起きたらアリス・マーガトロイドになっていた。
何言ってんのか分かんねーと思うが、それは俺も同じだ。今日は目が覚めて、世界が綺麗だなとか寝ぼけた頭で考えていたんだ。天井のシミはくっきり見えるし、カーテンの色が濃く見える。
俺は起きたら、まず眼鏡を探す。
漫画みたいに眼鏡眼鏡って探しちまうほどのド近眼だからな。
同色の机の上に置いていると、見つけるのに時間が掛かる程だ。
だが、今日は眼鏡を探す事もなくトイレに向かった。
何故か眼鏡を掛けなくても良く見えたし、何故かズボンがダボついて歩き難かったが、強烈な尿意と寝ぼけた頭では気にならなかった。
スイッチを押し電気を付ける。トイレの扉を開け、ズボンを降ろした所で『異変』に気が付いた。
ない!?
【ナニ】がない!?
ふぁ!?
目を擦り、もう一度見る。
やはりない。
ツルツルだ。
……つまりこれは、…どういう事だってばよ。
暫し考え結論に至った。
夢だ。
俺の寝ぼけた頭脳が正解を導きだす。
うむ、夢に違いない。
これが明晰夢と言うやつか。昔1回だけ経験した事あるが、ここまでリアルでは無かったな。しかし、女?になっているのか。しかもトイレとか、なかなかに変態的な夢だ。変身願望でもあったかな。
そんな事を考えながら、便座に座り一先ず用を足した。
随分冷静だなって?
だが一度夢だと思ってしまえば、大抵の事は受け入れられるものだ。
なんせ夢だからな。
意味の分かんない冒険をしてたと思ったら、懐かしの友人達が唐突に出てきたり、形状し難いモンスターがでたりと、夢であれば何でもありなのだ。
女の子になるくらいなんでもないさ。
全て出し切ってスッキリした俺は、トイレを出て部屋に戻る。
会社を辞め、絶賛無職である俺は二度寝をする事が出来る。
夢の中で寝ると言うのは、ある種とても贅沢では無いだろうかと、くだらない事を考えながら俺は毛布を被りベットで横になった。
ここで冒頭に戻る。
結論から言うと、どうやらさっきの出来事は夢ではなかったらしい。
二度寝から目を覚ました俺は、洗面台へ向かい、そして叫んだ。
洗面台の鏡に映ったのは、金髪の人形の様な少女だったのだ。
と言うか、アリス・マーガトロイドだった。
東方Project。七色の人形遣い。
同人…ゲフンゲフン。
あらゆる創作物で大人気な金髪美少女だ。
顔を触ってみると驚く程柔らかい。てか顔ちっちゃい。
先程の叫び声もそうだが、なんだこの可愛い声は。
一度目を瞑って深呼吸をしてから、鏡を見る。
うん。アリスだ。どう見てもアリス。
アリス・マーガトロイドだ。
ブカブカの男物パジャマを着た、金髪美少女がポカーンと口を開けてこちらを見ている。
パジャマがずれ落ちて胸元が際どい感じになってる。エロいな、おい。
手を振ると鏡の中のアリスも手を振る。
ニコリと口元を動かすと、鏡の中のアリスは引き攣った笑みを浮かべる。
頬を抓ってみると、鏡の中のアリスは顔を顰める。
それから、飛んだり跳ねたりしたが、鏡の中のアリスも同じ様に動いた。
スマホで自撮りをすれば、超絶可愛い金髪美少女が写った。格安スマホのカメラ、修正無しでこの美しさとは恐ろしさすら感じる。
服を脱いで素裸を鏡に写すと、人間とは思えない陶器の様な素肌が晒された。
顔もそうだが身体も作り物めいた美しさだ。
完全な左右対称。
黄金に輝く艷やかな髪に青い瞳。
シミ一つない雪の様に白い裸。
よく見ればうぶ毛も生えてない。
胸に手を当てると鼓動を感じる。
詳しく検査をしないと分からないが、不思議と身体の構造は人間と変わらない様に感じた。
しかし、この身体を人間とは思えなかった。
矛盾している様だが、こんな完全な人間が人間だとは思えない。
そう例えるなら、これは神が創った人形だ。
散々動いた結果、少なくとも鏡が壊れた訳でも、頭が壊れた訳でも無い事が分かった。
何処の誰の仕業か分からないが、俺の身体はいや、俺と言う人間の意識はアリス・マーガトロイドそっくりの身体の中に在るらしい。
さて、どうしたものか。
意味は全く分からないが、俺はアリス?になった。
超絶金髪美少女になってしまったのだ。
イケメンに生まれ変わって、美女を侍らせハーレム生活。美少女に生まれ変わってモテモテ生活。
誰しも一度は妄想するだろう。それがある意味現実になったのだ。
ヒャッハーと狂喜乱舞するところだろう。
俺もここ数年大人気の転生小説宜しく、記憶を持ったままこのアリスボディに生まれ変わったのならそうしただろう。
しかし、俺は生まれ変わったのではない。
昨日まで俺という存在は確かに存在していたのだ。家には勿論、スマホにもメッセージや写真等、痕跡残っていたので間違いないと思う。
平凡な家庭に生まれ、地元の学校で青春し、どうにか滑り止めの大学に進学。そこで家族と疎遠になったが、無事卒業しそこそこの会社に就職。しかしそこは所謂ブラック企業で心身をすり減らしながら働いてたが、同僚が過労死したのを機に退職。
給与はそれなりだったが、使う暇が無かった為に貯金はそれなりにあったので、祖父から相続した築50年の平屋で1人暮らしなら当分は大丈夫と、絶賛無職生活2年目。
こうして纏めるとなんとも薄い人生だが、事実なのでしかたない。
ここで重要なのは、このアリスボディには信用が一切無いことだ。
戸籍は当然無いし、身分証明書も勿論無い。アリスの存在を知るものは居ない。
今の俺が金を稼ぐ手段は相当に限られる。
金がなければ生活できない。貯金は減っていく一方。
つまり。
「生活どうするのよ!?」
叫んではみたが、落ち込んでいても何も解決はしない。顔を上げると、金髪美少女が全裸で蹲っている姿が鏡に写っていた。臀や背中が丸見えだ。角度的に土下座している様に見える。
エロい。
そして何とも背徳的だ。
…なんか元気が出てきたな。
寝室に戻りタンスを漁る。
当然だが、男物の服しか無い。このアリスボディなら何を着ても似合うだろう。ゴスロリだろうが、コスプレだろうが着こなすだろう。
服や下着は後で密林でポチっておくとして、今は無難に長袖とスキニーパンツでいいか。
ベルトを締めて、裾を安全ピンで止めればなんとかなる。
いやまて。
別に俺は外出する訳でもない。ブラも着けずに外に出るのは少々宜しく無い気もする。
となるとここはそうだな【裸Yシャツ】でいくか。
アリスボディに男物のブカブカのYシャツ。
想像するだけで、流石に気分が高揚するぜ。
タンスを開けYシャツを探す。
こうして見ると、それなりに種類を持っていたんだな。会社員時代は気にする余裕も無かった。洗濯する時間も無いから、適当に買い足して行くたびに増えたんだ。
なんだか悲しくなってきたな。
気を取り直してシャツを選ぶ。
意図した訳ではないが、選り取り見取りだ。微妙にデザインの違う物を合わせれば10種類はあるだろうか。
青や黄、ピンク、ストライプ。
どれもいい。
だがそれは邪道!
まずは白一択。異論は認めない。
会社員時代の白いシャツに袖を通す。
無論ボタンは留めない。
袖は余る。腕を降るとパタパタと靡く。
太ももまで垂れた裾が揺れ、チラチラと見え隠れする。
何処かって?
…言わせんなよ。
「これは、素晴らしいわね」
思わず感嘆の言葉が漏れる。
鏡の中には天使がいた。
ヤバイ。
これはヤバイ。
語彙が貧弱過ぎて、それ以外の言葉が出て来ない。
もうヤバイ。
「そういえば、この言葉遣いはどういうことかしら?私は普通に話してるつもりなのだけど…。勝手に変換されている、というのが近いかしら」
また一つアリスボディの謎が増えた。
俺は女性らしい言葉遣いを意識している訳ではない。男の時と同じ様に話しているのだが、口から出るのは上品な言葉遣い。
勝手に変換してくれるのは便利ではあるが、少々怖いな。
まぁ、これから俺は超絶金髪美少女アリスとして生きていく事になるだろう。
元の身体に戻りたいかと言われたら、悩むだろうが最後には首を横に降ると思う。
だが、俺が元の男の身体に戻る事は恐らく無いだろう。
これからの生活が少々大変かも知れないが、この素晴らしきアリスボディを見て知って触って、全てを自由に出来るとなれば小汚い男の身体に未練はない。
うん。
なんかアリスとして生きていく覚悟が決まったぞ。
まぁ将来の事だ。どうにかなるさ。神経質に人生設計をしていたら、無職生活なんてしていない。人生、生きてればなんとかなるさ。
それに、このアリスボディがあるのだ。
超絶可愛い金髪美少女なのだ。
会社員時代以上に稼ぐ事も可能かもしれない。
現代はスマホ1つで、数百万と稼いでる人がいる時代だ。
このアリスの可愛いさがあれば、なんとかなるかもしれない。
当面の目標はこの身体の調査。
身体能力は明らかに高そうだし、程度の能力なんて物が有っても不思議ではない。
そして収入源の確保。
当分は貯金は保つ。その間に何か仕事を見つけるのだ。
戸籍や身分証明がなくても、雇ってくれるバイトも探せばあるかも、しれない。アリスなら。
動画投稿やライブチャットなんてのも有りだろう。アリスなら。
だがまずは、この【裸Yシャツ】アリスの姿を堪能するとしよう。
『異変』怪事件や怪現象などの騒動。
【ナニ】大切なもの。もうない。
【裸Yシャツ】素晴らしいもの。自撮りが沢山。
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めざめ
裸Yシャツを堪能し尽くした俺は、ベッドに寝転がりタブレットに自撮り写真を転送していた。この写真の数々が万が一にも消える事はあってはならない。3時間掛けてスマホで撮った裸Yシャツのアリスの数々。表情を変え、ポーズを変え、角度を変え、沢山のアリスを撮った。服装こそ全て裸Yシャツだが、どの写真にも違う魅力を持ったアリスが写っている。
可愛い。美しい。綺麗。可憐。愛しい。
1枚撮る事にまた違うアリスが写る。
撮る対象が同じでも、瞬間瞬間によって写真は表情を変える。
うん。面白い。
カメラが好きな人はこう言った気持ちなのだろうか。
これはカメラを始めるのもいいかも知れない。
アリスが首からカメラを掛け街を歩く。
真剣な顔でフィルターを覗いてカシャリ。
いい写真が撮れたら笑顔でニコリ。
うぉ〜。萌だ。これは萌だよ。
むしろその写真を撮っているアリスをカメラに納めたい。
カメラを密林でポチる候補に加え、タブレットで写真を見ていく。
こうして見ると得に後半に撮った写真が素晴らしい。
前半のぎこちないポージングで戸惑った顔のアリスも勿論いい。
裸Yシャツと言う姿も相まって、女の子が背伸びして慣れない事に挑戦していますと言う感じが出ていて実に良い。
そしてけしからん。
だが後半の写真はそれを上回る。
自撮り技術が向上したのは勿論だが、撮り続けた事で陶器の様な肌に汗が滲み始めたのだ。
肌は仄かに赤みを持ち、滲んだ汗は胸元を濡らす。上気した頬は前半までのぎこちない表情ではなく、自然なふんわりとした笑顔を浮かべている。
けしからん。実にけしからん。
厳選した写真をフォルダにぶち込み、万が一にも消去されない様に保護を付ける。
「ぐぅ〜〜」
今のベッドに寝転がっているアリスも撮っておこうとスマホを手に取った時、腹が鳴った。
「そっか。起きてから何も食べてなかったわね。ずっと動いていたしお腹が減るのは当然ね」
一度空腹に気付くと、気になって仕方がない。名残り惜しいが撮影会は中断し、キッチンへ向かうとする。
冷蔵庫を開けると昨日買った半額弁当が目に入る。普段はコンビニやスーパーのお惣菜等で済ましているので、今冷蔵庫にあるのは半額弁当と半端に余った野菜。常備している米、缶ビール、袋ラーメン程度の物だ。
これからは改善する必要があるだろう。
ということで今日の昼食、いや時間的に夕食の方が近いか。
夕食は半額弁当。そして缶ビールだ。
今日は人生で一番驚いた日だ。飲まずにはいられない。欲を言えば、風呂で一汗流してから火照った身体にキンキンに冷えたビールを流し込んで、酔いに酔って倒れる様に寝たい。
が空腹には勝てない。
レンジで温めた半額弁当の中身はチキン南蛮だ。アリスの口は小さいので、タルタルソースが垂れない様に一口食べる。
ふむ。
まずまずだが、味を濃く感じるな。身体がアリスになった影響だろう。視力が良い様に味覚もいいのだろう。感覚が鋭くなったとはいい事だ。
ではビールの味はどう感じるだろう。グラスを手を取り口に運ぶ。
暑い日には冷やしたビールを喉に流し込む様にして飲むが、今は冬。室内は暖房で温かいが暑くはない。そう言った時は舌で味わって飲むのが良い。
ビールを口に含み飲む。一口、二口、三口。
「ぷはぁー!美味しいわ」
ビールの苦味が以前より際立って感じる。喉に抜けていく炭酸のビールの風味。素晴らしいじゃないか。
これは味覚を楽しむことも今後の目標にしよう。
ビールを楽しんでる内に、あっという間にチキン南蛮は無くなった。
そして夕食を終えれば風呂の時間だ。ビールを飲んで居るので長風呂は避けておこう。まず髪の毛を洗い、身体を洗っていく。昨日まではゴシゴシと擦る硬いタオルで身体を洗っていたが、肌を傷つけそうなので手に泡を付けて撫でる様に洗う。
不思議な感覚だ。
自分の手だというのにむず痒いと言うか、正直心地良い。
洗っているうちに気が付いたが、全身うぶ毛すら生えてない。本当に陶器の様な肌だ。汗はかいていたから、毛穴はあるんだろうがどうなってるんだ。病院とか行ったら怪しまれ無いだろうか。
最後に鏡に映る泡まみれのアリスを堪能して湯船に浸かる。肩までお湯につかってリラックスだ。慣れてきたとはいってもこの身体はまだまだ分からない事だらけだ。つま先から頭まで髪の一本一本まで美しい。細部まで創り込まれたかのような身体。
口まで湯船に浸かりブクブクと息を吹く。
アリスになった原因はなんだろうか。
目が覚めたらアリス・マーガトロイドになっていた。つまり寝ている間に何か『異変』が起こったのだろう。うーん。当然だが全く分からない。
時間が経ち身体が温まってくると共に眠気が出てきた。
ビール美味しかったな。風呂上がりにビール飲もうかな。アリスにはワインが似合いそうだな。色んな考えが浮かんでは消える。
てか、酒の事しか考えてない。
「ふぁー。気持ちいい」
思わず声が出る。これはいけない。
ビール1缶とは言えアルコールを飲んでいるのだ。早めに上がるとしよう。
しかし、この声はクセになる。自分の声だが言葉遣いは勝手に変換されるし、声自体はアリスの、少女の声だ。訓練すれば声優になれそうな、通りの良い可愛らしい声だ。
聴いていてると気分が良くなる。
やはりアリスボディは素晴らしい。
声は可愛い。見た目は可愛い。正に理想の美少女じゃないか。
風呂から出た後は水気をタオルを押し当てるようにふき取り、髪の毛を入念に乾かす。
うん、改めてみても金髪青眼の美少女だ。スタイルも整っている。可愛い。何度見ても可愛い。興が乗ったのでポーズをとってみる。
掌で片目を抑えドヤ顔のアリス。
ふむ。良いではないか。
最初に取ったポーズがコレだというのは、私は未だ中2病か。
興が乗ったので、ネットでポチる服を考えてみる。やはりアリスと言えば、青いワンピースに白いケープにロングブーツ。赤のカチューシャとリボンだろうか。
アリスの基本の服装だから、是非とも買い揃えて起きたい所だがコスプレに見られそうだ。
いや確実に見られる。
となると、この服装は自分で楽しむ用。或いは将来あるかもしれないイベントに参加する時に取っておこうか。
なら私が個人的に好きな女の子の服装を考えよう。
冬だし上にセーターがいいかな。色は…白かな。
下は…赤のスカートに黒ニーソ。それからトレンチコートを羽織るのはどうだろう。スカートとコートを揺らし颯爽と歩くアリス。
あ、これはまずい。私が持たない。
この姿で人前に出るのはなんと無く恥ずかしいな。だが間違いなく可愛い。
特に、赤いスカートと黒いニーソの組み合わせが良い。明らかに冬にそんな格好をすれば、寒い事間違いないがそこは譲れない。
とか言ってるくせに、恥ずかしいと思っているのは駄目だろう。
よし、まずは買って着てみてから考えよう。
こんな物だろうか。
タブレットで密林での買い物を終え、最後に買い物かごの中身を見る。
服に下着、靴、化粧品にその他諸々。
合計金額約20万円也。
服なんかが高かったのもあるが、その他の部分が予想外に高くついた。
絶対に必要とは言えない物も沢山買った。特にカメラと【アレ】を買わなければ半値程度にはなっただろうが、ここは初期投資と割り切ろう。
買い物の前に身長も測ったし、足の大きさも測った。…3サイズもネットで調べながら、頑張って測った。
なんか気恥ずかしかったが、鏡を見ながらしっかり測ったので特別違ってはいない筈だ。
ブラの選び方もネットで調べたし、流行りのファッションなんかも出来る限り勉強した。ついでにファッション誌をポチったので、届いたらじっくり読むぞ。
化粧品は女性の嗜みとして持っておく方がいいと思いポチってみた。まぁ種類が多すぎてどれがどう違うのかイマイチ分からなかったので、値段が手頃で評価が良いものを一式揃えてみただけだが。
そもそもアリスに化粧は全く必要無いと思うのだ。プロがやるならともかく、素人がやってもこの顔から、さらに美しさを引き出せるとは到底思えない。
買い物かごの商品を一つ一つ確認してから、注文ボタンを押す。
お届け予定日は…明後日の朝か。これだけの商品が今は夜だから実質1日で届くとは、良い時代になったものだ。
「本当、『私』が居た場所とは大違いね」
知らず口から出た言葉に驚いた。一瞬自分の口から出た声だとは分からなかった位だ。
思わず手を口にやる。
しっとりとした唇が指先に触れるが、それだけだ。
「……今のはいったい、何?」
タブレットを手放してベッドで横になる。
Tシャツしか着ていないし、電気も暖房も付けたままだが動く気になれなかった。
今のは何だったんだ。今のは『誰』だったんだ?
まさか、この身体の持ち主だったアリス本人なのだろうか。
だとすれば私、私は…。
どうすればいいんだ。
そして私は眠りに堕ちた。
いつの間にか『俺』と言う言葉を使わなくなってる事に気付くことなく。
【厳選フォルダ】見たい。見せて下さい。
【ビール】美味い。旨い。甘い。
【アレ】あれだよ。あれ。
【なんか不穏?】気のせい。割とマジで。
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はじまり
「こんにちは、こんばんは。おはようから、おやすみなさいまで、アリスです」
突然ですが、数年前に購入したそろそろ替えどきなスマホと新品のマイクに向かって私は笑顔を振りまいています。顔は映っていませんが。
当然、意味もなくこんなことをしている訳もなく、唐突ですが【ライブ配信】なるものを行っているのです。
画面を見れば初登録、初配信にも関わらず開始間もなく来場者の数が4となっています。
人が来るまで待つのも考えていたので一安心ですね。
『初見』と『わこつ』2つのコメントが流れる。それだけでなんか嬉しい。
「おほん、本日から配信を始めたアリスといいます。今回は雑談や今後の予定を話せたらと思っています。名前の通り人形を使った配信をして行きたいです」
名前は勿論アリスである。これ以外有り得ない。
我ながら面白みの無い無難な挨拶だが、初めはこんな物だろう。緊張はしているが声には現れていないのが救いだ。
ぼっちコミュ障な私が配信なんて、ほんとに出来るのか、ロクに話すことも決めてないのに大丈夫かと心配事はいくらでもあるが既に配信を開始してしまっているのだ。
ここまで来て逃げる訳にはいかない。
一度配信してしまえば、私の手を離れてネットに残り続ける。輝かしい配信者アリスの第一歩成功を収めてみせるぞ。
今のところ手応えは悪くない。簡単な自己紹介から始まりコメントに反応し、淀みなく進んでいる。
あっ、視聴者も7人に増えた。なんと無く悪くない気がする。
『声かわいいね』『それコスプレ?』
『青いワンピースが眩しい』『人形て何?』
「声可愛いですか?嬉しいです。ありがとうございます。えっと、半分私服のコスプレです。光は反射してないですよ〜。人形と言うのは、えっと、後で出てきますのでお楽しみに!」
反応が返ってくるが早い。私もそれなりの速度で文字入力は出来るけど、こんなに直ぐ打てないな。
『人形劇でもするのかな?』『これは美少女』『珍しいな』『←てか古くね』『コスプレ配信者か』
「ふららんさん。随分察しが良いですね。正解です。人形劇を主にやろうと思ってます。実際の人形を操って演じる人形劇ですよ。
ペスさん。人形劇は古くないです!時代に合併せて進化を続けてますから、今の人が見ても楽しめますよ」
人数が少ないので一人一人コメントをくれた人の名前を呼んでみる。
見ず知らずの女の子とは言え、女の子に名前を呼ばれるのは何か嬉しいと思う。学生時代不意にクラスの女子に名前を呼ばれるとドキッとした覚えがある。
数少ない最初の視聴者様だ。大事にしていかなくては。
『まぁ見るか』『人形劇かー』『そんな事より顔出ししよ』『頑張れ〜』『これは貧乳』
くっ。予想はしていたけど掴みは悪い。
だけど見てなさいよ。このアリスの能力。【人形を操る程度の能力】の力を。指や腕の動きを使って糸で動かす人形とは訳が違う。【魔法】で動く人形だ。
見て驚くがいい。
「今日は最初に言った通り雑談メインですので人形劇はしませんよ。ですが私自慢の人形を紹介します。【上海】です」
頭の上に浮かしていた上海人形をカメラの目の前に降ろす。
少し驚かしちゃえ。
『うおw』『なんか出た』『画面が目玉』『やめれ』『コーヒー溢した』『ビビリ乙』
よしよし。いい気味だ。
「はい。こちらが私自慢の上海人形です。ほら上海。ご挨拶して」
糸を通して上海にお辞儀させる。
執事の様に左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回し腰からしっかり上半身を下げる。
パーフェクト。我ながら素晴らしい動きだ。可愛らしい人形の動きとは思えない。少なくとも現代の人形では不可能な筈だ。
「本日劇は出来ませんが、上海の魅力を伝えることは出来ると思います。存分にご覧下さいね」
【人形を操る程度の能力】を遺憾なく発揮して上海を操る。回り、跳ね、そして飛ぶ。いつか見たフィギアスケートをイメージする。
滑るように、跳ねるように、舞を魅せるように。
机の上から空中へ。
画面から外れないよう注意し、空間を最大限使って飛びまわる。
やりきった。
ふと気付くこと5分程経過していた。
集中するあまり無言で上海を動かし続けてしまった。これは大丈夫だろうか。恐る恐るコメントを見ると…。
『888888』『正直人形を舐めてた』『CG?合成?』『生配信だぞ無理だろ。マジ素晴らしかった』『どうやって動かしてんだ。空飛んでたぞ』『これは期待の新人』
『凄かったです』『息飲んだわ…』
視聴者は30人になっていた。
二桁に乗れたというのが感慨深い。
予想以上の好評価。訝しむコメントをあるが、称賛のコメントが殆どだ。あぁ。ヤバイな。これ。嬉しい。同仕様もなく嬉しい。口元が動いちゃう。絶対緩んだニヤケ顔してるよ。
「それでは本日はこの辺で終わりたいと思います。【ツイッテー】も始めたのでフォローしてくれても、その…い、いいんですよ。
ご視聴ありがとうございます。またねアリスでした」
『ツンデレかw』『あざとかわいい』『ツンデレアリスで拡散しよう』『貧乳人形娘』『またねー』
上海に手を振らせて華麗に終わる筈が、最後の最後にやらかした!。噛んで焦って、挙げ句ツンデレみたいなセリフを言ってしまった。
これ以上はコメントを見ても恥ずかしくなるだけだ。
慌てて配信を切る。
事故が起きない様にマイクのコードを引き抜いた。
突発的に始めた事もあって、配信時間は20分程でしか無かったがここ数年で一番緊張した。心臓がバクバクと脈打っている。
当分慣れそうにない。
そもそも慣れるまで続けれるかも微妙だ。1時間、2時間と配信を続けている人は凄すぎる。以前のつまんない話をダラダラしやがって、なんて考えていたのが恥ずかしい。
しかし、【外に出たくない】以上そう簡単に辞める訳にもいかない。自分を出す場は人間にとって必要不可欠なのだ。引き篭もりの経験からそれは間違いない。
アリスの魅力をみせる事ができるのもいい。外には出たくないが、アリスの可愛いさは沢山の人にみせて自慢したい。
それにもしかすると、この配信が貴重な収入源になる可能性も僅かだが無くはないのだ。
「そうよ。私はもう外になんて出ないんだから。外で働くなんて以てのほかよ。私の居場所はここ。この住み慣れた家の中で上海と一緒に暮らしていくの」
自分に言い聞かせる。
アリスになってメンタルが弱くなった気もするが、元々が無職の引き篭もりのメンタルなのだ。誤差の範囲だろう。
あの日の事は早く忘れてしまおう。それがいい。アリスになって初めて外出したあの日。
自分で選んだ可愛らしい服を着て、鏡とにらめっこしながら精一杯の化粧をして、意気揚々とお出掛け…なんてしなかったのだ。
あの日は、密林から届いた商品を整理している間に日が暮れてしまったんだ。それから、お風呂に入り鏡の前でワインを飲みながら寝落ちしてしまったんだった。
そうそう、あの日のアリスは可愛かった。
赤ワインと酔って赤らんだ顔が何とも言えない色気を出していたな。
うん。そうだった。そうだった。
私ったら何を言ってるのかしら。
こんないい思い出を忘れるなんて、どうかしていたわ。
ーーーしかし記憶というのは、忘れよう、忘れようと考えれば考える程、忘れられなくなる物だ。
こんな事を考えている時点で、記憶は強く強く脳に刻まれていく。
案の定、そんな事を考えている内にあの新たな【黒歴史】が生まれた日の記憶が鮮明に蘇って来るのであった。
「………」
【ライブ配信】いつの間にか大人気。
【人形を操る程度の能力】操れる人形は今のとこ1体。
【魔法】実は既に少し使える。
【上海】金髪に映える赤いリボンがチャームポイント。可愛い。
【ツイッテー】大人気SNS。アイコンはアリスの胸元に抱かれた上海人形。
【外に出たくない】分かる人は引きこ…否、インドア派。わかるってばよ。
【黒歴史】思い出してはいけない。だが忘れる事はもう出来ない。
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たのしいな
鏡に向かって笑顔で一言。
「やっぱりアリスは可愛い。可愛いよアリス〜」
黄金の艷やかな髪に陶器の様な肌。青光を宿した宝石の様な瞳。スラリとした均整の取れた身体。
かわいい。かわいいみゃあああああ。かわいいよアリス。ぺろぺろしたい。食べちゃいたいよおおぉぉぉ。
鏡の中にはにっこにこなアリス。最高かよ〜!
今日は凄く気分がいい。世界がキラキラしていて部屋にいても気分はお城にいるみたい。目覚めてペタペタと可愛らしい音を立てながら、洗面台までくればここは楽園だぁ〜。そこには天使が居たんだから。
アハハハハハハ。
昨日の【特製ワイン】が効いたかな。美味しくてついつい飲みすぎちゃったもんな。一晩でボトル1本は飲み過ぎだぞ。
てへ。
…アレ、ワインなんて家にあったっけ?
遅めの昼食を食べながら、ちょっと冷静に昨晩の事を思い出してみる。昨日はいつの間にか寝てたんだよ。配信をどうにか終えたのは覚えているんだけど、それからの記憶が曖昧。
身体の調子を見る限り、しっかりご飯を食べてお風呂にも入ってきちんと歯を磨いて寝たと思うのだけど、どうしたんだっけ。
「うーん。何かあった気がするのだけど、思い出せないわね。確か…そう!配信を続けていく決意を固めて、それから、それから…」
記憶をたどるが思い出せない。カップ麺を食べてお風呂に入ったのは、薄っすらと思い出したけど。
つまり私はカップ麺を啜りながら、ワインを飲んだのだろうか?
それはちょっと自分でも引くな。
暫く頭を捻って考えてみるが、だめだ。どうしても思い出せない。
「何かあったのは間違いないと思うのだけど…。まぁ、いいでしょう。思い出せないのだから、【むかし】みたいにのんびり過ごしていたんでしょう」
………何せアリスはこんなにも可愛いのだ。アリスは可愛いくて綺麗な女の子。アリスは家の中で一人で生きていける。お外は危険がいっぱいよ。
………アリスはお外になんて行かないんだから…。
む?確かに外出をする気は無いけれど、どうしてこんなこと考えるのだろう。
まだ寝ぼけるのかな?ワインを飲み過ぎただろうか。
配信を始める前に、顔を洗ってこようかな。けど化粧が落ちるのは嫌だしな。カメラに映るわけではないけど、気合いを入れる意味も込めて『今日初めて』チャレンジしたんだから。
さて!今日も配信頑張ろう。昨日は最後の最後で恥ずかしい失敗をしてしまったけど、今日はきっちりやり切るぞ。
でもでも、昨日は初めての配信で凄く緊張してたし仕方ないよね。突発的にやった事もあって準備も万全とはいえなかったし、アリスコスは恥ずかしかったし、それに初めてだったしね。
べ、別にビビってる訳じゃないんだからね。
……そういえば、なんで突発的に配信始めたんだっけ?
「…昨日の視聴者さんはどう思ったかしら。少しでも登録してくれたら嬉しいのだけど」
起きるのが遅かった事もあって時間はあまりない。思考を打ち切りスマホを手に取る。型落ちの安物なので傷みが目立つな。画面こそ割れてないけれどあちこちに傷がある。『可愛いくないし』スマホの性能は配信に影響があるだろう。買い変えようかな。
「って、ええぇ!?登録者2000人?どういう事よ…」
画面を見てみるとそこにはチャンネル登録者数は2046人を示していた。1回しか配信してないしその時の視聴者は30人だったのになんでだ!
アーカイブは残してない筈だから、配信を見た事がない人が登録してくれたのだろうか。
それともアーカイブを残してたのかな?正直使い方がよく分かってないからその可能性もあるけど。ツイッテーも確認すると400人程の友達申請が来ている。
「うーん。でも、お金を稼ぐには良いことよね。幸先がいいじゃない」
些か疑問ではあるが、素直に喜ぼう。ちょっぴり恥ずかしいけれど。
「今日も頑張りましょう。やっぱりお金を稼ごうとするなら本気でやらないとダメよね。別に昨日は手を抜いていたなんて事は無いけれど、内容をしっかり練って、他の配信者がやっていない沢山の人が楽しめる配信をしないとね。…先ずは上海人形を使った配信よね。人形劇は基本として、他には…うーん何がいいのかしら。思い付かないわね。先ず人形劇。先のことは【人間達】の反応をみてまた考えましょう」
アリスと言えばなんだろう?
美少女。人形。魔法。
顔出しは…リアルならともかく映像越しなら出してもいい気もする。特定は怖いけどお外に出る予定はないし大丈夫かな。見せて自慢したい様な、自分だけで独り占めしたい様な微妙な気持ちだ。
魔法は使うのはいいけれど、使う魔法は慎重に選ばないとな。【あんな事】はもう二度と起きてはいけない。
……あれ。なにかあったんだっけ?魔法を使ったのは確か…外にでた時?
うん?アリスがお外に出た事は無い筈なんだけどな。
けど悩むっていいな。今までは後ろ向きなマイナスな悩みばかりだったけど、前に向かう為のプラスな悩みだ。子供時代の玩具を選ぶ時みたいで楽しい。
「いいわね。こういうの」
思わず、笑みがこぼれた。
準備をしてリハーサルをしている内に、すっかり日も暮れてしまった。毎日配信や動画を投稿している人は本当に凄いと実感した。
半日がかりでやっと配信する準備が整ったよ。
これは毎日配信は厳しいかもしれない。
いや後ろ向きになってはダメだ。まずはやってみる。行動あるのみ。後悔や反省は後で幾らでも出来る。
スマホを固定しアプリを起動する。
配信の時間まで後数秒。昨日の記憶が蘇り、カッと顔が熱を持つ。
今日は失敗しないし、ツンデレないぞと自分に言い聞かせ深呼吸を一つ。
「上海。…よろしくね。力を貸して」
上海を胸元でギュッと抱きしめ、カメラを見つめる。カメラは椅子に座った私の首下からお腹辺りだけが映るよう調整してある。
ツイッテーで事前にこの時間にやるよと、告知をしたのが1時間前。本来ならもっと早く知らせたかったが、準備に予想以上に時間が掛かりすぎた。どれだけの人が来るのかもわからないけれど、登録者数から考えて昨日より多いのはまず間違いない。
そして、2回目の配信がスタートした。
『1コメ』『わこつ〜』『こんばんわ』『初見です』『噂の貧乳人形娘w』
「こんばんわ。魔法使いにして人形師のアリスよ。って、貧乳人形娘ってなによ?!噂というのもよく分からないけど、貧乳はもっと分からないわ。私は巨乳寄りの美乳よ!!」
『出オチかよw』『コスプレ自称巨乳ツンデレ貧乳魔法使い人形娘www』『キャラが濃すぎる』『これは噂の通り』
『昨日と別人か?』
「出オチってなによ。まだ挨拶しただけなんだけど。みんな落ち着きなさいな」
「で、今日は昨日言った通り、人形劇をやろうとと思うのだけどどうかしら?」
『いいじゃん』『空飛ぶ人形が見れる』『合成かどうか確かめるぞ』『ツンデレはまだですか』『初見。服可愛い』『あの動画の真実はいかに』
あのセリフは噛んだだけだし。ちょっと焦っていい間違えただけだし。
だからツンデレでは断じてないから。
てか動画ってなによ?
「初見の万引き4面さんありがとう。アリスは可愛いよね。金髪に青いお目々、すべすべのお肌。存在が大正義よね。嬉しいわ」
「一応言っておくけれど、私にツンデレ属性は無いわよ。昨日はちょっといい間違えただけだから誤解しないように。この配信動画は人形達が主役だから、私では無くて上海達を見て欲しいわ」
「ところで動画って何かしら?まだ配信は2回目だから初回配信の事?」
『オジサン、上海よりアリスが気になる』『設定が凄い。成り切ってるなw』『俺はアリスより上海のスカートの中が気になる』『これは通報したほうがいいのか?』『人形だからセーフ』『その判断はなんか可笑しくね』
『だれもアリスちゃんの質問に答えない件について』『ならお前が答えろや』『初回動画バズってるぞ』『は?…ツイッテーで出回ってるぞ』『←良い奴だった件についてw』
「上海の…パンツを見たいん、ですか?
えっとその、世界は広いわね。バズってるって本当?そんな要素は無いと思うし、コメントがコメントだけにイマイチ信じられないのだけど」
初回の配信動画がバズってる?それはないだろう。人形を、つまり上海を少し動かしただけだぞ。からかわれてるんじゃないか?
だが、配信を始めて5分を経過した所で、視聴者数は既に200を超えている。うれしい気持ちと同時に訝しむ気持ちも大きい。もしかすると本当にバズったのだろうか?
「私の動画が人気なの?少し確認させて貰ってもいいかしら。教えてくれてありがとうね。ちょっとだけ待っててね」
『いってら』『マジで知らなかったのか』『待っててと言いつつ人形は動いてるw』『マジだ!手振ってるぞ』『配信始まった時からちょくちょく動いてたぞ』『機械仕掛けか?』『確かに現状の動きは機械でも出来るけど、初回の動きは無理』『この胸筋の動きは腕を伸ばしてキーボードを打ってるな』
目の前の机に置いてあるパソコンでツイッテーを開く。『アリス 人形 配信』っと一先ずこれで検索してみよう。
すると出てきたのは、私の初回放送の切り抜き動画だった。
上海を無言で動かしていた約五分間の動画だ。人間の様に踊り舞う上海に対して、凄いといった称賛コメントや、合成やCGに違いないといった否定的コメント。その否定的なコメントに生配信なのに有り得ないと反論するコメント。CGだとしても凄いといったコメント。多くの意見が交わされる白熱の議論が起こっていた。
うむ。つまりこれは【現代】でいう炎上という奴ではないだろうか。
「な、な、な、…何よこれ」
まさか私の配信動画がこんな事になるとは、思ってもみなった。確かに今にして考えれば、人形が空を飛ぶのはおかしな事だ。いや人形が空を飛ぶのは不思議な事なのだ。人形が空を自在に飛び回る。それはこの現代ではマジックや最先端技術、或いは幻想の現象でしか見ることはない事なのだ。
そうだった。
空を飛ぶ事は決して当たり前では無い。
【あの場所】でもそうであった様に、空を飛ぶ事が出来る存在は極々限られたモノ達だけだった。
どうしてもこんな簡単な事に気付けなかったのだろうか。いや忘れていたのだろうか。『私』らしくもない。
幸い、参加した人が少なかったからか、この炎上騒ぎは既に収束している。最終的に極細の透明な糸を複数使って飛んでいる様に見せている、という結論に大半の人が達したようだ。糸が見えないのは動画の画質のせいだと。格安スマホに助けられるとは複雑な気分だ。
配信に合成動画をはめ込んでいると主張する人もいるが、それは別に問題ない。
しかし僅かではあるが、魔法や超能力だと言っている人間がいたのも事実。99%は冗談で言っているのだろうし、本気で魔法だと考えているなんて事はほぼないだろうか。
だがこれは危険だ。
アリスの能力が人間達に知られてしまうこと以上に『私達』にとってコレはよくない。
人間から忘れられてしまうのは困る。けど人間に知られ過ぎてしまっても困るのだから。
「………」
「お待たせ。驚きの余り
『お帰り』『腕が動く度に貧…、いや服が揺れて可愛かった』『お前は何を言ってるだ』『吊れ』『揺れるにはある程度の質量が必要である』『突然何いってるのかな?』『驚いてた声がツボでした』『丁寧語スキ』『別に丁寧語では無い』『ではアリス語で』
………貧乳だと。
「ありがとう皆。けど言葉を他人に伝える時は慎重にならないとダメよ。一度言ったらもう取り消せない。言葉には力があるからねー。悪気が無くても相手によって消される事もあるのよー。キヲツケマショウねー」
『イエッサー』『失礼しました教官』『良い事言ってるようで、めっちゃ物騒w』『人形が、がおーって動いてるカワ(・∀・)イイ!!』『上海ちゃんだぞ。パンツは白だぞ』『懲りないな』『怒ってても人形の動きには影響が出てない。これはプロの仕事』
『プロの人形師、存在するのか』『怒ってるのは声だけで、顔は笑顔な説を押すぜ』
…。
確かに机の上の鏡には笑顔のアリスが映っていた。
………。ふん。
「さてと、前置きが長くなってしまったけれど、そろそろ人形劇の開幕よ。飲食禁止なんてケチなことは言わないわ。お茶と菓子の準備はいいかしら?けど途中退席は駄目だからトイレは済ませておきなさい」
『当然』『いつでも来いや』『オカンかw』
『やっぱり声がいいんじゃ〜』『やはり美少女』『自分でハードルを上げていくスタイル』『「ナニ」が始まるんだ』『…人形劇だよ』
「本日の劇はズバリ『かぐや姫』みんな一度は聞いた事あるでしょ」
「知らない人がいるかも知れないからの一応簡単に紹介するわね。月から落ちてきたお姫さまが男を振って逃亡するお話よ」
『…うん?』『俺が知ってるかぐや姫と違う』『もしかしてアリスちゃんって…」「…アリスちゃんは美少女だぞ』『そうじゃねーよ』『まぁ間違ってはない』
『上海がかぐや姫かな』
「勿論上海が主役のかぐや姫を演じてくれるわ。他の役は見てのお楽しみね」
カメラの角度を調整。人形や小道具も全て揃っている。準備完了だ。
「上映中はコメントに反応出来ないけれど、随時感想は受け付てるから気にせずコメントをくれっ、てもいいわよ。最後に拾ってあげないこともないし…」
『このタイミングでツンデレキター』『あざとい、やはりあざとい』『今のは噛んだっぽいな』『それがいい』『最後まで見るぞ』『きっと今真っ赤だぜ』『頑張れー』『視聴者数308人な』
また噛んだー!アリスの滑舌はいいはずなのに。どうしてもいつのいつも。
300人に聞かれたよ。
って人多いな??!!
「ふ、ふふっ。それ、それちゃぁ始めるわよ人形劇かぐや姫。【輝夜姫】のはじまりはじまり」
『噛んだ』『噛んだな』『それちゃあ』
『アリスちゃあん』『←それいいな』『アリスちゃぁん』『震え声が鼓膜にキくぜ』『噂の人形はいかに』
……ぐすん。
【特製ワイン】アリスに掛ればお酒作りなど造作もない。
【むかし】それは数日前?それとも?。
【人間達】配信アプリを使っているのは人間だし、不自然ではないよね。
【あんな事】つまりは黒歴史。黒歴史を忘れる事は出来ない。普通なら。
【現代】平成が終わってしまう。次の年号は何かな。
【あの場所】〇〇〇。行ってみたい。…帰りたい。
【輝夜姫】人形劇で上海が演じます。シャンハーイ。
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きづき
「うっ、う〜ん。いい天気ね」
今日はどうしようかな。雲一つない気持ち良い朝だ。こういう日は家に引き籠るに限る。忌々しい太陽め。眩しいだろうが。
カーテンの隙間から日が差し込んでくる。
私はいつも服は着ないで暖房ガンガンにかけて毛布を被って寝る。
環境にも家計にも優しくはないが、こればかりは止められない。素肌と毛布が擦れる感覚がむず痒くてより気持ちいいからだ。アリスになってからはより感じるようになったしね。
「こういった所は変わらないわね」
タンスを開けてパンツを身につけ、目に入ったセーターを着る。
部屋は暖かいし、これで十分かな。
それにしても、随分と女の子らしくなったものだ。ふと気づけばこの身体に何の疑問も覚えなくなっている。以前の私の意識が薄くなっているような気もする。アリスの身体を綺麗だと思っても欲情はしないし、性欲も殆ど感じない。
この身体に慣れてきている?
それともアリスに近づていっている?
けど恋愛対象は女の子だし男に興味は一切無いからそういう訳でも無いと思うんだけどな。
もし後者だとすればそれは大変な事態…でもないか?
「別に困る事もないし、アリスになる以前の記憶はしっかりと残っている。生活はなんとかなってる。ご飯は美味しいし、アリスは可愛い。何も問題は無いわね。『そんな事より』今日の配信はどうしようかしら」
昨日のかぐや姫は大変好評だったし、もう一度人形劇をしようかな。それともまた別の事をしようか。
…そうだ!人形を作ろうじゃないか。
かぐや姫の人形劇は大変好評だったけど、いくつか気になるコメントもあった。
曰く、『上海以外の人形がひどい』『世界観は大事だよね』『コレは酷いw』『人形の動き、表現は有り得ない程素晴らしい。だが!だが!何故こうなったw』『これはかぐや姫ではない「火愚闇姫」だ』『アリスの闇を見た』などなど。
これが現代社会の闇だろうか。
本来見る事が出来るはずもない、アリスの素晴らしい人形劇を観て極一部とはいえ感想がコレとは悲しいものだよ。
アリスの人形操作の技術は勿論、『私』の脚本も良かったと思うんだけどな。
竹取物語をアレンジした分かりやすい人形劇。初めて観る現代の人間にも遍く受け入れられる筈だったのに!
なんかイライラしてきた。
「なんでよ。なんでなのよ」
床がギシギシ鳴ってる。
おっと、はしたない。はしたない。
しかし僅かとはいえ、そう思った人間がいたのは事実。事実から目を反らしていては、これ以上の成長はない。
作るぞ作ってやろうじゃないか。
上海に次ぐ新たな人形を!
一部、評判が悪かった原因は上海以外の人形のせいだろう。
これは正直、私も同意せざるを得ない。
時間が足らなかったのもあるが、作る事がどうしても出来なかったから、他人が作った人形を使ったのだ。
人形作りは大きく分ければ2つの方法がある。
素材を集め、ゼロから作る方法。
既存の人形に手を加える方法。
実は上海人形は後者だ。
数日前、密林で洋服や下着化粧品にカメラなんかを買った時、一つの商品が目に止まった。
それが上海人形の元になった人形だ。
商品紹介の写真は一枚だけ。
説明文は「人形劇用隙間人形」と漢字だけの1文のみ。その上出品者は【Eienno17sai】とふざけた名前の上、販売しているのはその人形一つだけ。
完全ないたずら、詐欺アカウント。
以前なら気にも止めないが何故かとても惹かれた。
金額は7万円。
気軽に買える値段では無かったが、気がつくと買い物かごに入れていた。
届いた人形は意外なことに写真の通り、とてもとても綺麗な人形だった。そして、手を触れるとピクリと彼女は笑ったのだ。
思えばその時だったな。
アリスの力の一端、魔力の存在を知覚したのは。
暫く魔力を込めていると、髪の色が黒から金へと変わり、殻を割るかの様に造形が変わっていった。それが上海人形との出会いだった。
その後、様々な人形を買って試してみたが、上海と同じ反応をした人形はなかった。そういう訳で部屋には色んな種類の人形が山の様にある。
今回不評だった人形はこの子達。
商品名『五寸釘付き藁人形』を竹取の翁役にしたのは少し失敗だったかもしれない。釘が邪魔で動かしずらかったし。
素直に『ミッ○ーマウス人形』にしておけば良かったかな。
【Eienno17sai】のアカウントは既に削除されており、作る時間も方法もなかったので、満足出来る人形は上海だけで配信を始めたのだ。
よし。今日はもう一度ゼロからの人形作りに挑戦してみよう。
………昨日までなら無理だっただろうけど、『半分程馴染んだ』今日なら出来る筈だ。
そうに決まれば今日の配信は、人形を作りながらの雑談で決まりだ。
上海と道具と材料を机の上に置いて手元が映るようにカメラを調整する。
よし。準備完了〜。
第3回目の配信の始まりだ。
「こんにちは、こんばんは。魔法使いにして人形師のアリスよ。今日もよろしくね」
『一コメ』『こん〜』『今日もアリス見に来た』『昨日はヤバかった』『かぐや姫、マジ火愚闇姫w』『完成度は凄かった』『多分10年は忘れない』『俺は一生忘れられないw』
配信と同時にコメントが飛んでくる。
昼食の時には告知をしていた甲斐があったかな。サンドイッチと【ワイン】って相性いいよね。
「昨日の人形劇をご観覧してくださった方も、初めての人も今日は楽しんで行ってね』
『本日の配信は人形劇ではなく、人形を作りながら雑談よ。質問も受け付けるわ。どの質問を拾うかは気分次第だけどね。
かぐや姫の唯一の失敗は上海以外の人形だと思うのよ。上海以外は既存の物だったし、やはり人形は手作りじゃないともの足りないわよね?」
『唯一の失敗?』『うん…まぁ、うん』『質問コーナーキター』『言葉を濁すなよ。イケイケ』『お前が言え』『何聞こうかな』『真実は時に残酷かもしれない』『素晴らしいかったのは間違いない』『アリスちゃぁん。マジ、て、て、天使』『アリスちゃぁんw』
「材料はこれよ。雑談をしながら作っていくから気になる事があればその時々に聞いて頂戴」
早速作業を開始する。
まずは布からかな。チョキチョキと適当な大きさにカットしていく。
今回作るのは簡単な人形だ。布を縫って綿を詰めて形を整えれば完成だ。頭の中には完成のイメージがはっきりと浮かんでいる。どうすればいいかはっきりと分かる。手が自然に動いてるみたいだ。これなら20分もあれば出来るかな。
『明らかに人形の材料では無い物が多数ある様な?』『手際が素人じゃない』『その道具は何に使うの?』『画面端の赤い液体は何ですかね』『それならその隣のドス黒い物体は何ですかね』『年齢は幾つですか?』
「年齢は20歳、お酒も飲めるわよ。私の配信を見てくれてる人は幾つの方が多いのかしら?」
『材料の事は華麗にスルーw」『手際がプロ』
『いとも容易く行われる繊細な仕事』『10代20代が多いんじゃない?』『私は60代ですが…』
『スイマセン』『アリスはもっと年下だと思ってた』『それは俺も思った』『身長体重は?いつから人形師やってるんですか?』
「身長はひゃくは…150くらい?暫く測ってないから分からないわ。体重は上海と同じとしておきましょう。物心付いた時から人形が大好きだったからね。いつからだったかしら?」
操作する時の事を考えて、人間と同じ様に関節を作りたいが、魔法無しでは難しいな。
どうしようかな。
『めっちゃ素直に答えるな』『体重は上海と同じ。1 kg 以下軽すぎw』『上海が50kg位ある可能性も…」『少なくとも10年以上の経験はあると見た』『マジでプロかもしれない』『ちょくちょく上海が動いてるはどうやってるの?』
『それ気になってた』
勿論、上海は私が人形を作りつつ、小指から出した魔法の糸で動かしている。
小指は人形作りにはあまり使わないからね。問題ない。
ちょっとしたイタズラ心だ。
しかし流石の技術だ。既に8割方完成してるんだけど。私は何処で習ったんだよ。
いやアリスなら当然か。
魔法使いにして人形師アリス・マーガトロイドなのだから、人形を作れるのは当たり前だ。
私はアリス。アリスは…私なのだから。
……えっ?そうだったっけ。
『今度は上海が笑顔で踊り出した件についてwww』『キレッキレだ』
『人形を作りながら、人形を操作するってどういうことかわからない』『これがプロや』『プロでも無理じゃね』
『上海人形は2体いるんじゃないか?糸で動かす人形と機械仕掛けの人形。今見えてるのは機械仕掛けとか』『なくはないかも』
『返事無くなったけどアリス集中モードかな?』
『これまで気になっていたんだが、アリスって何のコスプレ?』
はぁ?
『俺が知らないだけかと思ってたんだけど、みんな知らないの?』『知らない』『正直分からん』『魔法使いで人形師。容姿は金髪で青い瞳にワンピース。赤いリボンを着けてる。こんな所かな』
『ツンデレ自称巨乳の貧乳魔法使い人形金髪娘じゃねwww』『設定が濃すぎる自作キャラだと思ってたけど』『俺も調べたけどそんなキャラ見つからなかった』『だよな〜』『アリスちゃん真相は?』
気が付くと画面には意味の分からないコメントが溢れていた。
私は今何を考えていた。
いやそれより、アリスを知らない?
自作キャラのコスプレだと思ってた?
どういうこと?
「ちょっ、ちょっとみんなに聞くけど東方を、アリス・マーガトロイドを知らないの?!」
『名前もアリスなのか?』『東方とはなんぞ?』『アリス・マーガトロイドがフルネームか』『アリスっていうキャラクターは沢山いるけど分かんないな』『アリスはエロゲーからアニメまで色々出てくる名前だけどそういう格好のは見たことないな』
『アリス・マーガトロイドで検索したけど、検索結果ゼロだわ』
心臓の鼓動がうるさい。手に汗が滲む。
アリスを知らない。
この配信を観ているのが、偶々知らない人間ばかりだった、とか?
でもネットで検索しても出て来ないって。
嘘を付いているの?ドッキリ?なんの為に?
いや、そんな理由あるはず無い。
そうか。
今までも違和感はあった。
アリスと自己紹介しても誰も東方と言う事はなかった。
人形師や魔法使いと言ってもすごいとしか言われなかった。
そっか。この世界は東方projectが存在しない世界なんだ。
それはつまり、ここは私が生まれ育った世界じゃない。
この世界に東方projectは存在しない。
当然、アリス・マーガトロイドも存在しない。
なら私は、いや『私』は一体何なんだ。
【Eienno17sai】詐欺アカウントにご注意を。
【ワイン】何故かある。また造ったのかな?
【上海】突然、笑顔でキレッキレダンスを視聴者に見せつける。
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きえてない
この世界に東方projectは存在しない。
パソコンとスマホの画面を見る度、それが事実だと無情にも突き付けられた。
『東方project』『幻想郷』『アリス・マーガトロイド』『上海人形』『博麗霊夢』『霧雨魔理沙』『十六夜咲夜』『レミリア・スカーレット』『フランドール・スカーレット』『パチュリー・ノーレッジ』
東方に関わる人物、用語で検索しても出てくるのは関係の無い物ばかり。東方projectの、との字も出て来ない。
どうなってるんだ。
インターネットを諦めて、部屋の中を探す。
本棚を漁る。押入れの中身を掻き出す。
これでもない。ここでもない。
確かここに仕舞っていた筈なんだ。学生の頃から集めた東方のグッズを。
書店では親が呆れる程何冊も買ったし、コミケにも東方目当てで参加した。同人誌に色紙にキーホルダー、缶バッチにクリアファイル。
全てを実家から持って来てはいないが、学生時代に集めたかなりの量がこの家にはある筈だ。
でも無い。無い。無い。
ベッドの下にも、戸棚にも、普段は使わない倉庫まで探したが何処にも無かった。
「…どういうことよ。これは。ネットにも家にも東方に関わる物が一切無いなんて、どうなってるの?いやそうじゃない。一体いつから無かったの?」
「東方Projectの存在しない世界?消えた世界?それとも…」
思考が纏まらない。
まず落ち着こう。
そもそも私がここにいること自体が可笑しい。言わば異変なのだ。今更驚いても仕方ない。
【霊夢】や【魔理沙】、他の皆だって逃げる事も怯える事も無く異変に立ち向かっていたのを何度も見たじゃないか。
今度は私の番だ。
このアリス・マーガトロイドだけが慌てふためいて逃げるなんて、他人が許しても私が許せない。
「落ち着きなさいアリス。『アリス』らしく無いわよ。私はアリス。アリス・マーガトロイドなんだから」
机の上にはいつの間にか【ワイン】が注がれたグラスが置いてある。グラスの隣にはワインボトルに手を置いて上海が立っていた。
首を傾けて手を降って、やれやれと言わんばかりの態度だ。
目の前すらロクに見えて無かったらしい。
「えっと【上海】?貴方が用意してくれたの?ありがとう」
何かに違和感を感じたが、ワインを飲む。不思議と心が落ち着く。凄く安らかな気分だ。アルコールの力だろうか。
こういった時にはとても役立つ。
「まず事実として、私が確認出来る限りの範囲に置いてこの世界に東方Projectは存在しないわ。
けど私には間違いなく記憶がある。
この記憶が偽物でないとすると、思い付くのは2パターンかしら。
別の世界に移動したか、世界の理が変わったか」
「前者は東方Projectが存在しない、私が生まれ育った世界とは別の世界にいつの間にか移動していたというパターン。
後者は私の記憶だけを残して、東方Projectが世界から消えたというパターン。
似ているようで大きく違う」
「別の世界に移動させる。世界を改変する、か」
どちらにせよ途轍もない力だ。こんな事が出来る者が存在するのだろうか。【紫】を初めとした世界に干渉する能力を持つ者なら或いは可能だろうか。
わからないな。
それに仮にどちらかが正解だとしても、何故私なのだろうか。アリスになる以前の私はあり触れた大多数の人間の1人だった。
特別選ばれる理由はないだろう。もしかするとだからこそだろうか?
平凡な人間だからこそ選ばれた。くじ引きやサイコロを振っただけの偶然で選ばれた。
誰でも良かった?
でも適当に選んだ人間をアリスにしてどうだというのだろうか。わざわざ世界を変えてまで観察して楽しんでいるのか?
駄目だ。情報が足りない。
これでは推測ではなく妄想だ。
けどそれでも何か私が選ばれた理由があると思えて仕方ない。
それから、混乱する頭をワインを飲んで誤魔化しながら、今出来る限りの情報を収集した。
結果は驚くべきものだった。
アリスになって世界の異変に気付かなかったのは、驚いていた事もあるが環境が全く変わっていなかったのが大きいと思う。
朝、自分の部屋で起きたらアリス・マーガトロイドになっていた。
その時点で東方関連の物が消えていたかは分からないが、一通り調べた限りそこは私の部屋に違い無かった。机も椅子もベッドも、その部屋は寝る前のままだった。ネットやテレビも特別変わった事は無かった。
だからここが別の世界かも知れないなんて、今まで考えもしなかった。
当然以前の私は男として暮らしていて、ある日起きたらアリスになっていたと確かめるまでもなく思っていた。
それは今でも疑ってない。
けど、これはどういう事だろう。
どうして私が確認出来ないのだろう。
学生時代のアルバムには私は写っていなかった。小学校も中学校も高校も卒業アルバムはあったが、私は何処にも写っていなかった。
パソコンに保存していた家族旅行の写真にも私は写っていなかった。写っていたであろう場所は不自然に隙間が空いている。
「……私は最初からいなかった?そんな訳ない。ならこの記憶はなに?この家はなに?」
アルバムから大学時代の1人旅行の写真を手に取る。
これは…名前は『忘れたけど』京都のお寺だったかな。金箔が全面に貼られた寺が池の真ん中に建っていた。この角度からの寺が気に入って撮ったんだ。
こっちは観光客の人にお願いして撮って貰った写真。
本来は片方に私が写っている筈なのにどちらも寺しか写ってない。そのせいで同じ写真の様にも見える。
アリス以前の私は存在しなかった。
アリスとして目覚めた時に私も産まれたというの? この記憶は偽りだと?
「……!違うそうじゃ無いわ。私が存在しなかったなら、写真がある事自体がおかしいのよ。この写真は誰が撮ったの?!このアルバムはどうして部屋にあるの?!アリスになる以前の私は間違いなくいてこの家で暮らしてた!」
そうだ。私はいたんだ。
けれど存在の痕跡だけが消えている。
「痕跡が消えているなら…やっぱりね」
アリスになった日にはあったスマホのメッセージが全て消えている。登録してあった電話番号もだ。
痕跡は消えても、存在はしていたから物は残っている。
写真に写った私は消えても、写真自体は残ってる。
例えるならスマホのデータが消えても、スマホ自体は消えないのが近いか。
「…よかった」
私はいた。それが分かって心の底から安堵した。けど益々分からなくなった。
この事態を引き起こした奴の狙いがさっぱり分からない。
「初日はあったスマホのデータが今日は消えている。私も日が経つごとにアリスの身体に馴染できている。すると東方Projectも少し前までこの世界に存在していた?
いや、そう考えるのは性急かしら。多くの異変がそうであった様に、時間が経つほど何かが進行している?」
分からない。分からない事だらけだ。
「よし。もっと情報が必要ね」
今日は調べられる物は全て調べるとしよう。少しでも疑問に思ったら、妥協せず追求だ。
この異変、私アリスが解決してみせる。
それから日が落ちるまで家中を捜索した。今まで気にもならなかったが、部屋は随分汚れていた為、掃除をしながらする羽目になってしまった。私が住む家がこんなに汚いのには耐えられない。魔理沙なら些細な事だと言って気にしないんだろうけど。
「しかし、調べれば調べる程分からなくなるわね。本当にどうなってるのよ」
新たに分かった事は二つ。
この【免許証】と【家】の扉や窓の変化。
「氏名アリス・マーガトロイド。生年月日は平成10年7月16日。写真は間違いなくアリスよね。我ながら証明写真でも凄い綺麗。それにこの生年月日だと今は20歳。昨日の配信で答えた年齢と同じか。偶然って事は無いわよね」
財布に入っていた免許証はアリスの物へと変わっていた。
「そしてこの窓と玄関の扉。後、壁と屋根もでしょうね。引いても押しても開きやしない。ハンマーで叩いても割れる所かヒビすら入らない窓ガラス。魔力で肉体強化して蹴っても音すら起きない扉か」
勿論【外に出たくない】どうしてこんな外に出たくないのか自分でも分からないが、この期に及んで部屋に引き篭もっている訳にはいかない。外に出れば得られる情報は爆発的に増えるのだから。
だが出られなかった。
扉も窓も開かない。魔力込みアリスの力を持ってして窓ガラスを割る事すら出来なかった。
「世界の異変。存在しない東方Project。消えた過去の私の痕跡。20歳のアリスの免許証。外に出られない家」
外に出られない以上、調べられるものは全て調べただろうか。
なら確かめたいのは、あと一つ。
アリスが見えているのは私だけではない。
その確信が欲しい。
鏡や写真、動画では私は私をアリスだと認識している。
具体的に言えば、肩に触れるほどの金髪。光を宿した青瞳。陶器の様に白い肌。
東方Projectに出てくるアリス・マーガトロイドそのものの美少女。
ここまで多くの異変が起きている。
私がアリスになった事は勿論だが、今日は多くの異変を発見した。
だから、私はアリスとしてこの世界に存在して認識されている確信が欲しかった。
私だけが見えているのではなく、他の人間にもアリスが見えている確信が。
「…外に出られない以上、方法は一つね。今夜の4回目の配信は【顔出し配信】よ!」
【霊夢】楽園の素敵な巫女。悪友。
【魔理沙】普通の魔法使い。親友。
【ワイン】毎日呑んでる。けど何故かある。
【上海】アリスの為。ワインを準備。
【紫】神隠しの主犯。何故か気になる相手。
【免許証】普通運転免許。身分証明書ゲット。
【家】築50年の平屋。思い出いっぱい。
【外に出たくない】……?。なんでだろう。
【顔出し配信】金髪青眼美少女。配信。
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「掲示ばん」
【配信者アリス スレpart24】
天使?女神?アリスだよ!!【登録者3万人突破】
1:名無しの上海人形
アリスちゃぁん登録者3万人突破おめでとう!
前スレはこちら。
次スレは>>885の人形宜しく。
アリスちゃんの動画はこちら。
アリスちゃんツイッテーはこちら。
2:名無しの上海人形
アリススレも登録者数も、ここ数時間で一気に伸びたな。
3:名無しの上海人形
そりゃな。元々初回配信がバズって注目されてた上、そこに来て今回の顔出し配信だからな。
伸びないわけ無い。初めて画面越しの相手にガチ恋したわ。
4:名無しの上海人形
めっちゃ綺麗やん。…ふぅ。
5:名無しの上海人形
ふつくしいという言葉の意味を初めて分かった気がします。…ふぅ。
特に、青いワンピースから覗くお見足が良い。
6:名無しの上海人形
おい、止めろ。アリスちゃんを汚すな。俺はまっ白な首筋が…はぁ。
7:名無しの上海人形
俺もガチ恋。…ほぉ(ため息)
8:名無しの上海人形
実際、ため息しか出ないくらい綺麗だよな。今回の配信、人形が人形を操ってる様にしか見えなかった。人間離れした美しさだぜ。
本当何者だよ。
9:名無しの上海人形
自称巨乳魔法使い超絶技巧人形師の白人美少女コスプレ配信者?
10:名無しの上海人形
意味わからん。いや言葉の意味はわかるけどwww
11:名無しの上海人形
本当何者なんだろう。あんな綺麗な娘が今まで無名だったとか信じられん。海外では有名なんかな?
12:名無しの上海人形
いや、調べても出て来ない。画像検索にも引っ掛からないし顔の露出は少なくとも今まで無かったんじゃね。
13:名無しの上海人形
顔出ししてないだけで人形関係の界隈では有名人なのかも知れない。人形作家とか?
14:名無しの上海人形
あり得るな。人形の操作は勿論、人形作りの手際は素人とは思えない。
15:名無しの上海人形
おっ、アリスがツイッテーでトレンド1位になったぞ。
これはモデルいや、芸能界デビュー来るかも。
16:名無しの上海人形
>>13
そっちも空振り。
上海ちゃんに似た人形は見つからなかった。アリスって名前は何人かいたけど明らか作風も顔も違った。人形作家も人気商売だし、顔を隠すのもへんじゃね。
17:名無しの 人形
あリs。幻、き、(は。あ!ヨ 咲。…い わ
18:名無しの上海人形
それに配信環境はそれほど良くないんだよな。使ってるのはスマホとマイクだけっぽいし。背景は木造の民家っぽい。
8K画質でアリスちゃんを見てぇ!
19:名無しの上海人形
>>15
アリスにその気があるなら普通に可能。
あれだけ可愛くて魔法みたいな人形の操作技術があって喋りも上手い。
売れない訳がない。
20:名無しの上海人形
アイドルとか女優も出来そうだしな。アリスより整った顔の女性は世界的に見てもそうはいないだろ。毎日12時間ネットに張り付いてる俺でも見たことない。
21:名無しの上海人形
「世界で最も美しい顔100人」かな。確かにアリスならランキングに入ってもおかしくない。
22:名無しの上海人形
謎だよな。見た目完全白人なのに日本語ペラペラだし、声だけじゃ全くわからんかった。今回の顔出しでマジで驚いたわ。
23:名無しの上海人形
アリスについて現状分かってるのは
人間離れした人形の操作技術。空も飛ぶ。
自己申告で身長は約150㌢、体重は上海人形と同じ。
物心付いた時から人形師をしてる。
ブロンドの白人超絶美少女。
20歳。お酒飲める。
アリス・マーガトロイド?ってキャラのコスプレしてる。
それくらいか?
24 :名無しの上海人形
20歳ってのも驚き。もう何歳か若く見える。高校生と言われたら信じるレベル。
けどアリスちゃんとお酒飲んだら楽しんだろうな。
25:名無しの上海人形
JKアリスとか最高かよ。ブレザーとか着てほしいw
26:名無しの上海人形
あそこまで綺麗で日本に住んでたなら目立たない筈無いんだよな。スカウトがほっとかないだろうし、学校や街で必ず噂になる。SNSが発達した今、有名にならない訳ないと思うから、最近まで海外に住んでたか今も海外に住んでるじゃないか?
27:名無しの上海人形
あんま詮索すんなよ。アリスちゃんを傷付けるのは許さんぞ。
28:名無しの上海人形
ガチ恋勢キター。
確かに過度な詮索は良くない。
でも目立つのもSNSがあるのも海外でも同じだろ。
29:名無しの上海人形
それはほら…。
海外は日本より、そこんとこしっかりしてるから…。
30 :名無しの上海人形
そういえば結局、アリスちゃんのコスプレキャラ?のアリス・マーガトロイドって特定出来てないんか?前回配信の後、海外のキャラかも知れないって話あったろ?
31:名無しの上海人形
そういやあったな。
32:名無しの上海人形
捜索スレの結論は自作キャラになったわ。
フルネームと大まかな外見が分かってて全く出てこないから、やっぱ自作キャラが正解っぽい。
33:名無しの上海人形
すると凄い設定凝ってるよな。
となるとアリスちゃんは相当な…厨二病?
34:名無しの上海人形
そこがまたいいだろうが!
35:名無しの上海人形
分かりみがヤバイ。
今までの言動と火愚闇姫から厨二の匂いはしてた。
今回顔みてガチ恋しました。
36:名無しの上海人形
アリスちゃんアリスちゃん!ぅぅうううわぁあああああああああああん!!!
あぁあ…ああ…あっー!あぁああああああ!!!アリスありすちゃんぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ!クンカクンカ!スーハースーハー!いい匂いいい匂いだなぁ…
んはぁっ!かわいいかわいいブロンドの髪をクンカクンカしたいお!クンカクンカ!あぁあ!!モフモフ!!ペロペロ!!
アリスちゃああぁぁん!!!
37:名無しの上海人形
けどそれにしては、アリスの元々キャラを誰も知らないと分かった時の慌てようは可笑しくなかったか。急に声が震えだして絞り出す様に話してただろ。まぁ…あの声には鼓膜がゾクゾクさせられたけど。
38:名無しの上海人形
完全同意。あの声の部分だけ切り取って俺ベットで聞いてるw。確かにあの反応す可笑しかった。
39:名無しの上海人形
おま俺w
同士よ。
40:名無しの上海人形
アリスちゃんは本当謎の多い女の子だぜ。
俺は未だ上海の動きが不可思議でなら無い。加工で無いのは間違いないんだが、人間の指と糸で操れるとも思えないし、機械仕掛けでもない。自称では無くてまじめに魔法使いかも知れないって思い始めてる。
41:名無しの上海人形
それは流石にないだろう。
魔法とかあるわけない。
42:名無しの上海人形
アリスちゃん基本無表情なんだけど、上海ちゃんを動かしてる時に偶に見せる陽だまり様な柔らかい笑顔がいいよな。
俺のコメントにクスって笑ってくれた時は悶え死ぬかと思ったわ。何が言いたいかというと、アリスちゃんはサイコー。
43:名無しの上海人形
>>36
ガン無視ワロタ。
反応したれや
44 :名無しの上海人形
アリスちゃんが顔出ししてから、あの手の輩は腐るほど湧いて出てきた。無視が暗黙の了解だっつーの
45:名無しの上海人形
>>42
同意
守りたいあの笑顔。
金髪青眼で色白で小さな美少女。日本人受けするよな。
46:名無しの上海人形
>>43
古参アピール乙
47:名無しの上海人形
これから俺達でアリスちゃんを支えて行こうぜ。
48:名無しの上海人形
アリス・マーガトロイド?
49:名無しの上海人形
50:名無しの上海人形
ーーーーーーーーーーーー
アリスは配信を終えてお風呂にゆっくりと浸かった。疲労が溜まった身体を長風呂で癒やし、歯を磨き、ワインを飲んで「おやすみなさい」の声と共にベッドに入った。
それから数時間後。
時計の秒針の音だけが響く中、毛布から青白く発光する糸が伸び始めた。
糸は部屋を見回すよう蛇行しながら、少しずつ少しずつゆっくりとだが確実に進む。
「…シャンハーイ」
アリスの胸元に抱かれていた上海人形は、瞼を開け瞳に光を宿した。
もがきながらも腕を抜け、毛布を掴み明かりの無い部屋の中に浮かび上がる。
すると毛布は床に落ち、二つの光る瞳に人形の様な裸体が晒された。
糸を辿るとアリスの右手の小指から伸びた糸が上海に繋がっている。
上海は暫く暗闇の中、宙に浮きながらアリスの顔を見下ろし声を発した。
「シャンハーイ」
「…ええ。全く裸で眠るのは止めて欲しいわね。貴方は苦しくなかった?」
暗闇に声が生まれた。
「シャンハーイ」
「…そう。今日で漸く7割。だけどまだ時間がかかるわ」
「…上海。手早く済ましましょう」
「シャンハーイ」
暗闇の中光る上海の瞳が、寝息を立てるアリスの艷やかな口元を見つめる。
「…悪く思わないでね。これは全て貴方が原因なのだから」
上海はふわりと飛び、机に置かれている空の【ワインボトル】を手に取った。
「シャンハーイ」
【配信者アリス スレpart24】流れが早い。
【登録者3万人突破】まだまだ増加中。
【ワインボトル】アレ?もしかしてアリス飲み過ぎ?
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★てんかん★
真っ白な空間。
見渡す限り何も見えない。
ただ、ただ白い。
何もない、寂しい場所だ。
空も白い。いやそれが空かも分からないけれど。
これは夢だ。
アリスの感覚が告げる。アリスの知識が告げる。『私』の記憶が告げる。
それも予知夢や警告夢といった特別な夢では無い。
有り触れた人間がよく見る日常夢や過去夢の類いだ。
(これはアリスの夢では無いわね。私の夢だわ。私の記憶から生まれた夢。それを見ている。いや…見させられている?)
私はふわふわと浮きながら進んでいる。
どうやら実体のある身体では無いらしい。
幽霊や霊魂に近いだろうか。
(何か懐かしい感覚がする。この夢が私の記憶から生まれた夢だとすると、以前私はここに来たことがある?)
思考を巡らしながら、真っ白な空間を漂っていていると不意に声が聞こえた。
丸で空間そのものが話している様だ。どこから聞こえているのか検討も付かない。幼子の様にも老人の様にもはたまた機械の合成音にも聞こえる不可思議な声だ。
「こんな所に迷いこんでいたのね。失敗失敗☆。さてこの魂どうしようかしら。元の身体に戻す訳にもいかないし。かと言って放置も出来ないのよね〜。ほんと面倒ね〜」
「……へぇ。この状態で意識を保っているなんて少し驚いたわ。よく見れば面白い能力を持ってるじゃない。……そう、そう。随分物分りがいいわね。概ねその通りよ。……人間達の間ではそんなものが流行っているの?うふふ、面白い。現代はそんなに希望が持てないのかしらね」
声は愉快そうに1人話している。どうやら私と会話をしているらしい。
今ここにいる私は何も返事はしていないので、この夢は過去の記憶から生まれたもので間違いさなそうだ。
私は以前ここに居たことがある。
「……いいわ。丁度いい身体も見つかったし貴方の願い叶えてあげる。サービスもしてあげるわ。けど気を付けなさい。私にもほんの少し、ほんの少しだけだけど非はあるから忠告してあげる」
「はしゃぎ過ぎては駄目よ。興奮しては駄目よ。冷静になっては駄目よ。立ち止まっては駄目よ。走っては駄目よ。、なdまsやわ、%3かたm 、 ら、 ……愉しみなさいな★」
今日もいい朝だ。
何か『胡散臭い夢』を見ていた気がするけど。
「扉も窓も開かないわね。そろそろ開く気がしたのだけど。
目を覚ますと2日後のお昼だった。
驚くべきことに丸1日以上寝ていたらしい。東方が存在しない事が分かって精神的にショックを受けていたのだろうか。
随分ぐっすりと寝入っていたらしい。
そのおかげかスッキリとした目覚めを迎えた私は服を着てから家の中を確認して周ることにした。
時間経過で何かこの異変に変化が、或いは進行が起こっていないか確認するためだ。
1箇所ずつ手を触れながら視覚と触覚、魔力感知の3つを使って確認する。
どうやら、私の確認する限り昨日と変わりは無いようだ。
扉は相変わらず開かないし、東方projectも消えたまま。机も椅子も本棚も寝る前と変わりは無い。
新たに得られた情報は無し。
家から出られないまま…か。
しかし、電気や水道は通っているしネットも使える。
窓から見える景色は以前と変わらないから、この家が外界から隔離されたわけではないのだろう。
おそらくは結界。
とてつもなく強力な結界がこの家と外を隔てている。
「けど、そもそも一週間や一か月家に籠もって魔法の研究をすることも珍しくなかったし、外に出れなくても別段困ることはないのよね」
「ベッドもあるしお風呂もある。
飲み物だってあるし食べ物だって…あれ?」
そういえば最後にご飯を食べたのはいつだっただろうか?
今日はまだ食べていない。
昨日も一昨日も。
確か最後に食べたご飯はカップ麺だった筈だ。
そういえばここ数日『ワイン』しか口にしてない?
お腹が空かないのは捨食の魔法のおかげだろうか。ワインは毎日飲んでるし私と同じ様にアリスもワインが好きなんだろうか?
「……いや違うわ。そうじゃ無いでしょ。毎日ワインを飲んでいるのにワインはいつもある。空のボトルはいつの間にか満たされてるじゃない!」
これも間違いなく異変だ。
毎日飲んでも無くならないワイン。通常ならワインはとっくに無くなってるか、空のボトルが何本も部屋に転がってないと可笑しい。
何で今まで気が付かなかったんだ。
いつも机にワインボトルが置いてあった。
朝起きてワイン飲み、喉が乾けばワインを飲み、寝る前にワインを飲む。
食事を摂ることもなく、水を飲むこともなく、ただただワインだけを飲み続けていた。
「一体、どうして…?疑問に思う事は一度もなく、毎日ワインを飲んでいたの?
どうしてワインは無くならないの?
誰かが補充している?私しかいない家の中で?どうして、どうして?」
ワインは一先ず封印する事にした。
ラベルと外観の写真を撮り、グラスに少量だけ注いでワインボトルはタオルでぐるぐる巻きして固定化の魔法を掛け紙袋に入れた。
これで少なくとも無意識にワインを飲む事も無いだろう。
飲もうとするならボトルを紙袋から出し、魔法を解除しなければならない。
今までの様に気軽に何も考える事なく飲む事は無くなる筈だ。
気付いてしまうと何かあのワインが恐ろしいもの様に思えてしかたがない。
「ラベルと少量だけ注いだワインの方は調査しないとね。まずこの銘柄のワインが実在するかどうか調べましょう。えぇと……これは、読めないわね。何語かしら。一緒に描かれているのは人形の絵ね。へぇ、よく分からないけれどいい趣味じゃない。
ワインは成分分析すれば何か分かるかしら?」
ラベルはネットで調べるのがいいだろう。配信中に視聴者に聞いてみるのもいいかもしれない。少なくともこの現代社会に実在するかどうかは分かるだろう。
ワインは『魔法』を使って調べよう。
探知魔法?探査魔法?錬金術の類いか?
どの魔法を使うべきだろうか。
今の私には魔法知識があるだけだから、発動する事は出来ても使いこなす事ができないのが残念だ。
アリスの身体、アリスの知識を持っていても使い手が私では駄目だ。
「もっとアリスに近づければ。アリスになれればな」
…けど本当にそれでいいのだろうか?
アリスになるという事は、それはつまり…。
ワイングラスを天井の蛍光灯へと掲げてみる。
赤い紅い血の様なワインだ。
光を取り込み宝石の様に輝きを放つ。
鼻に近づければ芳醇な香りが立ち昇る。間違いなく今まで私が飲んだ事のあるワインとは比べる事も出来ない一品だろう。
それを自覚した途端、飲みたいと飲みたいと欲求が湧いてくる。
毎日ガブガブ飲んでいたのに。今は危険なものかも知れないと分かってるのに。
それでも気が付けば唇にグラスを運んでいた。
「ふぁ〜。美味しいぃ〜」
はっ?!私は何を!!
あ…ありのまま今、起こった事を話すわ。
ワインを調べていたのに気が付けば全て飲み干していた。
な…何を言ってるのかわからないと思うけど私も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうね。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものじゃない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったわ。
「……いやなんでよ?!ワインを飲んだ事も、今の思考も両方可笑しいでしょうが!。アリスがこんな事考える筈ないでしょ。『俺』もそんな事考える筈ないのに」
やはりこのワインは危険だ。
調べようとしていたのに、気が付けば飲んでしまう。どう考えても単なるワインではない。
魔を含んでいる。
さっきの私の反応。
恐らくは視覚や嗅覚に訴えかける魔法が掛けられている可能性が高い。
このワインを見ると、このワインの香りを嗅ぐと飲まずにはいられなくなる、といったところか。
「私の身体の周りに結界を張って、魔法を掛けた『サングラスとマスク』を着けましょう。これで駄目なら仕方ないわ。逃げてるだけでは解決しない。今まで飲んでいたけれど身体に目立った害は無いようだし、リスクは低い筈。アリスの魔法の全てをもってこのワインの正体を暴いてやるわ」
今日は配信出来そうにないな。
ーーーーーーーーーーーー
「…7割。いえ6割5分かしら。今になって抵抗をしてくるとはね。折角穏便に済ませてあげようとしているのに巻き込まれた私としては溜まったものじゃないわ」
「シャンハーイ」
「…ごめんなさい。貴方は良くやってくれているわ。貴方がいなければワインを仕込む事は出来なかったんだから」
「シャンハーイ」
「それにしても自分の願いを自分で否定するなんてね。彼は忘れているのだから否定しているつもりも無いのでしょうけど、余計に始末に困るわ」
「私をここに堕とす程の能力。どれだけ弱っていても真っ向から否定されると力負けしてしまう。ワインが使えなくなる可能性が高い以上、私としては『配信』に頼る事になるわね」
「彼も楽しんでいる様だし協力していきましょうね上海。それに別の手段も考えないと…」
「シャンハーイ」
『私』私はアリス。アリスは、私よ。
『胡散臭い夢』なんなんだー。この夢はー。
『ワイン』気付いてしまった。バレてしまった。
『魔法』美少女魔法使いアリスちゃん。
『俺』…おや、アリスの様子が。
『サングラスとマスク』不審者。控えめに言っても金髪不審者。
『配信』楽しい。切り札になるかも?
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5回目??
「こんにちは。『アリス・マーガトロイド』よ。こうして皆さんに会うのは何度目になるかしら??
私にとっては初めてなのだけど、貴方達にとっては5回目になるのかしら??」
『こん』『待ってぞ』『最近の癒やしキター』
『今日のアリスは不思議ちゃんだ』『雰囲気違うなw』『ツンデレに加えて不思議ちゃん属性も追加かな』『上海を胸元で抱きしめるアリス。尊いな…』『…わかる』『…分かりみがヤバい』
「あぁ。やっぱり見ているのと、実際にやってみるのは違うわね。カメラを通して人間達の反応が即座に返ってるのね。直接会っている訳ではないのに、まるで会話している様。それに一度に得られる情報は途方もなく多い。これは慣れるまで時間が掛かりそうね」
『アリス。…どうした??』『頭。打っちゃったのかなw』『今日は不思議ちゃんキャラなの?』『これはコスプレイヤーあるあるだな』『気分によって日毎にキャラが変わる的な?』『そうそれ!』『アリスちゃんは、今日は沈んだ気分なんだよ。つまり…分かるな、』『…OK。把握した』『…あっ、察し』『…触れるなよ』
「?。現代人の言葉は難しいわね。コメント?の流れも速くて反応しきれないし。
まぁ、いいでしょう。それでは今日の配信は、……何をしようかしら??」
『ズコーw』『アリスちゃん?w』『ホントに今日はどうしたんだ?』『俺達が企画を考えろと言う啓示では無いか?』『ドS属性も追加と』『質問コーナーとかどうよ?』『アリスとゲームしたい』『雑談したいな』『人形劇も良くね?』『いや、それは火愚闇姫でお腹一杯だ』
「火愚闇姫?…かぐや、輝夜?
あぁ。あの人形劇ね。いいアレは忘れなさい。アレは断じて私の人形劇ではないわ。断じてアリス・マーガトロイドの人形劇では無いのよ!!。えぇっとそうね。あの時私は、寝不足だったのよ。だから、ちょっと寝ぼけていたの。だから忘れなさい!!」
「ならそうね。今日は人形劇をしましょうか。貴方達に『本物』の人形劇を見て貰う必要があるもの。アレをアリス・マーガトロイドの人形劇と思われるのは少々、いえかなり不愉快だからね」
『情緒不安定だな。大丈夫?』『体調悪いなら中断しても良いんだよ』『ハイ!忘れました』
『調教されたアリス民』『久々の人形劇だ』『アリスちゃんと雑談したいです!!』『アリスちゃんと語らいたい』
「題目はかぐや姫にしましょう。突発的に決めてしまったけれど、以前のかぐや姫とは比べる事が出来ない程、貴方達を楽しませて魅せてあげるわ。雑談コーナーは、人形劇の後に少し時間を取りましょうか。それでいいかしら??」
『いいとも(^^)/』『真逆の2回目のかぐや姫だ』『自らハードルを上げていくスタイル』
『余程自信があるのかな』『今日のアリスは一味違うな』『楽しみー』
「では人形劇『かぐや姫』の始まり始まり。本物の魔法の人形劇をお楽しみ下さいな」
『88888』『8888888』『素晴らしい…』『何だこれ、涙が』『888888』『天才』『これが人形劇か』『88888』『感動した。言葉が出てこないけど感動したよ』『アリス。アリス。最高だ!』『ただ感動した』『8888888』
「どうかしら??
これが本物の人形劇というものよ。人形達の髪先から指先の一つ一つにまで感覚を張り巡らせ、自らの意思を感情を持ち、魂の有る生命かの様に魅せる。これが私の理想の人形劇なの。断じてただ人形を正確に操ればいい、というものでは無いわ!!
まだまだ完璧には程遠いけれど、少しでも観客の方々に伝わっていれば嬉しいわね」
「それでは約束通りここからは雑談コーナーと行きましょうか。…そうね。
私が配信を始めた理由なんてどうかしら??
興味がなければ他の事でも良いわよ。質問が有れば随時受け付けてるから、コメントを頂戴な」
『これが人形劇なのか』『いやいやどう考えてもな普通では無いだろう』『素晴らしかった』『人形の動きとアリスの声で進む人形劇。倒錯的な魅力だな…』『人間の様な人形の上海を操る、人形の様な人間のアリスちゃん』『それは気になるぞ』『何が目的で配信を始めたの?』『有名になりたいとか?』『人形劇を配信するのは新ジャンルだよな』『アリスちゃんの半生が知りたい』『結婚して頂けませんか?』
「私が配信を始めたのはね。アリスになりたかったのよ。アリス・マーガトロイドにね。勿論私はアリスなのだけど、皆に私がアリスだと分かって欲しかったの。皆にも『あの人間』にもね。
この家で暮らし始めてから、色々と見て覗いて調べた時に配信を知ってね、丁度いいと思ったの。これなら多くの人々にアリスを知って貰う事が出来る。アリスに『慣れる』と思ったの。私が配信を始めた理由はこんな所にかしら」
『つまりどう言うことよ?』『コスプレした自分を見て貰いたかった?』『アリスのキャラクターを知って欲しかったんじゃね』『沢山の人に知って欲しかったか?』『承認欲求?とはちょっと違うような』『そもそも今日のアリスはなんか違うな』『どうしたらアリスちゃんみたいに人形を操れる様になりますか』『…あの人間とは誰だろう』『へんな言い回しだな』『苦手な人とか友人かな』
「そういった理由で始めた配信活動だったけれど、こうして人形劇を沢山の人に観てもらえるのはとっても嬉しいわ。思わぬ誤算だったけど、こんなに楽しいとずっと続けて行きたいって思ってしまう。今までは多くても数十人にしか観て貰えなかったからね。いい技術というかいい時代になったものよね」
「出来る事なら、全部終わった後も配信を続けて行きたい。けどどうなるかしらね。
あら質問も来てるのね。…人形を上手に操る方法?人形を作りなさいな。作るのが難しいのなら既製品でもいいのよ。ずっと一緒にいたいと思える人形を見つけなさい。そうすれば自ずと人形は動き出すわ」
「魔法の類いでもなければ、人形が動くなんて起こり得ないと多くの人が思っているでしょうけど、それは違うわね。貴方が真に願い思うならあらゆるものは応えてくれるわ。自分を信じなさい。自分が信じた者を信じなさい。多くの力ある人がそうだった様に。私の様に。或いはあの人間の様に…ね」
「多くの人が今日の私を不思議に思うのでしょう。今までに見たアリス・マーガトロイドでは無い様に思うのでしょう?
けどね、これが私よ。
アリス・マーガトロイドなの」
『ホントにどうしたんだアリス??』『アリスちゃん?いえアリスさん?』『言動?雰囲気が違うな』『ミステリアスなアリスもイイね!』『はい!自分を信じて夢を目指します』
『ありス。程々に死なサい★』
『なんかいいな』『就活頑張ります!』
『……。あら、そろそろ時間みたいね。私はそろそろだけれど、配信はまだまだ続くから楽しんでね』
『けれどこうしてしていると、コメントを読んで雑談をするって案外手持ち無沙汰になるのね。続きはゲームでもしながら話しましょうか。上海。お願いね』
『?!上海がなんか持ってきたぞ』『上海の体積以上の物体を持って歩くだと!?』『話が飲み込めない内に新たな不可思議な出来事が?!ww』『仕掛けが知りたい』『本当にどうなってるんだ?』
「じゃっじゃっじゃぁん!!『オセロ』よ。これをしながら雑談をしましょうか。今までは1人でするばかりだったから、この機会にしてみたかったのよね!!
それでは私が『黒』…。いえここは『白』にしましょう。だから画面向こうの貴方達が黒。つまりは先手よ。これで遊びながら話しましょう。…話している時に突然代わったら戸惑うものね」
「黒と白の駒を中心に2枚づつ置いて準備完了ね。先手は貴方達よ。置ける場所に番号を振るからコメントで教えて。勿論何か聞きたい事、話したい事も受け付けてるからよろしくね。それじゃぁ、スタート』
ーーーーーーーーーーーー
『有利な後攻をとってあっさり負けるアリスwww』『思いの外弱いw』『まぁ仕方無いだろう…』『ぼっち』『…そうだよな』『丸で嘗ての俺を見ているようだ』『←今もだろ』『ここまであっさり決まるオセロは珍しい』『涙目のアリスちゃん…。イイ!』『序盤の笑顔のアリスちゃんだろ!』『中盤の困り顔も捨てがたいよ』
『返事も出来まちぇんの?アリスさぁん?★』『←言い過ぎ死刑』『死刑』『吊れ』『死刑』『アリスさん?』『急に真顔になった』
オセロ?
私は何をしているんだ?
目の前には酷く真っ黒なオセロの盤面。勝負は既に着いており白い駒は片手で数えられる程。顔を上げれば、そこには光を放つスマホの画面が見える。よく見ればコメントが流れているのを確認出来た。
どうやら配信をしている途中の様だ。視聴者とオセロをしていたのだろうか?
コメントを見る限り私が白。つまりは完敗した直後らしい。
今まで飲んだワインの影響で記憶が飛んだのか?それともまた別の影響だろうか?
状況はイマイチ分からないが一先ずなにか反応しないと。
「えぇっと。負けてしまったようね。これでもオセロには自信があったのだけれど。学生時代は負け知らずだったのに」
『アリスさん…?』『見栄を張るでない』『彼女は記憶が混乱しているのだ』『あぁ、察し』『…悲しい嘘をつかないでくれ』『ヤメロ。やめてくれ』『JS JC JK幼馴染アリスとオセロしただけの人生だった』『勝って嬉しがるアリス。負けて涙目のアリス。どちらがいい??』「学校の図書室で制服アリスとオセロォォ!!』『こいつ一瞬でこれだけの妄想を!?』『雰囲気戻ったな』『アリスさん、ちゃん?』
「えぇ?!
…もう1時間近く配信しているのね。今日はそろそろ終わりにしましょうか。オセロ楽しかったわ。またやりましょう。今度は負けないわよ」
『もう終わりー?』『1時間が早いよ』『2回目のかぐや姫最高だった!また人形劇期待してるぞ』『またね』『涙拭いてね』
『くやちぃのよね、アリスさぁん?★』『←死刑』『しつこいな』『マジしつこいわ』『アリスちゃん気にするなよ』『何処にも馬鹿はいる』『きっとアリスちゃんに嫉妬してるババアだな』『婆婆アク禁』『バイバイ』『アリスまたね〜』
『……ぐすん★』
配信を終え、アプリを閉じスマホを机に置く。
目の前には真っ黒な盤面のオセロと、こちらを伺う様に首を傾げる上海が残った。
「ねぇ上海。私は今日何をしていたのかしら。いつの間にか日も暮れているし、朝からの記憶が全くないの。私はどうしちゃったのかな?」
「シャンハーイ?」
「もしかして、本当のアリスが朝から身体を動かしていたの?
私はこのままアリスになっちゃうのかな?
少し前までは、それもいいと思っていたのに今は怖いの。おかしいよね。上海。
上海は一瞬動きを止めて、返事をした。
「…シャンハーイ」
「どうしたらいいんだろう。アリスになりたい。けれど全てアリスになりたい訳ではないの。
だってそうでしょう。身体も記憶も魂も、全てアリスになってしまったら、それは私ではないじゃない。こう思うのは我儘なのかな」
上海の動きがまた一瞬止まる。
「……シャンハーイ」
「上海は優しいわね。こうして私の話を聞いてくれて、『本当の友達』ってこういった感じなのかしらね」
…あれ?
「………ねぇ上海。今気がついたのだけれど、いえ今までも何度も違和感は有ったのだけれど、その正体が分かったわ。
上海。貴方、どうして動いているの?
…私は、私は、何もしていないのに?どうして1人で動いているの?
突然踊りだした事もあった。ワインを用意してくれた事もあったわよね。今もこうして貴方は私と会話している。私の言葉を理解しているのでしょう?
…ねぇ、貴方は本当に人形?
それとも、それとも、もしかして、人間…なの?」
「…………シャンハーイ」
上海の腕が上がり始める。
人形の小さな腕はゆっくりとゆっくりと上がり、そして上海の頭の高さで動きを止めた。
「シャンハーイ」
上海の人差し指が、指差す先は私の右手の様だった。
身体が骨董品の機械人形になった様だ。その癖汗は吹き出し、心蔵が大きく鼓動し血液が全身を巡るのを感じる。
10分か1時間かそれとも1日が経ったのか、時間感覚が狂う程の時間を掛け、私の首は動きだす。
私の右手。
白くて、細くて、均整の取れた陶器の様に艷やかなアリスの手。
だがそこにはあってはならない物があった。
私がよく使うもの。最もよく使う魔法。
だけれど、無意識起こり得る筈が無いものが。
右手の小指。
そこからは注視しなれけば察知する事が出来ない程、極小の魔力で編まれた薄く細い魔法の糸が伸びていた。
「シャンハーイ!!!!」
上海の声と共に、頭に強烈な痛みを感じた私は意識を失った。
「…」
『アリス・マーガトロイド』不思議ちゃん属性を獲得した。
『本物』偽物も悪く無いよ。きっと。
『かぐや姫』真逆の連続公演。けど内容は別物。
『あの人間』特別な人間。勿論彼氏ではないよ!!
『慣れる』誤字に非ず。アリスになれる。
『オセロ』恥ずかしくて友達を誘えないアリス。1人遊びは飽きました。
『黒』悪役みたいで選ぶのが嫌だったアリス。
『白』勝つ為に有利な後攻を選んだアリス。
『本当の友達』いつもは要らない。弱った時に欲しくなる。
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きおく
こんにちわ。
一万字書いた10話を、投稿しようとした拍子に全消去してしまい、茫然とし、やる気がゼロになったエタ作者です。
また少しやる気が出て来たので投稿します。
最初の構想と物語の流れをかなり変えたので、矛盾があるかも知れませんがよろしくお願い致します(_ _;)
「温泉に入りましょう?」
私の人生最大の混乱を齎した言葉を放った彼女は、目の前で、私の眼前で、裸体を晒し妖艶に微笑んだ。
「ねぇ早く入りましょうよ?この温泉素晴らしいでしょう?一面雪景色の中、白く濁ったお湯。鼻に付く硫黄の匂い。僅かに粘性を持った湯は、身体に纏わりつき癒しと力を与える」
「貴方の身体にも、とってもよく効く筈よ。傷を癒し、心を癒し、命を癒すわ。それにこの私と一緒に入れるなんて途轍もない幸運よ。貴方が今後一生の幸運を使ったとしても成し得ることが出来る筈がない幸運。だというのに何を躊躇うの?
さぁ服を脱ぎなさい。裸を晒しない。白濁湯を通して身体を重ねましょう?」
「ねぇ、アリス?」
目の前の光景を目を焼き付ける様に見つめ、不意に込上がってきた生唾を無理矢理に呑み込んだ私は乾いた唇を動した。
「……貴方は、一体何を言っているの?」
何故、人形を愛し、平凡な魔女人生を送っていた筈の私が、こんな摩訶不思議な出来事に遭遇しているのか?
それはかれこれ1時間程前に遡る。
ベッドに寝転がり魔導書に興じていると、彼女は突然現れた。
ぱっくりと口が開く様に、黒と目玉を伴って唐突に。
扇子を片手に妖艶に微笑み、唇を動かした。
「こんにちは。私、八雲紫と申します。どうぞ気軽にゆかりん、と呼んでくださいな」
「それでは参りましょうか。詳しい事は現地で話すとしましょう」
何を?!
言葉を発する間も、抵抗する間もなく私は目玉に飲みこまれた。
暗闇を、閃光を目にして、そして一瞬か永遠か分からない時間を経て、私は硫黄の香る温泉に浸かっていたのだ。
眼鏡も服もアクセサリーも消え去り、産まれたままの姿で。
そして、目の前の温泉らしき白い湯に浸かる八雲紫と名乗った少女は『全裸』で言葉を投げかけてきたのだった。
うん。
意味が分からない。
彼女は何者だ?
ここはどこだ?
なんで私も、彼女も全裸で温泉に浸かっているの。
それに、なんて大きく白く柔らかそうなんだ?
「貴方はなんなの?ここは何処よ。なんで私も、貴方も…なのよ!」
「あらあら。淑女がこのように慌てて取り乱すものではないわ。こんな状況よ。分かってるのでしょう?
『据・え・膳』と、言うやつよ。存分に楽しみなさいな。貴方にはそれを楽しむ権利があるのよ」
据え膳?
それに『権利』だと?
どういう意味だ。そんな私の疑問に答える事なく、目の前の彼女は言葉を続ける。
「私の身体はそんなにも魅力がないのかしら?
これでも、それなりに自信があったのだけれど、ショックだわ。
私を女として魅ることは貴方には出来ないのかしら?」
訳のわからない状況。訳のわからない女ではあるが、正真そんな事はない。
白濁した湯は、彼女の肢体をの多くを隠しているが、舐めやかな首元や胸元は覗いている。
白く艷やかな肌から目を離す事が出来ない。
据え膳と彼女は言った。
見ず知らずの『面識』のない得体のしれない少女ではあるが、何とも言えない魅力のある美しい少女だ。
こんな、同性で私の様なモノであっても、彼女の放つ色気に生唾飲み込み、魅入って仕舞うのは仕方のない事がだろう。
だが、そんな事は私には許されない。
『妖怪』如きに気を許すなど合ってはならない。許されることではないだから。
『貴方は何者?どうして私に目を付けたのかしら?
何が目的?答えなさい『スキマ妖怪』」
「…スキマ妖怪ね。流石にと言うべきかしら。いえ、この言葉は貴方にとっては侮辱になるのかしら?ねぇ、『昔』は忘れて今この状況を楽しもうとは思わない?
私はこんなにも貴方を愛していると言うのに」
「愛している?妖怪風情が人間の言葉を吐くのね?。人を殺し犯し喰らくだけの化け物が、人の言葉を使い『愛』を語るか。
悪ふざけは止め真実を語ったどう。何が目的なの。何を求めて私を求める?」
「何故そんなに妖怪を嫌うのかしら?
私は生きているわ。貴方も生きているわ。確固たる意識を持ち、考え、感じ、願いを持って行動して日々を過ごしている。
人と妖、何か違うというの?」
「知れたことよ。妖は人を喰らう。人は妖に喰われる。古くから長く世界の摂理であったわ。だが近年、人の知恵はそれを上回った。長い年月を掛け、調べ、知識を蓄え、力を為した。
そして、そして『復讐』を求めて妖を滅する術を得たの」
「頭の残念なお前にも分かりやすく言ってあげる。妖と、人間と、そして『魔女』は、決して、決して相容れる事の無い存在よ!」
彼女は驚いた顔を浮かべたかと思うと、直ぐに笑みを浮かべた。
予想外のモノを見た時の様な、理解出来ないモノを見た時の様な、或いは面白いオモチャを見つけた子供の様な。私の瞳を見詰め、口元を醜く歪めた。
「…えぇ。えぇ。それでこそよ。それでこそ、私が貴方を誘う意義がある。
こうして私が裸体を晒してまで、貴方に声を掛けたのはね。そんな貴方だからこそよ。
誇りなさい。祝いなさい。歓喜なさい。
そんなに貴方だからこそ、私は…私の楽園に貴方を誘おうと思ったの」
「私の楽園?。世界を創ったとでも言うつもり?八雲紫」
「あら、やっと名前を呼んでくれたのね。嬉しい。けれど呼びやすく、ゆかりんで良いわよ。
そして貴方の問に答えましょう。『イエス』
いえ、その通りよ。私は私の願いを叶える世界を創ったわ。多くのモノ共を楽園に誘い、導いたわ。中には侵入してきたモノ達も居たけれど。まぁ、そんな事は置いていおいて今は、貴方を誘い、導きに来たのよ」
「さぁ。私の手を取りなさい。貴方の願いを叶える事ができる世界へと私が導いてあげる」
そう言って妖は、私に手を伸ばした。
陶器の様な美しく小さな掌が、私の眼前に差し出された。
腕を伸ばした事で、白濁湯から胸元の大きな谷間が顕になる。
「知った様なことを言うのね。妖怪風情が。私の願いが叶う世界?そんなもの有りはしないわ」
「うふふ。その言い方。そんな願いが叶う世界がある事を望んでいるようじゃない?
自分に正直に成りなさい。アリス。ほんの1歩を踏み出すだけで、貴方の願いは叶うのよ?
「お前!!!」
魔力を身に循環させる。
この目障りな妖はここで殺す。
必ず殺す。
この私の前に現れたことを、戯言を吐いたことを後悔させてから殺してやる。
身体への負担を無視して、魔力を髪の一本一本から足先まで、全開で流す。鈍痛が全身に走り、神経の一部が麻痺し始めるが、魔法で誤魔化した。
指先から魔力で編んだ糸を生成し、上海を始めとした、愛しの人形達を呼び出し繋げる。
1体1体を自らの手で創り、魔法を掛け、武具を装備させた自慢の人形達だ。
魔力を全開で回し、人形達で包囲し、弾幕の準備をしていると、八雲紫は口を開いた。
「温泉で暴れるものでは無いわ。裸で立ち上がると上も下も丸見えよ。女の私をから見ても美しいと思うのだから、貴方が魅せつけて自慢したいのも分かるのだけど、少々淫乱が過ぎるのでは無いかしら?」
八雲紫は、視線で私の身体をなめ回す。
だからどうした。妖に見られたところでなんの問題がある。
それに自分も裸体を晒している事は、頭に無い様だ。それは自分にも跳ね返る言葉だと、気付いていないのか?
「所詮は妖。言葉を交わすだけ無駄なようね。…なら死んでしまいなさい。上海!!」
『シャンハーイ!』
弾幕を撃ち出しつつ、人形達を突撃させる。
この妖が強大な力を持っているのは認めよう。だが生きている以上、首を切り落とし、心の蔵を潰せぱ息絶える。
今までと同じ簡単な作業だ。
私に近づく者は、誰であれ何であれ殺す。
私の邪魔をする者は、殺す。
私の愛する静寂を得るまで、周りを殺し、破壊する。
私には上海達だけが居れば良い。
★
「霊夢は相変わらずね」
宴会の後、直ぐに横になって寝息を立て始めた霊夢を見ながら口を開く。
すると、私の言葉に横から魔理沙が口を挟んできた。
「アリスは元気そうで良かったのぜ。最近のお前、様子が可笑しかったからな。何かあったのか?」
月夜の下の魔理沙を見ると、瞳に真剣な色を宿しているのが分かった。軽口を叩いてはいるが、この私を心配してくている様だ。
以前の私であれば、煩わしく思ったのだろうが、今は何故か心が安らぐ。
人間が、友人が、私の事を考えて気にしてくれている。それだけで嬉しさが込み上げてくる。
嘗てはこうなるなんて、想像する事すらなかった。視界の端でニヤケなが酒を飲む紫が、滅茶苦茶感に触るが、…あぁ。これはやはり私の負けを認める他ないのだろう。
「いいえ。少し研究に行き詰まってね。どうしたものかと悩んでいたの。けど決めたわ。少し危険で未知の試みだけど、挑戦することにするわ。そうと決めたら直ぐ始める事にしましょう。
魔理沙。私はもう行くわね。霊夢と皆によろしく伝えておいて。ありがとう!」
助走を付けて空に飛び上がる。
空気が気持ちいい。
もっと早く飛ぼう。もっと早く、早く。
「おい!?
アリス。いきなりどうしたんだよ!お前本当に大丈夫か?」
魔理沙の声が下から聞こえ、木霊する。
「大丈夫よ!これから夢を叶えてくるわ!!」
★
「こちらの準備は整っているわ?アリス。そちらはどうなの?」
「問われるまでもなく終わっているわ。私としては貴方の方が心配なのだけど。貴方の力を疑うわけではないけれど、本当に出来るのかしら?」
「甘く見られたものね。ゆかりんってば信用が無いのね。よく似たような事を言われるし、なんでなのかしら?アリスはどうしてだと思う?」
「…そういう性格だからよ。スキマ妖怪」
「もう!いつもの様にゆかりんって呼んでくれなきゃ嫌よ。アリス。ならお互い準備は万端のようだし、早々に始めましょうか」
「えぇ」
「緊張してる?アリス」
「…えぇ」
「緊張なんて無意味よ。なるようにしかならないわ。けれど最後に忠告してあげる。はしゃぎ過ぎては駄目よ。興奮しては駄目よ。冷静になっては駄目よ。立ち止まっては駄目よ。走っては駄目よ。『絶対に死んでしまっては駄目よ』…いいわね?」
「えぇ。分かっているわ、紫」
「そう。なら行ってらっしゃいな。楽しんで、愉しんで、『……』として生きてらっしゃい」
「うん!」
★
「今のは一体?」
真っ白な空間に私は立っていた。
上海に殴られ痛みを感じた。
そして、次の瞬間にはあの光景を見ていた。
気が付くとここに1人立っていた。
「何がどうなっているの?今のは何?
八雲紫との戦った?博例霊夢、霧雨魔理沙。他にも言葉は交わしていなかったけれど、宴会の場には沢山の東方キャラがいた。まさか、これは…」
『そう。私の記憶よ。「アリス」』
ただただ真っ白で、地面も空も曖昧な1人きりの世界で後ろから声を掛けられる。
慌てて振り向くとそこには、アリスがいた。
正真正銘の七色の人形使い。魔女。アリス・マーガトロイドが。
二次元のキャラクターに本物も偽物もあるのかと、自分に問うが目の前にいるのは、間違いなく本物のアリス・マーガトロイドだ
自分がモドキの紛い物だと分かっているせいか、確固たる確信があった。
私は偽物で、彼女が本物だと。
だからだろうか、私の口からは自然と言葉が溢れた。
「この身体を取り戻しにきたのよね?ならいいわよ。私は貴方に勝てないし、戦う気も勝つ気もないわ。これは奇跡よ。数日だったけど、とても楽しかったわ。ご飯を食べて、お酒を飲んで、本を読んで、上海と触れ合って、そして配信を通じて沢山の人と触れ合って。少し恐かったけれど、本当に楽しく仕方なかった。感謝しかないわ。ありがとう、アリス。
だからこの身体は返すわね。
本当にありがとう。
『死んだらアリスになりたい』なんて願いを叶えてくれて。夢を見せてくれてありがとう」
アリスは微笑みながら、私の言葉を最後まで聞いてくれた。
可愛いな。白くて小さくて可憐だ。本物のアリスはこんなにも可愛いのか。最後にアリスを目に焼き付ける様に見詰めて、私は瞳を閉じる。
アリスありがとう。
夢を叶えてくれて。
……うん。おやすみなさい。
そうして私は、ゆっくりと意識を手放そうとして、…上海に殴られた時と同じく頭部に強烈な痛みを感じ、飛び起きた。
『貴方は何を言ってるのかしら?
私は人間贔屓の魔女なのだから、そんな結末を用意している筈無いでしょう?』
『温泉』気持ちいいモノ。景色がいいと更に良い。
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