください。できれば写真などがあると嬉しいのですが」

「これが彼女の写真だ。名前は神野縁(かみのえにし)、14歳の女子中学生で、通っているのは私立星野海中学だ」

「家族構成は?」

「今、彼女は一人暮らしだ。それで察してくれ」

「...どういったご関係で?」

「それは、答えなくてはダメか?」

「...あなたが、神野さんの情報を悪用しようとする人の可能性もゼロではありません。なので一応聞いておこうかと」

「...話したくない。だが、害意は持っていない」

「...わかりました。では、連絡先などは知っていますか?」

「ああ、この番号だ。だが、知り合いが何度連絡しても答えなくなったんだ。だから心配になってこうして人探しを頼みに来た」

「住所は?」

「...あいにく、分からん。連絡を密に取っていた訳ではないんだ。彼女の母親が死んだことすら、ニュースで知った程だからな」

 

とりあえず、今ある情報からは、神野さんとやらを害そうとする意思は感じられない。この依頼、受けても良いだろう。

 

「では、今から調べはじめてみます。十文字さんはどうします?」

「どうする、とは?」

「調査に同行するかという事です」

「...いや、やめておこう。俺の事を、彼女は覚えていないだろうからな」

「わかりました。では報告は書面かメールにて。デオン、行くぞ」

「ああ、わかったよチヒロ」

 

デオンは優雅に、俺はふつうに一礼して事務所から出て行く。連絡先は所長が交換済みだという事なので、さっさと動くとしよう。

 


 

まず、調べるのは星野海中学だ。あそこの職員室を覗けば住所と現在の状態の二つの情報が手に入るのだから。

バスで移動して10分、近場で助かる。

 

「それで、これからどうするんだい?サマナー」

「もちろん、仲魔の力を使う。出番だ、グレムリン!」

 

スマートウォッチから展開される魔法陣。その中から、邪鬼グレムリンが召喚される。

 

「知性派のオイラを呼び出すとは、また頭を使う仕事かい?」

「ああ、あそこにある星野海中学のサーバーにアクセスしてくれ。神野縁という女生徒の情報が知りたい」

「オッケー任せて。と、言いたいところだけど。サマナー、わかってるよね?」

 

その言い方に若干イラッとするも、表情には出さずストレージからチーズケーキを取り出す。

 

「ほら、前の仕事の報酬だ」

「うっひゃっほい!流石サマナー話がわかるぅ!」

 

チーズケーキをしっかり味わって食べてから、グレムリンは自身の体をマグネタイトに分解し、電波に乗って学校へと飛んで行った。

 

「成る程、グレムリンは機械を狂わせる悪魔。こういった任務はお手の物という事か」

「ああ、役に立つ奴だよ。じゃあ俺たちは聞き込みだ。何か変わった事があるかを調べるぞ」

「...ただの人探しの依頼ではないのかい?」

「サマナーネットの情報なんだが、どうにもあの星野海中学付近で悪魔の出没が見られてるらしいんだ。被害が国に上がっていないから噂レベルだけどな。でもとりあえず関係があると見て動いておくべきだ」

「成る程、理解したよ。所で、どうして所長さんが依頼に出向かないんだい?学生の君より上手くやると思うんだけれど」

 

その質問に、一瞬固まる。確かに、客観的に見れば探偵業を学生の俺が主導するのはおかしいだろう。だが、しかし...

 

「所長はな...致命的に探偵に向いてないんだよ」

「...そ、そうなのか」

「誰しも弱点はあるって事だよ、悲しい事にな」

 

衣服の確認。遡月の学生服に乱れなし。

 

「じゃ、デオンはここから不審な動きをしている奴がいないか見張っててくれ。俺は聞き込み行ってくる」

「任せてくれ。お手並み拝見とさせてもらうよ」

 

「すいません、ちょっとお話良いですか?」

「はい、大丈夫ですけど...」

「俺は花咲千尋、探偵事務所でバイトをしている者です」

「...何かあったんですか?」

「いえ、単なる人探しの依頼です。小学校の同窓会を開きたいのに連絡がつかない子がいるらしくて。神野縁さんという子なんですけど...」

「...すいません、心当たりは無いです」

「いえ、わざわざありがとうございます」

 

『ダメだったじゃないか、サマナー』

『今の子の校章を見ろ。赤色だった。んで、生徒全体を見たら赤、青、緑の三色の校章がある。つまり、赤は2年生の校章じゃないって事だ』

『...成る程、色々と考えているんだね』

『なんかディスられてる気がする』

『褒めているつもりさ、これでもね...待った、妙な動きをしてる女生徒がいる。右前方の茶髪の子だ』

『流石英雄、良い仕事だ』

 

その茶髪の子に近づいてみる。校章の色は緑だ。怯えているのか?

 

「すいません、ちょっと話を伺っても良いですか?」

「ち、近寄らないでください!」

 

声をかけると、大声で叫ばれた。これは、情報を抜き取るにはちょっと小細工が必要になるな。

 

『即興芝居、俺が悪者でお前がヒーロー。どう?』

『それは楽しそうだ。彼女の心を掴み取ってみるとしよう』

『ま、お前なら演技しなくても立ち振る舞いだけで落とせるかも知れないけどな』

 

打ち合わせは終わった。デオンの移動速度を考えてちょっとゆっくりめに彼女に近づく。

 

「別に、取って食おうってんじゃない。ちょっと話を聞かせて欲しいだけなんだ」

 

「例えば、どうしてそんなにも怯えているのかについてとかな」

 

「お前が怯えているのは、お前が神野縁の件に関わっているからだ」

 

「それがどんな事かは、まだわからない。だが、ただ事じゃないってんだろう?」

 

「話を聞かせてもらう。だから、俺と」「そこまでにするべきだ、悪漢」

 

狙ったようなタイミングでデオンが俺と少女の間に入る。それだけの動作でも凛とした空気が伝わってくるのは実に王子様らしい。まぁ、多分それは素だろうが。

 

「彼女は、怖がっている。それは、君に対してだ」

「関係ないお前は黙ってろ」

「いいや、黙らない。僕は、僕が正しいと思うことをする。」

 

『俺ちょっと右に逸れるな』

『愛の逃避行をしろと?』

『似合うじゃねぇか紳士サマ?』

 

「君がこんな悪漢と付き合う必要はない」

「...え、でも」

「いいから、さぁ、行こう!」

 

デオンが少女の手を取って俺の横を通り過ぎていった。少女の顔には安堵の表情があった。ならあとはデオンの手管でどうにでも情報は抜き出せるだろう。

 

追いかけようと迷う仕草をした後、渋々といった感じで聞き込みに戻る。ターゲットは緑色の校章を付けている生徒だ。もっとも、大当たりを引いてしまった以上それよりも大きな情報は得られないだろうが。

 


 

「大丈夫かい?mademoiselle(マドモワゼル)

「?...はい、なんとか」

「あの悪漢は撒けたようだ。安心してくれ」

 

その言葉に緊張が解けたのか、彼女はほっと一息をついた。

 

「私はシャルル、君は?」

「私は...サツキと言います」

「...そうか。サツキ、とりあえず家まで送ろう。あの悪漢とまたカチ会う可能性はゼロじゃないからね」

「ありがとうございます、シャルルさん」

「何、これでも紳士たれと言われて育ってきたからね。これくらいは当然さ」

 

彼女をエスコートしながら、たわいのない会話で緊張をほぐす。その甲斐もあってか、彼女は十分に私を信用してくれたようだ。

 

「ここが、サツキの家かい?」

「はい。わざわざ送って頂いてありがとうございました」

「じゃあ、私はこれで...と言いたいが、駄目だ。やはり君を放っておけない」

「シャルルさん?」

「聞かせてくれないか?君に起こっている事を。僕は、君の力になりたいと思っているから」

「...どうしてですか?」

「女の子は、笑っている方がいい。だからだよ」

 

その言葉に込められた真摯な思いに、少女は心を動かされた。見ず知らずの自分に手を差し伸べてくれる運命の王子様。そんな風に見えてきたのだ。

だから、縋ってしまったのだろう。

 

「...正直、荒唐無稽な話なんです。信じてもらえないかもしれません」

「構わない、言ってみてくれ。それだけで肩の荷は降りるものさ」

 

「吸血鬼って、信じますか?」

 


 

グレムリンの仕事が終わり、神野縁の住所を手に入れた俺は聞き込みを切り上げてそこに向かうことにした。中学校から徒歩5分。私立に関わらずこの近さは、なかなかに楽しかろう。友人の溜まり場になっているとの事だ。

 

だが、神野縁はここ2日学校に来ていないらしい。その事を心配して見舞いや電話による安否確認を行ったが繋がらないとか。

神野の保護責任者をしている人も連絡がつかないとの事で、警察沙汰にするかどうかといった所なのだそうだ。

 

アパートの周囲を確認する。監視の目はない。周囲の目もだ。

それならば、ちょっと不法侵入と行かせてもらおう。

 

「サモン、モコイ」

 

マグネタイトで体を構築する悪魔は、悪魔召喚プログラムにて召喚を行い現世に肉体を固定するまでは霊的存在だ。だから、MAGコーティングされていないアパートのドア程度ならすり抜ける事ができる。これぞ悪魔召喚プログラムのちょっとした応用、透過召喚である。

 

ガチャリと、鍵の開く音がする。モコイはうまくやったようだ。

 

「サマナー、弱いけど悪魔の気配がするよ。気をつけて」

 

エネミーソナーを確認する。コンディショングリーン。マグネタイト量の少ない雑魚だ。そう大した相手ではないが、念のためP-90を取り出しておく。

 

「モコイ、先行」

「また僕はそんな役回り。悲しいね」

 

とか言いつつしっかり命令を受けてくれるあたり、コイツはなかなかの仕事人だ。しっかりと報いてやらねば。

 

MAGの波長から周囲を感知するオートマッピングアプリ“ネオ・クリア”によると、この部屋は2LDK。一人暮らしには大きすぎだ。近いうちに親でも亡くしたのだろうか。それが原因で悪魔に魅入られた?...可能性としてはなくはない。

 

ゆっくりと奥に進み、手前の部屋のドアを開ける。そこには、締め切られた部屋で布団に包まって怯えている誰かの姿があった。

 

「神野縁か?」

「...来ない、で!」

 

俺が誰かということよりも俺の心配を優先するのか。大した根性だ。根が良い子なのだろう。

 

だが、エネミーソナーの反応と位置から察するに、彼女は悪魔だ。人を喰らい弄ぶ者。警戒は解けない。

 

そんな時、デオンから念話が届いた。

 


 

吸血鬼、それは血を吸って人を喰らい、眷属を増やす邪悪の者。それはフランスでも日本でも変わらないようだ。

 

「サツキ、君の見たことを正直に言ってくれ。僕はそう言った怪異について詳しい。きっと君の力になれる」

「シャルルさん...」

 

どこか悲痛さを感じる彼女の緊張を優しく解きほぐす。大丈夫だと。

 

「私、見たんです。吸血鬼が神野さんを襲っているところを」

「...神野という子は、生きているのかい?」

「わかりません。吸血鬼が、人の血を吸うのは眷属を作るためだって聞いたことがあります。だから、あのとき立ち上がったのは神野さんじゃなくて化け物なのかも知れなくて、今も誰かを襲っているかも知れなくて!でも、警察に言っても相手にしてくれなくて!」

 

熱くなるサツキの頭を、優しく撫でる。

 

「大丈夫だ。私がいる」

「シャルルさん...」

「神野という子が吸血鬼かどうかは、今の私には断言できない。もしかしたら死にかけた恐怖で家に閉じこもっているだけかも知れないしね」

「...そうなんですか?」

「ああ、きっとそうだ。なにせ、吸血鬼に成ったのなら見ていた君が生きているはずないからね。だからきっと大丈夫さ」

「...大丈夫じゃなかったら?」

「なんとかするよ、私たちが。私は、白百合の騎士だからね」

 


 

『サマナー、聞こえるかい?』

『ああ、だが手短にしてくれ。こっちも立て込んでる』

『この街に吸血鬼が出た。神野縁は噛まれた被害者だ。彼女の友人が、それを見ていたんだ。もっとも、誰も信じてはくれなかったようだがね』

『...なるほど、成ったのか。情報感謝だ。急ぎでこっちに合流してくれ』

 

警戒をしながら、彼女にゆっくりと近づく。

 

彼女は言った、「来ないで」と。つまり、彼女は俺を恐れているのではなく、俺を殺してしまう事を恐れているのだ。世が世なら聖女にでもなれそうなメンタリティをしているな、この子は。

 

そして、そんな反応をするということはまだ()()()()()()()()()()ということだ。なら、生きる自由くらいは与えてやりたい。

 

「俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋。お前の体に起きていることについて一家言ある」

「デビル、サマナー?」

「ああ。信じてくれとは言わない。けれど、話くらいは聞いてくれ。対価は前払いでくれてやる」

 

そう言ってから、蓋を開けたMAGアブゾーバーを彼女の方に放り投げる。吸血鬼の吸血衝動の根幹は、マグネタイトの不足だと聞いたことがある。なら、他の手段でマグネタイトを与えれば、その衝動は押さえ込める。

例えば、周囲のマグネタイト濃度を上げることとかで。

 

「...少し、楽になりました。魔法か何かですか?」

「それは秘密。さて、確認だ。親からの指令は来ているか?...ああ、お前を吸血鬼にした奴って意味だ」

「...頭の中に、人を食らって力を付けろって声が常に響いてます。それが指令なのならそうです」

「...それを気合いで押し留めてるって訳か。大した奴だな、神野さんは。じゃあ提案だ。神野さんを吸血鬼にした奴を仕留める策が俺にはある。でもその為には神野さんの力が必要だ。協力してくれないか?」

「そうしたら、私は人間に戻れるんですか?」

「いや、わからない。でも、君みたいに吸血鬼に人生を狂わされる奴を出なくさせる事はできる。後はまぁ、吸血鬼なりに人と暮らしていける方法を提供することもできる」

「...わかりました、協力、します」

「じゃあ、ちょっと準備があるからしばらくゆっくりしていてくれ。狩は、夜からだ」

 


 

サツキさんとやらから情報を抜き取ったデオンと合流してから数時間、さまざまな下準備をしてから神野さんを拘束する。

 

事前に説明し了承を貰っているとはいえ、女子中学生を縛るとかちょっと興奮しないでもない。いや、俺の中の理性がそんな不埒なことは許さないが。

 

「さて、やるぞ。暴れても大丈夫だ。こっちのデオンは腕利きでね、君が全力で暴れても無傷で抑え込むくらいはやってのける」

「大した信頼だねサマナー。ならば答えてみせよう。白百合の騎士の名にかけて」

「わかりました、お願いします!」

 

悪魔召喚プログラムをどっかの天才が解析して作り出した魔法陣展開代行プログラム。それの中心に神野さんを置いて術式を起動させる。

 

術式の内容はシンプル。マグネタイトの伝達ラインを辿るというものだ。神野さんと吸血鬼が霊的に繋がっているのは明らかである。詳細MAG反応分析(ハイ・アナライズ)で確認してみたところ、吸血鬼と神野さんとの契約は古典的なものである為、霊的ファイアウォールの類の存在はありえない。

 

なら、それは死にたいと言っているようなものだ。

 

「うわ、本当になんの障害もなく辿れちまったよ。神野さん、体調はどうだ?吸血鬼からのカウンター指令とかはあるか?」

「いえ、大丈夫です」

「なら、私の出番はなさそうだね。楽でいい」

「ああ、俺たちの仕事は達成される。なにせ、本業の悪魔殺し達が親を殺しに行っているんだからな」

 


 

「お前の探してる相手って、吸血鬼だろ?」

 

そんな一声が、彼から届いた。

 

自分は、調査系の任務をしているとしか零していない。にもかかわらず彼はそうだと断定してきた。吸血鬼の親を見つける術式の準備が整ったなどとのたまって。

 

「それが、罠の可能性は?」

「かなり低いが、ゼロじゃない。でも、罠なら罠でいいだろ。テンプルナイトなら罠ごと食い破って吸血鬼を殺すなんて訳ないんだから」

「...否定はしない。けれど仲間を無駄に危険に晒すつもりはないよ」

「無駄じゃない。テンプルナイトが罠にかかれば逃したとしても吸血鬼の存在が白日の元に晒される。そうなりゃ後は誰かが殺すさ。なにせ敵は、コソコソ隠れてMAGを集めているだけの小物なんだから」

「...わかった、支部長にはそう報告しよう」

 

そんな会話のあと携帯に入った連絡から、テンプルナイト本部に情報を伝達する。

 

よーいどんで戦えば彼を倒せる自信はあるが、こういった手管については一生叶う気がしない。契約からの逆探知など、熟練の術者でも手こずる大儀式なのに彼はあっさりと成功させてみせた。

 

これが、彼の強さ。力ではなく知恵と知識で戦う人間の力。

 

彼が異端の騎士の元で働く悪魔召喚士(デビルサマナー)である事が本当に悔やまれる。彼がテンプルナイトに来てくれれば、救える命はもっと増えるだろうに。

 

「吸血鬼は、西地区の4-8の廃ビルに移動したようです」

「なるほど、大した術師だ。いいツテを持ったな、誠」

「はい、そう思います」

 

とはいえ、彼がサマナーである事は話せない。今の世情により黙認されているとはいえ悪魔使いはやはり異端であり、粛清される対象だからだ。

 


 

吸血鬼、アルバート・ペッツは焦っていた。

 

自分はまだ、この街では死人を出してはいない。きちんとマグネタイトを残し、魅力魔法(マリンカリン)で被害者の記憶は消している。

 

自分を辿る糸など、ないはずだ。

 

「クソッ、クソッ、クソッ!アイツは何をしている!せっかく俺が高貴なる種族にしてやったのにちっとも役に立ちやしねぇ!」

 

しかし、嗅ぎつけられた。悪魔にとっての最悪の中の最悪。悪魔殺しの専門家集団、メシア教会聖堂騎士団(テンプルナイツ)に。

 

自分は、所詮元人間の吸血鬼だ。純粋な悪魔と比べれば力は落ちる。だから知恵をもって生き残ってきた。30年もの長きにわたってだ。それなのに、それなのに!こんな辺鄙な街で一生を終えてなるものか!

 

そう思い、夜の街へと飛び出そうとする。この包囲網から逃れるために、溜め込んできたMAGを身体強化に全力で回しながら。

 

「馬鹿め、体を出したな。まぁ、所詮隠れるのが上手いだけの小物か」

 

瞬間、心臓に刺さる何か。高速で動いている自分に当てられる腕にはもはや悪夢かと思うばかりだが、それはそれ、そんなもの再生してしまえばいい。そう思って刺さったものを抜こうとして、

 

それが、()()()()である事に気付いた。

 

「場所さえわかれば、楽な仕事だったな。ガイアーズもこれくらい楽に殺せたらいいんだが」

 

その声に、もはや自分の存在の事を露ほども気にしていないのだと理解して、アルバート・ペッツはその命を完全に終わらせた。

 

ただの名を名乗ることすらできなかった無力な吸血鬼として。

 


 

「頭に響いてくる声が、なくなりました!」

「流石テンプルナイツ。仕事が早い」

「この時代に至っても陰ながら人々を守るために研鑽を積んできた戦士達か、是非会ってみたいものだな」

「ま、俺たちは俺たちの事をするのが先決だ。移動するぞ」

「...どこにだい?私は彼女を休ませてあげるべきだと思うのだが」

「彼女の事を思うからこそ、今行くんだよ。この街一番の知恵者、Dr.シーホースの所にな」

 

そんなわけでタクシーを使って20分。たどり着いたのは旧市街を一望できる丘の上。そこから少し下れば、この街の地脈の集まる一等地にある洋館がある。それがDr.シーホースの個人ラボだ。

 

「ドクター、来ましたよー」

 

そう言って、インターホンの右にあるレンガに手を置く。生体MAGのスキャナーがここにあるのだ。いつ来ても、ちょっと凝った作りに浪漫を感じなくはない。

 

「あ、門が開きました」

「そして俺が出迎えに来た!」

 

二階の窓から飛び、空中で三回転決めて着地するアクロバティック。相変わらずサプライズの好きな人だ。

 

「フゥーッハッハッハ!良くぞ来たな新米サマナー!このDr.シーホースのラボに!」

「お久しぶりです。元気そうでなによりです」

「...サマナー、どういう状況か説明してくれ。エニシが固まっている」

「フゥム、この少女が話していた吸血鬼にされた少女だな?」

「はい。神野縁さん、14歳です」

「成る程、実に良い魂をしている。これなら処置は簡単そうだ。中に入れ」

 

そうして、全員で洋館の中へと入る。ドクターに先導されて地下に降りていくと、炉心とそれに繋がる様々な装置。それなりに知識を取り入れているつもりだが、未だに分かるのはMAG伝導パイプと非物質化MAG干渉魔導装置(カプセル)くらいだ。熟練サマナーへの道のりは長い。

 

そんな事を考えていると、最後尾を歩いていた神野さんが突然大声を出した。

 

「あの!私は、人間に戻れるんですか⁉︎」

「...純粋な人間には戻れんな。魂が覚醒してしまっている」

「...そう、ですか」

「いや、だからこそ良いのだ。君の魂は悪魔のMAG汚染に耐えきった。そういう者をこういうのさ。“超人”とな」

「“超人”?」

「それがどんな覚醒に至ったのかは汚染を取り除いてみなくてはわからない。だが、そう悪いものではないという事だけは確かだ。なにせ、君自身の魂なのだからな」

 

「さぁ、カプセルに入るが良い。施術を始めよう」

「...まだちょっと怖いですけど、わかりました!お願いします!」

「元気がいいのはなによりだ!」

 

「サマナー、私はいつでも斬りかかれるよ」

「大丈夫だ。ドクターを信じろ」

「...彼女に万が一があれば、僕はサマナーとあの男を斬る。それでもかい?」

「信用ねぇなぁ。俺」

「君の事は信用してるさ。でも、それとこれとは別だ。彼女が邪法により自由を狂わされる事を、僕は認めない」

「...本当に、正義の騎士だな。デオンは」

「茶化しているのかい?」

「いや、本心だよ。でも、俺の恩人を信じてくれ。ドクターは研究バカで若干キチガイ入ってるけど、心根が腐った外道じゃない。ちゃんとした人間だ」

「...ひとまずわかったよ、サマナー」

 

施術にかかった時間は30分程。その間に会話はなく、緊張だけがあった。デオンが常に戦闘形態でいるのがその原因だろう。

 

そんな目に見えた殺気を放たれているというのに、ドクターの手つきに迷いはなかった。本当に、すごいヤツだ。

 

「フゥーッハッハッハ!成功だぁ!」

「...彼女は、どうなっている?」

「慌てるな青の騎士よ。彼女はもう健康だ。いや、それ以上だな。こんなケース、メシア教徒でも見た事はないだろう」

「...神野は何に覚醒したんだ?」

 

「聖女だよ」

 

その時点で、神野縁の問題は俺の手に余るという事を理解した。隣のデオンも絶句している。高位覚醒段階“聖女”とは、下手したらデオンどころか所長すら倒しかねないポテンシャルを秘めているという事なのだから


 

とりあえず、神野縁の音信不通問題は解決した。その事を所長に報告し十文字さんへの偽の報告書をでっち上げる作業をしていると、ベッドで寝ている神野が目を覚ました。

 

「...ここは?」

「あの個人研究所の客間だよ。施術に疲れて、君は眠ってしまったんだ」

「そう、ですか...」

「それで、気分はどうだ?聖女サマ?」

「...聖女?」

「そ、お前の覚醒パターン。神野の魂は聖女のものに覚醒した。人間卒業おめでとうってとこだな」

「何が変わったんでしょうか、私」

「ま、おいおい慣れていけばいいさ。とりあえず、家まで送るよ。もう夜も明けたからな」

 

その言葉に、恐怖を覚えた神野。それはそうだろう。吸血鬼としての日々は、日光への恐怖心を植え付けるのに十分なものだ。

 

だから、自分にできる精一杯の笑顔で安心だと伝えよう。

 

「もう、お前は大丈夫だ。」

 

それを見た神野は、「ありがとうございます!」と空元気に返してきた。

 

「ドクター、今日はありがとうございます。深夜だってのに力を貸して貰って」

「気にする事はないぞ、サマナーよ。報酬はしっかりと貰ったからな」

「じゃ、また」

「ああ、また来るがいい」

 

そう言って、ドクターは地下のラボへと向かっていった。なにかの研究の続きをするのだろう。

 

「...ところでサマナー、いくら支払ったんだい?」

「あ、それ私も気になります。私のせいですから」

 

「70万MAG、今の換金レートだと1500万くらいかな?」

 

あ、神野が固まった。一般人の感性だと確かに大金に思えるか。

 

「安心しろ、俺の稼ぎはいい方だ。この程度の赤字すぐ取り返せるさ」

「でもでも!1500万ですよ⁉︎そんなお金ポンと貰うわけには!」

「何言ってんだお前、貸しに決まってんだろ」

「...え?」

 

神野が再び固まった。だが、これはこれから苦難の道を歩む神野に対して、俺から送れるエールなのだ。

 

「いつかの未来で、びた一文まけることなくお前から返してもらう。安心しろ、利子はつけねぇよ」

 

だから死ぬな。そう言外に言い含める。

 

「...わかりました、しっかり働いて、キッチリバッチリ返してみせます!」

「おう、期待してるぜ、聖女サマ。さ、空を見てみな」

「...え?」

 

そこには、燦々と輝く朝日があった。会話で意識をそらして、日の当たる場所に誘導したのだ。神野の体に異常はない。施術は完全に成功している。

 

「ようこそ、悪魔の蔓延る裏の世界へ。歓迎するよ」

 


 

それからのこと。

 

神野縁は、家に戻ることなく事務所でしばらく過ごすことになった。それはそうだろう。聖女に覚醒したことで、14年間生きてきて作り上げられた自分の力のスケールが完全にぶっ壊れた訳なのだから。

紙コップを何度も握りつぶすその姿は、ちょっと笑えたのは内緒だ。

 

「じゃあデオン、神野と所長を任せた」

「ああ、疲れているだろうが学ぶ事は大事な事だ。励んでくるといい」

「いってらっしゃい、千尋さん!」

 

ストレージからバッグを取り出して学校に向かう。

 

だが、その途中に黒塗りの車があった。スマートウォッチで確認してみると、対MAGコーティングがなされている。ヤクザか同業者のようだ。

 

触らぬ神に祟りなし。そう思い無視して通り抜けようとすると、車の窓が開いた。そこには、十文字さんが居た。

 

「探偵さん、十文字です。」

「...十文字さん、何かあったんですか?」

「中に入って下さい。縁の事で話があります」

 

渋々と中に入る。召喚プログラムを待機させながら。

 

「それで、話とは?」

「そこから先は儂が変わるとしよう」

 

声を出したのは、好々爺という印象を受ける和服のお爺さんだった。どこか、神野に似ている気がする。

 

「それで、要件はなんですか?時間がないんで単刀直入にお願いします」

「ここに、3億がある。これを報酬として、君に縁を守って貰いたいのだ、悪魔召喚士(デビルサマナー )

 

額としては魅力的だが、答えは決まってる。

 

「断らせて貰います」

「...何故じゃ?」

「金で繋がった関係は、金で切れる。だからです」

 

契約を操るサマナーとして、短いながらも様々な人や悪魔を見てきた。誰もが、生きるのに一生懸命戦っていた。その拠り所は様々で、その指針も様々だった。だけどやっぱり最も多くの人の戦う理由は、金のためだ。

 

俺は、彼女に戦う理由の一つとして70万MAGの貸しを与えた。彼女と関わる事によって俺がそれ以上のリターンを得てしまったのなら、彼女の緊張の糸は途切れてしまうかもしれない。それは、致命的な隙になる。

 

たかだか3億と彼女の生存。天秤に比べるまでもない。

 

「話はそれだけですか?」

「...君は、縁を守ってはくれないのかね?」

「当面は守りますよ。なにせ、彼女には70万MAGの貸しがありますからね」

 

「それでは」と一声かけて車から出る。引き止められはしなかった。

 


 

「ところで、デオンさんってどんな人なんですか?この辺りの人じゃないみたいですけれど」

「あぁ、私も気になるね。千尋くん、肝心なところは何も説明しないんだから」

「...いいや、話すのはやめておくよ。サマナーと本契約を結んでいない以上、情報を漏らす事はマイナスにしかならないからね」

 

デオンは、少しの違和感を覚えていた。自分の知識と今の世界の常識が異なることを。これは、異なる国だからだろうか。

 

故郷、フランスがとても恋しくなってきた。

 

「...死人にも、郷愁の念はあるのだな」

 

そんな事を、ひとりごちた。




今作において、テンプルナイトは雑魚ではありません。悪魔狩りに全てを捧げたヤベー奴です。というか、大組織のバックアップの元訓練に励んでいた連中が弱いわけがない。


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悪魔討伐者(デビルバスター)浅田彼方

なかなかUA伸びない事に、前作のヒロアカ効果って凄かったんだなぁと改めて思います。
これが俺の真の実力だ!(マイナス方面)


神野を加えて3人体勢となった浅田探偵事務所。とは言っても、神野は完全なるニュービー。戦闘どころか日常生活を送ることすら難しい。

しかも、本人が聖女ときた。正直なところを言うと、メシア教会にぶん投げるのもありなのではないかと思うが、それをすると神野の“未来を選択する自由”が失われてしまう。それは避けたい。俺がまだ人であるために。

 

そんな事を考えていると、またも紙コップが握りつぶされた。熱々のコーヒーが入っている奴が。

 

「熱ッ⁉︎...くない?」

「...熱に耐性ができたか?本当に能力は当たりだな、神野」

「耐性、ですか?」

 

ストレージからおしぼりを取り出して投げ渡す。服にシミがついてしまうかもしれないが、まぁそれは自己責任だ。

 

「千尋くん。せっかくだし縁ちゃんに講義してあげたら?脅威は実際に体験してみるまではわからないものだけど、知識はそうじゃないしね」

「それは私も気になるな。現代の悪魔と戦う者の知識、聞いておいて損にはならないだろう」

「...わかりました」

 

そう言って、スマートウォッチでアナライズシステムを起動させる。対象は神野だ。

 

「神野、自分が人間じゃなくなったってのはわかってるな?」

「...はい、悲しいですけど」

「そういった人間以外の存在ってのは、生体マグネタイトの力場を無意識に展開しているんだ」

「...はぁ」

「その力場は、ある種の概念を防御している。例えば、お前の火炎耐性みたいにな」

 

そう言って、神野のアナライズ結果を見せる。

 


[聖女] 火炎、電撃、精神耐性、破魔無効、呪殺弱点


 

「なんか、ゲームみたいですね」

「表示情報がわかりやすく簡略化されてるからな。ま、耐性って一口に言っても細かく言えば炎に焼かれない体質だったり、熱を遮断する体質だったりと色々あるんだが、いまはそれはいい。つまり、お前の体から出ている力場は熱と電気と精神異常からお前を守ってくれるって事だ」

「この、呪殺弱点ってのはなんですか?」

「ああ、これは文字通り。呪殺魔法はお前の力場で防げないって事だ」

「響的に怖いですね、呪殺魔法なんて」

「ああ、実際、当たれば即死だからな」

 

固まる神野、とは言っても呪殺魔法の怖さは実際に体験してみるわけにはいかないのだからしっかりと言い含めて置かなくてはならない。

 

「人の生きる力の根源、魂への直接攻撃だ。力場が呪殺を弾いてくれないお前の場合だと、どんなに鍛えていても、どんなに意志が強くても、当たれば死ぬ。だから、絶対に受けちゃいけないんだ」

「...死ぬ、ですか」

「悲しいことに、お前が突っ込んだこっちの世界は人間に優しくないからな」

 

これくらい言い含めておけば、まぁ大丈夫か。

 

「とはいってもそれは力場が防げないってだけだから、装備とかでどうにでも補強は利く。安心しろ。呪殺対策は、この業界の基本だからな」

「...はい、わかりました」

「とまぁ、こんな感じにこの業界に生きてる人や悪魔は固有の力場を持っている。だから、ただ闇雲に攻撃しただけじゃあ耐性に阻まれて効果がないなんてザラなんだ。だから、相手を観察することが悪魔を殺すための第一歩だ」

「...殺す、ですか」

 

その言葉を吐いたときの神野の表情には、躊躇いがあった。優しい子なのだろう。

 

「千尋くん、強い言葉を使い過ぎだよ。彼女はまだ、戦士ってわけじゃないんだから」

「...そうですね。神野、悪かった」

「いえ、大丈夫です。分かってますから」

 

「私を襲った吸血鬼みたいな化け物がいて、それが影ながら人々を脅かしている。だから、殺して止めなくちゃならない。だから、戦ってる人たちがいる。そうですよね」

「縁ちゃん」

「...なんですか?所長さん」

「理解と納得は別なんだ。無理しなくたっていい」

「...え?」

「君はまだ、この世界を見たばかりだ。道を決めるには早すぎるよ」

「...そうなんですか?」

「そうさ、君の道を選ぶ自由は、私たちが守る。この業界の先達としてね」

 

それを害意なしの全力で言えるから、所長は所長なのだなと改めて思う。デオンも、所長がどういう人なのかを納得したようだ。

 

そんな事を考えていると、所長の携帯にメールが着信した音が響いた。

 

「さ、ガイア教と交渉は終わったよ。千尋くん、縁ちゃん、デオンくん、行こう!」

「ですね」

「...え、何処にですか?」

「裏社会見学、だよ」

 


 

倉庫にあった所長の予備の装備、アフダルベストと呪殺無効効果を持つネックレスを装備させた神野を連れて街外れにある森林部へと向かう。

 

デオンの運転する車にて。

 

「多芸だねぇ」

「芸は身を助けるというやつさ」

「今度、デオンくんの免許申請してみようか。案外簡単に通るかも」

「...え、デオンさん無免許なんですか⁉︎」

「気にすんな、動けば同じだ」

 

実際、運転するだけなら俺でもできる。あんなものは慣れだ。警察などには魅了魔法(マリンカリン)で記憶改変を行えばいいのだし。

 

「着いたよ皆。ここが、ガイアーズの所有する異界“闘争森林”だよ」

「門番をしている者達、なかなかの手練れだね」

「そりゃそうさ。主が協力的とはいっても、異界の維持なんて滅茶苦茶やって儲けてんだから」

「すいません、ガイアーズって何ですか?」

「それは僕も聞きたいな。異能者の集団のようなニュアンスだが」

「あぁ、そっからか」

「ガイアーズっていうのはガイア教徒のこと。まぁ簡単に言えばメシア教以外の宗教の寄り合いに入ってる人だね」

「メシア教は知ってます。よく駅前で募金活動してますから」

「そのメシア教ってのは、基本的に他の宗教に排他的なんだ。だから、自分の身を守るためって建前でガイア教は悪魔の力を使ってるんだよ」

「「...建前?」」

「ガイアーズとメシアンの抗争は、もう何百年と続いてるからなぁ、多分どっちもどっちが原因とか覚えてねぇよ。アイツらどっちもノリで生きてるし」

「...いや、それはどうなんだい?」

「まぁ、節度を持って話し合えばどっちも分かり合えないって訳じゃないから、そこは安心していいよ。私、メシアンにもガイアーズにも顔が利くし」

「やっぱ凄いんですね、所長さんって」

 

適当な所に車を止めて、鳥居を守る門番達に挨拶する。

 

「カナタの姐さん!お久しぶりです!今日は鬼童丸との殺し合いですかい?」

「いいや、新人研修さ」

 

「...今、さらっと殺し合いとか言いませんでした?」

「言ったよ。所長ここの主と仲いいんだとさ」

「戦う事での異種族コミュニケーションか。私にも覚えはあるな」

「あるんですか⁉︎」

 

「...へぇ。男の方はともかく、二人は逸材ですね」

「まぁ、二人ともまだ仮雇用なんだよね。悲しいけど」

「姐さんのとこなら喜んでついていくでしょうに、新人どもは生意気ですねぇ」

 

「じゃあ、使用時間は申請通り4時間。他に使っている人はいるかい?」

「ええ、最近ガイアーズになったサマナーが一人、中で仲魔集めをするって言ってましたぜ」

 

門番の一人、キバさんに案内されて鳥居の奥に入る。

 

すると、空気が一変した。

周囲からひしひしと感じる殺気。出入り口を見張っていたのだろう。

カモがやってきたと思われているのだ。いささか癪だな。

 

「ここ、は?」

「ここは異界、悪魔の領域さ。ほら、そこら中から殺気が飛んできているだろう?」

「...これが、殺気」

「ま、所長とデオンがいるんだ。大事にはならねぇよ」

 

そうして、わざと無警戒に異界の奥に入る。当然囲まれるが、

 

「さ、縁ちゃん。最初の課題だ」

「な、何ですか?」

「この場から、生き延びてみせて!」

 

周囲から悪魔が飛び出してくる。数は見えているだけで14、幽鬼ガキと魔獣カブソ、凶鳥イツマデなどが主だ。

 

「ひゃっひゃっひゃぁ!新鮮なMAGだぁ!」

「殺していい人だよね!」

「ピィイ、ガァアア!」

 

遠距離魔法による包囲殲滅はなし。念のため出していた魔反鏡は必要なかったようだ。有り難い。まだ製法が確立されていない非売品なので、あまり使いたくはなかったのだ。

 

「デオン、前出るぞ」

「...エニシを守らなくていいのかい?」

「ああ、戦いを学ばせるにはこれが一番手っ取り早い」

「それで、彼女が死んでもかい?」

「死なねぇよ。神野は聖女、高位覚醒者だ。この程度の雑魚に殺されはしない」

 

高位の者をこの程度の戦力で殺せるのなら、この業界はもっと人間に優しくなっているだろう。

 

それだけ、隔絶しているのだ。力場の力が。

 

前に出てきたガキとカブソをデオンが流れるように斬り伏せ、空からデオンを狙ってくるイツマデを俺が狙い撃つ。デオンの華麗な剣舞は見ている者全てを引きつける。お陰で動きやすくてたまらない。

 

弾も最低限の消費で済んでいるので、かなりの黒字が見込めそうだ。

 

さて、あらかたの悪魔は討伐し終えた。所長も同じようだ。

 

残りは、神野に襲いかかっているガキが2体。それに対して神野は、乱暴に手を振り回している。

だが、目は開いている。これは、戦闘面でも逸材かもしれない。

 

「ウギャァア!」

 

そして、振り回していた一発がガキに当たった。ただのラッキーパンチだが、聖女がガキを屠るには十分な威力だった。

 

そして崩れ落ちた仲間に驚いたガキは驚きから動きを止めた。そこに神野のテレフォンパンチが放たれる。

 

ガキは腕でガードしたが、それごと吹き飛ばされ絶命した。

 

「これが...私の力?」

「初勝利、おめでとさん。人間じゃないって言った理由、わかったろ?」

「...はい。私は、こんなに簡単に命を奪えるんですね」

「気負うことはない。その力を振るうのは、君の意思さ」

 

「じゃあ、縁ちゃん大丈夫そうだし行こうか。ここから先は縁ちゃんは見学ね。私が護衛でデオンくんと千尋くんが戦闘役」

「了解、ついでに仲魔集めを狙うことにしますよ」

 


 

探索が始まった。この闘争森林に出てくる悪魔はどいつもこいつも血の気が多い。が、低位の悪魔ばかりだ。デオンがいれば手こずることなく倒すことができる。

 

「さて、コボルトくん。君には選択肢がある。MAGを全部置いていくか、このまま蜂の巣になるかだ」

「...お前、それ動けない奴に言うことかよぉ!」

 

神経弾が効き、身動きの取れなくなったコボルト相手に交渉をする。脅迫と言い換えても構わない。

 

悪魔相手の交渉など、こんな感じでいいのだ。

 

「わかった、わかったよ!MAGならくれてやる!」

 

そういって解放されるMAG。見た感じ通り、結構溜め込んでいたようだ。

 

「さて、コボルトくん。君には選択肢がある。魔貨(マッカ)を全部置いていくか、デオンに刻まれるかだ」

「今度はマッカかよぉ!」

「わかった。デオン、やれ」

「サマナーの指示だ、悪く思うなよ悪魔。元はと言えば君が襲いかかってきたのが悪いんだ」

「わかった、マッカはやるよ!でも、マッカは俺しか知らない場所に隠してる。だから!」

 

見苦しくも命乞いをするコボルト。というか、そんな見え見えの罠にはかかってやるつもりはない。

 

「デオン」

「了解だ、サマナー」

 

スパッという綺麗な音と共に、コボルトの首は飛んだ。

 

「なん、でだ?」

「そりゃ、お前を自由にする理由なんてないからな」

「この...悪魔め!」

 

首が離れてもある程度喋れるとか、やっぱ悪魔って怖い。気をつけよう。

 

「所長さん、なんか悪魔が可哀想に見えてきました」

「それは気の迷いだよ、縁ちゃん。いや、千尋くんのあのやり口は私も引くけれど」

 

そんな会話をよそに、先に進もうとする。だが、茂みが揺れる音が聞こえた。

 

見れば、ピクシーが茂みの中でプルプルと震えている。敵がまた見つかった。

 

「あのー、千尋さん。その辺にしてあげても...」

「いや、ピクシーがいるって事はあれが来るって事だ。どうせ戦いになるのなら敵は少ない方がいい」

 

「やめて、殺さないで!」

「じゃあ増援を呼ぶのを止めろや。そっちが殺す気で来るからこっちも手加減できねぇんだよ」

「...なぁんだ、バレてたん、だ!」

 

ピクシーの電撃魔法(ジオ)を回避してデオンに指示を出す。ピクシーはいた茂みごとぶった切られた。

だが、増援を呼ぶピクシーのMAG波形は発振された後だった。

 

「...遅かったか」

 

走ってくる音が聞こえる。ずんぐりむっくりとした巨体と、それを十全に生かした走り方。

 

妖精スプリガンが、やってきた。

 

「サモン、ノッカー、モコイ、カラドリウス!」

「儂の出番か、面倒じゃの」

「また強敵の壁やらされる気がするんだよね、僕」

「大丈夫さ、デオンがいる!」

 

妖精スプリガン。妖精を守る戦士。普段は小柄だが、戦う時には巨人となって襲いかかってくる。

そして、この闘争森林に住んでいるのだからこのスプリガンがかなりの実力を備えているのには間違いない。遠目で見た感じでも、体長は5mはありそうだ。

 

「デオン、巨人との戦闘経験は?」

「多い方ではないね」

「なら、指示は俺が出す。アナライズが終わるまでは攻撃をいなしつつ、足を狙ってくれ」

「了解だ、サマナー」

 

ノッカー、モコイ、カラドリウスにそれぞれ強化魔法を使わせる。これでデオンは俺の手札の中で最強になる。

 

「ウォオオオオ!ピクシー、無事かぁ!」

「あいにくと、彼女はもう斬った」

「...許さん!死ねぇ!」

 

巨体を活かした振り下ろし。力尽くだが、それ故に恐ろしい。強化をかけていたとしても、ノッカーでは耐えられなかっただろう。

だが、デオンはいとも簡単に捌いた。まるで舞踏のように軽やかに。

 

「カラドリウス、回復待機!ノッカー、顔面狙って氷結魔法(ブフ)!モコイ、ブフが通ったら突撃!」

 

そう言って、走り回りながら銃を放つ。力場により威力はだいぶ削がれたが、弾着はした。ダメージは見えない。銃撃耐性か?

 

そしてブフが当たり顔が氷で覆われたところに、モコイの突撃が入る。ダメージは少ないが、体勢を崩す事くらいはできた。

その隙に、デオンが右足にダメージを重ねていった。

 

「うぃいいい!鬱陶しい!」

 

そんな言葉と共に、デオンを無視して俺に殴りかかろうとしてくる。右のテレフォン。術はなし。回避は容易だ。

 

もっとも、回避する必要があるかは疑問だったが。

 

「どこを見ている?妖精の戦士」

 

デオンが、その隙にスプリガンの足の腱を切り裂いた。それによりスプリガンは巨体を支えきれなくなり、顔面から転げ落ちた。

 

そして、アナライズ完了。弱点属性は火炎だ。

 

「デオン、その位置から2歩下がれ。せっかくだし俺の術を見せてやるよ。」

 

スマートウォッチを操作して、魔法陣展開代行プログラムを起動。発動する術式は、MAGの通り道を作り出すことでストーンの火力を増大させるもの。この術式が俺がこれまで生き残ってこれた理由であり、大物殺しの必殺技だ。

 

「アギストーン。超過起動(オーバーロード)!」

 

ルーン魔術により低級魔法を入れたストーン(自作、材料費2000円)を爆発させ、その火力を全てスプリガンにぶち当てる。

 

「俺はぁ!」と一言言い残し、スプリガンは炎の中に消えていった。

 

「どうよ、ちょっとは見直したか?」

「ああ、君は実に有能なサマナーだとわかったよ」

「後は前衛張ってくれる仲魔がいれば最高なんだが、どうよ」

「あいにくと、まだ決められないな。僕には案外知らないことが多くてね」

 

ひとまず周りに悪魔の気配がなくなったことをエネミーソナーで確認したのち、神野と所長に向き直る。

 

「デオンくんが入ってから、動きが随分と良くなったよ。これは何をしても捕まえておかなきゃね」

「案外手強いんですよ、デオンは。なんか良い策ないですかね」

「それを本人の側で聞くか、サマナー」

 

「...凄いですね、千尋さんって。あんな大きい悪魔に対して一歩も引かないでやっつけちゃうなんて」

「それは、お前がまだ自分の力を把握できてないだけだよ。多分、お前だとワンパンで沈められるぜ?」

「...え?」

「そうだね、体と魔力の使い方を覚えればすぐに千尋くんよりも強くなれるよ。それは保証する。それだけ凄いんだ、聖女ってのはね」

 

いまいちわかってない神野を置いておいて、探索を続ける。大物であるスプリガンを消費少なく倒せたことにより黒字はさらに加速した。これなら、70万MAGの超赤字を取り返すのもそう遠くはないのかもしれない。

 

「サマナー、取らぬ狸の皮算用という言葉がある」

「...良い仲魔を持ったよ俺は」

 

まぁ、今は神野の裏社会見学が無事終わることを優先しよう。うん。

 


 

そして、異界を一回りしたのち、主のいるフロアに辿り着く。一段と濃い異界強度(ゲートパワー)。この辺りからは死力を尽くさねば万が一があるだろう。ノッカーモコイカラドリウスのいつものメンツは召喚済みだ。

 

だが、悪魔の気配はあれど、襲いかかっては来ない。それどころか俺たちの事を気付かれていないかもしれない。奇妙だ。

 

「皆、戦闘音がする。誰かが鬼童丸と戦っているようだ」

「例の新入りガイアーズですかね」

「止めるよ。この異界がないと新人の死亡率は跳ね上がる。まぁ、鬼童丸が負けるとは思わないけどね」

「はい」

 

森の奥に入ると、奇妙な光景が目に入った。

倒れ伏している男、防戦一方の牛の皮を被った鬼、鬼童丸。そして、どこか狂気的な動きで鬼童丸を圧倒している女武者。

 

所長がハンドサインで下がれと伝えてくる。女武者は、鬼童丸をたやすく圧倒している。足手まといがいてはまずいことになりそうだ。

 

「あらあらあら、珍客ですね」

「すまないが、その辺りにしてくれないか?この異界はしっかりと管理されている。鬼童丸を殺したところで意味なんかないよ」

「何を馬鹿な事を。この鬼は、人を喰った事のある人に害なす鬼です。命ある者として、殺すのが当然でしょう」

 

鬼殺しを成す程の実力、歪んだ思考、女武者、これだけ要素があれば逸話の一つでも引っかかるものだろうが、全く情報がない。何者だ?

 

「...気を付けろ、カナタ!コイツは、ただの悪魔じゃない!」

「アナライズ結果出ました。全属性不明、アンチアナライズフィールド張ってます」

「仕方ない。千尋くんは鬼童丸の回復を!私がこの武者を討つ!」

「皆、いつものを所長に!」

攻撃力強化(タルカジャ)!」「防御力強化(ラクカジャ)!」「反応性向上(スクカジャ)!」

「鬼に与する者...そうですか。なら貴方も殺しましょう」

 

武者と所長は、爆ぜるような高速移動の後真正面から衝突した。

 

「鬼童丸さん、魔石です」

「...ありがとよ」

 

鬼童丸は、受け取った魔石を砕いた。すると、中にある活性マグネタイトが体に吸収され、その傷を魂の側から治療する。

 

治療の様子を見ながら、女武者と所長の戦いを見る。まるで、嵐のようだ。強化魔法で強くなっている所長の疾風を纏う斬撃を、雷を纏った刀剣で真正面から迎撃している。その余波で離れている俺たちにも衝撃が飛んでくるあたり。あの嵐の中心で人間がどうなるかは考えたくない。

 

「...所長一人じゃ持たないかもしれません。あの武者の耐性と使用技を教えてください」

「あの武者の動きは、()()。だが、鬼殺しの概念装備を持っているのは間違いないぜ。斬撃に耐性のある俺が、刀やマサカリでダメージを受けた」

「...成る程、悪魔に概念装備を持たせられるサマナー。かなりのやり手ですねあのガイアーズは」

「それが、どうにもそういう訳じゃねぇ。悪魔に武器を与えたにしては、あまりにも手に馴染み過ぎている。元々奴の装備だったみたいにな」

「ということは、魔人?」

「んな訳あるか。奴の強さは武人のそれだ。心を悪魔に明け渡すなんて真似するかよ」

「謎しかねぇですね。でも、とりあえずできる事をやってみます。魔石をもう一つどうぞ」

「...うし、これで戦える。感謝するぜ、坊主」

「俺は花咲千尋、サマナーです」

「ッハ!鬼に名乗るとはいい根性してんぜ!俺は邪鬼鬼童丸!今だけは、テメェの味方さ!」

 

鬼童丸が、嵐の中に飛び込んでいく。鬼童丸の性質、知略をもって襲う鬼にしては随分と杜撰に見える。

だが、鬼童丸なりの考えがあるのだろう。例えば今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()についての事とか。

 

「デオン、当てられて動けないとかないよな」

「大丈夫だ。少し見入っていただけさ」

「じゃあいくぞ。嵐を抜けて、サマナーを殺す!」

 

「待って下さい!」

 

走り出そうとした俺とデオンの前に、神野が立ち塞がる。その足は震えていたが、その意思は強かった。

 

「殺すのなんて駄目です!生きている、人なんですよ!」

「でも、殺さないと所長と鬼童丸が殺されるそうしたら次は俺たちだ。行くしかないんだよ。」

「それでも、他に方法があるはずです!」

「エニシ、綺麗事では誰も守れない。悲しいけど、それが現実なんだ」

「いいえ、いいえ!綺麗事が悪い訳がない!だって綺麗事ってのは、みんなの望んだ未来の形なんだから!」

 

青い理想、青い強さ。叫ぶたびに、足の震えは収まっていった。

この神野縁という少女は、命を賭けると言ったのだ。話したことすらない赤の他人のサマナーの為に。

 

その高潔な意思に当てられたのか、ため息が一つ出た。

 

「デオン」

「...仕方がない。僕もこの輝きは奪えない」

「...それじゃあ!」

 

「ノッカー、モコイ、カラドリウス!後先考えるな!全力の魔力で支援を!」

「僕ら、今度は死ぬまで働けってさ。ブラックだね」

「ええじゃろ。そういうサマナーに仕えるのも面白いのじゃからな」

「さ、行くのさ!」

 

「神野!デオン!俺の盾になれ!」

「わかりました!」「任せてくれ、サマナー!」

 

戦闘の余波だけで草木がなぎ倒される嵐を突っ切って、敵サマナーの元へ向かう。デオンと神野を盾にして。

 

「成る程、“こんぷ”とやらを狙う気ですね。そうはさせません!」

「させてみせるさ!それが私の戦いだ!」

「よそ見してんじゃねぇ、俺を見ろ!」

 

「無駄です。私を止めるには、貴女方では3人ほど足りない。牛王招雷・天綱恢々(ごおうしょうらい・てんもうかいかい)

 

瞬間、女武者が5人に分身した。増えたそれぞれが刀、槍、弓、マサカリを握っている。どれも一級品の概念装備だ。

 

風を纏う弓を、所長がクレイモアで受け止める。

光纏うマサカリを、鬼童丸が根本で受けてその力を止める。

神速で入り込んだ槍を、デオンが払い続く刀にぶつける。

 

だが、雷光をチャージしていた本来の女武者の攻撃を防ぐ手段は俺にはない。斬撃と電撃の複合属性では、物反鏡でも魔反鏡でも防ぎきることはできない。

 

だから、ここで諦めても仕方がないのだろう。全員纏めて雷光に焼かれて死ぬのが、最も可能性の高い未来だ。

 

だが、俺はやはり諦めが悪いのだろう。敵サマナーの方に走る足は止まらなかった。そんな俺に、女武者の照準が定まったのを背後から感じる。

 

このままでは俺は死ぬだろう。だから、()()()()()()

 

「私が、死なせない!」

 

彼女の、力に。

 

「体の内側の想いを、叫ぶように解き放て!それが、お前の力だ!」

「...これが、私の想い!護りの盾!」

 

アクセル全開の術のぶっぱ。それは、高純度で作り上げられたマグネタイトの障壁。倒す力でなく守る力。聖女らしく、彼女らしい力だ。

 

それを嬉しく思う。

 

「まさか、私の雷を防ぐ子がいるとは。人の世は、面白いですね」

 

あと、動けるのは俺だけ。分身は大技を放った事で実体を取れなくなったが、リチャージはそう遅くないだろう。

だから、俺は俺のやるべき事をする。

 

「プログラム、起動!マグネタイトライン、ハック!逆流しろ、マグネタイト!」

 

サマナーが左手に握っているスマホに対して魔導ハッキングを仕掛ける。パスワードのかかっている待機状態ならともかく、起動し操作待機状態の悪魔召喚プログラムならハッキングは容易だ。

それをもって、英雄“ライコウ”に伝達されているマグネタイトを逆流させ、マグネタイトを回収する。

 

送還は、悪魔側に力があれば拒否できてしまう。故にこれが、サマナーを殺さないでできる俺の精一杯だ。

 

「力が、抜けていく...ッ⁉︎」

「肉の体を持たずマグネタイトに依存する。それが、悪魔の限界だ!」

 

クレイモアに、風が集まる。疾風魔法(ガル)と斬撃を組み合わせた所長、浅田彼方の必殺の大上段。

当然、ライコウは迎撃しようとするが、デオンにより投げつけられたサーベルが腕を貫いた事で、その迎撃は防がれた。

 

そして、ライコウの脳天から疾風の斬撃が振り下ろされ、右と左、二つの半身に別れて地に落ちた。

 

風王斬撃(エアリアル・ザッパー)

 

その技の名前が呟かれ、それが終戦の合図となった。

 


 

「どうだい?千尋くん。サマナーの様子は」

「意識が戻りませんね。ハックした時の感じからですが、マグネタイトの主導権がライコウという悪魔にあったのでしょう。このサマナーは、電池として扱われて、MAG欠乏症に陥って死にかけています」

「どうにかならないんですか⁉︎」

「今どうにかしてる。魂を傷つけないようにゆっくりとMAGを浸透させていけば、まぁ死ぬ事はないさ」

「ありがとうございます、千尋さん!」

 

その笑顔がちょっと辛い。これは別に善意からの行動ではないのだ。

 

「それで、ライコウとかいう悪魔についてはどうだ?」

「...それが、わかりません。スマホをハッキングし直してみたんですが、契約悪魔から英雄“ライコウ”の名前は消えていました。どうにもただ事じゃないですね」

「どういう事ですか?」

「悪魔召喚プログラムってのは基本的に、契約の代行をしているだけなんだ。だから、本当の契約は魂と魂で行われてる。だからライコウって悪魔がぶった切られたとしても、その魂はこのサマナーに引っ付いていないとおかしいんだよ」

「へー」

「わかりませんって素直に言えや」

 

「てへ」っと頭をコツンと叩く神野。不細工がやればムカつく事この上ない仕草だが、容姿の整っているコイツには似合っているので怒るに怒れない。なので、ため息一つついて終わらせる事にした。

 

「...にしてもライコウか、嫌な名前を付けやがる」

「済まない、私はこちらの神話に詳しくないのだ。ライコウとは何者なんだ?」

()()()()()()()()()()()()()、ライコウってのは昔のデビルバスターの名前だよ。俺は昔奴に殺された」

「それが鬼童丸の由来だね。牛の皮を被ってだまし討ちしようとして、しかし見破られて射殺されてしまった。ってね」

「そんな()が、昔いたのさ。あー、胸くそ悪りぃ」

 

鬼童丸は異界のマグネタイトを吸収する事で回復したのか、準備運動を始めている。それを見た所長も、「仕方がないなぁ」と言いたげな目で戦闘準備をした。

 

「さ、デオン、神野、離れるぞ。」

「...え、何が始まるんですか?」

「異種族コミュニケーションだね。でもいいのかい?鬼童丸は異界の主なのだろう?」

「そこんとこは良く知らないが、多分大丈夫だろ。じゃれあいみたいなもんだしな」

「...所長さんの事がよくわからなくなりました。普通の人だと思ったのに」

「所長は、色々ダメなバトルジャンキーだ。それが祟ってテンプルナイツ追い出された筋金入りだから、比較にはするなよ」

 

その言葉に、二人はどこか納得して戦いを見つめた。

 

鬼童丸の攻撃を正面から弾き、受け止め、必殺の一撃を入れる。

数合と持たなかったが、鬼童丸も所長もどこか楽しげだった。

 

「また強くなりやがったなカナタ。成長の遅い悪魔のこの身が恨めしいぜ。悪魔合体でもするかねぇ」

「やめてくれ、友人が減るのは辛いんだ。君は君のままが一番良い」

「...ありがとよ、カナタ」

 

そんな一幕を見ていると、倒れていたサマナーが目を覚ました。

 

「...ここは?」

「闘争森林の奥、主の間だよ。災難だったなお前」

「...そうだ、ライコウは⁉︎」

「分からん。ぶった切られてからスマホに戻ってないのは確かだ。...じゃあ、これから尋問を始める。拷問の経験はあまりないから、早めに喋ってくれることを祈るぜ」

 

「わかった、話す。だが俺もライコウの事はよく知らないんだ」

「サマナーなのにか?」

「この異界で仲魔を集めていたら、急に現れたんだ。右も左もわからないってんだから騙して手駒にしようとしたんだが、気付いたら契約を乗っ取られてた。んで、MAG電池の出来上がりさ」

「ライコウが現れたときに前兆みたいなものはあったか?」

「...いや、俺には感知できなかった。まるでそこに元からいたみたいな自然な出現の仕方だったよ」

「これは、ヤタガラス案件ですかね」

「契約を乗っ取る悪魔。それがライコウ以外にもいたのなら大事だよ。警戒を促さないと」

 

そんな会話を最後に、俺たちは異界から立ち去っていった。

 


 

「なぁ、嬢ちゃん」

「なんですか?えっと...」

「ミナモトだ」

「神野縁です」

「縁ちゃんは、どうして俺を助けたいって思ったんだ?距離が離れていても殺す手段なら幾らでもあったし、第一俺はライコウのサマナーだったんだ。殺されるのが筋ってもんだぜ」

「知らないですよ、そんな事」

 

「死んで良い人なんていません。死ぬのが筋だなんて間違ってます。そう思ったら後は体が勝手に動いていたというか...」

「成る程、大した嬢ちゃんだ。」

 

「ガイアに用があるときは俺に連絡をくれ。絶対に力になる。命の恩には、命で返すぜ。俺たちはメシアンと違って義理堅いんだ」

「...はい!」

 


 

それからのこと。

 

神野の裏社会見学は、想像以上の成果をもたらした。アクセル全開の力の使い方を覚えたことで、力のコントロールをなんとなく理解したのだ。それに、戦う事に対しては及び腰だが、守ることに関しては躊躇わないという神野の性質も理解できた。

 

これなら、しっかりとした知識を与えれば道に迷うことはないだろう。この事務所から神野が離れるのは少し寂しい気がするが、まぁいいだろう。

 

「どうしたんですか?千尋さん」

「いや、安心したってだけさ。お前大活躍だったし」

「まだまだですよ。結局皆さん頼りになってしまいましたし」

「そう謙遜するものではないよ、エニシ」

 

「君の力は、とても好ましい。きっと多くの人を守れるさ」

「...はい、ありがとうございます!」

「元気がいいのは何よりだ。じゃ、これからお前の取るべき道について説明する。その中から何かを選ぶのも、自分で新しい道を見つけるのも自由だ」

「それって、メシア教とかガイア教とか大きい組織に私を入れるって事ですか?」

「ああ、お前にとっても悪い話じゃない。デカイ組織には、デカイだけの理由があるからな」

「...私は、ここに居たいです。所長さんと、千尋さんと、デオンさんがいるこの事務所に」

「...そうか」

 

随分と気に入られたものだ。だが、デオンはその言葉に笑っていた。所長もだ。聖女の力を必要とする者たちは多いのだから、それなりの組織にいるべきだと思うんだが、それは未来の神野の選択に任せてみよう。とりあえず、この事務所にいるというのなら...

 

「じゃ、座学な」

「...それはご勘弁を」

「何言ってんだ、こんな小さい事務所にいるんなら、知識は滅茶苦茶必要なんだよ。所長がアレだと尚のこと」

「千尋くん、酷くない?」

「だったらもっとちゃんとしてください。公認権限失効されたいんですか」

「...返す言葉もございません」

 


 

ヤタガラス。それは古くから日本を守る異能者の集団。

そんな彼らの元に、一つの報告が届いた。

 

「現れたか、アウタースピリッツ」

「今回は在野のサマナーにより討たれたようですが、影響は広がり続けています。平成結界が完全に崩れ去る前に、早急な対策が必要かと」

「じゃがのぉ、奴らには既存の悪魔との戦い方が通じぬ者もおる。精鋭部隊を作るにも人選は難しいぞ」

「...とりあえず一人、心当たりがあります」

 

「撫で斬りカナタ。今回現れたライコウを討伐したやり手の悪魔討伐者(デビルバスター)です」

 

世界は、着実に動き始めていた。




デオンくんちゃんにしれっとおかしい事をさせるスタイル。でも剣技を宝具にしてる化け物技量勢なので問題はないはず。


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聖女と聖女

やりたかった会合です。生きている者を導くことこそがサーヴァントの本懐だと思うので

あ、操作ミスによりこれは本日2本目です。3話を見ていない方はそちらからどうぞ。


ライコウの事件から1週間。力のコントロールを覚え、日常を取り戻した神野は、学校に行きながら今日も今日とて裏の世界に立ち向かうための知識を蓄えている。

 

とりあえず今日は訓練をデオンに任せられそうなのでゆっくりと魔術書を読み込んでいると、神野の声が響いてきた。「暇ですねぇ」と。

 

「俺たちみたいなのが暇なのはいい事だよ。ていうかデオン、神野の訓練はどうした?」

「...彼女、ある意味凄いぞ。どんな武器を持たせても向いてない。鍛え続ければ普通くらいにはなるかもしれないが、それならもう拳で戦わせた方が早いくらいだ」

「いやー、すいません。でも、運動神経自体は悪くないんですよ!」

「知ってるよ。...となると、祝福を受けたガントレットあたりを主武装にするのが正着かねぇ...幾らかかるんだ?」

「スマホの操作できなくなるからガントレット使う人なんて今日日いないからね。製造技術残ってるかな?」

「そこまでですか...」

「最悪素手でいいんじゃないかな。彼女の身体には神聖な力が付与されている。武器がなくても戦えない事はないよ」

「へー、そうなんですか」

「じゃあ、次はCOMPの都合だな。手足を武器に使うんだとしたら、首から下げるのが良いかな」

「こんぷ、ですか?」

「ああ、悪魔召喚プログラムの入ってるコンピュータ機器のことをそう言うんだ。俺のスマートウォッチもCOMPの一種だな」

「へー、所長さんは何を使っているんですか?」

「私はコレ、スマホ型COMP。安いけど最低限の機能は揃ってるの。私みたいな身一つで戦える異能者からすれば、COMPはそんなに必要じゃないからね」

「ちなみに、普通のスマホに悪魔召喚プログラムをインストールして即席COMPにするって手もある。召喚にストックしたMAGを使えないから悪魔の制御くっそ疲れるけどな」

「へー」

「いや、疲れるで済むのは千尋くんだけだから。普通は暴走するからね。」

 

そんな会話をしつつもどこかのんびりと時間を過ごす。まぁ、こんな日もいいだろう。覚醒者の身体能力は魂に引きずられているので筋トレしても効果はほとんどないのだ。だから軍人たちがトレーニングに使う時間を有意義に使える。

まぁ、逆に言えば幾ら筋トレしたとしても勝てないやつには勝てないということなのだが。

 

「じゃあ、今日の営業時間終わったらCOMPショップに案内するね。縁ちゃん」

「ありがとうございます!...でも私、サマナーになるつもりはないですよ?」

「いや、普通に便利なんだよ悪魔召喚プログラムって。オートマッピングプログラムにマグネタイトの収集機能、あとは異空間に物を収納できるストレージ機能とかな」

 

そう言って、スマートウォッチを操作してストレージからP-90を取り出す。

神野は、「おー」と手品を見た時のような反応をしていた。

 

「他にもインストールアプリとして、敵の存在を教えてくれるエネミーソナー、敵の奇襲を知らせてくれる百太郎、周囲の地形を教えてくれるネオ・クリア、マグネタイトの印象を変えることで会話の成功率を上げるレディ・キラーズ、みたいに色々な機能が選り取り見取りだ。持っていて損はないんだよ」

 

その後、ネットでの異界討伐依頼が2件やってきて探偵事務所の営業時間は終了となった。

 

「じゃ、縁ちゃんのCOMP買ってから異界回りに行こうか。デオンくん、車お願い」

「任されたよ、カナタ」

 


 

四分儀ガジェットストア。結界が張ってあるため決まった道順を辿った後にしか認識できないアングラなショップだが、なかなかに良いものが揃っている店でもある。

ちなみに、俺のスマートウォッチを買ったのもこの店だ。

 

「やぁ、千尋くん。スマートウォッチの様子はどうだい?」

「今のところ問題はないです。魔法陣作成代行プログラムの方もバグは見つかってないですね」

「千尋さん、この人は?」

「四分儀さん。この店の店長だよ」

「私のスマホ型COMPもここの店で買ったんだよ。投げ売りされてたやつ」

「テクノロジーに頼らない化け物は呼んでないよ、撫で斬りカナタ」

「いいじゃない、別に」

「それはともかく、四分儀さん、コイツにCOMPを見繕って欲しいんですけど」

 

神野の背中をトンと叩く。すると、「神野縁です!よろしくお願いします!」と元気よく声を上げた。ちょっと緊張していたようだ。

 

「んー、異能者系だね。強い力場を感じる。獲物はなんだい?」

「今のところは素手、祝福付きのガントレットあたりを使わせようかと思ってる」

「となると、音声認識タイプか思考操作タイプだね。それならちょうどいいのがあるよ。これだ」

 

そう言った四分儀さんは、引き出しから十字架を取り出した。メシアンの天使使いが使うCOMPのようだ。

 

「首からかけられる思考制御型のCOMP。メシアンからの払い下げ品だけど、しっかり初期化したから大丈夫。どうだい?」

「いいんじゃない?イメージぴったりだし」

「...でも、どうせ欠点があるんだろ?お前が普通に良い物を売るとは思えん」

「察しがいいね千尋くん。その通り。このCOMPは高位の悪魔と契約できるようにエミュレータが高性能なものになってるんだけど、その分拡張容量が死んでる。構造上メモリを増やすのも無理だ」

「うわぁ...」

「つまり、百太郎?みたいなアプリを入れられないって事ですか?」

「その通り。プリセットで入ってるアナライズとエネミーソナー以外インストールアプリはなし。入れられて容量の軽いアプリくらいだね。百太郎はギリギリ入るかな?」

「それで、幾らだい?」

「18万円」

「「安ッ⁉︎」」

「まぁ、所詮中古品だし。カスタマイズもしてないしね。新人にウチを布教するには良い機会って事でお安くしてるよ。どうだい?神野さん」

「わかりました、買います!」

「おー、元気いいね。支払いは浅田探偵事務所の口座で良いかい?」

「ああ、構わないよ」

 

「所でデオン、何見てんだ?」

「ッ⁉︎な、なんでもないよサマナー」

 

その目の先には、魔本型COMPがあった。COMPが欲しいなら言うはずだ。と言うことはもしかしてコイツ、読書をしたいのか?

 

そんな事を思った俺は、携帯でのネット通販であるものを注文する。有料会員特典の速達サービスにより、明日の朝には届くようだ。

 

「それじゃあ、異界に行くよ。デオンくん、運転よろしく!」

「ああ、任せてくれたまえ」

 


 

たどり着いた異界の基点は、公園の入り口にある銅像だった。

金田権助像。成金と名高いが、きちんと公共福祉に金を回していた個人的には好きな人の銅像だ。だがその遺族はその名声故に悪魔絡みの事件に巻き込まれる事が多く、サマナーからしたらいい金ヅルだったりする。

 

「でも、この人ってどうしてこんな有名になったんですか?」

「それは、私も気になるね。銅像を建てると言うことは自己顕示欲があるという事だろうが、悪戯された様子があまりない。慕われているのだろう?」

「この人は、“ウカノミタマ”を作った会社の社長だった人だよ。悪魔のデオンはともかく、神野は授業で習ったろ」

「あ!ウカノミタマは知ってます!食料革命ですよね!」

「食料革命?」

「ああ、ある物質を肥料にするシステムを作った事で日本の食料自給率を300%に上げたっていう伝説の革命だよ。今この国で飢えている人が居ないのはウカノミタマのお陰なんだぜ」

「それは凄いな!とすると彼は救国の英雄というわけか」

「そう言う事」

 

まぁ、そのある物質というのがMAGだという事は黙っておこう。この世界がどん詰まりだと気付く人は少ない方がいい。

 

「それじゃあ、中に入るよ。今日は縁ちゃんと私が前に出るから、バックアップよろしくね、千尋くん」

「了解です」

「頑張りますね!」

 

そんなわけで金田権助像から異界に入る。今回は、オブジェの内側が異界になっているパターンだ。悪魔召喚プログラムの異界侵入機能を使って侵入を試みる。障害はなく、すんなりと異界の中に入ることができた。

 

「うん、問題なし。待ち伏せもないね」

「こんな異界もあるんですね」

異界強度(ゲートパワー)はそんなに高くないです。ですがダンジョンタイプの異界、トラップには注意を」

 

そんな事を口にしたら、爆発音が聞こえた。

 

「これは、先客かな?」

「...トラップにかかったんですかね、一応様子を見に行きましょう」

「怪我していたら大変ですもんね!」

「だが皆、気をつけて。悪い気配ではないと思うのだが、何かがいる」

「おうよ」

 

そうして先に進んでいくと、宝箱に対して蹴りを加え続けている胸の開いた修道服の女性がいた。

 

「あーもう!何なのよ!突然爆発する宝箱なんて聞いたことないわ!こういうのは、普通困ってる私に対しての主からの贈り物でしょうが!」

 

なんか、やけに荒っぽいが。

 

そんな素振りを見ていると、こちらの気配に気づいたのか咳払いをしてからこっちに振り向いた。

 

獲物は十字架のついた杖。メシアン系列の術者か?

 

「こんにちわ。私はマルタ。この異界に迷い込んでしまった者です」

「はい、マルタさん!神野縁です!」

「良き魂をしていますね。とても好ましいです」

 

その物怖じしない神野の突撃により、とりあえずは休戦という事になった。とはいっても俺も所長も抜き打ちはできるように構えているし、マルタさんとやらも杖から手を離してはいないが。

 

「浅田彼方だ。悪魔討伐者(デビルバスター)をしている」

「シュバリエ・デオン。今はチヒロの仲魔さ」

「花咲千尋、悪魔召喚士(デビルサマナー )だよ」

 

その言葉に、ピクリとマルタさんの目が動いた。

 

「デビルサマナー ...あなたは、悪魔に与する者ですか?」

「いや、サマナーってのは悪魔を使って悪魔を殺す人でなしの事だよ」

「...時代も変わったのですね、いいでしょう。ひとまず受け入れます。私は未だ右も左もわからぬ異邦人ですから」

 

そのキーワードに、引っかかりを覚える。

 

「すいません、アナライズをしても構いませんか?」

「アナライズ?」

「害になることではありません。これです」

 

自分に対して使ったアナライズの結果をマルタさんに見せる。

 


[人間] 破魔、呪殺無効 毒、精神耐性


 

「こんな感じに、弱点と耐性がわかる分析機能です」

「...いいでしょう、受けます」

「これから敵対するかもしれないのにかい?」

「千尋は自分の身を晒す事で信用を得ようとした。なら、それには答えるわ。私、義理堅い方ですから」

「良き人だね、マルタは」

「よしてよデオン。私はただのマルタよ」

 

許可をもらえたのでアナライズを行う。「なんかムズムズするわね」とは彼女の談だ。

 

そして数秒後に示されたその表示結果に思わずため息を吐きたくなってきた。あかんやつやコレ

 

「それで、どうなの私の耐性って奴は」

「ええ、呪殺、呪いの類に耐性がないですがそれ以外は素晴らしいです。他に弱点はなく、打撃と炎と毒耐性がありました」

「...そういえば、タラスクの火を受けても思ったより熱くなかった事があったわね」

 

「それじゃあ、ここにいる皆で先に進むとしようか。マルタさん、前出てもらっても構わないかい?」

「任せて。接近戦にも自信があるの」

「頑張りましょうね、マルタさん!」

 

「デオン、これどう思う?」

「...人型の悪魔、あるいは擬態の線はないと思う。彼女の魂は実に清々しい」

「だよなぁ...じゃあなんでアナライズに大事な所が映らないんだか」

 


[◼️◼️] 打撃、火炎耐性、破魔無効、毒無効


 

スマートウォッチには、そんなアナライズ結果が示されていた。

 


 

「右から2体、左から1体!臨戦態勢だよ!」

「まずは私が!せいっ!」

 

マルタさんは杖から生み出した光の柱にて接近してきたガキの頭部を消滅させる。ダメージがあることから、破魔属性ではない。光波属性の術か?

 

「サマナー、要らぬ考え事は寿命を縮めるよ」

「だな」

 

神野に向かってきたガキの足を銃撃にて打ち抜き転ばせる。それに神野がテレフォンで殴りかかる。あ、外した。

 

ガキがその隙をついて噛みつきを行おうとしたが、それはマルタさんの蹴りにより頭が吹き飛ばされたことで阻まれた。格闘術士?

 

「皆さま方、どうしてこんな戦いの素人を連れてきているのですか?こんな命のやり取りをする場に」

「戦い方は戦いの空気を知ってからじゃないと学べないよ。だからさ」

「というか、本来は覚醒した時点である程度動けるもんなんですけどね」

「...不甲斐ない私ですいません」

「...あなたの獲物は拳ですよね、エニシさん」

「?...はい、そうです」

「なら、私が戦い方を教えましょう。きっと私のタイプは、エニシさんのものに近いですから」

「良いんですか⁉︎」

「ええ、封印していた48の聖女の闘法。それを伝えるに値する良き魂と出会えたのです。あなたが明日を生きるのに必要な技、教えることに躊躇いはありません」

「ありがとうございます、マルタさん!

 


 

「まずは構え!腰を落として、相手をよく見る!」

「はい!」

 


 

「拳をしっかり握って!雷を握りつぶすように!」

「はい!」

 


 

「躊躇わない!あなたが逃した悪魔は、無辜の民を食い殺すのよ!」

「...はい!」

 


 

「凄いな、マルタさん。神野がみるみるうちにできるようになってきてる。対悪魔用の格闘術が噛み合ってるんですかね」

「でも、肝心な所が改善できてない。彼女は、拳を振るう事に躊躇いを持っている。意思のある生き物を殺すんだから、当然といえば当然なんだよね。私や千尋くんと違って、縁ちゃんはまともな子だから」

 

型はできるようになってから、神野の躊躇いが目に見えて見えるようになってきた。力をつけた事で、考える余裕が生まれてしまったのだろう。

 

「...休憩にしましょう。周囲の警戒をお願いできる?チヒロ」

「ええ。サモン、ノッカー、モコイ」

「今回は、楽できそうだね僕ら」

「じゃのう。それにしてもピカピカしい気じゃ。悪魔には毒じゃの」

 

そんな風にいつも通り警戒要員を召喚すると、マルタさんは目を見開いていた。

 

「...凄い、悪魔召喚をこんなに簡単に行ってしまうのね、現代の術者は」

「術者じゃなくてもやれるんですよ、悲しい事に。悪魔召喚プログラムってものが世に広まってまして」

「ぷろ、ぐらむ?」

「あー、機械で誰でも悪魔を召喚できるってことです」

「...信じられない。それならどうしてこの世界滅んでいないの?主の導き?」

「マルタ、私もこの世界に詳しいわけではないが、この世界に主の導きはない。滅んでいないのは、人の叡智が理由だ」

「...嘘」

 

マルタとデオンはメシア教関係の者だったのだろうか。だが、それなら()()()()()()()()事などとうの昔に知っていないとおかしい。やはり違和感だ。

 

「あの、マルタさんって何をしていた人なんですか?」

「私?あいにくと、大したことはしてないわ」

「それは流石に嘘だろう。君のような聖女が何もしていない訳がない」

「...そうねぇ、やったことと言ったらタラスクのことくらいかしら」

「タラスクっていうと、邪龍だな。子供を食うことと若い女を犯す事を主にしていた毒を吐く龍だ。見たら逃げるのが定石の強力な龍だよ」

「博識ね。まぁ、そのタラスクが旅先で暴れててね、それを鎮めたってのが私のやった事で一番のことかしら」

「確かに、その神聖な杖を使えば邪龍とて物の数ではないだろうな」

 

「あ、タラスクとやりあった時は使ってないわよ、コレ」

 

空気が固まる。何を言っているんだ?と。

 

「タラスクはまぁ、お母さんのいない僻み根性で暴れてただけだったから、説得して暴れるのをやめさせただけなのよ」

「武器を用いずにかい⁉︎」

「ええ。...まぁ、ちょっと手は出たけど

 

小声で恥じるように言ったが、それはちょっとどころではない大業だ。言葉による邪龍払い。なんと尊い行いか。

 

彼女は、聖女として神野の先達となってくれるだろう。そんな気がした。

 

「あー、やめやめ!私の話はいいでしょ。私は、皆の話が聞きたいわ!この世界がいまどうなっているのかとか」

「概ね平和ですよ。悪魔はかなりの頻度で出てきますけど。人間同士の争いはメシア教とガイア教の小競り合い以外ありませんから」

「その悪魔関係の問題も、改善する見込みが出来てるんだ。メシアンとガイアーズはもう何も言えないけど、もうすぐ世界は平和になるよ」

「へー、何か大規模な儀式でもするの?」

「結界を更新するんだよ。今世界を守ってる平成結界を最新の魔導技術でアップデートした新たな結界に。ま、それのいざこざがあったとかで次の結界と年号の名前はギリギリまで公開されないんだけどさ」

「すまないサマナー、平成結界とはどんなものなんだ?」

「ああ、暦である年号って大きなくくりで世界を囲って、現人神であらせられる天皇陛下の威光で悪魔の出現を抑制するものだよ。実際、平成結界の張られた平成12年からは、悪魔の出現率が前年比の2%まで減少したって統計結果もあるんだ」

 

まぁ、実際にはもっと複雑な術式なのだろうが、それは言わなくて良いだろう。マルタさんは術者というわけではないみたいだし、わかりやすさ優先だ。

 

「なるほど、それがこの国が平和な理由か」

「時代が進むと、人間色々やるのね」

「...天皇陛下って凄いんですね、なんとなく尊敬していましたけど、今ではもっと尊敬できそうです!」

 

「じゃあエニシ、休憩終わり!あんたに必要なのは慣れよ!ひたすら悪魔を殴りまくりなさい!」

「はい!」

「あ、すいません。そろそろ俺が前に出ます。異界内部の案内役が欲しい頃ですから」

「あら、肩透かしね」

「大物が出たら任せることになるんで、そこはお願いします」

 

さて、マルタさんの戦い方は十二分に見せてもらった。だが、戦うだけがサマナーのすべきことではない。俺の戦いをするとしよう。

 


 

「アプリ、ジャイブ・トーキン。起動。」

 

「隕九↑縺�。斐□縺ェ縲ゅ◎縺ョ陬�y縲√し繝槭リ繝シ縺具シ?《見ない顔だな、その装備、サマナーか?》」

「ああ、この異界の主に用があってきた。案内役を探している」

 

「ちょっと、アレ会話通じているの?」

「アプリの機能によって、悪魔の意思を翻訳している、らしいよ」

「なんか夢がありますね!」

 

「繧上°縺」縺溘√◎繧後↑繧峨�鬲皮浹繧3縺、雋ー縺翫≧縺《わかった、それならば魔石を3つ貰おうか。》」

「おお、話が早い。俺は花咲千尋。サマナーだ」

「地霊 スダマ 繧ウ繝ウ繧エ繝医Δ繝ィ繝ュ繧キ繧ッ(コンゴトモヨロシク)

 

スダマは、契約が結ばれたことによって俺のマグネタイトの支配下に置かれた。道案内程度の簡単な命令なら余裕だな。

 

「終わりました、じゃ、マルタさん、神野、前衛お願いします」

「わかったわ。それにしても見事な手際ね。悪魔相手に話をするなんて怖くないの?」

「慣れてますから」

「ふーん」

「さ、行きましょう!」

「逡ー逡後�荳サ縺ョ螻�エ謇縺ッ縲√%縺ョ蜈医r蟾ヲ縺ォ譖イ縺後▲縺ヲ縺九i荳峨▽逶ョ縺ョ謇峨r謚懊¢縺溷・・縺縲ゅ◎縺�□縺上�縺ェ縺�ゅヨ繝ゥ繝��縺ョ鬘槭b縺ェ縺��縺ァ蠢��縺吶k縺ェ《異界の主の居場所は、この先を左に曲がってから三つ目の扉を抜けた奥だ。そう遠くはない。トラップの類もないので心配するな》」

「お、トラップないのはありがたいね」

 

そうして、主の間の前の扉とたどり着く。エネミーソナーは当然のレッド。危険悪魔の存在を示唆している。

 

「じゃあ、ぶち抜きましょうか。デオン、マルタさん、所長は突撃準備、神野は俺の護衛な」

 

魔法陣展開代行プログラムにて、術式を形成。対物威力上昇の魔法陣の中心にザンマストーン(自作)を装填する。

 

「3、2、1、GO!」

 

衝撃魔法によりドアをそのままぶち抜いて侵入口を広げる。そのついでにドアを目くらましにしての突入援護。

 

「いきなりご挨拶だなぁ、オイ!広範囲疾風魔法(マハ・ガル)!」

「デオン、マルタさん、そのまま突っ込め!神野!」

「はい!私の力は、護る力!護りの盾!」

「良い援護だよ、エニシ!」

 

盾により疾風魔法を防いだデオンとマルタさんは再び接近しようとする。それに向かいもう一度マハ・ガルを放とうとしていた悪魔の腕をクレイモアが斬り落とす。

 

「残念ながら、相性だね。私に風は通じないんだ」

「ニンゲン、ガァ!」

 

返す刀の斬撃をすんでのところで回避した悪魔。しかし突撃したのは所長一人ではない。

 

デオンの斬撃が、残っていた腕を切り裂いた。両腕を失いガードがなくなったところに、するりと入ってくるマルタさん。

 

「ハレルヤ!」

 

聖句とともにぶち抜かれたボディブローにて、悪魔は爆発四散した。

 

杖を使わないで拳を使ったのは、少しでも神野の成長を促すためだろう。良い人だ、本当に。

 

と、アナライズ結果がスマートウォッチに映る。異界の主の名前すら聞けなかったのは残念だが、まぁ誰も怪我をしていないのは良いことだ

 


[邪鬼] 破魔弱点、呪殺反射


 

今回の主は、耐性の無いも同然な残念な悪魔であった。

 

「あー、これは正面からやりあっても勝てたな」

「確かに、手応えはなかった。異界の主が他にいる可能性はどうだい?」

「異界の崩壊が始まってる。まぁ、主が弱いタイプの異界だったんだろ。多分人造異界だし」

「人の手によって作られた異界か。おぞましいな」

「ま、被害が広がる前に終わったんだから問題はないさ。下手人の捜索は依頼主がやってる。なら、俺たちの仕事は終わりだよ」

 

そんな会話と共に、崩壊する異界に身を任せる。神野は右往左往していたが、まぁこれは慣れだろう。

 

さぁ、帰還だ。

 


 

金田権助像前に放り出された皆。怪我をした様子はなさそうだ。よかったよかった。

 

「千尋さん!なんですか最後のアレ!ぐわぁんってすっごい気持ち悪かったですよ!」

「こういったオブジェタイプの異界は、崩れる時に中のものを放出するんだよ。周りを見てみな」

「...宝石がいっぱい⁉︎」

「異界内部でのMAGを吸って成長した天然物の宝石だ。高いぜ?」

「拾いましょう、今すぐに!」

「気配の薄い僕たちがもう拾っていたんだな」

「あ、モコイくん、ノッカーさん」

「よくやった、モコイ、ノッカー。次行くぞ」

 

「あなたたち、まだ何かするの?」

「はい!もう一件異界討伐の依頼があるんです」

「それなら、私も付いて行っていいかしら?」

「戦力的に願ってもないことですけど、どうしてですか?」

「お金も寝るところもないのよ、私。だから頼れる人についていきたいなってトコ。どう?」

 

「裏はなさそうですね。どうします?所長」

「ま、大丈夫でしょ。害意はないんだから」

「決まりですね!よろしくお願いします、マルタさん!」

 

マルタさんと共に車に乗って次の異界に進む。次の異界も大したことはない。廃病院にゾンビが出るようになった程度のものだ。

 

「今回の異界化は比較的内部構造の変質も少なそうね。内部の間取りは送った通り。参考くらいにはなると思うわ」

 

だが、どうにも違和感がある。なんというか、蜘蛛の糸に絡め取られた時のようだ。

 

「サマナー!これを見て!」

「どうしたデオン...ッ⁉︎」

 

「どうしたんだい千尋くん?」

「足跡だ、まだ新しい」

 

強力な聖女マルタを加えた異界討伐は、一筋縄ではいかないようだった。




長くなりそうだったのでここで一区切り。平均12000文字とか自分には無理なので徐々に文字数は減っていきます。ご了承くださいな


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現代のヤコブの手足

序章が終わるまでは連日投稿を目指していましたが、投稿時間ミスとかいえバカやらかしたせいでそれも難しくなってきました。辛いですねー


「この異界に侵入者が居るという事かい?」

「ああ、それも多分素人だ。靴がただのスニーカーでしかない。それが4つ。仲良しグループの肝試しってとこだろうな。運が悪い」

「じゃあ、助けに行かないと!」

 

そう、すぐに決断できる神野の心根は良きものだ。だが、それは悪手だ。

 

「所長、余分なリスクは負うべきじゃありません。彼らは無視して異界の討伐を」

「そう、あなたはそうなのね()()()()()()()

「この靴跡は比較的新しいとは言っても、鑑識じゃないから何時間前のものかはわからない。もう死んでる可能性の方が高いですよ」

「...そんな」

「でも、生きてる可能性はゼロじゃない。私は行くわ。悪魔に命を犯させてたまるものですか」

「マルタさん、質問があります」

「なんですか、所長さん」

「縁ちゃんを守ったまま、探索を続けられる?」

「...ええ、任せてください」

「じゃあ、方針は決定だ。私、千尋くん、縁ちゃんとマルタさんの3組に分かれて異界探索を行う。目的は要救助者の確保。COMPのマップリンク機能を使ってしらみつぶしに探すよ。異論は?」

「ありません。所長の指示に従います」

「あら、意外。デビルサマナーはもっと反抗するかと思ったわ」

「リスクを言っただけだよ、マルタさん。俺だって、命を助けたくないわけじゃないんだ」

「...ごめんなさい、あなたの事を少し誤解していたみたい」

「いいですよ、サマナーは人でなしが基本ですから」

 


 

三手に分かれての探索。正直死体探しの面があるので一つ一つの部屋をじっくりと探さなくてはならない。手間だ。百太郎にもエネミーソナーにも覚醒していない人間は映らないのだ。

 

「サマナー、これを見てくれ。前に見たカプセルというものではないか?」

「いや、違う。これはデビルスリープ。睡眠魔法(ドルミナー)のこもったMAGを投げつけることで敵を眠らせる道具だ」

 

即座に、所長と神野に連絡を取ろうとする。繋がらない。マップリンク機能も途中で途切れているため現在位置の把握も不可能だ。

 

「これは、入った民間人の中にサマナーが混ざってるな。全く、間の悪い!」

 

施餓鬼米を、背後に近づいてきたゾンビに投げつけて昇天させる。入り口から侵入してきたようだ。百太郎がなければどうなっていたことか。

 

「デオン、一匹は残せ!追尾術式をかける!」

「了解だ、サマナー!」

 

デオンの華麗な剣舞により手足を切り裂かれたゾンビが一体こちらに投げつけられる。これで生きているからゾンビの相手は厄介なんだ。まぁ、今はいいだろう。

 

「サモン、ノッカー!そのゾンビを抑えろ!」

「任せろい、サマナー!」

 

逆探知術式によって、ゾンビの誰かに操られている可能性を精査する。ラインあり、野良ではない。

 

「デオン、手はなるべく見せるな!コイツらは斥候だ!」

「注文の多いサマナーだね!」

 

逆探知術式に深く潜る。だが、霊的ファイアウォールの存在があるために術者の位置を把握することはできない。やり手の術者だ。

 

「あらかた片付いたよ、サマナー」

「わかった。あと、ゾンビ連中の頭を集めてくれ」

「何をするんだい?」

「湧き潰しだよ。ゾンビは、残ってる体を寄せ集めて復活してくるらしいからな」

 

魔法陣展開プログラムを起動。効果は、広域化。その分威力は下がるが動かないゾンビの魂を浄化するのには十分だ。

 

「今度は、蘇るなよ。施餓鬼米、超過起動(オーバーロード)

 

魔法陣の中心に投げつけた施餓鬼米の力を解放してゾンビを浄化する。敵サマナーは、牽制だけで7人の犠牲者を出している。

 

何もわからずに操り人形となって命を散らしたこの人達の顔を見て、覚悟は決まった。

 

「デオン、葬いだ。敵サマナーを殺すぞ」

「...了解だ、サマナー」

 

そうして、俺たちの探索は始まった。

 


 

「速く、鋭く!」

 

ゾンビに向けて真っ直ぐに拳を突き出すエニシ。筋は決して悪くない。だが、拳に迷いがある。

 

「敵は一体じゃない!周囲を全身で把握しなさい!」

「はい!」

 

防御、回避面については文句はない。まさに天賦の才だ。戦いを重ねるごとに目に見えて強くなっている。この分だと、正面衝突であのデビルサマナーを倒す事とて不可能ではないだろう。

 

「腰が上がってる!死にたいの!」

「死にたくないです!」

「じゃあ直しなさい!」

 

ヤコブの手足と呼ばれる対悪魔用格闘術。神聖な魂の加護をうけている者にしか十全の力を発揮できないが故に現代では廃れたという技術だが、()()()()()()。なんの因果かわからないが、自分の死んだ時よりも遠く未来の遠き地に現界したのだ。魔力によって体を構築している幽霊として。

 

正直、魔力の総量を考えると今日いっぱいで私は消えるだろう。だが、この世界に未練はない。この、なんの因果か弟子にしてしまったこの少女以外には。

 

「エニシ、ちょっと休憩にしましょう。前に出過ぎよ」

「いいえ、休んでいられせん!こうしているうちにも、死んでしまう人がいるかもしれないんですから!」

「まったくあなたはもう...わかった、探索を続けましょう。でも、私が前よ」

「...はい」

 

襲いかかってくるゾンビを薙ぎ払いながら前に進む。その数は多く、20は超えている。それだけの数の人間をゴミのように使い捨てている邪悪がいる事に憤りを覚えるが、それを表には出さない。なにが原因かはまだわからないのだから

 

「マルタさん...この悪魔どうしてこんなに人みたいなんですか?」

「それは、彼らがゾンビ。成仏できなかった命を邪法で操られている存在だからよ」

「まるで、吸血鬼の眷属みたいですね」

「...エニシ?」

「なんでもありません。ただ、思っちゃっただけですから」

 

「私が、もし戻れなかったなら、こうなっていたのかなって」

 

その言葉に、神野縁という少女の迷いの根源を見た気がした。

彼女は、自分が悪魔になった可能性を捨てきれていないのだ。だから、もしかしたらの未来である悪魔にも、未来を願ってしまう。

 

まるで、どこかの村娘のようだ。そう思うと、言葉をかけずにはいられなかった。

 

「すいません、切り替えます」

「エニシ、その迷いは捨てちゃダメ」

「マルタさん?」

「あなたのその迷いは、愛なの」

「...愛?」

「そう、たとえどんな存在でもその未来を願う愛の形。それが躊躇いとして現れているだけ」

「だったら、捨てないとダメじゃないですか!殺さないと死ぬのは私じゃない、それがこの世界なんでしょう⁉︎」

「違うわ」

 

「心の中の愛は、拳の中にぎゅっと握りこむの。それを持って心を伝える。それが、あなたに教えた格闘術の奥義よ」

「心を、伝える?」

「そう。それが、これからあなたの出会ういろんな人を救うことになる。忘れないで。...さ、本丸よ」

 

異界の最奥。そこにたどり着いた聖女二人は幸運だった。

なにせ、迷い込んだ少年少女は未だ生贄になる前だったのだから。

 

「メシアン側の雑兵か?2人とは、随分と手ぬるい」

「あら、あなた程度私一人で十分だとは思わないあたり、随分と間抜けなのね」

「俺はサマナーだ。そして生贄がある。そんな状況で大口を叩けるのか」

「要は、その生贄を捧げられる前にあなたを倒せばいいだけでしょう?聖女舐めないでよ」

「聖女とは、よく言う!」

 

寸前、サマナーは生贄になっている少年少女に目を向けて、それをフェイントとしてマルタの杖から放たれる奇跡の爆炎を回避した。

 

「サモン、チェルノボグ!」

「やらせない!」

 

生贄を無視した召喚により一瞬の虚を突かれたマルタであったが、即座に距離を詰めてチェルノボグに杖による打撃を与える。だが、チェルノボグに応えた様子はない。

 

「効かないッ⁉︎」

「アナライズも待たずに攻めてくるとは、素人か?」

「いいえ、打撃に破魔属性が混ざっていました。あなたの元で強化をしていなかったら今ので死んでいたでしょう」

「敵の前で随分と悠長ね!」

 

マルタの奇跡がチェルノボグを襲うが、悪魔合体により破魔属性に無効耐性を持っているチェルノボグにダメージは通らない。

 

「やれ、チェルノボグ」

「ええ、高位広域呪殺魔法(マハムドオン)

「そんなもの、当たるわけが!」

「狙いは、お前じゃない。メシアンなら庇うよな、無辜の民を」

「...畜生!」

 

その捨て台詞を残して、マルタは呪殺魔法を一身に受け止める。呪いに耐性のない自分では、末路は決まっているだろう

 

だが、ここにいる聖女は一人じゃない。

 

「護りの、盾ぇええ!」

 

神野縁の固定化されたMAGフィールドが、呪殺魔法をかき消す。鉄壁の盾。彼女の使える、唯一の術。

護る術、それが彼女のここにいる意味。

 

「なんと、見事な盾よ」

「違う、チェルノボグ前だ!」

 

「ありがとうございます、エニシ。あなたの、誰かを守りたいという思い、十二分に伝わってきました」

「...マルタさん?」

「大技を使います。その間、前は任せました」

「...はい!」

 

「チェルノボグ、小娘は無視しろ!俺が止める。お前はあの聖女を!」

「やらせません!あなたが、誰かの未来を奪うのなら!」

 

チェルノボグとマルタの間に入り、打撃を加える神野。速く、鋭い打撃。いつのまにか、その右拳にはガントレットが装着されていた。

 

「クッ、なんだこの威力は⁉︎」

「続けていきます!」

 

連撃の左拳にも、ガントレットが装着される。まるで天が彼女を祝福しているかのように手足に力が集まっていった。

 

「チッ、こっちも覚醒者、しかも戦闘形態持ちか!」

「この心のままに、真っ直ぐに貫いてみせる!ハレルヤ!」

 

「なんと気持ちのいい魂だ。だが、直線的だ!」

 

チェルノボグは、その数合にも満たない交錯によって神野の拳を見切ってみせた。

 

「「死ね!幼き聖女よ!」と、次にお前は言う」

「死ね!幼き聖女よ!...ッハ⁉︎」

「よっしゃ決まった。やってみたかったんだよこれ」

「ウチのサマナーはなにをしているのやら」

 

「千尋さん!デオンさん!」

「チッ、仲間がいたのか。運の悪い!」

「悪いのは君さ。君は、命を弄んだ。その贖いをしてもらう」

 

反応速度向上(スクカジャ)をかけられたデオンが神速の斬撃によりサマナーのCOMPをつけている左腕を断ち切る。これで、奴は何もできない。

 

「その首、貰った!」

 

そうして放たれる二の太刀を、片手で取り出した特殊警棒で受け止めた。

 

「あいにくと、まだ俺は生きている。チェルノボグ!コンタクトアウト、オーバーロード!」

「流石サマナー、しからば私とて命を賭けて打ちましょう!」

「何が来ても、止めてみせる!護りの盾!」

 

「打ち砕く!奥義一閃!」

 

チェルノボグから放たれるその一閃は、護りの盾に食い込み、切れ込みを進めていた。このままでは、盾ごとエニシが切り裂かれてしまうだろう。

 

「大丈夫よ、エニシさん。もう、終わらせるから。愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)、星のように!」

 

だから、自分の残りの全魔力を込めて、タラスクを召喚し杖で殴り飛ばした。奥義を放ち隙だらけのチェルノボグに向かって。

 

タラスクの圧倒的な質量による攻撃は、チェルノボグを殺すのに十分だった。

 


 

「あー、疲れた。デビルサマナー、人質はどう?」

「回収成功だ。これが全員なのかはわからないが、とりあえずこの四人は助かった。マルタさん、神野、貴方達のおかげだよ」

「んー、それじゃあいいか」

「マルタさん⁉︎体が透けてます!何かの技を受けたんですか?」

「単純な魔力切れよ、安心して。タラスクを呼ぶのに力を使い果たしただけだから」

「じゃあ補充しないと!」

「いいのよ。私、別に生き返りたいって訳じゃないし」

 

「なんの因果か遠い地で目覚めた死人の魂だけど、その遠い地で弟子ができるなんてちょっとした運命よね」

 

「それじゃあね」と体の構築を解こうとするマルタさん。だが、それは違う。

 

「それは、認められないな」

「何よ、デビルサマナー。ケチ付ける気?」

「あんたを仲魔にした契約は、金と住むところの提供だ。俺たちはそれを果たしていない」

「あんた、頭固いわね」

「だから、もう1日くらい生きてみろ。あんたの苦難の人生には、それくらいの報酬があって良いはずだ」

「そうですよ!だから、マルタさん!」

 

「私の、仲魔になって下さい!」

 

その言葉に、ため息を一つついたあと、マルタさんは諦めたようだ。

 

「じゃあ、改めて。私はマルタ。遠くフランスの地にて邪竜を払った竜の聖女。契約に免じてあと一日だけ、貴方の道行きの手助けをするわ。それでいいでしょう?エニシ」

「はい!ありがとうございます!」

 

そうして、そこに契約は結ばれた。たった一日共に過ごすというだけの、ちっぽけで大切な契約が。

 


 

男、マックスは走っていた。契約解除したチェルノボグのオーバーロードによる暴発スレスレの攻撃により目線は逸らした。COMPも左腕も回収済みだ。あとは組織に戻れば十分な治療を受けれるだろう。

 

チェルノボグを失ったことは痛いが、代案がない訳じゃあない。またどこかのスポットを餌場にして生贄を集めれば強力な悪魔などすぐに召喚することができるのだから。

 

そうして、ようやくの思いで異界から離れたところで

 

空からの、死神を見た。

 

「キミ、あのゾンビを使ったサマナーだね?」

「...同業か。1億だ。それで見逃せ」

「嫌だね、私は金では動かない」

「なら、悪魔だ。ハイクラスの悪魔を召喚できる法則がもうすぐ完成するんだ。それを分けてやってもいい」

「嫌だね、どうせチャチな生贄を使った邪法だろう?そんなものに頼るつもりはない」

「じゃあ、正義感か?」

「違うよ、ただ単に」

 

「私は、生きる意志のあるものの味方をするって決めているだけだよ」

 

風を纏ったクレイモアが、マックスの脳天をカチ割った。

 


 

それからのこと。

 

所長がぶった切ったサマナーについての裏取りを俺とデオンが行なっている中で、マルタさんと神野はショッピングに出かけていった。

 

あのデビルサマナーの名前はマックス。近頃怪しい噂の絶えないファントムソサエティのサマナーらしい。COMPに残っていたログから見るに、軽い異界を転々として、迷い込んだ人と討伐しに来たサマナーを捕らえて実験に使っていたようだ。

法律的、倫理的には認められないが、人を触媒に使った高位悪魔召喚の実験ケースは大変参考になった。今度機会があれば試してみよう。

 

「サマナー、悪い顔をしているよ」

「ちょっと悪巧みをな。高位悪魔は維持コストはかかるが、強力な手札だ。惹かれない奴はいねぇよ」

「私というものがありながら、かい?」

「ああ、広範囲に術を使える仲魔が欲しいんだよ。それさえあればお前にエース同士の一対一で着実に勝つってプランが実現可能になるからな」

「...色々考えているのだね、サマナーは」

 

そんな会話をしていると、宅配便がやってきたのでサインをして受け取ると、中身は昨日頼んだもの。レトロな守護霊に現代科学を見せてやろう。

 

「ほら、デオン。プレゼントだ。」

「...いったいどんな風の吹き回しだい?サマナー」

「まぁ、開けてみなって」

 

そこには、読書用のタブレット端末があった。

 

「すまないサマナー、使い方がわからない」

「ここをこうして電源オン。あとは画面の指示通りにタッチすればできるぜ、読書がさ」

「こんな板でかい?」

「ああ、無料読者サービスに入ってるから、その板だけで約120万冊の本が読める」

「120万冊⁉︎」

「そ、時代は変わったんだよ」

「...これは凄いな。感謝するよサマナー。...しかし、どうして私が読書をしたいと気付いたんだい?」

「ほら、COMP屋でお前魔本型COMP見てたろ?使わないのに。だから、昔は結構本を読んでたんじゃないかって思っただけだ。間違ってたら、そんときゃ自分で使えばいいだけだし」

「感服だ、サマナー。君は周りをとてもよく見ている。それが少し嬉しいよ。だってそれは、君が優しい人であることの証明だからね」

「それは違うぜ、デオン」

 

「優しい奴は、サマナーになんかならねぇよ」

 


 

「マルタさん!次クレープ食べましょう!」

「こらエニシ、引っ張らないで、行くから!」

 

マルタさんは、幽霊だ。

 

マグネタイトで肉体を構成している悪魔で、でも人の心を持っている。聖女の幽霊。

 

契約のラインという奴のせいで、お互いの感情が伝わってしまう。だからこそ、多分私たちは出会ったあの日より仲良くなれた。

 

それに、行動指針も少し似ている。私が考えなしに人助けに走れば、マルタさんは動きながら考えて人助けをしてくれる。

 

心の繋がった友達、そんな気がして不思議と一緒にいるだけで笑顔になれた。

 

でも、マルタさんは今日が終われば消えると公言している。それは、マルタさんが死人であるから、なんて理由だ。

 

どうでもいいではないか、と私は思う。マルタさんはそこにいて、こうして言葉を交わすことができる。なら、それは生きているのと同じだ。

 

「だからこそ、ちゃんと死ななきゃならないのよ」とマルタさんは言った。私にはそれはわからない。

 

「いい、エニシ。人の一生には絶対に終わりがある。それを覆すことは、最後の審判の日がやってくるまでできたらいけないの。だってそうでしょう?終わりがあるから、人は輝けるんだから」

 

そんな風に、優しい言葉でマルタさんは私を導いてくれた。これから私が聖女として生きていくために必要な心構えを、心の深いところに教えてくれたのだ。

 

それが、とても誇らしい。

 

けれど、楽しい時間はすぐに過ぎてしまって、もう夕暮れ時だ。

 

別れの時は、近い。

 

「ちょっと早いけど、私はここで失礼するわ」

「どうしてですか?一緒に晩御飯食べましょうよ!」

「...いいじゃない。最後の晩餐は、あの人の事を思って食べたい気分なのよ」

「...そう、ですか」

「じゃあね、エニシ。貴方の未来が幸せなものである事を私は祈ってるわ」

 

優しくギュッと抱きしめた後、マルタさんはどこか覚悟を決めた目で虚空を見つめた。

 

だから、私は帰ったフリをしてこっそりとマルタさんを尾行することにした。

 


 

「ありがとね、エニシが帰るまで手を出さないでくれて」

「いいえ、アウタースピリッツと戦うのに邪魔立ては不要、そう判断しただけの事です」

「ノリが悪いわねぇ。それじゃあいいわ、殺しなさい。それが目的なんでしょう?」

「はい。貴方方に恨みはありません。ですが、これも世界と、そこに生きる人々のため」

 

「貴方を殺します」

 

黒服の女性のアサルトライフルが火を噴く。自分の意思で死を選んでくれるアウタースピリッツの相手は、楽だが心が痛い。だから一思いに殺そうとフルオートで撃ち抜こうとした。

 

しかし、その弾丸はマルタに届くことはなかった。

 

神野縁の、護りの盾である。

 

「何やってんですかマルタさん!敵ですか?なら戦わないと!」

「...雑魚なら払える人払いの結界は張ってあるんですがね。どうにも貴方は強い力をお持ちのようだ」

「エニシ、あなた...」

「戦いましょう!マルタさんは、最後の晩餐をするんでしょう?ならこんなところで死んじゃダメです!」

「実力差もわからないで突撃してくる。危ういですが、有望ですね。この業界、最後にものをいうのは気合ですから」

「そうね。じゃあエニシ」

 

「構えなさい」

「え?」

 

少女にマルタが殴りかかる。それを反射的に迎撃する少女だったが、返し技により関節を取られ動きを封じられた。

 

「狙いが甘い!だからこうして極められる!」

「...うおりゃぁあ!」

 

力尽くで少女は関節技から抜け出すが、ダメージは大きいようだ。

 

「こっからは、聖女としてじゃない。ただのマルタとしてのレクチャーよ!喧嘩は、根性!」

「なんで、突然レクチャーがはじまってるんですかぁ!」

 

今、マルタは隙だらけだ。殺すなら今だろう。そう理性は言う。だが、彼女は消えてしまうものらしく何かを残そうとしている。それを止めるべきではない、そう思った。

 

「三蔵ちゃん、あなたならきっとこうしますよね」

 


 

唾での目潰しのあとのかかと落とし。

両腕を掴んでからの頭突き。

足払いで体制を崩してからのストンピング。

倒れた相手に対してのサッカーボールキック。

 

これは、聖女の戦い方ではない。村娘マルタの喧嘩殺法だ。

 

彼女に教えた48の聖女の技は、所詮正道の技。使用者の癖を把握していればいくらでも隙を突くことはできる。

 

次第に、エニシからの攻撃にも邪道が混ざるようになってきた。彼女は、彼女なりの戦い方を掴みかけているのだろう。

古臭い古代の格闘術でなく、新たな技術を貪欲に取り込む現代のヤコブの手足が生まれつつある。

 

それの、なんと嬉しいことか。

 

あの人がいなくなってから数千年経った現代でも、あの人の教えは届いている。それが、人の営みなのだと言わんばかりに。

 

「でも、形だけとはいえ師匠として負ける訳にはいかないのよ!」

「どうして戦ってるのかもわかりません!でも負けるつもりもありません!」

 

「「ハレルヤ!」」

 

最後は、正道の拳のぶつけ合い。

最後に、エニシは私の拳に互する力を見せてくれた。

 

こんな地獄のような時代だけど、きっと未来は明るい。それを信じて、魔力切れで仰向けに倒れこんだ。

 

「タラスク、あんたエニシの所に行きなさい」

『なんででやすか!姉御!最後まであっしはついていきますよ!』

「エニシの未来には、多分そんじょそこらの聖女じゃ投げ出すような苦難が待ってるわ。だから、私が一番信頼するあんたに任せる。あの子に、残してあげる死に行く私の願いとして」

『...わかり、やした!』

「ありがとう、タラスク。私と共に来てくれた、愛しい龍」

 

タラスクの魂をエニシの魂に押し付けて、最後の力を使い果たした。

もう、体を構成する魔力などどこにもない。

 

「ごめんなさいね、なんか変なことに巻き込んじゃって」

「いいえ、良いものが見れました。ヤタガラス所属のサマナーとして、神野縁さんに最大限の便宜を図る事を約束します。それだけ、貴方方の拳舞は清らかだった」

「ありがとう、優しいサマナーさん」

 

「...私が優しい人なら、あなたの命も救いたいと思いますよ、普通」

 

最後に、そんな言葉が聞こえた気がした。

 


 

どこかの病室を思わせる白い天井が見えた。そしてすぐに現状を確認して、体に傷がない事が確認できた。

 

「マルタさん⁉︎」

「第一声がそれですか。愛されていたのですね、彼女は」

「...あなたは、マルタさんを撃った人!」

「ヤタガラス所属のサマナー、ミズキです」

「あ、どうもミズキさん。神野縁です」

「あなたには選択肢が2つあります。何も聞かずにここから去るか、話を聞いて私たちの協力者となるかです」

「突然ですね」

「あまり時間はありませんので」

「...話は、聞きます。でも協力者となるかは決められません」

「まぁ、いいでしょう。では、教えます。マルタという悪魔の周りで起きた事件について」

 

ミズキさんはコホンと、1つ咳払いをした。

 

「まず前提を言っておきます。あのマルタという悪魔はアウタースピリッツ。この世界の外から来た悪魔です」

「この世界の、外側?」

「それがどこであるかは私たちの技術ではまだ探知できません。ですが、平成結界が弱まった最近になって多くの者達が入り込み始めたのです。この世界を破壊するために」

「待ってください、マルタさんはそんなことしません!」

「ええ、だからこそ恐ろしいのです。アウタースピリッツが存在しているだけでゲートパワーは上昇し、異世界の法則が流れ込んでくる。無自覚で、無意識な爆弾。それがアウタースピリッツです」

「存在するだけで、害ってことですか?」

「はい。だからあのマルタという悪魔は自ら命を断とうとした。それができないから私が処理しやすいように自分から動いた。それが、私がマルタさんを撃った事の理由です」

 

しばらく、沈黙が続いた。

 

「じゃあ、マルタさんは何のためにまた生まれてきたんですか。爆弾としてこの世界を破壊するため?馬鹿げてる!」

「それは、私にはわかりません。ですが、あなたは託されている。技と心を」

 

「きっとそれが、彼女がアウタースピリッツではなくマルタとして生きた証です。大切にしてください」

 

涙が、一筋溢れた。

 


 

「それで、私に協力して欲しい事って何ですか?私はただの中学生ですよ?」

「アウタースピリッツの説得及び討伐です。あなたの力と魂なら、それが可能だと判断しました」

「魂?」

「はい、あなたは英雄受けの良い魂をしています。アウタースピリッツのこれまでの統計から言って、現れるのは異世界においての英雄です。あなたの綺麗な魂は説得にとても有利に働くでしょう」

「褒められてるんですよね、ソレ」

「はい、褒めているつもりです」

「...なんか、ミズキさんのことがわかってきた気がします」

 

この人は、ちょっと素直にズレている。だが善人だと伝わってくるあたり良い人なのだろう。だからこそ、迷う。

 

「...正直、殺すことにはまだ納得はできてません。説得して元の世界に帰ってもらうって事は出来ないんですか?」

「アウタースピリッツ第1号、玄奘三蔵と様々な実験をしましたが、異世界への扉を開く事は現在の科学力では不可能でした。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()どこにも繋がらないのです。」

「そうですか...」

「それにアウタースピリッツ第2号、仮称ジャック・ザ・リッパーのように人に害をなす者もいます。アウタースピリッツ第4号、シェヘラザードのように死ぬ事を拒む者も。だから、こちらに来れば無理矢理殺さなくてはならない状況に置かれる事は多々あります」

「...辛いですね。」

「...結界の更新が終わればこの現状は改善できると報告が上がっています。なのでそれまでの間、私たちに協力しては頂けないでしょうか」

 

決して、悪い事に誘われているわけではない。この世界のことを想うのなら二つ返事で了承するべきだ。

だが、優しい顔の所長と優雅に佇むデオンさん、そして私を助けてくれた嘘つきな千尋さん。そんな彼らの顔が過ぎると、答えは簡単には出せなかった。

 

「...すいません、まだ決められません」

「そうですね、こちらも急ぎ過ぎました。私の連絡先をあなたのCOMPに送っておきます。決心がつきましたらご連絡を」

「はい、ありがとうございます。ミズキさん」

「ですが、最悪2月末までには連絡をくれるとありがたいです。戦力に加えられるかどうかを決めるのはその時期ですから」

「...はい」

 

残り時間は、あと一月程度だった。

 


 

病院から出て自分の家に向かう。マルタさんは消えることを選んだと言うと、皆さんは納得していた。覚悟が足りなかったのは、私だけだったのだろうか。

 

「そういえば、私千尋さんのこと何も知らないな」

 

そう思って携帯で花咲千尋と検索してみると、すぐに情報は手に入った。

 

「...え?」

 

JIL4987便消失事件、その唯一の生存者として。

 




アウタースピリッツ=サーヴァント です。デオンの運転と3話の頼光の描写の通り、クラススキルが入っています。
ですが辿ってきた歴史が違うため、この世界の人々は英雄と認識することができません。その根本的な食い違いの部分は、そのうちにて。

12:27 サイレント修正 人数間違いとかいう初歩的なミス。笑うしかねぇ


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遡月市の休日

ちょっと短い閑話、に見せかけた本編です。



「ハレルヤ!」

 

こちらの銃撃による関節破壊をMAGの過剰供給によるオーバーヒーリングにより直し、踏み込み、腹に重い一撃を放ってきた。

 

あの日から神野縁は、見違える程に強くなった。人間でしかない俺を上回ってしまったようだ。

 

だが、まだ詰めが甘い。致命打を食らった程度で制御を乱す者はサマナーではないのだ。

 

「術式、遅延展開!収束解放、シバブーストーン(自作、2000円)!」

「...身体がッ⁉︎」

 

緊縛の術式を刻んだストーンの遅延解放。本来は回避しながら行う技だが、今の神野の速さと技相手にそんな事をしている暇はなかったため、サマナー必殺の小技を使わせてもらった。

 

「あっぶねー、腹にモコイを召喚しなかったらやられてたぜ」

「あの妙な手応えはそういうことですか⁉︎」

「というわけで、ハイ」

 

拳を放った状態で身動きを取れなくなった頭にP-90を突きつける。強力な力場の力があろうとゼロ距離なら屠れる。これは、数多の犠牲が生み出した格上殺しの定石である。

 

「いう事は?」

「...参りました!」

「はいよくできました。それじゃあ俺の秘密は謎のままって事で」

 


 

事の始まりはこうである。神野が、俺がサマナーになった経緯を聞きにきたのだ。正直触れられたくなかった部分であるため適当に誤魔化そうとしたら、所長が模擬戦で俺に勝ったらこの世界の住人として認める証として教えるなんて事をのたまったのだ。なんでこの人自分の事じゃないのにノってんです?

 

そしてデオンは、自分もサマナーの事は気になると言って参加を辞退。やめてくれ、お前がいないとマジで辛い。

 

そんなわけで始まった神野との模擬戦。事務所の3階にある呪符などで強度を上げたトレーニングスペースだが、今までは所長と俺の実力差がありすぎて日の目を見なかった場所だ。

 

そこで、よーいドンでの模擬戦。神野がサマナー殺しの定石である召喚前に潰すという戦術をとってきたのでカラドリウスとノッカーを略式召喚。その二人が命を捨てて作った時間で術式を組み上げて勝利した。というのが今回の模擬戦の結末である。

 

「強いですねー、千尋さんは。私も強くなったつもりなのに」

「そりゃ、かけてる金が違うからな」

「お金の問題です?」

「お金の問題です」

 

「うーん、今の縁ちゃんなら生意気な千尋くんの鼻っ柱を折れると思ったんだけどなぁ」

「サマナーの小技の多さはどこから来ているのやら。あれでこの業界に入って1ヶ月だなんて信じられないね」

「うーん、それはまぁ、色々あったからね」

「その色々とは?」

「教えてあげない。一応賭けだし」

 

「じゃ、デオン。買い出しついでにパトロール行くぞ」

「了解だ」

「今度は負けませんからね!千尋さん!」

 

今度がない事を切に祈るばかりである。

 


 

「それでサマナー、今日はどこに行くんだい?」

「とりあえず回復道場だな。仲魔の復活させたいし」

 

遡月市は、昔に起きた隕石落下(という建前)によって破壊された土地を中心に復興した街だ。大きいクレーターは埋められたが、小さいクレーターは観光名所として所々に残っている。

 

その隕石落下による影響(建前)により龍脈がうまい感じに纏まった霊的ホットスポットのうちの1つである。現代の7つの大龍脈都市として、裏の仕事に就いている者たちからは一目置かれている。

 

なので、回復道場やメシア教会にガイア寺院、武器の店に宝石屋、様々な店が軒を構えているのだ。

 

スマートウォッチとペアリングしている防弾携帯でそれらの店の情報を集める。なんでもない休日のこの日は、やはりなんでもない休日だった。

 

「んー、今日はセール品はないか。じゃ、ぷらぷらするだけでいいな」

「サマナー、君は案外適当なんだね。知っていたけど」

「あ、デオン。お前どっか行きたいところあったりするか?」

「...いいや、特には。故郷の様子を見てみたいとは思うが、この地からは遠いからね」

「じゃ、そのうちにな」

「...サマナー?」

「お前がどんな所で生まれ育ったのかってのは興味があるんだよ、俺も。だから、そのうち一緒に行こう」

「そうか...うん、それじゃあそのうちにね」

 

そんな会話をしながら回復道場に入る。他に客人がいるようだ。

 

「こんにちわ、サマナーの花咲千尋と申します」

「サマナーのアミリよ。どうしたの?」

「最近変わった事ないですか?どうにも最近大物とやりあう事が多いんで気になってるんですよ」

「大物?」

「ヤタガラスからアナウンスのあった、契約を乗っ取る悪魔ですよ」

「うわ、運がないわねあんた。それで、どんな奴だったの?」

「姿は女武者のモノで、5つの概念武装を巧みに操る化け物でした。隙をついて殺したはいいんですが、契約者のCOMPに戻らない性質なのか死んだのか区別は付いていません。気をつけて下さい。」

「情報ありがとう、花咲。こっちでは、特に変わったことはないわね。異界の発生は普段より若干多いけど誤差範囲。規模も対処できないほどじゃないわ」

「面倒な悪魔とかはいましたか?」

「...そういえば一匹、変なのが居たわね」

「変なの?」

「青いボディスーツに赤い槍の使い手の、多分闘鬼。アナライズする前に即逃げたわ。悪魔を手当たり次第に殺してた」

「...それ、最初に言って下さいよ」

「悪かったわ。忘れたかったのよ」

 

仲魔の治療は終わり、アミリさんは去っていった。

貰った異界の位置情報は、警戒するべき情報だろう。事前に聞く事ができてよかった。

 

「サマナー、いつもこんな事をしているのかい?」

「ああ、メシア教会とガイア寺院とは違って、ここはフリーランスの情報が集まるからな。積極的に話をするようにしているんだ」

「なるほど。それなら私も出来る限り話すとしよう」

「おう、頼むわ。お前の王子様スタイルなら口も軽くなるだろうからな」

「実は、お姫様かもしれないよ?」

「...それなんだよなぁ、お前なんで性別不詳なんだよ」

 

ノッカー、モコイ、カラドリウスを預けて回復の術をかけてもらう。霊脈を使っての魔力増幅と各種治癒魔法。至れり尽くせりだ。

 

「僕、いきなり死んだんだけど。」

「悪かったよモコイ。あれしか手はなかったんだ」

「ま、仕方ないね。僕が柔かったのが悪いのさ」

 

そんな会話の後に、俺たちはふらりと街を歩くことにした。

 


 

「このたこ焼きという物、なかなか美味しいね」

「だろ?それにリーズナブル。悪いとこがないな」

「君はすぐお金の話に行くね、それでは女性にモテないよ?」

「流石モテモテさん。説得力が段違いだ」

「...まぁ、私もお金に困った事があるから気持ちはわかるんだけどね」

「意外だな、長い名前からしてどっかの華族かと思ってたんだが」

「その話は今度にね。君のことは信用しているが、全てを打ち明けていいかは迷っているんだ」

「そりゃ正解だよ。サマナーと悪魔は契約で繋がってるんだ。そこに情は入り込まない」

「...君のそういうところがなければ、私も素直になれたと思うんだがね」

「すまない、性分だ」

「知ってる」

 

ぐだぐだと会話をしながら歩いていると、しきりに案内板と周囲を見ている少女がいた。長い黒髪がとても綺麗だ、よっぽどしっかり手入れされているのだろう。だが、あの挙動からみるに慣れない土地での迷子だろう。

 

「行こうか、サマナー」

「ああ、ちょうど暇だしな」

 

「外の世界って、複雑ですのね。全く、真っ直ぐ行けば目的地に着くくらいの整然とした地形にどうして作らなかったのかしら」

「何かお困りかい?mademoiselle」

「私はまどもあぜるなんて人ではありません。人違いでは?」

「...ああ、すまない。今のは私の故郷の言葉で、美しい女性を示す言葉なんだ」

「信用できませんね。あなたは違う感じがします」

「だってよデオン。独特にフラれたな」

「口説いてるつもりはないのだけどね」

 

ちょっと珍しいものを見た。イケメンでもダメな時はあるのだな。

 

「それで、あなた達は何者ですの?害意はないようですけれど」

「俺は花咲千尋。こっちはデオン。探偵をやっている」

「...探偵?」

「君が迷っているように見えたから、ちょっと声をかけただけだ。困った時はお互い様って言うからな」

「嘘はなさそうですね。とりあえずは信じましょう。私は...マリアと呼んで下さいな」

 

『サマナー、これは偽名だとツッコムべきかい?』

『スルー安定だな。咄嗟に良い偽名が思いつかなかったんだろうよ』

 

とりあえず、マリアと呼ぶのはアレだ。なので適当なあだ名を付ける事にしよう。

 

「それじゃあマッサン。何処に行きたいんだ?」

「マリアです!なんですかマッサンって!」

「良いだろマッサン。愛嬌があって」

「...それならばいいです。では、お願いします探偵さん。私、映画館に行きたいんですの」

「心得た。案内するよ、マッサン」

「映画か...私もちょっと気になるな。行ってみてもいいかい?チヒロ」

「じゃあ3人で映画と洒落込むか」

「口説いてるんですの?チヒロさんとやら」

「いや、デオンもこっちに来て日が浅いんだ。案内ついでって奴さ」

 

そんなわけで、3人で他愛もない話をしながら映画館へと向かうことになった。

 


 

「話には聞いていましたが、この街にはクレーターが多いですね」

「実はそれぞれのクレーターに名前が付いてたりするんだぜ」

「本当ですの?」

「あっちのクレーターはロの18番クレーター。だったかな?」

「センスがないですね当時の責任者は。天使の名前でもつけてあげればいいのに」

 


 

「こっからが繁華街だ。映画館はもうすぐだよ」

「人が多いですわね。なにかのお祭りがありますの?」

「...マッサン、これがこの街の日常だよ」

「そっくり同じ事お前も言ったな」

「チヒロ!」

「あら、デオンさんも世間知らずなのですね」

「いや、まぁそうなんだが!僕は鋭意勉強中だ!」

「声でかいぞ、デオン」

「...しまった」

「意外と可愛らしい方でしたのね、デオンさんって」

「こいつ、意外と脇が甘いんだよなぁ」

「...自覚はしてる、好きに言うがいいさ」

 

歩いて五分、大型ショッピングモールジュネスの3階に映画館はある。その事を伝えると、「映画館って、館ではないんですね」「...私もそう思っていた」と微妙に落胆していた。

 

「じゃあ、何見る?アニメ映画とライダー映画は続きモノだから除外するとして、ラブロマンスかサスペンスの2択かね」

「...私、このライダー映画を見に来たんですの。面白いという話ばかりが入ってきて抑えが利きませんの!」

「うーん、それじゃあデオンがちと退屈かね」

「コマーシャルで見たのだが、ライダー映画とは装飾過多のスーツを着た者によるアクション映画だろう?なら、知識がなくても楽しめるさ。とはいえどんなモノなのかの解説は欲しいところだけどね」

「じゃあ、決まりですね!平成最後のライダー映画を観ましょう!」

 

その後、マッサンによるマシンガンじみたライダートークによりデオンはとりあえずの荒筋を理解するに至った。そしてそのトークの内容聞いて思う。コイツ、かなりのライダーオタだ。見た目お嬢様の癖に内容がディープすぎる。平成ライダー全部見るとかあの年齢ではなかなかできることじゃないぞ。

 

そんな彼女は、ライダーの中の人ことタカイワさんやオカモトさんが異能者だと知ったらどう思うのだろうか。ちょっと気になる次第である。

 


 

ジュネスのフードコートにて、現金を持たずに飛び出してきたマッサンにハンバーガー(ジャンクフード)を奢る。コイツの身なりからして、リターンは大きいはずだ。

 

「いやー、良かったです!身体で聞く音と映像のシンクロってここまで良いものだったんですね!もう一回行きたいです!」

「ああ、面白かった。細かいストーリーに荒はあったが、それを上回る勢いだったよ。だが、最後の集合シーンのライダー達の事をよく知らなかったのはもったいないね。今度調べてみるとしよう」

「そしてライダー沼にハマる騎士様が生まれると」

「じゃあ、まずはクウガを見ましょう!平成ライダー一作目にして頂点ですよ!」

「クウガか、覚えておくよ」

 

「所で、ナイフとフォークはどこですの?」

「手掴みで食うのがマナーだよ、マッサン」

 

マッサンの世間知らずっぷりは、ちょっと行き過ぎている気がしないでもないが、まぁ問題はない。あとは、コイツを無事に家に帰してやればおしまいだ。

 

とか考えていると、違和感を見つけた。

 

巧妙に隠されているが、何かの呪印が隣のテーブルの下に刻まれている。

 

「何を見ているんですか?」

「厄ネタだよ。デオン、切り替えろ」

「任せてくれ、サマナー」

「...貴方、悪魔召喚士(デビルサマナー )だったんですか?」

「ああ。そういう事だ」

 

テーブルの下の呪印の写真を撮る。これは、神代の術式だ。断片的にしか読み取れない以上、迂闊には触れない。

 

「破壊しますか?力尽くになりますが、私なら不可能ではありません」

「いや、これは術式の核じゃない。破壊しても無駄だ。」

「じゃあ、この術を仕込んだ悪鬼を見逃すんですの?」

「んな訳あるか。ここのMAGパターンを採取して、今探知術式を組み上げている。それで術者をあぶり出してヤタガラスの術者に仕留めさせる。それが、今の俺たちの出来る事だ」

 

そんな会話をしつつ、MAGソナーの術式を組み上げる、これほどの高位の結界を張れる術者が相手なら、アクティブでなくパッシブソナーで充分情報は取れるだろう。

 

実際、32の呪印の位置がすぐに明らかになった。込められたMAGの量故だろう。だが、だとすると解せない。どうして本体が見つからない?この呪印は撒き餌か?

 

「...凄いですね、千尋さん」

「現代魔導にはちょっと詳しいので」

 

探査術式の観測データを元に、ヤタガラスに報告書はもう送った。こういう時ホットラインがあると便利な事この上ないな。とはいっても向こうは下っ端。上に伝わるまでには少し時間がかかるだろう。それまでに自分たちの命を守らねば。

 

「サマナー、僕らはどう動くべきだい?」

「とりあえず現状維持だ。人払いの結界は張ったから、最悪ここを戦場にできる」

「了解した、私はサマナーを守ろう」

「マッサンはこのショッピングモールから逃げてくれ。あんたには、万が一があっちゃいけない」

「...私も、戦えますわ」

「知ってます。でも、あなたにかかっている未来はそんな程度のものではないでしょう?内親王殿下」

 

気付いたきっかけは、大した事じゃない。サマナーネットで流れていた噂と目の前の少女の雰囲気が一致した事と、マリアという名乗り。あれはメシア教の聖母マリアから取ったのではなく、内親王殿下の本名である真里亞という名前から取ったのだろうとわかってしまったからだ。

 

「...あなた、サマナーだと言いましたよね。」

「はい、内親王殿下」

「ならば、報酬を払います。私を護衛しなさい」

「...つまり、逃げるつもりはないと」

「はい。民を守る皇族が一人、西之宮真里亞(にしのみやまりあ)がこの程度の苦難を前にどうして逃げられましょうか」

「サマナー、彼女の意思は固い。僕らに説得は無理そうだ」

「...わかったよ、だが前に出るのは俺の仲魔だ。それだけは守ってくれ」

「はい!」

 

「サマナー、来るよ!」

「ああ、百太郎が感知した。エネミーソナーはレッドアラート!やってくれるね畜生!」

 

そうして、長髪に長身、目隠しをしている人型の悪魔はストンと俺たちの前に降り立った。

 

「貴方方は、この時代の勇士ですか?」

「いや、ただの人間だよ。サモン、ノッカー、モコイ、カラドリウス」

 

『サマナー、勘だが彼女は私より速い。気をつけてくれ』

『だろうな。強化魔法で誤魔化せるとも思えん。こっちはこっちでなんとかするから、後ろを気にしないでやってくれ』

 

「悪魔を召喚し使役する者、時代は変わったのですね」

「...こっちには、そちらと会話をする気がある。まずは話を聞かせてくれないか?この人食い結界を発動させない理由とか」

「大した事ではありません。ある程度目立つ所に置けば、この時代の勇士が釣れると思ったまでのこと。今、解除します」

 

そう言って彼女は手を一振りした。それだけで結界の呪印は消え去った。自在に呪印を操る力。パッシブソナーを確認してみるも、32あった呪印は形もなく消え去っていった。解除した、あるいは待機状態にしたのは本当だろう。

 

「俺は花咲千尋、デビルサマナーだ」

「私はメドゥーサ。幽霊をしています」

 

長い髪が蛇になっていない。綺麗な薄紫色の髪だ。俺の知るメドゥーサとは違う原典から顕現した悪魔なのだろうか。

 

「質問だ、勇士を見つけて何をしようとした?」

「この世界についていくつか質問しようかと。私のいた神代とあまりにも違いすぎるので」

「そりゃそうさ。この世界は今平成結界に守られている。お前たちみたいなのは現れにくくなってるんだよ」

「なるほど、広域に結界が張られているのですね。ではどうして私のような化生が顕現できたのですか?」

「まぁ、長年使ってきた結界だから綻びが出来てるんだよ、多分」

「そうですか...大体理解しました。それではチヒロ、怪物である私を殺しますか?」

「殺さないよ。そっちに害意がないのならこちらから殺しにかかる理由はない」

「甘いのですね」

「だが、契約していない悪魔...この時代におけるマグネタイトで体を構築している奴らは基本的に害獣として狙われてしまう。どうだ?行くとこがないなら、俺と契約する気はないか?」

「...私は、メドゥーサですよ?」

「その程度でビビっていられるか。第一、メドゥーサさんは邪悪な悪魔じゃない。なら、ちょっとくらい人の世を生きてもいいと思うんだよ」

 

その言葉に、ふっと笑顔を見せた。思わず見惚れてしまうような綺麗な顔だった。顔の大半を隠している目隠しがうらめしい。

 

「わかりました。私はメドゥーサ、ゴルゴン三姉妹が末妹です。今の人の世を見るために、貴方と契約を結びましょう」

「花咲千尋、悪魔召喚士(デビルサマナー )だ。これからよろしく頼む、メドゥーサ」

 

ここに、契約は結ばれた。

 


 

「サマナーって、凄いんですね。私伝聞でしか聞いていなかったので、言葉だけであんな強力な悪魔を従えるなんて思ってもみませんでした」

「そりゃ、メドゥーサさんが善良な悪魔だったからだよ。そうじゃなきゃ会話の始まりは銃撃からだ」

「その場合、チヒロの首はねじ切れていたでしょうね」

「いいや、君の首が飛んでいたかもしれないよ、メドゥーサ」

 

若干相性の悪い二人だ。まぁ守護霊と悪魔なんてそんなものだろう。

 

「にしても、流石メドゥーサ。MAG消費量が半端ねぇ。ハイクラスの悪魔ってこんなんなのか?」

「チヒロ、マグネタイトの量は大丈夫なのかい?」

「ああ。あんまり手は付けたくないが、MAGの貯金はあるんだよ」

「...それは申し訳ないですね」

「いいさ、ヤタガラスに事情を説明したら報酬貰えるだろうし」

 

それから5分程度が経った後、黒服にアサルトライフルAK-47を装備した女性がやってきた。

 

「ヤタガラス所属のミズキです。状況を」

「浅田探偵事務所の花咲です。ショッピングモールに張られていた結界の呪印は本体であるメドゥーサを仲魔にする事で解除に成功しました」

「...ッ⁉︎体に異常はありませんか⁉︎」

「いえ、今のところは」

「アウタースピリッツを仲魔にする事ができるサマナー?なんて規格外」

「アウタースピリッツとは、私の事ですか?ミズキ」

「はい、この世界の外側からやってきた魂の事をヤタガラスではそう総称しています」

 

「では、花咲さん。メドゥーサをこちらに渡して下さい。アウタースピリッツにはそれ相応の処置をしなくてはなりません」

「チヒロ、私は貴方に従います。私は行くべきですか?」

「...質問です、処置ってのは何ですか?」

「アウタースピリッツがこの世界に異世界の法則を持ち込めないようにする為の処置です。放置すれば、平成結界に致命的なダメージが現れるという結論は出ています」

 

その言葉に、なんとなく察しがついた。だが、相手は国家の柱ヤタガラス。反抗したところで意味はない。

 

『早速で悪いが、契約切って逃げる事を考えておいてくれ』

『断らせてもらいます。私は、貴方だから契約したのですから』

『メドゥーサの命がかかってる』

『化け物の命を大事にする人など、狂ってるとしか言えませんよ?』

『仕方ないだろ、あんたは良い悪魔なんだから』

 

思考を切り替える。もしかしたら譲歩案を見つけ出せるかもしれない。

 

「タイムリミットは?」

「わかりません。」

「なら、今日くらいはなんとかなりませんか?監視は受け入れます。いざという時は俺ごと殺しても構いません。でも、俺はメドゥーサにこの世界の事をまだ何も見せていない。それは、契約に反する」

「...いいえチヒロ。貴方はもう私に今の世界を見せています」

「...え?」

「悪魔と人、化け物と人が共存できる世界。そのために命をかけてもいいという奇怪なサマナー。私が生前願っていた未来の形が、少し見えた気がします」

 

「ですので、どうせ死ぬなら貴方に残したいと思います。私の可愛い子を」

 

メドゥーサは、どこからか取り出した釘のような短剣で自分の首を貫いた。

その血が召喚陣となり、神聖な空気を持つ神獣が産まれ落ちた。

 

「ペガサス。この子を貴方に託します、チヒロ」

 

ヒヒーン!と嘶くペガサス。メドゥーサの囁きにより、俺と契約する事を了承してくれたようだ。

 

「メドゥーサ...」

「謝らないで下さい。貴方は、私を意思のある人として扱ってくれた。結構嬉しかったんですよ?それは」

「...ありがとう、お前の事は忘れない」

「いいえ、忘れて構いません。所詮私は、死人なのですから」

 

その言葉を最後に、メドゥーサはだらりと両手を下げ、ミズキさんのアサルトライフルにより撃ち抜かれ、死んだ。

 

その死に顔が笑顔に見えた事は、見間違いじゃなかったと信じている。

 

「神獣ペガサス。改めてよろしく頼む。俺は花咲千尋だ」

「ヒヒーン!」

 

ペガサスは嗎きとともに体を分解してCOMPへと収納された。

 

「ヤタガラスの」

「なんですか...まさか、内親王殿下⁉︎」

「あなたは、それを正義と信じて行なっているのですか?」

「...いいえ、そんな事はありません。ですが、やらなければならない。私を友人だと言った彼女は、私にそれを教えてくれました」

「では、やりたくはないのですね?」

「...はい。」

「なら、私から宮内庁の術者にかけあってみましょう。結界の更新はまだ少し先、外からの来訪者をなんとかする術を結界に組み込めないか尋ねてみます」

「...ありがとうございます、内親王殿下」

「構いません。ただの私情です」

 

「私も、メドゥーサさんと友人になってみたかったと思っただけの事ですよ」

 


 

その後、ミズキさんの持ってきた検査機により俺たちとペガサスは検査されたが、()()()()()()()()()()()()。とりあえず安心だ。

 

「アウタースピリッツか、君はどう思う?サマナー」

「...敵なら殺すし、そうじゃないなら説得する。それしかねぇよ」

「すいません千尋さん。あなたの仲魔を死なせてしまって」

「内親王殿下の責任はありませんよ。悪いのは、この表面だけまともを取り繕ってる世界ですから」

「...知っていらっしゃるんですね、あなたは」

「まぁ、色々あったんですよ」

 

そうしてジュネスの外に出ると、腕利きのバスターと思われる黒服が歩み寄ってきた。銃を抜かれなかったのは幸運かもしれない。

 

「それじゃあ、内親王殿下。自分たちはこれにて」

「ええ、案内ありがとう千尋さん、デオンさん。案内してくれたのが貴方達で良かったわ」

「こちらこそありがとう、マリア。君と見た映画は楽しかった」

 

握手をして、それに隠して名刺をそっと手渡して俺たちは別れた。

護衛さんは気付いているだろうが、放置してくれた。まぁ、向こうからしたら俺たちなぞ大した脅威でもないのだろう。当然といえば当然だ。

 

「んじゃ、帰るか」

「そうだね、サマナー」

 

遡月市の休日は、大事件もなくこうして過ぎていった。

俺の心に、1つの疑問を残して。

 


 

ヤタガラス本部、その支部長室にて女性と老翁が書類仕事をしていた。遡月支部の支部長、アイサとその相談役のゲンアンである。

 

「浅田探偵事務所所属、神野縁、花咲千尋、浅田彼方。何かの特異点だったりするの?コレ」

「悪人じゃないんだろ?だったら良いじゃねぇか。若いのが育ってるのは国が栄える証拠だ」

「この3人が、全員()()()でも?」

「...おい待て、なんだその奇跡」

「私だってミズキの報告書読んで驚いたわよ。あの事務所の職員は造魔一人以外全員そうなの。それがどれだけ異常かわかるでしょ?」

「...なら、保護するか?」

「彼らは皆、独立した力を持ってしまってる。今のこの世界の実情を知って暴走しないとは限らない。悔しいけど静観しかないわ」

「...待て、花咲千尋って名前に心当たりがあるぞ。確か...アウタースピリッツ関連だ」

「それ本当なの?ゲンアン」

「ああ。九州上空に発生したアウタースピリッツの異界事件の生き残りだ。もしかして、見てるかもしれねぇ」

「どれだけ厄ネタなのよ...見なかった事にしようかしら」

「今はそれが良いさ。花咲って奴は事実を触れ回ったりはしていない。理知的な奴なんだろうよ。だが、結界の更新が終わったら改めて謝罪をするべきだと俺は思う」

「それは、情?」

「たりめぇだ。未来ある若者に筋を通してこその大人だろうよ」

「...そうね」

 

「...いつか、私たちは裁かれるのかしら」

「そん時は、世界が滅びる時さ」

「そうね」

 

ヤタガラス、それはこの世界の霊的国防を担う者達。

彼らの用いたある邪法がこの国を保たせている事を、人々はまだ知らない。




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メシアンとガイアーズとサマナーとランサー

今回もちょっと短め。いや、12000文字とか書いてたあの日の俺がおかしかっただけなんや。


登校日、事務所の4階にある宿泊スペースから最低限の荷物を持って学校に行く。

徒歩15分、実に良い立地だ。

 

「おいーっす」

「よっ」

 

制服の前ボタンを全部開けている不良スタイルのシュウが後ろから追いついてくる。昨夜俺に飯テロ未遂を行ってきた悪漢だ。ちょうど夜食を食べているとき出なかったら大ダメージを受けていただろう。

 

「昨日送ったチャーハンの画像どうだった?」

「30点。アングルが悪かったな。もうちょい低めから撮って山っぽさを見せて良かったと思うぞ」

「手厳しいね、先生」

「後は、脂っこさだな。テカリがあると良い感じに美味そうに見える」

「なるほど、今度誠に送るとき試してみるわ」

「君達はなんで朝っぱらから飯テロの相談をしているんだ...」

 

新人メシアン西条誠が後ろから追いついてきた。良い子ちゃんな誠にはわかるまい。飯テロが決まった時の気持ち良さは。

 

「そういやさ、東のクレーターから現れた槍使いの噂聞いてるか?」

「僕は知らないね。千尋は?」

「噂は聞いた。赤い槍に青いスーツの奴か?」

「そう、腕試しにウチから何人か行ったんだが、全滅よ。全員心臓を貫かれて即死。すげぇ腕前だぜ」

「ガイアーズは命が軽いねぇ」

「メシアンが命を大事にしすぎなんだよ。んで、今度は上の方が勧誘に行こうとしてるらしいんだわ」

「僕らとしては認めたくないが、悪魔を倒す強者が増えるのは良い事だよ」

「でも、俺の聞いた話じゃそいつ闘鬼だって話だぞ?そんな強い奴を従えられるサマナーいるのか?」

「さぁ、その辺はわかんね」

「適当だね、ガイアーズ」

 

「そんなわけでさ、俺たちでちょっとちょっかいかけてみね?」

「「すまん、話の繋がりがわからん」」

「ほら、槍使いがガイアーズに入ったら迂闊に殺しあえないだろ?だからやり合えそうならやろうって話」

「馬鹿じゃねぇの、ていうか馬鹿じゃねぇの?」

「千尋に同意だ。命は投げ捨てるものじゃないんだよ?」

「...良い考えだと思うんだがなぁ」

「というか、メシアンとフリーのサマナーを戦力に数えるなよガイアーズ」

「いや、ダチの力を頼るのは悪い事じゃねぇだろ」

「...しゃーなし、報酬出るなら俺は付き合うぜ。一目見て無理なら逃げるのが条件だけど」

「千尋...仕方ない、僕も今日は非番だ。付き合うよ、シュウ」

「よっしゃあ!二人にはとっておきの報酬を用意するぜ!」

「あ、前払いな」

「僕も」

「...しれっと見殺しにする気じゃねぇだろうな、お前ら」

 

そんなわけで今日の放課後、槍使いの見物に行く事となった。

 


東地区の駅前広場にて、3人でデオンを待つ。

 

「なぁ、お前の仲魔ならどうしてCOMPに入ってないんだ?」

「ああ、デオンは造魔でな、ドリー・カドモンっていう肉の器を媒体に存在しているんだ。だから身体をMAGに変換して収納するって事が出来ないんだよ」

「成る程、肉の器を持つ事でMAGの消費を抑えるという事か。天使様の召喚にも応用できそうだね。千尋、そのドリー・カドモンとはどこで手に入るんだ?」

「...すまん、ゴタゴタで研究所潰れたから今の入手経路はわからんわ。情報屋を頼ってくれ」

 

そんな会話をしていると、周囲の視線が1つの方向に引き寄せられるのが感じられる。誠とシュウもそうだ。

 

「やぁ、サマナー。待たせたかい?」

「いや、大して待ってない。...どした?お前ら」

 

「「ち、千尋が女連れてきたぁああああ⁉︎」」

 

確かに、今日のデオンは女の格好をしている。その華麗な立ち振る舞いには人を惹きつけるものがあるのはわかる。

 

だが、この二人には事前にデオンが造魔であると伝えたはずなのだが。

 

「いや、どう考えてもおかしい!千尋だぞ!なんでこんな美人がついてるんだ⁉︎」

「主よ、私に試練を与えるのですか!私は友人を殴り飛ばさないといけないのですか!」

「オイ、シュウはいいとして誠!お前の主はそんな事を教義にしてるのか!」

「愉快な友人だね、サマナー。紹介してくれるかい?」

「お前を美人だと言ったガイアーズがシュウ、こっちの俺を殴ろうとしてるメシアンが誠。まぁ、いい奴らだよ」

「...メシアンとガイアーズ、逆ではないのかい?」

「「コイツと一緒にするな!」」

 

などと若干空気が緩んだ所で、早速報酬を受け取る事にする。

 

今回の報酬は、宝石。異界のMAGを存分に吸って成長したアメジストとイエロートルマリンが俺たちへの報酬だ。アメジストは邪悪なモノから身を守る性質を持っており、装備に組み込む事が出来れば破邪魔法(エストマ)の力を発揮できるだろう。トルマリンは電気の力を溜め込む宝石であり、イエロートルマリンはその中で最も扱いやすいものだ。どちらも魅力的だ。いい報酬を用意しやがる。

 

「誠、お前はどっちにする?」

「僕はアメジストを貰おう。天使様への献上品としては破邪の宝石は悪くないだろうからね」

「じゃあ俺はトルマリンだな。爆弾になる未来しか見えないけど」

「決まりだな。くれてやるよ!」

 

「でも、デオンさんは報酬なしでいいんですか?」

「構わないよ。僕はサマナーの仲魔だ。サマナーへの報酬が僕の報酬さ」

「とか言いつつ仮契約なんだけどな、コイツ」

 

「「マジか⁉︎」」と驚く二人。まぁ、コイツの精神性を知らないと確かにそう。デオンは裏切るなら裏切ると宣言してから裏切る奴だ。その辺の心配はしていない。懸念事項はあるが、それもまぁそのうちにだ。

 

「じゃ、行こうぜ。槍使いを拝みにさ」

 


 

東地区のクレーター。そこの中心部には異界の入り口がある。中のゲートパワーが高い上、先の見えないダークゾーンが至る所にあるが故にヤタガラスの術者でもたやすく討伐できず放置している異界だ。

 

まぁ、市街地から遠く、封鎖されているため侵入する一般人も居ないのだから問題はとりあえずないのだが。

 

「君達、ここは侵入禁止だよ!」

「げっお巡りかよ」

「サマナーの花咲千尋と言います。この“暗黒荒野”の調査依頼を受けて来ました」

 

嘘ではない。依頼人が隣にいるだけだ。などと考えつつも魔法陣展開代行プログラムにより魅了魔法(マリンカリン)の術式を準備しつつ丁寧に答える。

 

「サマナーの方でしたか。私はヤタガラスの協力者です。この異界は現在ウチの腕利きが討伐を行っています。巻き込まれないようにご注意を」

 

そこで止めないあたり、この業界やっぱ命が軽いわ。

 

「シュウ、槍使いが見れなくても文句言うなよ?」

「いや、ヤタガラスの使い手との戦いが見れるかもしれないんだ。こりゃ一挙両得だぜ!」

「これだからガイアーズは...」

「だが、気になるのは私も同意だ。この世界の実力者とサマナーがどれほど差があるのか気になっているからね」

「止めろ、世界トップレベルと新米サマナーを比べんな」

 

フォーメーションは3:1、デオン、誠、シュウが前衛で俺が後衛だ。全体指揮も俺が取る事になる。まぁ、悪魔を呼んだらアイテム係になりがちなサマナーの役割としては順当だ。

 

特に何かを言うまでもなく暗黒荒野へと侵入する。警戒していた異界入り口での出待ちはないようだ。ヤタガラスの術者が軒並み倒してしまったのだろうか。

 

「サマナー、生き残りがいるよ」

 

右手と左足が吹っ飛んでいる骸骨の戦士がいる。グラディウスを持っている事から絞り込むと、これはおそらく...

 

「闘鬼スパルトイだな。おい、話せるか?」

 

「MAGを...くれ...」

「その代わり、仲魔になれ。呑めるか?」

「わかった、なろう。俺は、もっと闘いたいッ!」

「決まりだな。俺は花咲千尋、サマナーだ」

「闘鬼 スパルトイ。竜の歯より産まれた戦士だ!」

 

契約は結ばれた。

 

「誠、回復魔法(ディア)頼む」

「了解だ、案内役は欲しいからね」

 

誠はスパルトイに手を触れ、癒しの術をかける。こういうところでメシアンの教義を持ち出さないのが、コイツの良い所だ。ロジカルに物事を考えられる。

 

「隊列変更、誠は裏に、その前にスパルトイ」

「わかった」

「任せろ、サマナー!俺は闘う!」

 

「しっかし、俺は千尋がスパルトイを拷問するのかと思ったぞ」

「私もだ」

「お前らどんな風に俺を見てんだよ」

 

スパルトイの先導の元、暗黒荒野を進んでいく。この荒野は開けているように見えて結構な横道がある。先導がなければ気付かなかっただろう。とは言っても見つかるのは人間の死体ばかり。腕を過信して暗黒荒野を討伐しようとした者達だろう。時間のたった異界を討伐した時に取れるマグネタイトは膨大だ。一攫千金を狙う気持ちはわからなくない。

 

手荷物を漁った後、COMPをストレージに回収してから施餓鬼米を使う。破魔の力で魂は浄化され、ゾンビになる事はなくなっただろう。

 

「サマナー、死体漁りを咎めるべきか魂を救ったことを認めるべきか私の良心が迷っているんだが」

「別におかしな事はしてねぇだろ。良いじゃねぇか、死体に金は使えないんだから」

「倫理の問題だよ、シュウ。」

「すまんかった、次行くぞスパルトイ」

「次は戦いがあるか?」

「それは分からん。ヤタガラスの術者は手当たり次第に悪魔を殺してるからな」

 

にしても妙だ。異界討伐が目的なら、戦闘を避けて最奥まで向かうと思うのだが。

 

「んじゃ、こっからはダークゾーンだ。サモン、ノッカー、モコイ。前衛はスパルトイとデオン、中衛には誠と俺とシュウ、後衛にノッカーとモコイ。全方向からの奇襲を警戒していくぞ」

 

皆の了承を得てからダークゾーンの中に入る。人であれ悪魔であれ、先を見通す事の叶わない暗黒の空間。これが所々にある上に最奥に進むのに避けられないとかいうクソ立地が、この異界がまだ討伐されていない理由だ。

 

だが、存分に警戒したのに意味はなく、すんなりとダークゾーンを抜けられてしまった。

 

「なんだかねぇ...どんだけ悪魔と会えないんだよこの異界。悪魔召喚してる分だけ赤字だぞ」

「サマナー、ここは引いてみないかい?この異常な悪魔討伐がヤタガラスのサマナーのものなら構わない。だが、槍使いの仕業だったなら?」

「MAGの大量摂取による強化か...うん、俺も逃げたくなってきた」

「何言ってんだ千尋、槍使いを見れる最後のチャンスかもしれないんだぞ?」

「その槍使いに殺されたら元も子もないだろうがよ」

「...いや、僕はシュウに賛成だ」

 

意外な援護射撃である。

 

「理由は?」

「...槍使いが、この異界の主ではないからだ。この異界から抜け出して街に繰り出す可能性がある」

「...あー、それがあるか。...うん、引くってのはなし、撤回する。最低でもアナライズデータくらいは抜いて帰るぞ」

「私もそこまでは考えが及んでいなかった。ありがとう誠、君に感謝を」

 

あ、若干顔が赤くなった。まぁ、戦闘態勢を取っていない今のデオンは美人な女の子スタイルだからな。初心なメシアンは見た目に騙されるか。

 

そうして、異界の奥に進んでいくと、金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。遠いが、鋭い。互いの力量がこの時点で推し量れる。

 

「皆、行くぞ!」

「「ああ!」」

 

そうしてたどり着いたのは、紅の棍をもって槍を迎撃する悪魔、斉天大聖とそれを操る黒服のサマナー、ミズキさん。

対するは、槍の冴えのみで斉天大聖を押し切っている青いボディスーツの槍使い。

 

正直、想定しているよりも5段階は次元が違った。

 

「ヤタガラスのサマナーを一旦援護する。異論はあるか?」

「ねぇな!血がたぎるぜ!」

 

カラドリウスを召喚。これによりモコイとノッカーを組み合わせたいつもの強化魔法三連で斉天大聖を強化する。

だが、それで拮抗状態が崩れたりはしなかった。槍使いは、一瞬で強くなった斉天大聖に対応したのだ。

 

「ミズキさん、花咲千尋です」

「ッ⁉︎どうしてここに!逃げなさい!」

「アレを見逃せはしませんよ」

 

「ッハ!新手か、よ!」

 

斉天大聖を槍の払いで吹き飛ばし、自身もバックステップで距離を取り仕切り直しを行った槍使い。こちらの数が増えた事で警戒を高めたのだろう。歴戦だ。そしてどこか清々しい。

 

「俺は悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋。あんたは?」

「ランサーと呼びな。あいにくと弱点の多い身でね、たやすく名前は明かせねぇのさ」

「じゃあランサーさん、交渉だ」

「一応聞くが、信用はしねぇぞ。お前からは狡い奴の匂いがする」

「否定できねぇ...それはともかくランサーさん、この異界の主を一緒に倒さないか?」

「さっきまで殺しあってた俺とか?」

「この業界じゃよくある事ですよ」

「花咲さん、勝手に話を進めないでください。あの槍使いは殺さなくてはなりません。間違いなくアウタースピリッツです」

「でも、あの人は無辜の民を殺したりはしませんよ。だから、まずはこの異界を潰すのが先決かと」

「...へぇ、少しは話が通じるみてぇだな。だが、何を見て俺がそうだって思ったんだ?」

「あんたの槍捌きは、美しい。そんなのを汚れた魂で振れるものか」

 

その言葉にランサーは一瞬固まったあと、敵前であるにもかかわらず大笑いを始めた。何かおかしな事を言っただろうか。

 

「すまんなチヒロ。第一印象で手前を図り違えた。面白え奴だよお前さんは」

「じゃあ、異界の主を殺すまで休戦って事で」

「構わねえ。あと、主の居場所はとうに検討はついてる。俺から逃げ回ってるが、探査(ベルカナ)のルーンで尻尾は掴んでるぜ」

「ルーン魔術まで使えるんですか。凄いですねランサーさん」

「ま、昔習わされた程度の腕前だよ。行こうぜ、チヒロ」

 

横に来たミズキさんが、小声で話してくる。どうにも、納得がいってないようだ。

 

「花咲さん、どういうつもりですか?勝手に割り込んで休戦を決めてしまうなんて」

「仕切り直しですよ。あのままじゃ、ミズキさんは殺されていました」

「...否定はしません、それほど強敵でした」

「なら漁夫の利狙いをするまでです。ランサーが主と共倒れになるように俺たちが戦況をコントロールする。正面からやり合うより成功率は高そうでしょう?」

「...他に手は思いつきません。乗りましょう、千尋」

「ども」

 

そんな会話ののち、ランサーさんは主を見つけた。

 

「貴様、何故ここに!」

「ちょっとした知恵だよ、ベルセルク」

 

一触即発の空気。今から俺たちはランサーさんのMAGを浪費させなければならない。妖鬼ベルセルクを陰ながら支援して。

 

だが、そんな考えは歴戦の戦士には見抜かれていたようだ。

 

「ああ、お前らが狡い事考えてるのはわかってるから、一瞬で終わらせてやる。さぁ、行くぞ狂戦士!その心臓、貰い受ける!」

 

穂先を地に向ける奇怪な構え。込められたMAGの量からアレが必殺の一撃であるとわかる。

 

「グオオオオオオオオ!」

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

その光景をなんと言い表せばいいのだろうか。ランサーが地に放った刺突は、どういうわけかベルセルクの心臓を突き破っていた。

 

ゲイボルクという槍の名前、ルーン魔術の腕、そしてなにより並ぶもののない槍の腕。

 

あれは、異世界における英雄、クー・フーリンだ。

 

「さ、続きと行こうや」

 

その言葉に乗った戦意で、一瞬呑まれかけた。

ただ一人、恐怖を蛮勇に変えた一人の馬鹿を除いて。

 

「ペルソナ、バロール!」

 

シュウの解き放った霊体、困難に立ち向かうための人格の鎧を形として召喚する異能、ペルソナによって顕現されたバロールが蒼き衣のクー・フーリンに襲いかかる。

 

「お、良いじゃねぇかお前!曾ジジイの力を引き出すか!ペルソナってのは面白えな!」

「悪い、その辺の事情は知らねぇ!高位火炎魔法(アギラオ)!」

「お前ら、続けぇ!」

 

誠の銃撃がバロールに押さえ込まれているクー・フーリンを襲い、それが不自然な軌道で逸れた。当たらないタイプの銃撃耐性か。

 

「誠!魔力集中(コンセントレイト)!隙を突いてぶちかませ!」

「ああ!」

「デオン、斉天大聖!前に出てシュウの援護を!燃費悪いから長くは保たない!」

「承知したよ、サマナー!」

「勝つ為ならなんでもするさ!」

 

「ミズキさん、指揮をお願いします!俺は大技をぶちかます!」

「任されました。サモン、猪八戒、沙悟浄!出し惜しみは無しです、死ぬ気であの英雄を抑え込みなさい!」

 

COMPの処理容量確保の為にモコイ、ノッカー、カラドリウスを送還(リターン)。魔法陣展開代行プログラムにて五重に術式を重ねる。そして、俺の切り札の悪魔に、十分な助走を持たせて召喚をする。

 

これが、今の俺にできる最上の一撃。

 

「数が増えても、繋がりが甘めぇ!」

 

ルーン魔術で筋力を強化したのか、魔槍のなぎ払いで斉天大聖と猪八戒が吹き飛ばされる。その隙にデオンが槍の内側に入り込み斬撃を加えるも、流れを殺さない石突きによる打撃により十全なダメージを与えるには至らなかった。

 

だが、手傷は負わせた。

 

「バロール、ムドオン!」

「沙悟浄、百烈突き!」

 

仕切り直しをさせまいと、吹き飛ばされなかった二人が怒涛の連撃を仕掛ける。だがクー・フーリンは流れるような動きで沙悟浄の百烈突きを捌き、最後の1突きを足場にして宙に逃げる事でムドオンを回避した。

 

その致命的な瞬間を、西条誠が逃すはずがない。

 

「主の敵を討ち滅ぼせ、万能魔法(メギド)!」

 

マグネタイトの奔流がクー・フーリンを襲う。逃げ場のない空中では回避行動を取れない。このマグネタイトを消失させる最強の魔法を躱すことはできない。

 

それが、普通の考えだ。

 

「甘ぇ!」

 

クー・フーリンは、あろうことか体捌きだけでメギドの射線から自分の身体を逃した。ダメージを受けてすらいない。

 

駄目か、と皆が思いかけたその時、クー・フーリンの背後に回らせていたスパルトイが一撃を食らわせた。それは、技量の問題で力場を貫く事は出来なかったが、メギドの余波にクー・フーリンの指先をぶつけるくらいのダメージを与えてみせた。

 

これで、クー・フーリンはゲイボルクを投げる事は出来ない。ゲイボルクが脚による投法だったとしても、足に持ち替える隙など与えない。

 

一瞬で、その命を終わらせるからだ。

 

「サモン、マグネタイト過剰供給(オーバーロード)!ペガサス!」

 

空を舞うペガサスが、最高速で俺の展開した加速の術式を通る。それを5つ繰り返したその先には、光の矢となったペガサスがあった。

 

「天馬流星砲!」

 

光の矢は狙い違わずクー・フーリンを貫いた。

異世界の英雄、クー・フーリンの最期である。

 


 

異界化が解けて、マグネタイトがアブゾーバーにより吸収されていく中で、胴体がなくなったクー・フーリンは、笑顔でいた。

戦える体ではないというのに、戦おうとしている。その強かさに、英雄の矜持を見た気がした。

 

「...完敗だよ、お前ら」

「俺らも、いい経験になりました!」

「ハッ、あんな死闘の後にその元気か。大物になるぜ、お前」

 

「...あんた、生きたくはなかったのか?」

「俺は腐っても英雄だ。英雄は、二度目の命なんざ求めたりはしねぇんだよ」

「格好いいね、君は」

「じゃあ、トドメを頼むぜ。千尋」

「どうして俺に?」

 

その言葉に、英雄は笑って答えた。

 

「勘だ。お前がきっとこの世界を救うって、俺の勘が言ってんだよ」

「...スケールがでかい事で」

「頼むぜ、悪魔召喚士(デビルサマナー )花咲千尋」

「ああ、承った」

 

クー・フーリンの脳天にP-90の銃口を押し当て、引き金を引く。

 

彼のマグネタイトが霧散していく様が、星が空に昇っていくかのように見えた。

 


 

それからのこと、ミズキさんの持ってる検査機で俺たちを検査した後、俺たちは解放された。ヤタガラスから後日異界討伐支援の報酬が貰える事となり、懐具合はかなりあったまりそうでちょっと未来が楽しみだ。

 

「それにしてもデオン、なんでお前ちょっと機嫌が良いんだ?」

「クー・フーリンの事だよ」

「...あー、世界を救うとか言う奴か。重いもん託されたよなぁ」

「私は、そうは思わない」

 

「この世界を救えるのは、きっと君みたいな人だ。僕の勘もそう言っているんだよ」

「だからスケールでかいっての」

 

「まぁ、いつか世界を救う為に、今はゆっくり体を休めるとするか」

「そうだね、サマナー」

 


 

ちゃっかりと起動していたMAGアブゾーバーのお陰で、突発的な異界討伐は超黒字。やってやったぜという感じだったのだが、神野はどうやらお冠なようだ。アレか?自分達にも分け前を寄越せというのだろうか?

 

「サマナー、冗談は時と場合を選ぶべきだ」

「だよなぁ...いや、わかってんだよ軽率なことしたって」

「じゃあ千尋さんは、これから無茶はしないと約束できますか?」

「無理」

「即答⁉︎」

「そりゃ、あの強力無比なクー・フーリンを殺し得る手が他にあったなら安全策取るが、そうじゃないなら命くらいかけるさ。人の命がかかってんだから」

「...所長さんからも何か言ってください!」

「いやー、縁ちゃん。ぶっちゃけ私は千尋くんに賛成。殺せる時に殺しておかないと後を引くからね」

「...そうだ、所長さんが一番カオスなんだこの事務所」

「ま、湿っぽい話は後にして、ケーキ買ってきたんで、食べましょうよ」

「...仕方ありません、納得しておきます」

 

「というわけで、出てこいお前ら!」

「えっと...召喚、タラスク!」

 

「ケーキだ!やっぱ甘味はいいよね!」

「知性派のオイラが、チーズケーキを切り分けるとするよ」

「縁の嬢ちゃん、あっしはこの甘味を食っても平気なんでしょうか」

「えっと、亀ってケーキ食べられるのかな?」

「悪魔だし大丈夫だろ。...にしても凄えのを仲魔にしたもんだ」

「あげませんよ?千尋さん」

「盗らねぇよ」

「逕伜袖縺ォ縺ッ蠑輔°繧後k繧ゅ�縺後≠繧九↑縲ゅ□縺御ク�袖繧貞�繧後※縺ソ縺溘¥縺ッ縺ゅk《甘味には引かれるものがあるな。だが七味を入れてみたくはある》」

「おい待てスダマ、どっから取り出したその七味!」

 

「賑やかになったね、この事務所も」

 

浅田彼方は、そんな言葉を、思わず零した。

 


 

この事務所に、その少年がやってきたのはドクターの紹介からだった。現代魔導の知識を持った素人がいるので、生きる道を示してもらいたいと。

 

「俺は、花咲千尋。悪魔召喚士(デビルサマナー )です」

「私は浅田彼方。早速だけど、君の実力を見たいから模擬戦をしよう」

 

その模擬戦の結果は、50戦50勝。彼には、悪魔と戦うための力が圧倒的に足りていなかった。

 

だが、足りてないのはそれだけだ。知識は深く、術は上手く、心は折れない。いや、()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 

だから、千尋くんに教えたのは格上からの生き残り方だけ。それだけを覚えれば、彼は生き残り続ける。そうなれば、きっと化ける。私の勘はそう言っていた。

 

そして1ヶ月がたってから、デオンくんを連れてきた。彼に足りなかった唯一のもの、力を持った存在として。

 

もう、彼は一人で歩き出せる優秀なサマナーだ。殺すことしかできない私がとやかく言う所ではないだろう。

 

だが、彼を巣立たせる気にはならなかった。

 

彼の持つ冷たさと、それに似合わない温かさは裏に生きる者としては本当に心地良いのだ。

 

もう少しだけ、彼を見ていたい。それはきっと、私に欠けているなにかを思い出させてくれるから。

 


 

暗黒荒野が討伐された。その知らせは瞬く間に裏の業界を席巻した。なにせ、ハイクラスの悪魔を主とした大型異界だ。それがヤタガラスの術者の助けがあったとはいえ、学生3人に討伐されたと言うのだから驚きしかないだろう。

 

西条誠、シュウ、花咲千尋

 

メシアンとガイアーズとフリーのサマナーの変則チーム。

彼らの行動は、裏の業界に1つの波紋を生み出した。

 

長年に渡って戦い続けている宿敵、メシア教とガイア教の一時休戦交渉という大事件の始まりは、おそらくそんなものだったのだろう。




次回から第1章の山場、一時休戦交渉編です。VSメシアンガイアーズダークサマナーの選り取り見取り。
そして、ついに悪魔合体の解禁です。合体法則はフィーリングでやるので、細かいところを期待しないでください。流石に合体法則からの逆引きで仲魔を作るなんてことは、この作品の設定上したくなかったのだ


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奇怪な調査依頼

ヒャッホイ!評価バー赤いぜ!(どうせ風前の灯火)
活動報告で愚痴ってみるものですね。相変わらずUAは増えませんが。それはきっと時間がなんとかしてくれる!
そんな思いからの投稿です。


「知ってるかい千尋くん。メシアとガイアが休戦交渉を始めたみたいだよ?」

「知ってます。サマナーネットもその話題で持ちきりですから」

「え、メシア教とガイア教ってノリで殺しあってるって前聞いたんですけど」

「時期が悪いんだよ。4月から平成結界のアップデートの本格的な準備が始まるからね。そんな時期に下手な抗争をしたらクズノハが出てくる」

「クズノハ?」

「「ヤベー奴ら」」

「...そこまでの者達なのかい?」

「日本の最強戦力だよ。戦艦を日本刀でぶった切ったことがあるらしい」

「「...え?」」

「所有する悪魔は全てハイクラス、おまけに悪魔の忠誠心も高いから合体奥義なんてものをバンバン撃ってくるんだと」

「そして何より、特殊な歩法を使った移動術であらゆる攻撃を回避するサマナー自体の生存能力の高さ。ぶっちゃけ、睨まれたら死ぬね」

「しかもこの伝聞は俺たちにわかりやすいようにスケールダウンさせて伝えられているんだ。本物とか会いたくねぇよ」

 

「「なんでそんな化け物のいる国で暴れてるんだメシアとガイア...」」

 

「ま、兎にも角にも今は依頼だ。名前が売れたのか、人探しの依頼が来てるよ。依頼者は風切さん。テンプルナイト時代の同期だった人だ。射撃の名手だよ」

「へー、ありがたい縁ですね」

 

それから20分後、テンプルナイトの正式装備のままで風切さんはやってきた。年の頃は40程度、しっかりと鍛えられた筋肉が、戦う者の空気を醸し出している。

 

風切三郎(かざきりさぶろう)だ。よろしく頼む」

「花咲千尋です。この事務所の探偵業を取り仕切っています」

「...浅田、お前は大人として恥ずかしくないのか?」

「だって千尋くんのが出来るんだもん、仕方ないじゃん」

「いい大人がそんな言葉を使うな...」

「苦労なさっていたんですね」

「浅田とは同期でな。よくバディを組まされていた」

 

契約書類にサインをしてもらい本題に移る。どうやら、人を探しているらしい。

 

「私の身の上話は、やはり必要か?」

「いえ、要点さえわかれば大丈夫です。あとはこっちで調べますので」

「頼もしいな。だが、正直藁にも縋る思いなんだ。全てを話す」

 

「私は、若くからテンプルナイトとして働いていた。だが、ある時知り合った女性と恋に落ちてな、結婚の約束をしたんだ」

 

「おおっ!」と目を輝かせる神野。黙ってなさい。

 

「だが、私は任務で意識不明の重体に陥ってしまい。復帰した時には彼女の影も形も見えなくなったんだ。後から聞いた話によると、ガイア系列に出資している彼女の父親が彼女を見つけて連れ帰ってしまったらしい」

「彼女の父親の所へは行かれましたか?」

「ああ、行った。だが、そこでは彼女はもうその屋敷から逃げ出したという事実しか知ることができなかった」

 

随分とアグレッシブな花嫁だ。流石テンプルナイトのお嫁さん。

 

「それから、方々を探したのだが見つからず、結局見つかったのは彼女が交通事故で死んでしまったというニュースだけ。それも事故から1ヶ月も経ってからだ。」

「では、その女性のお墓を探して欲しいというのが依頼ですか?」

 

「いや、少し違う。彼女には、娘ができたらしいんだ」

「それはあなたとの?」

「...違うだろう。14年も教会の施設で昏睡していたからな。」

「なら、依頼内容は娘さんを見つけてあなたと引き合わせる、という事でよろしいですか?」

「いや、彼女の娘が幸せに過ごしているのならそれでいい。私は身を引くよ。だが、彼女の娘が母を亡くして困っているのなら、彼女を迎え入れたい。彼女の忘れ形見だからね」

 

その瞳は、強かった。父親の瞳とはこういうものなのだろう。

 

「わかりました、受けましょう。それで、奥さんの名前は?」

神野紬(かみのつむぎ)、娘の名は神野縁だ」

 

「「「...え?」」」

 

「どうしたんだ?鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「...そちらの少女をご覧下さい」

「ああ。...歳若いのにこんな業界に踏み込んでしまい大変だったろうね」

「いえ!私は人に恵まれましたから!千尋さんにデオンさん。所長さんにタラスク。それにマルタさん。どの出会いも、私の宝物です!」

「そうか、それなら良かった。それで、彼女がどうかしたのかい?」

 

契約書類をしっかりと回収した後で、事実を告げる。この風切さんのリアルラックの珍妙さを示す言葉を。

 

「彼女が、神野縁さんです」

「...はい⁉︎」

「えっと...お父さん?」

「...つまり私は、紬の娘に全部聞かれていたのか...恥ずかしいッ!」

 

ちなみに、所長はバカ笑いしていた。あの人人生楽しんでんなぁ。

 

「ほら、一応MAG分析しましょう?同姓同名の別人という可能性もないわけじゃないですし」

「...やってくれ。私の娘かもしれないという夢を、打ち砕く為に」

 

「じゃあ神野、推定お父さんの隣に座ってくれ」

「...なんか、ちょっと気恥ずかしいですね。生まれた時からお父さんは死んだって聞いていたので」

 

そうして、二人のMAG反応を比較分析する。魂の構造はよっぽどの事が無ければ変わらない以上、結果は変わらないはずだ。

 

そう、二人は親子ではないと...え?

 

「風切さん、どーにもややこしい事になってます。あなたと神野の魂に血縁関係はありません」

「え?」「...まぁ、そうだろうな」

「神野が覚醒した事が原因での不一致の可能性も、この数値ではありえません。貴方方の適合率は、ゼロです」

 

「えっと、あなたはお父さんではないんですか?」

「じゃあ、一体誰が彼女の父親なんだ?」

「それを、これから調べましょうか」

 

「まだ、依頼内容の確定はしていません。どうせならしっかり最後まで調べちゃいましょう。神野縁っていうウチの職員のルーツについて」

 

そんなわけで、神野縁という少女をを追いかける仕事が始まった。

 


 

「まずは、お前ん家からだな」

「...紬が暮らした家か」

「ま、ただの安アパートなんですけどね」

「...こんな所に年頃の女の子が一人で住んではいけない!」

「あ、来月引き払う予定です。事務所の宿泊室片付けたら泊まれるスペースできたので、最近はもうほとんどあっちに住んでるんですよ」

「あの事務所、無駄に部屋が多いんですよ。なんせビル1つが所長の所有物なんで」

「...なるほど、わかった。誤解してすまなかったな」

 

仏壇に焼香をあげてからとりあえずの家探し。

もっとも、見つかるものはかつての風切さんとの恋文くらい。古風なことで。

 

「風切さんのこと、大切にしていたんですね!」

「...物凄く恥ずかしいから言わないでくれ」

「これが所帯を持ちかけた男子力か、勉強になります」

「サマナー、彼に追い打ちをかけないでやってくれ」

 

「それで、どうするんだ?情報は得られなかったが」

「いやー、取っ掛かりでも掴めればよかったんですが、この分だと突撃しかないみたいですね」

「突撃ですか?」

「ああ、前にお前の調査依頼をしてきた十文字さんって人のところ。住所は控えてるんだよ」

 

主に、報酬を払わなかったときの取り立てのためにだが。

 

「紬は、私を忘れないでくれたのにな...」

「大丈夫ですよ、風切さん。風切さんの愛は、お母さんにしっかり残ってます。じゃなきゃラブレターなんて取っておきませんよ」

「ありがとう、縁さん」

 

「待った。サマナー、周囲の警戒を」

「百太郎に感あり。囲まれてるな。サモン、スパルトイ」

「敵に心当たりはありますか?千尋さん、風切さん」

「私はありすぎるね」「俺もだ」

 

「まずは斥候を放とう。それへの対処でどう逃げるかを決めるべきだ」

「というわけで、スパルトイGO」

 

スパルトイにドアを開けさせ、アパートの外へと進ませる。ドアを開けた瞬間に集中砲火はないようだ。会話の余地はあると。

 

「デオン、神野、俺、風切さんで行きます。デオン、神野、盾は任せた」

「了解だ、サマナー」

「任せてください!」

 

風切さんがすっごい微妙な顔してる。だが、防御能力に関しては神野は超一流だ。()()を習得してからは特に。だから信じてもいいのだと思うのだが、というのは身内自慢か。

 

メシア教に押し付けようとしていた過去は、なかったことにしよう。彼女はメシアンになったら所長コースだ。アクが強すぎる。

 

周囲の警戒をしつつ大通りに出る。人払いの結界が張られているが、これは一山いくらの呪符を使ってのものなので術式の種類から敵を逆算することはできない。

 

「スパルトイと合流できたよ。次の指示は?」

「いや、アクションなんでないんだよ。アナライズは飛んでこないし。殺す気ならさっさと来いっての」

「デオンさん、人数は前に3、後ろに2であってますか?」

「正解だ、エニシ」

「強かだな、縁ちゃんは」

 

すると、烏の使い魔が飛んできた。見た感じ術式は密教系、天草式とも呼ばれるメシア系列の術だ。

 

「ニゲロ、ココハ、戦場ニナル」

 

メッセージは警告のみ。呪いの類は無い。

 

「...どうしますか、千尋さん」

「まぁ待て」

 

当然のように使い魔をデオンに捕まえさせ、逆探知術式をかける。術者は、正面側のものだった。

 

故にこのコンタクトの理由は、第三者である俺たちを状況から除外するためのものだと仮定する。

 

それはつまり、メシアンが風切さんに隠れて動いている別の案件があったという事だろう。

 

「皆さん、正面側に逃げます。その際、術者を探すのを忘れないように。次の手掛かりになりそうですから」

 

神野と目配せをしてから、3カウント指で数える。

 

それがゼロになると同時に、戦端は開かれた。

 

「サモン、ダンタリアン!」

「来たれ天使よ、ヴァーチャー!」

 

「ハイクラスの悪魔同士をぶつけるなんざ、戦争でもすんのかよ!」

 

思わず叫んだ風切さんの言葉。非常に同意だが、そんな場合ではないのだ。

 

「足を動かせ!堕天使の方は魔術タイプ、攻撃の余波で殺されるぞ!」

 

サマナーネットで情報を見たことがある。片手に本を持つ知識の悪魔、堕天使ダンタリアン。あらゆる魔法を使う術師なのだと。

 

なのでメシアンの方に走り出しながら殿に置いた神野に防御は任せる。

 

例えダンタリアンとて、神野のアレを抜くには三手は必要だろう。

 

「この本によれば、貴方方は聖女一人を置いて全滅する。高位広域火炎魔法(マハラギオン)

「死なせないのが、私だぁ!刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)!」

 

召喚されたタラスクの鱗の盾が、高位広域火炎魔法(マハラギオン)を押しとどめる。

その隙に、ヴァーチャーが神野の横を通り過ぎてダンタリアンに襲いかかる。「流石です、聖女よ」と呟いたのが聞こえた。厄ネタが増えた。

 

「神野、オーケーだ!」

「はい!逃げます!」

 

余波を火炎耐性で受けた神野に回復の為の魔石を放り投げつつヴァーチャーの飛んできた方に全力で走り抜ける。おっかないことこの上ない。神野を連れてきてよかった。さすが聖女だ。

 

そして、柱の影に隠れている術者に警告感謝すると目配せをして走り抜ける。年若い、女の術者だ。金髪がテンプルナイトの正装に映えることで。

 

とりあえず、このまま認識阻害結界の外側まで行こう。

 


 

認識阻害結界を抜け、ついでに十文字さんの住所である繁華街にたどり着いた所で一息つく。

 

「あー、死ぬかと思った」

「どっちの悪魔も強かったですね。多分片方ずつならどうにかできるんですけど」

「...お前ら、鉄火場に慣れてんな。いつからこっちの業界に入った?」

「1ヶ月前くらいです」「そういえば私、1ヶ月経ってませんね」

「化け物はお前らか⁉︎」

 

心外な、神野は受けた教育が良かったからこうなったのだ。マルタさんの聖女の100の闘法を短期間で身につけ、それを進化させつつあるのには感嘆の念しか抱かないが。

 

「皆、飲み物と軽食を買ってきたよ。何はともあれ体が資本だ。今は休むといい」

 

と言って、鶏肉を揚げたホットスナックと午後の紅茶を投げ渡してくる本当はアルコールを取りたい所だがまだ仕事途中だ、我慢しよう。

 

「しっかしなぁ...」

「「何だ/ですか?」」

「こうして食事の癖とかを見ると、二人が親子でも違和感はないんですよ」

「「癖?」」

 

「油を小指から舐めとる所」

 

「あ」っと反応する二人。無意識だったのだろう。言われたからすぐにおしぼりで手を拭いていた。その仕草もシンクロしているように一致している。十文字さんの所で何も得られなかったら、時間はかかるが他の検査法でも二人が家族かどうか調べてみよう。

 

「「「ごちそうさまでした」」」

 

ゴミ箱にホットスナックを包んでいた紙を入れ、ストレージに飲みかけの午後の紅茶を入れて先に進む。

 

十文字さんの書いた住所は、建築事務所のものだった。

裏の世界の事情を知っていると、しょっちゅう謎の事故で建物がぶっ壊れるので超優良企業なのだ。建築業は。

 

「...ヤーさんかねぇ」

「でも、事務所は綺麗ですし雰囲気も悪くありませんよ?」

「エネミーソナー見てみ」

「...青ですね」

「警戒に低級の悪魔を召喚してるって訳か...ガイアに関わってなきゃいいんだが」

 

 

4人で中に入る。警戒の様子はあった。そりゃあ認識阻害の札を使っているとはいえ、見える奴にはテンプルナイト御一行に見えるのだから当然だ。

 

「あの、何の御用でしょうか?」

「十文字小太郎さんに用件があってきました。花咲千尋と申します」

「...アポイントメントはお取りになっておられますか?」

「いえ、ありません」

「そうですか...それなら日を改めて頂けると助かります。十文字は今多忙ですので」

 

ただの受付嬢にしては、十文字さんのスケジュールを何も見ずに把握している。妙だ。内線で確認くらいは取ると思うのだが。

なので、ちょっとカマをかけてみることにした。

 

「神野縁にメシアとガイアが目をつけました。連絡ついでにそれを伝えてください」

「ッ⁉︎お待ち下さい、すぐ小太郎に連絡を取ります」

 

大当たり。この受付嬢のカワシマさんは十文字さんと親しい。話が早そうだ。

 

『デオン、周囲の悪魔の様子は?』

『ピクシーが植木の影、リリムがカウンター下、どちらも警戒しているだけだね』

『てことはガイア系列の会社か?お抱えのサマナーでもいるんかね』

『従えている悪魔がこの程度なら、心配はないのでは?』

『消費MAGと仕事の重さで使う悪魔を変えるのがサマナーだ。多分結構なやり手だぜ。戦いたくはないな』

 

そうして内線で連絡を取ったカワシマさんは、俺たちを奥の応接室に通した。十文字さんと会わせてくれるようだ。

 

出されたお茶に無警戒に手を伸ばそうとした神野を制止して5分ほど、十文字さんは応接室に現れた。

霊的な加護を受けているスーツを纏った男性と共に。

 

「久しぶり、というほどではないですね、花咲さん。その節はどうも」

「どうもです、十文字さん。色々話があってここに来ました」

「それは、急ぎの用ですか?」

「はい。神野が住んでいたアパートが、メシアンとガイアーズの抗争の舞台になりました。しかも、問答無用じゃなくて神野が狙いだったようです。天使と悪魔どちらもが神野を意識していました」

「...術者の顔は見たか?」

「メシアの方は」

「...わかった、腰を据えて話そう。あんたも聞きたいだろ?風切」

「...ああ」

 

「まず、俺が知っている情報が全てじゃないって事は最初に理解してくれ。俺も所詮、組織の中じゃ高い地位にはいない」

 

「神野縁さん、よく聞いてくれ。君は、メシアとガイア、両方にとって火種になるかもしれない」

「...メシアとガイアって理由なく殺しあってないか?」

「メシアもガイアも、この街を更地にする程の行為は行なっていないだろ?一応手加減してんだよ」

「...すいません、すっかりさっぱりわかりません!私、今は聖女(笑)ですけど、元は普通の女子中学生ですよ?」

「まさか、ガイアーズが紬に何かしたのか!」

「やったのは貴様らだろうが!メシアン!」

 

風切さんと十文字さんが睨み合う。どうにも話がこじれていそうだ。

 

「落ち着いてください。話を続けましょう」

「そうですぜ、社長。じゃねぇとあっしはともかく社長は死にますよ。テンプルナイト相手ですぜ?」

「そうです!よくわかりませんけど、お母さんのことで言い争わないでください!」

 

渋々といった表情で、二人はソファに座る。

 

「それで、火種とは?」

「神野縁さん。あなたは、伝説のガイアーズ、後藤の血縁者であり、奇跡の子だ」

「...はい?」

「状況証拠しかねぇが、あなたは、紬の姉さんが産んだんだよ、()()()()()()()

 

衝撃が、ここにいる一同を襲った。

 

「待ってくれ!出産器なしで子供を産むなんて正気の沙汰じゃない!どこかの出産院に記録はなかったのか⁉︎」

「それが、ねぇんですよ。どこの出産院をさがしても紬の姉さんが縁さんを作った記録が。なんで、なんかの邪法じゃねぇかと疑ってます。メシアンのね」

「邪法使ったとしても生身での出生率なんて0.1%切って50年は経ってますよ⁉︎どんな奇跡ですかそれは⁉︎」

「それは、こっちにも分からん。だが現に、産まれた神野縁さんは聖女だ。なんかあるだろ」

 

そんな時、一人冷静さを保っていたデオンがトンと床を叩く。それだけで皆の視線はデオンに集中した。

 

「私には、少し真相が見えてきた」

「本当か?」

「ああ。だが、その為にはエニシのお母さんの交友関係を調べる必要がある。一人で子供を産むというのは、まず不可能だ。必ず手助けした者がいる。憶測で誤った道を行くよりは、真実を知る者を探す方が効率的だ」

 

「流石、博識だな。デオン」

「...最近、古典文学にはまっていてね」

 

なんにせよ、次の目的は決まった。14年前、神野紬を助けた人を探し出すこと。大仕事だな。

 


 

「十文字さん、忙しい所すいませんでした」

「いや、構いませんよ。まぁ、縁さんを連れてきたのは驚きましたが」

「そういえば、母さんと十文字さんってどんな関係だったんですか?」

「...クソジジイの遊びで作られた、姉弟ですよ」

「じゃあ、伯父さんですね!」

「...ああ、そうなりますね」

 

「家族が増えました!」とガッツポーズを決める神野。まったく、呑気な奴だ。

 

「それで風切さん。心当たりはありますか?」

「ああ、一人。1ヶ月前に飛行機事故で亡くなった、私の姉だ」

 

その言葉に、ズキリと心が痛む。1ヶ月前の飛行機事故など、アレしかないのだから。

 


 

とりあえず、今日は時間も遅くなってきたので解散とする。その際に風切さんと神野の血液を採取して、DNA検査機関への依頼を済ませておく。結果が出るのはMAG反応比較と違い遅いが、神野の事を考えると古典的な方法の方が正確な結果が出るかもしれない。まぁ、経費で落ちるのだ、問題はないだろう。テンプルナイトの給料って高いらしいし。

 

「それで、どうしてドクターさんの所に向かってるんですか?」

「お前の検査だよ。体の中に異物入っているとかの厄ネタがこれ以上あったらたまらない。ただでさえ若干キャパオーバーだってのに」

「すいません、千尋さん」

「ま、半分くらいは好きでやってる事だ。気にすんな」

 

「千尋さんって、いつもそうですよね」

「性分だからな」

「辛く、ないんですか?」

「辛くても、苦しくても、やるべきことは変わらないよ」

 

「ま、サマナーってのは一人にはなれないんだ。多分大丈夫さ」

「...そうですね」

 


 

「フゥーッハッハッハ!よくぞ来たな新人サマナーよ!ちょうどこちらから連絡を入れようと思っていた所ダァ」

「どーもです、ドクター。電話の件お願いできますか?」

「ああ、聖女の検査だろう?正直何があるとは思えぬが、まぁやるとしよう」

「じゃあ報酬はいつも通りMAGで...」

「いいや、悪魔を2体貰おう。」

「まさか、完成したんですか⁉︎」

「その通ぉり!純粋な魔導科学のみによる悪魔合体システムがな!」

 

それが本当なら、ちょっとどころじゃない大発明である。悪魔召喚プログラムのブラックボックスとなっていた悪魔合体プログラムを解明できたのなら、それは値千金だ。理論がわかれば次なる進化系へとステップアップすることができるのだから。

 

「ところで、悪魔合体ってなんですか?」

「2体以上の悪魔の魂を合体させ、より強い悪魔を降臨させる邪法だ。元の悪魔の能力をある程度継承できることから、この業界における強者の使う悪魔は大体が合体産だ。うまくすれば、弱点をなくせるわけなのだからな」

「...じゃあ、元になった悪魔はどうなるんですか?」

「当然消えるさ。強い悪魔の意思に塗りつぶされてな」

「だから邪法なんだよ、悪魔合体は」

「そんなのダメです!悪魔だって意思を持ってるんですよ⁉︎」

「ところが、そういうわけでもない。悪魔が現世に出てくる理由は色々あるが、サマナーの仲魔になるものに多いのは悪魔合体により高位の悪魔へと転生したいという理由だからな」

「...え?」

「価値観の違いだろ。俺もその辺はよくわからんがな」

「...そうなんですか」

 

「さぁ、まずは検査の時間だ!カプセルに入るがいい」

 

その後、30分ほど検査を行った結果、神野縁の肉体は普通の人間()()()事がわかった。肉体生成時に起きるエラーが全くないのだ。確かにこれは奇跡の子と呼ばれるに値するな。神野の母さんが何をしたか、これは本格的に調べなくてはならなさそうだ。

 

「ふぃー、疲れました」

「おつかれ、午後ティー飲むがいいさ」

「そういえば、買ってたの忘れてました」

 

「さて、新人サマナーよ、生贄に出す悪魔は決まったか?」

「...サモン、ノッカー、スパルトイ」

 

「ふぉっふぉっふぉ。別れの時か」

「より強い俺になってみせるぜ!サマナー!」

「2人とも、今までありがとう。礼の酒だ」

 

ストレージから吟醸ゆめさくらと皿を3つを取り出し、3人でそれぞれ注ぎ合う。

 

「お前たちの魂は、俺が有効に使ってやる。だから、心配なく行け」

「そんなものしとらんよ。サマナーは、初めて会った時から折れぬ心を持った者だったからの」

「そうだ、お前に命を救われたお前に戦う場所を貰った!悔いはないぞ!サマナー!」

 

なら、かける言葉は1つだろう。

 

「「「乾杯!」」」

 

「さぁ、合体だ!サーキットロック!ターゲットはノッカーとスパルトイ!追加MAGは2000!行くぞ!」

 

2つのカプセルにより、ノッカーとスパルトイの体を構成しているマグネタイトは解け、パイプを通って空のカプセルに入り、混ざり合い、新たな姿を形作った。

 

「鬼女 雪女郎。あなたの心が氷に侵されつくされるその時まで、側にいますわ、サマナー」

「ああ、ありがとう雪女郎。俺は悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋だ」

 

心に残るしこりは、雪女郎の目にあるノッカーの優しさが解いてくれた。

 

「ふぅむ、成功といえば成功だな。本来ならあの合体で生まれる悪魔はリャナンシーあたりがいい所。それをミドルクラス一歩手前の悪魔にまで上げられたのだ。悪くはない。だが、ハイクラスには届かなかったか...」

「じゃあ、ついでにもう一回合体依頼していいか?」

「ホウ、随分と積極的だな」

「今絡んでるヤマが、一筋縄じゃ行かなそうでさ」

「なら、悪魔を呼び出すがいい!」

 

「...サモン、モコイ、スダマ!」

「うーん、ついにこの時が来たって所だね。僕は別に構わないよ」

「し、めっ、ぽ、い、の、は、に、が、て、ダ」

「スダマ、お前喋れたのか⁉︎」

「練習してたんだよ。いつかくる別れのためにさ。僕ら、弱いから」

 

「...わかった、じゃあ酒だ!」

「おーけーさ!」

「さ、け!」

 

「「「乾杯!」」」

 

「さぁ、合体だ!サーキットロック!ターゲットはモコイとスダマ!追加MAGは1500!行くぞ!」

 

2人の消え行く様を、しっかりと見届ける。スダマは喋れないなりに愉快な奴で、突然の念話で笑わされそうになったことは一度や二度ではない。そしてモコイは、俺の二番目の仲魔だ。買ってからずっと、俺を守る盾であってくれた。本当に、感謝しかない。

 

2人のMAGが混ざり合い、新たな悪魔への誕生を導く。そんな時に「あ、事故った」との声が聞こえてきやがった。

 

「おい待て!こっちの貴重な仲魔に何してやがんだ!」

「仕方ないだろう!このシステムは試作品だ!これからのアップデートが必要なんだよ!」

 

そうして、カプセルの中の煙が晴れる。合体事故で現れる悪魔は、契約が結ばれていない。デオンを前に、雪女郎を中に、俺を後衛にして戦闘態勢に入る。

 

「そう構えんなやサマナー。殺意はねぇ」

「じゃあ、その戦意はなんだ?」

「...クカッ!手前らの力、試させろやぁ!」

「千尋さん!」

「手を出すな、神野!これは契約の為の戦いだ!」

 

「合体結果は、幻魔バルドルだ!弱点無し!打撃、電撃に耐性あり!」

「デオン、雪女郎、行くぞ!」

「ああ、魅せようか、私たちの力を!」

 

「初っ端かますぜ?万魔の乱舞!」

 

俺たち全員を狙っためくら打ち。技がないのか、大した精度ではなかった。余裕で回避可能だ。

 

「随分と品のない動きだね、バルドル!」

 

デオンの華麗な斬撃がバルドルの首を獲るかと思われた。だが、その剣は力場ではなくバルドルの肌により阻まれた。

 

「ッハ!温りぃな!」

「では、冷ましてあげましょう。高位氷結魔法(ブフーラ)

 

雪女郎の氷結魔法かバルドルを襲う。全身を氷で固められたバルドルは、動くことができなくなった。

 

だが、あの不敵な笑みは言っている。ダメージはないのだと。

 

「..逸話による防御か」

「知っているのかい?サマナー」

「悪魔の中には、大昔に語られた逸話の力を持っている奴がいるんだと。多分だが、あのバルドルって奴もそうだろう。頑強の逸話。多分伝説の聖剣だとかの弱点はあるんだろうが、今からそれを用意すんのは無理だな」

「では、逃げるかい?」

「いいや?殺して死なない奴ならば、殺さないで無力化すれば良い。サマナーの鉄則だよ」

 

「雪女郎、氷結を続けろ!バルドルを動かすな!」

「了解です、サマナー!」

「雑魚が粋がってなにかするってのかぁ?やってみろや!」

 

魔法陣展開代行プログラムを起動。リソースの限界である8つの魔法陣でバルドルを囲んで捕らえる。

 

「雪女郎、もう良いぞ」

「あら、もう終わったんですの?」

「早業が基本なんだよ」

 

空のMAGアブゾーバーのスイッチをオンにしてから、8つの魔法陣を作動させる。術式の内容は、サマナーや異界との契約によりこの世界にラインを結んでいない者に対しての絶殺技。

 

「しゃらくせぇ!万魔の...ッ⁉︎」

「吸魔術式、起動」

 

周囲のMAGの強制排出によるマグネタイトの真空状態を作り出す術式だ。形作るのに自分のMAGを使っているバルドルは、マグネタイト欠乏症で立つ事もできないだろう。傷をつけなくても、悪魔は殺せるのだ。

 

「さて、バルドルくん。ここでマグネタイトに分解されたくなきゃ、言うべき言葉はわかるよな?」

「...カッ!良いサマナーだな手前は!俺はバルドル、オーディンの息子!手前の勝ちだ。好きにしろ」

悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋だ。お前のお眼鏡に叶うサマナーであれた事を、誇りに思うよ」

「言ってろ、悪魔よりも悪魔なサマナーさんよ」

 

バルドルと正式な契約を結び、新たな布陣となったところでまずはすることがある。

 

「雪女郎」

「はい」

「バルドル」

「おう」

 

互いに、皿に酒を注ぎ合う。バルドルも意外とノリは良いようだ

 

「「「この出会いに、乾杯!」」」

 

その日、俺は2人の強力な仲魔を味方につけることができた。

 


 

浅田探偵事務所にて、今日の調査報告書をまとめ、明日からの調査計画を所長に提出したところ、少し待ったをかけられた。

 

「千尋くん、この件だけともう少し守りに入らないかい?」

「どうしてですか?」

「メシアンとガイアーズの休戦協定が結ばれる前に、宿敵を殺そうと動いている者たちが多い。今彼らと接触するのは危険だよ」

「でも、待っていても巻き込まれます。神野の完全な人体に聖女の魂。悪用の仕方なんて思いつくだけでもごまんとあります」

「...じゃあ、事務所の皆で逃げちゃう?」

「それはないでしょう。敵は、いずれ来るんです。殺せる時に殺さないと後を引く。所長が言ったことでしょうに」

「...そだね。じゃあ、明日からは私も同行するよ。今日は風切さんが居たけど、明日からは君と縁ちゃんの二人になってしまうからね。ハイクラス使いからしたらカモだと見られてしまう」

「ありがとうございます、所長」

「いいさ、ここまできたら。誰が敵で誰が味方かはっきりさせた方がいい」

 

「間違って殺したら、大変だからね」

 

所長は、やはり混沌(カオス)の人だ。




縁ちゃんの謎を追いかけながら所長のキチっぷりを紹介するお話が、次から始まります。書き切れるかなー?


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ヒトの産まれ方

皆さん、高評価ありがとうございます!
けどそろそろストックが切れそう。連日投稿落としたくないんですがねー。あの日の操作ミスがなければッ!


翌日、平日なのでとりあえず学校に行く。ついでにシュウに確認を取りたい所だ。堕天使ダンタリアンなどというハイクラス悪魔を扱えるサマナーについての情報を。

サマナーネットはフリーランスのサマナーの集いという面が大きいため、メシアンやガイアーズについての詳しい情報はなかなか集まらないのだ。

 

「よぉ、シュウ」

「ああ、千尋か」

「どしたよ、元気ないな」

「いや、学校で誠とつるんでるのがバレてな。ちょっと問題になった」

「へぇ、大丈夫だったのか?」

「そりゃ、負けたら死ぬからな」

 

ガイアーズ名物、裁判(物理)である。どんなにガイア教に不利益をもたらそうと、裁判(物理)に勝てば無罪放免なのだ。やっぱ未来に生きてるわあいつら。

 

「あ、誠だ」

「...よし、行くか!」

「いいのか?絞られたんだろ?」

「それでダチの縁は切れねぇよ!」

 


 

昼休み、珍しく解放されている屋上にて、この学校の異能に関わった面子を集めてみた。

俺、誠、シュウに占い師見習いのカオル、デビルシフターのハリマ、ヤタガラスに内定の決まっている土御門純一(つちみかどじゅんいち)の合計6名。学年も全員高2と言うのだから笑えてくる運命だ。確率の偏りだなー。

 

「それで、なんで私達を集めたのよ。千尋」

 

この中で最も戦闘力の低いカオルが口火を切る。彼女は一応サマナーでもあるのだが、占いの術の精度の高さから高校卒業後はそのまま店を開くことになっている。この同窓会の出世頭筆頭だ。

 

「現状の確認ついでだよ。今、メシアとガイアの上の方が休戦交渉を始めてるのは知ってるか?」

 

全員がうんと頷く。まぁ、これは前提か。

 

「そんな中で、交渉が始まる前にムカつくメシアン、ガイアーズをぶっ殺せって動いてる連中がいるんだよ」

「...やっぱ頭イってるわね、どっちとも」

「「メシア/ガイアと一緒にするな!」

 

「俺たちは別に仲良しこよしをしているわけではない。早く本題に入ってくれ」

 

ハリマが話を急かす。ハリマは幻魔クルースニクに変身できるように改造されたデビルシフターだ。ハイクラスの吸血鬼系悪魔、幽鬼クドラクを召喚したダークサマナーがそのカウンターとして現れるであろう吸血鬼ハンタークルースニクを自分でコントロールしクドラクを無敵にするために、その辺にたまたまいたハリマを媒介としてクルースニクを呼び出したのだとか。

 

もっとも、精神への改造を最後にしてしまうという大ポカによりそのダークサマナーは死んだ。ショッカーかおのれは。

 

「そのガイアメシアの抗争の関連で、ウチの探偵事務所の職員が狙われたんだ。名前は神野縁。だが彼女が狙われる理由についてはイマイチわからん。ガイアに出資してる人の孫らしいんだが、今はもう縁は切れてんだよ。しかも、どっちかというとメシアが彼女を守りたがってる感じだ。情報か、気付いた事があるのなら言って欲しい。報酬は払う」

「...写真はあるか?」

「ああ」

 

ハリマに神野の写真を見せる。ハリマは、なにやら自分のスマートフォンを操作し始めた。

 

「何かわかったか?」

「ああ。ファントムソサエティの裏ネットワークにて、彼女の誘拐依頼がいくつかあった。依頼者は皆違うが、報酬はなかなかに良い」

「うわ、ファントムも絡んでんのかよ。...悪いハリマ。彼女は撫で斬りカナタの元で働く、邪龍タラスクを自在に操るサマナーだって情報を流してくれ。リスクリターンのしっかりしてるダークサマナーならそれでだいぶ収まる筈だ」

「任せろ」

「報酬は?」

「この程度は些事だ。カツカレーうどん定食で手を打とう」

 

「ヤタガラスの連絡網には、彼女の事はないね。まぁウチは全国規模だからこういう細かい所に手が届いてないだけなんだけど。彼女が狙われてるって情報、一応上げておいていい?」

「頼むわ。いざって時のヤタガラスの初動が早いと心強い」

「おーけー。今度1日分の野菜、ペットボトルのやつでお願いね」

 

純一が野菜ジュースを飲みながらスマホをいじる。ヤタガラスの連絡網もネット化してるのね。

 

「むー、なんか私だけ役に立ってない感じがする」

「いや、カオルが知らないって事は大きいぜ?なにせ、ニュートラルな連中はこのことに関わってないって証拠なんだから」

「...よし、せっかくだし友達料金で占うわ。何が知りたいの?」

 

ストレージから水晶玉を取り出したカオルが言う。それならば、頼らせて貰おう。

 

「このヤマで相対する敵に対して、俺は何をすれば良い?」

「...見えた。別段、今から何もしなくても大丈夫そうよ。撫で斬りカナタと新しい仲魔が力になってくれるから」

「そりぁありがたい」

「じゃあ、1200MAGね」

「はいよ」

 

友達料金ありがたし。こいつ内容によっては普通に億単位ふっかけに来るのだ。くわばらくわばら。

 

「ああ、どうせ皆いるんだ。1つ聞いておきたい」

「どうした?誠」

「テンプルナイト殺しに心当たりがある人は居ないかい?」

「殺された人の名前は?」

「ミフネだよ」

 

その事に、少しホッとした。殺されたテンプルナイトというので風切さんが真っ先に頭に浮かんだからだ。

 

「すまん、心当たりはない。サマナーネット当たってみるか?」

「いいよ、場所が場所だし、すぐ特定できるだろうからね」

 

そんな言葉と共にそれぞれのクラスに戻っていく。僅かな引っかかりを覚えながら。

 


 

『デオン、そっちはどうだ?』

『3人ほど悪魔召喚士(デビルサマナー)と交戦した。縁の護衛をしておいて良かったよ。下手をすれば学校が戦場になっていた』

『所属は?』

『わからない、名乗られる前に所長さんが殺してしまったからね。召喚の隙すら与えないとは、凄まじい速さだったよ』

『所長...』

 

流石撫で斬りカナタ、テンプルナイツを()()使()()()()()()()で追い出されただけのことはある。でも所属くらいは聞いておいて欲しかったです、はい。

 

『じゃあ、神野と合流して駅前に向かってくれ。ささっと風切さんの姉さんの家を調べよう』

 

向かうのは、マンションヒライ。駅の近くにあるなかなかの立地のマンションである。当然オートロックだが、あいにくこちらにはグレムリンがいる。あいつにかかれば電子セキュリティはだいたい無力なのだ。

 

「千尋さん!」

「おう、無事みたいだな」

「うーん、なんで午後から全然来なかったんだろ。千尋くん、なんかした?」

「情報操作を少々」

「えー...いらなかったのに」

「散る命は少ない方が良いと思うのだがね...」

「なんか、すいません」

「いや、悪いのは10割で所長だから」

 

マンションヒライにたどり着く。風切さんの姉、風切未来(かざきりみくる)さんの家は、506号室だ。

 

「サモン、グレムリン」

「知性派のオイラ、今日は大活躍な予感がするんだよね」

 

実際その通りである。

 

「チーズケーキが食べたい気分さ」

「買ってやるから早く仕事をしろ」

「了解!」

 

程なくして、玄関ロビーのドアは開いた。

 

「流石、オイラだね」

「本当にな」

 

エレベーターで5階まで登る。すれ違う人は居ない。まぁ、この時間では高級マンションに住んでる人はみな仕事だろう。

 

そして、五階に到着してすぐに、異界があった。まるで、俺たちの道を塞ぐかのように。

 

「小規模な異界ですね。人造の可能性が高いです」

「罠だね、迂回しよう」

「でも、なんで罠が?」

「一応聞きますけど、今日の予定を話したりとかはしましたか?」

 

首を横に振る3人。とすれば占い、予知の類の術か?

 

「俺は、突っ込んでぶっ壊す方が良いと思います。敵の戦力を確実に削る為に」

「よし、そっちの方が面白そうだね!行こうか!」

 

異界の中に侵入する。

中で異界を作っていたのは()使()パワー。メシア教にて能天使の位を持つハイクラスの悪魔だ。

 

隣の所長から、風が流れるのを感じる。

 

「人の子よ、去りなさい。あなた方を傷つける理由は私にはありません」

「すいません、パワーさん。所長がエンジン入っちゃったみたいなんで」

 

所長は、物凄い笑顔で、問答無用にパワーに斬りかかっていった。

 

「人の子⁉︎」

「天使を殺せるとか、今日はツいてるよ、私!」

「ええい!話を、聞け!」

 

パワーが手に持った盾で所長のクレイモアを受け止め、槍で頭蓋を突き破ろうとする。だが、槍という獲物はクロスレンジでは一手遅い。自分にかけた疾風魔法で空で回転し槍を避け、カウンター気味に大上段を繰り出す。今度は、盾ごとぶった切った。

 

所長の持っているクレイモアは、元はただの数打ちだったが、所長が長年にわたり悪魔を切り続けたことにより悪魔殺しの魔剣と化しているのだ。主に、悪魔からの呪いによって。

 

「...仕方ありません、お覚悟を!」

「覚悟してないわけないでしょうが!」

 

右手で槍を突き出しながら、傷ついた左手に魔力を集めるパワー。だが、所長の方が速い。突き出された槍を足場とし、今度は脳天に兜割りを仕掛けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「兜で受けた⁉︎素敵だねぇ!」

「狂戦士、これで終わりです!万能魔法(メギド)!」

 

右手のメギドが所長を狙う。このままなら所長は力場無視の大ダメージを受けてしまうだろう。だがしかし...

 

疾風魔法(ガル)

 

そんな小さな魔法によってメギドを放つ手を吹き飛ばし暴発させるなんて絶技をかますのが、撫で斬りカナタ。ウチの探偵事務所の所長である。

 

そして、その魔力のダメージはパワーへと逆流する。

 

「そんな隙、見逃すわけないよね!」

 

もう一発の兜割り。寸分違わず同じ場所に打ち込んだその斬撃は、パワーの兜を貫き、その脳天をカチ割った。

 

「やっぱ、天使は強いね!」

 

返り血を浴びながら、そんな事を口にする所長はやっぱり混沌(カオス)の人だった。

 


 

異界が崩壊してすぐに風切さんの家に侵入する。

人のいた痕跡がある。それも覚醒者。残留MAG濃度からしてそう時間は経ってない。

 

「千尋くん。追跡」

「もうやってます!」

 

魔法陣展開代行プログラムにより、サンプリングしたMAGの持ち主を探査術式にて調べる。今回は自分たちの存在がバレているのでアクティブソナー、MAG波を放出してその反響から位置を把握する術式だ。こっちの方が制御は楽で精度も高いのだ。

 

「見つけました。北東方面、1km、移動してます。この方面は、メシア教会遡月支部が目的地と思われます!」

「じゃあ、飛ぼうか!」

「来て、タラスク!」

「手綱は任せたデオン!サモン、ペガサス!」

「任せてくれたまえ、サマナー!」

 

三者三様の飛び方で追跡する。だが、敵も今のアクティブソナーでこちらに気付いたのか大量の召喚をしてきた。

 

クラマテングをリーダーとした、カラステングとコッパテングの群れだ。デオンと初めて会った日に逃した懐かしのサマナーとの対面である。

 

「タラスク、ファイアブレス!」

「耐性の上から沈める!高位広域疾風魔法(マハ・ガルーラ)!」

「聖なる蹄で魔を散らせ!ペガサス、広域破魔魔法(マ・ハンマ)!」

 

まさに鎧袖一触だ。生き残ったクラマテングも所長が撫で斬りにした。運良く残ったコッパテングも、「流石にありゃ無理だべ」「んだんだ」と契約に違反しない程度に道を譲ってくれている。所長に対しては特に。なるほど、大量召喚にはこういうデメリットがあるのか。

 

「所長、この前のサマナーが相手ならデカいのが来るかもしれません。気をつけて」

「あー、うん。流石に縁ちゃんを心中に付き合わせる気はないから安心してよ」

「俺はいいんですか?」

「千尋くんなら、しれっと二人分のパラシュートとか用意してそうだし」

「信頼なんですか?それ」

 

そんな軽口を叩きながら進んでいく。だが、デオンの様子がおかしい。いつものデオンなら、格好つけて曲乗りして俺を驚かせようとするようなものなのだが。

 

そう思い、前にいるデオンの顔を見る。傍目で見てわかるくらいに緊張していた。まじか。

 

「...サマナー、あまり動かないでくれ。ペガサスが合わせてくれているだけで、実はあまり大丈夫じゃないんだ。というか落ちそう」

「...すまんデオン。パラシュートは一人分しかストレージにないんだ」

「落ちる前提かい⁉︎」

 

そんな一幕の後に、走行している車に追いつく。メシア教会まではまだ遠い。さぁ、存分に尋問をするとしよう。

 

タラスクが車の前に、所長が車の上に、俺が車の後ろにつけて囲む。タイヤの破壊は考えたが、所長の疾風魔法(ガル)でパンクしていないない事からなにかしらの祝福持ちだろう。高級車だ。欲しい。

 

車のドアが開く。そこには、神野のアパートの前でヴァーチャーを召喚したあの時の金髪のサマナーがいた。

 

「優秀な術者だね。私たちをこんな短時間で見つけるだなんて」

「聞きたいことがあって追いかけさせてもらいました。黙秘してもいいですけど、その時はウチの所長がなにをするかわからないのでご注意を」

 

車の上でブンブンとクレイモアを振るう所長。ちょっと遊んでるなあの人。

 

「それは怖いね、撫で斬りカナタは私たちにとってはちょっとした悪夢だから」

「なので、車の中でハイクラスの召喚狙ってるもう一人も出てきてくれると助かります。」

 

P-90を向けてそう一言告げる。

そのカマかけに、彼女は引っかかって動いてくれた。それに伴っての中の奴の召喚も、不完全で解放してくれたようだ。

 

「...来たれ力天使よ!ヴァーチャー!」

「サモン、霊鳥スザク!」

 

そして、金髪の女性はショートソードとラウンドシールドを取り出し戦闘準備をした。そして、中から出てきた男性はアームターミナル型COMPのアナライザーをタラスクに向けていた。

 

戦闘開始である。

 

「ヴァーチャー!あの天馬の小僧を!」

「承知!」

「スザク!上の奴を!」

「私の炎で焼きつくしてあげましょう!」

 

そして、男性と女性はタラスクを従えた神野へと向かった。神野が守られるだけの女の子だったならそれは正しいだろう。だが、神野縁という少女は、戦闘形態を発現できるほどのファイターなのだ。

 

「ハレルヤ!」

 

ガントレットの発現した拳が、ラウンドシールドを一撃で粉砕する。それに仰天しているところから、神野縁の戦闘能力については詳しい情報を得てはいないとみた。

 

故に、今は目の前の天使を殺す事を考えよう。

 

高位疾風魔法(ガルーラ)!」

「サモン、バルドル、雪女郎!」

 

バルドルの召喚位置をヴァーチャーとの射線上に入れる。本来なら悪手だが、ことバルドルに至っては別だ。なにせこいつ、不死身である。

 

「テメェ、いきなり盾にしやがって!」

「いいではありませんか。あなた、硬いだけが取り柄なのですから」

「...ふざけているのですか?人の子よ」

「ああ、ふざけてる。なにせ相手がたかが天使だからな」

「言わせておけば...ッ⁉︎」

 

背後からペガサスに乗ったデオンによる奇襲。ヴァーチャーは頭こそ回避したが、本命である翼にダメージが入った。

 

「たたみかけるぞ!雪女郎、合わせろ!」

「はい、サマナー!」

 

魔法陣展開代行プログラム起動。収束術式展開、MAGのラインの焦点を回避しているヴァーチャーに合わせ、雪女郎に指示を出す。

 

「魔導術式、展開!ターゲット、ロックオン!」

「凍てつきなさい!高位広域氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」

 

範囲に飛び散るはずの氷属性を術式で収束させ、氷の槍としてヴァーチャーに向ける。だがヴァーチャーもさるもの。翼への高位回復魔法(ディアラマ)を使いながら宙を舞い氷の槍を回避してみせた。

戦闘経験多し、だが、それ故に奇襲にかけられる。

 

「起動!」

 

躱したはずの氷の槍が、ヴァーチャーに再び襲いかかる。マグネタイトのラインによるロックオンだ。今時こんな魔術師然とした戦い方をするサマナーなんぞ希少価値なので思考の外に置いていたのか、あるいは本当に知らなかったのか。

まぁどっちでもいいことだ。

 

高位広域疾風魔法(マハ・ガルーラ)!」

 

自分を中心にした暴風で氷の槍を防御したヴァーチャー。アナライズはジャミングにより通らないが、今の行動で大体の耐性の検討はついた。

 

まず、タラスクのいる神野の方に向かわなかったことから、火炎耐性はない。次に、氷結魔法を術で防御しなかったことから氷結に耐性はない。疾風魔法を多用することから言って、疾風魔法の耐性は持っている。悪魔合体で呪殺の弱点は消されているのは当然であり、天使としての属性から言って破魔が通るとは思えない。

 

弱点の可能性が高いのは、電撃だ。

 

というわけで、2000円の自作ストーンの出番である。暴風の中心に向けて、ジオストーンを投げつける。オーバーロードの必要はない。疾風魔法のマグネタイトに反応して、勝手にぶっ壊れるだろう。

そうすれば、中の電撃がヴァーチャーを襲う。

 

「ガハッ⁉︎」

 

『デオン』

『わかっているよ』

 

暴風が止まった瞬間に、ペガサスの突撃がぶち当たる。そして、その背中に立っていたデオンがヴァーチャーの両の翼を断ち切る。あの即席コンビ、もう息が合ってきたようだ。

 

「じゃ、フィニッシュ頼むぜ?落下してるだけの奴だ、外すなよ?」

「たりめぇだろうが!万魔の乱舞!」

 

力場を無視した万能属性の五連発がヴァーチャーを襲う。1撃目で腕を、2撃目で胴を、3撃目で頭を、4撃目で足をぶち抜いた。尚、5撃目は外しやがった。MAGの無駄だからやめてほしいんだがなぁ...

 

「まさか、この私がこんなにもあっさりとッ⁉︎」

「運が悪かったね。私たちは最近強くなったばかりなんだ」

 

その言葉と共に放たれた斬撃が、ヴァーチャーの首を落とした。さぁ、神野の援護に行こう。

 


 

高位広域火炎魔法(マハ・ラギオン)!」

高位広域疾風魔法(マハ・ガルーラ)!」

 

200メートル上空で、ハイクラス悪魔霊鳥スザクと浅田彼方は、思う存分に殺しあっていた。

 

「あなたのような悪鬼、生かして置けませんね!南を守る聖獣として!」

「どうでもいいわ、そんなこと!使命だのなんだのに囚われて、殺し合いができるかぁ!」

 

ただの術のぶっ放し合い。本来ならばどう考えても生き物として格上のスザクが圧倒するはずなのだが、炎と風は互角の状況にあった。

 

その原因はただ1つ。浅田彼方に刻まれた呪いの如き多くのMAGである。魔剣と化したクレイモアを使い続ける事により、悪魔の力を僅かながらその身に取り込み続けていたのだ。

 

それが、“超人”浅田彼方の力。戦えば戦うだけ強くなる悪鬼。

 

そして、そのMAGを制御する強靭な理性を持って初めて、この浅田彼方というデビルバスターは完成する。

 

「消えた⁉︎」

 

打ち合っている最中、目の前で術を放ち続けている筈の浅田彼方は、消え去った。自分の炎は彼女を捉えた訳ではない。ならばなぜ消える?

その思考を割いた瞬間の分だけ、スザクは反応が遅れた。

 

炎を気にせず弾丸のように飛んでくる悪鬼の斬撃に。

 

「あんたが炎なんて使うから悪いのよ。蜃気楼を作らせて貰ったわ」

 

一太刀で首を落とされたスザクは、恨み言を言うでもなくただ化け物を見るような目で、見た。

 

火傷で爛れた皮膚を持った、ひとりの悪魔討伐者(デビルバスター)の姿を。

 

「...うん、流石にちょっと貰いすぎた。魔石使おう」

 

そうして魔石の中にある治癒の効力のMAGで火傷の跡を完全に消してから、神野縁の援護に向かう。

女性のメシアンはもう底が知れているが、男性のサマナーの方はまだ隠し球が残っているかも知れない。それとやりあうのは楽しそうだ。そんなことを思いながら。

 


 

「タラスク!」

 

タラスクの吐いたファイアブレスが二人に距離を取らせる。彼女は戦闘経験がまだ浅いのだろう。故に堅実に、自分の身を守る事を優先する戦い方をしている。おそらく本来のファイトスタイルからは少し離れた戦い方で。

 

メシア教会所属天使召喚士(エンジェルサマナー)ミーアと、メシア教会のはぐれ者ファルコ。

 

本来、彼らに与えられた任務は神野縁関係の情報を隠匿することであった。()()()()だけは、ガイアにも、悪魔にも知られてはならない。そう信じたからこそ、教会の指示に従っている。

今流れているのは、所詮噂だ。数日もすれば消えてなくなるだろう。本当の価値を知らない者たちからしたら、ただ珍しいだけの少女なのだから。

 

だが、今目の前にある現実はなんだ。何故守ろうとしていた筈の彼女が自分たちに拳を向けている?

何故、守ろうとしていた彼女がこうまで戦意を高めている?

 

安寧の中で生きるのが彼女にとって一番の筈だ。

その為なら、全てのテンプルナイトの命を投げ捨ててでも釣り合いが取れる。

 

彼女の存在は、それほどに人類にとって重大なのだ。

故に、傷つけることなどもってのほかだ。だから、使用できる術も限られている。

 

「聞いてください!私たちはあなた様に敵意を持っている訳ではないのです!」

「だったら、どうして千尋さんたちに悪魔を向けたんですか?」

「それはあの者達が信用できないからです!あの者達は異端ですよ⁉︎」

「でも、その異端の人たちが私を助けてくれた恩人です。私にとってあの人たちは、あなた達より信じられる」

 

それは、刷り込みではないのか?そう口に出そうとして、迷った。

彼女の心は今、異端の元にある。それを刺激する意味はあるのかと。

 

「ミーア。こりゃダメだ。スザクがやられた。撫で斬りが来るぜ?」

「私のヴァーチャーもです。これは、条件を呑ませた上で降伏するしかありませんね」

 

ミーアは、ショートソードをストレージにしまった。

ファルコは、「やれやれ」と口にして戦意を消した。

 

「降参です、聖女様。全ては話せませんが、話せるだけは話しましょう」

 


 

「これが、私たちが回収したデータです」

「お母さんの写真?」

「日付と共に腹が膨れていってるな。何かの病気か?」

「違うよ、サマナー。これは至って正常な人間の機能だ」

 

「妊娠したんだよ、彼女は」

 

その言葉への反応は、困惑だった。意味がわからないのが半分、なぜわかったのかという困惑が半分だ。

 

「すいません、妊娠って何ですか?」

「昔の時代の子供の作り方だよ。本来、赤ちゃんは女性の胎内でゆっくりと大きくなっていくものだったんだ。出産器という器械で現代は代用されてしまっているけどね」

「へー、私レアな生まれ方してたんですね」

「...ああ、だから悪魔召喚の生贄にはうってつけなんだ。お前が狙われてるのはその辺が理由だろうな」

「そうなんですか...まぁ、それが理由なら千尋さん達が居るので大丈夫ですね!」

 

当然、嘘だ。

 

この事は、絶対に広めてはならない。何故メシアンが神野を守ろうとしていたのかが得心がいった。ミーアさんとアイコンタクトで指示をする。俺のカバーストーリーに乗れと。

 

出産器とは、別名マグネタイト混合生成機。両親の魂と細胞をサンプリングして掛け合わせ、人造の命を生成するという装置だ。これにより出産の効率化が可能になった、と政府は喧伝しているが実の所は違う。人が子供を自然の手段で産めなくなったのだ。

 

ヤタガラスが総力を持って調べているが原因は未だもって不明。だからこそ作られたのが邪法による子供の生産装置である。社会の存続を求めたが故の苦肉の策。当時の政府はよくもそんな決断をしたものだ。

 

だが、その生産装置で産み出された子供達の中には、人間としての魂を持たずに生まれてくるものが現れた。デビルシフターやペルソナ使い、異能者などがそれの代表例だが、人間以上の事が出来るようになった者たち全てがそれに当たる。それを進化と取るか退化ととるか、その答えは今も先送りにされているが。

 

だが、そんな邪法により産まれた純粋な人間でない者たちも今となっては多数派どころか人類だ。今更正しい人間がどうだの言った所でどうなるという話でもない。

 

それが、裏の世界に関わらなければ。

 

神野縁の魂は、純粋な人間のものである。それはつまり、現代ではただ一人だけの平成結界を発動した当時の天皇陛下と同じ体の持ち主なのだ。

 

現代の魔導技術と合わせれば、平成結界のバックドアになり得る。そんなものが邪な考えの者達に渡ってしまえば、この世界がどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。

 

ギリギリで繋がっていた世界の、崩壊の引き金となり得てしまう。

 

神野縁という少女を、邪な者の手に渡してはならない。

そしてそれは、メシア教に渡してはならないということでもある。

そして何よりも、()に渡してはならないという事だ。

 

下ろしていたP-90の銃口をミーアさんの方に向ける。セーフティは外した。狙いは、外さない。

 

「どうやって、風切未来さんに辿り着いたんですか?」

「メシア教の職員であった彼女の遺書が遺品整理をしたら見つかったからです。神野紬さんが自然妊娠し、出産した事と、テンプルナイトでその子を守って欲しいと書かれていました。」

「父親の事は?」

「昏睡状態でしたが、()()()()()()()()()()()()()()。」

「でしょうね」

 

ミーアさんの肩越しに、()()()()()()()()()()()を撃ち抜く。

迷いは、なかった。

 

「酷いな、チヒロくん。せっかく父親が娘を助けようとしていたのに」

「...聞くまで気付かなかった自分に嫌気がさすよ。守護霊(ガーディアン)による肉体の奪取なんて、レアケースだがないわけじゃないのにな」

 

肉体に染み付いた癖は、二人が親子だと示している。

魂は、二人が親子だと示していない。

 

それはつまり、魂だけが別人だということを示している。

 

風切三郎という人物は14年の昏睡の後に死に、その守護霊(ガーディアン)である何者かがその体を乗っ取った。

所長の所に訪ねに来たのは、テンプルナイトの外の人物の知り合いを所長しか知らなかったから。

事務所に来た時にテンプルナイトの服装をしていたのは、テンプルナイトを殺してその装備を奪ったから。

 

まったく、大した行動力だ。

 

「デオン、殺すぞ」

「了解だ、サマナー」

「待って、下さい」

 

神野の声が響く。涙声の癖に、どこか芯がある。

 

「私、風切さんみたいな人がお父さんだったらいいなって思ってたんです。理由なんてなくて、なんとなくなんですけど」

「そうだ、俺がエニシのお父さんだ!」

「だったら何故、神野の親父さんを探そうなんて言い出した?守護霊であるお前には、確信が持てなかったんだよ。家族の繋がりがわからなかったから。所詮、悪魔だもんな」

「違う!俺はヒトになったんだ!俺が風切三郎だ!」

「じゃあ!」

 

「抱きしめて、貰えますか?」

「...ああ!当然だ!」

 

ミーアさんとファルコさんの制止を躱し、神野は風切さんの元へと行く。何をするのかわかった俺と所長は、ただ見つめる事にした。

 

そうして、互いに歩み寄って抱きしめられる距離まで来た時風切さんは()()()()

 

気付いたのだろう。彼女の持つ加護は、悪霊である自分を消しかねないものなのだと。

故に神野は風切さんの胸にトンと優しく拳を当てた。涙を流しながら。

 

神野のヤコブの手足は、悪霊を祓う。

 

そうして、悪霊の影響が消え生きる力をなくし、しなだれかかった風切さんは神野を抱きしめているかのように見えた。

 


 

「ありがとうございました、止めないでくれて」

 

涙を拭った神野は、空元気の笑顔でそう告げた。その顔がちょっとムカついたので、頭をぐしゃぐしゃっと撫で回す。

 

俺が言われて救われた言葉を、今の神野に送ろう。きっとそれが、俺にできる神野への慰めだから。

 

「泣きたい時は泣け。それが人間ってもんだ」

 

そんな、ちっぽけな言葉を。

 

「千尋さん...ありがとうございます」

 

神野をそっと抱きしめる。神野は、声を殺して泣き続けた。

この日神野縁は、自分のルーツと向き合い、そして終わらせた。簡単に納得できるような事じゃないのはわかっているが、それでもきっと大丈夫だろう。彼女は、一人じゃないのだから。

 


 

それからのこと。

 

神野はミーアさんのツテで、火葬場を安く使わせて貰っていた。風切さんの遺骨は、母親のものと一緒の墓に入れてやりたいそうだ。風切さんの両親は既に亡く、母親も実家とは縁を切っているのだから多分問題はないとのことだ。実際、十文字さんに確認を取ったところ問題ないと言ってくれた。ただ、墓の場所は教えてほしいとの条件付きだった。おそらく、俺に三億を突きつけてきたあの爺さんだろう。なんだかんだで、親子の情はあったのだろう。

 

神野には、裏の世界に関わるものとして人を助け、金を稼ぎ、立派な墓を作る。という人間らしい目標がまた1つできた。それは多分喜ばしいことなのだろう。聖女としての責務や人間としての責任とかを考えるよりも、ずっと神野らしい。

 

だが、ガイア、ファントムに聖女神野縁を誘拐しろと命じた者の調査は一向に進んでいない。その情報源を明らかにするまでは、完全にこの件が終わったとは言えないだろう。

 

そんな事を考えながら魔術書を読んでいると、横から神野がやってきた。なにやら俺に用があるようだ。

 

「千尋さん!」

「どした?」

「いい加減、神野ってやめてくれませんか?縁って呼んでくださいよ!」

「それは名案だね。サマナー、親睦を深めるのは重要だよ?」

『それに、今のエニシには親しくしてくれる人が必要だ。そしてそれは君がやるべきだと思う』

 

デオンの説得にはぁ、とため息を吐く。あまり親しくなると死んだ時が面倒だと思うのだがなぁ...

 

「まぁいいさ。お互い天涯孤独の身だ。墓参りくらいは行ってやるよ、縁」

「いや、そこは一緒に生きるって言いましょうよ」

「無理な約束はしないタチなんだ」

「えー」

 

そんな時、つけていたテレビからニュースが聞こえてきた。

 

1ヶ月前の飛行機事故、JIL4987便消失事件、その追悼式が行われていたのだと。

 

「千尋さん、行かなくて良かったんですか?」

「...行った所で、何にもならないからな」

 

ただ、黙祷だけは捧げていた。あの日俺が踏みにじった命の為に。

 


 

その日の夜、俺はサマナーネットで連絡を取ってきた人と会う約束をしていた。彼は初心者サマナーらしく、最初に何を買い揃えればいいかを相談したいとのことだ。折角頼ってきてくれたのだから魔石くらいは融通してやろう。それで恩が買えるのならば安いものだ。

 

「とか思ってたんだがなぁ」

「サマナー、この気配、只者じゃないよ」

「わかってる。あの新人サマナー、飲まれたか?」

 

そうして、その気配の元に辿り着く。そこには、MAGを取られて倒れている男と、見覚えのある女がいた。

 

あの日に俺が殺した筈の黒衣の女帝だった。

 

「ほう、まさかそなたとまた相見えるとはな」

「サマナー、知り合いかい?」

「...ああ、コイツの名はセミラミス。俺が殺した」

「ねくろま、という魔術らしい。我を屍鬼とし小間使いにするとは恐ろしい小娘よな。花咲千尋。命ずる。我を殺し直せ」

「...ああ、当然だ!サモン、バルドル、雪女郎、ペガサス、カラドリウス!」

 

「コイツを殺すぞ!」

 




感想で、錬金術でも使ったのでは?との声がありましたが、それはありません。比較対象がダメダメだった為縁が完璧な人間に見えていたのです。


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悪魔召喚士(デビルサマナー)の始まり

気付けばそこそこにランキングに載るようになっていたこの作品。UA伸びねぇ!と発狂しての活動報告乗っけた日が懐かしいです。いや、今でもUAは伸びてないんですけど。
評価して下さった皆様には感謝の気持ちしかありません。皆さまに楽しんでいただけるよう、頑張らせてもらいます!


その日を、幸運だったとは思わない。

 

「ごめん、ビジネスクラスのチケット2つしか取れなかった!」

「別にいいよ、俺はエコノミーで。2人仲良くのんびりしな」

 

そんなどうでもいい会話が、親子の最後の会話になってしまったのだから。

 

沖縄から本州へ帰る飛行機は、()()()()()()()()()()()()()()()に衝突した。

 

それが、俺のぬるま湯のような地獄の始まりだった。

 


 

驕慢王の美酒(シクラ・ウシュム)!」

 

セミラミスから放たれた数多の鎖が俺たちを襲う。だが、それは幾度も見ている。セミラミスも、それをわかっていてこれを一手目に打ったのだろう。

 

念話をもってデオン、ペガサス、雪女郎の位置を調整し、バルドルでその鎖を捕まえる。ここは、彼女の庭園ではない。術を使うにしてもシングルアクションは必要だ。

 

なら、その隙に首を取る。

 

「甘いわ、戯け!」

 

新たに出した鎖が最も接近していたデオンを襲う。だが、デオンにはあの技術がある。()()()()()()()()()()()()()()。それを持ってすれば毒を一時的に無力化できるのだ。

 

とはいえ鎖の数は多い、デオンは接近を諦め迎撃に徹している。

これで、片手。

 

その反撃に合わせて雪女郎の高位氷結魔法(ブフーラ)がセミラミスを襲うも、片手で展開された神代の魔導防壁により阻まれた。

 

これで、両手。

 

「ペガサス!」

「来たれ、バシュム!」

 

ペガサスの突撃が、セミラミスの背後に召喚された大蛇バシュムの毒の吐息に飲まれる。掠っただけで致命傷の絶殺技だが、それが来るのは読めている。

 

「ナイスだ、カラドリウス」

「ま、僕にできるのはこれくらいだからさ!」

 

カラドリウスの解毒により毒から守られたペガサスの突撃が、セミラミスを吹き飛ばす。セミラミスは戦う者ではない。これで思考は止まるだろう。

 

「終わりだ、バルドル!」

「任せな!高位破魔魔法(ハマオン)!」

 

裁きを司る悪魔、バルドルの放つ破魔の光が放たれた。

 

ネクロマ、悪魔を屍鬼として復活させるその術の弱点は単純明解な破魔魔法。肉体と魂のMAG結合が十分でない為、破魔の光を遮れないのだ。

 

その光が、セミラミスを包み込んだ。

 


 

空中庭園の中庭、そんなイメージの場所に飛行機は着陸した。

 

正直空中に突然現れるとか意味わからない事この上ないのだが、CAさんたちの冷静な判断と迅速な避難により、乗客は皆なんとか生き延びる事が出来た。

 

「ほら、爺さん大丈夫か?」

「...すまんな、若いの」

「いいですよ、こんな意味わからん事態でも、とりあえずは助け合いからです」

 

隣の席に座っていた爺さんに肩を貸して避難の助けをしつつ、両親を探す。人が多すぎて見つからない。

ならば、こういう時は動かないのが鉄則だ。この爺さんを放っておくのも忍びないのだし。

 

「まったく、ついておらんの、若いの」

「本当にですね。緊急着陸システムが優秀で良かったですよ」

「そういう訳ではない」

 

「儂の隣にいた事が、ついておらぬと言ったのよ」

 

体から、力が抜けた。魂が吸われたというのが正しい表現かもしれない。だが、何かが目覚めた感覚があってからは、なんとか踏みとどまる事が出来た。

 

「...何しやがったクソジジイ?」

「この程度で目覚めるか。種付きかの?」

「質問に答えろや」

「お主からMAG、魂の力を引き抜いたのじゃ。これから来る者たちに立ち向かう為にの」

「へぇ、何が来るって?このラピュタの持ち主か?」

「いや、そうではなかろう。この反応は、悪魔じゃ」

 

「化け物だ!逃げろぉ!」

 

誰かの叫びが聞こえる。何かが来たようだ。この爺さんの言うのなら、悪魔とやらが。

 

「覚醒出来たという事は、お主のスマホなりに悪魔召喚プログラムがインストールされておる筈じゃ。生き残りたいなら、戦え」

 

爺さんは軽い足取りで、人の流れとは逆方向に向かっていった。先ほどまでのフラフラな足取りは演技か何かだったのか?

 

と、そんな事よりも今は悪魔召喚プログラムだ。スマホを確認する。見覚えのないアイコンがホーム画面にあった。

 

「何がなんだかよくわからんが、とにかくやれって事だよな!発動、悪魔召喚プログラム!」

 

そうして魔法陣とともに現れたのは白い鳥、こちらに敵意を持っている事がわかる。その存在がただの鳥ではないという事も。

 

「さぁ、僕の自由のために倒れるのさ!」

 

羽ばたきで風の刃を放ってくる白い鳥。だが、何故かすんなりと動いた体はその刃を冷静に躱して鳥の首を掴んだ。

 

「クソジジイ、騙しやがったか?」

「...ま、待つのさ。殺さないで!」

「いや、ここで殺さないとお前他の人殺すだろ」

 

驚くほど冷静に、そんな思考をする事ができた。覚醒とは、人でなしになる事なのだろうか。

 

「わかった、契約するさ!君の仲魔になる!」

「...なるほど、わかった。このプログラムはこう使うのか」

 

悪魔召喚プログラムを使った悪魔との契約。それは、恐ろしく簡単なものだった。

 

「妖鳥カラドリウス、よろしくさ、サマナー!」

「花咲千尋だ。正直イマイチ状況が読めてないが、お前には働いてもらう」

 

「行くぞ、まずは状況を把握する」

 

爺さんの後を追って、カラドリウスと共に向かう。

蛮勇とは少し違う。ただなんとなく、そうするべきだと思ったのだ。

 


 

「収束、砲撃!広域火炎魔法(マハ・ラギ)!」

 

爺さんの展開する魔法陣から放たれる5つの火炎の砲撃。それがヒトデのような化け物に当たり、その身を焼き焦がす。

 

移動しながらこの悪魔召喚プログラムの事は大体把握した。あの爺さんが何者かはわからないが、とりあえず味方と判断する。

 

炎を砲撃を大回りで回避して背後に忍び寄ってきた財布のようなものを持った化け物を蹴り飛ばし、カラドリウスの衝撃魔法(ザン)で仕留める。

 

「爺さん!背中は守る!だから思いっきりやっちまえ!」

「若いの、ようやるのぉ!」

 

敵の数は多い。だが、爺さんの多彩な魔法によってその数をゆっくりと減らしていった。

 

「収束!高位電撃魔法(ジオンガ)!」

 

空を舞うエイのような化け物を爺さんの渾身の電撃で沈め、それをもってやってきた化け物たちの殲滅を完了した。

 

背後に守った人々からの、化け物を見るような目線を代償にして。

 

「さて若いの、どうする?」

「父さんたちは気になるけど、爺さんを放っておけない。今の混乱を見るに、爺さんしかこの化け物たちを殺せないんだろ?なら、背中くらいは守るさ」

「お主...どういう神経しとるんじゃ」

「自分でもなんでこんなに冷静なのかわかんねぇんだから言わないでくれ」

 

そうして、俺と爺さんはこの空中庭園の中へと足を進めた。この先に、何が待っているのかを知らずに。

 


 

「異界の構造は、本来のものと大して変わっとらんようじゃ。道なりに行けばこの庭園の玉座に着くじゃろう」

「それが、あの化け物たちの親玉か?」

「いや、違うじゃろ。彼奴らは堕天使。こんな見事な庭園を作れるとは思えん。どこぞの海から引っ張り上げてきた遺物か何かじゃろうな。まったく、平成結界の外のもんなぞ引き上げても害しかないじゃろうに」

「専門用語使わないでくれ、わからん」

「わからせるように言っとらんわ」

 

時折現れる堕天使をしばき倒しつつ進む。現れる堕天使の密度が多くなってきた。玉座の間で激しい戦闘が行われているのだろう。

 

「爺さん、どうすんだ?」

「お主ならどうする?」

「悪魔召喚プログラムのチュートリアルにあったんだが、異界が消えたら中から弾かれるんだろ?なら、異界の主である攻められてる方を今殺される訳にはいかない。協力して堕天使を殺して、その功績をもって主と交渉するのが良いと思う」

「なるほどの...お主、サマナーは天職じゃな。」

 

カラドリウスを伝令役として飛ばす。異界の主は玉座にて単身抵抗しているが、堕天使の数が多すぎて対応しきれていないようだ。

 

なので、爺さんの魔術で一気に状況を打開する。

 

『女帝様と連絡がついたよ!サマナー!』

「上等!爺さん、ぶっ放せ!」

広域範囲指定(マルチロックオン)!眠りの唄よ、響き渡れ!睡眠魔法(ドルミナー)!」

 

後方で魔法の援護をしていた多くの堕天使が、崩れ落ちるように眠っていく。それが合図となり、女帝様とやらは大技を放った。

 

「来たれ、バシュム!」

 

見ただけでかかりそうな猛毒の吐息、それをもって堕天使の群れは殲滅された。

 

広域に散布される絶殺の毒。恐ろしい女帝様がいたものだ。

 

「入って来るが良い、下民ども」

「爺さん、お先にどうぞ」

「若いのが先に行くべきじゃぞ、この業界のマナーじゃ」

「嘘つけ」

「バレたか」

「...漫才のオチは、2人とも我が毒で死んでしまったというのでいいか?」

「...わかりました。男は度胸!」

 

そうして、堕天使に壊された門から中に入る。道中で拾ったディスポイズンという解毒薬を握りしめて。

 

そこには、玉座で若干息を切らしながらも気高さをなくしていない女帝の姿があった。

 

「大丈夫そうですよ、爺さん」

「...なるほどのう、大体わかったぞ。少なくともお主は人類の敵ではなさそうじゃ」

「我は死人だ。今はそういったことに興味がないだけのことよ」

 

女帝様の肩に乗っていたカラドリウスが返ってくる。無事なようだ。

 

「正直、あっちの子になりたい気持ちはあったのさ」

「やっぱ首折っとくべきだったか」

「冗談さ!」

「お主ら、我の前でよく漫才などできるな。死にたいのか?」

「「「なんかノリで」」」

「そこの息を揃えるな戯け!」

 

なんかこの女帝様、割とノリが良い気がする。

 


 

「なるほどの、我の虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)の起動と同時に突っ込んできたアレは人を運ぶものだったか」

「とりあえず乗客の皆さんは無事です。緊急着陸できたんで。俺たちの要求は、この空中庭園を下ろして中の人たちを地上に下ろしてもらいたいって事です。もちろん、可能な限りの報酬は払います」

「それが、汝の命でもか?」

「ええ」

「...躊躇わずに言うな。狂っておるのか?」

「俺の命1つで、乗客約400名の命が救えるなら、それはプラスでしょう」

「お主、狂っておるのぅ」

「わかった。ならば試させて貰おう」

 

女帝は、取り出したコップに紫色の液体を注いだ。

 

「汝がこれを飲みきったのなら、主らの協力をしてやろう」

「その言葉、二言はありませんね?」

「ああ、無い」

「お主、そこまで命を懸ける意味はあるのか?」

「さぁ、わかりません」

『カラドリウス、頼んだぞ』

 

毒のコップを受け取り、勢い良く飲み切る。

女帝様の驚いた表情が、少し面白くて内心で笑った。

 

瞬間、身体中に痛みが生まれる。死んでしまう方が楽だと魂が言っている。

だが、生きている。ならば、カラドリウスなら治療が可能だ。

カラドリウスは、俺の目をじっと見つめて毒という病を浄化してくれた。

 

文字通り、生き返った気分だ。

 

「二言はないって言ったよな?女帝様」

「貴様、聖人かと思えば詐術師の類であったか!だが、神鳥カラドリウスは助かる見込みのないものは救えぬはず。何をもって信じられたのだ?」

「実は俺、毒に耐性あるらしいんですよ。だからどんな毒でも即死にはならないかなと」

「なるほど、なんともまぁ騙されたものだ。よかろう。当面のところお主をマスターと認めよう。左手を出せ」

「ああ」

 

女帝様の言う通り、左手を差し出す。女帝様はそこに手を翳し、なにかを刻み込んだ。赤い、刻印だろうか。

 

「我が名はセミラミス。アッシリアが女帝だ」

「俺は花咲千尋。一応、悪魔召喚士(デビルサマナー)です」

「ここに契約は完了した。さて、とりあえずはこの空中庭園の事だな」

「ありがとう、セミラミス」

「礼はいい、この虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)を地上に下ろす訳にはいかんからな。どうにも今、あの化生どもはこの庭園のどこかに門を開いておるのだ。第一陣は仕留めたが、第二陣第三陣と続くだろうよ」

「女帝セミラミスよ、ここはお主の庭園なのじゃろう?ゲートの知覚は出来ぬのか?」

「...ここが本来の意味で私の宝具だったのなら可能だ。だが、これはこの世界に満ちている魔力と似たもの、マグネタイトとやらを使って作った紛い物よ。様々な機能にガタが来ておる。ひこうきに侵入されたのもそれが原因よ」

「それじゃあ、足で探しますか?」

「いや、儂の術を使おう。MAGの消費は激しいが、やれん事はない」

 

そうして、取り出したチョークにより玉座の間に魔法陣を描き、10分ほどでアクティブソナーの術式を作り上げた。

 

「では、行くぞ!」

 

魔法陣に魔力を込め、MAGの波を発信し、それの反響によって周囲の状況を把握する術式だとの事だ。ファンタジーこの上ない。

 

セミラミスは見たことのない術式だったためか「ほう」と呟いていた。

 

そして、反響を受け取った爺さんは、苦悶の表情を見せた。

 

「すまぬ、小僧。状況は最悪の類じゃ」

「どうしたんだよ爺さん。何がわかったんだ?」

「堕天使が、乗客に目をつけておった」

「ッ⁉︎なら、助けに行かないと!」

「もう遅いのじゃ。彼奴ら、この世界の事に気付いておった。種無しに禁呪を加える事でどうなるかをな」

「爺さん、わかるように言ってくれ!」

「...乗客は皆、悪魔となった」

 

「お主が守ろうとした者たちは、皆死んだのじゃよ」

 

何かが、崩れ落ちる音が聞こえた。

 


 

それからの事は、よく覚えていない。ただ、生き残りをかけて戦っていただけだ。死ななかったのは、運だろう。

 


 

あれから、3日ほど経った。今朝のアクティブソナーにより認識できたゲートの数は120個、堕天使の軍勢とヒトだった悪魔、ハイクラス悪魔との戦いで、爺さんのMAGも、セミラミスの魔力も尽きかけていた。

 

もはや、戦いにすらなっていない。ただの蹂躙をなんとか躱しているだけの状況だ。

 

修繕した玉座の間の門がこじ開けられたら終わりだろう。それがわかるだけに、悔しい。

 

「すまんな、若いの。お主が一番無理をしとるじゃろうに」

「...いいですよ、ここで踏ん張らなきゃいけないのはわかってるんですから」

「実質、魔力を生み出せるのはチヒロのみ。炉心が抑えられてからはほとんどこやつの力だけで戦っておるのだ。もはや、潮時だろうな」

「そうじゃの...」

「...何諦めてんだ手前ら!じゃあ悪魔にされた人たちの葬いも出来ずにただ死ぬのが正しいってか!んな訳ねぇだろ!みんな、明日を当たり前に迎えるべき人たちだったんだ!それを踏みにじった悪魔をのさばらせておいて死ねるかよ!」

「...サマナー、怒りは駄目だよ」

 

カラドリウスが、俺の肩に乗る。それだけの事なのに、何故か俺の心は落ち着いた。

 

「そうじゃの、戦いばかりでお主の事を気にかけてやれんかった。全く、これだから家族に逃げられるというのに」

 

爺さんは、俺の頭をそっと撫でた。

 

「怒りで抑えるな。泣きたい時は泣け。それが、人間じゃ」

 

その言葉と共に、爺さんは残っていたマグネタイトを使って何かの術式を組み上げた。

 

「のう、若いの。お主に頼みがある」

「なんだよ、爺さん」

「孫に、我が知識を伝えて欲しい。道は違えども、必要になる時が来るはずじゃからの」

 

瞬間、膨大な知識が流れ込んできた。この爺さん、海馬雅紀(かいばまさのり)が一生の中で積み上げてきた魔導技術の数々が。

なんで、そんな形見分けのような事をするんだ。そう叫ぼうにも知識の奔流が俺を支配して動かさない。

 

それでも、伝えなくてはならない。

 

「爺さん!」

「主は生きろ。若いのは、次の世界を守るのが筋じゃ。女帝殿、頼んだぞ」

「...全く、心中の相手がこんな老人とは華のない。だがまぁ、許そう。花咲千尋、貴様のような奴が生き残る世界の方が、面白そうだからな」

 

セミラミスの展開していた魔法陣により、俺は空中庭園の外に飛ばされた。最後の切り札と言っていた、転移の術式だろう。1人しか逃げられないのなら、自分が逃げればいいモノを!

 

『さぁ、()()()()、言ってくれ。我への唯一の命令を。何をするべきかは、わかっているのだろう?』

「...ああ、わかったよ!今の俺が出来る事なんて、これくらいしかないんだから!やってやる、やってやるよ!」

 

「令呪をもって命ずる!セミラミス、庭園を自爆させろ!」

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。セミラミスの宝具虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)を自壊させるという話し合っていた最後の最後の手段。

 

起動に必要な魔力は、セミラミスとの契約で繋がった令呪という術式を利用する。これを使う時は、俺も死ぬ時だと思っていただけに、悔しさが止まらない。俺がもっと強ければ、皆が悪魔になったりする事はなかったかもしれない。俺がもっと強ければ、セミラミスを生かしたままで堕天使たちを打倒できたかもしれない。

 

俺は、弱い。

 

セミラミスが死んだ事で、契約は切れ。左手にあった聖痕は消えていく。それが、俺の弱さの証のように思えてならなかった。

 

だが、空中庭園が爆発した事で、その奥が見えた。

爺さんの知識にある。平成結界の外側、この世界を覆っている本当の災厄。平成結界の内部の時間を加速する事で、打開策を見つけようとしている地獄のありか。それがもう無駄だと、爺さんですら諦めた終わり。

 

「この世界は、もう終わってるんだな」

 

諦めの感情とは、こういうものだったのか。そう思い落下に体を任せたとき、カラドリウスがやってきた。

 

「サマナー!体を広げて!空気抵抗広くして!」

「カラドリウス?」

「生きているなら、生きなきゃ駄目さ!それが出来ない人がいるんだから!」

 

俺の背中を足で掴み、必死に落下速度を抑えようと羽ばたいている。

 

俺の最初の仲魔が、生きろと言ってくれた。なら、生きなくてはならないだろう。世界は終わっていても、人類はまだ滅んではいないんだから。

 

そう思うと、最後まで足掻いてみる気になった。体を広げ、海に落下し、体力の続く限り泳ぎ、生きる足掻きをやってみせた。

 

その間、ずっと涙が止まらなかった。一生分の涙をあの時にもう流した気がした。

 

そうして俺は、奇跡的に近くを通っていた漁船に拾われて、遡月市へと帰ることができたのだ。

 

俺の家族、俺の師匠、俺の仲魔、その全てを吹き飛ばしたあの日が、俺の悪魔召喚士(デビルサマナー)としての原点なのだろう。

 


 

破魔魔法を受けたセミラミスは、どこか達観した笑顔を俺たちに向けた。

 

「...あの童が、よくもやる様になったものだ」

「そりゃあ、俺は悪魔召喚士(デビルサマナー)だからな」

「ならば聞け。我を操る者は虚栄の空中庭園(ハンギングガーデンズ・オブ・バビロン)を持って帝都を襲うつもりであった。だが、それが本命ではない。おそらく魔界の者たちと合わせてこの世の理を壊すつもりだ。そなたが生きる事を望むなら、せいぜい足掻くといい」

「...ありがとう、セミラミス」

「良い、どうせこの身は死人のものよ。それが、そなたを残せた。それはきっと、尊い事なのだよ」

 

そう言い残して、セミラミスは光となって消えていった。術者は近くにいない。セミラミスが予想通りアウタースピリッツなら、そのまま消えていくだろう。

 

俺は、この術者を絶対に許さない。セミラミス(恩人)の最期を侮辱したのだから。

 

「サマナー?」

「術者は、堕天使使い。所在地はおそらく魔界。あの日セミラミスの自爆を掻い潜って魂を回収するなんて真似は、あの場所に居ないと出来ないんだから」

 

「必ず殺すぞ。デオン」

「...それは、復讐かい?」

「終わってるこの世界を、少しでも長く守る為だ」

 

その日の深夜、俺はミズキさんにアウタースピリッツセミラミスの存在と、堕天使使いのサマナーの存在を伝えた。

 


 

ヤタガラス遡月支部に向かう浅田探偵事務所の面々。ミズキさんに話した事を皆に話したところ、所長も神野も似たような話を持ちかけられていたらしい。

 

「まさか、千尋くんたちも誘われていたなんてね」

「探偵事務所、しばらくお休みでしょうか」

「いや、多分精度の高い探知機はまだ作られてない。集められたのは単純に有事の際の戦力としてだろうよ」

 

でなければ、昨晩セミラミスが現れた時ヤタガラスが現れなかった理由がない。

 

「浅田探偵事務所御一行様ですね?」

「はい、IDです」

「...確認しました。奥へどうぞ」

 

案内された先には、ミズキさんと黒猫を連れたサマナーが1人いた。

 

「まず最初に意思の確認をします。あなた方は対アウタースピリッツ特殊部隊、トルーパーズに参加するという事でよろしいんですね?」

 

3人で頷く。思う事は多々あれど、為すべき事は変わらない。

 

ここに、浅田探偵事務所の3人は運命と戦う事を誓った。




キリのいいところで区切ったら短くなってしまいました。でも次のエピソード入れて無理に文字数膨らますよりは、次の話で説明をしっかりした方がいいなと思った次第です。


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馬鹿野郎と馬鹿野郎

第1章は毎日定時に投稿するつもりだったんですがねー、やはりスマブラの魔力は凄い。


「それでは、事前説明を行います。改めて、私はヤタガラスのミズキ、こちらはクズノハの術師さんです。名は念のため明かせません」

「我は業斗童子(ごうとどうじ)、此奴は...とりあえずは、付和(ふわ)と呼ぶがよい。」

悪魔討伐者(デビルバスター)の浅田彼方よ」

悪魔召喚士(デビルサマナー)の花咲千尋です」

「えっと、神野縁です。一応聖女やってます」

 

通された会議室にて、ブリーフィングが始まる。

 

「お三方に依頼する内容は、結界のアップデートが終わるまでのアウタースピリッツの討伐、およびそれを利用するダークサマナー、仮称“ネクロ”の調査です」

「討伐までは依頼に含まれないんですか?」

「ええ、敵サマナーは堕天使の軍勢の制御にアウタースピリッツの隷属化。敵サマナーの実力は間違いなく災害級でしょう。それに対抗するには、災害級をぶつけるのが定石。そのためのクズノハです」

 

黒猫を連れたサマナーは、コクリと頷いた。

 

知識としてではなく、この世界に両足突っ込んだ人間として観察した結果でも、その底知れない強さがわかる。

本気で睨まれたら、それだけで殺されそうだ。

 

だがそれ故に分かる。彼なら、大丈夫だ。どんな敵が相手でも負けることは無い。

 

「トルーパーズのIDです。これがあればヤタガラス関係の施設で支給品を受け取る事ができます。今回の特殊装備は、魔力探知機。アウタースピリッツ第1号、玄奘三蔵が力場として発していたMAGとは別の魔力という物質を探知するための機械です」

「探知距離は?」

「約1mです」

「てことは、ほとんど分からんですね。アウタースピリッツの最後の確認に使えるくらいですか」

「ええ、ですがアウタースピリッツは目立ちます。なので、平成結界のゆらぎから大まかな位置を把握して、それっぽいのを半殺しにするのが今のところの定石ですね」

 

なるほど、脳筋だ。

だが、マルタさん、クー・フーリン、メドゥーサ、セミラミス、いずれも一級の概念装備を持っていた。その作戦は理にかなっている。

 

「ですが、結界のゆらぎを生まないネクロマによる召喚では揺らぎを確認することはできませんでした。それは、敵サマナーの方が一手上手ということですね」

「そっちの対策はなにかありますか?」

「今のところは何も。技術班が対策を練ってくれていますが、やはり今のところは虱潰しに探すしかないですね」

 

まぁ、昨日の今日ではそんなものだろう。

 

「敵の目的は、平成結界の破壊と仮定して動きます。なのでクズノハの付和さんにはこの遡月の街にある聖遺物を守っていただきます。敵の探索には主に私たちで行います、質問はありますか?」

「今現在その聖遺物が襲撃される可能性はありませんか?」

「今は、この付和の仲魔が警護に詰めている。案ずるな」

「なら、付和さんがここに来た意味は?」

 

「お前を、見るためだ」

 

しっかりと俺を見据えて付和さんが言う。この言葉は、重い。

 

「それで、お眼鏡には叶いましたか?」

 

1つ深呼吸して、軽口を叩く事にする。飲まれるな。自分を保て。

俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー)だ。

 

そうして、少しの間目を見られたあと、付和さんはゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「...悪魔と関わる者は、大なり小なり狂わなくては己を保てん。それが道理だ。だが貴様は、()()()()()()()()。それが何よりも異常だ」

 

「慧眼だね」とデオンが呟く。割と残虐非道な事をしまくってる自覚はあるのだが、それは狂ってる事には入らないのだろうか。

 

「...それで結局、俺はあなたの敵ですか?」

「それは、お前次第だ」

 

それは、この世界の事を漏らすなという言外の警告だろうか?

とりあえず、身の振り方には気をつけよう。

 


 

「それでは、失礼する」と付和さんは去っていった。聖遺物の守護の任を全うするためだろう。

 

「それでは、この支部の案内をしますね」

 

そういったミズキさんの案内の元、ヤタガラス支部の中を歩く。武器庫、回復施設、そして何よりも指揮施設。ヤタガラス支部そのものを魔法陣とした大探査術式の情報が流れていく様は、圧巻だった。

 

「流石人類防衛の最前線、金かけてますね」

「本来は、異界の早期発見を目的にしたシステムです。アウタースピリッツ関連の精度はあまり期待しないでください」

「大体の位置がわかれば御の字ですよ。これでも、探偵ですから」

「でしたね。あなた方の調査能力を信用しましょう」

 

まぁ、肝心な所長は目を逸らしているあたり、やはり自分が頑張らなくてはならないのだなと思い、気合いを入れる次第である。

 

「とりあえず今日のところはこんなところでいいでしょう。拠点機能はあるにはありますが、花咲さんたちはもう拠点を持っていますからね」

「あー、それじゃあ最後に。ヤタガラスのアーカイブへのアクセスって俺らみたいな協力者でも可能ですか?」

「...いいえ、文字により認知される事が出現の条件の悪魔もあるため、閲覧には幹部クラスの許可が必要なんですよ」

「なら、仕方ないですね」

「なにか懸念事項でも?」

「恩人の事を知りたかったってだけです。本人からはあまり話を聞けなかったので」

「すみません、花咲さん」

「いいえ、こちらこそ無理言ってすみません」

 

「ところで、この子無意識に花咲さんたちはって言ったよね」

「所長さん、威厳ありませんから」

「納得いかないなー、もう」

 

とりあえず遡月支部の案内は終了した。俺たち協力者は普段の生活を行いながらアウタースピリッツ関連の事件へと出動する事になっている。俺の情報から本来の計画を大幅に前倒しして作った部隊であり、所詮外様の部隊だ。そんなものだろう。

 

ちなみに、これからしっかりとした対策部隊にするための人員の提案もできればしてほしいとの要請を貰った。恐ろしく急ピッチで作った部隊であるため実は隊長以外全く決まっていないのだ。すげー対策部隊。兵は拙速を尊ぶとはまさにこの事だ。

 


 

そんな事情説明を受け、遡月支部を離れる。

 

堕天使使いのサマナーが魔界を拠点にしている可能性が高い以上、向こうからの意図的な攻撃の頻度は必然的に少なくなる。なにせ、平成結界の内側では時間が加速しているのだ。魔界の時間感覚がどの程度のものか正確に測定した訳ではないから詳しくは言えないが、こちらの時間の方が早く流れているのは実際に魔界から帰ってきたサマナーからの証言で取れている。準備期間程度はあるだろう。

 

「千尋くん、私は事務所戻るけど、千尋くんは縁ちゃんと防具見に行ってくれない?縁ちゃんに渡した装備、ガタがきてそうだからメンテナンスついでにさ」

「了解です。あ、探偵の依頼が来たらすぐ連絡下さいよ?」

「わかってるよ、花咲さん」

「あ、地味に根に持ってる」

 

そんなわけで、画商に扮している防具屋“金栗画廊”にやってきた。

 

「久しぶりだね、活躍は聞いているよ花咲くん。それと、浅田んとこの新しい子たちだろう?名前は?」

「はい!神野縁といいます!」

「私は、デオンという」

「戦闘タイプは?」

「近接型です、ガントレットは自前であるんで、それ以外の部分の装備を見繕って下さいな」

「へぇ、今時珍しいね。わかった、ジュンコに採寸させるから先に奥に入っていてよ。デオンさんは?」

「私は自前の装備があるから大丈夫だ。それよりも、この画廊を見て回っても構わないかい?」

「ああ、どうせ趣味でやってるだけさ。こっちの客からは金は取らんよ」

「ありがとう、店主さん」

「おっと、名乗ってなかったですね。私は金栗十蔵(かなくりじゅうぞう)です。今後ともよろしく」

 

「金に糸目はつけるなよ?」と言い含めるのは忘れずに。

 

「意外だね。君も絵を嗜むのかい?」

「いや、全然。なんとなく好きだってぐらいだよ」

「私は少し違うね。昔、とある学校でこういった教養を学んだんだ。描くのはそう得意ではなかったが、美醜を見分けるくらいはできるようになったのさ」

「へー、それがお前の多芸の理由か」

「でも、こうして絵を見るのは好きになってきたね。繋がってきた人の歴史が、技術としてこうして現れているんだから」

 

「僕も、そうあれたら良かったのにな...」

 

その呟きのような声は、多分仮面から溢れた甘えだったのだろう。デオンの見ないようにしている事、それに対しての。

 

だから、少し言葉が溢れてしまった。

 

「デオン」

「...サマナー?」

「お前は、その行動で人の心に繋がってる。だから、わかる人にしかわからない絵よか上等だぜ?」

「...そうだといいね」

「きっとそうさ」

 

その言葉を少しの間噛み締めてから、デオンはまた仮面を被りなおした。騎士然とした凛々しく美しいあの仮面を。仮面が被れるのなら、上等だろうよ。

 

「奥が騒がしい。どうやらエニシに何かあったようだ。行こう、サマナー」

「今度は何やらかしたんだ?アイツ」

 

そうして奥に入ると、なにやら神聖な空気の鎧を持って縁があたふたしていた。

 

「千尋さん!」

「花咲さん、聞いていませんよ?この子、まさか100人殺しの呪いの鎧を浄化してしまうなんて」

「呪いの浄化は良い事ではないのかい?」

「呪いってのは効かない奴からしたらボーナスなんだよ。だって呪いに染み付いた怨念が本人に力をくれるんだから」

「...そんなものなのか」

 

「弁償、してくれるよね?」

「いくらですか?」

「2億、ローンは認めない」

「じゃあ、事務所当てに領収書切って下さいね」

 

そんなわけで、縁の借金は2億ほど増えた。コイツ、聖女のくせに運なさすぎだろう。

 


 

神野の新装備は、軽装だ。

神聖な祝福をされた修道衣を改造したもの。これはメシアンローブを動きやすく調整したものだろうか。呪殺防御のペンダントはそのままに、新たに服装でも呪殺防御を仕込んでいるな。

 

「どうですか?千尋さん」

「軽く型やってみろよ。どっか引っかかるかもしれないぜ?」

「そうですね!」

 

『サマナー、そこは素直に似合っているよ!と言うべきだよ、紳士としてはね』

『なんで職場にんな面倒なものを持ち込まなきゃならねぇんだ』

 

始まる縁の演舞。質実剛健、されどどこか神聖さを感じさせる技術だった。聖女マルタの教えがなければここまで練り上げられるまでに相当の時間がかかっただろう。あの出会いには、本当に感謝だ。

 

「一通り動いてみましたけど、大丈夫そうですね」

「...想像以上だよ、神野ちゃん。格闘技じゃないね、悪魔との戦いを想定してる」

「はい、師匠からは、“ヤコブの手足”という格闘術だと教わりました。由来を教えてもらう前に、逝ってしまいましたけど」

 

「うん、わかった。神野ちゃんは常連になりそうね。今後ともよろしく!」

 


 

事務所へと帰るゆったりとした夕暮れ時。

縁とデオンと、他愛のない会話をしながら歩いていた。

 

「んで、そこでその子がご飯にザバーっとかけちゃったんですよ!」

「あー、やりたい気持ちはわかるかも」

「サマナー、君は案外マナーとかを覚えるべきかもしれないね」

 

などと話していると、正面にふと、男が現れた。

予兆はなかった。ほんとうにいつのまにか彼はそこにいた。

 

そして、流れるように縁へと近づいてきて

 

「お嬢さん、俺と一晩を共にしないか?」

 

などとのたまった。

 

当然のように縁の鉄拳聖裁をボディに貰ったが。

 

「凄えぞこの男。右も左もわからない状況で女を口説きにかかりやがった。しかもド直球で。男の中の男か」

「はっはっはっ!良いなぁ、良き拳だ!それなら良き子を産めるだろうよ!」

「まだ言いますか!変態!上半身裸のくせに、一端の紳士気取りですか!私はまだ14です!子供は早すぎます!」

「14では、十分だろう?子を産める体ではないか」

 

その台詞で、意味がわかる。それはこの男がこの時代について知識を持っていないことの証明だ。

 

「...うん、わかってたけどコイツアウタースピリッツだ。」

「そうだね、英雄色を好むという奴かな?」

 

そんな会話をしながら、威嚇している縁に笑いながら近づく変な男を見る。筋骨隆々、体型良し。飄々としているが、俺に対しての警戒を切ってはいない。一手動けば、拳か、あるいは獲物で命を取られかねないだろう。

 

「そちらのお嬢さんも、今夜一緒にどうだ?」

「あいにくと、私は女性ではない」

「顔が良ければ問題はない!」

「...手がつけられないね」

 

デオンが自然に前に出る。だが、とりあえず彼は無闇矢鱈と人を殺す邪悪の類ではないのは間違いない。

 

なら、交渉で物事を有利にするのか悪魔召喚士(デビルサマナー)だ。

 

「良い娼館を知ってるんだが、いっしょに来るか?この2人、脈なしみたいだし」

「良し、行こう!」

 

「サマナー⁉︎」とデオンの驚く声が聞こえる。要するにこの男は、ヤリたいだけなのだ。友好を深めるには野郎同士の猥談が一番、古事記にも書いてある。

 

悪魔召喚士(デビルサマナー )花咲千尋だ。あんたは?」

「フェルグス・マック・ロイ。まぁ、ただの女好きさ」

 

そう言って、デオンに縁を任せて娼館へと向かう。道中でこの世界についての説明を挟みながら。

 


 

「むぅ、流石にそれは死ぬしかないな」

「納得するんですか?」

「そりゃあそうさ。世界からの違和感のようなものは感じてはいるんだ。それが世界に害なす者が故と聞いてむしろ納得したほどだ」

「じゃあ、フェルグスさん。あなたは俺が殺します。でも、約束は約束なんで、しっかり娼館には連れて行きますけどね」

「お主、そっちが本命だろ」

「バレましたか。このタイミングなら、経費で娼館代が落ちるので、No.1の子の指名とかできちゃいそうなんですよ」

「お主、意外と悪よな」

 

それからは、フェルグスさんからさまざまな話を聞いた。女を口説く為に玉座を放り投げたこと、影の国と呼ばれる場所で良い女の元で修行をしたとのこと。そこに、クー・フーリンもいたこと。

 

「ああ、クー・フーリンならこの前戦いました」

「なんと!どうだったあやつは、強かっただろう?」

「数でゴリ押しているのに一手違えば死んでた自信はあります。強かったですよあの槍使い」

「そうだろうそうだろう!」

 

フェルグスさんは、我が事のように喜ばしげだ。

 

「仲、良かったんですね」

「ああ、身内だからな」

 

そんな会話を最後に、辿り着くはガイアーズ系列の娼館。房中術を得意とする者達による快楽の坩堝だ。

 

フェルグスさんと目を合わせ、共に娼館のドアを開く。いらっしゃいませの声がない。雄を見る目に長けた女傑たちだ。一目でフェルグスさんが只者ではないと気付いたのだろう。

 

「いらっしゃいませ、お客様。当店にはどのようなご用件で?」

「当然、やる事は1つでしょう」

「おうさ!事前に説明を受けたから、ちゃんと爪は切ったぞ!」

「ならば、言うことはありませんね。ただ、そちらのサマナーには別室で少しお話がありますので、カタログを読んで呼ぶ子を決めてください」

「それも聞いた。呼ぶ女なら決まっておる」

 

「全員纏めて相手にさせてもらおう。なに、金ならチヒロが払う!」

「フェルグスさん⁉︎裏切ったか!」

「女子たちの目線が、ヤリたいと告げているのだよ。今回は諦めろ、チヒロ」

「この、悪魔め!」

「はっはっはっ」

 

なんて言いつつも、予定通りだったりする。ここの女性達は房中術、性行為によるMAGのやりとりのプロだ。ヤレばヤルだけフェルグスさんは存在に使うMAGを削っていかれる。全員を相手にしても大丈夫なイメージはあるものの、それでも弱体化は必須だ。

 

我ながら、即興にしては良い作戦を練ったものよ。

 

知り合いの事務員の人に、「何人持ちますかね?」「ウチの子たちなら、どんな巨漢でも3人で倒せますよ。なにせ、鍛えてますから」なんて話をしてから3時間。フェルグスさん、やべー。

 

「これ、AVとして世に出すべきだと思います。フェルグスさんの漢らしさが女の子たちを惹きつけてヤベー感じになってますよ」

「いえ、流石に監視カメラ映像の流出はしませんよ。プライバシーありますし、モザイク編集面倒ですし」

 

さて、そろそろ戻ってこれなくなりそうな女の子か出てきそうなので、ここいらで止めるとしよう。連絡して戦闘ポイントにミズキさんたちを待機させているのだし。

 

「じゃあ、行ってきます。でも、領収書の先間違ってませんよね?ヤタガラスだなんて」

「良いツテができたんですよ」

 

そんなわけで、フェルグス・マック・ロイ、今日は見事全員切り達成。絶倫の男だ、あやかりたい。

 


 

「遅いです、千尋さん!そんなに女の人とイチャイチャするのが楽しかったんですか!」

「残念ながら、女性は全員フェルグスさんに食われた。おこぼれすらなかったよ」

「それは...ご愁傷」

 

「ふむ、これがこの時代の勇士たちか。女子が多いな。そういうものか?」

「いえ、たまたまです」

 

無警戒にフェルグスさんに背中を向け、デオンたちのいる方へと向かう。やはり、不意打ちはしないようだ。

 

「それでは、これからあなたを殺します」

「だが、戦いを楽しまずに死ぬつもりはないぞ?チヒロ」

「こっちもです」

 

「あなた程度倒せなきゃ、この世界を守れはしませんからね!」

「良くぞ吠えた!さぁ、行くぞ!」

 

フェルグスさんがドリルのような大剣を取り出す。一目でわかる。あれは、特級の概念装備だ。

 

「デオン、前に!サモン、バルドル、雪女郎、ペガサス、カラドリウス!」

「術式の準備は終わっています、お好きに!」

「ありがとうございます、ミズキさん!」

「こちらも続きましょう。サモン、斉天大聖、猪八戒、沙悟浄!」

 

デオンが大剣を華麗に捌き、大技を使う為のMAGを貯めさせないように立ち回っているところに、バルドル、雪女郎が悪魔合体により継承した補助魔法と、カラドリウスの反応性向上(スクカジャ)をかける。だが、フェルグスさんはその強さに即座に対応して、肉を切らせて骨を断つ戦法に変えてきたようだ。

 

だが、それは悪手だ。なにせデオンは、あんな華奢な見た目で業師の癖に超パワータイプなのだ。

 

やばいと感じたフェルグスさんは大剣でサーベルを受け止め、その渾身の力により予定されていたポイントに吹き飛ばされた。

 

「サマナー!」

「術式展開!拘束術式第3号、縛鎖(ばくさ)!」

 

丁寧にルーンを刻んだ鎖を事前にこの区域に刻んでもらった魔法陣により異空間収納(ストレージ)の応用で射出し、フェルグスの拘束をする。

 

「こんな、ものでぇ!」

 

両手両足を縛られたフェルグスさんは、その拘束を力尽くで無視して大剣を地に刺してMAGを集中させた。

 

大技が、来る!

 

「バルドル、GO!」

「はっ、待ちくたびれたぜ!」

「無駄よ!虹霓剣(カラドボルグ)

 

大地が、割れる。虹の光が、あたりを包む。

 

あれを受けていたら死人が出ていただろう。だが、ここで大技を使うことは()()()()()

 

縁の刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)により俺たちは守られ、雪女郎の高位広域氷結魔法(マハ・ブフーラ)により作られた足場を行くバルドルが、本命の拘束術式を込めたルーンストーンをフェルグスに叩き込む。大技を打ち切った後の隙だ、躱すことは不可能だ。

 

「術式展開、拘束術式第1号起動!シバブーダイナマイト!」

 

バルドルごと緊縛魔法(シバブー)のMAGに包ませる事により、完全にフェルグスの動きを停止させる。

 

あとは、MAGのチャージをしていたミズキさんと所長の出番だ。

 

「斉天大聖、沙悟浄、猪八戒!」

「「「西遊記、三位一体!」」」

 

三体の悪魔がフェルグスさんとバルドルを囲み、万能属性打撃により三方向から同時に攻撃する技のようだ。それを応用して上空に吹き飛ばし、空中からの疾風を纏った大上段を所長が仕掛ける。

 

フェルグスさんは、今際の際だというのに笑っていた。あれが、英雄の精神性なのだろう。その点は、かなり憧れる。ああいう強い漢になりたいものだ。

 

フェルグスさんを脳天からかち割った所長はクレイモアを一振りして血を払い、言った。

 

「勇士フェルグス。これが、今の時代の人間の戦い方だよ」

「誠、面白き、時代だな」

 

その言葉と共に、フェルグスさんは光となって消えていった。

ネクロの存在を警戒して、完全に消滅を確認するまでは目を離せない。だが、ネクロの存在がなくても目を離すことはできなかっただろう。

 

「さらばだ、遠き時代の友よ」

「...応!」

 

その言葉と共に、光は消えた。フェルグス・マック・ロイ。彼がカラドボルグを周囲の事を考えなしにぶっ放していたら、天災規模の被害が出ていただろう。それだけ、あの技は驚異的だった。

 

彼が彼でなければもぎ取れなかった勝利。それをしっかりと噛み締めて、事務所へと戻る。

 

とりあえず、何故だか機嫌の悪い縁の機嫌を取るために、ケーキ屋にでも寄るとしよう。

 


 

「それにしても千尋くん、ガイアーズの娼館だなんてどこで知ったんだい?」

「黙秘権を行使します」

「即答⁉︎」

「まぁ、サマナーも男だ。これくらいの汚点は人間らしくていいものだと思うよ?」

「そんなものなんですかね?」

 

あの娼館は野郎どもとの絆の証だ。たとえ所長たちが相手だとてその場所は明かせない!

 

なお、念のため後日娼館に行き魔力探知機でフェルグスさんとヤった人たちを検査したが、問題はなかった。だが、あの男性は次いつ来るの?という質問を何度されたかは、途中から考えるのをやめた。

 

あー、俺もあんな漢になりたいものだ。




フェルグスの叔父貴は本当に良い漢。好きです。
でもこの作品好きなサーヴァントを数の暴力で殺すのが基本なのでちょっともにょる。タイマンでやらせてあげたかった!

まぁ、勝つために全力を尽くすのが人間なので、大怪獣決戦は付和さん(正体バレバレ)の活躍まで待っていて下さいな。


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アリスと黒い巨人

二連続の投稿落とし。今回の理由はプリヤイベ回っていたら執筆時間足りなかったからです。
イベントそろそろ林檎使わないと不味いですので、間違いなく次話は落とします。(諦め)
第1章終わりまでは定期更新したかったんですけどねー、なかなか上手くはいかないものです。


「最近さー、アヤと連絡取れないよねー」

「大学生の彼氏のとこでしっぽりやってんじゃない?あー、羨ましい」

 

そんな会話を、土御門純一(つちみかどじゅんいち)は聞いていた。

 

この遡月の地では、1ヶ月程前から短期的な行方不明事件が続いている。だが、その被害者は皆偽りの記憶を入れられて解放されているのだ。

 

ヤタガラスの術者によると、残留MAGからの術者の把握も不可能だとのこと。相当の術者が慎重に事を行なっているからだ。

 

「全く、人から奪うくらいなら金で買えばいいのに」

 

生体エナジー協会の存在により、マグネタイトは今や金でやり取りできるものなのだ。裏の世界で生きるために最初に教えてもらう常識だ。

 

「臭いは追える?ケルベロス」

「...いや、駄目だ。魔の臭いを辿れぬ」

「本当に、何が目的なんだか」

 

術者が集めているMAG量からいって、そう大規模な術式の準備はできないはずだ。まるで、生きるのに最低限の量のMAGだけを集めているかのようなその動きには、気味の悪さしか感じない。そんなに生きたいのなら、サマナーの仲魔になれば良いものを。術に長けた悪魔など、引く手数多だというのに。

 

とはいえ、今の自分はまだ正式なヤタガラス所属という訳ではない。深入りは禁物だ。いつも通り情報を集めてヤタガラスに渡すとしよう。

 

そんな事を考えている時だった。

 

「...ん?」

 

烏の群れに一羽、こちらを見ている鳥がいる。アナライザーを向けてみるも反応はない。だが、アナライズ結果は現在催眠状態にあると示されている。

 

「ケルベロス、捕らえろ」

「了解だ、サマナー」

 

純一の早業とケルベロスの敏捷性により、人払いの結界を張るまでもなく誰にも見られずに鳥は捕らえられた。

 

だが、自壊術式かなにかが仕込まれていたのか鳥は全身から血を流して絶命した。

 

「うん、これは難題だね。千尋を頼るとしようかな」

「それがよろしいかと。今、ヤタガラスの術者は手が空いているものがおらぬ故」

 

そんな会話と共に流れた血液、死体、あとは周囲のMAG情報などの集められる情報はかき集めた後、純一は去った。

星野海中学の校門前を。

 


 

「よろしくね、千尋」

「おう。でも期待すんなよ?死体とはライン繋がってないから、術式がどこの宗派のものかくらいしかわからねぇんだから」

「それでいいよ。僕の仕事は調査までだからね、犯人の絞り込める情報があげられればあとは上がなんとかするよ」

「...相変わらずだなぁ、天才サマナー」

「褒めないでよ、変態魔術師」

 

事務所の訓練スペースにブルーシートを引き、そこにストレージから鳥と血を出してもらう。

 

さて、探査術式を行うとしよう。

 

「魔法陣展開代行プログラム、起動。術式、展開。探査、起動」

 

現代魔導の技術をふんだんにつかった術式だ。分析データがスマートウォッチとペアリングしているスマートフォンに流れてくる。

 

どうにも、使い魔を作ったやり方はMAGの投与によるものではないようだ。わかっていたがやり手の術者だ。

MAGの侵入経路は、脳から。だが、脳に至るまでのMAGによる肉体へのダメージが見当たらない。脳に直接MAGを叩き込む術式?なんでたかが使い魔を作るのにそんな面倒を犯すのだ。

 

それと、どうにも術式の刻み方は物理的にではなく霊的なものだ。肉体に痕跡が残っていない。だからなんで使い魔作るのにそんな高等技術使うんだよ。

 

「どう?」

「魔導技術の腕は凄いんだが、いかんせん、機械で代用できるところを魔導で行ってる節がある。チグハグだな」

「術者が悪魔って可能性は?」

「まだなんとも。これから本命の自壊術式に手を入れてみる。使い魔の術式では色は見えなかったが、流石にこれにはなんかあるだろ」

 

そう思い、魂に刻まれた術式を魔法陣展開代行プログラムによって投影し、調査しようとしてみる。

 

「あ、これは駄目だ」

「千尋?」

「お手上げだ。現代魔導技術じゃない、これは古典魔導、それも相当古いクラスのもんだ。間違いなく平成以前ものだよ。ヤタガラスのアーカイブ頼ってくれ」

「千尋でも駄目なの?」

「ああ、魔導技術ってのは機械化と最適化の歴史だ。対して古典魔導ってのは現代でいうならスパゲッティソースコードだよ。技術の最適化がないからどこの術式がどこのプログラムに発現しているのかを調べるだけで1年かかるぞ。マジで」

「...うん、わかった。データ送ってよ。ヤタガラスの方で調べてみる」

「ああ、そうしてくれ。じゃあ最後に、念のためにと」

 

魔力探知装置を鳥にかざす。ペアリングしているスマートウォッチに反応があったという事は、つまり俺たち案件という事だろう。

 

「純一、俺もついてく。俺の依頼と関わってる案件みたいなんだ」

「でも千尋、まだ信用試験クリアしてないじゃん」

「...コネって凄いよな」

 

トルーパーズのIDを見せる。これでも、ヤタガラス臨時職員なのだ。報酬は歩合制だが。

 

「...千尋は凄いね、もう抜かされた」

「何言ってんだ。信用でヤタガラス職員の座を勝ち取ったお前の方が凄いに決まってんだろ。俺のは単なる偶然だよ」

「...うん、ちょっとは驕ってよ。足元掬えないじゃん」

「追いおとす気満々か」

 

そんなわけで、護衛にデオンを連れて遡月支部へと向かう。正式な理由があるのでアーカイブを覗ける。やったぜ。

 

「しかし、美人さんだね。でも儚いってよりも凛々しいって感じが強い。千尋とはどんな関係なの?」

「私は、造魔というやつだ。チヒロは私のサマナーだよ」

「へぇ、造魔ってこんなのなんだ。初めて見たけど、人とぱっと見見分けがつかないね」

「悪魔を使って作った造魔はもっと作り物っぽいらしいんだがな」

「...千尋、もしかしてデオンさんを作ったのって何かの邪法じゃない?」

「異界で偶然できたのを拾ったんだよ。俺にもデオンにも責任はない」

「あ、そう言い逃れるつもりなんだ」

「それは本当の事なんだよ、ジュンイチ」

 

「私は、サマナーと出会ったんだ。幸運にもね」

 

凛とした声でそうデオンは言い放つ。

 

「...まぁ、問題にならないように動いてよね。友達を殺したくはないから」

「あいよ」

 

そんなこんなで、遡月支部へとやってきた。

 


 

アーカイブのある場所は、この支部の地下だ。セキュリティは厳しく、グレムリンのような悪魔によるハックも対MAGコーティングと霊的ファイアウォールで封じられている。

 

「これが、アーカイブ?」

 

円筒状の物質を見て、デオンが思わず呟く。そりゃあ、アーカイブという名前だけを聞くのなら、書庫のようなものを想像するだろう。

 

だが、これは違う。世界の記録にアクセスする事ができるヤタガラスの叡智の結晶だ。

 

「IDの提示を」

「はい」

「どうぞ」

「調査内容は?」

「この魔法陣についてです」

 

純一がそう言ってスマホ型COMPを見せる。知識のある職員さんは、それが古典魔導のものだと直ぐに気付いて通してくれた。

 

流石の信用試験を通った土御門の権力だ。話が早い。

 

「では、中では技術職員の指示に従ってください。」

「はい」

 

そう言って、技術職員さんのデスクへと向かう。このアーカイブを利用できる人物といえば、一角の人物だ。知り合いになって損はない。

 

「あー、純一?...うわ、もうこんな時間。そろそろ寝なきゃ」

「寝ないでよ、姉さん」

「...姉さん?」

「ああ、義理の姉なんだ」

「ヨミコよ。よろしく」

悪魔召喚士(デビルサマナー )の花咲千尋です」

「デオンだ。造魔をしている」

「...うん、知ってる。アーカイブの使い方は純一が知ってるから、好きに使っていいよ。でも、妙なことに使ってたら後でヤタガラスが殺すから。そこだけは注意してね」

 

「おやすみー」とヨミコさんは近くのソファに横になった。本当に寝る気だよこの人。

 

「じゃあ、やっちゃおうか」

「アーカイブって画像検索できるのか?」

「ちょっと違う。読み取るのは文字や画像じゃなくて思念だから」

 

操作端末に手を触れて、純一が思念を送る。それに対しての反応を受信端末が人の分かる文字に変換してくれるのだそうだ。

 

全く、すごい技術だ。と言いたいところだが、これは実はただの遺物なのだ。わからないものをわからないなりに使っているのがヤタガラスの実情であり、この遡月支部にこんな大事なものを置いている理由でもある。

 

出力されたデータを、自分の知識と照らし合わせて確認する。だいたい見えてきた。

 

「うん、終わった。どう?」

「ああ、大体わかった。あの術式は古代ギリシャのもの。女神ヘカテー由来の術式らしい。だが、細かい点で違う所がある。これは即興のアレンジだな。魔術師の癖みたいなもんだろうな」

「つまり下手人は、古代ギリシャの術式を継承した伝承保菌者(ゴッズホルダー)って事?」

「いや、話はもっと単純だ」

 

「下手人は、その時代を生きた魔術師本人だよ」

 

今回の事件は確実にアウタースピリッツ関係だ。下手人の潜伏などさせてはならない。確実に仕留める。

 


 

術式の肝になる要素さえわかれば、現代魔導による探知が可能だ。こればっかりは敵である古代の魔術師には不可能だろう。

 

「じゃあ、始めるぞ純一」

「うん、でも古代の魔術師を相手にするとか、大丈夫なの?」

「向こうの出方次第だな。まぁ、向こうはまず死に体だ。そう激しい戦闘にはならないと思うぜ」

「その心は?」

「異界を根城にしてるわけでもなく、ただ生きてるだけの奴。そんなのが、正体不明の魔術師に正面から喧嘩売るかよ」

 

魔法陣展開代行プログラムにより、アクティブソナーを放つ。対象は当然敵のMAGだ。スパゲッティソースコードとはいえ、根幹となる要素を取り出せればそれを作り出したMAG性質を逆算することは可能なのだ。そこそこ時間がかかったため、深夜になってしまったが。

 

「じゃあ、始めて」

「ああ。術式展開、MAG反響分析(アクティブソナー)、起動!」

 

範囲は星野海中学から半径5キロ。人間の頭ならパンクする情報量だが、情報処理を機械に頼っている自分には何も問題はない。現代魔導はこういう所が強いのだ。

 

スマートウォッチが振動を示す。見つかったようだ。

 

なんと、星野海学園の屋上。随分と近いところにいやがる。MAGを返せと言いたい。が、そんなことは今はどうでもいい。

 

「サモン、バルドル!」

「サモン、ケルベロス!」

 

即時展開。奇襲が来る!

 

「散りなさい。神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・グライアー)!」

 

夜空を埋め尽くす神代の魔術式。初手ぶっぱとはわかってる奴め!

 

「バルドル、壁!」

「チッ、しゃあねぇなぁ!」

 

「ケルベロス、走って!」

「任せろ、サマナー!」

 

バルドルを壁として、悪魔召喚プログラムを起動、雪女郎をいま召喚しても的にしかならない。ならば!

 

「サモン、ペガサス!デオン、行け!」

「頼むよペガサス!」

「ヒヒーン!」

 

魔弾の雨を三手に分散させる。地を走るケルベロスと純一、防御性能のゴリ押しで前に出る俺とバルドル、空を駆けるデオンとペガサス。

 

向こうの弾幕は最初こそ濃かったが、今では余裕で回避できるほどだ。やはり、MAG量に不安があるのだろう。

 

だが、地に撒かれた何かを触媒にしてスパルトイを生み出すという術を使ってきた。

 

神代の魔術は、なかなかに多芸だ。とはいえ、それが効くのは地をゆっくりと進んでいる俺とバルドルに対してだけ。向こうは切羽詰まっているな。

 

「ストーン解放!広域氷結魔法(マハ・ブフ)!」

 

背後から襲いかかってくるスパルトイをマハブフストーンで足止めして、バルドルの右手に乗る。

 

「行ってこい、サマナー!」

 

バルドルに投げられて校舎を飛び越える。まさか戦闘力のなさそうな俺が一番前に出ていることに面食らったのだろう。だがしかし、それが俺の戦い方だ。

 

「よお、魔術師さん。話があるからその魔力弾しまってくれない?」

「貴方たちみたいな幻想種を平然と扱う魔術師相手に、油断なんてできるわけないでしょう?」

 

放たれる魔力弾。だが、もう容量は見切った。

あれだけ撃ったのだから当然だ。神代の魔術師に古典魔導が何故廃れたのか、その原因を見せてやろう。

 

「MAG路形成!」

「何ですって⁉︎」

 

まず、純粋な魔力弾の系統。魔界魔法ではない術は容量以上のマグネタイトに触れると影響をモロに受ける。周囲のMAGより高いMAG濃度の路に流れてしまうのだ。

 

故に、魔力弾の類は俺には効かない。

 

「だったら、圧迫(アトラス)!」

術式破壊!(ブレイクスペル)!」

 

魔法陣展開代行プログラムにより、術式を展開する。デジタル出力でない魔法陣は、やはりMAGの影響を受ける。オートで術式を探知し、迎撃するこの術式破壊のプログラムなら、敵の組み上げる魔法陣を破壊してくれる。

 

ちなみにこれは自作プログラム。そこそこ俺もやるのだぜ。

 

「私の高速神言が、追いつかないッ⁉︎」

「圧縮言語による詠唱短縮なんて、現代魔導じゃ当たり前の事なんだよ!テクノロジー舐めんな!」

 

そうして行われる魔術戦。否、ただひたすらに向こうの魔術を打ち消し続けるという耐久戦。

重いプログラムを稼働させ続けているので、悪魔召喚プログラムの方まで手が回らないのだ。

 

だが、それが十分な効果を発揮することは彼女もわかっているだろう。何故なら、俺は1人ではない。

 

「はっ!」

 

ペガサスから飛び降りて魔術師の背後を取るデオン

転がる事でどうにか回避する魔術師

だが、その先にはケルベロスの背に乗った純一がいる。

 

「さぁ、詰みだ。話を聞かせてもらうよ」

「タルタロスの番犬ッ!」

「それは昔の事。今はサマナーが仲魔の一柱だ」

 

そうして、空にペガサス、背後にデオン、正面にケルベロスという最悪クラスの包囲網を敷かれた魔術師は、手に持った杖をカランと床に落とした。

 

「わかったわ、私の負けよ。好きにしなさい」

 


 

この世界に現れ出てしまった神代の魔女メディア。彼女は、幸運だったのだろう。なにせ、出た瞬間に発生する平成結界のゆらぎが、とある空中庭園の大爆発でかき消されてしまったのだから。

 

「さて、私はどうして呼ばれたのかしら。召喚者(マスター)もいない、街並みは平和そのもの...あら?」

 

そうして、魔術に造詣の深いメディアは、これが人払いの結界であることを見抜き、偵察に使い魔を飛ばした。

 

その結果、この世界が神代よりもイカレている事を知ってしまった。

 

当然のように現れる幻想種の群れ、それを年端もいかない少年がいともたやすく操るという異常。そして何より、その幻想種の群れをいともたやすく撫で斬りにする女騎士の姿。

 

これは、見つかってはならない。何をするかも見つけられていないのに、犬のように斬り伏せられるなんて耐えられる訳もない。

 

「とりあえず隠れましょう。情報を集めて、そして...」

 

「帰るのよ、私の国に」

 

メディアの目的は今はなくとも、願いは変わらずそこにあった。

 


 

「それから、この世界の調査をしながら隠れていたってところよ」

「じゃあ、僕らを攻撃したのは自衛の為だと?」

「ええ、そうよ」

「救えないね、彼女」

「ああ、本当にな」

「...どういう事?」

 

真実を伝えるべきか迷う。だが、それは彼女の救いにはならない。なら、最後まで理不尽な敵のままでいよう。

 

「教えるつもりはない。後悔を抱いたまま、そのまま死ね」

 

P-90を額に押し付けて、引き金を引く。頭蓋は弾け飛んだが、アウタースピリッツが散るときに起きるいつもの光が出始めない。まさか⁉︎

 

「総員警戒!今見ていたのは影だ!本体は別の何処かにいる!」

 

示し合わせずに背中合わせになる俺たち。だが、本体の居場所はいとも簡単にわかってしまった。

 

少女に手を引かれて校庭を走るその姿から。

 

「貴方は隠れていなさいと言ったでしょう!マヒロ!」

「駄目!このままじゃお姉ちゃん、何も言えずに死んじゃう!」

 

『バルドル、脅せ』

『あいよ、サマナー』

 

ふらりと、バルドルがメディアと少女の前に現れる。

 

「テメェ、どうせ死ぬんだから手間かけさせんなや」

「マヒロ、下がって!病風(アエロー)!」

「効かねぇよ、んなもん」

 

ゆっくりとバルドルはメディアの元へと行く。それに注視しているうちに俺たちは屋上からメディアの背後に着地する。

 

そしていくつもの魔術が放たれたのち、バルドルの手がメディアを掴むその寸前

 

何も持たない少女が、バルドルとメディアの間の壁になった。

 

「死にてえのか?クソガキ」

「まだ死にたくありません!でも、死なせたくもありません!」

 

ただの意思だけで悪魔に立ち向かうこと、それのどれだけ尊い事か。

 

その時、悪魔召喚プログラムのアラートが鳴り響いた。異界発生の兆候だ。

 

「バルドル!その子を守れ!異界化が来るぞ!」

 

ペガサスの背に乗って駆け寄ろうとするも、タッチの差で異界化が完了してしまった。オブジェになったのは、魔女メディア自身。

 

これが、アウタースピリッツが平成結界に与える影響。

 

「純一、頼みがある」

「何?」

「今からここに増援を呼ぶ。あいつらが来るまでこの異界の口を開けたまま外から封鎖してくれ」

「...千尋はどうするのさ」

「中に入る。バルドルが入ったのが良い。どんなタイプの異界でも、契約の縁さえ辿れば入れない事はないからな」

「...そんなんだと、早死にするよ?」

「知ってる。でも、やめられないんだからしょうがない。アンカーは任せるから、切らないでくれよ?」

「わかってるよ。じゃあ気をつけて」

「ああ、任せた」

 

縁と所長とミズキさんに連絡を入れて、転移座標固定機(アンカー)を地脈の流れに沿わせて差し込む。

 

悪魔召喚プログラムでの侵入は不可能。なら、魔術的なアプローチが必要だ。

バルドルの縁を辿ると、座標的には大して移動していないことがわかる。だが、恐らくは戦闘中だ。

 

「デオン、行くぞ」

「了解だ、サマナー」

 

700万のトラエストストーンを霊的に解体し、指定座標へのゲートを開く術式に組み直す。

その対象座標は、虚数座標。どうしてそんなことになっているのか疑問でしかないがバルドルは今虚数の空間にいる。

 

存在を認識できたのなら、あとはプロセスの問題だ。その知識は、爺さんから受け継いだ遺産の中にある。

 

転移門、展開(ゲート、オープン)!」

 

さぁ、先の見えない虚数の中に飛び込むとしよう。

 


 

「あなた!攻撃するならちゃんと当てなさい!」

「うるせぇ!テメェこそまともにダメージの出る攻撃をやりやがれ!」

 

転移した先は、戦場だった。先程までいた星野海中学の校庭にて、黒く染まった影の戦士たちが、各々の武器を持って宙を飛ぶメディアに攻撃を仕掛けている。メディアも応戦しているが、片手に少女を抱えたままでは全力の術を使えないようだ。

 

数を確認、見えているだけで17体。アナライズジャマーなし、つまりサマナー無し。

後方にいる一体に、簡易アナライズ。敵の反応はなし、ついでに反射吸収反応なし。

 

なら、やるとしよう。

 

「サモン、雪女郎!」

「了解ですわ、サマナー!」

 

高位広範囲氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」

 

その突然の氷結に面食らったのがメディア。笑みを浮かべたのがバルドル。

 

「遅せぇぞサマナー!」

「ちょっと分析してた!ペガサス!メディアの側で少女を拾え!」

「ヒヒーン!」

「...成る程、敵の敵はというわけね。良いでしょう、今は乗ってあげるわ!」

 

影の戦士たちは足を氷結で絡め取られて動けない。足を無くしてこの場から脱出するとかいう気概も見せていない。

 

そんなのは、死にたいと言っているようなものだ。

 

「バルドル、ターゲットリンク!」

「おうよ!」

 

契約によるMAGリンクと念話による思考の共有での術式制御の共有。

それにより、バルドルの弱点だった戦闘技術の甘さを補正する。

 

俺が肝だと気付いた者たちの中には、短剣などの武器を投げつけて妨害しようとする者もいた。当然、ターゲットリンク中の俺は無防備だ。当たれば死ぬだろう。

 

だが、俺の隣には白百合の騎士がいる。故に俺に危害が加えられる事はない。

 

「万魔の乱舞!」

 

万能属性の乱舞は、正確に目標の頭を捉えて吹き飛ばしていく。流れるようなその動きに、なんでいつもはああもノーコンなんだと文句を言いたくなるくらいだ。

 

そうして10の影たちを殺した辺りで、増援が現れた。現れたのは上空から、泥のようなものが何処からともなく流れ落ちて形作られ、生まれていった。

 

とはいえ、今はもう問題にはならない。何故なら、()()()()()()()()ことでMAG問題を解決した神代の魔女がいるのだから。

 

「纏めて死になさい!神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・グライアー)!」

 

残りの影の戦士たちは、そのあまりにも強大な魔力砲撃により吹き飛び、チリと消えた。

 


 

「さて、どうするの?今の私ならあなたを殺せるわよ?」

「殺したら、この子を外に連れ出さなくなるぞ」

「...それはどうして?」

「俺が生きてる限りアンカーは起動し続ける。けど俺が死んだらアンカーは消える。そうなりゃ異界ごと吹っ飛ばされて皆死ぬ。そんだけだ」

 

この虚数異界の入り口は修正力なのかこちら側からは見えない。つまり、歩いて外に出るなんて真似はできないのだ。

 

「...じゃあ、手伝いなさい。現代の魔術師であるあなたなら、抜け出すための方策の1つはあるんでしょう?」

「ああ、ある。異界の主を殺すことだ」

「...そう。じゃあ、早くおやりなさい」

「断る。まだお前から大事なことを聞いていない」

 

「お前を利用するために、ダークサマナーは現れなかったか?」

「今現れたよ、花咲千尋くん」

 

瞬間、声のした方向にメギドストーンを投げつつバルドルの背に隠れる。自作できない虎の子だが、今使わなくては死ぬ。そんな予感があった。

 

アナライズを起動、当然ジャマーあり。だが、ダメージはなし。影の死体が転がっていることから、彼らを盾にしたのだろう。

 

「あなた、何者?」

「アリスと呼んで。私はあなたの味方よ、コルキスの王女メディア」

 

「この世界を正しい姿に戻すために、力が必要なの。あなたも感じているでしょう?この世界の歪さを」

 

コイツの話に乗せてはならない。この世界を救いたいと英雄なら当然思うはずだからだ。

 

「たとえ歪でも、それ以外の方法があるのか?教えてくれよアリスさんとやら」

「あるわ。聖杯を使えば良いの」

 

聖杯、それが今平成結界を保っている聖遺物か?なら、付和さんが防衛についている。一先ずは安心だ。いや、だからこそ戦力強化を求めてメディアさんの所に来たのかもしれない。

 

「平成結界を構築してる聖遺物は、今7つに分かれているの。それを直すことができないから、平成結界で終わりの見えた時間稼ぎをしている」

 

「でも、英霊であるあなたなら、聖杯に触れて、直す事ができる。そうすれば願いを叶える万能の盃が、この世界を救ってくれる!」

 

どう、素敵でしょう?と言わんばかりの彼女の演説。実際、実行できれば本当にこの世界を救う事ができるかもしれない。だが、それは認められない。

 

「お前の言うプランが正しいとして、それが実行できるものだと仮定しても、俺はお前を認められない」

「どうして?あなたも知っているんでしょう?この世界の本当の事を」

「だってお前、メディアさんをただの道具としてしか見てないだろ?」

 

その言葉に、ハッとする彼女。神代の魔術師である彼女は、彼女なりの方法でこの世界の本当の事を認識したのだろう。だからこそ、世界を救う聖杯に望みを見た。

 

だが、それを実行するのが今まで血反吐を吐きながら人類を守ってきた人たちでなく人を殺す事になんの躊躇いも持たないコイツである事が、俺は認められない。

 

「じゃあ、やっぱり力尽くかぁ」

「メディアさん、力を貸してくれ。コイツを殺さないと、メディアさんじゃない誰かがコイツの話に乗せられる。そうなりゃ待つのは世界の終わりだけだ」

「...良いでしょう。乗ってあげるわ。私、アイツみたいな自己陶酔してるのが死ぬほど嫌いだもの」

 

好き嫌いで動くのか。まぁ、正義云々ではなくそっちの方がわかりやすい。

 

「じゃあ、絶望を見せてあげる。死霊召喚魔法(ネクロマ)!」

 

現れたのは2mを超える黒い巨漢、いや巨人だ。手には岩かなにかでできている斧剣が限られている。アレを持って戦うつもりなのだろうか。

 

「...ごめんなさい、作戦変更よ。私を殺して逃げなさい」

「知り合いの英雄か?」

「大英雄ヘラクレスよ。あんなのに勝てる奴はいない!」

 

「来るよ、サマナー!」

 

神速の踏み込みに対して、デオンの技量と力で一撃を捌く。だが、その一合でクレーターが出来上がった。どんな化け物だ⁉︎

 

「サモン、カラドリウス!バルドル、雪女郎、カラドリウス!デオンに支援を!」

 

三重のMAGがデオンを包む。それによって強化された身体機能を使って反撃を試みるも、肉を斬り切れていない。筋肉の頑強さだけでデオンの馬鹿力を防いだのか⁉︎

 

それを不利と見たのか、デオンはサーベルを手放し振ってくる斧剣を躱しながら足技でサーベルを回収する。何という曲芸じみた技量だ。だが、それが状況を好転させるのにカケラも役に立っていないというのがどうかしている。

 

「デオン、足を!」

「了解だ、サマナー!」

 

それからは、神業の応酬だった。暴風を巻き起こす斧剣を捌いて捌いて躱して足の健を狙う。正直、覚醒しているはずの俺の動体視力では、もはやあの神域の戦いについて行くことはできないだろう。

だが、予測することはできる!

 

『バルドル、行け!』

『わかってる!』

 

ラクカジャを切り上げてバルドルを突っ込ませる。全ての敵を粉砕するあの斧剣とて、バルドルを傷つけるには至らない。故に、一発限りの奇襲になりうるのだ。

 

一撃をバルドルが受けて、その隙にデオンが滑り込む。

 

そして、デオンが右足の健を切り裂いた。巨体を支える足が使えなくなれば、自重がそのまま負荷になる。それが、唯一の隙だ!

 

「バルドル、ぶちかませ!」

高位破魔魔法(ハマオン)!」

 

そうして、ヘラクレスは破魔の光により命を絶たれた。

 

「何とかなるもんだな、デオン」

「僕1人じゃあ倒せなかった。君といれて良かったよ、サマナー」

 

そうしてアリスに向き直った瞬間、バルドルが校舎に叩きつけられていた。

 

一瞬の出来事で、なにが起きたのかわからない。だが、ヘラクレスだけが手駒じゃなかったのか⁉︎

 

「馬鹿、目を離さない!死にたいの!」

「サマナー!奴は死んだが死んでない!意味がわからないがそれが現実だ!」

 

目の前を見る。黒い巨漢は、当然のように立ち上がっていた。

 

「良いこと教えてあげる。ヘラクレスの宝具は十二の試練(ゴッド・ハンド)!11の代替生命を持っているの!」

「つまり、あと11回ハメないと死なないってことかよ...」

「違うわ。あの蘇生宝具は、死因には耐性がつくの。さっきのハマオンとやらはもう通用しないわ」

 

「絶望的だね、サマナー」

「メディア、ヘラクレスの死因は?」

「ヒュドラの毒でのたうち回ってからの焼死よ。持っている?」

「いや、残念ながらそんな便利なものはないな。今度用意しておくよ」

 

だが、奴をどうするかのプランは出来上がった。悪魔召喚士(デビルサマナー)として、最善を尽くすとしよう。

 

 




次回、屍鬼ヘラクレス対手段を選ばないサマナーと魔女です。


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魔女と少女と騎士と悪魔召喚士

連日投稿記録、破れたり

どうでもいいですが、バレンタインイベで欲望を抑えきれませんでした。残りの石は3つです。呼符はマナプリ分も含めて飛びました。
無(理のない)課金勢としては、貴重な課金石を使う訳にはいかないという自制心が効いてくれて良かったとは思います。


ヘラクレスは、まるで暴風だ。

 

斧剣を一振りすれば大地は爆ぜて散弾となり、踏み込み一つで地面にクレーターが出来上がる。

 

そんなのに対して、筋力と反応性の補助を受けているとはいえ真正面からやり合えるデオンは、正直なにかおかしい。が、デオンの存在はこの奇策の肝なのでここは無視しよう。

 

「メディアさん、任せた」

「現代魔導の力とやら、見せてもらうわね」

 

異界からMAGを吸い上げたメディアさんが魔力砲撃を準備する。それに合わせてストレージからルーンストーンを装填し、魔力砲撃に実弾を乗せる。これなら、向こうの術者にラインを操作される事はないだろう。

 

「まずは定石、サマナー潰し!」

 

メディアさんの魔力砲撃がアリスを襲う。だが、見えていたかのようにその砲撃が回避される。MAG感知能力の類はあるようだ。

 

これで、まず一点。

 

「ヘラクレス、そんな雑魚さっさと潰しなさい!」

「―――■■■■■■■■■■■■!!」

「...雑魚とはよくも言ってくれるね」

 

ヘラクレスの連撃を、逸らし、躱し、潜り抜ける。

 

「確かに私ではこの大英雄を殺しきる事は出来ないだろう」

 

デオンの反撃は、再生される事を見越しての手足の末端を狙ったものしかない。バランスを崩させて動きを暴発させ、それをもって時間稼ぎをしている。デオンを無視して俺たちを襲いに来れば両足を刻まれ続けるとわかったヘラクレスはデオンと向き合うしかない。

 

「だが、この大英雄が私を殺す事は出来ないよ。理性を失ったこの状態ではね」

 

()()()()()()魔力砲撃の援護により、斧剣を持つ手を斬り飛ばすデオン。

 

そして、残っている腕で拳打を仕掛けるヘラクレスに対して、踏み込んだデオンの蹴りが直撃する。

その衝撃により、バーサーカーは狙った場所に吹き飛んでいった。

 

「聞こえているとは思えないが、あえて言おう」

 

「私には、君の動きがよく見えるよ」

 

その挑発に、ヘラクレスは吠えるだけだった。地面に着弾した時にどこか折ったのだろう。回復を待っているのだろう。

 

それが、俺たちの狙い通りだとは思わずに。

 

条件はいくつかあった。ここの異界の主が味方である事、あの影の死体が異界強度(ゲートパワー)の局所的増大を引き起こしていたことなどだ。だが、そういうのは全てクリアした状態でこの戦闘は始まっている。

 

デオンの今の攻撃で、全てのラインは繋がった。

 

()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()

 

ならば後は、悪魔召喚士(デビルサマナー)のお仕事だ。

 

「悪魔召喚プログラム、展開!」

 

メディアの砲撃により狙った位置に着弾したルーンストーンにより、術式を邪龍召喚のものに補正。

 

英雄ヘラクレスの血を触媒にして召喚対象を限定。

 

そして、金の暴力(300万MAG)により召喚対象をハイクラス悪魔に限定。

 

これが、ヘラクレスに対する切り札、対抗召喚(カウンターサモン)の術式である。

 

「ここまで限定してやったんだ、他の出てくるなよ!」

「待ちなさい!最後運頼りなのこの召喚⁉︎」

「待てない!もう起動した!後は祈れ!」

「どこの神によ!」

「ペガサスにいる勝利の女神にだよ!」

「...え、そこで私ですか⁉︎私何も出来ませんよ!」

「...あーもう!こんな博打に乗るんじゃなかった!異界強度(ゲートパワー)最大解放!」

 

さぁ、来い!

 

圧倒的なMAGにより、一時的に吹き飛ぶ異界の風。

砂煙が晴れた時、その巨体を表したのは。

 

9本の首を持つ、猛毒の邪龍であった。

 

「我が名は邪龍ヒュドラ。小さき者よ、何用だ」

「あそこにヘラクレスがいるんで、お好きにどうぞ!」

「なんと!...良かろう、我に捧げた贄に免じて先にヘラクレスを殺すとしよう!」

 

ちなみに、悪魔召喚プログラムは召喚と契約の簡易化をしてくれるだけのものなので、召喚した悪魔に契約を強制する事は出来ない。ヒュドラがヘラクレスから逃げたら割とどうしょうもなかったりした。まぁ、結果オーライだ。いいだろう。

 

「ヒュドラの召喚⁉︎ヘラクレス、下がって!」

「もう遅いわ!」

 

ヒュドラの9つの首から放たれる猛毒の吐息(ポイズンブレス)がヘラクレスに襲いかかる。ヘラクレスは縦横無尽に逃げ回るが、ヒュドラの首は9つ。理性がある時ならば首同士の思考のズレを利用して首どうしを絡ませるなんて妙技をしてしまいそうだが、そんな事は今の理性のない状態での屍鬼であるヘラクレスには関係のない事だ。

 

ブレスの当たった地面は、紫色に変色する。あれに触れれば毒で大ダメージを負う事間違いないだろう。故にヘラクレスの動ける場所はだんだんと少なくなっていく。

 

だが、それでもヘラクレスは捉えられなかった。掠る事が致命傷になる事を魂で理解しているから、回避行動は鮮やかではなくても正確だった。

 

「やっぱ、一筋縄じゃいかねぇか」

「サマナー。ヒュドラの毒でも私なら行ける。」

「それは駄目だ。お前抜きでアリスとやらを殺せるとは思えねぇからな。ヒュドラとヘラクレスはどっかしらで勝手に戦わせていよう」

 

ヒュドラとヘラクレスが大怪獣決戦しているうちに、態勢を整えてアリスを殺しに行く。アリスはあの大怪獣ヘラクレスをネクロマなんていう面倒なやり方で制御しているんだ、間違いなく相当の負荷はかかっている。

 

異界の主として顕現しているメディアの力をもってすれば、打倒できない事はない

 

「まずは小手調べといきましょう。紫光弾(ユピテル・ロッド)

 

キャスターの指から5連の魔弾が放たれる。

 

それを簡易展開した魔導障壁で受けるアリス。

術式は古典魔導に近い。要素を抜き取る事は不可能なため、無効化術式は組めそうにない。

だが、今のシングルアクションを回避でなく防御を選んだあたり、アリスというのはそう速い奴ではないのだろう。

 

「バルドル、GO!」

「相っ変わらずの盾だなぁオイ!」

 

バルドルの存在を無視したメディアの多彩な魔術がアリスを襲う。

大きな魔弾、火炎弾、雷撃、氷結、レーザービーム、なんでもありだ。改めて考えると自分は危ない橋を渡った物だと思う。まぁ、勝算はあったから次があっても同じ事すると思うが。

 

だが、アリスにそれは全く通用しなかった。初めに張った魔導障壁が硬い。耐久特化の魔術師系サマナーか?

 

「バルドル、次の召喚を許すな!」

「わーってんだよんな事!万魔の乱舞!」

「邪魔!」

 

バルドルの万魔の乱舞を躱すアリス。あの体捌きの質は、対人ではなく対悪魔に特化したものだろうか。生き汚さのようなものが感じられた。アレでは、バルドル単体では殺す事は出来ない。

だが、向こうからしてもバルドルを殺す事は出来ない。なにせ、バルドル曰くただ一つの弱点以外全てのものから傷つけられる事がないというのだから。

 

それを神話についての知識を伝聞でしか得ることのできないこの平成の世で知ることはほぼ不可能だ。故に、バルドルは不死身の悪魔のままである。

 

だが、不死身である事と無敵であることはイコールではない。実際、バルドルの動きはもうアリスに見切られて、片手間で処理されるようになってきた。

 

『良い仕事だ、そのまま張り付き続けろ』

『嫌味かテメェ』

 

バルドルを起点にして、魔法陣を遠隔精製する。その術式の意味は分からずとも脅威に思ったのか、アリスはその魔法陣から離れていった。

 

そうして戦っているうちに、天をメディアの描く魔法陣に埋め尽くされる。片手で術を放ちながら、もう片方の手で陣を組み上げていたのだ。本当に恐ろしい技量である。

 

神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・ グライアー)!」

 

メディアの全力の魔力砲撃が、収束して俺の展開した魔法陣へと吸い込まれる。その中心には、俺がバルドルに持たせたメギドラストーンが存在している。

 

「相乗術式、起動!メギドラストーン、オーバーロード!」

 

その神言魔術式・灰の花嫁(ヘカティック・ グライアー)の過剰な魔力を持ってメギドラストーン(時価)を相乗的に起動する。

その火力は、もはや核レベルだ。

 

アリスがどんな耐性を持っていようが、力場を貫く万能属性の攻撃、防ぐ手段はどこにもない。

 

故に、アリスはバルドルを盾に躱そうとして

 

送還(リターン)

 

その盾を奪われて、高位万能魔法(メギドラ)の一撃をモロに食らった。

 

「やったか!なんて言わねぇぞ!デオン!」

「了解だ、サマナー!」

 

クレーターの出来上がった着弾点に向けて、カラドリウスの反応性向上(スクカジャ)でスピードの増したデオンが突っ込む。

これで、トドメだ。

 

そう思っていたところ、デオンの斬撃は鋼鉄の何かに受け止められた。まだ手駒があったか。さすが災害級のサマナーだな。

 

『デオン、どうなってる?』

()()()()()だ。今度は屍鬼ではない、本物の英雄ヘラクレスが来た!』

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

咆哮によりヘラクレスの周囲の空気が爆ぜ飛ぶ。至近距離にいたデオンは音の衝撃波により吹き飛ばされ、距離を取らされた。

 

そうして宙に浮いているところを、ヘラクレスの黄金の斧が大上段から振るわれる。

 

直撃を貰ったデオンは、ボロ切れのように吹き飛ばされた、

咄嗟に張った弾性術式(クッション)によりどうにか一命は取り留めた。だが、直ぐに戦線復帰は不可能だろう。

 

ヘラクレスの姿は、変わっていた。獅子を象るブローチに魔術的装飾の増した腰鎧。そして何よりも神聖さすら感じさせる黄金の斧。死霊召喚魔法(ネクロマ)でヘラクレスを運用していたのは、英雄ヘラクレスを制御できていないからではない。()()()()()M()A()G()()()()()()()()()()()()()()()

 

「規格外も大概にしろよ、マジで」

「...理性がない分、生前より弱いわよアレ」

 

「ヘラクレスゥ!どこに消えたぁ!」

 

遠くにやっていたヒュドラが、こちらに向かってやってくる。お前高いMAG払ってやったのに撒かれるとか大概にしろよ。

 

「ヘラ、クレス!殺しなさい!」

 

半身が吹っ飛んでなお生きているアリスという術者。メギドラを右半身を犠牲にすることで魂への致命的なダメージを防いだのだろう。相当に肝が座ってる。経験者じゃなきゃアレは思いつけない。

 

その渾身の指示に従って、ヘラクレスは「■■■■■■■■■■■―――! 」という咆哮とともに踏み込んできた。

 

こちらに向かって神速の突撃をかましてくるヘラクレス。その攻撃を大上段と予測して斜線にバルドルを簡易召喚。一撃だけ受け止める。

 

「メディアさん!」

「わかってる、仕切り直しよ!瞬来(オキュペテー)!」

 

神代の転移術式により、再び距離を取る。現在位置は、学校を挟んで裏側だ。一先ず、難を逃れたといったところだろう。

 

「デオン、無事か?」

「...ああ、食らう寸前から自己治癒を始めていたんだ。なんとか生きてはいるよ」

「魔石だ。回復したら、また仕事だぞ」

「それは、少しサボりたくなるね」

「お前以外に誰があの化け物を止められるんだよ。そうなりゃ俺たち皆殺しだぜ?」

「わかっているよ。だが、言わせてくれ。今の私ではヘラクレスには勝てない。支援魔法を貰っても、基本となる霊基の規格が違いすぎるんだ」

「つまり、魂自体を強化しない事にはひっくり返っても勝てないと」

「そういう事だよ」

「じゃあ、やるしかないか。霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の術式は頭にあるからな」

「貴方、まだMAGとやらの貯金があるの?」

「ああ、ある」

 

息を吸うように覚悟を決めろ。どのみち、ここでやらなきゃ命はないのだから。

 

「俺の命を燃やす。マグネタイトは生命エネルギー、それで代用できるさ」

 

「...どこの時代にも愚か者はいるものね」と一言、不思議な笑顔で呟いたメディアは、一つの提案をしてくれた。

 

「...いいわ、一つ契約をしてくれるならこの異界のMAGを分けてあげる」

「なんだ?」

「マヒロをお願い。この子は、私の弱さが巻き込んでしまっただけの子だから」

「お姉ちゃん?」

「ああ、任せろ。必ず、この子を日常に戻してみせる」

 

「決まりね」と呟くメディア。異界の主、メディアとの仮契約がここに結ばれた。本来の流れとは逆に、メディアから膨大なMAGが流れ込んでくる。

 

「行くぞ、デオン!」

「気をつけなさい、今の漏れた魔力で、私たちの居場所を気付かれた!」

「大丈夫さ、僕はサマナーを信じる」

 

魔法陣展開代行プログラムにより、術式を展開。

契約のラインを辿って、魂に直接MAGを注ぎ込む。

魂の形を崩さないように丁寧に、されどより強靭になるように大量に。

 

そうして何時間にも感じられる数分で、デオンの身体は光り輝いた。加わった意匠は大したものではない。ただ白いマントを羽織っただけだ。だが、その魂の強さは、明らかに前とは違う。

 

これが、白百合の騎士シュバリエ ・デオン!

 

「行こうか、サマナー」

「ああ、ヘラクレスは任せる!」

 

校舎をヘラクレスが突き破って来るのと、デオンがそれを真正面から迎撃するのは全くの同時だった。

 

斧の巻き起こす風だけで立っていられないその暴風域、その中心に折れず曲がらない白百合の騎士はいた。

 

大上段をサーベルで逸らし、返す一撃にはふわりとジャンプして斧の上に乗り、ついでのように目を斬りつける。

その後ヘラクレスは斧を振り回す事でデオンを吹き飛ばそうとするも、再び宙に舞い、()()()()()()()()()()()()()()()を足場にしての突撃でヘラクレスの右肩を突き貫いた。それを捻ってから引き抜く事で、肩の再生完了までの間ヘラクレスは斧を十全に扱えない。

 

反撃として左拳による打撃が放たれるも、それを紙一重で躱して地面に降り立ち、振り抜いた後の左肩にもサーベルを差し込み、捻り、引き抜いた。

 

あのヘラクレスを圧倒している。十二の試練(ゴットハンド)により死因に耐性がつくという性質さえなければもう殺しきれていただろう。

 

デオンの戦闘論理、心眼は狂化により鈍ったヘラクレスのそれを圧倒していた。だが、それも霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の時間が切れるまで。触媒となる力の結晶(ピース)を用意できなかったため、デオンの再臨は時間制限があるのだ。残り時間は、30分とないだろう。

 

なんとかその間に、ヘラクレスを殺し得る手段を見つけなくてはならない。

 

そんな時、メディアが俺に声をかけてきた。

 

「チヒロ、策があるわ。ヘラクレスを貴方の術で拘束して。一瞬でいいの」

「乗った。任せるぞ、メディア!」

「裏切りの魔女を信じるだなんて、馬鹿ね貴方」

「今、メディアは俺の仲魔だ。契約がある限り、俺はメディアを信じる。悪魔召喚士(デビルサマナー)ってのはそういう人種なんだよ」

「...あなた、魔女より悪魔してるわよ」

「よく言われる」

 

ストレージからありったけのシバブーストーンを取り出し、投擲により配置する。デオンに緊縛魔法(シバブー)がかからないように目標指定(ターゲットロック)の術式を込めながら。

 

『デオン、足を!』

『任された、サマナー!』

 

横薙ぎの斧の下をくぐり抜けたデオンは、神速の斬撃により両足首を斬り取った。これで、わかっていても回避は不可能!

 

「術式展開!緊縛魔法(シバブー)乱れ打ち!」

 

単純に出力を上げる事により、未確認耐性を突破する作戦だ。実際、用意したシバブーストーンの7割は弾かれた。

 

だが、3割は通った。

 

「メディア!」

「飛んで行きなさい!瞬来(オキュペテー)!」

 

ヘラクレスに対しての転移魔術。緊縛魔法によりヘラクレスは動けない。その指定先は、邪龍ヒュドラの目の前だ。

 

「よくぞ、ここまで弱らせた。あとは我に任せよ小さきものよ!」

 

猛毒の吐息(ポイズンブレス)!」

 

校舎により見えないが、ヘラクレスはヒュドラの猛毒に犯されただろう。メディアの反応を見るに当たりのようだ。

あとは、ヘラクレスが猛毒にのたうちまわって11回死ぬのを待つだけだ。

 

ヒュドラの猛毒は神話性のもの。ちょっとやそっとの解毒魔法(ポムズディ)解毒薬(ディスポイズン)では治せない。勝ったな。

 

「...ヘラクレスがヒュドラに対して攻撃を始めたわ。間違いなく痛みで狂ってる。手当たり次第に襲いかかってるみたいよ」

「じゃあ、最後に死にかけのアリスをしっかり殺して、この騒動を終わらせるか」

 

ヒュドラとヘラクレスの戦闘区域に入らないように回り道をして、アリスのいるクレーターに向かう。

 

アリスのは、消し飛んだ半身を泥のような何かで補う事で生きながらえていた。

 

「ヘラクレスはもうすぐ死ぬ。詰みだぜ?お前」

「いいえ、まだ私は生きている。詰みなんてないわ」

「デオン!」

 

嫌な予感がしたので、デオンに即座に指示を出す。神速の刺突が、アリスの頭蓋を貫く。アイツが何であれ、これで終わりだ。

 

「さようなら裏切りの魔女。それに花咲千尋にシュバリエ・デオン...また会いましょう」

 

「今度は、貴方を殺す策を持ってくるわ」

 

そんな言葉を言い残して、アリスは生き絶えた。

残った身体が、泥となって崩れて落ちた。これは遠隔操作の術人形か何かか?

爺さんの知識を探っても回答は見つからない。とりあえずは映像データと泥自体の回収をするとしよう。平成結界以前の術式を調べられるアーカイブなら何かわかるかもしれない。

 

「...まさか、ね」

「何か知っているのか?メディア」

「いいえ、ありえない事を考えただけよ。アレに飲まれて、人が意思を持っていられる訳がないのだから」

 

とりあえずサマナーは倒した。だが、まだ終わりではない。

嵐のような戦闘音が聞こえ続けている事から、ヘラクレス対ヒュドラの大怪獣決戦はまだ続いているようだ。

 

「メディア、ヒュドラの方の死因は何だ?」

「切った首を焼き潰して再生を封じてから、不死身の首を岩で潰したって話だったわね」

「...要はどっちも焼けばいいのか。じゃあ簡単だな。メディア、合わせろ」

「わかったわよ。まったく、私の事を魔力タンクか何かと考えてないかしら」

「気にするな、行くぞ。魔法陣展開代行プログラム起動。マハラギストーン、設置」

「魔力過充填。セット」

 

「「擬似展開、高位広域火炎魔法(マハ・ラギオン)!」」

 

異界の魔力で作り上げられた炎の牢獄。それがヘラクレスとヒュドラを纏めて焼き払った。

 

だが、ヒュドラはMAGに分解され霧散し始めたが、かの大英雄は未だ健在だった。毒に塗れ、炎に包まれ、されどまだ立ち上がった。斧を構え、正面からデオンの事を見据えていた。

 

毒と炎の痛みで正気などとうに飛んでいるだろうに、それでも戦士として立ち会う事を望んでいるかのようだ。

 

「デオン、行けるか?」

「もちろんだ」

 

華麗に一歩デオンが前に出る。霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の効力は残り5分ほど。

 

この2人の戦士の立ち会いには、十分な時間だ。

 

「白百合の騎士、シュバリエ・デオン。いざ、尋常に!」

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

猛毒と燃焼のダメージがあるにもかかわらず。否、ダメージがあるからこそ洗練された動きで接近し、筋力を限界以上に稼働させた斧の乱舞により白百合の騎士を屠ろうとした。

 

その乱舞をヘラクレスを知る者は言うだろう。射殺す百頭(ナインライブス)と。

 

「...少し残念だ。屍鬼であった頃の君の動きを見ていなければ、結果は違っただろう。だが、私はあの時言った」

 

「君の動きがよく見えるよ、と」

 

刃の檻が閉じる前に、華麗としか表現できない一太刀で斧は逸らされて、続く一太刀にてヘラクレスの首は落とされた。

 

これぞ、シュバリエ・デオンが絶技。百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

剣舞によって作り出された幻想の白百合が散っていく英雄ヘラクレスの心を癒したのだろう。ヘラクレスはただ一言「...見事なり」と言い残して消えていった。

 

「凄いわね、貴方の騎士」

「実はまだ仮採用なんだ。向こうがつれなくてね」

「あら、じゃあ私が連れて行ってしまおうかしら。あの子、可愛い服がとても似合いそうだもの」

「それは困るな。デオンとは、約束があるんだ」

「そう、じゃあ仕方ないわね」

 

どちらが言うでもなく、メディアとの契約は断ち切れた。

 

メディアは、懐から歪んだ形の短剣を取り出し

 

それを、こちらに投げて渡してきた。

 

「その短剣は破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。貴方達の働きの追加報酬よ。どうせ消える私には必要のないものだから、もののついでに貴方にあげるとするわ」

 

そう言い放ってから、メディアはペガサスからマヒロという少女を下ろし、抱きしめた。

 

この世界に来て1ヶ月、彼女もいろいろあったのだろう。デオン達と示し合わせて、そっと距離をとった。

 


 

帰りたい、だけだった。

 

悪魔使いから隠れ、教会の騎士達から隠れ、異界から逃げ、異能者から逃げ、辿り着いたのはどこにでもある家の前。

 

残り少ない魔力で観察した結果、この世界では人を襲った化生を生かしてはおかない。自分を構成している魔力と似た要素はだんだん減っている。

 

霊体として、自分は魂食いをするしかない。だが、その先は?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「無様ね...このまま、消えてしまおうかしら」

 

そう思った自分の目の前に、少女が駆け寄ってきた。周囲の状況を見るに、逃げてきたのだろう。あの口の血を拭いきれていない餓鬼から。

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

ひたすら走った結果息も絶え絶えで、言葉は声をなしていない。

そんな彼女は、この魔女を見て何をするのだろう。

 

絶望?それが普通だろう。

嘆願?それは賢い奴のする事だ。

 

そのどちらとも、この少女は違った。

 

「逃げ、て!私が、食べられてる、うちに!」

 

それは、献身だった。見ず知らずの魔女のために、残り少ない命を使うと決めたのだろう。

 

その姿に、自分の命の使い道を見た。

 

紫光弾(ユピテル・ロッド)

 

残り少ない魔力を込めた、魔弾により餓鬼を始末する。あとは、この子の記憶を消して終わりにしよう。そう思ったが、自分の想像以上に身体を構成する要素を使いすぎていたのだろう。

身体が、解けていくのを感じる。嫌なものを、見せてしまう。所詮は魔女。ガラじゃないことをすると、こうなるのだろう。

 

だが、心のどこかで生きることを願っていた私は、意識が落ちながらも最悪の行動を取ってしまう。粘膜接触による魔力の奪取。

 

この日、私は少女を生かし、少女に生かされた。

 


 

その日からは、不思議と穏やかな日々だった。

少女はわからないなりに私のことを受け入れてくれたのだ。あの餓鬼に両親を殺された事で、縋るべき誰かを求めていたのかもしれない。

私も、守るべき誰かを得た事で、この終わった世界で生きる意味を見つけた気がして。この世界で生きる事を決めた。

 

その為に彼女の健康に支障のないレベルで魔力を供給してもらい、それが足りなくなってきたら念入りに準備して犯行を行った。

 

この世界を構築する術式は、神代のものよりも高度で自動化されている。だが基本となる要素の理解はキルケーより受けた教えで何とか紐解くことができた。

 

そして、終わってる世界の本当の意味を知った。

 

どんな奇跡があったとしても、この世界に未来はないのだ。ずっと見ないふりをしていた事実、この世界を覆う()()()()()()()()()()()()()()を認識した事で、私は折れた。

 

マヒロを生かしたい。そんな些細な望みでさえ、この世界では叶わない。

 

それからは、本当に惰性で生き続けた。

だから使い魔の配置を嗅ぎつけられ、悪魔使いに追い詰められた。

 

「お姉ちゃんは、私の家族なの!だから、一緒に行かせて?」

 

そう言ったのは、決戦の地を比較的霊脈の安定しているマヒロの通ってる学校に決めた時だった。

 

マヒロには、私の匂いが付いている。悪魔使いに捕まりでもしたら殺されるかもしれない。

 

だから、「隠れていなさい」なんて甘い言葉を出してしまった。

 

そして私は戦い、破れた。

それどころか、押さえ込んでいた揺らぎを広げてしまい、外からの者達の干渉を許してしまった。

 

せめて、マヒロは守る。それだけを思っていた時に

 

大英雄と渡り合う白百合の騎士と、現代魔導を駆使する悪魔召喚士(デビルサマナー)と触れ合った。

 

この2人は、希望だ。どこまでも正しい心と、権利を持っている。

 

彼らなら、マヒロの生きられる明るい未来を作れるかもしれない。

そんな希望を心に秘めて、裏切りの魔女の短剣を投げ渡していた。

 


 

「お姉ちゃん?」

 

マヒロの身体をぎゅっと抱きしめる。この温もりを最後まで忘れないようにしっかりと。

 

「マヒロ、私の目を見て」

「...うん」

 

これが、お別れだ。記憶操作の魔術で私が魔術師であったという記憶を消して、旅に出たという記憶を植え付ける。

 

この触れ合いの記憶が完全になくなってしまうのは、きっと耐えられない。それだけ穏やかで、幸せな日々だった。

 

「マヒロ。私はきっと、貴方に会う為にこの世界にやってきたの。それだけは絶対に嘘じゃない」

「うん、私もお姉ちゃんと会えて良かった」

 

「料理はいっつも失敗するし、時間を忘れて模型作りしてたりするし、私の事を着せ替え人形みたいにするし、大事なことはいっつも教えてくれないけど」

「それは...ごめんなさい。私、そういう風にしか生きられないの」

「けど、私も幸せだった。お姉ちゃんがいたから、私は父さんと母さんの事を受け止められたの。本当に、ありがとう。私、今なら言える」

 

「あの日、お姉ちゃんと出会えた事は、運命だったって」

 

その目は、一つの壁を乗り越えた、強い目だった。どの道世界の命運はこの子には関係ないけれど、この子の生きる世界ではきっともう転んで立ち上がれないなんて事はないはずだ。

 

「...さようなら、マヒロ」

 

そう言って、頭を撫でた。それが、魔女と少女の関わりの終わりだった。

 


 

倒れた少女を抱えて、メディアがやってくる。

 

「この子には、私は旅に出たって事にしておいて。そういう暗示をかけたから」

「ああ、わかった。...介錯は必要か?」

「いいわよ、この身体のことは入念に調べたわ。退去の術式くらいわけないわ」

 

自分の身体を構成しているマグネタイトの結びつきを解いて、光となっていくメディア。その満ち足りたような顔を見ていると、言いたかった文句の類は頭の中から消えていった。

 

「じゃあな」なんて言葉すら、きっと無粋だろう。

 

そうして、光が完全に消えたと共に異界は消滅し、虚数座標から実数座標へと弾き出される。

 

これで、この事件は終わりだ。

 


 

それからのこと

 

純一は自分が異界に入った状況をしっかりと確認し、アンカーから虚数座標異界という未知の異界だということを説明して、術式もないのに飛び込もうとしている縁と所長を止めてくれていたようだ。

侵入術式を持っていたと思われるミズキさんの到着は俺たちが異界から帰還してからであったため、「申し訳ありません」との言葉とボーナスの支給を約束してくれた。やったぜ。

 

とは言ったものの、ヒュドラ召喚という大暴挙は経費には含まれず、異界を構築していたマグネタイトは虚数異界という性質からかアブゾーバーに吸収できずに終わったため、トータルで見れば大赤字だ。戦利品がなんらかの魔術の込められた短剣一つというのが、また金策をしないといけない苦難の日々を思わせて少し憂鬱だ。

 

マヒロさんは、異界が消滅してからすぐに目を覚ました。魔力探知機によると魔力反応は残っていたため、しばらくはヤタガラスの監視付きとなってしまうが、両親を亡くした少女を監視ついでに守ってくれるのなら悪いことではないだろう。

 

アナライズしたが、覚醒段階は無し。彼女は、この世界でごくごく一般的な人間だった。だからこそ、メディアという気難しそうな魔術師の心を解きほぐせたのだろうと思うと、何が良い方に転ぶかはわからないものだ。

 

「サマナー。これからあのアリスという少女と戦うにあたって、このままでは私の力が足りないと実感したよ」

「俺もだ。もっとバリエーション豊かな仲魔の確保とお前の霊基再臨(ハイ・レベルアップ)に必要な力の結晶(ピース)、本格的に探すとするぞ」

 

金策、力の結晶(ピース)探し、仲魔集め。それらを一挙に行えそうな施設がこの遡月の街にはある。

 

次の目的地は、悪魔競売(デビル・オークション)会場だ。

 




次回、金策

これは本編にはなかなか入れ辛いネタなのですが、デオンくんちゃんって実は機密文書を担保にして金を借りるというロックな事をした人だったりします。やっぱ英雄ってすげーや


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悪魔競売(デビル・オークション)の怪盗騒ぎ

オークションといえば怪盗!という俺の勝手なるイメージ。異論は認める。

あ、昨日投稿できなかったことで定期更新は諦めました。バレンタインイベはぶん回らないと全員分のチョコ確保できない気がするので。
なので、この投稿から不定期更新のタグをつけさせていただきます。


ネット社会の昨今、オークションは大概においてインターネット上で行われる。それは裏の世界でも変わらない。

悪魔が情報生命体であり、通信によるやり取りが可能である事を踏まえると、もしかしたら裏の世界の方がうまくネットオークションを利用しているかもしれないが、それはいい。

 

今、俺とデオンはそのオークションサイトの本丸であるビルに向かっている。一見普通のビルだが、中は最新鋭の魔導トラップで満たされた伏魔殿だ。

 

「じゃ、手筈通りにな」

「ああ、わかっているよ。サマナー」

 

そうして、俺は緑の、デオンは青の仮面をつける。認識阻害の術式を仕込んだ一品で、今回の装いに似合わせている。

 

デビルオークションは、インターネットが主流だ。

だが、この遡月の街には世紀末以前から現地でのオークションを続ける奇妙なホテルがある。

 

ホテル、アルセーヌ。今回俺たちが出品し、品物漁りをする場所だ。

 

「それじゃあデオン。お前は力の結晶(ピース)を探せ。こればっかりはお前にしかわからないからな」

 

力の結晶(ピース)には、相性のようなものがあるのだ。魂の好みだろうとは言われているが、まだ理論は取れていない。まぁ、悪魔合体で強い悪魔を作る方が早いし楽だからな。

 

「サマナーは、夜なべして作ったアレらの出品かい?」

「当然。あと、面白そうな悪魔がいたら声かけてみてくれ。条件次第では買えるかもしれん」

「...人身売買のようで、いささか気分が悪いね」

「その辺は気にするなや。悪魔の価値観的にはオーケーらしいぜ。ま、人も売られてるらしいけど」

「最悪じゃないか」

 

そうして入場手続きを2人で済ませ、奥に入る。

警備の数がこの前来た時よりも多い、なにかを警戒しているようだ。

 

『デオン、この空気わかるか?』

『なんとも。だが、こんなお宝だらけの場所だ。予告状でも出たのではないかい?』

『現代の怪盗団ってか。楽しそうだが、別の日に来る事を願うよ』

 

デオンと別れ、自分は出品者ブースへと向かう。自分は人生を魔導に捧げた爺さんの知識を継承している。故に、材料さえあれば貴重な魔術的アイテムを作成する事ができるのだ。これが、新米デビルサマナーである自分が大金を持つに至った経緯である。

 

流石に論文などはドクターを通してフリーで発表しているので印税などは貰えない。それはこの世界全体のヒトの生存率を高めるために致し方ない事だ。でもなーとこういう金のない時には思う。

 

「こちらが、今回出品するストーンのリストです。事前に連絡していたものと間違いはありませんか?」

「いいえ、高位広域回復(メ・ディラマ)ストーンはこの業界に革命を起こした一品ですからね。これに救われた中級サマナーのなんと多いことか。高品質のそれが20点、かなりの仕事量だったでしょう。」

「ええ、まぁ。ただ、人を助けるコトとお金も稼ぐコト、どっちもできるって素敵ですねホント」

「しかし、一度にここまで大量の出品では、値崩れしてしまうのでは?」

「早急にMAGが必要なんですよ。ちょっと面倒な相手に目をつけられて貯金をぶっ放しちゃいまして。今仲間の維持に自前のMAG使ってるくらいなんですよ」

「なるほど、わかりました。適正価格スタートで適正な相手に売りさばく事をお約束しましょう。報酬の最低価格は先にお渡しする形でよろしいですか?」

「マジですか、ありがとうございます」

「こちらこそ、いつもお世話になっていますよ、グリーンさん」

 

メディラマストーン一個で50万、つまりとりあえずの1000万の黒字だ。それにオークションでの高騰も考えるともう少し色はつくだろう。

だが、作成に魔石を大量に使いすぎた。材料の魔石は悪魔をしばいていれば自然と溜まるので気にしないでいたいが、高度な治癒の力を持っていない現在としては不安極まり無い。オークションで高位回復魔法(ディアラマ)持ちの悪魔が売られているとありがたいのだが。

 

『サマナー、良い情報と悪い情報がある』

『...良い方から頼むわ』

力の結晶(ピース)となりうる芸術品を見つけた。剣士を象った像だね。値段は1億スタートだ』

 

これは致し方なし、最後の貯金である魔貨(マッカ)を現金に変えるかと決める。

 

『それで、悪い方は?』

『このオークション会場にて最も美しいモノを盗むと怪盗から予告状が届いているらしい。今日出品される美術品はこの剣士の像一つのみ。買ったところで盗まれてしまうかもしれないね』

『マジに怪盗かよ、馬鹿じゃねぇの?』

 

とは言っても、どうする事も出来ない。何せ、探索に適した悪魔は今グレムリンしかおらず、そのグレムリンとて、機械の類は対MAGコーティングされているため使い物にはならない。

 

ならば、()()()()()()()()

その場合、得られるものは貴重な力の結晶(ピース)。失うものは積み重ねてきた信用。...駄目だな、論外だ。この業界を生き残るには、信用だけは失ってはならないのだ。

 

『駄目だ、動けん。デオン、お前はもうちょい出品物を見て回って他に力の結晶(ピース)になりそうなものを探してくれ』

『...了解だ、サマナー。だが、他にそんなものがあるとは思えないがね』

『むしろ俺は初日でいきなり力の結晶(ピース)を見つけたお前に驚いてるよ。どんな幸運だ』

 

その後は、他に何かがあるわけでもなくオークション前の品見せは終わった。

 

さて、今回は見だな。力の結晶(ピース)を買った奴にマーキングをつけて、後で依頼をふっかけて奪うというのが現在の可能な行為だ。

 

「しかし、こうして会場に来てみると意外と面白いものだね」

「だから続いているんだよ。入場の時見せたアレあるだろ?ここの会場ってアレの会費で保ってるんだ。オークションの利益もあるだろうが、見世物としても出来がいいんだよ、ここのオークションは」

 

 

「続いてはこちら!匿名術師グリーンの作った高位広域回復魔法(メ・ディラマ)の力を込めた魔法石、メディラマストーン!匿名術師グリーンは有用な魔導技術論文を発表した新規精鋭の魔導学者サマナーだ!実力は俺たちが保証する!

異界強度(ゲートパワー)が上がり気味な今日この頃、悪魔に対する備えは持っておいて損はないぜ!ガチで命を左右するアイテムだからな!

 

最低価格は70万から、スタート!」

 

71万!73万!74万5千!と程々に値が釣り上がっていく。

 

『煽りがなかなかにうまい。荒くれ者の心を掴んでいるね』

『こういうのができるから、信用ってのは侮れないんだよなぁ。早く花咲千尋の名前も通るようになって欲しいわ』

『その割には、偽名を使ったようだがね、グリーン』

『いや、サマナーの手札が割れるのはガチで死活問題だから』

 

とりあえず、今日の分のメディラマストーンは、一つ約81万で売れる事となった。インターネットで回る分もこのレベルの金額なら良いのだが。しかし、この釣り上がった分の金が振り込まれるのは来月。それも割合は3:7なのであまり大した額にはならないのが悲しい所だ。まぁ、それでも合計で60万くらいにはなるので何かの足しにはなるだろう

 

「続きましては、悪魔の出品だぁ!妖精シルキー!衝撃魔法と回復魔法を操る後衛タイプの悪魔だ!本人から、コメントどうぞ!」

「家事も育児も戦闘頑張ります!どんな方にも仕えてみせますわ!」

「コメントありがとう、シルキー!ただし、彼女の好みは強いサマナーだ。見た目に反して結構な強さだから、買った後に制御しきれず殺されないように気をつけな!

それでは、彼女は4200万から!スタート!」

 

サイフポイントが足りないッ!

 

『残念だったね、サマナー』

『...しゃーないさ。今の貧乏な俺たちには手が届かなかったって事で』

 

そうして、悪魔だったりアイテムだったりの出品がなされていったがついに本命がやってきた。

 

「続きましては、本日のメインイベント!天才芸術家ワビスケの削り出した渾身の一品!騎士の石像!なんと、今回のイベントでは、この逸品を盗むと怪盗からの予告状が届いたぜ!随分な命知らずだが、それをしたいほどの魅力がこの作品にはあるって事だ!

事実、この作品に込められたMAGは相当なもの!悪魔召喚の触媒にも優秀だぜ!

 

さぁ、この作品は1億から!スタート!

 

サクラが仕込まれているのだろう。値はどんどんと釣り上がり、3億まで上り詰めた。この時点でサクラと思わしき男性は声を上げるのをやめた。

 

現在声を上げているのは車椅子に黒い仮面の老人と、成金というのが似合う高級スーツに小太りのサマナー。

アームターミナルとは古風なものを着けている。だが、サマナーであることを隠さないとはどういう了見だ?

 

さて、怪盗騒ぎが誰かの冗句でないのなら、狙うべきは落札が終わり、落札者のストレージにピースが仕舞われる寸前だろう。

 

そろそろ、動きがあるはずだ。そして、そう見ているのは俺だけではないようで、腕利き達が警戒しつつ事態を面白がっていた。

 

「クッ...3億6千万!」

「ふっ、4億」

 

成金の方は完全にキャパオーバーだ。終わったな。

 

「さぁ、他に値を上げる方はいるかい?いないようだ。それなら...カウントダウンだ!3、2、1...終了!騎士の石像の落札者は、010番だぁ!」

 

車椅子が後ろの女性に押され、壇上へと上がっていく老人。

そうして、老人の手に石像が渡りそうになったその時、照明が消えた。

 

さぁ、事件の始まりだ。探偵らしく、踏み込んでいくとしよう。

 

「「「サモン!」」」

 

反射的に召喚を行なったのは俺、右手前の赤いドレスに仮面の女性、左後ろの誰かの3人だ。

 

暗闇で見えないが、感じるマグネタイトからいずれも一級の悪魔だろう。もしかしたらハイクラスまであるかもしれない。だが、存在の規模だけならバルドルは負けていない。コイツは不死身に頼りすぎて技がない事以外は一級の悪魔なのだ。

 

『サマナーよぉ、どうする?』

『今は見だ。下手に動いて犯人扱いされたらたまらん。でも、周囲のMAG波に対するパッシブソナーを常駐させてるから、それをもって探偵としてしゃしゃり出るつもりだ。お前はその為の箔付けだよ』

『すまないバルドル。私ではどうしても侮られてしまうからね』

『別に嫌とは言ってねぇよ。めんどくせぇだけだ』

 

そうして非常用電源が点灯すると、案の定石像は消えていた。怪盗の面目躍如といった所だろう。やるな。

 

そして、スマートウォッチとペアリングしているスマホの情報を見ると、面白い波形が見えた。つい先日観測した、虚数異界の発生の予兆だ。

 

まさか、アウタースピリッツ関連?

 

「皆さま、動かないで下さい!特に勝手に悪魔を召喚したそこの3人!」

 

舞台袖から青いスーツの女性が現れ、とりあえずの指示を出してくる。

 

さて、法的機関の手が入らないこのオークション会場では、どうするつもりだ?

 

すると、出入り口からアサルトライフルを持った黒服の方々がやってきた。とりあえずの封鎖といった所だろう。

 

「皆!とりあえず今は職員のみなさんの指示に従ってくれ。冤罪で死にたくなかったらな!」

 

自分とデオンの座る席に、黒服の1人がやってくる。重要参考人の連行のようだ。大人しく受けるとしよう。

 

「皆、この騒動が終わるまでしばらく待っていてくれ!ウチを舐めた落とし前は必ずつけてやる!」

 

司会者さんのその言葉により、いとまずこのオークションはお開きとなった。

 


 

「それでは、貴方方には事情を聞かせてもらいます」

 

まずは、赤いドレスの女性が口火を切った。

 

「暗闇に乗じての狙いが本当に美術品かわからなかったから、念のための護衛よ。ね、タムリン」

「その通りです。サマナー」

 

あれが、幻魔タムリン。妖精の守護者か。十全に制御できている事を見るに、使い始めて長いのだろう。熟練のサマナーだな。

 

続いて話をしたのは、左後ろにいた白い仮面のサマナーだった。

 

「すまない、俺はプログラムの問題だ。明度の急激な変化に対してオートで悪魔を召喚できるように仕込んでいたんだ。他意はない」

「まぁ、ウチのサマナーは小心者やからな。堪忍してくださいな」

 

名乗りはしなかったが、あれは女神だろうか。いい悪魔を仲魔にしている。

 

「それで、グリーンさん。あなた方は?」

「舐められないようにですね。これから証拠を提出したいのですが、その信憑性は実力でしか裏付けできませんから」

 

バルドルが、軽くMAG波を流す。それだけで実力の程は明らかになるのだ。やはり力こそパワーなり。

 

「...その証拠とは?」

受動的MAG波形観測術式(パッシブソナー)のログデータです。面白いものが見えてますよ」

 

そうして、全員に見せる。虚数異界発生の証拠を。

 

「虚数異界ですか、聞いた事がないですね」

「ヤタガラスに問い合わせてください。以前にも観測されています」

「それで、その異界に石像だけ持っていかれたのはどういう了見?」

「協力者が見える位置に居たんだと思います。連絡手段は魔導技術に依らないものなので観測はできていませんが」

「何にせよ、異界の入り口であるあの場所を見張れば犯人は自ずと捕まるわね。私たちへの嫌疑も晴れる。楽でいいわ」

「ところが、そうもいかないんですよ」

 

「以前のデータによると、虚数異界の侵入位置と異界が消えたときに弾き出された位置にズレがあったと報告されています。この性質を使えば、移動出来るんですよ。見つかることのない虚数の世界を」

「ッ⁉︎今すぐ外にも警備員を配備させます!」

 

外にも警備員を配置するとなると、このオークション会場がいかに富んでいても人手は足りなくなるだろう。

 

自然と、集められたサマナー達で目線が合う。考えることは同じなようだ。というより寧ろ、この展開を狙っていたが故に悪魔を展開したとも言えるだろう。

 

「人手と悪魔の手、お貸ししましょうか?」

「...お願いします。先ほどのデータによると、貴方方の位置は召喚により明らかとなっています。ステージとの距離を考えると、虚数異界とやらへの干渉をした可能性は低いでしょう。...認めます。本日の警備統括、アオバが貴方方を日当3000万、成功報酬5000万で雇わせて頂きます!」

 

「粘る時間はなさそうですし、とりあえずはこれで妥協してよろしいですか?お二方」

「構わないわ。さっさと終わらせて楽に稼ぎましょう」

「俺も構わん。だが、前は任せるぞ」

「前は俺の仲魔が張ります。コイツの耐性は便利ですから」

 

即席サマナーチームが、ここに誕生した。名前も、手持ちの札を明かさない、ただ目の前の金を集めるためのチームとして。

 

「じゃあ、犯人を追いかけます。虚数異界に侵入しますがよろしいですね?」

「構わないわ、ついでに当面は貴方に指揮を任せる事にする。貴方が一番切れ者そうだもの」

「そうだな、グリーンといえばメディラマストーンの開発者だ。魔導使い相手に魔導に詳しい奴を頭に据えるのは理にかなっている」

「信じられているね、サマナー」

「だから信用は強いんだよ。では...侵入術式、展開!」

 

以前はトラエストストーンを犠牲にしたが、魔法陣展開代行プログラムのログデータにあった術式をブラッシュアップする事で、そこに既に虚数異界が存在しているのならなら虚数座標へのゲートを開くことが可能になったのだ。

しかも今回は、騎士の石像を盗むときに使った既にある道を再利用する為MAGには困らない。我ながらリーズナブルで冴えたやり方だ。

 

「行くぞ!」

 

3人のサマナーとその仲魔たちは、臆する事なく虚数の世界へと飛び込んでいった。

 


 

「ここが、虚数異界。現実との違いは異界強度(ゲートパワー)くらいね」

「異界化による内部構造のシャッフルも起こっていない。ただの異界と見ると痛い目を見そうだ」

「今、石像の残留MAGを辿る術式を組み上げました。これを辿って行きましょう。先頭は俺の仲魔が、ルージュさんは左を、ホワイトさんは右を重点的に警戒してください」

 

慣れた手つきで、連携に入る人たち。やはり熟練だ。

 

「サマナー、来るぜ。前の黒いのだ」

「警戒を。向かってくるなら殺します。来ないなら追跡に悪魔を投げます。まだ先制攻撃はしないように」

 

そうして、自分たちと影が相対する。

 

向こうは、無策で飛び込んできた。数的多数を取られているのにだ。

思考能力が低いのだろう。何かの尖兵だろうか。

 

「デオン、殺せ」

「了解だ、サマナー」

 

無手だったその影は、あっさりと首を切られて絶命した。

泥のような何かに死体を変化させて。

 

「この泥に、心当たりのある人は?」

「いいえ、見た事ないわ」

「強いて言うなら()()()()()()か?あれは赤っぽい色だったが、雰囲気が似ている」

「成る程...とりあえずは命の泥と呼称します。サンプル回収を行うまで周囲の警戒をお願いしますね」

「まるで、公僕みたいな仕事をするわね」

「実はライセンス持ってるんで、公僕ってのも間違いじゃないですよ」

「なんと、道理で術への理解が深いわけか」

 

否定はしない。勝手に思い込んでくれるのなら悪くはないからだ。

 

「MAGの分配は2:1:1でいいですか?」

「なんであんたボろうとしてんのよ」

「魔導師は、MAGを大量に使う。俺たちの安全を考えるなら妥当な数字だ」

「...あー、探査とか戦闘とかに術を使うわけね。りょーかい。ただ、戦闘では頼るわよ」

「任せとけ」

 

MAGを追いかけ、オークション会場から外に出る。道中何度か戦闘を行ったが、いずれも大した相手ではなかった。いや、多分強いのだが、今のデオンが妙に強いのだ。考えたくないが、今まで手を抜いていたかのような変わりっぷりだ。月齢によるバイオリズムかなにかか?

 

『...サマナー、聞いてくれ』

『どうした?』

『この影たち、考えていないが技を使う』

『...狂化か?』

『おそらく違う。簡単な命令ついでに染み付いたのが自然に出ているだけだろう。』

『この影の正体についても調べないとな。アリスとは別口の、世界の脅威だ』

 

今はいい、ただの敵だ。

だが、警戒だけはしておこう。

 


 

オークション会場の出口からほど近い路地裏にて、彼らはいた。

 

「主殿!」

「わかってる!もう外、抜けるよ!」

赤毛に灰色の忍者装束の男と、和装を動きやすく改造した格好の少女だ。

MAGの残り香から、彼らのどちらかのストレージに力の結晶(ピース)はあるはずだ。漏れ出るMAGの感覚から、どちらかはアウタースピリッツだろう。

 

背後に悪魔を忍ばせつつ、サマナー連中は正面から堂々と行くとしよう。

 

「そこまでだ!」

「何奴⁉︎」

 

路地の入り口から銃撃を始める。ルージュさんはカスタムされた大型ハンドガンで、ホワイトさんはオートマチックの狙撃銃で、俺はいつものP-90にて銃撃を加える。

 

だが、忍び装束の男は両手に持ったクナイで弾速の違うそれらを全て斬り捨てて見せた。いや、ハンドガンはともかく短機関銃とスナイパーライフルは無理だろ普通。

 

だが、厄介な方は止められた。ビルを駆け上っていた悪魔連中が止まっていた和装の少女に襲いかかる。

 

「...ッ⁉︎囮か!」

「そりゃそうよ。サマナーが真っ正面から戦うわけ無いじゃない!」

 

「でも残念、私は守られるだけの姫じゃない!ペルソナ!」

 

上空からダイブしてくるタムリンとバルドルを、忍び装束のペルソナがまるで宙を跳んでいるかのような動きで捌き、吹き飛ばしていた。

 

「やりますね、彼女」

「ただの雑魚だろ」

 

だが、バルドルはともかくタムリンにも大したダメージはない。機動力特化で火力はそんなでもないのか?

 

「帰るよ、小太郎!」

「まだです、主!」

 

デオンに気付いたのは凄いが、それはそれ、奇襲の二段階目に降りてきたデオンがペルソナを斬り飛ばした。ペルソナへのダメージは肉体に帰ってくる。少女は、致命傷を負っただろう。

 

「主殿!...仕方ない!宝具展開!不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)!」

 

瞬間、路地を大量の霊体の忍びが埋め尽くした。霊体の影響により視界が遮られる。視界が暗闇に囚われたことから、恐らくは呪法の類だろう。

 

音を頼りに戦況を把握しようとするも、なにぶん数が多すぎて無理だ。この霊体全てが攻勢に回ったらかなり手札を切らされかねない。それは厄介だ。

 

この後ろ2人のサマナーは、完全に味方というわけではないのだから。

 

「クシナダヒメ!アムリタシャワー!」

 

だが、流石ベテラン。動きが早い。MAGで擬似的に作り上げられた霊薬アムリタをばら撒く事により周囲一帯に対状態異常耐性のMAGフィールドが作り出される。これにより、精神への状態異常の一つである暗闇は晴れた。

 

だが、その先には忍者も和服の少女もいなかった。逃したか。

 

「でも、マーキングはつけました。異界が解けても追えますよ」

「いつのまに?」

「最初に打ち込んだ弾丸、中に色つきのMAG入れてたんですよ。どうせ防がれると思ったので」

 

霊体の忍びたちが殿をしているのはいささか邪魔だが、向こうも手負い。そう遠くには逃げられまい。

 

「バルドル、合わせろ」

「了解だ、サマナー」

 

バルドルとラインを繋ぎ、高位破魔魔法(ハマオン)の範囲を若干無理やりに広げる。霊体は細い路地裏にひしめいている。それら覆う程度は不可能ではない。昇天を導く破魔魔法は、上方向への攻撃範囲は広いのだ。

 

「「擬似展開!広域破魔魔法(マ・ハンマ)!」」

 

そうして霊体の忍びを全滅させた直後に、異界の崩壊が始まった。

あの忍者が死んだ?いや、そうではないだろう。おそらく虚数異界を構築している技術があるのだ。

 

それは、確実に確保しなくてはならない。

 

「どうするの、リーダー」

「俺はマーキング辿って行ってみる。こっからは確実にヤタガラス案件だ、逃げても良いぞ」

「ヤタガラスから追加報酬は出るか?」

「さぁな、雇われだからその辺は分からん」

 

「煮え切らないわね。私はあの忍者を追うわよ。だって、成功報酬欲しいもの」

「...俺もだ。大した危険も負わずに報酬だけ貰うのは、俺の信用に関わる」

「だったら仮面取る?ホワイト」

「お前が取った後ならな、ルージュ」

「2人とも、落ち着くといい。そろそろ崩壊だ。サマナーについて行くというのなら、本番は今からだぞ?」

 

デオンのその言葉に、2人の顔は引き締まる。熟練のサマナーの顔だ。

 

では、行くとしよう。

 


 

忍者装束の男、風魔小太郎は焦っていた。

この時代に現れてから、ずっと共にいた少女が息絶えようとしているからだ。

 

何をおいても、彼女の生存を優先する。それが風魔小太郎の約束だった。

 

始まりは、なんという事はない。理由も、意味もなくこの時代にやってきたその時に、なんとなく風魔の里を訪ね、この世界の風魔の生き残りと出会っただけだ。

 

その少女の名はアザミ。ぺるそなという異能を用いて、魔を祓う仕事をしている少女だ。

 

「行き場が無いなら来る?貴方が伝説の風魔小太郎かはともかく、貴方が信頼できる人だというのは明らかだもの」

 

そんな言葉に救われて、ずるずると共に生きることになった。

 

 

それから数ヶ月が経ってから、風魔の里は滅びた。自分のせいで。

 


 

あの、悪魔を操る女との契約内容はシンプルだ。彼女の命令を聞く代わりに、その技術を借り受けるというもの。

 

風魔の里無き今となっては、頼れる糸はそれしかない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だが、反旗を翻そうとの進言は何度もした。それでも、主は折れなかった。いや、折れていた。

何故なら、風魔の里を滅ぼしたのは、他でもないあの女だけなのだから。

その隔絶した力に従う事が、唯一の生きる道だと盲信してしまっている。所詮ただの忍でしかない小太郎にはどうする事も出来なかった。

 

そうして、今日も気の向かない依頼に赴いて

白百合の騎士に主人の身を切り裂かれた。

 

「主殿、気を確かに!もうじき拠点です。そこで治療を!」

「こた、ろう...ッ!」

 

小太郎も同時に気がついた。忍びの逃げ足により撒いたはずのさまなー達が、何故か真っ直ぐに自分達を追跡している事に。

 

物陰に少女を優しく下ろし、工事現場にて敵と向かい合う。

 

「確認したい事がある」

 

緑の仮面の男が、そんな事を口にする。

 

「なぜ、その石像を盗んだ?」

「知らない、依頼されただけだ」

「じゃあ、虚数異界を作った技術は、どこから仕入れた?」

「依頼主に、渡されただけだ」

「その依頼主とは、何者だ?」

「忍が、それを言うと思うか?」

「思わない。だが、()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

こいつは、敵だ。こいつは、手段を選ばない。

 

だから自分も、そうであろうと決めた。

あの女によって、この宝具の封印は解かれている。躊躇いはあるが、それでも、生きる道はこれしかない。

 

自分は彼女を守ると誓ったのだから。

 

「風魔が命。ここにあり!果てぬ羅刹に転ず(オウガ・トランス)!」

 


 

「デオン!」

「わかってる!」

 

3メートル近い赤い鬼と化した忍者に対して、デオンを差し向ける。筋力勝負は互角、だが敏捷性は圧倒的に向こうが上。

 

手加減などできるわけがない。向こうは、圧倒的強者だ。

それを感じ取った俺たちは、手っ取り早く信頼を得るためにマスクを投げ捨てる。

 

ここは、命を賭ける所だ。

 

「花咲千尋です」

「アカネよ」

「ミクリアだ」

 

「「「サモン!」」」

「雪女郎、カラドリウス、ペガサス!」

「トロール、ハイピクシー、セタンタ!」

「ジークフリート!」

 

「「「こいつを殺すぞ!」」」

 

その声に対して、赤鬼は配下を召喚する事で返答してきた。

 

今回も、タフな戦いになりそうだ。

 




理性を持った狂化とかいう最強クラスの宝具。筋力よりも敏捷性がえらいことになりました。

あと、好きに勝手に書いていたら予告状の意味が書けなくなりそうなのでここでちょろっと。
侵入ルートの確認と、人員を内部に向けさせて万が一異界から出た時に見つからないようにするためです。


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レッドオーガとデビルサマナーズ

評価バーがもうちょいで最大まで伸びそうでかなり嬉しみ。

まぁ、執筆ペースは伸びないんですがねー、今はプロットではかなり緩く作ってる所なので、見直しとかが必要なのです。
その割に、誤字はさっぱりと消えないですが。皆さま、いつもお世話になってます。


不滅の混沌旅団(イモータル・ カオス・ブリゲイド)!」

 

建築現場に現れる総勢200の霊体忍者集団。数の利が向こうにあるのは相当に厄介だ。こちらの破魔で一撃の柔い雑兵だが、一流の技量は持っている。それぞれがこちらの指示を妨害するような鋭いタイミングで手裏剣などの投擲物を投げてくるのはかなり厄介だ。

 

「サマナー、支援を!」

「わかってる!」

筋力向上(タル・カジャ)!」「防御力向上(ラク・カジャ)!」「反応性向上(スク・カジャ)!」

 

三色のMAGによる支援のもと、デオンが赤鬼と切り結ぶ。力はどうにか上回ったが、速さが違いすぎる。

 

剣での力量勝負になったら不味いと理解しているのか、赤鬼はひたすらにデオンとは斬り結ばず、サマナー狙いを続けている。数による制圧、投擲による妨害、なかなかに脅威だ。

 

そんな中で自分達が生きていられるのは、アカネさんのタムリンとセタンタという優秀な前衛による防御とミクリアさんのジークフリートという規格外の戦士が迎撃に回っているからだ。

 

デオンの立ち位置が徐々に離され、一足でサマナーへと斬りかかる間合いに入ることが多々ある。それをカバーしてくれるのがミクリアさんのジークフリートだ。斬撃を伸ばす技でのオールレンジの立ち回りが、赤鬼に最後の一足を踏み込ませないでいた。

 

そして、次第にペガサスの広域破魔魔法(マ・ハンマ)が当たり、忍の数が減っていく。

再召喚には一息ある。連携の繋がり始めた俺たちならそこを突く事が出来るだろう。

 

「術式展開!シバブーストーン、オーバーロード!」

 

デオンごと緊縛魔法(シバブー)の影響下に叩き込む。今回は、デオンの持つ性質、自己暗示による肉体の操作を使って緊縛に対しての耐性を持たせているのだ。

 

奴の圧倒的な強みは、足だ。

忍びの軍勢の召喚は、破魔が通る時点で即死さえさせられなければギリギリなんとかなる。主にミクリアさんのクシナダヒメのアムリタシャワーのおかげだが。

力も強大だがそれだけだ。近接技量がデオンと同程度以下である以上、決定打にもならない。

耐久性とて、吸収や反射の力場を張っているわけではないのだから、大技を当てさえすればどうにかなる。

 

だが、そんな希望をことごとく潰しているのが、赤鬼の神速だ。

 

あのデオンが捉えきれていないというのだから、冗談が過ぎるというものだろう。動きにある程度見慣れた自分でも、残像が見えるというのだから。

 

だから、デオンごと緊縛魔法(シバブー)に巻き込むという奇策に出たのだが、なんとあの赤鬼、それを()()()()避けやがった。

 

起爆から到達までには一瞬程度のラグしかない。それを隙と断じるとはできない。

 

「すいません、ネタ切れですね。何か手はありますか?」

「ないわね。あそこまで速いとタムリンでもセタンタでも捉えきれない。ミクリアは?」

「ないな。ジークフリートとクシナダヒメがこちらの持ち札だ。あの高速度を捕らえる術の類はない。あの騎士を殿として逃げるか?トラポートストーンならある」

「それは癪ね...いっそのこと範囲で吹き飛ばす?」

「無理ですね、MAGもストーンも在庫がない。範囲はともかく火力か足りません。...デオンの斬撃が掠ったとこの傷が消えています。回復魔法か再生能力でしょう」

「冗談。速すぎてアナライズも全然進まないし、ちょっと無敵すぎない?」

 

考え得る限り、あの赤鬼には弱点はない。

...ただ一つを除いては。

 

「再召喚の寸前に3方別れて散りましょう。狙いは、分かってますよね?」

「正直、それしかないか」

「...同意しかねるが、確かに他に手はないな。だが、散るのは2人だけだ」

 

「殿は、引き受けた」

 

ジークフリートとクシナダヒメが、コクリと頷いた。

 

「死なないで下さいね、ミクリアさん。1人死んだ時の報酬って、結構揉めるんですから」

「そうよ、鬼を倒した後でジークフリートの対処とかオーバーワークも良いところなんだから」

 

ペガサスの広域破魔魔法(マ・ハンマ)が残り少ない霊体の忍びを昇天させた。

 

動くなら、今だ。

 

「宝具再展開。風魔の忍び、ここにあり!不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)!」

 

その瞬間に、俺たちの三方からあるものが投げられる。

 

逃走用の、マグネタイトチャフをふんだんに盛り込んだスタングレネードだ。これを持って、俺とアカネさんは風魔の檻から逃走する。

 

「まさか、主殿⁉︎」

 

閃光により視界を奪われてから、二手に分かれて逃げる気配を感じたのだろう。

その狙いが、彼女であることは間違いはない。

どちらを狙うか迷ったという事は、俺の方に少女がいる可能性は低い。俺の方に少女がいるのなら、迷わず俺から殺しにくるだろうからだ。

なので、念話の術を込めたルーンストーンをアカネさんに投げ渡す。

使い方は、まぁわかるだろう。

 

「...止める!」

 

決心するまでの一瞬の隙。それを突かないのは、こっちの業界の人間ではない。

 

「それを止めるさ、ジークフリート。()()()()()()

「承知した、サマナー」

 

ただ一瞬の隙に大剣に力をチャージし、風魔忍軍と赤鬼を一太刀で巻き込むその向きに、幻想の一撃が解き放たれた。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 


 

「サマナー!どうするつもりだ⁉︎」

「一瞬でも速く女を捕らえる!ペガサスとカラドリウスは別れて上から探してくれ!雪女郎とバルドルは一旦リターン!致命傷を負った彼女はそう遠くには置けない筈だ!虱潰しに探し出す!」

 

建築現場を吹き飛ばした閃光も気になるが、ミクリアさんの奥の手か何かだろう。

 

『通信術式よねコレ⁉︎聞こえてる⁉︎』

『聞こえてます、アカネさん!見つけましたか⁉︎』

『戦闘開始したわ!あの子、致命傷でもまだ戦えてる!ペルソナ使いってのはこれだから!』

『殺さないで下さい!人質にしないと、鬼は止まりません!』

『無茶を言うわね!』

 

放たれた一発の銃声。その位置に少女がいるのだ。展開していたパッシブソナーから位置を割り出し、デオンとともにペガサスに乗ってその位置に飛んでいく。

 

そこには、ペルソナに身を任せ、宙を跳ぶ和装の少女の姿があった。

 

ペルソナの姿形は以前と変わらない。どこか絡繰を思わせる忍者だった。

 

「トビカトウ!空間殺法!」

 

ペルソナ、トビカトウが路地を縦横無尽に駆け回り、前衛を張っていたトロール、タムリン、セタンタの三体に斬りかかる。

致命傷は避けているが、ダメージは大きいようだ。当たりどころが悪かったのだろう。死にかける事でかえって動きが洗練される事は、割とよくある事だ。

 

それでも、崩れないのが熟練だ。

 

「ハイピクシー!」

高位広域回復魔法(メ・ディラマ)!」

 

傷を負ったならばすぐに回復。堅実な手であり、基本だ。

 

「なんで、倒れないのよ!」

悪魔召喚士(デビルサマナー )だからよ」

 

銃弾が少女の肩を狙う。それを当然のように宙を蹴り回避するが、今回の銃弾の目的は攻撃ではない。

 

その本命は、空を駆ける天馬の足音をかき消すための銃声だ。

 

『デオン』

『任せてくれ、サマナー』

 

ペガサスから飛び降り、天から舞うように降りてくるデオンの一撃を隠すためにその銃声は鳴り渡ったのだ。

 

僅かな風切り音で気づいた少女は、すんでの所で回避しようと宙を蹴るも、その位置には俺が弾性術式(クッション)の魔法陣を仕込んでいる。少女は足を取られてさらに一手遅れた。

 

それは、白百合の騎士シュバリエ・デオンを相手取る少女にとっては致命的といって過言ではない。

二手の猶予があるならば、難しい生け捕りとて容易だ。

 

「カハッ!」

「当然、峰打ちだよ」

 

落ちる少女を抱きとめる。そこにカラドリウスの回復魔法(ディア)で命を繋ぐ。切り裂かれていた身体はとりあえず治療され、命を繋ぐ事に成功した。

 

「デオン、このままペガサスで持ってくぞ」

「分かってる、それが一番速いからね。アカネ、君も急いで来てくれ。嫌な予感がするんだ」

「わかったわ。セタンタ、タムリン、先行して。指示は千尋に」

「「了解です、サマナー」」

 

頼らる援軍が来た所で、ペガサスに3人乗りで空を駆ける。速度は落ちるが、直線距離で迎えるためこれが一番速い。

 

そうして、ミクリアさんの切り札により吹き飛んだ工事現場に空から突っ込む。

 

少女の頭にP-90の銃口を当てながら

 

「動くな、赤鬼!」

 

だか、赤鬼はどこにもいなかった。

 

「躱せぇええええ!」

 

ミクリアさんの叫びが聞こえる。赤鬼は、居ないのではない、隠れたのだ。一閃の威力を知り、魔術の使い手を逃した事を知り、自分の力での正面戦闘よりも勝率の高い方法に、確実に少女を守れる方法に切り替えたのだ。

 

感知できなかった。いや、感知できていても認識できていなかった。

 

攻撃の瞬間に気配が漏れたその一瞬以外には。

 

言葉を交わす余裕もなく、少女を抱え込んでペガサスから落下し、デオンが一合その奇襲を受け止める。

だが、慣れない馬上である事が災いし、ペガサスごと吹き飛ばされて工事現場の足場に叩きつけられた。

 

そして、片手を少女に使っている上に無理な落下、迎撃は片手撃ちでのP-90のみ。

 

そんなのを、あの赤鬼が見逃すだろうか。そんなわけはない。

 

「主殿を返してもらう」

「バルドル!」

 

空中にバルドルを召喚するも、踏ん張れないバルドルでは一合防ぐので精一杯。だが、一手だけは撃てる。

 

反射の魔法陣を足場にして、片手で赤鬼に銃弾を叩き込む。当然のように斬りはらい向かってくるが、銃弾の中に紛れ込ませたルーンストーンを斬ったことによるMAGの爆発により目を眩ませる。

 

その光と共に、アイコンタクト。それだけで、お互いの戦術は伝わった。

 

「俺ごと!」

「百も承知だ!ジークフリート!」

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

一閃が放たれる。その斜線には、俺ごと少女が存在する。果たして、あの赤鬼はどういう選択をする?

 

正直、即興の作戦であり、賭けの部分は大いにある。だが、鬼になってまで戦い続けるその姿は紛れもなく英雄のものだった。なら、その心の動きにより守らざるを得ないだろう。

 

この、ペルソナ使いの少女を、抱えている俺ごと。

 

「うおおおおおおおおおおおおお!」

 

赤鬼の選択は、俺と少女を抱えてバルムンクの斜線から逃れる事だった。

 

俺と少女を抱えて赤鬼が駆け抜ける。

 

その一瞬で、目が合った。誰かを守ろうとする、英雄の目だ。

はたして、俺の目はあの赤鬼にはどう映っただろうか。

 

「お覚悟を!」

 

右手のP-90構えるも、ついでのように弾き飛ばされた。だが、それは囮。

 

本命は、俺の左腕に重ねて簡易召喚した雪女郎の一撃だ。

 

俺ごと少女を抱えている赤鬼には、今手を触れられる程に距離が近い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

高位氷結魔法(ブフーラ)!」

 

ゼロ距離からのブフーラは、力場を抜けて、赤鬼の体の芯を凍りつかせた。

どんな力があろうと、致命の一撃が当たれば死ぬ。それが、この世界のルールだ。

 

どうにか体捌きで足から落下し、少女へのダメージを受け止めてから、赤鬼を見る。

 

霊核にダメージが入ったのか、赤鬼は赤毛の忍の姿へと戻っていた。

だが、口周りの氷を砕き、血を吐いてもまだ目は死んでいなかった。アウタースピリッツ、異世界の英雄。本当に、恐ろしい事この上ない。

 

「主殿を、どうするつもりだ?」

「尋問はするが、命は約束する。この少女は、この世界について大切な事を知っているからな」

「何に、誓える?」

悪魔召喚士(デビルサマナー )、花咲千尋の名前に誓う」

「デビルサマナー ...今の世の、守りし者か...」

 

その言葉を最後に、だらりと両手を下げた。

赤鬼になるあの技のデメリットと、霊核に与えたダメージにより限界だったのだろう。アウタースピリッツの消える際に発生する光の発生も確認できている。

 

これが、赤鬼の最後だ。

 

「なーんて、甘い事考えてない?花咲千尋くん」

 

第六感、そうとしか言いようのない感覚に従って少女を抱えて地面を転がる。自分のいた場所には、奇怪なトランプ兵を模した巨大なナイフのようなものが刺さる。

 

一本一本に、どうかしていると思えるほどのMAGが込められている。こんな事ができる術者はそういない。やはり絡んでいたか、アリス!

 

「デオン!殺せ!」

『大回りに回り込んで先にミクリアさんと合流しろ。あのバルムンクとやらが、今回の鍵だ』

「サマナー!すぐに行く、待っていてくれ!」

『...君は命を繋げるかい?』

『任せろ。これでも俺は、死んでないのが強みなんだ』

 

上空からふわりと降り立つアリス。今回は英雄を連れていないようだ。その目的は、明白だろう。

 

「風魔小太郎。死んじゃうなんて残念。でも、そのおかげで相応しい英霊じゃないってわかったからいいんだけどね」

「ヘラクレスみたいに、魂を縛るつもりか?」

「当然。これから戦う相手を考えると、手駒は欲しいもの」

「じゃ、やめときな。その忍者、まだ生きて、反逆する気でいるぜ?」

 

その言葉にハッと小太郎の方を振り向くアリス。

降りた手のスナップだけで投げられた手裏剣が、アリスの頬を掠めた。

 

再び彼と目が合った、彼女を頼むと言われたような気がした。

 

「こた、ろう!」

 

抱えている少女が目を覚まして動き出そうとする。最悪のタイミングで目覚めたな畜生。

 

「主殿、お逃げください。ここはこの、風魔小太郎が引き受けました」

「そんな身体で何ができるの?」

「こういう事ができる!不滅の混沌旅団(イモータル・カオス・ブリゲイド)!」

 

消えかけの体で、風魔小太郎は再び忍を召喚した。その200の数の暴力は、ふわり擬音がつきそうなアリスの手の一振りで吹き飛ばされた。

 

だが、その先に風魔小太郎と俺たちの姿はなかった。

霊体の忍者達を使った、空蝉の術だ。

 

フッと笑みを浮かべて、小太郎は消えていく。残留した忍の集団が俺たちを隠してくれるが、それももう意味はない。

 

状況は、万全に整った。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

ジークフリートの一太刀が、アリスを襲う。

流石に見ていたのか、防ごうとせずに余裕をもって回避しようとしたが、その一太刀に合わせてタムリンとセタンタが駆け抜けてきた。

 

自傷覚悟での特攻により、バルムンクを躱したアリスに追撃をかける2人。だが、魔導障壁により二人の攻撃を防御した所に、次の矢が放たれる。

 

ミクリアさんと合流した、ペガサスとデオンだ。

 

ペガサスの突撃が障壁を襲う。受け止め切られた所でデオンがペガサスから飛び出し、障壁を足場にして横を取って斬撃を放った。

 

咄嗟に魔導障壁を張ったようだが、空中で回転しながら放たれたその斬撃はアリスを吹き飛ばすのに十分な力を発揮し、チャージを終えているセタンタとタムリンの前へとアリスを追い込んだ。

 

「やれ!」

「鬼神楽!」

「暗夜剣!」

 

アリスは、障壁を張ることもできず、二人の攻撃を正面に受けて崩れ落ちた。またしても、あの泥だ。

 

だが、そこから先が違う。まるで逆再生のように泥が再構築されて、アリスは再び現れた。

 

「片手間でできないことはなかったね。まぁ、疲れたけど」

 

その手に、光を握りしめて。

 

「止めろぉおおおおおお!」

 

その声を聞き、タムリンとセタンタが胴と頭蓋を貫く槍を放とうとしたが、それはあっさりと躱された。相変わらずの生き汚なさだ。

 

そして、その呪文が紡がれる。

 

「ネクロマ♪」

 

ストレージから取り出されていたであろう何者かの死体を媒介にして。

その光は、再構築された、赤毛の忍はこの世に蘇ってしまった。

 

「主、殿ッ!お逃げ、ください!」

「小太郎!」

「今は前に出るな。しっかり見て、自分で判断しろ」

 

「お前の忍の、生き様を」

 

展開され続けていた忍軍が、一斉に忍へと襲いかかる。そしてそれを忍は、()()()()()()

 

「へぇ、自分で死ぬことを選ぶんだ。霊核へのダメージはもう致命的だから、契約を結びなおしても意味はない。...あーあ、白けちゃった。私帰るね。でも、負け犬のアザミちゃん」

 

「貴女は、死んでくれる?」

 

瞬間、俺たちの頭上に数多のトランプ兵の大型ナイフか現れる。

これは、俺もついでで殺されるな。

 

だが、せめて守ることだけは続けようと、少女を抱えて体で守ろうとして。

 

あの忍の自殺に関わっていなかった忍びたちが、自分たちに当たるナイフを体を使って防いでくれた。

 

死して尚、守る心。これが、異世界の英雄たちか...

 

そうしてナイフの雨が塞がれているときに、地を走るペガサスに乗ったデオンが俺たちを拾ってくれた。

 

なんとか、逃走成功だ。

 

「...あー、相性か。死んでる霊体には通じないんだね、コレ」

 

そんな言葉をごちてから、アリスは術の発露を止めた。

興味が失せたのだろう。

 

「じゃあね花咲千尋くん。約束破ってごめんね。本当は君は殺したかったんだけど、準備する前にまた出くわしちゃうんだもん。これって、運命だよね?」

「互いに間が悪かっただけだと思うぞ。マジで」

「ふふっ、そうだね。じゃあ、また会うかもしれないから、あの約束は撤回するわ」

 

「いつか、あなたを殺すわね。花咲千尋」

 

その言葉と共に、霞のようにアリスは消えていった。

痕跡は、残っていない。残留MAGも術師である彼女なら、おそらく何かしらの罠は残しているだろう。

 

駆けつけてきたアカネさんの到着と、事件を嗅ぎつけ駆けつけてきたヤタガラスの術師がやってきたのは同時だった。

 

 

とりあえず、今日の戦いは終わりのようだ。

 


 

それからのこと、アザミへの事情聴取を終えて情報を整理したところ。結界のゆらぎで把握できていなかったアウタースピリッツの存在は、俺たちトルーパーズを驚愕させた。

 

根本的な所で、対アウタースピリッツ対策を見直す必要があるかもしれない。そう、ミズキさんは言った。それは事実だろう。

 

サンプルとなるアウタースピリッツでもいれば変わるかもしれないが、アウタースピリッツの存在そのものが結界に対する害のようなものなので、悠長に放置しておくことなどできるわけがない。辛い所だ。

 

もう一つ、以前の現場検証で回収したアリスの泥と、影の泥が同一のものであることが解析によって判明した。アウタースピリッツに繋がると思われる技術な故、細心の注意を払わなくてはならないが、これはある意味朗報だ。

アリスを捕らえれば、影についての情報も纏めて抜けるのだから。

 

そんな事を考えていると、ヤタガラスの支部へと呼び出しがかかった。

あのペルソナ使いの少女が、俺と話をしたいと言ったのだそうだ。それが、情報開示の条件だと。

 

ペルソナ使いには暗示の類は効き辛い。ならば、行くのは道理だろう。

 

「来たぞ、風魔薊(ふうまあざみ)さん」

「花咲千尋、さん」

 

その目は一度俺を見て、また俯いた。それだけ、あの忍の存在が重かったのだろう。それでも前を向くために、少女は立ち上がろうとしている。そんな気がした。

 

「花咲千尋さん、教えて下さい。どうして私を助けたんですか?あの時あなたは私を見捨てて自分だけ逃げるのが正解だったはずなのに」

 

「私、返せるものなんて何もないですよ?」

「別にあんたに対して何かを求めた訳じゃない」

 

「俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー )だからな。約束は守るんだよ」

「約束?」

「今際の際に頼まれた。それは、命を賭ける理由には十分だよ」

「...小太郎ッ!」

 

ひとしきり涙を流した後で、ポツリポツリと話始めてくれた。

 

風魔小太郎という英雄と、彼と共に生きた少女の話を。

 


 

風魔小太郎と名乗る少年が捕らえられたのは、秋の終わりの頃だった。その時私は里で一番の退魔の腕を持つ凄腕で、得体の知れない相手に対してのカウンターとしては十分だった。

 

それだけ、里の総勢でかかっても殺せなかった風魔小太郎という少年を危険視しているのだ。

 

そうして、小太郎にご飯を運んだりする中で、徐々に私は小太郎に絆されていった。忍としては最悪の類だが、不思議と、この少年に対して悪意を持てなかったのだ。

 

何か、大事な会話をした覚えはその時にはない。ただ、その日にあった事を何となく伝え、それに対して小太郎が笑う。そんな日々だった。

 

あの日、アリスと名乗る女魔術師が里を殲滅しながら小太郎を探しに来るまでは。

 

「こんな所に隠れていたんだ、風魔小太郎」

「何奴!」

「アリスと呼んで。私は、あなたを勧誘しに来たの。この世界を救うために」

 

「アザミ、逃げるんだ。コイツの狙いは僕だ、君の足なら逃げられる」

「私は風魔の忍だけど、小太郎見捨てて行けるほど情が薄い訳じゃないのよ!トビカトウ!」

 

そうして、最速の一撃を放ち

 

一瞬で命を握られた。

 

「あなたを捕らえるなんて、酷いよね?あなたは、世界こそ違えど、伝説の忍者、風魔小太郎その人なのに」

「この世界で僕は部外者だ。何を言うつもりはない。だが、彼女は関係ない、解放しろ」

「んー、無理かな。ここで逃すと、多分復讐に狂って面倒だし」

「待て、この風魔の里に何をした!」

「君の事を聞いても教えてくれないから、一人ずつ殺して回ったの。まぁ、別にいいでしょう?あなたとは無関係どころか敵対している者達なんだから」

 

その言葉に絶句した私だが、小太郎は違った。いかな技術か術札の貼られた牢獄結界をするりと抜け出し、彼女の手から私を救い出してくれた。

 

「お前を殺すのは、難しいだろうな。お前はどうせ、只人ではないのだろう?」

「わかるんだ」

「僕も、異形の血を引いているからな」

 

睨み合う二人、だが、小太郎は動けない。私を守っているからだ。

 

忍が、そんな事をして命を繋げる訳がない。

 

小太郎を逃すための最適手段は、足手まといをなくす事だ。そう思って、クナイに手を伸ばし、己の首を掻き切ろうとして

 

その手を、小太郎に掴まれた。

 

「条件がある」

「何?」

「彼女を解放しろ」

「じゃあ、あなたが守ったら?今みたいに」

「足枷のつもり!風魔の忍は、命を惜しんだりはしな...ッ!」

 

そう息巻いた所で、アリスから濃密という表現では足りない狂気的な殺気が放たれた。

 

ただそれだけのことなのに、私の言葉は止まり、動きは止まり、手からクナイは零れ落ちた。

 

私は、駄目だった。力はあっても、心が足りなかった。

 

そんな私を、小太郎は抱きしめてくれた。

 

「わかった、解放は諦める。だが、僕の主を彼女と定めた。行くなら、彼女も一緒にだ」

「わかったわ。えっと、風魔薊さんだっけ?あなた、私に刃向えるほど強くはないみたいだし、認めてあげる」

 

「さぁ、一緒に世界を救いましょう?」

 

それが、優しい地獄の始まりだった。

 


 

アリスの殺し散らかした命を埋葬するのに、2日かかった。

意外なことに、アリスも埋葬を手伝ってくれた。その理由はどうせロクでもないものだけど、ちょっとだけ、彼女を信じていい気持ちにはなった。

 

世界を救う、そんなお題目を。

 


 

それからは、アリスの魔導技術の粋を詰めて作られた虚数空間プログラムを利用して様々な悪事を行った。大型コンピュータの処理能力をフルに使わねば発動できないという欠点はあったものの、虚数異界を作り出す力と、異世界の魂である小太郎の力を使っての虚数空間からの脱出をうまく使って数々のミッションをこなしていった。

 

だが、それの殆どが窃盗や強盗。時には美術品ですらないものをかき集めるという仕事だった。

 

信用調査だったのだろうか、そう思い小太郎に相談してみるも小太郎にもわからないそうだ。ただ、異世界の魂を引きつける何かがそれにはあるのではないかと推測はしていた。

 

そうして、遡月の地に踏み入れて、失敗した。

 


 

「それが、私たちの事実よ」

「...細かい窃盗物のリストは、後で作ってくれ。何かわかるかもしれない」

「私のCOMPにあるわ。小太郎が、いざって時のために作ってくれたの」

「...そうか。後は任せろ。あのアリスという術師は、俺たちが必ず殺す。だから、お前は好きにしろ」

「いいえ、私のCOMPのデータの提出を条件に、取引がしたいの。あなたは、アリスの敵なんでしょ?」

「...お前が、やりたいのか?」

「私、薄情でしょ?風魔の皆が死んだ時はそう思わなかったのに、小太郎が死んだことには耐えられない。復讐せずにはいられないの!」

 

「だからお願い、花咲千尋。私に、アリスを殺させて」

「...わかった、上に掛け合ってみる。そこまでが、条件だ」

「...ありがとう、悪魔召喚士(デビルサマナー)

 

その言葉と共に、風魔は胸元からCOMPを取り出した。

 

データリンクにより、リストが送られてくる。確かに、一見ガラクタのようなものが多いが、ある一つの要素として見るとそのリストには一貫性があった。

 

霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の触媒となり得る物だ。

 

アリスは、アウタースピリッツを強化しようと試みているのか?

 

「...そういえばこの石像どうします?」

 

風魔が、騎士の石像を取り出す。やはり、込められたMAGは相当なものだ。

 

「考えなしに返したら、無駄に被害が広がるだけだ。俺が中のMAGを処理してからヤタガラスに報告するよ」

「...ありがとうございます」

 

まぁ、処理する前にしっかりと使わせてもらうが。

 


 

「じゃあ、やるぞデオン」

「ああ、頼むよサマナー。アリスと戦うために、強くなってみせる」

 

霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の術式で、デオンの魂に騎士像のマグネタイトをゆっくりと浸透させていく。

 

次第に、デオンの戦闘形態の衣装にあの時のマントが構築されていった。青い軍服に白いマント。本当に映える絵だ。

 

その後、騎士像本体をマグネタイトに分解して、デオンの魂にある種のコーティングを施す。

これで、魂からMAGが漏れ出す事はない。

 

霊基再臨(ハイ・レベルアップ)、完了だ。

 

「気分はどうだ?」

「...ああ、生まれ変わった気分だ。今からでも悪魔の群れを切り捨ててみせようか?」

「いや、流石にそれはやめとけ。身体機能の確認する前に突っ込んで死なれたら困る。造魔であるお前は、蘇生に反魂香が必要なんだから」

「...そうか、サマナーがそう言うのならやめておこう」

 

こいつ、若干本気だったな。

 

「じゃあ、ミズキさんに口裏合わせて貰ったし、アカネさんとミクリアさんに連絡入れて報酬貰いに行くか。一応、事件は解決したんだし」

 

その日は、口約束の報酬が、一人頭なのか全員合わせてなのかの口論が始まり、グリーンとして商品を下ろさなくするぞという脅しのもとどうにか一人頭3000万を約束させた。

 

とはいえ、全員で収支を言い合せたところ、全員まとめて赤字だったのは笑い話にもならない。ヤタガラスに全員分の追加報酬を要請しておくことにする。

 

そんなこんなで、熟練のサマナーとの繋がりができた以外にはまたしても赤字の事件だった。

 

その後二人に一応魔力探査機をかけてみたところ、()()()()()()()()()()()。正直、ジークフリートは怪しいと踏んだのだが、空振りか。

 


 

「ジークフリート、どうだった?」

「あのデオンという騎士、恐らくは同属ではないだろう。魔力の反応がない上に、肉の体がある」

「お前たちは、英雄っても霊体だからな。だが、サマナーが何かしらの邪法を使ったとは考えられないか?」

「それを、あの誇り高い騎士が受けると思うか?」

「...ないな。とりあえず花咲千尋は白か。全く、当たりかと思ったんだがなぁ...」

 

「ガイアーズとして、悪魔と人の共に生きる世界を作るため、何をするべきなのかねぇ」

 

ミクリアは、迷いながらも歩き続けていた。

この世界の真実を知らない、ただ一人のサマナーとして。




風魔小太郎、撃破!
本当は長期戦にして、宝具のデメリットで倒そうかと思っていたんですが単純に小太郎が速すぎて無理でした。二段階上昇と仮定してもA+++ってどんなステータスやねん。


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ストーカー探索

ちょいと短いが、キリがいいので投稿します。

バレンタインデー、生協で買ったお徳用チョコレート(自分用)は美味しかったです。


霊基再臨をとりあえず終え、デオンの強化は成功した。

 

軽く模擬戦をしてみたところ、縁には圧勝、近接距離での所長とは7:3で有利。ただし、空に逃げられた場合は単身での戦闘は不可能と言ったところだ。

デオンに銃でも持たせようかと思うのだが、マスケット銃くらいしか扱い慣れてはいないようだ。

銃の結構な重さを考えると、デッドウェイトになる可能性が高い。俺が支援するというのがいいだろう。今のところ、デオン単身で戦う予定はないのだから。

 

「動きの確認は終わったよ。特に問題はないね」

「おし、霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の不具合は無さそうだな。アナライズデータにも異常はない。いい感じだ」

 

訓練終わり後のひと休憩。スポーツドリンクの甘さが、疲れを癒してくれる。

 

「動きの一つ一つが鋭くなりましたね、デオンさん」

「そうだね。厄介どころじゃなくなった。この分じゃ剣の距離ではデオンくんに勝てる人も悪魔もいなさそうだよ」

「それはありがたい言葉だね」

「ま、それは霊基再臨(ハイ・レベルアップ)前と変わりはしないんだけどな。ゴリ押しに負けなくなったってだけだなー、コレ」

「...不満そうだね、サマナー」

「そりゃ、剣からビーム出るって最近知ったし」

「アレは所詮伸びているだけだ。命ずるなら払ってみせるさ」

「そりゃ頼もしい。じゃ、お仕事行くぞ」

 

今日は、久々の探偵の依頼である。正直断りたかったのだが、悪魔絡みの匂いがしたのでそういう訳にもいかない。コレを断るというのなら、何のための探偵稼業だというのだ。信用は実績で稼ぐしかないのだし、稼ぎは悪くとも思わぬ繋がりができるかもしれない。

 

「千尋さん、私と所長はミズキさんと一緒にパトロール行ってきますね。でも、危険な事だと分かったらすぐに呼んでください。なんか千尋さん、思った以上にすぐ死にそうで怖いです」

「安心してくれ、エニシ。その万が一は、私がゼロにしてみせる」

「...それじゃあ安心だね。じゃあ、行くよ縁ちゃん」

「はい!よろしくお願いします、デオンさん!」

 

所長たちと別れて、依頼主から教えてもらった区域の捜査をしに社用車に乗る。

 

今回の依頼は、ストーカーの捜索。

撃退でも、捕獲でもなく、捜索だ。

 

なんでも、依頼主はそのストーカーに恋をしたのだそうだ。初っ端から飛ばしているな、意味わからん。

 

ストーカーだと分かった理由は、隠れる瞬間を何度も見たからだとか。ただずっと、自分を盗撮した写真とそれに触れた恋文を届けられ続けて1ヶ月。突然ピタリと、それが途絶えてしまったのだとか。

 

愛のこもった(婉曲表現)の恋文は、普通なら引くところ依頼主さんの心を鷲掴み。写真のことも自分を見てくれたのだと好意的に受け止めていた。聖人かおのれは。

 

それが途絶えたのはたったの2日、だが()()()()1日間隔で届けられていた恋文がなくなったことに危機感を覚え、まだ顔も知らないストーカーのことを心配しこうして探偵に依頼をしたのだと。

 

尚、依頼主さんの魔術的分析を行ってみたところ、呪いの類にかかっているわけではなかった。マジで?と思うが、事実なのだ。小説よりも奇なりとはよくも言ったものである。

 

「しかし、見つかるのかい?」

「ああ、時期が良い。失踪したのが1ヶ月前とかならどうしようもなかったが、2、3日前くらいならMAGの痕跡はまず残ってるはずだ。その子のいた場所も、写真を撮った位置で検討はつく」

「それでも、往来かなにかだろう?個人を特定できるものなのかい?」

「それに関しちゃ全く問題ない」

 

「間違いなく写真を撮る時には相当量の感情が動いてるはずだからな。そういう時って人間のMAGは色濃く残るんだよ。...多分だけど、そのMAGを悪魔か悪魔使いに狙われたんだと思うぜ」

 

だからこそ、そのストーカーの少女を探さなくてはならない。

 

サマナーネットやヤタガラスのデータベースに、その区域に悪魔の食い残しが出たという報告はない。とすれば、まだ生きている可能性は残っている。

 

まぁ、悪魔絡みではなく。単に家の都合か何かでストーカーを止めざるを得なかったというのが一番の結末なのだが。

 

「じゃあ、まずはココ。この茂みから隠れて、登校中の依頼主を撮ったみたいだな。ここからの写真が何枚かあった」

「では、サマナーのお手並み拝見といこうか」

「散々見せてるだろうが」

 

魔導技術を使った非物質性ボーリング技術により、地面のMAGの痕跡を探知する。最近で一番大きいMAGの残り香はデータに取れた。念のためそれ以外のデータも。

 

消された痕跡はないため、普通に信用できるだろう。

 

「んじゃ、次行くぞ」

「...もう終わったのかい?」

「ああ。しかも予想以上にMAGの残り香がある。もう2、3点で同じ反応が出たら、当たりとして動くぞ」

「...サマナー、その魔導技術というのは、私でも使えたりはするのかい?」

「...多分無理だな」

「そうか...」

「デオンの場合は、魂が肉の器に上手いこと入ってるせいでMAGの発露が起き辛いんだよ。それが燃費の良さの原因でもあるから、一長一短だな」

「成る程、そんなものか」

「そんなものさ」

 

デオンの車に乗り、次のポイントに向かう。

 

今度の場所でも、MAGの痕跡は強く残っていた。波形パターンも同一なため、ほぼ間違いなくコレがストーカーの少女のモノだろう。

 

「うん、次のポイント行くぞ。そこでも問題なきゃ、アクティブソナーと聞き込みの始まりだ」

 

そう括っての三つ目のポイント。

 

そこには、明確にMAG痕跡が消された後があった。

 

「サマナー、君は狙って貧乏籤を引いているのかい?」

「...いや、そんなつもりはないんだがなぁ」

 

残存MAGから、術式を推定。これは、風水の類か?

悪魔がいた痕跡を、気の流れをコントロールすることにより霧散させている。だが、簡単な術式であるが故にこの術者の甘さが見て取れる。

 

微量ではあるが、染み付いているMAGの中に少女の物を発見した。

敵の術師のレベルは、そう大したものではない。

あるいは、そう思わされているか。

 

「とりあえず所長に連絡だな」

「エニシにじゃないのかい?」

「所長のこの辺の判断力をアテにしたいんだよ。腕利きを釣るための罠か、単なる雑魚かな」

 

あの人、魔導理論などの知識は普通くらいだが、こと戦闘に関わる事の勘に関しては超一流なのだ。

 

それが、撫で斬りカナタの一流たる所以なのだ。

 


 

デオンに周囲の警戒を任せ、所長に連絡を入れたところ

 

「んー、嫌な感じがする。こっちでのパトロール範囲に近いから様子は見に行けないことはないけど、行くなら準備はしっかりね」

 

などという恐ろしい言葉を貰った為、生体エナジー協会にて貯金のマッカをMAGに両替し、自室のNC彫刻機で量産していたストーンの素にMAGを込めて即席のストーンの素を取り出す。車での移動中に術は込めればいいだろう。

 

「今までのストーンはこうやって作られていたのか。このNC彫刻機というのは、ちょっと面白そうだね」

「おー、色々作れるぜ。まぁ、所詮石を削り出してるだけだから、素材的に無理なことがあるけどさ」

 

プリンターに装填されている石の在庫とドリルの損耗具合を確認し、オートで石を作り続けるプログラムがしっかりと動き続けていることを見てから部屋を出る。

 

シバブーストーン、マリンカリンストーンに各種属性魔法ストーン。装備はとりあえず整えた。さぁ、少女を助けに行こう。

 

「ところで、少女の居所に検討はついているのかい?」

「カラドリウスを飛ばして周囲の異界を探索させたんだが、事件現場からそう遠くない所に人造っぽい異界が入ってる建物があった。十中八九だが、そこだろうよ」

「流石サマナーだ、抜かりないね」

「ただ、細かいミスは割とやるから、そこはフォローしてくれよ?」

「それは任せてくれ。私はサマナーの仲魔だからね」

 

カラドリウスの情報を元に異界の入ってる建物近くに車を止める。

道中に、ストーンの作成は終了した。相変わらず、魔法陣作成代行プログラム様様である。

 

そうして廃工場の手前まで来たところで、嫌なものを見つけた。術師は、稚拙だが面倒なものを張っている。

 

「サマナー?」

「侵入探知の結界が張られてる」

「解除はできるかい?」

「無理だな。結界の基点を探ってみたが、しっかり内側だけで完結してる。風水の強みだな。気の流れを見てるだけだから、外側に何かする必要がないんだよ」

 

というわけで、諦めてペガサスを召喚。

 

「こっそりは無理だから、正面から堂々と、最短最速で行くぞ!」

「了解だ、サマナー!」

 

アクティブソナーを起動。反響から、異能者を特定。ペガサスの最速で、廃工場へと突入する。

 

正面をぶち抜いて、堂々と。

 

「何者だッ⁉︎」

「通りすがりの悪魔召喚士(デビルサマナー)、だ!」

 

シバブーストーンを投擲、起爆させて悪魔の召喚を封じる。

そこにデオンがすかさず首元に剣を当てて、制圧完了だ。

 

どうにも、こいつはこの異界の見張りのようだ。

 

「さて、そこで首を切り離される前にいくつか聞きたいことがあるんだが、いいよな?」

「...なんだ⁉︎」

「ファントムがこんなトコで何やってんだ?ヤタガラスが動き回ってるのを知らない訳じゃないだろうに」

「...上の事情なんざ知るかよ、金になるから仕事をしてんだ」

 

適当にカマをかけたが、やはりファントムソサエティか。あの組織も、息が長い事で。

 

「まぁ、通りすがりとして、お前たちの企みは潰させてもらう。一応聞くが、遺言はあるか?」

「...ねぇよ、んなもん。クソみたいな人生だったってぐらいだな」

 

裏の世界に生きる者に、刑務所はない。

 

道を違えた者に対する処置など、一つしかないのだ。

 

「...私がやろうか?」

「流石にそこを任せるようなクソ野郎じゃねぇよ」

 

しかし、躊躇いはなかった。P-90にて力場を抜いてから、引き金を引く。

 

男の頭蓋を、弾丸が貫いた。

 

やはり、ここに躊躇いを持てない俺は何処かおかしいのだろう。

だが、付和さんは俺が正常だと言った。それは何故だろうか。

 

まぁ、そういう哲学的なことは後でいいだろう。

今は、この異界の調査だ。

 

「デオン、行くぞ」

「ああ」

 

所長に位置データの連絡を入れてから異界侵入プログラムを走らせて、中に入る。

人工異界の例に漏れず、無機質な空気だった。

 

異界強度(ゲートパワー)はそこそこ。今の手持ちなら、さほど苦労せずに調査できるだろう。

 

「サマナー、妙な匂いを感じないかい?」

「...パッシブソナーに感ありだ。ここの空気、MAGを含んでる。性質は、興奮系だな。中でお楽しみ中とかやめてほしいんだが」

「対策は?」

「今組み上げた。濃度の濃い所まで行ったら起動する。一応聞くが、この空気、お前の自己暗示で弾けるか?」

「...試したことはないが、おそらくできるだろう」

「じゃあ、相変わらず前は任せるわ。でも駄目そうだったら言えよ」

「ああ。行こう」

 

異界の探索を開始する。本格的な異界討伐には探索などが必要だが、今回は人工のものだ。オートマッピングで事足りるだろう。

 

「まずは、密度の薄い方に行くぞ。物資の類はそっちにある」

 

てくてくと異界を歩く。パッシブソナーに異常は無し。エネミーソナー、百太郎の稼働も問題無し。

 

数度異界に湧く悪魔と戦闘にもなったが、ペガサスとデオンだけで充分に対処できるレベルだった。

 

「しかし、これが物資の倉庫なのかい?」

「ああ、ストレージ機能があるから。MAG発電機とパソコンってのが一番効率いいんだよ。使い勝手もいいしな」

 

ざっとパソコンを確認。MAGコーティングなし。いただきます。

 

「サモン、グレムリン」

「...知性派のオイラに言わせてもらうと、今回の件って結構場当たりなんじゃないの?」

「かもな。まぁ、その辺は別にいい。首謀者を捕まえて吐かせれば終わりだしな」

 

内部データをハッキングし、有用な物資を引っこ抜く。MAGに魔石に宝石、メパトラストーンに特殊弾などがわんさかあった。やったぜ。

 

ついでにこの異界のマップデータもゲット。セキュリティ甘いなー。

 

「じゃあ、濃い方行くか。多分、マップのこの位置が主の間だ。んで、その近くのこの部屋がヤリ部屋って所だろうな」

「...サマナー、どうしてそう少女が拐われた理由を決めつけて考えてるんだい?」

「異界の匂いだよ。ここは、人を食い物にして保ってる。でも、血の匂いがしないんだ。怨霊の類も出ないしな。なら、異界の維持に感情の昂りを利用してるって考えるのが合理的だ。んで、ここを造ってるのがファントムの下っ端と考えると、気にくわない答えになるんだよ」

 

いや、正直この手の異界は面倒極まりないが、有用なのだ。実際、俺に金と権力があればMAG大量生産用に造ったかもしれないほどには。

 

「それにしても、なんでストーカー少女を新しく攫ったんだか。なにか見られでもしたかね」

「...あるいは、単純に好みだったとか?」

「うわー、ありそう」

 

目の前にやってきた邪鬼ラームジェルグの群れをペガサスの広域破魔魔法(マ・ハンマ)にて一掃する。

 

すると、運が良かったのか一匹だけ生き延びていた。

 

「待て、お前サマナーだな?仲魔は要らないか?」

「条件次第だな。とりあえずお前の手持ちのマッカ全部出せ。そうしたら二発目の破魔魔法を撃たないでやる」

「...わかった、くれてやる」

 

そう言って投げ渡されるマッカ。1200マッカ程度だ、なかなかに溜め込んでいたなコイツ。

 

「この異界を潰したい。協力してくれ」

「理由は?」

「...言いたくない」

 

『サマナー、あからさまに怪しいが、切るかい?』

『いや、ここで嘘を言わないのは、かえってプラスだよ。なにせ、殺さないで済む』

 

「オーケーだ。その要求に応えよう。悪魔召喚士(デビルサマナー)の花咲千尋だ」

「邪鬼ラームジェルグだ。よろしく頼む」

 

契約は結ばれた。念のためラインを通していつでも縛れるように術式を仕込んでから、先に進む。

 

このラームジェルグは、斬撃と打撃耐性の力場を持っている。前衛に出すにはもってこいだ。術に弱いのが欠点ではあるが、奇襲の類はアプリで防げるので問題はない。

 

これは、なかなか良い拾い物をしたかもしれない。

 

「こっちだ、サマナー」

 

ラームジェルグの先導で向かうのは、ヤリ部屋と目されていた部屋だった。

った。

だが、流石に見張りが死んだのはもう知られているようで、通路から顔を出した瞬間から銃撃の雨が飛んできた。全員ハンドガン、機関銃の類は無し。

 

その程度の弾幕ではデオンを抜ける訳ない。

 

銃撃を華麗な剣舞で全て斬りはらうデオン。そして、その剣舞からは白百合の花の幻想が見え始めてきた。

 

デオンのMAG供給を増やし、その絶技の支援をする。

 

白百合の花を描くような美しき剣舞。知らぬ間に見惚れ、戦うことすら忘れてしまうその絶技。

 

百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)

 

スタートは、それに敵が見惚れた瞬間だった。

 

「サモン、雪女郎!合わせろ!」

「了解です、サマナー!」

 

「「目標指定(ターゲットロック)高位広域氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」」

 

アクティブソナーで感知した異能者の力場反応にターゲットを合わせて、氷結魔法を放つ。2人は力場により術を弾いたが、それでも1人は一撃目で無力化できた。

 

そして、氷結魔法の目的は攻撃するためだけではない。力場に弾かれてなお、氷結魔法は残るのだ、光を乱反射する障害物として。

 

そこに、ペガサスに咥えられたラームジェルグが投げ込まれる。

放たれる魔法は、高位広域衝撃魔法(マハ・ザンマ)

 

衝撃と、氷の破片のコンビネーションにより、先程力場で弾いた2人も相当量のダメージを受けたのを確認した。

 

だが、死人は出ていないと見た。

 

戦いは、ここからだ。

 

「サモン!イッポンダタラ!」

「ペルソナ!ヨモツイクサ!」

 

そして、発動されるメディラマストーン。立て直しのための範囲回復は、決して悪手ではない。

 

こちらが、その回復を上回る火力を持っていない場合に限ればの話だが。

 

「雪女郎、タルカジャ!ペガサス、羽ばたき!デオン、突っ込め!」

 

ペガサスの羽ばたきがペルソナ使いとイッポンダタラとサマナーを襲う。筋力向上を受けたその羽ばたきは、ちょっとした暴風だ。

そしてその風に逆らう事なく、デオンとラームジェルグは近接距離に入る。

 

ダメージの残る体で両者は反撃を試みるも、絶技百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)の筋力、耐久力減衰効果が発揮され、十分な動きを取ることが出来ず、致命の一撃を受けて倒れた。

 

これで、残りは奇襲を受けて血濡れの一人。終わりだ。

 

そう思って部屋の中に侵入する。毒の中和術式を展開しながら。

 

そうして、中を見て絶句した。

 

壁際にて裸の女性が6人、男が5人。ただひたすらにまぐわっていた。

 

興奮で頭がどうかしているのだろう。なので、とりあえず寝かせておくが吉だ。そう、思考が一瞬逸れた時だった。

 

「動くなぁ!」

 

血塗れの男が、まぐわっている少女に銃口を向ける。

確かに、奴の今のダメージ量ではまともな戦闘は不可能だ。故に人質という手は決して悪くない。

 

もっともそれは、人質が有効なお優しい人間が相手の場合に限る。

無言でP-90の銃口を向け、引き金に指をかけ、引きしぼる。

 

「おい待て、ちょっとはッ⁉︎」

「躊躇うくらいなら撃ったほうが速いだろ」

 

力場に多少弾かれながらも、P-90のファイアレートにより血塗れの男は絶命した。

 

そして、今際の際の銃撃を受けた少女は脇腹に銃弾を受け

 

それを、カラドリウスの回復魔法(ディア)により治療を受けていた。

 

「...最後の一撃外すのか...いや、お陰でこの子は助かったんだけどさ」

 

そうごちると、駆けつけられなかった事を悔いているのか、少し暗い表情でデオンがやってきた。

 

少し、暗い決意のようなものを目に据えて。

 

「...サマナー、今の行動であの少女が死んでいたらどうするつもりだったんだい?」

「どうもしねぇよ。種無しである事に賭けて地返しの玉を使うくらいはするけどな」

「...種無し?」

「ああ。まぁざっくり言えば、悪魔に近い人間だよ。だから、魂と肉体を再結合させる蘇生魔法が通るんだ」

「その、種無しである確率はどのくらいなんだ?」

「出産記録全部調べたわけじゃないから概算だが、まぁ9割くらいだよ。種付きの方が珍しい」

 

彼らが何故種付きと呼ばれるかは、言わない方が良いだろう。デオンにこれ以上の無駄な情報を与えたくない。

デオンがこの真実に耐えられるかどうかは、まだ分からないから。

 

「コイツが狙いを定める前に撃てば、即死の確率は減る。もし即死でも、9割で蘇生できる。分の悪い賭けじゃないだろ」

「...君はそんな簡単に、他人の命を賭けるのかい?」

「それしかないならな。まぁ、今回のは生きてたコイツから一瞬意識を逸らした俺のミスだ。幻滅したか?」

「...少しね。僕は君を、少し色眼鏡で見ていたようだ」

 

「君は、どこまでも悪魔召喚士(デビルサマナー )なんだね」

「ああ、正義の味方じゃなくて悪かったよ」

「...今はいいさ。それよりも先に行こう。この異界の主を倒して、人々を解放しないと」

「...だな」

 

そんな会話と共に、とりあえずこの異界でまぐわっている人たちの主へのMAGラインを断ち切るために、11人に睡眠魔法(ドルミナー)をかける。

 

その眠りの顔は、やっと解放された事によってか、穏やかに見えた。

 


 

「貴様らかぁ!儂の儀式を邪魔しおったのは!」

「ああ、そうだ。ついでに言うなら、お前を殺す外敵でもあるぜ」

 

アナライズ完了、異界の主は邪神、疾風と衝撃と電撃に耐性を持ち、破魔と呪殺を無効化するというかなり優秀な力場持ちだ。だが、氷結弱点というのが、運が悪い事だろう。

 

『雪女郎を中心に攻める。デオンとラームジェルグは最前線、ペガサスとカラドリウスは中衛から援護を。後衛の俺と雪女郎でデカイのをぶちかます。行くぞ』

 

「我は邪神!ミシャグジ様よ!」

「そうか、死ね」

 

ミシャグジ様から放たれる高位広域電撃魔法(マハ・ジオンガ)

いきなりの広域攻撃に少し驚いたが、デオンもラームジェルグも危なげなく回避した。デオンはともかく、ラームジェルグはなかなかやるな。

 

「ペガサス、GO!」

 

ペガサスが、術を撃った後の隙を突くように最速の突撃をかます。

それをモロに食らったミシャグジ様は体勢を少しグラつかせ、そこにデオンとラームジェルグが斬りかかる。今日仲魔になったばかりとは思えないほどの良い連携だ。互いが互いの隙をカバーしている。

 

そして、二人が足をそれぞれ1本ずつ斬りはらい、ついでに指定していたポイントから離脱した。

 

「サマナー、今です」

「わかってる。行くぞ!収束術式、展開!」

「緩いわ!たたり生唾!」

 

ミシャグジ様の頭部から、白濁色の弾が飛んでくる。あのタイプは、おそらく万能属性。ひ弱な人間でしかない俺がアレを喰らえばまず死ぬだろう。

 

今までの戦闘は、サマナーである俺から仲魔を引き剥がすための作戦だったと考えられる。

 

なかなかに、恐ろしい悪魔だ。

 

だが、やはり切り札というものは取っておくものだ。俺はこの異界に入る前から、奇襲に備えての盾を常に準備していたのだから。

 

万が一の為の、召喚待機のMAGが無駄にならなくて何よりだ。そんな事を、思考のどこかで思った。

 

「簡易召喚。バルドル」

 

白濁色の弾丸を、銀の体で受け止めるバルドル。契約に守られたその体には、傷一つつかなかった。

 

「また盾かよクソサマナー。ちっとは俺に暴れされろ」

「お前が暴れるとMAGが無駄にかかるんだよ。今の貧乏サマナーには、お前を暴れさせる余裕はない」

「チッ、まぁ今回は我慢してやるよ」

「ではサマナー、終幕と致しましょう」

「ああ、合わせろ!雪女郎!」

 

「「高位広域氷結魔法・収束連射(サークルシフト・マハ・ブフーラ)!」」

 

ミシャグジ様の周囲を広域氷結魔法が覆い、それが一気に収束する事で多方向からのブフーラを連続で受けた。

 

ミシャグジ様は、その連射に耐えきれずに崩れ落ちた。

 

「デオン!」

「了解だ、サマナー」

 

そうして崩れ落ちたその首を、デオンの斬撃が切り飛ばした。

 

「良い手際だよ、デオン」

「まぁ、鍛えているからね」

 

ミシャグジ様の死亡と共に、異界が崩れ始める。これで、この騒動は終わりだ。ミシャグジ様というハイクラス悪魔にMAGを集めるために、人々を拐い、まぐわらせていた。そういう事だろう。

 

だが、これが所長の警戒するレベルの事件か?と考えると、どうにももう一戦ありそうだ。

 

「皆、集まってくれ。所長の勘だが、もう一戦ある」

「当たんのか?ソレ」

「あの隠れ猪突猛進な所長が生きてる理由が、勘が冴えてるってのだからな。周囲の警戒しつつ、備えろ」

 

そうして異界から弾かれると、目の前には青い着物の少女と、それを従えている巨漢のサマナーがいた。

 

「あらあら、ミシャグジ様を殺しちゃうなんてやるわね貴方」

「仲魔には恵まれてるもんでね」

 

とりあえずの観察結果、女言葉を使う理由は不明。オカマか?

使用COMPは左腕にはめているガントレットが怪しい。が、ガントレット型は硬いし強い。COMP破壊は無理と見る。

 

青い着物の少女は不明。筋肉の付き方から言って近接型ではない。が、存在そのものに違和感がある。擬態の類か?

 

「...ここの事は誰かに話したの?」

「そりゃ話すさ。天涯孤独つっても、遺骨くらいは拾ってほしいからな」

「...面倒ね。清姫ちゃん、頼って良い?」

「構いませんわ、サマナー。貴方には安珍様を見つけるまで生きていてもらわなくてはなりませんから」

 

少女が扇を振るう。それだけで高位魔法クラスの火炎が飛んでくる。

バルドルを盾にして防ぐが、それにより一手向こうに与えてしまったようだ。

 

「サモン!ホルス、ラクシャーサ、ヴィヴィアン!」

「バルドル、デオン、ラームジェルグ、前衛に!雪女郎、カラドリウス後方支援!ペガサスは上空から隙を狙え!」

 

敵の悪魔は、鳥形一体、妖鬼一体、妖精一体、人型一体。人型は見たことのない術を使う。あれは、術というより異能に近いか?

 

なんにせよ、対サマナー戦だ。

油断はせずに、敵の手札を把握し、こちらの勝ち筋を押し付けよう。




次回、VSダークサマナー

オカマは強いの法則に漏れず、今回も強敵です。

5/28 微修正
ドリルで削るアレってプリンターではないのだなーと感想欄で指摘があったのです。知識不足はアレですねー。


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英雄とサマナー

遅くなりました。ちょっとテトリスの魔力に囚われてしまっていたのです(クソ作者宣言)


「雪女郎!筋力向上(タルカジャ)!」

「残念ね、向上無力化(デカジャ)ストーン!続いてラクシャーサ、雄叫び!」

 

ラクシャーサの雄叫びに含まれたMAGにより、こちらの筋力と耐久力にマイナスがかかる。力場干渉術の中では上位の術だ。

 

だが、その手は読めている。

 

低下無力化(デクンダ)ストーン!ペガサス、広域破魔魔法(マ・ハンマ)!」

 

嘶きとともに発せられる破魔の光。だが、当然のように敵サマナーは防御策を準備していた。

 

即死防御(テトラジャ)ストーン!」

 

防護壁展開による即死魔法の無力化。そう長くは保たないが、これで破魔呪殺により数を減らすことはできないようだ。

 

軽く事前準備を打ち消し合っているだけだが、それだけで手練れだとわかってしまう。

 

面倒な手合いだ。

 

しかも、こちらには人質となり得る11人の一般人がいる。極力、見捨てたくはない。

 

そう思っていると、オカマのハンドガンによる銃撃が人質に向けて放たれ、それをデオンが切り裂いた。

 

指示は、出していない。

 

『デオン、お前...』

『僕は、彼らを見捨てることはできない』

『...わかった。その人たちは任せる』

 

デオンの意思は、固かった。

俺が思っていたよりも、別れの時は近いのかもしれない。

 

「あなた。正義のために私たちの計画を潰してくれちゃったわけ?」

「いや、たまたまだ。探偵の依頼で探してた人が、お前達のオタノシミの中に入ってたんだよ。なら、殺して奪い返すしかないだろ。この世界じゃ」

「成る程、フリーのサマナーね。...1億出すわ。それで引いてくれない?」

「やめておくよ。後ろから撃たれるのはゴメンだからな」

「あら、バレてたの」

「アンタが仲間を殺されて苛立っていない風には見えなかったもんでね」

「良い目をしてるわね。ちょっと妬けちゃうわ」

 

おそらく妥協点を見つけようとして始めた会話だが、ハナからお互いに殺す事しか頭にないのがわかった程度の利点しかなかった。

 

正面戦闘は避けたかったのだが仕方ない。

ちょうど、異界を潰した事でMAGの補充もできている。

 

さて、死合い開始だ。

 

「カラドリウス、反応性向上(スクカジャ)!バルドル、進め!」

「ストーンの在庫切れ狙い?甘すぎるわよ!デカジャストーン!ラクシャーサ、応戦!」

「ラームジェルグ、バルドルの援護!バルドルはヴィヴィアンに突貫!」

 

ラクシャーサとラームジェルグが剣戟を始めたのを尻目に、バルドルはヴィヴィアンへと突撃する。それを、清姫という少女が炎にて迎撃しようとするが、当然無視だ。

 

「雪女郎!」

「はい、サマナー!」

 

「「目標指定(ターゲットロック)高位広域氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」」

 

魔法陣を通して、力場への目標指定をつけた広域魔法にて敵を攻撃する。

命を取れるとまでは思えないが、目くらましにはなる。

 

「仲魔ごとッ⁉︎」

「いつもこんな役回りだよ、俺ァ!」

 

氷結魔法がバルドルが力場の内側で弾け、バルドルに向かってきた炎とぶつかり弾けて目くらましとなる。

 

そのくらいの隙があれば、敵の連携の起点となるだろう回復役を叩くには十分だ。

 

「万魔の乱舞!」

「甘いわよ、位置置換(キャスリング)!」

 

ヴィヴィアンとホルスの位置が、一瞬にして入れ替わった。悪魔召喚プログラムの送還(リターン)召喚(サモン)をそれぞれの座標を起点にして行ったのだろう。あのオカマは、悪魔召喚プログラムを道具としてでなく手足の延長として使いこなしているのだ。厄介な敵だ。

 

そうして入れ替わったホルスの身軽さをバルドルの万魔の乱舞は捉える事が出来ず、バルドルは完全に隙を晒していた。

 

「ホルス!」

「キエェエエエエ!」

 

高位疾風魔法(ガルーラ)が、神鳥の羽ばたきとともに放たれる。

 

その疾風魔法をモロに受けたバルドルは、傷つく事はなくとも吹き飛び、建物の壁に叩きつけられていた。

 

「チッ、面倒臭せぇな」

「氷結と疾風への耐性、それに万能属性魔法。優秀な前衛ね」

「そりゃ、自慢の仲魔ですから」

 

正面を張っていた仲魔が共に居なくなった事で、お互いの射線が通る。

 

P-90に装填した神経弾をばらまく事で牽制をするが、巨漢に似合わぬ素早い動きで的を絞らせず、躱し切られた。

 

そしてリロードの隙にグレネードが投げこまれた。

 

デオンが対応しようとするも、あれはおそらく魔道具の類。込められているのは爆薬ではないだろう。

 

弾けて飛んだのは、MAG。それも、延撚性の高いモノ。

最悪なのは、それが俺を狙ったのではなく11人の生身の人間を狙った事だろう。

 

「清姫ちゃん、行っちゃって」

「ええ。どうか照覧あれ!これより、淫欲に溺れた嘘つきを焼き払いましょう。転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!」

 

叫ぶ前に、デオンは飛び出していった。最悪の想定を覆す為に。

デオンが一歩目を踏み出した瞬間、叫ぶ事よりも一瞬でも速く鋭くその術式を組み上げる事を優先した。

 

『雪女郎、任せた』

『いいえ、あなたがそういう人だから、私は()の頃からついていったんですよ。あなたに』

 

まったく、自分としては普通に生きていただけの筈なのに、とんでもない忠臣を得ていたものである。

 

だが、だからこそこのぶっつけ本番は信じられる。霊基再臨(ハイ・レベルアップ)により余裕のできたデオンの魂に、一時的に特性を付与するという荒業を。

 

「肉体構成、分解。構成要素、抽出、装填」

 

巨大な青い炎の大蛇と化した少女の口に、高密度の魔力が込められる。ドラゴンブレスというやつだろう。アレを正面から受け止めようとしているデオンは、本当にどうかしている。

 

きっとそれが、英雄の条件なのだろう。

 

「纏めて焼き尽くしてしまいなさい!」

 

「デオン!」

 

術式の完成と共に、俺の心の全てを込めて、伝える。

デオン自身にもまだ伝えていないこの術式。デオンが対魔力で弾いてしまえばおしまいだ。デオンは焼かれ、人々も焼かれ、死ぬだろう。

 

そんな未来、御免だ。

 

「信じろ!」

 

その言葉と共に、雪女郎の構成要素を契約のラインを伝ってデオンへと流し込む。

 

その言葉を信じてかどうかは知らないが、デオンはそのMAGを受け入れて、力を発現するデバイスになってくれた。

 

条件は全て整った。ここからは、俺たちのターンだ。

 

大蛇から放たれるドラゴンブレス。それをデオンは()()()()()一閃を持って両断した。

 

『これは?』

『雪女郎に感謝しろよ。ノータイムでお前と俺に命を預けてくれたんだから』

『...サマナーなら、私を見捨てて敵を叩くと思ったんだがね』

『それで、その人達の命が守れるならそうするさ。だけど...』

 

『その可能性は、ゼロだろ』

『...』

『俺は全てを救える救世主(メシア)じゃなくて、ただのサマナーだから、可能性の高い方しか選べない。多分これから先も、お前との価値観の違いですれ違うと思う。けど、今は』

 

『俺と共に戦ってくれ。白百合の騎士、シュバリエ・デオン』

 

その言葉への返答はただ一言、『わかった』とだけだった。

 

「清姫ちゃん、その騎士に近づかせちゃ駄目!」

 

再び放たれるドラゴンブレス。だが、それに対して今度は神速で踏み込み、口ごとブレスを両断した。

 

その断面から氷が生え口を凍てつかせる。これで、もうドラゴンブレスは放てない。

 

ついでに窒息でもしてくれたら儲けものなのだが、あれはおそらく霊体、それはないだろう。

 

「そのままぶった斬れ!援護は、させない!」

 

回復魔法のラインがヴィヴィアンから大蛇へと向かう。睨んだ通り、あの妖精は敵の回復の要なのだろう。

 

故に、全力をもって潰す。

 

まず、ペガサスをホルスにぶつける。瞬間速度では向こうの方が上だが、小回りはペガサスが上回っている。倒す事は出来ずとも、止める事は可能だ。

 

そして、魔法で吹っ飛んだバルドルが再びヴィヴィアンに接近する。

 

ホルスをペガサスが

ラクシャーサをラームジェルグが

敵サマナーを俺が

大蛇清姫をデオンがそれぞれ抑えている。

 

向こうの位置置換(キャスリング)があったとしても、ヴィヴィアンを狙うというこちらの基本方針は遂げられる。

 

「仕方ないわね!アギラオストーン!」

 

故に向こうは人質狙いで気をそらす事くらいしか今取れる手はない。

だが、こっちは現代魔導師だ。ストーンの扱いについてなら一家言ある。

 

「その火は止める!」

 

魔法陣展開代行プログラムにより、ショートカットに仕込んでいるストーンの誘導術式を簡易展開して、アギラオストーンの対象を上空へとズラす。

 

これで、引火は防げた。

 

そして、最短で動いていたバルドルの万魔の乱舞が、回復魔法に集中していたヴィヴィアンに着弾する。

 

着弾は四発。両手と胴と頭が吹き飛んだ。

 

これで、一匹

 

「清姫ちゃん、リターン!ラクシャーサ、ホルス、殿!」

 

状況が不利に転じたと見て、即座に逃げに転ずるあたりはやはり腕利きだ。

 

顔を見られた俺は、ここでコイツを逃せば常に組織的な報復を警戒しなくてはならなくなるだろう。

 

だから、ここで仕留めたい。だが、手が無い。

 

事前にフィールドを整えさせてくれるのであれば、転送妨害の一つや二つ仕込んでおくのだが。残念ながらそんなモノはない。

 

短距離転移(トラフーリ)!」

 

仕方がないので、残ったラクシャーサとホルスに全神経を向ける。

 

アナライズジャマーの効果が消え、数の利点も無くなった今、相手取るのは容易だった。

 

具体的には、ペガサスがホルスを地に落として、その後デオンが二人の首を刈り取るだけだった。本当に、芸術的な剣さばきだ。

 

とはいえ、ここで殺したとしても契約があのオカマに残っているので得られるものなどコイツらの召喚に使ったMAGくらいしかないのだが。

 

「術式解除、デオン、雪女郎、気分はどうだ?」

「実に奇妙な感覚だったよ。自分の体じゃないと感じられるのに、自分の自由に動かせるんだから。だが、こんな術があるなら事前に練習の一つでもさせて欲しかったね」

「私もですわ。咄嗟のこことはいえ、やはり覚悟は欲しかったのですもの」

「悪かったよ二人とも。もう少ししたらヤタガラスから人が来る。それまで、ここを守るぞ。」

 

10分後、ヤタガラスの術者たちと、近くにいた所長たちがやってきた。縁は怒りを覚えていたようだが、ミズキさんも所長も淡々としていた。こんな業界に生きているのだ。スレもするだろう。

 

そうして術者たちが人々を保護をしていると、ひとりの少女が目を覚ましてしまった。

 

あの時銃で撃たせてしまった子だ。

 

「嘘、いや、違う、違う、私、私は、私は...」

 

そんなうわごとを口にしながら、手近に落ちていたガラスの破片で自らの首を刺し貫こうとしたのだ。

 

幸いにも術者に止められ、命に別状は無かったが。うわ言で「フジワラくん...」と呟くその姿は、痛々しかった。

 

それだけ、依頼主の彼の事を愛していたのだろう。歪んだ愛情表現しかできなかったとしても、その想いは本物だったのだ。

 

これは、この世界の裏側でどこにでも転がっている一つの悲劇だ。

だから、きっと心を鈍化させて無視してしまうのが一番なのだろう。

 

それでも、俺の心が動いてしまったのは、知らぬうちに白百合の騎士の気高さに触れてしまったからだろうか。あるいは、別の何かだろうか。

 

少女に歩み寄り、その目を見てしっかりと言う。

 

「安心しろ。君の受けた悲劇は、なかった事になる。だから、いつかきっと胸を張って好きな子に会うことができる。君の心にも、身体にも、悲劇の痕跡は残らない」

「でも、私は汚されて、汚れたの。私、知らない男相手に自分から腰を振ったのよ?ただ快楽を求めるためだけに。そんな奴が、彼の側に居ていいわけがないッ!」

 

その激情は、きっと完全に無かったことにはならないだろう。胸を穿つように、永遠に傷跡として残り続けてしまう。

 

記憶は消せても、感情は消す事はできないから。

 

だから、できるのはこんな事くらい。

 

「約束する。君を悲劇に陥れた奴らは、必ず終わらせる。だから、その怒りも苦しみも、俺に引き受けさせてくれ」

 

その言葉と共に、簡単な暗示を仕込む。その痛みを思い出して辛くなったり苦しくなったりした時は、彼の元に駆けるという暗示を。

 

他力本願になってしまうが、この少女の心を救えるのは、想い人たる依頼主だけだろう。

だから、その後押しをする。彼女自身が、彼女を許せるようになるその日がいつか来る事を願って。

 

その後、ヤタガラスの術者たちにより人々は回収されていった。

認証コードの関係上、ほとんどが売られたか行方不明になっていた人達だということがわかった。

 

まずは仮定する。ファントムの狙いは、単純にMAG集め。

その大目的は、有事の際にハイクラス悪魔を運用するため。

その有事の際とは、結界更新だろう。

 

どうにも、分不相応な事態に巻き込まれている気はしないでもないが、やるべき事とやりたい事は決まった。

 

「デオン、これからお前を相当こき使う。思う所はあったとしても、契約解除は待ってくれないか?」

「何をする気だい?」

「この遡月の街のファントムソサエティを、殲滅する」

「何のために?」

「...そこんとこは、実の所割り切れてない。まぁ、多分同情かなんかだろ」

 

その言葉を聞いたデオンは、ため息を一つ吐いたのち、こんな事をのたまった。

 

「君のそれは同情なんて安っぽいものじゃない。義憤という奴さ」

「義憤ねぇ...」

「その義憤を果たすため、私は騎士として君の味方をしよう」

「いいのか?お前は、俺を信じてる訳じゃないんだろ?」

「正直なところを言うと、君に100%の信頼を寄せることはできていないし、君のことを理解できたと自惚れるほど君のことを知る事も出来ていない」

 

「でも、君を見ていたいと思ったんだ」

 

その目は真摯で、奇妙な力強さがあった。

 

「今のところ契約を続けるのには、それを理由にしようと思う」

「...悪いが、割とつまらないタイプの人間なんだ。見飽きるなよ?」

「その時は、君を見限って新しいサマナーを見つけるさ」

 

それは、これからの人生を縛りかねない契約だ。

だがデオンの言う事は、俺には好きにしろと言っているように聞こえた。それが外道なら、道を違えて刃を向け、それが善の道なら、道を違えず共に行く。

 

そして、俺は今の所外道に落ちるつもりはない。ならば、この契約はとりあえず得だと考えていいだろう。

 

いつか、デオンが道を見つけるまで、俺とデオンは共に行く。

今は、それでいいだろう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「人員の配置は大丈夫ですか?」

「ええ。ですが、本当に可能なのですか?超広域探査術式なんて」

「魔法陣展開代行プログラムがあれば、術式自体はMAGさえあれば誰でもできます。問題なのは反射波の解析ですけど、それもこの支部のアンテナがあれば、検知は可能です。まぁ、波として流すMAGが結構な量になるのと、MAGの波を敵にも感知されてしまうって問題はあるので多用は出来ませんがね」

 

先ほどの異界で得たマグネタイトは、今回の広域探査で6割ほど吹っ飛ぶだろう。なかなか素直に黒字とはならないものだ。

 

「じゃあ、行きます。MAG波、放出!」

 

アンテナを中心に発動させた術式により、遡月市全体にMAG波が放たれる。

メシア教やガイア教の重要施設はMAGコーティングされているから意味はないにしても、これで今回のような間に合わせの人造異界反応は得ることができる。

 

「結果来ました!人員配置ドンピシャです!」

 

地脈の影響を受けやすく、かつ人目につかない場所とくればある程度絞れる。それに、臨時拠点を結んで大魔法陣を組み上げる事を選択肢に入れるなら、一つのポイントさえわかれば後のポイントは逆算可能だ。

 

まぁ、それが五芒星か六芒星かはたまた別の陣なのかは分からないため、最後は所長の勘に頼ったのだが。

 

結果は、五芒星の陣。多少歪んでいるが、それは術者の腕次第でどうとでもなる。

 

そんな反応とともに見ていると、検索対象であるあのオカマのMAG反応が発見された。五芒星の中心、老朽化が原因で取り壊しが決まっている市民会館だ。

 

「じゃあミズキさん。行きましょう」

「ええ。しかし、こんな突然の作戦によくも人手を集められましたね」

「ほとんどテンプルナイトですけどね。恩って奴は売っておくもんですよ、ホント」

 

他には、所長の舎弟をしているガイアーズやこの前知り合ったアカネさんとミクリアさんにも声をかけ、オーケーを貰った。

 

まぁ、クソ厄介な事しかしないファントム連中を本腰を入れる前に叩ける上に、ヤタガラスからの追加報酬もあるとなれば、受けないというのは損なのだろう。多分。

 

「アカタニさん、以降の指揮をお願いします。行きますよ、花咲さん」

「ええ、行きましょうミズキさん!」

 

俺はペガサスを、ミズキさんは斉天大聖を召喚し、加速術式を使っての高速飛翔で目的地に着く。

所要時間は、2分ほど。この遡月支部のほど近くに拠点を置くとはなかなかの剛毅っぷりである。まぁ、そのおかげで手早く済むのだが。

 

「屋上から包囲結界張ります。ミズキさんは基点の防衛を。下に逃げる雑魚はとりあえず無視します。上に来る奴は本命以外適当にあしらうので、対処をお願いしますね」

「ええ、わかりました。でも、いいのですか?依頼主である花咲さんには報酬なんかないのに」

「約束は守るタチなんですよ」

 

そんな言葉と共に、使い捨てのスマホに入れた魔法陣展開代行プログラムを起動させる。結界発動までの術式を展開した後、MAGバッテリーを使っての術式のリピートを起動させる。それをミズキさんに投げ渡し、屋上からデオンを先頭にして、突入する。

 

今度は、逃がさない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

突然のMAG波と息をつかせぬ結界に対して敵の応戦は遅く、パニックになった者達は物の数ではない。

 

一人、また一人と命を断つ。市民会館の通路はそこまで広くない。悪魔を1、2体使うのがせいぜいだろう。なので、ペガサスはもうすでにリターンし、雪女郎を召喚している。

 

デオンが斬り裂き、雪女郎が凍らせ、俺が撃ち抜く。

 

そうして、旧市民会館の中心部に向かう通路にて、清姫という少女を傍に置いたあのサマナーの姿があった。

 

「...あの時の広域MAG波は、やっぱりあなただったの。悪魔召喚士(デビルサマナー)

「ヤタガラスの施設を借りた。これでも、認定書持ちなんでね」

「嘘ですわ。サマナー。あの人は認定書とやらを持ってはいません」

 

嘘を見破る能力のようだ。まぁ、厳密には仮の認定書なので全部が嘘という訳ではないのだが。

大蛇になる能力といい、あの時放とうとしていたドラゴンブレスの魔力といい、あの清姫という子はアウタースピリッツの可能性が出てきた。仕留めた後で、きっちりと調べるとしよう。

 

「まぁ、お互い話すこともないだろ」

「そうね。事ここに至っては、選択肢なんてないもの」

 

雪女郎の肉体を分解し、構成要素を抽出し、ラインを通じてデオンの中へと入れる。

尚、技名がないと締まらないとの事を雪女郎が言ったため、即興でつけることとした。

 

夢幻降魔(D・インストール)、雪女郎!」

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!」

 

今ここに、大蛇と騎士の戦いが再び始まった。

 

放たれるドラゴンブレス。それを両断するデオン。ここまでは、以前と変わらない。

違うのは、その余波が狭い通路に跳ね返ってデオンを襲っているということ。大ダメージではないが、続けば致命の一撃をもらいかねない。

 

だが、向こうのチャージ時間は読めた。3手躱せばデオンの剣が届く。

 

『デオン、突っ込め』

『サマナーはどうするんだい?』

『一番安全な所に居続けるさ』

 

そうして、デオンの接近と共にデオンの()()()についていく。

その間、障害としてラクシャーサが召喚される。ドラゴンブレスに焼かれる覚悟を持っての事だろう。忠誠心は高い。だが、無意味だ。

 

『無視しろ!』

『了解だ!』

 

狭い通路の壁や天井を華麗に走ることにより、捨て駒とされたラクシャーサはその役目を終える事なくいなされた。

 

そして、その動きを見惚れたラクシャーサに、破魔の力が込められている施餓鬼米を起動させ、ぶつける。

敵の取り得るパターンとして、悪魔(捨て駒)の存在は予測できていた。それが、近接役であるラクシャーサであることも。

ラクシャーサが破魔属性弱点であることはサマナーネットに転がっていた情報なのでイマイチ信憑性はなかったが、テトラジャストーンを完備していた事から正しいと信じてみた。まぁ結果オーライだ。

 

ラクシャーサは、一手も稼ぐ事なく破魔の光により昇天した。

 

そして、ラクシャーサがいた位置は、非常に良い位置だ。射線の通りが良い。

再び放たれるドラゴンブレス。今度は連射で足止め狙いをするようだったが、()()()()()()()()()()()()

 

その口の中めがけて、先の戦闘終了後に回収した延撚性MAGを込めた弾丸を叩き込む。

 

デオンの剣の射程に踏み込むにはあと2手必要だが、P-90の射程に入れるには一手で十分だったのだ。まぁ、自分の銃の腕的には一マガジン撃ち切っても口の中に入るかは若干怪しかったが。

 

そうして、ドラゴンブレスの熱に反応して弾が弾ける。力場の内側、口の中で弾ける炎は熱かろう。

 

あの清姫という少女は、決して戦う者ではない。立ち振る舞いに、歴戦の者が示す空気がなかったからそう思えた。

大蛇としても、火力は恐ろしいがそれだけだ。無敵の体を持つ訳でも、不死身の魂を持つ訳でもない。

 

少女が化けているという事を除くと、悪魔召喚士(デビルサマナー)としてはよく見るただの敵である。

 

「清姫ちゃん⁉︎」

 

そう動揺した敵サマナーは、回復のために魔石を投げつける。コレで一手。

 

白百合の騎士が大蛇の首を取るには、十分すぎる隙だ。

 

百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

幻の百合の花が見えるようなその美しい剣。その一太刀が、大蛇の首を断ち切った。

 

首の皮一枚、切り損ねて。

 

「安珍様を、見つけるまではぁ!」

 

そうして放たれるドラゴンブレス。首が半ば絶たれた状態でも、狙いは違えずただデオンの事を焼き殺そうと放たれた。

 

それをデオンが回避できたのは、多分半分くらいは運だろう。

半ば保険として準備していた反発の魔法陣をデオンの足元に展開し、それを無理やり踏み込む事で射線から霊核を逃したのだ。

 

ダメージは、甚大だったが。

 

『生きてるか⁉︎』

『なん、とかね!』

 

ドラゴンブレスの余波で焼け落ちる通路。

力場が無ければ、立っている事すらままならなかっただろう。

 

反発の魔法陣を足場にして、デオンに駆け寄る。右半身が吹き飛んでいた。

だが、コレは罠だ。そんな警告が俺の知識からやってくる。

 

冷静に思考を走らせる。デオンは重症だが、まだ死んでいない。

対して、清姫。皮一つで繋がっているような状況だが、こちらもまだ死んでいない。

敵サマナーの仲魔は、まだホルスとヴィヴィアンが残っている。どちらもミドルクラス相当の実力を持っている。

 

召喚の隙を与えてはいけない。

 

しからば、ここで俺が取る一手は

 

「サモン、バルドル、ラームジェルグ!突っ込め!」

 

敵サマナーへの、追撃だ。

 

伊達に魔術師型サマナーをやっている訳ではない。俺は、召喚の速度に関しては一線を張れると自負できる。

 

敵サマナーがマグネタイトからの肉体を構築する前に、こちらの召喚は完遂する。

 

「サモン、ホルス!」

「召喚直後は自由に飛べねぇよなぁ!万魔の乱舞!」

 

珍しく着弾するバルドルの万能属性魔法、それが構築直後のホルスを消しとばし、その余波で敵サマナーに一発弾が向かっていった。

 

そこを、ラームジェルグが追い打ちをかける。何処で学んだかは知らないが、その剣術はかなりのもの。死霊系の悪魔にはこういうのがたまに混ざってるのだ。

 

だが、敵サマナーもさるもの。ガントレットを犠牲にしてラームジェルグに無理やり近づき、ハンドガンを力場の内側で放ち致命傷を与えていた。よくやってくれたが、ラームジェルグは肉体を構築しているMAGを使い切らされ、あえなく送還(リターン)となった。

 

『バルドル、合わせろ』

『騎士サマは良いのか?』

『次の一手で確実に殺す。それが、デオンを救う道だ』

『オーケーだサマナー。任せるぜ』

 

念話のラインを利用してバルドルの術式展開を補助。

正確なターゲッティングをもって、絶殺の空間を展開する。

 

「「万魔の乱舞!」」

 

巨漢のサマナーは、俺とバルドルの万能属性の4連打をギリギリでかわし続ける。だが、それは承知の上だ。敵サマナーは歴戦なのだから、真っ正面からでは防がれるのは当然のことだ。故に、外した一発目の乱舞の中に仕込んでいた遠隔操作術式を起動させ、不意を突き足を抉る。そして回避を封じた所にチャージしていた最後の一撃を叩き込む。

 

確実に心臓を抉り抜いた。だが、まだ一手動かれてしまった。

 

万魔の乱舞を躱しながら、ストレージから取り出していたのだろう回復魔法のこもった宝玉を

 

首の皮一枚で繋がっていた大蛇清姫に対して使った。

 

「清姫ちゃん、逃げなさい」

 

そんな言葉を、最後に残して。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

別段、大した出会いではなかった。運命的なものでもなかった。

 

ただ、異界で迷っていた清姫と、そのサマナーは出会っただけだった。

 

それでも、二人の間には確かな約束があった。

 

「いいわ、私はあなたの恋を応援する。見つかるまでは、私が面倒見るわ」

「ありがとうございます。あぁ、安珍様。清姫が今参ります」

 

「それまで、よろしくお願いしますね、サマナー」

「えぇ。あなたの想い人を見つけるまで、私とあなたは仲魔よ」

 

それだけの理由で、自分の命より恋する少女を応援することをファントムソサエティのデビルサマナー、安村正(やすむらただし)は決めたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その死に様を見て、大蛇清姫は何を思ったのだろう。

 

大蛇である事をやめ、ただ一人の少女としてその死に寄り添った。

 

「全く、馬鹿な人」

 

その一言とともに、再び大蛇へと姿を変えた。

 

サマナーが死んだ今では、行動を縛る契約のラインもない筈。

それでも戦うという事は、それだけサマナーとの絆があったのだろう。

 

「私、友人が殺されて黙っていられるほど冷たい女じゃないんですよ?」

「だったら、友人が道を違えるのを止めろ。この世界がクソだとしても、それを理由に誰かを傷つけていい訳なんかないんだよ」

「ヒトモドキのあなたが、よくも言いますね」

「モドキでも、生きてるからな」

 

カラドリウスを簡易召喚し、デオンの方に宝玉を持たせて飛ばせた。

一発ドラゴンブレスを防げば、デオンがあの大蛇を今度こそ斬るだろう。

 

敵は、アウタースピリッツの可能性が高い。今まで見てきたドラゴンブレスも、魔法や魔導では計り知れない何かがあるかもしれない。

それでも、ここは俺だけの力でどうにかするしかない。

 

そう判断して、魔法陣に魔返鏡をセットする。あいもかわらず馬鹿高い出費だが、命と、覚悟には変えられない。

 

ブレスの余波がデオンに当たれば、間違いなくデオンは死ぬからだ。それを是とするのは、俺を信じてくれたデオンに対しての侮辱だ。

 

故に、ドラゴンブレスのチャージの間に、全力のダッシュでデオンを守れる位置に陣取る。

 

それで俺が死ぬ確率が上がるのは、もう知るかというものだ。

 

「消し飛びなさい!」

「お前がな!」

 

ドラゴンブレスに対し、マグネタイトのオーバーロードを引き起こした魔返鏡により限界以上の魔法反射障壁を張る。

ほとんど根元で止めているため、ブレスの力の100%が俺を襲うだろう。だが、ここは踏ん張るしかない。

 

そうして、ドラゴンブレスが放たれた。

 

おそらく、敵も後先など考えていないのだろう。最初から全力で吹き飛ばしにかかってきた。

 

構築された反射障壁は、効果あり。余波で通路が溶け始めているが、反射障壁のこちら側に影響はない。

 

だが、向こうの火力は相当だ。反射する事で威力を削いでいる筈なのに、もう反射障壁にガタがきている。

 

もって、3秒。

 

その絶望と言えるような時間、通路全てを溶かすようなその豪炎。

 

普通に考えるなら、こちらが押し切られて終わりだろう。

 

そう、そんな豪炎の中で平然と動けるようなインチキじみた仲魔がいなければ。

 

「万魔の乱舞ゥ!」

 

気配を消させた訳ではない。ただ単にブレスのマグネタイトが濃すぎて、存在が認識できなかったのだ。

 

完全なる不意打ちにて、清姫のブレスが中断される。だが、どこに当たったかは知らないが、万魔の乱舞の破壊規模では大蛇清姫を即死させる事はできない。

 

故に、最後の一手は任せるとしよう。

 

「任せた」

「任されたよ、サマナー」

 

魔法反射障壁が砕けるとの同時に、白百合の騎士が神速の踏み込みを持ってブレスの中に突っ込み、一太刀を持って首を断つ。

 

今度は首の皮を残す事はなく、ついでに蘇らないように断面をしっかりと凍らせてみせた。

 

「龍って、首の皮一枚で動けるんだな」

「驚きだったよ。完全に取ったと思ったんだがね。...僕のせいで君に迷惑をかけた」

「仲魔のミスの責任はサマナーにある。そういうもんさ」

「そうか...ありがとう、とも少し違うね」

「まぁ、半身吹っ飛んでも生きてたのは良かったよ。お前肉体を持った造魔なんだし、地返しの玉でどうにかできるかわからなかったからな」

「その割には、助け方が雑だったと思うんだけど」

「仕方ないだろ、戦闘中なんだから。それとも、お姫様みたく助けられるのがお望みだったか?」

「戦友を助け起す時のように手を引いてくれるのを望んでいたよ」

「そりゃすまんかった」

 

そんな会話を交わしながら、戦闘態勢を整える。

 

大蛇清姫は死に、その体は光の粒と化して消えていった。アウタースピリッツの証拠だ。それはいい。

 

問題は、通路の奥から発せられる馬鹿でかいという言い方があっているのかすらわからない強烈なMAGの存在だ。

 

今まで感知できなかった。それは、MAG隠しの魔道具でも使っていたか、化けの皮を被っていたか、今召喚されたかの3択だ。

 

まぁ、どれにしても結界を張ってある以上逃げられないのだから、戦うしかないのだ。自縄自縛とはこの事だ。

 

そう警戒をしていると、拍手の音と共にその悪魔は現れた。

 

紫色の身体に、棘のような薄い金色の装飾、そして、尖り伸びている鼻飾り。

 

特徴的な外見の割にサマナーネットでの情報はない。それは、コイツを見た奴は全員死んでいるという事の証だろう。

 

「すまんなデオン。俺たちの命、ここで終わらせるぞ」

「サマナーは逃げてもいいんだよ?」

「馬鹿言え。ここで腹を括れないなら、そもそもサマナーなんざやってねぇんだよ」

 

コイツはここで、殺さなければならない。たとえ命尽きるとしても、コイツがその先に作る地獄を否定するために。

 

命を燃やす覚悟を決めた所で、しかしそんな覚悟の出鼻は挫かれた。

 

「そこまで覚悟を決めなくても構いませんよ。私の目的はあくまで視察。成功すればリターンは大きく、かといって失敗した時の損失もほとんどない。そんな計画の様子を見にきただけですので」

 

その言葉に嘘はないだろう。でなければ、俺たちが今生きている理由はない。

 

「あんたは、ファントムソサエティの幹部か?」

「ええ、魔王シェムハザと申します」

「...俺は、花咲千尋。悪魔召喚士(デビルサマナー)だ」

「デオン・ド・ボーモンだ」

 

「...覚えがあります。今は亡きフランスの騎士ですね。男としても女としても国に忠誠を尽くした奇人。という事は、やはりあなたは外からの英霊ですか」

「ッ⁉︎」

「それがどうした?どんな奴を仲魔にしようと俺の勝手だろうが」

 

その言葉を聞いて、デオンは少し面食らったようだ。まぁ、本人は隠しているつもりだったのだろう。出会った当時の時はともかく、現在ではうまく隠しているのだからそれはそうだ。

 

『...知っていたのかい?』

『分析結果とヤタガラスとのデータを照らし合わせたらな。まぁ、確信はなかったけど』

 

その言葉に納得をしたのか、デオンの意識はシェムハザへと再び集中した。

 

そんな様を、シェムハザはクスクスと笑いながら見ていた。

 

「どうしたんです?」

「いえ、滑稽だなぁと思いまして。楽園戦争よりこの国を縛ってきた忌々しい平成結界。その綻びを生むという事実を無視してあなたは英霊を使っているのですから」

「あいにくと、コイツを解析したお陰でアウタースピリッツが平成結界に与える影響についてはほとんど把握できている。他のアウタースピリッツはともかく、コイツは無害だよ」

「その確信はあるのですか?」

「ここを見つけたアクティブソナーの術者は俺だ、それは理由にならないか?」

「...縁者というわけでなく、本人でしたか。...その若さであのレベルの術、あなたが最近噂の英霊狩の術者ですね」

「あ、名前はまだ通ってないんですか。そこそこ名乗ってるんですけど」

「まぁ、まだ英霊を殺し始めて一月と立っていないのでしょう?そのうちに名は通りますよ」

「それはありがとうございます。まぁ、その命は風前の灯火なんですけどね」

「サマナー、この状況でそのジョークは笑えないよ」

 

そんな会話をさせつつ、バルドルを送還(リターン)する。不意打ちが通じる様子はない。なら、とりあえずいざという時の盾として運用しようとの算段からだ。

 

「それでは、質問です。あなた方はどこまで知っているのですか?」

「何をだ?」

「この世界のことをですよ」

 

答え辛い事を聞く奴だ。

 

「平成結界の効果は、全て知ってるよ」

「それはさぞ、生き辛そうですね」

 

「私たちファントムソサエティは、欲望に忠実な享楽的な世界を作ろうとしています。あなたのような優秀な術者なら、いえ、優秀な術者だからこそこの目的の尊さはわかりますね?」

「まぁな。多分、生かすことを諦めるならそれは悪くない選択肢だよ」

 

デオンが、驚きの表情で俺を見る。そりゃ、どうにもならないそんな時なら、諦めたっていいだろう。けれど

 

「でも、今はまだ滅んでいないんだ。なら、未来の可能性って奴に賭けてみたい」

 

それが、俺の戦う理由だ。ここだけは揺るがない。俺は、未来の可能性を託された一人だから。

 

そんな俺の顔を見て、シェムハザは不思議な笑みを浮かべた。

どこか、人の事を想っている。そんな笑みに見えた。

 

「さて、若者と会話を楽しむのも良いですが、あいにくと暇という訳ではないのでね。この辺りで失礼しますよ」

 

その声とともに、集中するMAG。間違いなく極大クラスの魔法だ。

ミズキさんに「逃げろ」とコールを入れるも、間に合ったかどうかはわからない。

 

極大電撃魔法(ジオダイン)

 

シェムハザの手から放たれた電撃、否、光の柱が結界の基点に向けて放たれる。

 

結界の基点どころか、このフロアより上の全てが吹き飛んだ。空が綺麗だなーと現実逃避したくなる気分である。

 

「それではさようなら。花咲千尋、シュバリエ・デオン。また会う事のない事を願いますよ」

 

そう言って、シェムハザは転移魔法にて飛び去っていった。

 

それが、この事件の終幕だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それからのこと。

作戦終了時のでブリーフィングによると、こちらの被害者はゼロ。対して相当量のファントムの構成員を討伐する事に成功したとのことだ。

どの異界においても行われていたことはほぼ同一、5〜6組の男女にひたすらまぐわらせる事でのマグネタイト生産だとか。異界の主は全てミシャクジ様であったことから、異界の解放自体もそう困難なく終わったそうだ。アナライズデータの共有は正義なり。

 

そして、ミズキさんであるが。シェムハザのMAGが現れた時点で基点の防衛を放棄し、下から挟み撃ちの形にしようと動いていたそうだ。

 

とはいえ、ミズキさんの援護があったとしてもシェムハザを殺せるとは思えない。何せ、楽園戦争以前からこの世界に存在している大魔王なのだから。溜め込んでいるMAGは相当なものだろう。

 

とはいえ、あの魔王とて人類の全滅を願っている訳ではない事はわかった。そこは収穫だろう。

 

潜在敵としては未だ脅威であるが、ファントムソサエティはこの遡月の街からは出ていった。そこも収穫といえば収穫だ。

 

さて、それでは俺の話。ヤタガラスからの援助を受けてテンプルナイトや知り合いに依頼を出しまくった結果は、ヤタガラスが思った以上に援助金を出してくれたため損害は軽微で済んだ。

 

ラームジェルグが敵のCOMPを砕いたときに奪ったMAG量を考えると、なんとか赤字なしで済ませることができただろう。

 

また、アウタースピリッツ清姫の討伐と、魔王シェムハザとの邂逅を一度にこなしたというのはヤタガラスにとっても無視できない事実だったようで、この件がひと段落ついたら支部に召喚されることとなった。やはり、隠しておきたいのだろう。平成結界の事実を。

 

そんな風に思考を回しつつ、ストーンを作る作業をしていると、俺の部屋のドアのノックが鳴り響いた。

 

ドアを開けてみると、そこにはパジャマ姿のデオンがいた。

 

「話、いいかい?」

「ああ、構わない。まぁ、ストーン作りながらでいいならだけどな」

 

3Dプリンターにより削り出されたルーンの刻まれた石に魔法陣展開代行プログラムにおよってMAGを注入し、ストーンを作り出す。

 

その作業を、デオンはのんびりと見ていた。

 

そうして俺の作業がひと段落した時に、デオンが口を開いた。話しかけるタイミングを伺っていたのかもしれない。それは少し、悪い事をした。

 

「なぁ、サマナー。君はどうして私を側に置くんだい?」

「...なんだよ、改まって」

「いや、なんとなく聞いておきたくなったのさ。君が私をどう思っているのかをね」

「...お前と会ったあの日から、お前の印象は変わらない」

 

「お前は、守る騎士だったからな。だから、俺が道を違えない限りは味方でいてくれる。そんな気がしたのさ」

「...つまり、フィーリングかい?」

「そ。計算で考え切ってわからない時は、感性に従ってるんだよ、俺は」

「...まったく、次はどんな爆弾が来るかと身構えていた私の気にもなってくれ。それじゃあ、怒るに怒りきれない」

「なんかイラついてたのか?すまん、気付かなかった」

「いや、いいさ」

 

「ただ、君の事は思った以上にしっかり見ないといけないと思っただけのことさ」

 

いまいち要領を得ない言葉だったが、まぁ本人が納得しているのならいいだろう。

 

そうしてデオンは自室に戻り、俺は魔石を使ってのメディラマストーン作成に移る。正直もっと眠りたい気分だが、これをサボるとツケは自分にやってくるのだ。辛い。

 

「魔術師型サマナーって、やっぱ大変だわ」

 

うまくトルーパーズの経費で材料費などを落とさないかを考えながらそんな事を思った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

遡月総合病院にて、少女は目を覚ました。

 

「あ、起きた?お見舞いにフルーツ持ってきたんだけど、食べる?」

 

そんな事を想い人たる少年に言われて、パニックにならない訳はない。

 

そうしてどもっていた時、自分は汚れているのだという感覚が自分を襲った。その原因は思い出せないが、自分はもう、この少年の元にいてはいけないのだと思って、でも誰かのくれた優しい呪いがそれを踏みとどめた。

 

「ずっと一方的な文通だったから、まず自己紹介をしたいな。いいかな?」

「は、はい」

「僕の名前はフジワラ。君は?」

「...キヨメと言います」

 

「じゃあキヨメさん。言いたいことが一つあります」

「何ですか?」

「僕の恋人になってください。貴女の恋文に、僕は心を奪われました。貴女が思ってくれる事は、僕にとっての幸せになりました。だから、僕と共に生きてくれませんか?」

 

その返答は、恥ずかしすぎてなかなか言葉にできなかったうえ、どもってしまったが、彼は笑って受け入れてくれた。




シェムハザさんがどうして千尋たちを見逃したのかは、再登場時にでも描くつもりなので気長に待っていて下さいな。


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楽園戦争について

不定期更新ですが、書き終わった後の投稿時間は昼の12時に縛ろうと思います。ランキング載りたい以外の理由はありません(超不純)。
まぁ、意味があるかは知りませんけどねー。


ヤタガラス、遡月支部。

呼び出された俺とデオンはのんびりとバスに揺られてそこに向かう。

 

若干寝不足な俺の代わりにバスの停車ボタンを押してくれる人が居るというのはいいものだ。デオンは英霊だからか造魔だからか、睡眠をMAGで補えてしまうのでいつでもコンディション良好なのだとか。まぁ、覚醒した人間もMAGで意識を誤魔化すことくらいはできるのだが、ベースが人間なので無理は出てくるのだ。集中力の欠如とかの致命的なのを引っさげて。

 

なので、こういう時は少しでも睡眠を取るのが正解なのだがまぁたまにはゆらゆら揺られるのもいいだろう。停車ボタンを押したくてウズウズしてるデオンは、見ていて面白いのだし。

 

「サマナー、何か変な事を考えなかったかい?」

「気にすんな」

「考えていた事の否定はしないんだね」

 

そんなこんなをしているうちに、停車駅に着く。遡月支部の表向きの顔は、郷土資料館。面白いものはないが何故かそこそこの人が降りていくという遡月市の七不思議の一つとなっている。

 

「お待ちしていました、花咲千尋様」

 

顔を認識阻害の仮面で隠す術者の一人が、バス停前に迎えに来てくれていた。わりと至れり尽くせりでびっくりである。

 

なにせ、こちらはヤタガラスが全力で隠している情報を握っているかもしれないとの容疑者なのだから。もっと手荒に来ると思ってはいた。最悪ガイアーズに逃げ込むかと考えるくらいには。

 

「こちらです」

「道案内、ご苦労様です」

 

そうして裏口を通り上に上がったり下に降りたりの一見奇妙な道順で案内された。さすがヤタガラス。手が込んでいる。

 

『サマナー、彼はどうして真っ直ぐ目的地に向かわないんだい?』

『結界の一種だよ。決められた道順でゲートを通る事が入る条件になってるんだろうさ。ほら、うまく隠してあるけど、天井辺りにMAGが集まってる場所があるだろ?あれが結界の基点の一つだろうさ』

『なるほど、考えられているね』

『情報のない侵入者じゃあ、絶対にたどり着けない秘密の部屋。多分下手打ったら殺されるな』

『だが、サマナーなら逃げる算段の一つでもつけているのだろう?』

『いや、無理無理。準備質も量も違うから。ここまで対策を講じられたらMAG頼りの力技でしか抜けないし、抜いたとしても術者に取り囲まれておしまいだ。どうしようもねぇよ』

『君は、意外と使えないんだね』

『敵が強すぎるだけだっての』

 

そんな念話をしながら8つ程基点を通り過ぎて行った先に、その部屋はあった。

 

おそらく、条件を満たさなければ視認すらできない類のゲート。MAG隠しの術式が感知できる。

 

コレは、大物悪魔がいるな。

 

『デオン、間違っても斬りかかるなよ』

『わかっているさ。この世界の常識にも多少は慣れたからね』

 

「この中へどうぞ。私はこれにて」

「案内、ありがとうございました」

 

そう一礼して、ゲートの中へと入る。

 

そこには、九つの尾を持った和服の美女がいた。デオンとはまた違う“美しさ”を感じる。傾国の美女とはこういうのを言うのだろうか。

 

「花咲千尋に、シュバリエ・デオンかえ」

「...あなたは?」

「妾はヤタガラス遡月支部相談役の、キュウビと申す。今日は、そなたらに詰問があってここまで出向いてもらった。何分、封印されておるものでな」

 

そう言って、美女は足枷を見せてきた。込められた術式は、許可が出るまで力を封じるという類のものだろう。だが、漏れ出しているMAGだけでも先に死を感じさせたシェムハザとやりあえるだろうことが分かる。これが遡月支部の切り札かと思うと、恐ろしい限りだ。

 

「支部長は来られなかったんですか?」

「アイサは真面目じゃが、それ故に本当の真実までたどり着いてはおらぬ。故に妾と貴様らだけの会話に留めておく事にしたのじゃよ」

「本当の真実ですか...」

「ファントムのシェムハザと会話したのじゃろう?なら、この世界がどうなっているかは大体予想ができているはずじゃ。貴様のような優秀な術者ならの」

「あー、ちょっと違います。海馬雅紀って覚えています?」

 

その名前であの術の存在を思い出したのだろう。キュウビさんは驚いた顔で俺を見据えた。

 

「あやつの死は貴様と同じ異界事故...継承の術か!」

「ええ、なんの因果か、魔術師やってた海馬の一族の知識は今、俺の中にあるんです。なので、平成結界の構成から破り方まで全部知ってるんですよ」

「...成る程、あ奴はこの終わった世でも足掻き続けた賢者よ。その知識は失伝したと思っておったが、ここに継承者がおったとは驚きじゃ」

「まぁ、魔法の方はからっきしなんで知識しか使えてないんですがね」

「じゃからこそ、サマナーになったのじゃろう?」

「はい」

「...しかし成る程、海馬が知識を託したのか。それならば安心じゃの。あの偏屈の信頼を勝ち取ることはそれそのものが信頼の証ぞ。うむ、そなたらは大丈夫そうじゃ」

「ありがとうございます」

 

とりあえずひと段落。だが、イマイチ話についていけてないデオンは俺の方をじっと見つめてきた。ジト目って奴だろうか。

 

『サマナー、私はそんな大切な事を全く聞いていなかったんだが』

『俺は傷口晒して喜ぶ趣味は無いんだよ』

 

「おや、そちらの騎士は納得しておらんかったのか?」

「すいません、仲魔にしたのは割と最近でして」

「あと、秘密主義のサマナーのせいでもあるね」

「...デオン、もしかして拗ねてんのか?」

「拗ねてなんかないとも、うん」

「仲が良いのぉ。ではせっかくじゃ、説明してやろう。この国に何があって平成結界などという大結界が張られる事となったのかを」

 


 

その始まりは、平成11年の始めの頃。それは世紀末の始まり。西暦という昔の暦で1999年の時だった。

 

南米大陸東の海上に、小さな黒点が現れたのだ。

 

始めは、その黒点はただそこにあるだけだった。ただ、生き物を全て分解してしまうという性質を除いて。

 

その黒点に対処する技術力は当時の人類には無く、傍観しかできなかった。ミサイルの類とて、その黒点には全く意味を成さなかったのだ。

 

そうして、地獄の一年が始まる。

 

その黒点が、広がり始めたのだ。ゆっくりと、だが真綿で首を締めるかのように着実に。

 

命だけを分解する地獄の空間が、かつて地球と呼ばれていた世界を覆い始めたのだ。

 


 

「そっから先はわかるだろ?黒点が現れたのは、地球ってので見るとちょうどこの世界の反対側。つまり、その黒点を止める手段がない以上」

「...人々は、最後の楽園を求めて日本へと殺到する。武力すら用いて」

「その通り。それが、楽園戦争。この世界と外の世界との生存競争」

「誠に、度し難い話じゃったよ。なにせ、この国を守ると言っていたアメリカという国が真っ先に日本に対して武力を用いだしたのじゃからな」

 


 

楽園戦争が始まってから、日本は孤立無援に陥った。どの国の誰もが、日本という最後の楽園に住み着く事を望んだが故に、その土地に住んでいる人々を殺す事に躊躇いを持たなかったのだ。

 

たった一年の戦争。全世界の武力と、全世界の魔導が本気で日本という国を奪いに来たのだ。それに対して日本という国が一年もの長い間国を守り続けられたのは、第二次世界大戦時においてすら静観を保っていた皇族が実権を持って動き出したからだ。

 

現人神たる皇族は、その絶大なる力を用いて、敵国たちの聖遺物や最新兵器を悉く打倒していったのだ。その影にクズノハやヤタガラス、在野の異能者たちさえもがいた事に疑いはないだろう。

 

それは、牙を奪われて尚守るために訓練を続けてきた自衛隊という者たちを奮起させ、その最後の一兵に至るまで身命を賭して戦い続けた。

 

そうして稼げた時間が、1年。その時間をもって、日本という国を守る最後の砦は生み出された。

 

日本でしか通じない平成という年号という呪いを持って防衛地域を限定した大魔術。世界中に散らばっていながらこの楽園戦争のために日本に集まった聖なる盃の欠片たち。

 

そして、最後の皇族の生き残りの姉妹。その妹の献身をもって、この国に敷設されたのだ。

 

平成結界という、最悪で最善の結界が。

 


 

「生きてる姉さんの末裔が、この前会った真里亞だよ」

「成る程、結界が敷かれるまでの流れは大体理解したよ。だが、それだけではこの国は結局滅んでしまうのではないか?外の世界では未だ、黒点が広がり続けているのだろう?」

「そこもなんとかしようとしたのが、この結界の目的の一つでな。この結界の中はある種の異界になっていて、時間の流れが違うんだ」

「時間の流れ?」

「ああ、この平成結界の中は、外と比べて16倍近い速度で動いているんだ」

「...そうか!今の技術で黒点に対応できなくても、未来の技術ならという事か!」

「その通りじゃ。三百年にも渡り決死隊を送り込んだ結果、その目的も果たされ、黒点の調査を完遂させた。それが、去年の話じゃ」

「それなら!」

「黒点の正体は、世界そのものが世界をリセットしようとしているもので、人間のスケールではどうあがいても防ぐこともできないってクソみたいな調査結果だけどな」

「...ッ!」

 

戦う相手がいるのなら、この世界の全戦力をもって戦い打倒する。それだけの覚悟が、この結界を作った者たちと、今この国を守る者たちにはあった。

だが、そんなものがないのなら?世界を襲う邪悪などおらず、ただの現象としてこの世界が終わろうとしているのなら?

 

答えは、どうしようもないだ。

 

「まぁ、運命だったのじゃろうよ。この世界は滅びる。抗う術はない。それだけのことじゃ」

「...では、結界の更新というのは?なんの目的でそんな事を?」

「単なる延命のためじゃよ。今や平成331年、平成結界も長く保ち続けた。じゃが綻びが生まれておる以上、代替わりが必要なのじゃよ。このままでは結界は崩れ、無為に終わるだけじゃからな」

 

たとえそれが、逃避に近いものだとしても。そんな事を言外に含ませながらキュウビさんはそう言った。

 

「少し、話し過ぎたかの」

「いえ、大変参考になりました」

 

「では、最後に質問じゃ。悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋。汝は何をもって道と為す?」

 

発せられるMAGの質が変わった。これまでは爺さんに免じての温情だったのだろう。この殺意じみた意思に対してどうするのか。それが、このキュウビさんが本来見るべき事だ。

 

なら、正直に言うとしよう。俺の信じる未来の事を。

 

「今を少しでも長く未来に道を繋ぐ為、道を探し続ける事をもって俺の道とします。この世界は滅びかけているけれど、まだ滅んでない。だから、諦めません。それが那由多の果ての可能性で、たった一瞬の延命だとしても、賭けてみせます」

 

その言葉にデオンはどこか納得し、キュウビさんはバカ笑いを始めた。まぁ、無茶苦茶言ってる自覚はある。

 

「...貴様、海馬の記憶を継いでまだ諦めぬと言うのか!アホじゃな!」

 

アホとまで言われるとは思わなかったが、殺気の類は消えたのでとりあえずはでいいだろう。

 

そうしてひとしきり笑った後に、キュウビさんは爺さんの最後の記憶と同じ事を言い放った。

 

「残り時間は8年、外の時間で半年じゃ。もはや大陸は飲まれ、残っている大地はこの日の本しかない。道を見つけ出せるとは思えんが、それでも足掻くのが人の子というものじゃろう。気張るが良い、花咲千尋」

 

その言葉をもって、俺たちのとりあえずの生存は認められたようだ。

 

「あぁ、シュバリエ・デオンは残れ。貴様には別口で聞きたいことががある」

「サマナー、どうする?」

「何も取って食おうとされてる訳でもねぇだろ。表で待ってるから好きに話してな」

 

そんな言葉を最後に、俺はその部屋を去った。

 

『やばかったら念話しろ。バルドルを突っ込ませる』

『ありがとう、サマナー』

 

そんな念話を残しながら。

 


 

「さて、要件はわかるの?」

「いえ、あいにくと」

「とぼけるでない。貴様、アウタースピリッツじゃろ?」

「...はい。ですが、人に危害を加えたりするつもりはありませんし、私の存在が結界に影響を与えるという事もないそうです。サマナーが正しければ、ですけれど」

「そこは良い。結界に影響を与えるのはアウタースピリッツではなくあくまでそれが発する魔力じゃ。造魔と化している貴様には関わり合いはないじゃろうよ。じゃが、汝らアウタースピリッツに刻まれた命令(コード)の事、知らぬ我らと思うか」

命令(コード)?」

「玄奘三蔵が命がけで示してくれたのじゃよ。今際の際の魂を、気合いで保ち続けることで解析を進めさせてな」

 

「貴様らアウタースピリッツには、一つの命令(コード)が仕込まれている。おそらく、それは世界から。魔術分野において研究されていた抑止力という奴じゃろうな。この世界が生き延びる万に一つの可能性を潰そうというのじゃろうよ」

「...その、命令(コード)とは?」

 

その答えは、考えていた以上の最悪のものだった。

 

一つ、サマナーに隠しておきたい事実ができた。

サマナーに危害を加える程度のものならきっと彼は受け入れてしまうだろう。しかし、それ以上の事ならきっと彼は躊躇わない。だからこそだ。こんな世界でも優しさを失っていない彼にとっては、きっと傷になるから。

 

その時がいつ来てもいいように、自ら命を絶つ覚悟だけはしておこう。そう思った。

 


 

「よ、終わったか」

「ああ、アウタースピリッツについて少し教わってきた。度し難いね」

「まぁお前はお前だ。気にしなくていいだろ」

「少し、適当すぎやしないかい?」

「だって肉体を持ったアウタースピリッツなんざ他に例はないんだぜ?比較しようにもできないんだから、出たとこ勝負しかないだろ」

「そんなものかな」

「多分な」

 

デオンの表情は、暗かった。というか、暗いのを隠しているような顔だった。この短い付き合いでもそれがわかるのは、きっとデオンの根が真っ直ぐすぎるからだろう。

 

なら、仲魔のケアがてら少し寄り道ををしよう。

 

「ただ帰るのも味気ないし、郷土資料館見てこうぜ。この世界の歴史を知ったデオンなら、割と面白く見えると思うから」

「...そうか、320年の戦いの歴史の証になるのか」

「そうだよ。そんなに長い間、頑張り続けた人の歴史の一端だ」

「それは楽しみになってきたね」

 

そうして、デオンとともに寄り道をする。帰る分には結界を通る道順は適当でいいので楽なものだ。

 

郷土資料館は、そこそこ綺麗にされていた。まぁ、受付の人がこっちに人が来たことに驚いて読んでいた本を落としたのは些細なハプニングだろう。だいたい依頼の後始末とか事情聴取は裏の方に回るからなー。

 

「この街、遡月というのは後に名付けられた名前なのか」

「ああ。爺さん、海馬の魔術師の記憶によると、楽園戦争の時にこの街を守ったのが遡月って家だったらしくてな。しかも平成結界敷設にも力になったって話だ。その功績を忘れないように、この街には遡月って名前が付けられたんだよ」

「なるほど、やはり街にも歴史はあるものだね」

「もう300年前のことだから、伝説じみてるけどな」

 

「これは、この街の模型かい?」

「ああ。ほら、ここがウチの事務所な」

「本当だ。私の生きていた時代にはここまで精巧なものはなかったからね、なんだか巨人になった気分だよ」

「ちなみにここでも豆知識。この街に沢山ありすぎるクレーターあるだろ?」

「ああ。だが、埋め立てられていないのを見るに、これも何か事情があるのかい?」

「これ、当時の遡月のサマナーが外の世界の軍勢と戦った戦闘跡。極大魔法が飛び交うイカれた戦場だったらしくてな。潜在MAGの暴発とかが怖いからヤタガラスが時間かけて調律してたんだよ」

「それで小さいのが残っているのか。大きく、影響のあるものから処理していったから」

「そういう事。まぁ、時間経ったしMAGも自然に散っただろうからこのクレーターだらけの都市も見れなくなるかもしれないけどな」

「残り8年でかい?」

「そこなんだよなぁ。ぶっちゃけ今の国の方針って黒点対処に全振りだったのがなくなったせいでふわふわしてるしなー。最低限の衣食住を保証してのみんなでのんびり死のうぜ!な政策にシフトしてもおかしくないんだよ。まだ夢も希望もないからな」

「この世界を束ねる政府は、そこまでなのかい?」

「みんな命懸けで一致団結してたのが無くなっちまったからな。これからどうしていいかお偉いさんもわかんないんだよ」

 

二人だけしかいない資料館をてくてくと回っていく。この世界、日本という国に慣れてきていてもやはりフランスという亡国に心を置いているデオンであるが、だからこそこの歴史の積み重ねに心を動かされていた。

 

「サマナー、ここにあるものに時々異国のものが混ざっているように見えるのだが、それは何故だい?」

「異国のもの?」

「ここにある懐中時計や、さっき見た軍刀などだね。軍刀は私から見ても年代物だが、イギリス軍が採用していたものに見える」

「あー、それは多分文化の合流が原因だな」

「文化の合流?」

「ほら、この世界に平成結界が敷かれたのって戦時中だろ?当然いろんな人にこの世界の大地に踏み込まれている訳だ」

「...その時日本に寝返った外国人が残したものか」

「そ、まぁ寝返りざるを得なかったんだけどな。外との通信はほとんど絶たれた訳だし、大型核ミサイルによる援護だってこれから自分たちが住む場所を汚すわけにはいかないから撃てないし。踏み込んだ奴らは自己判断で生き残る為の道を選ぶしかなかったんだよ。それが、この世界にちょっとだけでも他の国って奴の文化が残っている理由だな」

「国を裏切る決断か、苦渋のものだっただろうに」

「それでも、この世界はそれを受け入れた。最後の楽園で生きる仲間として」

「...それだけは、少し救いだね」

 

「さて、どうだった?この世界の片隅の資料館は」

「思っていたよりも面白かったよ。君の説明があったからかな?」

「それなら良かった。ま、俺の知識ってほとんど爺さんのものだから俺が威張れはしないんだけどな」

 

「その爺さん、海馬雅紀さんの事、聞かせてくれないか?」

「...凄い魔術師だったよ。決死隊の報告を聞いて、それを確かめる為に平成結界ギリギリまで...」

「違う、君が見た、君の話をして欲しいと私は言ったんだ」

「...それじゃ、あんまり語れる事はないぞ。たった3日しか俺と爺さんとセミラミスの道は交わらなかったんだから」

「それでもいい、君の話を聞かせて欲しい」

「んじゃ、散歩ついでにな」

 

どうにもこの真面目な騎士様はまた何かを抱え込んだようだ。

その助けになるかどうかはわからないが、まぁ話すだけならタダだ。外回りのついでに済ませよう。

 

郷土資料館を出て、大回りにパトロールのルートを設定し所長に報告する。ヤタガラス支部の近くとはいえ、小さな異界は足で探さないと見つからなかったりするのだ。成長して手がつけられなくなる前に見つけられるととても良い。だからフリーのサマナーは皆、暇を見つけてはパトロールをするのである。

 

大きい異界討伐と小さい異界討伐にヤタガラスからの報酬に差が無いというのも理由といえば理由だが。

 

「それで、爺さんの話だっけ」

「ああ」

「爺さんはなんていうか、クソ爺だったな」

「恩人にいきなりソレかい⁉︎」

 

デオンはいきなりの事に驚いているが、実際そうなのだ。自分が一般人であった事を仮定して自分の食らった術式を逆算すると、恐ろしい事実が浮かび上がってくるのだから。

 

「俺さ、初対面の時に殺されかけてんだよ。爺さんの手持ちのMAGがないって理由で電池にされてさ」

「それは...うん、酷いな」

「その時に覚醒したのが今の俺。覚醒してなきゃ悪魔の餌だったな、うん」

 

九死に一生の綱渡りの始まりが席選びでエコノミーを取る事とか予想できなくて笑えるレベルである。

 

「まぁ運良く覚醒できて、ちょっとだけの手ほどきを受けて俺は爺さんと共にこの世界の裏側に踏み込んだ。でも、それから先も新人で雑魚だった俺の事を何も考えないクソっぷりでな。雑魚なりの立ち回りができてなかったら多分悪魔のついでに殺されてたわ」

「...それで?」

 

どこか優しい表情で、デオンは先を促す。まぁ、言葉の端々に出てしまうのだろう。殺されかけてたりしたが、なんだかんだで俺は爺さんの事を嫌いになれていないという事を。

 

先人として、恩人として、本当に尊敬しているのだという事を。

 

別段隠す事でもないので良いか、なんて事を思い話を続ける。

 

「それから色々あって、俺とカラドリウスと爺さんとセミラミスで防衛戦をする事になったんだよ。そんときの事は、まぁぶっちゃけ良く覚えてない」

「恐怖体験というのは、結構記憶に残るものじゃないかい?」

「恐怖っていうか、怒りに我を忘れてたってのが正しいな」

「サマナーがかい⁉︎」

「そ、一応人の情が真っ当に残ってたころのことなんで」

「すまない、そう言う意味で驚いた訳ではないんだ」

「いーんだよ。俺が冷血野郎なのは自覚してるから」

 

自覚しているが、冷血野郎と思われるのはちょっと傷つくのだ。いや、そう思われるような行動を取っている自分が10割で悪いというのはわかっているのだが。

 

まぁいい、話を進めてしまおう。

 

「けど、怒りに我を忘れてても俺は結局雑魚でしかなくてさ。出来ることは悪魔の落としたアイテムを使うことと、カラドリウスで治療をする事、あとは爺さんのMAG電池係くらい。雑魚すぎて笑えるよ本当」

「サマナー」

「わかってる、感傷だよ。あの時もっと出来ることがあったらって思わない事はねぇんだよ。結末は、変わらないだろうけどさ」

 

実際、わかっているのだ。あの時の俺が状況に与えた変化など10か20くらい。今の俺が行ったとしても1000程度だ。対して状況自体の大きさは1万は軽く超えていた。

 

それこそ、伝説の葛葉ライドウくらいの超人でなければあの状況はひっくり返せなかっただろう。

 

「けど、そんな俺の事を見ててくれたんだよ、爺さんは」

 

「それだけで、救われてた。最後の一線を踏み外さないで済んでた。不思議なもんだよな」

「だから、恩人なのか」

「ああ」

 

「俺の生き方を変えてくれやがったクソ爺だけどさ」

 

そんな言葉を言い訳のように残した。

 

「はい、終わり!パトロールに集中するぞ。即金とはいかないが、金のためだ。見落としはしない」

 

「...サマナーが諦めないと決めたのは、彼に報いるためかい?」

「...終わりだって言ったろうが」

「すまない。けれどこれだけは聞かせてほしい」

 

デオンは、真っ直ぐに俺の目を見てきた。ただ、誠実に。この目に嘘や誤魔化しは無礼どころじゃない。だから、しっかりと胸の思いを返そう。

 

「悲しい事にそんな理由で生きる道を決められるほど俺は義理堅くはないんだよ。ただ、俺が生きたいだけだ」

 

「胸を張ってさ」

 

その言葉に「ありがとう」と一言言ってデオンは何かを考え込み始めた。

 

コイツの抱え込んだ何かは、少しは楽になっただろうか。

 


 

予定していたパトロールルートを巡り終わると、夕暮れ時となった。

ちょうど丘の上の住宅街に来ていたため、夕暮れが綺麗に見える。少し得した気分だ。

 

「...サマナー、この夕暮れも作られたものなのかい?」

「ああ、そうだ」

 

本物の太陽は、今どこにあるのかはわからない。今俺たちを照らしているのは平成結界の作る偽りの太陽だ。これは、日本という国をベースに異界を作ったが故の副産物である。気候や気象などが、平成12年の日本のものを再現され続けているのだ。

ちなみにこれは狙って作ったものでないあたりが本当にギリギリだったのだなぁと思わせたりもする。

 

「偽物だらけだね、この世界は」

「だから、たまに混じる本物が際立つんだよ」

「例えば?」

「こうして夕暮れを綺麗だと思う心、とか?」

「...そうだね。作り物でも、綺麗なものは綺麗なものだ。それでいいのかな」

「いいんだよ。多分な」

 

ふと、デオンを見る。デオンは夕暮れを見て、ふとこんな言葉を零した。

 

「サマナーは、僕が道を違えた時、僕を殺してくれるかい?」

 

そんな馬鹿な問いかけを。

 

「それでお前の心が安らぐなら、約束するよ」

「ありがとう、サマナー」

 

その儚げな雰囲気は、まるで死地に向かう者のようであった。

だが、あいにくとそんなのはこの騎士には似合わない。

この真面目な騎士は、誇りを持って凛と立っていないとしっくりこないのだ。

 

だから、その約束の前に前提条件をつけよう。

 

「だけど、その前に止めるからな?俺の勝ち筋って割とお前に依存してるから、お前に死なれるとかなり困る。それに...」

「...それに?」

「お前と一緒にフランスって国を見に行かないといけないからな」

 

その言葉に、デオンはハッとしたようだ。

それは、なんでもない日の何気ない約束。ほとんど不可能と決まりきっているにもかかわらず、それを守ると口に出して言う事。

 

それは、覚悟だ。

コイツを一人で死なせはしない。どうせ目指すなら、共に生きる道を目指す。そんな覚悟。

 

「約束を守るのが、悪魔召喚士(デビルサマナー )なんだよ」

「...馬鹿じゃないのかな、君は」

「馬鹿の方が人生楽しいからな」

 

その言葉で、デオンも少し吹っ切れたのだろう。凛とした空気が戻ってきた。

 

「...うん、僕と契約したのが君でよかったよ。サマナー」

「そりゃありがとう。じゃあ、契約を本契約に更新するか?」

「...うん、決めたよ。私が私である最後の時まで、君の騎士である事を」

「すまん、冗談のつもりだった」

「僕は本気さ」

「もちっと自由を満喫してもいいんだぜ?」

「君の騎士になると、僕の自由で決めたのさ。反論は受け付けないよ」

 

その凛とした空気に、コイツはもう大丈夫だと感じられた。

なら、命くらいは預けてもいいだろう。今までよりも、深く。

 

「俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー )花咲千尋」

「私はシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモン」

 

「「ここに、契約を結ぼう」」

 

契約の形は、ただ名乗り合うというもの。

その後の握手は、ただの流れ。意味なんかない。

 

それでも、魂が今までよりも深く繋がった事が感じられる。きっとこれが、信頼なのだろう。

 

「痛ッ⁉︎」

「サマナー?」

「なんか、手の甲に...なるほど」

 

そこには、セミラミスとの契約の際に現れた、令呪という聖痕が現れていた。

 

「これが、契約の証かね?」

「そうみたいだ。...まるで、鳥のようだね」

「片方翼消えてるけどな」

「いいじゃないか。片翼では飛べないから、仲魔を頼るんだろう?」

「上手いこと言うな。でも、確かにそれらしいし、俺らしい」

 

なんとなく、夕暮れに令呪の宿った右手をかざしてみる。

消えた一枚の翼が、あの日の無力さを思い出させる。でも、歩き出すためにこの力はきっと必要になる。割り切っていこう。

 

「じゃあ、改めて。これからよろしくな、デオン」

「こちらこそ、よろしく頼むよサマナー」

 

とりあえず、皆の分のケーキでも買ってから帰るとしよう。

 

「所で結局お前って男なの、女なの?」

「それは秘密という事で」

 


 

その日、夢を見た。

華族の着るような豪華な服を着る人々の中、軍服を着ている自分/デオン。社交界では、遠巻きにされずっと笑われてきた。男でも女でもない半端者だと。

 

そんな自分/デオンに対して、白百合の女王は美しい青いドレスを贈りながら言った。

 

「あなたが本当に着るべきものを贈ります、わたしの素敵な騎士へ」

 

その言葉の暖かさから、騎士として必ず彼女を守ると誓った。

 

そんな場面で眼を覚ます。今のは、契約が深く刻まれたことによる記憶の流入だろう。白百合の女王の存在だって、正直アレには勝てないと思うがそれだってどうでもいい。

 

「...俺は、狂ったのか?」

 

鏡を確認するも、そこにあるのはきちんと自分の顔だ。少なくとも俺の顔は正常だ。俺の頭もおそらく正常だ。

 

なら、アレは何だ?何を見た?

 

「...調べなきゃならない事がまた増えた。時間無いんだから余計な手間被せてんじゃねぇよ畜生」

 

海馬の魔術師の知識から、平成結界の効果は把握している。故に、この現象は結界の効果外なのはほぼ間違い無い。結界の効果だとしたらそれは誰かが意図的に悪意を持って加えたものだろう。何かの為に。

 

目、耳、鼻、口、それらが顔についている器官なのは知識としてある。だが、今の自分たちが見ているものと過去のデオンの記憶のもの、正しいのはデオンの記憶のほうだろう。ということはこの世界で俺たちが個体を認識する為に見ているものが、根本的に平成以前とは異なっている可能性?何のために?

 

「クソ、意味がわからない事しかわからねぇ。朝っぱらからんな事させんなよ畜生」

 

答えは謎のまま、時ばかりが過ぎていた。




説明&デート回。と見せかけて特大の伏線というか地雷仕込んで次話に続く!
爆発するのはもう少し先なのでお待ち下さいな。

あ、感想欄での質問疑問反論はドシドシ下さい。気をつけているつもりですが、作者が描写ミスってた可能性は捨てきれてないので。


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見える世界

後3人が遠いッ!
まぁ低評価食らうよかいいんですけれど。

あ、作者はキングプロテアやっと倒しました。ジャンヌマーリンマーリンで超無敵ループです。でも、試行錯誤したその対価にイベント本編全然回ってねぇのです。イベント本編シナリオも面白いだけに間に合うか?


「サマナー、何をしているのかについての説明をお願いしたいのだが」

「認識をズラされている可能性が出てきたから、アナログで確認してるんだよ」

「だからといってこうも顔を触られ続けるのは、その...こそばゆい」

「慣れろ」

 

目隠しして手の感触だけで顔を描く。

 

絵の腕は無くとも、どの距離にどのパーツがあるかくらいはわかる。射撃練習で身につけた距離把握の技術の応用だ。

 

そうしてパーツだけを描いてデオンを確認する。

 

「サマナー、できたかい?」

「ああ、目、鼻、耳、口の位置は問題なし。小顔だって違いはあれど、ちゃんとした人間の顔だ」

「...少し見ても良いかい?」

「ああ、構わない」

 

理由もないので絵を見せる。すると、帰って来るのは苦い表情。

 

「サマナー、君は比較検討をする前に絵心を学んだ方がいい。比較も何もないぞ、これでは」

「...上手く描けてると思うんだがなぁ」

「これでかい⁉︎」

 

「よし、他の人に聞いてみよう」

「いや、どうしてそこまでその絵に自信を持っているのさ⁉︎」

 

そんな訳で、縁と所長にも描いた絵を見せてみる。

 

縁からは、「...すいません、チュパカブラか何かですか?」と

所長からは、「凄いね、ここまで絶望的に下手だとからかう気にもなれないや」とのお言葉を貰った。解せぬ。

 

「それで、認識がズレているとは?」

 

デオンが口火を切る。流石に気になるワードではあったのだろう。

 

「いや、デオンの生前の記憶を夢に見てな。そん時に見えた人の顔が現在のものとかなり異なったから、何かの呪いかと思ってな」

「そうか?私には大差ないように感じられたが」

「...本人がそう言うなら、アレは記憶の接続時のノイズか何かだったのかねぇ」

「というか、私が死んでからかなり時間が経っているのだし、顔が変わるくらい普通ではないか?ほら、人間の産まれ方だって変わったのだし」

「...それもそう、か?」

「納得いっていないようだね。なら、サマナーネットで調べてみるというのはどうだい?便利なのだろう?それは」

「...そうだな。うん、わかんない時は頼るのは大衆の知識、いい事言うなお前」

「現世にも慣れたからね」

「デオンくんが来てから、もう一月経つもんねー」

「ですね、機械音痴も大分直りましたし」

「...エニシ、私は機械音痴ではない。使い方を知らなかっただけだ」

「いや、今でも洗濯機回すのに手順確認してからやってるだろお前」

「どうしてそれをッ⁉︎」

「あー、洗濯機の前でタブレット見てるのってそれが理由だったんですか」

「デオンくん、真面目だからねー。洗濯機なんて適当でいいのに」

「適当過ぎて柔軟剤入れ忘れる人は黙っててください。所長は機械音痴どころか生活音痴でしょうが」

「...縁ちゃん。千尋くんって酷くない?」

「...ははは」

まぁなんにせよサマナーネットだ。現在のこの世界の人口は約1億人。楽園戦争での虐殺を考えると大分持ち直したのだろう。出産器の普及以降は、人口は増加の一途を辿っている。戦後の人口が敵兵含めて2千万程度だった事を考えると、相当なものだろう。息するように人が死ぬこの世界にて、なんと5倍だ。

 

その内の約0.1パーセント程度が裏の業界に踏み込んでしまった悲しい者達だ。つまりだいたい100万人。数字で見ると意外な多さである。その全てがサマナーネットを使っているとは言えないが、悪魔召喚プログラムに内蔵されている人と繋がるこの機能はヤタガラスの検閲を受けない貴重な情報のやり取りの場なので、重宝されている。

 

その叡智、活用しないと言うのはいささか勿体なさすぎるだろう。

 

「さて、検索検索っと」

 

まぁ、このサマナーネットという奴は匿名性のないSNSだ。基本の使い心地が悪すぎるからいろんな外部アプリが出ていたりするという曰く付きのものである。なので、ヤタガラスはそういった外部アプリに捜査のメスを入れる事でサマナーネットがダークサマナーの悪事に使われないように日々監視しているのだとか。世知辛い。

 

「どうだい?」

「んー、俺の見たのは魔眼による拡張とは多分違うからな。なんていうか、人が気味が悪く見える感じ」

「気味が悪いか...どんな風にだい?」

「上手く言葉にできてたら苦労はねぇっての。本当に気味が悪い感じなんだ。人の顔のはずなのに、見慣れたものに思えないみたいな」

 

「やっぱ認識に関する操作が行われているのかね?」などとごちつつサマナーネットを探し回る。

 

そうして見つけた一つの投稿。約2月前に昏睡状態から目を覚ました12歳の息子の様子が変なのだとか。死にかけて覚醒したという感じではなく、身体的にもごく普通。だが何故か時々()()()()()()()()()()()()のだと。

その原因究明のために、現在も入院を続けているらしい。

 

その原因に少し心当たりがある。スマートフォンからサルベージした結界に穴が空いた時の時刻と、この息子さんが目を覚ました時刻がほとんど同じなのだ。

世界に穴が空くほどの現象だ。何かしらの影響はあるのだろう。

 

幸いにも、場所は二つ隣街の病院、近場だ。社用車を使えばそう時間はかからない。

 

メッセージでやりとりし、自分が現代魔導の使い手だと証明した事で息子さんの異常の調査、改善依頼を取り付ける事に成功した。

 

依頼料は大した事はない上に成功報酬だが、まぁいいだろう。本命はそれではないのだし。

 

「じゃあ、依頼で七夜街まで行くけど、縁はどうする?」

「一緒に行きます。なんか最近千尋さんとなかなか話せなかったので」

「そこー、私には聞かないのかい?」

「いや、事務仕事溜まってるでしょうが」

「...ほとんど千尋くんのせいじゃん」

「だから手伝えるとこは手伝いましまよね?その間デオンや縁とひたすら訓練してたのは誰ですか?」

「...いや、だってさ!」

「だってじゃありません。諦めてください」

「...いけず」

 

「じゃあ、頑張って下さいねー」と言い残して外に出る。今日はあいにくの曇り空で、午後からは雨が降ってくる。

偽りの天気だとわかっているが、どうにも気が滅入るものだ。

 

「行きましょう、千尋さん、デオンさん!」

 

コイツに、そんな心配はないようなのだが。

 


 

車でぷらぷらと行った先にあるのは七夜総合病院。そこの407号室が依頼を受けたサマナーの息子さんのいる病室だ。

 

エントランスを見回してみると、どこか空気の違う人が一人いた。意図的に隠していないのだろうが、かなりの強者だ。

 

こちらもMAGを軽く顕在させる事で合図とする。向こうもこちらに気がついたようだ。

 

「あなたが、花咲さん?」

「流石に若いと、信用できませんか?」

「いや、あなたの知識はこの業界に入って長い俺のものを上回っていた。年齢でどうこう言うつもりはない」

「じゃあお願いしますね、キリさん」

「ああ、頼む。だが聞いていいかい?」

「なんですか?」

「そちらの人としか見えない悪魔と、そっちの少女はなんなんだい?潜在MAGから言ってこっち側の人間なのは間違いないが」

「護衛の造魔と電池です。不意打ちは怖いですからねー」

 

「電池って酷くないですか⁉︎」と縁が喚くが仕方ない。この人が未来において敵にならない保証がないのだから、迂闊に手の内を晒してなるものかよ。

 

「思ったよりも優秀そうで安心した。さぁ行こう。息子の志貴の病室は4階だ」

 

病棟のエレベーターに乗って病室へと向かう。移動中に調べた感じだと、この病院の4階は個室だった筈だ。実力者なのは鍛えられた体と潜在MAGを見ればわかるが、やはり稼いでいるようだ。

 

取らぬ狸の皮算用と笑われそうだが、成功したら報酬ちょっと釣り上げられないか交渉するとしよう。

 

真っ直ぐに病室に向かうと、そこにはドアの空いている病室が一つあった。

 

「ドクターの往診かな?」

「ここって、異能治療やってる病院でしたよね」

「ああ、ドクターとは知古でね。覚醒してこそいないが、魔導機械の使用を許可されて長いエキスパートでもある。私も、何度も彼に命を救われたよ」

「なるほど、信用できそうな人で良かったですよ」

 

とは口で言うものの、魔導知識を持っている医者とはとても厄介だ。魅了魔法(マリンカリン)で情報を抜かれないように対策しているだろうから。

 

『サマナー、邪心が漏れているよ』

『邪かねー、この考えって』

 

なんにせよ、まずは検査からだ。この病院に導入されている魔導機械の類で原因がわからないとなると、原因は絞られてくる。

 

集合的無意識への意図しないアクセスは、結局は受信部である脳の作用であり、感知できるから除外。

とりあえずは、何らかの要素の過剰な上昇による認識の変化あたりと見ている。

これならば、出産器の存在により産まれ方の変わった人間が認識できなくなったものを過去の人間であるデオンが見ることが出来ていたという一応の理屈は通るからだ。

今のデオンが認識できていないのは、ドリーカドモンに入った事による認識の変化あたりだろう。

 

その割に本人が自覚していないのは奇妙な話ではあるが。

 

仮説が多すぎるが、検査の方針は父親であるキリさんとの魂の比較検討でいいだろう。覚醒によって規格が変わったとしても、根幹は変わらない筈だからだ。

 

「失礼します、ドクター」

「...そちらの少年たちは?」

「現代魔導師兼悪魔召喚士(デビルサマナー )の花咲千尋です。こっちは護衛のデオンと神野です。」

「...こんな子供でも、裏の世界の人間か。度し難いな」

 

その目は、侮蔑の色を含んでいた。だがそれはおそらく俺に対してではなく、自分に対して。

 

「一本道しかなかったとしても、自分の意思で歩いているつもりです。憐れみで目を曇らせないで下さい」

「...口ではなんとでも言える」

「じゃあ実力で黙らせてみせますよ」

 

そんなちょっとした牽制をしていたら、息子さんの志貴くんが奇妙なものを見る目で縁とデオンを見ていた。

 

「見分けが、付く?」

 

そんな言葉を口にして。

 


 

相貌失認という脳障害がある。それは、脳のダメージなどにより、他者の顔や表情を認識できなくなるという症状だ。

魔に類する可能性を全て取り去った後でなら、もうそういうものだと割り切ってしまうつもりでいたものでもある。少ないが、同じ症例も過去には見つかっていたのだから。

 

だが、簡単なカウンセリングの結果その可能性は否定された。

 

相貌失認症は、顔のパーツすら認識できなくなるのだ。だから、表情すらもわからなくなってしまう。

 

例外であるデオンと縁のものはともかく、俺やドクター、キリさんの表情の変化も把握できている事からそのその可能性は否定された。さて、ここからは本当に未知だ。

 

それはつまり、俺の今朝の夢に関係する可能性が出てきたということ。

 

もしかしたらそれが人類存続の足がかりになるかもしれない。なにせ、こちとら暗中模索どころの騒ぎではないのだから。

 

「じゃあ、志貴くん。今から君を魔術的に調べる。体に害はないと思うんだけど、痛みや違和感があったら言ってくれ」

「結局あなたは誰なんですか?デビルサマナーとか魔術師とか、俺にはよくわかりません」

「そうだなぁ...」

 

どう言うのが、この少年を安心させられるだろうか。少しだけ悩んで、ちょっと格好つけることにした。

 

「お節介焼きの魔法使い、かな?」

「...なんで疑問形なんですか」

「一応報酬出るから、全部が全部善意って訳じゃないんだよ」

「...まぁ、信じます。あなたの表情は、嘘を吐いている感じじゃありませんから」

「ありがとな、志貴くん」

 

にしても表情で嘘を判断するとは、この子凄い価値観してるなと頭の隅で思う。

 

「始めるぞ」

「はい」

 

魔法陣展開代行プログラムを用いて、術式を構築する。俺と志貴くんとの間にラインを繋ぎ、魂へのアクセス権を偽造する。

人間の魂は心の海、集合的無意識にあるため、魂の精査には少し面倒な手続きのようなものが必要なのだ。

ちなみに、悪魔の魂は半分この世界に出ているから精査は比較的楽だったりする。MAGによる肉体の構築は、魂を設計図にしているからだ。

 

「ラインは繋ぎ終わった。体調に変化はあるか?」

「...いえ、特には」

「オーケー、じゃあ次行くぞ」

 

「君の問題を確認する為に、君の見てる世界を見せてもらう。ラインを通じて君の視界を確認するから、体の力を抜いて指示に従ってくれ」

「...はい」

 

了承を得られた所で、ラインを通じて視界をジャックする。多少の抵抗はあれど問題なく術式を通す事ができた。

 

その結果見た志貴くんの視界では、この世界は()()()()()()()()()()()

 

脳から魂に伝わる回線をジャックしているので、これが志貴くんの視界であることは間違いない。とすれば、体の問題は本当にないということだ。

 

まぁ、目や脳の異常なら魔導科学によって感知できるので当たり前といえば当たり前だが、あの視界を期待していただけにちょっぴりがっかりである。

 

「どうしたんです?」

「いや、ハードウェア側に問題がない事がわかってね。君の体が正常だった事が分かったんだよ」

「...この世界の、どこが正常ですか!」

 

「人が皆、同じ顔に見えるんですよ!どっかの他人も病院の人も父さんも母さんも!みんなあののっぺらぼうに適当に部品をつけたみたいな顔になってて!それが普通?問題ない⁉︎冗談じゃないですよ!」

「それでも、君の体には異常はないんだ」

 

「だから、君の魂をこれから調べる」

「...魂?」

「ハードウェアに問題がないのなら、問題はソフトウェアにある。それだけの事だよ」

「...できるんですか?そんな事」

「私からも疑問だ。魔導技術の論文には目を通しているが、魂へのアクセスなど超高難易度の技術、君のような若者にできるものなのか?」

 

ドクターさんからの厳しい指摘がちょっと癪に触ったようで、デオンと縁がちょっと殺気立っていた。いや、何でお前らがキレてんだよ。

 

「ご心配なく。普遍化が完全にはできていないのでまだ公開はしていませんが、魂へのアクセスルートを開く魔導術式は存在しています。というか、作製には一枚噛んでたりしますし」

「その若さでか⁉︎」

「はい。魔法陣で術式の大部分を自動化できたので、魔法陣展開代行プログラムで術の精度はかなり上げられます。なので、心配はご無用って訳ですよ」

 

ついでに言うなら、アクセスした後のデータ処理もコンピュータで代用できる為術者への負担も小さい上、記録として残す事ができる。マジで魔法陣展開代行プログラムを組んだ人には頭が上がらないと思う今日この頃である。

 

「そんな訳で、今から本格的な検査に入る。他人の魂へのアクセスは多少の異物感が伴うけど、そこはまぁ、我慢してくれ」

「...わかりました。魔術師さん」

「いい子だ。行くぞ」

 

魔法陣展開代行プログラムを起動させ、魂へのアクセスを開始する。

いきなりのエラーが出てくるが、想定の範囲内なので術式を調整する。この志貴くんは、種付きなのだろう。種付きは魂のありかが種無しとは違うのだ。学会では、それは悪魔としての要素の濃さの違いだと今のところは解釈されている。

 

その後は問題なく肉体情報の偽造から、魂へのアクセス権を取得できた。

その後は、魂のアナライズである。破魔魔法、呪殺魔法のプロセスの応用により、魂にどんな刺激を与えるとどんな反応が返ってくるかは割と知られているのだ。その成果が呪殺耐性の防具やアクセサリの存在だったりする。

 

なので、ほんの小さな刺激を与えることで、魂の非破壊測定検査は行える。自分でやるぶんには割と簡単な術式なので、志貴くんが覚醒していたら仕事はもっと楽だったのになーと思ったりもするが。

 

「よし、このまま2時間くらいのんびりしててくれ。術式は問題なく回ってるから大事はないと思うけど、万が一なにか異常が感じられたらすぐに俺に言う事。いいね?」

「はい」

「じゃあ、ちょっと暇になったしどうしようか」

「それなら、キリさんの話を聞きたいです!キリさんは所長とはまた違った“強さ”を持ってる風に見えて」

「私の話か...」

「俺も聞きたい。父さんがどんなことしてたのか、俺何にも知らなかったから」

 

所長が強いというのには武力面以外では微妙に賛同できないが、他の異能者の生き方というのには割と興味がある。

だが、生き方を知るという事は殺し方を知るという事。そんなものを、部外者に晒すだろうか。

 

つまり、大した事は言わないだろう。なら、次の作業を進めてしまおう。とはいえ礼儀は礼儀だ。縁に「あなたの殺し方を教えてください!」なんて言っていたのだと後でしっかり言い含めるとしなくては。

 

「すいません、ウチの縁が」

「いいや、構わないよ。語る事など、そう多くないからね」

「というと?」

「私は、廃れた退魔の一族の生き残りなのだよ。口伝でしかないがね」

「退魔の一族?」

 

志貴くんが疑問を挟む。まぁ、普通に生きてて聞く言葉じゃないだろう。大体のそういう一族って、楽園戦争で滅びてるらしいし。

 

「ああ。この世界には人に害を為す悪魔という化け物がいて、それを刈り取る悪魔討伐者(デビルバスター)がいる。私も、その一人だ」

 

その立ち姿からは、どこか誇りのようなものが感じられた。

その血の誇り。それがキリさんを人足らしめるものなのだろう。

 

「この街で昔戦った七夜というのが、私の祖先でね。人の身でありながら多くの悪魔を倒し、人々を守った。その系譜の先にあるのが私であり、志貴なんだ」

「なんか、しっくりくる。父さんってどんな仕事してるかは言ってくれなかったけど、なんかヒーローって感じがしてたから」

「...ありがとう」

 

そう言ってキリさんは志貴くんの頭を撫でる。伸ばされた手にびくりとしたのは、その手が誰のものかわからなかったからだろう。

なんとなく、治療に全力をかける理由が増えた気がした。

 

「私自身の話は、実の所これで殆ど終わりなんだ。一族の務めとして悪魔と戦い続け、母さんと出会い、志貴が生まれた」

「母さんとの出会いってのは?」

「そこは言わせないでくれ。流石に部外者に聞かせるには恥ずかしい」

「じゃあさ、俺が治ったら修行を付けてよ、父さん」

「...どうしてだ?」

「俺も多分、悪魔討伐者(デビルバスター)ってのになるから」

 

「俺が襲われたのって、もう4年前なんだっけ」

「...気付いていたのか」

「思い出したんだ、化け物の事」

「忘れていた方が、良かったと思うがな」

「多分、守られてるだけじゃなにも始まらないから」

 

「母さんって、死んだんだよね。俺を庇って」

 

...言葉を発さない事は、時に万の言葉を重ねる事より雄弁に真実を語る。今がその時なのだろう。

 

「...お前のせいじゃない」

「うん、わかってる。どうしようもない事ってのはあるんだって、この2ヶ月で身に染みたから」

 

「でもさ、今度あの日みたいな事があって、それで死ぬ誰かがいるのなら、俺は止めたい。止められる力が欲しい」

 

「だから、戦う力が欲しい」

「志貴...」

 

その言葉には、わからないなりの覚悟のようなものがあった。達観しているだけじゃない。

 

なら、お節介焼きとしては出来る限りをするとしよう。

 

「それなら、この目は完全に停止させるんじゃなくて、オンオフできるように調整しますね。軽くデータ眺めてる感じだと可能に見えたので」

 

「⁉︎」と驚く皆。難しいが、不可能ではない。

 

データから察するに、志貴くんは半分ほど覚醒している。潜在覚醒という奴だ。系統はペルソナ使いに似た何か。力がヴィジョンを作るほどのものではないため、あらゆる観測から逃れていたのだ。それが、魔導機器による感知ができなかった理由だ。

認識の齟齬については、集合的無意識に存在する魂が力の影響により視覚にバイアスをかけているのだろう。

 

おそらく、“真実を見抜く力”。それは、間違いなく志貴くんの助けになる。

 

「志貴...道を決めるには、お前はまだ幼い」

「でも、結局いつかは決めなきゃならない事でしょ?」

 

「...ハァ、わかった。お前の目が治ったら訓練を始める。そこで折れないなら認めてやる」

「...ありがとう、父さん」

 

「やっぱ、親子って良いですね」

「まぁ俺は志貴くんの聡明さにビビってるけどな。4年寝てたって事はまだ8歳分だろ?それでこのメンタルとか絶対に化けるぞ」

「そうなの?」

「ああ、裏の世界で生き残るのは腕っ節強い奴じゃない、心が強い奴だ。君のその資質がある。どんなに体は鍛えられても、心は鍛えられないからな」

 

まぁ、使命感やらで補強することはできるのだが。それは長くは続きはしない。そういうものだ。

 

「花咲さん、あまり志貴に調子付かせる事を言わないでください」

「そこは、飴と鞭の飴って事で」

 

そんな会話をしていると、スマートウォッチからアラームが鳴った。解析、終了だ。

 

「解析終わりました。とりあえず志貴くんの問題を解決しちゃいますね」

「分析結果を見ても良いか?」

「どうぞです、ドクターさん。データ投げますね」

「助かる。無力だったとしても、主治医だからな。原因くらいは知っておきたい」

 

スマホのデータをぽいっと投げて共有する。データ共有がさっとできるようになっているのが魔導機械の良いところだ。メーカーが国営の一つしかないという事が理由なのだが。

 

「...すまない、結局志貴くんのどこが問題だったんだ?」

「魂側の情報処理を司る部分ですね。ペルソナもどきを発現させた事で人の顔、つまり個体認識機能が異常と化した訳です。だからソフトウェアの問題なんですよ。んで、その原因となっているのは志貴くんのが潜在覚醒状態にある事。肉体が覚醒段階に至っていないのに魂がはみ出してしまったから、ソフトウェアにバグが起きている。これを改善するには簡単。覚醒段階を整えてあげればいい」

「...肉体の改造か!」

「いえ、覚醒の促進ですよ。肉体改造とかどんだけコストかかると思ってんですか。赤字ってレベルじゃねーんですよ」

 

肉体改造は、筋肉や骨格、神経伝達などの強化に耐えられる強靭な部品を集めるだけで億がぽーんと飛んでいくのだ。やってられるかそんな事。

 

「魂に的確な刺激を与えればその影響を肉体まで反映させる正式な覚醒段階まで引き上げることはできるんですよ。悪魔人間作るための実験結果なんで情報の出所はアレですけど、結構使える技術なんですよ」

「...邪法に聞こえたが、今はいいだろう。知識に貴賎はない」

「じゃあ志貴くん。今から本格的な施術を始める」

 

「くれぐれも、死なないように」

 

肉体と魂の紐つけを一つ一つ丁寧に整えていく。この辺の技術は悪魔の行動を縛る技術と似ているので、かなり得意なのだ。

まぁ抵抗(レジスト)があれば普通に弾かれるが。

 

ささっとMAGで魂を脳をピン留めをして、残りは時間経過による自然癒着を待つ。これにて、志貴少年の覚醒段階は一つ上のステージに上がるだろう。急激な覚醒もできなくはないが、アレ割と痛いしやめておく。

 

「なんか、体が軽いかも」

「あとは時間が解決してくれるよ。それで、その目は君のものになる。とはいっても日常生活を送る分にどうなるかは、訓練次第だけどな」

「訓練って、どんな?」

「心の目を閉じる訓練かな。まぁそっちの方は専門外だから、キリさんのツテで使えるペルソナ使いを斡旋して下さいな」

「...ああ、わかった」

 

「それじゃあ、志貴くんにプレゼント」

「眼鏡?」

「ツルの部分に術式刻んでるから、ちょっとかけてみてよ」

 

そう言って、志貴くんにキリさんの話を聞きながら弄っていた眼鏡を渡す。

 

志貴くんは亜種だが、ペルソナ使いだ。であるならば、眼鏡や仮面、マスクといった顔を覆うものによって能力に影響を与えられる可能性は高いという結果は出ている。

そんなわけで志貴くんに渡したのは、魔眼殺しならぬペルソナ封じの伊達眼鏡である。

 

「...見え、る」

「お、一発目で成功か。幸先良いな」

 

12パターンくらい封じ方を考えていただけに、手間が省けてかなりラッキーだったりする。

志貴くんは、驚きのあまり眼鏡をつけて外してを繰り返していた。

 

そしてキリさんを見て、一筋涙を流していた。それだけ嬉しかったのだろう。なにせ、親の顔だ。

2ヶ月もの長い間それが奪われていたという事実は消えないが、だからこそ嬉しいのだろう。

 

「花咲さん、ありがとうございます」と涙声で口にしていた。

 

さて、ここからが俺がここにきた本当の理由の始まりだ。認識のオンオフができるようになった志貴くんは、とっても良い。

 

恩は売ったのだから、しっかりと現状把握に協力してくれるだろう。

 

「じゃあ、術式が問題ないか確認するためにいくつか質問をする。まずは眼鏡を付けてる状態での現状把握な」

「は...い?」

「どした?」

 

眼鏡を付けた状態で、何かとんでもないものを見たような目をしていた。

 

「なん、で?」

「...落ち着け、深呼吸して周りを見ろ。俺だけが異常に見えたのか?」

「...はい。父さんの顔も先生の顔もちゃんと見えました。デオンさんと神野さんもちゃんと見分けがついてます」

 

「でも、花咲さんだけは変わってないんです。眼鏡をつける前と後で」

「のっぺらぼうに適当にパーツが付いたような顔か?」

「...はい」

「...よし、病院内を見て回るぞ。デオンは造魔で縁は高位覚醒者。例に挙げるにはどうにも尖りすぎている」

 

そうして、志貴少年と共に病院内を歩き回った。

その結果、眼鏡をかける前と後で顔が変わらない人は居なかった。

ペルソナを封じる前から区別のついたデオンや縁でさえも顔からの印象が異なったというのだからとんでもないことだ。

 

俺だけが、イレギュラー。だが、それが特別だと自惚れる程俺の生まれは特別じゃあない。俺は普通の生まれの、ちょっと珍しい種付きなだけだ。

 

なら、種付きが顔の変わらない人の共通項か?と聞かれるとそんな事はないと断言できる。

 

ここの病院は魔導科学の進んだサマナーバスター御用達の施設、当然そういう人たちもいたし、その中には種付きと思われる人もいた。だが、そんな人たちも皆顔は変わったのだ。

 

「やっべ手詰まりだわ。意味わかんね」

「すいません、俺が変なこと言って」

「いや、むしろ言われない方がヤバかった。真実を見る目に見られたんだから、その事実は正しい事のはずだからな。きっと何かしらの理由があるんだろうさ」

 

「そして、それが人類の未来に繋がらないという確証はない。なら、未知も理不尽もどんと来いだよ」

 

まぁ、世界をぶっ壊すレベルの話はDon’t来いだがな!

 

「...変な人ですね、花咲さんは」

「千尋でいいぜ。これから先、俺の顔についての疑問が解決するまで暇ができ次第絡みに行くから」

「変な人ですね!」

「変じゃなきゃ現代魔導師なんざやらねぇよ」

 

その言葉と共に志貴の頭を軽く撫でる。ちょっと嫌がられたが、正体不明の魔術師の信頼などそんなものだろう。ちょっと力を入れて髪の毛をぐしゃぐしゃする。

 

その後はキリさんと連絡先を交換して、面会時間も終わったので遡月の街に戻る事となった。

 

これまでのやり取りの観察結果から、キリさんが割と戦闘系の人だとはわかったので調査系依頼は任せて下さいと名刺を添えて。新規の顧客ゲットだぜ。

 


 

「それにしても、サマナーの顔がのっぺらぼうにパーツを付けただけに見えるのか。私から見ればそう違和感はないのだが」

「私もですよ。千尋さんの顔って普通って感じですけど、雰囲気でわかりますし」

「謎だよなー...やっぱ適当な理由つけて拉致ってくるべきだったか?」

「そこまでの外道は見過ごさないからな、私は」

「しまった、外付け良心回路の存在を忘れてた」

 

「なんか、千尋さんとデオンさん。仲良くなりましたよね」

「ああ、正式に契約を結んだからな。今まで伝わらなかった感情のちょっと深い部分も伝わるようになっちまったんだよ。その分結び付きも強くなったからトントンなんだけどさ」

「サマナーの力と心が強く伝わってくるってのが今までとの違いだね。まぁ、伝わってくるのがほとんど邪心の類なのはアレだが」

「どんな事考えてたんですか?」

「ドクターを洗脳して情報を抜き取ろうとしたり、キリさんを信頼せずに色々と誤魔化そうとしていた事だったりが大きかったね」

「いや、初対面で信頼とか寄せられてたまるか。そういうのは時間をかけて積み上げてくものなんだよ」

 

なんて割とどうでもいい会話をしていると、緊急連絡が入った。

 

このコール音は、ヤタガラスから。アウタースピリッツだ。

 

「デオン、飛ばせ」

「シートベルトは締めたかい?」

「大丈夫です!」

「じゃあ行こう!しっかりと掴まっていてくれ!」

 

夜の爆速ドライブは、こうして始まった。

 


 

ヤタガラスから通報のあったエリアは、なんと繁華街。

位置関係が良かったため通報から3分程度でやって来れたが、特に様子がおかしい場所はない。

 

「サモン、カラドリウス。上空から偵察頼む」

「了解さ、サマナー!」

 

パタパタと羽を羽ばたかせて空を飛ぶ白鳥。

上空からの探査なら状況のわからないアウタースピリッツの発見は容易と思ったのだが、痕跡が見当たらない。

 

夜の6時というかなりの人の集まるこの時間に、一瞬で状況を把握して身を隠すなんて真似をできるものだろうか。

 

できるのだろう。百戦錬磨の英雄ならば。

 

「しゃーなし、アクティブソナー使う。縁、電池頼むわ」

「...本当に電池扱いするんですね」

「お前のMAG量が多いのが悪い。いや、良いのか?」

 

なんて事を言いつつ、縁から吸魔術によりMAGを必要量貰い、そのまま術式を展開する。

 

展開範囲を広めに取ったので、今度こそ見つからないという事はないだろう。

余計な者も釣れるだろう事は明らかであるが。

 

「ッ⁉︎アウタースピリッツ反応ヒットなし!潜伏系の能力か⁉︎」

「周囲の警戒をする!サマナーは別の術で探知を続けてくれ!」

「...いいえ、居ました!右前方の路地!なんかモヤモヤがあります!こっちを観察していたようです!」

「縁でかした!デオン、強行偵察!」

「了解だ、サマナー!」

 

夢幻降魔(D・インストール)の準備として、ラームジェルグを召喚しつつ俺と縁も接近する。

 

そこには、華麗なる槍さばきを持ってデオンと相対している長い金髪の男がいた。

 

「やれやれ、追いつかれてしまったよ。私はまだ何もしていないというのに」

「悪いんだが、お前が存在している事で発する魔力がこの世界に悪影響を与えるんだ。とりあえず同行してくれないか?じゃないと殺すしかなくなる」

「ああ、()()()()()()。私の生きた世界とは違うにしても、難儀な世界になったものよな」

「サマナー、気をつけて。槍さばきだけじゃない。コイツ、魔術を使う。サマナーの探知を躱したのと、人から隠れるもの。多彩だよ」

「七面倒なタイプの使い手か」

「そして何より、私より速い」

「はっはっは、そう褒めるな白百合の騎士よ」

 

「ッ⁉︎」と驚きを隠せない俺とデオン。

初見の筈のアクティブソナーを躱し、初見の筈のデオンの正体を見抜く。

 

このカラクリを見抜かなくては真っ当な勝負の土俵に立てないだろう。このアウタースピリッツは、これまでの者達とは一味違う。

 

「君たちに同行する事は私にとって一理もない事だからね。退散させてもらうよ」

 

全員が、前に出された左手を注視していた。

そこにある、微小な魔力に警戒しての事だが、それこそが向こうの狙いだったようだ。発光の術式の類似術式だと気付いたのは、一瞬遅かった。

 

銃弾を打ち込む前に強力な光による目眩しが俺たちを襲ったのだ。閃光に飲まれた中での一度の金属音の後、目が戻る頃には忽然とアウタースピリッツは姿を消していた。

 

先程槍使いの居た位置に存在しているデオン以外、変わった点はない。

 

「すまないサマナー。歩幅で位置を把握して斬りつけてみたが、防がれた。まるでそうしてくるとわかっていたかのように自然にね」

「マジか...」

 

この接触でわかった事はアウタースピリッツの外見と魔術使いである事くらい。これでは、速攻で仕留めるなんて事は出来そうにない。

しかも、敵には謎の知識がある。未来予知の能力か?

 

なんにせよ長期戦になる。これは、志貴の件はかなり後回しにしないとならないななどと思いながら、ヤタガラスへの報告書を作り始めた。

 




志貴の描写は凄く迷いました。あの独特の感性を引っ張り出せないし思い出せない。悲しみ。
まぁ、本人じゃないので良いのだ!って誤魔化しますけど。

しっかし月姫リメイクまだかなー。最近翡翠ルートの琥珀さんが読みたくなって仕方ないのだ。


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智慧に対して

評価50人突破して尚赤を保ててるとか、これはちょっとしたミラクルでは?と自分では思ったり。


対アウタースピリッツ特殊部隊トルーパーズ。実の所それはまだ正式に発足しているわけではない。

メンバー集めから訓練期間を経て、3月末に発足するというのが本来のスケジュールだったからだ。

 

そんな事お構い無しにぶっ込んでくるアリスやアウタースピリッツの存在により、現在のメンバーで訓練期間など無しの破茶滅茶スケジュールで進んでいるため、割と辛い。主に経費の類がまだ纏まりきってないあたりが。

 

などとどうでも良い事を考えながらも支部へと向かう。

先日のアクティブレーダーの術式のテスト、という名目での槍使い捜索のために。

 

「ミズキさん、どうもです」

「花咲さん。先日のアウタースピリッツの遭遇レポートありがとうございました。敵は魔術使いですか」

「いえ、デオンが斬り損ねたってことは槍の腕も相当なはずです。魔術も使える槍使いってのが正しいですかね」

「そして、正体不明の情報源に認識能力。目的が分かれば行動パターンを割り出せるかもしれませんが、それを匂わす発言はなし。聖遺物の護衛についてる付和さんからの連絡もありません」

「...聖遺物関係で、隠してる事とかありますか?」

「それを語る権限が私にあるとでも?」

「まぁ、そりゃそうですよね」

 

魔導システムの根幹を司るコントロールセンターへと案内されながらそんな会話をする。槍使いの情報を少しでも集めたかっただけなのだが、やはりそう甘くはないのだろう。

 

ちなみに、現在は俺とミズキさんの二人だけ。COMPの着用は必要なので許されているが、デオンや縁の護衛はない。というか許されていない。

 

システムの中枢に関わる部署なので防諜は相当気を使っているようだ。

 

何段階かのチェックを受けた後ようやく中へと入ることが許される。

自動ドアをくぐり抜けると、そこでは炉心に刻まれた複雑な魔法陣を術者たちが調整しつつ使用して、そのデータを周りにあるパソコンに出力しているというとても効率的なシステムが構築されていた。最新鋭の技術の結晶のような部屋だった。

 

素直に感嘆するばかりだ。やはり自分の腕では魔法陣展開代行プログラムに頼らないと魔法陣ひとつ発現できない半端者なのだと思い知らされる。

 

なんて事を思っていると、ミズキさんが監督をしている白衣の男性に声をかけた。

 

そうしてこちらを向くその人は、こんな大事なセクションを任せられるにしては若い姿をしていた。40代くらいだろうか。

 

「こちらが、システムの担当責任者のキバヤシさんです」

「花咲千尋です。現代魔導師兼悪魔召喚士(デビルサマナー)やってます」

「聞いてるよ。ウチのアンテナ使って大規模探査術式かました子だろう?ログ見たけど良い腕だったから是非話をしたかったんだ。あの術式、消費MAGさえなんとかできればかなり有用だからね」

「ありがとうございます。じゃあ、今回のアウタースピリッツ対策術式は?」

「オーケーだよ。術式はシンプルで理論的な問題はなし。ウチの余剰スペックで対応可能だ。とはいってもやっぱりMAGの問題があるから打てて一日五発程度だけどね」

「十分です...って言い切れたらカッコいいんですけど、アイツ一発目のソナー魔術で躱してるんですよね。なんで、そのネタを暴かない事には打っても無駄打ちになるだけです」

「...術式がバレてる可能性は?」

「結構多用しているんで、ありえます」

「とりあえず、データ解析をこっちでしてみたら欺瞞の跡が見つかるかもしれないから、観測データくれるかな?」

「了解です」

 

そう言って端末同士をリンクさせてパパッと渡してしまう。とはいえ俺のデータ解析を行ったスマートフォンは割と高性能品。スパコンレベルのものでも使わない限り大した差は出ないだろう。

 

そう思ってたら、マジにスパコン使いやがった。躊躇いないなオイ。

 

「...ウィルスの可能性は考えなかったんですか?」

「ミズキが殺してないんだから、大丈夫かなって」

 

その驚きの言葉に思わずミズキさんを見る。ちょっと恥ずかしそうにしていた。いや、恥ずかしがるポイントかそこは。

 

「対象地域を絞って解析してみたけど、ソナーの反応は誤差レベルのものしか残ってないね」

「はい。多分MAG波を透かしてるんですよね。なんで色をつけたMAGなら探知できるかもとは思うんですが...」

「その場合に立ちはだかるのが、初見を抜けた理由ですか」

「...最悪、未来予知まで見ています」

「その場合は...うん、詰んでるね」

 

データとにらめっこしてあれこれ頭を悩ませるも、打開策は見えてこない。

 

「...仕方ない。システム部長の権限において、アーカイブの使用を許可するよ。遭遇戦での英霊の服装や装備、髪色なんかからこの世界での英雄が分かれば、敵の技のヒントくらいにはなるかもしれない」

「...ありがとうございます、キバヤシさん」

「いいよ。ただ、なるべく急いで。僕たちは作業の合間を縫って探査術式を支部のシステムに組み込んで最適化するから、それまでに敵のネタは見つけて欲しい。今はひと段落ついてそんなでもないけど、これから結界班との競合でどんどん人が行っちゃうから」

「人事ですか。世知辛いですね」

「限られたカードの中でなんとかしないといけないのが人だからね。その辺は納得してよ」

「了解です。あ、アーカイブには護衛連れて行って良いですか?どうにも不意打ち恐怖症なもんで」

「...何があったの?」

「ガチの新人の頃、バックアタックから逃げたらチンの群れにぶつかって死にかけました」

「...よく生きてたね。潜在MAG量から言って千尋くんそんな強力な力場があるわけでもないだろう?」

「仲魔を盾にしてひたすら逃げ回りました。お陰で安全圏を見る目は養われたんですが、経緯が経緯なんで誇れないんですよねー」

 

尚、最終的には口八丁で追ってきた悪魔とチン達を殺し合わせて自分は命からがら逃げおおせたというのが、新人時代の失敗の結末である。だから百太郎もエネミーソナーも護衛の仲魔もつけて常に万全の奇襲対策をしているのだ。

 

「うん、関係各所への連絡は終わったよ。アーカイブの使用許可下りた。ミズキの監視付きだけど、護衛もオーケー。ただ、使用にはくれぐれも気をつけて。アレ、わかってないこと多いから」

「ありがとうございます、キバヤシさん」

 

そんなわけでシステム部を後にして、アーカイブのある地下室へと向かう。

 

再びの道のりだが、今度は純一はいない。アーカイブの操作は俺がやる事になるのだろうか...というか、部外者が操作していいものなのか?アレ。

 

「やぁサマナー。システム部とやらはどうだった?」

「ハイテクの塊すぎてヤベーわ。そしてそれを使いこなしてる術者さんたちもヤベー。絶対敵になりたくないわ」

「...清く正しく生きていれば大丈夫なのだろう?」

「いや、割と厄ネタ抱え込んでるから、一歩間違うと『騙して悪いが』な事になりかねん。無情だわ」

「それを私の前で言いますか、花咲さん」

「温情とお目こぼしを下さいって言ったつもりです」

「白昼堂々と不正の相談...サマナー、そういうのは周りに人がいない時にすることだよ。ノーとしか答えられない」

「その通りです。それに残念ながら、私は基本的にヤタガラスの歯車ですよ?温情も手心も与えるつもりはありません。なので、そうならないように気をつけて動いてください」

「はーい」

 

まぁ、ミズキさんの性格上仮に人気のない所でもノーと言うのだろうからこれでいいのだ。

厄ネタを抱えているという情報を渡し、それについて内偵してくれるというのが最良なのだから。

 

自分たちの信用が実績以外の所で補完されてくれないと、潰しが効かなくて辛いのだ。ついでにヤタガラスの権力で縁関係が明らかになってくれるととっても良い。

 

正直、手一杯なのだ。未だ縁を狙ったファントムの裏が取れていないのにもかかわらず次から次へとトラブルが回ってくるのだから。

 

そんなことを考えていると、記録室の部屋の前にたどり着いていた。

 

「ヨミコ、入りますよ」

「ミズキに造魔くんと...あー、純一の友達の...なんだっけ?」

「サマナーやってる、花咲千尋です」

「今回は千尋くんしか情報を持っていないので、アーカイブの使用方法の説明からお願いします」

「めんどいなー...思念波に反応して情報データが返ってくるって言って、分かる?」

「ええ、コンソールがなくて直に触れて操作を行うって事と、それの解析を繋げてるPCでやっているって事もとりあえずは」

「じゃあ使用方法はなんとなくでわかるね。ただ、アーカイブの情報はこの世界にとってかなりの毒になり得るから、情報の閲覧は許可された範囲内に絞って。じゃないと世界の敵としてヤタガラスが殺しに行くから」

「諸刃の剣ですねー」

「そんなことをなるべくしないために強制シャットダウン機能があるんだけど、されないように気をつけて。アレされると、意識飛ぶから」

「気をつけます」

 

何かと危ない遺物アーカイブ。だがぶっちゃけてしまうと使い方は分かるのだ。海馬の魔術師の記憶の中に使用した記憶があったりするので。

 

ちなみに俺が海馬の記憶を継承しているという事は、ドクターとの話し合いの結果公表はしないという事にしている。継承の術の存在はそれだけ大きいのだ。一歩間違えれば不老不死の術になり得るだけに。まぁ、人格の情報は記憶と異なるようで、爺さんの人格は俺の中にカケラも受け継がれていないのだが。

 

「じゃあ行きます。検索対象は金髪白鎧の槍使いの魔術師。検索範囲は未設定」

「りょうかーい」

 

アウタースピリッツの姿をそのままではなく、鎧、髪色、槍の形などパーツに分けて思念をアーカイブに入れていく。そうして使われた魔術のあるがままの形を入力すると、「でたよー」と緩い声が聞こえた。地雷を踏まずには済んだようだ。

 

「使われたのはドルイド魔術。妖精との契約によって発言する魔術らしいよ。んで、金髪に槍使いである程度絞れた所の鎧の形で絞り込みは済んだ。鎧についてた水袋が決め手だったよ。今回のアウタースピリッツの名前は、フィオナ騎士団団長フィン・マックール。ヌァザっていう戦神の末裔らしい」

「半神という奴ですか。でも、それにしてはかの槍使いは何というか、華麗でしたよ。神の力で暴れたみたいな奴ではありませんでした」

「そのあたりは情報出し終えた後で勝手に考察して。アーカイブの情報とアウタースピリッツの情報は細部が異なるから」

「...その原因は?」

「辿ってきた歴史の違いじゃないかなってことになってる。アウタースピリッツ第一号は、本来の歴史では男だったのに女として現れたから」

 

なるほど、性別不詳の奴とかいるし、そういうこともあるのか。とデオンを見ると、なにやら考え込んでいた。フィン・マックールという名前に心当たりでもあったのだろうか。

 

「続けるよ。フィオナ騎士団ってのは、当時のアイルランドって国の騎士団で、腕利きだったみたい。このフィン・マックールの栄光に縋って毎年入団希望者が現れたとか。その功績は....すごいな、神殺しがいっぱいだ。自分の縁者であるヌァザって悪魔でさえ殺してる。悪魔殺しのエキスパートだね」

「とすると、死因は呪いあたりですか?」

「いや、老いてからの国との確執だね。騎士団が仕える主人が代替わりして、その栄光と強さにビビって戦争したんだとか。んで、最後の一人になるまで戦って、殺された。...うん、特別な死因じゃないね」

「厄介ですね。普通に殺されたんじゃ普通に殺すしかない。真っ向勝負ですか...」

「...うん、それしかないっぽい。フィン・マックールは若い時の修行で、知恵の鮭ってのを食してる。これの力で未来予知じみた謎解き...を...」

「ヨミコ?」

「...それ、今すぐ殺さないとやばいですね。この世界の謎とか誤魔化しとかを暴かれると、そこから結界が瓦解しかねません」

「だね、特級案件として上に上げてみる。結界更新前の忙しい時にコレはマズイよ」

「すまない、結界が瓦解するとはどういうことだい?」

 

考え込んでいたデオンが言葉を発する。これは、平成結界の維持に関わる術式だ。言っていいものか迷うところだが、ヨミコさんは何気なく口に出した。

 

「平成結界は、低位悪魔の抑制効果自体は高くないからね。噂されちゃうと悪魔の顕在化現象が起こっちゃうんだよ」

 

凄いギリギリを攻める言い方である。この人、深いところまで知ってる人だ。だからこそ、アーカイブの管理を任されているのだろうか。

 

『誤魔化されている気がするのだが』

『言ってることは正しいが、全部は言われてない感じだ。異界強度(ゲートパワー)と集合的無意識での情報結合現象についての予備知識が要るが、聞くか?』

『...また今度にするよ。とりあえず、噂されると危ないという判断で良いのだろう?』

『だいたいあってるよ』

 

「とりあえず話を戻しましょう。知識の鮭の破り方はアーカイブにありましたか?」

「知識を得るのに親指を舐める必要がある。それ以外の弱点はないね」

 

沈黙が場を支配する。ちょっと無敵すぎないかこのフィン・マックールは。

 

「これ、智慧の取得の間隔を見切らないとどうしようもないですね」

「でも、それを暴くにはフィン・マックールを見つけないといけない」

「ただし、智慧がある限り魔術的探知は不可能」

「血の一滴でも流れていれば呪術的探知の線も取れますが、それもない」

「...結界の揺らぎから逆算するのは?」

「無理ですね。結界の揺らぎはあくまで魔力の発露による副産物。魔術を修めているこの術者が抑えない訳ありません」

「...もしかしなくても、詰んだんじゃありません?」

「...ヤタガラスで賞金を出しましょう。もう、なりふり構っていられません」

 

とりあえず、やばいという事しかわからなかったあたり最悪だ。

 

「他に、フィン・マックールのパーソナリティに繋がりそうな事はありますか?」

「...これかも。フィンは一人目の妻に妖精を選んだ。名前はサーバ。ただ、幸せ絶頂期に同族に誘拐されちゃったみたい。でも、連れ去られてから7年もの長きに渡って探し続けたんだって。深い愛だねー」

「なるほど、サーバを召喚できれば餌にできるって事か」

「アーカイブからサーバの召喚魔法陣は引っ張れたから、COMP出して。交渉材料くらいにはなるかも」

「ありがとうございます。つっても、こちらにサーバを呼び出す準備がある事をどう伝えるかってのも問題なんですよね」

「それなんだよねー、鮭の智慧でなんとか知ってくれないかなー」

 

なにはともあれ、フィン・マックールを見つけなくてはならない。

しかし、その見つける手段が無い。ガチの手詰まりだ。

 

騎士として生きていたのなら、人の死しか生み出さない結界破壊なんてものに傾倒しないと信じたいが、人の心などわからないものだ。アリスというアウタースピリッツを悪用しようとする者もいる。

 

「...とりあえず、動き回りましょうか。偶然の遭遇の可能性もない訳ではありません」

「俺はサーバを召喚してみます。案外目的が得られるかも知れませんしね」

「よろしくお願いします。...ところで、MAGの備蓄に余裕はあるんですか?」

「...正直怪しいですね」

「じゃあ、とりあえず1万MAGほど。サーバは大した悪魔では無い様子、これで足りるでしょう」

 

これが、国家の力ッ⁉︎と内心驚愕する。マジでありがたいことこの上ない。経費って素敵!

 

「...ああ、トルーパーズの正式結成後にこれまでの経費はしっかりとお支払いする予定はあるのでご安心を。流石にヒュドラの件は不可能ですが、それ以外ならなんとかしましたので」

 

上司の鑑か⁉︎

 

「ヤタガラスさん家の子になりたくなってきたわ。福利厚生って素敵だな」

「サマナー、それは冗談でも言わないようにね。カナタもエニシも泣くから」

 


 

所変わって遡月支部の召喚場。1階にある防弾防刃防火などなどの高い広間であり、局所的に異界強度(ゲートパワー)が高まってしまっている危険スポットでもある。

 

とはいえ、サマナーにとっては良い事尽くめ。新しい仲間を召喚するにはもってこいの場所だ。

 

「んじゃ、デオン。戦闘待機な」

「ああ、サマナーも気をつけて」

 

「悪魔召喚プログラム、展開。召喚陣選択、妖精サーバ」

 

そこそこの勢いでマグネタイトがプログラムに吸われていく。やはりこの規模なら、ロークラス悪魔がいい所だろう。維持コストの事を考えないで済むのはありがたい事だ。

 

左手のスマートウォッチに、Summon OK?と文字が出る。召喚は問題なし。あとは、肉体を構築するのみ!

 

「サモン、サーバ!」

 

スマートウォッチから鹿の角を持った妖精の美女が現れる。これはフィン・マックールと並んだらさぞ絵になるだろう。そんな感想を抱くほどだ。

 

「妖精サーバ、召喚に従い参上したわ。あなたの目的は何?」

「フィン・マックールについて話を聞きたい。そちらの要求は?」

「...私は、私でなくなりたい。悪魔合体をすることよ」

「承知した。俺は悪魔召喚士(デビルサマナー)の花咲千尋。よろしく頼む」

「妖精サーバよ。コンゴトモヨロシク」

 

とりあえず、契約は成立した。霊的地雷(マイン)の類も見られない。一先ず、繋ぎとめられた。

 

「それで、どうしてディムナの話を聞きたいの?」

「ディムナ?」

「彼の本名よ。親しい者にしか呼ばせていなかったけど」

「じゃあ、記憶の方の磨耗は大分少ないって事で良いんだな」

「ええ。どんなに時間が経っても、あの幸せな日々は思い出せるわ。...まぁ、私の方は大分変わっちゃったけど」

「語りによる劣化か?」

「ええ、多分ね。私にはこんな鹿の角なんてなかったし、私の性格ももっと違ってたと思う。どう違ってたかは思い出せないけど」

「...まぁ、記憶の方に問題がないならとりあえずいいさ。今、フィン・マックールがこの世界に現れている。つってもアウタースピリッツって言う、異世界のフィン・マックールだがな」

「...ディムナが、居る?」

 

その言葉と共に、サーバは鹿へと姿を変えた。物凄い落ち込みオーラを身に纏いながら。

 

「今すぐ消えてしまいたい...ディムナに合わせる顔なんてない...息子の事も全部任せちゃったし、あんなクソに騙されて共に生きる約束を破っちゃったし...きっとディムナは私の事なんて気にもしてないわ...」

 

『サマナー、これは地雷を踏んだという奴ではないかい?』

『うん、まぁいいや。契約で縛ってる間は自殺される事もないし、鹿の姿に変わってるのに力を使ってるから、目立つ。こいつこのまま引きずり回そう』

『最悪じゃないか⁉︎』

 

「まぁ、世界はそこそこ広い。いきなりフィンと遭遇なんて事にはならねぇよ」

「そんな事、断言できるの?」

「向こう的には俺たちと会いたくないだろうから、間違いないと思うぞ」

 

断言はしない。だってサーバは餌やし。

 

「なんかあのクソ野郎の手口と似たモノを感じるんだけど」

「気のせい気のせい。さあ、せっかくだし外歩きながら話そうぜ。現代の街並みは気分転換くらいにはなるだろ」

 

そんな訳で、ミズキさん達に連絡を入れて街歩きに入る。

サーバは鹿の姿から戻るつもりはないようだ。

 

「ディムナと会ったらどうするのよ!自殺ものよ!」との事。契約により自殺できないように縛っていることをサーバはまだ知らない。

 

「意外と自然が残ってるのね」

「...切実な問題があってな」

「何よ」

「酸素だけは、未だに継続精製できてないんだよ」

 

平成結界内部だとしても、植物がなくなり光合成が止まれば人々は実際死ぬ。悲しみの事実である。

 

いや、瞬間的な生産なら出来ないことはないのだが、継続的に精製する術式はまだ生み出されていないのだ。

 

「そう、緑の大切さを人間はわかるようになったって事ね。いい事だわ」

「そうだね。街に木々や花々があるのは心が華やぐ。そこは悪くないね」

 

などと言いながらぷらぷらと歩く。

パッシブソナーに感は無し。平和で何よりだ。今は非常にムカつくが。

 

「じゃあ、フィンさんがどんな人だったか聞かせてくれよ」

「...嫌だけど?」

 

ギリギリするくらいの圧力でサーバを縛る。

 

「痛い痛い痛い!」と喚くサーバ。悪徳サマナーと契約してしまった事を後悔するが良い!

 

「あんたって、最低のクズだわ!」

「契約を守らないお前が悪い」

「デオンもそう思うわよねぇ!」

「...今回に限っては中立でいさせて貰うよ。君もサマナーもどっちも悪い」

「薄情な騎士ね!ディムナならふわっと金髪靡かせて助けに来てくれたわよ!」

 

とりあえず縛りはこのくらいでいいだろう。後は術を構えれば勝手にビビってくれる。

 

「じゃあ、話してくれ」

「...ディムナと会ったのは、私がクソ野郎に鹿にされた時でね。逃げ惑って泣き喚いて、狩られるかも知れない恐怖から砦に逃げ込んだの。でも、ディムナは縁もゆかりも無いのに駆けつけてくれたのよ。『大丈夫かい?お嬢さん』なんて格好つけながら。親指舐めながらだったからちょっと間抜けだったけど、それも含めて格好良くて、救われた」

「一目惚れ、だったのかい?」

「覚えてないわ。一目惚れだったような気もするし、言葉を交わしていくうちに好きになったのかもしれない。まぁ、昔の事よ」

 

鹿の姿のまま、話を続けるサーバ。雰囲気だけを抜き取れば、大人の女の会話だ。鹿のままだが。

 

「それから、生きる時間の違う私とディムナは色々あったの」

「例えば?」

「...貞操観念の違い、とか」

「お前それを真っ先に思い浮かべるのかよ」

「だって、愛を覚悟してからはずっと愛し合ってたもの。ちょっとでも同じ時間を生きようと必死だったから」

 

なんとも爛れた騎士団長サマである。気持ちはわからんでもないが。

 

「その愛の結果で息子を孕んで、そのままあのクソに連れ去られた。...私の話はそれで終わりよ」

 

そうしてフィン・マックールは7年もの長きにわたって彼女を探し続ける訳か。

 

「そっか。ありがとう」

「...何よ?何かの罠?」

「いや、話してくれた事にだよ。契約とはいえ、感謝はするぞ」

「あ、そう。じゃあ私は契約を果たしたから、あんたも早く私の合体相手を見つけてちょうだい」

「ああ、じゃあ異界探しと行くか」

「待ちなさい、それって結局ディムナ探しと何も違わないじゃない!」

「契約を守るためだからなー、仕方ないなー...おいやめろ、脛を蹴るな。普通に痛いわ」

「最悪のサマナーと契約したものよ、ホント」

「言われたね、サマナー」

「だが俺は謝らない。実際相手探しは必要だし」

「あなたって、最低のクズだわ!」

「...鹿に言われてもなー」

 

などとごちながら、フィン・マックールの探索を続ける。

向こうがこちらを見たら、嫁さんを迷わず攫いに来ると思うのだが。

そうすれば、サーバとの契約のラインを通じて位置を割り出し、囲んでリンチにするのだが。まぁ、それは向こうもわかっているという事なのだろうか。

 

「...餌に食いつく気配はなし。とりあえずテストとして一発アクティブレーダー放って様子見かね?」

「いま餌って言ったわよね私の事」

「すまないサーバ。サマナーは根は悪い人ではないんだが、アレなんだ」

「アレってなんだ面白ナイト。俺は一般的なサマナーだよ」

 

今日の探索を終えようと、探索したエリアにちょくちょく仕込んでいたアクティブソナーの術式を起動させる。反応は...あった。小規模の異界だ。俺たちが通り過ぎてから発生したのだろうか。

 

「異界見つけたから潰しに行くぞ。運が良ければ、合体素材も見つかるかもな」

「行きましょう、ディムナと会う前にこの汚れた体から抜け出したいもの」

 

「汚れたとか、お前が思っててもさ」

 

「案外、向こうは受け入れてくれるかもしれないぜ?」

 

それは、ちょっとした希望だ。フィン・マックールの事など俺はほとんど知らない。だが、身も心も汚されたその先にいるサーバを受け入れてくれる可能性は、きっとゼロじゃない。

そんな風に、俺は感じた。

 

「...そんなわけ、ないじゃない...」

「わかってないみたいだから言っておくけど。男ってのはかなり単細胞だからな?お前が汚れていると思っていても、気にしないで接してくるかもしれないぜ?」

「そんなわけないじゃない!」

「あるさ」

 

「少なくとも、俺はお前を汚れてるとは思わない」

 

真っ直ぐに目を見つめて、心の底からの声を伝える。

俺がサマナーとして身につけた、最初の技術だ。

 

「...ばっかじゃないの?アンタ」

「知らないのか?馬鹿以外にこんな仕事してる奴はいねぇよ」

 

その日、異界での交渉により地霊コボルトと妖精スプリガンを仲間にすることに成功した。中々の結果だ。

今回の異界の主は邪龍トウビョウ。今の俺たちからしたら対した悪魔ではなかった為、デオンがずんばらりんと一刀両断して終わってしまった。その後、蘇らないかとか不意打ちがないかとかで20分ほど警戒に費やした事にサーバは呆れていた。

いや、こんなに簡単に異界討伐が終わるわけがないだろう。

 

「...間抜けだけど強いのね、貴方達」

「そりゃな。金かけてるし」

「...そこ、金の問題なの?」

「俺の場合はな。戦うのに基本金使いまくるし」

 

などと会話しつつ事務所へと戻る。ヤタガラスは特定属性に偏らせた波長(色付き)のアクティブソナーを3種類ほど放ったが、戦闘データによりガワは掴んだ筈のフィン・マックールの所在は掴めなかった。その代わり、この街を拠点にしようとしていたダークサマナー達が見つかって瞬殺されていたとはミズキさんの談だ。なんと運のない連中だ。

 

「ねぇ、サマナー」

「なんだサーバ。ケーキのリクエストか?」

「この時代のモノなんてわからないから任せるわ。...じゃなくてさ」

 

「あなたはどうして、ディムナを殺そうとするの?」

「...フィン・マックールの存在そのものが、この世界の人間に対して害になってんだ。放置していると、結界が壊れて皆が死ぬ。それを止めたいから、命を張ってるんだ」

 

「このままだと、フィン・マックールの名前が虐殺者として残りかねない。それは、こっちとしても望むところじゃないからな」

 

ただ、事実を述べる。誤魔化しは効くかどうかわからない。サーバは長きを生きたが故に聡明であるためだ。

いや、それも言い訳かもしれない。俺は、俺がフィン・マックールを殺すのだと理解したのならサーバが虚偽の情報をもたらす可能性を捨てきれなかったのだ。

だから、少しだけ言葉を加える。これは、俺だけの心の中にある理由。かつて世界を守り戦った英雄たちの名前を汚したくはないのだという自分勝手な理由を。

 

「...あなたの目論見通り、あと1日だけ餌になってあげる。ディムナが私を見てどう思うかは、正直怖いけどさ」

「いいのか?」

「ただの気まぐれよ。期待しないで」

 

「あなたなりに私とディムナの事を思ってるって事は、伝わったから」

 

『サマナー、時々君は情熱的になるね』

『...心の底に思ってる事を口にするときは熱が篭るもんだろが』

『そういうところ、私は好きさ』

『...それ、性別はっきりしてくれたら喜ぶかどうか決められるんだがなぁ』

 

性別不詳、侮り難し。というか、本契約を結んでもコイツの性別がわからないってどういう事なのか物凄く問い詰めたい。が、神さまはとっくの昔に死んでいるので真実は闇の中、かなり悲しい。

 

道中でケーキ屋に寄った後事務所に戻り、今日は休息を取った。

サーバは、なんだかんだと馴染んでいた。

 


 

「ようやく釣れたか。お嬢さん」

「私を誘っていたの?フィン・マックール」

「ああ、私がこの世に現れた時親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)の力で私を見ていた君を見つけた。そして、間違いなく君が真相に一番近いと見た。だからこそ、あの少年たちからは逃げ出したのだよ」

 

「君から彼らを守るためにね」との言葉は発さない。目的こそわからないが、この目の前の少女の力は本物だ。全盛期のフィオナ騎士団総出でかかってなお互角といった所だろう。

 

多少の出力低下を感じている今の自分では、確実に殺される。それは、意味がない。

 

「それで、話はどこまでわかってるの?」

「この世界が仮初めで、終わりかけているという所まではしっかりとね。受け止めるのに時間はかかったが」

「じゃあ、あなたは私の仲魔になってくれるの?」

「条件くらいは出させてほしいものだな、お嬢さん」

「...なによ」

 

「世界が終わるその前に、妖精の都へと赴きたい。可能か?」

「...ごめんなさい。かつて妖精郷と呼ばれた異界はもう黒点に飲まれて純粋な情報としては残っていないわ。だから、情報汚染の起こった集合的無意識、人の心の残り香としてしか妖精郷はないの」

「...意外だね。嘘でも言うと思ったのだが」

「バレるでしょ、知恵の鮭の力で」

「まぁ、その通りだ。君の反応から大体の情報は読み取れる。そういう力だからね」

「じゃあ質問、平成結界の向こう側の知識はどのくらいある?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で十分な知識が流れ込んでいない。なのでこの世界に来てからの観測結果しかないな」

「なら、説明はしなくていいね。この世界を救う為に、あなたの力を貸してほしい。契約の代価は、なんでも払うから」

 

その契約への答えは、フィン・マックールにとって必然であった。

 




世界の終わりが来るとわかった時、あなたは誰とともに居たいですか?なんてのが小テーマ。フィン・マックールは歴史も含めて良いキャラですので。


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嵐と目覚め

文章量か無駄に膨らんでなー、もっとシンプルに書けると思ったのだがなー。



フィン・マックール捜索二日目。

サーバを餌に使える最後の日だ。だが、あいにくの平日であり学校だ。まぁ、占い師見習いのカオルにヒントを貰えたら良いなという下心はあったりする。

 

「というわけで、ショートケーキです。お納めくださいカオル様」

「うむ、苦しゅうない。って何言わせてんのよ。馬鹿なの?」

 

いきなりぐだぐだな空気になるが、まぁ学校での俺たちの空気はこんなものだ。牽制しあっていた所に人脈だヒャッハー!と考えなしに飛びついた奴が原因だ。だが私は謝らない。

 

「んで、今回はどんな相談よ。恋占い?」

「人探しだな。サモン、サーバ」

 

「ちょ!」っと焦る声が聞こえる。コイツ意外と不意打ちに弱いのな。

 

「鹿の角の妖精?にしても綺麗な悪魔ね」

「コイツの元旦那さんも呼ばれてるらしくてな。どうにか引き合わせてやりたいんだよ」

「何そのラブストーリー、詳しく聞かせなさいよー」

 

しぶしぶとサーバは自らの事を話した。ダル絡みがうざかったので適当だったが、それでも要点は抑えていた。

 

「千尋、あんた絶対旦那さんと引き合わせなさい。悲恋で終わりなんて少女漫画でもお断りよ!」

 

そういった言葉の断片から集合的無意識の情報にアクセスして情報を検索し、本人にもわからない詩的な形で引き抜くのが占いだ。詩的になる理由としては、脳や体を情報の奔流から守るためらしい。

 

そして、このカオルはその詩的な情報を噛み砕くのがとても上手い。経験や背景が無いためまだ見習いだが、それさえあればきっと大成するだろう。いいコネを作れたものだ。

 

「うん、まず千尋。あんたの考えてる策はやめておきなさい。失敗するわ」

「りょーかい。理由はわかったか?」

「いいえ、ただ貴方の一番嫌がっている方法を取られるってだけよ。復讐の鬼が出来るだけね」

 

サーバ爆弾を解除して欲しくば自決しろ作戦は失敗に終わるのか。知恵の鮭、おそるべし。

 

「それからサーバ。あんたは選ばなきゃならない。何も言わずに去るか、共に堕ちるか、引きずりあげるかを」

「...随分な選択ね」

「正直どの選択でも、大勢が変わるわけじゃないわ。あなた程度いなくても何も変わらないもの。でも、変わるものはある。あなたの旦那の心よ」

 

「きっとそれが、心を守るカギになる。だから私個人としては、何も言わないってのはやめてほしい。...こう占いに私情を巻き込んじゃうから、私ってまだ半人前なのよねー」

「いいえ、ありがとうカオル。あなたは私たちの事を思ってくれた。それはとてもとても嬉しいわ。だから、私も覚悟を決めることにする」

 

サーバのその目からは、迷いが消えていた。これだから女性というのは強い。フィンと共に行くか引きずりあげるかどうかは本人次第だが、きっと悪いオチにはならないだろう。

 

「んで、結局どうやったら探し人に会えるかはわかったのか?」

「ええ。ただし、その情報を知りたいのなら、わかるわよね?」

「...マッカで良いか?」

「構わないわ。4500マッカね」

「地味に足元見てやがるッ!いや払うけどな」

 

COMP同士のリンク機能を使ってマッカをデータとして渡す。マッカには余裕があるとはいえ、痛い出費だ。

 

「毎度ありー。じゃあ情報ね」

 

「全知の目。サーバの旦那はそれを懐柔するために動いているわ」

「具体性がないな。それでいいのか?凄腕占い師」

「こういうワードが出た時は大体心当たりがあるでしょ?千尋なら」

「ま、そうなんだけどさ」

 

全知の目、その言葉に引っかかる事例は一つしか知らない。まさか志貴くんが絡んでしまうとは思いもしなかった。だが、何故に今?サマナーネットに情報が出始めたのは2ヶ月前。昏睡から起きたのもその時期だろう。故に、即座に行き恩を売るのが正しい選択肢の筈だ。

 

「...協力的なアウタースピリッツを介さないと会えない?全知の目を恐れているのか?」

「何、また占いが必要?」

「いや、多分ターゲットには情報防護以上のものが張られてる。ヤタガラスお抱えの占い師が見つけられていないってのはそういう理屈だろうさ。危険だからあんま触れないようにな」

「危険キーワードは?」

「アリス、堕天使、英雄、このあたりだな」

「ありがとー。今度依頼の斡旋できそうなのが来たら千尋の事紹介しておくよ」

「こっちこそ助かる。年齢で侮られがちだからな、俺は。紹介があると一手間楽できる」

「大変だね、唯一の実働員ってのも」

「仕事自体がそんな多くないからなんとかなってるよ。こればっかりは所長の仁徳に感謝だな」

「それ、マイナス方向に使う人初めて見たわ」

 

念話でデオンに連絡を入れつつスマホでキリさんに連絡を入れる。志貴くん周りで怪しい事はなかったかどうかという事を。

返答はすぐに来た。大の大人が音を上げる訓練を余裕綽々とこなしている事以外には何もないと。リハビリ明けの筈だというのにコレだ、やっぱ種付きって凄えわ。

 

「じゃあ、午後の授業サボんなよ。俺はサボるけど」

「流石悪魔召喚士(デビルサマナー) 。汚い」

「緊急事態だしなー」

 

デオンの運転する迎えの車が来たのを確認してから、認識阻害の呪符を起動させて屋上から飛び降りる。外まで屋上からひとっ飛びなあたりが屋上が裏に関わる者の溜まり場になってる理由だったりするのだ。

 

まぁ、俺は着地に弾性術式クッション挟まないと地味に足を痛めるのだが。

 

「デオン、行くぞ」

「了解だ、サマナー。だが、エニシも拾っていくので良いのかい?」

「あの時フィン・マックールを見つけられたのは縁だけだ。何かあると見て間違いないだろ。例えば、人間以外からの認識阻害に注力しすぎて人間からの認識阻害がザルだとか」

「成る程。理解したよ」

 

「...本音を言うなら、縁に頼らないで終わらせたかったんだがな」

「確かに。エニシは日常の中で笑っているのが一番似合うからね」

「本人がやる気な事が救いだよ。一度学校をサボってみたかったらしい」

 

その言葉にフッと笑みを浮かべた。デオンも割とサボるという行為に憧れる優等生だったようだ。

 

「所長は先に現着してるから、久しぶり...ってか初めての全員での戦闘だな。所長の戦闘パターンは頭に入っているか?」

「問題ないよ。私も縁もしっかり訓練は積んだ。カナタがどう暴走するかはわかっているさ」

「心強いな」

 

まぁ、その思考の斜め上を普通に飛んでいくのが浅田彼方という女傑なのだが、それはまぁいいだろう。

 

星野海中学の校門前に認識阻害の呪符を起動させた縁がいた。改造メシアンロープを着込んだ戦闘状態で。やる気満々だな本当に。

 

「千尋さん!デオンさん!」

「よぉ不良学生。初めてのサボりの気分はどうだ?」

「...罪悪感って結構来ますね」

「それを感じてるうちは大丈夫さ。慣れると息をするようにサボれちまうから、マジで」

「気をつけます!」

 

ただ、あんまりサボりすぎて留年でもしたら大変だったりする。ヤタガラスの信用調査ってそういうところも見るのだ。一般人に紛れ込めない奴は相当のマイナス評価を受けてしまう。それはフリーとしてはかなり痛いのだ。使えない奴に依頼は回ってこないのだから。

 

「じゃあ縁は助手席な。俺は後部座席で作業してるから」

「また内職ですか。何するんですか?」

「地雷」

「...爆発させないでくれよ?サマナー」

「安心しろ、火力は大したの出せない。ちょっと意識を逸らす程度のものだよ」

 

知恵の鮭の対策として考えたのが、今回のビックリドッキリアイテム属性地雷くんである。現場の情報量を過剰にする事で智慧を得てから最適解を打つまでに時間をかけさせるという事が出来るのではないか?との考えからだ。

どうせ作製に必要なのは自作の属性ストーンとマジックペン(MAG混入インク入り)くらいだ。大した出費ではない。

 

「...思ったんですけど、千尋さんってちゃんと寝てます?」

「それは既に確認したよ。寝れる日は毎日6時間は眠っている。契約の繋がりで何となくわかるようになったんだ」

「へー、本契約って凄いんですね」

「本当に便利なものだよ。命を握り合っているようで少し重いがね」

 

そんな会話の後に、高速に乗った。デオンと縁が話に花を咲かせているが、それはいいだろう。今は、生き残るために必要な事をするべきだ。

 


 

「カーナビによるとここから入るようだね。車で山道を入れるだろうか」

「ちょっと待ってくれ。今道を開いてもらう。この山は呪術による欺瞞結界が張られてるらしくてな。許可のない者には里までの道がわからないようになってんだとさ」

 

「なんか凄いですねー」と呑気に構える縁。いや、これキリさん達のスタイルを考えたら要するに許可無い者はぶっ殺すと言われているようなものなのだ。サマナーネットの噂でしかないが、暗殺特化型臭いのだよキリさんの一族。森を足場にした三次元軌道と力場抜きの高等技術、通称『貫通』をもって敵を屠る。というのが現在推測できるスタイルだ。

 

おっかないことこの上ない。是非とも根も葉もない噂であって欲しいものだ。

 

思考が逸れた。連絡連絡っと。

山道の入り口にある監視術式に手を振りつつキリさんのCOMPにコールを入れる。

 

「キリさん、花咲です。今結界前まで到着しました」

「ああ、確認した。里の術者が驚いていたよ。監視を正確に見抜いた術者は初めてなんだとさ。流石だね」

「ちょっとした一発芸ですよ。じゃあ入りますけど、結界の抜け方はどうすれば?」

「...すまないが、今は結界を解けないから自力で抜けてくれ」

「何かあったんですか?」

 

「修行をしていた志貴に声をかけてきた男がいたらしい。銀髪の魔術師だ。だが、里の感知網でも確認はできていない」

 

『ディムナよ』とCOMPからサーバが念話を飛ばしてくる。勘だが、同感だ。

 

「了解です。敵の狙いは志貴くんですか?」

「その可能性は高い。だが、一人で修行をしていた絶好のタイミングだというのに拉致を行わなかったことから目的が絞れない。なので陽動の線を見ている。が、七夜は廃れた一族だ。宝の類はないのだし、秘伝技術の類とて先代が匿名で公開した。里に残っているのも老いて一線を退いた者たちだけだ」

「なんにせよ、気をつけてください。俺たちが向かいます」

 

「所で、所長はどうしましたか?」

「...今は志貴を守ってもらっている」

 

あ、所長の奴許可取らないで結界抜いたな。そっちの方が面白そうとかの理由で。

 

あの人の直感はどうかしている。欺瞞結界程度では認識を狂わされたまま抜けたりするのだ。テンプルナイト時代に解析しても、何もないという事がわかったのだと本人が言っていた。マジで何なのだあの人。

 

「じゃあ、今から侵入します」

 

車の屋根の上に登り、山道に入る。視界に入る全てを簡単に解析しながらの走行だが、大した手間ではない。

 

その程度のことならば、常に行なっているのだから。

 

『デオン、この辺りで車降りるぞ。結構道が細い。ちゃっちい傷で修理代かけるのも無駄だ』

『入り口を見つけたのかい?』

『ああ、アクティブソナー使うまでもなかったな』

 

そうして車を降りて、スマートフォンの方のストレージに車をしまう。これ本当に便利だ。車って意外と情報量が少ないからコンパクトにしまえてしまうのである。

 

「しかし、ここから歩きで大丈夫かい?私には木々の茂る山道にしか見えないのだが」

「...私はなんとなくですけど、違和感を感じます。世界が噛み合ってないみたいな」

「縁、その感覚は大事にしろ。欺瞞破りは大体本来の世界との比較でやるものだからな」

 

そうして木々の中に手を突っ込む。

うん、空気が違う。当たりだ。

 

「縁、ほい」

「なんですか?コレ」

「対照の作りをしたルーンストーンだ。これがあれば逸れた時場所を見つけやすいんだ」

「見た目、変な文字が刻まれた石ですけどね」

「お守り程度に思っとけ。じゃ、入るぞ」

 

木に正面からぶつかるような形で道に侵入する。入ってからすぐに二人は入ってきたが、二人とも微妙に不安な表情をしていてちょっと笑った。

 

「こっからは迷いの森だな。方向感覚を狂わせるようにMAGが敷かれてる。二人とも俺の背中を見失うなよ」

「はい!」

「了解だ、サマナー」

 

その後、インストールアプリ、ネオクリアを正常化させるために多少の調整を施した以外は何事もなく迷いの森は抜けられた。悪魔のトラップとかがなかったのが残念だ。合法的にMAGを稼ぎたかったのに。

 

「サマナー、ほとんど迷わずここまで来れたね。迷いの森とは?」

「そりゃ、正解ルートしか歩いてないからな」

「どうやってわかったんです?」

「足元見てみ」

 

そこには、雑草が無造作に生い茂っている。だが、それだけではない。

 

「踏まれた後があるだろ?それは多分所長が通った跡だ」

「...あ」

 

それを見て縁も気付いたようだ。この森の攻略が余裕だった理由に。

 

「それもトラップの可能性を見て一応分かれ道で何度か調べたが、間違いはない。所長とキリさんのMAGが残っていたからだ。

「サマナー、君って意外と斥候スカウトとしての技術高いのだね」

「流石に本業には劣るがな」

「...何も考えてませんでした。やっぱり駄目ですねー、こういうのは」

「頼れる奴に頼るってのも実際有効だぜ?お前には高い戦闘力っつー売りがあるんだから、こんな小技は後々学んでいくので良いんだよ」

「ありがとうございます、千尋さん」

 

そんな会話から10数分後、あっさりと迷いの森は抜けられた。

 

「ここが、七夜の里ですか。結構近代的ですね」

「全盛期の頃はウカノミタマプラントなんかもあったらしいぜ?今は最新型のにとって変わられて廃墟になってるらしいが」

「でも、こんな所で食料を作ってどうするんですか?結界とかがあるのに」

「ストレージの原理だよ。この世界の全てのものは情報で構成されているから、情報に分解することができる。んで、その分解した情報はデータとして送受信する事ができんだよ」

「じゃあ、運送屋さん要らずですね」

「いや、そうでもない。特殊な処理をしていないモノを情報化するときってのは、モノってのは情報の劣化が起きちまうんだよ。野菜だったら栄養価が少なくなったり、武器だったら壊れやすくなったりな」

「じゃあ、私がストレージに入れた制服もッ⁉︎」

「それは大丈夫。覚醒者のMAGを常に受けてる服だぞ。処理を受けているのと同じ現象が起きているのさ」

 

「その処理ってのがMAGコーティング。情報をマグネタイトで補完する事で情報の劣化現象を防いでいるんだ」

 

他にも様々なメリットとデメリットがあるが、その説明は今度でいいだろう。専門用語多くなってしまうし。

 

そんな事を言いながら歩いていると、大型施設が見えてきた。アレがかつてウカノミタマプラントだった施設だろう。

 

「あそこが廃れた原因は、コーティングにかかる費用の問題だろうな。高濃度のMAGを発し続けるってのは難しいんだよ」

「へー」

 

周囲を見渡すが、人気はない。ついでにパッシブソナーの反応もない。わかるのは、人の手は入っていてもそれを感じさせない、自然豊かないい里だということくらいだ。

 

「...サマナー、エニシ、少し気を抜きすぎだ」

「...そうだな。ちょっと空気入れ替えるついでに警戒要員呼ぶわ。サモン、サーバ」

「なんか私の扱い雑じゃない?」

「綺麗な人ですねー。新しい仲魔ですか?」

「ええ、今日までね。私は妖精サーバ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします!」

 

ザワリと、空気が揺れた。

のどかな里の空気が、慣れ親しんだものに変わる。

異界の空気だ。

 

「...デオン、縁、サーバ、警戒頼む」

「了解だ、サマナー」

「周囲にモヤモヤは見えません。エネミーソナーも今のところグリーンです」

「んで、あんたは何するの?サマナー」

「所長に連絡して方針を決める。こんな濃い空気の中で、あの人が何もしていないわけがない」

 

それは、ある種の信頼だ。あの人なら、最短最速で原因をぶっ殺しに走ると知っているからだ。

 

「千尋くん!位置データ送るから来て!一人じゃ3分(さんぶ)で負ける!」

「了解です。サモン、ペガサス!」

「移動ですね!サモン、タラスク!」

 

異界強度ゲートパワーはかなり高い。ミドルクラスの悪魔の自然発生すらあるかもしれない。だが、タイミング的に考えてこれは人為的な異界。

 

そしてこのベタつくような空気、忘れる訳がない。

 

()()使()だ。

 

「空を飛ぶ奴は多い、気を付けろよ縁」

「了解です。...見えました!相当な数です!」

「サーチする!」

 

アクティブソナーを起動。反射波は攻撃の余波でめちゃくちゃになっているが、ノイズを除けば数くらいなら読み取れる。

 

デカラビアとフォルネウスとハルパスの軍勢。総数は48、いや45。秒で数が削れていっている。所長の戦闘だろう。それも、全力の。

 

だが、アクセル全開で飛ばしているのはそう長くは保たない。いずれ捕まるだろう。

 

「ペガサス、マハンマ!デオン、足場作るから飛べ!」

「タラスク、ファイアブレス!千尋さん、足場私にも!」

 

雑に広範囲攻撃を撃ってから、大勢を整える。

今の広範囲への対処から見るに、堕天使に指揮官はいない。

単なる奇襲要員というところだろう。それにしてはクラスが高い悪魔が混ざっているが。それは敵のサマナーの練度の問題だ。

 

間違いなくアリスだ。

 

反発(ジャンプ)、多重展開!」

 

反発の魔法陣を足場にして縁とデオンが宙に飛ぶ。即興で展開した足場は32。

 

それを扱い軽やかに飛び悪魔と交戦するデオンと、しっかりと足場に地をつけて一撃で光波属性の乗った拳で一匹ずつ潰していっていた。

 

その隙に、孤軍奮闘していた所長の援護に入る。銃撃により所長を襲おうとしていたフォルネウスを怯ませ、その直上にラームジェルグを召喚し、幹竹割りによりその命を奪う。

 

これで、一路の逃げ道ができた。あとは所長が自力でなんとかするだろう。

実際、所長はその道を通ってふわりとペガサスの背に乗ってきた。

 

「千尋くん。ナイスサポート!」

「それはいいですが、ちょっと待ってください。ペガサス、暴れるな!落ち着け!」

「...先に言うけど全員疾風耐性なし!術式補助頂戴!」

「了解!」

 

以前繋いだラインを通じて、周囲に所長のMAGに合わせた複数目標指定マルチターゲットと収束の魔法陣を展開する。

 

「デオン、縁、変に動くなよ!」

「「了解!」」

「纏めて吹き飛ばす!ブーステッド・高位広域疾風魔法(マハ・ガルーラ)!」

 

マルチターゲットの術式で狙いを定め、収束の術式により密度を向上させた疾風魔法が堕天使たちを切り刻む。

 

これで、残り18。ついでに所長や俺たちの背後にいる堕天使は一掃できた。あとは正面のみ。

 

「デオン、縁、次弾で終わらせる!チャージまで頼んだ!」

 

地面に落下する前にラームジェルグを送還(リターン)し、ペガサスから飛びのいてペガサスを自由にする。

 

ついでに反発(ジャンプ)の魔法陣に乗ることで足場の確保。

 

今の広域魔法でデカラビアは全滅できた。残りはフォルネウスとハルパスがそれぞれ9ずつ。だが、先程の疾風魔法に脅威を覚えたのか、俺と所長に集中して向かってきている。

 

あ、次弾撃つ前に終わらせられるわこれ。

同じことを思ったのか、所長はクレイモアにマグネタイトを込め始めた。念話を通じて、大体の足場の位置が指示される。

 

『デオン、右前方のフォルネウスに攻撃してから大回りにちょっかいかけて逃がさないようにしてくれ』

『了解だ。だが、カナタの防衛は?』

『大丈夫だ。あの人は、撫で斬りカナタだぜ?』

 

「縁!左に囲むように壁を!」

「...わかりました。守りの盾!」

 

これで、奴らの逃げ場はなくなった。

 

「行くよ。風王斬撃(エアリアルザッパー)、撫で斬りモード!」

 

瞬間、空気が爆ぜた。所長の足の裏から発する疾風魔法の爆発的なスピードによるものだ。

 

そうして、所長の眼の前にいたフォルネウスが一刀の元に切り裂かれ絶命する。だが、それでは終わらない。

 

事前に設置していた反発(ジャンプ)の術式に着地し、次の敵へと斬りかかり、斬り捨てる。それを幾たびも行うことで、堕天使の軍勢はまさに撫で斬りにされていった。

 

「冗談じゃありません。わたしは逃げ...ッ⁉︎」

 

縁の守りの盾、マグネタイトの障壁が逃げ道を塞いでいる。それに気づいたハルパスの一匹は胴を真っ二つに斬られ、足場にされて地に落ちた。そして所長はまた跳ねる。

 

跳ねて、斬る。その動きがあまりにも速すぎて、されどその動きに備わった技巧によって、堕天使たちは本来の力を発揮できずにただただ撫で斬りにされていった。

 

所長の高めたMAGにより、極大魔法に迫るとすら言われる疾風魔法を魔剣と化したクレイモアに込めた斬撃、風王斬撃(エアリアルザッパー)。その一撃は絶殺のものである。

 

それでいて燃費も広域系魔法よりも良いとか恐ろしいことこの上ない。ちなみに、撫で斬りモードとは特に意味はないのだとか。

 

最後の一匹のフォルネウスは右方向から逃げようとして、流さないと包囲を敷いていたデオンの存在に気付いて狼狽えた隙に所長によりぶった斬られて終わった。

 

かかった時間は、きっかり9秒。1秒で二匹斬り続けたとかどうかしているとしか思えないが、これが半分以上悪魔人間している所長なのだろう。

 

「所長、状況は?」

「動ける実力者は私とキリさんだけ。だからキリさんがディフェンスで私がオフェンスやってる。とは言っても、初動で包囲されたのが痛いね、多分キリさんの近く以外皆死んでる。この里は終わりだね」

「...制空権は取りました。こっから堕天使の始末に取り掛かりましょう」

「そうだね。ただ、今回の異界は多分起点を中心に広がってるタイプ。動いてるし、突然消えるよ」

「...逃してしまうって事ですか?」

「目的を達成されたらね。だから急ごう。狙いは何かの奪取、そのついでに目撃者全員の抹殺かな?」

「何かってのは?」

「さぁ。志貴くんかもしれないし、この里に伝わってる何かかもしれない。キリさんの武器かもしれないし、はたまた私たちかもしれない」

「所長の勘では?」

()()

「手数足りねえなぁ!」

「でも、分散したら間違いなく死ぬよ。...選んで千尋くん。どこ選んでもどこかに手が届かない。なら、一番敵の出鼻を挫ける所を」

 

一瞬、思考を走らせる。

まず、俺たちを狙う者たちは除外。動けば付いてくるから、結局の所戦うしかないからだ。

次に、この里に伝わってる何かも除外。今から調査、奪還を行うのは現実的じゃない。

 

とすれば、キリさんか志貴くんか。

 

「...まず、志貴くんを拾って、それからキリさんの援護をします」

「足手まといを拾ったまま戦うのかい?」

「志貴くんの目は使える。ただの足手まといにはなりません。ていうか、しません」

「...縁ちゃんはどう思う?」

「...やりましょう!考えてるだけ時間の無駄です!私も所長も頭良くないんですから!」

「さらっとDisられた⁉︎」

 

『サマナー。今の、単に助けたい順で選んでいないかい?」

『そんなので判断はしねぇよ。てか、それができるほど強くも凄くもねぇっての。向こうの目的を仮定して、こっちが阻止できる1か2を判断したらそれしかないって考えただけだ』

『なるほど、サマナーだ。てっきり情で狂ってしまったかと思ったよ』

『さらっとDisるなお前も』

 


 

それぞれの飛行手段によって移動し、キリさんの守る本家へと向かう。サーバは低位の回復魔法、回復魔法(ディア)しか使えないが、時間をかければそれでも傷は治せる。そんな健気な努力により、所長のダメージは全快した。

 

もっとも、所長はそこまで大ダメージを負っていなかったというのが理由だったりするのだが。具体的には魔石をケチるくらいに。

 

にしても、所長に抱えられているサーバが妙にしっくりきているのが何かアレだ。攫われ慣れている?ピーチ姫か。

 

さて、キリさんの姿が見えた。堕天使の軍勢を前にして一歩も引かない乱戦を繰り広げている。堕天使を足場とし、森を足場とし、三次元機動を繰り広げることにより捉えられないよう動いているのだ。

 

だが、あまりに多勢に無勢。堕天使の数は少なくとも100を超えている。そして、オセやオリアスといったミドルクラスの堕天使が混ざっている。

救いなのは、サマナーの指揮が無いが故に、連携が甘いことだろう。俺なら、50を足止めにして残りで施設の制圧にかかっている。あるいは、もう抜けられた後か?

 

なんにせよ、並行して行わなくてはならない事が増えた。

 

知力の終わった所長からサーバを投げ渡されて弾性術式(クッション)でペガサスに着地させる。サーバは「投げるな!」と憤っているが、迫力がない。何だこの妖精。

 

「制空権は取ってる。空爆行くよ!」

「タラスク、星のように!」

「鳴り響け、聖なる蹄音!」

 

高位広域疾風魔法(マハ・ガルーラ)!」

「ファイアブレス!」

「マ・ハンマ!」

 

今ので、一角は崩せた。だが、崩せた数は20ほど。氷山の一角だ。

 

「所長とタラスクはこのまま空爆を!サモン、ラームジェルグ、バルドル!縁はコイツらと前線を作って本家に通すな!」

 

「残りで志貴くんの所に行く!指示出し以上、各自行動に移れ!」

 

高高度からの広域爆撃により徐々に数は減る。これで即時にキリさんが殺されることはないだろう。

 

故に、志貴くんの所へ行くのが先決だ。敵の狙いが志貴くんであるのなら、フィン・マックールはそこにいる。

 

ペガサスの上から本家を俯瞰する。霊的防護結界のあるのは土蔵だ。そして、そこ以外に堕天使の群れがうようよしている。だが、殺気がない。探し物でもしているのか?

 

「サマナー、どこに降りる?」

「土蔵周りを掃討してから中を確認するぞ。多分、土蔵以外は手遅れだ。敵の仕事が早い」

「了解だ。だが、数が多い。何か策は?」

「無い。上から援護するから、お前が暴れてくれ」

「適当過ぎて笑えるね!」

 

ペガサスの上から飛び降りるデオン。それにようやく気付いた堕天使たちが現れる。オセ3体にビフロンス8体。

 

ビフロンスに焦点を当ててアナライズを起動させる。反応は早かった。氷結耐性はない、ただの雑魚のようだ。

 

「貴様、何者だ?」

「白百合の騎士、シュバリエ・デオン!いざ参る!」

 

ペガサスの上に雪女郎を召喚し、目標指定(ターゲットロック)の術式を仕込む。

 

制空権が取れていると、こういう作業感の強い戦闘になるのが楽でいい。

 

「行きますわよ、サマナー。高位広域氷結魔法(マハ・ブフーラ)

 

ビフロンスは、火炎魔法で相殺を図ろうとするもの、回避して次に繋ごうとするもの、近くにいる奴を盾にする事で生き残ろうとするものと実に人間味が溢れていたが、まぁそんなことはどうでもいい。

高純度のMAGを吸わせた雪女郎の氷結魔法はそういった小細工を吹き飛ばす力を持っているからだ。

 

そうして雑魚が崩れたのなら、後はオセだ。

オセは比較的情報の多い悪魔だ。なにせ、弱点を持たない。

逃げる者も逃げられる者も多いのだとか。

 

そして、オセは個体差が激しい。素人のように二刀を振り回す雑魚もいれば、達人のように二刀を操る猛者もいるのだと。それだけ二刀流が難しいという事だろう。

 

まぁ達人とて、否、達人だからこそデオンの絶技には敵わない。技を磨けば磨く程に、美しいものだとわかってしまうのだから。

 

百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)

 

三人纏めてデオンの剣技で幻惑され、その内に二匹のオセは首を落とされた。あまりの華麗さに目を奪われたうちの事だろう。本当に、あの絶技は意味がわからない。なんでただの剣技で幻術じみた事ができるのか。

 

だが、最後のオセは一味違ったようだ。デオンの剣をなんとか受け止め命を繋いだ。もっとも、デオンの細腕から放たれたとは思えない剛力により吹き飛ばされたが、体勢を崩さずにしっかりと着地している。

 

かなりやると断じて銃撃によりデオンを援護しようと思ったとき、オセは両手の剣を捨てた。

 

降伏の合図だ。

 

悪魔召喚士(デビルサマナー) だな?」

「ああ。そっちの要求は死にたくないでいいのか?」

「いや、少し違う」

 

「その騎士の絶技に見惚れた。その技を私自身の技として取り入れたい。学ぶための機会をくれ」

 

なんともまぁ、武人気質な堕天使もいたものだ。

 

「花咲千尋だ。そっちの契約を飲むよ」

「堕天使オセだ。その間、貴様の手足となる事を誓おう」

 

「...なるほど、あの時の少年か。随分と強くなったな」

「すまん、堕天使に関しては心当たりが多すぎてガチに誰だか分からん」

「空中庭園で貴様を殺そうとした堕天使の一匹だ。切り結んだ事もあるのだが、まぁ覚えてはいないか」

「...ああ、すまんが全く思い出せん」

「それでいいさ。所詮は過去だ」

 

周囲の堕天使は全滅させた。本家の中から出てくる気配はない。一息つけたというところか?

 

「早速で悪いが、オセ、デオン、サーバ。周囲の警戒を頼む」

 

土蔵の扉を規則的に叩く。集音術式によりその反響音から内部の状況を把握する、立っているのは一人だ。何か手に持って、土蔵の中心にいる。倒れている誰かの前に立っている?

殺したのか?

 

何か、嫌な予感がする。

 

「サマナーの花咲千尋です」

「...千尋さん?」

「その声、志貴くんか。中には他に誰がいる?」

「...皆死んだよ」

 

「俺が、殺した」

 

扉の向こう側にいる少年の、心の壁の厚さが何となく感じ取れてしまった。

 


 

その歌声が聞こえたのは、突然のことだった。

 

空気が変わり、異界になったと同時に俺と爺さん達は土蔵へと逃げ込んだ。爺さん達曰く、ここが一番安全なのだとか。

 

父さんは、俺が見た人の形をした悪魔と一緒に襲ってくる悪魔を倒しに行っている。今、戦えるのは俺しかいない。

 

そう思うと、お守りとして渡された飛び出しナイフが重く思えた。

そんな時だったのだ。

 

奇妙な歌声が聴こえ始めたのだ。清らかで、澄み渡った邪悪な歌声が。

 

それは時間にすればほんの1分程度。

 

それだけで、世界は狂い落ちた。

 

「志貴、儂らを殺せ!この歌は邪法じゃ、人を悪魔にする外法!」

「だめ、だめよ。志貴を美味しそうだなんて考えちゃいけない!」

 

衝動的に、何をするべきかはすんなりと頭に入ってきた。

 

眼鏡を外し、真実を見抜く目、それを次のステージへと進む為にマグネタイトを目に集中させる。

 

そして、魂が覚えている動きをもって未だ混乱の最中にいる老人達の()をなぞった。

見えるようになった、というよりも見えていたのに認識していなかったものだ。完全に人ではない今の頭はそういったコントロールができるように機能拡張されているのだろう。便利になったものだ。

 

「志貴、私はまだ死にたくない。まだ人間なの!」

「騙されるな!皆悪魔に堕ちる!躊躇うことはない、殺すのじゃ!」

 

そんなノイズが聞こえているが、無視だ。やるべきことは変わらない。

 

線にナイフをなぞらせ、命を断ち切る。反撃の警戒は、何故か一匹の悪魔が悪魔を羽交い締めにしている事でしなくていい。

 

この衝動のままに、その命を断ち切ろう。

 

そうして全てを殺し終えた後に、俺は致命的に間違えた事に気がついた。

 

「...え?」

 

正気に戻ったというわけではない。さっきまでの殺しの経験は確かにある。だが、どうして俺はなんの躊躇いもなく俺を育ててくれた爺さん達を殺せたのだろうか。

 

まるでそれを当たり前かのように受け入れてしまった自分が、ひどく異物のように思えた。




月姫リメイクまだかなー(願望)


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直死の魔眼と巨人たち

月姫リメイクやりたいなー、と乞食のように呟き続けるスタイル。もはや記憶の彼方ですが、翡翠ルートの琥珀さんが好きなんだよぉ!

あ、CBCガチャはなんとか回していません。ストーリーが進むごとにアラフィフ引きたくなるけどね!


志貴くんの状況は、明らかに変だ。

何か切羽詰まった状況に陥っているのだろう。

 

「デオン、周囲の堕天使は?」

「いや、来ないね。戦闘音を鳴らしたのだから殺到すると思ったが、まだ余裕はありそうだ」

「志貴くん。開けるぞ」

 

この魔導結界の構築は、強力だが古い。確かプログラム内にピッキング用の魔法陣を入れていた筈だ。強引だが、引き摺り出そう。

 

「それは困るな、少年」

 

そんな事は、敵はさせるつもりはなかったようだが。

 

「あの子の心に取り入るつもりか、外道」

「いや、あいにくと雇われでね。詳しいことは知らないのだよ。ただ、その土蔵にいる少年を助け連れてこいと命令されただけだ」

「マッチポンプも良いとこだな?」

「同感だ」

 

ピッキングの術式を中止して、戦闘モードに移る。

バルドルとラームジェルグは現在縁の所にいる。使用不可能。

ペガサスは待機しているため、奴を殺すに足る十分なスピードを得るには時間がかかる。

 

こっちの手札は、デオンとサーバ、オセと雪女郎のみ。

 

まず仮定、志貴くんを置いて逃げる。却下だ、敵の計画のピースを埋めさせてどうする。全貌がわからない以上、それが世界の終焉への最後の一手の可能性とてなくはないのだ。

次の仮定、現状の戦力でフィン・マックールを足止めをする。敵の戦力が不明だ。デオンがいる以上詰みにはならないだろうが、向こうは知恵の鮭の力でこちらの戦力を把握しているだろう。

 

つまり、取れる策は本命のみ。

 

「サーバ、説得を頼む」

「...ディムナは、心の底から決めたことを曲げないわよ。それが、彼だから」

「それでもいい、お前の言葉で、お前が話せ」

 

俺の邪心塗れのお節介だけだ。

 

「フィン・マックール。知恵の鮭の力で彼女を見てみろ。」

「見たとも。鹿の角がとってもキュートだ。情報劣化というのも案外悪くないのかもしれないな」

「そう、あなたは変わらないわね。飄々と、華麗で。でも、大切なものを手放そうとはしない。そんな(ひと)のまま」

「お前の目的が何かは知らない。だが、それは彼女に誇れるものなのか?彼女を愛したお前の日々に胸を張れるものなのか?」

「ものだとも」

 

「...サーバ、私は全てを捨てて君を攫ってしまいたい。そう思う気持ちは嘘じゃない。だが、私は歴史に名を刻んだ英霊だ」

 

「故に私は、例えやり方が稚拙でも、足掻き、抗い続けているあの少女の味方をすると決めたのだ。私の、騎士の誇りに誓って」

 

その言葉で、わからなくなった。

アリスの目的を、知恵の鮭の力を持つフィン・マックールが肯定する?アウタースピリッツ確保の為に手段を選ばないあの少女が?

 

「少年、彼女は狂ってしまっている。方法を誤った事も多くあるだろう。だが、それだけだ」

 

「彼女は狂った心でも、尚この世界を救おうと決めて動いている。悪意という泥の中に浮かぶ一輪の蓮の華程度の善性だが、私はそれこそを尊いと思った。故に、私は騎士としてここにいる。それが、フィオナ騎士団団長、フィン・マックールの再びこの世に現れた意味だ」

 

「決意は、硬いんだな」

「ああ、だが一つだけ感謝をしよう、花咲千尋。君のおかげで二度と会えないと思った彼女に会えた。その事は、本当に感謝する」

 

屋根の上から見下ろすフィン・マックール。

戦う以外に道はないようだ。

 

「デオン、実質タイマンだ。やれるな?」

「ああ、やってみせる」

 

連携の訓練を行っていない以上、オセはデオンと並べて使えない。MAGを過剰に込めたチャージからの一撃、それがオセの使いどころだ。

 

「さて、白百合の騎士よ。私の親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)で見た結果、私では君に勝てないだろう。故に、策を使わせてもらう」

 

そう言って、フィンは高純度のMAGの詰まったMAGアブゾーバーをこちらに投げつけてきた。そして、地面にあたりアブゾーバーは砕けて中のMAGは爆発的に広がった。

 

そんな事をすれば、周囲の野良悪魔や堕天使たちはここに集中するだろう。MAGで体を構築している悪魔たちは、自然と高純度のMAGに寄せられるのだから。

 

そして、それを行った理由など明白。野良も堕天使も自分の駒として扱うためだ。

 

「ここで指揮官に集中するのか⁉︎」

「私は団長だぞ?槍働きは下に任せるさ!」

 

瞬間、本家の中から編隊を組んで堕天使が現れる。オリアスかオセを先頭にして、ビフロンスかメルコムが後ろから魔法で援護するという形が一括り、それが10。完全に包囲されている。

 

「デオン、フィン・マックールを独力で抑えてくれ。奴のいる本家の屋根上には敵がいない。一番厄介なお前を俺から引き剥がす策だ。罠だが、乗るしかない」

「了解だ。だが、ひとつ置き土産をしてからにさせてくれ。サマナー、私にMAGを」

「オーケーだ、やっちまえ!」

 

左手のスマートウォッチを操作し、デオンにマグネタイトを過剰に供給する。理論上はできる筈の絶技のエクステンド。それが、この技。

 

百合の花舞う百花繚乱(フルール・ド・リス)

 

剣舞の放つMAGの力場により、レンジの外の敵にさえ剣技の冴えを感じさせるという荒業を持って発動するデオンの対軍魅了技。それが、百合の花舞う百花繚乱(フルール・ド・リス)

 

その絶技に見惚れたのは堕天使もフィン・マックールも同じだった。

 

こちらが、一手先んじれる!

 

「オセ、チャージ!雪女郎、ペガサス、高域攻撃!」

「喰らいなさい、高位高域氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」

「ヒヒーン!」

 

収束の魔法陣を通して作られた氷の槍がオセやオリアスに突き刺さる。オリアスへのダメージ量からいって、どうやら弱点のようだ。

 

だが、ダメージは重要では無い。氷結魔法の使える特性は、当たれば動けなくなることだ。

それならば、ペガサスの高域破魔魔法(マ・ハンマ)を回避することはできない。

破魔魔法の力場に弾かれる確率は約7割。だが、逆に言えば当たれば3割は死ぬということだ。なんとも楽な話である。

 

「オリアスは全員落ちたか...破魔弱点だったのか?」

「だが、オセは4匹残っている。俺一人では抑え込めんぞ」

「いいから、貯めた分ぶっ放せ!」

「了解だ...冥界波!」

 

オセを中心にマグネタイトで作られた力の波動が、二刀を媒介として放たれる。距離により減衰しはしたが、それでもこちらを包囲していた悪魔のほとんどの陣形を崩すことに成功した。

 

そして、それだけの隙があれば、屋根上に陣取るフィン・マックールの前にデオンがたどり着くのは容易だった。

 

ついでに、鹿並みの跳躍力を使ったサーバも、デオンの後ろについた。

 

「サーバ、余波で死ぬぞ。戻れ」

「ごめんなさい、サマナー。でも、見ないといけないの。ディムナが、自分の願いを捨ててでも立ち上がろうとしたその理由を」

 

「やれやれだ、頑固なところは変わらないね、愛しのサーバ。なら、なるべく離れていてくれ。私は君を傷つけたくは無い」

 

数瞬、静寂が走る。

 

「英雄、フィン・マックール。君の騎士道はそれでいいのか?」

「あいにくと、終わった世界で道を語る趣味はないのだよ、白百合の騎士」

「ならば、ここで切り捨てる。外道に堕ちた英雄ならば!」

「ヒトのいないこの世で、英雄が何を守るというのだ!」

 

崩れたところから現れる、怒りに身を任せ陣形の崩れた堕天使たちをオセを中心にした防衛で対処する。

その間、完全にデオンは孤立してしまった。

 

フィン・マックールは対悪魔戦のエキスパート、自身の祖となる戦神すら倒した強者だ。

神の力、知恵の鮭、そして剣より長い槍という獲物。デオンにとって不利な条件しか存在していない。

 

だが、そんな事は想定内なのだ。加速の術式を展開し、フィン・マックールの周囲に向けて属性地雷を投げ込む。数は8個。停滞の術式で屋根上にとりついたその不審な石に対して、どう動きたいかは明白だ。

 

知恵の鮭の力でその正体を把握したいだろう。だがそれは、槍から両手を離すという事。そんな隙を白百合の騎士が突かない訳がない。

 

『デオン、地雷はお前のMAGには反応しない。これが最後の援護だ、死ぬなよ』

『了解だ、サマナー』

 

デオンに念話を送ってから、指示を出す。ラームジェルグからの念話によると、向こうは大分数を減らせているらしい。残りはミドルクラスのみだとか。

なら、数分後には援軍が来るだろう。

 

「オセ!近接張ってくる連中は適当にあしらえ!俺と雪女郎でなんとかする!先に後衛狙って数を減らすぞ!」

 

現在の戦況は、正直厳しい。こちらのオセがどんなに巧くても、4匹相手をし続けるのはスペックが足りない。

それを援護できるのが、俺の銃撃と雪女郎の氷結魔法だけ。ペガサスの破魔魔法ももう通用しないだろう。故に今は一撃のために周囲を飛び回らせて加速させている。

 

「雪女郎、撃ちまくれ!」

「ええ、高位高域氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」

 

見え見えの氷結魔法。そのままで当たるならミドルクラスの悪魔ではない。

故に、神経弾を装填したP-90を持って()()()()

 

「サマナーが前に出てきやがったぞ!狙え!」

 

当然、罠である。

 

マグネタイトの流れから敵の魔法のラインを認識、安全ルートを走り抜けながら的確にオセに銃撃を叩き込んでいく。神経弾は、当たった箇所から神経毒が流れ込み動きを鈍くさせるサマナー御用達の逸品だ。

氷結魔法を避けるのに意識を割いていた4匹のオセには、しっかりと銃弾の雨をお見舞いできた。これで、徐々に状況は変えられる。

 

そしてその速度のまま、オセたちの裏へと走り抜ける。

反発(ジャンプ)の術式を合間に挟む事でスピードを誤魔化し、続いて後ろについてきているビフロンスとメルコムにマガジンの残りの弾をばら撒く。

 

「このサマナー、速えぞ!」

「だが、狙いが甘い!弾切れの隙にやっちまえ!」

 

メルコムとビフロンスの魔法が俺を狙うのを感じる。どちらも火炎魔法。火炎に特化した相手には、魔反鏡により反射で一掃するのは現実的ではない。だいたい耐性の力場を持っているからだ。

 

なので、ちょっと位置取りをコントロールしてみよう。

 

()()()見えるようにマガジンの入れ替えを行う。この動作ももう慣れたもので、目を瞑ろうが走りながらだろうが問題なくできる。

 

「「「死ねぇ!」」」

 

そして俺を狙う火炎魔法(アギ)高位火炎魔法(アギラオ)の嵐が飛んでくる。その狙いの大雑把さにより範囲攻撃と化しているその炎の波を、空中に置いた反発(ジャンプ)の魔法陣を足場に大ジャンプして回避する。

 

すると、なんということでしょう。俺が上に消えた向こうには、神経弾の毒に苦しみながらも必死に俺のオセに追いすがっていた4匹のオセの姿が。

 

「フレンドリーファイアって、怖いんだよなー」

 

指揮官がいればこうはならなかっただろう。だが、この部隊を指揮していたフィン・マックールは今デオンの相手で手一杯。

 

4匹のオセ達は味方からの火炎魔法により体を焼かれ、その隙を逃さなかったオセの冥界波により命を吹き飛ばされた。

 

これで、戦況は一瞬だが俺たち側に傾いた。

 

「さて、残りの堕天使諸君。命乞いなら今のうちに頼む。面倒だから全員殺すってのも、味がなくて嫌なんだ」

「俺たちに、オセを殺させた⁉︎」

「悪魔だ、悪魔が居やがる!」

「そんな悪魔が、お前達の敵だ。10数える内に投降しろ、最初の一人は生かしておいてやる」

 

その言葉に、目を合わせるビフロンスとメルコム。

 

手前に従うぜ!と残りの全ての堕天使が一斉に投降して来てしまった。予想通りだが、実によろしくない。

 

「最初の一人がわからないから、お前ら全員くたばっとけ。オセ」

「ふん!」

 

再び放たれる冥界波。チャージは乗っていないが、雑魚を纏めてぶち殺してくれた。これだから、広範囲持ちは使い勝手がいい。

 

「オセ、魔石で回復しておけ。冥界波で結構体力使っているだろ」

「かたじけない。...して、あの騎士への援軍はどうする?」

「正直、手の出しようがない。戦場をうまく制限できたお陰で逃げられてこそいないが、速くて巧い。下手に手出ししたら逆に使われる。それに...大物が来るぞ」

 

本家の屋敷の崩れた屋根が吹き飛ばされる。そのパワーは相当なもので、吹き飛ばされた屋根が土蔵の壁に突き刺さっていた。霊的防護も物理防護もあるあの土蔵にだ。

 

来るのだろう、ハイクラス悪魔が。

 

「まったく、雑魚には雑魚を当てれば十分と思ったのですがねぇ。存外しぶとい。人間にしてはよくやりますよ」

「お褒めに預かり光栄至極。って返しと、鉛玉擊ちまくられるのとどっちが良い?」

「それはもちろん、礼儀のなっている方ですよ」

 

その言葉を聞き終わった瞬間に、思念操作でアナライズをスタートさせつつ敵の観察を行う。

 

本家から出てきたのは、羽のついた4足の生き物、恐らくグリフォンにのった緑色の甲冑に王冠を被っているハイクラスの堕天使。

銃弾の効果はなし、力場に全て弾き落とされた。

 

「オセ、止めれるか?」

「やってみせよう。未熟なれど、我が身も剣士なれば!」

「戦場の礼儀を弁えている。実に良いサマナーですね。アリスに縛られていなければ交渉を始めていた所ですよ」

「そりゃ残念。案外気が合いそうなのにさ!」

 

P-90を背中に回し、ストレージから取り出した各種属性ストーンを投げつける。

 

だが、普通に避けられた。グリフォンの機動力はかなり厄介だ。

 

「サマナー、飛ばれては何もできん!」

「引き摺り下ろすさ!空間指定(エリア・ターゲッティング)、起動しろ重力魔法(グライ)ストーン!」

 

重力魔法により堕天使の居る空間に力を加える。空中に着地しているならともかく、飛翔しているのならそれなりの力のコントロールが必要だ。まずはそれを崩す。

 

だが、そんな児戯など意味をなさないと言われているかのように、堕天使は力場を広げるだけで重力魔法を無力化してみせた。

 

「重力魔法か、珍しいものを使うなサマナー。だが、無意味だ」

 

そんな事は言われるまでもなくわかっている。次だ。アナライズの過程を見る限りでは、打撃に耐性はない。最高速のペガサスの一撃が決まれば大ダメージは与えられるだろう。だが、それだけだ。

 

奴を殺すには、火力が足りない。

 

そんな時、思考の外に置いていた土蔵から何かが崩れる音がした。

振り返ればそこには、霊的防護ごと扉を斬り開いた志貴くんの姿があった。

 

その両手を血に濡らし、涙を流しながらも目だけは真っ直ぐに堕天使を捉えていた。

 

「...これが、ヒトの力か?」

「そんな事は知らない。ただわかるのは」

 

「この衝動は、止められないって事だけだ」

 

瞬間、志貴くんが掻き消えた。

 

スピードは、高位覚醒者レベル。目で追いきれないほどだ。

 

本家の壊れた屋根を足場にして、一路堕天使の元に襲いかかる志貴くん。だが、滞空時間が長すぎる。堕天使が腰の剣を抜き切り返そうとする寸前、以前繋いだラインを使って志貴くんの目の前に弾性術式(クッション)を張る。速度の落ちた志貴くんは首を刎ねられるのをなんとか回避し、空中での体さばきにより堕天使の腕にナイフを沿()()()()

それだけで、奴の両腕はポロリとまるで当然のように地面へと落ちていった。

 

志貴くんはその交錯で命を取れなかった事に苛立ちを感じたのか、舌打ちを一つした後にまた掻き消えた。

 

そして再び飛びかかろうとするのを『殺せる策がある、乗るか?』なんて甘言にて止める。

 

堕天使の腕を切り落としたのはどういう理屈かは知らない。だが、今の志貴くんはハイクラス悪魔を殺す手段を持ち合わせている。

 

これは、チャンスだ。

 

だが、そう容易くはいかないもので、妨害のない事を良いことに堕天使は魔法のチャージを進めていた。高位クラス以上なのは間違いない。

 

「これが、アリスの求めた魔眼!侮っていましたよ。まさか両の腕を取られるとは!ですが、それもこれまで。戦士として分が悪いなら、術師としてやり合うまで。広域死霊召喚魔法(ネクロマ・オン)!」

 

堕天使が使った魔法は屋敷全体を覆った。

 

その後の光景は、目を疑いたくなるものだった。

 

オセが、欠損した部位をそのままに起き上がってくる。

オリアスが、氷結により凍らされた足をそのままに起き上がってくる。

メルコムとビフロンスが、ちぎれた体を補填しながら起き上がってくる

 

皆、殺したはずの悪魔だ。

 

「我が名はソロモン72柱が1柱、地獄の大公爵ムールムール。死霊魔術は我が得手よ」

 

死んでいたはずの、殺したはずの悪魔が地より蘇ってくる。その総数は、数えるのが馬鹿らしくなるほとだ。

 

思わず舌打ちしかけたが、自制する。意味のないことにタスクを割くな。

 

向こうの目的はどうであれ、死霊召喚によりこちらの戦況は圧倒的に不利になった。

 

作戦を練り上げる前に、実行に移すしかない。

 

『志貴くん。俺のペガサスがムールムールに一撃を当てる。その後のトドメを任せる。足場は、この位置に』

『...ああ、わかってる。アレを殺すには、衝動だけじゃあ足りない』

『決まりだな。頼むぞ少年!』

 

「ペガサス!」

 

本家を大回りに旋回して加速していたペガサスに、指示を出す。

命令はシンプル。突撃せよ。

 

待ちに待ったと言わんばかりに、ペガサスはスピードを寸分も緩めることなくムールムールへと襲いかかった。

 

十全のムールムールなら何かしらの対応をしていただろうが、あいにくと今は()()()()()()()()()()()()。そんな状態でのグリフォンさばきなど、大した事にはならない。

 

「速いかッ!だが、軽い!」

 

ムールムールはグリフォンを操り、あるいはグリフォンに任せてペガサスに対してカウンターを行った。神速の突撃に対しての前蹴り。

それを当てる技術は凄まじいものを感じるが、その程度だ。

 

()()()()()()()()()()()

 

ペガサスが通った道、志貴くんを中心に広げた範囲。

 

それだけあれば、反発術式(ジャンプ)の魔法陣を敷き詰めるには十分だ。

 

だが、そんな精密な術式操作をしている俺は格好の的であり、死霊魔術により蘇った者達にとっては格好の餌だ。位置取りも、深く入りすぎている。

 

だが、指示をするまでもなく一瞬なら稼いでくれると信じられる仲魔がいるので、実の所そんなに心配はしていなかった。

 

高位広域氷結魔法(マハ・ブフーラ)!」

「力よ爆ぜよ!冥界波!」

 

もっとも、さっき仲間にしたばかりのオセがカバーに入ってくれるとは流石に考えてはいなかったが。オセの評価爆上がりである。主人公か。

 

「行け!悪魔討伐者(デビルバスター)!」

 

無言で、志貴くんはトップスピードに乗った。

 

足場に乗るまでに数十匹の悪魔が道を塞ぐように現れる。だが、志貴くんは欠片もスピードを落とす事なく切り裂き、切り抜けた。

 

ミドルクラスの悪魔も混ざったあの連中を、ただナイフと素手で殺し抜けたのだ。

 

蜘蛛のように地を駆けて、撫でるように命を絶つ。それが七夜の退魔術。それをもう既に身につけているとか、将来有望どころの騒ぎじゃない。

 

そうして、反発(ジャンプ)の魔法陣の敷かれた空中へと躍り出た。もはや何者も彼を止めることは出来ない。

 

「...死が迫ってくるとは、こういう事でしょうね。だが、私もただでは死なない!受けなさい、高位広域電撃魔法(マハ・ジオンガ)!」

 

足場の限られている空中では、高域魔法を躱すことは出来ない。

志貴くん自体はスピードこそあれど耐久力のあるバスターではない。受ければ死ぬだろう。

 

「ペガサス!」

「ヒ、ヒン!」

 

だからこそ、読んでいた。死霊魔術に秀でている堕天使が攻撃魔法の一つや二つ持っていない訳はないと。

 

本来なら、魔法の迎撃をそのままカウンターにするために持たせていたアイテムだが、臨機応変にだ。

 

「遠隔起動、魔反鏡!」

 

志貴くんを中心に球を描くように魔法反射障壁を展開する。

その意味を知ってか知らずか、志貴くんは何のためらいもなく電撃の波の中に突っ込んで行き

 

そして、ただのナイフでムールムールの体を二つに両断した。

 

「見、事...」

 

それが、堕天使ムールムールの最期の言葉だった。

どうにも今日の堕天使は、誇り高い者が多い。ムールムールも出来れば仲魔にしたかった。それほどに、惜しかった。

 

程なくしてネクロマにより立っていた堕天使達は死に直し、戦況は一時収束となった。

 


 

上空から舞い降りて力を流す着地術を行った志貴くん。動きの下地は野山を駆け回るフリーランニングか。

 

「お疲れさん、志貴くん」

 

その言葉への返答は、向けられたナイフだった。

 

「俺の心が止まらないんだ。悪魔は、殺す」

「随分な台詞だな。悪魔っても色々だぜ?全部殺すんじゃあ手が足りねぇよ」

「でも、この衝動だけが正しいんだ。魔を祓えと語りかけてくる。俺の視界が狂ってたんじゃない、狂ってるのはこの世界で、この世界でヒトと名乗ってる悪魔なんだ」

「...極論だな」

「でも、もう止まったりは出来ない。悪魔を殺さないと、辻褄が合わない」

 

「ならば、私と来るがいい。少年」

 

屋根上から飛び降りてきたフィン・マックールがそんな事をのたまう。

 

『デオン、無事か⁉︎』

『すまないサマナー、シンプルに足で逃げられた!』

 

「ウチのデオンとやりあって生きてるとか、お前は悪魔じゃあないのか?」

「確認してみればいいさ。少年、君の衝動で」

 

「君の血筋は悪魔を見抜き、殺してきた。退魔衝動というらしい」

「...やっぱり、この世界にはもう悪魔しかいないんだ」

「早合点するな、コイツは堕天使側の敵だ!」

「...ああ、成る程。まずはそこを正さないと話は進まなさそうだな」

 

「私の今の主、アリスと名乗るあの少女は堕天使とは反目し合っている。かつて道を同じくしていたのは本当のようだが、最期の時を支配して終わろうとする堕天使の考えと未来を繋ぐ彼女の考えは合わなかったようだ。故に彼女は、魔王の仲魔となっている」

「魔王?」

「情報が断たれていても名前くらいは伝わるだろう?悪魔王ルシファー。それが彼女の協力者にして、人類を可能性に導かんとする存在だよ」

 

これは世界規模の話だ。どんなに強大な悪魔が関わっていたとしてもおかしくはない。だが、よりにもよって悪魔王とは大きくでたものだ。

 

悪魔を統べる王の存在は残っている知識の隅々に示唆されている。嘘八百というわけではないだろう。

 

「それで、ルシファーさんとやらはどういう世界が望みなんだ?」

「それはあいにくと知らないね。なにせ、昨日今日入ったばかりの新参なのだよ私は」

「それもそうか」

 

「関係ない、悪魔なら殺す。それが王であっても」

 

志貴くんは、完全に退魔衝動とやらに呑まれている。中の人を俺が殺したというあの言葉、それが真実ならば覚醒した事により血の記憶が呼び起こされ、悪魔の混ざった人々を殺してしまったのだろう。

 

「それでいいと、本当に思っているのか?少年」

 

だが、そんな悩みをこの英雄は押し留めた。

 

空気を読まずにデオンがフィンの首を取りに来るが、槍を構えて華麗に流した。デオンの剣の理が見切られてるな。おそらくそれも知恵の鮭の力。

 

「遅くなった、サマナー」

「いいさ、タイミングとしては悪くない。対応した向こうがおかしいだけだ」

 

「さて、本題だよ七夜志貴くん。君のその退魔衝動と直死の魔眼の力、人類救済のために使ってはくれないか?」

「...人類なんてどうでもいい、悪魔の存在を俺は認めない。人を、悪魔にするなんて事をしたお前たちを殺して終わらせる」

「それは、君が手を汚してしまったからかい?気にすることはない。この世界のヒトは大体が悪魔が皮を被ってるだけだ。君の行動も、君の衝動でそれを暴かれただけに過ぎない」

「デマ吹き込んでんじゃねぇよ英雄。不純物が入ってても、人は人だ。それの証明は肉体じゃなくて魂でするもんだろ」

「やはりそう言うか、花咲千尋。だが、少年は分かっているのだろう?心で感じたのだろう?」

 

「あれらは人でなく、悪魔なのだと」

 

返答はなかった。

確かに、出産器の発生以降人という生き物は変化している。だが、その魂は人のものである筈だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「...人のフリをした悪魔が、他にも居るのか?」

「君の目は見た筈だ。あの世界こそが真実の姿。今は、邪悪の企みにより覆い隠されているがね」

 

邪悪の企み?

 

まずい、天秤ができた。このまま志貴くんへの勧誘を立ち聞きする事で得られる情報量と、志貴くん自体を守ること。どちらの方が重い?

 

殺してしまえば情報は得られない。

だが、言葉を紡がせ続ければ俺たちは確信に迫る事ができる。

 

この世界について俺たち人類よりもよく知っているアリスの知識を使って。

 

『サマナー、甘言の類だよアレは。止めろと命じてくれ』

 

デオンが行かせろと言う。だが、俺の心は情報を抜けと囁いている。

それ以上に、選択の自由を守れと囁いている。

 

故に、答えは決まった。

 

『...志貴くんに判断は任せる。口を挟むのは嘘の時だけだ』

 

信じよう。たった一度会っただけのあの少年が示してみせた善性を。

 

「邪悪の企みって?」

「どうやら噂を利用した大規模認識捜査術のようだ。誤魔化されているものは多すぎて詳しくはわからぬが、悪魔が世に潜むのに使われているのだよ」

 

「世界規模でね」

 

その言葉に、ここにいる皆が息を飲んだ。

ふと、志貴くんの言葉とあの日見た夢を思い出して顔を触る。問題のない人の顔だ。とりあえず、自分は除外できる。

 

「それで、俺に何をさせたいのさ?」

「解錠と、暗殺だ各地に眠る聖遺物を停止させるためには、それを保管してある祭具殿に赴かなくてはならない。だが、各地には常に最新の魔導技術による結界が張られている」

「それを、殺させようっての?」

「そうだ。あとはおまけ程度ではあるが、人のフリをした悪魔を見抜いて殺してくれると助かるね」

 

「こちらからの要求は以上だ。それを飲んでくれるのならば、新世界でありとあらゆる報酬を約束する。まぁ、多少の遠慮はしてほしいとはサマナーは言っていたがね」

「俺は...」

 

「説明する気がないみたいだから言っておく。アリスと堕天使、組んでないにしても繋がってはいるだろ。タイミングが良すぎる」

「千尋さん?」

「...さてな、あいにくと私も新参だ。その手の謀には詳しくない。だが、サマナーのこの世界を守りたいという思いは本物だ。堕天使どもとは相容れないさ」

 

「言葉は尽くした。さぁ少年。君の選択で決めるんだ。君の行くべき道を」

 

「何カッコつけてんのよ、この職務怠慢絶倫馬鹿男!」

 

屋根の上からサーバがフィンに向かって飛び蹴りを放ってきた。

槍をふらりと動かすことでその蹴りはあっけなく防がれたが、その激情は伝わったようだ。

 

「どうかしたかい?愛しのサーバ」

「ディムナ、あなた自分の選んだ道の納得をこの子に押し付けてどうするの!それが貴方の誇れる道?ふざけないで!」

 

サーバの言葉で、ずっと感じていた違和感に得心がいった。

このフィン・マックールという騎士は、納得を求めていたのだ。

 

おそらく、目的と結果だけを見たら間違いなく人類存続に繋がるとわかってしまったが故だろう。智慧だけを与えられた者同士として、なんとなく、そんな共感を覚えた。

 

「私の愛したディムナって(ヒト)は、馬鹿だったけど愚かじゃなかった!自分の道をまっすぐ歩いて私を選んでくれた!だから私も貴方を選んだの!」

「...サーバ、私はあの日の若造ではない。時に自分の心よりも正しいことがあると知ってしまったんだ」

「嘘、ディムナはディムナよ。だから、誰かの言葉じゃなくて貴方の言葉で話してよ」

 

「それなら、私も力になるから」

 

完全に戦場の空気が止まった。

 

今のうちに志貴くんを守れる位置に移動する。

フィン・マックールは、それを黙って見過ごした。

 

「...私の望みなど一つしかない。サーバ、世界の終わりを君と迎える事だ」

 

「だが、それだけで満足できるほど私は無欲ではなかった。世界の終わりを、少しでも先延ばしにしたいと思ってしまったのだよ」

 

「だから、サマナーの甘言に乗ったのだ。私の智慧を持って、最も長く世界が続く可能性が高いのは彼女のプランだからね」

「そのプランってのは?」

「流石にそれは言えないな。他の者ならともかく、術を知り、悪魔を知り、世界を知る君ならば対抗策を打ち出してしまうかもしれない。そう、私の勘は言っている」

「...智慧じゃあないのか?」

「あいにくと、わからない事をわかる力ではないのだよ、私の親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)はね」

 

「じゃあ、お前の知るプランより人類存続の可能性の高いプランを提示できたら、お前は寝返るのか?」

「いいや、それはない。騎士は誓いを破りはしないものだよ」

「それじゃあ、やっぱり殺すしかないな」

「そのようだ。もっとも、武力で勝てない私は目的を果たしたら逃げるがね」

 

再び戻る緊張状態。

 

志貴くんの答えが、全てを決める。

 

「正直、世界の話は全然わからない」

 

「けど、誰を信じるかって事ならもう決めてる」

 

「俺は、千尋さんを信じる。恩人だから」

 

「いろいろ考えることはあるけれど、今はそれでいい。そう、俺の魂が言ってるんだ」

 

「顔の見えない誰かより、貌の狂った優しい人を信じたいって」

 

その言葉は、ヒトを殺した直後の志貴くんから出たとは思えないほどひどく冷静で、でもどこか希望を持った言葉だった。

 

「...仕方がないな。サマナー、説得は失敗だ。無理やり連れて行くにも戦力が足りない。力を貸してくれ」

「そうね、花咲千尋一行が来たのは予想外。貴方に責はないわ」

 

ふと、どこからともなくアリスが現れた。

空間転移の類の予兆はなかった。とすれば虚数異界を使った技術だろう。

 

「志貴くん、見てくれ。あの女は人間か?」

「...ああ、人間だ。多分、あの縁さんって人と同じくらいに」

「そうよ、私はこの世界で唯一の人間。もっとも、肉体の方は大分改造したから証明はできないけど」

 

今の言葉で、アリスは縁の事を知らないと自白した。なら、誰が縁を狙う?平成結界のバックドアを作るための純人間の魂を求めているのは誰だ?

 

「じゃあ、行きましょうフィン・マックール。力尽くは芸がないけれど、後から命令をする方法はいくらでもあるわ。サモン、呂布奉先」

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

またしても現れる2m超えの巨漢。今度は赤銅色の衣服を纏っている。アリスはそういうのがタイプなのか?いや、少女に巨人の組み合わせは確かに映えるのだが。

 

そんなどうでもいい事を考えていると、フィン・マックールが親指を噛んでいた。知恵の鮭で勝率を確認しているのだろう。

 

「駄目だサマナー、後一騎英霊を出せ。向こうにはもうじき増援が来る、手数で押し切らなければ即殺は不可能だ」

「...注文多いわね。でも、あなたの言葉なら信じてあげる。...正直、コイツは出したくなかったんだけどね。サモン、スパルタクス」

 

現れたのは、灰色の肉体を持つ巨漢。相変わらずの2m超え。だからどんだけ巨人好きなんだよ。

 

「サマナーよ、圧政か?」

「ええ、あのサマナーは無知な少年に圧政を強いている。敵よ」

「あいわかった。では、叛逆と行こう!」

 

敵アウタースピリッツは3体。まずは無敵の智慧フィン・マックール。次に赤銅色の矛のようなものを持つ巨人。あれは矛に見えるがかなりのギミックがあると見た。理性はないようだが、武器の使い方なんぞ身体が覚えているものだ。油断はできない。最後に灰色の筋肉の小剣使い。圧政というワードが気になるが、あいにくと知識の中に該当する悪魔や英雄のデータはない。

 

屋上から降り立つ3体の英雄。

 

優先順位を考える。まず、絶対に放置してはいけないのがフィン・マックールだ。奴は魔術を使う。魔術師というわけではなくとも、状況をひっくり返す小技の2、3は持っているだろう。故に、フィンにはデオンを当てる。

次に、矛の巨漢。あの武器を使いこなした逸話があるのなら、力だけでなく技も一流だろう。オセと雪女郎の即席コンビにカラドリウスを召喚してのサポートで対応する。

最後に、灰色の筋肉。獲物の長さは最も短く、速さも最も遅い。つまり何かある。その技か逸話の正体を探るために、コイツには俺が対応する。というか、持ち駒的に俺がしなくてはならない。ペガサスは、迎撃要員として矛と小剣のどちらにも対応できる位置に置いておく。

 

『志貴くん、いいか?』

『千尋さん?』

『あれは悪魔じゃない。でも、殺せるか?』

『そうしなきゃならないなら、やる』

『なら、頼む。...正直、辛いだろうが言わせてくれ』

 

「俺の命、君に預けた」

「...ああ、やってやる!」

 

正直、俺のやることは外道のそれだろう。傷心の子供を戦力として扱うなど、あってはならない。

 

さて、所長たちが援護に来るまで俺たちは死なずに済むだろうか。

 


 

「圧政者よ、叛逆の時間だ!」

「お前から叛逆を受ける謂れはない!」

 

オセと雪女郎の即席コンビは、オセの技量をカラドリウスの反応性向上(スクカジャ)により上げる事でどうにか渡り合えている。あの分なら、あと3分は持つ。

 

デオンは問題ないが、それが問題だ。殺しはされないが殺しもできない。2人の巨人の余波によりたまに生まれる隙を、アリスの呪殺魔法と思われるトランプのナイフの雨がカバーしている。

 

そして俺たち。近接担当が居ない以上、俺のやるべき事は明白だ。

 

「圧政!」

「クリーンな職場を心がけてるよ畜生!」

「それを判断するのは付き従う者たちである!」

「仰る通りで!」

 

この筋肉との近接戦闘である。

 

初撃、小剣での突きからの払い。運動速度と握り方からその剣筋を見切った俺はストレージから取り出した切り札を持って対処に当たる。

 

「取っておきたい取っておき、だったんだけどな!」

「...まさか、圧政者ではないのか?だが、圧政を感じる」

「圧政って感じられるのか...」

 

取り出した切り札は、ショートソード。

 

()()()()()()()だけの特注品。俺が所長から生き残るための術理を教わりきった卒業証書のようなものだ。自腹だが。

 

巨漢の初撃は、小剣による突き。速度は同等、威力は異常。

初速から着弾タイミングを計算した俺は、その突きにショートソードを添えることで最高速に達する前に逸らす。

 

ショートソードを添えた事で伝わる力で、自分の体は浮き上がり吹き飛ばされた。

 

だが、計算の範囲内だ。

 

あらかじめ用意していた弾性術式(クッション)で力を抜き、反発(ジャンプ)の術式で空を足場とし、すぐそこまで来ていた筋肉の斬撃を見る。

 

突進のスピードをそのまま載せた一撃は、受けるのは不可能だろう。

この一撃は致命のもの。だからこそ意味がある。

 

「物反鏡!」

 

その致命の斬撃を、物理反射障壁をもってこちらの武器にする。

 

斬撃に込めた運動エネルギーをそのまま返された筋肉は吹き飛び、赤銅の巨人へと衝突した。これはラッキー。

 

だが、俺にとっての致命の一撃は敵にとってそうであるというわけではなく、筋肉には大したダメージは見られなかった。いや、今のは死んどけよ。

 

「■■■■■■■■■■■―――!」

「なんたる叛逆か!圧政者ながら見事なり!」

 

「サマナー、濃いのを2倍にしてどうするんですか!」

「すまんが、赤銅の武人一人で手一杯だ。あの()()()()()()筋肉は相手にできんぞ」

「ダメージ反応で回復と強化か?やめてくれ、ただでさえ強いのにさらに強くなるとかちょっと大概にしろよ異世界英雄」

 

「行くぞ、我が愛を受け取りたまえ!」

「■■■■■■■■■■■―――!」

 

物反鏡は使い切った。もう反撃の余地はない。

()()()

 

風王斬撃(エアリアルザッパー)!」

 

上空から重力加速度を十分に乗せたその大上段は、隙を見せていた筋肉の兜をかち割り、その命を奪いきった。

 

()()()()()

 

「良き剣だ。だが、その剣からは愛が足りない!」

「なぜそこで愛⁉︎とは聞かないよ叛逆筋肉!」

 

殺しきれなかったことを手応えで感じていたのか、所長の斬撃は首を狙って放たれていた。

 

それを小剣で受け止める筋肉。

 

暴風解放(ブラスト)!」

 

クレイモアに込められた疾風魔法を解放して筋肉の体を切り刻む所長。だが、それを受けても尚奴は笑っていた。

 

「フハハハハハッ ゆくぞ、我が愛は爆発するぅッ!!」

 

MAGとは違う何かが、爆発的に集まっていくのを感じる。

これが、魔力。世界を犯す、力の根源。

 

来る。

 

技はない。ただの魔力の爆発。

 

それだけで、周囲すべてが吹き飛んだ。

 

今の一撃の余波で、オセと雪女郎が消し死んだ。上空にいるペガサスとカラドリウスは大ダメージこそ受けたが、なんとか生きている。

 

「さぁ圧政者よ、叛逆はここからだ」

 

敵アウタースピリッツは3体、いずれも健在。

敵サマナー、健在。

こちらの戦力、戦えるのは俺とデオンのみ。所長は安否不明。

 

「いつも通り、ハードな展開だな!」

 

増援が来るまでの時間は不明。だが、たとえ10秒後に来るとしてもまともに戦えば俺は死ぬだろう。

 

策を練ろ、頭を回せ。

戦いは、これからだ。

 

 




高速で上空に到達→隙だらけの筋肉見つけたのでアンブッシュ→ちょっと頭をずらして兜で受けられる→クライングウォーモンガーぶっぱ→死屍累々

ちなみに、スパさん敵味方関係なくぶっ放したので呂布は激おこです。特に理由もなく叛逆しようとしてたマンのリミッターが取れます。貂蝉似じゃないから...

なお、デオンとフィンの斬り合いがカットされてるのは演出の都合です。デオンが押してファンが捌くってだけなので魅力的に書くのは難しいのだ。

あと、何話してるかわからない方が後で楽しいからね!



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一つの嵐の終わり

アンケートご協力ありがとうございました。次話はアイドルライブバトル(大惨事)に決めさせていただきます。

登場サーヴァントは当然の彼女。恋のビートはドラゴンスケイル!



地上に降りたことによる高低差の消失、守るべきサマナーが居ることによる行動範囲の制限。それをもってデオンの剣は徐々にフィンを追い詰めていた。

 

だが、致命の一撃が放たれるその寸前に必ず邪魔が入る。

アリスと名乗る少女のトランプを象ったナイフのようなものによる妨害だ。勘だが、あれに擦れば自分は呪いによって生き絶えるだろう。

 

「サマナーの援護がないとこの程度なのか?白百合の騎士」

「よくも言う。そちらは術師の片手間の援護がなければすでに首を飛ばされていると言うのに」

「ハッハッハ。返せる言葉がないね。だが、私は勝つために手段を選ばない方だ。それがサマナーであっても使ってみせるさ」

 

再びデオンが攻め、フィンが限られた空間内でそれを捌く。

それを幾度繰り返したかは、もはやどちらも覚えてはいない。

その技の繋がりとして首を取る一閃を放ったのを、槍で上に逸らすフィン。

だが、それはデオンの戦闘論理の計算範囲内。サーベルを振った勢いのまま、腰の捻りを加えた左拳による一撃がフィンの胴を撃つ。

 

強靭な筋力をもって放たれるデオンのその一撃は、フィンの力場の防御と筋肉の防御を抜いて、その魂にダメージを与えた。

 

これまでの戦闘での、フィン・マックールの初ダメージだ。

 

「 ...いやはや、拳を使うとは思わなんだ。剣に拘りはないのかね?」

「あいにくだが、僕は剣だけの騎士ではない。礼節も弁えているのさ」

「確かに、戦場での最後の武器は己自身。誠に見事な騎士道だ」

 

「だからこそ疑問だ。その力、何故あのサマナーのために使う?この世界を想うなら、道は一つだというのに」

 

「時限爆弾のような我らにはな」

 

瞬間、赤銅のいた方向から爆発が起きる。

かなり距離のあるデオンたちでさえ、余波で少し吹き飛んだ。

 


 

魔力の爆発を行った叛逆筋肉。その火力は余波だけで周辺を更地にする程だった。そのダメージが赤銅色にもあることが救いだろう。あいつら理性飛んでるみたいだし、仲間割れでもしてくれないものか。

 

『サマナー、危険だが私が合流するか?英雄3体とて、防ぐことならしてみせる』

『いいや、お前はそのままフィン・マックールを頼む。そいつが自由になると何をされるかわからない』

『...死ぬなよ、サマナー』

『それは、あの叛逆筋肉に言ってくれ』

 

...バルドルとラームジェルグを送還(リターン)して再召喚するのにかかるのは2拍程度。だが、現状前線を張れるのが自分しか居ない以上、隙は晒せない。一拍あれば俺の命など吹き飛んでいく。

 

距離が離れているとはいえ、オセの戦闘データから考えるにあの赤銅の巨漢は相当のスピードを持っているのだから。

 

「さーて、本格的に詰んでるぞ?」

 

敵英霊の数を減らさなくては状況は変わらない。なら、するべきは何か?殺せるアウタースピリッツは誰だ?

 

決まってる。赤銅だ。

 

赤銅が最も殺す難易度が低い。無論、誤差程度でしかないのはわかっている。だがしかし賭ける根拠には十分だ。

 

「圧政者よ、我が叛逆はお気に召したかな?」

「俺より多分横にいた赤い人の方が被害デカイと思うぞ、叛逆筋肉」

 

並び立つ二人の巨漢。そして、赤銅の巨漢はその矛のような武器を

 

()()()()()()()()()()()

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

「何をやっているの呂布!」

 

瞬間、電撃が走った。制御しきれていないなら、まだ隙がある。

 

「デオン、筋肉を殺すぞ!」

『そのままフィンを素通りしてアリスを狙え。暴走の鎮静化なんてさせるな!』

 

デオンは一瞬筋肉の方に目を向けて、直ぐに足をアリスへと向け斬撃を放った。

 

「そうはいかない。詐術はそうと分かれば脆いものだよ」

 

だが、フィンが当然のようにこちらの手を読んでデオンの斬撃を防いでみせた。それはいい。

 

これで今、俺の行動は完全にフリーになった。

 

あの呂布とやらが叛逆筋肉を攻撃している理由は不明だが、タイミングに関しては最高だ。

 

「むぅ、叛逆か。だがあの少女からは圧政を感じない。貴様のそれは圧政だ。呂布奉先よ」

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

聞く耳持たずの大暴れ。だが、叛逆筋肉はそれらを身体で受け止めている。仲魔からの攻撃に戸惑っているとは思えない。とすると、狙いは先ほどのダメージチャージだろう。

このままダメージを与え続けたら再びあの爆発が来てしまう。そうなれば余波でペガサスたちまでも死ぬ。

 

その先に待っているのは詰みだ。ならばそんな事やらせるものかよ。

 

こちらを狙う者は居ない。なら、最短で最速で術式を展開する。

 

送還(リターン)、サモン!ラームジェルグ、バルドル!」

「けっ、人使いの荒いサマナーだこって!」

 

愚痴りながらもこちらの意思を汲み取ってくれるバルドルと、無言で信じ付き従ってくれるラームジェルグ。

 

「...分断してた戦力が戻ってきてる。フィン、どういう事?」

「私の親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)は未来予知ではないのだ。君が英霊を手懐けられていななかった事がどうしてわかろう?」

「あーいえばこー言う!呂布の制御に集中させて欲しいんだけど、シュバリエ・デオンが邪魔!しかもそいつのせいで知恵の鮭は使えない!ていうか私の呪殺的確なタイミングで撃ってるのになんで掠りもしないのよ!」

「君の意を読まれているのだよ。技を磨けず力だけで生き残ってきた君はこういう所が脆いのだ」

「達人系はこれだから!」

 

なんかデオンの方が愉快になってる気がするが気にできない。タスクを割けるほど余裕はないのだ。

 

『志貴くん。行くぞ。筋肉の動きは見たな?』

『...ああ』

『隙は俺たちが作る。沿わせるアレで一撃必殺、任せるぞ』

 

バルドルを先頭に二人の巨人に突撃する。

 

「ハッハッハァ!我が愛を舐めるなよ、圧政者!」

 

再び放たれる爆発的な魔力爆発。だが、ダメージチャージの関係上先程ほどの火力は出てはいなかった。

 

「んな程度で俺を殺せるかよ、クソ筋肉がぁ!」

 

バルドルを先頭にし、ラームジェルグをその後ろに置いた一列縦隊。爆発をバルドルの身体で受け止めて、ラームジェルグの筋力でそれを支える。

 

ラームジェルグを後ろに置いたのはバルドルだけのタフネスでは受けきれないかもしれないと思っての保険だったが、見事的中したようだ。今爆発受けきれずに足浮いたの見逃さなかったからな?残念無敵野郎。

 

爆発が起こった後には、当然隙がある。とはいえそれは一瞬の事。すぐさま立て直してしまうだろう。

 

()()()()()()

 

「チャージ完了、ジオンガストーン超過起動(オーバーロード)、収束砲撃!」

 

左手に取り出していた高位電撃魔法(ジオンガ)の力のこもったストーンにマグネタイトをぶち込み、収束砲撃を放つ。

 

当然、それなりのダメージしか得られないだろう。所詮は高位電撃魔法(ジオンガ)程度なのだから。

 

だから本当の狙いは違う。それは、電撃魔法の特性だ。

実際の電撃とは違う物理法則で動いているが、共通する部分もある。それは、強烈な発光を伴うという事だ。

 

要はコレ、ただの目くらましである。

 

「この程度の雷で、我が叛逆は止められぬよ!」

 

避けもせず、身体で受ける叛逆筋肉。ダメージチャージという性質上、回避はないと踏んでいたが大当たり。

 

これで、奴の目は眩む。

そうして、目を閉じた一瞬で、最高速度に達していた一人の少年が襲いかかる。

 

叛逆筋肉は何かが来るのを経験から察知し、もっとも効果的な筈の定石を選択した。

 

ノーガードによる迎撃である。

 

それを選択した時点で、もう終わりは決まっている。

 

「お前の線は、見えている」

 

志貴くんの目が何を見ているのかはわからないが、それを使った攻撃を防御する事が不可能だ。

 

一瞬のうちにナイフが2度振るわれ、叛逆筋肉の身体は歪な十字に分かれて落ちた。

まるで豆腐を切るかのように手応えを感じさせなかったその斬撃は、まさに達人技。これが覚醒した志貴少年か。末恐ろしいものである。

 

だが、4つに切り分けられ首と胴体が繋がっていない状態でも、叛逆筋肉は言葉を紡ぎ出した。

 

「...少年、貴殿からは叛逆の灯火を感じる」

「...その状態で喋るなよ」

「否、喋るとも。君のその叛逆の灯火は絶やしてはならない。いずれ君達が自由と幸福という未来にたどり着くまで、絶対にだ」

「正直よくわからないけど、覚えておくよ」

 

その言葉に笑みを浮かべた叛逆筋肉は、「ではさらば!」と言葉を残して光に変えていった。

 

「嘘、スパルタクスが死んだ?どうやったら疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)を物理で抜けるのよ...」

「ぼやくなサマナー。次が来るぞ」

「わかってる。制御は取り返した!呂布奉先、軍神五兵(ゴッド・フォース)を使いなさい!その七夜の少年以外全て消しとばして!」

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

赤銅の巨人。呂布奉先の矛が弓へと変わる。その変形機構は意味がわからないが、その弓はしっかりと俺を据えていた。

 

走馬灯のように思考が走る。

 

バルドルを呼び戻す?間に合わない。ジオンガの射線確保のためにバルドルの傘から離れすぎている。鈍足のバルドルでは間に合わないし、間に合っても衝撃は殺せないからビリヤードのように俺は弾け飛ぶだろう。

 

ペガサスの突撃で隙を作る?無理だ、ペガサスはカラドリウスが治療しているとはいえ、今すぐにあの強弓を止められるほどではない。

 

物反鏡、さっき切れた。

 

魔導障壁、マグネタイト攻撃に対して基本紙だ。

 

そうして考える中で唯一効果のありそうなもの。それは一つしかなかった。

 

「その弓、撃ちたい相手は別にいるんじゃないか?」

 

悪魔召喚士(デビルサマナー)の18番。悪魔会話だ。

 

「だったら任せてくれ。お前がその弓を撃たないなら、お前に自由をくれてやる。どうする?奴隷のように働かされるか、ここで叛逆をしてみせるか、お前の道はどっちだ?」

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

数巡悩んで見せたあと、呂布はその弓をアリスに向け

何かしらの契約制限によってその弓を空へと向けさせられた。

 

天を貫く一筋の閃光。輝きはやがて天蓋にぶち当たり、異界とその向こうの平成結界に穴を開けた。

恐ろしすぎる威力だ。あんなもの放たれていたとすれば俺たちは消し炭すら残らなかっただろう。

 

「まずい、外からのが来る!」

「外から?」

 

呂布が打ち抜いた天蓋はさほど大きなものではなかった。

だが、その悪魔が侵入するには十分な大きさだった。

 

「予想外の展開ですが、やっと辿り着けましたよ最後の楽園(エデン)へ!」

 

黒い二本の角。2振りの短剣、そして蛇の尾に歩行器のようなものを取り付けた悪魔が、上空から舞い降りてきた。

 

ひしひしと感じる。「ここにいたら死ぬぞ」と。

ハイクラス悪魔は何度か見た。だが、これはこれまで見たどんな悪魔とも次元が違う。

 

「我が名は堕天使ボティス。我に服従するなら死以外も与えましょう。白いアリスと雑兵ども」

 

ボティスはゆっくりと降りながらそんな事をのたまう。戦力だけを見たら服従もアリだ。そう思えるほどにマグネタイトのプレッシャーが強すぎる。だが、ヒトとしてのプライドがそれを認めない。

 

「アリス、交渉だ。アイツ殺すまで共闘しないか?」

「...花咲千尋、あなた切り替え早すぎない?」

「いや、お前を生かしたとしても、アイツだけは生かしちゃおけないだろ」

「同感よ、貴方を殺してしまいたいけれど、アレは生かしておいちゃいけない」

 

「デオン!」

「呂布、フィン!」

 

「「アイツを殺すぞ!」」

 


 

屋根上に着地したボティス。馬鹿となんとかは高いところが好きなのだろうか。

 

応じて、戦える者たちは屋根上に登る。余裕なのか、俺たちが隊列を整えるまでボティスは待っていた。

 

「それでは小手調べと行きましょうか。極大広域電撃魔法(マハジオダイン)

超過起動(オーバーロード)、魔反鏡!」

 

ボティスを中心に球型の魔法反射障壁を張る。広域魔法を放ったのだから、その火力全てが自分に返ってくるコレは相当なダメージを期待できる、その考えだったがボティスの力場に当たった電撃が吸収されていくことから、吸収系統の力場。電撃魔法は効果なし。

 

「ふむ、その程度はやりますか」

「雑魚キャラ舐めんな堕天使。財力でならお前と戦えるんだよ」

 

残り一つある魔反鏡の存在を匂わせつつおちょくる。

電撃以外の各種ストーンを起動させているのはわかっているだろう。だが、所詮高位魔法ストーン。致命傷にはならないだろう。

 

アナライズの反射結果を見る。ロードは長くて使い物にはならない。ジャマーを積んでいないことはわかったが、こうもMAG密度が高くてはどうしようもないだろう。

 

戦いながら弱点を見つけるしかない。

 

目標指定(ターゲットロック)、ザンマストーン、アギラオストーン、ブフーラストーン!」

「死になさい!」

 

高位ストーンをそれぞれ違う軌道で投げつける。敵のスタンスを図るためだ。ストーンを躱さないのなら俺たちを見下しているという事。殺す手段はいくらでもある。躱すのならばこちらを警戒しているということ。小さなフェイントを重ねれば奴の首を取る策が浮かぶだろう。

だが、どんなに高速で回避しようとロックオンしている魔法は堕天使を追尾する。

 

そして、一発でも当たれば呪殺の力が込められたあのトランプナイフの雨にさらされて死ぬ。即興にしては上等な作戦だ。

 

「残念ながら、全て無駄ですよ」

 

そんな攻撃は、ボティスの力場を抜くことなく叩き落とされた。通ったのは火炎と氷結の余波くらいか?

 

つまり、衝撃と呪殺属性に無効耐性ありと。なら、破魔は通るか?通らないだろうなという勘はある。ボス悪魔あるあるだ。

雪女郎が生きていたら彼女を中心に攻撃を組み立てるのだが、いないものはしかたない。

 

「アリス、火炎か氷結で撃てるのあるか?」

「ないわよ、私特化型なの」

「使えねぇなぁ!」

「そっちこそ、ダイン級の火力やりなさいよ!魔術師なんでしょ⁉︎」

「悪かったな魔法適正ゼロだよ!知識はあっても身体が魔法を使えないんだよ畜生!」

「使えないわねぇ!」

 

「フィン、なんだか物凄く仲良くなってないか?サマナーとアリス」

「ハッハッハ。予想外だよ私も。相性はかなり悪いと踏んだのだがね」

「■■■■■■……」

「なんだか、呂布が落ち込んでいる気がするのだが」

「当然だとも。彼は裏切る機会を狙っていた。その先もね。なら、君のサマナーを一時的な主にできないかと思うのも当然だろうさ」

「さすが、三国にその名を轟かせた呂布奉先だね。まぁ、そんな内憂を私が受け入れさせはしないが」

 

「...先程まで殺しあっていたにしては随分と仲がよろしいようで。これだからヒトというのはわからない」

「わからんでいいさ。お前はこれからどうやって死ぬかってことだけを考えてりゃいいんだから」

「そうね、首を刎ねられるか、四肢を捥がれて遊ばれるか。ああごめんなさい、あなた足ないから三肢ね、トカゲの親戚みたいなものだもの」

「貴方方は...力量差がわからない訳はない。なのに何故、そこまで強くあれるのですか?」

 

その驚愕とも取れる言葉に、俺とアリスはどちらともなくクスリと笑った。今、俺とアリスは同じ事を考えている。それがなんとなくわかったからだ。

 

「そんなもん決まってる」

「昔っからよく言うでしょ?」

「「人間舐めんなファンタジー」」

 

共に取り出した銃による銃撃を開始する。アリスの銃は見たことのないタイプのハンドガンだ。単純にデカイ、何口径あるんだアレ。

 

対して俺はいつものP-90、だが弾薬は5.7x28mm神経弾にルーン魔術で加速術式を仕込んだ特別性である。弾は小さいが、速く鋭い。

 

力場を抜く銃撃の2パターン。火力を上げるか貫通力を上げるかの2択が偶然にも揃ったわけだ。どっちかは効くだろう。

 

その銃撃が放たれる寸前にマグネタイトが収束するのが見えた。この密度、極大クラス。

 

「...もう舐めはしませんよ、人間は恐ろしいですからね。極大電撃魔法(ジオダイン)、ダブル!」

 

閃光が放たれる前に走り出す。極大魔法の攻撃範囲のデカさはふざけるなと叫びたくなるほどだが、事前に察知できていれば、躱す事は不可能ではない。

 

「デオン!」

「呂布、フィン!」

 

「「前に!」」

 

撃ちながら指示を出す。ボティスには神経弾が刺さっている。ハイクラスで括っていいのかわからない化け物ではあるが、悪魔であり、マグネタイトで肉体を構築している情報生命だ。少しでも肉に食い込んでいるのならいずれ効く。

 

対してアリスは俺とは逆サイドに広がって銃撃を続ける。その一発一発は重く、アリス自身もその火力を扱いきれていないようだが、当たった一発のダメージは向こうの方が大きい。あの銃欲しいな。

 

それぞれに放たれたジオダインを回避しつつ放たれた俺たちの援護射撃により目を逸らされていたボティスを殴れる位置に、敏捷性の高い順に英雄たちがやってきた。

 

「華麗に!」

「■■■■■■■■■■■―――! 」

「せい!」

 

ボティスの胴を狙った一突き、だがふわりとMAG放出の浮遊作用にてムーンサルトのように躱された。そして尾から放たれた電撃によりフィンは致命のダメージを受けるだろう。

 

「まぁ、既知()っているのだがね。」

 

槍から溢れる水がフィンを襲う電撃を放つ尾を包み込み、その電撃を遮った。

 

「知ったときは驚いたものだが、純粋な水というのは電気を通さないのだよ」

 

空中で反転しているボティスに対し、呂布が襲いかかる。矛の形が変わっている。あれは斬撃を放つ形か?

 

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

ボティスはそれを見ているかのように横回転する事で躱し、右手からの極大電撃魔法(ジオダイン)により迎撃された。だが、呂布はその頑強性で耐えてみせた。恐ろしいタフネスだ。

 

そして最後のデオン。速度は呂布と変わらないにも関わらずスピードを鈍らせたのは訳がある。

 

魅せる事を、他の二人の攻撃に影響させないためだ。

 

「我が剣は勝利の為に、百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

誰もが思わず見惚れる剣。事前知識のある俺でさえ作業を止めてしまいそうになるのだから恐ろしい。

 

そしてその剣は、極大魔法を放った後の一瞬の隙を見事に貫いてみせた。

 

「ぐっ⁉︎」

 

だが浅い。流石のデオンとて、あの密度の力場を抜ききれなかったようだ。

 

まぁ、最低限の仕事はできた。地返しの玉と宝玉を使っての戦力の立て直しは完了したのだから。

 

「サモン、ムールムール!」

「サモン、雪女郎、オセ!」

 

再起するやられた仲魔たち。ムールムールが起きるのは正直言って厄介だが、仕方ない。今だけは頼れる味方だ。

 

「行きなさいムールムール、死体は山ほどあるわ!」

「ええ、参りましょうサマナー!広域死霊召喚(ネクロマ・オン)

 

今再び、この屋敷にて死に絶えた悪魔たちの魂が肉体を得て蘇る。

エネミーソナーの反応からいって、総数は100を超える。

 

おっかない悪魔を仲魔にしているものだ。

 

だが、その程度の数など極大広域電撃魔法(マハジオダイン)で吹き飛ばされて終わりだ。実際、ボティスは宙に浮きMAGのチャージを始めている。

 

「オセ、病み上がりで悪いが、お前の命貰うぞ!」

「...任せるぞ、サマナー!」

 

オセの構成要素を抽出、装填。契約のラインを通じてデオンの魂に性質をねじ込む!

 

夢幻降魔(D・インストール)、オセ!」

「...共に行こう。チャージ!」

「甘いですね、私の極大魔法はあなたのチャージより速く完成する!」

 

「フラグ立てたな」

「ええ。それにしてもシュバリエ・デオンは有能ね。剣を振る前も後も目を惹く」

「本当に、自慢の仲魔だよ」

 

宙に浮くボティスに飛びかかる100の屍鬼たち。ミドルクラスもロークラスも関係なく、この数ならばと思わせる圧巻の光景だ。

 

その目的は、ボティスの討伐でなくチャージを隠す事なのだが。

 

「私の勝ちです。極大広域(マハジオ)...ッ⁉︎」

 

瞬間、ボティスの右手に集まっていたマグネタイトが腕ごと吹き飛ぶ。

100の屍鬼を目隠しにしての切り札の発動だ。

 

無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)。この現象は現代ではウォーターカッターと言うらしいね」

「貴様ッ⁉︎」

 

右手を水流により切り落とされたボティスは怒りのあまり今度はフィンにだけ目を向けている。

 

「なぁアリス。あいつ実は結構雑魚だったんじゃねぇ?」

「かもね、力場強いだけで戦闘術理が未熟。力押ししかできないカモね」

「貴様らァア!」

 

束ねたMAGの暴発をうまく利用して、なんとか100の屍鬼を消し炭にするボティス。だが、本命はそこにはない。

 

「チャージ完了。いざ参る!」

「■■■■■■■■■■■―――! 」

 

二人の同時攻撃だ。フィンに目を向けたものの、依然としてデオンの魅せる剣技に囚われているボティスは、デオンから目が離せない。そして、ついでとばかりに筋力、耐久力の低下が響く。剣技に魅せられることで本来の自分の力量を見失ってしまうことからの現象だと推測はしているが、正直意味がわからないので気にしないようにしている。考えても答えは出そうにないし。

 

そんな謎パワーで力が鈍り、ついでに片手も失ったボティスに対して攻め込む影は4()()

呂布とデオンと、空中から狙いを定めていたペガサスに今まで静観を保って、確実に殺せるタイミングを狙っていた志貴くんだ。退魔衝動とやらの事を考えると相当の負荷だったろうに、それでも殺すために耐え忍ぶとは本当にやる。

 

「あ、空に逃げるわよあいつ」

「残念、天井は作ってる」

「あら、あなたもだったの。気が合うわね」

 

ボティス降臨時にペガサスとカラドリウスには確認と下準備をさせていたのだ。天蓋の修復状況の確認と、グライストーンを媒介とした、空からの加速術式を。

 

ボティスの空中機動力は、小回りは効くが速くはない。加速のついたペガサスを躱すことは不可能だ。

 

そしてもし躱したとしても、今度はアリスの創造していたトランプナイフの雨が上昇を阻む。奴に呪殺は効かないから、ただの天井以上の役割はないが、それでも十分だ。

 

「貴様らッ!」

 

ペガサスの高速突撃をモロに受け止め、そのペガサスごと貫くトランプナイフの雨に釘付けにされ、動きが完全に止まる。そこに突っ込んでいく呂布の斬撃が力場を叩っ斬り、デオンがその線に合わせるように斬撃を放つことでボティスの肉体に致命傷を与え、完全に動きを止めた。

 

そこに、万物を両断する謎の力を持った志貴くんが神速でナイフを振るう。何度振るったかは見切ることはできなかったが、落ちてきたボティスの肉片は17に分割されていた。

 

これにて、やってきた一つの嵐は終わった。

 

自然と、銃口を向け合う。これまでは味方だったが、これからは敵だ。

それが、俺たちの今だ。

 


 

再び向き合う俺とアリス。

「千尋さん!」と呼ぶ声からいって縁とキリさんもやってきたようだ。距離はあるが、早々に戦線復帰してくれるだろう。

だからその前に、話をしようと思った。

 

「アリス。情報の整理がしたい。お前の話を聞かせてくれないか?」

「いやよヒトモドキ。なんで貴方と仲良しこよししないといけないの?」

「お前、口調が素に戻ってるぞ。あの童話っぽい口調はどうした」

「...アレ、守護霊(ガーディアン)に引っ張られてるだけの黒歴史だから言わないで。私の調子が悪いとあの子表に出たがるのよ」

「大変なんだな、守護霊(ガーディアン)使いって」

「貴方程じゃないわ。魔導技術は教えてもらったけど理解できたのは基礎部分だけ。応用は中島さんにまかせてばっかりだもの」

「褒めるなよ、照れるぜ」

「じゃあその銃口を降ろしてくれない?」

「女の子と話せる緊張で腕が固まっちまったんだ、許してくれよ」

「あら、私見た目通りの年齢じゃないわよ?」

「見た目美少女なら多分セーフだろ、こんな時代だし」

 

互いに会話しつつ手持ちの陣形を整える。デオンが戦闘、ラームジェルグとオセが中衛、俺と雪女郎、カラドリウスが後衛だ。

向こうは呂布を先頭に中衛にフィン・マックール、後衛にアリスとムールムールというシンプルなスタンスだ。

 

志貴くんは自由にさせた方が動くとの判断から指揮系統には入れていない。というかあの力のデメリットなのか今は目を押さえて蹲っている。

 

この勝負、志貴くんを先に奪取した方の勝ちだ。向こうは虚数異界への転移が可能であり、こちらは長距離転送魔法(トラポート)ストーンがある。奪取した時点で志貴くんを連れ帰れるのだ。

 

この後に至っては、もはや戦うしかない。そんなことはわかってる。

 

だが、共闘した事で俺の中に疑問が生まれたのだ。果たして、アリスは悪なのかどうかと。

 

「お前のプラン、話してみせてくれよ。その是非によってはお前の側についてやってもいい」

「ヤタガラスの犬がそんなこと言っていいの?」

「さぁな。俺免許取ってすぐだからそこんところはよくわからん」

「適当ね」

「そっちの方が長生きできるのさ」

 

自然と、銃口が下がる。どちらともなく、本当に自然に。

 

「私のプランは、平成結界の収縮と、時間加速の高速化よ」

「どこまで小さくするつもりだ?」

「遡月市まで」

「...今の人口は一億人を超えてる。それはどうするつもりだ?」

「何言ってるのよ貴方。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉に、引っかかっていたものがようやく取れた。彼女は、人間至上主義者なのだ。出産器により悪魔が混ざってしまった今の人間を認められない古い人間。あるいは、真実を色眼鏡で見ていない狂人。

 

「人間の定義が、ズレてんのか」

「じゃあ逆に聞くわ、花咲千尋。貴方にとって人間とは?」

「人の心を持って生きている者全てだ。身体が悪魔であろうと、そこだけは譲れない」

「平行線ね」

「ああ、平行線だ」

 

降ろしていた銃口が再び持ち上がる。アリスのプランなら、確かに人類を救う可能性は高まるだろう。というか、考えようによってはそれ以外にない。

だが、そこには血反吐を飲んで今を作ってきた人達が繋がっていない。それだけは、譲れない。

 

「「お前を殺す」」

 

迷いは、もうなかった。その間に、今までどこかでずっと見ていたサーバが立ち塞がって来るまでは。

 

「やめなさい、二人とも!」

「愛しのサーバ、何を?」

「どっちも世界を救おうとして、どっちも胸に希望を抱いてる。それなのに殺し合わないといけないとかふざけないで!」

「ふざけてないわよ。生憎とね」

「ああ、俺たちは覚悟してここにいる」

 

「世界の危機だってわかってるなら、どうしようもない事を否定し合ってないで手を取り合って生き残る道を探しなさい!この世界が人間だけのものだなんて思わないで!」

 

その言葉に、一瞬圧倒された。弱き者の慟哭、そのはずなのにだ。

 

「...不味いな、反省だ。俺、人類の存続ばっかり考えてそれ以外の者達の事さっぱり頭から抜けてた。悪魔だって、結局のところ自然の営みの一つなのにな」

「...あなた、どれだけ頭柔らかいのよ。ただ妖精の一声だけで思考が切り替わるなんて。プライドはないの?」

「逆に聞くが、プライドでこの世界は救えるのか?」

「...さぁね。救った事はまだないからわからないわ」

 

どことなく空気が緩む。前衛を張っていたフィンは、サーバのその言葉に笑っていた。

 

なんとなくだが、こんな感じだったのだろう。サーバという女性は。だからこそ、フィン・マックールという英雄は彼女を妻に選んだのだろう。

 

「なぁ、なんかやる気失せた。志貴くん見逃して逃げるなら、サーバを付けてやる。フィン・マックールの忠誠心マックスになるぜ?」

「あら、それは楽しそうね。...受けるわその契約。今日はもう疲れたし、そろそろ湧いて来るだろうあの悪魔人間も怖いし、退散するわ」

 

「でも絶対に諦めないわよ。世界を救う事は」

「俺もだ。俺は内側から、お前は外側から世界を救うプランを探す。そのためのパイプがサーバだ。お前の欲しい志貴くんの力の情報も、お互いの欲しい黒点の情報もやり取りできる。意外と良いんじゃないか?この内通」

「ヤタガラスはともかく、クズノハに知られたら首が飛ぶわよ?物理的に」

「だな。だから、内密に頼むわ」

「どうしようかしら?」

 

「ちょっと、私の命がさらりと売り飛ばされてない⁉︎サマナー、契約は⁉︎」

「俺は、いつお前を合体素材にするなんて事を明言したか?」

「...言ってない⁉︎」

「まぁ言ったとしてもお前程度の木っ端悪魔使い潰す気満々だったから、契約の時点で色々細工してるから問題はなかったんだがな」

「最悪だ!この、糞サマナー!」

「ハッハッハ、愉快なサマナーだね愛しのサーバ。短い間だが、良き縁だったようだ」

 

サーバをフィンの元に投げ渡し、契約の縛りを緩める。

術師としてなかなかの知識を持っている彼女ならその穴があれば霊的パイプを作ることなど容易いだろう。

 

「...ちょっと待ってディムナ。私今ディムナに抱かれてる?」

「ああ。決してこの手は離さないよ、サーバ」

「ちょ、ちょっとタイムタイム!今この鹿の角隠すから!メイクとかで色々誤魔化すから!」

「実は言っていなかったが、私の親指かむかむ智慧もりもり(フィンタン・フィネガス)はそういうのを見抜く。私の為に着飾ってくれるのは嬉しいが、そのままの君も十分に魅力的だよサーバ」

「はいはい、コントは後でね。あなた、花咲千尋とのパイプとして私の仲魔になってもらうわ。構わないわね?」

「ええ、私は妖精サーバ。重複契約だけれど、今後ともよろしくね、えっと...アリスさん?」

()()()よ」

 

()()()()()よ。今後ともよろしくね、サーバ」

 

そんな契約が結ばれると共に、アリス、もとい内田たち一行は虚数異界へと転移を行い、後に何を残す事なく消えていった。

 

「千尋さん、無事ですか!」

「...千尋くん、君なら最低限逃がさないくらいはしてくれると信じていたのに」

「アウタースピリッツ2騎にハイクラス悪魔相手ですよ?逃げてくれるなら逃しますよ」

 

『デオン、わかってると思うが言うなよ?』

『...君は、それで良いのかい?』

『ま、大丈夫だろ。内田は悪い奴じゃあないってわかった。じゃなきゃあのフィン・マックールが内応のサインに答えないでいるものかよ』

『内応のサイン?』

『そもそもサーバを仲魔にした事とか、フィンが裏切ればいつだって内田を殺せる戦闘状況にしていた事とか、あとは地雷に仕込んだ魔術的なサインとかだな』

『...手広くやっていたのだね』

『小細工が俺の生きる術だからな』

 

その後、なんらかの目的が果たされたのか異界は消滅した。堕天使側の真の狙いはなんだったのか、追跡調査を始めなくては。

 


 

結界の破壊やら異界の発生やらでてんてこ舞いだった七夜の里には、すぐにヤタガラスの機動部隊がやってきた。ヤタガラスのIDと戦ったという事実を言ったら捜査情報を流してくれるということになった。隊長さん頭柔らかいなぁ、ありがたく、心強い限りだ。

 

この規模の事件で比較すれば死傷者の数は少ない。だがそれはこの里に住んでいる人が少なかったからというのが理由だ。

 

なのでこう記すべきだろう。この里の住人の生存者は2名だと。

 

皆、堕天使の嵐に食いちぎられて殺された。それが現実だ。

 

異界強度(ゲートパワー)が尋常じゃなく高まってます。野良悪魔の出現に注意を...ってのは釈迦に説法ですか?」

「ああ、私たちは君たち以上に厳しい訓練を受けている。その程度の真っ当な状況なら想定はしているさ。...まぁ、訓練以上のこととなるとなかなか全力は出せないものだがね。その点に関しては君達を評価している。アウタースピリッツとやらを3体にハイクラス悪魔2体、そして熟練のダークサマナー相手に生き残ったのだ、誇るべき功績だよ。なにせ、()()()()()()1()()()()()()()()()()()

「ほとんどその少年頼りでしたけどね」

 

まぁ、褒められて悪い気はしない。できれば報告書にも名前付きで書いて上に上げてくれたらボーナスが出るかもしれないのだし。

 

時たま現れる雑魚悪魔。風土なのか、妖怪変化とカテゴライズされているモノ達が多かった。オニに、アズミに口裂け女。

 

尚、口裂け女は顕現した瞬間に自分たちに発見された事で、神速の命乞いをしてみせた。いや、確かに顕現した瞬間に向けられる8の銃口と暴れたりなかった(マジで?)所長のクラウチングスタートが見えたのだから、そりゃ土下座の一つもするものだ。死にたくないもんな、基本。

 

そんなわけで、仲魔が増えました。機動隊の人々はこういった裏切りの可能性のある悪魔は使わないのだと。...いざって時以外は。

 

「サマナー、言われた魔法陣敷き終わったさー」

「サンキューカラドリウス。簡単な警報(アラーム)の術式ですけど、これで結界から抜けてきた悪魔がいればわかります。ボティスを平均値としてみるなら、連中ハイクラス以上の化け物ですから」

「なるほど、いい術師だ。トルーパーズの仕事が終わったら機動隊に来ないか?働き手はいつだって募集している」

「残念でしたー、千尋くんはウチの子ですー」

「所長さん、なんで子供っぽくなってるんです?」

「...所長は消化不良で終わるとあーなる。理由は知らんが、テンプルナイト時代からだそうだ。知り合いのメシアンに聞いた話だけどな」

 

そんな会話をしながらも、クレイモアを鞘に収めていない所長にガントレットを展開したままの縁。常に周囲に死角を作らない機動部隊さんたち。皆、わかっているのだ。

 

姿()()()()()()()()()()は存在の残り香だけで、尋常でない強さを誇っているという事を。

 

「里を見回りましたけど、収穫はウカノミタマプラントくらいですか」

「ああ、悪魔討伐者(デビルバスター)と里の主要部を回ってる連中も収穫なしだそうだ。殺された者はいるが、盗まれたりしたものはない」

「とすると、ウカノミタマプラントの破壊が目的?いや、旧式で稼働停止してるところになんの恨みがあるんですか、食中毒でも起こされたんですかね」

「かもしれないな」

「...すいません、冗談です」

「いや、あながち的外れでも無いと思ったのだよ。堕天使が軍勢を率いて破壊する価値があったのなら、それはやはり堕天使に対して有効な武器になった筈のものなのだ。食中毒かどうかはわからないがね」

「ウカノミタマプラントにある何かを堕天使が恐れている。となると各地のプラントの護衛増員ですかね、とりあえず取れる手としては」

「そんな手がどこにあるというのだ、ヤタガラスからは猫の手くらいしかないぞ」

「あー、修羅場ですもんねー今」

 

里の結界の敷かれていた範囲を一回りし終わった所で、機動部隊の作った指揮所で休んでいる志貴くんと、一足先に戻っていたキリさんと合流する。

 

「志貴くん、大丈夫か?」

「はい。この身体なら、眼のスイッチ切れますので」

「志貴...」

「...父さん、俺色々と思いだした。この眼の使い方も、悪魔の殺し方も。魂の記憶って奴なのかな?」

「...志貴?」

 

『千尋さん、良いですか?』

『...何だ?』

『あの事を黙る代わりに、あなたの側に居させてください。あなたの側が、一番真実に近い』

『...キリさんの了承は自分で取れ、それが条件だ』

『わかりました』

「俺、千尋さんと行くよ。自分の運命って奴に決着をつけたい」

「...わかった、俺じゃあ志貴は守れないのは痛いほどわかったからな。だが、約束しろ」

 

「必ず、帰ってこい」

「...ありがとう、父さん」

 


 

それからのこと。

 

ウカノミタマプラントから無くなったものは損耗具合とは裏腹に簡単に判明できた。

MAGコンバーター、精神物質マグネタイトを物理的物質である肥料などに変換するモノだ。ウカノミタマプラントの心臓部でもある。

 

だが、コンバーターが欲しいなら最新式のプラントに配備されているモノを狙う方がリターンは大きい筈だ。なぜにこんな旧式を?

 

旧式でなくてはできないことでもあるのか?

 

疑問は尽きないが、ひとまず敵の目的は果たされたと見ていいだろう。これが後々尾を引かなければ良いのだが、まぁ間違いなく引くだろう。太陽が東から昇るのと同じくらいには当然の事だ。

 

何にそれが使われるのかくらいは調べておかねば。

 

などと考えつつ3Dプリンターに原材料を投入する。そうして出てくるルーンストーンにMAGを込めながらのんびりと念話をしてみた。

 

最近仲良くなった世界救いたいウーマンの内田に。

念話のテストついでなのだが。

 

『マイクテス、マイクテス、どーぞー』

『気が抜けるからやめてくれない?ていうか念話にマイクはないし』

 

以外の乗ってくる本名内田、アリスって偽名どっから取ったのーと煽りたいが今はよしておこう。

 

『...旧式ウカノミタマプラントの仕様書ってそっちで持ってるか?ヤタガラスで管理してるネットに上がってる情報だとコンバーターの違いとか分からないんだが』

『ターミナル使えば知れるんじゃない?知らないけど』

『ターミナル?』

『そっちではアーカイブって言ってるアレよ。あー、結界の範囲にギリギリ入らなかったのよねー、図書室はあるから情報には困らないけど』

 

サーバとのラインをジャックされ、そこから念話が流れる。

向こうもひと段落着いたのか念話に応じてくれた。この契約はサーバが死ねば切れてしまう細いパイプではあるが、互いに盗れる情報は盗っておきたいだろうからこれから頻繁に行われそうだ。

 

『とりあえず聞かせてくれ。堕天使とその親玉の狙いは何だ?世界征服か何かか?』

『だいたいあってるわ。堕天使として人類を支配して、敬われて死にたいのよ。三日天下になるのは分かりきっているのにね』

『面倒だなそいつら。そっちで殺さないのか?』

『無茶言わないで、こっちはこっちで色々あるの。ていうか戦力的に殺し切れないし、強い英雄は大体癖だらけだしね』

『そうかい。それで質問なんだが...アウタースピリッツの魔力による結界汚染、知らないわけじゃねぇよな?どう対策してる?』

『英霊契約のことは知らないの?マスターの癖に』

『...英霊契約?』

『そ、異物である英霊をこの世界の者だと楔を打ち込むのが契約。人間っていうフィルターを通すから魔力による結界異常は誤魔化せるのよ。そうとう辛いし、悪魔との契約とは違う種類の腕がいるけどね』

 

その時、背後からノックの音が鳴り響いた。念話の相手を逆探知なんて真似出来る人間はこの事務所にはいないが、念のためだ。

 

『すまん、人が来た』

『ええ、お互い蝙蝠になったわけだし慎重にいきましょう』

 

『残り時間は短いのだけど、先はまだ長いのだから』

 

「はいはい、今出ますよー」

 

そこには、何か覚悟したような顔をした志貴くんと、彼を連れてきたデオンがいた。

 

「どした?」

「いや、単純な事さ。志貴くんが君と話をしたいのだと」

「ああ、大丈夫大丈夫。今単純作業中だったから」

 

部屋に入ってくる志貴くんとデオン。まいった、煎餅切らしていたぞ。

 

「この世界の事を、聞きに来ました」

「...知らない方が楽だぜ?多分さ」

「...何も知らないで戦い続けるのは、もうゴメンなんだ」

「じゃ、手短に」

 

「この世界はあと8年で滅ぶ。黒点の侵食がそのタイミングで到達するらしいんだわ」

「...あの戦争の原因か」

「そ、だから未来に希望は持たない方がいい」

「...それでも諦めてないのが、千尋さんとアリスって人なんだろ?」

「俺たちは悪い例だぜ?楽に逃げる方が、多分人として正しい」

 

その言葉に再び考え込む志貴くん。デオンからの非難の目が刺さる。まぁ、これまでの戦闘技術とか知識の出所を考えると、見た目通りの年齢として扱うのは微妙に失礼だろう。

彼はほぼ間違いなく、()()()という奴なのだから。

 

「それで、君は逃げるか?」

「いいや、俺を、俺の目を使ってくれ。俺は、世界を守らなきゃならない。300年も経っているから時効かも知れないけど、沢山約束したから」

 

「悪魔を殺して、人を守るって」

 

なんとなく志貴くんの頭を撫でる。抵抗は、少ししかなかった。

 

「今の君が決めた事なら、俺は反対しない。頼むぜ?七夜の英雄サマ?」

「...え、俺そんな事になってたの?」

「なってたんだ。影から影へと闇を斬り、悪魔を刈り取る正義の牙。なんてさ」

「...うわぁ、恥ずい」

「後世にて語られるとはそういうものだよ」

 

その後はなんとなく見学をし始めた2人と駄弁りながら安物のストーンを作り続けるのであった。

 

「パジャマパーティーとか狡いですよ、千尋さん!私も志貴くんと仲良くなりたかったのに!」と翌日縁が言ったのは盲点だった。今度ケーキ(賄賂)を送らねば。




ちなみに、所長がスパさんにアンブッシュ狙わなかったら普通に連携取られてオタッシャ重点でした。異形の勘が示すのは皆で生き残るための道なのです。真っ当に使えば聖女待った無しの異能なんだけどなぁ!

それはそれとして感想が欲しい(乞食)アンケートとか修正報告とか評価とかくれるので読まれてない訳ではないとはわかっているのですが、やはり感想が欲しい。モチベに直結するのデス。まぁ、なくても描きたいから書くんですけどね!


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Dアイドルライブバトル

アンケートで募集してた息抜き話です。伏線とかそんなに考えなくて良い話は楽ですねー

それにしても今回の感想についてのアンケート、一番困るのが最有力の理由でした。ネタ潰しとか作者的には全く気にしないのですが、やっぱり気にする人はしますよねー。
それにしても不味い、感想は地味にランキングに影響するんですけど(俗物感)対策が思いつかないです。

まぁこの手の話は作者が面白い作品書けば良いんだよって話で終わるんですけどね。


D(デビル)アイドル!それは、裏の世界で絢爛に輝く一筋の光!

魔法、魔導、異能を演出に使い、己が魅力を限界以上に引き出す魔性の者たち!

 

そんな者達が魅力を競う場こそが、Dアイドルライブバトルである!

 


 

「てなイベントがあるんだけど、来るか?」

「千尋さん、馬鹿なんじゃないのか?アンタ」

 

裏の仕事がスパッと終わり、表の探偵依頼を待ちながらそんなことを駄弁る。志貴くんは年相応の感性を転生現象により置き忘れてしまったようだ。キレが良い。

 

あれから志貴くんは俺たちの事務所に住むことになった。父親であるキリさんは里の人たちの供養で忙しいという事と、もう一度内田がやってきたときに守る力が自分にはないと判断したことから俺たちに預けられたのだ。

そんな訳で、浅田探偵事務所4人目のメンバーが生まれたのである。

人件費大丈夫だろうか。

 

「いや、実の所半分くらい仕事なんだよコレ」

「どういう事です?」

 

ケーキを切り分けて持ってきた縁が言う。

縁的には細かいことは気にせず、後輩(戦闘経験山の如し)相手にちょっと良いとこ見せようとしている感が凄い。でも多分空回ってるぞー。

 

「ガイア教から指名手配依頼があってな、Dアイドルライブバトルへの乱入者なんだよそいつが」

 

「名前はエリザベート・バートリー。悪魔人間か何かで、頭に角を持った赤髪の少女らしい」

「...それで、そいつの一体何が問題なんです?アイドルのライブに乱入した程度で殺されそうになるなんて末法すぎるでしょう」

「被害総額」

 

固まる2人、アイドルごときの事だと考えてたのだろう。俺も始めて聞いた時は思わず天を仰いだものだ。この世界やっぱり神様宛にならないと。

 

「伝聞だから詳しいことは知らないんだが、どうにも相当の声量を持ってるらしくてな。自前のマイクとアンプを合わせて会場設備をぶっ壊し回ってるらしい。本人的には無自覚で」

「...なんですかその人間台風」

「馬鹿なんじゃないのか?そいつもガイア教徒も」

「しかも、そいつは相当腕が立つ。ステージで歌いながら謎のマイク槍で止めようとするガイア教徒の黒服をばったばったとなぎ倒しながら歌い続けていたんだと。ガイア教徒の面目丸つぶれだな。だからフリーの方にも殺害依頼が来てんだよ」

「手段選んでないねー」

 

ケーキを食べに所長がテーブルへとやってくる。「書類仕事はどうした」と睨みつけるとバツの悪そうな顔で目をそらし、ひゅーひゅーと吹けていない口笛を吹き始めた。子供か。

 

「まぁ、気分転換のライブバトルついでに依頼も果たせそうなんだ、志貴くんもオフの切り替え覚えないといけないし、丁度いいかなってさ」

「...行きましょう、志貴くん!私、アイドルのライブなんて始めてです。サイリウム振り回して踊るんですよね!」

「...わかりました行きますよ。大した害はなさそうですし」

「...よし、緊急戦力確保と」

「「さらっと外道ですよコイツ」」

「諦めるといい、サマナーは大体においてこんなものだ」

 


 

書類仕事で埋もれている所長を尻目に今回のライブバトル会場、マンションの一室に作られた人口異界へと足を踏み入れる。

 

「ここならライブバトルが邪魔されることはないぜ!」

「今日はPIX48と家政婦アイドルシルキーのバトル、見逃せない!」

「いいや、奴は来るさ」

「なんでだ?ライブ会場の場所はチケット買った奴にしか教えてねぇのに」

「会場の情報が流れていた。賞金稼ぎの仕業だろう」

「クソッ、俺たちの生きがいを邪魔しやがって!」

 

「サマナー、やったのかい?」

「いや、何故俺を疑う。今回は本当に俺じゃあないぞ」

「本当ですか?」

「信用されてないんですね、千尋さん」

「俺が流す前に情報は流れてた。だから本当に俺じゃないんだ」

「「理由が最悪だ⁉︎」」

 

などと話しつつ自由券で立てる範囲で、どの方向から襲撃が来ても肉盾がある位置を選んで陣取る。基本今回は漁夫の利狙いなのでこんなものでいいだろう。

 

「レディース&ジェントルメン!ライブバトルへようこそ!今回はこの2組、言わずと知れたDアイドル界の先駆け!48体のピクシーの舞は今宵も優雅に花開く!PIX48!」

 

スポットライトと共に統一性のある衣装で空を舞う48体のピクシー。

 

紙吹雪を疾風魔法で巻き上げてPIX48の文字を描くパフォーマンスは見事というほかない。MAGの干渉があるから見た目以上に繊細な技だろうに。

 

VS(ヴァーサス)!可憐に歌うは家の為、されどその歌唱力は悪魔1!家政婦アイドル、シルキー!」

 

挨拶がわりのワンフレーズ。MAG波を伝って綺麗な音と喜びの感情が伝わってくる。なるほど、アクティブソナーの波としてでなくこういった意味を持たせる事もできるのか。この技術を応用すると魔法陣ならぬ魔法歌なんてものができるかもしれない。後で論文探そう。

 

「これは...凄いな」

「ですね!ステージが楽しみです!」

 

なんて事を言っている2人。そんな2人にわからないように一つ舌打ちを打つ。入り口にこっそり置いてきたコボルトが殺された、件のエリザベートとやらにだ。もう移動をしてしまっただろう。客層が覚醒者と悪魔に偏っているこの場ではアクティブソナーは効果が薄い。エリザベートがどこかに身を潜めているのを発見するのは難しいだろう。

 

「なにやら企みが潰えたような顔だね、サマナー」

「ああ、コボルトの尊い犠牲が出ちまった。こっそりつけて拘束する気だったのにおじゃんだ。戦い方が大雑把なのな、あの槍娘」

 

そんな会話をしていると、会場の証明がステージに集中した。どうやら、先行はシルキーのようだ。

 

「千尋さん、投票はこのネットアプリでやればいいんですよね?」

「ああ、スマホかCOMPがありゃ問題ないみたいだな」

「...すいません、俺どっちも持ってないんですが」

「ああ、しまった。こういう時どうすりゃいいんだ?」

 

「そういう奴は売店で言えば投票デバイス貰える。悪魔の中にはそういうの持たない者たちも多いからな」

「親切にありがとうございます。あなたは?」

「私はただのドルオタだ。名乗るほどの者ではない」

 

黒い武者鎧に赤い鬼の仮面。そして漏れ出さず完全にコントロールされているMAG。どっからどう見ても名乗る要素ありありだが、本人は仕事とプライベートをわかる人なのだろう、多分。

 

「じゃあ志貴くん、行こうか。ついでにサイリウムとかも買っときたいし」

「ですね。しっかし便利になりましたねこの眼鏡。これだけ人外が居るのに衝動が湧いてこない」

 

今回こんな悪魔と人外のパーティ会場に呼ぶにあたり、志貴くんには新しいアイテムを貸与することとした。

 

その名は、衝動殺し。

 

自身の持つ異能『直死の魔眼』のコントロールを会得した志貴くんには、もはやあの間に合わせ眼鏡は不要だ。なのでこれから暮らしていく中で困るであろう退魔衝動を抑えるアイテムをつけることができたのだ。

 

原理としては割と単純。MAG感知能力を鈍らせただけである。退魔衝動は、原理としては人外の魂を魂で感知した時に起動するものだ。ならそもそもスイッチを押させなければいいという理屈だ。

 

まぁ、本人が不意打ちに弱くなってしまうという欠点があるが、そこは仲間や仲魔(作れるかどうかは知らないが)を頼ればいいだろう。

 

「ハイー、サイリウム8本デスネー、40マッカニナリマス」

「何故に片言...まぁいいや、あと投票デバイス一つ欲しいんですけど」

「ハイー、使ウ人ノ生体MAGヲ記録スルノデ指出シテクダサイ」

「だってさ志貴くん。盗んだら殺しに来られるね」

「責任重大ですね」

 

志貴くんが認証デバイスに指を当て、その代価としてものすごくちゃっちいデバイスを受け取った。思念操作も何も無いシンプルすぎる機械だ。現代のデバイスと比べると子供のおもちゃだな。

 

「じゃ、戻ろう。ステージの準備も終わっちまうだろうし」

「ですね。それにしても売店空いてましたねー」

「物販そんなしてないしな。サイリウムくらい自前のものがあるんだろ、歴戦のDライバー達は物販じゃなくてMAGでアイドルたちの直接の血肉になる事を選ぶらしい。文化だな」

「...サバトじゃないか」

「誰も損してないからオーケーだろ」

 

人をかき分け取ってた場所に戻る。

 

「結構やる人多いですね」

「だな、一般チケットの後ろの方はだいたい賞金稼ぎと見ていいだろ。だが、化け物ってほどじゃあない。あの槍娘を殺せるかは、まぁ相性だろ」

 

どうにも分布としては、中堅どころが多いようだ。自分の実力に理解と自信を持ち、それをもって噂のエリザベート・バートリーを倒そうとしている。

 

「これは、賞金は貰えそうにないな」

「ですね、素直にライブを楽しみましょう」

 


 

そうして、ライブは順調に進んでいった。シルキーの心を揺さぶる魅惑の歌唱力か、PIX48の相当量の訓練の跡が見えるパフォーマンスか、投票結果は5分だろう。それほど、どちらのステージも魅力的だった。

 

縁など先輩風を吹かせることを放り投げてサイリウムでいぇいいぇいしていた。気持ちはわかる。

ただ、志貴くんはどうにも乗り切れていないようだった。いや、楽しんでいない訳ではないようなのは雰囲気でわかるのだが。

まぁ、デオンのように恥ずかし気に「い、いぇーい」とかしてないだけマシかもしれない。恥に気を使うばかりで逆に目立ってるぞお前。

 

俺?普通にノリノリよ。こういうノリは男子高校生としてはホームグラウンドのようなものだ。馬鹿騒ぎは大好きさ!

 

「センキューPIX48!今日も良いステージだったぜ!そんなわけで、運命の投票タイムだ!各自デバイスにより良かった方を投票してくれ!」

 

「その投票、まだ早いわ!」

「この歌ってないときに限って鈴の音のようなソプラノボイスは!」

 

照明係さん必死の探索、声はするのにどこにいるのかがわからないのだろう。実際俺も分からん。パッシブソナーもアクティブソナーも荒ぶっているのだから、

 

「ここよ、ここ!照明係新人すぎない?今日のメインを見つけられないだなんて!」

 

声に従い照明が向けられる。そこは、ライブバトル会場の上空、竜のような翼を広げゆっくりと会場に降り立っていったその赤髪の少女は、間違いなくお尋ね者のあの少女ッ!

 

「アイドルライブバトル会場に真打登場!私は超次元のトップアイドル!エリザベート・バートリーよ!ブタども、泣き喚いて私を讃えなさい!」

 

そんなセリフと共に舞い降りる少女。正直乱入者でなければ割と好みなシチュエーションだ。まぁ反応は当然のブーイングの嵐なのだが。

 

「この罵倒が私の歌声で失神してしまうまでに変わる...だからライブバトルはやめられないのよ!」

 

「ザッケンナコラー!」とステージ脇から現れる数多の黒服と、ステージに駆け上って戦いを挑みに行く賞金稼ぎたち。

 

「デオン、何秒保つと思う?」

「瞬殺されるのが前の3人、不用意に踏み込みすぎだ。残りはかなり健闘すると思うが、即席コンビネーションが取れるかどうかで明暗は別れるね」

「良い見立てだが、お前達は行かないでいいのか?このままでは彼女の賞金が持っていかれてしまうが」

 

後ろにいたドルオタ武者さんがそんなことをのたまう。それならあんたはどうなんだと聞き返したいところだが、今は観察が優先だ。

 

用意していたルーンストーンを四隅において陣を敷く。これで簡易的な遮音結界の完成だ

 

「皆、結界を張った。中から出るなよ?敵は歌声だけでステージ会場を滅茶苦茶にする変なのだ。これで防げるかは分からんが様子見くらいにはなる」

「ほぉ、大きな音だけを遮るのか。やるな少年」

「貴方ほどじゃないですよ。てか勝手に入らないでくださいよドルオタさん」

 

まぁスペースに余裕はあるのだが。

 

「行くわよ、まずは定石通りのファーストナンバー『恋はドラクル』!」

 

ズゴゴゴゴと湧き出てくるスピーカーのような城壁。こんな大規模な物質化(マテリアライズ)、仕込みじゃないなら相当レベルの使い手ということになる。厄介だ。

 

というか、念のため持ってきていた魔力探知機がガーガー反応している。測定範囲外で引っかかるとかマジか、あれアウタースピリッツなのか。

 

馬鹿じゃねぇの?と探知機を投げ出さなかった自分を褒めてあげたい。

 

そして、果敢に挑みかかった黒服さんと賞金稼ぎの運命は決まった。死ぬわあいつら。

 

数多の魔法や銃撃を踊るように躱し、近接戦を槍で払いのけながら槍の石突きに着いたマイクで歌い始めた。

 

瞬間、耳を塞いだ自分は多分悪くない。

 

声質はかなり良い。先程司会者さんが歌わなければ良いと言っていたのは本当に同意だ。

 

曲自体も、多分悪くはない。誰が作曲したかは知らないが、アイドルソングとしては良いノリをしているだろう。

 

問題は、すっとんきょうに弾け飛んでいる音程が、それをそのまま拡大させる事で破壊音波と化している事だ。

 

事前対策をしている俺たちですらこのダメージを受けているのだから、襲いかかった者たちは地獄の苦しみだろう。あ、粘ってた最後のサマナーが倒れた。仲魔が全員気絶したのだからまぁ残当だな。

 

「デオン、外れたな」

「...アレは想像しろという方が無理じゃあないかい?」

「...だな」

 

周りを見回す。結界内には一緒に来た3人とドルオタさん。

結界外は、死屍累々。悪魔の中にはガチに死んでる奴もいる。

 

なんて恐ろしい歌声だ。

 

「んじゃ一曲終わったら仕掛けるつもりだけど、もう一曲聴く気のある奴はいるか?」

「「「いるか!」」」

 

満場一致である。

 


 

私、エリザベート・バートリーは満足していた。

私の歌声に聞き惚れ、意識すら飛ばしてしまうファン達。

最初はステージから引き摺り下ろそうと躍起になっている者たちが居たが、その動きの緩慢さから私は確信した。

 

彼らは、ライブバトルを盛り上げる為に一緒に戦ってくれるバックダンサーなのだと。

 

そうと分かれば話は簡単。バックダンサーの緩慢な攻撃を躱して踊るように歌声を届ければ良い。それで、アクションが入った素敵なステージになる。

 

そう思って幾度もライブバトルを回ってきた。どのバトルも心を震わせるものであったが、最後に立っているのはいつも私だった。

 

ああ、私の魅力って罪なのね!

 

でも、今回のライブバトルでは倒れていない一行がいた。

どこか()を思わせる平凡な容姿の男と、麗しい騎士然とした人物が前に立つ5人の観客。

 

私の歌声を聴くために意識を飛ばすのを耐えてくれたのだ、なんて嬉しい事だろうか。

 

久しくなかった二曲目を歌ってあげよう、だがその前にまずはMCだ。トークで場を盛り上げるのもアイドルの仕事なのだから!

 

「ブタども、ありがとー!」

 

瞬間、一行は爆ぜるようなスピードでステージに乗り込んできた。

 

なんたるサプライズ!彼らは熱心なファンであるだけでなく、パフォーマーでもあるのだ!

 

「さぁ、ノってきた所で次行くわよ!『AKOGARE∞TION』!」

 

そう思い、思いっきり歌おうとしたら迷いのない動きで首を刎ねられかけた。槍で防げたが、その力は逃しきれずに吹き飛ばされる。翼で体勢を立て直し転倒は防いだが、二の矢三の矢が飛んでくる。

 

そのパフォーマー達は今までの子ブタどもとは一味も二味も違うようだ。でも、逆境でこそ輝くのがアイドル!頑張るのよエリザ!

 


 

「やめろー!そいつに歌を歌わせるなぁ!」

「だが、妙に強い!長物とだけあってやり辛いぞ!」

「...死角に入ってるのに対応される⁉︎」

「なら、スピーカーの方を!サモン、タラスク!星のように!」

 

タラスクが高速回転しながらスピーカーのような城壁に突き刺さる。

 

「ちょっと!音割れしたらどうするのよ!」

「音自体を鳴らさせないので問題ありません!鉄拳、聖裁!」

 

そのタラスクを楔にした一撃により、左側の城壁は崩れ落ちた。その城壁は物質化(マテリアライズ)は解けて消えていった。これで、()()()()()()()()

だが、右手にある城壁は無傷だ。あれでは怪音波が流れてしまうだろう。

 

「私のチェイテ城がッ!でもまだよエリザ。モノラルだって歌いきってみせる!」

「まずい、イントロが終わる!曲が始まるぞ!」

 

「太陽みたい...あら?」

 

スピーカー城壁から、音が()()()()。スマートウォッチを確認してみると、即興術式の達成度合は1/80。マジか。

 

「...あら?マイクチェックマイクチェック...駄目じゃない!リコールはどこにすれば良いの⁉︎」

「...間に合った。マジで奇跡だ」

「ちょっとそこの子ダヌキ、何したの?」

「お前の魔力ラインを断線させた。縁が破壊したスピーカー城壁のMAG波長パターンから、通信路は80パターンくらいに絞れてたんだよ。一発目で成功するとか冗談みたいだが、これでお前のスピーカーは封じた」

「...やってくれたわね子ダヌキ。でも、この程度の逆境アカペラで切り抜けるまで!私は超次元アイドル!エリザベート・バートリーなのだから!」

 

また歌い始めるエリザベート・バートリー。背後から襲う志貴くんの襲撃を竜の尾で払い、デオンの斬撃に対して槍の距離を保ちつつ羽で力を逃している。なかなかにやる。

 

そして冗談のようだが、彼女の歌声は腹から声を出しているだけでも十分な破壊力を持っている。

 

通常の戦闘でも強くなればなるほど視覚以外から得る情報、取り分け聴覚からの情報の占める度合いは大きくなる。それが潰されるというのはかなりの辛さだろう。

 

だが、戦えないほどじゃない。まぁ、あの怪音波のせいで耳は遠くなるのだが。

 

『サマナー、殺すには二、三手足りないよ。彼女、あのナリでなかなか戦い慣れている』

『構わない。逃がさなければこっちの小細工が通る』

 

そうして、しばらく戦いながら術式を悪魔召喚プログラムの顕現術式を調整する。具体的には一番の歌詞が終わるくらいまでは。

 

あの壊滅的な音程がなければ良い歌だったろうになーとわかるあたりかなり残念だ。

 

「...よし、術式セット完了!前線交代!サモン、オセ、ラームジェルグ!雪女郎!」

 

「あら?パフォーマーの交代?良いわ良いわ!もっと楽しいステージにしましょう!」

「残念ながらこっからはお前の歌は届かない。追加装備(エクステンション)の耳栓を装備済みだ!」

「あら、それは無駄な事をご苦労様。でも残念ね!歌ってのは、魂で聴くものなのよ!」

 

そうして再び歌い始めるエリザベート。しかし、完全に対策は完了している。

 

オセとラームジェルグが槍を両手で捕まえる。当然エリザベートは筋力とボイスブレスで打ち払おうとするも、二柱の悪魔はブレなかった。

 

そして捉えたその体に、雪女郎の狙いすました高位氷結魔法(ブフーラ)が放たれる。力場の減衰はあれど、槍ごと腕を取られて動けないエリザベートの下半身を固めることに成功した。

 

「お前の歌声が魂に響くレベルの素っ頓狂であることは解析できていた。理解は出来ないがな」

 

「だから、()()()()()()()()。今のこいつらには貴様の歌声は響かない!」

「なんて、ことを!それってつまり、この仮装ダンサー達には私の魂のビートが届かないってことじゃない!悪魔ねあなた!」

「よく言われる、よ!」

 

ようやく思考と両手がフリーになったので俺も戦線に加わる。

 

エリザベート・バートリー。その槍捌きは独創的だ。尻尾と羽のある人物の槍捌きなど研究はあんまりされていない時代の英雄だったのだろう。だが、それは強力であることとイコールでは繋がらない。

 

初見なら対応に苦労するが、もう十分に観察はした。手持ちの札で殺しきれる。

 

「仕方ないわね...まずは子ダヌキ、貴方を...どうすれば良いのかしら?」

「...そこは素直に殺すとかじゃないか?」

「嫌よ、どうして貴方なんか殺さなきゃならないの?馬鹿じゃない?」

 

頭を抱えたくなる。なんだか状況がチグハグだ。少なくともこちらからは殺す気で襲いかかっていたはずなのだが、何がどうなっているのだ?

 

「いや、殺し合ってるんだから馬鹿も何もないだろ」

「殺し合い?誰が誰と?」

「お前と、俺たちが」

「...ハァ⁉︎どうしてそんなことになってるのよ!私はアイドルとして歌ってただけよ?バックダンサーだってついたじゃない!」

「バックダンサー...」

「歌って踊って戦える、そんなアイドルをアピールしていただけよ!それがライブバトルでしょう⁉︎」

「...ちょっとタイム!作戦会議!助けて!」

 

足が凍っているエリザベートを放置して一旦皆の知恵を借りる。

オセとラームジェルグに監視を任せて耳を抑えている皆と合流する。

 

「千尋さん、何ですか!」

「あの馬鹿ボイスで耳がやられてるんだ!大声で頼む!」

『それか、念話という手もありだね』

「オーケー、チャンネル開く。抵抗(レジスト)するなよ」

 

志貴くんと縁の手を取ってMAGの接触でチャンネルを作る。簡易的なものだが、これで良いだろう。

 

『それで、何が問題なんだ?アウタースピリッツってのは何にしても殺すんだろう?』

『いや、いくらなんでもあの勘違いのまま殺すのはどうだよ。あの子、多分ガチに殺されるような真似してる自覚は全くもってないぞ』

『...同感です。殺してしまうにしても、その終わりは納得できるものであって欲しい。だってあの子、殺す事はしてないんだから』

『...甘っちょろいな、あんたら』

『知ってる。けど変えられんだろそこは』

『でも実際問題どうします?あの子にどう真実を伝えるのが正解なんでしょう?』

『別にそのまんまで良いだろ。こっちは耳やられてる上に、周りは死屍累々。これで状況を理解できなきゃどうかしてる』

『『どうかしてる だろ/でしょ どう見ても』』

『...それもそうだ』

 

「ちょっと子ダヌキどもー、私のことほっときすぎじゃない?アイドルよ私」

「あー、すまんなエリザベート。予想外の事態に困り果ててたんだ」

「エリザでいいわ、子ダヌキ。それで、私はどうなるの?」

「...人類側としては、問答無用でぶっ殺さなきゃならん。サマナーとしては、賞金首は殺しておきたい」

「賞金首⁉︎」

「けど、個人的にはもっと納得できる終わり方で終わらせたい。ちょうど試したい術式もあるしな」

「...子ダヌキ、あなた」

 

「さては、私のファンになったのね!」

「それだけはねぇよ!」

 

とりあえず死屍累々なこの中に居続けるのはアレなので、楽屋裏にでも引き摺り込むことにする。

敵意がない相手とならば、まずは会話からだ。

 


 

「すまん、俺の頭が悪いのか?全く理解できん」

「何よ、だから私は超次元アイドルとして活動するべくこの世界に再び生まれ落ちたのよ。だって、私が生まれたのはアイドルライブバトルの会場だったんだから!わかるでしょ?」

「全く分からん。だが、お前のやりたい事はわかった。歌いたいんだな?」

「いいえ、もっと輝きたいの!だって、アイドルってそういうものでしょう!」

「しからば、私が君をプロデュースしよう!」

「「何奴⁉︎」」

「フッ、通りすがりのドルオタ、改め...」

 

いつの間にやら現れていたドルオタさんが赤い仮面に手をかける。

 

「後藤大地、ガイアPがな!」

 

何ともまぁ、劇場型な人だ。というか、後藤という苗字に大地という名前。役満な気がするのだがなんでこいつアイドル擁護側に回ってるん?

 

「千尋さん、やっと耳治りましたー」

「俺もだ。二度と経験したくはないな、この感じ」

「私もだよ」

 

「それであのガイアPとは何者なんだい?」

「ゴトウって苗字には心当たりがある。昔一緒に戦った自衛官の中にそんな名前の奴がいた。そういや妙な宗教に誘われたな」

「スゲー人脈だな志貴くん。大当たり。後藤ってのはガイア教団のトップになった男だよ。メシアとも最前線で戦い続けている生ける伝説の血統だ。まぁ、ドルオタなのは知らなかったが」

 

ちなみにこの後藤大地さんは縁のいとこか何かでもある。縁もゴトウの血を引き継いでいるのだから。

 

「わかったわ、私乱入しかしてなかったからいけなかったのね!ガイアP、あなたに私をプロデュースする権利をあげるわ!」

「良かろう!次のライブバトルのメインに君を据えて見せよう!この、ガイアPの名にかけて!」

「あ、すいません。そいつ自由にするとヤタガラスにどやされるんで契約だけはさせてもらいます」

「何、あなたが私のオーナーになるって事?子ダヌキ」

「そんなとこだ。一度、お前が納得できるライブを行うまで、お前を守る。その後、お前は抵抗せずに退去する。それが持ちかける契約だ」

「...どうして、一度だけなの?」

「わかってんだろアウタースピリッツ。この世のものじゃないのは、あるべき所に行かなきゃならないんだよ」

「...わかった、認めてあげるわ子ダヌキ。私はエリザベート・バートリー。超次元に君臨するアイドルよ!」

「よろしく頼む。俺は花咲千尋、今から俺がお前のサマナーだ」

 

名を交わし、信を交わすことでの契約は成立した。内田の話が確かなら、これでアウタースピリッツの結界への影響は抑えられるのだろう。それでもキャパシティ重いから契約後はきっちり退()()()()()()()が。

 

「...子リス?」

「タヌキじゃないのか?」

「...いいえ、懐かしい感覚があっただけ。昔に一時だけ交わったあの時を思い出したのよ。ええ、昔のこと」

「へぇ、苦労してそうだな、その子リスさんも」

「...かもね」

 

とりあえず持ってきた魔力探知機をかざしてみると、有効範囲内でも魔力の反応はしなかった。俺という人間がフィルターになっているのだという説はとりあえず信じて良さそうだ。

 

とはいえ、アウタースピリッツの存在が危険なのは間違いない。平成結界の安全のためにどうにかしなくてはならない。

 

「それで、お前はこれからどうするんだ?上にバレるかもしれないからお前を長くは守れないぞ」

「当然、レッスンよ!」

「我がガイア教団の誇る修練異界、時空縛鎖(じくうばくさ)を使い、次のライブバトルまで圧縮訓練とする!」

「そうか、頑張ってくれ」

「何を言っている?契約しているのだから貴様も来るのだ」

「そうよ子ダヌキ。オーナーなんだからしっかりしなさい」

「え?」

「サマナー、これは君が招いた種だ。存分にレッスンを手伝うと良い」

「...何を言っているのだ造魔よ。契約で縛られたお前も共に行くのだぞ?」

「じゃあ、あなたはマネージャーね!」

「悪くないな。よし、私に続け!」

「え?」

 

後藤の用いた長距離転移魔法(トラポート)の輝きに飲まれ、状況を把握しきっていない俺とデオンは半ば拉致されるような形で連れていかれた。

 

世界外との相対時間加速度160倍、ただしあまりのMAG濃度から常人では5分と保たない小規模災害級異界、時空縛鎖へ。

 


 

「爪先から指の先まで全てに神経を通せ!一つ一つの動きにブレがあるぞ!」

「ハイ、プロデューサー!」

 

あれから異界での圧縮訓練が始まった。現在4日目、予定では5日間だそうだ。

期限を決めたのは後藤さん。次の臨時ライブバトルがガイア教団の身内で、()()()行われることになったからだ。ちょうど宴会の芸者としてDアイドルを呼んでいたのを、ライブバトルに落とし込んだのだとか。

 

故に、世界時間で半日に渡っての圧縮訓練である。

だが、致命的な歌唱力についてのレッスンを後藤さんは行わなかった。「だいたいわかった」とは本人の談だがこちらはさっぱりとわからない。説明してくれ。

 

まぁ、今のチキチキ制御デスレースの際に余計な情報を貰っても困るかもしれないが。

 

「サマナー、ゼリー飲料だ。栄養補給を怠ると死ぬよ?」

「ありがとよマネージャー。エリザへの色々、任せちまって悪いな」

「まぁ、一人だけ暇なのもなんだからね。幸い、予想していた怪音波の被害もないわけだし、することはするさ」

 

現在俺は、MAG濃度が液体レベル一歩手前と言えるこの地にて、12の自動術式と8の手動術式でのMAG嵐への耐久と、暴れまわるエリザのMAG制御を行っていた。

 

怠ると、俺は5分でスライムにでもなるだろう。嫌すぎる未来だ。

 

「しっかし、あのプロデューサー何考えてんだ?いや、念話のラインを通じてやれば音痴は克服できなくはないんだが」

「そうなのかい?」

「ああ、エリザの音痴の理由は耳から入ってくる音と実際に出してる音が違うっていうわりとシンプルなものだと思うのさ。だからその矯正ができればってね」

 

などと話していると3番の術式がオーバーロードしかけた。4番と6番にバイパスを繋ぐことでMAGを逃す。危ない危ない

 

「サマナー、本当に大丈夫かい?」

「ああ、ただ一刻も早く外には出たいがな」

 

「子ダヌキー!今の良くなかった⁉︎」

「ああ!重心のブレが見えなくなってる、かなりの上達だ!」

「ありがとー!」

 

まぁ、彼女歌ってさえいなければ可愛いアイドルと言えなくはないので、割と見ていて楽しいのが救いだ。

 

「にしても、懐かれたものだね」

「普通に接してるだけなんだがな」

「...多分だが、彼女にとってはその普通が貴重なんだよ」

「...あんなナリでも、英雄なんだもんな」

 

「...子ダヌキー!翻訳してー!」

「私の言葉をまだ理解せぬか!」

「後藤さんはコイツの知能指数の低さを舐めすぎですよ」

「いや、私馬鹿じゃないからね⁉︎」

 

武道の演習用に置いてある鏡の前で踊るエリザ。アレコレ我流でやっていたところを敏腕アイドルプロデューサーの後藤さんの指示で最新のスタイルに置き換えているのだが、後藤さんはその説明の際に専門用語をビシバシ使う。その現代用語に戸惑い続けているのがエリザだ。時代錯誤な服装してんだから言葉遣いもそれに倣っていいと思うのだがなぁ。

 

「何か言ったか?貧弱オーナー」

「なんでもないですよ、唯我独尊プロデューサー」

 

その後なんとか言い回しをエリザにもわかるように翻訳して、ついでに頑張れよと声をかけておく。その度に彼女は笑顔になるのだから、安いものだ。

 

「そういうところだよ、サマナー」

「?変なことした...あー、今度は2番がオーバーロードしかけてる。風向きとかを測定して自動化するか?...んな七面倒な術式ここ以外で使えないか」

「頑張りたまえよサマナー。そろそろ休憩時間だ、エリザにタオルとマッサージをあげなくてはね」

「お前もマネージャー板についてきたなー」

 

連れ込まれた当初では考えつかない程に、この異界生活は穏やかだった。

 


 

そして5日目が終わり、時空縛鎖の外に出る。正直、MAGの薄いこの空気が本当に天国に思えてくる。ありがたや。

 

「それでは、ライブバトルは30分後だ」

「時間無ぇ⁉︎」

「ハッハッハ、俺に無駄な時間などあるものか!」

「いいじゃない、レッスンの成果を見せてあげる。子ダヌキ、しっかりと見てなさいよ!」

「おー」

 

再びの長距離転移魔法(トラポート)。会場になるガイア教団の宴会場へと一瞬で着いてしまった。

 

「今日は私の誕生祭だ、今までは余興として挑戦の儀を行っていたのだが今年は挑戦者が現れなくてな、アイドルによる歌劇を新たな余興としようとしたのだよ」

「すまない、挑戦の儀とは?」

「なに、ただの殺し合いだ。勝つことができれば次のガイア当主の座が手に入るという程度のものだよ」

「「バイオレンス⁉︎」」

 

ガイア教団、恐るべし。

 

まぁ、そんな突貫スケジュールでは会場の下見やリハーサルなどできるはずもなく、ぶっつけ本番となった。そこだけは少し心配だ。

 

この館に転移してからついてくる、粘つくような視線の事も鑑みて動くべきだろう。

 

エリザに、後悔のないステージを行わせるために。

そんな俺を見たデオンは、ため息を吐きながら頷いてくれた。

 

一仕事、するとしよう。

 


 

「一つ言っておく」

「何よ、プロデューサー」

「君がこのステージで失態を犯したら、彼を殺す」

「...は?」

「私にも面子というものがあるのでな。故に、死力をもって歌うが良い」

「ちょっと待ちなさいよ!そんなの...」

 

そんな横暴は、通るのがこの世界だ。

 

エリザベート・バートリーは知っている。何故なら、その体を少女の血で洗っていたのだから。それは、被害者にとっては理不尽極まりない悪夢であったはずなのに、救いの手は差し伸べられなかった。

 

そんな世界なのだ、この世界は。

 

「なにが目的なの?言い掛かりをつけて子ダヌキを殺したいだけ?」

「その理由は、ライブバトルが終わった後に言おう」

「あなたは、良いプロデューサーだと思ったのにッ!」

 

そうして怒りのままに放たれた平手は、するりとすり抜けるように空を切った。

 

そして、自分の首が落ちる幻覚を見た。

 

「今のは見なかったことにしておこう。さぁ、控え室に行くが良い。その後の案内は女中にさせる」

 

戦ったら殺される。なんとか逃がさなくては。

あの子ダヌキは、きっと殺されるような真似はしていないのだから。

 

『子ダヌキ、今すぐ逃げなさい!』

『...どうやってだ?このガイア教団所有の邸宅は外からは簡単に入れるが中からは出られない作りだ。お前の焦りの理由はわからないけれど、逃げるってのは不可能だ』

『...どうして!』

『仕方ないさ。まぁ、なに言われたかは想像がつく。だからさ』

 

『俺の命、お前に預けた』

『...上等よ、やってやろうじゃない!』

『その意気だ、頼むぜ超次元アイドル』

 

どこか心に、火がついたような気がした。

 


 

そうして始まる宴会場でのライブバトル。先行はあらかじめ呼ばれていた異能者アイドルフェザーブルー。鮮やかな翼を念動魔法(サイ)で作りあげパフォーマンスの一端としている熟練のDアイドルらしい。ガイア教団への営業をすることから考えるに、結構混沌(カオス)寄りの思想をしているようだ。見た目は可憐な美少女なのになー。

 

「それでサマナー、どうして私たちはここに居るんだい?」

「わかってるのに聞くな」

 

眼前には殺気立った筋者たち。どこの組織にもある足の引っ張り合いか、あるいはエリザの賞金狙いか。

 

なんにせよ、狙いが彼女の殺害である事には間違いがなさそうだ。

 

「テメェら、誰の手のもんだ?見ねぇ顔だが」

「強いて言うなら...アイドルの手の者かね」

「何言ってんだテメェ」

「サマナー、私も今のはどうかと思う」

「...締まらないなぁ畜生」

 

そんな言葉だが、お互いの意思は見せた。向こうの狙いは今から歌おうとしているエリザを暗殺すること。こちらの狙いはそれを阻止する事。

 

向こうのお膳立てか簡易的な遮音結界が張られているのは楽で良い。銃声も、魔法の音も結構響くのだから。

 

「ところで、どうして待っててくれるんだ?あんたらは」

「んなもん、横の騎士野郎見りゃ分かるだろ」

「...なんだ、その程度か。じゃあ特に苦戦する事は無さそうだな」

「んだと⁉︎」

 

「やれ、オセ」

「フン!」

 

話し合いながら遠隔で召喚術式を組み立て、オセの冥界波による奇襲をかける。MAGラインを辿っての感知をしてこなかったことから術者タイプは無し。あるいはレベル低し。

 

「いつの間に!」

 

躱した最前列の一人以外は今の冥界波で床のシミになった。本当に大したことない奴らだったようだ。

 

「死にやがれ、高位火炎魔法(アギラオ)!」

「術の構築が甘いし、照準が大雑把だ。お前よくこの邸宅に入れたな。命知らずか」

 

通路を覆う火炎をデオンが切り裂き、そのまま男の首を裂いた。

見事な剣捌き、見惚れるね。

 

「やはり、木っ端では駄目でしたか。後藤の小僧も良いのを護衛に雇う」

「人を勝手に後藤さんの一派に入れるんじゃねぇよ。フリーだっての」

 

通路の奥から出てきたのは、明確な実力者。MAGのコントロールが静かで、鋭い。武闘派だろう。

 

「通路が細い、オセは下がって隙を見ろ。デオンは前頼む」

「全く、後藤の小僧なんぞに雇われて戦うだけの義理があるのかね?フリーのサマナー」

「残念、ズレてんだなそこら辺が。今の俺は」

 

「アイドルのオーナーだ」

 

そう名乗ったのと同時に、エリザのラインから曲が伝わってくる。あのスピーカー城壁を小さいサイズで出したようだ。

 

『頑張れよ、エリザ』

『...任せて、子ダヌキ!』

 

彼女の歌を聴けないのは残念半分安心半分だが、今やるべき事はこのガイアの鉄砲玉を仕留める事。やらなければ、エリザのステージが汚される。

 

戦おう、この道の先には決して通さない。

 


 

ステージから見えないどこかにいる彼は、守るという強い意思を持っていた。それはきっと私のためで、とてもとても心が温かくなる事だった。

だから、この歌は彼の為に。彼の命とか色々問題はあるけれど、今はそんな些細な事はどうでもいい。歌声が届くように大きな声で、心を込めて、歌おう。

 

「歌います、私のトップナンバー!鮮血魔城(バートリ・エルジェーベト)!」

 


 

心地よい音楽と歌声が、魂を通じて伝わってくる。これが、エリザの歌のようだ。何が彼女の事を本気にさせたのかは知らない。だがこの歌は、俺のことを思って歌われている。勘違いだとしても、それがとても心地がいい。

 

デオンの絶技に対応してくる静かな剣客。デオンの剣を見ても心が乱れないのか、それとも見惚れているからこそなのかはわからないが、MAGが乱れない。強い。

 

あの斬殺空間に介入するには、俺の小細工では奥の手しかないようだ。

 

『オセ、不意打ちできるか?』

『悔しいが、無理だ。技の繋がりが鮮やか過ぎて、二人の剣が止まらない』

『じゃあ、やるぞ』

『了解だ、サマナー』

 

構成要素、抽出、装填。

ラインを通してデオンを捕捉。

 

『タイミングは任せる』

 

30秒ほど無呼吸で続けられる剣戟。デオンの剛力に耐え続けた剣客の剣が少しだけ流れた。

それだけあれば、工程は完了する。

 

『...今!』

夢幻降魔(D・インストール)!」

 

オセの構成要素を捕捉しているデオンに向けてインストールする。

もはや慣れてきたいつもの奥義、D・インストールだ。

 

オセはチャージ以外にこれといった特殊スキルは持ち合わせてはいないが、単純にミドルクラス相当の力の塊としてはかなり有用なのだ。

デオンの絶技のテンポを、一拍の半分程度速くするブースターとして。

 

そのズレた半分で剣客はデオンの絶技に追いつけなくなり、肩口から大きく切り裂かれた。

 

向上(カジャ)系では、ないのか...?」

「ああ、仲魔の絆とサマナーの叡智さ」

 

心で聞こえていた心地いい音楽が消える。エリザは、歌いきったようだ。使い手がいなくなったことで遮音結界が解けたのか、鳴り止まぬ大拍手の音が聞こえてきた。やったな、エリザ。

 

『スタンディングオベーション!子ダヌキ、私やったわ!』

『おめでとう、エリザ』

『...子ダヌキが私のライブを守ってくれたこと、心で伝わってきた。だから私、あなたの為に歌えたの。ありがとう』

『お前の力で、お前の歌声が掴んだ結果だよ。さ、ライブバトルの結果は甘んじて受け入れろ。オーナー命令な』

 

そうして、ライブバトルを巡っての一連の事件は終わりを告げた。

 


 

エリザはあいにくと、僅差でライブバトルは負けてしまったようだ。だが、悔いはないのだそうだ。いつかの私が、それを超えるだろうと確信していると彼女は言った。流石、蘇ってきた英雄は一味違う。

 

「マネージャー、子ダヌキ、本当にありがとう。なんか、とっても楽しかったわ!」

「そりゃ良かった。じゃあ、もういいな」

「ええ、やって頂戴。あるべき者はあるべき所へ。それが道理だってのはわかってるから」

「行くぞ」

 

契約のラインを通じて、これまでのアウタースピリッツの消滅反応とアウタースピリッツシュバリエ・デオンの解析結果から作り出した術式を起動させる。

 

その名も『退去』の術式。痛みなく、英雄の構成を解く術式だ。

 

幸いにもその効果は淀みなく発揮され、エリザの身体は光の粒子に解けていった。

 

「でも、このまま消えるってのも味気ないわね...そうだ!一曲歌いましょう!この光の感じってなんか演出っぽいし!」

「そうだな、よく分からんがなんか上手くなってた歌、聞かせてくれや」

「うん、私も聞きたいよ。君の歌が」

「任せて!」

 

と、意気込んで歌ったその歌は、いつも通りの音痴っぷりだった。なんだか逆に笑えてきた。

 

そんな音痴な歌声をBGMにしながら、エリザは消えていった。

 

「ふむ、間に合わなかったか」

「後藤さん」

「全く、弁明の機会のないまま逝かれてしまったではないか。もう少しくらい引き止めてくれたまえよ」

「いや、知りませんよそんな事。...んで、エリザに何吹き込んだんですか?」

「なに、心の枷を外す魔法の言葉だよ。身に覚えがあるのだが、ああいうタイプは自分の為にでは力を十全に発揮できんのだ。だから、言い訳を与えてやったまでのことだよ」

 

たったそれだけのことでエリザの歌を覚醒させるとか、本当にプロデューサーとしての力量もありそうだ。面白い人だなと何となく思う。

 

「さて、私の誕生会の席を守ってくれた礼だ、なんでも言ってみるといい。可能な限り、考慮しよう」

「じゃあ、ちっちゃい貸しって事で」

「貸し?」

「今は何かしてほしい事とかは思いつかないので、その内返してもらいます」

「...わかった、後藤大地の名においてその契約を守ると誓おう」

「そんな大袈裟なことは頼むつもりないですよ」

 

なんだか重い契約を結んでしまったのを気にしないようにしながら、女中さんの案内の元邸宅を脱出する。脱出方法はMAGの込められた札を身につけることによる方式だった。案の定札は使い捨て。奇妙だが、良く練られているセキュリティだ。

 

そしてのんびりと家路につく。そういえば年少組をコンサート会場にほっぽり出してしまったのだし、なにか賄賂でも送ろうと途中でいつものケーキ屋に寄ることを決めながら。

 




ライブパートと並行しての戦闘!ってのやりたかったんですが、やっぱ歌詞はダメってのは結構な縛りですねー。もっといっぱい交互にクロスさせる妄想していましたが、読みやすく纏めるにはこんなもんでしょう、多分。


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人食わずの悪魔変身者(デビルシフター)

FGOの大奥イベント左のゲージが怖すぎて笑える。実質マスター礼装縛り臭いんですよねー。
まぁ、鷹の間では使わざるを得ませんでしたが!何あの超難易度。5回くらいトライして、諦めて令呪一角切りましたよ


「サマナー、随分とご機嫌だね」

「ああ、今日は!ついに!ヤタガラスから経費が振り込まれるんだ!これを喜ばざるは人じゃねぇ!」

「千尋くん、ここ最近でものすっごくお金使ってたからねー」

「ええ、デブリーフィングしている片隅に常に預金残高が消えていく感覚を当分は味合わなくて良いと思うと心が安らぐってもんですよ」

「サマナー、そんな事考えていたのかい?」

「ああ。ミズキさんにお礼のメールを送るべきだろうか」

「いや、経費が出るって普通のことなんじゃないか?俺もあんま人生経験はないけどさ」

「ですね、仲魔の維持に使う分は事務所から貰えます...し...」

 

言う途中で気付く縁。そうだろうさ、下の連中は楽なのだよ下の連中は!俺も下のはずなのに!

 

「...経理も俺がやってんだよなー、どっかの最年長がどんぶり勘定なせいで」

「いやー、千尋くんには助けられてるよ、本当」

「千尋さんってまだ高2だろ?なんで事務所の事務全部背負ってるんだよ」

「そうしないと干上がって死ぬからだよ、俺が」

 

事務所の内情を知るのがあと2日ほど遅かったら、俺は骸を晒していただろう。サマナーは金がかかるのだ。魔術師系なら特に。

 

「...俺も手伝った方がいいのか?」

「いや、大丈夫。小さい所帯だから人手も足りてるしな」

 

これがバスターサマナーを10数人抱え込む大規模な民警ならば話は別なのだろうが、こんな小さな事務所の経理など俺一人で十分なのだ。

 

「てか志貴くん経理とかできんの?」

「...教えてもらえれば、なんとか」

「言質取ったぞ、所帯増えたら覚悟しろよ?」

「藪蛇ったか?」

「大丈夫ですよ志貴くん。所長がトップにいる限りここが大所帯になることはありませんから」

「...縁ちゃんも言うようになったねぇ」

「そこは否定をしてくれ最年長、頼むから」

 

などとぐたりつつスマホで電子通帳をちょくちょくと確認していると、メッセージアプリの通知音が鳴った。

 

見ると、同じ高校に通うデビルシフター、ハリマからだった。

 

位置情報のみの書かれたメッセージ。緊急事態ということだろう。

 

「ちょっと人助けに行ってきます。デオン、車頼むわ」

「どこまでだい?」

「この位置だと、メシア教会が近いな。なんつー危険地帯に...」

 

デビルシフターとか問答無用で異端認定なのに、どうしてメシアンの懐に飛び込んでしまったのやら。

 

まぁ、本人に聞けば良いだろう。

 

「行くぞ」

「ああ」

 

ひとまずは、友人の救出が先決なのだから。

 


 

ヤタガラス公認のライセンスがあるとはいえ、メシアンのテリトリーに入るのは割と危険だ。なにせ、テンプルナイトがいる。

 

連中は、思想が凝り固まってるのに思考は柔軟なのだ。悪魔を殺すために何でも使うあたりガチで。

 

「サマナー、この辺りでいいかい?」

「ああ、行こう」

 

この辺りの路地裏は比較的異界強度(ゲートパワー)が高い。メシア教会という特大の霊的スポットに引っ張られているからだ。

なので、野良悪魔が湧いてくることがそこそこある。それに対しての警邏も行なっているから助けられた人は多く、メシアンの信者は増えていくのだとか。マッチポンプだなー。

 

そんな風土から出現した野良悪魔をデオンがずんばらりんと切り裂いて前に進む。こういう時にデオンの強さは本当に頼りになる。何せ、大技を使う時以外消費MAGがほぼゼロなのだから。

 

そんな風に思考が逸れていると、スマートウォッチに常駐させていたパッシブソナーに引っかかった。ハリマのMAGパターンだ。

 

どうやらゴミストッカーの中に隠れていたようだ。

 

「おいーっす。今日はどうした?」

「...花咲か」

「見たところMAG欠乏症の症状が出てるな。手を出せ、MAGを流し込む」

「感謝する。が、荒っぽく頼む」

 

「今俺は、お前を食いたくて仕方がないッ!」

「あいにく、こんな弱ってる奴にサマナーを喰われるほど柔な鍛え方はしてねぇよ、デオンはな」

「そこで私頼りかい、サマナー」

 

食人衝動まで出ているという事はかなりの末期症状だ。確かに荒っぽくした方が良さそうだ、主に俺の命のために。

 

「とりま1000MAGだ。痛いだろうが、死なないように」

「ゥ...MAGゥ!...ッ⁉︎」

 

スマートウォッチから取り出したMAGに飛びつこうとしたハリマをデオンが殺気のみで押しとどめる。ナイスアシストだ。

 

挿入(インサート)

 

霊核に近い胸に、MAGを調律して叩きつける。荒っぽいやり方なので痛いだろうが、向こうのオーダーだ。気にしない気にしない。

 

「...助かった、感謝する」

「気にすんな。まぁMAGの金は払ってもらうけどさ」

 

とりあえず逃げている様子なので、偽装用のマントを被せておく。

認識阻害の機能とMAG漏れを防ぐように作ったこれは、かつて多用したスーパー潜伏ツールなのだ。

 

「...お前は本当に何でも持っているな」

「スタイル確立するまで迷走してたからな。結局後衛の魔術師サマナー型に落ち着いたけど」

 

ハリマを連れて車に乗る。これでこの近辺を抜けることができれば安心だろう。

 

メシアンはヤタガラスとは違い検問とかを敷く権限を持っていないのだから。

 

「んで、何でメシアンのお膝元で死にかけてたんだ?」

「話すと...短いな。話そう」

「短いのかオイ」

「ファントム絡みの依頼であの近辺にいた。その時に、悪魔を励起させる奇妙な歌を聞いたんだ」

「...それを聞いたのはお前一人か?」

「いや、周囲に同じ仕事を請け負った連中がいた。が、連中は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺が耐えられたのは、シフターだからだろう」

 

志貴くんからの報告にあった、人を悪魔にする歌?決めつけるのは早いか。

 

「それで、そこからはどうなった?」

「待ち構えていたかのようにテンプルナイトが現れてな、悪魔になった連中は挑みかかったが殺された。俺は戦う前に逃げ出したから生きている」

「メシアンと悪魔にする歌か」

「ああ、何かの実験と見るのが自然だろう。ヤタガラスに連絡を入れたい。頼めるか?」

「もう報告書作ってるよ」

 

「それで、お前を呼び出した依頼ってのは何だったんだ?」

「単純な異界探索の依頼だ。同時に受けたのはサマナー一人、ペルソナ使い一人、念動系の異能者一人だ。共通項はない」

「いや、ばらけてることが重要なのかもな、歌の効果を確かめるために、とかの理由で」

 

報告書に追加で記載する。突貫で作ったので荒はありそうだが緊急性のある報告だ、このまま送信する。

 

「オーケー、とりあえずヤタガラスに報告はした。ハリマ、お前はどうする?」

「家の近辺を回ってくれ、監視の目があるかを調べたい」

「どっち方面だい?」

「深山町の4丁目、マモーマートの裏手だ」

「了解だ」

 

そうしてくるりとマモーマートあたりを一周する。覚醒者と思わしき気配は何人か見かけてしまった。

アナライズまでされたかはわからないが、不用意に家に戻るというのもアレだろう。

 

「ハリマってセーフハウスとか持ってたっけ?」

「...そんな金はない」

「世知辛いね」

「仕方ない、一旦ウチの事務所に連れ込むぞ。歌について聞きたいだろう子がいるんだよ、ウチの新入りに」

 

そんなわけで、一時的にウチでハリマを預かる事となった。

 


 

「ただいまー」

「今帰ったよ」

「...お邪魔する」

 

「おや、おやおや!ハリマくんじゃないか!ついにウチに来るつもりになったのかい⁉︎」

「所長、ウザいです」

「辛辣ッ⁉︎」

 

いきなりのダル絡みを制した所で、志貴くんがナイフを取るのが見えた。宝石のような青い瞳で、ハリマを睨んでいる。

 

「...やばいな、所長じゃ抑えられてたから大丈夫かと思っだが、こんな特上だとッ!」

「志貴くん、落ち着いて。眼鏡つけるんだ」

「...ああ、収まった」

「恐ろしい殺気だったな、これが新人か?」

「ああ、七夜志貴、退魔一族出身の悪魔討伐者(デビルバスター)だ」

「よろしく頼む、俺はハリマ。悪魔変身者(デビルシフター)だ」

「嘘つけ、ほとんど悪魔だろ」

「ああ、だが心は人であるつもりだ」

 

ハリマは肉体改造型のデビルシフター。人である部分など心しかない。人間の体へだって、悪魔の力で変身している結果に過ぎないのだ。

だが、心が人なら自分は人であると定義できる強い男だ。そこは本当に凄いと思う。俺は想像でしか語ることはできないが。

 

「まいった、殺す気が失せた」

「そちらも難儀な体質のようだな、同情は必要か?」

「いや良い。戦う時は便利だからな」

「なるほど」

 

何だかんだと仲良くなったようで何よりだ。

 

「千尋さん、あらかじめ志貴くんに眼鏡つけさせておけば良かったんじゃないですか?」

「...ハリマの体のこと頭から抜けてた。言う通り、俺のミスだよ」

「だってさ、嬉しいねハリマくん」

「ああ、花咲はこう言う奴だ。そこが少し不安ではあるのだがな」

 

そこ、人の事で勝手に盛り上がるな。

 


 

「人を悪魔にする歌、か...」

「志貴には覚えがあると聞いた。本当か?」

「...ああ、爺さん達が悪魔になった時、女の歌が聞こえた」

「こちらも女の歌がきっかけだ。旋律は覚えていないが、浮かんだ言葉なら言える」

「浮かんだ言葉?」

 

Om・Mani・Padme・Hum

 

そんな言葉が浮かんだのだと、ハリマは言った。

 

「...俺の時とは違うな、俺の時はそんな言葉なんて思い浮かばなかった」

「とすれば、似ている別の手口か?」

「いや、そうとは限らん。自我境界の消失による悪魔化現象ってのは知ってるか?」

「あー、また千尋さんが難しいこと言い出した」

「...歌によって自我境界が消されたという事か?」

「理解した⁉︎ハリマさんって頭いい方の人だったんですか⁉︎」

「失礼すぎないかお前」

「じゃあ、どうして俺やハリマさんは無事だったんだ?」

「ハリマが無事な理由は、多分デビルシフターだから。自分の体を作り変えるシフターは自我境界は強固なんだよ、多分」

「多分か、適当なのだな」

「わかんねえんだから仕方ないだろ。ただ、志貴くんについては()()()だからだ」

「それも多分なのか?」

「いや、こっちは理由はあるぞ。悪魔化現象ってのはそこそこ研究されているんだが、今のところマグネタイトの過剰供給によるスライム化以外で種付きが悪魔化した例ってのはないんだ。自我境界の話はその悪魔化実験のメジャーな例な訳よ。実際にその手法なのかはわからんぞ?未知の敵なんだから」

 

実際問題、悪魔化の歌の観測データでもあれば別なのだが何故か俺達全員のCOMPにそのデータはなかったのだ。しかも、俺達は志貴くんとハリマ以外歌を聴いていない。指向性が高いのか、あるいは別の階層から音のようなものを届けているのか、謎は深まるばかり。ふざけるなという話である。

 

「とりあえず、自我境界を攻撃していると仮定するぞ。それ以外には思いつかないからな」

「とすると、攻撃者。歌の主の話か」

「殺さなきゃならない奴だ、俺が必ず」

「ならば俺が手を貸すとしよう。友人一人を決死の戦いに向かわせるほど腐ってはいない」

「...友人?」

「よく言うだろう?友人の友人は友人だと」

「すげーだろコイツ、これ素なんだぜ」

「...変な人のそばには、変な人が集まるんだな」

「オイ誰を見ていった」

 

誠に遺憾である。俺は比較的普通だと思うのだが、皆はうんうんと頷きやがった。おのれ。

 

「話を戻そう、歌女の特徴は2つ、悪魔化の歌を歌う事、目に見えないところから選択して歌を届けることができるという事だ」

「選択して?」

「志貴くんの時の話だよ。俺達側は近くで戦っていたのに歌を聴くことができなかった。戦闘中だとしてもCOMPにログくらいには残ってるはずなのにだ」

「奇妙だが、理解はした。魔法がまかり通る世界だ、そんな異能もあるのだろう」

「ハリマさんって頭柔らかいですねー」

「いや、普通じゃないか?神野さんがこっちに染まりきってないだけだろ」

「後輩に言われた⁉︎」

「いや、戦闘経験だと大先輩だから。敬え敬え」

「そういえばそうでしたねー、志貴くん事務所にいるときは落ち着いてるだけの普通の子なので忘れてました」

 

まずい、雰囲気がぐだぐだし始めた。重要な作戦会議だというのに何をしているだか。

 

「とりあえず情報は出した感じだが、なにか疑問点とかあるか?」

「質問です!」

「はい、縁さん」

「歌女さんはなにが目的なんですか?」

「それがわかったら苦労はしない。が、推測はできる。多分だが歌のテストをしたんだと思うぜ?歌を聴いても悪魔にならなかった志貴くんという前例がいたから、自分の力の実験をしたいと思ったんだろ。そういう意味じゃあ、金さえ払えば依頼の通るファントム経由でってのは理に適ってる」

「質問だ。歌女とメシアンとの繋がりは?」

「現状不明。だがテンプルナイトに偽の命令を送れるほどの立場の人が悪魔に与してるとは思えん。メシアンの知り合いに指令内容の確認を取ってもらうよ。それが藪なら、メシアンの自浄作用で勝手に消えるさ」

 

「じゃ、事情聴取兼作戦会議は終了な。ミズキさんにちゃんとした報告してくるわ」

 

事務所から出て電話をミズキさんに電話をかける。ヤタガラスとして自分たちを監督しているという訳ではないのだが、ヤタガラスで縁が一番深いのはミズキさんだ。話は通しておくべきだろう。

 

ミズキさんの方からも何か情報が得られるかもしれないのだし。

 

「もしもし、花咲さんですか?」

「ミズキさん、どうもです。ちょっと厄介な事に友人が巻き込まれたので、報告がてら連絡させてもらいました。今大丈夫ですか?」

「...すいません、今少し立て込んでいますので、報告は書面でお願いします」

「何か問題でも?」

「ええ、人食いのシフターが街に放たれたとメシアから情報が入りまして。現在警戒レベルを引き上げているんです。逃せばこちらの想定を超える力を手に入れてしまうかも知れませんから」

「...そいつの名前は?」

「メシアンからの情報によると、幻魔クルースニクのデビルシフター、ハリマというらしいです」

「...そう来たか」

 

どうにも、逃げているうちに先に手を打たれてしまったようだ。ヤタガラスがハリマを悪だと断じてしまえば在野のサマナーバスターがこぞってハリマを殺しに来る。シフターとわかっていれば話し合いなどしないのだから、情報の隠匿も完璧だ。

 

歌女に有利に動いているこの盤面、ひっくり返さねば。

 

友人の命がかかっている。

 

「花咲さん?」

「それ、情報が錯綜している可能性が高いです。ハリマは自分と同じ高校に通う友人です。その人となりはメシアンよりは知ってます。ハリマは、人食わずの悪魔変身者(デビルシフター)として名前が通っているフリーのバスターですよ」

「それが、信じるに足る理由ですか?」

「感情的に考えると、友人を信じる方に傾くタチなんです。それで、メシアンはどこからハリマの名前を出したんですか?アナライズからなら欺瞞情報を流された可能性があります。容量大きいですが、名前を隠すインストールソフトの存在は確認しています。その技術の発展として、名前を偽るものができていたとしてもおかしくありません」

「あいにくと、情報が出たのはファントム系列の依頼書からです。信憑性は高いですよ」

 

となると、依頼主がグルか。

 

「じゃあ、被害者は?誰が食われたんですか?」

「依頼主。食い残しの歯型が依頼書の登録MAGと一致したの」

「こっちで以前登録したMAGデータをそっちに送ります。照合お願いできますか?多分登録MAGデータが書き換えられてます」

「そこまでの権限は私にはないわ。私はあくまでトルーパーズの臨時隊長でしかないから」

 

「だから、掛け合ってみるだけよ?期待しないで」

「ミズキさんのそういう所、かなり好きですよ」

「大人をからかわないの」

 

できる上司を得ると、部下は楽でいい。

...できない上司が実際の上なのは考えないでいよう、うん。

 


 

「しっかし、ハリマがお尋ね者になるとはなー。お前の運の悪さにはちょっと同情するぞ」

「?俺の運は良い方だろう」

「そりゃまたどうして?」

「友人に恵まれている」

「そりゃ、ありがたい評価をどーも」

 

ここ事務所ビル地下のセーフルーム。シェルターのようなものだ。

ここなら、依頼客に偶然見つかるなんて事は万に一つもないだろう。

 

『んじゃ、連絡は密に取り合うぞ。お前の視点の情報が多分一番真実に近い』

『ああ、しかし便利だな。ラインを繋ぐというのは』

『これ、極論言えば奴隷を作るための術式だぜ?奴隷の首輪自慢がしたいんじゃないならそういう事は口外しない方がいい』

『そんなものなのか』

『位置も言葉も命さえも握られる。そういう状況は奴隷のものだろ?まぁ、俺はそういうのは感じさせないで自主的に従うように仕向けるが』

『相変わらず、悪魔のような事を言う』

『そりゃ、サマナーだからな』

 

嗜好品の類と満タンのMAGアブゾーバーを確認してから部屋を離れる。これなら暇をする事はないだろう。

 

「気をつけろよ、花咲」

「まぁ、普段通りに行けば大丈夫だろ」

 

そんな会話を最後に、セーフルームから出る。入り口は所長の私室からの隠し階段のみであるため、見つかることはそうそう無いだろう。

あるとすれば内通者だが、それはありえない。皆、ハリマが人食いではないとわかっているからだ。

 

「さて、どっから手をつけるかね」

 

とりあえず確認するのは、格安スマホに入れている暗号念話アプリだ。歌女について知っているかもしれない人物との連絡はこれですると取り決めたのだ。なんでも、彼女の仲間の中島という人物が片手間に作ったものらしい。軽く中身のコードを確認したが、機械的にも魔導的にも非の打ち所がないプログラムだった。天才の所業だな。

 

『もしもし、繋がってる?』

『ああ、久しぶりか?サーバ』

『ええ...ってほど時間経ってないじゃない』

『あー、ちょっと時間の流れの速いとこにいたから、その時差ボケだ。許せ』

『別に気にしてないわよ。それで、アリスへの連絡よね?』

『ああ、中継頼む』

『いいんだけど、会話内容私に丸聞こえなのよね』

『仕方ないだろ、お前がパイプ役なんだから』

『ディムナと愛し合ってる時に声が響くと、萎えるのよ』

『それはすまん。んで、今は大丈夫なのか?』

『ええ、でもディムナ達はこの拠点に侵入者が居ないか確認してるわ』

『駄目じゃねぇか』

『情報は私に回されてるから平気よ。じゃあ読み上げるわよ』

 

『仮称ディーヴァ。堕天使の世界侵攻の際に現れている敵。アリスも何度も歌を聞いているけど姿を捉えたことは無いんだって。霊体の可能性アリってメモに書いてあるわ』

『成る程、そっちでもそんなにわかってないのか』

『ただ、発現の予兆はこっちで感知できるらしいわ。詳細は聞かされてないけど、英雄の発現先に向かえるのも同じ理屈なんだって』

『そこ知りたいところなんだけどなー』

『私も教えられてないんだって』

『じゃあ質問。ディーヴァは堕天使の軍勢か?』

『推定YES、堕天使の有利な状況になるようなタイミングで歌が流れてるらしいわ』

『悪魔化した人は、どうなる?』

『殺すしかないわ。高い知能を持った悪魔の存在がどう転ぶかはわかるでしょう?』

『やりきれないな...悪魔化の原因は?歌の力ってだけじゃないんだろ?』

『解析不能。耳には聞こえてもCOMPには聞こえない、そんな性質を持ってるみたいね』

『目新しい情報はなしか...ありがとう、とりあえずこっちは足使って探してみる』

『気をつけなさいよ、あなたが死んだら私アリスの小間使いにされそうなんだから』

『就職先があるだけありがたいと思えよ、弱小悪魔』

『ぐぬぬ』

 

サーバとの暗号念話を切る。ちょうどいいことにミズキさんからの連絡が入った。これだけ早かったという事は、恐らく失敗だろう。

 

「ハリマの登録MAG情報ありがとうございました。花咲さん」

「駄目でしたか...」

「いえ、メシアンにも違和感を覚えていた人が居たらしくすんなりと通りました。照合結果は、エラー。歯型とハリマは全くの別人です」

「...とすると、やはり口封じの線が強いですね。ハリマは現状2人しかいない悪魔化の歌を聞いた人物ですから」

「もう一人の、七夜くんでしたか?彼の安否は?」

「ウチの事務所に居ます。セキュリティに引っかかったのは居ないので、とりあえず安心かと」

「わかりました。それで、念のための確認なんですが...花咲さんはこれから動きませんよね?」

「いや、動きますよ。何言ってんですか」

 

ボソリと「仕事がまた増えるッ!」と愚痴ったのが聞こえてしまった。すみません。

 

「デリケートな問題に発展しそうなので、ヤタガラスのIDは極力出さないでください。それが条件です」

「了解です」

 

さて、まずは現場百回だ。

 

荒れ放題な所長の私室を通り抜け、事務所へと戻る。

 

「デオン、行くぞ」

「了解だ、サマナー」

「私達はどうします?」

「んー、とりあえずハリマの家張ってる奴から話を聞いてみたい。ファントムのIDはハリマから借りたから、戦闘になる事は無いはずだ。ただ一枚しかないから行けるのは俺とデオンだけだな」

「そうですか...」

「ただまぁ、何が起こるかはわからないから準戦闘待機くらいにはしておいてくれ」

「はい!」

「私はハリマくんの護衛?」

「お願いします、所長。ただ、戦闘になったら呼ぶんで、その時はハリマも連れてきて下さい」

「いいのかい?」

「あいつは守られるだけの雑魚じゃありません。ケツを拭く力くらいはありますよ」

「そうだね。ハリマくんを連れて行けば目が取られて殺しやすくなる。いい事だよ」

「..いや、情報源を潰さないでくださいよ」

「だって殺し合いしてる中で手加減とか、失礼じゃない?」

「時と場合によると思いますよ、マジに」

 

キルゼムオールじゃ成り立たないこともあるのだ。まぁ、大体において正解であるのがこの業界の悲しい事だが。

 

「じゃあ、社用車は黒い方使いますね」

「どうして変えるの?」

「さっき回った時のナンバー覚えられてたら面倒ですから、念のためです」

「千尋くん、細かいねぇ」

「じゃないと死ぬじゃないですか」

 

武力に秀でていないのだから、頭を使わねばならないのだ。悲しいね。

 


 

ハリマの家の周囲には、先ほどよりも使い手が増えていた。早速情報収集といこう。

 

「どーも、どうですか?」

「お前は?」

「同業ですよ。人食わずが人を食ったって聞いて面白そうだなと」

「若いのは楽そうでいいねぇ。そっちのは...造魔って奴か?」

「ああ、名をデオンと言う」

「良い名前だな、大事にしろよ?まぁ、大事にしすぎて呪われるなんてのがこの業界だがな!」

「それもそうだ。それで人食わずはどうですか?籠城中です?」

「さぁな、張ってはいるが空振り臭い。式神を飛ばしているが反応がない、シフターの感知力なら逃げるなりをしてるはずなのにな」

「成る程、ありがとうございます。じゃあ他の人も似たり寄ったりな情報しか持ってなさそうですね」

「そりゃそうだ。俺たちはおこぼれ狙いでしかないからな」

「とすると、人食わず討伐の本隊はもう結成されているんですか?」

「ああ、知り合いの話だが暗殺チームがもう結成されているらしい。本部お抱えの連中だよ」

「うわ、大人げねぇ。たかがシフター1匹にそこまで動きますか」

 

ナイス情報だ。絡んでいるのはファントムソサエティの本部クラス。堕天使勢力との繋がりはファントムにあるのか?断定はできないが、想定はしておこう。

 

いや、シェムハザと堕天使の軍勢のコンボとか悪魔すぎるわ。

 

「動いてる大将の情報は流れているか?」

「いや、流石にそこが流れるのはねぇよ」

「あー、売り込みしたかったのに」

「残念だったな坊主」

「んじゃ、情報料です。魔石を5点セットで」

「地味にありがたいな。お前はこれからどうする?」

「別口で、人食わずが最後に依頼を受けた異界の情報を知れたんでその辺当たってみます。案外まだその周辺に隠れてるって事もありそうですし」

「お、良い情報だな。幾らで売る?」

「眉唾なんで、売れるとは思いませんよ。メシアの地元近くですよ?合ってたら合ってたで問題です」

「...うん、無駄足にならないように祈ってるぜ」

「ありがとうございます、けどやっぱそう思いますよねー」

 

車に乗ってその場を離れる。次の目的地は異界の方だ。

 

「サマナー、ああいった情報交換はよくあるのかい?」

「そりゃな。メシアとガイアでもなきゃ、お互い死ぬことなんざ望んでないんだ。情報を話す口は軽くなるんだよ」

「成る程、ファントムソサエティとやらはヤタガラスと敵対はしていないんだね」

「ああ、ファントムは人道的や法律的にアウトな事をやらかしてはいるが、一般構成員はただの雇われだからな。上層部が政治的に殴り合ってるが、下っ端はそんな仲悪くはないんだよ。依頼で敵対していなきゃだけど」

「だから先ほどの男は君のIDを確認しなかったのか」

「だろうな、7:3でフリーだと気付かれたと見てるよ。それで言及してなかったって事は、多分向こうも思う所はあるんだろ。サマナーネットにハリマの住所がばらまかれる前に家を知ってたって事は、それなりの知古なんだろうしさ」

 

あるいは、暗殺を狙うまでの間柄である可能性か。...ハリマが狙われる理由が思いつかない。この線は捨て置いた方がいいな。

 

「サマナー、前を見てくれ」

「...結界だな、効果は道を惑わすもの。弾けるか?」

「ああ、問題はない。だが車で行くのは危険そうだね」

「そうだな、下にグレネード投げ込まれたら社用車が壊れる。こっちは適当にしか作ってないから頑丈じゃあないんだよ」

「その心は?」

「予算の都合だよ」

 

路地裏に入ってから外に降りて、車をストレージにしまう。

ここから先は歩きだ。不意打ち警戒にオセあたりを出しておくか迷うが、メシアンを下手に刺激したくはない。バルドルと同様に召喚待機状態に置いておくだけに留めていよう。

 

「封鎖はされていないね」

「メシアンは国家権力へのアクセスが遅いからな。まぁそれも今の内だけ、ささっと入っちまおう」

 

封鎖はなくても監視くらいはあると警戒していたが、それもない。不気味だ。

 

そして、何よりも不気味なのは、残っている事だ。

 

異界への入り口が。

 

「テンプルナイトが放置した?何のために?」

「サマナー、周囲に人影はない。監視はされていないよ。...入るのかい?」

「...皆を呼ぶ。異界の入り口が放置されてる理由がわからない以上、最大戦力で行くのが定石だ」

「わかった、周囲の警戒は?」

「この路地に入る道は3本、だが上空からなら同時に見張れる。サモン、カラドリウス」

「了解さ!」

 

「なるほど、カラドリウスを合体の素材にしないのはその為か」

「コスト小さい索敵要員だ。手放すには惜しいってことさ」

 

その後、30分この周辺を見張ったが侵入者は無し、カラドリウスの監視網に他のメシアンが来る事はなかった。おかしい、メシアンなりの増援が来る事が普通のはずなのにだ。

 

「花咲、来たぞ」

「言われた通り全員でね。それだけの異界かい?」

「ええ、ほぼ間違いなく内部からは出れないタイプ、連絡も取れないんでしょう。情報はありません。コボルトを中に入れてみましたけど念話すら通じませんでした」

 

「想定したシナリオはこう。内部に精鋭部隊が入ったが定時連絡がなかった為に救出の為に突入して二次遭難。ただその時になんらかの原因があって増援部隊が送られてきていない。そんな感じかと」

「何らかの理由とは?」

「デビルシフターの捜索とかじゃないか?」

「成る程、道理だ」

 

「こういう時、千尋さんが居ると早いですね」

「というか、理論立てて説明してくれるのがありがたい。俺の時は大体行き当たりばったりだったからな」

 

所長を先頭にして異界に侵入する。内部の様子をハンドサインで送ってこないという事は、入り口が長いのか。

 

「...次からはペアで行くぞ。俺と縁、ハリマと志貴くんは手を繋いで同時に入る。内部構造は思ったよりも複雑かもしれない、気を抜くなよ」

「「「了解」」」

 

そうして異界に侵入する。俺はデオンを含めて手を繋いで行くので両手が塞がるのが少し怖いが、縁とデオンの防御力なら大事にはならないだろう。

 

そうして異界の中に侵入すると、そこには灰色の壁の迷宮があった。

 

「...所長がいない。別の場所に飛ばされたか」

「とすると、志貴くん達も⁉︎」

「まぁあの二人は大丈夫だろ。どっちも歴戦だ。志貴くんの退魔衝動も、コントロールできないわけじゃないしな」

 

ものは試しに念話を試してみる。所長とのラインとハリマとのラインはまだ繋がっている。連絡は可能か?

 

『所長、ハリマ、繋がってるか?』

『繋がってるよ千尋くん』

『花咲、こちらも通信は良好だ』

『了解、合流を目指そう。COMPのマッピングに霊子リンクを付ける。これでお互いの相対位置と向きくらいはわかるはずだ。だが、くれぐれも慎重にな』

 

壁の材質を確認する。石だが、高度のMAG密度を誇っている。これを砕くのは現実的ではないだろう。順繰りと迷宮を進んで行くしかないようだ。

 

すると、ガーガーと懐にしまっていた魔力探知機が反応する。この石の壁は魔力でできているようだ。異界の主がアウタースピリッツなのか?

 

今いるのは十字路。四路五動の状況だ。止まって2組の動きから迷宮の構造を逆算するというのも不可能ではないからだ。まぁ、欲しい6つ目の異界から出るというのは封じられているのだが。

 

「縁、なんか天啓とか受けてないか?どっちに進むべきかって」

「...勘ですけど、右に。邪悪なものの気配がします」

「マップ的にも、そっちが合流に近そうだな。うし、行こう」

 

虎穴に入らずんば虎子を得ず。行くとしよう。

 


 

「千尋さんからの通信はできたのか?」

「ああ、この迷宮を巡って合流を目指すのが基本方針のようだ」

「...それ、最短路でいけるかもしれない」

「何をする気だ?」

「殺すのさ、この迷宮を」

 

迷宮の壁は高密度の情報で守られている。だが、そこに終わりがなくなったというわけではない。

 

故に志貴には見えるのだ。この壁の()が。

 

「点が見えればもっと楽なんだろうが、勝手に安全装置かかってんだろうな、多分」

 

壁に流れる死の線をなぞるようにナイフを通す。それだけで、破壊不可能と思われていた迷宮の壁は崩れ落ちた。

 

「...ナイフの切れ味ではないな。弱所を見切ったのか?」

「そんなとこ。さぁ行こう、ハリマさん」

 

そうして通った壁の向こうには、息も絶え絶えなテンプルナイトの集団がいた。

 

「貴様は、ハリマ!」

 

テンプルナイトの集団を確認する、どうにも死にそうな隊員すらいるのに、魔導的な手当ての跡がない。

 

物資が切れたのかとハリマは思う。重症の者を救う為に、今何をするべきなのかを考えると、特に躊躇いを覚えることなくストレージから魔石を取り出した。

 

「とりあえず、魔石だ。奥の死にかけてる奴に使ってくれ」

「...は?」

「お前達が俺をどう見ているのか、デビルシフターがどういうものなのかは知っている。だが、俺は人死にが嫌いだ。人を食うのはもっと嫌いだ。だから、人食わずをやっている」

「...お前?」

「死なない程度にじっとしていろ、俺達が異界の主を討伐する」

 

その目から疑いの心が消えた訳ではない。だが、テンプルナイトは差し出された魔石を受け取った。それが、とりあえずの休戦の証だった。

 

「待て」

「何だ?」

「異界の主は移動型だ。両手に大斧を持つ巨人、或いは牛人間。教本にあったミノタウルスの亜種だろう。パワー勝負は分が悪い、気をつけろ」

 

それが故に、その心の内に信頼の種が芽吹くのは、必然だったのだろう。疑いの心はあれど、この人食わずは芯の強い男なのだとその背中は語っていたのだから。

 

「情報、感謝する」

「フン、ただの魔石の礼だ」

 

人食わずのハリマと志貴は、真っ直ぐに進んでいった。

 

今はただ、信じられる仲間と合流する為に。

 




迷宮の描写って難しいなー、まぁ牛君のバレンタイン礼装を参考に頑張ってみます(尚、迷うとは言ってない)


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人喰いのミノタウロス

週1投稿ギリギリセーフ!

牛くん霊衣解放でミノタウロスやりたいんだけどなー、まだかなー。


「クソ、結構な頻度で雑魚が湧いてくるな」

「ですね。今のところ私とデオンさんで対処できてますが、同じ悪魔を二度見ません。こういうのは多いんですか?」

「いや、かなりレアだ。異界の接続領域がデカイんだろうな。アウタースピリッツ特有のものなのかはわからないが、魔界の色んなところと繋がってるから出て来られる悪魔も多いんだろ」

 

これまで出てきた悪魔は12種類。いずれもアナライズ完了するまで嬲ってから仕留めたため、情報は得た。が、それだけだ。役に立つかどうかはわからない。

 

「多様な悪魔で弱らせて本丸で叩き潰す。迷宮の構造とは違ってシンプルなやり方だな。教科書通りだ」

「そうなんですか。でも、本丸ってのは?」

「ミノタウルスの亜種、主直々にって所だろうよ」

 

そこにどうアウタースピリッツが関与するのかは不明だが、虎穴の中で無駄に頭を回すほど意味のないことはない。歩いて進んでブチ殺す。それが基本だ。

 

『千尋くん、マップ見て』

『何がですか?所長...凄い距離移動しましたね』

『違うって。ワープゾーンだよ、しかも一方通行の』

『分断を狙ったトラップですか』

『あと、悪魔じゃないのがたまに混ざってる。カマキリとかシカとか。殺して食べられなかった』

『アレ、悪魔じゃなかったんですか。こっちでも交戦したんですが、アナライズは通りました。霊的存在なのは間違いないですよ』

『ハリマくんは?食べてお腹壊してない?』

『...特に腹の調子は変わらないな』

『食ったのかよ』

 

とりあえず、毒とかではないようだ。一安心。

 

「サマナー、曲がった先に階段がある。下へ降りるものだ」

「じゃあ、ここをとりあえずの合流地点にするか。簡単な結界を張る、警戒頼むな」

 

エストマストーンを階段前のフロアの四隅に起き、相互作用を起こすようにチョークで陣を描いて起動させる。

 

MAGはそこそこに使ったので、4時間程度は保つだろう。

 

「じゃあ俺たちは一足先に休憩といくか。30分交代で見張りな」

「了解です。でも、ハリマさんたちならすぐに合流できそうですけどね。迷宮の壁を無視して真っ直ぐにこっちに来てるんですから」

「だな。所長もその痕跡を見つけたらしいから、3人との合流はそうかからないだろ」

 

実際、マップを見ると所長とハリマの位置は近づいている。ワープゾーンを踏んだことで逆に合流が近付いたようだ。まさにサイオーホースなり。

 

「...となると、割とやる事ないな。突入前に準備はあらかた終わらせてるし」

「警戒も、疲れない私がいるからサマナーが警戒し続ける必要もないからね」

 

さて、思考の整理。この結界にはいくつかの効果を期待した。まずは単純に悪魔避け。それぞれの悪魔に対しての必勝パターンを確定できないこの異界での戦闘はかなり面倒だ。避けられるに越した事はない。

 

次に、仮拠点としての機能。これから本格的にダンジョンアタックをするにあたって、一時退却ができるかどうかは生存率に直結する。本当は異界の外に出るのが一番なのだが、出れない以上は次善の案だ。

 

そして最後。これが本命の狙いだったりする。

 

移動型の主というキーワード。壁となっている石に魔力がこもっているという事実。

 

それが導くのは、ここが敵の感知領域内部である可能性だ。

 

そんな所に邪魔な結界でも作られたものなら、短絡的な思考の者なら真っ直ぐに突っ込んでくるだろう。

 

そして、その策は見事に引っかかった。

 

「ドタドタドタドタ、足音を隠さないなぁ敵さんは」

「千尋さん、敵ですね」

「ミノタウルスの亜種って奴かね。デオン、縁、階段からだ。上取ってるウチに削れるだけ削るぞ。サモン、雪女郎、オセ、バルドル」

「了解です!サモン、タラスク!」

 

階段を上ってくる白い毛と二本の角の巨人。顔の半分を仮面で隠している。

 

「ウヒヒヒヒヒッ!」

 

アウタースピリッツか、あるいはその能力で作られた魔物か。

 

何にせよ、手加減をする必要はないだろう。

 

「弾幕張るぞ、撃ちまくれ!」

 

いつも通りのP-90の神経弾、雪女郎の狙いすました高位氷結魔法(ブフーラ)、肉体構成MAGを破壊力に変換する遠隔攻撃であるオセの冥界波、バルドルの万能属性魔法を乱舞のように放つ技法、万魔の乱舞、タラスクの火炎の吐息ファイアブレス。訓練で身に付けた縁の拳から放たれる光波魔法。ついでにアナライズ。

 

取り得る全ての火力で階段を上ってくるのを防ごうとしたが、応えない。全ての攻撃は減衰はあれど力場を抜けているので耐性があるというわけではない。にもかかわらず真っ直ぐにその巨人は上ってきた。

 

純粋にタフなのだろう。しかも攻撃の雨に晒されても進み続ける筋力もある。

 

シンプルに強い。

 

だが、それだけだ。

 

「サマナー、奴の動きに技巧はない。恵まれた体格任せだよ」

「殺せるか?」

「微妙だね。敵が彼一体とは思えない」

「だろうな、あのナリで歌が得手とは思えない。単純計算で歌女が居る」

 

火力の雨を突き抜けてミノタウロスがやってくる。

 

とりあえずの所は遅延戦闘でいいだろう。増援が来るまで殺されずいなし、ついでに余裕があれば殺す。

 

「デオン、いけるな?」

「当然、捌ききってみせるさ!」

 

合図と共に戦術をシフト。カラドリウスを召喚し、強化魔法の陣形を取る。

 

「コロス、コロスゥ!」

「単細胞だな。考える必要がなかったんだろう、幸せ者め」

 

雪女郎の筋力向上(タルカジャ)、バルドルの耐久性向上(ラクカジャ)、カラドリウスの反応性向上(スクカジャ)の三色強化を一身に受け、真正面からデオンが立ち塞がる。

 

「ハァ!」

「ゥウウ!」

 

階段の下から放たれる二本の大斧によって挟むように放たれる横薙ぎ、それを上段からの踏み込みにて叩き落とすデオン。

だが、デオンの想定ではおそらく斧を地面に叩き落とすつもりだったのだろうが、しっかりと握られたままだった。

 

『サマナー、筋力だけなら私より上だ!警戒を!』

「強化込みだぞ、化け物が!」

 

斧を持ち上げる事でデオンを吹き飛ばすミノタウロス。だが、デオンは軽業士のように空中で姿勢を変え、天井に着地、そこから脳天に向けて刺突を放った。

 

しかし、必殺かと思われたその一撃は反射的に動いたミノタウロスの仮面で受けられた。器用な真似をするものだ。

 

反発(ジャンプ)の魔法陣を敷くことによって退避するための道を作り、ミノタウロスの追撃を防ぐために縁の守りの盾で蓋をする。

 

コレで仕切り直し。

 

階段の残りは半分ほど、守りの盾はニ撃で破られたためそう時間は稼げないが、一息はつけた。

 

「上を取っている限り一手で殺されることはない。だが、綱渡りだぞサマナー」

「だな。でもやれるだろ?お前なら」

「命令とあらば、やってみせよう。騎士の端くれだからね」

「なら命令だ。適当におちょくってやってくれ」

「了解だ」

 

階段をミノタウロスが登ろうとする。戦闘の再開だ。

 

三種の強化を貰ったデオンが立ち塞がる。今度は縦振り、跳躍からの大上段。それがトップスピードに乗る前にデオンが体を二斧の間に滑り込ませて斬撃を放つ。

 

ミノタウロスのスピードも乗った斬撃は、頑強な身体を切り裂いて、それ以上に衝撃力を伝えた。

 

ミノタウロスの体重がどれほどあるかは知らないが、かなり重いだろう。それが空中に飛んでいるのだから、まさに砲弾のようなものだ。

 

それを、筋力と技巧によって跳ね返すのがデオンの絶技。あの弾幕で崩れなかったミノタウロスを後退させたのだ。

 

打撃のような斬撃、サーベルに負担をかけるのであまりやりたがらない技術だそうだが、今の状況では最適解だ。

 

「ウグゥ!」

「クリティカルって所かね!弾幕再開!」

 

そうして再び稼いだ距離で、再び弾幕を仕掛ける。

一発一発の効果は薄くても、塵も積もれば山となる。

 

それがわからない敵ではないだろうから、そろそろアクションが起こるはずだ。

 

そうして、女の鈴の音のような歌が響き渡った。

 

「これが噂の!縁、無事か⁉︎」

「大丈夫です!タラスク、聞こえてる⁉︎」

「いや、あっしには何も。これが、選択性ってやつですかね」

「私にも聞こえませんわ、サマナー。人だけを狙い撃つ呪詛の歌、面倒ですね」

「デオン、お前はどうだ?」

「聞こえていない。だから大丈夫だ」

 

つまり、本当に人間だけを狙い撃っているのだろう。なんと面倒な。

 

だが、歌が作った一瞬の隙はミノタウロスに()退()を許してしまった。

 

アナライズ完了まではあと15%、まぁ充分なデータだろう。

 

「大体のデータは取れたな。破魔呪殺無効に物理耐性てんこ盛り。弱点属性のパターンは無いあたり、合体で補強されてんのか?...殺すには魔法系攻撃を主体にしたアタッカーが必要だな」

「千尋さん、追わなくて良いんですか?」

「地の利が向こうにあるのにか?俺が死ぬわ」

 

倒すためのピースは増援の中にある。今は、待ちのタイミングだ。

 

「とりあえず、休憩の続きと行こうぜ」

「...ですね」

 

出していた仲魔を送還(リターン)し、ついでに警戒用にコボルトくんを召喚。その後エストマストーンの調子を見る。

内側からぶっぱしたにしては大した損害はない。効果時間の減少は特に無さそうだ。

 


 

「来たよー、千尋くん」

「...すまん、遅くなった」

「構わねぇよ、誰も死んでない。ついでにミノタウロスのアナライズデータも盗めた、攻略前の前哨戦にしては上々だよ。休憩は必要か?」

「私は大丈夫、ハリマくんは?」

「俺もだ、道中食事には事欠かなかったからな」

「...ああ、俺も平気だ。戦闘は大体瞬殺で終わらせられたからな」

 

3人とも大丈夫とは楽で良い。一番休憩が必要な俺が十分に休めたので、ここからが攻略だ。

 

「じゃあ、簡単に作戦会議を。ミノタウロスと会うまで所長とハリマを温存して進みます。なんで前衛は縁とデオンの2枚、殿には仲魔のオセを付けます。中衛の順番は俺、ハリマ、所長、志貴くんの順。質問は?」

「戦闘をほとんど2人に任せちゃうけど大丈夫なの?」

「この程度の異界強度(ゲートパワー)なら問題はないです。多様ではありますけど、狂ったほど強い悪魔は今のところ見ていませんから」

「では、バックアタック対策は?オセが優秀なのはわかるが、一体では不測の事態が起きかねまい。何せ、隊列が縦に伸びている」

「そのためにぶっ殺マンの志貴くんを後方に配置してるんだ。言い方は悪いがオセは囮だよ」

「...なるほど、何かされる前に、俺なら殺せるって判断か。でもぶっ殺マンって何だよ」

「まぁ警戒アプリもあるし奇襲の類はそこまで過剰に怖がらなくて良いと思ってる。警戒していた堕天使の軍勢は姿を見せないしな」

「待ち伏せからの挟撃は?迷宮の主が向こうなんだからできると思うよ?」

「その時はハリマと所長もカバー入って下さい。温存はミノタウロス攻略の為ですが、万が一に備えてって事でもありますから」

「了解だ」

「うん、即興にしては悪くないね。流石千尋くん」

「所長、こういうのは本来年長者の役割だと思うんですが」

「年功序列なんてこの業界じゃあ流行らないって」

「...それもそうですね」

「納得するのか」

 

程よく空気が緩んだところで進軍を開始する。MAG由来のトラップなら保持MAGの放つ波がパッシブソナーのサーチに引っかかる。ギミック式のトラップなら、しっかり見ていれば引っかかる事はないし、そう大それた仕掛けにはならない。せいぜいが矢が飛んでくる程度だろう。

 

床が抜けるとかの大仕掛けはそれだけの準備が必要なのだ。それは異界だとしても変わる事はない。

 

「うん、こういう複雑な異界に潜ってるとオートマッピングの有り難みが分かるよねー」

「...これが普通じゃなかった時代とかあるんですか?」

「悪魔召喚プログラムが流れる前なら裸一貫で乗り込むことはあったんじゃないか?記録残されてないから知らないけど」

「ああ、合ってるよ。あの頃はネット環境も今ほど整ってなかったから完全に手探りだった。そんなんで戦ってたら、まぁ死ぬよな」

「...なるほど、悟り世代という奴か」

「間違って...ない気もしてきた。志貴くん割と達観してるし」

「人に変なレッテル貼らないで下さいよ」

 

そんな事を話していると、魔術的に怪しい床を発見。全員に待ったをかけてハイ・アナライズにて解析をしてみる。

 

反応を解析してみると、地雷系のトラップのようだ、タチの悪いことに細い小道で。MAG量から逆算した想定火力では端を通っても手傷を負わされるだろう。

 

「まぁ、こういうのの対処は確率されてんだけどなー」

 

適当な材料の肉に適量のMAGを内包させて作ったミートボールをトラップ床に投げつける。すると、トラップは肉とMAGにより生き物と誤認して発動してしまうという理屈だ。

 

定石通りトラップは爆発し、安全距離にいた俺たちは無傷で終わる。さて、次に進もう。

 

「所でサマナー、今の肉何でできていたんだい?」

「知らん、豚か何かじゃないか?」

「...そうである事を祈るよ」

 

人肉を使っていたのは過去のことだ。今の時代わざわざコストのかかる材料を使う業者はないだろう。

 

「さてと、と」

 

ついでに、術式全体をMAG非透過性のビニールシートで覆うことで周囲のMAGの収集によるトラップの再起動の防止。うん、定石だ。

 

「...先人の知恵って凄いんだな」

「ですねー」

「縁はちゃんと前見てろ。前方からの奇襲防衛がお前の仕事だぞ?」

「すいません、つい」

「...精神的に楽な所で育てたツケかね?」

 

まぁ、俺や所長、志貴くんもいるのだから特に問題が表面化はしないだろうが、気がかりではある。縁はエンジンがかかるまでに少し時間がかかるようなのだ。

 

まぁ、エンジン入ったときの根性は流石の高位覚醒者なのだが。

 

「あ、一応シートは踏むなよー」

「はーい」

 

小道を通った先には下のフロアへの階段があった。縁と所長に確認を取ってみた所、二人の意見は一致、本丸は下だと。

 

そして階段を降りた先には、大扉。この迷宮の主の間のようだ。

 

「戦闘は手筈通りに。ただ、敵には伏兵がいるだろうから無理攻めだけはしないように」

 

皆の「了解」の声が自然と揃う。

さぁ、まずは牛狩りだ。

 


 

扉を開けたその先には、ミノタウロスと()()が居た。

 

何かとしか認識できない。目の前にあるはずなのに認識がズラされている。

 

だが、確かにそこに居る。

 

「...ウゥ、ウゥウ!」

「いい子ね、ミノタウロス」

 

その何かは、ミノタウロスをなだめていた。

その理由は明らかだ。

 

ミノタウロスは、先ほどの戦闘で受けたダメージの回復に努めていたのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの装束、テンプルナイトか?」

「だろうな、上に仲間がいた」

 

「さぁ、ミノタウロス。やりなさい。あなたのやるべき事を」

「...ニンゲン、食ウ!」

 

「そういうのが相手なら、躊躇わなくていいな」

 

ハリマが一歩踏み出し、自身の心のタガを外す。

肉体は変成し、情報存在である悪魔のものへと移り変わる。

そして、その上にハリマ自身の魂が発現し、本来の悪魔の姿とは違うハリマだけの姿へと変身する。

 

これが、悪魔変身(デビルシフト)

 

そうしてハリマが変わり果て現れたその跡には、紅に燃えるようなコートを纏った長身の人型がいた。

 

「変身完了。幻魔クルースニク、参る!」

「サモン、雪女郎、バルドル、カラドリウス!」

「...行きます!」

 

ヒトの食い残しを投げ捨ててこちらに向くミノタウロス。

それに対するは、三色の強化を受けた白百合の騎士と新人聖女。

 

「殺すゥ!」

「やらせない。あなたが散らした命の為に!」

 

二斧の振り下ろしを縁が刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)にて受け止める。

真正面からの力比べの為縁には相当の衝撃が来るが、地面に衝撃を逃がすことで一手完全に防ぎきった。

 

「続くよ、サマナー!」

「おうよ!」

 

敏捷性、反応性においてデオンはミノタウロスを上回っている。故に一手取れば先手はこちらだ。

 

ふわりとの擬音がつきそうなほどに軽やかなステップで背後に回り、足の健を狙った斬撃が放たれる。

 

それを防いだのは、ミノタウロスから発生した反射現象だった。

 

「ッ⁉︎」

「ウヒィ!」

 

狙いすまされた斬撃がそのままの威力をもってデオンに返される。幸い耐久性向上のお陰で致命傷とまではならなかったが、生まれた隙は大きい。

 

「シネ、シネェ!」

 

当然放たれる大斧の一撃。それをデオンはサーベルで受け流そうとするも、ダメージが響き踏ん張りが足りない。

 

まるでスーパーボールのようなスピードで、デオンは迷宮の壁に叩きつけられた。

 

だが、間一髪生きている。まだ、戦えると言わんばかりにデオンは立ち上がろうとしていた。

 

『無事か、デオン』

『なんとか、ね!』

「カラドリウス、宝玉配達」

「了解さ!」

 

そしてその吹き飛んだデオンに対しての追撃をミノタウロスは起こそうとしたが、地面を凍らせ踏み込みをずらす雪女郎のサポートによってミノタウロスはあらぬ方向に飛んで行った。

 

「総員前進!デオンを戦線の内側に!」

 

ミノタウロスが立ち直る前に陣形を動かす。考えなくてはならない事はあれど、こんな序盤でエースを落としてたまるか。

 

「ウゥ、ゥウ!」

「攻撃は二段以上のコンビネーションで!敵側の反射のネタを割るぞ!遠距離組、小手調べ!」

 

「了解!高位疾風魔法(ガルーラ)!」

高位火炎魔法(アギラオ)!」

 

所長とハリマ、二人の魔法は曲射と呼ばれる高等技術を使って放たれた。力のコントロールによって曲線を描くように放たれる魔法、あれなら反射力場に当たっても真っ直ぐ帰ってくる事はない。

 

そして、着弾。敵側は術のインターバルか、魔法反射障壁(マカラカーン)を唱えられないのか、魔反鏡を惜しんだのか。

 

原因はわからないが、とにかく当たった。

逸話防御による無敵などでは、ないようだ。それどころか、火炎魔法については力場による減衰が見られなかった。

 

その現象を見て、ピンときた。

 

「それで、反射のネタは?」

「...力場のコントロール。どういう術式かは知りませんが、敵方はミノタウロスの耐性を自由に変えられる。とりあえずそう仮定します」

「魔法が当たったという事は無敵ではないようだな。インターバルか?」

「多分な」

 

力場とは、魂の防御機構だ。悪魔と合体するなどで魂に刺激を与える事で、力場そのものを変化させることは不可能ではない。容易く出来ることだとは絶対に言うことは出来ないが。

 

それと、ディーヴァと呼ばれたアレのやったことを考えると一つの仮説が立つ。歌によって、魂を改竄する能力。

自我境界とて魂の領分だ、魂を改竄することができれば境界に影響を与える事とて可能だろう。

 

「つまり、黙らせるべきはあの歌女!サモン、ラームジェルグ!」

「フン!」

 

陣形から自由な新しい悪魔を召喚し、アレにちょっかいをかけてみる。死兵の役割だが、ラームジェルグは躊躇わなかった。それが必要なのだとわかっているからだろう。

 

『ミノタウロスに動きなし!そのままぶった切っちまえ!』

『了解だ、サマナー!』

 

何かがいる地点に対して放たれるラームジェルグの一閃。

この段階まできてミノタウロスはようやくラームジェルグの存在に気が付いたようだ。「オマエェ!」と叫び激昂しているのがわかる。感知能力はそう高くないようだ。

 

だが、その一閃は何かに当たることなく、()()()()()

 

力場による無効化現象ではない。あれは力場の内側にその属性の攻撃を通さないだけだ。

吸収現象でもない。吸収現象は属性を構成MAGに変換する現象だ。だから、攻撃のエネルギーは無くなり、結果攻撃は停止する。

 

あのようにすり抜ける現象を、俺も海馬の魔術師の知識も知らない。

 

いや、そもそもがおかしかったのだ。認識阻害の術の類は馬鹿みたくMAGを注ぎ込まなければ覚醒者には通じない。あれは認識のステージ差を利用した術式だからだ。

つまり、姿が捉えきれない時点であの歌女は俺たちの知らない法則を使っているという事だ。

 

 

思わず、笑みがこぼれる。未知とはつまり可能性だ。このどん詰まりの世界においての未知の現象は、そのものが世界を救う可能性になるかもしれないのだ。

 

暴いてみせる。この手で。

 

「殺すゥ!」

 

ミノタウロスがジャンプして二斧を叩きつける寸前に、送還(リターン)が間に合った。

 

「んじゃ、良いところにいる訳だし、弾幕といこうか!」

 

今、俺たちとミノタウロスの直線上に何かはいる。ミノタウロスに攻撃しつつ反応を見るチャンスだ。

 

「撃ちまくれ!」

 

アナライズを起動させながら指示を出す。

火炎魔法、疾風魔法、氷結魔法の三色に確実にダメージを与えられる万能属性魔法が一種。弾幕としては悪くない。

できれば水撃魔法や重力魔法、地変魔法といったマイナー属性魔法も混ぜたいところだが、それは高望みというものだ。

 

「ウォオオオオ!」

 

ミノタウロスは、両手の斧で魔法を力尽くで弾き、時に体で受け止めることにより歌女へ攻撃を通さなかった。しかも、弾幕の途中から明らかに力場の耐性が変化した。火炎、疾風、氷結は無効耐性になってしまった。バルドルの万魔の乱舞がなければ釘付けにする事は出来ていなかっただろう。

 

「でも、よく考えれば妙な話だよな。初めから全部の耐性に無効を付けていないって事は。つまり、お前の耐性変化の絶対値は決まってる。どっかの属性に耐性を得たら、どっかの属性が弱点になる。多分、最初に会ったときも重力魔法あたりが弱点だったんだろうな。」

 

あの時のアナライズ完了度は85%、優先順位を低くしているマイナー属性魔法への耐性解析は後回しにしていたのだ。

 

「それが今では三色無効なんて強靭な耐性を得ている。とすれば、割を食うのは残った属性だよな!」

「ッ⁉︎ミノタウロス、避けて!」

「もう遅い!超過起動(オーバーロード)高位電撃魔法(ジオンガ)ストーン!」

 

閃光が、ミノタウロスを襲う。

 

「グウゥウウウ⁉︎」

 

あれだけの弾幕に晒されて尚立ち続けていたミノタウロスは、電撃魔法の感電効果によってようやく膝をついた。

 

瞬間、爆ぜるように皆が飛び出す。

 

まず届いたのが所長、疾風魔法をブースターにした超速飛行にて、最速最短でクレイモアを叩きつける。

痺れで握りの硬く

痺れで握りの硬くなっていた大斧が一つ弾き飛ばされる。()()()()()

 

「ウグゥ⁉︎」

「ついでだ、もう一本も貰っていく!」

 

次に届いたのは志貴くん。地面を這うような奇妙な体術により高速で接近し、左腕の肘先あたりにナイフを通した。

 

ぼとりと落ちる巨腕。これで、両腕。

 

「ミノタウロス!」

「「遅い!」」

 

何かが咄嗟にミノタウロスを呼ぶ。だがそれは選択性のある歌でミノタウロスの耐性変化を行なっていないという事。

 

「アナライズ結果、打撃は通る!」

 

そんな事実は知らないとばかりに先走っていた縁とハリマはタイミングを合わせて拳を放つ。ハリマはクルースニクの変身能力にて左拳をゴリラのものに変身させ、縁は右拳に光波の力を集約させて、二人の全力を持って解き放つ。

 

その二撃の衝撃で、ミノタウロスは吹き飛んでいく。

宝玉により治療され、ここぞとばかりに構えていたウチのエースの所へと。

 

「決めろデオン!構成要素、解体、抽出、装填!夢幻降魔(D・インストール)オセ!」

 

吹き飛ぶミノタウロス、痺れがある上に空中では身動きは取れない、そこを狙い撃つかのように、MAGの込められた一撃が直撃する。

 

オセの技術、冥界波である。

 

()った!」

 

会心の一撃だった。

速度、破壊力、タイミング。全てが完璧だった。

 

この一撃を食らってはタダで済むまい。俺たちの勝利だ!

 

「サマナー、アホな事考えてないで戦いの続きを。まだ、歌女が残っている」

「いや、多分アイツは何もできない。アイツは歌を使っての呪いって鬼札を持ってるがそれだけだ。実体はここにはないよ」

「...どうしてそう思うんだい?」

「俺ならミノタウロスに宝玉投げまくる。大体のサマナーがアイテム係なのは、それが最強のスタイルだからなんだよ」

「なるほど、道理だ」

 

ミノタウロスから光の粒子が浮き上がってきている。アレもアウタースピリッツだったのか。異世界の英雄とは、人食いも居るのか。

 

「マダ、マダダァ!」

 

致命傷を負いながらも吠えるミノタウロス。

光の粒子の流出が、一瞬止まった。

 

「デオン、もう一発」

「それで良いのかサマナー。いや、最適解なのはわかるが」

 

躊躇わず放たれる二発目の冥界波。狙いは違わずミノタウロスを捉え

 

そのエネルギーは反射され、再びデオンへと襲いかかった。

 

まぁ、想定していたらしくあっさりと躱すのが、シュバリエ・デオンという奴なのだが。

 

「ウォオオオオ!!!!!」

 

ミノタウロスが吠え、残った力をもってまず孤立しているデオンを殺そうと走る。まるで鉄道のような重量感だ。

 

だが、両手を無くした今のミノタウロスの攻撃方法など数えるほどしかない。パターンを見抜き命を断ち斬るのはデオンの得意分野だ。

それは、どんなに筋力のある相手でも変わらない。どんなに頑強な体を持つ相手でも変わらない。

 

「さらばだミノタウロス。君の動きは良く見えるよ」

 

すれ違いざまの一閃。それがミノタウロスの胸を切り裂き、その霊核を破壊した。

 

「ナン、デ...?」

「一つだけ言わせてもらおう」

 

自分の死が信じられないミノタウロスに対して、ハリマが言葉を紡ぐ。

恐らく、ここに居る中で唯一ミノタウロスの気持ちがわかるハリマが。

 

「お前は人食いをした。それは是とも悪しとも言えん。だが、お前は味を覚えて堕落したな?」

「...」

「人食いは、魅力だ。だからこそ俺たちはそれを抑えなくてはならない」

 

「それが、人と交わり生きるという事だ」

「...シッテタ、ハズナノニナァ...」

 

その言葉を最後に残して、ミノタウロスは光の粒子となり消えていった。

 

「ミノタウロス...」

 

思わず皆の目線が認識できない何かに集中する。

情くらいはあったのだろうか、どこか悲しげな声だった。

 

「どうする?サマナー」

「ここにいない奴を殺す手なんざほとんどない以上、黙って見てるしかないさ」

 

瞬間、異界全体に地震が走る。異界討伐後の収縮現象だ。

 

そう遠くないうちに現実に弾かれて、あの変なのは見失ってしまうだろう。

 

だから、行くのは今しかない。

 

「志貴くん」

「...ああ、手傷くらいは負わせてやるさ!」

 

志貴くんの異能、直死の魔眼。存在しているものに必ず訪れる死を見るその目。

 

一歩駆け、二歩で飛び、三歩であの何かにナイフを通した。

 

だが、かき消えたのはあの何かだけ。本体にダメージが行ったかは不明だ。

 

「志貴くん、手応えは?」

「...躱された。俺が走り出した瞬間から奴の体の線はブレ始めてた。多分、接続みたいなのを切断したんだと思う」

「ま、上々だろ。テンプルナイトを殺せるほどのカードは倒し、向こうの切り札である耐性変化まで見抜けたんだ。向こうにも相当の被害を与えられた筈だ」

「...そうだな」

 

それにしても長い。異界の消滅からの排出はパッと起きるものなのだが。

 

「サマナー、上を!」

「...マジか?」

 

天井にヒビが入り始めている。これ、崩れる奴...ッ⁉︎

 

「全員、逃げろぉおおおお!」

 

脱兎のごとく、走り出す。

 

「千尋くん、入り口なんて見つけてた⁉︎」

「見つけてないです、やばいですよ!この異界の目的は!あの歌女が本体でこの場所に来ていなかった理由は!入り口をワープゾーンで隠し、深いところからの探索開始にさせたのは!」

 

「この迷宮の特性により、関係者を全滅させる事ッ!」

 

なんて厄介な策略を考えていやがるんだあの歌女!

 

「どうする、花咲!」

「合流したフロアまでは最短路直進!そっからは運任せだ!」

「千尋くんが考えること止めてる⁉︎」

「仕方ないでしょう!そんなことより走った方が速いんですから!」

 

道中道を塞いでくる悪魔をそれぞれの判断によって瞬殺していく、ペース配分を考えない馬火力ぶっぱなので、悪魔どもはあえなく爆発四散する。命乞いをしてきた奴もいるが、そんなのに構っている余裕はないのでやっぱり殺す。畜生、勿体ない!

 

「こっちだ!」

 

階段を上がった所で声が聞こえる。見れば、テンプルナイトの装備を着た男がいる。脱出ルートを見つけたのか⁉︎

 

「信じて行く、それでいいな?」

「ああ、それでいい」

 

走る、走る、走る。

 

ハリマと志貴くん以外会ったことのない人を、その人の善意を信じてひたすらに。

 

「道中にワープゾーンは⁉︎」

「無い!コイツらが必要な所をぶち抜いてくれていたからな!」

「残りの距離は⁉︎」

「ここは地下3階、残りは2フロアだ!ペースを乱さなければ崩壊まで間に合う!」

「ありがとうございます!」

「貸し借りを作りたく無いだけだ!異端のシフターなんぞにな!」

 

志貴くんのぶち抜いた壁を真っ直ぐに抜け、上に登る階段へと真っ直ぐに進む。

 

「人間、マグネタイト寄越せェ!」

「邪魔です!」

 

崩壊を理解できてないオニが襲いかかり、それを縁が一撃で粉砕する。スピードの変化は最小限の良い動きだ。

 

「サマナーか⁉︎ここから逃げる為の道を教えてくれよぉ!」

「異端は死ね!」

 

命乞いをしようとしたウコバクがメシアンの人の斬撃に倒れる。戦力強化のチャンスだったが、やっちゃったものは仕方ない。南無。

 

「ここからはダークゾーンが混じる。が、壁をぶち抜いたあの方法なら最短路で抜けられる!やれるか?」

「ああ、この壁の死は見えてるよ!」

 

ナイフを3振り、恐らくダークゾーンの道を回らなければ通らなかった道を壁を抜いて直進する。これで、かなりのショートカットだ。

 

だが、それをあざ笑うかのように上に登る階段が崩れ落ちていた。

 

「何ッ⁉︎」

「他に道は⁉︎」

「このフロアに他に上に上がる道は無い!」

「了解!全員、力仕事!ここをこじ開けるぞ!」

 

バルドルの万魔の乱舞と志貴くんの“殺し”によって落ちている天井だったらしい瓦礫を小さく刻み、それをほかの皆で階下に投げまくる。

 

続いて起きる大きな振動。どうにも、本当に残り時間はないようだ。

 

「人が通れりゃそれで良い!最小限の仕事でこじ開けろ!」

「任せろ!動物変身(アニマルシフト)、スネイク!」

 

ハリマの体が小さな蛇に変わる。瓦礫の隙間に体をねじ込むようだ。

 

動物変身(アニマルシフト)、エレファント!」

 

そして、その状況から体の大きい象へと形を変える。すると、蛇の状態で上に乗っていた瓦礫が全て押しのけられる。そして、象の股下には人が抜けられるほどの空間が生まれた。

 

「先に行け、花咲!」

「サンキュー、続くぞ皆!」

 

股下から全員が抜けたのち、ハリマは象から人に戻りそれを所長が引っ張り抜くことで瓦礫の山を抜け出した。

 

振動が激しくなってきている。あと5分と保たないな。

 

「走ってください、メシアの人!」

「ああ!テンプルナイトが体力でフリーの連中に負けるものか!」

 

異界を揺らす振動の中、走り続ける。残りの戦闘は殆ど所長が飛びながら疾風魔法を放つ事でなぎ払ってくれた。ここまで上層だと雑魚しかいない。異界強度(ゲートパワー)的にはスタンダードな異界だったようだ。

 

走り、走り、そして到達する。入り口の青い大扉だ。

重傷を負いながらも入り口を守ってくれていたテンプルナイト連中に感謝の意を込めて一つ礼をして、異界の出口の扉をデオンが蹴り飛ばした。

 

出口は、そこにあった。

 

そして走る速度的に殿になっていた俺がゲートを抜ける。振り返ってみると、迷宮が虚数空間か時空の裂け目か、計測結果を見ないとわからない認識外の領域に飲まれているのが見えた。

 

「マジでくたばる5秒前かよ...」

「私たちは幸運だね、サマナー」

「本当にな」

 

異界が終わり、元の世界へと戻っていく。

これで、この迷宮は完全に踏破した。俺たちは、生き残った。

 


 

扉を抜けた先には、ヤタガラスとテンプルナイトの合同封鎖、というか睨み合いが起こっていた。

 

「花咲千尋一行ですね?」

「はい、お勤めご苦労様です」

「いえ、こちらこそ感謝しています。なにせ、100%無事では帰れない死地に赴かずに済んだのですから」

 

仮面を被ったヤタガラスの使いさんは、割と愉快な人のようだ。

 

左手の方では、テンプルナイト連中がメシアンの司祭と思われる人に報告をしていた。あっちはあっちで絞られるのだろう。

 

「それで、この異界に干渉している何者かは発見できませんでしたか?」

「...いえ、この辺り周辺は式神を使い満遍なく捜索しましたが、何も。異界の中には?」

「術者の...なんて言うんでしょう、意思みたいなものはいました。歌を使っての干渉も確認できてます。ですが、本体はどこにも。異界の崩落に巻き込まれて死ぬとは思えないので、現実のどこからか術を飛ばしているのだと考えてました」

「...謎だらけですね。報告書が面倒なパターンです」

「詳しい話はヤタガラスの本部で話します。今はとりあえず、この緊張状態をどうにかしなきゃなりませんから」

「...ですね。まったく胃が痛い」

 

ヤタガラスの面々とメシアンの連中は、互いに牙を剥く一歩前の緊張状態になっていた。それはそうだろう、デビルシフターという爆弾を、メシアンは異端として殺すのが正解で、ヤタガラスは情報を抜いてから決めるのが正解なのだから。その食い違いは、いつ殺し合いが始まってもおかしくない現状に繋がっている。

 

そんな中、メシアンの一人が前に出た。左腕の装備を外されている、重傷を負ったのだろう。

 

「デビルシフター」

「.,.なんだ?」

「お前の施しのお陰で、俺は生きている。だが、貴様は異端だ。だから、()()必ず殺す」

「...その次が無いように、祈るとしよう」

「異端に祈る神などいるのか?」

「ああ、あるさ」

 

「様々な出会いをくれた、運命という奴にだよ」

「...主の威光を解さぬ異端め、せいぜい神罰に怯えて暮らすが良いさ」

 

そんな言葉を言って、男はメシアンを連れて去っていった。どうやら、そこそこの大御所だったようだ。

 

「情けは人の為ならず、といった所だろうか」

「じゃないか?知らんけど」

 

ひとまず、メシアンとヤタガラスの確執が生まれるという事は無くなった。

今回の件はひとまず終わりと言っていいだろう。

 

謎は多いが、それは明日の自分に任せればいい。

きちんと身を休めて、明日に備えよう。

 


 

それからのこと。

 

メシアンとの事が終わってすぐにヤタガラス支部に召喚された俺たちは異界であったことを語った。他の皆の話が信じられるものかは不明だが、自分は異界での行動記録をパッシブソナーのログデータとして残している為説明は楽だった。

 

まぁ、正直「何で生きてるんだお前?」との目はやめて欲しかったか。自分でも何回「あ、死んだ」と思ったかわからないのだから。とくに脱出の時とか。

 

そのあたりは、メシアンに貴重な物資を分け与えたハリマのハリマらしさに感謝だ。まさしくサイオーホースなり。

 

「千尋さん、終わりましたー」

「神野さんもか、俺も終わりましたよ」

「お疲れさん。でも志貴くんはもちっとかかると思ったがな」

「さぁ、なんとも。俺はやった事を言っただけですから」

「そんなことより、所長とハリマさん大丈夫ですかね?」

「うん、所長は事情聴取慣れてるからもうすぐ来ると思うぞ。あの人問題の数なら業界トップクラスだし」

「何をしたんだあの人は」

「悪徳メシア教会の十字架ぶった切って信者をぶちのめすオモチャにしたり、比較的善良なガイアの闘技場の選手を皆殺しにしたり、ヤタガラスの修練場の主をノリで殺したりってのが俺の知ってる範囲のやらかし。まぁ、所長だな」

「なんかどれも考える頭があればやらないような事な気がするのは俺だけか?」

「いや、俺もそう思う」

「...でも、所長さんは良い人...ですよ?」

「「疑問形かい」」

 

噂をすればなんとやら。事情聴取が終わり所長が廊下に出てきた。

 

「お疲れ様です。どうでした?」

「んー、負けた」

「はい?」

「ハリマくんの身柄はウチで預かるって落とし所にしたかったんだけど、信用足りないって言われちゃったよ、酷い話だね」

「酷いのはアンタの素行だよ。それでハリマはどうなるんですか?」

「...必要だからとは言ってもファントム系列の依頼を受けてたのはヤタガラス的には微妙だからね。しばらくは監視付きで放置だってさ」

「意外と有情ですね」

「そりゃ、人食わずの悪魔変身者(デビルシフター)は知られてない訳じゃないからね。ただでさえシフターは珍しいのに、人喰いをしないんだから」

「...ですね」

 

「あの、シフターが人を食べない事って何かおかしいんですか?」

「ああ、単純な話。MAG存在の中で食べると一番栄養になって美味しくて、かつその人の力の一部を取り入れられる。そんな食べ物が人間なんだよ。シフターにとってはさ」

「それって...」

「ああ、だからあいつは凄いんだよ。悪魔の体になっても、自分は人間だからって」

 

だから、人を守る仕事で生きる糧を稼いでいる。それがハリマだ。

 

「類は友を呼ぶ。そういう事じゃないかな」

「成る程」

「そこ、変な納得するな」

 

「いや、あながち変なものでもなかろう。俺は異端でお前は異常、似たようなものだ」

「ハリマお前...んで、どうだって?」

「ああ、ヤタガラスの方の依頼も受けられるようになった。監視はつくが、悪い事ばかりではない」

 

「だが許せ、打ち上げには行けそうにない。身体の検査をするそうだ」

「じゃ、時間の空いた別の日にラーメンでも食い行こうぜ」

「それは楽しみだ。ではな」

 

術師の人に連れられてハリマは行く。

それに背を向けて、トルーパーズの本部へと向かう。

 

「そういや、ハリマが賞金首になったのはどうなったんですか?」

「メシアンが取り消したんだってさ。連中もシフターってだけのを殺しにかかるほど暇じゃないみたい。」

「じゃあ、安心ですね!」

「いやー、アイツこれから大変だと思うぞ?メシアンの敵!ってことはガイアからの勧誘酷くなるだろうし。戦って蹴散らしても多分連中喜ぶだろうし。」

 

そうして本部として使っている第3会議室に到着する。どうにも、来客中のようだ。中で話し声が聞こえる。

 

「ノックしてもしもーし」

「花咲さん達ですか。入ってください」

 

中にはミズキさんの他に、いつかやりあった忍者ペルソナ使いの風魔薊と同じ高校の占い師カオルがいた。

 

「紹介します。トルーパーズの新メンバー、風魔薊さんとサポートメンバーとして契約をしてくださった占い師のカオルさんです」

「風魔薊よ、いつかは迷惑かけたわね」

「気にしてない。むしろ心強い限りだ。このチームに足りないのは、斥候(スカウト)技術者だったからな」

「ちょっと、私は無視?」

「できれば無視したかったな。関わるなって言ったつもりだったんだが」

「仕方ないじゃない。私が動かないとこの世界滅びそうなんだから」

「...何を見た?」

 

()()()()()()()()()よ。そう遠くない未来で、遡月の街は一人の王によって滅ぼされる」

「そう遠くないうちって...まさか⁉︎」

「ええ、平成結界を更新し、令和結界を敷くその時でしょう」

 

「黄金の王による虐殺を防ぐ事、それがトルーパーズに課せられたミッションです」

 

ごくりと、誰かの息を飲む音が聞こえた。

人に害をなすアウタースピリッツ。その本格的な攻撃が始まろうとしていた。

 


 

「ミノタウロス...」

 

少女は、心を痛めていた。あんなにも()()()オモチャは他になかったというのに。

あの一行は許さない。来たるべき日に必ず殺してみせる。

 

そう決意を決めて、今の自分が()()()()()()事を思い出した。

 

「あー、早く次の仕事こないかなー」

 

閉じられた空間の中で、意識だけを飛ばして自由に飛び回る。

閉じられた籠の中を、それでも自由に。




この世界のテンプルナイトは正義の騎士団。思想はヤベーし行動もヤベーのだが、邪悪でないものに対しては一瞬剣をを振るうのを止めるのだ。
尚、本当の邪悪に対してはガイアが引くレベルに手段を選ばない。聖戦だもんね!



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黄金の王を探して

合体&コミュパート。
ぐだぐだと書いていたら1話分まで膨らんでしまったので投稿です。


トルーパーズの本部、ヤタガラス遡月支部の第3会議室にて映像が流される。黄金の王が天に浮かぶ船から様々な武器を射出して民草を皆殺しにする様が。

 

こんな未来、絶対に辿り着かせてはいけない。

 

だが、いささか解せない点がある。

 

「なぁ、カオル。お前の予知ってヴィジョンまで見えるものだったのか?」

 

まずはコレ、映像まで見えるほどにカオルの予知は正確ではなかった。なのにこれほどまでに鮮明に情報を引き出せるのは、何か裏があるのではないかとの考えだ。

 

その問いへの返答は、正直予想だにしないものだった。

 

「あいにくと、私だけじゃないの。占いに適性を持った人間全てが見てる。ここまでくると新手の犯行予告よ」

 

「イメージの押し付けね」とカオルは語った。

 

「それで、そのアウタースピリッツの詳細は?」

「...不明です」

「アーカイブの使用許可は出なかったんですか?」

「いいえ、アーカイブの使用はもうしました。その結果不明だとわかったんです」

 

見えたヴィジョンの情報をアーカイブに打ち込んだ結果、絞り込めた情報は無し、エラーを吐いたのだと。

 

魔剣グラム、魔鎌ハルペー、巨剣イガリマ、シュルシャガナ。その他ありとあらゆる伝説の武器を射出しているその黄金の王。

騎乗しているのはインド神話の空飛ぶ船ヴィマーナと言うらしい。

 

「属性てんこ盛り...アウタースピリッツって合体とかできるのか?」

「...不可能です。魂のあり方が悪魔とは違いますから。最新の合体法則検索でもアウタースピリッツの作成は不可能です」

「サマナー、私に使う夢幻降魔(D・インストール)のように後天的に力を付与されている可能性は?」

「どんな凄腕の成金でも、概念装備を湯水のごとく投げ捨てるような馬鹿な真似はしないと思うぞ?いや、可能でそれしかないならやるけどさ」

「千尋さん、やるんですね」

「そりゃ死なないためなら金くらいは投げ捨てるだろ」

「話逸らさないでください、花咲さん達」

 

長いようで短かった映像が終わり、プロジェクターが停止する。

 

「それで花咲さん。アウタースピリッツ討伐のエキスパートであるあなたとして、何か気付いたことはありませんか?」

「なんか凄い異名付きましたね...アウタースピリッツは、必ずしも歴史に名を残した戦士ってわけじゃありません。偉業を残しさえすればなんでもいい、といったら変ですけどそんな感じなんでしょう。第2号のシェヘラザードが王の前で1000の物語を語ったというのが術として使えるようになったように、この王様もなにかの偉業の結果としてあらゆる宝物を湯水のように扱えるってなったのだと俺は考えます」

「その偉業とは?」

「例えば、刀鍛冶。伝説の剣を多く作った結果として、数多の製作物をストレージにしまえるようになったのだとか」

「...刀鍛冶があのド派手な鎧を着る?」

「...王様兼刀鍛冶とか?」

「適当じゃないか、サマナー」

「だが、方向性は間違ってないと思うぞ。盗賊から王様になったとか、財宝を集める武器狩りみたいなのを行ったから奪った武器が使えるとかな」

「...ひとまず、その線で再びアーカイブに検索をかけてみます。情報が多いのでレッドラインを超えてしまわないか不安ですが、令和の前の大事。多少の無茶は押し倒しましょう」

「...ミズキさん。私またあの変なのに接続するんですか?」

「情報に見合った報酬はお支払いします。お嫌ですか?」

「...なんなりと、必ずあの金ピカの正体を見つけて見せましょう」

 

あ、心の天秤が金に傾いた。カオルの奴アーカイブ使うのは嫌なのな。

 

まぁ、変われるポジションでなし。頼むとしよう。

 

「では、トルーパーズは各自自由行動。黄金の男の前に現れるアウタースピリッツの存在とて無視はできません。各自要件を済ませてから、散って備えてください」

 

「了解」と声が揃う。別に軍属というわけではないのに全員ピタリと揃うのは、それだけ目的意識が共有されているからだろう。

 

世界を守る。その為に俺たちは戦っているのだから。

 

「あ、ミズキさん。志貴くんの紹介とアーカイブの使用許可が欲しかったんですけど、今は無理目ですか?」

「七夜志貴くんについてはまだ内偵を終えていないので、花咲さん付きの仮採用という扱いにさせてください。今は組織づくりに割いている時間はありませんから」

「了解です。アーカイブの方は?」

「...残念ながら、私たちが暫くの間使わなくてはならないので花咲さんのリスト作成も後回しにさせて下さい」

「そっちも了解です。頑張って下さいね」

 

残念ながら、アウタースピリッツ図鑑を埋めるのはまたの機会になりそうだ。

 

「リストって何か作ってたんですか?千尋さん」

「いや、単なる趣味」

 

始めた頃は傾向でも分かればと思って作り始めたリストだが、連中共通項がなさ過ぎてどうにもならなかったのだ。

まぁ、アウタースピリッツが、異世界の英雄がこの世界にいたのだという記録を残しておきたいという気持ちはあるので、やはり趣味というのが正しいだろう。うん。

 

「それで花咲さん。私たちの行動方針はどうしますか?ただ散るだけでは有効とは思えません」

「ああ。大事だし人数を分けて簡単な警邏をしようと思う。割り振りは俺、志貴くん、風魔の3人を分けてあとは適当に。まぁ、アウタースピリッツと遭遇する可能性は相当に低いから、本当にただの警邏で終わりそうだがな」

「じゃあ、私は志貴くんと行こうかな。事務所の新人だし」

「いや、構わないですけど、大丈夫なんですか?」

「知らん、神に祈れ」

「...祈る神とかいるのか?」

 

それこそ知らん。が、所長としても志貴くんをしっかりと見定めておきたいのだろう。あの人は、力の意味を分かっている人だから。

 

志貴くんは善良な子であるため、心配ないとは思うのだが。

 

「私は風魔さんと行きたいです!新しい仲間なんですから!」

「ありがとう。...えっと」

「縁です。神野縁。サマナー兼バスターをやってます」

「よろしくね、縁」

「はい!」

 

あっちはすんなりと決まった。スカウト系中衛とガチ近接タイプのコンビ。そうそうヤバイのでなければ瞬殺はされないだろう。

 

「じゃあ、俺は単独行動だな。まぁ、仲魔がいるからどうにかなるってことはないだろうが」

「では、警邏のルートですね」

「じゃあついでに雑務もこなしちゃいましょう。所長と志貴くんはCOMP買いに行ってください。ついでに消耗品の類も」

「わかった。ストーンの類も入荷ないか見ておくね」

「ありがとうございます。次に俺ですが、そろそろ悪魔合体しないと敵の強さに太刀打ちできなくなってきそうなので、馴染みの合体施設の方に行きます。西地区ですね」

「とすると私たちは南地区ですか。繁華街ですね」

「じゃあお買い物しましょうよ!風魔さんこっちに来てから日が浅いって聞きました。案内します!」

「ありがとう、縁」

 

とりあえずの方針は決まった。あとは大雑把な巡回ルートと定時連絡間隔を決めて、パトロールといこう。

 


 

「しかし、戦力的にはエニシたちの組が少し弱いと思うのだが、大丈夫なのかい?サマナー」

「いや、感知タイプが奇襲を防げば縁はそうそう死なないぞアイツ。戦いの経験値は濃い上に防御タイプだ。あらかたの攻撃の防ぎ方を心得ている。時間稼ぎに関しては俺たちより有用だよ」

「...とすると、一番死にやすい組は私たちというわけか」

「そゆこと。まぁ死なないように努力はするけどな」

 

坂を上りながら周囲を警戒。この辺りは大分前に再開発が行われたそうだが、それでも残る古い建物がいくつかある。魔術的な防護が行われていた家だ。

もともとこの街には2つの魔術師の家系が居たらしい。が、楽園戦争のゴタゴタと、政府主導の密令“魔導技術公開令”による廃統合などが進んだ結果この霊地を海馬に吸収合併された家系が牛耳る事となったらしい。

 

まぁ、その後海馬も程よく零落し、今ではこの遡月の街にしか血筋を残せていないらしいのだとか。諸行無常だ。

 

さて、この街の魔術師は元は...何という名前だったか。楽園戦争時に割と近くで戦っていたっぽい志貴くんならなにか知ってたりしないだろうか。

 

「サマナー、上の空だよ」

「すまん、どうでもいい事考えてた」

 

坂の上の屋敷に到達する。軽く回った感じでは、異常は見当たらないようだ。まぁ、異常があればドクターが俺に言うだろう。「研究の邪魔者を排除しろぉ!」みたいな感じで。

 

「...悪魔合体か」

「不安か?」

「というか、寂寥だね。雪女郎たちには本当に世話になったからね。別れるのは寂しいものさ」

「でも、雪女郎の霊基じゃあ極大(ダイン)クラスを放てない。黄金の王だけじゃない。魔王シェムハザや他のアウタースピリッツと戦うために、雪女郎より一段上の火力は必要なんだ。...俺も、何度も雪女郎には助けられたけど、こればかりは、な」

「...弱い事は、罪なのかな」

「弱い事をそのままでいいと認められないサマナーが罪人なんだよ」

 

坂の上の屋敷に着く。ドア横のインターホンのさらに横にあるスキャナーに手をかざすと、ガチャリと門の鍵が開く音が聞こえた。

 

「入るか」

「...そうだね」

 

二階から飛び降りてくる気配は無し。研究に没頭している時のドクターだ。

 

一応ノックしてからドアを開ける。すると、地下の研究施設からドカバキと音がするのが聞こえてきた。何かのトラブルだろうか。

 

「デオン、前頼む」

「サマナー、恨むよ?」

「...いや、俺が前行って死ぬのとか冗談にしても笑えないオチだぞ?」

「それなら、コボルトを先行させるのはどうだい?」

「こいつ、仲魔を売りやがった。でもナイスアイデアな。サモン、コボルト」

「...あっし、合体素材になれるって聞いて契約したんですが、仕事多くないですかね?」

「今日でお役御免だから安心しろ」

「それなら諦めて行くでやんすよ」

 

コボルトの犠牲(予定)により、安全な道を確保して進む。

地下研究室では、重機が入っていた。設備の拡張工事でもしているのだろうか。

 

「ドクター、来たぞー」

「フゥーッハッハッハ!よくぞ来たサマナーよ。だが少し待て、新造の装置の設置をしているのだ」

「今度は何作ったんですか?」

「ハイ・アナライズデータから逆算して悪魔を安全に召喚する装置。機械化された悪魔全書だッ!」

「マジですか⁉︎」

「...だが、ハイ・アナライズとはあの長い分析だろう?そう種類は作れないんじゃないか?」

「いや、そうでもない。悪魔を仲魔にするときに、その存在の情報はしっかりとCOMPに記録されるからな。だから、これまで仲魔にした悪魔と同種の悪魔を召喚できるって訳だ」

「もっとも、その悪魔の再構築という訳じゃない。なので記憶や経験、性格は引き継がれないのだがな。情報を基に新造するというのが正しい表現だ」

「成る程」

 

「あ、配線くらいは手伝いますよ」

「微力ながら、私もやらせて貰うよ」

「危険はないみたいでやんすから、あっしはこれにて」

「...そうだな、サンキューコボルト。今まで色々助かった」

「いいでやんすよ。強い悪魔になる為でやんすから」

 

その後10分ほどで、デオンの重機顔負けの怪力と俺とドクターの知識による作業効率化により新しいカプセルはすぐに設置できた。

 

改めて思うが、何でこの華奢な腕からあのパワーが出るのだろう。謎だ。

 

「では、合体だったな?プランはあるのか?」

高位回復魔法(ディアラマ)使える回復役と、極大(ダイン)クラスを撃てる攻撃役が欲しいです。けど、とりあえずは戦力の底上げが目的ですね」

「手持ちの悪魔を見せるがいい...フム、これは早速我が機械式悪魔全書を使う事になりそうだな」

「...とすると、マッカが吹き飛びそうですね」

「戦力と命には変えられまい。何、テスト運用がてらだ。使用料の現金は8割引きにしておいてやる」

「そこはゼロまで引き下げて下さいよ」

「何を言う、炉心稼働にかかるMAG量を考えれば必要なコストだ。譲れんさ」

「サマナー、彼2割で元が取れると言っている気がするのだが」

「俺もそう聞こえた。守銭奴の家系かなー」

 

とはいえ、8割減額はありがたい。今のうちに試せるだけ試してみよう。

 


 

まず、コボルト2体による合体によりアーシーズを。スプリガンとピクシーによる合体でエアロスを作り出す。

彼らは精霊と呼ばれ、合体に用いるとそれぞれの種族においてクラスの同じ悪魔に変換させる事が出来るという性質を持っている。

 

それに加えてここの合体システムの肝、悪魔合体に際しての生贄のMAGを追加できるというシステムを用いる事により、同種族で強力な悪魔にランクアップさせる事ができる...筈だ。

 

まぁ、そのあたりは合体予想と睨めっこして決めるとしよう。

 

「じゃあ、まずは雪女郎から」

「ええ、これでお別れですね。ですが私の魂はサマナーと共にあります。それをお忘れなきように」

「ありがとう。じゃあ、いつも通りコイツで」

「ふふっ、サマナーも好きモノですね」

 

この日の為に用意していた大吟醸九段仕込みにて盃を交わす。

 

「「別れに」」

 

その別れに涙はない。互いに納得して、次に進む為の別れなのだから。

 

アーシーズと雪女郎をそれぞれカプセルに入れ、合体を開始する。

 

追加MAGは5000、ミドルクラス上位からハイクラス悪魔狙いだ。

 

「サーキットロック!ターゲット、雪女郎、アーシーズ!...GO」

「あ、掛け声変えたんですね」

「こっちの方が格好いいからな!」

 

二つのカプセルの中で分解されたMAGが伝道パイプを通って混ざり合い、追加のMAGがそれを活性化させていく。

 

そうして、徐々に形が作られていく。どこか懐かしい、蛇の髪の女が。

 

「私は鬼女メドゥーサ。ゴルゴン3姉妹が末妹。...縁とは、不思議なものですね。違う私の残した願いが、私を貴方と出会わせました」

「...それは本当に、奇縁だな。改めて名乗らせて貰う。俺は花咲千尋。悪魔召喚士(デビルサマナー)だ」

「では、私の命が続く限り貴方を守ると誓いましょう。その方が面白そうですから」

「ああ、よろしく頼むよ。メドゥーサ」

「ええ、今後ともよろしくお願いします。サマナー」

 

アウタースピリッツであったメドゥーサとは違い、髪は蛇のものであり、下半身は蛇のものになっている。

それでも精神性が似ているというのは、きっと違う世界でも同じ思いで生きていたからだろう。

 

「じゃあ次だ。ラームジェルグとエアロスを頼む」

「サマナー、別れか」

「ああ、別れだよ。今まで世話になった...んだが、どうしてあの時お前は俺と契約したんだ?そこだけずっと気になってたんだ」

 

コイツとの出会いは、広域破魔魔法(マ・ハンマ)を回避した後の交渉からであるが、それ以前にもマッカを溜め込むなどしてサマナーの仲魔となり、異界を潰すという目的を持って動いていた。

 

そこを少しだけ、妙だと思っていたのだ。

 

「...良き女が、涙を流していた。鬼と化した身とはいえ、見過ごせるほど薄情にはなりきれなかっただけの事だ」

「...お前、そういう事は早く言えよ。裏切り系合体素材と思って扱いちょっと雑にしてたじゃねえか、マジでごめん」

「気にするな。それに、男が多くを語るものではない」

「だからなんでそのキャラを前面に出してこなかったよお前」

 

どこかぐだぐだになりつつも、盃を酌み交わす。

 

「「別れに」」

 

ラームジェルグとエアロスをカプセルに入れる。こちらも追加MAGは5000、ハイクラス悪魔であるメドゥーサを引き当てられた事の験担ぎだ。

 

「サーキットロック、ラームジェルグ、エアロス!...GO!」

 

再びの合体シークエンス。合体予想は邪鬼オーガ。強靭な肉体を持つ頼れる前衛だった。

 

が、ここでも起きる奇妙な事象。「ム?」じゃねぇよ。

 

計器が吐き出すのはエラー表示。また合体事故か!

 

「...フム、邪鬼という括りでは魂が高潔すぎたのだろうな。種族の変質か」

「...オイ、どういう事だ?」

「合体事故という訳でではない。邪鬼としてではなく、闘鬼としてラームジェルグは生まれ変わるという事だ」

「...闘鬼?」

 

煙が晴れ、カプセルが開く。

そこには、逆立つ髪の毛に額に輝く光輪。そして左右の目の大きさが奇妙に変わる男がいた。

 

「...チッ、この程度の霊基に乗っちまった。まぁそれも戦を楽しむ為って思えば悪かぁねぇか!」

「...俺は悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋。お前は?」

「あー、狙った訳じゃねぇのな。なら名乗らせて貰うわ。俺は闘鬼クー・フーリン。やっぱお前がサマナーなのな。違う俺を殺した手腕で俺を使いこなしてみせな!それが俺の契約の対価だ!」

「...上等!後になって働かせ過ぎだとか後悔するなよ?」

「ハッ、言うねぇ!」

 

どちらともなく手を差し出して握手をする。が、クー・フーリンの力の入れすぎで俺の右手が超痛い。

 

「...お前、いきなりの反逆か?」

「だったらどうすんだ?」

 

試すようなその言葉。そんなもの決まっている。生殺与奪を握っているのはこちら側だ。

 

「MAG供給をカットする。干上がれ」

「...流石に遊び過ぎたな。すまん、悪ふざけだ」

「俺の右手が形を保ってる時点で手加減してくれたのは知ってるよ。クッソ痛かったけどな!」

「悪かったなサマナー。俺を殺したのがどんな奴なのか気になってたんだ。こっちの俺と繋がるサマナーは稀だからよ」

「...言わずと知られた幻魔に、異世界の英雄、次いで闘鬼ときた。そのうち戦隊でも作れるんじゃねぇか?クー・フーリンで」

「...戦隊?」

「5人くらいの人数で悪と闘う者達の事をそう言うそうだ。フィクションでのことだがね」

「ありがとよ...お前さん」

「デオンだ。これからよろしく、クー・フーリン」

 

デオンとクー・フーリンが握手をする。今度はクー・フーリンの顔が歪み始めた。

 

「なんつー力してんだこいつ⁉︎」

「君がサマナーに危害を加えるとは思えないけど、もしそうしたら僕が斬る。忘れないように」

「上等!いい団を作ったなサマナー!」

「そう思うよ、特に最近はな」

 

まぁ、弱体系魔法の使い手だったり回復魔法の使い手だったり、欲しい人材ならぬ悪魔材はいっぱいいるのだが。そこは技量で誤魔化すとしよう。どうせ強者は強化解除(デカジャ)弱体解除(デクンダ)の手段は持っているのだし、回復は最悪メディラマストーン自作して使うか、宝玉や宝玉輪なども高額アイテムで誤魔化せない訳でもないのだし。うん、問題はないな。

 

そんな横道に逸れまくった考えは、思いがけない仲魔の一声で引き戻された。

 

『...サマナー、良いか?』

『どうした?オセ』

『あの者と、一手死合いたい。頼めるか?』

『...ああ、わかった』

 

その言葉に、強い覚悟を感じた。なら、これ以上の言葉は無粋だろう。

 

「サモン、オセ」

「...へぇ、やろうってか」

「己を測る為、一手願いたい」

「断る理由はねぇな!」

 

両者の合意は成った。武人同士は話が早い。

 

「てな訳で、あそこ使っていいか?ドクター」

「構わん。が、壊すなよ」

「だってさ」

「承知」

「ま、互いに縛られてんなら死合いに影響はねぇか。互いに近接型だしよ」

 

そんなわけで移動して地下の修練場。楽園戦争以後海馬の魔術師により改築されたこの家だが、魔術や武術の訓練と色々と便利なこの広いスペースは残していたらしい。

 

「堕天使、オセ」

「闘鬼、クー・フーリン」

 

「「いざ!」」

 

よーいどんの掛け声はなく、互いが互いの虚を突こうとした結果として同時に走り出したようだ。

 

が、互いに無理と判断してからはオセの動きが一手先んじた。オセは豹の身軽さを利用して練兵場を跳ね回り、小さな冥界波を小刻みに放っていた。体力の消費を最小限にしての小手調べだろう。

 

クー・フーリンはその冥界波の雨を、何処からか抜いた槍にて迎撃する。冥界波と同等以上の威力の槍の払いで相殺しているのだ。

 

体勢は、崩れない。流れるような動きだ。

 

「...しからば!」

 

遠距離戦闘はジリ貧であると断じたオセが攻めに出る。

スピード、パワーどちらにおいても劣っているのが今のやりとりで分かったのだろう。クー・フーリンはハイクラス悪魔であり、オセはミドルクラス悪魔だから当然といえば当然だ。

 

故に、オセが勝つには先手を取り続けなくてはならない。

 

「ハッ!」

 

小刻みのMAGチャージにて剛剣と化した右の剣を振り下ろし、その勢いで二撃目のタメを作るオセの基本剣技。それは長剣二刀流という独特なスタイルで戦ってきたオセの必勝パターンだ。

 

「見え見えだが、悪かねぇな!」

 

右の剣を槍で逸らし、流す。それで剛剣は躱されるが、続く二の太刀がクー・フーリンを襲う。

 

それに対して、クー・フーリンは()()()()()

 

「何ッ⁉︎」

「長剣二刀、使いこなしてるのはわかるんだがな。振り下ろしてから二の太刀までに一瞬隙がある。俺たちレベルのスピードなら、突けるぜ?」

 

踏み込んだことにより長剣の柄を体に受けるクー・フーリン。二本の剣はこれで封じられた。だが、このレンジでは槍を十分に振るう事も出来ないはず。

 

そんな常識は、()()()()()()()()をモロにくらい崩れ落ちるオセの姿によって吹き飛ばされた。

 

「クッ!」

「終わりか?」

「当然、否!」

「じゃねぇと面白くねぇよなぁ!」

 

今度は攻守が入れ替わる。チャージを開始したオセに対してクー・フーリンの雨のような刺突が放たれる。

 

それを両の剣にて払い、躱し、しかし押し込まれていくオセ。

 

しかしそれでもチャージは止めなかった。強者であるクー・フーリン相手に一矢報いる為。否、勝利する為にその力が必要なのだとわかっているからだ。

 

「この戦闘速度で溜めを止めねぇか。本当にいい根性してんなオイ!」

「それしか、能がない!」

 

戦いながら集められたMAGが、十分量溜まる。ここからのオセの一撃は、必殺だ。

普段はここから冥界波を放つのがパターンだが、それにはいささか近すぎる。どうする?

 

「じゃあ、ギア上げてくぜ!」

 

クー・フーリンの槍がブレ、穂先が増えたように見える。刺して引く。たったそれだけの動作を超高速で行なっているためにそう見えてしまうのだろう。

 

名付けるのなら、百烈突きといったところだ。これを喰らえばまともな悪魔ならタダでは済むまい。

 

だがオセはその突きの雨に対して()()()()()

ダメージ覚悟の特攻ではない。どんなに穂先が増えて見えても実像は一つ。故に、必要な反撃も一つだけだ。

 

それを見抜くセンスを、オセは持っている。

 

「ウォオオオオ!」

 

チャージした力をもって、オセが二刀で槍をカチ上げ吹き飛ばす。

流石のクー・フーリンでも槍を握り続ける事を諦める程に、その力は強かったのだ。

 

そして、武器を失ったクー・フーリンに対して二刀でのアドバンテージを活かして着実に攻めて行くつもりだろう。これは、番狂わせが起きるかもしれない。

 

そんな予想は、次の瞬間にひっくり返された。

 

クー・フーリンが弾き飛ばされた槍に向けて跳び、()()()()()()()()()

 

「曲芸を!」

「舐めるなよ、この()()こそ我が絶技!受けるがいい、蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

中距離から投げられたその槍は正確にオセの霊核を貫き、絶命させた。

 

「...見事」

「お前も、悪くなかったぜ」

 

まさに絶技だ。腕の3倍力のある足を使っての投法、単純威力で3倍という訳ではないだろうが、かなりの威力の遠距離技となっている。

 

そして何より恐ろしいのは、あの投げ槍は貫通力に秀でているという事だ。それはつまり力場抜きの能力が優れているという事。耐性力場くらいなら抜いて殺し得るだろう。

 

クー・フーリンは、本当に頼りになる仲魔だ。心強い。

 

だかそれと同時に、別れも訪れる。オセがクー・フーリンとやり合いたいと言い出したのは、自分の力では足りないと感じ始めたが為。己をかけた戦いで負けたのだ。それを引き止めるような契約は、俺とオセの間にはない。

 

地返しの玉を使ってオセを蘇生させる。その目は、どこか満足しているようだ。

 

「いいのか?お前の力は、通用しなかった訳じゃないんだぞ?」

「構わない。...いや、違うな。俺の最高の力が届かなかったのだ、武人を名乗った身として納得ができたのだよ。美しく舞う剣舞にも、力強く闘う槍術にも俺は届かなかった。だが、悔いはない」

「この野郎...わかった、お前は今度はどんな悪魔になりたい?予定になかった合体なんだ。プランは自由だぞ」

「...なら、回復の力を持った悪魔になってみたい。ただ戦うだけでは、新たな仲魔たちの二番煎じにしかならないからな」

「了解だ。攻撃も回復もできるオールラウンダーに仕立ててやる」

「それは楽しみだ」

 

かつてハイ・アナライズをした中で高位の回復魔法を使える敵をピックアップしようと検索する...該当なし。それならば合体先で回復魔法が使える種族を逆算...作成難易度を考えると、天使が良さそうだ。外道と掛け合わせれば天使が作成できる。

...うん、堕天使と外道を混ぜると天使になるとか割と意味わからないが、そこはいいだろう。

 

外道族の中では、ハイ・アナライズした敵の中にドッペルゲンガーがいたはずだ。戦闘力は高くなかったが霊格はなかなかの相手だったと記憶している。所長が瞬殺したが。

 

密室殺人事件の容疑者全員を縛り上げ、ハイ・アナライズをしてドッペルゲンガーを引っ張り出したという脳筋スタイルで解決した事件がデオンと出会う前にあったのだ。だってアリバイ崩しとかより物証引っこ抜く方が早いし。

 

「では、サマナー」

「ああ」

 

修練場から戻り、再び研究室へと赴く。

足取りは、少し重い。

 

オセの戦う様を見て、閉じ込めていた念がすこし漏れてきたのだろう。

やはり、別れは別れだ。生き残る為のものだとしても、苦しさは変わらない。

 

だから、万感を込める。

 

「じゃあなオセ。短い間だったが、お前には世話になった。本当にありがとう」

「こちらも、得難い経験ができた。ありがとうサマナー」

 

酒を注ぎ合い、盃を交わす。

 

「「別れに」」

 

そうしてオセは消え、新たに天使ドミニオンが仲魔となった。

 

「私は主の声を第一とします。ですが、貴方の命に従うことを誓いましょう。この名もなき二刀に誓って」

「ああ、ありがとうドミニオン。これからよろしく頼む」

 

青い髪に白い羽、白いローブのドミニオンは、天秤と聖書の代わりにその服装に似合わない無骨な二刀を携えていた。オセの信念の産んだ残留現象だろう。消えて尚俺に残してくれるのは、それだけ俺との暮らしを楽しんでくれていたから。それを思うと、心の中でもう一度「ありがとう」と想った。この想いはもう二度と、伝わる事はない。

 

だから、せめて笑っていよう。消え去ったオセに冥府で笑われないように。

 

「メドゥーサ、クー・フーリン、ドミニオン。盃を」

「...こういう催しは縁がありませんでしたので新鮮です」

「何、大して構えるもんじゃねぇ。ノリでいいんだよ」

「ノリですか...まぁ、無粋に騒ぐでもなし。やるとしましょう」

 

「「「「出会いに、乾杯!」」」」

 

酒を一飲み。出会いの喜びを素直に喜ぶ。苦しみはあれど、喜びは本当のことなのだから。

 


 

少し離れた所から、サマナーが盃を交わす様を見る。

今までのサマナーに足りなかったのは力だ。逆に言えば、力以外の全てをサマナーは持っていた。心の強さと、優しさを。

それが今、足りなかった力を手に入れた。もう、自分がいなくても大丈夫だろう。

 

寂しいが、嬉しい。

 

今はまだ大丈夫だが、()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふむ、どうしたのだ白百合の騎士よ。新たな仲魔ができたにしては浮かない顔だが」

「...少し、別れが辛くなっただけさ」

 

咄嗟に嘘をつく。内心を悟らせてはならない。

 

「そう警戒するな。一歩下がったそのあり方は好ましいが、それだけではないのだろう?お前は、何かを恐れている」

「...そうだね、仲魔の力は千尋の力だ。それが強くなって道を違えてしまわないか不安なのさ」

 

「まぁ、そんな心配は無用だとわかっているのだがね」と付け加える。これでどうにか取り繕えた。もう、ボロは出さない。

 

「フゥム、些か釈然としないがいいだろう。別にお前に興味があるわけでもない。さぁ、お前のサマナーが呼んでいるぞ。古参の仲魔として新参どもにレクチャーをするといい」

 

そう言ってドクターは合体装置と悪魔全書の計器を確認し始めた。

怪しまれても何だ。サマナーの元に向かうとしよう。

 

今のサマナーなら、全力の私を殺し得る。その事に安堵と、一抹の寂しさを感じていたと悟らせないように仮面を被り直して。

 


 

合体を終えて海馬の館を去る。皆の警邏の様子を確認してみるも、問題は無し。所長達がガイア教と、縁達がメシア教と遭遇したらしいが、目的は共に警邏だったため情報を共有して終わったそうだ。

 

「メシアンとガイアーズが警邏に動いてるか...やっぱ令和が発表された事で緊張が増してんのかね」

「それはわからない。だが、いざという時に頼れる組織が一つでないというのは素敵な事だよ、サマナー。メシア教もガイア教も、それぞれの理由で人の世界を守っているのだから」

「...そだな。まぁ本命の黄金の王は影も形も掴めずって...そだ。もう一つツテを尋ねてみるか」

 

思いついたが吉日。早速サーバを通じて連絡を取ってみる。

 

『何?』

『寝起きか?内田』

『...ちょっとばかり疲れてるだけよ。アイツは御せないって事がよくわかっただけだったわ』

『あー、お疲れ様?』

『...ありがと。それで、何の用?私は次の英霊の勧誘に向けてそこそこ忙しいんだけど』

『そのアウタースピリッツの話だ。ヤタガラスの外部協力者からの情報なんだが、占い適合者に向けてヴィジョンが押し付けられたんだ』

『...知ってるわ。下手人ウチの問題児だもの』

『...予想外の展開だな。それで、黄金の王は何が目的なんだ?』

『人類の裁定よ。アイツは最初から最後まで未来がどうあるべきかを見定めてた。ヴィジョンによる犯行予告をしたのは、腹を決めたからじゃない?傍観よりも殲滅を選んだのよ、アイツは』

『制御できてないのか?』

『あの金ピカを制御できるわけないじゃない』

『ひっでぇ言われよう』

 

というか金ピカって。さらっとDisるのな。

 

『それで、お前は黄金の王の情報を、俺に流すか?』

『甘く見ないで。あんなのでも、地獄の中で救いをくれた恩人なの』

『じゃ、この内通もこれまでか?』

『いいえ、これは続けさせて。貴方が生きていたらだけど』

『...まぁ、敵側へのホットラインは貴重だからな。互いに大目的は一致しているんだし。切る理由はないか』

『...そうね』

 

『でも、私は譲れないわよ。結界の縮小と加速化による黒点解決方法の模索って手は』

『こっちだって譲れるか。世界を縮める事で何人死ぬと思ってる』

『ニセモノのヒトが何人死んだところで、世界には関係ないわ』

『そのニセモノは今の人類だよ。なんでそこが分からないかね』

『...色々あるのよ、こっちにも』

『そうか...すまん、色々無遠慮に踏み込み過ぎた』

『普通、情報を得るためならもっと来るものなんじゃない?』

 

『それは...違うな、俺のやり方じゃあない』

『何、無意味なポリシーでもあるの?』

『当たり前だ、男にはカッコつけたい一線って奴があるんだよ』

 

『俺は、お前も今の人類も全部含めた未来を掴みたい。だから、こうして道を探してる』

 

なんとなく、息を飲む音が聞こえた気がした。

 

『...馬鹿じゃないの?適度に切り捨てないと重荷で死ぬのは貴方よ、花咲千尋』

『わかってる。けど、やめられないから俺は無茶をしてんだよ』

『...本当に、馬鹿ね』

 

二度目の馬鹿は、なんとなく意味合いが違うような気がした。認められたのか、呆れられたのか。前者であれば嬉しいが、後者だろう。

 

『私は彼を止める事は出来ない。だから言えるのはこれだけよ』

 

『死なないで、あんたは私が殺すんだから』

『お前にも、殺されるつもりはない』

 

そんなやり取りを最後に念話は切れた。

あの内田が御し切れないアウタースピリッツ。純粋戦闘力ならトップクラスだろうことは容易に想像できる。

 

襲撃の開始は結界更新日。4月30日から5月1日にかけて。

残り時間はそう長くない。それまでに、策を練らねば。

 

天高く飛ぶ黄金の王を落とし、2体以上のアウタースピリッツにて襲いかかってくる内田を止め、結界を更新させる。

 

やるべき事は山積みだが、やらねばならぬ理由はある。

 

とりあえずは、あの黄金の王の目を俺に絞らせる方法を考えるとしよう。

 

 




闘鬼クー・フーリンである作品を思い出した人、多分正解です。自分がオリジナルメガテン世界観を書こうと思ったきっかけが実はあの作品ですから。エタってしまったのが残念です。

ちなみにその作品はこちら。

デビルサマナー外典 ソウルガーディアン

http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=all&all=7357&n=0#kiji


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平成331年4月30日 その1

スマブラにジョーカーが参戦したので早速使ってみましたが、難しいキャラで使ってて楽しいです。相手にするとガノンクラスのクソゲーですが。ペルソナついてる時に弱がバースト技になるってちょっとおかしいと思うんですけどね!
もっとも、それを補うペルソナついてない時の弱さがあるので、楽しいキャラなんじゃないかなーと思います。


嵐のような日々だった、というわけではない。

 

その日が近づくにつれて各勢力は大人しくなり、しかし悪魔や異界の討伐には皆積極的だった。

遡月の街は今、最良のコンディションに整えられている。大儀式の準備は完璧だ。

 

だが、息を潜めていた者たちが暴発的に蜂起することもなかったのだ。メシア教、ガイア教の過激派、ファントムソサエティ、歌女や堕天使の軍勢。そして内田たまき。

 

全ての者たちが息を潜めて、その時を待っていた。

 

時代が変わる、瞬間を。

 


 

午前6時。少しの眠気を収めてヤタガラス本部、トルーパーズ本部に集合する。

 

令和結界の構築陣の起動が始まるのは、午前7時。順調に完了すれば午後4時には起動準備が完了する。

 

つまり、9時間術者を守り抜けばひとまずの勝利ということになる。

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。これからトルーパーズの最終ミーティングを開始します」

 

無言で頷く皆。

 

「ヴィジョン映像を解析した結果、黄金の王の襲撃時刻は12時前後。出現はもう少し前と踏んで11時から周辺を張ります。前線を張る私、花咲さん、は三方に散って、薊、縁さん、志貴くんは別れてサポートを。...敵の逸話がわからなかった以上戦闘は力押しになります。が、戦闘区域の人払いは済ませました。被害が出ても問題はありません。全力を撃ち込みましょう」

 

「了解」

「では、参りましょう。生きて、令和の日を迎える為に」

 


 

黄金の王の襲撃現場周辺のビルの屋上にて、デオンと縁と共に周囲を見張る。

 

「とはいっても、暇な者だね」

「それはそうだろ。ヤタガラスの全戦力が出張ってるんだ。それに他の組織の有志たちもいる。そんな大した事は...ありそうだ」

 

明らかに様子のおかしい人が、眼下にいる。

 

「アレは、ミクリアさん?ガイアの有志がなんで単独行動を...ッ⁉︎」

 

一目で状況を理解するのは難しかった。

だが、わかることはある。

 

今、デオンが駆けなければミクリアさんは蒸発していたということだけだ

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この騎士は、花咲か!」

 

「縁、降りるぞ!」

「はい!」

 

ビルの屋上から飛び降りる。

あの伸びる斬撃バルムンクによる迎撃はなかった。サマナー殺し狙いなら真っ先に障害となる者を殺しにくるだろう。

 

理由は不明だが、セットしていたバルドルの簡易召喚が使われずに済んでよかった。バルドルの逸話防御ではバルムンクほどの範囲攻撃は防ぎ切れないないだろうからだ。

 

縁の障壁でもそう容易く防げるものではないだろう。

 

ジークフリートの目的が不明だ。

サマナーとの仲違い?それにしては殺意がない。無機質だ。

 

「ミクリアさん、何があったんですか?」

「...わからない。ジークフリートが突然苦しみ始めて、暴走を始めた」

「何かの条件は?歌や術、MAG波なんかのサインはありましたか?」

「...ない」

 

魔剣にMAGを込めながら、苦しみを抑えてジークフリートが声を出す。

 

「俺を、殺せ!」

「何言ってるジークフリート!そんな真似ができるか!」

「俺を、操っているのは、()()だ!止まらん!」

 

「サマナー、彼は殺すしかない」

「...デオン?」

 

「あの段階までいったアウタースピリッツは止まらないし、止まれない。そういうものらしい」

「...他に手はあるさ!ミクリアさんMAG供給のカットを!」

「もうしている!それでも、干上がる様子がない!」

「繋がってるのか、世界と!外の世界と!」

 

こちらの思考など構わないとばかりに幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)が振り下ろされる。

 

『やれるな?デオン』

『いつか言ったろう?任せてくれ、サマナー』

 

その斬撃を、デオンが真正面から斬り飛ばす。幻想としか言い表せない翠色の斬撃を力と技のみで吹き飛ばしたのだ。

 

「うん、やれないことはないね」

「けど結構心臓に悪いから撃たせないようにしよう、うん」

 

「サモン、メドゥーサ、バルドル、クー・フーリン、ドミニオン、カラドリウス!」

「千尋さん。あの人、苦しんでます!」

「だから、殺すしかないんだよ!」

 

デオンとジークフリートが剣を合わせる。

筋力はやや優勢。敏捷性は互角。

 

そして、剣技ではデオンが上手。ジークフリートの大剣の振りの遅さをサーベルの速度で

 

「横槍準備はしておけよ、皆。純粋剣技だけで終わる相手じゃあない」

 

メドゥーサとバルドル、カラドリウスの向上(カジャ)系魔法がデオンを覆う。若干上回っていただけの剣技が、命を断てるほどに強化された。

 

そして、デオンはジークフリートのバルムンクを弾き上げ、返す刀で首への一閃を放ち

 

首に傷を負わせる程度で止められた。

 

力場ではない、肉体に作用するその現象はッ!

 

「逸話防御ッ⁉︎」

「やはりか。斯様に奇怪な鎧だ、何かあるとは思っていたよ!」

 

弾かれても握り続けられたバルムンクの返す太刀にて一閃が放たれるも、わかっていたようにするりと回避した。

 

「ミクリアさん、弱点は⁉︎」

「...いいや、私も知らない。だが、胸の輝く傷でないことは確かだ」

「その心は?」

「弱点を吐かせられる可能性を考えて、対呪術式(カウンターカーズ)で偽の情報を流すよう仕込んだ。これはジークフリートも知っている!」

「つまり、胸の傷はブラフか...強いな」

 

作戦を練る。敵の逸話防御を抜く手段が聖剣魔剣の類なら意味は無いが、試せるだけは試そう。

クー・フーリンに微弱な攻撃術式をしこんだカラーボールを投げ渡し、まずは全身をくまなく探査しようと決めた所で、声がかかった。

 

ジークフリートの、血を吐くような声だ。

 

「背中、だ!」

 

たったそれだけの事を言うのにどれだけの強制力を弾き返したのだろうか。ジークフリートの目はもう無機質にデオンを見ていた。

 

だが、想いは伝わった。

 

「ミクリアさん、良いですね?」

 


 

自分ミクリアは大した人物にはなれないと自覚していた。かつて強大な地母神を従えていた家系であることは知っていたが、その召喚、制御の術式は失われて久しい。

 

ガイア教徒になった理由とて、ただの惰性だ。かつて家がガイアに連なる者だったからガイアに身を置いただけ。

 

そんな自分は、当然のように戦い、破れ

 

そして、運命に出会った。

 

翠色の閃光が、目に焼き付いて離れない。

騎士、そんな言葉が頭に浮かんでくる。そんな男に、俺は救われた。

 

「すまない、危険と見て割って入った。無事か?」

「...ああ、なんとか生きてる」

「できれば、ここがどこか教えてほしい。やはり、ヴァルハラには行けなかったのだろうか」

「あんたが何を言っているのかは分からんが、ここが何処かならすぐにわかる。あんたが主を倒してくれたからな」

「主?...あの怪物のことか」

 

崩壊が始まり、弾き出されたのは山奥。自分の家系の保有する霊地だ。

 

「...恩人に名乗ってなかったな。無礼を許してくれ。俺はミクリア、悪魔召喚士(デビルサマナー)だ」

「...デビル、サマナー?」

「...どうやら、そっちは訳ありのようだな。恩人相手だ、便宜は図ろう」

「ああ、どうやら俺は生まれ変わった、のか?」

「そこは疑問形なのか。...それで、あんたの事はなんて呼べばいい?」

「...ジークフリートだ。呼び方は、なんでも構わない」

「じゃあ、ジークフリート。その分じゃ寝ぐらもないんだろう?ウチに来るといい」

「ミクリア、お前は人が良いな」

「少し違うな」

 

「なんとなく、お前に借りっぱなしは嫌なだけだ」

「あの程度、貸しとは思わないが」

「俺が思うんだ。だから素直に受け取ってくれ」

 

それが、長い付き合いになるジークフリートとの出会いだった。

 


 

それからなんとなくジークフリートが悪魔のようなものだとわかり、なんとなく契約を結び、なんとなく共に戦いを続けていた。

 

ジークフリートと出会った事で、俺は未知を知った。この世界に本来伝わっていた筈の歴史というものを、神話というものに興味を持ち始めた。

 

口伝で伝わる楽園戦争前の事、悪魔の語る自身の語られた時のこと、サマナーネットに流れる出典不明の情報たち。

 

そういったものが、輝いて見えるようになったのだ。友人の語った、ただ一つの英雄譚、邪龍ファヴニールを討伐したと言っただけの、内容も何もない簡素な事がどれだけの偉業なのかを確かめるために、歴史を探し求め始めた。

 

不器用に優しい、新しい友人と共に。

 

「...この世界は妙だ。300年の歴史の中で、進歩はある。技術のブレイクスルーというのか?そういった劇的なものも確かにある。だが、何故それが外へと向かない?」

「外?」

「この世界の外側にだ。魔界があるのなら、海の先に夢を見るものがいてもおかしくはないだろう」

「...それもそうだな。外があるなんて考えもつかなかった。お前の視点は面白いな、ジークフリート」

「では、次の目的地は海沿いの街を提案する」

「それなら、良い土地があるな。...遡月市」

 

「次の目的地は、遡月市としよう」

 


 

そうして現地のガイアに渡りを付け、実家の資材を投じて作り上げた船を浮かべて外に向かう。どんな災害に遭っても大丈夫なように高密度MAGコーティング、霊的防壁を備えたこの船は大きくはないものの、十分な渡航能力を備えていた。

 

「ジークフリート、出航の時はお前の世界では何と言うんだ?」

「Abfahrt...だろうか。すまないが、水夫の知り合いはいなかったから実際に聞いた事はない。間違いかもしれないぞ」

「構わない。それが間違いかは、これから確かめに行くんだからな!」

 

エンジンを始動させ、結界更新前で不安定になっていた隙間を抜けて外に出る。

 

そして、全てが繋がった。

何故、歴史を途切れさせなければならなかったのか。

何故、外に関する資料が途切れていたのか。

 

「抜け...た...」

「...サマナー!戻るぞ!」

 

その光景は、なんと表現するのが正しいかはわからない。

だが、あえて言うならば、“世界の終わり”だ。

 

黒が、全面を覆っていた。

 


 

それから、どう戻ったのかは正直覚えていない。

 

だが、目にした事実は変わらない。

 

「ジークフリート...あれは、なんだ?」

「良きものではない。それは確かだ。」

「...なんとか、できるのか?」

「さぁな。だが、まだ学ばなくてはならない未知は多いようだ」

「...お前となら、それも楽しそうだな」

 

瞬間、ジークフリートの目が狂気に惑った。

戦闘時でもないのにバルムンクを顕現(マテリアライズ)させたのがその証拠だ。

 

「サマナー、俺を送還(リターン)しろ!何かがおかしい!」

「ああ!」

 

『どうだ、ジークフリート』

『まるで指示の強制をされているようだ。サマナー、悪魔召喚プログラムの調子はどうだ?』

『いや、問題は...あるな。見たことのないエラーコードが出ている。outer code?』

『外からの信号か...確かに、サマナー以外の誰かに、操られているような、気分だ』

『大丈夫なのか?』

『...すまない』

『...そうか』

『死人が生きることがおかしかったのだ。なら、これは元に戻るだけのこと...と思うには、少し思い出がありすぎたか』

 

その言葉に、諦めていた何かが燃え上がるのを感じた。

自分は感情的な人間ではないと自覚していたが、そんなことはなかったようだ。

 

『...ジークフリート、俺はお前に死んで欲しいとは思っていない。何か手があるはずだ!まだ!』

『そうだと、いいな』

 

船を陸につけて、バイクを顕現させて走る。こういった不明コードの問題なら、西区のジャンクショップにツテがある。COMPの改造を行えるあそこならアウターコードとやらを停止させる方法を知っているかもしれない。

 

か細いツテだが、そこに賭けるしかない。

 

 

走る、走る、走る

ジークフリートの俺を消去(デリート)しろとの声を無視して、ひたすらにアクセルを開ける。

 

だが、その声も止まり数瞬経ったのち、不注意から転倒してしまった。

 

その一瞬が、命運を分けた。

 

召喚プログラムを起動していないにもかかわらずジークフリートは現れ、横薙ぎの一閃を放ったのだ。

 

「サマナー、逃げ、ろッ!」

「ジーク、フリート...」

 

その狂乱を抑え込んでいる目を見てわかってしまった。

 

生き残るには、ジークフリートを殺すしかないのだと。

ジークフリートの誇りを守るためには、殺してでも止めるしかないのだと。

 

だから...

 


 

「俺がやらなきゃいけないことなのはわかってる。だが、今の俺にはその力が無い!頼む花咲、ジークフリートを、俺の友人を!...殺してやってくれ」

 

その、血を吐くような叫びに、俺とデオンは頷いた。縁も、覚悟を決めたようで、その手にガントレットを構築していた。

 

「縁は伸びる斬撃からミクリアさんを守ってくれ!他の皆隙を見て背中を狙え!行くぞ、デオン!」

「ああ、サマナー!」

 

再び始まるデオンとジークフリートの剣戟。止まることなく動き続ける2人の動きは演舞のようで、背中を撃ち抜くなどということは不可能だった。

 

()()()()()()()()

 

『行けるな?クー・フーリン』

『おうよ、任せな!』

 

槍を顕現させ右足にて掴む奇妙な、しかし必殺の構え。

あれこそはクー・フーリンの絶殺の投槍術、蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)だ。

 

火力は十分、だが、そちらにジークフリートが背中を向けることはなかった。殺気を感じ取ったのだろう。

 

狙い通りに。

 

遅延起動(ディレイブート)0.3、石化回復薬(ディストーン)!メドゥーサ!」

「ええ、私の視界に入った事を後悔して死になさい。石化の魔眼(ペトラアイ)!」

「仲魔ごとか⁉︎」

 

剣戟空間を作り上げていたデオンごと纏めて石化の魔眼の領域に入れる。これならば、戦闘速度は関係なく動きを止められる。

 

そして、ペトラアイが着弾すると同時に契約のラインを通して石化回復薬(ディストーン)をデオンに投与する。これでこちらのデメリットはない。

 

だが、こんな程度の単純な手が英雄と呼ばれる男に通じる訳も無かった。

 

石化の力が弾かれたのだ。力場の内側で。

 

つまりは、逸話防御。石化だけが通じないのか、あるいは低ランクの他の力全てをシャットアウトしているのか。

 

おそらくは、後者だろう。

 

そして、デオンがジークフリートを弾き飛ばす。仕切り直しのタイミングを与えてしまうが、それどころではないのだろう。

 

その顔には、確かな焦りがあった。

 

「サマナー、剣筋が変わってきた。頑強さ頼りの特攻だ」

「ジークフリートの抵抗の意思が削られているのか...なら、短期決戦で決める!全員総攻撃、鎧の上から押して隙を作るぞ!」

 

「溜めに溜めたんだ、一番槍は貰うぜ!蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

槍がジークフリートの力場を貫き、肉体に僅かに刺さった。鎧の力で力のほとんどをシャットアウトさせられたのだろう。

 

しかし、あの技の役目は果たしている。

蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)は、呪いの槍技なのだ。

 

「グッ⁉︎」

 

刺さった槍先から爆ぜるように槍が生える。必中で、必殺。それがクー・フーリンのゲイボルクなのだ。

 

もっとも、流石にあそこまで減衰されていたのなら流石に必殺とはいかなかったようだ。

だが、ダメージは与えた。良いところに。

 

クー・フーリンはジークフリートが絶対に自分を警戒すると見て、絶技の矛先を足に向けたのだ。

 

次の一撃に繋ぐために。

 

気を伺っていた他の仲魔たちが、一斉に攻めかかる。背中を狙える位置に近いのは、ドミニオンだ。

 

「チャージは完了しています。一撃、受け取りなさい!」

 

ドミニオンの斬撃がジークフリートのバルムンクをカチ上げ、そして二の太刀をモロに食らって吹き飛ぶ。

だが、バルムンクはしっかりと握られており、その翠色の伸びる斬撃により背中に攻撃は届かないようにしていた。

 

その状況を切り崩す為に、バルドルが攻めかかる。

背後からの万魔の乱舞。仲魔が強くなり相対的に弱くなったバルドルの事を気にする余裕はなかったのだろう。

 

故に、反応は一手遅れた。

 

「死ねや半裸野郎!」

 

だが、バルムンクは止まらない。翠色の伸びる斬撃で体勢を整えたジークフリートは、そのままにバルドルを切りつけた。

必殺の斬撃だ。当たればタダでは済まない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

「効かねぇなぁ!」

 

上段から振り下ろされた光剣を身体で受け止めてそのまま進むバルドル。力場抜きの万能属性魔法を両手に宿したバルドルは、ジークフリートの体に()()()()()()()万能属性魔法を投げつけた。

 

そして、その五発の魔弾全てには、契約のラインを通じて仕込んだ俺の遠隔操作術式が仕込まれている。

 

5つの方向から一斉に襲う魔弾。だが、ジークフリートはさして慌てるでも無く一つ一つ丁寧に切り裂いていった。

だが、その一瞬でバルドルに向いていた目は外れ無敵の悪魔がフリーになった。

 

『行け、バルドル』

『あとで覚えてろよ?サマナー』

 

抱きつくかのような形でジークフリートの体をバルドルが押しとどめる。力がどうこうの問題ではない。人型であるジークフリートは関節部の可動域などに縛られている為に一瞬で振り払うなどという真似はできない。

 

そして、デオンに意図的にMAGを放出させる事で目線をそちらに向ける。

 

本命を隠す為に。

 

ジークフリートはバルドルに押さえつけられた体をなんとか動かして、デオンの方を向いた。

 

それは、本命に背を向けるという行為だとも知らずに。

 

「では、終わりにしましょう。極大電撃魔法(ジオダイン)

 

MAGを極力外に発露させないで術式を構築させた、極大魔法が解き放たれる。収束された極大魔法は光の柱となり、メドゥーサから一瞬でジークフリートの背中に着弾した。

 

「ガハッ!」

「畳み掛けろ!」

 

機動力は、バルドルとクー・フーリンが潰した。

生命力は、メドゥーサがほとんど削りきった。

 

あとはデオン、ドミニオン、メドゥーサ、クー・フーリンの四方からの同時攻撃で、王手だ。

 

だが、まだ決まりきってはいない。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

 

横薙ぎ一閃。無事だった左足を軸足にしてジークフリートが回転する事で全方位への同時迎撃を行った。バルドルは振り払われ、地面に転がっている。

 

どこにそんな力が残っていたんだ!とは思わない。ジークフリートはデオン同様歴史に名を残した英雄なのだろうから。

 

死力の向こう側くらいは使ってくるだろうと予測していた。

 

「デオン、クー・フーリン、合わせろ!」

「任せろ、サマナー!」

「はっ、俺の剣使いこなして見せな!デオン!」

 

ラインを通じてデオンに意思を伝える。交錯は一瞬だ。バルムンクの伸びる回転半径から考えると、次の一回転で前に出ている自分もズタズタになるだろう。しかも、バルムンクの放出が伸びるほどに回転速度も上昇している。まるで嵐だ。

 

だから、初撃を躱したデオンにその嵐を断ち切る力をインストールする。

 

夢幻降魔(D・インストール)、クー・フーリン!」

 

闘鬼クー・フーリンの輝く剣。あんまりなMAG消費から通常の使用を抑えていたが、ここでは真正面からぶち抜く以外ないのだ。

D・インストールによるステータスの向上と、デオン自身の技量による強化。戦闘開始時にかけられた三色の強化魔法。

全てをもって、翠色の暴風を両断する!

 

「...これが、私たちの全力だ!光り輝く破軍の剣(クルージーン・カサド・ヒャン)!」

 

光剣が嵐を断ち切り、その中心にいたジークフリートにトドメの一閃を与えた。

 

その目は狂気から解放された事からか、あるいはミクリアさんを殺さずに済んだ事からか笑みを浮かべているように見えた。

 

輝く剣の向こう側で。

 


 

「結界の外に出た⁉︎」

「ああ、その後の事だ。アウターコードというエラーコードが現れ、ジークフリートは...ああなった」

「...心当たりがあるな?デオン」

「...ああ。ヤタガラスのキュウビから、アウタースピリッツに刻まれた命令を実行段階に移すためのコードがあるらしいとは聞いた」

「その命令ってのは?」

「...現人類の抹殺、だそうだ」

「...そうか。ならなおさら感謝しないといけないな。ジークフリートに望まぬ殺しをさせないでくれてありがとう。花咲」

「...礼なら、最後まで抵抗していたあの英雄様に言えよ。最初から十全の力を出していたら、どうなっているかわからなかった」

 

だが、それにしては妙な点もある。ジークフリートの能力を完全に活かすなら、わざと護衛対象から離れていた俺に対して集中砲火を加えなかった。そうであるならばヤタガラスの交流スペースにてメディラマストーン10個と交換して手に入れていた物反鏡にて一撃で終わっただろうに。...それを読んでいた?

 

いや、種付きを現人類と認めていないと考えるのが自然か。だが、恐らくは旧人類とも認めていない。狭間の存在といえばいいのだろうか。

そう仮定するならば、縁の方に攻撃が向かなかった理由も説明は一応つく。あとで殺すつもりだったとかならアレだが。

 

「考えることは多いが、とりあえずは終わりだな。バルムンクの薙ぎ払いで受けたダメージ以外に大きいものはない。ドミニオン、皆の回復を頼んだ」

「承知しました、サマナー」

 

最後に放ったバルムンクの回転斬り。予備動作が大きかったが故に皆一応の回避はすることができていたが、余波だけでもかなりのダメージを負ったのだ。アレを直撃していたらと思うと、肝が冷えるばかりだ。

 

「すまん縁、定時連絡任せた。俺はジークフリートとの戦闘記録から他に何か得られないか探してみる。なにせ、初のアウターコード発動者との戦闘だからな」

「...はい、わかりました」

「不満だったか?」

「そりゃ、そうですよ。ジークフリートさんは望まないのに無理やり戦わされていた。なら、そんな悲劇なら!...千尋さんが何とかしてくれるんじゃかいかって期待してました。すいません、勝手に失望なんかしたりして」

「...実際救うことができるかも知れない手段は、いくつか思いついていた。情報凍結による遅延処置からコードの解析を行って、無理矢理に上書きするとかな。だが、あの戦闘の中でそれができるとは思えなかった。だから、次に闘う黄金の王との戦いに備えて俺たちの戦力を温存できる形で戦いを終わらせる事を選んだ。...俺は、命を救わないことを選んだんだ。失望するのが普通だよ」

「...いいえ、やっぱり千尋さんは千尋さんでした。すいません、変なこと考えて」

「考える自由を侵害したつもりはないんだがなー」

 

そんな言葉を最後に、()()()アウターコード適応者、ジークフリートとの戦いは一つの区切りを迎えた。

 


 

再びビルの屋上へと監視に戻る。ミクリアさんは危険区域に入らないようにマップデータを渡したので、偶然の野良悪魔に襲われるなんて事がない限り死ぬ事はないだろう。次会う時までにジークフリートに代わる前衛を揃えないといけないのは辛いだろうが、サマナーとしての実力は十分なのだ。きっと苦難を乗り越えてくれるだろう。

 

その時にも、ミクリアさんが敵になっていない事を祈るばかりだ。

 

「定時連絡終わりました。皆は大丈夫ですか?」

「ああ、やっぱ一流の悪魔ってのは違うわ。維持費の分だけしっかり働いてくれる。流石に結界が更新されたあとじゃあ維持コスト考えて劣化処理行わないとまずいとは思うけどさ」

「劣化処理ですか?」

「まぁ、情報の中抜きだよ。悪魔が情報存在だってのは知ってるよな?」

「はい。いまいち理解はできてないですけど」

「ちゃんと勉強しとけって、役に立つから」

「はーい」

「劣化処理ってのは、根幹にある情報を保護した状態で筋力だったり耐久性だったりを司る表面上の情報を削る事だ。合体みたいに構成MAGに干渉する特殊な設備が必要だが、まぁそこそこに役に立つ技術らしい」

「へー」

「お前がタラスクを制御しきれなかったらドクターに頼んでやってもらうつもりだったよ。扱う情報量が少なくなれば、それだけ制御も簡単になるからな」

「でも、制御って何をするんですか?私、タラスクに命令だー!って感じに頼み込んだ事はないですよ?」

「情報存在でしかない悪魔をこの世界に過不足なく顕現させる事、それが悪魔召喚における制御だよ。過不足なく顕現できれば、悪魔との契約も結ばれた状態で顕現するわけだから、サマナーの言うことをちゃんと聞く。そういうカラクリなんだよ」

「じゃあ、私はタラスクをちゃんと制御できてるって事なんですか」

「そ。制御に関しては本当に天性の素質がモノを言うから、邪龍タラスクを扱えてるお前は、案外サマナーとしての適性も高いのかもな」

「私が、サマナーですか...」

「まぁ、軽く考えとけ。お前の聖女としての力だけでも十分に強いんだからな」

 

雑談をしていると、ドミニオンによる回復処理が終了した。

皆に確認を取ってみると、ダメージの影響はもうほとんどないそうだ。あとはCOMPの中で少し休めば万全の状態に戻せるだろう。

 

ドミニオンは治療するにあたり術の行使に少し自前のマグネタイトを使用した為、念のため活性MAG結晶(チャクラドロップ)をいくつか食べさせる。まぁ、流石にオールラウンダーのドミニオンが活性MAGを使い果たすような死闘になるとは思いたくないが、こればかりは念のためだ。いざって時にMAG不足で回復ができない!なんてのは最悪なことこの上ないのだから。

 

「しかし...人がいないとこの街、結構寂しいんですね」

「そりゃそうだろ。街ってのは人が居て初めて息づくものなんだから」

「...考えたことありませんでした、そんなこと」

「それが普通さ。街から人が居なくなるなど変事の時と相場は決まっている。そして、変事を予想できるものはいない。空想は、するかも知れないけどね」

 

そんなゴーストタウンと化した遡月の街に、やはり予想もつかない変事が起きる。

 

ふらふらと人が戻り始めてきたのだ。人払いの効いているこの戦闘区域に。

見れば、何やら尋常でない様子。

通信をしてみると、どこの地点でも起きているようだ。

 

「...ここ、あの金の人との戦いの場になるんですよね?」

「ああ、巻き込まれてしまうかも知れない。どうにかしないとな」

 

効果があるとは思えないが、広域に人払いの結界を張ってみる。案の定、効果は見られない。何かに操られるかのように人々は集まっていく。

 

そして、先頭にいる1人が()()()

 

脈絡も被害もない、意味のわからないただの爆発。

 

ただ、妙に生体MAGの密度が高いのが気にかかる。生贄?何のために?

 

「千尋さん!助けないと!」

「敵の目的がわからないにしても、目論見を通すのは良くないって事は分かるな!」

 

そうして再びビルの屋上から飛び降りる。

 

今度は、空中で迎撃された。予想していただけに対応は可能だったが、面倒なのがやってきた。

 

「デオン、奴の相手を頼む。俺と縁で下の人たちは何とかするから」

()()を一人で相手取るのはいささかキツイのだがね!」

「それしかないんだ、頼む」

「なら、良い店のチョコレートを頼むよ!」

 

反発(ジャンプ)の魔法陣を足場にしてデオンが敵と向かい合う。

 

「我はレギオン、多勢なるが故に」

「何でも良いさ、ここで斬らせてもらうのだからね!」

 

空中での多勢との戦闘と、地上での人々の救出。どちらも完遂しない事にはここでの動きは敵に利するものとなってしまう。

 

残念なことに今日はまだ始まったばかり。戦いはこれからだ。

 




今回はちょっと短め。リアルが忙しいのもありますが、区切りの良い所で切るとこうなりました。



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平成331年4月30日 その2

令和が始まる前に第1章終わらせたかったですが、無理そうですねー。


呻き声すらあげない奇妙な人の群れ。それを守るように現れた悪霊レギオン。かなりの密度のMAGを持っているのだろうか、群体と言っても過言ではない恐ろしい巨大さになっていた。

アレをデオン一人に任せるのは少し怖い所があるが、適材適所だ。

 

まず、やらなければいけないのは洗脳されたと思わしき人々がどんな状態にあるかの確認だ。魅了魔法(マリンカリン)混乱魔法(テンタラフー)によるものならば、精神安定(メパトラ)ストーンでどうにかなるがまぁそんな仕掛けをこんな日にする訳はないだろう。

 

「...まずはサンプリングからだな。縁、障壁で人を封鎖してくれ。多分あの爆発した方向にMAGを集めたいんだろう。いけるな?」

「はい、やってみせます!」

 

上空での激闘のために、術式のコントロールは乱せない。

なので、サンプリングはちょっと荒っぽい方法になる。

 

スマートウォッチのある左手で先頭にいた奴の頭を鷲掴みにして、接触型での探査を試みる。

案の定混乱や魅了などの簡単な方式ではない。魂に術式を刻み込んでいるのだろう。脳改造の可能性は今のところ薄い。

 

「千尋さん!壁にぶつかってくる人たちが!」

 

見れば、障壁近くの人々のMAGが急速に活性化しているのが見える。

あれは、自爆の兆候だろう。

 

「仕方ない。サモン、メドゥーサ!傷が痛むだろうが、頼む!」

「ドミニオンのお陰で傷は塞がっているので問題はありません。ご心配なく。石化の魔眼(ペトラアイ)

 

自爆寸前の人々を石へと変化させる。対処療法だが、仕方がないだろう。

 

だが、敵の想定はこちらの間に合わせを上回っていたようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それは、こちらの対処法は何もないと、この企みは止められないのだと言われているかのようだった。

 

『サマナー!レギオンが膨張した!爆発とリンクしている!』

『すまんデオン!あと4人吹き飛ぶ!増援は必要か⁉︎』

『...なんとかしてみせる!それよりサマナーは原因を取り除いてくれ!』

 

その言葉を最後に、デオンは戦闘に集中し始めた。上を見る限りでは、数多の触手をデオンが剣舞で切り抜けているというのが現状のようだ。

アレではジリ貧だ。だが、時間は稼いでくれている。

レギオンが強くなるのは、人が高純度マグネタイトを持って爆散することが原因。それを止めるには、爆発を止める必要が...?

 

「いや、思考を固めるな。要は爆発の原因を取り除けばいいんだ。つまり、着火させなきゃいい!」

 

魂の爆発にはどんな術式が使われているかはわからない。だが、どんな術式にも始動のための活性マグネタイトが必要だ。

 

ならば、それを奪ってしまえばいい。

 

目標指定・複数対象(ターゲットロック・マルチプル)MAG移動促進術式、多重展開!メドゥーサ、頼む!」

「...成る程、吸い尽くして殺さない程度に、しかし爆発をさせないようにですか。注文が多いですね。やりがいがあります」

 

メドゥーサは、契約のラインを通じて俺の作った術式に色をつける。完成のために必要な大切な色を。

 

「吸魔」

 

集められた生贄、生存者総勢58名が活性MAG欠乏症(マインドダウン)にて崩れ落ちる。早急な対処が必要なわけではないが、しっかり対処しなくては後遺症が出る危険な状態だが、今はこれが最善だ。

 

「ついでです、騎士様の援護と参りましょう。極大電撃魔法(ジオダイン)

 

メドゥーサから放たれる極光の柱。それがレギオンの半分近くを消し飛ばした。

 

そして、光が消えた先には、踏み込んだデオンの姿がある。上のレギオンも、これで終わりだろう。

 

「縁、壁はもう大丈夫だ。レギオンのサマナーを探すぞ、倒れたフリをしてる奴が当たりだ」

「はい!」

 

その声に反応したのか、人々の群れの中からふらりと立ち上がる者が居た。

 

「お前、こっちが練りに練った作戦をいとも簡単にひっくり返しやがって。悪魔か」

「お前の事情とか知らねぇよ、下っ端。正直お前に関わってる暇はないから逃げていいぞ」

「...いやー、逃げた先に生きられる保証があるならいいんだが、そういう訳にもいかないんだよ。下っ端としてはさ」

 

挑発に乗ってこない。吸魔を受けて動ける事も考えるとかなりの実力者だろう。少なくともただの下っ端ではない。

 

「名前は?」

「人買いのヒューズなんて呼ばれてるよ」

「サマナーの花咲千尋だ。倍額払うから寝返れ、ついでに先の仕事はヤタガラスに保証させる」

「...成る程、この爆弾共を救う為か。良心的だねぇ?...まぁその割には突ける隙がなくて笑えるんですが」

「だったら笑えよ。こっちは対処のキャパシティいっぱいいっぱいで笑いたい気分なんだよ」

「じゃあ笑いましょうや」

「「はっはっはっはっ」」

「物凄く息のあったやり取り⁉︎」

 

まずい、向こうの狙いとこちらの狙いが噛み合ったが故にちょっとぐだぐだしてきた。

 

「それで、倍額の話は本当ですかい?」

「ああ、契約書類とかの確認はするがな」

「..,迷いますねぇ」

「何か問題が?」

「いや、私はファントム系列でそれなりに美味しい汁を吸ってきたもんでね。裏切るのは忍びないなーと思ってる訳ですよ」

「そりゃ、こんだけの生贄を動員できる訳だしな」

「ま、定石が通じなかった以上仕方ねぇですがね。依頼金の倍額は後で請求させて貰いますんで、これにて失礼。...ああ、その前に一つ」

 

「吹き飛んで死ね、クソサマナー」

「お前が死ね、ファントムの狗が」

 

「「サモン!」」

「バルドル!」

「モーショボー!妖刀ニヒル!」

 

タッチの差で、召喚は俺の方が早かった。

モーショボーのバイナルストライク(自爆攻撃)をバルドルに防がせ、妖刀を握ったヒューズにP-90の銃撃を叩き込む。いつもの神経弾でなく核熱系属性を帯びている劣化ウラン弾のため、火力は十分だ。

 

掃射は、案の定妖刀により切り落とされたが、着弾と同時に起きた核熱属性反応により、妖刀ニヒルの刃は刃こぼれを起こしたのが見える。

だが、リロードの隙にニヒルで倒れている人にトドメを刺された。

 

人を斬る事で修復、強化されていく刀。知識を探ると一つ心当たりがあった。

 

人々にトドメを刺す事で強くなる、悪魔にまで昇華した妖刀ニヒル。

それは、持ち主に達人クラスの技術を与えるものだと知識の中にある。

 

奴が人買いをしていたのは、人を安全に斬り殺してニヒルを強化するという目的もあったのだろう。爆弾としてレギオンの餌になれば良し、そうでなくてもニヒルの強化がいつでもできるフィールドになれば良し。二段構えの作戦だったのだろう。

 

大目的は依然として不明だが、小目的は大体見えた。安全に殺してしまうとしよう。

 

「デオン!」

「わかっているよ、サマナー!」

 

()()()()()()()()()()()()()()が、ヒューズの上空から斬撃を落とす。重力を活かした一撃は強く、重かっただろう。

 

だが、ヒューズは見てもいないのに片手で握ったニヒルでその斬撃を受け止めた。自動防御か。

 

だが、所詮は一人。デオンの斬撃を防いでいる間は肉体を守ることはできない。ヒューズの胴体に向けて劣化ウラン弾を叩き込んでいく。

 

力場に弾かれる様子はなし、しっかりと着弾し、大ダメージを与えているのがわかる。

だが、そんな死に体な体を無視してヒューズはデオンを弾き飛ばし、転がっていた人を斬り殺し体を回復させていった。

どうやら、ニヒルの回復能力は持ち主の肉体にまで及ぶようだ。

 

「性根が腐ってるのか、合理主義なのか、どっちなのかね」

「...サマナー、提案です。吸血術式により転がっている人々を皆殺すのはどうでしょう。敵の地の利を殺せます」

「ダメです!メドゥーサさん!目の前で救えるかも知れない命を見捨てるのだけは!」

「...いや、いい案だメドゥーサ。実行しろ」

『ってフリだけして奴をビビらせてくれ。すまん、囮にしちまうけど頼めるか?』

『...詐術士とは、あなたのような事を指すのでしょうね。いいです、乗りましょう。そちらの方が、早く奴を殺せそうです』

 

「千尋さん!」

「メドゥーサ!」

「吸血術式、展開」

「させるものかよ!蛇風情が!」

 

死体を足蹴に高速接近してくるヒューズ。スピードはデオンとタメを張れそうな程だ。

 

つまり、()()()()()()()()()()()()()()

 

ストレージからショートソードを取り出してメドゥーサを狙う一閃を逸らす。

妖刀と打ち合っても刃こぼれ一つしないとは本当に良い剣を買ったものだ。過去の俺を褒めてあげたい。

 

「剣士でない貴様にッ⁉︎」

「これでも、受太刀だけなら一級品とお前より頭おかしい魔剣使いに言われていたりするのさ」

 

まぁ、初太刀を受け流す場合に限るとの事でもあるのだがそこは言わないでおく。カッコつけたいし。

 

いや、一太刀目だけなら向こうの思考と狙いを予測して剣筋を逆算することができるのだ。だから受けれる。二の太刀以降は体と思考が追いつかないので防ぐとか無理だが。所長とかデオンとかどういう頭の構造しているのだろうか。

 

「だが、サマナーが前に出るとはなぁ!」

「当たり前だろ、()()()()()()()()()()()()()()

「そういうことだ妖刀使い。潔く死んでくれ」

「...え?」

 

男の背後からスパッと綺麗に首を刈り取る美しき剣。

騎士とか名乗ってる割に不意打ちに寛容なデオンだから、その剣はニヒルの自動防御を許さないほどに華麗だった。

 

「良し、作戦通り」

「サマナー、あまり前に出ないでくれ。正直肝を冷やした」

「ですが、まだ終わりでは無いようですね。首が落ちても剣が生きています。もっとも、目と耳を失ったことでまともに動けないようですが」

「...おっかない悪魔だな、妖刀ニヒルってのは。縁、浄化頼む」

「...千尋さん、またなんか嘘ついて騙す感じの事をしたんですか?」

「ああ、詐術は俺の武器だからな」

「...なんだかなぁ...いや、皆さんが助かったのは良い事なんですけど、やっぱり釈然としません」

 

などと愚痴りつつ渋々と妖刀の浄化をする縁。破魔の光に反応して斬りかかってきたが、しれっと白刃取りして浄化を進めている。なんでそんな事できるん?と先輩の威厳(笑)が保てない事に若干の恐怖を覚える自分であった。

 


 

妖刀ニヒルを浄化し、完全に死体となったヒューズを足蹴にしつつ奴のCOMPを漁る。

グレムリンによるハッキングを試みるも霊的ファイアウォールがあることがわかり早々に引き上げた。その他持ち物を探ってみるも特に身分証明できるものは無し、死ぬつもりで来たのだろうか。

 

「そもそも、なんでこんなとこに陣を敷こうとしたんだ?ファントムは」

「...そういえば、他の皆さんの方にも爆弾になった人たちがいましたよね⁉︎大丈夫なんでしょうか」

「所長んとこには志貴くんがいるから大丈夫。“直死の魔眼”って奴なら理屈をすっ飛ばして爆弾化現象を処理できる筈だから。ミズキさん達の方は少し心配ではあるけど、総合戦闘力じゃあ最強なのはあの組だ。なんとかできるだろ」

 

ミズキさんはぶっちゃけて言うならトルーパーズの中どころか遡月の街で最強クラスだ。他の比較対象を所長しか知らない辺りが本当に頼りになる。

 

ミズキさんの操る斉天大聖と沙悟浄、猪八戒はいずれも強力な単体技と多様な合体技を持ち、ミズキさん自身も回復系の魔法を扱える異能者である。

よーいどんの戦いでないならまだやりようはあるが、正面戦闘において比肩するのは本当に所長くらいしかいないだろう。

そして、共に行動しているのは忍者の風魔。斥候(スカウト)としての技術がある以上、不意打ちの可能性はほとんどゼロ。

うん、隙が無さすぎて敵が不憫になる。

 

「縁、すまんがまた連絡任せるわ。俺はこの人たちの自爆処理を解除しないといけないから」

「はい。お願いします千尋さん」

 

「でも、術者は死んでしまったのだろう?どうやって解除するんだい?」

「多分だけど、この人たちに仕込まれた自爆術式は遠隔操作式で、作動はこのCOMPを使ってるんだと思う。なら、ハッキングしちまえばいいのさ」

「だが、グレムリンにはファイアウォールを越えることはできないのだろう?」

「だから、外側から霊的ファイアウォールを排除するまでよ。霊的ファイアウォールって基本的にはCOMPのメインコンピュータ部位に悪魔の思念が入らないように結界を張ってるだけなんだ。だから、物理的に接触できる距離なら、解除も可能なのさ。...まぁ、手間と技術は必要だけど」

 

まぁその辺の手間は採取したヒューズの血液を媒介にしてハッキングするので、まぁ大丈夫だろう。

 

「千尋さん、所長さん達もミズキさん達も人たちの対処はできたそうです。というか、急に人たちの足が止まったのだと。この人を倒したからですかね?」

「多分な。...うし、解呪完了。グレムリン、行け」

「りょうかーい。ま、後は知性派のオイラに任せるといいよ」

 

グレムリンの侵入により、ヒューズのCOMPのロックが解除される。

魔法陣展開代行プログラムの欄を見ると、几帳面に遠隔操作術式などがタグ分けされていた。ありがたい。

 

「じゃ、自爆セーフティをオンにして、移動座標を...避難所になってる市民会館でいいか。あとは向こうがなんとかするだろ」

 

起き上がって歩き始める人々、活性MAG欠乏症(マインドダウン)した人々なのに回復が早いのは、吸収仕切れなかった内部の非活性MAG量が過剰だからだろうか。

 

まぁ、術式のコントロールは奪えたのだから問題はないか。

 

「じゃあ、行ってらっしゃーい」

「千尋さん、あの人たち目が虚ろなままですけど大丈夫なんですか?」

「...多分大丈夫だろ」

「でも、悪魔に襲われたりとか...」

「ヤタガラスと有志が巡回して殺して回ってるから、悪魔がどうこうってのは確率的に無視していいと思うぜ?」

「そうなんですかね?」

「そうそう」

 

ひとまずファントムの企みを挫けた所で、周囲を見回す。ヒューズは強敵だったが、それだけだとは思えない。平成最期の一日に起こす事が、こんな生易しいものであるわけがないだろう。

 

「鬼が出るか蛇が出るか、悪魔が出るかかね?」

 

その答えは、すぐに出た。

天に浮かぶ船から降り注ぐ、数多の宝具によって。

 


 

縁の守りの盾で稼いだ一瞬でデオンが俺と縁をビル内部に放り込む。とりあえずの初撃は躱すことができたが、実際に見るとちょっと冗談じゃない。

 

刺さってる魔剣の二、三本売ればひと財産築けそうだ。戦闘の折に拾えないだろうか、という邪心が生えてくるが正直すると死ぬのが目に見えている。

 

そして、無理な移動の折に何かしらの誤タップが起きたのか、作戦目的のメモがヒューズのCOMPに開かれていた。

 

目的は、黄金の王を仲魔に引き入れる事。そのための大悪魔召喚術式として奴隷を使った召喚陣敷設、だそうだ。

 

「...すまん、ヒューズさん。紛らわしい事したあんたが悪い、とは言えないよなぁ...」

 

いや、無辜の?一般人を生贄にしていた時点で殺害対象であることには変わりはないから法的問題はないのだが、同じ敵を目的にしていたのだから別の終わり方もあったのだろうとは思わなくはない。

 

「えー、緊急連絡。金ピカC地点に来ました。ついでに攻撃されました。これから作戦通りキルゾーンに誘導します」

 

バルドルを背に送り、メドゥーサを送還(リターン)しペガサスとカラドリウスを召喚。反応性向上(スクカジャ)の強化魔法をかけてビルの中から飛び出す。

 

ここからキルゾーンまでは500メートル。事前の計算ではいけると算出できたが、やはり恐ろしい。

 

何せ、俺は()()()()()()()()

 

「金ピカ。その鎧クーリングオフした方がいいんじゃないか?ダサくて見てられないぞ」

 

とりあえずの挑発。これで乗ってくれると嬉しいが、まぁバレるだろう。どうにも、向こうは全てを見通すかのような目の良さがあるように思える。勘だが、外れてはいないと体で感じている。

 

現在見通されているのは、俺なのだから。

 

「...ほう、(オレ)の威光に対して道化を演じるか。良いぞ雑種、ただ殺すにしてはつまらぬと思っていたところだ」

「だったらやめてくれ、俺が死ぬ」

「死にに来たのではないのか?貴様は」

「それはちょっと違うな」

 

「命懸けて、守ろうとしてんだよ。お前からも、他の邪悪からも、この世界に生きる人たちの命を」

「ハッ、人間などどこにいる?」

「いっぱいいるよ。お前の時代の人とはかなり違うだろうけどさ」

「吐いたな?ならば力を示せ!雑種!」

「残念ながら、正面からは戦わねぇよ!デオン!」

「わかっているよサマナー!走れペガサス、全速力で!」

 

体に引っ掛けた鎖から、自分を引っ張る力を感じる。足の摩擦係数をゼロにする滑走(スリップ)の魔法陣を展開したお陰で、スピードを落とさずにペガサスは走り抜けられる。

 

「イタチの最後っ屁だ、喰らえ!」

 

そして今回のための支給品、MGL140グレネードランチャーを構えて、船の上に弾が乗ればいい位の適当な狙いでぶっ放す。

挑発用の面白弾丸を。

 

「ほう?我の頭に当ててくるか、だが力場とやらは抜けなかったようだ...な...?」

 

まさか玉座に当たるとは。グレポンの才能が実はあったのかもしれない。

事が収まったら自分用の奴を買おう。うん。

 

「雑種ぅううううう!」

 

ブチ切れる黄金の王。そりゃそうだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

ストレージにMGL140をしまい、ショートソードを取り出す。ペガサスのスピードが上がっていくにつれ後ろ向きジェットコースターじみた恐怖はあるが、それは今目の前で嵐のように乱射され始めた聖剣魔剣の雨あられよりはマシだろう。掠ったら死ぬな、うん。

 

「サマナー、やりすぎたんじゃないかい⁉︎」

「俺もそう思う!どうしよう!死ぬわコレ!」

「発案者千尋さんなのに何言ってんですかぁ⁉︎」

「我をここまでコケにするとはいい度胸よなぁ!疾くと死ね雑種!」

「死んでたまるか畜生!いや、今回はかなりの割合で自業自得だけども!」

 

上からの射撃では当たらないと見たのか、ヴィマーナの下に黄金のストレージが開き、水平に砲門が開いた。

 

鎖で引っ張られている俺を集中砲火するのではなく、ペガサスごと狙いに来たようだ。怒りはあれど、冷静さは欠いていないのだろう。殺す為の最適解を選び始めている。

 

「うわ、えげつねぇ」

「言ってる場合かいサマナー!舌を噛むよ!」

 

ペガサスが天を駆け上がる。だが、鎖の長さは10メートル程。それだけの間上への力が俺にはかからない。

 

水平に飛んでくる剣の雨を躱す術は俺にはない。

 

()()()()()()

 

『デオン、行くぞ!』

『ああ、最初に当たるのは右胸に当たる直剣だ!』

 

ショートソードを構え、剣に剣を添えて力を外に逃がす。まず一本。

この時点で体は流れるが、それをコントロールするのがデオン。鎖を巧みに操ることで俺の体勢を整えてみせた。

 

では、次だ。上空からも砲門が開いたのをMAG感知で感じる、この分だと、クロスファイアの地点は俺の位置だろう。それだけあの挑発は効いたようだ。いや、俺もここまで上手く行くとは思わなかったが。

 

ペガサスに引っ張られる形で浮いたことにより、水平の砲門からの剣雨はある程度回避できる。が、このままでは足がズタズタになるだろう。

その上、ヴィマーナからの打ち下ろしだ。事前情報では黄金の射出型ストレージを二門以上同時に開けるとは知らなかったため、こっちの対処は完全に不可能だ。

仕方ないが、切りたくなかった札を切ることにしよう。

 

「縁!」

「はい!...応えて、刃を通さぬ竜の盾よ(タラスク)!」

 

タラスクの鱗の盾が、ヴィマーナから放たれる剣雨から俺を守る。

決め技に繋ぐ為の札だったため見せたくはなかったが仕方ない。タラスクの鱗ならば、持ち主を持たない剣程度なら弾いてくれる。

 

なので、水平方向のみを対処すればいい。足元の滑走(スリップ)反発(ジャンプ)に術式変更。高さを無理やり稼ぐことにより足を剣雨から逃す。それでも追ってくる追尾機能のついた魔剣はショートソードで受け止めて力を逃す。

これは持ち主の意思がある限り追尾するのをやめなさそうなので、空いている手にてその剣を握り奪う。そして、所有刻印(イニシャライズ)を行う事で所有者を黄金の王から俺に上書きする。

 

抵抗は思ったより少なかった。やはり、あの黄金の王は剣の持ち主ではあっても剣の使い手ではないのだろうか。

なんにせよ、投げると絶対に当たる剣ゲットだぜ。

 

...鱗の盾の向こうからさらに怒りのオーラが伝わってくるのは気にしないようにする。

 

『サマナー、あと2秒だ』

 

ペガサスに引きずられている俺は、自身にもっと注目が向くように何かしら罵ろうかと思ったが、それより早く攻勢に出たせっかちさんが居た。

 

多分、今なら確実に取れると踏んだのだろう。奇襲の予知をされていると勘付いてタイミングをあえてずらしたとかの理由で。

 

風王斬撃(エアリアルザッパー)、船斬り!」

 

遡月市最強の一角が、その全力を持って上空から大上段を叩き込んだ。

流石に黄金の王は致命傷を避けるために回避を選んだようだが、船ごと大地に叩きつけられた結果ヴィマーナは翼を失った。

 

「先走らないで下さい!」

「結果オーライでしょ!」

 

そうして地面に落ちた黄金の王に向けて、3人の影が襲いかかる。

 

「雑種風情が!」

 

砲門が開いての全方位射撃。

それを放とうとした瞬間に所長の二の太刀が放たれる。嵐の剣は未だ解かれず。迷いなく王の首を取りに行った。

力場の減衰によるものか、鎧の首鎧により受け止められた結果命までは取れなかったようだが、迎撃のインターセプトには成功したようだ。

 

風王解放(ブラスト)!」

 

そして、力場の内側から暴風が放たれる。黄金の王の首を取ることは出来ずとも、その顔面をズタズタにすることは可能なのだと言わんばかりに。

 

「チィッ!」

 

それをどこからか取り出した斧でクレイモアをカチ上げて、暴風の中心を力場の外に逸らす黄金の王。全く近接ができないというわけではないのか。

 

だが、三方からの同時襲撃は防げはしないだろう。

 

「抜かせたな、雑種ども!」

 

ゲートから飛び出す、数多の鎖によって上空から襲撃した志貴くん、斉天大聖、風魔の3人は瞬く間に捕らえられた。

 

ゲートを遠くに開いての奇襲という点もあるだろうが、それでも魂に刻まれた戦闘勘を持つ志貴くん、純粋な強者である斉天大聖、空中を自在に跳ね回る能力を持つトビカトウの使い手である風魔の3人を同時に捕らえるのはいささか向こうに都合が良すぎる。

 

直感か未来予知か、あるいは高精度の感知技術かを持っている可能性が高い。この黄金の王を攻略するにあたって最も打ち崩さなくてはならないのは数多の武具でも無敵の鎧でもなくその技術だろう。

 

「伸びろ、如意棒!」

 

鎖に繋がれた状態で、斉天大聖が動き出す。

如意棒の巨大化現象による射程の増加での本丸狙いだろう。

 

それと同時に、地面を駆ける3つの影が見え隠れする。沙悟浄と猪八戒とミズキさんだ。

 

一手を止められても、それを次の一手の布石にする。言うのは容易い事をミズキさんは実行している。

 

だが、ただ手をこまねいているだけではその次の一手も無駄に終わってしまうだろう。黄金の王は、それだけの力を持っている。

 

なら、ここは攻める時だ。

 

「サモン、クー・フーリン!ぶっぱ任せた!」

「あいよ!蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

クー・フーリンの足を使った奇妙な投法により、槍が黄金の王の胸を打つ。鎧にヒビすら入らないが、衝撃は通った。

 

「ペガサス、旋回飛行!デオンと縁は前に出ろ!奴の懐が安全地帯だ!」

 

鎖を外して俺も前に出る。当然迎撃の剣雨はあるが、今それに介入できる位置に所長はいる。

 

近接距離ならどれだけの耐性を持っていたとしても所長ならやってくれる。

あの人は、生粋の悪魔討伐者(デビルバスター)なのだから。

 

「...いささか面倒になってきたな」

 

如意棒の突きをすんでのところで回避した黄金の王は、斧を片手に、もう片手で更なる鎖のコントロールをしてみせようとしたが

 

戦いの鬼はそれを許すことはしなかった。

 

差し向けられた斧を払い、空の手甲を打ち据え、返す刀で目を狙う。

自分への脅威の対処と、味方の援護と、敵への攻撃。通常なら時間的に不可能なそれを実現させているのが所長の技術、風纏(ドレス)だ。所長は剣戟の全ての動作において、風の暴発現象を利用した動作の加速を行なっているのだ。

 

自身の身体への負担は度外視して、ただ疾く敵を斬り殺すために。

 

「やるな雑種。だが、その剣では俺の力場とやらは抜けぬようだな」

「知ってるよ。でも、私は一人じゃない。お前を殺す方法を練り上げてくれると信じられる子が後ろにいるんだよ。だから、私は私の出来ることをする」

 

ここで、あの黄金の王に対して行なっていたアナライズ結果が画面に出る。破魔、呪殺無効、他全属性耐性。それが、あの黄金が無敵やってる理由か。ちょっと自重しろと思わなくないが、無効ではなく耐性なら幾らでもやりようはある。

 

「サモン、バルドル、メドゥーサ!畳み掛けろ!」

 

ヴィマーナの残骸の上に降り立ったデオンと縁の側にバルドルとメドゥーサを召喚する。これで、こちらの全勢力の射程距離だ。

 

まずするべきことは、こちらのジョーカーである志貴くんを回収すること。全属性耐性を抜くには、万能属性魔法による攻撃が定石だが、理外の技による攻撃という手もあるのだ。死の線をなぞることで耐性に関係なく殺すという直死の魔眼はまさしく理外の技、攻撃の主軸に据える。

 

その為にするべきことは、鎖のコントロール奪取。これまでの武具同様奴が所持権を持っていないなら数秒で済む。

 

「ペガサス!」

 

旋回軌道で最高速まで乗ったペガサスに背中の弾性術式(クッション)越しに吹っ飛ばしてもらい志貴くんの鎖までの距離を短縮する。

流石に痛みはあるが、死ななければ安い。

 

志貴くんを縛る鎖に捕まり、勢いを殺す。今の引っ張りで斉天大聖を縛る鎖がたわむのが見えた。これの鎖はどうやら、枝分かれした一本の長い鎖のようだ。何度も処理しないで済むのはありがたい。

 

「志貴くん、無事か?」

「千尋さんこそ、ペガサスに跳ね飛ばされてたろ」

「クッションがなければ即死だった。てのは置いといて!刻印術式起動!ハックスタート!」

 

所有刻印(イニシャライズ)の術式に鎖を掴まれるのを嫌ったのか、鎖は自然と解けていった。とすれば次に捕まるのは俺かと身構えるも、特に何か反撃があるわけでもなく鎖はゲートへと回収されていった。

 

着地し、身構える。

 

現在の状況は、所長が全力で黄金の王と斬り合っているのが主戦場。その隙を伺いつつ援護に回ろうとしているのがデオンたち。遠距離から一発かまそうとしているのがミズキさん。そしてその外側に今解放された鎖に繋がれた面々がいるというのが現状だ。

 

所長と黄金の王の戦いが激し過ぎて、なかなか手出しが出来ないのだ。黄金の王はいつの間にやら周囲に数枚の円盤を浮かばせている。あれがあるせいで所長は無駄な攻め手を打たねばならず、結果連打をする羽目になり援護の介入をできなくさせている。

 

あのペースでの戦闘なら、もってあと5分か?

それまでに、奴の未来予知で見えない奇襲で仕留めなくてはならない。

所持品、距離、奴の目線、味方の位置。それらの情報を組み合わせて、どうすれば良いかを考える。

 

...算段はついた。相手の感知が直感ならば逆手に取られるが、これ以外に所長の戦闘可能時間内で奴を仕留める策はない。

 

『所長、行きます!』

『オーケー、任せた!』

 

MGL140グレネードランチャーをストレージから取り出し、装填されている弾が間違っていないかを確認し、発射。そして、もう一つのアイテムをストレージから取り出して作戦を開始する。

 

「行くぞ、金ピカ!」

「座興も飽きた。死ぬか?雑種」

 

所長のクレイモアを宙に浮く円盤が止め、その首を斧が狙う。

所長はすんでのところでクレイモアを手放してバック宙で距離を取る。

 

それは、今までインターセプトしていた奴の砲門が解き放たれる事である。実際俺たち全員に対して黄金のストレージが向けられた。射出まであと数旬といったところだろう。

 

つまり、タッチの差でこちらの奇襲が早い。

 

「ッ⁉︎目眩しか!」

 

先程発射し、所長がバック宙する事で奴の視界の中に入れたもの。それは、フラッシュバン。

 

閃光が周囲を襲った。

 

その中で最初に動き出したのは遠距離から一発を狙っていたミズキさん。沙悟浄の極大水撃魔法(アクアダイン)と、猪八戒のメガトンプレスが時間差で襲いかかる。だが、どちらも宙に浮く円盤に遮られてダメージは通らなかった。だが、それはクレイモアが円盤の拘束から外れたという事であり、疾風魔法の精密なコントロールでそれを手に戻した所長が円盤の隙間を突くようにその剣を差し込み、力場の内側で疾風魔法を爆発させる。

 

見ていたのか察知していたのか、疾風魔法(ガル)程度の魔力しか込められていない爆発は黄金の王の髪を2、3本切るだけに留まったが、問題はない。

 

奴の性格プロファイリングが正しいかなら、自分を傷つけた者を優先的に攻撃する筈だからだ。

 

故に、その奇襲は成立する。

 

短距離転移(トラフーリ)ストーンを使っての志貴くんの暗殺術が。

 

見てもいないところに円盤が防御しに行く事に少し驚いたが、その円盤は風魔の刹那五月雨撃ちと呼ばれる投擲技により撃ち落とされた。

これで、志貴くんの攻撃を邪魔できるものは何もない。

 

ナイフが振られ、斜め一閃に鎧が切り落とされた。次の一閃で終わりだ...ッ⁉︎

 

「鎧を切った程度で安心したか?戯けが」

 

瞬間、上半身を覆っていた無敵の鎧が弾け飛んだ。

 

情報爆発だろう。鎧に込められていたマグネタイトを爆発させるだけの技。超一級品の黄金の鎧であるからこその大威力であり

 

その一撃で、奇襲に参加していた味方は全員吹き飛ばされた。

確認できないが、死んだ者もいるかもしれない。

 

「それで、次は何をするつもりだ?雑種」

 

黄金の王は、俺をしっかりと見つめて、そう言ってきた。

 

「手品のタネを明かすマジシャンがいると思うか?」

「さて、貴様はサマナーではなかったか?」

「しまった、軽口を先に潰された」

 

状況は絶望的。戦闘可能な仲間はミズキさんと沙悟浄。デオンと縁にメドゥーサとバルドル。少し離れたところにクー・フーリンと風魔に斉天大聖。

 

さて、どうやってコイツを殺したものか。

 

なんて事を、次の一瞬でどう生き残ればいいかを棚に上げて考える。

 

 

 




面倒極まりない鎧を破壊したぞ!(慢心削除という超デメリット)
というところで一旦切ります。


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平成331年4月30日 その3

令和一発目です。元号が変わった時ってあけましておめでとうで良いのでしょうか?

それはともかく4月30日の平成結界防衛戦も大詰め、妙な気が起きなければGW中に一章を終わらせられるでしょう。多分。


5手。それが、こちらにあったアドバンテージが全て吹き飛ぶまでにかかった手数だ。

 

鎧がなくなった事による防御力、力場の減衰の可能性を考えて、残っている全員で別の鎧を着られる前に最大火力を撃ち込むという作戦は、俺もミズキさんも共通の認識だった。故に沙悟浄の極大水撃魔法(アクアダイン)とメドゥーサの極大電撃魔法(ジオダイン)を皮切りに、攻め込もうとした。

 

しかし、黄金の王は飛翔する円盤とは別に鏡のように綺麗な盾を空中に配置し、極大魔法を受け流したのだ。()()()()()()()()()。それにより極大水撃魔法(アクアダイン)はメドゥーサに、極大電撃魔法(ジオダイン)は沙悟浄とミズキさんに直撃することとなった。それによりメドゥーサと沙悟浄は死に、その余波を食らったミズキさんは吹き飛んだ。

 

これが、1手目。

 

極大魔法の反射という曲芸をしでかした黄金の王は、続いて黄金の砲門を開いた。だが、射撃をインターセプトできる距離には今デオンと斉天大聖がいる。止めると信じて任せて走る。が、デオンからの危険を知らせる念により、ショートソードで飛んできた剣雨を払う。

 

急所への直撃は避けたが、槍が足に掠った。そして、それだけで太腿の骨が持っていかれた。今すぐ回復してもすぐに走ることは難しいだろう。

 

デオンと斉天大聖の動きは、確かに迎撃を止めるに足るものだった筈だ。現に近接距離ではデオンが槍と、斉天大聖が斧と獲物を合わせている。だが、黄金の王の射撃はつつがなく行われた。

 

並列思考というやつだろうか。これまでは手を抜いていた?

 

何にせよ、次黄金の王の視界が俺に向いたら終わりだ。片手間での射撃でさえこのザマなのだから。

 

と、この段階で気づく。デオンと斉天大聖の足元に黄金があると。

黄金の砲門を足元に開いたのだろう。あれでは、足が取られて回避は出来ない。二人は死ぬだろう、このままなら。

 

咄嗟に放った反発(ジャンプ)の魔法陣を踏みデオンは初撃を躱し、二撃目以降は、初撃を躱せなかった斉天大聖の如意棒がデオンを押しのけ命を救った。

 

斉天大聖の命と引き換えに。

 

これが、2手目。

 

ハイクラス悪魔斉天大聖の瞬殺。正直思考を止めてしまいたい。何という火力だろうか。

 

だが、ここで止まれば完全に全滅する。だから、前に出る。

反発(ジャンプ)の術式で初速を作り、滑走(スリップ)の術式で無理やり距離を詰める。どうせ動けないのだから、この隙に魔石を使って足の骨を繋ぐ。

 

違和感甚だしいが、これで一応動ける。

 

「縁!」

「はい!」

 

射撃のインターセプトは不可能になった。だが、比較的安全圏が近接距離なのは変わらない。

 

故に、縁に2、3手稼いで貰うしかない。それだけの時間があれば、クー・フーリンとデオンのスピードなら近接距離に戻れる。

 

「ハレルヤ!」

「...ほう、あ奴だけかと思ったが。居るものだな」

 

だが、近接距離に入る前に鎖を持って絡め取られた。その後の斉射は縁の刃通さぬ竜の盾よ(タラスク)により防いだが、数秒で鱗の盾を砕き縁を貫いた。頑強性の高い縁だから両手足に剣や槍が刺さってもまだ生きているが、継戦は不可能だろう。

 

これが、3手目。

 

そして、今近接距離には誰もいない。無理目の接近をしていたが故にデオンとクー・フーリンは回避行動を取ることができていない。

 

斉射が、始まる。

 

何がどうなっているのかなどもはや認識できていない。

今までの攻撃が児戯に思えるほどの嵐。

 

幸い俺は滑走(スリップ)での摩擦係数の減衰により最初の一撃を受けてそのまま吹き飛ばされたから軽傷で済んだが、クー・フーリンとデオンはボロ切れのように吹き飛ばされた。

 

これが、4手目。

 

「甘ぇよクソ金ピカ!俺にはこの程度効かねぇんだよ!」

「...契約による傷害の禁止か。だが、見ればわかるものを誇るとは、三流だな貴様は」

「ほざけ!」

 

弾幕を突っ切るバルドル。その体には傷一つ付いていない。だが、衝撃は消せないのか進路は定められていた。

 

「ではな、疾くと往ね」

「効かねぇつってんだろ...ッ⁉︎」

 

誘導された先に、一本の矢が放たれる。

「ヤドリギ、それが貴様の弱点なのは見て取れた。契約の際の不手際か、つまらぬ落ち度よな」

「て、めぇ」

 

それが5手目。今まで鉄壁を誇ってきた最後の砦バルドルすら、あの黄金の王にあっさりと殺され消滅した。

 

現状を再確認

 

戦闘可能なのは、俺とペガサスとカラドリウスのみ。

 

これが、奴の鎧を剥がしてから2分間の出来事であった。

 


 

デオンは造魔な故に消えてこそいないが、重症なのは見て取れる。

 

「カラドリウス、宝玉をデオンに」

「サマナー、死ぬよ?」

「...死んでないのが、俺の長所だよ」

 

ショートソードをかるく一振り。数多の概念武具を受けても刃こぼれ一つしていない、現状唯一の俺の頼みの綱。

 

その切っ先を、黄金の王に向ける。

 

「ほぅ、足掻くか雑種。貴様の札は全て使い切られたというのに」

「...まだ、俺の命が残ってる」

「雑種の命一つで何ができると?」

「お前と、戦える。サモン、ドミニオン!」

 

俺の背に召喚されるドミニオン。

意思は、伝えた。

 

正直人の身体で耐え切れるかどうかはまだ計算の余地はあるが、まぁどうせこの手の術は最後は気合だ。

 

やらなければならないのなら、やるだけだ。

 

「とっておきたいとっておきだ!人柱降魔(D・ライブ)、ドミニオン!」

「...ほう」

 

ドミニオンの構成要素を分解して、デオンに降魔するのと同じ要領で俺自身にインストールする。

 

魂が軋みを上げる音がする。

そんなものは、無視だ。

 

天使の白い翼を背中に構成し、足の不調を誤魔化す。

 

「悪魔の分不相応な力を握った程度で、我を殺せるとでも思っているのか?」

「思わねぇよ。でもこの姿だから出来ることがある!」

 

合図もなく放たれる剣の嵐。ドミニオンの翼で自由に飛翔する事でその嵐を最小限のダメージで潜り抜ける。

 

ドミニオンの霊基により強化された俺の頑強性なら、掠っただけで死に至る事はなくなった。

 

流れ弾がカラドリウスやデオンに当たらないように位置を調整しながら嵐を躱し続ける。

 

俺の力ではどう頑張ったとしてもあの黄金の王に勝つ事は出来ない。だからこそ、時間稼ぎだ。

 

あるかどうかわからない可能性に賭けて、ただひたすらに飛び回る。

 

「...成る程、これが狙いか」

 

放たれた二股の槍にカラドリウスは撃ち落とされ地面に縛り付けられた。身体の小ささが上手いこと作用し生き残ったようだ。何というか、幸運すぎて笑えるわ。

 

だが、撃ち落とされたことによりカラドリウスが持っていた宝玉は転がっていった。デオンの元には届かない。

 

「それで、次は何をするつもりだ?雑種」

「...万策尽きたな。俺の回避速度じゃあお前にこれ以上近づけない」

「とすると、何か手があるという事だな?」

「素直に信じてくれよ畜生。油断しろよ慢心しろよ強いんだから」

「戯けが。貴様なら何かしでかす、そう我の勘が告げているのだ」

「そりゃどーも!」

 

思考操作で取り出したMGL140を二発放つ。弾速と風向きを計算して、一発目が頭上に着弾すると同時に二発目が正面に着弾するように放つ曲射だ。

 

あの円盤で防がれるだろうが、それはそれで良い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『サマナー、そろそろ限界です。これ以上は貴方の魂に関わる』

『ありがとうドミニオン。お陰でこっちの勝ち筋は残った。お前は、最後の仕事を頼む』

『ええ、ですがあの魔女も癒してしまうのは考えものですがね』

『...そりゃ、秩序(Law)のお前には所長はなぁ。すまんとしか言えないわ』

『心にもない事を言わなくて結構ですよサマナー。...着弾します』

 

グレネード弾の着弾と同時に魂でタイミングを合わせて、D・ライブを解除する。俺は下に落ち、ドミニオンは上に飛ぶ。

 

「目眩しか、その手にはもう乗らぬわ」

 

着弾で巻き上がった煙により一瞬視界が遮られたが、黄金の王の取り出した扇の一振りにより嵐と共に煙は晴れた。

 

だが、この風は人為的なもの。速度も方向もわかっている。

 

ならば、()()()

 

魔導障壁を足に貼り、風を掴む。

暴風に乗って空を舞うのは、そこの部分だけを切り取って考えるならばとても得難い経験だった。なんでこの選択肢を選んだのか疑問に思うレベルのマジでくたばる5秒前な道だったが、完全に成功した事でノーダメージでかつ逆に黄金の王に近づくことができたという大金星を得ることができた。

 

そして何より、俺を見た黄金の王は天に昇ったドミニオンの意図に気付かなかったのだから。

 

「この身を捧げます...生命転換回復魔法(リカームドラ)

 

自爆じみた密度の回復魔法により、ドミニオンの命に見合った分の回復量の蘇生回復魔法が解放される。それはCOMPの中に死亡状態で帰還していた他の仲魔たちと、空中から確認できた所長の傷を癒してみせた。

 

他の人たちも治療したいが、距離が遠い上にどこまで飛ばされたか分からない。ラインで位置を確認できた所長以外の確認はできなかったのだ。どこか建物の中に入ってしまったのだろうか。心配だが、今は良い。

 

「だが、動けるまでには多少の時間が...ッ⁉︎」

 

黄金の王の驚きも当然だ。

黄金の王の視界には、真っ先に警戒していた筈のデオンの姿がもうそこにあったのだから。

 

それもそのはず。デオンの回復に関しては、俺が契約のラインを通じてドミニオンの高位回復魔法(ディアラマ)をかけ続けていた結果なのだから。でなければ人柱降魔(D・ライブ)などやる訳がない。身体の制御をドミニオンに完全に任せて、デオンの回復に集中する為の手が必要だったからリスクを背負ってでも行ったのだ。

 

最後のリカームドラは、まぁ成功してもしなくても変わらない見せ札だ。なんの因果か通ってしまったが。

 

そんなわけで、黄金の王の認識の外側にいた筈のデオンは、殺せる距離まで近づく事に成功したのだ。

 

「おのれ雑種が!」

「ようやく私に気付いたね。だが、もう私以外を見せはしない。百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

デオンの美しき剣戟が円盤の防御を力と技ですり抜け、その剣の冴えをもって黄金の王の首まで届きかけた。

 

その剣に見惚れた黄金の王だったが、円盤の防御が間に合ったのか目の上を切り裂く程度で済んでいた。

 

あれは、自動防御だったのだろうか。まぁなんにせよ破壊には成功した。もう無視して良いだろう。

 

「そこまで剣を磨くか...なんとも見事なものだ」

「お褒めに預かり光栄至極。なんてね!」

 

続く剣舞。黄金の王は砲門を開いて幾重にも射撃を重ねるが、デオンは絶対の安全圏に陣取り続けることによりその射撃を躱し続けた。

 

それは、剣を振るう事すら難しいショートレンジ。そこに攻撃を加えるにはデオンの側面に門を開いて放つ必要があるだろうが、それはデオンも承知している。だからこそ遠隔視点(俺の視点)から門の出現を把握して動き続けているのだ。

 

「鬱陶しい!」

「...心が乱れた、隙だよそこは」

 

無理目の薙ぎ払いを宙に飛び躱し、天井のように展開した反発(ジャンプ)の術式を足場にして突きを放つ。

 

その剣は右肩を深く貫いた。

 

「チィッ!」

「このまま、持っていく!」

 

着地する前に剣を捻り更なる深手を負わせるデオン。黄金の王が回復系の術を使えるとは思えないが、もしアイテムの類を持ち合わせていたとしてもあの深手を完治させるには数瞬かかる。それだけあればデオンなら首を取れるだろう。

 

「...やってくれるな」

「君は、王だ。名乗らずともその風格で伝わる。だが、だからこそ戦いに狂った者という訳ではない。今なら言えるよ」

 

「君の動きは良く見えるよ」

「ほざいたな!」

 

無事な左腕で斧を取り出して、射撃とのコンビネーションを始めようとする黄金の王。しかし、その動きの精彩は欠いている。だからこそ、デオンの次の動きを通してしまったのだろう。

 

デオンは、右肩に刺さったサーベルをそのままに斧を持つ腕を掴み、力ずくで頭から地面に投げ落とした。変則的な背負い投げだろう。あのパワーに掴まれたら同等のパワーを持ち、かつ技術に優れている者でなければどうこうできはしない。

 

アスファルトに叩きつけられる黄金の王。脳天からの一撃を喰らえばタダではすむまい!

 

『サマナー、思考が漏れている。遊ばないでくれないか?』

『遊んではいねぇよ。それで、手応えは?』

『叩きつける前に()()感覚があった。まだ何かあるよ』

『そうか。距離は離さずに警戒しろ。致命打には届かなかったんだろうさ。...今度のトリックはなんなのかねぇ』

『さてね、まぁ戦っていれば分かる...ッ⁉︎』

 

黄金の砲門が開かれる。デオンを中心に囲むように。

外側からでは見えないが、まるでアイアンメイデンだ。

 

デオンを始点にして内部に反発(ジャンプ)の足場をつくりあげる。

 

『足場作った、跳べ!』

『それしかないかッ!』

 

デオンは剣の嵐の中をスピードを落とさない多段跳躍によって駆け上り、あえて開けられていただろう天に抜ける。

 

そして予想されていたであろう斉射をペガサスがデオンを咥えて飛び去る事で回避してみせた。

 

「我に土をつけるか雑種ども...」

 

土煙の内側から現れた黄金の王は、体を完全に回復させていた。あの隙に宝玉かなにかを使ったようだ。

 

そして、右肩に刺さっていたデオンのサーベルは折り砕かれた。だがあれは数打ちの剣。多少の時間があれば物質化(マテリアライズ)で作り出せる。ペガサスの上に乗り距離を取ったデオンにとっては戦力の低下にはなっていない。

 

戦闘の再開だ。まずは自分の身を守る術も嵐を躱す術もないという今の現状を逃れるために跳ぶとしよう。

 

デオンから再び投げられる鎖。掴んでペガサスの上にいるデオンに引き上げてもらう。

 

瞬間の後に俺のいた場所が数多の剣群に吹き飛ばされていた。

 

冷静さを取り戻されたか。

とすれば、本当に打つ手がない。

 

「雑種、我の流儀には反するがサマナーとの約定がある。搦め手を使わせてもらおう。誇れ、それだけ貴様らは強かったという事だ」

 

黄金の王は、一つの帽子を取り出した。

それを被った瞬間に、そこにいたはずの黄金の王は()()()()()()()

 

「姿隠し⁉︎」

「サマナー、来るよ!全方位からの攻撃だ!視点すら絞らせるつもりはないのだろうね!」

「...ペガサス、走れ!」

 

「ここは、逃げるしかない!」

 

カラドリウスを送還(リターン)し、再召喚。反応性向上(スクカジャ)をかけてから魔石の入ったポーチを首からぶら下げさせて飛ばす。また撃ち落とされるかもしれないが、今重傷を負っているかもしれない皆の命を繋ぐにはこれしかない。

吹き飛ばされてから大した時間は経過していないため、命をつなぐくらいなら魔石で充分だろう。

 

問題は、ペガサスの速度に黄金の王はついてこれるかどうかだが、それは考える必要もないだろう。奴なら来る。自力での飛行手段がなければ今頃は骸を晒しているはずなのだから。

 

「サマナー、しっかり捕まって!」

「それだけじゃ足りない!ペガサス、足場!」

 

目の前の道を塞ぐように現れる黄金のヴェール。もはや見飽きた黄金の砲門だ。

 

そこからの斉射を回避するために、ペガサスはスピードを落とさずに反発(ジャンプ)を足場にして方向を転換する。

 

乗り手の俺たちの事を考えない高速機動。もはやこの戦闘速度になってはペガサスの手綱を取ることは不可能だ。ペガサスを真に乗りこなせない俺たちが不甲斐ないばかりだ。

 

「下から来るよ!」

「ペガサス、加速(アクセル)!」

 

瞬間的な加速術式により速度を上げて下からの剣の嵐を回避する。

ギリギリだが、回避はできている。だが、追い込まれている。

 

こちらが一手でもしくじれば死ぬ絶望の嵐の中なのに、最善策を選び続けた先が定められている気がしてならないのだ。

 

「サマナー、どうする⁉︎」

「乗るしかない!誘いでも、そこ以外に生き残れる道はないんだから!」

 

嵐を避けるようにペガサスを走らせる。

その間、黄金の砲門が俺たちを狙わなかった時はなかった。

 


 

全力で逃げ続けて、やってきたのは円蔵山のふもと。この辺りはギリギリ避難地区だが、人の気配がする。

 

そこには、動きやすく改造されたローブを羽織った人達と、それに対抗する各々自由な服装をしている若者たちがいた。

 

ガイアーズとメシアンの抗争?なんでこんな日に?こんな場所で...

いや、今はどうでもいい。叫ぶ方が先だ!

 

「逃げろぉおおおおお!」

 

だが、その声に反応できたのは一握り。ペガサスを追うように展開された黄金の砲門から放たれた嵐は、メシアンもガイアーズも関係なくその場にいる弱き者を薙ぎ払った。

 

「何奴⁉︎」

「若いのから死んでいったか。やるせねぇなぁ!」

 

空間に向かって放たれる銃撃や魔法の数々。

何故そこにという疑問は、舌打ちの音が聞こえたことで氷解した。見えていなかったが、いたのだ。空中のあの場所に。

 

「あの瞬間で感知して反撃したッ⁉︎なんて練度だよこの人ら!」

「だが、これはチャンスだ!私たちが餌になっていれば、この人たちが反撃をしてくれる!」

 

「そうはいかせないわ。だってここの人たちは私に殺されるんだもの!」

 

天より降り注ぐトランプナイフの雨。それを回避した熟練達は黄金の王の放った武具に貫かれて死んでいった。

 

残りは、2人。ガイアーズとメシアンの最強が残ったのだろう。有象無象とは覇気が違う。

 

「ケッ、また新手かよ」

「ですが、異教徒が死に絶えたのは良き事です。あと下手人に貴様に天馬のサマナー、そちらの少女を殺せば良い。容易い事ですね」

「いや、結構いるだろ。何自分は余裕ですーみたいな顔したんだクソ神父。俺よりちょい弱いお前なら嬢ちゃんと見えない奴のコンビネーションを抜けねぇだろ」

「そうでもありませんよ。有象無象が消えた事で枷をつけておく必要がなくなった」

「...へぇ、今までが全力じゃなかったってかい。俺もさ!」

 

爆ぜるように広がる二人のマグネタイト。メシアンは光の、ガイアーズは闇の属性を濃く発している。

 

だが、その属性による攻撃ではない。このクラスの使い手が扱う魔法など一つしかない!

 

「ペガサス、跳べ!」

「「高位万能属性魔法(メギドラ)!」」

 

メシアンとガイアーズが互いを殺すために万能属性魔法を解き放つ。

その余波は、これまで戦ってきた死体を消し飛ばし、宙にいる俺たちと黄金の王、そして内田に少なくないダメージを与えた。

 

「...ありがとう、ペガサス」

「ヒ、ヒン」

 

そのダメージがこれまで黄金の王の嵐をギリギリで避け続けてくれたペガサスの負っていた傷を広げ、その命を奪ったのだ。

 

二つのメギドラの火力は互角だった。とすれば、どちらかに与すれば戦況は変わる。メシアンは明確に俺たちを殺すと宣言している。とすればガイアーズの男を抱き込むのが正着か?

 

...いや、この時期に円蔵山に来ている事から、このガイアーズも知っていると見て間違いない。超過勤務であるが、世界を守る為なら殺すべきだ。

 

ふと、視線を感じたのでそちらを見る。

どうやら、黄金の王の姿を隠していた帽子が今の爆風で吹き飛んだようだ。姿がはっきりと見える。

 

が、この混沌の状況で背中を無警戒に攻め込むのが正着かといえばそうではないだろう。

 

俺とデオン、内田と黄金の王、メシアン、ガイアーズの四つ巴状態。そのうちでぶっちぎりの最弱は自分たちなのだから。

 

「サモン、クー・フーリン、メドゥーサ、バルドル!」

「...へぇ、なかなかのサマナーだねお前さん」

「そっちのガイアーズ!他二人を殺すまで休戦しないか!」

「阿呆か、突然現れたわけわからん奴に背中を預けられるかっての。てかその言い方だと手数の多いお前が有利な状況で裏切るだろうが」

 

痛い所を突いてくる。サマナーが契約に嘘をつけない事を理解されているのだろう。

 

「おや、頭が湧いているのですか?あなた方の下賎な力でも数を揃えれば私に届くかもしれないのに」

「うわ、こいつまだ自分が最強のつもりでいるよ。馬鹿じゃねぇの?」

「これだから教養のない者は!」

 

再び放たれる二つのメギドラ。今度はバルドルを盾にしたお陰で余波は受けずに済んだ。あるいは、互いに殺すために収束を強めた結果かもしれない。

 

とすれば、あの二人は無視できる。互いが互いに集中しているのなら余波以外が飛んでくることはないだろうから。

 

そしてそう考えたのは内田も同じであったようで、傍に黄金の王を侍らせてこちらを向いている。

 

「サモン、呂布奉先、フィン」

「■■■■■■■■■■■―――!」

「おや、私の出番かサマナー。とは言ってもかの王一人で十分だろうけどね」

「やるよ皆。花咲千尋は侮れない。まずはあいつを倒すことに集中して!」

 

だが、黄金の王はそんな内田の考えを吹き飛ばす暴挙をしでかした。

 

「この我がいる戦場(いくさば)でどこを見ているのだ、雑種ども!」

「「え?」」

 

武具の嵐が放たれる。その標的は最後まで残ったメシアンとガイアーズ。

 

メギドラを打ち合っていたその中に剣群は侵入していき、それぞれに多少の手傷を与えた。回避できたのは、もはや本能の域に達した危機回避能力からだろう。

 

「おいクソ神父。先にあの金ピカやらねぇか?タイマンの邪魔だ」

「...いいでしょう邪教徒。乗ってあげます」

「へーへーありがとさん!」

 

放たれる光と闇の魔法。あれは極大呪詛魔法(エイガオン)極大光波魔法(コウガオン)だろう。

 

だが、黄金の王は鏡の盾を取り出しその二発を打ち返した。流石にそんな単調な技が通る事はないとわかっていたのかメシアンとガイアーズはそれぞれに散って接近してくる。先ほどメドゥーサの極大電撃魔法(ジオダイン)と沙悟浄の極大水撃魔法(アクアダイン)を跳ね返した鏡の盾だろう。

 

恐らくは、なんらかの技術で魔返鏡の効果を永続化させたもの。

 

それと、これまでに見せた魔剣魔槍の類から、なんとなく傾向が見えてきた。

 

あれは、可能性だ。

 

未来において実現可能な技術の宝物を取り出しているのだ。それが奴の生まれた時代の古さから逆算しているから奴のストレージにはあらゆるものがあるのだろう。

 

思い返せば、ヴィマーナしかりグラムしかり、アーカイブでの適合率は90%程度だった。それは、宝物を構成する技術は同じでもそれが最新モデルであるからだろう。

 

...うん、だいたい方向性はあっているだろう。どこかピースを掛け違えている感はあるが、さして重要なものではない。

 

わかったところでどうしたものでもないのだから。

 

「天の鎖よ!」

 

ヴェールから放たれる数多の鎖。ガイアーズもメシアンもそれを危なげなく回避するあたりが実力を如実に表している。

 

「仕方ないわね...呂布奉先!フィン!今のうちに抜けるわ!ここで戦力を消耗してる場合じゃないもの!」

「行くがいいサマナー。貴様の足掻きは面白い。故に、露払いくらいはしておいてやる」

「ギルガメッシュ!...あなたの事は最後までわからなかったけど、本当に感謝してる。だから、自由にやりなさい!あなたの世界で!」

「...誰にものを言っているのだか」

 

黄金の王は初めて、今までの嗜虐的な笑みでなくどこか父性を感じさせる笑みを浮かべた。あの笑みを見てようやく奴が良き王だったのだと、心で感じた。感じてしまった。

 

「今から殺す敵の事、好きになってどうするんだか!」

「気持ちはわかるね。暴君かと思っていたが、あれなら王としての治世は良きものだったのだろうよ。少なくともその国に生きた人々にとってはね」

 

現状を把握する。あの二人の強者では黄金の王、ギルガメッシュには敵わないだろう。メギドラはあれど、それだけではあの鏡の盾は抜けない。地上からでは飛行能力を持つあの王を捉えきれないからだ。

 

それに、見たところあの二人はともに術師タイプの異能者だ。近接が全くできないということではないだろうが、それでもデオンとクー・フーリンを一瞬だが同時に相手取れる奴の格闘能力を抜けはしない。

 

だから、あの二人と協力してギルガメッシュを倒す。というのが正着()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

故に、必要なのは状況のコントロールか?あの二人がギリギリでギルガメッシュを倒す結末、あるいはその逆に至らせるために何をすれば良いか。

 

...待て、それだけか?

 

この円蔵山にこちらの、ヤタガラスの戦力は、もう一人いるッ!

 

「デオン、腹積もりは決まった。内田を追いかけるぞ」

「あの黄金の王ならばあの強者二人を殺せるよ。そうなれば挟み撃ちだ。私達に勝ち目はない」

「だから、その前に挟み撃ちで内田を落とす。俺達と、あの人で」

「つまりは、ペガサスの死んだ今であるにも関わらず、魔剣と光と闇の嵐舞う戦場を抜けて、後ろから撃たれる可能性を無視しながらあの山を登るというわけかい」

「そうなるな。だが、それが俺たちの唯一の勝ち筋だ」

「分の悪い賭けだね」

「嫌いか?」

「戦友となら、そうでもないよ!」

 

嵐の中を突っ切る為の算段は、一つだけある。

チャンスは一度きり。その間に発揮されるMAG量から考えて狙い撃ちにされるだろうが、なんとかならないならその時は死ぬだけだ。

 

MAG過剰供給(オーバーロード)霊基再臨(ハイレベルアップ)術式、代用起動!」

 

「おいおいおい!このガキ何しでかすつもりだよ!最高だな今日は!」

「悪魔の高純度化のようですね?成功すればこの状況を変えられる一手となるかも知れませんが、いかんせん若い」

 

「「高位万能属性魔法(メギドラ)」」

 

二人の強者から放たれる光の津波。全てを無に帰す破壊の力だ。

だが、そちらの心配はしていない。仲魔がやれると言ったのだから。

 

「知ってたさ、わかってる奴ならこの馬鹿なサマナーの賭けを邪魔しに来るってな!だから、仲魔(俺たち)が命懸けんだよ!起きろ、クルージーン!」

「ほう、光の剣か。だが通さぬよ。その雑種は、ここで屍を晒すが定めだ...何?」

 

砲門を開こうとするギルガメッシュの身体は、末端から石と化していた。

 

「侮りましたね、英雄の王。私の石化の魔眼(ペトラアイ)はあなたの事を捉えていた」

「...蛇が」

 

こちらに向けて放たれる数多の武具。だが石化により体のコントロールを乱されたためか、その狙いは甘かった。

デオンが俺に向かう剣を全て払える程度には。

 

だが、石化の魔眼に全力を集中していたメドゥーサはその守りの傘の下にいることが出来ず、剣群に身体を貫かれて死んでいった。

 

『勝ってください、サマナー』

 

そんな言葉を残して。

 

「全くいい女だねぇ!」

「本当にな!」

「じゃあ、任せるぜバルドル!俺よか先輩なんだから、しっかりサマナーを守りな!」

「言われるまでもねぇよ!」

 

その言葉に笑みを返して、クー・フーリンは命を燃やした。

 

光り輝く(クルージーン)...破軍の剣(カサド・ヒャン)!」

 

本来、クー・フーリンの今の霊基では扱いきれないクルージーンの全開稼働。城をも容易く切り裂く光の剣は、その剣形を自在に変えて最高最速の一振りをもってメギドラの波を切り裂いた。

 

光の向こうに、驚愕しているメシアンと強敵に笑っているガイアーズが見えた。

 

そして、術式は完了した。

足りないピースをマグネタイトの過剰供給により誤魔化した、インスタントの霊基再臨(ハイ・レベルアップ)

 

それは、光の神に相応しい輝く天輪とジェット機を思わせる加速パーツを彼に与えた。

 

俺の仲魔の中で最強の防御力を誇る、切り札(バルドル)へと。

 

「出番だ、飛べ!光の神!」

「おうよ、捕まれやサマナー、デオン!」

 

右手に俺を、左手にデオンを掴み、背中のジェットから光を解き放つ。

 

これが、俺の策。最速のバルドルをもってこの戦場を一直線に飛翔すること!

 

「あばよ!強い奴は強い奴同士で勝手に殺し合ってろ!」

「サマナー、捨て台詞が三下臭いぞ」

「お前ら、人が必死に飛んでる時に余裕だなぁオイ!」

 

まさかの逃走に唖然とする三対の視線をガン無視し、一直線に飛び抜ける。

 

この遡月の街にある平成結界の最大の基点のある位置、大空洞へと。

 


 

「貫け、水よ!無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)

「コウガサブロウ」

「あいわかった。極大衝撃魔法(ザンダイン)!」

 

円蔵山大空洞の入り口、そこにはアリス達と付和さんとその仲魔がいた。

今見えているのは必殺の霊的国防兵器であるコウガサブロウに、幻魔の方のクー・フーリンの2体。あまり多勢を率いて戦うタイプのサマナーではないのかも知れないが、その扱う仲魔は超一級だ。

 

戦闘開始してからどれだけ経ったかは定かではないが、あの頑強性を誇る呂布奉先がもはや死にかけているというのが恐ろしい。

 

だが、アリスにはムールムールによるものと自分自身によるものの二重の死霊召喚魔法(ネクロマ)がある。その上隠している仲魔とアウタースピリッツもあるのだろうから、戦況は5分だろう。

 

つまり、横槍を入れるのに最適なタイミングなのである。

 

「バルドル!ぶっ放せ!」

「違ぇよサマナー。今の俺は!ベル・デルだ!高位万能属性魔法(メギドラ)ァ!」

 

なんか名前の変わったベル・デルの解き放ったメギドラが、呂布とフィンを包み込む。

 

横槍は成功だ。だが、バルドルの移動音で気取られたのか、内田は地面を転がり回避をしてみせた。まぁ、そこまでの大金星は予想していなかったのでいいのだが。

 

そして、バルドルに投げられる形で前線に現れる俺とデオン。封印を守っていた付和さんも流石にこの乱入は面食らっていたようだ。

 

「花咲千尋ッ⁉︎」

「...まさか、ここまで来るとはな」

「麓で戦闘していた連中が上がってきたぞ。此奴を追ってきたのではないか?」

「どちらにせよ、一人も軍勢も同じだ。ここに来るなら斬って捨てる」

「一応味方ですからね!俺たちは!」

「どうだか」

「信用されてないね、サマナー!」

「悲しすぎるわ畜生!」

「自業自得だ、悪魔みたいな手口ばっか使ってるからそうなるんだよ」

「改名のベル・デルくん意外と辛辣な」

「改名のって要るか?クソサマナー」

「だってなんか自信満々で笑えたし」

「...ちょっと調子に乗ったのは認めるよ、畜生」

 

ぐだぐだな会話をしながらも、ベル・デルは両手に万能属性を溜める。霊基再臨(ハイ・レベルアップ)により習得した万能属性攻撃だろう。

 

メギドラの光が晴れた先には、膝から崩れ落ちる呂布奉先と、余裕綽々のフィン・マックール。がいた。位置取りからするに、フィンは呂布奉先を盾にしたようだ。

 

「畳み掛けるぞ、ベル・デル!デオン!」

「行くぜ!光翼起動、万魔の!」

 

背中のブースターから光を放ち超高速で接近するベル・デル。狙いはフィン・マックール。親指を噛んでいるその隙に差し込めるスピードが今のベル・デルにはあるからだ。

 

「...なるほど、読めたよ大神オーディンの子。どうやら、姿は変わっても弱点は変わっていないようだ」

「乱舞ゥ!」

 

放たれる五発の万能属性攻撃。ベル・デルのスピードを使った超高速爆撃であったが、フィン・マックールは余裕を持って回避してみせた。が、その程度は想定の範囲内。本命は

 

バルドル自身のスピードで突っ込む、体当たりなのだから。

 

「わかっていても、躱せないか!」

「さっきの乱舞は体勢を崩すための囮っつーわけだ。サマナーの入れ知恵だがな」

「しからば、正面から迎え撃つのみ!無敗の紫靫草(マク・ア・ルイン)!」

「効かねぇし、止まらねぇよ!」

 

一度体当たりで吹き飛んだフィンに再び光のブースターで加速したベル・デルが襲いかかる。フィンは宙に浮いているため、先程のような回避は不可能だ。

 

だからこその正面衝突であり、出力勝負。

しかし、この決戦の時のために集めた全てのMAGを注ぎ込んだベル・デルは、斬魔の水流を押し返し、フィンの腹に右拳を叩き込んだ。

 

木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ぶフィン。サーバには悪いが、あれはまぁ死んだだろう。

 

そして、死んだ奴の距離が離れたのがとても良い。内田のガーディアンのアリスと、堕天使ムールムールの使う死霊召喚魔法(ネクロマ)の射程距離から離れたからだ。

 

「どうよ、ウチの切り札は」

「厄介ね、でもまだ終わりじゃない!サモン、エイリーク!ダレイオス!」

 

「残念ながら終わりだ。退魔刀、抜剣」

 

そこには、付和さんが切り込んでいた。仲魔より先に。そうだと悟らせぬ神速の踏み込みで。

 

そして、エイリークとダレイオス、二体のアウタースピリッツの首を斬り裂いた。何という早業だろうか。

 

「残念、戦闘続行よ!」

 

死にかけた二人のアウタースピリッツは、この世に踏み止まる。

何かの身体操作技術だろうか?何にせよ不味い。

 

「血を、血を!血を寄越せぇ!」

「去ネェェイィィ……」

「面妖な」

「宝具展開、ダレイオス!不死の一万騎兵(アタナトイ・テン・サウザンド)!」

「ンンムオォォォー!!」

 

ダレイオスから輝きが放たれ、現れるは相当数の軍勢。木陰で見えないが、もしかしたら千を超えるかもしれない。先頭には仰々しい像が居る。その上にはダレイオスとエイリークと内田がいる。軍勢による破壊から逃れるためだろう。

 

「コウガサブロウ、クー・フーリン」

「「了解です、主人殿」」

 

衝撃魔法の付与(エンチャント)が、付和さんの退魔刀に宿る。あれは、極大(ダイン)級のMAGを2倍、いやそれ以上の変換効率で破壊エネルギーにしたものだろう。

 

「風魔神斬」

 

付和さんはダレイオスの像戦車ごと、軍勢を風の剣で薙ぎ払ってみせた。

 

「なんつーバ火力...いや、付和さん!まだ終わってない!」

 

風の剣を抜けて現れる血の巡っている斧を持つ巨漢、あの火力を軍勢の勢いだけで相殺したのかッ⁉︎

 

血塗れの戴冠式(ブラッドバス・クラウン)、GO!」

「ヌゥワワワワワワ!! ブルゥララララララ……」

 

エイリークの回転しながらの突撃。嵐には嵐と言わんばかりに斧だけで血の嵐を生み出していった。

 

あの大技を放ったばかりの付和さんでは回避は不可能。合体技を放つためにMAGのコントロールをしていた仲魔たちも同様だ。

 

つまり、このままでは付和さんは死ぬ。

 

最後の一発だが仕方ない。ここでカードを切るべきだ。

 

「ベル・デル!」

「チッ、乗ってやるよサマナー!」

 

血の舞い上がる嵐を、閃光が貫く。

ブースターで加速したバルドルによる横殴りだ。どんな威力の嵐だとしても、今のベル・デルを止める壁にはなり得ない。

 

エイリークの身体を高速の拳で撃ち抜いたその結果、エイリークはフィン・マックール同様木々をなぎ倒して吹き飛んでいった。

 

これで、付和さんを止めるアウタースピリッツは居ない。

 

「感謝する、花咲千尋」

 

その一声ののちに、一振りだけでは嵐の力を使い切らなかった風魔神斬が内田に向けて放たれる。

 

魔導防壁を張りはしたが、それも付和さんの退魔の一太刀には紙切れ同然だ。内田は、その身体を真っ二つに切り裂かれた。

 

「...ッ⁉︎」

 

そして、その身体は黒い泥と化し再構築され、付和さんをトランプを象ったナイフで貫いた。

 

相打ち、だろうか。

 

「...霊核を斬り裂いても尚生きるか。尋常ではないと思っていたがこれほどとはな」

「あなたこそ、この身体になってから死ぬのは久しぶりだったわ。でも、私の勝ちよ。私は、守護霊(ガーディアン)がいる限り死にはしない化け物なんだから」

「だが、まだ死なぬ。果たすべき、使命がある。短距離転移(トラフーリ)

 

付和さんは転移魔法により円蔵山大空洞の入り口に陣取った。呪殺の力にどうやって抗っているのか分からないが、そう長くない。

そして、追撃の手は収まることはないだろう。内田はまだ、生きているのだから。

 

だから、動いた。

 

示し合わせたわけではないのに、付和さんを守る位置に俺とデオンは立つ。俺は付和さんに反魂香を渡して付和さんの回復を促す。香の効果が効くには時間がかかるだろうが、魂が肉体に定着しているのならまだ生きる機会はあるかもしれない。

 

ここで、俺たちが内田を止めることが出来れば。

 

「...花咲千尋、何のためにお前は戦う?」

「人類の未来のために...ってのは建前ですね。俺は、普通にしてるだけのつもりです」

「普通?」

「知り合いが死にかけてたら助ける。そんな理由ですよ」

「すまないね、フワ。サマナーは、戦う者としては酷く奇妙な感性をしているが、決して悪人ではない。それだけを信じて今は身を休めてくれ。彼女は私たちが何とかする」

 

「範囲内に死体は二つだけ。ムールムールは温存しても良さそうね。死霊召喚魔法(ネクロマ)

「その手は読めてる!バルドル!」

 

バルドルに指示を出しつつ、MGL140を取り出し弾丸を取り替え発射する。対応してくるであろう次の一手を貫くための一発を。

 

高位破魔魔法(ハマオン)!」

「甘い!即死防御障壁(テトラジャ)ストーン!」

「読めてんだよ!起爆しろ、テトラブレイカー!」

 

グレネードに仕込まれたテトラブレイカーが爆発する。障壁フィールドを無力化する術式を仕込まれたそれは、テトラジャの障壁を破壊し、通るはずのない単調な破魔魔法を蘇ったダレイオスと呂布奉先に直撃させた。

 

それにより二人の魂は完全に消滅し、光になって消えていった。

 

「お前の死霊魔術は使わせねぇよ。俺達でお前を倒させてもらう」

「無理言ってるの、わかってる?」

「わかってるから若干ヤケになってんだよ!来いよアリス!仲魔なんか捨ててかかって来い!」

「サマナー、気が抜けるような事は言わないでくれ」

 

こちらの手札は、もう使い切った。ベル・デルの霊基再臨(ハイ・レベルアップ)は終了し、ブースターと光輪のない普通のバルドルに戻っている。

 

加えて言うなら残存MAGも心もとないため、大技の類は使えやしない。

 

平成の終わるその日の俺の最後の戦闘は、絶望的に手札の少ない今の状況から始まった。




戦闘シーンってどうしてこう長くなってしまうんでしょうねー、ギルガメッシュとの戦闘どれだけ長引かせるつもりなのやら。いや、人気キャラの扱いは慎重にしているだけなんですけどねー。


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平成331年4月30日 その4

GW中に一章完結の目標達成!
いや、4月中に終わらせるつもりだったんですけどねー。おのれ遅筆。




「サモン、ムールムール!」

 

内田は、定石の手を打ってくる。そりゃ、こちらが3人(内一人足手まといのサマナー)なら、数の差を誤魔化すために仲魔を呼ぶだろう。

 

だが、ムールムールは両腕が切り落とされ、身体はホチキスのようなものでの仮接合をされているかのようなボロボロの状態だった。

あれが、志貴くんの直死の魔眼の効力だろう。死を押し付けるが故にその傷は癒される事はない。

光明が見えてきた。

 

「バルドル、空を飛ぶムールムールは無視して良さそうだ。内田を狙うぞ」

「だな、あのナリじゃ攻撃魔法も使えねぇだろ。傷口からMAGが流れ出てる」

「油断は禁物だよ、二人とも。向こうにとっても貴重なMAGを使っての召喚だ。何かあるのだろうさ」

「じゃ、小手調べくらいはしてみるか」

 

MGL140を取り出し、力場反応信管の榴弾を仕込んで三発撃つ。

 

力場反応は、以前より縮小しているのがわかる。おそらく耐性も弱体化しているだろう。

 

「BOMB!」

「サマナー、一発外れているから格好はつかないよ」

「だな」

「...うっせ」

 

爆発の煙が晴れると、そこには傷だらけになったムールムールがいた。MAG流出量から考えるに、もうすぐ死ぬだろう。ついでに下のグリフォンは何故か今の爆発で死んでいた。それほどのダメージはないだろうに、何故...ッ⁉︎

 

「ククク、我が死霊魔術を舐めないで下さい花咲千尋。これだけ私の傷ができたのなら!」

 

「自身を死霊化し操作することも可能なのですよ!」

 

ムールムールは地面にグリフォンとともに落下し、混ざり合い、異形と化した。

 

「まさか、悪魔合体⁉︎」

 

そうして、異形はだんだんと形を取っていった。

 

「ありがとう、師匠...ムールムールとグリフォンをリミックス!サモン、GO!」

 

「夜魔、ニュクス!」

 

そうして異形がマグネタイトの輝きに包まれた後には、黒衣に身を纏った女性型の悪魔が現われ出でた。

 

「...ええ、あなたの為にこの命を使いましょう。サマナー」

「行くわよニュクス!こいつらを倒せば、私たちの願った世界に手が届く!」

「させねぇよ!バルドル、デオン!」

 

「「行くぞ!」」

 

手始めに放たれたニュクスの高位広域電撃魔法(マハ・ジオンガ)。それをバルドルを盾にする事で防御しつつ接近する。残り三発の力場信管グレネードを時間差で着弾するように放つ。

 

見たところニュクスは術師タイプ。なら、接近さえしてしまえばやりようはある。

 

「させるわけないじゃない!」

 

だが、こちらの接近を防ぐ手は当然撃たれている。呪殺物理混合属性のあのトランプナイフだ。

 

空中にナイフを浮かべそれを射出するスタイルは、先ほどまで戦っていた黄金の王ギルガメッシュを思い浮かべさせる。

 

おそらくは、彼の戦闘スタイルを真似したのだろう。強いイメージは、その個人に独自の技や術を発現させるからだ。

 

だが、先ほどまで戦っていたからか狙いが甘く速度も遅いことが見て取れた。これならば、行ける。

 

あの嵐に比べれば、このナイフ群はただの雨だ。

 

「躱しながら、進んできたッ⁉︎」

「比較対象が悪かったね。あの嵐に目が慣れた私たちにはこの程度の技は通じないよ」

 

ストレージにMGL140をしまい、P-90を取り出す。まず狙うべきはニュクスだ。内田の不死身のネタは付和さんが殺した事実と知識を照らし合わせると大体わかったが、それを崩すには手数が必要だからだ。

 

邪魔な手駒は、ここで仕留める。

だが、前に踏み込んだ瞬間に俺の身体の動きが止まった。この感覚は、麻痺状態ッ!

 

「残念、そこにはトラップを仕込んでおいたの。サマナーって頭が回るのね」

「そして、今のあなたは私の術を躱せない。じゃあね花咲千尋」

 

「死んでくれる?」

 

「お断りだ!」

 

ケプラーベストの内側に縫ってある非常用ポケットに入れていたディスパライズを起動させる。これにより麻痺を治療して、短い間の耐性を手に入れる。

 

そして、再びのトランプナイフの雨だが、今回の躱し方は簡単だ。

 

全速力で後ろに下がればいい。

 

別に、今サマナーである俺が内田に接近する必要はないのだ。

内田としても俺に前に来られると困るからそちらにナイフの雨は厚く敷き詰められていた。故に、下がれば安全圏に抜けられる。

 

「ほんと思い通りに動かないわねあのサマナー!」

「それが、花咲千尋という人間だよ。君も少しはわかっているだろう?」

「...まぁね!」

 

内田はニュクスを左に大きく展開させる。こちらの攻撃手段が近接のみである事を理解したのか、術による十字砲火(クロスファイア)を仕掛けるつもりのようである。

 

だがそれは、死霊召喚魔法(ネクロマ)の射程距離からも逃れるということ。今が、ニュクスを討ち取るチャンスだ。

 

「バルドル、盾!デオン、GO!」

「サマナーはどうすんだ⁉︎」

「内田を、抑え込む!」

「言ってくれるわね花咲千尋!なら、その増長を抱いて死になさい!」

 

デオンとバルドルがニュクスの方に向いた瞬間に、空間が歪んだ。その中にデオンとバルドルは閉じ込められてしまったのだろう。しかも最悪なことに通信不可の異界。1対1を作らせず、2対3のアドバンテージを保ち続ける方針は無に帰した。

 

だが、まだ俺が残っている。

 

護衛が離れて好機と見る内田は、トランプナイフの雨を打ち出しながら、紅いオーラを纏う両手剣を取り出した。

 

ひしひしと伝わってくる。あれは、超級の概念装備だ。

 

「起きろ、ヒノカグツチ!」

「迎え撃て、俺の初任給ソード!」

「それ叫ぶ意味ないでしょうが!」

「うるせぇ、ノリだ!」

 

反発(ジャンプ)の反発係数を最大に設定し、加速(アクセル)の術式で最大のスピードでナイフの雨を抜け、内田のヒノカグツチにショートソードを叩きつける。向こうの方が振りは遅い。筋力値では向こうの方が強いだろうが、大剣相手なら速度が乗る前に勢いを削げば打ち合える。

 

今の打ち合いで感じた。対人剣を内田はあまり理解していない。剣の師となる者がいなかったのだろう。対悪魔相手なら、武術の理より筋力に任せた攻撃の方が有効だからそういうのがまかり通ってしまうのだ。

 

だから、付け入る隙はある。

 

「疾いッ⁉︎」

「その大剣、大層な業物なんだろうな!だけどこの距離なら!」

「魔術師の筋力で、改造人間(わたし)が止められる?」

「剣は、力だけで振るんじゃないんだよ!」

 

それは、シュバリエ・デオンという高い筋力を持ちながらそれに奢らず技巧を極めた剣術を使う姿をずっと見ていた事で、俺の中に得られた経験が生んだモノ。魂と肉体の接続が濃い為にイメージをダイレクトに動きに反映できるという覚醒者の基本的な性質を利用した、模倣剣理。

 

だが、やはり模倣は模倣。デオンの剣ならばヒノカグツチを弾き飛ばしてみせただろうが、俺では弾くのが限界。次の太刀を読みきれなければ俺の身体は真っ二つに切り裂かれるだろう。

 

視線を交わす。弾かれた事で多少動揺しているが、ヒノカグツチを使って俺を斬るというのが本筋なのは変わらなさそうだ。

だが、トランプナイフの雨で俺を呪い殺すという線も確かに存在する。俺の感知能力でも背後に自分ごと貫かせるラインでのナイフが作られているのがわかる。

 

だから、弾いた剣の勢いでショートソードを脇構えに。反発(ジャンプ)の術式で加速し、内田の脇を斬り抜ける。

 

手ごたえは、スライムのようなモノを斬った時と同じだった。内田の身体は死んですぐに生き返ったからかかなり無理をしているのだろう。

 

だが、仮に今ので殺せたとしても意味は無い。内田の無限蘇生の原理は、降霊召喚(ガーディアンサモン)の術式だからだ。

 

細かい術式はわからないが、死ぬと同時にアリスを降霊召喚し、アリスの持っている魔界からの持ち込みのMAGをもって肉体を再構築し、戦闘を続行しているのだろう。

 

...強い。ガーディアンに決して肉体の主導権を握らせない内田たまきの意思が。

 

だが、意思の強さ比べなんて意味のないモノに割くべき思考のリソースはない。戦闘を続行する。

 

内田の生み出したトランプナイフは、柄の部分のMAG構築を爆散させる事で勢いをつけて俺に襲いかかってくる。

 

斬り抜けた勢いのまま反発(ジャンプ)の術式で宙に駆け上がりそのナイフの雨を回避し、ストレージからP-90を取り出して内田の頭に神経弾を叩き込む。改造された身体の構成要素から考えると神経毒が通る可能性は低いが、他に当たって得になる弾がない。

 

「そんな豆鉄砲で!」

「まぁ、防いで来るよな!」

 

高密度の魔導障壁で弾丸を防がれる。そして、落ちる俺を待ち構えるように構えられるヒノカグツチ。

 

再び、視線が交わる。こちらの道は3つ。加速して落ちるか、減速して落ちるか、裏をかいてそのまま落ちるかだ。

 

だが、どれを選ぼうと改造人間とやらの反応性で切り裂かれる感じがする。勘だが、そう的外れではないだろう。

 

ならば、タイミングをずらすしかない。

 

重力魔法(グライ)ストーン、起動!」

 

空中からの落下速度を増す為に自分自身に重力魔法をかける。効果範囲を縦に長くした為、内田にも多少の影響はあるだろう。魔導障壁では魔界魔法は防げるものではないのだから。

 

「こんな程度?」

「それはどうかな!」

 

重力で加速した分も対応するのは目に見えている。だから、直前に弾性(クッション)の魔法陣を敷くことでタイミングをずらす。

 

ように見せかけて、俺が当たる直前に術式を解除してそのまま落ちる。弾性術式を見抜いていた内田は、見抜いてしまったが故に1テンポ遅れ、俺のショートソードにより肩口から腹までを切り裂かれた。

 

だが、俺もここまでだろう。ここから着地するまでの間に内田は再生を完了してしまう。そうするだけの根性が内田にはあるからだ。

 

「さようなら、花咲千尋」

 

肩口を切り裂かれたまま、ヒノカグツチを俺に向けて振る内田。その姿は異形のものそのものだが、その目の輝きは諦めない人間の気高いものだった。

 

だから、この結末になったとしても後悔はない。

 

いつか死ぬはずだった命が、死にきるだけだ。

 

その筈なのに、何かが心に引っかかって離れない。多分それは、最初はありふれたもので、今では夢物語のようなそんなものが。

 


 

「お前と一緒にフランスって国を見に行かないといけないからな」

 


 

悪魔召喚士(デビルサマナー)が、男が、吐いた言葉を嘘にして良いわけがない。だってそれは、破りたくない約束なのだから。

 

心に、一つの思いが燃え上がる。今まで感じたことのない、本当の意味での激情。

 

それを胸に、()()()()()()

 


 

「バルドル急ごう!サマナーでは長くは保たない!」

「わかってるよんな事!だが、実際問題どうする!」

 

「奴の夜の帳に飲まれた俺たちには、サマナーを援護する手段は無ぇ!最速でコイツを殺すこと以外はな!」

「クッ...やはりそれしかないか!」

 

夜の帳、満月を背に浮かぶニュクスは異界からのMAG供給を使って高位広域電撃魔法(マハ・ジオンガ)を放ち続けていた。

 

時間にして、もう1分以上。

 

外で戦闘が行われているのはなんとなく伝わってくる。覚醒者とはいえ、身体的な異能を持たないサマナーではいずれ手品の限界はやってくる。

 

「畜生、俺にベルの力がありゃあ!」

「無い物ねだりは意味を持たないよ!」

「...信じられませんね、そこまでサマナーに忠を尽くすだなんて。彼らにとって私たち悪魔はただの道具でしかないというのに」

「...普通、そうだよなぁ...」

 

雷の波を掻き分けて前に進むバルドルとデオン。雷光で目を潰されているためニュクスの位置はマグネタイト感知でしかわからない。だが、その位置は数多のデコイによって撹乱されていた。

 

「残りのMAG使ってこじ開ける。それで俺はMAG切れで送還されるだろうから、後は任せた」

「...一つだけ聞きたい」

「何だ?時間ねぇってのに」

「君はどうしてサマナーに尽くす?道具のように使われているのは確かだろう?」

「...大した理由じゃねぇよ」

 

雷光で見えないが、どこか自嘲的な雰囲気の笑みを浮かべているのが雰囲気で伝わる。

 

「前に召喚された時に人間に殺されて冥界に戻った時によ、昔の事を思い出したんだよ」

「...昔の事?」

「俺は、人を守る光の神だった。そこを曲げたからあの人間に心で負けたんだってな」

 

「だから、今度は人の味方をしようって思っただけだ」

 

その答えに至るまでの葛藤や苦悩は推し量れない。だが、その言葉は不思議と信じられた。

それはきっと、同じ主をもって、短くとも濃い時間を共に過ごしたが故のことだろう。

 

間接的にでも、心は繋がっているのだ。

 

「不粋なことを聞いたね、バルドル」

「今度、てめぇの分の給金でなんか奢れ。それで勘弁してやる」

 

電撃を体に受けながら、バルドルは光を作り出す。それは魂の燃焼だ、知識の少ないデオンでもそれは分かる。

 

だが、それを止める気にはならなかった。

 

「私がどれだか分かるのですか?」

「あいにくわからねぇよ。だから」

 

「全部吹き飛ばしゃいいだけだ!高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

周囲から放たれていた雷光を極光が飲み込み、その奥にいるニュクスを露わにした。

 

判断は、一瞬。雷光と極光の相殺した混沌とした場を最速で駆け抜けて、サーベルを腹に突き立てる。

 

そして、そのまま脳天に向かって切り上げる。ニュクスは、何か信じられないものを見たかのようだった。

 

サマナー無しでの、仲魔の完全なるコンビネーション。それがどれ程の妙技なのかをデオンたちはまだ知らない。

 

「私の負け...ですが、逃さない。この夜の帳に私の全ての力を注いだ。貴方は後数分の間逃れられない」

「何ッ⁉︎」

「せいぜい足掻いてみせなさい。貴方が貴方の主を救いたいのならば」

 

せめて、念話を送ろうとする。現界してからずっと練習していたこの術に全神経を集中させるデオン。

 

その強い念が通じたのか、あるいは主を失ったことでこの夜の帳の隔離性能が劣化したのか定かではないが、その瞬間に確かに届いた。

 


 

『...デオン、お前の剣を俺に貸してくれ。ただの模倣じゃあ、絶対に届かない』

『わかった。けど良いのかい?死人に、悪魔に命を握らせるなんて』

『信じた。...違う、信じたいからだ。共に過ごした、あの日々が紡いだ絆を』

 

『それが、俺が信じる光だから』

『なら、光り輝かせてみせよう!白百合の騎士の名にかけて!』

 

トランス状態で行われたその会話にかかった時間は刹那にも満たない。だが、確かに行われた。

 

その結果が、今の俺だ。

 

振り下ろされたヒノカグツチをショートソードを手放して自由になった右手でヒノカグツチの腹を叩く。

 

その力は、俺の身体を剣の殺傷領域から逃すのに最小限のものであった。

 

「ッ⁉︎」

 

内田が驚くのも無理はないだろう。事実俺でさえこの絶技には驚きしかないのだから。

 

そして俺の身体は内田の身体からショートソードを抜き、首を切り裂く。頸動脈を確実に切り裂いたその斬撃は、最小限の力で内田に致命傷を与えるものだった。

 

内田の身体はすぐに再生するが、それでもその絶技に対して驚きを隠せていなかった。

 

「花咲千尋、貴方ッ⁉︎」

「気付いたか。そう、これは本当のデオンの剣術だ。隔離された夜の帳の中から、それでも俺を救う為にやってくれた絆の力。侮るなよ?」

「...絆の、力」

 

「来ないなら、こちらから行くぞ!」

 

足運びひとつ取っても、自分の模倣したものとデオンの操る俺のものは違う。剣の理の深さが、その差を作るのだろう。

 

重心を軽く乗せた突きを2発。振り下ろされたヒノカグツチをステップで回避して手首に斬撃を放つ。

 

返す刀で横薙ぎをしようとしていた内田は、ヒノカグツチを支えきれずにその剣を取りこぼしかける。

 

だが、再生が間に合ったのか落とすことはしなかった。

 

だが、俺たちの剣は次が繋がる。

 

返す刀で足首を切り落とし、踏ん張れなくなった所を蹴り飛ばす。

そして体勢が崩れた所で霊核にショートソードを突き立てる。

 

だが、内田もさるもの。すんでのところでヒノカグツチを手放し重心をずらし、霊核から剣先をずらす。

 

そして、自分ごとトランプナイフの雨で俺を貫こうと抱きつこうとしてきた。

 

それを読んでいたデオンの意思はショートソードを手放し、横に転がる事で()()()()()を手にとってその回転の勢いのまま内田に振り抜く。

 

超高ランクの魔剣、ヒノカグツチを。

 

それを内田は、俺のショートソードを手に取り受け止める。

 

そして互いに所有権を利用し、分解と再展開をする事で互いの手には元々の武器が戻った。

 

流石に所有権の奪取はできなかったが、それは向こうも同じ事。

 

距離は少し離れてしまったのが辛い所だが、どちらにせよそろそろだ。

 

左手にスモークグレネードを取り出して放り投げる。MAG感知を妨害するチャフ機能付きの優れものだ。いや、単に煙の成分にMAGを仕込んでるからなのだが。

 

煙の中で、視界と感知を遮られたまま、それ以外の感覚で位置を掴んで斬り結ぶ。

 

天から降り注ぐトランプナイフは脅威であるが、呪殺属性を含んでいるが故に即死防御障壁(テトラジャ)ストーンにより防御するのが可能なのだ。

だが、物質化(マテリアライズ)されている物質であるが故に完全に弾くことはできない。だが、一瞬。目を切る事が出来ればそれで良かったのだ。

 

煙の中で斬り結ぶ。MAG感知を阻害する煙の中であってもヒノカグツチという超一級の武器が放つ力を感知することは容易い。だから、目印には事欠かなかった。

 

ヒノカグツチの間合いで斬撃を交わす。

速度が乗る前に叩く先ほどと同じ防ぎ方。されどそれを読んでいた内田は手にトランプナイフを作り出し投げつけてくる。

 

それを、空いている片手で掴み投げ返す。内田の霊核に向けて。

その曲芸に驚くも、物質化(マテリアライズ)を解除する事でダメージを防ぐ内田。

 

そして、ナイフ投げで崩れた体勢を狙うように片手で大剣を横薙ぎに一振りする。

それをしゃがみ込む事で回避し、両足に対して斬撃が放たれる。

 

その手も読んでいたのかジャンプして回避する内田

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「花咲千尋、何で⁉︎」

 

スモークグレネードの煙が晴れる。

今、目の前でヒノカグツチと打ち合っていたのは、()()()()()()

 

「単純な手品だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そういう事。偶然できた機会だったが、狙わせて貰ったよ」

「...詐術士ッ⁉︎」

「手が無いなら、無いなりにやるさ。それが、俺の戦い方だ」

 

内田に打ち込んだ拘束術式は本人のMAGを利用して拘束の強度を上げる対内田用の切り札だ。

 

基点になっているのは内田の魂の隙間に差し込んだ術式だ。サーバを介する事で俺と内田は繋がっていた。死んでも死なない原因こそ探れなかったが、内田の魂の性質くらいは把握できたのだ。

 

だからこそ、このオーダーメイドの拘束術式は破れない。霊的出力が守護霊(ガーディアン)由来のものなので、魂が守護霊にアクセスする信号と守護霊が内田にアクセスする信号を止めてしまえば内田の能力の大半を無力化できるのだ。

 

実際、内田はアリスを使ってのトランプナイフの物質化(マテリアライズ)を試みているが、成功はしていない。意思の先にMAGが固定化されていない。物質化の失敗の時の現象だ。

 

「...これで、私の負けだと思う?」

「ああ。あとは吸魔術式でお前の保有MAGを奪い去れば、お前は止められる。俺たちの、勝ちだ」

「そうでもないわ。まだ、仲魔は残ってる!来て、フィン・マックール!」

 

「やれやれ、傷は重いのだがね」

 

デオンが反応して俺の体を押し倒す。そして俺の体があった所を通ったのは水流。フィン・マックールのウォーターカッターだ。

 

「バルドルのやつ、仕留め損なったのかよ」

「いいや、彼は私を殺すに十分な攻撃をしたさ。ただ、私がダメージを食らう前から癒しの水で回復を行なっていたというだけの話だよ。もっとも、かなりのダメージは残っているがね」

 

実際、フィンの体は血濡れだった。多くの傷をそのままに致命傷だけを治したからだろう。

 

「内田の力は封印した。投降はしないのか?」

「しないとも。私は存外、彼女の事は気に入っているのさ」

 

緊張が走る。こちらは内田の封印を完全なものとする必要がある。しかし、ガーディアンの力を封じられて尚内田たまきという女は諦めてはいなかった。その手にはヒノカグツチが強く握られている。

 

ガーディアンによる能力上昇はなくとも、侮れは首を晒すのはこちらだろう。

 

そんな時に、麓から戦闘音が響き渡ってきた。今までは目の前のことに集中していて気付けなかったが、間違いなくギルガメッシュとメシアンとガイアーズの3人だろう。

 

もう、すぐ近くに来ている。

 

やばい、どうしよう。

 

「サマナー、流石にノープランという事はないよね?」

「何言ってんだ。最初っから生き返った付和さんが全部倒してくれるにオールベットだよ」

「他力本願の極みだね」

「そりゃ、それしかなかったからな」

 

「それなら安心しろ。お前のおかげでどうにか命は繋いだ。後は、任せろ」

「行くのか、ライドウよ」

「ああ。ここに来る連中を相手取れるのは、俺だけだ」

「ライドウ...まさか⁉︎」

「あなたが日本の守護者、葛葉ライドウだったのね。どうりで強かった訳よ」

 

右手に二本、左手に二本の管、封魔管を取り出して旧式の悪魔召喚術を行うライドウ。現れた悪魔は見たことがないものだったが、その力の凄まじさは感じ取れた。

 

「...私とやり合った時は全力じゃなかったのね」

「当然だ。俺は今日一日この大空洞を守ることが役目だったからな。次が来ているのにお前程度に全力を出せるものか」

「...なんて化け物」

 

その言葉に一つ苦笑を零して、ライドウさんは歩いていった。

 

「花咲千尋」

「なんですか?」

「ここを任せた」

「...任されました。ただし、生きて帰って来ないと承知しませんよ?反魂香の代金はしっかり取り立てさせて貰いますから」

 

その言葉に、背越しに手を振る事で返してきた。ああいう仕草を格好いい男がやるとどうしてこう似合うものなのか。不思議だ。

 

「さて、内田」

「何よ、花咲」

「殺しあうか?」

「...やめておくわ。私は、ギルガメッシュがライドウに勝つと信じて待つ。ここで膠着状態を続けましょう」

「そりゃ良かった。知らない仲じゃないから、殺し合いたくはなかったんだよ実の所」

「こんな刻印を用意しておいて?」

「万が一に備えるのが俺のやり方なんだよ」

「...どうしてさっきまで殺し合ってた相手にそんな感情を向けられるのか、不思議でならないわ」

「花咲千尋というのは、そういう人物なのだよサマナー。罪を憎んで人を憎まず...とは少し違うんだろうが、そんな所だよ」

「適当だな、フィン・マックール」

 

その言葉を最後に、ただ目の前行われている大怪獣決戦を眺める。

 


 

嵐に向かって歩いていくライドウと黒猫の業斗童子。

 

その足取りは、不思議と軽やかだった。

 

「良いのかライドウ、あやつに門を任せておいて」

「奴なら、信じられる。実力もそうだがその心が」

 

「そういえば、見誤ったのは初めてだな」

「...貴様の目には、どう映っていたのだ?」

「普通の、どこにでもいるような奴だと見えていた。...故に警戒していたのだがな」

「化けの皮は、見えたか?」

「本当に普通の善人だった。後付けの力がなければ、ただ善良に生きるだけの者だったろうよ」

 

「そんな奴に助けられたのだ。ライドウを継いだ者として、奮起せぬ訳にはいくまい」

 

背中に必殺の霊的国防兵器、コウガサブロウ、テンカイ、ミチザネ、オモイカネの4柱を背中に従えて、最強が歩いていく。

 

「先手を取るぞ、テンカイ」

「了承した、主よ高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

メギドラが宙から数多の武具を放ってるギルガメッシュと地を走るメシアンとガイアーズの男を吹き飛ばす。広範囲に広げた為に致命傷とはいかないが、面倒な味方のわからない乱戦という状況を作らなくて済むだろう。

 

3人まとめて相手にする方が、ライドウにとっては楽なのだ。

 

「新手か⁉︎」

「あれは、葛葉ライドウ!情報はやはり正しかったのか!」

「...サマナーは敗れたか。...あの雑種か」

「お前の言う雑種とやらが花咲千尋の事を指しているのなら、そうだ。情けないが、命を救われた」

「...なるほど、認めたくはないがあやつがこの末世の希望という訳か」

「希望?」

「いつの世にも現れるものだ。か細い可能性を乗り越え続ける者がな」

「確かに、俺の目では花咲は十に九は殺されて死ぬと見えた。だが、奴は残りの1を引き当てて勝ってみせた。それが、希望という理由か」

「へぇ、あのガキが希望ねぇ?信じられるかい?エセ神父」

「いいえ、希望とはメシア様の事。信じられるはずがないでしょう邪教徒」

 

「ならば、今の俺は希望を守る戦士という訳か。似合わぬが、全うするとしよう」

 

テンカイが高位万能属性魔法(メギドラ)のチャージを、オモイカネが極大広域氷結魔法(マハブフダイン)のチャージを、ミチザネが極大広域電撃魔法(マハジオダイン)のチャージを始め、それを守る形でコウガサブロウとライドウが前に出る。

 

周囲の空気から乱戦で散っていたマグネタイトが消え去るほどの大魔法。その脅威を肌で感じた3人は、各々の攻撃を放った。

 

極大呪詛魔法(エイガオン)!」

極大光波魔法(コウガオン)!」

「行け、王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

そしてその全てを、ライドウとコウガサブロウは打ち払った。

光と闇、二つの極大魔法はコウガサブロウの衝撃魔法を纏った剣にて、天から降り注ぐ数多の武具はライドウの空を駆けるような動きで払いのけてみせた。

 

「行け!」

 

放たれる3つの魔法。それはそれぞれが相互に干渉し反発し

 

山の木々を含めて一帯を消し炭すら残らない更地に変えた。

 

「...これで殺せないか。やはりこの世界は広いな」

 

メシアンとガイアーズの男たちは、最早勝ち目なしと判断して長距離伝送魔法(トラポート)で逃げ出した。その判断の早さは賞賛されてしかるべきだろう。こうして生き残り続けたからこそここまでの強さを手に入れられたのだから。

 

だが、だからこそ驚愕するべきはその三つの極大魔法を受けて尚立ち塞がっているギルガメッシュという英雄だろう。

 

防御用の宝具を幾重にも重ねたという事実はある。だがそれでもあの極大魔法の嵐を受け止めたのは、この英雄の根性なのだから。

 

「やってくれるな、現代の英雄よ」

「今のを耐えて良くも言う。古代の英雄よ」

「...だが、残念ながらここまでだ。鬱陶しいのを弾いてきた力まで使わされた。ここから先の我は我ではない。我による世界の破壊を防ぎたいのなら、止めてみせるがいい」

「何故、それを俺に?」

「我が、英雄王だからだ」

「さっぱりわからんな。だが、承知した。貴様は、ここで終わらせる」

 

瞬間、ギルガメッシュの体がブレる。まるでテープを高速で再生しているかのような奇妙な動きの後に、ギルガメッシュは抜いた。

 

三つの輪が連なった奇妙な長物。柄だけ見ると剣のものなので、ライドウはアレを剣と認識し、その認識が間違いなのだとすぐに改めた。

 

回転する三つの輪。それが回るたびに世界が軋みを上げている。

 

アレは、世界を砕くナニカだ。

 

「ライドウよ、あれを振るわせてはならぬ!世界が割かれるぞ!」

「ああ、全開で行くしかあるまい。コウリュウ!」

 

ライドウは、手元に封魔管を取り出して最強の仲魔を召喚する。天を舞う黄金の龍、コウリュウだ。

 

その背中に、召喚されていた仲魔たちが集まっていく。ただ一刀、ライドウの全力に力を集約させる為に。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

「百魔大忠義閃!」

 

マグネタイトと魔力の混ざり合った閃光が、空中で衝突する。

 

心の底から叫ぶライドウ。無言で、機械的に剣を振るうギルガメッシュ。

 

両者の決着は、その剣に込められた想いの差で決まった。

 

世界を嘲笑し、それでも救う為に足掻く一人の少女に付き添った一人の王は、その剣先にいた少女を殺すまいと最後に意思を捻じ曲げた。それが、互角だった二つの力の均衡を崩したのだ。

 

「ではな、せいぜい足掻くといい。道化に化かされたこの終わり行く世界で、それでも生きる英雄よ」

「ああ、足掻くさ。最後まで」

 

その言葉と共に英雄王ギルガメッシュの体は光と化し消え始めた。

 

『ギルガメッシュ!』

『たまきよ。存外、ヒトモドキどもは侮れぬ。お前一人でこじ開けられぬ世界の壁を開く一助となるやもしれんぞ?』

『...そうかもね。花咲の絆を信じる戦い方を見て、思い出したわ』

 

『私たちだって、皆で戦ってたんだって事を』

『ならば良い。では、息災でな』

 

世界を覆う天蓋が割れ、果ての見える空が見え始める。

 

世界を切り裂く乖離剣は、その力の十分の1をも伝えることはなくともこの壊れかけの世界を砕くことを可能にしてしまった。

 

その壊れた天蓋から、堕天使たちが舞い降りてくる。その数は、万を超えていた。

 

世界の崩壊が始まった。

 


 

「今のは何だ⁉︎内田!」

「ギルガメッシュの切り札、世界を切り裂いた天地開闢の剣よ!そんなもの、まともなら放つことはないのに...ッ!」

「もしかして...COMPのエラーコードに、アウターコードは出ていないか⁉︎」

「待って、確認する...」

 

そう言って内田は目を宙に彷徨わせた。脳波制御タイプのCOMPなのだろう。ARで情報を見るタイプのものだ。かなり高いのに...羨ましい。

 

「あったわ、outer code ってのが一年前からずっとギルガメッシュに流れてた!何で言わないのよあの馬鹿!」

「一年間⁉︎...あのジークフリートが耐えられなかったアウターコードだぞ?なんて精神力だよ...」

「サマナー、それは今重要な事じゃない!この割れた世界をどうするかだ!降りてきた堕天使たちをどうするかだ!君ならできるんだろう!」

「...すまん、デオン」

「出来るの⁉︎今の一撃は平成結界の基点であるこの遡月の天蓋を破壊した!それは伝播するわよ、直ぐに!」

 

思考を加速させる。必要なのは平成結界の基幹術式だ。それは記憶の中にある。

 

改竄に必要なのは、認証コード。純粋な人間の魂。

それは、ちょうど今手近にある。

 

「...内田、手を貸せ。お前の魂の認証コードが必要だ」

「...わかった、行くわ。あなたを信じて!」

 

内田を目を合わせて、覚悟を確認し合う。これは、命を捨てるような真似だ。

 

海馬の魔術師の知識では、この大空洞入り口には元々強力な封印が施されているとされている。それをバックドアでこじ開けるのだから、霊的トラップの類が押し寄せるのは疑いない。

 

それでも、行く。

今、この世界を救えるのは自分たちだけだろうから。

 

走り出しながら周囲にアクティブソナーを走らせる。残りのMAG量から考えるに残り数回で頭打ちだろうが、確実に罠を発見できるこのやり方は頼りになる。

 

「内田、結界入り口まで罠は無し!だが、結界を抜ける時に一手間必要だ!」

「なんでもやるわ、任せなさい!」

「言質は取ったぞ、後で文句言うなよ!」

 

認証結界のある門に辿り着く。ここから先は、純粋人間しか通ることは出来ない。が、何事にも裏道はあるものだ。

 

「内田、こっち向け」

「何よ...ッ⁉︎」

 

反応される前に内田の唇を奪い、隷属の術式を起動させる。

主人が内田で、下僕が俺。

 

これで、俺は内田の所有物になった。

 

「...なるほど、そう言う手ね」

「ああ、お前の所有物なら中に入れる。そういう理屈だ」

 

そのまま、結界門を通り抜ける。デオンもフィンも問題なく通り抜けられた。やはり、所有物扱いの存在で、かつ悪魔でないのなら抜けられるという算段は正しかったようだ。

 

「それで、私の下僕になった気分はどう?」

「正直最悪だよ!なんで自分から奴隷の首輪を嵌めなきゃなんないんだよ!」

「美人とキスできたんだから、得と思っておきなさい!後、思い返すと結構恥ずかしいわね!」

「俺もだよ!」

 

結界の内側に入って再びアクティブソナーを起動。残りは2発。

 

異界トラップが三重に仕掛けられているのを発見した。入れば一生出れない類の人造異界だろう。

 

「どう抜ける?」

「足場は作る、跳んで行く!」

 

人造異界の発動ポイントとなっている足場を無視して、反発(ジャンプ)の魔法陣を敷いて走り抜ける。

 

そして再びアクティブソナー。このまま進むと広間に出る。そこには、悪魔の存在があった。反応からして、造魔。

 

流石に、これを抜ける方法はないだろう。

 

「...戦闘になる。こればっかりは避けられそうにない」

「...じゃあ、私が戦ってる隙に花咲が先に行きなさい」

「行けるのか?」

「なんとかするわよ」

 

そして門を開けると、剣の丘があった。

いや、洞窟の中で丘という表現はおかしいのはわかるのだが、剣たちから感じるイメージを言葉にするとそうなるのだ。

 

「何の用だ?」

 

剣の丘の番人である造魔が口を開く。どうやら、意思があるようだ。

造魔とは心を持たぬ悪魔だというのが定説らしいが、俺の見た造魔はどいつもこいつも魂を持っている。

 

「平成結界が壊された。しかも、その隙に堕天使が入り込んできている。その数は万単位。時間とともにもっと増えているかもしれない!時間がないんだ、通してくれ!」

「...断る」

「私達が皇族じゃあないから?」

「違う、誰であってもここは通さない。どんなに理由が崇高だろうが、どんなに犠牲者が出るとしても。俺は、俺だけは美遊を守る。それが、俺の理由だ」

「じゃあその子に危害を加えるってなら後ろから俺たちを斬るので構わない。通してくれ!とにかく時間がないんだ!」

「...死ぬ覚悟は、あるんだな?」

「ねぇよ。けど、だからこそ生きるって決めてるんだ。生かすって決めてるんだ」

「...わかった、案内する」

 

「...熱いだけの説得も、たまには通るのね」

「信じた訳じゃない。ただ、現状ボロボロのお前たちなら殺すのは容易いから、こんな事を許しているんだ」

「こっちの状況もわかって言ってんのね。強かな奴」

 

内田と造魔の会話を最後に、剣の丘の奥へと進んでいった。

 

「ここが、結界の中心だ」

「...広いな」

 

大空洞の最奥、そこにはこの世のものとは思えない光景が浮かんでいた。

地面に刻まれた梵字、ルーン文字、英字問わない無茶苦茶な、しかし機能的な魔法陣は今も光り輝いている。

 

「花咲、これちゃんと動いてるんじゃないの?」

「いや、無い。正常に動いているならあんな大穴は開かない筈だ。結界の構造的に他部分と補完しあって悪魔を止める仕組みになってるんだよ」

「随分詳しいんだな」

「この結界を敷いた遠坂の魔術師は海馬に吸収されたからな、どういう魔法陣でどういう効果かってのは理解してる」

「じゃあ、美遊の事もか?」

「理解してるよ。でも、やらなきゃならない」

「何のために?」

「...普通に生きて普通に死ぬ。そんな日々を守るためだ。それがどれだけ遠くてもな」

「まるで、正義の味方だな」

「んな訳あるか」

 

「俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー)だよ」

 

魔法陣の中心に向かっていくにつれて、時間の流れに変化があるのを感じる。おそらく、平成結界が崩れた事により時間の加速が不安定になったのだろう。

 

急がなくてはならない。

 

そして、中心で綺麗な白無垢を着た少女が横になって眠っているのが見えた。

 

あれが、平成結界を作り出した聖遺物、()()()()()()()()

 

だが、それだけではない。少女の傍には、一つの装置が置かれていた。

 

()()()()()だ。

 

それも、支部にあるような情報にフィルタリングをかけるような器具の一切無い、剥き出しの。

 

何かに突き動かされるように、それに手を伸ばす。

そして指先がアーカイブに触れた瞬間、()()()()()()()()()。この瞬間に限っては、俺は全知となっていた。

 

足りないピースは、手に入った。

 

「内田、ちょっと頼まれてくれるか?」

「何よ、花咲」

()()()()()()()()()()()()、そうしたらアーカイブを美遊ちゃんの居る場所に置いてくれ。新しい結界を作り上げる」

「どんなもの?」

「タイムレートは外の8倍、今いる堕天使を弾くのと、入ってこれないようにはするが、それ以外の効果は無い」

「タイムリミットを自ら削ってどうするのよ!花咲千尋!」

「神稚児の容量に7つの聖遺物を集約すれば、一つの強大無比な願望機になる。それなら、行ける筈なんだ」

「...どこへ?」

人類の進化系(ネクステージ)へ」

 

「そもそも、黒点現象の向こう側に足を進められなかったのは、どんな科学的、魔術的防護を行なったとしても人間という規格(スケール)では黒点の分解現象に耐えられないからだ。なら、耐えられる規格(スケール)の進化系になれば、黒点の向こう側に向かう事ができる」

「それは、美遊を道具として扱うって事か?」

 

殺意も混ざった造魔の目を、受け流す。

 

「今みたいな、エンジンとして生かされ続けている状況は脱せられる。それに、この子を不幸な目には合わせない。それでも心配なら、お前が守れ」

「...美遊の幸せを願うなら、どっちが正しいんだろうな」

「本人に聞けばいい。だから、俺の案に乗れ」

 

「美遊」と呟いたその声の少し後に、深々と頭を下げてきた。

 

「頼む。美遊に、自由を」

「任された」

 

美遊ちゃんを覆っている防壁に侵入。皇族でなければ開けられないコントロール権限を、遠坂のアカウントに偽造してバックドアから侵入し取得。破壊された箇所に向かって無駄に放出しているMAGをゲートパワーの減少と脅威の排除に回す。

 

その後、美遊ちゃん本人にかけられていた様々な術式を全て保留状態にして造魔に渡す。

 

そして美遊ちゃんがいた場所に内田がアーカイブをセットした。

 

ならば、後は陣を敷くまでだ。

そして、そのための労力は代用できる。

アーカイブ用に変換した、魔法陣展開代行プログラムによる大魔法陣の展開。アーカイブ自体の演算性能を使っているので、問題はない。

 

そして、アーカイブ本来の機能を解放する。数多の次元に広がるアマラ宇宙への接続。それがアーカイブの本来の使用用途。

 

これは、ターミナルなのだ。

 

「良し、MAG吸収術式稼動確認!無限のアマラ宇宙からMAGを取り込むこの術式は、一度回れば止まらない!」

 

そして、ターミナルに十分なMAGが溜まった。崩壊寸前の世界がいくつかあったので、その世界に対する吸魔速度を上げた事が時間短縮の決め手だろう。多分。

 

「花咲式令和結界術式、起動!」

 

瞬間、この世界が塗り替わる。残留していた平成結界のテクスチャは自然崩壊するのを待つしかないが、まぁ欺瞞の風景が変わった所で大した事にはならないだろう。むしろ、危機感を煽れて良いかもしれない。

 

「これで、後には引けないわね。花咲」

「引ける先とか、この世界にあるのか?」

「...それもそうね。魔界ですら黒点に飲まれて消えかけている今何だから、安全なんてないか」

 

「サマナー、外と連絡を取るべきではないかい?」

「いや、あいにくとまだ仕事が残ってる。造魔さん、美遊ちゃん貸してくれ」

「何をする気だ?」

「この子を拘束している術式を、ひっぺがす。美遊ちゃんが必要になるのは各地の聖遺物を集めてからだから、しばらくは自由だよ」

「そんな真似、できるのか⁉︎」

「ひっぺがすだけなら、お手軽アイテムを貰ってたんだよ、実は。てな訳だ、起きろ破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

神代の魔術師、メディアに今際の際に託されたこの短剣、使用用途に気付くまで結構かかったがわかってしまえばこれほど有用な概念装備はない。良いモノを託してくれたものだ。

 

「...流石に、すぐ目覚めたりはしないか」

「300年間も眠り続けてたんだ。仕方ないさ」

「そう...だな...」

 

瞬間、ぐわりと世界が歪む感覚がした。言葉にするのは難しいが、ここだけ時間がブレたような感覚だ。

すぐさまターミナルに接続。結界の各種パラメータを見るも異常は無し。

 

「デオン、何か感じた...か?」

「サマナー...なのか?」

「ああ、俺は花咲千尋だ。お前はデオンで良いんだよな?」

 

服装、立ち振る舞い、契約、全てが目の前の騎士がデオンである事を示しているも、そうとは認識できない。

顔の部分が、おかしいのだ。目も鼻も口もある。なのに()()()()()()()()()()()()

 

「...外に出よう。私が原因なのかサマナーが原因なのかはっきりさせたい」

「じゃあ、すまん内田。ターミナルを見ててくれ。ないとは思うが、アマラ宇宙を辿って悪魔が出てくるかもしれん」

「...ええ、そして見てくると良いわ。世界が変わった事を」

 

大空洞を抜け外に出る。ここから見た限りでは、どうにか堕天使達の侵攻は止められたようだ。だが、ライドウさんが居ない。どういう事だ?

 

スマホを取り出して連絡を取ろうとするも、圏外。仕方ないので念話を使って所長と連絡を取る。

 

『千尋くん⁉︎生きていたのか!』

『はい、なんとか。そっちの状況はどうですか?』

『...私と縁ちゃんは、とりあえず無事。他の皆とは殆ど連絡取ってないからわからない。とりあえず、念話が通じるところまで来たのなら、事務所に帰ってきなよ。千尋くんの顔は、気になるしね』

 

そうして、街を歩いていく。だが、奇妙だ。つい先ほど堕天使の軍勢が襲撃をしてきたのだから俯く人が多いのはわかるが、それにしたって妙なのだ。顔を隠す人が多すぎる。

 

なので、とりあえずちょっと聞いてみることにする。

 

「すいません、ちょっと良いですか?」

「マサノブ⁉︎...じゃねぇな。なんだよ」

「どうして顔を隠しているのか、気になってしまって」

「テメェもわかるだろうが!」

 

男が、隠していた顔を露わにする。

目と、鼻と、口はある。しかし、それがどうにもチグハグな、福笑いで作られたような印象の顔に見えるのだ。

 

「2年前に顔が変わって!しかも自分と同じ顔の奴が狂ったほどにいるなんて状況だぞ!こんなクソみたいな顔納得できねぇよ!だから隠してんだよ!」

「同じ顔...ッ⁉︎」

 

道行く人々の顔を注視する。顔を隠されているから確実にとは言えないが、皆、目の前の男と同じ顔をしていた。

 

そして、カーブミラーに映る自分の顔を見る。

 

そこには、目の前の男と同じ顔をしている男がいた。

 

というか、それが俺だった。

 

「...確認させてくれ、2年前に顔が変わったんだな?」

「ああ、クソ堕天使どもがやってきて、追っ払われたあの日だよ」

 

どうやら、結界敷設時の、世界時間速度のタイムラグ調整の際の揺り戻しか何かで2年間も時間が吹き飛んでしまったようだ。

 

ここから先の聖遺物探索は、どうにもただ悪魔が敵なだけのような単純なものではない。そんな予感がする。

 

そんな事を、横で事実を飲み込みきれずに目をパチパチとしている顔貌の整った騎士様を見ながら、思った。

 

 



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真・女神転生アウタースピリッツ
変わり果てた人々


2章スタートです。




「なぁ、デオン。俺はどうなってる?」

「正直、奇妙だとしか言えないね」

「...2年間吹っ飛ばされてた事とかも考えると重いんだが、どうしたもんかね」

 

とりあえず、この顔についての問題は放置でいいだろう。2年前に起きた事なのなら、今現在どうこうという話ではない。

 

それに、顔が変になった程度だ。まだ特に気負う必要はないだろう。

 

「んじゃ、2年後の街を散策するかね」

「呑気だね、サマナー」

「構えてても世界は変わらないからな。とりあえずは回復道場だ。2年で何が起きたかは知らんが、流石にマッカが使えなくなる事はないだろうよ」

 

ストレージからサイドカー付きのバイクを取り出してデオンに運転を任せる。移動は迅速に、だ。

 

「...車道の舗装が所々崩れている。手入れをされていないんだろうね」

「行政機関の麻痺か。確かに、変わった世界についていけてないってのはありそうだ」

 

すると、エネミーソナーが反応する。確認したが襲撃ではない、野良悪魔の顕現だろう。

 

「一応狩ってくぞ。MAGを補給したい」

「ああ。それに無辜の民が襲われていたら事だからね」

 

方向を変えて悪魔の方に向かう。

そこは、悪魔が親子を襲っている場面だった。

 

「デオン、GO!」

「了解!」

 

バイクを急停止させ、その勢いのままに飛んで悪魔を切り裂く。

見たことのないタイプの悪魔だったから警戒はしたが、エネミーソナーで感知できたレベル通りの雑魚だったようだ。

 

「大丈夫かい?ご婦人」

「...人殺し!」

 

助けた親子の母親が、そんな事をのたまう。殺したのは悪魔で、助けられたのは親子であるのにもかかわらずだ。

 

『...錯乱させてしまったのかな?』

『多分違うだろ。悪魔が人に化けていたのを見ていたからって線で、話聞いてみる』

 

「すみません、奥さん。ですが、人を襲った悪魔は殺すのが筋。悪魔が人になる事はありませんからね」

「襲われてなんかない!あの人は、私たちに抱きつこうとしていただけよ!心まで悪魔になんてなっていなかったのに!」

 

母親が、懐から拳銃を抜いて俺に向けてくる。

 

その構えは意外にも堂に入っていた。2年間は、人々に銃を握らせる事を強いるおぞましいものだったようだ。

 

「...あの人が居なくなったら、私どう生きていけばいいのよ...」

「抱いてるその子を守る事、それを芯にしとけば大きく間違える事はないだろうさ」

 

その言葉を最後に、その場を立ち去る。後味悪い事件だったがら死人が出ないだけマシだろう。

 

『サマナー、あの親子の顔もサマナーと同じだったね』

『なんでこんな事になってるんだか。...こんなんで、所長達に俺って認識して貰えるかね?』

『さてね。私がいれば大丈夫だとは思うが』

 

瓦礫を避けて回復道場に向かう。すると、軍用装備を身に付けた一団が見えた。フルフェイスのマスクを被っているため、顔は見えない。

 

「止まれ!」

「...検問ですか?」

「そうだ。貴様、サマナーだな?」

「だったら?」

「名乗れ、信用のない者にはこの回復道場は使わせられん。ここは我々自警団の要なのだ」

 

銃口が向けられる。

隣にデオンがいなければ危うい状況と言えるだろう。

 

だが、今更カスタムもされていないAK程度でビビれる程、俺は素人というわけではないのだ。悲しいことに。

 

「この街でまだ通じるかわからんが、ヤタガラスのライセンスだ。名前は花咲千尋。...つっても、顔が同じに見えるなら誰かから盗んだとも取れちまうのか。難儀だな」

「お前、随分と落ち着いているな」

「修羅場には慣れたんだよ」

「私はデオン。サマナーの仲魔の、造魔という奴だ」

 

ざわつく周囲、連中はどうやら造魔の存在を知らなかったようだ。自警団といっても知識的には名ばかりなのだろう。

 

「それで、通っていいのか?」

「通すわけにはいかん。貴様がサマナーなら、今が討ち取るチャンスだ!ヤタガラスの者など信用できるかよ!」

「...デオン、峰打ちな」

「了解だ、サマナー」

 

流れ弾を食らってもアレなので、バイクをストレージにしまう。

それから体内の活性MAGで魔導障壁を張り、弾丸を受け止める。軽く感知した通り、弾丸に魔導術式は刻まれてはいない。ただの弾だ。

 

通常弾とか、この業界では逆にレアだと思うのだが。これも空白の2年間が生んだ現象なのだろうか。

 

「魔法陣が、壁になって...ッ⁉︎」

「無駄玉を撃つくらいなら素直に私の剣を受けてくれ。その方が怪我は浅く済む」

 

デオンの流れるような剣さばきにより、襲撃してきた自警団達は倒されていった。一分待たずに9人を気絶させたその手並みは、見事という他にない。

 

「さて、君が最後の一人な訳だが。どうする?」

「...通さねぇ。ここがなくなったら、仲間が死ぬ!だから、命に代えても守る!」

「普通に利用しにきただけなんだがなぁ...」

 

説得は通じない。そう思ったので次善の策だ。ここで力ずくで通ったとしたら、花咲千尋は力で薙ぎ払っていく悪鬼として伝わっていくだろう。

なので、イメージ回復のためにストレージから取り出したメディラマストーンを持って自警団たちを回復させる。

 

「デオン、仕方ないから他のとこ行くぞ。ガイア寺院ならマッカを持ってかれるだろうが回復してくれるだろうからな」

「ガイアか...いい思い出はないね」

「俺もだよ」

 

「待て!」

 

歩いていく俺たち二人を、自警団の男が呼び止める。

 

「どうして、殺さない?」

「いや、俺がお前たちを殺す理由なんかないだろ。だから殺さなかった、それだけだ」

「...奇妙な男だな、お前は」

「普通にしてるだけなんだがねぇ...」

 

「わかった、回復道場の使用を許す。お前は、大丈夫そうだ」

「...いいのか?お前の一存で決めちまって」

「小隊長程度だが、権力はあるんだ」

「なら、お言葉に甘えさせてもらうよ。正直いきなり不意打ちとかされないかずっと怖かったんだ。ありがとさん、小隊長さん」

「中での今日の符丁は、はんぺんだ」

「何故そこではんぺん?」

「知らん、隊長に聞け」

 

たかがメディラマストーンの消費で信用が買えるとか、ありがたいことこの上ない。やったぜ。

 

そうして建物の中に入ると、何人かの自警団の交代人員と何かに怯えているかのような人々がいた。

 

「何者だ?」

「花咲千尋、一応小隊長さんの許可は貰ったよ。符丁ははんぺん」

「わかった、通れ」

 

回復道場内部の構造は、様変わりしていた。回復用の施設の他に、MAG発電機とカプセル。それに大型のコンピュータ。

 

これは、物資輸送用の設備だ。この回復道場は自警団と難民を受け入れている一つのセーフティネットになっているのだろう。それにしては練度がお粗末なのが気になるが、まぁそれは良いだろう。他所様の都合に首を突っ込んだら切り落とされるのがこの業界だ。

 

回復道場の奥、かつてはデータでのやり取りだけだったそこには、40代ほどの夫人がいた。これまでの人との違う点としては、顔があることだろう。てっきり全人類あの気色悪い顔になったのだと思ったが、そういう訳では無いらしい。肌は白く、まつ毛が長い。顔筋もすらっと整っている。若い頃はさぞモテただろうとは思うが、やはり情報量が多い。この違和感の言語化ができないのがもどかしくて仕方ない。

 

だが、とりあえず今は置いておいて、回復を頼むとしよう。

 

「仲魔の回復をお願いします」

「...へぇ、サマナーかい。このご時世に珍しい。名前は?」

「花咲千尋、2年程前にこの街にいたので履歴は残ってると思います」

「あいにくと、過去のデータなんてアテにならんもんは捨てちまったよ。...そっちの造魔は良いのかい?」

「せっかくだが、守る盾は常にないとビビるタチなんだ。回復は後回しで。それに、大した傷は負ってないからな」

「はいよ」

 

COMPを操作して、ドミニオンの死体を施術台の上に召喚する。他の仲魔はまだ大丈夫だ。節約節約。

 

「...ここまでのクラスの悪魔を操るかい。花咲千尋、覚えておくよ」

「じゃ、施術お願いします。どれくらいかかりそうですか?」

「このレベルの悪魔だからね。20分は見ておいてくれよ」

「じゃあ、適当に時間潰しているので終わったら声かけて下さいな」

 

そう言って、一先ず施術所から離れる。そばにいては邪魔だろうし、せっかく人々が集まっているのなら、情報収集をしたい。

 

「デオン、自警団の人達から話聞いてみてくれ。ここの情報が欲しい」

「了解だ。サマナーは?」

「適当な奴に話を聞いてみる」

 

道場内を見回してみると、ちょうどいい感じに孤立している少年がいた。顔は俺同様。俯いたまま動こうとはしていない。

 

年の頃は、12歳くらいだろうか。しゃがみこんだ人の身長体重なんかを算出するのは難しいので概算になるが。大人でなく子供として見られる事に歯痒く感じる年頃なのは間違いないだろう。

 

口を滑らすのは、多分この少年くらいだ。

 

「こんにちわ」

「...こんにちわ」

「挨拶が返せるなら大丈夫そうだな。俺は花咲千尋。君は?」

「...タカヤ」

「じゃあタカヤくん、お兄さんとお話ししないか?実は仲魔の回復を待っている間暇なんだ。話し相手になってくれると助かるんだけど」

「いいけど、話せる事なんて何もないよ?僕、穀潰しだから」

「...誰に言われた?」

「皆。僕はいざって時のイケニエとして生かされているだけだって言う。僕も、そう思う」

「...この自警団は()()()に守られているだけだからな」

 

カマかけその1。コレはだいたい外れていないだろう。強い悪魔がこの辺りを陣取り、自警団の強い連中を軒並み殺した。だから今の自警団は練度が低い。

 

そして、この少年しかり他の蹲っている人々が生かされているのは、そいつが餌にするため。自警団側もコミュニティの存続のためとはいえ随分と非道な手を選んだようだ。それじゃあ、対処療法にしかなっていないというのに。

 

「大人だって敵わなかったんだ。僕じゃどうしようもない。わかってるけどさ、それじゃあ僕は何のために生きてるのかなって」

「...ま、生きてる意味なんて考えるには、タカヤくんはちょっと若すぎだね。そういうのは、ジジイになってから考えるもんだよ」

「そんな時間、僕にはないのに?」

「作ってみせるさ」

 

「俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー)だからな」

 

「だから、アイツのことを教えてくれ。怖いかも知れないけど、思い出してみて」

「まずは名前から」

「アイツの名前は、ベルセルク」

「持ってる武器は?」

「剣、だと思う」

「顔は?」

「見えなかった、獣の毛皮を被ってたから」

 

敵の情報は集まった。獣の皮を被ったベルセルク。それは、妖鬼ベルセルクに間違いないだろう。剣を持っているというのも、サマナーネットでの目撃、撃破例から言って間違いでは無い。

 

弱点属性は確か火炎。ただ、ミドルクラス程度のパワータイプの悪魔だ、デオンの筋力なら弱点を突かなくても殺すのは容易だろう。

 

だが、倒す事はこのコミュニティの延命に繋がるのか?

短期的に見れば死ぬ人は少なくなるのかも知れない。しかし、長期的に見てここいらの主であるベルセルクを殺す事は善行に繋がるのだろうか。

 

まずは、情報を集める事。それが大事だ。

 

「花咲、治療は終わったよ」

「ありがとうございます。じゃ、タカヤくん。またね」

「...あの!」

 

「本当にアイツを、殺してくれるんですか!」

 

表情が読めすぎるというのは、考えものだ。タカヤ少年の悲痛さ、必死さ、諦め、そして希望。そんな色々な感情が伝わってきてしまう。

 

「ああ、任せとけ!」

 

だから、安請け合いをしてしまった。契約を結んでしまった。

 

それならもう、引き返せはしない。

 

 

「サマナー、ご指示を」

「よし、ドミニオン。生命転換回復魔法(リカームドラ)だ」

「...鬼ですかあなたは?」

「まぁまぁ、今度メシア教会行ったら聖書買ってやるから」

「...分かりましたよ、サマナー。生命転換回復魔法(リカームドラ)

 

ドミニオンの命の輝きが、COMPの中にいるクー・フーリン達を癒やす。十全に戦う事ができるようになるまではまだかかるだろうが、コレで戦力の回復という主目標は達成できた。

 

残っているMAGの関係で召喚させて戦うのはかなり難しいが、そこは仕方ない。アテができるまでは自転車操業だ。

 

「というわけで、もっかい回復お願いします」

「...仲魔に後ろから刺されないようにね」

「出来ないように契約で縛ってるに決まってるじゃないですか」

「すみませんご婦人、サマナーはちょっと外道が過ぎているんです」

「のようね。天使がなんでこんなのに付いているのかしら」

 

その後再び20分かけてドミニオンを治療し、この旧回復道場を出て行こうとする。

 

すると、なんとも間の悪いことに「奴が来たぞ!」なんて声が響いてきた。

 

「...周辺勢力の情報とか調べときたいんだけどなぁ...」

「だが、見過ごせないのだろう?なら行くべきさ」

 

自警団の男が、タカヤ少年の腕を引こうとする。

 

その腕をデオンが掴み取る。

 

「貴様⁉︎」

「ベルセルクの相手は、私たちがする。それでいいだろう?」

「無茶だ!アイツは隊長達が束になってかかっても勝てなかった化け物だぞ!それをお前達みたいな余所者が!」

「まぁ、奴が死んだら儲け物くらいに見てくれや」

「ふざけるな!余所者が勝手に首を突っ込んでいい話じゃないんだ!負けたら俺たちは皆殺しにされるだけだぞ!わかっているのか⁉︎」

「わかってるさ。ただ一つだけ」

 

「俺たち、こう見えても強いんだ」

 

回復道場の門を開ける。そこには、検問をしていた自警団達が獣の毛皮を被った人型の悪魔に頭を下げている光景があった。

 

「...ッ⁉︎お前らは、餌じゃないな!」

「その通り、お前が餌だよ!デオン、GO!」

 

ベルセルクの剣がデオンの剣を受け止める。

 

「な、ベルセルクが押されてるッ⁉︎」

「パワー勝負はこっちの勝ちだな。サモン、カラドリウス。避難誘導任せた」

「了解さ!」

 

素早い剛剣とかいう意味のわからない剣技により、ベルセルクは押されていった。自警団の人たちが巻き添えにならないようなこちらの戦闘可能エリアに。

 

「じゃ、決めるぞ。目標指定(ターゲットロック)火炎魔法(アギ)ストーン、起動」

 

デオンの剣戟の邪魔にならないように上空に火炎魔法を放り投げ、上空からロックオンした火炎が軌道を変えてベルセルクに突き刺さる。

 

だが、その火炎は()()()()。耐性力場現象だ。

ただのベルセルクがそんなものを持っている訳がない。それは詰まる所、ベルセルクが合体により作られた悪魔である事を示している。

 

「デオン、気を付けろ!サマナーが居るぞ!」

「サマナーの位置から確認できるかい⁉︎」

「周囲には見えない!物陰から制御するタイプの後方タイプのサマナーだ!今探す!」

「やり手の術師か!だが、させぬわ!」

 

ベルセルクの放った剣は、MAGにより幾重にも重なりつつ俺にまで届いた。この剣技はデスバウンドと呼ばれる技だ。

 

だが、流石は白百合の騎士シュバリエ・デオン。根元である剣を打ち上げることにより俺に届く魔剣を逸らしてくれた。お陰で、俺は特に何かをするでなく、アクティブソナーの術式を起動できた。

 

術式に使うのがCOMPに保存しているMAGではなく自前で生産しているMAGであるため使い過ぎが恐ろしいが、まぁ背に腹は変えられない。それに、敵サマナーとの交渉次第ではMAGはひねり出せるだろう。

 

取らぬ狸の皮算用という言葉が頭に浮かぶが、まぁ無視だ。

 

「...案外近いトコに居たな。マーカー付けた!先にベルセルクを殺してから、仕留めに行くぞ!」

「了解!だが、こいつはタフだ。何かないかい?」

「泣き言とは珍しい。じゃあ必殺アイテムを一つ。睡眠魔法(ドルミナー)ストーン。シュート!」

 

先程ターゲットロックをしたルートで睡眠魔法を叩き込む。ベルセルクは睡魔に襲われるもなんとか踏み止まったようだが、それは目の前で剣を交わしているデオンにとっては必殺の隙だ。

 

「さらばだ、狂戦士よ」

 

デオンのタメを作ってから放たれた一閃は、ベルセルクの剣ごとその首を切り飛ばした。なんとも恐ろしい剣である。

 

「敵サマナーは一つ向こうのビルの屋上から下に向かって走ってる。ベルセルクがやられるとは思わなかったんだろうな、慌ててるよ」

「では、その首を落としてしまおうか」

「...お前、今日ちょっと気が立ってるか?」

「私は、ああいった光景が嫌いなだけさ。だから、それを作り出した人を許せそうにない。それだけだよ」

 

デオンとともに走り出し、ビルの正面口から逃れようとする男に神経弾を撃ち込む。

ビルの正面から逃げるとは、ちょっとお粗末すぎやしないかと思うが、まぁ楽でいい。

 

「ハロー、サマナーさん。調子はどう?」

 

神経弾に撃ち抜かれた右足を引きずって逃げようとしつつこちらを見る敵サマナー。この状況で次の悪魔を出さないと言うことは、手札はベルセルクだけだったのだろう。

 

「そんな力があるのになんで顔無しを守るんだ!連中に生きる意味は無いだろう!顔無し同士の傷の舐め合いか!」

 

敵サマナーの顔を見る。さほど整っているとは言えないが、俺たちみたいな言葉にできない違和感はない。

 

顔を抜きにして見れば、ただの小太りのオッサンと言うのが俺の見立てだ。

 

「顔無しねぇ...確かに良い呼び方だ。要点を捉えてる。ただ、それは顔無しを食い物にしてるお前の罪が軽くなるわけじゃないぞ?」

「そういうわけだ、死ね」

「...わかった、わかった!マッカなら幾らでもやる!だから命だけは助けてくれよ!お前だって、これが美味しい話だってのはわかるだろ!」

「...ああ、確かに美味しい話だ。一つのコミュニティを完全に支配してMAGを確保する。だけど、それだけじゃあお前を見逃す理由にはならない」

 

そう言って、耳元でそっと囁く。

 

「お前の命に、お前は幾ら払える?」

「...5万マッカ、それでどうだ?」

「おいおい、口約束で良いわけないだろ。現物を取り出さなきゃ」

「この、悪魔が」

 

男がCOMPを操作する。スマートフォンタイプのCOMPであることは確認できた。ロック解除に指紋認証を使っていたことも。

 

「デオン、やれ」

「おい、話が違うぞ!」

「サマナーは、一度も君を助けるだなんて言っていないよ。まぁ、サマナーが見逃したとしても私がうっかり殺してしまうことはあるかもしれなかったけどね」

「うわー、仲魔に反逆するって言われたよ」

「ものの例えさ」

 

その言葉とともに、デオンはサマナーの首を切り落とした。

その恐怖の表情が、少し心にくる。情報量が多いせいだろう。苦痛と恐怖と、少しの安堵が見て取れてしまった。

 

「さてと、遺品を漁るかね」

「サマナー、心は痛まないのかい?」

「必要だからやってんだよ。さーて、まずはCOMPのロック解除っと」

 

そうして俺は、男の溜め込んでいたMAGとマッカ、それにヤタガラスのIDカードを手に入れる事ができた。男のCOMPを使えば、多少の情報を取得できるだろう。

 

天下のヤタガラスがこんな真似を通している事が少し信じられないが、とりあえずは溜まったMAGでアクティブソナーを放つ。

 

小物の群れはそこそこにいるが、大物は居ない。この分なら回復道場を離れても大丈夫そうだ。

 

「まぁ、潰れられても困るし、結界くらいは張っておくか」

 

回復道場内部の人数を考えるとそれなりの強度の結界が張れる。それなら悪魔に襲われる可能性は少なくなるだろう。

 

ただ、男の死体をどうするか。死体が残れば現ヤタガラスが捜査を始めるだろう。そうなれば、顔無しと呼ばれるあの自警団達に危害が及ぶかも知れない。

 

こういう時、人食いの悪魔がいれば楽なのだが。

 

『対処に困るのなら、私が食べてしまいましょうか?サマナー」

「いいのか?メドゥーサ。お前人食い好きって訳じゃないだろ」

『力を蓄える必要がある。そう感じただけですよ。でないと、サマナーを守れず無様に死体を晒す羽目になる』

「わかった。だが、無理はするなよ。サモン、メドゥーサ」

 

メドゥーサが蛇になっている髪の毛を使って男の死体をゴリゴリ食べていく。そうして5分ほど経った時には、もう男は骨だけになっていた。

 

「ありがとなメドゥーサ。これで処理が楽で済む」

「いいえ、構いません。ですが、流石に骨は食べられませんでした」

「十分だって」

「埋めるのかい?サマナー」

「そうだな...丁度いいし、あの木の根元にでも埋めてやるか」

 

ショートソードをスコップ代わりにして土を掘り起こし、骨を整えて埋める。化けて出ないように施餓鬼米を振りまいてから。

 

「うし、じゃ戻るか」

「そうだね」

「では私はCOMPに戻りましょう。要らぬ警戒を与えてしまうのも何ですから」

「そんな気遣いしなくて良いんだがなぁ」

 

メドゥーサは、見惚れるような微笑みの後に自分の意思でCOMPへと帰還した。顔の情報量が多くなって、今まで伝わってこなかった情報が伝わってくるのは結構心臓に悪い。まぁ、伝わってきたのは親愛の情だったため嬉しい悲鳴という奴なのだが。

 


 

「ベルセルク、およびそのサマナーを殺してきました」

「...そうか」

 

自警団の小隊長さんにその事を伝えると、安堵と不安の感情が伝わってきた。生贄を差し出さなくていいという安堵と、ベルセルクの庇護下から抜け出してしまった事の不安だろう。

 

「じゃあ、ちょっとこの回復道場周りに結界を張りたいと思うので、手伝ってくれませんか?」

「結界?」

「内部の人のMAGをちょっとずつ吸い取って、外の悪魔が入ってこれないようにする結界です」

「そんな事が可能なのか⁉︎」

「ええ、これでも魔術知識は豊富な方なんで」

「それなら、是非頼みたい。...だが、私たちには今渡せる報酬がない、それでもいいのか?」

「信用って、大事な報酬だと思いますけどね。まぁ、俺はともかくデオンの顔は皆さん覚えてくれるでしょうから、報酬はそのうち貰いますよ」

「わかった、感謝する」

「いえいえ。じゃあ、自警団の皆さんはこの建物の周りの指定したポイントにこの札を貼ってくれますか?五芒星で結界張るので」

「...見てくれはただの札だが...まぁ、やってみるとしよう」

 

そうして小隊長さんは部下達に指示を出し、5分くらいで結界の基点を貼り終えてくれた。パッシブソナーで確認したが、位置に問題はない。後、陣を展開するには魔法陣が必要だが、それはMAG入りインクのマジックペンで天井に書いておけば問題はないだろう。

 

「脚立ありがとうございました。じゃあ、起動させますね」

 

コホンと咳払いをしてから指を鳴らす。それが合図となり五行結界が起動する。指パッチンスカる事態にならなくて良かった、うん。

これで俺は、カッコいい魔術師という信頼とイメージを手に入れられたのだ!

 

「サマナー、最後の指を鳴らす意味は?」

「あった方がかっこいいだろ?」

「...それを言わなければ格好はついたと思うよ、私は」

 

ともかく、この2年後の世界に来て初めての事件はこれで終了した。

 


 

「行ってしまうのか?花咲」

「そりゃ、やらなければならない事がありますんで。ただ、折を見て様子を見に来ますよ」

「そうではない。顔無しである私たちには、この世界は厳しい。それはわかっているだろう?」

「まぁ、なんとなくは」

「なら!」

「でも、本当にやらなきゃいけない事なんです。空の果てがこの国を覆い尽くすその前に」

 

「まるで、世界を救うと言っているように聞こえるな」

「そう言ってるつもりでした」

「...助けて貰ったのに何だが、俺たちは手助けできん。世界の事よりも明日を生きることの方が難しく、大変だからだ」

「それが普通ですよ。それに、助けを期待したから助けたなんて理由じゃないですから」

 

こちらを見送るタカヤ少年に向けて手を振って、答える。

 

「約束を守るのが、悪魔召喚士なんですよ」

 

バイクのサイドカーに乗り、浅田事務所へと向かう。

 

この2年間で心配をかけただろうから何か土産でも持っていきたいが、残念ながら店の類はやっていない。

 

そりゃそうだと思う、ゲートパワーは決して高くはないが、悪魔が平然と闊歩する世の中になってしまったのだから。

 

「サマナー、橋が崩れてるね。どうする?」

「MAG補給しておいて良かったわな。サモン、ペガサス」

 

「ヒヒーン!」と嘶くペガサス。バイクをストレージにしまって今度は空の旅だ。

 

「しっかし、目に毒だな。テクスチャを剥がしたの俺だけど」

「だね、せっかくの空の旅が台無しだ」

 

西区から東区に飛ぶ左手の方。本来水平線が見える筈だったそこには、黒があった。全てを飲み込む、災厄の黒。

 

黒点現象が、日本に迫っているという何よりの証拠だった。

 

「残り時間は、何年だろうね」

「キュウビさんの話のままなら、現状の結界速度なら4年...じゃなくて2年か。短くて嫌になるわな」

「だが、君は回答を見つけた。この世界を救う為の」

「...そうなら、良いんだけどな。ただ、隠しても仕方ないから言っておく」

 

「神稚児の力が十全に使えたとして、人類の進化系(ネクステージ)に辿り着けるのは一人が限界だ。しかも、黒点を抜けた先に何があるのかなんてわからない。神か、悪魔か、世界の意思か、そんなものをなんとかしないとこの世界は救われない。それが現実だよ」

 

「確率にしたら、数パーセントも無いんじゃないかね」

「だが、それ以外に道はないのだろう?」

「時間を引き伸ばせば、見つかったかもしれない」

「...サマナー、そんなもしもばかり考えても仕方がないさ。君は、君の決めた道を行くしかないのだから」

「...そうだな」

 

気合いを入れる為、自分の両頬をパシンと叩く。

 

「じゃ、世界を救う為に頑張りますか!」

「その意気だよ、サマナー」

 

そんな会話を最後に、ペガサスは地に降り立った。

 

「ありがとう、ペガサス」

「ヒヒン!」

 

ペガサスを送還(リターン)し、再びバイクを走らせる。が、奇妙だ。川を渡ってこちら側は、随分と荒れている。悪魔が頻出するのだろうか。

 

...どうやら当たりのようだ。エネミーソナーがレッドアラートを鳴らし始めた。ミドルクラス以上の悪魔が付近にいる。

 

「...デオン、次右な」

「了解だ」

 

流石に放置をしておく訳にもいくまい。人が襲われていたら事だ。

 

「死ね、死ね!クソ悪魔が!」

「んな豆鉄砲が効くか!」

 

そこには、やはりAK47で武装した顔のある一般市民?の女性と牛の頭の悪魔である牛頭鬼がいた。女性は牛頭鬼の斧による斬撃を紙一重で躱して銃弾を当て続けている。なかなかやるとは思うが、思い切りが無い。思考が固まってしまっているのだろうか。

 

「戦闘中か、横槍入れるか?」

「そうだね。あの女性が撃っている弾は力場に弾かれている。耐性があるのだろう。そうなれば弾切れまで粘られて殺されてしまう。...まぁ、彼女の足の速さなら逃げられるかも知れないけどね」

 

「威勢のいい女は嫌いじゃねぇ、犯して孕ませてから食い殺してやるよ!」

「てめぇのフニャチンなんざ誰が受け入れるか!」

 

口が悪いなーと思いつつも、援護に入る。デオンを走らせつつアナライズの起動だ。

 

「チッ、新手かよ」

 

アナライズのMAG波によりこちらを感知した牛頭鬼。その隙に女性はある程度の距離を離せたようだ。

 

「顔無しが、コッチに何の用だ!」

「とりあえずは、あんたに助太刀に来た」

 

アナライズ完了、この牛頭鬼は銃撃耐性と打撃耐性と斬撃耐性の三点セットを持っている。かつてのサマナーネットではそんな情報はなかったので、どこかのサマナーの仲魔か?いや、それならそれならアナライズジャマーが走ってるだろう。

 

考えても仕方がないので、戦闘に戻る。牛頭鬼の弱点は氷結属性。耐性がある以上デオンでは決めきれない可能性が高いので、メドゥーサの限定召喚を行う。

 

自分の体の上に悪魔の体の一部を顕現させる事で、消費MAGやらなんやらを減少させる事ができる苦肉の策だ。所長からは金欠召喚とも呼ばれている。

 

事実なので言い返せない。

 

「行くぞメドゥーサ、高位氷結魔法(ブフーラ)!」

 

メドゥーサの右手のみを召喚して、牛頭鬼に向けて氷結の槍を放つ。

 

当然牛頭鬼回避しようとするが、そこはデオンの援護が光る。回避する前に牛頭鬼を氷の槍に向かって吹っ飛ばしたのだ。流石の筋力。

 

「テメェらッ!」

「死ぬといい、それが悪魔の正しき道だ」

 

牛頭鬼は氷の槍に体を貫かれ、絶命した。

トドメを刺したのだから、MAGはこっちが貰っていいだろう。言われたらちゃんと分担するが。

 

だが、ちょっと妙な事態になった。

こちらに向いているのである、助けた筈の女性の銃口が。

 

「すいません。物騒なもの下ろしてはくれないですかね」

「その通りだ。流石に私も、あなたのように美しいご婦人を手にかけたくはない」

「顔無しが信じられるとでも?」

「...助けたって行為で信用はして欲しかったですけどね」

「あなたの助けなんか無くても私は悪魔を殺せた」

「それは、要らぬお節介を。...とは言いませんよ」

 

「あの悪魔には、銃撃耐性の力場があった。あなたの攻撃手段が銃撃だけなのは見て取れましたし、特殊弾って訳でもないから麻痺や眠りを狙っていたという線もない。ただ一方的に命を狩られるだけの立ち回りでした。...せっかく良いセンスがあるんですから、もっと勉強しましょうよ」

「わかったような口を効く!」

「そりゃ、あなたが殺せなかった悪魔を瞬殺できる程度には、俺の仲魔は強いですから」

 

その言葉に反応してこちらを睨みつけてくる女性。サマナーである事は、この女性の怒りに触れてしまったのだろうか。

 

「...わかった、今日は見逃す。でも、次見かけたら殺す。悪魔召喚士(デビルサマナー)は、悪魔の手先でしかないんだから」

 

その言葉を最後に女性は去っていく。大橋の方向だ。

橋の向こう側に用があるのだろうか。

 

まぁ、余計な詮索をするものではない。さっさと事務所に帰ろう。

 

バイクを走らせつつ野良悪魔を退治して、およそ10分程度。ようやく事務所に帰る事ができた。

 

...とりあえず事務所に張ってある結界の類のメンテナンスが必要だという事は一目でわかった。いや、ちゃんと業者に頼めよ所長。あー、業者への連絡がつけられないとかの理由か?

 

商い魂逞しい人々なら、電話の通じない状態でも通じるサマナーネットで販路を広げられると思うのだがなぁ。

 

事務所一階のドアを開け、エレベーターに電気の通っていない事に若干の違和感を感じながら階段を登っていく。

 

「エレベーターの不調とか直せるかねぇ。電気工事についてとかちょっと齧っただけなんだが」

「探せばそういった事を仕事にしていた人も見つかるのではないかい?今日出会った人々も、2年前には手に職をつけていたのだから」

「...そうだな」

 

階段を上がるたびに、感じる違和感。清浄なるMAGと邪悪なMAGが同居しているかのような奇妙さ。いや、縁は順当に成長していけば聖女らしくなるのはわかっていたが、なんで所長はそんなダークサイドに落ちているんだか。

 

「ちわーす、ただいま帰りました」

「ただいま、エニシ、カナタ」

 

ソファに座っていた少女が、その言葉を聞いてぐわんと振り返る。

 

2年間の間の成長により、縁は健やかに育っていた。

 

近接格闘用に改造されているメシアンローブを着たその少女は、紛れもなく縁だろう。顔の情報量は増えているが、その雰囲気は変わっていない。

 

顔立ちは整っている。という言葉で済むのだろうかこれは。

一つ一つのパーツが、それぞれをより美しく引き立てている結果として、絶世の美少女と化している。

 

さらに言うなら、その表情から伝わる慈悲深さだ。

これはまさに、聖女という奴だろう。正直ここまで綺麗になるとは思っても見なかったため、かなり驚いている。

 

昔は、割とチンチクリンだったあの縁がなぁ...

 

「...千尋さん、なんですか?」

「ああ、花咲千尋だよ。ま、この顔じゃわかんねぇか」

「わかります!だってあなたは、千尋さんなんですから!」

 

嬉しさが爆発したかのように飛びついて抱きついてくる縁。それに応えるようにそっと頭を撫でる。

 

「...心配かけたか?」

「はい、心配しました。だから、もう少しこうさせて下さい」

「それは困る。さっきからこっちを面白そうに見てる所長が居るからな」

「...あ」

「縁ちゃん、忘れるとか酷くない?」

 

所長の顔を見る。所長の印象は、いたずら好きな魔女という感じだ。

整っている容姿よりも、悪戯っぽく笑うその表情が強く印象に残るからだろう。

だが、それは整った顔を損なうものではない。のはわかっているのだが、いかんせん所長という印象が強いものだから美しいと強く感じられないのだ。多分これは口にしたらぶっ殺されるだろう、うん。

 

「花咲千尋、ただいま帰還しました」

「うん、生きてるってのはわかってたけどやっぱり顔を見られると安心できるね。まぁ、君の顔は顔無しなんだけど」

「ああ、その辺の話とか詳しく聞いていいですか?ちょっと諸事情あって2年間吹っ飛ばされたもんですから」

「...なんだ、千尋くんの2年間の冒険譚が聞けると思ったのに。残念」

 

そんな言葉の後に、所長はこの2年間の話を話し始めてくれた。

 

「まずは、皇族の方々が暗殺された事から話さないといけないかな?」

 

そんな爆弾をはじめに口にしながら。




真・女神転生アウタースピリッツをこの小説のタイトルにしなかったのは釣り針の問題ですね。FGOから読者を引っ張ってくる為の卑劣な策でした。効果があったかは知りませんけどねー。


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2年間

終わった世界の描写って難しいですねー。
もっと廃墟画像とか見なきゃ(使命感)




「まずは、皇族の方々が暗殺された事から話さないといけないかな?」

「...皇族が暗殺されるって、誰に⁉︎」

「不明。暗殺が成ったと同時に“無貌異変”が起きちゃったからね。今の千尋くんと同じ顔をしているという事しかわからない...まぁ多分、下手人は異変の主人に通じていたんだろうけどね」

「...生き残りはいるのかい?」

「いないそうだよ。ただ、広域極大魔法の重ね合わせによる皇居ごとの消滅だなんて真似がそこらのサマナーにできる筈がない。だから、今のところ“葛葉キョウジ”が下手人と目されているかなー。まぁ、あの日から行方が分からないって事も拍車をかけているんだけど」

「...そうですか」

 

つまり、あの日偶然に出会い共に映画を楽しんだマッサン、西之宮真里亞内親王殿下とは、もう会うことはできないのだ。

 

この2年、他にも多くの人が亡くなっただろう。その中に友人や知人がいないとは限らない。

 

...覚悟だけは、しておかなくてはならないだろう。

 

「それから、どうなったんですか?」

「うん、国の最高戦力であり心の支えだった皇族がいなくなった事で、国は大混乱。異変によって議員や総理が自分をできなくなったってのも理由だね」

「...MAG情報による認証とかはできなかったんですか?」

「気付いてないのかい?千尋くんたち顔無しはMAGパターンまで同一なんだよ」

「てことは、声紋とかも誤魔化されるんですか」

「うん、そこも問題なんだよね。全ての要素が顔無しの識別を妨げている。千尋くんもできるかも知れないけど、身長体重体格性別全てを弄くれるんだよ、顔無しは」

「...それは、特殊な訓練とかが必要になりませんか?」

「ならないよ。必要なのは認識。自分を自分でどう認識するかってだけで姿形を変えてしまうんだよ顔無しは。これは、シーホースの受け売りだけどね。もっとも、顔だけはあのままなんだけど」

 

ドクターは生きているのか。...まぁ、あの工房が崩れるというのは考え辛いのだが。ドクター自体も強いし。

 

「サマナー、ちょっとホッとしているね」

「そりゃな」

 

「まぁそんな訳で、顔無しってだけで信用がされなくなったのが2年前。でも、顔無しじゃないのって種付きの上澄みだけだから自然と無政府状態の出来上がり。ヤタガラスでさえ顔付きと顔無しで権力闘争の殺し合いすら始まってたんだから世も末だよ」

 

...恐ろしい。ただ顔がわからなくなるというだけで、人はここまで纏まることができなくなるのだろうか。

 

...いや、違う。恐怖だ。

 

ある日突然自分の隣にいる人が別人に入れ替わっているかも知れない恐怖は、人々の判断基準を狂わせたのだろう。

 

「その混乱の中、所長達は何を?」

「権力闘争に巻き込まれるのとか面倒だから、街にいる人を襲う悪魔やサマナーを殺して回ってた」

「凶事を好機と見る連中ですか」

「そ、ガイアメシアファントムヤタガラス問わずね」

「...ヤタガラスにもいんのかよ」

「人の体は色々使えるからねー。それに、顔がなくなった事で凶行の歯止めが効かなくなったのもあるのかな?」

「成る程、もし誰かに見られたとしても、顔形を変えられる顔無しなら何も問題はないということか」

「...本当に、辛い時期でした」

 

「でも、最悪はそこじゃない。ネットワークが生きていた頃はまだ国という体裁は整えられていたのさ」

「そういえば、スマホはずっと圏外でしたね。てっきり基地局が潰されたのかと思ったんですが」

「そうじゃないんだ。どこかはわからない、けれど確かに侵攻があったんだ」

「侵攻?」

「武力によって相手の土地や人を奪う行為、それを地域単位で行ったんだよ。混迷するこの世界の中でいち早く人を纏め上げて」

「...それは、戦争じゃないか」

「そう、そして侵攻したその国は電霊をばら撒いた。ネットワークによる情報伝達の阻害が目的だろうね。お陰で、どの地方のどの国が侵略をしてるのか、それがどんな手管なのか、まともな情報が全くわからない」

「サマナーネットは?」

「見てみればいい」

 

言われた通りスマホでサマナーネットを開く。

そこには、こんな文面のスレッドが流れ続けていた。

 

終末の時は近い、汝未来への望みを捨て欲望を解放せよ

 

「凄えな、1000スレッド以上続いてやがる」

「そう、お陰でサマナーネットも麻痺。これで情報源はアナログの口伝のみに絞られた。志貴くんが今いないのはその関係だね。七夜街までの安全なルートの探索に行ってる。それに、七夜街には志貴くんのお父さんも居るからね」

 

「それで、ネットワークが潰れてからこの街はどうなったんですか?ここに来る途中で顔無しの集まりを見つけましたけど、素人なりに武装していました」

「...へぇ、まだ群れてたんだ連中」

「所長?」

「なんでもないよ。聞きたいのは武器の入手経路かな?」

「はい。いくら旧式のAKといっても、一般人が手に入れるには難しいものですから」

「...実の所、詳しくはわかってないんだよね。尋問しても“旅の者”に貰ったとしか言わないから」

「旅の者...他所からの工作員か何かですかね」

「多分ね。武器が配られだしたのは異変からすぐの事だから」

「政情の混乱を持続させる為の工作員...厄介ですね」

「まぁそれでも遡月はマシな方だよ。他所じゃメシアとガイアの抗争が日常茶飯事だったらしいからね。ネットワーク封鎖前の情報だけど」

 

つまり、現状この遡月の街はメシアでもガイアでも堕天使でもヤタガラスでも自警団でも支配できていない空白地帯という事なのだろう。

 

どっかが舵を取ってくれていた方が今後の方針は楽だったのだが、まぁ仕方ない。

 

「この2年間の事、大体はわかりました。でも、一つだけ。内戦状態って事らしいですけど、ヤタガラスは今どうなってるんですか?なんだか凄く恨まれていましたけれど」

「...あー、ヤタガラスはねー」

 

「その話は、私からさせていただきます」

 

侵入者感知の結界に反応はなかった。抜かれた?

 

いつでも戦闘に移れるように警戒をしつつ振り返る。

そこには、顔無しの女性がいた。肩にかけているのはカスタムされたAK47。やり手だ。

 

「すいません、驚かせてしまいましたね花咲さん」

 

...その声に、聞き覚えはあった。何故こんな場所に来るのかという疑問はあれど、味方なら心強いことこの上ないトルーパーズの上司様だろう。

 

「お久しぶりです。ミズキさん」

「私も居るわよ、花咲」

 

ミズキさんの背中からひょいと出てくる女性、顔にさほど特徴を見出せないが、それが立ち振る舞いの技術によるものだと自分は知っている。情報量の多くなった異変後の世界でも使えるとは、流石忍者の末裔だ。

 

「風魔、久しぶり」

「ええ、ここ2年間もどこにいたのよ」

「時間を吹っ飛ばされてたんだ。2年間」

「運が悪いわねー、あんた」

「ええ、時間跳躍現象はこれまでにこの遡月の街だけに絞っても十数件は確認できています。ただ、2年間とまでなると恐ろしいほどの運の悪さとしか言いようがありませんね」

「...飛ばされた人の傾向とかってわかります?」

「そうですね、実力者で人望の厚い人が多かったです。...お陰でヤタガラスの内部の亀裂は深刻なものとなりましたから」

 

...どうにも、時間跳躍現象が意図されて起こされたものに見えてならない。遡月の街を統一させないが為の策略だろうか。

 

まぁ、普通ならそんな真似はしないだろう。時間を飛ばすより普通に殺す方が楽だろうし。

 

「それで、今のヤタガラスはどうなってるんですか?」

「...組織保全の為に顔付き以外を排除しようとしている過激派、顔の有無にかかわらずに人を使いヤタガラスの機能を再建しようとしている穏健派、そしてどちらに対しても信を置かずヤタガラスの使命を果たそうとしている中立派の三つの派閥に分かれ...日々殺しあっています」

「...対話による段階は、過ぎてしまったんですね」

「ええ。最初にどちらが仕掛けたのかは知りません。ですが、殺し合いは始まってしまっている。止まらないのですよあの狂気は」

「...配置は?」

「過激派も穏健派もヤタガラス支部に異界を張ってそこを根城にしています。中立派は支部の外に出て、各々のセーフハウスを拠点としているらしいですね」

「やっぱ、中立派には柱がいないんですか」

「ええ、中立派には誰も派閥を纏め上げるだけの力を持った人が居ないんです。強者は過激派に行き、弱者は穏健派に行く。そしてどちらにも与しない我の強い者が便宜上中立派と呼ばれているだけですから」

「じゃあミズキさんは中立派なんですか?」

「はい。ただ、私も薊も拠点となる場所を持っていなかった為、こうして浅田さんの所に身を寄せている。というのが私たちの現状です」

「実際助かってるんだよねー、外の情報とか集めてくれるのはミズキちゃん達だから」

「...道理で。所長にしては情報が詳しいなとは思ってましたよ」

「酷いなー、でも千尋くんっぽいね。帰ってきたって感じがするよ」

 

ミズキさんの目を向けると、どこか達観したかのような目で俺を見ていた。うん、苦労したんすね。この人の無茶に付き合わされて。

 

「それでミズキさん、ガイアやメシアについては何か知ってます?」

「ええ、多少は。ガイアは顔がわからなくなった事で不明瞭になった内部序列を確かなものにする為に戦いを行なっているそうです。内部抗争とはなっていないのは、ガイアの支部長になった後藤が良い手腕をしているのでしょう」

「後藤って、後藤大地ですか?」

「はい、お知り合いですか?」

「ええ、ちょっと一緒にアイドル活動のサポートをした事があって」

 

まさかの出世のプロデューサーである。奇妙な縁もあったものだ。

これなら、いざという時にガイア教団のサポートを受けられるかもしれない。

 

「メシア教の方は、正直よくわかりませんね。異変が起きてから早々に病院を占拠したのはわかっているのですが、そこから先の動きが妙なのです。病院を即座に放棄、今では西区のパトロールついでに教会に人を集めて保護しているいる、というのが見てわかる程度のことです」

「病院内でなくなったモノとかは?」

「...流石にそこまでは」

「いえ、情報ありがとうございます」

 

テンプルナイトを保持するメシア教が病院を放棄した理由はいくつか推論を立てられなくはないが、考えるだけ無駄だろう。

 

大方、権力闘争がどうのこうのという話なのだろうから。

 

「とりあえず情報は出揃ったみたいなので、一旦俺は戻ります」

「戻るって、どこに?」

「円蔵山の大空洞にです。そこに連れがいるもんで」

「一緒に行っても良いですか?千尋さん」

「ちょっと確認してみる」

 

『内田ー、聞こえるかー?』

『聞こえるわ、こっちは異常なしよ』

『そりゃ良かった。こっちは2年間時間が吹っ飛んで、人間の顔が分からなくなって、それが原因でそれぞれの勢力が内部抗争をしてるって感じだ』

『...新手のジョーク?』

『残念ながら真実だよ。信用できる筋からの情報だ』

『じゃあ、残り2年ってことね。間に合うの?』

『間に合わせるさ。...美遊ちゃんの様子はどうだ?」

『まだ起きてない。まぁ、フィンの水を飲ませたから体に後遺症が残るとかはないわね』

『ありがとう。それと、戻るときこっちの仲間を連れて行って良いか?』

『...話通ってるの?私結構やらかしてるんだけど』

『顔がわからなくなってるから大丈夫だろ。ガーディアンは封じたままだし』

『そんな適当なのに任せられないわよ。私今殺されたら死ぬのよ?』

『...しゃーないか。了解した、そっちには俺とデオンで戻る』

『ええ、そうして』

 

「駄目だってさ」

「千尋さん⁉︎」

「警戒心の強い奴なんだよ」

「...じゃあ、仕方ありませんね」

 

縁は、渋々といった感じで引き下がった。顔が顔だけに罪悪感が凄い。それに、感情が伝わってくるのは慣れないものだ。

 

「じゃあ、向こうで方針固まったらまた戻ってきます。多分今度は、連れと一緒に」

 


 

「ただまー」

「気安すぎない?花咲」

「そうか?仲間相手ならこんなもんだと思うんだが」

「...どうしてこうも信頼できるんだか」

「さぁね、正直私としても不思議なんだサマナーのそれは」

 

ぐだぐだな会話をしつつも造魔さんは常に美遊ちゃんを守れる位置にいる。愛のなせる技だな。妹さんか何かだったのだろうか。

 

「それで、美遊ちゃんの様子は?」

「フィン曰く、そろそろ目覚めるそうよ。長いこと眠ってたから起きるって機能が麻痺してたみたい。けどそれはフィンの水で治療できたそうよ」

「万能だなー、フィン・マックール」

 

美遊ちゃんを診察しようと顔を見ると、彼女の目が開いた。

翠玉色の、美しい目だ。

 

「...悪魔?」

「一応人類だ、安心してくれ」

 

「美遊!」

 

感極まって美遊ちゃんに抱きつく造魔さん。

当の美遊ちゃんは何が何だかわかっていないようだったが、その胸の暖かさは伝わったのだろう。暖かい表情をしていた。

だが、次に美遊ちゃんの発した言葉で造魔さんは固まった。

 

「あの、誰ですか?」

「...美遊?」

「あなたが悪い人じゃないのは、わかります。けど、私はあなたの事を知りません。ごめんなさい」

「...長いこと寝てたから記憶に抜けができちまったのかね?」

「そんな事起こるものなの?」

「300年モノの眠り姫だ、何が起こってもおかしくない」

 

美遊ちゃんを守るという思いでこの世に残っていた造魔さんにとっては、酷な事だが事実は変わらない。

 

「...じゃあ、自己紹介からはじめよう。俺は遡月士郎。君の、兄貴の幽霊だ」

「幽霊?」

「ああ、そこら辺は俺も曖昧だから、また今度な」

 

美遊ちゃんの頭を撫でて、俺たちへ視線を移させる。

なら、まずは俺からだろう。

 

「俺は花咲千尋。君を利用するために解放した悪魔召喚士(デビルサマナー)だ。美遊ちゃんにとって悪い奴なのかどうかは、美遊ちゃんの心で決めてくれ」

「そして、私はデオン。この悪辣でお人好しのサマナーの騎士をしている。よろしくね、お嬢さん」

「えっと、よろしくお願いします」

「私は内田たまき。よろしくね」

「アレ?アリスじゃなくて良いのか?」

「あんたが内田内田言うからでしょうが」

「そりゃすまんかった」

「誠意が足りないわね」

「じゃあ最後に、君の番だ。君のことを教えてくれ」

「スルー⁉︎」

 

内田に付き合ってコントを続けるのも悪くないかもしれないが、今はポカンとしているだけの美遊ちゃんにも会話に加わる機会を作るべきだ、なんてことを考えていた。

 

今までの反応から、この先に起きることは何となく予想はついていたからだ。

 

「えっと、私は...ッ⁉︎」

 

頭を抱えて呼吸を荒くする美遊ちゃん。どうやら、案の定だったようだ。

 

何度も言われた美遊という単語、それに対しての反応が曖昧だったからそうではないかと推測できてしまったのだ。

 

「大丈夫だよ、深呼吸深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて」

 

背中をさすりながら、そんな事を言う。こっそりと精神異常回復魔法(パトラ)ストーンを起動させながら。

 

「落ち着き、ました。ありがとうございます」

「いいのいいの。じゃあ、わかる範囲で言ってみてくれ」

「...私が誰かは、思い出せませんでした。ここがどこかも、わかりませんでした。私は、誰なんですか?本当に、美遊って子なんですか?」

「ああ、兄貴の俺が保証する。君は、遡月美遊。俺の妹だ」

 

美遊ちゃんは、どこかしっくりときていない様子だった。他の呼び名で呼ばれていたからか?

 

あるいは、それほどまでに自我というものをなくしてしまっていたからだろうか。

 

「ま、おいおい慣れていけばいいさ。時間はまだ残ってるんだから」

「そうね、お兄さんと過ごしていけばそのうち記憶は戻るでしょ、人間の脳ってそういうものなんだから」

「だが、無理をしてはいけない。君はまだ病み上がりなのだから」

「...ありがとうございます、花咲さん、内田さん、デオンさん」

「じゃあ、ちょっとターミナルを確認するから、離れててくれ」

「何か問題でもあるの?」

「ないかを確かめるんだよ。この結界相当に急造品だからな?2年も走らせたんだからボロが出てもおかしくないんだ」

 

アーカイブに生身で接続する。精神防護の術式を走らせる必要があるかと思ったが、やめた。コレに繋がって正確な情報を得るには、多少の汚染を恐れてはいけないのだとわかったからだ。

 

情報の波が俺を襲う。自分が自分でなくなるようなその奔流の中で、自我を再定義し必要な情報を取捨選択する。

 

GP(ゲートパワー)上昇率、想定数値内。結界強度減衰率、想定数値内。魔界接続率、変化なし。余剰演算領域、極小、想定範囲外。原因を検索、発見、他ターミナルからのハッキング痕跡あり。既存のファイアウォールに加えて緊急防壁を作動中」

 

結界は概ね計算通りの数値を出してくれていた。ただ、問題なのがハッキング。逆探知できないということは、相当にターミナルの扱いに慣れているという事。

 

俺以外にそんな技術者がいるとは、やはり世界は広い。

 

「あー、疲れた」

「サマナー、大丈夫なのかい?」

「まぁ、なんとか。ただやっぱ問題なのはGPだよなー、どこも儀式やってないからゲートパワーが下がらない。お陰で現代はちょっとした悪魔の楽園だよ」

「どのくらいの数値よ」

「大体ミドルクラスが自然顕現するくらい」

「魔境ねー」

 

正直結界張り直してすぐに遺物探索に出るつもりだったからこの辺りの数値はさほど気にしていなかったのだ。おのれ時間跳躍現象。

 

「とりあえずターミナルで調べたい事は終わった。この分なら結界維持に関しては何かする必要はなさそうだよ」

「じゃあ、いよいよ出陣って訳ね」

「いや、そうはいかない。ここのターミナルにハッキングがあったんだよ。幸い余剰演算領域に仕込んでいた術式で対応できたがな」

「...ここのターミナルを転送に使うのは危険って訳ね」

「ああ、そうだ。...それにしてもターミナルに詳しいな」

「それ、ウチの拠点にもあったのよ。使ってたのは中島だけど」

「中島?」

「なんて言えばいいんだろう...なんか変なの?」

「人間扱いされてねぇのかよ中島さんとやらは」

「実際人間じゃないし」

 

何者なんだ中島さんとやらは。

 

まぁ今は本筋ではないのでいいだろう。気になったら後々聞いておけばいい事だ。

 

「てな訳で、遺物探索に赴くにあたっての択は2つ、陸路で行くか」

「ターミナルを奪うかね」

「いや、それは最悪の場合な。幸いにも今ヤタガラスはグダグダだ。その隙を突いてヤタガラスの大将にこっちの味方を据えればターミナルを使い放題って訳だ」

「権力者のアテはあるの?」

「ああ、悪魔だけどな」

 

こういう時こそ、キュウビさんとの縁が生きるだろう。封印術式を解けるかどうかは実際に触れてみるまではわからないが、やれない事はないだろう。結界の構造は強力であるものの術式は古典的なものだった。封印を刻んだのが同一人物なら、術式の穴から介入は可能だ。

 

「じゃあ、問題なのは美遊ちゃんをどうするかだな。流石にこんな洞窟の中にほっぽっとく訳にはいかないし」

「あんたの所で預かれない?」

「...ま、とりあえずはそれでいいか。内田も来るよな?」

「それしかないから、ひとまずは行かせて貰うわ。...それにしても何で中島の奴連絡付かないのよ」

「連絡が付けば転移できるのか?」

「ええ」

 

それが、攻めるにも逃げるにも内田を支えていた転移現象の正体だったのか。確かにあれは見たことのないシステムだった。それがターミナルのおかげとなれば、組んだのは相当の術者だろう。

 

「良いシステム作ったなー、中島さん。話してみたくなったわ」

「中島も多分あんたの事気にいると思うわ。アイツも魔導バカだし」

 

「じゃあ、美遊ちゃん、士郎さん。行きましょうか。あいにくと世界は荒れていますが、念願の外です」

「大丈夫なのか?なんか、二人の話を聞く限りじゃあ危険みたいだが」

「「大丈夫ですよ、コイツがいますから」」

「そこで自分がいるからとは言わないのだね、サマナーという奴は」

 

互いに指を指す俺と内田。信じられているというか押し付けられている?何故だ。

 

「えっと、士郎さん。私、外に行ってみたいです。私に何が起きたのか、私が何をするべきなのかを知るために」

「...じゃあ、一緒に行くよ美遊。俺が、お前を守る」

 

「約束だ」と小指を差し出す遡月さん。おずおずといった感じで美遊ちゃんも小指をだし、結んだ。

 

指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った

 

そんな、古めかしい契約の形で、遡月士郎さんは美遊ちゃんの仲魔になった。

 

「おめでとう美遊ちゃん。君も今から、悪魔召喚士(デビルサマナー)だ」

 

ちょうど良く、COMPとなるスマートフォンを手にしていた。曰く付きだし間に合わせだがこれでひとまずは大丈夫だろう。

 

ヤタガラスの内情はネットが途切れてたからまったくわからなかったしね!メモとかも残ってなかったからね!クソが。

 

「えっと、ありがとうございます?...すいません、この板どう使うんですか?」

「あー、世紀末だとスマホなかったのか。こりゃ失敬。まず、下のボタンを押して」

「...ッ⁉︎」

 

黒かった画面にロック画面の絵が出た事にびっくりしていた。文明の利器って凄いよなーと改めて思う、うん。

 

「そしたら、もう一回さっきのボタンを押して。そしたらホーム画面に出るから」

「えっと、はい。出来ました」

「そしたら、ここにある悪魔召喚プログラムアプリケーションってのをタップ。画面の上から触ってみるといい」

「...なんだか、わかってきました。これ画面が全部ボタンなんですね」

「そう、タッチパネル式ってんだ」

「それで、この仲魔ってのにある造魔シロウというのが」

「ああ、さっき契約した俺だ」

「ここで士郎さんやこれから仲魔にするかもしれない悪魔の状態は把握できるんだ。まぁ、本当の使い方である悪魔召喚と送還は造魔な士郎さん相手じゃ無意味だから、新しく仲魔ができた時に教えるよ」

「わかりました」

 

その後、内田のストレージから美遊ちゃんがギリギリ着れる洋服を取り出して白無垢から着替える。のはいいがなんでエプロンドレスやねん。服屋が道中にあったら美遊ちゃんの服を漁ろう、うん。

 


 

「キミキミ、マッカの蓄えはある?」

「当然よ。このレディに似合う服を頼むぜ」

「よ、よろしくお願いします」

 

護衛に造魔二人を携えてセレクトショップだった場所に赴くと、そこは悪魔が経営する魔境と化していた。ジャックフロストがオシャレして店員をしているのはマスコットっぽい。

だが、それを従えているこのグラサンのお姉さんは何者なのだろう。サマナーか?

 

「うん、素材が良いから何着ても似合いそうネ。要望はある?」

「動きやすい服でお願いします」

 

ぶかぶかなエプロンドレス、動きにくそうだったものな。

 

「じゃあ、イメージをガラリと変えてみましょうか!活動的な感じに!」

 

パパッと動いてパパッと服を持ってくるグラサンさん。早業だ。

 

「白のシャツに深緑色のズボン。それに小物入れのポーチの組み合わせ。どうです?」

「...じゃあ、それで」

「待った、これ強化繊維ですよね。価格帯考えるとそっちが赤字になりかねないと思うんですが」

「そこは秘密って事で」

 

「それに、こんな世界でも子供は元気に生きて欲しいじゃない?」

 

なんとも、奇特な人だ。まぁ、2年間を生き抜いた人に曲者じゃない人はいないのだろう。

 

「じゃあ、即決って事で。あと、この辺りに女性用の下着が売ってる所があるならその情報も買いますよ」

「下着ならウチでも作れるよー。ってかこの辺りに生きてる服屋とか他に無いから選択肢は他に無いんだけど」

「じゃあ、何着か追加でお願いします」

「りょうかーい。じゃあサイズ測るから脱いで?」

「は、はい」

 

「デオン、護衛頼むな」

「了解だサマナー。一人の騎士として、少女を一人にはさせないよ」

 

そうして手持ち無沙汰になる俺と士郎さん。「こういう時野郎は待つしかないのがアレですよね」「そうだな」と苦笑しあった。

今のやり取りだけで、士郎さんが物凄くいい人である事が分かるあたり、表情がよく見えるというのも捨てたものではないのだろうか。

 

あるいは、だからこそ人々は纏まる事が出来なかったのだろうか。顔にかけられていた仮面がなくなって、心を守る事が出来なくなったから。

 

「てか、内田どこいったし」

「あの子なら外にいるぞ。周囲の警戒をするとかで」

「着せ替え人形にされるのが嫌で逃げたな」

 

内田は改造されて中身は完全に人外のものだが、見た目は15くらいの美少女なのだ。そりゃこの手の押しの強い店員さんから見たら格好の(おもちゃ)だろう。逃げるのも無理はない。

 

「できたわよー」

「早いな、サイズの合うのがあったのか?」

「いえ、何というか...サイズを測られたと思ったら、あっという間に出来上がってました」

「...恐ろしい技術と速さだったよサマナー。正直私も見たことを信じられない気持ちだ」

 

なんでも、布を念動魔法で宙に浮かせ刀でそれを形にし、ミシン以上のスピードと正確さでの手縫いで下着を作り上げたのだとか。なにそれ。

 

「残り6着もできたよー」

「ありがとうございます。下着と服、合わせていくらですか?」

「そうだね...500マッカでいいよ。美遊ちゃん可愛かったし」

「安すぎですよ!3500は払います。チップって事で」

「いやいやいや、気持ちは嬉しいけどそんなには受け取れないね。せめて700くらいでしょ」

「...じゃあ口止め料とかを含めて3000!」

「いやいや、オネーさん口は堅いから。でもそんなに言うなら300は受け取ってあげる合計1000マッカね」

「...くっ、これ以上付加価値を考え付けないッ!」

「オネーさんの勝ち、かな?」

 

「ねぇ士郎さん、何で買う側が値上げして売る側が値下げしてるの?」

「正直わからん」

「サマナーは適正な価格での取引を望んでいるのだろうよ。...まぁ、眼前の光景が奇妙であることは否定しないけどね」

 

結果、この世界ではかなり貴重な新品の衣服と下着をたった1000マッカで手に入れることになってしまった。これは大きな借りだ。知人友人を紹介してあの店に貢献しなければ!

 

「終わった?」

「ああ、負けたよ。完敗だ」

「そうなの...やっぱり相当なやり手なのね、あの店主」

 

なんか勘違いされているようでそうでない感じを孕みつつ進む。

とはいえ、大橋は破壊されている。どう川を渡ったものか...

 

『ペガサス、お前5人を引っ張っていけるか?』

『ヒ、ヒン...』

『流石にやった事ないか。まぁ、手綱を握れる奴がいるならともかく、自然のままのお前は本来自由に走る奴だ。細かい作業はお前の負担だろう。別の手を考えるよ』

 

さて、どうしたものかと考え始めた所、美遊ちゃんのCOMPからバイブレーションが鳴った。それと俺のスマートウォッチの警戒反応バイブレーションも。エネミーソナーか?

 

「デオン、警戒」

「ああ、だが力の流れはミユからだ」

「神稚児の力の暴走か?こんなどうでもいい時に?」

「...あの、このCOMPに変な表示が出てるんですけど」

「どんなのだ?」

「MAG充填許容量オーバーと」

「...50万MAGは溜め込めると思うんだが、そのCOMPでも」

「50万しか溜め込めないからこうしてMAGが漏れてるんでしょうに。もっと良いCOMP渡しなさいよ花咲」

「手持ちのCOMPがそれしかなかったんだよ。...しゃーなし、MAGアブゾーバー起動。もう遅いだろうけど」

 

戦場の空気を感じ取ったのか、士郎さんは両手に白と黒の双剣を取り出していた。しかも概念装備だ。良い獲物を持っている。

 

「士郎さんは美遊ちゃんの護衛と可能なら援護を。先頭は内田とデオン、殿は俺の陣形でこの場から離れます。感知範囲にいる悪魔は75匹、うち15匹が接近してきます。デカくてミドルクラス前程度ですが、油断しないように」

 

潤沢なMAGの匂いを嗅ぎつけて悪魔がやってくる。美遊ちゃんのMAGを奪い取ればこの街の有力な悪魔になれるのだとわかっているからだろう。それだけ、この純度のMAGは強い。

 

「敵になりそうなサマナーの感知は?」

「厳しいな。アクティブソナー出したらもっと多くの悪魔が寄ってくるのは目に見えてる。だから、今悪魔を召喚していないサマナーとは出会わない事を祈るしかない」

「...めんどくさいわね。逃走ルートはどうするの?」

「最終的に未遠川にたどり着ければそれでいい。高度に柔軟性を維持しつつ臨機応変に頼むわ」

「何、銀英伝って300年経っても読まれてんの?」

「ああ、小学校の読書感想文で賞貰ったぜ」

「何その微妙な面白エピソード気になるんだけど」

「話は後でな!さぁ走れ!」

 

上空から悪魔の群れが飛んでくる。あれは凶鳥チン。範囲衝撃魔法を放ってくる面倒な相手だ。

 

「ニンゲン!ニンゲン!ウマソウ!」

「じゃあ神経弾をご馳走だ。ああ、お代は命で構わない」

 

俺の走るスピードのと向こうの飛翔速度を計算し、P-90を1匹につき5発くらいずつ置いて当てる。低級悪魔であり銃撃に耐性を持たないチンは、神経弾の毒もあってパラパラと落ちていった。落下のダメージで死んでくれたら御の字だがまぁその辺りはいいだろう。

 

問題は、今の銃声で荒事を感知する連中だ。周囲の25匹が追加でこっちに寄ってきている。

 

こちらは美遊ちゃんの走る速度に合わせているためそうスピードは出せない。ペガサスを出して美遊ちゃんを乗せるかとも思ったが、それはそれで問題ありだ。カバーできる範囲に美遊ちゃんがいなくなる。

 

「次の通りの右から悪魔の群れが来る。内田、行ってMAG稼いで来い!」

「オーケー!フィンを呼べる分くらいは稼いでくるわ!」

 

トップスピードを出して行く内田。アリスという守護霊(ガーディアン)を付けていた時よりも速い。内田自身は本来近接タイプだったのか。

 

「美遊、大丈夫か?」

「はい、なんとか」

「無理そうなら、士郎さんに抱えてもらうからいつでも言ってくれ」

「...はい」

『花咲!こっちは鬼シリーズが群れてる!到着までには殺しきれないわ!斬撃耐性ウザいわね!』

『クラスは⁉︎』

『あんたのセンサー壊れてんじゃないの!ハイクラス届くくらいよ!』

 

予想外が起きるのはやめてほしいものなのだが。と思考を回した事で、このGPで存在を保つために放出MAGを抑えていたという事だろうと結論が出てしまった。適応して進化しているのだろう、悪魔も。

 

『追い打ちされても面倒だ。全戦力で突破する!』

「士郎さん、遠隔何持ってますか⁉︎」

「弓が使えるぞ」

「精度は?」

「悪魔を外した事は一度もない」

「頼りになる事で!デオンは内田と交代して大物足止め、士郎さんは大将首を!雑魚狩りは内田に!飛んでくる連中は俺達が止める!サモン、ドミニオン」

 

若干キャパオーバーだが、ハイクラス相手なら手段は選べない。最悪メドゥーサの召喚すら考慮に入れないといけないのだからやってられない。最悪の場合は美遊ちゃんにMAGを恵んでもらおう。土下座してでも。

 

だが、そんな俺の考えは通りに出た士郎さんの神がかった技量と術理により吹っ飛ばされた。

 

弓を引き始めたのは通りの見える前。番えたのは熟練の持っていそうな高純度のMAGを溜め込んだ剣。それを正確に鬼の眉間に当ててみせた。

そして、力場に着弾した瞬間に内蔵MAGが爆発する。

 

「驚いた、まだ死なないんだな」

「だがナイスサポートだよシロウ。今ので力場が剥がれた」

 

純粋MAGによる破壊は、属性にしてみれば万能属性と同じような現象を引き起こした。力場が消し飛んだのだ。

 

その薄くなった力場の隙に、デオンは神速の踏み込みで鬼の頭蓋にサーベルを突き刺した。

 

力場の減衰効果が無くなったその名のある鬼の身体は、それでも頑強だ。だが、そんなものは関係ないのだ。デオンの怪力を十全に活かすあの剣技には。

 

「討ち取ったり!」

「雑魚が逃げるからそういうのは言わないの!」

 

大将が討ち取られて唖然としている所を、内田がヒノカグツチで耐性力場越しにぶった切る。

そこからは掃討戦だ。逃げようとする鬼を士郎さんの弓が膝を射抜いて転ばせ、デオンと内田がトドメを刺す。向かってくるのはそのまま倒す。これで、鬼の集団は消えた。だが、未遠川までに行くにはもう一団体相手しなくてはならなさそうだ。

 

「迂回する?」

「いや、どっちみち気付かれてる。そうなると川越えの時に邪魔されるのが最悪だ。殺しておくぞ。ドミニオン、敵は見えるか?」

「ええ、あれは妖精。ケルピーの群れでしょうか」

「川や湖のあたりに出てくる悪魔だな。大した耐性はないし、やれるだろ」

「さっきの奴みたく、擬態してるかもよ?」

「...その時は、頑張ろう」

「サマナー、考えるのが面倒になっていないかい?」

「いや、レアケース考慮して動けなくなるのは意味ないだろ。行こう」

 

「待ってくだせぇ!サマナーの方々!」

 

話し込んでいたのか、1匹のケルピーがこちらに向かってくるのに気付かなかった。とはいってもかなり距離はあり、広域魔法でも回避可能だったが。

 

「なんだ?命乞いか?」

「そうでやす!俺たちゃまだ死にたくねぇんですよ!」

「じゃあ、対価を差し出せ。あいにくこっちには時間がない。なるべく早くな。こっちのお兄さんの弓がお前を貫くその前に」

「あっしが仲魔になりやす!あと川渡りにあっしらを使ってくだせぇ!」

「何故、俺達が向こうに行こうとしてると思った?」

「こっちに来る実力者は、大体向こう目当てでやんすから」

 

「オーケー、交渉は成立だ。ただし、術式は俺が補助する事と、お前と契約するのはこの子だってことは認めてもらうがな」

「わかったでやんす」とケルピーは近づいてくる。そこに、魔法陣展開代行プログラムで契約の陣を敷き、美遊ちゃんに従うよう強く縛る術式を仕込む。もっとも、士郎さんがいる以上裏切られても大事はないだろうが念のためだ。

 

「さぁ、美遊ちゃん。名前を名乗るんだ。契約はそれで成立する」

「...あの、良いんですか?悪魔の力を私が持ってしまっても」

「良いに決まってるさ。世界を救った後君は自分の人生を歩くんだ。その時の選択肢は多い方がいい。サマナーだってその一つだよ」

「...わかりました」

 

陣の中でケルピーと向き合う美遊ちゃん。覚悟もなにもかも半端だろうが、それでもその名乗りで変わることはある。

 

「私は美遊、遡月美遊!」

「あっしは妖精ケルピー!よろしくでやんすよ!」

 

ここに、契約は結ばれた。そしてそれと同じくして、彼女の心に遡月美遊という名前がしっかりと定着した。それは確かな一歩だろう。

 

「さて。案内しますよ、サマナー方!」

 

その後、ケルピーの群れの背に乗って俺たちは無事東区へと渡る事が出来た。

 

「仲魔を頼む」と言葉足らずに言われながら。

 


 

その後は散発的な悪魔の遭遇こそあれど大事は無く無事に事務所へと辿り着く事が出来た。

 

すると、事務所の前で黒髪青目、黒いシャツに灰色のズボンの少年と顔を隠した人物の姿が見えた。少年の方にメガネがない事に違和感を覚えるという事は、そういう事なのだろう。というか、あのレベルの魔眼を見間違えはしない。

 

「や、志貴くん」

「...千尋さん、ですか?」

「そうよ。大っきくなったねー。しかもイケメンときた。時代が時代ならほっとかれないだろうに、残念だったね」

「...2年間も何してたんですか。そっちの子が理由だってのはわかりますけど」

「詳しい話は中でな。ミズキさんから情報詳しく聞きたいし、志貴くんにもできれば参加してもらいたいからさ」

「今度は何するんですか?」

「...殴り込み、かな?」

 

何故かその言葉でため息を吐かれた。

 

「まぁ、千尋さんですし。なんかの詐術の類だと思って信じておきますよ」

 

とりあえず、殴り込み仲間1名ゲットのようだ。

 

「それで、そっちの人は?依頼か?」

「ええ、そうです。千尋さん、デオンさん」

 

外套のフードを外した事で長い黒髪と黒曜石のような黒目が現れる。顔は縁レベルに整っており、大和撫子とはこうだというイメージに全く反さない容姿をしていた。

 

そして、その容姿というか立ち振る舞いにはどこか見覚えがあった。

最近思い出したからか、その名前は記憶の中からすんなりと現れた。

 

「久しぶり、マッサン」

「マリアです!」

 

皇族、西之宮真里亞はどんなトリックがあったのか、今生きてここにいる。それはとても嬉しい事だと俺には感じられた。




感想欲しいよぉ!(再燃)

いや、読者の皆さんが居てくれるのはわかるのですが、やっぱり何かしらのリアクションが欲しい(強欲)ので、評価のコメント欄をオンにしてみます。感想には書けないけど!な事でも評価コメントに書いてくれればかなり嬉しいものなのです。

という姑息な評価誘導作戦。効果はないでしょうねー。


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ヤタガラス遡月支部制圧戦

Vジャンプ7月号買えなかったショックで予約投稿を忘れる作者がいるらしい。馬鹿じゃねぇの?


驚きはあれど、それ以上に喜びが大きい。

一日とはいえ、共に遊んだ友人なのだから。

 

それは向こうも同じようで、向日葵のような笑顔を向けてくれた。

長い黒髪が似合う、大和撫子。そんな印象が映える。

 

「それで、なんで内親王殿下がこんな僻地に?」

「...真里亞で構いません」

「じゃあマッサン、なんでウチに来たのさ」

「気安くなるの早すぎませんか?」

「性分なんだ」

「...まぁいいでしょう。友人に距離を取られるのは何ですから。私は結界の確認に来ました。あの日の帝都の混乱を思えば結界更新などできるはずなかったのに、何故か今もこの世界は終わっていない。ならば、やはり基点であるここだと」

「正解だよ。そのことには関わってるから詳細まで話せる。だが、ヤタガラスには行かなかったのか?」

「...今のヤタガラスはどこも同じです。私という威光を手にしたらそれを利用して張り子の権力を得ようとする。そういう者達の吹き溜まりになってしまいました。なまじ、異変前から力があった事が原因なのでしょうね」

「悪魔狩りって、人々からの感謝とかないからな。化け物を見る目で見られるのがほとんどだ」

「志貴くんが言うと説得力あるなー」

 

志貴くん、そうは見せないが楽園戦争時代からの転生者なのだ。それも多分英雄クラスの。もしかして美遊ちゃんの事を知っていたりするのだろうか。後で確認してみよう。

 

「とりあえず中に入ってくれ。...この人数となると少し手狭になるか?」

 

俺、デオン、所長、縁、志貴くん、ミズキさん、風魔、内田、美遊ちゃん、士郎さん、真里亞、計11人だ。いつの間にやら大世帯になってしまっている。

嬉しい悲鳴という奴だろう。

 

「おかえりー...なんか多すぎない?」

「なんでですかねー。まぁとりあえず椅子出しましょう。パイプ椅子倉庫にありましたよね?」

「...どーだったっけかなー?」

「おい所長」

「私が手伝います。おそらく今のこの事務所の事を把握しているのは私でしょうから」

「...ミズキさんが新所長でいいんじゃないですか、コレ」

「いえ、テンプルナイトにもガイアーズにも顔の効く彼方さんが所長である事は抑止力になります。私は所詮ヤタガラスでは下でしたから」

 

何はともあれ全員分の椅子を集め、ブリーフィングを始める。

 

「それでは、ブリーフィングを始めます。今回の目的は俺、花咲千尋の帰還報告、志貴くんの調査報告、西之宮真里亞内親王殿下の依頼内容の確認の3つです。そんなわけでまずは俺から」

 

いきなりお前かという目で見られる。そんな爆弾発言をするつもりはないのだが。

 

「今から2年前、葛葉ライドウとアウタースピリッツギルガメッシュの戦闘の余波で平成結界が破壊されました。そして、その穴から多くの堕天使が侵入しました。それに対処できる位置にいた俺と内田は平成結界のコアである術式に干渉し、俺式の令和結界を作り上げました。ただ、結界のコアを別の聖遺物で代用した事と、相対速度が8倍、以前の倍のスピードで時間が進むことになったことで時空が不安定になり、そこを何者かに突かれた結果、2年間時間跳躍現象でこの世界から吹っ飛ばされていました」

「しれっと世界を救ったとか言ってない?千尋くん」

「いや、このクソ世界で救ったも何もないでしょうに」

「...いえ、この日の本が続いているのは貴方の英断のおかげです。この世界を代表してお礼申し上げます。本当にありがとうございました」

「お礼のスケールがデカいわ」

 

「それからは、周辺の情報収集をしつつここに合流したというのが現在までの流れです。以上、質問は?」

「はい!」

「どうぞ、縁さん」

 

ちょっとインテリっぽく話しを促す。やはり、こういう時は伊達眼鏡をつけておくべきだったか?いや、先生イコール眼鏡というのは偏見だ、うん。

 

「内田さんと、遡月さんたちって何者なんですか?千尋さんが連れてきたんですから悪い人じゃないとは思うんですが、気になって」

 

ごめん、約1名大罪人だわ。

 

どーすんのよ花咲?と目線で訴えられる。が、言い訳はさっき椅子を運んでいるときに考えついたのだ!

 

『即興か!』

 

思考が漏れていたようだ、反省。

 

「内田は、俺の個人的な外部協力者だ。魔導も使えるサマナーってので共通点があってって感じだな。異変の日に遡月に来てて、ちょうどいい位置にいたから味方に引っ張り込んだ」

「千尋さん、割と外道な事言ってません?」

「報酬関係の釣り合いは取れてるからセーフだ、多分」

 

お互いの力がなければ結界更新はできなかったのだから契約の釣り合いは取れているのだ。今は契約の浮いてる隷属状態だけど。

 

「それで、遡月兄妹は?お兄さんの方は造魔だよね?」

「ああ、この二人は事情が混み合ってるので他言無用でお願いします」

 

「士郎さん、お兄さんの方は魂を造魔に移して尚自我を失わないでいた精神的超人です。正直解剖して調べたいです」

「...流石に解剖はごめんだな。血液提供とかじゃ駄目か?」

「士郎さんだっけ?千尋くんに餌を与えちゃ駄目だよ。どーせデオンくんの更なるパワーアップの為の実験台が欲しいだけなんだから」

「...話を続けますね」

 

「否定しないのかい!」と皆からツッコマれる。いや、貴重な類似サンプルなのだ、士郎さんは。デオンと合わせて見ればアウタースピリッツの造魔定着現象そのものに手が届くかもしれない。それはまだ理解しただけの人類の進化系(ネクステージ)理論の補強になりうる。

 

手段は基本、選べないのだ。

 

「美遊ちゃんは、かつて冬木市と呼ばれていたこの街の神稚児。まぁ、簡単に言えば結界をずっと維持していた偉い子だ」

「...あなたが!」

 

マッサンが隣の美遊ちゃんの手を取る。

 

結界の事を知っているのなら、そりゃ万感の思いになるだろう。

こんな小さな女の子を生贄に捧げるも同然に使っていたのだから。

 

「あなたには皇族を代表して感謝の念を。これまでこの日の本の300年が平和であったのはあなたのおかげです。今の私には言葉しか与えられませんが、必ず相応の報酬を約束しましょう」

「はいストップ、美遊ちゃん今記憶喪失なのよ。そんなせっつかないで時間を与えてくれや」

「...こんな少女が記憶すら燃やして守った平和だというのにッ!私は皇族として情けない限りです」

「えっと、気を落とさないでください。私は多分、望んでやったんだと思いますから。それだけは、なんとなく覚えているんです」

「美遊さん...」

 

「じゃあ、他に質問は?」

「では、私が。花咲さんの作った令和結界ですが、どのようなものにしたのですか?」

「炉心を別の遺物を利用したシステムに切り替えた事と、外壁テクスチャの出力をやめた事、時間加速を前の二分の一にした事以外は以前の結界とほとんど変えていません。全国各地に最適化された結界のパラメータいじる余力はなかったですから。変えた理由はほとんど出力不足ですね」

「...では、この顔がなくなった異変は?」

「あいにくと、検討も付きません」

「...わかりました、ありがとうございます」

 

「じゃあ、他に質問も無いみたいなので次、志貴くんどうぞ」

「ああ」

 

「まず、七夜街への安全なルートは今回も見つかりませんでした。どこも悪魔の群れが出来てます。詳細はCOMPに纏めてるので後で確認してください。あと、その帰り道に、悪魔の群れと戦闘している西之宮さんを見つけて合流して、ウチの事務所に用があるとの話だったので連れてきました。以上です」

「質問だ、交戦した悪魔のアナライズデータはあるか?」

「すいません、ハイクラスだったんで」

「暗殺したのな、了解」

 

志貴くんの不意打ちに対応できる悪魔はそうはいまい。なにせ条件付きとはいえ力場無視万能即死属性という意味のわからないものなのだから。味方でよかった、本当に。

 

「じゃあも一個。観察した中で遡月に侵攻してきそうな群れはあったか?」

「いえ。多分どこも分かってんでしょうね。最初に動いたら後から漁夫の利を取られるってのが」

 

それが、今まで七夜街へのルート開拓ができなかった理由か。

どこかの群れを攻めれば、感づいた他の群れが横槍を仕掛けてくる為に、横槍を入れてこられても対応できる軍団としての戦力が必要なのだろう。

 

「状況は把握した。ありがとう」

「じゃあ、最後に西之宮さん」

「はい」

 

マッサンが立ち上がる。立ち振る舞いにどこか優美さがあるのはやはり教育の賜物だろうか。

 

「私がここ、浅田探偵事務所にやってきたのはただ一つの理由です。それは、この世界を救う為」

 

「この世界の理を知る海馬の魔術師の助力を得る為に、私は単身この地に来ました」

「助力っても、何かアイデアでもあるのか?」

「...ありません」

「じゃあ、俺の計画に乗ってくれ。現状唯一世界を救えるかもしれない案だ」

「...計画?」

「結界を維持していた7つの遺物、聖杯のカケラを一つにまとめてあの黒点を超える規格の人類の進化系(ネクステージ)を作り上げる」

「そんな事が可能なのですか⁉︎」

「ああ、可能だ」

「...ならば、協力は惜しみません」

「言ったな?なら、コイツだけは聞かなくちゃあならない」

 

「お前は、あの異変の際に起きたという皇族暗殺事件から、どう逃れた?」

「...花咲さんと同じです。時間跳躍現象、あれが私の命を拾いました」

「...凄い偶然だな。都合が良すぎる」

「私もそう思います。ですが、それ以外の答えを持ちません」

「じゃあ、それからはどうしてた?」

「ある人を頼り、情報収集に努めていました。暗殺の件に対応して私を隠してくれたのです」

「その人の名前は?」

「...葛葉キョウジ」

「じゃあなんで同行していない?」

「キョウジは、帝都に封印されているある悪魔に対処するのに全霊をかけています。故に、私一人で帝都からここまで来たのです」

 

マッチポンプの可能性はあれど、まぁ信じられるだろう。噂に聞く葛葉キョウジほどの実力者が対処しきれない悪魔というのには興味があるが、それは実際に会ってから聞けばいい。どうせ帝都には行かなくてはならないのだから。

 

「じゃあ、世界を救う為のプランを話すぞ。残り時間は2年、そのうちに北海道、沖縄、新潟、長野、京都、香川、帝都の7つの都市から聖杯のカケラを奪取する。その為の前準備として、遡月のヤタガラスを制圧する」

「腐ってもヤタガラス。実力者揃いだよ?」

「錦の御旗はこっちにある。真里亞がいれば向こうは耳を傾けざるを得ない、その隙にヤタガラスに侵入して、キュウビさんを解放する」

「...向こうの過激派と穏健派は真里亞様を巡って争い始めるでしょう。力尽くで来るかも知れません」

「その辺は考えています。支部に潜入するのは俺とデオンのみ。残り全員で真里亞を援護すればいい。まぁ、それでも人手は欲しいのでミズキさんは伝手を使って中立派を集めてくれるとありがたいですね」

「それでは、花咲さんが危険では?」

「多少の手傷は覚悟の上ですよ」

 

というか、閉所でデオンのカバーリングを抜ける敵などほとんどいないと分かっているからの話だが、そこは言わないでおこう。格好つけときたいし。

 

「わかりました。では、早速準備段階に移りましょう。現在浮いてる中立派は十数名。少ないですが、粒ぞろいです」

「とすると、他の面子は襲撃の際に横槍を入れられないように悪魔狩りだね」

 

戦うと決めたなら、行動は迅速に。

ヤタガラス遡月支部制圧作戦が、始まろうとしていた。

 


 

その日は、快晴だった。

ヤタガラス遡月支部の屋上で、

 

「なぁ、土御門。空はこんなに青いのに、なんで俺らはこんななんだろうな」

「さぁ、多分噛み合わせる歯車が無いからじゃない?千尋がいたら第四勢力に加わってた自信はあるよ、僕」

「確かに、あいつがいたならばそれも楽しそうではあるな。こんな世界だ、しがらみより心で道を決めた方がいい」

「じゃあハリマ、適当に戦闘痕をつけて帰ろうか」

「そうだな...待て、何か来る」

「悪魔?」

「恐らく人だ。人数は20人から30人、感知範囲に入った」

「じゃあ止めようか。他所から流れてきた人たちかな?」

「いや、襲撃だ!とんでもないのが先頭にいる!」

「目視で確認する...錦の御旗(インペリアル・フラッグ)⁉︎」

「宮内庁からの刺客か?俺は笹本に報告に行く」

「だが、これは良い流れかもね。笹本とノボルがアレの対応で動けなくなれば、皆を助けられるかもしれない」

「だろうな...何か来るぞ!」

「このタイミングで⁉︎」

 

上空から、二つの影が落下してくる。

一人は、いつか見た気がする騎士然とした造魔。

もう一人は、魔導で強化されたケプラーベストに身を包んだ顔無しの男。

 

この状況は、間違いなく好機だと理解できた。

ヤタガラスの結界を魔導技術で抜けて侵入してくるなんて真似ができる騎士の造魔を連れた人物など、一人しか思い浮かばないのだから。

 

「そこの二人、こちらは皇族直轄の工作員だ。協力か気絶かは選ばせてやる」

「...こういうの、噂をすればって奴なのかな?」

「だろうな。俺たちは協力を惜しまない。だが報酬は弾めよ?花咲」

「なんでこっちの名前...ハリマか!」

「僕もいるよ、千尋」

「土御門⁉︎そうか、お前らヤタガラスにいたのか」

「ああ、俺は穏健派、土御門は過激派で戦闘員をしている」

「まぁ、力量的にぶつかる事が多いから談合してる感じかな?」

「平然と仲間を裏切ってくのな、嫌いじゃないけど」

「それで、千尋は何しに来たの?」

「ヤタガラスの大将をこっち側の悪魔にしようって目論見だ。この内ゲバを終わらせる」

「じゃあ、僕とハリマはそのサポートが良いかな?」

「良いのか?」

「元々反逆の機を待っていた。それが今だと決めたというだけのことだ」

「そーゆーこと」

「感謝する。俺は術で姿を隠してこの支部の結界を回る。それまで内側からMAG感知を邪魔するように暴れてくれ」

「「了解」」

 

そういう訳で、最高のタイミングで僕達は裏切る事が出来た。

短く濃い戦いは、今始まったのだ。

 


 

錦の御旗が掲げられたその軍は、過激派と穏健派どちらにとっても寝耳に水だった。だが、これを機と笹本とノボル、過激派と穏健派のリーダーは見た。互いの戦力もこの支部の情報理解度も互角であるから、錦の御旗さえあれば自分たちがこの支部を完全に支配できる。

 

そんな甘い考えは、先頭に凛と立つ少女の一声でかき消された。

 

「護国の士、ヤタガラスを私物化した者達よ!我が名は西之宮真里亞!神に連なる皇族が一人!貴様らを問いただす為に私は来た!」

 

死んだはずの第2皇女、それが少数とはいえ軍を連れてヤタガラスの前にいる。自分たちがあと一歩で得られるはずの権力を破壊する為に。

 

軍は少数、対して自分たちの実力は十分。

皇族とはいえ、数で押せば殺せない事はないだろう。

 

そんな事を即座に思いつき、過激派と穏健派は戦力を外に向けた。

それが、罠であると知ること無く。

 


 

「こっちに合流の合図が来た。外に攻撃を仕掛けるっぽいね」

「こちらにもだ。穏健派が聞いて呆れるな」

「それはこっちの想定通りだ。極大級の攻撃が飛んできたとしても、あの軍はビクともしないように配置してる。内部から動く身としては、三つ巴でぐちゃぐちゃになった方がありがたい」

「じゃあ、僕らは戦いを始めようか。サモン、ケルベロス」

「そうだな。悪魔変身(デビルシフト)、クルースニク」

 

ケルベロスのファイアブレスと、ハリマのアギラオがぶつかり相殺される。互いの信頼があるからか、その曲芸に迷いはなかった。

 

「行こう、サマナー」

「ああ、まずは2階の階段前を東から西にだ」

 

慌ただしく動いている人々を尻目に、透過(ステルス)の術式をかけながら走り抜ける。この術式はオリジナルであるため、対策が練られているという事もない。もっとも、勘とかで見きってくる人がいるのは百も承知なので警戒は怠れないが。

 

「過激派が西側、穏健派が東側に陣取ってるな。個人個人の力場はそう強くないが、奇襲以外の戦闘は避けたいな」

「力場の強さが全てではないと、サマナーが自ら証明しているのだしね」

「俺の貧弱力場をディスってんじゃねぇよ。気にしてんだよ割と」

「それはすまない、悪気は...そんなにないよ」

「少しはあるのな」

 

チェックポイント一つ目クリア。結界の基点の構造は以前来た時と変わっていない為、あと7つのポイントを走り抜けるだけで問題はなさそうだ。

 

「「「人の、未来の為に!」」」

「「「平等な、権利の為に!」」」

 

二階からそれぞれの派閥の鉄砲玉と思わしき連中が真里亞達に攻撃を始める。銃撃と魔法の嵐、極大クラスこそないものの、食らえば負傷は免れないスケールのものだ。

 

が、それは軍の先頭にいるのが西之宮真里亞でなければの話。

 

彼女は、最後の皇族(ラストエンプレス)。皇族の魂に分かたれて保存されていた遺物を使いこなせる最後の一人だ。

 

故に、彼女の盾は絶対防御。その程度の力で砕けるものではない。

 

「八咫の鏡」

 

受け止められた銃弾と魔法がかき消えていく。その防御規模の大きさは、敵にしてみたらちょっとした絶望だろう。

 

「攻撃をしたという事は、護国の士を私物化したのを認めたが同じ!笹本!ノボル!その首を差し出しなさい!」

 

状況が動き出す。

 

過激派と穏健派が、各階から飛び出してそれぞれに分かれて軍を包囲し始める。

もはや言葉は不要だと言わんばかりの蛮行だ。

 

が、蛮行には蛮行で返すのがこの業界のセオリー、狙撃ポイントに陣取っている美遊ちゃんと士郎さんが的確に指揮官を無力化していくのが見える。あの距離で、力場を計算した火力で、殺さずに。

 

「士郎さん実はなんかの転生者じゃないかね。技量がカッ飛んでるんだが」

「さてね、私にはわかりかねるよ」

 

道中に残っている敵は少ない。が、存在していない訳ではない。

 

明らかに力場の強い者が何人か残っている。これは戦闘が避けられないかも知れない。

 

次は、3階を西の端まで行ってから階段を降りる道。だが、そこを通さないと言わんばかりに熟練の風格を漂わせる男がいた。

 

「笹本の旦那にゃ世話になってんだ。その分くらいは返すさ」

 

明らかに、こちらを認識している。武芸者タイプと見た。

 

「悪いが、こっちには余裕がないんでね!サモン、クー・フーリン!」

「よしきた!コイツが俺の相手だなぁ!」

「幻魔でないクー・フーリン?希少種か、厄介だな」

 

男の横を走り抜けようとする俺とデオンに蹴りが放たれ、それをクー・フーリンの槍が弾き飛ばす。

実力は互角、敵がサマナーかバスターかが問題だ。

 

だが、どちらにしても走り抜けなくてはならないのは同じこと。構わず行くのが俺の戦いだ。

 

「任せた」

「おうよ」

 

背後で起きている格闘戦の音を感じながら、一階まで降りる。一階には防衛戦力と思わしき連中が合計で20人。ただし、直線上に纏まっている。

 

「サモン、メドゥーサ」

「ええ、纏めて蹴散らしてあげましょう。石化の魔眼(ペトラアイ)

 

メドゥーサをあえて見せる事で敵の意識をそちらに集中させ、その隙に走り抜ける。一階はあと二回通らなくてはならないので、制圧して安全に行きたい。

 

が、やはり腐ってもヤタガラス。石化の十分でなかった連中が石化解除薬(ディストーン)を使って持ち直してくる。中には悪魔召喚を行う者も居て、ミドルクラス相当の武者の悪魔や相当の尾を噛んでいる蛇、竪琴を構えた妖精などよりどりみどりだ。

 

「しゃーなし。押し通るぞ!」

「いや、それには及びません。俺が片付けます、千尋さん」

 

いつのまにか侵入していた黒いシャツの少年。竪琴の悪魔の胴を断ち、蛇を頭から二つに裂き、武者の胸を貫いた。

 

俺の空白の2年間は、知っているはずの少年の強さを爆発的に成長させていた。

 

これが、七夜志貴か。

 

「任せた」

「はい」

 

志貴くんに前を任せて走る。

なんとも、心強い背中だろうか。

 

少年が男になる、そんな過程を見れなかった事が少し残念に思えた。

 


 

規定のルートを走ったその先に、鳥居が見える。

全8つのチェックポイントを抜けた結果だ。

 

だが、鳥居の前には一人の男が立っていた。

頬に刀傷のある男、端正な顔立ちという訳ではないが、顔無しではない。

 

「やはり、狙いはキュウビか」

 

透過(ステルス)の術式もあっさり見切られている。目が良いのか、勘が良いのか。どちらにせよ厄介だ。

 

「デオン、任せる。情報通りなら奴が笹本、過激派のリーダーのサマナーだ」

「仲魔の姿が見えないが」

「それだけ、コストがかかるって事だろ。行くぞ」

 

対サマナーの戦いの基本は相手に何もさせない事。

召喚すらさせずに倒すのが理想だ。

 

が、デオンの斬撃を大振りなナイフで受け止める男を見ると、何もさせないというのは無理だ。練度が違う。

 

「サモン、バルドル!」

「サモン、アレス!」

 

放たれた斬撃を体で受け止めるバルドル。だが、傷こそつかなかったもののかなりの勢いで吹き飛んでいった。

 

「俺のアレスの一撃で死なぬか。面倒な悪魔だ」

「...力場のプレッシャーが小さいが、あの力、ハイクラスか?」

「いいや、戦い続ける事で力をつけさせた。アレスを殺すにはハイクラス程度では足りぬよ」

「じゃあ、バルドルを呼んだのは正解だな。戦いの密度なら、俺たちだって負けてない!」

 

背後から高速で飛んでくるバルドル。アレスはその暴走とも言えるスピードに対処しきれずに吹き飛んでいった。

 

あれが、バルドルが霊基再臨(ハイ・レベルアップ)の際にコツを掴んだという加速技。

背中から万能属性魔法を加速の為に放つという単純明快な技だが、それ故にそのスピードは侮れない。

 

「バルドル、そのままぶちのめせ!デオン、行くぞ!」

「了解だ!」

「任せろクソサマナー!」

「やれるか?貴様ら程度に!」

 

『支援要請、4階西側』

『任せろ』

 

窓の外から剣が飛んでくる。笹本の意識の範囲外からの援護射撃は、完璧に不意をついた。ほんと士郎さんが味方で良かった。

 

だが、射撃耐性の力場でもあったのか、笹本はあの一撃を耐えてみせた。伊達にヤタガラスの頭は張っていないという事だろう。

 

しかし、それは予想外の援護射撃に対して隙を晒さなかったという事ではない。滑り込むようにデオンは剣を振るい、その首を断ち切った。

 

「...倒したか?」

「手応えはあった。殺せた筈だよ」

「じゃあ別口だな!中に!」

 

デオンに抱えられて鳥居の中に押し込まれた俺。

 

そして、異界に逃げ込む寸前に見たのは、大氷結の波

 

極大氷結魔法(ブフダイン)だ。

 

「漁夫の利狙いで狙ってやがったな、ノボル」

「サマナー、バルドルとの連絡は?」

『バルドル、状況は?』

『俺もアレスのクソ野郎も無事だよ。氷結を撃ったのは白衣を着てる顔無しだ。交戦するか?』

『いや、様子見で頼むわ』

『あいよ』

 

「ぬしら、人様の前で何をしとるのじゃ」

「すいません、キュウビさん。極大クラスから逃げ込んだもので」

「まぁ良い、ここを知っている事と隣にいる騎士から見て、花咲とデオンじゃな?」

「はい、花咲千尋です」

「お久しぶりです、キュウビ様」

「堅苦しいのはよしとくれ。久方ぶりの来客に心が踊っておるのじゃ、これでもな」

「じゃあ、キュウビさん。ついでにこのクソ世界で権力手に入れてみる気になりませんか?」

「妾、封ぜられとるのじゃが」

「解放しますよ、それしか無いんで」

「妾これでも前科持ちなのじゃぞ?」

「大丈夫ですよ。どんなディストピアを作ろうと、多分今よりはマシですから」

「どんな世界になっとるのじゃ外は」

「自分で見て、確かめてくださいよ」

 

「妾が、望んでここにいるのだとしてもか?」

「でしょうね。でも、その願いは人と共に生きたいって事の裏返しに見えました。なら、今は立ち上がって下さい」

 

「この世界を救う為に、あなたの協力が必要なんです」

 

キュウビさんを縛る足枷に、術式を流し込む。

やはりアップデートをサボっていたセキュリティは脆弱だ。いや、古い封印に触りたくない気持ちはわかるけどね。

 

そんな事を考えながらも術式を流し込んで封印処理を司るプログラムをオーバーフローさせアカウントを初期化、乗っ取り封印解除を正規のプログラムに偽造して実行する。

よし、問題はなし。

 

「こうもあっさりと、か...」

「得意分野なんで」

「これ、晴明の奴に縛られたものなんじゃがなぁ」

「現代魔導を舐めるなよって話ですよ」

 

「じゃあ、ヤタガラスをお願いしますね、キュウビさん」

「...なんだか、貧乏くじを引かされた気もするが」

 

「行くとしようか」

 


 

「何だ、このMAGは⁉︎」

「妾を知らぬとは、ヤタガラスの質も落ちたものじゃな」

 

圧倒的なMAGを身に纏った傾国の美女が、封印の間から現れる。

 

「化け物め!凍てつけ、極大氷結魔法(ブフダイン)!」

「ヤタガラスの新しい主に相応しき力を見せてやろう。魔法反射障壁(マカラカーン)

 

氷結の力が、そのままにノボルを襲う。

耐性力場をも貫く筈のその氷結は、そのままに反射された。

 

「貴様ッ⁉︎」

「沙汰は追って下す、今は幻惑の中に沈むがいい。魅了魔法(マリンカリン)

 

「お見事です、支部長代理」

「お主、早速上司をコキ使いおって。後で覚えておれよ?」

 


 

「聞け!ヤタガラスの同胞たちよ!我が名はキュウビ!現時点をもって支部長代理を名乗らせてもらう!」

 

圧倒的なMAGで場を支配して名乗り出るキュウビさん。

 

片手にノボルを、もう片手に笹本の首を持って。

 

「我らの本来の使命に基づいて、今後は人々を守る為の行動を開始する!」

 

「恐怖政治じゃねぇか」とはこの場にいる皆の思った事だが、まぁ仕方ないのだ。うっかり過激派の首を取ってしまったのだから。

 

いや、あそこは殺す以外に選択肢なかったから仕方ないのだが。

 

「我が名は西之宮真里亞!この血に誓いキュウビ殿のヤタガラスの管理を承認します!」

「承った!」

 

(花咲!皇族の娘が来ているとは聞いておらぬぞ!)

(すまん、時間がなかった!)

 

そんなやりとりを小声でしながら、自然とヤタガラスの者達はキュウビに従った。

そうしなければ死ぬとわかってしまったからだ。

 

まぁ、当人はそんな気は無いのだが。

 

「恐れるな!人質がどうなってもいいのか!」

「人質ってのは彼等のことかい?」

 

すかさず動いていた土御門とハリマが事務員や非戦闘員と思わしき人々を連れてくる。狙ってたなこのタイミングを。

 

「あいにくと、両派閥の拠点異界は破壊させてもらった。人質はもう解放した」

「つまり、君たちがのさばれる要素なんてもう何もないんだよ」

 

状況を把握した幾人かは、それぞれの武器を指揮官に向け始めた。

生きる為、怒りの為、消しきれなかった国への忠義の為、様々な理由で、仲間に向ける為でない、本来の牙を向け始めた。

 

ヤタガラス遡月支部は、ここに復活した。

 


 

「じゃあ、行ってきます」

「行ってくるが良い。遡月は我らに任せろ」

 

ターミナルの限界転送人数は6人、戦力などの諸々を考えた結果、俺、デオン、縁、所長、内田、真里亞の6人が赴く事になった。

 

まず赴くべきは沖縄、渡来亜市。

海で隔てた先であることで、反撃の可能性が少ない事と他所に情報が流れる心配が少ないことがその理由だ。

 

「じゃあ、旅の始まりだ...が、なんか作戦名とかあったら格好いい気がしてきた」

「サマナー、気が抜けるからそういうのは後にして欲しいのだけれど」

「でも、気合の入り方が違うから良いと思います!」

「...花咲の周りってこんなんばっかりなの?」

「楽しそうですし、良いのではないですか?」

「じゃあ、所長権限で一つ」

 

「グレイルウォーってのはどう?」

「所長、まだ戦争にはなってないですよ」

「どうせなるんだから、良いでしょ?」

「...まぁ、しっくりとは来ましたけどね」

 

「それでは、作戦名グレイルウォー第1戦!渡来亜攻略作戦、開始します!」

 

ノリに乗った真里亞の声を聞きながら、機材を外したターミナルを起動させる。

 

光と共に自分たちは情報に分解され、渡来亜支部のターミナルにて再構築された。

 

「...警備が居ない?アーカイブとして使用されていないのか?」

「千尋くん、見て。埃だ。相当使われてないよココ」

「悪魔が住み着いてる可能性もあります、周囲を警戒しつつ進みましょう」

 

そうして警戒しながら支部の外に出た自分たちが見たのは

 

悪魔と組織的に戦う人々の姿だった。

 

「明らかに元一般人ですね。防具に魔導的防護が施されてません」

「では、助けに入りましょうか」

「必要ないかなー。連携は取れてるみたいだし悪魔のクラスも高くない。私たちがどうやって来たかってのは隠したい訳だから、ここはこっそり行こうか」

「所長が、真面目な事を言ってるッ⁉︎」

「千尋くん、私だって色々考えてるんだよ?」

 

そうして、悪魔を避けながら欠片の収められていた渡来亜神社の祭具殿に赴く。だがそこには()()()()()()

 

「...これは確かに戦争ですね。欠片を持ち出した奴を探し出して奪わないといけないんですから」

 

グレイルウォー第1戦は、まずは敵を見つけ出す事から始めなくてはならないようだ。

 

今回の旅路は、なかなかハードなようだ。




第1戦、沖縄県渡来亜市開始です。


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渡来亜市探索

渡来亜市は沖縄の北の方に位置しているという設定です(超曖昧)
300年に渡る統廃合で村や町の名前が変わり、公募で募った名前の中からかつての祖国の名残りを感じる渡来亜(トライア)市という名前になったのです。


「まず確認したいのは、聖杯の欠片がどうして盗まれたかですね。結界に影響が出ていない事からこの街の外には出てないでしょうけど」

「そしたら、別れて探すかい?幸い戦力は整っている」

「あー、それなら私仲魔集めしたいから別行動で良い?ついでに悪魔の方から情報を集めるから」

「任せた。刻印はどうする?」

「このままで良いわ。思考が汚染されてないってかなり楽だから」

「じゃあ、連絡は念話でな」

「了解」

 

そんなやりとりを耳にして、どこかニヤニヤとする所長。全くこの人は...

 

「千尋くん、内田さんとエッチしたの?」

「え⁉︎そうなんですか⁉︎」

「結び方は色々ありますから、パス=性行為って訳じゃねぇですよ。自分に春が来ないからって下世話な勘ぐりはやめて下さい」

「そう切り返してくるとか、戦争ものじゃない?」

「というか、サマナーにも春なんて来てないんだから自爆ものだと私は思うのだけど」

「言うなデオン。その言葉は俺に効く」

「効くんですね...」

 

どこかホッとしたような、かつ微妙そうな表情で呟く縁。まぁ、兄的存在が女にうつつを抜かすとか割と微妙だものな。

 

「それで、割り振りはどうします?」

「俺とデオンと縁、所長と真里亞の2組に分かれて様子を見ましょう。訓練された民兵がいるって事は、それを指揮する指揮官がいるという事。それは、現地のヤタガラスに関係した人物の可能性が高いと俺は考えます。真里亞、沖縄に頼れる人は居るか?」

「すみません、本格的な公務に出ていた兄様や姉様なら別だったのでしょうが、私にはまだ人脈というものが無いのです」

「ま、できなきゃ場末の探偵事務所なんかには来ないか」

「バスター業は儲かってるんだけどねぇ...」

「場末は否定しないんですか」

「事実なんですよ、西之宮さん」

「真里亞で構いませんよ。縁さん」

「それじゃあ、真里亞さん。誠心誠意護衛をさせて頂きます!...必要があるかは、疑問ですけどねー」

 

業界の知識が浅く、皇族とは化け物的存在であるとあまり認識できていなかっただろう縁には先の制圧戦はさぞたまげただろう。

 

まぁ、自分も知識しか知らなかったから八咫の鏡を実際に見た時は内心かなりビビったのだが。

 

「じゃあ、ここから北側は所長達が、南側は俺たちが行きます。民兵を組織している奴らが何者かはわかりませんが、接触は慎重に。合流地点はとりあえずここ、より良い場所を見つけたらラインを通じてマッピングアプリにマーキングします。良いですね?」

 

皆が頷く、行動開始だ。

 


 

「野良悪魔、強いの少ないですね」

「ああ、間引きが上手いんだろうな。その割には異界強度(ゲートパワー)高いのが気になるが」

「案外、術者が居ないのかもしれないね。悪魔の出を下げる儀式というのは、そこそこの知識が必要なのだろう?」

「...ヤタガラスの術者が全滅したとは考えたくないんだがなぁ」

 

かなりありそうな理由だ。

異変後に覚醒した民兵があれだけ訓練されている事は、ガイアか在野の武力派が戦い方だけを教えたからだろう。

 

というのが、この都市を牛耳っているのが善人であった場合の想定。

 

邪悪がのさばっているのなら、それは知略に長けた者だろう。民兵を誘導して悪魔を殺し異界強度(ゲートパワー)を引き上げて、高位悪魔の召喚、もしくは降臨を狙う輩だ。

 

だが、それが聖杯探索に繋がるかと言われればノーだろう。邪悪の手に聖杯の欠片があるのなら、まどろっこしい事はせずに使用して高位悪魔を降臨させれば良いのだから。

 

「詰まる所、出たとこ勝負かね」

そうして注意して周りを確認していくと、廃車を使って作られたバリケードを見つけた。民兵の組織の拠点が近くにあるのだろうか。

 

「魔術的トラップの類は見えないな。デオン、そっちはどうだ?」

「なかなかに策士だね。車の上に二重のワイヤートラップがある。片方は見えやすく、片方は見えにくい工夫をされているよ」

 

見えたワイヤーをかわしたら、見えにくいワイヤーのトラップにかかるという罠か。よくやるな。

 

「物理的な罠で有効なのは、やっぱり爆弾ですかね?」

「ああ、廃車の中は見えないから、隠し放題だろうしな。それに、侵入を知らせる合図にもなる」

「じゃあ、飛んで躱すとしようか。サマナー、足場頼むよ」

「了解。狙撃気をつけろよ」

「気をつけはするが、多分居ない。殺気の類は感じないからね」

「殺気を隠せる凄腕かも知れないぜ?」

「その時はその時さ」

 

デオンを先頭にバリケードの上に置いた反発(ジャンプ)の魔法陣に乗り、トラップに触れないように動いていく。

狙撃のラインは通ったが、デオンの言う通り殺気は感じられなかった。ここが外縁部だからだろうか。

 

さて、ここからどうしたものか。ここから50m先に見えるのはまたしても廃車を使ったバリケード。有刺鉄線の類も敷き詰められている。

 

それ自体は不自然さはない。が、それはあのバリケードが破られる事を想定していないという事を匂わせてくる。

それもブラフか?とも思うが、ひとまずバリケードとバリケードの間のこの区域を探索するのが先決だ。案外何か情報が拾えるかも知れない。

 

そうして、何軒かのビルや一軒家を家探ししてみるとわかったことがある。

まず、電気は死んでいるということ。発電所か変電所は潰され、太陽光パネルなども整備不良や悪魔の血肉などでスマートグリットシステムは潰れている。

まぁ、これは想定内だ。遡月もそんな感じだったし。

 

次に、物資の類の残りが多い事。鍋や包丁などの調理道具は集団を統率するにあたって便利なのにだ。という事は、潤沢な生産施設、あるいは補給があるという事が見て取れる。

 

だが、バックに組織があるのならヤタガラスのターミナルの重要性はわからないわけはない。放置されている理由は何だ?単純に知らないだけ?

 

「バックにある組織は、ターミナルを使わせないようにしているのか?」

 

これが今のところ一番しっくりくる理由だ。ターミナルを使い結界を攻撃してきた術者がその組織にはいるのだろう。

 

「さて、ある程度情報は取れた。が、俺たち側からはこれが限界だな。危険だが、民兵の長と接触するしかなさそうだ」

「とすると、接触の仕方だね。私単独で行くというのはどうだろうか?」

「サマナー隠しか。だが、無駄に警戒されるだけだろうな」

「どうしてですか?」

「単純に、俺たちは沖縄の2年間の事を知らないからだ。共通のはずの情報がないってのは、疑念しか生まない。そこからは俺たちが遡月から来たって事を話さない限り良好な関係は無理だろうよ」

「なら、皆で行った方が良さそうですね。敵対的な人達なら全力で食い破れば良いですし、友好的な人達なら隠し立てをしない事で良い印象を持ってくれますから」

「強かになったな、縁」

「目指した背中が、千尋さんでしたから」

「...かなり恥ずかしいんだけど」

「良いじゃないかサマナー、先輩とはそういうものだよ」

「じゃあ、縁の案を採用。ただし、リーダーを見つける前に内田か所長からのアラートがあれば即離脱。それでいいな?」

 

頷く二人。なら、探索を続けるとしよう。

 


 

「セイ!ハァ!」

「タカギ!腰が入ってません!盾は体全体で使うのです!」

 

探索を続けて見えたのは、訓練風景。覚醒者の力で丸太を叩きつけ、それを盾で受け流す訓練のようだ。畑違いの意見だが、盾使いの技量を上げるにはかなり有効なトレーニングに思える。悪魔の攻撃って大体衝撃を受け流さないと死ぬし。

 

兜と赤いマントの盾使いが若者に指導をしているようだ。彼がこの民兵組織の長か?

 

「サマナー、多分気付かれた。赤マントの位置が私たちから訓練兵達を逃がせるように位置取りを変えている」

「じゃあ、ファーストコンタクトと行くか。デオン、この石を赤マントの足元あたりに投げてくれ」

「了解だ」

 

デオンが怪力を活かした強肩で100メートルは離れているその男の足元に石を届けた。ネットワークが潰されてから、有用だと思いいくつか作っていた通信用のストーンを。

 

訝しげな表情を浮かべながら石を拾う赤マント。会話をしつつ情報を抜き取ろう。

 

『こちら、侵入者です。念話聞こえてますか?』

 

びっくりしてわたわたと石を取り落す赤マントさん。意外とドジっ子属性なのだろうか。いや、筋肉男のドジとか誰得だよ。

 

おっかなびっくりな感じで再び念話の石を拾う赤マントさん。石を色んな角度から見ている。MAG感知の方がよく分かると思うのだが、とりあえずそこは気にしないでおこう。

 

『聞こえていたみたいなので話を続けます。俺は花咲千尋、ある事情があって旅をしています。貴方がこの民兵組織の長ですか?』

『頭の中に声が響く、なんと面妖な...まさか、これは呪術の類では⁉︎どうすれば良いのでしょう、呪術は筋肉でレジストできるのでしょうか』

『思考ダダ漏れですよ。伝えたい言葉を表に、それ以外の思考は止めるか裏に隠すようにするかで伝わらなくなります。あと、呪術じゃありません、現代魔導技術です』

『なるほど、なんとなく使い方はわかりました。現代魔導技術と呪術の違いはよくわかりませんがそこは置いておいてまずは自己紹介を。私はレオニダス、自警団においては訓練を取り仕切っています』

 

自警団の長という訳ではなかったのか。

 

『改めて、花咲千尋です。こちらに来た時にあなた方の戦いぶりは見させて頂きましたが、連携の取れた良いものでした。貴方の訓練の賜物という事ならば納得です』

『それはどうも。それで、何用があってこのような接触を?』

『探し物がありましてその情報を集めてる最中なんです』

『探し物、ですか』

『ええ。ただ、危険物である事は間違いないのでこの情報を話すべきか自警団の事を調査しているというのが現在の段階です』

『ふむぅ...手放しで信じてもらえないのは残念ですが、この末法の世です、仕方ないのかも知れませんね』

『交渉の札としていくつか用意しているものはあります。例えば、悪魔の出現そのものを抑える儀式の情報とか』

『そんなものがあるのですか⁉︎』

 

レオニダスさんは反応的に白、とすればここの大将がどう動くかだな。

 

『ええ、本来ヤタガラスが率先して行わないといけない事なのですけどね』

『いえ、助かります。日に日に強くなっていく悪魔との戦いは皆に苦難を強いてしまいましたから』

『じゃあ、それを交換条件に自警団のリーダーとの通話を希望します。可能ですか?』

『...正直なところ、都合が良すぎる気がしてならないのです。その上、あなた方は顔すら見せない。疑うには十分な理由では?』

『なら、そちらに向かいます。顔を見せなかったのは、あくまで保険。他所者を問答無用で殺すタイプのコミュニティでないことを確認するためですから』

『そんな風に見られていたのですか...』

『仲間の一人が、そういったコミュニティと接触してしまった経験があるんです。結束を高めるために外敵に苛烈になる事は決しておかしくありませんから、仕方ないといえば仕方ないんですけどね』

 

ちなみに、そんな経験をした旅する皇女様は極大魔法をぶっぱする事で圧倒的実力差を見せて切り抜けたのだとか。流石人類最高戦力、火力が違うぜ。

 

『じゃあ今から向かいます。攻撃したりしないで下さいね?』

『ええ、我が祖国に誓って』

 

「話は纏まった。とりあえず会うことになったが、他の皆の事は隠しておく。いいな?」

「信じられない人だったのかい?」

「逆、人柄的には信じられ過ぎるくらいだよ。だけど、レオニダスさんの立ち位置が分からん。組織ってのは摩訶不思議だからな」

「...良い人が上に行けるなんて希なんですよね、やっぱり」

「だな」

 

警戒されないようにゆっくりと歩いて進む。その時、所長からの念話が届いた。

 

『千尋くん、こちら海岸エリア。...酷いことになってるよ』

『具体的には?』

『海から悪魔が際限なく結界にぶつかっていってる。量は、数えるのが面倒になるくらいだね』

『結界面が近づいているんですか?』

『うん、とりあえず北から来てるのは黒っぽい魚人の群れ。海岸から目測で2キロだったのが結構な速度で近づいてきてる。あと2日あったら陸まで上がってくるよ』

『数による力押しで結界を抜けようとしてきてるんですか...報告ありがとうございます。こっちから提供できるネタになりそうです』

『何?もう民兵組織と接触するの?』

『訓練担当のレオニダスさんは信用できそうです。こっちからも鎮魂儀式の術式の提供という目に見えたメリットがあるのでそう拗れる事はないかと』

『千尋くん、交渉は任せるよ。正直、今の戦力だけじゃああの群は殺しきれない。数が多すぎる。こちらも手数が必要だ』

『了解です。聖杯探索するにしても、悪魔の支配する地域より人の生きてる世界の方が幾分かマシですからね』

 

念話を切り、レオニダスさんの前に行く。

 

鍛え上げられた身体、業物と分かる盾に、少し劣るように思える槍。

近接型の異能者に間違いはないだろう。

 

「まさか、こんな子供達だとは思いませんでしたよ、花咲殿」

「実戦経験は異変前からなんで、頼りにしても良いですよ?レオニダスさん」

「なんと!」

「とりあえず自己紹介を、俺は花咲千尋、こっちは仲魔のデオン。んでこっちが神野縁。さっきも言った通り、探し物があって旅をしてます」

「私はレオニダス。見ての通りこの自警団で訓練を担当しています」

「では、訓練終了後にそちらの長と通話、あるいは面会をさせて頂くという事でよろしいですか?」

「ええ。年若いというのもあるのでしょうが、貴方方は良い目をしている。謀略の類ではないでしょうからね」

 

そんなんで信じて良いのだろうか?顔無しの目などいくらでも誤魔化しが効くというのに。いや、嫌な予感しかしないから自己認識による変身はまだやっていないのだが。

 

「なんだか一方的な信頼ってのもアレなんで、訓練を手伝いましょうか?」

「いいえ、彼らはまだ基礎を固めている段階。気遣いは無用です」

「...なるほど、道理で若い子達が多かったんですね」

「ええ、彼らには槍など持たせたくはなかったのですが、状況はそれを許しませんからね」

「やはり、北の?」

「はい。連中が上陸するのは2日後。その時に私とヘクトール殿、この自警団の長は特攻を仕掛けるつもりです」

「...死ぬ気ですか?」

「まさか。生き残ってみせますよ。まだ私には彼らに教えなくてはならない事が沢山ありますからね」

 

それは、自分を鼓舞する言葉ではなかった。盗み聞いている少年たちに心配をかけまいとする言葉だった。

 

この人は、良き人なのだと今心で理解した。

 

「こりゃ、生き残らせたいな」

「花咲殿?」

「いえ、今後の方針を決めていたってだけです。では、レオニダスさんは訓練に集中してください。俺たちのせいかも知れませんが、集中してないのがちらほらと見えますよ?」

「...しまった!」

 

そうして訓練に集中するレオニダスさん。

盾の使い方を指導し、生き残る為の戦い方を教え導くその姿は、王たる風格をどこか思わせた。

 

「良い人ですね、レオニダスさんって」

「優しく、厳しく、強い。かのスパルタの王ももしかしたらこんな人だったのかも知れないね」

「スパルタの王?」

「ああ、300人で10万の軍を押し留めたという伝説の王の名前も、レオニダスと言うのだよ」

「スケールがデカい、流石に10万人は盛りすぎだろ」

「うん、私もそう思う」

 

というか、そのレオニダスのアウタースピリッツなのでは?という考えが過ぎる。まぁ、それはそれで構わないか。2年間に渡って自我を保てているのなら、アウターコードとやらから自我を保つ方法を知っているのかも知れない。

積極的に敵対する理由はないか。

 

この時は、そんな風に考えていた。

 


 

訓練を眺めていると、無精髭と名槍を携えた飄々とした雰囲気の武人がやってきた。彼が、自警団の長であるヘクトールだろうか。

 

「頑張ってるねー、皆。オジサン感心だよ」

「ええ、ヘクトール殿。時に、何故ここに?」

「ん?いや単純単純、新しい子達が来たみたいだから様子見にね」

 

俺たちを見つけたから?レオニダスさんは連絡をする素振りを見せていなかった。なら、誰かの念話?

 

まぁ今はいいだろう。自警団の長にはいくつか聞きたい事もあったのだし。手間が省けたと思っておく方がいい。警戒は必要だろうが。

 

「それで、少年たちは俺たちに助けを求めたって訳じゃないみたいだけど、何の用?いや、オジサン的には若い子が増えるのは嬉しいんだけどね」

「花咲千尋です。探し物があって旅をしています」

「...へぇ、こんな世界で旅ねぇ」

「まぁ、異変前から戦ってたんで」

「そりゃ凄い。見たところ20歳超えてないのに...ってレディに歳を聞くのは野暮だね。ごめんよ」

「いえ、大丈夫です」

「ま、そっちもこっちも話をしたいだろうし、拠点に案内するよ」

「...良いんですか?」

「ま、隠し立てはしてないしね」

 

「レオニダス、訓練頼むよー」と緩く声をかけた後、俺たちを案内するヘクトールさん。

 

隙だらけのように見えるが、隙がない。一筋縄ではいかないという事がよく分かる。

 

「じゃ、オジサンの質問があるんだけど、良いかい?」

「ええ、答えられない事には黙りますけど」

「君ら、どうやってこの街に来たの?」

「アマラ経路という別次元の道を利用しました。なんで、沖縄の他の事は知りません」

 

実は嘘は言ってない。ターミナルでの転移はアマラ経路を情報化して通り抜けているというものなのだから。

 

「へぇ、そこはどんな所なの?避難民の移動もそれを使えたら楽なんだけど」

「アマラ経路は高位の悪魔が根城にしている魔境です。レオニダスさんの訓練で多少戦えるようになったとしても、餌になるのがオチですよ」

「じゃあ、君らはどうやって抜けたの?」

「流石にそれは言えませんよ」

「んー、そう言われると気になるねー」

「駄目なものは駄目です。俺の所属しているコミュニティを守るために必要な事なんですよ」

 

そんな会話をしていると、所々補修されている建物に辿り着いた。

 

地図を照らし合わせてみる。ここは、沖縄に3つあるウカノミタマプラントの一つだった。なるほど、補給拠点としては最上だ。

 

「ここが何か、知ってるんだ」

「ええ、食糧生産プラントですよね。ここなら非常用電源やMAG炉心、そして何より食料にありつける。良い所を拠点にできたと思います」

「んー、良いね。ウチにも君みたいな知恵者がいたらもっと楽だったんだけどねぇ...」

「ヤタガラスの職員の生き残りは居ないんですか?」

「...あいにくと。1年前にヤベーのが現れてね、それを撃退するのに皆死んじゃったのさ」

 

飄々としているが、その言葉には重みがあった。後悔があったのだろう。

 

「すいません、辛い事を言わせてしまって」

「謝んなくていいよ。事実は変わんないからね」

 

警備の兵士を抜けて内部に入る。入り口を入ってすぐのロビーにはソファが備え付けられていた。受付だった場所だろう。

 

「じゃ、ここで良いよね?」

「はい、構いません」

 

内部構造は見せない、そういうつもりだろう。やはりやり手だ。

 

「じゃあ、まずは君達の話を聞くとするよ。探し物してるんだって?」

「ええ、渡来亜神社の祭具殿に収められていた聖遺物を探しています。心当たりはありませんか?」

「あるよー」

 

あっさりとのたまうヘクトールさん。欠片とはいえ聖杯の力だ、何かに使われてもおかしくはないのにそんな簡単に情報を渡すものだろうか?

 

「でも、タダじゃ教えられない」

「覚悟はしてます。けど、言わせてください。北からやってくる魚人の群れを迎撃する作戦に参加しろというのは、条件から外させてください」

「うん、大丈夫。そんなことは頼まないからね」

「ええ、こちらは利益など関係なく防衛戦に参加するつもりですから」

 

ポカンとするヘクトールさん。予想外の事だったのだろう、無償で援軍が現れるなどは。だが、これで良い。この手のタイプの人を相手にするのなら、主導権を握らせてはならない。

 

「君ら、正気?」

「ええ。正気で、世界を救おうとしています」

 

真っ直ぐと目を合わせる。ヘクトールさんはどこか測りかねるような目だったが、やがて根負けしたかのように両手を上げた。

 

「オジサン、君みたいな子は初めてだよ」

「まぁ、レアケースな自覚はあります」

 

「オジサンの目も衰えたかねぇ...」とボヤいて頭を掻くヘクトールさん。

 

交渉の第一段階、信用を得る事はとりあえず成功したようだ。

 

「...無償で働かせるのも悪いから、君らにはタダで情報をあげちゃう。もののど真ん中、聖杯の欠片のありかを」

「いえ、防衛戦に参加するのはこちらの勝手です。その情報の対価としては、悪魔の出現を抑える儀式についての術式情報でお願いします」

「...あー、やっぱ殺すだけじゃダメだったのね、連中」

「はい、悪魔の死体から出てくる非活性マグネタイトは異界強度(ゲートパワー)の上昇を引き起こします。なので、定期的にそれを下降させる儀式をする必要があったんです。儀式の種類は色々ありますが、主に鎮魂の儀って呼ばれていますね」

「それ、誰でも出来る事なの?」

「出来るようにします。魔法陣展開代行プログラムに土地の基点から基点に鎮魂が伝播するような術式を組み立てています。現地での微調整は必要でしょうが、これで沖縄のゲートパワーの上昇は抑えられる筈です」

「オジサン、ちょっと信じられないなー。君みたいな若い子がそんな複雑な魔法を使えるだなんて」

「伊達に異変前から戦ってはいないんですよ」

「それに、サマナーの実力を測るなら格好のが居るだろう?」

 

瞬間、デオンからMAGの奔流がヘクトールさんにのみ向けられる。ただの威嚇行為だが、十分な効果は得られたようだ。

 

「参った、人型の悪魔だったのね」

「ええ、造魔って言います」

「ああ、これは信じる証拠だ。こんな強いのを従えてる奴が無駄な嘘を吐く必要はない。信じよう」

「ありがとうございます」

「じゃあ、後でウチの実戦部隊の指揮官にその魔法陣ってのを教えてくれると助かるよ。顔無しだから見分け付きづらいけどね」

「では、聖杯の欠片のありかは何処にあるか、質問してもいいですか?」

「答えは単純、オジサンの身体の中」

 

「オジサン、聖杯の力で蘇った幽霊なのよね」

 

それは、ヘクトールさんがアウタースピリッツであるという事。

平成から令和に変わっても、アウタースピリッツ問題は継続しているようだ。

 


 

合流地点にした空き家にて、今日の報告会議を始める。

内田はミドルクラスの悪魔を数匹仲間にできたそうだが、前線で使うには少し心許ないとの事だ。合体施設がないのが響いてくる。

 

「んで、肝心な悪魔からの情報。北からやってくるのはダゴンって悪魔よ。分類は魔王、結界を押してるらしいのはその眷属ね。1年前にやってきたときは、人も悪魔も関係なく殺して食い荒らしていたそうよ」

「魚人の弱点属性はわかるか?」

「魔王の眷属の弱点はだいたい素体にした奴によるわ。前にやりあった魔王もそんな感じだったから。面倒だから気を付けて」

「素体ってのは、やっぱ人間か」

「そうよ。2年前にテクスチャが剥がれてから、黒点現象の見える沖縄では絶望に飲まれる人が多かったんだって。それで本土に船で逃げようとして、張ってたダゴンに食われて眷属化した。こんな感じじゃない?」

「...やるせないですね」

「...パニック状態の人間なんてそんなもんよ」

 

妙に実感のこもった内田の声だった。内田も、そういったパニックに巻き込まれて悪魔側の世界に入り込んだのだろうか?そんな考えがふと過ぎる。

 

まぁ、過去の詮索などあまり意味はない。今は来たるべき戦闘に対してどうするかを考える場だ。

 

「じゃあ、北側見てた私たちね。北側は悪魔も逃げてる無法地帯。半壊してる民家の家探しとかしてみたけど、物資は残りっぱなし。探索の結果は、北からの連中はヤバイとしか言えないね」

「あまり役に立たず、申し訳ありません...」

「いーのいーの、誰かが北に行かなきゃ千尋くんの詐術のネタにはならなかったんだし。それに、私たちのメインは戦闘だよ?交渉は得意な子に任せるで良いの」

「一応言っときますけど、今回は騙したりはしてませんよ。善意からの協力を申し出ただけです。そうした方が有効だと思ったので」

「詐術よりタチが悪いよ、サマナー」

「そうですね。でも、結果的には最良になったので良い事だと思います」

 

どこか暗い表情の縁、何か問題でもあったのだろうか?

 

「縁さん、気持ちはとてもわかります。誠意と真実だけで付き合っていけるのなら、それはとても素晴らしい事ですから。ですが、人間は組織に入るとそう単純にはいられなくなる。そういうものなのです」

「わかってはいるんですけどね」

 

「私の2年間の努力が、一瞬で千尋さんに抜かされてしまったように思えてしまったんです。...いけませんよね、こんなの」

 

「いや、戦闘型で誠意で動くお前と支援型で詐術で動く俺を比べてどうすんだ。お前が居るから俺は安心して交渉に行けたんだぞ」

「...え?」

「お前の守りは鉄壁で、戦闘勘から奇襲対応も良い。そんなのを後ろにつけてた俺は言わば虎の威を借る狐だぞ。わかってんのか?」

「サマナー、流石に自虐が...過ぎないな、当然の評価だ」

「でも、デオンさんが居るじゃないですか!」

「デオンがカバーできるのは高位魔法クラスまでだ。皇室が広域極大の重ねでぶっ壊されてる世界だぞ、その程度で安心できるか?俺は無理だ」

 

「だから、俺はお前がいて良かったと思ってるよ」

 

その言葉で、縁は衝撃を受けたような顔をした後に顔を伏せて、こう呟いた。

 

「...千尋さんは、狡いです」

「それが取り柄だからな」

 

とりあえず、縁の顔から曇りは消えた。それで良いだろう。

 

「じゃあ、寝ずの番はデオンと内田の悪魔に任せて、寝るとしようぜ」

 

そう言って、デオンに電子書籍の入ったタブレットを渡す。そういや、ネットが潰れてるから新しい本は読めないのか。これは、道中に本を探す必要もありそうだ。暇は大敵だからな。

 

「おやすみー」と言って様々な部屋に散る皆。できればベッドを使いたいが、寝袋があるので無くても問題はない。

 

「花咲、ちょっと良い?」

「どうした?内田」

「刻印の解除ってどのくらい時間かかる?」

「一瞬で済むぞ。そんなに完璧な術式じゃないからな。やろうと思えば力尽くでもやれるかね?」

「そ、ありがと。じゃあ明日の夜一旦解除する感じでよろしくね」

「あいよー」

 

「久し振りに厨二モードのお前か...皆になんて説明しよう」

「ありのままでいいんじゃない?あんたは私の奴隷になったって」

「まだ契約は成立してないんだよなぁ」

「じゃ、お休み」

「おやすみー」

 

と、送り出した内田は、すぐに戻ってきた。

 

「ベッド全部埋まってたわ」

「あれま、三人家族だったのか。ブルジョワだなー」

「私、寝袋持ってきてないんだけど」

「貸せってか?いいけど」

「良いんだ」

「野郎としては、女の子に体を痛めて欲しくはないんだよ」

「なにそれ、男たるもの!って奴?流行らないわよ、それ」

「流行で行動は決めてねぇよ」

 

そんなわけで、俺は絨毯の上で寝る事となった。内田は寝袋で隣にいる。

 

「ねぇ、花咲」

「なんだ?」

「あんた、愛されてるわね」

「そーなんかねー?」

「2年間も離れてたのに、覚えてもらえてるってすごい事なのよ?」

「それは、本当に感謝してる。けど、覚えてくれていたのは多分お前の思ってるのとは違う理由だと思うぞ」

「...なんだってのよ」

「俺は、異変の起こる前の世界と紐付けされて覚えられてたんだよ。だから、花咲千尋は忘れられてなかった。それだけだよ」

 

「その理屈じゃあ、私が忘れられたのは...」

「...内田?」

「...なんでもないわ、寝る」

「ああ、お休み」

 

内田は、誰かに忘れられた経験があるのだろうか。

だとしたら、それは悲しい事なのだと思う。

 

長くを生きている内田には、きっとありふれた事であったとしても。

 

「なぁ、もう寝たか?」

「...何よ」

「俺の魔導技術には、継承の儀っていう術がある。それは、記憶と知識を後継に明け渡すってものだ」

「...それが?」

「俺は、お前を忘れない。俺の後継になる奴の記憶にも、お前は残り続ける。だから...」

 

「お前を、一人にはしないよ」

 

「...馬鹿」

「すまんね、性分なんだ」

 

それから程なくして、俺は眠りについた。何となく隣からの視線を感じながら。

 




防衛に関しては右に出る者がいないコンビが今回のお助けNPCです。正直、この二人のどっちにするか迷ったその時、「どっちも出せばいいじゃない!」と閃いたのです。


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渡来亜海岸防衛戦

ダゴンvs渡来亜自警団プラス花咲一行
開幕です。


「術式の調整は終わりました。これで、この渡来亜が基点になる鎮魂術式はあなたのものです」

 

電気屋に転がっていたスマートフォンに悪魔召喚プログラムと魔法陣展開代行プログラムをコピーしたものを渡す。

 

「...いささか信じられないな。いや、隊長を疑ってる訳じゃないが、君らみたいな若い子がよくわからない魔法に通じてるってのはどうにもね」

「異変前からの知識の継承って奴ですよ。じゃあ、MAGの供給バランスにだけは注意してくださいね。最初の一回は俺もサポートに入るつもりですけど」

「まぁ、やってみるさ。悪魔が出にくくなるってのならこちらからも願ったりだ」

「じゃあサダハルさん、任せます」

「ああ、任された。だが、その鎮魂の儀とやらは何で今やっちゃいけないんだ?」

「単純ですよ、北からの防衛には悪魔も使うからです」

「悪魔を⁉︎」

「ええ、なんでこっちの強い悪魔が行動しやすいようにまだ異界強度(ゲートパワー)は高い方が良いんです」

 

それに、アウタースピリッツであるヘクトールさんとレオニダスさんのパフォーマンスにも影響が出る。

もちろん、敵の動きも良くなるだろうが、それは誤差レベルだ。何せ、ゲートパワーの影響は霊基が強くなればなるほど強くなるのだから。基本的にミドルクラス下位の集まりである魚人達の足を鈍らせるよりはこちらの持ち札をフルに活かせる布陣を敷いた方が良い。

 

コレは、実際に防衛戦に当たる全員で決めた事である。

 

「...とりあえず納得した。だけどいいのか?昨日来たばかりのお前達を死地に向かわせる事になったのに」

「今のこの世界、死地じゃない所の方が少ないですよ」

「そりゃそうだが...」

「だから、心情的には守りたいんですよ。損得とか抜きにして」

「...納得した。お前、根本的にお人好しなんだな」

「詐術士とも良く呼ばれますけどねー」

「オイ、信じる要素をいきなり蹴っ飛ばしてくるな」

「すまないねサダハル、サマナーって割とこんな感じなんだ」

 

まさかの身内からの離反である。おのれ。

 

「まぁ、優しい嘘つきもいて良いって事で納得しとくよ。花咲先生」

 

そんな言葉と共に、パラメータの調整は終わった。コレで、契約条件はイーブンだ。

 

貸し借り無しで、共に戦いに挑もう。

 


 

「オジサンの見立てじゃ、陸に着くのは明日の筈だったんだけどねぇ」

「私の見立てもそう。つまり、ラストスパートをかけてきたってことだね。おそらく広域の強化魔法。ダゴンの術だと思うよ」

「何にせよ、こちらから打って出る時期が少しズレただけの事です。花咲さん、行きましょう」

「ああ!サモン、ペガサス!空襲の時間だ!」

 

ペガサスの上に優雅に乗る真里亞。

ヘクトールさんの投げ槍を筆頭にひたすら遠距離で削るのが作戦の第一フェイズ。

 

魔力のこもったヘクトールさんの投げ槍で結界にダメージが入り破られる基点になってしまうが、それはこちらの狙い通りである。どこから入ってくるかわからない連中よりも、一点から雪崩れ込んでくる連中の方が相手取りやすい。

 

そして、こちらには広域殲滅を得手とする使い手がいる。

 

「来たよ!」

「では、開幕の号砲を頂きましょう。極大火炎魔法(アギダイン)

 

結界の空いた穴に、極大クラスの白い火炎の塔が突き刺さる。

今の一撃だけで、1000は消し飛んだ。流石、人類最高の血統だ。

 

だが、それで稼げたのは3分程度、別の所からすぐに別の魚人が寄ってくる。先ほどの量とは比べ物にはならないが、それでもかなりの量だ。しかも、結界から入ってすぐに散開している。先ほどの炎の塔と同じ轍を踏まない為だろう。

 

「そんなので躱せると思ったの?可愛いね!」

 

その逃げた先に、高位の呪殺の力がこもったトランプナイフが配置される。そして、狙いを違わずに落下し、その命を奪った。

この街で仲魔にしたグリフォンに乗った、内田の仕事だ。

 

だが、逃れた魚人も少しは残っていた。

 

「前衛、カバー!」

「お任せあれ!ウルァアアアアアア!」

 

戦士の咆哮(ウォークライ)、レオニダスさんの得意とする技術だ。

殿が自身であると敵味方皆に示す事で、敵意を集中させるという技術だ。デオンの魅惑のものとは違う、戦士のあり方が示す力だろう。

 

「よそ見厳禁!起きろ、喰魔剣(クレイモア)!」

 

そして、その致命的な隙に入り込むのが今回の戦闘で遊撃に回っている所長。海面を割るほどのスピードで魚人を切り裂き、その血肉でMAGを回復させる半永久機関。

 

切れば切るだけ強くなる、魔人の姿がそこにはあった。

 

「...3分!縁、蓋!」

「はい!」

 

結界の穴に、縁の守りの盾で蓋をする。ここまでが1セット。

縁の守りの盾は、結界と比べれば破壊しやすい、故に魚人達は集まって押し崩そうとしてくる。想定通りに。

 

そして、5分程度で崩されたその壁に、再び真里亞の極大火炎魔法(アギダイン)が突き刺さる。

以下は、ローテーションだ。魚人を誘引して真里亞の火炎と内田のトランプナイフで数を減らし、残りを所長が喰い尽くす。

そして、散発的な攻撃にならないように、敵を集めるのが縁の穴を塞ぐ守りの盾。

 

圧倒的な少数であるこちらの取れる策は、こんな感じだ。

 

この作戦の肝である縁の盾はかなりのMAGが使われているが、それは実の所大した消費ではない。

 

何故なら、ウチには美遊ちゃんが居たからだ。

 

出立前に彼女の生み出す生体MAGを皆のCOMPに分けて貰った。あの炉心のような出力で生み出されたMAGは、多少どころかかなりの無茶をしても何も問題はないほどに自分たちに潤沢な力を与えてくれた。

 

この戦いが終わったら嗜好品の類を積極的に集めて、その労に報いるべきだと思考の何処かで考える。

 

「お前さん達、そろそろ出番だよ?」

「そりゃ、来ますよね。雑魚じゃ意味がないってわかってんですから」

 

「作戦を第2フェーズに移行!」

 

一撃で守りの盾をぶち壊す、縦に5mはありそうな巨大な蛇のような悪魔。腕が4本あるのが少し厄介そうだ。

それが、魚人の群れの先頭を抜けてくる。スピードはかなりある。流石はハイクラスだ。だが、それは周りの魚人と足並みが揃っていないという事の証明。

 

刈り取る隙には、十分だ。

 

「レオニダスさん!」

「ええ、見せましょうスパルタの矜持を!炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)!」

 

レオニダスさんの技とも術とも違う力、アウタースピリッツの能力、それは砦と300人の兵士を召喚するというもの。

 

その威はダゴンをも無視できないと悟らせるものであった。

 

この隙に、ペガサスと真里亞が縁を回収していた。コレで問題なく撤退できる。

 

「来ます、レオニダスさん!」

 

ダゴンは、口にMAGを集中させてブレスを放とうとしていた。

奴の特性から考えると、恐らく水のブレス。

 

それが、砦と300人の兵士をなぎ払おうとし

 

「これが、スパルタだぁあああああ!」

 

300人の一糸乱れぬ連携により、そのブレスは前衛の50人を削るだけに収まった。

 

そして、この能力はそれで終わりではない。攻撃を受けた事により蓄積されたダメージは、そのまま反撃のための力になる。

 

それが、レオニダスさんの能力。

 

今、残った250人の力は、倍増されている。

 

「遠距離隊、雑魚狩り!兵士達の道を開け!」

 

海上にあらかじめ準備しておいた反発(ジャンプ)の術式を発動し、兵士達の足場を確保する。

 

そして、兵士達は走り出した。

守るべき民の為に。

 

「鬱陶しいわ!我はダゴン、大海の主であるぞ!」

「では名乗り返しましょう。我が名はレオニダス!かつてスパルタの王であった者であり、今は無辜の民を守る為に戦う者!」

 

「大海の主、なにするものぞ!」

 

その名乗りの間も走り続けていたスパルタの兵士達は勇敢に海上を駆け抜けていった。

 

だが、ダゴンは伊達ではなかった。物理耐性の力場を広げて兵士の接触そのものを妨げ、4つの手にそれぞれ水の弾を作り出して射出してくる。術式は水撃魔法(アクア)だが、MAG密度は高位クラスだろう。次々と兵士たちが撃ち落とされている。

 

だが、値千金の情報は手に入った。ジャマーのない悪魔であるダゴンには、()()()()()()()()()()()()

 

「よし、第2フェーズ終了!弱点は射撃と電撃、無効は火炎と疾風、耐性は他全部!」

 

「メドゥーサを中心に戦闘を組み立てる!死ぬ気でカバーするぞ!」

 

その言葉と共にメドゥーサを召喚、そして即MAGの過剰供給(オーバーロード)。溢れる力をコントロールして、限界以上の一撃を放たせる。

 

極大電撃魔法(ジオダイン)...ふぅ、わかっていても辛いものですね」

 

光の柱がダゴンに突き刺さる。力場を抜いたクリティカルヒットだ。

 

だが、ダゴンは倒れない。ダメージがない訳ではないだろう。だが、問題なく動いている。傷が再生しているのだ。

 

「メドゥーサ、再生のコアを探したい。撃ちまくるぞ」

「悪魔使いの荒いサマナーですね」

「すまん、今度ケーキとか作るからそれで勘弁してくれ」

「それは楽しみですね。では、参りましょうか」

 

メドゥーサと意識をリンクさせる。オーバーロードの火力よりも、今は手数が必要だ。メドゥーサを発動媒体にして、極大電撃魔法(ジオダイン)を狙った軌道に乗せて放つ。それも、4つを連続させて。

 

魔導の術の一つである、遅延発動と同時起動の合わせ技である。今、メドゥーサの周囲には4つの魔法陣が展開している。それが一つずつ術を放っているのだ。

 

胸は最初に吹き飛ばしたので除外、なのでセオリー通り頭を狙っているが、向こうもメドゥーサを警戒し始めたのか回避行動を取るせいで頭の中心に当たらない。

 

「同胞達よ!奴の動きを止めるのです!」

 

そこで出てくるのがレオニダスさん。話に聞いていた砦の発動制限時間が近いのだろう、兵士たちで動きを止めつつレオニダスさん本人が頭を狙うつもりのようだ。

 

砦から飛びかかるレオニダスさんに放たれる水弾、それを華麗な盾さばきにて全て払いのけた。

 

「フン!」

 

耐性力場の上に立ち、槍を突き刺すレオニダスさん。

 

まだ前哨戦だというのに無茶をする。が、お陰で海面に張っている魔法陣にダゴンは縫い付けられた。

 

「メドゥーサ!」

「ええ!極大電撃魔法(ジオダイン)!」

 

4連ジオダインがダゴンの頭に向けて放たれる。レオニダスさんは槍を手放してグリフォンを駆っている内田に拾われていた。

 

ついでとばかりに、トランプナイフの雨を降らせながら。

 

この4連ジオダインで、確実に頭は潰せた。

 

だが、ダゴンは再生を始めている。そして、偽装が解けたようだ。

 

考えられるのは、コアのない再生タイプ。MAGが切れるまで殺し続けるしかないようだ。ハイエストクラスの悪魔ならば、そんな理不尽もやってのけてくるだろう。

 

偽装が解けた事により感じるプレッシャーはこれまでのものとは桁違いだ。

 

「おのれレオニダス!おのれデビルサマナー!我の眷属に牙を向けるどころか我が身体の戒めさえ破壊するなど!」

「許せないか?まぁ税金払ってないんだから諦めろ。お前にこの国にいる権利はないんだよ」

「小癪な人の子風情が!」

 

激昂するダゴン。ここで冷静になられるのが一番困る事だったので正直有り難い。

 

ダゴンは俺に向けて突進してくる。俺の位置は後方、住宅街に繋がる大きな道路の上だ。

 

そこに向かい、陸の上へとダゴンは身を乗り上げてきた。

 

「殺戮フェイズ開始!ヘクトールさん!」

「とりあえず、頭もらうよ。不毀の極槍(ドゥリンダナ)!」

 

ビルの上に移動したヘクトールさんが、手甲からの炎でブーストをした投げ槍をダゴンの脳天に向けて投げつけた。

 

頭を貫き、蛇のような体をズタズタに引き裂きながらドゥリンダナは大地に突き刺さった。

 

だが、再生は止まらない。削られた肉がすぐに埋まっていく様は、ちょっとしたグロ動画だ。

 

「この槍、覚えているぞヘクトール!恨みは必ず晴らしてやるからな!」

「オジサンちょっと遠慮したい気分ね。君はほら、見た目が蛇っぽいし。オジサン蛇肉はそんな好きじゃないのよね」

「愚弄するのも大概にせよ!」

 

適当な事を言いながらヘクトールは建物から建物へと逃げ回る。事前に準備した侵攻ルートにダゴンを乗せながら。

 

「...あいつ、冷静になったらヤバイな」

「そうだね、広域魔法は当然あるだろうし、強力な魚人との連携を取り始めたらそれだけで攻め手が絞られる。こちらの攻撃で有効なのはヘクトールの投げ槍とメドゥーサの電撃しかないのだから」

 

今のところ所長と真里亞が苦もなく倒せているそうだが、後続になればなるほど魚人は強くなっていっているそうだ。

 

ダゴンの親衛隊という奴だろうか。

 

なんにせよ、先回りだ。

バイクのサイドカーにメドゥーサを乗せ、デオンの運転で移動する。

 

優れた身体能力でポイントに駆ける縁は、もうじき目標ポイントに到達する。

 

ヘクトールさんのドゥリンダナのリチャージはもう少しかかるので、今回は準備していた投げ槍を使用する。それでも十分な火力を出すあたり、ヘクトールさんはアウタースピリットだ。味方で良かった。

 

「クソ、ハイアナライズ完了。完璧に再生のネタが無い奴だ。削りきるしか無い」

「殺して死なない者ならば、封印するというのはどうですか?」

「無理、その場凌ぎにすらならない。この異界強度(ゲートパワー)なら2日と待たずに破られる」

 

鎮魂の儀は、即座に劇的な効果が起きるものではない。よって、この化け物に対しての対応は、どうにかして殺す以外にないのだ。

 

『オジサン、そろそろ配置に着くよ。大丈夫?』

『問題ないです。十字砲火(クロスファイア)で削れるだけ削りましょう!』

 

事前に配置していたMAG反応式のトラップが起動する。対象に対して緊縛の状態異常を引き起こす特注の鎖が絡みつくものだ。鎖一本7万マッカ。それが20本。

メディラマストーンが高値で売れていた頃に、込められた術式の綺麗さに衝動買いしたものだが、役に立つのだからこの業界って不思議。だが、後で冷静に考えると単価クッソ高いので相応の相手にしか使えない為、死蔵していたという過去を持つ。

 

「ぬぅ、小癪な!」

「高かったんで壊さないでくださいお願いします!」

「サマナー、阿呆言っている暇かい⁉︎」

 

ダゴンは鎖に絡まれて身動きは取れていない。その隙に、ひたすら連撃を叩き込む。

 

極大電撃魔法(ジオダイン)!」

「おりゃ!っとね」

 

「小賢しい。纏めて吹き飛べ下郎ども!」

 

ダゴンはダメージを喰らいながらもMAGの集中(コンセントレイト)を開始した。

 

それは、間違いなく災害を引き起こすレベルの力。極大広域クラスの魔法の準備だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「任せた!」」

 

「はい!」

 

そんな暴威に対して、一人の聖女が立ち向かう。

 

「この世の何処かで見守りたもう我らが神よ、私の願いにその加護を!」

 

「吹き飛べ!極大広域水撃魔法(マハアクアダイン)!」

「神威の盾!」

 

縁のガントレットが解けて、暴威を防ぐ盾になる。それは、どこか神々しさすら感じさせる願いの結晶。ただ、護るという事に特化した高位覚醒者神野縁の奥義。

 

俺たちを襲うはずだった水の濁流は、盾を貫く事無く全て受け止められた。

 

「貴様⁉︎」

「チャンスタイムはまだ続いてんぞ!撃ちまくれ!」

「ついでです。効果が薄くても、通りさえするのなら!」

 

水を受け止めた盾が、再びガントレットへと再構築される。

その中に、強大すぎる水の力を内包させながら。

 

「オジサン、地味だねぇ!」

「有効打にはなっていますよ。極大電撃魔法(ジオダイン)!」

「握る拳に、願いを込めて!神威の一撃!」

 

槍がダゴンを貫き、電撃がダゴンを焼き、縁の拳が力場に当たり、受け止めた水流を一点に解き放った。

 

「グゥッ⁉︎」

「やはり耐性力場は抜けませんか!」

「...受け止めた力を、そのままに拳に込める技か。見事としか言えぬな」

 

『不味いね、冷静になられた』

『普通カウンター決められたらキレると思うんですけど』

『オジサンもよ。ダゴンは力だけの奴に見えてたんだけどねぇ...』

 

「しからば、我の魔王としての誇りを持って蹂躙させてもらおう!」

 

瞬間、投げられる槍。そしてそれに結び付けられた袋。

ダゴンの頭に当たり、袋が弾ける。

 

中にあったのは、茶色い物体。

 

というか、糞尿だった。

 

「貴様どこまで我を愚弄するかヘクトールゥ!」

「いや、隙だらけだったからねー」

 

『お見事です』

『でも、芯が冷静になってるよ。2番から7番のトラップは見せ札にして最終防衛ラインで決める。異論は?』

『ありません』

 

ダゴンは怒りからか、鎖の戒めを力ずくで解いた。術式の効果時間も考えるとまぁ持った方だろう。

 

「さぁ、貴様の死ぬ番だ!」

「怖いねー」

 

4本の腕から放たれる水撃を華麗に回避するヘクトールさん。躱しながらダゴンに対して投げ槍を決めている。だが、逃げながら放つその投げ槍には先ほどレベルの力は込められていない。

 

「メドゥーサ、足を引っ張るぞ!」

「できることは変わりませんけどね。極大電撃魔法(ジオダイン)!」

「邪魔だ小虫が!」

 

こちらに向けて放たれる水撃魔法(アクア)。デオンのドライビングテクニックにより着弾はしないが、破片がバイクを襲う。ギリギリの回避だけではいずれバイクがお釈迦になるだろう。

 

『2番、よろしくね』

『はい!』

 

2番は、属性地雷だ。主要属性の高位ストーンを埋め、アナライズ結果に基づいて起爆させる手筈になっている。

 

だが、一つ目のトラップで警戒が高まっていたのか、ダゴンは大きく跳ぶ事で属性地雷のエリアを抜け出した。

 

「着地狩り!」

「ええ、極大電撃魔法(ジオダイン)!」

 

「いい加減鬱陶しい!」

「よそ見して良いの?オジサンやる気割とあるんだけど」

 

放たれる全力の投槍。槍はダゴンの目から頭蓋を貫き抜けた。

 

「おのれヘクトール!」

「うーん、オジサン蛇野郎に言い寄られる趣味はないんだよねー。ほら、あっちのメドゥーサちゃんにしたら?蛇同士案外話あうかもだし」

「愚弄するのもほどほどにしておけぇ!」

 

再びヘクトールさんに放たれる水撃魔法(アクア)の嵐。ダゴンを見てもいないのに華麗に躱す姿は、ちょっと気持ち悪さすら感じさせる。

 

ダゴンはヘクトールさんを追いかけつつ仕掛けていた魔導トラップの類を全て回避してのけていやがる。ちょっとは応えてくれないと困るのだが、そのあたりは流石の魔王と言ったところだろう。

 

「さぁ、そろそろクライマックス。ここが最終防衛線だ!」

 

拠点エリアをぐるっと一周しながら逃げていたヘクトールさんは、自警団員全員を動員した防衛線にダゴンを誘導してみせた。

 

そこには、先回りしたレオニダスさんと内田が既に構えている。

 

「誘い込まれたか⁉︎」

「もう遅いよ、後ろからやってくるのは、おっかないお嬢さんなんだから」

 

海岸からペガサスに乗った真里亞が、MAGの過剰集中(コンセントレイト)を行いながらやってくる。

 

自警団総員78名プラス雇われ4人とアウタースピリッツ2名と、皇族一人による挟み撃ち。

ダゴンは一瞬迷った後に、自警団を突破する方が早いと確信して全力の密度のアクアブレスを放とうとして。

 

炎門の守護者 (テルモピュライ・エノモタイア)ァァ!!」

 

再び現れた砦と300人の兵士達が、一糸乱れぬ統率で盾を振り上げるのを見た。

 

300人の兵士は、それぞれの命が断たれてもなお盾を構え続け、ブレスの勢いを殺してみせた。

 

これが、仲間を守るためなら命を全力で燃やすあり方がスパルタなのだと言わんばかりに生き抜いたその一瞬は、闘う戦士たちに反撃のチャンスを与えてみせた。

 

「総員、撃てぇえええええ!」

 

レオニダスさんの号令と共に砦の上にいた自警団の皆が銃撃を開始する。一人一人の弾は通常弾でしかなく、火力に数えるのにはあまりに小さいが、それでもダゴンの肌を傷つけ、多少の再生のMAGを使わせてみせた。

 

「まだ終わらぬ!極大水撃魔法(アクアダイン)!」

「この砦は、我が命に代えても守り抜く!今を生きる、仲間たちの為に!ぬぉおおおおおおお!」

 

レオニダスさんがアクアダインに衝突し、盾を全力で叩きつける事で軌道を天へと逸らしてみせた。

 

だが、それは致命的な隙。

残り三つの手から放たれた水撃魔法(アクア)がレオニダスさんを襲い。その身体を貫いた。

 

そして、その仕留めたという隙こそが、狙っていたものだった。

 

MAG過剰供給(オーバーロード)!ぶちかませ!」

「これが最後です!極大電撃魔法(ジオダイン)!」

 

「オジサンも、格好つけないとね。標的確認、方位角固定……不毀の極槍 (ドゥリンダナ)! 吹き飛びなッ!」

 

二つの力がダゴンを貫き押し留める。そして動けなくなったところで、()()()()()()()()M()A()G()()()()()()()()()()()()。これで、1発限りの真打の登場だ。

 

「日出ずる国の象徴として、この聖なる炎を捧げます!極大広域火炎魔法(マハラギダイン)!」

「炎は、我には、効か、ぬ⁉︎」

「3種の神器が一つ、八尺瓊勾玉を介して放たれた力は力場を貫く性質を持つのです。貫通現象と学者は呼んでいましたね」

 

「貴方の敗因はただ一つ。力に奢った事。くだらぬ挑発になど乗らずに後衛としてその暴威を振るっていれば、結末は変わったでしょう」

 

「その命燃え尽きるまで、せいぜい悔やんでいなさい」

「おのれ、おのれ、おのれぇええええ!」

 

身体が溶けながらも真里亞に襲いかかろうとするダゴン。

 

そこに、騎士と戦士が立ち塞がる。

 

「させませぬ!」

「同意見だ、最後くらいは美味しいところを持っていかないとね」

 

「ぬぉおおおおおおお!」

「我が剣は祖国の為に。百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

体に3つの穴が開きながらも果敢に攻めるレオニダスさんの槍と、チャンスと見るなり飛び出した怪力無双の剣がダゴンを地に縫い付ける。

 

「人の子、風情、が...」

 

そんな捨て台詞を残して、ダゴンは燃え尽きた。

 


 

その後、勝鬨を上げようとするレオニダスさんが血を吐いた為緊急治療を行ったり、回避されてしまったトラップを回収したりとそれなりに忙しくしていたら日は暮れてしまった。

 

ちなみに、途中から一人で大暴れしていた所長の負傷はかなりのものだったが、ダゴンを失った後の魚人達に何故か敬われた為に事なきを得たとの事だ。どういう事かわからないが、とりあえずカオスの思想のおかげなのだろうと納得しておく。

 

「ふぃー、これでこの街の問題は解決かね?自警団はちゃんとできてるし、鎮魂の儀の術式は渡せた。後は、ヘクトールさんから聖杯の欠片を抽出する術式を組み上げれば、帰れるな」

「...サマナー、来客だ」

「こんな時間に?」

 

「あらー、バレちゃった訳ね」

「ふむぅ、どうやら私には隠密行動は難しかったようですね。すみませぬヘクトール殿」

 

そこには、ヘクトールさんとレオニダスさんがいた。

 

何やら、覚悟を決めた瞳で。

 

「お二人とも、自警団の仕事は大丈夫なんですか?あんな事があった後ですし」

「いやー、そもそもオジサン達あいつと相撃つ気だったからさ、後の引き継ぎとかはちゃんと済ませてんのよ。あ、次の自警団長はサダハルね。アイツ個人はちょっと頼りないけど、周りにゃ支えてくれる仲間がいる。だから、なんとかなるなって」

「ええ、花咲殿と会ったあの日の訓練は、子供達に自警団がなくなっても生き残る術を与える為のものだったのですよ。旅の者との取引がなくなっても、盾さえあれば案外生き残れるものですから」

「そうだったんですか」

 

ここでも旅の者。なにか嫌な感じはするが、この世界で武器を流通させて得になるのは人間側だけだ、信頼できるだろう。

 

「すいません、ここの自警団は旅の者になにを提供していたんですか?」

「主に食料ですね。うかのみたまぷらんととやらのお陰で作物は3日で実が付くため、そう困る事ではありませんでした」

「大量の武器を作ってくれた事にはほんと感謝だよねぇ。どこの国の占領政策かは知らないけどさ」

「やっぱ、そう見えますか」

「それ以外ないでしょ。あらかじめ好印象を持たせておく事で、スムーズに占領をできるようにする政略。単純だけど有効だねぇ」

「...流石は、トロイア戦争の英雄ヘクトール殿ですね」

「知ってるって事は、そっちの騎士さんご同郷かね?」

「いえ、ですが私の祖国フランスにも兜輝くヘクトールの逸話は伝わっていました」

「...知られてるって意外と恥ずかしいもんだねぇ」

「それほど素晴らしい生き様を見せたという事でしょう!誇るべきですぞヘクトール殿!」

「オジサンそのノリにだけは付いてけそうにないわ」

 

なんかぐだぐだになり始めたところで、ヘクトールさんが背中に隠していた酒を取り出す。

 

「今日の功労者である魔術師殿と一杯やりたくて探してたのさ。どうする?月見酒でも悪くないと思うけど」

「この黒に囲まれた空の月って、肴になりますかね?」

「酒ってのは何で飲むのかも大事だけど、やっぱ誰と飲むかだよ」

「それもそうですね。じゃあ、頂きます」

 

ブルーシートとちゃぶ台をストレージから取り出して、即興の宴会場を作る。

 

「すいません、つまみの類は持ち合わせてませんでした」

「いいのいいの。むしろなんでこんなの持ち合わせてるのか気になるんだけど」

「野営用です」

「なるほどねー、建物はいくらでもあるんだから、このシートさえあればどこでも拠点にできる訳か。ストレージって便利だねぇ、オジサンの時代にも欲しかったよ」

 

どうせなら今回の功労者であるメドゥーサも労わりたい、そんな事を言ってみると、意外にもすんなりと受け入れられた。

 

「では、本日の勝利に」

「「「「「乾杯!」」」」」

 

自警団にも他の仲間にも内緒の、ヘクトールさんとの最初で最期の酒盛りが始まった。




ちなみに描けていませんでしたが、所長は強くなり続ける魚人相手に無双ゲーやってました。途中までは真里亞の援護付きでしたが、作戦の推移と共に悪魔を剣で喰って強くなっていったため、一人で抑えられるようになったからです。闘争の中で強くなり続ける、まさにカオスなり。


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渡来亜の英雄

ワイヤレスイヤホンデビューしましたが、使いやすくて良いですね。執筆しながらの音楽が聴きやすくなりました。

まぁ、電池食うのが困りものですが。


「沖縄産の地酒って奴よ。北谷長老って名前だっけかな?」

「私もここ一年勉強はしましたが、漢字というのは難しいものですね。言葉は何故か伝わるのですが」

「そういえば、私は言葉に苦労した覚えがないな。漢字も特に苦もなく読めていた。サマナー、この違いはどうしてだい?」

「あー、言葉の方は単純な話。お互いに魔界言語を使ってるからですよ」

「魔界言語?オジサンふつうにギリシャ言葉喋ってるつもりなんだけど。あ、コップちょうだい、注ぐから」

「ありがとうございます、ヘクトールさん。魔界言語ってのは主に悪魔の使う言葉ですね。悪魔の中にはどう頑張っても声を作れない声帯をしてるのに喋る奴いますよね、あれは、言葉の音じゃなくて念で言葉を伝えてるからなんですよ。だから、注意深く聞けばギリシャ言葉も奥に聞こえると思います」

「ま、死人も悪魔も一緒って事かね?」

「ふぅむ、計算ではわからない事ですね」

「そうでもないですよ。人間は計測で魔界言語を解析して、使用するに至ってるんですから」

「その辺りは、コンピュータの強みだね。複雑な計算を一瞬でしてしまう機械というのは、やはり凄まじいよ」

「...こういうのは、英雄トークという奴なのでしょうか?」

「あー、メドゥーサは気に障ったか?」

「いえ、私の記憶でも勇士とはこのようなものだとわかっているので、特に問題はありません。あ、おかわりお願いします」

「お、蛇のお嬢さん良い飲みっぷりだねぇ!」

「うわばみ、と言うらしいですね」

「そりゃ蛇だけども」

 

なんとなくわいわいと喋りつつ酒を楽しむ。

 

一口目には、はなやかな香り。二口目には、極上の喉越し。風味の変化や香りを楽しめるとても美味しい酒だ。

 

COMPから出せーと叫んでいるベルデルとクー・フーリンは今回は待機してもらおう。一本しかないのだからそんな大人数で飲めないのだ。

つまり自分の分が減るのが嫌だって事である。身勝手?それがサマナーだ。

 

そんな姿を見て、デオンは苦笑いをしていた。

 

「こりゃ、もっと酒用意した方が良かったかい?」

「いえ、十分ですよ」

 

そんな会話が、ふと途切れる。ヘクトールさんもレオニダスさんも窓に映る月を見ていた。

黒点に消える、短い月を。

 

「じゃあ、真面目な話をしよっか」

「...ヘクトールさんの内部の聖杯の欠片の事ですか」

「そ。これを取り出したら、一年前の焼き直しになると思うのよね」

「一年前?ダゴンが前に攻めてきた時ですか?」

「そう。あの時はオジサン幽霊になったばっかでね。まぁそれでも良いサマナーに恵まれて、一緒に戦ってたわけだ。...あのダゴンを結界の外に吹っ飛ばしたのは、そのサマナーの決死の力だったのよ」

「良い、サマナーだったんですね」

「うん、オジサンにはもったいない、綺麗な心の子だったよ。もっと未来を生きても良いと思ってさ、だからダゴンを吹き飛ばした時の反動でサマナーが死んだ時は、怒りに震えて、アレに負けた」

 

「俺たち幽霊を襲う、衝動みたいなものにさ」

 

「アウターコード、ですか」

「そう言うの?魔術師さんは物知りだ」

 

「まぁ、そのアウターコードに負けちゃってね。目につく人を殺して回っちまった。ダゴンに殺されたヤタガラスの奴は半分くらい。もう半分は、オジサンが殺しちゃったんだよね」

 

勤めて軽く言っているが、その手には力がこもっている。コップを握る手の力が強くなっているのがわかる。

 

「それで、衝動に飲まれて暴れた結果、なんの因果か欠片を取り込んじまってさ。そしたら、理性を取り戻せた」

 

「だからさ、オジサンから欠片を抜いたらまたあーなっちゃうっていう予感があるんだよ」

「...それは、欠片を諦めろって事ですか?」

「いんや、逆。欠片を無くして暴れた俺達を始末してくれって頼みさ」

 

その壮絶な覚悟に、兜輝くヘクトールの本当の英雄性を見た気がした。

 

「...レオニダスさんもですか」

「ええ、私はヘクトール殿の加護を受けてあの意思を跳ね除けているのです。その根元も聖杯の欠片。私も狂ってしまうのは避けられないでしょう」

「じゃあ、殺しあうしかないか」

「そういうこと。まぁ、欠片の力は今日の戦いであらかた使っちまったから、そっちの方では安心して良いよ」

「いや、そこは問題ないですよ。ウチには天下の真里亞様がついてるんですから」

「ああ、あのお嬢さんね。確かに、アレなら俺が全力出しても殺してくれそうだ」

 

「けどオジサンは、お前さんに託したいと思ったのよ。お前が、損得を除外して人を助けるって決めてるからかね」

「それは、真里亞の方針がそうだからで」

「そんなの投げ出せるだろ?君なら。あの強いだけの子なんて騙くらかして目的の為の駒にするくらいはする筈だ。オジサンも似たタイプだからわかるのよ」

 

「けど、お前さんは信じる事を選んだ。助ける事を選んだ。それは、とっても尊い事なんだと、オジサンは思うんだよ」

 

「だから、オジサンはお前さんが良いって思ったのさ」

 

「でも、この渡来亜にはあなたが必要です」

「そうならないように、鍛えてきた。それに、もう皆には言ってあるのよね、君らの世界を救う旅に同行するって」

「...」

 

この人は、本当にッ!

 

と声を荒げたくなるのを抑えて、冷静に問いかける。

 

「あなた達の、幸せは望んでないんですか?」

「うん。俺たちは思いっきり生きたからね。後悔とかはないのさ。それに」

 

「この街は、俺たちのトロイアだ。守りたいんだよ」

 

その瞳の真摯さに、俺の心は動かされた。

 

「わかりました。明日、お二人の命を獲らせて頂きます」

「ただ、楽に獲らせてはあげないよ?オジサンたち、これでも歴戦の猛者ってやつだから」

 

無言でコップを合わせる。

 

それは、今生の別れを約束する、契約だった。

 


 

「じゃあ皆、達者でねー」

 

「はい、ありがとうございました!ヘクトールさん!」という自警団と、彼らに守られていた市民たちの声が揃う。

 

鎮魂の儀はつつがなく終了した。異界強度(ゲートパワー)はゆっくりと下降していくだろう。

 

まぁ、世界全体の異界強度(ゲートパワー)が上昇していくのは止まらないため、プラスマイナスゼロくらいなのだろうが、それでも今よりも酷くはならない。訓練を受けた自警団の皆ならなんとかするだろう。

 

そうして、旧ヤタガラス渡来亜支部の前までやってきて、自然と俺とヘクトールさん達は別れる。

 

「良いのかい?手段は選ばないと思ってたんだけど」

「選んでませんよ。輝く兜のヘクトール、スパルタ王レオニダス、貴方方を殺すのは、この悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋と」

「その騎士シュバリエ・デオンだ」

 

ヘクトールさんはひとしきり笑った後、「舐めてんじゃねぇよクソガキ」と殺気を込めて口に出した。

 

「舐めてねぇよ。単純に、それで十分だってだけだ」

「上等だ、ヘクトールの名を、刻んで逝け!」

 

不毀の極槍(ドゥリンダナ)!」

「サモン、バルドル!」

 

ミサイルのように投げられたその投げ槍を、バルドルを壁にして受け止める。着弾からの炸裂は事前に知っていたので、バルドルの光の翼の推力で押し留める。

 

これで、一手。だが、投げられた槍はダゴンを殺すときに投げた名槍ではなかった。欺瞞情報で防御札を引き出す戦術のようだ。ただでさえ強いのに小手先がある。厄介だ。

 

「サモン、クー・フーリン、メドゥーサ、ドミニオン、カラドリウス!」

 

召喚と同時に、デオンがヘクトールさんに向けて走り出す。

メドゥーサ、バルドル、カラドリウスの三色向上(カジャ)魔法で態勢を整えつつ進む。

 

そこにカバーリングに入るレオニダスさん。

 

「我が背に通すとでも?」

「通して貰うさ」

「そういう事!メドゥーサ!」

「ええ、高位氷結魔法(ブフーラ)

「これは、氷ッ⁉︎」

 

レオニダスさんの足を絡めとるように氷結の波が走り抜ける。

これで、跳躍して回避する事を選ぶならレオニダスさんは終わりだ。デオンの剛剣を防ぐただ一つの方法、受け流すという事が出来ないのだから。

 

「この程度で!」

 

だが、やはり歴戦の英雄。足を絡め取られる覚悟で、立ち止まってデオンと相対する事を選んだ。

 

足は止めれて一瞬、横を抜けるにはレオニダスの槍も盾も射程がありすぎる。

 

そして、そんな事を考えていると、槍がデオンに向けて飛んでくる。

 

剣で弾いて事なきを得るが、レオニダスさんから2歩距離を離された。

その隙に、レオニダスさんは足の氷を砕く。

 

肉の皮でも剥がれてくれれば儲けものだったが、デオンと同じように再生能力が付いていると考えるのが自然だ。

 

ダメージにはならないだろう。

 

「ドゥリンダナは投げさせるな!押し込めバルドル!」

「任せろクソサマナー!...あ、やっぱ無理だわ」

「不死身の相手は慣れてんのよ、オジサンは!」

 

最速で突っ込んでいったバルドルをあっさりと受け流して槍で巧みに投げ飛ばすヘクトールさん。せめて足止めくらいはして欲しかったが、まぁバルドルなら仕方ないか。

 

次善の策として、デオンを中心に攻めて行く方針に切り替えていこうとするも、レオニダスさんが立ち塞がった。

防御札であるベルデルがカバーできない位置に投げ飛ばされた事で、向こうの戦術はこちらの想定していたオーソドックスで最強のものに切り替えてきたようだ。

 

砦の向こうからひたすらにミサイルみたいな投げ槍が飛んでくるという戦法に。

 

「私が通さない!これが、スパルタだぁ!」

 

ヘクトールさんとレオニダスさん、そしてレオニダスの配下の300人の兵隊が篭る砦が物質化(マテリアライズ)される。

 

炎門の守護者(テルモピュライ・エノモタイア)だ。

 

「それを抜く方法は、単純明快に!サモン、ペガサス!」

「空ッ⁉︎」

「その砦にファンタジーも対空砲火もない事は百も承知!たかが訓練された弓兵部隊じゃあ空からの奇襲が止められないさ!」

 

ペガサスに乗り込んだデオンと、自前の跳躍力のみで砦を飛び越えたクー・フーリンが挟み撃ちの形で300人を制圧する。

 

「飛ばして行くぜ!蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

ひとりの兵士の盾を突き破り胴を抜き、そこから成長する樹木のように伸びる死の棘が砦という狭い空間を埋め尽くす。

 

「同胞達よ!」

「残念ながら、サマナーが仕上げしたあの槍の呪いは止まらないよ。そして、あなたは最前線にいたが故にそれを躱し、孤立した」

 

「まず1人、獲らせて貰うよ」

「なんと見事な戦術。しかし、ただでは終わりませんとも!手足の2本は持って行かせて貰いましょう!」

「あいにくと、このレンジに入れた時点で私の勝利だ」

 

百合の花散る剣の舞踏(フルール・ド・リス)

 

見るもの全てを魅了するその絶剣がレオニダスさんを魅了し、その一瞬でレオニダスさんの霊核は断ち切られた。

 

「ですが、勝機は我々にあり。この砦は、内側からの攻撃には弱いのですよ」

「そういう事さ!今度は本気よ!標的確認、方位角固定……不毀の極槍 (ドゥリンダナ)! 吹き飛びなッ!」

 

手甲からの爆炎による加速を1段目に、鍛え抜かれた体による投合を2段目にするミサイルのような投げ槍が、レオニダスさんの砦ごとデオンとクー・フーリンを狙い打った。

 

「前衛は潰れたよ、どうする?」

「ドミニオン!」

「私の役割に疑問を投げかけたい所ですが、有効なので文句は言えませんね...この主に神罰とか当たらないでしょうか」

「いや、さっさと頼む。あと、お前が神罰とか言うと割と来そうだからやめて」

「では参りましょう生命転換回復魔法(リカームドラ)

 

命を燃やすドミニオンの回復魔法が、傷つき倒れているデオンとクー・フーリンを回復させる。

 

そして、崩れた砦の瓦礫を吹き飛ばして、デオンとクー・フーリンがヘクトールさんに襲いかかる。

 

「回復が早いねッ!」

「私たちが空中で迎撃されなかった事から方針は透けていた!サマナーの悪辣さを甘くみないで貰おうか!」

「仕方ないね、じゃあこの世界由来の力を使わせて貰おうか!」

 

槍でデオンとクー・フーリンを相手どりながら、魔力を俺の位置まで浸透させてきた。この現象はッ⁉︎

 

「さぁ、決戦場にご招待さ!」

「虚数異界転移現象ッ⁉︎」

 

咄嗟にクー・フーリンを送還(リターン)しようとしたが、タッチの差で間に合わなかった。

 

虚数異界と現実世界の位置にはズレがある。それを向こうが利用してくるというのならッ!

 

「さぁ、オジサンとタイマン張ろうか。花咲千尋くん」

「もしかして、いざって時に袋叩きにするつもりだったのバレてました?」

「そりゃね。オジサンだってそうするもん」

 

突き出される一筋の光。そう幻視してしまうほどの美しい突きを、ショートソードをストレージから取り出して打ちはらう。

 

3歩、距離は取れた。だが、それはヘクトールさんからしたら一足の間合いであり、俺の剣が決して届かない間合いでもある。

 

「この世界は特殊でね、オジサン以外を襲う黒い奴らが沢山いる。まぁ、オジサンの成れの果てはああなるって事なんだろうけどさ」

「援軍は期待するなって事ですか」

「そゆこと。言っておくけど、手加減はしないよ?だって、こんな所で躓くような奴なら、世界を救うだなんて事に手が届く訳がないし、他の欠片を持ってる奴なら、命を繋ぐためにもっと悪辣な手を使ってくるだろうからね」

「貴重な授業をありがとうございます。けど、覚悟はしてるので安心してください」

 

「ターミナルで世界と繋がってから、なんでもありだってのはわかりきってんですよ。悪意も、未知の技術も、途方も無い所まで広がっているって魂で感じたんですから」

「おせっかいだったかね?まぁいいさ。切り抜けて見せてくれよ、この時代の英雄さん!」

「英雄にはならない!俺は、悪魔召喚士(デビルサマナー)だ!」

 

送還(リターン)に使うタスクすら割かせようとしない巧みな槍捌きが俺を襲う。刺突を中心にしながらこちらが崩れたら払いを当ててくる。

()()()()()()()()()()をしているおかげで見ることはできるが、筋力の差が如何ともしがたい。

 

「お前さん、意外とやるね?」

「受け太刀だけは一級品とは俺の事さ!」

「確かに、よくやるよ!」

 

斜めに叩きつけられる槍、それに剣を合わせて宙に飛び、衝撃で距離を取ろうとする。

だが、俺が飛ぶよりも速くヘクトールさんは追いついて、心臓に向けて刺突を放ってきた。体は吹き飛んでいる為、回避は不可能だろう。

 

と、考えるのはイカサマをしていない時の考え。今の俺には、対処法がある。

やりたくは無いが、このくらいの曲芸はできなければ駄目だろう。

これから先の、グレイルウォーを切り抜ける為には。

 

「ッ⁉︎」

「ダメージは無くても、結構痛いか...」

「...何をした?」

「秘密です。タネが割れたら死ぬのは俺なんで」

「...いや、分かった。悪魔を召喚したな?あの不死身の悪魔を、自分の体の一部に限定して」

「さて、どうでしょう」

「否定はしないのは、図星って証拠かね?」

「...やり辛いッ!」

 

槍を防げるイカサマまでは見切られていないだろうが、これで向こうは戦術を変えてくるのは目に見えている。刺突でなく、範囲を重視した払いを中心にした動きに。

 

バルドルの霊基(スケール)に、俺の(スケール)が耐えられない現在では、この裏技はとっておきたいとっておきなのだ。

 

「だが、間に合った」

「メドゥーサとクー・フーリンが近くにいて助かったよ。奴らの相手を任せられた。さて、サマナー、そろそろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ。しっかし、戦士の世界って凄いんだな。ヘクトールさんの動きがよく見えた」

「...不思議だね、1人やってきただけなのに空気が変わった」

 

「お前さん達、良いコンビなのね」

「まぁ、長くはないですが、濃い時間を過ごしてきたので」

「そうだね、この妙なサマナーとの奇縁は切って切れるものではないんだよ」

 

「じゃあ、再開するとしますか!」

「デオン、任せた!」

「任された!」

 

剣を槍と合わせるデオンとヘクトールさん。その隙に周囲にストーンを配置しつつP-90を取り出して構える。

 

先ほどまでの感覚の残りか、ヘクトールさんの動きがよく見える。デオンの動きは知っている。

 

だから、弾速を計算して置けば、当てられる。

 

「チッ、毒かい!」

「サマナー、やるね!」

 

力場を抜けて神経弾が突き刺さる。その毒に蝕まれたヘクトールさんは体の動きの精彩を欠き、デオンの一撃を受け流せずに槍で受けた。

 

名槍なのだろう。砕けはしなかった。

だが、ストーンを配置したキルゾーンにヘクトールさんを押し込む事には成功した。

 

「並列起動!シバブーストーン!」

「毒といいこの縛りといい、やることがエグいねぇ」

「終わりだ、トロイアの英雄ヘクトール」

「それはちょっと違うさ」

 

「今のオジサンが名乗るなら、渡来亜の英雄さね」

 

その声を残しながら、ヘクトールさんはデオンの斬撃に倒れた。

 


 

崩壊を始める虚数異界、その中で俺とデオンはヘクトールさんに近づく。

 

ヘクトールさんは、最後の力を振り絞り霊核に同化している聖杯の欠片を抜き取り、こちらに渡して来た。

 

その手に、言葉以上の想いを込めて。

 

「...はい、頑張ります」

 

その返答は、ふわっとしたいつもの笑いだった。

 


 

虚数異界から弾かれるように現れる俺と仲魔たち。虚数異界による奇襲は恐ろしいものだった。そして、あそこで出てくる黒い連中の強さは以前よりも強くなっているのだそうだ。

実際に数体と切り結んだデオンの言葉だから間違いはないだろう。あの世界に関しても、調べる事がありそうだ。

 

「千尋くん、お疲れ」

「終わりました。聖杯の欠片は、ここに」

 

それはつまり、ヘクトールさんを殺したという事の証明であった。

 

「...それじゃあ戻ろうか。私たちの街に」

 

そうして、ヤタガラスの施設に戻ろうとすると後ろから声がした。

 

これは、自警団の連中だ。ここがパトロール範囲に入っていたのだろうか。

 

「あの、ヘクトールさんとレオニダスさんは⁉︎」

 

その言葉に、一瞬迷いが出る。

真実を伝えるべきか、そうでないのかと。

 

ヘクトールさんは言った、俺たちと共に行くことにしたと。

なら、その優しい嘘は守らなくてはならない。

あの英雄を、殺した人間として。

 

「...先に、行ったよ」

「そうですか...じゃあ、伝えてください!俺たちは、大丈夫だからって!頑張って世界を救って来て下さいって!」

 

「バカ、皇族の方々に迷惑かけてんじゃねぇ!」とその自警団の少年は引きずられていった。

 

「花咲...」

「嘘だけは、つかないって決めてたんだけどなぁ」

 

「優しい嘘なら、それでいいのではありませんか」

「真里亞?」

「真実が人の幸せを奪ってしまうのなら、例え身を削るような事でも嘘を付かなくてはならない時が来る。現人神をしていた先代の陛下が仰っていたんです」

「そうか」

「ええ、だから千尋さんが受けた思いの傷の痛みを飲み込んで、優しく在れた事は誇りに思います。あなたの友人として」

「...そうかね」

「そうですよ」

 

皆の俺を見る視線の優しさを受け止めて、ターミナルルームへと向かう。

 

その前に、埃の溜まり方に妙なのが混ざっているのがわかった。足型は人型でなく、徘徊している。

 

「...悪魔の侵入でもあったのか?」

「人の臭いのしないこんな建物に?...そっか、ヘクトール達が居るから逃げてた連中か」

「というか、しれっと普通のテンションになられても困るんだけど、アリス内田ちゃん」

「ガーディアンに引っ張られてただけですから。あと、そんなプロレスラーみたいな呼び方はやめて下さい」

「じゃあ、もののついでに駆除しておこうか。立つ鳥跡を濁さずってね」

「所長、暴れ足りないだけとか言いませんよね?」

「...正解!縁ちゃんには花丸をあげましょう!」

「「開き直った⁉︎」」

「...ええ、悪いことではないはずなのになんでしょうこの罪悪感は」

「多分、主導がカオスの人だからだと思うよ、真里亞」

 

そんなわけで、出かけに悪魔を退治する事になった。

 


 

トラルテクトリは歓喜していた。

かつて自分に痛手を与えた憎きヘクトールのMAGが感じられなくなったからだ。それは弱ったか、死んだかという事。

 

かつては大地に擬態する事で生き延びた。今では小さな地霊達だが、仲魔もいる。

 

反撃はこれからだ。

 

そう思った矢先に、悪鬼の気配を感じた。

力を垂れ流す、強者の威圧が伝わる。

 

だからこそ、トラルテクトリは次の行動を迷わなかった。

 

「俺、お前達の、仲魔になる。貢物、ある。だから、仲魔の命、見逃せ!」

 

それは、弱っていた自分をここまで生き延びさせてくれた仲魔達の助命だった。

 

「良いじゃないのトラルテクトリ。私、そういう義理堅い奴は好きよ」

「ちょっとアリスちゃん、私の獲物なんだけど」

「アリスちゃん言うな!戦いたいなら仲魔にした後で好きなだけやらせてあげるから、ここは引きなさい戦闘狂」

 

そんなわけで、内田たまきの仲魔に地霊トラルテクトリが加わったのだった。

 


 

「お帰りなさいませ!真里亞様!」

「ええ、ただ今帰りました。しかし、出迎えとは妙ですね、帰還の途に着いたことを知らせる術などないはずなのですが」

「すみません、単にアーカイブを通じてやってくるかもしれない侵入者の警戒をしていただけなので、真里亞様に相応しいお出迎えができていないのです」

「いえ、私を想って迎えの言葉をかけてくれるだけでも十二分に報われるというものです。私たちはキュウビ様の元へ向かいます。今は支部長室ですか?」

「あ、キュウビ様は2階の執務室におられます。今のヤタガラスはそこを指揮所にして体制を立て直しているところですから。真里亞様のお陰でガンは取り除かれましたが、やはり混乱はまだ残っていますから」

「そうですか、ありがとうございます」

「いえ!」

 

そうして、俺たちは支部長室に向かう...と見せかけて外に出て、事務所へと向かう。

 

「花咲さん、アナライズは?」

「とりあえずシロですね。悪魔のネットワークだので伝わったなんて事はなさそうです。アナライズかけられても普通の反応でしたから。まぁ、ジャマーあるから大丈夫だとタカを括ったという線もありますが、敵がそこまで考え無しならてこずる事はないでしょうね」

「そこまで疑うもの?別に手を出してくるまで放置して、爆発するまで待ってれば良いと思うんだけど」

「そうはいかないですよ。俺たちが持ってる聖杯の欠片は、欠片だけでもアウターコードを跳ね除ける力を持ってます。悪用したいなんて奴は幾らでも居ますよ」

「まぁ、私なら総取りを狙うからまだ攻めはしないけどね」

「一応、先ほどの人から害意の類はありませんでした、それだけは確かです」

「じゃあ、美遊ちゃんの所に向かうまでは手筈通りに」

 

皆が頷くのを確認してから、行動に移る。

だが、良いのか悪いのか、今回は敵の魔の手が迫るなんて事は無かった。それに越した事はないのだが、やはり解せない。

 

が、それは良いだろう。

 

「たっだいまー!」

「お帰りなさい、彼方」

「アレ、ミズキだけ?」

「ええ、士郎さんと美遊ちゃんは今私たちの昼食を作っています。志貴くんと薊は事務所周囲の警戒ですね。もうじき帰ってくるので、昼食はその時に取ろうと思っていた所です」

 

「それで、首尾は?」

「成功です。が、今回のはヘクトールさん、欠片の持ち主が協力的だったという事が大きかったので、次からはこう上手くはいかないでしょう」

「じゃあ、昼食を取ったら美遊ちゃんの中に欠片を入れます。これが、一歩目ですね」

 

そうして帰ってきた志貴くんと薊さん、料理を持ってきた美遊ちゃんと士郎さんの暖かい昼食と、携帯食料を分け合いながらひさびさに仲間での食事を楽しむこととなった。

 


 

「じゃあ、簡単な報告会も済んだことだし、早速美遊ちゃんの中に欠片を入れたいと思います。安全な所に欠片は保管しておきたいからね」

「が、頑張ります!」

「肩に力入れなくて大丈夫よ。術式自体はすぐに終わるから」

 

そうして、術式の前準備として美遊ちゃんの状態のスキャンと欠片のスキャンを行った所、マズイことがわかった。

 

美遊ちゃんの神稚児の力は、聖杯へと至る為に必要なものだ。だが、それを受け入れられる口は一つしかない。

MAGをやり取りするチャンネルは、普通の人間には無数にあるものだ。だが、美遊ちゃんのチャンネルは太すぎる一本だけしかない。そこ自体には何も問題はないのだ。太いチャンネルのMAGは受け取る側が分割して扱えば悪魔召喚などは問題なく行えるのだから。だが、問題は聖杯の欠片が超一級の遺物である事。一つでチャンネルの大半を占拠してしまうのだ、そんな無作為な入れ方をしてしまえば、後の6つの欠片を入れる事が出来なくなる。

 

「これは...どうしたもんかね?」

 

グレイルウォーの勝利条件の一つに、聖杯の欠片を防衛し続けるという項目が増えた瞬間だった。

 


 

聖杯の欠片の事は内密にして、一先ずは次の行動に移る。俺とデオンと内田は仲魔の治療や合体を行う為にまずは西の回復道場に、それ以外の面子でキュウビさんに第一次グレイルウォーの報告に行く事となった。ヤタガラスに安全な欠片の保管所があるのなら紹介してもらいたいという事もある為、欠片は真里亞が持ち歩く事になった。

 

「にしても、相変わらず滅入る空模様ね」

「まぁ、そりゃな。黒点現象の拡大が見えている訳だし」

「これ、空にも伸びてるけどまだ点って言っていいの?」

「現象自体は変わってないんだしいいんじゃないか?それに、黒球現象って言いにくいし」

「適当ね」

「うっせ」

 

ペガサスの背に乗るデオンと俺と内田。

大橋の修理は今のところなされる気配はない。仕方がないと思うが、やはり不便だ。

 

「ねぇ、花咲」

「どうした?」

「なんで、ヘクトール達との戦いで私たちを出さなかったの?」

「...礼儀だと、思ったんだ」

「礼儀?」

「悪魔相手なら、俺は手段を選ばなかったと思う。だけど、ヘクトールさんはどこまでも英雄だった。だから、雰囲気に引っ張られたんだと思う」

「サマナー、その言い方は違うだろう?」

 

「君は、死の向こうでも彼らの魂が救われるように、そう願ったから彼らとの戦いに正々堂々と向かったんだ。たとえサマナーでも、そこに嘘をつくのは許さないよ」

「あんたら、変な主従ね」

「自覚はしてる」

「私もだ」

 

大橋を渡り終え、ペガサスを送還(リターン)する。すると、こっち側にたむろしていたケルピーの群れが頭を下げてきた。美遊ちゃんはしっかりと上下関係を教え込めているようだ。

 

「それで、回復道場に行くのよね」

「ああ。でも、そこも自警団の溜まり場になってるから脅かすなよ?」

「アリスじゃないんだから、しないわよそんな事」

「アリスはするのか」

「するわね、あいつ死ねば皆友達!なんて思ってたから。...死ぬ前にも友達になれるって事を教えるまでにどれだけかかったか」

「ご愁傷様、かな?」

「憐れまないでよ、死にたくなるから」

 

そうして回復道場に向かって、雑魚悪魔の討伐などを行いながら進んでいく。

 

建物が無事である事から、とりあえず結界は破られてはいないようだ。

 

「じゃあ、行きますか」

「ええ、そうね」

 

そうして入り口の警備をしていた自警団達に声をかける。

 

が、またしても銃口を向けられた。

 

「お前ら、花咲千尋さんですよー。結界張った人ですよー」

「だからこそ通せないんだ。なぁ、花咲さん」

 

「聖杯の欠片を使えば、人間に戻れるって本当か?」

 

グレイルウォーは、まだ続いている。

情報戦という、こちらに圧倒的不利な局面で。




渡来亜編、終了です。
新たな火種を持ち込みつつも次への準備期間へGOです。


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旅の者

「聖杯のカケラ?そんなの持ってませんね」

 

今はだが。

 

「嘘をつくな!あの人が伝えてくれたんだ、花咲千尋がカケラを持っているってな!」

「...あの人?」

「俺たちに武器をくれた恩人だ」

「...旅の者って奴ですか」

 

だとしたら不味い。旅の者のネットワークは信じがたい事にまだ日本を網羅している。恐らく、沖縄で起きた件を沖縄の自警団から聞いたのだろう。

 

「...ただ、人間への戻り方は興味があります。今が人間じゃないって事を肯定したいって訳でないですが。旅の者にコンタクトを取らせてくれませんか?」

「お前!」

「確かに、あんたには恩がある。皆が落ち着いて暮らせるのはお前の結界のおかげだ。だが」

「じゃあ、その結界が人質という事で。話通してくれないのなら、割りますよ、したくないですけど」

「鬼か⁉︎」

「サマナーなんで」

「...わかったよ、通してやる」

「あざーす」

 

「ねぇ、今しれっとライフライン人質に取ってなかった?」

「サマナーはあんな感じだよ」

 

そんな訳で回復道場内部へと侵入する。反応は好意的なものが半分、ギラついたものが半分くらいだ。やはり、顔を取り戻したいのだろう。気持ちはわかるが、仮面とか傷とかタトゥーとかでキャラ付けできるのでは?と思ってはいる。俺がデオンを常に横に居させる事で俺としているように。

 

「お兄ちゃん...」

「よ、タカヤくん。で、合ってる?」

「うん。合ってるよ」

「良かった、割と怖いんだよなー人違いトラップ」

 

「じゃあ、俺は仲魔の回復を頼んでくる。元気かどうかは微妙だけど、生きててくれて良かったよ」

 

そうしてドミニオンの尊い犠牲ループにより治療費を節約しつつ話を聞く。

 

パソコン通信による、旅の者への交信だ。

 

「なるほど、サマナーネットのミラーサーバを経由して物資や情報のやりとりをしてるのか。ていうかミラーサーバなんてあったのかよ」

「お前、わかるのか?」

「まぁ、それなりには。これでも知識はある方なんで」

 

というか、集合的無意識にミラーサーバがあることに割と驚いている。特定の波長変換機器を通さないとアクセスできないという事は、このサマナーネット機能そのものを機械的に完全に理解しているという事だ。

 

これが、当面の敵か。

 

「はじめまして、サマナーの花咲千尋です。っと」

 

とりあえず無難な挨拶から始める。この旅の者が敵になる可能性が高いとはいえ、まだ敵ではないのだ。なら、友好的に行くべきだ。

 

そうして送信してすぐに言葉が帰ってきた。これは魔術的通信術のアドレスだ。この裏サーバにやって来いとのことだろう。

一応、魂を任意のアドレスに伸ばす術式は知っているし使った経験もある。だが、かなりリスキーな招待状だ。

 

「デオン、俺が乗っ取られてたらぶん殴ってくれ。ここなら治療もすぐできるしな」

「それほど危険な術なのかい?」

「防壁は張るけど、魂を剥き出しにするからな。万が一はある」

 

さて、何が出てくるのやら。

 


 

魔法陣展開代行プログラムを走らせて、俺の魂を指定されたアドレスの集合的無意識の作り出す海の上にあるセーフスペースへと降り立つ。

そこにいたのは、黒い何かが集まって形を作っているかのような人物だ。偽装の術式だろう。

 

「あなたが、旅の者か?」

「そういうお前は花咲千尋。沖縄のヘクトールを倒した現代の英雄殺し...で合ってるか?」

「ああ、俺が花咲千尋だ。英雄殺しはしらんが。だが、お前はどの術者ならすぐにわかるもんじゃないのか?」

「体を見てみろ、ここに来た奴はこうなるんだよ」

「...あー、この黒いのお前の欺瞞じゃないのか」

「そうだ。母体にしてるサーバーの問題だよ。表のサマナーネットが生者の意識を繋いでいるのに対してここは死者の妄念をつなぎ合わせて形作っているのだ。死人に口なし、でなくこの場合は死人に顔を見る目なし、かね?」

「じゃあ、とりあえずこっちは名乗った訳だが、そっちも名前くらいは教えてくれよ。旅の者って言い辛いんだ」

「ならばアケミと呼ぶが良い」

「偽名か?」

「気に入らなかったか?」

「その名前の偉い人が、悪魔召喚プログラムを作り出した英雄なんだよ。だから、偽名にしては大層なもん名乗るなと思っただけだよ」

「それならば安心しろ。私は中島朱実の魂を引き継いでいる。本人という訳さ」

「...もしかして、内田に協力してた中島ってのもあんたか?」

「...そうか、たまきは生きていたか」

「言伝があったら聞くぜ」

「そうだな、それでは甘いものばかり食べていると虫歯になるぞ、とだけ伝えておいてくれ。私達の関係など、その程度だ」

「了解」

 

一度深呼吸、魂の今では意味はないがスイッチを切り替えるのには一番だ。

 

「じゃあ、本題に入ろう。お前は、()()?」

「良い直感をしてるな、花咲千尋。だが、その問いには答えることはできない。それを答えるには、この世界にはまだルールが足りないのだ」

「ルール?」

「ああ、君とは違う私の回答だ。君達がアウタースピリッツと呼ぶ彼らをこの世界に呼び寄せる事で、ある人物の降臨に必要な穴を開けること」

「その人物ってのは、メシア様か何かか?」

「それは話す事はできない。君は既に繋がってしまったからね」

「繋がる、か」

 

思い当たるのは、ターミナルに初めて触れた瞬間のこと。あの時俺は、ナニカから知識を受け取った。

その時に、魂にタグでもつけられてしまったのだろうか。

 

「オーケー、とりあえずそっちも人類の存続を望んでいるって事は大きく敵対するのはなさそうだ」

「私がいつそんな事を言った?」

「内田に知恵を与えたのはあんただろ?なら、そうなんじゃないのか?」

「いいや、違うとも。たまきに協力していたのは、彼女のプランと私のプランが競合しないからだ」

「じゃあ、あんたの目的は?」

「この世界を素晴らしいものにする事だ。私はずっとその為に行動している」

「じゃあ、どうして聖杯の欠片についてのデマを流した?疑心暗鬼しか産まないだろうに」

「そんなもの、私がいずれ奪いに行くからに決まっている。強固な守りを固めるか、分散して隠すかそのどちらかだろう?ならば、そちらの方が早く済む」

「...こっちに欠片を集める理由があるからって、好きに勝手に言いやがる」

「そう言うな、私は君にとって有益な事も行うことができるのだぞ」

「欠片集めを助けてくれるってか?」

()()()()()

 

「私は、君に武器と情報を与える事ができる。武器生産プラントや食物生産プラント、生きているそれらをネットワークで結びつけているのは私なのだからね」

「逆に言えば、それらを繋いで大軍にする事もできると」

「そう言う事だ。が、君達が欠片を遡月に集めてくれるのは私にとってもプラスなのだよ」

 

なんとなく、この人の人となりがわかってきた気がする。

この人は、人を数字で見ている。だからこそ最適に人々という群れを組み立てられ、最適に人々に道筋を与える事ができ、そして目的のためならその全てを一瞬で切り捨てられる。

 

情がない訳ではないのだろうが、それを上回る意思がそこにはあるのだろう。

 

恐ろしい敵だ。

 

「オーケー、そっちの話に乗ってやる。とりあえず各種高位魔法のストーンを5個ずつに神経弾を5.7×28ミリで200発、いつまでかかる?」

「ふむ、それならば少しかかってしまうな。属性ストーンもその種類の弾丸もそう多くは取り扱わせていないからな」

「各地の自警団を強くし過ぎない為にか?」

「そうだ。そして、いずれ来たる脅威に対しての選別でもある」

「その脅威ってのは何だ?」

「あいにくと、話せはしないな」

「まぁ、情報は断片的に拾っていくよ。口に出さなきゃ大丈夫なんだろ?」

「...さてな」

「なんだ、外れたのか。カッコつけて言ったのに」

 

今の間は、肯定の意味だろう。

 

おそらく、口に出す事がその脅威の盗聴の条件。この顔無しの顔が盗聴器となっているのだろう。

 

魂レベルでの広域干渉とすれば、脅威とやらは当然ハイエストクラス。人知を超える大悪魔だ。

 

「...とりあえず、当面は敵じゃないって事はわかった。お互いに今は殺せる距離にいないって事だろうけどさ」

「その通りだ。だが、どうしてそう思った?」

「俺があんたの立場なら、自分のテリトリーに入った奴を自由にはさせたりしない。つまり、ここはあんたの支配領域の中って訳じゃないただの心の海に浮かぶ小島なんだろ。それは、あんたも結構無理してここに介入している事を意味する。単純なロジックだよ」

 

そんな事を言いながら、アナライズ完了の通知音をわざとらしく響かせる。

 

「手癖が悪いな」

「ま、この黒いのが欺瞞を流してるからアナライズに意味はないんだがな。データ破損が多すぎて使いものにならない。棚ぼただと思ったが、そう上手くはいかないもんだな」

「では3日後に遡月の回復道場に来るがいい。その時に言われた装備と、次に行くであろう北海道の情報を纏めておくとしよう」

「なんでわかったってのは無粋か。単純な事だしな」

 

試験運転である沖縄戦が終了したので、反撃の可能性の低い距離的に遠い場所から潰していく、それだけの話である。

 

ちなみに試験運転が沖縄からなのは、その気になれば遡月に帰れるからだったり。海越えたら割とすぐだし。

 

「じゃあ、3日後に」

「ああ、3日後に」

 

どちらともなく接続を切る。魂が体に戻る感覚は割と気持ち悪いのだが、こればっかりは仕方ない、必要経費だ。

 


 

「サマナー、無事かい?」

「とりあえずお前に殴られる事はなくて安心してる」

 

異物感を気合いで誤魔化しながら、再びパソコンの画面を見る。

 

そこには、「花咲千尋は現在欠片を持っていない、こちらのミスだった」と書かれていた。

 

「...それは、すまない事をした。欲に目が眩んで恩人に銃を向けさせてしまうとはな」

「いえ、撃たれてないんでセーフですよ。本物は死ぬ5秒前の相手に魔石をチラつかせて脅してきますから」

 

誰とは言わないが、ウチのカオスの人の実話である。

 

「じゃあ、ドミニオンも回復した所で質問してもいいですか?」

「ああ、なんでも聞いてくれ」

「今、どんなもんですか?」

「...正直厳しいな。物資に余裕は出来てきたが、やはりまだ悪魔の影は重い。極力周囲の悪魔は殺しているが、それでも避難民たちの心は暗いままだ。...自由がないのは、ここまで辛いものだったのだな」

「...すいません、俺にはどうしようもないですね。結界はこの建物って括りで張って始めて有効な効力を発揮させられるものですから、外に広げる事はできません」

「ああ。君は有能だが万能ではない。わかっているつもりだ」

 

「だが、どうせ死ぬなら人として自由に死にたいと思ってしまうのだよ。私たち顔無しは」

 

「...皆さんが人として生きられる未来を、俺は目指しています。まだ遠い話ですけど、今は信じて耐えて欲しいです。必ず、実現させてみせますから」

「...羨ましいな、その強い心は」

「そういうものじゃないですよ、多分」

 

ただ一つ残された使命だからそれに縋っている。きっとその程度の心なのだ。そう、俺は解釈している。

 

「じゃあ、俺たちはこれで」

 

いずれ殺しあうであろう人々でも、今はまだ。

そんな事を、思っていた。

 


 

「にしても、中島が居たとはねぇ」

「ああ、そっちに連絡入ってないのか?」

「入ってないわね。まぁ、私も中島を裏切ったみたいなもんだし当然といえば当然か」

「でも、お前の事心配してたぞ。甘いものばっか食ってると虫歯になるぞって」

「あいつらしいわね。人間として終わってるのにそういう細かいところは人間らしい所」

 

大橋を渡る空の上。時はもう日暮れ、というか日隠れ。黒点により見えない所に太陽が消えてしまっている。結界の作る擬似太陽であるが、黒点はその光を隠している。

黒点のテクスチャとしての優先度が擬似太陽を上回っているからだろうか、なんにせよ冬でもないのに日が短くて嫌になる限りである。

 

「中島さんって、何者なんだ?」

「コンピュータに住んでる幽霊みたいなものって言ってたわ、その割にはたまに実体化してたりしたけど」

「中島朱実は魂を電子の世界に保存してたのか。...電霊化させてか?やっぱとんでもねぇな」

 

流石、フロッピー一枚サイズで悪魔召喚プログラムを作り上げた超天才である。なんでもやってきそうだ。

 

「まぁ、本体は魔界の軽子坂高校にあるはずなんだけどね」

「魔界かー、いざって時の暗殺は難しそうだ」

「やるつもりなのかい、サマナー」

「そりゃ、敵対するって言われたんだから手段を選んでいられるかよ。向こうはマジもんの天才だぞ」

 

正直向こうのネットワークで生かされている人々を見た身としては躊躇う所は無いわけではないが、それは除外して動かなければならない、そんな相手なのだ。中島朱実という伝説は。

 

「そういや、来るべき脅威って奴の事について何か聞いてないか?」

「...話せないわ」

「あー、話す事で存在が確定するタイプ?」

「そういう事。正直どこまでがセーフなのかもわからないから、断片の情報も流せないわ」

「面倒な悪魔もいるものだね。だが、逆に情報を意図的に流して待ち伏せして殺してしまうというのは可能かい?」

「...無理ね。私の持ってる情報は中島のものよりも少ないけれども、それでも不可能だと言えるわ」

「それはどうしてだい?」

「あなた、海を殺せる?」

「そういうスケールの相手かい。この世界は広いね」

 

海を蒸発させるとなると、真里亞が100人居ても足りないだろう。黒点の向こうでも一応海水は存在している(と推測されている)のだから。

 

「中島さんは、来るべき脅威ってのにどう立ち向かうんだろうな」

「何もしないでしょ。世界がアイツの目的ギリギリまで存在していればそれで良い、なんてクソな考えしてんだから」

「目的?」

「恋人ともう一度会いたいんだって」

「...それは」

「無理だって思うでしょ?死人に会うなんてさ」

「...その人が、アウタースピリッツにまでなっていれば可能性はゼロじゃない」

「驚いた、そこまで話したの?」

「いや、向こうの話を聞いてそう思っただけだ」

 

「じゃあ、一応スタンスだけは明確にしておくわ。私、多分スパイとかとして見られるだろうから」

「別にいいよ、お前はお前だって知ってるから」

「どこからそんな信頼が飛んでくるの...って、まぁいいわ」

 

「私は、中島の味方はしないけど積極的敵対もしない。恩人だから」

「言わんでいいってのに、頑固だね」

「いいじゃないか、私はタマキのその心のあり方は好ましいものだと思うよ」

「ありがと、デオン」

 

太陽が隠れる夕暮れ時に、俺と内田はまた一つ仲を深めていった。

 

なんだか、内田に対してはズブズブだ。最低限のラインを感情が超えてしまう。

 

隷属契約のせいだろうか?

 

まぁ、いいか。

 


 

久しぶりの海馬邸、ただでさえ異様なのに荒れまくってる周囲の家々と比較するともはや別次元である。

 

流石築500年の長寿物件だ。

 

「そういや、俺のMAGパターン消されてんのかねー」

 

とりあえずインターホンの右に手を置いてスキャニングをかけてみる。

 

すると、何故か門が開いた。

 

「ありゃ?」

「何驚いてんのよ」

「いや、最悪侵入者扱いされると思ったから」

「あー、顔無しのMAGパターンの関係って奴?」

「そう、だから俺の記録とか意味なくなってる筈なんだよ」

「それは本人に聞いてみるのが一番早いのではないかい?屋敷の屋根の上でスタンバイしているが」

「「あ」」

「そこのナイトよ!我がインパクトを台無しにしてくれおって!」

 

「ねぇ花咲、この人が凄腕のドクターなの?」

「ああ見えて腕も知識も確かだよ。ちょっと奇抜なことが好きなだけだ」

 

「そこぉ!コソコソ話をするな!」

 

というわけで、ふらりと中に入る俺たち。ネタが潰された事で若干ふてくされ気味だが、ドクターに変わりがないようで何よりだ。

 

「お久しぶりです、ドクター」

「うむ、久しぶりだな若きサマナーよ。風の便りで戻ってきたとは聞いていたが、まさか顔無しになっていたとはな」

「んで、こっちは内田たまき。新規の顧客として紹介したいサマナーです」

「はじめまして」

「...フゥム、守護霊(ガーディアン)使いか?刻印で封じているようだが」

「ええ、ちょっと我の強い奴でね。戦う時以外は眠って貰ってるの」

「サマナーとしてのキャパシティも高いな。ハイクラス悪魔かアウタースピリッツを仲魔にしてるな?」

「...そこまで分かるものなの?」

「目が違うのだよ」

 

「一応確認だ、アウタースピリッツのリスクはわかっているな?」

「ええ、キャパシティ以上の“世界の意思”が流れ込むと虚数異界現象、自我の崩壊の順で暴走する。けど安心して、意図的に虚数異界現象を空撃ちさせる事でそのリスクは回避できるわ。その為のプログラムは私のアームターミナルにある」

「マジか、デオンにもしてもらいたいんだがそれ」

「デオンは多分大丈夫よ。嫌な感じしてないし」

「わかるもんか?」

「霊視みたいなもんね。中の淀みが感覚的にわかるのよ」

「なるほど、つまりそのプログラムがあればアウタースピリッツを安全に戦力に出来る訳か。そのプログラム欲しいなガチに」

「...プログラム作った奴曰く、所詮対処療法でしかないらしいの。淀みは吐き出しきれないから、必ずどこかで決壊する」

「それに、どうやら特別性のコンバータが必要なようだ。複製も調べれば不可能ではないだろうが、現実的ではないな」

「甘い話はないという事だね」

「嫌な話だ」

 

その後、内田の合体プランを練りつつ悪魔全書の起動に足りないマッカを貸し出したりしつつもなんとか悪魔合体は終わった。

 

三色向上(カジャ)を持たせたセイレーンが今回の目玉だろう。回復も補助も出来る上に睡眠効果の歌を使えるとか欲張りセットだ。戦うなら真っ先に殺さねば。

 

「それでドクター、俺顔無しなんですけどどうしてスキャンで通ったんですか?」

「さぁな、俺も詳しくはわからん。弄れたサンプルが少ないからな」

「あー、確かにそうですね」

「別に探し回れば1人2人くらいは攫えるでしょ」

「いや、ドクターってサマナーとしての能力クソザコなんだよ」

「フッ、天は二物を与えずという奴だな」

「それに、メシアとガイアもドクターの有用性はわかってるから迂闊に動いて攫われでもしたら大変だ。仲介料が発生しちまう」

「心配するのそこ⁉︎」

 

とりあえずやるべきことは終わった。後は、この周辺の悪魔を殺しつつ帰るとしよう。

 

「じゃ、また来ます。お元気で」

「今度は、サプライズを期待してるわね」

「面白い、ならばその期待の上を行かせてもらおう。心しておくんだな」

 

特筆することはなく、順当に終わった。珍しい事もあるものである。

 


 

「ただまー」

「おかりー」

「...緩いわねぇ、あんたら」

 

既に事務所に戻っていた皆と合流する。

顔色は悪くはないが良くもない。ヤタガラスにも情報が流れていたのだろう。

 

「で、どうなったんですか?」

「ヤタガラスに封印術に長けている人材はもういない。というか、いても全員顔無しだった。つまり、ココで保管するしかないってこと。千尋くん、あの金庫使いたいから一緒に来て」

「あの金庫?」

「本当に大事な物を入れている隠し金庫があるんだよ。私と千尋くんの2人じゃないと開けられないようにしてるの」

「へー」

「じゃあ、私たちはここに残った方が良いわね。隠してるならそれを見る人は少ない方がいい」

「それもそうだね、じゃ皆は適当に休んでて」

「甘いもの食べ過ぎて虫歯になるなよー」

「うっさいわ!」

 

「何、アリス内田ちゃん甘党なの?」

「虫歯の心配されるくらいには甘党らしいです」

 

そんな事を言いつつも所長の私室の中に入る。

相変わらず物取りにでも入られたような光景だが、カモフラージュにはいいだろう。...うん、ポジティブシンキングだ、俺。

 

「じゃあ、千尋くん」

「はい、所長」

 

2人で取り出したMAG認識タイプのカードキーを部屋に隠してある二箇所のポイントに同時にかざす。すると、壁が開き金庫が現れる。

 

そこに、所長しか知らない暗証番号を入れてようやく金庫は開くのだ。

ちなみに、部屋に金庫を埋めたのは俺である。Do it yourself!

 

「オーケー、空いた。欠片を入れるよ」

「はい、確認します」

「...千尋くんを人間に戻すためにこっそり使っちゃうって可能性、誰も考えなかったのかな?」

「その時は、俺と所長で殺し合いが始まっただけですよ。100パー俺が死にますけど」

「この狭い部屋で、デオンくんいないもんね」

「さ、馬鹿なこと言ってないでさっさと閉じちゃいましょう」

「そだね。...ねぇ千尋くん」

「なんですか?」

「私さ、別に世界を救うとか全く興味ないんだ」

 

「私が動いているのは、千尋くんと一緒がいいから。だから、多分聖杯と千尋くんを天秤にかけたら私は千尋くんを選ぶ。それは、忘れないで」

「...はい」

 

そんな言葉を最後に、金庫は閉じられた。

中に、世界を救う欠片を内包しながら。

 

蠱惑的な魔女の横顔、そんなものが所長の見せた顔だった。

 


 

「戻ったよー...って、何この空気」

「ねぇ花咲、あんた知ってて連れてきたの?内田がアリスだって」

「他に手はなかったからな。でも、内田を殺したいってなら俺は止めない。けど、手助けもできない」

「...そう」

 

「じゃあ、内田。1発殴らせなさい。それでとりあえずは矛を収めてあげる」

「ああ、それでいいか?」

「ええ、私があなたを使い捨て同然に扱ったのは確かだもの」

 

そうして、風魔の拳が内田の腹を叩く。

体が浮き上がるほどの一撃だ。ダメージはかなりのものだろう。

 

「...これで満足?」

「いいえ、あと100発は打ち込みたいわ。けど、一応命の恩人でもあるんだからこれで許してあげる」

「...気付いてたの?」

「私の村を滅ぼしたのはあなたじゃない。滅ぼした奴らを殺したのがあんた。それで見つけた唯一の生き残りに、復讐って生きる道を与えようとしたのがあんた。これに気付くのに2年かかったけどね」

 

「でも小太郎の事を許した訳じゃない。だから、私に隙を見せないで」

「わかったわ、薊」

「じゃあ、作戦会議を始めましょう。空気悪くして悪かったわね」

「カラッとしてんな」

「殺して小太郎が帰ってくるならやるけど、そうじゃないもの。小太郎に生かされたこの命、黒点だのにくれてやるものですか」

 

「でも、黙ってた花咲にはムカついたから、後で覚えておきなさいよ」

「やめてくれ、貧弱サマナーの俺は今みたく殴られたら水風船みたく吹き飛ぶ」

「殴りはしないわよ、多分」

 

そうして、次のグレイルウォーへの作戦会議か始まった。

 

とはいえ、ターミナルのクールダウンにかける時間が必要であるためすぐに行動するという事は出来ない。1人を飛ばすならインターバルは少なくてすむが、6人を飛ばした事で負荷は加速度的に倍増して行った。おおよそ2週間。距離の近い沖縄でもこれだけだったのだから、距離の遠い北海道では月単位のクールダウンが必要になるかもしれない。

 

やはり時間は、敵だ。このクールダウンを加速させる術式や機能をどうにかしてつけられないか検討してみる必要もある。

でなければ、2年という短い期間で全ての聖杯の欠片を集めるのは難しいだろう。

 

「ターミナルに繋がるのは、怖いんだがねぇ」

「サマナー?」

「なんでもない、じゃあ次の話だ。こちらのグレイルウォーに対して旅の者と名乗っていた男、中島朱実が情報戦を仕掛けてきてる。欠片で人間に戻れるとかの邪魔な情報を流してきたのは、こちらの欠片を分散させる事が狙いだ...って本人は言ってた」

「会ったのなら殺しといてよ千尋くん」

「ですね、間違いなく中島とやらは敵です。殺して損になる事はないでしょう」

「ミズキさん所長に汚染されてません?」

「...ハッ⁉︎」

「いーじゃん、ミズキ。カオスサイドに堕ちるのだー」

「...いえ、私は護国の徒!邪心に堕ちるものですか!」

 

「これは、即落ち2コマという奴かい?」

「お前どっからそんな知識得たよデオン。俺も思ったけど」

 

「まぁ、そんなわけでそいつから3日後に情報と物資をもらう事になってます。罠の可能性はあるので、事務所の警備は厳重に」

 

そうして、その日は終わりを告げた。深夜警備のローテーションをジャンケンで決め、そして案の定負けた俺が自室でストーンを作るようにプログラムしてから事務所の屋上に行く。

 

警戒術式の動作確認の為だが、そこには先客がいた。

 

「あ、千尋さん。どうしたんですか?」

「お前こそどうしたんだよ縁」

「私は...ちょっと考えてました。旅の者、中島朱実は目的はどうあれ、この終わった世界で人を、物凄い数の人を救って生かしています。ただ邪魔だからって殺していい敵なのかどうかって」

「縁...お前、2年も所長と一緒にいたのによくそんなお利口さんな考えが残ってたな」

「そこですか⁉︎」

「半分くらい冗談だよ。でも、お前はそれでいいんだと思うぞ」

 

「悩んで迷って、苦しんでそれでも考え抜いた先にしか自分の答えは存在しない。そんなもんだよ」

「千尋さん...」

「ま、先輩風を吹かさせて欲しいから相談はいつでも受け付けるけどな」

「...いいえ、それはもうできそうにないですね」

「そりゃまたどうして?」

「もう、日付が変わりました。私、今日が誕生日なんです」

 

「私、17歳になりました。千尋さんと同い年です。だから、同僚って事になります。先輩だからって千尋さんになんでも背負わせてしまう私は、卒業です」

「これでも、結構頼ってるんだがなぁ」

「今まで以上に、頼って下さい!」

 

「私、千尋さんと一緒に、この世界を救いたいです」

 

その顔は、迷いはあれどそれを上回る決意を持った、美しい聖女の笑みだった。




今回は、カオスヒロインとロウヒロインの攻勢でした。

尚、中島は欠片を持っている事は否定しても欠片を使えば人に戻れるという事は決して否定しないクソ野郎ですが、コイツが居ないとガチに人類は滅んでました。自警団の人々に信じられているのはその為です。


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ガイアのヨスガ

短くなりました
遅くなりました
申し訳ありません。

それもこれも、NAROUファンタジーってゲームが悪いのです。面白すぎて執筆時間盗まれました。

猫耳猫の作者さんのラストルーキー更新してないかなーと見たところで、活動報告を読んだのがケチのつき始め。まずみつみつけ というゲームをちょっとやってみて熱中して全エンドコンプしてから、この作者さんゲームも凄いのでは?と思ってやってみたのがアウトでした。

気付けば、あとエンディングは1つ残すのみ。終わらせたいようなそうでないような思いの中でひたすらにドラゴンの巣をループするのでした。


「さて、花咲千尋。物資は無事届いたかね?」

「ええ、正直メギドラストーンまで届くとは思ってませんでしたよ。ありがとうございます。中島さん」

「構わない、どうせ余剰在庫だ」

「引く手数多だと思うんですけどねー」

「メギドラストーンを集めた奴は素で高位万能属性魔法(メギドラ)を撃ちまくるタイプの奴でな」

「会いたくない奴筆頭じゃないですか」

 

メギドラとか一流の術者が使えば小型核爆弾と同等の破壊規模を繰り出せる程の恐ろしい魔法なのだぞ。それを撃ちまくるってどんな危険人物だ。

 

「ちなみにそいつは北海道にいる。おそらく会うだろうな」

「嫌な情報ありがとうございます。敵対しない事を祈りますよ」

 

お互い黒いモヤで顔は見えないが、中島さんがものすごく良い笑顔をしている事は想像に難くない。

 

「それで、北海道はどうなってるんですか?結界の具合から、悪魔が制圧した!って訳じゃないのはわかってるんですが」

「ああ。だが当然平穏無事というわけではない。機を掴んだのはガイアだ。ヨスガという女が主導して支配圏を広げている。札幌近辺は制圧、改造されガイア教の都市国家となっているな。人類の支配圏となっている稀有な例だ」

「へぇ、そいつは良いな。思想がどうあれ人が生き残ってるのはありがたい。交渉で終わるかもしれないんだからな」

「...まぁ、想像は自由だ。それが現実になるかは別にしてな」

 

街を形成しているのだ、カオスの権化たるガイア教とて多少の秩序はあるだろう。具体的には強い奴は偉いとか。

 

「ま、ガイアにはツテがあります。ちょっとそのヨスガって人について聞きにいって来ますよ。幸い、まだ動けませんから」

「...ああ、それと1つアドバイスだ。ターミナルの稼働の際に1人ずつ飛ばすのはやめておいた方がいい。タスクの残留現象により6人飛ばすのには合計で倍以上の時間がかかる」

「...やけにサービスが良いですね」

「それだけ期待しているのだよ。君たちが聖杯を完成させる事を」

「横から掻っ攫うつもり満々の癖に良く言いますよ」

「それはそれだ」

 

なんだか、鏡と会話している気分になる。思考のパターンが似ているのだろう。

 

実際、芯にあるものの違いこそあれど目的を達成するためのプロセスに酷く似通ったものを感じてしまう。

 

これが、一歩踏み外した後か。

 

だが、だからこそ1つ宣言しておかなくてはならない事がある。

 

「俺は、手段は選べるなら選びますよ」

「...その結果が、良きものになる事は無いだろうな。少なくともガイアの街においては」

「街の全容を知ってるんですか?」

「いいや、断片的な情報だけだ。だが、それを繋ぎ合わせれば確かな絵になる。あの街は、1つの地獄だよ」

 

地獄、か...

 

だが、人の世が廃れ悪魔が溢れ出すこの世界こそ、地獄のようなものではないのかと少しだけ思った。

 

そうしてどちらが言うでもなく、自然と接続を切る。

 

中島朱実との2度目の邂逅は、そんな言葉を最後に終わった。

 


 

遡月のガイア教団の根城は、由緒正しき寺社仏閣...というわけではない。

霊脈の流れの良い場所に建てられた近代的な円筒形のビルディングが、その本拠地だ。

 

ゴトウビルと、人々はそこを呼ぶ。

 

「...アポ無しで訪問するのにはちょっと危ないよなー」

「確かに。軽く中を見たが、いずれもかなりの実力者だ。これならカナタを連れてきても良かったかもしれないね」

「いや、あの人がいると死人ばっかり出て話が進まない。それに、欠片の警護もあるんだから事務所から戦力は動かせない...んだが、誰が話通るのか分からねえってのはやっぱ辛いな。シュウでも居てくれれば話は早かったのに」

「連絡がつかないのが辛いね。...そうだ、ここは古典的に手紙でも出してみてはどうだい?」

「良いなそれ。じゃあ、ぽいっと」

 

ストレージからインク瓶と紙を取り出し、魔法陣展開代行プログラムを用いて必要な分のインクを紙に印字する。

 

プリンターが壊れた時に作った事務系魔法陣である。

 

「よし、書けた。じゃ、行くか」

 

ビルの戸を開ける。すると唐突に飛んでくる火炎魔法。デオンが咄嗟に手を引いてくれたおかげで髪の毛が焦げる程度で済んだが、ちょっとした命の危機である。さすがカオスの巣窟だ。

 

「敵じゃないですので、とりあえず2発目はやめてくれませんかね」

「阿呆か、敵って言う敵がどこにいるんだよ」

「それもそうだ。デオン、峰打ちで頼みたいが、無理そうなら腕の2、3本ぶった切っていいぞ」

「それは恨まれやしないかい?」

「まぁ、そのくらいなら治せるし」

「言ったな顔無し!炎の乱舞!」

「お前も顔無しだろうが!」

 

踊るように放たれる5つの炎の弾をデオンもまた踊るように斬りさばく。

 

そして、すかさずに銃撃を撃ち込む。力場の通りは不可もなく。普通程度だ。そして、弾丸が突き刺さったという事は、当然神経弾の毒が回るという事である。

 

「チッ、毒かよ」

「そういう事、というわけで寝てろ」

「だったらダブルだ!ペルソナ、バロール!」

 

高位火炎魔法(アギラオ)、ダブルファイア!」

「異能とペルソナの同時使用ッ⁉︎」

 

ひたすらのサマナー狙い。前衛であるデオンを封じつつ致命打を狙おうとするその戦術は、間違ってはいない。

 

俺に、まだ仲魔がいなければの話だが。

 

「サモン、バルドル」

「...もう盾として出されんの慣れてきたわ」

 

俺はバルドルの身体に隠れて火炎魔法を躱し、その隙にデオンは信じて刃を突き立てる。

 

「動かない方がいい。今喉を搔き切るのは容易いからね」

「てな訳で、俺の勝ちな。どうして俺を襲ってきた?」

「...こっちを偵察してくる顔無しのサマナーとか、殺した方が後腐れないだろ」

「まぁ、正論だな。だが、敵って訳じゃないんだよ俺は。俺は花咲千尋。ちょっと人を訪ねにここに来た」

「花咲千尋...千尋ッ⁉︎おまえ顔無しになってたのかよ!どーりで見つからねぇと思ったわ!」

「その口ぶり...まさか⁉︎」

「俺はシュウだよ。なんの因果か顔無しになっちまったけどな」

 

ちょっとどころでない驚きである。シュウが種無しであるかは聞いていなかったが、まぁ顔がなくなっているというのはそういう事なのだろう。

 

「てか、なんでペルソナと異能のダブルとかできるようになってるんだし」

「単純だよ」

 

()()()使()()()()()()()()()()()()()()。顔無しって悪い事だけじゃないんだぜ」

 

...成る程、顔無しは認識で自分を作り変えられる。それを応用して自分の中に異能を使える機関が存在できるようにしたのだろう。自我境界の崩壊を招きそうな博打だが、成功のリターンは大きい。

後で自分も試してみよう。

 

「なんともまぁ、綱渡りをしたもんだな」

「おうよ、じゃねぇと勝てなくなってきたからな」

 

「とりあえず剣を下ろしていいぞ、デオン」

「あー、よく見りゃこっちはあの時見た美人さんか。久しぶりだな」

「ああ、だが1つだけ確認させてほしい。君と私たちが共に立ち向かった彼の名を、君は言えるかい?」

「ああ、当たり前だ」

 

「青タイツのクー・フーリン。まぁ、悪魔じゃなかったらしいけれどな」

 

その言葉に、バルドルに準備させていた抜き打ちで撃てるようにしていたメギドを下ろさせる。

どうやら、本当にシュウのようだ。

 

「お前、ホント油断ならねぇよな」

「お前もだろ。多分掻っ切られてもそのまま反撃に出る手段はあったんだろ?じゃなきゃあんな落ち着いてはいられない」

 

「ま、また会えて嬉しいけどな。シュウ」

「俺もだよ、千尋」

 

顔が無くなった俺たちは、それでも友情をもって手を結ぶことができた。

 

それは、ちょっとした奇跡なのだと思う。こんな世界では特に。

 


 

「ふむ、久しぶりだな花咲千尋」

「いや、大将が軽々と外出歩くなよ。ありがたいけどさ」

「なんの事だ?私はマスクドガイア。後藤大地とは無関係だ」

 

シュウはガイアでかなりの実力者となっていた為、上に話が通るのはかなり簡単だった。というか、話が通り過ぎた。

 

まさか一足飛びで大将にまで届くとは思わなかったので、びっくりである。

 

まぁ、本人は鬼を模した仮面を被った事で変装しているつもりのようなのだが。

 

ネタか本気か、判断に迷うボケである。

 

「じゃあ、ガイアさん。ちょっと訪ねたい事があったんですよ」

「ふむ、私で答えられる事ならば答えよう。君のことは気にいっているからな。それに浅田彼方の下にいるという事で、カオスの思想が染み込んでいるのだからな」

「ガイアのトップから見てもそうなんですか所長」

「ああ、元メシアという経歴が無ければ、一部隊任せていた所だ」

「過分な評価をありがとうございます」

 

後藤大地とは無関係じゃなかったのかこのマスクドガイア。

 

「にしても、こんなカフェがまだ残ってたんですね」

 

現在自分達がいるのは、ゴトウビルから徒歩3分のところにある地下のカフェバー。ダンディな雰囲気のマスターがいる、しっとり雰囲気の良い店である。

ガイア教団幹部御用達のカフェがあるとは話に聞いていたが、まさか実在していたとは。

 

「ああ、資材を投じて再建させた。いい仕事だろう?」

「ええ。まぁコーヒー豆をどこから調達してるのかとか気にはなりますけどね」

「それは企業秘密という奴だ」

 

コーヒーを一口飲む。豆の種類など分からないが、苦味は少なく風味があり、飲みやすい。きっと良い豆なのだろう。

 

「じゃあ、本題に入りましょう。あんまデオン達を外に待たせるのもアレですし」

「随分と仲魔思いなのだな」

「まぁ、反逆されるのも馬鹿らしいですし」

「そういう事ではない。デオンは彼らなのだろう?少ないが遡月にも現れ、仲魔になったケースもある。だが、彼らは例外なく暴走していった、知らぬとは言うまい」

「俺とデオンとの契約は、あいつが道を違えそうになった時にきちんと殺してやる事です。だから、心配してるようなことにはしませんよ」

 

「そして、そんな事になる前になんとかします。俺が」

「なら良い。無用な心配だったな」

 

口の部分の仮面がスライドして、コーヒーを飲む後藤さん。マジかその浪漫ギミック。俺も作ってみようか。

 

「北海道にいるというガイア教徒、ヨスガという女について話が聞きたいんです」

「ふむ、何故かは聞いても?」

「...できるなら言いたくはないです」

「ならば聞くまい。だが話そう」

「...良いんですか?」

「私は、あの女が嫌いだからな」

 

そして、俺は聞いた。ヨスガという女が辿った数奇な運命を。

 


 

ヨスガとは、実の所親に付けられた名前というわけではないらしい。

というのも、彼女は生まれてすぐに、悪魔の襲撃で両親を失った悲劇の子だったからだ。

 

少なくとも、始めはそう思われてきた。

 

それから、孤児院に入り、その潜在能力を見抜かれてガイア教団にスカウトされた。それが、4歳の頃。

 

その時点で、ネットを通じて難解な数学やプログラミング、帝王学までを修め始める天才だった。

 

その潜在能力の高さと聡明さから、後藤さんの側室にどうかという話すら浮かんでいたらしい。後藤さんは一目で合わないと分かり断ったそうだが。

 

そうして遡月のガイア教団で力を蓄え、満を持して帝都のガイア教へ赴き、事件を起こした。

 

ガイア教徒300人を生贄にしての大儀式、自分より弱い者も、自分より強い者も全て騙して贄としたその儀式は成功を収めて彼女は超強力な悪魔の力をその身に宿した。

 

そして、その責任を問われて彼女は北海道のガイア教団に移動させらた。それは仕方のない事だと本人も分かっていたのか、あるいはその力の矛先を求めていたのか、当時メシア教団の影響下にあった北海道へと赴き

 

たった2年で、その勢力図をガイア教団のものに塗り替えた。

 

それから北海道のガイアのトップとなり、おそらく今でもその力を振るい続けているのだろうと思われている。

 

それが、ヨスガという女性の話だった。

 


 

「...なるほど、分かりました」

「ほう、そこまで言及はしていないのだがな」

「両親を襲った悪魔からヨスガって人が生き延びられたのは運だとかそんなものじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ヨスガは、何者かの転生者。それも幼児期から力や知識を獲得している。だからこそ大儀式によって悪魔の力を手に入れるまでの最短ルートを取る事ができた」

「その通りだ。だから、私は奴が好かんのだ。ガイアのカオスは弱肉強食。しかし、それは人類をより高める為のものでなくてはならない。どんな手段をも使ってより強くなるのは悪しき事ではない。しかし、そのために他の可能性を摘み取ってしまう事のどこに自由があるのだろうか」

「...自由」

「そうだ、ガイアの歴史はもはや根源を知ることは出来ない。だが、それが立ち上がったのはメシアからの圧政に対しての反逆だと私は思っている。だから、多くの者が自分の宗教の自由を元に立ち上がり集まったのがガイア教団だ」

 

「だから、我らカオスの徒は自由を重んじるのだよ」

 

「けどそれって、ヨスガの行為も認めていませんか?」

「言っているだろう?好かんと。否定はしてはいない。ただ好かんだけだ」

 

だからそんな貴重な情報を惜しげも無く投げ捨てるのだろう。まぁ、俺の事を信じてくれていると思えばそれもプラスなのだが。

 

「それで、奴が宿した悪魔というのは?」

「さぁな、特に拷問をした訳ではないので詳しくは知らん。慎重な奴なので特にデータがある訳でもないだろう。むしろ、メシアの方が詳しいデータがあるやも知れんな」

「...メシアですか、行きなくないんですよねー」

「それが正解だ。あそこはテンプルナイトどもがクーデターを起こして占拠している。ガイアに近いお前が行けば、その命を落として終わりだろう」

「ロウのメシアで、クーデター?」

「ああ。信じられんが、奴なりの正義があったのだろうよ。全く、そんな思想があるのなら、ガイアに来れば良いものを」

 

そんな貴重な情報を貰えて、しかも美味いコーヒーを奢ってもらった。今日はちょっと良い日なのかも知れない。

 


 

「それでサマナー、どうして坂の上に向かっているんだい?」

「いや、テンプルナイトの占拠した教会ってどんなもんかと興味本位。あそこなら、東区の街を一望できるからな」

 

そうして見た光景は、まぁ予想通りの光景だった。

 

顔無しで、頼れる者が他に居ない様に見える避難民たちがひたすらに祈りを捧げ、それをMAGに変換して戦いの武器にしている。

 

教会の中に入りきらなかった避難民達は、仮設住宅を作って敷地内になんとか住み込んでいるようだ。

 

あれだけの避難民を抱えていては、攻勢に出るのは難しいだろう。テンプルナイトは強力な戦力だが、数は多くないのだから。

 

「とりあえず、遡月は安定してるな。薄氷の上な気がしているけれども」

「そうだね。だが、この世界では誰もが心の安定を望んでいる。そんな力が公になれば、荒れるよ。間違いなく」

「やっぱ、鍵は聖杯の欠片か」

 

これが公になるのは、そう遠くのことではないだろう。探索に行くメンバーと残すメンバー、戦力のバランスを考えなくてはならないだろう。

 

「次のグレイルウォーは、荒れるかね」

「荒れないとは思えない。サマナーだってそう思っているのだろう?」

「ま、そうだけどさ」

 

もうすぐ日が暮れる。事務所に戻るとしよう。

 


 

「本当に私が行かなくてよろしいのですか?」

「ああ、真里亞には遡月で欠片を守っていて欲しい。...というよりも、ガイアの占拠してるだろう街では錦の御旗は通用しないだろうから、地盤固めの方に力を注いで欲しいんだ」

「...分かりました。では、必ず約束してください」

 

「帰って、来てくださいね。友人がいなくなってしまうのは、嫌です」

「任せろ。必ず、聖杯を盗ってくる」

 

そうして、俺、デオン、所長、縁、内田、志貴くんの6人でターミナルを起動する。

 

向かう先は、北海道。かつて札幌のあった街だ。

 

そうしてターミナルの転移現象に身を任せ

 

気付いた時には数人の研究員らしき人物たちに囲まれていた。

 

「作戦通りに!最悪殺してでも抜けるぞ!」

 

その言葉に、反応する皆。ターミナルでも待ち伏せは想定していた。そして、相手がこれから敵対するであろうガイアの連中だとわかっているのが大きい。

 

そうして、5分と待たずに旧ヤタガラス札幌支部から抜ける事となった。

 


 

見えた世界は、様変わりしていた。

 

整然とした街並みには、どこか清潔感がある。

街を歩くのは、人と悪魔が半分くらい。だが、歩いている人はどこか下卑たる笑みを浮かべているように見えた。

 

そして、問題なのは歩いていない人。力のない人。

 

ある人は、首輪をつけられて犬のように振る舞うことを強いられていた。

ある人は、鎖で体を縛られて、バイクで引きずられていた。

ある女性は、路上で体を汚され傷つけられ、力のない目で空を見ながら横たわっていた。

 

弱肉強食、カオスの負の面、言葉にするのにはいくつもあるだろう。

 

だが、少なくとも俺の目にはここがある種の地獄にしか見えなかった。

 

ガイアの街での戦い、グレイルウォー第2戦目が始まった。




次回からグレイルウォー第2戦、ガイアの街編です。
街の性質上R-18ギリギリを攻めていくことになりますが、アウトになったらどうしましょうかちょっとビビっています。


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ガイアの街の流儀

またしても時間守れなかったマンです。
いや、何が悪いといえばイベントを適役無しゴリ押しプレイやってた自分が悪いのですけどねー。意外と楽しいのです、アレ。


「サマナー、行かせてくれ」

「...今は駄目だ。敵の戦力が分からん」

 

あまりにも、あまりにもな光景に力が篭るデオンの声。だが、おかげで隣にいた自分は冷静さを保つ事ができた。

 

「別れて探索しましょう。この街の様子なら、レジスタンスでもいるでしょうから」

「それ、多分希望的観測だよ」

 

俺の言葉を、所長が遮る。

 

「街が綺麗すぎる。それってつまりゲリラ戦の痕跡もないって事だよ。完全に、この街は支配されていると見た方がいい」

「それじゃあ、救いは無いんですか!」

「...とりあえず、欠片の奉納場所に行きましょう。私達の目的は世直しじゃないんだから」

 

「それに見て、這いつくばってる人達を。彼らもそれを当然だと受け入れてしまってる。これじゃあ、反逆の種火が出てこれない」

 

「...内田、所長、ありがとう。...当面は一団となって動きましょう。まずは、自分達の安全を優先しないと」

 

そうして、真里亞から教えられた欠片のある場所へ赴くと

 

そこには寺社仏閣などはなく、クレーターのようなものがあるだけだった。

 

「できてそこそこの時間は経ってるな。残留MAGの濃さから言って奪ったのはおそらくこの土地の人間。まぁ、ガイアでしょうね」

「英霊だと魔力の方が濃く出るからね。これは何かに使われてると見たほうが良いかも」

「めんどくさい話ですね...とりあえず欠片の行方を探すのが先決です。所長、ここのガイアで成り上がるのをお願いできますか?」

「いいよー。この腐った空気を作ってる連中も殺せて一石二鳥だし」

「じゃあ、俺とデオンは所長のサポート。内田、縁、志貴くんはガイアの外から情報を集めてくれ。んで、可能ならアウタースピリッツを捜索してくれるとありがたい」

「いると思うの?」

「まぁ、勘だけどな。渡来亜にもいたって事は聖杯の欠片がそういうのを引き寄せる性質を持っていてもおかしくはない」

「わかったわ。こっちは任せて」

「そういうわけだから、縁は内田のサポートを頼む」

 

「...私も、千尋さんと一緒に行っちゃ駄目ですか?」

 

その言葉に、少し驚く。その言葉に込められた感情の色が、怒りや義憤ではなく、悲しみだったからか。

 

だが、それでは駄目なのだ。

 

「ガイアに付いてないアウタースピリッツに良い印象を持たれるとしたら、それは縁だと思ってる。お前のその感性はこの街では辛いだろうけど、それを十分に活かせるとしたらそれは俺たちの側じゃない。役割分担だよ」

「...はい、わかりました」

「ま、俺たちがヤバそうなら助けてくれよ。レジスタンスとか作ってさ」

「...はい!頑張ります!」

「じゃあよろしく。それじゃあ連絡は石を使って定期的に。全員、ちゃんと持ってるよな?」

 

頷く皆、さて、行動を開始しよう。

 


 

「ちわーす、ガイア教に入りたいんですけど」

「あ?何だお前ら、見ねえ顔だな」

「流れ者ですよ。ただ、路銀が尽きたもんで、しばらくどっかに腰を据えようと思ってやってきました」

「...へぇ、ガイアに入りたいって事の意味、わかってんだろうな?」

 

そう、戦意を剥き出しにした顔に十字傷を付けている男。ガイアの門番をやっているのだから、相当の実力者の筈だ。

 

だが、力で押し通せる所なら負ける事はない強者が今俺の後ろにいる。

 

「あー、なんていうか、俺は彼方さんの所有物なので試すなら彼女にどうぞ」

「へえ、こっちの美人さんがねぇ...じゃあ、死合うか」

「話が早いのは好きだよ。それじゃあ、ね!」

 

抜き打ち一閃。唐突に放たれる所長の斬撃が男を襲い、それを男はすんでのところで回避する。

 

そして、互いに良い笑顔になっている。これがカオスか。

 

「じゃあ、試験のルールだ。5分生き残ってりゃ合格だ、手段は問わない」

「5分以内にあなたを殺しても?」

「それでも合格だよ。というわけで、名乗りな」

「浅田彼方、悪魔討伐者(デビルバスター)よ」

「志島兼続、同じくバスターだ」

 

志島さんは腰に帯びていた業物と思われる日本刀を抜き正眼に構え、それに対して所長はクレイモアを脇構えに構え直す。

 

「「死ね」」

 

そして、混じりっけなしの殺意を込めての死合いが始まる。クレイモアの斬撃の重さで防御を崩そうとする所長と、重さを華麗に受け流す志島さん。

リーチの長さはクレイモアが優っているが、それは逆に言えば刀の速さは志島さんの方が優っているという事。

 

そして、志島さんは所長同様に異能を温存している。

これが、ガイアの門番の力量か。

 

「全力で来ないとか、舐めてんのか?」

「そっちこそ、死んでからじゃ遅いんだよ?」

 

最初の一合以降防戦を強いられていた所長は疾風魔法(ガル)を使い一旦距離を取り直す。

それに対して志島さんは電撃魔法(ジオ)を放つ事で相殺した。お互い、小技もある。

 

この人、予想以上に強いかもしれない。

 

「力を隠して殺されたーとかは笑えないから、全開で行くよ」

「上等、かかって来いや!」

 

疾風剣舞(エアリアルブレイドダンス)

「電磁剣戟!」

 

かたや、クレイモアにさまざまな方向の風を纏わせる事での自由な剣舞。

かたや、日本刀にさまざまな方向の磁力を加える事での異常な剣戟。

 

どちらも、変幻自在だ。

 

高速の斬撃から始まり、それを鋭角に切り返し続ける奇怪な剣。正直、どちらも人間の動きを超えている。関節の可動域的な意味でも、速度的な意味でもだ。

 

「デオン、殺れるか?」

「やれなくはない。が、その後の事を考えると手を出し辛いね。私たちの実力は低く見られた方が良いのだろう?」

「まぁ、そうなんだが...」

 

人外の剣戟が繰り広げられているその中、正直横槍を入れてさっさと先に行きたいと思う次第だが

 

所長のペースの上げ具合から、その必要はなさそうだ。

 

徐々に差が広がっていく変幻自在の2つの剣。その原因は単純明快。身体のスペック差だ。

 

所長は、悪魔を殺し、悪魔を喰らいその力を身体に宿している。それは、あの志島という男にはないものであり

 

刀のスピードを追い越すほどの剣速を、クレイモアに与えるものだった。

 

()った!」

「あいにくと、まだ終わらねぇよ!」

 

瞬間、何が起きたのか理解できなかった。

 

だが、結果だけはわかる。

 

志島さんは一瞬のうちにクレイモアの確殺圏内から離脱し、門の前で構えを取っていた。

 

刀を鞘に収めてのその構え。抜刀術の構えを。

 

「...そこまで手を抜かれてたんだ私」

「いや、流石に試しでコレを使う気はなかっただけだよ」

 

「コイツを使って、生き残るのはどちらか1人だけだ。そんなん試験で使うもんじゃねぇだろ」

 

「殺すにしろ殺されるにしろ、一瞬でケリはつくんだからな」

 

絶殺の構え。その刀の制空権内に入れば、命はない。そんな気配を漂わせていた。

 

これが、志島さんの本当のスタイルのようだ。

 

だが、外野から見ている自分にはわかった。わかってしまった。

 

「彼方さん、それ近づかなければ大丈夫な奴です」

「鬼か手前!必殺の構えだぞ!乗って来いや!」

「いやー、ウチの千尋くんって考え方が凄いんだよねぇ。...うん、フラットに戻れた。というわけで、遠距離から終わらせよう。高位疾風魔法(ガルーラ)、乱射!」

「畜生、コイツ万能タイプかよ!高位広域電撃魔法(マハジオンガ)!」

 

鋭く志島さんの身体を裂きにいく疾風の刃を広域に張り巡らせた電撃のフィールドで相殺していく。

 

だが、それは自分にはその疾風魔法に対して同量のMAGで対処できないという事の裏返し。

 

そうして、所長優勢のままでいる時にピピピと電子音が鳴り響いた。志島さんの設定していた5分間のアラームだ。

 

その音に舌打ちをして、所長は魔法を撃つのをやめた。一応ルールは守るらしい。

 

「あっぶねー、給料日前だったら死んでたな」という声が聞こえた。

 

この街MAG給料で貰えるのか。ちょっと前なら飛びつきそうな話題だ。美遊ちゃんのいる今では何も惹かれるものはないのだが

 

「よし、合格だよあんたら。この割符を持って行きな。それがここいらでのガイア教団員の証だ」

「...1つね、聞いていた通りだよ」

「そ、所有物は所有物としてちゃんと管理しとけって事よ。顔なしなら、なおの事な」

 

これは、事前にガイア教団近くにいた下っ端にインタビュー(物理)をして聞いていた事と一致する。ガイア教団員となったものにはさまざまな優待権利があるのだとか。所有物として人を連れて行けるのもその1つなのだとか。

 

そのおかげで、俺は慣れない首輪をつけるハメになっているのは気にしないでおく。やっぱ顔なしには人権ないなー。

 

「じゃあ、中勝手に入って良いぜ。重要施設には当然警備はいるが、倒すか殺すかすればその地位や奥への侵入権利を得られる。ま、中の狂信者どもは俺とは違って本気で殺しにくるからやるなら事前準備は必要だがな」

「...ガイアの思想に狂信できるとか、前の世界では息苦しかったでしょうね」

「その辺は人それぞれだな。じゃあ、また会える事を期待するぜ」

「今度は、ルール無しで殺り合おうねー」

「やってたまるか。俺は自分の命が大事なんだよ」

 

「ちぇー」と口にしながら門の奥に入る。

 

ここからは、ガイアの街の中心部。他者を殺し、犯し、喰らう悪鬼のみが存在を許されている蠱毒の都市。

 

ここからが、本番だ。

 


 

門を開けてやってきたのは、まず奇襲。相手に対処させる余裕を持たせない高位万能属性魔法(メギドラ)の一撃だった。

正直何かやってくるとは思っていたがここまでとは思わなかった俺は一瞬固まり、情けなくもデオンに担がれてメギドラの有効範囲から逃れる事に成功した。

 

「キミ、持ち物にしておくには惜しいね。私のペットにならない?待遇は良くするよ?」

「ちょっと、ウチの子をいきなり勧誘しないで欲しいんだけど。やるなら私を殺してからにしてよ」

「ハハハ!カオスだねぇ!好きだよ貴女も!じゃあ、殺し合おうか!」

「お前、門の前での奇襲はやめろって言ってんだろ!殺すぞマジで!」

「別に良いじゃん、この程度で死ぬ奴はその程度だよ?」

「お前のメギドラで門が壊れるんだよ!せめて属性魔法にしろ!コーティングしてあっから!」

 

志島さんとのあまりにも早すぎる再開である。まぁ、門番さんだものね。

 

「じゃあ、兼続くん先に殺しちゃうよ?」

「やってみろ火力馬鹿」

 

「あのー、三つ巴になってる感じで悪いんですが、通って良いですか?拠点になる部屋を確保したいんで」

「空気詠み人知らずだなお前!...所有者が所有者だと所有物も所有物なのかね?」

「知りませんよそんな事、通りますねー」

「おう、死なないようになー」

 

急遽やってきたメギドラお姉さんは放置して先に行く。

ガイア教団員となったのなら、きちんと整理された施設を扱う事が出来るらしいのだ。

 

この異変が起こってから新たにゼロから作り出したハイテク都市の設備となれば、学べるものも多いだろう。具体的には電気工事関係の技術とか。

ウチのエレベーターまだ直っていないのだ。

 

「んで、なんで付いてきてるんですか?メギドラお姉さん」

「キミが面白そうだから」

「確かに、千尋くんなんか面白いんだよねー。上手く言葉にはできないけれど」

「後は、多分だけどキミが旅のとの取引相手でしょ?だから気になってねー」

「...花咲千尋です。お察しの通り奴とは戦争の約束をした仲です」

「へー、その時は呼んでよ。面白そうな方に加勢するから。あ、私はメギドラで通ってるよー」

「まさかの名前ですね。良いんですか?顔無しとはいえ名前くらいあっても問題はないでしょうに」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。顔無しも大変だよ」

 

名前を捨てる事で自己認識を曖昧にしているのか、なんともロックな生き方をしている人である。

 

「つまり、私のアイデンティティはぶっ放すメギドラの中にあるのよ、姿形や性別なんてかんけいないのだー」

「まさにカオスな生き方ですね、憧れます」

「千尋くん、そっちにばっか絡んでると拗ねるよー、私」

 

最初はどんな化け物かと訝しんだが、意外と話せるお姉さん(仮)である。何が彼女をメギドラに命を賭けさせるのかは知らないが、多分常人には理解できない理由だろう。

 

「じゃ、私はこの辺で。そこ右に曲がれば寄宿舎エリアだから、寝床には困らないと思うよ」

「ありがとうございました、メギドラお姉さん」

「またねー、花咲少年。それと、守るって気持ちだけだと一手遅れるから気をつけてね、騎士っ娘さん」

 

ふらりと現れてふわりと消えていく、なんとも面白い人だ。

 

「じゃ、今日はもう休もうか。縁ちゃん達の状況とかも知りたいし」

「ですね」

 

そう言って、管理人をしているミシャクジ様に割符を見せる。この街悪魔でも自由に職に就けて

 

「ふぅむ、新顔にしては空気が違うの。どこから来おった?」

「その質問、必要?」

「ではないな、興味本位じゃ」

「ま、色々あるのよ私達は。部屋はどこを使えるの?」

「好きな所を使えば良い。先客がいても殺して構わんぞ。できるものならな...と言うのがマニュアルなのじゃが、お主らならできそうじゃし、どうしようかのぉ」

「ま、空いてる所を探すわよ。揉め事は嫌いじゃないけど、雑魚相手に粋がるのは趣味じゃないからね」

 

そうして、10分ほどかけて探し出したのがこの部屋。406号室。

部屋の中に血の匂いはそんなにしなかったので、しばらくは死人の出ていない部屋なのだろう、いい部屋を引けた。

 

「にしても、ベッド1つかー。デオンくんどうする?」

「私は寝ずに番をしていよう。幸い悪魔の身だ、多少の無理は効く」

「じゃ、俺は寝袋ですかね」

 

そんな俺を見て、ニヤリと笑う魔女が1人。何を考えているのか想像はつくのが嫌だ。

 

「...一緒のベッドで寝る?」

「嫌です」

「即答⁉︎」

「だって所長寝癖悪いじゃないですか。殺人的に」

 

以前、強固なパスを結ぶ際に起きた悲劇である。長い行為が終わり眠ったかと思ったらなんと身体は戦闘態勢のまま起きていたのである。その結果寝ぼけながらしかけられた関節技(異能者仕様)により、あえなく魔石の世話になったのであった。いや、アレは本当に痛かった。

 

「じゃ、通信開きますねー」

 

通信用術式を起動する。ジャミング、盗聴の様子はなし。感度良好だ。

 

『花咲、聞こえてる?』

『ああ、問題なさそうだな』

『こっちは収穫という収穫はないわね。悪魔を殺す前に欠片の事を聞いてるんだけど、無駄みたい。相当前から奪って使ってるわね、コレは』

『とすると、怪しいのはガイアの大将ヨスガか。ありがとう、そっちの線で探ってみる』

『あとは、縁ちゃんが結構きてるわね。助けたくても助けられないってのはやっぱり辛そう』

『...しばらく縁の事頼むわ。ガイアの内情がある程度わかったら、ガイアを荒らす為に人を助ける為に動いてもらうかもしれないから、その時はよろしく』

『ええ、任せて。正直私も暴れたくて仕方ないのよ』

 

『待った花咲、戦闘音よ。切るわね』

『気をつけろよ』

 

戦闘音のことは心配ではあるが、もう日没だ。ゆっくりと休むとしよう。

 


 

手足を縛られて身動きを取れなくされた10人ほどの奴隷達、老若男女さまざまなな彼らだったが、その目には希望はなかった。

 

たとえ、今彼らを救う為に立ち上がった1人の女性がいたとしても。

 

「お前たちは、この現状がおかしいとは思わないのか!」

「知るか!力ある奴が上に立って何が悪い!弱い奴が這い蹲っている事の何がおかしい!この世界は変わったんだよ!」

 

放たれる銃撃や剣舞。その動きはどこか荒々しく、しかし高貴さもあった。

奇妙な奴だと思った。なんらかの力で後ろに庇った人々に当たりそうな弾を身体で受け止めているあたり特に。矢避けの加護ならぬ矢当たりの加護だろうか?フィンなら何か知っているかもしれないが、呼び出してしまえばこの戦闘に介入することになる。その時はその時で面倒だ。

 

「自由とは、こういうものではないだろうが!」

「知らねぇよ偽善者!手前の身体に刻み込んでやるから覚悟しやがれ!」

 

数多の銃弾を喰らい、地に膝をつく女性。

 

そんな彼女に襲いかかる男の前に、駆け出した少女がいた。

 

「馬鹿、まだ動く時じゃないでしょ!」

「知りません!私は、私に嘘をつけない!」

 

そうして、神野縁という少女は戦線に立った。女性を守るような立ち位置で。

 

「メシアンローブか、手前何もんだ?」

「神野縁。この愚行を見過ごせない、人間です!」

 

「おいおい楽しい事になったんじゃねぇかよ」と周囲で見ていたゴロツキが集まってくる。これは、動くしかなさそうだ。

 

「志貴くん、行くよ」

「ですね、目撃者全員殺しておけば問題にはならないでしょう」

「バイオレンスな思考、嫌いじゃないわ」

 

「サモン、フィン・マックール、アガートラーム、サーバ!」

「おや、久しぶりの出番だね、愛しのサーバ」

「ディムナ、私に見惚れて馬鹿やらないでよ?」

「...」

「いや、あんたは喋りなさいよアガートラーム。意味ありげに黙ってないで」

「...」

「筋金入りね、本当。じゃ、暴れるわよ!」

 

集まってきたゴロツキどもの目を引く。フィンの水流で3人、アガートラームの斬撃でも3人に手傷を負わせられたが、殺すには至らなかった。即座に対応してきたのは、流石ガイアと言った所だろうか。

 

「サーバ、あの女を治療して!縁、そいつを死ぬ気で守りなさい!走り出したんなら、あとは走り切るだけよ!」

「...はい!」

 

周囲に集まってきたゴロツキどもの数は合計で9人。遠巻きに見ているのが1人。

遠巻きの奴はこの際無視するしかないだろう。手を出せる戦力が居ない上に、かなりの実力者だ。

 

まぁ、志貴なら殺せるだろうが志貴にはゴロツキどもを暗殺して貰わなくてはならない。でないとこちらの消費が増えるだけだ。

 

「手前ら、俺らがガイア教徒だって知っての事か?」

「知ってるわ。殺せば全てを奪えるんでしょ?だからまずあなたの命を奪わせてもらう」

「...上等!ペルソナ、コロンブス!」

「サモン、ヌエ!」

「ガーディアンライド、ラームジェルグ!」

 

サマナーが1人、ペルソナ使いが1人、ガーディアン使いが1人、残りは異能者だろう。やはり、粒ぞろいだ。

 

もっとも、彼らがその実力を十全に発揮することはないのだが

 

蜘蛛のような動きで誰の目にも入らずに後ろに回り、手傷を負った6人を一瞬のうちにバラバラにしたのが、七夜志貴。この3人の中でおそらく最強の暗殺者である。

 

「行くぞ、お前ら!...あ?」

 

振り返って見た光景は、信じていた仲間が瞬殺されている光景だった。それは、付け入るには十分な隙だった。

 

「ヒノカグツチ!」

「光波の一撃!」

「舞うが如く!」

 

そうして、一瞬のうちに3人の命は絶たれ、この事件はとりあえずの終結を迎えた。

 

遠巻きに見ていた1人が、こちらにやってくるまでは。

 

「サーバ、どう?」

「駄目、霊核にダメージが入ってる。本格的な治療施設がないと死ぬわよこの女」

「見捨てるってのは縁が許してくれないわよね、じゃあもう一戦行きますか」

 

「安心して、私は敵じゃないわ。その子を助けたいの」

「じゃあ、名乗りなさいよ」

「アラクシュミー、まぁ運の悪いだけの女神よ」

 

「アラクシュミー、様?」

「よく頑張ったわね、愛しい子。私の力の欠片が響いてるわ」

 

「たとえそれが別世界のものであっても、私に連なる力なら合わせられる。だから、生きてもう少し頑張って。...まぁ、運は今よりも悪くなってしまうかもしれないけれどね」

 

そうして、アラクシュミーは女性と重なり、一体化した。

ガーディアンの憑依現象に近いが、どこか違う気がする。

 

そうして、光とともに女性は立ち上がった。赤き衣と銃と剣。それらをしっかりと携えて。

 

「ありがとうございます、アラクシュミー様」

「よくわからないんだけど、動ける?」

「ああ、問題ない。すぐに戦闘しろというのは難しいが、彼らを背負って逃げるくらいはできそうだ」

「じゃあ、とりあえず離れるわよ。あんた、名前は?」

 

「ラクシュミー、ラクシュミー・バーイーだ」

 

予想していなかった新たな出会いが、新たな戦いの始まりを告げていた。




またちょっと短いですが、まぁ導入なので許してくださいな。


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白い世界

「アラクシュミー様の知識では、この辺りに拠点があるはずだ。もっとも、街からはかなり離れているがな」

「...街から離れると手のつけられてない廃墟なのね。リソースの問題?」

「さぁな。アラクシュミー様の知識を引き出せるとはいえ、十全ではない。私の知識をあまり当てにしないでくれ」

 

などと言いつつも警戒の構えをとるラクシュミー。街から出て、随分な数の悪魔に襲われている。

 

それも、種族は天使に連なる者が多い。ガイアの街を取り戻そうとする勢力だろうか。

 

「邪悪なサマナーめ、死ね!」

 

「...私はあまりキリスト教圏の事には詳しくないのだが、天使とはこういう者の事を言うのだろうか」

「そうなんじゃない?実物がそうなんだし」

 

「人の善悪を、その心を見る前に決めつけないで!」

 

天使パワーを中心にした天使の群れから放たれる数多の魔法を、縁がその両手から生み出す神々しい盾により防ぎきる。改めて思うが、なんだろうかこの力は。聖女であると言うだけでは説明しきれない何かが彼女にはあるのかもしれない。

 

まぁ、今は使える仲間と言う事で十分だろうからそんなに気にはしていないのだが。細かい事は後でいいのだ。厄ネタなら花咲あたりがきっと何とかするだろう。

 

「貴女は、まさか⁉︎」

「とか驚いてくれている隙にかますよ、ラクシュミー」

「ああ、雀の涙だろうが、殺しておく事には意味があるさ」

 

グリフォンを召喚しその背中に乗ってヒノカグツチにMAGを込める。すると刀身から退魔の炎が伸びて、大群を両断する大剣と化した。

 

花咲に教えられるまで知らなかった、ヒノカグツチの礼装的利用法である。黙っていた中島に殺意が湧いてくるがそれは傍に置いておこう。

 

そして、大剣からなんとか逃れた天使は、ラクシュミーの銃撃と志貴の暗殺で終わらせる。ラクシュミーが戦線復帰してからというもの、戦闘の組み立てが楽でいい。近遠どちらにも強いというのは、それだけで役に立つのだ。

 

「...良し、残りは居ないわね。先を急ぐわよ」

「ああ、しかしこのトラックを取り出したストレージとやらは凄い技術だな。私の時代にもあれば補給の問題を解決してくれたかもしれないというのに...」

「無い物ねだりはしたくなるわよね、こうも技術が進んでると。私の時代なんて腕に5キロあるコンピュータつけて戦ってたのよ?それが今じゃ何グラムの世界なんだから。本当に凄い時代よ」

「そうなのか...お前も私同様時代を飛ばされて生まれ変わった者なのか?」

「結界の外にいた時間が長かっただけだから、私は死んでないわね。まぁ、改造はされてるからある意味生まれ変わっているかも知れないけど」

「そうか...世界を覆う結界の外、どんなところだったんだ?」

「どこも変わらないわよ。少しでも長く生きられる土地を我先に奪い合って殺しあってる。そこに、ガイアもメシアも人間も悪魔も関係なかった。だから、滅んだんでしょうね」

「...そうか」

「湿っぽい話はこの辺で切りましょう。丁度志貴も戻ってきたみたいだし」

「...なぁ、所で運転を変わる気はないか?お前の運転は、なんというか、荒っぽい。それでは彼らも心労が増すばかりだろう」

「でも、運転できるの?」

「もう見た。問題はないさ」

「本当に?」

「出来ると感覚が告げているんだ。これも生まれ変わった結果だろう。輪廻転生とは少し違うようだが、まぁ使えるものは使うさ」

 

そうしてラクシュミーが運転を始めたトラックの運転は安全を配慮したものだった。何故か悪魔との遭遇率が跳ね上がった気がしたが、対処可能な範囲なので問題はない。

 

「このビルが拠点だ。トラックを付けるぞ」

「廃ビルねぇ、悪魔が住み着いてそうな良い所じゃないの」

「実際、力のない悪魔たちの寄り合い場の役割もあるようだ。彼らと助けた人々が上手くやっていけると良いのだが」

 

そうして日は暮れる。助けた人々は、悪魔や天使に毅然と立ち向かう縁の姿に感化されたのか少し生きる気力を取り戻しているように見えた。ああいうのが、カリスマと言うのだろう。

 

「いつの間にやら、彼女がこの一団の長となっているな」

「いいんじゃない?あんたもあの子の仲魔になれば指揮系統も混乱しないし」

「お前は良いのか?リーダーはお前だったのだろう?」

「拘りは無いわよ。まぁ縁が暴走したら止めるけど、基本は自由で良さそうね。そっちの方が性に合ってるし、楽で良いわね」

 

「では、仲魔とやらになりに行くとしよう。もっとも、彼女が私を受け入れてくれるかは...いや、私次第だな」

 

そうして、ガイアに対抗する小さな一団に反逆の種火が生まれた。

それがこの札幌を覆う大火になるとは、その時はまだ誰も知らなかった。当の本人達でさえも。

 


 

ガイアの街についてから1週間。俺たちはこの街のシステムを大体理解してきた。

 

まず、この街には団員に仕事を割り振る機関などは存在しない。基本的に自由なのだ。主要箇所の防備などは大将であるヨスガの仲魔が行なっている。ミシャクジ様も実はヨスガの仲魔なのだとか。キャパが多いとは面倒な話だ。まぁ、敵対するかはまだわからないのだが。

 

だが、団員達に仕事を与える機関は存在する。それが悪魔ハンター協会だ。

ガイア教団の東地区に存在する大きな建物で、割符を見せれば依頼を出したり受けたりする事が可能なのだ。このあたりのシステムは旧来のヤタガラスのものに似せて作られているが、UIなどが別物だった。おそらく1から作り直したのだろう、突貫で。バグの報告をすれば地味にマッカが貰えるので、ちょっぴり稼がせてもらったりした。ソフトウェアの知識なら一から悪魔召喚プログラムを組み立てられるほどにはあるのだ。海馬の知識には。

 

そんなわけで2日目以降は戦闘系の依頼を協会で受けてこなしつつ、ガイアの街の情報収集をしていた。

 

わかったことはいくつか。

 

まず、このガイアの街の主要区画、ヨスガの住んでいると思われるガイアタワーを中心に円形で半径10キロほどの範囲では、建造物の構築がほとんどMAGの物質化(マテリアライズ)現象によって行われている。それにより都市を清潔、かつ機能的に保つことができているのだ。

ただ、ここまで大規模なマテリアライズなど補助演算装置などが無いと不可能だろうから、そこから逆算すればこの街にバックドアを仕込む事も可能かもしれない。街の外にいる縁達の活動の助けになるとすればこのあたりだろう。

 

次に、所長の実力について。

 

まず前提として、俺たちの試験をしてくれた志島さんは試しにおいて突破率ほぼ0%を記録していた鬼試験官だったらしい。本来は試験官の情報を集める情報収集力なども試されているのらしいが、志島さんは基本どんな策や奇策にも対応してしまうのでこの人は無理だと諦められたのだ。お陰で門番は働かないで金を貰える良い仕事になっているらしい。羨ましいな畜生。

 

なので、まずその時点で目をつけられてガイアの連中に喧嘩を売られるようになった。

 

そうなると途端に活き活きするのが所長である。襲ってくる人も悪魔もばったばったと切り倒していた。お陰でガイア入信から最短での幹部昇進の声がかかったのだ。所長のノリでいつのまにか断られていたが。

 

つまり、所長の実力はこの悪鬼蔓延るガイアの街においても十分に通用するエースであると言う事だ。つまり、所長を倒せはしないものの追い縋れる俺とデオンでもそこそこにはやれるという事。これは少し意外だったが、まぁ偉くなれば足の引っ張り合いもあるのだろう。幹部クラスの実力者に死人が多いのはその為だ。確認はしていないが。

 

尚、幹部の席を蹴った事で所長の名声はガイアの中で更に高まっている。ロックな生き方をしている方が好かれるらしい。流石カオスだ。

 

そんなわけで、今日も今日とて天使殺しの日々である。

 

「この1週間じっくり調べてみましたけれど、この街の内側にはアウタースピリッツはいなさそうですね。誰かの仲魔になっているんでしょうか」

「んー、居ないとも思えないんだけどねぇ。そんで、居るならひけらかされていないとも思えない。手札を隠したまま生きられるほどの強さがあるなら、そもそもアウタースピリッツなんて意味のわからないもの仲魔にしようとは思わないからね」

「ラクシュミーさんみたく顕現した瞬間に義憤で動いて殺されてた、みたいな事ですかね?英雄と呼ばれた人がそんな死に方をするとも思えないんですが」

「それ、何気に彼女をディスってない?」

「だって人が良いことと運が悪いことと()()()()()()()()()()くらいしか知りませんし」

 

アラクシュミーという女神を不足なく、むしろ過剰なくらいに内包した事で、縁のキャパシティでは扱いきれなくなってしまったのだ、ラクシュミーさんは。

あの縁のキャパを超えるあたり、相当の大物になったのだろう。これは、ガイアにけしかける際に役に立つ筈だ。

 

まぁ、支配下に置けなくとも契約のラインは繋いでいる。話に聞いたラクシュミーさんの人となりから考えても縁と反発することはないだろうし大丈夫だろう。

 

アウタースピリッツの専門家である内田も向こうにいる以上、虚数異界現象やアウターコードの心配もない。

 

何気にとんでもないのを味方につけられたかもしれない。幸先が良いな。

 

などと思っていたのが災いだったのだろうか。ヴァーチャーの群れがやってきた。しかも左右からの挟撃で。

この区域での警戒クエストは残り30分ほど、あの群れの数では残業コースかもしれない。それは面倒だ。

 

「所長、他の人の目はないんで俺たちも出ますね。さっさと終わらせましょう」

「うん、じゃ私右半分ね」

「サモン、クー・フーリン。大群相手だ、思いっきり頼む」

「あいよ、久々の出番だ、暴れさせてもらうぜ!」

 

クー・フーリンが獣のようなフォームで足で槍を投げ、それを空中で分裂させる事で対軍用の投槍術と化す。

 

相変わらず頼りになる事だ。

 

銃撃属性に対しての力場は大してなかったのか、あっけなく散るヴァーチャーたち。残りは運良く急所を外れた数匹程度だ。これならすぐにカタはつく。

 

そう思って所長が対応していた側を見ると、意外な事に苦戦をしていた。

 

「所長、何やってんすかー」

「こいつら、斬撃と疾風に耐性力場がある!この天使は私用にカスタマイズされてる奴よ!」

「サマナー付き⁉︎クー・フーリン、所長への援護!デオン、サマナー探すぞ!元を断たなきゃ次がどうなるかわからない!」

「仕方ない、クー君!この雑魚どもお願い!」

「あいよ、2発目行くぜ!蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

そうして、再び放たれた槍の雨によってヴァーチャーはあっけなく散っていった。そしてその残骸を回収して逆探知の術式を仕掛ける。

 

こういった大規模召喚術では直接に本人に結びつくことはなく、中継アンテナの位置から術者の位置を逆算することは可能だろう。

 

そう思ってヴァーチャーに意識をダイブさせようとルートを開こうとしたら、そのルートが弾かれた。霊的防壁(ファイアウォール)だ。

 

そこまで高度なものではなかったが、強固なものだ。使っているリソースの量が多いのだろう。慎重なサマナーだ。

 

ガイアの膝下で天使を使っているのだから当然といえば当然か。だが、これは考えようによっては悪い事ではない。

 

ガイアに対抗する勢力か個人かが確かに存在しているという事だ。

 

この規模の奇跡をやっている以上、聖杯は間違いなくヨスガが持っていると見て良い。盗むか、奪うか。どちらにしてもこの街の規模を考えると正面突破は無謀だ。

 

所長でさえ、幹部クラス止まりなのがこの街の強さのレベルなのだから。

 

だから、これは幸運だ。実力で所長に劣る俺が出来ることは、このファイアウォールを破り契約の主を見つけ出すこと。

 

やってみせよう、それを押し通せる力も知識も俺の中にはあるのだから。

 

「侵入ライン、多重化。侵入角度、乱数回避パターンCを選択、実行。...23番、ヒット。ライン集中。中継部に侵入、座標特定開始...完了。術式を切断、痕跡の消去シークエンスを実行...完了」

 

思考を258のラインに振り分ける荒技をしたためか、頭がクラクラする。やっぱり分割思考は3つくらいが人間の限界だ。

 

と、この辺りでヴァーチャーの残骸がMAG化し昇華される。ギリギリセーフだったらしい。危なかった。この残骸が先に消えていたら元のラインが切断されて俺の意識は虚空を彷徨うことになっていたかもしれない。

 

こういうリスクが最初に頭に浮かばないあたり、俺は知識を受け継いでいてもまだ使いこなせてはいないのだろう。日々精進あるのみだ。

 

「千尋くん、どう?」

「...ヤベーですよこの術者の根性。中継部のある位置はガイアの街中心部、ガイアタワーの地下に中継ポイントを置いてます。これは、行ってみる価値はありそうですね」

「でも、地下への侵入口なんて調べた?ガイアタワーはセキュリティ厳しくて中は幹部じゃないと入れないらしいじゃん」

「そこなんですよねぇ...誰かに調べてもらうって訳にはいきませんから、札幌旧市街のトンネル図とかを照らし合わせて探してみるってのが良さそうです。次はデータセンター行ってみましょうか」

「札幌のデータセンター...ギリギリ街の中じゃない?」

「跡地でもなんでも何かしらはあるでしょう。というか、ないとお手上げです」

「サマナー、なんだか場当たり的過ぎやしないかい?」

「仕方ないだろ、情報の出所が突然やってきたんだから」

 

そうして、東区域警戒クエストを後続の人に引き継ぎデータセンター跡地へと向かう。幸い、この辺りから離れてはいないのが救いといえば救いだ。

 

「何が出るかなー」

「鬼が出ても蛇が出ても括りは悪魔なので一緒ですよ」

「というか、カナタは何かが出る事を期待しているのかい?」

「そりゃね。ここの連中どっか飛んでて楽しいし」

「これまでの日々を楽しいと言えるのか...やはり大物だね、カナタは」

「頭カオスなだけだと思うけどなー」

「千尋くんも大分こっち側だと思うけどねー」

「そうなのか、それならサマナーを切る準備はしておかなくてはならないね」

「それは勘弁してくれ」

「なら、人並みの善良さを失わない事だね」

「へーい」

 

仲魔にこうまで言われてしまうとは、サマナーとしては落第点かもしれない。が、正直それも含めて関係性としては心地良いものなので別に構わないと思っている。仲魔のコンディションを最善にするのもサマナーの役目だろう。多分。

 

「...着いたよ」

「綺麗さっぱりな更地ですね。こりゃ望みは薄...ッ⁉︎」

 

瞬間、常駐させていた対抗術式の1つに反応があった。

認識阻害系の結界のようだ。つまり、データセンターはここにある。存在している。

 

そして、それが隠されている。

 

「所長、中の探索に入ります。外の警戒お願いできますか?」

「...罠だよ。私じゃ中を見れないから勘でしかないけど」

「押し通します。幸い、この街に来てからまだバルドルもデオンの実力も見せてません。切れる鬼札(ジョーカー)はありますよ」

「...どっちにしても中に入らないとか。定時連絡密にしようか。10分刻みでコールするから本気で気をつけて」

「了解です。...アクティブソナー、起動。反射係数から周囲の光景を逆算、網膜に投影完了。デオン、そっちにも映像回した。ラグがあるから戦闘では視界はあまり信用しないでくれ」

「了解だ、だが全く見えないのと少しは見えるのとでは大分違う。この視界、ほどほどに頼らせて貰うよ」

「オーケー、じゃあ行くぞ」

 

そうして結界の中に入る。視界の中には何も見えていないのに投影映像にはきちんと建物の形が確認できる。高さは3階建くらい。広さは不明だが、そう巨大ということはないようだ。建物の周囲を一周してみたが20分とかからなかった。中が拡張されているタイプの建物だろうか。

 

「入り口は、南側にあるドアのひとつだけのようです。鍵はかかっていませんでした。これから侵入を開始します」

「...引き際を間違えないでね」

「分かってますよ」

 

中へと侵入する。この時点で俺の姿は所長からは完全に見えなくなった。俺からも所長の事は見えていない。見えるのは街の風景の静止画だけだ。

 

正直、空中を歩いている気分がして気味が悪い。それはデオンも同様のようだ。

 

「デオン、カラドリウスを出しておくか?」

「いいや、天井の高さがわからないのであれば彼も厳しいだろう。偵察の手が欲しくはあるが、それよりも戦力の方に回すべきだよ。この建物、何かが居る」

「...引くか?」

「帰り道のマーキングはしているのだろう?なら、進みたいね。敵か味方かそれ以外か、そのくらいは掴んでおきたい」

「...わかった。だが、前は任せるぜ?さっきからマーカーとの距離を測ってるけど、距離が()()()()。多分距離が不安定なんだ。観測されていない事でそういうギミックを作りやすくしてるんだろうな」

「なるほど、帰り道はわかるがどれだけ走るかの距離はわからないと」

「そういう事。だから前から手に負えないのが来たら逃げる...ってのが簡単にはいかない訳だ。こればっかりは祈るしか無いな」

「祈る神がこの世界にいるのかい?」

「いっぱいいるけど、応えてくれるかは微妙だよなぁ...あー世知辛い」

 

馬鹿話をしながらもゆっくりと確実に進む。1階のマッピングは完了てはいないが、上に上がる階段を見つけることができた。

というか、階段なのな。エレベーターは無いのか。

 

「健康志向なのか、電力を極力見せたく無いのか...どっちかねぇ?」

「流石に健康志向というのは無いと思うよ。というかサマナーも思っていないだろうそんな事」

「いや、ちょっとは思ってる。こんな変な所に変なもの置いたのは、心眼を獲得するため!とかさ」

「言っておくが、心眼というのは自然に周囲を感知できる魔法のようなものでは無いのだよ?空気のズレや微弱な音、そういうのと記憶した直前の視界の情報を組み合わせて次の敵の手を経験的に予測するというのが心眼と呼ばれる技術だ。まぁ、私の私見だがね」

「そりゃ、なんとも修行が必要そうな事で」

「出来る人は一瞬で出来るし、出来ない人は一生かかってもできない。そういう技術なのだと思うよ」

「つまりお前はできた側だと」

「言わぬが花、という奴さ」

「言ってるようなもんじゃねぇか」

 

P-90を握る手に少し汗が滲む。階段を上がる瞬間は緊張するものだ。

 

「サマナー、来るよ」

「だよなぁ、居ないわけないよなセキュリティ!」

 

そうして自分が目にしたのは、天使ドミニオンの群れだった。

ウチのドミニオンとは違い、腹に檻のようなものを抱え込んでいる。アナライズ結果がそうだと示していなければ新種の天使だと思っただろう。

 

「サモン、ドミニオン!仲介頼めるか?」

「ええ、やってみましょう」

 

そうして天秤を手にドミニオンに話をつけようとするドミニオン。だが、反応は思わしくない。

 

むしろ、ドミニオンを見た事で警戒度がより高まった気すら感じる。

 

「すみませんサマナー、ここから離れるなら追いはしない。しかし奥に入るなら容赦はしないとの事です」

「じゃあ、ここから話をする事はどうか。って聞いてみてくれるか?」

「望みは薄いでしょうね。彼らは、天使を拒絶している。奇妙な話ですがそう感じたのです」

「...なら、言うだけ言っておくか」

 

息を大きく吸い込み、群れと化しているドミニオンに対して声を投げかける。

 

「俺たちは、ガイアの敵になるかどうかを決めかねている!俺は花咲千尋。この街についての情報が欲しいとお前たちの主人に伝えてくれ!」

 

「...そう、あなただったのね」

 

そんな声が、どこからか聞こえた。

瞬間、身体を襲う圧倒的なMAGのプレッシャー。ハイエストクラスの人間がすぐ近くに現れたのだ。

 

前兆もなく、瞬間的に。

 

「...あんたが、天使たちの主人か?」

「そう、そしてガイアの街の主。私がヨスガよ」

「...は?」

「私の目的は、少数精鋭の強いチームを作ること。この札幌は立地が悪くてね、日本で真っ先に黒点に飲み込まれてしまうのよ。だから、ここを選別の場所にしてるの。いずれ、楽園を奪い取る為に」

「...待て、なんでそれを俺に話す?」

「だって、貴方はとても良いもの。ヴァーチャーを殲滅出来る仲魔を従えておきながら、それを必要があるまで隠し続けてきた事。そして、ヴァーチャーの残骸の細い糸を手繰って私のCOMPまで辿り着いた事。そして、このデータセンターを見つけ出した事。どれも、ただ力があるだけではできなかった事。貴重な人的資源よ」

 

その言葉にデオンが前に出て、俺が一歩下がる。コイツは、ガイアを統べているにもかかわらず論理的(ロジカル)だ。カオスの思想とロウの思想を兼ね備えている。だからこそ天使を扱う事が出来ているのだろう。

 

「わかったら、私に跪きなさい」

「...まだ、頷けない」

「実力差は確かなのに?」

「強さで言えば、俺はヨスガ様と比べればナメクジみたいなもんだ。だけど、意地はあるんだよ」

 

「俺は、黒点現象解決のプランを持っている。その為にこの街にやってきた」

「それって、これを使うって事?」

 

黒く染まった右腕で胸を開くヨスガ。そこには、聖杯の欠片が埋め込まれていた。

 

万能の願望器である聖杯は、それがたとえ欠片だとしても強いMAGで起動させれば十分な出力のエンジンになる。この街を作り、外敵を作り、そしてそれを運営する。それが可能になる力だ。

もちろん、本人の強い思いとその器たる強さがあっての事だが。それでもそれは聖杯の欠片を侮って良い理由にはならない。

 

なればこそ、誠実に。心の底の底から。

響く言葉は、本心からしか生まれないのだから。

 

「それは、聖杯の欠片。それを集めて完全体にする事で万能の願望器が完成します」

「それで、黒点をなんとかしてもらおうって?」

「違います。黒点現象に聖杯によるアプローチが可能だったならばこの世界がこうなる前に聖杯は使われています。だから、アプローチの仕方はミクロに。黒点現象を超えられる人類の進化系(ネクステージ)に成る事で向こう側に渡り、原因を究明し、解決する。それが俺たちの目的です」

「つまり、あるかわからない原因を探してみせるから欠片を渡せって言うの?」

「...でも、ゼロか那由多の果てかの違いはあります。人類が生き残る為にやるべき事だと、俺は信じています」

 

「だから、欠片を俺に渡してください」

 

そんな言葉の後には、ヨスガの嘲笑があった。

 

「あなた、馬鹿ね」

「自覚はしています」

「じゃあ、試練をあげる。この試練を超えられたならあなたを信じて欠片をあげる。ただし、あなたが負けたらあなたの大切な仲魔、そこの英霊の契約を貰うわ」

「優しいんですね、命を獲らないなんて...って訳ないですか」

「この騎士の最初の仕事は決めているの。わかるでしょう?」

「悪いが、私はそのような命令を受けることはない。どんな悪辣な試験であろうとサマナーは超えていく。私は仲魔として、サマナーを信じている」

「良いわね。サマナーと英霊の深い繋がりは。じゃあ、試練に行きましょう。内容は単純、こっちの時間で一月の間、ある異界で過ごす事。それが試練よ。付いて来なさい」

「すいません、仲間に連絡入れても良いですか?」

「構わないわ」

 

そうして、俺は通信石により所長に連絡を入れて招かれるままにヨスガの元へ行く。

 

「死なないでね」と一言告げられて。

 

そこで一瞬の浮遊感の後に自分たちがいたのは、街のあらゆるポイントを監視している映像をモニターしている部屋だった。そこでは低級のエンジェル達がコンソールを操作している。

 

あの高速転移だ。体感はしても術理がわからない。これも聖杯の力の類なのだろうか。

 

「じゃあ、奥の間に行きなさい。花咲千尋、あなた1人で」

「...デオンは?」

「これはあなたへの試練よ?英霊は連れて行かせないわ」

 

「そして、COMPも武器も無しよ。体1つで」

「...異界強度は?」

「ピクシーも現れない程度の安全な異界よ。トラップはあるけどね」

 

「改めて、一月の間あなたがその異界で過ごす事が出来たのなら、あなたに欠片をあげる。でも、途中で諦めて自分から外に出てしまったのなら失格よ。事前の装備は...服くらいら許してあげるわ」

「そうですか...ならデオン、COMPを任せる」

「サマナー、良いのかい?信じても」

「毒を食らわば皿まで、だよ」

 

スマートウォッチとスマホをデオンに渡す。流石に1月もの長い間他人に自分の生命線を任せる訳にはいかないのだから、デオンが外で待っているというのは案外悪いことだけではないのかもしれない。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい。ああ、それと」

 

「私が中に入るまでが一月だから、間違えないでね」

「...はい」

 

そうして、その試練の間へと入る。

入り口は普通の異界同様のスタンダードなもの。だが、話を聞いた限りではそう恐ろしいものではない。

これが試練になるのだろうか。そう思ったのは、おそらく一生の後悔だろう。

 

異界の中に入った瞬間、俺の体は崩れ落ちた。

 

「身体を保てないほどのMAG密度の薄さって、拷問用の異界か何かか畜生。やってくれる」

 

まずは、この異界に適応する事だ。

 

「やるべきは、身体を作り変えることかね、これは難易度高いのわ」

 

この異界には、何もない。一面真っ白で、地面と空の違いすらわからないほどだ。

 

「まぁ、1月もあるんだ。なんとかなるか」

 

そうして、徐々に身体を慣らしてなんとか自由に行動できるようになって。

 

ここの馬鹿みたいな広さに圧倒された。

 

「ヤベー、入り口近くから離れない方が良いな。これじゃあ迷って死にかねん」

 

そうして、一月が過ぎた。

 

「1人で一月とか割とやばいな、独り言だらけだったぞ」

 

そして、入り口近くで声が聞こえた

 

ひどくゆっくりな、その声が

 

「ああ、言い忘れていたけどその異界の相対時間速度は私たちの世界の2400倍。あと199年と11ヶ月、頑張ってねー」

 

世界が凍った気がした。

 

それが、俺の戦いの本当の始まりだった。




なんだか上手いこと文章量が膨らまない問題です。まぁ区切りの良いところで切ってるからなんですがねー。


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白と黒の掛け算

思考を回し続ける。まず、このまま200年そのまま耐え続けるというのは無理だ。MAG濃度の関係で取り込める栄養がこの周囲では枯渇している。危険を覚悟で入り口付近から離れなくてはならない。

 

だが、離れるといっても問題だ。この異界の入り口は転移タイプ。床にある円形の光が入り口を示す唯一の印だ。

 

3メートルも離れれば、見えなくなるほどの。

 

「クソ、動かなきゃ確実に、動いたら8割方死ぬか...」

 

いや、8割方というのは安く見過ぎているかも知れない。九分九厘が正しいかと考えると泣きたくなってくる。

 

だがダメだ。いま崩れたら立ち直れない。立ち直るきっかけになる刺激がこの世界には存在しない。

 

仕込んでいた手持ちの装備は、ほとんどが意味をなさない。今の自分には魔法陣展開代行プログラムが存在しない。そのため、ストーンの類からMAGを抽出して非常食とすることもできない。

 

本気で、生き残る為に動かなくてはならない。

 

「さて、どうせ動くなら一直線にだな。ペンでもあれば目印には事欠かないんだが、ストレージの中なんだよなぁ...」

 

悔やんでも仕方がない。タイムリミットはあと200年ではない、俺の心がこの状況に折れてしまうまでだ。一月は、頭の中にある魔法陣や人類の進化系(ネクステージ)理論の再検討で何とか、それもネタ切れだ。再検討の為に魔法陣を描こうにもそれを代行してくれるプログラムがないのだからシミュレーションもできやしない。

 

「...少しでもMAGの濃い方へ、手持ちのストーンでもこの規模のMAG濃度で出てこれる奴なら倒せる」

 

そう思って進んでいくが、MAG濃度が一定しない。観測能力が自分の主観頼りなのでマッピングして規則性を掴むなんて事も出来ない。

 

...このMAGのブレの原因は何だ?強力な悪魔が自身の存在規模を抑え込んでいる結果だろうかとも思ったが、そんな悪魔がこんな地獄に捕らえられている訳は...ひとつあるか。

 

それは、異界の主の存在。異界である以上、維持する為には楔となる悪魔の存在が不可欠だ。

 

それはもしかしたら、この異界のタイムスケールをいじることのできる唯一のチャンスかもしれない。

馬鹿正直に200年も待つ必要があるのではない。ヨスガがこの異界の中に入ってくるまでが試験のタイムリミットなのだから。

 

「うし、やるぞ。不規則なMAGの濃い場所を辿れば大元に行ける筈だ。それからどうするかは、その時に決めればいい」

 

どうせ選択肢などないのだ、行き当たりばったりがこの場合の最適解だろう。

 

そう思って、歩き続ける。

 

そうして、不規則なパターンの理由はわからないままにソレを発見してしまった。

 

巨人、というわけではない。ただ、この薄すぎるMAGの中では際立ちすぎる鋭い刃のような存在感。

 

人の形を取っているのは、MAG抑制のための擬態だろう。

 

あれは、間違いなくハイエストクラスの悪魔だ。そして、この異界の主でもある。

 

自然と、息を飲む。隠れる場所のないこの異界では、最悪全てを投げ捨てて逃げるしかない。

 

そして、俺のMAGを感じたのかその悪魔はチラリとコチラを見た。

 

それだけで、死を予感した。

腹の中の物を戻さなかったのは中に何も入っていなかったからだろう。一月MAGだけで生きていたのは幸運だったか。

 

あれは駄目だ、戦ってはならない。存在を認識されてはならない。

 

死が、人の形をしているだけだ。

 

「...何者だ?」

「驚いた、殺さないんだな俺を」

「俺はこの異界の中では自我を保てている。そういうようにサマナーが作ってみせた。だから、まだ殺さないで済んでいる」

「そうか...俺は花咲千尋、ここに放り込まれたヨスガのおもちゃだよ」

「そうか?随分と()()()なようだが」

「一月ずっと頭の中で術式練ってた。だから、自我境界のズレとかはまだ何とかなってるよ。でも、それだけだ」

「なら、教えてやろう。お前の試練の期間がなん週間かは知らないが、それを短縮できる蜘蛛の糸はある」

「お前を殺してこの異界の支配圏を奪うってか?あいにくと俺は体1つで戦える異能者じゃないんだ」

「そんな事はどうでもいい」

 

「俺は、俺として殺しがしたいんだ。貴様のような奴をな」

 

瞬間、抜かれる刀。反射的に下がった事で左手の中指と人差し指の先が切り落とされる。程度で済んだ。それは、まさに幸運と言って過言ではない。

 

今の一振りでわかった、今の俺では確実に殺される。これは、恐怖が告げる確信だ。

 

逃げろ、逃げろ、逃げろ!

 

「ああああああああああああああああああ!」

 

隠し持っていた手持ちのジェムを手当たり次第に投げまくる。当然そんなわかりきった攻撃は奴に通用せずに躱されるが、それは本命ではない。

 

本命は、MAGチャフ付きのスモークグレネード。ブーツに仕込んでいた本当のとっておきだ。

それが展開したかを確認せずに、脇目もふらず、ただ逃げる。それ以外に方策などないのだから。

 

そうして、がむしゃらに走り続けた結果、

 

俺は、自分の位置を見失った。

 

「...最っ悪だ」

 

この時点で、俺は自分の帰還が不可能であると理解してしまった。

この、何も障害のないただ白い空間において、術の使えない魔術師があの悪魔から200年逃げ切るというのは不可能だ。

そして、200年以内に強くなるというのも同時に不可能、顔無しである事を利用しての肉体改造をしようにも、あれは自我境界を自ら曖昧にする事で新たな自分を獲得するという現象と見て間違いないだろう。

こんなMAGの薄い空間でそんな事をしてしまえば、精神は形を保てずにたちまち拡散して消滅してしまう。つまり、俺は死ぬ。

 

最後に、一か八かの勝負に出てあの悪魔を倒すという事だが、それが可能であると思えるほど俺は俺の実力を理解していない訳ではない。

勝率は、間違いなくゼロだ。なにせ、緊急攻撃用のジェムはさっきの逃亡で全て使い切ってしまったのだから。

 

残る攻撃手段は、殴る蹴る。そんなんで悪魔が殺せたらこの世界にサマナーは必要ない。

 

「つまり、賭けるなら未知の可能性。あの悪魔以外にこの異界に存在している何かを探す事」

 

意図的に口に出す事で目的意識をはっきりさせる。というか、喋っていないとどうにかなりそうだ。自我境界を保て、俺はここにいる。俺はここにいる。俺はここにいる。

 

そうして、MAGの補給を最小限にMAGの濃い方から逃げるように探し続ける。ただひたすらに。何かを。

 

そうして20日ほど彷徨っていく。栄養補給をMAGで代用している代償で、必要な栄養素を作り出すために身体機能をコントロールしていないといけない。その分のMAGを計算損ねてMAG切れで倒れる事は幾度となく。その度に、この倒れた音であの悪魔がやってきていないかと恐怖しながら身体にMAGが溜まるのを待つ。そんな、死んでないだけの日々。

 

自分の原点を思い出せ、俺の目的は、この世界を救う事。そのための知識だ、そのための犠牲だ、そのために、俺は親を、師を、仲魔を殺して生き延びたのだ。

 

絶対に、生き延びる。

でも、どうして世界を救いたいだなんて思ったのだったろうか...

 

 

 

 

ふと、呼ばれた気がした。ここと心のどこかから。

 

「罠でもなんでもいい、道しるべはないんだ」

 

その先に待つのは、地獄だと心の大部分は言っている。

だが、他に道があるなら言って欲しい。俺の意識が混濁しているとはいえ、海馬の知識があるのだ。何か回答をくれ。

 

いや、海馬の知識にはこの前提条件に合う知識はないのだから仕方がない。

 

俺には、魔法を出力するための魔導出力回路(サーキット)がないのだ。そんな前提中の前提が誤っているのだから、正解となる知識が出てくるわけもない。

だからこそ、魔法陣展開代行プログラムなんてものに縋っていたのだから。

 

そんな思考をよそに置いて、地獄に向けて歩みを進める。

何故、そちらが地獄なのかはわからない。心がそう感じているだけだ。こう言う時にすぐに探索術式を投げられたのが夢のように思えてくる。

 

そうして、地獄の気配を頼りに20日ほど歩いていくとようやくたどり着いた。

 

白い白い世界の中で、ドス黒い醜悪な黒が地面に貼り付けられている、その場所に。

 

「あれー、こんなとこ来るとか馬鹿じゃねぇの?今回のオモチャさん?」

「...そうだ、これが言葉だ。思考を整理、自己を再認識。花咲千尋、17歳、海馬の知識を受け継いだ魔術師モドキ」

「...やっぱイっちゃってるかー、仕方ないとはいえ、俺の前で壊れられてもなって思うわけですよ」

「...ちょっと久し振りに聞く言葉に感動してるんだ、悪かった」

「おや、復帰が早い」

 

「タフだねぇ」とケラケラと笑いながら、黒いヒトガタは地面に四肢を串刺しにされていた。

 

「改めて、俺は花咲千尋。お前は、何だ?」

「俺は...名無しの生贄1号ってトコだな、うん」

「お前は生贄を捧げられる側だと思うんだが...軽く見たが、これは怨嗟の念を凝縮し液体化したものだ。そんなのを垂れ流せる奴が生贄って、腹を下させる作戦か?」

「ハハッ、良いねその作戦。俺は食われたかねぇけど絶対使えるわ」

「というわけで、ちょっと食われてきてくれないか?お前を縛ってるこの杭を抜いてやるから」

「どうやって?お前さん、この泥の上歩けないだろ」

「他に、道はない。千に1つの好機、逃して死ぬようならそれまでだ!」

 

一歩、泥に足を踏み入れる。

 

死ね

 

もう一歩、泥に足を踏み入れる。

 

死ね 死ね

 

そして、枯渇しかかっていた身体は、泥に込められているMAGを吸い上げてしまう、その中の呪いとともに。

 

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

意識が、押し流される。

この泥に溶けて消えてしまうのは、きっと人間として正しいことだ。負の側面ではあるけれど、これは人間の心の海に繋がっているのだから。

 

だが、なにかちっぽけなモノが俺の心を補填する。

 

それは、何気ない日々だったり

それは、命を賭けた戦いの日々だったり

それは、ささやかで、しかし荒唐無稽な約束だったり

 

そんなものが、俺を俺にしてくれていた。

 

「...マジか?」

「すまん、痛いと思うから歯を食いしばれ」

 

そう言って、深く刺されている杭を真っ直ぐに抜く。

防壁による精神へのダメージはあるが、皮肉なことにこの泥がそれをすぐに補填してくれる。

 

そうして、4本の杭を抜いた事でこの異界の空気が変わった。

 

「一応説明しておくぜ。この異界は、完全に悪である俺を奴が殺し続ける事で元の善性を取り戻しているのが理屈だ。だから、奴の刺した杭がなくなった事で俺への継続攻撃がなくなって、善性を削れた結果あいつは戻ったのさ」

 

「この異界の本当の主、悪路王にな」

 

邪悪が、真っ直ぐにこちらに向かってくる。感知できたMAGからすると残り時間は1分。規模は、災害クラスだろう。

 

「どうする?ご主人」

「...お前の力、借りるぞ!俺の名は花咲千尋!悪魔召喚士(デビルサマナー)だ!」

「あいよ!名乗って良いかは分からんがこれしかないから名乗らせて貰うぜ!俺はアンリマユ!」

 

「「ここに、契約を!」」

 

そうして、アンリマユと繋がった事でさらに精神への呪いの侵食が進んでいく。そして、切り落とされた左手の指のあった部分に補われるように形ができていた。

だが、これは良い。呪いの事を除外すれば、これは極めて現実侵食性の高いMAGの液体だ。

そして、俺になかった魔導出力回路(サーキット)を代用できる最高の素材だ。

 

頭の中にしか描けなかった術式が、今結実する。

 

「召喚魔法陣、転写(トレース)高等悪魔召喚魔法(サバトマ・ダイン)起動!」

 

泥で代用している左手の指で魔法陣を描き、術式を起動する。

 

この術式を形作っているのは、邪神の類のアウタースピリッツであろうアンリマユの呪いだ。

だから、その呪いに耐えられる身体を持った仲魔しか召喚は出来ない。

 

つまり、それは無敵の悪魔ならなにも問題はないという事だ。

光を司り、悪魔の力とも親和性の高いあの悪魔を!

 

「来い、()()()()()!」

「随分な状況じゃねぇか!この泥についても聞きてぇが、目の前の敵が先だよなぁ!」

「お前以外は泥の汚染に耐えられない、前線はお前1人だ!」

 

そうして、光の翼を輝かせてベル・デルが神速の一撃をヒトガタを保ってる悪魔、悪路王を打ち据えた。

そして、ベル・デルが初撃を当てると信じて打ち出したアンリマユの邪悪の泥を槍状にして狙い当てる。

 

今の一撃で、外殻は完全に破壊できたようだ。

 

「さぁ、ここからだ!」

「サマナー、一応言っておくけど俺は戦力としてはクソザコだから期待するなよ?」

「今言う事か真っ黒マン!」

 

頼りにしていた未知数の戦力が自らドロップアウトしてきやがった。お前それで良いのか。

 

「サマナー!」

「了解、術式演算代行魔法陣、転写(トレース)実行(ラン)...良し全力の全開でぶっ放せ!」

「おうよ、余波で死ぬなよサマナー、黒いの!」

 

高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

出力を最大限に上げた、小型核弾頭クラスの破壊規模をもたらす絶殺の魔法。

 

それを、悪路王は受け止めた。小細工なしで、真っ正面から。

 

「殺す」

「やべーって悪路王ちゃん。人のガワ完全に無くしてやがる」

 

メギドラを受け止めた悪路王は、首に一筋の赤い線のついた鬼だ。

だが、そこにいるのに特徴が捉えきれない。まるでいくつもの姿が重なり合って偏在しているようだ。

時には、大きさすら重なってブレている。

 

これは、弱点属性を探って突くというサマナーの基本戦術は通用しないだろう。見てから偏在を変えて耐性を変更してくるくらいはやってきそうだ。

 

万能属性で、焼き切るしかない。だが、メギドラでは火力不足だ。

 

ベル・デルが強力な悪魔である事は疑いようがないが、限界出力は先ほどのメギドラの規模だ。

 

強化された万魔の乱舞や万魔の一撃で物理を絡めながら殴り殺すのは、まぁ無理だろう。あの偏在の中に物理無効耐性を持っている鬼も混ざっていない訳はない。どうする?

 

思考は一瞬で、決断に躊躇いはなく。

 

思いっきり、全身全霊を賭ける事に決めた。

 

「ベル・デル!2分、いや1分半止めろ!」

「サマナー...上等!やってやらぁ!」

「ハハ、あいつなにも聞かずに乗ったよサマナーの博打に。好き者だねぇ」

「言っておくが、お前も使うからな」

「俺にできる事なんてたかが知れてますよー?」

「安心しろ、ちょっと身体を借りるだけだ」

「いやーん...って言うとこ?」

「ああ、お前の魂、借り受ける!」

 

あの一月の間構想していた術式、それは夢幻降魔(Dインストール)を俺自身に適応できないかという悪魔合体とは違うプロセスの悪魔化現象だった。

 

それがひどく難しい事であるのはわかっていたが、サマナーである自分が自衛、迎撃ができれば戦術の幅は大きく広がる。だが、それには悪魔の強い情報に耐え切れる魂が必要だった。

 

故に、人に近く、人より強いアウタースピリッツを繋ぎにする事でその現象は可能なのではないかというアプローチ。デオンとカラドリウスで可能かどうか実験をするつもりだったが、理論的に不可能でない事は理論上証明できている。

 

ならば、やってのけるまでだ。

 

「術式、展開完了。起動(アウェイクニング)

 

「アンリマユ!」

「おうさ!」

 

呪いの塊を体に宿し、それでもなお笑うアウタースピリッツ、アンリマユを両義の陣の陽の側に。

 

「ベル・デル!」

「しくじったら乗っ取ってやるからなクソサマナー!」

 

光を司るオーディンの子、無敵のバルドルの悪魔の側面が表に出たベル・デルを両義の陣の陰の側に。

 

俺の体を1つの世界にして、陰陽合わせた2つの力を混ぜ合わせ、形作る。

 

人類の進化系(ネクステージ)理論応用!モード、カオス・マギア!」

 

背中には、光の翼と泥のマント。

体を走るのは、光と闇の2つの光のライン。

体に走る激痛以外は、問題なく動ける。

その激痛とて、アンリマユの泥から感じた死の怨念に比べれば大したものではない。

 

「ぉおおおおおおおおおお!」

「うがぁああああああああ!」

 

青鬼の姿を強く現出させた悪路王が神速で間合いを詰めてくる。それをベル・デルの無敵の体で受け止めて弾き飛ばされる。

 

アンリマユと俺が混ぜ合わされている事で無敵の部位は全てではないが、急所が盾に使えるのは大きい。

 

『サマナー、そう長くは保たねえぞ!バランスが崩れりゃお前が吹き飛ぶ!』

『知ってる!だから、一撃必殺以外に考えてなんかいねぇよ!』

『ヒュー!カッコいいねぇ!』

 

泥から抽出したMAGでひたすらに出力を上げ、目視情報からのターゲットロックの術式を左手で走らせて

 

理論上存在すると言われてきた、その伝説に手をかける。

 

「光と闇の反作用でMAGを加速、収束!」

 

瞬間、こちらの攻撃にただならないものを感じたのか緑色の鬼を現出させて弓でこちらを狙ってくる。

 

だが、タッチの差でこちらが早い。

 

放たれた矢がまず消滅し、その延長線上にある悪路王の全ての偏在の耐久力を纏めて消しとばす絶殺の閃光により、その身体は飲まれていった。

 

反則を重ねてようやく届いたこの伝説の名前は、ただ一つ。

 

極大万能属性魔法(メギドラオン)

 

だが、所詮は紛い物、悪路王の偏在全てを殺しきる事はできなかったようだ。目の前には、最初に見た人の姿の死の権化が存在している。

 

「驚いた。ここまでやるのか、ヒトは」

「最初に言っておく、こっちは無茶して撃った魔法でガタガタだ。マギアを維持できるのはあと30秒が良い所」

 

「お前を、奪わせてもらう。阿弖流為(アテルイ)!」

「否、我が名は悪路王!人の身であるものか!」

 

光の翼を最速で展開して、離れていた距離を一瞬で詰める。そして、右手で放った万能属性魔法(メギド)を目くらましにして左手でダミーの泥人形を作り出す。

それにより、そのままカウンターを狙う阿弖流為を騙す作戦だ。

しかし、そんな小手先はあっさりと見切られた。

 

泥を切った後に地面スレスレを飛ぶ本命も切るという絶技によって。

 

「死ね!」

「残念だが、お前の負けだ」

 

先ほどのメギドはかなり無理をして放った為に、マギアの効果は切れていたのだ。

よって、今切られたのは

 

光の翼によって勢いよく飛ばされていたアンリマユだった。

 

「てめえの、自業自得だ!逆しまに死ね、偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)!」

 

そして、アンリマユの使えるクソッタレな秘術が炸裂する。この作戦を思いついたときは難色を示されたものの、囮が必要な事がわかり、それは存在規模が大きいベル・デルではできない事だとわかったアンリマユは切り札と共に行ってくれた。

 

まぁ、アンリマユが死ななかったのはガチに運なのは本人に言わないでおこう、うん。

 

「グッ⁉︎この激痛はッ⁉︎」

「俺と同じ痛みを味わってもらってるって訳よ。あーでも俺も死ぬわコレ、サマナー、助けてー」

「後でな」

 

そうして、俺は左手で描いた魔法陣を阿弖流為に叩きつけた。

 


 

「あなたも、飽きないわね」

「私はサマナーの騎士だ。彼が死ぬまではここを動くつもりはない」

「そういう所、嫌いじゃないわ。私の下僕にしたい後は可愛がってあげる。あなた、可愛い顔してるから」

「確かに経験豊富なのは認めるよ。しかしヨスガ、私は心から君に抱かれたいとも抱きたいとも思ったことはないよ、どんなに美しい顔をしていても、どんなに美しい身体をしていたとしても、その心を見ればね」

「その減らず口がいつまで叩けるか見ものね」

「私は、私のサマナーを信じている」

「羨ましい事」

 

そうしてヨスガが飽きて外に出ようとした時に、オペレーターのエンジェルの1人がアラートを鳴らした。

 

「襲撃です!場所は北区の8本柱の一本、そこが襲われています!」

「下手人は?」

「不明です!ですが光波系の術を使っていることから、メシアの残党かと!」

「構わないわ、せいぜい浸らせてあげましょう。ゲリラ的に破壊活動をしても、正しい順番で解呪をしないとガイアタワーと街を守るメシア式聖教結界は崩れない。そうすれば次の街造りで元通りよ」

「ですが、襲われた箇所は一本目です。情報が漏れてしまっているのでは⁉︎」

「ここに来て生きて出た人間はいない。ありえないわ。それに街造りの度にランダムに順番は変えているのよ?そんなの、たまたま運が良かったと考える方が自然よ」

 

「でも、襲撃者は邪魔ね。適当な団員を向かわせなさい。見目麗しい女が敵だって言えば食いつく無能はいるでしょう」

 

そうして、その日はガイア教団員すらもねじ伏せた襲撃者が名を馳せて終わった。

 

アラクシュミーのガーディアン使い、ラクシュミー・バーイーの名を。

 


 

「防衛の天使は何をしていたの!あそこに置いていたのはソロネよ?生半可な力じゃ焼かれて終わる筈なのに!」

「それが、ラクシュミーの側付きと思われるメシアンの女、鉄壁に完封されたようです。殺されず、押さえ込まれてその隙に解呪をされたと」

「ソロネを抑え込む力を持ったメシアン?...マリアンヌは確かに殺した。その権限は私にあるのだから間違いない。...データベースからメシアンの情報を片っ端から集めなさい!実力は問わない、女である事で絞りをかけて全部見ればどれかは当たるわ!そこから弱点を割り出しなさい!」

 

既に、3つの塔が攻略されていた。

 

一つ目の塔は偶然だと、ヨスガは偶然と断じた。

二つ目の塔が正解であった事も、まだ偶然と見ていた。だが念のために護衛の天使の配置換えを行ったその次の日に、再び襲撃が起こった。それが今日の事。

 

最強クラスの天使ソロネを抑え込んだ事、この街を守るメシア式聖教結界の解呪方を知っている事。

 

明らかに、何かがおかしい。

 

「天使の造反?あり得ない、私は完璧にコントロールしてる。それに、ガイアタワーから外部への通信は特定のプロトコルを通さないと遮断される仕組みになってる。...私が直接行った方が確実ね。力尽くで吐かせればいい」

 

そうして、塔の迎撃には自分も当たるようになった。

 

しかし、逃げ足が速い。こちらの行動に対応しての撤退の手際が良すぎる。

 

深く追えばその隙に、敵側の使い捨ての仲魔が解呪をするというおまけ付きで。

 

高速転移は大量のMAGを消費する。万が一悪路王が反逆を企てた時のためにあまり多用は出来ない。

ならばと待ち伏せてみるも完全にスカされた。

 

そんな直接戦闘に発展しないギリギリの追いかけっこの日々が続き、半月。

 

未だ、入れた男は生き延びている。生き続けている。廃人になっているかもしれないが、悪路王からの通信がないのだから生きているのだろう。あの人間のスペックでは悪路王から逃げられる筈は無いのだから。

 

あるいは、あのアーマリンもどきに飲まれて分解されたか?

そうなら、中に入るまで確認は出来ない。厄介な事だ。

 

「にしても、あんたもよくやるわ。ここ半月ずっと立ち続けてるんだから。何があんたをそうさせるの?」

「信じているからだ」

「そんな良いサマナーには見えなかったけどねぇ」

「ああ、サマナーはスペックで言えば雑魚だよ。正面での戦いの強さで言えば君の足元にも及ばないだろう。月とすっぽんと言うのだろう?」

「あなた何気に酷いわね」

「だが、サマナーには君よりも持っているものがある」

「へぇ、それは?」

「運だよ」

「...運って」

「結局のところそこに帰結するのさ。那由多の果ての可能性を掴もうとする意思も、その可能性を見れるという運が絡んでいる」

 

「私は、その奇妙な運を知っているのさ。何せ、私もサマナーも絶体絶命のタイミングで引かれ合うように出会ったのだからね」

 

その言葉を聞いて、これはもしかするかもしれないと悪路王に連絡を入れてみた。

返答は「問題なし」だった。随分と返答が遅かったが、まぁ不安定な時だったのだろう。

 

「まぁ、今は些事ね。オペレーター、ラクシュミー一派の拠点は割り出せていないの?」

「いいえ、街の外のようで確定には至っていません。候補地ならいくつか」

「なら、まだ防衛の段階ね」

 

「報告です!西3番タワーに襲撃です」

「これで18本目、本気でどうなっているのかしら。護衛にいた団員たちは?」

「...寝返りました」

「は⁉︎」

「西3番タワーを襲撃したのは、浅田彼方!それと彼女の率いるガイアーズです!」

「信じられない、花咲を見捨てた?いや、カオスにそれはないわね。天使を見つけたから殺しに入っただけと言うのが考えられる状況?」

「待ってください、北1番タワーにも襲撃が!ラクシュミー一派です!」

「19本目を狙って⁉︎...繋がっているの、この二つの派閥は⁉︎どうやって?ガイアの街から外へのネットワークはない!通信術式だってここの通信プロトコルを通さないと遮断されるのに⁉︎」

 

ガイアの首領ヨスガは、確かに無敵を誇っている。

 

だが、彼女はそれだけだ。

 

聖杯の欠片から無限のMAGを引き出せようと、この街において最強の力を発揮できようと

 

盤上のルールそのものを無視していく者達には、先手を取られてしまう。

 

「...仕方ないわ、最後の南6番タワー以外捨てるわ。それまで両派の動向をきちんと把握して。拠点が割れたら幹部連中を送り込んで欲しいけど、まぁ無駄ね。私は、本気の戦闘準備に入るわ」

 

「...ここまで来ると、笑えてくるわね」

「一応助言をしておこう。ウチのサマナーはこういった術式に強い。頼めば力を貸してくれるかもしれないよ?」

「ありえないわ」

 

「だって、あいつは嫌いだもの。あり得もしない可能性に命を賭けるなんて、狂っていないとできないのに狂ってすらいない。あんな人間は、私達の世界には要らないわ」

「つまり、あと半月後に試験を終わらせるというのは」

「嘘に決まってるじゃない。当然でしょ?」

 

「私が、欠片を手放すとでも?」

「...キミのそれは、邪悪としか言いようがないな」

「いいえ、私は正義よ。だって勝ち続けるもの。これまでもこれからも」

 

剣を抜いてかかってくるかと思ったが、シュバリエ・デオンは何故か冷静だった。

 

「なら、予言をしよう。キミがあの異界に入る時、その中でキミを待つのはサマナーだ。その時は、諦めて欠片を渡した方が良いよ。きっと命は助かるだろうから」

「生意気言うじゃない、ただ立ってるだけの悪魔風情が」

 

そうして、半月に渡りガイアの指揮を取ることに集中していた事でどうにか侵攻は遅らせることができた。私の戦闘準備が整うまでに。

 

「一応言っておくけど、私がいなくても異界の中には入れないわよ。この中に入ることを許可されているのはあなたのサマナーと私だけ。余計な気は起こさないでね。貴女は、私の仲魔になるんだから」

「...それはどうかな?」

「どうしてサマナーをそこまで信じられるのだか、所詮契約で繋がっているだけの癖に」

 

そうして、最後のタワーである南6番タワーに転移する。

 

そこにいるのは、ガイアーズとラクシュミー一派の連合軍。ガイアーズは強者が、ラクシュミー一派には弱い悪魔が集まっているが、不思議と噛み合っている。

 

これまでの共同戦線で、仲間意識でも生まれたのだろうか。

 

「そんな弱者は要らないわ。万能属性魔法(メギド)、ランスシェイプ、ファランクスシフト」

 

総勢52名と69体、回避される事も想定して発現させるメギドは倍の242本

 

「案の定こっち来たぞ!ヨスガだ!用意は良いなテメェら!」

「おうよ!この日の為に準備してきたんだ!」

「皆、私たちが守るからねー!」

「そうだホー!」

 

「ターゲットロック。一応言っておくわ、投降して情報を吐く最初の1人は生かしてあげ...え?」

 

「「「「トラポートストーン!」」」」

 

瞬間、目の前にいた反逆者達は転移の光に包まれて消えていった。街の外へと。

 

「...コケにしてくれる!」

 

タワーのコンソール前に転移する。幸いここに詰めている天使は、これまで殺されたソロネや、虎の子のケルプを投入している。時間稼ぎには十分な戦力だ。

 

だが、殺されるスピードが速い。ハイクラスの上の上であるケルプを殺すには浅田彼方だろうと時間がかかると踏んでいたのだが。

 

「噛み合ってる?ラクシュミー一派と浅田彼方みたいなカオスの権化が?」

 

そうしてたどり着いたのは、ほとんど無傷の5名の人間と、2人の英霊に2匹の悪魔。ここに来てサマナーを投入してきた?これまでも激戦だったと言うのに英霊を従えられるほどのサマナーが隠れていたのは何故だ?

 

まるでこちらの手を読みきっていたかのようだ。

 

何かが、噛み合わない。

 

だが、ここは絶対強者として対応しよう。いかに浅田彼方やラクシュミー・バーイー、鉄壁が居たとしても、この街にいる限り私を殺すことは敵わない。

 

「やぁ、ウチの千尋くんが世話になったね」

「...ああ、そんな名前だったわねあのサマナー」

「そう、奇跡に手を伸ばす愚かで美しい人間だよ」

 

戦闘態勢に入る敵。だが、最悪このタワーを破壊しても構わない私と違って彼らはこのタワーの術式を解呪しなくてはならない。

 

これでは、負ける方が難しいだろう。

 

「魔法陣展開代行プログラム、起動!空間反転、虚数異界起動!」

 

そして、最初の一手が自分を確実に討ち取る為の策である事を理解させられた。

 


 

「これはッ⁉︎」

「実数領域のガイアの街において、貴女は無敵だ。何せ街そのものが貴女の武器なんだから。だから、ここに引っ張りこませてもらった」

「これで、私が殺せるとでも?街が無くても、私のはコイツが居る!顕れろ、我が力の象徴!牛頭天王(ゴズテンノウ)!」

 

「吹き飛びなさい!高位万能属性魔法(メギドラ)!クアドラブル!」

 

4発のメギドラの相乗効果により、消滅の威力を集中させて纏めて消しとばす。小手調べだ。

 

「やはり防ぐか、鉄壁!」

「貴女には、この街に虐げられた人達の痛みを、踏みにじられた願いを!必ず叩き返す!」

 

いともたやすく、万能属性のMAGの奔流はシャットアウトされた。神々しさすら感じさせる、その盾で。

 

あれが鉄壁の神威の盾。あらゆる力を遮断する空間断絶に近いMAG障壁。

 

そして、盾がなくなった瞬間に神速で突っ込んでくる影

 

クレイモアを脇構えに疾風魔法で飛翔してくるその弾丸のような女の名前は。

 

「へぇ、硬いねその手!」

「あいにくと、特別性なのよ!浅田彼方!」

 

見えない何かで繋がっているこの一団の頭がどこにあるかはやはりわからない。だが、浅田彼方と鉄壁のタイミングは完璧に合っていた。カオスの権化でおる浅田と、聖女の如き振る舞いを見せる鉄壁。

 

その2つを繋ぐ、遊星歯車のような人物がいる。おそらく、この場には居ない。

 

何故か、一度しか見なかった、今絶対に干渉できる筈のない顔無しの男が頭に浮かぶ。

 

那由多の果ての未来の可能性より、自分の欲を満たせる今日を優先するのが正しい筈なのに。

 

何故か今、あの目が心にこびりついて離れなかった。

 

 




ちなみに、今千尋くんがいる異界はとある事情により中心部である司令室の隣にあります。という次回のネタばらしをしれっとしてみたり。



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願いのカケラ

ファイアーエムブレムに熱中して体調崩すバカがいるらしい。虚弱ゥ!

風花雪月はかなり良いです。まぁ、クラシックハードで始めたのに死神騎士に喧嘩を売って死にかけたのは些細なこと。あいつ殴られたら動き出すとか顔見せボスの風上にも置けねぇですよ。敵将撃破がクリア条件じゃなかったらユニットロストの危機でした、はい。


牛頭天王をその身に宿したヨスガは、単体で冗談のような戦力を誇っていた。

 

浅田彼方と互角のスピード、万能属性魔法を使いこなした数多の形態変化、これに街レベルの概念装備の力が加わっていたかもしれないというのだから笑うしかない。

 

が、今この色物集団の指揮を取っている身としては、最低限の仕事はしなくてはならない。

 

「浅田彼方!死ぬ気で抑えなさい!撃ち合いになったらこっちは火力負けするわ!」

「わかってるって!」

 

袈裟斬りから始まる浅田彼方の空中剣戟は、踊るようで、それでいて死を予感させる鋭さを持っていた。

 

「それは、見た!」

 

だが、ヨスガはそれを空手空拳で受け流す。右腕からおぞましい悪魔の力が感じられるが、それだけなのにだ。

 

ヨスガは、武器を持たずに浅田彼方と互角の近接戦闘能力を保持しているという事だ。

 

正直、あの嵐のような戦いに援護を入れるのは簡単ではない。浅田彼方の心を理解している花咲なら違うのだろうけれど、奴は最後の締めの準備に取り掛かっている。

 

ならば、私なりのやり方でここは行く。

 

正々堂々、正面突破だ。

 

「サモン!キマイラ!ニュクス!作戦をCにスイッチ!」

 

「ウォオオオオ!」

「呪いを、喰らいなさい!」

 

浅田が宙に離れた瞬間に、キマイラの雄叫びとニュクスのフォッグブレスが放たれる。宙の浅田からの風圧により動きを止められたヨスガは、その2つの能力低下現象を引き起こす技により大幅に動きが鈍った。

 

「フィン!ラクシュミー!縁ちゃん!」

 

その状態なら、浅田の回復する瞬間の時間を稼ぐ事が、この強者達にはできるのだ。

 

「舞うが如く!」

「ハレルヤ!」

「一斉射撃!」

 

フィンが上空から、ラクシュミーが若干後方から銃撃で、縁ちゃんが低空からそれぞれ同時に攻撃を仕掛ける。

 

「邪魔ァ!」

 

だが、それでもなお実力はヨスガが上回る。力を削がれ、頑強性を削がれ、反応性も削がれた。

 

しかし、そんな状態であるにも関わらず銃撃を当たるものだけ防御しながら縁ちゃんの低空からのアッパーを踏み台にして高く飛び、フィンと空中で交錯して上を取り、メギドラを構えた。

 

そしてそれを、神野の神威の盾で防ぎきる。が、それすらも予想済みだったのか上空で悠々とデクンダストーンを使われた。これで、能力低下現象は解消されてしまった。

 

これで振り出し。

 

「浅田!ヒランヤよ!」

「サンキューアリスちゃん!もっかい行ってくる!」

 

そう、この戦いは一見互角の戦いのように見える。しかし、実際の所こちらの勝ち筋はたった1つしかなく、それをどこまで隠し通せるかが肝なのだ。

 

「さぁ!私がまた来たよ!」

「ええ、遊んであげる。あなたのMAGが尽きるまでね!」

「ッ⁉︎内田さん!」

「バレるのはわかってた事でしょう!うろたえない!」

 

そうして、再び始まるヨスガと浅田の死闘。

浅田はフルスロットルだ。軌道にも極大(ダイン)級の術を使っているから、息切れは早い。

 

対して、ヨスガはその膨大な保有MAGで消費の大きい万能属性魔法のデメリットを無視している。それが、絶対防御を誇るこちらが撃ち合いでは絶対に勝てない理由。

 

こちらが貯水タンクなら、向こうはダム。それほどにMAGの絶対量が隔絶しているのだ。

 

「ヒランヤで誤魔化せるのは3回まで、それまでになんとしてもチャンスを作らないと...」

 

そんな指揮してる側の心配を他所に、浅田彼方は狂気的で、蠱惑的で、美しい笑みを浮かべていた。

 

今この瞬間の死闘を純粋に楽しんでいるかの如く。

 


 

強い、この寄せ集め集団を見て素直にそう思った。

おそらく指揮官をしているサマナーはこの集団の本来の指揮官ではない。だが、寄せ集めの筈のこの集団を1つの部隊にしているのは彼女の手腕だ。

 

正直部下に欲しい。彼女はおそらく正義だ秩序だので動いていない、この反逆に勝ち目があると見て敵方についた雇われのサマナーだろう。勝ち方次第では雇えるかもしれない。

 

次に、鉄壁とラクシュミー・バーイー。

 

2つの守りは堅い。報告にあったが、ラクシュミーは城壁を物質化(マテリアライズ)するという話だ。鉄壁の盾と合わせるとメギドラを6発ほど収束させなくてはならないだろう。

 

そんな隙は、なかなか作り出せないが。

 

的確なタイミングであの金髪の槍使いが水流を放ってくる。力場で弾けるレベルではないので、喰らえば手傷を負わされる。

 

そして、動きを止めればキマイラとニュクスの能力低下技が放たれる。わかっているので当たるつもりはないが、それでも撃たれるだけで行動が制限される。一発目以降は当てるのではなく置くように放たれている。そこを、何かが狙っているのを感じる。

 

いや、わかっているのだこのヒリついた何かが原因なのだと。

 

どこにいるのかわからない、必殺の手を放つ誰かがいる。

 

この異界に引き込んだ時点で、自分を殺すなんらかの算段はついている筈なのだ。でなければ、挑んだりはしてこない。

 

だが、その敵の策が何であれ隙を晒さなければ問題はない。

 

そうして、迂回させたメギドラを当てる事でついにキマイラとニュクスを殺せた。

 

それが、敵の動きを変えるきっかけだった。

 

()()()()!プランA!死ぬ気で押さえ込みなさい!」

 

瞬間、隠れていたと思わしき3つの影が現れる。

 

一人は、よく知っている顔。その日暮らしができればいいだなんて事を言う、ガイアの昼行灯。

 

雷の抜刀斎、志島兼続。

 

一人は、顔無し。ただ純粋にぶっぱなせれば良いという独特の感性を持つ術者。

 

万能魔法のエキスパート、メギドラ。

 

そして、指揮しているサマナーの援護をしていた少年と同じ姿の者。

 

その目を、見間違えることは無い。侵略する夷狄に対して、その力に乗じて悪魔を是としてこの世界に覇を唱えようとした私と相打った、あの学生服の男。

 

殺人貴、七夜志貴。

 

「そうか、道理で脅威を感じなかった筈!鬼札を隠していたのか!お前の()()()()()()()()を使って!」

 

異界に侵入したタイミングもあり、隠れている奴はいると思っていた。だが、まさかここでコイツとは⁉︎

 

奴に切られた右腕は、転生しても動きはしなかった。だからこそ悪魔の力で右手を作り変えたのだから。

つまり、魂へのダイレクトダメージ。

 

3人は3人それぞれにこちらの首を取りうる技を持っている。

 

「さぁさぁさぁ!まずは私の私による私のための必殺術式!形態変化、両腕を砲身に変体!この発想をくれたちっひーに感謝を込めてぇー!高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

顔無しの特性である認識を弄る事により身体を自在に操れる事を利用して、()()()()()()()()()()()()なんて真似は常人の発想では無いだろう。

 

そして、それが作り出す火力は相当なものだ。収束率が高いが故に私だけを殺す術になっているが、収束していなければもしかしたら伝説に届いているかもしれない。それほどの威力だ。

 

だが、甘い。

 

その程度なら、力場のコントロールで力を逃がせる。私の膨大なMAGが作り出す強大な力場を意図的に弱める事でルートを作り、砲撃を曲げる。

 

やったことはないが、出来ると確信していた。

 

何故なら、それが出来なければ次の二人の絶殺を防ぐことなどできはしないのだから。

 

「来るか、電磁抜刀!」

「そりゃね、これしかないもんで!」

 

リニアモーターカーの原理を使っての抜刀姿勢を崩さない神速移動。そして、それをロケットの一段目としての鞘からの磁力の反発を使っての二段目の抜刀。そして、それに斬撃としての形を与える完璧な体さばき。

 

これは、ひとりの男が編み出した絶技。

 

だが、馬鹿正直に立ち会う必要はない。

これに対応するために、自分は手を自由にしていたのだから。

 

「初速を潰せば、抜刀は見切れる!高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

「ま、わかってる手札が通るわきゃねぇのは知ってるよ」

 

磁力のレールは、私に直進するのではなく緩やかに上へと登っていった。

絶殺技を知られているということを逆手に取っての囮とは、この策を考えた策士は間違いなく詐術士の類だ。

 

そして、2つの絶殺技を抜けた先には、かつての私を殺した男がいる。

 

あの、蒼く輝く死の瞳を持った。殺人貴が。

 

警戒するのはあの技。短刀を投げる事から始まる一連の暗殺技。

 

おそらく、前世では未完成だったそれはそれでも自分を殺してみせた。

 

観察しろ、予測しろ、想像しろ。

 

今、志島の絶殺技を防ぐためにメギドラを放った。故に、一瞬のチャージが必要になる。そこを突かない奴ではないだろう。

 

故に、こちらの取れる対処手段は純粋な体さばきによる回避のみ。

 

そうして、ナイフが飛んでくる。

 

それを、掴み取り投げ返す事で絶殺の一撃を凌駕する!

 

「後ろッ⁉︎」

 

そして、感じなかった背後に、七夜志貴の気配を感じた。

転移系の術式を疑い、ナイフを投げ返す先を咄嗟に変更したところ。

 

そこにいたのは、()()()()()だった。

 

ドッペルゲンガーだと気づいたのは、ナイフの来た方向からの死を感じ取ってからだった。

 

だが、私の最後の防御術、力場を爆発させる技はなんとか間に合った。力場が完全に戻るまで約30分、それまで私は無防備だ。

 

故に、この異界から逃げ出さなくてはならない。

 

「トラポートストーン、超過起動!」

 

そうして、力場の爆発で歪んだ空間の揺らぎからこの異界から抜け出そうとして

 

「行けよ、カオスの」

「ありがと、カオスの」

 

加速と疾風の加速を掛け合わせた加速で、疾風魔法を極限まで圧縮した斬撃が放たれる。

 

その一撃は半魔の体を切り裂いて、私の命を刈り取ってみせた。

 

「だが、私の命は一つじゃない!」

 

牛頭天王の魂を燃料にして刈り取られた命を賦活させる。そうして、ギリギリの所で私は撤退する事ができた。

 

「良し、ガーディアンは剥ぎ取った!あとは任せたよ、千尋くん!」

 


 

ギリギリの所で戻って来れた。あの一連の攻撃は、間違いなく私を殺す為に編み出されたコンビネーションだ。即席ではなく、とても練られた。

 

おそらく、敵は私と殺人貴の関係も知っている。それが故にそれを最後の一手に見せかけて、意識の外に逃げていた志島と浅田を使った一手を叩き込まれた。

 

完敗だ。ひさびさに、負けるというのを体験した。

 

だが、最後に勝つのは私だ。

何故なら私には依然聖杯のカケラがあり、それを活かすために作り上げた異界があるのだから。

 

「オペレーター!監視を怠らないで!」

 

そう言って、コンソールを操作しているはずのエンジェルに指示を出す。が、返答は帰って来なかった。

 

嫌な予感がして見てみると、そこには誰もいない。

 

私が戦闘に行っているウチに全てのエンジェルが殺されていた。

 

「シュバリエ・デオン...やってくれるじゃない!」

 

エンジェルなどいくらでも変えは効くが、いやらしい事をしてくれたものだ。

 

「いいや、私ではないよ」

「..,どの口が!」

「異界の中から悪魔が出てきてね、奮戦虚しくエンジェル達は食べられてしまったという訳さ。...ああ、そいつは異界に戻っていったよ。私を殺せないと分かっていたのかな?」

「...念のため、カメラを確認させてもらうわ」

 

そうして見えたのは、異界の中から紫の鬼が現れてエンジェル全てを切り裂き喰らったという事実だった。そして、この騎士とは戦わずに異界に戻った。互いに剣を向けあって威嚇しあっていたものの、この騎士は鬼を通した。

 

最悪のタイミングでの、悪路王の反逆だ。

 

「欠片の力でもう一度ねじ伏せてあげる。優先順位よ。まずは、異界でMAGのリチャージ、それから街造りで街の機能の再生、そして、このタワーからの遠隔攻撃だけで戦力を削って、着実に殺してみせる!」

 

そうして、異界に入る。

 

案の定、そこには悪路王が待ち構えていた。

 

あの邪悪の英霊と、顔無しの男を引き連れて。

 

「悪路王、あなたやってくれたわね」

「いいや、俺はもう悪路王ではない」

「何?じゃあなんだって言うのよ」

 

「かつてこの蝦夷の国を守る為に戦った、阿弖流為という男の成れの果てだよ」

「つまり、真名による二重契約って訳。コンプはないけれど、俺はデビルサマナーなんだせ?」

「んでもって、俺はアテルイから助けられたって訳よ、お前を倒す戦力としてな!馬鹿じゃねぇ?と思うけど俺に選択肢なんてないんだよなー!」

「...なら、契約は生きてるのね。そうならば、力でその意思は捻じ曲げられる!あなたは悪路王!私が召喚した、鬼よ!」

 

そう、契約にMAGを割いた瞬間に、自分の首が落ちた。

 

何が起きたのかは単純だ、シュバリエ・デオンが異界に入って無防備な私の背後から斬撃を放ったという事。

 

その瞬間、ここに至るまでの全ての絵を描いていた敵の姿を確かに理解した。

 

悪路王を懐柔してこの異界を乗っ取り、シュバリエ・デオンを通じてタワーの通信プロトコルや様々な情報を抜き取り、浅田とラクシュミーの二つの異なる思想を一つの目的に纏めて私を殺しうる作戦を組み立て、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を逆手に取って命を奪いに来た。

 

認めよう、花咲千尋。コイツは本物だ。

 

そうして、欠片の力で己を改変し、もはや最後の足掻きでしかないMAG暴走形態へとフォームシフトする。

 

かつてなったバアルアバターには程遠い、ただの肉の塊に。

 

「デオン、アテルイ、アンリマユ」

 

「コイツを殺すぞ。俺たちの、エゴの為に!」

 

その言葉は、自分を終わらせる為の言葉であったはずなのに

 

何故だか優しくて、泣きたくなった。もう、涙を流す機能などないけれど

 


 

肉塊と化したヨスガは、その存在規模だけで言えばハイエストクラスの悪魔だ。

しかし、そこに戦いに臨む強い意思は見えない。

 

スライムになる前に、終わらせてあげよう。

 

「デオン、COMP頼む」

「ああ、それにしても、その左の指は痛々しいね。痛みはないのかい?」

「まぁ、幸いなことにな。他人の想いが中に入るのは慣れてんだ」

 

アンリマユの泥は、突き詰めてしまえばただの想いだ。故に、心さえ折れなければその絶対値は力にできる。

 

そして、俺は心が折れていないのが取り柄なのだ。自慢ではないが。

 

だから、行ける。

抗うのではなく、耐えるのでもなく、受け入れる事でその想いはコントロールできる。

 

まぁ、時間を加速できるこの異界の力を使って目一杯修行した結果なのだが、そこはちょっと格好悪いので黙っておこう。うん。

 

「さぁ、アテルイ。赤で、一撃だ。支援は任せろ」

「ああ、任された」

 

左の指で魔法陣を描き、それを自らのMAGで起動させる事で術を発動させる。こんな簡単な事が出来なくて今までクソ苦労していたのは正直泣きたいくらい悔しいが、お陰で様々な魔法陣の知識が手に入ったのだから人生万事塞翁が馬だ。

 

でなければ、この術は作れなかっただろうから。

 

「行け、アテルイ!全能力向上魔法(ヒートライザ)!続けて支援!加速魔法陣5枚重ね!」

「さらばだヨスガ、混沌の者であり、人の未来を力で勝ちとろうとした者よ!」

 

「火炎纏・鬼神楽!」

 

アテルイの物理攻撃に特化した赤鬼モードでの最強攻撃、MAGを収束しての蹴りがヨスガだった肉塊に炎のエネルギーを与え、それが内部で爆発した。

 

これが、アテルイの力。

 

新たに仲魔となった、心強い万能戦士である。

 

「じゃあ、約束通り欠片貰ってから、帰ろうか」

「そうだね」

 

そうして、石を使って皆に連絡を取る。

 

「作戦終了!お疲れ様でした!」

 

今ここに、ガイアの街を支配していた支配者ヨスガは倒され、グレイルウォー第2戦の勝利が確定した。

 


 

MAG化したヨスガの亡骸の中から、聖杯の欠片を取り出す。

相変わらず保管方法に困るものだが、まぁ風呂敷に包んでいい感じに血を付けておけば生首とかと思われてくれるだろう、多分。

 

「じゃあ、皆。出るぞ」

「あー、すまん。俺は無理だわ」

「...アンリマユ?」

「この異界?って奴のお陰で抑えられてるが、外出たら俺多分パーンってなるわ。わかるのよその辺」

「...アウターコードか」

「てな訳で、地獄に送ってくれや。悪魔召喚士(デビルサマナー)

「断る」

「即答⁉︎」

 

驚くまっくろくろすけ。

 

「いやマジでやべーんだって!」

「お前を退去させる術式はもう組み上げてある。泥は貰うから、お前は天国かなんかに行け。生贄にされただけで、お前には特に悪行の業はないだろ」

「サマナー...あんた馬鹿か?」

「自覚はしてる。けど、お前も楽していいだろ。こんな世界に来たんだからさ」

「これ、結構キツイぜ?」

「どっちみち、力は必要だったんだ。お前は邪魔な泥がなくなってラッキー、俺は力を得てラッキー、win-winだろ?」

「...なんか、それすら言い訳な匂いがするんだよなぁ、この詐欺師みたいな善人の言うことだと」

「そうなのかい?サマナー」

「...ああ、そうだよ」

 

「あんな辛いの、誰かに背負わせるくらいなら俺が背負う。そっちの方が気が楽なんだ。偶然とはいえ俺に未来をくれた恩人になら特にな」

「俺、特に何もしてねぇんだがなぁ...まぁいいさ。持ってけるだけ持ってきな。この世全ての悪って奴をさ!」

「ああ、じゃあ行くぞ、アンリマユ」

 

魔法陣展開代行プログラムで術式の下地を作り、左手で描く本命の魔法陣をそっとアンリマユに押し付ける。

 

契約のラインとは比べものにならない密度の死の念がやってくる。

しかし、もうその奥にあるものは見えている。

 

結局の所、これは人の想いでしかないのだ。だから、表面の叫びではなく、その奥に隠されている多種多様な希望を見ることができれば。

 

これは呪いではなく、願いの塊だと言えるだろう。

 

「驚いた。サマナーあんた、全部飲み込んじまいやがった」

「お前って出力の限界があるから、この世全ての悪って訳でもなかったんだろうな。というか、黒いのが抜けるとお前案外見れる顔じゃねぇか」

「まぁ、サマナーに比べりゃなぁ」

「...じゃ、貰ってくな。お前の受けた、願いのカケラ達を」

「おう、また会えない事を祈ってるぜー。まぁ、祈る神とかこの世界にはいすぎるだろうけどさ」

 

邪悪な気配を感じさせないで飄々と、ひとりの少年のようにアンリマユは光に消えていった。

 

「...アウタースピリッツって、本当に色々いるんだな」

「そうだね。でも、君で良かったよ。私でも他の誰でも、きっと彼の事を忌憚なく受け入れられはしなかった。...私は正直、嫌悪感からだけで彼を切り裂いてしまいそうだったよ。けど、あの黒が抜けた先には、普通の少年がいた。君は、それを見ていた」

 

「だから、たとえ一時でもアンリマユという少年のパートナーになれた事は、サマナーにしかできなかった凄い事だと、私は思うよ」

 

「..,そんなもんかね?」

「そんなものさ」

 

そうして、異界の外に出て

 

このガイアタワーに出入り口がない事に気付き、一日かけて転送妨害術式のバックドアを構築する羽目になったのは正直笑い話にもならなかったと思う。

 


 

「志貴くん、これで良かったの?」

「ええ、まぁ。因縁ってほど因縁がある訳じゃありませんでしたから。ただ、あの世紀末に出会って、殺しあっただけです。恨みつらみがあったりだとか、家族の仇だったりとか、そんな事は無い訳なんで」

「でも、殺しあった仲だったんでしょう?」

「...家族みたいな人達の仇を取って、血の衝動に任せるままに殺して回ってた時にたまたまバアル・アバターに会った。本当に、それだけなんです」

「ふーん」

「ま、昔の話ですよ」

 

たった一日で、ガイアの街は変わった。

 

これまでヨスガの力に従っていた天使たちは、ラクシュミーを中心に纏まり、人々を守る本来の役目のために動くようにすると言っていた。

 

ガイアの勝者たちも敗者たちも、ヨスガの後釜を狙おうと結界の解けたガイアタワーへの侵入を試みたが、物理的手段、魔術的手段どちらにおいてもタワー内部に侵入する事はできなかった。故に、現在は各所に散る重要施設の占拠争いが起こっている。まぁ、ウカノミタマプラントに関してはトラポートストーンの転移先に設定していたので、私たちに協力してくれた現地協力者への報酬という形で提供するという事になっている。

 

今後は、ラクシュミー一派の勢力を広げるのに役立つだろう。

 

千尋さんは無意識に、ここにラクシュミーさんが陣を構えると遡月への侵攻が遅くなるなんて事を計算に入れているのだろうけど、それ以上に善意を基幹にした考えでの事だ。

 

 

記憶の彼方の暖かい記憶を思い出す。もう、戦いの日々で薄れて消えてしまったけど、それでも、優しい日々はあったのだ。

 

なら、それでいい。七夜志貴という男の人生は、悲劇なだけではなかったのだから。

 

きっと、それで良いのだ。

 


 

「にしてもちっひーくんたち、ここからポイっとにげちゃうんだね。無責任だねー」

「元から流れモンだろこいつらは。ヨスガの遺産が手に入ったんなら次の街に行くのが道理って奴だ」

「通信越しでしたが、とってもお世話になりました。ヨスガのガーディアンを剥ぎ取るには手持ちの戦力では3手足りなかったので」

「そりゃこっちこそだよ。まさかあの短期間でトラポートストーンをあれだけ集めてくれるとは思わなかった。よくやるぜ本当。...まぁ、なんかどろっとしてたらしいけど」

「原材料がアレだったんで」

「アレってなんだよ」

「秘密です」

「気になるじゃねぇかよ畜生」

 

「じゃ、所長のガイア連中への挨拶という名のリンチも終わったみたいですし、そろそろ行きますね」

「おー」

「またね、ちっひー!」

 


 

「縁、お前には幾度も助けられた。正直に言えば、お前の仲魔として共に行きたいところだったが、ここで苦しむ人々を私は見捨てられない。すまんな」

「謝らないで下さい。最初に立ち上がってくれたあなたがいたから、私は耐えられたんです。この街に」

「フッ、確かに。私よりもずっと心で動いているのに、よくも耐えてくれたものだ。それだけ、軍師殿が大切だったのだな?」

「..,はい。この胸の想いを伝えられるかはわかりません。でも、大事に育てて愛にしたいと思ったんです。きっと、それが私が聖女じゃなくて神野縁で居られた理由ですから」

「そうか、それは応援せずには居られないな」

 

そんな、ガールズトークをした後に、「出れたー!」と声が聞こえたのは大分驚いた。

 

同じ想いを抱いている彼方さんにしか話していなかった小さな秘密。

 

とりあえずバレないで済んだことにホッと一息をついて、「おかえりなさい!」と元気な声で声をかける。

 

その姿を、ラクシュミーさんは微笑ましいものを見る目で見ていた。

 


 

「一応言っておくわ。あなたのタイムリミットは3ヶ月。アラクシュミーを取り込んだことでこの世界からの干渉があるお陰で大分伸びてるけど、それでも干渉がなくなったわけじゃないわ」

「ああ、それまでに後進を見つけて自刃するさ。民を守る為に立ち上がった私が、民を殺すための殺戮機械になどなってたまるものか」

「そ、なら安心ね。まぁ、このガイアの街で何が起こっても私達にはもう関係ないんだけど」

「...君は随分と、優しいのだな」

「何言ってるのよ、頭大丈夫?」

「ああ、頭は大丈夫だ」

「...ま、私が伝えたかったのはそれだけよ。せいぜい長生きしなさいね」

 

そう言って、不器用に優しかった彼女は去っていった。きっと、人に優しくする方法を忘れてしまったのだろう。それでも、その心が正しいものだったから、その優しさは惹きつけるのだろう、惹きつけられたのだろう。

 

あの、世界を救う旅路に向かう人々の流れの中に。

 

その中に加われなかったことが、少しだけ悔しい。

 

だが、どの世界でもそんなものだ。できることをするしかない。

 

私は、私のあると決めた在り方でこの街の人々を守ろう。

 

そう思い、旅路に着く者たちを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その日の夜のことだった。

 

「失礼するぜー、大将」

「ああ、シジマか。どうかしたのか?」

「なに、大したことじゃねぇ」

 

「あんたの命を、取りに来ただけさ」

 

瞬間、光が走った。

 

MAGのチャージがあったわけではない。鞘から刀を出そうとするそぶりがあったわけでもない。

 

ただ、ほんの一瞬瞬いただけで、私の命は断ち切られた。

 

これが、電磁抜刀。

 

ヨスガが相性と事前準備で勝っていたというだけで、この街の最強戦力は誰かと聞かれれば真っ先に口に出る虐殺の抜刀斎。

 

これが、志島兼続という者だったのか。

 

この窮地を友に知らせる手段は既になく。

私はただ、一人の小娘のように生き絶えた。

 


 

「うっし終了。メギトラ、天使どもはどうだ?」

「ヨスガの遺産って良いねぇ。ひさびさにぶっ放しまくったよ。9割殺せた。これで、この街は真にガイアのものになった。正確には、この街の少し外れにあるターミナルが、だけどね」

「じゃあ、先生方が使ったターミナルのクールダウンが終わったら人員を送り込んで行くか。()()()()()()()()()()()()によ」

「うん、この世界の最終戦争になるんだから、楽しまないと!頑張ろー!」

 

そうして、この街の本当の悪意は胎動を始めた。

 

ヨスガの支配を良しとしなかった、純粋な闘争と殺戮のみを求めるガイアーズ達は、今翼を手に入れてしまったのだ。

 

ターミナルという、距離という最大の壁を超える翼を。

 

 




グレイルウォー第2戦、ガイアの街編終了です。

どうでもいい事ですが、ファイアーエムブレムまで書いた短編(だったはずの中編)を投稿したので、気が向いた方は作者ページからどうぞー


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遡月美遊というサマナー

FE金鹿ルートクリアしましたー。最後の一撃はやっぱりルナでした。いや、リシテアさんなんてものを覚えるのだよ。これから別ルートで敵対するの怖いわ。

あ、結婚は脳内彼女としました。選択肢に出てきたのなら選ばざるを得ないでしょうアレは。


「おかえりなさい、皆さん」

「ただいま、マッさん」

 

ターミナルを使い、遠く北海道から遡月の街に帰ってきて数時間、護衛と思わしき人たちを連れて真里亞が、労いの言葉をかけにきてくれた。

 

「今回の報告はまだ書面に纏めてないから、ちょっと待ってくれ。正直、別行動してた時間が多過ぎてまだ誰も正確な行動結果を把握していないんだ」

「ま、途中からは千尋くんの思惑通りに進んだから、ごちゃごちゃしたのは千尋くんが囚われてた間くらいかな。あの間、通信できなくて困ったんだよねー」

「すいません、通信妨害術式にあんな妙なのが張られてるとは思わなかったので。次行く前には皆の通信石をアップデートしておきます」

 

通信が繋がらなかった理由、というか俺からの通信が繋がった理由としては単純に、俺が常駐させていたプログラムの関係だ。

 

傍受されるのを避けるために通信にある種の暗号化を自前でかけていたのだが、なんとその暗号化処理により通信情報が結界を抜けられるようなフォーマットになっていたのだ。

 

こんなのは、結界を張った人がある程度術に長けていれば簡単に防げる事なのだが、何故だろうか?

 

意図的に作られたバックドアであったりするのだろうかとは考えたが、まぁ多分結界を張った人はもう天に召されているのだろうから気にしないでおく。

 

「千尋さん、囚われたと聞きましたが大丈夫なんですか?」

「ああ、デストラップを利用してパワーアップして帰ってきたぜー」

「なんですかその改造手術で脳を改造し損なうかのような大失態は」

「ま、運が良かったんだよ」

 

実際、あの拘束では結果的に得しかしていない気がする。術式を練り上げる十分な時間、念願の出力回路の代用品の獲得、そして、ハイエストクラスまで引き上げられる心強い仲魔の獲得。

 

うん、指が切り落とされてから無様に逃げ回った事くらいしかマイナスはないな。

 

「さて、そっちはどうなってる?一月で大分変わったみたいだけど」

「地盤を固める事は出来ましたよ。まぁ、なんか親衛隊とか出来てしまいましたけど」

 

「私より弱い人はいらないんですけどねー」とぼやく人類最強の血族。実際のところどうなのかと護衛の人に聞いてみたところ、事務の補佐をすることがメインの組織のようだ。なので、キュウビさんの傀儡政権という事なのだろう。

 

そして、キュウビさんなら取って代わられる可能性は無い。単純に強いし、経験もある。

 

これは、真里亞を自由に動かせるようにする為の組織編成だろう。考えた人はなかなかにやり手だ。

 

「じゃあ、親衛隊の皆さんはこの辺で。敵の手がどこまで伸びているかわからない以上、情報の共有は最小限にしたいんです」

 

「はい。お気をつけて、真里亞様」

「はい、皆さんもお仕事頑張ってください」

 

そうして、親衛隊と別れてキュウビさんの待つ中央執務室へと向かう。道中でミズキさんと風魔を拾えたのは幸いだった。聖杯の護衛には士郎さんたちが付いているようだ。もっとも、今の浅田探偵事務所は皇室直属の調査兼戦闘部隊というとんでもない尾ひれの付いた魔境と化しているので、そうそう手を出す者も居ないだろうが。

 

そして、執務室にやってくる。

 

意外なことに、キュウビさんはそこそこ暇をしているようだった。もっと修羅場を予想していたのだが、何故だろうか。

 

「おお、花咲か。首尾は上々のようじゃの」

「ええ、きっちりとぶんどってきましたよ。やっぱ攻める側は楽でいいですわ」

「では、妾の封印されていた部屋へと行くぞ。あそこに強力な結界を張った。7つ全てとはいかぬが、3つ程なら気配を外に漏らさずに済むであろうよ」

「一つ所にカケラをまとめて置くのは危険でしたから、本当にありがたいですね」

 

そうしてキュウビさんの案内の元、支部をあっちこっちに巡って封印の間へと辿り着く。

 

感じる感覚が、この中は別物だと告げている。

 

「凄いの張りましたね。これは、解呪は無理そうです」

「まぁ、勉強したからの」

 

結界の内容はシンプルだ。入れる人物を限定するというもの。その強度は、メギドラオンを当ててもこじ開けるのは難しい程だろう。

 

欠片を受け取ったキュウビさんは中に入り、数分してから出てきた。

 

問題は、なさそうだ。

 

「お主、妾が欠片を隠匿する可能性を考えたな?」

「...はい」

「お主はそれで良いのだろうな。信じる事と疑う事、両方同時にできないのならサマナーはやっておれぬであろうからの。安心するが良い、欠片は誓って守り抜こうぞ。なんなら、契約を結んでも良い」

「その言葉、信じさせて貰います」

 

というか、ここに置くと決めた時点で信じるとは決めていたのだが、やはり疑念というものは浮かんでしまうのだ。欠片を間違った使い方をしたヨスガという実例を見てしまったから尚更に。

 

「では、お主らは帰って存分に休むと良い。どの道ターミナルのクールダウンに時間が必要なのじゃからな」

 

その言葉と共に、キュウビさんは小さな狐となっていった。今まで見ていたのは、分身だったのか...

 

確かに、勉強したというのは本当のようだ。警戒していたが全く気付かなかった。

 

「じゃあ、帰って報告会といきましょうか」

「そだねー」

 

そうして身軽になった自分たちは、ヤタガラスから生鮮食品の類を分けて貰い家路につく。

 

ガイアの街の食事は、色々と凄まじく雑だったので、繊細な士郎さんの料理が食べたいのだ。

 

まぁ、そもそも食事がどれくらいぶりなのか数えていないというのも食欲に結びついているのはあるだろうが。

 


 

「できたぞー」

「生姜焼き!やっぱりこういうのが人間の食べ物だよねー!」

「はい、ガイアの街の食事は...アレでしたから」

「どんなものかだったんですか?」

「基本は悪魔食ですね。カラキタウワを量産工場で作っていて、それの肉を焼いて食ってました。ただ、調理するって一手間を加えずに、適当に焼いて適当に塩を振ってって感じだったので、本当に雑な味だったんですよ」

「調理技能を持ってる人がそもそも死んでるか転がってるかだったからねー」

「本当、あの街がこれから良くなる事を願うばかりですよ」

「ま、ラクシュミーならなんとかするでしょ」

 

そんな事を喋りつつも食事進める。

 

生姜の香ばしい香りが、米を食べる箸の進みを止めさせない。素晴らしい料理の技だ。士郎さんは生前板前の息子さんか何かだったのだろうか?いや、どちらかと言えば家庭料理の色が強い。つまり...これは、日常の中で研磨されていった技術だと言うのか⁉︎

 

と、馬鹿な考えを見抜かれたのかデオンにジト目で見られる。本気にはしてねぇよ。

 

そんな中、味噌汁に手をつける。

味噌汁の中では、乱雑な形の豆腐が見える。なんでも、豆腐はちぎる事で味噌汁と接触する表面積が増えるため、豆腐の味が味噌汁にうまく伝わってくれるのだとか。

 

ちなみに、これは美遊ちゃんが拾ってきた料理本から仕入れた知識なのだとか。

 

何気にこの遡月の街を歩き回っているので、崩壊してからのこの街についてとても詳しくなっているとのこと。

 

それに、悪魔の知り合いが結構増えたようだ。MAGを渡す事で交渉を始め、そこからなんだかんだで友情を育んでいるのだとか。

 

守らなければならないお姫様のイメージを、一瞬で放り投げていくあたり美遊ちゃんはなかなかこちら向きである。

 

「ご馳走さまでした」

「はい、お粗末様」

 

そうして、皆で片付けをする。

水道が止まっているので、皿洗い一つ取ってしても面倒だったりするのだ。故に、地味に皆が勝負の空気を醸し出し始めている。具体的にはじゃんけんの。

 

「最初はグー、じゃんけんポン!」

 

そして、覚醒者達のスペックをフルに使った超次元じゃんけんにより勝負が決まる。

 

肉体スペック最弱の自分の敗北という形で。手を出す瞬間に出す手を変えるスイッチスタイルなら読まれないと思ったが、それも含めて見られていたようだ。やはり身体スペックは最弱なのね俺。

 

尚、美遊ちゃんは普通にやって普通に勝っていた。ある意味凄いわこの子。

 

「千尋くーん、水汲みから皿洗いまでよろしくねー」

「ふふふ、我に秘策ありですよ」

 

これまでは、水を汲んでからその水を大事に使って皿洗いをやっていた。

だが、それも今日までの事。

 

「魔法陣展開代行プログラム起動!擬似展開、水撃魔法(アクア)!」

 

キッチンの上に水球が現れる。術式への理解と出力回路(サーキット)があれば理論上どんな魔法でも使えるのがこの魔法陣展開代行プログラムの本来の使い方なのだ。まぁ、理解してなくても誰かに術式を作って貰えば使う事は可能なのだが、それはそれだ。

 

術式をイメージで練り上げて、その魔法陣を汲み取って描くことができる事。それが魔法陣展開代行プログラムの利点なのだ。

 

「千尋くん...新しい力を手に入れたからって、それを見せびらかす為にわざと負けるのはどうかと思うよ?」

「ガチ負けですよ悪かったですね!」

 

ガチの超人には、覚醒者になっても人間の範疇を出れていない自分の気持ちはわからないのだ。多分。

 

そうして、水球から必要な分の水だけを取り出して皿洗いをする。これは思った以上に便利だ。水道が使えていた頃よりも楽チンかもしれない。

 

ともあれ、さらっと皿洗いを終わらせてデブリーフィングに移るとしよう。今回もまた、ハードだったのだから。

 


 

「私からは以上だねー。ガイア側のヨスガに従わない不穏分子って、大体強い奴だったから集めるのは簡単だったよ」

「...どうしてヨスガとやらはその強い者達をそのままにしておいたのでしょうか。自分に刃向かう者ならば処断するのが定石だと思うのですが」

「んー、多分だけどそれはヨスガの中では違ったんじゃないかな?」

「...違ったとは?」

「ヨスガは、論理的思考をしているけど、やっぱり根っこはカオスなんだよ。だから、戦ってきてくれる敵を心のどこかで求めてた。そんな感じじゃない?」

「...私にはわかりません。それが、あんな弱いというだけで虐げられる理由にしてしまうような街を作る理由になるなんて」

「私にもわからないかな。だって」

 

「やっぱり、カオスの思想の根本にあるのは自由なんだよ。運命にも、悪魔の力にも縛られない自分たちの意思で掴み取る自由。その為の弱肉強食であって、弱肉強食の世界がゴールじゃないんだよ」

 

「そういった意味だと、ヨスガはガイアの中でも異端だったのかな?まぁもうどうでも良いけど」

 

そんな言葉を最後に、デブリーフィングは終了した。

 

「報告書にまとめ終わったら事務所のサーバーにも上げとくから、気になったとこがあるならまずそっちを確認してくれ」

「では一つだけ。千尋さんの閉じ込められた異界についての説明が薄い気がするのですが、それはどうしてですか?」

「あー、薄いも何も、本当に何もなかったんだよ」

 

「時間間隔を極限まで引き伸ばした関係で、アテルイとアンリマユ以外何も存在してなかったんだ。聖杯のカケラでの回復の為の異界だったから、時間間隔以外必要なかったんだろうよ」

「成る程、理解しました」

 

「ねぇ花咲。アンリマユってアンリ・マンユの事よね」

「ああ、外の世界に昔あったゾロアスター教ってのの悪神らしい。まぁ、会ったのは生贄にされた少年だったから多分別人だけどな」

「そう...恩返しの機会は、まだ先って事ね」

「何かあったのか?」

「...昔仲魔だったのよ、アンリ・マンユって悪魔が」

 

なんともまぁ、奇縁である。お互いにアンリマユから力を貸して貰っていたとは。

 

「じゃ、以後自由時間で。次のグレイルウォーは順当に行けば新潟だ。海の近くだからダゴンみたいなのがいるかもしれない。欲しい装備品があったら明日の昼までにリストに上げてくれ。中島に交渉してみる」

 

皆は各々散っていく。

さて、とりあえず自分は事務所の施設の点検から始めよう。一月も留守にしていたのだから、何かしら不具合が起きていてもおかしくはない。

 

注意して、見るとしよう。

 

「デオン、すまんが護衛頼む」

「了解だ。だが、今シロウと美遊がプリンを作っているのだそうだ。手短に終わらせよう」

「了解。...しっかしプリンとは、牛乳どっから調達したんだ?」

 

あとで入手経路を聞いてみよう。俺も久しぶりにケーキ作りたいし。

 

生クリームとかもあるだろうか。いや、無ければ無いなりに作るのだが。

 

そうして事務所の周囲からの結界の状態確認をしていると、不自然な事がわかった。

 

結界の少し外に、何かが刺さったような跡があるのだ。これは、剣だろうか?

 

「...うわ、士郎さんエグいなー」

「これは、攻撃の跡かい?」

「いや、手動反撃結界って感じだな。外から入ろうとしてきた奴を、こうして水際で迎撃してるんだろ。...あんな風にな」

 

見れば、餓鬼の群れの中の「俺はやってやるぜ!」というイキった印象の餓鬼がこちらの事務所へと入ろうとして

 

空中に現れた剣によりその命を断たれた。

 

「感知からの抜き打ちが早すぎだろ」

「来るとわかってれば躱せない程ではないが、不意打ちでこれはなかなかに厳しいかな」

「うん、しかもこれで片手間ってのがヤベーわ。よく敵対しないで済んだな」

「あのとき強行突破を選んでいたら死んでいただろうね、私たちは」

「だな」

 

外からの結界の漏れはなし。悪魔の進行を士郎さんが止めてくれた事が大きいのだろう。いっそのこと、結界の感知に士郎さんをリンクさせてみようか。その方が楽で精度もよくなるだろうし。

 

「護衛サンキューなー」

「構わないよ、仲魔だからね」

「じゃあ、美遊ちゃんに聞いて本のある所を巡ってみるか。お前もそろそろ手持ちの本なくなってきた頃だろ?」

「まぁ、タブレットに新しくダウンロードできないからね。...銀河英雄伝説が最後まで読み切れなかったのは地味に気になっていたのだよ」

「銀英伝の本とか割とプレミア物だな。初版は結界以前の本なんだから」

 

「遡月にあるかなー?」と呟きながらも中に戻る。

 

そうして、結界の状態確認をしたのちに美遊ちゃんと士郎さんの元へ行く。どうやら、プリンはちょうど焼き上がった頃のようだった。

 

焼き上がりたてのプリンと、ちゃんと冷やしたプリン、どちらも美味しいのが悩みどころだ。というか、それでちょっとした論争が起こっている。焼き上がりたてを食べたい派の風魔と、しっかり冷やしたい派の縁で。

 

何気に噛み合わない二人なのだ。いや、仲は決して悪くないのだが。

 

というわけで、超次元じゃんけん再びである。

 

「...サマナー、じゃんけんの風圧で書類が飛び回っているのだが大丈夫なのかい?」

「大丈夫だ、二人にちゃんと掃除させるから」

 

そうして、自分には捕らえきれない程のスピードで繰り広げられたグーとチョキとパーの応酬は、手がもつれてグーチョキパーを出してしまった風魔の負けとなった。

 

尚、かかったのは10分ほど。これでは焼きたては食べられなかったので結果的に正解である。

 

「縁ちゃんも愉快になったねー」

「どっかのカオスの影響じゃないです?」

「朱に交われば赤くなる、と言うしね」

「酷いなー、もー」

 

そうして、二人はいそいそと書類の片付けに回っていた。

 

時間も空いたようなので、美遊ちゃんと士郎さんを連れて街巡りと行くことにする。士郎さん達も夕食の食材を近所に住んでる人々とやりとりをするのだそうだ。

 

電気というか冷蔵庫が生きている自分たちのウチの冷蔵庫は、ご近所さんの肉の保存に一役買っているらしい。

 

代わりに、現象加速系の術や技で作る手作りの醤油や砂糖を譲ってもらっているのだとか。

異界にデミナンディの牧場を作っている人もいるらしく、牛乳はそこから調達したのだとか。

 

美遊ちゃんと士郎さんのネットワークが何気に凄い事になっている気がしなくもない。

 

そして、その中で異質なのがこの古書店だ。

 

「お邪魔します、アンデルセンさん」

「ふん、俺は勝手に居座っているだけだと言っているだろうが。...見ない顔があるな、名乗れ」

 

声が渋い。奇妙な少年だ。

いや、この感じはアウタースピリッツか?

 

「花咲千尋、サマナーだ」

「シュバリエ・デオン、仲魔をしているよ」

「ほぅ、随分と警戒されるものだな。お前、同郷だろう?」

「なぜそれを?」

「ネタ探しにフランスの奇妙な騎士の話を聞いた事があったのだよ。なに、生前はしがない物書きでね」

「へぇ、何を書いたんで...アンデルセン?アンデルセン童話?」

「ほぅ、こんな遠い土地にも伝わっていたか。多少は有名だったのだな」

「だから言いましたよね。美遊に人魚姫を読み聞かせた事があったって」

「...ふん、まぁいい。それで、この土地のお前は何を思った?」

「検閲後の物しか読んでないので、物語の全てを汲み取れた訳じゃないと思いますけど、とても良い物語だったと思います」

「検閲?」

「はい、アンデルセンさんの童話って影響力が強すぎて由来の悪魔が出てきかねないものだったんですよ。なんで、20年ごろに検閲喰らったらしいです」

「...随分と物書きに厳しい世界だな」

「必死でしたからねー。後の世界にちょっとでも良いバトンを渡したかったんでしょう」

「ふん、理解した。では、さっさと殺すと良い」

「殺す?どうしてですか?花咲さん」

「まぁ、ややこしい話なんだが...」

「どこかから、人を殺せと念が飛んでくるのだよ」

「ッ⁉︎アンデルセンさん⁉︎」

「だが、安心しろ。ただの作家に人を殺す手段などないのでな!そちらの美遊嬢にすら負けるこの身で何をしろというのだ、この世界の意思とやらは」

 

ぽかんとする美遊ちゃん。なんともまぁ、人選ミスという奴であろうよ。確かにただの作家にこの魔境の人類を殺せなどとは無理があるだろう。生き残ってる人類は皆高濃度MAGにより潜在覚醒しているのだし。

 

「じゃあ、なんか悪影響が出る前に送還術式使いますね」

「ああ、そうしてくれ。ちなみに聞くが、それに痛みはあるのか?」

「無いように作りました」

「それは安心だ。まぁ、最悪自刃するつもりではいたので大して不安はなかったがな」

 

「千尋さん、アンデルセンさんは殺すしかないんですか?」

「ああ、アウタースピリッツが暴走したら、大きな被害が出る。だから、その前に殺してあげなくちゃあならない。その尊厳を守る為に」

「...でも!」

 

「美遊嬢、気にする事はない。死人があの世に帰るだけだ。この時代の名作を読めたのだからある意味得かもしれないな」

「美遊、本人が納得してるんだ。だからそれは止めちゃいけない」

 

「そう、ですね」

「でも、俺たちは納得なんかしてません。アウタースピリッツはこの世界にとっての異物ですが、それは悪魔だって同じ事。採取したデータから、アウタースピリッツが安全に存在できるようにする術を作り上げてみせます」

「それはいい!ならば実験体として俺の体を提供しよう」

「...良いんですか?」

「何、貴様が成功すればもう少し長く居られるのだろう?あいにくと、この書店の本をまだ読み切っていないのだ」

「なら、よろしくお願いします」

 

そうして、始まった突発的な実験。

 

というよりも、答え合わせのようなもの。

 

北海道にいたラクシュミーさんは、悪魔アラクシュミーの力を受け取ることで干渉を弾いていた。

 

そして、ドリーカドモンの外殻を持っていたとしても安定し過ぎているデオンへの干渉。

 

その共通点は、悪魔の力。もっと言えばこの世界の力。

 

それで自分の存在をオーバーライドする事で、干渉の段階をリセットできるのだろう。

 

一時的に、世界が対象を見失うという奇跡で。

 

「じゃあ、行きます。強制夢幻降魔(D・インストール)、カラドリウス」

 

そうして、一瞬の光と共にアンデルセンさんは上書きされた。

こちら側の、存在へと。

 

「...どうやら、失敗のようだな」

「それは、どうして?」

「こうして、お前たちを殺してしまいたくなっているからだ!避けろよ貴様ら!衝撃魔法(ザン)!」

 

そうして放たれた拙い疾風魔法は、この中で最も戦闘経験の浅い美遊ちゃんを襲い

 

その力場により完全に弾かれて霧散した。

 

「...士郎さん、お願いします」

「俺たちがやるよ。元はと言えば欲を出した俺のミスだ」

「いえ、私がやります」

 

「アンデルセンさんは、私の友人でしたから」

 

そうして、アンデルセンが次の術を発動しようとしたその前に

 

白と黒の剣にて、士郎さんがアンデルセンさんを切り裂いていた。

 

「全く、良い目になったものだ。迷いはそのままに、それでも強くあるその瞳」

 

「良い女になるな、お前は」

 

そんな言葉を最後に、アンデルセンさんは消えていった。

光の粒子に、体を変えて。

 


 

その後、黙祷を捧げてから美遊ちゃんと共に書店を出て行く。

 

本を漁る気には、ならなかった。

 

だが、思考だけは止めはしない。

 

理論は間違っていないはずだ。でなければデオンに思念が届いていない理由がない。

見落としているとすれば、悪魔のスケールか?アウタースピリッツに悪魔の力を加える事で存在を拡張するD・インストールは、アウタースピリッツにとっては諸刃の剣だ。デオンのように自分の霊基を守る外殻がなければ、悪魔と自我のバランスが保てなくなり精神が崩壊する。これは、考えるまでもない前提だ。だから、最小限の力の悪魔であるカラドリウスを使ってD・インストールを行った。

 

それが失敗したという事は、つまり

 

アウタースピリッツとのバランスが完全に釣り合っている悪魔を見つけなければ、アウタースピリッツの無害化は出来ないという事だろう。

 

そんな奇跡が、ありえる筈はない。つまり、アンデルセンさんに提示したこの回答の答えは×である。

 

「...力が手に入って、増長したかね?」

「いいや、サマナーはいつも通りだよ。悪魔より悪魔のような思考で、より良い未来を願ってる。結果が伴わなくても、そこだけは変わっていない」

「そんなもんかね?」

「そんなものさ」

 

そうして、アンデルセンという奇妙なアウタースピリッツとの出会いはこうして終わった。

 

「...私、少しだけ思い出したかもしれません。記憶のこと」

「美遊?」

「私にも多分、アンデルセンさんみたいにこうと決めた覚悟があった。それが何かはまだ思い出せないけど。きっと大切な事だった...と思う」

「...ああ、そうだよ。美遊は意外と頑固だからな。そうだって決めた後は止めても聞かなかったよ」

「その答え、教えてもらっていいですか?士郎さん」

「...いいや、それは美遊自身が思い出すべき事だ。俺、実は今でも納得はしてないから、思い出さないでいてくれるのはそれはそれで良いんだよ」

「...そう」

 

そんな会話を、一つ残して。

 


 

事務所に戻り、皆で冷えたプリンを食べる。カラメルソースがカスタードと絡まって良い味を出している。やはり良いものだ。

出来立てプリンを望んでいた風魔も、素直に食べている。とても幸せそうな顔で。

 

うん、やはり甘いものは良いものだ。

 

そんな時、スマートウォッチがアラートを発した。このサインは、円蔵山のターミナルに反応があったという事を示している。

 

「デオン、内田、行くぞ!真里亞はヤタガラスの方のターミナルに異変がないかを確認してくれ!ミズキさんと風魔はそっちに!所長と縁は聖杯の護衛を!」

 

そうして、最速で大空洞内部のターミナルを確認すると、そこには一通の手紙が落ちていた。

 

差出人の名前は、葛葉キョウジ。

 

内容は救難要請。聖杯を見つけ、封印しようとした時に強大過ぎる力を持った悪魔が現れたのだとか。

 

故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()手紙を送ったのだと。

 

「他人へのラブコールだけど、行かない訳にも行かないか」

 

付和さんこと葛葉ライドウが今どこにいるのかわからない。ならば、取れる手段で対応するべきだろう。

 

そう思い、大空洞の外に出る。

どうやら、次の目的地は決まったようだ。

 

次の目的地は帝都、悪鬼渦巻く日本の中心だ。




準備をスパッと切り上げて次に行きます。
グレイルウォー第3戦、帝都マサカド大決戦へ。


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狂将マサカド

葛葉キョウジ、それは葛葉四天王の番外位。

 

時代の変事に現れる。最凶のサマナー。外法により体を変えるのを繰り返す、世紀末から生き続けてきた伝説だ。

 

その行動はこの世界を守る為。そのための犠牲も手段も選ばない。

 

俺が伝聞で聞いた情報だけでもそれほどのものであり、その逸話の数数から読み取れた戦闘理論は自分のものの参考にさせてもらっていた。

 

そして、あの日から2年間真里亞を守り続けてきた人物であるらしい。

 

「真里亞、伝えた通りだ。次に行くのは帝都にするしかない、でなければその前に世界が崩れて落ちる」

「はい、理解してます。ターミナルのクールダウンにはあとどれくらいかかりますか?」

「状況が状況だ。今回はターミナルの最低ラインで走らせる。3人で行くぞ。これなら残り半日で済む。

「...厳しい戦いになりますね」

「残りのメンツには付和さん...ライドウさんの捜索を本格的にやってもらう。ターミナルの使い方は...内田だな」

 

正直、ターミナルの使い方は俺が占有したかった。どこにでも行ける人が増えるというのは利点ではあるが、同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺は、仲間として皆を信じている。

しかし、それとは別にその思想などが簡単に歪められてしまうことを知っているのだ。歪める外法を術として理解しているのだから。

 

そうして、隣にいる内田にターミナルに触れさせる。

使い方を理解させるにはこれが手っ取り早いからだ。

 

「...ごめん花咲、あんたほどうまく扱える自信はないわ」

「なら、頭の中で作ってた演算領域の代行プログラムを今組み立てる。試運転はできないが、これでだいぶ楽になるはずだ」

「しれっと頭おかしい発明しないでよ」

「俺よりも先駆者の頭のおかしさを褒めろ。俺は後追いでアレンジしてるだけだ」

「へー、そう」

 

「で、私がターミナル扱えるようになったって事は話す?」

「...任せる。信用できるかどうかはお前が判断してくれ」

「...ま、どっから情報が漏れるかはわからないものね」

「ああ」

「じゃあ、行ってらっしゃい。ライドウの代わりとか無理だと思うけど、あんたならやれるんじゃないかって思うから」

「いや、どっちだよ」

 

そんな言葉を最後に、大空洞を後にした。

 


 

「さぁ、行きましょうか千尋さん」

「ああ。皆、ターミナルの冷却にかかるのは3週間程度だ。()()()()()は俺たちがなんとか食い止めるから、皆はライドウさんを探してくれ。でも、見つからなかった場合でも3週間で増援が欲しい。...もっとも、その時まで世界が保ってればの話だけどな」

 

頷く皆。

 

「死なないでよー、千尋くん」

「安心して下さい。俺もそこそこ強くなりましたから」

「むしろそこが不安なんだよねー、千尋くんのしぶとさって弱者の足掻きみたいなとこがあるから」

「それも安心して下さい。向かう先は帝都です。俺より強い人なんかゴロゴロいますから...言っててしんどくなってきました。あー、なんで知っちゃったかなー」

「サマナー、言っても仕方がないさ。それに、知らないで新潟に行っていたら世界が滅んでいたのだろう?ならば、正解だよ」

 

そうして、皆に見送られて転送を開始する。

 

俺と真里亞とデオン、3人だけの厳しい戦争の始まりだ。

 

目的は2つ。

 

ファントムソサエティに奪われた必殺の国防兵器が最強の一柱、護国神マサカドを取り戻し、令和結界の機能崩壊を防ぐ事。

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

やってみせる。でなければこの世界は終わるのだから。

 

「千尋さん!」

「...どうした?縁」

「私、お帰りって言いますから!絶対の絶対に!無事に帰った千尋さんに!」

「ああ、その時は牛乳と卵とかを用意してくれてると助かる。アテルイがシュークリームを食べたいとか言い出してさ。それでどうせならいっぱい作って仲魔連中に振舞ってやりたいと思ってんだ」

「わかりました!任せてください!」

「お前の分も作るつもりだから、楽しみにしてろよー」

 

「「「じゃあ、行ってきます」」」

 

そうして、ターミナルを起動させて転送を開始する。

 

そうして一瞬の浮遊感の後、違った景色に変わる。

 

とても狭い。どこかの仮設住宅に適当にターミナルが置かれているようだ。

 

「真里亞、知ってるか?」

「いいえ。ですがおそらくキョウジ叔父様の隠れ家の一つでしょう。見た目は簡素ですが、強固な結界が張られています」

「外に中の気配を悟らせないタイプの結界だな。だが、この手の結界って、侵入防御紙になりがちなんだが大丈夫か?」

「...外を見ればわかりますよ」

 

そうして、真里亞の先導の元外に出る。

 

どうやらココは、避難所だった場所のようだ。

 

 

 

もう、破壊されて残骸だらけであったが。

 

「うん、田舎者としては帝都って怖いとか思っとくべき?」

「帝都では、私は隠れ住んでいました。ですが、どこにも安全などなかったようです。2年間で何度も隠れ家を変えました。それだけ、危険が大きかったのでしょう」

「...あの葛葉キョウジでもか。おっかないな」

 

避難所の残骸を探索していく。キョウジさんからのメッセージでもあれば良いのだが、そんなものはないようだ。

 

つまり、帝都を探索して合流しなくてはならないようだ。

 

「真里亞、すまんが結構頼る」

「構いません。帝都は踏み荒らされてしまいましたが、それでも私は日の本と帝都の守護者でありたい。そうであった陛下達のように在りたいのです」

「...サマナーがこう言う時は、本当に酷使する時だよ?大丈夫かい?マリア」

「ええ、大丈夫です。命を捨てる覚悟はありますから」

「そこまでは要求してねぇよ」

 

そんな会話をしながら、避難所を出て帝都の状況を探る。

 

「お、第1野良悪魔だ」

 

見つけたのは、なんだかこの世に絶望している空気を醸し出している魔獣カプソ。

 

なんだか妙に強い力場を発しているが、雑魚悪魔である。

 

「ちわー」

「ちわー、軽いねキミ」

「ちょっと話聞いていいか?最近この辺りに来たもんでね」

「あー、なら早急に逃げる事を進めるよ。この辺り、もう人間住めないからねー」

「そうなのか?」

「うん、マサカド様の勅命に大体の悪魔が付いて行っちゃったからね。悪魔の国の建国だってさー。辛いなー」

「じゃあ、お前は俺を報告したりするのか?」

「やだよめんどい。サマナーとのぐだぐだな関係に慣れたインドア派ペットの僕が今更どうして野生に戻れるのさ」

「じゃあ、ウチ来る?」

「...意外とアリかも」

「お、好印象」

「だけど、それはキミの実力を見てからじゃないとねー。うん、泥舟には乗りたくないし」

「では、こちらのお方をご覧下さい」

「ん?...ミ゛ャ⁉︎」

「俺は実は、今ラストエンプレスたる右代宮真里亞様のエージェントなのさ。どうよ?」

「...うん、乗らないと僕殺されるノリだよね。秘密を話すヤクザのノリだよコレ。アニメで見たよ」

「堕落してたんだなーお前さん」

「元サマナーがアニメっ子だったからねー。僕も一緒に見たのよ」

 

懐かしそうに昔を語るカプソ。コイツは、良い出会いを得たのだろう。

 

「それで、どうする?」

「...うん、決めたよ」

 

「僕はカプソ、魔獣カプソ。よろしくね」

悪魔召喚士(デビルサマナー)花咲千尋だ。よろしくな」

 

そうして、成り行き任せにガイドを得て旅路を行く。

 

どうやらこの帝都では、悪魔の悪魔による悪魔の為の国の建国が始まっているらしい。

それを主導しているのは、ファントムソサエティ。今、その大将をしているのは護国神の方のマサカド公であるが、その実務を担っているのはファントムの悪魔であるシェムハザらしい。

 

そして、その中で力をつけているのは悪魔人間たちだ。

元ファントムソサエティの構成員は、なんらかの処置により悪魔の力を取り込み、強化されているのだとか。

 

それが、ファントムソサエティの国を作る原動力となっている。

 

「つまり、敵はそのファントムソサエティだと言うことかい?」

「いや、シェムハザは結界崩壊を望んではいない筈だ。ファントムの理念は、悪魔上位の社会の設立。そのためにはまだ時間は必要だろうし、シェムハザはそんなに人間嫌いって訳でもない。何かある筈だよ」

「ですが、マサカド公を拐かしたのはファントムです。そこに間違いはないでしょう。どうするつもりですか?」

「...ファントムとは、いずれ会うことになるだろうよ。問題なのは、狂将マサカドの方。見かけて生き残ったやつはカプソみたく誰かのサマナーの仲魔だった奴らだけだ。正直、コイツの行動パターンを割りださないと探索どころじゃないな」

「だが、いずれ倒さねばならないのだろう?」

「まぁそうなんだが...正直囲んでボコりたい」

「サマナーって本当に人間なの?悪魔とかじゃない?」

「まだ人間だよ」

 

そうして、周囲を警戒しながら歩いて数十分程

 

自分たちは、ある光景を目にした。

 

「さぁ、あなた。着いたわよ」

「ア...アァ?」

 

それは、顔無しの夫婦が手を取り合って歩いていく光景だった。

 

そして、その先にいるのは悪魔人間。

 

嫌な、予感がする。

 

「サマナー、あれは毒婦の類だ。行かせてくれ」

「...その前に情報を抜きたい。カプソは潜伏モードで行けそうなとこまで近づいててくれ。真里亞は狙える位置に。俺とデオンはこっから一気に行けるように準備だ」

 

そうして、カプソの聞いた声が伝わってくる。

 

「さぁ、あなた。...私の為に、ね?」

「アぁ、あ」

「...まぁ確かに一人餌を連れてきたら良いって話だけどよ、旦那を連れてくるかね?おっかねぇ」

「不満?」

「いや、好みだよ。悪魔より悪魔らしいのは人間の良さだ」

 

「じゃあ、餌は連れてくぜ。お前はファントムの施設にこの入館証で入りな。それで、処置はしてくれるだろうよ」

「ありがとう、悪魔さん...あぁ、これで私は成れるのね!踏みにじる側に!」

 

そうして女性の手から離れた瞬間に、男の様子が変わった。

まるで、何かが孵化しようとしているかのように思えた。

人間に使う言葉ではないが、直感的にそう思ったのだ。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、」

 

「...オイ、この餌腐りかけじゃねぇかよ面倒くせぇ」

「腐りかけ?」

 

「...」

 

「...あー、駄目だコイツは。入館証返せ。人間は美味いから良いんだよ」

 

「成った後の奴は、クソ不味いんだとよ」

「...え、あなた?」

 

そうして、男は変わった。内側から弾けるように、見たことのないタイプの悪魔へと。

 

「我は全、全は我。我は心の海より出でし者なり」

 

アンリマユの泥を見た今の俺には、なんとなく感じられる。

あれは、意思の混沌だ。命が混ざり合って、しかし反発しあっている。

 

「チッ、強いなコイツ!おい、クソ女!お前戦えるか⁉︎」

「...戦えるなら、もっと早くに貴方達の元に行ったわよ!」

「あー、タイマンかよクソが!」

 

「デオン、予定変更だ。悪魔と女を助けるぞ」

「...そうだね。アレは、間違いなく敵だ。それに、話が通じる相手でもなさそうだ」

 

そうして、男だった者から放たれる魔法。珍しい事に、重力魔法系統だったようだ。女と悪魔は地面に貼り付けられている。

 

しからば、その隙に行くとしよう。

 

「受け取れ!全能力向上(ヒートライザ)!」

「任された!」

 

瞬間、最高速に達したデオンが異形に切りかかる。

だが、どこかで感知していたのか即座に重力魔法を放ってくる。広範囲に対しての重力増加により、デオンの足を止めるつもりだろう。

 

しかし、こちらにも伏せている札はあるのだ。

 

「カプソ、合わせろ!」

「なんか流れ込んで来たぁ⁉︎...うん、行けるね!高位氷結魔法(ブフーラ)!」

 

演算を代行して放たせた氷結魔法が、重力魔法の干渉により急速に落下して異形を押しつぶす。

 

そして、その氷結魔法により一瞬重力魔法のコントロールが外れ

 

その瞬間、溜め込んだ力が爆発するかのようにデオンが神速で距離を詰め、一太刀で異形を肩口から2つに切り裂いた。

 

瞬間、感じる何か。

言葉にできない何かの思いが、デオンのラインを通じて俺に伝わってくる。

数多の情報の奔流、数多の感情の波、そんな表現が適切だろうか。

 

意思の混沌の流入、これは正直二度と味わいたくはない。が、今特に変化はないので問題はないのだろう。

 

心配なので、拠点を手に入れたらセルフチェックはするが。

 

何はともあれ戦闘は終了だ。デオンも訝しげな表情をしているが、特に問題はないように見える。

 

「デオン、無事か?」

「ああ。だが、私を通じて何かの呪いが通った気がしたのだが、サマナーは無事なのかい?」

「まぁ、びっくりしたがそれだけだよ」

 

そうして、カプソとデオンを自分を守れる位置に置いて悪魔の彼に話しかける。

 

「どうも、流れのサマナーです」

「どうも、ファントムの悪魔人間です」

 

特に理由もなくお辞儀をして挨拶をすると、向こうもお辞儀をして挨拶を返してくれた。

意外と話が合うかもしれん。この人。両手を合わせておけば良かったかもしれない。アイサツで伝わるものがある!

 

「最近この辺りに来たばかりで右も左もわからない...って程じゃないですけどそれなりにわかってないんですよ」

「その割には覚悟決まってたがなぁ。お前、アレに成った男をあっさり殺れたんだし。自分もいつかああなるかもしれないってのによ」

「...まぁ、今は一応人間ですから」

 

気になるワードが出てきたが、今は知らない事を隠しておくべきだ。

顔無しはアレになるのだろうか。

 

思い返せば、アレに似た悪魔を遡月で殺した事があった。その時はあの意識の感染はなかったが、だが人が、もっと言えば顔なしが悪魔になった事あった。

 

それはつまり、なんらかの条件で顔無しがああなるという事。

人を悪魔にするのとは違う現象だろう。あれは自我境界を曖昧にして自分を悪魔だと錯覚させる事が大体の原理だ。

だが、それではあの未確認の意思の混沌になるとは思えない。

 

アレは、ただの悪魔とは違うものだ。

 

サンプルがあれば解剖なりして確かめたい所だが、まぁそれは後で良いだろう。多分いっぱい出会う事になるのだろうし。

 

「じゃあ、命を助けたって事でファントムの話聞かせてもらって良いですか?」

「いや、餌持って来てない奴は基本的に対応しない事にしてんだよ。どうせ狂将の餌になるからな」

「じゃあ、そちらの女性が俺の餌って事で」

「...は?」

「おいおい、そりゃ話が...あー、確かに通るか。お前がいなきゃ死んでたってことは、この女はお前の所有物って事になる」

「ちょっと待ってよ!私は旦那を連れて来たの!私が悪魔になるために!」

 

「...醜いね」

「そんなもんだよ」

 

「大体あなたもあなたよ!同じ顔無しでしょ⁉︎心が痛まないの!」

「まぁ、痛まないといえば嘘になる。けど」

 

「良心を失くした奴は、もう人じゃないんだよ」

 

その言葉を聞くと、女性はぺたりとへたり込んだ。

 

「カプソ、お前は狙撃地点にいるマッさんについてろ。万が一があるかも分からん」

「りょーかい、じゃあねサマナー」

 

「しれっと恐ろしい事言ってなかったかお前」

「そりゃ、不測の事態を考えておくのは大事でしょうに」

 

そうして、女性を引き渡した後に彼女に渡すつもりだった入館証を渡された。どうやらコレでファントム関係の施設を使えるらしい。

 

「ま、顔無しだと不便だから、とっとと悪魔人間になった方がいいぜ。悪魔人間がアレになったって話は聞かねぇしな」

「...それなんですけど、難しいんですよねー。ちょっと前に高密度の汚染MAGを取り込んだもんで」

「あー、なんかそういうのがあると事故ってスライムになるとか聞いたわ。体に馴染んでんのか?」

「いえ、まだですね。顔無しなんでそうあれと体を作り変えられれば大丈夫なはずなんですけど、そっち方面の才能はないみたいで」

「ま、それなら強制はしねぇさ。だが、施設の方には顔出しておいてくれよ。ファントムの仲間だって顔売っておくのは決して悪いことじゃないからな」

「あー、暗殺される危険性が減るとかですか?」

「いや、人間ってもう貴重だからな。食ってみたい奴は多いんだとさ。特に上の方はグルメでなー」

「うわ、シェムハザの奴趣味悪いなー。人肉って不味いって聞いたんだけど」

「いやいや、昔にもいたろ虫食う奴とか。それの親戚みたいなもんだって」

「ゲテモノ食いの親戚に見られてんのかシェムハザの奴」

 

なんとも愉快な風評被害である。実力で勝てるかは微妙なので、こういった点からメンタルダメージを負ってくれるととっても嬉しい。メンタルダメージは力場を超えるのだ...

 

「じゃあ、俺はこの餌を連れてくわ。あっちの方にある妙に上手い一休さんのグラフティがある建物がこの辺りの拠点だ。...まぁ、悪魔になってもやる事は変わってねぇから気をつけろよ」

「まぁ、ドラッグまみれな感じは想定しておく。...そうだ、この入館証って人間の仲間も連れて行けるか?」

「いや、ダメだ。一人につき一人餌を連れて来る事。それが今の組織に入る条件だからな」

「あいよ。ま、情報収集したらよそ行くから問題ないか」

「へー、どこ目指してんだ?」

「こう、世界を救える何かがある所、とか?」

「適当か」

「だって世界を救ったことなんてないですからね。何すりゃいいのかは大体しかわからないんですよ」

「大体わかってんのかお前、マジか」

「可能性1%超えないですけどねー」

「ダメじゃねぇかよ」

「だから色々旅してるんですって」

 

ちょっと驚かれる。まぁ今はまだ妄言の類だし、仕方ないか。

 

「あー、お前が悪魔になれるならこの街はおススメなんだがなぁ...」

「具体的には?」

「娯楽が多い。アニメにゲームに漫画、過去の資料がよりどりみどりなんだよ」

「流石の帝都だな田舎とは違うわ」

「だろ?ま、新作が出ないのが残念ではあるがな」

 

「それじゃあな」と去っていく悪魔人間さん。気さくないい人だった。が、あの人も誰かを餌にして成り上がったのだろう。油断はできない。

 

「真里亞、聞こえてたか?」

「ええ。では私はカプソと共に狙える位置に待機しておきましょう」

「ああ、ペガサスをそっちに送る。上から帝都を見ていてくれや」

「わかりました」

 

「...千尋さん...あなたには、あの女性を助ける気は微塵もなかったのですか?」

「放っておくとあの女は別の男を餌にしましたよ、間違いなく。なんで、罪人ひとりの命と、これから失われるかも知れない命を天秤にかけて、俺は未来の犠牲が出ない方を選びました。まぁ、サマナーとして、殺しておくべき奴はきっちり殺しとけって仕込まれてんですよ」

「それでも、私は民の命を守りたかったですね」

「すいません、皇女殿下」

「真里亞で構いませんよ。

 

そして、頼れる援護を手に入れてから拠点に赴く。

 

マジに一休さんのグラフティが書かれていた。しかもかなりの名作だ。思わず写真を撮ってしまった。こんなパンクでロックでなおかつキュートな絵があるだろうか、いやない。

 

「おじゃましまーす」

「新人か?」

 

ロビーにたむろしていたのは2人、どちらも悪魔人間だった。

 

「ええ、流れのサマナーやってます」

「へぇ、てことは強いの?強いの?殺し合おうよー僕と!」

「ライジュウ、お前ちょっとは落ち着け」

「えー、でも人間の強さを見るチャンスなんてないんだよ?」

「あー、自分サマナーなんで強さとしてはクソザコですよ」

「えー」

「どうしてもというのなら、こちらのデオンが相手をしましょう。相棒なんで」

「...サマナー、ちょっと扱いが雑ではないかい?」

「...いいね!じゃあ行くよ!」

 

そうして、ライジュウさんは身体を雷化させて神速で入り込む。

しかし、デオンはそれを見切っている。いくら敵が速くても、意よりも遅いのならどうにでもなる、そんな事を言っていた。

 

その結果が、神速に合わせたカウンターである。力場で足にMAGコーティングをして、ライジュウさんの着弾に合わせて蹴り飛ばしたのだ。

 

そうして、壁に叩きつけられたライジュウさんの首に剣を突きつけて、一言言った。

 

「まだやるかい?」

「...いや、今の僕じゃ勝てない。それくらいはわかるよ!強いね!キミ!」

「じゃあ、とりあえず面通しは終わったって事で」

「あー、念のため写真撮っとくか?まぁ顔無しなら意味ねぇんだが」

「すいません、まだこの街に定住するか決めたわけじゃないんで、今はパスって事で」

「本当に流れ者なんだなお前さん。どっから来たんだ?」

「異変が起きた頃は九州にいました。ただ、やりたい事があったんで今は旅をしています」

「そいつはけったいな事だな。旅の話を聞かせてくれよ」

「嫌ですよ、命懸けで手に入れた情報を簡単に回すつもりはありません」

「そりゃそうか」

 

「じゃあ、ケーブルネットワークに情報上げるぞ。あ、そうだ。名前は?」

「花咲千尋です」

「女みてぇな名前だな」

「ほっといてください」

 

そんなわけで、ファントムの構成員(仮)になったのであった。

 


 

「じゃあ、この辺のルールは説明した通りだ。連れと相談して残るか決めるといいぜ」

「ありがとうございました。あ、それとなんですけど」

 

「狂将マサカドの行動範囲やパターン、その辺の情報はないですか?」

「...いや、ないな。ウチの頭がマサカド公だとしても、あの狂将とは別物だ」

「なら、推測できるだけの情報は?」

「それもねぇ、無線機器は構成員全員に配布できるほどねぇからな、外でのたれ死んだ奴が狂将の手によるものかってのはわからねぇのさ。それに、遺体の位置から逆算するってのも無理だぜ。なんせ、あいつは殺した奴を徹底的に破壊する。灰すら残さねぇのさ」

「食ったとかではなくですか?」

「さぁ、分からん。ウチが狂将の情報を得られるのは大抵サマナーの仲魔だった奴からのものだからな。死んだ後どうされたかはわからねぇんだわ」

「つまり、常在戦場あるのみと。辛いですねー」

「ほんとになー」

 

その後は、周辺の地図データを貰ってファントムの詰所から離れる。

ファントムと強調して、狂将をどうにかしつつキョウジさんを探す事、とりあえずはそれを方針にしていいだろう。

 

「真里亞、戻ったぞー」

「ええ、どうでしたか?」

「とりあえず末端は白だ。狂将が操られてるなら狂将の情報が流れる訳がない。というか、このマップに色々注釈つけてくれる訳ねぇし」

「それが罠だとは?」

「いや、こっちの強さは示した。そう無駄に敵対するネタは渡さないだろ。ファントムは邪悪な癖にびっくりするくらい理性的な組織だからな」

「...そうなのですか?」

「ああ」

 

「ま、とりあえずは東京巡りだ。キョウジさんと合流する為には、狂将の動きを知るのが早い。俺たちの命を守る事になるから一石二鳥だしな」

「ええ。では、どちらに向かいます?」

「ヤタガラスの跡地に行ってみたいが、ファントム系列ならめぼしいものは盗ってるだろうし無駄足なんだよなぁ。いっそのこと顔を売り出すのも考えたが、花咲千尋って名前はキョウジさんに伝わってないからなぁ。...あの時独断で返信しとけば良かったか?」

「サマナー、過ぎたことを言っても仕方がないさ」

「だな」

 

そんな会話していると、荒ぶるという表現がしっくりくるMAGがビシビシと伝わってきた。

 

「真里亞、俺とペガサスに!デオン、走って指示するポイントに!全能力向上(ヒートライザ)!」

「了解だ!」

「千尋さん、どうするのですか⁉︎」

「こんな急襲されたんなら、アナライズデータくらいは取らないと割に合わない。だから、デオンをスポッターにして観測する。俺たちはペガサスで離れながら、狂将マサカドの目くらまし役だな」

「...デオンさんが危険では?」

「大丈夫、あいつアレで逃げや隠れ身が得意なんだよ」

 

そうして、マサカドの進軍が始まる。この進路だと、狙いは先程までいたファントムの拠点だ。これは、サマナーがいる可能性が浮かんできた。

 

「アナライズ、スタート」

 

ビルの上に陣取っているデオンを経由して、MAG波を放射する。それによりデオンの存在に気付いたようだ。

 

さて、どう動く?

 

『サマナー、気をつけて!私を介して君を見ている!』

『感知タイプか!』

 

道理で、逃げられた奴が居ないわけだ。

 

狂将マサカドは、なんらかの方法で感知を行なっている。それは、とても広範囲でかつ正確なものなのだろう。

 

故に、マサカドは俺を見つけたのだ。

 

自分に刃向かう、敵として。

 

「真里亞!荒っぽく行くぞ!」

「はい!数多の守護者を殺した狂将、侮るつもりはありませんとも!」

 

起動をペガサスに任せ、俺と真里亞で逃げながら魔法を放っていく。

 

だが、マサカドは意に介したりはしなかった。その強力な力場で受け止めて、弾き飛ばしている。

 

火炎、無効以上。衝撃、耐性

 

「真里亞、勾玉使えるか⁉︎」

「...いいえ、まだMAGが溜まりきっていません。八咫の鏡を優先していたので」

「なら、力場は抜けないか...メギドで穴空くか?アレ」

「試してみては?どのみち、そろそろ追いつかれますし」

「だな」

 

力場を盾にペガサスのスピードに追いついてくる狂将マサカド。そろそろペガサスに疲れが来る頃だ。一つ足止めをしなくてはなるまい。

 

「我は、護国の徒。邪悪の手の者よ、その命貰い受ける!」

「...真里亞!説得頼む!こいつ理性があるぞ!」

「マサカド公!我が名は右代宮真里亞!右代宮が最後の生き残り!」

「ほう!片里(へんり)の娘か!これは驚いた」

 

だが、止まる気配はない。間違いなく俺を殺す為に真っ直ぐに突き進んで来る。

 

そこに、待ったをかけるのが白百合の騎士。こちらの逃走ルートを調整して近道をしてもらったその剣が、マサカド公の力場に突き刺さる。そして、向上した能力を斬撃に変えたデオンの剣にて、力場を無理矢理に切り裂いた。

 

そして、公の持つ刀によって受け止められていた。

 

「見事な剣よ。名は?」

「白百合の騎士、シュヴァリエ・デオン。花咲千尋の仲魔だよ」

 

そうして、デオンとマサカド公の剣戟が始まった。

 

物理的干渉すら可能な力場を持った超次元の悪魔と、それを向上した身体能力と剣技の冴えのみで相手をする騎士。

 

その戦いは、剣を少しでも知るもの全てを魅了してやまない、芸術のようだった。

 

 

 

 




護国神とかいう新しい枠を作ってしまった作者です。色々考えたのですが、あっちのマサカド公にはその名前が相応しいと思ったのですよ。

狂将と護国神。スーパーマサカド対戦はまだちょっとお預けです。


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元最凶のデビルサマナー

「サモン、メドゥーサ!カプソ!クー・フーリン!タイミング合わせて横槍入れるぞ!」

「あの戦いに、ですか?」

 

たしかに、恐ろしい剣戟である。芸術的と言っても過言ではない。

 

だが、だからこそ絶対的な出力の差が勝敗を決めてしまう。

 

デオンの剣が力場を抜くまでのタイムラグ。それが、絶対的な壁として立ちはだかっているのだ。

 

「援護入れるぞ!指示通りの軌道で頼む!」

「応よ!」

「わかりました」

「わかったよー」

 

デオンがマサカド公の剛撃を躱し、崩れた体勢を立て直そうとしたその時に、力場の網がデオンを捉える。

 

物理的干渉による、見えない手だ。

 

そして、返す太刀が放たれようとしたその時に、こちらの援護が着弾する。

 

「デオン、流されろ!」

 

力場破壊にのみ特化させた広範囲の万能属性魔法(メギド)によって一瞬力場を弱め、そこにメドゥーサの極大電撃魔法(ジオダイン)、クー・フーリンのゲイボルクでマサカド公を狙う。

 

援護に気付いたマサカド公は、すぐさま残りの力場を操作して防御を固めるが、それはこちらの見せ札が誘導した結果だ。

 

本命はカプソ。前のサマナーによる合体でさまざまな術を会得しているカプソの高位疾風魔法(ガルーラ)により、デオンを縛っていた力場の網が断ち切られた。

これにより、こちらの致命傷はなんとか回避された。

 

そして、アナライズの完了の通知音が鳴り響く。

 

斬撃以外全属性耐性以上の化け物力場である。火炎属性など反射してくる。やめてくれ、全滅の可能性を考えて温存していた真里亞が不発弾になってしまう。

 

現状、こちらの手札でマサカドにダメージを与えうるのはデオンの斬撃、アテルイの紫鬼モード、ベル・デルの万能属性攻撃の3つ。

 

あとは自分のメギドもそうではあるのだが、これは焼け石に水だろう。魔法陣で適性のない魔法を使っているが故に、そう威力は出ないのだ。

 

つまり、3手で殺し切らなければならないと言うこと。

 

そして、力場の関係上こちらの手札をほとんど封殺できる向こうは、位置のコントロールや攻撃の妨害などの手を全て力尽くで無視できてしまうのだ。

 

うん、どう考えても手札が足りない。今すぐ殺さなくてはならないわけではないのだし、ここで取る選択肢は一択だろう。

 

「真里亞!ド派手に頼む!」

「...ええ、お任せを!」

 

高位広域火炎魔法(マハラギオン)!」

 

マサカドの視界を覆い尽くす超広域火炎魔法。

 

この時点で指示を出されるまでもなく動き出すデオン。

 

マサカドは炎を意に介する事なく、デオンは真っ直ぐにこちらに向けて走っていった。

 

足止めに、クー・フーリンとメドゥーサを残して。

 

「随分、珍い悪魔だな」

「まぁな、この側面を引っ張ってくれるのは、良いサマナーって事さ」

「ええ、そう言う事です。なので、お覚悟を」

「貴様ら、捨て石にされたというのに見上げた忠義よ」

「まぁな。サマナーとの暮らしは結構気に入ってんだ」

「右に同じく、という事で」

「良かろう、儂を止めてみろ!」

 

おそらく、力場の関係上持たせて5分...は希望的観測だ。

 

3分で崩れると見て動くべきだろう。

 

「さて、何処に逃げる?」

「神田明神はどうでしょう。マサカド公はあそこに封じられていたはず。何かあるかもしれません」

「まぁ、藁をも掴むって事だな。幸いここからそう遠くない。ついでだし、デオンを乗せて休ませよう」

 

そうしてストレージから取り出すは鎖。かつて自分を引き回したアレである。実はこれMAG伝導性の高いものなので、術を使える人が扱うとちょっと面白いことができるのだ

 

「デオン、掴まれ」

「感謝するよ、正直息が上がってきた頃だったんだ」

 

そうして、デオンが鎖を掴んだことを確認すると、重力魔法でデオンを軽くして引っ張り上げる。

 

神田明神は、もうすぐだった。

 


 

「うん、これは予想しておくべきだったな」

「すいません、千尋さん。素人考えだったようです」

「なに、ここ以外に逃げたとしても結果は変わらないさ。サマナー、ここでケリをつけよう」

「ああ。全力でぶちかます。正面突破は趣味じゃないんだが...それしかないならやるしかない、か」

 

神田明神のあった場所にあったのは、かつて木造の建物があったという痕跡だけ。

 

マサカド公をどうにかできる結界や封印の類はあったのかもしれないが、全て破壊された後だった。

 

思えば、だからこそキョウジさんは単純戦闘力において世界最強のライドウさんに救援を求めたのだろう。

 

そんな事を考えていると、空からマサカド公が降ってくる。

 

クー・フーリンとメドゥーサを殺したのは感じていたのですぐに来るとは思っていたが、正直あと2分くらいのんびりしていて欲しかった。

 

「では死ぬがよい。邪悪の手の者よ」

「...自分が邪悪じゃないって言い張れるほど、やってる事を理解してないわけじゃない。けどさ」

 

「俺は、明日があって欲しいから。だから、戦わせて貰う」

 

ストレージから取り出したショートソードを突きつけて、胸を張って言い放つ。心からの、ただの言葉を。

 

「...顔無しにしておくには惜しいな。貴様、名は?」

「花咲千尋、ただのサマナーだよ」

「覚えておこう。さらばだ、デビルサマナーよ!」

 

向けられる殺気、それに反応して集中する意識。

足りない手を補う手段はまだ見つかってはいない。だからこそ思考を加速させるのだ。

 

考えをやめた先に

 

瞬間、何かが現れたのを感じた。

 

「そこです、自爆なさい」

「イーヤッハァ!」

 

背後から、バイクに乗った首なしライダーが突然現れマサカド公に信じられない速度で突撃していき、そして自爆した。

 

瞬間、走る閃き。

 

「デオン!真里亞!ライダーの来た方に撤退!マサカドは気にしなくていい!」

「判断が早いですね、やりやすい。次弾行きましょう」

「ヒャッハァ!」

 

再び放たれる首なしライダーの弾丸。どうやら、何かの強化器具を取り付ける事によってあの速度と破壊力を作り出しているようだ。

 

あの情け容赦のない戦法、葛葉キョウジの仲魔と見て間違いはないだろう。

 

「逃走ルートは?」

「転移します、私の近くに。サマナー!」

 

そうして、転移魔法の光が自分たちを包む。かなり高精度に絞られたいい術式だ。

 

そうして、三体目の首なしライダーが爆散するのと同時に自分たちは狂将マサカドから逃げ延びた。

 

何のためらいもなく悪魔を犠牲にするその強かさ、彼は葛葉キョウジの弟子か何かなのだろうか?

 

そんな疑問を持ちながら、転移の終わりの浮遊感を感じると

 

そこには、ほぼ全身を義肢で誤魔化している傷だらけの顔無しの姿があった。

 

「キョウジ、叔父様...」

 

真里亞のその言葉でなんとなくわかってしまった。何故、葛葉キョウジが葛葉ライドウに助けを求めたのかが。

 

彼は、もう負けてしまっていたのだ。

 


 

「真里亞か。ライドウを呼んだ筈だが、どうしてお前がここにいる?」

「ライドウ様は遡月にはいらっしゃいませんでした。ですので、私は信頼できる仲間と共にターミナルで舞い戻ってきたのです」

「...って事は、遡月の結界の術者についてはわかったのか?」

「はい。それは俺、花咲千尋です。遡月の魔術師である海馬の技術を使って結界を再構築しました」

「そうか、じゃあお前が元凶か?」

 

向けられる機械の左腕。その指先からは高密度のMAGが感じられる。魔法収束機構を義肢につけているのだろう。神経を通すだけでも魂に結構痛みがあるというのに、大したものだ。

 

「サマナー」

「デオン、大丈夫だ」

 

「...なんの元凶かはわかりませんが、この令和結界を敷いたのは俺です。ですが、俺の描いた結界の効果と現実の効果が異なっているのは確かです。顔無しの発現や各種ネットワークの崩壊、これらは予想もしていませんでした。帝都の現状もそうです。マサカド公の荒魂と和魂の分離ですか?アレは」

「ああ、そうだ。...真里亞が騙されてるって訳でもなさそうだな、頭がキレやがる」

「それで、こちらのアウタースピリッツはあなたの仲魔ですか?」

「はい。成り行きで仲魔となりました、姓名を陳宮、字を公大と申します」

「コイツはいずれ殺さなきゃならないが、ロクに戦える体じゃあねぇからコイツを手足にしてる。コイツもそれを理解して従ってる訳だ」

「ええ、まぁ腰掛けですがね」

「裏切るつもり満々なのはどうなんですか、キョウジさん」

「大丈夫だ、利害は一致してる」

 

「それに、コイツは軍師であって英雄ではない。今の俺でも手段を選ばなければ殺れるさ」

「おやおや、怖いですねぇ」

 

冷える空気。だが、それに反してこの二人は随分と楽しそうだ。

 

「それじゃあ、確認なんですがここの拠点は安全なんですか?」

「ああ、ここは帝都唯一の死角だ。神田明神の地下にある緊急用のシェルターだよ。マサカドの帝都結界は神田明神を中心に発しているが、だからこそ内側にあるこのシェルターには目が向かねぇ」

「なるほど」

「じゃあ、こっちから質問だ。お前はマサカドを殺せるか?」

「手が足りないですね。こっちの有効火力はデオンと仲魔の斬撃、それと万能属性使いの万魔の一撃くらいしかないですから」

「真里亞、草薙のチャージはどうなってる?」

「1発なら、なんとか放てます」

「...足りねぇか。陳宮の掎角一陣(きかくいちじん)は乱発するには準備が必要、残り5発でアイツをどう殺す?」

「念のため良いですか?」

「どうした?顔無し」

「狂将の方のマサカド、仲魔にできませんか?」

「...難しいな。あっちのマサカドは義理人情で殺しをしてる。アイツから見たら俺たち顔無しは邪悪の手先でしかないんだよ。...実際外れてないしな」

「しんどいですね...でも、それなら護国神の方に助力を願うのは?ファントムの長をやってるってトコでもう怪しさマックスですけど」

 

「その通りだよ花咲千尋。...俺がこうなったのは、あっちのマサカドとの戦闘の結果だ。護国神とか名乗っているが、奴は間違いなく別物だ。アウタースピリッツじゃない、別のマサカドが悪魔として顕現しているのが奴だ」

「つまり、帝都結界の崩壊の原因は核となるマサカド公が二人になってしまったことによる誤作動ですか」

「そして、帝都結界がなければこの地に満ちている龍脈を各地に流すシステムは停止し、令和結界は形を保てずに消失する。つまりは世界の終わりだ」

 

現状の認識を統一させる。そうだ、引く道などないのだ。

 

「現実的な話をしましょう。ライドウさんならやれるというだけの草案はあったんですよね?」

「ああ、俺のことは帝都結界でどっちのマサカドも見てる。狂将の方は殺しに突っ込んで来るな。ファントムの方も、刺客を差し向けて来るだろうよ」

「なら、俺もそうですね。となると狂将を誘導してマサカドを殺し合わせるってのは難しいですか」

「ああ。それにどっちか一匹は生かしておかなきゃならねぇ。それも、結界の安定性を考えるなら狂将の方を。だが、それはほぼ不可能だからファントムの方を残す。それでとりあえず世界の終わりは先延ばしにできるだろうな。だから、単身で狂将を殺せるライドウが欲しかったんだが...あの野郎、何やってやがんだ」

「...やはり、道は一つしかありませんか」

「ああ、俺を囮にしての狂将の暗殺。それだけだ」

 

「...うん、なら理想論の話をしましょう」

「...は?」

 

現実的に考えるなら、護国神を結界の核に据えるのが正解だ。

だが、きっとそれではいけないのだ。

 

ファントムのマサカドを立てれば、きっと未来はない。そんな声が聞こえるような気がする。幻聴だろうが、けどどちらにしても俺の選ぶべき道は変わらない。

 

「狂将マサカドを、打ち負かして仲魔にする。そして、マサカドとともに護国神を討伐する。それが、理想の結末です」

「...お前、無理があるだろうがそれは」

「いえ、それがそうでもないんですよ。現状の戦力で不可能だとしても、未来の戦力で見ると確率は変わってきます」

「千尋さん?」

「あぁ、何が言いたいかはわかったよサマナー。だが、確信はあるのかい?」

「ああ、聖杯の欠片にはアウタースピリッツを引きつける力がある。だから、この帝都には確実にいるはずなんだ」

 

「正義を信じて、未来を願って共に戦ってくれる異世界からの英雄が」

 

「だとよ、陳宮」

「こそばゆいですね。ですが、私のように直接戦闘が不慣れな者もいるのでは?」

「その時はその時です。何にせよ、動かないと始まらない」

 

「だから、ちょっと行ってきます」

「千尋さん、私も行きます。今のマサカド公と対話できるのは皇室の秘術により生まれた私だけ。使えないということはないでしょう」

「助かる」

「...ならば、これを使え」

「...このシェルターへの転移パス?良いんですか?どこの馬の骨とも言えない顔無しにこんなものを渡してしまって」

「ああ、どちらにせよ俺は敗者だ。生きてるのが不思議なほどにな。だから、どこかで負けを受け入れていた。だが、国防はそうじゃねぇよな」

 

「何をしてでもこの国を守る。それがキョウジだ。だから、お前の夢のような可能性に賭けてみることにする。なに、どうせ負けていた命だ、たまには大穴狙いも悪くないだろうよ」

 

どうやら、キョウジさんも受け入れてくれたようだ。

 

アウタースピリッツ捜索作戦、ここに開始である。

 


 

「お前かぁ!狂将から生き残った奴ってのは!」

「そうですよー。ちゃんとアナライズしたんで、データ売りますぜ」

 

俺とデオン、真里亞とキョウジさんは別行動とした。理由は単純、俺は顔無しであり、ファントムの内側に入る事ができるからだ。

 

そして、キョウジさんと真里亞には、ある種の迷彩を施して行動してもらっている。マサカドの探知方法が結界によるものならば、結界の反応を誤魔化す術式を常に流し続ければ隠れる事は可能だ。

 

幸いにも結界の反応のサンプルは身近から得ることができた。なにせあのシェルターは結界の内側であり、帝都結界の基点すぐ近く。

 

こっそり結界の術式を盗み取り解析することなど容易い事なのだ。最新の機器を使えれば。

アップデートを重ねていても、結局のところ根元は300年前の結界。古き良きという言葉もあるが、結局古いものには何かしらの欠陥があるものなのだ。だから次の世代ではそれらをアップグレードしていく。それが人の営みだ。

 

今は無政府状態で混乱だらけだが、いつかはそういう人の巡りの中に戻っていけたら良いなと思う。

 

「さて、質問があるんだが良いですか?」

「なんだ?」

「実は、またマサカドに襲われる可能性が実は結構あるんです。だから戦力強化をしたいんですよ。結構纏めて」

「なるほど、どっかの悪魔の巣の連中をそのまま仲魔にしちまおうって腹か!大胆な事を考えるなぁお前さん!」

「なんで、出来るだけ面白そうな悪魔の群れを探してんですよ。例えば、大将張ってる悪魔が見たことない奴だったり」

「それなら、浅草のあたりに妙な一団があるって噂だぜ。なんでも、毎日宴会を開いてる悪魔の群れらしくてな。しかも人を襲わないで宴会に招いたりしたんだとさ」

「へぇ...浅草周りじゃウカノミタマプラントはない。ってことはなんかの異能か」

「そうよ。んで、そう思ったサマナーが何人もそいつを仲魔にしようと向かったんだが、帰ってきた奴は居なかった。つまり、めっぽう腕が立つって事よ」

「そいつは楽しみですね。じゃあ早速行ってきます。情報ありがとうございました」

「おいおい、もうちょっとゆっくりしてても良いんじゃねぇか?」

「...虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うが、虎穴で手間取って虎に殺されるのはごめんなんだよ、刺客さん!」

「チッ!」

 

今までの人好きのする笑みが消え、獰猛な悪魔の顔が浮かび出る。

 

これは、妖鬼オニで括られるオニシリーズだろう。マイナーな所まで探っていくと沼にハマる奴。

 

耐性は、物理に強いのが通例だ。

 

つまり、魔法にはさほど強くないという事でもある。

 

「死ねや!金剛ぉお!」

「遅い!」

 

オニが力を込める寸前に、ジオストーンを抜き打ちで起動させる。

 

出力回路(サーキット)を手に入れた事により、俺の技術は格段に進化した。というか、今までが残念すぎただけなのだがそれは考えないことにする。

 

そうして痺れたところに、デオンの斬撃がモロに入る。

 

オニの力場は物理に強いはずだったが、それをうまく切り裂いて首を一撃で切り落として見せた。

 

力ではなく、技による貫通現象。斬鉄の類なのだろうか。

 

「うん、やってみるものだ。この程度の力場なら私は意に介さないで切れるようになったよ」

「へぇ、インスパイアの元はなんだったんだ?」

「マサカドの剣理だよ。彼の剣には対人剣には見られない奇妙な力の流れがあった。それを少し真似てみたのさ」

「それで一発成功とか、おっかないなマジに」

「それでサマナー、情報端末からデータを抜き取るのかい?」

「いや、いい。時間かかるし。だから、ひとまずは浅草に行ってみても良いだろうよ。このオニさんは俺たちを足止めするために動いていたが、その話ぶりからは嘘は感じられなかった。だから、この与太話は信じて良いと思う」

「根拠はあるのかい?」

「じゃあ逆に聞くが、ファントムのデータベースに強力なアウタースピリッツの情報があると思うか?」

「ああ、なるほど。護国神やシェムハザに伝われば討伐部隊が出されてしまうか」

「そして、そんな奴の情報は危険だから隠匿される。そういう意味ではオニさんの与太話はこっちの望んでるものだったんだよな。ほどほどに噂で、信憑性がない」

「しかし、当たりならばそのアウタースピリッツは相当の実力者か、兵站を生む能力者」

「補給ができない身としては、相当に有難い力だ。...なんでファントムには5.7×28ミリ置いてないんだよ。取り回し良くて便利だろうが」

 

そんなわけで、ささっと退散。地図データにより浅草までのルートはわかっている。バイクを取り出し、迷彩術式をかけて逃亡を図る。

 

電動バイクなので、騒音はないのだ。バイオ燃料型も浪漫なのはわかっているのだが、やはりコスパを考えると電動なのだ。いざとなればジオで充電できるのだし。

 

そうして、追っ手を巻いた俺たちは道路が割と整っていたこともあって簡単に浅草まで到達した。

 

さて、ここからどう探したものか。どこかに拠点を持っているという話は聞けなかった以上、広範囲に探してみるべきなのだろうが...

 

「うん、宴といえば酒だよな。...補充できねぇから使いたくはないが、背に腹は変えられん」

 

そうして、そこらへんにいた一般野良悪魔に手元の酒を見せびらかす。すると、案の定釣れた。

 

「おいコラ手前!人間の癖に良いもん持ってんじゃねぇか!」

「ああ、ちょっと宴に混ざりたくてな。案内頼めないか?」

「ァア⁉︎なにナマ聞いてんだコラァ!」

 

そうして激昂する足の裏のような形の悪魔。

 

そう強くはないが、珍しい悪魔ではあるのだろう。人間のデータベースといえなくもないアンリマユの泥を取り込んでから、少しずつ参照できる記憶が増えているが、このような姿の悪魔は記憶の中に見当たらない。

 

これは、少し交渉(物理)の出番かと思ったその時、誠実な印象を受ける声の持ち主が、この悪魔を止めた。

 

「カンバリ、藤太殿との約定でしょう。人間は襲わぬと」

「...いや、そいつはそうなんだが!」

「いや、大丈夫ですよ。こちらから釣ったみたいなものですから。俺はサマナーの花咲千尋、こっちは相棒のデオン。見ての通りのものを、賑やかに楽しみたくて宴を探しに来ました」

「これはどうもご丁寧に。私は秘神アメノフトタマ。宴に参加したいというのなら止めはしません。ですが、我らを害するというのなら、お覚悟を」

「それは少し難しいですね。俺は、あなたのいう藤太殿に助力を願いたいと思ってやってきた訳ですから」

 

「藤太殿に、なにをさせようと?」

「この世界を、ちょっとの間延命させる手伝いですかね?」

「この終わった世界の延命を望むのですか?貴方は?全く、妄言も大概に...ッ⁉︎」

「どうしました?」

「失礼、少し占わさせて頂きます」

「唐突に⁉︎」

「諦めな兄ちゃん、こうなったアメノフトタマ様はテコでも動かねぇ」

 

そうして、どこからか取り出した骨に焼印を入れ、その様子を見ていた。

 

「...貴方は、なにが目的なのですか?」

「とりあえず、黒点をなんとかして明日を確かなものにする事。それから先は、...旅行とかしてみたいですね」

「その言葉に偽りはないようですね...奇妙な方だ」

「すまない、占いには何が出たんだい?」

「いずれこの世界の分岐点に立つ人物であると、そんな漠然としたことしかわかりませんでした。顔がきちんと見れればもう少し詳しく見れる自信はあったのですが...」

「いえ、構いませんよ。...まぁ、スケールが大きくて想像はつきませんけどね」

「サマナー、まだその認識なのかい」

「いいだろ別に、世界背負ってても背負ってなくてもやる事は変わらないんだから」

 

そんな会話をしつつアメノフトタマの導くままに進む。

 

すると、和服を着崩した一人の武者が笑顔で出迎えてくれた。

 

「どうも、宴があると聞いて良いもの持参してきました」

「ほう!この時代の酒か!いやー、美味い美味いと聞いてはいたが飲めずにいたのでな!」

 

そうして、自然と握手の手が出る。これは、まさに英雄の器だろう。笑顔が、心を暖かくしてくれる。

 

「俵藤太だ。成り行きでここいらの連中のまとめ役をしておる。まぁ、共に飯を食ろうておるだけだがな!」

「俺は花咲千尋、悪魔召喚士(デビルサマナー)をやってるよ」

「私はデオン。今は千尋の仲魔をしているよ」

 

そうして、今宵開かれる宴会に俺とデオンは参加することになった。

 


 

「護国を任せられておきながらこの失態、合わせる顔もございません」

「構いません毘沙門天。生き残った四天王として、今は傷を治す事に集中して下さい。マサカドは、私たちがなんとかします」

 

巣鴨にある毘沙門天の館、そこで私たちは唯一生き残った四天王の毘沙門天と会うことができた。

 

...霊核すら傷だらけで、もはや生きている事の方が不思議でならないほどの重傷であったが。

 

「皇族の結界の奥にいるのはこれで最後だな。...どいつもこいつも死んだりしてやがって。俺より真面目に護国って奴をやってたんだろうが」

「仕方がありません。それほどの事態なのですから」

「ふむ、ですがあの程度の傷なら私の兵器で戦力に仕立て上げる事はできます」

「それやったら死ぬだろうが。四天王全員死亡とかゲートパワーどうなると思ってやがる。あと2年保たねえぞ」

 

そんな会話をしながら四天王の館を出ると、そこには

 

雅、そんな空気が相応しいような青年のような悪魔がいた。

 

「...陳宮、毘沙門天呼んで兵器をつけろ。それなら手傷くらいは負わせられるかもしれん」

「という事は、この悪魔が!」

 

「我こそは、護国の神。マサカドである」

 

圧倒的な、神の気配を纏いながら。




週一ペースでなんとか続けられていますが、書きたい話が増えてきて頭の中がヤバイです。

これも全部風花雪月が面白すぎるのが悪い。シナリオもキャラもゲーム性も良いとか最強かよ。

そして魔導砲台リシテア様可愛すぎですぜ、まだ2周目青ルートですが、三周目の赤ルートでも多分使うと思います。


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護国神マサカド

「真里亞、やれるな?」

「はい、叔父様。私は、守られるだけの姫君などではありません!」

 

「悪しき種よ、滅べ」

 

キョウジと真里亞にふわりと向けられる右手、そこからの圧倒的なMAGにより作られるただの威圧。

 

それだけで、射線上にあった館は消し飛んだ。

 

「術もなしにこれですか!」

「ああ、しかもこれは力場操作の延長戦上だ。MAG切れはねぇ」

 

二人は瞬間的に察知して回避することはできたが、反撃に出られるような隙はない。

 

強い。これでは転移の隙すら作れないだろう。

 

「キョウジ叔父様。草薙を抜きます。そうでもしなければ時間稼ぎにすらなりはしない!」

「だろうな!こっちも全開で行く!サモン、ワイルドハント!」

 

呼び出される嵐。そしてその中から現れた馬に乗った猟師の軍勢。

 

軍勢悪魔ワイルドハント。それが、当代の葛葉キョウジの十八番。

単体でミドルクラス上位の力を持つ悪魔が統率された軍勢として襲いかかってくるのだ。

 

事実、この軍勢を使う戦いによって葛葉キョウジはハイエストクラスの悪魔を討伐したことさえある。

 

だが、それは相手が常識の範囲内であったらの話。

 

マサカドは、虫でも払うかのようにして、その嵐の軍勢をなぎ払った。薙ぎ払えてしまった。

 

圧倒的実力差。それは、どうあっても覆らないものだった。

 

「抜剣!草薙の剣!」

 

だが、その嵐の軍勢が稼いだ一瞬で最後の皇族(ラストエンプレス)の切り札が抜き放たれる。

 

それは、形を取らない幻想。変幻自在の無形の剣。

 

「内親王右代宮真里亞!いざ、参る!」

 

一太刀剣を振るえば、そこには切られたという結果のみが存在する。それが草薙の剣だ。

 

その剣の力は、たとえ神の領域に至っているマサカドの力場でさえも例外ではなかった。

 

だが、切り裂かれたのは力場だけ。その肉体は草薙の力を持ってしても無傷だった。

 

「...」

「草薙で、手傷すら負いませんか!」

「ワイルドハント、パターンD!」

 

散開しながら突撃するワイルドハント。そして、その体を構築するMAGをオーバーロードさせて自爆させ、真里亞が攻め入るだけの隙を作ろうとしてのことだ。

 

だが、その目論見は全て挫かれる。

 

ワイルドハントたちは事前に迎撃され、無形のはずの草薙の剣はマサカドの二本の指に挟まれて止められていた。

 

「...これで終わりか?」

「まだまだぁ!」

 

草薙の形状を変化させることでその拘束から首を刎ねに動かそうとしたが、形状が変わらない。

 

掴まれたというだけで物質化(マテリアライズ)の支配権が奪われているのだ。おそらく、マサカドの意図しないただの現象として。

 

「真里亞、吹き飛ばせ!」

「草薙、すみません!」

 

即座に、草薙にMAGを過剰に込めてその物質化を爆発させるという形で解除する。草薙の剣自身のキャパシティもあり相当量のMAGが使われたが、その分の効果は発揮された。

 

マサカドの体を、3歩ほど後退させたのだ。

 

それは、おそらく前代未聞の出来事。

 

三種の神器という歴史的遺物を躊躇いなく爆破させるという事もそうであるが、それ以上にそれほどのMAGを込められた力であるにもかかわらずダメージというダメージを負わなかったマサカドの圧倒的な強さという異常性を示していた。

 

「叔父様、今です!」

部位召喚(インスタンスサモン)、ザババ!」

 

だが、その程度はわかっていた事だった。このマサカドと相対したならば真っ当な手段では戦う前に殺される。だからこその互いが言葉を交わさずに作り上げた全力のコンビネーション。

 

それによって現れた巨神の両腕が、二本の巨大なシミターをマサカドに叩きつける。

 

質量、技量、力、いずれも神域のその斬撃はマサカドに到達した。

 

だが、その斬撃は力場を貫通しても尚マサカドの体に傷を付けることはできなかった。

 

衝撃を地面に逃がされた訳でない。地面にはザババの斬撃の剛力により生まれたクレーターが出来上がっている。

 

本当に単純に

 

ザババの斬撃でさえマサカドを傷つけるに足るものではなかったという事なのだ。

 

「...もういい、死ね」

 

ザババの両腕が真っ二つに切り裂かれる。いつのまにか抜かれたマサカドの斬撃によってだった。

 

「...抜刀術、ですか?」

「違えよ。単にスピードが違いすぎて認識できなかっただけだ。向こうさんとしては普通に抜いて切っただけなんだよ」

「...いえ、それも違うと....ッ⁉︎」

 

悪寒を感じて反射的に回避行動を取った真里亞だったが、それでも首を浅く切られてしまった。

 

動いていなければ、命はなかっただろう。

 

「読めてんだよ、そっちを狙うのはなぁ!」

 

そして、剣を振り切った隙とも言えぬ一瞬で葛葉キョウジは自身の義肢からノーモーションで射撃を放った。

 

万能属性の込められた、万能弾(メギドバレット)だ。

 

その射撃は力場を切り裂き確実にマサカドの霊核を捉えたが、それでもマサカドは傷つかなかった。

 

「化け物め」

「...」

 

そうして、絶死の弾丸すらも無視したマサカドは、飛びのいている状態の真里亞にもう一太刀浴びせようとして

 

神速でやってきた鬼神による斬撃によって、体勢を崩された。

 

「毘沙門天...ッ⁉︎」

「行かれよ、真里亞様。私が時間を稼いで見せます」

 

その身体は既にボロボロだった。

身体に付けられたブースターによって出力を増しているが、それが原因で身体中の傷からMAGが溢れてしまっている。

 

このままでは、数分と持たずに消えてしまうだろう。

 

だが、その数分は

 

生き恥を晒してきた毘沙門天の、最後の望みであった。

 

「毘沙門天!」

 

その姿に真里亞は答える。この世界でただ一人、生き残った皇族として。

 

「あなたの忠義、忘れません!」

 

その言葉を聞いた毘沙門天は、ふっと笑顔を見せて突撃していった。

 

己の命を捨てて、未来に希望を残すために。

 

「真里亞!」

「はい!」

 

そうして、毘沙門天の稼いだ時間をもってキョウジと真里亞は転送魔法で逃げ延びた。

 

四天王による帝都結界の安定化という最後の安全弁がなくなった事で、二人のマサカドにこの帝都と世界の全ての運命が握られるという、最悪の結果を残して。

 


 

『...ああ、わかった。とにかく、真里亞とキョウジさんが無事で良かった』

『無事ではありません。草薙を使わされました。今から全力でチャージをしても向こう3週間は使えませんね。...もっとも、使えた所で役に立つかは疑問ですが』

『それならなんとかなりそうだ。護国神のカラクリはまだわからないが、狂将の攻略に関しては最高の助っ人を用意できたからな』

『その者とは?』

『なんと、生きてた頃のマサカド公を討ち果たした凄いアウタースピリッツが、配下の悪魔ごと手を貸してくれる事になったんだよ』

『そんなお方が⁉︎』

 

話は、真里亞達が命懸けでマサカドと戦っていた頃に遡る

 


 

「この酒、なかなかイケるのぉ!」

「でしょう?だから正直交渉材料にはしたくなかったんですが、俵さんみたいな気持ちのいい人と飲めるなら悪くはなかったかな?」

「藤太で良いとも。して、この酒はなんと言うのだ?」

「銘酒とらごろし、俺の地元の酒蔵が作った一品です。ただ、酒蔵は潰されてしまったからもう当分は手に入らないレアものなんですよ?」

「それはもったいないな。全く、この世界は儘ならぬ」

「ほほぅ、藤太さんはこの世界に思うところがあると」

「それはのぉ、若返りに蘇りなど意味のわからぬ状況なれど、人並みの義侠心は持ち合わせておるつもりじゃからの」

「なら、ちょっと力を貸してくれはしませんか?実は今、腕利きを探してるんですよ」

「...何故だ?」

「この帝都には今、狂将と護国神、二人のマサカドがいます。そのせいで、帝都から世界を支えていた結界が壊れようとしているんです。なので、片方のマサカドを討伐しなくてはなりません」

「...あの将門公がなぁ」

「知っておられるので?」

「ああ、まぁな。生前に戦をしたことがある。全く、後味の悪い戦じゃったよ。公がどれほど東国の民に慕われていたかがよくわかる戦じゃった」

「すまない、マサカドというのはこの国の神の名前ではなかったのか?」

「ああ、昔によくあった風習でな。強い信仰とかMAGを持っていた人が死ぬと、その遺体ってのはなんの処理もしないと災いをもたらすんだよ。だから、神として奉ったりしてたんだ。最近じゃその辺りの技術は簡略化されてるから問題はないんだけどな」

「つまり、マサカドは一人の人から神になったのか。...正直、想像がつかないな」

「まぁ、昔のことだ。そんな気にしないでいいだろ」

「ふむ...して、その将門公が何故に国を乱しておるのだ?」

「護国神のほうは不明ですが、狂将の方は大体分かってます。わかりやすく言えば、俺みたいなのが問題ですね」

「ふむ、確かに面妖な顔だとは思っていた」

「簡単に言えば、子供を作るために外法を使ってまして、それで変わった人類を人間だって認められてないみたいなんですよね、あっちのマサカド公は」

「なるほどなぁ、この異界であっても人を守ろうと刀を取っておられるわけかあの御仁は。全く天晴よな」

「なんで、こっちのマサカド公を残して護国神を討伐する作戦を始めてるところなんですよ。強さも組織力も護国神の方がやばいので現状では無理なんですけどね」

「故に、強者を集めておるわけか」

「はい」

 

そんな言葉を口にした後に、藤太さんは心の内を見透かされるような不思議な目でこちらを見つめてきた。

 

「では、何故狂将を討たぬ?」

「今日この日までこの世界を守ってきたのは狂将と化してしまったマサカド公です。その大恩に剣で報いた先に、多分良い未来はないと思うんですよね」

「感情論のみか?」

「...まぁ、護国神の方が厄ネタだって確信に近い感じはあるんです。証拠になるデータはまだ観測できてませんけど」

「ならば、良かろう。我らはそなたに協力しようではないか、デビルサマナー」

 

「かつて将門公の首を取った、この俵藤太の率いる軍勢がな!」

 

「まぁ、藤太さんの出す食い物に釣られた連中ばっかだけどなー」

「んだんだ。戦ごとに向かねぇオラみたいなのもいるっす」

「そこは乗らんかお主ら、仮にも悪魔であろうに」

 

「...藤太さん以外はあんまり期待できそうにないな」

「どうやら、戦いに不向きな悪魔の寄り合い所帯のような形でもあったようだね」

 

藤太さんにここの面子を紹介してもらったが、マサカド公との戦いについて来れるような強者はいなかった。せいぜいがアメノフトタマくらいだが、彼は力の大半を占いに向けている。戦闘行為には耐えられないだろう。

 

その占いとて、この混沌渦巻く世界では先を見通すことは難しいとのこと。強い因果で定まった出来事しか見る事は出来ないのだとか。

 

異変前の世界であったが、あそこまで正確な占いをしたカオルのさりげない凄まじさを感じた次第である。あいつが死ぬとは思えないが、今何をやっているのだろうか。

 

「じゃあ、藤太さんを借りていきます」

「おう人間!藤太さんに何かあったら承知しねぇからな!」

 

そんなわけで、アウタースピリッツ俵藤太が仲魔になったのだった。

 


 

『それで、その俵藤太様の戦力はどの程度ですか?』

『武芸百般だな。弓も刀も俵投げも超一流だ。それに、実際に平将門の命を断ち切った霊剣を所有してる。これなら、狂将の方は倒せるかもしれない。...だけど、その先はお前次第だ。分かってるな?真里亞』

『はい、どんなに千尋さんが説得材料を集めてくれても、最後にマサカド公を従えられるかは私の心次第。分かっています』

 

『千尋さんはそんな時、どうしているのですか?』

『...あれこれ理屈を振り回す俺だけどさ、だからこそ心からの言葉ってのは大切だって分かってる。だから、自分の道を信じて、胸の響きを、真っ正面から全力の全開で伝えるんだ。きっとそれが、心を繋ぐ唯一の道だから』

『...心を、繋ぐ』

『ま、これはあくまで理想論。狂将マサカドが自分から真里亞に下りたくなるくらいにボコボコにするのがサマナーとしての正解だ。というわけで、真里亞は真里亞で考えて感じた真里亞の言葉でぶつかっていけば良い。きっとそれが一番後悔しないだろうから』

『...千尋さん、ありがとうございます』

 

『あの日、道に迷っていた私を導いてくれたのが他の誰でもなくあなたであった事は、私の生涯の宝です』

『そういう台詞は死亡フラグっぽいからやめやめ。強さ的には俺が死ぬからそういう話されると』

『なら、もう少しだけ』

 

『このグレイルウォーが終わったら、私結婚します』

『死亡フラグを重ねて来た⁉︎』

『帰ってくる日の夕食にはパインサラダを用意しますね』

『天丼か!』

 

そんな冗談だらけの報告を終えて、今日はひとまず野営することになった。

 

なんだか真里亞をダメな方向に傾けてしまった気がしないでもないが、それは気にしないでおこう。

 

「...さて、迷彩を改良しないとな」

「サマナー、マリアとキョウジがマサカドに見つかったとの事だが、それはサマナーの術が奴に効かなかったという事なのかい?」

「いや、それなら今俺が護国神が襲われてないのはおかしい。迷彩が割られてるなら、俺の所にマサカドが来ているはずだからな」

「とすると、どうして真里亞達は見つかったのだい?」

「COMPのログ見てみないと正確には分からないが、多分別の探知術式にかかったんだろうな。術者は十中八九シェムハザの奴。他所から来るヤタガラスやクズノハを警戒しての罠だろう。...気付けなかったのは正直痛いな。真里亞の草薙は狂将相手に有効な札だったから尚更に。だから、迷彩に5手間くらい加えて結界の探知を誤魔化してやる。...けどなぁ、これリスク考えたら最初に付けておくべき術式だよなぁもう!あー、失敗した」

「なぁに、過ぎた事を論じても仕方があるまい。それよりも飯を食え飯を」

「あー、それならチョコレートあるか?」

「ちょこれいと?」

「あー...カカオ豆を砕いたのに砂糖を加えて固めたものだ。わかるか?」

「...すまん、かかおとやらを見た事も聞いた事がない故に俺の俵からは出せぬようだ。大体の山の幸と海の幸は出せるのだがなぁ...」

「なら、とびっきりの握り飯をお願いします。これからカロリー使うんで」

「おうさ!」

 

そうして、握り飯(本当にとびっきりに美味かった)を頬張りつつ術式を練り上げる。帝都結界への迷彩はそのままに、他のトラップ系探知術式を透かせるようにするのはなかなかの難題だった。

 

なにせ、術式が干渉し合うのである。

 

あっちを立てればこっちが立たず。だが妥協はできない。

 

せめてトラップ術式のネタでもわかればいいのだが、同じ術式しか使われていない訳はなく。

 

結局のところ、干渉し合う同系統の術式を上手いこと混ぜ合わせるしかないのだ。

 

「これは徹夜かねぇ?」

「サマナーよ、ちゃんと寝ぬと身体を壊すぞ」

「ご心配なく、鍛えてるので」

 

そうして夜通し作業を続けたはいいものの結局干渉を透かす術式は作れなかった。おのれ帝都結界。

 


 

「朝だー」

「おう、飯の用意はできとるぞ」

「...ここは天国か?」

「サマナー、割と地獄だと思うよ」

 

徹夜明けで朝御飯が用意されている事、それ以上の感激はあるだろうか、いやない。

 

そうして朝から米に味噌汁に秋刀魚に小鉢の純日本スタイルの朝食を取り、心のリフレッシュをしてからゆっくりと探索を再開する。

 

今日がある意味タイムリミットなので、頑張って新戦力を確保したいものだ。

 

「で、藤太さん。なんか新戦力にアテはありますか?」

「それならば面白いのがおるぞ。秋葉原という地に二人組の術師がおる。片方は陰陽術師で、もう片方は式神使いらしいの。食料の融通をした悪魔がぼやいておったぞ」

「へぇ、秋葉原ですか。中学の修学旅行で行ったなー」

「サマナー、土地勘はあるのかい?」

「随分前の話だから、全然だな。まぁ、アキバ淀橋ショッピングタワーは目立つから迷う事はないだろ。あそこの建設は国営事業だから当然相当の術者が関わってる。つーかシェルター用の施設だしあそこ」

「とすれば、避難民も残っているかもしれないね」

「いやいやないだろ。誰だって知ってる事なんだし」

「前途多難だね」

「はっはっはっ、行ってみればわかることよ。今悩むことではない」

 

そうしてバイクで警戒しつつ移動をする。

 

すると、常駐させていた広域索敵魔法(マハマッパー)に結界の反応があった。

 

境界タイプの結界による警戒線がぐるりとタワーを囲むように敷かれていた。

 

「デオン、藤太さん、こっからは歩きで。結界調べます」

「ふむ、見た目ではわからぬな」

「サマナーはこういった術に長けているからね。その辺の実力に関してだけは信用していいと思うよ」

「だけは余計だ」

 

基本に忠実でかつアレンジもしっかりと練られた厄介な結界だ。コレを使ったのは相当の術者、というかシェムハザだろう。

 

「うん、破れねぇわコレ」

「...サマナーが諦めるのは、かなり珍しいね」

「いや、コレ最新の術式だから目立ったセキュリティホールは潰されてるんだよ。今までみたく過去の遺物や三流の術者のものじゃないからなー」

「では、秋葉原の術者と接触するのは諦めるのか?」

「いえ、この術式はあくまで生物を探知するものです。つまり...行け、ドローンくん6万5800円(税抜)!」

 

ストレージから取り出すのは、サマナーとしての技量に自信を持てなかった頃の小細工の一つ。通信機能付きの偵察ドローンである。

 

「じゃあ俺は操作に集中するから、警戒頼むわ」

「任せてくれたまえ」

 


 

「ねー紫式部さん。ドッグフードあったー?」

「いえ、先月見つけた倉庫のものが最後だったのかもしれませんね」

「お肉は腐ってたし、米はもうなくなっちゃったしねー。どうしよう、パスカルのご飯」

「私たち蘇り人は物を食べなくても大丈夫だともう少し早くわかっていれば、まだどうにかなったのかもしれませんが」

「...うん、出るしかないか、この塔を。パスカルを見捨てられないもん」

「ええ、恩人ならぬ恩犬ですもの。その忠義に報いる...と言えるほど高尚な思いではありませんがね」

「...ワン!」

 

「そんなことはないぜ?」と言わんばかりの忠犬パスカルの仕草。

その姿に魅了された刑部姫は、「パスカルは本当に可愛いねー!」と思うがままにわしゃわしゃと体を撫で回した。

 

 

「ええ、本当に。...犬だからと怯えていた過去の自分を呪い殺したい気分です」

「いや、紫式部さん⁉︎」

 

そんな日常の一幕。だが、それは異音を発しながら近づいてくる一つの物体によりかき消えた。

 

「紫式部さん、結界は⁉︎」

「感知できませんでした!...あれは一体?」

「こら、パスカル!」

 

見知らぬ物体に危機感を覚えていた二人をよそに、パスカルが入り口の壊れたドアをすり抜ける。

 

「犬?まぁいいや、はじめまして。すまないけど飼い主を呼んできてくれるかい?」

「「喋った⁉︎」」

「あ、いらっしゃったんですね。機械越しに失礼します。悪魔召喚士(デビルサマナー)をやってる花咲千尋と申します」

「ど、どーも?」

「こ、こう行った場合どうすれば良いのでしょうか?式神の類なのですか?」

 

「落ち着けよ」と言わんとするパスカルの堂々とした振る舞いに落ち着きを取り戻す二人。

 

こうして、紫式部と刑部姫と忠犬パスカルは話し合いのテーブルに降り立ったのだった。

 


 

どうやら、紫式部さんと刑部姫の現界はそう昔ではなかったようだ。大体3ヶ月程前だとか。その頃にはこのタワーの中身は粗方取り尽くされていたため、侵入者はそう多くなかったのだとか。

 

なので、平穏無事にこのタワーに引きこもっていたらしい。

 

だが、それでもたまにやって来る悪魔はいたらしく、二人で必死に防衛をしていたのだが、やってきた高位悪魔に殺されそうになってしまったのだとか。

 

それを救ったのが、この忠犬パスカルなのだと。

 

犬とは思えぬ凄まじき戦闘能力をもって悪魔の首を噛みちぎり二人の命を救ったのだとか。マジかこの犬。

 

「というわけで、スカウトに来ました」

「うーん、この塔から離れるのは決めてたんだけど...君が信じられない。どうしてそのどろーん越しなの?」

「邪魔臭い結界が張られてるんですよ。紫式部さんの結界の外側に。感知タイプなのが最悪で、超えたら強い方のマサカド公が飛んできます」

「...将門公って、ヤバくない?」

「ヤバいです。なんで、早急に対処しないといけないんですよ。具体的には明日がタイムリミットです」

「急展開ッ⁉︎」

「片方のマサカド公を押さえられれば結界に干渉してどうにでもできる...というかどうにかするんですが、その為の戦力が欲しかったんですよ」

「...一つ、お聞きしても?」

「はい、どうぞ」

「マサカド公を止められなかった場合、どうなるのですか?」

「世界が滅びます」

「え、ちょっと無理。なんで姫がそんな重いことしなくちゃならないの?」

「...何故、私たちを頼ったのですか?」

「正直、この仲魔探しはアテがあったわけじゃないんです。なんで、あなたたちが絶対に必要だってわけじゃあありません」

 

「けど、正直手段は選べないんです。どうか、力を貸してください。那由多の果ての可能性を、少しでも近くに手繰り寄せる為に」

 

すると、パスカルは刑部姫と紫式部さんのことを引っ張り始めた。

 

これは、俺の援護をしてくれているのだろうか。

 

そんな姿に二人は根負けしたようで、ため息を一つ吐いたのちに言葉を発してくれた。

 

「...うん、パスカルがそう言うなら仕方ないか。世界が滅んじゃうなら、せめて友達と一緒にいたいし」

「ええ、ですね。では花咲さん。その話、お受けいたします。未熟者ではありますが、よしなに」

 

時はもう昼過ぎ。明日の準備もあるのだから、もう撤退するべきだろう。

 

戦力は、十分に集まった。

 

そうして歩いてくる二人の美女と犬。この中で最強なのが犬だと言うのだからこの世界はなかなかに広いものだ。

 

「んで、ちっひー。結界ってどれ?」

「今ドローンが飛んでるあたりです。境界をまたぐと感知されるパターンの奴だから、合流したら速攻で転移します。いいですね?」

「はい、構いません」

「...うん、大丈夫」

「ワン!」

 

「じゃあ、走れ!」

 

「私インドア派なのにー!」

「私もです!刑部姫!」

「ワン!ワン!」(訳:いいから走れ、運動音痴ども!)

「「なんか酷いこと言われた気がする!」」

 

そうして、走り出した2人と一匹。

長距離転移魔法(トラポート)は発動準備万端、超えた結界を瞬間に起動はできる。

 

「ようこそ!じゃあ飛ぶぞ!」

 

「それは少し待って頂きましょうか、花咲千尋」

 

瞬間、術式に介入があった。転移妨害だろう。このままゴリ押して転移中に修復するのは十中八九無理だ。契約をしていないアウタースピリッツ達とパスカルを掴む手が足りない。

 

即座に判断して、転移を中断。

声の響いてきた方に取り出したP-90の銃口を向ける。

 

そこには、いつか相対したあの悪魔。

 

ファントムソサエティの大悪魔、シェムハザがいた。

 

「...オーケーオーケー、マサカドはどこだ?どうせ詰んでるなら窮鼠として噛み跡くらいはつけてやる」

「いえいえ、マサカド公はいらっしゃいませんよ。あなたの迷彩は完璧に公を騙しています。まったく、あなたの仕業だとわかっていれば公に告げ口などしなかったものを」

「...待て待て、どういうことだ?」

「マサカド公討伐、私にも一口噛ませて頂けませんか?という事です」

 

「あの護国神、邪魔なのですよ。私自身の目的には」

 

そんな腹の内を読めない言葉と共に、シェムハザは笑顔で近づいてきた。




最近どうにも文字数が伸びないのがちょっと悩みどころ。
なので、ちょっと読者様方へのアンケートをばやってみたいと思います。週間連載ではどのくらいの文字数が望まれているのかを教えて下さいな。票数によっては地獄が始まるかもしれませんが、まぁなんとか頑張ります。

あ、それとFE風花雪月青獅子ルートクリアしましたー。あとはエガちゃんルートと教会ルートの2つだけですね。
その内容次第になりますが、風花雪月の中編を書こうかなとか思ってます。というか、もう序章書いてます。

そんな事してっから文字数伸びないんだよなぁ...


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正面衝突

がっつり戦闘回です。



翌日、早朝。

 

本当に用意されていたパインサラダを食して元気をつけた俺は、シェムハザから提供された各地の探知結界からの情報で狂将マサカドのルートから、襲撃地点を算出する。

 

正直これで今日のスケジュールの大半を占める予定だったため、正直かなり助かっている。

 

戦闘区域の選定は完了。迷彩術式の支援は紫式部さんに、周囲の悪魔の討伐は刑部姫に任せることができた。

 

これで、今の全戦力をもってマサカド公と相対することができる。

 

「覚悟はいいな?真里亞」

「はい、必ず公を説得してみせます」

「頼もしいな。じゃあ行こうか!」

 

マサカド公が来るのはルートから逆算すると、帝都大学。

そこに隠れている悪魔に狙いをつけているのだとか。

 

ファントム的には敵対よりの中立なので、潰れてくれることには何も問題はないとか。内部に強力な悪魔も有能な悪魔も存在しないらしい。

 

こういうのを殺し、食らうことで力をつけているのだ。故に狂将マサカドと呼ばれている。

 

そうして力をつける事で護国神を打倒するつもりのようだ。

 

義によって顔無しを殺し、理によって悪魔を食らう。ならば、忠はどこにある?

 

そんなものは決まっている。マサカド公が守り続けてきた人々の暮らしの中にだ。

 

だから、ただその一点だけに交渉の余地はある。

 

そうして、大学の入り口の赤門をくぐると

 

そこには、何故かこちらに対して正面から相対しているマサカド公の姿があった。

 

「予感があった。今日戦う者達こそ運命なのだと」

「やめろよそういうのでこっちの作戦挫くの。お前が中の連中とやりあってる間にトラップ祭りにしてやるつもりだったのに」

「外道か貴様」

「悪魔に言われたくねぇよ。サモン、アテルイ、俵藤太、刑部姫、紫式部。召喚魔法陣、転写(トレース)高等悪魔召喚魔法(サバトマ・ダイン)起動!来い、ベル・デル!」

 

アウタースピリッツとハイエストクラスの召喚。そしてCOMPを通さない高等召喚術式。

 

有効な戦力の全投入。後先は考えない。

 

そういうのは、全部キョウジさんとシェムハザ任せだ。

 

「貴様、藤原の?」

「そういうお主がこの世界の将門公か。随分と荒々しく、かつ神々しくなっておる」

「死んでから長いからの」

「旧交を温めるのは後でお願いしますよ、マサカド公」

「邪悪の眷属が、何をしに来た?」

「世界を、とりあえず3週間くらい延命させるために」

 

「貴方を、従えに来ました」

 

その言葉に、一瞬きょとんとした顔をしたマサカド公は、堰を切ったように笑い出した。

 

「さては貴様、正気ではないな!かといって狂気でもない!貴様のような者がいるとは、眷属にも面白い者はおるのだな!」

「ええ、本当に千尋さんは奇妙で、珍妙で、面白く、そして信頼できる人です」

「ま、とりあえずはぶっ飛ばさせてもらいます。そっちだって、力も示さない奴に力を貸すほど間抜けじゃあないでしょう?」

「その通りだ。では、構えるが良い」

 

一瞬、風が吹いた。対話は終わり、ここからは力を示す時間だ。

 

「アテルイ、紫の剣!ベル・デルは突っ込んでかき回せ!」

「了解だ」

「おぉおぉ!やってやるよ滅茶苦茶によぉ!万魔の乱舞ゥ!」

 

先陣を切るのはベル・デル。光の翼による最速軌道でマサカド公へと近づき、両手から5発の万能属性の弾丸を放つ。

 

マサカド公はそれを巧みな体術で回避してベル・デルに接近するが、ベル・デルは上空へと逃亡を図る。

 

だが、それは異次元の力場コントロール能力によって作られた力場の檻により妨げられ、マサカド公はベル・デルの首に一太刀浴びせた。

 

「何?」

「効か、ねぇよ!」

 

だが、万物に対して契約を結んだベル・デルの体に傷はつけられない。衝撃が逃げないように檻の中での斬撃だったのだろうが、それがかえってベル・デルが吹っ飛ぶといういつものを妨げてくれた。

 

「この距離だ、躱してみせろや!高位万能属性魔法(メギドラ)!」

「その程度、斬りさばく!」

 

そうして、マサカド公はメギドラを刀で切り裂いた。あれはおそらく万魔の斬撃。万能属性を込めた斬撃を放つという絶技だろう。そうでなければ万能属性に対してカウンターはできない。

 

だが、この程度は想定内。

 

というか、そうでなくては困ったことになってる。

 

何せ、マサカド公が切り裂いたそのメギドラの射線上には、アテルイがいたのだから。

 

「アテルイ、ぶちかませ!全能力強化魔法(ヒートライザ)!」

「奥義、一閃!」

 

紫の鬼の重く鋭い斬撃が、マサカド公の力場を貫き、その体に傷をつける。だが、浅い。マサカド公は体を捻らせて斬撃の致死圏から逃れつつ、アテルイの顔に一太刀の刀傷をつけてみせた。

 

斬撃打撃射撃、大体の物理攻撃に対して強靭な力場を持つ紫のアテルイにだ。

 

「...技のレベルが違うな。戦闘経験のなせる技って奴か」

「だが、()()()()()よ。力場コントロールに関しては任せる。前に出るよ、トウタ」

「おうとも。連携には不安はあるが、それはサマナー次第よな」

 

デオンが前、藤太さんが後ろから戦闘エリアへと進軍する。アテルイもベル・デルも大きなダメージはない。数的優位を取れているうちにダメージを重ねていきたい。

 

紫式部さんの術式制御では、そう長くこの戦闘を隠せない。

刑部姫の式神による遅延戦闘では、護国神やファントムの幹部級の悪魔がやってきたときには最悪の横槍を出されかねない。

 

つまり、シェムハザが護国神に仕込んだ信頼という毒と俺の作った迷彩、どちらかが破られたらおしまいなのだ。

 

「ちっひー!中の悪魔連中結構手強い!」

「わかってる!だが絶対に手を出させるな!向こうが穴蔵決め込むくらいには脅かしてやれ!」

 

刑部姫は泣き言を言いながら、紫式部さんは奥歯を噛み締めながらこの戦闘エリアを作ることに専念してくれている。

 

これはどちらも、彼女たちにしかできなかった役割だ。対軍勢の足止めと、術式の制御。

 

それを思うと、本当に恵まれている。

 

こちらの()()()の事も考えると尚更に。

 

「さぁ、真里亞!かますぞ!」

「ええ!力場はお任せします、千尋さん!」

 

デオンが前に出た事で、戦況は一転する。

 

マサカド公と剣のレンジでやりあえるデオンは、否が応でもマサカド公の目を惹く。デオンの剣はそういうものなのだから尚のこと。

 

身体のスペックでは全体的にデオンは負けているが、それを補うのが仲魔の力だ。術式を練るのと並行して、マサカド公の攻め手を一つずつ潰していく。時に、力場をベル・デルの魔法で搔き消したり。時に、力負けするデオンの剣にアテルイの剣を合わせて力を加えたり、時に、デオンのレンジから離れようとするのを曲射によって力場も意識をすり抜けて妨害する藤太さんの弓であったりだ。

 

「あやつに対しての切り札だが、ここで切らねば護国はならぬ!」

「来るか、戦神形態!」

「マサカド公の力を完全に解き放つ、護国の切り札!」

 

そうして、力場を完全に実体化させて作られたのは、神秘の鎧や具足。

 

感じるプレッシャーは段違い。正直、アンリマユの泥を取り込んで自分の情報量を増やしていなかったら今ので意識が吹き飛んでいた自信はある。

 

それほどまでの脅威。神の領域の力だ。

 

しかし、これは力を示す戦い。

 

これを打倒した先にしか、マサカド公の忠誠はありえない。

 

「だが、100%は出させない!術式遅延解放!全能力低下魔法(ランダマイザ)広域全能力向上魔法(ラスタキャンディ)!」

 

形態変化(ファームシフト)の隙に叩き込むと決めていた弱体化魔法と、仲間皆を強化する強化魔法。そして、最後の一つ。

 

「力場ハッキング術式第一号、火炎ガードキル!」

「ぬぅッ⁉︎」

 

これまで、出力回路(サーキット)がなかったが為に机上の空欄でしかなかった力場干渉術式。アナライズが完了した相手に対して調律しないと使い物にならない欠陥術式だが、今回に限っては最大の効果を発揮する。

 

これで、今まで燻っていた護国の炎がこちらの切り札になるのだから。

 

極大火炎魔法(アギダイン)!」

 

エネルギーを収束させた事で白い光を放つ炎の槍。それが、マサカド公のみを焼こうと突き進む。

 

「チィッ!」

 

その槍を防御するように作られる円形のフィールド。正面からその槍を受け止めたマサカド公は、半歩後ろに下がらされた。

 

ここが、勝負の分水嶺。マサカド公の戦神形態に実力を発揮させられたら間違いなく負ける。

 

故に、切り込むのならここしかない。

 

「藤太さん!」

「おうさ!」

 

そうして、マサカド公が防御に回ったその一瞬で、デオンと藤太さんのポジションが入れ替わる。

 

藤太さんが腰に帯びている刀を抜き放ち、“平将門を破った”という逸話的性質を持つその身でマサカド公の守りを切り裂く。

 

そして、その隙間にデオンが体を捻り無理やり侵入する。

 

夢幻降魔(D・インストール)、クー・フーリン!決めろデオン!」

「させぬわ!」

 

結界の内側に侵入されたことに対して驚きもせずに、マサカド公は予想していた最悪の手を打ってくる。

 

7人に分身する、マサカド公の権能だ。

 

そうして6人のマサカド公に囲まれて万魔の斬撃の六段重ねを放たれるデオンは

 

その手に握った、光り輝く剣の力を解放した。

 

光り輝く破軍の剣(クルージーン・カサド・ヒャン)!」

 

閉じられた力場内部での極光の斬撃。それはマサカド公の弱点であるこめかみを、体全体を纏めて切り裂く事で突いたのだ。

 

「甘いわ!」

「想定はしてんだよ!全員、突っ込め!」

 

だが、マサカド公の分身は再び現れる。本体が生き延びている限り。

 

その、タイムラグはわずか0.5秒。

 

その隙間に、全員で雪崩れ込む。

 

ベル・デルが神速で踏み込み、ゼロ距離から高位万能属性魔法(メギドラ)を放つ。

それを内側に入る事で回避したマサカド公はベル・デルを投げ飛ばして無力化する。だが、その背には紫鬼から速度特化の青鬼に変化したアテルイが、そのスピードそのままにこめかみに槍を差し込もうとする。

だが、マサカド公はベル・デルを投げた力の流れをそのままに前回りに空中で一回転し、その槍ごとアテルイを叩き切った。青鬼モードは耐久力が劣る為まともに一撃を喰らい、だが役目を果たさんと瞬時に赤に変わり吹き飛ばされる身体の力を利用した炎の回し蹴りにて視界を奪いつつダメージを狙う。

 

それを力場コントロールで防御したマサカド公は転がるように逃れ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これで、0.5秒。

 

インターバルを逃げ延びたマサカド公が、再び7人に分かれる。

 

ここで仕留められなかったのは痛いが、まだ次の手はある。

 

「真里亞!」

「ええ!極大広域火炎魔法(マハラギダイン)!」

 

炎の瀑布が7人のマサカド公を覆い、その動きを足止めする。

ガードキルの効果で力場で反射できない今なら、これは有効打なのだ。

 

そして、その炎の瀑布の中で平然と突っ込む二つの影。

 

赤の姿に変わり火炎の無効耐性を得たアテルイと、無敵の身体を持つベル・デルだ。

 

「万魔の一撃ィ!」

「火炎纏・鬼神楽!」

 

2人の一撃が瀑布に押し流されたマサカド公のこめかみを穿つことで、2体の分身が搔き消える。しかし、先程まで本体だったマサカド公が分身へと変わったことで、本体の位置は分からなくなった。

 

あと、3手。残りは、5人。

 

確率は60%。だが、ここを逃せば自力の差で押し負ける。

 

賭けに出るべきだ。命をかけて。

 

瀑布の余熱で肺すら焼かれそうになりながら、念話にて意思を伝える。

 

ここで、前に出る。

 

そして、切り裂かれる炎の大瀑布。これで、足止めは完全になくなった。故に、奇策をねじ込むしか無い。

 

「突っ込めぇ!」

 

声を上げる事で一瞬意識を引きつける。その瞬間にデオンはクルージーンを手放しいつものサーベルを握り、ひとりのマサカド公に斬りかかる。

 

そして、その二つを見せ札にして後方から火炎魔法をバーニアにして飛んで来た真里亞の蹴りが放たれる。

 

それをギリギリの所で回避したマサカド公は、それを読んでいた真里亞の回し蹴りにてこめかみを打ち抜かれてかき消えた。

そして、その余波を知らないマサカド公と、知っているデオンの差が一瞬の隙を作り、サーベルを持っていない左手でナイフを取り出してマサカド公のこめかみを貫いた。

 

これで残り一手、残りのマサカド公は3人。

 

この時点でマサカド公は、どこか見えていた余裕を捨てて陣形を組み、防御の耐性を取った。残りの手の中に藤太さんが居ることがわかっているのだろう。それは最悪の選択だった。

 

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そう、陣形を組んだ事で、デオンが蹴り飛ばしたクルージーンがマサカド公の背後に置かれた。

 

排出(アンインストール)!クー・フーリン!」

 

クルージーンを媒体にして召喚が成立し、闘鬼クー・フーリンが、マサカド公の背後に現れる。

 

クルージーンを使っての斬撃に、一番後ろにいたマサカド公が反応し防御に移る。

 

しかし、クルージーンはただの剣ではない。恐ろしく柔軟な形を取ることのできる魔剣なのだ。

マサカド公の受け太刀をすり抜けて、奇怪な軌道を描いたその剣は的確にマサカド公のこめかみを貫いた。

 

これで、打てる手は全て打った。残りは2人、60パーセントの賭けは外れだった。

 

 

 

故に、ここからはただ死力を尽くすのみ。可能性は薄くても、それしかないから走り出している俺と藤太さんの即興コンビネーションに全てがかかっている。

 

こちらの攻撃に対抗して急所(サマナー)である俺の首を取りに来るなら、ラストのギャンブルの始まり。分身を壁にして安全にインターバルをやり過ごすなら向こうの盤石な勝利。

 

そんな、賭けになっていない賭けを成立させるのは

 

男の意地、それしかないだろう。

 

ただ、目を見るというだけでマサカド公を挑発した藤太さんがいたから。俵藤太という英雄が、かつてマサカド公に勝利を収めた男であるから。マサカド公には、真っ正面から打ち破りたいという欲が生まれるはずだ。というか、そうであってくれないと詰みだ。

 

そして、そんな一瞬の後に

 

マサカド公は、分身と共にこちらに対して戦闘行動を取ってきた。

 

これで、こちらの手は2手増えた。あの曲射を止めたことから完全に見切られていると思われる藤太さんと、へっぽこサマナーである自分。手としては、悪手の類だ。

 

だが、もうそれしか切れる手札はないのだ。

 

分身を増やされたら敗北が確定するので、待ちの手は使えない。故に、アクセル全開で突っ込む。

 

MAGを足の裏で爆発させる事での高速移動。無意識に皆がやっていることを、あえて意識して行う。

現在の俺のMAGは、アンリマユに汚染されている為にかなりの劇毒だ。それを散らすだけで警戒心を煽れる。そして、それに乗じて藤太さんは、無尽俵を投げつけた。

 

さすがに俵が飛んでくるのには面食らったのか、ほんの僅かに動揺した後に大きく躱したが、それが藤太さんの狙いのようだ。

 

2対2が、1対1が二つに切り離された。

 

即席のコンビネーションはこれで終わり。あとは、死力を尽くすのみ。マサカド公の本体は9割方藤太さんの方であるが、こちらを自由にしていい理由にはならない。

 

こちらの高速移動を完全に見切ったマサカド公は、どんな防御も貫通するだろう万魔の斬撃を構えて待ち構えている。それに対して俺は左手の指先をマサカド公に向けた。

 

それは、魔法でもない原始的な一工程(シングルアクション )魔術。指先を向ける事で、呪いを与えるという現代においては使い物にならない過去の遺物。

 

だが、今現在の俺の身体状況であれば、これは切り札になり得るのだ。

 

この世全ての悪の意思が練り込まれたその弾丸は、あらゆる耐性を貫通しての呪いとなる。意思の塊は、力場では防げないのだ。

 

気合いで耐えられるだろうが、それでも一瞬は奪い取れる。それは、同じ意思を共有している分身もそうだろう。というか、そうでないと困る。

 

このトリックプレイは、理解され防御されたら意味をなさないのだから。

 

「藤太さん!」

「おうよ、サマナー!」

 

藤太さんの着物に仕込んでいたトラフーリストーンを起動させる。瞬間的に位置がずれて、マサカド公のこめかみを刀で切り裂く。

 

だが、そのダメージにより、マサカド公は消滅してしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

これで、賭けは俺の負けだ。

 

もう、どうしようもない。できることがあるのならば、それは

 

 

「闘う意思を、絶やさないこと!」

 

 

ストレージからショートソードを取り出して、万全の体制で待ち構えている本体に向けて意識を集中させる。

 

「良く戦った。だが、騙し合いは余の勝ちだ。悔い無く往ね」

「まだ、だぁ!」

 

加速した意識のままに、マサカド公の万魔の斬撃に対して、浮き上がるようにガルストーンを起爆させる。

 

そうして爆発的に放たれた風に乗ってマサカド公の斬撃から身体を逃す。

 

両足が切り落とされたが、体はまだ動く。むしろ綺麗に切り飛ばされたお陰で俺の身体にかかっている慣性は、まだマサカド公の方を向いている。

 

そうして、剣をこめかみに叩き付ける。

 

手応えは、あった。死に際で尚前に出るとは思われていなかったのだろう。

 

ダメージを与えられたことで動揺したのか、マサカド公は半歩後ろに下がった。

 

そして、瞬間飛びかかりマサカド公に斬りかかる短剣を咥えた忠犬パスカル。完全に意識の外にいた為にマサカド公は躱せずに斬撃をモロに食らった。ダメージは致命傷とはいかないが、戦闘続行には回復が必要だろう。

 

そしてその隙に、仲魔達が俺の身体をカバーできる位置に来てくれた。

 

そんな状態のマサカド公に、真里亞が話しかける。ここが、交渉のポイントだと思ったのだろう。

 

「...マサカド公、まだ続けますか?」

「これは死合いだ。続けるしかなかろう」

「いいえ、あなたはもう戦う以外の道を思い浮かべている。花咲千尋という脆弱で、それでも前に出る不思議な人を見た事で」

「なぜ、そう思う?」

「私も、そうでしたから。強さではない所で戦う奇妙な人を見たときに、この人なら大丈夫だとなんとなく思えたのです」

「だが、邪悪の眷属である事には変わりあるまい」

「変わりはあります。だってそうでしょう?」

 

「千尋さんは、英雄じゃない。悪魔でもない。それでも、前に進むその意思であなたをそこまで追い詰めてみせた。だから、あなたは敵としてでなく、隣で見てみませんか?殺すかどうかを決めるのは、それからでも遅くはないと思います」

 

そうして、その言葉に数瞬悩ませた後にマサカド公はこう言った。

 

「邪悪の眷属よ、改めて聞こう。貴様の名は?」

 

その問いへの答えは、一つしかない。

 

「花咲千尋、悪魔召喚士(デビルサマナー)だ」

 

「ならば我が真名、平将門の名において契約を結ぼう。契約の内容はただ一つ、護国神を名乗るあの者を討ち果たすまでの共闘だ。貴様達なら、足手まといにはならぬだろう」

「依存はない。だが、ただ一つだけ条件を付け加えさせてくれ」

「ほう?」

「お前が俺を邪悪の眷属として、この世界の害悪だと判断したら斬ることを躊躇わないでくれ。こればっかりはまだ理解できてないから、何がどう転ぶかはわからない。邪悪とはなんなのか、何故顔無しは悪魔になるのか、まだまだ未知は多いからな」

「...自らを縛る枷を作るか、誠に面白きサマナーよな。貴様が人であれば、力を貸す事に躊躇いはなかったものを」

「一応、俺みたいなのが多数派なので、人は顔無しもですよ。そういう社会になってたんです」

「そうか...それならば」

 

「少し、俗世を見て回るとするか」

 

ここに、契約は結ばれた。顔無しと護国の雄との、奇妙な契約が。

 


 

マサカド公は俺の両足にMAGを流した。この感じ、回復魔法だろう。断面が綺麗だったからか、あっさりと足はくっついた。血の跡と切られたズボン以外に切られたという痕跡はない。

 

極大回復魔法(ディアラハン)だ。これでよかろう?あまり血を流し過ぎるな。仮にも余のサマナーなのだからな」

「ありがとうございます、マサカド公。では、早速結界に干渉します」

「堅苦しいのはいい、好きに話せ。どの道ここまで来たら一蓮托生だ」

「なら、単刀直入に。あなたを通じて帝都結界を誤魔化します。マサカド公の存在可能性を倍にする事で、ひとまず結界の崩壊は避けられるはずです。各地に流れる龍脈はまだ淀むでしょうからそう長く持ちませんが、その間に護国神マサカドのカラクリを暴いて殺して結界内のマサカド公の数を元に戻します。異論、質問は?」

「ない。そうせい」

 

「お前ら、とりあえず場所を変えるぞ。幸いシェムハザの言った通りにあっちのは来てねぇ。が、あれだけ派手にやったんだ。嗅ぎつけられない訳はねぇ」

「それと、私の結界維持も限界です。それに、刑部姫さまも...」

 

その言葉と共に、全力でこちらに逃げてくる刑部姫が見えた。

 

「うわぁぁん!ちっひー!無理!無理だからぁ!」

「ざけてんじゃねぇぞ!折角の大物食いのチャンスを潰してくれやがって!」

 

追っているのは、悪魔の軍勢。意外な事にハイクラス悪魔が存在している。よくも折紙の式神だけで戦えたものだ。

 

「では、少し力を見せるとするか。先ほどの戦いでは、主導権を握られたままだったからな」

 

そうしてマサカド公は刀を抜き、全力で逃げる刑部姫の横を通り抜けた後に、横薙ぎに刀を振るった。

 

瞬間、身体から吸われる大量のMAG。COMPに溜めていた分は今ので尽きたようだ。

 

そして、マサカド公が刀を振るったその先には。

 

ただの力を込めた斬撃で切られた悪魔の軍勢と、その先の大学の残骸があった。

 

「ふむ、死亡遊戯には程遠いな。やはりMAGが足りぬか」

 

そんな言葉を最後に、戦闘は完全に終了した。

 


 

「...良し、結界の改変完了。これで明日にでも世界が終わるって事はないだろうよ。一安心だな」

 

苦節三時間の作業の結果、どうにか結界を誤魔化すことに成功した。マサカド公と真里亞のアカウントのお陰でだいぶ作業を短縮できたが、それがなかったら世界は崩壊していたかもしれない。

 

だが、これはあくまで結界を誤魔化しただけ。原因を取り除かなくては意味はない。

 

「というわけで、ネタを割りましょうか。護国神マサカドの無敵には、絶対に理屈がある。そうだよな?()()()()()

「ええ、あいにくとこれまでにマサカド公に攻撃を通せた者は居なかったため、解析できたのはキョウジ様達の一戦のデータのみ。トライアンドエラーを繰り返して解析を進めたい所ですが、良くて1回の試行が限界でしょう。それ以降は、流石のあの装置的にしか動かないマサカドもどきとはいえ対策はするでしょうからね」

 

そうして、真里亞とキョウジさんのCOMPの戦闘履歴データと、シェムハザの観測データを照らし合わせて対策を考える。

 

狂将との戦いの後に護国神を連れて介入してこなかったこと、出されたデータが正しいものだったこと、それらを踏まえて考えるとシェムハザは当面の味方と考えていいだろう。との総意からシェムハザを神田明神地下のここに招く事にした。正しい状況と情報を交換し、護国神を打ち破る為に。

 

「まず大前提として、マサカドは無敵にまつわる逸話防御は持っていないよな?」

「余の悪魔としての力は、7人に分かれる力のみよ。それ以外は人であった頃と変わらぬ」

「つまり、護国神の防御はやっぱ別口か...」

 

正直、護国神の方とはまだ相対していないのでわからない事が多い。こういう敵のルール破りは直感がものを言うのだと教えられているし、そうだと体験もしている。

 

というか、変幻自在の次元切りである草薙の剣で傷がつかない時点で意味がわからない。概念のレベルでの攻撃だぞアレ。

 

そんな事が起きる理由は、何だろうか。

 

「うん、わからん。とりあえず、護国神がどうしてファントムの頭に収まってるからか話してもらっていいか?」

「そういえば、その事については聞いていませんでしたね」

「まぁ、我らにとっても狐に摘まれたような話ですので、あまり口外はして欲しくはありませんが...」

 


 

それは、平成結界が令和結界に切り替わってから一年半が経ち、帝都の半分以上を制圧したことでファントムソサエティの組織再編も成ったある日のこと。

 

突如として、盟主をしていた顔無しの男、サカキが成ったのだ。あのマサカド公に。

 

「これより、国を奪取する」

 

そんな言葉が、新盟主の最初の一言だった。

 

 

 




どうでもいい事ですが、クッソ安いキャプチャーボードがあったので物は試しにと買ってみました。Switchの録画には特に問題は無さそうです。

待っていろ、真V!初見実況プレイとかやってやる!

まぁ、その時までにキャプチャーボードが壊れてなければの話ですけどねー。安心できないメイドインチャイナなので。


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無貌の悪魔

マサカドの帝都侵略は、ゆっくりと、しかし着実に進行していった。

 

まずは、敵対勢力をその力でねじ伏せ始めた。ガイアを、メシアを、ヤタガラスを。

 

その過程で、マサカドは顔付きを喰らい始めた。

 

それにより、始めは多少強力な悪魔でしかなかったマサカドは急速な速度で、急速すぎる速度で力を付けたのだ。

 

そうして戦うたびに強くなっていくその姿は、敵としてみれば最悪の敵だったが、味方としてみれば英雄そのものだった。

 

その力に、魅了されてしまったのだ。

 

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そうして、敵対勢力を食い終わった後にマサカド公はこんな事を言い放った。

 

「更なる力の為に、身を差し出せ」

 

構成員たちはそれに、狂喜乱舞した。選抜されたのは組織でも有数の力を備えていた顔付きの者達。

 

そして、彼らは二度と帰ってくることはなかった。マサカドに喰われたが為に。

 

そう、マサカドはマサカド自身のみが強くなるためにファントムソサエティという営利組織を掌握したのだ。その構成員達の命を、食らう為に。

 

そうしてマサカドは力を付けていき、神に匹敵する力を手に入れた。それによって帝都結界、および令和結界を侵食しているのが今の護国神マサカドだ。

 

そして、そのことになんの躊躇いも持っていない。

 

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それがシェムハザにわかったのは、帝都から顔付きが消えたからだったため、何も手は打てなかったが。

 

そうして、信仰による神格化のせめてもの妨害に、顔無しの悪魔人間化を進めるというプランを通して、マサカドの情報を集めてようやく今に至るのだ。

 


 

「大まかに端折りましたが、だいたいこんなものです。無敵に繋がるタネはありませんね」

「...いや、あるかもしれない。そもそも、何故顔無しの護国神が顔無しであるキョウジさんを襲った?」

「大の為の小の犠牲、そんな考えでは?あの護国神はロジカルに動きますからね。人を単位で見るならば間違いではないかと」

「...なるほどな、そうまでしてでも隠したかった不死身のタネに近づいていたから、俺を襲ったって訳か」

「で、キョウジさんが襲われたのっていつでどこなんですか?」

「2週間前、皇居の地下に寝かせてるある邪神の封印の補強をしている時だったな。その邪神が何かについては大した情報を持っていねぇ。情報が広がることで顕現が確定するタイプの悪魔だってことくらいだ」

「なら、次の目的地は皇居の地下ですね。その邪神に対してなんらかのアクションを起こしていたなら、それが無敵のタネかもしれないですから」

「...ええ、行きましょう。キョウジ叔父様と違い、私には皇族としてのアカウントがあります。深く探るなら必須でしょう」

「マリア、無理をするものではないよ。君が無茶をしなくてもサマナーなら何かしらの裏技でどうにかしてくれるさ」

「ふふっ、そうかもしれませんね。ですが、私は見たいのです。今の私なら、皇族とはどういうものなのかを本当の意味で理解できるような気がしますから」

「了解だ。ならシェムハザ、マサカドの監視が弱まったら連絡をくれ」

「ええ、私は一旦ファントムに帰らせて貰います。皆様のご多幸をお祈りさせていただきますね」

 

「待て、悪魔」

 

そんな、白々しい言葉で去ろうとするシェムハザを、マサカドが止める。

 

側に居るだけで伝わってくる、超一級の殺気を放ちながら。

 

「待て、マサカド。シェムハザをファントム戻さない為に殺したら、その時点でマサカドに迫る手を失う。それどころかこの拠点がバレる危険性だってでてきちまう。シェムハザの持ってるMAGはかなりの量だからな」

「安心しろサマナー、一つ明らかにしておきたい事があるだけよ」

 

「悪魔よ、貴様は何のために我らに手を貸す?」

「そんな事、決まっているでしょう」

 

「私は、多くの同胞達が願った世界の実現の可能性で考えているだけです。あの護国神につけば、可能性はゼロ。対してこちらにつけば...まぁ那由多の果てかもしれませんが可能性はあります」

「ファントムソサエティの理念、か...」

「ええ、人と悪魔の垣根を超えて、利益のみを追求する団体。それがまかり通るのが、同胞達が願った世界です」

 

「商売というのは、悪魔にとっても楽しいものなのですよ」

「ふむ、とりあえず理解はした。が、貴様の存在はこの国の害になることも理解できた。いずれ死合うことになるのだろうな」

「ええ、そうかもしれませんね。では、これにて」

 

そう言って転移魔法で消えていくシェムハザ。

奴の言葉には嘘はなかったように思えたが、それは真実を語っているという保証にはならない。

 

とはいえ、シェムハザに命を握られているという状況は多少マシになったように思える。なにせ、狂将マサカドを共に懐柔し、共闘の誘いに乗ったという証拠も残させた。

 

普通に議事録として回していた、テープレコーダーに声を残すというノーガードで。

 

「いずれ殺しあうだろうけど、今は...ってのは、めんどくさいんだよなぁ」

「そうなのかい?サマナーは割とそんな手をよく使っているように思えるけれど」

「だって、頭の隅に流れ続けるんだぜ?ここで殺しとけ!って誘惑が」

「...サマナーはどうしてそう思考が外道なんだい?」

「デビルサマナーはそんなもんだよ、多分」

 

そんな会話を最後に、シェルターにあった物資を使ってのささやかな祝勝会を行った。

 

藤太さんが食料の類は出せるから不足は酒くらいしかなかったが、その酒がちょっと問題だった。

 

なにせ、酒を持っているのが俺だけなのである。

 

宴会と言えば飲み比べよ!応!と殺した殺されたコンビが乗ったが為に、渋々と出した缶ビールはかなり懐にくるものだ。なにせ補給が効かないのだから。工場がなくなったであろうから、下手をすればそこいらの地酒やらワインやらよりも流通回復が遅いかもしれない、それを考えるとビールの価値は今や超うなぎ登りであるはずなのに、それを普通に飲むという行為で使わざるを得ない状況、サイフポイントが目に見えて減っていくのがわかる為にかなり心にくるのだ。

 

ああ、COMP内の在庫整理を仲魔の前でやらなければ良かったのに。おのれメドゥーサ、裏切りには相応の報いを与えてやるからな!こう、具体的には落ちたダンベルに尾を挟まれるとかの呪いで!

 

まぁ、思うだけでやらないが。

 

今現在はマサカド公と契約したが為に、若干キャパシティオーバーしているのだ。そのために、常に制御補助術式を回していたりしている。地味に燃費が悪いぞこの宴会。そして、そのために制御はガバガバであるため、反旗を翻されたら防ぐ術はないのだ

 

もう一つ二つサブで使えるCOMPを探そう。うん。それにCOMPの制御を分ければこの状況も多少はましになるだろう。

 

「サマナーよ、貴様も飲まぬか」

「もう全部ビールは出したんだよ...」

「ふむ、ちと飲みすぎたか」

「あー、畜生。ビールの作り方とか知らねぇから補給できねぇんだよなー」

「サマナーよ、麦なら出せるぞ」

「いや、確か色々他にも必要だったんだよ。なんだったか...」

「ホップと酵母だね。だが、詳しい作り方は私もわからないよ」

「ふむ、この苦味はなかなか癖になるのだが、作れぬなら仕方ないの」

「ああ、安酒だろうとわかるが、悪くないな。余への捧げものは大体が一級品の酒だったが為にな」

 

 

 

 

そんな風にわいわいと騒ぐ連中。

その顔には未来への不安は感じられなかった。奇妙な事だ、護国神の力を考えれば、未来に希望など見えないはずなのに。

 

「ま、それを言うなら俺もか」

 

シェムハザから話を聞いてからなんとなく思えているこの感覚。本当に奇妙だが、なんかいける気がするのだ。

 

流れに乗ってる、そんな感じだ。

 

「...この感覚が良い流れの予兆だと良いんだけどな」

 


 

そうして、シェムハザからの連絡を元に旧皇居へと向かった。

そして、封印の前に来て理解できた。

 

これは、もう抜け殻だと。

 

「キョウジさん、追えますか?」

「無理だ、かなり前に喰われてる。だが、結界が壊されたって訳じゃねぇな。中と外からの共鳴で力だけを渡したって感じだ。中の悪魔は生きてはいるだろうぜ」

「...開けますか?」

「微妙ですね。せめてこいつの正体でもわかれば良いんですが...」

「こいつが死ぬ事は、間違いなくあっちのマサカドに伝わるだろう。全面戦闘の準備はできちゃいねぇんだから、放置が良いだろうよ」

 

そうして、周辺の情報だけでも漁って帰ろうとしたその時、声が聞こえた。

 

「そこに、いるのか?」

「...ええ、俺は花咲千尋。あなたは?」

「我が名は◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎...いや、無貌とでも呼んでくれ」

 

しれっと恐ろしい真似をしてくれやがったこの悪魔。名前を伝えるという行為すら害になるとわかっているのだろうか。

 

「では無貌さん。あなたは、何故こんなところに?」

「ただ在るだけで危険だと判断されたからだろうよ、全くヒトというのは臆病なものだ」

「まぁ、ヒトって基本クソザコなんでそこは納得してくださいな」

 

今現在生き残っているヒトは、相当なタフガイ達だという事からは目を逸らしておく。

 

「では、あなたはどうしてここからの解放を願わなかったんですか?護国神マサカドを名乗るあの者に」

「...それが、最善だと考えたからだ。今、この世界には依って立つ象徴がいない。だが、彼ならそうなってくれると信じた。信じ、たかったのだがな...」

「というと?」

「彼は、力に飲まれた。私を受け入れる器ではなかったのだ」

「じゃあ、その力とやらの正体を教えてくれませんか?ちょっとそいつを殺さなきゃならない側ですから」

「...力はそう単純なものではないのだが、その者の本質を強くするようなものだと考えて構わない」

「つまり、無敵の理屈はマサカドになる前の人間の本質って事か...サカキってどんな奴だったんですか?」

「ファントムの頭らしい、手段を選ばない奴だ。が、マサカドになる前はそう邪悪って奴でもなかったな」

「闇の組織のトップだろう?それがどうして邪悪でないと?」

「アイツは、マサカドになる前は陣取り合戦に積極的に参加してなかった。ヤタガラスとガイアとメシア、全組織に公平に兵站を回す事で戦況をコントロールしてはいたがな。だが、それ以上に干渉はしていなかった。外道と邪悪の線を引いて、外道でいられるラインを超えなかった。だからこそ、ファントムは一年半蝙蝠を続けられていたんだよ」

「なるほど...」

 

とすると、やるべきはファントムの内情を探る事だろうか。

シェムハザの後ろ盾があるから、探りを入れる事は不可能ではない。が、それは違うと何かが叫んでいる。

 

「...なぁ、無貌さん。俺にその力って奴は渡せるか?」

「不可能ではない...が、見たところ中に異物を入れているな?その状態では貴様の本質次第ではどうなるか保証はできない」

「...なるほど、大体わかった」

 

「つまりお前は、封印されている意味なんてないんだな」

「その通りだ、私は所詮端末の一つでしかないのだからな」

「サマナー、どういう事だい?」

 

「こいつは、なんらかの方法で外部とコンタクトを取っている。それも、無意識に語りかけるようなやり方で。キョウジさん、ここに来るまでになんかいけるような気がしませんでしたか?」

「...ああ、マサカド公が仲魔になった事が原因だと勝手に思っていたが、それが...誘導ってのはそういう事か」

「はい、感じたままを言うならば、こいつは顔無しに干渉する力を持っている、その権能として。そしてそれが、この皇居地下に封印されている理由。こいつのMAGパターンから作られたんでしょうね、出産器の中身は」

「待ってください、何故そのようなことが?」

「正直勘がロジックの補強をしているので確実にとは言えないが、こいつに操る力があるとするならばその根本は同じものであると考えるのはそう間違っていない。そして何より、こいつに対してどこか懐かしさのようなものを感じてしまっている。それはつまり、こいつが親って事なんだろうよ」

 

その言葉と共に、感じていた抜け殻のような感覚が消え、混沌としたMAGが伝わってくる。封印越しでこれなのだから、恐ろしい話だ。

 

「花咲千尋、本当に奇妙な男だ。故に、私を受け入れてくれると思ったのだがな」

「それが、お前のミスだよ。あの時俺は、護国神に勝つためには同じ力を手に入れるしかないって思っていた。そこが、絶対にありえないんだよ」

「ほぅ?」

「だって俺は...」

 

「他人の力と詐術で戦うのが基本の他力本願サマナーだぞ!」

 

瞬間、デオンと真里亞から冷ややかな視線が向けられる。だって仕方がないだろう、事実なのだから。

 

「それでいいのか?花咲千尋」

「サマナー、彼にも言われているよ」

「うっせ、事実なんだから仕方ないだろ」

 

 

「それはともかく!俺に力は必要ない。いや、必要ではあるんだが、それは降って湧いた力じゃなくて知識と努力と根性とあと金の力で手に入れるものであるべきだ。なんの代償もない力なんざ、信用できないからな」

「ならば、我々を殺すか?」

「必要ならな。だが、お前がいないと人類は終わる訳だから当分は見逃してやるよ。そもそも殺せるかどうかって問題は置いておいてな」

「面白い、気に入ったぞ花咲千尋!」

 

奇妙な笑いが封印越しで伝わってくる。嘲笑のような、しかし心からの笑いのような、奇妙な感覚だ。

 

きっと、無貌というのはこいつを名前で括る為の一種の封印なのだろう。この者の存在原理を理解した自分にはわかってしまう。

 

「その通りだ!ここまで来れば貴様には伝えられるな!我が、名を!」

 

「我が名はニャルラトホテプ。汝が心の海より出でし者なり!」

 

キョウジさんは平静を保っている。デオンと真里亞も大丈夫だ。

つまり、この奇妙な邪悪が流れ込むような感覚を味わっているのは自分だけなのだろう。というか、伝わったのが自分だけなのだろう。

 

ニャルラトホテプ、その名前を聞いたのは初めてだが、その存在は理論的に証明されていた。

 

ペルソナ能力の研究により、それが心の海より出る力なのだとわかった時、心の海そのものの研究がなされた。その過程で見つかったのがシャドウ、ペルソナになれなかった人格の成れの果てだ。

そして、その中には人格のようなものを持つ者さえ居たりした。

 

それが大いなる者に進化する過程ならば、人格を持たないシャドウに、制御されたペルソナに影響を与える大いなる者の存在があるはずだと調べ上げられた。そして理論上存在する、というか存在しないとおかしい存在があった。それが、人の心の総意のペルソナ、あるいはシャドウ。人の心が心の海でつながっている大きなものなのだから、それに対応する心の海に匹敵する存在がいないと釣り合いが取れないからだ。

 

 

それがこの、ニャルラトホテプなのだろう。

 

 

「では、私はここで黙るとしよう。この終わりゆく世界を回すのは、貴様になるだろうからな」

「いや、黙らないで構わない。なにせ、こっちは大して応えてないからな」

 

左手を、もっと言うならその指先を頭に添えながらそう言った。

 

「花咲千尋?」

「...ああ、もう慣れた。これがこうなるのか。ペルソナってのは知識としては知ってたが、扱いは理論的に考えるより感覚でやる方がいいってのは本当なんだな」

「ッ⁉︎私との接続を、断ち切った⁉︎」

「そう言うことだ。力の方は遠慮なく使わせてもらうぜ。これはかなり役に立つだろうからさ」

 

そう言って、左手を銃の形にして、自分の頭を撃つように構える。なんとなく感じた、ペルソナの最も簡単な発現方法。

 

「来い、ペルソナ!ソロモン!」

 

背後に現れる、どこか暖かい力。72柱の魔神を従えた超級の悪魔召喚士が、心の海からやってきた俺の心の形らしい。それはなんというか、過分な気がしてならない。

 

だが、まぁそんなものだろう。ペルソナには理想の人が現れるケースというのもあるらしいのだし。

 

「真里亞、ちょっとアカウント借りるぞ」

「は、はい。...あの、ちょっと付いていけてないのですけれど、大丈夫何ですか千尋さん」

「ああ、力と情報はこいつが勝手にくれたから、あとはしっかり蓋をしておかないとな」

 

真里亞とリンクして、皇族としてのアカウントを使ってニャルラトホテプの封印に干渉する。といってもそんな大した事をする訳ではない。ただ、緩んでいた封印を締め直すだけだ。

 

ペルソナ使いとして目覚めた事で流れ込んできた数多の知識を利用した、最小の労力で最大限の力を発揮する締め方で。

 

「...私が世界の終わりを見届けられないのは残念だが、まだ我々の端末はある。せいぜい貴様の足掻きを見届けさせて貰おう」

「やめろよその私が死んでも第2第3の私が現れるだろう!とかいう奴、こっちはもうお腹いっぱいなんだよ」

 

「封印術、ソロモンの鍵。じゃあ、二度と会わない事を祈るぜ」

 

その言葉を最後に、ニャルラトホテプの気配も声を聞こえなくなった。どうやら封印は成功したようだ。

 

このままあと300年ほど黙っててくれないかなーと思うが、ほかの端末に俺の事は知らされているだろうし、面倒が増えたという感じがしてならない。

 

「さて、マサカドの無敵のネタはわかりました。これから向こうのアクションを見つつ、攻略をしていきましょう」

 

無言で義手の銃口を向けてくるキョウジさん。突然こんな怪しい事を言う奴を信用できないのだろう。

 

真里亞とデオンは、なんだか諦めているような顔をしているが。

 

「まず、ネタがわかったのはニャルラトホテプからの知識って訳じゃありません。ソロモンを発現した事で俺の知覚範囲が増した事が原因ですね」

「知覚範囲?」

「はい。今、この帝都は二つあります。表と裏。護国神はいつからかは知りませんが、この帝都の裏側にもう一つ異界を使っていたんです。そして、その帝都では表の四天王ならぬ裏の四天王がいるんでしょう。...いや、この辺は推測なんですけれどね」

「ほう、それに至った理由はなんだ?」

「ちゃんと話しますからチャージをやめてくださいキョウジさん。ソロモンの戦闘能力は俺とどっこいなんでそれに当たったら普通に死にます」

 

こほんと一度咳払い。

 

「裏の帝都ではゲートパワーが安定しています。異変前の帝都レベルに。そんな事がまかり通せるのは、異界の作り方が本当に前の帝都と同じくらいの完成度を誇っているという事。だとしたら、帝都って土地を土台にしている以上四天王による帝都結界も再現していると見て間違いないでしょう。そして、その絶対に届かないところに自分を偏在させているから護国神マサカドはダメージを受けない。多分魂の根っこをそっちに置いてるんでしょうね、だから真里亞の草薙による概念切断も通用しなかった。あれは結局のところ魂へのダイレクトアタックですから、そこに触れられなかったから斬る事が出来なかった。それは、護国神の速度の事から見ても納得できる説だと思っています。相対時間が表の帝都よりも早いから、そっちに魂を合わせれば俺たちから見れば高速で動いているように見える。...細かい事は間違っているかもしれませんが、ソロモンで感知できたところから導けた仮説はこんなものです。なんなら、今から観測データをそちらに送りましょうか?」

「...いや、構わん。完全に信じたという訳ではないが、こっちにはそもそも縋る藁すら無い。その言葉を当面の指針にさせて貰う」

 

そう言って、キョウジさんは銃口を下ろした。

 

「所で、こっちのマサカドと同じように分身...いや偏在だったか?それをしているなら、護国神も7人に分かれられるという事にはならないか?」

「...あ」

 

デオンの言葉が響いた瞬間、これなら行ける!という感覚が完全に消えた。まだイケイケにする干渉残ってたのね。おのれニャルラトホテプ!

 


 

そうして護国神の隙をついての観測調査をした結果わかったのは。

 

四天王結界についているのは、毘沙門天たち護国の四天王であること。そして、その護衛にマサカドの分身が付いている事。

 

そして、結界の中心には常に2人の護国神がいるという事。

 

「あの、ちょっとやめてくれませんかそのガチムーブ」

「サマナー、現実を見よう」

 

裏の帝都に侵入して四天王の暗殺をしなければ戦闘のスタートラインに立てないのに、どうしてそこにいやがる自称護国神!いや、裏帝都を国と捉えれば間違ってないけども!

 

ちなみにこれを伝えたシェムハザは、あっさりとキョウジさんを人柱にして護国神に裏切ろうと俺に持ちかけてきやがった。悪魔かお前は。

 

それをするならお前を拘束魔法でガチガチに縛って連れてくわ。

 

「さて、どうするか...」

 

とりあえず今のところの候補は、四天王の館の真下に入り口を開いてのメギドラテロだ。運が良ければ四天王は死んでくれるかもしれない。

あるいは、陳宮さんの掎角一陣を使っての自爆テロ連打。材料が必要になるが、同時に4箇所攻撃できるから妨害の可能性は最も低い。

が、陳宮さんの生きていた世界とこの世界は違うため、代用できる材料にも限界がある。陳宮さんが顕現した際の材料の量から逆算すると、あと6発だけ。せめてあと2発あれば四天王1柱につき2発の自爆を撃ち込めたのに...と思わなくはないが、そもそも自爆では殺しきれるかどうか微妙なため保留。破壊範囲的にはメギドラに少し劣るのだ、掎角一陣は。

 

そして、最後の策は...

 

「この規模の異界だと、核に差し込まないと通じないよなぁ...メディアさんなら遠隔でもやってのけるだろうけど」

 

四天王とマサカドをガン無視して、裏帝都の核に破戒すべき全ての符

(ルールブレイカー)を突き立てる事。

 

これは、馬鹿みたいなハイリスクハイリターンだ。

 

決まれば、全戦力で裏帝都結界の力をなくしたマサカドを総攻撃できる。しかし失敗すれば裏帝都結界の力全てを使うマサカドの護国神としての力で塵すら残らないだろう。

 

そもそも通じない可能性すらあるのに、これに賭けるのはどうかと思う。

 

「せめて、護国神を足止めする部隊でもあれば...ん?」

 

そういえば考えるのを後にしていたが

 

どうしてシェムハザは、顔無しの悪魔人間化を推し進めていたのだろうか。

 

全ての顔無しの親であるニャルラトホテプの権能を持っているであろう護国神には、顔無しは無力だ。だから、傷をつけられるように悪魔人間に作り変えたのではないか?

 

もしそうなら、シェムハザの計略は...

 

「サマナー?」

「...ああ、ようやくまともな博打を打てそうだ。そうだよな、侵略するってんなら要るのはまず人手だよな!」

 

そうして、その瞬間から方針は決まった。

決行は2週間後、内田たちが増援に来てすぐだ。

 

そのための準備として

 

工作機械を使っての大量のメギドラストーンの量産を、ファントムの根城で行う。

 

それをもって、物量で裏四天王結界を破壊する。その後、精鋭部隊による護国神マサカドの討伐。それが、今取り得るプランだ。

 

デオンを傍らに置けないのはかなり恐ろしいが、そうも言っていられない。マサカド公との戦闘で間違いなく目を付けられているだろうから。

 

その点、俺なら顔無しとしての性質からMAGは割れていても問題はない。というか、ペルソナに目覚めた事でさらにMAG性質は変化したし。

 

「うん、どれだけシェムハザに付いてくるかはわからないが、希望はあるな」

 

これで、勝率はゼロじゃ無くなった。それならば賭けるには十分な値だ。

 

そうして俺はシェムハザに協力を取り付けて、俺はファントムへと渡った。

 


 

「作業は順調ですか?花咲千尋」

「ああ、機材が揃ってるからな。ペルソナっていう手も増えた事だから作業効率は二倍以上。この分なら行けるよ。だが、こんな大量のMAGどうやって調達したんだ?」

「そんなもの決まっているでしょう?私が何をしてきたと?」

「...生贄、か」

「いえ、彼らには私を神として崇めさせました。継続的にMAGが稼げるのでそちらの方が結局特なのですよ」

「オイ!湿っぽくなった俺に謝れ畜生!一瞬MAGとして使うの躊躇いかけただろうが!」

「ちなみに彼らには高度な戦闘訓練を受けさせているため、決行の際には多少の役に立つでしょう。とはいえ顔無しなので護国神には通じないため、護国神に付くファントムの馬鹿どもを殴る程度ですがね」

「しれっと身内殺しの部隊を編成してやがる。悪魔だこいつ」

「組織とはそんなものですよ。それに、悪魔と言うなら貴方もでしょう。仮にも帝都を守ってきた四天王をその館ごと吹き飛ばしてしまおうなどとは信心深い者なら考えもつきませんよ」

「いや、だって敵だろ?」

「まぁそうなのですがね」

 

そうして一時止まる会話。作業は続くが、なにやら奇妙な目で見られているような気がしてならない。気が散るからどっか行って欲しいのだが、

 

「...はい、決めました」

「...何をだ?」

「護国神を倒した後、私を貴方の仲魔にしてはくれませんか?」

「...なにが目的だ?」

「直感です。あなたは、面白い運命の元にある。どうせこの戦いの後ファントムは壊滅するでしょうし、それならば、より面白い方に居たいと思うのですよ。世界を救うなどとは別に、あなたの側にいたみたいのです。私の願いの為には、今の人間を知る必要がありますからね」

「...まぁ、こっちの指示に従ってくれるなら文句はねぇよ。お前の実力は知ってるからな」

「ええ、では内定という事で」

「ああ。ま、俺が死んでる場合もあるかもしれないけどな」

「そこは私では?」

「いや、俺の戦闘力って基本クソザコだし」

「そこは譲らないのですね...」

「ま、他力本願なのが基本だからいいんだけどな。幸い頼れる仲間も仲魔もいっぱいいる。俺が戦いの場面で無茶をする必要はそんなにないさ。...いや、最近無茶ばっかしてるような気がするけどもそれはきっとそうだ気のせいだ」

 

そんな、なんだか奇妙な距離感で、準備の日々は進んでいった。

 


 

そうして、やってきた決行の日。

 

メギドラストーンの相乗効果による範囲固定の威力強化術式をファントムの術師さんとの会話の中で思いつき作り上げたせいで前日までは徹夜だったが、今日はしっかり寝てコンディションは正常。

 

そして戦力を補強する為にターミナル前で皆で待っていると、一つの手紙だけが届いた。

差出人は内田から。内容は単純で、しかし予想だにしていなかった事だった。

 

「縁がターミナルを使ってどこかに飛んだせいで、ヤタガラスのターミナルはまだクールダウン中...?」

 

俺のいない間でも、この世界の中心になりつつある遡月の街は動いていたようだ。

 

大切な、仲間すら巻き込んで。

 




一万二千文字に、届かないッ!

アンケート取っておきながら、なかなかに難しいです。初期の俺は一体どうしてあの文字数をキープできていたんだ?と自分のことながら疑問です。


あ、多分文字数が減ってる理由その1だと思うのですが、新作を投稿しました。不定期更新になりそうですが、ご一読して頂けると幸いです。

FE風花雪月の2次創作、双紋の魔拳。作者ページからどうぞ!
という卑劣な宣伝を挟んでみたり。


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たった1人の護国神

投稿間に合わなかったぁ!
まぁ、10分以内なのでセーフですよね...?(懇願)


「...ターミナルのログは、大空洞の方からか...てことは縁には同行者がいるな。1人なら手紙を飛ばすくらいの事は出来るからな」

 

とりあえず現状を口に出して整理する。縁は、ターミナルを使える何者かに拐かされたのだろう。とりあえずそう判断しておく。

 

「...護国神マサカドの討伐は、現状の戦力でやるしかないという事か」

「だな。だが正直所長には来て欲しかったよ。霊剣スイッチ作戦は没案になっちまうし」

「まぁ、俺としては正直ほっとしてあるがの。仮にも俺にと渡してくれた霊剣を詐術のネタに使うのには思うところはあったからの」

 

そうしていると、もう時間になってしまった。

 

縁の事は心配だが、今はもう動き出した戦いに身を投じるしかない。

 

作戦の成功のチャンスは、たったの一度きりなのだから。

 


 

「...?」

 

護国神マサカドは、違和感を感じた。

 

この自分の支配する聖都に、侵入者が現れたようだ。

 

それも、大量に。

 

別個体の視点に意識の始点を移すと、そこには多くの悪魔人間が四天王の館になにかを投げつけてからすぐさま散り散りになって逃げ出す様だった。

 

無駄だろうに、なぜそんな事をするのかと問いただす為に1人の悪魔人間の前に立ちふさがる。

 

「来やがったぞ!」

「あばよ、ナーガ!手前の事は3分くらい覚えておいてやる!」

「覚えてろよ手前ら畜生、地獄で会おうぜ!」

 

そうして、ひとりの悪魔人間が己の前に立ち塞がり

 

MAGによる威圧だけで地に倒れ伏した。

 

だが、それでもなぜか諦めるような目はしていなかった。

 

「何故、こんな無駄な事をする?」

「なんて事はねぇ」

 

「こっちの方が儲かるからだ!」

 

護国神マサカドは知らない。それは、一大ギャンブルに出たファントムソサエティ構成員全ての思い。

 

こここら生きて帰れれば、ファントムソサエティの残りの資材全ての山分けの権利が得られるのだ。

 

マサカド公が勝ち取り、溜め込んだ資材の量は計り知れない。それだけあれば、この終わった世界でも悠々自適に暮らせるだろう。新天地に足を伸ばすための助けにもなる。

 

それは、これまでファントムが忘れていた、未来への欲望。

 

マサカドの力ではなく、人の欲望を刺激したシェムハザの計略であった。

 

「というわけでくらえ!トラポートストーン!」

 

そうして逃げ延びようとするナーガ、その転移を妨害し力場の槍で貫いた。

 

この場にいた、否

 

四天王の館にやってきた全ての攻撃者を。

 

「無駄な事...ッ⁉︎」

 

そうして、その命は報われなかったが

 

代わりに、四天王の館はまるで太陽が落ちてきたような現象により消し飛んだ。

 

そうして、爆発と同時のタイミングでの参入者。

 

こちらが本命であるとわかる力の強さ。

 

そして、慣れ親しんだ側近のMAG。

 

「シェムハザか...」

 

そのことに、なんの感想も持たなくなった事は、本当に神の領域に入ってしまったという事なのだろうか。

 

そんな事を、サカキという男だった者は考えていた。

 


 

「突破!」

 

流石に異界の中心部への侵入は想定されていたのか、かなりの防壁が存在した。だが、それは術でしかない。

 

この世全ての魔術的契約についてのハッキングの糸口になりうるソロモンの秘術、ソロモンの鍵をもってすれば結界と護国神の契約を一時的に無効化するくらいはわけないのだ。実際、ほかの襲撃ポイントの侵入にはこの術式を利用して遅延発動させて結界を破っている。

 

だがまぁ、この異界の結界はブロック構造であることから、別のブロックからの自動修復がある事は明白だ。

つまり、結界を解除しないとここから逃げ出す事は出来ない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

でなければ、世界そのものを相手にする羽目になる。それに勝てるのはライドウさんくらいだろう。

 

なので、まともには戦わないことにする。

 

「初っ端からぶっぱは基本!遅延術式展開、高位万能属性魔法(メギドラ)!」

 

無言で斬られるMAGの流れ。流石に通用はしなかった。マジかー。

 

「夷狄よ、滅べ」

「俺顔無しなんで見逃してくれたりは?」

「それすらも分からなくなったのが、今の護国神ですよ。

 

ソロモンにより拡張された知覚が、世界全体に存在するマサカドの力場が襲いかかってくる事を教えてくれる。

 

想定していた体の内側からパーンとするのはなかったので、一安心だ。正直対策できなかったので、それをされたら詰みなのだ。

 

「サマナー、安心するタイミングではないと思うのだけど」

「いや、俺にこの攻撃を防ぐ手段があると思うのか?」

「ほら、そこは得意の詐術で」

「無茶言うな。それに」

 

「このパターンなら、想定済みだっての」

 

そうして、7人のマサカド公が力場をコントロールして足止めをして、キョウジさんのワイルドハントの自爆で道を作る。

 

そして駆け出すのは予め召喚しておいたベル・デル。現在の面子の中では、直線に限っては最速なのはベル・デルなのだ。

 

だが、やはりその機動は直線でしかない。あっさりと迎撃のニ太刀を受けるが、契約により守られているという逸話を持つベル・デルは、特定のあるものによる攻撃以外通さない。

 

「ばら撒くだけばら撒かせて貰おうかぁ!万魔の、乱舞ゥ!」

 

そうして、5発の万能属性の爆発が護国神を襲う。

 

だがしかし、衝撃は殺しきれない。

 

2人のマサカドの力だけで、バットに当たった野球のボールのように弾き返された。

あのベル・デルの推力をものともしないとは、本当にどうかしている身体能力だ。

 

だが、ベル・デルは仕事を果たしてくれた。

撒き散らかされた万能属性のMAG。

 

それは、力場を喰らいかき消す性質を持っている。

 

「行くぞ、進めぇ!」

 

繋がりが断たれた事で、力場操作による攻撃にはタイムラグが生じるようになる。それならば、こちらの精鋭なら回避可能だ。

 

そうして、雪崩れ込む皆。

戦闘エリアに最初に到達したのはマサカド公。護国神の方は2人で、こちらのマサカド公は7人。数的優位はこちらにあった。

 

だが、7つの太刀はしごくあっさりと払われて、本体を含むマサカド公7人にかなりの痛手を与えた。

もっとも、マサカド公はそうなると読んでいたのか本体はしっかりとダメージ前に回復魔法を置いていたが。

 

続いて、入れ替わるように入ったのがキョウジさんのワイルドハント(掎角一陣ブースター付き)。単純出力ではマサカド公と互角にできる自爆ブースターを、惜しげも無く使ってみせるキョウジさんの胆力はなかなかのものだ。

 

そして、それを理解して自ら進んで名乗り出るワイルドハントの男らしさもちょっと尊敬している。

 

「嵐に、飲まれろ!」

「...無為」

 

そうして吹き飛ばされる嵐。まだ、護国神の数は2人。舐められている。侮られている。そして、その戦術眼は正しい。

 

このベル・デルが作り出した万能属性MAGが影響を残すのは約20秒。それも多く見積もってだ。

 

だから、どんなに無茶苦茶をしても、この突撃を成功させなくてはならない。

 

「オーダーに変更は無しだ!好きに暴れろ!連鎖召喚魔法(サバトマオン)!」

 

そうして、一つの魔法陣から連鎖して俺の手持ち残り全ての仲魔の分の召喚陣が発現する。

 

先んじて現れるのはクー・フーリンと藤太さん。次いでアテルイとメドゥーサ。その後はバックアップに特化した刑部姫と紫式部さん。

アテルイを中距離に対応できる青で召喚しているため、自然と2列縦隊の隊列が組み上がる。

 

そして、案の定とも言うべきか護国神は藤太さんに()()()()()()()()()。やはり、逸話的経験は解消していないようだ。

 

それは、こちらにとってはマイナス点にしかならない。

この突撃に至っては藤太さんに気を取られてくれるのはむしろメリットなのだから。

 

だが、止まれるわけはない。最速で、最短で、一直線に。

 

「3点アナライズ完了!全属性耐性だ、無効じゃねぇ!力で押し通せ!」

「おうよ!蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

「任せい!」

「効くとは思えませんが、足止めくらいにはなるでしょう。極大電撃魔法(ジオダイン)

「どうせだ、持って行け。極大水撃魔法(アクアダイン)!」

 

俺、キョウジさん、真里亞の三人のCOMPをリンクさせる事で実現させた超速アナライズで弱点ではなく無効、吸収、反射だけに絞って解析を行った。結果はどれも通ると返ってきたが、この護国神に耐性がないなどとは考え辛い。耐性はあると見るべきだろう。

 

それに答えて前衛、中衛が同時に大技を放つ。刑部姫と紫式部さんは、まだチャージ中のようだ。このあたりは、戦闘向きの英雄かどうかの差だろう。だが、それは時間差攻撃になるので

 

放たれた槍と矢と雷と水。それらはそれぞれが相乗し合い爆発的な威力を作り上げたが、1人の護国神が刀を一振りしただけでそれはかき消され、もうひとりのマサカド公の目にも止まらぬ速さでの斬撃によって前衛は総崩れとなった。

 

クー・フーリンが身体を張って斬撃を一瞬遅らせていなかったら、壊滅していただろう。それほどの力が今の斬撃にはあった。

 

だが、その一瞬で前の皆は命を繋いだ。そうして、刑部姫と紫式部の術が完了する。

 

「行って私の式神達!ちっひーの集めた銃器モリモリでぇ!」

「魔性なれば、払うは我ら陰陽師。源氏物語・葵・物の怪」

 

ファントムの物資からかっぱらった銃器を式神の数の暴力により展開した刑部姫の技。ミリミリナイトフィーバーと現代にかぶれた本人が名付けた技である。ナイトはどこから来たのだし。

 

そして、紫式部さんの術は、彼女の書いた物語の呪術的顕現。葵さんとやらが呪いで殺されたことに対象を共感させて呪詛的ダメージを与える術だ。

 

どちらも、一級品の術だ。刑部姫が生み出した折紙兵の数はなんと千。それらの同時射撃ならば、ダメージは塵も積もれば山となるだろう。

 

そんな2人のトリッキーな同時攻撃には流石の護国神も面食らったのか、対応に迷いが生まれた。

どちらも異世界からの技術なのだから当然といえば当然だ。護国神が参照できるであろう顔無し達のデータベースには何もないのだろうから。

 

だが、それも一瞬。

護国神は千の折紙を5つの太刀で、払いのけ、もう一方の護国神が呪いを力だけで切り裂いた。

 

だが、これで最後衛にいた俺たちが戦闘エリアに辿り着けた。

 

残り時間は、約10秒。

 

「持ってけデオン、魔術破りだ!」

「任された、サマナー!」

 

トップスピードに乗ったデオンに向けて破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)を投げ渡す。

そして、その隙をカバーするかのように放たれる真里亞の広域極大火炎魔法(マハラギダイン)。戦闘開始からずっとチャージされていたその炎は、白く輝く光の瀑布となって護国神に襲いかかる。

 

「...些事」

 

そして護国神は全くそれに目もくれず、炎をその身に受けて魔術破りを手にしたデオンに向けて2人の護国神が同時に襲いかかる。

 

そこに張られたのは、シェムハザが仕込んだ物理反射障壁(テトラカーン)。護国神の一つめの太刀を反射し、二つ目の太刀をデオンが技で捌ききる。そしてするりと2人の間を抜けて目的のポイント、結界の中心へと滑り込む。

 

しかし、そこには3()()()の護国神が待ち構えていた。どこかを守っていた護国神が現れたのだろう。

 

そうして、デオンの手から破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)が弾き飛ばされる。それを取ったのはキョウジさん。そしてそのキョウジさんを守るために生きている面子が動き出す。

 

それを見て、破壊すべき全ての符(ルールブレイカー)の性質を認識したのだろう。この世界を破壊し得る天敵なのだと。

 

瞬く間に護国神が7人で陣を組んで現れる。基点のディフェンスに3人、こちらに攻め込んでくるのが4人。

 

最悪だ。1人2人ならどうにか盗めると豪語していたが、3人もいるのならどうしようもない。

 

残り5秒、防衛をしている護国神の一体を排除できなければ勝機はない。

 

『サマナー、MAGを回せぇ!』

 

藤太さんからのその言葉を聞いて、瞬時にMAGの配分を一極集中させる。それは、博打にも等しい作戦。だが、勝機は存在する。

 

『シェムハザァ!』

 

何故なら、あの護国神は俵藤太の異次元の弓さばきを知らない。それならば、有効打になり得るのだ。

 

藤太さんが唾を一つ吐き、弓を構えて矢を放つ。

その矢は藤太さんの唾を受けて水龍の加護を受け、大百足を射殺した魔性殺しの絶殺技となる。

 

その名を、八幡祈願・大妖射貫(なむはちまんだいぼさつ・このやにかごを)

 

その矢は4人の護国神をすり抜けて、クー・フーリンの投げた槍に当たり背後から護国神を強襲する。

 

その矢に込められた未知の力に警戒して回避したその矢を、シェムハザが物理反射障壁(テトラカーン)で跳ね返す。

 

そうして跳ね返った先は、基点を防衛する3人の護国神の元。

 

水龍の加護を全開にしたその矢はより力強さを増して、三人の護国神を押し流そうとする。

だが、護国神はここでも冷静に対処してくる。分身の1人が身体を張って矢を受け止めその効果を減衰させ、もう1人がその矢を切り裂く。

 

それは、無限に分身を作れる護国神ならではの最善手。

 

そして、こちらにとっても最高の展開。護国神が1人消えた事で、監視網に一瞬抜けが生まれる。

 

そこに滑り込むのは、この街で最初に仲魔になった器用な奴、カプソである。

 

監視網が抜けていても、力場が万全でなくても、戦いの鍵になる要素を見落とすような事は誰もしなかった。

 

瞬時に放たれる一閃と、その一閃を身体で受け止めるベル・デル。

 

これで、完全にフリーな状態のカプソが、俺と契約のラインで繋がっている仲魔が結界の基点に到達した。

 

「これで、繋がった!ソロモンの鍵、遠隔起動!術式構築要素、認識、分解、再定義! アカウント情報マサカドをマサカドに置換!地の利を得たぞ!」

 

瞬間、暗転する意識。

 

情報のフィードバックだ。

 


 

通信網の断絶と、顔がなくなる現象。どちらも最悪だ。

 

だが、それ以上に最悪なのは人的被害の損失。人々は、顔無しというだけで信じる事をできなくなっている。それでは、成り立たない。

 

誰かを騙してた先に得られる利益もあれば、誰かを信じた先に得られる利益もあるのだから。

 

そんな気持ちから、ファントムソサエティを利用した侵略は開始した。

 

それだけは、間違いだったとは思わない。

 


 

繋がった事で理解してしまった悲しみを、今は思考の外に置いて護国神を見据える。

 

護国神も、こちらと繋がった事で何かを知ったようで、不思議な表情をしていた。

 

だが、それも一瞬だけ。

 

膨れ上がる二つのMAG。一つは、護国神のMAG。これまでセーブしていた力の全力を発揮してくるつもりのようだ。

もう一つは、マサカド公。四天王は無くとも、この裏帝都結界を掌握した事で万全の状態に近い力を取り戻している。

 

これで、ようやくのスタートライン。

 

勝率は高めに見積もって4割の、大怪獣決戦だ。

 

「...さぁ、お膳立てはしたぞ!やってみせろや帝都の守護者!」

「上々!我が身に宿る護国の祈りよ、今こそ力に!」

「...全力を出すしかないな...」

 

「「戦神形態!」」

 

膨れ上がっていたMAGが、収束して鎧具足へと変化する。

 

これで力場を使った攻撃はなくなるだろうが、それだけだ。

 

ただの攻撃だけでこちらのマサカド公以外の全ての札を殺し得る絶大な力を、護国神は手に入れた。その力は戦神形態と化したマサカド公を上回っている。

 

その足りない力の差を埋める手段は、ひとつだけ。

 

 

 

みんなで頑張る、それだけである。

 

 


 

七人に共に分かれたマサカド公と護国神が切り結ぶ。数の差は互角、技量は若干マサカド公が有利、出力では完全敗北。

 

だが、上回っている僅かな技量でマサカド公は護国神の攻撃を耐えていた。

 

その剣戟は嵐のようで、援護に入ろうとした藤太さんの矢すら着弾することなく刀のぶつかる衝撃で逸れた。

 

こちらからできる援護は、現状広域全能力向上魔法(ラスタキャンディ)で自力を上げることと、ラインを通じて回復をすることくらいだ。

 

そんな戦いが、1分ほど続いた。

 

「...ええ、千尋さん。行けます。集中(コンセントレイト)は十分です」

「了解、じゃあぶちかますか!この戦いが大怪獣だけのものじゃないって事を教えてやろう!」

 

ラインを通じてマサカド公にある術式を与える。それは、火炎ガードキルと同じ要領で作り上げた術式。未完成のため、完全にアナライズが完了している相手の術にしか効果はないが、今回のケースについては問題はない。

 

「灰塵と帰せ、広域極大火炎魔法(マハラギダイン)!」

 

そうして、戦闘エリア全てを白く輝く瀑布が覆う。

 

その炎に対して護国神は防御行動を取ったが、マサカド公は躊躇いもせずに突っ込んでいった。

 

そうして炎は護国神を襲い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

先程マサカド公にかけた術式は、火炎ドレイン。力場に干渉して火炎吸収力場を作り上げるというものだ。

 

そうして、吸収されたMAGはマサカド公の力になり、一瞬だけ力のバランスを崩す。これが、たった一度のトリックプレイだ。

 

そうして、7人のマサカド公が俺のMAGを吸い上げてあの絶技を放つ。死亡遊戯、そう公が呼んでいた技だ。

 

その7撃は護国神を捉え、しかしすんでのところで差し込まれた刀によって致命傷だけは回避された。

 

「「畳み掛けろぉ!」」

 

キョウジさんと俺の声が重なる。

 

そうして走り出す全ての仲魔達。陳宮さんからのブースターを付けたワイルドハント達が、最速で突っ込んで護国神と共に自爆する。

 

マサカド公の一撃で大ダメージを負っていたその分身は、ワイルドハントの自爆に耐えられずに消滅した。これで、残り4人。

 

だが、そのインターバルはマサカド公のものよりも早いと考えるべきであり、つまり残り4人の中から本体を確実に仕留めるしかない。

 

残りの、攻撃の中で。

 

クー・フーリンがクルージーンを抜いて、自らの崩壊を顧みることなく輝きの斬撃を放つ。しかし、ダメージはあれど立て直した護国神は光の斬撃に1人の分身による迎撃で迎え撃ち、光の斬撃をかき消した。

 

マサカド公の見せた、死亡遊戯を用いて。

 

それがダメージのある身体では耐えられなかったのか、分身は崩れて落ちた。この総攻撃で仕留められなかった場合はもう完全に奇跡に賭けるしかないくらいのクソゲーだが、今の動きで本体に当たりをつけた。

 

クルージーンの光の斬撃から最も離れたあの1人が、本体だ。

 

残り3人。そして、本体までのガードは固い。だが、しかし。

 

こちらには、心があるもの全てを一時無力化できる切り札がある。

 

「デオン!」

「わかっているよ。...この剣は友のため、咲き誇れ、百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)

 

デオンの剣舞が、マサカド公の目に入る。それは、見るもの全てを魅了する技巧の極致。その美しさは、ここが戦場であることすら忘れさせてしまう。これが、白百合の騎士の絶技だ。

 

そうして止まったところに、緑の遠距離モードになったアテルイの矢と、藤太さんの矢が同時に放たれる。その矢は最前列にいる護国神を狙ったように見せかけたが、その二つの矢がぶつかる事で風を纏ったアテルイの矢が藤太さんの矢を吹き飛ばす。

 

そして、そこに二の矢を放つ藤太さん。二の矢が弾かれた矢をさらに弾いて、本体の護国神のこめかみに向かう必殺の魔弾へと変えて見せた。

 

その魔弾は、正確に護国神のこめかみを貫いてその命を絶命させた。

 

これで、勝ちだと思ったその時に、一瞬繋がったラインから叫びが聞こえて来た。それを無視するのが正しいはずなのに、どうしてか耳を傾けてしまった。

 


 

顔無しの悪魔化現象は知っていたが、自分がそうなるとは思っていなかった。だが、自意識は保てている。これならば、ただの力として割り切れるだろう。

 

最も、平将門公の力など畏れ多くて面倒ごとの匂いしかしないが。ファントムソサエティはあくまで営利組織なのだ。

 

だが、そうして悪魔になってから声が聞こえるようになって来た。それは、怨嗟の声。生まれる寸前で止められている肉塊の、叫び。

 

心はさして強くなかった自分には、それに引っ張られるのに大した時間はかからなかった。

 

自分たちを産んでくれと、そんな声が聞こえるのだ。

そうして、自分は()()()目当てで各勢力に侵攻をし、マサカドの力で全てをなぎ払い出産器から声を解放した。

 

そうして、その声の主は自分に取り付き、勝手に中に入り込み、いつしか自分が声を出す者になっていた。

 

声にならない、叫びの声を。

 

だが、人間としてのプライドはあったのだろう。この身ではまともな運営ができないと、古参のシェムハザに全権を任せ、自分はひたすらに衝動に抗う戦いを始めた。

 

だが、これまでの戦いで食った者たち、出産器から取り込んだ者たち、彼らの声が鳴り止む事はなかった。

 

だから、国を作った。ただ、自分たちが穏やかに暮らせるだけの国を。

 

その国に、1人しか住人がいなかったとしても。

 


 

「サマナー!」

 

意識が戻る。すると、目の前にはかつて護国神の分身だったものが、護国神の死体と混ざり合い、邪悪なものになるように見えた。

 

その正体を、俺は知っている。人の魂のソースコードの中に存在する最悪の悪魔。その名をニャルラトホテプ。

 

「サマナー、真里亞の勾玉からの炎は通じなかった。異常事態だよ」

「...撤退はしない。ここで、この1人だけの国を終わらせる」

 

何が心が弱いだ。こんなものを心の中に抱えておきながら、その衝動に負けないで立ち続けていたあなたは、立派な護国神だ。

 

誰があなたを侮辱しようと、俺だけは絶対に忘れない。顔無しでありながら、強い心を持っていたあなたのことを。

 

「マサカド!藤太!やるぞ!」

「...不遜な輩よな!」

「それだけ覚悟が座ったという事よ!こうなった男は強いぞ!」

「わかっておる!貴様も俺もそうだった!」

 

そうして、ラインを通じて二つの魂を俺の魂の深いところに接続する。

 

ペルソナに目覚めた事で増えた俺のキャパシティなら、この力を扱い切れる。

 

「秘術、花咲式憑依術!スピリットサイド!俵藤太!」

「おうさ!」

「デモニックサイド!平将門!」

「行くぞ、サマナー!」

 

二つの力が分解されて、俺を包む鎧となる。二つの心が繋がって、俺の心を侵食する。そしてその侵食された心から、勇気が湧いてくる。

 

これが、繋がる力。心を完全に食われても仕方ないような術なのに、どうしてか2人はそうしようとしない。全く、人が良い。

 

だから、その信頼に応えるために、強い自分を顕現させる。

力は2人が与えてくれる。故に、強い心で、立ち上がる。

 

「クロス、オーバー!」

 

そうして、この身は魔人となる。ただ一太刀、サカキという男を救う為に刀を振るう男に。

 

『霊剣を!』

「わかってる!マサカド公、技を借ります!」

『やってみせろ!手解きはしてやる!」

 

そうして、絶殺の斬撃で膨れ上がった邪悪を切り捨てる。

 

『『「死亡遊戯」』』

 

そうして、繋がったラインから『ありがとう』という声が聞こえると同時に、異界が崩壊していく。

 

これで、護国神は終わった。

帝都は、とりあえず平和になったのだ。そこに住む人はもうほとんど居ないだろうが。

 

その事に安堵して、憑依術式を解除する。

 

「あー、死ぬかと思った」

「サマナーよ、第一声がそれなのか」

 

どこか締まらないままに、激戦は終わったのだ。




確認作業せずに投げたので、誤字脱字か愉快なことになってると思います。見つけて、『許せん!』と言う方は誤字修正フォームからよろしくお願いします。


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赤の主従

ボックスガチャというかガーデン級の周回が忙しすぎて今週落とすかなー?と思ったらほぼ一日でかけてしまいました。びっくり。

なお、文字数は一万文字くらい。12000の壁が高いッ!


「これで、マサカド公の土地定着化術式は完了しました。気分はどうですか?」

「...貴様のMAGが無くても問題はなくなったな」

「そりゃ重畳。じゃあ、契約完了って事で...本当は宴でも開いて別れたかったんですが、なにかと立て込んでまして」

「構わぬ。今はまだ戦う時だ。我の分け身でも渡せればとも思ったが、四天王が逝った事が大きいな」

「そこまでは望んでないですよ。そのかわり、結界の維持は本気で頼みますよ?」

「誰にモノを言っているのだ」

 

そう言ってお互いに苦笑する。なんだかんだと短いが濃密な時間だった。

 

「では、お主は行くが良い。この世界を救おうとする愚かで愉快なサマナーよ」

「はい。一時とはいえ、あなたの主で在れた事は楽しかったです。どうかお達者で」

 

そうして、あり合わせの資材でなんとか形だけ再建した社にマサカド公を置いて、その場を去る。

 

戦いは、まだ終わっていないのだから。

 


 

思えば、奇妙だった。どうしてサカキはマサカド公という強大な悪魔へと変化したのか。変化できたのか。

 

そんなもの、外からの介入があったからに決まっている。

 

こうして護国神の影響が消え、自由に術を使って探索ができるようになった事で、それは確定した。

 

この帝都に、もう聖杯はない。持ち去られた後なのだ。

 

それを隠す為の帝都結界の破壊。それの防衛にこちらの手を完全に誘導したその手管。それはまさに悪魔的な場の動かし方だ。

 

そして、そのことから敵は令和結界が破壊された後の残り2月弱で聖杯集めを終了できる力がある事が逆算できる。それは情報力なのか、機動力なのか、戦闘力なのか、それはわからない。

 

だが、あの戦闘が終わった後の現象から言って、そのどれもが当てはまるだろう。

 

「真里亞、もういいか?」

「...はい、私たちは未来に行かないといけませんから」

 

それは、一つの区切り。

 

灰となった皇居を前にして、しっかりと祈りを捧げる事。それは、騒乱の最中にあった帝都ではできなかった事で、今のほぼ全ての人や悪魔が消えた廃都市になって初めて出来たこと。

 

「じゃあ、戻ろう。敵を探し出して始末する。話はそれからだ」

「...はい」

 

そうして、再び神田明神地下にあるシェルターへと転移する。ターミナルは安全性を考えて、シェルターへと移し替えた。マサカド公がしっかりと見張ってくれているので悪用されることはないだろう。

 

そんな事を考えながら、()()()()()()()()()()()()()のことを思い出していた。

 


 

それは、本当に突然に始まった。

 

「逃げろ、サマナー!俺たちから!」

 

鳴り響く不快な音色。放たれる意思の波。

 

護国神を倒して現実の相対座標、皇居跡地に現れた俺たちを待っていたのは、邪悪すぎるそれだった。

 

COMPの表示に現れるアウターコードの文字。豹変した藤太さん達の姿。

 

敵の姿はもう見えず、あるのは地獄の始まりを告げる不協和音だけ。

 

「キョウジ、叔父様...」

「...我は汝、汝は我、我は心の海より出でし者。...この端末は、良い体だ。そうは思わないか?花咲千尋」

 

俺たちの事を、モノでも見るかのような目で見るキョウジさんだった者。皮膚は全て裏返り、そこから肉が溢れて形作られた顔のない、あるいはどんな顔でもある悪魔。

 

これが、ニャルラトホテプなのだろう。追いつかない感情と、叩き込まれた戦闘論理が導く身体の反射がそれを告げていた。

 

現状は、最悪。こちらはMAG切れ寸前のサマナーと異能使い。対して敵はアウターコードにより離反したアウタースピリッツ4名にニャルラトホテプの端末と化したキョウジさん。

 

「デオン、お前だけが頼りだ。死ぬほど働かせるぞ」

「...サマナーと真里亞は守るよ。白百合の騎士の誇りに誓って!」

 

そうして二方面からの攻撃に対応するためにショートソードで初手を受けようとしたその時に

 

アウタースピリッツ達は、ニャルラトホテプに対して攻撃を始めた。

 

「人理の影法師風情が、私をどうすると?」

 

無言で、戦闘を続けるアウタースピリッツ。その技量に陰りはなく、その魔力に制限はない。そうして陳宮さんの指揮によって刑部姫の兵力が全力以上に活かされ、その兵力に隠れて藤太さんと紫式部さんが攻撃を仕掛ける。

 

確認していたスペック以上の攻撃だ。アウターコードは、アウタースピリッツの潜在能力を引き上げる力も持っているようだ。

 

「...今のうちに離れるぞ。この戦い、どっちにも介入のしようがない」

「...チャクラドロップがひとつだけあります。残りのMAGを考えると、1発は放てます」

「撃てるか?」

「...撃ちます」

「なら、状況は俺が作る。デオン、行くぞ」

「どうするんだい?」

「...あいにくと、ノープランだ!」

 

そうして、戦闘エリアへと切り込む俺とデオン。

マサカド公しかり他の仲魔達は、既に送還している。命を燃やせば人柱降魔(D・ライブ)くらいはできるだろう。

 

どうせここでの戦いでどちらが勝っても死ぬ命だ。ならば、燃やした所でロスはない。

 

そう思って突撃しようとしたところに、一つのモノが投げられた。

 

藤太さんの、無尽俵だ。

 

「サマナー、よ!持っていけ!此奴は、俺たちで終わらせる!」

「そう、ね!ちっひー!パスカルの、事!お願いね!」

「私たちは、大丈夫です!」

 

答える、3人の声。そして、それに何も反応しないで堅実に指揮を進めている陳宮さん。そして、一つのハンドサインを見せるニャルラトホテプ。

 

それを見て、この場を終わらせる算段はついた。最悪で、犠牲だらけで、それでも最大限の数が生き残れる算段が。

 

「...ここで、好きでもない事をやらされてる仲魔の始末をつけないで逃げてられるほど、情のないサマナーじゃねぇんだよ!全員纏めてかかってこい!俺が相手になってやる!」

「狂ったか⁉︎花咲千尋!」

 

それだけで、伝わるだろう。

少しの間とは言え、本当に濃密な時間を共に過ごしたのだから。

 

俺が、真っ当に戦うなんてことはありえない。何故なら1発良いところに当たればそれだけで霊核が弾け飛ぶだろう貧弱防御力なのだから。

 

だから、かかってこいというのは当然なにかを仕込んでいるという事の裏返し。アウターコードに縛られている中での自由がどれだけあるかはわからないが、顔無しを殺そうとすることはまぁアウターコードの方針には間違っていないだろう。

 

そこを逆手に取って、仕留めさせてもらうことにする。

 

こちらに向かってくる3人のアウタースピリッツ、そして1000の折紙兵達。

 

それらにまとめて、命を燃やしたMAGで作り出したアンリマユの泥を叩き込む。

 

肉の身体を持たずにエーテル体で身体を構成するアウタースピリッツは、この想いの泥には耐えられない。そして、向こうにはそもそも耐えるつもりはない。

 

だから、これで3人のアウタースピリッツの無力化は完了した。

 

地獄のような苦しみなのはわかっている。だが、結局俺の取り得る手段ではこれしかなかったのだ。

 

「真里亞、やれ!」

「ですが、キョウジ叔父様は⁉︎」

「あっちは、()()()()()()()()()!だから、全開で!」

「...ええ、わかりました。炎天よ、走れ!極大広域火炎魔法(マハラギダイン)!」

 

そうして、無防備になった身体を真里亞の火炎が襲う。それで、アウタースピリッツ達は終わった。

 

地獄の苦しみの中で、最後に笑顔を見せて。

 

...あとは、キョウジさん次第だ。

 

「サマナー、私は介錯に行く」

「ああ、悪いが任せた。とはいえ、あの2人の奇策が終わってからな」

「...ああ、そうだね」

 

そうして、ゆっくりと視線を陳宮さんとニャルラトホテプの方に向ける。陳宮さんは俺たちから離れていく。それを追う形でニャルラトホテプは攻撃を始め。

 

自身の体に取り付けられている装置が起動した事に、気付いた。

 

「全く、自分の体に自爆装置をつけて欲しいなどとは本当におかしな仕事でしたが、それが役に立つというのだからこの世は侮れない。そうは思いませんか?サマナー」

「ああ、お陰で大事な姪を守れた。感謝するぜ陳宮」

「葛葉キョウジ、貴様⁉︎」

「顔無しは悪魔になる、それが利用されてる。なら、対策は打つに決まってんだろ。馬鹿かお前は?」

「ですが、全く奇妙な事です。貴方が私を殺すという契約と、私が貴方を殺すという契約、二つが同時に成立してしまうなどとはね」

「そういう事だ、あばよニャルラトホテプ。お前の事は、次の世代に任せるさ」

 

「おのれぇええええ!...などと言うと思ったのか?」

「ああ、思った」

 

そんな言葉と共に、キョウジさんは、ニャルラトホテプは爆散した。その爆発に巻き込まれて陳宮さんは消滅し

 

後に残るのは、死にかけのニャルラトホテプの端末だけだった。

 

「霊核が砕けたか...まぁ、及第点だろう。花咲千尋、貴様らの勝ちだ」

「...デオン、そいつを喋らせるな」

「いいや、大切な事だ。話させて貰おう。この帝都のマサカド乱立を引き起こしたのは、1人の顔無しだ。私と共存している特別性のな」

 

「そいつは、もう帝都には居ない。次の目的の為に、三咲に向かっているよ。貴様がなにをしようと、もう間に合わないだろうな。貴様の人類の進化系(ネクステージ)は見てみたかったが、それより早く世界が終わるのだから関係はなかったか」

 

「では、世界が続けばまた会おう」

 

そんな言葉を最後に残して、デオンの一太刀によりニャルラトホテプは消え去った。

 

キョウジさんは死に、帝都からはほとんど全ての人が死に、聖杯はまだ見ぬ敵に奪われた。

 

それが、今回のグレイルウォーの結末だった。完全敗北だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

「ワン!」

 

そう、パスカルの鳴き声が聞こえる。その事に違和感を覚えてそちらに歩いて行くと、1人の女の死体が転がっていた。やったのは、パスカルだろう。

 

その口には、死んだ女のCOMPが咥えられていた。

 

「まさか、キョウジさんをニャルラトホテプにしたあの音の出所か!」

「ワン!」

 

肯定するパスカル。そうしてそいつのCOMPを調べていくと、美咲市にターミナルの受信専用端末がある事が確認できた。このデータがあれば、ターミナルのない美咲に長時間かかる調整をしないで辿り着く事ができる。

 

これなら、縁を邪悪の手から救うのに間に合うかもしれない。次の世界の終わりを止められるかもしれない。

 

全く、ツキというものは良いところに転がっているものだ。

 

「パスカル、お前も来るか?」

「ワン!」

 

そして、道連れも一頭増えた。

 

「必ず、縁を助けよう」

 

誰に言い聞かせるてなく、自分の覚悟を口にする。

 

戦いはまだ終わっていないのだから。気を引き締めていこう。

 

差し当たっては、食事による体力の回復だ。藤太さんが咄嗟に投げ渡してくれたこの無尽俵、活用させて貰おう。

 


 

「じゃあ、真里亞、パスカル、デオン。行くぞ」

「だが、遡月の皆には連絡しなくて良いのかい?」

「このターミナルからラインを通して、真里亞には美咲に行くって伝えた。ノイズだらけだけど向こうからの反応もあったし、多分伝わっただろ。向こうからの増援も期待して良い筈だ」

「それは有難い。なら、心配事はないね。縁を助けに行こう」

「ま、縁なら自力で脱出していてもおかしくはないけどな」

 

そんな希望的な軽口を叩きながら、ターミナルを起動させる。ふわりとした感覚の後、視界は暗転し、どこかの屋敷の一角にあると思われる受信アンテナの前に現れた。

 

瞬時に戦闘態勢を取るが、奇襲はない。ニャルラトホテプから俺たちが生き残った事は伝わっているだろうに、どうして迎撃を置かない?

 

不自然な点はあれど、まずは動く事だ。デオン、パスカル、俺、真里亞の順で隊列を組みゆっくりとドアを開ける。

 

丁寧に掃除が行き届いている奇妙な屋敷だ。建築様式から言ってかなり古い屋敷だと思われる。そうしてゆっくりと探索しながら外に出ると

 

そこには、普通の街並みがあった。大厄災前の、普通の街並みが。

 

「おいおい、冗談だろ?」

「千尋さん、ゲートパワーは安定しています。これでは悪魔はそこまで存在できないでしょう。これは、異常です」

「だな、どうしてこんな事になっているのか、話を聞かなきゃな...ッ⁉︎」

 

瞬間、デオンが剣で飛んできた剣を弾き飛ばす。投剣...違う、これに似た技術を俺は知っている!

 

「物陰に隠れろ!狙撃だ!剣を矢にする変態アーチャーがいやがる!士郎さんか畜生!」

「こちらは補給も最低限だというのに!千尋さん、ペガサスは⁉︎」

「ペガサスじゃあの狙撃は躱せない!今は普通の剣だけど、概念装備まで弾にしてきたら空間ごと削ってくるわ当たるまで追尾するわのインチキのオンパレードだ!今は逃げるしか無い!」

 

そうして、走り始める。時折やってくる狙撃を躱しながら屋敷の敷地にある森の中に入り、そこにある離れに滑り込む。

 

「...あら?お客さんですか?」

 

そこには、赤い髪が綺麗な女中さんがいた。が、今はそれどころでは無い。

 

「すいません、軒先を借ります!詳しい話はまた今度で!中距離転移魔法(トラフーリ)!」

 

そうしてわざと転移の痕跡を見えるようにした囮の転移と、最小限のMAGしか見せない本命の転移を重ねて使う。

 

そうして屋敷から逃れた俺たちは、狙撃をしてきたであろう山の上に高くそびえるビルから逃れるルートで撤退する。

 

「なんとか、撒いたか?」

「ああ、多分ね。囮に引っかかってくれたのだと信じたいね。さて、ここはどこだい?」

「待ってくれ、今地図を開く...美咲市の繁華街だな。店の看板と位置は一致している。さて、これからどうするかだな」

「縁の居場所は、探さなくて良いのかい?」

「いや、一択だろ。あのビルの中以外に考えられない。となると、あの狙撃をどう潜り抜けて行くかだな」

 

とりあえずは、MAGの補給が先だ。

この街の現状なら、生体エナジー協会とかも生き残っているかもしれない。マッカならファントムの物資だったものからたんまりと受け取れたのだ。攻めるにしろ忍び込むにしろ、なんにせよ補給だ。

 


 

そうして、酷くあっさりと俺たちは受け入れられた。生体エナジー協会はきちんと運営されており、マッカを適正なレートでMAGに交換することができた。

 

そして、この街が不思議なほどに安全である理由も同時にわかった。生体エナジー協会には、さまざまな人がMAGを売りに来る。

 

なぜそんな自殺行為を?と尋ねたら、遠野様が守ってくれているからだと告げられた。

 

遠野様とやらは古くからの鬼の血を引く一族で、代々この美咲を守ってきたのだと。そうして、遠野様とやらが建てたビルの屋上から悪魔がどうやって侵入してこようとも射殺してくれるのだとか。

しかも、この街のエネルギー全てをあのビルから配分しているために日々の暮らしには問題はないのだと。

 

随分と、都合が良すぎる。こんな世界でそんなことを続けるにはどう考えてもリソースが足りない。遠野様とやらは相当な無茶をしている。だから聖杯や縁を求めたのだろう。

 

「千尋さん、私たちが縁さんと聖杯を取り戻す事ってもしかして...」

「だろうな、砂上の楼閣を蹴り飛ばすのと同じ事だよ。...交渉で話が済めば良いんだがなぁ」

 

なんにせよ、夜を待つ。どんな鷹の目とはいえ、夜ならば狙撃も多少はマシになるだろう。

 

まぁ、ちゃんと街灯が灯っているこの街でそれが有効かは疑問だが。

 

「サマナー、少し良いかい?」

「どうした?デオン」

「この街の外がどうなっているのかを知りたい。それ次第で、どういう選択をしたのかがわかるだろうからね」

「了解、サモン、カラドリウス」

「サマナー、撃ち落とされて死ぬ未来しか見えないんだけど、そこの所はどうなのさ?」

「死ぬことも仕事だ、頑張れ悪魔!」

「サマナーは心が悪魔さ」

 

そうして、路地裏を縫うようにカラドリウスは飛んでいく。今のところ狙撃はない。そうして、徐々に人の暮らしの灯りがなくなっていった時に、その光景は見えた。

 

「...マジか、この街の頭は⁉︎」

「千尋さん、どうしたんですか⁉︎」

「今映像を出す、かなりやばい事になってるぞ」

 

そうして、カラドリウスの目が見た光景か映像として表示される。

 

それは、堕天使の軍勢がMAGを確保している光景。

その出どころは、都市に張り巡らされていたMAGパイプの末端。

 

この街の機能が生き残っている理由は、人間牧場だからだろう。だとしたら、顔無しを悪魔にするあの音楽の出所もここなのだろう。

 

そうして、カラドリウスが気付かれる前に送還(リターン)して、作戦を練り直す。

 

これは、罠だったのだろうか?

ニャルラトホテプにわざと美咲市の名前を出させて、ここに誘導して包囲の中で仕留め切るという敵の計略の。

 

「...これは、どうしたもんかね?」

「私個人の意見を言わせてもらっても良いかい?」

「ああ、構わない」

「あのビルに潜入することは生半可な手管では無理だ。だから、堕天使を使えないかい?あれだけいるなら、誘導に乗る愚か者もいるかもしれない。マッカがあれば交渉も可能だろう?」

「...交渉に時間を割いていいのかがわからない。向こうは聖杯の欠片を持ってる、なんでもありなんだ。だから、時間は敵に利しか産まない。だが、着眼点は良いと思うんだよ。交渉時間なしに堕天使、もしくは他の何かに遠野様を釘付けにする方法...あ」

「お?サマナー、閃いたかい?」

「ああ、要は堕天使が動けばいいんだ。そこに俺たちが直接出向く必要はない。...行けるな」

 

そうして、狙撃を警戒しながら美咲の街を巡っていき、仕込みをする。高度なセキュリティがあるものと覚悟していたが、どうにか俺でも抜ける程度のものだった。これなら、行ける。

 

だが、心には来るものがある。

懐かしい、日常の感覚が本当に泣きたくなるくらいに懐かしいのだ。

ふつうに人が笑って暮らせる世界。それがここにあるのだから。

それを守る事は、本当に尊い事なのだから。

 

だが、俺はこれをこれから壊すのだ。覚悟を決めろ、世界を救うって決めたんだから、覚悟だけは折れない鋼であれ。

 

それくらいしか、弱者の自分にはないのだ。

 


 

そうして、日が落ちる。それと同時に各地に仕込んでいた術式を起動させる。対象はMAGパイプ。

 

この街から外の堕天使へと向かうMAGを、各地に配置した仲魔を通じて盗み取る。そうすれば、堕天使達は反逆に怒り狂って見せしめの攻撃を始めるだろう。当然、遠野様はその対処に追われる。

 

その分だけ、接近の難易度は下がる。

 

あり合わせからできた作戦とはいえ、悪くはないだろう。

 

「サモン、ペガサス!翼は畳んで、地面を走ってくれ、良いな?」

「ヒヒーン!」

「ワン!」

 

何故だかペガサスに対抗するパスカル。パスカルのグレートっぷりを考えると地上ではペガサスにもスピードは劣らないだろう。思いっきり走らせてやる事にする。

 

「GO!」

 

カラドリウスの目が堕天使を捉えた時点でペガサスを走らせる。反応性向上(スクカジャ)をかけているので、機敏に動けるだろう。

 

そうして、遠野様の剣の矢は、弓から放たれるものではなく空中に投影して射出する形で俺たちを妨害するようだ。

 

だが、それならば防げる。あの狙撃が厄介なのは、威力ではなく正確性なのだから。

 

そんな片手間での妨害など、しっかりとMAGを補充した今の真里亞の敵ではない。

 

高位火炎魔法(アギラオ)!」

 

実際、剣は投影されて射出されるまでのタイムラグで焼き尽くされている。そんなものは俺には見えないが、あると言うのだからあるのだろう。

 

だが、流石に攻撃可能な距離まで入り込まれたらアクションを起こされる訳で、士郎さんが使っていた追尾の概念装備の矢が放たれる。それを見たペガサスは俺たちを前に飛ばし、剣を引きつけて空を走り出す。予想していた通りの行動だ。

 

「しゃあ!こっからは正面突破だ!全員、送還(リターン)!アンド、サモン、クー・フーリン!続いて高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)!ベル・デル!」

「「しゃあ!行くぜサマナー!」」

「お前ら息合うな!ベル・デルはそのまま射手に突っ込め!真っ直ぐに!最速で!クー・フーリンはその影から槍を投げろ!ベル・デルには当たっても構わない!全力でな!」

「構うに決まってんだろが!当てたら殺すぞお前!」

「ハッ!お前がわざと来ない限りは当てねぇよ!誰にモノを言ってやがる!」

 

そうして、ベル・デルは最速で射手に飛んでいき

 

真っ直ぐ綺麗に撃ち落とされた。まぁそうだろう、だが、それで死なないのがベル・デルの...

 

『サマナー!奴は知ってやがる!ヤドリギで剣を作りやがった!』

『動けるか⁉︎』

『無理だ、良いのを貰ったせいで霊核にダメージが入った。こりゃ蘇生魔法貰わねぇとどうにもならねぇな』

『そうか...戻れベル・デル。お前は盾としてまだ使えるから、死体になられたら困る』

『了解だ、サマナー...それにしても理由が最悪だな』

 

射手の対処はクー・フーリン1人に任せてしまう事になるが、あいにくともう動き出しているから止まらないし、止まれない。

 

高位衝撃魔法(ザンマ)!...流石に当たらねぇか!」

 

クー・フーリンは、持ち前の身軽さを利用して射手を惑わし、ノールックで出せるというルーン魔術を利用した衝撃魔法で反撃する。

 

だが、射手の目を引く事には成功している。できれば殺して欲しいが、それは無理だろう。

足を止めれば、即座に貫かれるのだから。

 

「真里亞、八咫の鏡は?」

「...まだ貼れません。昨日の今日ですよ?」

「それもそうか。つまり、頑張れと!」

 

次第に、こちらに向けてくる投影剣の弾幕は密度を増してくる。防御にはギリギリ極大クラスが必要になるくらいの絶妙な強さの概念装備の剣で。

 

真里亞も最初は適切な反撃を選ぼうと努力したようだが、もう今では極大(ダイン)をノータイムで放っている。

 

それは、真里亞が考えるのを面倒に思ったとかではない。

剣の生成速度が上がったのだ。それはそうだ、なにせ術者に近づいているのだから。

 

だが、まだ対処できる。そう思った時に術者がふわりとこちらに降りてきた。

 

それと同時にクー・フーリンに着弾した剣。それによりクー・フーリンは生き絶えた。

 

「ふむ、見た目は普通の顔無しと同じだな。くだんの英雄殺しがどんな男か気になっていたのだが、随分と見かけに覇気がない」

 

赤い外套、色黒の肌、そして白い髪。

 

どこか士郎さんを思わせるその男は、両手に陰陽の中華剣を作り出してこちらに対峙する。

 

「あいにくと、こっちの手札はまだ尽きてない!サモン、アテルイ!シェムハザ!」

「仲魔としては初の召喚ですね、少し心が踊ります」

「無駄口を叩ける相手ではないぞ」

 

そうして、男と紫のアテルイが斬り合う。力で押すアテルイと、技で躱す男。

 

本当に、バトルスタイルが士郎さんそのものだ。とすれば、こちらに隠している切り札とやらも同一かもしれない。

 

まぁ、そんなものは撃たせるつもりはないのだが...ッ⁉︎

 

「全員、離れろぉ!」

魔法反射障壁(マカラカーン)!」

 

瞬間、察知して即座に指示を出すが、アテルイは速度を落として防御力を上げている色の鬼である紫鬼のため躱しきれず、その両腕を蒸発させられた。

 

そうして、ビルの二階にあるテラスから見下ろしてくるのは、赤い髪の少女。

 

今のは、何だ?

ソロモンのMAG察知で何かを感じて、咄嗟に退避とシェムハザのマカラカーンを張った。そこに間違いはない。なので、今のアテルイの両腕を蒸発させたのは魔法ではない技だという事になる。

 

アテルイに当たったのは、障壁を抜けて伸びてきた二本の髪の毛だけ。

それだけでアテルイの体を蒸発させるとは本当にどうかしている。術の枠に囚われない異能という奴はこれだから困る。

 

「すいません、あなたが遠野さん?ウチの従業員を返して欲しくてカチコミに来たんですが」

「...なら、あなたはあの子を殺したのね」

「そっちが先に仕掛けてきて、ウダウダ言われる謂れはないですよ。いいから縁を返せ。それからそっちの事情次第で協力するか敵対するか判断してやる」

「...断るわ。神野縁は奇跡の存在、彼女なら受胎が可能なの」

「...子供でも産ませようってか?」

「いいえ、私は、私たちは...」

 

「彼女に世界を産んでもらうつもりなの」

 

それは、決して交わらないもう一つの世界を救う選択肢。

 

たった1人の少女に全てを押し付けて、全てをひっくり返す事だった。

 


 

「侵入者がやってきたみたいだねー」

「...そう、ですか...」

「どうしたの?あなたはこれから聖杯を受け入れて世界を救う聖母になれるのに!」

「こんな、こんなやり方でいいんでしょうか?これまでの沢山の人が繋いできたこの世界を使えないからと切り捨てるようなやり方で」

「それ以外に皆が助かる道はないよ?」

「...生贄になるのは私です。だから、この選択肢に思うところはありません。関わった皆さんが生きられる世界を作れるのなら、それは決して悪いことではないですから。でも、でも、でも!私が、私が戦って守りたかったのは世界じゃなくて笑顔だから!私が死ぬことで、涙を流す人がいるから!私は、その選択肢をまだ選びません」

「...なら、どうするのお姉ちゃん」

「戦います。まずは、貴方と!()()()!」

 

瞬間、作られるMAGの力場の衝突

 

多重に張り巡らされた拘束術式の嵐を、一度受け止めて、その力全てを己の力に変えて殴り返す。

 

それにより、37層に織り成されていると言われた特殊拘束室の壁は、一撃で粉砕された。

 

そして、そのまま外に飛び降りる。もののついでにとテラスにいた少女を殴り飛ばしておきながら。

 

「待たせましたか?千尋さん」

「ああ、待った。けど、そろそろ来るかなって思ってた。さぁ、反撃と行こう」

「はい!」

 

花咲千尋という(ヒト)は、これだからずるい。ロジカルな思考で考えているくせに、大事な所を感情で決めているのだから。それはまるで心の底から信じられていること以上に、神野縁という女の心を喜ばせるのだ。

 


 

縁が壁をぶち破って現れてついでに遠野さんをぶちのめした件について。

所長の影響ってやっぱ強いなーと思いながら、戦況を整える。

 

向こうの手は、赤の射手と赤髪の彼女。どちらも単体ではこちらの戦力を上回っている。

 

だが、こちらに絶対の防御札である縁が戻ってきてくれたのは本当に大きい。

 

デオンが射手を、縁が遠野さんを抑えてくれればチャンスはある。

 

そう思っていると、突き刺すようなMAGの奔流が先ほど縁が飛び出してきたところから現れる。

 

「有栖、出てくる必要はありません。下がっていてください」

「えー?でもここで花咲千尋を殺しておかないと、絶対に受胎の邪魔をするよ?せっかく集めた二つのカケラも無駄になっちゃう」

 

「だから、私がやるよ!秋葉は私を解放してくれた恩人だからね!」

 

そうして、溢れ出す呪怨のオーラ。

 

それだけで、縁が防御態勢を取るほどだ。

 

「さぁ、皆!私の受胎の為に...」

 

 

 

 

「死んでくれる?」

 

 

血色のような赤いドレスを着た有栖という少女は、無邪気にそう告げた。

 

 




大分前(作者も忘れた)に出てきた繋がれてた少女、有栖の参戦です。そして、グレイルウォーに第2勢力、堕天使が本格参戦。

混沌としてきた状況を、描ききれるかが心配です。まぁ頑張るしかないんですけどネ!


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遠野屋敷の女中さん

もう平均1万文字にボーダー下げても良い気がしてきました(諦め)



「なぁ、縁。あの有栖さんとやら知り合いか?」

「いえ、彼らの仲間で、私たちの敵です」

「...よし、逃げるか」

「サマナー、早くないかい?」

「いや、アレはしんどいぜ?真っ正面からやり合うには札が足りない。バルドルは死にかけだし、クー・フーリンは死んだしアテルイは両手消し飛んだし」

「つまり...前衛は私とデオンさんだけですか?」

「そゆこと。バックには期待の新戦力がいるがな」

 

瞬間放たれる広域極大呪怨魔法(マハエイガオン)。いや、それに似た何か。

 

それに対して、シェムハザは迷う事なく魔法反射障壁(マカラカーン)を張る。十分なMAGで作られたその反射障壁は呪怨を跳ね返し、しかし呪怨を吸収する有栖の力場により一挙逆転とはいかなかった。

 

「簡易アナライズ結果!ジャマーあり!試射する!アギストーン、シュート!」

「そんなので、私が怯むわけないじゃん!」

 

穴から漏れ出る力場だけでその火は消え去ったが、力場に触れたということは火炎魔法に対しての耐性を観測できるということ。

 

まぁ、無効力場だとわかっただけなのだけどね!

 

「火力を遠野に集中!リーダー狙いだ!野郎ぶっ殺してやる!」

「させないよ、お兄ちゃんたち!」

「ああ、些か甘いな」

 

そうして、言葉を素直に読み取った有栖と赤い射手は遠野さんのカバーに入る。

 

そして、事前に決めていた符号の通りに()()()()()()()()

 

「エミヤ、追って!」

「いや、死兵がいる。これを抜くのは手間だな。...使い魔使いの荒いマスターだ」

「...あいにくと使い魔ではない。仲魔だ」

「その通り。こちらにもかなり自由はあるのですよ」

「そうは見えないがね」

 

両手を失ったアテルイはバランスのとれた赤鬼の側面を表に出し、シェムハザは即座に障壁を作れるように両手で術式を練り上げていた。

 

二人の悪魔の即席コンビネーション。それは、俺たちの逃げる値千金の時間を作り上げてくれた。本当にありがたい。

 

「...めんどくさい、殺すね秋葉」

「待ちなさい有栖!それはあなたには過ぎるわ!」

「チッ、下がるぞマスター!」

 

そうして、シェムハザを通じて俺の目は見る。

 

俺の使ったなんちゃってではない、本物の伝説を。

 

極大万能属性魔法(メギドラオン)

 

それでも、シェムハザもアテルイも最後まで諦めなかった。

障壁を捨てて、最高密度まで収束させた高位万能属性魔法(メギドラ)を放ち道を作り、そこにアテルイが鬼神楽を叩き込むという特攻戦術。

 

だがしかし、それはただのエネルギー量の圧倒的な差によって羽虫のように潰された。

 

後に残るのは、極光が天へと登る輝きだけだ。

それは、吸い込まれそうになるほど美しく、しかしその力から明確に死を感じさせられた。

 

伝説を、使いこなしている。

 

今回も、難敵が相手になりそうだ。

 

「サマナー、君のその見る目はどこで養ったんだい?数手逃げるのが遅れていたら私たちは塵も残らなかっただろうね」

「どんだけ修羅場潜ってると思ってんだよ、いやマジに。...なんで俺こんなしゅらばらばらな暮らししてんだろ」

「そんなことより、どこに向かってるんですか?迷いのない走りでしたけど」

「アンテナがあった屋敷だ。あそこならアンテナなり事務員なりを人質に取れるかもしれないし、遡月からの援軍の合流が一番手っ取り早い」

「でも、それは制圧戦という事だろう?この戦力でいけるのかい?」

「安全地帯を数分でも作れればドミニオンの生命転換回復魔法(リカームドラ)で大分立て直せる。とは言ってもシェムハザとアテルイは時間かかるだろうがな。あそこまで綺麗に吹っ飛んだならダメージも相当だろう。メインはクー・フーリンとベル・デルの蘇生だ」

 

「死んでねぇだろコラァ!」とCOMPから声が聞こえるが、実際死んだようなものなのでどうこうは言わせない。

 

というか、これからの屋敷の制圧戦で死ぬ可能性はかなりある。

 

「ですが、あの屋敷は本当に遠野の物なのでしょうか?」

「さぁな?だが、なんの関係もない場所にアンテナがあるとは考え辛い。遠野の私邸ってとこじゃないか?」

「その屋敷っての、私知らないんですけど」

「マジか...その辺の話はちゃんと聞きたいけど今は逃げ込むぞ」

 

そう言ったのと同時に屋敷の外壁まで辿り着く事ができ、トラップの簡易チェックの後に一気に飛び込む。

 

さて、鬼が出るか蛇が出るか。どっちなのだろうか?

 

「それでサマナー、どこから攻める?」

「離れからだ。屋敷内部には人は居なかったか出払ってたかくらいの情報は引き出せるだろうよ。あの人がスーパーな達人だったら、その時は...どつしようか?」

「ノープランッ⁉︎」

「仕方ないだろ!あんなのが出てくるとか予想外だっての!士郎さんモドキと遠野だけでもいっぱいいっぱいなのにさ!」

「お二方、声を抑えて。もう離れが見えます」

「...じゃあ、制圧は迅速に。真里亞とパスカルは周辺の警戒を。制圧パターンDな」

「「了解」」

 

そうして、P-90を取り出して離れのドアを開ける。即座に障壁を張りつつ前に出る縁と、その後ろから飛び出せるように構えるデオン。

 

だが、そんな考えはあっさりと否定された。

 

「あ、戻ってきましたかー。今、お茶を入れますね?」

 

そんな、のほほんとした赤い髪に琥珀色の瞳をした彼女の登場によって。

 

「...あのー、俺たち侵入なんですが」

「知ってますよー」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

この人は、奇妙だ。笑っているのにMAGの揺れが全くない。

だが、他に縋れる藁もなく。渋々と銃を下ろすのだった。

 


 

「この屋敷は、遠野屋敷と呼ばれてます。まぁ、昔は幽霊屋敷とか言われてたんですけどねー」

「で、ここの切り盛りは琥珀さん一人で?」

「いえ、もう一人いたんですが、多分もう死んでますねー。彼女、秋葉様に呼ばれで任務に出たので」

「...その人を殺したのは、俺です」

「知ってます。じゃなかったら屋敷のアンテナに気付けるわけありませんから」

 

「あれ、取り付けるの苦労したんですよー」とのんびりした口調で言う彼女。

息を飲む。この人は、同僚を殺した奴だとわかっているのに平静でいる。それはつまり、謀殺したという事に他ならない。

 

見たところ志貴くんと同じくらいの年頃だというのに、どうにも肝が座ったものだ。

 

「理由を聞いていいか?同僚を死なせても良かった理由を」

「あ、別に死んで欲しかったわけじゃありませんよ?ただ、彼女が死んだ時にココにたどり着ける人が居なくなるのは最悪でしたから、彼女のCOMPにデータをちょっと入れただけです」

 

そういえば、たしかにアンテナの情報は最重要機密の癖にかなり触りやすい場所にあった。それも計算されていたのだろう。ひとまずは琥珀さんが敵でなくてよかったと安堵する所だ。こういう手合いは本当になんでもするので敵に回したくないのだ。

 

『サマナーが言うかいそれを』

『うっさいわ』

 

呆れたようなデオンの念話、人の事を言えないのはわかってるわ。

 

「それで、俺たちに何をさせたいんですか?遠野秋葉と有栖の暗殺なら言われなくてもやりますけど」

「いえ、そこまでは求めていません。求めるのは、最低でも一つの聖杯のカケラの奪取。要するに受胎の妨害ですね」

「...すまない、浅学を晒すようで申し訳ないのだが、受胎とはなんなのだい?遠野の世界を産むという言葉ではイマイチ察しがつかないのだ」

「それは私もです。異界を作るという意味合いには取れませんでしたから」

 

「アレは、この屋敷に呼ばれた氷川という術師が堕天使の知恵で作り出した受胎という術式です。要するに、新しい世界をまるごと産んでしまおう、というものですね。その為に必要になるのが巫女。有栖さまはその為に堕天使たちと遠野によって人工的に作られた悪魔因子(デモニックジーン)を完全に持たない存在です」

「でもにっく、じーん?」

「あー、要するに出産器の中身な。...なるほど、だから遠野は縁を求めたのか」

「はい、簡易検査しかできていませんが縁さんの因子はゼロ。流石この世界で自然出産された奇跡の聖女ですね」

「あの、真里亞さんや内田さんはどうなんですか?私と似た感じだと聞いたんですけど」

「私に関して、というか皇族に関しては悪魔因子(デモニックジーン)は絶対に混ざっています。なにせ、私たちは現人神としての側面を持っていますからね。その強大な力に対応する為に私たちの身体は進化していったのです」

「内田は後天的に悪魔因子(デモニックジーン)を取り入れたタチだな。でも、魂には作用してないから受胎には使えるんじゃないですか?」

「ああ、内田たまきさんですね。ですが受胎に必要になるのは肉体も魂も完全に旧人間である事なんです。照応の概念がどうとかで」

「人体と魂をを世界と照らし合わせるのか?また随分面倒な術式だ」

「さぁ?そのあたりはなんとも。畑違いですので」

「んで、有栖に何か不具合があったから、なんらかのルートで縁の情報を手に入れて拐かしたって解釈で合ってるか?」

「そうです。有栖さまは異界の存在と交信したことで、異能を、不純物を得てしまった。それは本当に想定外のことだったらしいんです」

 

異能...あの顔無しを悪魔にする歌だろうか?それともあの強大すぎる力のことか?

どちらにしても、現状の戦力差が覆ることはないのだが。

 

「堕天使や遠野のお偉方はそれを使っての現世支配に傾きましたが、秋葉さまの粛清で方針はとりあえず受胎の方に傾きした。戦力としてエミヤさんがこの地に現れたのも大きいですかねー。そうして実権を握った秋葉さまは有栖さまを使った受胎計画を続行しました。それが、今に至るまでの大体の経緯ですね」

「...聞きたいことがあるのだが」

「なんでしょう?」

「まず一つ、聖杯のカケラをどうして集めたんだい?受胎に必要なのはエニシかアリスの筈だ」

「儀式に必要だからと聞きましたが、詳しいことは」

「あー、大体ならわかる。魔術の原理的に肉体と魂って別物なんだよ。だから、肉体と魂、二つを一つにまとめて照応させるにはその二つの間を埋めるつなぎが必要なんだ。それを、カケラの持つ莫大なMAG収集機能で補おうってんだろうさ」

「なるほどね...では、次だ。どうして君はそこまでの内情を知りながら彼女、アキハに反逆する?思うに、君はそう邪険になどもされていないし、信頼もされている。でなければ一介の女中にそれほどの情報は集まってこないからね」

「あはは、それは簡単なことですよ」

 

「フクシュウって、そういうものでしょう?」

 

からりと、空回る音がした。

なにやら、琥珀さんには心の闇やらがありそうだ。が、それを今日会ったばかりの侵入者がどうこう言うのはお門違いだろう。

 

「...謝罪をさせてもらおう。君を警戒するあまり君の心に深入りしすぎた。すまなかった、コハク」

「いえいえー、構いませんよ」

 

そう朗らかに笑う琥珀さん。さて、とりあえず彼女が味方...というか敵の敵であることは理解できた。なら、共闘関係は作れるだろう。

 

「じゃあ、手配してもらいたいものがある。この屋敷には地下室か何かはあるか?」

「はい、昔使われていた拘束用の地下室が」

「まぁ、そこでいいか。簡易的な治療施設を作りたい。これからは仲魔を使ったテロで仲間が来るまでの時間を稼ぐつもりだ。だから、送還された仲魔をすぐに治せるように拠点を作りたい。良いか?」

「ええ、構いません。ですが、やれるのですか?」

「内田ならこの修羅場に誰を連れてくるかは読める。帰還可能人数の関係で2人しか来れないし。つまり、ウチの事務所のジョーカーが来るってことさ」

「ジョーカー?」

「七夜志貴、ウチの異能使いだよ」

「...え?」

 

完全無欠の笑顔の仮面が、一瞬綻んだ。そのことに少し引っかかりを覚えながらも、とりあえず地下室へと赴く。

 

なんにせよ、戦力を整えてからだ。

 


 

「秋葉、大丈夫?」

「ええ、これから堕天使たちに連絡を入れるのは少し面倒だけどね」

「仕方があるまい。ああも連中が短慮を選ぶのは想定外だ。全く、下の連中にも躾をしておいて欲しかったが、畜生にそれを求めるのは些か高尚過ぎたか」

 

濃縮されたMAGを静脈注射で打ち込みながらゆっくりと思考を練る。

 

有栖を母体にした受胎は、不確定要素が多い。自身の陣営には術者が居ないのだから仕方がないが、術式の根幹部分を堕天使であるゴモリーに任せてしまっているのだから。

 

活動していないターミナルを抱えているとはいえ、やはり何かしらの罠を感じてしまう。

 

だが神野縁を母体にした受胎ならば、過去の有栖のデータを流用することができる為に、狂う前の人として世界を作り出そうとした人の為の受胎を完遂することができる。

 

それは、本当に魅力的な甘い蜜。悪魔に狂わされた自分たちの人生をやり直すことができるかもしれないという願いの塊。

 

それを前にしてしまったが為に迷いを止めることはできなかった。

 

「...兄さん」

 

口に出るのは、遠き日に別れた兄のこと。実の兄妹以上に愛してくれた遠野秋葉にとっての本当の兄。

 

世界を受胎しやり直すことができるのならば、黒点現象などといった災厄がなかったら

 

父が死んだ事をキッカケに、兄を屋敷に呼び戻すつもりだった。

 

だが、それは叶わぬ夢。

国を、人を守る為に行われた異能徴兵により自分は戦い、殺し

 

そして、兄が死んだ事を理解してあっさりと命を絶たれた。

 

それから、再び目覚めたのは300余年過ぎてから。転生現象という事であっさりと受け入れられた自分は、ただ惰性で生きていた。

 

ある日この屋敷を訪れた、ひとりの男に出会うまでは。

 

「あなたは?」

「私はヒカワ。まぁ、サマナーという奴さ」

 

そうしてヒカワは屋敷に度々訪れて、父と、次の当主である私に教えてくれた。

 

彼の、世界の救い方を。

 

それは、本当に夢のような話。

 

世界を再演算し、黒点現象という異物を排除して再構築するという試み。

 

当然、この世界はリソースを失い滅びるだろうが、そんなことはどうでもいい。もし、黒点現象がなければ、もし、あの日に兄を、遠野志貴を呼び戻すことができていれば。

 

私は、彼に思いを伝えられていただろうか?

 

 

 

そんなことは、今の私にはどうでも良いことだ。そう、頭を振り払って堕天使への抗議文を繋がっている有線ネットワークにより送る。

 

ひとまず、これで堕天使の侵略は止むだろう。この街のゲートパワーをギリギリまで保たなくては、急激なゲートパワー増大による時空境界の不安定化を引き起こせないのだから。それは、堕天使とて同じ想いのはず。

 

とすれば、頭を悩ませるのはやはり神野縁の問題だ。

 

街の皆を動員して探してもらおうか?いや、彼らの日常を今は壊してはならない。日常を信じるという彼らの存在があってこそこの街のゲートパワーは保たれているのだから。

 

だとすれば、動員できる人は限られている。というか、一人しかいない。

 

「エミヤ、街の防御は任せたわよ」

「...君のことは常に視界に入れておこう。無理はするなよ、マスター」

「ええ、あなたも」

「...ごめん、私寝るね。ちょっと疲れたみたい」

「ええ、ゆっくり休みなさい。有栖は少し無理をし過ぎたんだから」

 

そう言ってトボトボ部屋を出る有栖。なんとなく、私と一緒に外に出たかったのだなと感じられた。

妹がいたら、こんな風なのかもしれない。何度目かわからないそんな想いを、飲み込んで街に繰り出した。

 

その髪を紅く染めたまま。

 


 

『琥珀、町中の監視カメラはどう?痕跡は見つかった?』

「すいません、カメラには影一つありませんねー。魔法でも使ってるんでしょうか?」

『その方が感知しやすいのだけど、そんな簡単に影を踏ませてはくれないのね、“英雄殺し”の花咲千尋は』

 

やめろ、その異名は俺に分不相応だ。そう叫びたいのをぐっと堪えて、黙々と作業を進める。ファントムから盗ってきた治療カプセルにMAG発電機、あとはカプセルにMAGを入れて治療の準備は完了だ。

 

通話が切れたのを確認してから、魔力隠蔽結界を牢に区切って発動し、その中でドミニオンを召喚する。

 

「さぁ、わかるよな?」

「最悪ですよ本当に。ただ、食事は期待して良いのですよね?」

「当たり前だ。まさかの本場の女中さんの料理に、藤太さんの無尽俵だぜ?びっくりするくらい美味しいのが出てくるに決まってるさ」

「期待されても困りますけどねー」

「いやいやいや、その着物に割烹着とかいう純和風スタイル。期待しない訳にはいかんでしょう」

「サマナー、見た目どころか服装で判断するのはどうかと思うよ」

「そうですよ千尋さん、服装で料理は美味しくなりません。ならないんですッ!」

「いや、何があったよ縁」

「...料理は形からと、エプロンドレスを着たミズキさんが呪殺の力がこもったようにしか見えない劇物を作り上げたことがありまして」

「マジか、二重の意味でマジか」

 

あの人料理できないのかよ。というかエプロンドレスとかいい大人が着るものじゃねぇだろ。なんだかどんどんぽんこつな面が見えてくるような気がしてならない。いや、2年吹っ飛んだせいで皆よりミズキさんとは付き合い短いのだけれど。

 

「じゃ、頼むわ」

「はいはい、生命転換回復魔法(リカームドラ)

 

ドミニオンの尊い犠牲により、死んでいた仲魔達の体が再構築されていく。そうして回復カプセルの中に遺体を入れて起動させる。

一人分の回復時間で仲魔全員の回復ができるとは、ちょっとお得な気分だ。

 

「ドミニオンの死に慣れている様に哀愁を感じるのは私だけかい?」

「...すいません、私もです」

「ワン?」

「パスカル、そこは疑問に思う所ではありません」

「そういやパスカルってどんな暮らししてたんだろなー?」

「たしかに、相当な力を持っているね...この子も英雄だったりするのだろうか?」

「まさかそんなことは...と思うが、正直否定できないな。スーパードッグだし」

 

本人に語る口がないので謎は謎のままだ。

 

そんなこんなで、とりあえず回復カプセルの前でのんびりと過ごすことにした。

いや、この地下牢から外に出るとあの士郎さんモドキの視線が通るかもしれないのだ。怖くて確認できないが、彼の目が超常のものであるのなら透視の類をやってくるかもしれない。

 

なので、極力ここから出ないというのは理にかなっているのだ。

 

地下牢というのが、ちょっとアレだけどな!

 

「ではお食事はどうしましょうか?食料の買い足しはできませんし」

「ああ、それならば!かの英雄俵藤太より託されたこの俵の力を見せましょう!」

「サマナー、ちょっとテンション上がってる?」

「いや、ちょっと使ってみたかったのよこの俵。まじめに凄いから」

 

そう言って、俵の中身を取り出す。というイメージで様々な食材を作り出す。

 

事前に解析して使用方法は調べたのだ。食材限定だが、イメージを投影してそれを実像にするというのがこの俵の動作原理。MAGを使っているとはいえ、無から有を作り出しているようなものなのだ。世界をどうにかした後はコレの研究だけで食っていけるだろう。いや真面目に。

 

「良し、出来た!」

「千尋さん、ぶっつけ本番だったんですか?」

「はい、帝都を離れるのは急なことでしたから」

「真里亞、そこは言わんでも良いんだよ」

 

「では、何を作りましょうか?」

「仲魔連中にも食わせてやりたいんで、量作れる料理でお願いします」

「じゃあ...カレーですかね?」

「やっぱそこに落ち着きますよね日本人」

「お袋の味ですからねー」

「...そういえば私、お母様の作ったもの以外のカレーを食べるのは初めてかもしれません」

「あはは、内親王殿下の始めてを貰ってしまいましたかー」

 

「だがサマナー、スパイスはどうするんだい?カレールーは多種多様なスパイスの混ぜ物なのだろう?」

 

 

 

 

 

「出てこいカレー粉出てこいカレー粉出てこいカレー粉ォ!」

 

無理だったので、肉じゃがになりました。

 


 

「いやー、作りがいありましたよ」

「面目ない...」

 

「サマナーってどうしてこう締まらないんだろうねぇ?」

「人徳じゃないかな?悪い方の」

「人徳って悪い方にも使われるんだねー」

 

ドミニオンも回復して、しっかり食事をした後。琥珀さんのタブレットにあるこの街の詳細な地図や龍脈図などを渡してもらい、作戦会議をすることにする。

 

夜討ち朝駆けは基本やし、明日の早朝から動きたいのだ。

 

「...良いとこにビル立てましたねー。龍脈の力をしっかりコントロールできる位置で、かつ龍脈逆流の被害を受けないような位置になってる」

「それで、どうするんだいサマナー。敵の言葉が確かなら、向こうには聖杯のカケラが二つある。MAGパイプの遮断は堕天使との反目には使えるかもしれないが、儀式には使えないのではないかい?」

「...琥珀さん、確認なんですがもう有栖を使っての儀式を始めてるって事はないですか?」

「ありませんね。遠野ビルの消費MAGはモニターしてますから」

「なら、ひとまずは撤退の素振りでも見せておきましょうか。諦めて逃げようとしてる!って印象つけられたら儲けものですし、単純に堕天使の数を減らすのは向こうの手数を減らす事につながりますから」

 

そうして、今回もう見せた札であるシェムハザとアテルイとクー・フーリンを転移魔法で送り込んで、堕天使の包囲網への威力偵察をする事になった。

 


 

『クー・フーリン、大技は要らない!シェムハザに寄らせるな!。アテルイはそのまま大型を抑えてくれ!』

MAG集中(コンセントレイト)完了です。クー・フーリン!アテルイ!」

 

瞬間、戦況を保っていた二人がシェムハザの射線の外に出る。

 

そうして放たれたのは、高位万能属性魔法(メギドラ)。輝きは存分に放たれ、堕天使の軍勢を消しとばした。

 

だが、すぐに補充が現れる。広域で吹き飛ばしてんのが四発だぞ?どっから湧いてくるんだこの数は。

 

『しゃーなし、3人は撤退!置き土産は自由にして良いぞ!』

 

そうして、放たれる弓と槍と雷光。それぞれ三方向の堕天使に大きなダメージを与えて、すぐに送還で撤退した。

 

死んでも治せるとはいえ、使うMAGのことを考えると死なないに越したことはないのだ。

 

『じゃ、カプソ。任せたぞ』

『スニーキングミッションだね。ちなみに僕はメタルギアを見ていただけの悪魔さ』

『自慢になってねぇじゃねぇか』

 

そうして、崩れた包囲網の穴にカプソを潜り込ませる。まぁ、隠密行動できるような柔なセキュリティはしていないだろうが、それでも堕天使の内情を探るのには一役買ってくれるだろう。

 

そうして堕天使の包囲網を抜けた先にあったのは、よく見た光景。

いつも通りの終わった世界だ。

 

『サマナー、どう動く?』

『この数の堕天使を指揮してる奴の位置を把握しておきたい。外周からくるっと包囲網を見てくれ。お前が死んだあたりが頭の場所だ』

『最後のソレ必要かなー?』

 

文句を言いながらもこっそりと歩みを止めないカプソ。堕天使達はどうにも堕落しているようだ。街の主要な道以外からの逃走をそんなに警戒していない。

 

『サマナー、拠点っぽいのを見つけたよ』

『...オーケー、位置情報はプロットした。距離をとって外周を回ってみてくれ。観測データから施設の用途がわかるかもしれない』

『了解さー』

 

そうして数秒後に、カプソの命は尽きた。

完全なる奇襲だった。

 

「さて、カプセル使うか」

 

カプセルの中にカプソの遺体を放り込みMAGを供給する。

とりあえず、今回の結果は上々。だが、遠野からのアクションはなし。どうにも打開の芽が見えない状況だ。

 

最低限の行動をしながら増援を待つのが正解かもしれない。

 

「あー、最悪の最悪まで考えておくべきかもなー」

 

実の所、この街の安定したゲートパワーと新たな世界を作るという目的からどうすれば受胎を止められるかは真っ先に思いついているのだ。その手を感情的に取りたくないから、そんな理由で後回しにしているるだけで。

 

「民間人の虐殺は、最後の手段にしときたいんだがなぁ...」

 

だが、同時にこうも思ってしまう。

遠野を殺し、守護者がいなくなったこの街で彼らは生きていけるのかと。

それならば、幸せの残るウチに殺してやるのも情けではないかと。

 

何目線のどんな理屈だクソ野郎。

そんな考えを振り払って、琥珀さんの作った朝食の席に着くのだった

 




一線を越えること選択肢に入れるあたりが千尋くんなのです。王道主人公じゃありませんからねー。


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予想外の援軍

「よし、ナイスだカプソ。これで堕天使の分布がリアルタイムで見れる」

「うーん、何度死んだかなー?」

「気にすんな、俺も途中から数えてない」

「そこは数えてて欲しかったり」

 

堕天使の本拠地と思わしき建物を見つけてからは、やることは単純だった。

まずは、堕天使の数を調べること。特に、戦闘を起こしてからの数を。

 

それにはカプソを介しての遠隔レーダー術式をいくつか配置する事でどうにかこぎつけられた。

 

正直数が数なので正確な数を調べるというのは無理だったが、確実にわかったことが一つだけある。

 

どれだけの数の堕天使を殺しても、堕天使の総数が変わることはなかった。

 

「決まりだ。堕天使側にはサマナーがいる。そいつが、鍵だ」

 

堕天使に渡しているMAGパイプは、敵サマナーのCOMPに直結しているのだろう。バカみたいな数の堕天使の制御と召喚にはMAGが必要だから。

 

だから末端の堕天使はMAGが足りず、パイプから漏れ出すMAGがなくなったことで即座にキレて反旗を翻した。

 

見せかけだけでも、数を揃えることに意味があるのだろう。つまり、堕天使のサマナーと遠野秋葉は完全な協力関係にないのだろう。

 

「琥珀さん、遠野秋葉はこのことを知っていますか?」

「いえ、堕天使は堕天使としてこの世界にいると認識していたようですよ。エミヤさんから忠言くらいはあったかもしれませんが、それでも可能性として考えているくらいでしょう」

「じゃあ、琥珀さんはこのことを知っていましたか?」

「知ってはいませんでしたが、そうではないかと。あの氷川さんがタダで死ぬとは思えませんでしたから。氷川さんを殺すほどのサマナーか氷川さん自身か、どちらかだとは思っていました。私にはどっちでも関係ないので良かったんですけど」

「...その氷川ってのは、遠野秋葉に受胎の術式を渡した術者ですね?」

「はい。ですが大災厄の1年前に他界したという事になっていますね」

「どう考えても偽装ですねー。何がしたかったんだ?隠れる意味なんてな...あー、大災厄の後の基盤作りか」

「というと?」

「あの日、平成結界に対してメシアとガイアからアクションがあったんですよ。だから、こういう世界になるのは読んでいたんじゃないかと」

「なるほど、花咲さんは博識ですねー」

「琥珀さんほどじゃないですよ。...とりあえず、こっちの当面の目的は氷川(仮)の暗殺ですね。周囲の堕天使が居なくなれば儀式の難易度は相当上がりますから。...まぁ、堕天使が塞き止めてるであろうゲートパワーを街に流すんで赤い射手...エミヤさんは大変でしょうけどね」

「...サマナーそれでは無辜の民が犠牲になりはしないか?それを当然と割り切っていないか?」

「デオン。この先の世界で生きていくにはどうしたって変わらなきゃいけないんだよ。日常を失わないことは美徳だけど、それに固執して戦う牙を抜かれたのが今のこの街の人たちだ。だから、目覚めさせるには刺激が必要だろ」

「それに、血が伴ってもかい?」

「ああ。だけど、この街がこの世界で生き残るには変わらなきゃいけない。...だから、この街の人々の意識が変わったら武器やら食料やらを支援するのが俺たちのできる精一杯だ。ファントムからガメた分があればそれなりの自警団は作れるだろうしな」

「...サマナー、それを先に言ってくれ。てっきり見捨てるのかと思ったじゃないか」

「やだよ、見捨てたら絶対夢に出るやつだろコレ」

「...そんな理由で、縁もゆかりもない人を助けに動くんですか?花咲さんは」

「まぁ、ノリで動いてから計算するタチなんで」

「偽善者って言われません?」

「いや、悪魔とはよく言われる。誠に遺憾だ」

「サマナー、犠牲者であるボクから言わせて貰えば、サマナーは相当な冷血漢だよ?」

「ちゃんと猫缶やったのになにが不満だよ、カプソ」

「猫缶で命が買えると思ってるその感性だよ」

 

なんて馬鹿話をしながら、詳細に調べ上げられたこの街の地図を元に作戦ルートを決定する。

 

今のところ想定している転移先は、この街の外にあるちょっとした廃墟の中。そこからなら敵本拠地の背後を突く形で進軍ができる。あの施設がどちらからの攻撃に強く警戒しているのかは正直わからないが、現状交渉のテーブルに持っていけるカードを縁の生贄以外に持っていないことは問題を通り越して論外だ。

 

ならば、カードを奪うしかない。力尽くでではあるが、一瞬でも交渉のテーブルに着いても良いと思わせなければならないのだ。

 

何故なら、あのエミヤの狙撃と遠野秋葉の略奪の異能を潜り抜けるだけでこちらの戦力は全壊する。にもかかわらず奴らの側には有栖が控えているのだ。

 

近接戦闘能力はそう高くないそうなので、デオンか縁がレンジに入れれば殺せるだろうけれど、そんなことをさせるような甘い主従ではない。

 

つまり、交渉のテーブルにつかせてそこを闇討ちするというのが最も可能性の高いプランなのである。

 

「あの施設にいるのが氷川なら、確実に受胎に対しての術式を持っている。止めるにしろ利用するにしろ、資料は必要だ」

「ですが、あの数の堕天使を突破するのは言うほど容易くはありませんよ?」

「いや、真里亞の火力なら包囲網に穴を開けるくらいは簡単だろ。堕天使つっても数だけ揃えられた連中が大半だぞ」

「いえ、むしろその後の事を案じているのです。私が撃ち終わった後にできた道から侵入するというのは構いません。ですが、その後に残るのは私の一撃で殺せない手練れの堕天使です。そこに戦力を割いてしまえば、最も警備が厳重な施設突入の力が足りなくなってしまうのではないかと」

「あー...それもそうだな。それならちょっと手管を変えるか」

 

そんな事を考え始めると、この地図が3Dデータである事を思い出す。

 

正面からが無理なら空から...は無理だ。撃ち落とされるのがオチだ。

が、このマップには丁度いい施設が示されていた。丁度廃墟と施設を結ぶ直線上に。

 

そうなれば、この手で行くとしよう。

 


 

「炎天よ、走れ!高位広域火炎魔法(マハラギオン)!」

「ヤベェ!襲撃してくる連中が本腰入れてきた!逃げるぞ!」

「なにを言っているのです、行きなさい。あなた方もサマナーに従っているのですから」

「でもよぉダンタリアン様!俺たちじゃあ肉壁にもなりゃしねぇ!火炎の余波だけで仲間達が消し炭になっているんだぜ!」

「...チッ、これだから木っ端の堕天使は使えませんね。では私が参りましょうか」

 

そうして出て行くダンタリアン。ダンタリアンは、自身に魔法反射障壁(マカラカーン)をセットして前に出る。

 

「貴女は見たところ火炎の純適正の異能使い。故に、魔法を封じてしまえば力は振るえない!魔法封印(マカジャマ)!」

「あいにくと、その程度では!」

 

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なんだかんだと皆で頭を回した結果、俺は晴れて皇族の眷属となったのである。

 

そんなんでいいのだろうかラストエンプレス。割と軽かったのがびっくりである。

 

信頼してくれるという事なのだろうが、こんな外道魔術士に血を分け与えるなど未来の皇族の事がちょっと心配だ。

 

そんなわけで、自分は只今所長の所有物であり、内田の隷属的契約相手であり、皇族の血を賜ったインペリアルナイトであり、縁の血の主になったのだ。

 

何だこれ、カオス過ぎるぞ。

まぁ、良いけれど。

 

そうして真里亞は炎をバーニアにした蹴りでダンタリアンを貫き、こちらにサインを出した。

 

「うし、真里亞は問題なさそうだ。入るぞ。地下商店街だ」

「...地下からの侵入か、考えたね」

「崩壊した世界ならではの荒技だな。...うし、ここだ。術式展開、収束万能属性魔法(メギド)

 

メギドを掘削に使えば、あっという間に施設の壁に。この位置からの直線上に壊したらまずいものは特になかったので楽チンだ。

 

「じゃあ、突入だ。どうせセキュリティは万全なんだ、ぶち破るぞ!」

「はい!」

 

縁の拳で破壊されるMAGコートされたその施設地下の壁。そして、そのカケラが地面に落ちる前に中に侵入してそこに居た二体の堕天使を斬り伏せた。

 

「デオン!」

「わかっている!」

 

ここはどうやら倉庫のようだ。が、MAG認証タイプのセキュリティがあるので宝探しは出来そうにない。

まぁ、それはそれだ。すっぱり諦めよう。

 

デオンに出入り口の監視を任せた所で、開いているコンセントを確認。MAG防壁あり。相当にやり手だ。

 

「サモン、グレムリン!ここの有線ネットワークから辿れるか?」

「んー、知性派の僕はムリだって言わざるを得ないかなー?軽く先を見てみたけど、ファイアウォールを突破できないね」

「そうか、ありがとう。...情報はないが、突撃するぞ。制圧にあたって必要なのは地図だ。サモン、カプソ。走り回ってセキュリティルームを見つけてくれ。陽動はこっちがする」

「悪魔使い荒いね。そんなんじゃ反逆しちゃうよ?」

「ファントムの物資を整理していたらちゃおちゅーるを見つけた」

「犬と呼んでくれてもいいよ」

「それで良いのかいカプソ...」

「食は正義さ」

 

そうして、扉を蹴破り周囲を確認する。案の定警備の悪魔が多く居た。堕天使の中に、闘鬼ベルセルクが混ざっているのがサマナーがいるという事の裏付けになるだろう。

 

しかもあのベルセルク、かなりMAGが濃い。以前遡月でやりあった奴と同じに見ると死ぬのはこちらだろう。

 

「位置情報は送ったぞ!来い、真里亞」

 

瞬間、トラフーリストーンの力でラインを辿り真里亞が駆けつける。建物自体にMAG干渉を防ぐフィールドはあるが、それは先程の縁の拳で穴が開いている。この位置になら転移は可能なのだ。

 

通信石ではラインを辿るのにラグが生まれてしまうので、俺と真里亞は共に世界を救うという契約を結んだのだった。俺のプライバシーが侵略されていく!のは、別に良い。精神に防壁を張るのは術士の基本だし。

 

問題は、真里亞の防壁がちょっと薄いために多分今の俺なら普通に洗脳できてしまうことだ。魔が指すからやめてほしいのだその選択肢がある事は。

 

「とりあえず上層に向かうぞ!力押しで、突破する!」

 

ベルセルクに真里亞が収束させた《アギダイン》を放つ。だが、それを刀一振りで無力化するベルセルク。

周りにいたそれなりの堕天使は余波で焼け死んだ事を考えると、コイツは本当に特別性なのだろう。

 

「サモン、メドゥーサ!」

「了解です、石化の魔眼(ペトラアイ)

 

ならば搦め手ではどうかとペトラアイで石化を試みるも、体が完全に石化する前に後ろの通路から視線の外に逃げられた。

 

「デオン、そのまま前に!ベルセルクに他の仲魔と連携を取らせるな!真里亞は後方警戒!縁とメドゥーサはデオンのサポート!」

 

そうしてデオンが角を曲がる寸前に引き返し

 

極大クラスと思わしき氷の波が通路を埋め尽くした。

 

「縁!」

「我が守りは想いの形!神威の盾!」

 

俺たち全てが力場を抜けた氷結の質量で押し殺されるのはなんとか縁の万能MAG吸収防壁である神威の盾で防げたが、逃した。

つまり、この地下には特級の手駒を配置してでも守りたい何かがあるのだ。

 

『カプソ、信じるぞ』

『りょーかい、サマナー』

 

その謎を明らかにするには、もっとこちらが暴れなくてはならない。

 

「施設のダメージは気にするな、どうせ敵のものだ!ぶちかませ!」

「はい!神威の、一撃ッ!」

 

アクティブソナーで大体の位置を割り出し、そこへの道を作る為に縁が受けた極大魔法のMAGを力に変えた拳で部屋を破壊する。

 

コレで、直線距離に障害物は存在しない。

 

「遅れて合わせろ、メドゥーサ!ソロモン、高位万能属性魔法(メギドラ)!」

「ええ、お任せを。...極大電撃魔法(ジオダイン)

 

完全にコントロールされたメギドラで見えたベルセルクの力場を消し飛ばす。そして、その消えた力場に合わせる形で放たれたジオダインがベルセルクにぶち当たり、その身に電撃を食らわせた。

 

しかし、ベルセルクはすんでの所で食いしばり、その身のから耐えて見せた。やりやがる!

 

「このまま畳み掛ける!戦闘距離までにベルセルクは回復してると仮定!真里亞、パスカル!バックアタックの警戒は任せる!縁を先頭に俺たちが援護、あとは流れだ!」

「任せてください!伊達に盾役をやっていません!」

「頼もしいね!」

 

そうして見えている射線から再び俺たちを襲う極大氷結魔法。そのMAGを縁の神威の盾で吸収し、そのまま前に出る。

 

見えた。

 

敵はもう3体。ベルセルクに、花に包まれた男の姿を取っているおそらく神樹系統の悪魔、そして壺か何かから体を出している女神。

 

おそらく、あの女神が最強だろう。前衛がベルセルク、中衛に神樹、後衛に女神の陣形を取っている。だが、それでしっくりと来ていないことからおそらくまだ仲魔はいる。

 

「まずベルセルクを崩す!メドゥーサ!」

「ええ、ここならば外すことはないでしょう。石化の魔眼(ペトラアイ)

「させませんよ。魔法反射障壁(マカラカーン)

「それをさせるか!ソロモン!魔法障壁解除(マカラブレイク)!」

 

ほとんど反射的に放つ障壁解除魔法。メドゥーサは自身の逸話により、自身の放った石化に対して耐性を持てないのだ。

 

だが、それはつまりそんな制約がなされるほどにその魔眼が強力であることを意味する。実は仲魔の中でジャイアントキリングの可能性が最もあるのがメドゥーサの石化だったりするのだ。

 

そうして、石化の魔眼を完全に食らったベルセルクは数瞬で石化し、その体を縁の拳に砕かれた。まず一体。

 

「ベルセルク、まだ仕事は終わっていません。完全蘇生魔法(サマリカーム)

「貴様に助けられるのは癪だが、今は感謝しよう!デスバウンド!」

「クッ!」

 

先頭を走る縁は、ガントレットにMAGを注ぎ込んで強化することで蘇ったベルセルクの多重斬撃をいなし切った。しかし、その隙は大きく、今の縁には盾を張る余力がない。あれは縁のガントレットを触媒にするある種の異能なのだから。

 

「凍てつきなさい。極大氷結魔法(ブフダイン)

「来てください、タラスク!ファイアブレス!」

 

だが、それは縁が一人であることに限った話。彼女は、ずっと一人ではない。竜の聖女から託された邪竜がその身を守っているのだ。

 

そうして、タラスクの全力のファイアブレスが極大クラスの氷結を抑えた数瞬で縁は拳を放つ。タラスクごと。

 

そうして伝わったエネルギーが炎を強化し。極大魔法を相殺した。

 

たが、それを想定して動いていた二つの影。

 

ベルセルクと、デオンだ。

 

デオンが出た理由は単純。どうにかすると信じていたから。それを判断させるだけの信頼がそこにはあった。

 

対して、ベルセルクの反応が早いのは純粋な戦闘経験によるものだろう。そういう事ができる悪魔とか、仲魔に欲しいぞおのれ。

 

そうして数合剣を交わした二人は、奇妙な事に同時に飛び退いた。

 

『サマナー、私一人では千日手だ。お得意の奇策でなんとかしてくれ』

『弱音とは珍しいな』

『事実だよ。力場が強くて切りにくい。』

『...向こうもそれはわかってる感じだ。だから、あえてデオンにはベルセルクの相手をしてもらう。その隙に蘇生使いの神樹を殺す。...ってのが本筋な』

『なるほど、私がベルセルクを殺すのがサマナーの狙いかい?』

『ああ、懐かしの合体技で叩っ斬れ!』

 

「蘇生役の神樹を殺す!火力を集中させろ!」

「消し飛ばす!極大火炎魔法(アギダイン)!」

「ええ、極大電撃魔法(ジオダイン)

「させん!デスバウンド!」

 

極大魔法二つを力で押し返そうとするベルセルク。

 

そしてその隙に女神が極大魔法の集中(コンセントレイト)を終わらせている。今崩さなくては面倒な事になるだろう。

 

「アギラオストーン、遠隔起動!ぶちかませデオン!」

「ああ!紅蓮斬!」

 

その斬撃はデスバウンドをくぐり抜けて、その首を焼き切った。相変わらず芸術じみた体さばきだ。

 

そして、デスバウンドが途切れた事で二つの極大魔法が神樹にぶち当たり、その命を奪った。

 

「一手足りなかったな、人間!極大広域氷結魔法(マハブフダイン)!」

「受け止る!その全てを!神威の盾!」

 

そうして、極大魔法が縁の神威の盾に吸収される。しかし、あれはあくまで吸収する異能。攻撃MAGの量がキャパシティが上回ってしまえば縁は爆発四散するだろう。

 

だからこそ、血の契約を結んでMAGの逃げる道を作ったのだ。これを縁から提案された時は正直驚いた。俺のいない2年の間に、相当修羅場をくぐり抜けたのだろう。

 

縁は俺を通じて皆に過剰なMAGを分け与える事で、キャパシティオーバーを回避した。いや、縁のMAG量を上回るってどんな化け物だこの女神。これだから特化型に作られた悪魔は怖い。

だが、それもさっきまでのこと。

縁が蓄えられる全力が、今彼女の拳に宿っている。

 

「神威の、一撃!」

 

その拳は、確実に女神の体を貫き、ついでにその先の部屋をまとめて破壊してみせた。

 

「周囲の警戒を厳に!まだいるぞ!」

 

とりあえず、援軍が蘇生魔法なりをやってこないように自動送還(オートリターン)の前に死体の霊核を砕いておく。これなら蘇生してからすぐには動けない。

 

「...仕掛けてこないな、探査する、護衛任せた」

 

再び、アクティブソナーを使用する。確認できた悪魔は一体感知できたMAG量を考えると、コイツがリーダー格なのだろう。木っ端の堕天使たちはこちらにMAGを与えるだけだと判断されたのかもう退却させられている。

 

『カプソ、ぶち抜いた部屋の探索を頼む』

『もうやってるよ。...うん、なにかの実験施設かな?椅子と頭に被せる感じの機械がある。見えてる?』

『ああ。...さっきの一撃で吹き飛んだから全容が見えないな。見えていてもわかるかは微妙だけど』

『とりあえずそのまま調査しつつ潜伏しててくれ。パーツとかから用途が推測できるかもしれない。だけど、一番強そうなの潰した先の調査が本命だ。見つかるなよ』

『らじゃー』

 

そうして、本命と思わしき門番の前に出る。

 

そこには、擬人化して力を抑えている悪魔がいた。

 

「侵入者か」

「ああ、その奥のに用がある。無駄に死にたくないなら、退いてくれないか?」

「断る。ここで守るのが私への指示だ」

「そうか、じゃあ死ね。ソロモン、高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)、ベル・デル!」

「本気を出す前に消し飛べや、万魔の乱舞」

「そうはいかない、万魔の乱舞」

 

二人の放つ万能属性魔法が全く同じ力、同じ規模で相殺し合う。なんつー曲芸をしでかすんだよこの悪魔。

 

そうして、ベル・デルは突如現れた悪魔の尾による叩きつけで地面に叩きつけられた。

 

そうして露わになっていく姿。赤い翼の空を飛ぶ蛇。

 

そして、圧倒的過ぎるMAGのプレッシャー...来る!

 

「縁!盾!」

「忌念の戦慄」

 

瞬間、放たれる邪悪過ぎるMAG。あの女神のマハブフダインすら越えるMAGの量に、ラインを通じて即座に放出による反撃を試みる。

 

そうして盾の外に左手の指先を出して、全MAGを解放する勢いで泥を生み出す。

 

この世全ての悪(アンリマユ)!」

「ほう?」

 

泥を高速で生成することで、敵のMAGを捕食させて盾への負担を減らしつつ敵に攻撃を行う。肉体を持たない者に対しては基本的に必殺のこの泥は、圧倒的なMAGに阻まれて赤い蛇には届かなかった。

 

冗談は大概にしてくれ。そう思ったのは敵のMAGに触れた左手の指先からこちらに浸食してくるMAG汚染に気付いた時だった。

 

視界がブレて、思考がまとまらない。そして声も出ず、体が動かない。辛うじて状態異常の重ねがけだと気づいたが、それを伝えるだけの余裕は俺にはなかった。

 

「...千尋さん!」

 

声が、聞こえる。

だが、意識が保てない。これは、どうしようもない。

 

...あぁ、道半ばで終わるのか。

 

そう思って意識を落としかけたその時、暖かい力が俺を包むのを感じた。

 

「メシアライザー」

 

縁の、MAGだ。

 


 

目の前で命を落としかける彼の姿を見て、失われていくその顔を見て、神野縁はひとつブレーキを壊した。それが続けばどうなっていくのかは魂で理解しているはずなのに。

 

その喪失感に身を任せてしまうのを止めて、戦う事に集中しようとしたその時、空から放たれた螺旋の剣が赤い堕天使を貫いた。

 

その剣が生み出した破壊により堕天使と自分たちは分断されたが、その一瞬の休憩にほっと一息を吐いた。

 

まだ、私は人間だと思いながら。

 


 

瞬間、目を覚ます。状況を認識。縁は盾を外して回復魔法を使ったと断定、赤い蛇は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おや、目が覚めたのか。君は死んでくれても良かったのだがね」

「あんたは...エミヤ?なんであんたがこっちを助けに?」

「いいや、私はこの三咲に害をなすであろう堕天使を殺しに来ただけだ。君たちを助けた訳ではない」

「...奴は?」

「私のとっておきで撃ち抜いた。君たちの戦いから逆算して避けてはならない射線で放ったため、体を張ったのだろうよ。最も、咄嗟に回復をされただろうからそろそろ起きてくるがね」

「じゃあ、とりあえずアンタは味方って事でいいんだな?」

「正しくは、敵の敵だ」

「なんでもいいさ!皆、ここであいつを殺しても意味はない!サマナーを狙うぞ!ベル・デル!聞いてるな!お前はそいつと踊ってろ!」

 

「無茶言うなクソサマナー!」という声を無視して、エミヤさんが崩した天井から上に登る。

アクティブソナーでは敵サマナーの位置は把握できなかった。それは、部屋そのものにステルス性能があるということ。つまり、手当たり次第に傷をつけて、その反射波に変化のない部屋が当たりだ。

 

「こういう時に役に立つのは、数打ち!ファントムからガメた9パラ二丁拳銃だ!」

「サマナー、遊んでいないかい?」

「いいじゃん、ちょっとくらい。二丁拳銃は浪漫なんだよ。クソエイムになるからまったくもって使えないけれど」

 

ちょっと頷きかけるエミヤさん。結構話せる人かもしれないぞコレは。

 

そうして銃弾を打ち込んでいくと、アクティブソナーの反射波に変わりがない部屋が見つかった。

 

「どうせこっちには気づかれてんだ。ド派手に行くぞ!」

「はい!...ハレルヤ!」

 

縁の拳が本当にド派手に壁を破壊する。

 

そうして見えた部屋には書斎のようだった。壁ごと弾け飛んだ本棚と、ゆったりとしたパーソナルスペースがそれを物語っている。

 

そうして、こちらに背を向けたままのその男は、しかし油断できない実力者である事が見て取れる。

 

なので、油断しているうちにぶっ殺すとしよう。

 

「こんにちわ!死ね!」

 

ノータイムで放つ万能属性魔法(メギド)。どうせ自分の力では殺す用には使えないのでこの抜き打ちを鍛える方が良いのではないか?とちょっと思い始めていたりする。

 

だが、その万能属性はあっさりと弾かれた。

こちらに目を向けないで放たれた万能属性魔法によって。

 

「...ふむ、今の世界には詳しくないのだが、挨拶とはそのようなものなのか?」

「安心したまえ、そんな変なのはサマナーだけだ」

「いや、所長もやるぞ」

「...確かに」

「...君たち、戦いの場だというのにその緊張の緩さはどうなのだ」

「このくらいのノリの方がいい動きができるものですよ、エミヤさん」

 

そうして椅子をくるりと回してこちらと目を合わせてくる。

 

冷酷な男、そんな印象だ。

 

「で、お前は氷川ってのであってるか?いや、どっちにしても殺すつもりなんだけど」

「いかにも、私が受胎術式を作り上げた魔術師、氷川だよ。英雄殺し花咲千尋」

「そうか、じゃあアンタを殺せば受胎は防ぎやすくなるって事だな」

「できるかな?君たち程度に」

「やると決めてる。あいにくと世界もこの街も見捨てる気は無いんだわ。俺が切り捨てる事を選ぶのは、0%の時だけだ」

「愚かだな。ならば、死ぬがいい」

 

瞬間、発現する異界。

いや、これは内的宇宙だ。氷川という男はなんらかの術式によって内的宇宙に俺たちを取り込んだのだ。

 

この、静寂しかないシジマの世界に。

 

「....⁉︎」

 

声が出ない。いや、音が伝わらない。

咄嗟に通信石をエミヤさんに渡してラインを繋ぐ。コイツの存在はあまり敵側に見せたくはなかったが、そんな事を言っていられる状況ではない。

 

『指示は俺が出す!全員耳に頼るな!目と空気だけで周囲を把握しろ!全体は俺が見る!正面に氷川、後方に赤い鳥蛇だ!挟まれているが、だからこそ極大クラスの乱発はない!氷川の相手はパスカルとデオンを中心に!他の皆はその援護を!背後には()()()()()()を出す!だから俺の仲魔の援護は期待するな!』

 

そうして背後を向きながらベル・デルを送還(リターン)し、ソロモンの力で高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)を行う。

 

対象は、アテルイ。

今までは伝承に姿が詳細に描かれていないという性質から赤、青、緑、紫の4色の姿を取ることができたアテルイだが、この召喚ではその4色の力を一つの力に束ねる。

その為、ハイエストクラス4体への同時術式制御なんて事と同格の制御難易度になるため他の仲魔を出す余裕はない。マサカド公はマサカド公自身で存在を確立させてくれていたため、マサカド公の制御難易度すら上回るだろう。

 

それでもその黒のアテルイに頼るのは。

 

その制御難易度に見合った最強の手札であるからだ。

 

『行くぞ、阿弖流為!』

『任せろ、サマナー!』

 

黒のアテルイの飛び蹴りが、赤い蛇の放った万能属性砲撃を押し返し、そのままの勢いで口を塞いだ。

 

そして、そのまま口の内部に攻撃を放つ。あれは弓の奥義、至高の魔弾だ。

 

そして、このタイミングでアナライズが完了した。

 

ジャマーのせいで殆どの情報は見れないが、それでもわかることはある。

 

奴の名はサマエル。その名は、堕天使の最上クラスのものだ。

 

『阿弖流為、前に抜けろ!メギドラオンが来る!』

『了解だ!』

 

ダメージを食らいながらも溜められたMAGの量、それは伝説を放つに足る力だ。前に有栖が放つものを見ていなかったら、メギドラクラスと見間違えて致命傷を負わせてしまったかもしれない。

 

本当に、何が糧となるかわからない世の中だ。

 

そうして阿弖流為は前に抜け、その位置に俺はトラフーリして射線を確認。皆に危険範囲の指示を出す。

 

それに答えて皆が前に動き出す。しかし、それを狙っていたかのように氷川は泥を作り出す。

 

あれは、アンリマユの泥だ。

 

その泥を回避すればメギドラオンに巻き込まれる、最悪のタイミングでの隠し球だ。

 

しかし、俺とラインの繋がっていた連中はわかっている。

 

この状況を抜けるのに何が必要なのかというのを。

 

そうして皆は泥に飛び込んで、そこに置いた反発(ジャンプ)の術式により氷川の背後を取った。

 

そして、パスカルの咥えた短刀での一閃が氷川を切り裂いた。

 

「やはり、ブランクはあるか」

 

そんな言葉を最後に、サマエルと氷川は合流した。おまえの声は響くのかおのれ。

 

「サマエル」

 

喋れないサマエルはあっさりと回復魔法を行い、氷川の傷を治療した。アレで回復役かよあの堕天使。

 

シジマの世界での戦いは、ちょっと一筋縄ではいかないようだ。




Dr.STONEを電子書籍でまとめ買いしてしまったせいで執筆がギリギリになった作者です。いや、今週も危なかった。
とか言いながら文字数は一万千文字程度。もうちょい頑張れと思わなくないですが、今回はここで切るのが一番だと思ったのです。


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遠野秋葉

背中合わせの氷川とサマエル。

それを挟むように布陣する俺たち。

 

「サマエル、噴き飛ばせ」

 

そんな所にメギドラオンぶっぱとかやめろ下さい!

 

だが、今回のメギドラオンは全方位に対しての拡散型。向こうは縁の盾で守りきれるだろう。

 

対してこちらは、回避は不可能。故に!

 

『一点突破だ!阿弖流為!』

『承知!』

 

阿弖流為が取り出したのは槍。そこに万能属性エネルギーを込めて全力の突きと共に解き放つ。

 

万魔の一撃、いや、万魔の槍撃だろうか?

まぁ、技の名前なんてフィーリングなのだし気にしない。

 

そうして阿弖流為が貫き、突き進むその背中にくっつき、噴射(ジェット)で後押しする事で俺の安全圏もついでに確保する。

 

そうして、絶殺の光が収まる。そして、その瞬間に乱戦に持ち込もうと高速で接近する皆。最速で接近したのは阿弖流為ではなくパスカル。獣の本能か、距離を取らせた先は敗北しかないとわかっているのだろう。短刀による斬撃は、サマエルの羽を一枚切り裂いた。

 

続いて前に出てきたのは真里亞。火炎魔法をバーニアにした加速と、極大火炎魔法(アギダイン)をさらに圧縮して作った炎の剣にて、サマエルの残った羽を焼き切った。

 

そうして浮力を失ったサマエルの顔面に、阿弖流為と真里亞が同時に攻撃を仕掛ける。

 

その一撃は強力無比。しかし、真里亞の一撃は間に入られた氷川の防御の体さばき、回し受けという奴により完全に流された。それで流された体がデオンの斬撃を妨げ、結果デオンは真里亞を受け止める事を優先したようだ。この段階でまだ殺せないのだ、なら長期戦に向けダメージを少なくするのは響いてくるだろう。

 

そしてもう一つの攻撃、阿弖流為の槍は当たったが、寸前で頭を動かしたサマエルは致命傷だけは避けていた。

 

そして再びの全体回復魔法。今のは氷川が使った術だ。

 

だが、回復の後には一瞬の隙ができるもの。目配せした訳ではないが、俺の左手から放たれるこの世全ての悪(アンリマユ)がサマエルの体を侵食し、術後の氷川をエミヤさんが狙撃で攻撃をした。

 

驚くことに、偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)だ。カスタムの傾向も似るとか、案外士郎さんの先祖だったりするのでは?と思う。

 

「...サマエル、少し待て。攻撃を禁じる

 

苦悶の表情を浮かべるサマエル。そこにすかさず追撃するパスカルと真里亞。だが、今の呪言は...ッ⁉︎

 

『真里亞、パスカル!俺の側に!』

「禁を破った者に、裁きを。地獄への導き」

 

瞬間、世界そのものから発生する呪い。それに真里亞とパスカルは飲まれかけて、しかし阿弖流為に俺が投げられる事で二人を抱え、この世全ての悪(アンリマユ)で作り出した球体フィールドでその呪いを受け止めきる。

 

『サマナー、無事会かい!』

『ああ!真里亞もパスカルも今の所な!呪いはどうなってる?全方向から来てる事しか分からん!』

『その通りだ!私たちには害はない呪いが、パスカルと真里亞を襲っている!世界そのものからの攻撃だ!』

『...ルール違反に対してのカウンターか!だが、俺自身である泥を透過できてないから防ぎようはある!奴の呪言を聞き逃すなよ!』

 

「...どうにも面倒な手合いだな。防御を禁じる

 

瞬間、泥を全て攻撃に転用する。サマエルと氷川の位置は変わっていない。が、おそらくサマエルの魔法により氷川とサマエルは回復をしていた。そして、世界からの呪い攻撃はリセットされている。防御を解いたのは勘だったが、悪い方の目は出なかったようだ。

 

そうして泥が氷川に襲いかかり、それに対して氷川はサマエルに乗って大きく回避した。

 

いまのは、呪言に対しての反射の無理目で無茶な攻撃だ。泥としての性能以外に攻撃能力はなかった。それは氷川もわかっていただろう。同系統の力を使っているのだから。

 

つまりは、防御したくない理由があった?

 

思えば、先ほども妙だった。呪いによる攻撃があったにせよどうして突けば破れるような脆弱な泥の防御を破壊してこなかった?

 

つまり、呪言の影響は敵も受ける。そういう事だと仮定する。

 

『今、連中は防御行動を取れない!デオン!呪言のインターバルは⁉︎』

『3分だ!』

『つまり、残り1分間はチャンスタイム!敵が攻撃を始める前にこっちから撃ちまくれ!』

『そういう事ならば!』

 

抱えていた真里亞が地面に降り立ち、高位火炎魔法(アギラオ)を連射する。多種多様な軌道で、敵に防御させたという結果を作るために。

 

そうして皆のチャージまでの時間を作り上げ、それぞれの最高攻撃が氷川とサマエルを襲った。

 

だが、それは悪手だった。ルールの主導権は奴が握っているのに、どうしてこちらが有利だと認識してしまったのか。

 

...もしかしたら、それがこの空間のトリックなのかもしれない。会話を、音を消して情報を制限させる事で逆に思考を促し、一縷の望みを持たせること。

 

それが正しいのなら、悪辣なこと極まりない。

 

治療を禁じる

 

その言葉と共に吐き出されたサマエルの呪い。忌念の戦慄というあの技だろう。警戒を、いつのまにか解かされたッ!

 

これは、死んだ。緊縛状態や石化状態などの症状により体は動かなくなり、毒により命を削られる。そして、それを打開しようと回復をすると世界に呪い殺される。

 

これは、ガチでどうしようもない。

こちらの攻撃を誘ったのは、この攻撃を予測でしてのフォーメーション作りをさせない為。掌の上だった。

 

だから、最後は全開だ。この術くらいは破って終わらせる

 

ソロモンの、鍵だ。

 

倒れ伏した地面からMAGを流し込んで、この空間の核を破壊する、それが最後の出来ることだ。

 

そうしていると、何故か体が楽になった。誰かが治療を使ったのかッ⁉︎いや、この感じは誰かじゃない!縁だ!

 

思わず叫ぶ。音は響かない。

世界からの呪いが縁を襲う。それを縁は、避けるでも防ぐでもなく、受け入れていた。

 

だが、その呪いは文字通り、皆の身体によって防がれた。阿弖流為など4人に分散している。それでも僅かの隙間から呪いは入ってくるが

 

『千尋さん!』

 

即死でないなら、間に合わせてみせる。コンディションは良好、敵の攻撃までの時間はそう長くない。

 

だから、それまでに終わらせる。

 

それが出来るのが、俺の仮面(ペルソナ)、ソロモンの力だ。

 

「捕まえたぁ!」

「シジマの世界で音をッ⁉︎」

 

内的宇宙空間を構築する術式に干渉して、そのMAGを泥で食い尽くす。

 

それにより、俺たちは音のある世界に戻ってこれた。なんつーギリギリ!

 

「...だが、結果は変わらん!サマエル!」

「変わるさ!ここがあのシジマの世界でないのなら!」

「...忌念の戦慄」

『真里亞!』

「閉所なら私の炎で焼き尽くせる!広域極大火炎魔法(マハラギダイン)!」

「...人体を骨に魔を肉に、我が魂を贄に宿れ、叡智の魔王よ!」

「古典詠唱⁉︎...サマエル、施設は気にするな!消し飛ばすぞ!」

 

もう遅い!と叫びたいがそれをすると詠唱が止まるのでやめる。シェムハザは苦笑気味だった。

 

「インスタンス人柱降魔(D・ライブ)!シェムハザ!」

 

 

 

「散々見せてもらったんだ、こっちも返させて貰う!」

 

右腕のみの降魔。だが、それにより俺とシェムハザ、魔術を扱うのに使う思考領域は拡張され、それにより()()に届いた。散々見せてもらった構築術式を回転させて解き放つ。

 

「「極大万能属性魔法(メギドラオン)!」」

 

シェムハザの特化された魔力を使っての魔法は、サマエルの魔法と衝突し、まるで何も起きなかったように対消滅した。

 

「なん...ッ⁉︎」

 

そして、それから遅れて発生する超級の衝撃。それにより俺たちは施設の壁をぶち抜いて外に飛ばされた。

 

「千尋さん!縁さんの治療を!」

「わかってる!拠点に戻るぞ!」

「...全く、君達は忙しないな。私もかなりダメージを受けた、ここは引かせて貰う」

「エミヤさん!ありがとうございます!」

「...敵に感謝をするものではない、甘さが出るぞ」

 

そんな言葉を残してエミヤさんは消えた。霊体化という奴だろう。

 

だが、しっかりと通信石を持って行ってるあたりちゃっかりしている。

 

「さて、後のことはカプソ任せだ!あんだけ暴れればセキュリティは死んだだろ!」

 

そうして、転送魔法を使って遠野屋敷に帰還する。

縁への呪いは、かなり珍しいタイプだが治療法がないわけではない。霊核まで達していなかったからだ。

 

これは、縁の強い魂に感謝だ。

 

「おかえりなさい、皆さん」

「ただいまです琥珀さん、カプセル使います」

「縁さんがやられたんですか、ずいぶん強敵だったんですね」

「はい、ですが仕留め損ないました」

 

カプソの視界を確認しながら、治療用カプセルに縁を入れる。そうして、魂の損傷を確認して、そこに適切な量のMAGを流し入れる。

 

呪い自体は、魂に直接作用するというスタンダードなタイプな為そう治療は難しくなかった。

 

問題なのは、アレが万能属性の即死の呪いであると言うこと。防御する方法は、非対象者の身体でMAGを阻害することくらいしかない。そういう意味では、アンリマユの泥はうってつけだったのだ。アレはどんなに邪悪で混沌的な性質を備えていても、生命であるのだから。俺がルールを破らない限り俺は壁として戦える。

だがそれは、氷川も同じこと。あの時はサマエル以外の仲魔を殺しておいたためどうにかなったが、一方的にルールを押し付けて、それを破った者をアンリマユの泥で覆えば損傷なしに踏み倒せる。

 

だから氷川を殺すには絶対に必要になる、ルールそのものをぶち壊すジョーカーが。

だが、その到着を座して待つだけが、先輩の仕事ではない。出来ることをしなくては、何気に毒舌の志貴くんに何か言われてしまう。

 

『サマナー、見つけたよ』

『...あると思ったが、ここまで数を揃えてるとはな。スペアの聖母体。合計6人か、意識はあるか?』

『...んー、感情の揺れが小さいね。これはまだ魂の定着がなってない子供のものだ。だからこの機械で成長を促進させているのかな?』

『...うし、録画できた。後はエミヤさん次第だな』

 

その数秒後、カプソは死亡した。母体を確認しに来た氷川の銃撃一発だ。あいつ銃まで使えるのかよ。万能の人か。

 

カプセルは縁に使っているので、カプソは雑に地返しの玉で蘇生させる。悪魔はハイクラスになるほど蘇生に伴う感覚のズレが大きくなってくるのだが、カプソはぶっちゃけ雑魚なのでその辺は魔石を与えればすぐに戻る。コイツ本当に使い勝手いいな。

 

そうしていると、カプセルの中の縁が目を覚ました。手を振ってみると、辛そうだが手を振り返してくれた。うし、大きな問題はなし。詳しいことは治療した後の問診が必要だろうが、普通に蘇生した時の感じだろう。

 

「さて、琥珀さん。あなたに謝らなくてはならないことができました」

「どうしたんですか?花咲さん」

「遠野秋葉達への交渉、暗殺じゃなくて本気で手を組むつもりでいます。その為のカードは手に入りました。というかそうしないと氷川は殺せません」

「では?」

「...こちらから話すつもりはありませんが、潜伏場所について聞かれたら琥珀さんの立場が悪くなってしまうかもしれません。もしかしたら復讐そのものが不可能になるほど遠野秋葉の心象が悪くなってしまうかもしれません」

「そうですかー」

「ですが、氷川の件が終わった後はあなたを支援するつもりです。口約束しかできませんが、あなたが居なかったら俺たちの命はなかった。だから、あなたが幸せに至れるように尽力します」

「花咲さん、どうしてそんな話を私にしたんですか?言わなくても問題なんかないのに」

 

仮面の笑顔をそのままに語る琥珀さん。だが、そんなものは決まっている。

 

「俺は、あなたの事が嫌いじゃないんです。恩があるとかその辺を置いといて、人として」

「私が、ニンギョウだとしても?」

「...仮面を長く付けてると、それには肉がついて来るらしいです。知り合いのペルソナ使いの言葉ですけどね」

 

「だから、人のフリをしてるあなただって、もうあなたの顔の一つなんです。ただの優しい人じゃなくて、優しくあろうと振る舞っているあなただから、俺は手を貸したいって思いました。それが、全部です」

「...変な人ですね、花咲さんって」

「まぁ、デビルサマナーなんてそんなもんですよ」

 

その言葉に、初めて琥珀さんは笑顔を見せた。

どこか泣きそうで、でも綺麗な笑顔だった。

 


 

『てな訳で、エミヤさん。受胎術式のデータってアクセスできます?』

『難しいな、あいにくとこの時代の機械には不得手でね』

『なら、首かけてやるしかないですか。無茶言ってすいませんでした』

『...だが、本当にそうなのか?君の憶測が外れていれば、君は無駄死にとなるが』

『...いや、賭けに十分なデータは揃ってるんですよ。だって遠野ビルがそこに立っているんですから』

『ならば、マスターに伝えるとしよう。花咲千尋が交渉に来るとな』

『ああ。時間は明日の朝7時ジャスト。真っ正面から行くと伝えてくれ』

 

早速持っていかれた通信石を使ってエミヤさんと密談。というかほぼ降伏の相談だ。

 

「...千尋さん、大丈夫なんですか?」

「何とかする。大丈夫だ、データは裏切らない。だから、停戦くらいには持っていくさ」

 

そうして、縁の心配気な目と、全く心配していない他の皆という妙な悲しさを感じながら、晩御飯を食べて就寝する事した。

 

そして翌日、のんびりと目覚めては遅刻してしまうのでささっと顔を洗った後に武装を解除した普段着に着替えて、トラフーリストーンを使う。

 

「いってらっしゃい、サマナー」

「ああ、行ってくる」

 

見送りなどいいというのに、律儀な奴だ。

 

そうして、7時ジャスト、遠野ビルの前に転移した俺を待っていたのはエミヤさん。

 

「交渉に来ました」

「...という事だマスター。武装はしていないし、相棒の騎士も連れていない。与太話だと思ったが、どうにも本気でこちらと話し合うつもりのようだ」

 

それから少し経って、エミヤさんに「ついてこい」とだけ言われた。正直ココで殺される可能性が一番高かったので、とりあえず一安心だ。

 

そうしてビルの内部に入ると、そこには遠野秋葉が待ち構えていた。

視界に入っているということは、俺では召喚で盾を作る前に殺されるだろう。

 

まぁ、戦闘になった時点で敗北確定なのだから構いはしないのだが。

 

「話とは何かしら?花咲千尋」

「今から画像データを投影したい。が、一応印刷したのも持ってきたんだがどうする?」

「構わないわ、あなたが何かをする前に、私なら殺せるもの」

「じゃあ、画像データの方で。ほいっと」

 

そうして見せたのは、カプソの見つけた研究施設のあの部屋のデータ。

カプセルに有栖と全く同じ顔の子供たちが入っているあの施設の様子だ。

 

ゴクリと、遠野秋葉の息を飲む音が聞こえた。それはそうだろう、全く同じ顔の少女を、彼女は連れているのだから。

 

「これがあったのは三咲の南外れにある施設だ。脱出路を探索中に見つけて、堕天使のサマナーが居ると踏んで踏み込んだ。その時に隠密行動させてた仲魔が見つけたものだ」

「...堕天使どもは、外道ね。でも、純粋な人間の母体があることは私にとっては好都合な事よ」

「その通りなんだが...どうしてそのことをあんたは知らない?遠野秋葉」

「...私と堕天使を反目させるつもり?」

「そのつもりだけど、それは俺の仮説を聞いてからにしてくれ。決めるのは、あんただ」

 

精神をフラットにするために一応深呼吸。論理的説明に、感情は不要だ。

 

「まず、新しい世界を作るっつー受胎術式に必要なのは母体と聖杯のカケラ二つだ。現状、カケラはあんたらが持っている。母体になり得る縁は俺たちが持ってるが、そっちの有栖でも代用できる筈だ。だけどなんらかの心配が受胎術式にあったから、あんたは有栖を使っての強引な受胎をまだ行ってない。ここまでに間違いはあるか?」

「...ないわ」

「んで、その不安は堕天使側が術式に何かトラップを仕込んでいるというものだ。魔導知識に詳しくないあんたには、受胎術式が本当に知らされているだけの効果を持ち合わせているのかを計算できない。だから、縁を攫った。この世界で唯一の、旧人類を。それが、俺があんたらが母体のクローンを作っている奴と繋がっていないという証拠でもある」

「...否定はしないわ。堕天使達と私たちの関係は良好とは言い難いもの。けれど、それがあなたが命を捨てに来た理由になるのかしら?」

「なるよ。タイムリミットは母体のうち一つでも魂を定着させた時だ。そうしたら堕天使側にはこの街を攻めない理由がなくなる。ゲートパワー増大による境界の不安定化、カケラの奪取、儀式場の確保、全てが堕天使の攻めてくる理由になるからな」

 

「だから、あんたと一時的な同盟を結びに来た。堕天使から、この街の日常を守るために」

「...私の目的は、受胎術式を完遂させて世界を作り変えることよ」

「俺の目的は、その受胎術式で本当に世界が救えるのかを逆算することだ。...正直、この遠野ビルを儀式場に選んでいる時点で相当に臭いんだよ、この術式は」

「...どうして?」

「ここが龍脈の中心点でないからだ。こんなところで儀式を行えば、術の力は龍脈を辿って流れ出して、どこか別の所で別の形で完成する。そして、それを計算尽くで行うことができるってのは現代魔導では知られているんだ」

 

「だから、停戦に際してのこちらの要求は一つ。受胎術式を解析させてくれ」

「あなたが解析結果を偽るかもしれないのに?」

「...どこでも突っ込んで見やがれ。算出過程を一部の隙もなく説明してやる。それでも納得できないなら、俺の首を刎ねればいい」

「...いいわ、儀式のプログラムを見せてあげる」

「ありがとよ」

 

そうして、エミヤさんの作った手枷で背中側に手を縛られながら電算室へと連れて行かれる。

 

「...エミヤ、手枷を外していいわ」

「了解だ、マスター」

 

さて、両手も自由になったことだし、この型落ちのパソコン一つが儀式のプログラムかどうかの確認が最初だ。

 

「ここにあるのは、儀式プログラムのコピーだよな?」

「ええ、SSDまるごとコピーしたものよ」

「そいつはありがたい。早速見させて貰いますよ」

 

儀式始動の際のMAG量に違和感はなし、術式によく使われている基本関数を確認しても、特に弄られた形跡はない。

とすると、やはり術式本体に何か仕込まれているのだろう。

 

中身を見ると、わざとスパゲッティコードにしたような形跡がある。見にくいだろうが畜生。

 

そのコードを弄らないで、頭の中で術式を組み立て直して結果をシミュレートする。

 

そうして、儀式場の力が龍脈の力に乗って散乱する事が算出できた。

 

...ここから先は、流石に人力での計算は無理だ。COMPに数字入れてシミュレーションしよう。

 

「とりあえず、この術式は罠だってことはわかった。説明は要るか?」

「お願いするわ」

「じゃ、なるべくわかりやすく。このソースコードだと、儀式場の中心に集中しなくてはならない力が龍脈に乗って散乱する事がわかった。まず、この部分。龍脈からMAGを汲み上げる術式だが、この際に龍脈に対して儀式の力が漏れるようなパスが作られている。ソースコードでうまく隠してるが、ココと、ココと、ココがそれぞれ作用しあって段階式にパスを作り上げてるんだ」

「...エミヤ、わかる?」

「あいにくと、現代魔導には詳しくなくてね」

「...検証できない問題か、基本書の類は遡月だからなー。しゃーなし、説明する。まず、大原則として悪魔召喚プログラムを筆頭にしたエミュレーションプログラムは...」

 

その説明は、2時間近く続いた。秋葉さんは基礎知識が抜けていたが、飲み込みは早かった。結構考えて戦うタイプだからか、地頭が良いからなのかどちらなのかはわからないが、たった2時間でこの儀式プログラムの問題点を自分で算出できるようになっていた。これは得難い才能だ。エミヤさんとか要所以外での理解はほとんど諦めていたのに。

 

「ありがとう、花咲千尋。それで、散乱した力の収束するポイントは?」

「ああ、いま計算中だ...ここは、学校か?」

「学校?」

「今地図を投影する。三咲市の南の方にある学校だな。...って、この辺りのことは秋葉さんが詳しいか」

「...ええ、ここは統廃合や建て替えは沢山あったけど、兄の母校だったの」

「なら、守らないとな」

「...この位置なら、花咲さんの説明にあった力の集約の条件は整ってる。現在の三咲の龍脈のツボだものね」

「あ、そこわかりやすく言い換えた奴だから。正確には極所的龍脈作用座標。調べる時はそっちでな」

「...あなた、案外先生とか向いているのかもね」

「そうか?」

「ええ、そうよ。あなた、特に何かあるわけでもないのに話してると信じられるもの。それって、先生に対しての信頼に似てない?」

「んー、分からん。これまでの人生で良い先生に恵まれた事はないしなー」

「そうなの。あなたの魔術の師は?」

「隣にいたって理由で俺を殺しかけたデンジャラスなじーさんだよ。まぁ、恨んではないけどさ」

「そう、会ってみたいわね」

「...爺さんは、もうとっくに死んだ。だから、記憶の中でしか会えない」

「...そう、ごめんなさい」

「気にすんなよ」

 

そうして、正式に共闘関係を結ぶ為に契約書を出そうとすると、COMPがアラートを発した。

 

アンテナ近くに仕込んでいたアラームトラップが鳴ったのだ。

 

「お、良いタイミング。ウチのイカしたメンバーを紹介するぜ!」

 

アラームには、誰がやってきたかを探る機能もあった。

なのでやってきた二人。を紹介できる。

 

「ウチのカオス&デンジャラスな所長、浅田彼方と...」

「...兄さん...ッ⁉︎」

「あら、知り合いだったん?だが今志貴くんはウチの社員なので紹介を。楽園戦争以来の歴戦のデビルスレイヤー!七夜志貴くんだ!」

 

その姿を見た秋葉さんは、ストンと膝を落とした。

 

その目に、涙を浮かべながら。

 


 

「申し訳ありません、サマナー」

「良い。敵が手練れだった。花咲千尋というサマナーは、相当に質の良い仲魔を自在に操っている。そして術に関しての知識も豊富だ。...故に解せん。どうして私ではなく遠野に近づく?」

 

「この世界が終わるのが先か、剪定され消滅するのが先か、どちらかだけを対処する時間など残されていない。故のアラディアの受胎だというのは痕跡の断片から理解できている筈だ。...ベルセルク、わかるか?」

「...恐らくは」

「ほう、言ってみろ」

「あやつは、本気で世界を救おうとしています。ただの数ではなく、その繋がりを世界と見て。故に、繋がりを断ち切るサマナーのやり方に賛同できなかったのだと」

「...繋がり、か...」

 

「そんなもので救えるのなら、とうの昔に世界は救われているというのに...愚かな賢人とは、こういう者を指すのか?」

 

堕天使のデビルサマナー、氷川はそう一人ごちた。

 


 

志貴くんに合わせてほしいというたっての願いを聞き入れて、秋葉さんを連れて遠野屋敷へと向かう

 

「へぇ、志貴くんって秋葉さんの義理の兄さんだったんだ」

「...はい」

「ただ、志貴くんかなーりしんどい生き方してたから、覚えてないかも知れないよ。それでも大丈夫?」

「...それでも、会いたいんです。大切な兄さんに...」

 

そうしていると、周囲の空気が変わった。異界化だ。

 

「お出迎えかね?」

「私か花咲さんか、どちらを狙ったのかは知りませんが」

 

「「この程度の量で、殺せると思うなよ?」」

 

高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)によりベル・デルを、COMPからの召喚によりシェムハザを召喚して、P-90を構える。

 

秋葉さんは紅の髪を幾多にも張り巡らせた髪の結界を作り上げ、俺の防御もしてくれている。なんと頼りになる中衛か。

 

それに対するは、純白のレースを着て、ラクダに乗って現れた女性型の堕天使。そしてそいつが指揮しているであろう堕天使が300ほど。

 

「アキハ、残念ですが貴女には死んでもらいます」

「こちらは残念ではないわね。こっちのことを好きなだけ利用した連中を殺せるんだから」

 

「そうですか、なら焼け死になさい。貴女の炎では、私の炎は消せはしない!極大広域火炎魔法(マハラギダイン)!」

「...そういえば、私の異能について説明していなかったわね」

 

「...略奪、私の髪は熱を奪うのよ」

 

獄炎が、赤い髪に触れた瞬間に消える。まるで昇華したかのように。

 

「じゃあ、オフェンスは俺たちか。シェムハザ」

「ええ」

複数目標設定(ターゲットロック・マルチプル)、遠隔起動魔法陣、展開」

「雷よ迸れ、極大広域電撃魔法(マハジオダイン)!」

 

そうして、雷の雨により300はいた堕天使達は、一瞬で消し飛んだ。

 

まさか、自分たちがこの程度で殺されるような雑魚に思われていたのだろうか?

いや、氷川の指示ならそれはない。二の矢三の矢が仕込まれているはずだ。

 

『千尋さん!』

『そっちから状況は確認できてるか⁉︎』

『はい!今、所長と志貴くんが向かいました!』

『ナイスタイミング!とりあえずこの異界を解く!そしたら堕天使の核ごと殺しちまえ!頭はコイツなんだから、指示出される前に止めれば策もなにもない!』

 

そうして、ソロモンの鍵で異界の中心をハッキングして泥で食い尽くす。

 

それに動揺した素振りを見せない堕天使は、次の手を放とうとして

 

神速で背後から胸を突かれて、死亡した。

 

「志貴くん、ナイス」

「...とりあえず移動しましょう。この攻撃が最後だとは思えませんから」

「だな、秋葉さん、行こう」

 

「兄さん、なんですか?」

「...ごめん、俺は七夜志貴だ」

 

そんなどこかギクシャクした空気が二人の間にはあったが、多分時間が解決するだろう。そんな緩い考えで、遠野屋敷への道のりを行くのだった。




電子書籍は、沼だ!
鬼滅の刃全巻買ってしまいました。めっちゃ面白かったです。
お陰で今週も執筆このざまですよ!目標は、1万二千文字平均なのに!

ジリジリと下がっていく小説情報の平均文字数に心がやられてくる作者なのでした。


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氷川と堕天使サマエル

定時投稿しくじったぁ!

いや、理由がFortnite始めたからだってのがクソ過ぎる。そしてFortniteでは頑張って生き残ってもロケランで終わるのがしんど過ぎる。どこで拾えるのだしそれ


『こっちに襲撃は来たが、そっちはどうだ?』

『いえ、こちらにはまだ。しかし、志貴くんがそちらに向かいました』

『ああ、問題なく合流できた。てことは、堕天使の先走った連中かね?全員、合流地点変更、遠野ビルの聖杯のカケラを死守する』

『すいません、所長がもう迎撃に向かってます。今が一番面白いとかで』

『...うん、とりあえず防衛組と首狩り組に編成をし直す。遠野ビル集合で。琥珀さんは遠野ビルに来るなら誰か護衛を、そうじゃないなら地下牢への避難を。

 

「花咲さん?」

「すまん、集合地点を遠野ビルに切り替えた。カケラの防衛を優先したい。こっちの手札を全部見せていないのに虫のいい話って思うかもしれないが、頼む」

「いえ、仕方がありません。堕天使が...氷川がこうも早く動いてくるのは想定外でしたから。...それに、今受胎を引き起こされるのは困ります。私は、私のままで世界をやり直したいのですから」

「...俺は一応反対だって言っとくぜ。今まで住んでたこの世界...には実は未練はないんだけど、新世界を作るなら生きてる奴全員を連れて行きたい。そして、その世界で黒点現象が本当に発生しないのかの逆算ができるまでは、危険すぎて世界の全員渡すなんてできない」

「つまり、それらがクリアできていれば賛成だと」

「まぁな。俺の那由多の果ての可能性よか、よっぽど現実的な数字だ」

「そうですか。...それで、あなたはどう思ってるんですか?七夜志貴さん」

「...俺は連中を殺せればそれで良い」

「...連中とは?」

「...今の家族を、殺した奴ら。堕天使だ」

「...そう」

「...志貴くん、いつもは毒吐きながらも善良な若者って感じなの知ってる身としては、なんか田舎に帰ってイキってるヤンキーを彷彿とさせるんだが」

「あんたはこの雰囲気でそれを言うのか⁉︎」

「...田舎に帰ったヤンキー...ふふっ」

「...笑うなよ」

「いえ、花咲さんは兄さんといい関係を気付けているようで安心しました」

「...ったく」

「じゃあ、聞きにくいことすぱっと聞いとくんだけど、秋葉さんと志貴くんの関係ってアンタッチャブルな感じ?」

「...前世で兄妹だったのです。私たちは。楽園戦争の際に離れ離れになってしまいましたが」

「凄い運命的な接点だな...うん、とりあえずそこ以上は踏み込まない。楽園戦争での志貴くんを知ってるなら、チームアップに最適なコンビに思えたんだって理由だけだから」

「...やはり兄さんも戦っていたんですね」

「しかも、志貴くんの頑張りは地名になりました。凄い話だよな」

「やめてくれ千尋さん、これじゃあ本当に田舎に帰って自慢話をする不良と同じだ」

「...そうなんですか、それはその街を少し見てみたいですね」

「...今はまだ道を確保できてないから、そのうちにな」

 

最初はどうなることかと思ったが、案外このくらいの距離感の兄妹だったのかもしれない。きょうだい仲ってリアルだとそんなに良くないとか良く聞くし。

 

そんな事を考えながら撤退していると、上空を一匹の亀が飛んでいるのが見えた。

 

「ど、どうして回転しながら飛んでいるのですか?」

「タラスクさんの頑張った結果らしい。ただ、あの速度でも乗ってる縁は案外酔わないって話だ。俺は怖くて試してないから縁の超人説を唱えてるけれど」

 

とりあえず後発が追い抜いてしまったので、俺たちも急ぐことにする。安心安定のペガサスさんだ。

 

今回は、なんと秋葉さんの髪で皆を支えてくれるので、乗り心地も悪くない。これは是非仲間にしたい人材だ。受胎術式の中身が完璧な回答か、確実なクソである事を祈るばかりである。

 

術式の詳細な中身は、サブのCOMPにてまだ解析中だ。聖母に下ろす女神の性質によってだいぶ変わるが、仮定できたのは“虐げられた者達の女神”といえ性質だ。それならば、その内的宇宙の拡張により、今現在虐げられている者達、つまりヒトの新しい世界を作り出す事ができるだろう。

 

だが、この感じだと世界に内的宇宙を現出させるというよりも、世界そのものを裏返して世界を作るような術式になってしまう。それでは、当然中心点以外にいる者たちは死ぬだろう。

 

本気で世界を救う気があるのだろうか、この術者は。人のいない世界なんてただの空虚な箱だというのに。

 

「お邪魔しまーす」

「...ああ、戻ったかマスターに花咲千尋。それに七夜志貴。君たちの仲間たちはもう到着している。少々愉快な現れ方だったがな」

「あの大回転飛翔はなー」

 

そう言って中に通される。エミヤさんはたたたんとビル壁を登り監視の指定位置についた。格好いいなアレ、やりたい。身体能力向上でどうにかやれないだろうか?...うん、途中で虚空に投げ出されるのがオチだろう。

 

「では、私は有栖を説得してきます。皆様はここで」

「ああ、ロビーってのがあれだが、手持ちの機材を使って簡単な指揮所くらいにはしてみせるさ」

「頼もしいですね」

 

そう言ってロビーを超えて上へと向かう秋葉さん。

 

「さて、ほとんどノリだけど一時停戦はできた。今のうちにこの街をどうするかの会議をするぞ」

「この街には結構堕天使が紛れ込んでる。道すがら5、6体殺しておいたけど、どっかに避難させるとなるとやっかいな事になる。自警団とかいないんだろ?この街」

「ああ。なんで最低限の戦力で遅延防御しながら、氷川の首を取る。遅延防御には真里亞に任せて良いか?言われずとも役割をやってる所長の戦闘勘にはちょっと引くが、所長だけじゃカバーしきれない」

「...少々難しいですね。機動力がある方だとは言えませんから」

「...ペガサスを付けるか」

「すみません、私が長距離を飛べたら問題はなかったんですが...」

「いや、それでもあの飛び方だとMAGの消費がデカイ。どっかしらに無理は出てくるさ。こっちはペガサスいないなりに戦術を組み立てる。ただ、ペガサスからの支援はできないから攻撃役としては期待しないでくれ」

「はい」

「では、私たちが向かうのは」

「ああ、受胎術式の中心点、学校だよ」

 

そうして、降りてきた秋葉さんと有栖。むすっとした顔がこの共闘に賛同していない事を明らかとしているが、それはこちらの志貴くんも同じ。志貴くんが有栖を殺していないのは、ヒトの範疇だからだろう。

 

彼の殺る気スイッチは、割とロジカルに動いているのだ。

 

「思う所はあるだろうけど、この面子で最短最速で襲撃を遂行する。最前列に出るのは縁と俺とデオン、その戦いの中で隙を見つけたら1発のある連中は叩き込んでくれ」

「それでは足りないわね。アーチャー、貴方も前に」

「承知した。...ああ、君たちの動きは大体把握している、援護に関しては任せてくれたまえ」

「じゃあ、確認良いですか?」

「何だ?」

「遡月士郎、って名前に心当たりはありますか?」

「...いや、ないな」

「てことは、やっぱ先祖なんですかねー?ああ、こっちもエミヤさんの戦闘スタイルは把握してます。子孫っぽい人が遡月にいるんで」

「...随分と奇妙な縁もある者だな」

「ですね。エミヤさんは最後列から氷川の妨害をひたすらお願いします。氷川の仲魔は強力ですから、連携させたら面倒です」

「把握している敵は?」

「物理特化のベルセルク、魔法特化の女神、回復役の神樹、それにあの化け物サマエルだな」

「なるほど、私の役割は神樹の妨害か」

「はい。というか奴を殺さないと崩せません。カラドボルグなりフルンディングなり絨毯爆撃なりでやっちまってくださいな」

「承知した」

 

そうして、水際で迎撃に出て行った真里亞を横目に簡単な隠蔽の術式をかけて学校に進軍する。

 

道中に出会う堕天使は、実力者が揃っている。本腰を入れてきたのだろう。

だから、こちらの隠蔽術式なんて簡単に見破って突破してくる。

 

「「「「氷川様のコトワリの為に!」」」」

「秋葉さん、おなしゃす!」

「まぁ良いのですけど、その言葉使いを兄さんに移さないで下さいね。朱に交わればなんとやら、と言いますから」

「あ、それなら大丈夫大丈夫。もっと濃いのに交わってるから」

「...否定はしないけどさ、千尋さんも大概だからな?」

「まぁ、最近自覚は出てきた。俺って実は凄いんじゃないかと」

「サマナー、その冗談はあまり笑えないよ」

「ちょっとくらいイキっても良いじゃん、昔に比べたら雲泥の差だぜ?なんせペルソナ使いだし」

 

そんな無駄話をしているうちに昇華される堕天使たち。ヤベーわ秋葉さん。髪の感知はできるが、不意打ちでないMAGを乗せた髪の速度は尋常ではない。あれではわかっていても躱すことはできないだろう。

 

「じゃあ、COMPの反応から俺たちの位置を感知してくれ。やりやすい所でやりやすい方法で奇襲を任せる。できるなら1発で決めてくれよ」

「その必要はない、君たちはもう終わっているのだから」

 

瞬間、世界が切り替わる。白く静かな、シジマの世界に。

待ち伏せされていた。読まれていた。

よく考えれば当たり前のことだ。儀式の準備を進めるよりも、先に邪魔者を排除する方が合理的なのだから。

 

だが、どちらにせよ戦うのだ。最低限の準備はしていた。

 

ラインを繋いだ事で余っていた通信石を秋葉さんと有栖に投げ渡す。

これで最悪はないだろう。咄嗟に縁が全方位に盾を張ってくれたので奇襲はない。現状の把握に努められる。

 

『志貴くん、殺せる?』

『...点が見えません、ダメージは与えられてもそれ以上は』

『じゃあ、作戦指揮は俺が取る。即興チームなんでコンビネーションはその場のノリで。縁、壁解除!パスカル、GO!』

 

走り出すパスカル。その後をついていくデオンと志貴くん。

呪言の張られていない今のうちに、可能な限りダメージを与えたい。

 

そうして、ベルセルクとサマエルが前に出て、後衛に氷川と女神、それに挟まれるように神樹がいる。ベルセルクはどうにでもなるが、サマエルが邪魔だ。

 

そして放たれるサマエルの忌念の戦慄。それを即座に縁の回復魔法で中和するが、それでもデオン達は足を止めざるをえず、結果ベルセルクのデスバウンドをモロに喰らう位置に居させられた。

 

その剣を絡め取り蒸発させるのが秋葉さん。そしてベルセルクに炎の剣を打ち込んだのがエミヤさん。そして、サマエルに極大万能属性魔法(メギドラオン)を叩き込んだのが有栖。この面子、中々に頼りになる!

 

だが、どちらのダメージも討伐に至るまでにはいかなかった。サマエルは頭部をメギドラオンの射線から逃れさせた事で、ベルセルクは取り出した2本目の剣で炎の剣を防御した為に。

 

極大広域回復魔法(メディアラハン)

 

そして、即座に治癒される二体の悪魔。

 

そして、その後の女神の極大広域氷結魔法(マハブフダイン)は絶殺の攻撃だった。

 

その一瞬で駆け出した、うちのジョーカーさえいなければ。

 

「ッ⁉︎」

 

氷川の顔が、驚きに変わる。鉄面皮に思えていたが、流石に志貴くんのアレには面食らったのだろう。その無茶苦茶さが理解できるが故に。

 

志貴くんは、氷結魔法そのものを()()()のだ。

 

そして、サマエルに肉薄し、そのカバーリングをしたベルセルクの剣を蜘蛛のような動きで回避してその両足を短刀の一太刀で殺す。

 

そして首を断とうとした時に、サマエルのベルセルクを顧みない高位万能属性魔法(メギドラ)の抜き打ちにより回避を余儀なくされた。

 

だが、これでベルセルクは完全に打倒した。治療をしようが蘇生をしようが、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

魔法タイプならともかく、近接タイプなら足がないのは致命傷だ。

 

「...これは厄介だな。ククノチ、蘇生はいい。前に出ろ。

 

だが、氷川もさるもの。即座に次の悪魔を準備してくる。しかも、今回もハイクラス相当の力を持っている。ソロモンの感知によると、あの神樹、ククノチが自らに支援魔法をかけたようだ。

 

『デオン、任せる』

『了解だ、サマナー』

 

そうして、デオンの剣がククノチを襲う寸前でデカジャストーンを起動させる。その動きのズレに対応できなかったククノチは、その剣を躱しきれずに一太刀受け、続く二の太刀にて命を奪われた。

 

そして、このタイミングで発動する連鎖召喚魔法(サバトマオン)。デオンの位置座標を参照して現れるのはアテルイ、シェムハザ、メドゥーサ、クー・フーリンの4体。そうして現れた仲魔たちは、シェムハザにより即座に張られた魔法反射障壁(マカラカーン)により女神の高位広域氷結魔法(マハブフーラ)を反射し、即座に氷川へと襲いかかった。

 

アテルイの鬼神楽、クー・フーリンの刺突、メドゥーサの石化の魔眼。

どれもが本命に足る威力を誇り、しかしどれもが次の仲魔の攻撃への布石になるコンビネーションだ。

 

だが、その連撃は完璧なタイミングで放たれたはずなのに、全てが氷川の()()()()()()()()()()()()により躱された。

 

そして、感じる異界の予兆。これは、ソロモンが以前この世界に干渉したから感じ取れるようになったのだろう。

 

呪言が、来る。

 

攻撃を禁じる

 

その呪いの言葉のどこかに、行けるという感覚が来た。何がかはわからない、直感だ。

 

だが、今回の勘は信じていいだろう。なにせ、何が良いのかわからないのだから、信じて外れても損はないのだから。

 

『全員固まれ!縁の盾のカバー範囲に!』

『これが呪言...破ったら呪い殺されるのですね』

『ああ、だが3分のタイムラグがある。...今回は、向こうの回復を黙って見てるしかないロスタイムだがな』

 

そうしているうちに神樹ククノチは氷川に蘇生され、その手によりベルセルクが蘇生された。

わかっているだろうが、確認したかったのだろう。志貴くんのトンデモを。

 

そうして、3分が経った。

 

敵はベルセルク以外万全、こちらも万全。戦いは現状こちらが有利だ。

 

次の氷川の言葉を聞くまでは、だったが。

 

念話を禁じる

 

瞬間、放たれるサマエルの極大万能属性魔法(メギドラオン)。それを受け止める縁の神威の盾。その盾が受け止めるMAGの出口を作るために、縁の盾の範囲外に魔法陣を敷いて、サマエルに向けて反撃のメギドラを6つ放つ。込められたMAGはそれなりだが、出力する俺自身の魔力がそう高いものでない為に直接メギドラオンに当てても意味はない。

それならば、曲射して本体を叩く方が有効だ。

その考えを汲み取ってくれたのがデオンとパスカル。大きく広がってそのメギドラに続いて進んでくれた。

 

その考えを汲み取らなかったのが、有栖。反撃に極大万能属性魔法(メギドラオン)を放ってしまった。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

それからは、もうぐちゃぐちゃだった。解かれなかった縁の盾は背後から放たれた極大万能属性魔法(メギドラオン)に破壊され、その分のエネルギーが削がれたメギドラオンは全開のまま放ち続けているサマエルのメギドラオンを完全に相殺出来ず、衝撃でこちらは大きく吹き飛ばされた。

 

そうして転がる視点の中で、反撃の糸口を探すが、それを伝える手段がない。言葉を奪われただけで、こちらは完全に後手に回ってしまっている。力量では向こうが上なのだから、常に先手を取るしかないというのに。

 

現状、俺は後衛にいる。それは自ら望んでではない。吹き飛ばされた先がたまたまそうだっただけだ。

 

現在、指示を出せる連中は俺より吹き飛んでいなかった為前の方にいる。それはつまりハンドサインによる指示は不可能である事。

 

俺のハンドサインが通じる所にいるのは、有栖のみ。だが有栖は俺との連携なんて考えれはしない。

 

急造チームであることが裏目に出た。

 

だが、ここでなんとかしなければ全員まとめてあの世行きだ。

 

ならば、行動を起こすしかない。行動を起こさせるしかない。

 

守りには、入らない!

 

有栖の肩に手を置いて、任せる、と音にならない声で伝える。気分だが、まぁやらないよりはいいだろう。

 

そうして、地面に手を置いてこの世界に干渉する。ソロモンの技、ソロモンの鍵だ。

 

当然、この力で一度この世界を破られている氷川はこちらに向けて攻撃をしてくる。感知できた魔力から感じるに、メギドラあたりだろう。

 

それを、同じく抜き打ちで相殺する有栖。どうしようもなかった初手を防げた、ならチャンスはある。

 

ソロモンの鍵で内的宇宙を侵略する。しかし、今回は全開の不意打ちとは違い、しっかりとプロテクトがかけられている。以前のような手段ではこの結界を破ることはできないだろう。

 

だが、それでもやらなければならない。連携の取れていない今、サマエルの忌念の戦慄が来たら終わりだ。

 

だから、タイムリミットはそう遠くない。それまでにこの世界をぶち壊さなきゃならない。

 

だから、少しでもこの世界を揺らがせろ。

 

守りは、今の行動で敵の動きの変化に気付くだろう皆に任せて。

 

俺が、この世界を破壊する。

 

外部からのハッキングで世界を揺らがして、少しでも脅威に思わせるのだ。

 

そうして繋がっていると、なんとなくアンリマユと似た感覚がある。ペルソナの共鳴もだ。

 

これが、いけるという感覚の正体のようだ。

 

心を響かせて、体を適応させて、泥から、世界から感じるイメージで()()()()()()()()()()

 

どうやら、これが行けるという理由のようだ。こんな土壇場で、顔なしの変化適応能力に目覚めてしまったのだ。...いや、単にアンリマユという共通項と、心とも言えるこの世界に触れた結果という参照できるものが多かったからなのだけれど。それでもできるのだ。

 

ならば、やる。

 

「ペルソナスティール、アルカナ、The moon!アーリマン」

「シジマの世界で、声を出せたのはそういう理屈か、顔なしのペルソナ使い」

「そうみたいだ、自分でもびっくりよ」

 

「「回復を禁じる/許可する!」」

 

「全員、聞け!呪言は盗んだ!思う存分暴れてこい!」

『なら、あとは力勝負!』

『...お兄さん、あの!』

「文句も感謝もこれが終わってからな!有栖!さぁぶちかませお前が主砲だ!」

『...はい!』

 

そうして、チャージされるメギドラオン。それを感知したサマエルもメギドラオンをチャージする。

 

MAGの消費合戦になるが、それでもサマエルの行動をメギドラオンに限定できるのは大きい。あの忌念の戦慄を封じる事ができるからだ。

 

そして、サマエルがチャージに集中する事で、速い連中は脇を抜けられるようになる。パスカルの斬撃によりククノチは切り裂かれ、女神は念話がなくなった時点で迷いなく走り出していた志貴くんによって点を突かれ殺された。

 

そして、クー・フーリンと青のアテルイがコンビネーションを繋ぐ華麗な槍さばきによって氷川を押さえ込んでいる。二人のスピードにより、氷川は防戦一方だ。

 

そんな中で、氷川がふと笑みを浮かべた。

まだ隠し球があるらしい。だが!

 

「後生大事に抱えたままで死に晒せ!アーリマン!」

 

アーリマンにペルソナを変えた事で、精密にコントロールできるようになった泥を数多の槍にして連射する。それに対して氷川もアーリマンを顕現させて防御をした。だが、その姿はブレている。ペルソナスティールは、アカウントの乗っ取りに似ている。自分が氷川のアカウントでアーリマンの力を使っているから氷川は十全にアーリマンを使えないのだ。

 

そして、泥の弾幕から抜けたデオンが、その絶技を持って氷川を打倒する。

しかし、その魂は肉体から離れてサマエルの元へと向かっていった。

 

「...一手遅れたな、花咲千尋」

「人の体を捨てるとか、覚悟決まりすぎだろアンタ」

「私は、私の理想の世界を願っている。ならば命など賭けて当然だろうに」

「...その先にヒトとしての矜持があれば、こんな争いになることもなかったろうにな」

「それで世界が救えるのならそうするさ。だが、そうではないからこうしている。行くぞ、サマエル!」

「承知した、サマナー!」

 

そうして、繋がる氷川とサマエル。

 

あれは原理としては人柱降魔(D・ライブ)とは別物だ。悪魔の身体に人間の魂。本来なら人間の魂が塗りつぶされて終わるが、それが氷川のような強い魂であるのなら

 

それは、サマエルの肉体を氷川が完全に制御する、魔人化に他ならない。

 

現に、サマエルの身体は人の大きさに収まり、赤い翼の竜人の姿になっていた。あれが、今の氷川の最強戦闘形態なのだろう。

 

そうして、ふわりと向けられる掌。瞬間的に距離を詰められて、その掌は俺の体を貫こうとし、寸前に有栖が俺のことを引っ張って回避させてくれた。

 

「サンキュ!」

 

そうして、空いた一瞬でバルドルを間に入れる。久々の肉盾運用だ。

 

「ギリシャ神話のバルデルか!」

「博識だな!てかギリシャって何処⁉︎」

『昔の国だ!』

 

その稼いだ一時で、紅の檻がサマエルを包み込む。そして、その檻の隙間から放たれる剣の弾丸(ソードバレル)。なにか仕込んでたのはわかっていたが、これはなかなかにやる!

 

『花咲さん!遅れました!』

「大丈夫!生きてるから!」

 

そうして、一人になったサマエル氷川の行動は、迎撃だった。

だが、あいにくこちらにはそれを封じる手段があったりする。

 

防御を禁じる!

 

呪言の利用。これまで散々と苦しめられたそれを、今度はこちらが使う。ペルソナスティールの面目躍如だ。

 

そうして、迎撃を防御と捉えられた氷川には、発動と共に世界からの呪いが発現し襲い掛かったが

 

氷川のソレは、髪の檻と、剣の檻と、呪いの檻。その全てを消しとばしてみせた。

 

全方位に向けてのメギドラオンに似た何か。それは、大いなる力を感じさせる恐ろしいものだった。

 

だが、氷川も使いあぐねたのだろう、エミヤさんの献身によりどうにか秋葉さんだけは命をつないで見せた。

 

エミヤさんはその半身を、秋葉さんはその両足を犠牲にして。

 

「縁!回復!」

『はい!我が祈りは人の為に、メシアライザー!』

 

だが、その回復が二人に届くことはなかった。治療を阻害する呪い付きだろう。ならば!

 

『チェンジ、ソロモン!ソロモンの鍵!』

「させるものか、解呪を禁じる

「チェンジ、アーマリン!解呪を許可する!シェムハザ、治療できるか!」

『...難しいですね。これはおそらく魂への直接攻撃です。呪いを解いても失われた魂を補填するにはそれなりの設備が必要です。現状は戦闘不能と言わざるを得ませんね』

 

解呪に必要なソロモンの鍵の発動を阻害してくるか。ならば、二人の命を救う為にはいまから最速でサマエル氷川を殺す必要がある。

 

それができるコンビネーションは、ペガサスと志貴くんにはあった。ペガサスの突撃に合わせて反発(ジャンプ)の魔法陣を敷き、空間全てを利用した殺戮軌道だ。

 

だが、現状志貴くんは完全にマークされている。氷川は常に志貴くんに目を向けている為に、遠距離の飽和攻撃で潰されてしまうだろう。

 

ならば、なにかで代用するしかない。あのスピードを捉える檻を作るには、何か、何か?

 

『サマナー、私が目を盗む。その隙に終わらせる術を作り上げてくれ』

 

デオンのその言葉に、一つ思いつくものができた。

使うのは、アーリマンの能力の応用。...うん、やれる。

 

目を盗む事ができるなら、スピードの問題は解決する。

感知ができていても、一瞬抜けることができるならば

絶殺の回答が、こちらにはある。

 

「デオン、終わらせるぞ!」

「...宝具か」

 

高まっていくデオンのMAG。そうして始まる剣舞に、氷川は目を盗まれた。

 

百合の花咲く豪華絢爛(フルール・ド・リス)、デオンのただ美しい剣舞だ。

 

その目を取られた一瞬で狙ったポイントに泥を発現させ、それを見た志貴くんは全てを察して動き出してくれた。

 

使ったのはなんてことはない。志貴くんの偶像だ。肌の色をしっかりと見れば見抜かれるが、志貴くんのMAGパターンと同じ物を作り出したので感知には引っかからない。

 

そして、志貴くんにはMAGを隠す隠形の技がある。

 

目さえ誤魔化せば、あと一手の距離までは詰められる。

そこから先は、まぁ志貴くん次第だが。

 

志貴くんならやれるだろう。それだけの信頼を、俺は志貴くんに持っている。

 

そうしてデオンが奪った時間でチャージを終えた仲魔たちが、MAGを撒き散らしながら連射する。

 

緑のアテルイの弓、クー・フーリンの投げ槍、メドゥーサの電撃、シェムハザのメギドラ。そして仕込みをしたバルドルの万魔の乱舞だ。

 

それらは散らばり、さまざまな方向から氷川を襲うが、氷川はまたごく当たり前のようにその雨をくぐり抜ける。

 

...ここだ!

 

潜伏する悪意(ステルスワンプ)

 

バルドルの万魔の乱舞を殻にして、その内側に仕込んだ泥の弾丸、それが隠蓑となり、完全に回避し終わった後の氷川を襲う。

 

だが、それすらも読まれて躱された。

当たって怯んでくれればワンチャンあったというのに、全く面倒な!

 

だが、その動きは先程までの当たり前の動きではなく、焦ったような動きだった。それはつまり、完全に今のは不意を衝けたということ。

 

奴の感知は、完全ではない。だから、あと2手あれば確実に行ける。

 

「秋葉さん!エミヤさん!死にかけてるからって止まってんじゃねぇですよ!」

『勝手な、事を、言いますね!』

 

そうして、作られる紅い髪の檻。そして、放たれる妖刀の剣弾(ソードバレル)。そして、狙いすまされたトランプナイフの一投。

 

それが、全て繋がって一つの攻撃になる。サマエルは動きを止めて、防御に力を注いだ。万能タイプの魔法障壁だ。

 

が、それを発動したという事は完全に足が止まったという事。見えていたちょっと凄まじい奇襲には対応できまい。

 

そして、パスカルがウォークライと共にMAGを解放する。その体からは青い稲妻が流れているようだ。

 

そんなパスカルを、縁が拳で射出する。その動きの速さは凄まじく、氷川は対応できずにその背中の羽に食いつき、食い破った。

 

そして、それら全てがフェイントとなり、七夜志貴は走り抜ける。

 

もう不可避な時点で志貴くんに気づいた氷川は、自分からではなく世界から発動する遠隔魔法で志貴くんを牽制するが、その魔法は1発たりとも掠ることはない。

 

秋葉さんの作り上げている髪の檻が足場となり、志貴くんに回避するための力を与えてくれたのだ。

 

「まだだ!「攻撃を禁じる/許可する!」ッ⁉︎」

「あいにくと、読めてんだよ似たタイプの思考はさ!」

「花咲千尋ッ!」

 

そして、氷川はやってくる志貴くんの死を感じて、足掻くのをやめた。

 

「そうか、これが死の静寂か...」

 

その言葉を最後に、氷川は死んだ。死の点を貫かれたのだから、霊核に終わりが訪れている。

 

故に、ここに残っているのはサマエルだろうか。僅かばかりの残留思念が、ここにいる。

 

「ヒトの子よ、お前は何故ヒカワの企みを阻んだ?それ以外に道などないというのに」

「...単純な理由ですよ。受胎で救えるのは、今を生きてる人達じゃない。だから、世界が終わるその時まで諦めるつもりはありませんし、そもそも世界を終わらせるつもりもありません。...それが、那由多の果ての可能性でも、掴んでみせます」

「全く、ヒトにしておくには惜しい男よ。ならば、餞別だ。この世界はいずれ剪定される。それが故にヒカワは犠牲を払ってでも世界を繋ぐ道を選んだ。それが、この世界の終わりより早いかは知らぬが、聖杯を集め、黒点を消滅させようと戦いは終わらない。今を繋ぎたいのなら、その先も見据える事だ」

「...並行世界理論の、エネルギー限界説か...」

 

世界を繋ぐエネルギー総量は決まっており、ある期間を過ぎるまでは並行世界が生まれそれぞれ適切に運用されるが、ある期間を過ぎたらそのうち“より可能性を生まない世界”は剪定され、次の世界達のエネルギーに変換されるという理論。

 

アラカナ回廊を使って辿れていた世界に行けなくなった事がその仮説の裏付けだと論者は説いていたが、そうではないのか。

 

この世界にはもう可能性がないから、もう剪定される準備に入っているのだろうか。

それが理由なら、対策は言うだけなら簡単だ。

 

人類の進化系(ネクステージ)理論で、次のステージを開いてしまえばいい。

 

人類どころか世界の未来まで背負わなくてはならないのは辛いが、まぁどうせ出来る事もやる事も変わらない。

 

だから、頑張ろう。心だけは折れないように強く強く強く。

 

そんな事を最後に氷川のシジマの世界は消えた。

 

残ったのは学校と、6人の虚な目をした少女達。

 

そして、堕天使達が撤退したのかやってきた所長と真里亞は戻ってきていた。

 

そして、朝日が登る。

この三咲市での戦いは、ひとまず終わったようだ。




三咲編、戦闘パートは終了です。
結構難産でした。が、秋葉の髪を足場にして跳び回る志貴を書けたので悔いは多分ある誤字脱字くらいしかありません。


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次への歩み

またしても遅刻投稿。リングフィットアドベンチャーはメンタルを奪って行くのだ...


氷川を殺し、サマエルを倒した事で指揮系統は混乱。その隙に暴れん坊所長とラストエンプレスはしっかりと指揮官クラスを仕留めてくれたそうだ。今堕天使達は散り散りになって逃げている。

 

とりあえずこの街の防衛は成功した。

だが、それはこれから堕天使に守られていたこの街が解き放たれるという事で、それはこの終わりかけた世界にて餌が野放しにされるという事。

 

これから先、大変だろう。他人事のように思う。

 

「じゃあ、秋葉さん達の治療します。優先度的に後になるんで、エミヤさんはしばらく気合で頑張ってください。MAGさえあれば持ち堪えられるでしょうから」

「...全く、無茶を言う」

「じゃあ、治療に使ってる拠点に運びます。良いですね」

「...ええ、構わないわ」

「では、長距離転移魔法(トラポート)!」

 

そうして遠野屋敷地下牢へと秋葉さん達を連れて行く。

 

秋葉さんはその場所に一瞬面食らったようだが、そうなのだと理解したのか何か受け入れるように目を閉じた。

 

「カプセルの設定を対人設定に変更、MAGの流出阻止を最優先。秋葉さん、入れますね。デオン」

「ああ」

 

デオンが秋葉さんを優しく抱き上げ、カプセルの中に入れる。

 

そうしてカプセル越しにソロモンの鍵を使い呪いの解除を試す。

 

...どうやら、相当の呪いのようだ。主人を失って尚効果を保ち続けている。

 

これの解呪は、相当に手間だ。人間の体を媒介にしているから、アンリマユで台無しにしてしまうわけにはいかない。魂が汚染されてしまう。

 

仕方ない、ズルをしよう。

 

「起動、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

「...随分な物を持っているな」

「過分だと思いましたけど、託された物です。あげませんよ」

「...ああ、それが良いだろう。その短剣の主からの信頼を得たのならな」

 

そうしてカプセルの蓋を開け、呪いに向けて短剣を的確に突き刺す。この呪いは呪術的なものであるため、それを解くのにはこいつが手っ取り早い。

 

呪術とて、術の一つなのだから。

 

「はい、後は気合で治して下さいね。正直気を抜いたら死ぬレベルの損傷なんで」

「...感謝するわ、花咲千尋」

「いいですって。じゃあ、エミヤさんは別室で。カプセルはもうないんで荒療治になりますから」

「...承知した。ではマスター、くれぐれも死なないように」

「わかってるわよ、エミヤ」

 

デオンがエミヤさんを別室へと持っていく。

今回も治療はルールブレイカーを使ってさらっと行ってしまおう。

だが、エミヤさんに関しては確認しておきたいことがある。

回復の陣を組み上げながら聞いてみよう。別にそれがどうしたという訳ではないのだけれど。

 

「エミヤさん、あなたのサマナーって秋葉さんじゃないですよね」

「...まぁ、気付くか」

「はい。でも、だったらどうして秋葉さんを見捨てなかったのか?って疑問が生まれちまうんです。あなたの主は、復讐を望んでいるのに」

「...なんてことはない」

 

「彼女は、復讐を終えたら死ぬだろう。生きていく理由が消えてしまうのだからな。だから、遠野秋葉にはまだ生きていて貰わないと困るというだけだ」

「...良い人ですね、エミヤさんは」

「...買いかぶりだ」

 

そうして回復の陣の中にエミヤさんを入れて、解呪をした瞬間からありったけのMAGを注ぎ込む。

擬似的にカプセルと同様の空間を作り出す為だ。

 

その状態でMAGの流出を阻害するパッチを当てて、しばらくの間存在が消えないようにする。

これで、とりあえずは死なないだろう。後は魔石を叩きこみながらカプセルが開くのを待つだけだ。

 

「じゃあ、魔石はここに置いとくんで、自分で使って回復して下さいな」

「随分と適当な後処理だ」

「つきっきりが望みですか?」

「いや、気楽で良い」

 

念のためアラームトラップをかけて、カプセルのある部屋に戻る。

 

そこには、やはりというべきか琥珀さんがやってきていた。そりゃ、念のためここに隠れていろと言ったのだから気付くのは当然か。

 

「あ、花咲さん。エミヤさんはどうでしたか?」

「はい、なんとかしました。とはいっても霊核へのダメージデカイんで、カプセル使わないと本格的な治療は無理ですけどね」

「魔法でぱーっとは行かないんですか?」

「あいにくですけど、覚醒者の体ってMAGが本体ですから。MAGを生み出す霊核が傷ついてたら結構ヤバイんです。具体的には超痛いです。動けない訳じゃないから戦闘中の応急処置なら良いですけど、その後は傷が広がって死にますね」

「そうなんですかー」

 

などと言いながら、持ってきたお茶を皆に渡していく琥珀さん。

 

「それで琥珀、どうしてここに顔を出したの?」

「バレてしまったので、お叱りを受けようかと」

「...貴女には私に復讐する権利がある。どうこう言うつもりはないわ」

「...複雑な関係だな」

「サマナー、首を突っ込むものじゃないよ。これは二人の問題だ」

「いえ、別に構いませんよ。なんとなく、もう良いかなーって思ってたんで」

「...琥珀?」

「志貴さんに言われたんです。『リボンを無くしてごめん』って。私も忘れてた約束なのに、あの人は大切に思ってくれていた。そう思ったら、なんだかあの日々にも意味があったんじゃないかなって思えて」

 

「だから、私はちょっとだけ復讐から離れてみようかなって思えたんです。ずっと被っていたこの仮面に肉が付いているのなら、きっと今までとは違うものが見えると思いますから」

「...そんな深い意味で言ったんじゃないんだけどな」

 

そうごちる志貴くん、それに笑う琥珀さん。その笑顔はやはり仮面のようで、しかしどこか柔らかかった。

 

「というわけで秋葉様。勝手ながら本日をもってこの屋敷の使用人を辞めさせて頂きます」

「...ええ、承知したわ」

 

そう言って綺麗に一礼をする琥珀さん。なんともまぁ、不思議な関係だ。殺す事を望んでいる者と殺されても良いと思っている者、そんな関係なのに互いに互いを思っている。

 

「あ、それなら仕事頼んで良いですか?琥珀さん」

「なんですか?」

「この街に自警団作らないとヤバいので、エミヤさんの教導が欲しいです。どれだけの人が集まってくれるかはわかりませんけれど、守る為の牙を持たないと潰されるだけです」

「まぁ、何をするってビジョンもないので構いませんけど、どうして花咲さんがこの街の心配をするんですか?」

「いや、このまま去って悪魔に食い物にされたってのは後味悪いですし」

「人が良いのですね、花咲さんは」

「...それなら、俺もしばらくここに残って良いか?」

「...心配か?」

「ああ。皆には悪いけど、しばらくこの街に残りたい」

「...それなら、ちょっと施術してからな」

「千尋さん?」

「バイタル見てんだよこっちは。目の使いすぎバレてないとでも思ってんのかコラ」

「...本当にアンタはアンタだな」

「元々戦い続けてた事で脳にダメージが来てるんだ。そろそろ抑える為の道具が必要な頃だろう」

「了解、頼むよ千尋さん」

「あいよ」

 

そうして別室で志貴くんの脳へのダメージを治療する。脳の治療は精密なMAG操作が必要だが、ソロモンという最高の道具を手に入れた事でびっくりするほど簡単に施術は終了した。

 

まぁ、焼け石に水だろうが。

 

「志貴くん、眼鏡ってまだ持ってる?」

「...すまん、壊した」

「じゃあ、アイマスクか包帯くらいしかないなー。どっちが良い?」

「...包帯で頼む。花咲さんのアイマスクってあれだろ?そんなのを常に身につけてたまるか」

「えー、良いじゃん。ぱっちりお目目のアイマスク。あれ結構性能良いんだぞ」

「...まぁ、そうだろうなとは思ってた」

 

そんなわけで、包帯にソロモンの鍵を使って術式を刻み付けていく。ちょっとこの術の便利さがヤバいが、便利なので気にしないでおく。

 

志貴くんのデータはもうあるので、それに対応する魔眼殺しと、包帯をつけたままでも周囲を認識できるように透過の術式を練り込んでいく。

 

うん、突貫工事にしてはなかなかの物ができた。

 

「志貴くん、テスト」

「...本当に凄いな、大分楽になる」

「って事は、ちょっとは見えてる?」

「ああ、少しな」

「じゃあ、もうちょい干渉を強くするか?」

「いや、このくらいが良い。包帯を取らなくてもある程度はやれるから」

「...うーん、凝り性な身としては完璧に見えないようにしてやりたいんだけどなぁ...」

「まだ良いよ。ただ、グレイルウォーが終わって世界がどうにかなったら、本当にちゃんとした奴を頼むな」

「はいよ、友達価格で安くしてやるからな」

「なら、マッカはちゃんと稼がないとな」

 

そうして、包帯マンとなった志貴くんを連れて秋葉さんの元へと向かう。聖杯のカケラのありかを吐いて貰わないといけないのだから。

 

「さて、秋葉さん気分はどうだい?」

「...兄さんに何をしたの?」

「治療だよ治療。志貴くんの目を抑える為のな」

「そう、なら良いわ」

「じゃあ、秋葉さん。聖杯のカケラはどこだ?防衛に戦力を割かなかったことから、ありかは察しているけど」

「...ええ、聖杯は有栖の中よ」

「なら、抜かせて貰う。受胎術式は降ろす悪魔のデータがないからもう使い物にならないからな。構わないか?」

「...ええ、構わないわ。他人に聖杯のカケラを譲るつもりはないけれど、兄さんの友人なら、そう不安になることもないでしょう」

「あいよ。...よし、霊核の修復は8割完了、後は自然治癒で治せる。デオン、エミヤさんを持ってきてくれ」

「了解だ、サマナー...しかし、持ってくるとは酷い言い方ではないかい?」

「事実だろうが」

「まぁそうなのだけどね」

 

そうしてエミヤさんの治療も無事終わり、無事に聖杯のありかも聞き出せた。

 

ひとまず、勝ちと言って良いだろう。

 

さて、次は交渉の繋ぎ役をやらなくては。

 


 

「というわけで、聖杯は回収してきたぜ。これで4つだ」

「堕天使の目論見を潰せたのは大きいな。これであちらも遡月へと赴いて来ざるを得なくなる」

「遡月の街を戦場にはしたくないんだが、まぁ攻めて来るよなぁ普通。あー、説得の通じる相手であって欲しいな畜生」

「その前に、私が奪うがな」

「やらせねぇよ。...ってそんな話じゃなかった。大厄災前の暮らし保ってた三咲って街がある。そこに物資の援助をして欲しい」

「リターンは?」

「俺からは特に、この街の大将はパソコンの前にいるから、そっちで交渉してくれ。一応言っとくけど、秋葉さんこっちが引くくらい強いぞ」

「ふむ...遠野の混血か。確かに交渉次第では使えそうだ」

「じゃあ、話は終わりな」

「待て、補給物資は必要ではないのか?」

「ボーナスがあってね、とりあえずまだ必要はないんだよ」

「...いや、必要だ。これから君たちはターミナルを求めて新潟に行くのだろう?ならば、コレは必要だと思うがね」

 

そうして中島が示すのは、教典だった。確かに、それは必要だろう。なにせ、新潟はメシア教の本山なのだから。

 

だが、忘れてしまいたい事だがそれは今回は必要ないのだ。なにせ...

 

「ウチの所長の前職、忘れてないです?」

「...あれは誤記ではなかったのか...」

 

あの人メシアン時代の装備をメンテして使い続けているので、何気に教典とかも持ったままなのだ(ストレージの肥やしになってるともいう)

 

「じゃ、そういう訳で。吉報を期待していてくれよ。お前にとってもそっちの方が得なんだから」

「...仕方ない、こちらから出させて貰う。術式を解析させてもらいたい。対価として、ソーマを提供しよう」

「...随分と羽振りが良いな。何が狙いだ?」

「氷川の受胎術式だ。あれを応用すればより少ないエネルギーで私の目的を果たせるかもしれない」

「じゃあこっちからも条件だ。受胎術式に使う女神の召喚プログラムを渡してくれ」

「...君が興味を持つとは思わなかったな」

「こっちは人類の進化系(ネクステージ)に全部賭けてるつもりだけど、それが失敗した時の保険は用意したきたいんだよ。そうしたら、生き残った連中の中に次の手段を取ってくれる奴が現れるかもしれない」

「...利他的だな」

「いや、死にたくないから足掻いてんだよ。それのどこが利他的だ?」

「まぁ、そう思っているならそれで良いさ。術式のデータを」

「はいよ」

 

そうして術式データを渡して、意識を裏サマナーネットから引き戻す。

 

パソコンの画面には、『交渉を承諾した』と出てきた。

 

「じゃ、秋葉さん頑張ってね。部外者がいると言えない事もあるだろうから、俺はターミナルの様子見て来るよ」

「...本当に、何から何までありがとうございます」

「良いの良いの。秋葉さんは同僚の前世の妹だからねー」

 

そうして、遠野ビルの地下に設置されたターミナルを見に行く。

どうにも長野の聖杯を奪うついでに、ターミナルを根こそぎ奪い取ってきたらしいのだ。だが、今まで技術者が居なかった為に設置できていなかったとの事だ。

 

それを設置したのが俺だ。理由は、志貴くんの遡月への帰還のため。

 

とはいってもターミナルが起動するまでにかかる時間は膨大だ。このスピードでは2〜3ヶ月はかかるだろう。それまでの長い間この三咲に留まっておくのは無駄なので、ここから行ける範囲にある新潟へと赴くのだ。

 

戦力低下は惜しいが、それは志貴くんが選んだ道だ。強制する権利は誰にもない。

 

そんな事を考えながら、ターミナルの起動シークエンスに間違いがないかを見ていると、背後に気配を感じる。隣のデオンが警戒をしていないことから、琥珀さん辺りだろうか?

 

「なにか御用ですか?」

「...一つ、確認をしに来た」

「エミヤさん?」

「お前の言う、遡月士郎という男は何者だ?」

「魂を造魔に移しても大切な家族を守る為に戦い続けたスーパーマンですね」

「...では、楽園戦争時代から生きているのか?そいつは」

「...ずっとスリープモードで結界の守護者をやってたんで生きてるかってのは微妙ですけれど、確かにそうですね。楽園戦争時代からずっと妹さんを守っていたっぽいです」

「...ならば、間違いはないな。花咲千尋、そいつには心を許すな。そいつの心は壊れている」

「まぁ、知ってます」

 

「けど、壊れててもあの人はちゃんとしてます。ほかの人と繋がって、大切な人の幸せを願って生きてます。だから、俺は士郎さんを信じます」

「...そうか、それならば今の言葉は余計だったようだな」

「いえいえ、忠告はしっかり受け止めさせて頂きます。ありがとうございました」

 

その言葉を最後にエミヤさんは霊体化した。気恥ずかしかったのだろうか?

 


 

それから数日が経った。ターミナルの起動シークエンスは手作業が必要な部分は完了した。あとは並行世界からMAGを集めて勝手に起動する。

 

住民達の中には堕天使に襲われた者やそれを見た者達が居て、彼らは戦う為に武器を取る事を選んでくれた。それは蛮勇なのかも知れないが、彼らが種火になっていずれ大きな力になってくれるだろう。

 

というわけで、別れの日だ。

 

「じゃあ、色々頑張って下さいね、秋葉さん」

「あなたもね」

 

「有栖ちゃん、妹ちゃん達の面倒ちゃんと見るんだよ!」

「なんであなたそんなに気休いのよ!面倒は見るけど!」

 

なんだか縁と有栖が妙に仲良くなったのが、不思議といえば不思議だ。同族意識という奴だったりするのだろうか?

 

ちなみに妹さん達とは、氷川に作られた6人の有栖の複製体達だ。徐々に自我を獲得してそれぞれ個性の片鱗を見せ始めていたりしている。たった3日だというのに、凄まじいものだ。

 

「じゃあ、また」

「ああ。またな、志貴くん」

 

そう言って握手をして皆と共に車に乗る。ファントムの資材の中にあった黒塗りのバンだ。

 

瓦礫だらけの悪路を走ることになるので助手席には自分が、運転席にはデオンが座っている。後ろは真里亞と所長、縁とパスカルという席順になっているが、パスカルにシートベルトをどうつければ良いのかわからないのがちょっと不安だ。ロケットランチャーでも叩き込まれなければそうそう事故る事はない性能をしているのだけれど。

 

振り返らないで、車を走らせる。高速道路は車だったものの残骸で大変だが、まぁ無駄にMAGを消費するよりはマシだろう。

 

とはいっても高速に乗るまでに反発(ジャンプ)の術式で空を走ってショートカットしたのだが、それはそれ。いちいち回り道などしていられるか。

 

「...酷いね。血の跡が固まって悪趣味なアートになっているようだ」

「...こりゃ、立て直した後の政府は大変だな、真里亞」

「ええ、ですがやらなくてはなりません」

 

そうして行くと、ある所から急に残骸がなくなっていった。

誰かが、撤去してくれたのだろうか?

 

うん、メシアンだな。間違いない。

 

どこかに進軍する為に、道路の整備をしているのだろう。

 

そうしていると、目の前で簡単な検問が敷かれていた。

 

「こんにちは、こんな世界でも敬虔な信徒である事を誇りに思います」

「あー、そういうのは良いよ。俺は雇われだからな。それよりお前、どっから来た?」

「ちょっと長野の三咲って所から。堕天使の支配がなくなって大変でさ。やりたい事もあるんでね」

「堕天使の支配が消えた⁉︎本当か!」

「ああ、本当だよ。遠野の当主様達が堕天使を操っていたサマナーを倒したんだってさ」

「そうかそうか!タニグチ、この人達を司祭のとこまで案内しな!これで南進できるぞ!」

「はいっす!では、こちらについて来て下さい!」

 

そうして案内の元導かれたのは城塞都市。幾たびも悪魔の襲撃があったのか、細かい所に補修の跡が見える。

 

「タニグチ、どうした!」

「この人ら、三咲から来た人なんすよ!先輩がこの人らを司祭様の所まで連れてくようにって!南進いけるかもしれないっすよ!」

「...そいつは凄えな!堕天使から逃げ延びたのか⁉︎」

「いえ、遠野の当主様達がやってくれたんですよ」

「... って事は、本当に南進行けるかもしれねぇな!良く連れてきたタニグチ!」

「はいっす!」

 

「それでは、サマナーの所まで彼らを案内すれば良いのですね?私が行きましょう」

 

そうして振り返った先には、金髪の綺麗な人がいた。

縁を初めて見た時に感じたものと同じ感覚だ。

 

あれは、聖女なのだろうか?

 

「よろしくお願いします。俺は花咲千尋、この一団の...指揮役をやってます」

「そこはリーダーではないのですか?」

「はい、俺より偉い人も強い人もいるんで」

「では、私も自己紹介を。ジャンヌ、ジャンヌ・ダルクと申します」

 

メシアンの街で長い付き合いになるそのアウタースピリッツは、デオンが驚くほどの有名人だったようだ。

 


 

「サマナー、三咲から来た方々を連れてきました」

「ありがとうございます聖女様。では、下がっていて下さい。外壁の補修をやると自分で言い出したのですから、やり遂げなくてはなりませんよ」

「はい、少しでも皆さんの力になる為に頑張らせて頂きます」

 

そうして去っていくジャンヌさん。働き者だ。

 

「それで、どうしてあなたが三咲から来たのですか?バルドルのサマナー」

「むしろお前はなんで司祭になんかなってんだよ鉄砲玉。いや名前知らないからそう言ってるだけなんだけどさ」

「ミハエル・ヤジマだ。お前は?」

「花咲千尋、こっちはデオン」

「神野縁です」

「...真里亞と申します」

「浅田彼方よ、よろしくミハエルくん」

「浅田彼方...まさか、100人斬りの!」

「んー、もうちょっと多かったと思うよ」

 

マジか...と空気が固まる。いや、こういう人なんです所長は。

 

「なんにせよ、心強い。あなたがメシアに戻れるように天使さまに掛け合いましょう。あなたがメシアを追われた理由はどう考えても不当だ」

「そんなのは別に良いんだけどね。今更な話だし」

「それは残念です。が、この街に来た以上働いて貰いますよ」

「構わないよ、私は雇われのバスターだし」

「では、食事にしよう。この方々の分も食事を持ってきてくれ」

「ハッ!」

 

そうして自分たちは食事に招かれることとなった。

 

この街の地獄を見る、その晩餐へと。

 


 

「縁、話がある」

 

千尋さんから話を持ちかけられたのは、氷川を倒して2日後の夜。どうやら、受胎術式の解析が完了したのでその詳細を私に伝えに来たのだとか。

 

「それを、どうして私に?」

「お前には聖杯のカケラを取り込めるだけのキャパシティがある。受胎術式を起動させられるだけの性質もある。そして、核になる女神アラディアとの相性も良い。だから、本当に最悪の状況になった時に人類を絶滅から救えるのは、お前だけだ。今、お前のCOMPに術式のデータを送った。カケラが4つあれば、場所を選ばずに行ける。それだけは、覚えておいてくれ」

「...受胎って、結局何が起きるんですか?」

「...世界を殺して、範囲内にいた奴以外の全てをMAGに変換する。そしてそのあとで内部でコトワリと呼ばれる新しい世界の形を定義させる...ってんだけど、それに耐えられるのは人間の魂を持ってる奴だけだ。だから、お前と内田と転生者くらいしか生きていられない。本当の本当に最後の手段だ」

「...私は、使うつもりはありませんよ」

「俺だって使わせるつもりはねぇよ。死にたくねぇし。けど...」

 

「俺が失敗した時にも誰かには生きていて欲しいし、縁にはもっと生きていて欲しい。ぶっちゃけそれだけだ」

 

そんな事を言わないで欲しい。そう言ってしまうのは簡単だったが、やめた。それを伝えると、千尋さんはきっと背負いこんででしまうから。やっと見つけた千尋さんの逃げ道を、閉ざしてはいけない。

 

この人の心は強いけれど、無敵というわけではないのだから。

 

だから、今もきっと悩んで、苦しんでいる。この状況を受け入れるかどうかを。

 

このメシアの街は、とても上手く回っている。顔無し達は()()()()()()事で悪魔化する危険性をなくして、顔付きたちに尽くしている。

顔付きも、力を得る為に進んで力を得る為に()()()()()()()()()()

 

それは、アートマという印を刻む処理、それをすると専用の食料しか食べられなくなる代わりに悪魔に等しい力を簡単に手に入れる事ができる。

 

そう、教会の人達は言っていた。

 

そして、その食べているものの正体を知っているのは少ない。千尋さんと、所長さんと、私くらい。

 

彼らは男女の交わりにて宿るそれを、食料にしているのだ。

 

それは、人として産まれる筈だったものたち。

 

それを見てミハエルを殴り飛ばさなかったのは、少し大人になったからだろう。

 

このメシア教の治める地獄をなんとかしなくてはならない。それは、きっと変わらない私達の戦う理由。

 

グレイルウォー第5戦は、ここに静かに幕を開けた。




定時更新は難しい。そして、どこまで描写して良いのか分からないのがヤバイです。

ちなみにR18クッキングの仕方は、受精卵を取り出してMAGをぶち込んで膨らませる感じです。慣れてない人は焼いたりするけど、通な人は生で食べるヨ!

なんでこんな設定考えついたんだろ、俺


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聖女ジャンヌと少女キョウカ

36時間遅れです、やらかしたー。

YCSJの準備とかで執筆時間が取れてなかったんですよねー。まぁ結果は2連敗とかいうクソ雑魚ナメクジでしたが。


メシアンの街に来て、2日。この街は異変開始時から即座に対応を始めた為に、ヤタガラスは民主的に弾圧されて消滅し、ガイアは物理的に消滅しているという事がわかった。

 

堕天使を呼んでいた氷川のプランに便乗したのか利用したのかそれとも組んでいたのかは不明だが、関係がないというわけではないだろう。でなければ、異変の後に即応できる筈がない。

 

とはいえ氷川はもう故人。流石にここから第二第三の氷川が!...とはならないだろう...とはいえないのがこの魔境である。だってちょっと知識のあるだけの自分がそこそこに強くなってしまっているのだし(耐久面以外)

 

氷川から盗んだペルソナ、アーリマンの性能はソロモンより多少攻撃力というか泥の操作性能は高くなったが、切り札の呪術の性能に反して、耐久面はソロモンとどっこいかそれ以下なのだ。相変わらず霊核に掠ったら即死なスペランカーモードとかなー。

 

まぁ、基本は前に出るタイプではないから仕方ないのだけど。

 

さて、とりあえずは現状の再確認。

 

現在俺たちは、ネットワークが断たれている事を悪用し、司祭としての知識を持っている所長を中心に纏まっているメシアンの流れ者としてこの街に滞在させて貰っている。所長がカオスの権化だと知っているのは、ヤジマだけだろう。あの腐れイケメンはこの街での()()の最高権力者だが、リスクとリターンを考えた結果受け入れる事にしたのだとか。

 

その目的は、言わずもがなという奴だろう。

 

そんなわけで、今日も今日とてメシアでの仕事だ。警戒網や結界は敷いているが、やはりゲートパワーは高い為に強力な悪魔が街の外縁部に発生することが多いのだ。このあたりは高位天使が存在しているが故のことだろう。

 

ある程度自由に動ける信用を得る為に、カードだって切らせて貰った。もはや生命転換回復魔法(リカームドラ)要員である、ドミニオンの召喚である。

 

天使を仲魔としているというのは好感度が高いようだ。作り方はアレだったのは気にしない方向で。

 

 

だが、やはり完全に上手くはいかないものだ。顔無しでかつ悪魔召喚士である自分は今のメシアンの中ではやはり異端であり、隔離される異物だった。

 

その為、自分は判断保留とされ、監視を置かれながら戦力として扱われている訳である。

 

とはいえ、こんなことを考えられるくらいには、ほどほどの任務なのだが。

 

具体的には、監視に付いている彼女が強すぎて自分はクー・フーリンの強化に集中するだけで十分終わる程度の任務だ。楽で良いね。

 

「お疲れ様です、千尋さん」

「お疲れ様ですジャンヌさん。やっぱジャンヌさんの支援は強いですね。未来予知の技能ですか?」

「...はい、そのようなものです。ですが、私の啓示にこんなに早く適応したのは千尋さん達が初めてですよ」

「いえ、まだ適応はしてはいませんよ。動きながら理由を考えてるだけです。頭の回転は早い方がなんで」

「そうなのですか...それは少し羨ましいですね。私はさほど頭が良いというわけではありませんでしたから」

「でも、ジャンヌさんは良いんですか?自分みたいな一番怪しいのの監視って事になっても」

「はい。今の教会には余剰戦力はありませんが、かといってあなたを無条件で自由にさせてしまうというのも面子が立たないそうなので、私の監視下できちんと働いたという証拠が欲しいのです。...まぁ、花咲さんはこの街に害を為す人ではないと分かっているのですが...」

「デビルサマナーってのはやっぱ異端ですからねー。平気で悪魔使うメシアンもいましたけれど」

「...ところでデオンさん、どうしてそこまで緊張しているのでしょうか?」

 

そうして、俺のカバーに回ってくれていたデオンに話が振られる。

デオンは、珍しく緊張していた。というか、萎縮していた。

 

そんなにこのジャンヌダルクという方は凄い人なのだろうか?歴史が途切れた現代人の身ではさほどピンとこないのだけれど。

 

「申し訳ありません、聖女様。生前よりあなたの話を聞いて育った為に、雲の上の方よように思えてしまうのです」

「...そういえば、今は私が上官でしたよね」

「...はい」

「では、デオンさん。私のことは是非ジャンヌとお呼び下さい。異界に蘇ってしまったとはいえ、同郷の方と話ができるのは嬉しいのです。...私が死んだ後のフランスの事も聞きたかったですから」

「...わかりました、ジャンヌ様。私の知る限りの全てを話しましょう」

 

そうしてデオンの巧みな話術により話されるフランスの事。それはデオンの生きてきた僅かな歴史の事でしかなかったが、鮮明に思い描くことが出来た。

 

そういえば、フランスの事を聞くのはこれが初めてだったかもしれない。

が、話に集中して当初の目的である警戒区域における悪魔のサーチアンドデストロイを疎かにしては本末転倒だ。話はほどほどに聞きながら、しっかりと探査をするしよう。

 


 

そうしてこの警戒区域を探査していると、人間の反応があった。さて、どうしたものか。悪魔なら迷う事はないのだが、生憎こちらは監視付きだ。勝手な真似はできない。

 

ので、もう一枚手札を切ろう。正直見せたくはなかったが、仕方がない。アクションを起こさないというのも何か違うのだし。

 

「サモン、カプソ」

「うん?サマナー何の用かな?今レトロゲームやってて忙しかったんだけれど」

「何やってたん?」

「真・魔界村」

「...よくアレに立ち向かえたな。セーブできないからしんどいんだよなー」

「うん、二週目回れって言われた時はぶっ殺してやろうかこの女って思ったよ。まぁ、残機もなくなるとこだったし丁度いいのかな?」

「じゃ、とりあえずポーズかけとくわ。幸いスーファミゲームの容量なんてカスみたいなもんだし、仕事が終わったら再開して良いぞ」

「んで、命令はなんだい?」

「今送った座標に行ってくれるか?一応白旗持って」

「白旗?地上から一人残らず殲滅するの?」

「バッフ・クランの常識を語るな。てかイデオン見てたのかい」

「面白かったよねーアレ。でも、なんであんなの持ってたの?」

「悪魔との交渉には案外サブカルが効くって昔サマナーネットで聞いてなー。とりあえず無料であった過去のアニメーション映画を拾ってみただけだよ。...まぁ、事務所のパソコンにはアニメ版全部保存してあるけど」

「嘘、帰ったら見せてよ」

「仕事終わったらなー」

 

そうしてカプソを送り出す。そんな様子を不思議に思っていたジャンヌさんと、また何かやったのかコイツ?という目で見ているデオンが対照的でちょっと面白かった。

 

「それでサマナー、何があったんだい?」

「妙な反応があったから偵察に行かせた。けど、まぁ戦いにはならないだろうよ」

「...悪魔ですか?」

「それを確かめるための偵察です。悪魔なら殺すってオーダーですよ?」

「それもそうですね。では、私たちは?」

「このまま事前に決めたルートを回っていきましょう。無駄な体力使って悪魔に殺された!じゃ本末転倒ですしね。無理せず、しかし手を抜かずって感じで」

「はい、わかりました。...花咲さんは優秀な指揮官なのですね」

「必要に迫られてやってたらなんか向いてたみたいです」

「珍しいね、サマナーがそこで謙遜をしないなんて」

「そういう気分の時もあるっての」

「気分なのか」

「それよか、フランスについて聞かせてくれよ。結構面白いんだ、俺にとっても」

 

そんな言葉を聞いて、ジャンヌさんは柔らかく笑みを浮かべた。

 

「仲が良いのですね、お二人は」

「まぁ、濃い時間を過ごしてきましたからね」

「本当にね」

 

そんな和やかな会話をしながら、ゆっくりと警戒しつつ歩みを進める。

 

そうして時折現れる悪魔を最小のコストで討伐しながら進んでいくと、カプソが例の人間の所に辿り着けたようだ。

ただ、入り口らしき入り口はなく、完全に隠し部屋のようだ。

 

『通気ダクトはどうだ?』

『網と、フィルターかな?そんなのでガッチリ固められてる。無理だね』

『じゃあ、声だけ出してくれ。なんか反応あるかもしれないし』

 

そうして、意識をカプソの方に集中させる。

 


 

「こちら、流れの悪魔召喚士花咲千尋!偶然そちらを発見した為に情報交換を求める!メシアの街から逃げない理由を聞きたい!」

 

ひぃ!っと声が聞こえる。驚かせてしまったようだ。

 

「わた、わたしはキョウカっす!外はどうなってるっすか!私、父さんにここに入れられて、でも出方は分からなくて!」

「...救助を求めるって解釈でいいか?」

「はいっす!」

「じゃあ、帰りに拾っていくから、もうしばらくそこに居てくれ!周囲の安全を確保したら迎えに来る!それまではコイツとおしゃべりしててくれや!」

 

「というわけで、カプソだよー。よろしくねー」

「...はい、よろしくお願いします、カプソさん!」

 

そんな会話の後に意識を戻す。さて、要救助者のことをどう説明するべきか...

 


 

「...はい!私はキョウカと申します!助けていただいて本当にありがとうございましたっす!」

「何、構わないよ。サマナーは十中八九罠だろうと思っていたのがまさか本当だったとかそういう話だろうからね」

「...まぁ、だいたい合ってるけどさ、それでも助かって良かったよ。...まぁ、部屋の開け方は分からなくて穴開けたのは悪いと思ったけどさ」

「それより、この部屋はキョウカさんのお父様が作られたと聞きました。名前を教えていただいてもよろしいですか?」

「父の名前は、シンと言います。ご存知ですか?」

「...サマナーネットで名前を見た事はないな。ジャンヌさん、避難民にそういう人は居ましたか?」

「いえ、私に心当たりはありませんね。アートマを刻む施術院なら記録が残っているかもしれません。帰ったら調べてみますね。...とはいえ、2年間もどうやって生き延びていたのですか?」

「えっと、パソコンのストレージって所に食事や水がいっぱいあったんです。あとは...ゲームとかずっとやってました」

「うん。...よく頑張ったな」

「...はい」

「うし、湿っぽいのは終わり!荷造りしちまおうぜ。服とかは...俺が立ち会ったらあかんやつだな。デオン、手伝ってやれ。俺は内部の機械の点検とかやってるわ。つーか発電機とか龍脈利用してねぇんじゃねぇか?どんだけブルジョワだよシンさんとやらは」

「普通のウチだったと思うんですけどねー...」

 

なんて会話をしながら様々なデータをパソコンを操作して見ていく。

 

どうやら、この部屋は完全なスタンドアローン状態であったようだ。メギドでくり抜いた壁の材質から考えて、MAGステルス機能持ちのコンポジットマテリアル。事務所の金庫と同じ材質だ。

 

だから、この部屋の。正確にはユニットバスを含めたこの2部屋の中で完全に完結していたのだ。その動力は溜め込まれた莫大な過ぎるMAG。あと2年は暮らしていけただろう。なんだこれ。総工費で兆とか動いてたんじゃないか?

 

「あ、そういえばカプソさんはどうしたんっすか?まだ見えませんけれど」

「あー、あいつ?今優しすぎるラスボスに爆笑してる」

「...まさかのゲーム中っすか⁉︎」

「ま、そんな訳だからちょっと待ってな」

 

なんかぐだぐだっとしつつも、キョウカさんの荷造りを終えて部屋を出る。そして、念のため部屋の壁を戻してストレージに入っている生コンクリで穴を埋めておく。悪魔にでも荒らされたら大変だからという理由と、ぶっちゃけここを第二の拠点にできたらなーという下心からである。まぁ、使わないに越した事はないのだけれど。

 

「じゃあ、帰ろうか。デオンはキョウカさんの護衛をメインに。俺はクー・フーリンを中心に、状況が不味かったら仲魔で対処する。ジャンヌさんは啓示での奇襲警戒を基本にして下さいな」

「...なかなか手札は見せてくれないのですね」

「まぁ、ヤジマとは殺し合った仲ですからね。全部信用してどうこう!っては思えないですよ流石に」

「...なんか花さん達の会話が殺伐としすぎてるんすけど、大丈夫なんすか?」

「ああ、大丈夫だ。サマナーはいざという時に切るカードを間違えない男だよ」

「...いざという時が来ないように立ち回るのが一番なんだけどなー」

「それは仕方がないのでは?あなたは優しい人のようですから」

「損をするタイプってか?知ってるよ畜生」

 

そんな悪態を吐くと、ジャンヌさんはなんだか優しい目で笑っていた。

もう会えない、誰かを思い浮かべているように。

 

「では、帰りま...花咲さん、敵です」

「サモン、クー・フーリン。ジャンヌさん、どっちから...ってのは見えました。クー・フーリン、北からだ。妖鳥の群れ、タイプはスパルナだな」

「人が出てきた⁉︎なんなんっすかコレ!」

「ヒトじゃねぇよ、悪魔だ悪魔。サマナー、連中は確か衝撃魔法効かねぇんだよな。援護がねぇとちと時間かかるぜ」

「そうか、なら増援だ。サモン、ドミニオン。強化した冥界波で一掃する。クー・フーリンは遊撃、ジャンヌさんは防衛で」

「また増えたぁ⁉︎」

 

そんな感じに新鮮なリアクションがびっくりだ。この世界にはまだこんなにスレていない子がいたのだなー。

 

「キキッ!ニンゲン、ニンゲン!餌だぁ!」

「まぁ、餌なのはお前らだけれどな。高濃度のMAGを抱え込んでいても所詮はミドルクラス程度!」

 

なんかおかしな事を言ったような気がするが、気にしない。

感覚が麻痺してるなーとは思うけれども。

 

そうして、クー・フーリンの大立ち回りと、ジャンヌさんの鉄壁の防御。そして、強化を重ねたドミニオンの冥界波により妖鳥スパルナの群れは殲滅できた。まぁ、MAGを溜め込めても出力もコントロールもおざなりなのだから当然ではあるのだが。

 

そんなものを異世界の風景を見ているかのようにぽやーんと見ていたキョウカさんは、平和だった頃の事を思い出させるなーと思う。

 

だが、平和な世界の常識のままでは生き残れる世界ではなくなっている。出来る限りのことを教えなくてはならないだろう。

 

それが、助けたなりの責任という奴だ。

 


 

「とまぁ、現在のこの世界の状況はこんなもんだ。だけど、メシア教の支配地域に居られたのは幸運だったよ。あそこは一応“人間を守る”って大義が残ってるからな」

「...薄々分かってたっすけど、終わってんですねこの世界」

 

「「終わって ねぇ/ません よ」」

 

不思議と、声が重なる。それはジャンヌさんの心のこもった声だった。

 

 

「キョウカさん、あなたは生きています。他にも生きている人たちは多く居ます。だから、世界はまだ続いているのです。世界は、人が織りなすものなのですから」

「それに、この世界はまだ続いてる。だから、現状もどうにかするよ。とりあえず世界は延命させるし、その先で生きていく術も確立させる。これでも俺は、ちょっと凄い魔術師なんだぜ?」

 

そんな言葉を言ってから、ジャンヌさんと目を合わせて苦笑する。やはり、意外と噛み合うようだ、この人とは。

 

「...なんか、凄いですね」

「まぁ、慣れてんだよ。...いや、慣れたくはなかったけどさ」

 

そんなことを話していると、門が見えてきた。

門番達は警戒態勢を取っていたが、ジャンヌさんの姿を見るとあからさまにほっとしているのがわかる。

 

流石、聖女と言った所だろう。

 

「ただいま帰りました。何か変わりはありませんでしたか?」

「はい!異常無しでありました!」

「それなら良かった。では、私たちはこれで。交代まではあと1時間ほどですが、気を抜かず、かといって気負い過ぎずに頑張って下さいね」

「はい!」

 

そんな話をしながら街の中に入る。

 

その後は、キョウカさんに施術をする為に施術院に通す事になる為に俺は外縁部でジャンヌさんと別れる。

 

内地に入る許可はまだ与えられていないのだ。面倒な決まり事だなー。

まぁそのおかげでこの街の姿はよく見えているのだが。

 

「じゃあデオン、宿に戻るか」

「そうだね。明日もまた任務だ。1日でも早く信用を得る為に頑張ろうか」

 

そう言って、街の宿。どう見ても元ラブホテルだったそこに入る。

 

どうやら今日もお盛んのようだ。薄い壁から喘ぎ声が聞こえる。今日のお隣さんは随分なテクニシャンのようだ。女性の声が喜びに満ちているのを感じる。

 

「あー、エロテクニシャンとか人生楽しんでんだろうなー畜生」

「サマナー、なんなら手管を教えようかい?」

「やめておく。なんか俺ばっか開発されて快楽堕ちしそうだし」

「...そんな風に見られていたのかい?私は」

「いや、適当言った」

「今日は随分と気を抜いているね」

「ま、出来ることはここ二日で終わらせちまったからな。ターミナルがあるのは内地だ。内地の調査は結界の関係で外からは無理。許可待ちだなー。...久々に内職でもするか」

「今日は何を作るんだい?」

「メディラマストーン。ここの連中はアートマのおかげで素の能力は強いけど、経験はそんなでもないからな。回復アイテムは需要あるだろうよ」

「なるほど」

 

そうしていると、ふと妙なMAGを感じた。

この街の人々とは違う、強力で凶々しいMAGだ。

 

「デオン、出るぞ」

「了解だ。しかし、内地への侵入は禁じられているのだろう?どうするんだい?」

「外から見る。出来ることはないだろうけど、何もしないのは多分違うからな」

 

そうして内地を守る二段目の城壁のちょっと外へと駆けて、反発《ジャンプ》の術式で足場を作り城壁の上から内地を見る。

 

どうやら、内地に悪魔が出てきたようだ。

 

白い体に赤いライン、腕に二本のブレードを携えた鬼のような姿。しかし、その姿にはどこか女性的なものを感じる。

 

...このハイエストクラスの天使が支配する街で勝手に悪魔が現れた可能性は、まぁ低いだろう。つまり人為的なもの。

 

だが、周りの人達に危害を加えようとする時に、ギリギリで動きを止めている。テロではないようだ。ならなんだろうか?

 

...まぁ、そんなものは解剖して拷問して調べていけばいいだろう。

 

そんなわけで、MAG欠乏症っぽいその悪魔に対してMAGの道を作る。

それの匂いに惹きつけられて、その悪魔は一度の跳躍で城壁を越えて来た。これは街の中でやり合うには面倒が多いだろう。被害者が出たら大変だ。

 

「サモン、ペガサス!アンド...縛鎖!こっちだ白悪魔!」

 

ペガサスに乗ることで白いのの攻撃から逃れ、ついでに逃がさないように鎖を絡める。奴には飛行能力がない為に、これならば安全に外まで連れて行けるだろう。

 

だが、あの白鬼はブレス系の攻撃が使えるようだ。上手く両腕を縛った為に鎖が斬り裂かれるという事はないだろうが、込められたMAGの量からいってかなりの威力だ。

 

だが、こういう時は便利な盾が自分にはある。

 

放たれるアクアブレスとそれを受け止める為に召喚したバルドルが衝突する。

 

「デオン、鎖を離すな!」

「分かっている!」

「俺には何も無しかクソサマナー!」

「なんか頑張れ!」

「適当か!」

 

そんな会話をしながらも走り続けてくれたペガサスのおかげで、どうにか外城壁を越えられた。ここからが戦いの始まりだ。

 

「ペガサス、上空で加速しててくれ!サモン、ドミニオン!デオンを中心に近接でアナライズ完了まで粘れ!そこから先はノリで動く!」

「了解だ!」

 

駆けるデオンと、鎖を破壊した白鬼。その二人の剣がぶつかり合う。

 

白鬼はブレードを力任せに振るっていたが、デオンにはそれは通じない。だが、デオンの剣は力場を抜いてはいるものの硬い皮膚に弾かれて致命傷には至らない。

 

そして、恐るべきはその獣性だ。完全にタガの外れたコイツは両腕のブレードだけでなく噛みつきでの攻撃すら行い始めている。なんとも食欲に忠実な奴だ。

 

「デオン、どうだ⁉︎」

「殺すならどうとでも!だかそれが目的ではないのだろう!」

「...しゃーなし、飯を食わせるか!展開、無尽俵!お米を食らえぇ!」

 

⁉︎って感じの反応でデオンを喰らおうと開いた大口に米をぶち込む。これなら食欲とMAG欠乏も同時にどうにか出来ると踏んだからだ。

 

だが、コイツはその米を受け付けないようだ。なんとか食べていた分も吐き出してしまっている。

 

「ハァ、ハァ...ここは?」

「街の外縁部。残念だったな、街の中に入れなくて」

「待って、下さい、花咲さん...なんか、お腹空いちゃって」

「米吐いたじゃねぇかお前...つーか、お前どうしたよ。随分なイメチェンだな、キョウカ」

「...サマナー、あの食事はどうだろうか?私たちは食していなかったが、高密度のMAGなのだろう?アレは」

「ま、ストレージの肥やしにするよかマシか。...もう、育てることはできないもんな」

 

そうして、暴れ始めるその白鬼キョウカの口にデオンが食事をたたき込む。

 

それを咀嚼すると、ようやく飢えが収まったのか悪魔の姿から人の姿へと戻っていった。

 

「んで、どうしたん?」

「...サマナー、移動しながらの方が良さそうだ。外に連れ出したのは見られているのだから、追手が来かねない」

「だな。キョウカ、とりあえず適当な所に隠れるぞ」

「...わかんないっすよ!何がなんなんすか!私の体があんな化け物になって!人を、食べたいって思っちゃって!意味わかんないっす!こんなんなら、私はあそこで一人で暮らしてた方がマシだったっすよ!」

「...それでも選んだのはお前だ。だから、後悔はしてもいい。けど、前を見ないで蹲るのだけはやめてくれ。それは、何にもならないから」

 

その言葉に、ひとまず納得したのかキョウカは黙った。

 

動くのは辛そうなので、デオンに抱きかかえさせてまだ形を保っているデパートへと滑り込む。

 

戦闘エリアには消滅パターンに似た波形を起こす術式は置いておいたので、まぁ誤魔化せるだろう。

 


 

「私は、顔無しって奴らしくて。危ないから手術するって聞いたっす。なんか、エンジェルハイロウのアートマが適合するだろうって」

「天使ってか鬼だったがな。すまん、アートマが刻まれたのは何処だ?」

「首の裏っす」

「どれどれ...うん、首の裏にはないな」

「そうなんすか...」

「ただ、背中になんかあるのがちょっと見えるな。デオン、確認してくれ」

「任された。失礼するよキョウカ」

 

アートマとはやはり悪魔変身のトリガーだったのか。断っておいてよかった。もし処置されてたらアーマリンの馴染んでいない俺はパーンとなる所だったなうん。

そんな事を、衣擦れの音を聞き流しながら考える。

 

「見えたよサマナー。天使の羽と悪魔の羽の混ざり物、といった所かな。魔術的解釈はあるかい?」

「まぁ、堕天使だろうな。デオン、触ってくれ。一応データ取っておく」

「なんかそこはかとない背徳感が...」

「安心してくれ、邪なことはしないよ。騎士の誇りにかけたっていい」

 

そうしてCOMPに流れ込む測定データ。

データが少ない為まだなんとも言えないが、多分このアートマはメシアンの街で付けられているアートマとは別物だ。

 

なんというか、荒削りなのだ。

 

「キョウカ、飢えが起き始めたのはアートマをぶち込まれてからだよな?」

「はい」

「じゃあコレ間違いなくメシアンの研究者のミスだな。休眠状態ないい所を無理に起こしたんだろ。...となると、面倒になったな。街にはこのまま戻れないし、かといってあの隠れ家に戻る訳にもいかねぇしな」

「...どうしたらいいっすか?私は」

「アレ食わないと他に飢えから逃れる術はないから、街から離れる訳にはいかんしな...まぁ、とりあえずジャンヌさんに相談してみる。このデパートの管理人室に結界張っておくからとりあえずそこでゆっくりしててくれ。念のため仲魔を置いておく。サモン、カプソ、メドゥーサ」

「...やっほー、久しぶりー」

「カプソさん⁉︎猫だったんすか⁉︎」

「悪魔だけどねー」

「私とは初対面ですね。よろしくお願いします、キョウカ」

「ど、どうもっす」

「つーわけで、まぁしばらくのんびりしてろ。お前の体のアートマは間違いなくめちゃくちゃ重要な研究成果だ。メシアンもそれがわからない訳はねぇんだから、それなりの待遇は期待できるさ」

 

そんな事を言い残して、デパートから去っていく。

状況はこんがらがっているが、まぁ何とかなるだろう。

 


 

ペガサスに乗ってテンプルナイト達の頭上からスタッと着地する。デオンが。

 

相変わらず絵になる奴だなーとペガサスの上から見る。

 

「私はサマナー、花咲千尋の仲魔だ。街での異変に気付き悪魔を誘導して戦闘を行った所だよ。ちなみに先ほどまでは、周囲の索敵をしていた。質問はあるかい?」

「...どうして周囲の索敵を?」

「念のためさ。あの悪魔がどうして街の中に現れたにせよ、目指したのが中央ではなく外というのは疑問を抱くべきだろう?街の中に現れた方法がこちらの理外のものならば、戦闘エリアにしたここも実は私達が誘導されていたという線は否定しきれない。故に、周囲の悪魔やサマナーの有無を確認していたのさ」

「...随分と用心深いな。だが、悪魔に交渉を任せて自分はその天馬に隠れている事から言ってその性格に偽りはないだろう。異端らしい醜悪さだ」

「これでも私はサマナーに対して忠誠を誓っている。あまり言葉が過ぎるなら、その時はわかっているね?」

「...忠犬か?」

「さてね、狂犬かもしれないよ?」

「どうでもいい事だ。それで、死体は何処だ?」

「それを教える意味はあるのかい?」

「...庇い立てする気か?」

「私は意味を聞いているだけだけどね」

「...チッ、話にならんな。そこのサマナー!降りて来い!」

「え、やだ」

「...は?」

 

あ、やべつい声出しちゃった。

 

「やだとはなんだやだとは!子供か!」

「まだ17だよ!子供で悪いか!この世界じゃ悪いよな!ごめん!」

「サマナー、ボロを出すのが早すぎないかい?というか謝るのかいそこで」

「いや、だって守るべき子供ってコミュニティ的には邪魔じゃん。短期的にしか考えないならだけども」

 

「...気が抜けた。貴様のような者がヤジマの命で何らかの悪事に関与しているとも思えん。引くぞ」

 

そんな掛け声の元に一糸乱れぬ統率で街へと帰還していくテンプルナイト達。...アレが思考停止ではなく一人一人考えを持った上での最適解だというのだから恐ろしい。いくら仲魔に恵まれている自分だとしても、彼らに敵とみなされたら3日と保たないだろう。

 

弱者の戦いを強者がする。だからテンプルナイトは恐れられているのだ。

 

「とりあえず、ジャンヌさんに連絡取りたいが明日になるか。内地への侵入は出来ないし、どうせ明日の任務で一緒になるんだし」

「そうだね、無理をしたところでどうにかなるものでもない。私たちは異端なのだからね」

「だなー」

 


 

そうして翌日、壁の薄いラブホテルでの暮らしにもちょっと慣れてきた時に、その急報は飛び込んできた。

 

先日自分たちを詰問してきたテンプルナイト達、その長であった男が喰らい殺されたのだ。白い鬼の悪魔に。

 

この表面上は完璧に統治されているこの街に、良くも悪くも風が吹いたのだろう。

 

どうにも、暗闘が始まりそうな気配だ。




どうでもいいですが、自分は小説版アバチュは五代ゆうさんのクォンタムデビルサーガが好きです。あれは良いものだ。というダイレクトマーケティング。


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メシアの街の白い鬼

もう週一投稿ペースがズタボロですよ。何故って?
ニコ動で555見てたらスパイダーマングレイとかいう電波がやってきたのです。見た目カッパじゃねぇか!ってツッコまれる系の面白怪人枠主人公の短編です。

ニコ動で555が終わったら投稿しようかなーとか思う程度のことでした。まだ頭の中でしかないけれどネ!

書けば書くほど邪魔をしてくる他の作品の発想よ。きついですねー。


「ジャンヌさん、ちーっす」

「サマナー、軽すぎるよそれは」

「かまいません、おはようございます、花咲さん、デオンさん」

 

ゆるりと会話をしつつ、今日の任務の話をする。

どうにも、査問会に呼ばれたようだ。うわめんどくせぇ。

 

「というわけで、今日は内地へとご案内します。詳しくは、その時に」

「...あんま大勢に話すつもりはないんですけどね」

「それでもです。嘘偽りを許してくれるほど、あの方々は甘くはありませんから」

「お偉いさんなんですか?」

 

「大天使ウリエル様、この街を統治する大天使のお一人です」

 

ウリエルとは、随分なビッグネームが来たものだ。メシア教の教典に出ている高位天使の名前だったか?それにしても...

 

「大天使とか、凄えのが来たな」

「サマナー、天使と大天使とはどう違うんだい?」

「まぁ、俺も見たことはないから詳しくは言えないんだけど、MAGを溜め込んだ天使の霊基再臨(ハイ・レベルアップ)した姿って定義されてたな」

「...高位の天使という話では?」

「いや、この世界クソ雑魚ナメクジなのに肩書きだけは立派にカテゴライズされてる奴多いから。...まぁ、この街を守ってる方が弱いとは思えないけどさ」

 

そんな事を考えながら内地へのセキュリティゲートを通る。内地は大天使たちの結界が張られており、そうたやすく侵入することはできないのだ。外に出る分には簡単なようだが。

 

「...驚いた、私を通すのだね」

「確かに、造魔といえど悪魔なり!ってノリで止められるかなーとは思ってた」

「...この南門は、サマナーの方が多用する門ですから」

「あ、隔離されてんすね」

「サマナー、彼女が言いあぐんでいる事をさらっと口にするのはどうかと思うよ」

「...構いません、事実ですから」

「大丈夫なのかソレ?そういう反乱分子って一まとめにすると徒党を組みそうなもんだが」

「それは、感じれば分かりますよ」

 

瞬間、ソロモンの知覚に圧倒的な力がやってくる。

 

ただ感じるだけで吐きそうになる。格でいえばサマエルやマサカド公と同等、しかし溜め込んでいるMAGの量でその力は二柱を超えている。そんな化け物が4体。

 

そして、それより格が上なのが一体。とんでもない化け物が混ざってやがる。

 

「...コイツは、反抗する気がなくなりますね」

「...ええ、天使様達の力は強大ですから」

「...サマナー、カナタは大丈夫だろうか?こんな力を前にして、止まっていられるとは思えないのだが」

「...ジャンヌさん、所長処刑とかされてないですよね?」

「はい、そのような蛮行はなされていませんが」

 

デオンと目を合わせて同じ事を思う。

コレは、嵐の前の静けさだと。なんで身内に時限爆弾を抱えているのだ俺たちは。

 

そう考えていると、プレッシャーには少し慣れてきた。

この分なら、まぁ大丈夫か?

 

と思ったが、これからこのプレッシャーの前に出ていかなくてはならないのだから、気が滅入るばかりだ。

 


 

「やぁ、花咲千尋。君のことは縁から聞いているよ」

「...メシアのやり方には詳しくないのですが、片膝をついた方がよろしいのでしょうか、ウリエル様」

「構わないよ。君は友人の友人だからね」

「では、縁とウリエル様の縁に感謝を」

「ああ、そうしてくれ」

 

とりあえず、自分の立ち位置を確認するためのジャブは成功だ。即座に首を取られるような立ち位置ではないと確認できた。

 

「では、多忙なウリエル様に代わり話を切り出させて頂きます。今日私が呼ばれたのは、先日内地から現れた白い鬼型の悪魔のことについてですね?」

「話が早いね。では、単刀直入に君に聞こう。悪魔とチューニングしてしまった彼女、水無瀬キョウカの安否についてだ」

「はい、戦闘中に白い鬼がMAG枯渇による暴走状態だと判断した為、背後関係について聞き出す為にMAGを与えました。現在はしっかりと食事をした事で容態は落ち着いています。ですが、私はメシアの街に来てから日が浅く、殺すにしろ生かすにしろまずは上官であるジャンヌ様の判断を仰ぐべきだと考え、仲魔を使って現在も監視状態のままにしています」

「では、その場所は?」

「街の南西区域です。警戒エリア近くのビルの一室に結界を張って隠しています」

「なるほど、強かだね。けど、それだけかい?」

「...キョウカさんを救出したのは自分たちです。なので損得以外に、生きていて欲しいと願ったのは否定しません」

「うん、その言葉に全く嘘はない。良い子だよ君は。力に萎縮したわけでもなく、自然体で正直に話している。やはり、聖女の近くにはこういう人が集まるのかな?...あるいは、彼女に影響されたか...」

「自分の事は自分ではなかなかにわからないものです。ご容赦を」

「ああ、すまない。考えが口に出ていた。悪い癖だね。それでは、君に尋ねるのだけれど...先日外縁部を警備している騎士を殺した白い鬼について何か心当たりはあるかい?」

「...いえ、全く。犯行が行われたと言われている午前3時頃、キョウカさんは就寝しており、その姿はしっかり仲魔を通じて監視しています。なので私に言える事といえば、騎士様を殺したのはキョウカさんではないという事だけです」

「わかった、ありがとう。...では、今日はこれで。君への監視はまだ解けないけれど、君は信用に足る人物であるという事は理解できた。是非実績を積んでこの街の力になって欲しい」

「はい、失礼しました」

 

そう言ってウリエルの降臨の間から逃れる。

やべー、緊張したー。

 

なんで巧妙に嘘暴きの術式が隠されているかなー!お陰で話すつもりもなかったキョウカの居場所まで話してしまった。やめろよ暗殺とか怖いんだよ。

 

「サマナー、お疲れ様」

「ウリエル様はなんと?」

「頑張れってさ。とりあえず嫌に目をつけられる事はなかったよ、多分」

「では、さっさと任務を済ませてしまおう。キョウカが心配だ」

「ですね。花咲さん、今日もよろしくお願いします」

 

そんなわけで、今日も今日とて警戒任務。悪魔のサーチアンドデストロイだ。

 

「所で花咲さん、天馬を従えていたとは初耳でしたが?」

「手札は極力隠すんですよサマナーは。まぁ、見られた以上これからは使いますけど」

「そうしてください。...実の所、天馬に乗って空を駆けるというのは少し憧れているのです」

「ジャンヌさんって意外とノリで生きてますよねー」

「...否定はできませんね」

「サマナー、その方は誠の聖女様だ。あまり舐めていると不興を買うことになるよ?主に私の」

「いや、聖女ってもジャンヌさんはジャンヌさんだろ。そこに色眼鏡付ける気は今のところないぞ」

「それは嬉しいですね。デオンさんももっと気安く接してくれてもいいのですよ?」

「...努力します」

 

なんて会話をしながらも、索敵と奇襲を繰り返してこの警戒区域の悪魔を掃討していく。

 

今回のエリアは、どうにも荒っぽい連中が少ない。悪い事ではないが、少し気がかりだ。

 

「ジャンヌさん、次の悪魔グループが北西に2キロ。ですが、そこでも奇襲されなかったら少し悪魔と会話がしたいです」

「花咲さん、それは何のためにですか?」

「ここいらの悪魔が穏便すぎます。なので、情報を抜き取ってその原因を明らかにしておいた方が良いかと。穏健派の悪魔が頭を張っているのなら、掃討より交渉を主にした方が結果的に得ですから」

「花咲さん、悪魔に穏健派などいません」

「それならそれですよ。指令通り殺して終わりです」

 

そうして、ゆっくりと進む。

警戒していた奇襲はなく、あっさりと悪魔達の前に出られてしまった。...どんな理由だ?

 

「あー、俺は花咲千尋、サマナーだ。お前たち、何やってんだ?」

「サマナーかー...ってサマナー⁉︎マジで!皆、サマナーだよ!」

「フォッフォッフォ、さまなー殿よ、仲魔は要らぬかね?」

「超好意的⁉︎どういう目論見だお前ら⁉︎」

「目論見なんてないよー!」

「そうじゃそうじゃ!我らは再びサマナーに仕える事でまた食事をしたいだけなのじゃ!」

「メシ目的か!いやわからんでもないけどさ!」

 

そんなぐだぐだーな空気をしているのは巨大な象とハイピクシー、そして妖獣チャグリンだ。

 

そして、彼らの想いは後ろからメシアン特有の悪魔殺すべしなオーラを放つジャンヌさんには通じないのだろう。悲しいが、初対面の悪魔よりも上官の好感度を稼ぐことは当然なのだ。

 

「んで、なんで人を襲わない?この辺りは警戒区域なってたから、悪魔は好戦的だったはずなんだが」

「そいつは単純な事よ。ここいらの主が変わったのだ。かつて護国に力を注いでいた四鬼よ」

「キンキとフウキとスイキとオンギョウキだっけ?」

「...サマナーに使役されているのか?」

「はぐれのはずだよー」

「...なら、倒せるか?でもやりあいたくないなー畜生、絶対強い奴だ」

 

「では、話は十分に聞けましたか?」

「...ふむ、この方はメシアの聖女か。戦う気はないのだが、引いてはくれぬか?」

「悪魔は、敵です」

「仕方ないねー。じゃあ、せーとーぼーえいだよね!」

「違法防衛でも咎められねえだろお前らは!サモン、クー・フーリン!」

「させぬわ!」

 

象の突撃をジャンヌさんが受け止め、チャグリンの衝撃魔法をデオンが斬り捨てる。そして、ハイピクシーの電撃魔法は現れたクー・フーリンがルーンの加護を用いて受け止める。

 

そして、返す刀で打ちのめされる悪魔達。デオンとクー・フーリンはわかっているから良いのだが、あの巨大な象をサマーソルトキックで宙に浮かしそこから連撃を決めるとかちょっとこの聖女様パワフルすぎない?

 

「終わりましたね。では、四鬼の討伐といきましょうか」

「...まぁ、上官の指示には従いますけどね。監視対象ですし。けど、殺せるかどうかは微妙ですよ?ハイエストクラスとやり合うには火力が足りません。ウチの連中なりメシアの使い手なりと合流してから事に当たりたいです」

「この戦いに不安は感じません。私の啓示の力、ご存知でしょう?」

「伏せているカードを見せろと」

「はい」

「...仕方ないか」

 

こうも真っ直ぐに見られては仕方がない。嘘はこちらの首を締めるだけだ。戦力を遊ばせておくことは許さないという事なのだろう。

 

「...こっちが有利になるように最大限の下準備はする。それくらいは許してくれよ?」

「はい」

「じゃあ、まずは情報収集からだ」

 

そうして、ソロモンの知覚範囲を拡大する術式により四鬼の居座る住処を割り出し、それ以外の所に住んでいる強力な悪魔を先に殺しておく。これで、派手にやっても予想外の増援が現れることはないだろう。

 

「じゃ、観測ドローンからの情報な。連中が住んでいるのは三階建てのショッピングモール。防御系の結界を張ってることと単純にデカイことから、建物ごと破壊するってのは難しいな。結界は決められた門以外から入った奴の力を下げるタイプだ。内部情報はわからないが、多分連中は四隅に散ってるだろうな」

「手慣れていますね」

「無駄に鉄火場慣れしてるからな」

「...ふむ、私の考えを言わせてもらうならば、四鬼に連携を取らせないために4組それぞれを押しとどめる手が必要だと思うよ」

「戦力の分散は尺だが、まぁそれしかないわな。ジャンヌさん、単独で一柱行けますか?」

「ええ、やってみせます」

「なら、アテルイで一つ、ベル・デルで一つ、残り全員で一つで全部ですね」

「サマナー、良いのかい?」

「ここでケチったらジャンヌさん死ぬだろ。それが巡って俺の評価は敵対勢力になって、メシアの街総力で追い立てられる事になる。切り時だろ」

 

そんな後悔を噛み潰したような言葉を口にしながら、多分コレがジャンヌさんを監視にした理由なのだなーと感じた。

 

ジャンヌさんは、ヤジマの仲魔だ。だが、奴のスタンスと反してその信仰は固い。悪魔を命と認めないというのはその為だろう。この場合の悪魔とは、一般的イメージにおける悪魔とメシア教以外の神の事を指すようなのだが。

 

つまり、どんなに有益だしても悪魔なら殺す。そのために動く狂犬なのだ。

 

全くもって謀殺したい相手である。監視対象という縛りさえなければ二度目以降の任務でやっていた自信はある。まぁ、人間としてはとても好みな性格をしているのだが。こればかりは感性の問題だからなー。同じアウタースピリッツでもデオンとは違い、悪魔を敵としてしか見ていなかったのだろう。

 

だからこそ、上の大天使からは良く使われる。

 

「...なんだかなー」

 

なんとなく、ジャンヌさんには似合わない気がするのだ。そういうのは。印象でしかないが。

 

「どうかしましたか?花咲さん」

「なんでもないですよ、ジャンヌさん。じゃあ、正面から行きましょう」

 

そうしてショッピングモールの正面口から侵入する。

 

そこは、ちょっとした悪魔の楽園だった。

この異変から後には見ないような弱い悪魔が集まっている。種族に関係なく手を取り合い、笑い合っている。

 

...流石に、こんなものを見せられたのなら考えを変えざるを得ない。

これは、たかが主の意思とやらのために犯していいものじゃない。

 

そんな俺を見て、デオンは苦笑していた。どうにもコイツはこうなる事を半ば予想していたようだ。全くサマナーの事をよくわかっている奴だよ。

 

「ジャンヌさん、やめにしませんか?」

「どうしてですか?」

「この光景を見ても変わらないっすか...」

「...弱い悪魔が群れているだけですよ」

「弱い悪魔が誰かを傷つける事なく暮らしているんですよ」

 

「これって、結構な奇跡なんですよ」

 

「だから、悪魔を見逃せと?」

「はい」

「...やはりあなたは異教徒でしたか」

「まぁ、信じる神を踏みにじるのがサマナーですから」

「ならば、どうしますか?私を」

「説得します。それしか取れる道はないみたいですし」

「問答は無用...と切り捨てたい所ですが、時間をかけすぎたようです」

 

やってくるのは、四鬼全て。いずれも若干MAG不足気味だが、ハイエストクラスの馬鹿みたいな力は感じられる。

 

「貴公ら、何者ぞ」

「偵察に来たメシアンの雇われサマナーと、殲滅する気満々の聖女様です。自分的には交渉で終わらせたいなーとか思ってたりするんですがね」

「メシアンか、ならば去れ。貴公らに見せるものは無い」

「私たちと敵対すると?」

「敵対はするつもりはない。だが、攻めてくるのなら容赦はせぬ」

「だってさ。とりあえず今日は引き下がりません?」

「悪魔達を見逃すことは、生き延びたソレが誰かを傷つけることに繋がります。殺すしかありません」

「なら、鬼さん。...のうち、一番偉いのって黒いあなたで良いんですか?」

「...オンギョウキだ」

「オンギョウキさん、一筆契約をお願いしますよ。襲われた場合以外において、人を殺さないと」

「構わぬ。それでそちらが矛を収めるのならな」

「悪魔との契約が、信用に足るものなのですか?」

「悪魔は情報生命体です。肉のある人間よりもよっぽど信用できますよ契約に関しては」

 

その言葉に、少し悩んだジャンヌさんは一先ず引き下がる事を決めたようだ。

 

四鬼に囲まれているのに襲撃されていない事から今すぐに殺さなくても問題はないと判断できる程度には戦いに慣れているのだろう。

 

「...わかりました。ここは一先ず下がりましょう。ですが、この区域で悪魔が人を襲ったのなら、私たちは躊躇いません」

「...エリア区分ははここからここまでです。カバーできます?」

「...少々厳しいな。北側は好戦的な西洋者の領域と接している。人を襲うとは思わぬが、奴は天使とそれに操られている事を分からぬ弱き者を毛嫌いしておる。故に、メシアンの者が襲われることはあるかもしれぬ」

「じゃあ、そいつの範囲からちょっと離れて、ここからここまででエリアは大丈夫です?」

「ああ、問題はないな。ではサマナーよ、契約を」

「はい、契約者が俺だと何かと文句言われそうなんで、ジャンヌさん、MAGを込めたインクでこの契約書にサインお願いします」

「...サイン、ですか」

「サマナー、彼女は文字に不得手なのだろうよ。現界直後の私もそうだった。代筆はできないのかい?」

「できるっちゃできるが...ジャンヌさん、勉強はしなかったんですか?」

「生憎と、そんな時間はありませんでしたから」

「きっついなーこの世界」

 

そんなこんなありながら、ジャンヌさんと四鬼の睨み合いの中で契約書にサインをさせる。きちんと両者に内容を説明してのものだった為少々手間がかかったが、その程度は必要経費だ。

 

「じゃあ、ついでに情報収集いいですか?報酬は食料で」

「何についてだ?」

「白い鬼のような悪魔についてです。最近メシアの西側警備騎士隊長が殺された事件がありまして、その下手人がそいつなんですよ」

「ふむ、白い鬼か...鬼とは限らぬのなら一人心当たりがある」

「誰です?」

「先程言った北側の西洋者と行動を共にしている者だ。人としての名前は知らぬが、悪魔としての名はヴァルナ」

「...なるほど、デビルシフターですか。そいつは情報感謝です」

「構わぬ、話がわかる人は稀だ」

「じゃあ、報酬です。お米だぁ!

 

「「「何、米と⁉︎」」」

「キンキ、フウキ、スイキ、落ち着かぬか!...皆に分けるのだ、食い明かせるほどの量にはならぬぞ...」

「...魔石とかストーンとかと交換で、多少は融通できますよ?」

「ならばこの生玉を渡そう。これでもう1俵どうだ」

「...よし、OKです。ただ、味は美味しいってレベルじゃないので依存症には注意してくださいね」

「ほう、それは楽しみだ」

 

そんなわけでちょっと得したこの取引。無尽俵はやはり凄まじいものだ。

 

「じゃあ、俺たちはこれで」

「ああ、また来るが良い、花咲千尋」

 

そんなわけで、なんだか納得のいっていない表情のジャンヌさんを連れてメシアの街への帰路に着く。

 

これまで稼いだ好感度は白紙、監視は延長だろうなーと思う次第である。

 

「んで、どうしますか?異端コロスベシ!な空気なら逃げるしかないですけれど」

「...評価を改める必要がありますが、それでも殺しはしません。結果的にヴァルナという悪魔の情報か得られたのは事実ですから」

「そいつは良かった」

 

そうしていると、殺気を感じた。

 

「デオン!」

「わかってる!」

 

獣のように飛びかかってくるその白い鬼。

違うタイプの強さを感じる。コイツが件の魔人か!

 

「ペルソナ、ソロモン!高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)、出てこいベル・デル!」

「これが、無敵の悪魔ッ!」

「さぁ、やってやろうじゃねぇか!」

 

デオンが悪魔の2本のブレードを切り結んでいる所にベル・デルを援護に行かせる。あの悪魔、パワーはデオンより強い。

 

そんな奴とパワー勝負などやったられるか。ネタが割れなければ倒れないマンであるベル・デルを壁にして、ジャンヌさんとデオンを囲める位置に配置させる。

 

「ウアァァアアアア!」

 

だが、そう容易くはいかないのが魔人だ。放たれるのは氷結魔法。おそらく高位クラス。それをノーチャージで放つとか近接格闘タイプの癖に随分とやる!

 

「...流石にジャマーはあるか。力場を調べる!観察を欠かさず、けど抜かせるな!」

 

そう言って、魔法陣展開代行プログラムに4種の基本属性ストーンを乗せる。

 

「アギラオストーン!ブフーラストーン!ジオンガストーン!ガルーラストーン!四連射!」

 

とか言いながら速度と軌道を調節して同時に着弾する様にする。

悪魔は回避に動こうとしたが、そこをすかさずデオンが押し留める。

 

そうして着弾する4発、電撃、疾風は力場に阻まれた。耐性か、強力なノーマル力場。氷結は反射されあらぬ方向に向かって行き、そして火炎は力場を抜けて着弾した。ダメージは小さいだろうが、攻略法は見えた。

 

「ベル・デル、下がって援護主体に!サモン、アテルイ!」

「...任せろ」

 

そうしてベル・デルが抜けた穴に赤のアテルイが入り、その拳に火炎を纏わせて連打を叩き込む。

対してヴァルナは、ブレードに氷結を纏わせてその連打を捌いてその大口を開ける

 

そして、その口から放たれるのはアイスブレス。氷結属性を弱点に持つアテルイはまともに受けると死ぬかもしれない。

 

ので、そのアイスブレスに向けて左手の指先から泥を放つ。MAGを喰らう混沌の泥は、そのアイスブレスを弱らせて、どうせ受けたら死ぬのだからと開き直って次の一撃の準備をしているアテルイを守る。あいつもなかなかに俺を信じてくれてるよなー。なんと仲魔に恵まれたものだろうか。

 

そして、弱まったアイスブレスでは燃え上がるアテルイを殺すことは出来ず、赤のアテルイの必殺がヴァルナを襲う。

 

「火炎纏・鬼神楽」

 

その蹴りはヴァルナを吹き飛ばし、その腹に火炎エネルギーを直に叩き込んだ。これならばまぁ死ぬだろう。

だが、そう一筋縄ではいかなかったようだ。

 

「サマナー、浅い!後ろに飛ばれた!」

「ジャンヌさん、デオン、追撃を!ベル・デル!術式コントロールよこせ!」

 

そうして駆け出す二人と、ホーミング万魔の乱舞を用意する俺とベル・デル。

 

だが、その攻撃は横から入ってきた神速の男に全て弾き飛ばされた。

 

「おいおいサーフ、お前馬鹿をするならちゃんと俺に言ってからにしろって」

「...すまない、聖女を前にして欲が出たようだ。助かった」

「構わねぇさ。仲間だろ」

「感謝する」

 

そう言って宝玉を砕くヴァルナ。人としての名前はサーフらしいが、まぁ大した情報ではないだろう。

 

さて、目の前の相手を見る。緑の髪を逆立たせた槍使い。間違いなくアウタースピリッツだ。感じる感覚が違う。

 

「さて、こっから俺が奴らに傀儡にされてる聖女様をぶっ殺すってのでも良いんだが、そっちのサマナーがちと面倒そうだ。お前、俺が動いたらサーフを狙うつもりだろ?」

「...なんのことやら」

「隠すなって、そういう奴とやり合ってたんで分かるんだよ。ここで無茶して仲間を殺すのは長期的に見て不利になる。引かせてもらうぜ」

「逃すとでもお思いですか?」

「俺に追いつけるならな!」

 

そうしてヴァルナを抱えて逃げる男。その速さは尋常ではなく、ペガサスの最速でも追いつけないだろう。

 

だが、それだけだ。

 

「アテルイ、緑!」

「わかっている!...穿て!」

 

緑のアテルイの放つ弓が、緑髪の男を襲う。

 

しかし、その一撃はしっかりと体を捉えたにも関わらずダメージを与えることはなかった。

 

「防がれたか...」

「いや、受けられた。おそらく当たっても傷を負わない頑丈な部分があるのだろう。一瞬矢を視認してそのまま無視していた」

「つまり奴を殺すには謎解き必須だと。しんどいなオイ」

 

なんとも面倒なのが相手にいたものだ。いや、ベル・デルを使いまくってる俺が言える事ではないのだけれども。

 

「では、戻りましょうか」

「あ、それなら俺は寄り道して良いですか?」

「どちらに?」

「キョウカの所です。様子見たいのと、置いてきた仲魔にMAGを与えたいので」

「わかりました。同行しましょう」

 

監視重いなー。まぁ積み上げた信頼をぶっ飛ばしたので仕方ないのだけれど。

 

そうして、寄り道をするという伝言を門番さんに任せてキョウカの元へいく。

 

だが、どうにも気配がピリピリしている。

 

『メドゥーサ、様子はどうだ?』

『...どうですかね?カプソとキョウカは元気にゲームをしていますが』

『周囲に変化は?』

『ありません。警戒は必要ですか?』

『念のため頼む。外れてれば笑ってくれ』

 

そうして、早足でキョウカのいるビルへと赴く。

 

すると、上空に召喚魔法陣が見えた。

 

それは、天使の大量召喚だった。

 


 

「ジャンヌさん、このエリアの殲滅報告はしましたよね」

「はい、であればこの天使様方はいったい何のために...」

「なんにせよ、俺はキョウカの元に行きます。ジャンヌさんはサマナーの元に行って説明を聞いてください。場所は街よりのあのビルの屋上です」

「花咲さんへの連絡はどのように?」

「サモン、カラドリウス。伝令役はコイツに」

「...まさか、神鳥カラドリウス⁉︎」

「知ってるのか?」

「はい、まさか貴方ほどの存在がいらっしゃるとは」

「...お前、そんな偉い奴だったの?」

「んー、あんま言いたくない過去って奴さ」

「まぁなんでも良いや。じゃあよろしく頼むな」

 

そうしてペガサスを呼び、天使の群れより先んじてキョウカの元へと向かう。

 

案の定というべきか、後方から破魔魔法がバンバン飛んでくる。やめろ、ペルソナを宿した事で俺には破魔耐性がなくなったのだ。つまり当たるとワンチャン死ぬのである。こえーよオイ。

 

だが、幸いなことにペガサスの高速機動を捉えられるようなスナイパーもラッキーヒットのワンチャンマンもいなかったので生きていられている。

 

「メドゥーサ、状況は!」

「私たちはまだ無事です。ですが、いつでも逃走できるように準備はしていました。サマナー、指示を」

「じゃ、逃げるぞ。何にしてもここいらは危険だ。ちょうど良い感じの悪魔が居る所見つけたから、そっちに移るぞ」

 

そうしてメドゥーサとカプソを送還(リターン)し、ペガサスにキョウカを乗せて大回りにショッピングモールのあるエリアへと移動する。

 

まぁ、デオンはペガサスに乗り切れなかったのでバイクなのだが。

 

下で華麗にバイクをぶん回しているデオンはちょっと爽快だ。

 

「今、心底ペガサスさんに乗ってて良かったって思ってるっす。デオンさんの後ろとかぜったい振り落とされるっすよ」

「でもあいつ多分遊んでるぞ。こっちがペガサスの速度を全力出せないからな」

「え、何でっすか?」

「ペガサスに耐えられる手綱がないから俺たちが放り出される。デオンはなんか乗馬技術でなんとかしてるけど」

「デオンさん凄いっすねー」

 

とはいえ、それで大丈夫なのは先ほどもう天使の群れを振り切ったからである。

 

どうにも、敵サマナーの召喚悪魔に速いのは居なかったようだ。

 

『サマナー、報告さー』

『どうした?』

『キョウカちゃんを捕らえろって命令みたいなのさ。殺せとかじゃないけれど、手段は問わない感じ』

 

『けど、どうにもメシアの指示が複雑に絡み合ってるみたいで、ジャンヌさんを見て慌ててたのさ。そんで結局逃走しようとして、とっ捕まったさ』

『キョウカを拐えと指示したのは?』

『技術部統括の、ラファエルだってさ』

 

俺たちが報告をしたのはウリエル。奴は警備統括だ。つまり、どっかから情報が漏れたのか、あるいは繋がっているのかだろう。

 

だが、それならば俺たちが街に戻ってから襲撃部隊を用意するのが鉄則だろう。現に俺たちは間に合ってしまっている。ウリエルがジャンヌさんの上司であるのだから、そこを違えることはないだろう。

 

つまり、四大天使の内輪揉めか?

 

「考えても仕方ないな。次の潜伏先候補に交渉行ってくる。キョウカはペガサスと一緒に待機しててくれ」

「わかったっすけど、どうして私そんな天使のゴタゴタに巻き込まれてるんすか?」

「さぁな?案外お前の堕天使の羽のアートマが関係してるんじゃないか?」

「...このお腹すくだけの印がっすか...」

「そういや、飯は大丈夫か?」

「まぁ、お腹は空いてます」

「じゃあホイ。ついでに食っとけ。今日の配給分だ」

「けど、それだと千尋さんなんも食べてないんじゃないっすか?」

「安心しろ、今日は圧力かけてしっかり骨まで火を通した煮魚をおかずにご飯大盛り行ったから」

「卑怯っすよ!こっちがこの変なのしか食べられなくなったってのに!」

「なんとでも言え!今日はカレイの気分だったんだよ!」

 

そんなぐだぐだーな会話を後に、再びショッピングモールへと入る。

 

再度の侵入に警戒したのか、フウキがどこかに居るのを感じる。だが、隠形をしているのかしっかりと感知はできない。こういうタイプの鬼かー。

 

「フウキ、オンギョウキを呼んでくれ。あるいは俺が行くのでも良いけど」

「...目的はなんだ?」

「この区域で匿いたい奴がいる。だからオンギョウキに話を通したい」

「それは、外にいる女か?」

「ああ。厄介事は御免か?」

「いや、俺は受け入れることには賛成だ。あの天馬との接し方から、悪い者ではないのだろうとはわかる。天馬はそういう者を嫌うからな」

「あー、うん。俺一人で乗ると大体振り落とされるからなー」

「それは貴様の左手のせいだろうに」

「そうだと良いんだが...まぁそれじゃ中入れて良いか?」

「構わん。それに、一雨来そうだ。外で待たせるというのもなんだろうよ」

「まぁドアはぶっ壊れてるけどな」

「...言うな。電気がない故に自動ドアは動かぬのだ」

「世知辛いなー」

 

そんなわけでペガサスとキョウカがモールの中へと入ってくる。

 

「話はついたんですか?」

「まだだけど、とりあえず中入って良いってさ」

 

それからフウキさんにキョウカを任せて、オンギョウキさんのいる三階の奥へと向かう。

 

どうやらそこは、映画館のようだった。

 

「電気は...まぁ死んでるか」

「うむ、私にはこう言った技術には疎くてな」

「オンギョウキさん、ちーっす」

「軽いな花咲千尋。まぁ、私はそっちの方が楽なのだが」

「意外だな、もっと堅そうな雰囲気なのに」

「...元サマナーがズボラでな」

 

カプソと同じパターンなのな

 

「まぁなんでも良いさ。フウキから話は聞いてるか?」

「ああ、あのキョウカという少女を匿えば良いのだろう?」

「ずっととは言わねぇよ。ちょっとメシアの街のどこに預ければいいのかって問題があってな、それ調べるまでの間頼むわ」

「構わん。幸い、妖精共がもう気に入っているようだ。ゲームを始めている。大富豪だな」

「トランプかー、たしかに娯楽品として有用だな。遊び方無限大だしアレ」

「...すまぬ、イレブンバックとは何だ?」

「出た大富豪特有のローカルルール合戦。イレブンバックってのは11出したら数字を上に進めるか下に進めるか選べるってルールな。一時的な革命状態よ」

「なるほど、勉強になった」

「...交渉事故に黙っているつもりだったのだが、オンギョウキ、いいかい?」

「何だ?」

「いくら何でも気を抜きすぎではないかい?そんな事ではこの先痛い目を見てしまう。それは、心配だ」

「...信じないで後悔する事と、信じて後悔する事、どちらを選ぶという話だ、これは」

「お人好しな悪魔だ事だ」

「おかしいか?」

「いや、私は好みだよそういうのは。どこかのサマナーに影響されたからかな?」

「お前...」

「悪い影響としか思えないけどね」

「オチ付けるなや!ちょっとじーんって来たのにさ!」

「本当に愉快だな、お前たちは」

 

そんなわけで、とりあえずのキョウカの寝床を確保できたのだった。

 


 

「んで、その罰として夜勤だと」

「はい、私に力が足りない事と、あなたに信仰心が足りない事、両方を考えての罰...という名目だそうです」

「まぁ、わかってますよ。ヴァルナとあの緑野郎が来るってんでしょう?」

「ええ、その可能性が高いと」

 

「へぇ、今度は準備万端ってかい」

「すまんな、面倒をかける」

「構わねぇよ」

 

真っ直ぐにこちらにやってくるヴァルナと男。

対してこちらはデオンとジャンヌさんと俺。

 

「今日こそ、ダークロードのアートマの居所を吐いてもらう!」

「専門用語増やしてんじゃねぇよ白男!」

 

狭い夜空の下で、戦闘が始まった。




ダークロードは、アートマの名前っぽいのを探してたら遊戯王wikiで見つけたものです。リンクスで猛威を振るっていた堕天使は英語だとそう訳されるみたいですねー。宗教上の理由とか色々あるんだなーと。


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不死身の英雄

毎週日曜投稿とか言ってた癖に水曜日に投稿する奴がいるらしい。
一度崩れたペースってなかなか戻りませんねー...


「行くぜ」

「できればこのまま帰って欲しいがな!ソロモン、高等悪魔召喚魔法(サバトマダイン)!来い、ベル・デル!」

「しゃあ!ぶち殺す!」

「短期は損気と言うらしいがね」

 

瞬間、神速の刺突が俺たちを襲うが、ベル・デルが体を張って止める。そしてそのタイミングでデオンが緑髪の首を狙い剣を振るうが

 

その剣は、皮膚に傷一つ付けることなく止まった。

 

「...そういうタイプかよ不死身マン!ハイ・アナライズをかける!時間稼げ!サモン、アテルイ、カラドリウス!」

「...遅い!」

「私がいるのをお忘れですか?悪魔」

 

瞬間俺を狙って放たれる氷結魔法の嵐を、ジャンヌさんがその旗と力場で弾き飛ばす。

 

だが、外れた氷結魔法が軌道を鋭角に変えて俺に襲いに来る。あの鬼のような見た目の割に、術に長けているようだ。

 

だが、召喚速度にはちょっと自信があるのだ。

 

...まぁ、ジャンヌさんが直撃を弾いてくれなかったら間に合わなかったのだけれども。

 

そうして、俺を襲う本命の氷槍をアテルイが砕く。

 

だが、防がれるのをわかっていたかのようにヴァルナの方も攻めてくる。

 

それに対してジャンヌさんが格闘戦を始めようとするが、少し嫌な予感がする。

こういう予感は信じるに限る。直感とは、考えが纏まらないままに答えを出す脳の機能なのだから。

 

「追加だ!サモン、メドゥーサ!シェムハザ!ジャンヌさんの援護を!」

「...あまり気が進みませんが、行くとしましょう」

「数奇な縁もあるものですね、全く」

 

そうして、ジャンヌさんに襲いかかるヴァルナに対して電撃と火炎魔法が放たれる。

 

そして、それは間違いなくヴァルナに当たったが、力場を抜く事は出来なかった。

この短期間に力場の弱点属性を変えてくるとかちょっとやめてくれこの野郎。

 

だが、魔法受ける前に一瞬止まったのが気になる。あの一瞬で何かをしたのだろうか。

 

障壁系魔法の発動はソロモンで感知できるはずなのだが...

 

「...そこ!」

 

などと思考を回していると、ジャンヌさんとヴァルナの格闘戦が始まる。

両手のブレードを旗で弾いているようだが、力場による力の減衰が見えない。ジャンヌさんの力場は強いというのにだ。

 

そういう振り方をしているようには見えないが、どういう事だ?

 

「サマナー!こっちにも援護を!この男、強い!」

「お前さんもな!そっちの悪魔は大した事ねぇがよ!」

「んなこた俺に傷を付けてから言いやがれ!」

「お前も俺に傷をつけられてねぇがな!」

「ベル・デル!挑発に乗るな!こちらの謎が解かれる前に彼の謎を暴かなければ死ぬのは私たちだ!」

「わかってる!つってもこっちに謎解きの札はねぇぞ!」

 

「待たせた!状況は!」

「首、胸、手首は無敵だ!だが衝撃は通る!」

「メギドでも傷つかねぇ!逸話防御確定だ!」

「...なら、まず足を止める!縛鎖、起動!」

「遅ぇ!その程度のもんで止まるかよ!」

 

ストレージから放たれる鎖。だが、コンポジット素材である強力なその鎖は、しかしあっさりと槍で払われて砕け散った。

 

拘束は効果あり。としたら、選手交代が良いだろう。

 

「ベル・デル!ジャンヌさんの方に援護入れ!メドゥーサ、目をこいつに!」

「おいおい、させるかよ!」

「そのカバーをするのは私さ」

 

瞬間、踏み込んでくる緑髪。しかしその刺突はデオンの剣に弾かれ、次の衝撃で吹き飛ばす太刀により後方へと吹き飛ばされた。

 

「だがサマナー、少し危なくなかったかい?」

「いや、勝算はあった。どうにもあの緑髪は遠隔攻撃や範囲攻撃を使ってない。チャージが要るのか、持ってないのか、弾数があるのか。なんにせよチャージが要るなら防げるし、チャージがないならお前が防げる」

「弾数があったのなら?」

「物反鏡は起動待機してる」

「なるほど、強かだ」

「...面倒なタイプだな」

「ありがとうございます」

「褒めて...んだな、敵だし」

「ですねー。所で名乗りとかしてくれません?緑髪とか地味に言いにくいので」

「なら、ライダーとでも呼びな。名乗りたいとこなんだが、サーフの奴が煩くてな」

「ならライダー。話に付き合ったくれてありがとな!」

「うわ面倒な奴だな本当!」

 

起動させたストーンで周囲に起こした重力魔法で一気に拘束しようとするも、その力を槍で払われた。退魔の力というよりも、単に力技だろう。

やはり、拘束は効果あり。

 

「メドゥーサ!」

「ええ、石化の魔眼(ペトラアイ)

「...用意しとくもんだな!ディストーン!」

 

そして、治った瞬間に神速の踏み込みから放たれる刺突。

デオンのカバーリングすら抜けてメドゥーサを一撃で仕留めてみせた。速くて、硬くて、強い。どっかしら抜けててくれやマジに。

 

「さぁさぁこれからだ!全力で来い!」

「ならばこのシュバリエ・デオン!騎士として戦わせて貰おう!」

 

そうして始まる異次元の剣戟、デオンはスピードで劣る。槍と剣の関係上リーチでも劣る、そしてなにより、傷つける手段を持たない。

どう考えても不利なこの状況、なのにその名乗りを上げた理由はシンプルだ。

そして、それを当然のように受け入れてしまっている事に内心苦笑する。大切なことなのだから、感謝の気持ちは忘れてはならないのに。

 

『サマナー、あとどれくらいかかる?』

『すまんが謎解きのとっかかりがない。ハイ・アナライズが終わるまではとりあえず耐えてくれ。生きて耐えてくれるだけで良い』

『つまり反撃に使う体力も残しておけってことだね?』

『そんな事できる相手か?余力とか考えるな、全力で良い』

『冗談さ。まぁ彼の槍はだんだんわかってきた。かの大英雄と似通う所があったから、その術理は掴みやすかったよ』

 

そうして突き出された槍を掴んで、そのまま力を利用しつつ自身の怪力を用いてでヴァルナに投げ飛ばすデオン。

 

あれほどのスピードの男がそのスピードと力を利用されてヴァルナと衝突した。まるで手品を見ているようだ。しかも突き出されていたライダーの槍がなんとデオンの手元に残っている。

 

「狙ったか?」

「牽制になればと思ったが、まさか当たるとは思わなかったよ」

 

「どけ、ライダー」

「悪い悪い!完全にしてやられたな!」

「さて、この槍ならばあの体も傷つけられるかな?」

「試してみたいが、やらせてくれないだろうな。デオン、体勢崩すなよ」

「...なるほど、手元に戻る力か」

 

そう判断したデオンは、その力に抗いながら地面深くへと槍を突き刺し埋めた。

 

ライダーの「マジかコイツ⁉︎」という目がちょっと面白い。まぁ俺も驚いているのだが。

 

「...仕方ねぇ、サーフ!()()!」

「了解だ」

「させるとでも...ッ⁉︎」

 

ライダーが指笛を鳴らした瞬間、発現する超MAGの奔流。

これが、この男のとっておき、ライダーと呼ばれるに至る理由なのだろう。

 

「シェムハザ!ベル・デルに支援!ベル・デル、死ぬ気で防ぐぞ!」

 

「向こうの技の射角が最悪だ!まともに受けたら城壁が吹き飛ぶ!死ぬ気でMAGをチャージしろ!」

「ハッ、守るものが多いのは辛いなオイ!」

「あの偽りの街が、守るべきものだと?」

「ああ、そこに人が居るんだから、そりゃ守りたいって思うだろ。普通にさ」

「そうか...なら、防いで見せろ! 疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!」

「遠隔術式構築完了、MAG解放!」

「加速補助術式、展開。では、どうぞ」

「これが、全開だぁ!」

 

瞬間、駆け出す三頭の馬に引かれる戦車。それの出足を止めるようにMAGブーストで加速して万魔の一撃を叩き込むベル・デル。

 

その一撃は戦車を押しとどめたが、しかしヴァルナにより放たれた超高密度のアイスブレスにより直接戦車に当たることはなかった。

 

そして、込められたMAG量の限界で落ちていくベル・デルの出力と、前に進み始めることで力を取り戻していく戦車。

 

拮抗していたのは3秒ほど、それから徐々にベル・デルは押されていき、そしてMAGが切れることでブースターの推力が失われ、戦車の疾走に飲まれた。

 

「まだ終わらない!シェムハザ!」

 

「「高位万能属性魔法(メギドラ)!」」

 

ソロモンを介して放たれる俺の(貧弱な)光と、シェムハザの放つ強力な光が合わさりその力を重ねて威力を増す。

しかしそんなものは今の少しスピードに乗った戦車には関係のないことで、光の奔流を突っ切ってその戦車は現れた。

 

...今ので、ガス欠だ。生命燃焼術式でMAGを補うにしても、数瞬時間は取られる。そのうちに俺たちはゴミ屑のように吹き飛ぶだろう。

 

とはいえ、勝算がなかった訳などでは決してない。

自分は時間を稼いだのだ。全力で。

 

彼女が旗に力と祈りを込めるだけの時間を。

使ってくれるかは正直運だった。彼女が俺たちを謀殺しようとする天使の刺客なのかもしれないのだから。

けれど、それでも信じたのはそれしかなかったからなどではなく

 

そうしたいと、心が言ったからだろう。

 

「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ... 我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!」

 

そうして衝突するジャンヌさんの異次元レベルの障壁とライダーのチャリオット。

 

その守りは堅く、そしてこの後ろにいる自分たちに温かい力が流れ込んでくるのがわかる。

 

だが、戦車の突撃はそれでもなお止まりきらなかった。寸前で僅かに軌道を逸らし、障壁との正面衝突を避けたのだ。そうして障壁に擦るように空に上がり、そのまま速度を高めての二段目の突撃をするつもりのようだ。その馬首がこちらに向いたとき、待ちに待った声が聞こえた。

 

『サマナー、間に合ったさ』

『サンキュ、カラドリウス』

 

そうして、その飛んでいる戦車に疾風の如く襲いかかる影が一人。

 

「お待たせ、千尋くん」

 

そんな言葉の裏に隠しきれない闘志と殺意を込めるその人は、カラドリウスに持たせた信号弾を確認して城壁を文字通り飛んで越えた我らが所長、浅田彼方である。

 

「新手か!」

 

神速で走っている戦車に正面から突っ込む所長、あれは極大クラスの魔法を推進力に使っているのだろう。無茶をする。

 

そうして距離が縮まり、所長の剣がライダーに届く寸前にまたしても放たれるアイスブレス。

 

だが、所長はそれがわかっていたかのように剣に込められている疾風魔法を解放して体と剣の軌道を変更する。

 

そして、その剣は切り裂いた。

 

馬でもライダーでもない、戦車と馬を繋ぐシャフトをだ。

 

「マジかこの女⁉︎」

「これで、落ちろ!」

 

そして、続く二の太刀で馬から切り離されて飛ぶ力を失った戦車対して風を纏った一撃を叩きつける所長。

 

それにより戦車は大地に叩きつけられ、完全に破壊された。

...叩きつけられる寸前に乗っていた二人はしっかりと逃げ出していたのだが。

 

「流石に今ので死んでくれないか...」

「残念だったか?」

「そんなの、顔を見ればわかるでしょ?」

「違いねえ。...女にしておくには惜しいな、本当に」

「えー、それはちょっと傷つくよ?色男」

「じゃあ、続きと行こうか!」

「待てライダー、下がるぞ」

 

所長と緑髪が殺し合い宇宙を始めようとするその寸前で、ヴァルナがその一足目を止めた。

 

「...あー、なるほどな。こりゃ引いたほうが良い。流石にまだコイツら全体と正面からはやり合えねぇからな」

「...逃すとでも?」

「逃すさ。姐さん、頼む!」

 

瞬間、こちらを正確に狙ってくる矢の雨が降ってくる。

ソロモンの感知距離外からの曲射、正直信じられない絶技だ。おそらくコイツもアウタースピリッツなのだろう。

 

「前に進めば矢の雨か...」

「...まぁ姐さんが()()()に協力してくれるかは微妙だったんだけどな。じゃあな、女。次はケリが着くまでやりたいもんだ」

「所長、敵がこの二体だけじゃないってわかった以上深追いは危険です。集団があるのなら、スタンドプレイをしてるコイツらをメシアの戦力を削る為に利用するでしょうし」

 

「...わかったよ、次はその首切り落としてあげるから楽しみにしててね」

「何、俺の殺し方を暴けたらの話だけどな」

 

そして、一瞬で駆けて消えるライダー。そして転移ストーンで消えるヴァルナ。

 

ヴァルナの方は追えなくはないが、危険だろう。転移マーキングしたエリアにはたっぷりトラップをしておくのは基本だからだ。

 

「...ヴァルナ、感知距離から完全に離れました。最後は例のエリアに向かってました。やっぱあの二人は西洋者ってのの仲間なんでしょうね」

「...正直、助かりました。浅田彼方、貴女に感謝を」

「いーよ別に。ただ、私にあの色男は殺させてね?アイツとは楽しそうだし」

「...所長」

「いーじゃん、人生楽しんだもん勝ちだよ?」

 

相変わらず所長は所長である。ちょっとは大人しくしてて欲しいんだけどなー。

 

そして、一応待機中だったという所長は飛んで帰っていった。信号弾を見てすぐに飛んできたから、その釈明もしないといけないとのこと。

 

釈明(物理)にならないと良いなぁ...

 


 

そうして数分後、やってきたメシアの本隊にCOMPで録画していたヴァルナとライダーと謎の援護射撃の映像データを送る。

実力の割に機械の操作にワタワタしていたのが少し気になったが、この決死の戦闘はしっかりと上に伝えると約束してくれた。街を守ってくれた事もだと。

 

珍しいくらいの良い人だ。こういう所でのお決まりとしては、『異端を逃す失態を犯すなど言語道断!』なものだと思うのだが...

 

『サマナー、彼らも人だ。そればかりではないだろうさ』

『だなー。巡り合わせに感謝、と』

 

「じゃあすいません、仲魔の回復をするのでその間だけ守ってくれても良いですか?」

「構わねぇよ花咲千尋。サマナーにとって仲魔は生命線だってのは聞いてるからな。だが、街から見える所ではあまり召喚をしてくれるなよ?悪魔というだけで恐怖してしまう民衆も多い。だが、あれほどの激戦の後なんだから俺たちに後任を任せて休んだところで文句は言われねぇだろうに、どうしてそこまで頑張んだ?」

「...いい加減内地の仲間と合流したいんで、教会からの信頼がちょっとでも欲しいんですよ」

「そういえばお前は聖女エニシの同行者だったな。確かにこの世界を生き抜いてきた仲間と離れているのは辛かろうな」

「...いや、どっちかと言うとこういう街では目を離していたくない人が約1名いるからなんですけどねー。一体どんな問題が出てくるのだか分からなくて怖いんですよ」

「...愉快なもんだな。...そういや遅ればせながら自己紹介だ。

 

「俺はトドロキ、オーガメイスのトドロキだ。一応西側警備隊の大将をやらせて貰ってる」

「なら改めて、自分は花咲千尋。アートマはないんでただの花咲千尋です。こっちは仲魔のデオンです」

「そうか、よろしく頼むぜ花咲、デオン。だがよぉ、人と会話しながらできるようなもんなのか?悪魔の蘇生って」

「まぁ、地返しの玉と時間があれば結構簡単ですからね。強い悪魔ほど蘇生してからすぐに動く!ってのはできないですけれど」

「...サナマーの相手をするときは、雑魚は程々にして強い悪魔からぶっ殺せって事か?」

「はい。蘇生させる隙を与えないってんなら雑魚から殺すのはアリですけど、その辺は時と場合によりますねー」

 

などと話し合いながら、メドゥーサの蘇生をする。

メドゥーサは蘇生したてでぐったりしているが、その辺は時間が解決してくれるだろう。

 

「すみませんサマナー、不覚を取りました」

「ありゃアイツが強すぎたんだよ。ノーカンノーカン。むしろこれまでの頑張りを考えたらプラスまであるわ」

 

その言葉にふふっと笑うメドゥーサ。やっぱり美人は笑顔に限る。うん。

 

「では、私はCOMPに戻らせて頂きますね」

「おー、ゆっくり休みな」

 

そうして、送還(リターン)するメドゥーサ。それを見て、「うし、お前ら撤収!」と門の中へと戻っていく本隊の皆さん。

 

...改めて確認してみると、訓練を受けているような感じがしない。行軍の際のキビキビさというか、あのピシっとした感じがしないのだ。

 

テンプルナイトの総本山なこの新潟で、どうしてそうなっているのかは疑問と言えば疑問だが、それはそのうちに調べておけばいいだろう。

 

今は、ガス欠になった体にMAGをしっかり巡らせるのが先決だ。

 

COMPにMAGはまだある。だがどうしてガス欠など起こしてしまったのかという話だが、それは物凄くシンプルな理由だったりする。

 

瞬間的にMAGを使いすぎたのだ。それも補助術式もなしに。

 

便利だからと自前の出力回路(サーキット)に合わせて術式をチューニングした事で即応性は増したのだが、自分のMAG出力限界を考えるとそれだけにするというのも危ないのかもしれない。タンクにどれだけMAGがあっても、回路という蛇口は一つなのだ。回路ができる前はタンクの上の蓋を開けて結構な力技で使っていたようなものだから理解できていなかったのだろう。だから、器である体のMAGまでも使ってしまったのだ。

死ぬ前に気付けてよかったな、俺。

 

「んー、デオン。体の調子はどうだ?」

「問題はないね。大きなダメージは負っていない。とはいえ、面倒な相手だったよ。...サマナーのような言い方になってしまうが、正直どこかで勝手にのたれ死んで欲しいね」

「騎士の言うことかそれ?」

「今は悪魔だよ、私は」

 

そうしてその後は襲撃してくる悪魔も無く、無事に任務を終了することができた。だが、交代要員の「お前マジで助けに来てくれよ!あんなのとやり合うなんて御免だからな!今度こそ本当に死ぬわ!」という物凄く情けなくかつ切実な声を聞いてしまったので休憩しながらもしっかりと事件に即応できるようにしよう。

 

「...そういや、この時間帯の街歩くのって初めてだなー。...なんか女性の方が多いですね。こっちだと、病院か?」

「はい、配給の関係ですね。女性の方々の身体の一部を使って天使様の力を高める儀式をしているのだと聞いています。なので、それと交換で人工肉を貰って帰るというのがこの街に住んでいる方々の暮らしなのです」

「...すまんが、俺普通にご飯もらってんだけど」

「それはそうです。命をかけて戦う者には相応の対価が払われるものですから」

「まぁ、女じゃないから構わないんだけどさ。関係ないし」

 

そんな事を口にして歩いていると、後ろから声をかけられた。大人の女な気配がする。

 

「そうでもないわよ?坊や」

 

なんかエロい人が唐突に後ろから話かけてきた。その服装は扇情的すぎやしないだろうか?乳首が見えそうで、見えないッ!

 

『サマナー、邪な考えは隠した方がいい。手玉にとられてしまうよ』

『だなー』

 

「あなたは?」

「私はメリダ。まぁこの街に住んで長い女だよ」

「...そのような服で出歩いて大丈夫なのかい?」

「いいじゃないのさ、このくらい。天使様に怒られた事もないよ私は」

「それで、俺にも関係なくはないってのはどういう事です?」

「...配給を貰える量の話さ。その日の体調によって取れる量が違うとかで、その分に応じた肉しか貰えないんだけど...その評価を高くする裏技みたいなのがあるのさ」

「健康トレーニング的な話ですか?」

「確かに体力は使うね!」

 

何が面白いのか、俺の背中をバンバン叩くメリダさん。近い近い。あとなんか大人の色気がする!

まぁ、顔無しなのが全てを台無しにしているのだが。

 

そうして、耳に口を近づけてメリダさんはこう言った。

 

「セックスさ。ヤった次の日だと、配給量がいつもより多いんだよ」

「...それはなんとも...」

 

この街に来て最初に出された食事の事を思い出せば理由は分かってしまう。胸糞悪い事この上ないが、今は平静に。

 

「てか、それだと男はどうやって飯食ってんです?」

「そりゃ働いてだよ。天使様達に与えられたアートマのお陰で皆強くなったからねぇ。警備隊に配属されたり、城壁の修繕をしたりと色々だよ。まぁ、それじゃ微妙に足りないってんだから女と男で組んで配給を増やすって事をしてんのさ」

 

「...淫姦を勧める街、か。主は何を思っているのだろうね」

「さぁな。とっくの昔に死んでると思うぜ?...まぁ、生き返って世界を救ってくれたらいいなーとは思うけれども」

 

「花咲さん、デオンさん、どうしたのですか?」

「あら聖女様、あんたの連れだったの?」

「メリダさん、またそんな格好をして。男の人が居ないわけではないんですよ?」

「はいはい。じゃあ私先にいくわねー。また今度」

「全くもう...花咲さん、変な事を言われませんでしたか?」

「この街のシステムをちょっと」

「全くメリダさんは...一応言っておきますが、それを言い訳にして淫らな行為に及んだら分かっていますよね?」

「分かってますよ、監視対象として大人しくしますって」

 

などと言いつつ、どうにか探れないかを考える。

潜入任務に適しているカプソは、今キョウカの元にいる。最低限の護衛だ。

とすれば、どうするべきだろうか...?

 

『サマナー、少し離れていいかい?』

『どした?』

『取り出された人の子供になるはずだった者達...受精卵がどのように使われているのかを少し探りたい』

『駄目だ。俺とお前はセットで監視されてる。お前が離れればそれはこの街に害をなす行動として見られてもおかしくはないからな』

 

『だから、ジャンヌさんに頼んでみよう』

『天使の手の者なのにかい?』

『それも含めて知りたいんだよ。ジャンヌさんがどう扱われてるのか、どこまで知らされているのか、そういった所から味方を増やせる切り口ができるかも知れない』

 

『ターミナルの件もあるし、なによりキョウカをどっかに預けないと駄目だろ。カプソの話だと、そう長くは保たないっぽいぜ』

『...了解だ』

 

「ジャンヌさん、ちょっと良いです?」

「花咲さん、どうしました?」

「あの配給システム、ちょっと気になるんです。何も知らないままここに居続けるのはちょっとアレかなーなんて思うくらいには、あの肉は魅力的過ぎる。けれど、そういうのには得てして何か落とし穴があるものです。ここでもあの野郎が絡んでたら泣きますよ俺」

「あの野郎とは?」

「...話して知られるとその分強くなるタイプの悪魔です。前に会った端末は封印されてましたけど、アイツだけじゃないって話なんで」

「...なるほど、ではこのような往来で話はできませんね。ですが調べた所で悪い所が出てくるとは思えませんよ?この配給システムはラファエル様直々の管理ですから」

「それならそれでいいんですよ。転ばぬ先の杖って奴ですから」

「では、どのように調べるのですか?」

「輸送ルートですね。各地にある配給施設内部で肉を作ってる訳じゃないでしょうから、どっかに工場があると思います。だから施設から運ばれるそれを追いかけます」

「どのように?」

「俺のペルソナなら、意識を集中させれば対象を感知し続ける事は可能です。メリダさんの体のMAGは覚えたんで、それを追いかければ辿り着けるかと」

「ならば、どうして私に話したのですか?」

「どこまで行くのか分からないんで、配給施設の近くに居たいんですよ。感知距離は無限ってわけじゃないですから」

「...探られて痛い腹など天使様方にはないでしょう。なので、多少の寄り道を許可します。しかし、1時間です。それ以降は私のスケジュールに関わるので協力はできませんね」

「了解です。まぁ、所詮興味本位なんでそのくらいのが良いでしょうね」

 

そうして、配給施設近くのベンチに座る俺たち。なんとなくコーヒーが飲みたくなってきたが、あいにくと自販機など動いているわけもない。

 

ならば、在庫の豆からやってしまおう。

 

「うし、マジカルコーヒーメイカー始めるぞー」

「サマナー、遊ぶのは程々にしてくれよ?」

「分かってるって。だけどこんな日にベンチでぼーっとするってのも違うだろ」

「すみません、コーヒーとは?」

「ジャンヌの時代にはなかったのだね。コーヒーという植物の豆を砕いて、それをお湯に溶かして飲む飲み物だよ。苦味が眠気覚ましに良いんだ」

「...苦いのですか」

「大丈夫大丈夫、高い豆使うから。香りに慄き震えれば良いさ」

 

ちなみに高い豆を使う理由は、それしかないからである。ストレージに入れていたお宝なのだ。

 

「じゃあ、始めます。まずはコーヒー豆を取り出してー、マジカルに砕きます。そしてステンレスドリッパー越しにマジカルに温めたお湯をぶち込んで、終わり!」

「サマナー、マジカルとは?」

「ノリだよ、ノリ」

 

そうして、ポットに溜まったコービンをストレージから取り出したコップに注いでいく。

 

「これは、本当に良い香りですね...苦っ!」

「ジャンヌさんコーヒー初体験ですからねー。砂糖とか要ります?苦味を抑えられますけど」

「いえ、驚いただけですので大丈夫です。それに、この苦味は悪くはありません。スッキリとした酸味と合わさってとても美味しいです」

「それは良かった」

「サマナー、お茶菓子はないのかい?せっかくの聖女様の初のコーヒーブレイクなのだし」

「...んー、オレオしかねぇな」

「あるのだね」

「ああ、スマホの方のストレージは普段使いの奴だったけど、補給手段がないからなー。...砂糖工場は優先度低いだろうから、コレ実は値千金のお宝なのでは?」

「食べるのを躊躇うのかい?」

「冗談。だけど全部はなしな、カラドリウスにちょっと食わせたい」

「神鳥に、食事を?」

「はい。功績には報いてやらないと」

「俗世の物を食べるのですか...」

「そんなもんですよ、悪魔って」

 

そんなわけで始まったコーヒーブレイク。なんとなく、ジャンヌさんに異端と言われてからあった溝が少し埋まったような気がする。始めこそぎこちなかった会話は、コーヒーを飲み終わる頃には前のように戻っていた。

 

そんなとき、ジャンヌさんが俺を見る。なにか、真摯さを感じる目で。

 

「...花咲さん、悪魔とはなんなのですか?」

「マグネタイトで体を構成する情報生命体の総称です。...ってテンプレな答えが聞きたいわけじゃないですよね」

「はい...少しだけわからなくなったのです。これまでの私が正しいのかどうか。私は、天使様の言葉だからと納得していました。たとえ魔女と呼ばれても、この身を主に捧げたのだからと。天使様達は、その祈りに答えてくれたのだと。ですがそれは、違うのではないかと思ったのです」

「そりゃまたどうして?」

「花咲さん、私はあなたに一緒に飲むまで、コーヒーのことも、その美味しさも知りませんでした。このオレオというクッキーもです。私の生きてきたフランスと、この街は、この国は違うのです。...そんな程度のことも、見えていなかったのですね、私は」

 

「...ジャンヌさん、悪い物でも食べました?」

「失礼ですね、私のことをどう思ってたんですか」

「こう、優しい狂信者?」

「サマナー、それは流石にない」

「....狂ってると言われるのは慣れています」

「メシア教の良い所をしっかり守って、当たり前のように他人に優しくできて、けど悪魔相手には割と容赦ない。そういうのが良いんだと思います。ジャンヌさんは。...サマナーとしては悪魔との交渉や同盟とかの寝技を覚えて欲しい所ですが、それはそれとして」

「花咲さん...」

 

「まぁ、話を戻しますね。この世界において、悪魔ってのは危険だけど使える隣人ですよ」

「使えるとは、サマナーの方々のように?」

「いえ、悪魔って色々いるんですよ。人を襲ってMAGを奪う過激な連中だけじゃなく、商売をしてその時の感情を糧にするもの、恵みを与えてその感謝を糧にするもの、自分の楽しみの為に動くもの、仲間の為に強く在ろうとするもの...街を作って、そこの信仰を集めるもの。本当に色々です」

 

「だから、違うのは体だけなんだと思います。心は、きっと人と悪魔は大して変わらない」

「では、花咲さんは悪魔を、心あるものを殺しても平気なのですか?」

「...その辺は人でなしですからね、俺。悪魔も人間も、必要なら殺します。それがどんなに良い奴でも。じゃないと、次に殺されるのは自分じゃないかもしれませんから」

「...戦の常ですか」

「はい」

 

その言葉を聞いて、ジャンヌさんは腰の剣をギュッと握った。ただ邪悪だと断じて殺すのは、楽なのだ。

けれど、それじゃいけないとずっとどこかで思っていて、そのきっかけはずっとどこかで探していて、そのきっかけがたまたま俺のコーヒーだったという事。奇妙な事もあるものだ。

 

「けど、無理に考えを変える必要はないと思いますよ。ジャンヌさんはジャンヌさんの心のままに動くのが、きっと一番楽しいでしょうから」

「楽しみを求めてはいないのですけどね」

「それは勿体ない。人生って楽しんだもん勝ちですよ?デオンを見習って下さいな」

「...確かに私は現状を楽しんでいないとは言わないがね」

「デオンさんは、何を楽しんでいらっしゃるのですか?」

「サマナー達、仲間と過ごす時間をだよ。生前私はこんな奇妙な集団とはあまり関わらなかったからね。波乱万丈で心休まる時はあまりないが、どこか心地いいのだよ」

 

「つまりおまえには変人仲間がいなかったと」

「サマナー、今真面目な話をしているんだ。オチを先につけるのはやめてくれ」

「自分でオチつけるつもりだったんかい」

「当たり前だろう?サマナー達との話で笑い話にならない話はあまりないのだからね」

 

そんな言葉の応酬で、ふとジャンヌさんが優しい笑顔を作っていた。

デオンの計算とも俺の計算とも違うが、まぁ結果オーライだろう。

 

「...あ、動き出した。この速度、車ですか?」

「確かに、物資運搬用には車が使われていますね」

「...やっぱ加工前はストレージには入らないのか」

 

そうして、内門の中に入っていく車。

流石にここから先を調べるのは結界の強度的に不可能だ。仕込みをしていたのならともかく、今回は監視がある。

 

ここが、引き時だろう。

 

「すいません、内門まで入られたんで追うのは無理でした。これなら帰って寝た方がよかったですね」

「いえ、コーヒーブレイクでしたか?私は楽しかったですよ」

「それは良かった。じゃあ、ラブホまで監視お願いしますねー」

「はい。...ですが、今更ながらよろしいでしょうか?」

「なんなりと」

「ラブホ、ラブホテルとはなんなのですか?実は誰に聞いてもはぐらかされてしまっていまして」

「あ、連れ込み宿です」

「...つまり、花咲さんとデオンさんは⁉︎」

「やってないですよー。なんか恋愛感情には発展しない感じのアレなんで。というか、性別不詳とやるのは怖いですよ。1/2の確率でホモセックスになるとか」

「...デオンさんは女性ではないのですか⁉︎」

「さて、どちらだと思います?」

「い、言われてみれば男性にも女性にも見えてしまいます...」

「では、答えはまた別の機会に」

 

その後、なんだか緩んだ空気で他愛のない会話を続けた。

宿に着く、その時まで。

 

「そう言えば、どうして啓示が外れたのでしょうか?」

「あー、オンギョウキ達の所ですか?」

「はい、私は行くべきだと思ったのです。ですが、結果はあのような形になりましたから」

「案外、オンギョウキと私たちが結ぶことが主の御心だったのでは?」

「メシアンの主ってそんな鬼とかに寛容な感じだったか?」

「さてね?見たことも話したことも無い私にはわからないよ」

 

その時、なんとなく想像が浮かぶ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

それがどうジャンヌさんの利益なり主とやらの利益に繋がるのかは不明だが、仮説の一つとしておいておくくらいは良いだろう。

 

そんなことを考えながら、壁の薄い部屋のあるラブホテルに戻るのだった。




緑の髪のにんじんみたいなライダー、一体何レウスなんだ?

というのはともかく、星4確定でバサスロット交換しました。パーフェクトデオンを作る為に宝具4にしようか迷いましたが、周回効率を高めたかったのです。

だってスカディ引きましたしね!(勝利宣言)
まぁ、QP足りないんでクリスマスイベントまでにスキルマ間に合うか微妙ですけれど。


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内地の人々

これで定期更新のペースは戻ったな!(一週間遅れ)

...はい、大変お待たせしました。それもこれもポケモンに熱中しすぎたのが悪いのです。
リストラとか色々言われてますが、今作マジで面白いのでオススメです。まぁミミッキュは前以上にしんどいですけどね!おのれダイホロウ。


「花咲さん、あなたの内地移住許可が出ました」

「ありがとうございます。でも、どうしてジャンヌさんがそれを?」

「花咲さんの力量から、私がいざという時の監視についているのが一番だとのことです」

「いや、監視するなら所長が先じゃあ...」

「彼女は敬虔な信徒ですよ?教義への理解も深く、悪魔への容赦もない。そして何より縁さんの守り手です」

 

ボロが出ていない⁉︎...いや、確かに所長って殺しすぎでメシアから弾かれただけだから、信仰してるフリとか得意そうではあるけれども!

驚愕しているのは俺だけではないようで、デオンも珍しく動揺を顔に出していた。やっぱそう思うよな!

 

「ま、まぁ、なんにせよ移住許可ありがとうございます。それと、これからもよろしくお願いしますね、ジャンヌさん」

「はい。それと、花咲さん達には休暇が与えられました。きちんと休まないといざという時に使えないと具申して下さった方々がいらっしゃったそうです」

「方々?」

「はい、花咲さんの仕事ぶりはしっかりと皆さんに知られているという事ですね」

「ありがたいですね。じゃあ、もう内地に入って良いんです?」

「はい。内地の警備にはもう話が通っているそうなので」

「じゃあ、ジャンヌさんは今日これからどうするんです?」

「...正直、急な休みに悩んでいるのです。外壁に傷がついたという話は聞きませんし、農作業は私の時代とは全く違いますし」

「じゃあ、内地の案内してくれません?前はちょっと入っただけなんで勝手はわかりませんでしたから」

「構いませんが、花咲さんは皆さんと合流するのでは?」

「街で名前の通ってる人の案内があった方が、色々良いですから」

「サマナー、少しゲスいね」

「うっせ」

 

そんなやりとりにふっと笑顔を見せるジャンヌさん。

笑うと、やはりこの人は良い人なのだなーと感じられる。

 

「わかりました。一緒に行きましょうか」

「ありがとうございます」

「...ジャンヌ、騙されていないか心の中で三度は思い返したかい?サマナーはそういう奴だよ?」

「ご心配ありがとうございます、デオンさん。しかし、花咲さんになら騙されても良いと思えたのです」

 

「だってこの人の嘘は、きっと誰かの為の嘘ですから」

「...買い被りすぎと言いたいですけど、正直その評価はありがたいので否定しないでおきます。じゃあ、引越しと行きましょうか!」

 

『サマナー、割と本気で照れているのかい?』

『...うん。あの殺し文句は最悪だ、人たらしだ。流石は聖女様だよジャンヌさんは』

 

そんなわけで、ホテルに置いていた小物類を纏めてストレージに入れて、ぱっと引越しをする。

 

うん、腰掛けだと思っていたのでそんなに設備を出していなかったのは正解だったようだ。

 

「相変わらず、便利なものですね」

「まぁ、その辺は中島に感謝だな。最初にこの原理を実用化させたのはアイツだし」

「中島さんとは?」

「中島朱美、悪魔召喚プログラムを作り出した、昔の天才ですよ」

「...あまり、良い人には思えませんね」

「さぁ、それは本人に会ってみないとわからないんじゃないですか?実際悪魔召喚プログラムがなかったら今この世界はなかったわけですし」

 

実際に会った感想が割とクソ野郎であることは置いておこう。

無闇矢鱈と話す事ではないのだから。

 

奴は旅の者だ。その影響力はこのメシアの街の外縁部にもしっかりと根付いていた。ならば、そこからなんかしてくるかも知れない。

 

いや、別に目的のない嫌がらせしてくるような奴であるわけじゃないんだけども。

 


 

そうして、門をジャンヌさんの顔パスで通り抜けた先、相変わらずのプレッシャーを無視してゆっくりと宿舎へと向かう。

 

どうしても警戒してしまうが、周りにいた戦闘員らしき人からは『あ、こいつお登りさんだ』とか思われていそうで苦笑されていた。やめろや、これに慣れたくないんだよこっちは。

 

そんな事を考えていると、鞘に収まっている名剣のような気配の男がやってきた。

 

見てみれば、それはいつぞやの鉄砲玉、そしてこの街の人間の最高責任者であるミハエル・ヤジマがそこにいた。なんというか、オフの時はそんな空気なのな、間違えたわ。

 

「おはようございます、デビルサマナー 」

「...司教様って呼んだ方がいいのか?」

「そうして下さい。人の目がありますので」

「じゃあ司教様。暇なんですか?」

「いいえ、これから調査任務です。西の者たちがどう動いているのかを見て、あわよくば討伐しろとの命でしてね」

「...ジャンヌさんをこっちに置いてて良いんですか?」

「ええ、私は一人の方が強いですから」

「そっか、だけどなんかヤバかったらジャンヌさんに連絡くれ。文字通り飛んで行くから」

「...あなたが、どうして?」

「売れる恩は売っておく主義なんだよ。お前のことは好きじゃないけど、それはそれだろ」

「...あなたは、意外とメシア教徒に向いているのかも知れませんね」

「え、今の計算だらけの言葉で何を感じたよお前」

「あなたは、動いた後に考える人だ。そしてそれは、人を助けるという信念に基づいている。何も考えずに走り出せる者は、それだけ多くの者の手を握る事ができる。それは、尊い事なのですよ」

 

「元鉄砲玉が良く言うなオイ」

「ぶち殺しますよ異端者」

 

なんか、このミハエル・ヤジマという奴の事が少しわかってきたかもしれない。

コイツは、教義を道具として捉えている異端だ。その根にあるのは、人を救いたいという願い。

面の皮の厚さで分かりにくかったが、そういう奴なのだろう。

 

上にいる人間が信用できると、信用したいと思える人である事に少し安堵を覚える偶然の出会いだった。

 


 

「こちらが、皆さんに提供している宿舎です。サマナー、バスターの皆さんはこのホテルに寝泊まりされていますね」

「ありがとうございます。...電気は回ってるみたいだけど、流石に電波は飛んでないか」

「そういえば、この街に来てから伝達はいつもアナログだったね。きちんと管理できてるのだろうか?」

「んー...ジャンヌさん、この辺の連中に指令を伝達するのって天使達の仕事です?」

「はい、花咲さん相手には私が行きましたが、基本は伝令の天使様方がやっています。どうしてわかったのですか?」

「いや、ラインで繋いでの念話で情報を集めてそれを管理してるんだろうなーって思っただけです。ほら、それなら天使から情報が漏れるにしても最小限ですし」

 

「へぇ、良いとこに目を付けるのね」

「あ、どもです。今日こっちに移る事になったサマナーの花咲千尋です」

「...これでも私かなりの実力者なんだけ。最近私の位置が脅かされる事が多くて辛いわ」

 

唐突に話しかけてきたのは、バスターと思わしき女性。顔つきは美人と言って遜色はないだろうが、顔についた三本の爪痕がそれ以上に目立つ女性だ。

 

「私はオリガミよ。バスターとしてこの街に居着いてるけど、信者ってわけじゃないわ」

「とすると、これから任務ですか?」

「ええ、最近肉の管理倉庫に盗みが入ってるって話でね。大した量じゃないんだけど、定期的になくなってるみたいなのよ」

「それ、もしかして昨日会ったんですか?」

「...どうしてわかったの?」

「昨日戦闘した二人とは別に、なんかしてる連中がいるんじゃないかなって憶測です。戦ったウチの一人が、援護が来るかは微妙だったと言ってたんで」

「じゃあ、あんたが昨日の化け物を撃退したサマナーなのかい⁉︎」

「ジャンヌさんとか所長とか、いろんな人の助けがあっての事でしたけどね」

 

そんな話をすると、なんだか目が肉食系女性のものに変わった。やめろや、ピュアな(心をを守っていたい)ボーイとしては魅力的なんだよコラ。

 

「あんた、今夜空いてるかい?」

「いえ、あいにくと仲間と合流したいんで」

「なら明日だ。天国を見せてやるからさ」

「あいにくと、仲間ってのは女性ですんで」

「なんだ、唾つけられてんのかい。ま、気が向いたら私を呼んで頂戴な」

「そんな日が来ない事を祈りますねー」

「坊やだねぇ」

 

そう言って颯爽と去っていくオリガミさん。肉食系は怖いなー。

 

いや、多分ついて行ったら役得なのだろうけれど、まぐわう事でつく匂いやMAGに女性は結構敏感らしいのだ。

なので残念ながら、誠に残念ながら!ついていく事を拒んだのである。

 

『サマナー、情欲が漏れているよ』

『...見なかったことにしてくれ。男子ってのはそういうもんなんだよ』

 

そんな緩いやりとりをしながら中に入る。

ガイアのガバガバシステムとは違い、この街ではしっかりと部屋割りが決められており、どこの部屋にどの人がいるのか分かるように名札がオートロックの所にデカデカと張り出されている。

 

...アナログの局地である、紙媒体で。

 

「なぁジャンヌさんよ、ここの管理してる天使様って結構機械に疎かったり?」

「というか、このあたりでは機械に強い方の方が珍しいですね。そういう方々は内地の技術局に引き抜かれてしまいますから」

「うん、苦肉の策なのなコレ。まぁわかりやすくていいけども」

「あ、千尋さんは608号室ですね。書かれています」

「仕事は早いのな」

 

そうして、そこに書かれた花咲千尋という名前の下に、ペンで“&シュバリエ ・デオン”と書き足しておく。

もちろん意味がないわけではない。何故なら、顔なしの花咲千尋より、映えるデオンを目印に訪ねてくる人がいるかもしれないからだ。

 

「じゃあ、部屋行くか」

「ああ、そうしよう。どんな部屋か楽しみだ」

「6階はそんなに大した部屋ではなかったですがね」

 

そうして入った部屋は、普通の部屋だった。

びっくりするほど普通だった。ベッド脇にメシア教の簡易聖書が置かれてるくらいが変わった事だろうか?

 

「まぁ、とりあえずデオンはどうする?ベッド一つしかねぇけど」

「それなら、使ってみたいものがある。良いかい?」

「珍しいな」

「こう、冒険心がくすぐられるものがあってね。譲って貰ったのさ」

「冒険心とな?」

「これさ」

 

そう言って慣れた手つきでタブレットを操作してストレージから取り出したのは、ハンモック。

あ、それはずるいぞ。結構高くて気持ちいい奴じゃねぇか!

 

「デオン、貸してくれたりはしたりする?」

「それはサマナーの態度次第かな?」

「...デオンさん、それは?」

「ハンモック、まぁ簡易式の寝床ですよ。私の時代では船乗りが使っていたと聞いてますが、まさかこんなに軽量で頑丈でデザインの良い物が出ているとは思わなくてね」

「これ、落ちてしまいませんか?」

「では、ジャンヌ様も横になってはいかがですか?」

「良いのですか?」

「はい。まずは、両足で布を跨いで、そのまま包まれるように横になるのです」

「これは...なんだか不思議な感じですね。宙に浮いているような」

「あ、枕があると首痛くなくなるらしいですよ」

「そうなんですか?十分快適なのですが」

 

なんてちょっとだらけつつ、必要なものを配置していく。

 

とはいっても、部屋が大した大きさではないのでストーン作製用の魔法陣を掘っているプレートと、部屋に害意を入れないようにする結界のタリスマン、あとは中の状況を常に監視しておく監視カメラ付きのジャックフロスト人形くらいだろう。

 

フロスト人形が役に立ったことはないが、まぁ気休めだ。

 

「終わり、デオンはどうだ?」

「私はとっくに終わっていたよ。幸い大した荷物もなかったからね」

「ハンモックは?」

「あれは例外さ」

 

そんなこんなで昼時には部屋作りは終わったので、ジャンヌさんを連れて昼食に出かけることにした。

 

この地域では昼食はだいたいアレらしいので、ちょっと外に出て料理といこう。聞く所によるとジャンヌさんはあまり和食を食べていないとの事なのだから。

 

「つっても、火使っていい所とかあるのか?」

「それなら、皆さんが鍛錬に使っている場所がありますね」

「じゃ、顔売るのもついでにいけるな」

 

どれだけ人が来ても、割増のMAGと交換で食事を振る舞えるのだから実質黒字、さすが藤太さんの無尽俵である。

 

藤太さんなら無償で振る舞うだろうかとは考えないようにする。だって仕方ないのだ。連日の任務で地味にMAGが赤字続きなのだから。ミドルクラスの悪魔が適正の所にクー・フーリン連れてっているのだから。

 

それなりの悪魔を仲魔にできないか迷う所だが、COMPの召喚陣記憶容量も無限ではない。これから戦うのはだいたい化け物揃いなのだろうから、無駄にリソースを使うのは得策ではないだろう。カブソのような一芸を持っているならともかくだ。

 

そんなこんなをしていると、結構な広さの空き地で多対一の訓練をしているのが見えた。

 

多人数の方は、様々なアートマを刻まれた顔なし達。装備はテンプルナイト御用達のメシアンローブシリーズだ。武器は剣や槍、トンファーなど様々だが、どれも神聖なる力が感じられる。天使の加護とかだろう。

 

対して、一人の方の武器は見覚えのあるガントレット。多人数に対して決して隙を見せず、その全てを捌き切っているのは紛う事なき俺の仲間。

 

神野縁、その人であった。

 

「...これが、ヤコブの手足ッ!」

「基本以外は我流ですけどね!」

 

そうして長期戦の精神的な疲れにより連携の崩れた一人が縁のカウンターに倒れ、それがきっかけとなりあっという間に一人また一人と拳に倒れていった。

 

だが、倒されていてもやはりやり手のデビルバスター。

一人がすぐに起き上がると、その裏でもう一人が小石を拾って指弾を正確に額に命中させる。

 

そして起き上がった一人と残っていたトンファーさんが同時に縁を攻撃する。これは流石に入ったと思ったが、縁が展開したのはタラスクの鱗。ノーモーション、ノータイムでピンポイントに作り出していた。

 

そしてその壁に攻撃を止められた二人は2発の正確無比なジャブで脳を揺らされ崩れ、そして最後の指弾の男のマウントを取って拳の振り下ろし。

 

それを寸止めにして、縁は一言言った。

 

「ありがとうございました!」

「あー、流石聖女様。やりやがるねぇ」

「いえ、あの指弾は完全に意識の外にありました。アレが魔法石だったら私も危なかったと思います」

「そぉ?そりゃ自信になるか?...まぁ、問題なのは生まれた隙を活かしきれなかったコイツらだよなぁ...本当に嗅覚がなくて嫌になるね。同僚辞めたくなるわ」

「嗅覚ですか?」

「そ、戦場のココってトコを嗅ぐ嗅覚。そういうのが鋭い奴ってのは味方に居ると本当に強いのさ。勝てない戦いがひっくり返るかもしれないんだからね」

 

「それで、聖女ジャンヌはなんか用ですか?見ない顔と一緒にいらっしゃりますけれど」

「バレていましたか」

「そりゃ、そんな綺麗な空気作るのなんか聖女エニシとあなただけですからね」

「俺たちは、飯を作りに来ました」

「飯を?食材なんてどっから調達したんだ?こんな世界で」

「そりゃ、外からの持ち込みですよ。俺は縁と一緒にこの街に来た最後の一人、サマナーの花咲千尋です」

「へぇ!あんたが姐さんの!ようやく中に入れたって感じかい!」

「はい。まぁ、結構優遇して貰った感じですけどね。所で縁、皆はどうした?」

「お久しぶり...というほどじゃありませんでしたけれど、また会えてホッとしました、千尋さん。所長と真里亞さんとパスカルは内地警邏ですね。ローテーションを組んで私たちは休んでます」

「じゃ、人数分作ります?アートマ刻まれた人達の舌に合うかはわかりませんけど」

「じゃあ頼むわ。ひっさびさに謎肉以外の飯が食えるとか、結構なこったぞ」

「謎肉って、カップ麺じゃないんですから」

 

なんて言いながら、取り出した豚肉を鍋の底で炒めつつ味付けをして、そこに野菜を一口大にカットして適当にぶち込みまた炒め、そして水を加えて味噌と醤油で味を整える。

こんにゃく?奴は取り出せぬ。芋から作れなくはないのだが、流石にこの超時短レシピでは作っていくのは面倒だ。それに、自作すると鮮やかな黒い奴にはならないので彩り的にはそんなにって感じだし。

 

などと思考の一部を脇に晒しながら、並行してお米を水撃魔法(アクア)で操作してマジカルに研ぎ、圧力鍋に食用の水と共に入れて火炎魔法(アギ)にて火をかける。

 

あとは、火が通るのを待つだけだ。

 

つまり作っていたのは豚汁とご飯。シンプルに皆に振る舞うにはうってつけのものだろう。量的にも、味的にも。

 

「...なんか、凄え技術の無駄遣いを見た気がしたんだが」

「千尋さんってそういう人ですからねー」

 

「てか縁、倒れてんの治してやれや」

「ですね。皆さんに癒しを...メシアライザー!」

 

そうして倒れている皆が次々と起き上がる。なんか光悦の表情を浮かべながら。

 

洗脳の効果とかあるのか?縁のアレって。

 

なんてことを考えながら、早速商売に移る。

とはいえ、珍しいだけで金を取るのは忍びない。故に、美味しいと思った分のMAGを寄越せ!と言ってみた。そう言われると気になって仕方ないらしいメシアンの方々。

 

これで、皆に食わせる事は可能だろう。そして、俺は結構味には自信がある。なにせ無尽俵から取り出した食材ってびっくりするくらい美味しいからな!

 

そして、案の定高評価。

支払われるMAGは、このメシアンのリーダーをしているらしいトンファーさんが率先して高額を払ってくれたので、ちょっと思った以上の黒字を叩き出した。

 

ジャンヌさんも慣れない箸使いでありながら、豚汁を食べた時に見せたホクホクの表情から相当に美味しかったのだとわかる。やったぜ。

 

...なので、アートマを刻まれたマン達が特殊な食事を取れるのか実験を兼ねていた事は内緒にしよう。MAGを原材料とした加工食品なら、食えなくはないようだ。栄養になってるかは微妙な所だが。

だが、これならキョウカに美味いものを食わせてやる事ができそうだ。あの肉ばかりでは飽きるだろうし。

 

「そういや。内地警邏ってなんかしでかす輩でも居るのか?」

「...はい。ですが姿は見えず、結界にも反応せず、食料をいつのまにか盗んでいく怪盗のような者がいるんです。なんでも、2ヶ月くらい前かららしいです」

「怪盗とか面白い事になってんな。けど、それじゃあ外に回す食料とか足りなくなってないか?」

「それが、その人は天使様達に捧げる余剰分の食料だけを盗んでいくんです。だから街の管理には影響はあまりないんですけど、それもまた問題なんですよね」

「あー、情報も抜かれてんのか」

「はい。盗人が悪意をもってこの街に攻撃をしてきたのなら、皆さんは飢えて死んでしまうとの事です」

「まぁ、飢えに関してはしょうがねぇトコあるんだけどな。自分らで選んだコトだし。しかし、この飯を食えたとなるとアートマの副作用ってのは嘘だったのか?」

「あ、この食品MAGで作った代用品なんですよ。本来はそれを世界に定着させてから食うんですけど、今回はあえて不完全な状態のままにしてたんです。だから、皆さんの体はただのMAGを捕食していると認識して、拒絶反応を見せなかったんだと思います」

「...聞いてはいたが、凄えなあんた」

「まぁ、魔術師も兼ねてますから」

「だが、うん。これなら皆も喜びそうだ。あんた、その代用品の作り方っての幾らで売る?」

「残念ながら、まだ遺物頼りのなんだかよくわかってない現象なんで、まだ売れないですね。けど解析して、問題が無いってわかって、それを再現可能な術式が出来上がったら即公開する気ではいます。これでも顔は広いんで」

「...天使様方に研究を任せるんじゃ駄目なのか?」

「友人から託された遺品なんです。そうやすやすと渡してはやりませんよ。たとえ相手が神様であっても」

「すまん、無粋だったな。だが、それなら俺も協力する事にする。アートマ持ちの人体データは欲しいだろ?食った後の体への影響とかな」

「ありがとうございます。...えっと」

「俺はサムだ。キメラアリゲーターのサム」

「改めて、花咲千尋です。アートマはない、ただの花咲千尋」

「うし、早速見てくれや」

「ういっす...体調に問題はなさげですけど、やっぱMAGとして体に入っただけなんで体を作る栄養にはなってないですね。ちゃんと肉を食べるのを忘れないでくださいな」

「おーよ」

 

「隊長と仲良くなるの早いですね、あの男」

「アートマ無しでもあれだけの術を使えるんだ、それだけで実力は見える。そして、そういうのを隊長は気にいるだろ」

「ま、元から気さくな人だしな」

「そうなのですか。それならもっと声をかけてみても良かったかも知れませんね」

「「「聖女様⁉︎」」」

 

なんか騒がしかったが、ジャンヌさんならそんなものだろう。アレで意外と茶目っ気ある人だし。

 

そんなわけで、ちょっと黒字な昼飯時だった。

 


 

「それで、千尋さんにはどこまで許可出てるんですか?」

「許可?内地に住めるだけじゃないんです?外と中の違いって」

「ああ、説明してませんでしたね。花咲さんは特級戦闘員として扱われるので、施設利用に関しては制限はありません。しかしまだ新参ですから議会での発言権や提案書の提出、データベースへのアクセスなどは制限されてますね」

「あ、意外と扱い良いですね。結局は鉄砲玉って事だと思ってたんですけど」

「この街には敵が多いですから。遊ばせておく戦力はないのでしょう」

「んで、縁はどんくらい許可ってのは出てんだ?」

「...それが」

 

「私を聖女として新たな柱にするという事を天使様方がやっているらしくて、その一環なのかいろんな制度への許可が貰えてしまってるんです。...重くないですかこの街?」

「いや、聖女ってだけでそれくらいは普通だからな?今まで会ってきた連中が変なだけだから」

「重いんですねー、自覚はないですけど」

「あ、それなら縁、外部探索の許可貰ってきてくれね?同行者俺で」

「構いませんけど、何かあるんですか?」

「ああ、外で拾った子に肉を届けたくてな。ついでに、どこに預けるのがキョウカにとって一番かの参考になりそうな情報を届けたかったりとか」

「...この街の4大派閥は、警備統括のウリエル様、技術統括のラファエル様、戦略統括のミカエル様、そして教皇代理のガブリエル様に分けられていますね。ですが、それぞれが反目しあっているという事はありませんよ?」

「それなら俺の気にしすぎってだけですから」

 

そんなわけで縁が門に行ったら顔パスで諸々の手続きが終わるという驚きを感じつつ内地から離れ、そのままショッピングモールへとペガサスとタラスクを飛ばす。

 

ジャンヌさんは、ペガサスに乗れてちょっとご満悦だったようだ。風を切るのは気持ちいいものな。

なお、タラスクの高速回転飛翔に慣れていなかった俺は、ショッピングモールについてからすぐに酔ったのはご愛敬。回ってる最中は案外大丈夫なのは割と不思議だなー。

 

「よぉ、キョウカ。昨日ぶり」

「花咲さん!デオンさん!ジャンヌさん!...と、誰っすか?」

「はじめまして、神野縁と言います。千尋さんの後輩です。よろしくお願いします、キョウカさん」

「なんか良い人な雰囲気っすね!」

「ああ。それについては保証する。じゃ、カブソ。こっち来い」

「はーい。MAG補給だねー。あと、充電器にもMAGお願い。あと10%しか残ってないのさ」

「...まぁ、MAGは儲けたから良いんだがな」

 

そう言ってカブソと充電器とついでにゲーム機にMAGを充填する。

なんかこういう所節約したらもうちょいMAGに余裕が出来そうな気がしてならなかったりするぞオイ。

 

まぁ、仲魔への労りとキョウカのメンタルケアに関係するので無駄な出費というわけではないのだろうけども。

 

「んで、変わりはあったか?」

「んー、拠点は動かした方が良いかもね。空気が良すぎて駄目だよ」

「...嵐の前の静けさってことか?」

「そ。ただまぁ、この大所帯で他に行く所はないんだって話しなんだよね、ここの皆は。自衛できるほど強くないから」

「...そうか。それはオンギョウキには話したか?」

「一応ね。ただ、逃げるなら急がれよって言われたよ。オンギョウキも嫌な予感を感じ取ってるんだろうね」

「...わかった。次の拠点に関しての探索も進めておくわ。つーか、キョウカに関してはメシアの街に行けるのが一番なんだけどな」

「陰謀絡みとかアニメみたいだよねー」

「殴って解決するような簡単なのなら、真里亞がなんとかするんだけどな。伝説の水戸光圀公みたく」

「だねー」

 

そう言ってカブソはピンと張っていた仕事用の空気を緩める。こういう所がコイツの頼りになる所なのだ。

 

「じゃあサマナー。今日は鯛が食べたい気分なんだけど」

「グルメだなぁ畜生。じゃあ料理ついでに晩飯はここで食うとするか」

 

そんなわけで、またしても半固定化した食材によるクッキングだ、そんな風に思って下拵え用に調理道具を取り出そうとしたその時。

 

神聖さを感じる、強大な力が一つ、そしてそれに追随するように多くの悪魔がやってきたのを感じた。

 

「戦闘準備!」

 

即座に反応して動き出す皆。キョウカにわらわら集っていた小さな悪魔達が先導してキョウカを隠れさせ他の腕のある悪魔がそれを守る配置につく。

 

そうして、外に迎撃に出る。俺と、デオンと、縁と、ジャンヌさん。

 

そうして見えてきたのは、人の姿に翼を生やした天使。

それは、ついこの間会ったウリエルに似ているものだった。

 

「我が名はラファエル。聖女よ、道を開けよ」

「ラファエル様、一体なんの用があってここに?」

「知れたこと」

 

「ダークロードのアートマを回収する。それが我らが主の為になる事なのだから!」

 

そうしてラファエルの後ろから次々と現れてくるハイエストに届くだろう天使のようなナニカが50ほど。どれも理性はなく、しかしそれはしっかりとラファエルにより管理されているのを感じる。

 

「多勢に無勢、か」

 

そんな中、どうしてかジャンヌさんは旗を強く握りしめていた。

 

ココを守る為に戦うべきか、ココを通してキョウカを売るか、逃げ出してキョウカを他に隠すか。

 

さて、どうしたものだろうか?

 

『サマナー、笑っていないかい?』

『かもな。笑うしかねぇんだろ。多分な』

 

「...ラファエル様、ダークロードのアートマとは、キョウカさんの事ですね」

「...個体名は、水無瀬キョウカであったな」

「キョウカさんを、どうするつもりなのですか?」

「我らを疑うのか?聖女ジャンヌ」

「はい。信じる為に」

「何故と問うなかれ。かのメシアの言葉を忘れたか?」

「いいえ、心にしっかりと刻まれています。しかし、私に告げる啓示が、そしてなによりも私の心が、ここを通すべきではないと告げているのです。私の目で、この世界を見る為に!」

「やはり異界の者は邪悪であったか!魔女よ、消え失せろ!」

 

そうして放たれる高位万能属性魔法(メギドラ)。その光をジャンヌさんは躱さずにまっすぐ見つめて受け入れて

 

「神威の、盾ェ!」

 

その滅びの光は、縁の守る思いで止められた。

 

そして、その瞬間に生まれる言い訳。よくもまぁ、こんなドギツイ策を思いついたものだ。あるいはそれも啓示なのかもしれないが。

 

「聖女ジャンヌになにをするか!所詮貴様は悪魔であったか!ラファエル!聖女ジャンヌを守るために、貴様の悪逆を止める為に!ここで貴様を止めさせて貰う!」

 

『サマナー、ごめん似合わなくて笑いそうだ』

『自覚してるよ悪かったな!』

 

そんな言い訳の元、ショッピングモール防衛戦は始まった。




というわけで、対ラファエル&デミエンジェル部隊です。数の暴力って怖いねーっね事を描けたら良いなーと思います、はい。


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