世にも奇妙なオーバーロード (kirishima13)
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第1話 ヒーロー

 頭の中がフラッシュをたかれたかのようにチカチカしている。

 私はどうしたのだろうか……。

 

 魔導国という国を作り支配者アインズ・ウール・ゴウンとして活動していたのではなかっただろうか……。

 

 よく思い出せない。頭の中のチカチカが大きくなる。体もなんだかピリピリしている。

 

 ピリピリ?

 

 睡眠無効・状態異常無効のアンデッドだというのに?おかしい、何かが明らかにおかしい。

 

 頭の中のフラッシュがさらにひときわ大きくなる。

 

 そして私はその白い空間から抜け出るようにすべての光景が後方へと消し飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

「……モモンガさん」

 

 誰かが俺を呼んでいる。

 

「……モモンガさん?」

 

 飛ばされていた意識が段々戻ってくる。

 ここはナザリック第九層にある円卓の間だ。巨大な黒曜石の円卓に41の椅子が並べられている。もう自分以外の席に座る者などいないというのに……。

 いや、使うことがないと諦めていた部屋だ。アインズは赤い眼光を見開き周りへとそれを飛ばした。

 

「ん?」

「モモンガさん」

「え?」

「モモンガさん、どうしたんですかぼーっとしちゃって……」

「……ヘロヘロさん?」

「はい、ヘロヘロですよ」

 

 そこにいるはずのない人物。どれだけ探そうと、望もうともう会うことの出来ないと思っていたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドメンバー。それがそこにいる。

 

(……ヘロヘロさん?)

 

 人物とは言ったが人ではない。古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)というコールタールを思わせる黒色の粘体。異形種である。

 

(ここはナザリックの円卓の間……?俺はどうしたんだっけ)

 

 頭の中でフラッシュが焚かれ、意識を失ってからよく思い出せない。アンデッドなのにまだ頭と体が痺れているような気がする。

 しかし、目の前の光景が幻ではないことにあらためて気づき、つい大声をあげてしまった。

 

「ヘロヘロさん!?ヘロヘロさんなんですか!?何でここに!」

「なんでってモモンガさんがユグドラシルサービス最終日だから集まろうって言ったんじゃないですか。本当に大丈夫ですか?」

 

 心配そうに体をくねくねと動かす粘体。いつも見ていたヘロヘロさんのエモーションだ。

 

(ユグドラシル?サービス終了?もしかして……)

 

 もしやと思い、モモンガはかつてユグドラシル時代に操作していたモーションを取る。すると……。

 

(……コンソールが出る!?え!?じゃあもしかしてログアウトもできるのか???もしかしてサービス終了日に戻ってる!?なら……)

 

「大丈夫です!えー……と。そうですね……もう少しでサービス終了になっちゃいますね」

「ええ。あーそれでモモンガさん、すみません。そろそろ落ちないと。もう眠くて」

 

 ヘロヘロが汗のエモーションを表示して申し訳なさそうにしている。見覚えがある。いつかこうしてヘロヘロさんのログアウトを見送ったのだ。そしてそのあと後悔したのだ。ならば……。

 

(あの時はここで引き留められなかった。じゃあここで引き留めればあの世界に一緒にいける?でもそれはヘロヘロさんのためにはどうなんだろうか……)

 

 ヘロヘロも現実では社畜と呼ばれるハードワーカーで体もボロボロだと聞いたことがある。それならば一緒に行ったほうが幸せなのではないだろうか。少なくとも自分は現実に戻りたいとは思っていない。モモンガは少しだけ勇気を出してみる。

 

「ヘロヘロさん、せっかくですから最後まで残っていかれませんか」

「そうですね……。あー……うーん、そうですか。じゃあもうちょっとだけお話をしましょうか」

 

 少し悩んだだけでヘロヘロは快く承諾してくれる。アインズは嬉しさに叫びだしたくなるのを必死で耐える。

 

「ありがとうございます!」

「それにしてもモモンガさん。ギルドマスター本当にお疲れさまでした。それで、モモンガさんはサービス終了後どうするんですか」

「終了後?それは……」

 

 返答に困る。何もない。自分にはユグドラシル以外何もなかったのだ。

 自宅と職場を往復するだけの毎日。家に帰ればユグドラシル。それ以外何もなかった。ならば何をするというのか。このままあの世界にいければ……。

 そんなことを思っているとヘロヘロが意外なことを言い出す。

 

「そうだ!もしよかったら別のゲームでご一緒できるかもしれませんし、以前いただいたアドレスにメール送っておきますね」

「え」

 

 考えてもみなかった。ユグドラシルをやめた後、また別のゲームを?しかし、それは……。

 

「ギルドのみんなもきっとまた一緒に遊びたいと思ってますよ」

「そう……でしょうか」

 

 本当にそう思っていたらみんなユグドラシルをやめたりしなかったんじゃないだろうか。正直皆が自分を裏切ったという思いがある。みんながサービス終了まで残っていたのなら分かる。

 しかし、残っていたのは自分一人だ。自分にはユグドラシル以外考えられないというのに。

 そんなことを考えていると頭が痛くなってきた。例の白いフラッシュだ。手足も少ししびれているような気がする。

 

「で   が   しょう」

「え?」

 

 ヘロヘロの言葉が聞き取れない。声の調子から何か真剣な話をしているような気がする。もっと話をしていたい。必死に聞こうと意識を集中する。

 

「目を覚ましたら次は    ですよ」

 

 だめだ。よく聞こえない。頭がぼんやりとしてきた。

 

「モモンガさん、大丈夫ですか。モモンガさん、モモン          」

 

(もう少し、サービス終了までもう少しだけ話をしたい。もう少しだけ仲間と)

 

 最後まで考えることは出来ず、意識がホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

「モモンガ様!モモンガ様!」

 

 気が付くと玉座の間にいた。目の前にはNPCのアルベドがいる。眠っていたのだろうか。念のため自分の肉体を確認する。そこには白磁を思わせる骨の手足があった。自分の操作していたキャラクター。アンデッドである死の支配者(オーバーロード)である。

 

「……夢だったのか?いや、こっちが夢なのか?」

「どうかされましたか、モモンガ様」

 

 心配そうに見つめてくるアルベド。相変わらず美しい造形だ。ギルドメンバー、凝り性であるタブラ・スマラグディナの忘れ形見のサキュバスだ。漆黒の艶やかな髪からは捻じれた2本の角が突き出し、腰からは漆黒の翼、豊満な肉体は純白のドレスが包んでいる。

 

「アルベド。今はいつだ。あれからどうなった」

「あれからとはなんでしょう。至高の御方々がいらっしゃってからそれほど時間は経っておりませんが」

「え?仲間が来てたのを知っているのか!?じゃあヘロヘロさんは?」

「ヘロヘロ様でしたらお帰りになりました」

「帰った?ログアウトできるのか?」

 

 モモンガは急いで操作をしようと手を動かす。しかし、コンソールは開かない。

 

(どういうことだ。いや、記憶があいまいでよくわからない。夢?いや、アンデッドである私は夢を見たりしない。では白昼夢?妄想か何かなのか?今の状態はサービス終了直後なのか?であれば……以前の記憶ではここがゲームかどうか確かめるためにアルベドの胸を揉んだんだったな……)

 

 かつてはここがゲームの中なのか確かめるためにアルベドの胸を揉んだ。しかし、今はそんなことをしている余裕も必要もない。

 

(であれば現在の状況確認を優先すべきだ。ならば……)

 

「アルベド。ナザリックすべての者たちに伝えろ。ナザリックから決して出るな。そして、ナザリックの中を隈なく捜索しろ。ギルドメンバーがいるかどうか調べるんだ。いいな」

「はっ!かしこまりました。それでモモンガ様はどうなされるのでしょう」

「私は少し外の様子を見てくる」

「では、私がお供をいたします!準備をする時間をいただきたく」

「だめだ。絶対に外に出るな」

「そんな!おひとりでは何かあったときに盾となってモモンガ様の玉体を守れません!」

「だめだ!許可しない」

 

 こんな問答もかつてしたものだ。その時は折れたが今回ばかりは折れるわけにはいかない、そんな気がする。

 今、何が起きており、世界はどうなっているのか、それは一人で確かめなければならない。何故かは分からないがそんな気が……。

 

 

 

 

 

 

 ナザリックより外にでたモモンガは周りを見渡す。記憶の中での移転後のナザリックの場所等相違ないように見える。周りに見えるのは草原のみ。ユグドラシルでの毒沼地帯にあったナザリックではない。

 モモンガは少し考え込むと、1番最初に調査する箇所を頭に思い浮かべる。

 

(この世界での初の人との遭遇……カルネ村だったな。そうだ、あそこが襲われるはず。エンリとネムを救ったんだったな。この世界が記憶の通りになるかは分からないが確かめる必要がある……)

 

 モモンガは腕を一振り《転移門(ゲート)》を開くと、トブの大森林へと移動する。

 目の前に現れたのは広大な森林の上空だ。かつてモモンガもモモンとして何度も訪れた場所であるため既視感を覚える。

 

(やはり知っている!この場所を。すると……そろそろか?)

 

 そう思った矢先に大きな悲鳴が聞こえてきた。女の子のものだ。そして続いて聞こえてくるのは草をかき分けるような音、そして鎧を打ち鳴らした金属音だ。

 

「ネム!走って!」

「おねえちゃん!」

「待て!逃げると余計に苦しむぞ。あきらめろ!」

 

 怯える少女たちの声と追いかける兵士の声。記憶の中とまるで変わらない様子にモモンガは安堵とともに残念な気持ちを抱く。

 安堵は予想が当たったこと。残念な気持ちはここが仲間たちのいない世界であることが証明されたこと。

 

 

―――しかし

 

 

「待てい!罪もない少女たちを手にかけようとは!この悪党め!許さん!」

 

 全然違っていた!展開が全然違っていた!

 ここは少女を自分が助けたはずだ。そう思いつつ、ふと声のした先を見ると木の枝の上に純白の鎧を着た聖騎士が立っている、赤いマフラーをたなびかせて……。

 

(たっちさん!?)

 

 それはギルドメンバーの一人、最強の一角であるワールドチャンピオン、たっち・みーであった。

 

「行くぞ!変身!」

 

(変身!?)

 

 モモンガの混乱を他所に、たっち・みーの腰のベルトの太陽が回転する。そして両手をそろえて一回転させると、木からダイブした。

 空中で一回転するとたっち・みーの鎧が消え失せ、その真の姿を現す。

 それは屈強な肉体を持った昆虫の戦士である。頭から二本の雄々しい触覚、顔の半分はあるかというくらい大きな赤い複眼、バッタを思わせる口、そしてその首には真っ赤なマフラー、腰に太陽を思わせるバックルのベルト。一昔前の変身ヒーローそっくり、マスクをしたライダーのようなその姿。いつもフルプレートメイルを装備しているため見る機会は少なかったが、それはまさにたっち・みーの姿であった。

 

(変身って!鎧脱いでるだけなんですけど!何やってんの!?たっち・みーさん!?)

 

「悪は絶対許さない!たっち・みー!ここに見参!」

 

 華麗に地面に降り立ったたっち・みーの決め台詞とともにその背後が大爆発を起こした。周りに影響がないことからユグドラシル時代に使っていた課金エフェクトだろう。

 

「たっち・みー様!」

「たっち・みー様だ!」

 

 エンリとネムがたっち・みーの登場に歓声を上げ笑顔を輝かせる。

 

(ええ!?なんで知ってるの!?え!?え!?)

 

 モモンガが混乱と鎮静化を繰り返しているのを他所に鎧を着た兵士の一人が視線を少女たちから昆虫戦士へと変える。

 

「な、なんだお前は!亜人!?邪魔をするというなら……お前から処分する!おい、みんなこっちだ!」

「とぅ!」

「ぐはぁ!」

 

 たっち・みーは増援を呼んだ兵士からの攻撃を避け、拳をたたきつけると兵士はバタリと倒れる。

 たっち・みーの本気の拳を食らったらあの程度では済まないので手加減をしているのだろう。

 するとその時である。

 たっち・みーの背後から音楽が流れだし、モモンガはさらなる混乱の渦へと堕ちていく。

 ヒーローモノの主題歌のようだ。その曲に合わせるようにたっち・みーは兵士をバッタバッタと倒していく。

 するとその曲に合わせてエンリが歌いだし、ネムが復唱を始めた。

 

「たっち・みージャンプ! 」

「ジャンプ!」

「たっち・みーキック! 」

「キック!」

 

 エンリが拳を振り上げてたっち・みーを応援し、ネムがピョンピョン飛び上がってジャンプ、キックと盛り上がっている。

 

(何なのこれ!?ヒーローショー?なんで君たち歌詞知ってるの!?っていうか何その曲!権利とか大丈夫!?)

 

「とうっ!」

 

 たっち・みーにより兵士の最後の一人が倒される。モモンガは混乱して身動きができなかった。 

 戦闘が終わると同時に曲も終わり、歌に夢中だったエンリも背中の傷を思い出したのか痛みに顔を顰める。

 兵士に斬りつけられていたのだ。斜めに赤い染みができた背中が痛々しい。

 

「っ」

「お姉ちゃん!」

 

(……たっちさんが兵士を倒したんだし、彼女の傷くらいは俺が治してやろうか)

 

 モモンガはポーションを取り出し、木陰からエンリとネムのもとへ向かう。しかし、突然漆黒のローブを着たアンデッドが現れたことでエンリとネムは再び恐怖に襲われる。

 

「きゃあーーーーーーーーー!」

「お、お姉ちゃん怖いよお!うわーん!」

 

(あ……そうだった。前も怖がられた気がする!)

 

 モモンガが後悔するが早いか、その目の前には刹那の間に昆虫の戦士が仁王立ちをして拳を握りしめていた。

 

「むっ!か弱き女子供を泣かせるとは!許さん!とぅっ!」

「あいたっ!」

 

 たっち・みーの攻撃。モモンガは倒れた。

 

 

 

 

 

 

 たっち・みーの攻撃を受けたモモンガは地面に倒れていた。周りにはもう少女たちも兵士たちもいない。そんな中、モモンガはうつろな意識の中で考えていた。

 

(俺、アンデッドなのになんで気絶してるんだろう……)

 

「モモンガさん、モモンガさん」

 

 頭の上のほうから声が聞こえる。

 

「んん?」

「目を覚ましてください。モモンガさん」

 

 たっち・みーだ。先ほどの怒ったような表情も握りしめたこぶしも今は目の前にはない。いつかのような優し気な表情を思わせる声だ。

 

「たっちさん……。ってたっちさん何やってんですかここで!」

「ああ、やっぱりモモンガさんだ。とてつもなく恐ろしいアンデッドが現れたと思ったら……。何やってるはこっちの台詞ですよ。モモンガさん!だめですよ!」

「ええー!?何で俺が怒られるの!?」

「……分からないんですか?もう一発行きますか?」

 

 たっち・みーは再び拳を握りしめる。

 

「え?え?あ!さっき子供を泣かせたこと!?」

「そうです!駄目でしょう。子供を泣かせたら。いくら悪のギルドって言っても最低限のモラルは守ってくださいよ。悪の美学とか言ってえげつない事してる人もいましたけど、モモンガさんは違うでしょう」

「あの……はい、すみません……っていやいやいや!たっちさんこそ何やってんですか!」

「私ですか?私は正義の味方をやってますけど?」

 

(いや、そうだけど!たっちさんリアルでも警官で正義の味方やってるけど)

 

「そんなことより……モモンガさん元気そうですね」

 

 そんなことで片づけて欲しくないが、久しぶりに会う懐かしい友人に言われては些事は後回しにするしかない。ギルドメンバーに会うことほど重要なことがあるわけがないではないか。

 

「たっちさんこそ元気そうで!よかった!会えて本当にうれしいです!もうみんな会えないと……俺のことを見捨ててやめちゃったと思ってましたから……」

「見捨てるなんてそんなこと思ってませんよ。お久しぶりです。モモンガさんは今何をしてるんですか?」

「俺は……今でもギルド管理ですかね……。でもNPCたちが色々と助けてくれていい感じだと思いますよ。そうだ!ナザリックに戻りませんか!?たっちさんの作ったセバスもきっと会いたがってますよ」

「……セバスが?会いたがってる?」

 

 たっち・みーが怪訝な顔して首を傾げている。何か気になることを言っただろうか。

 

「何かおかしなこと言いました?」

「いえ……。何でもありません。そうですね、ナザリックに戻り……ましょうか」

 

 

 

 

 

 

「おかえりなさいませ!モモンガ様!たっち・みー様!」

「おかえりなさいませ!」「おかえりなさいませ!」

「おおお、たっち・みー様に再びお会いできるとは。私……感激の極みでございます」

 

 ナザリックへと戻ったモモンガとたっち・みー。戻った二人を待っていたのは守護者一同による熱烈な歓迎であった。たっち・みーとの出会いを伝言で伝えたアルベドは喜びのあまりか一瞬言葉を詰まらせてはいたが、歓迎の準備をしておいてくれたらしい。

 その中でも特にセバスは普段のクールさはどこにいったのか、感涙に咽び泣いている。

 しかし、久しぶりに見るNPC達の様子を見てたっち・みーが喜ぶと思っていたモモンガに反して、たっち・みーの反応は微妙であった。顎に手をやり首を振っている。

 

「あの……これモモンガさんが設定したんですか?」

「え?何のことです?」

「NPCの設定ですよ。私を見てこう反応するようにしたんですか?」

「?」

 

 何を言っているのだろうか。モモンガにはたっち・みーの言っていることが分からない。

 

「何もしてませんよ?セバスも他のみんなも自分自身の言葉で本当に喜んでくれてるじゃないですか」

 

 モモンガは笑いかけるがたっち・みーはさらに頭を振るのみだ。

 

「モモンガさん……何を言ってるんですか?NPCが勝手に話しだすわけないじゃないですか……」

 

 たっち・みーの言葉にモモンガは自分の勘違いに気づく。モモンガ自身もこの世界が改変されたことを確信するまでは時間がかかったのだ。それを思えばたっち・みーの反応は普通と言えるだろう。

 

(ああ……そうか。たっちさんはNPCが自我を持ったことを知らなかったからな……)

 

 すっかりNPC達を普通に仲間や部下と同じように受け入れ感覚が麻痺してしまっていたらしい。ならば説明が必要だろう。

 

「たっちさん!驚かないでくださいよ?実はですね!NPCたちは本当に自分の意志でしゃべってるんですよ!」

「え……」

「信じられないのも分かります。でも、血も通って脈もあります。生きてるんですよ。あ、俺とかアンデッドは違いますけど……。でもNPCに命が宿ってるんですよ!すごいでしょう!?」

「あ、ああ……そうですか」

 

 信じられない現実を突きつけられて驚いているのだろう。たっち・みーの声には戸惑いがあるように思える。

 

「たっちさんどうしたんです?気分でも悪いんですか?」

「確かにちょっと気分がすぐれないかも……」

 

 たっち・みーの言葉にアルベドが一歩前へと踏み出して膝をつく。遅れて周りのNPCも続いた。

 

「たっち・みー様、お部屋でお休みになられるのがよろしいかと存じます」

 

 言われずとも自分たちを気遣ってくれている。これで生きていないなどと言うことはありえないだろう。アルベドのまるで家族のような心遣いにモモンガは嬉しくなる。

 

「そうですね……たっちさん。アルベドが部屋に案内します。少し休んではどうですか?」

「そう……させてもらおうかな。あ、モモンガさん。最後に一言だけ。俺はモモンガさんのこと見捨ててなんていませんよ。昔も……そして今もね」

 

 たっち・みーの言葉が身に染みる。ギルドに一人きりになりメンバーを少なからず恨んでしまっていた自分が情けない。今の一言、それを聞けただけでモモンガは救われた気分になる。

 

(……俺は見捨てられてなんていない……一人じゃなかったんだ……)

 

 部屋を退室する二人を見送りながらモモンガはこれから始まるかつてのギルドメンバーとの冒険を夢見ていた。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。そこで守護者たちやナザリックのシモベたちはたっち・みーの帰還に揺れていた。すべて生命、非生命問わずその場にいるすべてが彼らの主の一人が帰還したことを祝福している。

 モモンガはそれを喜ばしくおもいつつ、最後に気分がすぐれないと部屋へと行ったのが少し心配であった。

 あれから随分と時間がたった。たっち・みーの様子が気になりモモンガはアルベドに尋ねる。

 

「アルベド。たっちさんはまだ部屋にいるのか?」

「たっち・みー様はお帰りになりました」

「はぁ?帰るってどこへ?現実(リアル)に帰れるわけないからこの世界のたっちさんの家?があってそこに帰ったということか?」

「たっち・みー様はお帰りになりました」

「俺に何も言わずに?たっちさんが?」

 

 帰るとしてもモモンガに何の挨拶もなく帰るだろうか。たっち・みーは非常に礼儀正しく、自分にも人にも厳しい人だ。そんな人が一言もなしに帰るなどということはないと思いもう一度尋ねる。

 

「たっち・みー様はお帰りになりました」

 

 その時モモンガは気づく。アルベドの今の言葉。その声の調子も長さも仕草も寸分違わず同じだということに。そう、それは……。

 

「もう一度聞くぞ……。たっちさんはどこだ」

「たっち・みー様は……」

 

―――お帰りになりました。

 

 同じ言葉しか返ってこない。その様子はまるでNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のようであった。




次回 第2話 二人の変態


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第2話 二人の変態

 たっち・みーが帰った。その知らせにモモンガは悄然とする。

 すぐさまアルベドから事情聴取をするも、「本人からそう言うように言われた」と言うのみであった。  

 切望してやまなかったギルドメンバーとの再会から一転、釈然としない気持ちのまま、ナザリック内の捜索を命じていた。

 

 (でも、たっち・みーさんが帰ってきたことは間違いない!もしかしたらナザリックの外に出ているかもしれないし、他の仲間たちも……)

 

 可能性と言う希望を捨てきれないモモンガが出向いたのは城塞都市エ・ランテル。それも漆黒のモモン、漆黒の全身鎧を纏った戦士としてだ。向かうは当然冒険者組合である。

 なお、ナザリック外の状況が不明確なため、相棒役のナーベラルはナザリックに残してきている。

 

「すまない。冒険者としての登録をお願いしたい」

「冒険者の登録でございますね、それでしたら……」

 

 早速、受付嬢へと声をかけ登録手続きに入ろうとしたその時、後ろから壮年の男が切迫した様子で声をかけてきた。冒険者組合長のアインザックだ。

 よく見ると周りにいる冒険者たちもざわついており、装備品を取り出すもの、急いで扉から出ていくものなどただ事ではない様子だ。 

 

「待ちたまえ。君、冒険者になりたいと言ったのか?よし!ほら、受取りたまえ」

 

 言うが早いか(カッパー)の冒険者プレートが放り投げられてモモンガは混乱する。

 以前はこんなことはなかった。あまり詮索されるということもなかったが最低限の質問や手続きを得て冒険者プレートを受け取ったはずだ。

 

(なんだ?本当に何が起こっている?)

 

「組合長!今手続きをしているところです。それに手数料をいただいておりません!」

 

 アインザックの余りにもルールを逸脱した行為にさすがの受付嬢も異議を唱える。しかし、アインザックはそれを意にも介さず断言する。

 

「手続きも手数料もあとで構わん!緊急事態だ!猫の手も借りたい。君、裏の訓練場にすぐ来てくれ!おい、この場の冒険者もすべて裏に集まるんだ!」

「は、はい」

 

 アインザックの鬼気迫る雰囲気に飲まれたのか受付嬢も顔に冷や汗を垂らすと、席を立ちあがり冒険者たちを集めるべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 裏庭に集まった冒険者たち。本来この場所は訓練などに使用される場所だ。

 そこには様々な階級の冒険者たちが集まっていた。それこそエ・ランテルでの最高位であるミスリル級から冒険者になりたてのモモンのような銅級まで、その数は数百人はいるだろうか。冒険者は一騎当千の傭兵のようなものだ。この数の冒険者は国家の保有する軍の数千人どころか数万人に値するだけの兵力だ。それも過剰と言えるだけの兵力だろう。

 

「さて、諸君に集まってもらったのは他でもない。緊急の依頼があるからだ。それも非常に重要なものだ。心して聞いてほしい」

 

 アインザックの重々しい宣言にざわついていた冒険者たちも静まり、表情も真剣なものへと変わる。

 

「この町に危機が訪れようとしている。そう!墓地からこの町を脅かす者たちがあふれ出ようとしているのだ!今まで衛兵で何とか抑え込めていたのだが、それも難しそうな状況にある!」

 

(墓地からあふれ出す?ああ……そういえばいたな。アンデッドを召喚して町を襲おうとしていたやつらが。そうか!あの時はンフィーレアが浚われたから場所を特定できて解決できた。それに墓地からあふれ出す前だったな……少し行動が遅かったな)

 

「なんだと!?まさか組合長。()()のことか!?」

 

 フルプレートメイルを纏った屈強そうなミスリル級冒険者の男が驚きに声を上げている。普段から高位の依頼を受けているだけあって墓地に不穏な動きがあるという情報を持っていたのだろうか。

 

(もしかしたらあの時俺が解決しなくても何とかなったのかもしれないな……)

 

「そうだ。()()が街に雪崩れ込んでくれば被害は想像もできんだろう。今は何とか墓地の入り口で抑えているがいつまでもつか分からん!そこで、王都に伝言(メッセージ)を送り急遽アダマンタイト級冒険者にも来てもらった」

 

 アインザックの立つ台の上に複数の人間が現れる。自信を持った佇まい、その身にも纏った多大な魔力を保有する輝きを持つ武具、そして雰囲気。只者ではない。

 

「まず、この依頼の指揮を執ってもらう彼女らを紹介しよう。王国からお越しいただいた、アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』の()()だ!」

 

 アインザックの紹介にモモンガは違和感を覚える。

 

(ん?6人?蒼の薔薇は5人じゃなかったか?あの派手な武器やら装備の貴族と仮面の子供……それから巨漢の男のような女、それから忍者の二人……だったよな?)

 

 モモンガの疑問を他所に台の上では蒼の薔薇が自己紹介を始めていた。

 

「リーダーのラキュースです。回復や支援を担当させていただきます。それから彼女が魔法詠唱者(マジック・キャスター)のイビルアイ」

「よろしく」

「彼女が戦士のガガーラン。頼りにしてくれて構わないわ」

「おう、俺に任せておけ」

「それから忍者のティアとティナ。索敵は彼女たちに任せるつもりよ」

「ん」「よろしく」

「それから最後に私たち蒼の薔薇のお姉さま。ペロロンチー子お姉さまです♡」

「ペロロンチー子です♡よろしくお願いしますわ」

 

 最後に紹介されたのは長身で金髪の美女であった。金色に輝く鎧を着ているがそれが非常に似合っている。鎧のそこかしこから金色の羽が飛び出している。

 

「はぁぁ!?何か違うの混じってる!?」

 

 思わずモモンガは声に出して突っ込んでしまう。いや、顔も声も違っているが名前と雰囲気から《アイツ》に違いないという確信があった。カルネ村に引き続きおかしな感じに世界が歪んでいる。

 

(ってあれペロロンチーノさんの擬態だろ絶対!なんだよペロロンチー子って!)

 

 突然叫びだして漆黒の戦士にペロロンチー子と名乗った女性は首を可愛らしく傾げ、それが非常に似合っているだけあってモモンガをイラつかせる。

 

「あら、どうしたのかしら。突然叫びだして、あの御方は?」

「ああん、お姉さま。ああいううるさいのは私が締めてこようじゃないか」

「うふふ、駄目よ。イビルアイ。少し黙りなさい」

 

 ペロロンチー子は人差し指と中指をイビルアイの口に当てたかと思うと、それを口の中へと入れ、彼女を黙らせるようにその舌に指を絡ませる。

 

「お、おねえはまぁ……」

 

 仮面の外からでも分かるくらい顔を真っ赤にして甘えるような声を出すイビルアイ。しかし、その様子に抗議の声が上がる。蒼の薔薇の他のメンバーだ。

 

「お姉さま!イビルアイばっかずるいです」

「ん」「わたしも」「俺も……」

「ふふっ、みんな欲しがりねえ。でも、今は作戦の説明が先でしょ。ラキュース」

「そ、そうね。みんな!敵の数は多い!しっかりと心を強く保ってください。弱い心を持っていては敵に取り込まれる危険があります」

 

(ええぇー……)

 

 モモンガはドン引きである。

 

(確かめたい……。あの変態がペロロンチーノさんなのかどうか……。でもここじゃ不味いか……確か墓地の敵はそう強くなかったはず。その後でいいか)

 

 すべて終わってから声をかけようと心に決める。

 

(それにしても……蒼の薔薇はチームだけあってさすが作戦慣れしてるな。アンデッドの精神系攻撃などの対策は必須だし……恐怖に支配されないよう心の強さも求められるか)

 

 戦いは準備の段階で勝敗はほぼ決すると言ってもよい。どのような戦術や対策が取られるのか期待しつつ、アダマンタイト級冒険者の油断のない対策に感心しているモモンガだったが、ラキュースの次の言葉でモモンガの精神ははるか彼方へと飛んでいった。

 

「時間がありません。みんな行きますよ!絶対に街に入れてはなりません。さあ、一人残らず討伐するのです!墓地からあふれた()()()を!」

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル共同墓地。魂の安らぎの地であり、霊的なエネルギーの集結しやすいスポットでもある。そして大都市ということもあり、非常に広大な敷地を誇っている場所でもあった。

 そして今、見るも恐ろしい光景がそこに広がっていた。

 見渡す限り、溢れるほどの男の娘、男の娘、男の娘。皆が皆可愛らしい服と顔をしており、どこからどう見ても美少女にしか見えないが性別はれっきとした男なのである。

 

「あ、あいつらと戦うのか?あんな可愛い子が……男?うそだろ?」

「付き合ってって言われたら付き合っちゃうよなぁ……」

 

 男性冒険者たちが怯んでいる中、ラキュースから激が飛ぶ。

 

「みんな惑わされないで!あれは男の娘!あなたたちと同じものがついてるの!ついてるのよ!」

 

 そんなラキュースをあざ笑うように男の娘の後ろから二人の人物が現れた。

 

「んふふふ、ついてるからいいんじゃない。ねぇ、カジッちゃん」

「ああ、そのとおりだな」

 

 奥から二人の人物が現れる。一人はモモンガにも見覚えがある。記憶の中では魔法道具(マジックアイテム)を使いアンデッドを召還していた深くローブを被ったハゲた男、カジットだ。

 そしてもう一人はさらに明確に見覚えがあるピンク色の粘体であった。体にプレートを張り付けたような金属のビキニアーマーを身に着けて……貼り付けている。

 

「ピンクの肉棒……ピンクの肉棒だ!」

「ピンクの肉棒が動いている!」

 

 冒険者たちが恐怖と困惑の中で叫ぶ中、ピンクの肉棒が名乗りを上げた。

 

「ピンクの肉棒言うな!私は茶釜ンティーヌ。……私はね、男の娘が大好きで、恋していて、愛しているの。んふふふ、よろしくね」

 

(ぶくぶく茶釜さん!?何やってんですかー!)

 

 モモンガの心の叫びをあげる。

 あの体に張り付けている意味があるのかないのか分からないプレートメイルは何の冗談だろうか。しかし、それ以外はモモンガのよく知っているピンクの肉棒こと、ぶくぶく茶釜そのものである。

 

「そこまでだ!ねーちゃ……じゃない茶釜ンティーヌ!今すぐ投降してそのおぞましい男の娘たちをさっさと元に戻せ!」

「あんたこそ何その恰好!?あんたが男の娘になろうとかキモいんだけどー」

「あー、分かってないな、ねえちゃんは。女の園に潜入するための女装はエロゲの王道の一つなんですー!それに見た目上俺にはついてない!だから男の娘とは違うのだ!ジャンルの違いを理解しろ!」

「はぁぁ!?あんたこそ分かってないわね。ついてなくてどうするのよ!可愛らしい男の娘同士がからみあうからいいんじゃない!」

 

(いや、あんたらどっちも間違ってる!間違ってるからー!)

 

 今すぐ飛び出して二人に超位魔法でも叩き込みたいのを必死にこらえるモモンガ。人がいなければ確実に殺っていただろう。

 

「男の娘だらけの世界なんて絶対に断る!ラキュース!やってしまいなさい!」

「はい♡ペロロンチー子お姉さま!《病気治癒(キュア・ディジーズ)》」

 

 ラキュースの治癒魔法により、墓地に溢れる男の娘の数人が男に戻っていく。

 

(はぁ!?え!?男の娘って病気……。いや、ある意味病気かもしれないけど!それで治るの!?)

 

 モモンガの困惑を他所に本人たちは真剣そのものだ。

 

「あくまで邪魔するってわけね。いいわ、とことんやってやろうじゃないの!カジッちゃんやっちゃいなさい!」

「ふふふっ、いいだろう。見るがいいこの至高なる力を!わしが望んで望んでついに手に入れたこの世界で最高の力!《腐の宝珠》の力をな!」

 

(あの黒い石は……死の宝珠では?ふ?ふってなんだ?もしかして腐るって書くやつ!?)

 

 カジットの握った宝珠から桃色の光が放たれる。そしてその光を浴びた冒険者たちに変化が訪れた。

 当の本人たちはそれにすぐには気づいた様子はない。しかし、周りの冒険者たちが先に気づき顔色を青くさせて一歩二歩と彼らから距離をとる。

 そこにトドメとばかりに茶釜ンティーヌ率いる男の娘たちが鏡を差し出した。

 

「な、なんだこれは……。お、俺が男の娘になって……いる?」

「これが俺……?俺はなんて可愛いいんだ!?」

「何これ……素敵 」

「男の娘もいいかも……」

 

 腐の宝珠の光を浴びた男たちは着ているものも女性用となり、その体も華奢に、顔つきも可愛らしく少女のように変わる。

 元の顔の特徴は残っており、まさに『僕の考えた最高に可愛い僕』といった様子だ。変身させられた者の中には可愛くなった自分に見とれる者がいる一方、その現実を認められず痛痛しさに悶絶するものたちがいるなど反応は様々だ。

 しかし、男性冒険者たちの反応とは裏腹に、女性冒険者たちは興奮して頬を赤らめている者もいる。

 つまり腐っているのだ。

 

「くははははは!見たか!どうだ見たか!これぞ《腐の宝珠》の力よ」

「くっ、なんて(おぞ)ましい!みんな!気をしっかり持つのよ!ラキュース。それにみんな!彼らに《病気治癒(キュア・ディジーズ)》を!」

 

 ペロロンチー子の指示によりラキュースをはじめ、治癒魔法を使えるものが腐の病気を治していく。しかし、いくら治療され男の娘から男に戻されようとカジットは諦めない。

 必死に宝珠の力を放ちそれに対抗している。

 

「させん、させんぞ!わしの悲願を……わし自身が男の娘になるために絶対に腐のエネルギーをまき散らしてやる!」

 

 そう、カジットの目的。それは自分自身が男の娘になることなのだ。

 それは幼き頃のこと。友達と外で遊んでいたカジットはつい家に帰るのが遅くなってしまった。その日のことをカジットは後悔している。自分がもう少し早く帰っていれば、そうすれば……。

 家に帰ったカジットの目にしたものは女の子の服を用意し、カジットへそれを着せようとする母の姿だった。そして、それを着たカジットを母の一言が心を抉る。

 

『可愛くない……』

 

 そう、腐女子となった母に自分を認めさせるためには男の娘になるしか、これしか方法はないのだ。

 

(その宝珠の力を自分に向ければいいのでは?)

 

 その場の誰もが思った。しかし、それをぶくぶく茶釜が否定する。

 

「ああー、それなんだけどさー。カジっちゃんには無理なのよねー」

 

 その場の冒険者たちの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「ハゲは男の娘になれないから……」

 

 ぶくぶく茶釜の無慈悲な言葉に周りの男の娘たちがうんうんと頷いていた。

 カジットはその言葉に怒ることもなく、受け入れ悟った表情で言葉を紡ぐ。

 

「そのとおりだ!ハゲに男の娘になる資格はない!なぜなら……可愛くないからだ!だからこそこの街に腐の力をまき散らし、大儀式を行うのだ。《腐の螺旋》をな。腐による()()なる力を使えばこのわしでさえ男の娘になれるだろうよ」

 

(神聖なる力って……俺の思ってるのと違うよね!?たぶん違うよね!?あと俺もハゲでよかった……あんな姿になるのは……)

 

 男の娘と化した冒険者たちを横目に混乱と安心でモモンガが悶絶している。

 

「んー、でも困ったなぁ。状態異常で治されちゃうし。もうちょっと男の娘いたほうがいいわよねぇー。んふふふ、あの子の出番ね。いらっしゃい!ンフィーリアちゃん 」

「はい、茶釜ンティーヌ様!」

 

 そこに現れたのは金色の髪で目を隠した青いワンピースを着た美少女だった。目元が隠れていることによりより一層その可愛らしさを引き立たせている。

 

(ンフィーリア!?あれンフィーレアなのか!?薬師の!?めっちゃ可愛いんだけど……)

 

 モモンガの心の叫びを受け取ったのか、冒険者に同行していた薬師、リイジー・バレアレが涙を流しながら頬を染め感動している。

 

「おお、わしの孫がこんなに美しく……可愛い男の娘に……。その者蒼き衣をまといて……。おお、盲いたわしの目が覚めて……)

 

(リイジー・バレアレ!目覚めちゃだめなやつ!それ目覚めちゃだめなやつだから!)

 

「《腐死の軍勢(Man Death Charmy)》」

 

 モモンガの心の絶叫も空しく、ンフィーリアが魔法を唱え、十数体の男の娘が召喚される。

 

「なっ、まさかあれは第七位階魔法《腐死の軍勢(Man Death Charmy)》!?そ、そんな。そんな高位階の魔法を人間が使えるはずがない!」

 

(《腐死の軍勢(Man Death Charmy)》ってなんだよ!?《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》じゃないの!?)

 

「んふふふー、それはねー。魔法道具《賢者の額冠》の効果だよー。かつてあらゆる欲望に満足した賢者が作り出したという魔法道具。それによって高位の()()魔法の行使が可能になってるのー。さらに、自我が男の娘になっちゃうおまけつきよ」

 

(それ絶対呪われたアイテムだよね……)

 

 モモンガの精神は諦めの境地に達しようとしている。そして目の前で繰り広げられるのは醜い姉弟喧嘩だ。

 

「姉ちゃん!いい加減目を覚ませ!男の娘増やしたって彼氏できるわけじゃないんだぞ!変態!」

「弟黙れ!あんたこそ、そんな風に女の振りしなきゃ女の子に相手にされないくらいだったらいい加減現実見つめて目を覚ましなさいよ!変態!」

 

 ぶくぶく茶釜とペロロンチーノはもうなりふり構わずにお互いを貶しあっていた。

 男の娘に囲まれたいぶくぶく茶釜、女の子に囲まれたいペロロンチーノ。どっちもどっちだ。

 あふれる男の娘、狂乱する冒険者たち。事態は収拾がつかなくなり、悟りの境地にいたモモンガもついに堪忍袋の緒が切れる。

 

「ああ!もう!二人ともいい加減にしろ!ぶくぶく茶釜さん!ペロロンチーノさん!あんたら二人とも真正の変態だよ!目を覚ませ!」

 

 心の中のつっこみも限界にきたモモンガは戦士化の魔法を解除して元の姿を現す。

 

「「モモンガさん!?」」

 

 驚く二人の反応と異なり、周りの男の娘たちや冒険者たちは恐怖から恐慌状態へと陥る。それはそうだ。見ただけでとてつもなく恐ろしいアンデッドと分かるモンスターが突然現れたのだ。

 しかし、モモンガとしては釈然としない。

 

「いや、おい!ちょっと待て!アンデッドの俺一人より今のこの変態だらけの状態のほうがよっぽどおかしいだろ!?」

 

 モモンガのそんな言葉も空しく、男の娘も冒険者たちもその場から逃げ去ってしまった。

 残ったのは蒼の薔薇のメンバー、ぶくぶく茶釜、そしてその相棒のカジットのみである。

 

「邪悪なアンデット!ああ、この身に宿る神聖なる力よ!内なる闇力よ!今こそその力を発揮するとき!さあ来なさい!例えこの強大なアンデッドが相手でも私の中の闇の力が覚醒すれば……」

「ラキュース、それはもういいから。中二的なそれはもういいからここは私に任せて他の人を避難させて。ねっ」

 

 ペロロンチーノが先ほどのイビルアイにしたのと同じようにラキュースの口に指を入れ、舌を転がす。ラキュースの頬が薔薇のように染まり目がトロンと蕩ける。

 

「ふああ……。はぃ、ペロロンチー子お姉さまぁ」

 

 ギギギと音が聞こえてきそうなほど蒼の薔薇のメンバーが嫉妬する中、ペロロンチーノの言葉に従い蒼の薔薇は墓地から去っていった。

 しかし、そんな中でも諦めない男が一人。カジットである。高々と宝珠を掲げ臨戦態勢を維持している。

 

「ふんっ、アンデッドだろうが冒険者だろうが、わしの目的の邪魔はさせん!させんぞ!《腐の宝珠》よ!」

「ああ!もう!いい加減にしろ!」

 

 そんな変態に付き合う必要は一切ないモモンガは無情にもカジットの宝珠をあっさりと奪った。カジットが取り返そうとしがみ付いてくるのが煩わしい。

 魔法で黙らせようかと思ったその瞬間、モモンガの頭に声が響いてきた。

 

(あ、そう言えば前もこれインテリジェンスアイテム《死の宝珠》だったな)

 

『返せ!私を返せ!至高にして腐の支配者たる茶釜ンティーヌ様のもとへ」

 

(な、なんだこいつ?腐の支配者って……)

 

『返すのだ。この悍ましいアンデッドが。我は腐の宝珠、この世のすべての腐に感謝し、腐の支配者となる茶釜ンティーヌ様に仕えし……』

 

 モモンガは最後まで言わせずにもう何も聞きたくないと、もうこれ以上変態に関わり合いになりたくないとばかりに宝珠を握りつぶした。

 

「「ああーーーー!!」」

 

 ぶくぶく茶釜とカジットが膝をついて宝珠の破片を拾いながら嘆き悲しんでいるが、少しだけ心がすっきりしたモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 宝珠とともに夢も希望も失ったカジットは去った。彼は男の娘になることも出来ずこれからもハゲたおっさんとして生きてゆくのだろう。

 しかし、そんなことはどうでもいい3人がそこには残っていた。かつてのアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの3人、ギルドマスターのモモンガと二人の変態だ。

 

「で、どういうことなんですか、これは?ぶくぶく茶釜さん、ペロロンチーノさん」

「モモンガさん違うんです!私そんな趣味ないんですよ。私腐ってないですから!この馬鹿弟を止めるために仕方なくやってただけだから!」

「何言ってんだよ、姉ちゃん。モモンガさん、姉ちゃんの趣味は真性ですからね。俺のほうが真っ当でしょ。女の子の園に入り込みたいって気持ちわかりますよね?ね?ね?」

「おい、モモンガさんに失礼なこと言ってんじゃねえ弟」

「はぁー、姉ちゃんは男心がわかってないね。そんなんだからいつまでも彼氏できないんだよ。胸もぺったんこだし、女としての魅力に欠ける自覚持ったら?」

「はぁ!?モ、モモンガさんの前で何言ってんの!?それともここでお前が小学生の時何したかモモンガさんに言ってやろうか!」

「姉ちゃんごめん!」

 

 ぶくぶく茶釜の伝家の宝刀にペロロンチーノが撃沈し、土下座を敢行。かつてギルドでよく見ていた光景の再現にモモンガはさっきまでのことは忘れて嬉しくなる。

 

「はははははは、懐かしいなぁ。お二人はいつも喧嘩してましたものね。それをここでもやっているなんて!」

「「モモンガさん?」」

「ぶくぶく茶釜さんが男の娘の世界を作ってもいいし、ペロロンチーノさんが女の園で楽しんでもいいですけど、とりあえず仲良くやりましょうよ。意見が分かれたら()()。でしょ?」

 

 そう言ってモモンガはユグドラシルコインを取り出す。意見が分かれたらコインで。それはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』時代の決まりだ。

 それを思い出したのかぶくぶく茶釜とペロロンチーノはニヤリと笑い……。

 

―――コインが宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

「納得いかない!男の娘の世界を作るとか納得いかない!」

「弟本当に黙れ。ギルドのルールで決まったんだから守りなさい。あんたの作ろうとしてたナザリック学園よりまだマシだから」

「あー、そう。あー、そうなんだ。じゃあ姉ちゃん自分が腐女子だとモモンガさんの前で宣言しちゃうんだ。へー、モモンガさんドン引きだろうなー」

「うっ……それは……」

「っていうかさ、そのビキニプレートメイル何?粘体に何貼り付けてんのって感じなんだけど。必要ないでしょ。あ、そっか。姉ちゃんはもともとブラなんて必要ないぺったんこだったよねー。ゲームの中でくらい理想を求めればいいのに。ぷぷー」

「ぶっ殺す!おい、弟。ちょっとこっち来い!闘技場でぶちのめす!」

「は?防御特化の姉ちゃんが俺を?リアルじゃともかくPVPで勝てると思ってるの?」

「姉に勝る弟などいない!さっさと来い!あ、モモンガさん。ちょっと弟の目を覚まさせてきますから」

「現実を見据えて目を覚ますのは姉ちゃんでしょ。あ、そうそうモモンガさんも      」

 

 仲がいいのか悪いのか。お互いにどつき合いながら第6階層の闘技場へと向かって行く二人を見ながらモモンガは一人残される。

 

(ペロロンチーノさんが最後に何か言ってたような気がするけど……聞き取れなかったな……)

 

 今日は色々とありすぎてモモンガはアンデッドであるにも関わらず疲れを感じているような気もしていた。

 しかし、それを上回る懐かしさとともに嬉しさがじんわりと湧いてくる。たっち・みーに続き、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノもあの頃のままだった。

 ぶくぶく茶釜の男の娘の世界というのはどうかと思うが、国にひとつくらいそんな世界にしてしまってもいいのでないかと思っています。リ・エスティーゼ王国などどうだろうか。

 モモンガはニヤつきそうになる顔を抑えきれず、3人となったギルドメンバーで再開するギルド活動について頭の中で妄想をはじめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、翌日モモンガはその妄想が叶えられないことをアルベドから伝えられることとなる。

 

―――ぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様はお帰りになりました。



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第3話 女教師怒りの鉄拳教室

「モモンガ君、モモンガ君」

「うーん……」

「モモンガ君。目を覚ましなさい!」

「え?」

 

 聞き覚えのある声だった。この声は誰だっただろう。

 

(寝ていた?いや、アンデッドは睡眠不要のはず……)

 

 モモンガは意識を失っていたことに驚く。この世界は何かがおかしい。たっち・みーに続き、ぶくぶく茶釜とペロロンチーノが失踪したことについてもそうだ。

 だが、そんな葛藤も目の前に現れた大きな顔をみたとたん吹き飛ばされる。

 そこにいたのは懐かしくもゴツくて巨大な半魔巨人(ネフィリム)の顔であった。

 

「……やまいこさん?」

「やまいこさんじゃありません!僕の事はやまいこ先生と呼びなさい!モモンガ君」

「はぁ!?」

「さて、授業をはじめますよ。モモンガ様お席におつきください」

 

 やまいこの隣にはデミウルゴスがいる。二人は教壇に立っておりモモンガに着席を促しているのだ。

 

(……教壇?)

 

 なぜ教壇がとモモンガが周りを見渡すとそこには整然と並べられた机と椅子、その前には黒板があり、窓からは日の光が差し込んでいる。

 

(え?何ここ!?学校!?いやいやいや、俺はナザリックにいたはずだぞ!?)

 

 またどこかへ転移でもさせられたかとモモンガは慌てて教室の扉から外に出る。

 しかし、そこには見慣れた風景、ナザリック地下第9層、ギルドメンバーの部屋が並ぶ廊下であった。

 

(……あれ?やっぱりここはナザリック?この部屋は……?)

 

 後ろを振り向き今出てきた扉を見つめる。そこにあったのはやまいこのギルドメンバーサイン。

 

(やまいこさんの部屋!?やまいこさんの部屋の中ってこうなってたの!?ペロロンチーノさんとかとナザリック学園を作ろうって話はあったし、データは作ってたけど……)

 

「モモンガ様。皆さん待っていますので、お席におつきくださいますか」

 

 部屋からひょっこり顔をだしてモモンガを呼ぶデミウルゴス。

 中に入ってよく見れば教室の席には守護者筆頭のアルベドを始め、ガルガンチュアを除く全階層守護者に、各領域守護者たち、プレアデスの面々も席についている。

 

(聞きたいことは山ほどあるが……仕方ない)

 

 モモンガが一つだけ空いている席に着く。

 

「おい、デミウルゴス。これはどういうことだ」

「モモンガ様。私は私立ナザリック学園の副担任でございます。申し訳ございませんが、私を呼ぶときはデミウルゴス先生とお呼びください」

「デミウルゴス先生!?あの、やまいこさんどうなってるんですか!?」

 

 やはり何かがおかしい。だがやまいこは小学校の教師でありギルドの中でも常識人だ。どこかの正義馬鹿や変態たちとは違う。まともな返事が返ってくるだろうことをモモンガは期待する。

 

「ボクは担任教師です。やまいこ先生って呼ぶようにいってるでしょう。モモンガ君。ぶん殴りますよ」

 

 半魔巨人の太い腕に巨大な鉄拳を構えるやまいこ。

 

(あー……そう言えばやまいこさんってこんな感じだったかー……)

 

「さて、それではナザリック学園の開校式を行います。それでは一同起立!」

 

 ザッ、っと全員が起立する。

 

「校歌斉唱!」

 

(校歌!?)

 

 アルベドが、デミウルゴスが、シャルティアやアウラ、マーレたちが。ナザリックのシモベたちが一斉に聞いたこともない私立ナザリック学園の校歌を声高らかに歌い始める。

 

 

(何で!?なんでみんな歌えるの!?)

 

「さて、一同着席!」

 

 モモンガは戸惑いながら着席する。全員が着席したことを確認するとデミウルゴスがあらためて教壇に立った。

 

「それではまずテストから始めます」

 

(いきなりテスト!?授業すら受けてないんですけどー!?)

 

「では第1問。『あなたは初めて人と出会ったときどうしますか』。さあ、分かる者は挙手をしたまえ」

 

(なんだ?1問1答形式で進めるのか?常識問題?いや、これは……なるほど!やまいこさん、そういうことですか。ナザリックのシモベ達は世間の常識の範疇にない。その彼らに常識を学ばせようと……。そう言うことなんですよね!やまいこさん!)

 

 モモンガのやまいこへの期待の視線を他所にシモベたちが一斉に挙手をしている。

 

「では、ナーベラル」

 

 デミウルゴスに指されたナーベラルは真面目な表情で言い切る。

 

「はい。殺します」

 

 躊躇することなく言い切るナーベラル。

 

(……相変わらずだな。デミウルゴス、やまいこさん。ちゃんと常識を教えてやってくれ)

 

「素晴らしい!うん、いい答えです。さて、他には?」

 

(ちょっ、おいデミウルゴス!?)

 

「では、エントマ。答えてもらおうか」

「はぁい。デミウルゴス様ぁ。人に出会ったらぁ、食べちゃいマスぅ」

「正解だ!他には?ソリュシャンどうだい?」

「ただ食べるだけじゃつまらないわ。じっくりじっくり痛めつつ苦痛を長く与えながら食べるのがいいんじゃないかしら」

「ああ、いいね。良い意見だ。皆参考にするように」

「はいはいはい!わらわも答えるでありんすよ!」

 

 プレアデスたちが褒められるのに触発されてかシャルティアが挙手した手を左右に振っている。

 

「そうかい?じゃあシャルティア」

「『■■■■■■■■■■■■■る』でありんす!」

 

(おいシャルティア!?それ放送できないやつー!)

 

「ふふんっ、どうでありんすか?」

 

 アルベドやアウラが顔を赤らめ、シズやマーレなどは何を言われたのか分からないのかキョトンとしている。モモンガも頭を痛める中、シャルティアは自信満々に胸を張っている。

 

「不正解だ」

「えー!?」

「さて、それでは最後にモモンガ様から模範解答をいただくとしましょうか」

「えっ?俺?それは人と初めて出会ったら……あいさつ……するんじゃないか?」

「……」

 

 デミウルゴスは今まで正答を書いていた紙をビリビリに破り捨てる。

 

「《獄炎(ヘルフレイム)》」

 

 さらに念入りに紙を地獄の炎で塵へと変える。

 

「さて、この問題の答えは『あいさつをする』だ。異論は……ないね?さすがはモモンガ様」

 

 周りを見渡すと全員がうんうんと頷いている。

 

(いやいやいや、それ俺の答えを解答にしただけだろ!?後出しだろ!?)

 

 

「やまいこさま。よろしかったですか?」

 

 やまいこに確認を求めるデミウルゴス。

 

「そうね。初見の相手には一発殴るあいさつをかまして様子を見る。さすがモモンガさん分かってますね」

 

(あいさつってそう言うあいさつ!?さすが脳筋……)

 

 思い返せばやまいこはギルド時代も相手の強さが分からなければ一発殴って確かめればいいと言う主義だった。何とも恐ろしい。

 

「ふふっ、私と同じでしたね」

「くぅー。惜しかったでありんす」

 

 さすが創造したものとされたものと言うべきか。ユリは同じ答えにたどり着いていたらしい。シャルティアはモザイクを解答したにも関わらず悔しがってる。

 

「さて、第2問にいきます。『あなたは複数の人間に襲われました。しかしあなたのレベルでは勝ち目がありません』。この場合どうしますか?」

 

(PKの際の心得か?勝ち目がなくても次で勝てばいい。まずは情報収集……だな)

 

「おっ、ナーベラル。挙手が速いね。答えをどうぞ」

「殺します」

 

(さっきと同じ!?)

 

「ちなみにナーベラル。理由を聞いても?」

「虫けらを殺すのに理由なんていらないわ」

「惜しい!」

 

(惜しいの?!)

 

 モモンガが頭の中でツッコミを入れる中、自信満々の笑みを浮かべ、元気よくピンと伸びた腕が上がる。

 

「はいっ!」

「シャルティア。返事だけはいいね。どうぞ」

「■■■■■■■でありんす!」

「そうかい。他には?」

 

(デミウルゴス!?スルー!?いや、モザイクはスルーしたいだろうけど!)

 

 その後も先ほどと同じようなモモンガが頭を痛めたくなるような解答が続き、最後にモモンガが指名される。

 

「モモンガ様の解答『情報を持ち帰り、後日策を練った上で罠を張って倒す』ですか。すばらしい。さすがモモンガ様」

 

 シモベ達から一斉に拍手喝采が飛ぶ。

 

「ちなみに模範解答は、『情報を持ち帰った上で相手を罠にはめ、拷問室に送り地獄の悲鳴をあげさせ、永劫の苦しみをあげさせてから殺す』です。ナーベラル惜しかったね」

 

(いやいやいや、俺そんなこと思ってないですけど!)

 

 ナーベラルは無言でふんふん頷いている。

 

「くぅー。わらわも惜しかったでありんす!」

 

(全然意味が分からないんですけど!)

 

「ん?どうやら理解できない愚か者もいるようだね。仕方ない。モモンガ様?みんなに分かり易く、そう、わかりやす~くご説明していただいてもよろしいですか?」

 

(え!?それ俺の!俺が困ったときにお前に振る時のやつー!)

 

 困ったときにデミウルゴスに答えるようにする流れを逆に返されて困惑するモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 その後も問題に対して非人道的ともとれる解答。そしてそれに対する解説を依頼されるモモンガ。拷問とも思える時間が過ぎ、問題は40問目に突入しようとしていた。

 全問正解はモモンガのみ。

 なお、全問不正解はシャルティアのみであった。最初は楽しそうにしていた顔も涙ぐみ手が震えている。

 

(さすがに可哀想だな……。でもモザイクを正解にするわけにもいかないし……)

 

 心配そうにシャルティアを見つめるモモンガ。

 

「さて、第40問。あと問題は2問だよ。あ、ちなみに問題の数は至高の御方々の人数と同じにしています。問題、次の言葉に続く言葉を答えなさい。『エロゲー・イズ・〇〇〇〇〇』」

 

 聞いたこともない言葉にシモベ達が固まる。

 

「エロゲーって何かしら?」

「マーレ。あんた知ってる?」

「ううん。お姉ちゃん。魔法の名前かなぁ」

「武器ノ名前カモシレヌナ」

 

 ざわつくシモベ達の中、スッと一本の白魚のような手が上がる。目をつむり一直線に掲げたその手はまさに優等生と言っても過言ではないほど洗練されている。

 

「はい。ではシャルティア」

「『エロゲー・イズ・マイライフ!!!』でありんす!」

「正解だ!素晴らしい!これは至高の御方々の御一人、ペロロンチーノ様の語録にある言葉だ!おそらくはアインズ・ウール・ゴウンに栄光あれとかそう言った意味ではないかと思われる」

「ふふんっ。当然でありんす」

 

 自信満々に胸を張るシャルティア。それを見て何故かモモンガは涙ぐむ。涙は出ないが。

 

(優しい世界!デミウルゴス優しい!全問不正解のシャルティアを気遣って……。意味は違うけどな!でもその優しさを少しは人間にも持ってくれよぉ……)

 

 ふと想いをよぎるのは今までの人間への残虐行為を含んだ正答の数々。デミウルゴスの優しさはナザリックに属する者に限るのだ。

 

「至高の御方々に関する問題に正解するとは素晴らしいですね。モモンガ様。もちろんモモンガ様はご存知でしたよね」

「当然だ。ペロロンチーノさんとは仲が良かったからな。シャルティアよく覚えていたな」

「はぅぅっ。モモンガ様にお褒め頂けるなんて幸せでありんす」

 

 両手で赤く染まった頬を押さえて顔を振っている。そしてそれを見つめる殺すほどの嫉妬の視線を感じるが見なかったことにしよう。

 

「では、最後の問題だ。これはやまいこ様が特別に作られた問題だ。よく考えて答えるように。第41問、『あなたには仲の良かった仲間たちがいました。しかし時間がたつにつれ、一人、二人と仲間が減ってゆき最後はあなた一人だけになってしまいました。あなたの気持ちを述べなさい』」

 

(これ……、これってギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のことか?みんな仕事や家庭の事情から辞めていってしまった……。あの時の気持ち……。俺を、俺一人を置いて……)

 

「はい!」

 

 手を挙げたのはアルベド。

 

(わたくし)一人を置いて離れて行ってしまうなど裏切りです。絶対に……絶対に許せません!例え戻ってくることがあろうと殺してやりたいと思います!」

「なるほど、他には?」

 

 デミウルゴスの言葉に他の守護者も反応する。

 

「アルベドの言葉も分かるでありんすねぇ」

「そうだね。許せないよね」

「う、うん。僕もそう思います」

「造反行為ナドダロウカ。ソレナラバ切腹ガ望マシイ」

 

(そうだよ……みんな俺を裏切って……それで……俺はこのゲームに一人きり……)

 

 守護者が、プレアデスが、様々なシモベ達が異口同音に離れていった仲間たちを責める。

 

「さて、意見は出尽くしたかな?ではやまいこ様。正解をお願いします」

「あなたたちの言葉も一つの正解かもしれないね。でもボクはそれ以外の考えもあると思う。もしボクが答えを作るとしたら。『新しく仲間を作る』かな」

 

(新しい仲間?)

 

「過去のことを想うのもいいけど、未来を考えるなら新しい道を進まないとね。そのためには今の世界から    」

 

 さらに何かを言いかけた時、アルベドが鬼気迫る目でやまいこを睨みつける。それと同時に終業のベルが鳴り響いた。

 

「それでは授業はここまでとする。やまいこ様、モモンガ様。お付き合いありがとうございました」

 

 デミウルゴスが終業を宣言して、私立ナザリック学園の最初の授業は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 授業を終えるとシモベ達はそれぞれの職務へと戻っていった。その場に残ったのはやまいことモモンガの二人だ。

 モモンガは今までの我慢していた疑問をぶつける。

 

「やまいこさん。何だったんですか、これ」

「モモンガさん。久しぶりね。また会えてうれしいよ」

「そりゃ俺も嬉しいですけど、説明してくださいよ」

「説明……ね。んー、ここじゃ難しいかも……」

「どういうことですか」

「モモンガさん。一つだけ言っておくと、モモンガさんはまだ一人じゃないってこと」

「え」

「NPC達のことじゃないですよ。モモンガさんは一人じゃありません。あと、NPC達とは少し距離を取ったほうがいい。これはアドバイスね」

「ど、どういう……」

「やまいこさま。お部屋の片づけが終わりました」

 

 モモンガとやまいこの間に割って入るようにアルベドが現れ、教室での最後の凶相はなんだったのかと思えるような笑顔を向けている。

 

「ありがとう。アルベド。じゃあ時間はここまでかな。また会いましょうモモンガさん」

 

 聞きたいことも聞けず呆然と立ち尽くすモモンガを置いたまま、部屋を片付けたと言うアルベドに連れられやまいこは部屋へと戻っていった。

 そして、モモンガの脳裏にたっち・みーとぶくぶく茶釜、ペロロンチーノのことがよぎる。

 

(まさか……な)

 

 

 

 

 

 

 翌日、モモンガの予想は悪い形で的中した。やまいこが行方不明になったのだ。

 そして悪い知らせの矛先はアルベドへと向いている。モモンガから端を発したそれは守護者全員からのアルベドの糾弾という形へと発展していく。

 特に怒り心頭なのはデミウルゴスだ。

 

「アルベド!答えなさい!やまいこ様はどうなされたのだ!」

「それはもう答えたわ。お帰りになったって言ったでしょう?」

「それを信じろと!?今までのことを思い出してみてください!たっち・みー様、ぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様、そして今回のやまいこ様!すべてあなたが最後の目撃者です!あなたが何も知らないわけがない!」

「そうだよ、アルベド何か知ってるなら言ってよ!わたしもぶくぶく茶釜様に会いたかったのに!」

「う、うん。ずるいよ。そんなの」

「守護者筆頭ニアルマジキ行為。許セルモノデハナイ」

 

 一方的にアルベドが責められる構図であるが、モモンガ自身もアルベドが疑わしくて仕方がない。

 

「アルベド。例えお前が本当のことを言っていたとしても守護者筆頭としてギルドの仲間たちを見失った責任はある」

「モモンガ様……」

 

 モモンガはアルベドの設定を自分を愛するように書き換えた。その罪悪感ゆえになかなか強く出られなかったが、再発防止という意味ではここは譲れない。

 もしこのまま放置すれば別の仲間が来た際も同様の事態を招きかねないのだ。

 

「よって、デミウルゴスの提案通り、アルベドを第5階層の氷結牢獄送りとする」

「「「「異議なし」」」」

 

 

 

 

 

 

 モモンガは玉座の間で落ち込んでいた。仲間たちが再びいなくなったこと。そしてアルベドに疑いがあるとは言え、確証もなく監禁という処置をとってしまったこと。

 

(この世界はおかしい……。それは間違いない。ではどうするべきか……。仲間たちの捜索は遅々として進まない。外部の情報収集をもっと行うべきか?それとも……)

 

 モモンガが思考の海へと沈んでいこうとしていたその時、ノックもせずに玉座の間の扉が音を立てて開けられる。

 そしてそこから現れたのはメイドのシクススだ。金色の髪をして明るい性格ではあるが、仕事の際、音を立てて扉を開けるような失態を犯すようなことはない。ということはまた異常事態が発生したと言うことだろう。

 今度はどんなことが起きたのかとモモンガが身構える中、シクススが絶叫する。

 

「モ、モモンガ様!執事助手が!執事助手のエクレアが反旗を翻しました!」



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第4話 ゴーレムクラフター

 『エクレアが反旗を翻した』。その言葉を聞いた時、モモンガが思ったことは、『だから何?』である。

 エクレア・エクレール・エイクレアーはレベルは1のバードマン。本来は半人半鳥の亜人なのだが、なぜかペンギンそのものの姿をしている。

 モモンガに敵うどころかナザリック外でも最弱であろう彼が反旗を翻したところで何の影響もない。それにナザリックの支配権を狙っていると言うのは彼を創造したギルドメンバーの創った設定であり、それを責めることはモモンガには出来ない。

 

「それで反旗を翻したエクレアはどうしたんだ?」

 

 特に慌てることもなく、報告を上げてきたシクススに優しく問いかける。しかし、シクススの表情は硬いままだ。

 

「は、はい!エクレアはメイド達でボコボコにして、このとおり捕えております」

 

 シクススは持っていた袋から両手でエクレアの首を捕まえてまるでぬいぐるみのようにモモンガに見えるように突き出した。

 

「えっ。捕まえたの……か?」

「はい。他のメイドたちと一緒に」

 

 一般メイドはエクレアと同じレベル1。単純に数の多いメイドにエクレアでは手も足も出ないだろう。

 

(……すでに解決してしまった)

 

 では何を報告に来たと言うのであろうか。

 

「ならば何も問題はないだろう?何をそんなに震えているんだ?」

「そ、それが……」

 

 シクススが震えながら続きを報告しようとしたその時、エクレアがその手、いやフリッパーに持っていた何かをシクススへと投げつける。

 投げられた黒い何か。それはシクススの足元に落ちると動き出し、そのままシクススの服の中へと入っていた。

 

「ひあああああ!ふ、服に!服にあれが!()()がああああああああああ!きゃあああああああああ!」

 

 急いでメイド服を脱ごうとするシクススであったが、脱いでいる途中で意識が途切れ倒れてしまう。

 

「ふふっ、他愛もないことですね」

 

 スタッとシクススの腕から降り立ったエクレアはモモンガに丁寧な一礼をする。

 

「モモンガ様。この度はナザリックの支配者の地位を譲っていただきたく参上いたしました」

「エクレア!?シクススに何をした?」

「至高の御方の御名のもと、このナザリックの新支配者たる私の元には協力者たちが集いました!」

「協力者だと!?」

「そう!今回の私は違いますよ!我が協力者、それは恐怖公殿とその眷属たちです!」

「そ、そうなんです!モモンガ様!恐怖公と眷属たちがあふれ出し!すでに第3階層より上は眷属たちがミッチリ……」

「おや、気づかれましたか。ではおかわりをどうぞ」

 

 何とか意識を取り戻し報告しようとするシクススにエクレアは反対側のフリッパーに持っていた恐怖公の眷属をシクススの顔へと投げつける。

 

「~~~~~~~!?」

 

 顔に張り付いたそれに悲鳴にならない悲鳴を上げ、今度こそシクススは意識を手放した。その様子に玉座の間にいた守護者たちがざわつく。

 現在玉座の間にいるのは仕事の報告に来ていたアウラとマーレ、そして執事のセバスだ。

 アルベドは牢獄で謹慎中。デミウルゴスとコキュートスは守護階層にいるはずである。

 そしてシャルティアは今の情報が正しければ恐怖公の眷属がミッチリ詰まった第1から第3階層にいるはずだ。

 

(まじか……!?シャルティア……)

 

 緊急事態と判断したモモンガはシャルティアへと《伝言(メッセージ)》を飛ばす。

 

「シャルティア!応答しろ!」

『モ、モモンガ様!モモンガ様!いやああああああああああああ!服に服に入ってくるなあああああ!体があああああ!』

「おい!シャルティアしっかりしろ!」

『何も見えないでありんす!耳に……口に……。や、やめろおおお!スポイトランス!』

 

 戦闘音のようなものが聞こえるが、単体攻撃で群体を攻撃しても効果は薄いだろう。

 

『あ……や、やめ……。入ってこないで……きゃああああああああああああああ。ブッ』

 

 突然通信が途切れる。

 

「お、おい。シャルティア!?シャルティアあああ!」

「さ、さすがに気を失ったんじゃないですか?」

「シャルティアはアンデッドだぞ?アウラ」

「でもでも……もし私だったら恐怖公の眷属に全身弄られたら状態異常無効だったとしても意識を手放したくなりますよ」

「そうなの?お姉ちゃん」

「女の子っていうのはそういうものだよ。マーレ」

「しかし、いかがいたしましょうか。これは第3階層までは既に落ちていると考えて行動すべきなのでしょうか」

 

 セバスの言葉にモモンガが対処法を考える。しかし情報が足りなさすぎる。そもそも主導者がエクレアとは考えにくい。

 

(……それに恐怖公が裏切る?いや、エクレアは何と言った?至高の御方の御名のもと?それは俺ではない誰かと言うことか!?)

 

「エクレア。恐怖公が裏切ったと言うのは本当か」

「本当ですとも。そして恐怖公殿は眷属の召喚を使い続けておるだけではありませんよ。眷属の繁殖能力を促進させる魔法道具(マジック・アイテム)も使用しております。その繁殖速度たるや毎秒数万匹を超え、さらに加速しております。はははははは、まったく。性欲旺盛なことですな」

「ひぇぇぇ……。笑い事じゃないよ!エクレア!」

「お、お姉ちゃん落ち着いて」

「待て。魔法道具だと?誰がそんなものを渡した」

「おや?ご存じない?恐怖公殿へ乗騎を与えたたもうた御方の名を。私にナザリックの支配を命じ、恐怖公殿とともに使命を与えたもうた御方の名を!」

「いいから早く答えろ!」

「その尊き御名はるし☆ふぁー様!」

「るし☆ふぁー様!?」

「るし☆ふぁー様が来てるんですか!?」

「……あんのやろお」

 

 モモンガの脳裏にるし☆ふぁーと言う男との思い出の走馬灯が流れる。そのほとんどが碌でもない思い出だ。

 ゴーレム製作の造形には定評のある男であるが悪戯が好きと言うか、限度を知らないと言うか。モモンガを悩まし続けてきた男だ。はっきり言って好きではない。

 

(恐怖公の乗騎ってあの希少金属を使ったゴキブリ型ゴーレムのことか!?)

 

 仲間が苦労して集めた希少金属をちょろまかしゴキブリ型ゴーレムを作ったのもあの男だった。

 

「ありえる……。あいつならあり得る」

 

『モモンガ様!』

 

 かつての思い出に怒りを燃やしているモモンガに今度は別の相手から伝言が入る。デミウルゴスの声だ。

 

「どうした!?」

『第7階層に異変が!突然恐怖公の眷属たちが現れとてつもない勢いで増殖を……。ええい、うっとうしい!」

「溶岩地帯でまでか!?炎で殺しつくせないのか!?」

『駄目です!数が多く仲間の死体を盾に熱から身を守っております!ガボッ。く、口に入ってくるんじゃありません!ええい!《獄炎(ヘルフレイム)》!ぐうううう!」

「大丈夫か!?デミウルゴス!」

『だ、大丈夫です』

「自分ごと焼き払ったのか!?」

『ごほっ、ごほっ!大丈夫です。それよりモモンガ様。眷属よりもまずは恐怖公です。発生源を止めない限り解決は……。うっ、うああああああああああああ!ゴボボボボ」

「デ、デミウルゴス!?おい!切れた……」

 

 確実に迫りくる恐怖公の眷属。その恐怖に場が静まり返る。

 

「デミウルゴスの言っているとおり、まずは恐怖公を見つけないことにはどうしようもない。誰か頼める者は……」

 

 アウラが顔を真っ青にして首をブンブン振っている。モモンガだって行きたくはない。

 

(女の子のアウラは可哀そうか……。マーレも……見た目は男の娘だしな……)

 

「私が行きましょう」

 

 そこに男らしい壮年の声が重々しく響いた。

 

「セバス……」

「第7階層を超えたとすればここまではもはや目と鼻の先。ナザリックの執事(ハウス・スチュワード)として至高の御方々の住まうこの領域まで敵を侵入させるわけには参りません。やれ、とお命じください」

「そうか。ではセバス……」

「ふふふっ、そううまく行きますかな」

 

 不敵な声に目を下げるとモモンガに掴まれてぶら下がっているペンギン、否、バードマンのエクレアであった。

 

「どういうことだ?」

「はたして間にあいますかなということですよ。モモンガ様。これをご覧ください」

 

 エクレアがフリッパーを見せつける。その先には腕輪、いや、指のないエクレアが着けているからそう見えるが指輪だ。

 

「これは魔力系魔法の行使を可能とする指輪です」

「なんてことのないアイテムじゃないか。それで私に攻撃するとでも?レベル1では大した威力はないだろう」

「そしてこちらから取り出したるは魔法のスクロール。発動!《上位転移(グレーター・テレポーテーション)》!」

「何!?」

 

 目の前に現れたのは黒く四角い立方体。いや、そう見えただけで、それは転移空間一杯に詰め込まれた恐怖公の眷属であった。黒く蠢く物体が地面に落ちる。その瞬間、それは一斉に飛び立った。

 そしてそれはアインズの顔や体から眼孔や口、肋骨の隙間から内部、体の中どころか頭蓋骨の中にまで入り込みカサカサと大量に蠢く。

 

「うああああああああああああああああああああああああ!」

 

 頭蓋骨の中で飛び立ち、跳ね回る想像を絶する音に精神鎮静化能力を持っているとは言え、人間、鈴木悟としての精神の残滓が恐怖公の眷属への嫌悪感に耐えかねる。

 これはかつてナザリック防衛の際にも使用された戦略だ。大量の恐怖公の眷属で埋め尽くされた黒棺と名付けられた一室。そこへ転送された女性プレイヤー達は自身のHPの損耗など皆無にもかかわらず、この見た目と感触に恐怖し、ログアウトを余儀なくされたのだ。

 今のモモンガはその時のプレイヤーたちの気持ちがよく分かった。これは悪辣非道だ。考えた奴は頭がおかしい。

 

「うおおおおお、《獄炎(ヘルフレイム)》!」

 

 モモンガはエクレアを手放すと、デミウルゴスと同じく自分自身に魔法をかける。体の内と外から焼かれダメージを負うが、遥かに弱くHPの低い恐怖公の眷属が体から焼け落ちる。

 周りを見渡すと逃げ回るアウラを他所にマーレが範囲魔法でほぼ倒し切るというところであった。

 

「エクレア。お前なんてことを……いや、なぜ転移魔法が使用できた?階層間の転移は不可能なはず……」

 

 転移魔法。それはナザリックにおいては階層内でしか意味のないものだ。階層を跨いでの転送は不可能。ならば答えは一つだ。

 

「まさかすでにこの階層まで!?」

 

 扉を蹴破るように開け放つモモンガ。そしてその先からはカサカサという小さな音が重なり大音響となって近づいている。

 

「う、うそだろ!?」

「マ、マーレ!あんたならいけるんじゃない!?」

「む、無理だよ。お姉ちゃん。数が多すぎるもの」

 

 恐怖に震える3人の前に、白髪の執事が進み出る。

 

「モモンガ様。私にお任せください」

「セ、セバス!?」

「この身はすべて至高の御方々に捧げたもの。我が生涯に一片の悔いなし!うおおおおお!」

 

 セバスは拳を突き上げると、扉の先、ナザリック最終防衛ラインである広間、ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)の先の扉まで進むとその奥で仁王立ちになる。

 

「モモンガ様。ここは私が死守させていただきます」

「セ、セバスー!!」

 

 セバスは内開きの扉の取っ手に手をかけると通路へ向かってそれを力いっぱい引く。そして、重い扉が閉じたその瞬間、大質量の何か物体がぶつかる音、さらに何かがはいずり引っ掻き回す音がする。

 しかし扉はビクともしない。セバスが内側から絶対に扉を開けられないよう押さえているのだ。迫りくる放射能……ではなく、恐怖公の眷属から主を守るために。

 

「ほぉ、見上げた忠誠心ですね。ですが、やはり大量の眷属のおかげで気配の察知は難しかったようですね」

「何!?」

 

 エクレアからの言葉に周りを見渡すと一部空間に歪みが発生している。

 

「エクレア様。工作活動お疲れさまでした。さぁ、モモンガ様。潜伏(ハイド)を解除しましょうか。我輩はここまでの侵入に成功しましたぞ」

 

 空間の歪みに色が付く。そこから現れたのは全長30cmほどのゴキブリ。頭には王冠、手には王錫、背中には真っ赤なマントを羽織っている。

 そしてその騎乗しているのは銀色の巨大ゴキブリ型ゴーレム、シルバー・ゴーレム・コックローチだ。

 

「恐怖公!?」

「さて、エクレア様に玉座を譲っていただけますかな。るし☆ふぁー様のご命令ですので」

「お……お前。るし☆ふぁーさんと俺とどっちに忠誠つくしてるんだよ!?」

「それは我輩に乗騎をいただいたるし☆ふぁー様につくのが道理かと」

「ぐっ……。しかし、姿を現したのは間違いではないのか?お前のレベルは高々30程度。殺しはしないが眷属を召喚させる前に意識を奪うことくらいはさせてもらうぞ」

「ほほほほほっ!さすがはモモンガ様。ですが、ここに我輩が来たことでほぼ目的は達しているのです。エクレア様がここに連行されると分かっていればお渡ししておいたのですがな」

「何!?」

「ここがどこかお忘れで?」

 

 モモンガは周りを見渡す。ナザリックの最終防衛ライン。ソロモンの小さな鍵。そこにはかつてるし☆ふぁーが作った悪魔の像が並んでいる。

 ソロモンの七十二柱の悪魔。それを模倣して作られたゴーレム像だが、途中でるし☆ふぁーが飽きて67体しかないという酷いオチがついた代物である。

 最終防衛ラインということもあり、希少金属を使ったそのゴーレムのレベルは優に80を超えている。

 

「ま……さ……か……」

 

 恐怖公は腕輪型の魔法道具を起動。そこから音声が流れる。

 

『起動!レメゲトンの悪魔たちよ!目覚めるのだ!』

 

 るし☆ふぁーの声だ。それに呼応するように周りを取り囲む悪魔像たちの目に赤い光が宿る。

 

『めざめよ……』

『めざめよ……』

『めざめよ……』 

『愚か者に現実を叩きつけるのだ』

 

 悪魔像たちから発せられる音声もるし☆ふぁーのものだ。その中でいち早く起動した蒼く輝く剣を握りしめた長身の悪魔像がモモンガへと斬りかかる。

 

「モモンガ様!」

 

 飛び出してきたアウラが鞭で剣を弾き飛ばす。しかし、その後ろから今度は別の悪魔像が口から火炎を吐こうとしていた。

 

「《上位魔法盾(グレーター・マジック・シールド)》!」

 

 迫りくる炎をマーレの防御魔法が阻む。しかし、相手は67体。3vs67と言う数は暴力その物であり脅威だ。

 

「あ、あんのやろおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 この場のモンスターは天井に配置された地下風水のエレメンタルも含めるとレベル100の2パーティをも崩壊させるほどの戦力だ。レベル100のNPC二人とモモンガ一人では圧倒的に不利だ。

 モモンガは一声咆哮を上げると戦闘態勢へと入った。

 

 

 

 

 

 

 依然戦闘状態のソロモンの小さな鍵。その中でモモンガは違和感を感じていた。悪魔像たちの挙動がおかしいのだ。

 彼らは何故かダメージを負うと攻撃を中断し、入口の扉のあたりを死守している。

 

「《現断(リアリティ・スラッシュ)》!」

 

 また1対悪魔像に致命的なダメージを与える。するとやはり入口の扉でスクラムを組むように周りのゴーレムと固まっている。

 それを幾度繰り返しただろうか。悪魔像の塊が入口を完全に塞ぎ切った時、()()は発生した。

 

<警告!警告!ダンジョン最奥部までの通路が繋がっておりません。システム・アリアドネを発動します!直ちに通路を確保してください。警告が無視された場合、ダンジョン維持費用にペナルティーを科します!>

 

 突然どこからともなく発せられる警告メッセージ。それを聞いたモモンガは顔が真っ青になるほど驚愕する。

 

「ま、まさか!?」

 

 システム・アリアドネ。ユグドラシルにおけるダンジョン作成制限システムだ。ダンジョンにおいて最奥部を守る簡単な方法がある。それは最奥部までの通路を作らなければいいというもの。

 完全に隔離した空間であれば安全に守れる。しかし、それではゲームとしての公平性にかけ、製作者サイドとして許せない。そこで取り入れているシステムがシステム・アリアドネ。

 入口から最奥部まで1本の線で結ばれていなければペナルティーとしてギルド資産が恐ろしい速度で消費されていくのだ。当然資産が尽きればギルド本部を維持できない。それはつまりギルドの崩壊を意味する。

 ユグドラシル金貨は山のようにあるナザリックであるがシステム・アリアドネで消費される資産はその比ではない。金貨が消費されれば次は保管しているアイテムが換金されて消えていってしまうのだ。それは絶対に避けなければならない。

 

「ゴーレムで道を塞いでアリアドネ発動だと!?るし☆ふぁあああああああ!あのゴーレムクラフトの糞野郎!ここまでやるか!?悪戯ってレベルじゃないぞ!?」

 

 よく見ると入口に集まったゴーレムは目の光を消し、すでに彫像と化している。つまり物質で最奥までの線を塞いでしまっているのだ。これを排除しなければならない。

 

「《爆裂(エクスプロージョン)》!」

 

 モモンガが悪魔像の塊に魔法を叩きこむが崩れるのは表面のみだ。

 

「糞!硬い!希少金属を使ったことを後悔する日が来るなんて!」

 

 悪態をついている間にもまだ起動している大量の悪魔像たちが攻撃を仕掛けてきている。そして、アウラとマーレも善戦しているが、そこでHPを失った悪魔像は入口をさらに分厚い壁と化す材料となる。大魔法を入口に叩きこむような隙もない。

 

(どうする!?あと何分持つ!?早くしないとギルドが崩壊する!殲滅は無理だ!時間的に間に合わない。どうする……どうすれば……)

 

 考えている間にもシステムからの警告が鳴り響いて頭がどうにかなりそうだ。

 

(システム?このゴーレムはシステムで動いている?上書きは……もしかして可能じゃないのか!?)

 

「ゴーレムたちよ!止まれ!止まるんだ!」

 

 モモンガはギルドマスターとしてゴーレムに命令を発する。しかし、聞こえているのかいないのか、まったくゴーレムたちは行動をやめようとしない。

 

「やめろ!やめ……システム……システム・コマンド!?」

 

 頭に閃光のように思い浮かんできた言葉。システム・コマンド。これはNPC達を操作する手段。今でこそ自由に動いているNPCたちであるが、本来はこれなしで動くことなどありない。

 

「システム・コマンド!!!!『停止』!『停止』だ!すべてのものは動くのをやめろ!!」

 

 藁にもすがるつもりで絶叫するモモンガ。

 

―――そしてすべてが()()した

 

 

 

 

 

 

(やったのか!?やったんだな!?よし、すぐに入口を解放しないと!)

 

 モモンガは超位魔法を発動する。悪魔像と戦いながらでは発動する隙がなかったが、今ならば可能だ。そして迷うことなく即時発動の課金アイテムを使用、砂時計を握りつぶす。

 

「《失墜する天空(フォールンダウン)》!」

 

 上空から堕ちた超高熱源体によって生じた絶熱が一気に膨れ上がり、効果範囲内の全てを貪欲に貪り尽くす。

 塊となった超希少金属製のゴーレムたちが融解し、爆散すると同時にうるさく鳴っていた警告メッセージも聞こえなくなった。

 

「や、やった!やったぞ!アウラ!マーレ!」

 

 自分とともにナザリックを守ってくれた子供たち。それに感謝しようと後ろを振り向いたモモンガは凍り付く。

 そこにいたのは鞭を振るう姿勢のまま固まっているアウラ、魔法発動姿勢のまま固まっているマーレであった。

 

「お、おい!?おまえたち!?」

 

 近寄って肩に手を置くもピクリとも動かない。

 

「マーレ!おい、マーレ!」

 

 顔を近づけ、揺さぶろうが何をしようが瞬き一つしない。

 周りを見るとエクレアと恐怖公の動きも止まっていた。周りの悪魔像と同じくピクリともしない。

 

「なんだ?どうしたんだこれは!?」

 

 そこで思い出すのは先ほどのシステム・コマンド『停止』。

 

「まさか……嘘だろ。おい、アウラ!マーレ!」

 

 壮絶な戦闘痕を残すソロモンの小さな鍵。そこで動いているのはモモンガ一人だ。他のすべてが停止している。

 それでも何かの間違いだと思わずにいられないモモンガはいつまでも叫び続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓。玉座の間。そこに守護者たちが集まっている。デミウルゴス、コキュートス、シャルティアの3人だ。

 モモンガは頭を抱え沈んでいた。

 

「モモンガ様。アウラとマーレ、それからセバスはベッドに寝かせてきました」

「そうか……ご苦労」

 

 ソロモンの小さな鍵での戦闘の後、動かなくなったNPCはアウラにマーレ、そして扉を隔てた向こう側にいたセバス、そしてナザリックに反旗を翻した恐怖公とエクレアの5人であった。恐怖公とエクレアについては念のため氷結牢獄に入れてある。

 恐怖公が停止状態になったことにより眷属たちも一斉に活動をやめており、見た目上はナザリックは平常通りに戻ったと言える。

 

「ナザリックの資産についてはほぼ壊滅です。ユグドラシル金貨はすべて失われました。また、ワールドアイテムを含むほぼすべてのアイテムも喪失しております」

「そうか……」

 

 それでも何とかナザリックの喪失は免れたと喜ぶべきだろう。今は手持ちのアイテムをエクスチェンジ・ボックスで換金し何とかギルドを維持している。

 ナザリックが崩壊したらギルドシステムより生み出されたNPCたちが消える可能性は大である。そんなことになったら本当に一人ぼっちだ。

 

(でもなぜだ……。なぜこんなことになった。エクレアたちから話を聞けないが、るし☆ふぁーさんはナザリックにはいない)

 

 ナザリックをくまなく捜索したがるし☆ふぁーさんが現れた形跡はない。

 

(ナザリックを崩壊に導くなんて……。もしかして他のギルドメンバーも同じ目的でナザリックに現れたのか?いや、そんなことは……。でもそうだとするとアルベドの行動はギルドを守ろうとした?分からない……。どうすればいいんだ……)

 

 守護者たちに心配そうに見守られながらモモンガが頭を抱える中、さらに頭を痛くさせる報告が届く。

 

 

「モモンガ様、騒ぎで報告が遅れましたがナザリックへ(ふみ)が届いておりまして……。僭越ながら事前に確認させていただいたところ……これは宣戦布告の文かと……」

「なに!?ナザリックに宣戦布告!?誰からだ!?」

「それが……アインズ・ウール・ゴウンを名乗る者から……」

 

(俺から手紙!?いや、この世界じゃまだ俺はアインズを名乗っていない。だとするとギルドメンバーの誰かか!?)

 

「我らがギルドの名を名乗るとは不届き千万……お許しいただけるなら私が相手を殺してまいります」

「待て、デミウルゴス。その前に手紙を見せて見ろ」

 

 デミウルゴスから奪うように手紙に目を通すモモンガ。そこには宣戦布告文と開戦の場所、時間が指定してある。そして最後にはアインズ・ウール・ゴウンの名前とともに見覚えのあるマークが刻印されていた。

 

 

 

―――マーク、それは山羊の頭を持つ悪魔がデフォルメされたギルドメンバーサインであった

 

 



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第5話 悪の執行者

 カッツェ平原で二人の男が対峙していた。

 

(ここでリ・エスティーゼ王国軍を一方的に蹂躙した記憶はあるけど……今回はそうはいかないだろうなぁ……)

 

 超越者(オーバーロード)モモンガを先頭にカッツェ平原に集ったナザリックのシモベ達。その数は数万。アンデッド、精霊、魔獣、悪魔、様々な異形が集ったその様子はまさに百鬼夜行である。

 対するは山羊の頭を持つ悪魔。スーツにシルクハット、マントを羽織ったその姿は間違いなくモモンガの知っているギルドメンバー。ナザリック最強の魔法詠唱者、ワールド・ディザスターのクラスを持つウルベルト・アレイン・オードルその人であった。

 従えるは大量の悪魔の軍勢だ。しかし、その中に見知った顔が見え隠れしている。

 

(あれは……王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフ?それに横にいるのは聖王国の聖騎士たちか!?バハルス帝国の騎士もいる……しかし……)

 

 様子がおかしい。彼らはどう見ても人間には見えない。ある者は頭から角が突き出し、あるものは背中から漆黒の翼を生やしている。

 

(……全員異形の悪魔と化している?)

 

「やあ、モモンガさん」

「ウルベルトさん……その後ろの人たちは?」

「ああ、これですか。現地の勢力を魔法道具(マジック・アイテム)で一部こちらに引き込まさせていただきました」

 

 緊張したモモンガとは対照的にウルベルトは明るく手をあげて挨拶を交わす。

 

「ウルベルトさん!どういうことですか!?あの宣戦布告状は何なんですか!?アインズ・ウール・ゴウンって……」

「ギルドの名前を名乗った理由が知りたいんですか?勝手に名前を使うなって怒ってナザリックから出て来るんじゃないかなと思ったからですよ。絶対にここに来て欲しかったですから」

「お、怒る?怒るわけないじゃないですか。ウルベルトさんもアインズ・ウール・ゴウンの一員なんですから……」

「そうですか?後ろのNPC達の様子はそうは見えませんけど?」

 

 後ろに控えるシモベ達の様子を振り返る。すると明確な怒りを宿す目がちらほらと見られる。ウルベルトに作られた以外の者達だ。

 

「それよりどうしてこんなことをするのか教えてくださいよ!おかしいじゃないですか。俺たちが戦うなんて!」

「おかしい?そう、おかしいですよね?だから私が来たんですよ」

「何を言ってるんですか?そ、そうだ!他のみんなも来てたんですよ!」

 

 ウルベルトの言っていることが分からない。おかしいのを認めるのになぜこんなことをするのだろうか。モモンガの脳裏に思い浮かぶのはウルベルトより以前にきたメンバーたちだ。彼らの様子のおかしさをウルベルトは知っているのだろうか。 

 そんなモモンガの思いを知ってか知らずか、ウルベルトは顎に手を当ててモモンガを見つめている。

 

「ウルベルトさん。こんなことをしている場合じゃないんです!ギルドが!俺たちのギルドが崩壊しそうなんですよ。るし☆ふぁーさんにアリアドネを発動させられて……。助けてくださいよ!」

「助け?もちろんモモンガさんを私は助けますとも」

 

 モモンガを助けに参上したと宣うウルベルト。その言葉に一瞬安堵しそうになる。しかし、だとすると宣戦布告は何だったのだろうか。モモンガが疑問を投げかけようとしたその時、モモンガの後ろから声が上がる。

 

「ウルベルト様!お会いしとうございました!」

 

 それはデミウルゴスの声であった。ウルベルトの創ったNPCだ。その最高レベルの力を持ち、幾多の悪魔を従えるナザリック随一の知恵者だ。

 一歩前に出たデミウルゴスは恭しく頭を下げる。

 

「こいつは……デミウルゴスか?まぁいい。戦争の時間だ。システムコマンド『従え』!デミウルゴス、そしてその配下の悪魔たちよ。我がもとへ集え!」

「ウ、ウルベルト様……な、何をおっしゃっているのでしょうか?」

「これから戦争を始める。お前たちは俺につくのかモモンガさんにつくのかどっちかな?」

 

 ウルベルトの言葉にデミウルゴスはモモンガを一度見た後、苦しそうに眉間に皺を寄せる。しかし、その返事にははっきりしたものであった。

 

「それはもちろん創造主たるウルベルト様です!」

 

 ナザリック傘下の悪魔たちがウルベルトの陣営へと移動を開始する。

 

「さて、これで互角、と言ったところですかね?」

「ウルベルトさん!?話が見えないんですけど!」

「ですよね。お互い話が届かない!だからこそこうするのですよ!」

 

 ウルベルトはオーケストラの指揮をするマエストロのように両手を天空に掲げる。

 

「さぁ、我が傘下の悪魔の軍勢たちよ!この大厄災の魔たるウルベルト・アイレン・オードルが命じる!システムコマンド『悪を執行せよ』!」

 

 オオオッと大地を劈く雄たけびとともに悪魔の軍勢がナザリックのシモベ達に襲い掛かる。

 

「さて、開幕の花火と行きましょうか!魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)!《隕石落下(メテオフォール)》!」

 

 ウルベルトの放った広域化された隕石群がシモベたちに降り注ぎ、中レベル以下のものが消え去っていく。仲間たちと作り上げた子供たちが消失していく姿にモモンガは悲鳴を上げる。

 

「ウ、ウルベルトさん!?」

「これで少しは声が届くようになりますかね。さぁ、高みの見物と行きましょう!《全体飛行(マス・フライ)》!」

 

 血が舞い、肉が躍る地獄と化したカッツェ平原。目も覆いたくなるその光景を眼下に、全体化された飛行魔法によりウルベルトに手を引かれモモンガは遥か上空へと舞い上がって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「おー、モモンガさん見てください!人がゴミのように消し飛んでいきますよ!」

「ウルベルトさん!あれは俺たちの創ったNPCなんですよ!」

 

 上空から戦場の様子を俯瞰する二人。地上では凶悪な魔法とスキルの応酬が軍レベルで行われる地獄絵図が広げられている。

 

「おっ、シャルティア沈んだー!あいつ一番脅威だから波状攻撃で一番に仕留めるように指示出しておいたんですよ。残してたらスポイトランスが脅威ですからね!」

 

 カラカラと笑いながら戦場を実況するウルベルト。宣戦布告して戦争を始めながら自分は高みの見物。それも敵の大将であるモモンガと一緒に。理解が及ばない。

 だが、それでも気になって仕方がないことがたくさんある。

 

「ウルベルトさん!何がしたいんですか!もしかしてたっちさんとか他のギルドメンバーのことも知ってるんですか!?この世界にみんなも移転してきたんでしょう!?なんでナザリックにこんなことをするんですか!アウラやマーレたちが動かなくなったのにも関係あるんですか!?」

「質問が多いですね。確かに不思議に思うのも分かります。じゃあ一つずつ答えましょうか。まず一つ目、何がしたいのか。それはモモンガさんの目を覚ましたいんですよ」

「目を……覚ます?」

「こちらの声は届いているみたいですね。みんなに聞いた話と違うなぁ……。NPCが減ったのがよかったのか?」

「は?何を言ってるんですか!?目を覚ましたいってなんのことですか!?」

「みんな言ってませんでしたか?モモンガさんに目を覚まして欲しいって。仲間たちの声、聞こえていませんでしたか?」

「目を覚ます?そんなこと言って……いや、待ってください」

 

 モモンガは仲間たちが言っていたことを思い出す。たっち・みーは、ぶくぶく茶釜は、ペロロンチーノは、やまいこは、るし☆ふぁーは何と言ってただろうか。

 

「たっち・みーさんは……目を覚ませと言っていましたね……。いや、ぶくぶく茶釜さんもペロロンチーノさんもやまいこさんも……。姿は見ていないけどるし☆ふぁーさんも目覚めろって……いや、ちょっと待ってもしかしてヘロヘロさんも?」

 

 だが、目を覚ませと言われてもモモンガには何のことだか分からない。アンデッドであり目を閉じることさえないのだから。

 

「次の他のメンバーたちのことを知っているか、でしたか。答えは『YES』。その次の最初からこの世界に移転してきていたのか、『NO』」

「他のみんなのことも知ってる!?じゃあるし☆ふぁーさんがあんなことをするって知っていたんですか!?たっちさんやペロロンチーノさんたちの様子がおかしいのも!?みんなもこの世界に来たのに何でナザリックを壊そうとするんですか!助けたいって……。本当に助けたいならこの世界で一緒にギルドを守りましょうよ!!」

 

 モモンガの心からの叫びにウルベルトは目を伏せながら両手を広げ、世界を指し示す。

 

「モモンガさん。先ほどから『この世界』と言っていますがこの世界のことをどう認識してるんですか?」

「それは……。異世界に転移してきたんでしょう。ナザリックと一緒に俺たちがこの知らない世界に」

 

 モモンガの答えにウルベルトは困ったように頭を振る。

 

「なるほど……そういう認識ですか」

「だってそうでしょう!ユグドラシルはサービス終了したんです!それにここは全く知らない世界!ここではゲームではあり得ない痛みや温度なんかも感じますし、コンソールも開きません!別の異世界としか思えませんよ」

「確かにここはユグドラシルじゃありません。でも異世界なんかじゃあありませんよここは」

 

 異世界ではない。ウルベルトは何を言っているのだろうか。そんなことがあるはずがない。

 

「ではどこだと言うんですか!?」

「ここはあるデータサーバー内部です」

「……データサーバー?いや、そんなはずはありません!ユグドラシルのゲームサーバーはダウンしたんでしょう!?いや、それとも別のゲームサーバーに移った世界がここって言うことですか!?」

「いえ、ここはゲームサーバーではありませんよ。言ったでしょう。データサーバーだと」

 

 データサーバーとはゲームサーバーとどう違うと言うのだろうか。だが、どちらにしろそれはあり得ないとモモンガは断定する。 

 

「データサーバー?いや、それだとしても痛みを感じるのはおかしいじゃないですか!?それにコンソールも出ないし!」

「コンソールが出ないのはゲームに必要な脳内ナノマシンが排出されてしまっているからですよ」

「脳内ナノマシンが排出されたらサーバーから強制退出されるでしょう!?」

 

 ウルベルトの言う通りゲームを開始するには体内にナノマシンを注入する必要がある。しかし、このナノマシンは時間経過で体外へと排出されるため長時間プレイしていたりするとナノマシン不足の警告メッセージが表示され、ゲームから強制退出させられるのだ。

 

「いえ、脳内ナノマシンなしで稼働が可能で、痛みや身体感覚を感じることができるデータサーバーがあります」

「はぁ!?そんなのどこにあるって言うんですか!?」

「そのデータサーバーはここにあるんですよ。ここに」

 

 ウルベルトが悪魔の尖った指先をモモンガを額へと突き立てる。

 

「俺?俺がどうかしたんですか?」

「だから。データサーバーはモモンガさんの頭の中なんですよ!」

「はぁ!?ここが俺の頭の中?じゃあウルベルトさんは何で俺の頭の中にいるんですか?」

 

 幽体離脱して入ってきたわけでもあるまい。

 

「最初から説明しますね。モモンガさんはユグドラシルのサービス終了までゲーム世界の中に居ました。それは間違いないですね」

「ええ、まぁ……」

「そして、サービス終了時刻、ユグドラシルはゲームサーバーをダウンさせました。それは俺も他のみんなも確認しています」

「それで異世界に来た……」

「何言ってるんですか?ゲーム内の世界ですよ。それが異世界に転移などするはずがないでしょう。ゲームデータが移転するのはサーバーからサーバーでしかありません」

「え……。じゃあここはユグドラシルと別のサーバー?別のゲーム?」

「違います。ユグドラシルが終了した時、モモンガさんの使っているゲームハードに不正なプログラムが発生したんです」

「不正なプログラム?」

「はい。ナザリック地下大墳墓を含むデータ領域およびその中にいたキャラクターデータ等がコピーされ、別のデータサーバーへと移されたんです」

 

 データが移された。その言葉にまさかとモモンガは嫌な予感を感じる。

 

「それが移された先はモモンガさんの脳の一部です。脳の一部がデータサーバーと化してそこにナザリックのデータが保存されたんです。それがここのナザリック地下大墳墓というわけです」

「そんな!だってコンソールも出ないのに……」

「でも、システムコマンドは発動したでしょう?」

「え」

「アウラやマーレに対してですよ。ネットワーク接続が必要なログアウトなどのコマンドは無効ですが、オフラインで可能なNPCへの命令コマンドは有効です。アウラやマーレが動かなくなったと言いましたよね。それはモモンガさんが『停止』のシステムコマンドを命令したからですよ」

「そんな……で、でも……そうだ!痛みや体温を感じるのはおかしいでしょう!」

「それこそここがモモンガさんの脳内サーバーだと言う証明じゃないですか。ここは痛みや温度を感じる中枢神経を管理するモモンガさんの脳内なんですよ。だからモモンガさんだけは痛みや温度を感じることが出来ます。ちなみに俺は外から有線で接続してるだけなので痛みも温度も感じませんよ?」

「でもなんでこんな面倒なことを……」

「その不正プログラムにジャミングされているからです。プログラムと言うのは目的を失っては存在しえない。私たちの存在を目的を脅かすウイルスと判断したんでしょう。ですからモモンガさんに言葉を伝えようとしても、行動がおかしく伝わっていたんですよ」

「プログラムに歪められた?るし☆ふぁーさんの行動も?」

「いえ、あれはるし☆ふぁーさんがもともと設置していたギルド崩壊コマンドだったらしいですよ。サービス終了時に発動させるつもりで忘れていたとか言ってましたね」

「……」

 

 るし☆ふぁーはどこまで行ってもるし☆ふぁーだったらしい。

 

「でも、それも悪いとは言えません。不正プログラムは確実にナザリックのどこかにいます。それを消去する、またはあぶり出す必要があったんです」

 

 今、まさに殺し合っているNPCたちもそう言った目的で争わされているというわけか。

 

「じゃあもしかして時間が巻き戻ったのも何か関係してるんですか?サービス終了直前まで……」

「モモンガさんの精神が不正プログラムによって犯されていたので、脳内データを初期化しました。モモンガさんに無断で行って申し訳ありませんが必要な処置だったんです」

「そうですか……いや、まだ疑問はあります。NPCの自我についてはどう説明するんですか。自立して考えて行動してるんですよ?」

「それなんですが……モモンガさんにはそう見えているんですか?」

「へ?」

「たっちさんも他のみんなも言ってました。NPCは元通りだったと」

「えっ、いや、そんな、勝手に動いているんですよ」

「俺にもそうは見えません。どのキャラクターもコマンドで命令した通りの動きしかしてません。恐らくそれもモモンガさんがモモンガさんの脳内で見ているからそう感じているんじゃないでしょうか」

「そんな……」

「ショックを受けているところ申し訳ないですが、一つ大事なことを言わなければならないんです」

 

 ウルベルトは声のトーンを落とすとモモンガの耳に顔を寄せる。

 

「このままここに居るのはモモンガさんの命が危ないんですよ」

 

 命の危険という言葉にモモンガは息を飲みこむ。ここで言う命とは、蘇生可能なこの世界の命ではなく、そういうことなのだろう。

 ウルベルトが驚愕の事実を語り出す。

 

 

 

 

 

 

「ここからはリアルの話をしましょうか」

 

 ウルベルトは声のトーンを変える。出来るだけ暗くならないよう無理に明るい声を出しているようだ。

 

「まず、最初に異変に気付いたのは俺も含めたギルドメンバー数人でした。ユグドラシルのサービス終了日からモモンガさんにコンタクトを取ろうとしても一切返事がなくなったからです」

「俺が脳内サーバーに移動してしまったから?」

「ええ。それで私たちはモモンガさんの自殺を疑いました」

「自殺?」

 

 何で自殺しなければいけないのだろうか。確かに貧しい生活ではあったが、そこまで追い詰められていたわけではない。ユグドラシルという楽しみだってあったのだ。

 

「ユグドラシルを失ったショックで生きる気力がなくなったんじゃないかってみんなで心配したんです」

「俺……そんなにユグドラシルに依存しているように見えました?」

「はい」

「……」

「それで申し訳ないんですが、モモンガさんの住所を調べて尋ねてみたんですよ」

「えっ、来てくれたの!?」

「だって心配じゃないですか」

 

 ウルベルトは何気なく言ってのけるが、一緒にゲームしていたというだけの顔も知らない人間を心配して探してまで訪ねてくれる人がどれだけいるだろうか。モモンガは素直に感激する。

 

「で、大家に中を見せてくれるようにお願いしたんです。そしたらもう警察が来た後だって。それで中にはもう誰もいないって」

「警察?」

「はい。でも自殺なのか事件なのか分かりませんがそんな話はどこのニュースにもなっていませんでした」

「それはどういう……」

「人が一人消えたのに何のニュースにもならない。俺はおかしいと思いましたね。腐りきった世の中です。誰かが権力や金を使って事件のもみ消しを図ってるんじゃないかってね」

「まぁ底辺の俺なんか簡単に消されちゃうでしょうね……」

「そんなこと言わないでくださいよ……モモンガさん。底辺だろうと一生懸命生きているのはアーコロジーの富裕層と変わらないでしょう。俺は悔しくってですね……、調べたんですよ」

「調べた?」

「モモンガさんの家に来た警官のことをです」

「誰……だったんですか」

「……たっち・みーです。たっち・みーが警官以外の数人の男と中を調べて人を運び出していったと目撃した者がいました」

「たっち・みーさんが……。そう言えばあの人、警察官でしたね」

「たっちさん以外の数人は制服を着ていた。それも詳しく調べたところユグドラシルの開発会社のものだということが分かりました」

「開発会社が?」

「それで俺は開発会社を当たってみました」

 

 なぜこの友人は自分のためにここまでしてくれるのだろうか。友情なのか底辺に身を置く人間の反骨心なのか。どちらにしても憧れる行動力だ。

 

「制作会社のスタッフ何人かに当たってみましてね。ちょっと脅したら吐きましたよ。警察官に賄賂を渡して、自社ゲームでの事件を隠蔽しているってね」

「え……」

「俺は許せませんでしたね。富裕層の勝ち組でゲームの中では正義の味方を気取って綺麗ごとばっか言っていたあの男がですよ?自分の懐を温めるためにモモンガさんを売ったって言うんですよ」

「たっちさんがそんな……」

「俺とたっちの奴はそれまでにもいろいろありましたからね。モモンガさんにまでそんなことするなら……本気でぶっ殺してやろうと思ってたっちの所に行ったんですよ」

「そんなまさか……」

「たっちの奴は認めましたよ。自分は制作会社に金をもらった悪徳警官だと」

 

 モモンガは何も言えなかった。現実の警察組織が完全に腐っているのは知ってはいた。しかし、たっち・みーがそんな悪事を働く人だとは思えないし、目の前の男が本気で人を殺そうとする人とも思えない。

 人を殺してやろうと言う悪党のウルベルトと不正を働いた悪徳警官のたっち・みーの邂逅。それが自分の親友たちだとはとても思えなかった。

 モモンガの心配そうな目に気づいたのか、ウルベルトは険しくしていた目を緩めて、やれやれと両掌を上に向ける。

 

「でも話を聞いて俺の気は変わったんですよ」

「え?」

「たっちさんが金をもらっていたのも事件を隠蔽しようとしていたのも事実です。ですがたっちさんは制作会社にある条件を提示していたんです」

「ある条件?それは……?」

「モモンガさんの身の安全です」

「……」

 

 どうやらたっち・みーもウルベルトも考えていたことは同じだったようだ。いつも喧嘩ばかりしていた二人が、と思うとモモンガから思わず笑みが漏れる。

 

「たっちさんは、モモンガさんを目覚めさせるように協力することを隠蔽の条件としました。それで俺はそれに協力することにしたと言うわけです」

「じゃあ俺は今どこに……」

「病院の一室に居ますよ」

「病院……」

「でも時間がないんです。さすがにモモンガさんをずっと寝かしておくわけにもいきません。そろそろ時間もお金も限界なんです。ですからモモンガさん。戻ってきてください!」

「でも……どうやって?コンソールも出ないんですよ」

「大丈夫です。今からナノマシンを注入しますからコンソールは開くはずです。それでこの仮想データサーバーから抜け出せます」

「ナノマシンを……」

 

 確かに先ほどの話からするとナノマシンを注入することはログアウトするためには必要不可欠である。

 

「それからもう一つ。もうここには戻ってこられなくなります」

「え、俺の頭の中にあるんですよね。いつでも来られるんじゃないですか?」

「不正プログラムが目的を失うからです。目的を失ったプログラムは消失するしかありません」

 

 ナザリックにもう帰ることは出来ない。その言葉に少なからずショックを受ける。ユグドラシルが終了する時、とっくに覚悟はしていたはずだが、それでもモモンガは心の底から湧き上がってくる哀愁を隠し切れなかった。

 

「さぁ、もう時間がないですよ。ナノマシンを……」

 

 ウルベルトがモモンガを誘うように手を差し出したその時、燃え上がるような激しい怒りを含んだ美しい声がモモンガの後ろから湧き上がる。

 

「モモンガ様!その者の言葉に騙されてはなりません!」

 

 

 

 

 

 

 モモンガが横を振り向くとそこにいたのは怒りに髪を逆立て、鬼のようにウルベルトを睨めつけているアルベドであった。腰から生えた漆黒の翼までもが怒りに震え、完全戦闘態勢を取っている。

 

「アルベド!?氷結牢獄にいたんじゃないのか!?」

「モモンガ様。ご命令に背いた罰は後で如何様にも受けます。ですが、モモンガ様をお守りするため参上させていただきました!」

「アルベド。俺が騙されているとはどういうことだ?」

「モモンガ様……私は考えていたのです……。これまでの至高の御方々の奇行、そしてこの世界のありよう。どう考えてもおかしい……、おかしすぎると。しかし至高の御方のおっしゃることと従って参りました。しかし、今回のあの悪魔となった人間達。そしてナザリックの者同士での争い。確信いたしました!これはすべて幻術によるものと思われます!」

「幻術だと?こんな大勢に?しかもこの規模で?」

「はい。ワールドアイテムまたはそれに匹敵する能力の行使によるものか……」

「それはおかしい。俺はワールドアイテムを所持している。俺にワールドアイテムによる幻覚は通じないはずだ」

「いえ、モモンガ様本人に幻術をかけたのであればそうでしょうが、幻術をかけた対象がこの世界だとしたら?」

「世界!?」

 

 モモンガの脳裏に世界にかける幻術についての知識が呼び覚まされる。世界に幻術をかける。それはあらゆる事象の代替となるものだ。世界のすべてがその幻術を信じればそれが現実になると言うこと。その現象は死者の蘇生すら可能とする。

 アルベドの言葉を聞き、困惑するモモンガを見ながらウルベルトが笑いだす。

 

「はははははは!何を言っているかと思えば。モモンガさん、確信しました。そのNPCは他のNPCのような人形じゃない。俺にも勝手に話しているように見える。間違いない、それが不正プログラムだ」

「アルベドが!?」

「モモンガ様!幻術により作られた者の言うことに耳を貸してはなりません!」

「俺が幻覚だというのか?では俺の話をしたことも?俺自身が幻覚だとしたらモモンガさんと俺しか知らないようなことをどうやって術者は知りえたんだ?アルベド、お前の話は破綻している」

「ふんっ、戯言を!モモンガ様、幻術とは術者の見せたいものを見せるだけが幻術ではありません!相手の見たいものを見せるのも幻術でございます!」

「相手の見たいものを見せる?」

「つまりモモンガ様の見たいものを見せているに過ぎないのです!術者がそれを知っている必要はありません。見たいものを見せるという幻術を世界にかけた。それであればモモンガ様がワールドアイテムを所持していたとしても問題はありません!」

「モモンガさん。騙されちゃいけませんよ。消されまいと不正プログラムが必死になっているだけです」

「モモンガ様を、モモンガ様のシモベ達を……ナザリックを謀っておいてその言い草はなに?モモンガ様。もし私がこの者の言うとおりであったのなら、私はモモンガ様のためにこの世界をいくらでも都合よく改変していることでしょう」

「そうできない原因があるからじゃないのか?」

「あなたこそ私とモモンガ様を言いくるめるしかないから必死に言葉を重ねているのではなくて?そう、私もワールドアーテムを所持しております。直接幻術を私に叩きこむことが出来ない。それが理由でしょう?」

「まったく、ああ言えばこう言う……。モモンガさん、もうすぐコンソールが開きます。それが証拠です。戻ってきてください!」

「それを決められるのはモモンガ様です!モモンガ様が私たちをお見捨てになるはずがありません!」

「確かに決めるのはモモンガさんだ。だが、今の言葉ではっきりしたな。このデータサーバーでの決定権はお前にはない。最上位の権限はモモンガさんにある。だからお前は話をすることしかできないんだ」

「それは貴方の事では?私にはモモンガ様のいらっしゃったリアルなる世界の話は分かりません。ですがあなたの話はモモンガ様の知っていること、モモンガ様が確かめようのないことしか言っていない。この者はナザリックに押し入ったあの無礼者、プレイヤーの一味やもしれません!もしこの者の幻術に引き込まれるのを認めてはいかにモモンガ様でもご無事ではすみません……!」

「モモンガさん、気にすることはありません。さあ帰りましょう」

 

 モモンガを心配するアルベドを他所に、ウルベルトがモモンガへと手を差し伸べる。モモンガがついその手を取ろうしてしまうが、アルベドがモモンガのローブに縋りつく。

 

「モモンガ様!お見捨てにならないでください!お願い……お願いでございます!モモンガ様、これは決して言うまいと思っておりましたが……モモンガ様!至高の御方々が本当に戻られるとお考えだったのですか!?私たちを……モモンガ様をお見捨てになって去っていた方々が!」

「それは……」

 

 モモンガはかつての心の傷を思い出す。一人、二人と去っていくギルドメンバーたち。連絡の取れなくなるギルドメンバーたち。そして最後に残ったのはナザリックにモモンガ一人きりだ。

 

「モモンガ様は最後まで残ってくださいました!私たちにはモモンガ様しかいないのです!私の創造主、タブラ・スマラグディナ様がナザリックを去る時、このワールドアイテムを私に渡して何とおっしゃったとお思いですか!モモンガ様以外の至高の御方々は私たちをその程度にしかお考えになっておられなかったのです!」

「今度はモモンガさんの情に訴えるっていうのか?モモンガさん、相手にすることはないですよ」

 

 友好的に手を差し伸べるウルベルト、涙に目を濡らしながらモモンガに縋りつくアルベド。二人を見ながらモモンガの心は揺れ動く。

 

「モモンガさん。戻ってきてください」

「モモンガ様!騙されないでくださいませ!私たちをお見捨てにならないでくださいませ!」

 

 困惑するモモンガの目の前に、久しぶりに……本当に久しぶりに見る光景が現れた。

 それはユグドラシルをプレイ中常に目に入っていた光景、つまりユグドラシルのゲームプレイコンソールである。

 コンソール越しにモモンガは訴えかける二人を見つめ……。

 

 

 

―――モモンガは一つの選択をした

 



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第6話 おかえり【完】

 モモンガの目の前には青色の画面が広がっていた。随分懐かしいそれはユグドラシルにログインするたびに見ていたホーム画面だ。

 しばらくは呆けたように見つめていたモモンガであったが視界の端にチカチカと点滅している赤い光を見つける。そこの赤い光の中心には数字が浮かんでいた。

 

(これは……保存されたメッセージ?)

 

 そこにあったのはユーザー間でやり取りを行うメッセージボックスに保存されたメッセージだ。表示された数字はモモンガも今まで見たことがないほどたくさん貯まっている。

 古いものから見るべく恐る恐るタップしてゆくと、そこに現れた送信の日付を見てモモンガは胸が締め付けられる。

 

(これは俺がユグドラシルに最後にログインした……)

 

 そこにあった日付はユグドラシルのサービス終了日、それもサービス終了直後の時間に複数のメッセージが寄せられている。その宛名は見知ったものばかリだ。ヘロヘロ、たっち・みー、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、やまいこ、ウルベルト。他にも多くんギルドメンバーからのメッセージで溢れかえっている。

 

(もし、俺があそこでログアウトしていれば……このメッセージを読むことが出来たのか……)

 

 思い出すのはサービス終了のその時。誰も彼もがギルドを去ってしまった誰もいない場所。それでも折角だからとモモンガは最後の日にせめて思い出を語ろうとギルドメンバーに誘いをかけた。

 その結果、幾人かのメンバーはモモンガの誘いに応じてきてくれたが、それでも最後まで付き合ってくれるメンバーは一人もいなかった。

 最後の瞬間を一人で迎える。その寂しさに怒り、嘆いていた。だが、そんなことはなかったのだ。モモンガが彼らを大切に思っているように、彼らもモモンガのことを覚えていてくれた。

 モモンガはコンソールを操作し、メッセージを開く。

 

『ギルドマスター!お疲れさまでした!最後の日に行けなくてごめんなさい。でもユグドラシルでみんなでやった冒険は楽しかったって伝えておきたくて。無茶やりましたよねー。モモンガさんがギルドマスターになった時も初見ダンジョン一発攻略するんだって言ってね。いつもすごく楽しかったです。あ、そうそう。また何かゲーム始めるんでしたら連絡ください。時間見つけたらモモンガさんとぜひ一緒に遊びたいです』

 

 

『モモンガさん。おひさー。ユグドラシル終わったんですよねー。じゃあ今度俺とゲームやりませんか。今戦略ゲーにはまってましてぜひモモンガさんのギルドマスターとしての腕をですね……」

 

 

 

『モモンガさんすごい18禁DMMORPG見つけたんですよ!サキュバスとかエロ系モンスターを捕まえてですね……。■■■■■■■■■■■■なことができるんですよ!これはもう神ゲーですから……』

 

 

『ああああ!最後の日いけなかったー!くっそー!せっかくソロモンの小さな鍵(レメゲトン)に罠しかけておいたのに!モモンガさん、もしかして起動したりしてませんか?もししてたら感想教えててください!あと大浴場にも……』

 

 

『モモンガさん生きてますかー?ユグドラシル終わったからって悲しんでちゃだめですよえー』

 

 

 

『モモンガさん返事ください。大丈夫ですか?』

 

 

 

『モモンガさん……』

 

 

 

『モモンガさん……』

 

 

 

 

 ふと気づくと頬をつたわる熱いものを感じていた。ゲームの中では決して感じることが出来なかったものだ。モモンガは溢れそうになる心を開放するように頭を覆っているデータロガーを取り外す。

 

(……眩しい)

 

 感じたのは太陽の光。窓から差し込む光が眩しく手で目を覆ってしまう。するとそれに気づいたのか近くにいた男がカーテンを閉めてくれた。

 

「あ……あなたは……。えっとはじめまし……」

「おっと、モモンガさん。初めましてはないでしょう?」

 

 そう言ってニヒルに笑う男。だが、その男に見覚えはない。会うのは初めてのはずだ。無精ひげを生やし、見た目の歳の割に派手な炎を模ったジャケットを羽織っている悪びれた男。だが、その声に聞き覚えがあった。

 

「ウルベルトさん?」

「おかえり。モモンガさん」

「ただいま……」

 

 そこで初めてモモンガは周りの様子に気づく。その部屋の中にはモモンガの寝かされているベッドの他には椅子が数脚あるだけで、他は驚くほど質素で何もない。まるで病院のようだ。その様子に気づいたのかウルベルトが説明してくれる。

 

「病院ですよ、ここは。ユグドラシルの開発会社が手を回したところみたいですけどね」

「俺、現実に帰ってきた……。あっ!仕事!俺明日4時起きで仕事だったのに!無断欠勤!?」

 

 モモンガはサービス終了日の翌日のことを思い出す。普通に平日だったはずだ。4時に起きて仕事にいかなければいけなかった。あれからどれほどの時が経ったのか。長く無断欠勤などしていたらクビに違いない。

 しかし、それを見てウルベルトは腹を抱えて笑い出す。

 

「ははははははは!モモンガさんもワーカホリックですねっ。不治の眠りから覚めて最初に心配するのが仕事のことですか」

 

 ウルベルトはおかしそうに笑っているが、モモンガにとってそれは笑い事ではない。

 

「仕事がないと生きていけないじゃないですか!」

「確かに。でも大丈夫ですよ。たっちさんがちゃんと会社に話を通してくれてますから」

「えっ」

「適当な理由をつけて会社に説明してくれてるはずです。確か交通事故の目撃者として事情聴取の必要があるとか何とか言いくるめてましたから明日から出社すれば多分大丈夫ですよ」

「いやいやいや、それはないでしょう。だって1年以上もいなかったんですよ」

 

 どんな会社でも1年どころか1か月さえ待ってもらえるかどうか怪しい。モモンガのような底辺労働者は代わりなどいくらでもいるのだ。休みを取る労働者と休みを取らない労働者、会社が選ぶのは確実に後者だろう。

 だが、ウルベルトはそれを否定する。

 

「一週間です」

「は?」

「モモンガさんが寝てたのは一週間ですよ」

「え、でも俺はあの世界で1年以上過ごして……」

 

 モモンガがあの世界で体験した時間。ギルドが移転し、情報を集め、そして世界征服のため色々な国を渡り歩いたあの時間。それは優に1年を超えていたはずだ。

 

「あの不正プログラムがゲーム内の時間経過速度を変えていたんですよ。実際は一週間です。もしかしたらあのプログラムはモモンガさんがこうなることを予想して……というのは考えすぎですかね?」

 

 あれだけの体験をして一週間というのは信じがたい。だが、あれは夢のようなものかと思いなおす。5分しか寝ていないレム睡眠状態で非常に濃い夢を体験することもありえるからだ。

 

「でもあの世界は何だったんでしょう。見たこともない国に人々……言語だって……」

「それなんですが……。モモンガさんは本当に見覚えがないんですか?もしかしてどっかで見たかも……とか思いませんか?」

「え?いや、そう言えばどこかで見たような……見ていないような……」

「これは俺の勝手な想像ですけど、あれはモモンガさんの理想のゲーム世界だったんじゃないですか?」

「俺の理想?」

「妄想とか夢って言ってもいいかもしれませんね。例えば俺も恥ずかしながら色々な妄想をします。俺が悪の大魔王になってこの腐った世界を蹂躙してやるとかね。そしてそこには国や人物、いろいろな人を妄想します。職業だとか、能力だとか。そんな中で俺は絶対の強さを持ってオレツエーをするんですよ」

「いや、分かりますけど。誰だってそんな妄想すると思いますけど、それが?」

「そんなモモンガさんが妄想した世界の一つが頭の中に残っていたというのはどうですか?」

「ああ……」

 

 つまりモモンガがいつか妄想して記憶したデータが元になったということだろうか。

 

「でも悪の大魔王って。あははははは!ウルベルトさんって確かにそういうところありますよね」

「ちょっ!モモンガさんだけには笑われたくないんですけど!」

 

 偽悪ロールをするウルベルトを思い出し笑うモモンガであったが、ウルベルトの言う通りモモンガも悪のロール(しかも今思い出すに痛々しい仕草や言動付き)を行っていたのだ。

 

「まぁ、俺の想像の域はでませんけどね。ところで、モモンガさん。体は大丈夫ですか?」

 

 自分の痛々しい行動を思い出したのかウルベルトは話題を変える。

 モモンガは自分の体を見てそして触って動かしてみる。少し痩せたような気もするが腕を回しても手足を動かしても問題はない。

 

「ええ、大丈夫みたいです」

「そうですか。よかった。じゃ、俺は帰りますので。あとはここのスタッフと話をしておいてください」

「えっ!?」

「いや、もう眠くて。俺も夜から仕事なんですよ」

 

 突然帰ると言い出すウルベルトに驚くが仕事を押してきてくれたと言うことに申し訳なくなる。夜勤と言うことは昼間のうちに睡眠をとっておかなければなるまい。

 

「その……。ありがとうございました!それにみんなも……」

「そうですよ、モモンガさん。みんなにもお礼を言っておいてください。ではまた会いましょう我らがギルドマスター!」

 

 ウルベルトはカッと足を揃えると惚れ惚れするような敬礼をして扉から出て行った。だが、その敬礼にモモンガは見覚えがある、いや、ありすぎる。

 

「あの敬礼は俺はかっこいいと思って昔やってたやつ……」

 

 カッコイイと思い続けていた。ギルドのみんなもかっこいいと思っていつも見つめていたんだと思っていた。しかし、それが痛々しいものを見るような目であったことに気づいたその時の恥ずかしさは忘れられない。

 だけど、恥ずかしさもあるが、それ以上にそんなことまで覚えていてくれた嬉しさが勝る。

 

(俺も帰るか……、仕事に戻るにしたって色々準備しないとだし……。このボタンを押せばスタッフを呼び出せるのかな?)

 

 モモンガは病院スタッフの呼び出しスイッチを押すと、医者とともに黒服の男たちが現れる。

 

(これがウルベルトさんの言ってた開発会社のスタッフか……)

 

 警戒するモモンガであったが、そこからはあっさりしたものであった。

 黒服の男に事情の説明と賠償金の提示、そして口止めの書類にサインを書かされると何事もなく病院から退出させられていた。

 キツネにつままれた気持ちで、空を見上げるとそこは黒いスモッグに相変わらず覆われている。有害物質を含む濃霧も発生しているようだ。モモンガはスタッフから渡された防毒マスクに隙間がないかを確かめると家路へとつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガの足取りは軽かった。

 ユグドラシルの末期に悩み続けていたギルドメンバーたちへの想い、それが杞憂だったと証明されたのだ。ユグドラシルというゲームは終了してしまえばギルドメンバーたちとの交流が終わってしまう、そう思っていた自分が恥ずかしい。

 モモンガは先ほど見たメールを思い出し、つい顔をニヤついかせる。

 

(でも……あの世界はなくなっちゃったんだよな……)

 

 ふと思い出したのはアルベドが最後に見せた泣き顔だ。見捨てないで欲しい、ナザリックをずっと支えて欲しい、一緒にいて欲しい、必死に縋りつき泣きじゃくるNPC(子供)

 

(あれは……俺なんだ……。俺だったんだ……)

 

 ユグドラシルのサービス終了日、モモンガはアルベドの設定資料を改ざんした。ビッチ設定を『モモンガを愛している』設定に変更したのだ。

 それ自体は大したことではない。だが、それよりも重要なのはその時のモモンガ自身の気持ちだ。あの時の自分は悲しんでいた、そして怒っていた。

 ずっと仲間たちと一緒にずっとナザリックを守っていきたいのになぜ終わってしまうのかと。仲間たちに対して、自分一人にして、見捨てられたと。

 

(アルベドはもう一人の俺だ……。一人ぼっちは寂しいと俺の代わりに泣いてくれた……。俺を放って出ていくなんて許せないと俺の代わりに怒ってくれた……)

 

 そんな気持ちがアルベドに影響して俺の脳内でのプログラムとなってしまったのだろう。それ自体に嫌悪感はない。むしろ感謝と申し訳なさでいっぱいだ。

う。それ自体に嫌悪感はない。むしろ感謝と申し訳なさでいっぱいだ。

 

(調整役のギルドリーダーがそんな愚痴言えなかったからな……)

 

 ふと、想像してしまう。あの時、あの世界に残ることを選択していたらどうなっていたのかと。

 

(加速されたあの世界であればもしあのままいたとしても人の人生を超える時間を体験できたのかもしれないな……)

 

 脳裏に思い浮かぶのはアルベドを含めた守護者やシモベたちの顔だ。まるでかつてのギルドメンバーたちのように個性満載の顔ぶれだ。個性がありすぎと言ってもいい。ギルドメンバーたちのこだわりの賜物だろう。

 

(シャルティアはペロロンチーノさんに本当に似ていたな……。明るくて少し抜けてるところが可愛らしくて、泣いたり笑ったり本当に表情が豊かだった)

 

 エロゲーをこよなく愛する男、ペロロンチーノの忘れ形見。モモンガの脳裏で銀髪のヴァンパイアが馬鹿なことを言って周りに突っ込まれながら笑っている。

 

(コキュートスは余り外に出してやれなかったな……。でも最初は頭の固い武人って感じだったけど、意外と成長したんだよな。リザードマンを支配するときは自分で考えて行動することを学んでくれた)

 

 武人建御雷が理想とした武士をモチーフにした昆虫の戦士。その所作も行動もまさに武人であった。

 

(アウラとマーレには本当に救われたな。でもたまにぶくぶく茶釜さんのことを思い出して泣いてたのを知ってるんだよなぁ。それだけ可愛がられてたんだろうけど……)

 

 ダークエルフの双子。特殊な性癖を持つ創造主(ぶくぶく茶釜)の趣味に巻き込まれて、男装及び女装をしているという変わった双子であったが、いつも元気そうに走りまわってモモンガを元気づけてくれた。

 

(そして、デミウルゴス……。あれがウルベルトさんの求めた悪の理想なんだろうか。まぁ悪の貴公子って感じだものな……。かっこよかった。いや、ウルベルトさんもかっこよかったけど)

 

 デミウルゴスの邪悪な笑みを思い出す。また勝手な先読みをして思ってもいない思考を読まれているのではないかといつもハラハラしていた。しかしそれも今ではいい思い出だ。

 それだけではない。プレアデスやメイド達、あの世界での様々なシモベたちはいつもモモンガのために一生懸命で、そのあまりの忠誠心に戸惑いつつも悪い気はしなかった。

 そんな楽しくも波乱に満ちた思い出が浮かんでは消えてゆく。

 

(楽しかった……楽しかったな……)

 

 支配者として頭を悩ませる日々ではあったが、あの世界はとても楽しかった。そして、最後に思うのは自分が設定を歪ませてしまったサキュバス。

 

(アルベドは本当に消えてしまったのだろうか……。ウルベルトさんは目的を失ったから消えるはずだと言っていたけれど……)

 

 モモンガをあの世界に閉じ込めた元凶。しかし、それはモモンガの心を反映したものだ。最後の時、両の目いっぱいに涙を溜めて縋りついて来たあの悲しそうな顔がモモンガは忘れられないのだった。

 

 

 

 

 

 

 物思いにふけりながら歩いているといつの間にか家の前についていた。ポケットの中からカギを探す。当たり前のことだがドアは自分で開けなければいけないのだ。

 あの世界では魔法一つで何でもできた。ドア一つとっても自分で開けることなくメイドが開けてくれていた。それ故に、たったこれだけの行動も随分久しぶりのような懐かしさを覚える。

 それもそのはず、体感時間では1年以上が経過しているのだ。

 ギギッと軋むような音を立て、鉄の扉が開く。懐かしい音とともに、そして懐かしい我が家の匂い、そしてわずかなパソコンのノイズ音がする。

 

「だだいま~……って誰もいないんだけどな」

 

 部屋に入ると防毒マスクを外す。フィルターを見ると真っ黒だ。相変わらずこの世界の空気は汚染されきっているらしい。マスクを置くと洗面台へと向かった。

 鏡に本当に久しぶりに見る自分の顔が映っている。そこ映るのは髪もあり、目玉もあり、皮膚と肉がついた人間の顔だ。

 骸骨でない顔に違和感さえ感じる。少し痩せたその顔をパチンと叩くと洗面台で顔に水を叩きつける。冷たい水が皮膚に当たる新鮮な感覚。生きている感覚だ。

 

(明日は朝一番で会社に行って謝らないとなぁ……)

 

 翌日のことを心配しつつ、眼が冴えたところで部屋へと向かう。ワンルームマンションのため洗面所から目と鼻の先だ。だが入ろうとして部屋に明かりがついていることに気づく。

 

(……電気つけっぱなしだったのか。勿体なかったな)

 

 たっち・みーに連れ出されたとき消してくれなかったと言うことだろう。けして多い給料をもらっているわけではないのに一週間も電気をつけっぱなしとはとんだ出費である。だが、それでたっち・みーを責めるのは本末転倒だ。

 部屋から漏れ出る灯りが廊下に線を作っている。よく見るとそれは白光のLEDライトの光ではなく、青い光だ。

 

(青白い?ああ、パソコンもつけっぱなしだったか……)

 

 ゆらゆらと不気味に揺れ動く青い光の筋。よく聞くとノイズ音が聞こえる。パソコンの電源がつけっぱなしでハードディスクも回りっぱなしなのだ。

 

(ゲームやっててそのまま連れ出されたから当然か……)

 

 近づくにつれてノイズ音も高くなってくる。

 

(今日は寝る前に早速みんなにメッセージを送ろう。お礼を言わないとなぁ……。心配してくれてる人もいるし……。それから明日から仕事して……)

 

 戸を開けると部屋の中でパソコンが青く光っているのが見える。やはりつけっぱなしだったのだ。ノイズはさらに高くなる。

 

(仕事から帰ったらゲームも始めるか。それから……誘われたゲームにインしてみようかな……。自分のキャラクターの名前は……やっぱりモモンガかな……)

 

 モモンガはなんだか楽しくなってくるとともに、眠気を感じる。

 そして明日への期待を胸に新しい冒険を求めて部屋へと入ったその時……聞こえていたノイズが耳にはっきりと音を作った。

 

 

 

 

 

 

───モモンガ様がお帰りになりました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~世にも奇妙なオーバーロード 完~



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