勇者の父親になる筈の原作主人公がTSしてたけど、何か質問ある? (社畜のきなこ餅)
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そんなわけで、活動報告にも書いてたDQ5の原作主人公TSのオリ主物を試し書きしてみるテスト。
初めての日記形式に独自解釈という地雷原ですが、よろしければどうぞ。


葡萄月 〇日

 

 

 吾輩の名前はドレイクである、苗字はない。

 どこぞの文豪作品の猫がごとく、うっかり足を滑らせて水瓶の中にダイブしたわけでもなんでもないのに、転生してしまった元現代人だ。

 

 家族構成は母一人、俺一人、以上! 父親は母とボーイミーツガールした末に母へ種付けした後どこぞへ旅立ったらしい。

 どこに出しても恥ずかしくないクソ野郎である。

 

 母はそんな男でもまだ好きなのか、特徴を聞くと嬉しそうに微笑みながら教えてくれる。 正直我が母ながら、男を見る目をもっとしっかりすべきではないだろうか?

 ちなみにそれと無く聞き出したところ、どうやら父親の名前はプサンらしい。

 

 いずれ全力でこの拳をそいつの顔面に叩き込むと心に誓いつつも……。

 殴る為に旅立とうにも俺はまだ7歳、毛も生えてないどこに出しても恥ずかしくない無力な少年でしかない。

 

 

 なので、母の手伝いをしつつ畑を荒らすホークブリザードをしばいたりして実力を積む日々なのである。

 

 しかしプサンという名前、なんだか聞き覚えがある気もするが…………こう、魚の小骨がのどに突っかかった感があってスッキリしない。

 

 

 

 

葡萄月 ◎日

 

 

 今日も今日とて母の手伝いをしつつ畑仕事をし、不意打ちで襲い掛かってきたへびておとこの両腕を斬り飛ばしつつ首をはねる。

 畑に出たばかりの頃は恐怖で足が竦んだものだが、今なら流れ作業の勢いである。 正直こいつらより、母との訓練の方が怖い。

 

 しかし、最近その母が咳き込む事が多くなり、訓練の数も減ってきた。

 医者にかかろうにも、小屋と畑がある以外は周辺一帯鬱蒼とした森林で人里なんかありゃしない。

 

 封印の洞窟を守り、監視するのが一族の使命だと母は言っているが……この世界において俺の唯一の肉親である。

 正直、そんな使命ポイして養生してほしいのが本音だ。

 

 父親? アレは見つけ次第顔面に飛び蹴り叩き込む予定のターゲットなので、肉親には含まない。

 

 

 

 

葡萄月 ▽日

 

 

 今日は珍しく客人が来た、パパスという名前の片乳首を露出したヒゲのおっさんである。 寒くないのだろうか?

 ちなみに出会いは、油断してへびておとこにぶん殴られた事で吹っ飛ばされたのだが、そのまま巨木へ叩きつけられるところを抱きとめられるという、とてもドラマチックな展開である。

 ヒゲのおっさんと、目付きが悪い(母曰く)ガキンチョでは特定層の人種以外喜ばない構図なのは内緒だ。

 

 その後パパスに手伝ってもらいつつへびておとこをしばき倒し、こんなところに居る事情をパパスに聞かれる俺。

 捨て子とかその辺りのサムシングと思われてたらしい、失敬な。

 

 そんなわけで、まぁ悪い人物ではなさそうなので家へ案内する事にする。

 道すがら色々と話をしてみると、攫われた嫁さんを救い出す為の手がかりを求めて、幼い娘と一緒に世界を回っているらしい。

 

 ふと気になって、娘さんの年齢を聞いてみるとなんと2歳、いろんな意味でマテやおっさん!と全力で突っ込んだ俺は悪くない。

 さすがにこの辺りの魔物は手ごわい為か連れてきていないそうだが、当然である。ホークブリザードの吐息とかは幼児が食らったら即死確定間違いなしっぽいし。

 俺? もう慣れた(白目)

 

 

 

 

 

葡萄月 ◇日

 

 

 どうやらパパス、改めパパスさんの目的に適う物は得られなかったそうで早々に出立された。

 だが、彼は母の病状に気付き、幾つかの手持ちの薬を分けてくれた。ありがてぇ、ありがてぇ……。

 さらに、拠点としているサンタローズの村から遠くはないので余裕があれば時折様子を見に来てくれるというイケオジっぷりである。

 これはもう日記とはいえ呼び捨てになんて出来んっしょ。

 

 ダンディでかっこ良くしかも強い、正直俺もこんな父が欲しかった。

 プサン? アレは見つけ次第全力で脳天から叩き斬る対象だからノーカウントだ。

 

 薬の効力のおかげで母も元気を取り戻してくれたので、俺としては嬉しい限りである。

 日課のホークブリザード退治も捗る……そんな事考えつつ畑仕事をしていると。

 

 森の中からピーピーと鳴く声が聞こえるので足を運んでみたら、そこにいたのは泥に塗れたホークブリザードの雛。

 見上げてみれば、はるか頭上に見えるのはホークブリザードの巣。どうやらそこから転がり落ちたらしい。

 

 まだ碌に目も開いてないというのに落下死してない生命力に驚きつつ、俺は愛用の鋼の剣を抜いて近寄り……。

 

 結局なんか殺すに殺せなくて家に連れ帰ることにした。 

 母よ、しっかり世話をするから折檻は勘弁してほしい。

 

 

 

 

雪月 ◎日

 

 

 そんなこんなで季節は廻り久しぶりに日記を書く、最近書いてなかった理由?

 拾った雛ことホークの食い扶持集めと、畑仕事の両立が大変だったんだよ……。 

 

 しかしまぁ、拾った頃は折れてたホークの羽根も綺麗に繋がり、さすが魔物というか小さい体で飛び回ってはしょっちゅう俺の肩に止まってくる。

 正直中々に可愛い、初めての友達だし(震え声)

 

 普通のホークブリザードと違い、泥まみれだと思ったら地毛が真っ黒だったホークの首を指で撫でつつ、ストックしている木の実を与える。

 だけどこう、なーんかずっと引っかかる。

 

 パパス、ホークブリザード、サンタローズ……うーん。

 まぁいいか、うん。

 

 

 

 

雪月 ×日

 

 

 ははが、たおれた。

 

 

 

 

風月 ◆日

 

 

 母の病状は一向に良くならない。

 パパスさんが置いていってくれた薬は殆ど効果を為さず、母が教えてくれた調合薬を必死に作っても意味を成さない。

 覚えたてのホイミやキアリーも同様だ。

 

 

 

 

芽月 ◎日

 

 

 母の病状は悪化する一方、かつては張りのあった肌は今はカサカサに荒れ果て。

 ベッドに伏せて一日を過ごす日々が続いている。

 

 ごめんね、ごめんね。と力なく俺の頭を撫でる母に、俺は大丈夫だと返しながら看護を続ける。

 正直しんどい、けど俺が頑張らないといけない。ホークも心配そうに俺に頬擦りしてくれている。

 

 大丈夫だ、俺はまだ頑張れる。

 

 

 

 

芽月 ◇日

 

 

 パパスさんが来てくれた、そして母の病状に目を見開くとすぐに大きな町……アルカパへ連れて行こうと言ってくれた。

 しかし母は断った、ここで守る事が使命だから。と。

 

 そんな母に俺はキレた、多分初めてかもしれない。

 どんな使命であろうと死んだらそれまでだと、死んでほしくないと。もっと生きてほしいと、体の年齢に精神が引っ張られたのか泣きながら喚いた。

 

 だが、母は俺の訴えに困ったように力なく笑いながら頭を撫でて謝るだけだった。

 正直埒が明かないので、パパスさんに無理やりにでも抱えて行ってもらおうと頼もうとした時。

 

 母はパパスさんに、息子と二人で話したいから少しだけ席を外してほしいと頼んだ。

 

 母からの話は、自分はもう長くないと。一族の使命を継いでほしいという内容だった。

 正直どっちも俺は御免だ、何があったか知らないが母一人に重荷を背負わせ、とっくの昔に居なくなったらしい一族なんて知ったことではないし。

 母が長くないなどと、俺は認めたくなかった。

 

 

 

 

花月 ×日

 

 

 母は、ゆっくりと眠るように息を引き取った。

 最期の言葉は、俺への謝罪と……プサンにまた一目だけでも逢いたい、という内容だった。

 

 涙は、出なかった。

 

 

 

 

花月 ◎日

 

 

 母を、埋葬した。

 それでも涙は出なかった。

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

 

 

 

葡萄月 ◎日

 

 

 2年ほどぶりに日記を書く、ようやく気持ちも落ち着いてきた。

 小鳥程度のサイズだったホークも、翼で俺の頭を包める程度に成長して、今や同種であるホークブリザードにすら立ち向かう成長っぷりである。

 俺はと言えば、日々を生きるために畑を耕し魔物を狩り、母とやっていた訓練をただ一人繰り返している。

 

 

 

 

霧月 ●日

 

 

 久しぶりにパパスさんがやってきた、今度は初めて見る紫色のターバンを巻いた子供も一緒だった。

 母が亡くなった後も、心配をかけていたようで時折様子を見に来てくれていたが……子供さんも一緒に来たのは初めてである。

 なんでも、有力な手掛かりが見つかったので子供と一緒に船で旅立つらしい。

 

 もしかすると、もう会えないかもしれないから。なんてとんでもなく不穏な事言いつつ、だからこそ娘を紹介しようと思ったらしい。

 その当の娘さんと言えば、相変わらず片乳首を露出している父親パパスさんの後ろに隠れ、おどおどとしながらこっちを見ている。

 だが、どうも俺の肩に止まったままのホークには興味津々らしく、そっちへ視線が行っている。

 

 年相応に動物が好きなんだな、と思い長い単独生活で強張った顔に笑みを浮かべつつホークを差し出せば、娘さんはパァァと輝くような笑みを見せ。

 おっかなびっくり、ホークを撫で始める。一方ホークもまたまんざらでもないらしく、目を細めて喉をクルルと鳴らしてる。

 

 程よく場が和んだところで、娘さんの前で屈みつつ。自己紹介をする俺ことドレイク。

 ホークの様子から俺は怖くないと思ってくれたのか、娘さんは二パって微笑むと……ボクはリュカ!と元気よく自己紹介してくれた。

 

 

 

 そっかー、リュカちゃんかー。そっかー。

 紫色のターバンをつけて、紫色の裾を引きずるマントを羽織り。父親がパパスのリュカちゃんかー。

 

 

 

 

 

 ここドラクエ5の世界じゃねぇか!!




主人公強めですが、単独でゲマやゴンズ、ジャミには勝てない程度の強さです。
血筋がヤバい?大丈夫だ、よくよく見ると原作主人公sも血筋だけ見るとやべーから。
 
ちなみにオリ主の血縁上の父は、物語スタート時点でどこぞのトロッコで無限ループしてます。


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そんなワケで筆の勢いが乗ったのと、頭からあふれ出るネタの濁流に耐え切れずモロダシしてしまうのであった。
みんな大好きパパスさん視点が後半にあります。


 

雨月 ×日

 

 

 この世界がドラクエ5の世界だと理解した俺だが、特に日常に変化など訪れる事もなく2年が過ぎた。

 いやだってねぇ、船もない未だ未成年のガキンチョが一人ここを出てどうするかという話である。

 

 ましてや、母の墓を放置して旅立つわけにもいかない、せめて何かしらの墓荒し対策はしたいところである。

 

 

 

 

雨月 ●日

 

 

 同居人?が新たに増えた。

 

 経緯としては……今日も今日とて畑を耕し、害獣を始末しては食肉加工し。

 空いた時間、母の墓標の前で鍛錬をしているときに遭遇したんだが……。

 

 第一印象はそこらへんで襲ってくるへびておとことなんら変化はなかったのだが、どうも様子がおかしかった。

 いつもならば理性もなんも見せる事なく襲いかかってくるのだが、そいつはまるで投降するかの様に両腕の蛇を高く掲げながら俺に近づいてきたのである。

 

 正直怪しい事この上なかったが、俺もその時は変に退屈してたのもあって。大丈夫か?と尋ねたところ。

 膝から崩れ落ちてガチ泣きされた。理解できるかこんな流れ。

 

 とりあえず落ち着くまで待った後話を聞いてみたら、どうやら彼?はかつてはサラボナという街の大富豪のご息女を護衛していた衛兵だったらしい。

 だが、富豪のご息女を狙う魔物との戦いにてご息女らを逃がす事には成功したものの、そこで力尽き……目覚めたらこんな姿になっていて。

 洗脳される前にがむしゃらに逃げ出し、山を越え森を越え……時に人間らに追い立てられつつ根性で海すら越えてここに辿り着いたとの事だ。

 

 正直うさんくせぇ。うさんくせぇが、母を亡くしパパスさんも顔を出さなくなって以来言葉が通じる相手に出会えたのもまた事実。

 そんなワケで元衛兵のへびておとこは名前も喪失していたので、覆面姿からオルテガと名付け新たな家族として迎え入れる事となった。

 そしたら、感極まったのかまた号泣された。こいつ感情の起伏激しいな。

 

 多分だけど、母が雲の上から苦笑いして見ている気がする。

 

 

 

 

風月 ×日

 

 

 オルテガを家族として迎え入れ結構な日数が経過したが。

 こいつ、めちゃくちゃ有能である。料理は味覚の変化によるものかいまいちだが、掃除に洗濯……さらにはウィットに富んだジョークまで完璧にこなす。

 なんでも聞いたところ、仕えていた家のご息女の内姉の方が、それはもう気性が激しい上に超絶我儘で。その娘さんの相手をしてる内に身に着いたらしい。

 

 彼の半生の苦労が偲ばれる話であるが、まぁ有難い事この上ないのもまた事実なので。

 遠慮なく頼らせてもらうことにする。 だからホークよ、オルテガの腕の蛇をむやみやたらと突っつくんじゃない。

 

 

 

 

風月 ▽日

 

 

 パパスさんが顔を見せてくれた。

 なんでも、それなりの情報は得られたらしくそれらの精査の為にも、娘と共にしばらくサンタローズでのんびりするつもりらしい。

 そんな事を、オルテガが淹れてくれた薬草茶におっかなびっくりしながら口をつけて話をしてくれるパパスさん。 ちなみに相も変わらず片乳首は露出している、なお現在季節は春が近づいているとはいえ冬である。

 

 正直突っ込みたいが、俺が母に頼まれた使命的なしきたりだとしたら互いに気まずいしなぁ。などと思いつつリュカちゃんへ視線を向けると。

 彼女は彼女で、ホーク相手におままごとをしていた。待てホーク、意志疎通出来てるのかお前。

 

 雛の頃から一緒にいるが、初めて見るホークの芸達者ぶりに思わず二度見しているとパパスさんに咳払いされつつ。

 真面目な話がある、と俺の目を見て口を開く。

 

 まぁ単刀直入に言えば、母から託された使命に殉ずる気持ちもわかるけど。俺をこのままこの地に放っておけないという話だ。

 そんなに気にしてなかったつもりだが、割と顔に出ていた上にこの日パパスさんらを迎えた時も俺の顔は中々に追い詰められたかのような顔をしていたらしい。

 

 なんとなくだが自覚はある、鍛錬もオルテガが来るまでは倒れる寸前までやってたし。オルテガが来てからはあいつに声をかけられないと止まらない。

 

 だけどまぁ……俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 そう返したら、パパスさんに沈痛そうな顔をされた。解せぬ。

 

 

 

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 私がその少年……ドレイクに出会ったのは何時だっただろう。そう、リュカがまだ2歳になったばかりぐらいの頃だ。

 あの日、サンタローズの長老ともいえる老人が掘り出してきた古い書物に載っていた、サンタローズの北。

 天気の良い日は海を挟んだ向こうに見える大地の中に、封印の洞窟と呼ばれるものがあると言う事を私は知った。

 

 妻、マーサを救う手立てに繋がるかもしれないという希望に私は居てもたっても居られず。

 グランバニアを出立した頃から従ってくれている、従者のサンチョへリュカを託すとその大地へ向かったのだが。

 

 その大地は、今まで旅をしてきた中でも過酷な部類に入る場所であった。

 

 森林の中を縦横無尽に飛び回りながら、氷の吐息や即死の呪文であるザラキをかけてくるホークブリザード。

 そしてソレを補佐するかのように、自在に動く蛇の両腕を巧みに使いこなし襲い掛かってくるへびておとこ。

 襲い来るそれらを薙ぎ払い、時にやり過ごして森林を進む私であったが……それでも消耗は避けきれず、準備を入念にした上で出直す事も視野に入れ始めていた。

 

 だが、その時。

 私の目の前で、ぼさぼさに伸ばし放題の髪の毛をした目付きの悪い少年が、へびておとこと戦っている光景が飛び込んできた。

 少年は見たところ7歳かそこらぐらい、明らかに彼には荷が勝ちすぎている相手で、その予想は正しく思いきり振り払われたへびておとこの蛇によって少年はまるでボールのように吹き飛ばされていく。

 

 

「っ、いかん!!」

 

 

 縁もゆかりもない少年だったが、見捨てる理由もなく、私はわき目も振らず飛び出し大樹へ叩きつけられそうになっていた少年を抱きとめる事に成功する。

 少年はと言えば、その目付きの悪い目を見開き茫然と抱き留めた私を見上げている。どうやら助けが入るとは予想していなかったらしい

 

 そうなると、この少年はラインハット辺りの貴族の庶子だろうか?野生児というには身なりが綺麗だし、浮浪児というには持っている剣が上等すぎる。

 そこまで考えて私は頭を振ると、私に対して両腕の蛇を構えて威嚇しているへびておとこと対峙すべく、少年を地面におろして愛剣を構える。

 

 

「おっさん、手伝ってくれんの?」

 

「おっさ……?! 危ないから下がっていろ!」

 

「俺は大丈夫!頑張れるさ! あんなのしょっちゅう相手してるんだよね、畑荒らすし」

 

 

 中々に腕白な少年だったらしく、軽く気合を入れて勢いよく飛び上がると両手で鋼の剣らしき彼の体躯に比べ大きいソレを構える。

 思わず、その構えに私は感心させられた。 まだまだ粗削りではあるが、その構えは堂に入っており冒険ごっこに明け暮れる彼の同年代ぐらいの少年らとは、年季の違いを感じさせたのだから。

 

 

「ふっ、そうか。 ならば頼りにしているぞ、少年!」

 

「こっちこそ、頼りにしてるぜ髭のおっさん!」

 

 

 言葉をたどたどしく話すリュカに比べたら雲泥の差ぐらい口の汚い少年だが、その腕は確かだった。

 私の剣術が剛の剣とするならば、少年の剣はまさしく柔の剣。

 手に持った剣を時に盾のように扱って敵の攻撃を受け流し、時には敵が晒した隙を見逃す事なく一撃を与えていく。

 ……まぁ、まだまだ成長途上が故に膂力不足なところも見受けられるが、非常に将来有望ともいえる少年だと思った。

 

 

「すげーな髭のおっさん! あ、俺はドレイクって言うんだけどさ。何しに来たの?」

 

「ああ、私の名はパパス。探し物があり、この付近にあるらしい封印の洞窟を探しているのだが……何か知らないか?」

 

 

 少年、ドレイクがへびておとこの晒した隙を見逃すことなく、その両腕の蛇を切り落とし。その次の瞬間私がへびておとこを真っ二つにすることで戦いは終了。

 互いに得物を拭いつつ自己紹介をし、私の目的を話したところ……なんと彼の母堂が封印の洞窟を守っているらしい。

 

 ソレを聞いたとき、思わず捨て子じゃなかったのか。と呟いたら烈火のごとく叱られた、正直とんでもない失言だったと反省しきりだ。

 しかし素直に謝罪するとドレイクはあっさりと私を許し、その瞳に好奇心を宿して色々な話を強請ってくる。

 その様子に、小生意気な息子が出来たらこんな風なのだろうか、と考えつつも私はサンタローズの村での暮らしや……私の旅の目的などを彼に話しながら歩みを進め。

 娘の年齢を聞かれた際に答えたら、そんな小さい子連れまわして何やってんだよオッサン!って全力で怒鳴られた、どうやら母堂の教育はしっかりしているらしい。

 

 ともあれ、そんなことを話してる間に彼と彼の母堂が住んでるという、小屋へとたどり着いたのだが。 

 結果的に、得られた情報は私の求めるものではなく……空振りではあった。

 

 だが、空手で帰るのもサンチョらに申し訳が立たないのも事実であるため、見回してみれば窓からきちんと整備され幾つもの実をつけている畑を見つけ。

 害獣が多いであろうこの地域でどのように作物を育てているかの情報を、母堂の顔色が悪そうなところから薬を対価に幾つかの種と育て方について教えてもらう。

 我ながら、みっともない有様で。ドレイクが母堂の体の為に薬を譲ってくれた、とお礼を無邪気に言ってくるのが、酷く辛かった。

 

 

 母堂の顔には、すでに死相が見えていて。私が譲った薬はもはや時間稼ぎにしかならない程度のモノなのだから。

 

 その後、私は気まずさから逃げるように立ち去り……。

 それでも心のしこりから、幾つかの月を跨いだある日に再度ドレイクらの下へ向かう。

 

 

 そこにあったのは、今にも燃え尽きそうな母堂の命の灯火を、涙をこらえながら必死に繋ごうとするドレイクの姿だった。

 

 

 コレが見知らぬ親子ならば、まだ私は気の毒に思いながらもそこまで気にしなかっただろう。

 だが、見知った親子であるドレイクと母堂のその有様は、私の心に深く突き刺さった。

 もしかするとソレは、死相が見えていながらも。見捨てたという事実を突きつけられたからかもしれない。

 

 

「母堂をすぐに、大きな町にいる医者、もしくは神父へ見せるぞ。 伝手ならばある」

 

「! 本当か、パパスさん!?」

 

 

 良心の呵責から口を突いて出た言葉、実際に診せても気休めにもならないだろう言葉。

 私のその言葉にも、項垂れていた顔をパッと上げて縋ってくるドレイクに心を痛め……。

 

 

「こほ、こほ……気にしないで、下さい。ワタシはもう、長く、ないですから……」

 

「何言ってんだよ母さん!?」

 

「それ、に。ここを、封印の洞窟を守る事が……ワタシの、大事なお役目、ですから……」

 

「っ!! なんだよソレ! そんなのいいじゃん!もう母さんだけなんだろ!? 誰も怒らないし文句言わないんだろ!?」

 

 

 咳き込みながら私の言葉を断り、前にも聞いた使命を口にする母堂。

 その言葉に、ドレイクは目に涙を浮かべ……否、もはや涙声になりながら母堂へ詰め寄り、死なないでほしい。生きてほしいと声にならない声で母堂に縋りついて泣き喚く。

 

 

 その後、私は母堂に弱々しい声で親子だけで話したいから、少し中座してほしいと頼まれ。

 私は成す術もなく、部屋から退室せざるを得なかった。

 

 あの時親子でどのような会話があったのかはわからない。

 だけれども、ハッキリと言える事がある。

 

 ドレイクが心から笑わなくなったのは、あの日からだ。と。

 そして、だからこそ。

 

 リュカを連れた旅から戻り、サンチョからも了承が下りたので一緒に住もうと彼に声をかけた時。

 

 

「俺は大丈夫だよパパスさん、一人でも頑張れるさ」

 

 

 あの時、共に肩を並べて戦った時には生意気な笑みを浮かべて言い放ったあの言葉を。

 

 空虚な笑みを浮かべて言う、ドレイクの姿に。

 私は、無力さを感じる事しか出来ずに居た。

 

 

 

 




【悲報】主人公、心にどでかい傷を負う

パパスさんは、妻を救うという目的が最優先目標として存在するけども。
その上で友人の子や、虐げられる誰か、泣いている誰かにも手を差し伸べられる大人というのが作者の感じてるパパスさんです。
なので、読者の皆さんの思うパパス像と食い違ってるかもしれない(震え声)


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はぁ、イベントのセンちゃん尊い…………ユエルソシエ派だった作者がメロメロになるレベルで、尊い。課金しよ。
そんな妄言は横に置き、3話投稿です。


 

風月 ◇月

 

 

 珍しく二日続けての執筆である。

 結論から先に言うと、俺は今パパスさんとリュカちゃんと一緒にサンタローズの村に赴き、今は宛がわれた部屋で日記を書いている。

 

 あの後、黙って話の流れを見守っていたオルテガが珍しく俺に意見をしたのだ。

 主人はここで澱みを抱えたまま朽ちるよりも、外に出て一度見つめ直すべきだと。

 

 そう言われてはいそうですか、と意見を翻すのもどうかとも思っていた。母の墓守の件もあったし。

 だが、墓守とこの想い出の家の保全をオルテガが責任を以って引き受けるとまで言ってくれた以上、彼の気持ちを無下にするのもまた違うと思ったわけで。

 

 俺はパパスさんの世話になることとなったのだ。なんだか流れに身を任せて流されている気がする。

 天国にいる母よ、その内帰ってくるから怒らず待っててほしい。でも正直、母が固執してたあの使命は俺どうかと思う。

 そんな風に考えてるから、プサンみたいなろくでもない男にひっかか

 

 

 

 

風月 〇日

 

 

 なんだか記憶がぼんやりとしているが、どうやら前回の日記を書いてる途中で本棚から落ちてきた辞典じみたサイズの本の角が俺の脳天に突き刺さったらしい。

 もしかすると母が見守っていたのかもしれない、そう考えるようにしよう。

 

 ともあれ、村長を務めており村民に尊敬されているパパスさんが連れてきたとはいえ、よそ者の目付きの悪いガキな俺。

 中々に村からは腫物に触れるかのように扱われる、まぁしょうがない。俺自身口数が少なくなったせいで、短い挨拶ぐらいしかできてないからな!

 

 なので、パパスさんとリュカちゃんに迷惑をかけない為にも積極的に村の手伝いをすることとする。

 まずは腰を悪くしたらしい爺様の畑の世話に、道すがら気付いた教会の壁面の修復だな!

 

 何? 万屋の親方が帰ってこない? よ、よーし任せろ(震え声)

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

 

 

風月 ●日

 

 

 サンチョさんに叱られた。

 どうやら、寝る間も惜しみ徹底的に村の手伝いをしていたことで心配をかけたらしい。

 

 だが待ってほしい、俺なりに村に貢献したいと思ったわけで誰も損をしていないから実質プラスでは?

 そう反論したら、パパスさんまで説教に加わってきた。解せぬ。

 

 なお、結果論であるがサンタローズの村人さん達は、口数少ないが危険人物ではないと俺の事を認識してくれたらしい。やったぜ。

 だが万屋の親方よ、男の俺に手織りのケープ渡されてもどうしようもないのだが。

 

 

芽月 ×日

 

 

 暦的にはそろそろ春、なのにいまだ寒い朝が続く今日この頃。

 パパスさんは相も変わらず片乳首を露出したまま闊歩しているが、あの人風邪ひかないのだろうか? まさかなんとやらは風邪を……。

 いや、よしておこう。推論とはいえ恩人をディスるのは良くない。

 

 だが、まだ小さなリュカちゃんが若干肌寒そうにしてたので、この前万屋の親方からもらった手織りのケープを上げる事にする。

 自分がもらえるものだと思ってたホークがショックを受けた表情をしてたが、家から持ってきておいた好物の木の実を差し出す事でご機嫌取りに成功。こいつチョロい。

 

 最近は村の中の頼まれ事も落ち着いてきているので、パパスさんの家の隣の空き地で素振りと訓練に精を出す。

 

 そしたら、またサンチョさんに怒られた。 この寒い中延々と訓練を続けてた事でまた心配かけたらしい。

 なんか、その、すんません。

 

 

 

 

芽月 ♪日

 

 

 遅くまで訓練してるのがダメなら、早起きして訓練をすればいい。

 そう思い立ち、朝靄が村を包む時間から素振りを始める。だがただの素振りではない。

 

 音でご近所さんを起こしたりしないよう配慮に配慮を重ねた、サイレント素振りだ!

 中身は簡単!木剣ではなく愛用の鋼の剣を構え、亡き母から教えられた太刀筋を一振りにきっちり10秒かけて振るという物だ!

 

 そんな訓練を早朝からやってたら、家から出てきたパパスさんにギョっとされた後怒られた。 解せぬ。

 このままでは、素振りも訓練も禁止令を出されそうなので、土下座する勢いで迷惑をかけないよう頑張るから続けさせてほしいと頼む。

 

 今も愛用している鋼の剣と、この訓練が母から遺された絆なのだ。

 

 俺の気持ちを解してくれたのか、パパスさんは嘆息すると同時に許可をくれた。 やったぜ。

 だが、条件をつけられた。 ダメだったぜ。

 

 条件とは、リュカちゃんの面倒を見る……と言うより遊び相手を務めるというものだ。

 パパスさん、貴方に連れ出されるまで人とまともに触れ合った事のないナチュラルボーン引きこもりナマモノになんて無理難題を仰る。

 

 

 

 

芽月 ☆日

 

 

 リュカちゃん天使だわ。

 

 

 

 

芽月 ■日

 

 

 今日も今日とて早朝鍛錬の後、まだまだ冷たい水で体を拭いエチケットばっちり。

 その後はパパスさんやサンチョさんからの指示がなければ、軽く鍛錬がてら村をぐるっと一周ランニングして何か困ってないか村人へ御用聞き。

 ……だが今日から御用聞きにも、リュカちゃんがちょこちょこと走りつつついてくるようになった。なので、スピードをかなり落として走る俺である。

 

 この日は畑の柵が破られたという話を受けたので、大工道具を借りつつこれまたリュカちゃんと現場に急行。

 そこにいたのはなんと、くびながイタチ。 剣を持っていなかったので投石で軽く始末。

 リュカちゃんが俺の背後でイタチさんしんじゃった、って悲しそうに呟くが……これもまた自然の摂理なのである。 害獣殺すべし

 

 まぁ折角仕留めたので、畑の主さんに血抜きをお願いしつつ畑の柵を直し、しょぼくれていたリュカちゃんもまた一生懸命手伝ってくれる。

 その手の作業未経験な上に6歳児なのでむしろ俺の仕事が増えているが、この程度造作もない事だ。 

 

 そんなわけで、頼まれ仕事完了。リュカちゃんは泥んこできゃーきゃー言いながらはしゃいでる。

 なので、小脇にリュカちゃんを抱えて家に戻るのだ。 ちなみにイタチのモツももらったが、コレはホークのおやつである。

 家に戻るや否や……ホーク用にサンチョさんが誂えてくれた小屋の前に生臭い匂いを放つ、イタチモツ入りの桶をどんと置き。

 

 ごちそうの匂いを嗅ぎつけたホークがバサバサと帰ってくる音を聞きつつ、リュカちゃんを小脇に抱えたままサンチョさんへ声をかける。

 内容は水場使用許可と、リュカちゃん洗いのお願いである。

 

 ……そりゃだってアナタ、つるんぺたんどころの騒ぎじゃないロリとはいえ、血の繋がってない上にお世話になってる人の愛娘ですよ?

 俺が勝手に脱がして丸洗いするワケにいかんでしょうが。

 

 だがここで、リュカちゃん小脇に抱えられたまままさかの発言。

 お兄ちゃんに洗ってほしいー。である。あ、お兄ちゃんとは俺の事である、呼ばれるたびにほっこりする。

 

 違う問題はそこじゃない。

 空気が凍り、朗らかという単語が人を象ってるかのようなサンチョさんが鋭すぎる目付きで俺を見る。

 俺、必死に首を横に振る。 リュカちゃんは小脇に抱えられたまま両手両足を楽しそうにプラプラさせている。

 

 とりあえず、俺の疑惑は晴れた。 ついでにサンチョさん、主人の娘だから言いづらいかもしれないけどその辺り教育してくれ。

 パパスさんは、その。片乳首を恥ずかしげもなく露出しちゃってる人だから、多分無理だろうし。

 

 

 

 

芽月 ◎日

 

 

 なんか、恰幅の良いおばさんと。こまっしゃくれたチンチクリンの金髪の娘さんが遊びに来た。

 娘さんの名前はビアンカ、おばさんの名前は……聞き逃した。とりあえず今後はビアンカの母ちゃんって呼称しよう。

 

 なんでも二人は、風邪を引いたお父さんであるダンカンさんの薬をもらいに、万屋の親方を訪ね。そのついでに立ち寄ったらしい。

 ちなみに無事薬も手に入ったそうだ。 アレ、親方を助けにリュカちゃんが洞窟へ行くはずじゃ……。

 

 そんなことを思いつつリュカちゃんを見れば、こてんと首を傾げられた。可愛い、天使か。

 そして思い出す、そういえば村の手伝いとハッスルしてた時に親方助けてたわ。 時間軸のずれが多少あれど、俺がイベントを潰していたらしい。

 

 ともあれ話を聞いてみれば、今日はこのままアルパカ……じゃなくてアルカパへ帰るらしい。

 さすがに女二人じゃ危なくないか……などと思っていたが。

 ダンディでイケてるパパスさんは流石と言うべきか、女性の二人旅は危ないから送っていくと言い出した。

 

 そうなると付いて行きたがるのがリュカちゃんである、この短期間でホーク効果もあって俺にも懐いてくれているとはいえ。

 唯一の父親である、正直気持ちはよくわかる。俺の実の父親は尊敬どころか殺意の対象だが。

 

 というわけで、だ。

 サンチョさんを留守番に残し、パパスさん、俺、リュカちゃん、ホークが二人の護衛としてアルカパまで同行する事となった。

 

 なんで俺までついていくって? 万が一レヌール城探索イベがあったら、フォローしなきゃダメだから(震え声)

 

 ちなみにアルカパは思ったより近く、サンタローズから歩いて半日。お昼過ぎに出ても夜には到着する程度の近さでした。

 襲ってきた魔物? 正直特筆すべきこともなかった、襲ってきそうな魔物をホークが先手を打って狩ってたし。

 

 

 

 

芽月 ▽日

 

 

 パパスさんが風邪を引いた、片乳首露出したままだから……。

 しかし母の件もあるし、正直気が気でなかったのも事実であるが。ビアンカの母ちゃんが旦那がうつした風邪だから、治るまでタダで逗留していくといいと。

 

 なんとも素晴らしい事を言ってくれた、思わず見た目通り太っ腹。などと言ったところ……ゲラゲラ笑いながら全力で張り倒された。

 へびておとこの張り手など目じゃないレベルの衝撃に吹っ飛ぶ俺、このおばさん。タダモノじゃない……!

 

 ともあれダメージもそんなにないので非礼を詫びつつ立ち上がり、気が付けば二人で町に遊びに行ったリュカちゃんとビアンカちゃんを追いかけるのである。

 

 そして宿を出発して約五分。

 なんか、ものっくそ生意気そうなツラしたガキンチョ二人とビアンカちゃんがにらみ合っていた、リュカちゃんはオロオロしていた。

 

 一触即発な空気を感じたので割って入って話を聞いてみれば、猫をいじめているのを止めさせたいビアンカちゃんと。

 まだいじめたいし、この猫が欲しいならレヌール城のお化け退治してこい。と不遜に言い放つガキンチョ共である。このガキ、始末してやろうか。

 

 そのまま口喧嘩を始めたガキンチョとビアンカちゃんを尻目に見つつ、屈んでホイミをかけつつ敵意満載の目付きでこちらを睨む猫を見てみると……。

 

 小さな体躯ながら、口元からはみ出した立派な牙。

 

 頭頂部から背中へ伸びているフサフサとした赤色の鬣。 

 

 割と柔らかい皮程度なら容易く切り裂きそうな小さくも鋭い爪。

 

 それと地味にぷにぷにしている肉球……いてぇ!?噛むんじゃねぇ!!

 

 

 ともあれだ、これは……。

 

 

 

 

 どう見ても、猫ジャナーイ!!

 




本作では、暦を地味に小説版DQ4で用いられていたフランス革命暦を使ってます。
日付の記号は適当です。 台無しである。
 
 
 
しかしゲレゲレ(仮)の名前どうしようか……。
いつもプレイする時はチロルなんですけども、やっぱゲレゲレのインパクトには負けますよねぃ。


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なんとか毎日更新に成功だ、ぜ!
ちなみに、いつものTRPG勢と話してた際。

Yさん「主人公って髪の毛ぼさぼさで伸ばしっぱなしで、目付きが悪いんだよね?」

作者「そうですよ」

Yさん「で、前に聞いたけど鳥山先生系で言うとちょい悪系イケメン顔なんだよね?」

作者「そうですね、テリーやククール系の顔付きです」

Yさん「コイツの外見、ドラクエ4のピサロじゃね?」
 
作者「お主、天才か」
 
大体こんな感じで……この瞬間、ドレイク君の髪の毛の色が灰色に近い白色となり、ピサロな外見になりました。
まぁほら、小説版ドラクエ4でも勇者(ユーリル)とピサロの外見は似ているって描写あったし、セーフセーフ(強弁)


芽月 〇日

 

 

 どう見ても猫じゃないけど薄暗がりで目を細めてみれば猫に見えるかもしれない猫。

 面倒くせぇ、ベビーパンサーと仮称だ。 ソレを助ける為と言う事でお子様勢がえいえいおー!と気炎を吐いた翌日。

 

 俺とリュカちゃんとビアンカちゃんは、宿の女将さんことビアンカの母ちゃんとパパスさん許可の下……宿の中庭で戦闘訓練をしていた。

 ちなみに俺からパパスさんとビアンカの母ちゃんには事情を全て話している。

 

 子供達だけで話を進めさせてしまった事を詫びた上で、俺も同行する事とここで戦闘経験を積んでおくことはけして悪い事じゃないと説明。

 もしダメなら、俺とホークでひとっぱしりして調査した後に魔物が居るなら根絶やしにしてくるから、と言ったら二人が急に渋い顔をした。やべぇ失敗したか?

 

 だが逆に、パパスさんから足手まといになる子供を庇いながら戦うのも悪い経験じゃないだろう、と嘆息交じりに遠回しの許可が下り。

 パパスさんが良いならアタシから言う事はないわねぇ、とビアンカの母ちゃんも同意してくれた。 やったぜ。

 

 そんなこんなで、昨日の夜に二人を伴って外に出たわけだが……。

 まぁうん、6歳と8歳の少女が魔物と戦って薙ぎ払って進めるわけがないよね、という事実を再認識する事となったのである。

 いやまぁリュカちゃんは、日記に書いてなかったけど俺にせがんではサンタローズの洞窟に探検に一緒に行ってたから多少マシなんだけども。

 体術の心得がないビアンカちゃん、手っ取り早く手に入ったとはいえくだものナイフはいかんでしょ。

 

 とまぁ、そういうワケでビアンカちゃんにはひのきの棒。リュカちゃんには樫の杖を俺の手持ちから買い与えて訓練中である。

 ああこらこらぶーたれないでビアンカちゃん、まずはソレで慣れてから。慣れたらなんか良いの買ってあげるから。

 そうやってビアンカちゃんを宥めてたら、何故かリュカちゃんの機嫌が傾いた。解せぬ。

 

 ちなみに俺の財源は主に、サンタローズの村での手伝いで村の人から押し付けるようにもらったお駄賃と。

 村周辺で始末した魔物から剥いだ皮やら肉やらを売って得たお金です。

 

 パパスさんやサンチョさんからもお小遣いもらってるけど、それは大事に貯金してます。

 なんかこう手を付けづらいから、その内まとまって得たお金でリュカちゃんになんぞ買ってあげようと思ってる。

 

 

 

 

芽月 △日

 

 

 さすが若い子らは呑み込みが早いもので、ビアンカちゃんも今や茨の鞭でくびながイタチをばっしばっしと薙ぎ倒すようになってお兄さん安心です。

 それと、ビアンカちゃんが俺の事をドレイクさんから。お兄さんって呼ぶようになりました、なんかほっこりする。おっとダンカンさん、病床の身でそんな睨みつけないでほしい。

 

 ちなみにリュカちゃんはメインウェポンの樫の杖を、俺から見ると危なっかしいとこもあれどちゃんと使いこなしており。

 サブウェポンとしてプレゼントしてあげたブーメランに至っては、空を舞うホークに当てれるほど上達した。 まぁアイツ見た目の割に頑丈だから平気な顔して足で受け止めてたけど。

 

 俺も負けてはいられないので、新しく習得したピオリムで実験を始める。

 ゲームでは素早さが上がる、という効果で行動順に目に見えて大きな効果を得られる魔法だったが……素早く動けると言う事は、それ即ち攻撃速度が上がるという事なのではなかろうか?

 そう思い立った俺は、手ごろなおおきづちの前でピオリムを発動し全速力で踏み込んで。

 

 勢い余っておおきづちの顔面へ全力で膝を叩き込む形になった。 違うそうじゃない。

 どうやら速くなるのは体というか身のこなしだけで思考速度は変化ないらしい、そりゃ攻撃回数変化ないわ。というか使いづらいわコレ。

 

 

 

 

芽月 □月

 

 

 前回はちょっとばかり失敗したが、アレはアレでやっぱり有用だと脳内俺会議にて結論が出た。

 変動的に使えば相手の攻撃タイミングをずらせそうだし、思考速度を無理やりにでも追いつかせればソレだけでアドバンテージになりそうだ。

 コレについては要検証と実験である、が今はソレは重要じゃない。

 

 パパスさんに寝込んだままでいてもらいつつ、ある程度準備も整ったので俺とリュカちゃんとビアンカちゃん、そしてホークの3人と1匹でお化け退治へ出発となったのである。

 月明かり星明りしかないとはいえ空気が澄んでいる今の季節、魔物を見落とすことなく手際よく俺達はレヌール城へ向けて北上し……特に問題が起こる事なく到着。

 

 そしていざ突入、の前に二人が恥ずかしそうにもじもじしながらお手洗いを言い出したので、ホークを見張りにつけさせつつしばし待つ。

 いや行かないからね? 何が悲しゅうてロリ二人の恥ずかしいお花摘みを見守らなければいかんのだ。

 そんな事を思いつつ腕を組んで城を見上げる、見事なまでに廃墟だが。崩れた窓から時折不自然にゆらめく明かりが見えたり、今も俺を見る気配を感じる。 だがソレだけである。

 

 最悪俺が殿に立ってホークを付けて逃がせばいいと結論付け、すっきりした顔で戻ってきた二人を伴って正門を開けようとし。

 鍵がかかっていて開かなかった、どこかから嘲笑うかのような声が聞こえた。

 

 思わずイラっと来つつも、少女二人の前で……出来そうとはいえ正門を無理やりぶち破るのもアレなので、素直にぐるりと周囲を回る。

 そうして見れば、ここから登って下さいとばかりに地上から最上階まで伸びるハシゴがかけられていた。 うさんくせぇ。

 

 だが他に選択肢がないのもまた事実、なのでホークを先行させた上でリュカちゃんとビアンカちゃんを先に行かせ。俺は二人が足を滑らせたときに備えて最後に登る。 

 何、それはいいけど登る時上を見ないでほしい? はっはっは、そんな台詞はもっとレディになってから……いてぇ?!脛を蹴るな二人とも!

 

 そんなちょっとしたハプニングがありつつも、無事最上階へ到着。ホークからジト目を向けられるが俺は悪くないと主張する。

 ともあれ、中に変な明かりが見えているとはいえここは既に敵地、何があるかわからないので町で用意しておいた松明を取り出してビアンカちゃんのメラで点火。

 左手に松明を掲げて開いたままの鉄格子を潜り、松明を中で振って潜んでる敵影がない事を確認してからリュカちゃんとビアンカちゃんを呼んだところ……。

 

 大きな稲光が鳴り、ホークが潜り抜ける前に鉄格子が激しい音を立てて降りた。  やってくれる。

 ホークに他から突入する場所がないかの確認を頼み、万が一明け方まで俺が戻らないときはアルカパへ飛んでほしいと頼んで先へ進む。

 大丈夫だぞ二人とも、何があっても二人は護るからそんな泣きそうな顔するなって。

 

 というわけで始まるレヌール城探索ツアー、むしろ脱出系イベント状態だが。

 ちょいと進んだところで部屋いっぱいに並べられたベッド、その上に寝転がる骸骨。そんな光景に少女二人が可愛らしい悲鳴を上げるのをほっこりしつつ先へ進む。

 

 なんか階段降りる直前に骸骨共が起き上がって二人を攫おうとしたが、右手に構えた鋼の剣と左手に持った松明で片っ端から粉砕。

 途中から二人もおっかなびっくり参戦するが、脆い分復元力も高くて鬱陶しかったので。バラバラになった骸骨共の頭蓋骨を片っ端から踏み砕いていく。

 骸骨共が、え、そこまでガチにならなくてもって雰囲気を醸し出し始めるが問答無用。 死ぬがよい。

 

 そうやって進み、お化けキャンドルやらスカルサーペントやらを薙ぎ倒していけば、なんか半透明の王様っぽい影が見えたので追いかけて話を聞けば。

 お化けが住み着いて安眠できないから何とかしてほしいと懇願される、まぁパパスさんなら見捨てないだろうし。少女二人組もフンスッとやる気満々だから承諾する。

 

 悪いお化けをやっつけるわよー!などと気炎を吐くビアンカちゃんに、おー!とソレに倣ってちっちゃなお手手を掲げる二人にほっこりしつつ先へ進む俺。

 だが気のせいかお化け共よ、俺の姿見た瞬間逃げるのは聊かお化けとしてどうかと思うぞ。

 

 そしてとうとう辿り着くは、なんか薄汚れたローブを纏ったミイラみたいなお化け。おやぶんゴーストとやらが鎮座するボスの間。

 だがそこで、こいつやりやがった。

 

 いざ決戦と飛びかかろうとした瞬間、何かのスイッチを押して落とし穴を発動させたのである。

 少女で体重が軽いとはいえ、高所から落ちたらただではすまない。 そう判断した俺はとっさに松明と鋼の剣を手放して二人の襟首をつかんで後ろへ引き倒し。

 その代償とばかりに、俺の体は虚空へと落ちていった。

 

 

 

 

 

============================================================================

 

 

「すぐに戻る! 二人は生き残る事を優先しろぉ!!」

 

 

 泣きそうな顔で落ちていく俺を見る二人へ叫びながら、俺は落ちていく。

 下へ見えるは蝋燭の明かり、そしておあつらえ向きとばかりにでかい皿。

 

 俺は咄嗟に体を捻り、利き腕ではない左腕側を下にしてそのまま落下。左腕だけではなく左半身の骨が幾つか砕ける音が体内から響くが、問題はない。

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

「ケケケ、ケケケ! ゴチソウダ!ゴチソウガオチテキタ!」

 

「オイシソウナホウジャナイ!デカイノダ!」

 

 

 俺を取り囲むお化けキャンドルやスカルサーペント、ウィルオウィスプどもが好き放題はしゃぐ声が聞こえる。

 ……今、何と言った?

 

 

「おい、お前ら」

 

「ケケケケケ! フラツイテルゾ!」

 

「オドリグイダ! メダ!ミミダ!ハナダ!」

 

 

 左腕とそのほかを犠牲にしたおかげで、比較的しっかりと立てるのを確認しつつ。自らにホイミをかけて皿の上に立つ。

 正直痛みは消えないし泣きたいぐらいだ、だがソレ以上に。

 

 

「リュカちゃんとビアンカちゃんを美味しそうって、言ったか?」

 

「ケケケ! オンナ!コドモ!ウマイニキマッテル!」

 

「ナイゾウモ!ホネモ!ウマイ!」

 

「そうか」

 

 

 こいつらは、あんなに良い子達を食べるつもりだと。そう言う事か。

 ならば。

 

 

「……っふん!!」

 

「アベシ」

 

 

 我慢できないとばかりに、手に持った巨大フォークを俺へ突き立てようとしてきたお化けキャンドルへ、爪を立てるように折り曲げた右手を叩きつけ。

 見た目通り、多少硬い程度の蝋の体へ指を抉りこみながら振り回し、勢いをつけてお化け共の群れへ叩きつけるように投げる。

 

 

「お前らがはしゃいで騒いでるだけなら、親分以外は見逃してやってもよかったが」

 

 

 シン、と静まり返る大広間。ゆっくりと皿の上から降り、左腕をぶらぶらさせたまま床へ降り立つ。

 どうやらお化け共は怖気づいてるらしい、好都合だ。

 

 

「気が変わった」

 

 

 手近にある朽ち果てつつも上品な作りの椅子を右手で掴み、肩にかけるように持ち上げ。

 お化け共を睥睨しつつ、宣告する。

 

 

「貴様ら全員、皆殺しだ」

 

 

 宣言すると同時に俺は、お化け共の群れへ飛び込み片っ端から手に持った椅子で叩き殺し、粉砕を始める。

 まぁ、結果から言えば楽勝であった。 逃げ腰の弱小お化けなど、左腕が使えない程度ハンデにもなりゃせんわ。

 

 

 

 その後何事もなくリュカちゃんとビアンカちゃんに合流し、窓を突き破って突入してきたホークも交えて親分ゴーストを情け容赦なく袋叩きし。

 這いつくばって泣き喚きながら、お化けなのに命乞いする姿にリュカちゃんとビアンカちゃんは彼を許し見逃すのであった。天使やこの子ら。

 

 だが、レヌール城の主であるお化け王は……。

 何故礼を言う際、引きつった笑顔で俺から目を逸らしていたのだろうか?




主人公、ぶち切れて大暴れの巻。
ちなみに合流時点でも普通に左腕ぶーらぶらだったので、二人に心配して泣かれたらしい。


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若干時系列が前後しつつも、ストーリーラインは原作の通りに流れます。
果たして主人公は、運命に抗う事が出来るのだろうか。

2月5日 まさかの日間ランキング2位……正直手が震えるレベルです。
      これからも更新速度の維持と、作品投稿頑張ります。
      本当に、ありがとうございました!


 

芽月 =日

 

 

 あの後リュカが大きなきんた……もとい金の玉を手に入れ、左腕をぶーらぶらさせたままアルカパへ帰還した俺とリュカちゃんとビアンカちゃんとホーク。

 その翌日は、それはもう大変な騒ぎとなった。

 主に、俺の重症っぷりで。

 

 パパスさんに懇々と説教をされながら見事な応急手当てをされた後、町の神父さんにも説教をされつつ治療を受ける俺。

 俺とリュカちゃんとビアンカちゃん、3人並んでビアンカの母ちゃんから正座で説教を受ける。まるで説教のフルコースだな(震え声)

 

 ちなみに説教の内容は、主に俺は無理のし過ぎと言う事でお叱りを受け、リュカちゃんとビアンカちゃんはそんなに危なかったのならすぐにでも逃げてきなさい。というモノだった。

 まぁ、安全を優先するのならば幽霊王の頼みを聞いた時点で一度脱出口を探しておくべきだったというのはある、正直俺の落ち度だ。

 

 だがまぁ、ここで落ち込んでも何も解決はしないのである。次回から生かそう、その為にも痛みはまだあるが左腕も動くようになったし訓練だ。

 そう思っていたらパパスさんからの、容赦のない訓練禁止令である。思わず絶望した顔を浮かべた俺であるが、まず完璧に治してからにしろというモノだった。永久禁止じゃなくてよかった。

 

 だがそうなると何をして過ごしたものかと思案する、そうしているとリュカちゃんとビアンカちゃんに右手の袖をついついと引っ張られる。

 なんぞ、と思って見下ろせば。猫ちゃんを助けに行きましょう!というビアンカちゃんの気合十分のお顔、そういえばそれが目的だったね。

 

 というわけで、左腕を包帯で吊り下げた格好で二人の幼女に手を引っ張られながら宿を出る俺である。ダンカンさん、その怖い貌で睨むの止めて下さい(震え声)

 

 道行く通行人に、凄いな坊主!やら頑張ったわねお嬢ちゃん!やら褒められつつガキンチョ二人が待っているらしい場所へ向かう俺達3人。

 なんで町の人が知っているんだ?と不思議そうに思ってビアンカちゃんに聞くと、ビアンカの母ちゃんがご近所さんに話して回ってたらしい。心配でしょうがない親心と親バカの境目を見た気がする。

 

 まぁその後のガキンチョ二人との話し合いはとてもスムーズに終わった、彼らもお化けが本当に居たとは思ってなかったみたいでむしろ二人に謝罪する程だ。

 うむ、小生意気なガキンチョであるが性根は言うほど悪くなかったのかもしれんな、などと謎の上から目線の俺。

 

 気のせいか二人の敵意の視線が俺へ向いているが……はっはぁん、わかった。さてはお前らビアンカちゃんの事好きなんだな?

 ちょっとリュカちゃんとビアンカちゃんに男同士の内緒話があると伝えてガキンチョ共と目線を合わせる俺、言う事はビアンカちゃんが欲しいなら俺を倒してからにしろ……などと言うのではなく。

 まぁいわゆる、ちょっとした人生の先輩からのアドバイスとエールだ。気になる女の子への意地悪は、嫌われる事に繋がっても決して好かれる事には繋がらないぞー。

 

 俺の言葉にハッとした表情を浮かべたガキンチョ二人は、何故か体育会系的なお礼を言った後走り去っていった。頑張れ若者。

 そんなちょっと良い事した気分に浸ってる俺を、何故か不機嫌そうに見てるリュカちゃんとビアンカちゃん。解せぬ。

 

 ともあれそんな些事はさておいて、このベビーパンサー(仮)に名前を付けてやらねばいかんな。と半ば強引に話題を変える俺、なんか納得してない雰囲気出しつつも乗ってくれる二人。天使かな?

 

 そして3人で和気藹々と名前案を出しては話し合った結果、ベビーパンサー(仮)の名前は最終的にビアンカちゃんが出した名前のチロルとなったのであった。

 ちなみに俺が出した案のネコとパンサーは両方とも却下された、何故だ。なおリュカちゃんは良い名前が浮かばなかったらしく、ビアンカちゃんに一任していた。

 

 

 

 

芽月 ◇日

 

 

 猫、改めチロルを名付け一泊した翌日。

 パパスさんの風邪も治った、という名目で俺達はサンタローズへ戻る事となった。

 ちなみにチロルちゃんであるが、当初はビアンカちゃんが宿で飼うと息巻いていたものの、ここでまさかのビアンカの母ちゃんが猫アレルギーと判明。魔物でも猫アレルギーでるんだな。

 俺が部屋で爆睡してる間に、幼女達とパパスさんの間で話がまとまったのかリュカちゃんが責任を持って世話をすると言う事で決着した。

 

 そして別れの時、未だ諦めきれないビアンカちゃんはうーうー言いながらチロルをぎゅぅ、と抱きしめた後。何かを閃いたのかツインテールの片方を縛っていたリボンを解くとチロルの鬣へ結びつける。

 

 うむ、可愛い。などと思いながら一人と一匹を眺めてほっこりしてたら、何やら頬を赤くしたビアンカちゃんにちょいちょいと手招きされる。

 なんぞ?と思い目線を合わせるべく屈んで見たら……頬にキスされた。お兄さんありがとう、大好き!だって。

 

 パパスさん、モテモテじゃないかなんて言いながら愉快そうに笑ってる場合じゃないです。貴方のお友達のダンカンさんの目の殺意がヤバイっす。

 後リュカちゃん、ステイ落ち着いて。その怖い顔やめて、いつものほんわか笑顔の君に戻って。お願いプリーズ。

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる(震え声)

 

 

 

 

花月 ×日

 

 

 アルカパの町からサンタローズの村へ戻り何日か経ち、月を跨いだものの未だ冷える今日この頃である。

 リュカちゃんの機嫌?訓練できなかったので手慰みで木片で人形作ってあげたらなんとか持ち直したよ。

 その名も一角ウサギ家族シリーズ、二頭身ほどのデフォルメしたうさちゃんファミリーシリーズだ。その出来はパパスさんとサンチョさんも感心する会心の出来である。

 

 どこぞの看板商品っぽい?気のせいだ!

 ともあれお人形さんでご機嫌を直したリュカちゃんは、サンチョさんが端切れで作ってくれたお洋服を着せて一角ウサギ家族でおままごとを楽しんでいる。ホークとチロルを相手に。

 ホークお前、翼で人形掴めるのかよ……初めて知ったわ。一方チロルは退屈そうにしてるが、リュカちゃんが楽しんでるのでまぁいいかといった様子である。やだこの子賢い。

 ちなみに俺は、あまりおままごとの遊び相手には選ばれない。一度迫真の演技をやったら泣かれたからな!その後パパスさんに滅茶苦茶怒られた。

 

 まぁそういうわけで、村の中の頼まれ事もそんなにない事もあって暇な俺である。

 パパスさんも家の二階で何やら書物で調べ物に忙しそうだし、サンチョさんはここ最近多いらしい調理器具行方不明事件の捜査に大忙しだ。

 

 激しい動きをしない事大前提とした上なら訓練の許可も下りたことだし、丁度思いついたこともあるので試してみようと思う。

 なお、鍛錬許可をもらう際パパスさんからは。お前は一人だと無茶をするし、誰かが居ても無理をしようとするんだなと溜息吐かれた。解せぬ。

 

 というわけで俺は今、サンタローズの村にある教会近くの日当たりの良い場所に立っている。

 なぜかと言えば、ここは丁度風が吹き込みやすい場所なおかげで今からやる鍛錬に最適なのだ。クッソ寒いけどな! 

 

 ともあれ、意識を切り替えて大きく深呼吸の後自らにピオリムをかけ、しかし素早く動くことはせずゆっくりと準備運動をする。

 身のこなしが加速した状況下で、どう体を動かしたらどのように動こうとするかを、何度も反復を繰り返して体へ覚えさせていく。

 

 そしてソレが終われば、次に始めるのは……風で巻き上げられて飛び回る木の葉を、加速した状況下で一枚でも多くつかみ取っていく。 

 もちろん最初から上手くはいかず、勢い余って予測よりも早く掴もうとしたせいで木の葉を掴み損ねたり、逆に予測よりも遅れて木の葉を掴みそびれて難儀をしつつも。

 

 左腕側へ負担をかけないよう意識した上で集中力を研ぎ澄ませ、予測した木の葉の動きと加速した体の動作を一致させていき、2枚3枚4枚5枚と連続して掴みとれる木の葉の枚数を増やしていく。

 更にこのまま続けていけば、ピリオドの向こうへ行ける。なんかそんな風にハイになった意識が変な方向へ転がり始めた頃。

 

 左腕に激痛が走った、どうやらアホみたいに熱中したせいで体への意識が疎かになったらしい。何やってんだという突っ込みは許可する。

 やべーやべー、と溜息吐いて鍛錬中断。これ以上続けたら悪化させてしまうと自らのアホっぷりに反省しつつ家へ戻ろうとしたところ。

 

 とても綺麗なお姉さんがこっちを見てました、スタイル抜群でお胸も豊作でした。

 そんな頭の悪い感想が頭をよぎるぐらいの美人さんが、俺の事を見詰めていた。その目には喜びか愛情か、そうかと思えば悲しみか、とにかく複雑な感情が目から見てとれるほどに表れている。

 

 とりあえず、何か用ですかと尋ねてみればお姉さんはその顔に微笑みを浮かべ、パパスさんの家の場所を尋ねてくる。

 正直怪しいなー、とは思いつつも不思議とリュカちゃんと似てるような気がするお姉さんを見上げつつ素直に教える俺である、美人だしな!

 俺の言葉に女性は嬉しそうにお礼を言うと、踵を返してパパスさんの家へ……向かわず。

 

 一瞬、泣きそうな顔をしたと思ったら俺に抱き着いてきた。

 敵意も害意も感じなかったと言えばかっこいいが、まぁぶっちゃけて言うと反応できなかった俺はなすがままに抱きしめられる。

 なんぞー!?と慌てる俺であるが……。

 

 お姉さんは泣きながら、俺にごめんなさい助けられなくてごめんなさいボクのせいであんな事になってごめんなさい、などと謝る。正直心当たりが全くない。

 人違いな気もするが、泣いてるお姉さんをそのままにしておけないので。

 

 俺は大丈夫だよ、頑張れる。

 そう言ったら更に抱きしめる力が強くなった、お姉さん意外と力強……ぐぇっ。

 

 暫くして我に返ったお姉さん、ぐったりしてる俺に慌ててベホマをかけて謝った後逃げるように立ち去って行った。

 ……なんだったんだろう?ベホマのおかげで体が本調子に戻ったし暖かくて柔らかかったからむしろお礼を言いたいぐらいなんだが。

 

 

 

 

花月 ×日

 

 

 不思議なお姉さんにあった翌日の事、お姉さんの柔らかさを思い出しつつボケーっとする俺。

 ついでに、一つの事に思い至る。アレもしかして未来のリュカちゃんじゃね? と。

 それなら割と理由は付くししっくりくる、割と時間軸はズレてるが未来の主人公が過去へ飛ぶイベントがあり、そこでオーブをすり替えるというモノがあった筈だし。

 気になって、外へ遊びに行こうとするリュカちゃんへ聞いてみれば不思議なお姉さんに会って、きんのたまを見せたよー。という返答である。

 

 あ、これ完璧にあのイベントだわと俺確信。そうなると、だ。

 お姉さんのあの謝罪、ものすごく不穏な気配しか感じないワケだが…………。

 まー、順当に考えるとアレだよなーと思い至る、しかしそうなるとなるべく考えないようにしていたけども。

 

 原作の通りに歴史が動き、未来が訪れるのだとしたら。

 遠くない未来にパパスさんは殺されてしまい、リュカちゃんは奴隷にされるのだろう。

 そしてあのお姉さん、ならぬ未来リュカちゃんの謝罪の言葉からするに。恐らくだが俺は死ぬのだろう、ゲマ達に敗北して。

 死ぬのは正直御免である、だがそれ以上に。

 

 見つけ次第叩き斬る事確定の血縁上の父と違い、こんな怪しさこの上ないクソガキである俺にも愛情を注ぎ導き見守ってくれるパパスさんを。

 俺に懐きほがらかな笑みを浮かべるリュカちゃんを、あいつら如きに好き放題される事が許せるか? 否だ。

 

 ならば、俺がすべき事は?

 俺の命に代えてでも二人を守り、最低でも逃がす事だ。しかし俺に出来るか?

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

  

 ……ん?どうしたリュカちゃん、そんなに慌てて。

 

 

 

 

 

 

 ……え?今から妖精の国を助けに行くから手伝ってほしい?

 

 

 

 

 




ドレイクは、強く決意した


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段々と主人公の心が曇っていくRPG、はっじまっるよー。


前回の話の後の感想数にたまげました、皆さまありがとうございます!


 

花月 ×日

 

 

 珍しく日を跨ぐことなく同日に日記を書くことになった俺であるが。

 今現在、隠し切れないワクワク感でそのお目目を輝かせて俺の手を引っ張るリュカちゃんにパパスさんの家の地下室へ連れて来られている。

 そういえば妖精を見つけて、妖精の国へ行くイベントもあったなぁ。なんて思いつつ地下室を見回すが何もない。

 あるのは、俺に見えない誰か……多分妖精と話してるリュカちゃんに、チロルの頭の上に止まってるホークと乗られているチロルである。

 

 どうやら妖精基準では俺は大人扱いらしい、もしくは穢れた心をもった子供か。

 時折首を傾げたりしつつ、楽しそうに妖精さんと思しき何かとおしゃべりしてるリュカちゃんを見る。

 

 考えないようにしていたが、ドラゴンクエスト5というのは男の子である主人公が波乱に満ちた冒険と人生の末に伴侶を娶り、そして伴侶との間に生まれた勇者である子供達と共に魔王を打ち倒す。

 ソレが、俺が覚えているざっくりとしたストーリーの流れだ、その中に幾つかの胃壁に重たいイベントが目白押しという感じである。

 良く似た別の世界だと自分に言い聞かせて目を逸らしてきたが、最近のイベントラッシュにコレとくれば最早言い逃れは出来ないだろう。

 

 だが、そうなると天空の花嫁ならぬ花婿はどうなるのだろう?ビアンカちゃんは女の子だったから違うだろう、ワンチャンフローラが男であることに賭ける?それこそ論外じゃないだろうか。

 ……あれ?この状況割と詰んでね?

 

 そんな事を考えてたら、ぐいぐいと腕を引っ張られる。飛ばしていた思考を引き戻しそちらを見てみれば。

 どうやら何度も俺を呼んでたらしいリュカちゃんが、ぷにぷにほっぺを膨らませて俺を見上げていた。可愛い、天使か。

 

 リュカちゃんに謝れば、チロル達先行っちゃったよと言われて見上げてみれば。空に浮いているチロルとホークである、ちょっとした怪奇現象だな。

 大人から見るとあの階段こうなってるんだな、と思いつつ階段を上がると俺このまま地下室の天井に顔面ぶつけるんじゃね?と心配しながらリュカちゃんに手を引かれ……。

 

 階段を一緒に登り、ふと気が付いた頃には。

 雪景色に包まれた花畑の中に、リュカちゃん達と一緒に俺は立っていた。トンネルをくぐったらそこはなんとやら、ってレベルじゃねーな。

 

 思わず俺が呆けていると、勝気そうな印象を与える青髪の少女がポワン様とやらに話を聞きに行きましょうとリュカちゃんの手を引いて走っていく。

 恐らくアレがベラなのだろう、しかし気のせいか俺を見た時一瞬なんか凄い驚いた顔していたが気のせいか?

 いかん、昨日の大人リュカちゃんの件から次々と入ってくる情報で未だに落ち着かん。落ち着かんがとりあえずほったらかしされててもアレなので急いで後を追う事にする。

 

 そうして二人に遅れて謁見の間に到着する俺、中々に開放感溢れる広間だが不思議と寒さは感じない。

 どうやら話はまだ始まってなかったそうなので安堵しつつリュカちゃんらの後ろに立つと、そもそも俺の到着を待ってたらしい。こりゃまた失敬。

 

 ポワン様が言うには春風のフルートとやらの奪還をお願いしたいらしい、それがないと春を呼べないんだとか。実にメルヒェン。

 だが話はそこで終わらず、ポワン様はベラにリュカちゃんへ村の案内をするよう指示を出すと。俺に残るよう言い出した。

 俺はまだ何もやってないぞ、本当だぞ。

 

 思わず身構える俺だが違ったらしい。

 リュカちゃんとベラへ向けられていた視線は慈愛と申し訳なさを感じさせるモノだったが、俺へ向けられている視線は……憐憫に満ちたモノだった。

 

 正直ポワン様に憐れまれるような事はない筈だ……って、偉大なる天空の主の血を引く少年とか言われてもソレ誰の事ですかね?

 はぁ、俺の父親は明かせない事情を抱えて地上に降りた偉大なる存在なんですか、へー。

 あの、そんな話よりちょっと相談したいことあるんですけど良いですかね?あ、良いですかありがとうございます。

 何で知ってるかは言えないですけど、バシルーラって呪文知りません?あ、知ってますかでは教えて頂く事は……無理?永い年月の間に失われた?

 じゃーしょうがないですねー、俺はリュカちゃん達心配なので行きますね。ありがとうございましたー。

 

 ……あの、辛い運命がその血によって齎されても決して絶望しないで下さいって言われても。すんません、凄く無礼な事言ってる自覚ありますが正直わかんねーです。

 俺の父親はプサンとかいう、母を孕ませて旅に出たロクデナシだ。貴方が言う偉大なる天空の主なんかじゃない。 

 自分でも信じられないぐらい冷たい声が出ていた、ポワン様ごめんなさい。貴方は美人で嫌いじゃないですけど、ちょっと色々俺もいっぱいいっぱいなんです。

 

 だけど……。

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

 

 

花月 ♪日

 

 

 あの後特別問題なくリュカちゃんらと合流、リュカちゃんにすごく怖い顔してるって心配された。いかん失敗失敗。

 ともあれ、昨日は妖精の国の万事屋でリュカちゃんが物欲しそうに見つめていたうさみみ付きの毛皮のフードを買ってあげて、妖精の宿で一休みして終わった。ちなみにフードはとても喜んでくれた、癒される。

 

 そして今日は妖精の国で情報を集めて得られた、西にあるドワーフの洞窟とやらに出陣である。が。

 特に問題もなければ損害もなかったので省略する。強いて言うなら盗賊の鍵の技法を手に入れたのと、御老人からザイルなる少年を止めてやってほしいと懇願されたくらいか。

 リュカちゃんは、ボクに任せて!って元気よく老人に返事してた、良い子だなぁ。ちょっと昨日は色んな意味でいっぱいいっぱいだったから、ほんと心が和んで落ち着く。

 

 だからベラよ、俺は別にそういう感情を持って見てはいないぞ。なんだその意味深なスライムじみた笑みは。

 そしてリュカちゃん、なんで俺のこの言葉を聞いてご機嫌が斜めになる。いつものほんわか笑顔の君に戻ってプリーズ。

 

 結局彼女の機嫌を直すために、サンタローズに戻ったら一角うさぎ一家の新作を作る事となってしまった、これも全部雪の女王ってヤツの仕業なんだ!

 

 そんなこんなで手に入れたての盗賊の鍵の技法でダイナミックエントリー、そこは一面の氷の床でした。コレどう考えても生活不便だよな。

 だがここを突破せねば進めない、思わず火を放つ事も考えたが残念ながら俺もリュカちゃんも火が出る呪文は使えない。

 まぁ仮に使えたとしても……ここにいるであろうザイルも蒸し焼きになりそうだから出来ないけどな、残念だ。

 

 なので次善策として、なるべく滑らないようにするために用意しておいたロープをそれぞれリュカちゃんとベラ、そして俺の靴に巻き付ける。

 贅沢を言えばスパイクブーツが欲しかったがそんなものなかったが故の、苦肉の策による万屋調達な一品である。

 そしてさぁ往くぞ!と進もうとしたら足元からブニャーって声、見下ろせば足元がちべたそうなチロルがそこにいました。とりあえず小脇に抱えて進むことにした。

 

 そして魔物に襲われたので、行け!チロル!って投げつけたら戦闘の後思いきり噛まれた上にホークにも思いきり突っつかれた。さすがにふざけすぎたので反省。

 

 ボスと戦う前からHPが減っている俺、ようやく到着した雪の女王がいると思しき玉座の間にいたザイルにまで心配される。解せぬ、と思いつつチロルを下ろす。

 というワケで気を取り直しての戦闘、俺が前線に立った上でピオリム改を使用して戦いに挑み……ほどよく実験成功しつつ、ザイルを懲らしめる事に成功。

 

 そして間髪を容れず不意打ちで襲い掛かってくる雪の女王、待てやお前ボスとしての前口上はどうしたお前!?

 咄嗟に巻き込まれそうな位置にいたザイルを蹴飛ばしてリュカちゃんらの方へ転がしつつ、雪の女王が吐きかけてきた冷たい息の前で両手を広げて背後の3人と2匹を庇う。クッソ寒いいぃぃ?!

 心配そうに俺へ向かって叫ぶリュカちゃんにベラ、そんなに心配するな。

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 体に霜が張り付く不快な感触に顔をしかめながら鋼の剣を構え、効果が切れていたピオリム改を起動。

 ホークに援護するよう叫びながら、俺は雪の女王めがけて吶喊。背後からも援護が飛び始め総力戦が始まる。

 

 種族上寒さに対して高い耐性を持つホークが、俺が庇い切れないチロルや転がってるザイルを庇うために戦場を飛び回り。

 リュカちゃんのバギ、そしてベラのギラが雪の女王の体を削り取り。呪文によってよろめいたところを俺が斬りかかり、即座にチロルが追撃に入る。

 本音を言えば力が強いホークにも援護をしてもらいたいところだが、あいつの凍りつく息は効果が皆無だし。家族を心配する老人に頼まれたザイルを死なせるワケにもいかん。

 

 そうやって戦況を考えていれば、隙ありとばかりにその腕を俺めがけて振り下ろしてくる雪の女王の腕を、加速した意識の中で体を動かして回避し。カウンターとばかりに雪の女王の体を深く切り裂く。

 戦っている間も俺の体へのダメージは蓄積し続けており、時折リュカちゃんやベラからのホイミで癒されるが消耗の方が早い有様だ。

 敵の範囲攻撃を庇っているのもあるが、このピオリム改……長時間使っていると、体のあちこちから何かが千切れるような音を立てやがる。だが有用であるし今はこの効力は絶大だ。

 

 だが、俺としては望むところである。

 強大な敵相手にも有用であることが証明できたし、何よりここで経験を積めばいずれくる闘いの訓練にもなる。

 だから雪の女王よ。

 

 リュカちゃん達の未来の為にも、俺の礎になって死んでくれ。

 

 

 

 

============================================================================

 

 

 春風のフルートを奏でたことで春の息吹に包まれた妖精の国。

 爽やかな風が吹き抜ける中、私が想うのは春風のフルートを取り戻してくれた小さな戦士達。

 

 周囲に居るものを安心させるような、穏やかで優しい生命力に満ちた少女リュカ。

 地獄の殺し屋という異名を感じさせないほどにおとなしく、忠実なベビーパンサーのチロル。

 古代……私がこの世界へ生を受ける遥か昔に存在したと言われる、ダークオルニスの子供のホーク。

 そして……。

 

 

「……偉大なる天空の主の血を引く戦士、ドレイク」

 

 

 意識せず私の口から呟かれる男の子の名前。

 彼の話ではまだ11才だというのに、何かに脅えつつも奮い立とうと必死に頑張っている子。

 あの子は、自分の父が何者であるかきっと知っているのでしょう、その上で許せないのでしょう。

 

 遥か昔、人の世への耐え切れない憧れを我慢できず、その力を封じてまで大地へ降りたあの御方。

 まさか、自分が戻る前に天空城が堕ちるとは思わなかったのでしょう。

 

 

「……ポワン様、やはりあの人は……?」

 

「ええ、貴方の思っている通りですよ。ベラ」

 

 

 私の呟きに、こらえきれなかったのか問いかけてくるベラへ答える。

 

 

「だとすれば、あの人は勇者なのですか?」

 

「……確かにあの子は勇者になる資質はあります、が。天空の武具は彼を認めないでしょう」

 

「そんな、何故ですか?!」

 

 

 あの御方と地上の民との間に生まれた子供。かつての天空の勇者の伝説になぞらえれば勇者足り得る資質は確かにあの子にはある。

 私があまりにも無神経だったせいで、あの子には酷く辛辣に当たられてしまいましたが。あの子の本質は……。

 

 

「ベラは、あの子の瞳をしっかり見ましたか?」

 

「……いえ、その、まるで底が見えない闇を見てるようで……」

 

「まだまだ修行が足りませんねベラは。確かに深く暗い闇でしたが……それでもその中にしっかりと光がありましたよ」

 

 

 とても歪で、今にも壊れてしまいそうな光が。

 あの子が歪む前ならば、きっと天空の武具は彼を認め力を貸したでしょう。ですが。

 実の父であるあの御方への憎しみに心が染まり、そして大事なものを守る為に自分すらも削って戦おうとする今のままでは……。

 

 私の言葉ではあの子には届かなかった、その事が悔やまれてなりません。

 願わくば、あの穏やかで優しい少女……リュカがあの子の心の闇を払ってくれることを願うしかありませんでした。

 

 

 

 私はこの時はまだ、どこか悠長に事を構えていたのでしょう。

 それでも何時かは愛する人達の言葉で自分を見詰め直して、大事な何かだけじゃなく自分も大事にすることの大切さを解して立ち上がってくれると。

 

 

 

 だけれども、あの時あの子の心の闇を、ほんの少しでも払えていたのならばと後悔した時には。

 全てが、遅かった。 

 

 

 

 

 




主人公の日記では、ずけずけと心に入り込まれた風ですが。ポワン様頑張って説得しようとしてました。
ですが、クソ親父を擁護する相手と言う事で主人公、心閉ざしてました。コイツ拗らせてんな。

段々と自分の体を投げ売りするかのように、躊躇うことなく酷使し始めるドレイク。
果たして彼の未来やいかに。


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地味にタグを追加しつつ、とんでもない事を連鎖爆発的にやらかす話投稿完了です。
自分の欲望を優先した投稿者の屑がいるらしい。私だ。


花月 □日

 

 

 なんやかんやの末に春を取り戻した俺達は気が付けばパパスさんの家の地下室に戻っていた。

 そしてタイミングよく俺達を探していたらしいサンチョさんが地下室へ降りてくると、パパスさんが俺達を呼んでいるらしい。

 どうやら、とうとうこの時が来たようだ。

 

 軽く深呼吸をし、リュカちゃんと手を繋ぎ階段を上がろう……として、くいくいと繋がれた左手がリュカちゃんに引っ張られる。 

 そちらへ視線を向けてみれば、もじもじしたリュカちゃん。思わず首を傾げる俺だが。

 やがてにっこりと微笑むと、いつもありがとうお兄ちゃん!と元気な声で言いながら俺の左腕に抱き着いてきた。天使か。

 更に、あんまり無茶しないで。ボクも頼って。と笑顔から心配そうな顔になりつつ俺にお願いしてくる。

 

 どうやら、雪の女王との闘いで心配をかけてしまったらしい。

 わかったよ、と強張った顔で笑みを浮かべながらうさみみ付き毛皮のフードの上からリュカちゃんの頭を優しく撫でてあげるのであった。

 

 ともあれあんまりパパスさんを待たせるわけにもいかないので、何故か俺の左腕にひっついたままのリュカちゃんをそのままにしつつパパスさんの下へ向かう。

 そして、机に向かい何やら本を読んでいたパパスさんへ声をかければパパスさんは振り返り……俺とリュカちゃんの恰好に思わず目を見開いた。

 

 ……が特にその事について俺に何を言うでもなく、フッと渋く笑みを浮かべるとリュカちゃんに仲良しなのだな、と声をかけ。

 リュカちゃんはと言えば、嬉しそうにうん!と大声で見なくても満面の笑みを浮かべているであろう声で頷いた。ぴょこんと動くうさみみ可愛い。

 更にリュカちゃんは、お兄ちゃんとボクは仲良しさんだもんね!とキラキラした笑顔で同意を求めてきたので、躊躇うことなく頷くのだ。

 色々と鬱屈した感情を抱えてはいるが、それはリュカちゃん達には関係ないのである。むしろあの笑顔の前に『いいえ』を選べる男がどれだけいようか。

 

 そんな俺達を微笑ましそうに見詰めていたパパスさんだったが、次にその口から出た言葉に俺の思考は凍りつく。

 明日、ラインハットへ向けて出立することとなったので、旅の準備をするように。という言葉に。

 

 パパスさんからの言葉にリュカちゃんは、俺の左腕から離れるとはーい!と元気に答えてパタパタと駆け出していく。

 どうすべきか、全てをぶちまけてでもパパスさんを今から説得すべきか、そんな事まで考えるが……パパスさんはそんな俺を優しい目で見つめ。

 

 お前が何を悩み抱えているのかは私にも知らない、だが話してもらえる時が来たら遠慮することなく話してほしい。

 共に過ごした時間はけして長くないが、お前を私は息子のようだと思っているのだからな。と。

 

 その言葉を聞いて、理解したと思ったら何故か俺の顔が濡れていた。

 何故だと思って顔に手を触れてみれば目から生温かい水が出ていた。

 母が死んだ時に泣けなかった俺が、気が付けば泣いていた。

 

 パパスさんは何も言わず椅子から立ち上がると、何も言わず突っ立ったまま泣いている俺を。

 優しく抱きしめ、あやすようにその頭をぽんぽんと叩くように撫でてくれた。

 

 

 

 

 どうやら俺の精神は成熟していると思ったが、アレは嘘だったようだ。

 そうでもなければ、あんなにみっともなく顔中から汁を垂れ流しながら泣き喚くなんてありえない。

 

 そんな穴があったら入りたい、穴がないなら掘って埋まりたい。そんな気持ちで頭を抱えている俺を慰めようとしてるのか、チロルが俺の脛に体を擦り付けブニャーと鳴いている。

 結論から言おう。

 俺は、知っている事全てをゲロった。もう耐え切れなかったのだ。

 

 パパスさんはソレはもう驚いていた、だが同時に何かを納得したかのような表情もしていた。

 ひとしきり泣いて喚いてゲロった後には、みっともなくも気味悪がられて放り出されるのではと恐怖する俺の頭をパパスさんは乱暴に撫でると。

 

 だがソレは、リュカが男の子でさらにお前が居ない世界の事だろう?仮に破滅が来るとしても知っているのならば立ち向かえばいい。

 

 そう優しく語り掛けてくれたのだ。正直俺の実の父がこの人だったら良かったのに、と思った俺は悪くない。

 俺の父親の存在の事も正直に話した。認めたくないし信じられないが、地上に降りたマスタードラゴンと思われる事も。

 それすらもパパスさんは信じてくれた、なんで信じられるのかと問えば。愛娘の為に命を懸けてくれる男を信じない男がどこにいるという返答、更にそこで俺が泣いたのは言うまでもない。

 

 更に、だ。

 

 今は折り悪く慌ただしい状況なのでゆっくりと話は出来ないが、落ち着いたら情報をまとめて腰を据えて対処をしよう。

 お前ですら恐れて震えてしまう、ゲマとやらを撃退した後にな。と武骨ながら頼れる笑みを浮かべるパパスさんの笑顔に。

 

 暗くよどんでいた心に、光が差したのを俺は感じた。

 この人が、リュカちゃん達がいるのならば……俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 だが、俺はボソリと呟いたパパスさんの言葉を聞き逃さなかった。

 しかし、ヘンリエッタ王女も男だった世界の情報をどれだけ頼りにできるか、難しい所だな。と。 

 

 

 

 え?

 

 

 

 

花月 ♪日

 

 

 俺がパパスさんにすべてを話した翌日、天気は快晴で俺の夢見も完璧のパーフェクツな旅立ち日和。

 俺の左腕を握って勢いよく振りながら、何かの歌を歌って元気に歩くリュカちゃんに癒されながら俺は考える。

 

 昨日パパスさんに聞き直したら、ラインハット王女ヘンリエッタは自分をヘンリーと呼ばせ男装しては悪戯を繰り返すお転婆王女様らしい。

 何でそんな事をと思わず聞き返すと、どうやら彼女には実際にヘンリーという名前の年が近くとても仲良しの兄がいたらしい。そう、『居た』らしい。

 だがその兄はヘンリエッタが物心ついた頃に、その頃既に他界していた彼女の母と同じ病に伏し、周囲の願いも空しく他界してしまったそうだ。

 

 更にタイミングが悪い事に、ラインハット領土内の魔物の活動が活発化。父である王はソレの対処に追われる事となり。

 兄を亡くし、そして父とも触れ合えなくなったヘンリエッタは。幼いながらに拗らせ、父に振り向いてもらうべく男装し兄の真似事がごときやんちゃ行為をするようになったとか。

 その結果父王は、未だ割り切れてない嫡男の死を突きつけてくる娘を避けるようになり。娘は父に振り向いてもらおうと更に拗らせる。

 

 思わず、誰一人幸せになってねぇ。と呟いた俺は悪くない。

 パパスさんも重々しく頷いてたし。

 

 そんなこんなで、娘と向き合う術を旧知であり同じ年頃の娘を持つパパスさんに聞きたいとラインハット王から書簡が届いたことで、今回のラインハット行きが決まったのである。

 

 あ、ちなみに後妻さんと腹違いの弟となるデールくんもいるらしい。

 デールくんとの間はともかく、継母との仲も激烈に悪いらしい。

 

 本当に救いがない世界である。

 思わず仕事しろマスタードラゴン、と呟いた俺。そしてますたーどらごん?とリュカちゃんに問いかけられ慌ててはぐらかす。うっかりにも程があった。

 昨日のパパスさんへゲロった情報は、現状は俺とパパスさんだけのトップシークレットなのだ。無用な混乱を避け、敵勢力に感づかれるのを防ぐ為らしい。

 

 そうやって3人と2匹で旅を続ける俺達。

 しかしホークとチロル、地味に仲良いな。頼りになるお兄ちゃんに甘える妹的雰囲気がホークとチロルの間に感じるぞ。

 まるでお兄ちゃんとボクみたいだねー、とか言ってるリュカちゃんの言葉にほっこり。ちなみにホークは雄でチロルは雌である。

 

 関所を越え、川の流れで未来を案じる不思議爺さんに3人そろって頭にはてなを浮かべつつどんどん東へ進めばやがて見えてくるのはラインハット城と城下町。

 さすが王城のおひざ元、アルカパが目じゃないぐらい栄えている。

 

 門番の兵士らがギョっとした顔でホークとチロルを見ているが、相変わらず片乳首を露出したままのパパスさんに気付くと通してくれた。

 なんでも、リュカちゃんを連れて旅をしていた時に立ち寄り、その際ラインハットの兵隊が苦戦していた魔物を討伐したことがあるらしい。さすがだ。

 

 とりあえず町の人を怯えさせるのも本意でないので、左腕を軽く伸ばしてホークを留まらせ。チロルはリュカちゃんに抱えるように抱っこしてもらう。可愛い×可愛いは最強だな。

 俺の動きを見てパパスさんは、左腕は大丈夫か?と聞いてきたので、胸の大きくて美人なお姉さんがベホマをかけてくれたと言えば。

 ああ、あの妻によく似た雰囲気の女性か。と頷いていた。ついでに俺はリュカちゃんにゲシゲシと脛を蹴られていた。やめたまえ!

 

 そのまま顔パスな勢いでラインハット城へ入城する俺達、すげぇ。初めて城の中入ったけどもなんかワクワクする。

 

 御登りさん全開でリュカちゃんと一緒にきょろきょろしつつラインハット城の中へ進み、時折すれ違う兵士らがチロルを抱えてる姿に癒されてるのを見、互いに目を合わせ謎の連帯感を感じたりしつつ。

 謁見の間へと辿り着いた俺達は、大人同士の話があると言う事で割とすぐに俺とリュカちゃんは広間から出る羽目となった。しょうがないね。

 

 ヘンリエッタ王女に会ってくると良い、と言われたので衛兵に尋ねると一瞬言い淀みつつ部屋へ俺とリュカちゃんは案内される。

 そして、案内してくれた兵が王女の部屋をうやうやしくノックし返事があったので入ろうとしたところ、兵士がご武運をなどと不穏な事を言い放った。

 扉を開けていた俺が思わず意味を問おうとしたところ。頭上から非常に冷たい水が俺へと降り注ぎ。子供特有の高い笑い声が耳を突いた。

 なおホークはひらりとみをかわしていた。おのれ。

 

 思わず頭上を見上げる俺、そこには逆さになり水滴を垂らすバケツ。

 視線を前へ戻す俺、そこには仕立ての良い貴族男子が身に纏うような衣服に身を包んだ、肩口にまで緑色の髪を伸ばした少年っぽい雰囲気を持つ少女。仮称少年っぽいものとする。

 

 なるほど、確かにやんちゃ坊主だ。感動的なほどだ。だが無意味だ。

 水も滴る俺は大人気なくピオリム改を起動し、笑い転げる華奢な少年っぽいものの両脇に手を差し込んで掲げるように持ち上げる。

 暴力とかは振るったりしないぞ、話通りなら王女に手を上げるわけにはいかんし。下手するとパパスさんにも迷惑がかかる。

 

 だから俺は、目付きが悪いと言われる……最近鏡を見たら若干ハイライトが死んでいた目でじーっと少年っぽいものの目を見るのだ。

 俺の行動に最初は両手両足をバタつかせてあらん限りの罵声を俺に浴びせていたが、俺が離すことなく目を見続けるとやがてそれも弱々しくなっていく。

 ちらりと背後を見れば、案内してくれた兵士が輝かんばかりの笑顔で親指を立てていた。お前も被害者だったのかよ。

 

 ともあれ視線を前に戻し、じーっと少年っぽいものの目を見詰め。抵抗が止んだところで。

 悪い事をしたら謝らないといけないぞ、と諭す。噛みつかんばかりの顔で暴れようとするが俺はまたじーっと目を見詰める。

 数十秒、もしかすると数分続いた末に、少年っぽいものは不貞腐れたようにごめんなさい。と言ってくれたので床へ降ろしてやる。

 

 そんなワケで、改めてリュカちゃんと一緒に何事もなかったかのように自己紹介。

 なんだこいつ、という目を俺に向けつつ少年っぽいものは。ヘンリエッタと名乗った上で、ヘンリーと呼べと言ってくる。

 ……俺が言うのも何だけど、コイツも拗らせてんなぁ。

 

 ともあれ先の件もあって俺は怖がられてるので、ホークに後を任せつつ退室し……準備万端な兵士からタオルを受け取って髪の毛や体、衣服を軽く拭う。

 その後、普段からヘンリー王女に色々と悪戯をされて困ってると嘆く兵士の愚痴を聞きつつ適当に雑談をしていたところ、リュカちゃんが部屋の中から出てきた。

 

 なんでも、子分の証を取りに行ってヘンリーの下へ戻ったら居なくなってたらしい。

 しかしこっちからは出てきていないぞ、とリュカちゃんへ返すと不思議だなー。と首を傾げてまた部屋へ戻っていく。

 

 原作知識を当てにするなら放っておいてもこの段階なら大丈夫だ、だが。万が一もある。

 なので俺はリュカちゃんへ手伝いを申し出、再度部屋の中へ入り……鞘へ入れたままの鋼の剣で軽くヘンリー王女の部屋の床を叩いて回る。

 そして、一部違う音がする床があったのでしゃがみこみ探れば、隠し扉が見つかった。カンニングじみた知識なので、リュカちゃんの無邪気な尊敬の視線が少し痛い。

 

 まぁなんであれさっさと開けてみれば結構な高さ、子供の無鉄砲さってすげぇ。

 

 一瞬躊躇しつつも飛び降り、上からぴょーいと飛び降りてきたリュカちゃんを両腕で受け止める。

 なおチロルは爪を立てないよう器用に足で掴んだホークに掴まれて降りてきた、芸達者だなホークお前。

 

 そしてまさか見つかるとは思ってなかったヘンリー王女、思わずゲッなんて言いながら俺達を見る。

 リュカちゃんが子分の証なかったよー。って言えば、腰に手を当て見つからなかったなら子分にはしてやれないな!なんて威張って言うヘンリー王女である。微笑ましい。

 

 だが、次の瞬間。

 ヘンリー王女の近くの扉が乱暴に開け放たれ、薄汚れた男たちがドヤドヤと雪崩れ込んでくる。少しばかり流れは違うが、どうやらやっぱりあったらしい。

 そして、唖然とするヘンリー王女へニヤつきながら手を伸ばす一匹の男。

 このままではヘンリー王女は連れ去られ、そして原作通りの流れになるのだろう。

 しかしここには今、俺が居る。

 

 ホークの名前を叫びつつ、ピオリム改を起動。強すぎる踏み込みに足から何かが千切れる音が体内に響く、だが無視する。

 そのままの勢いでヘンリー王女へ手を伸ばそうとしていた男を蹴り倒して王女を掻っ攫うと、加速した意識によってゆっくりと動く男達が慌てて抜き放ち斬りかかったのであろう遅い太刀筋をかわし。

 左腕でヘンリー王女を抱えると、手近な男の顔面を砕けんばかりに握りしめてリュカちゃんがいる方向――退路に立ちはだかる男へ掴んだ男の体を鈍器にするかのように無理やり叩きつける。

 その中で俺へ襲い掛かろうとする男も出てくるが、そいつらは突撃してきたホークによって片っ端から蹴散らされる。

 

 咄嗟に動き無理やり体を動かしたせいで足も、今男を振り回した右腕も一瞬でボロボロになってしまった、だがここが運命の分岐点なのだ。だから。

 

 とっとと道を開けろクソ野郎共。

 

 

 

 その後騒ぎを聞きつけて駆け付けた兵士らによって、数人には逃げられたもののヘンリー王女誘拐未遂犯の大半は無事取り押さえられた。

 俺が全力で蹴り倒した男と、俺が顔面を掴んで振り回した男が命に係わるレベルで重体らしいが。まぁ大したことじゃない、むしろ斬り殺されなかっただけ有難いと思え。

 

 むしろ今は、結局無茶をした俺におかんむりなパパスさんとリュカちゃんを宥める事の方が大切なのである(震え声)

 ホークにチロル、助けてくれ。目を逸らさないで。

 後ヘンリー王女、なんとか二人に助命嘆願を……何故顔を赤らめて目を逸らす。

 

 あ、まってリュカちゃん蹴らないで!痛い痛い!

 怪我してる右腕と足を蹴らない優しさは嬉しいけど、正座してるところに脇腹蹴るのはマジで痛いから!

 

 

 

 

花月 =日

 

 

 ヘンリー王女誘拐未遂は結構な騒ぎとなり、ラインハット城は上を下への大騒ぎだ。

 中には俺やパパスさんも誘拐犯の一味じゃないかと言い出す貴族がいたが、思わず俺が言い返す前にそれらはラインハット王らに叱責されていた。

 

 ともあれ騒動が落ち着くまで俺達はラインハット城へ逗留する事となった、ホークは大空を舞えず退屈そうにしているがふさふさの尾羽でチロルをじゃらしたりしている。

 そんなわけで俺とリュカちゃんは、今日もヘンリー王女のお相手をする日々である。

 

 ちなみに、限りなく黒に近い灰色の御妃さんは自らの関与を否定したらしい。まぁ一国の妃を明確な証拠もなしに裁くわけにもいかんだろうしなぁ。

 誘拐犯らの証言なんて、罪から逃れるための苦し紛れなウソにしか聞こえないだろうし。

 

 ところでヘンリー王女や、なんで微妙に距離をとる。あの時はお前が悪い事をしたからああしただけで……え?そういうことじゃない?

 じゃあどう言う事だよと聞けば自分で考えろと顔を真っ赤にして怒られた。解せぬ。

 ついでにリュカちゃんは何故ジト目で俺を見る。ツイン解せぬ。

 

 

 

 

花月 ■日

 

 

 ヘンリー王女が攫われた。

 手引きしていたのは、ヘンリー王女の部屋へ案内してくれ……俺に苦笑交じりで愚痴を吐いていたあの兵士だった。

 魔物に襲われた母を救うために大金が必要になったそうだ。ふざけるな。

 

 ふざけるな。

 

 ふざけるな……!

 

  

 絶対に助けてやる。

 

 

 

 俺を息子の様に思っていると言ってくれた、パパスさんを死なせるものか。

 あのほんわかしたリュカちゃんを奴隷になんて、させるものか。

 

 

 

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 




主人公、すべてをゲロるもパパスさんはソレを受け止めて一緒に考えようと支えてくれました。
リュカちゃんは、頑張り続ける主人公をなぐさめようと一生懸命でした。

次回、決戦です。


ちなみに、主人公が戦闘中誘拐犯たちを一人ではなく一匹と言っていたのは誤字ではありません。


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8・上

思った以上にめっちゃ長くなったので、決戦を上下に分けたいと思います。
作者の力不足です、大変申し訳ない……。

今回は3人称視点で書いてます、理由はあとがきにて……。


 暗闇の中、二つの影が走る。

 先行している一つの影は大きく鍛え抜かれた体を持った偉丈夫、そしてもう一つの影は先行している影に比べて幾らか小さい灰色の長髪の少年。

 彼らは今……攫われたラインハット王国の王女、ヘンリエッタが囚われている可能性が非常に高い古代遺跡へ向かっていた。

 

 何故彼らだけが救出に向かっているのか、その理由については少し時間を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 ヘンリエッタ王女が攫われたと判明した切っ掛けは、宛がわれた部屋で眠っていたリュカがふと感じた尿意により起き、同じ部屋で寝ている父と兄のように思っている少年を起こさないようにしつつトイレへ向かい。

 漏らす事なく尿意から解放された後、トイレから部屋へ戻ろうとした時に……怪しい人影を見つけたことが切っ掛けであった。

 

 その人影は良く見ると兵士の恰好をしており、顔を見ればヘンリエッタの部屋の前の守衛だったのだが、その顔はいつも見る表情とは違うどこか怖い貌をしていた。

 この時リュカは、あんな顔をしてるなんて兵士の人もトイレに行くところのかなと、その程度に思っていた。

 しかしよく見てみると、その兵士は大きな布袋を肩に担いで人目を避けるように歩を進めており。

 

 その大きな袋は、中で何かがもがき暴れているかのように激しく動いていた事が、少女の疑念を更に強くした。

 少女の頭によぎるのは、最近起きた兄が無理をして王女を助けた時の光景。不吉な予感に思わず少女は足音が立てないように、しかし急いでその場から小走りで立ち去ると。

 宛がわれている部屋へ駆け込み、寝ている父と兄へ叫ぶ。

 

 

「お兄ちゃん、兵士さんが、兵士さんが……!」

 

「む……どうした?リュカ」

 

「……何かあったのか?」

 

 

 目をこすりつつ起き上がる二人に必死に訴えかけるリュカ、その様子から徒ならぬ気配を感じた父ことパパスと兄ことドレイクは互いに顔を見合わせて頷くとベッドから降り、手早く装備を身に着け始める。

 言葉をつっかえさせながら、必死に言葉を選び、リュカは叫ぶ。

 

 

「ヘンリーの部屋の前の兵士さんが、何かがあばれてる袋かついで、どこかへ行こうとしてる!」

 

「なにぃ!?」

 

「……嘘だろ、ふざけんなよ……!」

 

 

 娘の言葉にパパスが目を見開き、予想外の事態にドレイクは茫然と……しかし堪え切れない怒りに満ちた言葉を呟く。

 

 

「リュカ、その兵士はどこに向かっていた!?」

 

「えっと、えっと……こっち、ついてきてお兄ちゃん、お父さん!」

 

 

 リュカの肩を掴んで詰め寄るパパス、初めて見る父の剣幕に少女はたじろぎ……慣れないラインハット城の中を未だ幼い少女は口で説明することが出来ず。

 名案とばかりに閃くと、子猫の様に肩を掴んでいたパパスの手から離れて部屋を駆け出していき、パパスとドレイクは急いでリュカの後を追いかける。

 

 そして、暗い城の中を急いで駆け抜けた先で3人が見たモノは、ラインハット城の外れにある桟橋の上で兵士が肩に担いでいた大きな袋を下ろし。

 袋の中から猿轡を噛ませられたヘンリーを、薄汚い男達へ渡そうとしている光景だった。

 

 

「この、外道共がぁ!」

 

 

 その瞳に怒りを宿し咆哮するパパス、息子の様に思っているドレイクがその身を削り悲劇を食い止めた筈なのに、それを台無しにされた事は。

 彼にとって、許し難い暴挙で……ソレはパパスの隣を今この瞬間、風のように駆け抜けたドレイクにとっても同じ事であった。

 

 

「何やってんだよ、アンタはぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 パパス、そしてドレイクの叫びによって振り返る兵士と男達。それと同時に騒ぎに気付いたのかラインハット城の中が騒々しくなっていく。

 そして……鞘に入ったままの鋼の剣をドレイクはヘンリーを救出する為にも兵士へ大きく振りかぶり、兵士は無我夢中でドレイクの体躯からは想像していなかった程に重い剣撃を受け止める。

 

 男は逃げる機会を失うような兵士の行動に舌打ちすると、今この瞬間もドレイクと鍔迫り合いをしている兵士に後ろから前蹴りを入れ。

 今この瞬間も何とか逃げ出そうともがいていたヘンリーを肩に担ぐと、桟橋に留められていた小舟に飛び乗り、桟橋の上に男達と兵士を残したまま自分だけ小舟で逃げていく。

 

 このままでは死罪は免れない、それを理解する程度に知能があった逃げる術を失った男達はサーベルを腰から抜き放つと、鍔迫り合いをしていた相手がつんのめってきた事でバランスを崩し。

 今も隙を晒している、一度目の誘拐を邪魔した憎たらしいガキであるドレイクを殺そうと左右方向から斬りかかる。

 

 多少腕が立つ程度の子供ならば必殺の状況、ドレイクに迫る凶刃に事態を見守っていたリュカが悲鳴を上げる。

 しかし、魔境とも言えるサンタローズの北で生きてきたドレイクにとってはその程度危機にも入っていないのか、邪魔だとばかりに左腕で兵士をどけると片手持ちした鋼の剣で左からの刃を受け流し。

 右からの刃は、愛用の剣を抜いて間に割り込んできたパパスの剣によって受け止められる。

 

 

「パパスさん、感謝するぜ! だけど……クソォ! あの時、殺しておけば良かった、こんなヤツら!!」

 

「気にするな。そしてそんな事、思っていても言うものじゃないぞドレイク!」

 

 

 口元にニヤけた笑みを浮かべていた、必殺と思っていた一撃を凌がれた男達は逆上しもう一度とばかりに剣を振りかぶる。

 だが、二人がソレを許す事はなく彼らの二太刀目が入るよりも早く、鞘に入ったままの鋼の剣が男の肋骨を何本も情け容赦なく砕き、パパスの剣の峰打ちが男の意識を一瞬で刈り取った。

 

 後に遺されるのは、砕かれた肋骨の痛みに地面で呻き声を上げる男と白目を向いたままの男、そして膝から崩れ落ちたかのような姿勢で俯いたままの兵士。

 憤然冷めやらぬドレイクは腰に鋼の剣を戻すと、項垂れた姿勢のままの兵士の胸倉を掴み、怒りをぶつける。

 

 

「なんで、なんであんな事をしたんだよ! ヘンリーは……あの子は、あの子なりにアンタを信じてたんだぞ……?いつも悪戯で迷惑かけてるけど、頼りにしてるって言っていたんだぞぉ!?」

 

 

 裏切られたヘンリーの胸中を想い、否それだけではなく、ドレイクもまた愚痴を苦笑交じりに呟きつつも楽しそうにしていた兵士を信じていた。

 だからこその、この裏切りを彼は許せなかったのだ。

 

 

「母が、年老いた母が、魔物に襲われたんだ……神父のキアリーも効かない毒で、直すのに金が、金が必要だったんだ……!」

 

「っ! ~~~~~~クソがぁぁ!!」

 

 

 震えながら、しかし血を吐くような兵士の慟哭じみた叫び。

 その言葉を聞いたドレイクの頭に、やせ細り一度も顔を見たことのない父の名を呼びながら、眠るように息を引き取った母の死に顔が蘇り、少年は何かを叫ぼうとするも言葉にならず乱暴に兵士を突き飛ばす。

 

 

「……お前の気持ちも理解できると言うつもりはない、だが家族を想う気持ちは多少私もわかるつもりだ。だからこそ、お前の母がこんな事を望むのか?」

 

「……願わないさ、でも、たった一人の母なんだ……どうしても、生きてほしかったんだ」

 

 

 突き飛ばされ尻もちをついたままの兵士へ静かにパパスが問いかけるも、兵士は自暴自棄気味に懺悔するかのように答え、それっきり口を噤む。

 そうしている間に、ようやくラインハット城の兵士らが駆け付け、項垂れたままの兵士を乱暴に引っ立てていくが、兵士は抵抗する素振りを見せる事はなかった。

 

 

 

 その後、パパスとドレイク、そして第一目撃者であるリュカは謁見の間に呼び出され、憔悴した顔のラインハット王は口を開く。

 

 

「おお、儂の大事なヘンリエッタ……何故儂はもっと早く気付かなかったのじゃ……どうか、どうか頼むパパス殿。どうか儂の娘を取り戻してくれぬか……?」

 

 

 玉座から立ち上がり、大臣らが制止する言葉を無視しラインハット王はパパスの手を取り懇願する。

 友の言葉に、そしてドレイクの言葉から聞いた悲劇を回避する為にもパパスは頷き、その上でラインハット王へ頼む。

 

 

「わかった最善を尽くそう、その上でだが……友よ。娘のリュカを城で預かってもらう事は出来るか?」

 

「おお、そうだな……スコットよ、我が友の娘を守ってやってくれ。生い先短い儂のような老いぼれよりも、未来のある子供が大事じゃからな……」

 

「王よそのような事は……いえ、その命令。身命に賭しても」

 

 

 王は、古くからの友であり臣下の中で最も信頼している……武骨な顔をした近衛兵長に友の娘を託そうとする。

 王のその言葉に、傍に控えていた近衛兵長スコットが一瞬何かを言い淀むが、王の言葉に頷きリュカの手を引いて謁見の間を出ようとする、その時。

 

 

「あ、待っておじさん! お兄ちゃん、コレ、もってって!」

 

「……だが、コレはリュカの宝物だろう?」

 

「うん! だから、返しに来てね、約束だよ! ……お兄ちゃんも、お父さんのお手伝いに行くんだよね?」

 

「……ああ。だから、約束するよ。俺は必ず帰ってくるよ。ホークとチロルを預けるから、あいつらの世話を頼むぞ」

 

 

 手を引いていた近衛の手を離し、小走りにドレイクへ近寄るとリュカは腰に下げた袋を探り金色に輝く宝玉をドレイクへ手渡す。

 ソレがこの世界でどういう意味を持つ道具か、そしてリュカがソレをどれだけ大事にしているか知っているドレイクは驚きつつ問うも、リュカから返ってきた言葉に不器用に微笑み。

 宝玉を受け取り、もう片方の手でリュカの頭を優しく撫でて。預かった宝玉を腰に下げた袋へと仕舞う。

 

 幼い少女と少年の他愛もない約束、それはリュカが持つ優しい空気もあって緊迫しどこか張りつめていた謁見の間の空気を優しく和らげる。

 だがこの時、近衛兵……スコットが醜悪な笑みを浮かべていたことに誰かが気付いていたのならば、未来は変わったのかもしれない。

 

 

 

 

 そして場面は、パパスとドレイクが暗闇の中走り抜けていた時にまで戻り、二人は今男たちが気怠そうに見張りをしている古代遺跡入り口が見えるところまで辿り着いていた。

 

 

「本当は、お前も置いていきたかったのだがな……」

 

「言いっこなしだぜパパスさん、それに……家族の危機に何か出来たかもって後悔したくねぇしさ」

 

「フッ、そうか、お前はそうだよな……油断するなよ、ドレイク」

 

 

 パパスさんこそ、とまるで二人が出会った時のように生意気なことを言うドレイクにパパスは、フッと口元だけで笑みを浮かべると。

 ドレイクの頭が左右に揺れるぐらい乱暴に、ドレイクがやーめーろーよー。と抗議するにも関わらず撫でる。

 

 当然そんな事をしていれば見張りは二人に気付く、だが。

 パパスとドレイクには、もはや関係なかった。

 

 

「命が惜しくば、そこをどけぇ!」

 

「そう言う事だぁ!」

 

 

 一蹴する勢いで見張りを蹴散らし、古代遺跡の中へ突入する二人。

 向かう途中で走りながら作戦会議をした末に、厄介な援軍が来る前に電撃戦で救出をするという結論となっていたのだ。

 コレは二人共隠密行動が得意ではない事に端を発しており、そこで時間をかけるよりも最短を取る事を選択したのである。

 

 見張りを蹴散らし中へ突入した二人は、その恵まれた身体能力に物を言わせるがごとく立体的な構造をした遺跡の中を突き進む。

 当然、ヘンリーを浚った男達……ごろつき共や、遺跡を縄張りにしていた魔物達が立ち塞がる、しかし次々とそれらはパパスとドレイクが剣を振るうたびに薙ぎ倒されていく。

 そして二人は、遺跡の最深部にある朽ち果てかけた牢獄へと到達した。

 

 

「……なんだよ、どうせ俺なんて。誰にも望まれてないんだよ」

 

 

 縛られたまま牢獄の中で、光のない瞳で俯き呟くヘンリエッタ。

 その姿にドレイクが何かを言い出す前に、パパスは無言で牢獄の前へ歩くと力づくでその扉をこじ開け、不貞腐れた表情のヘンリエッタの前に膝立ちになるとその頬を平手打ちする。

 

 

「っ~~!? な、なにすんだよおっさん!!」

 

「……王女よお父上の気持ちを考えたことはあるか?」

 

「知るかよ!知るもんかよ!俺を、私を見てくれないから兄上になろうとして!それでも見てくれなかった父上の気持ちなんて知るかよ!」

 

 

 最初は不意打ち気味に齎された痛みに涙目だったヘンリエッタの瞳が潤み、パパスの言葉に感情が激発した王女は泣きながら叫ぶ。

 私を見て、私じゃないのがいけないのなら、俺を見てと。父に振り向いてもらおうとし続けてきたがそれすらも無意味だったと、心からの慟哭を上げる。

 

 

「お父上は悔やんでいたぞ、王女としっかり向き合うべきだったと。今からでも遅くはないんだ」

 

「っ……父上ぇ…………!」

 

 

 パパスの言葉に嘘だと返そうとするヘンリエッタ、しかしその言葉すら否定してしまったら縋るモノが無くなってしまう王女は声にならない嗚咽を上げながら涙を流し、松明の明かりが反射した涙が輝きながら一つ二つと、床へ落ちていく。

 その様子を見守っていたドレイクは、もしかすると俺の父親もそう思ってくれるだろうか。などと漠然と考えつつ、バカバカしいとばかりに頭を振り、聞こえてくる足音に気付くとパパスへ呼びかける。

 

 

「パパスさん、どうやら御代わりが来たみたいだ。急ごう!」

 

「うむ、ヘンリエッタ王女。失礼!」

 

「わきゃぁっ?!」

 

 

 ヘンリエッタの拘束を解いていたパパスであったが、ドレイクの言葉にうなずくと拘束が解かれた王女を肩に担いで立ち上がる。

 その間もドレイクは退路から押し寄せてこようとするごろつき達めがけ、足元に転がっていた瓦礫を躊躇う事なく投げつけては昏倒させていた。

 

 

「容赦がないな、お前は……」

 

「こんなクソみたいな連中、容赦する価値ないと思うんだ」

 

「……ドレイク、この事件が終わったらしっかり話し合うぞ」

 

 

 二人そろって走り出し、ドレイクがとっていた行動に思わずつぶやくパパス、そして返ってきた返答に息子同然の少年の危うさを再認識し、サンタローズへ帰ったらサンチョに手伝ってもらいしっかり情操教育をしようと、心に誓う。

 その間も二人の足は止まる事はなく、時折肩に担がれたヘンリエッタが目まぐるしく変わる景色に悲鳴を上げたりするが、特に妨害される事なく遺跡の入口広間へと辿り着き。

 

 そのまま、特に警戒していた危険な魔物に襲撃される事もなく、遺跡を脱出することに成功した。

 

 

「どうやら、間に合ったようだねパパスさん」

 

「まだ気を抜くなよ、ラインハットまで辿り着いてから……いや、どうやらラインハットの兵が迎えに来てくれたようだ」

 

 

 感無量そうに安堵の溜息を吐くドレイクに、まだパパスは油断する事なく周囲を見回せばラインハット城の方角から幾つもの松明を掲げ隊列を組んで歩いてくる集団を見つけるパパス。

 ドレイクが横で目を凝らしている中、松明の明かりで照らされた……風にはためくラインハットの紋章が刻まれた旗を掲げている事をパパスは見つけ、そこでようやく肩に担いだままだったヘンリーを地面へと降ろす。

 

 しかし、次の瞬間二人の目は驚愕の余り凍りつく事となる。

 その集団の先頭に立っている、ラインハット城でリュカを守っていたはずの近衛兵長が……傷に塗れぐったりしたままのリュカを担いでいたのだから。

 さらに、兵長の側近と思われる左右に立つ兵士は、リュカ同様傷塗れのホークとチロルを担いでおり……集団はそのままパパス達の前へ止まると、まるでゴミを投げ捨てるかのようにホークとチロルを地面へ投げ捨てる。 

 

 

「これはどう言うことだ? スコット殿」

 

 

 時折動き、呼吸している様子を見せる愛娘の姿に安堵しつつも、だがそれでも隠し切れない怒りに愛剣を握る手に血管を浮かべながらパパスは問い質す。

 そして、問われた近衛兵長はその武骨な顔に醜悪な、まるで三日月を思わせるほどに口を吊り上げて、下品に笑い始め。

 

 

「こういう事だよ、人間」

 

 

 傍に立つ部下へぐったりしたままのリュカを乱暴に投げ渡すと、その体をまるで内側から破裂させんとばかりに膨らませ、茫然と事態を見ているしかできないパパスとドレイク、そしてヘンリーの目の前で。

 人間の姿だった頃からは想像もつかない、筋肉に全身が包まれた。大きく裂けた口からは鋭い乱杭歯が覗く魔物へと変貌した。

 

 

「くくく、人間ってのはだらしねぇもんだな?ちょっと親しい人間に化けてやれば簡単に騙せたぜ」

 

「貴様……本物のスコット殿をどこへやった?!」

 

「さぁな? 大方、あいつの大事な家族と一緒に魔物の餌にでもなってんだろうよ」

 

 

 ゲラゲラと、心底愉快そうに笑うスコットだった魔物の言葉に呼応するかのように、傍に立っていた兵士達……よく見れば体のあちこちが朽ち果て、中には目玉が飛び出ているモノすらいる集団もまた笑いだす。

 リュカへの暴力、そして命を冒涜するがごとき魔物の言葉にパパスは咆哮しながら斬りかかろうと踏み込む、しかし。

 

 

「おっと、攻撃してもいいぜ。ただし、お前の大事な大事なお嬢ちゃんがどうなるかわからねぇけどなぁ?」

 

「……ぐぅっ……!」

 

 

 側近の鎧を着た魔物……がいこつ兵に気を失ったままのリュカへボロボロの槍を突きつけられ、その姿を目の当たりにしたパパスは踏み止まってしまう。

 ソレは、言葉を発する事なく隙を伺っていたドレイクも同様、薙ぎ倒して救うにはあまりにも形勢は不利だった。

 

 更に状況は悪化の一途を辿る。

 

 

「へへへ、こいつら好き勝手やってくれやがって」

 

「覚悟できてんだろうなぁ?」

 

 

 気絶させるにとどめて居た、比較的軽傷だったごろつき達が遺跡から現れ、パパス達を背後から取り囲む。

 

 そして。

 

 

「ほっほっほっ、どうやら随分とオイタをしてくれたようですね」

 

 

 絶望が、その場に降臨した。

 

 




最初は日記形式だったのですがしっくりこなくて書き直し。
じゃあドレイク一人称視点ではどうかと書くもやっぱりしっくりこなくて書き直し。
結果、こうなりました。ついでにゴンズにもスポットライトが当たりました。

状況を変えるべく動いたドレイク達、しかしゲマ達もまた臨機応変に動いていたのだ。


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8・下

ドラクエ5の山場ともいえるゲマ戦、決着です。
同時に主人公が吹っ切れます、良い意味でも悪い意味でも。


ちなみに今回のゲマ側の作戦は、TRPG勢の実在性ゲマさんことドレイクの外見が決まる切っ掛けたになったYさんのアドバイスの下こうなりました。
いやー、一番怖いのは人間の悪意ですね(すっとぼけ)


いつも誤字報告ありがとうございます、非常に助かっております。
今後も誤字脱字爆裂しまくるかもしれませぬが、よろしくお願いいたします。


 月明かりを雲が隠し、僅かな星明りと遺跡の入口に立てかけられたままの松明の明かりだけが光源として存在するその空間に。

 今、運命の殺意とも言うべき絶望が降臨する。

  

 

「ほっほっほ、どうやら随分とオイタをしてくれたようですね」

 

 

 リュカを人質に取られ、身動きが取れない状態ながら今も剣を構えているパパス達。

 必死に突破口を探り出そうと視線を巡らせる二人を嘲笑うかのような、悪意と害意に満ちた声が二人へ振りかかる。

 声に気付いたパパスは油断なくも声の主に向けて視線を向け、ドレイクもまたパパスにつられるように視線を上げて目を見開き声にならない声で茫然と呟く。

 

 

「ゲマ……」

 

「おや?そちらの少年に名乗った記憶はないのですがね、まぁよろしい」

 

 

 自分を知らない筈の少年の言葉にゲマは興味を引かれたように、愉快そうに目を細めながらドレイクを見詰める。

 ゴンズは気づいていなかったが、ゲマには感じられる微弱ながらも忌々しい神聖なオーラと、黒い感情に満ちた瞳という相反するモノを混ぜ合わせた少年の姿にゲマの口は愉悦を感じたかのように吊り上がる。

 ゲマはこの時確信した、未だ覚醒はしていないし自分好みに歪んでいるが……この少年こそが当代の天空の勇者であると。

 

 

「ゴンズ、ジャミ。その少年を捕えなさい」

 

「ゲマ様、そちらの男とその娘……そしてラインハットの王女はいかが致しますか?」

 

 

 魔物の集団を内側から統率していた、ジャミと呼ばれた二足歩行する白馬ともいえる大柄な魔物が集団の中から歩み出、空中に浮かぶゲマの前で傅いて指示を仰ぐ。

 その言葉にわざとらしくゲマは顎に手をやり、ニタニタと笑いながら悩む素振りを見せるが、すぐに結論を出す。元々結論は出ていたのだから。

 

 

「ほっほっほ、殺してしまいなさい。まぁ子供の方は色々と使い道はあるでしょうから奴隷にするのも良いでしょう」

 

「御意」

 

「……ゲマ様、こちらの魔物二匹はどうしますか?」

 

「捨てておきなさい、まだ息はあるようですし野に還れば、その魔性を取り戻す筈」

 

 

 ジャミが出しゃばっているのが癇に障るのか、どこか不機嫌そうにゴンズが今も地面に転がっているホークを乱暴に蹴り飛ばしてゲマへ指示を仰ぐも。

 もはや興味がないとばかりに扱われ、ジャミとの扱いの差に不機嫌そうに悪態を吐き、ジャミからの嘲りに満ちた視線に憎悪を募らせる。

 

 強大な魔物達が自分勝手に話し合う内容に、ぼんやりと意識を取り戻したリュカはぽろぽろと涙を流して泣き始め。

 ヘンリエッタは自分の未来に絶望し、下着を濡らしながらへたり込む。

 場に絶望の空気が満ちてゆく、だが。

 

 パパスとドレイクは、未だ諦めていなかった。

 パパスは活路を見出すべく剣を握りしめたまま隙を探り、ドレイクは今先ほど蹴り飛ばされた衝撃で意識を取り戻したらしいホークと目が合い、その一瞬の視線の交差で互いの意思疎通を図る。

 

 ゆっくりと、まるで恐怖を煽って楽しもうとばかりにニタニタ笑いながらパパスとドレイクへ近づいてくるジャミとゴンズ。

 悪意に満ちた強大な魔物二匹が迫りくる光景に、ヘンリエッタがぴぃっと目に涙を湛えて小さな悲鳴を上げる中。

 互いにしか聞こえない小さな羽虫の羽音ほどの声音で、パパスとドレイクは話し合う。

 

 

「パパスさん、俺があいつらを抑える。だからその間にリュカちゃんを頼む」

 

「……!しかし、それではドレイクお前が……」

 

「さっきの話からするに、すぐに俺は殺されない。これしかないんだ、パパスさん」

 

「……わかっ、た」

 

 

 苦虫をまとめて噛み潰したかのような表情でパパスは剣を握り直し、ドレイクは何かを諦めたかのような顔で鋼の剣を強く握り直すと。

 勝利を確信しゆっくりと迫る魔物達めがけ、二人は駆け出した。

 

 突然の二人の行動は、ジャミとゴンズにとって苦し紛れの行動としか取れず、死なない程度に痛めつけようと手に持った蛮剣をドレイクへ叩きつけようと振りかぶる。

 しかし、その瞬間に身のこなしを加速させたドレイクを蛮剣が捉える事はなく、その一瞬でドレイクはゴンズの懐へ潜り込みながらゴンズの右腕を切り裂くと、ジャミの蹄をゴンズの体を盾にするように回避する。

 そしてジャミとゴンズにゲマ、リュカを捕らえていた魔物達、そして背後から二人の無残なあり様をニタニタ笑いながら眺めていたごろつき達。

 それらの意識がドレイクへ向いたその僅かな隙で、パパスはリュカを捕らえていたがいこつ兵を斬り殺すとその逞しい腕に愛娘を取り戻し、傷付いた娘の命を繋ぐためにホイミで癒す。

 

 まさに一瞬の、刹那の攻防。だがソレを目の当たりにしたゲマは焦る素振りを見せる事はなく。

 むしろ愉悦とばかりに手を叩きながらパパスとドレイクを称賛し始める。

 

 

「ほっほっほ、家族を想う気持ちというものはいつ見ても良いものですね。これは良いものを見せて頂いた、ささやかなお礼ですよ」

 

 

 左腕でリュカをかき抱き、追い縋るがいこつ兵を蹴散らして包囲を抜けようとするパパス。

 そして今この瞬間もゲマの部下であり、並の魔物では歯が立たないジャミとゴンズを相手に時間を稼ぐドレイクの姿に心から楽しそうに嘲笑を浮かべるゲマ。

 その手には、鍛えた人間ですら骨は愚か灰すらも焼き尽くすかのような紅蓮の大火球が握られており、家族の為に戦う天空の勇者を絶望させんとパパス達へ向かって放り投げる、その瞬間。

 

 

「ホォォォォォォォク!!」

 

 

 ジャミとゴンズの攻撃を回避し続けながら、ゲマの動きを察知したドレイクがまるでドラゴンの咆哮かと思わんばかりの声量で叫ぶ。

 その次の瞬間ジャミの蹄によって殴り飛ばされドレイクが地面を転がり、ドレイクの言葉にまさかとゴンズが地面に転がっていたはずのホークを見ればそこにはホークも、そして転がったままのチロルも居らず。

 まさか、とゴンズが空を見上げたその先で。大火球を放り投げる瞬間のゲマの背中にホークの渾身の体当たりが直撃、ゲマのその体が吹き飛ぶような事はなかったがその衝撃は大火球の照準をずらすには十分過ぎたようで、パパスらへ掠るぎりぎりの軌道で投げられた大火球は魔物の群れに着弾し大炎上する。

 

 

「ほっほっほっほっ、まだ子供とはいえさすがはホークブリザード……いえこの姿はダークオルニスですか、珍しいものですね」

 

 

 体当たりをした後、今も地上で戦う兄弟ともいえるドレイクを援護すべくゲマの周りを飛び回るホーク、だが虚を突かれたわけでもないのならば空を舞う魔物などゲマにとって捕捉する事は造作もなく。

 再度の体当たりを仕掛けてきたホークの翼を掴み、そのまま握り潰すとそのまま地面へと投げ捨てる。

 

 もがくように羽ばたこうとするが、折れた翼ではそれすらも叶わず地へと墜ちるホーク。

 そのような状況下において、更にヘンリエッタを救い出そうとするが、へたりこんでいた王女を取り囲むようにごろつき達が立っており今の戦況においては救出は困難とパパスは思考する。

 今この瞬間命を捨ててでも戦い抜けばもしかすると道は拓けるかもしれない、だが間違いなくヘンリエッタは人質にされた挙句殺され、リュカも危険、気が付けば居なくなっていたチロルはともかくホークも死ぬだろう。

 そこまで考えた時、一瞬……パパスの頭に冷徹とも言える合理的判断が巡る

 

 ここで引けばリュカと自分だけならば脱出は出来る、引いて態勢を整え囚われたドレイクとヘンリエッタをラインハット王に助力を乞って行えばよいと。

 しかし、頭に巡るのは王が最も信頼していた近衛兵長の裏切りという名の魔物の策謀、どこまで信頼できるかと考えながら、剣を振って一匹でも魔物を減らしていく。

 

 刻一刻と事態は悪化し、そして今もう何度目かもわからないピオリムの効力が切れて動きの精彩を欠いたドレイクが、パパスの目の前で……ホークの防御を見過ごした事で苛立ったゴンズの蛮剣を体へ叩きつけられ離れたパパスにまでドレイクの体から骨が砕けた音が聞こえる。

 

 

「ドレイク!?」

 

「がはっ、ごほっ……俺は、俺は大丈夫だ……まだ、頑張れるから、行ってくれ、パパスさん」

 

「しかし!!」

 

「行ってくれ! 父さん!!」

 

 

 血を吐くようなドレイクの懇願の叫びにパパスは目を見開き、何かを言おうとして下唇を噛んで何かを振り切るように頭を振ると。

 身を翻し、全力で包囲を突破しラインハットへ向けて走り出す。

 

 リュカは父の腕に抱かれたまま、ぼんやりとした意識の中で必死にその小さな腕を小さくなっていく兄へ向かって伸ばす。

 お兄ちゃんを置いていかないで、一緒にお家へ帰ろうとパパスへ懇願する、しかしいつもリュカのお願いを何のかんの言って聞いてくれた父は辛そうな顔をするだけ。

 そして、リュカが最後に見た兄の姿は……母の形見だと不器用に笑いながら、大事そうに手入れをしていた鋼の剣がゴンズの手で折られ砕かれた姿だった。

 

 

 

 満足そうに、このような状況下であるというのに、どこか爽やかな気持ちで逃げてくれた父と妹を見送るドレイク。

 大事にしていた鋼の剣が砕かれた事は今も彼にとってはショックだったが、それ以上に父と妹を救えたこと。それが彼の心を羽根の様に軽くしていた。

 

 

「ほっほっほっほっ、自己犠牲ですか。涙ぐましいですね」

 

「はっ、馬鹿野郎。ここから、奇跡の大逆転して、ハッピーエンド掴むんだよ」

 

 

 地に墜ちた相棒ともいえる兄弟、背中を預けられる父も居ない状況となったドレイクを嘲り笑うゲマであるも。

 ピオリムの反動で既に全身がずたずた、体の骨もあちこちが折れている。まさに絶望的状況。

 その中で尚少年、ドレイクは獰猛とも言える不敵な笑みを浮かべて言い放つ。

 

 

「敵ながら天晴だな、しかし武器もない、ましてやその体で何が出来る」

 

 

 負け惜しみともいえるドレイクの言葉に不快そうにしながらも、しかし小さな戦士へ敬意を抱きつつジャミはドレイクの意識を刈り取るべくその蹄を振り下ろす。

 そして、その一撃はドレイクを大地へ沈め……なかった。

 

 

「何ぃっ?!」

 

「俺は、さ。ずっと怖かった、逃げてたんだ、何も捨てずに零れ落ちるものを掴もうとしてた」

 

 

 もはや腕を上げる事すら困難な筈のドレイクが俯いたまま、その右腕で重い音を立てながらジャミの蹄を受け止めたのだ。

 ドレイクの頭によぎるのはこの世界に転生したと自覚した時の事、母が話の中で教えてくれた顔も見たことがない父は素晴らしい方だと言う事。

 正直今も憤然冷めやらぬ存在だが、今この時だけは血縁上の父に感謝をしてやってもよいとドレイクは思いながら顔を上げて、ジャミの顔を見上げる。 

 

 

「貴様っ、その瞳は?!」

 

 

 月明かりを隠していた雲が晴れ、戦いの場を照らし始める。

 そこで始めてジャミはドレイクの異変に気付いた、先ほどまで相対していた時は普通の瞳だったドレイクの瞳が変異していたのだから。

 本来は白目の部分が金色に輝いており、さらにジャミの目の前でドレイクの黒目がまるで鷹を思わせるように膨らみ、瞳孔が縦に裂けて赤黒く輝きを放つ。

 

 

「ほっほっほっ、まさか竜眼とはとても珍しいモノを見れました。コレだけでも謀略をしかけた甲斐があったというものです。それに……とても興味深いモノも持っているようですね」

 

 

 輝きを放つドレイクの瞳に呼応するかのように、ドレイクが腰から下げている袋から温かく感じる光が放たれているのを、ゲマは目ざとく見つけ。

 忌々しいその波動に、内心舌打ちをしつつも目的達成には支障がないと判断し、次の手を打つ。

 

 

「ほっほっほっほっ、ジャミよ下がりなさい。そちらの方々、その少年を痛めつけたら好きなだけゴールドを差し上げますよ」

 

「おっマジか。へへへ……」

 

「このガキには好き放題されたからな、願ったり叶ったりだぜ」

 

 

 ゲマからの言葉に、もはや魔物との違いすらわからなくなるほどに性根がねじ曲がった男達は舌なめずりしながら得物を抜き放つと、ヘンリエッタを取り押さえる人間だけを残してドレイクへ迫る。

 ごろつき達の言葉、更に金の為に俺があのガキを痛めつける。いや俺だ。とヘンリエッタを誰が取り押さえているかで揉める男達に、ドレイクは冷めた視線を向ける。

 仮に世界が救われるとしたら、寄生虫のようにこいつらも救われるのだろうか。などと考え、ここで生かしていたら未来どんな禍根が残るのかとも考える。

 

 腰に下げた袋に入った、リュカから預かった宝玉が必死に自分を押し留めようとしてる気配を感じたが、少年は意図的に無視する。

 そして、先ほどまで満身創痍だった体はまるで生まれ変わったかのように痛みも消えており、迫りくる男達を羽虫程度にも脅威に感じていなかった。

 

 

「なぁアンタら、金が手に入ったら。何をするんだ?」

 

「あん?そんなもん決まってるだろ、酒に女だ!」

 

「最近は旅人も中々捕まらなかったしな、女を飼うのもいいな。へへへ……あの逃げられた娘が奴隷になったら欲しかったんだけどな、惜しかったぜ」

 

 

 意識をゲマから逸らさないよう留意しつつ、静かに男達へ問うドレイク。何か理由があるのかと思えば返ってきたのはその程度の理由。

 まぁそうでもなければ王族誘拐なんぞに手を出さないよな、と少年は納得しつつ思考を進め……生かしておくメリットが一つもないと結論づけると同時に、殺した事によるデメリットもない事に気づいてしまう。

 

 力を漲らせてくれる切っ掛けをくれたリュカから預かった宝玉に感謝をしつつも……一線を越えないで、それだけはだめとまるで訴えかけるかのようなソレに煩わしさを感じつつ。

 ニヤつきながら男が自分へ伸ばしてきた腕を無造作に掴むとその腕を、まるで幼子が人形の腕を引き抜くかのように引き千切り。男が自分に何が起きたか理解する前に手に持った男の腕で、そのニヤつく顔面を張り付けた頭蓋を叩き割る。

 

 

 グシャリ、と。まるで水分が詰まった西瓜を地面へ叩きつけたかのような音がその場に響いた。

 

 

 頭部を砕かれ腕を引き抜かれた男の死体はぐらりとよろめき、そのまま地面へと倒れ、ドレイクはまるで適当に拾った枝を投げ捨てるかのように血塗れの男の腕を放り捨てる。

 

 

「お前達を生かしておくとどうせ悪さをするのだろう? ならば……俺の安眠の為に死ね」

 

 

 男達はまるで化け物を見るかのように凍り付いた顔で、ドレイクを見て後ずさり。

 余りにも機械的な宣告ともいえるその言葉に恐慌状態の陥ったごろつき達は我先に逃げ出そうと背を向けて走り出す。

 だが、ドレイクはもはや戦意を無くして生き延びるべく逃げようとする男達の背へ向けて呪文を唱え、発生した赤黒い雷光が逃げた男達を次々と焼き殺していく。

 

 ドレイクの豹変にヘンリエッタは怯えながらも、同時に何か。自分ではわからない何かを決意してしまったドレイクを無性に悲しく想い。

 ゲマはまるで虫けらを殺すかのように、人間を次々と殺していくドレイクの様子に心の底からの笑みをその顔へ張り付ける。

 

 

「ほっほっほっほっ、まるで古の伝説にあった魔界の勇者みたいですね。人間を殺しても何も感じないのですか?」

 

「感じてるさ、だが殺す。こいつらは未来に要らない」

 

「っ! ほーーーっほっほっほっほっ!どうやら貴方の思考は我々に近いようです、どうです……こちらに降りませんか?厚遇しますよ」

 

 

 逃げ出そうとしていたヘンリエッタを抑えていた最後のごろつきを捕まえて引き倒し、泣き喚いて命乞いする男の頭部を踏み砕くドレイクへゲマは問いかけ。

 返ってきた返答の中に、確かにドレイクが罪悪感を感じているのを理解しつつも、己のエゴで殺戮したという事実にゲマは耐え切れず腹を抱えて嗤うと……ジャミとゴンズが愕然とする事をドレイクへ提案する。

 

 

「良いのか?隙あらば逃げ出すし注文をつけるぜ?」

 

「ほっほっほっほっ、そのぐらい気概がある方が御し甲斐がありますとも」

 

「じゃあ、ヘンリエッタ……ラインハット王女を家に帰してやってくれ」

 

「ソレは聞けませんねぇ、ですが貴方の傍仕えにすることを許可しましょうとも」

 

 

 隙あらばジャミとゴンズ、そしてゲマを下してヘンリエッタを抱えて逃げようと考えていたドレイクだが、油断なく距離を取った上で包囲を敷かれてソレも困難と判断すると。

 せめてヘンリエッタを逃がしたいと申し出る、だがそれは却下され……ドレイクは舌打ちと共に悪態を吐いた。

 

 そして、不本意そうに頷くとへたりこんだままのヘンリエッタをドレイクは抱き上げ……。

 

 

「悪い、助けられなかった」

 

「う、ううん……ごめん、俺の、私のせいで……」

 

「俺の見通しが甘かった、それだけさ」

 

 

 ゲマ一味と、ドレイクとヘンリエッタはゲマが唱えた呪文によって、その場から遠く離れたどこかへと飛んでいく。

 後に残されたのは、ジャミとゴンズが率いていた魔物とごろつき達の死体。

 そして、地に墜ちたホークのみであった。

 

 

 やがて魔物達はごろつき達の死体を御馳走だと貪り食い散らかして思い思いに散らばり、ホークだけが残された頃。

 闘いの最中で身を隠していたチロルが足を引きずりながら現れ、地に墜ちたまま動かないホークの顔を舐めて起こそうとするも、起きない事に悲し気に縋るように泣き。

 それでもまだ息があり、温かい事にせめてもの願いを託してホークをこれ以上傷つけないよう、彼女なりに気を遣いながらホークを咥えてゆっくりと引きずるようにどこかへ立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 そして、時は負傷した体でリュカを抱えたままラインハットまで駆け抜けたパパスが、ラインハット城の謁見の間へ辿り着いた時にまで動く。

 飛び込んできたパパスの姿に最初は喜びを目に浮かべたラインハット王、しかしその体は傷塗れで更にその腕には傷だらけの娘を抱えているだけであることに絶望する。

 

 

「王、よ……近衛兵長、スコット殿が魔物でした」

 

「ば、馬鹿を申すな?!アヤツは儂の無二の親友であるぞ!今回の騒ぎも、暴れ出した魔物二匹からお主の娘を救い出した功労者なのだぞ!!」

 

「なっ、王よ。何を仰っておられる?! スコット殿、いえアイツがリュカを傷つけた上に家族ともいえるホークとチロルを痛めつけたのだぞ!!」

 

 

 パパスの報告に玉座から立ち上がり、王錫を手からこぼれるように落としながらラインハット王は叫ぶ。

 真実はパパスの報告の通り、しかし近衛兵長に化けていたゴンズは卑劣な策を既に施していた。

 

 

「えぇい信じられるかそんな事!」

 

「そういえばあの目付きの悪い少年が居りませんな……よもやあの少年が……?」

 

「憶測でしかモノを喋れない輩は黙っていろ! ラインハット王よ! まだ息子が闘っておるのです、どうか救援を!」

 

 

 猜疑心に満ちた目でパパスを睨みながら叫ぶラインハット王、その言葉に同調するように今この場に居ないドレイクへ対しての疑惑の言葉を囁き始める大臣達。

 自分と娘を救うために命を賭した息子を侮辱する発言に我慢できなかったパパスは大臣を怒鳴りつけつつ、リュカを抱えたまま床に伏して王へ救援を乞う。

 

 だが、ヘンリエッタは救えなかったのに自らの娘を救い出したパパスを見る、ラインハット王の目は冷ややかな色で満たされていた。

 更に、横で静かに控えていた太后が涙をぬぐうような真似をしながら言葉を紡ぎ出す。

 

 

「おお、可愛そうなヘンリエッタや……妾がもう少し、もう少し賢明であればあの子の心を救えたやもしれぬのに……」

 

「我が妻よお主に罪はない、儂も同罪じゃ……」

 

 

 目の前で行われる茶番にパパスの奥歯が噛み締められ、パパスの脳裏にドレイクからの情報で后が魔物とすり替わっているという話が有ったのを思い出し。

 同時に、ラインハット王も魔物が成り代わっているのでは、という疑惑が浮かぶ。

 そしてその疑惑は怒りへ変わり、ラインハット王の言葉によって親友ともいえる二人の間に決定的な亀裂が齎される事となる。

 

 

「あの少年、怪しいと思っておったんじゃ……ホークブリザード、しかもまがまがしい黒い魔物に懐かれるなど人間であるはずがない。アヤツが魔物だったんじゃ!!」

 

「なぁっ!?」

 

 

 向き合おうと思っていた矢先に娘を攫われたラインハット王は、やり場のない怒りをこの場に居ない少年であるドレイクをやり玉に挙げる事でぶちまける。

 その王の言葉に周囲に控えていた大臣、兵すらもそうだそうだと同調。

 命を賭けた代償としては、余りにも余り過ぎる息子の扱いにパパスの怒りはとうとう頂点へと達する。

 

 

「我々の友情はこれまでのようですな。失礼する!!」

 

 

 不安そうに状況をただ見守っていた愛娘だけでも離すものかと、きつく抱きしめながら乱暴に足音を鳴らして退出するパパス。

 その姿を妃はひっそりと、醜悪な笑みを浮かべて見送っていた。

 

 

 

 

 

 夜明けは、まだ遠い。

 




ラインハット王は人間です、老い先短くて心細くなってていとも容易く操れる人間に化ける必要はないですからね。

結果的にドレイクから見れば……。
パパスとリュカは五体満足で帰還、ヘンリーもまぁ無事。
ホークは生死不明ですが生きている、チロルも生きている。
パパスが誘拐犯だとは思われてないから……サンタローズが滅ぼされる可能性も低い、ミッションコンプリートです。

ゲマから見ても天空の勇者と思しき少年を確保、人間の王国への侵食もまぁ達成。
更に猜疑心を煽る事で協調体制を崩壊、こちらもミッションコンプリート。

なおドレイクの心身への被害は計算外とする。


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番外編1『女体化ナイトメア』

本編のシリアスとか緊迫感をぶっ飛ばす勢いで電波が降りてきたので、耐え切れず番外編を投下だヒャッハァァー!!

題名でもう落ちてますが、夢落ちです。


 

 パパスさんにすべてを明かし、みっともなく縋りついた日の夜。

 俺は何年ぶりかもわからない、明日に希望を抱えてベッドへと潜り込み眠りに就いた。

 

 そして、その翌朝。

 

 

「……ずん…………ずん……」

 

 

 窓から差し込む日差しが、瞼の上から俺の目に降り注ぐのを感じると同時に。

 俺の上に跨ってるらしい、軽い何かが俺の体を揺する感触にゆっくりと目を開く。

 またリュカちゃんが俺の上に飛び乗り、揺り起こしに来たのかな、などと思っていたら。

 

 

「おー、やっと起きたなごすずん! ねぼすけさんだな!」

 

「……お前、誰じゃぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 

 

 艶のある黒い髪の毛に、背中から同じように黒い羽根をはやした少女が俺を起こそうとしていた。

 思わず飛び起き壁を背にしながら、少女を指さして叫ぶ俺。少女はきゃー、とか言いながら飛び起きた俺の上から転がり落ちる。

 

 

「誰ってひどいなーごすずん、ホークだぞ!」

 

「まてまてまて!ホークはそもそも鳥というか何というか、ともかく鳥っぽい姿でしかも雄だったろ!?」

 

「むー、まだ寝ぼけてるなーごすずん。あたしはどこをどーみても雌だぞー!」

 

 

 ぷんすかぷんとばかりに両手を振り上げ、背中の羽根をばさばささせながら抗議してくるホーク(雌)。

 いやまて違うそうじゃない、俺はなぜナチュラルにこれをホーク(雌)と認識している、というかどういうことだこれは何だというのだ!

 

 

「お兄ちゃーん、起きてるー?」

 

 

 ぎゃーすかぎゃーすか俺とホーク(雌)が騒いでると、カチャリと開く部屋の扉。

 そこから現れるは変わらず可愛いリュカちゃん、良かった君はそのままの君でいて。

 

 

「……なんでホークがお兄ちゃんの部屋にいるの?」

 

「ごすずんの上に乗って、起こしてたんだぞー!」

 

「……ふーん」

 

 

 そして俺へほにゃっと笑顔を向けたと思ったらホーク(雌)へ、本場のホークブリザードもびびるレベルで冷たいまなざしを向けるリュカちゃん。

 あれれーおかしいなー?お願いだから優しいままの君でいて。

 

 

「まぁいいやー、サンチョが御飯出来てるって言ってたし。早くきてねー」

 

「おー、そういえばそーだったんだぞ!ごすずん!」

 

 

 そうかと思えばいつものおひさま笑顔を向けてくるリュカちゃん、そうだよね今の怖い顔とお目目は俺の見間違いだよね。お願いだからそうだと言って。

 そのままリュカちゃんは部屋から出ていき、ごはんだぞごすずん!と呆けたままの俺の手をホーク(雌)が引っ張る、こいつ意外と力つええなおい。

 

 そして、居間へ向かえば既にリュカちゃんとチロルが食卓についていた。いや待て何かがおかしい。

 リュカちゃんの隣に座ってる少女を見る、今俺はこの少女を見てチロルと判断していた。だがどう見ても猫……じゃなくてベビーパンサーじゃない。

 

 

「あ、おにいちゃんだぁー。こっち、こっちすわってー」

 

 

 まるで子猫の様に無邪気に甘えるような声で、リュカちゃんとチロルの間に空いている椅子をぽんぽんと叩いて勧めてくるチロル。うん可愛い、じゃなくて違うそうじゃない。

 そして視線をリュカちゃんへ向けてみればにっこり笑顔、うんやっぱりホークを睨んでいたあの視線は気のせいだったんだなそうに違いない。

 

 

「おや坊ちゃんもようやく起きられましたか、御寝坊さんですね」

 

 

 そして台所で色々と作業をしていたらしいサンチョさんがひょっこりと顔を出す、パパスさんの息子同然という事から昨日から俺を坊ちゃんと呼んでくれている。

 ああ、俺はここに居ていいんだな……という感慨に耽りつつ、いつも見ている丸顔でふくよかなサンチョさんの顔の違和感に気付く。

 

 髭が、ない……だと……?

 

 

「? 何か私の顔についておりますか?」

 

「い、いや、何もない、なんでもない」

 

 

 それ以上の違和感を俺は意図的に見えないふりをしていた、サンチョさんはいつもの服じゃなく。

 メイド服を、着ていた。頭にはヘッドドレスまで完備。だけど髭がない以外はいつものサンチョさんである、あ良く見ると胸があるって違うそうじゃない。

 

 

「変な坊ちゃんですねぇ、ほら。温め直しましたから早くお上がり下さい」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 リュカちゃんとチロルの間の席に座り、ホークがチロルの隣に座るのを確認したサンチョさんが、美味しそうな匂いを立てるスープを準備されていた器へ注ぎ。

 焼き立てのふかふかパンに、みずみずしいサラダが食卓に並べられる。とても美味しそうダ。

 

 殆ど食べ終わったチロルや、リュカちゃんが無邪気にすり寄ってくるのを相手しつつ、半ば異常しかない現状について思考を巡らせながらパンを食む。

 そして俺はふと気づくのだ。

 

 もしかして、パパスさんも……?

 

 そう思っていたら、何やら席を外していたらしいパパスさんが戻ってくる。

 ごくり、と喉に詰まりかけたパンをスープで胃に流し込み……その姿を静かに見守る。

 

 

「おお、起きたかドレイク。らしくない寝坊だな」

 

「き、昨日は色々あったから……」

 

 

 パパスさんはいつものパパスさんだった、片乳首を露出したヒゲダンディーだった。ありがとう、そしておめでとう俺。

 そしてそのまま俺に背を向け何か戸棚を探し始めるが、俺の目は気づかなくてよい違和感に気付く。

 

 パパスさんの背中に、なんかチャック見えね?と。

 この瞬間俺の思考は加速する、聞くべきか聞かざるべきか。どうするかと。

 そして、俺は……自ら死地へ踏み込む覚悟を決める。

 

 

「パ、パパスさん。その首のチャック、は……?」

 

「ん?なんだお前も知っている筈だろうに……しかし少しパイポジが落ち着かんな、よし……」

 

 

 やめろ、やめてくれ。お願いやめて。

 カラカラと乾く口に喉、俺の言葉は言葉にならず背中に手を回したパパスさんが器用にチャックを下ろしていくのをただ見ている事しか出来ず。

 

 

「……ふぅ、グランバニア製の肉襦袢とはいえ、常用するものではないですね」

 

「しょうがありませんよパパス……いえ、マーサ様」

 

 

 背中のチャックを下ろして出てきた何か、それはリュカちゃんを大人にしたかのような穏やかな雰囲気の女性だった。

 そこまでを見て、俺の意識は暗転していく。もう勘弁してください、いやほんとに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 思わず叫びながら飛び起きる、ついでに俺の上から何かがころころと転がり落ちる。

 不快な汗で寝巻が体に張り付くのを感じながら、荒い息のまま部屋の中を見回す。いつもの俺の部屋だ。

 そして、先ほど転がり落ちた何かを見てみれば、どうやら俺の胸の上で丸まって寝ていたらしいホーク(雄の鳥)が床に落ちてなお丸まったまま爆睡していた。

 

 

「よかった、本当によかった……肉襦袢を着てるパパスさんなんていなかったんだ……」

 

 

 安堵のあまり涙が出てくる、いやほんとにもう何が何やらというかどういう夢だという話だ。

 きっと、昨日聞いたヘンリーが女の子だという話が俺の頭に残ったままで、ホークが俺の上で丸まって寝ていた事で悪夢を見たらしい。

 

 冷静に考えると悪夢でもなんでもないかもしれないが、少なくともリュカちゃんがちょっと怖い気がするのとパパスさん(♂)がパパスさん(♀)というだけで、俺に取っちゃ十分悪夢だ。

 

 

「どうされました?坊ちゃん」

 

 

 俺の叫び声を聞きつけたのか、心配そうにガチャリと扉を開けて入ってくるサンチョさん。

 うん、いつものサンチョさんだ。髭もあるしメイド服も着ていない。

 

 

「な、なんでもないです。ちょっと悪夢を見て……」

 

「大人びたところもありますけど、年相応なところもあるんですね。そろそろ朝食が出来上がりますよ」

 

「ああ、ありがとうサンチョさん。いつもいつも……」

 

「何を仰いますか」

 

 

 俺の返答にサンチョさん(髭あり)は朗らかに微笑むと、ほほえましそうに俺を見詰めてくれる。なんだか恥ずかしいが悪い気はしない。

 そしてそろそろ朝ごはんが出来ると言われればベッドの上に居続ける理由もないので、ベッドから下りようとして。

 

 俺は部屋から出ていくサンチョさんの首筋に、チャックらしき金具がついていることを見てしまった。

 ソレを理解した俺は思考を放棄、そのままベッドへと倒れ込むように力尽きる。

 

 どこか遠くで聞こえる、サンチョさんとリュカちゃんの会話が聞こえたが、とにかくもう一度この悪夢から目覚めるべく意識を失う俺なのであった。

  

 

 

 

 

 

「ねーねーサンチョー、どうして首筋に何かつけてるのー?」

 

「え?ああ、どうやら昨日仕立て直した時に襟につけたままの金具が肌に張り付いてたみたいですな。お嬢様ありがとうございます」




ちなみにオルテガさんは、ビキニブラとパンツが似合うグラマーボディに、両腕に蛇を巻き付けた妖艶なお姉さんらしいですよ。


夢だけど、こんな世界線だったらドレイクはもっと幸せだったかもね。


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少年時代と青年時代のつなぎな話(IN大神殿)はーじまーるよー。


 

大神殿 0年目 〇日

 

 

 まさか、ここは俺に任せて先に行けをやる日がくるとは思っていなかった。

 そんな冗談はさておいて、今俺はゲマに宛がわれた部屋に項垂れたままのヘンリエッタと一緒にいる。

 

 ち、沈黙が気まずい。この際ジャミでいいから助けてほしいと思うほどの時間が過ぎた頃、ヘンリエッタがぽつりと口を開いた。

 内容は俺への謝罪、そして一度口に出したら感情の歯止めが利かなくなったのかぽろぽろと涙を零しながら、何度もごめんなさいと繰り返す。

 

 うーむ、謝られてもその正直困る、俺がやりたいからやっただけでむしろ助けられなかったことを面罵された方が気が楽だった。

 だがこのまま泣いてる少女を放っておくのもアレなので、頑張って慰めながら頭をあやすように撫でる。

 語彙力に乏しい自らの惨状に嘆きながら、慰める事十数分。ようやくヘンリエッタが落ち着いてくれた、良かった良かった。

 

 そうやっていたら部屋を無造作に開けられ、魔物が俺たち二人を連れ出す。

 どうやら俺はゲマに呼ばれており、ヘンリエッタは奴隷……じゃなく傍仕えに相応しい服装に着替えさせられるらしい。

 おい魔物さんや、なんでゲマ様はこんな子供なぞにあんな素晴らしいモノをとか呟いてんの。正直ゲマが言うスバラシイモノって嫌な予感しかしねぇよ。

 

 だがしかし、悲しいかな俺に拒否権はないので乱暴に引っ立てられて連れ出されていくしかないのだ、あの時の不思議パワーも今やうんともすんとも感じない。火事場の何とやらだったのだろうか。

 俺の腰から下げた袋に入れたままの金の玉、ならぬひかるオーブも今や何も反応見せないしな。困ったものである。

 半ば現実逃避気味に考えながら歩を進めていたが、一際頑丈そうに作られた扉の前へ案内された俺は、見張りにそのまま部屋の中へ連れられて行き。

 そこで、一旦ヘンリエッタと別れる事となる。そう心配するなって……俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 連れられて半ば放り込まれる形で入れられたその部屋は暗く、そして生臭く錆びた鉄のような不快な臭いが立ち込めていた。

 暗い中に目を凝らしてみれば、元が何だったのかすら判らない肉片が転がっており、壁には何かの標本らしきものがかけられている。

 近づいて調べてみれば何か理解できるかもしれないが、大体こういうモノは調べるとダメージを食らうんだ、だから俺は見て見ぬふりをして部屋の奥から聞こえる音の方へ歩を進める。

 

 そこにあったのは、赤黒い何かの液体で描かれたらしい魔法陣がある部屋で、どうやら部屋から生臭い臭いは発生していたらしく特別不快な臭いが濃い。クソが。

 そして部屋の中には一人待っていたらしいゲマ、先ほどの不思議パワーがあれば全力でここで仕留めにかかりたいところだが、今挑んでも勝ち目がない上にヘンリエッタに何をされるか分からないので我慢する。

 

 抵抗しない、否……出来ない事を理解している俺にゲマは胸糞悪い声で高笑いすると、懇切丁寧に今から俺にすることを説明してくれた。むしろしないでくれたほうが嬉しかった。

 

 遥か昔マスタードラゴンに封印され、そして昔には天空の勇者に打倒された魔王が使用した進化の秘法、それを俺に今から施すらしい。

 俺、まさかの改造人間にされるの巻。とかやってる場合じゃねぇ、黄金の腕輪がない状態の施術なんざ100%事故るわ!

 そして迂闊にも黄金の腕輪の名前を出した俺を、ゲマが口角を吊り上げて更に嗤い出す。やだこの魔族怖い。

 

 私の事も知っていたようですし、貴方はどうやらどこかの隠れ里でかつての天空の勇者の様に養育されていたのでしょうね。と勘違いされてくれた、大事なところで詰めの悪い君はそんなに嫌いじゃないよ。

 だがしかし、俺の危機なのは変わらない。腹にもう一つ顔をつけて腹話術とか、隠し芸出来てしまう体は御免である。

 

 え?大規模な施術でもないしちょっと施すだけ?足りない分も補う術は十分にある?あのその生臭い蠢いてる肉片は……?え?ブラックドラゴンの心臓?

 それほど階梯の高いドラゴンではないが、今の貴方ならちょうどいい?え?

 あと、オーブは預かりますねだって?え?

 

 

 や、やめろー!離せー!ぶっとばすぞぉぉぉぉぉぉ!?

 

 

 

 

大神殿 1年目 ×日

 

 

 俺は人間でも魔物でもない何かになったらしい。

 だけど、俺は大丈夫、まだ頑張れる。

 

 

 

 

大神殿 1年目 ■日

 

 

 ドレイクは改造人間である。

 俺を改造した光の教団は、魔界の魔王を呼び出すなんやかんやをする事を企む悪の組織である。

 

 別に俺は顔も知らない名前も知らない人間の自由の為に戦う気はないがな!だが光の教団は滅ぼす、絶対に滅ぼしてやる。

 

 

 

 

大神殿 2年目 〇日

 

 

 気が付けば囚われて2年目、メイド服を着たヘンリエッタにも見慣れた頃。

 ゲマに施された改造でしばらく情緒不安定だったが、ようやく落ち着いてきた気がする今日この頃だ。

 ヘンリエッタにも心配かけたな、と言えば気にしないでほしいと返された。この子も不安だというのに良い子である。

 

 朝の身支度がてら、部屋に据え付けられた姿見で自らの体を見る。

 相変わらず目付きの悪い瞳に、伸ばしっぱなしの長い灰色の髪の毛。

 そして前髪の生え際辺りから斜め後ろに向かって伸びている一対の黒い角に、背中には黒いドラゴンの翼とケツからは尻尾も生えている。

 

 こんな姿で、リュカちゃんとパパスさんの前に帰るのはちょっと、躊躇うなぁ。

 

 ところでヘンリエッタさんや、そんなに気合入れて尻尾の鱗の手入れしなくていいですよ……?

 え?この姿もかっこいい? 照れる。

 

 

 

 

大神殿 2年目 ×日

 

 

 俺は見た目も相まって運用しづらいのか、幸い今のところ人間社会への裏工作には駆り出されていない。

 だが、光の教団は無駄飯食らいを遊ばせる余裕はないし、そうするぐらいなら殺す程度に容赦がない連中だ。

 そんな俺の仕事はと言えば。

 

 大神殿建築の為に酷使されている奴隷、それを監督する鞭男達の統括である。

 奴隷の人達を平社員、鞭男を課長、と考えると部長かその辺りだろうか。

 当然、奴隷の人達からは嫌われている。しょうがないね。

 

 慰めてくれるヘンリエッタが癒しである。

 

 

 

 

大神殿 2年目 □日

 

 

 奴隷を解放なんてできないし甘やかすなんて、その手の提案は鼻で笑われた上に俺だけじゃなくヘンリエッタにまで何か問題が及ぶだろう。

 何とかしてやりたいが、俺はまぁともかくとしてもヘンリエッタに何かあるのは非常に良くない。俺の行動制御の為にヘンリエッタは連れて来られたのだろうか……?

 

 だがしかしただ手をこまねいている俺ではない。

 優雅にお茶を啜っていたゲマに、作業工数の効率化と飴と鞭について提案する。うろ覚えで残ってた前世の知識を俺なりにかみ砕いたプランニングだ。

 最初はつまらなさそうに俺を見ていたゲマであったが、最終的には大喜びだった。

 

 なんでも、ここまで人間の心を無視して効率的に運用する事を考えられるなんて、貴方は見込みがありますよ。との事である。

 ドラクエシリーズの中でも生粋の大悪党が褒めるレベルで、人間扱いされていなかった……?いやこれについて深く考えるのは止そう。

 

 そんなわけで責任者のゲマから許可が下りたので早速プランに移る。そんなに心配そうにするなヘンリエッタ。

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 そして鞭男共、そんな事よりひたすら鞭で叩けば言う事聞くとか舐めてんのか、働かせすぎは効率落ちるって言ってるだろうがコラ。

 

 

 

 

大神殿 2年目 ♪日

 

 

 結局、拳で全ての鞭男を叩きのめして服従させた。

 奴隷からの心の距離感が大きく広がった。少し涙が出た、ヘンリエッタが慰めてくれた。

 

 

 

 

大神殿 3年目 〇日

 

 

 まぁ結果論で言えば去年、鞭男達を拳で叩きのめしたのは正解だった。

 あいつら見た目人間っぽくても魔物だから、原則強いのに従うわけで。言葉だけで働きかけようとする半端モノの俺の言葉なんざ聞いてられなかったらしい。

 ソースは、鞭男チーフとの雑談である。

 

 そして指揮の効率化と、まぁ結果的に奴隷まとめ役みたいなポジに収まった俺はと言うと。

 奴隷達用の食料供給の為に、日差しが差し込むところに畑を作っている。

 非常に高い場所にあるこの場所だが、かつてあったらしい神殿の名残によるものか比較的人間が薄着で居ても生きてられる程度の環境になっている。

 

 ならば、人間以上にタフな野菜共ならここでも育つはずだ。

 ちなみに名目は、ノルマを最も多く達成したものへの褒美用と言う事にしてる。

 まるで、財布のひもが固い相手からあの手この手で予算を毟り取ってる気分である。

 

 余談だが、奴隷用の食料は当初はまぁ食えたもんじゃない有様だった。

 ここにいる魔物用の食料の余り物や、腐って食べれないモノとかを与えられていたのだ、そりゃパタパタ死ぬわ。

 

 勿体ないから大事に酷使しようという名目で食料手配を増やそうと提案した時は、ジャミとゴンズにすらドン引きされたのは内緒である。

 それからか、ジャミとゴンズが少しだけ俺に仲間意識を持ったらしい。待てや。

 

 

 

 

大神殿 4年目 〇日

 

 

 アレから4年、気が付けば俺は15ぐらいになり。リュカちゃんと同年齢だったらしいヘンリエッタは10歳だ。

 最初の頃は男の子とそう変わらない印象だったが、まぁ女の子というのは早熟なのかめっきり女らしい顔付きになってきている。

 コレが、父親の気分か……。 

 

 そうやって訳知り顔で頷いてたら、何故かヘンリエッタに脛を蹴られた。痛いからやめたまえ。

 

 何はともあれ、今日はなんと……ジャミとゴンズが聖なる結界に守られていたらしい祠から天空の鎧を奪ってきたらしい。

 ちなみにジャミとゴンズはこんがりと焼けていたとの事だ。ざまぁ。

 

 そんでもって、鞭男チーフと奴隷シフトについて話し合っていたら呼び出される俺である。

 なんじゃらほいと呼び出されて伺ってみれば、そこに鎮座するのは若干パーツ過多じゃないかなと思う、白を基調としたパーツに緑色のパーツや羽のようなパーツがくっついた鎧。

 どうやらコレが天空の鎧らしい、使い辛そう。

 

 お披露目会でしたか、じゃあ奴隷シフトの相談あるので失礼します。などとそっと下がろうとしたらゲマに留められた、畜生。

 とりあえず身に着けてみろとの事だ、正直俺が着用できる気全くしないのだが渋々と手を天空の鎧へ触れさせる。

 

 最初に俺の手を伝わってくるのは、鎧にあるらしい意志の困惑したかのような感情。

 こう……勇者っぽいけど勇者じゃない、だけども限りなく勇者に近いような気がする勇者。そんな感情を感じる。

 結論から言うと、天空の鎧を身に着ける事は出来たし鎧としても運用は出来そうだった。だが身が軽くなるとかそんな事はなかった、天空の鎧なりの妥協の結果だろうか。

 

 しかし、ゲマのあの愉快そうな笑顔が気になる。アレ絶対何かを確信したか、なんかだと思う。

 

 その後は気持ち悪さを感じつつ、羽根つきの魔物がセントベレス山のふもとに停泊した船から受け取ってきた食料の中身を確認して仕事を終え。

 部屋に戻ればヘンリエッタが汲んできていた水を、最近出るようになった火の息で沸かして身を清めて眠りに就く。

 

 

 

 そして、ヘンリエッタが寝入ったのを確認したら、そっと音を立てずにベッドから下り外へ出るのだ。

 目的地は、死んだ奴隷を樽に詰めて外へ流し捨てるためのフロア、そこで警備をしているヨシュアに声をかける。

 

 ヨシュアがここに来たのは3年ほど前、大量に光の教団へ寄進していた両親が死に際に光の教団へ預けたらしい。ひでぇ両親だなオイ。

 まぁなんであれ年が近い俺とヨシュアは比較的早く打ち解け、今では互いに愚痴を言い合ったりする仲だ。マリアちゃんとヘンリエッタも仲良しだしな。

 

 俺に声をかけられたヨシュアは、またお前は無理をして……などと言うが未来の為だから適当に笑ってはぐらかす。

 遠くないかもしれない未来、お前も脱出させてやるから勘弁してほしい。

 そんな俺に溜息を吐きつつヨシュアは鍵を開けると道を開けてくれる。

 

 中に入れば、濃厚な死臭が鼻を突くが気にすることなく支給された鎧と服を脱いで短パン一丁になり……腰にゴールドを詰めた袋をしっかりと固定する。

 その中身は、奴隷業務に関わるようになって金額のやり取りを出来るよう担った事で、少しずつ溜めてる差額によるお金だ。平たく言うと横領である。

 

 ソレがしっかり固定出来たのを確認すると、死体が詰められたロープで連結された樽を水路へ運び入れ……。

 外へ放出する為のレバーを下ろすと同時に、水路へ飛び込む。

 

 濁流が如き水流が俺の体を押し流し、俺の体のあちこちを壁面にぶつけつつ。

 押し流されていく樽が、滝からそれて山肌へ叩きつけられたりしないよう、流れに身を任せたり時に逆らったりして樽を誘導。

 そしてそろそろ海面へ叩きつけられそうだと、何回も何十回も繰り返してきた経験からピオリムを発動し変異した体の膂力を用いて、滝の外へ飛び出しつつロープを上に引っ張り上げる。

 当然俺の腕はもげそうなほどに負荷がかかり、未だ慣れない翼による飛行も上手くいくわけがなく。

 連結された樽達は、多少減速されただけで俺事海面に叩きつけられる。

 

 一瞬だけ遠くなる意識だが、すぐに浮上して自分へホイミをかけて傷を癒し……ロープの端を握りながらピオリムをかけて加速した意識と体で東へ泳ぎ始める。

 

 最初に2~3年はパパスさんからの救助を待っていたが、そのような兆候も見られないので自分達で脱出を決意したわけだが……。

 ふと思ったのだ、コレ普通に死なね?って。

 試しにとばかりにヨシュアを無理やり土下座までして説得し、樽を一つ流しつつ一緒に流されてみたわけだが……。

 

 修道院に辿りついた頃には、樽の中身はミンチよりひどい状態でした。

 まぁそりゃそうだよねと、マスタードラゴンの助力借りないと飛んでいけない場所にあるところから樽が海面に叩きつけられて無事なわけがない。

 正直なんで樽は壊れていないのだろうと疑問に思う事もあるが、そこまで考えて俺は気づいたのだ。

 

 コレ良い鍛錬にならね?って。

 

 というワケで、樽の中身を5体満足で送り出せるようにしつつ……俺はこうやって泳いで樽を牽引して修道院へ運んでいるのである。

 

 あ、シスターさん夜分遅く申し訳ありません、はい、いつものです。こちら少ないのですが寄付です。

 では、朝までに戻らないといけないのでコレで失礼します。

 

 そんな会話を終え、俺は再度海へ飛び込んでセントベレス山めがけ泳ぎ始めるのだ。ちなみにシスターさんは半竜ともいえる俺を見慣れてしまったのか、もう怯えたりすることはない。

 潮流に逆らう形になるが、行きと違って荷物がないので慣れたものである。

 水中ならいくらピオリムを使って加速しても、水がクッションになるから体への負担少ないしな!

 ちなみに今回3つの樽を運んだのですが、五体満足だったのは全体の4割でした。ちょっとまだ成功率に難がある。

 

 

 

 

 後日、また同じように修道院へ行ったところ、近海を回る船や漁師が謎の高速で泳ぎ去る魔物を見た、という目撃情報が出たと言っていたらしい。

 目撃地点とかを総合するにどう聞いても俺の事であった、いっそドラクエ世界の河童とでも名乗ってみるべきだろうか。




最初は、
「おれ、デーモンになっちまったよ……」
「ほっほっほっほっ、いえいえ。人と魔物が混ざった存在、デビルマンですよ」
とかいうネタが頭をよぎっていたが自重した、ほめてほめて。

主人公は現在半竜半人な外見状態です、全裸になると鱗もあります。
ヘンリエッタちゃん曰く、翼の付け根のチョイ下あたりと脇腹とかにあるらしいです。
何で知ってるんだろうね(すっとぼけ)

それと、主人公は脱出までには人間姿にカモフラージュする技術を身に着ける予定です。


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10

れっつごープリズンブレイク。
ついでに影が薄かったイブールが唐突に存在感を出してきます(そしてまたしばらく出番はない模様)


大神殿 5年目 〇日

 

 

 アレからも奴隷の死体を使っては脱出テストを実施しつつ、海辺の修道院に僅かなりとも寄進をしつつ埋葬を頼む日々である。

 あの青い髪をしたなんかお淑やかな雰囲気のシスターさんには、もはや頭が上がらない。

 

 そんなこんなで、何を思ったか休めー休めーとか叫びながら鞭を振るっていた鞭男に踵落としを叩き込んで事情聴取をしつつ、奴隷のまとめ役という地味に安穏としたポジションを確保していた俺だった。

 だがしかし、そうは問屋が卸す事はなく、ゲマに呼び出されると剣と鎧を支給された。

 

 剣の方は、柄になんか見おぼえあるけど若干色褪せたひかるオーブが嵌められている。

 何でも皆殺しの剣の柄部分を改良してオーブをはめ込んだ剣らしく、俺が殺した相手の魂を取り込んで強くなるらしい。副作用ありそう。

 地味に抵抗が激しかったそうだが、苦労した甲斐はありましたよとはゲマの言葉である。ひかるオーブは犠牲になったのだ。

 

 そして鎧はと言えば、一年前に妥協の末に俺に装備されてくれた天空の鎧である。

 俺に使わせて良いのか?と思わず聞いたところ、着用し血を浴びる内に貴方に馴染むでしょうとの事だ。俺に何させる気なんですかね。

 

 思わず身構える俺であったが、今日は装備に体を慣らしておけと言われた。嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

大神殿 5年目 ×日

 

 

 ゲマから指令が下った。

 内容は、サンタローズを滅ぼすラインハットの軍を殺戮しろという内容だった。

 

 后……ではなく太后となったアレの命令ではなく、太后の歓心を買うべく大臣が発案し人間だけの軍隊らしい。

 過剰なまでにどす黒い感情が全身を駆け抜けたが、無理やり抑え込む。

 

 

 俺は受領し、そして指令を達成した。

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 だけども、パパスさんとラインハットへ訪れた時に……朗らかに接してくれた兵士達から憎悪の目を向けられ、そしてソレを殺戮した事実に少し疲れた。

 

 

 

 

大神殿 5年目 □日

 

 

 ヘンリエッタにゲマが、俺がラインハットの兵を殺戮したことを愉悦交じりに告げたらしい。クソが。

 だけどもヘンリエッタは俺を責めず、逆に泣きながら謝ってきた。罵ってくれた方が楽だった。

 

 俺の日課に、マリアちゃんと一緒に祈る事が追加された。

 誰に祈るというモノでもなかったが、せめてそうすべきだと思ったからだ。

 

 思うところがあり、奴隷への接触を必要最低限に留め、鞭男達にすべて一任する。

 奴隷が頼りやすい優しい鞭男と、奴隷に過剰に嫌われ怖がられる鞭男を意図的に用意すれば、多少はなんとかなるだろう。

 ……しかし普通はやりたがらない汚れ役的嫌われモノポジションをやりたがる鞭男の多さには驚きだ、さすが魔物と言うべきか。

 

 

 

大神殿 6年目 〇日

 

 

 樽が一つならば、中身を凡そ8割ほどの確率で損壊させる事なく修道院まで運び出せるようになってきた。

 修道院の青い髪のシスターに心配されたが、俺は大丈夫だと返しておく。

 

 

 

 

大神殿 6年目 ×日

 

 

 最近マリアちゃんが、仕事がない日は俺の部屋に入り浸る事が多くなってきた。

 ヘンリエッタと仲良しだし、年の近い少女は少ないから当然かとも思う。

 

 しかしたまに君ら、互いに火花散らしてる事あるように見えるの俺の気のせいかね?

 

 後ついでにイブール、滅多に絡もうとしないお前が……世話係の少女が俺のところによく来るからって、一々嫌味を言ってきても鬱陶しいだけだ帰れ!

 てめぇが人目気にする事なく、あちこちで女抱いた後の後始末を鞭男達が凄い微妙な顔して掃除してんだぞ!

 

 

 

 

大神殿 7年目 〇日

 

 

 気が付けば7年も過ぎており、13歳になっていたヘンリエッタは体つきも女性らしくなってきた。

 だが相変わらず俺のベッドに潜り込もうとするので、女の子だから自分の体を大事にしなさいと説教した。

 

 なぜか顔を真っ赤にしたヘンリエッタに渾身のローキックを脛に叩き込まれた。痛い。

 

 ついでに、イブールが下衆なニヤケ顔しながらヘンリエッタを寄越せと言ってきたので……。

 その顔面に全力で拳を叩き込んだら回転しながら飛んで行った。ざまぁ。

 

 

 

 

大神殿 8年目 〇日

 

 

 数年ぶりに顔を出してきたゴンズが、ムシャクシャしながら俺に模擬戦を申し込んできた。

 なんでもゲマの指令で僻地へ飛ばされる事となったらしい。ざまぁ。

 

 正直受ける理由が無かったが、コイツがラインハットの近衛兵長に化けた方法が気になったのでソレを教える事を対価に受ける。

 

 結果は、互いに死ぬ一歩手前のところまでやり合ったところで、ゲマからの強制中止であった。

 決着がつかなかったことに腹立たしそうにしつつも、ゴンズは約束だと俺にねじくれた短杖を投げて寄越してきた。

 なんでも、ゲマ特製の変化の杖らしい。アイツ戦闘謀略製造なんでも可能な万能選手かよ。

 

 だがまぁ有難く受け取っておくことにする。

 

 てめぇは俺が殺すんだからそれまで死ぬなよとか、お前お手本みたいなツンデレしてんじゃねぇよゴンズ。

 だけど性根ねじ曲がってるけど分りやすい脳筋なお前は、それなりに嫌いじゃなかったよ。リュカちゃん痛めつけた事は絶許だけど。

 

 ところでマリアちゃんとヘンリエッタ、どっちでも良いから牽制し合ってないで早くホイミくれませんかね。俺もう自前ホイミできないぐらいすっからかんなんです。

 

 

 

 

大神殿 9年目 〇日

 

 

 ゴンズから寄越された変化の杖を大体使えるようになってきた、とは言っても人間の姿に偽装する程度のレベルな上に……。

 翼や尻尾がある状態のピオリムに慣れすぎたせいで、人間状態では使えなくなってしまった。弱体化状態にも程がある。

 

 樽脱出の成功率は凡そ9割、完璧とは言えないが安定してきた。

 だが俺の顔は結構追い詰められていたらしく、修道院の青い髪のシスターに慰められた。俺いつも慰められてんな。

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

 後ヘンリエッタ、俺は自分で体を清められるから頑張らなくていい。

 体で洗うとかどこで覚えたか知らないし聞かないが、自分の体を大事にしなさい。

 

 

 

 

大神殿 10年目 〇日

 

 

 ゲマが何処かへ出かけている隙に、プリズンブレイク発動。

 

 切っ掛けは、まぁ下衆い話だが、16歳となり美しく育った世話係のマリアちゃんにイブールが手を出そうとしたところ必死に抵抗して、イブールへ手を出した事である。

 皿を割ったワケじゃなかったんだな、と思いつつもマリアちゃんを保護。ジャミやゴンズと比べて接点が極端に薄いイブールは俺に明確な敵意を向けてきた。そりゃそうか。

 だが良い切っ掛けとも言えるので、ヨシュアに準備をするよう伝えておく。

 

 奴隷は置いていく、5年目辺りから奴隷との接触を最低限にしたのはこれが理由だ。

 何をどう言い繕おうが、俺は奴隷の死体を使って実験した上に彼らを見捨てていくことは事実だ、その罪悪感に耐えられなかっただけである。我ながらメンタル弱いな。

 

 天空の鎧や軍資金、ついでに呪われてるけどそれなりに便利で使い慣れてきた皆殺しの剣改、それとヨシュア達やヘンリエッタの身の回りの品を樽へぶち込み。

 気休めにもならないかもしれないが、こっそり用意しておいた内側へ毛皮を張り付けた大きな樽に、ヨシュアとマリアちゃん、ヘンリエッタを放り込む。

 放り込まれる寸前、俺が残ると思ったのかヘンリエッタが抵抗するが、心を鬼にして放り込む。ヨシュア、樽の中で説明任せた。

 

 そうしたところで、息を切らせて駆け込んでくる鞭男チーフ。必死に俺へ思い直すよう話しかけてきた上に、自分達からもゲマ様へ訴えるからと言ってくる。辛い。

 

 

 俺は、ロープで連結した樽二つを水路へ放り込むと、鞭男達に一言詫びを入れてレバーを下ろし。いつものように水路へ飛び込んだ。

 

 本音を言えばイブールの部屋にテロを仕掛けてから脱出したかったが、出来そうな材料も手持ち品も呪文もなかったので断念せざるを得なかったのが悔やまれる。

 

 

 

 

 

 

=================================================================

 

 

 どうやら、彼はやはり脱走したようですねぇ。

 バレていないと思っていたのか、バレていても関係なかったかそこまでは私にも図りかねますけども。

 

 しかしイブールには困ったモノです、欲しかった女が手に入らなかったからと言って少々姦淫への耽り様が目に余ってきましたね。

 まだ完全な魔物にしていなかったのですが、問題を引き起こす前にとっとと魔物へと仕上げてしまうべきでしょうか。

 

 

「ゲマ様、ドレイクの奴が数人を連れて脱走しました」

 

「ほっほっほっほっ、ええ知ってますとも」

 

 

 使い勝手が良い部下のジャミが傅きながら報告をしてくれますが、特に問題はありません。

 

 

「あの男も愚かな、折角ゲマ様に目をかけられていたと言うのに……」

 

「ほっほっほっほっ、むしろ願ったり叶ったりですとも。既に種は芽吹いてますから」

 

 

 彼に施した進化の秘法はこの10年でもはや引き剥がせないほどに馴染んでいます。

 後は、彼がこれから抱く負の感情を糧に成長を続けてくれる事でしょう。

 

 私達への憎悪を忘れてはいないようでしたが、ラインハットの大臣は何もしていないのに良い仕事をしてくれました。

 彼に大きなきっかけをくれたのですからね、いっそこちらに迎え入れても良かったかもしれません。

 

 まぁ、それでもドレイクには及ばない木端者ですし、糧となってくれただけ恩の字と思いましょうか。

 

 

 

 

「ほーっほっほっほっ、ドレイク。私は待っていますよ?神竜マスタードラゴンの血を持つ貴方が絶望して憎悪に狂い、我らに心の底から忠誠を誓ってくれる日を」 

 




いつもより短くなってしまいましたが、ダイジェストじみたプリズンブレイク(大神殿)は以上となります。
次回からは本格的に青年編前半がスタートする感じです。
ちなみに年齢は……。

ドレイク:21歳
ヘンリエッタ&マリア:16歳
ヨシュア:18~19歳

こんなイメージです。これ青年っていうより大人だなドレイク。



ひかるオーブ「ゲマには勝てなかったよ……」


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番外編2『グランバニア王女の憂鬱』

暫く本編への出番がなさそうなリュカちゃんパートを挟む暴挙。
ドレイクが10年間過ごしてる間、リュカちゃんはどうだったかというお話です。

永い間国を空けていた王様の一人娘である王女が、無邪気で居させてくれるだろうか。という話。


 

 暗い靄がかかった中、お兄ちゃんが咳き込む度に血をその口から零している。

 今にも膝をつきそうなぐらいボロボロなのに、お母さんからもらったって言って大事そうに手入れしていた剣を握って。

 怖い、怖くて大きい魔物2匹から、ボクとお父さんを守るように立っている。

 

 

『がはっ、ごほっ……俺は、俺は大丈夫だ……まだ、頑張れるから、行ってくれ、パパスさん』

 

 

 お父さんがお兄ちゃんを気遣って、逃げろと叫んでるかのような悲痛な声でお兄ちゃんへ呼びかけている。

 だけど、頑固なお兄ちゃんは首を力なく左右へ振ると、両手で剣を構え始める。

 

 ダメ、その先を言っちゃダメ。お兄ちゃん。

 逃げようよ、一緒に帰ろうよ。とボクが叫ぶけどもお兄ちゃんには届かない。

 だって記憶の中のボクは、お父さんの腕の中で震えているだけだったから。

 

 

『行ってくれ! 父さん!!』

 

 

 いつもみたいにお兄ちゃんが叫び、ボクを抱いているお父さんが迷った末に身を翻して走り出す。

 ダメ、お父さん行かないで、お兄ちゃんを助けてあげてとボクは叫ぶけど、その声は届かない。

 

 そして、お兄ちゃんが大事にしていた剣が、魔物に真っ二つに折られた。

 

 

 

 

 

「っ!…………また、あの夢」

 

 

 目を覚ませば、そこは豪華な寝台から見える部屋の天井。

 サンタローズの村のボクの部屋じゃなく、実はお父さんが王様だったグランバニアの……王女であるボクの部屋。

 

 毎日じゃない、それでも時折見てしまう夢でかいていた汗が髪の毛と寝巻をボクの体へべたりと張り付けていて、それが不快な感触を伝えてくる。

 大きく溜息をつき、サイドボードの上にある水差しからグラスへ水を注いで一息吐くと、侍従の人を呼び着替えをお願いする。

 

 また怖い夢を見られたのですね王女様、おいたわしや……などと呟きながら侍従が出ていったのを見届け、ボクは寝台から下りると大事な宝物を仕舞っている宝箱へ近づき、鍵を開けて中を開く。

 その中にあるのは、王女様が持つにはふさわしくないらしい物。だけどボクにはどれもが大事な宝物だった。

 

 お兄ちゃんがボクにくれた、もうボクが纏うには聊か小さくなってしまった手織りのケープ。

 お兄ちゃんが、おままごと用にボクに作ってくれた一角うさぎをモチーフにした木製のお人形。

 そして……あの後、傷付いた体を推してあの場所へ戻ってくれたお父さんと一緒に見つけた、お兄ちゃんが大事にしていた鋼の剣の残骸。

 

 

「王女様、お着換えの準備が……」

 

「……ありがとう」

 

 

 そっと剣の柄部分を手に取り、怪我をしないようにしつつぎゅぅっと胸にかき抱いていると侍従の人が戻ってきたので、剣を寝台の上へ置く。

 侍従の人は、お父さんとボクからお兄ちゃんの事を聞いていて知っている、だけどその上でもう居ない人の事を考えてもと言ってくる人だから、ボクが宝物を見ていることに良い顔をしてくれない。

 

 だから、こう言う事も平気で言っちゃうんだ。

 

 

「……王女様、その。もう十年になりますし王女様ももう婚姻を考える御年です、ですから、その……」

 

「わかってるよ、うん、わかってる。だけどお願い、その先は言わないで」

 

 

 ボクを思って、悲しそうにしながらも告げてくれる貴方を嫌いになりたくないから。

 

 そう想いを込めて言葉を返せば、侍従の人は目を伏せてただ一言畏まりましたと返してくれた。

 お父さんもボクの想いを知っているからこそ、16歳になったボクに無理に婚姻を勧めてきたりはしない。

 

 だけれども、大臣や貴族達はここぞとばかりに告げてくるのだ、もう死んだであろう男の事は忘れろと。

 産まれのハッキリしない怪しい男が居なくなって良かった良かったと。

 そんな粗末な物は捨ててしまい、私が送る宝飾品に身を包んで欲しい。と。

 

 ふざけている、お父さんにもオジロン叔父さんには何も言えない……腰抜けの宮廷雀共が囀るのが我慢できない。

 貴方達のような連中が、お兄ちゃんとチロル、ホークさんとヘンリーを見殺しにさせたというのに。

 

 すごくムシャクシャする、今のボクはお兄ちゃんが好きだと言ってくれていた顔で笑えているだろうか?

 なんだか、とても怖くなったので、侍従の人に着替えを手伝ってもらった後はお兄ちゃんの剣の柄を抱きしめて眠る。

 

 

 

 今度は悪夢ではなく、お兄ちゃん達とサンタローズで過ごした時の夢を見る事が出来た。

 

 

 

 

 

 そして、アレが現実だったらよかったのに、と思いながら夢から醒めて。

 今日も宮廷雀共からの求婚や見合いをあしらって、お父さんと訓練をする。

 お兄ちゃんが諦めたり死んだりするわけないから、今度はボクが助ける為に。

 

 そして、お兄ちゃんに言いたいんだ、もう頑張らなくて良いんだよ。って。

 

 

「……リュカよ、お前は強くなったな」

 

「ううん、まだまだだよお父さん」

 

 

 鍛錬を終えて汗を拭い、お父さんと鍛錬の問題点を話し合い洗い出す。

 

 

「お父さん、次はこの子達との連携を試したいんだけど。お願いしていい?」

 

「……ああ、オジロンが今日は多めに政務を受け持ってくれるからな。存分にやろう」

 

 

 軽く息を整え、指笛を吹いて仲良くなりボクに忠誠を誓うようになってくれた魔物達を呼び集める。

 小さい魔物はスライムにドラキーやミニデーモンから、大き目の魔物はオークキングにメッサーラと結構な数が揃っていると思う。

 

 だけど君達、たまーにボクから目を逸らしてるのなんで?そんなに怖い事お願いしたり叱ったりしてないと思うんだけどさ。

 

 お父さんと、魔物達を交えた戦闘訓練は結局お父さんを押しきれずに引き分けになって終わった。

 ボクもそうだけど、お父さんもまたお兄ちゃんを見捨てて逃げる事になっちゃった事を、ずっと悔やみ続けている。

 

 

 そして、お風呂で身を清め……昔、お兄ちゃんがとぼけつつもデレデレしながら話してた、ボクも会った事があるお姉さんに体型が近づいてきた体を姿見で見直し。

 お兄ちゃんと再会したら、どんな顔をしてくれるかと想って暖かい気持ちになりつつ、侍従の人に着替えてもらい眠りに就こうとして。

 

 寝る前にもう一度宝物を見ようとして宝箱を開けたら、お兄ちゃんの剣の残骸が無かった。

 一瞬で冷えるボクの頭、そして今朝は起きるのが遅くてベッドに置いたままだった事を思い出して、侍従の人へどこに片づけたのかを聞いて。

 

 

「……その、大変申し上げにくいのですが、捨てさせて頂きました。あのような物に縛られる王女様を、これ以上見て居られず……」

 

「……なんで? ボクがお兄ちゃんの剣を大事にしてたの知ってたよね?なんで捨てちゃったの? ねぇ、なんで?」

 

 

 足元が崩れ落ちていくような錯覚を覚え、目の前が真っ暗になっていく中。

 ボクはふらふらとした足取りで、侍従の人の肩を両手で掴み、ヒッとか細く悲鳴を上げる侍従の人を問い詰める。

 

 ねぇ?なんでそんな青ざめた顔しているの?ボクの宝物を捨てたのは貴方だよ?

 

 

「どこに捨てたの?いつ捨てたの?ねぇ教えて?」

 

「も、申し訳ありません。王女様……」

 

「謝らなくていいよ、で。どこに捨てたのかな?」

 

 

 唇を震わせながら謝ってくる侍従の人、でも謝ってもらってもお兄ちゃんの剣は帰ってこないんだ。

 だから、少しだけ両手に力を込めてしっかりとお願いする。教えてもらうために。

 

 誠意を込めてお願いしたおかげで、何故か怯えつつも侍従の人は捨てた場所を教えてくれた。

 すぐに窓を開けて指笛を鳴らし、空を飛べる魔物達を呼び集めると。ボクの匂いがする剣を探すようお願いして、ボクも走り始める。

 後ろから侍従の人が呼び止める声が聞こえたけども、聞いて止まる理由はなかった。

 

 

 そして、1時間弱捜索の末に、兵士さん達が武器を捨てる廃品をまとめる場所に、無造作にお兄ちゃんの剣が転がっているのを見つける事が出来た。

 ちょっと汚れちゃってるけど、磨けば元に戻ってくれそうだったからホっとして寝室へ戻……ろうとして。

 とても、嫌な宮廷雀の男に会ってしまった。

 

 

「おや、王女様とあろう方がそのような恰好でどうされたのですかな?」

 

 

 贅肉を揺らして馴れ馴れしく話しかけてきたのは、大臣の息子。

 大臣が頻りに(しきりに)見合いさせてこようとする相手だ、お兄ちゃんとは似ても似つかない愚か者だ。

 ボクの肩に手を回してこようとしたので、手で払いのけて目を合わせず寝室へ戻る事にする。

 

 

「そんなゴミのような剣を抱えて……ドレイク?と申しましたか、そんな卑しい生まれの男なんて忘れてしまえばよいのに」

 

 

 そして、聞き逃せない言葉を耳にしたボクは。

 無意識の内に、名前も覚えていない大臣の息子の首元を掴んでお城の壁へ叩きつけていた。

 

 

「お、王女!何を……っ!?」

 

「黙れ、お兄ちゃんを侮辱するヤツは許さない」

 

 

 どうあっても、人を害する事を止めようとしない魔物を睨むように大臣の息子を睨んで警告する。

 正直、コイツが大臣の息子じゃなかったら……ダメだ、こんなのの血で手を汚したらお兄ちゃんが悲しむかもしれない。

 

 股間に染みを作り怯える大臣の息子から手を離すと、今度こそボクは振り返る事なく寝室へと戻る。

 

 

 

 

 この日見た夢は、お兄ちゃんやホークさん、チロルとおままごとをする夢だった。

 何故かお兄ちゃんは、知らない筈なのにボクがやった事を、無理するななんてお兄ちゃんが言う資格無いような事を、困ったように笑いながら言ってボクの頭を撫でてくれた。

 その後は、自分では迫真だと思っていたヘタクソな演技を披露するお兄ちゃんに、夢の中のボクは無邪気に笑っていて……。

 

 それでも、コレが夢だと言う事が、とても、とても悲しかった。 

 




侍従の人(メイドさん):こんなのがあるから王女様は囚われているんだ、捨てないと。王女様は救われない……!(決意の剣ぽいっちょ)


侍従の人は侍従の人なりに、リュカの事を想って行動しましたが思いきり裏目った感じです。

リュカちゃんは、ラインハット王らの発言によって宮廷雀系人種への人間不信拗らせており、ソレもあって魔物を次々と仲間にしてる感じです。

ちなみに大臣の息子は、しばらく先に本編でも出番がある予定です。
なお外見イメージは、DQ8のチャゴス


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11(展開を大幅に変更し改稿しました)

2月14日、想うところあり改稿しました。
 色々と理由はありますが、こっちの方が先の展開を面白く出来そうだからと判断した次第です。
 改稿前の展開を気に入って下さっていた方に対する不義理だとは重々承知しておりますが、ご了承頂けますと幸いです。
 

なお、別途。実在性ゲマさんへのお供物として別作のTSサマルの大人向け(意味浅)を書く事になった模様。



海辺の修道院 ●日

 

 

 少し危ういところもあったが、ヘンリエッタ達が入った樽を何とか負荷をかける事なく海面着水成功させた俺は。

 その際自分の体を庇い損ねてうっかり意識が飛びかけるミスをやらかすも、無事ヘンリエッタ達が入った樽と装備が入った樽の二つを海辺の修道院へ運搬する事に成功した。

 

 樽を開けた瞬間、よろめきながらも必要以上の力が抜けたローキックをヘンリエッタに叩き込まれた。解せぬ。

 その後ワンワン大声で泣きだした上に、同じように泣きだしたマリアにまで抱き着かれた。ヘルプミーヨシュア……あ、ごめん、声をかけて。ゆっくりと気持ち悪いの直して下さい。

 

 その後、浜辺で尊厳と言う名のリバースをしているヨシュアと、少女二人に抱き着かれ泣かれる半竜人いう名の俺という不可思議な構図は、様子を見に来たシスターさんに声をかけられるまで続いたのであった。

 あれ?いつも死体を受け取ってくれていた青い髪のシスターさんは?あ、実家に呼び戻されてつい先週ぐらいに旅立ったと、それは残念。

 

 いやいやヘンリエッタにマリア、この残念というのは色々とお世話になったシスターさんにお礼を言えなかったという意味でな……。

 

 その後、ヘンリエッタとマリアの息ピッタリなローキックが俺の両脛に突き刺さった。痛い。

 

 

 

 

海辺の修道院 ■日

 

 

 あの後青い髪のシスターさんから話は聞いていたという年配のシスターさんに一晩の宿を借りた俺達は。

 今後どうするかについて、部屋の中で話し合いをしていた。ちなみにシスターさん達には半竜人形態を見られた俺だが、あのままでいるのも何なので今は人間形態だ。

 

 俺の目的はリュカちゃんとパパスさんが無事逃げ切れたかどうかの確認と、その後の消息についての確認。それとホークとチロルの安否確認に……10年近くほったらかしにしていた墓参り。

 後はもう一つあるが……コレはヘンリエッタに話す必要は……え?何か隠してる?そんな事は……顔を見ればわかる?何それ怖い。

 まぁ、うん。後はラインハットの状況確認だな。……ヘンリエッタ、乙女がしちゃいけないレベルの嫌そうな顔するな。

 

 正直に言えばラインハットは無理に立ち寄る必要はないかもしれないが、原作どうこう以前に俺はあの国の兵士を殺戮してしまっているのだ。

 理由はどうであれ、結局俺は命令されるがままに半べそかいて逃げたいのに逃げ出さず最後まで踏み止まっていた兵士すら殺したのだ。その兵士が本来守るべきだった国に義理は通すべきだと思う。

 

 こんな理由は3人には言えないけどな。

 

 ともあれシンミリしてしまったので、改めて3人に今後やりたいことについて聞き取りを行う。

 ヘンリエッタはー……あっはい、俺が行くところならどこまでもついていく。と(震え声)

 え?マリアも?そこにいるお兄ちゃんのヨシュアが悲しそうな顔してるって……お前なんだよその妹を嫁に送り出すような複雑そうな笑顔。

 ついでにヘンリエッタとマリア、視線で火花を散らすな。

 

 

 結局、しばらく俺の目的に3人が同行する事になった。どうしてこうなった。

 

 

 なお結局話し合いと意見のすり合わせに時間がかかり気が付けば日が傾いていたので、周辺の魔物退治を代金にもう一日お世話になる事となった。

 その中で一人、酷く沈んだ顔のシスターが居たことが気になったが、余人が立ち入る事でもないので特に触れずに置くことにする。

 

 後日、そのシスターがグランバニアから送られてきたと聞いてやっぱり聞くべきだったと後悔したのは内緒である。

 

 

 

  

オラクルベリー 〇日

 

 

 海辺の修道院を出立し、4人チームの連携確認と今後の旅についての確認もかねてゆっくりと一日かけて旅をし、オラクルベリーに到着する俺達4人。

 特に問題も大きな怪我も無くて何よりだ。ヘンリエッタとマリアが俺の寝袋に潜り込もうとしてきたが何も問題は起きなかったし起こさなかったのだ、俺頑張ったと思う。

 

 まぁそんな事はどうだっていい重要じゃない。

 初めて踏み入れた街だが、街の門から真っすぐ先に見えるカジノの看板が中々にカラフルで自己主張が激しい。アレどういうギミックで光ってるのか甚だ疑問である。

 で、あのヘンリエッタさんにマリアさんや。何故に俺の両腕に引っ付いておるんでしょう。え?道行く男の目が怖い?

 

 そこで改めて周囲を睥睨すれば、メイド服に身を着込んだヘンリエッタとシスター服に身を包んでいるマリアを、鼻の下伸ばした男達が視線を送っているのに気付く。

 そう言えばこの二人中々に、というか結構、いや素直になろう。とても美少女だからな、男達の視線もさもありなんという話だ。

 

 ヘンリエッタはかつての勝気な印象を目や顔立ちに遺してはいるものの。長い傍仕え生活の賜物によるものか、メイドらしい立ち居振る舞いが堂に入っており。

 気が付けば町を歩く荒くれよりも高くなっていた俺には届かないまでも、女性としては高い身長とメリハリのついたプロポーションをしている。眼福である。

 

 一方マリアちゃんの方は、大神殿ではヘンリエッタと同じようなメイド服を身に纏っていたが、今は修道院で受け取ったシスター服に身を包んでいる。

 彼女なりの、大神殿で犠牲になった人への気持ちの表れらしく、彼女の薄い色の長い金髪と美しくもあどけない顔立ちから不可侵が如き清純さを感じさせる。天使かな。

 その体格はヘンリエッタに比べ小さく、見る人によっては小柄という印象を与えるぐらいだが、その胸はヘンリエッタに負けないぐらい大きい。眼福である。

 

 さてここで問題だ、そんな極上の美少女二人を両腕に張り付けた目付きの悪い男への視線はどうなるか。

 答えは簡単、男への視線に嫉妬と殺意が籠る。子供にもわかる話だな!クソがぁ!!

 

 

 ところでヨシュア君や、何故そんなに距離をとっている……え?一緒にされると色々と大変そう?そんなご無体な。

 

 というわけでお二人さんよ、その大きな胸のスライム達を俺の腕にくっつけるのはやめたまえ、はしたない。

 そう告げたら、二人して顔を合わせて悪戯っぽく笑ったと思ったらぎゅぅと音が出んばかりに抱き着いてきた。やめたまえ!!

 

 

 

 その後逃げるように宿をとり、ヘンリエッタとマリアちゃんが何かを言い出す前に問答無用で二人部屋二つを借りると、部屋にこもる。

 二人にはちょいと男だけで相談したいことがあるとお願いしたので、入ってくることはない。ないはずだ。

 

 そんなワケでヨシュアと相談、内容はマリアちゃんの未来についてである。

 言っちゃなんだが真っ当な体で無く、更に真っ黒な経歴の俺なんぞにあんなアプローチをしても彼女の為にならんから説得してくれとヨシュアに頼む。全力で殴られる。

 妹の気持ちを知っていてそんな事を言うなと怒鳴られる、そりゃそうだと納得するがこっちも必死だ。気持ちはヘンリエッタの分含めて気づいているが、欲望に身を任せかねない程度に俺もヤバイと懺悔する。

 

 いまだ怒り冷めやらぬ様子のヨシュアだが、話してみろと続きを促してくれる。ありがとう。

 身内の恥も良いところだが、俺の親父は母親を孕ませて行方を眩ませたことを話し、そんな親父と同じような事はしたくないと正座したまま話す。今度は正座していた俺の脳天にヨシュアの踵落としが刺さる。

 このご時世男女の関係でそんな事言うのはお前だけだ!というか少しはその手の欲望を発散しろ馬鹿野郎!とお叱りを受けた。

 

 欲望の発散、閃いた!一夜の恋のお店……オーケーマイフレンド、宿屋の部屋の中で刃傷沙汰は止そう。

 そんなに俺の妹は魅力がないのか!と青筋浮かべたお兄ちゃんに怒られる、お兄ちゃんならむしろ妹を大事にしろと言いたい俺だったがヨシュアの剣幕にたじたじになる。

 

 魅力的だし可愛いから傷付けたくないんだろうが!と俺がヨシュアへ返した次の瞬間、ヨシュアは怒り心頭だった顔にまるでスライムのような笑顔を浮かべる。

 迸る嫌な予感、すくっと立ち上がって部屋の扉へ足音を消して近づいたヨシュアが扉を引けば。

 

 ドタドタと、扉に聞き耳立ててたらしいヘンリエッタとマリアちゃんが部屋に転がり込んできました。図ったな貴様ぁ!?

 むしろアレだけ扉の外から音が鳴ってたのに気付かなかったお前が信じられんと溜息を吐くヨシュア。どうやら割といっぱいいっぱいだったせいで周囲への注意が疎かになっていたらしい。

 

 いや違うそうじゃない、この状況はマズイ。ヘンリエッタとマリアちゃんの目が好物のお肉を目の前にしたチロルみたいに輝いてる。

 

 

 待てヨシュア置いていくな友達だろう!? 友達だから見捨てるんだよ、お前は少し自分へ向けられてる想いを自覚しろって?そんなー。

 

 その目を潤ませ、俺を見詰めるヘンリエッタにマリアちゃん。

 掛け値なしの本音を言えば、二人は俺には勿体ないぐらいの極上の美少女だ。

 

 だけどもその時、10年前にあの闘いで俺へ泣きながら、パパスさんに抱かれた状態でその小さな手を俺へ伸ばそうとしていたリュカちゃんを思い出した時。

 俺の思考が冷え、罪悪感によって欲望が消えていく。

 

 俺は二人を苦しくない程度に抱きしめると、二人が大事である事、そして勝手に居なくならない事をしっかりと俺の言葉で告げる。

 その上で、まだ俺はその気持ちに答える資格がない事も告げ、二人に待っていてほしいと自分勝手ながらも話した。我ながら問題の先送りともいうがここで手を出すよりかははるかにマシだろう、きっと。

 

 二人には悲しそうな顔で見られた俺だが、異口同音にしょうがない人だと言われる俺。解せぬ。

 その後、二人から唇にキスを受け。放心していた俺であった。 

 

 

 何だかこう気が付かない内に見えない鎖でつながれている気がする俺だが、まずは、俺は彼女とパパスさんに謝らないといけない。

 俺が幸せになるのは、その後でイイ。

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

 

 

 

オラクルベリー ■日

 

 

 お前は男前なのかヘタレなのか良くわからんなと呆れ顔のヨシュアにぐうの音も出ない俺、とりあえず見捨てた報復として一発小突いておく。

 ヨシュアは俺に小突かれた個所を手で擦りながら、まぁそれがお前の選択なら俺は何も言わないさと言ってくれた。イイ男である。

 

 しかしまぁそれとこれとは話があるようで、ヨシュアは宿に併設されてる食事処で話し合おうぜと促してきたのでついていく。

 で、まぁ……彼からの話というのは。

 

 放っておいたらどこぞに消えて勝手に満足した挙句野垂れ死にしそうな俺に妹を託すのは正直不安だが、女性二人がかりで縛り付ければ早々浅慮な真似はせんだろうと思っていたとのことだ。

 お前なぁ、と思わず呟き店員が運んできた果実水を啜る俺だが、ヨシュアが言ってる事を全面的に言い返せないのでぐうの音も出ない有様である。

 

 その後もヨシュアからの説教は懇々と続く。

 やれ、女性の気持ちに疎すぎるだの。命と体が無事ならそれでいいとかお前舐めてんのだの。

 どうせ、あの二人以外にも無自覚に女ひっかけてんだろうから覚悟しておけだの。フルボッコである。

 

 正直言われたい放題だが、ヨシュアもまた俺が奴隷の死体が出るたびに無茶苦茶やってたのを知ってるわけで。

 俺は友達だと言っておきながら、独善的に動いてたにすぎないという事だ……っていてぇ?!

 

 辛気臭い顔してねぇで飲め!と据わった目つきのヨシュアに、ジョッキをドンと目の前に置かれる。お前何時の間に呑んでんだよ。

 だが、勧められたからには呑まず逃げるわけにはいかん、とジョッキを掴み呑む。

 

 

 この日はその後もなんだかんだグダグダとやった挙句、心配して様子を見に来たヘンリエッタとマリアちゃんに引きずられるように部屋へ俺は戻されたそうだが。

 二人が言うに、俺のその時の顔は今までで一番穏やかな顔をしていたらしい。

 

 

 

 

 

オラクルベリー ♪日

 

 

 なんだか爽やかな朝である、昨日は醜態を晒した気もするが元気に生きていこう。

 心機一転とばかりにそう宣言したら、3人に心の底から心配された。解せぬ。

 

 まぁ冗談はさておいて、目的はカジノだ。

 行楽とかそういうのでなく、ちょっと試してみたい事がるので3人に旅の準備を頼みつつカジノに走る俺である。

 コレは別にサボってギャンブルをしに行くわけではないのだ。

 

 適当に2桁届くか届かないぐらいの、みみっちい枚数のコインをゴールドと交換した俺はスロットマシンの前に座ってコインを入れると。

 ピオリムを発動し意図的に意識を加速させ、適当に目押しを試す。

 

 結果は成功、狙い通り7が五つ揃い結構な枚数のコインが、1枚スロットマシンからジャラジャラと吐き出される。

 剣を振ったり攻撃を回避したりとかしない限りは、きちんとこの体でも目押しが出来る程度にはピオリムが使える事が実証できた。

 

 

 さぁ次は100枚スロットだ。

 

 

 そんな事をやってたら支配人らしき男にバックヤードへ拉致され、結構な金額のゴールドと引き換えにコイン没収の上カジノを出禁にされた。ご無体な。

 

 なお3人にはあきれ返った目で見られた。辛い。

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる(震え声)

 

 

 

 

サンタローズ 〇日

 

 

 オラクルベリーのカジノを出禁にされたけど、今日も俺は元気です。

 まぁアホな事はさておき、カジノで出禁と引き換えに手に入れた馬車に乗ってオラクルベリーを出立した俺達は北上して橋を渡り、その後は北西へ進んで歩き続け。

 俺がラインハット兵を殺戮した平原で、一度祈りを捧げてから先へ進む。

 

 そして、夕方ごろに辿り着いたサンタローズは……10年以上前に出立してから、ほとんど変わっていなかった。

 思わず涙を流しそうになるが、ヘンリエッタやマリアちゃんに気付かれない内に拭う。ヨシュアは気づいていたようだが、気付いてないふりをしてくれた。

 

 門番のおっさんは俺に気付くとギョっとしたような顔をし、俺の肩を掴むと生きていたのか。無事だったんだなと男泣きに泣きながら喜んでくれた。

 そして、おっさんが大声で村に向かって叫ぶと、教会のシスターや武器屋のおっさん、それに万屋の親方までもが駆け寄ってきてくれて。

 

 パパスさんに聞いた時は信じられなかったけど、お前やっぱり生きてたんだなと。生きていて良かったと乱暴に俺の背中や肩を叩いて泣きながら俺をもみくちゃにしてくる。

 今度は、涙を堪え切れなかった。

 

 

 

 

サンタローズ ■日

 

 

 パパスさん達と共に過ごしていた頃から何一つ変わっていなかった、話に聞くと村の人達がパパスさん達や俺がいつ帰ってきても良いようにと手入れしてくれていた家で一夜を明かし。

 村の人達に、パパスさんとリュカちゃん、サンチョさんの行方と。ホークとチロルが戻ってきていないかと尋ねて歩いてみる。

 

 返ってきた反応は、パパスさん達は生まれ故郷であるグランバニアへ帰ったらしいと言う事。そしてホークとチロルはアレから見ていないらしい。

 思わず俺が落ち込んでいると、ここ最近女の武器の熟練度具合が著しいヘンリエッタとマリアちゃんが、俺を心配するように胸を押し付けつつ心配してくる。

 あの、アプローチが少々アグレッシブじゃないですかねお二人さん?え?俺が想いに応えてくれる為ならなんでもする?愛が重い(震え声)

 

 武器屋のおっさんはそんな俺達を見てガハハと笑った後真顔に戻り、酷くリュカちゃんが落ち込んでいたから、再会した時は覚悟しておけよと釘を差してきた。

 あの時点で想われてるのは自覚してたが、いやまさかそんな十年経った今…………そこまで考えて、事あるごとに幼い嫉妬をむき出しにしてローキックを俺に叩き込んできたリュカちゃんの姿が頭をよぎる。

 

 て、手紙だけでも出すべきかな。と震え声で武器屋のおっさんに聞けば、そりゃそうだろと頷かれる俺。ですよね。

 しかし、現在ビスタ港はラインハットが封鎖していることから手紙は出せないだろうなぁ、とも言われる。

 

 ラインハットを何とかする理由がまた一つ増えたな、凄く情けない個人的な理由だが(震え声)

 だけども、今すぐは解決できない以上、もう一つの目的を果たそうと思う。

 

 サンタローズ北にある生家の、墓参りを。

 

 

 

 

サンタローズ北 〇日

 

 

 村で保管してくれていた、パパスさんが時折サンタローズ北へ渡る為に使っていた船を使いサンタローズ北へ渡る。

 強力な魔物が出現する事から、ヨシュアとヘンリエッタ、マリアにはサンタローズに残ってもらうつもりだったが満場一致で却下された。

 

 なので、村では隠していた半竜形態を解放して襲い掛かってくる魔物を率先して蹴散らし、時折ヨシュアの槍や……オラクルベリーで仕入れたらしいチェーンクロスを振るうヘンリエッタに援護してもらい。

 魔物の攻撃で負った傷を、マリアちゃんに癒してもらいながら記憶を頼りに生家への道を進む。

 

 そして、森を抜けて辿り着いたのはあの頃から変わらない、畑が併設された木造の一軒家。

 思わず懐かしさに溜息を吐くと、家の扉が音を立てて開き……へびておとこ、見間違えようもないオルテガが俺に気付いて。

 

 

 

 

 おかえりなさい、と告げてくれた。

 俺もまた、ただいま。と返したが、その時きっと俺の声は震えていたかもしれない。

 

 




改稿前でも続けられそうでしたが、モチベ等の関係で修正しました。
本当に申し訳ありませんでした。




【今日のリュカちゃん劇場】
「お父さん」
「どうした、リュカ?」
「ボク、気付いたんだ。泣いてるだけじゃお兄ちゃんに会えないって、だから旅に出る」
「落ち着けリュカ」
リュカちゃん、想い出に縋り続けるのを止め、想い出を捕まえる為に決意で満たされた模様。



その頃ドレイクは二人の美獣に捕食されそうになるも耐えていた。




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12

11改稿後、一気に文章をアウトプットするのであった。
11話は主に、ドレイクが二人を食ったところを大きく変更しております。
ですので、改稿前のみしか見られていない場合、今回の話は若干話が繋がらないかもしれません。
本当に、申し訳ない。


サンタローズ北 〇日

 

 

 オルテガは俺達を家の中へ迎え入れてくれると、すぐに薬草茶を準備し俺達へ出してくれた。

 ヨシュアはへびておとこが甲斐甲斐しく家事をしてる姿に何やら考え込んでいるが、とりあえず細かい事は気にせずお茶を啜る事にしたらしい。

 本当にすまないオルテガ、10年近くほったらかしにして……え?気にしないでほしい?出来た男やで……。

 

 ヘンリエッタとマリアちゃんは、俺の生家が物珍しいのか家の中へ視線を巡らせている。

 ちょっと魔境気味な環境下にあるぐらいが取り柄の普通の家なんだけどなぁ、などと思いつつ。薬草茶を準備しているオルテガへ声をかける。

 

 内容は、ホークとチロルの行方である。オルテガは知らないチロルについてはベビーパンサーの女の子だとも伝えた。

 俺の言葉にオルテガは僅かに動きを止めると、ホークとチロルというキラーパンサーならば主人の部屋に居ますよ。と教えてくれた。

 その時のオルテガの声は、若干震えていた。嫌な予感が俺の中を走る。

 

 その予感が嘘であることを願いつつ俺は席を立ち、子供の頃に比べて幾分か小さく感じる家の中を歩き。

 10年以上立ち入ってなかった自室の扉の前で立ち止まると、大きく深呼吸してその扉を開ける。

 

 部屋の中は殆どあの頃と変化がなく、ホークは部屋の中央付近にあるホーク専用クッションの上で身を丸めるようにして瞳を閉じていており。

 大きく成長したチロルがホークを守るかのように、ホークに寄り添い寝そべっていて……暗い灰色の毛並みをしたベビーパンサーが、チロルの尻尾にじゃれついていた。

 子供の頃はチロルより体が大きかったホークが良くチロルをその羽根で包むように、良く一緒に昼寝をしていたものだが……。

 

 今のホークには体の大きさ以上に、それができない理由があった。

 想い出の中の姿に比べその体は確かに大きくなっていたが、かつて俺の目の前でゲマに握り潰された片翼は半分ほどの長さになっていた。

 思わずホークの名を小さく呼ぶ俺の言葉に、ホークは閉じていた瞳をゆっくりと開けると、俺の顔を見てクルルと嬉しそうに鳴く。

 

 

 俺とホークの声にようやく俺の存在に気付いたチロルもまた嬉しそうな鳴き声を上げ、チロルの尻尾にじゃれついていたベビーパンサーは警戒するようにホークの後ろへ隠れる。

 優しい家族の風景、しかしホークの姿は俺から見てもとても弱々しいものだった。

 

 

 茫然とする俺に、様子を見に来たであろうオルテガがゆっくりと説明を始める。

 10年前のあの日、ホークは血塗れになり片翼を握り潰された状態でありながら、チロルをその足に掴みよたよたとこの家へ逃げ込んできたらしい。

 本来のホークならば多少疲れる程度で平気な距離だが、あの激戦による疲労と負傷を抱えたホークには、その無茶は回復魔法すら効かないほどの後遺症をホークへ遺した。

 

 時を追うごとにホークは弱っていった、チロルが時折ホークを労りオルテガを率先して手伝ったそうだ。

 オルテガの話では、いつもチロルはホークを気遣うように傍にいたらしく、そしてある日チロルの胎が大きくなり始めていたらしい。

 もしかするとホークは、自分がもう長くない事を知っていたのかもしれない、とオルテガは呟く。

 

 知らない内に嫁さんと子供までこさえた兄弟分。そして10年近くほったらかしにしていた俺を見て、嬉しそうに鳴いてくれたホーク。

 俺は気が付いたら跪き、羽毛に隠れて目立たなかったがやせ細っていたホークの体を抱きしめる。

 遅くなってごめん、待たせてごめんと。込みあがる嗚咽を耐えながら呟く俺を、心配すんなよと言いたいかのように嘴で俺の首筋をホークは擦てくる。

 

 そして。

 ホークは、まるで嫁さんと子供を頼む、と言わんばかりに小さく鳴いて、俺の腕の中で静かに息を引き取った。

 子供の頃から、母が居た頃からこの家で共に育ち、たまにケンカし、そして其の度に仲直りしていた兄弟が。共に育った家で死んでしまった。

 

 灰色のベビーパンサーが、縋るように父親であろうホークに顔をぐりぐりと擦り付け、それでも反応がない事に何かを察したのか。悲痛な鳴き声を上げ。

 チロルもまた、耐え切れなかったのかホークの亡骸へ寄り添いながら、押し殺すように声にならない鳴き声を上げた。

 

 

 

 俺の目から涙は出なかった。

 

 

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる。

 

 

 

 

 

サンタローズ北 ◇日

 

 

 ヨシュアとオルテガに手伝ってもらい、母の墓標の隣にホークが収まった棺を埋めるための穴を掘り、そして棺を穴の中へ納める。

 灰色のベビーパンサーが、父親の埋葬を止めようと俺に必死に噛みついてでも止めようとしてくる。

 

 この子はきっと、父親の死を受け入れられないのであろう、あの時にあっさりと受け入れてしまった俺と違って。

 棺へ土を被せる手を止めて屈み、灰色のベビーパンサーへ手を差し出す。そして噛まれるが、気にすることなくもう片方の手で灰色のベビーパンサーを撫でて語り掛ける。

 

 お前のお父さんは凄いヤツだったんだぞと、頭もよくて強くてカッコイイ、俺の自慢の弟だったんだと。

 言葉が通じているかどうかは関係なかった、俺はこの兄弟が遺した忘れ形見に自慢したかったんだ。俺の兄弟はとても凄いヤツだったんだって。

 そして謝りたかった、俺があの時ゲマとの闘いでホークに無理をさせたせいで、父子が過ごせていた筈の時間を奪っていたことに。

 

 俺の言葉に灰色のベビーパンサーは、噛んでいた俺の手を離すと血にまみれた俺の手を舐めて離れ、母であろうチロルに縋るように身を寄り添える。

 俺はそんな二匹を見届けてから、ホークの埋葬を再開し……。

 

 

 ほどなくしてホークの棺は土に埋まり。埋葬している間にヘンリエッタとマリアちゃんが用意してくれたらしい十字架を、墓標の上に立てて……祈る。

 今まで傍にいてくれてありがとう、

 そして、すまないと、歯を食い縛りながら祈った。その次の瞬間。

 

 

 ホークの墓標から飛び出してきた光輝く球体が、俺の顔面に直撃した。

 そしてその球体は……なんだその体たらくとしょぼくれたツラはと言わんばかりに俺の周囲を飛び回り。

 まるでやらかした俺を、ホークが突っついてきた時のようにがしがしと俺の頭にぶつかってくる。

 

 

 思わずどよめき、臨戦態勢に入るオルテガとヨシュア、そして球体に顔面を打たれのけぞった俺に駆け寄ってくるヘンリエッタとマリアちゃん。

 だけど、俺は尻もちをついた姿勢のまま、球体に打たれた顔を摩りながら、何故か確信ともいえる気持ちと共にその球体へ……ホークと茫然としたまま語り掛ける。

 

 語り掛けられた球体は、まるでそれ以外の何に見えると言わんばかりに光を明滅させて激しく自己主張すると。

 俺が背中に背負ったままの皆殺しの剣改の柄頭へ、何度もぶつかり……まるで剣を掲げろと言わんばかりの行動を取ってくる。

 

 何も言葉を発していない筈なのに、言葉を交わす以上に分かりやすく感情を伝えてくるホークの魂に俺は困惑したまま剣を抜いて両手に持って掲げると。

 球体は一度俺から離れてチロルと灰色のベビーパンサーの周りを、優しく明滅しながら飛んで回った後に、良くホークが空へ飛びあがっていた時のように上昇した後。

 俺が掲げた剣の、色褪せて光を失ったオーブへと飛び込み、掲げた剣ごと激しく輝き始め……光が収まった後、俺の手には先ほどまで掲げていたものとは大きく形を変えた剣が握られていた。

 

 柄の鍔部分に収められていた色褪せたオーブは、まるでホークの翼のように漆黒の輝きを放ち。鍔は広げられた黒い羽根のような意匠となり。

 握るもの、そしてソレを振るう相手に悪意を与えるかのようなその刀身は、まるで俺がかつて使っていた鋼の剣のような直刃の白刃へと変化していた。

 

 ああ、そうか。ホーク、お前はこんな俺が心配でしょうがなかったんだな、墓で寝てられないくらいに。

 ごめんな、もう置いていかないから。今度はずっと一緒だ、ホーク。

 

 

 

 

 

 

=======================================================================

 

 

 ホーク殿の魂によって、主人を堕落させる悪意に満ちた呪いの剣が目の前で変化し、亡き兄弟の遺志に静かに涙を流す主人。

 私は、その姿を……不謹慎ではあるが、とても美しいと思ってしまいました。

 

 ホーク殿はずっと主人を待っていました、もう何時その命の灯火が尽きてもおかしくない体を、ただその強い意志だけで繋いでいました。

 ですが、とうとうその戦いは報われたのですね、ホーク殿。

 それでも、死後も主人を放っておけなくて憑いて行くところにホーク殿らしさを感じずにはおられませんけども。

 

 

「……オルテガ様、ラインハットの方角からまた兵士に扮した魔物が東の海岸に接岸しました」

 

「いつも通り処理しなさいカンダタ。その様な些事、主人らには無用の事です」

 

「御意」

 

 

 音もなく現れ、私の背後から報告をしてきた配下のへびておとこからの報告に、不快さを隠し切れずに少々乱暴な指示を出してしまう。

 前にも兵士に扮した魔物が、ラインハットを治める太后様の為に働く栄誉を与えようなどと言っておりましたが、私の主人はドレイク様ただあの方のみです。

 あの方へ愛を捧げているらしいヘンリエッタ様にマリア様、それと主人を心から心配しているヨシュア様の願いならまぁ多少融通を利かせても良いと思えますが、それ以外など論外ですとも。

 

 主人は10年近く私を放っていたと申し訳なさそうに謝っておられましたが、あの時の私に手を差し伸べてくれたのは主人ただ一人。

 私が忠誠を捧げるには、それだけで十分なのです。

 

 

 

 

 

 あ、でもできればですけども、また旅に出られるであろう主人に私がかつて仕えていた方の行方を、ついでで良いので調べて頂きたいかもしれません。

 

 




ホーク「おめー相変わらずだな兄弟、心配だからついてってやるよ」
こんな感じです、生き別れた兄弟分とのほのぼのな再会ですね。所帯も持ってたし。
追記)配合的にはあばれうしどりとかキャットフライなんですが、展開優先で捻じ曲げました。




【今日のリュカちゃん劇場】
「お父さん」
「な、なんだリュカ。旅立ちは許可しないぞ?」
「ううん、焦っていて準備不足だったことに気付いたからそれはいいの。それより何かお兄ちゃんの事で隠してる事ない?」
「…………ないぞ?本当だぞ?」
なお、主にドレイク情報による原作知識と、彼の父親についての情報を隠してる模様。



というわけで、少し色々とやらかしましたが11話修正&12話をお届けできました。
活動報告ではみっともない愚痴を吐きましたが、作者は大丈夫ですまだ頑張れます。
モチベも持ち直したので、このまま毎日投稿往くぞオルァン!!


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13

今回から、主人公がそこそこ前向きになっていきます。
ネガりそうになったら、自己主張激しい新たな愛剣が主人公を叱咤するとも言う。


後、じみーーーにアルカパにて原作改変が露骨に入ってます。


サンタローズ北 ◇日

 

 

 あの後、剣をかき抱いてボロボロに泣いた俺。正直恥ずかしくはあるが、心は清々しいぐらいだ。

 メソメソしていたら、またホークに叱られてしまいそうだしな、すぐには正直難しいけどそれでも切り替えていこう。

 

 少しばかり名残惜しいけども、ヘンリエッタ達に声をかけて出立の準備を始める。

 チロルを連れていくことも最初は考えたが、あの子はもう守るモノがある母親だ。俺の旅路に連れていくわけにもいかない。

 そう考えて、家に入り下ろしていた、何故か中身があちこちに飛び散っているザックに、零れ落ちていたモノを拾って入れ直そうとして蓋を開け。

 

 中に入り込んでいた、ホークとチロルの子である灰色のベビーパンサーと目が合った。

 いやまてお前何時の間に入っていた、というかどうやって入った。ホークに似て変なところで芸達者だなお前。

 若干ほっこりする俺だったが、灰色ベビーパンサーの両前脚の脇に手を差し込んで持ち上げて、そっと床へ降ろす。ほっこりしたがソレとコレとは話が別なのである。

 

 て、えぇぇい!裾を噛むな!背中に背負ったホークの剣からも止めていいのか叱ればいいのか迷う気配感じてるぞオイ!

 ヨシュアなんかは腹抱えて笑ってるし、ヘンリエッタとマリアちゃんもクスクスと楽しそうに笑ってる、みんな笑顔で何よりだが……繰り返す、ソレとコレとは話が別なのである!

 

 母親であるチロルへ何とかしてほしいという願いを込めて視線を向けると、彼女もまたやんちゃな子供に困っているのかキラーパンサーの強面で渾身の苦笑い。お母さんの苦労を垣間見た。

 オルテガ、お前からも何とか言ってくれ……え?コイツこんなにちまこい外見なのに、サシで野良へびておとこ撃破できんの?

 

 

 危険だから置いていく、という逃げ道が塞がれた瞬間である。チロルからも連れていってあげてほしいという視線を感じ……あれ、よく見るとお前さんもいそいそと旅支度始めてない?旦那に似てたのかお前も器用になったね。

 ヘンリエッタから、連れて行ってあげたらどうかな?と言われ、マリアちゃんもこんなにお願いしているのに置いてくなんて可哀想です。と言ってくる。

 

 腕を組み黙考、のちにザックから出した時と同じように灰色ベビーパンサーの脇に手を差し込んで持ち上げ、目を合わせる。……あ、こいつ雄だ。

 ともあれ、危険だし怪我もするぞ、それでもいいのか?と俺は問いかけ、その問いかけに今更何をとばかりに可愛さの残る咆哮で応える灰色ベビーパンサー。

 

 しょうがねぇな……ホーク、お前の息子はしっかりと責任もって預かるぜ。

 そうなると名前を付けてやらんとなぁ、うーん……。ネコ、もしくはパンサー……って、いてぇ!?引っかいた上に渾身の猫キックしてくんなてめぇ!!

 

 

 その後、ヘンリエッタからはユーリルやアリーナと言った名前や、マリアちゃんからはパトリシアやファルシオンと言った名前案が飛び出、だがどれもなんか違うと頭を突き合わせて考え込む俺達。

 話が長くなりそうなので、薬草茶を淹れにいったオルテガがお茶を持って戻ってきたころ、状況の推移を見守っていたヨシュアがぽつりとつぶやいた。

 

 灰色で影っぽいし、シャドウでいいんじゃね?と。

 その名前に、俺達が考えた名前に見向きもしてなかった灰色ベビーパンサーが耳を動かして反応を見せ、にゃーと鳴いた。決定である。

 

 

 なお俺は名付け2連敗な模様。

 え?その名前でイケるって思うのはさすがにどうかと?そりゃないぜヘンリエッタにマリアちゃん……。

 

 

 

 

サンタローズ 〇日

 

 

 サンタローズにて一泊。

 大きく育ったチロルを見て、村人の皆びっくり。シャドウがチロルの子だと知って二度びっくり。

 そして、ホークが死んだことに村人の皆がっくり。アイツも村の一員として受け入れられていたんだな、という事を再認識して目頭が熱くなった。

 

 俺はここにいるぞーとばかりにたまに、背中の剣がカタカタ動いてるがおとなしくしてろ。事情知らない人から見たら怪奇現象以外の何物でもないから。

 

 初めてみる人里に興味津々のシャドウはあっちこっちをきょろきょろ見回したと思ったら、ナニカ面白いモノでも見つけたのか走り出し……その後をすかさず追いかけたチロルがシャドウの首根っこを咥えて戻ってくる。

 あんなに甘えん坊だったチロルがお母さんしている事に、気が付けば21歳になっていた俺、親戚の一家を見守るような優しい気持ちになる。

 

 おっとヘンリエッタにマリアちゃん、俺が所帯を持つのはまだ早いので家族計画的妄想から帰ってきなさい。ついでにヨシュア、お前はここ最近男の視点から見た俺の攻略方法を伝授するのもやめなさい。

 ん、どうしたの武器屋のおっさん。え?お前はリュカちゃんに再会したら、全力で刺されるかもしれんな? は、ははは、あんな優しくて可愛いリュカちゃんがそんな事するわけないじゃないか。

 

 

 おっさん、対策方法教えてください。え?そういうのも含めて受け止めるのが男の甲斐性?

 凄く含蓄深いけどおっさん、アンタ過去に何やって……え?二股の末に刺されて生死の境さ迷った?マジで何やってんだよアンタ!

 

 

 

 

 

アルカパ 〇日

 

 

 サンタローズの顔なじみだった武器屋のオッサンの衝撃の事実を知りつつ、俺達はアルカパ到着ナウである。

 この町もまた荒廃とは無縁に、ほとんど変化は見受けられず……門番のおっさんが、俺の顔を見てレヌール城でお化け討伐をした俺じゃないか?と聞いてきたので、そうだと答えたら。

 とても嬉しそうなおっさんに、久しぶりじゃないか元気にしていたか?と乱暴に肩を叩かれる、

 

 ごめんおっさん、最初におっさんがあの時の衛兵さんだと気付かなかった、本当にごめん。

 

 だがガチで謝られてもおっさんもきっと困るだろう、この罪悪感は俺の心にしまっておく。

 ヨシュアとヘンリエッタにマリアちゃん、そしてチロルからジト目的視線を感じるが気のせいだ!なおシャドウははしゃいで駆け出す前に、チロルに首根っこを咥えられてプラーンと揺れていた。

 

 仲間達には、想い出のある町が無事だったかどうか確認がしたい、という名目で立ち寄らせてもらった。いやこれも目的の一つではあるんだけど。

 どちらかと言えば、ラインハットの情勢を知れればと言う目的が強い。あの国の名前を出すとヘンリエッタが凄い複雑そうな顔をするから、あんまり言えないんだけどな。

 

 そんなワケで、情報と噂話の宝庫へ4人と2匹で昼間から赴いて情報を集める。

 聞こえてくる話は、やはりラインハットの惨状ばかりだ、少し前のラインハットの兵士が全滅したことで働き手を亡くし、困窮する市民が多いらしい。

 そこに、太后が次々と無茶な税をかけるものだから、働き手を亡くした一家は言うまでもなく。そして出兵とは無縁だった商店すら次々と店を畳む事態らしい。

 

 覚悟はしていたが、俺がやった殺戮はラインハットという国に対して、決して軽くない爪痕を遺してしまったらしい。

 そう考えていたら、すかさず背負ったままのホークの剣がカタカタと震え、まるで……だったら、お前がその国を救ってやれ。と言ってるかのような意思を俺へ送ってくる。

 

 そうだな、悪い事をしたら謝り、取り返しのつかない事をしたのなら出来る事をして償わなければ、いけないよな。

 

 

 

 そうやって決意を固めてたら、なんか見覚えのある青年に絡まれた。なんでも、てめぇが行方不明になったとかなんだで、ビアンカちゃんが凄い落ち込んでいたらしい。

 ここ最近まで宿屋で両親と共に暮らしていたらしいが、ダンカン夫妻も見るに見かねて、引退がてら山奥にある静養地へ引っ込んだとの事だ。

 何だか凄く居た堪れない。

 

 ついでに新たな女性の名前に、ヘンリエッタとマリアちゃんから立ち上る気配が怖い、後ろ振り向きたくない。

 

 

 

 

 

神の塔 〇日

 

 

 あの後アルカパの宿で休み、オラクルベリーを経由してやってきたのは海辺の修道院南東にある神の塔。

 目的はここにあるラーの鏡だ、何故知ってるかとヘンリエッタに聞かれたので、ここにある気がしたとはぐらかす。

 変に嘘を吐いて後でドツボにハマるよりも、ここは多少不自然にでもごり押す方を取る俺であった。

 

 ちなみにアルカパの宿で見覚えのある年配の従業員が居たので、その人に先代の宿の持ち主ことダンカン夫妻について聞いてみたところ。

 ビアンカの母ちゃんの方が、少し難病にかかり一度は危ういところまで行ったらしいものの、注意深く奥さんの様子を見ていた旦那さんことダンカンさんのおかげで一命をとりとめたらしい。

 ダンカンさん曰く、遠くへ旅立つ友人から奥さんの体調を労り、私みたいに後悔せぬようにな。と助言をもらっていたことが功を奏したとかなんとか。

 

 良かった、本当に良かった。そうしみじみする俺である、ちなみにビアンカちゃんについての追及は何とか沈静化させることができた。

 だけどヨシュア、お前妹みたいな活発な子って言ってるけど、どうせその子も落としてんだろ?ってあの時ボソリと呟いて、沈静化しかけてた二人から怒気が立ち上ったこと、忘れてないからな。

 

 

 あ、ちなみに神の塔の入口はマリアちゃんが祈りを捧げた事で無事開いたので、魔物をホークの剣で薙ぎ払いヨシュアに二人をカバーしてもらいつつ最上階に到着。

 ヘンリエッタとマリアちゃんに首を傾げられつつも、途中で拾っておいた小石で透明な足場を確認した上でラーの鏡を無事ゲットしました。

 何故か、塔へ入った時から感じてた神聖な意思っぽい何かが、違うそうじゃないって訴えかけてた気がするが気のせいだな!

 

 

 なお、そのまま森の中にあるっぽい旅の扉を、シャドウの訓練がてら探してみたが空振りに終わった。

 俯瞰視点で空から見るならともかく、鬱蒼とした森の中にある祠を見つけるには、俺のうんのよさでは足りなかったらしい。

 

 

 

 

 

ラインハット 〇日

 

 

 あの後修道院に宿を借り、オラクルベリーを経由して俺達は北上。

 ラインハットのある大陸へ続く地下通路を守る関所へ到達し、この先は通行止めだと、どこか疲れた顔の兵士が俺達を呼び止める。

 

 その兵士に対して、ヘンリエッタがお前の苦手な蛙を仮眠中のお前のベッドに放り込んだ時は傑作だったななどと話し出し……俺の後ろにいるメイドの美少女が、ラインハットの王女である事に気付くと涙を流して跪く。

 兵士は泣きながら懺悔するかのようにヘンリエッタへ語り出す、あの時貴方を守るべきだった我々から裏切り者を出したせいで、そのような姿をさせる事となり申し訳ないと。

 その言葉にヘンリエッタは困ったように頬をかきながら、ぽつりとつぶやく。むしろコレ、ドレイクの趣味なんだけどな。と。

 

 オーケー兵士くん落ち着こう、その憤怒に満ちた顔で握りしめた槍から手を離してくれたまえ。

 そして煽るなヘンリエッタ!私の体も心もドレイクのものだとか言ってる場合じゃないだろう!?

 ついでに、対抗するように抱き着くなマリアちゃん!ヨシュアは止めろぉ!

 

 多少時間はかかったけど、兵士さんの説得は成功しました。

 ヘンリエッタ様を頼みますぞ、と俺の肩に手を置いてぎりぎりぎりぎりと力を込めてくる兵士に、俺はオーケー落ち着けと言いつつ情報を聞き出す。

 何でも、今のラインハット城には自分が主だと言わんばかりに、へたくそな擬態をした魔物が我が物顔でうろついているらしい。

 先の出兵で大半の人間兵士が死んだことで、その流れは大きく加速しており、今や彼のような兵士は閑職に回されたり過酷な任務にばかり就かされているそうだ。

 

 

 責任、とらねぇとな。

 

 

 

 

 

ラインハット ◇日

 

 

 一日かけて到着したラインハットだが、10年以上前に見た時と違いその街には明るい空気どころか、生気すらも欠けたような有様だった。

 薄汚れた襤褸切れのような服を纏った物乞いが、道を往く人へささやかな施しを乞い、チラリと裏路地へ視線を向ければ痩せ細った子供達が項垂れて座り込んでいた。

 

 決して貧しい国とは言えないラインハットをここまで追い込むとは、どうやら偽太后はよほど楽しく過ごしているらしい。

 歳を食った老人の物乞いへゴールドを渡し、代わりに耳寄りなうわさ話を聞いてみれば……ヘンリエッタが少年に擬態した魔物に攫われてから先王が体調を崩して死んだ後。

 跡を継いだ現王のデールを差し置いて、彼の母親である太后が権勢を振るい自分に逆らう大臣は適当な罪で処罰し、従順な大臣には相応に飴をくれてやってるらしい。

 その結果がご覧のあり様さ、俺だって昔は腕の良い鍛冶屋だったんだがな……無茶な納入ノルマこなせなかったら途端に右腕が永遠にオサラバさ。とボヤく老人。その老人の右腕は、肩から先が存在していなかった。

 

 追加料金だとパンを一つ老人へ手渡し、ヨシュアに情報収集を頼んだ俺は、顔が青ざめているヘンリエッタと沈痛そうな顔をしているマリアちゃんを連れて宿へ向かう。

 宿に入った俺達を見て、くたびれた様子の店主が久しぶりの客らしい俺達を満面の笑みを浮かべて迎え、すぐに部屋を用意してくれた。

 

 ごゆっくり、とくたびれながらもスケベな顔で俺達を見送る店主に、俺は苦笑いを浮かべつつ……気配を研ぎ澄ませて聞き耳を立ててる気配や、覗いている目線を感じない事を確認すると。

 沈んだ様子のヘンリエッタとマリアちゃんへ問う……と言うより宣言する。

 

 俺は情報が集まり次第、ラーの鏡を持って城へ乗り込み偽太后をぶちのめす。と。

 俺の言葉にヘンリエッタは目を見開き、あの女は魔物か何かか?と問いかけて来たので、その可能性が高い事を話す。

 まぁ状況証拠的には現時点では半々といったところが関の山なのだが、俺には原作知識がある……事だけが判断基準ではない。

 

 チグハグ過ぎるし中途半端なのだ、民を苦しめて愉悦に浸るにしても富を貪って強欲に耽るにしても。

 ヨシュアに頼んだ情報が、俺の予想した通りならば。その推論をかなりの精度まで上げる事が出来る。

 まぁ最終的にやる事は、鏡片手に忍び込んで正体暴いてぶちのめすという一点に集約されるんだけどな。

 

 俺の言葉に俯き、考え込んで、ぽつりぽつりとヘンリエッタは話し始める。

 俺だけ居ればイイ、そう思って生きてきたけど、それでも自分の生まれ故郷が好き放題されてるのが辛い、と。

 だけども、だからと言ってこれ以上俺に無理をしてほしくないとも。我慢するかのように喋るヘンリエッタを気遣うように、マリアちゃんはその震える手にそっと手を重ね、俺を見上げる。

 

 マリアちゃんの気持ちは、太后を害する害さないは別にしても、苦しんでいる人たちを何とかしてあげたいというモノだった。

 何をどうすれば良いかはまだ思いつかないけど、それでも理不尽に踏みつけられ絶望したままなのは悲しすぎると。大神殿で奴隷が死んだと聞かされる度に悼んでいた、あの顔で話す。

 

 

 二人の気持ちはわかった、ならば任せておけ。と言おうとするがカタカタと背中のホークの剣が震える、違うそうじゃないだろう。と言いたいかのように。

 ……ああ、そうだな。俺が一人で背負い込んで突き進む事は彼女達も望んではいない、だけども彼女達だけでは何ともならない。ならば。

 

 

 

 俺もこの国を何とかしたい。だから二人とも手伝ってくれ。と告げるのだ。

 

 しかし遅いなヨシュア、あいつ大丈夫か?

 

 

 

 

 

ラインハット ×日

 

 

 あの後も夕方頃になっても戻らなかったので、シャドウとチロルに二人の護衛を頼みつつ出ようとしたところでヨシュアが戻ってきた。

 遅かったじゃないかと言ってみれば、有力情報提供者に中々話してもらえなかったんだよ。と肩を竦め、入手してきた情報を話してくれた。

 

 ヨシュアにはあの後、捕まらない範囲で貴族の生活エリアの状況確認を頼んでいた。もしそこで俺の予想が確かなら、貴族からも搾取されていると思ったからだ。

 まぁ結果から言えばその推測はバッチリはまっており、確認を終えたヨシュアは宿へ戻ろうとしたのだが、そこで一人の老人に呼び止められたらしい。

 

 で、その老人がなんと、かつて昔ヘンリエッタに蛙をベッドに投げ込まれていた兵士の親だったそうで、兵士はあの後早馬で親へ手紙を出したらしい。一歩間違ったら大惨事だったなオイ。

 それで、俺達一行とヘンリエッタが生きていたという内容にその老人居てもたってもおられず、老体に鞭打って外へ出たところでばったりヨシュアと遭遇したとか。

 

 その後はまぁ、貴族の末席に居たとはいえ長くラインハット城に仕えていた老人から情報が出るわ出るわと、むしろラーの鏡不要説が出るレベルで状況証拠と証言が詰みあがっていく有様だったらしい。

 更に、その老人はパパスさんがボロボロの状態でリュカちゃんを抱えたままラインハット城へ帰還し、なりふり構わず息子への救援を頼んでいた姿もその場で見ていたそうな。

 あの時、大臣の言葉に同調して怪しい少年を魔物扱いせずにパパスの擁護をしていれば、こんな事にはならなかったと。とても後悔していたらしい。

 

 

 

 コレ多分だけど、俺が魔物扱いされた怪しい少年って気付いてないな老人。まぁいいけど。

 

 まぁともあれ、情報も集まったし躊躇う理由もないので、一晩おいて決意を固めたヘンリエッタと義憤に燃えるマリアちゃん、そして成り行きだけど手伝うさと言ってくれたヨシュア。

 更に、話を聞いて怒気を立ち上らせるチロルと、多分何もわかってないシャドウを引き連れて……。

 

 

 

 

 ちょいとばかり、偽太后に落とし前をつけに行こうか。 

 

 




次回、魔物兵ばかりなのを良い事にカチコミします。


【今日のリュカちゃん(リュカちゃんが出るとは言ってない)】
「兄上、頼りになる家臣と敵でない家臣、毒にも薬にもならない家臣とそれ以外の判別が大体つきました」
「助かるオジロン、コレで始末をつければ多少はリュカへの配慮に欠けた縁談話も少しは落ち着くと良いのだが……」
「古くから仕え支えてきた者達はリュカ殿が、自ら立ち直る事を望んでおります。これが総意であるとも」
「そうか、私は後の世で愚かな王と呼ばれるだろうな」
「兄上、事情は私も心から理解しておりますが、さすがにアレだけ国をほったらかしにしてたら否定できないかと」
「ぐう」
そんな、とあるグランバニアの兄弟の会話であったとさ。


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14・上

ゲマ戦以来のフル三人称回です。

なお今回の作戦、提案された時ドレイクは3回くらい「え?これほんとにやんの?考え直そ?」って言ったらしい。


 

 

 誰かが昨日嘆いた。

 こんな、どうしようもない日が何時まで続くのかと。

 

 別の誰かが今日呟いた。

 明日もどうせ、クソッタレな日なのは変わらないと。

 

 誰かが昔期待して、そして当たり前のように裏切られ続けた夢も希望も見れず、諦観に包まれ緩やかに壊死させられていくが如き日常。

 だが、その閉塞した空気に包まれたラインハットに、その日一筋の光が差し込んでくるかのような罅が入る。

 

 

 艶やかな、ラインハット王族特有とも言える緑色の肩まで届く髪を持つ、男物の戦装束に包まれた美少女がラインハットの大通りを堂々と城へ向かって歩みを進める。

 その少女の傍らには、白を基調とした中に灰色の紋様が幾つも刻まれた上物の甲冑を着込み、背中には素人目でも極上の業物とわかる漆黒の宝玉が鍔にはめ込まれた長剣を背負った、灰色の長髪を持つ偉丈夫が共に歩みを進めており。

 彼ら二人に遅れる事なく、見るものを浄化させるかのような清らかさを持つ小柄なシスターと、全身鎧に身を包み長槍を携えた青年が続き……。

 

 

 誰もが項垂れ、その目に絶望を塗りこめて生きてきたラインハットの住民とは明らかに違う顔付きと、その空気を持つ集団はラインハットの民に大きくどよめかせ。

 彼ら4人の後を、おとなしくついて歩く2匹の魔物の様子にどよめきは更に大きくなる。

 

 

 地獄の殺し屋と恐れられ、残忍に獲物を甚振って殺し食らうと言われているキラーパンサーと、灰色の毛並みのベビーパンサーが暴れる事なく4人の後をついていく姿が彼らの視線の先にあった。

 城の魔物が遊び半分で城下町の人間を甚振る姿を良く知っている彼らは、4人に付き従う魔物2匹を信じられないような目で見送り、その時集まっていた群衆の中で誰かがぽつりと呟く。

 

 あの先頭を歩いていた少女は、10年以上前に魔物に攫われたヘンリエッタ王女ではないのか?と。

 その疑問は群衆の中で波紋のように広がっていき、また誰かが叫ぶ。

 ヘンリエッタ王女が帰ってきた!この国を救いに!と。

 

 その叫びは群衆の中に熱気を産み、項垂れ下を向いたままだった人々の目と胸に僅かであるがしっかりとした希望を灯す。

 小さな種火の希望の灯火は、優しい明日を願う炎となって群衆の心を包み、誰ともなしに城へ向かってゆっくりと歩みを進める4人と2匹の後を追いかけ始めた。

 

 

 そして、4人と2匹……ヘンリエッタとドレイク、マリアとヨシュア、チロルとシャドウがラインハット城の城門前広場へ辿り着いた頃には。

 話が話を呼び、城下町中の五体満足な人間が彼らの背後に付き従っていた。

 中には満足に歩けない者も居たが、顔も名前も知らないその誰かを別の人間が肩を貸し、時に負ぶってまでついてきていた。

 誰もが、僅かな希望であろうとも縋りたがっていだのだ。

 

 

「なんだ怪しい連中め、ゾロゾロと人間を引き連れてラインハット城に何の用だ?」

 

 

 顔も見えない青い全身鎧に包まれた門番が、面倒臭さを隠そうともせず広場で立ち止まったヘンリエッタらへ誰何の声を上げる。

 そんな門番の様子に、ヘンリエッタは鼻で笑って腰に手を当て、付き従ってきた住民らにも聞こえるほどの大声で応える。

 

 

「怪しいとは何事か!私こそはこのラインハット城の第一王女であるヘンリエッタであるぞ!」

 

 

 普段、ドレイクの世話を甲斐甲斐しく焼いている姿からは想像できぬほどに、覇気に満ちた堂々とした態度の言葉。

 そんな少女をドレイクは頼もしく思うと同時に、少女へ大きな負担をかけるこの策で良かったのかと自問自答しつつも、自分が忍び込み暴れに暴れるという策が満場一致で否決された以上はしょうがないと内心で溜息を吐く。

 この策は、今も門番を相手に堂々とした啖呵を切っている少女が、ドレイクだけに負担をかけたくないと懇願して実行しているものなのだ。

 コレに、色々と口を挟むのはヘンリエッタの覚悟に水を差すモノだと思い、業を煮やしヘンリエッタへ襲い掛かってきた門番二人の剣を一太刀で弾き飛ばす。

 

 

「私が居ない間に随分とお行儀が悪くなったものだな?これもデールの……いや、太后殿の教育か?」

 

「くっ、おい!城中の兵士を呼んで来い!こんな連中に虚仮にされて黙っていられるか!」

 

 

 ドレイクが守ってくれると信じていたヘンリエッタは、門番二人の様子を嘲笑するかのように見下して告げ、そのヘンリエッタの様子に集まった群衆はさすが姫様だと口々に喝さいを送る。

 黙っていられないのは門番達だ、折角気持ちよく人間を甚振り好き放題腹を満たせる環境で楽しんでいたというのに、それに水を差す連中の登場に加え……項垂れ絶望していた人間達に希望が戻り始めているのだから。

 

 にわかに騒がしくなり始めるラインハット城、そして程なくして城門からはとても人間に見えない兵士達や鎧に顔が隠れた兵士達が現れ、更に城壁を越えて飛来したドラゴンキッズ達がヘンリエッタ達を取り囲む。

 余りにも圧倒的な多勢に群衆は怖気づくが、彼らは逃げ出す事はなく、希望の象徴となったヘンリエッタ達に逃げてと叫びかける。

 

 しかし、住民らの声が聞こえている筈のヘンリエッタ達に逃げ出す様子はなく、先ほど門番の剣を弾き飛ばしたドレイク以外もそれぞれの武器を構え始め……。

 右手で鋼の剣を高く掲げたヘンリエッタは、自分らを害そうとする兵たちに、そして背後で見守る民衆へ宣言する。

 

 

「先王の崩御と共に、新王を傀儡とし私の故郷を食い物にする太后を赦すワケにはいかない!私の名において太后を討つことをここに宣言する!」

 

 

 一触即発の空気に満ちていた空間に、一瞬の静寂が落ち。その後民衆達から爆弾岩が爆発したかと錯覚させるほどの歓声が響く。

 民衆の誰もがその目から涙を流していた、ようやく絶望が終わると。今日よりも良い明日が来ると。

 

 その芝居じみた情景に、人間の兵隊に偽装した兵隊は思わず呆け、怒りの形相を浮かべると偽装をかなぐり捨て雄叫びをあげてヘンリエッタ達へ一斉に襲い掛かる。

 いくら腕が立とうと手弱女では蹂躙されるしかないであろうその光景、しかしヘンリエッタは仲間達へ視線を送ると互いに無言で頷き。

 武器を構えて魔物の群れへと突撃する。

 

 集まった民衆は、その時信じられない光景をその目にする事となる。

 灰色の長髪を持つ偉丈夫が、その手に握る剣を振るうたびに何匹もの魔物が切り裂かれていく上、背後から斬りかかった筈の魔物の姿すら見えているかのように華麗にかわしてはその首を斬り飛ばし。

 ヘンリエッタは右手に持った剣と、左手に握ったチェーンクロスを器用に振るいながら魔物を相手にし、確実にダメージを与えた上で屠っていく。

 そんなヘンリエッタを、ヨシュアはその重装備を生かして庇いながら反撃とばかりに突き出した槍で魔物の心臓を刺し貫き、仲間が傷付くたびにマリアが傷を癒しては戦線を維持していく。

 

 余りにも強すぎる4人に魔物は、民衆を人質に取ろうと4人を飛び越えて襲い掛かろうとするが、チロルとシャドウが親子ならではの呼吸を合わせた連携を取る事でその企みを封殺した上に。

 時に空を舞う魔物を、シャドウがチロルの背中を踏み台にして飛び上がり、魔物の首に噛みついたまま体勢を入れ替えて魔物を地面に叩きつけてその首をへし折っていく。

 

 

 こんな筈ではない、人間など俺達の玩具の筈だという意識が魔物達に芽生え始め、そのタイミングで魔物にとっては最悪の事件が起きる。

 もう、魔物の手先になるなどゴメンだと、遠巻きにこの戦いを見ているだけだった城の数少ない人間兵士もヘンリエッタ達に加勢し始めたのだ。

 

 彼らはドレイクらに比べ、動きに精彩こそ欠いていたが、そこに自分の周囲の魔物を殲滅したドレイクが飛び込むように加勢。

 片手間とばかりに重傷を負った兵に呪文で治療を施しつつ、剣や蹴り。時に魔物が落とした剣の投擲を行う事で、彼が動くたびに何匹もの魔物がその命を散らしていく。

 

 

「この化け物めぇ!」

 

「魔物に言われたくねぇよ!」

 

 

 恐慌をきたし、破れかぶれの突撃をしてきた魔物兵を胴から一太刀で真っ二つにしつつ、自分へ飛びかかってきたシャドウへ左腕を差し出し。

 そのままくるりと勢いをつけて体を反転、自らの腕をカタパルト代わりにシャドウが望む方向へドレイクは射出しつつ、戦況を軽く分析する。

 

 状況としては理想的な状況、魔物兵は最初こそ全力で襲い掛かってきたが、及び腰になり始めた事で戦力の逐次投入をし始めている。

 とすれば、そろそろ出てくるはずだと内心で考えつつ、叫びながら襲い掛かってきた魔物の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んでその頭を爆裂四散させつつ、油断なく城門へドレイクは視線を送る。

 

 

 そして、ドレイクのその予想はピタリとはまり、聞くものを不快にさせる金切り声を挙げながら、目的の人物が姿を現す。

 その人物は、最上級の布地を惜しみなく使ったドレスに身を包んでおり、下品なまでに宝飾品でその全身を着飾っていた。

 

 

「狼藉者風情が騒々しい!ここをどこと心得ておるか!」

 

 

 不機嫌さを隠そうともせずに、ヘンリエッタ達を睥睨する初老の女性。その姿を見て群衆の中の一人が太后様、とぽつりとつぶやく。

 そして太后は、狼藉者の中にヘンリエッタが居る事に気付くと、口に手を当て高笑いをあげて嘲笑する。

 

 

「随分と変わったようですが……十年以上も行方知らずだった第一王女が今更戻ってきて何をしようと言うのです?今なら、先王の娘と言う事で見逃して差し上げましょうとも」

 

「アンタも変わったじゃないか、私……いや。俺に対しては厳しかったけど、デールや父、それにこの国をアンタは愛していた筈だったんだけどな?」

 

 

 互いに距離がある中でも、互いに目を合わせて視線で火花を散らす太后とヘンリエッタ。

 太后はヘンリエッタの言葉に口角を吊り上げて醜悪な笑みを浮かべ。

 

 

「随分と青臭い事」

 

「そういうアンタは魔物臭いがな、やってくれ。マリア!」

 

「はい!」

 

 

 不快そうに顔をしかめる太后を見つつ、さり気なくドレイクが傷付いた兵士を担いで鏡が映る範囲から離れたことをヘンリエッタは見届けると。

 膠着状態の間にヨシュアに守られながら準備を終えていたマリアへ合図を送り、すかさずマリアはラーの鏡を掲げて太后の姿を映す。

 

 

「な、その鏡はぁぁぁ……やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 小柄なシスターが掲げた神聖な力を放つ鏡の存在に気付いた太后が、魔物を嗾けて掲げる事を阻止せんとするが、すでに遅く。

 真実の姿を映すラーの鏡に映された太后はもがきながらその姿を膨らませ、ドレスを内側から弾け飛ばさせながら真の姿を現した。

 

 

「ぐ、ぐぅぅぅ……よくも、よくも、よくも私の野望を邪魔したなぁぁぁぁ!」

 

 

 ブクブクと肥え太った巨躯の青い肌、露出したその肌には幾つもの節くれだったイボが浮かんでおり。

 大きく裂けたその口からはだらだらと異臭を放つ涎が垂らされ、聞くものの生理的悪寒を誘う声を放っていた。

 

 噂はあったが、太后は魔物だったという真実に群衆は混乱し、そして恐怖する。

 そしてその恐怖はあと一歩、何かが後押しすればあっけなく集まった群衆を恐慌状態へ陥らせるモノであった、しかし。

 

 

 その、恐れを誘う真の姿を現した太后の前に、一人の男が立ち塞がる。

 男の鋭い目付きには憤怒の炎が燃えており、その足取り。そして背中には一歩たりとも引く意思がない事は誰から見ても明らかであった。

 

 

「きさまぁ、もしかして。あの時のガキかぁぁぁぁ!」

 

「ああそうだよ、てめぇらに嵌められて魔物扱いされた怪しいガキさ。元がつくけどな」

 

 

 漆黒の宝玉がはめ込まれた剣を強く握り直し、自分達が苦難を強いられ……ホークが死ぬ原因となる事件を起こした自分を睨んでくる怨敵を、ドレイクは殺意を込めて睨み返す。

 そして、内心で本当にやらなければいけないのか、と覚悟を決めたつもりだったがもう後に引けない以上、ドレイクは腹を括り。

 

 両手でホークの魂が宿った長剣を高々と掲げる、そして。

 

 

「我が身に宿りし呪われた竜の力よ、今悪を滅ぼす力を示せ!」

 

 

 その場に強く響き渡る声で叫ぶと共に、掲げた長剣に嵌められた漆黒の宝玉が輝きを放ち、収まったその場所には……。

 半竜半人とも言える姿となったドレイクが立っていた、身に纏っていた鎧もまた体の変化に伴い形状が変化している。

 

 その一部始終を見届けた群衆は混乱の極致に居た。

 太后が真の姿を現して魔物になったと思ったら、ヘンリエッタや仲間、そして兵士をも守っていた凄腕の剣士が魔物じみた姿へと変貌したのだから。

 しかし、群衆の中の誰かが頑張れドラゴンの剣士!と叫んだのを皮切りに、群衆は次々とドレイクへ声援を送り始める。

 

 種明かしをすれば、剣に宿ったホークの魂に頼んで光を放ってもらい、その間に変化の杖を解除しただけなのだがその演出とも言えるやり方によって。

 群衆は、ドレイクの事を好意的に勘違いしたのだ。

 ドレイクが戦闘能力を十全に発揮するための演出としてこの作戦を提案した時のマリアは、人間とは信じたいモノを信じたがるモノですよと若干濁った眼で語っていたらしい。

 ヨシュアとドレイクが思わずドン引きした内容だったが、確かにその効果はあったのだ。ドレイクは内心羞恥心で悶えているが。

 

 

「姿形が変わった、程度でぇぇぇぇ!」

 

「はっ、おせぇんだよ!」

 

 

 自分よりも小さいドレイクへその腕を伸ばす偽太后、しかしその腕がドレイクを捉える事はなくお返しとばかりに剣で大きくその腕を切り裂かれ。

 苦痛に叫び声をあげる偽太后に構う事なく、もはやドレイクにしか扱えない程に改良されたピオリムを唱えると、その姿が残像を残して掻き消え。

 

 群衆らが、剣を振りぬいたドレイクを見た次の瞬間には、偽太后の全身から夥しい血が噴水の様に噴き出した。

 

 

「がっ、ぎっ、ぐぇ……し、死にたく、ないぃぃぃ」」

 

「そうか、だが関係ないな。 俺の安眠の為に死ね」

 

 

 苦痛と傷に立てなくなり崩れ落ちる偽太后、這いつくばったままドレイクから逃げようと必死に地面を引っかくが肥大化したその体は殆ど進むことはなく。

 ドレイクは死刑宣告とも言える言葉を無感情に告げると、掲げた剣に赤黒い稲妻を纏わせ。裂帛の気合と共に偽太后へ振り下ろした。

 

 

 剣撃が引き起こしたとは到底想像もつかない轟音と衝撃によって大地が揺れる、そしてその余波が収まったその場所には。

 偽太后だったと思われる、原形を留めて居ない無残な屍が転がっていた。

 

 

 その圧倒的な勝利に歓声を上げる群衆に、ドレイクへ駆け寄り抱き着くヘンリエッタとマリア。

 失われたと思われていた第一王女の凱旋と、勇者とも言える存在に群衆は絶望的な日々が終わりを告げたことを、涙を流しながら互いに抱き合って喜びに打ち震えた。

 

 

 

 長く、永く続いたラインハットの夜は、ようやく明けたのだ。

 




マリアちゃんは、ドレイクのカッコいい姿を皆に見せびらかしたかったのだ。
そしてドレイクは善意とか親愛しかない提案に、断り切れなかった。ヘタレだね。



【今日のリュカちゃん】
「ねぇリュカ、ちょっとスラリン貸してくれない?」
「え?いいけどどうしたのドリス」
「んー、ちょっとね。ムシャクシャしてるから、プニプニした子抱っこして不貞寝したい」
「そっかー……あ、オークスとサーラとかどう?」
「なんでそのチョイスなのよ……え?可愛いじゃない?そこはまぁ個人差あるからノーコメだけどさ、踏まれて鼻息荒くするのはちょっと……」
今日のグランバニアは平和でした。


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14・下

ドレイクの贖罪回、彼が犯したラインハット兵殺戮についての沙汰が下ります。
ついでに、ひっそりと潜んでいた魔物大臣も炙り出されます。

キリが良かったので、ヘンリエッタが今後の旅についてこれるかは次回に回しました。ごめんなさい。
今回も難産で何度も書き直しましたが、それなりに見れる形に仕上がったと思います。思いたい。


 魔物が化けていた偽太后が、長年行方不明だったが生きていたヘンリエッタ達によって討伐された。

 帰還した第一王女らの戦いを目の当たりにした人々は、口々に英雄譚の始まりとも言える戦いに居合わせた興奮を騙り、話は瞬く間にラインハット中に広がった。

 合わせてとばかりに、デール王の勅命によって城の蓄えが住民らへふるまわれた事もあり、ラインハットの国民達は何年ぶりかもわからない、希望と喜びに満ちた宴をそこかしこで開く。

 誰もが喜び、笑い、餓えや兵からの暴行で家族を亡くしたものはともに歩める者がもう居ない事に涙を流しながらも、隣人に慰められて夜更けまで続いた宴の輪へ入っていく。

 

 そしてソレは、偽太后が討伐されたラインハット城も同様で、城で働いていた人間は互いに抱き合って喜び、新たな希望となって戻ってきたヘンリエッタの帰還を口にしては、ラインハットの明るい未来を想っていた。

 だが、城下町や城の各所と違い、謁見の間には今重苦しい空気が立ち込めていた。

 

 ヘンリエッタに付き従い、偽太后を討ちとった剣士ことドレイクが念の為、古い地下牢を確認した方が良いかもしれないと口にした事で、本物の太后が発見されたのだ。

 その姿は偽太后が化けていた姿とは打って変わって、憐れみを誘うほどにみすぼらしく憔悴しきっており、長い監禁生活によって目は衰え足腰も兵に肩を貸されてようやく歩けると言った有様であった。

 

 謁見の間へ連れて来られた本物の太后は、ボヤけた視界にヘンリエッタを見、ヘンリエッタ自身が名乗ったことで口元に手を当てて驚くと、兵の手を振り払って倒れ込むように床へ伏せて懺悔を始める。

 其方が攫われ10年近く戻って来られなかったのは、全て妾のせいだと。ごろつき達と手を結び、魔物に母親を襲われた兵を買収して其方を浚わせたのは自分だと、罪を告白し。

 全ては妾がデールを王位に就かせようとやった事で、無理やり王位につかされたデールには何の責任もないと、妾の命でどうかデールを赦してやってほしいと嗚咽を堪えながら、伏したまま懇願する。

 

 玉座に座ったままのデールは、みすぼらしい姿に成り果てさせられた母の姿に愕然とし、続けざまに告解された母の罪にその目を見開く。

 同じように言葉を失っていた大臣達であったが、今日のラインハットの窮状を招く引き金を引いたとも言える人物の言葉に、口を開いて弾劾を始める。

 

 

「謝って許されるものか!」

 

「そうだ!ヘンリエッタ様がお戻りになられたから良かったものの、そうでなければこのラインハットがどうなっていた事か!」

 

「ヘンリエッタ様!この女狐を即刻処刑致しましょう!」

 

 

 自分はどうなってもよい、だからどうか我が子であるデールの命だけはどうか、どうかと震えた声で懇願をし続ける太后へ浴びせかけられる罵声。

 その姿に、幼かった頃の自分がもっと素直に心を開いていれば、この人は自分の命も同じように庇ってくれたのだろうか。とヘンリエッタは考えて大きく息を吐くと。

 不愉快極まりない、大臣達を黙らせるべく鞘へ納めたままの剣の剣先を謁見の間の床へ叩きつけて大臣らを睥睨し、その良く回る口を閉ざさせる。

 

 

「確かに義母上のやった事はこの惨状を招く切っ掛けになったかもしれない。だが、魔物が化けていた事を知らなかったとはいえ国を傾けるような行為を諫めるのが貴様達の仕事じゃないのか?」

 

「そ、それは、その……」

 

「諫言をした者は、悉く不審な死を遂げるか……職を解かれて謹慎になりまして……」

 

「そして臆病風に吹かれ、飴を与えられて偽りの繁栄を享受していたと? 貴様達に義母上を弾劾する資格など無い事を知れ」

 

 

 集まっている大臣の中でも、上等な衣服に身を包んだ大臣らが特に口うるさく弾劾を叫んでいた事を目敏く見つけたヘンリエッタは、その目に侮蔑の色を隠そうともせず大臣へ言葉を叩きつけ。

 言い負かされる形となった大臣は悔しそうに唇を噛みながら、剣呑な光を目に宿しつつも押し黙る。

 

 そんな大臣らを不快そうにヘンリエッタは見つつ、床に伏す太后の傍でしゃがみ、その痩せ細った肩にそっと片手を乗せる。

 

 

「あの時、確かに私は貴方を強く憎んだ。だけども、今は感謝もしているんだ……貴方のおかげで私はドレイク達に出会え、そして絆を結ぶことが出来たのだから」

 

 

 ドレイクと言う存在に強く依存しているヘンリエッタの掛け値のない本音が、優しい声音で太后へと告げられる、そして。

 私はデールも貴方を赦す、どうか私に二度も兄弟と母上を失わせないでほしいというヘンリエッタの言葉に、太后は伏したまま涙をぽろぽろと零し何度も何度も謝罪の言葉を叫ぶ。

 

 二人の様子を内心ハラハラしながら見守っていたドレイクは、ヘンリエッタの出した優しい結論に満足そうに頷き、ふと大臣の一人からの敵意の視線に気づく。

 大半の大臣らが、目の前で繰り広げられる懺悔と赦しに感動の涙を流している中感じた違和感に、ドレイクはヘンリエッタから意識を外さずに思考を巡らせる。

 この局面において自分達に敵意を抱くとしたら原因は凡そ二つ、偽太后と通じていて富を貪っていた輩か、もしくは偽太后と同じように魔物が化けている存在か、と。

 そして、先ほどヘンリエッタに言い負かされた大臣の大半が場の雰囲気と流れに涙を流し、次々とヘンリエッタへ自らの罪を懺悔し贖罪を誓っている以上、前者の可能性は低いとドレイクは判断した。

 

 場の人間に気付かれないよう気をつけつつ、ラーの鏡を所持したままのマリアへドレイクは視線で合図を送り、敵意をぶつけてきた大臣へ声をかける。

 

 

「なぁ、そこの大臣さんよ」

 

「……何かな?ドラゴンの勇者殿」

 

「勇者は止してくれ、柄じゃない。少し気になる事があるんでな、声をかけさせてもらったのさ」

 

 

 一足飛びに斬りかかれるようにしつつ、ドレイクに声を掛けられ振り向いた大臣をマリアが掲げたラーの鏡が映し出し、輝きを放った鏡が大臣に化けていた魔物の真の姿を露見させる。

 にわかにざわめく謁見の間、しかし魔物が暴れ出す前にドレイクは既に駆け出しており、一刀のもとに魔物を両断し容易く絶命させた。

 

 どよめく大臣、隣にいる者も魔物ではないかと疑心暗鬼に駆られる中、ヘンリエッタが凛とした声で集まった大臣らへ魔物を排除するために人を集めろと告げ、人が次々と城の広間へと集められていき。

 傍にドレイクを控えさせたマリアが掲げたラーの鏡で、集められた城の人間を映し出していき、人間であることを証明する。

 そして、太后に化けていた魔物と大臣へ化けていた魔物以外は人間に化けた魔物は、ラインハット城にはいない事が明らかになった時には既に太陽が上がっており……。

 詳しい話は夕方する、とヘンリエッタは宣言するとドレイクと一緒の部屋へ入ろうとし、そっとヨシュアとマリアに引っ張り出された。

 

 

 

 そして同日の夕方、身だしなみを整えたヘンリエッタ達4人は、改めてラインハット城の代表者が集められた謁見の間へと踏み入る。

 大臣に化けていた魔物の死体と血痕は片付けられており、その痕跡はうっすらと残った血の染みにしか見つける事が出来ない。

 

 玉座に座るデール、そして集められた代表者達は皆、凱旋したヘンリエッタが玉座に就く宣言をするものと思っていた、しかし。

 彼らの予想を裏切るかのように、ヘンリエッタと視線を交わした後ドレイクが一歩前に踏み出る事に、彼らは内心で首を傾げる。

 そして、ドレイクが語り出した内容は……彼らにとって救国の英雄である剣士の罪の告白であった。

 

 ヘンリエッタ達と共に魔物に囚われた先で、魔物の命令によりサンタローズへ向けて進軍していた兵士達を一人残らず皆殺しにしたと告げたドレイクに、大臣は顔を蒼褪めさせてヘンリエッタ達へ視線を向け。

 沈痛そうに目を伏せる彼女達の様子に、ドレイクの言葉が真実であると悟る。

 

 ヘンリエッタにマリア、そしてヨシュアは彼らが冷静になる前になし崩し的に告げ、そしてヘンリエッタが赦すという流れで行くべきだとドレイクを想い主張していたのだが。

 ドレイクはその言葉に首を横に振り、罪は贖わなければならないと返答し、このタイミングで告げる事にしたのだ。

 

 ラインハットと言う国を大きく傾けた必要のない出兵と、その兵士らの全滅を成した原因が目の前にいるという事実に大臣らは震え、ドレイクへ言葉を投げかける。

 彼らの中では、その出兵をごり押しした大臣が責任を取らされ族滅させられた事で終わった事件だっただけに、何故今更そのような事をという気持ちが強かった。

 

 

「何故皆殺しに……?」

 

「命令だったからだ、と言うつもりはない。俺はサンタローズを滅ぼされることが我慢できなかった」

 

 

 ドレイクの回答に、偽太后に冷遇されていた大臣の一人は頭を悩ませる。

 国勢を思うならば既に終わった事、ここで赦しを与えた上でその罪を鎖としてラインハットへ縛り付けてしまえば、この国は栄えるだろうと。

 しかし、兵士として働いている子を持つ親を思うと、それでいいのかと思案している中。

 今まで口を閉ざし、状況を見守っていたデールが口を開き、ドレイクへ問いかける。

 

 

「一つ問いたい、兵士らは最期まで勇敢であったか?」

 

「……ああ、泣きながら震えながら、それでも最期の時まで逃げようとせず俺に立ち向かってきた」

 

「そうか……」

 

 

 まだ少年らしさの残る声で、デールはドレイクの言葉に静かに頷いて瞑目し、ドレイクの傍で沈痛そうな表情を浮かべているヘンリエッタへ視線を向けると何かを決意する。

 彼は人の顔を窺いながら長い間、鳥かごのような玉座で過ごしてきた事で、その人物が何を求めているのかを察する能力に長けていた。

 

 そして、だからこそ彼は気づいた、目の前で罪を告解した剣士は罰を受けたがっており、傍に立つヘンリエッタとマリア、ヨシュアはドレイクの心の闇を晴らしたがっている、と。

 彼らのような関係を自分も築けていたのなら、自分はここまで致命的に間違うことはなかったのだろうかと、デールは答えの出ない思いを抱きながら、口を開く。

 

 今まで何も出来なかった、ただ誰かが何とかしてくれると思いながら、変わり映えのしない空虚な玉座に座り偽りの王冠を被り続けてきた少年は、姉へ王位を譲る前に王らしい事を一つだけでも為したいと思ったのだ。

 

  

「救国の剣士ドレイクへ裁きを申し渡す。 殺した兵士の数以上の人の命と未来を、その剣で救うのだ」

 

「……畏まり、ました。偉大なる王よ」

 

 

 強い意志をもって、少年らしさが残る声で下されたその沙汰に、ドレイクは自発的に膝をついて深く頭を垂れる。

 その時、ドレイクが背負っていた剣にはめ込まれた漆黒の宝玉が輝きを放ち、幾つもの白く輝く魂が宝玉から立ち上り、この国に幸あれという声をその場に居る人々の頭に直接届けた後、天へと還っていく。

 

 

 

 

 その光景はとても儚く、しかし人々の胸に暖かい意志を与えるモノであった。 

 感極まった大臣の一人が、ラインハット王国万歳と叫び、同じように感情を抑えきれなかった大臣は王国の未来に栄光あれと叫ぶ。

 

 今この瞬間、ドレイクの罪は赦されたのだ。

 

 




太后へのヘンリエッタの台詞は、小説版ヘンリーの台詞も参考にしてます。
彼女は確かに赦されない罪を犯したが、同時にドレイクと絆を深めるきっかけにもなったのでヘンリエッタさんはそんなに怒ってませんでした。
太后さんの今後は、次回ちらっと触れる予定です。


【今日のリュカちゃん】
ラインハット解放から暫くした頃
「お、王!パパス王!ラインハット王国に行方不明であったヘンリエッタ王女が帰参し、竜の剣士と共に偽りの太后を討ち果たしたそうです!」
「なんだと!?」
「そして、竜の剣士とやらの外見は、パパス王がお話されていたドレイクという少年に酷似していたそうで……」
「そうか、あいつは生きていたんだな……こうしてはおれん、すぐに使いを出せ!」
「ハッ!!」
なおこの時点でドレイクは既にビスタ港から船に乗ってポートセルミに向かっていた。
更に、リュカはこの話を盗み聞きしていた。カウントダウンスタートだ。


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15

偽太后と魔物大臣の遺した爪痕の後始末(ロスタイム)をしつつ、ヘンリエッタとマリアが選択をする話です。
彼女達は、彼女達なりに考え抜いて結論を出します。


 

ラインハット ♪日

 

 

 デール王に贖罪として人を救うことを命じられた翌日、俺が何をやっていたかと言えば。

 謁見の間にて、ヘンリエッタへ王位を禅譲すると主張するデール王と、ソレを断固拒否する姉弟喧嘩じみた口論に巻き込まれていた。

 

 デール王の言い分は凱旋し竜の剣士と共に国を救った実績がある姉上が王座に相応しいというモノで。

 ヘンリエッタの主張はと言えば、どんな理由があろうとも長年国を空けていた王族が玉座に就くことは、混乱を招くからすべきではないというモノだ。

 

 まぁ両方の主張は両方とも正解だと思う、ただまぁうん、自分で言う事じゃないかもしれないが。

 ヘンリエッタの主張の裏側に、国に縛られず俺の傍に居たいという本音が透けて見えるのは俺の気のせいかと思い、傍に控えてた大臣へ視線を送れば気まずそうに愛想笑いされた。バレバレじゃねぇかヘンリエッタ。

 デール王の方にも、長年苦渋を強いられてきた姉に、これ以上危険な事をしてほしくないという気持ちが見えるだけに、俺が口を出すべきじゃないような気がしてしょうがない。

 

 そんな事考えつつ腕を組んで状況の推移を見守ってたら、デール王とヘンリエッタ両方から同時に自分の意見への同意を求められた。解せぬ。

 思わずヨシュアとマリアちゃんへ視線を向ければ、ヨシュアはお前が決めろと言わんばかりの表情で、マリアちゃんはどっちに同調すべきか決めあぐねてる様子である。

 

 腕を組んだまま、首を逸らし天井を見上げて考え、顔を前に戻して俺なりの意見を出す事にする。

 デール王は王位に就いたまま、しかしヘンリエッタを相談役として傍に置くというのは、折衷案としてどうだろう。

 

 などと言ったら一足飛びに距離を詰めてきたヘンリエッタが、私と一緒にいるのが嫌なのかと目に涙を浮かべながら脛を蹴ってきた。痛いが自業自得だから我慢する。

 

 

 そっと両手をヘンリエッタの肩の上に置き、ゆっくりと話すよう自分で気をつけつつ彼女の目を見て語り掛ける。

 現状はどっちの案だけでも、この国を取り巻く状況を考えれば見通しは立たないが、長く王座に就いていたデール王をお前が支えれば未来はあると。

 何も出来なかったかもしれないが、昨日俺に沙汰を下したデール王に俺は無意識に跪いていた、他者へ自発的にそうさせることが出来るというのは一種の才能なのだ。

 

 勿論コレは俺の意見であって、ヘンリエッタがどのような選択をしても、俺は尊重し応援する事も伝える。

 俺の言葉に、ヘンリエッタはぽつりと、一晩考えさせてほしいと喋って足早に謁見の間を立ち去っていくヘンリエッタ。

 

 そんなヘンリエッタをマリアちゃんは慌てて追いかけようとし、俺へジトっとした目付きで視線を送ると謁見の間を飛び出していった。

 正直ヘンリエッタの気持ちを踏み躙るような意見を口にしたわけだから、残念でもなく当然なのだが、溜息しか出ない。

 

 

 何も言わず、ポンポンと俺の肩を叩いてくれた大臣とヨシュアの優しさが身に染みた。

 しかし何のかんの言って、もはや原形を留めていない気もするが原作ドラクエ5の、あの展開と言うのは理に適っていたのだなぁ。

 

 

 

 ともあれ、部屋に引っ込むという気分でもないので、ヨシュアへ声をかけて大臣から情報を集めて少し国の為に働く事にする。

 ラインハットと言う国は元来豊かな国だ、それをここまでボロボロにしたほどの富の収奪はどこに行ったのかという話である。

 ヘンリエッタが太后を赦す場面を見ていた、偽太后に飴を与えられていた大臣が自発的に国庫へ納めた金額をさり気なく聞いてみたが、言うほど金額はでかくない。

 では、偽太后の部屋はどうだったのかと衛兵に協力してもらって調べてみると、金銀財宝でギンギラギンだったが国全体を困窮させたにしてはいまいちだ。

 

 そうなると、行先はまぁ凡その当たりはついてくるわけで、昨日俺が仕留めた魔物大臣の執務室を大臣と衛兵立会いの下ヨシュアと共にガサ入れしたところ……。

 出るわ出るわと言わんばかりの、光の教団への金品や生活必需品、嗜好品の上納記録を発見。中を見てみれば一時保管場所の記載まである始末である。

 

 そんなワケで、怒りに燃え上がる大臣と衛兵を引き連れる形で、一時保管場所こと東の遺跡へ殴り込みをかけて中のごろつきを殲滅した後、結構な富の奪還に成功するのであった。

 10年近く収奪された中からすると微々たるモノかもしれないが、ラインハットを建て直す為のとっかかりになってくれる事を祈るばかりである。

 しかし、かつてヘンリエッタを拉致して監禁してた場所を保管場所に選ぶとは、見つからないとでも思っていたのだろうか?まぁ今まで見つかって無かったのだから、結果的に正解だったかもしれんが。

 

 

 だけど大臣さんよぅ、コレはあくまで貴方方の功績って話で落ち着いた筈なんですが、なんで俺の功績になってるんですかね?(震え声)

 

 

 

 

 

ラインハット ■日

 

 

 頑固な油汚れじみたごろつき達をラインハット兵らと共に掃除した翌日。

 最近呼び出され慣れてきた気がする謁見の間……ではなく。

 

 宛がわれた部屋にて、シャドウをひっくり返して腹をモフモフと撫でていたところ、ヨシュアが俺を呼びに来た。

 何でも、部屋でヘンリエッタとマリアが待っているから呼びに来たらしい。

 

 そうかと答え、名残惜しそうににゃーにゃー鳴くシャドウを寛いでいたチロルへ載せつつ、ヨシュアに先導されて部屋を出る。

 また過激なアプローチされるとか思わないのか?とヨシュアに聞かれたが、二人の気持ちを押さえつけてる俺が言えた義理じゃないが、彼女達は俺が結論を出すまで待ってくれる筈さと応える。

 そこまで思いきりが良いなら、とっとと二人と懇ろになっちまえば良いのにとヨシュアが嘆息するが、聞こえないふりをして歩みを進める。

 

 部屋へ到着し、部屋の前の衛兵に軽く手を上げて挨拶をしているとヨシュアが扉をノック、程なくして返事があったので部屋へ入る。

 中では、真剣な顔をしたヘンリエッタとマリアちゃんが待っており、先導していたヨシュアもヘンリエッタ達の方へ移動する。

 

 そして、ヘンリエッタがぽつりぽつりと呟くように言葉を紡ぎ始める。

 この国では沢山の嫌な思いをしてきた事、しかし楽しい思い出もたくさんあった事。

 敬愛していた兄の代わりになろうとして、やっぱりなれなかった事を唇を震わせながらヘンリエッタが喋る。

 俺と傍に居たい、添い遂げたいと伝えたところで言葉を震わせ……そっとマリアちゃんがヘンリエッタの手を優しく握り、決意に満ちた声で俺の目を真正面から見据えて彼女は言葉を紡ぐ。

 この国を放っておけない、兄上と父上、死んだ母上が愛していた国を建て直したいと。

 

 俺はヘンリエッタの選択を肯定するかのように頷き、そっとヘンリエッタへ近寄って頑張った彼女の頭を優しく撫でてやる。

 お前とマリアちゃん、ヨシュアが居てくれたおかげで俺は心まで魔物にならなかったと、考えてみればはっきりと話してなかった感謝の念を伝えたところで。

 感極まったらしいヘンリエッタが俺の胸元に飛び込み、縋りつきながら大声で泣き始めた。

 俺に出来る事は、そっとヘンリエッタの背中を撫でてやろうとして……思い直し、そっとヘンリエッタを抱き締める。

 

 

 どのぐらい時間が経ったかは俺自身わからないが、泣き止んだヘンリエッタは俺の背中に手を回して親愛を示すかのように、胸元へ顔を擦り付けるとそっと離れる。

 私を選びに来てくれるのを待っていると言われて、問題を先送りにした罪悪感が胸をよぎるが、俺が選択したこと故に自業自得でしかない。

 

 そして、ヘンリエッタが落ち着いたタイミングでマリアちゃんが口を開く。

 兄さんと私もこの国に残り、ヘンリエッタさんのお手伝いをするつもりです、と。

 優しい故に、困窮したままのこの国の人間も、視線で火花を散らす事もあるとはいえ親友であるヘンリエッタを置いていけなかったのだろう。

 

 わかった、無理も無茶もするなよと言えば、ドレイクさんだけには言われたくないですと膨れっ面で言われる始末。解せぬ。

 そして、マリアちゃんが何かを期待するかのような顔で両手を広げた。

 

 思わずヨシュアを見る、表情から複雑な感情が垣間見えるが、察しろと目を背けられる。

 ヘンリエッタへ目を向ける、むしろ抱き締めないと許さないという視線を感じる。解せぬ。

 

 

 ともあれ、決意が居るであろう選択をした小柄なシスターを俺は身を屈めるようにしながら、そっと抱きしめた。

 

 

 ところでヨシュア君や、お前は何時か複数人に刺されるか、種だけ撒いて行方を晦ます気がするとか不吉な事をいうのはやめたまえ。

 

 

 

 

ラインハット △日

 

 

 ヘンリエッタが決意し、デール王を支える事を宣言した翌日。

 俺は部屋で旅支度を終え、部屋を出たのだが。

 

 なーんで旅支度完了状態でそこにいるのかね、ヘンリエッタにマリアちゃんにヨシュアや。

 え?ビスタ港まで見送りに行くだけ? 気のせいかラストの攻勢に出ようとする肉食獣の気配をそこの乙女二人から感じるんだが、俺の気のせいかねヨシュア君や。こら目を背けるな。

 ついでに剣に宿ってるホークよ、惚れてきた女は全部囲うのが雄の甲斐性とかやかましいわ。

 

 

 

 まぁしかし、短い間かもしれないが気心知れた仲間達と旅をする最後の機会だし、行くとするか。

 ……大丈夫だよ、お前達を泣かせるような事はしないし、放ったままどこかへ消えちまったりしないさ。

 

 

 

 て、ちょっと待てマリアちゃんや。勇者の出立とかなんか変な単語が聞こえたんだが、演出とかしてないよな?

 シテナイデスヨーって、目を逸らして棒読みしても説得力ないぞ。ちょっと俺の目を見てしっかり話してみようか。

 

 

 

 

 

ビスタ港 ●日

 

 

 まぁ特に問題もなく到着したわけであるが、なんだか見物客多くなーい?

 ラインハット出立の時どうだったか?黙秘する、黙秘すると言ったら黙秘する。

 

 ……え?ラインハット救国の英雄の旅立ちを見物しに、近隣の町や村から人が集まってきてる?

 そういわれてる間に大声で呼ばれたので振り返れば、そこにはサンタローズの村の人たちが俺へ向かって駆け寄ってきていた。

 

 まさかラインハットを救う英雄になっちまうとはな、大したものだぜ。なんて武器屋のオッサンに背中をバシバシ叩かれたり、旅立っても達者でやれよ、たまには帰って来いよと言ってくれる人までいる。

 思わず涙腺が潤む俺だが、ぐっと食い縛る。旅立ちに涙は不要なのだ。

 そうしてる間に、アルカパの町の顔なじみの門番や、元悪ガキコンビまでもが俺に旅の無事を祈る言葉と、旅先でビアンカちゃんに会った時用に言い訳を考えておけと言われた。解せぬ。

 

 なんだか、サンタローズの洞窟守の爺様が、俺が着用してる天空の鎧を見て難しい顔をしているが、聞こうにも人ごみにもみくちゃにされて聞けない俺である。

 そう言えば爺様に会った時は、この鎧には灰色の文様が多い上にパーツが少なかったけど、今は白さが増した上に籠手と膝当てが追加された状態だから、不思議に思ってるだけなのかもしれない。

 

 

 そんな事やっていると、乗らないなら出航するぞーと船乗りのおっさんが叫んできたので、急いで乗船すべく桟橋へ向かったのだが。

 直前でヘンリエッタとマリアちゃんに手を引かれて強引に振り向かされると。

 

 ヘンリエッタに濃厚な口づけをされた後、呆けてる隙を突かれて俺の首筋に飛びついてきたマリアちゃんに抱き着かれながら同様の口づけをされた。

 

 へ?待っている?信じて待ってるから迎えに来て?

 思わず呆けた声を出す俺に業を煮やしたのか、ガチムチな船乗りのおっさんに襟首を掴まれて船へ放り込まれる俺であった。

 

 

 

 気のせいかもしれないが、おっさんの行動に憎しみが籠っていた気がする。

 




ヘンリエッタ、マリア、ヨシュアはパーティから離脱しました。
次回はドレイクを送り出したヘンリエッタとマリア……を眺めるヨシュア視点の話になります。


【今日のリュカちゃん】
「ようやく着きましたな、お嬢様」
「そうだねサンチョ、じゃあすぐにお兄ちゃんを探そう!」
「ええ、坊ちゃまも美しくなったお嬢様を見たら、きっと驚くでしょう」
「もう、サンチョったら~。うふふ、お兄ちゃんに早く会いたいなぁ」
なおこの時点でドレイクは船の上であった。
その後ヘンリエッタと再会したリュカちゃんは、火花を散らして牽制し合いつつ。
マリアも交えて、一時休戦と言う名の握手を交わしたのであった。



問題が爆発する事なく沈静化した?いや違う、これは不発弾を大量に埋め立てただけだ。


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16

ヨシュア視点とマリア視点の16話、すっとこドラゴン剣士ドレイクを見送った残された人たちのお話です。
当初はマリア視点だけだったのですが、ドロドロ具合が加速したので度数を減らしたら文字数が減って難儀するという本末転倒をしました。

なので、ヨシュア視点を追加したところ。意外としっくりきましたというのが今回のお話です。


 

 大きな波をかき分ける音と共にドレイクとチロルにシャドウを乗せた、ポートセルミ行きの船がゆっくりとビスタ港を出港していく。

 救国の勇者殿の出立にしては、少々しまらない旅立ちだったが集まった見物客はむしろ、良いモノを見たとばかりに口々にドレイクについて話しては盛り上がっている。

 

 

「しかし良かったのか行かせて?アイツの事だから、二人が泣いて縋ったらラインハットに残ったと思うぜ?」

 

 

 二人で何やら決意して頷き合っていたヘンリエッタと、マリアへ声をかけてみる。

 だが、俺の言葉に二人はドレイクが選んだことだから、と泣き笑いのような表情で返事をする。

 

 

(本当に罪作りな男だよアイツは……)

 

 

 そう言えば、グランバニアにいる筈のリュカという妹のような少女にまずは無事を伝えに行かないといけないって話だったが……。

 

 

(あいつソレだったら、もう少し待ってグランバニア行きの船が出るまで待てば良かったのに……もしかしてこの二人から逃げる為?いやソレはないな、いつもみたいに深く考えてないだけだろきっと)

 

 

 今頃は船の上で、はしゃいでるであろうシャドウに難儀してそうな友人を想い、重い溜息が出る。

 考えてみれば、あいつと大神殿で出会ってから変なところで気苦労させられてばかりな気がする。

 

 俺とマリアの親は、光の教団に心酔して財産の大半を寄付し、家族全体に清貧を強いる……心の弱い親だった。

 光の教団に入れば魔物から守られ光に満ちた未来に至れる、だからこそ教団の為に捧げるというのが死んだ父親の口癖だったが……。

 嘘偽りない本音を言うなれば、自分勝手に死んだ挙句に魔物の巣窟に俺とマリアをぶちこんだ、ロクデナシとしか言いようがないというのが本音だ。

 

 ドラゴンの剣士を支えた聖女という大層な肩書がついてしまい、今も集まった見物客に何やら拝まれてオロオロしているマリアだって、今でこそ表情豊かになってくれたが。

 大神殿へ俺達が送られた頃は、いつも暗い顔をしており、大丈夫かと俺が聞いても心配しないでと泣きそうな顔で応えるだけだったものだ。

 何とかしてやりたいと思わないワケじゃなかったが、あの時俺は幹部の魔物の気まぐれで兵士になった貧弱なガキ以外の何物でもなくそんな俺に出来る事など碌になかった。

 

 そうやって、兄妹して思考の袋小路に追いやられた所に、俺へ声をかけるようになったのがドレイクだ。

 最初は気味悪いヤツだと思ったさ、俺を見下したり居ないものとして扱う魔物が多い中で、あいつだけが俺を気遣うように接してきては変な頼みごとをしてきたからな。

 

 まぁ、後から聞いたところドレイクの傍仕えをしていたヘンリエッタが、仲の良いマリアから兄を心配しているような事をアイツは聞いた故らしい。

 まさかその後、大神殿の滝から飛び降りては戻ってくるという自殺行為の手引きさせられるなんて思っていなかったが……。

 それでも、あいつの存在は俺達兄妹にとっての救世主だと胸を張って言える、本人の前じゃ恥ずかしくて言えたものじゃないが。

 

 

「そんなに拝むと聖女様も困るだろ、また何か催事の時にでも何かやるだろうから今は引き下がってくれ」

 

「む、むぅ。失礼しました、聖女様」

 

 

 熱心に拝んでいた、なんでもラインハットの川の流れを眺めていて未来を憂いていたらしい老人が、熱心に拝み始めてマリアが本格的に困り始めたので助け船を出しておく。

 ヘンリエッタの方を見てみれば、彼女は彼女で人波に囲まれて難儀をしていたのでマリアと同じように救出しておく。

 良くも悪くもドレイクが居た時は近寄り難かったが、あいつが旅立ったのを良い事に我先にとあいさつしたり拝んだりし始めているようだ。

 

 

「すまない、ヘンリエッタ王姉とマリアを休ませてやってもらえるか?」

 

「ああ、了解したぜ」

 

 

 俺の頼みに、ドレイクに同行して偽太后達が貯めこんでいた財貨を奪還した、今後の同僚にもなる兵は快く引き受けると二人を連れ出して、ビスタ港の休憩所へ連れていく。

 そんな二人を見物客たちは名残惜しそうに見つめ、思い思いに散っていった。

 

 残るはドレイクが養父達と過ごした、俺達も立ち寄ったサンタローズの村からドレイクの見送りに来た村人達と、アルカパの町のドレイクの顔なじみぐらいだ。

 一応俺もラインハットでの戦いで頑張った筈なのだが、あまり注目されなかったことに思わないところがないワケじゃないが、まぁ変に目立ってもやり辛いから有難いと思う事にする。

 

 

(しかし、個人的にはマリアをアイツとくっつけたかった所だな。事あるごとにアイツへのアプローチの為に妹から赤裸々な相談を受ける羽目になった俺の苦労を少しは味わいやがれってんだ)

 

 

 既に水平線の彼方へ消えていった船の方角を見て、そんな八つ当たりにも近い事を俺が考えていると。

 

 

「しかし、アヤツが伝説の勇者の再来じゃとはな……」

 

「……どういう事だ?爺さん」

 

 

 ドレイクの鎧を見てから、何やら考え込んでいたサンタローズから来た老人の呟きに、思わず問いかけてしまう。

 確かにアイツは勇者とラインハット国から公認されているようなものだが、お伽話の勇者様とは似ても似つかないから猶更だ。

 

 

「アヤツ、ドレイクが着用しておったのは紛れもなく天空の鎧、古に魔王を討ち滅ぼした天空の勇者が纏っていたとされるモノじゃ」

 

 

 ドレイクが聞いたら、俺が勇者?ないわー。って腹が立つ顔で手を左右にヒラヒラ振ってそうな事を言い始める老人。

 金策で家を空けがちだった親に代わって、妹へ絵本やら物語を幾つも読み聞かせてきた俺だが、ドレイクはその絵本や物語に出てきたような完全無欠の英雄とは程遠い存在だ。

 変なところ責任感拗らせてるけど、基本的に世の為人の為って人間じゃ……。

 

 

(あれ?そう言えばアイツの鎧、デール王からの沙汰を受けて何か決意してから変わってたよな?)

 

 

 ふと、大神殿を出てオラクルベリーやアイツの生家へ向かってた時の鎧と、さっきまでここにいたアイツが着ていた鎧の違いを頭の中で比較する。

 てっきり、ラインハットから渡されたものだと思ってたが、よくよく考えると意匠が殆ど似通っていた気がする。

 

 

「何か気付いたようじゃのう。しかし、アヤツも不憫なヤツじゃ……もしかすると、アヤツが10年も囚われる切っ掛けになった闘いの時に、あの剣があれば……」

 

 

 俺の顔を見て、目を細めてほっほっほと笑う老人が何やら気になる事を呟いているが、俺の考えは別の方向に飛んでいた。

 マリアが居る時はそんな素振りを欠片も見せる事はなかったが、マリアが居ないところでは結構……神に対する悪態を吐いていた。

 そんなアイツが、神に選ばれた天空の勇者なのだとしたら、運命は随分と皮肉が効いているらしい。

 

 

 

 せめて、あいつの往く道に幸多からんことを。そして、身動き取れなくなるくらい女引っかけんなよと、祈っておく事にする。

 

 

==============================================================================

 

 

 兵士の方に、ヘンリエッタさんと一緒に休憩所へ案内された私達はようやく一息つくことが出来ました。

 純粋に祈ったり拝んだりしてくれた方々も居たのですが、不躾で下品な視線を送ってくる方もいた事ですし。

 

 

「ようやく一息つけたな」

 

「そうですね」

 

 

 休憩所で旅人の世話をしてくれている女将さんが淹れてくれたお茶を啜り、一息吐いたヘンリエッタさんの言葉に頷く。

 彼女も同じような視線を受けてましたが、私と違って堪えている様子は見受けられません。

 

 

「ドレイクさんは、大丈夫でしょうか……?」

 

「あの剣があるし、チロルにシャドウも居るから、きっと大丈夫さ」

 

「いえ、その、そっちは心配は余りしてないのですが……その、女性関係が……」

 

「……信じよう」

 

 

 私の呟きに、悩みながらも応えてくれるヘンリエッタさん。

 でもごめんなさい、そっちじゃないんです。私が心配している懸念を伝えてみれば、ヘンリエッタさんは大きなため息とともに言葉を吐き出した。

 

 

(ああ、やっぱり私と同じ気持ちなんですね……)

 

 

「……マリアは、どれぐらい増えると思う?」

 

「そうですね……ドレイクさんが気にされていた、リュカという方はほぼ確定でしょう。それと海辺の修道院に居たらしいフローラさんという方に……」

 

「アルカパの町で聞いた、幼いころのドレイクと共に冒険をしたという話の、ビアンカという娘も危険だな」

 

 

 私達二人でドレイクさんを独占したかった、浅ましいのかもしれないのですけどもソレが私とヘンリエッタさんの共通認識です。

 だけど、あの時二人で勇気を出して迫った時の様子から、あの人は自分で納得が出来ない限りは想いに応えてくれないという確信もあるのです。

 

 

「……私とマリアを含めて5人、か……どうだろう?」

 

「ちょっとした顔馴染みくらいなら、安心できるのですが……誰かの為に頑張ってるドレイクさんって、その、かっこいいじゃないですか?」

 

「……そうだな。そして今挙げた女性は軒並みその時のドレイクを見ていそうだな」

 

 

 ヘンリエッタさんと共に、また重い重い溜息を吐く私達。

 根拠はないのですけども、なんだか確信めいた予感が……この時の私とヘンリエッタさんの間にはありました。

 

 

 間違いなく、増えると。

 正直、ドレイクさんに嫌われるような事をしたくないのですが、この予感が的中しちゃった時どうなるか、考えたくもありません。

 

 

 きっとその時の私とヘンリエッタさん、あの勇敢なドレイクさんでも怖がる顔しちゃうかもしれませんから。

 

 

 

 




ヘンリエッタの台詞は大半がドレイク視点からだったので、結構長い間ボカされてましたが。
基本的には、若干ぶっきらぼうな口調です。なおドレイク相手には柔らかくなります。露骨だね!


【今日のリュカちゃん】
「……貴方が、マリアさん?」
「……ええ、そういう貴方がリュカさんですね?」
「……うん、そうだよー。よろしくねー」
「……うふふ、こちらこそよろしくお願いします」
笑顔で互いに火花を散らしながら握手してたそうです。
その場に居合わせたヨシュアは、ドレイクに責任とれバカヤローって心の中で叫んだとか叫んでないとか。


着々と修羅場は構築されていくのだ。


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17

デボラさん登場回、だけど主人公視点においてあのデボラさんを再現する事の困難さよ。

それと、感想返信でちらほら書いてましたが、サンタローズ洞窟の天空の剣はパパスさんがグランバニアへ持ち帰ってます。


ビスタ港→ポートセルミ ●日

 

 

 派手にビスタ港にて見送られた俺は現在、甲板から船員に借りた釣り竿で船べりから糸を垂らしている。

 考える事は主に、ここ最近慌ただしくて整理できていなかった今後の、ドラクエ5のストーリーの流れの確認だ。

 

 もはや原形を留めてないので、どこに何があり、どんなことが起こるのかを参考にする程度のモノでしかないが……。

 これから先、特に記憶が残っているのはルラフェンの町でのルーラ習得と、その先のサラボナの町にて結婚をする……いやまて結婚?

 ないわー、ヘンリエッタとマリアちゃんにあんな事言っておいて結婚に乗り出すとかないわー、親父以上のクソ野郎待ったなしだ。

 

 まぁ一旦とりあえず保留だ、それとポートセルミ南の農村で確か、少年時代にはぐれたベビーパンサーと合流、って待てちょっと待て。

 視線を横に向けてみれば、俺の釣果を期待してお座りしていたチロルとシャドウの2匹と目が合う。

 行く意味ないな、むしろコレ、ビスタ港から船が出るというから急いで乗船したけど、グランバニア行きの船が出るまで待てば良かったんじゃなかろうか。

 

 

 うん、やらかしたなコレ。リュカちゃんに会えたら謝ろう。

 

 

 追記 

 小魚数匹程度しか釣れなかった、どうやら俺に釣りは向いてないらしい。

 とりあえずチロルとシャドウへ渡したら、喜んでゴロゴロと鳴きながら食べてた。可愛い。

 

 

 

 

 

ポートセルミ 〇日

 

 

 一週間ほどをかけ、ポートセルミへ到着したのだが。

 船からチロルとシャドウを伴って降りたのだが、さすが港町とも言うべき繁盛っぷりに思わず驚く。

 

 港の職員にグランバニア行きの船が近々あるか聞いてみたが、俺がポートセルミへ向かう船に乗ってる間に出港してしまったそうなので、諦めてとりあえず港から外へ出る。

 チロルやシャドウの姿に道を行く人々がギョっとするが、行儀よくしている姿に安心するとそのまま歩き去っていく。

 いやぁ、本当にチロルとシャドウは良い子だよなぁ、なんて2匹へ視線を送るとシャドウの姿がない。いや待て、ほんの少しだぞ目を離したの。

 

 チロルに臭いを辿らせつつシャドウの名前を呼びながら探してみれば、屋台のような出店の前でお座りして香ばしい臭いを上げている……串刺しにされて焼かれている魚を爛々とした目付きで見上げていた。

 口元が引きつっている屋台の主人に詫びを入れ、シャドウを小脇に抱えて立ち去ろうとするも、にゃーにゃ―と懇願するように鳴いて魚をおねだりしてくるシャドウ。

 ぐるるる、と喉を鳴らしてチロルがシャドウを窘めるが、やだやだほしいの!と言わんばかりにじたばたと暴れるシャドウ。

 

 余り甘やかすなよと言わんばかりの背中の剣からの意思を感じるが、俺の弟であるホークの息子のシャドウは、言ってみれば甥っ子同然であり。伯父さんは甥っ子を甘やかすモノなのだ。

 内心で自分をそうやって理論武装しつつ、屋台のおっちゃんにゴールドを渡して3本の串焼き魚を買うと、チロルとシャドウが落ち着いて食べれそうな場所を探し。

 程よい具合に人通りが少なく、人目に付きにくそうな場所を見つかったのでそこでチロルとシャドウに魚を与える事にする。

 

 シャドウは喉をゴロゴロ鳴らしながら串焼き魚へ齧り付き、チロルは俺に申し訳なさそうな視線を送ってくるが気にするなと言って背中を撫でてやれば、ぐるると嬉しそうに喉を鳴らして息子同様焼き魚へ齧り付く。

 そんな2匹の様子に癒されつつ俺も魚へ齧りつき、パリっと焼けた皮の中から出てくるホクホクの白身に頬を緩める、割と食べれたら味に拘らない派だがコレは中々に絶品だ。

 考えても見たら、こうやってのんびりとしたのは中々に久しぶりなのかもしれないので、ルラフェンでルーラを習得出来たら少しばかりのんびりぶらり旅をするのも良いかもしれない。

 

 そんな事を考えてたら、男女がなんか揉めてる声が聞こえた。言ってる傍からコレかよ。

 思わず神へ呪いの言葉を投げかけつつ、俺の分を食べたそうに物欲しそうにしてたシャドウへ齧りかけの魚を渡し、チロルにシャドウを見ておくよう頼んで野次馬をしに行く俺。

 

 ひょっこりと覗き込んだそこでは、派手に黒い髪の毛を盛った中々にやんちゃしてる服装の美女が、荒くれちっくな男達に絡まれていた。

 どうも見た感じ、蹲って何かを抱えている農民っぽいおっさんを、美女が庇った事で揉めているっぽい。

 

 どうしたものかと思ったが、見てしまった以上放っておくのもどうかと思ったので、加勢する事にした。

 最初は野次馬根性でやってきた俺を追い払おうとすごんできた荒くれ達だったが、まぁ顔面を掴んで持ち上げて軽く力を込めてやれば謝ってくれたので解放したら逃げ出した。

 その後は平和的に済んで何よりだと頷き、美女へ後よろしくと片手を上げてチロル達のところへ戻ろうとしたのだが。

 

 何よアンタ、あんな事で私に恩を売ったつもり?とか美女に絡まれた。解せぬ。

 どうやら外見通りに気が強いはねっ返りだったみたいだ。まぁぱっと見た感じ細いなりに鍛えてる様子だから、あの程度一蹴出来たのは事実だろう。

 なので素直に、そりゃ悪い事をしたと謝って撤収しようとしたらぐぃっと襟首を掴まれる、何でも腹立つけど礼をしないのも失礼だから飯を奢ってくれるらしい。

 

 

 ついさっき屋台で魚を食ったばかりなのだが、美女の有無を言わさない口調にさっきまで庇われてたおっさんと共に酒場まで連行される俺なのであった。

 

  

 で、その後は、デボラと名乗った美女に半ば強引に拉致られつつ、おっさんを交えて飯を食ったのだが。

 まー……中々に強烈な美女であった、リュカちゃんやビアンカちゃん、ヘンリエッタやマリアちゃんとも違う初めて会うタイプの女だ。

 それで、軽く自己紹介しつつ明らかに良いとこの身なりをしてるデボラが何であんな所に居たか聞いたところ、どうやら彼女は普段はサラボナで両親と最近帰ってきた妹と共に住んでいるらしいが。

 幼少の頃に、誘拐されそうになった自分を庇い、そのまま行方不明になった護衛の人の行方を捜しているらしい。

 

 サラボナに居たままでは情報が集まらない事に業を煮やしたんだとか、やだこの娘中々にアグレッシブだわ。

 ただ、うーん、どうもオルテガが話してた令嬢と情報一致率っぷりが半端ないんだよなぁ。

 そう思って、オルテガから聞いた話を幾つか聞いてみたら、反応が露骨に変化。どうやらビンゴだったらしい。

 

 ちなみにその後、物凄い勢いでどこでその話を誰に聞いたと迫られた、やだ怖い。

 まぁまぁ落ち着けとデボラを宥めつつ、まぁ色々あって人前に出られない姿になってたけど元気に俺の故郷で生きてるよと伝えると共に。

 アイツも、自分が守った令嬢が無事だったかどうか気にしてたよと伝えてやると。良かった、と小さく呟いて手元のワインを一気飲みし、今日は気分が良いから何でも奢るわとお大尽宣言をする。

 既におごりと言う名目で連れて来られたのだが、とは言わない程度には俺も空気を読む事にした。

 

 

 

 

 

カボチ村 〇日

 

 

 昨日はあの後、デボラに庇われていたおっさんに話を聞いて宿に泊まったのだが。

 俺とチロル、そしてシャドウは今おっさんとデボラと共にポートセルミから南にある、カボチ村へ向かっていた。

 

 なんでも、最近村の西の洞窟にタチの悪い山賊が住み着き、最初は食料を、その次はゴールドを、そしてとうとう女を要求してきたらしい。

 このままでは、山賊に搾取され続けた末に干殺しにされてしまうと、おっさんは村長の命令と蓄えを抱えて村を助けてくれる戦士をポートセルミに探しに来たんだとか。

 その結果、大事に抱えていた包みを荒くれに狙われ、そしてあの場面に繋がったらしい。このおっさん呪われてるんだろうか。

 普段の俺ならまぁ、手助けするかどうかと言われれば正直微妙な案件だが、これも贖罪になるのだとしたらやる価値はあると思い、引き受ける事にしたわけだ。

 

 ちなみにデボラは、アンタが行くのならついてくわ。と言い出して強引についてきた。

 何でも、護衛の人ことオルテガの所へ案内させるまで死なれたら困るかららしい、清々しいまでにゴーイングマイウェイである。

 

 しかし、俺はしばらく故郷に帰る気はない事を伝えてついてこられても無駄足になるぞと伝えたのだが……デボラはあっそう。でもまぁアンタ面白そうだしついてくわとの事である、ソレでいいのかお嬢様。

 オルテガはきっと、こんな具合で振り回されていたんだろうなぁと思わず遠い目をしていると、腹の立つ事考えている気がするという言葉と共にデボラにケツを蹴られた。痛い!

 

 

 そうやってる間も歩を進め、日が傾きかけた頃ようやくカボチ村へ到着したのだが。

 丁度、結構な数の山賊達が村の入口で何かをがなり立てていた、お前らみたいな人種ほんとどこにでも居るんだな。少しは種籾を奪うんじゃなく育てる事考えろよ。

 

 何アレ、さいってー。と呟くデボラに、蒼褪めるおっさん。

 とりあえず、チロルとシャドウに二人の護衛を頼みつつ、ホークの剣へ手をかけつつピオリムを発動。

 そのまま走り出し、加速した意識と身体の速度で頭と思われる山賊の顔面へ、蹴り砕かない程度に手加減した飛び蹴りを叩き込んだ。

 

 シン、と静まり返る空気、そりゃそうだいきなり見知らぬ男が飛び蹴り叩き込んできたら誰だってビックリするわな。

 しかし、山賊達が我に返るのを待つ義理もないので、飛び蹴り一発で白目を剥いて伸びている頭らしき山賊の喉元へ、引き抜いたホークの剣の刃を当てて俺は山賊達へ告げる。

 お前らの頭の命が惜しければ、武器を捨てて投降しろと。

 

 

 何故か山賊達から人でなしだとか、鬼だとか、お前の血は何色だぁ!とか叫ばれるが関係ない、むしろ不意打ちで首を斬り飛ばさなかったことを感謝してもらいたいと返したら。

 物凄い勢いで山賊達はドン引きし、慌てて武器を投げ捨てて投降を始める。ふっ、勝ったな。

 

 

 

 

 そんな事やってたら、ピオリム発動した俺並の踏み込みで走ってきたデボラに、良い具合に体重のノった踵落としを叩き込まれた。解せぬ。

 

 

 

 

カボチ村 ×日

 

 

 あの後、食料やゴールドの強奪のみで人命等の略奪まではしていなかった山賊団がどうなったかというと。

 昨日の騒動の後、別の農民の青年がポートセルミへ走り、そこに常駐している衛兵らによって引っ立てられていった。

 

 ちなみに俺はその時、デボラに正座をさせられ説教を受けていた。解せぬ。

 内容は手段を考えろだとか、いきなりあんな事をする奴がいるかというモノだった。

 なので、適当に蹴散らして山賊をアジトへに落ち延びさせた後、煙攻めしなかっただけ褒めてほしいと主張したところ。

 正座したままの俺の脳天に、デボラの踵落としが刺さった。痛い。 

 

 そんな感じにグダグダであったが、カボチ村の村長はゴールドを正座させられたままの俺に渡そうとしていたが、村の立て直しや万が一の蓄えとして重要っぽいから断ろうとしたら。

 デボラに更に説教された、こう言うものを断るのは互いにとって良くないからしっかり受け取れと。この娘さんしっかりしてるのだわ。

 

 ところで、そろそろ正座止めていいですか?今朝からずっと続けてて足の感覚がそろそろないのですが。 

 

 

 あ、こら止めろシャドウ!足にじゃれつくな! 

 

 

 

 

ポートセルミ ■日

 

 

 あの後カボチ村へもう一泊して歓待を受けた後、デボラを伴ってポートセルミへ戻ったのだが。

 なんだか、町の様子がおかしい。魔物の襲撃だとかそういうモノではなさそうだが、なんか妙にざわざわしてる。

 

 そんな事を思いつつ、ひそひそと注目されている事に首を傾げつつ……。

 まだついてくるデボラにいつまでついてくんだよ等と聞きつつ、酒場兼宿屋の扉をくぐったら。

 

 バニーガールのお姉ちゃんがこの前踊ってた壇上で、吟遊詩人が何か詠ってた。珍しい事もあるもんだ。

 だがこう、詩の中にラインハットだとか聞こえて注意を向けると……柔光包む繚乱の聖女だとか、剣鞭交差す救国の姫なんだのと言った背筋が痒くなるワードに。

 トドメとばかりに、舞い降りし邪竜の聖騎士が魔物が化けし太后を討ち滅ぼしただとか聞こえてきた。

 

 思わず真顔になった俺は、そっと気配を消しつつ宿の部屋を取ろうとしたのだが、ぐいっと袖を引かれてつんのめってそちらを見てみれば。

 ニタリ、という表現がぴたりと合う笑みをデボラが浮かべており、すぅと息を吸い込むと。

 

 わざわざ大きな声で俺の名を呼びながら、何を飲むとか聞いてきやがった。このアマぁぁぁぁぁぁぁ?!

 

 酒場の喧騒が、時を止めたかのように静まり、一斉に酒場に集まっていた人々の目が俺へ向く。ついでにデボラはそっと離れていた、覚えてろよ!?

 その後は、顔も知らないおっさんや姉ちゃん、バニーガールにもみくちゃにされながら、飲めや歌えやの大騒ぎになった。

 

 

 思わずチロルとシャドウへ視線で助けを乞うと、2匹ともデボラとお嬢さん方にもふられ倒し身動きが取れていなかった。

 その後はどんどん酒を飲まされた後、とりあえずふらついた足取りで取った部屋へ入り、倒れるようにベッドに横になった事しか覚えてない。

 

 

 

 

 

ポートセルミ ♪日

 

 

 二日酔いと吐き気出呻きつつ起き上がり、ふらつきながら酒場でキンキンに冷えた水を呷りつつぐったりするのみであった。

 デボラがけたけた笑いながら昨晩はお楽しみだったみたいねー、などと言ってきたので恨みがましい目を向けてやるも、どこ吹く風と言った様子で流される。

 

 そのままテーブルに突っ伏してたのだが、二日酔いに効くわよという言葉と共に、デボラが何かのドリンクを置いてきたのでのろのろと手を伸ばしてグラスの中身を呷る。

 正直旅立ちどころじゃないけど、昨日の騒ぎから外に出るのが幾分おっかないので今日は部屋に引きこもってるか、などと考えていたら。

 

 隣に座ったデボラが、何あったか知らないけど、辛気臭い顔するぐらいなら人助けなんてしない方がいいわよ。と告げられた。

 どう言う事だと聞き返せば、自覚ないの?などと呆れられた。解せぬ。

 

 アンタ、相当無理してない?とも聞かれた、最近はむしろ自分に言い聞かせる事なく頑張れてると思うのだが、と素直に返せば大きなため息を吐かれた。

 体のあちこちから、何かが千切れたかのような音立てながら走り出す事を当たり前のようにする時点で、自分が無理をしていると自覚しなさい。と頭をはたかれた、二日酔いの相手にする行為じゃないと思う。

 

 少しは自分勝手に、頑張らない事を覚える事ね。なんて言いながら、言いたいことを言って満足したのか手をヒラヒラ振りながらデボラは店を出ていった。

 

 

 

 そんなに無理をしている自覚はないし大丈夫なんだがなぁ、まだ出来る事があるから最大限頑張ってるだけだし。

 

 

 ……だけど、なんでこんなに心に刺さってるんだろ?

 




デボラさん「アイツの恩人みたいだし、まっ。このぐらい発破かけてやっても損はないわよね」
自分の美貌と親の財産目当てにすり寄ってくる男ばかりを見てきた女性の観察眼は、鋭いのだ。
デボラ感覚では、そこそこ好感度高い故にびしばし指摘してくるデボラさんなのであった。
(興味がない相手には、リメイクDQ6の隠しダンジョンの時みたいにガチで辛辣なタイプの人)

Q.あれ?半竜形態じゃないと変態ピオリム出来ないんじゃないの?
A.筋断裂や身体への負荷と引き換えに、ワンアクション程度なら従来と同様人間形態でも制御できます。ゲーム的にはHP2割ぐらい使う感じ。
次回の日記で出すのですが、今回デボラに辛気臭い顔とか言われたりしてる原因です。


【今日のリュカちゃん】
「ポートセルミの船は、まだかぁ……」
「坊ちゃんが乗った船が行ったばかりですからな、しばらくお時間がかかりそうです」
「じゃあ、ちょっとこの辺りの魔物お友達にしていこっと」
「……あの、お嬢様?まだ増やされるのですか?」
空を飛べる子たくさんお友達になるといいなー、なんてリュカちゃんは思ってるそうです。


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18

かなり短めですが、これ以上内容を膨らませられる気がしないし変にこねくり回す前に投稿をするのであった。
後半デボラさん視点盛り込んだのですが、デボラさん節ちょうむずい……。
口調がキツキツで、実は~ってタイプだから猶更でした。


 

 

ポートセルミ→ルラフェン 〇日

 

 

 二日酔いにより丸一日ポートセルミの宿屋でダウンした後、西へ向かってチロルとシャドウを連れて出立しようとしたところで、当たり前のようにデボラが旅支度を完了していた。

 話を聞いてみると手がかりも見つかった事だし、実家へ帰るための護衛を俺へさせるつもりらしい。この女、人をこき使う事に躊躇の欠片もありゃしねぇ。

 

 ちなみに余談だが、オラクルベリーで買った馬車と馬はラインハットに預けてきた、そんなに荷物持ち歩かないしな。 

 

 

 ともあれ、真っすぐサラボナへ行かないかもしれないが、文句言うなよと溜息を吐けば。

 何やら自らの体を庇う仕草と共に私を連れまわして何をする気よ、とか半目で睨まれたので鼻で笑ったところ全力でケツを蹴られた。痛い!

 

 

 まぁ旅は道連れ世は情けと言うし、問題もないだろ。

 二日酔いの時に言われたあの言葉が、未だに心の中で違和感を伝えてくるから若干顔を合わせづらかったのは内緒だが。

 

 しかし当のデボラはあっけらかんとしたもので、ラインハットの騒動や帰参した姫……ヘンリエッタとの関係についてニマニマ笑いながら話を振ってくる。

 一々言葉尻がキツイ女だが、まぁ、気が紛れるし悪い気分じゃないと思った。

 

 

 

 そうやって旅を進める事しばしの事、背後から走ってくる足音が聞こえたので後ろを振り向く。

 デボラは最初気付いてなかったが、俺につられて振り返っていたが、互いの視線の先にいたのは囚人服に身を包んだ男達だった。

 どうやら、俺ラインハット救国の英雄と判明した時のお祭り騒ぎの際に脱獄し、俺達を追いかけてきたらしい。

 

 見たところ俺が一撃でノした頭は居なかったが、全員が剣呑な形相をしてる事から物騒な事だろうなと思ってみれば。

 思った通り、俺のせいで捕まった挙句、自分達を庇って罪を一身に被ったこいつらの頭が縛り首になったことに腹を立て、俺に一矢報いようとやってきたらしい。

 

 

 変に手心を加えず、皆殺しにしておけばよかったと後悔した。何事も中途半端は良くないな。

 身を屈めグルルと唸っているチロルとシャドウに、カボチ村の時と同様にデボラの警護を頼んでホークの剣を抜き放つ。

 剣からは、本当に良いのか?と問いかけてくるような意思を感じるが、ここで始末しておかないと次は何をしてくるか解ったものじゃない。

 

 せめてもの情けだ、一撃で苦痛のないよう殺してやろう。

 そう思い、俺の安眠の為に死ねとばかりに、半竜形態にならず追いかけてきた男達へ斬りかかろうとする俺に、デボラが声を荒げて呼びかけてきた。

 

 一体何だろうと、男達から注意を逸らすことなくデボラへ顔を向けると何故か一瞬怯まれた。解せぬ。

 しかしすぐに、その目を吊り上げて俺へ足音荒く近寄ると、何事かと問いかける前に思いきり頬へビンタされた。

 一連の流れについてこれず茫然とする男達、ついでにいきなりのビンタに思わず首を傾げる俺。

 

 そのままデボラは、呆けたままの俺を放置して男達へ怒鳴り散らし、あんたらの大事な頭はこんな事させるために罪被ったわけ?と底冷えするような声で問いかければ。

 男達は膝から崩れ落ち、おいおいと顔中から液体を垂れ流して号泣する。なんだこれ。

 

 

 結局男達は自らの意思で改めて投降し、俺にロープで両手を縛られようとおとなしく連行された。この後結局ポートセルミへトンボ帰りである。

 

 道中、デボラへ連中の為に啖呵を切るとは、中々に優しいなと話しかけたのだが。

 連中やアンタの為じゃないわ、ムカついただけよ。とぶっきらぼうに吐き捨てられた。

 連中はともかく、何故俺まで含まれていたのだろう。解せぬ。

 

 

 

 

ポートセルミ ■日

 

 

 あの後結局ポートセルミへ戻り、男達を衛兵へ引き渡した後、太陽も傾いていたのでポートセルミで一泊したのだが……。

 そこで、衛兵とは違う意匠の鎧に身を包んだ兵士に声をかけられた、なんでもグランバニアの兵士でパパスさんの命令で俺を探していたらしい。

 その言葉にじんわりとした温かい気持ちになるのを実感しつつ、すぐにグランバニアへ使いを出すのでこの町でゆっくりしていてくださいと言われた。

 

 しかしまぁ、当たり前だがグランバニアから迎えが来るのに一か月単位で時間を要すらしいので。

 とりあえずデボラをサラボナへ送り届ける案件も請け負ってしまってるし、ルラフェンに野暮用もあるのでそれらが片付いたら戻ってくると伝える。

 

 

 

 兵士の人は意味深にデボラを見ていて、何やら重い溜息を吐いていたのだが、なんか勘違いされてる気がする。

 

 

 

 

 

ルラフェン 〇日

 

 

 この前と違い、道中特に問題もなく夕方頃にルラフェンへ到着。

 町の入口から大きな煙を吐き出す家が見えたので、門番に聞いてみるとベネットという研究者の爺様の家から出ている煙で火事じゃないらしい。

 なんでも古代の呪文を研究しているが、煙で近隣住民から苦情を受けたりしている爺様らしい。

 

 原作通りなベネット爺さんの様子に安心し、そうと決まれば話が早いと向かうも……歩き出して数十分。見事に俺達は迷子になった。

 デボラのジト目が俺に突き刺さるのを感じつつ、どうしたものかと腕を組んで考えていると……シャドウがちょいちょいと俺の足を前脚で突いてきた。

 お前、もしかして道がわかるのか?と聞いてみるとにゃーといつもの呑気な鳴き声を上げた後走り出すシャドウ、とりあえずもう暗くなってきたしデボラの機嫌もヤバイので一抹の望みをかけて走り出す。

 

 結論から言うと、走り出して10分も経たぬうちに俺達は煙を吐き出す家の前に立っていた。シャドウすげぇ。

 

 ともあれ、こんなとこに何の用よとジト目を向けてくるデボラをごまかしつつ、扉をノックして老人ことベネット爺さんへ迎え入れられる俺達。

 研究者特有の長い話の末に、失伝した呪文であるルーラの復活を目指していると言われ、後はとある草があれば行けるはずなのだが取りに行く暇がないというので、二つ返事で了承。

 デボラからはブーイング、そんな与太話信じてるの?という辛辣な言葉までセットで飛んできたが、黙殺する。してたら脛を蹴られた。

 

 

 結局、デボラは美容にも悪いし一足先に宿屋で休んでるわと言う言葉と共にシャドウを伴ってベネット爺さんの家を出ていった。

 若い女性には少々退屈じゃったかのう、などと悲しそうなベネット爺さんの肩を叩いて慰めつつ、夜にしか光らないというルラムーン草の回収へ乗り出す。俺とチロルだけで。

 

 

 

 口やかましいし騒々しいが、居なくなるとデボラの賑やかさが無い事が意外と寂しい事を再発見しつつ、ルラムーン草を回収した俺は明け方にルラフェンへ帰還するのであった。

 

 

 

==============================================================================

 

 

 今、私の前でベネットとかいう胡散臭いお爺さんとドレイクが、馬鹿みたいにはしゃぎながら何やら大釜の前でごちゃごちゃやってる。

 何よアイツ、普段は死んだ小魚みたいな目してる癖に、シャドウやチロル相手以外にもあんな目できるのね。

 

 

 私とアイツが初めて出会ったのは、あの時私を庇って魔物相手に残った付き人の情報を探しに行った、ポートセルミだったんだけど。

 長い間サラボナに居ても情報がなかったものが、ポートセルミで見つかるわけがなく、ムシャクシャしてたら農夫のおじさんをいじめている荒くれが居たから、それを庇った時に出会ったのよね。

 

 最初の印象は、顔が整ってるけど辛気臭くて気味の悪い男だと思ったし、荒くれを蹴散らしたらそのまま何も言わずに立ち去ろうとしたから腹が立ったのよね。

 ソレでちょっと挑発してみたら、雰囲気通りの辛気臭い言葉返してきたもんだから、私は怒っても許されると思う。 

 

 それでまぁ、勢いに任せてお酒を奢ってみたら、付き人の恩人だって言うからびっくりしたわ。

 元気にやっているし自分も助けられたって嬉しそうに言うアイツの顔は、まぁ整った顔に相応しい程度に生気に満ちてたから。

 そこで少し見直したのよね、辛気臭いけど人間らしいところあるじゃないって。

 

 

 その後は、少し気に入ったしアイツを見極めてやろうって思って無理やり気味に旅についていったんだけども。

 

 回復呪文があるからって怪我をするような動きで敵を倒したと思ったら、えげつない脅しで降伏させたり。

 チロルやシャドウへ笑いかけながらブラッシングをして、あの子達の腹毛を撫でまわしたりしたかと思ったら。

 辛気臭い顔が標準になるぐらい、無理をしてるって自分で気づいてない。とんでもなく歪な男だって事が見えてきた。

 

 

 挙句にトドメとばかりに、仕返ししようと追いかけてきた男達へ、俺の安眠の為に死ねなんて言いながら襲い掛かろうとする始末。

 思わず呼びかけたら止まったけど、振り返った顔は正直こわ……いや気持ち悪かったわね。

 人間を殺そうとしようとしているって言うのに、鬱陶しい羽虫を潰そうとしてるような顔してたんだから。

 

 正直、ちょっとは見直してたところでそんな顔するもんだから、我慢できずに引っ叩いちゃったんだけど。私は悪くないわ。

 ソレもこれも、全部アイツが悪いのよ。少しはその極端から極端に走るのやめなさいっての。

 

 

 

 

 しっかし、長いわね……そのくせ臭いもきつくなってきたし、服に臭いつく前にこの家出ておこうかしら?

 ……気のせいかしら、なんか大釜から聞こえてくる音大きくなってきたわね。

 




なおこの後、例の大釜からの大爆発に巻き込まれてデボラさんキレてドレイクとベネット爺さんに蹴りぶちこんだ模様。


【今日のリュカちゃん】
「何とかポートセルミへ着きましたね、お嬢様」
「うん……あれ?あそこの人が詠ってる詩って」
「どうやら坊ちゃまの活躍を詠ってるようですね、大人気みたいです」
「うふふ、お兄ちゃんだもん。当然だよー」
自分がヒロインじゃない事に不満はあるが、ドレイクの活躍が知れ渡ってる事にリュカちゃんご満悦。
この後、パパスさんの命で常駐してた兵士さんから、ドレイクが美女を連れていた事を聞いて、リュカちゃんの笑顔は引きつったらしい。
(なお、画面外でホークの事はヘンリエッタ達から聞いてます)


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19

デボラさんにしばかれたり、デボラさんとオルテガを再会させたり、サラボナへ到着する回です。



 

 

ルラフェン ♪日

 

 

 大釜からの爆発によって吹っ飛んだ俺とベネット爺さんは、二人仲良く気絶していたが……デボラから放たれた怒りの蹴りが鳩尾に突き刺さった衝撃で目覚めた。

 ぼんやりした意識からの激痛にのたうち回る俺達を見下ろすデボラ、その瞳には怒りの炎がメラメラと燃えていた。

 

 爆発するなら爆発すると予め言っておけと怒られる俺達二人、チロルとシャドウへ視線を向けたら目をぐるぐるさせてるシャドウを介抱してるチロルに、冷たい目を向けられた。ジーザス。

 すぐにルーラを試したい所だったが、結局試験はデボラが宿で着替えてくるまでお預けになるのであった。

 

 

 

 そんなわけで待つ事数時間、爆発で汚れた服を着替え、乱れたヘアスタイルを整えてデボラが戻ってきた事でようやくルーラを試せるようになった。

 ちなみに、あの服お気に入りだったのにとブツブツと文句を言われた。怖い。

 

 

 ともあれ、なんとなくだけど使えそうだという妙な確信ともいえるモノが俺の中にあり、真っ先に浮かぶはサンタローズ北の生家。

 上手くいけば、例の付き人さんにも会えるかもしれないがどうだとデボラに話を向ければ、失敗したらただじゃおかないわよという返事と共に同行を決意した模様。

 

 

 はてさて、では早速試してみるとしよう。

 

 

 

 

サンタローズ北の生家 ♪日

 

 

 一塊になりルーラを唱えてみれば、一瞬の浮遊感と共に俺達ははるか上空へ飛び上がっており。

 景色を楽しむ間もなく、鬱蒼とした森の中にある生家の前へと俺達は降り立った。

 

 こんなところに住んでるのね、とデボラは興味深そうに視線を巡らせており、中々にタフな姿を見せつけてくる。

 まぁ色々と訳アリでな、と話していれば生家の扉が音を立てて開き、中からオルテガが出てきた。

 

 まさか俺が帰ってくるとは思っていなかったらしく、オルテガは嬉しそうにおかえりなさいと告げ、丁度良いお茶になりそうな薬草が見つかったと教えてくれる。

 一方デボラはと言えば、家から出てきた魔物……へびておとこが襲い掛かる事なく、嬉しそうに家事を報告してる姿に彼女らしからぬ呆けた表情を見せていた。

 

 

 その後、我に返ったデボラに詳しい説明を求められ、オルテガからも記憶の中の令嬢の面影があるのだろうデボラについて、説明を求めるような視線を送ってくる。

 なので、とりあえず家の中へ入りオルテガ特製の薬草茶を啜りながら、俺がまだ子供だった頃にオルテガと出会いなんやかんやの末に家族になったことを話す。

 

 デボラは俺の言葉に最初は胡散臭そうにしているも、当の本人であるオルテガがその言葉を肯定し。

 オルテガは……もはや自分のかつての名前も、貴方の名前も思い出せない身でありますが。貴方が無事で、今も元気そうであることを嬉しく思う。と心から嬉しそうな声でデボラへ告げた。

 オルテガの言葉にデボラは誰かの名前を口にしようとして首を横に振り、色々あったようだけども貴方が生きていて良かったわ。といつもの表情からは想像つかない穏やかな笑顔で微笑む。

 

 

 そんな二人の心温まる光景を見ながら、ひとりお茶を啜り満足に頷く俺である。良かった良かった。

 さて、まだ二人には積もる話もあるだろうしシャドウにブラッシングでもしてやろうかな、と俺が席を外そうとした瞬間オルテガやらかしやがった。

 

 主人も隅におけませんなー、ヘンリエッタ様やマリア様に続いてデボラ様もですか、と。ちょっと待て違うぞオルテガよ、何故そうなる。

 え?放っておいたら勝手に何か追い詰められて、一人で魔王相手に喧嘩売る為に失踪しそうだから心配でしょうがない?ソレとコレとは話が違うだろう!

 

 

 そもそもだな、見てみろこのデボラの表情を。そんな対象として見られるのは迷惑って顔をデボラがして

 

 

 

 なんかその後の意識が空白になってる、妙に脳天が痛いのだが何故だろう。オルテガ何か知ってる?え、知らない?視線を合わせてくれないのが気になるけど、お前が言うならそうなんだろうなー。

 

 

 

 

ラインハット ♪日

 

 

 なんか妙に機嫌の悪いデボラに促され、続いてラインハットへ行くことになった俺達である。

 デボラが何でそんな事言い出したかは知らないが、ヘンリエッタとマリアの様子も気になるので特に断ることなくルーラでラインハットへ飛ぶのであった。

 

 そしてあっという間にラインハット前へ到着、驚くほど便利だなルーラ。

 この世界、キメラの翼もあるにはあるんだけど……入手がえらく困難らしく、それこそ使い捨ての秘宝的扱いになっているから道具屋では手に入らないのである。

 ……マジでベネット爺さんに足向けて寝れないなぁ、コレ。

 

 まぁそんな与太話はさておいて、いきなり現れた俺達に門番が驚くも俺の顔に気付くと、喜色満面で通してくれた。顔パス状態である。

 すぐにヘンリエッタ王姉様とマリア様にも伝えます!とか叫んで下っ端っぽい兵士が走っていった。なんか大事になりそう(震え声)

 

 そしてデボラとチロル、シャドウを伴って入ってみればそこは完全復興には至っていないものの、希望と活気に満ち溢れた光景が見れるようになっており。

 俺の顔に気付いた人たちが、勇者様だ!とか叫んで集まってくる。正直君たちの純粋な視線が心に痛い。

 そもそも俺は自分のエゴでこの人達が困窮する原因を招いており、もっと上手くやれていたらこんな事態にはなっていなかったのだ。

 

 とか、そんな事考えてたら集まった人達に気付かれないサイレント肘打ちがデボラから俺に放たれた。痛い。

 どうであれアンタはこの人たちの勇者でしょ、そんな顔してどうするのとまで言われる始末だ。不甲斐ないにもほどがある。

 

 

 いまだ心の中に棘が刺さったかのような心持ちだが、集まった人達と言葉を交わしつつラインハット城へ向かい。

 丁度、城へ続く跳ね橋の手前にある広場。かつて偽太后を討ちとった場所でヘンリエッタ達と再会し、走り寄ってきた二人に抱き着かれる。ついでに野次馬的民衆からは歓声が上がる。

 

 何かを明らかに期待した顔で俺を見上げる二人だが、覚えたとある呪文の実験で立ち寄りがてら顔を見に来たと告げ、二人に明らかにしょんぼりされる。本当に申し訳ない。

 デボラの不機嫌な気配が非常におっかないが、同時にまるでだめな男と言わんばかりの視線を向けられている気がする。

 

 しかしまぁともかく、ここで屯していても落ち着かないのでアレからのラインハットの状況も聞きたいので、城へ案内してもらう事にし。

 案内された先で、ヘンリエッタとマリアにデボラについての説明を求められた、二人とも笑顔だけど何故だろう。怖い。

 

 

 とりあえず謎のプレッシャーに耐えつつ、二人にデボラについて説明しつつ、お前たちが心配するようなことは何もないと話す俺。

 そしたら何故かデボラに脛を蹴られる、ついでに二人が何かに気付いた顔でデボラを見る。とりあえず脛を抱えてぴょんぴょんしてる俺にも説明してくれると嬉しい。

 

 

 

 その後、女同士の話し合いがあるって事で3人は席を外し、彼女達が戻ってくるまでの間何かの任務から戻ってきたらしいヨシュアが部屋へ入ってきた。

 そして開口一番。頼むから女に刺されて死んだりしないでくれよ、俺そんな死因の葬式に出たくないから。って言われた。解せぬ。

 

 

 

 

サラボナ 〇日

 

 

 話し合いから戻ってきたデボラと合流し、ルーラでルラフェンへ戻った俺はベネット爺さんへルーラの結果を報告。

 古代に失伝した呪文の復活に成功した爺さんは飛び上がって喜び、さらなる研究に励むぞいなどとハッスルしっぱなしであった。

 

 そして、あの場に居合わせたデボラにルーラを使えそうか聞いてみたのだが、使えないっぽいとの返事に首を傾げる俺。

 そこでベネット爺さんに聞いてみたところ、恐らく呪文の適正によるものじゃろうとのお返事。メラゾーマやイオナズンと言った強力な呪文を使えるようになる人間と、そうでない人間の差みたいなものだとか。

 その言葉にがっくり項垂れるデボラ、どうやら使ってみたかったらしい。気の毒な。

 

 そんなこんなで、アンタは便利な呪文覚えれていいわよねー。なんてジト目を向けられつつ、結局徒歩でサラボナへ向かう事となり……。

 途中の休憩所的な場所で一泊し、そこでデボラの妹の結婚相手を募集してるとかいう情報を聞きつつ、山をくり抜いたかのような大きな洞窟を突き進み。

 割と厄介な数の魔物の群れを、2人と2匹でカバーし合いつつ薙ぎ倒して突破し、ようやくサラボナへ俺達は到着したのである。 

 

 

 というわけで到着したサラボナであるが、さすがというかの結構な都会。

 城下町であるラインハットや港町のポートセルミとはまた違う、どこか洗練された装いを感じさせるお洒落な雰囲気を感じる。

 

 思わずお上りさん丸出しで見回してしまう俺にデボラは当然よ、と言わんばかりにドヤ顔し。

 駆け出しそうになってたシャドウは、チロルに首根っこを噛まれてぷらーんとぶら下がっていた。またかお前。

 

 

 とりあえず気を取り直し、デボラへじゃあここで解散だなと告げようとしたら、その前に腕を掴まれてズンズンと連れていかれる俺である。

 なんでも、パパへ挨拶がてら護衛の礼をするわ、との事。何のかんの言って退屈しなかったから気にしないでいいのに。

 ちなみに犬が駆け寄ったりはしてきませんでした、まぁゲームと違うし早々あるわけないわな。

 しかし、デボラが俺の手を掴んでずんずん歩いてる姿を町の人らは、信じられないモノを見たかのような顔してる理由がなんとなく想像つくのが……いてぇ、脛を蹴るな!

 

 

 そんな事思いながらデボラに引っ張られていった先は、どこの大臣のお屋敷だと思わんばかりの大豪邸。これには俺も思わずあんぐり。

 馬鹿みたいに口開けてんじゃないわよ、なんてデボラに言われつつお屋敷へ案内される俺。なすがままである。

 しかし、なんだか妙に人が多いというか男ばかりが居ないかと、大体予想はついてるがデボラへ聞いてみれば、どうせフローラとの結婚を希望してる連中でしょ。というつっけんどんなお言葉。

 

 

 ところでデボラさんや、いつまで手を繋いだままなのかね?メイドさんや集まってる男達が信じられないモノ見る目で見て……とか思ってたら、気付いたらしいデボラが顔を真っ赤にして手を乱暴に離した。

 難儀な性質をしてるなお前、なんて思わずつぶやいたら。アンタにだけは言われたくないというご返事。解せぬ。

 

 あの、ところでデボラさんや、なんか君のパパさん大事なお話中らしいしそこへ乱入するのはいかがかと……え?配慮なんかいらない?俺が気にするんですがソレは。

 そんな事言ってたら、有無を言わせる事無くデボラのパパさんこと、ルドマンさんが人を集めているお屋敷の広間へデボラと一緒に入る事となった俺であった。

 

 入口から奥の方を見てみると、ルドマンさんと思しき恰幅のよい男性と、青くて長い髪をもった清楚そうな女性が……アレ、もしかして修道院に居たシスターじゃね?

 俺達の姿に気付いたルドマンさんの視線はデボラから俺へと移動しており、遠目から見ても中々に驚愕している。どうやらデボラが男を連れてきたのが信じられない様子。

 更にシスターさんを見てみれば、俺の姿から何かに気付き両手を口に当てて上品に驚いていた。いやー、まさかそんなあの時の半竜人が俺って気付いてる事はないだろう、きっと。多分。

 

 

 

 

 あのメイドさん、背中をぐいぐい押して席の方へ移動するよう促さないで下さい。俺は結婚相手として名乗り出てきたんじゃなくて、デボラに引っ張られてきただけの通りすがりの剣士なんです(震え声)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そうやって、道化じみた事考えていなければ、すぐにでもなりふり構わず逃げ出したくてしょうがなかったのは内緒だ。

 俺が今まで動いて、色々と展開を変えてきたけども凡その流れ、運命の流れというものは辻褄を合わせるが如く今まで押し寄せてきている。

 遡ればリュカちゃんやビアンカちゃんと一緒に冒険をしたレヌール城、その後の妖精の国の春風のフルート奪還、そしてラインハットにおいてのゲマとの邂逅。

 

 一度は大きく流れを変えたはずだし変えられた自負もあった、だけど。カボチ村はチロルが居ないにも関わらず窮地に陥っていた。

 この流れで行くと、俺はここで結婚をしないといけなくなるのではないかと、そう思うと……俺は情けないがとても恐ろしくなった。

 

 俺の体は、ゲマに施された進化の秘法が未だに根付いたままなのだ。

 仮に誰かと結ばれた時、子供はどうなる?

 

 

 俺は、俺のような自分の血筋に振り回される子供を、作らないといけないのだろうか?

 

 




おや……?ドレイクの様子が……?


ラインハット辺り、そしてポートセルミ到着時はまともだったドレイクの精神状態。
しかし、カボチ村の危機という状況を目の当たりにした事で、ドレイクの心に迷いと揺らぎが出てきました。
前回のデボラさん視点で如実に露見していた、極端な二面性とも言える歪みは不安に耐え切れず、追い詰められ始めたドレイクの心理的不安の発露でもあります。

彼の内心の詳細は、次回あとがきにて。



【今日のリュカちゃん】
「あの、お嬢様。本当に行かれるのです?」
「うん、お兄ちゃんならなんとなくだけど。サラボナとか目指してそうだし」
「そうですか……ではお供しますよ、お嬢様」
「ありがとうサンチョ。その……ごめんね?」
「お嬢様の為なら、火の中水の中ですとも」
無邪気に近い再会を喜ぶ、大人になったばかりの少女。
自分が歪めてしまったとも言える、少女のその姿を見た時ドレイクの心はどうなるだろうか。



少しだけ、修羅場以外の雲行きの怪しさを出していきます。



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20

チキチキ炎のリング争奪RTAはっじまーるよー。



 

 

サラボナ 〇日

 

 

 自分の甘ったれた考えに蓋を締め、改めて状況を整理する。

 既にアンディと思しき男性含む、求婚者の集団は広間を出ておりこの場には俺とデボラ、ルドマンさんとその奥さんにフローラ、後は控えているメイドさんだけである。

 

 ルドマンさんは、俺がラインハットの英雄だと知っていたようで、俺の手を取り会えて光栄だとまで言ってくれる。

 違うんだ、俺は原作知識の先回りというズルをした上に、結局犠牲者を出しているロクデナシなんだ。という言葉が出かけるも、固く気を引き締めてこらえ、そんな大層なもんじゃないと苦笑いを浮かべて堪える。

 

 君ならばデボラを任せられるというか任せたい、むしろこのままだと貰い手がないから貰ってやってくれとまでのたまうルドマンさん。それでいいのか。

 とりあえず、またまた御冗談をなどと片手を軽く上げて猫みたいに笑って応えれば、ルドマンさん大笑いの俺も大笑い。そして振り下ろされるデボラの拳骨、痛い。

 

 デボラの細腕からの攻撃力とは思えない威力に頭を押さえて呻いていれば、クスクスと上品な笑い声が聞こえたのでそちらへ視線を向けると、フローラが鈴を転がすような声で上品に笑っていた。

 なんでも、姉さん……デボラがここまであけすけに容赦なく対応する事など初めて見たらしく、俺達のやり取り含め笑いのツボに入ってしまったらしい。

 

 先ほどの婿取りの話をしていた頃から場に留まっていたらしい、重苦しい空気は結果的に今の流れで霧散し、ルドマンさんがデボラの鉄拳によるダメージから復帰するのを見計らってデボラが口を開く。

 オルテガの素となった付き人の恩人であり、ポートセルミからここまであたしを護衛してきたドレイクにお礼をしたいんだけど。とはぶっきらぼうなデボラの言葉である。

 

 

 デボラの言葉に頭に手を当てたまま、驚きに目を見開くルドマンさんと。奥さんにフローラ。デボラ……お前どんだけ傍若無人だと思われてたんだよ。

 しかし、普通にさらっと流してたが俺の原作知識にはフローラの姉なんて居なかったのだが、どういう事だろう。

 

 

 俺のそんな疑問を他所に、話はトントンと進んでいき、結果サラボナへ逗留する間は宿を貸してくれる事となった上に、更に礼金として結構な数のゴールドまでもらえた。やったぜ。

 しかし、新たな頼みを神妙な顔をしたルドマンさんから頼まれる事になった。爽やかにフェードアウト作戦失敗である。

 

 フローラを託すに足る男が、集まった中で居なかった事をとつとつと語られ、フローラを嫁に取る為の催しに参加してもらえないか。という内容だ。

 無礼を承知で、娘さんを大事にしているようだが、そんなやり方で娘の夫を決めてよいのか?と聞いてみると、ルドマンさんは悩んだ素振りを見せつつも……。

 昔、デボラが魔物に襲われかけた事や、ラインハットの政変を踏まえて実力を持った男性を一族に迎え入れたいらしい。そういう男ならフローラも守り切れるだろう、とも。

 

 ルドマンさんの言葉にフローラは俯いたままなのが気の毒に思い、何とかしてやれないかとは思うがと腕を組んで俺が考え込んでいると。

 フローラはぽつりと、ドレイクさんなら私は嬉しいとか言われた。待って、ねぇ待って。

 

 その言葉にルドマンさんが輝かんばかりの笑顔を浮かべ、デボラの機嫌が急降下するのを感じながら俺は慌ててフローラへ語りかける。

 俺のあの姿を知っている上に、俺は修道院に居た頃の君に無理を幾度も頼んだ男だぞ、と。

 

 無理を頼んだって何を頼んだと言わんばかりのルドマンさんと奥さん、デボラの視線を俺が受ける中フローラは俯いた顔を上げて俺へ歩み寄ると。

 そっと、その白魚のような手を俺の両頬に当てて俺と目を合わせ、苦しんで泣きそうで自分も辛いのに……奴隷の人の死体を弔おうとしていた貴方ならば、私は信じられると俺へ告げた。

 

 

 その言葉に俺は目を見開き、違うそんな立派な男じゃない、自分のエゴで彼らを利用しただけだと返そうとするが、嘘や誤魔化しは許さないと言わんばかりのフローラの視線に俺は何も言えず。

 ホークの剣から伝わる、お前はそんな卑下するようなもんじゃない、という意思に勇気づけられつつも一歩を踏み出せなかった俺は。

 

 とりあえず、結婚相手として名乗り出るかは一旦横に置いて、フローラが本当に結婚したいと思える相手が出るまでの時間稼ぎとして、催しへ参加する旨を口にした。

 ルドマンさんとデボラから、お前そうじゃないだろと言わんばかりの視線を感じるが黙殺した。

 

 

 

 

 

サラボナ→死の火山 〇日

 

 

 昨日はあの後、死の火山について情報収集を行い、一つの結論を得た。

 コレ、原作ゲームみたいに対策せずに突っ込んだら、普通の人間や魔物は熱でヤラれてくたばる場所だわ。と。

 

 その為、心配そうに鳴くチロルやシャドウをルドマンさんの邸宅へ預け、俺は単騎にてサラボナから南下していたのだが。

 途中でダークマンモスの群れに追い掛け回されてる荒くれやら、空から飛来するキメラの群れに裕福そうな商人と彼が雇った傭兵達が襲われている光景を目撃する事になった。

 

 正直見捨てても俺には支障はないのだが、この件で死人が出る事であの良い子なフローラが気に病むのも許容できなかったので。

 ホークの剣を片手に飛び込んで救援を繰り返し、なんだか結果的に立ち塞がる魔物全てを斬り捨てながら突き進む形になった俺なのであった。

 途中人間形態では限界があったので、半竜半人になって戦ったのだが、キメラに襲われていた商人や傭兵に化け物呼ばわりされて呪文を撃たれたのは、少々心がしんどかった。

 

 

 まぁ、ある意味において正常な反応とも言える、ラインハットの話を聞いたとしてもあの状況では魔物としか思えないだろうしな。

 

 

 そのまま開き直って、半竜半人状態で歩みを進め……日が傾いてきたころに山岳地帯へ差し掛かったのだが。

 魔物から身を隠すようにして、傷だらけの体で地面へ伏せていた吟遊詩人風の優男を発見、近寄ってホイミをかけて介抱をしたところ意識を取り戻した。

 

 最初は俺の姿に驚いていたが、自分へ施された治療に気付いたのか非礼を詫びた上でお礼を言ってきた。

 そんなこんなで自己紹介、やっぱりアンディだった彼は俺の名前を聞いて驚き、貴方があのラインハットの英雄……とか言われた。やめてくれ、後恥ずかしい英雄譚とか嬉々として話さないでくれ、死ぬぞ!(俺が)

 

 

 ともあれ、このままの進軍はリスクが大きいので人間形態に戻りつつ、目立たぬよう細工した上で野営の準備に取り掛かる。

 折角の縁だしお前も休んでいけ、とアンディへ手招き。アンディはここでゆっくりしていてはなどと逡巡しているが、他のライバルと言えそうなのは軒並み魔物の群れで足止め食らってたことを伝えると。

 どこか安心したかのような表情で、焚火の前に腰を下ろした。

 

 そして、どちらともなく他愛もない雑談をしていたのだが、その中でぽつりとアンディが呟いた。

 修道院から帰ってきたフローラは、まるで恋する少女と言わんばかりに貴方との出会いや会話を楽しそうに話してくれたと。凄く居た堪れない。

 フローラの気持ちが僕には向いてない事は知っていて、それでも諦めきれなくて今回の催しに名乗りを上げたとも話してくれた。

 

 フローラからあの話を聞いていなければ、何も考えずにアンディが指輪を取れるように俺は動いていただろう。

 だが、どちらを選ぶにせよどちらかの気持ちを踏み躙るという事実に、俺はアンディへ気の利いた言葉をかけてやることができなかった。

 

 

 

 ホーク、背中でカタカタ言わせながら雌の奪い合いなんて当たり前で普通だろとか、魔物的考えで嗾けてくるのはやめたまえ。

 

 

 

 

==============================================================================

 

 

 チロルとシャドウくんを私たちに預け、サラボナを出立したドレイクさんを見送る私の胸に去来するのは、あの人と初めて修道院で出会った日の事でした。

 

 

 あの日の、雲一つない月明かりが穏やかに辺りを照らしていた夜、修道院の扉を叩く音がしました。

 旅人が一夜の宿を借りに来ることもある事を年配のシスターから聞いていた私は、万が一に備えて他のシスターらと共に扉を開いたのですが……。

 そこに立っていたのは、ドラゴンのような角と翼、そして尻尾を生やした魔物と人を混ぜ合わせたかのような少年でした。

 

 ともに扉を開けたシスター達が悲鳴を上げる中、その少年は私達へ襲い掛かる事はなく、地面に膝と手、そして頭すらも地面へつけて頼み込んできたのです。

 碌な対価も支払えないけど、どうか死者の埋葬と祈りを捧げてあげてほしいと。

 

 突然のその少年の行動に悲鳴を上げていたシスター、悲鳴を聞きつけて駆け付けてきた人たち、そして私も言葉を発せられずに居たのですが。

 まだ小さかった私は、少年にその死体はどうしてできたモノかと問いかけました、そして帰ってきた言葉は……修道院からも天気が良いと見えるセントベレス山の山頂にある大神殿で、重労働させられた末に死んだ人の死体だと答えました。

 

 とても信じられないような内容、しかしよく見ると少年の体はあちこちに強く何かへぶつけたような傷に塗れており、よほどの無茶をしてきた事は明白で。

 修道院の責任者である老シスターが、さ迷える魂へ安らぎを与えるのは私たちの仕事です。と少年へ告げた事で少年は震える声で何度もお礼を言うと、教会の扉の前へ置かれていた樽を抱えてシスターに案内されて墓地へと向かい始めました。

 

 

 そして、シスター達や墓守が止める中……満身創痍とも言える体で、少年は棺を納めるための穴を掘る事を手伝い、そして棺へ納めようと樽を開いた瞬間膝から崩れ落ち、樽へ縋りついて。

 涙声で何度も樽の中にあるのであろう死体へ、謝っていました。何度も、何度も、何度も。

 

 私にはその時は見せて頂けなかったのですが、樽の中に収められた死体は無残な状態だったそうです。

 だけど、私には樽へ縋りついて泣いて謝る少年、ドレイクさんの姿からとても優しくて弱い人なんだって、思いました。

 

 その後も埋葬は続き、ドレイクさんは腰に下げていた袋から幾らかのゴールドを無理やり老シスターへ押し付けるように渡すと。

 これからも、時々お願いさせてほしいと深く頭を下げ、浜辺から海へ飛び込んでセントベレス山の方角へ向けて泳ぎ去っていったのです。

 

 

 そして、時折ではありますがドレイクさんは樽に詰められた死体を修道院へ運び、埋葬し、そしてゴールドを渡しては帰っていくようになりました。

 来るたびに体の傷は少なくなってはいるのですが、ソレと反比例するかのように、ドレイクさんの心が軋み悲鳴を上げてその目からは光が消えていっているのが私には見えて。

 シスターへお願いし、ドレイクさんの窓口を引き受けたいと願い出て了承を受けると、ドレイクさんが来るたびに時折言葉を交わすようにしました。

 

 そこで、私はドレイクさんは必死に人間でいようとしている事に気付いて、もっとあの人の事を知りたいと思うようになりました。

 けど、詳しく聞こうとしても困ったように笑ってはぐらかし、死者を埋葬しては泳いで帰っていく。そんな人でした。

 

 今度こそ、と思っても結局変わらず、そうしている間に父からサラボナへ戻ってくるようにという手紙が届き、私は迎えに来た護衛と共に家が所有する船で帰る事になったのですが。

 あの人へ別れを告げられなかったことが唯一の心残りでした。 

 

 

 だからこそ、姉さんがあの人を連れて家へ来たときは運命とも言える胸の高鳴りを感じると共に。

 殿方には、鋭い氷の刃とも言える対応しかしてこなかった姉さんが、まるで心を赦しているかのような姿にどこか胸がざわめいて。

 

 ソレと同時に、今も心を軋ませ声にならない悲鳴を上げているドレイクさんの姿が、とても悲しかった。

 

 

 




Q.デボラさんの叱咤では足りなかったの?
A.いいえ、ドレイクが必死に隠して取り繕っていた病みの衣をはがす大金星を叩き出してます。
 気づきたくない、けど向き合わないといけない問題にドレイク自身向き合い始めてる感じです。



【今日のリュカちゃん】
「ここがサラボナですか、どうやらここに坊ちゃまが立ち寄ってるらしいですね」
「そうみたいだねー、うふふー。女の子引っかけちゃうお兄ちゃんったらもー……あれ?もしかして?」
「困ったものですねぇ坊ちゃまも……どうされましたお嬢様!?」
「チロル、チロルだよね!?良かった、本当に元気だったんだ……」
フローラさんがリリアンと一緒に散歩してたチロルとシャドウにリュカちゃん遭遇。
なおこの時点でドレイクは、死の火山にて熱湯コマーシャルな勢いで溶岩をかき分けて突き進んでる模様。


次回、もしくは次々回。再会。


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21

炎のリング回収!終わり!閉廷!解散!(は許されませんでした)

前回ドレイクに助けられた商人や荒くれが、色々やってるらしいですよ。
怖いですねー。


 

 

死の火山 〇日

 

 

 一体全体、何を思ってこんなところに炎のリングを安置したのだろうかと問い詰めたくなるぐらい熱い。暑いじゃなくて熱い。

 半竜半人状態の俺ですらこうな以上、なし崩し的に同行する事となったアンディは突入時点で汗まみれだ、気の毒な。

 お誂え向きに、ここへ向かう途中魔物を薙ぎ払ってくる中で使えるようになった、つめたいいきをひんやり吹きかけてみれば多少元気を取り戻すが。

 男に息を吹きかけられるのはなんだか複雑だねとはアンディの言葉である、はははコヤツめ。

 

 まぁそんなこんなで、アンディ自身もヒャドを使えるようなので、魔力を節約しつつ俺のつめたいいきやアンディのヒャドで迫りくる熱波へ対抗しつつ突き進んだのだが。

 途中から往ったり来たりが面倒になったので、アンディ了承の下肩に担いで助走をつけて溶岩地帯を翼による滑空で飛び越えたり、燃え盛る地面を駆け抜けたりして突き進む事にする。

 

 多分俺の体は溶岩にも耐えられそうだが、さすがにそんな実験する気にはなれないし何より荷物と服が燃え尽きるから安全策大事なのである。

 というわけで到着するは最深部、俺ですらキツイ温度の中アンディの顔は死にそうな顔になっている、つめたいいきでも正に焼け石に水状態だ。

 いったん引き返すかと聞いてみれば、力なくも首を横に振る。その心意気と意地に、俺は再度アンディを肩に担ぐと一気に炎のリングがありそうな最奥部めがけて走り出す。

 

 

 そして台座に安置されていた炎のリングを手に入れ、がっつり熱を持って溶けた鉄かと言わんばかりの熱さにアツゥイ!などと叫びつつ回収。

 にょろりと出てきた溶岩原人は、ピオリムを使った高速戦闘で一瞬でカタをつけてわき目も振らず全力疾走で死の火山から脱出し。

 外でアンディへ応急処置を施すと、ルーラでサラボナまで飛ぶのであった。

 

 

 

 

サラボナ ◇町

 

 

 アンディを担ぎ人間状態になってサラボナの町へ到着した俺だったが、町の人からの視線は敵意と恐れに満ちていた。

 ヒソヒソと聞こえてきた言葉から察するに、どうやら俺が魔物じゃないかと、そんな雰囲気らしい。

 まぁある意味合ってる話だし、心が痛むのも事実だがそんな事は重要じゃないとばかりに、担いだままのアンディに確認してアンディの家へグロッキー状態のアンディを配達する。

 

 扉を叩いて現れたのは、初老へ差し掛かり始めた男性。俺の肩に担がれているアンディに驚愕すると事情説明を求められたので応じる。

 その内容に男性は溜息を吐き、願うならばアンディにはフローラは諦めて新たな幸せを探してほしい、という愚痴を呟きつつアンディを受け取ってくれた。とりあえずコレでひとまずは安心だろうか。

 

 その後はルドマンさんの屋敷へ向かったのだが、俺の姿に気付くと人々はそそくさと逃げるように立ち去って行ってはヒソヒソと話し始める。

 犠牲者を出さない為にとあの姿で戦った事に後悔はないが、結局ルドマンさん達に迷惑をかけた事による申し訳なさの方が辛かった。

 

 溜息一つで思考を切り替えて歩き、ルドマンさんの屋敷へ到着。

 炎のリングを確保したことを手近なメイドさんに伝えると、表向きだけなのかはわからないが態度が変わらないメイドさんに案内されてルドマンさんが接客対応中の広間へ案内される。いいの?入って。

 

 そして入った先では、口角から泡を飛ばす勢いでルドマンさんへ詰め寄っていた、あのキメラの群れへ襲われていた裕福そうな商人だった。

 俺が入って来た事に気付いてないのか、あんな化け物などフローラさんの婿に相応しくない、どうせ財産目当て、デボラさんも騙されているに決まっている。等々いっそ笑えてくるぐらいの罵詈雑言である。

 あの化け物は私も襲うつもりだったに違いない!とまで言い出す商人、失礼な。襲うメリットも殺すメリットも無い人間を殺すほど見境ない男じゃないわい。

 

 その商人の言葉を腕を組んだまま聞いていたルドマンさんと不快そうに聞いていたフローラであったが、俺に気付くと嬉しそうに首尾はどうだったかと聞いてきたので。回収してきた炎のリングを取り出して見せる。

 そこで初めて商人は俺に気付いて椅子から転げ落ちると、止めて殺さないでとみっともなく喚き始める。失礼な。

 そんな商人を横目に眺めていると、ルドマンさんからコレの言葉は本当かと聞かれたので。キメラの群れに襲われて死にそうになったから助太刀しただけさ、不要だったみたいだがね。と返しておく。

 

 俺の言葉に商人は顔を赤く染め、この化け物風情が何を言う!とか喚きだすも、俺の心の中はやっぱり助けない方がよかったかなー。いっそどこかで始末すべきか、という思考へスライドしつつあった。

 しかし、そんな中フローラが口を開き。ドレイクさんに助けられておいてその言い草を恥ずかしいと思わないのですかと、貴方みたいな方との結婚など私は絶対に嫌ですとピシャリと宣言。

 フローラの言葉に商人は顔を真っ青にし、必死に言葉を取り繕い弁解しようとするもルドマンさんの合図で入って来た衛兵達に商人は両腕を掴まれて引きずり出されていった。正直ちょっとスッキリした。

 

 引き摺り出されていく商人を不快そうな目付きで見送った後、ルドマンさんは俺へ深々と頭を下げる。

 私の催しのせいで、君の名誉を下げる事になってしまったと言われたので慌てて否定。俺がやりたいからやっただけだと返し、まぁアレには不要だったみたいだがなと苦笑して返しておく。

 どうやらルドマンさんの話によると、俺に助けられたっぽい商人や傭兵、荒くれが昨日から俺の事を吹聴して回ってるらしい。ライバルを蹴落とすにしてはどうなんだろうか、ソレをやってもお前達が炎のリングを手に入れられるわけじゃないと思うのだが。

 

 まぁしょうがないさ、と肩を竦めてルドマンさんに気にしないでほしいと伝え。ここに居たら迷惑かかるから次は何をしたらよいか確認してみると、やっぱり水のリング回収らしい。

 じゃあ泳いでいくかと呟いたらルドマンさんにありえないナマモノを見る目された。解せぬ。

 どうやら船を貸してくれるらしい。有難い。

 

 消耗品や食料も船に積み込み済みらしいので、休憩を取らずにそのまま向かう事にする。

 覚悟してたとはいえ、敵意の視線に囲まれてたら休むモノも休めないしな。とかそんな事を思ってサラボナを出ようとしたら。

 ダークマンモスの群れに追いかけられていた荒くれを筆頭にした、荒くれの群れに絡まれた。解せぬ。

 

 彼らの言い分は、どうせズルをして炎のリングを手に入れたのだろうから。今回の花婿レースから辞退しろという内容だ。

 ズルという言葉に心が軋む、実際問題原作知識というズルをしたのは事実だ、だがこいつらにフローラを守れるとは思えないので相手をする事なく脇を通り過ぎようとする。

 しかし、無理やり肩を掴まれた上に殴られた、どうやら実力行使に出るつもりらしい。    いっそ、殺すか?

 

 殴られた俺を見て下品に笑っていた荒くれ達が、急速に羽虫の様にしか見えなくなってきたので、どう始末したらルドマンさんやフローラに迷惑がかからないか考えつつ荒くれ達を見る。

 ざっと見た感じの肉付きから普段は肉体労働で賃金を得ているように見えるが、こうやって徒党を組んで絡む手口に慣れている事から普段から似たようなことをしているのだろう。

 

 ならば、このまま路地裏や街はずれへ挑発しながら誘い出せば、そのまま消せそうだと判断。

 そして実行へ移そうとしたところで、とても懐かしい声がした。

 

 

 思考を中断し、そちらへ振り向いてみればそこに居たのは紫色のターバンをし見覚えのある顔立ちの美少女、そしてその隣にはチロルとシャドウにつけられたハーネスから伸びた紐を手に持ったサンチョさん。

 二人の様子に、俺は荒くれ共を無視して軽く手を振り、二人の無事と再会を喜ぶ。何か喚いている荒くれが居たが煩かったので顔面を掴んで手頃な壁へ、殺さない程度の力で叩きつけておく。

 

 サンチョさんに俺の所業、というより変貌なのだろうか。それに痛ましい顔をさせてしまった事を後悔していると、紫色のターバンを巻いた美少女が俺に抱き着いてきた。お胸のスライムが大きいな。

 どうやら、美少女はリュカちゃんだったらしいので、無事を喜び抱き着いてきた彼女の背に手を回して抱きしめてやると。リュカちゃんは嬉しそうに俺の胸元にマーキングするかのように顔を擦り付けてくる。可愛い。

 

 

 そして胸元から俺を見上げたリュカちゃんの目を見て、俺は気づいた。

 かつてのリュカちゃんの目は、慈愛と未来への希望の光に満ちたモノだったが……今のリュカちゃんの目は、どろりとした情念じみたものが渦巻いている事に。

 

 え?お兄ちゃん結婚するの?いやいや、色々諸事情あってお手伝いしてるだけだから。ほんと、ほんとだよー。

 そんな事言っていつも無茶してるんでしょ?ちがうよー、そんなことないよー。

 

 

 え?ラインハットでヘンリエッタとマリアちゃんと会った、そっかー、え?モテモテなんだねーお兄ちゃん?ハハハ、そんなことないさ、きっとそうさ。

 

 だからリュカちゃん、あの頃の君の笑顔を浮かべて、そっと離れて堂に入ったローキック構え取らないで……って、いってぇぇぇぇ!?




濁り始めたところでリュカちゃん再会、リュカちゃんは再会の喜びの中でも濁りは気づいてましたが、それ以上にお兄ちゃんとの再会が嬉しくてしょうがありませんでした。
一方サンチョは、あの頃のドレイクからの変貌がとても悲しく、同時に街の中で情報収集で動いていた事で、自分勝手に喚いて吹聴する連中へ怒りをさり気なく抱えてました。


次回の水のリング回収、ビアンカと合流です。
図らずも、かつての思い出のメンバー(+チロルとシャドウ)で行くこととなる冒険。
果たしてどうなることか。



商人さんと荒くれが醜すぎる?
このままだとドレイク勝っちゃうからね、勝ちの目を遺す為なら何でもするしかないからね。しょうがないね。


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22

リュカちゃんとのほのぼの、ほのぼの道中&ビアンカとの再会です。
なお、ダンカン夫妻は山奥の村でも元気に過ごしている模様。


サラボナ→山奥の村 〇日

 

 

 リュカちゃんと再会し、全力でローキックを叩き込まれた俺は今。

 ルドマンさんが所有する船にて、水のリングを回収するために滝の洞窟へ向かうための、水門の鍵を回収しに向かっていた。

 

 あの、リュカちゃんや。さっきから左腕に引っ付いたままですが、そろそろ離れて……ああいや泣きそうな顔しないで、やっぱいいです。

 互いにベンチに隣り合わせで座っているのだが、リュカちゃんが無防備に体重を俺に預けた上に左腕に抱き着いて、時折マーキングするようにぐりぐりと体を擦り付けてきてます。

 正直、中々に大きくて柔らかいリュカちゃんの胸のスライムの感触が色々と危険なのだが、大事な妹分をそんな目で見てしまいそうな俺に自己嫌悪である。

 

 なお近くに船員の人の姿は見えない、どうやら気を利かせたらしいが微妙に有難くないな!

 

 ともあれ、今はその目をキラキラさせて、離れていた間の思い出話や友達になった魔物の話を矢継ぎ早に語り掛けてくれているリュカちゃんだが……。

 再会して俺を見上げた瞬間のあの目は、鏡を見る度に俺の目に燻るどす黒い何かが渦巻いていた。

 

 リュカちゃんが時折思い出話の中で寂しかった、心配だったと言葉にしている事から、どうやら俺はパパスさんとリュカちゃんの命こそ守れたが、心に大きな傷跡を残してしまったらしい。

 俺は一体何をやっていたのだと、思い上がりも甚だしかったと慙愧の念に絶えない有様だが、俺が湿気たツラをしていてはリュカちゃんに無用な心配をかけてしまうので不器用に笑い。

 

 

 リュカちゃんに一瞬で看破された。解せぬ。

 しかし、其の事について彼女は問い詰めてきたりはせず、今度は俺がリュカちゃん達と別れてからどんな道筋を歩いてきたかを、上目遣いで聞かれる。可愛い。

 

 話すべきかと一瞬考えるも、俺の左腕に抱き着いたまま見上げてくるリュカちゃんの視線に負け、聞いても楽しいもんじゃないと前置きした上で語る事にする。

 あの後、体に宿っていたクソ親父の力を発動して戦うも、結局どうしようもなくゲマ達に降り……その先でゲマに進化の秘法を体に埋め込まれ、人間と魔物と中間とも言える存在へされた事。

 そして、ゲマの命令に逆らえずサンタローズを滅ぼそうとするラインハットの軍隊を皆殺しにした事や、大神殿建設で出た奴隷の死体を使って脱出のための実験をした事などを語った。

 そこから脱出して、その後はラインハットで戦い、なんやかんやの末に今の有様さと苦笑いを浮かべていたら。

 

 リュカちゃんは、座ったまま背伸びをすると、俺の頭をその手で優しく撫でてくれた。

 お兄ちゃんは頑張ったんだよ、と。確かに酷い事をしたかもしれないけど、それでもお兄ちゃんにボクもお父さんも、色んな人が助けてもらえたんだよと。

 

 最近どうも、涙もろくなっていけない。咄嗟に顔を右手で覆って、リュカちゃんに涙を見せないようにするのが精いっぱいだった。

 情けない姿を晒す俺をリュカちゃんは笑うことなく、ただ優しく頭を撫で続けてくれた。

 

 

 

 

山奥の村 〇日

 

 

 みっともない姿を晒した翌日、リュカちゃんが引きつれている魔物達から、何故か仲間扱いされた。

 待て俺はリュカちゃんの配下になった新たな魔物じゃないと魔物達へ主張するも、魔物達の目は一様にえーほんとでござるかー。と言わんばかりの目をしてきた。解せぬ。

 その中で騎士然とした態度のスライムナイトが、リュカ様をお願いしますとスライムから下りて俺に膝をついて騎士の礼を取って来た。何故だろう外堀が急速に埋められてる気がする。

 

 そんなやり取りをしていたら、リュカちゃんは俺の左腕に嬉しそうに抱き着いてえへへーと微笑んできた。クソ可愛いな。

 だが何故だ船員の人、まるでコイツまた女引っかけてやがるって目をしているのは。違うぞこの子は妹同然の……痛い!脛を蹴らないでリュカちゃん!

 

 

 まぁ、何はともあれ目指すは山奥の村。船から下りて北上すればそれほど時間を要することなく到着である。

 ちなみに、チロルとシャドウはともかく、リュカちゃん配下の魔物達は外で待機らしい。一杯で押し寄せたら村の人も困るからねー、とはリュカちゃんの言葉である。

 

 村へ足を踏み入れる前から硫黄の匂いが漂ってきた様子から気になっていたが、どうやら湯治場所として結構な賑わいを見せているらしい。

 ……あれー?俺の中の頼りになるか怪しい知識だと、こんなに栄えてた記憶ないのだが。湯治客向けの露店やら商店がちらほら見える程度に繁盛してるぞ。

 

 お兄ちゃん、一緒に温泉入ろう!などとナチュラルに危険な発言をしてくるリュカちゃんに、そう言う事を嫁入り前の娘さんが言うんじゃありませんと返しつつ歩を進めていたら。

 もしかして、お兄さん?と聞き覚えのある声で呼び止められたので、左腕にリュカちゃんをへばりつけたまま振り向くと。

 

 

 そこには、鮮やかな金髪を三つ編みにした美しい女性が、買い物かごを手に下げて立っていた。

 人違いだといけないので、もしかしてビアンカちゃんかと問いかけてみれば、嬉しそうに目尻に輝かせた涙を指で拭いながら頷くビアンカちゃん。左腕の方からどす黒い気配を感じるが気のせいだ。

 ビアンカちゃんはそのまま俺達へ駆け寄り、リュカちゃんにも久しぶりと元気に声をかけ、どす黒い気配を霧散させたリュカちゃんも朗らかに返事を返し……。

 また勝手に走り出しそうになってたシャドウを口に咥えたままのチロルの前へしゃがみ込むと、嬉しそうにチロルの頭と背を撫で始め、シャドウはもしかして子供?とチロルへ問いかけている。

 

 満足いくまでチロルとシャドウを撫でまわしたビアンカちゃんは立ち上がると……。

 ここで立ち止まっていてもアレだし、家へ行きましょうと俺の右腕を自然な仕草でとると、ぐいぐいと歩き始めるビアンカちゃん。昔からの押しの強さは健在らしい。

 両手に花と言わんばかりに美少女を侍らせる形になった俺に、道行く男達の視線が突き刺さる。だが場と状況に流されるままになっている今の俺にはどうしようもないのであった。

 

 

 そして案内された先は、ログハウス風のお洒落なこじんまりとした宿屋であった。

 なんでも、隠居したダンカンさんと奥さんが、結局客商売を忘れられなくてアルカパの頃より規模を縮小しつつ、宿屋を始めたらしい。

 奥さんの体調はどうかと、ビアンカちゃんへ聞いてみると、一時期危ない時があったが今は元気にお父さんを尻に敷いてると、微笑みながら教えてくれた。

 パパスさんがダンカンさんへ、奥さんの体調をよく見ておくよう言い聞かせてくれたおかげらしい。

 

 俺がパパスさんに託した知識は、無駄じゃなかったんだな。

 少しだけ、心の奥が暖かくなったのを感じつつ、ビアンカちゃんに右腕を抱えられたまま宿へ入る形となり。

 カウンターに座っていたダンカンさんと奥さんが、俺とリュカちゃんの顔を見てびっくり仰天、元気だったかと嬉しそうに声をかけてくれた。

 

 

 どうやら今日はお客さんも来ずのんびりと過ごしていたらしく、店じまいだと嬉しそうにダンカンさんは笑うと、奥さんもまた腕によりを掛けないとねぇと豪快に笑ってくれた。

 泣きそうになるのを堪えられた自分を誉めてやりたい、どれだけしんどくてももう涙なんて出ないが、嬉しい時の涙を堪える事に慣れていないから。

 

 

 

 

 なお、不憫な事にチロルとシャドウは、奥さんの猫アレルギーの関係で宿には入れず、中庭でごちそうを食べる事になった。スマン。

 

 

 

==============================================================================

 

 

 もう結構夜も遅いのに、お父さんもお母さんもお兄さん相手にどんどんお酒勧めちゃって困っちゃうわ。

 だけど、お父さんもお母さんも……お兄さんもとっても嬉しそうで楽しそう。お兄さんもどこか無理をしてたような笑顔じゃない、不器用だけど心から嬉しそうな笑顔をしてるから。

 

 お兄さんがどれだけ辛くて苦しかったのか、リュカからある程度は教えてもらったんだけど、その壮絶さに一瞬気が遠くなったんだけど……。

 その中でもリュカが言葉を濁していた所もあったから、本当はもっとお兄さんは苦しかったはず。

 

 リュカはぽつりと、お兄さんをグランバニアへ連れていって、もう戦わなくてもよいようにしてあげたいと呟いた。

 だけど、それでお兄さんは幸せになれるのかと、私は思ってしまう。お兄さんは例え闘いから遠ざけられようと、お兄さんが大事だと思った人の為なら平気でその身を投げ出すところがあるから。

 

 お兄さんが今も、お酒を飲んでいる最中でも背中に担いだままの、ホークの魂が宿っているらしい剣へ自然と目がいってしまう。

 あの時、リュカと私とお兄さんとホークで、レヌール城のお化け退治に行った時を思い返しながら。

 今も脳裏へ簡単に思い出せる、お化けの親分を追い詰めた瞬間に私達を庇って暗い穴へ落ちていったお兄さんの姿と、今のお兄さんの姿を重ねる。

 

 身を伏せたまま、大きな骨にじゃれつきながら齧っているシャドウを愛しそうに見つめているチロルを撫でながら、お兄さんは今も無茶をしているの?と問えば。

 肯定するかのように、小さくチロルは鳴き声を上げ、当たってほしくなかったその返答に私の想いは沈む。

 

 あの時、グランバニアへ帰る前に立ち寄ったパパスさんがお父さんと話していた、お兄さんが魔物相手に一人残って行方不明になったと聞いた時を思い出す。

 私はその言葉を信じられなくて、お母さんへ抱き着いて、ただ泣き喚くしかなかった。だけど、今の私は……。

 

 私はただ、お兄さんの傍に居たい。

 そして、叶うならば……お兄さんが、日常の幸せを噛み締められるようにしたい。と呟くと、チロルが身を起こし私の頬を舐めてくれた。

 その目には、貴方なら出来るという意思の光が宿っていて、その光に勇気づけられた私はチロルの首に抱き着く。

 

 

 

 ごめんねリュカ、本当は貴方がお兄さんが好きなのは知っていたし、幸せそうに寄り添っていた貴方を見て最初は身を引こうと思っていた。

 だけど、私も諦めたくないから、だから、ごめんね。

 

 

 

 




ビアンカちゃんは病まず、しかし大事に持っていた初恋を成就するために動き始めるのだ。
スタンスとポジションとしては、当たり前の日常の象徴です。ビアンカちゃんは。

一方リュカちゃんは、実績と名声あるからグランバニアへ一緒に帰り、引き籠ってでもドレイクがこれ以上傷付かないようにしたいと思ってました。


【その頃のサンチョさん】
町を往く人々、そして商人や傭兵らが吹聴するドレイクへの根も葉もない悪評。
それらをサンチョは、不快に思うと共に一人ではソレを払拭できない己に忸怩たる思いを抱いていた。
故にサンチョは、ドレイクを気に入っているルドマンと話し合いをした上で、一つの決意をする。
「旦那様……いえ、パパス様からお預かりしたキメラの翼。ここで使うべきでしょうね」
ドレイクを見つけたら、グランバニアへ飛ぶために託されたキメラの翼。
ソレを手に取って空へ向かって放り投げ、向かうはラインハット王国。

だが人の良い彼はこの時気付いていなかった。
己の選択が、ある意味ドレイクを幸福な地獄へ叩き込む為のダメ押しとなる事に。



そんなわけで22話でした。
リュカちゃんは、お兄ちゃんはボクの!とオーラを滲ませつつも、一緒に冒険をしたビアンカには警戒が弱めでしたという。
なお、そのビアンカは一人決意を固めた模様。本当に酷いヤツだなドレイクってヤツは。


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23

水のリング回収RTA回です。
そして。




修羅場「来ちゃった♪」


 

 

滝の洞窟 〇日

 

 

 えー、現在我々水のリング回収部隊は滝の洞窟の入口に立っております。

 メンバーは、俺ことドレイクにリュカちゃんに彼女の配下である精鋭モンスター達、そしてチロルとシャドウ。

 そこに、久しぶりの冒険ねとウキウキ笑顔で背嚢を背負ってついてきたビアンカちゃんでお送り致します。

 

 危ないから待っててって言ったけど、ビアンカちゃんはお兄さんをほったらかしにする方が危ないと笑顔で返答してきたのであった。解せぬ。

 昨日は黒いオーラを滲ませてたリュカちゃんも、笑顔でよろしくね!って言ってるからまぁ問題ないのだろう、多分。

 

 

 そんなわけで進もうとしたところ、リュカちゃんとビアンカちゃんから、半竜形態を見せてほしいと頼まれる。

 あんまり見て楽しいモノじゃないと断ろうとするも、二人の真剣な顔に俺は断れず変化の杖の効果を解除し。二人に角と翼、そして尻尾が生えた俺の姿を晒す。

 

 驚きに固まる二人、まぁそりゃそうだよなと思っていたら、リュカちゃんが目を輝かせてカッコイイ!と叫びながら抱き着いてきた、お兄さんリュカちゃんの美的センスが少々わからない。

 ビアンカちゃんの方を見てみたら、にこりと微笑まれお兄さんは化け物でも魔物でもないわ、と心が温かくなる言葉。二人に嫌われなくてホッとしている自分に気付くも、顔に出さないよう堪える。

 

 ところでリュカちゃん配下のモンスター達や、やっぱり同類じゃないかと目で語るのはやめたまえ。

 

 

 

 まぁ、一度半竜形態になった以上戻る必要も薄いので、このまま進む事にする。

 リュカちゃん配下のモンスター達は特に指示を出す必要もなさそうなので、俺とチロルが前衛。シャドウを遊撃要員として配置したのだが……。

 襲い掛かってくる大半の魔物が、リュカちゃん配下の精鋭達に蹴散らされていった事で、あまりやる事がない状況であった。

 

 更に、ぶちのめされた魔物達の中に時折起き上がり、リュカちゃんとの同行を望むモンスターまで出てくるのだから驚きだ。

 リュカちゃんに聞いてみれば、何となくだけど仲良くなれそうな魔物相手には手加減をするよう、彼女の配下たちへ合図で伝達してるらしい。

 ヤダこの子ほんわかしてるけど、大人数指揮運用のプロフェッショナルになってるのだわ。

 ビアンカちゃんの方を見てみれば、自分から同行を申し出るだけあってただ守られてるばかりではない、魔物の動きや嫌がる呪文を冷静に判断してムチによる一撃と呪文による攻撃で、確実に対処している。

 

 あの頃の、レヌール城の時みたいにおっかなびっくり俺の後ろをついてきた頃とは、違うんだなぁと思わず呟く俺。

 そんな俺へ、リュカちゃんとビアンカちゃんは顔を見合わせて嬉しそうに微笑むと、異口同音に勿論!と返してくる。可愛い。

 

 

 二人があの頃みたいに仲良くしているのを見てほっこりしつつ、洞窟の中へ視線を巡らせる。

 アレから結構行程は進んでおり、今は大きな吹き抜けになっていて幾つもの滝が眼下の湖へ落ちているフロアに出たのだが……。

 天井部分に空いた穴から何本も洞窟内へ差し込んでいる光の筋が、滝や湖へ反射し煌めく事で幻想的な風景を醸し出している。

 

 隙ありとばかりに飛びかかって来たオクトリーチを裏拳一発で爆裂四散させつつ、好戦的な魔物がいなければちょっとしたデートスポットになりそうだなと思っていたら。

 拳を布で拭っていた俺の左腕をリュカちゃんが抱え、そのまま俺に抱き着いてきた。

 突然のリュカちゃんの行動に、ビアンカちゃんは声を上げて自分もとばかりに右腕に抱き着いてきた。どうしてこうなった。

 

 結局、リュカちゃん配下のモンスター達とチロル・シャドウの親子コンビに周辺警戒を頼んで、少しだけ衣服が濡れないところで休憩する事となるのであった。

 どうやらビアンカちゃんは結構な量のお弁当を拵えてきたらしい、背負っていた背嚢の中身の大半はコレか。

 モンスター達の分もあるらしく、ワイワイガヤガヤと少しばかりの時間であるが休息を取り、小休止を終えて立ち上がるとビアンカちゃんが俺の袖を掴んできた。

 

 何かあるのかなと振り向いてみれば、何か決意をした顔で俺の旅路についていきたいと、真正面から俺の目を見て告げてきた。

 固まる時間、場に響くのは滝の音と満腹になって眠たくなったシャドウの欠伸の声ぐらい。

 

 

 

 俺は、少し考えさせてほしいと告げる事しか出来なかった。

 その後、気まずい空気のまま水のリングを回収し、来た道を戻って船へと戻って。

 

 リュカちゃんに頼み、少しだけ一人にしてほしいと船の中の部屋に籠った。

 何もかも中途半端で、返答すら中途半端にしてきた自分という存在にほとほと嫌気を感じつつ、ベッドに身を預けて天井を見上げながら考える。

 

 俺が結婚する権利があるのかどうとか、その手の事は一旦横に置く。考えだしたらキリがないしそこで思考が止まる。

 じゃあ、俺はリュカちゃんにビアンカちゃん、ヘンリエッタにマリアちゃん、そしてデボラにフローラの6人をどう思っているのか自問自答して。

 

 6人ともが、大事で守りたい存在であるとハッキリと言える事を自覚し、添い遂げたいかどうかまで考える、答えは是だ。

 じゃあ誰を選ぶというところで、俺は自分のどうしようもない優柔不断さと醜悪さを自覚した。

 

 

 

 これじゃあ、母さんを孕ませて行方を晦ませたクソ親父をどうこう言う資格なんてねぇな。

 

 

 

 

サラボナ ♪日

 

 

 結局船に乗っている間、考えに考えて碌に眠る事すらできなかった。幸い頑丈な体になっている今多少の寝不足は影響こそないものの、リュカちゃんとビアンカちゃんに心配される大失態である。

 なお、誰と添い遂げたいかという問題には結局結論は出ておらず、まぁ6人の中から誰を選ぶかなんていう男に対して都合がよすぎる展開なんてあるわけがないと、問題を棚上げした。

 

 そんなわけで、サラボナの町へ戻って来たわけだが少々様子がおかしい。

 水のリング回収の為にサラボナを出た時は、敵意と恐怖の視線が町の人から絶え間なく降り注いでいたものだが、今ではその視線を送っている人間が少なかったのだ。

 一体何があったのやら、と首を傾げつつ。リュカちゃんと……ビアンカちゃんを連れてルドマンさんの屋敷へ向かったところ。

 

 

 ヘンリエッタとマリアちゃんが俺へ駆け寄り、抱き着いてきた。何故ここにいるのでしょうか。

 え?サンチョさんから教えてもらって、大急ぎで駆け付けた?ドレイクの活躍と功績はきちんと説明済み? お、おう。

 改めて視線を周囲へ向けてみれば、ラインハットの城下町やポートセルミの酒場で受けていた視線に近いモノを町の人達から感じる。

 

 救国の竜騎士の詩は、サラボナの人にも大好評でしたよとにっこり笑顔のマリアちゃん。君の無邪気な善意が心に痛い。

 そうしていると、ビアンカちゃんが二人は誰かと聞いてきたので、往来のど真ん中にてヘンリエッタとマリアちゃんについて軽く紹介したところ。

 

 ニコニコ笑顔で、しかし気のせいか視線で火花を散らせながらビアンカちゃんはヘンリエッタとマリアちゃんへ握手をする。負けないからね、というのは一体どのことに対してでしょうか?

 後リュカちゃん、ニコニコ笑顔で黒いオーラを滲ませてるように見えるのは俺の気のせい?

 更に言えば、ヘンリエッタとマリアちゃんもまた、ニコニコ笑顔だけど妙に怖い。あれれー、おかしいなー。

 

 思わずたじろぐ俺に、しゃっきりしろと言わんばかりの意思がホークの剣から俺へ発せられ、チロルが先へ急ぐことを提案するかのようにぶにゃーと鳴いてくれた。

 とりあえず一旦休戦だよー、とリュカちゃんが笑顔のまま言葉を発し、ヘンリエッタとマリアちゃんにビアンカちゃんがこくりと頷いて、緊張した空気は一旦霧散した。良かった良かった。

 

 

 気のせいか問題を先送りにした気もするが、気のせいだ。きっと気のせいだ、そうに違いない。

 俺なんぞを取り合っても、何も良い事などないのだから。

 

 

 

 何故か、そそくさと道を空けてくれた町の人達のおかげでルドマンさんの屋敷へ、道を阻まれることなく到着した俺達一行。

 水のリングの回収に成功したことをメイドさんへ伝えれば、ルドマンさんが広間でお待ちです。と案内してくれる。

 あの、ヘンリエッタさんや。メイドさんの衣装を見て、またメイド服を着て俺の世話をしたいとか呟かないで下さい。色んな意味で緊張が走る空気が辛いです。

 

 そうこうしてる間に広間へ案内され、俺達の姿を見たルドマンさんと隣に座ってたサンチョさんは何かを察した顔をしつつも、水のリングを回収してきた俺達を労ってくれた。

 そして、二つの指輪を獲得してきた俺ならば、娘を託せるとにこやかな笑顔でハッキリと告げてきた。隣にいるサンチョさんが無言のまま状況の推移を見守っているのが、怖い。

 

 

 ルドマンさんの言葉に、広間の空気は重く……重く沈み。

 その中でリュカちゃんが、先手を切るかのように口を開いた。

 

 今回の催しは、お兄ちゃんは明確に花嫁を娶りたいって言ってたんじゃないよね?と念押しした上で、ソレとコレとは話が別と宣言。

 だからお兄ちゃんはボクがグランバニアへ連れ帰って、もう戦わなくても良いように穏やかに一緒に暮らすねと大きなお胸を揺らしつつ胸を張って宣言。

 

 そこへ物言いをつけたのはヘンリエッタとマリアちゃんである。

 俺はラインハット救国の英雄であり、自分達にとっても支えであり救いだった愛しい人だと前置きし。

 リュカちゃんらへ視線を向けつつ、貴方達にとってドレイクが大事なのは重々承知しているが、ドレイクの苦しみを間近で見てきたからこそ私達はドレイクを支えたいとハッキリ言葉にする。

 

 リュカちゃんとヘンリエッタ達の間に、視線によって激しい火花が散らされているのが見えたのは気のせいじゃないよな、コレ。

 俺の気のせいか……リュカちゃんの背後に、両手を広げてフシャーと鳴きながら後ろ脚で立ち上がるベビーパンサーが見え、ヘンリエッタ達の背後にはブニャーと鳴いて両手を広げて威嚇するプリズニャン達が見えた気がする。

 

 

 膠着する空気、底を知らないかのように重くなっていく空気。

 そこで、バァン!と勢いよく扉を開けて入って来たのは、憤怒の炎を目に宿したデボラだった。お前もしかして隣の部屋で出待ち……あ、いえなんでもないです。

 

 

 そして開幕一言、デボラがバッカじゃないのアンタら!?と憚ることなく罵声を吐き出した。

 思わずたじろぐリュカちゃんにヘンリエッタとマリアちゃん、そんな3人を見た上でデボラは腕を組んで不機嫌そうに言い放つ。

 

 揃いも揃ってアンタら何言ってんのよ、この死んだ小魚のような目をした男をアンタらが御しきれるワケないでしょ!とのお言葉である、死んだ小魚の目ってそれもうダメなヤツじゃないだろうか。

 コイツはね、闘いから離れられないし英雄なんて柄じゃないのよと。こんなのの面倒を見れるのは私くらいよ、と鼻息荒く宣言するデボラである。

 

 

 そんなデボラの言葉に、物理的な熱量を持っているんじゃなかろうかと錯覚するほどに視線で火花を散らす4人。

 あ、デボラの背後に臨戦態勢のダークマンモスが見える、強そうだなぁ。

 

 重く沈んだ空気から一転、戦場かと錯覚するほどに緊迫した空気に包まれる広間、思わずルドマンさん達へ視線で助けを求めたら目を背けられた。解せぬ。

 そうしていると、デボラが出待ちしていたっぽい部屋から、しずしずと言った様子でフローラが広間へ入って来た。

 

 

 俯いていたフローラは小さく息を吸うと顔を上げ、キリッとした目付きで彼女の姉を含めた4人を見据えると。

 苦しんできたドレイクさんを見てきたのは私も一緒です、と静かに宣言した上で。無理をし続けてきたドレイクさんと共に歩んで、少しでも癒してあげたいとフローラは強い意志をその優し気な風貌に込めて宣言。

 

 デボラはそんな妹の様子に、へぇ、と愉快そうに目を細めて好戦的な笑みを浮かべ、宣言したフローラを見詰める。

 何故だろう俺は疲れているのだろうか、フローラの背後に不退転の決意をしているかのようなベホマスライムが見えた。

 

 

 何故彼女達は、こんな俺を取り合うかのような宣言をしているのだろう、と現実逃避気味に俺が考える中。

 今まで沈黙を保っていたビアンカちゃんが口を開いた。

 

 

 私はお兄さんがどんな道筋を辿って来たのか、どんな苦しみを背負ってきたのか全部理解できるなんて言えないと。

 だけれども、だからこそ、お兄さんが幸せに日々を過ごして帰ってくる場所になりたいと、決意を込めた言葉を放つ。

 

 優し気な口調ながらも、決して引かないという強い意志を感じるビアンカちゃんの背後に、悠然と佇むキラーパンサーが見えた気がした。

 

 

 

 そして、言葉少なく強い意志を込めた視線をぶつけ合う6人の視線が、俺へ向かおうとした瞬間。

 ルドマンさんは、6人ともドレイク殿を深く愛しているようだが、ここでドレイク殿へ詰め寄っては彼もすぐには結論を出せまいと助け船を出してくれた。

 

 

 

 しかしルドマンさんや、気のせいかもしれないがタイミング見計らってたように見えたの、俺の気のせいじゃないよね?

 

 

 

 

 

サラボナ ×日

 

 

 あの後は、旅の疲れもあるだろうと言う事で解散となり、町の中が俺と6人の美女美少女達との結婚の話題が持ち切りになっている中。

 ルドマンさんに俺は、二つ頼みごとをされる。

 

 一つは山奥の村、ダンカンさん夫妻が宿を営んでいるあの村の職人へ、花嫁のブーケを頼みに行ってもらいたいというものと。

 もう一つは、サラボナ北の祠にある壺の色を見てもらいたいというものだった。

 

 花嫁候補が6人もいるのだから、君にも考える時間が必要だろうというルドマンさんの言葉が非常に有難かった、しかし。

 俺がこのまま、雲隠れするとは思わないのだろうかと思わず聞いてみたら、朗らかに笑いながら言われた。

 

 

 この局面で逃げを打てる男なら、こうなる前にもっと要領良くやっているだろう。と。

 

 

 畜生、強気で否定できねぇ。

 

 

 

 

山奥の村 ♪日

 

 

 ぼんやりと考え、海風に吹かれたりしつつ山奥の村へ到着。

 ルーラを使うべきだったかもしれないが、少しでも考える時間を稼ぎたかった俺のみみっちい考えである。

 

 職人のおっさん、気のせいかサンタローズの万事屋の親方に似た雰囲気を持つおっさんへブーケを頼みつつ。

 なんか辛気臭い顔してるが、お前さんの思うように選べばいいさと。腰をポンポンと叩いて慰めてくれた、人の情けが身に染みる。

 

 

 

 

サラボナ北の祠 〇日

 

 

 ルドマンさんの話では、施錠されている筈の祠の扉が開いたままになっていた。

 嫌な予感を感じ、ホークの剣を抜いて階段を駆け下り、壺が収められている部屋へ飛び込んだところ。

 

 そこには、二度と会いたくないと思っていた、ゲマが立っていた。

 ゲマは、俺の姿に気付くと癇に障るあの嘲笑を上げ、思ったよりも堕ちてないようで残念だと肩を竦めた上で。

 

 久しぶりに俺の様子を探ってみたら、とても楽しい事になっていたので、私からのサプライズプレゼントですよ、と壺を指差す。

 

 

 指差した先にある……まだこの時期は青い筈のツボが、真っ赤に光り脈動していた。

 

 

 ゲマの名を叫びながら、半竜形態となり斬りかかろうとするも、まるで煙を斬ったかのように回避され……ゲマはそのままふわりと浮き上がると。

 人間への憎悪が花開かなかったのが聊か残念でしたが、面白い出し物を見せてくれたお礼をしましょうとほざいた上に。

 

 

 

 

 逃げても構いませんよ、貴方の大事な人達がどうなっても良いなら。と言い残してその姿を消した。

 

 

 





ゲマさん、最近まではドレイクの動向を追っていませんでしたが、久しぶりに見てみたら大いに期待外れの状態となってました。
なので、ドレイクの近くで見つけた……昔世界を荒らしまわっていた魔物の封印に細工をし、いじめて遊ぶ方向へシフトしました。
ドレイクが逃げて折れたら、勇者の名誉を極限まで下げる噂を吹聴して光の教団勢力拡大が可能だし、仮に戦うことを選んでもドレイクではほぼ確実に死ぬ。
そして……進化の秘法の力を限界まで引き出す事を選んだら、ドレイクの魔物堕ちが進むと。どこに転んでもゲマさんの趣味と実益が満たされる状態です。



次回から、サラボナ決戦を上中下の三部構成でお送りいたします。


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24・上

サラボナ決戦の上、お送りいたします。
少し短いかもですが、キリの良いところで次回へ引かせて頂きました。


 かつて世界を荒らしまわった、山にも匹敵する巨体を持つブオーンという名の魔物が居た。

 ブオーンは戯れに町や国を襲い、幾人もの人間を飲み込んでは残された人々の怨嗟の声と涙で心を潤し、退屈をしては同じことを繰り返したそうだ。

 何人もの勇者や戦士がブオーンを止めようと決死の覚悟で挑んでは、無為にその命を散らしていく中。

 ある日、一人の男……名をルドルフという男が一瞬のスキを突いたことで、暴虐の限りを尽くしていたブオーンを封印の壺へ封じ込める事に成功した。

 

 しかし、封印の壺の効力は永遠に続くモノではなく、不幸にもルドルフの子孫であるルドマンが健在の頃にその封印の効力が尽きる事が、家に代々伝わる書物へ記されていた。

 故にこそ彼は、財を蓄えてブオーンへ対抗する為の兵を、迎え撃つために塔や街への防備を、万が一に備えて娘達を逃がす為の嫁ぎ先まで必死に揃えようと足掻いた、しかし。

 予定に比べ、余りにも早いその復活はルドマンの予定を大幅に狂わせてしまう。

 

 優秀な兵を満足に揃える事も出来ておらず、塔こそあるものの塔へ設置するための魔物を迎撃するための防備は整っておらず。

 まさに娘を送り出す為の催しをしてる中の、この運命の仕打ちにルドマンはただ膝をつき地面に両手を付く事しか出来なかった。

 

 

 もう終わりだと、サラボナは滅ぶと打ちひしがれた声で呟くルドマン。

 いつも自信満々だった父親の初めて見る姿にデボラとフローラは目を見開き、ブオーンの伝承を知っているルドマンの妻は沈痛そうに顔を俯かせる。

 

 ルドマンの屋敷へ逗留する形となっていた、リュカやヘンリエッタは立ち向かえば良いとルドマンを励ますも、ルドマンは立ち上がれず。

 マリアとビアンカはと言えば、ルドマンの妻へ少しでも闘い勝利しうる可能性を高める為に情報を求めるが、与えられた情報に一様に暗い顔を浮かべる。

 ドレイクを取り合い、牽制し合っていた時とは違う種類の重苦しい空気が、広間を包む中。

 

 何かを考え込み、腕を組んで瞑目していたドレイクが目を開いてルドマンの傍で膝立ちになり問いかける。

 

 

「ルドマンさん、ブオーンを相手にする為の塔の構造は頑丈か?」

 

「……ああ、しかし。山のような魔物相手には、剣も呪文もまともに通じはしないだろう。何人もの勇者が昔挑んでは悉く返り討ちにあったそうだ」

 

「やりようはあるし、分の悪い賭けだが勝算はあるつもりだ」

 

 

 ドレイクが決意を固めた表情でルドマンへ語り掛け、藁にもすがりたいルドマンはドレイクの手を取ると縋りつくように頼む、頼むと言葉を繰り返す。

 しかし、リュカはドレイクの言葉に言いようのない不安を感じていた。

 まるで、自分と父を逃がす為に一人残った時のような顔を、大好きな兄が浮かべていたのだから。

 

 

「っ!お兄ちゃん、ダメ!」

 

「安心しろリュカ、お兄ちゃんは強いんだぞ? そんな魔物なんか簡単に蹴散らしてやるさ」

 

 

 ルドマンと共に立ち上がり、見晴らしの塔へ向かおうとするドレイクの腕を掴み、必死に止めるリュカ。

 妹分の行動にドレイクは困ったように笑うと、リュカの頭を優しく撫でて。

 

 チロルとシャドウを頼む、と告げると広間から出ていってしまう。

 また、自分の腕から兄がすり抜けていったような感覚にリュカは茫然と膝から崩れ落ち、慌てて駆け寄ってきたサンチョにその体を支えられ。

 なんで、どうして、と呟いてポロポロと涙を流す。

 

 沈痛な空気が広間を支配する中、先ほどから不機嫌な様子を隠そうとしていなかったデボラはツカツカとリュカへ歩み寄り、その胸倉を掴む。

 

 

「アンタ、このままアイツ行かせて。一人めそめそと泣いてるだけなわけ?」

 

「だって、お兄ちゃんは決めちゃったら、意地でも変えないから……」

 

「だったら無理やりでも変えさせてやればいいでしょ!?」

 

 

 幼いころのトラウマが蘇り、兄がまたどこかへ行ってしまう恐怖と喪失感に包まれていた少女を、デボラは厳しい声音で一喝。

 リュカの胸倉から手を離し腕を組むと、広間に集まっているライバル達を睥睨して宣言する。

 

 

「私は私が出来る事探して、意地でもアイツを引っ捕まえるつもりだけど。アンタらはどーすんの?」

 

 

 不敵に笑い、宣言する戦乙女じみた様子のデボラの言葉に。

 無力感に包まれていた乙女達の瞳に今、炎が灯った。

 

 

 

 

 

 

 一方、暗がりが広がる空の真下、篝火が幾つも焚かれた見晴らしの塔の頂上に、ドレイクは一人立っていた。

 その姿は、すでに半竜半人と言える姿へ変貌しており、両手をホークの剣の柄へ当てて地面へ突き立て、瞑目したまま来るべき時を待つ。

 

 異形と化した青年の脳裏に映るのは、長い年月の果てに再会した少女達や、新たに出会った女性達。

 父と慕っている義父に、こんな自分の世話を焼いてくれた人達や、無事だったことを祝ってくれた人達。

 彼女達、彼らの事を思い出している間は青年の心は、まるで凪いだ海面のように静かで穏やかであった。

 

 次に思い浮かべるのは、旅路の中で出会った、世間一般的価値観で悪党と呼ばれる人間達。

 どれもこれもがロクデナシで、今も生きる価値はないと思える連中であったが、罪の大小問わず彼らを根絶すべきと考えている自分の思考を青年は静かに思い。

 

 

「おかしいとは思っていたんだ、小悪党程度にまであそこまで殺意を抱いてしまうなんざな」

 

 

 遥か彼方から聞こえてきた地響きと共に目を開き、日が傾き地平線の果てに消えていく空の中。

 遠目にもその姿がくっきりと見える魔物、ブオーンを見据えつつ呟く。

 

 ドレイクは、今もサラボナを害そうと近付いてくるブオーンへの憎悪と殺意を心で燃やし、自らの翼へ視線を向けてみれば。

 自らの憎悪や殺意に呼応するかのように、漆黒の翼に赤く輝く脈動が走る事を目撃し、己の体にゲマが施した進化の秘法について凡その当たりをつけ。

 あの性悪の事だから、俺の心にも何かしらの偏向をかけているんだろうな、とどこか他人事の様に考え一歩ごとにその姿を近づけてくるブオーンを見詰める。

 

 

 青年は自問する、己は英雄であるか? と。 答えは否である。

 重ねて自問する、己は顔も名前も知らない誰かの為に命を捨てられるか? と。 答えは否である。

 

 最後に自問する、己は大事な人達が踏み躙られてしまうのも見過ごせるか? と。 答えは、否である。

 

 

 故に、青年……ドレイクは視線に決意を込め、見晴らしの塔まで辿り着いた魔物、ブオーンを正面から見上げてホークの剣を右手に構え……左手の赤黒い雷光を纏わせ始める。

 

 

「ブゥゥーーイ! 全く、良く寝たわい。さて……ルドルフはどこだ?隠すと為にならんぞ」

 

 

 剣を突きつけられているのに、意に介することなく小さき者でしかないドレイクへ問いかけるブオーン。

 ドレイクの返答は、ただ一つ。 ブオーンの瞳めがけて、左腕に纏わせていた赤黒い雷光を解き放つ事だった。

 

 小さき者の思わぬ不意打ちに片目を雷光に焼かれ、地響きを立てながら後ずさるブオーン。

 潰される事こそなかったが、今も雷光でまともに見えない片目と焼け付く痛みに、己が何をされたかブオーンは理解し、激怒の咆哮と共に巨大な蹄が付いた腕を塔の最上階へ叩きつける。

 圧倒的質量と、それが齎す暴力的な速度はまともな腕自慢ならば、成す術もなく圧し潰されるほどの暴力であった。

 

 しかし、雷光を放った瞬間には既に踏み込んでいたドレイクはブオーンの腕を、一度空へ飛んでかわし。すかさず腕の上に着地。

 そのまま、ピオリムを使用して全速力でブオーンの腕を伝い、急所である魔物の頸部を狙うべく走り始める。

 

 

「ちょこ、ざいなぁぁぁぁ!!」

 

 

 だが、ブオーンは鬱陶しいとばかりにドレイクが走る腕を横薙ぎに振るい、その上を走るドレイクを払い落とすと。

 翼をはためかせて体勢を立て直そうとするドレイクを焼き殺すべく、その巨大な口から鋼鉄すらも一瞬で飴細工が如く溶かすほどに激しい炎を吐きかける。

 

 

「が、ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 だが、ドレイクもまたただ焼き殺されるのを待つのではなく、その口から凍りつくブレスを吐き出し、ほんの僅かであるが激しい炎を相殺すると。

 未だまともに小回りを利かせる事に慣れていない翼を大きく羽ばたかせて空へ退避し、空に浮かぶドレイクを追撃しようと吐いたままの激しい炎で、ドレイクを追いかけるブオーンの顔面へ左腕を伸ばして狙いを定める。

 

 

「くたばり、やがれぇぇぇぇ!!」

 

 

 ドレイクの怒りと殺意の叫びと共に、彼の左腕に赤黒い雷光が迸り。まるで光線のようにブオーンの顔面目掛けて伸びると、轟音と共に炸裂する。

 

 現状はドレイクに目立った損傷はなく、一方のブオーンはドレイクの放つ呪文によってダメージが蓄積し始めていた、しかし。

 その巨体から繰り出される一撃が、一度でもドレイクへ入れば、強化されているとはいえ人間サイズでしかないドレイクにとっては、すべてが致命傷なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 半竜半人形態と化したドレイクと、巨大すぎる魔物のブオーンが激闘を続ける中。

 サラボナの街はパニック一歩手前になりながらも、それでも一定の秩序を保った状態で避難活動を続けていた。

 

 デボラの号令で、ルドマンの商会の人間が動く事で町民の避難への理解を求め、立場柄民を率いる事になれたヘンリエッタが声を張り上げて町民らを避難させていく。

 そして、聖女の肩書を持つマリアと修道院で修業を積んできたフローラが、避難の際に負傷した人々を癒し、声をかけて勇気づけて回り……。

 

 リュカとビアンカは、今も闘いを続けているドレイクを悪しざまに罵り、人々を扇動しようとする人物らをマリアから託されたラーの鏡で照らし出し。

 魔物の正体を現したその人物らを遊撃隊として駆逐する事で、混乱の発生を避ける事に従事していた。

 

 

「アイツ、魔物だったんだ……」

 

「俺、アイツにそそのかされて今も戦ってる竜の剣士を魔物扱いしちまってたよ……」

 

 

 正体を現した末に、リュカ達に殲滅された魔物を見て茫然とする男達にビアンカは嘆息し、リュカは溜息を吐いて走り出し。

 今も商会の人間へ矢継ぎ早に指示を飛ばしているデボラへ、ドレイクを助けに行きたいと懇願する。

 

 リュカの言葉に、忙しいのにバカ言ってんじゃないわよ。とデボラは一蹴するかのように一瞥することなく言い放ち。

 大体落ち着いてきたし、後はアンタの望むようにやりなさい。私もすぐに追いかけるから、とリュカの顔を見る事なく告げるとそのまま次の指示へ移っていく。

 

 解りやすいのか解りにくいのかよくわからないライバルの言葉に、リュカは一瞬あっけにとられると、笑みを浮かべながら強く頷き。

 町人の避難を助けているモンスター達の中でも、特に頼りになる精鋭の魔物を指笛で呼び寄せつつ駆け出そうとしたリュカの目の前で。

 

 

 

 

 一瞬のスキを突かれたドレイクが、ブオーンが降り下ろした腕を叩きつけられ。まるで流星のようにサラボナの街へ叩きつけられた。

 




ゲーム的に言うと、現時点でドレイクはレベル35~40。
一方ヒロインズは18~22と言った感じです。
守る余裕がない故に、ドレイクは一人で戦うことを選び。ヒロイン達は一旦は自分達が出来る事を、と動きました。
しかし、やっぱり我慢できないと駆け付けようとした矢先に、ドレイクの危機と言った感じです。


さり気なくサクラを忍ばせて、ドレイクが大事にしてる人達を人間に襲わせようとしてたゲマさんでしたが、先手を打たれて策は不発した模様。

やられてばかりでは、ないのだ。


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24・中

ブオーン決戦中編、という名の決着回。
なんとか、ぎりぎり間に合わせられました。


 

 漆黒の翼を広げて空を舞い、ブオーンを相手に戦いを繰り広げていたドレイクの墜落。

 その光景は彼を信じていた者、祈りながら勝利を願っていた者、少しでも状況を良くしようとする者全てに、大きな衝撃と絶望を与えた。

 ドレイクを叩き落としたブオーンは、その手応えから致命傷を与えたことを確信し、その上で確実なトドメを刺すべく瓦礫に埋まったドレイクめがけ巨体を揺らしながら歩き始める。

 

 

 その状況の中、ドレイクは瓦礫の中で大きく咳き込み、口から血を何度も吐き出しながら一瞬失っていた意識を取り戻す。

 だがその手からは、相棒とも言えるホークの剣は失われており、天空の鎧は大きな罅が入っている事から最早戦闘継続は困難な状況であった。

 しかしそれでも、ドレイクは諦めてはおらず、迫りくる地響きに対して怒りと憎悪を燃やし、未だ人間の姿を保っていた腕と脚を変異させながら、瓦礫を動かそうともがく。

 

 まるで、急速に人間としての自分がどす黒い業火に焼かれ灰となっていく錯覚を感じながら、ドレイクは咆哮と共に瓦礫を打ち砕こうとした、次の瞬間。

 どこかで聞いた覚えのする声がすると共に、ドレイクの視界を塞いでいた瓦礫が大きな音を立てて動かされた。

 

 

「居たぞぉぉぉ!」

 

 

 瓦礫を動かした存在……ソレは、それはドレイクへ想いを寄せる女性ではなく、リュカの配下のモンスター達でもなく。

 かつてサラボナで、花婿を選抜するための催しからドレイクが辞退するよう、ドレイクへ絡んできた荒くれ達だった。

 

 

「……なんで、お前達が?」

 

「なんでもクソもあるかよ! これでも齧ってろ!」

 

 

 茫然と呟くドレイクに対して荒っぽく叫び、その口へ薬草をねじ込みながら、屈強な体躯の荒くれ達が必死に瓦礫を除去しようと力を合わせる。

 その間もブオーンがゆっくりと迫っているというのに、男達は逃げ出す素振りを見せる事なく、声を掛け合いながらドレイクの動きを阻害していた瓦礫をどけていく。

 

 

「正直今でもてめーは気に入らねーよ! だけど、あの化け物何とか出来るてめーに託すしかねーんだよ!」

 

「おら!間抜け面晒してねーでとっとと口動かせ口!」

 

 

 男達が自分を助けている、という状況に思考が追い付かず茫然といたままのドレイクの顎を、別の荒くれが掴むと強引に上下させ無理やりドレイクに薬草を咀嚼させる。

 ある意味虫の良い男達の発言、しかし、何故かドレイクの心はとても晴れやかであった。

 

 彼らはドレイクと同じで、自分勝手な理屈で動き、自分勝手なことを相手へ押し付ける。

 だけれども。

 

 

「自分勝手にも、程があるなお前ら」

 

「うるせぇよ!」

 

「だけれども、それがいい。助かった……今度酒でも奢るさ」

 

 

 迫りくるブオーンがすぐそこまで来たところで、ドレイクはようやく動けるようになり、救助をしてくれた荒くれ達へ礼を言い。

 荒くれ達は、極上の酒奢れよ!などと叫びながら一目散に逃げていく。

 

 今この瞬間、ドレイクの心に初めて……どこかの誰かの為に戦うのも悪くないという気持ちが芽生えた。

 体は満身創痍で武器はどこかへ飛んでいき、鎧に至っては砕けてないのが不思議な有様。

 そんな状況で、ドレイクを見下ろすブオーンは大気を揺らしながらドレイクを嘲笑う。

 

 

「哀れなものだなぁ? みっともなく命乞いをするならば、一思いに踏み潰してやるぞ?」

 

 

 大きな口を吊り上げ、三つの目に嘲りを隠すことなくブオーンはドレイクへ言い放つ。 

 しかしそれでも、ドレイクの心には恐怖も絶望も、欠片も存在はしていなかった。

 

 何故ならば……。

 

 

「お兄ちゃん!大丈夫?!」

 

 

 チロルとシャドウを引き連れたリュカとビアンカが息を切らせながら駆け付けたことを皮切りに、ヘンリエッタとマリア、そしてデボラとフローラが来てくれたのだから。

 

 ドレイクは今まで、追い詰められた状況においては一人きりで戦い続けてきた。

 ラインハットの時は、勝算が十分にあったがゆえに仲間達と共に戦ったものの、強敵と言える相手や精神的に辛い時は自ら一人になる事を選んできた。

 何故ならば、それが一番楽だったのだ。庇い守る事を考えずに済むのだから。

 

 ソレが思い違いだと気付けたのは、自分を疎んでいる筈の人間……荒くれが自身も危ないのに、自分を救助してくれた時だった。

 人は簡単に悪事に転ぶ事もあれば、例えソレが自分本位の理由だとしても不意に誰かを助ける事もあるのだと。

 

 

 だから、ドレイクは少しだけ、他者へ助けを求める事にした。

 

 

「悪い、俺一人じゃ難しいから、手伝ってくれるか?」

 

 

 後ろ頭をかきながらドレイクは振り返り、大事な存在だと胸を張って言える6人の女性へ……ドレイクは恥も外聞も投げ捨て、素直に助けを乞うた。

 

 

「っ……! うん!」

 

「あんな大きいの相手するの一人で無理だったのよお兄さん、だけど。任せて!」

 

「何を今更、私の命は貴方と共にあるのだぞ?」

 

「うふふ、治療は任せて下さい」

 

「アンタねー、気付くの遅過ぎよバッカじゃないの? けどまぁ、頼まれたなら手伝ってやるわ」

 

「姉さんも素直じゃないんだから……ええ、お手伝いさせて頂きますわ。ドレイクさん」

 

 

 各人各様の頼もしい返事を聞きながら、ドレイクは何年振りかもわからない、自然と出てきた笑みを浮かべ。

 自分を無視するかのような小さな者達にブオーンは苛立ち咆哮を上げる。

 

 

「どれだけ群れようと、お前達程度が勝てるものかぁぁ!」

 

 

 まるで自分達の勝利を疑っていないかのようなドレイク達の姿に、ブオーンは不快さを隠すことなく大きく息を吸い込み。

 容易く命を灰へと変える激しい炎をドレイク達へ向かって吐きかける。

 

 迫りくる炎、ソレに対してドレイクは向き直ると変異し黒い鱗に包まれた左腕を掲げる。

 無駄にしか思えないその行為、しかしドレイクには確信があったのだ。

 今の自分ならば、天空の盾が応えてくれると。そしてその確信は事実へと変わり。

 ルドマンの屋敷の方角から光条を引きながら飛来した天空の盾が、ドレイク達を庇うように炎の前へ立ち塞がり、盾から発せられた聖なる結界によって炎は目標を焼き殺すことなく散らされる。

 

 予期せぬ現象に三つの目を見開き驚愕するブオーン、その目の前で激しい炎を無力化した天空の盾は掲げられたドレイクの左腕へ収まり。

 ソレと同時に、罅割れていた天空の鎧が光り輝き、白金の輝きを放つ全身鎧へと変貌した。

 

 今この瞬間、天空の武具はドレイクを祝福し、そして認めたのだ。

 魔道に堕ちかけながらも、ようやく前を向いて戦う意思を固めた一人の青年を。

 

 天空の武具から伝わる、己を鼓舞する意思を感じながらドレイクは振り返り。

 心からの言葉を、6人へ伝える。

 

 

「愛してるぜ、お前達」

 

 

 そう言い残し、ドレイクは強く地面を蹴って飛び上がると、変異によって一回り大きくなった翼をはためかせて空へ飛び上がり。

 愛剣に宿る相棒の名前を叫び、叫びに呼応して手元へ戻って来た剣を右手で強く握りしめる。

 

 先ほどまでは、満足な飛行が出来なかった翼で強く羽ばたき、盾を掲げながらドレイクは咆哮と共にブオーンめがけて突進。

 今までとは速度も鋭さも段違いのドレイクの速度にブオーンはたじろぎながらも、先ほどと同じように腕を大きく振るう事でドレイクの接近を阻む。

 そして、大きく距離をとったドレイクめがけて稲妻を放とうとした瞬間……。

 ブオーンの足や下腿部めがけ、リュカとビアンカが放ったバギマとメラミが浴びせかけられ、注意を逸らされたブオーンの稲妻はドレイクを捉える事無く虚空へと消えていく。

 

 ならば先に足元の虫けらを踏み潰してやると、ブオーンは大きく足を踏み出すも、ソレを阻むかのようにドレイクが再度飛来しブオーンの肩口を手に持った剣で切り裂いていく。

 さっきと似てるようで、大きく状況が変化した一進一退の攻防はブオーンの苛立ちを加速させ、名案を閃いたブオーンは大きく踏み込むとその巨体に似合わない軽やかさで大きく後方へ飛びのき。

 足元からの呪文が満足に届かない距離から、ドレイク達を焼き殺すべく威力よりも飛距離を重視した炎の吐息を放とうと息を大きく吸い込み……即座に光線のような炎の吐息をぶちまける。

 

 回避をすれば足元のリュカ達が焼き殺されるとドレイクは判断すると、盾を構えて吐息の前に飛び出し天空の盾による結界で吐息を受け止めながら、それでも全身を炎へ焼かれていく。

 しかし、ドレイクが負傷すると共に物陰に隠れつつ支援をする隙を伺っていたマリアとフローラから回復呪文が飛ばされる事で、ドレイクの火傷は巻き戻すかのように治療される。

 

 思わぬ結果に地団駄を踏むブオーン、そしてその隙を逃がさないとばかりに……。

 サラボナの街沖合に停泊されていた、ルドマンが所有する船からバリスタの矢が放たれ。ブオーンの体へ深く突き刺さる。

 放ったのは、リュカのモンスター達の協力で大急ぎで船へ辿り着いた、ヘンリエッタとデボラである。

 デボラが父が所有する船に大型の装備が搭載されている事を思い出し、その手の装備に対して造詣を持つヘンリエッタが運用して発射したのだ。

 

 

 人間が手に持つ剣や、放つ呪文よりも大きな痛手にブオーンは怒りの咆哮を上げながら、先ほどまで注意を外していなかったドレイクを意識の外へ放り出し。

 忌々しい矢を放ってきた船を沈めようと、大股で駆け出し始める。

 

 その瞬間を、ドレイクは見逃してはいなかった。

 天空の鎧、そして盾に導かれるまま、左腕に赤黒い雷光を纏わせるとともに右腕からは青白い雷光を放つ事で剣に雷光を纏わせ。

 腕の中で暴れる雷光達を無理やり御しながら、赤黒い雷光と青白い雷光を剣の刃に融合させ、肩に担ぐようにホークの剣を構える。

 

 そして、後一歩でブオーンが船へ襲い掛かれるところまで来た、その瞬間。

 

 

「これで……終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 今にも弾け飛びそうな、極光と表現するのが相応しい雷光に包まれた剣を、遥か先にいるブオーンめがけて袈裟懸けに振り下ろし。

 剣が振り下ろされた勢いによって放たれた、三日月状の極光は狙い違うことなくブオーンを捉え、激しい閃光と衝撃が辺り一帯を包む。

 

 

 

 そして、極光によって生まれた閃光と轟音が止んだその場所には、山程に大きい魔物の姿は最早影も形も存在していなかった。

 

 




まさかの荒くれ救助隊が一番乗り。
彼らは自分勝手で迷惑な傾奇者だけども、地元であるサラボナを愛している荒くれでもあったのだ。

そして、今までうじうじぐちぐちネガネガしていたドレイクが、ようやく前を向き始めるかもしれません。

溜めに溜めに溜めて覚醒させるの、しゅごい気持ちよかった(アヘ顔Wピース)



天空の盾さん「当代の天空の勇者は、儂の導きで生まれたも同然」
天空の鎧ちゃん「ぐぬぬ」


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番外編3『決別と再会』

24・下を書いても書いても書いても書いても納得いく仕上がりにならないので……。
納得いく仕上がりにする為に、リュカちゃん視点の番外編を投稿する事にした作者の屑であった。


 

 

 古の魔物ブオーンが打倒された、サラボナの夜。

 抗えない絶望を覆した英雄の姿に、街の住人は大いに沸き……誤解と嫉妬からドレイクを攻撃し流言を流布していた、裕福な商人が身銭を切って住人らへ酒や食事を振る舞う。

 人々は互いに酒を酌み交わし、吟遊詩人は新たな伝説とも言える、目撃した光景を即興で詩にし楽器をかき鳴らしながら英雄への賛歌を歌い上げていた。

 

 しかし一方で、極大と形容するのが相応しい一撃を放ったドレイクはフラつきながら地面へと降りた後、ゆっくりと地面に倒れ伏していて。

 その姿を人目に見せないようにされながら、ドレイクはルドマンの屋敷の一室でベッドへと横たえさせらえる事となった。

 

 

 当初は大いに取り乱したルドマンとサンチョ、そして女性陣であったが……。

 治療に造詣が深いマリアと、回復呪文が得意なフローラによる診療から、ドレイクの昏倒は極度の疲労と緊張によるものだと判明した事で、胸を撫でおろす。

 せめて看病を、と願い出るマリアやフローラであるも、メイドからは皆様方も闘いでお疲れである以上そのような事はさせられない、と断られた。

 

 

 

 そして、夜も更けた頃。

 胸の高鳴りで、中々寝付けなかったリュカはベッドから下りると、あてがわれた部屋のバルコニーへ通じる戸を開け、夜風にその身を晒す。

 胸に去来するのは、ドレイクの雄姿と……彼から言われた愛している、という言葉。

 そして、サンタローズに居た頃、かつて幼かった頃の自分では結局させられなかった、初めて見たドレイクの自然な笑顔だった。

 

 

「ボクは、お兄ちゃんの重荷だったのかな……?」

 

 

 夜風で自らの長い髪がなびき、そっと片手で髪を抑えながら未だ破壊の痕がそのままになっている、ドレイクが守った町をリュカは見下ろす。

 かつて幼かった頃のリュカにとってドレイクは、とても頼りになるお兄ちゃんで、そして父のパパスに並ぶ無敵の象徴だった。

 しかし、その幻想と憧憬は自分が人質に取られた事で砕かれ、残ったのは幼い頃の思い出に縋る少女だけになってしまった。

 

 リュカは自らの胸に手を当てて考える、自分はドレイクを愛していると胸を張って言えるかと。その問いかけには自信を持って愛していると即答出来る。

 だけれども、自分は今のドレイクを通して過去のドレイクを追いかけていたに過ぎないのではと思ってしまい、その事が彼女にとって心に刺さる棘と化していた。

 

 水のリングを回収に行くときに、船の上でドレイクに教えてもらった、彼の足跡を想いリュカは夜空を見上げる。

 懺悔をするかのように、辛かったであろう思い出を語ってくれたドレイクを見て、あの時リュカは胸が締め付けられる思いがして。

 ドレイクは頑張ったんだと、出来る事をやったんだと慰めた。しかしリュカは思う。

 

 あの時自分がすべき事は、かつて頑張っていたドレイクへ向けた言葉をかける事ではなく、今あの時も苦しんでいたドレイクを認めて受け入れるべきだったのではないかと。

 そこまで自問をして、リュカは自身の根底の想いを、自覚した。

 

 

「ああそうか、ボクは……『お兄ちゃん』を取り戻したがってたんだ」

 

 

 サンタローズで共に過ごしていた頃のドレイク、そしてラインハットで置いてけぼりにしてしまったドレイク。

 最早手が届かない、あの頃の思い出を探してさ迷い、決してもう手に入らない事をリュカは理解する。

 

 何故なら、あの頃の思い出を求め続けるという事は、戦い続けてきた今のドレイクを否定すると言う事なのだから、と。

 ドレイクにこれ以上戦ってほしくなかったのも、思い出の『お兄ちゃん』から離れ続けてしまうドレイクを見るのが辛かったのだと、醜い自分の本音を直視したリュカ。

 

 

 その上で、思い出が無ければ、ドレイクはどうでもよい存在なのかとも自問する。

 自問に対する回答は、否であった。

 

 

 サラボナの街で再会したドレイクは、ホークの死を乗り越えて強く逞しくなっていた。

 更に、十年近くも離れていた自分を迷惑な顔をすることなく受け止め、優しく抱き留めてくれた。

 

 そして……船の上で語らい合ったあの時間に感じた、縋っていた憧憬とはまた別の温かい感情を思い出して自らの胸へリュカはそっと手を当てる。

 色々と自問をしたが、あの時の想いもまた嘘ではないと自信を持って言えた。

 

 

 明日の朝、改めてこの思いを告げようとリュカは心に決めて部屋へ戻り、ベッドへ潜り込んでゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 

 その日、リュカは夢を見た。

 夢の内容は、大きくなったリュカの前でドレイクと逸れたリュカが泣きながらお兄ちゃんを探してるという、夢だった。

 

 幼いリュカは目の前に立つリュカへ、お兄ちゃんがどこに行ったか知らない?と涙声で見上げながら問いかけ……。

 大きくなったリュカは、幼い自分の前でしゃがみこむと、あやすように背中をポンポンと叩きながら、見つけたよと教える。

 大人のリュカの言葉に、幼いリュカは涙声で本当?と見上げ、大人のリュカが指差した先で元気だった頃のホークを相手に、何やら話し込んでいる少年時代のドレイクの姿を指差し……幼い自分へ教える。

 

 ようやく見つけた大好きなお兄ちゃんの姿に、幼いリュカは泣きながら駆け寄って飛びつくように抱き着き、ワンワンと大きな声で泣き声を上げる。

 そんな幼いリュカの様子に、少年時代のドレイクは困ったように笑いながら抱き返すと幼いリュカの頭を撫で始めた。

 

 

 そんな二人の姿に、リュカはぽっかりと穴が空いたままのように感じていた心が満たされるのを感じる。

 そして、いつの間にかホークが消えている事に気付くと共に、背後から足元を突かれて振り向くと片羽根を途中から失った、大人のホークがそこに立っていて。

 

 彼は一声、世話を焼かせる妹分だと言わんばかりにリュカを見上げると、失っているはずの翼を広げて空へと舞い上がり……ドレイクを頼むと言わんばかりに一声鳴くと、どこかへ飛び去って行った。

 

 

 

 

 幼い少女の憧憬と思い出は、ようやく再会できたことで果たされ……今この時、少女だった女性は未来へ歩き始めたのだ。




ホーク「妹分が思い悩んでたからちょっと出張しただけで、俺はドレイクの剣に帰っただけだからな」


ホークにとってもリュカちゃんは、何度もおままごとの相手をする程度に大事な妹分だったのだ。


というわけでリュカ視点の話をお送りさせて頂きました。
リュカがドレイクに固執していたのは、思い出を追いかけ続けていたからで、あの頃のドレイクに戻ってほしかったからなんですよね。
だからこそ、闘いから離れてサンタローズで共に過ごしていた時のような、穏やかな時間を過ごしたがっていたのです。

けれども、リュカが大きくなったようにドレイクもまた成長しており、確かな決意と共に前へ進み始めた今。
リュカもまた、思い出と決別して改めてドレイクと向き合う事にしたのです。

なお、改めて向き合おうとした結果、やっぱりドレイクしかありえないよね。と肉食雌的思考に落ち着く模様。


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24・下

超絶難産でした。
クラフトボス(ブラック)を5本、タバコを一箱生贄に捧げてようやく完成です。


 

 古の魔物、ブオーンが竜の剣士ドレイク達に打倒された日の翌日。

 昨晩の激闘によって、サラボナの街並みはところどころ荒廃しているが、それでも人々の顔には笑顔が浮かんでいた。

 恐れ、陰口を叩いていたにも関わらず、巨大な魔物相手に退くことなく闘い、勝利を収めた新たな勇者ドレイク。

 彼を闘いのさ中で救助した荒くれ達は、自らの活躍も交えつつ間近で見た戦いを、復興作業の休憩の時に周囲の人間へ語っては聞かせ。

 誤解から攻撃し、そして嫉妬で流言を流布した裕福な商人は、身銭を切って復興に少しでも貢献しようとしていた。

 

 希望に満ちたサラボナの街、その中でも一際大きい今回の戦いでも目立った損傷が幸いにも無かったルドマンの屋敷にて。

 ドレイクは、決意を込めた瞳でルドマンとサンチョ……。

 そして、リュカにビアンカ、ヘンリエッタとマリア、デボラとフローラの合計8人の前で、口を開く。

 

 自分は、6人の内誰か一人を選ぶ事など出来ない最低の男だと。

 その上で、ドレイクは訥々と語り出す。

 ヘンリエッタとマリアとは共に長い年月を過ごしており、その間の心の支えが無ければ自分は魔物へ堕ちていた事を。

 フローラには、海辺の修道院で世話になった恩があるし、自分を癒したいと話してくれた気持ちは心の底から嬉しかった事を。

 デボラから、縁もゆかりもない男だというのに手厳しく叱咤してもらえたことで、自分の過ちと思い上がりを正す切っ掛けがもらえた事を。

 ビアンカが、かつての思い出の頃から見違えるほどに美しく育って居た事に驚き、自分の旅路に付いて行きたいと言ってくれたことが嬉しかった事を。

 そして、リュカには子供の頃から心の支えになってくれていた事、そして船の上で自分の努力を肯定してくれた事が嬉しかった事を。

 

 ともすれば、惚気とも言える言葉を恥じ入る事無くドレイクは言い切り、だからこそ自分には誰かを選ぶ資格などないと口に仕掛けたところで。

 ずっと、ドレイクの言葉を黙って聞いていたリュカが踏み出し、ドレイクの瞳を真正面から見上げて問いかける。

 

 

「お兄ちゃん……ううん、ドレイク。貴方は嘘は吐いてないけども、それでも隠し事をしているよね?」

 

「……何のことだ?」

 

「ボクには、ドレイクが『選べない優柔不断な男を演じて、嫌われればすべてが丸く収まる』って言っているように見えるもん」

 

 

 怒ることなく、悲しむこともなく淡々とした口調でドレイクを見上げて詰問し強い眼差しをドレイクへ向けるリュカ。

 その眼差しに耐え切れずドレイクは目を逸らし、続けて放たれたリュカの言葉に目を見開いてドレイクは狼狽する。

 語るに落ちたとは正にこの事で、そんな男の姿にデボラは呆れたと言わんばかりに大きな溜息を漏らす。

 

 

「そもそもアンタ、あの時『愛してるぜ、お前ら』なんて気障な事言ってた癖に、往生際悪すぎない?」

 

「あ、あれは勢いで……」

 

「勢いで出ちゃうと言う事は、本音ですよね?ドレイクさん」

 

 

 ブオーンへ立ち向かう際にドレイクが彼女達へ向けた言葉を思い出し、自らの顔が熱くなるのをデボラは自覚しつつ精一杯の悪態をドレイクへ叩き付け。

 フローラもまた、ふわりと微笑み、ドレイクの逃げ道を鮮やかに塞いでいく。

 ここで咄嗟に上手い事を言えればまた状況は変わったのかもしれないが、ドレイクという男は根本的に女性関係に慣れてはおらず。

 にやにやとした笑みを浮かべているルドマンとサンチョの前で、ビアンカはドレイクへ視線を向けて口を開く。

 

 

「お兄さんは、私達の事が嫌い?」

 

「い、いや。そういうワケじゃ……」

 

 

 にこりと微笑むビアンカ、その微笑みに無意識に後ずさるドレイク。 

 そこでふとドレイクは気づく、女性陣が少しずつにじり寄ってきている事実に。

 ヘンリエッタとマリアへ視線を向けてみれば、ビアンカと同じようににこりと花開いたかのような微笑みを浮かべられる。

 そして。

 

 

「ドレイク、ボクね……ずっと『お兄ちゃん』の事が大好きだった。あの頃の『お兄ちゃん』が傍に居てほしかった」

 

「リュカ……」

 

 

 その中で一人ドレイクへにじり寄っていなかったリュカは、自らの胸に手を当てながら言葉を紡ぐ。

 突然のリュカの言葉に、ドレイクはリュカの心に傷を残していたことを改めて自覚し、後退っていた足を止める。

 ドレイクの様子にリュカは微笑み、過去の思い出に決別し、想いを確かな形とする為に口を開く。

 

 

「過去は過去、それでも……ボクは今を生きてくれている貴方を愛しています」

 

 

 まるで穏やかな日溜まりのような笑顔と共に、飾り気のない愛を捧げる言葉がリュカからドレイクへ贈られ、その言葉にドレイクは目を見開き。

 言われた内容を理解して、その顔が見る見るうちに赤くなっていく。

 一連の流れを、音を立てる事無くお茶を啜り見守っていたルドマンとサンチョは、ドレイクはあんな顔も出来るのだななどと感想を抱いていた。

 

 リュカの言葉、そしてドレイクの反応に状況を注視していた女性陣はここで気付く。

 ドレイクという男は、見た目や功績にそぐわず取り繕わない真っ直ぐな愛の言葉が、一番有効である事を。

 

 

「ドレイク、大神殿で守り続けてくれてありがとう。出遅れた形になるけども、私は貴方を愛しています。貴方以外なんて嫌なんです」

 

「ヘンリエッタ……」

 

「ドレイクさんって、ずっと私を子供扱いしてましたよね? 守られ続けた私ですけども、それでも貴方の傍に居たいんです」

 

「マリア……」

 

 

 長年共に居続け、依存をさせてしまったと思っていた二人の女性の、真っすぐな瞳とその言葉にドレイクは茫然と彼女達の名前を呟き。

 同時に、二人の内心を決めつけていたことを、内心で恥じた。

 

 

「ふふふ、そんな顔も可愛いですよドレイクさん? 不束者ではありますけども、それでも、貴方が自身を愛せるようになるまで、そして愛せるようになった後も……私は貴方を愛しています」

 

「フローラ……」

 

「本当、どれだけ女引っかけてんよのアンタは。けどま、死んだ小魚の目が釣り上げた小魚の目ぐらいにはなったようだし、折角だからアンタを、その……愛してやるわよ」

 

「デボラ……」

 

 

 ずっと心の底へ押し隠し続けてきた、己自身への嫌悪感を見抜いていたフローラにドレイクは驚きを隠すことなく茫然と呟き。

 デボラの素直とは程遠い、しかし思いやりに満ちた言葉にドレイクは不器用に笑みを浮かべる。

 

 

「お兄さん、私ね。あの時からずっとお兄さんの事が好きだったの、だけど今は。貴方の傍に寄り添いたいの、愛してるわ……ドレイク」

 

「ビアンカ……」

 

 

 レヌール城の冒険の後、別れたきりだったかつて少女だった美しい女性の言葉に、ドレイクは女性の名前を口にする。

 6人から愛の言葉を捧げられたドレイクは、己の心に自問する。

 自分は本当に彼女達を愛しているか?と。

 

 そして、その答えは是であった。

 

 

「……物凄く最低な事を言わせてもらう事になってしまうな」

 

 

 己の心の赴くままに、大きく深呼吸しながら後ろ頭をドレイクは軽く掻く。

 そして、決意を込めて6人を見回し、強い意志を持って宣言する。

 

 

「リュカ、ビアンカ、ヘンリエッタ、マリア、フローラ、デボラ……俺の嫁に、なってくれ」

 

 

 緊張で口の中の水分が乾き、時折言葉に詰まりながらも青年は今までの人生の中で最大限の勇気をもって、人生で最低の言葉を告げた。

 青年の言葉に、名前を呼ばれた女性達は互いに顔を見合わせて苦笑いすると、ドレイクへ向き直り。

 異口同音に、喜んで。と承諾の返事を返すのであった。 

 

 

 

 

 

 

 新たな天空の勇者が、6人の美女と美少女を妻として迎え入れたという仰天の報せは、瞬く間にサラボナの街を駆け巡った。

 ある人はめでたいと秘蔵の酒を空けて乾杯し、ある荒くれはあの野郎全部掻っ攫っていきやがったと嫉妬の咆哮を上げ、ある裕福な商人はむしろとっとと降って御用聞きになるべきだったと後悔する中。

 花嫁達には準備が必要だと、ルドマンの屋敷から放り出されたドレイクは人目を忍びながら、サンチョと共にとある家の前に立っていた。

 

 

「坊ちゃま、こちらが……」

 

「ああ、花婿レースで同道した、アンディの家だ」

 

 

 ブオーンの襲撃でも、幸い目立った損傷が起きていない家の扉をドレイクがノックすると、年を召した老人が中から顔を出し。

 ドレイクの顔を見て要件を察したのか、アンディの部屋へと案内を始める。

 その間、ドレイクとサンチョ、そしてアンディの父との間に会話は何一つなく……。

 

 

「ああ、ドレイクさん。この度はご成婚おめでとうございます」

 

 

 部屋の扉をノックされた後に開けられた、部屋の中のベッドの上で上半身を起こしている、体のあちこちに死の火山で負った火傷を癒すための包帯を巻きつけたアンディに迎えられた。

 ドレイクに頼まれたサンチョが部屋の前で待つ中、ドレイクはアンディのベッドの横に置かれた椅子に腰かけて病状を尋ね、まだ節々は痛むけども快方に向かっているという言葉にホッとした表情を浮かべ。

 

 フローラ達を妻へ迎える事を、頭を下げてアンディへと詫び、その次の瞬間アンディの華奢な腕で下げた頭を勢いよくはたかれた。

 

 

「言うに事欠いて何を言ってるんですか? 僕を笑い者にしたいんですか? 貴方は」

 

「そういうつもりではなかったのだが……」

 

「貴方は少々、その辺りの機微が疎すぎますよ。これじゃあお嫁さん方も苦労しそうだ」

 

 

 はたかれた頭を摩りながら回答するドレイクに、アンディはやれやれと肩を竦めながら溜息。

 まるで、社会から長い間離れていた世捨て人のようなドレイクに、苦労させられそうなデボラを思い……色々と便利に使われた過去から、まぁ良いかなどとアンディは思いつつ。

 ドレイクへ向かって口を開く。

 

 

「僕ではフローラの憂い顔を晴らす事は出来なかった、それが唯一にして絶対の答えなんですよ」

 

「そうか……」

 

「だから謝らないで下さいよ? 貴方は少々どころじゃないぐらいズレた人ですけども、貴方ならばフローラを任せても悔いはないとハッキリ言えるんですから」

 

 

 

 

 

 

 強い意志を持った青年の言葉に、ドレイクはただ頭を下げて。ありがとう、と一言告げ。

 ドレイクの言葉に、でもフローラ泣かせたら何を差し置いてでも殴りに行きますからね。と朗らかにアンディは笑って宣告をするのであった。




修羅場「あれ?私の出番は?」
残念だが、修羅場はもう作者的にもお腹いっぱいなのだ。暫く出番はいらないのだ。


そういうワケで、ドレイクは最大限の勇気を振り絞って最低の選択を選びました。
ドレイクという男は恋愛クソ雑魚ナメクジなので、真正面からの真っすぐな好意と愛の言葉に弱いという、チョロい特性を持っていたのです。

何故かって? この世界に産まれ堕ちて、真っ当な人間社会で殆ど過ごせていなかったのですから。しょうがないね。


忘れ去られてる疑惑のある最後の鍵さんは、次回あたり顔を出すかもしれません。


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25

帰って来たいつもの日記形式。

今回はひたすらヒロインとイチャコラしてるだけだから、苦手な方は読み飛ばしてもストーリー展開に影響は一切ないと思われます。


サラボナ ◆日

 

 

 いやー、結婚式は盛大でしたね。まさか天空の鎧をタキシード代わりにつけて、6人の花嫁相手に愛を誓う事になるのは予想外だった。

 結婚指輪の為に、花嫁達のドレスとブーケが出来上がるまでの間、駈けずり回って指輪を確保するのも大変だったが、幸せな苦労だから問題ないのだ。

 なお結婚式はサラボナの教会で上げる事になった、ルドマンさんはカジノ船でやりたそうにしてたが、結構な人数になるしと自重してくれたらしい。

 

 炎のリングと水のリングはどうなったかって?炎のリングは俺が、水のリングはリュカがつけている状態だ。

 ほかの5人には、死の火山で踊る宝石から引っぺがしまくった宝石と祈りの指輪を使って、サンタローズの村の万屋の親方に加工してもらった指輪を贈っている。

 その際、親方からはお前夜大変だぞ。と同情の視線を送られたが……俺は大丈夫だ、まだ頑張れる(震え声)

 

 

 ちなみに、ルドマンさんには俺が光の教団に施された改造手術によって、体を弄られている事は結婚式前に既に話してある。

 その上で、それが何か問題か?と素で返された上で、こちらでも進化の秘法については探っておくと言われた時は泣きそうになったのは内緒だ。

 

 

 で、今は何がどうなっているかって? 結婚式後の何次会かもわからない宴会の真っただ中だよ、ついでに言えばリュカ達は先に帰らせて今や男だけで飲んだくれてる有様だ。

 コレ何時になったら終わるんだろう……。

 

 

 

 

サラボナ ♪日

 

 

 結局明け方まで騒いだ末に、酔い潰されてダウンしていたらしい俺はルドマンさんの屋敷のベッドの上で目が覚めた。

 頭痛を堪えながら、自分の呼気によって酒臭い部屋の中の空気に辟易しながら、部屋の窓を開けて換気を行う。

 

 昨日の記憶は、俺を救助してくれた荒くれ達と肩を組んで飲み比べをぶっ続けてしたところで終わってるから、どうやら俺は見事に飲み比べに負けたらしい。

 そうやってボケーっと頭痛を堪えながら、ベッドの上に座っていたところ部屋がノックされ、返事をしてみたらリュカが入……ろうとして酒の臭いに足を止めた、ゴメン、さすがに臭いよな。

 しかししょうがないなぁ、と言わんばかりにリュカは微笑むと部屋へ足を踏み入れ、ぼーっとしたままの俺の腕をとってシャワーを浴びようと誘ってくる。

 

 シャンとしないと笑われちゃうよ?旦那様、と悪戯っぽく笑うリュカの姿に、ああそう言えば俺は結婚をしたんだな。それも6人もと今更思い出す。

 そしてそのまま浴場までリュカに手を引っ張られ、そのままの勢いで一緒に入ろうとするので丁重にお断りしつつ、ぶーたれるリュカを置いてさっさと身だしなみを整える。

 初夜もクソもない状況であったので、この辺りはきちんとすべきであるのだ。きっとそうなのだ。

 

 

 そんなこんなで酒の臭いもある程度落ち着いたので、食堂へのそのそと顔を出せばルドマンさんに出迎えられ、どうやら俺を待っていたらしい嫁達と共に遅めの朝食をとる事となった。

 その際、デボラからはアンタ酒弱いんだから無理してんじゃないわよ、とお小言をもらったりする。まるで肝っ玉母ちゃんだな、なんて思ったら鋭い視線が飛んできた。怖い。

 

 もそもそと朝食を食んでいると、どうやらヘンリエッタとマリアはラインハットへ一度戻らないといけないらしい。

 その前に、短い期間になるかもしれないが、山奥の村へ新婚旅行へ出かけてはどうかとルドマンさんに提案された。ゆっくり温泉で癒されてこいとも。

 

 有難い申し出なので、素直に受ける。ギラリと輝いた女性陣の目には気付かないふりをするのだ。

 

 

追記

 

 旅立つ直前、サンチョさんから耳打ちされた。

 なんでも、旅先でリュカが俺と再会できた時は、王族である事とか何も気にする事なく一人の女としてリュカを見てやってほしい。というパパスさんからの伝言を預かってきたらしい。

 あの、サンチョさんや。良い笑顔で子供が出来ない愛の交わし方を口頭で伝授とかされても困ります。でも教えてくださいお願いします。

 

 

 

 

山奥の村 ●日

 

 

 6人の嫁に甲斐甲斐しく世話をされ、世話を焼かれつつ山奥の村へ到着。

 なんだろう、こんな生活続けてたら堕落する気がする。

 

 どうやらこの村にもサラボナの戦いの噂は届いているようで、俺の姿を見た村人が勇者様だ!とか叫んでる、凄い恥ずかしい。

 しかし、誇らしげに抱き着いてくるマリアやヘンリエッタを見ると、その事を恥じるのも何だか不誠実な気がした。

 なお、6人も美女と美少女を侍らせている俺の姿に、一部の村人の男から強い嫉妬の目を向けられたのは言うまでもない。

 

 そのまま、ダンカンさん夫妻が営む宿へ到着すると、結婚式に出席した後一足先に帰っていたダンカンさんが温かく出迎えてくれた。

 なんでも、ルドマンさんから既に前金と共に暫くここでゆっくりさせてやってほしい、と頼まれたらしい。

 しかしダンカンさんは、もう家族だからと言う事でその前金を徹底的にもてなしの材料費へ変えたらしい、お金を取るなんて野暮な事言いっこなしだとの事だ。あったけぇ。

 

 

 そんなこんなで、ダンカンさんの宿に荷物を置いた俺達はそのままの足で温泉へ直行。

 到着した温泉のカウンターにて、すでに話が通っていたのか夫婦揃って混浴へ案内される。どうやらVIP用の温泉が貸し切りらしい。ルドマンさん、どんだけお金使ったんですかね?(震え声)

 

 ……ん、ちょっと待て。混浴?と思わず案内してくれた従業員へ問いかけてみれば、良い笑顔で肯定された。

 いやいや、その。お掃除とか大変になっちゃわない?大丈夫? え……ソレも考慮に入れた構造だから何も問題ない? 未来に生きすぎだろこの温泉(白目)

 

 

 そのまま、なし崩し的に混浴に入る事になったわけだが、俺は一つ初めて知ったことがある。

 大きなお胸って、お湯に浮かぶんだな。って。

 

 後、一言でいうならば俺は頑張った。さすがに混浴温泉で乱れるような事はしなかった、限界ギリギリだったが頑張ったのだ。

 悔しそうな顔や残念そうな顔を嫁達がしているが、初めてがそれってどうなのだろう。と俺は思うワケである。

 

 

 まぁその後、ダンカンさんの宿の大きなベッドがある部屋へ連れ込まれて、本格的に頑張る羽目になったんだけどな!

 

 

 俺は大丈夫だ、まだ頑張れる(震え声)

 

 

 

 

山奥の村  ♪日

 

 

 俺は頑張った、頑張ったのだ。長く、しかし幸福な戦いであった。

 淫らな性臭が残る寝室、大きなベッドの上で満ち足りた様子で寝息を立てる愛しき女性達、そして一人ベッドに腰かけガッツポーズしてる俺。なんだこの構図。

 そしてありがとうサンチョさん、貴方が口頭で伝授してくれた技のおかげで、進化の秘法の悪影響が出そうな子供を作らずに済みました。

 

 そんな事を考えていたら、背中から一糸纏わぬ姿のリュカに抱き着かれ、耳たぶをやわやわと甘噛みされて変な声を出す羽目となった上に。

 同様に裸身を晒しているヘンリエッタとマリアが、素敵な夜でしたとか熱っぽい声で囁きながら起き上がると、俺の両腕へ抱き着いてその魅力的な体を俺の腕へ絡みつかせ。

 昨晩の刺激が強かったのか、くったりとしたまま今も寝息を立てているフローラの頭をデボラは優しく撫でながら、少しは自重しなさいよこのケダモノ。と、俺へジト目を向け……。

 

 ビアンカの姿が見えないな、と思ったら軽く身だしなみを整えたビアンカが寝巻のまま、新たなシーツを何枚も抱えて部屋へ入って来た。

 彼女曰く、後で部屋へ食事を持ってきてもらうから、たっぷり楽しみましょ?との言葉である。

 

 

 

 お、俺は大丈夫だ。まだ頑張れる(震え声)

 体力的なモノはまだまだイケるが、暴発的意味でやらかさないかだけ、頑張らねば(震え声)

 

 

 

 

 

ラインハット ●日

 

 

 山奥の村にて一週間、爛れに爛れた性活を送った俺達であったが。

 そろそろ、ヘンリエッタとマリアが戻らないといけない日だと言う事で、身だしなみを整えた後二人をルーラでラインハットへ送り届ける事となった。なおこの後は山奥の村へトンボ返りである。

 

 俺に最敬礼を送ってくる衛兵へ軽く挨拶しながら、ラインハット城下町の門をくぐれば。活気あふれる城下町はさらなるお祭り騒ぎとなっていた。

 なんでも、ヘンリエッタとマリアが俺に嫁入りした記念祭らしい。割とノリが良いなラインハット住人。

 

 

 ともあれ、色々と住人に拝まれたり握手を求められたり、新たな嫁入り希望をされたりしたが。握手や拝まれに応じつつも嫁入りは丁重に断ってラインハット城へ向かい。

 デール王へ挨拶をした上で、改めて争乱を呼ぶ光の教団と魔王の撃滅をホークの剣を抜いて誓いを立て、ヘンリエッタとマリアに順繰りに抱き着かれキスを交わして、別れるのであった。

 

 ……気兼ねなく子供が作れるようになったら、子を授けてほしいとか面と向かって言われると、その、色々と照れくさいな!

 しかし、何としてでもこの体を何とかせねばならない、と俺は新たに決意を固めるのであった。

 

 

 魔王を打ち倒す勇者とかではなく、俺は……愛する女との間にその証が欲しいのだから。

 

 

追記

 

 山奥の村に帰ったら、追加で一日宿泊が延長されました。

 俺の決意、進化の秘法何とかする前に揺らがないか正直心配である。




なお、ドレイク君が誰に一番槍(意味深)したのかは永遠に秘密です。

書いてて砂糖が口からまろびでそうになったぜ……。


追記
感想にて25話で最後の鍵について触れる予定でしたが、プロットに書いてたのに忘れるうっかり。
26話で出します。


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26

天空の兜、及び剣回収RTAはっじまーるよー。
今回はちょっと、他者視点話の構想に難儀したので、日記描写のみです。


プロット上では嫁達のお茶会だったんですけど、コレ番外編で書いた方が楽しそうだなってなったのが悪い。


※また作者のガバにより、最期の鍵さんの出番が紛失。
次回、グランバニア宝物庫を空ける際に出番がある、はず。


 

サラボナ→テルパドール  ●日

 

 

 爛れに爛れた新婚旅行を終え、サラボナへ戻った俺達はそのまま旅支度を整えた末に。

 天空の兜を安置してるという話の、南の国テルパドールへと向かっていた。

 

 ちなみにメンバーは俺とリュカにビアンカ、チロルとシャドウ、そしてデボラとフローラにサンチョさんである。

 ソレと追加として、何故か妙にフレンドリィなリュカ配下のモンスター達という、大所帯で移動中である。

 

 デボラとフローラにはサラボナで待っていてほしい所であったが、デボラよりアンタがこれ以上女引っかけないか監視しないと気が気でないという有難いお言葉をいただいた。

 思わずフローラへ視線を向けてみれば、あいまいな笑みでデボラの言葉に同意を示された。ある意味嫁の信頼があるというべきかないというべきか。

 

 

 ベッドの上だとしおらしいのにな、と思わず呟いてしまえば、顔を真っ赤にしたデボラからド級の破壊力の踵落としを脳天へ叩き込まれた。

 思わずフローラとリュカへ回復を願うも、ぷいっと顔を背けられた。

 

 

 

 

サラボナ→テルパドール  ◆日

 

 

 結構長い期間船に揺られ、ようやく南の大陸に到着したのだが。

 ものの見事に砂しかない、ついでにギラギラ照らしてくる太陽が中々に自己主張が激しい。

 

 ラインハットに預けたままだった馬車へ乗っている嫁達が大丈夫か、覗き込んでみたところ……。

 つめたい息を吐けるモンスターが、適度にエアコンじみた働きをしていたようで地味に快適そうであった。ならばよし。

 

 折角なので、気合十分に砂漠を走ろうとしていたがあっという間にバテたシャドウと、暑さがきつそうなチロルも中へ入れておく。

 馬車を引く馬を見てみればそこそこきつそうだったので、時折つめたい息を吐きかけて水を与えつつ先へ急ぐ。

 

 

 そして日が暮れれば急速に冷え込んでくるので、サンチョさん指導の下砂漠でも過不足なく夜を過ごせるテントを張って野営を行う。

 しかし、サンチョさんも俺と一緒に日中殆ど外で歩きづくめだったというのに、息一つ切らせていないとか中々に化け物だよな。

 そうしていれば、火の番と見張りは私がしておきますから、坊ちゃまはお休みくださいとサンチョさんは朗らかな笑顔で話してくれる。

 

 食い下がってみたモノの、彼にとって俺は相変わらずてのかかるヤンチャ坊主でしかないようで、おとなしくテントへ入る事となった。

 ……のだが、テントへ入ったら丁度、ビアンカがその大きめの胸を露出し、水で濡らしたタオルでその体を拭いている所であった。

 思わず、無言でテントへ出直そうとするも、その前にビアンカに呼び止められ……結論から言えば、ビアンカの背中をタオルで優しく拭いたりなんやりする事となった。

 

 

 

 途中でリュカが乱入して、色々とアレな事になったのは言うまでもない。

 

 

 

 

テルパドール  〇日

 

 

 数日かけ、ようやく砂漠の王国テルパドールへ到着した。

 モンスターを率いるような形になっている関係上、国の人間にはぎょっとされたものの天空の鎧と盾を装備している俺に衛兵は気づいたようで。

 平伏せんばかりの勢いで俺に最敬礼を送ると、この国の代表である女王の下へ案内してくれるそうだ。

 衛兵の人曰く、ラインハットやサラボナでの俺の活躍と英雄譚が、遠く離れたこの地にまで届いてるらしい。 届いてしまってるらしい(震え声)

 

 言葉を話せるスライムナイトのピエールに、チロルとシャドウを代表としたモンスター達を頼むと、俺と嫁達の5人で城の中へと進んでいく。

 そして、城の中の長い階段を降りればそこは、外とは雲泥の差と言わんばかりの楽園じみた光景が広がっていた。

 

 フローラが綺麗、と呟く言葉に同意を示しつつ、周囲を見回していると……冠を被った美しい女性が、人を伴い俺達へ近づいてきた。

 俺達を案内してくれた衛兵が慌てて跪くところを見るに、彼女がこの国の女王らしく。彼女は俺の正面へ立つと、この国の女王であるアイシスだと名乗り。

 この時を一日千秋の想いでお待ちしておりました、天空の竜騎士様。と告げられた。

 

 天空の竜騎士、誰が?と思わず問い返せば貴方様です、と女王にっこり笑顔で答えてくれた。

 いや、それもうアレじゃん。天空の竜王の関係だと勘違いされかねないだろ、と思わず呟けば。あら違ったのですか?とニコニコ笑顔の女王である。

 畜生!言い逃れが出来やしねえ! 背後からの嫁達の視線から、後でしっかり説明させるぞ。という鉄の意思すら感じるわ!

 

 

 そして、女王に案内されて天空の兜の安置場所へ赴き、女王と嫁達が見守る中被ってみれば、すっぽりと収まった上に凄くしっくり来る感覚を覚えた。

 女王曰く、天空の兜は俺を主として認めたらしい。鎧や盾に比べてえらくスムーズに認められた気がする。

 

 

 

 その後は、女王から英雄の子をとか際どい発言が、抱き着かれつつ耳元で囁かれたりしたが。そっと紳士的に女王を引き剥がして丁重にお断りする。

 俺にはもう、勿体なさすぎるぐらい出来た嫁さんが6人もいるのだ、これ以上はバチが当たるさ。と答えれば、残念ですと悪戯っぽく笑い素直に女王は引き下がる。 

 

 

 

 その日の夜、俺は4人の美しくも激しい嫁達にベッドの上で追及を受けたのは言うまでもない。

 とりあえず、多分恐らくだが竜王マスタードラゴンが俺の血筋に関わっているっぽいとだけ、嫁達には教える事となった。

 

 

 

 

チゾット  〇日

 

 

 大きく時間が飛んだ気もするが、テルパドールを出発した俺達はサラボナへルーラで戻り補充と休養を済ませてから、グランバニアめがけて出発した。

 その前に、一人でこっそりとラインハットへルーラで飛び。うまい具合にラインハット城のバルコニーへ降りた俺は、衛兵へ軽く挨拶しつつヘンリエッタとマリアに顔を見せ。

 少しの休憩をした後サラボナへ戻り、逢瀬に気付かれた結果一日出発が延期される羽目になった。脛と腰が少々痛むが、これも幸せな痛みと思おう。

 

 まぁ、そんなしょうもない夫婦の力関係事情は横へ置き、船にてネッドの宿屋付近に接岸した後は一泊。

 そのままの勢いで、チゾットの参道越えを敢行。しかしオルテガの行方を捜すべく鍛えたデボラや、山奥の村で元気に過ごしてたビアンカ、何度も山道とグランバニアを往復していたリュカと違って。

 最近はそこそこ鍛えられてきていたとはいえ、深窓の令嬢であるフローラに山越えは難儀だったようで、チゾットの村で足元がおぼつかなくなってしまっていた。

 

 もしや出来てしまっていたか、と色んな意味で血の気が引きつつ、一晩チゾットでゆっくりしたところ……どうやら疲労だったらしい。

 念の為数日間チゾットで休息を取り、シャドウがつり橋から落ちたりしないようチロルやモンスター達へ、監視を強くするように言い含めたりしつつ。

 フローラをマッサージがてら、お腹をそっと擦ったりしたが程よくスラリとしたお腹のままだった、これで赤ちゃんが入っていますって言ったら詐欺レベルと判断出来たのできっと大丈夫であろう。

 

 なお、そうやってマッサージをしていたらデボラに見つかり、丹念に太ももからふくらはぎまでのマッサージをさせられた。

 いたずら心がわいたので、足の裏を指先でつつーっとくすぐったら可愛らしい声を出した後、見事な踵落としが俺の脳天に突き刺さるのであった。

 

 

 

 

グランバニア 〇日

 

 

 そんなこんなで、ゆっくり休息をとった俺達は下り道と化した山道を慎重に進んでいく。

 時折魔物達が姿を見せるも、リュカの姿を見つけた瞬間まるで女王へ平伏するかのような態度で、道をそっと空けて立ち去っていく。

 思わずリュカを見るも、俺の左腕にひっついたまま小首をかしげるリュカからは特に話はなかった。しかし可愛いなホント。

 

 

 そうしてる間に山道を無事通過、出番が無い事に俺の背中に背負われたままのホークの剣が不満そうにカタカタ自己主張している。おとなしくしてなさい。

 その間俺が何をしているか?そりゃもう、馬を引いて先頭を……なんてことはなかった。

 最初はそのつもりだったのだが、サンチョさんが馬車の中でお嬢様達の相手をしていてください、と笑顔で俺を馬車へ押し込んできたのだから。

 そんなわけで、シャドウをリュカやビアンカと一緒にもふりたおしたり、フローラに膝枕されたり、デボラにマッサージさせられたりと充実した道中でした。

 

 

 

 というワケで、ようやくたどり着いたグランバニア城。

 サンチョさん曰く、町が全てこの城の中へ納まっているらしい、拡張工事も人口増加に応じて都度都度行われるそうだ。

 これも全てはこの周辺の魔物に対抗する為の措置らしい、しかしサンチョさんの家は何故外に……と聞いてみれば、そうは言っても外で警戒する人物も必要だろう。という判断でサンチョさんは外に住んでいるそうだ。

 思わず、サンチョさんも体を大事にしてくれよと言うも、坊ちゃま程無理はしておりませんから大丈夫ですよ。と朗らかに返された。解せぬ。

 ともあれ、先触れとしてサンチョさんがちょちょいと知らせてくる、とグランバニア城の中へ消えていったので。

 

 とりあえず、馬車の外に出て待つ事数分。

 改めて城門が開くと、そこには王家の衣装に身を包んだパパスさんが立っており、何も言わずに俺へ駆け寄るとそのまま抱き締めてくる。

 パパスさんは、良くぞ生きていてくれた、そして頑張ったなドレイク。と優しく告げてくれ……俺は奥歯を噛み締め涙を堪える事に必死で、ただ頷いて返す事しか出来なかった。

 

 そして、パパスさんは父親の顔から執政者としての顔になると、数人の屈強な兵士に鞘へ入ったままの剣をこちらへ差し出させてきた。

 何でも……パパスさんが旅をしている時に見つけた天空の剣らしい、鎧に盾、そして兜に認められたお前ならば天空の剣を抜けるはずだと。

 

 

 俺は、手を震わせている兵士達から羽根のように軽く感じる天空の剣を受け取ると、パパスさん……そしていつの間にか集まっていた群衆の前でゆっくりと天空の剣を抜き放つ。

 その眩く感じる清浄なオーラは、人の悪意すらも浄化しそうなほどに澄んでおり、その刀身に思わず見とれていると、背中に背負ったホークの剣からの意思が俺に伝わる。

 

 ホークの意思が導くまま、俺は両手で天空の剣を高く掲げると、背中に背負っていたホークの剣から何かが外れたような音と共に漆黒に輝くオーブが空へと飛びあがり。

 オーラを放つ天空の剣へ、ゆっくりと穏やかに融合していく。

 

 そして、融合が終わった瞬間。白金色の光が場を照らし出し、光が止んだ俺の手元には。

 緑色だった天空の剣の取っ手部分が深い藍色へと変わっており、ドラゴンの翼を模していた飾り部分は深い藍色の翼へと変貌していた。

 

 

 

 

 目の前で起きた光景にパパスさんは驚きを隠せずにいたが、すぐに気を取り直すと。

 天空の剣は当代の勇者を認め、その手に相応しい姿へと生まれ変わったのだな。と、自分では抜く事すらできなかった天空の剣を見つつ苦笑いを浮かべた。

 

 




ホーク「というわけでお邪魔しまーす」
天空の剣「」

ホークは、兄弟と共に最後まで戦うために天空の剣へお引越ししました。
天空の剣さんは、受け入れたモノのここまでモデルチェンジさせられたのは予想外だった模様。


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27

最後の鍵さんようやく出番(少し)
ソレと、ドレイク凱旋の後のパパスさんとの打ち合わせ会、ついでにパパスさんが裏でRTAやってたことが判明する回です。


それと、今回あの方が登場します。


 

 

グランバニア ♪日

 

 

 昨日は、天空の竜騎士とか呼ばれる事になった俺と、王女であるリュカの婚姻発表の宴でそれはもう大騒ぎであった。

 その際に、俺はリュカ以外にも5人の女性と重婚している事を正直に明かした。パパスさん含めたリュカを大事にしてきた人達へ、通すべき義理だと思ったからだ。

 

 しかし、特に何事もなく宴は進行した。思わずパパスさんへ視線を向けてみれば、リュカが他の女性とは一味違う指輪を着けている事から、リュカの扱いを一段上に置いていると判断されたらしい。

 まぁ実際問題、精神的区別はないにしても、公的区別の為にリュカが正妻と言う事になっているのだが……。

 ……ちなみにこの件の話し合い、俺はノータッチで。女性陣だけの話し合いでそう決まっている。正直どんな話し合いがされていたのか気になる反面、知らない方がよい気がしてしょうがない。

 

 

 ちなみに宴の間、酒の席で酔いつぶれて醜態を晒した事を理由に、一切の飲酒を失礼を承知で断らせてもらっている。

 パパスさんに子供の頃託した知識こそあるが、どこで何が起こるかわかったものでもないので、念には念を入れて、だ。

 

 

 まぁ結論から言えば、昨晩は警戒は無駄に終わりその日は何事もなく夜が更け、特にトラブルもなく朝日が昇ったんだけどな。

 そんなこんなで夜が明け、嫁達はサンチョさんとリュカに任せつつ、パパスさんと今後について話し合う。

 ちなみにリュカは、ブオーンを撃破した時に見つけた最後の鍵を手に、フローラ達と円陣を組んで何やら話し合っていたが、まぁきっと悪い事じゃないだろう。

 

 パパスさんにも、ゲマが俺の体に施した進化の秘法の事を話した上で、これを何とかする為の手がかりを探すために旅に出たいと告げる。

 俺の言葉にパパスさんは少しはゆっくりしてはと言いかけるが、同時に彼の悲願である妻の救出にもつながるであろう事を思い、口をつぐむ。

 そして、取り急ぎはエルヘブンへ向かって、そこから沈んだ天空城へ向かう予定だとパパスさんへ話してみると、なんと既にパパスさんが踏破済みらしい。

 

 

 

 なんでも、ラインハットの報を聞いたパパスさんは、グランバニア城内の整理もようやく終えた事で身動きが取れる状態になっていたらしく。

 リュカとサンチョさんが旅立つのに合わせ、オジロンさんに頼み込んだ上で単身エルヘブンへ渡ったらしい。

 

 当初は、マーサさんを半ば攫うかのように駆け落ちしていったパパスさんを邪険に扱っていたエルヘブンの民だったが……。

 俺の話題を出したところ、何とか話を聞けるようになったそうで、いずれ俺がエルヘブンへ赴く事を条件に助力を得られたとの事だ。

 その後はエルヘブンで受け取った魔法の絨毯を使って天空の塔跡を登り、更には途中で天空人のプサンと名乗る男を拾いつつ沈んだ天空城まで向かったらしい。

 

 

 

 ん?今さり気なく聞き逃せない単語が出たぞ?

 思わず問い返せば、俺がサンタローズでパパスさんに一切合切ゲロった例の知識の中にある、例のプサンらしい。

 ついでに、そのまま沈んだ天空城へ一緒に赴いた際、オーブの行方を不思議な力で探った時に実の息子である俺に起きたことを知って酷く落ち込んでいたそうだ。

 

 パパスさんに、グランバニア城のどこに匿われているか聞いた後、席を立つ。

 部屋を出ていこうとする俺の背中に、パパスさんが後悔だけはないようにな。と切実に訴えるような声で言葉を投げかけてきたので、殺しはしないさ。とだけ返す。

 

 

 ただ、ケジメをつけるだけだ。

 

 

============================================================================

 

 

 昨日の、当代の天空の勇者。いや、天空の竜騎士の凱旋にグランバニア城は今も沸き立っている。

 パパス王が世話役としてつけてくれた年配のメイドの話では、国中がリュカ王女との婚姻含めて勇者を祝福しているとの話だ。

 

 昨日は国の重鎮との会合や、パパス王との久しぶりの語らいで忙しかったあの子だが。

 きっと、今日にも私の下へやってくるであろう。

 あの子は間違いなく、私を憎んでいるのだから。

 

 

「マスター……いえ、プサン様……」

 

「何も言うな、そしてあの子が私に何をしようとも……何もせず静観せよ」

 

 

 私より先に、グランバニア城に匿われていた天空人が私を気遣うように見つめてくるが、手を振ってその先の言葉を遮る。

 かつての過ちから、人の営みを見詰め直し、実際に体験する為に地上へ降りた事、そして旅の途中で行き倒れた私を救い介抱してくれた女性を愛し、交わった事は言い訳のしようがない程に愚かな事だ。

 だが、それでも彼女を愛した事までを過ちだったとは思いたくないと共に、何故彼女を置いて旅に出てしまったのであろう。とも自責の念が頭を過る。

 

 彼女は、きっと私を最期まで恨み、そして息を引き取ったのだろう。そう自嘲しながら部屋に据え付けられた窓から外を眺めていれば、来客を示すノックが部屋に響き渡る。

 視線を扉へ戻し、どうぞ。と声を出したが、果たしてその時私の声はいつも通りの声を出せていただろうか?

 

 

 そして、扉を開き入って来た人物は、想定通りの人物。

 私の罪の証とも言える血を分けた息子、ドレイクであった。

 

 ドレイクは、私と対面に座っていた天空人を見た後、私の方へまっすぐ無言のまま歩を進めてくる。

 その顔は俯き、彼女譲りの灰色をした髪で目元が隠されており、どのような目をしているのか伺い知ることは出来ない。

 

 

 やがて、私の前に立ったドレイクは、口を開き感情を押し殺したかのような声を搾り出す。

 

 

「……母さんの最期の言葉を届けるよ。 『プサン、貴方に一目だけでも。また会いたかった』てな」

 

 

 ドレイクの言葉に、私は何も言う事が出来なかった。

 恨んでくれてよかった、憎んでくれれば良かった。

 なのに、彼女は最期の瞬間まで、私を愛していたというのだ。

 

 

「なんで、母さんを置いていったんだよ……? 体だけの関係だったとでも言うつもりか?偉大な天空竜さまがよぉ!!」

 

 

 言葉を発さない私に業を煮やしたらしいドレイクは、座ったままの私の胸倉を掴み。

 その目尻に涙を浮かべながら、私を激しく問い詰めてくる。

 

 

「……愛していたさ、彼女の存在は、私の心に確かな暖かさをくれた」

 

「じゃあなんで!?」

 

「……沈んだ天空城を、蘇らせる為には留まるわけには……いかなかったからだ」

 

「っ…! 歯ぁ食い縛れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 胸倉を掴まれたまま応えた私の言葉に、ドレイクは音が響く勢いで強く歯軋りし。

 左腕で私の体を掴み持ち上げると、私の頬へ大きく振りかぶった拳を叩きつけてきた。

 

 ドレイクの拳が私の頬へめり込み、そのまま吹き飛ばされて部屋の壁に背中から叩きつけられる。

 座ったまま状況の推移を見守っていた天空人が駆け寄ろうとしてくるが、私は腕を振り上げて彼女を制止する。

 

 今の一撃で口の中を切ったらしく、口元から血は流れ痛みで頭はくらくらするが、コレは私が受けるべき罰なのだ。

 そしてドレイクは大股で、壁に背を預けたままの私へ近づくと。

 

 しゃがみ込み、右腕を差し出してきた。 

 

 

「……母さんを愛していた、その言葉に嘘は無さそうだし。この一発で終わりだ」

 

「……お前は、私を恨んでいないのか?」

 

 

 のろのろと伸ばした私の腕を掴み、乱暴に立たせるドレイクを見る。

 彼の瞳には様々な感情が渦巻いていれども、しかしその中には……少なくとも憎しみの感情は、無かった。

 

 

「思うところが無いと言えば嘘になる、だけどな……アンタが母さんを愛してくれたおかげで、俺はこの世界に産まれる事が出来たんだよ」

 

 

 私の体へホイミをかけて離れると、空いていた椅子に乱暴にドレイクは座り込み。

 彼女の面影が遺る顔でぶっきらぼうに言い放つ。

 

 

「そのおかげで、俺は愛する女達に出会えた。だから俺なりにアンタには感謝してるんだよ、『クソ親父』」

 

 

 その言葉を口にし、ケッと口にしながら……ドレイクは顔を背けた。

 

 私を、乱暴な言葉ながら父と認めてくれた息子の言葉に、私はみっともなく崩れ落ち、嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

 守るべき世界を悪意に蹂躙され、居城を深き水の底へ堕とされた情けない私を、この子は父と認めてくれた。

 

 

 とても情けない話だが、その事がとても、嬉しく。

 そして同時に、自身がとても情けなく思えた。




Q.マスタードラゴンさん、なんか弱々しくない?
A.不思議パワーあっても、人間女性と愛を交わすぐらいには人間性が上がっているのだ。

Q.ドレイクの怒り弱くない?
A.自身が苦境に立っていた頃ならまだしも、愛し愛されている今。プサンが居なければ自分も存在しなかったことを理解したが故です。
 後は、母の最期の言葉が憎しみじゃなかったことも大きい。


というわけで、ドレイクとプサン。父子の再会でした。
プサンさんは、愛した女性の為にも世界を平和にするために天空城復活の為に旅立ち。
ドレイクの母は、愛した男の使命を察して涙を飲んで見送ったのである。



ちなみに、父子の再会当初はもっと先の予定だったのですが……。
パパスさんなら、短期間でここまでやれるよな、っていう作者の謎の信頼によりこうなりました。
早い段階で父子の再会を書きたかった、と言うのもありますけども。


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28

畜生!とうとう!とうとう日付を跨いでしまった……!!


グランバニア  ♪日

 

 

 色々と言いたい事、ぶちまけてやりたい事、様々あったが結局鉄拳一発で全てを済ませた親父との再会を終え。

 俺達の状況が落ち着くまで見守っていた天空人の女性のとりなしで、俺と親父の会話が始まった。

 

 まぁ、言う事と言うか頼む事といえば聞き耳を立てている気配がないのを確認した上で、ゲマが俺の体に施した進化の秘法を何とかする知恵を貰う事なんだけどな。

 気配で若干察してはいたらしいが、俺の口からハッキリと出てきた進化の秘法という言葉に、親父は顔を凍りつかせつつ少し診させてほしいと告げてきたので。素直に任せる事にする。

 親父は瞳を閉じ、何やら唸りながら集中したと思うと、その目に慙愧の念を湛えながら口を開く。

 

 どうやら、俺の体に施されたブラックドラゴンを触媒にした進化の秘法は、俺の肉体どころか魂にまで根付いてしまっているらしい。

 怒りや憎悪、絶望と言った負の感情を増幅させて施術対象の心を……竜の力を使う度に体を捻じ曲げる、悪意が凝縮されたかのような代物だそうだ。

 

 

 何やら自責の念にさいなまれている親父に、俺がもし子供を作ったとして、子供への悪影響はあるかと問いかける。

 突然の言葉に親父は驚きながらも、ドラゴンの力が多少発現する事こそあれども、魔物として産まれたり魂が汚染されたりする心配はないらしい。

 

 そうか、ならばよし。と言い切った俺に、親父は掠れた声で、それでいいのか……?などと問いかけてきたので、躊躇う事なく頷く。

 まぁ、子供に不思議な力とかが受け継がれるのは苦労を背負い込ませる原因になるかもしれんが、この世界において力はあって困るもんじゃないのだ。

 そして、俺にのみ影響がある代物なら、俺が頑張れば良い。

 

 

 その上で親父に無理を承知で……最初で最後の頼みをする。

 親父が本来の力を取り戻せるまでの時間ぐらいは、妻達がいるからきっと大丈夫だから……。

 

 もしも……俺が負の方向に傾いて狂った時は、親父の手で終わらせてくれ。と。

 

追記

 

 この日から一週間後の夜、ド直球にエッチな下着を身に着けた4人に迫られた。

 なんでも、グランバニアの秘宝である下着と同じデザインのものを、城下の下着職人に作らせたらしい。

 

 

 

 

グランバニア  ◆日

 

 

 早いもので、親父に頼み、そして嫁達に子孫を残せる事を報告してから三カ月が過ぎていた。

 アレから俺はエルヘブンに顔を出し、母がエルヘブン出身である事。そしてかつて母の一族の始祖が着用していた外套を守護していた事を知ったりしつつ、ゲマ達の駆逐を遂行すべく動き回っていたのだが……。

 

 サラボナの街の時みたいに、アイツらの影すら掴むことが出来ず、後する事と言えば親父にかつての力を取り戻してもらって大神殿へ殴り込むぐらいなのだが。

 いかんせん、妖精の里を探そうにも俺達では見つける事が叶わなかった、というか親父も見つけられないという事実に少しだけ笑ってしまった事は内緒だ。

 

 

 じゃあ、グランバニア北にあるデモンズタワーを何とかすればよいかもしれないが……そうも言ってられない問題もある。この問題が妖精の里探しローラー作戦を決行できなかった理由でもあるのだが。

 あそこを完全攻略するには、遠目に見ただけでも数日がかり、下手をすると数週間かかりかねないのだ。最速で頂上まで突破するなら必要最低限で済むかもしれないけど。

 だが、どこに隠れ潜んでいるかわからない連中を燻り出すのに速度優先して見落としては本末転倒、されども時間をかけて俺が離れているとゲマ共が何やらかすかわからない。

 

 

 そんなわけで、現状割とやりようがない。

 更にリュカ達の懐妊が判明したから猶更だ、嬉しい反面気が抜けない。

 

 だが俺は父親になるのだ、だから何としても妻と子供たちの未来を勝ち取らねばならない。

 差し当たり、孫息子が産まれたらトンヌラと名付けようとするパパスさんと、ドランと名付けようとするクソ親父を止める所から始めよう。

 

 

 

 

グランバニア  1年目

 

 

 俺が気を揉んだり、父親に必要な事についてパパスさんに教えを乞ったり、リュカ達が産気付いた瞬間大慌てしてサンチョさんに一喝されて冷静さを取り戻したりしてる間に。

 子供達は無事生まれ、出産祝いのお祭り騒ぎも特にトラブルが起きる事無く、翌朝を迎える事が出来た。

 厳密には全員が同時ではなく、若干前後しつつでこそあるが、まぁ大体は同時期に産まれた辺り、どれだけハッスルしたのか周囲にバレバレな気がして少々気恥しいのは内緒である。

 

 リュカとヘンリエッタ、フローラが男の子を。ビアンカとマリアにデボラが女の子を母子共に健康な状態で産んでくれた。

 ちなみにパパスさんは、諦めずに孫息子にトンヌラと名付けようとしたが、リュカに笑顔で却下されて凹んでいた。

 

 

 暫く、義母になるマーサさんを救出に動けなくなることをパパスさんに詫びるも、パパスさんは笑顔で気にするなと肩を叩いてくれた。

 むしろここで、孫をほっぽって助けに行ったら、自分が妻に叱られるからなとまで言ってくれたパパスさんはとても輝いていた。だけどもトンヌラはさすがに断っておく。

 

 

 

 

グランバニア  2年目

 

 

 あの日子供たちが生まれてからかれこれ1年が過ぎ、息子と娘達は健やかに成長している。

 途中でラインハットの政情も安定した事から、ヘンリエッタとマリアがこちらに合流する事になったが、グランバニアの貴族も住人も特に何も言ってくることはなかった。

 むしろ、やっとか。という視線まで感じたほどだ、なんかこう申し訳ない。

 

 コレは、ゲマ達に子供達が攫われるのを防止する為でもあるのだが、妻達はむしろ喜んでくれた事がどこか申し訳なかった。

 何のかんの言って妻達の間は悪くなく、子供達も仲良しなのが救いと言えるだろうか。

 

 

 だがしかし、ああしかしだ。

 子供と言うのは本当に可愛い、なんでもしてやりたくなってくる。だからそこのクソ親父とパパスさん、後ルドマンさんにダンカンさんよ。

 誰が先に子供達にじいじと呼ばれるかを、競い合って白熱するのはやめたまえ。

 なんでダンカンさんとルドマンさんもいるかって? たまにルーラで子供達を連れて会いに行ったり、爺さん同盟とやらを結成してて4人を集めるためにルーラで拾いに行ったりしているからだ。

 

 

 

 

グランバニア  4年目

 

 

 体がなまらないよう、パパスさんやリュカのモンスター達を相手に鍛錬をしつつ、子育てに精を出す日々である。

 子供達が生まれてからかれこれ約3年が過ぎたが、子供達も色々おしゃべりするようになり……それぞれの特徴的なものが顕著になってきた。

 

 リュカとの子である、レックスは割とやんちゃだが同時に温厚で人見知りをせず、どんな人間や魔物にも物怖じせず接する肝の太いところがある息子だ。

 髪の毛の色は俺と同じ灰色なのだが、目付きはリュカ譲りのクリっとした顔付きである。将来の夢は大工さんか細工師らしい、切っ掛けはリュカが大事にしてた一角ウサギ家族を見て自分も作りたいと思ったからだそうだ。

 

 ビアンカとの子のタバサは、おしゃまなところがありつつもしっかり者だ。良くチロルとシャドウの間に埋もれたままのレックスを引っ張り出したりしている。

 髪の毛の色は金髪、ちょっと強気な面を見せるところもあるが、とても優しい娘だ。そして母親であるビアンカの手伝いをしたがる可愛い娘だ、嫁には出さん。

 

 ヘンリエッタとの子のコリンズは、好奇心旺盛なやんちゃ坊主という言葉がしっくりくるが、兄弟達を守ろうとする親分肌的なところが強い。

 ヨシュアによく懐いており彼と顔を合わせるたびにチャンバラごっこをせがんでいる……のだが、どうせなら剣とかに興味を示してほしいのだが、一番興味のある武器は斧や槍らしい。ちょっとお父さん悲しい。

 

 マリアとの子のポピーは、のんびりぽややんとした心優しい子なのだが、この年でホイミを唱えられる天才肌とも言える子だ。

 ただこう、少々感性が独特と言うか母親のマリア譲りというか、英雄譚とかが大好きで将来は素敵な勇者様を見つけて傍で支えたいと今から言い出している。お父さん許しませんよ。

 

 フローラとの子のテンは非常にのんびり屋で、チロルとシャドウの間に挟まって昼寝するのが大好きなマイペースな息子だ。

 その気質からか、子供達の間でちょっとした玩具の取り合いや喧嘩が起きたら、真っ先にほんわかした調子で割って入り仲裁する姿がしばしば見られる。将来苦労人になりそうな気もするが頑張れ息子よ、お父さん応援してるぞ。

 

 そして最後になったが、デボラとの子のソラは、ルドマンさんも呆気にとられるぐらいおとなしく人見知りのする娘だ。しかし芯の強いところもあるから、やはりデボラの娘なのだ。

 この子は少し不思議な力があり、第六感とも言うべき感覚が優れている上に6人の子供達の中で一番お絵描きが上手く、また書物への興味が強い。将来は美人で頭の良い学者さんになると、お父さん大はしゃぎです。

 

 

 

 

 何だかこう親バカ全開で記した気もするが、反省も後悔もしていない。

 

 

 この子達と妻達の未来を護れるのならば俺は、神にも悪魔にもなって見せる。

 




投稿速度優先で書いたので粗があるかもしれないけども……。
ドレイクの人生の中で非常に平和で、そして穏やかな時間が流れてました。
そして次回から、クライマックスへ駆け抜けていきます。

追記
プサンとドレイクは、時間の合間に二人で墓参りをしています。
そのエピソードを挟む時間が、無かったのだ……


子供達の特性と名前の元ネタは以下の通りです。

レックス:攻防、回復万能タイプの勇者系(元ネタ:王子デフォルトネーム)
タバサ:メラ系が得意な攻撃呪文のエキスパーツ(元ネタ:王女デフォルトネーム)
コリンズ:重装備可能かつ素早さも高めな、ローレシア王子系戦士(元ネタ:原作DQ5のヘンリー息子から)
ポピー:回復呪文、バフ重視の戦線維持のエキスパート(元ネタ:小説版DQ5の王女の名前)
テン:直接戦闘と回復魔法をこなす、神官戦士系。別名クリフトタイプ(元ネタ:漫画版DQ5天空物語の王子の名前)
ソラ:攻撃呪文、回復呪文双方を高いレベルで使いこなす賢者系(元ネタ:漫画版DQ5天空物語の王女の名前)


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29・上

またもや日マタギ投稿、だがしかし実質24:15だから毎日投稿は達成できたのではないだろうか?(屁理屈)

平穏は終わり、悪意が押し寄せてくる回です。


 

 

 その異変は唐突に、しかしある意味において必然とも言える状況で発生した。

 

 

 国の建て直しが殆ど落ち着き、当代の勇者との間に子を設けた王姉と聖女が、子供を伴ってラインハットで暫しの憩いの時間を過ごしていた時。

 世界で最も裕福な商人と称されている、ルドマンの自慢の娘二人が勇者との間に出来た子を連れ、ほんの少しの里帰りをしていた時。

 そして、グランバニアで偉大な王の娘であるリュカ王女が生んだ子供が、無事4才を迎え盛大な誕生日をグランバニアで開いている時。

 

 国が違えば距離も大きく開いている、全く違う場所にて、ほぼ同じタイミングで強大な魔物に率いられた魔物の軍勢が天空の勇者と縁深い三つの場所へ進軍を開始した。

 ラインハットでは、金色の鱗を纏った二足歩行のドラゴンが大量のドラゴンキッズを率いて歩みを進めており。

 サラボナでは、ブオーンよりかは小さいとはいえ、それでも巨躯と形容するに相応しい緑色の体色をした一つ目の巨人が悠々を大股で歩を進め。

 そして、グランバニアには異形と形容するに相応しい、ブルーメタルの彩色が施された機械の魔物に指揮された魔物達が、一糸乱れぬ統率で進軍を進める。

 

 

 真っ先に異常に気付いたのは、グランバニアで見張りの任が被ってしまったせいで宴に参加できず、ぶーたれながら監視をしていた若い兵士であった。

 ようやく新兵という立場から脱却しかけていた青年は、異常に気付くと慌てて警鐘を鳴らし、頼りとなる同僚であり兵士としての偉大な先達であるパピンへ報告をする。

 報告を受けたパピンは、すぐに警鐘を鳴らしていた若い兵へパパス王へ伝令するよう走らせると、防壁に取り付けられたクロスボウへとりつくと共に。

 警鐘で駆け付けた、酒飲み仲間であると共に長い間肩を並べて働いてきた同僚らと共に、少しでも魔物達を足止めしようと矢の雨を魔物達へ浴びせかける。

 

 放たれた矢は、防御力の低い魔物達に次々と刺さり、時に急所へ受けた魔物が大きく痙攣すると共に動かなくなるものの。

 襲撃の中心にいる、ブルーメタルの魔物には矢が刺さる事はなく、むしろその強固な装甲によって矢ははじき返されるのみで。

 

 どうすべきか、どうすれば倒せるかとパピンが思考を巡らせる中、ブルーメタルの魔物は左腕に備え付けられていたボウガンをパピンへ向け、その矢を放つ。

 放たれた矢は寸分違わずパピンの眉間を貫く、その次の瞬間パピンは何者かに後ろへ引き倒され放たれた矢はパピンの兜を衝撃で弾き飛ばすのみで終わった。

 

 

「ド、ドレイク様!?」

 

「怪我はないか、パピン」

 

「わ、私は大丈夫です。しかしあの魔物は……」

 

 

 全身を天空の武具で固めた、今日誕生日を迎えたレックスの父であるドレイクがそこに立っており、彼はパピンを気遣いつつ油断なく魔物の群れを見詰めている。

 衛兵らが放った矢によって魔物の数は多少減らされているものの、このまま雪崩れ込まれてはグランバニアの民は成す術もなく蹂躙されるであろう数に、衛兵らは背筋を震わせながら。

 勇者と呼ばれているドレイクへ、縋るような目を向ける。

 

 

「ドレイク……きっとこれは、魔物達の謀略だ。そして」

 

「……ここだけが狙われてるワケじゃない、そう言う事だな?親父」

 

「…………おそらく、そうで間違いないであろう」

 

 

 ドレイクに続くように城内から出てきたプサンの言葉に、考えたくなかった可能性をドレイクは問いかけ……。

 返って来た言葉に、歯を噛み鳴らし天空の剣を握る手に力を籠める。

 

 ドレイク一人ならば、ルーラを使えばラインハットやサラボナへ救援に飛ぶことは容易かった。

 しかし、同時にソレはグランバニアを見捨てる事になり。今のままでは、三つの内一つを救えたとしても他二つを救うことは絶望的と言えた。

 そう、今のままならば。

 

 

「親父、『どこまで』なら俺は俺のままでいられる?」

 

「ドレイク、お前は自分が何を言っているかわかっているのか?!」

 

「頼むよ親父、時間がないんだ」

 

 

 息子の言葉に、プサン……否、マスタードラゴンは息子が何を考えているかを察して言葉を荒げて必死に止めようとするが、ドレイクの決意は固く。

 拳を固く握りしめ、爪で自ら突き破った掌から血を滲ませながら、苦汁の声音を搾り出す。

 

 

「……お前がサラボナで放ったという一撃、あのレベルの一撃を三度だ。三度までなら、お前は変異が進んだとしても耐えきれる、はずだ」

 

「三度か、十分過ぎるな」

 

 

 実の父に酷な事を言わせたことをドレイクは詫びながら、変化の杖の効果を解除して半竜半人の姿へと変貌し、背中の翼を大きく広げる。

 そして飛び立とうとした時、背中から彼を呼ぶ声が聞こえ、ドレイクは首だけを動かし背後へ視線を送る。

 そこには、彼が愛した家族たちが、息を切らせながら立っていた。

 

 何かを言いたそうに、しかし何を言えば良いのかわからない、と言った様相でもどかしそうな家族へ向かってドレイクは柔らかく微笑むと。

 心配するな、すぐに帰ってきて誕生日会の続きをしないとな。と軽い調子で告げると、城壁へ足をかけて勢いよく空へと飛びあがる。

 

 

「ゲマが暫くちょっかいをかけて来ないから不思議に思っていたが、最終的に力押しで来るとはな」

 

 

 自分めがけて飛んでくる魔物達の呪文や、ブルーメタルの魔物……キラーマシンが放つ矢を天空の盾で受け止めつつドレイクは呟くと。

 自らの体が変異していくのを実感しながらも、剣を握る右腕へ今にもはじけ飛びそうな雷光を纏わせ、巨竜の咆哮じみた裂帛の雄叫びと共にその剣を魔物の群れめがけて横薙ぎに振るう。

 振るわれた剣閃は白銀の煌めきと、赤黒い雷光を纏いながら魔物の群れを切り裂き、消し飛ばしながら中心に陣取るキラーマシンめがけて突き進み、魔物はとっさに右腕に持った剣で防御しようと構えるも剣ごと上下真っ二つに切り裂かれて絶命した。

 

 無論、その一撃だけで魔物が全滅したわけではない、だがしかし中心となっていた魔物が絶命した事で魔物達の動きは明らかに乱れを見せ始めており。

 この状況ならば、義父と妻の配下の魔物、そしてグランバニアの精兵ならば乗り切れるとドレイクは判断し、一度グランバニアの城壁の上へ降り立つ。

 

 

「ドレイク……」

 

「俺は大丈夫さリュカ、まだ頑張れる……すまないが、後は頼めるか?」

 

「……うん、ドレイクも。無理しないでね?」

 

 

 心配そうにドレイクの頬へ手を伸ばし、ドレイクの首筋から頬へかけて生えてしまっている、漆黒の竜鱗へリュカは悲し気に指を這わせ。

 ドレイクの強がりでしかない言葉にリュカは悲しそうにしながらも、頷き。せめて愛しい夫が無事に帰ってこられる事を願う。

 そして、ドレイクは母であるリュカの裾を心細そうに掴んでいる息子のレックスの前でしゃがみこむと、その頭に自分が先ほどまで被っていた天空の兜を装着させた。

 

 

「おとうさん……?」

 

「そんな心配そうにするなレックス、お父さんは今までお前との約束は破ってないだろう?すぐに帰ってくるから、タバサをしっかり守るんだぞ」

 

「……うん!」

 

 

 父の言葉に、4才になったばかりの息子は元気よく頷き、その言葉に父であるドレイクは満足そうに頷き。

 ドレイクを心配そうに見つめているビアンカとタバサへ向き直る。

 

 

「すまないビアンカ、苦労をかけるかもしれないが……リュカのフォローを頼む」

 

「貴方は本当に、昔から変わらないわね……けど任されたわ。だけど必ず帰ってきてね?」

 

「……ああ。タバサも良い子で待ってるんだぞ?」

 

「うん……」

 

 

 そしてドレイクはパパスとプサン、そしてサンチョに後を託し。

 ルーラでサラボナへ向かって飛翔する。

 

 見る見るうちに小さくなっていくグランバニア、そして迫ってくるサラボナ。

 見えてきたサラボナの状況は、プサンが危惧した通りの状況となっており、巨躯の一つ目の魔物……ギガンテスに率いられた魔物の群れに襲撃を受けていた。

 

 その状況を目の当たりにしたドレイクは、着地点に居る魔物の群れの一団へ激しい炎の吐息をお見舞いしながら、勢いよく地面へ着地すると共に。

 周辺を陣取り、今にも町へ攻め入ろうとしていた魔物の群れを赤黒い雷光によって片っ端から消し飛ばす。

 

 そして、少しだけ息をつける状況になって改めてドレイクが周囲を見回してみれば……。

 ブオーンの襲撃から復興したばかりのサラボナの街の外壁は、すでに幾つか崩れかけている状態であった。

 

 

 あわやというところに到着したドレイクの姿に、サラボナの住人は降り立った希望に歓声を上げているも、すぐにその歓声は悲鳴へと変わる。

 何故か、ソレは……街の遠くに陣取った、一つ目の巨人。ギガンテスが投げつけてきた大岩が迫ってきていたからだ。

 

 しかし、ただの巨岩程度。今のドレイクには障害でもなんでもなく……。

 

 

「しゃら……くせぇ!!」

 

 

 即座に翼をはためかせ、迫りくる大岩へ向かうと。左腕に装備した天空の盾を有り余る膂力で叩きつけて砕きながら、サラボナの街の外へと叩き落とす。

 その際に、何匹かの魔物が散弾となった岩が直撃して絶命していたが、ドレイクにとっては些細な問題であった。

 

 

「ドレイク、アンタここに来ちゃって。グランバニアは大丈夫なわけ?!」

 

「安心しろデボラ、向こうの厄介な魔物は消し飛ばしてきた」

 

「その代償がソレってわけね……どうせ私が言っても無茶するんでしょ? しっかり帰ってこないと後が怖いからね!」

 

 

 手に持ったグリンガムの鞭で、今も襲い掛かろうとする魔物を叩き落としながらデボラは半眼でドレイクを睨みつつ叱咤し。

 続いて駆け寄って来たフローラは、町の防衛で傷付いた衛兵らへ回復呪文をかけながら口を開く。

 

 

「ドレイクさん、来てくれたんですね……」

 

「当たり前だろう、大事な嫁と子供たちの危機を放っておけるかよ」

 

「だけど、その……」

 

「安心しろフローラ、俺は大丈夫だ。お前達を泣かせたりなんかしないさ」

 

 

 前に見た時よりも、ドレイクの変異が進んでいる事に気付いたフローラは、自分達のせいでこうなってしまった事を嘆き悲しみ。

 心優しい妻が嘆く姿に、ドレイクは歩み寄ってその華奢な体を、大事そうに優しく抱きしめながら頭を優しく撫でて応え……。

 左腕に装着していた天空の盾へ祈りと力をこめ始める。

 

 願う祈りは、この町と大事な人達を護る事。込める力は、自分を人として押し留めていてくれた父譲りの聖なる力。

 右手に持つ剣がカタカタと震え、必死に制止する気配を感じるが、ドレイクは意図的にその気配を無視し。力を込め終えた盾を空へ放り投げた。

 放り投げられた盾は、回転することなく空へと浮かび上がり、まばゆい光と共に清浄な魔力でサラボナの街一帯を包み込む。

 

 

 その結果にドレイクは満足そうに頷くと、ドレイクの意図を察したデボラとフローラが必死に制止する声に、大丈夫だぎりぎり踏み止まれるさと答えて空へと飛びあがり。

 ギガンテスが投げつけてきた巨岩を剣で真っ二つに叩き斬りながら接近、咆哮と共に上空から縦一閃真っ二つに、ギガンテスを切り裂いて周囲の魔物へ雷光を浴びせると。

 既に体の大部分が竜鱗に覆われ、天空の鎧がせめてドレイクの動きを妨げないよう姿を変えるのを実感しながら……続けざまにルーラを唱えて、ラインハットへと向かう。 

 

 

 そして、ドレイクがラインハットに到着して目の前で見た光景は。

 鎧装束のあちこちを切り裂かれ、血を滲ませながら膝をつくヘンリエッタを切り裂こうと、金色の鱗を身に纏った二足歩行のドラゴン……グレイトドラゴンがその爪を振り下ろす瞬間だった。

 普通ならば間に合わない絶望的な状況、その中でドレイクは憎悪が全身を駆け巡る事を感じながら、ピオリムを発動しヘンリエッタとグレイトドラゴンの間にその身を滑り込ませる。

 

 ドレイクが全身の各所に破滅的な痛みを感じながら、しかし同時に瞬く間にまるで別の何かへ体が置き換わる事を実感しながら行ったその行動は、間一髪でヘンリエッタの命を拾う事に成功した。

 突然現れた何かに、楽しみを奪われたグレイトドラゴンは、自らの爪を漆黒の鱗に覆われた左腕だけで受け止めた邪魔者を圧し潰そうとそのまま力を込めていく。が。

 背後にヘンリエッタを庇うドレイクの体はグレイトドラゴンに爪に負ける事はなく、むしろ少しずつ押し返し始め……。

 

 

「死、ネェェェェェェ!!」

 

 

 強く踏み込むと共に左腕を跳ね上げてグレイトドラゴンの爪を、全力でカチ上げてたたらを踏ませた次の瞬間。

 グレイトドラゴンの股下から振り上げられた、爆発的な赤黒い雷光を秘めたドレイクの天空の剣によって痛みを感じる間もなくその体と魂を永久的に、この世界から抹消された。

 

 厄介な敵は全て殺した、しかし憎悪と怒りが止まらないドレイクは、無意識に剣を手に混乱し闘争を始めたドラゴンキッズの群れを虐殺せんと翼を広げて飛び上が。

 ろうとして、ヘンリエッタと慌てて駆け付けたマリアに尻尾へ抱き着かれて地面へと叩きつけられた。

 

 

「ナ、何ヲスル!」

 

「何をは、こっちの台詞だよドレイク!」

 

「そうですよ、ドレイク様……」

 

 

 大事なところで邪魔をされた、と言わんばかりの黒龍のようになった顔で、ドレイクは叫ぶ。

 しかしそれ以上の声量で目に涙を湛えたヘンリエッタが叫び返し、そんなヘンリエッタへ回復呪文をかけながらマリアもまた彼女の言葉に同意する。

 

 そこまできて、ドレイクはようやく自分が何をしようとしていたかに思い至り、目の前の二人が後一歩ぎりぎりのところで踏み止まらせてくれたことを理解し。

 ドレイクは、言葉を詰まらせながら二人を抱き締めて、謝罪と感謝の念を伝える。

 

 

「ドレイク、そっちは大丈夫なのか? まぁ、お前は大丈夫じゃなさそうだが……」

 

「ヨシュア、カ……オ前モ結構大変ソウダガ、大丈夫カ?」

 

「頼りになる妹がすぐに回復してくれたからな、見た目ほど重傷じゃないよ」

 

 

 身に纏っている全身鎧のあちこちに罅が入り、左腕に持っている盾は半ばで砕け散っているヨシュアがドレイクの肩を叩きながら声をかけ。

 そんな親友の様子にドレイクは、発声しにくい喉で様子を窺うも、大した傷じゃねーさ。と肩を竦めてヨシュアは笑う。

 

 頼りになる親友の様子に、ドレイクはドラゴンのようになった顔に不器用ながら笑みを浮かべると、自らが纏っている天空の鎧へ祈りと力を込める。

 込める祈り、そして力はサラボナの街と同様。特に長い間共に在り続けた天空の鎧は、どこかドレイクを気遣うような意思を見せてくるが、ドレイクは構うことなく鎧を結界の要とし。

 清浄なオーラを放ちながら、ドレイクの体から離れた天空の鎧が結界を展開したのを見届け、一度状況を整理するためにグランバニアへルーラで飛ぶ。

 

 そして。

 

 

 ドレイクは、歪んだ人間の悪意を思い知らされる。

 グランバニアに到着したドレイクを待っていたのは、健在であったグランバニアだった。

 しかし、パパスにプサン、サンチョにビアンカは一様に暗い表情を浮かべており……レックスとタバサはただ泣きじゃくるだけだったのだ。

 異様とも言える状況に、変異が進んだ体を変化の杖で取り繕う事も忘れて、ドレイクは震える声でリュカはどこかとパパスへ尋ねる。

 

 パパスは沈痛そうな表情で首を横に振ると、今も回復呪文で治療を受けている血塗れの大臣へ視線を向け……パパスとドレイクに視線を向けられた大臣は、息も絶え絶えに告げる。

 ずっとリュカに懸想し続けていた自分の息子が、魔物へと変貌してレックスへと襲い掛かり、自らの息子を庇ったリュカを傷付けた上……気を失ったリュカを抱えると、グランバニア北のデモンズタワーへ飛び去った、と。

 

 

 

 

 この日、グランバニアに……黒竜の憎悪と憤怒に満ちた咆哮が、轟いた。




Q.なんであっちこっちに嫁さんと子供ばらけてたの?
A.ラインハットは記念式典、サラボナは復興記念式典、そしてグランバニアはレックスの誕生日会とイベント目白押しだったが故です。
 子供が出来て約4年間、動きと言える動きが無かったので、ドレイク自身もどこか緊張の糸が途切れてしまい、その瞬間を突かれた形になります。


Q.大臣の息子諦めてなかったんか。
A.諦めてませんでした。そして憎い男との子供が居なければ自分が割り込む隙があると本気で思ってました。
 なお、そうするようにゲマが…パパスがプサン回収RTAしてる間に自らこっそり接触し、囁いて欲望の種を植えこみこっそり施術してますが、その後はノータッチです。
 ゲマ的には、ラーの鏡にも反応しないようにしつつ、面白いタイミングで爆発するといいなー。程度の手駒が、まさかの大惨事をやらかした形となってます。
 大臣さんの怪我は、息子を止めようと立ち塞がった結果、即死一歩手前の重傷を負わされた状態です。


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29・中

少しだけ冒頭に、ジャミる(意味浅)的シーンありますが、取り返しのつかないところはないのでご安心下さい。
しかし書いてて筆がノった結果、誰だお前状態にゴンズとジャミとラマダがなった。不思議だ。


 

 

 グランバニアの城内に、黒竜の咆哮が轟き一つの異形の影が城を飛び出した頃。

 我が子を庇って気絶し、攫われたグランバニアの王女リュカは今、不快な感触に抱き留められたまま運ばれていた。

 運ぶ男は醜く太っており、魔物と化した影響か飛び出た腹や醜く膨らんだ皮膚が破けており、中からは不快な悪臭を放つガスが漏れ出ていて、ソレは男がリュカの体を抱き抱えてその体をまさぐりながら歩く刺激で一際強く周囲の空気を穢す。

 男はかつて、グランバニアで大臣を務める父の一人息子として、栄達を謳歌していた。

 王であるパパスが攫われた妻を救うべく城を飛び出し、王の席にとりあえず就かされた気弱なパパスの弟……オジロンに代わり、国の細かな所を差配し国を切り盛りしている大臣の息子と言う身分は、一人の男を歪めるには十分な毒薬だったのだ。

 

 男は自らが望むモノは、何でもその手中に収める事が出来た、一度は手に入れようとしたオジロンの娘ドリスこそ手に入れる事は叶わなかったが、それでも大体の欲望は満たす事が出来た。

 無理矢理に事に及んでも、父の権力を振りかざせば誰もが異論を引っ込め、男子に恵まれず彼を嫡子にせざるを得なかった彼の父は、いずれは貴族として相応しい意識を持ってくれることを願い、歪んだ息子を放置するのみで。

 本来の歴史に於いては、矯正は不可能と判断した彼の父の手で毒殺され、その歪な欲望に終止符を打たれた筈の男であったが……彼の運命はパパスが娘を伴ってグランバニアへ帰還したことで大きく変わる。

 

 

 優柔不断なオジロンに代わり、王位に戻ったパパスが厳しく悪徳を取り締まる姿を見て、男は自らの悪行を隠蔽する事を覚えたのだ。

 そして男は欲望のまま、自らの自尊心の赴くまま、可憐で美しいリュカを手に収めんと動き、尽くが失敗した挙句彼女の逆鱗に触れて無様な姿を晒す事となる。

 男は激怒した、何故自分の手に収まらないのだと。

 鬱屈と溜まり続ける悪意、そこに忍び寄る悪魔の囁きが、男の運命を決定づけたのだ。

 

 男は機会を待ち続け、目障りな勇者を名乗る男の子供らへの殺意を押し隠し続けた。男の父が、とうとう息子は改心してくれたと錯覚する程に。

 そして、男は最悪のタイミングで悪意を勇者の子供へぶつけて殺そうとしたタイミングで、リュカが我が子を庇おうと身を挺して男の攻撃で気絶する。

 男は一瞬焦るも、すぐに歓喜した。ここでこの女を自分のモノにしてしまえば、あの目障りな勇者はきっと苦しむだろうと。

 歪んだ悪意に火をつけた男は、立ちはだかろうとした実の父だった男へ躊躇う事無く力を振るうと、男へ力を授けた魔物から受け取った道具ですぐにグランバニアを脱出してデモンズタワーへ飛び、今に至るのだ。

 

 

 高い塔を登る途中で、男の腕の中のリュカは意識を取り戻し、状況に気付いて逃れようともがくが男はリュカの頬を張っておとなしくするよう脅す。

 慌てなくても、すぐに可愛がってやるとその顔を醜悪に歪めて嗤いながら、子を産んでなお美しい体を持つリュカの豊満な乳房へその手を沈め、苦しむリュカの姿に股をいきりたたせたところで、男とリュカはようやくデモンズタワー最上階へと到達する。

 デモンズタワーの最上階に立っていたのは、3匹の魔物であった。

 

 僧正が着るようなローブに身を包んだ、一つ目の魔物、ラマダ。

 紫色の鬣を生やし、白い毛皮を内側からはち切れんばかりの筋肉で隆起させた馬の魔物、ジャミ。

 そして、全身に甲冑を着込み巨大な蛮剣と盾を携えた魔物、ゴンズ。

 

 男は、3匹の魔物にリュカを浚ってきた事を高らかに、誇るように告げると戦利品としてリュカをもらい受ける事を宣言する。

 歪な自尊心を、体ごと肥大化させた男は気づかない。目の前の3匹の魔物が、塵芥を見るかのような目で己を見ている事に。

 だが、男は気付くことなく己の功績を誇示し続けた末に、これからはお前達と同じ魔物の幹部だと叫んだ所で。

 

 

 ゴンズが無造作に投げ放った蛮剣が、男が抱き抱えたままのリュカを掠る事なく魔物と化した男の体に突き刺さった。

 突然の激痛に絶叫を上げる男、しかしゴンズとジャミは男の叫びを煩わしそうに見たまま大股に近づき、床へ落とされたリュカをジャミが拾い。

 ゴンズは痛みで転げ回ろうにも、突き刺さった蛮剣の重量でもがく事すら叶わない男の体を無造作に踏み潰す。

 

 

「てめぇが喋る度に臭くてかなわねぇんだよ、豚は豚らしくとっとと死ねや」

 

「は、はなじが、はなじがちがう……」

 

「知るか、ゴミくずめ」

 

 

 ゴンズは男の体に突き刺さったままの愛剣を引っこ抜き、血塗れのまま這いつくばって逃げようとする男の前で蛮剣を振り上げる。

 男は必死に懇願する、助けてほしいと。大臣の父に頼めばゴールドなら幾らでも出るからと。

 だが、ゴンズは構う事無くその剣を振り下ろして男を容易く絶命させると、興味を失くしたかのように鼻を鳴らし……次の瞬間、壁を爆砕して現れた男の姿を見てその瞳を悦びにギラつかせる。

 

 殺す事すら煩わしいゴミだったが、ゴンズは男に一つだけ感謝してやっても良いと思えた。

 何故ならば、壁を破砕して現れた二足歩行の竜人と言える姿になっている男ことドレイクは、ゴンズが何時か殺すと誓った好敵手とも言える存在であり。

 その男を、ここまで殺意に満ちた状態にまでお膳立てを整えてくれたのだから。

 

 

 だが、男はつれない様子で骸と化した男と、意気揚々と勝負しようと迫るゴンズを一瞥すると、ジャミが確保しているリュカを救うべく咆哮と共にジャミへ飛びかかる。

 大型の魔物の重量にすら耐えるデモンズタワーの床を砕くほどの踏み込みでジャミへ迫るドレイク、しかしその進撃はゴンズが先ほど殺した男の死骸を投げつける事で阻害され。

 ドレイクは直角で進路を修正しつつ、身を翻して拳で男の死骸を粉微塵に爆砕、その隙を縫って斬りかかってきたゴンズと鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

 

「ガァァァァァッ!!」

 

 

 邪魔だという意思を込めてドレイクは咆哮し、ドラゴンそのものと化した顔から至近距離でゴンズめがけて激しい炎を放ち、しかしその熱量にゴンズは怯むことなくその顔に狂喜を滲ませながら膂力に任せて蛮剣を押し込んでいく。

 だがドレイクも負けてはおらず押し込まれる蛮剣を押し返し始め、互いに塔の床を砕きながら力比べへと入り……その隙を見逃さなかったジャミとラマダが、バギクロスとベギラゴンを切り結んでいる二匹へと放つ。

 突然の横槍にゴンズは不快そうに顔を歪めながら、とっさに距離を取ろうとするドレイクの肩を掴むと仲間が放ってきた呪文の前に掴んだままのドレイクを晒し、二つの極大呪文をその身に受けたドレイクの体を覆う竜鱗が砕け、焼かれていく。

 しかし、ゴンズは手を緩めることなく掴んだままのドレイクを床へ何度も何度も叩き付けていく。

 

 普通の人間ならば、とうに死んでいる所業、鍛えている人間でも無残に殺されるしかない猛攻。だがドレイクは右手に掴んだままの天空の剣を離す事なく、自らの体を掴むゴンズの腕を異形となった手で握り潰すかのような力で掴むと。

 お返しだと言わんばかりに翼をはためかせて浮かび上がり、ゴンズを掴んだまま空中で一回転して勢いよくゴンズを床へと叩きつけた。

 

 必殺と思っていた攻撃を凌がれて驚愕するラマダ、しかし同様に殺せていなかったジャミはその顔に笑みすら浮かべていた。

 ジャミは自らが残忍で悪辣だと自覚しており人間などゴミでしかないと心から信じている。

 だがしかし、しかしだ。同時に彼はごく一部の人間の勇士が魁せる事のある輝きに魅入られた魔物であった。

 そして同時に思うのだ。だからこそ、その輝きに満ちた勇士を討ち取る事こそが最も尊いと。

 

 

 闘いの狂喜に目覚めたゴンズ、そして勇士の輝きを手折る事に魅入られたジャミ。

 彼らもまた、本来の世界とは違う形へと運命を転がした存在であった。

 そんな二匹の変貌をラマダは気味悪そうに見ながらも、しかし同時に一つの事を想う。

 自分達の上司にあたるゲマは、勇者として覚醒したドレイクの殺害を命じてきた、しかし果たしてこの男をここで殺すのが本当に正しいのかと。

 ここまで魔物に寄ったのならば、自分達の側へ引き込む事の可能なのでは?と思ったのだ。

 

 

 故に、傍仕えとして連れてきていた気の利く鞭男達に、ドレイクが奪還しにきたリュカを預けながらラマダはドレイクへ提案する。

 ここで投降するのならば、自分からゲマへとりなしたうえで、お前も妻も、子供達の命も何とかしよう。と。

 

 

 ドレイクの返事は、無言で放たれた赤黒い雷光であった。

 

 

 その返答に、ラマダは惜しいと思いながら溜息を吐き。ジャミとゴンズは狂喜に満ちた笑みをその顔に浮かべる。

 異形と化した存在とはいえ天空の勇者と、それと相対する魔王軍の配下である魔物達。決して交わらず互いに容赦など考える事すらバカバカしい関係。

 しかし、魔物達には今この時も何とか夫であるドレイクを助けようとし、鞭男達に阻まれているリュカを人質にしようと言う考えは微塵も存在しなかった。

 

 

 こんな、魔物冥利に尽きる殺し合いを、そんな不作法で汚すのは余りにも勿体ないと思ったのだ。

 

 

 故に、両者は激しく激突する。

 呪文で意識と速度を加速させたドレイクが、何本にも見える剣閃を放ってゴンズを切り刻み、しかしお返しとばかりにゴンズは手に持ったドレイクの攻撃で欠けた盾を全力でドレイクの体へ叩き付け。

 よろめいたその一瞬の隙を逃さないと、ジャミが凍える吹雪を口から放てば、ドレイクは激しい炎を口から放って打ち消し。更に雷光を纏った剣閃をジャミめがけて放って反撃を放つ。

 当たればジャミですら無事で済まない一撃、しかしその一撃はラマダがその巨体で受け止め、血を吐きながらラマダはベギラゴンをドレイクへ放つ事でドレイクを痛めつけていく。

 

 圧倒的な力を持つ3体の魔物の攻勢、しかしドレイクは倒れそうになる度に……。

 

 

「マダ、ダ……グガァァァァァァァァァァァァ!」

 

 

 妻を救う、家族を護る、ただその意識だけを残していくかのように、人としての自分の体を黒竜の体へ置き換えていき、ボロボロになりながら立ち上がる。

 既に片手では足りないほどの致命傷を受けながらも、そのたびに立ち上がり、人としてのドレイクが摩耗していく度にドレイクの動きは速くなり、力強くなっていき、吐き出される吐息の破壊力が増大していく。

 

 

 そして、既に人としての限界が超えていたドレイクの意識は、ついに超えてはならない一線を越える。

 ドレイクの体は、もはや二足歩行の黒竜と言えるほどに変異が進んでおり、発せられる声は殆どがドラゴンの咆哮と変わらない状態となっていた。

 しかし、ドレイクの意識は先ほどまでの業火のような激しいモノとは打って変わって、凪いだ湖面かのように穏やかな状態だった。

 

 

 突如動きを止めたドレイク、しかし全身傷塗れの魔物達は躊躇う事なく、ドレイクめがけて己が放てる最大限の攻撃を放つ、だが……。

 ドレイクはその巨大な翼で自らの体を守るかのように覆い隠し、その攻勢を凌ぎ切ると……漆黒の体に幾重にも深紅に輝く脈動を走らせ、翼を広げると共に一際大きく空へ向かって咆哮。

 その瞬間、ドレイクを中心にデモンズタワー最上階の天井が跡形もなく吹き飛ばされ、雲一つない空を急遽現れた暗雲が覆い隠すと共に。

 暗雲から赤黒い光線と化した雷光が、まるで土砂降りの雨と錯覚するかのような密度でジャミ達へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 予想だにしない攻撃に対処が遅れたゴンズとジャミ、そしてラマダは成す術もなく降り注ぐ雷光の雨にその体を打ち据えられていく。

 まず、真っ先に床へと倒れ伏したのは巨体であるが故に、一際多く雷光を受ける事となったラマダであった。

 その次はジャミ、そしてゴンズと倒れていくも、その無差別にも見える雷光の雨はリュカの周辺には一切降り注ぐことはなかった。




Q.最終的にドレイクの姿はどんな感じですか?
A.成人男性サイズの二足歩行黒竜(赤黒いラインが時折全身に走る)です。なお、まだ変身を残しております。


次回、ゲマ登場。


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29・下

ゲマ登場回なのです。


 天井が消し飛び、外壁も所々が崩れ落ちたデモンズタワー最上階。

 つい先ほどまで、異形同士が殺しあっていたその場所は今、奇妙な静寂に包まれていた。

 

 ドレイクが天から降り注がせた赤黒い雷光の雨によって、ゴンズとジャミ、ラマダの3匹の魔物達は気を失っており。

 3匹が起き上がってこない事を確認した、二足歩行の成人男性ほどの体躯を持つ黒竜ことドレイクは振り向くと、涙を流しながらドレイクを見守っていたリュカへ歩み寄る。

 リュカの周囲には、ジャミの指示で配置された魔物達が居たが、ドレイクが近づくにつれて自発的に道をあけて、ドレイクとリュカの再会を邪魔する事はなかった。

 

 

 邪魔するものがなくなったリュカは、泣きながらドレイクへ駆け寄り、自らを浚った男に痛めつけられた自分の傷を治すよりも先に、ドレイクの全身を覆う傷を癒そうと回復呪文をかけていき……。

 滂沱の如く涙を流しながら、ごめんなさいごめんなさいと、何度も何度もドレイクへ攫われてしまった己の不手際を謝り続ける。

 その言葉に、ドレイクはグルルと喉を鳴らしながら、ドラゴンのモノと化した手で……リュカを傷付けないよう細心の注意を払いながら、まるで壊れ物を扱うかのようにリュカの頭を撫でる。

 

 もう変化の杖では取り繕えないレベルで、自らの変異が進んでしまったことをドレイクは自覚していた。

 そして其の事を、きっと目の前の愛しい妻は謝っているのだろう、とドレイクと呼ばれていた人型のドラゴンは理解こそしていたものの。

 最早、目の前で泣きじゃくる妻の名前も、大事な約束をしたはずの息子の名前もドラゴンは思い出せなくなってしまっていた。

 其の事が酷く、ドレイクは悲しく思うと同時に愛しく想っていた妻を救い出せた事を、ドラゴンはどこか満足に想っており。

 

 

「ヌグァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 故にこそ、突然天から降り注いできた巨大な火球から、愛しい妻を守る為に……苦痛に満ちた咆哮を上げながらも、その体を盾にすることをドラゴンは躊躇しなかった。

 突然飛び立った夫をリュカは目を見開いて見上げ、そして己の身を挺して自らを護るドラゴンの姿にリュカは、悲痛な悲鳴を上げる。

 火球を受け止めきった漆黒の人型ドラゴンは、右手に握ったままの天空の剣を離す事はなく、しかしそのまま成す術もなく床へと墜落し、よろめきながら立ち上がって火球を放ってきた相手を睨む。

 

 ドラゴンの視線の先には、ローブを身に纏ったミイラのような魔物が裾をはためかせながら空中に浮かんでいた。

 その魔物は醜悪な笑みを顔に張りつけながら、ドラゴンとリュカを見下ろして高笑いを上げる。

 

 

「ほーっほっほっほっ! 随分と魔物らしい姿になりましたねドレイク」

 

「グルルル……!」

 

「貴方が、ゲマ……戻してよ!ドレイクを返してよぉ!」

 

 

 記憶も朧気になっている中、それでも確実に殺さないといけないと心に決めていた仇敵の存在が記憶に残っていたドラゴンは、唸り声を上げながらローブの魔物……ゲマを見上げ。

 かつての記憶、そして父であるパパスから聞いた名前を思い出したリュカは、嗚咽の混じった声でゲマをなじり、愛する男を返してと叫ぶ。

 

 しかし、一匹と一人の敵意にゲマは応える様子は見せず、家族愛が齎す悲劇に満足そうに笑みを浮かべると。

 今にも激しい炎の吐息を放とうとしていたドラゴンへ向かって手をかざし、既に失われた呪文を唱えた次の瞬間、ドラゴンが左手で頭を押さえながら膝をつく。

 

 突然のドラゴンの変化にリュカは駆け寄ろうとするが、ドラゴンは轟くような咆哮を上げてリュカが近づこうとするのを止める。

 ゲマが放った呪文によって、ドラゴンの中の憎悪と殺意が膨れ上がっていき、今近寄られたら耐え切れずにリュカを傷付けそうになった、それ故にドラゴンはリュカを近づけたくなかった。

 

 だが、それでもリュカは立ち止まる事はなかった。

 苦しみ呻き声を上げるドラゴンへ縋りつき、リュカはドラゴンが失った名前。ドレイクの名前を必死に呼び、戻ってきてほしいと涙ながらに訴える。

 だが……ドラゴンは苦痛に呻く咆哮を上げて、リュカを突き飛ばすと。倒れ込んだリュカの前で右手に掴んだままの天空の剣を振り上げる。

 

 

「ほっほっほっ、さぁ殺してしまいなさいドレイク。愛したモノと決別し、己の憎悪の赴くまま全てを壊すのです」

 

 

 愛する者が、愛した者に殺されるという光景を見れそうな愉悦に、ゲマは哄笑しながらドラゴンの悪意の背中を押す。

 ここでドラゴンが愛した者を殺し、そして其の事を改めて自覚させることでその精神を壊しきり、その後は施しておいた呪術でドラゴンを自由に使える手駒にしてしまう。

 ソレが、ゲマがドレイクと呼ばれていたドラゴンに進化の秘法と合わせて施していた、悪意が結実したかのような呪術に正体であった。

 

 しかし、いくらゲマが待っても、ドラゴンがその手に握った剣を振り下ろす様子は見えなかった。

 ドラゴンの頭の中に残った家族への愛と、天空の剣に宿っている兄弟として育ってきたモンスターの魂が、ドラゴンの中で荒れ狂う悪意に必死で抗い続けていた。

 そして、ドラゴン……否。ドレイクが抗い続けている事を察したリュカはよろめきながら立ち上がると、ドレイクの瞳を真正面から見据えて訴える。

 

 

「一緒に帰ろ?ドレイク……レックス達が待っているから、あの子の誕生日会の続きを……しよ?」

 

 

 ドレイクが元の姿に戻れるかもしれない、今引き戻せればまたあの家族に戻れるかもしれない。

 そんな希望に縋り、リュカは慈愛に満ちた朗らかな微笑みを浮かべてドレイクの前で両手を広げる。

 

 

 

 その姿を目の当たりにしたドレイクの瞳に、僅かな理性の光が戻り。振り上げていた天空の剣を……。

 リュカの目の前の床に深々と突き立て、ドレイクが何か祈りを捧げて力を込めた瞬間。天空の剣を中心に結界が産まれ、結界がリュカを護るように包み込む。

 

 

「どれ、いく……?」

 

「リュカ、ゴメンナ。ソシテ、アリガトウ」

 

 

 何とか思い出す事が出来た、茫然とした声で呟く妻へ異形となった顔でドレイクは微笑み。

 声帯も変化した事で満足に喋る事すら難しくなった口で、たどたどしく妻へ謝り……万感の想いを込めて感謝を告げた。

 そして、心の中でだけ、先ほどまで握っていた剣に宿る魂。ホークへ願う。

 妻達と、子達のことを頼む。と。

 

 

「ほっほっほっ、まさか踏み止まるとは。よいでしょう……勿体ないですが、ここで始末するとしましょう。ジャミ、ゴンズ、ラマダ。いつまで寝ているのですか?」

 

 

 家族の情と愛で踏み止まったドレイクを見て、つまらないものを見たとばかりにゲマは吐き捨てると、倒れ伏したままの3匹の魔物に立ち上がるよう呼びかけ。

 今ここで、ドレイクを確実に殺す為に動き始める。

 

 

 体を護る防具はなく、戦う為の武器は変異したことで手に入れた爪や吐息、そのような状態で勝てる相手ではない。

 先ほどの3匹との戦いで既に満身創痍となっていたドレイクは、朧げな意識の中で彼我戦力さを冷徹なまでに分析をしていた。

 

 故にこそ、最後の頼みの綱とも言える剣を手放し、妻を護るための要としたのだ。

 自らがこれから成す事で、妻を殺してしまわない為に。

 

 

「だめ……ドレイク、いっちゃだめ……いかないで……!」

 

 

 縋るように、願うように呟いてくるリュカへ背を向けたドレイクは翼を広げて空へと飛びあがり。

 体に渦巻く力を解放するかのように、天めがけて高らかに咆哮を上げ。自身の体から漏れ出た黒い靄のような魔力がドレイクの体を覆い隠し、ソレはやがて巨大な漆黒の球体となる。

 ドレイクがこれからしようとする事を察したゲマは、配下に命じた上で自らも呪文を漆黒の球体へぶつけるが、放たれた呪文は球体を破壊することなく散らされるのみ。

 

 そうしている間に、球体はまるで膨張するかのように空へと浮かび上がり続けながら巨大し、ある程度の大きさへと膨らんだところで膨張が止まり。

 内側から、白銀色の閃光を漏らしながら球体に亀裂が入った次の瞬間、漆黒の球体が砕け散りその中から漆黒の巨体を持つ存在が、空間へと顕現するとゆっくりと風通しの良くなったデモンズタワーの最上階へと降り立った。

 

 

 その全身は、漆黒に光り輝くかのような鱗に覆われ、まるで磨きぬいた黒曜石のような輝きを放っていた。

 今も、強敵の出現に目をぎらつかせて斬りかかったゴンズの蛮剣にも、その鱗は傷一つ事がなく。

 長く太い、筋肉を織り上げた上に鱗を纏った、巨大な尻尾でゴンズは弾き飛ばされ。僅かに残っていた壁面を砕きながらゴンズはデモンズタワーの最上階から叩き落とされる。

 

 その背中には、天すらも覆い隠せんばかりに巨大な翼が生えており、広げられた被膜には赤く輝く脈動と。白銀に輝く脈動が交互に、まるで血液のように被膜の上で幾何学模様を描いており。

 やがてその広げられた翼の前に、数えるのも馬鹿馬鹿しく感じる数の光球が作り出されると、散開しようと動いていたジャミとラマダの全身を打ちのめすべく、光球の群れが二匹の群れを追尾しながら殺到していく。

 呪文や凍える吐息等で光球を迎撃する二匹であったが、余りの数の多さに迎撃が間に合わず、やがては全身を打ちのめされて先に吹き飛ばされたゴンズのように、デモンズタワーの最上階から叩き落とされていった。

 

 

「ほっほっほっ、どうやら想定以上に。そして想定外に育ったようですねぇ。まるで黒く染まったマスタードラゴンのようです」

 

 

 3匹の魔物を、子供をあしらうかのように叩き潰したドレイクだった巨竜を見下ろし、ゲマは計画の破綻を確信しながら、この場を離脱せんと呪文を唱え始める。

 出直し、準備を整えて今度こそ無残にひねりつぶして差し上げましょう、ゲマはそう考えていた。しかし。

 

 

 ゲマが呪文を唱えるよりも早く、巨竜と化していたドレイクは。意識を加速させ、半ば強引にゲマの傍を飛翔先として指定してルーラを発動。

 そのまま、ゲマが飛び去るよりも早くそのミイラのような体を、巨大な手で握り潰す。

 

 

「ぐっ、はなせ、離しなさい!」

 

 

 もがき、ドレイクの手から逃れようと至近距離からドラゴンそのものと化したドレイクの顔面めがけてゲマは呪文を放つが、ドレイクは意に介する事なくゲマを掴んだまま上空へと飛び上がると。

 上空で身を翻し、ゲマを掴んだまま。デモンズタワーの壁面へ叩きつける。

 

 

「ぐはぁっ?!」

 

 

 ドレイクの規格外じみた膂力で、壁面へ叩きつけられたゲマは甲高い苦痛の呻き声を漏らすが、ドレイクの攻勢が終わる事はなく。

 ゲマを掴み、壁面へ押し付けたまま翼をはためかせると…………。

 

 

 ゲマのそのミイラのような体を、デモンズタワーの壁面ですり下ろし潰すかのように、最上階から全速力でデモンズタワーの1階まで羽ばたいて急降下を始めた。

 今まで愉悦と暗い快楽に満ちた生の中でも、受けた事のない苦痛にゲマは叫び声を上げ、言葉にならない絶叫を上げ続ける。

 その絶叫はやがて、すりおろす途中で聞こえなくなるがドレイクはそれでも止まる事はなく、ゲマを掴んだまま地面へ叩きつけた。

 

 

 黒き巨竜の急降下が終わった頃には、ゲマはもはや原形を留めない肉塊と化していた、しかしドレイクだった巨竜は躊躇う事無く肉塊を握り潰しながら上空めがけて放り投げると。

 大きく息を吸い込みながら翼を広げ、ジャミとラマダを叩き落とした光球を幾つも展開した上で、その光球をゲマへぶつけるのではなく自ら吸収。

 自らの体を巨大な炉にするかのように、体内で魔力と父親譲りの聖なるドラゴンの力、進化の秘法が齎す邪悪な力を織り上げ練り上げ……。

 

 

 

 ドレイクは巨大な口を空へ放り投げたゲマだったものへ向かって開くと同時に、赤黒い雷光と白銀の雷光を纏った極光の吐息をゲマだった残骸へと解き放つ。

 巨大な光の柱と見紛うかのようなソレは、ゲマの残骸を容易く飲み込んだ上で消滅させ、それでもなお天へ向かって伸び続け。気が付けば月が上がっていた夜空を、真昼のような明るさで包み込むのであった。

 

 

 




Q.最上階から叩き落とされた魔物3人衆はどうなったの?
A.墜落死したかもしれないし、ドラクエ物理学の名の下高所から落ちても無傷だったかもしれない。



ドレイクが最後に放った極光のブレスは、ドルオーラかもしれないし。ハイパードライブを発動したギガ波動砲かもしれない。
もしかすると、大いなる破局だったかもしれない。
だが一つ言える事は、作者がこの話を書き始めてから一番書きたかった場面がようやくかけたのだ。


ちなみに、ドレイクのカルマ値が一定以上だと、リュカを斬り殺してしまい完全に狂うエンドです。
更に、ホークの魂を大神殿脱出後回収してなければ、やっぱりリュカを斬り殺してしまうエンドでした。
ある意味で、薄氷の上で掴んだ展開かもしれない(世迷言)


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番外編4『ドラゴンクエスト』

前回までのあらすじ

ドレイク「俺、ドラゴンになっちまったよ……」
ゲマ「ほっほっほっ、いいえ違いますよ。神と魔物の力を持ったドラゴン、カオスマスタードラゴンです。ハッピーバースデー!」
ドレイク「ぶっ殺すぞ」(丹念にすりおろす)

大体こんな感じ。


 

 静寂の中、女性のすすり泣きがデモンズタワーの最上階に響く。

 すすり泣き続ける女性の名はリュカ、グランバニア王国の王女であり当代の天空の勇者の伴侶の一人であった。

 

 リュカはただ、何故、どうしてと言葉にならない嗚咽を漏らしながら、漆黒の小山のようなものへ縋りつき泣きじゃくる。

 月明かりを反射するソレは黒曜石の山、ではなく。巨竜へと変貌したリュカの夫であり、天空の勇者であった男の成れの果てである。

 

 

 仇敵を討ち滅ぼした漆黒の巨竜は、再度翼を広げて飛び上がるとデモンズタワーの最上階へ降り立ち、変異した声帯で途切れ途切れにリュカへある事を告げた。

 このままでは、自分は大事なモノを憎悪の赴くままに壊してしまうと、故に眠りに就くと言う事を。

 そして、縋りつくリュカへ……グランバニアに居るマスタードラゴンと天空人に、自らを滅ぼすよう願うと体を丸め、深い眠りへと就いたのであった。

 

 

 

 夜通しリュカは泣き続け、気が付けば夜が明けた頃様子を見に来たグランバニア王パパスとマスタードラゴンの化身であるプサンは……。

 リュカが漆黒の巨竜へ縋りつく姿を見て全てを察し、震える声で目の前で眠り続ける巨竜がドレイクと関係ない存在である事を願いながら、リュカへ問いかけ。

 返って来た言葉に、心身共にひどく打ちのめされてしまう。

 

 そして、プサンは同時に理解をしてしまうのだ。

 今の状態のドレイクならば、力が無い己の状態でも助力を願う事で、巨竜ことドレイクを打ち滅ぼせる事を。

 

 

 

 プサンは、酷く残酷な選択を突きつけられる事となる。

 世界の未来の為に、ようやく分かり合えてきた実の息子を殺すか。それとも己の責務を放棄し、子殺しをしないか、という選択を。

 

 マスタードラゴンとしての力の大半を封じ、人間として地上を回っている間に出会い、そして愛した女性。

 その女性を半ば捨てる形で、己の責務を優先したが故に苦労をかけてしまった子を殺さねばならないのか、とプサンは思考を巡らせる。

 

 恨みも憎しみもあったであろうに、己の感情を飲み込み母の為だけに怒り、鉄拳を叩き込んできた息子のことをプサンは想う。

 暫くの間、互いの間には奇妙な距離感があった、しかしドレイクに子が産まれてその中で家族として向き合った事で父親とは何か、と言う事をプサンは錯覚かもしれないが理解出来た気がしていた。

 

 

 故に、プサン……否、マスタードラゴンは世界の守護者としてはあるまじき選択を選ぶ。

 自らとグランバニアに匿われていた天空人でドレイクをここに封印し、変貌した息子を呼び戻す為の時間を稼ぐという選択を。

 

 

 

 

 そこからの動きは、非常に早いモノであった。

 ドレイクの眠りを邪魔しないよう、微睡に浸らせるよう封印の結界を、ドレイクがリュカを護る為に結界の要とした天空の剣を中心にして周囲へ張り。

 プサンと天空人を主軸に置いた上で非常に強い神聖な魔力を持つマリア、そして天空人の血筋を引き強い魔力を持つフローラの4人で結界の維持を始める。

 

 彼ら4人の生活は、かつて大神殿でドレイクを上司として慕っており、今回の戦いで運よく生き残れたモンスター達がサポートする形となった。

 更にデモンズタワーへ、グランバニアやラインハット、そしてサラボナから派遣された兵士達が交代で行う事で、宝探しに来る冒険者をシャットアウトする。

 

 

 時間稼ぎはコレで何とかする事が出来た事で、ドレイクを戻す為の手段を探す時間を確保する事が出来た。

 しかし、調査は想うようには中々進む事はなく、焦燥と共に時間が過ぎていく中。

 プサンは、マスタードラゴンの力を封じたオーブを、世界の果てとも言える場所にある塔へ封印した事を話す。

 

 

 だが、そこへ至るには水底へ沈んだ天空城を空へ再度蘇らせる必要があり、道のりは非常に困難と言えるものであった。

 だけれども、ドレイクとの別れから泣きじゃくり続けたリュカは、立ち上がると今度は自分が愛する人を取り戻すのだ、と決意を固めた事をきっかけに。

 ドレイクに守られるだけだった事を悔やみ続けた彼の妻達は、リュカの旅路への同道を願い、そして遥かな旅路へと旅立つ。

 

 

「吉報を、お待ちしております」

 

「私達は同行出来ないのですが、どうかご無理をなさらないで下さい……」

 

 

 かつてデモンズタワーと呼ばれた塔の最上階で、ドレイクを封印する結界の要と言える働きをしているマリアとフローラに見送られ、リュカとビアンカ、ヘンリエッタとデボラは旅に出る。

 その旅路は、決して楽なものではなかったが、互いに力を合わせて乗り切り、リュカが従えているモンスター達の助力もあって、何とかリュカ達は天空城復活を成し遂げた。

 

 その最中で、リュカはかつてのサンタローズで。まだ人の姿を保っていた少年時代のドレイクと再会し、感極まって縋り付いて泣いてしまうという事もあったが……。

 過去への旅路から戻って来たリュカの顔を見た、同じ男を愛した女性達は誰一人リュカの事を茶化す者は居なかった。

 

 

 

 

 そして、リュカが天空城復活の鍵であるゴールドオーブを、過去への旅路にて回収し。

 プサンは、僅かな間なら大丈夫だからと、天空人を沈んだ天空城へ送り出す。

 決して負担が無いワケではなかった、だがしかし。息子の為に一際強い負担を強いられる事は、プサンにとって苦ではなかったのだ。

 プサンにとっては、息子に出来る数少ない贖罪の機会だったのだから。

 

 

 やがて、送り出された天空人によって天空の城が再度空へと浮かび上がった時には、ドレイクが眠りに就いてから3年の月日が流れていた。

 そして父を取り戻す為の旅路、闘いに自分達も連れて行ってほしいと、訓練を経て強くなったドレイクの子達が各々の母親や親族へ強く願い出る。

 彼女達は最初は、断固としてその願いを受け入れなかった、しかし……子供達もまた願っていたのだ。

 

 

 不器用ながらに自分達を愛してくれた父を取り戻したいと、またあの大きな手で頭を撫でてほしいと、そして父親に帰ってきてほしいと願っていた。

 

 

 やがて彼らの母達はその願いに折れ、父親みたいに無理や無茶をしない事を条件に同行を許可し……冒険の果てに、ボブルの塔と呼ばれる辺境の地にある塔から、ドラゴンオーブをリュカ達は手に入れる事に成功する。

 本来ならば、そのオーブはプサンがマスタードラゴンへ戻る為の神器であったが、プサンはそのオーブを触媒に術式を組む事で。ドレイクの魂と心を縛っている進化の秘法を打ち砕く事を告げる。

 ただし、恐らくではあるが現時点のドレイクを一度、打ち倒して力を弱めなければ。術式を発動しても無駄に終わるだろう、ともプサンは口惜しそうに扱ったドレイクの妻と子供達へ明かす。

 

 

 眠りに就いた今のままならば、容易く殺害する事が出来る漆黒の巨竜と化したドレイク。

 命を大事にするのならば、選択の余地などない内容であったが……リュカ達、そして子供達やドレイクの義父であるパパス達の決意は変わる事はなかった。

 

 そして、ドレイクが眠りに就き約4年が過ぎた頃に準備はすべて整い。

 ドレイクを正気を戻す為に、いざ決戦となった頃に続々とドレイクを戻す為の手助けをせんと、人々が集まってくる。

 ラインハットからはヨシュアが、サラボナからは最近結婚したばかりのアンディが、そしてグランバニアからは兵士長となっていたパピンがリュカ達に手助けを申し出る。

 

 彼らもまた、ドレイクへ拳と共に叩き付けたい言葉が無数にあったのだ。

 ヨシュアは今も突っ走って自己満足のまま死にそうな親友を殴らないと気が済まなかったし、アンディはフローラを悲しませないという約束を破ったドレイクを殴るべくこの場所へとやって来た。

 そしてパピンは、グランバニアが強大な魔物の群れに囲まれた際に、一歩遅ければ殺されていた自分を救い家族の下へ帰させてくれた恩人へお礼を言う為に、決死隊として志願したのだ。

 

 

 直接的な救援以外にも、ルドマンは己の伝手と財力を駆使して装備や薬品を潤沢に手配しており、デールは進化の秘法を研究している研究者を招聘しては有効策を搔き集めては情報共有を行うことに腐心していた。

 グランバニアの、大罪人を身内から出してしまった……一命をとりとめた大臣は、己の首を差し出す事を願い出たが。パパスとオジロンから功を以て罪を禊げと沙汰を下された事で、魔物へと堕ちた勇者の噂を吹聴する光の教団の手勢を暴き、撃退する事でドレイクの名誉を必死に守り続けた。

 

 

 

 

 

 本来ならばありえなかった存在、この世界のイレギュラーとも言える存在であったドレイク。

 自覚していようとしていなかろうと、幾つもの運命を結果的に捻じ曲げた男の旅路は、それでも無駄ではなかったのだ。




番外編の副題は、感想にて『tetukyojin』様から頂いたインスピレーションで決めました。
ドラゴンを救う為のクエスト、ドレイク抜きで妻達と子供達。そしてドレイクとかかわった人達が手と手を取り合って、成し遂げました。

戦力はほぼフルメンバー、ある意味でレイドボスイベントじみた展開です。


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番外編5『家族達の情景』

来るべき決戦の前に描いておきたかった話、その1です。


 

 

 かつて、魔物達の住まう呪われた塔、デモンズタワーと呼ばれていた塔。

 その場所には、今現在の塔の主人と言える一匹の漆黒の巨竜は、結界の中で眠りへとついている。

 

 漆黒の巨竜は、微睡の中夢を見る。

 自分が一人の男として、愛した家族達と共に在った頃の幸せな記憶の夢を、何度も何度も繰り返し夢を見る。

 それはまるで、緩やかに消えていく自分の残滓を忘れない為に、思い出に縋りつく幼子のようであった。

 

 

 

 

 

 

 その日の最初の夢は、かつて居たグランバニアと言う国で、妻が大きな腹を抱えて寝台に横になっている情景だった。

 幸せそうに微笑み、大きくなったお腹へ優しく語りかけながら自らの腹を摩る妻の隣には、まだ人間の姿をしていた頃の巨竜と……巨竜の父と言える男が二人立っていた。

 

 

「ねぇ、ド■■■。お腹の子、男の子だって」

 

「男の子か、よし、大丈夫だ、大丈夫だぞ。名前は、考えてある」

 

 

 妻から名前を呼ばれた男は、ザザザという耳障りな音が入っていたが、自分が呼ばれている事を疑問に思わず理解していた。

 そして、名前を呼ばれた男は、滑稽なくらいに狼狽えながらも深呼吸し、考えていた名前を告げようとして。

 

 

「なぁド■■■、やはりトンヌラの方がよいのでは?」

 

「そうですよド■■■、もしくはドランとか」

 

「すんません、ネーミングセンス0勢はお引き取り下さい」

 

 

 鍛えられた体躯の立派な髭を生やした男と、ひょろりとした体躯で立派な髭を生やした男二人の案を、妻の夫である男は笑顔で却下し。

 膝から崩れ落ちて床に指先で何か書いていじけている、実父と義父を鮮やかに無視して、妻へ考えていた名前を照れながら告げる。

 

 

「レックス、とかはどうだ? 竜繋がりになるけども、俺のド■■■とも繋がりがあるし。強くて元気な子になると思うんだ」

 

「うふふ、素敵な名前だねド■■■。……正直ね、ムスコスとか言い出さないか心配だったの」

 

 

 竜繋がりなら、ドランでもいいじゃないですかー!と背後で叫んでいるひょろりとした体躯の髭の男、実父の訴えを夫婦は慣れているのか意に介す事無く、二人の世界へ没入し未来予想図を幸せそうに語り合い。

 孫の名付け闘争に敗北した男の肩を、鍛えられた体躯の髭の男は慰めるように叩き、今夜は吞もうと誘って夫婦水入らずを邪魔しないようそっと部屋から立ち去って行った。

 

 何時までも、何時までもこのような幸せが続けば良かったのにと、漆黒の巨竜は夢を見て。静かに想う。

 

 

 

 

 

 

 次に映し出された情景は、どこか山奥にある村の宿屋の風景。

 他にも産まれた子達と、母親である妻達を実力があり信頼のおける人物たちへ任せた後、男が長い金髪を三つ編みにした……先の情景とは別の妻と、妻が腕に抱き寝息を立てている赤子を連れて、妻の実家に来た時の風景だった。

 

 情景の中で、宿屋の外で掃き掃除をしていた恰幅の良い中年女性は、男と男の妻、そして男の娘である赤子を見て目を丸くして驚き、興奮した様子で箒を放り捨てると男達へ駆け寄る。

 

 

「■レ■■!それにビアンカ!まぁあんたら幸せな姿見せつけちゃってもー!  もしかしてその子って……」

 

「うん、お母さん。私と■レ■■の間に出来た娘、タバサよ」

 

「あらもー!ぷくぷくして可愛いわねー、ビアンカがこんなにちっちゃい赤ちゃんだった頃思い出しちゃうわもー!」

 

 

 そして、ちょっとアンタ―!と踵を返すと、女性の旦那。妻の父に当たる男性が経営している宿屋の中へドタドタと足音を立てながら女性は入っていく。

 そんな義母の様子に男は小さく笑い、騒がしさに目を覚ました妻の腕の中で寝ていた赤子がうっすらと目を開けると、母親の隣に立っている父親へその小さな手を伸ばす。

 延ばされた手を見た男は、幸せを噛み締めるかのような笑みを浮かべると、人差し指を赤子の前に差し出し……赤子は差し出された手を弱々しく、しかししっかりと握りしめる。

 

 

「ねぇ■レ■■……幸せ、だね。お父さんとお母さんがこうして元気で、今貴方が隣に立っていて。私は貴方の赤ちゃんを腕に抱けているのが、凄く幸せよ」

 

「ビアンカ……ああ、俺もだ。ありがとうな」

 

「ぅー……きゃっきゃっ」

 

 

 穏やかなひさしの中、ゆったりと夫婦で宿屋へ向けて歩を進めながら幸せを確かめ合う両親の様子に、良く状況はわかってないながらも。

 二人の愛の結晶である娘は、父親の指を握りしめたまま嬉しそうな声を上げる。

 

 

「タバサも幸せって言ってるわよ? パパ」

 

「そうか、そうか……パパも幸せだぞ、タバサ―」

 

「ぅーー!」

 

 

 幸せそうな夫婦、そして両親の愛を受け、家族から祝福もされているという情景。

 

 その穏やかな日常が、漆黒の巨竜には遥か遠い手の届かない場所にあるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた場面は変わり、どこか……そう確かラインハットと呼ばれる国の城の中の、とある一室に情景は切り替わる。

 部屋の中にある大きなベッドに、男と肩口まで緑色の髪を伸ばした女性が隣り合って座り、肩を寄せ合っている。

 

 二人の視線の先には、確か片腕を昔失くしたという国一番の職人が、それでも己の人生で作り上げた最高の傑作だと豪語していた気がするベビーベッドが置かれており。

 その中には、どこかヤンチャそうな印象を与える、緑色の髪の毛を持つ赤子が気持ちよさそうに眠っていた。

 

 

「なぁ、■■イ■」

 

「ん、どうした? ヘンリエッタ」

 

 

 自らの肩に預けられた妻の頭を、右手で髪の毛を梳くように愛し気に撫でている男に、妻はうっとりとした声をかける。

 名を呼ばれた男は、妻の髪を透いていた手に重ねられた手を、壊れ物を扱うように優しく握り返しながら問い返す。

 

 

「私は、貴方を支えられているのかな?」

 

「何を今更、あの時から、そして今もずっと支えてもらっているさ」

 

 

 漸く眠りに就いたばかりの子を起こさない為に、声を抑えながら……それでもはっきりとした声音で、どこか自信がなさそうに呟く妻の言葉に。

 男は、左腕を伸ばして正面から妻を抱き締めながら、自分を支えてきてくれた愛しい妻に感謝の言葉を告げると、そっと妻の唇に己の唇を合わせた。

 

 長く傍にあり続けた二人には、ただそれだけで良かったのだ。

 

 そして、漆黒の巨竜は心から想う。あの誇り高くも優しい女性を、自らが沈む奈落への道連れにしなくて良かったと。

 

 

 

 

 

 

 さらに場面は移り変わる。

 次に映し出されたのは、ラインハット城内にある礼拝堂で、男は大きなお腹を抱えながら手を組んで静かに祈りを捧げる妻を後ろから見守っていた。

 男の隣には、妻の兄である男性も立っており、3人以外には礼拝堂に人は居なかった。

 

 

「■■イ■さん、お待たせしました」

 

「マリア、その、お祈りも大事だとは思うけど、少しは体を大事にだな……」

 

「うふふ、わかってますよ貴方?」

 

 

 ベールの下から、緩くウェーブのかかった長い金髪を覗かせた。ゆったりとしたシスター服を身に纏った小柄な妻は、毅然とした普段の様子からは想像つかない夫の姿に柔らかく微笑み。

 体を冷やしたらいけない、と半ば強引にケープを羽織らせてくる夫に、困ったように微笑みながらも夫の胸元へ、心から愛しそうに頭を擦り付ける。

 そんな夫婦の様子に、妻の兄である男性は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。この二人は事あるごとにこの調子だから困る、とどこか茶化すように口にしながら。

 

 

「あら兄さん、神様への感謝とお祈りは大事ですよ?」

 

「まぁわかるけど、でもお前。半分はこうやっておたついてる■■イ■を見て楽しんでるよな」

 

「人聞きの悪い事言わないで下さい。こうやって人間味あふれた姿を見せてくれる■■イ■さんが大好きなのは、否定しませんけど」

 

 

 そりゃないぜマリア、と夫が脱力して肩を落としながら呟けば、兄妹は揃って楽しそうに笑みを浮かべる。

 勇者としての責務も、こうやって夫婦や家族で過ごしている時は、少しだけ夫である男は考えずに済んでいて、その事が心の重荷を少し軽くする事に繋がっていたのも事実であった。

 そして、妻と手を重ね合わせるようにしながら、妻の胎内にいる子へ元気に生まれてきてほしいと願いを託す。

 

 漆黒の巨竜は想う。どこまでも堕ちていこうとしていた己を、大事なところで引っ張り上げ光へ向けてくれた聖女への深き感謝を。

 

 

 

 

 

 

 場面は次々と変わっていき、サラボナという街にある一際大きい屋敷の中庭の情景が映る。

 その場所には、先ほどまで何かを探していたらしい男と長く蒼い髪を持つ女性がおり、二人の視線の先にはキラーパンサーとシャドウパンサーが団子になるように身を丸めて寝ていた。

 

 

「うふふ、■■■クさん。テンったら、やっぱり今日もあそこで昼寝してましたね」

 

「他の子もモンスターに対して物怖じしないけど、アイツは特にその辺り図太いよな……」

 

 

 二人の視線の先にある二匹のモンスターの中心では、蒼い髪を持つ幼児が気持ちよさそうに昼寝をしていた。

 良く見ると、キラーパンサーの方は目を覚ましている様子だが、中心に陣取って熟睡している子供を起こすのが忍びないのか、おとなしくしている。

 

 

「すまんなチロル、しばらく付き合ってやってくれ」

 

「ごめんなさいね、チロルちゃん」

 

 

 苦笑いしながら謝る男と、申し訳なさそうに謝る女性の言葉に。チロルと呼ばれたキラーパンサーは、小声で鳴いて応えると瞳を閉じる。

 時折顔に当たる、息子のシャドウパンサーの尻尾が鬱陶しいのか、前脚で地面に抑えつけながら。

 

 

「アイツ、ぼんやりしてるけど大丈夫だろうか、父親としては少々心配だが……」

 

「大丈夫よ貴方、貴方の子ですもの。ソレに、他の子達はあの子を頼りにしてますよ?」

 

「そうなのか? フローラ」

 

 

 ええ、この前も玩具の取り合いを仲裁してましたよ。と息子の成長を誇らしそうに語りながら、女性は自らの頬へ手を当てて上品に微笑む。

 そんな妻の仕草に男はこみ上げる愛しさを抑えきれなかったのか、そっと女性の肩へ手を回して抱き寄せ……抱き寄せられた女性は、そっと身を委ねる。

 

 漆黒の巨竜は願う。子を見守り、そして己を心身共に癒し続けてくれた女性に、せめてもの幸がある事を。

 

 

 

 

 

 また、幾つかの思い出せなくなった記憶や場面を跨ぎ、一つの情景が映し出される。

 場面は先ほどと同じサラボナの街の、大きな屋敷の中の一室。

 その中で、派手な髪形をした黒髪のお腹を大きく膨らませた女性が、椅子に腰かけたまま床に正座している夫へ説教をしていた。

 

 

「ちょっと■■■ク、アンタ聞いてんの!?」

 

「はい!聞いております!」

 

 

 説教の原因は確か、そうアレは身重な体である妻の体を気遣い、色んな日常動作を補助し続けた末に。

 荷物を持ったりする事から始まり、着替えや入浴介助を手伝い、さらにはちょっとした移動ですら妻を抱き抱えて移動しようとしたことが原因であった。

 

 

「荷物持ったりは感謝してるわ、それに……その、着替えやお風呂手伝ってくれることも嬉しい。けどね、ちょっと家の中移動するのに抱き抱えるのはどうなのよ」

 

「い、いやでも、デボラとお腹の子に何かあったらその、怖いから……」

 

「ちょっとやそっと歩いたくらいじゃビクともしないわよ、アンタと私の子なのよ?」

 

 

 はい、お説教は終わりよ。と手を軽く叩いて夫である男に立つよう促すと、女性は軽く掛け声を出しながら椅子から立ち上がる。

 思わず手を出しそうになった男であるが、妻の眼光に手を止め、そうしてる間に妻は軽やかな足取りで夫の傍まで歩み寄ると……軽く握った手で、夫の胸元を優しく叩く。

 

 

「アンタって本当、どんな相手にも勇敢に飛び出していくけど、臆病者よね」

 

「心配でしょうがないんだよ……」

 

「ソレが大きなお世話って言ってんのよ。私はアンタのお姫様じゃなくて、お嫁さんなのよ?」

 

 

 苦笑しながらぶっきらぼうに言い放つ、態度や言動からは想像もつかない程に情が深い妻の言葉に、夫は頬をかきながら気まずそうに目を逸らす。

 女性はそんな夫の態度が気に障ったのか、両手でしっかりと夫の両頬へ手を伸ばすと強引に己の方へ向け、軽く背伸びして触れるだけの口づけを交わす。

 

 

「元気で立派な赤ちゃん産んでやるから、アンタはどっしり構えてればいいのよ。わかった?」

 

「……ああ、わかったよ。デボラ」

 

 

 自らの行動に頬を赤くしながら目を逸らしつつ、愛しそうに自らのお腹を摩りながら告げる妻の言葉に。

 男は力強く頷いて、少しだけ過保護になるのを止めようと考え、翌日階段の上り下りで妻を抱き抱えたことでまた叱られた。

 

 漆黒の巨竜は、届かない謝罪を想う。 あの気高くも誰よりも情の深い女性を裏切り、暗い底へ沈んでしまった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の巨竜は、ただ微睡の海に揺蕩い続ける。

 いつか来る、終わりの刻まで。

 




嬉しはずかしなドレイクパッパの子育て奮闘記を書こうと思っていたけども。
気が付いたらこんな内容になっていた、まぁ幸せな家族の風景だからセーフセーフ。


ちなみに皆殺しの剣・改に。リュカが大事にとっていた折れた鋼の剣。
そして、前回のドレイク解放戦準備会に出てこなかった、テルパドールさんと妖精さんも番外編で詳細を書く予定です。


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番外編6『子供達の決意』(修正加筆しました)

決戦に向けた(展開的な)準備回はまだまだ続く。
この辺りの事情については、活動報告について詳細を書いております。


3/13 修正加筆しました


 

 漆黒の巨竜と化したドレイクがデモンズタワーの頂上で長き眠りに就いてから、早4年ほどが過ぎたグランバニア王国の中庭。

 グランバニア王であるパパスが良く鍛錬をしているその場所には、灰色の長い髪の毛を背中の方で一本に縛った少年が剣の素振りをしていた。

 

 少年が両手で振り回している剣は、少年の背丈を超えるほどに大きく武骨で、しかしそれでもなお少年の体幹は一切乱れてはおらず。

 其の事が、少年がこれまでにどれだけの鍛錬を積み、そして今も積み上げているのかを如実に語っていた。

 少年は無心のままに剣を振るい、そして母や義母、そして祖父から伝え聞いた内容から開眼した父の得意技を発動しながら鍛錬を続けようとした時、不意に鍛錬に没頭していた少年へ向かって声がかけられる。

 

 

「んだよレックス、今日は一日体を休めておけって。パパスおじい様から言われてたじゃねぇか」

 

「コリンズか……そういう君も、ウォーハンマーと盾持ってきてるじゃん」

 

「俺はいーんだよ、親分だからな」

 

 

 汗だくになってる兄弟へ、母譲りの緑色の髪を肩口で切り揃えた少年。コリンズがタオルをレックスへ向かって放り投げ、タオルを受け取ったレックスはコリンズの言い分に苦笑いを浮かべる。

 そしてコリンズは、レックスは少し離れたところに座り込みながら、一心不乱にウォーハンマーを振り始める兄弟を眺める。

 

 

「ねぇコリンズ」

 

「なんだよ?」

 

「お父さんに会えたら、なんて言うつもり?」

 

 

 言いたい事がぐるぐると頭を回り、鍛錬に没頭していた少年レックスはぽそり、と呟く。

 小さな呟きであったが、その呟きは轟音を鳴らしながらウォーハンマーを振り回していたコリンズの耳にも届き、コリンズの手を止めさせる。

 

 

「そうだなー……とりあえず、一発殴る」

 

「殴るの!?」

 

「何言ってんだよ当たり前だろ? 後、母上に教えてもらった父上の弱点である脛に全力でウォーハンマー叩きつける」

 

「叩きつけるの?!」

 

 

 すました顔で物騒な事を言い放った兄弟の言葉に、思わずレックスは飛び上がりながら詰め寄り。

 詰め寄られたコリンズはどこ吹く風とばかりに、胸を張って追撃を叩き込む意思を表明する。

 

 

「父上がああするしか無かったってのは解るさ、だけど。母上は泣いてるし、ポピーはたまにしかマリア義母さんに会えないんだ。だから、俺は殴らなきゃいけない」

 

「……コリンズもしっかり、考えてるんだね」

 

「何だか遠回しに俺が考えなしって言ってないかー?レックスー?」

 

 

 半目でレックスを睨む、兄弟姉妹の中で最も父親によく似た目付きと評判の、コリンズの眼光に思わず両手を振ってレックスは否定する。

 地味に、考えなしにむかつくから殴るってわけじゃないんだ、などと考えていたことを話せば……親分パンチと言う名の拳骨を叩き込まれる気がしたからだ。

 そんな兄弟の仕草に、とりあえず追及を止めたコリンズはウォーハンマーをフルスイングでぶつける為の素振りを再開し始め、そうしたところで新たな声が二人にかけられる。

 

 

「あー居た居た。やっぱりここに居たんだね、二人ともー」

 

「なんだ、テンか」

 

「どうしたの?」

 

「どうしたも何もないよー。 タバサ達と母さん達が心配してたよー」

 

 

 レックスとコリンズが振り返れば、そこにはシャドウパンサーのシャドウに跨った、蒼い髪を持つぽややんとした雰囲気の少年……彼らの兄弟であるテンがそこに居た。

 ついでに、彼ら兄弟姉妹の兄貴分を勝手に自称しているシャドウは、お前達何やってんの。と言わんばかりの目付きで兄貴風を吹かせている。

 

 

「じっとしてられねーんだよ、レックスなんて汗だくになるまで素振りしてたぜ?」

 

「そういうコリンズも、体力配分考えないで全力でフルスイングの素振りしてるじゃん」

 

「よーするに、どっちもどっちなんだねー」

 

 

 ズドン、と大きな音を立てながらウォーハンマを地面へ突き立てたコリンズが、柄に手を当てながら憮然とした様子で言い放ち。

 自分だけじゃないと言わんばかりに、レックスは鍛錬を始めた頃から握り続けてきた、かつて父親が使っていた呪いがとっくの昔に漂白され失われた剣を手で擦る。

 

 そんな二人を見たテンの行動は、やれやれと肩を竦めてわざとらしく溜息を吐くというものであった。

 

 

「明日は大事な本番だよー?ここで力を消耗するのはどうかと僕は思うけどなぁ」

 

「だけどよー……」

 

「ソレに、ヘンリエッタ義母さんにデボラ義母さんが割とピリピリしてたよ。二人が抜け出して勝手に鍛錬してるって知ったら後が怖いよー?」

 

「よし戻ろう。急ぐぞレックス!」

 

  

 母親たちの中でも、大好きだけど一番怖い実母と遠慮なくビシバシ厳しい言葉で叱ってくる義母のツートップの様子を聞いたコリンズは、前言を翻すとウォーハンマーと盾を担いでそそくさと城内へ戻り始める。

 しかし、城内へ入った瞬間実母のヘンリエッタに見つかり、耳を引っ張られながらどこかへ連れていかれていくのであった。 

 

 

「あーあ、かわいそうに」

 

「ねぇテン、テンはお父さんに会えたら言いたい事ってある?」

 

「レックスも早く戻らないと……って、うーん。僕はお礼を言いたいかなぁ」

 

 

 情けない声を上げながらヘンリエッタに連行されていく兄弟の姿に、テンはシャドウと共に敬礼をしながら見送ってからレックスへ声をかけ……。

 俯いたまま問いかけてきたレックスの言葉に、跨っているシャドウの首毛をわしゃわしゃと撫でまわしながら考え、そして素直に想っていた言葉を口に出す。

 

 

「お礼?」

 

「うんお礼。パパのおかげで母さんと僕にルドマンお爺ちゃんにお婆ちゃん、それとサラボナの人達は助かったからね。だからありがとうパパって言いたい」

 

「そっか……」

 

 

 のほほんと笑みを浮かべて応える兄弟の言葉に、レックスは考え込みながら答え。

 そんなレックスを、テンはシャドウに跨るよう促すと共に城内へと戻っていく。

 

 幸いなことに、レックスの抜け出し鍛錬はコリンズが告げ口しなかった事もあり、バレることはなかった。

 

 

 

 

 

 そして、日は傾き始め。それぞれの人物が思い思いの夜の時間を過ごしている頃。

 レックスは何となく眠る事が出来ず、同じ部屋で寝ている実母のリュカへ夜空を見てくる、と話すと城のバルコニーへ寝巻のまま出る。

 

 

「今日は天気も良いからか、お父さんがいる塔もよく見えるなぁ」

 

 

 適当な木箱に腰かけ、足をぶらつかせながらレックスは呟く。

 4歳の誕生日に、約束を破って帰ってこれなかった父親。

 しかし、約束を破られたこと以上に、レックスの心には実母であるリュカが憔悴している事が辛く、そして悲しかった。

 

 だから、自分が父親を迎えに行くためにレックスは剣を必死に学び、父親が使っていたらしい鍔の部分に宝玉がはまっていたらしい剣も自在に扱えるよう頑張った。

 今では、祖父であり剣の師匠であるパパスを相手にも長時間切り結べるほどとなっている、無論戦闘技巧に関してはまだまだ少年であるが故に拙い部分もあるにはあるが。

 

 

 少年は夜空を見上げ、サラボナ近くの森から妖精に案内されて辿り着いた、妖精の里の長であるポワンから言われた言葉を思い出す。

 少年から見ても、6人の母親たちに美貌で負けていなかったポワンは、彼女達の夫である少年たちの父であるドレイクの顛末に嘆き悲しみ、そしてお付きの妖精が止めるのも聞かず深々と頭を下げて謝って来た。

 そして、ドレイクを取り戻す為の手段を、天空城を浮上させるための重要な手掛かりをくれただけではなく。 来るべき時に、妖精の掟を破る事になってでも貴方達を助ける事を誓うとまで言ってくれた。

 

 

 少年は怒りを抱いていた、母達を、自分を、祖父達を置いていき……色んな人に迷惑をかけている父親に。

 少年は悲しみも抱いていた、父が何を想い、そして何を決意して巨竜へと変異したかを知ってしまった故に。

 

 少年は、それでも父親に会いたかった。会って言葉を交わし、そして抱き締めてほしかった。

 

 

 そうして、もやもやした気持ちを抱えたまま木箱から下りようとしたところで、3人の小さな人影が歩いてくる事にレックスは気付く。

 

 

「タバサにポピー、それにソラまで。どうしたの?」

 

「どうしたって言いたいの私の方よお兄ちゃん」

 

 

 金色の髪をおかっぱ状に整え、普段はチャームポイントとして身に着けているリボンも、寝間着姿なのか付けていない妹にレックスは声をかけ。

 即座に返ってきた言葉に、それもそうか。と思い直す。

 

 

「お父さんのいる塔を見に来たのよ、私達」

 

「そっかー、じゃあちょっと待ってて」

 

 

 妹たちの言葉にレックスは木箱から飛び降りると、見張りの衛兵が腰掛け用として放置していたらしい木箱を三つほど、集め重ねた状態で手に持ち戻ると。

 誰に言われるでもなく、綺麗に三つ並べ始める。

 

 

「ありがとうございます、お兄様」

 

「……ありがとう、おにいちゃん」

 

 

 そんなレックスの行動に彼の妹たちはお礼を言いながら、よいしょと可愛らしい掛け声をあげながら木箱へ上って座り始める。

 

 

「……おにいちゃん、悩んでるの?」

 

「え? ……うん、そうだよ。ソラ」

 

 

 デボラ譲りの黒髪を夜空になびかせながら、木箱に座ったまま目を合わせて問いかけてくるソラの言葉に。

 兄弟姉妹の中で、特にどこか他人の機微に敏い妹の言葉に、レックスは躊躇いがちに応える。

 

 

「その、さ。お父さんと会えたら、何を言えばいいのかな。って」

 

「お兄ちゃん、結構そういうの悩むよね」

 

「……ママも、パパが良くそうやって悩んでたって、言ってた」

 

 

 タバサに苦笑いされた上に、ソラからはある意味で父親そっくりだという言葉に思わずレックスは愕然とする。

 そんな兄を尻目に、少女達は父親に会えたら何が言いたいか、という話題で盛り上がり始める。

 

 

「でもそうね、私は……お父さんが、ダンカンお爺ちゃん達が凄い悲しんで泣いたことを言いたいかな。そして、お爺ちゃん達の宿を一緒に手伝ってもらうの!」

 

 

 最近ルーラを使えるようになり、護衛にとチロルをつけられたのを良い事に飛び回っては、頻繁に顔を出している山奥の村の祖父母を想いつつタバサは言葉を紡ぐ。

 姉の言葉にソラも同意するように頷き、タバサよりも早くルーラを使えていた事で、兄のテンを伴っては頻繁にサラボナへ顔を出していたソラは頷く。

 

 

「……わたしは、パパに大好きって言いたい。それと……わたしが設計した道具を、ほめてもらいたい」

 

 

 他者の機微に敏く、害意に敏感であるが故に閉じこもり書物と技術、そして呪文に傾倒した少女は遠慮がちに、しかしハッキリとした言葉を紡ぐ。

 普段はあまり、自分の意思を表に出さない妹の言葉にレックスは驚き、しかしソレだけ特別な事なのだと思って納得をする。

 

 

「私は、そうですわねぇ……お父様に頭を撫でてっておねだりしたいですわ」

 

 

 兄弟姉妹の中で、一番小柄なポピーは夜風にその長くウェーブのかかった金髪をたなびかせながら、上品に微笑む。

 それぞれ方向性は違うにせよ、みんなが言いたい事。そしてやりたい事をしっかりと見定めている事にレックスは、顔を俯かせ。

 

 ぺしん、と軽い音を立てて妹であるタバサにその頭をはたかれる。

 一々悩んだりするからおかしい事になるのだと、お兄ちゃんがお父さんにしてもらいたい事。言いたい事を我儘に言えばいいじゃないと言われ、少年の心に霧のように立ち込めていた悩みが不意に晴れる。

 

 

「僕は……お父さんに頑張ったよって、頑張ればこれだけ出来たんだから。お父さんだけじゃなくて皆で頑張ろうって、言いたい」

 

 

 自分の意思を確かめるように呟いた、兄弟姉妹のまとめ役とも言えるレックスの言葉に妹たちは満足そうに笑みを浮かべる。

 

 時折、眠りに就き続ける父である漆黒の巨竜を間近で見た事のある子供達は、強い決意を以て明日へと臨む。

 

 家族みんなで帰る為に。

 




ドレイク「か、家庭内暴力かな?」(震え声)

しかし、現状においては作者から見ても残当なのであった。

ドレイクがかつて使っていた、ドレイクとホークによって漂白済みの(元)皆殺しの剣は、レックス君の愛剣となっております。
折れた鋼の剣は打ち直され、レックス君が後ろ腰に下げるサブウェポン状態です。
え?二刀流? その辺りは決戦回をお待ちください。


Q.ソラちゃん天才過ぎひん?
A.小説版王女(ポピー)も、幼いのに船舶設計に手を出して成果を上げてたから、このぐらいきっとできるのだ。



Q.なんで修正したん?(Take2)
A.作者にシリアスとギャグの混在は不可能だって思い知ったから。


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30・上

今までのあらすじ

ドレイク「アカン、このままじゃ皆殺してまう。せや、ぐっすり寝てしまってそこを殺してもらお」
嫁s「そんな事絶許」

大体こんな感じ


 

 太陽が昇り始め、朝靄が辺りを包み込む時刻。

 漆黒の巨竜が眠りに就き続ける塔の頂上に、かつては一人の男であった巨竜に縁深い人物が集まっていた。

 彼ら、彼女達は一様に強い決意を秘めた表情を浮かべており、その中から二人。否……三人の人物が歩み出る。

 

 一人はひょろりとした体躯の、手に聖なるドラゴンの力が秘められたオーブを握る男、プサン。

 二人目は、巨竜がドレイクと呼ばれていた頃と同じ髪色を持つ少年、レックス。

 そして、その場に集まった子供以外には見えない三人目こと、妖精のベラが妖精の女王から預かって来たホルンを手に、僅かに進み出る。

 

 

 少年は、兄弟姉妹、そして母親を代表とした家族らへ視線を向けると、床に付きたてられたままの天空の剣の柄を強く握り、剣に宿る魂に父を救う為に力を貸してほしいと願いながらゆっくりと引き抜き始め。

 やっとか、と言う意思を剣は新たな持ち手となった少年へ伝えながら、天空の剣は素直に引き抜かれ……ドレイクの息子である、レックスの手に収まる。

 

 ソレと同時に、漆黒の巨竜を微睡の牢獄へ捕え続けていた結界が、ゆっくりと紐解かれるように霧散していき。

 閉じられたままだった、巨竜の瞼がゆっくりと開き始める。

 

 

 今のまま戦いを始め、弱らせてから進化の秘法によって蝕まれた巨竜の魂を癒しても、巨竜へと変貌した男の魂のみしか救うことが出来ない。

 ソレを時間をかけて調査したからこそ、集まった人間達は次なる布石を打ち始めるかのように、緊迫した空気に包まれ始めた空間に透き通るようなホルンの音色が響き渡る。

 

 人の世に極力関わらないという妖精の掟をも破るその行為が齎す効力は、今彼らのいる空間を妖精界へ隔離する為の合図であった。

 異界の扉を開く力を持つエルヘブンの民と、妖精女王らの協力によって発動した大魔術は、寸分違う事なく漆黒の巨竜と彼を引き戻すべく集まった人物らを異界へと誰一人欠ける事なく運ぶことに成功し。

 

 ソレと共に、僅かに開かれていた魔界と地上を繋ぐ扉から、漆黒の巨竜へ送られていた進化の秘法の燃料とも言えるドス黒い魔力が遮断される。

 

 

「魔界の王ミルドラースよ、お前の思惑でこうなったのかは私にすら解らない。だが……我が子を返してもらうぞ」

 

 

 ドラゴンの力が秘められたオーブをプサンは手に持ちながら、ゆっくりと身を起こし。翼を広げて咆哮を上げる漆黒の巨竜へと歩みを進め。

 本来ならば、自らがマスタードラゴンへ戻る為にオーブへ込めていた力を、悪意によって堕とされた息子を呼び起こす為に放出する。

 オーブから立ち上った、金色に輝くドラゴンのオーラは、プサンへ鉤爪を振り下ろそうとしていた漆黒の巨竜へと吸い込まれていき、巨竜は振り下ろそうとしていた鉤爪を持つ手で頭を押さえながら呻き声を上げ始めた。

 

 

 巨竜が呻き声を上げ、苦痛に咆哮を上げるたびに血管のような赤黒い脈動と、白銀に輝く脈動が交互に巨竜の体を駆け巡っていき……巨竜の体を包み込む、漆黒の鱗のところどころに罅が入り始め。

 その僅かに、理性の光が戻った漆黒の巨竜は、片手でその頭を押さえながら、苦痛に満ちた声を発する。

 

 

「ナ、ゼ……殺サナイ……!俺ニ、オ前達ヲ殺サセル、ツモリカ……?!」

 

 

 少しでも気を緩めれば、進化の秘法によって捻じ曲げられた暴力の衝動を愛する家族へ向けてしまいそうで、ソレが何よりも恐ろしい漆黒の巨竜は咆哮交じりの声で必死に家族達へ訴えかける。

 だがしかし、集まった家族達にとってはそんな事、すでに覚悟してきた事で……。

 

 

 

「何を馬鹿な事を言っているドレイク、さぁ。一緒に帰るぞ」

 

 

 その黒髪に白髪が目立ち始めたパパスが、威風堂々たる戦装束に身を包み、背中に背負った愛用の剣に手をかけて応え。

 

 

「そうですよ坊ちゃま、お子様達の4年間分の誕生日パーティもしないといけませんからね」

 

 

 同じく白髪の混じり始めたサンチョが、全身鎧に身を包んだ上で大盾とウォーハンマーを構えて朗らかに巨竜へと伝え。

 

 

「ドレイク、ずっと頑張らせて本当にごめんね。そして、ありがとう……だから、今度はボク達がドレイクを助けるんだ」

 

 

 ずっと悔やみ、そして今度こそドレイクと共に歩いて行こうと決意を固めたリュカが、ボブルの塔で手に入れたドラゴンの杖を構え。

 モンスター達の中でも、特に精鋭と言える装備に身を固めたモンスター達と共に立ち向かう決意を固める。

 

 

「ドレイク、人間に戻れたら一緒にまた温泉に入りましょう? 少しぐらいゆっくりしても、きっと誰も怒らないから」

 

 

 そう告げると共に、ビアンカは颯爽とチロルへ跨り、左手でチロルに掴まりながら右手に魔力を集中し始める。

 あの時はただ、成す術もなくドレイクをただ一人行かせてしまった後悔は、冒険を経て守られるだけだった女性を強くしたのだ。

 

 

 家族達からの暖かい言葉に漆黒の巨竜、ドレイクの瞳に明らかな迷いが生じる。

 恨まれ憎まれてでも、家族を自ら傷付けるぐらいならば死を選び、二度と醒める事のない眠りに就く事を躊躇しなかった男の心に。

 生きたいと、家族達と未来へ進んでいきたいという、押し殺していた渇望がむき出しにされていく。

 

 しかし、漆黒の巨竜へと変貌した男の意思は、瞬く間に殺意と憎悪に塗りつぶされていってしまい……

 漆黒の巨竜は全身に赤黒い脈動を走らせながら、殺意に満ちた瞳で人間達を見下ろす。

 屈強な男でも腰を抜かし、命乞いをしてしまいそうな圧迫感、しかし誰一人として臆する者は居らず。

 

 

「帰ろうドレイク、ラインハットの皆も貴方を待っている」

 

 

 動き易さを重視した戦装束に身を包んだヘンリエッタが、毅然とした表情で剣を抜き放ちながら巨竜を臆することなく見据える。

 決して楽な旅路ではなかった、しかしそれ故に彼女もまた一流に連なる戦士としての才能を開花させ、今ここに立っている。

 

 

「ドレイクさん、貴方は十分苦難の道を歩いてきました。少しは他の人に託して、楽な道を歩いでいいんです」

 

 

 時折フローラと交代したりはしていたが、それでも巨竜と化したドレイクの傍に居た時間が長い人物の一人であるマリアは、祈るように手を組みながら巨竜を見据え語り掛ける。

 聖女と呼ばれ、今や一児の母となった女性が昔も今も願う事はただ一つ、ドレイクが光の当たる場所で生きてくれる事なのだ。

 

 

「ドレイク、随分と見ない間に育ったな。成長期か?」

 

 

 厚な全身鎧に身を包んだヨシュアがマリアを庇うように前に出ながら、手に持った槍で肩を叩きながら冗談めかして巨竜へ語りかける。

 自分と妹を救い、そして国すらも救った親友の末路がこんな事になるなど、彼にとって納得できるものではなかったのだ。

 

 

 語り掛けられる言葉、怯える様子を見せない人間。それらに対して漆黒の巨竜は忌々しそうに攻撃を仕掛けようと動き始めようとする。

 しかし、思うようにその体は動かない、まるで僅かに残った人間性が必死に耐えようとしているかのように。

 ソレと共に、巨竜は頭に鈍痛を感じ、両手で頭を抱えるようにしながら呻き声を上げ始める。

 

 

 憎悪と殺意に塗りつぶされながらも、それでも漆黒の巨竜へ変貌した男は抗い続けているのだ。

 

 

 

「ドレイクさんお願いです、帰ってきてください。一人で寂しい所に、私達を置いて消えて逝かないで下さい……!」

 

 

 漆黒の巨竜が頭痛に身をよじり、翼を震わせる度に発せられる風に長い蒼髪をなびかせながら、フローラは悲痛な声で巨竜へと訴えかける。

 もう十分じゃないかと、貴方一人だけに重荷を背負わせたくないという懇願じみた叫びは、頭痛に呻く巨竜に確かに届いた。

 

 

「ドレイク、アンタ……帰ってこないと承知しないって私言ったわよね? 覚悟しなさい、とびっきり痛くしてやるんだから!」

 

 

 妹とは対照的に、デボラは手に持ったグリンガムの鞭を素振りし床へ鞭先を叩き付けながら、眦を吊り上げて巨竜を睨みつける。

 誰にも見せなかったが、彼女もまた泣くほど心配しどうしてと嘆いたのだ。故にこそ、首輪をつけて引き摺ってでも連れ帰る決意をデボラは再度強く持つ。

 

 

「フローラを泣かせたら殴りに行くとは約束したけど、まさかこんな事になるとはね……だけどルドマンさん達も、サラボナの人達も皆君を待っている。だから帰ってくるんだ、ドレイク!」

 

 

 最近、ようやく新たな恋を見つけ結婚式を挙げたばかりのアンディが、苦笑いを浮かべながら漆黒の巨竜を怯える事無く見据える。

 その背には大きな背嚢が背負われており、中にはルドマンから預かった道具や薬を満載してきている。実力は一歩どころじゃない程足りないかもしれないが、弱者には弱者の戦い方があるのだ。

 

 

 

 漆黒の巨竜は、自らの中の相反する意思に苦しむ。

 殺せ、殺したくない、壊し尽くせ、壊したくない、と異形へと変貌した思考の中で必死に抗い続ける。

 そうして、苦しむ漆黒の巨竜の前に、6人の少年少女達が決意を秘めた表情で、歩み出た。

 

 

「父上……その、苦しいよな。終わらせてやるよ、皆で」

 

 

 異形に堕ちてなお、自分達を傷付けない為に抗いもがき続ける巨竜、父の姿に天空の鎧を着込み。

 右手にウォーハンマーを、左手にドラゴンシールドを持つ緑色の髪を切り揃えた少年、ヘンリエッタとドレイクの間に生まれた子であるコリンズが複雑そうな顔で巨竜を見据え。

 

 

「お父様、あと少し我慢してください。皆でお家に帰りましょう?」

 

 

 水の羽衣に身を包み、錫杖を手にした少女。マリアとドレイクの間に生まれた娘であるポピーが母親と同じように祈るようなしぐさをしながら、巨竜を見据え。

 

 

「パパ、ありがとう。パパのおかげで皆無事だよ、だからさ。一緒に帰ってお昼寝しよ? デボラママに、あんまり怒らないよう僕からもお願いするからさ」

 

 

 シャドウパンサーのシャドウに跨った、フローラとドレイクの間に生まれた息子のテンはのんびりとした口調で語りかけながら。

 左手に天空の盾を構え、右手に彼の妹が設計し職人が作り上げた一点もののビッグボウガンを携えて、父である巨竜を見上げる。

 

 

「パパ……あのね、わたし。いっぱい、いっぱいお勉強したの。だから、帰ったら、あの時みたいになでなでして?」

 

 

 賢者のローブに身を包み両手で杖を持つ黒髪の少女、デボラとドレイクの間に生まれた子のソラが、怖いはずなのに何故か怖くない父であった漆黒の巨竜を見上げて、か細い声で懇願する。

 

 

「お父さん、皆凄い心配してるんだよ。お爺ちゃんとお婆ちゃんもそうだし、お母さんたちも心配してたわ。だから、早くお家に帰ろう?私も一緒に謝ってあげるから」

 

 

 金髪をおかっぱ状に切り揃え、お気に入りのリボンを付けた少女。ビアンカとドレイクの娘であるタバサが、必ず連れ戻すという決意を込めて漆黒の巨竜を見上げて語り掛ける。

 

 そして。

 

 

「お父さん……あのね、僕だけじゃない。お母さんもお爺ちゃんも、皆頑張ってここまで来たんだよ。皆で頑張ればここまで出来るんだよ、だから……」

 

 

 あのロクデナシでわからずやで寂しがり屋の兄弟を頼む、とオーブを光らせながら自らへ意思を伝えてくる天空の剣へ目を落とし、灰色の髪を持つ少年はこくりと小さく頷くと。

 自らの背丈ほどもありながら、羽根のように軽く感じる天空の剣を両手に持ち、切っ先を父である漆黒の巨竜へ向ける。

 

 

「もう、お父さんだけに頑張らせたりなんかしないから。だから……帰ってきてよぉ!」

 

 

 リュカとドレイクの間に生まれた息子、レックスの涙交じりの訴えは立て続けに浴びせかけられた子供達の言葉や訴えによって揺らいでいた、漆黒の巨竜の心を大きく揺さぶり。

 その揺さぶりは、巨竜の中で抗い続ける息子であり夫であり父親であった男の意思に、確かな活力を与え……進化の秘法を打破する糸口となる。

 

 

 そして、その抵抗によって生まれた糸口を塞ぐため、進化の秘法はその力を漆黒の巨竜を覆いつくす殻のように、巨竜の体を赤黒いオーラで覆いつくしていく。

 妖精の助力によって、異界へ全員で転移していなければ、さらなる力を魔界から送られてこの目論見は破綻していたであろう。

 しかし、そうでない今。進化の秘法による悪意と邪悪な力が表に出ている今この時が、漆黒の巨竜を……ドレイクへと戻す為の最大にして唯一のチャンスであった。

 

 

 

 故にこそ、魂を震わせ身を竦ませる咆哮を上げる、漆黒の暴竜と化した存在にリュカ達は臆することなく立ち向かう。

 愛する家族と一緒に、家へ帰る為に。

 




Q.妖精さんの異界転移ってどういうこと?
A.ベラさんが妖精のホルンを吹いて座標指定し、ポワンさまと妖精女王、更に妖精sが魔力を結集して儀式呪文を発動。
 魔界からの影響を遮断すると同時に、塔の頂上から決戦のバトルフィールド(DQ11のラスボス空間的な)へ転移させた感じです。
 ベラさんが倒れると帰れなくなるので、彼女はこっそりと隠れつつ援護呪文をちまちま今後は撃つ感じ。


次回は、皆でお家に帰る為の戦い開始です。


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30・中

戦闘シーン、凄い難しい……書いても書いても納得いく出来にならない。


 

 闘いの口火を切ったのは、漆黒のオーラに包まれ苦痛の咆哮を上げる巨竜からであった。

 巨竜は、その巨体を翻して圧倒的質量と速度を持つ尾撃を、逃げる気配の見せない人間と魔物達へぶつけようとし……。

 

 

「ゴレムス、アンクル、お願い!」

 

「ゴッ……!!」

 

「心得た!」

 

 

 しかし、巨竜の動作から次の行動を予測したリュカが、自らの傍にグランバニア兵長であるパピンのみを傍に控えさせ。

 毅然とした声音で、すかさず配下のモンスター達へ指示を出し。力自慢であり、そのタフネスに定評のある巨体を持つゴーレムとアンクルホーンが、彼ら専用に誂えられた武具を構えながら迫る尾撃の前に躊躇することなく、その体を投げ出す。

 空気を震わせるかのような轟音と共に、巨体を誇る二匹の魔物が武具を砕かれながら地面に跡を作りながら後ろへと押し出されるも、満身創痍でありながら2匹は健在。

 

 そこにすかさず、リュカとマリアが回復呪文を飛ばす傍ら、前のめりになったゴレムスの体を足場にパパスが一足飛びにその体を駆け上がり、白刃を煌めかせながら巨竜を包むオーラを深く鋭く切り裂く。

 思わぬ反撃に巨竜は忌々しそうに唸り、切り裂いた勢いのまま地面に着地したパパスへ、その剛腕による鉤爪を叩きつけようと振り上げる。

 

 

「やらせないよパパ! ソラ、合わせて」

 

「うん……!」

 

 

 シャドウの背に跨ったまま、片手で保持したビッグボウガンでテンは狙いを定め、巨竜が振り上げた腕めがけてその矢を放ち。

 ほぼ同時のタイミングで、半ば目くらましのようにソラがイオナズンを巨竜めがけて投射する。

 

 イオナズンによって生じた爆発と衝撃、だが爆発呪文の究極系と言えるソレを受けてなお巨竜は身じろぎする事はなく。

 だがしかし、ソレによって生じた一瞬の目くらましによってテンが放った矢は巨竜の手へと、甲高い衝撃音をたてながらぶちあたり。その衝撃によって巨竜の鉤爪はパパスに当たることなく、地面を抉る。

 

 

 臆することなく浴びせられる猛攻、しかし巨竜も負けてはおらず。

 人間だった頃からの得意技である思考加速と反応加速を行い、即座にその巨体を後退させると共に息を大きく吸い込み、煉獄と形容すべき灼熱の吐息を浴びせてくる。

 

 

「くそっ、やらせっかよ!」

 

「お兄様!援護します!」

 

 

 巨竜の脛へ渾身の一撃を叩き込む隙を狙うも、それどころじゃない状況にコリンズは悪態を吐きながらドラゴンシールドを構えて迫りくる火炎の壁の前に立ち塞がる。

 その姿に、ポピーは慌てながらフバーハを唱えて味方全体を護る結界を展開すると共に、ポピーを追い抜いた全身鎧の男、ヨシュアがコリンズの隣で盾を構え……灼熱の吐息による被害を、全身に火傷を作りながらも最小限に抑える。

 コリンズも軽くない火傷を負ってはいるが、天空の鎧による防護でそれほど影響は大きくはなく、ヨシュアへ声をかけながらコリンズは一旦後方へと下がっていく。

 

 その間も他の面々が何もせず見ていたわけがなく、マヒャドやヒャダルコによるブレスの相殺を行っており。

 そして今も、チロルに跨ったビアンカとタバサが、回避や進路をチロルに委ねて巨竜めがけて立て続けにメラゾーマを放ち続ける事で、巨竜を包む漆黒のオーラを削っていく。

 当然巨竜もまた、やられるばかりではなく再度薙ぎ払おうと尻尾を振るい、その衝撃でサンチョが吹き飛ばされたり、衝撃を抑えきれなかったモンスター達が吹き飛ばされて一時的に戦線離脱をしていく。

 

 

 だがそれでも、集まった人々の目には絶望も恐れも、欠片も存在はしていなかった。

 攻撃を受け、漆黒のオーラを削られる度に苦痛の叫びをあげる巨竜に心を痛めながらも、巨竜の家族と友人達は全力で攻撃を続ける。

 

 

「テン君、ソラちゃん!これを!」

 

「ありがとう、アンディさん!」

 

「ありがとう……」

 

 

 時折ベホマラーを広範囲の味方へかけ、補助呪文をかけて回るテン。そしてモンスター達に庇ってもらいながら、イオナズンを撃ち続けるソラへアンディが背嚢から取り出した薬を投げ渡す。

 薬の中身は、エルフの飲み薬と呼ばれている魔力を即座に回復する貴重かつ高価な一品。そしてそれ以外にも様々な薬品や道具をルドマンは搔き集めてアンディへ託してきたのだ。

 

 

 それらを少年と少女は即座に飲み干し、小さく吐息を漏らしてから戦線へと戻り、入れ違いとばかりに回復呪文を唱えすぎて魔力を切らしたポピーを肩に担いで、鎧のあちこちに罅が入ったヨシュアが後方へ下がってくる。

 そのような状況を巨竜は見逃さず、炎すらも凍らせる輝く息を吹きかけようとするも、パパスとレックスが連携して斬りかかる事でブレス動作を強制的に中断させられ……。

 

 

 デボラの振るったグリンガムの鞭と、フローラのベギラゴン、そしてヘンリエッタが振るった剣の一撃で、薄まってきていた巨竜を包む漆黒のオーラにほころびが生じる。

 それに伴い、巨竜の動きが止まり。再度頭を両手で抱えるように蹲り、一際大きい苦痛の咆哮を上げ……。

 肩で息をする人々は、やったか? と期待を込めながら、巨竜を見詰める中。

 

 

 

 プサンは、目を見開いて叫び。

 ソレと同時に、漆黒のオーラを結晶化させたかのような鱗に身を包まれた。黒銀色の巨竜が翼を広げて天に向かい、終末を告げるかのような咆哮を上げ。

 巨竜から立ち上った膨大な魔力が天に放たれ、赤黒い銀色の雷光が雨あられとばかりに人々へ降り注ぐ。

 

 

「いかん!全員身を守れぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 その逼迫した叫びに、パピンが君主の娘の身を守る為にその体を盾にするかのように投げ出し。

 少し離れた所でチロルに跨っていたビアンカ、タバサを抱えるように……全身に傷を作ったゴレムスが2人と1匹を庇うように身を丸め。

 一際近い場所にいたレックスとパパスを、サンチョが得物を放り投げて2人同時にかき抱いて庇い。ヘンリエッタとマリアとコリンズを庇うべくヨシュアが傷付いた体に鞭打って、大盾を咄嗟に構え……。

 アンディがフローラを庇うべく背負った背嚢の影にフローラを隠してその上に身を被せ、ポピーとデボラをアンクルが抱き抱えて庇い。

 テンがシャドウをすかさず走らせ、天空の盾を掲げて自分とシャドウ……そしてソラを守るべく備える。

 

 

 そしてその次の瞬間降り注いだ破壊を具現化したかのような雷光の雨は、人々やモンスター達の体を情け容赦なく打ちのめし。

 其の身を盾に、庇った者達は未来と勝利を信じて、祈りながら地に伏せていく。

 

 破壊の雷光は大地に膨大な爪痕を遺し、下手をしなくても命に関わるほどの破壊力を持っている事が抉れた大地の痕から見て取れた。

 だがしかし、この雷光によって命を落とした人物は誰一人居なかった。

 

 

 

「こっからが本番ってワケね、上等よ。やってやろうじゃない」

 

 

 漆黒のオーラに包まれていた時のような、緩慢な動作は最早見て取れない状態となった巨竜を見上げ、デボラは闘志を燃やして口角を吊り上げて笑いながら見上げる。

 辛うじて誰も死んではいない、しかし戦闘続行は困難な状況。だがソレが諦める理由にはなることはなく。

 

 

 

 まるで、戦闘不能になった人々を退避させる時間を作るかのように、黒銀の巨竜は翼を広げて佇む。

 まだ何とか動けるゴレムスとアンクルが、戦闘不能者を抱えて戦線離脱し。未だ立っている2人の父親と6人の妻、そして6人の子供と2匹の魔物が決意を込めて巨竜を見上げる。

 姿を消して逃げ回っていたベラも何とか無事だったらしく、戦闘不能者の傍に近寄り。必死に回復呪文をかけ続けている。 

 

 

 

 そして、死闘が始まった。

 

 

 漫然と腕や尻尾を振るい、灼熱の吐息や輝く息を吹きかけてくるだけだった黒銀の巨竜の行動は大きく変化し、巨体に見合わない俊敏な動作で追い詰めていく。

 しかし、未だ立っている者達もまた、追い詰められるだけではなく……。

 

 パパスとレックスが、致死の爪撃を嵐のように叩き込んでくる巨竜の懐へ潜り込み、愛用の剣と天空の剣を振るって巨竜へダメージを与えていき。

 モンスターへの指示を出す必要が無くなったリュカが、バギクロスを放ちながら戦況を見渡して危険な所へ即座に回復呪文を飛ばしていく。

 

 更に攻撃を続けようと、コリンズとヘンリエッタが武器を振るい飛び込もうとしたところで、巨竜は翼を広げて無数の光球を作り出すと。

 無差別に追尾する光球で、蹂躙すべく攻撃を仕掛け。それらをデボラが鞭で払い落とし、先ほどの雷光の雨でビッグボウガンを損傷し投げ捨てたテンが、シャドウに跨ったまま天空の盾を構えて自ら光球を迎撃していく。

 一方、攻撃呪文を放つタイミングを計っていた後衛に殺到した光球は、ビアンカとタバサが阿吽の呼吸で断続的に放つメラやメラミで次々と撃ち落され、翼を広げたままの巨竜の体にフローラが放ったベギラゴンが、ソラが放ったイオナズンが直撃する。

 そして、迎撃しきれなかった光球による傷を、マリアとポピーがすかさず回復呪文を唱えて癒していき、戦線のほころびを即座に修繕していく。

 

 

 プサンは、今もドラゴンオーブを握りしめて念を送り続けている、巨竜の中であがき続ける息子へ声と想いを届ける為に。

 皆殺しに出来たはずの雷光の雨で、辛うじて手加減を行った心優しい息子を呼び戻し、そして連れ帰る決意を込めながら。

 その体のあちこちには火傷が出来ており、衣服はところどころが破れているが、それでもプサンはしっかりと二本の足で大地を踏みしめていた。

 

 

 彼は予め伝えていたのだ、何があっても自分は決して倒れないから、自分達とドレイクを取り戻す事だけに専念してほしいと。

 マスタードラゴンとしての力は殆ど無い状態であるが、それでも彼が立ち続けて居られるのは、偏に父親としての意地であった。

 




前回、良いセリフが浮かばず台詞がないまま戦闘参加してたパピンさん、リュカを庇い台詞ないまま退場。
すまぬ、すまぬ……。


ちなみにゲーム的にいうと、ドレイク(巨竜)戦ではHPが2以上あれば。一撃で死亡させられる事はありません。
毎ターン2回行動してくる系ボスですが、2連続でブレスを吐いたり。集中攻撃しないので対策立てたら戦いやすいボスです。HP半分切るまでは。

HP半分以下に追い込んだら、拘束を振り払ったお空のプロバハよろしく。本気モード入ります。
半分以下になった次ターン、雷光の雨でパーティ全体を壊滅状態に追い込んだ後、ガチで殺しに来ます。
2回行動でブレス吐いたり、1手番チャージして放つ全体物理攻撃の光球攻撃や、痛恨率の高い物理攻撃をガシガシしてきます。酷いボスだな。



このルートでドレイクを取り戻した場合、このスペックのドレイクが仲間に再加入します(小声)


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30・下

前回までのあらすじ

HP50%トリガーで、ドレイク(巨竜)発狂モード突入。


 

 

 雷光の雨が天から降り注ぎ、破壊を告げる光球が乱舞する戦場。

 その場に立つものは、すべて等しく無傷と言えるモノは居なかった。

 

 

 大事な家族を取り戻す為に戦う人々の方は言うに及ばず、それらを一手に相手をしている黒銀の巨竜もまたその全身の鱗をひび割れさせ、翼の被膜は既にずたずたに切り裂かれている。

 だが、互いに引く事はなく、また幾度目かともわからない正面からのぶつかり合いが始まる。

 

 既に盾を砕かれ失ったコリンズが、天空の鎧の守護に身を任せて光球を一手に引き受けながら引き絞られた矢のように巨竜めがけて突進し、巨竜の脛めがけて両手で構えたウォーハンマーを全力で叩き付け。

 苦痛に呻く巨竜が不届き物を蹴り転がし、腕を振り上げた一瞬を狙ってパパスが巨竜の脇腹めがけて剣を一閃し、更に追撃とばかりにビアンカとタバサが切れかけている魔力に顔を顰めながらも、メラゾーマを合わせて叩き込む。

 しかし、開戦時から常に走り続け背中に乗せた二人を庇うように立ち回って来たチロルの前脚に光球が炸裂し、前のめりに転がるようにチロルは激しく転倒してしまう。

 

 

 そして、同時に投げ出された金髪の親子を焼き払うべく巨竜は息を大きく吸いこみ、灼熱の吐息をすかさず浴びせかける。

 咄嗟に身を起こそうとするが、体が言う事を聞かないチロル、そして思わず目を瞑ってしまった娘をせめて庇おうとタバサを両腕でしっかりと抱きしめるビアンカ。

 すかさずポピーがフバーハをかけ直すが、その勢いは留まる事を知らず、成す術もなく2人と1匹が灼熱の吐息で焼き尽くされる。その寸前に。

 

 全身のばねを使って大きく飛び上がるも後一歩距離が及ばなかったシャドウを足場にした……先ほどまでアンディが背負っていた背嚢を背負ったテンが、天空の盾を構えながら灼熱の吐息の前に躍り出……苦痛の呻き声を上げながらも、天空の盾が展開した結界で何とか事なきを得る。

 さらなる追撃とばかりに、灼熱の吐息が終わった瞬間輝く息を吹きかけようとする巨竜であるも、デボラがグリンガムの鞭ですかさず巨竜へ攻撃を仕掛ける事で追撃を中断させ。

 その隙を逃さないとばかりにソラが放ったイオナズンが、寸分違う事なく巨竜の顔面に炸裂する。

 

 

 その間にテンは枯渇しそうな最後の魔力で、自分を含めたビアンカとタバサ、チロルにベホマラーをかけると傍に駆け寄って来たシャドウに跨り、アンディが戦線離脱と引き換えにフローラと共に守り抜いた背嚢から引き抜いてきたエルフの飲み薬を飲み干すと共に。

 巨竜の動作を油断なく警戒しながら、ビアンカとタバサへ背嚢から引っ張り出したエルフの飲み薬を投げ渡すと、自らも戦線へ復帰すべくシャドウに合図を送り巨竜めがけて駆け出し始める。

 

 

 攻撃力は現状で皆無だが、致命打をその盾で防ぎ、なおかつ呪文と道具で回復に回るテンを巨竜はその瞳で見据えると。

 確実に仕留めるべく、レックスやパパス、デボラが攻撃を加えるのにも構わずにテンめがけて、無数の光球を殺到させる。

 

 

「は、ははは。コレはちょっと、マズイかな?」

 

 

 自らへ殺到する光球の量に、いつもののんびりとした笑みを引きつらせながら少年はぼやくように呟き。

 せめてもの抵抗にと、シャドウの足を止めさせずに盾を構えながら必死に回避へと移る。

 しかし、その攻撃の量にテンも段々と捌ききれなくなり、とうとう無防備な所を晒した瞬間光球が殺到しそうになった時、ヘンリエッタが颯爽とテンとシャドウの傍へ駆け寄り、その手に握った剣の刀身に罅を作りながら。

 見るモノを圧倒させるほどの、美しくもしなやかな剣技でテンをあわやという場面から救い出す。

 

 

「気を抜くな、テン!」

 

「ありがとう、ヘンリエッタママ!」

 

 

 見れば、光球の中を無理に突っ切って来たのか体のあちこちに傷を作りながらも、苦痛を表に出すことなく叱咤する母の一人の言葉に、テンは気を引き締め直してヘンリエッタへ回復呪文をかけると。

 全体に回復呪文を飛ばし、時に補助呪文を欠かさずかけ続けるマリアの傍で、攻撃呪文でマリアを襲う巨竜の攻撃を迎撃し続けている母、フローラを援護すべくシャドウを走らせ始める。

 

 

 

 一進一退で苛烈な攻防が繰り広げられ続ける。

 集まった人間の中で、最高峰の攻撃力を誇るパパスとレックス、コリンズの3人が一歩たりとも最前線から引くことなく黒銀の巨竜と切り結び……。

 

 

「くっ、中々に硬いな。だがぁ!」

 

「お爺ちゃん、僕も続くよ!」

 

「俺も行くぜ……ぬわーーーーーーーっ!?」

 

「コリンズーーーー!?」

 

 

 そして時折致命傷を負わされるもすかさずかけられるリュカとマリアの回復呪文で立ち上がっては、めげる事無く立ち向かい。

 3人に巨竜が気を取られた隙を、罅折れた剣を投げ捨て戦線離脱したヨシュアから回収してきた長槍を構えたヘンリエッタが、鱗の僅かな隙間や負わせた手傷を狙って渾身の刺突を浴びせかけ……。

 その4人から少し離れたところに陣取るデボラは、変幻自在にグリンガムの鞭を操り後方を狙う光球の撃墜や、隙を晒した黒銀の巨竜へ容赦ない痛打を叩き込んでいく。

 

 

「使い慣れない武器だと、甘える気はないぞ!」

 

「アンタ、ドレイクが絡まないと凛々しいのに、絡むとポンコツになるわよね……って、隙だらけよドレイク!」

 

 

 そして、一歩下がった戦線の中央ではリュカが攻撃呪文と回復呪文を使い分けながら、時に巨竜の注意を引き付け……時に危険な状態に陥った仲間をすかさず、治癒し死の淵から呼び戻し。

 チロルに跨る事で機動力に優れたビアンカとタバサが、高威力呪文を惜しげもなく連発しては離脱を繰り返す事で、巨竜の目標を散らしながら手傷を負わせていき。

 

 

「コリンズ、大丈夫? ごめんね、きっとあと少しだから、もう少しだけ頑張って。皆!」

 

「謝らないでリュカ、皆で帰る為に頑張るって決めたのは私も一緒よ!」

 

「そうだよリュカお母さん! 皆で帰ろう!」

 

 

 シャドウに跨ったテンは、機動力と天空の盾による防御を生かして時に前衛や中衛、更には後衛に飛ぶブレスや攻撃を必死に防御し。傷付いた仲間を呪文で癒しては道具をばら撒いて戦線を補填していく。

 

 

「容赦ないなーパパ、だけど。僕も負けてられないね、往くよシャドウ!」

 

 

 更に、前衛や中衛に比べて多少攻撃の苛烈さはおとなしめであるも、時折後方にまで飛んでくる灼熱の吐息や輝く息をフローラが攻撃呪文で迎撃し、マリアが渾身のフバーハを前衛や中衛含めて絶えずかけ直す事で凌いでおり。

 

 

「凍てつく輝く息、ならばコレで!」

 

「フローラさん、それに皆さん!フバーハをかけ直します!」

 

「お待たせしましたお母様、私が代わりますのでお母様は魔力を回復して下さい!」

 

 

 マリアが魔力を切らせばポピーが、ポピーが魔力を切らせばマリアがそれぞれ互いにカバーし合いながら、戦線の維持を徹底し。

 

 

 

「パパ……お願い、帰ってきて……!」

 

 

 それらの援護を踏まえて、呪文に於いてこのメンバーの中で最大火力を誇るソラが、幾度も幾度もイオナズンを巨竜へぶつけ。手空きになればフローラもまた、ベギラゴンで攻撃呪文の援護を行っていく。

 

 

 

 黒銀の巨竜もまた負けてはおらず、しかし大きな隙を晒す形となる雷光の雨を放てないまでも、光球を絶えず作り出しては広範囲に攻撃を仕掛け。

 その致死の一撃を与える鉤爪を振るい、圧倒的な攻撃力を誇るブレスを使い分けて人間達を追い詰めていく、しかし。

 

 

 レックスの天空の剣による一撃が、黒銀の巨竜の胸に深い傷を刻んだことで、ようやく巨竜は膝をつき、その猛攻を止めた。

 だが、未だ戦意は消えておらず、よろめく足で再度立ち上がろうとしているところで、プサンは力の限り叫ぶ。

 

 

「今だレックス! お前の想いの丈を、皆の想いを束ねて、ドレイクへ放てぇ!!」

 

「……うん!!」

 

 

 祖父であるプサンの言葉に、レックスは天空の剣から伝わる意思が導くままに剣を天高く掲げ。

 プサンの叫びに意図を察した彼の家族達、そして倒れ戦線離脱しながらも闘いを見守っていた者達が、祈りを魔力に変えてレックスへと託す。

 

 託された祈りと想い、そして魔力はレックスが掲げた剣を激しくも、しかし穏やかな青白い雷光で包み始め。

 想いを託された少年は、奇しくも父であるドレイクがサラボナの街でブオーンを撃破した技を放った時と同じ構え……剣を背中に担ぐような構えをとる。

 

 

 そして。

 

 

「帰ってきて……お父さん!!」

 

 

 少年の涙交じりの叫びと共に、全力で振り下ろされた剣から放たれた青い雷光は。

 途中で空を舞う大鷲が如き姿へと変わりながら、茫然と少年を見詰めていた巨竜めがけて真っすぐに飛んでいき。

 

 

 黒銀の巨竜に大鷲の雷光が炸裂した瞬間、巨竜を青白くも清浄なオーラを放つ雷光が包み込む。

 そして、雷光が止んだその場所には。

 

 

 

 

 全身を傷だらけにしながらも、悪意が結晶化したような漆黒の鱗などどこにも見当たらない。

 白銀色の鱗に身を包まれた巨竜が、意識を失くしてうつ伏せに倒れていた。

 




NGシーンでは、目をぐるぐるにしながら気絶していた白銀巨竜ドレイクが最後に出てくる予定でしたが。
さすがに自重しました、だけどコリンズのぬわーーは我慢できなかった。許してほしい。


次回は後始末と、ドレイク人間になれるかどうかについてのお話の予定です。


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31

前回までのあらすじ


父、還る。


 

 

天空城  〇日

 

 

 おれは しょうきに もどった!

 とか馬鹿な事を脳内日記に書かないと、なんかもう申し訳なくて今から遥か大空の彼方にある天空城から大地へめがけてダイブアウェイしたいけども、恥を晒して生きております。

 

 

 途中から朧気ながら意識はあったんだけども、本格的に意識を取り戻したらドラゴンになっている俺の頭にリュカが縋りついて回復呪文をかけながら泣いていた。

 そして、俺が目覚めた事に気付くとその顔に笑顔をほころばせて、良かった、帰ってきてくれたって咽び泣く姿に俺は自分の過ちを思い知らされた。

 

 更に、妻達……あのデボラすらも目に涙を浮かべて俺へ駆け寄り。

 立派に育った子供達もまた、泣きながら俺に駆け寄り鱗がゴツゴツしているというのにも構わず抱き着いて、大声で泣きだして。

 

 

 俺は妻達を、そして子供達を守る為に戦った事は後悔していない、しかし。

 大事な家族を心配させ、泣かせたという事実が酷く、辛かった。

 

 

 そうやって家族達と再会をしていると、状況を見守っていた親父がまずは天空城で状況を整理し、そして俺を人間に戻す為の準備を始めようと話し出した。

 戻せる手立てがあるのか、と内心で驚愕しているとどこからともなくホルンの音が鳴り響き、次の瞬間視界に映る景色が移り変わりどこかの城の……人が座るには大きすぎる玉座がある広間に俺達は転移させられる。

 親父曰く、妖精女王たちの助力を受けて俺と決戦をする為に転移した異界から、天空城まで運んでもらったとの事だ。なんかこう、お手数おかけしてしまい申し訳ない。

 

 

 そうして、何度か来た事があるらしい家族とは別に、急に現れたドラゴンの俺に仰天する天空人さん達。突然お邪魔してなんかすんません。

 慌てふためき俺を迎撃しようと動き出する天空人達であったが、親父が私の息子に剣を向けるつもりかと一喝する事で、急速に場が鎮まる。

 どうやら、親父はさっさと自分がマスタードラゴンである事を明かして、何らかの手段で天空人さん達を納得させたらしい。

 

 

 そんなこんなで、ざっくりとした妻と子供達の今までの苦労を聞かされつつ、手段は講じているから暫くはここを自分の家だと思って寛ぐがよいと親父は話すと。

 後は、妻と子供達としっかりと話し合い、そしてお前が見守れなかった4年間を共有しなさいと告げて、広間から天空人達を伴って出て行った。

 

 

 その後は、リュカ達が、そして子供達がどれだけ頑張って、それでも奮い立って冒険をしてここまで来れたかを話してもらい。

 今度こそもう、勝手にどこかに行ったりしないでと、皆から目に涙を浮かべられて懇願された。

 

 

 申し訳ない気持ちと自分への情けなさでいっぱいだったけども、それ以上に俺は、みっともなくも嬉しかった。

 俺は、生きていて良いんだと、心から思えたのだから。

 

 

 

 

天空城  ◇日

 

 

 お腹が減りました。

 空腹を空腹と感じてなかったが、子供達から思い出話を聞いている時に巨大な腹の音を鳴らしてしまい、気まずい思いをしながらそう言えばずっと寝てて何も食ってなかったことを思い出す。

 親父曰く、急激にドラゴンとして変貌させられた関係で、本来ならば食事は殆ど不要になる筈だが体を維持するために必要なのだろう、との事だ。

 まぁ食べたものはしっかり消化されるだろうから、排泄は心配せんでいいだろう。とも続けた、有難いけどそうじゃない。

 

 子供達はそんな俺の腹ペコ事情に、じゃあ4年分の僕達の誕生会ここで開かせてもらおうよとレックスは嬉しそうに話し、広間から駆け出していく。

 あのー、息子よ。お父さん、親父の家だからってどちらかというと他所様のお家だから微妙に居心地悪いし、申し訳ないから遠慮する。とか言えない空気だった。

 

 

 結論から言えば、天空人達からも子供達は可愛がられているようで、サンチョさんも料理人として参加しつつ誕生会を天空城で開く事となった。

 食事は大変美味しかった、どうやって食べたモノかと思っていたが……タバサやポピー、ソラがかわりばんこで俺に給仕をしてくれて事なきを得た、子供達も楽しそうで何よりだと思った。

 しかし、子供達の成長もとてもうれしかったけど、それ以上に俺は泣きに泣いた。

 早く、人間の姿でこの子達を抱き締めてやりたいと思わず呟けば、傍にいたリュカ達が俺を慰めるように頭を撫でてくれた。

 

 子供達もだけど、ボク達も抱き締めてね?と冗談ぽく妖艶に微笑まれつつ。

 俺には、もちろんですと返しながら頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

天空城  ♪日

 

 

 子供達と語らい、天空人達と語らい、妻達と語らう日が続く中。

 ふと、気になったことがあったのでパパスさんに光の教団について今どうなってるか尋ねて見た。そしたら予想外過ぎる斜め上の回答が返って来た。

 

 

 パパスさん曰く……光の教団は、俺へリュカ達が決戦を挑む一年前に。グランバニアに白旗振って降伏してたらしい。 

 何があったの、と思わず茫然と呟くと。チロルとシャドウを丁寧にモフモフしながらブラッシングしてたテンが教えてくれた。

 

 例の魔物軍団大進撃を挫いた俺のネガキャンを繰り広げようとしていた光の教団は、グランバニア大臣主導の下行われた俺の活躍と栄誉を称える活動に思いきり塗りつぶされたそうな。

 そこに、ラインハットの王家とサラボナのルドマンさんが全力で支援を重ね、結果光の教団は物資の補給すら難儀する羽目に陥り。子供を浚ったり奴隷を確保したりなんて出来る状態じゃなくなっていたらしく。

 

 一年ほど前に天空城をセントベレス山へ接弦後、有り余る体力でクライミングしたコリンズが先行偵察した時には、信者と共に輝く汗を流しながら畑仕事に精を出すイブールが居たらしい。

 

 ジャミとゴンズとラマダについて聞いてみたが、それっぽいのは居なかったそうだ。アイツらどこに行ったんだろう。

 まぁ一旦あいつらは横に置くとして、その時にコリンズは目を疑う余り警戒を疎かにして物音を鳴らし、イブール達に気付かれてしまったそうだが……。

 

 ヘンリエッタの面影が強く残る髪の色と顔付き、そして身に纏った天空の鎧にイブールは自ら歩み出ると。

 我々は最早そちらへ弓引くつもりは欠片もない、どうか私の首で彼らを見逃してほしいと。魔物へと変貌した体で闘おうとする事もなく、その命を差し出してきたらしい。

 

 

 思わず俺の体にもたれかかり転寝していたコリンズにマジか?と聞いてみたらマジだよ、と返された。マジかよ。

 コリンズもまぁ、マリアが受けそうになった仕打ちを聞いていたから最初は思いきり疑ったらしいが、共に畑を耕していた信者達がイブールを庇うように飛び出てきたから信じざるを得なかったらしい。重ね重ね、マジかよ。

 話を続けて良い?とテンが首を傾げてきたので、謝りつつ先を促す。ついでにシャドウは大きく欠伸をした。

 

 

 で、まぁ。イブールの供述曰く。

 俺が意識と理性をぶっ飛ばした最初の一年に満たない、下手すると半年ほどで人里の活動が困難になったらしい光の教団がまずぶち当たったのは食糧問題だったらしく。

 這う這うの体で、空を飛べる魔物達の助力で外でも熱心に活動するほどの信者は大神殿へ戻り、言うほど熱心でもない信者に教義に縛られずに生きろとイブールは勅令を出したそうだ。いや待てお前誰だよ。

 それでまぁ、残った一握りの信者と魔物達で、俺が大神殿時代に耕してた頃から細々と続けられてた畑を大幅に拡張、そうやってる間にイブール自身にもまた変化が起きていたらしい。

 

 贅を捨て去り、日の出と共に畑を耕し、僅かな糧を皆で分け合い日が落ちれば瞑想に耽る。

 その生活を送っている内に、イブールは大魔王ミルドラースが齎そうとする破滅に対して疑問を持つと共に、かつての自分達の愚かさを見詰め直したそうだ。アイツ悟り開いてやがる。

 

 

 そんなこんなで、もはや仙人じみた状態となったイブールと信者、そして魔物達の所に現れたコリンズが……イブール達の罪を断罪に来た使者に見えたそうで。

 だがしかし、自らを信じてついてきてくれている信者達を死なせたくなかったイブールは、自らの命を以って償おうとしたそうな。ゲマが地獄の底でどうしてこうなったと頭を抱えている気がする。

 

 

 ちなみにそんな彼らをコリンズは害すに害せず、直情径行なアイツにしては珍しく玉虫色の回答をした後天空城へ戻り、ヘンリエッタ達に見て聞いたことを報告したところ。

 ヘンリエッタは言うに及ばず、いつもにこにことしている聖母然としたマリアすら笑顔のまま固まったらしい、そりゃそうなるわな。

 なお彼らについては人畜無害と言う事で、ルドマンさん経由でちょっとした生活支援が始まってるらしい。

 

 

 イブールもまた俺にかつての罪を詫びたいって言ってるらしいが、その、なんだ。

 俺、どんな顔してアイツに会えばいいんだ?笑えばいいのか?それともお前そんなんじゃなかっただろ、って全力で突っ込むべきなのか?はたまた祝福するべきなのか?

 

 

 

 

 

天空城  △日

 

 

 妖精達や天空人達の助力、そして呪文によって俺はとうとう人の姿に戻る事が出来た。

 親父が、人間の姿を取った時に使った術式を応用したものらしいが、俺を呼び戻す為に使った親父のマスタードラゴンとしての力を剥離させることは難しいという話であった。

 非常に申し訳なくなり、親父に対して感謝を告げると共に深く詫びたら、いっそこのままドレイクが次代のマスタードラゴンになれば良いと、愉快そうに笑われた。

 

 あのー親父殿、そんな事言いつつ人の姿で酒や美食を楽しみたいって思ってませんかね? ちょっと、俺の目を見て返事してくれ。

 

 

 しかしまぁ、その辺りの事情は今はさておくとしよう。

 まずは、号泣しながら抱き着いてくる子供達を抱き締めてやるのが、先なのだから。

 大丈夫だ、お父さんはもうお前達を置いてどこかに行ったりはしない、本当に本当だ。約束する。

 

 その日は、子供達に抱き着かれたまま一夜を明かした。

 力自慢のコリンズのホールドや、見た目の割に意外と力が強いテンのパワーが少しきついがお父さんは強いから平気なのだ。

 むしろこう、あちこちに抱き着かれてる関係で寝がえりが出来ない。だけども、幸せな重みだった。

 

 

 

 

 

天空城  ×日

 

 

 子供達に抱き着かれて夜を明かした次の日、色々あったがあんまり覚えてない。

 その日の夜は、しっかりと防音された天空城の一室で妻達と共に一夜を明かした。

 

 

 

 

 色々と、大変だけども幸せな夜だった。




帰ってきました日記形式。

そしてイブールさん、極限状態の最中悟りに目覚めてました。
欲に取り付かれ、色に取り付かれた末に。それらから半ば強制的に脱却させられた中で、図らずも秘境の修験者が如き状況になってたようです。


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32

前回までのあらすじ

ドレイク人間に戻る


 

サンタローズ北  〇日

 

 

 解脱し、コメントに困る状態のイブールから命のリングも受け取ったので、後腐れなく魔界に殴り込みに行く……その前に。

 リュカ達と子供達を連れて、母が眠るサンタローズ北の生家へと立ち寄る。

 

 目的は二つあり、一つは無事戻れたことの母への報告と。

 もう一つが、一族が守り続けてきた洞窟の踏破である。

 

 

 かつて昔、天空の勇者に打倒された進化の秘法に蝕まれし魔族の勇者、その人物が身に纏っていたモノが眠っているという封印の洞窟。

 その封印されているモノが故に、その魔族の勇者の末裔がエルヘブンに流れ着いてからも、エルヘブンの民と血を交り合わせながら……一族の身で、その洞窟の封印を守り抜いてきていた。

 しかし、母が他界した上に俺以外に母の血縁が存在しない以上、この洞窟に固執する理由も今となっては存在しない。そういう代物であった。

 

 

 名前すら残されていない魔族の勇者の世間に伝わっている末路は、天空の勇者と導かれし者達によって打倒されたというのが通説なのだが。

 どうやら、何かしらの奇跡によって彼の想い人と共に蘇り、ひっそりと血を繋いでいたらしい。書物にも残っていない、エルヘブンの長老らに聞いた話だからどこまで信憑性が高いかは疑問だがな。

 

 

 そんな事情のある、まぁ言ってみれば俺にとってご先祖様が使っていた装備、果たして使い物になるかどうかは横に置くとしても。

 長年、母を縛り付けていた役目を、俺達の手で終わらせるべきだと思ったのだ。

 

 結構な人数になってしまったが、オルテガは相変わらず俺を出迎えてくれた上に、また腕を上げた薬草茶を振る舞ってくれた。

 子供達がお婆ちゃん、俺の母はどんな人だったかしきりに尋ねてくるので、今日は妻達も交えて子供達に母とも思い出話を語る事にした。

 

 

 

 

サンタローズ北  ◇日

 

 

 面倒な仕掛けを乗り越え、洞窟の奥地に封印されていた王者のマントと呼ばれるご先祖様の秘宝を無事回収。

 ちなみに、天空の剣はレックスに継続して使わせ、俺は天空の剣を使う前に使用していた元皆殺しの剣を使う事にした。力任せに振り回しても折れたり破損したりしないし。

 

 奥に安置されていたそのマントは、長い時の流れを一切感じさせない、まるで新品のような誂えをしていた。

 形状としては、左肩に装着する棘付きの肩鎧と黒地の毛皮のマントのような厚手のしっかりとした作りをしており、スタンドから回収して羽織って見るとまるで自分の為に作られたかのように、非常にしっくりとくる作りをしていた。

 

 そして、子供達とリュカ達を伴い安置されていた部屋から出ようとした瞬間、背後から視線を感じたので振り返ったのだが。

 そこには、灰色の長髪をした目付きの悪い偉丈夫と、儚げな美貌を持つエルフの女性が……半透明のまるで幽霊のような状態でそこに立っていて。

 その目には、俺達を慈しむかのような優しい感情が籠っていた。

 

 

 安心してくれご先祖様、とりあえず俺が生きている間は何とかするからさ。

 しかしこう、我ながら思うのだが……マスタードラゴンを父に持ち、かつての魔王であった魔界の勇者の末裔を母に持つとか、どんな血筋なんだろう。

 自分で言うのも何だが、下手したら新たな魔王待ったなしだよな。いや、進化の秘法に蝕まれていたあの時がある意味その状態だったのか。

 

 

 

 

魔界  〇日

 

 

 準備を整え、炎のリングと水のリング、そして命のリングを……エルヘブンへ海路で向かう途中にある洞窟の祭壇に捧げ、魔界への道を開く。

 地上側では、未だマスタードラゴンに戻れないまでも神としての力を持つ親父と、エルヘブンの長老達が控えてゲートの監視と維持をしてくれるらしい。

 

 長老たち曰く、俺の母親を冷遇した末に孤独な生活をさせてしまった罪滅ぼしらしい。まぁ俺自身思うところがないワケでもないが、ソレがあったから母は親父に出会えたワケだから何とも言えないもどかしさよ。

 だから、まぁ。この戦いが終わったら関係者まとめて集めて派手にパーティをしようと俺から提案をする、資金は後で考えよう。

 ……アレ?考えてみたら、俺って戦う事しか碌にできないから。この戦い終わったら碌に金を稼ぐ手立て無くなるんじゃ……やめとこう、今は考えないでおこう。うん。 

 

 

 そんなワケで、リュカ配下の精鋭モンスター達と妻達、子供達にパパスさんを引き連れて魔界に俺達一行は乗り込む。

 ゲートをくぐった瞬間、一瞬視界が大きくブレたかと思った次の瞬間には、薄暗いどこかの祠へと到着していた。

 どうやらここが魔界らしく、全員が揃っているのを確認した上で祠から外へ出てみれば、空から穏やかで優しい声が俺達へ向かって語り掛けてきた。

 

 

 リュカとパパスの姿を見れて嬉しかった事や、リュカの子供まで見れるとは思っていなかった事。

 そして、母親として少々複雑ではあるけども、俺に対してリュカとパパスさん。そして子供達をよろしく頼むと声は語り。

 自分の命に代えてでも、ミルドラースは地上へは行かせないと。穏やかながらも強い決意に満ちた声で告げてくる。

 

 

 その言葉の内容にリュカとレックスは泣きそうな顔を浮かべ、二人を抱き寄せながら空に向かって俺が返答しようとした次の瞬間。

 パパスさんが空に向かって、必ず助け出してグランバニアへ連れ帰ると、だから安心して待っていろと叫んだ。

 

 パパスさんの言葉に、天からの声……マーサさんと思しき女性の声は何かを堪えるように言葉を詰まらせ。

 何かを言おうとするも、その声は言葉にならず、そしてようやく搾り出したかのような声は、助けて……あなた。と言う内容で。

 その言葉に、パパスさんはただ一言。任せろと力強く叫ぶ。

 

 パパスさんにとっては、長年追い求めてきた妻を取り戻せる大事な機会であり、ようやくたどり着いた場所なのだ。

 そりゃぁ、ここで我が身惜しさに帰る事は無いよなぁ。などと思いながら、天からマーサさんが送り届けてくれた賢者の石が、パパスさんの手の中に納まるのを見届けるのであった。

 

 

 

 

 

ジャハンナ  〇日

 

 

 昨日はそのままの勢いで魔王の居城へ吶喊、しようと思ったのだがパパスさんからストップがかかった。

 一刻一秒も惜しいのは事実だが、力任せに突撃して万が一があってはいけない。とのお言葉である。それもそうか。

 

 そんなわけで昨日は、祠から出た先にある平原でドラゴン形態になり、背中に家族達を乗せてジャハンナへ飛んだのであった。

 なお、道中で対空射撃やら呪文を撃ってきた魔物には、光球による無差別爆撃をお見舞いしてある。運がよかったら生きてるだろ。

 

 そして到着した先では厳戒態勢でしたとさ。そりゃそうだ。

 

 

 まぁ色々とすったもんだ在った末に、ジャハンナの街の門番に再就職していたラマダのとりなしで事なきを得たのであった。というかお前魔界におったんかい。

 若干人間っぽい姿になりつつあるラマダに、落ち着いたところで事情を聴いたのだが……。

 

 俺が理性をぶっ飛ばして、ゴンズとジャミとラマダの3匹をデモンズタワー頂上から叩き落とした後、ゲマから預かっていたキメラの翼で大神殿へ戻る……のではなく、3匹で魔界へ飛んだらしい。

 あの状況では大神殿に戻っても成す術もなく殲滅されそうだったのと、俺達と言う脅威を大魔王ミルドラースへ報告する為だったそうだが……。

 

 ミルドラースは、ゲマの献身というかとんでもないやらかしというか、ともあれその活動を一切省みるどころか、這う這うの体で報告に来た3匹に対して興味すら向けなかったらしい。

 目標を達成できなかったのだから当然なのだがな、と自嘲気味にラマダは笑うも。その言葉と態度にラマダは魔王軍から抜ける事を決意し、ジャハンナの街で門番の仕事をするようになったそうな。

 

 

 なお、ジャミとゴンズはエビルマウンテン入口で俺達を待っているらしい。

 ラマダが預かっている伝言曰く、最後の決着をつけよう。と言っていたそうだ。

 

 

 

 

=====================================================================================

 

 

 いつも通りの、地上とは正反対に薄暗く辛気くせー魔界。

 しかし、今日ばかりはいつもとは違い、周囲がどよめいてやがる。

 

 

「ゴンズよ、来たな」

 

「ああ、来やがったみてーだな。ジャミ」

 

 

 遥か空の彼方から、白銀に光り輝く鱗を持つ巨竜が真っすぐこちらに向かって飛んできているのを見つけた相棒、ジャミが俺に囁き。

 俺は愛用の剣と盾を構えながら、応じる。

 

 

(そうだよなぁドレイク、てめぇがあの程度でこっち側に堕ちるわけねぇもんな)

 

 

 そんな事を考えながら、俺達が見ている先でドレイクが放った……俺達をデモンズタワーから叩き落とした光の球を大量に作り出して、行く手を阻む魔物達を片っ端から叩きのめして進んでくるドレイクは。

 俺達の目の前で翼を広げながら着地し、背中に載せていたアイツのガキや嫁を下ろしてから俺達を見下ろしてくる。

 

 

(つーかよぉ、俺が言うのも何だがお前嫁さん娶り過ぎじゃね?)

 

 

 そんな事を思いながらも、俺の心は歓喜に満たされていく。

 あの時のアイツとの闘いでは、俺達は成す術もなく叩きのめされた。

 故に、あのクソッタレな大魔王に頭を下げながら俺達は、魔界で鍛え直したのだ。俺達を見下してくる連中も無視して、必ず来ると思っていたアイツと再戦する為に。

 

 

「ドレイクよ、ここを通りたくば」

 

「俺達の屍を、越えていきやがれ!」

 

 

 怯えて縮こまっている、普段俺達を見下してくる連中を鼻で笑いながら、俺とジャミは白銀の巨竜となったドレイクの前に立ち塞がり。

 戦いの誘いをすれば、ドレイクはガキ共に何やら手出し無用とか言いやがると、俺達へ向かって巨竜状態のまま一歩進み出た。

 

 

「クハハハハ!嬉しい事言ってくれんじゃねぇか! さぁ、徹底的にやり合おうぜぇ!」

 

「大魔王様に忠誠を真に誓うならばあの時、お前の妻を人質にでも取るべきだったんだろうがな……ここまで愉しい戦いを味わえるのならば、あの時の選択を私は後悔しない」

 

 

 

 

 

 さぁ始めようぜ、俺達の最期の大喧嘩をよぉ!!

 




捏造改変フルスロットルで、王者のマントについて改変しました。
ちなみにドレイクの装備は、ドラゴン形態時はドラゴラムした時にいずこかへ消えて、ドラゴラムが切れたらいずこから戻ってくる装備と同じ感じです。


そして、筆がノりにノったゴンズとジャミの集大成とも言える状態。
DQ5二次創作で、ここまで改変されまくったゴンズとジャミは他にいないのではなかろうか。


それと、今週末辺りに活動報告にて、ドレイクらの特技や呪文。後は装備についてのスペック出しをこっそり出す予定です。予定です。


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33

前回までのあらすじ

最早ゲマの手下A,Bどころじゃなくなった感のある、ジャミとゴンズとの最期の決戦。


 

 

 白銀の巨竜の状態のまま、ジャミとゴンズの2匹と相対するドレイク。

 互いの眼光がぶつかり合う張りつめた空気を破ったのは、ゴンズ……ではなくジャミからであった。

 

 

「往くぞぉぉっ!!」

 

 

 バギクロスを唱えた瞬間、パンプアップした脚の筋肉に蓄えた力を解き放ったジャミは、触れるモノ全てを切り刻む暴風と共にドレイクへ突進する。

 大地を抉り、遠巻きに観戦していたグレイトドラゴンの巨体すらも揺らがせる暴風、しかしその暴風の流れをジャミは完璧に御しきり、踏み込みと暴風による加速によって瞬間的に移動したかのように巨竜の足元へ飛び込むと。

 翼をはためかせ退避する暇すらドレイクへ与える事なく、数えて八つの前脚の蹄による連撃を……一撃一撃に渾身の力を込めて叩きつける。

 

 その一撃はドレイクの強靭な竜鱗を以ってすら衝撃を徹し、ドレイクは三撃目まで叩き込まれながらも咆哮と共にジャミめがけて剛腕を振り下ろす。

 キラーマシンのブルーメタルの装甲すらも、濡れ紙のように引き裂くその一撃を、既に連撃を放つ体勢になっていたジャミに避ける術はなく、故にジャミは無理やり上体を逸らしながら残りの5連撃を振り下ろされる鉤爪めがけて連射。

 無理な体勢で放ったソレは、ドレイクの竜鱗に罅を穿った時よりも弱くなるも、致死の一撃であった鉤爪を剛腕ごと止めるには十分であった。

 

 

「クソいてぇぞオイ!随分と鍛えたようだな、ジャミぃ!!」

 

「雪辱を晴らすのだ、このぐらいはせんとなぁ! ソレに、私だけに気を向けてよいのか?」

 

 

 鉤爪と蹄を交差させながら、巨竜と白馬の魔物が視線で火花を散らせ合いながら、互いを称賛すると共に。

 ジャミの言葉に、ジャミを蹴り転がしながらドレイクが視線を上げれば、デモンズタワーの時よりも一回り体を筋肉で膨張させたゴンズが愛用の蛮剣を振りかざしながら、今にも巨竜の頭部を切り砕こうとしていた。

 

 ドレイクとゴンズの視線が刹那の間交差し、次の瞬間ドレイクは飛びのくのではなく。

 翼をはためかせながら、意識と体を加速させ……ついでにジャミを踏み潰そうと踏み込みながら、今にも斬りかかろうとしていたゴンズを頭突きで迎撃。

 ゴンズは鈍い呻き声を吐きながら勢いよく吹き飛び、踏み潰されかけたジャミは体を丸めて側転しながら回避。しかしその瞬間をドレイクは見逃さず。

 

 再度翼をはためかせて空へ浮き上がると、ゴンズとジャミめがけて灼熱の炎を吐きながら、無数に作り出した光球で2匹めがけて一斉射撃を叩き込む。

 迫りくる灼熱の炎、それに対してジャミは凍える吹雪……ではなく、輝く息を膝立ちのような姿勢をとりながら放つと共に。

 襲い来る光球を、ゴンズがその肉体からは想像できない程に軽やかな剣技と、盾捌きで徹底的に捌き切る。

 

 

 先手を打って、必殺と言えるコンビネーションを放ったが見事に逆撃を加えられたジャミとゴンズ。

 そして、仕留めるまでは行かないにしても、痛手を与えられる筈だった攻勢を見事に凌がれたドレイク。

 

 互いが互いを全力で殺そうとし、遠慮も情けも無用の闘い。

 しかし、彼らは互いに、牙を見せながら獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

「やるじゃねぇか!今度はコイツを食らいなぁ!!」

 

「はんっ!やってみやがれ!」

 

 

 ゴンズは愉快そうにゲラゲラと笑いながら、盾を構えて力を溜めながら後方へ飛びのくと。

 特に合図を出す事もなく、ジャミの前脚の蹄にその短く太い足を乗せ、ジャミが全力で蹄を振りぬいた瞬間溜めたバネを解き放つことでバリスタの矢のごとき勢いで、ドレイクへと殺到する。

 早すぎる突進、しかしあまりにも見え見えなその軌道を放っておくドレイクではなく、意識と体を加速させたまま巨体を回転させ、その巨大な尻尾で打ち返そうとする、だが。

 

 尾撃が直撃する瞬間、ゴンズは狙い通りだと言わんばかりに牙をむき出しにして笑うと、愛用の盾で迫りくる尾撃による衝撃を受け流し。

 驚愕に目を見開くドレイクと目を合わせながら、射出された勢いのまま体を回転させ、盾を砕く事と引き換えにドレイクの尻尾に深い切り傷を刻み込む。

 

 

「あいったぁぁぁ?! この野郎!!」

 

「ぎょえーーー!?」

 

 

 竜鱗を切り裂かれ、夥しい血を流しながら懐へ飛び込んできた辺りで失速した、隙だらけのゴンズを全力で鉤爪で大地へとドレイクは叩き落とし。

 悲鳴を上げながら叩き落とされたゴンズを、巨竜は全力で踏み潰す。

 

 しかし、鍛え抜かれたゴンズの体はそれらを受けても命を落とす事はなく、決して軽くないダメージを食らいながらもゴンズは剛腕で踏み潰そうとするドレイクの足を掴み、荒く鼻息を噴き出しながら耐えきる。

 一瞬の膠着状態、その隙をすかさずゴンズを救う為ではないと自らに言い聞かせながら、ジャミがバギクロスの暴風と共にドレイクへ突進。

 ジャミという暴風と脚力のバネによって射出された肉弾は、ゴンズとの力比べに集中していたドレイクの胴体に見事直撃し、ドレイクの巨体を一瞬浮かせることに成功する。

 

 

「へへ、助かったぜジャミ」

 

「お前の為ではない」

 

「仲良くなってんなぁ、お前ら……!」

 

 

 口から血を吐きながら愉快そうに笑い礼を言うゴンズの言葉に、ジャミが心から不本意そうに吐き捨てる。

 そんな2匹の様子に、軽くない傷を負わされたドレイクは自らにホイミをかけて簡単に止血をしながら、半眼で呟いた。

 

 確実に決着をつけるならば、ドレイクは上空へ飛び上がり徹底的に遠距離から2匹へ攻撃を与えれば、そう苦戦する事なく倒せたかもしれない。

 だがしかし、少年時代からの顔見知りである2匹との決着をつけるのに、そんな野暮な事をドレイクはしたくなかったのだ。

 故にこそ、一匹の白銀の巨竜と、一組の魔物達は真正面からの殴り合いを続ける。

 

 

 互いの始まりは悪意によるモノで、今までも悪意による繋がりが彼らを繋いでいたのは確かだ。

 だがそれでも、確かに彼らの間にも絆は存在したのだ。彼ら自身は全力で否定したのだとしても。

 

 ゴンズが両手で蛮剣を振るっては巨竜の鱗を切り裂き、お返しとばかりにドレイクはゴンズを両手で鷲掴みにしたまま大地へと叩き付け。

 大地に半身が埋まったゴンズへトドメを刺そうとドレイクが大きく息を吸い込めば、メラゾーマとバギクロスを時間差で放ったジャミが業火交じりの暴風をドレイクへ叩きつける。

 かつて、ドレイクの家族達がドレイクを取り戻すべく行った闘いの時よりも、ある意味において苛烈なドレイクの攻撃。

 

 それらを時に真正面から食らい、時に受け流しながらも2匹の魔物は一歩たりとも引く事は無かった。

 観戦をしている魔物達に、ドレイクへの一斉射撃をするよう呼びかければまた変わったかもしれない、だが彼らもまたそのような無粋な真似をするつもりはなかったのだ。

 例え、この戦いの果てに命を落とすとしても。

 

 

 

 そして、長く楽しい時間は、とうとう終わりの時を迎える。

 

 

「へへへ……もう腕がうごきゃしねぇ、ジャミ。そっちはどうだ?」

 

「似たようなものだ、だが。悪くないなゴンズ」

 

 

 ドレイクの灼熱の息の前に左腕を翳したゴンズの左腕と左半身は、もはや炭化し今にも崩れ落ちそうになっており。

 右手に至っては、ドレイクの顎によって噛み千切られた事で、肩から先が既に失われていた。

 

 そしてジャミもまた、幾度もドレイクの竜鱗へ叩きつけてきた蹄は粉々に砕け散っており。

 その全身には、幾度も踏み潰され光球を叩きつけられた事による、無数の傷跡が刻まれていた。

 

 だがそれでも、彼らの顔には悲愴な感情は欠片たりとも存在していなかった。

 

 

「ジャミ、ゴンズ。お前達は確かに強かったよ……」

 

 

 全身にジャミとゴンズから刻まれた傷跡を残しながらも、両足で大地を踏みしめているドレイクは。

 心からの賞賛を2匹の魔物へと送り。その言葉にジャミとゴンズは偉そうなこと言ってんじゃねぇ、とゲラゲラ笑いながら返しながらも。満更でもなさそうな表情を浮かべていた。

 

 

「なぁ、ジャミ、ゴンズ……本当に降る気はないのか?」

 

「お前は俺達を馬鹿にしてんのか?俺達みてーのはな、殺し合いがなきゃ生きていけない魔物だってのはおめーが一番知ってるだろうが。ドレイク」

 

「その通りだ、それにな……私達の主はゲマ様ただ御一人。ソレを違える気は永劫無いのだよ」

 

 

 ゲラゲラ笑いながら返すゴンズに、気取った調子を崩すことなく答えたジャミの言葉に。

 ドレイクは顔を歪めながらも、覚悟を決めると傷だらけの翼を広げ、体内で複数の力を織り上げ混ぜ合わせ始める。

 

 

「そうだドレイク、それで良い……」

 

「へっ、アイツ泣きそうな顔してやがらぁ」

 

 

 己が放てる最大限の攻撃によって葬る事で、せめてもの賛辞を与えようとしているドレイクの心情を、奇妙な事に2匹の魔物は苦笑いしながらもはっきりと感じ取ると。

 ドレイクが咆哮と共に放った、極光のブレスが齎す身も心も光の中へ解き消えて逝くような感覚を感じながら、魔物らしからぬ穏やかな気持ちのまま……。

 

 

 

 

 2匹の魔物は、光の中へ消えて逝った。

 

 その後響いた傷だらけの白銀の巨竜の咆哮は、果たして勝利の雄叫びか。

 はたまた、強敵であった友を自ら殺した事に対する、嘆きの雄叫びか。

 

 この時の心情を、ドレイクは未来永劫語る事は無かったゆえに、真実を知る者は巨竜以外には存在していなかった。

 




誰だお前状態の、ジャミ&ゴンズ。退場です。

今だから言えますが、本作は原作DQ5で影が薄かったり非業な結末を迎えたキャラクターを何とかしたい、と言う裏目標がありました。
ゴンズ、ジャミageはその流れの一環です。
イブールも、主人公に若い頃因縁を持たせて存在感を出しつつ、無残に殺されて手駒Cに終わるという結末を変えたり……。
ポッと出であるが故に、ラマダに妙な属性をつけたりしたのもその一環でした。

残るはマーサ義母さん救出と、ミルドラース爆砕を残すのみ。


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34

前回までのあらすじ

本作屈指のイイ空気勢ジャミ&ゴンズ、盛大に満足しつつ散る。


エビルマウンテン  〇日

 

 

 ジャミとゴンズを下し、介錯を終えた俺達は遠巻きに眺めてくる事しか出来ない魔物達を無視し、戦いで負傷した俺の治療を終えると。

 背中にリュカ達を乗せて一気にエビルマウンテンの突破を狙う、大型の魔物も多数闊歩している居城だけあって、多少窮屈なれど突入する分には言うほど問題はなかった。

 

 ジャミとゴンズについて思うところが無いと言えば嘘になる、だけども……いや、やめておこう。女々しいだけだ。

 

 

 時折立ち塞がる気概のあるヘルバトラーらしき魔物を、光球集中砲火で蹴散らして次々と階層を突破し、何やらパズルじみた仕掛けはブレス一撃で通路をこじ開けて無理やり押し通り。

 たまに魔物達の呪文やブレスが俺の体に直撃するも、背中にしがみついているマリアやポピー、リュカがすかさず回復呪文を飛ばしてくれるおかげで、ほぼ不沈艦と言える状態だ。酷い話にもほどがある。

 

 

 そうしてギミックや厳戒態勢の魔物を片っ端から蹴散らし力押しでこじ開けて到達したのは、酷く開けた空間。

 そして、遠目に見える祭壇で独り祈っている壮年の女性の姿を確認できたため、翼をはためかせて女性の傍へと降り立つ。

 

 突然現れた巨竜こと、俺の存在に女性は目を見開いて驚愕するが、すかさず俺の背から飛び降りたパパスさんが女性へ駆け寄って強く抱きしめる。

 どうやら、この女性がマーサ義母さんらしく。パパスさんは涙を流して男泣きに泣きながら、ようやく会えたと、抱き締められたと呟いている。

 駆け寄りたくも、どうして良いかわからないと言った様子のリュカに視線を送り、行ってやれと促したところで。

 

 

 広い空間に歪な亀裂が俺の目の前で作られ、そこからマーサさんを中心に俺達めがけて悪意を具現化したかのような漆黒の魔力が降り注ごうとしているのが見え。

 咄嗟に、伏せろと家族達へ向かって叫びながら、翼を広げて俺の体全体を使って家族達を魔力の暴風から必死に庇う。

 

 

 結論から言えば、誰一人命を落とすことなく不意打ちとも言える暴風を凌ぎ切る事が出来た。

 一瞬死ぬかと思ったが、一足先に我に返ったリュカがすぐにベホマを飛ばしてくれたおかげで事なきを得る事が出来た、良かった良かった。なんて言ってたら怒られた、正直申し訳ない。

 

 何やら、ミルドラースと名乗る亀裂から聞こえる声が、長々と色々とほざいているが命を賭けてでも大魔王の力を削ごうとするマーサさんを説得するのに忙しいから後回しなのだ。

 しかし鬱陶しい事この上ないので、亀裂めがけて極光のブレス(弱)を叩き込んで強制的に黙らせておく。

 

 

 そんな事をしていたら、マーサさんが茫然とした顔で俺を見上げていたので。改めて自己紹介しつつ、娘さんは必ず幸せにしますと順番が前後している事をマーサさんへ宣言。

 マスタードラゴンの子であり、ソレが娘の夫であり孫の父であると共に、何人もの女性を娶っているという状況にマーサさん思わずあんぐり。

 小さくブツブツと呟いている内容から、私は怒るべきか娘を幸せにしてくれたのを感謝すべきかどちらなのでしょう、と悩んでいる様子だった。なんだか申し訳ない。

 

 魔界に来た俺達の様子から、もしかしてとは思っていたがまさかドンピシャリの大的中と言う状況に、さすがのマーサさんも頭を抱えているらしい。

 重ね重ね、なんだか申し訳ない。

 

 

 

 そんなこんなで多少グダりつつも、状況を軽く整理をする。

 俺としては、メンバーを分けてでも長年の生活で疲弊したマーサさんを地上へ連れ帰ってほしい所であったが、マーサさん自身から反対されたためNG。

 

 パパスさんからも、どうか頼みを聞いてやってほしいと頼まれたので、同行を願う事にする。

 大型の魔物数匹に妻6人子供6人、パパスさんとマーサさんで結構な大所帯だが。何とか俺の背中には載せられる。

 いざとなれば、全員を載せて離脱すればいいし。最悪ルーラを使える娘達に危険な状態になった人員を連れて先に逃がせば良いしな。

 

 

 さて、それじゃあ。

 全ての悲しみの原因となった、大魔王を討ち取りに行こうか。

 

 

====================================================================================

 

 

 深き闇の中、王の中の王と自ら称する大魔王ミルドラースが、白銀の巨竜の吐息によって負わされた手傷を自ら癒しながら、瞑想に耽る。 

 地上で何やら部下の魔物達が色々とやっていたそうだが、ソレすらも大魔王にとってはどうでもよい話であった。

 

 

 大魔王にとっては、自らの力を高める為の時間稼ぎ程度になれば良いという程度だったのだ。

 故にこそ、ゲマと言う部下には好きなようにやらせていたし、ゲマの遺臣とも言える魔物二匹も大魔王にとっては塵芥に過ぎない存在でしかなかった。

 

 大魔王にとっての渇望は、自らの栄光を阻んだ竜神マスタードラゴンへの復讐と、自らの力を以って全てを自らの手の中へ納める事ただそれのみ。

 故にこそ、羽虫が如き侵入者を駆除せんとした自らの攻撃を防ぎ、かつ自分へ手傷を負わせたマスタードラゴンの力を感じさせる白銀の巨竜は、何においても捨て置くわけにはいかない怨敵となっていた。

 

 だからこそ、大魔王は油断も慢心も捨てて枯れ枝のような異形の老人と言える姿を捨て去り、瞑想をしながら真の姿へと自らの体を変貌させていく。

 心身になじみ切った進化の秘法、それが齎す全能感に大魔王は酔いしれながら、かつて天空の勇者に討たれた魔王とは違い自らの理性と心を保持したままその体を膨張させていき。

 肥大化したエゴとプライドに似つかわしい異形の姿へ変り果てながら、轟音と共に自らが君臨する空間へ侵入してきた白銀の巨竜と、その背に乗る英雄たちを見据える。

 

 

 集めておいた魔物達の中で何匹か逃げ出そうとしたのを、大魔王は見せしめとばかりに縊り殺し逃げたら殺すとだけ魔物達へ言い含めながら。

 殺意をその目に漲らせる白銀の巨竜へ向かって、その口を開いた。

 

 

「良くぞ来たな、竜神マスタードラゴンの力を持つ者よ。しかし、貴様の力など気の遠くなるような年月の果てに得た私の力の前には無力だ」

 

 

 眼前に立つ白銀の巨竜は確かに強いと、大魔王は自らの目で見たまま受け入れ、故に自分の勝利は揺るがないと判断すると。

 絶望を与えるべく、暗黒の魔力を纏いながら口を開き、絶望を告げる。

 

 

「私の下僕達がくだらない事をしていたようだが。それすらも不要だったのだ、何故ならば私は運命に選ばれた者なのだからな……さぁ来るがよい。私が魔界の王たる所以を見せてやろう」

 

 

 白銀の巨竜の背に乗る黒髪の少女が、引きつったような悲鳴を喉から出すのを聞きながら、大魔王は魔物達に攻撃命令を下した上で。

 不埒者である白銀の巨竜、そして天空の勇者たちを葬るべくその足を踏み出した。

 

 

 大魔王の言葉、そして迫りくる魔物達の軍勢。

 しかし、白銀の巨竜には怯えの感情は一切無く。

 

 

 

 ただ一言を以って、開戦の狼煙とした。

 

 

 

 

「お前の遺言はソレでいいんだな」

 

 




少し短めですけども、マーサさん救出と決戦前の前振りでキリが良かったので投稿しました。
次回、しょっぱなから第二形態モードのミルドラースさんとの決戦です。

Q.なんで最初から第二形態なん?
A.慢心と油断なく不届き物を滅する為です。後は、一撃は油断ならないから変身の隙つかれてはならん。という心理も働きました。

Q.で、実際ミルドラさんドレイクより強いん?
A.タイマンだとドレイクは勝てません。回復手段が乏しい故にイイ所まで追い詰めた後撃墜されます。

そして、単独で力を積み上げ、部下たちに対して無関心であるが故に複数の力が集まった強さと言うモノをミルドラさんは知りません。
集めた魔物達も弾除け程度にしか見てないというブラック上司です。


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35

前回までのあらすじ

ミルドラースさん、フラグの海に埋まる。

4/2 長い充電時間頂いておりましたが、今週末更新させて頂きます。


「ギガ、デイィィィィィン!」

 

 

 天空の剣を握りしめた、白銀の巨竜の背に乗った勇者。レックスが何度目かもわからない破邪の雷光を大魔王ミルドラースへ放つ。

 その一撃は、イオナズンを足元に撃ち込まれてよろめいた大魔王に直撃し、お返しとばかりにイオナズンをミルドラースが放つも白銀の巨竜が身を挺して背に乗った家族達、そして足元で闘う者達を庇う。

 

 規格外の魔力から放たれたその呪文は、一撃で巨竜……ドレイクの全身に軽くない痛手を与えるも、即座にマリアとポピーが回復呪文をかける事で修復されていき。

 その瞬間、体力と魔力の補充を終えたリュカがドレイクの背から飛び降りながら、手に握りしめたドラゴンの杖の力を解放してドラゴラムを発動すると。ドレイクとよく似た、幾分か細身のドラゴンへと変貌。

 ドラゴンと化したリュカは視線だけでドレイクへ合図を送ると、灼熱の炎を大魔王へ浴びせかけ……ドレイクはそのブレスと反発しないよう位置を調整しながら、輝く息をミルドラースめがけて発射する。

 

 ブレスの余波によって、絶え間なく襲い来る魔物の群れが壊滅状態に陥る中、何匹かのギガンテスが決死隊とばかりに飛び出してくるも……。

 ドレイクの足元で闘い続けている、パパスとコリンズの連携でそれらの魔物は成す術もなく迎撃されていき、遠距離から呪文を放とうとしていたライオネックの頭部に、テンが放ったビッグボウガンのボルトが深々と突き刺さる。

 

 

 大魔王との決戦は、さながら砦が如き立ち回りをするドレイクを基点として、圧倒的な攻撃力と体力を誇る大魔王ミルドラースと言う名の城を攻略する攻城戦が如き様相を呈していた。

 人数上はドレイク側が圧倒的に不利であった。

 

 

 だがしかし。

 

 

「今です!皆さん!」

 

「コリンズ、突出しすぎるなよ!」

 

「お爺様こそ!無茶は禁物だぜ!」

 

 

 ドレイクの背に乗り、戦況を窺っていたマーサが響き渡るような透き通った声で合図を送ると共に状況が動く。

 

 互いに背を預け合いながら、パパスとコリンズが互いに叱咤しあい、隙を見せる事なくドレイクへ群がろうとする魔物達を斬り伏せて蹴散らし。

 彼らへ忍び寄ろうとする魔物を、ゴレムスやアンクルが全力で叩き潰し、スライムナイトのピエールが傷付いた戦士達をベホイミで癒しながら、ライオネックと切り結ぶ。

 

 

「ベネットお爺ちゃん特製の爆裂ボルトだ。持っていけぇ!」

 

「テン!玩具に夢中なのは良いけど、シャドウの事も考えるのよ!」

 

 

 爆弾岩の欠片を素材にした、突き刺さった目標にイオラ並みの爆発をピンポイントで叩き込むボルトをビッグボウガンにセットしたテンが、跨ったシャドウの機動性で翻弄しながら危険な呪文を放とうとした魔物達を狙撃して爆砕し。

 前線でグリンガムの鞭を振るうデボラが、グレイトドラゴンの攻撃を避けながら注意を飛ばす。

 

 

「ビアンカ、近寄る魔物はこちらが引き受ける。攻撃呪文の手を緩めるな!」

 

「言われなくてもわかってるわヘンリエッタ!頼りにしてるからね!」

 

 

 チロルにビアンカと共に跨ったヘンリエッタが、デーモンスピアを振り回し果敢に向かってくる魔物の息の根を一突きで止めながら、返り血を浴びても気にすることなくビアンカへ向かって叫び。

 片手でチロルに掴まりながらビアンカはその叫びに対して吼えるように応じながら、ミルドラースが隙を晒すたびに地上からメラゾーマをこれでもかと言わんばかりに放ち続ける。

 

 そうして戦線をかき乱し、白銀の巨竜を討伐するのに邪魔な連中に対してミルドラースが業を煮やし、巨竜討伐ではなく人間達を先に滅ぼそうと目標を変更すれば……。

 その隙をドレイクは見逃さず、全身に魔力を迸らせて天に向かって咆哮し、その直後に暗黒の空間全体に青白い雷光の雨を豪雨のように降り注がせることで、魔物の群れに壊滅的な損害を与えた上でミルドラースの巨体に多大なるダメージを与える。

 

 

 忌々しい攻撃に四つの腕で自らの体を守りながら、瞑想で傷を癒そうとするミルドラースであるも。

 そこにすかさずドラゴンへと姿を変えたリュカが灼熱の息を浴びせかけると共に……ドレイクの背に乗っているレックスがギガデインを、タバサがメラゾーマを、ソラとフローラがイオナズンを連続で叩き込み。

 魔物の群れの圧力が緩んだタイミングで、マリアとポピー、そしてマーサが治療と補助を全体へかけ直していく。

 

 

 最早封殺と言わんばかりの布陣と連携、しかしある意味で当然とも言えた。

 リュカ達は、自分達の持てる力全てを使ってドレイクを取り戻す為の闘いを挑む為に、幾重にもパターンを構築した上で様々な作戦を用意していた。

 その作戦は、致死の一撃を率先して受け止める白銀の巨竜と化したドレイクと……。

 長い年月の間ミルドラースに利用され続ける中、大魔王の精神性と特性を分析し、適切な手を指示し対応を打てるマーサが加入した事で盤石と言える状態となっていたのだ。

 

 

 

 大魔王ミルドラースは、自分が今置かれている状況を理解できなかった。

 進化の秘法を御しきり、更に永い年月で魔力と力を蓄えた王の中の王である自分が、何故ここまでやりこめられているのか。

 苛立ちと共に放った呪文や攻撃は、誰も死なせないと強い意志と決意を持ったドレイクに全て防がれ、矮小と断じた者達の攻撃は自分の配下のみならず自分自身にも少なくない痛手を与えてくる。

 

 

「何故そのような力を持ちながら、人の為に戦う……?いずれ排斥されるというのに……」

 

「そんな事、俺が知るかぁ! 家族の為に戦ったらついでに世界が救われる、その程度でいいんだよ!」

 

 

 一矢報いんとばかりに、逃げ惑う魔物達を踏み潰しながらミルドラースは白銀の巨竜へ突進し、四つの腕による一撃を叩き込もうと襲い掛かる。

 しかし、左右に分かれた白銀の巨竜ことドレイクと、ドラゴンに変じたままのリュカがミルドラースの剛腕を全力で受け止めた。

 納得がいかないとばかりに、大魔王は白銀の巨竜へ語り掛ける。しかし巨竜はその言葉を一蹴し、ミルドラースの膂力に負けそうな妻の様子を横目で見るや否や。

 

 

「レックス! 力を託す、ミナデインをぶち込んでやれぇ!」

 

「うん!」

 

 

 背中に乗ったままのレックスに、超弩級の一撃を放つよう合図を送る。

 まずいと思い逃げようと大魔王はもがくも、ドレイクに受け止められた2本の腕は震えるのみで言う事を聞かず、リュカに受け止められている方の腕は多少自由が利くも、それでもまともに動かす事は出来ない状態で。

 

 潰走状態となっている魔物の群れの中からドレイクの背後へ戻ったパパス、ビアンカ、ヘンリエッタ、デボラ、コリンズ、テン。そしてチロルとシャドウを筆頭としたモンスター達の家族達と明日を迎えたいという願い。

 そして、ドレイクの背に乗ったままのマーサ、フローラ、マリア、タバサ、ソラ、ポピーの平穏な愛に満ちた日々を続けたいという祈り。

 この場には居ない、遥か遠い地上で息子たちの帰りを待つマスタードラゴンと……家族と友の帰りを待つ者達の想い。

 

 今この時も、大魔王を逃さない為に拘束し続けているドレイクとリュカの……天空の剣に宿るホークの未来への希望が。

 

 

 ドレイクの背で瞑目し、天空の剣を掲げるレックスの体に確かな力となって集まっていく。

 

 

 

 最早目も開けていられないほどの輝きと暖かさを放つソレを、大魔王ミルドラースは恐怖した。

 なんなのだアレはと、どうして絶対的な力を手に入れた自分を凌駕する力をアレから感じるのだと。

 

 

 絶対的な支配者となるべくただ独りで力を高め続けた事が、皮肉にもミルドラースから今自分を滅しようとする力の存在を理解させることを拒ませていて。

 己の欲望と害意の為に、他者を踏み躙る事すら無関心であった王の中の王。大魔王ミルドラースは……。

 ドレイクを起点として作られてきた絆が齎した、レックスが放つミナデインによってその存在を根源から抹消されるその瞬間まで、己の間違いに気づく事は無かった。

 

 

 




【悲報】ミルドラース、ミナデインによって爆砕される【残当】

プロット上は、追い詰められたミルドラースさんが第三形態発動してぶっ殺しに来るまで考えたのですが……。
無関心で独りであったが故に、束ねた力に蹂躙される。と言う展開の方がスムーズになりそうだったのでこうなりました。
故に、ミルドラース救済案は永遠に没となったのだ……。


次回からは大団円のエピローグの予定。
ラストバトルがドレイク戦に比べあっさり?でも正直、あれ以上の激闘を書く自信なかったんです。
お許しください。


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36(本編完結)

大変お待たせしました。
エンディングとも言える、話となります。


 

 

 

 王妃マーサを背に乗せ、誰一人欠ける事無く凱旋した白銀の巨竜の姿を、魔界に通じる異界への入口の前に集まった人々は固唾を飲んで見守る。

 そして、背に載せた人々を下ろして人間の姿に戻ったドレイクが、大魔王を滅ぼした事を告げた瞬間洞窟中に響き渡るような声で歓声が響き渡った。

 日々を生きる大多数の人々は知る由もなかった、地上を蝕もうとした悪意は討ち滅ぼされたのだ。 

 

 

 そして、時は流れ……長年の虜囚生活によって衰弱したマーサの治療と、激戦を終えたドレイク達の疲労が取れた頃のグランバニアにて。

 彼の国の歴史上、前例のないほどに盛大な宴が催されていた。

 

 

「ドレイク、本当に、本当にありがとう……」

 

「水臭い事言わないでくれ、パパスさん」

 

 

 杖の支えを要しつつも、自らの足でしっかりと立っているマーサの傍に寄り添いながら、義理の息子であると共に娘の伴侶であるドレイクに国王のパパスは深く頭を下げる。

 その顔付き、そして漂う雰囲気はかつて旅をしていた頃に比べ、随分と落ち着いた年相応のモノへと落ち着いていた。

 

 もう、剣を手に取り戦う必要はないのだとパパスは理解し、残りの生を妻と家族達と過ごそうと決意した男がそこにはいた。

 

 

「マーサさんも、アレから体調はどうだ?」

 

「正直良すぎて怖いくらいよ。レックスの結婚式を夫と一緒に見るまでは死ねないわ」

 

「夫婦そろって、末永く長生きしてくれ」

 

 

 療養生活の間、自らの娘を含めた複数の伴侶を娶っている義理の息子に持っていた隔意も、まぁそれなりに打ち解けたマーサは。

 ドレイクの問いかけに上品に笑いながら、夫婦揃っての長生き宣言をしてくれた様子に嬉しそうにドレイクは笑みを浮かべると、二人と乾杯してから朗らかな笑顔を浮かべて給仕に回っているサンチョへ近づく。

 

 

「サンチョも、こんな時ぐらいゆっくりすれば良いのに」

 

「何を仰いますか坊ちゃま、こういう時だからこそしっかり働かないと。しかし……ううっ……パパス様とリュカ様が旅に出られてから、今日この時をサンチョは待ち望んでおりました……!」

 

「サンチョは相変わらず、涙脆いなぁ」

 

 

 空のグラスが幾つも載った盆をテーブルに置き、目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭うサンチョの様子にドレイクは苦笑いを浮かべつつ。

 全部終わったんだ、後は平和な生活が続くさとドレイクが言葉をかけたところ感極まったサンチョの啜り泣きが号泣へと変わり、気まずさからドレイクはサンチョから飲み物を受け取りつつそっとその場を立ち去る。 

 

 

「やぁドレイク、まさか義理の息子が大魔王討伐の立役者だなんて、驚けば良いのか鼻高々なのか。どっちだろうな?」

 

「何言ってんのよアンタ!まずは感謝するのが先さね、全員無事に帰ってきてくれた上に平和を齎してくれた事のね!」

 

「ははは、変わんないなお二人さんは」

 

 

 既にほろ酔い気味なのか、赤ら顔のダンカンはドレイクに気付くと肩を叩きながらとぼけた表情でそんな事を呟き。

 隣に立っていたダンカンの妻、マグダレーナが遠慮ない強さで夫の脇腹を肘で小突く事で勢いよく咳き込ませている。

 そんな、本来の歴史であればありえない幸せな二人へと、ドレイクは笑みを浮かべながら言葉を交わし。次の人物の下へ向かう。

 

 

「おお婿殿! お主にはどれだけ感謝を重ねても足りぬわ、デボラも娶ってくれた上に孫まで見せてくれた事まで含めてな!」

 

「もうあなたったら、そんな事言うとまたデボラに叩かれますわよ?」

 

「こちらこそ、ルドマンさん達の援助のおかげで遠慮なく大魔王をぶちのめす事が出来た。感謝し足りないのはこっちの方さ」

 

 

 義理の父の一人である、ルドマンと軽くグラスを合わせて乾杯しながら共に杯の中身をドレイクは呷り。

 横目で、気付いてない振りをしながらも、こちらに聞き耳を立てているデボラに気付き、まとめて折檻を受ける前にドレイクはそそくさとルドマン夫妻から離れ……。

 近くで談笑していた、アンディ夫妻の傍へ歩を進める。

 

 

「この間は苦労かけたなアンディ、嫁さんとは上手くいってるか?」

 

「ああドレイクか、勿論だとも。僕には勿体ないぐらいに出来たお嫁さんだからね」

 

「あ、あの、その。初めまして、スーザンと申します」

 

 

 新たな中身の入ったグラスを目についたテーブルから手に取り、ドレイクはアンディとグラスを突き合わせる。

 そして、紹介されたアンディの嫁に挨拶を返し、妙に緊張している様子から首を傾げて聞いてみれば。 ドレイクの活躍を詠った詩があり、その詩の渦中の人物だからねとアンディはグラスの中身を啜りながら答える。

 ドレイクはどんな詩なのか気になって聞こうとするも、聞いたら恥ずかしくて死ぬかもしれないという予感を感じ。軽く談笑をして二人から離れる事を選んだ。

 

 

 

 ドレイクは、パーティに来場している人物たちの様子を軽く視線を巡らして見回す。

 誰もが笑顔を浮かべ、そしてその全ての笑顔には未来への希望が輝いていた。

 何故か、生まれ持っていた知識にあった理不尽に納得がいかず、故に立ち向かい続けて得られた未来。

 眩いばかりのソレに、ドレイクは無意識の内に柔らかな微笑みを口元に浮かべて、グラスの中身を飲み干す。

 

 そして、少し離れてパーティの様子を見詰めていたドレイクに、プサンがほろ酔い状態を隠すことなく近づき。

 左手に持っていた、中身が満たされたグラスを息子へと手渡す。

 

 

「ドレイク、お前が勝ち取った未来で幸せだ。そんな離れたところに居るモノじゃないぞ?」

 

「親父……ああ、そうだな」

 

「……ドレイク、お前の中の魂がこの世界に産まれたモノと少しだけ違うと言う事は私は最初から知っていた。しかし、その事に負い目を感じる必要はないぞ……お前は私の息子なのだからな」

 

 

 プサンからグラスを受け取り、宴の中心へ向かおうとするドレイクの背に、プサンから穏やかで父性に満ちた声が投げかけられる。

 不意打ち気味に放たれたその言葉を聞いていたのは、ドレイク以外には居らず……ドレイクはグラスを肩越しに掲げて、プサンへの返事とした。

 

 

 

 

「ドレイク大丈夫? 飲み過ぎてない?」

 

「結構飲んでる筈だけど、割と平気なんだよな……」

 

「お父さん、お酒臭いよー」

 

 

 宴の渦中で談笑していた、愛しい妻と子供達の輪へとグラス片手に近づくドレイク。

 そんな夫に、いち早く気付いたリュカが心配そうに声をかけ、ジュースを片手に兄弟達と談笑していたレックスが楽しそうに笑い声を上げる。

 息子の言葉に、ドレイクはニヤリと笑みを浮かべると片手で抱き上げて頬擦りし、頬擦りされた息子はじたばたともがいて逃れようとする。

 

 そんな事をすれば、構ってもらいがちな彼の子供達は僕も私もー、と父親であるドレイクに飛びつき始め。

 グラスの中身を零さないようテーブルに置いたドレイクは、まとめて面倒を見てやるとばかりに一遍に抱き上げ、父親の腕や腰にぶら下がった息子や娘達が嬉しそうな歓声を上げる。

 

 

「うふふ、ドレイクまであんなにはしゃいじゃって」

 

「まるで大きな子供よねー」

 

 

 そんな夫と子供達の様子に、ビアンカはクスクスと微笑み、デボラはこれ見よがしに溜息を吐きながらもその目には家族を慈しむ感情を隠しきれておらず。

 二人の視線の先で、子供達はしきりに今後は父親であるドレイクと、ずっと一緒に居られるのかと念押しをしていた。

 

 

「ドレイクさんの英雄譚を、劇場方式で広めれば……」

 

「……マリアさん、その話。詳しく聞かせて下さいな」

 

「承りました。まずは各国で有名な吟遊詩人の心を擽るようなドレイクさんの逸話をですね……」

 

 

 そして、ドレイクと子供達の様子を尻目に、未来を見据えた英雄譚の伝達をマリアが目論見。

 その独り言を聞き逃さなかったフローラが、ほんわかとした口調とオーラを崩すことなく詳細を望み、後日ドレイクが恥ずかしさの余り悶えて転がるエピソードが伝播される切っ掛けになったりしていた。

 

 

「なぁマリア、ヨシュアはどうした?」

 

「兄さんならあちらにいますよ。ご令嬢様方に囲まれて身動きが取れないようです」

 

「……ヨシュアもアレで、顔は整っているし腕は立つからな」

 

 

 ついでにドレイク様の親友で独身ですから、令嬢様方は狙いますよね。などとマリアは朗らかに笑いつつ、視線で助けを求めてくるヨシュアの助けをそっと見なかった事にし。

 ヘンリエッタもまた、マリアに続いてヨシュアを見捨てつつ、頭を強引に撫でられ逃げようとしつつも満更じゃなさそうな息子のコリンズの様子に、穏やかな笑みを浮かべる。

 

 やがて、父親に構ってもらって満足したのか子供達は一人、また一人とドレイクから離れて母親の傍へと戻り。

 元気が有り余ってる子供達の相手で少し疲れたのか、ドレイクはグラスを手に取ると中身を一気に呷ると、そっと傍に寄り添ってきたリュカの頭を撫でながら。

 走り続け、戦い続け、頑張り続けてきた男はぼんやりと言葉を紡ぎ始める。

 

 

「……なぁ皆。俺は俺なりにずっと頑張ってきたつもりなんだけどさ……俺は、頑張れたのかな?」

 

 

 知りうる限りの理不尽な運命に抗い、立ち向かい、薙ぎ払ってきた男の呟き。

 その内容に、ドレイクの言葉の意味が解らない子供達は首を傾げる等して不思議がる中……。

 ドレイクを愛し、ドレイクが愛する妻達は互いに顔を見合わせて、柔らかく苦笑いすると。

 

 

 口を揃えて、しょうがない人だなぁというどこかズレた感性を持つ夫へ、告げる。

 

 

「「「「「「むしろ頑張り過ぎ」」」」」」

 

 




以上を以って、拙作である本作は一旦本編完結となります。
長く、そしてブレまくった本作にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。




長い充電期間を置かせて頂いた理由ですが、あのまま勢いで書くと寿命的に一人置いていかれたドレイクが。
「俺は、大丈夫だ……まだ、まだ頑張れる……」
と疲れ切った目で、呟きながら妻も子もマスタードラゴンすらも居なくなった世界で、一人守護者として戦い続けるというエンディングを書きそうだったからです。

なので、色々とハッピーエンドな作品や展開に触れたり、グラブルのポブ散歩走り続けたりしてハッピーエンド力を溜めておりました。

途中、何個かネタがある平和になった後の世界の番外編、後日譚を書いた後。締めのエピローグを書いて終了となります。


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後日譚1『職業:無職』

平和になった時代、穏やかな日常。
闘いぐらいでしか役立てない、男の闘いが今始まる。かもしれない。


 

 

 大魔王ミルドラースを討伐し、平和が訪れた世界。

 そんなある日の事、白銀の巨竜として大魔王討伐の闘いにて八面六臂の活躍をした男、ドレイクはグランバニア城のテラスにて……

 

 

「……いかん、暇過ぎる」

 

 

 仕事がないという現実から逃避するかのように、ぼんやりとお茶を啜っていた。

 何故ドレイクは暇なのか、ソレには色々と政治的事情が大きく関わってくる。

 

 ドレイクと言う存在は、言ってみれば単独で国家総動員した軍隊にすら匹敵する、この世界における単独でありながらも最強の戦略級ユニットと言えるのだ。

 更に、天空の勇者としての実績がある上に子供達は誰もが綺羅星が如き才能の塊で、各国家の要人とも関係が深い。

 トドメとばかりに、彼の父親は最高神であるマスタードラゴンと来たから、更に国家として考えた場合彼の扱いは非常に面倒この上ない事となる。

 

 ここまで積み上げたら、いっそ排斥した方が楽としか言えないレベルの存在なのだが、彼が成した功績と名声が幸いにもその手の風潮が産まれる事を防ぐ役割となっていた。

 しかし、ドレイクが無職と言う名の妻達のヒモ状態というのは、変わらないのである。

 

 

「なぁピピン、ちょっと畑とか耕したりとかで貢献できたりしないかな?」

 

「出来ないと思いますよ」

 

「だよねー」

 

 

 ついでに、ドレイクと言う男は割と戦う事以外は、これと言った特技が無い生い立ちをしていた。

 せめて、幼少の頃から始めており大神殿でも実績のあった農業をやろうかと、傍に控えていた若い兵士に問いかけてみるも、返事は無常である。

 

 

「レックスは勉強中だし、タバサはダンカンさんのところで宿の手伝いしてるしな……」

 

「ドレイク様は、ゆっくりしても許されると思うぐらい実績上げてるからのんびりしてれば良いじゃないですか」

 

「なんかこう、気持ちが落ち着かない。こう……嫁の稼ぎだけで生活するあらくれ的な存在になったみたいで、やだ」

 

「難儀な性分してますね、ドレイク様」

 

 

 考えていても埒が明かないとドレイクは一念発起すると、カップの中のお茶を飲み干して席を立って歩を進める。

 目指すは、玉座の間にいる義父と愛する妻の一人であるリュカの下である。

 

 

 そんなこんなで辿り着き、王としての職務に専念するパパス達が落ち着くタイミングを待って玉座の間へ足を踏み入れるドレイク。

 そして、ドレイクが神妙な顔をしているから何かあったのかと心配する二人であったが、ドレイクの言葉に思わず苦笑いを浮かべる事となる。

 

 

「暇すぎて、居心地が悪いとは……難儀な性分だな、お前も」

 

「そうだよドレイク、そんな事気にしなくていいのに」

 

 

 ドレイクの言葉に苦笑いしつつも、旅を続けその中で路銀を稼ぐために魔物退治をしたり街の住人の依頼を受けたことがある父娘は、ドレイクの気持ちもまた何となく理解はでき。

 それ故に、ドレイクにも出来そうでかつ国家間の問題を招かない仕事として、新兵への訓練教官をやってみてはどうかと仕事を持ちかけた。

 

 そしてコレが、ある意味において悲劇であり喜劇の始まりであった。

 

 

 ドレイクという男は、幼少期に母から訓練を受けながら……へびておとこや、ホークブリザードが闊歩する魔境とも言える環境を生きてきた男である。

 故にこそ、彼にとって訓練や鍛錬と言うものは死と隣り合わせであり、死中に輝く生を掴みとる為のモノなのだ。

 

 つまりどう言う事か起きるかと言えば。

 

 

 

「こひゅー、こひゅー……」

 

「あばっ、あばばばばっ……」

 

「くっくるーがとんでいる、ぴよ、ぴよ、ぴよ……」

 

 

 息も絶え絶えに練兵場に転がる未来を夢見ていた新兵だった者達が、その答えだ。

 

 

「ドレイク」

 

「はい」

 

「頑張らせすぎ」

 

「ごめんなさい」

 

 

 ついでに、下手人であるドレイクは妻であるリュカに、練兵場の隅にて正座させられ説教を受けていた。

 ドレイクにとっては軽い、子供でもできる運動から始めてみようかという気持ちで、かつて自分が受けていた訓練や走り込みを延々とさせていただけなのだが。

 いかんせん、エルヘブンの中でも少々ズレている一族出身な母親から受けていた訓練自体が、一般的な訓練から大きく離れているということ自体をドレイクは知らない事がこの悲劇の原因だったのは言うまでもない。

 

 

 そんなこんなで、ドレイクの訓練教官は一日でその任を解かれる事となり。

 どうしたものかと、とりあえず手慰みとばかりに一角うさぎ一家の新作を彫りながら、次の無職脱出計画を思案するドレイクなのであった。

 

 

「あのードレイク様、思ったんですけども」

 

「どうしたピピン」

 

「もういっそ、リュカ様やビアンカ様、そしてそのほかの奥様方に飼ってもらうのが一番なのでは?」

 

「ぶっ飛ばすぞこの野郎」

 

 

 

 

 うららかな日差しが降り注ぐ中、今日も今日とて半ば指定席じみてきたグランバニア城のテラスにて。

 そんな会話を続ける男達なのであった。




魔物退治に出ようにも、それはそれで妻や子供達に心配かける事になるので出るに出れないアホな男が。そこにはいた。


こんな感じで、緩い後日譚を不定期に今後出していく予定です。


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後日談2『シャドウのハーレム事情』

ドレイクの無職脱出&ヒモ生活と並行して、起きている日常の出来事なお話です。
まぁほら、飼い主とペットはよく似るよね。


 

 

 マスタードラゴンの嫡子であり、世界最強の無職であるドレイクがとある疑問を感じたのはとある日の事……。

 妻の一人であるビアンカの両親が宿屋を営んでいるサラボナ北の村で、ドレイクがビアンカと寄り添いながらのんびりとお茶を啜っていた時にふとある事に気付く。

 

 

「なぁビアンカ、なんかシャドウが心なしかウキウキした様子で村の外へ出ようとしてるが。大丈夫なのか?」

 

「ああアレね、なんでも奥さんに会いに行ってるから大丈夫みたい」

 

 

 カップをソーサーへ置き、ビアンカの三つ編みを指先で弄りながら問いかけるドレイクの手に、自らの手を重ね絡めながらビアンカは答え。

 その時のドレイクは、なんだアイツもやる事やってんだなぁ。などと呑気に答えつつビアンカの肩を抱き寄せようとし……。

 二人を呼びに来たタバサの声に、慌ててその手を引っ込めていた。この男も大概である。

 

 

 

 そしてまた別の日。

 今度はサラボナの街のルドマン邸にて、ドレイクが一角ウサギ家族シリーズの新作であるミニチュア状のお屋敷を作っていた麗らかな陽気が窓から差し込む昼下がり。

 

 父親であるルドマンの仕事を手伝っているデボラの愚痴に対して、適当に相槌を打っていたところ半眼になりながらデボラに耳を引っ張られたドレイクは悲鳴を上げながら視線を動かした時に……。

 つい最近、サラボナ北の村で見た時と同じ雰囲気を醸し出しながら、町の外へ出ていこうとするシャドウに気付く。

 

 

「な、なぁデボラ。シャドウは大丈夫なのか?放っておいて」

 

「お気に入りの女の子に会いに行ってるだけよ……それより、ここぞとばかりに話を逸らそうとしない!」

 

「伸びる!そんなに引っ張ると耳が伸びるぅぅぅ!!」

 

 

 これ幸いとばかりにシャドウの動きについてデボラに訴えるも、問答無用とばかりにドレイクは愛する妻から折檻を受ける事となり。

 賑やかな二人の声の様子に、最近子供達だけで再封印されたブオーンの様子を見に行くお使いを終えたテンとソラが二人の様子を見にやってきたものの……デボラの剣幕に子供二人は無言で方向転換。

 そして、二人はそのまま情けない声で助けを求める父親に心の中で謝罪しながら、そっと立ち去って行った。

 なおデボラからの折檻は、フローラが手作りのオヤツを手に様子を見に来るまで続いたらしい。

 

 

 

 そしてまた、更に別の日。

 

 ラインハットの様子を見にフラっと顔を出した瞬間、ヨシュアにがっしりと捕獲されたドレイクはここぞとばかりに様々な式典に引きずり回され……。

 ケロリとしているヘンリエッタやマリアの様子を尻目に、竜の勇者だの救国の英雄だのと持ち上げられっぱなしだったドレイクが死んだ小魚じみた目をしていた時。

 

 ポピーに対して、何やらシャドウがガウガウ告げた後イソイソと出かけていく姿にドレイクは気付く。

 なんか似たような様子、何回か見たぞコレなどとドレイクは思いつつ左右をヘンリエッタとマリアに挟まれたまま娘に問いかける。

 

 

「なぁ、シャドウと何かお話していたみたいだけどなんて言ってたんだ?」

 

「えぇお父様、恋人に会いに行ってくるって言ってましたわ」

 

「そうかー」

 

 

 何やら熱心に父親が出席した式典の様子を本に書いている娘の言葉に、ドレイクは呑気に応答し……。

 いやまて、サラボナ北の村周辺だと嫁、サラボナ近辺だとお気に入りの娘がいるって話じゃなかったか。という事実にハタと気付く。

 

 

「もしかしてアイツ、俺がルーラで飛ぶたびにどこからともなく現れてはついてくるの、各地の現地妻に会う為じゃなかろうな……」

 

「父上、多分だけどシャドウも父上にだけは言われたくねーと思うぞ」

 

「ぐふぅっ」

 

 

 ドレイクの呟きに、両親が仲睦まじいのは良いのだがソレはソレとして普段きりっとしてる母のだらしない貌に、複雑な表情を浮かべているコリンズがぼそりと突っ込みを入れ。

 ぐうの音も出ない剛速球メラゾーマ発言に、ドレイクは呻き声を上げるしかないのであった。

 

 

 何のかんのいってモンスターだし、まぁその手の番関係の倫理観はまぁ緩いのだろう。

 ドレイクは……否、彼の妻も子供達も割とそう思っていた。

 

 しかし、その想像は大きく覆される事となる。

 

 

 

 

「よし、ここを上手い事繋げれば……イケた!」

 

「ドレイク様、もうその一角ウサギ家族の屋敷とか含めて一式売り出したらどうですか?」

 

「いいや、まだまだ手慰み程度だ。売り物にするならもっと拘り……なんぞ、あのベビーパンサー?」

 

「無職である事に悩んでる癖に変な職人根性出さんで下さいよ……ああ、シャドウが保護したベビーパンサーですよ」

 

 

 グランバニア城のバルコニー、もはやドレイクの定位置と化した席にて一角ウサギ家族の小道具、その名もウサギ家族の物見櫓をドレイクが組み立て終え。

 軽く背筋を伸ばしながら城の中庭へ視線を向けたところ、シャドウにじゃれつくベビーパンサーに気付いて疑問を口に出してみれば、傍らに控えていたピピンから突っ込みと共に補足説明が入る。

 

 

「あいつヤンチャだけど、結構面倒見良いよな。まるで親子みたいだ」

 

「どーかなー、どちらかと言うとあの子。シャドウの事好きなように見えるよ?」

 

「おおリュカ、お疲れ様」

 

 

 ドレイクの呟きに、今日の分の職務を終えたリュカがのほほんとした声音で応えながら愛する夫の背中から抱き着き。子猫のようにドレイクの首筋に顎を擦り付ける。

 背中に感じる大きく柔らかな山脈の感触含め、いつもの妻からのスキンシップにヒモ生活が板についてきたドレイクはリュカの艶やかな黒髪を、掬うように撫でつける。

 ちなみに出来る衛兵ピピンは、リュカが立ち入って来たタイミングで背中を向けている。伊達に王族付きの兵士はやっていないのである。

 

 

「しかしそう言っても……まだあのベビーパンサーは幼いだろ」

 

「愛に年齢は関係ないよ? 自覚してるボクの初恋は6歳ぐらいの頃だし」

 

「マジか」

 

 

 マジだよー、とぽややんと微笑みながら無邪気で無防備な子猫のように体全体でドレイクへ甘えるリュカの言葉に、ドレイク若干戦慄。

 

 

「シャドウは大変だろうねー、あの子結構独占欲強そうだし。ヘンリエッタ達から聞いた話だと、オラクルベリー南の修道院に住んでるプリズニャンの姉妹にもすり寄られてるらしいよ?」

 

「も、モテモテだな。アイツ」

 

 

 一番傍にいた人に似たんだろうねー、などと冗談めかした笑みと共にリュカはドレイクに抱き着いてハグを愛する夫へ求め。

 妻の言葉に夫であるドレイクは、俺のせいかよ。と小さく呟きながらもリュカを優しく抱きしめる。

 

 弟分から託された甥っ子のような存在であるシャドウを取り巻く、修羅場地雷原にドレイクは戦慄すると共に。

 ドレイクには今も息子が携えている天空の剣に宿る、弟分のホークの魂に向けて心の中で詫びる事しか出来ないのであった。

 




ホーク「自分のハーレムも御しきれぬとは、我が息子ながらまだまだよのう」

そんな事をホークさんが想ったかどうかは、闇の中です。


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