デビルサマナー 須賀京太郎 (マグナなんてなかったんや)
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第一部:『長野編』
『悪魔召喚プログラム』


「面白いわねっ、お兄さんって」

 

 一体どうしてこうなったのか。少女の姿をした妖精が自分を中心にくるくる飛び回る。

 

「んー……。惜しい、惜しいわ。お兄さんったらサマナーじゃないから私と『契約』できないのね」

 

 指を一本、顎に当てて自分を品定めするその姿は大きさと羽根がなければ普通の少女と何も変わらない。

 

「あっ、そうだわ!」

 

 パンっと手を叩いて、自分の背中をぐいぐいと押しながら「ほらほら、こっちに来て! いいものがあるのっ」と妖精は言った。

 

「あれがあればきっとここから外に出られるわっ。お兄さんだってここから出たいでしょう?」

 

 妖精に言われ改めて周りの様子を見渡す。

 一見すると少年の知っている商店街の風景なのに、決定的に違うのは人が居ないことと空気が淀んでいるのか黒ずんで見えることだ。

 それに目の前には物語の世界にしか居ない筈の存在だって居る。

 

 そうだ。俺は『ここ』から出なければならない。

 『ここ』に迷い込んでどれほどの時が経ったのか分からないが、それでもここに『ここ』が危険な場所だと言うのは既に体験した。

 

「私外の世界に興味があるのっ。お兄さんと一緒ならきっとここから出られると思うの。だからほらほらこっちこっち」

 

 このまま妖精に従っていいのか? 

 そう思いながらも行く当てもないため、そのままついていくと「着いたわっ。動かせる?」と声を上げた。

 妖精の目の前にあったのはくたびれた小さなノートパソコンだった。

 調べようとしたところ、パソコン以上に眼をひく物体が存在した。

 

 白骨と化した人の骨である。

 

 ノートパソコンに人骨の手が置いてあることから、ノートパソコンが人骨の物であるのは分かる。

 手を合わせ冥福を祈った後、人骨の手をどけてノートパソコンに手をかけた。

 ノートパソコンの電源を入れたところバッテリーはまだ生きており画面に光が灯った。

 通常であればパソコンにインストールされているOSの名称が表示されるはずだが、代わりに見覚えのない文字の羅列が表示された。

 

 『DEVIL SUMMON PROGRAM』

 

 日本語で言えば『悪魔召喚プログラム』だろうか。

 それ以外にも数多の文字が羅列し上から下へと流れていくが京太郎には理解できなかった。

 

 『悪魔召喚プログラム』奇しくもその名を自分は知っていた。

 この世界に来る直前に噂程度の知識だが情報を得ていたからだ。

 都市伝説でしかないはずのそれが、存在している現実に戦慄を抱きながら微笑みながら浮かぶ妖精に視線を向けた。

 

「やっぱり動かせるのねっ! 壊さなくてよかったわっ……ね、お兄さん」

 

 少女の見た目とは思えぬほどの妖艶な笑みを浮かべる妖精を見て、『悪魔召喚プログラム』の意味を身を以て思い知る。

 

「改めて私と契約してくれないかしら?」

 

 これが何もない空虚な青春を送ると思っていた自分の、『須賀京太郎』の運命を決定づけた出来事の一幕だ。

 悪魔・天使・神……そして人。

 それらに翻弄されながら生きることになるなんてこの日の朝には思いもしなかったのは間違いない。

 

 この日が運命の始まりであるのならば。

 この日に至る切っ掛けはなんであったか、思い返してみよう。

 

 

*** ***

 

 麻雀が世界でもメジャーな競技である。

 数十年前の世界を生きる人たちにそれを伝えてどれだけの人が信じるだろうか。

 世界でもメジャーな競技と言えばやはりサッカーだろう。

 麻雀が台頭した今の世の中でも流石にサッカーには遠く及ばない。

 

 その理由の一つがサッカーに対する男女間の認識の差だろうか。

 女性にとって麻雀とは技術を心を競い合う正にスポーツと言って良いものだが、男性にとっては違う。

 プロの女性雀士が何の因果か見た目が良いこともあり、世間ではアイドル扱いしている要因も含め男性にとっては美少女(美女)動物園として見ているのが殆どだ。

 だからと言って麻雀をやる男性が居ない訳ではなく、娯楽として男性も麻雀を楽しんでいる。

 その一人が、清澄高校麻雀部唯一の男である『須賀京太郎』だった。

 

 須賀京太郎が麻雀に興味を持ったのは、技術だけでなく運の要素も必要な部分だ。

 運さえよければ何十年麻雀をやっていた人たちと打っても勝てる可能性が残されている。それはほかの娯楽にはあまりない大きな特徴だ。

 最初に麻雀のアプリで遊んだ時に役を作りあがれた時はすごく楽しかったことを京太郎は覚えている。

 そこで麻雀部に入部したのだが、現状麻雀部は京太郎を含め6人しか居ない。

 しかもその他五名が京太郎と異なり麻雀『経験者』で県大会優勝さえできるほどの『実力者』だった。

 結果京太郎に最も求められたのは麻雀を打つことではなく、五人が練習に打ち込むことができるように雑用をすることだった。

 そのことに京太郎自身、不満があるわけじゃない。

 部員は六名と少なく、京太郎自身最も弱く一年という立場なのだから、雑用を任されるのは『部活』という括りでは決して間違いではない。

 だからこそだろう。県大会決勝で優勝し熱くなっている彼女たちを見る京太郎の眼は、彼女たちと大きく異なっていた。

 

 いわば、ガチ勢とエンジョイ勢における熱量の差なのだろう。

 

「須賀くんはお帰りですか?」

「えぇ、まぁ。行っても場違いですよね? 俺」

 

 県大会も終わり、決勝で卓を囲んだ各校の雀士たちが親交を深める中『打ち上げをしよう!』と声を上げたのは龍門渕の目立ちたがり屋の女生徒だった。

 それに賛同する各校の女生徒と、自身の部活仲間も賛同している中京太郎は一人荷物を整理しこの場から立ち去ろうとしていた。

 そんな京太郎を呼び止めたのは先ほどの女生徒の執事を務めるハギヨシという名の男だった。

 

「そうかもしれません。ですが、ご友人はあなたのことを見ているようですよ?」

「ですね」

 

 元々人見知りのきらいがある幼馴染の宮永咲がちらちらと京太郎を見ている。

 彼女からすれば気心の知れる京太郎が近くに居れば落ち着くということなのだろうが。

 「まぁ二人が居るから大丈夫じゃないですかね」と言ったのは部活に入ってできた友人である原村和と片岡優希が居るからだ。

 

「そう、ですか」

 

 残念そうな声を出したハギヨシだが、京太郎はそれが演技であると見抜いていた。

 ハギヨシは完璧な執事である。だから一人姿を消す京太郎を知れば空気が悪くなる可能性を見抜いていた。

 だからハギヨシは京太郎に声をかけたのだ。

 

「まぁあの人たちが俺に気づいて、立ち去る俺を見て空気が悪くならない内に消えますよ。だから安心してくださいって」

 

 あなたの考えは分かってます。

 言外にそう伝えたことで完璧な執事の表情が驚きで崩れたのを見て京太郎は悪戯小僧の様な笑みを浮かべた。

 

 ポケットの仕舞ってあるスマホを取り出し時間を確認すると少し急げば帰りの電車が到着する時間だ。

 ちょうどいいなと思いつつ、ハギヨシに「それじゃ、さようなら」と声をかけ京太郎はこの場から退散した。

 京太郎をそれでも引き留めようとするハギヨシだが、主に声をかけられ目論見は崩れることになる。

 

 結局京太郎が居なくなったことに気づいたのは、同級生で幼馴染の咲と、よく気が回る癖っ毛のある先輩の二人だけで。

 咲は新しくできた友人と交流するうちに居なくなった京太郎のことを次第に気にすることはなくなり、最後まで気にしていたのは先輩の一人のみだった。

 

『悪魔召喚プログラムだって、胡散臭いよな』

『この時代に悪魔かよw でもまぁ発想は面白いな、悪魔をプログラムで召喚して制御するんか。言語何だろ』

『Webサイトな訳はないからC#とか? まさかBasicな訳ないよなw』

『いまどきそんな言語で書かんだろww』

 

 揺れる電車の中でスマホ上に流れるタイムラインを眺めているとそんな書き込みが目にとまった。

 書き込みを追っていくと次第にプログラム言語に関する論争に発展し悪魔召喚プログラムに関する内容はどこかへやら。

 何となく、悪魔召喚プログラムに関する記述を調べると面白い書き込みの数々が見当たった。

 

 曰く、悪魔とは神話上の神や天使、妖精と言った存在も含まれる。

 曰く、どこからかメールで送られ来てプログラムが勝手にインストールされ削除できない。

 削除できないって悪質だなと苦笑いしつつ最も興味深いのは製作者に関する情報だった。

 

 『S』もしくは『スティーブン』という名の男が製作者であるとどこを調べても統一されていた。

 

 調べることに夢中になっていると、下車目的地である清澄に着いた。

 京太郎は慌てて立ち上がると電車から降り、駅から自宅の間にある商店街内部を通り帰宅する。

 

 コツ、コツ、コツと音を立てて歩く商店街には京太郎の姿しか見当たらない。

 元より寂れて人通りのあまりない商店街でそれが普通の光景だったから京太郎は気づくのに遅れてしまった。

 

 夜も遅くない夕方の時間帯で幾らなんでも一人もすれ違う人間が居ないなんてことはあり得ない。

 手に持っていたスマホをポケットに仕舞ってあたりを見回す。

 人が居ないせいか空気がとてつもなく重く感じ、ゾッとする恐怖心を感じた。

 

「……早く帰ろう」

 

 早足で商店街をさっさと抜けようとするもやはりおかしい。

 歩いて五分も経てば抜けることができる商店街を十分以上歩いているはずなのに抜けることができない。

 

「どうなってんだよっ」

 

 焦っている自分に気づき、立ち止まり何度も深呼吸を繰り返す。

 これは中学時代にやっていたハンドボールの試合中に緊張をほぐすことを目的して行っていた京太郎の癖だ。

 

 すーはーと何度も深呼吸を行ったからか、次第に冷静さを取り戻した京太郎は遠くの方から助けを呼ぶ女の子の声が耳に届いた。

 誰もいない場所で唐突に聞こえた少女の声。そのことに疑問を感じる前に京太郎は走り出した。やはりまだ完全に冷静ではなかったのだ。

 

 全力で走っていくと次第に大きくなる少女の声。それは少女に近づいているという何よりの証左だ。

 

 目の前の十字路を右に曲がると、京太郎の眼に映ったのは羽の生えた妖精の姿をした存在とそれを追いかける醜い子供の様な化け物だった。

 

「なんだ、これ」

 

 その光景を目の当たりにした京太郎は走った疲れからよろめき、倒れないように壁に手を突こうしたがそれがいけなかった。

 閉じられたシャッターに思いっきり体重がかかったせいで、ガシャンっという音があたりに大きく響いた。

 

 化け物の眼が京太郎を射抜いた。

 

 妖精と戯れていた化け物は標的を京太郎に変更し襲い掛かってきたのだ。

 動きは決して早くない。京太郎は化け物の突撃を何とか回避し化け物が突っ込んだシャッターに化け物の頭と同じ大きさの穴が開いた。

 化け物はそのことを気にすることなく、穴から頭を取り出すと踵を返し京太郎を見つめた。

 

 京太郎は逃げようとするが。

 

 それを嘲笑うかのように、人には分からぬ言語で唱えた。

 

『ア、ギ……』

 

「う、わぁぁぁぁ!」

 

 突如として燃え上がった体に驚きつつも、京太郎の運がよかったのは今彼が着ているのは学生服だったことだ。

 冷夏の影響でワイシャツだけでなく、上着も着ていたため、アギで燃え上がった制服を脱ぎ去り放り投げた。

 だがこれで、逃げれば炎による遠距離攻撃が来てしまうため、逃げることはできない。

 

 選択肢が絞られたのがよかったのだろう。『逃げられない』という目の前の現実が京太郎に目の前の存在に立ち向かうという選択肢を強制させた。

 

「わあああぁぁぁぁ!」

 

 とびかかる化け物に合わせて京太郎の右腕が化け物の体を捉え吹き飛ばす。

 化け物の体事態はそこまで大きいわけではない。

 それでも吹き飛ばすことさえ可能にしたのは京太郎の脳が外してはならない制限を取っ払っているためだ。

 

 壁に叩きつけられ痛みで悶絶する化け物に向かって走り、飛び上がり、腕を突き立て重力に任せて化け物の首に向かって肘が叩き込まれる。

 

 鈍い、嫌な音と共に骨が叩き折れる感触が京太郎の肘から伝わる。

 

 それでも生きている化け物の後頭部を掴むと何度も、何度も何度も何度も何度も何度も地面にたたきつけ、そして……。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……。き、消えた?」

 

 息絶えたと思ったとき化け物の姿は光と共に消えたが、その光は京太郎へと向かい同化した。

 

「なんだこれ……」

「わぁすっごーいっ。ガキを倒しちゃったんだね、お兄さん」

「え?」

 

 声をかけてきたのは京太郎が来る前に化け物と戯れていた妖精だった。

 妖精はくるくると京太郎の周りを漂い、時折触れながら「なるほどー」と一人納得していた。

 

「なんだよお前……いやそれよりも」

「きゃはは、ごめんねー。でもお兄さんも不注意だよ? 悪魔に不用意に近づくなんてさっ」

「悪魔……? 悪魔ってあの悪魔?」

「それ以外ある? あ、でももしかしたら妖精を悪魔って呼ぶのは斬新? もしかして斬新? でもそういうものだと理解してね」

 

 小馬鹿にするような物言いはいたずら好きな妖精そのものだ。

 化け物と異なり会話はできるが、それでも警戒しながら「お前は俺の敵じゃないんだよな?」と問いかけた。

 

 「『私』敵じゃないよー」と言った目の前の妖精をどれだけ信じれるか。

 なぜ敵じゃないのかと問いかけるも「だって面白いもんお兄さん」と言う京太郎には理解しがたい内容だった。。

 

「普通の人間だったはずなのに、命をかけたせいかな? 『覚醒』してるね、異能者ってやつかな。詳しくはしんないけど!」

「覚醒? 異能者?」

「さっきガキが……えっと化け物――ガキっていうんだけどが炎出したでしょ? お兄さんもきっと似たようなことができると思うよ。命をかけて行動した人間は時折力に目覚めるの」

 

 「ガキみたいに炎を出すか、氷か風か電撃か分からないけどね」と付け加えた。

 正直妖精の話は信じることができないが、疑っている京太郎を見て慌てた妖精は「それに加えて身体能力も上がってるはずよ」と言い、これに関しては信じる気になった。

 

 先ほど京太郎は化け物、妖精曰くガキの首の骨を折りその後頭を叩きつけることで殺したが冷静に考えて普通の人間にそんなことはできない。

 ガキはシェルターに穴をあけるほどの力で突っ込んでも無傷でいることができる存在だ。

 そんな存在に身長180cmはあれど普通の人間が首の骨を折ることなんてできるだろうか。

 

「普通の人間に立ち向かうって選択はできないわ。やっぱり、面白いわね、お兄さんって」

 

 こうして冒頭に戻り京太郎は悪魔召喚プログラムがインストールされたパソコンを入手することになったのである。

 結局妖精……ピクシーと契約した京太郎はパソコンを触っていると、アナライズで自身と契約した仲魔の状態を確認できることを知った。

 

「私は火炎魔法と回復魔法ができるわ。その代り低級悪魔だからそんなに力は強くないの。お兄さんは……あっ、お兄さんは電撃魔法が使えるのね」

 

 ピクシーの状態にはアギとディアの二文字が記載されており、京太郎の状態にはジオと記載されていた。

 ただし能力的には力と速と体が高い傾向にあるため、サブウェポンと言うのが正しいか。

 

「魔法を使うと心が疲れちゃうから気を付けてね。とりあえず回復してあげるっ」

 

 『ディア』とピクシーが唱えると京太郎の体を優しい光が照らしアギで燃えた皮膚を癒した。

 その即効性に舌を巻きつつ、自分は運が悪かったが良くもあったことを理解した。

 ガキとは戦えば勝つ自信が京太郎にはついた。けれど連戦ともなれば傷は多くなり疲れもたまる。

 だがディアがあれば体力は兎も角傷を癒すことができる上に、ピクシーなら自分の知らない情報だって数多く知っているはずだ。

 

 京太郎は悪魔召喚プログラムに付随していたデビルサーチ機能に注視しながら問いかけた。

 

「ここってなんなんだ?」

「商店街の異界よ。お兄さんは偶々できたひずみに迷い込んじゃったのね。神隠しって言葉しってる?あれは本当に神様が連れてくこともあれば、今回みたいに事故で異界に閉じ込められる人も含まれるんだよ?」

「……たまたま」

「運が悪いみたいだもんね、お兄さん」

 

 けらけら笑うピクシーが想起しているのは京太郎の能力だ。燦々と輝く運の値は『1』である。

 

「ぐぐぐぐっ……」

「でも成長すれば運もよくなるよ。5もあれば一般人どころか、一般人の天才の能力すら凌駕するわ」

「そんなに?」

「当然! 一般人と覚醒者にはそれぐらいの差があるのよ」

 

 まじかーと感嘆しつつも。

 

「でもこっから出ないとそれも意味ないな……」

 

 と京太郎はうなだれた。

 そんな少年にピクシーは二つの道を提示した。

 

「方法は二つよ。ここの主を倒すか異界の出口を見つけるの」

「主?」

「異界には必ず主が存在するわ。異界の主を倒すことで作られた異界が閉じられる。出口はそのままよ、人間ならさくっと出れるわ」

「さくっと?」

「さくっと!」

「場所は?」

「知らないよ!」

 

 さくっとでれねーじゃねーか! と叫ぶ京太郎を見てピクシーはけらけら笑っている。

 

「とりあえず行きましょ。ほかのピクシーが居たら聞くようにすればたどり着けると思う。私たちはいたずら好きだけど仲間には優しいの」

「ほんとに? ほんとだよな? 信じてるぞ?」

「まっかせなさーい」

 

 ふわふわ飛んでいくピクシーの後を追いながら、京太郎は気づいた。咲たち麻雀部の皆々と一緒に居る時の空虚感がきれいに消えていたからだ。

 出口も分からない、命の危険さえある絶望的な状況なのに何故か、絶対に生き残ってやるというやる気に満ちている。

 これまでの人生で感じたことのないほどの充実感が京太郎を支配している。

 どくんどくんと鳴り響く心臓の音も緊張が原因ではないと京太郎は自覚していた。

 

「どうしたの? お兄さん」

「……なんでもない。今行くよ」

 

 ピクシーの背を追いかけ歩き出したとき、踵を返したピクシーが京太郎の眼の前で止まりこう言った。

 

「そうだ忘れてた! こんな時はこういうべきよね。コンゴトモヨロシクゥ! ね、サマナー」




アームターミナル持たせようとしたが女神転生1当時ならともかく今の時代にはないわとなりました。
ノートパソコンも『うーん』という感じですがそれはおいおい。


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『ドリーカドモン』

2話が一万文字越えそうだったため切りが良い部分を切り取って更新

感想、評価下さった方ありがとうございます。
モコイさん好きなので出す予定ではいますけど口調がね……復習しときます。
(ピクシーの口調はもはや原型ないけどそんな個体が居てもいいと思ってます)

メジャーで人気な悪魔は仲魔にするかは兎も角出したいなとは思ってます。せっかくの二次創作ですしね。


 

 燃え盛るアギを右腕で吹き飛ばしながら駆けガキの腹を蹴飛ばす。

 ぎゃはっという声と共に吹き飛んだガキを更に追撃し手に持った鉄パイプを勢いよく振り下ろした。

 

 頭蓋骨が砕け中の脳が破裂しガキは息絶えた。

 

「運が悪かっただな、ザンだぞ」

 

 笠を被ったカワウソにも似た悪魔、カブソが放つ風の刃がピクシーにより既に体力を削られていたガキの身体に直撃し四肢を切り刻んだ。

 京太郎が倒したガキと二体の仲魔が倒したもう一匹のガキが同時に力尽き、光……マグネタイトへと還った。

 

「理屈はまだよく分からないけどこれでレベルアップか」

 

 悪魔を倒したときに肉体を構成するマグネタイトが分解されるが、これと魂が結びつくことによって、勝者の肉体と魂も強化される。

 この情報は休憩中に悪魔召喚プログラムを弄っている時に見つけた。

 ピクシーを仲間にしてからどれだけの時間が経ったのか不明だが、京太郎のレベルは初期の1から5まで上昇している。

 これにより栄光の運の値『1』から脱出したのである!

 仲魔となったピクシーもレベルが上昇したことで新しくポズムディを取得しているがこの異界ではどうやら毒の異常にしてくる悪魔は居ないようで現状は宝の持ち腐れだ。

 新しく仲間となったのはこの異界でであった悪魔『カブソ』であり出会い頭に鉄パイプで殴打した結果、カブソが命乞いをして仲魔となるように求めたところ契約が成立した。

 

 レベルの上昇と新たな仲魔を加え戦力増強した面々は異界の悪魔特にピクシーとカブソに接触し情報収集を行った。

 その結果この異界に存在する悪魔たちと異界を構成する主の正体が判明した。

 まず主以外の悪魔についてだが、ピクシー、カブソ、ガキ、スライムの四種類の悪魔が存在し交渉が可能なのは前の二体のみである。

 ガキは会話こそできるが京太郎を喰らうため問答無用で攻撃してくるし、スライムはそもそも会話ができない。結果ピクシーとカブソから情報を得てほかの二体は倒し鍛えるという方針に自然となった。

 

 そして異界の主についてだが。

 

「オーガだっけ。ここの異界の主は」

「魔法に弱いからおらたちなら勝てると思うだ。ただ異界の主は能力が上がってるから気をつけなきゃいけないだよ」

 

 寝転がりながらぷかぷかと浮かぶカブソは子供たちに人気になりそうだ。

 カブソ自体ピクシーなどの妖精の様にいたずら好きな悪魔であり、人間にはあまり害はない。

 

「物理アタッカーってことか」

「んだんだ。主さんの電撃と妖精さんの炎とおらの風でいいだよ」

「ほんとはもう一体耐久が高い悪魔がほしいけどこの異界じゃ無理だもんね……」

「なら俺が前線に立つ方がいいな」

「主さんが倒れたら全滅だ。基本はおらが前線にたつだよ。危ないときは主さんに引き受けてもらいたいだが……」

「分かった。ごめん……無理させるな」

「……主さんは変わってるだなぁ」

 

 何が変わってるのか理解できない様子の京太郎を見て二体の悪魔は笑いあった。

 

「そこがサマナーのいいとこだよっ」

「んだな、ほなら頑張るだよ」

 

 最初の出会いこそ京太郎の辻斬りならぬ辻叩きで始まった関係だが、少し次ずつ仲が深まるのを感じていた。

 

 さて、京太郎たちの力量に関してだがピクシーとカブソから得た情報からオーガの討伐も視野に入れてよいほどになっていた。

 レベルは8。近距離に強く魔法や絡め手に弱いという典型的な脳筋タイプの悪魔がオーガだ。

 京太郎たちのレベルはまだ5だが、弱点を突いた戦い方であれば強敵とさえ戦えると思う。というのが二体の悪魔の意見だ。

 よく言えば慣れてきた。悪く言えば少しずつ舐め始めた。救いは油断はしていないことである。

 

 そして、まるで運命に導かれるかのように京太郎たちがたどり着いたのは出口ではなく、異界の最奥、その手前であった。

 

「ピクシー」

「うんうんわかってる」

 

 ディアの光がピクシーを含めた三人にかけられ傷がいやされる。

 異界を舐め始めかけていた京太郎の意識を変えたのは、最奥に居る悪魔の気配を感じたためだ。

 明らかに自分たちよりも格上である。

 奥に居る悪魔の殺気が扉越しに京太郎たちに叩き込まれていた。

 

 二体の仲魔に大丈夫かと問いかける。

 

「だいじょーぶ! いけるいける!」

「おらも大丈夫だよ主さん」

「分かった」

 

 目の前の扉に向かって手を伸ばす。

 ぐちゅりと嫌な音を出しながら扉が開く。

 

 紅く充血した眼が京太郎たちを射抜き、雄々しい雄叫びを叩きつけた。

 

「んっ、な……!」

「雄叫び!? 冗談じゃないよ!」

 

 雄叫びでひるんだ京太郎たちはオーガに先手を取られ一手遅れることになる。

 立ち竦む一人と二体を見て口角を上げながらオーガが突撃。その手に持った鉄棒が京太郎の頭に振り下ろされる。

 

「アギ!」

「ザン!」

 

 真っ先に怯みから解放された二体がそれぞれ魔法を唱える。

 だが狙いはオーガ本体ではない。

 オーガの持つ鉄棒の矛先を逸らすために二つの魔法が発動したのだ。

 アギによりオーガの体制は崩れザンの衝撃で鉄棒が揺れ本来振り下ろされるべき京太郎の頭ではなく、近くの地面に鉄棒は振り下ろされたのだ。

 

「サマナー!」

「しっかりするだよ」

 

 仲魔二人に促されて我を取り戻した京太郎は意を決しオーガに向かってタックルをかました。

 当然大したダメージは与えられないが、レベルアップで上昇した京太郎の力は体勢を崩しているオーガを吹き飛ばすまでに成長している。

 タックルで弾き飛ばされたオーガは何とか踏ん張り壁に激突することは避けられたが、京太郎の目的はパーティとオーガの距離を離すことだ。

 右手を前に突出し電撃の魔法その真名を唱える。

 

「ジオ!」

 

 電撃の魔法の直撃を受けて雄たけびを上げるオーガ。

 先ほどと違うのはその雄たけびから感じるのは雄々しさではなく、痛みによる絶叫。

 京太郎が得たのは確かに自分たちの攻撃は通じるという確信である。

 

「サマナー、ステータスを見てっ」

「え?」

「いいから!」

 

 しびれて動きが鈍い今のうちに攻撃した方がいいのではないかと思った京太郎だが、ピクシーの叫びに従いパソコンに眼を落とす。

 そこには京太郎たちのステータス情報とオーガの状態が記載されているが、異界の主はステータスが秘匿されている。

 そして京太郎たちのステータスを見ると、攻撃と守備が弱体化していた。

 

「さっきの雄たけびもスキルなのよ。オーガの精神力では一度きりだと思うけど覚えておいてね!」

「分かった」

 

 それからは安定した戦いを推し進めた。

 魔法を中心とした攻撃はオーガに確かなダメージを与え、オーガの攻撃は回避に専念するという慎重さで立ち向かった。

 もし、ピクシーの言葉を聞いていなければ予想以上のダメージを受け京太郎かカブソが倒れ戦線が崩壊していたかもしれない。

 

 そして。

 

「ジオ!」の叫び声と共に電撃が放たれオーガの肉体を構成するマグネタイトは分解していった。

 

 肩で息をする三人はその様子を見届け、光が完全に消え去った瞬間。ピクシーは「勝ったよ! やったね、サマナー!」と元気よく飛び跳ねた。

 

「んー」

「どうしたカブソ」

「雄たけびは驚いただが、想像より弱かったのが気になるだ。あれぐらいの力じゃ異界は作れない気がするだよ。それにまだ異界も壊れてないだ」

「オーガは主だけど異界ができた原因じゃないってこと? ちょっとあたりを調べてみるか?」

 

 京太郎たちはオーガが佇んでいた部屋を調べる。が、怪しいと感じさせるのは六芒星の上に置かれた人形のみである。

 

「ドリーカドモンだ。珍しい」

「何それ」

「造魔という存在を生み出すのに使うのよ。そっか、ドリーカドモンに内封されたマグネタイトで異界を作って、オーガがその影響受けたんだ……でもそれって……」

「そんなことができるのか」

「たぶんね。それよりサマナー、ドリーカドモンを六芒星の魔法陣から取り出させば異界を構成する術式が壊れるはずよ」

「それ大丈夫、かな?」

「さぁ?」

 

 いきなりあやふやとなったことを危惧しつつも「『人為』的に作られた異界だから出口ないかもね~」と楽しげに笑うピクシーの言葉に後押しされ、京太郎は六芒星へ向かった。

 

「……まぁやるしかないか」

 

 六芒星の魔法陣に入り、恐る恐るドリーカドモンを手に取り魔法陣から出たその時だった。

 

 ピシという音と共に世界が壊れた。

 

 世界にノイズが走り黒ずんだ世界から光に照らされた闇の世界へと塗り替わっていく。

 警戒は解かず辺りを観察するが、闇とはつまり夜。光とは商店街を照らす照明のようである。

 

 京太郎がスマホを取り出し時間確認すると現在の時刻は22時を回ったところだった。

 体感時間で言えば十時間以上彷徨っていた気がするのだが、実際はそうではなかったらしい。

 おそらくは命をかけた戦いによる緊張感がそれだけ体感速度を加速させたのだろう。

 元の世界に帰ってきたことに安堵するも、自身の両親から何本もの通話が飛んできており、折り返し電話をかけると心配をした両親の叱咤と安堵の言葉が投げかけられた。

 

 命をかけた戦いから一変したそんな日常に、先ほどまでの戦いが夢ではないかと心配になったが、京太郎の近くでたたずむ二体の悪魔と、京太郎の手の中にあるドリーカドモンの熱が現実であったと訴える。

 

 こうして須賀京太郎の非日常は『一旦』の終わりを告げ、日常が返ってきたのである。

 あとは契約を解除しノートパソコンを破壊すれば非日常は遠ざかることができるにも関わらず、京太郎はその手にあるノートパソコンとドリーカドモンを大切にしまいつつ帰路に着いた。

 

 須賀京太郎の非日常はまだ終わりを告げない。

 それは他ならぬ少年自身の意思で決めた選択の一つであった。





どうでもよい設定
一般人のステータスは基本どの値も「1」です。
正しくは小数点にで大小比較されますがプログラム上は誤差のため切り上げられてます。
人間が覚醒した場合この小数点の値に大体10倍することになります。

なので覚醒すると覚醒者のステータスは下記の様になります。
力:0.5⇒5
魔:0.3⇒3

そのため京太郎の運『1』という値は元々『0.1』であったということですね。悲惨。
小数点といえど、0.1と0.5を比べれば五倍の差があるのでそりゃ差は大きいよという話。

デビルサバイバー1にてハーモナイザーというシステムがありますが、
この覚醒時の値をハーモナイザー起動中は適用されるもしくは悪魔側に10で割った値が適用されるイメージです。
ハーモナイザーが出るかは現状不透明ですが、こういうことを考えると楽しいですよね。


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『別れと出会い』


クロスオーバーするうえで話にいれやすいのは永水女子の巫女さんたちでしょう。彼女たちはガチでファンタジー世界の住人だから。
逆に一番使いにくいのは間違いなくのどっち。オカルト受け入れたらアイデンティティ壊れる。


だからすまんな、のどっち。


 家に帰った京太郎を待ち受けていたのは両親の暖かな出迎えだった。

 こんな時間まで遅くなった理由をはぐらかしつつ、アギで燃えた上着を紛失したと伝えたところ当然のごとく怒られ、京太郎の小遣いで上着を購入する流れとなった。

 カピバラとカピバラのためのプールが用意された一軒家に住む須賀家だが、京太郎の金銭感覚が狂わないよう躾は厳格に行われた。

 そのため、京太郎からすればこの結果は予期されたものであり、頭を抱える結果にはなるがしょうがないと割り切った。

 

「えっとこれは……」

 

 次の日京太郎は予備の上着を着て清澄高校へ登校した。

 いつも通り授業を受けたつもりだが、友人の誠から「パソコン触ってるなんて珍しいな」と言われ「ちょっとな」とはぐらかすもこれは非日常だなと苦笑いした。

 放課後に、一旦職員室によってから旧校舎にある麻雀部部室に顔を出すと要件を伝える前に部長である竹井久から雀卓の前に座らされた。

 どうもさっさと帰った京太郎を心配した先輩――染谷まこが久に意見したことが切っ掛けらしい。

 「流石まこ先輩周りをきちんと見てるなぁ」と感心しつつ、今日に限って言えば余計なお世話だなと失礼なことを考えていた。

 

 「どうせすぐにとんで終わりだろ」と軽く初めた麻雀だがどうもおかしい。

 役しか覚えていない男須賀京太郎。こうなりゃ適当に国士無双でも作ろうと適当に牌を投げ捨てているのだが……。

 望んだ牌が勝手に手元に来る。

 その光景に最も驚いているのは染谷まこである。

 彼女は京太郎の背後につき教鞭を取ろうとしたのだが、どう見ても適当にやろうとする京太郎に怒りを抱き、次に眼を疑い、仰天した。

 京太郎が顔を引きつり始めてから数順後、京太郎は後ろに居るまこに視線を投げかけると力強く頷き国士無双を宣言。今度は他の面子を驚愕させた。

 

 それからも京太郎による『運』による無双が部活メンバーを蹂躙し初めて1位をしかも原村和を飛ばして終わらすという結果をもぎ取った。

 

 その結果に「当然だよ」と思ったのはピクシーだった。

 京太郎は既に一般人ではなく異能者。それは魔法が使えるということだけでなく、身体能力や『運』でさえも一般人を凌駕するということだ。

 この面子であれば何度やっても京太郎が一位をもぎ取り、原村和が最下位となるだろう。

 東場と言うこともあり、今の京太郎からもあがりを取れる優希。

 場さえ整えばカンからの嶺上開花で上がることができる咲であれば今の京太郎の運の前でもある程度点数を稼げる。

 だが適当に牌を捨てていく京太郎の前にデジタルが通用するはずもない和にとって京太郎は天敵だった。

 

 とはいえ。

 京太郎からすればこの現状は最も望まない事象であった。

 京太郎が麻雀を始めたのは、将棋やチェスと異なり麻雀は腕だけではなく、運という要素があることで素人がプロにも勝てる。という所に面白さを見出していたからだ。

 それが現状では、運さえあればプロだろうがなんだろうが蹂躙できると言う酷い有様であり、雑用続きで薄れ始めていた麻雀への興味にとどめが刺されつつあった。

 

『もう、ほらさっさと終わらせて外に行こうよっ! 私たちと遊んだ方が楽しいよ』

 

 そう言うのはノートパソコンに送還されているピクシーのぶーたれた言葉だ。

 ノートパソコンに居る悪魔ともこうして文字のやり取りができるらしく、『どうやってかは不明』だが電波がつながり続けるノートパソコンから、スマホへとピクシーたちの言葉を文にし送信している。

 実際京太郎も許されるならピクシーたちと外に行きたいが、まこの好意を無碍にするのはどうなんだと足踏みしていた

 

「もう一度打ってみたらどうじゃ? 二度同じ結果が出れば本物じゃろ?」

 

 京太郎は頷き再度麻雀を打つが結果は先ほどと同じ、京太郎が周りを蹂躙し終わりを告げた。

 

「なにかのオカルト能力かしら……? こう、今まで運が悪かったのを解放してるとか」

 

 何とも酷い言いぐさだが、実際運1と言う過去の輝かしい栄光の前では否定できない。

 

「そんなオカルトありえません!」

 

 久のオカルト発言をバッサリ切ったのは和だ。

 牌効率もなにもない京太郎に少しイラついている部分もあるのか何時ものSOAに比べて怒気が強い。

 それにしてもあの超常現象の塊だった県大会予選を見てもオカルトを認めないとはある意味すごい。断固としてオカルトを認めないらしい。

 

『むー、オカルトはあるよって炎出したい!』

『気持ちは分かるだが、見せた後の方が面倒だぞ』

 

 実際に見せてもそれでも認めることはないと感じさせる凄味が原村和にはあり京太郎は苦笑した。

 

「まぁオカルトがあるかは置いといて」

「ありえませんよ!」

「……『原村』も落ち着けって」

 

 京太郎の言葉にあれ? と首をかしげたのは咲だった。

 和のことを京太郎は『原村』と呼んでいただろうかと。

 

「俺実はちょっと用事がありまして……」

「あらそうなの?」

「はい。それでこの用事ってちょっと長くて、暫く部活は出られそうにないです。すみません」

「そうなんだ。どれぐらいかかりそうかしら?」

「さぁ。先方が満足するまで……ですかね」

「まぁ仕方がないの。もしかして今日無理やり打たせてしまったか?」

「いえ! 久しぶりに打てて楽しかったですよ。ありがとうございます、『まこ』先輩」

 

 帰り支度を始める京太郎に「こんどコテンパンにしてやるじぇ!」と突っかかる優希に「おっ楽しみにしてるぜ『優希』」と軽口を投げ。

 「それじゃまた明日な『咲』」と言って部室から出て行った。

 

*** ***

 

 人気のない所まで移動した京太郎はノートパソコンを取り出し召喚機能を用いピクシーを現世に呼び出した。

 カブソは寝ているとのことで、ピクシーのみ召喚した形だ。

 高校生男子がピクシーと居るのを見られると流石にまずいので(女の子の人形扱いも無理)カバンに隙間とタオルでクッションを作りカバンから外を見れるようにした。

 問題点はカバンの中という性質上揺れまくるという点だがそこは我慢してもらうしかない。

 

 京太郎は懐から取り出した退部届の用紙を頭上に掲げながらどうするかなと悩んでいた。

 もはや麻雀に対する興味は薄い。でもなぁと頭を悩ませている京太郎に対して。

 

「わぁ! やっぱり外はいいなぁ。異界とは全然違うもん」

 

 キャッキャッと騒ぐピクシーに京太郎は少々ヒヤリとしながらまずは清澄高校から自宅への帰り道をゆっくりと歩く。

 京太郎からすれば見慣れた何気ない道もピクシーからすれば、物珍しい景色に早変わりするらしい。

 

「そんなにちがう?」

「うん! こうして歩いてるだけで活性化したマグネタイトをすごく感じるよ」

 

 周りにあまり人は居ないんですがそれは。と思ったが住宅街のため、あまり見えないだけで家の中には人は居るのだろう。

 

「でもやっぱり一番いいのはサマナーのマグネタイトかな」

「そうなのか?」

「うん。だから選んだ部分もあるんだよ」

「んー、よく分かんない」

「サマナーはそのままでいいよってこと! あ、でも露骨に態度変えるのはよくないよ? 短髪の子が少し困惑してたよ」

「そうなんだけどな……」

 

 『そんなオカルトありえません』

 今までなら全く気にならない言葉だが今では違う。

 京太郎にとってピクシーやカブソは命をかけて共に戦った仲魔である。

 その存在を一切合切認めず切り捨てる発言をする彼女に良い感情を持てなくなっていた。

 

 京太郎は仲良くしたい相手を呼ぶ際に名前で呼ぶ癖がある。

 これは咲にも明言していないため彼女も知りえない話だ。だから優希は優希でまこはまこ先輩と呼ぶ。ちなみに久は部長だが久部長とは呼びにくいので部長呼びとしている。

 

「サマナーはあの子に憧れてたんだよね?」

「まぁ、見た目が好みだったし」

「なら良いんじゃないかな。憧れは好意だけど憧れてる人とは最も遠い存在になるんだからさ、今日初めて友人として見たんじゃないかな」

「そうなのかなぁ」

「えっと、つまり。うれしいけど私たちのせいで友人関係崩れるとかはいやだよ? ……うぅ、そうだ! ケーキ、ケーキ食べたいな」

 

 あちらこちらへと歩いていてよく分かったことだが、異界での戦いにより京太郎は運だけでなく、身体能力もかなり向上している。

 一時間以上歩き回っているにも関わらず京太郎に一切の疲れはなく、むしろもっと体を動かしたいと思うほどだ。

 そして成長したのは身体能力だけではない。

 

 後方から『気配を消して歩いている』存在を京太郎の感覚は感知していた。

 こそっとノートパソコンを操作するも反応は悪魔ではないことを確認している。

 

「人間かー悪魔より厄介かも」

「人間の方が?」

「異界を破壊したのがサマナーだと気づいたのかも。それで接触しにきた……とか」

「あいまいだなぁ」

「接触してみないとわかんないよ! 私ただのピクシーだもん」

 

 そりゃそうだと納得し、とある通り道にて一瞬で踵を返すと『気配を消して近づいてきた』存在に近づいたのだが……。

 

「うわっ! びっくりしたっす!」

「……女の子?」

 

 如何なる存在かと警戒したが一見するとただの女の子だ。

 毒気は抜かれたが警戒は解かずに「なんで気配を消して近づいてきたのか」と問いかけたところ。

 

「好きで消してるわけじゃないっすよ! 体質っす」

「体質で消せるものなのか?」

「知らないっすよ。気を抜くと部活の先輩たちにすら気づかれなくなるぐらいで困ってるんすよ、これでも」

「……そうなのか。それよりごめん。気配消して近づいて来るからその、ひったくりか何かかと思ってさ」

「昨今のひったくりは忍者かなにかっすか」

 

 この時点で京太郎はある程度の警戒を解いていた。理由は目の前の少女を見かけたことあるからだ。

 つい先日に行われた麻雀の県大会決勝で『いつの間にかリーチしてあがっていた少女』だったからだ。

 

 とにかく、ピクシーの言う警戒すべき人間の可能性は低いと考え京太郎は警戒レベルを下げた訳である。

 

 「それじゃこれで」と立ち去ろうとした京太郎を目の前の少女が呼び止めた。

 

「一つ聞きたいっすけど」

「はい?」

「私のことちゃんと見えてるんすよね?」

「見えてますけど」

 

 少女は少し考え込んでから「……ちょっと後ろ向いててもらっていいっす?」と言ったため、それぐらいならと京太郎は了承した。

 

 くるりと後ろを向くと後ろに居たはずの少女の気配が薄くなっていくのを感じる。

 時代が違えば忍者とか暗殺者に採用されていただろう特異な、彼女からすれば迷惑な才能に驚きつつも、京太郎の感覚は少女の気配を見落とさなかった。

 

「もういいっすよ!」

 

 少し強い言葉を出しつつも煩くは感じないことに訝しみながら後ろを振り向くが少女の姿はきれいに消えていた。

 何事かとあたりをきょろきょろ見回すと電柱の陰からじっと京太郎を見つめる少女の姿があった。

 同じように少女を見ていると、男に見つめられていることに慣れてないのだろう、少し照れながら電柱の陰から出てきた。

 

「……本当に見えるんすね」

 

 自分を見ることができる。

 そのことを咀嚼しつつ受け入れ始めた少女の内心は京太郎から察知することはできなかった。

 

「私存在感が昔からないんすよ。目の前に居るのに親にすら『桃子、どこ?』と言われる始末でして」

「……それは」

「本音言って良いっすよ。予想つくっすから」

「えっと、それはきつくないか?」

「うん。きついっす。だから私知りたいんすよ。なんで金髪さんは私のこと見えるんすか?」

 

 「異界で悪魔と戦って異能者として覚醒したからです!」なんて言おうものならぶん殴られそうだ。

 桃子の問いかけは切羽詰まってこそいないが、とても真摯な問いかけだからだ。

 

「正直よく分からない。ちょっと理由があって気配とかに敏感になってるからだと思う」

「そうなんすね……」

 

 しょぼんと肩を落とした桃子に悪いことしたなと思うが、京太郎にはどうしようもできない。

 まさか彼女の友人を異界に連れて行って「さぁ、命をかけて悪魔たちと戦ってくるんだっ! 思い切りの良さがカギだぞっ」なんて言えるわけもない。

 

「その、お名前聞いていいっすか? 言っとくっすけどナンパじゃないっすよ! 私のこときちんと見つけれる人は貴重なんすよ! だから……!」

「わ、分かってる分かってる」

 

 ナンパであっても京太郎からすれば良かったのだがそううまい話はない。

 美少女だし胸も大きいし同い年であったはずだから気兼ねする必要もあまりない。それに胸も大きいし。

 それを自覚すると必死に胸に視線がいかないよう自制しつつ、カバンに居るピクシーの「すけべー」という声が京太郎の耳に入り冷や汗をかいた。

 

「げふんげふん! 清澄高校一年の須賀京太郎だよ。一応麻雀部だけどしばらくは休部予定だけど」

「清澄……ってあっ、あのおっぱいさんとおっかない大将が居るところっすか!」

「そのおっかないはよく分からないけどそうだよ。みんなと違って俺はただの初心者だけどさ」

「……そうなんすね。あ、大会見てたなら知ってると思うっすけど改めて自己紹介させてもらうっす!」

 

「鶴賀学園高等科1年生の東横桃子っす。須賀さん、よろしくおねがいするっすよ」

 

 別れがあれば出会いがある。

 麻雀部を辞めることを選択肢に入れた途端に起きたこの出会いは京太郎の運命を一つ前に進めることになるのだった。



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『邪教の館』


念の為ですけどこの速度維持は無理です。
いずれ失速する時は来るでしょう。

感想、評価頂きありがとうございます。
偉いことになって驚いておりますが少しでも楽しんで読んでもらえるなら幸いです。


 桃子についてだが存在感が薄いのは確からしい。

 公園のベンチで桃子と会話をしているだけなのに、周りの人たちは京太郎の頭を心配することになった。

 京太郎の横で座っている桃子に気づいていないのだ。

 だから一人で楽しく喋っているように見える京太郎を見て、あの子虚空に向かって話しているけど大丈夫かしら? と陰口を叩いた。

 

 そのことに気づいた桃子が泣きそうな顔で頭を下げていたが、当然彼女が悪いわけではないので京太郎は気にするなと伝えた。

 京太郎は最初桃子を少し暗い雰囲気の子と思っていたがそうではないことに気づいた。

 取り留めのない何でも無い話に一喜一憂する姿は、喜怒哀楽がはっきりと出る明るい少女でしかない。

 それでもどこか暗い雰囲気を感じるのはその気配の薄弱さが原因か。

 空も赤くなり「暗くなるのも遅くなったよな」と言いつつ帰る準備をする京太郎を見る桃子の瞳を見て、京太郎は一枚の紙切れを渡した。

 そこに書かれているのは京太郎のメールアドレスだ。

 こんな行動を取ったのは昔、一人で本を読んで誰とも関わろうとしない咲の寂しそうな瞳を想起したからかもしれない。 

 

 夜眠る前に届いた桃子からのメールには『今日は楽しかった』という内容が記載されており、俺も楽しかったと返し京太郎は眠りについた。

 

 

*** ***

 

 通りの学園で過ごす昼休憩の時間。それが崩れ去る切っ掛けを作ったのは友人の怒声だった。

 教室に慌ただしく入ってきた誠は京太郎に詰め寄った。

 

「おいこら須賀ァ!」

「なんだよ。てかいつも京太郎って呼んでるのになぜ苗字?」

「うるせーぞ裏切り者! 窓から校門見ろや!」

「はぁ?」

 

 力づくで背中を押し窓際まで押し進む誠に逆らうのは簡単だが京太郎も何があったのか気になるため抵抗しない。

 校門にはメイド服を着た生気を感じられない少女が立っていた。

 

「あれは……」

「あの子がお前を呼んでんだよ! ちょっと無表情っぽいけどあんな美少女とどこで知り合ってどんな関係だ須賀ァ!」

「しらねーよ! まぁとにかく行ってくるよ」

 

 「この裏切り者ー!」と言う誠の言葉を背中に浴びつつ京太郎はノートパソコンとドリーカドモンが入った鞄を手に取り教室を出た。

 校門へ向かう道すがらピクシーからあの少女に関する情報が伝えられた。

 

『あれ、造魔かも』

「造魔?」

『ドリーカドモン手に入れたよね。アレを使えば造魔って存在を生み出して使役できるんだよ』

「それがあの子?」

『分かんない。そんな気がするだけだよ』

『人とはマグネタイトの感じが異なるだ。どちらにしろ気を付けるだよ、主さん』

 

 仲魔に感謝の言葉を投げかけつつ校門へ向かった京太郎の緊張感は、もしかしたら異界の時以上かもしれない。

 人とは異物を排除する存在である。

 そのため、もし京太郎が異能者だと、魔法を使えることを知れば人は恐怖し排除する可能性がある。

 京太郎も仲魔たちにそのことを指摘され知っている。

 

 校門にたどり着いた京太郎の口から出た言葉は少し震えていた。

 

「俺が須賀京太郎です。あなたは」

「あなたが。……あぁ大丈夫ですよ。あなたがサマナーであることは周りに明かすことはないです。驚かせてしまったでしょうか?」

「……いえ」

「私の名前はマチコと申します。造魔は分かりますか?」

「知識だけですけど」

「素晴らしいですね! 後ろ盾のない成り立てのサマナーと思っていましたが違いましたか」

 

 表情を一切変えず声だけで驚きを現すマチコは、本当に人間ではないのだと京太郎に思い知らせた。

 京太郎は「いえ、あってます。俺はたまたま契約しただけですから」と答えると「そうなのですね」とマチコは返した。

 

「それでその、何の要件なんですか?」

「あぁ、申し訳ありません。実はマスターからあなたにお願いがありまして……ドリーカドモンご存知です? これぐらいの大きさの人形ですけど」

「えっと、これ?」

 

 カバンに仕舞いこんだままのドリーカドモンを見せると、やはり変わらぬ表情で「それです!」と声だけうれしそうに告げた。

 

「通常のドリーカドモン以上にマグネタイトを込めることができる特別性。それを我が主は欲しているのです」

「主ですか?」

「邪教の館はご存知ですか?」

 

 京太郎が首を振って知らないと告げると「邪教の館とは主に悪魔合体を行い仲魔を強化する施設なのです」と告げた。

 

「悪魔合体!?」

「詳しくは後程お教えしましょう。とにかく我が主はそのドリーカドモンを欲しており、それを譲って……いえ、調べさせて頂けるなら報酬と主の施設を優遇しお使い頂けるよう手配する。とのことです」

 

 邪教の館、それに悪魔合体という想像していない施設と機能に混乱している京太郎にマチコは一枚の紙を手渡した。

 

「こちらが館の住所となります。警備員にあなたがお持ちのプログラムを見せれば入れて頂けるでしょう……ではお待ちしていますね」

 

 人間とは思えぬほど綺麗なお辞儀をしてからマチコは去って行った。

 悪魔合体を行う邪教の館。

 なぜ自分がなりたてのサマナーだと知っているのかとか、ドリーカドモンを持っていることを知ってるのかとか。

 いろいろと聞きたいことはあるが。

 

『どうする? サマナー』

「行くよ。行かない選択肢はないでしょ」

『さっすが主さん。命乞いでだけど仲魔になってよかったっぺよ。目指せ、インドの破壊神だっぺ!』

 

 図らずも午後の予定が決まった京太郎は受け取った紙に目を落とした。

 

『館の場所はどこなの?』

「えっと、あれ? これ龍門渕高校の住所なんだが」

『え? 学校の中?』

 

 金持ち学校の中にあるという邪教の館。

 邪教の館と言う名前からして怪しいが、その建物が金持ち学校の敷地内にあると知り金持ちの闇を垣間見た気がした。

 

 だが、とりあえずの問題は。

 

 京太郎のクラスから悪鬼の形相で睨み続ける誠にどうやって弁明するか。

 そんな間近の問題に京太郎は挑むことになるのだった。

 

*** ***

 

 龍門渕高校というかそこの麻雀部についてだが、京太郎からすればあまり良い印象を持てない。

 噂によると既存の麻雀部に特攻し完全撃破し現麻雀部が乗っ取ったという話を聞いたからだ。

 普通に麻雀部に入部し実力でレギュラーを取るならともかく、その様な真似をする人たちに好印象を持つことはない。

 それに加えハギヨシの件もあるため、京太郎からすれば龍門渕は異界以上にある意味で緊張する場所となっていた。

 

「でけぇ」

『ふわぁ……』

 

 清澄高校とは比べ物にならないほどの大きさを誇る龍門渕高校を目の当たりにし京太郎はぽかんとしていた。

 勉強するだけなのにこんな面積に学校作る方がいろいろと面倒だろと内心突っ込みつつ、京太郎は校門前で警備をしている男性に声をかけた。

 

「あの」

「……なにか」

「これ見てほしいんですけど」

 

 ノートパソコンの画面を見せると、顔色の変わった警備員はどこかへ連絡を取ったのち「こちらへ」と京太郎を誘導し始めた。

 なんとも胡散臭い動きに顔を顰めながらも、警備員についていく。

 警備員が誘導したのは校門の中央にある警備員の待機所兼、受付だ。

 大の男一人が暮らすには十分すぎるほどの大きさを持つ待機所に設置されたパソコンを弄った男は「よし」と言い、響く音と共に現れた扉を開いた。

 

 扉の中には光り輝く五芒星の魔法陣が設置されていた。

 

「こちらの魔法陣から館へ向かうことができます」

「……分かりました」

「ではお気をつけて」

 

 京太郎は魔法陣まで歩みを進めると、視界がまばゆい白に染まった。

 

 ――不思議な音楽が頭に鳴り響く。

 京太郎がその旋律に導かれるように眼を開いたとき、目の前に現れたのは巨大なネジを頭につけた映画のフランケンシュタインの様な男だった。

 

「ギャーッ!」

「おっ、驚いたな。ドッキリせいこぐべぇぇ!!」

 

 咄嗟に右手を突出し発現させた電撃魔法が目の前の男を捉えた!

 電撃魔法の最下級に属するとはいえジオが有用なのは、対象を痺れさせることである。

 全身痺れて動けなくなっている男に横から現れたマチコが懐から取り出した回復薬をふりかけ男を回復した。

 

「ふぅ。雛鳥サマナーとはいえ、中々良い威力の電撃だな」

 

 そういいながら立ち上がった男の頭に刺さったネジと、顔のツギハギが消えていた。

 

「あれか? まぁさっきも言ったがただのドッキリだ。このイケメンフェイスが俺の本当の……はて、俺の本当の顔はどこだろうなぁ。まぁいい」

 

 バサッと両手を広げた影響で白衣が音を立てた。

 

「さて。若きサマナー、須賀京太郎よ。改めて名乗らせてもらおう。私の名はパラケルスス。邪教の館のパラケルススだ! ケルちゃんって呼んぐべぇぇぇ!!」

「ごめん手が滑って電撃が出たわ」

「手が滑ったなら仕方がないですね。私足が滑っちゃいました」

「あらら、それは仕方がないですよ、マチコさん」

「キミたち……! 中々良いコンビプレイだねぇ」

 

 電撃を予期し回避しようとしたパラケルススの足を神速で払い動けなくしたのはマチコである。

 無表情で感情がないと思いきやどうも良い性格をしているようだ。

 

「まぁいい。私の名前だがもちろん偽名だよ。彼本人ではないさ」

「そりゃそうでしょうけど……」

「さて、私のところへ来たということはドリーカドモンを見せてくれるということでいいのかな」

「あ、はい。どうぞ」

 

 異界の核となっていたドリーカドモンをパラケルススに手渡すと「ふんふんふん。なーるなる」と言いながらくるくる人形を観察している。

 

「マチコ。これをそこにおいてくれるかい?」

「はい」

 

 ドリーカドモンを受け取ったマチコは近くの機材に設置する。

 パラケルススが機材のスイッチを入れるとドリーカドモンを包むように光が発生した。

 

「……やはりこれもか。だがこのマグネタイトは……なるほどなるほど、少年君はいい仕事をしたよ」

「これも、です?」

「ん、あぁ。その前にこれ、どこで手に入れたか聞いていいかい?」

 

 京太郎は商店街を歩いていると突如異界に迷い込んだこと。

 その異界でピクシーと会い悪魔召喚プログラムがインストールされたノートパソコンを取得したこと。

 異界の主であるオーガを撃破しても異界は解除されず、六芒星の魔法陣に安置されたドリーカドモンを見つけたことを話した。

 

「キミの境遇も中々に興味深い話だが。しかし異界の核となったドリーカドモンか」

「何かおかしいんですか?」

「……キミも話を聞く権利はあるね。これを見てごらん」

 

 パラケルススは閉じられた棚の一つを開けた。

 そこには数多くのドリーカドモンが安置されており、その中の一つを手にとった。

 

「これは……」

「これも、キミが持ってきたドリーカドモンもだけどね。通常のドリーカドモンとは違うんだよ。良いかい? 少しグロいぞ」

 

 安置されたドリーカドモンを床に置き、それを力強く踏みつけた。

 ピシという音と共にひび割れたドリーカドモンの中から現れたのは。

 

「こ、これ……なんだよこれっ!」

「驚いたろ? 私も最初は驚いたものさ」

 

「そんな……これっ! 人間の子供のミイラじゃんか!」

 

「恐ろしいのはこれだけじゃない。良く聞くんだ。この子の息吹をね」

 

 コヒュー……コヒュー……。

 

 弱弱しいがミイラは確かに息をしていた。

 その事実に益々京太郎は戦慄するがパラケルススは構わず話を進める。

 

「息はしているがその子は生きてないんだよ。わかるかい? 魂がないんだ」

「魂がない?」

「これは人間の子供だったミイラだよ。子供に似た悪魔なども居るが、人間の子供だ。それは間違いない。この私が保証しよう。だが一体誰が、何をしようとしたのかそれが分からない」

 

 「マチコ」とパラケルススが呼ぶとマチコはパソコンを操作しとある情報を京太郎に見せた。

 それは子供たちに関する情報だ。

 いつ、どこで、誰が生まれそして死んだのかが記載されているのだ。

 

「私が割ったドリーカドモンとそこに記載している子供たちの情報はイコールだよ。割った中から出てきた子供たちの遺伝子情報を元になんとか情報を手に入れたんだ。この意味が分かるかい?」

「ありえない、だってこれ十年以上前の情報まである。普通火葬するだろ?」

「そう、そして一つだけ残るね。そして私は勝手ながら墓を暴いた。その中には絶対にとあるものがある。だけど結果は?」

「骨がない?」

「その通りだ。恐らく骨から血肉を付け亡くなった子供たちの肉体を再生したんだろう。ただ魂がない。既に転生していれば真なる意味で蘇生も不可能だ。それはこれをやったやつも分かるはず……どうしてこんなことをした?」

「そんなの……」

 

 「分かりたくない」と小さくつぶやいた京太郎の呟きをパラケルススは聞き逃さなかった。

 この業界に居れば人の生死ほど軽いものはない。

 昨日話した誰かが死に、敵となる世界でもある。そんな世界で生きる事ができる人間とは到底思えなかった。

 

「……うん。良いね。『だから良い!』やはりキミを呼んだのは間違いではない様だ」

「え?」

「私はね、正直子供がどうなろうか知ったことではないんだよ。私はただ私の好奇心を満たしたいのだ。だが」

 

 パラケルススは世界の全てに轟かすように天を仰ぎながら宣言する。

 

「美しくない! これは美しくないのだよ! 人間の子供を入れる? ならば生きた子供を攫い処置をしたうえで埋め込めばいい!」

「えぇ……」

 

 京太郎は見事にドン引きしていた。マチコも表情こそ変えないもののパラケルススからできるだけ離れようとしている。

 

「蘇生させるのにきちんとした理由がある? 知らんなっ! 私が気に入らない! それこそが絶対の真実なのだよっ。だからこそ」

 

 パラケルススは京太郎に手を差し伸べとてもいい笑顔浮かべた。

 

「どうだろう、若きサマナーよ。この事件追ってみないか?」

「え、あなたと? お断りします」

「はっはっは。ですよねー……ただ、そうだな。気が向いたら私からの依頼を受けてくれるとうれしいな」

「え? いや……」

「うれしいな!」

「あ、はい」

「さて。では今回の依頼の報酬を払おうか……そうだな。こんなところで良いだろう。久々に面白かったし色を付けておくよ」

 

 スクリーンに映し出されたのは『サマナーってなぁに?』とかわいくデコレーションされた画面だった。

 

「報酬はキミが踏み込んだ裏の世界とサマナーについて。キミの持つ悪魔召喚プログラムの移行。悪魔と戦うための武装。新しい異界に関する情報、そしてマッカを渡そう。どれもキミが喉から手が出るほどほしい情報だろう?」





10時ぐらいにパラケルススの言う報酬に関するお話と世界観についてをおまけで更新します。
女神転生側を知っている人が見ればあまり珍しいものはないですけど。


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『おまけ:本作の世界観について』

おまけのため本文は適当、こんな感じなんだなってフィーリングで。

パラケルススですが当然オリキャラです。
科学者ってことではやりにしようかなと思いましたが、子供のミイラ見て喜ぶはやりんなんて見たくないので自重した次第です


「さて、まずこれかな。概要としてはこんなところかな」

 

【サマナーに関わる組織について】

・各国には昔から霊的国防組織が存在する。

・日本の霊的国防組織はヤタガラスという名であり、ヤタガラスの配下に様々な組織が連なる。

・霊的国防組織に反抗する組織もある。有名どころはファントムソサエティと言う名であり、世界各国で暗躍している注意すること。

・金持ちは霊的国防組織を支えるスポンサーだが、逆に言えばスポンサーであるが故に悪事を働いてもヤタガラスが動けないこともある。

・ヤタガラスも含め霊的国防組織は絶対的に正しいという訳ではない。

・その他、国防組織ではないが数多くある宗教団体に属するサマナーもおり実質国防組織として作用している場合もあり。

・世界的に有名なのはメシア・ガイアという二つの宗教団体である。

 

「こんなところか。細かい所は省くぞ。一つ一つ説明されても忘れるだろ?」

「そっすね」

 

【サマナーについて】

・基本は霊的国防組織から通達された依頼に基づき行動し報酬を得る。

・サマナーは前線に出ない。悪魔による数で押す。

・時々前線で戦うサマナーも居るがそんな変態は少ない。

・ファントムソサエティのような組織に属するサマナーを総称しダークサマナーと呼ぶ。

・収集したマグネタイトをマッカに変換可能。また逆も可能である。

・マッカとはこの業界で使うワールドフリーな通貨

・人が科学を信仰し始めた結果、神魔に携わる人が減りサマナー自体が貴重な存在となりつつある。

・ヤタガラス配下組織もしくは私兵を持つ企業に勧誘される可能性有、気を付けろ。

 

「付け加えるならフリーのサマナーは数少ないが基本ヤタガラス配下の組織に所属し依頼を受けることが多いな」

「俺はまだフリーってことだな」

「うむ。とはいえフリーでも依頼は来るぞ。何せ人手不足だからなぁ。まぁ組織に入ってなかったら何があっても組織が助けてくれないだけだ。現実世界と同じだな。報酬はその分良いぞ」

「依頼の内容についてはフリーと組織に属してる人で違いはでるのか?」

「同一組織に属している者の方が当然信頼される。だがフリーでも繰り返し依頼を受けて信用を得れば関係はないな。それと変な依頼はあまり出さん。それで組織側が信用失うこともあるしな」

「なるほど」

「マッカについてはガチのワールドフリーだぞ。とある悪魔が頑張って広めたんだ。天使たちも使うぐらいだ」

 

【悪魔召喚プログラムの移行について】

・ノートパソコンだと携帯に不便だからソフトはそのままに、別のハードに移行可能

・プログラムのバージョンアップも可能なため行っておく

 

「この辺りはさくっとできるから、ついでだな。後でハードを選択するといい」



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『鶴賀学園』


多数のお気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。
完走に向け更新を頑張っていく次第です。


「清澄の商店街の異界が破壊された?」

「はい。そのため国広さんたちを異界で鍛えることは出来ませんね」

「そう……それで、どなたが異界を破壊したのかしら? 私たちではありませんわね?」

 

 高校と同じ苗字を持つ、京太郎曰く派手好きな女子高生こと龍門渕透華は崩された予定に少々憤慨しつつも優雅な紅茶タイムを楽しんでいた。

 龍門渕グループは霊的国防組織ヤタガラスの配下組織ではなく、そのスポンサーを務めている。

 スポンサーの中にはサマナーを囲い、私兵とする場合もあるが、龍門渕グループもその例に漏れず私兵を所持していた。

 透華は次期幹部候補、もっと先の将来を見ればグループのトップに立つ立場だ。

 将来のためにグループではなく自身にとって信用のできる仲間を作り、その仲間たちの修練のため、週末に商店街の異界に乗り込む予定だった。

 ちなみにこの行動は会長から承認を得ている。決してグループに対する反抗ではないことをここに明記しておく。

 

 ハギヨシから手渡されたタブレットにはとある少年の姿が映っていた。

 

 音すら立てずテーブルにコップを置いた透華は「誰ですの?」と問いかけた。

 

「清澄高校一年生。麻雀部に所属する黒一点……名前は須賀京太郎」

「麻雀部? でもそんな方いました?」

「大会は初戦で敗退していますし、打ち上げのパーティにも不参加でしたからお嬢様はちらっと顔を見たぐらいでしょうね」

「そういえば男性が原村和たちの近くに居たような。それでこの方はどの組織に属しているんですの? 異界を破壊したのは私たちの行動を妨害するためかもしれないでしょう?」

 

 龍門渕グループには数多くの敵がおり、次期リーダーである透華を妨害する輩が内外問わず居ることも知っている。

 だがハギヨシは否定する。

 

「そうではないようです。どうも異界に誤って進入したようでして」

「まぁ! それは大変……。ですがお待ちなさい。それなのに無事で、異界を破壊したと言うことは……」

「異能者に覚醒しています。実際遠くからアナライズをかけたところ電撃系の魔法を取得していることが確認できました」

「異能者とはいえ成り立てが一人で異界は破壊できないでしょう? ということはサマナーになった可能性もありますわね」

 

 サマナーが異界で死に、後から紛れ込んだ一般人が異能者に覚醒し悪魔召喚プログラムを手に入れ悪魔と戦う力を得るという話はよく聞く話だ。

 

「そうですわね。明日接触いたしましょう! 麻雀部部員なら放課後部室まで行けばお会いできるはずですわっ」

 

 龍門渕透華は知らない。

 この会話をしているこの時、龍門渕高校に京太郎が居ることを。

 龍門渕透華は知らない。

 京太郎は放課後部室に姿を現さないことを。

 龍門渕透華は知らない。

 これらの情報をハギヨシは既に握っており黙っていることを……。

 

『ふむ。私に問いませんか……ならばこれも、修行のひとつですよ。お嬢様』

 

 才ある未熟な未来のリーダーである主を鍛えるのも、龍門渕に仕えるハギヨシが任された仕事の一つだった。

 

*** ***

 

「須賀さん! 来てもらってありがとうっす!」

「いやいや。こちらこそ呼んでくれてありがとな。でも大丈夫だったのか? 女子校だろ?」

「大丈夫っす! 先輩がむしろ呼べって勧めてくれたぐらいっすよ!」

 

 桃子と出会ってから数日後。桃子から鶴賀学園に来ないかと誘いを受け実際に訪れたのが県大会から一週間後の月曜日の話だ。

 鶴賀学園に姿を現した京太郎を桃子が暖かく迎えた。

 本来他校の生徒、それも男が足を踏み込むのは問題がある。

 だが学園側も桃子の状況は把握しており、彼女を普通に認知可能な男子生徒が居ると聞きなぜ認識できるのか知りたがった。

 それは大体桃子のためであるが、彼女の担任や授業を務める教師たちのためでもある。

 一週間に一度ぐらいの頻度で出席確認にて桃子の存在を気づかないで欠席にするという問題が発生してしまうのだ。

 上記に付け加え桃子の先輩である加治木ゆみが、京太郎の監視を申し出たことも京太郎の来校の許可を後押しした。

 

 笑顔で出迎えた桃子を見て驚いたのは鶴賀学園麻雀部の面々だ。

 今日に関してはいつもより気配が濃く感じるがそれでも油断すると桃子を見失ってしまう。

 にも関わらず桃子をすぐに見つけることができる京太郎は確かに桃子を見つける能力があると証明した。

 

「須賀さん。私の先輩たちを紹介するっすよ!」

 

 桃子の視線の先にいる二人には京太郎も覚えがあった。

 それも当然で二人とも一週間前に行われた県大会の決勝に参加した面々だったからだ。

 

 はじめに一歩進み出たのは宮永咲と大将卓で戦った少女だ。

 

「加治木ゆみという。驚いたよ、本当にモモが見えるんだな」

「どうっすか先輩! 信じてくれたっすか?」

「信じたよ。信じなくて悪かった……須賀くんだったな、短い間かもしれないがよろしく頼む」

「はい」

 

 次は二人と違い髪が短いのが特徴の少女だ。

 中堅を努め竹井久と打ち合っていたと思うのだが京太郎の印象にはあまり残っていない。

 

「蒲原智美だ。よろしく頼むぞ須賀くん」

 

 先程他の面々と比べた髪の長さを特徴としたが前言撤回。本当の特徴はこの『ワハハ』という笑い方だ。

 

「さて、これからどうするかな。学園を案内するのも違うだろ?」

「決まってるぞーユミちん。確か須賀くんも麻雀部だったなー?」

「え? あ、はい。休部中ですし初心者なんで強くないですよ!!」

「ふむ。なるほどな……よし、打とうか。ちょうど四人いるし決勝で敗れたとはいえ私たちでも教えれることはあるだろう」

「あ、はい」

 

 京太郎の打ちたくないという思いはどうやら『初心者だから遠慮している』と取られたらしい。

 智美は「気にすることないぞー」と京太郎の遠慮を取ろうとしている。

 桃子に至っては「須賀さんにいいとこ見せるっす」とやる気満々だ。

 麻雀部を辞め、麻雀からも卒業しようとしていた京太郎は後ろめたさによる罪悪感から従うしかないのだった。

 

 だが忘れないでほしい。京太郎の運の良さは既に一般人を遥かに超えたものになっていることを。

 

「ちゅ、九蓮宝燈なんて始めて見たっす……」

「ワハハ。……えっと須賀くん明日死なないよな?」

「迷信だ迷信。だがこれは……」

 

 麻雀部の時とは違い真面目に打った結果がこれである。

 初心者なりに河を見ながら打ちそして顔をひきつらせながら完成した役だ。

 

「確か須賀くんは初戦敗退だったな?」

「はい」

「……女子のほうが麻雀は強いというが嘘なのか? まさか噂通り本当に強い男性雀士は裏にしかいない?」

「さ、さぁどうでしょう?」

 

 「男子高校生が皆覚醒してれば化物だらけだぞ」とは流石に言わず、引きつった笑みを浮かべることしか出来ない。

 

「でもでも須賀さんすごかったっすよ。私が気配を消しても振り込まないっすもん!」

「……気配消してたんだ」

 

 ぼそっと呟いた京太郎の言葉を聞き、ゆみは意を決したようにうなずいた。

 

「なぁ須賀くん」

「はい」

「なんで君がモモを見失わないのか、その理由は本当にわからないか?」

「えっと……」

「蒲原とそちらに居る原村和は例外として」

「ひどいぞユミちん~」

「匂いで判別なぞできるか! 話は戻すがモモの体質を私はどうにかしてやりたいと思っているんだ」

「少しですけど話は聞いてます。だからその思いは理解できるつもりです」

「……ありがとう」

 

 親からも認識されず、友達ができて近くにいても気づかれないなんてどんな気持ちなのだろうか。

 そんな桃子がネット麻雀に逃げ込むのは当然で、ゆみが現実で桃子を見つけることができたときの思い出は桃子にとってかけがえのない思い出のはずだ。

 そんな大切な先輩でさえ時々見失うことの悲しみは桃子もだが、ゆみも感じているはずだ。

 そんな状況で苦もなく桃子を見つけることができる京太郎は、彼女たちにとってとても貴重な存在だ。

 

「君の存在が唯一の手がかりなんだ。私はなんとしてもその理由を知りたい」

「ワハハ。今なんでもって言ったかー? ユミちん」

「うぇ!? なんでもとは言ったが流石に体とかは……いやだがモモのためなら」

「待ってほしいっす! ストップっす先輩! それは流石に駄目というか、須賀さんだって止めるっすよ!」

「……ふっ」

「ワハハ! 思春期の男子を舐めちゃいけないと思うぞ~」

「須賀さん!」

「いやいや流石にそんな馬鹿なことは言わないですって、ちょっとノッただけです」

 

 桃子はその言葉に「そうっすよね!」とホッとしていた。

 

「うーん意外に硬派だな須賀くん」

「ちなみにこの髪は自毛なんで染めてないですよ」

「おっそうなのか? 色眼鏡で見てごめんなー?」

「いえいえ慣れてますから」

 

 羞恥から、俯き体を震わせていたゆみが顔をあげると麻雀部の面々でさえ見たことのないとても良い笑顔で言った。

 

「蒲原、明日は暇だな?」

「ワハハ。当然だぞー……ってえっと、ユミちん?」

「確か英語と数学が危ないと言っていたな? 分かった。教えてやろう……一日中しっかりとな」

「えっと、拒否権を求め……」

「ん?」

「はい。わかりました」

 

 怒り心頭のゆみとしょぼんとする蒲原を桃子は珍しいものを見るかのような目で見ていた。

 

「私あんな先輩初めてみたっす」

「まぁ、やりすぎたな。うん」

 

 桃子の体質をどうにかしたい。それは京太郎も同じ気持ちだが、京太郎が桃子を認識できるのはやはり異能者だからだ。

 

 だが京太郎には可能性が見えている。

 先日出会った狂人がその可能性だ。

 

 気配が消える体質なんて聞いたことがない。なら原因はオカルトに由来する可能性が高い。

 京太郎は裏の世界に足を踏み入れて一週間ほどしか経っていない。だが、あの狂人であれば……。

 

 狂人に借りを作るのは恐ろしいが話をするぐらいはできるか。

 そう結論づけ、京太郎はゆみに声をかけた。

 

「正直俺がなんで桃子を見失わないのか分かりません。俺からすれば確かに気配は薄く感じるけどそれだけですから」

「……そう、か。そうだよな」

「でも、桃子の体質はオカルトに由来する気がします」

「オカルトか。決勝までは信じる気になれなかったが、天江衣と君のところの大将を見せられれば、信じてもいいと思えるよ」

「それでそのオカルトに詳しい人がいるんです。なんとかできるか分かりませんが、可能性はあるかもしれません」

「ほ、本当か!?」

「ただ可能性です。その、ぬか喜びさせてしまうかも」

「いや」

 

 ゆみは首を振った。

 

「私たちでは可能性すら見いだせなかった。感謝こそすれば恨むことなんて絶対にしないさ」

「そうっす! でも須賀さん無理してないっすか? 少し考え込んでたっす……須賀さんが無理をするのは私いやっすよ?」

「大丈夫。きっと! うん多分……」

「ほ、本当に大丈夫っすか!?」

「ハハハ、冗談冗談! とにかく明日の学校帰りにその人に会ってきます。本当は今日行きたいんですけど、ちょっと前に帰りが遅くなった罰で早く帰らなきゃいけなくて」

「全然問題ないっすよ」

「モモの言うとおりだ。桃子は大事だがそのために君が無理をするのはよくないからな……ん?」

 

 ゆみは周りを見渡すと首を傾げていた。

 桃子たちは理解できていないようだが、京太郎は違った。

 

「今揺れましたよね」

「君も感じたか?」

「蒲原元部長は気づいたっすか?」

「ワハハ全然気づ」

 

 その瞬間この場にいる全員が立っていられないほどの振動が発生し、京太郎たちはなんとかテーブルや椅子にもたれるも、それでも危険だと判断し体を伏せた。

 

「な、なんすかこれ!?」

「東海地震がついに来たのか……?」

「そんなことどうでもいい。みんな机の下に隠れるぞ!」

 

 伏せた状態で四人はなんとか机の下に避難した。

 京太郎は胸ポケットにあるスマホから音が出ていることに気づき取り出して確認をした。

 

 そこにはピクシーからのメッセージが刻まれており内容は京太郎の想像を超える出来事を示唆していた。

 

『サマナー、気をつけて! 異界ができるよ!』

 

 ピクシーからの警告文を見た京太郎は地震の恐怖で震える三人を守るために、咄嗟に仲魔たちを召喚しそこで意識を失った。



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『約束を胸に』

多くのお気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。
それと誤字報告を下さった三名の方大変感謝してます。

投稿前に確認はしてるので、気づいた部分は直せますが漢字力不足も実感させられますね……。

次話も今日か明日には投稿したいですね


「……どういうことかしらハギヨシ」

「なんのことでしょう?」

「須賀京太郎が全然捕まらないのですけど」

「えぇ。ちなみに最初お嬢様に報告した日には近くにいらっしゃった様ですね」

「いらっしゃったようですね……ではありませんわ! なぜ言わないのです!」

「聞かれませんでしたから。お嬢様、貴方は確かに私の主人ですが雇い主は貴方のお父様です。お忘れでしょうか」

「……これも修行ということですわね」

「えぇ! さすがはお嬢様です」

 

 理解は出来るが心から納得できるほど透華は大人ではなかった。

 自分を睨みつける透華の視線もなんのその。ハギヨシは軽く受け流しつつ、懐に仕舞っていた仕事用のスマホが震えたため透華に断り電話に出た。

 電話に出たハギヨシを透華は睨み続けていたが、ハギヨシの人の好い笑みが消えたのを見た。

 

「お嬢様」

「何かあったのかしら?」

「異界が発生したようです。悪魔の強さ的には商店街より少々強いぐらいでしょうか」

「あら丁度いいですわね。(はじめ)たちを鍛えるのによさそうですわ。それでどこに発生したのかしら?」

「鶴賀学園です」

「……え?」

 

 一瞬透華の思考が止まった。

 透華にとって知り合いが悪魔関連の事件に巻き込まれるのはこれが初めてという訳ではない。

 親戚が悪魔に呪われたり、とある宗教団体が海外で暴走し知り合いが巻き込まれ死亡したこともある。

 けれど今回は同い年のそれもこの間会ったばかりの友人が巻き込まれた可能性があるのだ。それを一瞬で察知してしまえば思考が止まるのも無理はない。

 

「ヤタガラスの配下組織が対処し事件を隠蔽したようですが早期の対応が必要です」

「……そう。では、行きますわよハギヨシ!」

「はい。畏まりました、お嬢様」

 

*** ***

 

「サマナー……! サマナー!」

「起きてくれだよ主さんー」

「ぐ……。俺、なんで……いったー!」

 

 うつ伏せで倒れていた京太郎はピクシーたちの声で起き上がろうとしたところ机に頭をぶつけた。

 

「くそっ、なんで机の下に俺……。ってそうだ! 異界が出来たっていったぁ!」

 

 意識を失う前のことを思い出し一気に意識が覚醒した京太郎は再び立ち上がろうとし、先ほど以上の勢いで頭をぶつけた。

 

「天丼はいらないよサマナー」

「実は芸人体質だったんだなぁ主さん」

「そんなこと望んでいない……!」

 

 うつぶせのままずるずると這いずり出て机の下から出てきた。

 たんこぶのできた後頭部を抑えながら笑うピクシーたちの頭を軽く叩く。

 周りを見渡すが先程まで一緒に居たはずの桃子たちが居なくなっており、それどころか京太郎たちが今いる場所は麻雀部部室ですらない。

 

「異界が構成されたときにバラバラになっちゃったみたいね」

「それだいぶまずいじゃないか……!」

 

 学園の中には桃子たち以外にも数多くの生徒たちが居たはずだ。

 京太郎は後頭部の痛みさえ忘れ鞄に入れていた前腕を覆うガントレットを取り出した。

 これはノートパソコンにインストールしてあった悪魔召喚プログラムをスマホに移行した際に手に入れた装備品だ。これは防御性能こそ低いがスマホをセットすることが出来戦闘中にスマホを操作することが容易となる。

 ガントレットを左の前腕に取り付け次にスマホをセットした。

 外でこんな格好をすれば友人の誠に笑われること間違いなしだが、異界で戦うサマナーとしてはピッタリである。

 京太郎は鉄製の扉が肉質に変化した扉に手をかけ外に出ようとするのだが。

 

「待ったサマナー!」

 

 それを止めたのはピクシーだった。

 「なんでだよ!」と声を荒げる京太郎に対して「深呼吸して」と言った。

 

「主さん全然冷静じゃないだよ。主さんが冷静じゃなきゃすぐに全滅しちゃうだよ」

「……ぐっ」

「いつでも、どんなときでも冷静にだよ。頼りにしてるんだからね」

「あー……。うん。ごめん」

 

 友人を失う可能性を思うと体の震えは止まらず心が早く行けと騒ぎ立てる。

 

 それでも。

 

 ピクシー。

 カブソ。

 

 会ってまだ一週間も経っていないが、それでも異界を共に破壊した仲魔で、桃子たち同様……もしかしたらそれ以上に大切な存在だ。

 そんな仲魔の期待を裏切ることも京太郎には出来ない。

 

 無理にでも深呼吸をして、少しは冷静になった頭で二人に向かって頷いた。

 

「いよーしっ! 行ってみよう! 大丈夫だよサマナー。きっと友達は無事だよ」

「んだ! 主さん気をつけて行くだよ」

 

 意気揚々と扉を開けた瞬間、真っ黒の瞳と目が合った。

 

「へ? ブヘッ!?」

「大丈夫ー?」

 

 反射的にまんまるな顔をぶん殴ってそれを吹き飛ばした。

 吹き飛ばした悪魔と同型の悪魔が吹っ飛ばされた悪魔を心配して向かう。

 運よくできた隙を突き、京太郎はスマホで悪魔をアナライズする。

 

 悪魔の名前はポルターガイスト。

 弱点属性は不明だが物理攻撃でも問題ないと判明し京太郎は物理での一斉攻撃の指示を出した!

 

 『京太郎たちは一生懸命戦っている』

 

「……なんとかなるな」

 

 椅子でぶん殴られたときは京太郎も多少怯んだ。

 実際商店街の異界に居た悪魔と比べると強力だが問題なく対処可能だ。

 

「発言が子供だで多少罪悪感あるだなぁ」

「そーお? 気にしなくない?」

「やりにくかったのは否定しないなぁ……。気にしないようにはするぞ」

 

 異界となっても学園の構造自体は余り変わっていないようだ。

 廊下と教室と窓と校庭が視界に広がっている。

 今居る廊下から校庭を見ると数こそ多くはないが犬の顔をし二足歩行で歩く悪魔の姿を見かけた。

 それ自体は良いのだが、壁や床が肉質っぽく変化しぐねぐねとしており嫌悪感が先にくる。

 

 だがこの学校のテンプレと言える構造は悪魔の襲撃も直線的になり対処しやすい。

 それは京太郎たちにも言えることだが運がいいことにピクシーもカブソもそんなに大きい悪魔ではない。

 京太郎が前線に立つことで耐久力のない仲魔に攻撃が行くことを防げるし、仲魔もまたそんな京太郎を援護しやすいのだ。

 

 その時だ。少女の叫び声があたりに響いた。

 

「行くぞ」

「あの三人の声じゃないよ?」

「それでもほっとけないって。行くぞ」

 

 京太郎たちはその叫び声に向かい全力で走っていくのだった。

 

*** ***

 

 どうしてこんな事になったのか。

 目の前で繰り広げられている光景を見ながら教室の隅に居るとある悪魔は思う。

 

 自分はただバカンスをしに来ただけなのにと。

 

 雑事は全部自分に流せば良いと考えている主や頭の足りない同僚たちから逃避するため裏技を駆使し地上へ来た。

 だというのに悪魔たちが少女たちを痛めつけるという心休まらない光景が広がっていた。

 

 教室にいる十人以上の少女たちを悪魔コボルトたちは安易に殺しはせず少しずつ痛めつけている。

 恐怖の感情から出るマグネタイトを味わい、楽しんでいるのだ。

 それは弱肉強食を理想とする混沌に属する悪魔にとって正しい生き方なのだが。この悪魔の望む光景ではなかった。

 

「くっ、やめろ!」

 

 順番待ち扱いの一人の少女が勇ましく、いたぶられている少女を庇おうと行動するが足りない。

 

 戦うという意思が決定的に足りないのだ。

 もしこの少女が他者をかばいその上で拳を振るう覚悟を決めて実行したならば、その意思に呼応するかのように覚醒しただろう。

 

 だがそこまで至らなかった少女はコボルトに動きを封じられ、棍棒を腹部に叩きつけられた。

 痛みで蹲る少女を見て口角を釣り上げたコボルトは少女を壁に投げつけた。

 

 動けなくなった少女を見てコボルトは満足そうに頷くと再び目の前の少女をいたぶり始めた。

 自分たちに反抗するほどの意思を持った人間の心が折れ、絶望した時に出るマグネタイトがコボルトたちは好きだった。

 このコボルトたちは好物を後にとっておくタイプだった。少女を放置したのはそれだけのことである。

 

「先輩……! 大丈夫っすか!」

 

 影の薄い少女が先程の少女に駆け寄る。

 彼女が無事なのは単に順番が回ってきていないだけだ。

 いずれ、少女たちが息絶えていけば彼女の番になる。

 

 悪魔――凶鳥フケイは考える。

 フケイからすれば契約を行えない人間に興味はない。

 いずれ現れるサマナーの一人にでも媚を売ればいいのだ。

 思考しフケイが少女たちを見捨てたその瞬間だった。

 

 棍棒を振り上げたコボルトの頭部が消し飛んだ。

 

 少なくともコボルトたちに恐怖し泣き叫ぶことしか出来ない少女たちからはそう見えた。

 事実首を失ったコボルトの肉体からは低級の悪魔とは思えぬほどの大量のマグネタイトが噴出していた。

 

 しかしフケイの眼は捉えていた。

 鬼と見間違えるほどの怒り狂った金髪の人間がコボルトの頭を蹴り飛ばした瞬間を。

 

「蒲原さん……」

 

 鬼の眼が人の眼に戻り倒れている少女を気遣っている。

 

「え、えっとディアするね」

「任せた」

 

 ディアの光が少女の身体を包み込んだのを見ると人から鬼の眼と化した人間は、残る三体のコボルトと、端にいるフケイを見据えた。

 

「ゆる、さない――っ!」

 

 鬼の眼をした少年は手を前に突き出すと「マハジオ」と叫んだ。

 先程までの少年では全体攻撃魔法が使えないことをフケイは知らない。

 これは少年の怒りと噴出した大量のマグネタイトが呼応し少年の魂を揺さぶった結果である。

 本来はもう少し先のレベルにならなければ覚えない魔法を少年は怒りにより喚起したのだ。

 

 フケイは回避に専念したため窮地を脱したが、三体という数の暴力を行おうとしたコボルトたちはその稲妻の被害にあった。

 

「ガ――ァ」

 

 弱点属性ではないが少年の怒りが起因するのか、見事に三体とも痺れ動きが取れなくなったところを、少年の仲魔の攻撃が直撃した。

 一体は弱点を突かれ灰となり、もう一体は腕を風の刃で切り飛ばされたがまだ生きている。

 

 魔法の行使を終えた京太郎は、唯一仲魔の攻撃から逃れたコボルトに接敵し怒りのまま腹部に向けて拳を振るった。

 

 怒りの一撃。

 

 これがコボルトの頭部を吹き飛ばした少年の物理攻撃スキルである。

 頭部を吹き飛ばした一撃は同様に腹部も貫通し、切り飛ばされ痛みに叫ぶコボルトに向かって少年は腕を振るった。

 

 穴の空いたコボルトが振るわれ、隻腕のコボルトと激突する。

 そのあまりに都合のいい状況にニヤリと笑うピクシーは、倒れ、重なるコボルトに向かって炎を浴びせた。

 

 炎による熱がコボルトを灰塵へと変容させ断末魔が教室の窓を震わせた。

 

 あとに残ったのは、コボルトの肉体を構成していたマグネタイトの光だけだった。

 

 少年は残ったフケイを睨みつけるも、カブソに見張りを指示しピクシーに少女たちの回復をお願いし、影の薄い少女のもとへ向かう。

 ふわふわと浮きながら近づいてきたカブソは。

 

「静かにしてる方がいいだよ。主さんがあんなに怒ってるの初めて見ただよ……付き合いは短いだがな」

「そうさせて貰うとするかのう……ちと後でぬしの主と会話させてもらってもよいかの?」

「分かっただよ」

 

*** ***

 

「うん。大丈夫。体力までは回復できないからこのまま眠ったままだけどね」

「そっか。良かった」

 

 念のため服をめくり攻撃を受けたという腹部を見たが、痣すら見当たらない。

 京太郎はしゃがんだまま周りを見渡す。

 コボルトたちが消滅し自分たちを脅かす存在が消えたはずなのに少女たちの怯えは消えていない。

 それもそのはずだ。自分たちを傷つけた化け物以上の武力を振るった京太郎に少女たちは怯えている。

 

 それはゆみを抱きしめる桃子も同じで。

 それに気づいた京太郎は彼女に「ごめん」と頭を下げた。

 

「な、なんで須賀さんが謝るんすか」

「これが理由なんだよ」

「何がっすか……?」

「桃子が見える理由だよ」

「そうだったんっすね……」

 

 沈黙が場を支配する。

 そんな状況を打ち破ったのは震える体を抑え疑問を問いかける桃子だった。

 

「こんなことになった原因は須賀さんなんすか?」

「それは違う! 俺だってどうして異界……あ、今のこの世界のことなんだけど。とにかく異界がなんで出来たかなんて分からないんだ」

 

 京太郎は「俺が異界のことを知ったのは一週間前だから」と説明した。

 

「そう、なんすね……あの、須賀さんは怖くないんすか? 一緒にいるのもさっきの奴らと同じ存在っすよね」

 

 桃子が見ているのはピクシーとカブソだ。

 ピクシーは少女たちに怖がられていることに気づいている様だがそんなこと気にせず回復しに回っている。

 

「……最初は少し。でも今では大切な仲魔だと思ってる。俺、もう行くよ、怖がらせてごめん……せめて、この状況だけはなんとかするから」

 

 京太郎は立ち上がり少女たちの治療を終えたピクシーを伴いカブソのいる教室の端へと向かった。

 

「主さん主さん。こいつが話があるらしいだ」

「……こいつが?」

「ちょ、待ってほしいんじゃが!」

 

 問答無用で殺しにかかろうとした京太郎をフケイは必死に押し止める。

 

「わしなんもしとらんし、見とっただけじゃし!」

「本当か……?」

 

 避けたくはあったが、周りを見渡すと涙目になりながらも皆必死に頷いていた。

 

「ほんとっすよ。ほんとうに見てただけで助けてもくれなかったっす」

「へぇ……?」

「待つんじゃ! 年寄りは労ってほしいんじゃが!? 大体四対一になる状況で知らんやつを助けようと思うか!」

「……まぁそりゃそうか」

 

 怒気を鎮め始めた京太郎を見てフケイはホッとした。

 人間のほうが悪魔より怖いと冗談交じりに言っていた悪魔が居るが「間違いないわい」と悪魔は納得した。 

 

「それでなんの御用」

「う、うむ。実はの、契約をお願いしたいんじゃが」

「契約かぁ……ちょっとまって」

 

 フケイから離れると京太郎はすーはーと深呼吸を繰り返した。

 未だ怒りは無くならないけど、それでも交渉をするなら今よりも冷静にならなければならない。

 

「よし! 条件は?」

「適切な勤務を要求する! 年中無休で働くのは嫌なんじゃよ! 温かいお茶と茶菓子があればなおよしじゃ!」

「……ん?」

 

 耳を指でほじくりトントンと軽くジャンプし、京太郎は再び「で、条件は!」言った。

 

「ホワイトな勤務! お茶! 菓子! 縁側があれば泣いて喜ぶぞ!」

「幻聴じゃないのか……」

 

 京太郎は目頭を押さえなんとしたもんかと悩んだ。

 ピクシーたちから事前に聞いた交渉での物品は、マッカ、宝石、アイテム。もしくは体力や精神力を要求されるときがあると言われていた。

 それが要求されたのは斜め上のものである。

 

「えっと、うん。年中無休で異界に潜るわけじゃないから休みはあるぞ」

「……ほぉ」

「異界に行くときは頑張ってもらうけど、そうじゃない日はお茶と茶菓子支給でいい?」

 

 フケイはピクシーを見た。

 

「この前ケーキ買ってもらった! 街も案内してもらったよ」

 

 次にカブソを見た。

 

「主さんの家ってプールがあるんだが、そこでカビパラとゆっくりしただよ」

 

 フケイは思い出す。

 自身の『本体』に年中無休で雑事をお願いする輩を。

 ふらりと気づいた時には消える主。

 ただただ暴れるばかりの同僚。

 彼らは本体が居れば裏方なんてやらないでいいわと問答無用で丸投げした。

 結果、フケイの本体は強制的に働くことになり分霊を作り出しフケイが生まれた。

 そのことを思えば京太郎の言う環境はフケイから見るととても魅力的なものに見えた。

 

「契約しよう……!」

「お、おう」

 

 こうして京太郎に新しい仲魔フケイが加わった。

 レベルは6と京太郎と同じ……いや、先程上昇したようでひとつ下だが、相手を阻害するスキルを持つはじめての仲魔だ。

 

「凶鳥フケイじゃ。コンゴトモヨロシクお願いしますぞ、サマナーよ 」

 

 真顔で自分を見つめる人面鳥に慣れない京太郎は少し引きつつも頷いた。

 これで準備は整った。

 たとえ桃子たちに嫌われていても、嫌われても絶対に助けてやる。そんな信念のもと歩き出した京太郎を桃子が呼び止めた。

 

 踵を返して振り向いた京太郎の視界に入った桃子は俯いていた。

 

「正直須賀さんのこと怖いっす」

「……うん」

 

 その真っ直ぐな言葉は京太郎の心にチクリと刺さった。

 逃げたい。聞きたくない。そんな感情が京太郎を支配しようとする。だが。

 

「でもその力があったから私と須賀さんは友達になれたんっすよね?」

「……うん」

 

 桃子の言葉通りだ。

 桃子と出会ったあの日。もし同じ道を通っていても、覚醒していなければ京太郎に桃子を見つけることはできなかった。

 電話番号やメアドの交換をすることもなく、友だちにすらならず精々お互い顔は知っているぐらいの仲で終わっただろう。

 

「私は須賀さんと友達になれて嬉しかったっす。周りから何か言われても気にするなって言ってくれたの覚えてるっす。もしその力が私と須賀さんを繋いでくれたのなら……」

 

 恐怖を押し殺し桃子は前を向いた。

 

「だから、その……時間がほしいんすよ! 須賀さんを受け入れられるか分からないっすけど、それでもそのための時間が、チャンスがほしいっす! だから、その……」

「うん」

 

 突然降り注いだ異界化という事件に巻き込まれ大切な先輩たちが化物に痛めつけられた。

 その化物を瞬殺し化物と共に居る京太郎もまた桃子にとって恐怖の対象のはずだ。

 

「私たちが助かるだけじゃないっす! 須賀さん……ううん。京太郎くんに生きて帰ってきてほしいっす! ……だから、気をつけて」

 

 それでも恐怖を押さえつけて受け入れたいと言って、自分の身さえ案じてくれる桃子の言葉は今の京太郎の心に深く、深く染み込み、力が湧いた。

 

 冷えていた心に灯がともったように暖かくなった。

 その暖かさを実感し、京太郎は言う。

 

「分かった。絶対に帰ってくる。ありがとう、行ってくるよ」

 

 京太郎は仲魔たちと共に最奥部へ向かう。

 少女たちを救うという決意と少女と結んだ約束を胸にして。




目の前で熊やらライオンやらを素手でぶん殴ってぶち殺す奴がいれば怖いと思います。
なんせ自分に振るわれれば簡単に命を奪われるってことですし。

そしておじいちゃん参入。
フケイの本体ですが本作において名前は出てませんが『存在している』ことは既に示唆されています。
分かりやすいかもですね。

一ちゃんの名前は勿論「はじめ」ですが文章にすると読みにくいかなって気がします。
名前だけしか登場してませんが、読みにくいと判断したら何かしら読みやすいように対策するかもしれません。ひらがなにするとか、振り仮名を記載するとか。



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『異界:鶴賀学園』

流石に今日はもう更新ないです。
書き溜めます。


 京太郎の身の丈ほどの大きさを持つ鉄棒がオーガ以上の腕力でフケイに振るわれる。

 空気を斬るではなく圧縮し叩きつけると形容すべきか、ぶぉんという鈍い音と共に振り下ろされた鉄棒はフケイを捉えない。

 

「レベルは遥かに上じゃが……こういう手もあるんじゃよ『シバブー』」

「うお!?」

 

 対象を拘束する魔法シバブーが発動し目に見えない縄が悪魔オニを拘束した!

 

「覚えておくが良いぞサマナーよ。この状態の悪魔と交渉をするというのも一つの手じゃ。じゃんじゃんマッカをくれる場面でもあるからの」

「お、おう! そうだぜ! 俺ならてめぇの仲魔の悪魔たちより力になれると思うぜぇ? だから、な?」

「が。わし等の地力を考えれば狩る一択じゃ」

 

 フケイが言い終わった瞬間、電撃と火炎と疾風がオニに襲い掛かり、さしものオニもこの攻撃の前には耐えきれず倒れた。

 レベルこそ京太郎たちより遥かに上だが絡め手に弱いのが運のつきだった。

 

 桃子たちの救出から約1時間ほど経過しており、京太郎たちのレベルも二桁に到達するほどになっていた。

 怒りで覚醒した『マハジオ』も京太郎のレベルが上がったことで制御できるようになっている。

 

「しかしサマナーよ。素手に普通の服とは準備不足じゃぞ?」

「買い揃えてはいたぞ。でも学校帰りに来たから持ってこれなかったんだ。下手すると銃刀法違反で捕まっちゃうし」

「世知辛い世の中になったのー。ならサマナーが良く持つトランスケースを用意するとええぞ。人間が使う金属探知機やらも回避できるし、二重底にして魔法で封印するなんてこともできるでの」

 

 ほっほっほと笑う人面鳥に京太郎はまだ慣れない。

 髭の生えたおっさんの顔ってなんだよと内心突っ込みながら、フケイとばかり話し嫉妬したピクシーの相手をする。

 

 フケイの加入は経験の浅い京太郎にとって、目に見えない部分で大きな助けとなっていた。

 レベルこそまだ8と低いが、京太郎の知らない知識、知恵がレベルという目に見える部分以上に重宝する。

 

 ピクシーとカブソもそんなフケイをおかしいと言い、分霊ならば本体はなんだと問いかけたが返ってきたのは「わしが本体と同等に強くなったら教える」というものだ。

 

「しかしわしも含め悪魔合体を視野に入れた方が良いぞ。確かにレベルこそ上昇するがやはり今のわし等と上位悪魔では基礎が違うからの」

「あ、私は合体まだしないよ! もうちょっと成長すればハイピクシーになれるもん!」

「おらは合体したいだよ! 前も言っただが目指せ破壊神だよ」

「とりあえず了解したけど合体って一体どうなるんだ? 館の主には合体するときに教えるって言われてさ」

 

 京太郎がポルターガイストの頭部を殴り、弾けとばしながら問いかけた。

 

「基本は違う存在になると思ってええ。ただサマナーと過ごした日々は覚えとるから安心してええぞ」

「……そっか」

「寂しいと思うかもしれん。じゃが心せよサマナー。出会いがあれば別れもある。一期一会、その日々を大切にするのが大切じゃよ」

「分かった」

「さて基本と言うたからには例外もある。わしのように本体が強力な力を持つ分霊とそこなピクシーの様に我の強い悪魔は見た目以外は変化せん」

「そういうこと。だから安心してよ!」

 

 その二体の言葉に京太郎はほっとしつつ、ただ一体カブソだけが表情を曇らせていた。

 

「おらもおらのままでおれたら良かっただがなぁ」

 

 笠を深くかぶるカブソの背中を京太郎がぽんぽんと叩いた。

 

「ありがとな。でも、ずっとお前のことは忘れない。お前がどれだけ変わってもさ」

「おうだよ。あぁ、おら主さんに背中ぽんぽんしてもらうの好きだよ。もっと早く知っていればよかっただよ……」

 

 元が動物故かカブソは好いた相手にはすり寄る性質があるようだ。

 会ってまだ一週間足らず。

 知らないことなんて沢山あって当然なのに、もっともっと一緒に居て知りたいと京太郎は思った。

 

「さぁ! しんみりタイムは終わりじゃ! サマナーよ、ぬしほどの戦闘者ならば感じておるの?」

「オーガの時と同じだ。殺気と威圧感を感じる……」

「本来ならもっとレベルを上げて挑むべきじゃが、あのめんこい女子らを助けるなら不十分でも挑まなければな」

「だいじょーぶっ! 足りない分は気合で補うよ」

「んだ! おらの最後の晴れ舞台、暴れるだよ!」

 

 大丈夫か。なんて言葉はいらない。

 京太郎は肉厚で重い扉をその力でこじ開けた。

 

*** ***

 

 鶴賀学園に出来た異界の最奥。

 そこに居座るその悪魔は突如この場所に安置された道具に秘めたマグネタイトに魅せられた。

 悪戯や嘘が原因で父たる太陽神に放逐されたその悪魔は、この力があれば父に一矢報いることだってできると考えた。

 

 悪魔の世界は弱肉強食である。

 

 異界に偶々現れたその悪魔より弱い悪魔たちには「できるだけ人間を殺すな」と命じた。

 その悪魔は知っていた。やりすぎれば、やりすぎた分それ以上の力でもって報いを受けてしまうと。

 だから返しを抑えるためにちまちまと人間を苛めマグネタイトを得ることを選択した。

 

 よく言えば慎重。

 悪く言えば小物。

 

 それが悪魔。幻魔イクティニケである。

 

*** ***

 

「イクティニケか。気をつけよサマナー! 奴に物理は通りにくいぞ」

「魔法で攻めろってことだな!」

「そういうことじゃ! 氷結系魔法持ちが居ないのがつらいのう……」

 

 京太郎たちの電撃、火炎、疾風がイクティニケに襲い掛かる。

 だがそのいずれもイクティニケの翼に阻まれ致命的なダメージを与えるには至らず。

 幻魔は魔法の雨の中を突っ切り、ピクシーを蹴り上げた。

 

「ピクシー!」

「任せるだよ主さん。ディア!」

 

 レベルの上昇により取得したカブソのディアの光がピクシーを包み込む。

 京太郎の相手をしていたイクティニケはそれを見るや否や京太郎を無視しカブソへと向かう。

 

「こやつ回復役を真っ先に狙いおってからに! 悪戯好きゆえ人の嫌がることを察知する奴じゃ! 人じゃなくて悪魔じゃけど!」

 

 フケイのバウンドクローがイクティニケを捉えるも、物理に耐性を持つイクティニケには有効打とはならない。

 だがイクティニケはカブソからフケイへと矛先を変えた。

 

「そうするじゃろうな。万が一にも縛られてはたまらんじゃろ?」

「グ……ぎ……!」

「その身に見合わんマグネタイトを収めた末路か。悪戯小僧じゃが人には英雄と呼ばれし者がこのありさまか。情けない」

 

 京太郎とカブソがそれぞれ魔法を放つがそれさえ無視しイクティニケはフケイを狙い続ける。

 イクティニケはもう他者が理解できる言葉を話すことができない。

 フケイの言うとおりマグネタイトを吸引し続けた結果だ。

 詳しく解説するのなら、『話す』という機能を塗りつぶしその上で無理やりマグネタイトを吸引したのだ。

 

 故にその身体能力は今の京太郎たちを圧倒し続けた。

 いかに自称大悪魔の分霊と言えど今はフケイ。慣れない体で動き続けた結果できた隙をイクティニケは見逃さない。

 

 幻魔イクティニケの爪が煌めく。

 特殊な効果はない。だが一発一発が京太郎の怒りの一撃と同等の威力を持つダマスカスクローがフケイに向かって振るわれる。

 

 一撃目。耐える。

 二撃目。かろうじて耐える。

 三撃目は……耐えられない。

 

 三つ目の軌跡がフケイに叩き込まれようというその瞬間、割り込んだのは笠をかぶったカワウソ……カブソだ

 

「ぬし……!」

 

 最後の三撃目を受け瀕死の重傷を負ったカブソの眼は死んでいない。

 

「言っただよ……! これがおらの最後の舞台だよ!」

 

 血ではなくマグネタイトを流しながら近距離でザンを放った。

 風の刃は翼に阻まれることなく幻魔の腕を見事にとらえ切り飛ばした。

 

「カブソ!」

「やっぱりだ。あいつ、おらたちの攻撃を翼で受けるようにしていただよ。主さん、翼以外を狙うだよ!あいつの翼は……」

 

 すべてを言い終えることはできずカブソは二度目のダマスカスクローで息絶えた。

 今まで倒してきた悪魔と同様マグネタイトの光に還っていく。

 これは京太郎にとって初めて仲魔が死亡した瞬間だった。

 

「あ……」

「呆けるな! あやつの思いを無駄にする気か!」

 

 フケイの言葉で京太郎の眼に光が、力が戻る。

 カブソが命をかけたのは何のためか。

 決まっている。主である京太郎の願いをかなえるためだ。

 ここで呆けている暇なんてありはしない。

 

「アギ――!」

 

 蹴り飛ばされて意識を失っていたピクシーが、ダマスカスクローを放ち隙を作っていたイクティニケの残った左腕を燃やす。

 翼で防御できず仰け反るイクティニケに向かい京太郎は駆けだす。

 アギの炎を腕を振るい消したイクティニケを見据えるのはフケイの両眼。

 

「まさかこの歳になってカブソに教えられるとはの。世の中は広い」

 

 カブソと同様懐に踏み込んだフケイが放つバウンドクローはイクティニケの腹部に刺さり、悪魔の動きを縛る。

 一撃目のバインドクローも、京太郎たちが放った魔法と同様に翼で受け止めたのをフケイは思い出したのだ。

 

 緊縛されたイクティニケは人以上の速度で駆けよる京太郎に対応できない。

 京太郎はイクティニケのくちばしの上下を掴むと上と下に思いっきり引き伸ばした。

 

「う、がぁぁぁぁ!!!」

 

 口が裂けた瞬間声にもならぬイクティニケの叫び声が異界をこだました。

 それを至近距離から聞いていたにも関わらず京太郎は怯むことなく裂けた口に手を突っ込み叫ぶ。

 

「ジオ!」

 

 腕を斬り飛ばされ、口が裂け、外からではなく内側から電撃を浴びせられたイクティニケはその最後の力を振り絞った。

 狙うは京太郎の腹部。

 

「させると思うか? ザン!」

 

 だがフケイの疾風魔法がそれを防ぐ。

 腕がなくなり浴びせられ続ける電撃の前にイクティニケは次第に意識を失い、最後に眼から光が消えた。

 

 電撃を放出し続けた京太郎は肩で息をしながらイクティニケから離れた。

 十秒、二十秒と時が経つにつれイクティニケの身体が光に包まれそして消えた。

 その様子を見てから一分後、終わったのだと京太郎はしりもちをつき周りを見渡した。

 

「主を倒したのに異界が壊れない……?」

「これはおかしいのう。サマナーは何か知っておるか?」

「ピクシー、ドリーカドモンそのあたりにある?」

「ちょっと待っててね!」

 

 気休めだが京太郎にディアをかけていたピクシーは彼から離れドリーカドモンを探し始めた。

 ようやく息が落ち着き始めた京太郎はアームターミナルを確認する。

 自分もピクシーもフケイも体力と魔力はギリギリで、カブソの状態『死』に眼を細めた。

 

「心配するでないぞ。我ら悪魔は消滅せんかぎり消えはせん。カブソとはまた会える」

「今日の戦いでよく分かったよ。俺、弱い。力もだけどずっとフケイに、皆に助けられた」

「サマナーになって一週間じゃろ? 十分じゃよ」

「ううん。駄目なんだそれじゃ」

 

 京太郎が思い出すのはコボルトに痛めつけられた少女たちと、目の前で消えたカブソ。それに自分の代わりに指示を出してくれたフケイだ。

 もっと強ければ、少女たちをもっと早く助けられたはずだ。

 もっと強ければ、カブソだって死なずに済んだ。

 もっと勤勉になっていれば、フケイに負担をかけずに済んだかもしれない。

 

「ピクシーにもずっと心配をかけた。支えてくれた……」

「それでサマナーよ。ぬしはどうする? 後悔しても何もならんぞ」

「後悔はするよ。それで反省する。『次は』もっと上手くやる」

「後悔を次につなげると?」

「うん。ドリーカドモンがあるなら、今回の件はこれで終わりじゃない筈」

「ドリーカドモン? 異界に? その話、後で聞かせてもらっても良いかの?」

「もちろん! 母さんが居るから縁側で、とは言えないけどお茶と茶菓子は用意するからそこで話そう」

「ほっほっほ。忘れておったらザンしておったぞ」

 

 しばし談話に勤しんでいると、ドリーカドモンを見つけたピクシーが京太郎を呼びに来た。

 京太郎はピクシーの後を追い商店街と同じく六芒星の魔法陣の上に置かれたドリーカドモンを取り上げた――。

 

*** ***

 

「ハギヨシ」

「はいお嬢様。サーチが完了しました。やはり商店街よりレベルが少し高いですね。ですが、一さんたちにはちょうど良いかと」

「不幸中の幸いという奴ですわね。鶴賀の方々を助け一たちも強くなる……かんっぺきですわ!」

 

 鶴賀学園の異界の前に居るのは龍門渕グループの工作員と、透華の私兵である『国広一』『井上純』『沢村智樹』だ。

 工作員たちは学園周辺の人払いと人々の記憶を弄り隠ぺいするのが主な仕事だ。

 対悪魔用装備に身を包んだ彼女たちはそれぞれ緊張した面持ちの中、最も大切な装備である悪魔召喚プログラムを内封した通称『COMP』の最終確認を行っていた。

 

「……それではみんな異界探索ですが気を付けてください」

「お待ちくださいお嬢様。異界の様子が……」

「へ?」

 

 透華の言葉を遮ったのはハギヨシだ。

 彼に促されるように異界『鶴賀学園』を見ると、異界が歪み捻じれそして破裂した。

 透華も映像でのみだが知る異界の破壊現象だ。

 

 突如として破壊された異界にその場に居た者たちは呆気にとられたが、真っ先に我を取り戻したハギヨシが工作員に指示を出した。

 

「工作部隊。学園に居る者たちの記憶処置と救命作業を。それと鶴賀学園の修復作業をお願いします。指示を聞かない方が居る場合はこちらに連絡を」

「承知しました!」

 

 本来はこれも透華の役目だが、裏の世界で活動し始めたばかりの彼女に咄嗟に動けというのも酷な話だ。これから成長していけばよいとハギヨシは考える。

 しばらくしてほぼ全ての生徒・教師に対する記憶措置と医療措置が完了した。

 ただ三人……いや、正しくは一人の生徒が記憶に関する措置を嫌がった。

 

「約束したのにそれを忘れるなんて絶対いやっす!」

 

 暴れる桃子を宥めようとしているのは加治木ゆみと蒲原智美だ。

 彼女たちからしてみれば記憶措置をしてもらった方が精神衛生上良く、桃子に対しても受けるように説得していた。

 

「モモ!」

「こればかりは先輩のお願いでも聞けないっすよ! 京太郎くんはどこっすか? 学園が元に戻ったならきっと戻してくれたのは京太郎くんっすよ」

 

 京太郎の名前に透華たちは顔を見合わせた。

 透華とハギヨシだけでなくはじめたちにも京太郎に関する情報は共有されている。

 万が一外で見かけたら京太郎を捕まえて連れてきてほしいと透華がお願いしたのだ。

 

「東横さんでしたわね?」

「そっすけどって。龍門渕のお嬢様っすかどうしてここにいるっすか?」

「……金持ちには裏がある、か?」

 

 腕を組み透華をにらみつけるゆみを軽くいなし「似たようなものですわね」と答えた。

 

「それで須賀京太郎が居るとは本当ですの?」

「ワハハ。本当だぞー、なんせうちらが招待をしたからな」

「なるほどなるほど……」

 

 すれ違い続けた自分とさくっと会うことに成功している目の前の三人。

 その事実を認識し理不尽ながらにまだ見ぬ少年に対しイラっとしつつ京太郎の情報を得るために問いかける。

 

「モモの話では事態を解決するために動いたそうだ。まだ姿は見かけないが……」

 

 その時だった。

 三階の窓から飛び降りてくる人影があった。

 着地の鈍い音と砂の音を立てながら降り立ったのは金髪の少年だった。

 近くには妖精と人面鳥が控えており、彼の姿を捉えた桃子は彼に駆け寄った。

 

「京太郎くん! 大丈夫っすか?」

「な、なんとか。ちょっと強かったけど、なんとかなった。約束は守れたな」

「……はいっす!」

「ほんとはさ、もっと話したいんだけど、ごめん、もうガス欠でさ。ちょっと眠い――」

 

 桃子の方には倒れないように前ではなく後ろに倒れていく京太郎を支えたのはハギヨシだった。

 ハギヨシは京太郎の体調をCOMPを用い確認するが、体力と精神力が異常に減っているのを確認できるのみで異常は見当たらないため「大丈夫です」と答えた。

 

「それだけ激しい戦いだったのでしょう。彼もそうですが二体の悪魔たちの精神力もギリギリですね。良く勝てたものです」

「二体じゃないよ!」

 

 抗議の声を上げたのは妖精だった。

 

「もう一体。カブソが居なきゃ勝機は見えなかったもん」

「そうじゃの。見事に最後の晴れ舞台を飾ったわけじゃからの」

 

 仲魔を立てるその姿にハギヨシは京太郎と仲魔たちの関係を察した。

 

「そうなのですね。失礼しました」

 

 ハギヨシはこれから行う提案を円滑に受けてもらうため頭を下げた。

 

「それでご相談なのですが私どもの方には彼を休ませる準備があります。もう一体の悪魔とあなた方にも休養が必要でしょう。どうですか? お休みになられませんか?」

「ふむ。メリットは明白じゃな。デメリットはぬしらの勧誘活動に付き合うことかの?」

「そうなります。それ以上のデメリットはつけないとお約束いたしましょう。よろしいですか、お嬢様」

「え、えぇ! もちろんですわ!」

 

 透華を見て「金髪、経験不足の若輩者……サマナーと似ておるの」などとフケイは心中思いながら、車に運ばれてゆく京太郎の後をピクシーと共に追った。

 京太郎たちを見送ったあと、ハギヨシは「さて」と桃子たちに向き直った。

 

「記憶の件ですが」

「いやっすよ!」

 

 速攻で否定する桃子に妙な晴れやかさを感じ苦笑いを浮かべながらハギヨシは続ける。

 

「えぇ。本来なら無理にでも処置を行うのですが少し事情が入り組んでおりまして……」

「どういうことだ? いや、そうか。須賀くんの機嫌を損ねたくないのか」

「察しが良いですね。まず須賀くんの機嫌を損ねたくない理由ですが、将来有望なサマナーであるというのが主な理由です。彼が私たちの仲間となるかは分かりませんが、良い関係を築けたらと思っています。なにせ最近人手不足でして、短期間に二個も異界を破壊する人材は貴重なのです」

「義理などではなく仕事上の理由なのか」

「それ以外にもありますよ。ですがまぁこれは置いておきましょう」

 

 そこで言葉を区切りハギヨシは二本の指を立てた。

 

「あなた方には二つの道があり、それぞれにメリットデメリットがあります。これをご説明しましょう」

 

 二本立てていた指の一本を下ろした。

 

「まず一つ目。記憶を消すこと。メリットは異界での出来事を忘れ日常に帰れます。デメリットはそうですね……万が一同じような出来事に巻き込まれた場合また新鮮な恐怖を味わうことになります。今であれば私たちの様な存在が助けてくれるかもと希望が持てるでしょう?」

「そう、だな……。なんだったら化け物に見つからないよう行動だってできる。知っていれば教室の扉を机で塞ぐとかはしたな」

「えぇ。二つ目。記憶を残す。これのメリットの一つは加治木さんがおっしゃった様に二度目であれば今回と比べ心構えと対応ができるでしょう。デメリットについては端的に言えばとある書類にサインしていただき暫くとある組織の監視下に置かれます」

「このことを一般の人に話すなってことっすね」

「えぇ。もし知った場合世界は混乱に陥るでしょう……いえ、その前に狂人扱いされますか。もし破った場合は記憶を消されたうえで契約により行動を縛られるかもしれません」

 

 ハギヨシはそこで言葉を区切ると「不条理かもしれませんがこれがルールですので」と前置きし。

 

「それではご決断を」

 

 決断を促した。

 桃子、ゆみ、智美の三人はそれぞれの道を選択し、それはそれで一悶着あったのだが。

 最終的にそれぞれの選択を尊重することになった。

 




カブソ頑張った。
というかフケイのせいでアナライズがいらねぇ。
京太郎も素手で口を引き裂き始めた。まだまだ序盤なのに修羅の戦い方。基本戦闘はノリです。

レベルも二桁になったのでそろそろ中級呪文なども出せるようになるころあいです。

話としてはたぶんあと10話ぐらいで長野編完結かなと。
実際書くと増えたり減ったりしますが。


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『龍門渕』


気づけばお気に入り登録が1000件を超えてました。ありがとうございます。
拙い作品ですが少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

何時もより長く一万文字近いけど原因は誰のせいなのか。


 異界鶴賀学園での戦いから一夜明けた次の日。

 眼を開いた京太郎の視界に入ったのは見知らぬ天井だった。

 普段寝ている自室よりも倍以上高い天井を見て「夢かな」と考え、覚醒に歯止めをかけた。

 季節の区分としては一応夏となっている6月。それにも関わらず早朝は肌寒くふかふかとした布団の魔力に負けかけている。

 掛布団を動かそうと思ったが、布団がやけに重く違和感を覚えた京太郎はその原因が何かを探るべく体を動かした。

 

 目の前には椅子に座りベッドに伏せる桃子の姿があった。

 

 気持ちよさそうに寝ている桃子を見てなぜ彼女が居るのか。夢ではないのか、と思考を巡らせていくにつれ京太郎の脳がようやく動き出し始めた。

 

「ふわぁ……。あ、京太郎くんも起きたんすね」

 

 眼をこすりながら京太郎を見る桃子。

 寝起き顔なのに恥ずかしさを感じないのは、彼女もまだ覚醒しきってないからだ。

 「うん、おはよう」と京太郎が挨拶をし、桃子に現在の状況について問いかけようとしたがまだぼーっとしている桃子を見てやめた。

 それから数分後、顔を真っ赤にして席を立った桃子は「あわわわ」と慌てふためきながら部屋を出て行った。

 

「えっとその、さっきのことは忘れてほしいと言いますか……」

 

 羞恥からか口癖である何時もの語尾「~っす」が出ていない。

 そのことに気づいた京太郎は「忘れられるように頑張るよ」と正直に答えた。

 

「京太郎くんは正直っすね。えっとここに居る理由っすよね」

 

 京太郎は頷こうとしたが少し考え込み問いかけた。

 

「俺のこと怖くないのか?」

 

 教室で桃子にかけられた言葉は良くも悪くも忘れることはない。

 心にちくっときた言葉も、その後かけられた暖かな希望に満ちた言葉も京太郎にとっては大切な宝物だからだ。

 

 桃子は「……忘れてたっす」と言った。

 

「京太郎くんの倒れ方が心配だったっすもん。力のこととかさっぱり忘れちゃったっすよ」

「そんなもんなのか?」

「多分っすけど、その。一つ訂正したいんすよ。私多分京太郎くんのことは怖くないっす。京太郎くんの看病してたっすけど怖いとか思わなかったっす」

「……うん」

「多分怖いのは京太郎くんの力と近くに居た……悪魔ですっけ? あれだと思うんすよ」

「でも俺の力も俺だぞ? ならやっぱり怖いだろ?……」

「うーん……。なんて言ったらいいっすかね。上手く伝えづらいっすけど、今の京太郎くんは怖くないっす。でも悪魔たちと一緒に居たら怖いっす」

 

 京太郎にはよく分からない感覚だった。

 しばらく考え込んでいた桃子は「あっ」と何か思いついたようだ。

 

「多分あれっす。拳銃とかナイフとか持ってる危険人物な感じがしたんすよ」

「あぁ。なるほど」

「それと一日経って少し落ち着いたのもあるっす。でも悪魔を呼ばれたらやっぱり怖いっす」

「……そっか」

「えへへ、ちょっと安心したっすよ。京太郎くんをずっと怖がってたら友達とは言えないっすもんね」

「不良の知り合いみたいな?」

「それっす! ちょうど金髪っすもんね!」

「うるせー! 地毛だっての!」

 

 そうして二人で笑いあった。

 思ったよりも早い解決だったが、京太郎からすれば仲魔たちは受け入れられないと言われるのも当然なのだが京太郎自身は無理もないと思っている。

 かつての様に存在の否定はされていないのだから。

 

 京太郎と桃子が起きたことを察した館のメイドが朝食を持ってきた。

 それに遠慮した京太郎だったが「二人は主によって招待された客なので気にすることはない」とメイドに伝えられ「断られた方が困る」とまで言われようやく頷いた。

 朝食をとりながらなぜ自分と桃子はこの屋敷に居るのか問いかけた。

 

「まずっすけど、ここは龍門渕さんの家っす。京太郎くんはどこまで覚えてるっすか?」

「桃子と会話してから倒れそうになって誰かに受け止められたとこ?」

「受け止めたのは執事さんっすよ。それで京太郎くんが倒れた後……」

 

 桃子はハギヨシに記憶を残すか、封印するかの選択を迫られたと言った。

 そのことを知った京太郎は眼を細めたが、桃子は慌てたようにそうなるのは仕方がないことであり、真摯に二つの選択に関するメリットとデメリットを教えてくれたと語った。

 

「それで桃子は記憶を残してる。加治木さんと蒲原さんは?」

「先輩は記憶を封印して元部長は記憶を残すことを選んだっすよ」

「へぇ……二人共封印するかと思ったよ」

「先輩は覚えていたら受験や今後の人生に支障をきたしそうだからって言ってたっす。元部長は同じことが起きたとき家族を守るためらしいっす。ちょっと意外な理由で驚いたっすよ」

「受験のために家族のため。どちらもきっと正しいんだろうな」

「そうっすね。ちなみに私は」

「自分とその、俺のためだろ?」

「えへへ、当たりっすよ。えっとっすね、だから先輩に会うことがあってもあの時のことは触れないで上げてほしいっす。元部長は気絶してて京太郎くんの戦い見てないから気にしないらしいっす」

「蒲原さん大物だなぁ」

 

 それからすれ違ったときに出来た溝を埋めるために京太郎は今日までのことを桃子に話した。

 やはり異界や悪魔についての会話になると桃子は怖がったが、ピクシーがケーキを食べるのが好きなことには共感を示し、フケイがお茶と茶菓子を求めて来たと知ったら驚いていた。

 

 時計の針が十二時を指す時間になり、桃子は帰宅の時間となった。

 

「本当は一日休みたかったっすけどね。休んだら忘れた先輩や皆を心配させちゃうっす」

「そうか。なら俺は……」

「そうっす。伝言を預かってるっすよ。お話がしたいから私が帰っても待っててほしいって言ってたっす。午後から姿を見せるらしいっすよ」

「分かった」

 

 京太郎は館にいるメイドに桃子が帰る旨を伝えた。

 「畏まりました」というメイドに従って後ろを二人は歩く。

 

 しばらくすると一般家庭ではありえないほど大きな扉が現れた。

 扉をこんなに大きくする意味を一瞬考えながらも京太郎は桃子に声をかけた。

 

「今日はたくさん話せてよかったよ」

「私もっす!」

「うん。本当に……ありがとな、桃子」

 

 「ありがとう」の一言に色々な思いを込めた。

 それを察知したのかしてないのか、眩しいほどの笑みで桃子は言う。

 

「お互い様っすよ、サマナーさん」

 

 京太郎は桃子の後ろ姿が消えるまで玄関前で桃子を見ていた。

 思えば京太郎にしても初めての経験だった。

 最初の異界での戦いは自分のためだった。命をかけて戦い、ピクシーとカブソという仲魔を得た。

 

 それはそれでとても充実した体験だったけれど、異界と化した鶴賀学園での戦いは意味合いが違う。

 初めて自分の意志で自分の命だけではなく、自分以外の誰かの命を救った。

 今更ながらに守れたのだという実感が湧いてきた京太郎は安堵とともに感極まって心が震えていた。

 

 桃子の後ろ姿が見えなくなり、館に戻るために踵を返した京太郎に声を掛ける少女の声が聞こえた。

 

「おい」

「ん?」

「下だ!」

「うおっ!?」

 

 最初周りを見渡した京太郎は人影を見つけることが出来ず困惑した。

 その様子に苛立った少女が大きな声をあげたことで京太郎は驚きとともにようやく見つける事ができた。

 

 ウサギのようなカチューシャをつけた、この小さな少女の正体を京太郎は知っている。

 

 天江衣。

 

 県大会の決勝で超常現象を発生させた張本人である。

 当時こそなにアレと頭を悩ませたが、オカルト能力があると理解している今ならば超常現象の原因も分かる。

 

「初めて見る顔だな。とーかが新しく雇った使用人か?」

「そういう訳じゃないかな。たぶん客?」

「客……客……。あぁ! お前が須賀京太郎か! とーかから聞いたぞ? 龍門渕が受けた依頼をとーかたちが取り掛かる前に終わらせたって」

「鶴賀学園のことですか? 受けてたんだ……あぁ、だから現場に」

「んふふ。愉快適悦! 人の不幸を笑うのは良くないことだけどやはり蜜の味だな、とーかが悔しがる姿はおもしろかったぞ」

「そんな悔しがらせるつもりは全くないからなぁ」

「友のためだろう? 桃子と言ったか。話は聞いたぞ。友のために命をかけるなんて言葉で言うのは簡単だができるとことじゃない。誇っても良い『おねーさん』が褒めてやろう」

 

 と言って衣は『お姉さん』ぶって京太郎の頭を撫でようとするがまったく届かない。

 180cmと127cmの差である。髪の色も相まって兄妹にも京太郎がもう少し歳を取れば親子にも見える。

 むっとした衣は京太郎の袖をぐいぐい引っ張る。

 京太郎は苦笑いを浮かべながらしゃがみこんでようやく頭を撫でることができた。

 

 「うむ!」と満足した衣は「また会うこともあるかもしれんな。またな京太郎」と言って去った。

 京太郎の眼の前にある建物が本館だと思うのだが衣が向かったのは近くの少し小さい屋敷だ。

 何か事情があるのかと訝しむが「須賀さん何してますの?」という少女の声で我に返った。

 

「えっと、桃子を見送ってまして」

「そうでしたの。少しは会話できました?」

「はい。あ、そうだ。ありがとうございました。おかげでゆっくりできました」

「ふふふ。それはよかったですわ。それでは須賀さん」

 

 優雅に微笑む龍門渕透華の瞳が笑っていないことに京太郎は気づいた。

 二つの異界を破壊した京太郎をも怯ませるその瞳には一体何が含まれているのか、京太郎には全く分からない。

 京太郎に出来たことはただ一つ「はい」と返事をすることだけだった。

 

*** ***

 

「そうですわ。ハギヨシ」

「はい、お嬢様」

「須賀さんスマホとガントレット……面倒ですわねCOMP一式をお返しなさい」

「はい。須賀くん。これを」

 

 大広間に通された京太郎がハギヨシから手渡されたのは悪魔召喚プログラムがインストールされたスマホとガントレット。それに京太郎が元から所持していた所持品の数々だ。

 「ありがとうございます」とお礼を言いつつ左腕にガントレットとスマホを装着した。

 仲魔のステータスは完全回復しており、カブソからの「おらも元気だぞ―」と書かれた彼からの言葉を文字で見て京太郎はホッとした。

 

「あの、COMPってなんですか?」

「あの変態から説明を受けてませんのね。元々悪魔召喚プログラムがインストールされるのはコンピュータだけでしたの。英語の綴りを縮めてCOMP。今ではプログラムがインストールされた電子機器を総じてCOMPと呼ぶのですわ。中には銃型のCOMPをGUMPと呼称しますがこれは余談ですわね」

「へぇ……」

 

 銃型のCOMPなんて耐久力が低そうだと思いながらハギヨシに淹れられた紅茶を一口飲んだ

 今まで飲んだことがないほどの香りが京太郎の口内から鼻腔まで一気に突き抜けた。

 紅茶なんてどれでも同じだと思っていた京太郎は今まで飲んでいた紅茶と今飲んでいる紅茶のレベルに衝撃を受けながらコップをおいた。

 

「さて、余談はここまでに致しましょう。須賀さん。私たちと言うより、私龍門渕透華はあなたと交渉をしたいと思っていますの」

「交渉ですか」

「回りくどく言うのも分かりにくいでしょうから単刀直入に言いますわね。まず第一前提として私はあなたと友好な関係になりたいと思っていますわ」

「……はい」

「その上で私が提示するのは三点。答えによっては二点になりますわ」

「分かりました。まずは質問はせず聞かせてもらいますけど、仲魔を召喚してもいいですか?」

「えぇ、もちろん! 貴方と仲魔が友好な関係にあるのは存じていますもの」

 

 案にお前のことはお前が思う以上に既に知っているぞ。

 そう言ったことに京太郎は気づかずフケイを召喚した。

 

「ふむ。こういうのは本来サマナーの役目じゃが……わしを喚んだのは正解じゃよ。せっかく温かな『緑茶』と『茶菓子』を用意してくれたようじゃし」

「えぇ。喜んでいただけたようで何よりですわ」

「さて、では話を聞かせてもらおうかの。良いな、サマナー」

「あぁ」

 

 聞く態勢に入った二人を見て透華はコホンと一度咳払いをすると指を一本立てた。

 

「まず第一に、私に雇われてほしいのです。龍門渕グループではなく私に、というのがポイントですわ」

「第二に今回貴方はご友人を助けるために異界の破壊を行いました。この功績を私たちに譲っていただきたいのです」

「最後ですわね。龍門渕グループからではなく、これから私たちから依頼を出すことがありますわ。もしよければ私たちが依頼を出したら優先して受けてほしいのです。以上ですわ。ご質問等はありますかしら」

 

「少し時間をいただいてもいいですか?」

「はい。もちろん」

「フケイ」

「うむ。嬢ちゃん少し席を外させてもらうぞ」

 

 京太郎たちは透華たちから少し離れた。この大広間はかなりの広さがあり少し離れれば声だって聞こえなくなる。

 

「が、聞こえとるじゃろうな」

「離れた意味がないな」

「あるわい。眼の前でいろいろ話されたら嫌じゃろ。」

 

 聞こえるのに眼の前でコソコソ話されたら鬱陶しい上に、話してる方も気まずい思いをする。それを回避するためだった。

 

「まぁ……。それで龍門渕さんの話だけどさ」

「まず今はどう考えとる」

「まだフリーで居たい。二点目は報酬と理由次第。三点目はもちろん構わない」

「よし。それを踏まえた上で説明しようかの。その前にサマナー」

「ん?」

 

 すーっと大きく息を吸ったフケイは京太郎の耳元で怒鳴りつけた。

 

「もう少し言葉の意味を考えんかい! 嬢ちゃんの言ったわしらの仲を知っとるって言葉はお前らのことは知っているぞって意味じゃぞ! もう少し警戒せんかい!」

「うぇぇ!? ご、ごめん」

 

 突如怒鳴られた京太郎は驚きの声を上げたが直ぐ様謝罪した。

 

「全く。どんな状況でもわしがおるわけじゃない。学びなさい」

「……分かった」

 

 素直に頷く若者に満足したフケイはここで話を終え本題に入る。

 

「よし。なら今回の話についてじゃが簡潔に説明するぞ。まず一点目についてじゃが、あの嬢ちゃんはどうやら信頼できる部下を探しとるようじゃな」

「だからグループは関係ない?」

「そう。おそらくぬしと同様修行中の身なんじゃろ。ただそれだけじゃなく将来を見据え自分にとって絶対信頼できる人間を探しとる。サマナーはその候補じゃな」

「でもなんで俺?」

「言葉だけでなく行動で『友』を救い仲魔とも仲良くやっとる将来有望なサマナーは貴重じゃぞ? 特に今の世の中はのう。じゃがあくまで候補じゃ。合えば唯一無二の友人となるがそうでなければただの部下じゃな。それでも組織には入れる上そこそこの立ち位置にはなれるじゃろ」

「なるほど……」

 

 京太郎は考える。確かにここで透華の配下に加わればフケイの言う通り安定した将来を過ごせる環境にはなるかもしれない。両親にだって、龍門渕に就職したと伝えれば喜んでくれるはずだ。

 だが、なぜかその選択をしてはいけない気がした。

 京太郎の理性は応じたほうが良いと訴えるのだ。だが心がそれに反発する。

 どちらが正しいのか京太郎には分からない。けれど京太郎が選んだのは理性ではなく心だった。

 

「いい話だけど俺はまだフリーでいるよ」

「ふむ……二点目についてじゃが、裏付けは取るが功績づくりじゃな。今の嬢ちゃんは恐らく龍門渕透華ではなく、龍門渕グループのご令嬢として見られておる。つまり舐められておるんじゃよ」

「それを払拭するために功績がほしいって? でもそんなのってさ」

「実力はあとからでもつくと思っとるんじゃよ。実際わしらの会った異界は悪魔全体で見れば下位の中といったところじゃし」

「苦戦したんだけどなぁ」

「そんなもんじゃよ。続けるがサマナーは先程報酬と理由次第と言ったがこれはわしも賛成じゃ。あの程度の異界を破壊したところで名声は轟かんよ。じゃが嬢ちゃんの場合龍門渕グループには効果があるじゃろうからの」

「ただの金持ちお嬢様じゃないぞ! って証明できるってことか」

「うむ。そんな感じじゃぞ。三点目じゃが基本受けて良い。依頼を出してくれるならありがたいしの。依頼を受けていけば今一点目を断っても信頼を築けばサマナーの方から配下になると申し出てもいいし、嬢ちゃんからアプローチもくるじゃろ」

「一点目に消極的賛成? いや違うか。一点目とは違って組織で守ってくれない……」

「そういうことじゃな。……決まったかの?」

「うん、大丈夫。ただ二点目の報酬については少し考えがあるんだ。今は受け取らないってこともできるかな」

「ふむ……。まぁできると思うぞ? 貸しにするってことじゃろ? きちんと契約を結んだらええ」

 

 フケイは色々言ったが自身のサマナーの最も傑出している部分はこの決断力にあると思っている。

 それが顕著に現れたのはイクティニケ戦での突貫だろう。フケイの援護があったとはいえ、行くべきだと思ったときには既に行動し結果、京太郎の攻撃が勝敗を決した。

 そして今も、少し悩みはするが直ぐ様答えを出している。

 

 少年の行動を考えなしという人も居るだろう。蛮勇だと言う人もいるだろう。

 だが結局悪魔にとって一緒に居て一番面白い人間はこういうタイプなのだ。

 破滅か栄光か。どちらに運命は微笑むのか楽しみに思いながらフケイは京太郎の背中を見ていた。

 

 なお本人も気づいていないが彼が一番京太郎を気に入っている部分は真の主と同僚と違いきちんと自分の話を聞いてくれるところである。

 

「一つ目の要望は断らせてください。二、三は受け入れます。ただ二つ目の報酬は貸しと言う形にしていただけませんか?」

「良いのですか? 桃子さんの体質は私どもで改善できると思いますわよ」

 

 今の透華の言葉で「あぁ、本当に自分たちのことを知っているのか」と分かり京太郎はヒヤッとした。

 それと同時にフケイが言ったことの意味も理解した。自分を守る事ができるのは自分だけである。

 

「そこは変態を頼ります」

「あら? ですが何か交渉材料がおありで?」

「へへ。そこは秘密ですよ。ただ二点目について、破壊したという事実をいただきたいと言った理由をお聞きしても?」

「そうですわね。……どこからお話しましょうか」

 

 空になった透華のコップにハギヨシが紅茶を注ぐ。

 何も言わずとも反応するあたりハギヨシの優秀さが際立つ。

 

「まず私についてですわ。実は裏の仕事に関わりだしたのはつい最近のことですの」

「そうなんですか?」

「えぇ。ですが知識としては前から勉強していましたので知っていますわ。龍門渕グループのトップに立つ身として裏のことも知ってませんとお話になりませんの。それで、これは一点目に掛かってくるのですが、私はグループの優秀な人間ではなく、私にとって信頼をおける仲間がほしいんですの」

「なるほど。それで俺もお眼鏡にかなったと?」

「第一段階、第二段階は問題なくクリアですわ。サマナーとして経験はまだまだですが異界を二つ破壊した事実と、東横さんと会話した印象、悪魔たちとの信頼関係……人格・戦力ともに将来性抜群と見てます。ですが、それと私と信頼関係を築けるかは別でしょう?」

「そうですね。俺もそう思います」

「特に戦力に関しては、覚醒こそしてますが一たちの実力はまだまだですの。正直戦闘経験で言えば須賀さんのほうが上でしょう。それで戦闘経験を積むために異界へ行こうとしたら……」

「俺が全部破壊して計画御破算……」

「はい!」

 

 事情さえ知らなければ京太郎も見惚れたこと間違い無しのとてもいい笑顔だった。

 けれど玄関で味わった瞳の意味を知った京太郎はその笑みに見惚れるよりも申し訳無さと恐怖を感じていた。

 

「さて。では本題に入りましょう。二点目の理由についてですが、そこの悪魔の仰る通り、私を舐めるどころか下剋上を企む輩がおりまして。そいつらを黙らせる……いえ、暫しの時間を稼ぐために驚かせたいんですの。理由としてはこれでいいかしら?」

「はい。大丈夫です。三点目ですけどタイミングが悪いと受けれないことがありますけど……」

「その時は仕方ありませんわ。強要しては友好関係は築けませんでしょう?」

「ですね。ありがとうございます」

 

 許容した姿を見せたがその実どう思っているのか。

 その事を考えながら京太郎は頷いた。

 

「それでは契約を。須賀さんの仰る通り二点目は急がなければなりませんから……ハギヨシ」

「はい。お嬢様」

 

 ハギヨシが取り出したのは一枚の紙だ。

 その紙には京太郎が見たこともない文字が書かれていた。

 

「この書類に名前の記載と血を垂らしていただきます。それで契約完了ですね。本来は須賀くん側にも契約破棄した場合の罰を説明しなければなりませんが、今回関係ありませんね。罰を受けるのは私だけです」

 

 透華は自分の名前を書いた後にナイフで指を傷つけた。そして彼女の指から落ちる赤い血が用紙に染み込んだ。

 絆創膏を貼った後に透華は契約用紙を京太郎に手渡した。

 

「書類を読む時間を頂いても?」

「もちろん。良い心がけですね」

 

 京太郎はフケイにも契約用紙が見えるように寄せた。

 フケイを呼んだのは一緒に中身を確認してほしいのもあるが、文字が読めないためだ。

 

「え?」

 

 京太郎が驚いたのは読めないはずの文字が自然と読めることについてだ。

 驚いている京太郎にフケイは「共通文字じゃな」と補足をした。

 

「共通文字?」

「バベルが崩れる前の話じゃよ。人々は同じ言語で話しておった。唯一神によりバベルが破壊され言語はわかたれたが……こうして一部では使われとるんじゃよ。言葉にはできんが魂が覚えとるんじゃな」

「へぇ……。あぁ、だから龍門渕さんの名前もこの文字じゃなくて日本語で書いてるのか」

「不思議なもんで文字は読めるが書けんのじゃよ。めんどい話じゃよ」

 

 透華の綺麗な文字と赤黒く滲んだ血というミスマッチが痛ましさを引き出していた。

 京太郎は隅々まで契約用紙を読んだが特段おかしなことは書かれていないと思った。

 だがフケイは違ったようでハギヨシに声をかけた。

 

「ふむ。執事さん」

「なんでしょう」

「期限についても取り来めさせてもらってよいかの? 当然無期限じゃろうけど」

「……なるほど。承りました」

 

 ハギヨシは契約期限に関する条約を記載した後に京太郎に手渡した。

 フケイは契約用紙を読むと満足そうに頷いた。

 

「ふむふむ……。よしサマナーよいぞ」

 

 京太郎は自分の名前を書き、ハギヨシから受け取ったナイフで指を切り書類に血を垂らした。

 血が契約書類に触れた瞬間書類を中心に魔法陣が浮かび上がり、鍵が閉まる音と共におさまった。

 

「これで契約完了……?」

「そうなりますわ。須賀さん。交友を深めるためにまず電話番号とメールアドレスを交換いたしませんか? 困ったことがあったらご連絡くださいな」

「ありがとうございます! 透華さんも何か依頼がありましたらご連絡を。まぁまだ弱いのでできることは限られますけど」

「ふふふ、ご謙遜を」

「事実ですって。それじゃ俺は変態のところに行きますので……」

「えぇ。有意義な時間でした。それではまた、次回には私の仲間をご紹介いたしますわ」

 

 京太郎を見送るためにハギヨシが先導しその後ろを京太郎と透華が続く。

 そういえばと京太郎は思う。覚醒していながらなぜ透華たちは清澄に負けたのか。

 玄関にももう近いため、その質問は後でさせてもらおうと決めた。京太郎にとっては優先度の低い問題で好奇心による問いかけでしかない。

 ハギヨシが扉を開けて、京太郎が館から半歩外に出た時だ。

 

「最後に一つだけ聞いていいですか?」

「えぇ、もちろんですわ」

「天江衣さん」

「……え?」

「なんで別宅なんです? これだけ大きければここでも良いと思うんですけど」

「……天江家と我が家は懇意にしておりまして。天江家が遊びに来るときはあの別宅で過ごしておりましたの」

「そうなんですね」

「それで衣のご両親が亡くなったあと我が家が衣を引き取ったのですが、あそこの方が居心地が良いと」

「なるほど! そうだったんですね! 確かに家族と過ごした屋敷があるならそっちのがいいですね。十分広いですし。天江さんが一人であそこに帰ってくのを見たので何事かと思っちゃいました」

「いえいえ。事情を知らなければ気になって当然ですわ。衣を心配してくれてありがとうございますわ」

「では改めて。今日はありがとうございました!」

 

 京太郎が本宅から外へ出てしばらくした後ハギヨシが扉を閉じ、扉のしまる音と共に透華は胸をなでおろした。

 

「交渉は成功かしら?」

「えぇ。最後の衣様はヒヤリとしましたが」

「流石に祖父が怖がっているとは言えませんもの。全く尊敬できる方ですがこの点は直して頂きたいですわね」

 

 見た目幼女を怖がる爺なんて想像されては龍門渕の恥だ。

 天江家が龍門渕家に来た際には別宅で泊まっていたのは本当の話で、嘘なのは衣自身の意思で別宅に居るわけではないことだが、バレはしない。

 元マジシャンの少女曰く、嘘は真実の紛れ込ませるのがベストだよ、とのこと。

 

 透華は玄関前から踵を返しハギヨシを伴って自室へと移動する。

 将来の次期リーダーは高校生であってもやることが多いのだ。

 




ということでまだフリーのサマナー。
悪魔合体はもうちょい先ですね。

あとあれだよ。
作者以上に頭が良いキャラなんて書けないの実感したよ


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『淡い金の少女』

※大きな星の淡さんではありません。

本作の書き溜めとソシャゲのイベントを消化するために今日の更新はもうなく、
明日の更新予定もないので月曜日をお待ちください。



「なるほどなるほど。それで私のところへ来たのだな」

「そうです」

 

 薄暗い邪教の館の中に居るのは男二人。

 サマナー須賀京太郎と館の主パラケルススだ。

 マチコはどうやら買い物に出かけているらしく、残念だが今は居ない。

 

「というかキミこの短期間に何回も異界に巻き込まれるとか呪われとるんじゃないか」

 

 変態の否定することができない言葉に京太郎は黙った。

 この頻度で異界に巻き込まれることがどれだけおかしいか京太郎も理解はしていた。

 これが普通なら京太郎はもっと早く覚醒しサマナーになっているか死んでいる。

 

「私としては面白いので今の君のまま成長してほしいね。今のサマナー……サマナーだけではないが、安全思考すぎてねぇ面白くないんだ。話がそれたな。異能を封印する話だったな」

「はい。これが依頼にあたる話なのは俺も理解してます。報酬はこれを考えてます」

 

 京太郎がかばんから取り出したのは異界鶴賀学園から取得したドリーカドモンである。

 パラケルススは呆れたように首を振った。

 

「ドリーカドモンじゃなぁ。見なかったかい? 腐るほどあるんだよ、ドリーカドモンはね」

「商店街のドリーカドモンって貴重なものだったんですよね」

「そうだな。異界の維持期間もそんなに長くなかったのが理由だが」

「これ、異界発生から1、2時間ぐらいの代物です」

「まさか、鶴賀学園の異界もこれが原因か! ふ、腐るほどドリーカドモンがあると言ってごめんね。依頼を受けるから見せて」

「分かりました。ただその前に異能封じのアイテムがほしいです」

「それもそうだね……。ふむ、ちょっとまっていてくれるかい?」

 

 パラケルススは積み上がったゴミの山から一つの箱を取り出し開けた。

 箱の中に入っていたのは小さな宝石が埋め込まれたイヤリングである。

 目の前の男に似合わないおしゃれなアイテムが出てきて戸惑っていると、このアイテムについてパラケルススが解説をした。

 

「異能封印を行いたいのは少女なんだろう? しかも麻雀で異能を利用していると聞いているよ。なら付け外ししやすいアクセサリのほうが良いと思ってね」

「これってどういうものなのです?」

 

 京太郎は箱を受け取りイヤリングを見ながら問いかけた。

 

「ふむ。君は疑問に思わなかったかね? 異能者に覚醒している龍門渕がなぜ他の学校に麻雀で負けたのか」

「それは少し思ってました。覚醒してれば一般の人に負けることはないですよね。今の俺のように」

「それはそのとおりだが。不便だと思わないか? 麻雀が好きなのにどう打っても勝てる配牌が来るんだぞ? やりがいがないだろ? だから能力を封印したり異能を封印したりするアクセサリには一定の需要があるんだよ。ちなみにこれは異能封印の力のみ宿っている」

「封印できたの確認したら報酬を……いえ、渡す。渡しますよ」

 

 血涙でも流しそうなほどの勢いで睨みつけるパラケルススの迫力に負け京太郎はドリーカドモンを手渡した。

 念の為自分にイヤリングを付けたところ、電撃魔法「ジオ」が行使できないを確認した。

 確かに効果はあると希望を持ち京太郎はイヤリングを懐に仕舞った。

 

 パラケルススは受け取ったドリーカドモンをしばらく調べたあと。

 

「よし。少し手伝え」

 

 と言いながら、京太郎が最初に館へ訪れたときのようにドリーカドモンを機材にセットした。

 ドリーカドモンの正体が気になっていた京太郎は彼の指示に文句を言うことなく動いた。

 しばらく画面に表示されたデータを凝視していたパラケルススは「少し違うな……」と呟いた。

 

「若きサマナーよ、お手柄だぞ? どうも中に居るのはミイラじゃないようだ。商店街の異界で手に入れたドリーカドモンとも違い万全の状態と言っていい」

「ミイラじゃない」

「うむ。ふつうの子供だな。このまま安置したいところだが、放置するとミイラになりそうだ。出来るだけ情報を収集しておいてから割ろう」

 

 それから一時間ほど時間が経過したか。

 パラケルススの助手の様に馬車馬のごとく使われた京太郎は、設置されていた冷蔵庫からお茶を取り出し一服していた。

 もう一本缶のお茶があったので、飲むかフケイに問いかけたのだが暖かい方が良いと言い断られた。

 

「……うむ。割るぞ!」

「いきなりだな!」

 

 お茶がまだ入った缶を適当な場所に置き京太郎はパラケルススのもとへ向かう。

 ドリーカドモンは既にパラケルススの足もとにあり、彼は全力で、勢いよくドリーカドモンを踏みつけた。

 パリンという音と共にドリーカドモンの頂点にひびが入った。

 それから音を立ててひびが広がっていき、ドリーカドモンが真っ二つになったその時だった。

 

「うお」

「くっ」

 

 割れたドリーカドモンからは大量のマグネタイトが光の帯の様に広がり、エネルギーの奔流が発生し京太郎たちを吹き飛ばさんとする。

 京太郎はその光景を見ながら吹き飛ばされないようにと地面を踏みしめる。

 目が眩むほどの光の中で、京太郎の瞳は人影を見た。

 それがなんなのか考えるよりも前に動いた体が人影の腕を掴み取った。

 

「ぐあぁぁ!」

「くぉ!?」

 

 京太郎が人影の腕を掴んだ瞬間マグネタイトが収束し爆発を起こした。

 さしものサマナーと変態科学者も踏ん張りきれず壁に体を叩きつけられ痛みに苦悶する。

 一般人であれば骨折してもおかしくない出来事だったのだが「いてて」で済ますこの光景は一般人を脱した人間が如何に頑強かを表していた。

 

「ふぅ、大変な目にあったな……おや」

 

 埃のついた白衣を手で払いながらパラケルススは倒れている二つの人影を見た。

 ここには自分と京太郎しか居ないはずだと訝しみながらパラケルススが視界に入れたのは一人は当然京太郎だが、もう一人は京太郎の金髪と比べて少しだけ眼に優しい金髪の少女だった。

 少女に下敷きにされた京太郎が動こうとしないのは、反射的に少女を庇い後頭部を壁に強打したのが原因のようだ。

 

「むっ、マチコが帰ってきたか丁度いい。いやしかしこの少女は……」

 

 大きな買い物袋を持って部屋に入ってきたのは無表情がトレードマークの造魔マチコだった。

 大の男でも苦労しそうなほど大きな買い物袋を無表情で運んでいるが、実際マチコにとっては軽いの分類に入るためだ。

 館に帰ってきた彼女の視界に入ったのは少女を見て高笑いを上げる変態と、裸の少女に下敷きにされ倒れている少年の姿である。

 

「この状況はなんですか?」

 

 首をかしげる黒い少女を見るのは瞬きすら行わない虚構の瞳だけだった。

 

 *** ***

 

 突如現れた少女の検査を終えたパラケルススが館のメインルームへと帰ってきた。

 後ろには車椅子に載せられマチコに連れてこられた少女がいる。

 

「その子が?」

 

 少女の検査中に自身が気絶をしている間に起きた出来事を説明された京太郎が問いかけた。

 

「その通りだ」

「無事だったんだな。その子に聞けば何があったか分かるかも」

「どうもそうはいかんようだ。見てみろ」

 

 こくんこくんと少女の頭が不規則に振り子のように揺れている。

 少女に三人の視線が集中しているのに彼女は一切の反応を示さない。

 

「これは……」

「最初に言ったな。子供のミイラには魂がないと。どうやらそれは変わらんらしい。軽く叩いたり、くすぐったり、つねってもみたが全く反応しない。頭が振り子のように揺れているのは倒れないように反射的に動いているんだろう。それを考えればもっと強い刺激を与えれば反応するかもしれないが」

「それはちょっと……」

「そのつもりはないよ。彼女は貴重なサンプルだからね。ただこれで一つ判明したな。子供がミイラ化するのはマグネタイトの過剰供給が原因だ」

「マグネタイトの?」

「水を植物に過剰に与えれば枯れるだろう? それと同じだ。マグネタイトは生体エネルギーだ。それが過剰に与えられパンクしたんだ」

「それでミイラになる原理がわからないですけど……」

「あのミイラは生体エネルギーで一気に成長し爺さんになり干からびたと思え。ただ過剰にマグネタイトを与えられれば年寄りになる前に破裂し死ぬはずなんだが」

「やっぱよくわからないですね……」

 

 それにしてもと。車いすに座る少女を京太郎はじっと見つめる。

 パラケルススの話が本当なら墓を暴かれそこから取り出した骨を元に作られた『誰か』の筈だ。

 こうして見ていると反応こそしないがミイラとは異なり生きているように見えると、京太郎が少女の腕を取った時だった。

 

 振り子のように揺れていた頭が動かなくなり、腕をとった京太郎を真っ直ぐに見つめていた。

 それに気づいた京太郎は眼を丸くするほど驚き少女の瞳を見つめ返した。

 驚いたのは京太郎だけではない。パラケルススとマチコも驚き、声を上げそうになったが観察に徹した。

 しばらくすると少女の頭は最初と同じように振り子のように頭が揺れだした。

 

「……サマナーに反応したのか?」

「どうなんですかね……」

 

 京太郎はもう片方の腕を取るが少女は反応を示さない。ただ機械の様に首だけが同じ動作を続けるだけだ。

 

「よし。サマナーよ、お前定期的にここへこい。そうだな、依頼内容は少女と定期的に会いこの子に向かって何かを話せ。文句はないな」

「契約成立だなサマナー」

 

 マチコが少女を寝かせに行くために部屋から出ていこうとするのを京太郎も手伝うために動いた。

 二人が部屋から居なくなったあと少女のことに思考を巡らせていたパラケルススはふと思いついたことを口に出した。

 

「一度死にそして肉体的には再び生まれ落ちた……か。どこぞの聖者のようだな」

 

 戻ってきた京太郎とパラケルススの会話は悪魔合体に及んでいた。

 

「なるほどな。ピクシーはあと1レベルでハイピクシーへと進化するか」

「はい。なのでカブソとフケイの合体をお願いしたいんです。そのためにはまず異界に行って仲魔集めですけどね」

「集め終わったならばこちらで責任を以て合体を行おう。と、そうだなまず先ほどの依頼だが先行報酬としてこれを渡そう」

 

 パラケルススが取り出したのはハンドガンだ。

 日本と言う国においてハンドガンが気軽に出ると言う状況に今更ながらくらくらと来るが「これは?」と京太郎は問いかけた。

 

「通常のハンドガンを私が強化したものだ。君のレベルで用意できる銃としては破格の性能と思っていい」

「はぁ……。武具屋には行ったんですけど銃は買わなかったんですよね。高くて。銃本体もだけど弾丸が……」

「特に君は魔法があるからな。とはいえ鳥に似た悪魔は大体銃を苦手としているしこういったものは色々な用途で使用できる。持っておくといい」

「はい。あ、そうだ。フケイから金属探知機にも反応しないカバンがあるとか聞いたんですけど」

「もちろんあるぞ。ないと入国審査とか面倒だからな。そうだな今どれぐらいマッカはある?」

「えっと……2万マッカですね」

 

 スマホを取り出し現在所持しているマッカを確認して言った。

 

「十分だな。一万あれば十分なカバンが買えるぞ。君は学生だしそれっぽいやつを取り寄せておこう」

「いいんですか?」

「異界のドリーカドモンを持ってきてくれた時言ったろう? 優遇させてもらうとな。どうせほかの物を買うついでだ」

「なら先に一万マッカ渡します。足りなかったら言ってください」

「分かった。物品と一緒に領収書も君に渡すから差額を返すか補填させてもらおう」

 

 日も暮れる時間となり、京太郎はパラケルススとマチコに挨拶をしてから邪教の館を出た。

 懐にあるハンドガンという異物に少し違和感を覚えながら公共交通機関を用い帰宅するのだった。

 

 *** ***

 

 次の日学校を休んだことを咲や誠に心配された京太郎は、嘘をつくことによる罪悪感と後ろめたさを感じつつ元気になったと伝えた。

 それからいつも通り授業を受けて今は放課後の時間となり、京太郎は椅子から立ち上がると体を伸ばした。

 

「終わった~!」

 

 伸ばした体からは骨の鳴る音が聞こえた。

 これから悪魔合体を行う悪魔を探しに異界に行こうかと教室の出口へ向かおうとした京太郎を引き留めたのは咲だった。

 

「京ちゃん今日も部活に来ないの?」

「ん? あ~ちょっとな」

「そうなんだ……って冗談でした! 今日は休みなんだよ。連絡来てない?」

「聞いてないぞ?」

 

 もしかしたらもう、幽霊部員扱いになっているかもな。そんなことを京太郎は思った。

 それならそれで来年居なくなる久の分を埋めるために幽霊で居続けるのもいいかと、そこまで考えたところで京太郎をじっと見つめる咲の瞳に気づいた。

 

「どした?」

「ううん。なんでもない。えっとね、一緒に帰ってもいい?」

「いいぜ! 用事はあるけど一旦家に帰るつもりだからさ。久しぶりに買い食いしていこうぜ! 実は公園の近くにうまい鯛焼き屋が来てるんだよ」

 

 人懐っこい笑みを浮かべていつも通りに話す京太郎を見て咲は「よかったいつも通りみたい」とホッとしていた。

 麻雀が突然強くなり、それから部活を休み始めて昨日に至っては健康優良児のはずなのに突然風邪で休んだ。

 そんな少年の変化に咲は突然目の前から居なくなった姉の姿を思い出した。

 

 咲にとって少年はおせっかいで大切な同級生だ。

 いつまでも一緒に居られるわけではないけど、何年たっても「よっ! 元気にしてたか? 咲」と言われ頭をぐりぐりしてくる京太郎に「もうやめてよ~京ちゃん」と言いながら嫌がる自分。そんな関係がずっと続くと彼女は思っていた。

 けれど少年の姿に突然消えていった姉を思い出して咲は心配になったのだ。

 

 少年もいつか、姉のように自分の前から消えてしまうのではないかと。

 

 けれど自分といつもどおり会話をする少年を見て咲は心配のしすぎだったと安心した。

 

「どした咲?」

 

 じっと自分を見つめてくる先に京太郎は問いかけた。何か理由があるんじゃないかと少し疑問に思っただけなのだが、咲からしてみれば京太郎をずっと見ていたことに気づかれたことに少し気恥ずかしくなり、慌ててごまかした。

 

「なんでもないよ、京ちゃん」

「んだよ~。あっ、実は昨日テスト範囲を先生が言っててそれを黙ってたり?」

「違うよ! もしそうだったら言ってるもん!」

「ほんとかぁ?」

「ほんとだよっ」

 

 そんな会話を繰り返している内に、咲の頭から先ほどの考えは消え去っていた。

 

 *** ***

 

 咲と別れた京太郎は一度家に戻った後に自身の装備を持って異界へと向かった。

 異界のある場所は住宅街の奥にある廃工場でありそこまで歩いて移動した京太郎は、異界の入り口まえで準備を整えると異界の門を潜った

 

 少年の左手には幼馴染の少女と会話している間も懐にあったハンドガンが握られていた。




次が悪魔合体。
そしてようやく鉄パイプ以外の武器を持ったよ。
使うかはともかく近接武器と銃はサマナーの嗜み。だけどザ・ヒーローやソウルハッカーズの主人公辺りはどこで銃の使い方習ったんですかね。


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『新たなる仲魔たち』

おまたせしました。
少しでも楽しんでもらえれば幸いです。


 パラケルススからの依頼と、悪魔合体を行うために京太郎は邪教の館に姿を表した。

 

 彼から受けた依頼に基づいて京太郎が目の前の少女に聞かせている話は、京太郎がこれまで生きてきた人生についての話だ。

 とは言っても特別なことはなにもない。

 京太郎が覚えている最初のことから、当時好きだったヒーロー物の特撮の話や、幼稚園の頃に行った演劇の話といった代わり映えしない普通の思い出を語って聞かせていた。

 これでいいのかと問いかけた京太郎だったが、パラケルススは「だがそれがいい!」と言い譲らなかった。

 

 30分ほど少女に話を聞かせた京太郎はそこで一区切りを付けた。

 15年間生きてきたとはいえ幼少期の頃の記憶も薄れており、話すことが思いつかないのも相まった結果だったが、パラケルススからも最初から話しすぎるのは良くないと言われ許可は得ている。

 思い出しながら語っていた京太郎だが思ったよりも昔の記憶を覚えてないので、アルバムでも見て思い出そうと決めた。

 

「昨日の今日とまではいかないがすぐに悪魔を用意するとは流石だね。どうだい? はじめての共同依頼は新鮮だったかな? おかしいと彼女たちに言われたとは思うけどね」

 

 机の上の書類に目を通しながら言ったのはパラケルススだ。

 

 京太郎は「そうですね」と言うと。

 

「なんかサマナーのイメージが変わったっていうか、いや、俺自身がサマナーと言われてたから俺が普通なんだと思ってただけなんだけど」

「少なくとも普通ではないと認識できたのは良いことだよ。言われてわかっただろ? 君の戦い方は他の人達からすると自殺行為に等しいんだ」

 

 その言葉に頷いた。彼は昨日行った透華からのはじめての依頼について思い出していた。

 はじまりは二日前。長針と短針が交わり日付が変わる少し前の時間に訪れた着信音からはじまる。

 

 *** ***

 

「異界の共同攻略ですか?」

『えぇ。とはいえ第一目的は違いますの。これからあなたに依頼をお願いしていくと、今回の依頼のように私の仲間たちと共同で依頼をこなしていただくときがあるとおもいますわ。今回はその時のための顔合わせが第一目的ですわ。それと私たちの実績作りを兼ねてですわね』

「明日……うん。大丈夫です。元々異界には行こうと思っていたのでちょうどいいですね。ただ悪魔との交渉もしてもいいですか?」

『悪魔に対する対処はお任せいたします。そうですわね、放課後に清澄高校へ私たちが迎えに参りますわ。それから現地へ向かいましょう』

 

 現地までの足になってくれるのは京太郎としても助かる。だが本当に良いのか問いかけると。

 

『構いません。今回向かう異界は清澄高校方面ですから』

「……分かりました。お願いします」

 

 こうして透華の仲間たちと異界を攻略することになったのだが『清澄高校』での合流について、京太郎はとても後悔することになる。

 さて、ここで問いかけたい。学校でも会社の前でも良いが、高級外車が止まっていてその前にタキシードをピシッと決めたイケメン執事が立っていればどう思うか。

 少なくとも何事かと注目を集めるのではないだろうか。

 京太郎のクラスでも同様であり、授業終了少し前に校門前に止まった車に気づいたクラスメイトがざわつき授業終了が少し遅れた。

 当然それに京太郎も気づいており、二つのカバンを持ち駆け出した。

 

 京太郎は急いで校門前に居るハギヨシのところまで行くと、ハギヨシと挨拶を交わしてから車に乗り込んだ。

 高級でふわふわな座席にドギマギするよりも、京太郎はホッとする気持ちでいっぱいだった。

 友人の変わった行動に周りの方が慌てることがあるが、京太郎の心境がまさにそれだ。

 

「大丈夫須賀くん?」

「え、えぇまぁ……。えっと」

 

 車に乗っているのは京太郎を含めて五人。

 一人は当然京太郎、もうひとりは運転手を努めているハギヨシ。あとは顔に星マークを付けた少女に、京太郎をも超える身長を持つ少女、それとメガネを付けた少女の三人だ。

 

「ごめんね。ホントは少し離れた場所に車停めたほうがって思ったんだけど、派手に目立つように! って透華が」

「いえいえ。驚いたのはホントですけど、うん」

「男なんだ細かいことを気にしないってのは良いことだと思うぜ……っと、挨拶がまだだったな。井上純だ、よろしくな」

「沢村智紀。よろしく」

「ぼくは国広一っていうんだ。よろしくね」

「俺は須賀京太郎です。よろしくおねがいします」

 

 自己紹介こそしたが、京太郎は三人のことを一方的に知っていた。

 直接会話をしたことがあるわけじゃない。選手控室で画面越しに見て、大会後に直接見かけたことがあるだけだ。

 

 透華も含めるが顔を見かけることはあってもこうして会話をすることはないだろう。そう思っていた面々と会話をしていることに京太郎は違和感を覚えた。

 

「そうだ。ついたらすぐに異界にいくからここで用意できることはしておいたほうが良いよ」

「そうなんですね、分かりました」

 

 京太郎は学習カバンではなく、京太郎の装備が格納されたカバンを開いた。

 一見するとそこに格納されているものはベストとズボンぐらいだが実際は違う。

 ベストとズボンは一見すると普通の服だが対悪魔対策が施された術式が刻まれており高い防御力を誇る。

 更にカバンにも仕掛けは存在する。京太郎がカバンに手をかざすと京太郎の魔力とマグネタイトに反応したカバンが底を開いた。

 そこに格納されているガントレット、ハンドガン、そして短刀を取り出すと身に着けた。

 

「須賀くんは近距離戦をこなすサマナーなんだね」

「えぇ、まぁ」

 

 京太郎は他の三人の装備を見た。

 一は短刀というよりもナイフを持ちサブマシンガンを装備している。

 純はショットガンとナックルダスター。

 智紀はライフルを持っているが近接武器は装備していない。その代わりノートパソコンをその手に持っている。

 

「上から羽織るタイプの装備かよ。そっちのが便利だよな」

「武具屋に行ったときに学生だと話したらこっちのがいいと教えてくれたんです」

「へぇ、良い店を知ってるんだな。こういう仕事だとぼったくりも多いらしくてさ。オレたちゃ龍門渕だからあんま関係ないんだけどよ」

「やっぱりそうなんだ……」

 

 京太郎が行った店はパラケルススから教えられた店である。

 とあるバーのマスターに合言葉を伝えることで入店できるその店の店主は、おのぼりさんとなっていた京太郎に親身となり相談を受けてくれた。どうもパラケルススからの紹介だというのが効いたらしい。

 

 そうして世間話をしつつ京太郎たちがたどり着いたのは廃ビルの前だった。

 

「ここって確かニュースで……」

 

 車から出てきた京太郎が思い出していたのは今から半年前に起きたガス爆発事件だ。

 そこで起きた事件での死傷者は軽く100人を超え、ビルは原型こそ残っているが建て直されることはなく放置されたという。

 

「異界が出来た原因はそれですね」

「それ、ですか?」

「ここで死んだ人たちの霊が成仏することなく残り無念の感情から悪霊として現世に残り続けたのでしょう。結果、悪魔たちを引き寄せ異界となりました」

「そうなんですね。なんか悲しい話だ」

 

 京太郎たち四人は異界の入口前に立った。

 一たちが悪魔を召喚したのを見て京太郎も同様に仲魔を召喚した。

 

 異界攻略のための作戦は次のような手はずとなっている。

 まず純と智紀が異界へ潜り情報を収集し、帰還した二人の情報を元に一と京太郎が異界の主を撃破し異界を破壊する。

 

 異界へ潜った二人を見送った京太郎は、こんなものなのかと思っていた。

 実際情報を収集した後に異界を攻略するほうが安全で、前情報無しで異界は攻略するものではないと理解できるが、その辺りを知りようがない京太郎は真偽をフケイに問いかけた。

 

「ふむ。確かにこの方法がええじゃろ。前もって異界の情報を得た上で、情報の真偽を確かめ、確認後に本隊が突入し攻略する。情報は命じゃから確認するのも大切じゃしな」

「死んだら意味がないもんな」

「そうじゃの。じゃがそれが最も正しいわけではないぞ。良いかサマナー。これからサマナーは自身とあの嬢ちゃんとでギャップを感じるはずじゃ。その後サマナーが何を思いどう選択するのか、それはサマナー次第じゃが覚えておけ。わしらは今のサマナーじゃからこそ付き従っておる……のう?」

 

 フケイはピクシーとカブソに視線を向けると二体とも頷いた。

 順調に行けば、この異界攻略でカブソとはお別れになる。

 このメンバーで居れる最後の時を京太郎は決して忘れることはないだろう。

 

「いてっ」

 

 髪の毛を思いっきり引っ張ったピクシーを京太郎は睨みつけるも、ピクシーは一切悪びれることなく。

 

「笑っていつもどおり行こうよ!」

 

 と言い京太郎はその言葉を聞いて微笑むと「そうだな」と答えた。

 

 そんな京太郎たちを見て驚いていたのは京太郎と同じく待機をしている一だ。

 一と彼女の仲魔である悪魔たちは決して仲がいいわけではない。それも当然で彼女にとって悪魔とはともに戦う友ではなく部下でしかないからだ。

 だがそれは一だけではない。純であっても智紀であっても同様であり、彼女たちは自分たちの師であるハギヨシからもそう教えられた。

 

 それから一時間半後、ハギヨシの用意したお茶で休憩を取っていた京太郎たちの前に純たちが帰還した。

 

「おかえり! 異界はどうだった?」

「事前情報通りだな。レベルは大体10前後だ。国広くんにはちときついかもしれないが、そこの京太郎がいれば大丈夫だろ。確か今はレベル13だったよな」

「そっか。なら大丈夫って自信を持っては言えないけど行けそうかな」

「という訳だ。頼むぜ、京太郎。異界を二つ破壊したって実力を見せてくれよ」

「その前に情報を共有するからCOMPを渡してほしい」

 

 京太郎はCOMPを智紀に渡した。

 彼女は京太郎のCOMPとノートパソコンを繋げるとマップ及び悪魔の情報を送信した。

 

「これでいい。二人共気をつけて」

 

 純、智紀、ハギヨシに見送られながら京太郎は、初めて他者と共に異界へと潜るのだった。

 

 *** ***

 

 廃ビルの異界へと潜り込んだ京太郎と一は辺りを警戒しつつ前へと進んだ。

 まずレベルの高い京太郎たちが前線に立ちその後ろに一たちが付いていく事になった。

 

 純と智紀たちが異界の情報を収集してきたおかげで京太郎たちは迷いなく最深部へと向かい歩いていく。ところどころに赤い血が存在するのは純たちが戦い怪我をした跡なのだろう。

 その赤い血が残ったある地点に悪魔の群れが居た。

 目的は純たちの流した赤い血に残るマグネタイトである。それを求め悪魔たちが集っていた。

 

「ねぇ須賀くん」

 

 悪魔の群れの様子を見ながら一が言った。

 

「もしよければ君の戦い方を見せてくれないかな」

「別にいいですよ」

 

 これが一の目的の一つである京太郎の戦いを見るというものだ。

 透華の指示というのもあるが、力をつけるというのは彼女自身の意志によるものだ。全ては自身の主である透華のために。

 

「ピクシー、カブソ、フケイ」

 

 京太郎は仲魔である三体に声をかけた。

 三体の悪魔が頷いたのを見た瞬間、京太郎は仲間たちともに駆け出した。

 

「へ?」

 

 そんな京太郎の動きを驚きの表情で見ていた彼女を置き去りにして。

 京太郎は前情報を得ることの恩恵をこの初戦で強く感じることになる。

 

「マハジオ!」

 

 右腕から発せられた拡散する電撃が群れを作っていた悪魔たちに向かって一斉に襲いかかる。

 この場に居た悪魔はチャグリン、フーリガン、ポルターガイスト、カハクである。

 

 この内チャグリン、ポルターガイストは電撃属性に弱いという特徴を持っている。だがフーリガンは電撃属性に強くカハクはそのどちらでもないのだが、全体的に見ても電撃属性が有効な場面である。

 そして、電撃属性が効かないということが分かっていれば、対策を取ることも可能ということだ。

 

「へっ! こんなもんがどうしたってんだぁ!」

 

 チャグリンたちがマグネタイトの光に還っていく中で、耐性を持っていたフーリガンが京太郎へと拳銃を向け発砲する。

 発砲音を聞いた京太郎は右腕に持った短刀で自身に向かってくる弾丸の軌道を変え避けた。

 フーリガンの攻撃の隙を突いたのはフケイである。

 フケイの放ったザンがフーリガンの腕を吹き飛ばし、ピクシーのアギがフーリガンの体を燃やす。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 燃え盛るフーリガンの断末魔が響き渡る中カブソのザンがカハクを切り裂いた。

 これまでの京太郎たちであれば耐性が分からず攻撃する相手が違えば戦闘は長引いたかもしれない。そうなれば至る結果も違ったはずだ。

 だが少なくとも今回の戦いは京太郎たちの圧勝で終わりを告げた。

 

 そして残ったフーリガンに短刀を向けた京太郎だったが。

 

「へ、へへ。待ってくれよ」

 

 手に持った銃とナイフを床に置き手を上げた。

 

「降参だ。逃しちゃくんねーか?」

「俺は今仲魔を強くするために仲魔を集めてる。そのために仲魔になってくれるなら命は助ける」

「悪魔合体ってわけかい? 正直なサマナーさんだねぇ。へへ、いいぜ。このまま逃げてもいつかまた同じことになる。ならこうして散るよりも悪魔合体で新生すればそいつの中で生き続けられるってなもんよ……。外道フーリガンだ短い間になるがついていかせてもらうぜ、旦那」

 

 京太郎は契約したフーリガンをCOMPに帰還させた。

 今の仲魔たちのようにフーリガンがともに戦うことはないと判断したからというのもあるが、はじめての依頼で慣れぬ仲魔と共に戦い依頼が失敗するのを京太郎は避けた。

 

「こんなもんだな」

 

 一息ついた京太郎たちは自身も含めた仲魔たちのパラメータを確認した。

 多少の傷こそあるものの、大怪我を負ったものは誰も居ない。そのことにホッとした京太郎は後ろの一に声をかけた。

 

「終わりましたけどこれでいいですか?」

「お……」

 

 プルプルと体を震わせながら一が力強く叫んだ。

 

「終わりましたじゃないよ! 危ないでしょう!? なんでサマナーが悪魔よりも前線に立って戦ってるのさ! ていうか全然仲魔たちに指示出してないんだけど!」

「え?」

「これじゃ命が幾つあっても足りないし全然参考にならない……」

 

 一の様子に困惑しつつ京太郎は問いかける。

 

「えーと、ごめんなさい? えっと、どうするのがサマナーなんだ?」

「サマナーはあくまで召喚者。戦いはするけど基本は悪魔任せだよ」

「は? それで仲魔っておかしくないか」

「おかしくないよ。仲魔に指示を出して勝利に導くそれがサマナーなんだ」

 

 京太郎は言葉にならなかった。

 京太郎にとって仲魔たちとはその言葉通り戦友なのである。命をかけた戦いの中で背中を任せられる頼りになる奴ら。それが京太郎にとっての仲魔だ。だからこそ彼は仲魔たちと共に命をかけて前線で戦っている。

 それに仲魔にだけ戦いを任せるのは不義理ではないかと京太郎は思う。

 困惑する京太郎に声をかけたのはフケイだった。

 

「言ったはずじゃサマナー。全てはぬしの選択次第。慣例に従うも従わぬもぬし次第よ」

「……なら、俺はこのままでいい。このままがいい。それを選択する」

「そうか。ふっ、では行こうぞザマナー。何時も通りにの」

「そういうわけです。これが俺の戦い方です。参考にならなくてごめんなさい」

「ううん。こっちこそごめんね。逆にこんな戦い方もあるんだって教えられたよ」

 

 それから京太郎と一は共に異界を攻略し異界の主を撃破することに成功する。

 この戦いにより京太郎はレベル15となり、一のレベルは変動しなかった。

 

 *** ***

 

「なるほど。良いのではないか? 自身と他者を比較するのは重要だ」

 

 京太郎の話を聞いて笑いながら答えたのはパラケルススだ。

 彼は京太郎の話を楽しそうに聞きそう言った。

 

「でもなんで俺は強くなって国広さんは成長しなかったんでしょう?」

 

 疑問を口にした京太郎だがその答えを一たちは答えなかった。正しくは答えなかったのではなく、答えられなかったのだ。

 だがパラケルススはその答えを簡単に口にした。

 

「それは当然のことだ。分からないか? 彼女たちは確かにサマナーで、仲魔たちに指示を出しているが戦っていない。だが君は戦っている。この差だよ。どんなに輝かしい力であっても鍛えなければ鈍る。だが君のように命をかけて直接戦うものは鍛えられ、輝きを増していく……君の仲魔も思っているだろうが私は君のその輝かしい光を失ってほしくないと思うのだよ」

「……俺みたいな戦い方をしてる人他にいるんですか?」

「居るさ。古くから続く家の人間は家の仕来りから直接戦うことも多い。例えばそう、ヤタガラスの葛葉ライドウなんかもそうだ」

「葛葉ライドウ……」

 

 京太郎は自身の心に刻みつけるかのようにその名を口にした。

 

「まっ、彼に会わない人生のほうがよっぽど幸せさ。さて、それじゃ行うとしようか。悪魔合体を」

 

 パラケルススの言葉に従い、京太郎は悪魔合体を行う仲魔たちを召喚した。

 まずはフケイを対象とした合体である。

 ガラスに入ったフケイと外道フーリガンがマグネタイトの光に分割され新たな存在として生まれ変わる。

 

 誕生するのは邪龍トウビョウ。攻撃よりも戦闘補助及び敵への阻害を行うことを目的とした仲魔である。

 

「トウビョウ? こういうのはおかしいがフケイのままか?」

「うむ。間違いなくわしのままじゃ。少しは力を取り戻せたようじゃ、コンゴトモヨロシクじゃな」

「……あのさ、お茶は飲めるとは思うけど味わえる?」

 

 瓢箪に多くの蛇の頭が生えている姿を持つトウビョウの姿を見て京太郎は問いかけた。

 フケイ……いやトウビョウは少し考え込んだ後に答えた。

 

「帰宅したら試してみるが、駄目なら早期の合体を求む」

「ハハ。わかったよ、とりあえずよろしく」

 

 そしてついに別れの時が来た。

 カブソ。京太郎が初めて戦ったあの日からずっと共にやってきた大切な仲魔だ。

 

「今日までありがとな」

「おらもここまでよくしてもらえるとは思ってなかっただよ」

「最初は命乞いから始まった関係だもんな。俺もびっくりだ」

 

 最初の出会いから今日までの日々を振り返りながら京太郎はカブソの背中をポンポンと叩いていた。

 

「もう、いいな」

 

 パラケルススの言葉に京太郎とカブソは頷いた。

 

「主さん。姿も心も変わるだけど、おらはずっと主さんの味方だよ」

「うん。今日までありがとう。そして、これからもよろしくな」

 

 今回は通常行われる二身合体ではなく三身合体が行われる。

 まず一体目の悪魔は当然のごとくカブソ、二体目を地霊カハク、三体目を天女アプサラスとし合体を行う。

 カハクは先日の廃ビルで仲魔とした悪魔でありアプサラスはその前日に咲と一緒に帰ったあの日に仲魔にした悪魔だ。

 

 フケイの時と同様、ガラス状のカプセルに入ったカブソがマグネタイトの光へと分解し三つの光が交わり生まれるは新たなるもう一体の仲魔。

 

「ヒーホー! おいらの名前はジャックフロストだホー! コレカラモヨロシクダホー、『主さん』」

 

 そう言って手を上げる妖精ジャックフロストの言葉からカブソを感じて、京太郎はうれしく感じつつ。

 

「よろしくな! ジャックフロスト」

 

 背中をポンポンと叩きながら挨拶を交わした。

 

 これから進化するであろうピクシー、新たなる仲魔の妖精ジャックフロスト、邪龍トウビョウ。

 もっと強くなることを決意して彼らを引き連れ京太郎は邪教の館をあとにした。




次回の更新は明日か明後日になるかと思います。

京太郎と一の能力成長の差については、前線で戦い続けるメガテン主人公とそうではない一般サマナーでは違いが出て当然という話です。
なので強くなりたければ京太郎のように仲魔と前線で戦えばいいですが、普通はその前に死んで生き残った人が強くなります。


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『メシア教』

感想にてえらい勘違いというかにわかを晒しましたが私は元気です。

感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。
毎度のように誤字が多く大変申し訳なく感じてますがご指摘大変感謝しております。


「やぁこんにちは」

 

 長野駅の前で京太郎に声をかけてきたのは白の衣を纏う男だった。

 男から感じられる不思議な気配に警戒しつつも京太郎は男の声に耳を傾けた。

 

「わるいね。この国には初めて来たんだけどみんな忙しそうにしていて声をかけづらくてさ」

「それは俺が暇人ってことですか?」

「いやいや、少なくともペットボトルのお茶を飲みながらベンチで座っている君は忙しそうに歩いている他の人達よりは暇だろ?」

「暇、じゃなくてゆっくりしてるんですよ。それでなにか?」

 

 少しだけむっとしつつ京太郎は言葉の先を求めた。

 男は懐から紙を取り出すと「えーと」と言い京太郎に問いかけた。

 

「龍門渕高校ってどう行けばいいかな?」

「龍門渕ですか?」

「うん。タクシーで行こうとしたんだけど運転手に運賃どれぐらいかかりますか? と聞いたら予想以上に高くてね。何かいい道はないかい?」

「……ちょっとまって貰っていいですか?」

「もちろん」

 

 京太郎は勉強カバンからノートを取り出すと電車からのルートとバスからのルートの二つを書いた。

 タクシー以外となると結局バスか電車に移動手段は限られる。

 

「電車からだと学校に近い駅までは簡単に行けます。駅からは歩かなければならないので、初めてだと迷うかもしれません。目印も書きましたが気をつけてください」

「おや、金持ちの学校と聞いていたから駅からバスが出ているかなと思ったけど」

「金持ちの学校だから最寄りの駅からはバスが出てないんですよ。電車やバスに乗らないで自家用車で送迎されてますよ」

 

 京太郎は眼の前にあるバス停を指さした。

 

「で、バスならあそこから出てます。乗ってから大体30分後に龍門渕高校ってアナウンスされるので停車時はボタンを押してください」

「いやはや助かるよ。しかし二つ書いたということはなにか理由があるのかな?」

「簡単です。次バスが来るのは30分後だからです。電車で行けば歩きも含めて30分で着きますけど、バスだと待ち時間含めて一時間かかるんですよね」

「なるほど! たしかにそれは面倒だな。いやしかしバスで行こうかな。時間もあることだしバスなら迷わないんだろ?」

「はい。まぁ少し遅れてくるかもしれませんけどね、バスは」

「ハハハ、時刻表よりも遅れてくるのは普通だよ。確実に時刻表を守ろうとするこの国が異常なのさ。さて、お礼をしなければな」

 

 男は懐から宝石を取り出すと京太郎に手渡した。

 受け取った京太郎は最初ただのガラス玉だと思った。けれどそれが宝石だと分かり目に見えて慌てた。

 

「宝石なんて貰えないですよ!」

「ふふ。気にすることはない。これは宝玉輪と言ってね、使えば自分だけでなく、味方の傷も癒やしてくれるというスグレモノなのさ」

「……え?」

 

 回復とは一体どういう意味なのか。一瞬でその可能性に至った京太郎は戦闘態勢に入った。

 だが男はそんな京太郎に愉快そうに笑った。

 

「なかなかいい反応だ。強さ自体はまだまだだが将来性はあるのだな。安心していい。最初は君から悪魔の匂いを感じて近づいたのは事実だが今はもう『君に』手を出す気はない」

 

 京太郎はその言葉を聞いてもしばらく戦闘態勢を解除しなかったが、両手を上げて何もしない男を見て警戒はしつつも構えは解いた。

 

「良い心がけだ。俺に役目がなければスカウトしているところなんだが……。いやはや不浄な地の民ではあるが希望を感じさせる少年と出会えるとは主に感謝せねばな……」

 

 眼の前で祈り始めた男に京太郎は恐怖心を抱き始めた。

 命の危険を感じたことはある。けれどその心情が分からない真なる意味での正体不明な存在に会ったのはこれが初めてだ。

 

「隣人を愛せとのお言葉を体現し、他者への親切心を持つ君の心には確かな光を感じるよ。いやはやこれは考えなければな……」

「あんたは……」

「ふふふ。俺の名はそうだな……『フリン』とでも呼んでくれ。本当は本名じゃないけどこの名前を伝えると国では微妙な顔をされるんだ。それじゃぁ深淵の中に光を持つ少年よまた会おう」

 

 楽しそうに、本当に楽しそうに笑いながら男は京太郎から離れていった。

 彼がコンビニへ行ったのはこれから30分後に来るバスの待ち時間に取る飲食物でも買いに行ったのだろう。男の姿が見えなくなってから京太郎はようやく体の力が抜けた。

 男の思考が全く理解できない。唯一何かを自分の中に見て喜んでいたのは確かだがそれすらも京太郎の理解を超えており彼の恐怖心を煽る。

 ただそれでも男の正体が宗教団体であるのは察せられた。

 

「メシア教団か、ガイア教団なのか……?」

 

 どちらにしろ世界的に有名だという宗教団体が龍門渕に接触すると聞き、京太郎はただ嫌な予感を覚えるのだった。

 

 *** ***

 

 さて、京太郎が長野駅に居たのは今日が異界には向かわない休息日だからである。

 連日異界へ向かっても疲れが溜まって危険だということで例外を除いて休息日を取ることにしている。

 

「あれ?」

 

 商店街を歩いていた京太郎は気になる人影を見た。

 

「ハギヨシさん?」

 

 礼服を身にまとい電柱の影に隠れているのは紛れもなく龍門渕のイケメン執事ことハギヨシである。

 彼の視線の先に居るのはウサギの耳に酷似した真っ赤なカチューシャがトレードマークの天江衣だ。

 京太郎の視線に気づいたハギヨシの口が声こそ発しないが言葉を形作った。

 

『よろしくおねがいします』

 

 その形を京太郎は理解出来なかったが、衣に見えないように頭を下げるハギヨシの思いはたしかに伝わった。

 

 京太郎はゲームセンターのクレーンゲームの前でぴょんぴょん飛び跳ねている衣に「こんにちは」と声をかけた。

 

「むっ? お前は京太郎だったな。どうしたんだ」

「今日はおやすみでして、ぶらついていたんです。衣さんこそどうしたんですか?」

「衣も似たようなものだ。ただ目的もなく一人で歩いていたらな、これを見かけたんだ」

「これって言うと……」

 

 衣の視線の先にあったのは勿論クレーンゲームだが、その中の景品を見ているのだろう。

 二匹のウサギとその間に小さなウサギが仲良さそうに寄り添っている、恐らくは親子設定の人形だった。

 

 京太郎は衣とウサギとハギヨシを数度見てから懐から小銭を取り出し筐体に入れた。

 一回二百円で五百円を入れれば三回行えるタイプの筐体で今回京太郎が入れたのは五百円玉である。そのためチャンスは三回だ。

 

「む?」

 

 京太郎もあまりクレーンゲームなんてやったことはないが、集中しボタンを操作する。

 

 一度目、少しだけ着地点がずれウサギには触れない。

 二度目、ウサギをうまく掴んだクレーンは出口まで向かう……。

 

「あ……あ……!」

 

 だがアームの力が弱かったのか出口まではいかず途中で落ちた。

 

「あう……」

 

 三度目、先ほどとは違い危うい感じで掴んだウサギをクレーンは運んでいくが不安定なためやはり途中で落ちたのだが。

 

「わ、わ、わ……」

 

 人形がちょうど出口に落ちるか落ちないかそんな奇跡的な状況に保たれ、右に左に揺れる。

 それと同じように揺れる衣の頭を見て京太郎は少し面白く感じた。

 

 そして。人形が出口に落ちたとき衣が歓声をあげた。

 

「落ちた―!」

 

 京太郎はウサギを取り出すとその触り心地の良さに少し驚いた。

 もふもふとしており、この材質で出来たパーカーならぜひともほしいと思ったが人形である

 

 もふもふのウサギを京太郎は衣に手渡した。

 

「良いのか?」

「クレーンゲームが突然したくなっただけで景品がほしいってわけじゃないので。貰ってくれたほうがこのウサギたちも喜ぶと思います」

「……そっか。えっと、だな。ありがとう」

 

 そのあとウサギの人形を大事そうに抱えた衣と共に商店街を二人で歩いていた。

 衣が県大会予選で戦った咲との麻雀がとても楽しかったという話を切っ掛けに、衣からの問いかけでサマナーになったときの話をし、何の準備もなしに異界を攻略したことを驚かれ、清澄にある咲と行った鯛焼き屋の話を聞いて羨ましそうにする衣の表情など、大会での不遜な態度や館で無愛想な感じとは全く違い衣の印象が京太郎の中で変わっていく。

 

 そして、話は京太郎が駅で出会った男の話に及んだ。

 衣は少し悩んだ後に結論を出した。

 

「そいつはメシア教の人間だな。確か叔父上たちが今日メシア教の人間と合う話をしていたぞ」

「やっぱそうなんですね」

「京太郎はメシア教団の人間を知っているか?」

「パラケルススから少しですね。名前を聞いているだけで詳しくは知らないんですが、メシア教ってどんな奴らなんです?」

 

 京太郎はあまり宗教団体には良いイメージがない。随分前に起こしたテロ事件もそうだが、ツボを売るとか悪い話はよく聞くのに良い話を聞かないからだ。

 

「玉石混交」

「はい?」

 

 衣の口から飛び出てきた言葉に京太郎は首を傾げた。

 

「ぎょくせきこんこうだ。まさにそんな奴らだ。良いやつと悪いやつが混じっているって意味だな」

 

 仕方のないやつだと言葉の意味を教える衣はどこか誇らしげだった。おねーさんぶれるのが嬉しいらしい。

 だが意味は分かってもなぜその言葉を言ったのか分からない京太郎は問いかける。

 

「でもそんなの普通では?」

「正直衣も直接会ったことはないが、聞いた話だとたしか……」

 

 衣は首をひねり「えーと」と口走っている。

 どうやら当時聞いた話を詳しく思い出そうとしているようだ。

 

「『ガイアは分かりやすい。弱肉強食の思想を元に動いている、だから弱者に対して興味を示そうともしていない。だがメシアは違う。神の御名において行動するのは同じだが人によって差が生じやすい』だったか」

「差が生じやすい……?」

「メシア教の信者たちは主に過激派と穏健派に分裂しています。穏健派は地域密着型で、ボランティアなどに勤しむ我々の眼から見ても善性な人間たちですが過激派は神を信じぬ者たちは浄化されるべきと考えており危険人物と見なされていますね」

 

 京太郎たちに向かって歩いてきたのはハギヨシだ。

 彼の姿を見た衣は「ハギヨシー」と言いながら彼に駆け寄っていく。

 

「もう時間か」

「えぇ、お迎えに上がりました。須賀くん、衣様と遊んでいただきありがとうございます」

「いえ、俺も楽しかったですから。それでもしよければなんですけどもう少しお話を伺ってもいいですか?」

「メシアについてですね。……衣様」

「いいぞ。衣も知りたいしな」

「……では。京太郎くん、衣様。こんな話を聞いたことはありませんか? 神話において人を最も殺しているのは悪魔ではなく神であると」

 

 神話において神が人に害を成す話で有名なのはバベルの塔であろう。

 天まで届くほどの塔を作ろうとする人の傲慢さに腹を立て共通言語を消した。そうして人は言葉という他者を理解することのできる道具を一つ消されたのである。

 原因はともかくこれだけでも神がどれだけ人に害を与えたかは計り知れないが、ハギヨシの言っている意味は違う。

 

「ノアの箱舟を聞いたことがありますか? 人の怠惰に嘆いた神が一部の人間を除き大洪水で洗い流し浄化したという話です」

「えっと少しは、かな」

「もう少し詳しくお話ししますと、ノアの方舟とは神と共に歩んだ正しき人ノアとノアの一族たちが作った船なのです。この船に乗ったノアと彼の一族を除いて地上に生きる生物は皆死亡する。これがノアの方舟という神話です」

「なんか酷い話だな、怠惰だから滅ぼすって。他に道はあったと思うんだけど」

「そうですね。私もそう思います。ですが『神と共に歩んだ正しき人ノア』これは誰にとって正しき人なのでしょう? 神と共に歩まなければ正しくないかと言われれば違いますよね」

「それは違うと衣は思うぞ。神を信じなくても良い人は絶対に居る」

 

 京太郎も同意するように頷いた。

 

「私もそう思いますが過激派は違います。お二人は神の所業を理不尽だと感じたでしょうが、彼らは当然だと判断します。価値観の違いという言葉では埋められない溝ですね」

「玉石混交って衣さんの知り合いが表現した理由が分かる気がする。俺たちからしてみれば神の御名において断罪するなんて言って人殺しをするやつは悪いやつだと思うよ」

 

 京太郎の中でフリンに対する警戒度が上がっていく。

 思考にふけりそうになった京太郎だがハッとするとハギヨシに少し頭を下げて礼を言った。

 

「ありがとうございました。ハギヨシさん」

「いえ」

「衣さん。今日はありがとうございました。楽しかったです」

「衣もだ! ウサギさんありがとう!」

 

 手に持ったウサギを見せてから衣はハギヨシと一緒に去っていった。

 彼らを見送った京太郎は一人歩きながらフリンについて考えていた。結局フリンが何の目的で龍門渕と接触したのかは不明だが何があってもいいように準備をしておこうと決めた。

 もしフリンが龍門渕に害を及ぼすなら透華から依頼が来るだろうし、もっと大きなことをやらかすなら龍門渕グループから依頼だって出るはずだ。そうしてから対処すればいいと結論付けた。

 

 その考えがとてつもなく甘いものであると京太郎が思い知るのはこれより少し先の未来の話だ。




メシアが嫌われてるのって表面は良い人ぶってるのにやってることが狂人だからだと思うんですよね。ガイアは狂人が狂人のまま動いてるんで、理解は出来なくてもやっぱりみたいな感じになる。


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『天使』

前話のあとがきで補足し忘れたのを感想で思い出しましたが
本作の『フリン』は真4にでるサムライポニーテールファンド野郎ではありません。
現実のとある人物の名前から取ってますがまぁ本名出さん方が良いかなって。

ゲームでの彼は確実にメシアンの役割である。
(チョビ髭が許された時代ならいけるきもするんだけど)


 須賀京太郎の朝は意外と早い。

 小学校高学年に動物園で見て一目ぼれした京太郎のペットであるカピバラに朝食を与えに行くのとブラッシングとプールの清掃を行うためだ。

 両親との約束でカピバラの面倒を見るのは京太郎の役割であり、ずっとこなしてきた仕事でもあった。

 眠るカピバラを京太郎は愛おしそうに抱き上げてプール清掃の邪魔にならないところまで移動させる。成長し50キロを遥かに超える大きさになったカピバラを抱きかかえて移動させるのは今までの京太郎なら大変だったが、異能者に目覚めた今の彼ならば容易なことだ。

 

「さて、と」

 

 気合を入れて掃除用具を抱えた京太郎がプールの水を抜いた時。

 

「……」

 

 京太郎をじっと見つめる存在に気づいた。

 白を基調とした鎧を纏い赤き翼を持った天使がそこにおり、京太郎の脳裏を駆け巡ったのは先日ハギヨシから聞いたメシア教の話についてである。

 一体何をしに来たのか、サマナーである自分を粛清にしに来たのか、等々。京太郎の脳裏にあらゆる可能性が駆け巡り、思考がパンクした京太郎は叫ぶことしか出来なかった。

 

 *** ***

 

 京太郎の様子がおかしい。

 それに真っ先に気づいたのは幼馴染の咲だった辺り流石と言えるだろう。

 ホームルームまではそうでもなく普通の様子だったのだが、授業が開始した後から京太郎の百面相は始まった。

 一限目の授業は数学である。

 あまり勉強が得意ではない京太郎のことだ。授業内容が分からず頭を抱えているのかと思いきやそうではない。

 何やら窓の外をちらちら見ており、かと思えば頭を抱え、次にはハッとするかのように黒板を見る。そんなことを繰り返していた。

 

 そんな奇怪な行動を取っていれば教師も京太郎の行動に気づき、注意目的で黒板に書いた問題を解くようにと指示を出した。

 立ち上がった京太郎は、どこか人を寄せ付けないそんな雰囲気を醸し出しながら黒板前まで歩きチョークを手に取る。

 

 ジッと黒板を睨みつけていた京太郎はおもむろに黒板に数字を書きだした。

 それを終えた後教師は黒板を、次に京太郎を見て言った。

 

「正解だ。なんだきちんと授業聞いてるじゃないか。ただ挙動不審なのはよくないな」

「ははは、ごめんなさい。でも今日はちょっと事情があってですね。気をつけます」

 

 「ははは」と笑いながら着席した京太郎を見て咲は「やはりおかしい」と確信を持った。

 咲の知る京太郎は勉強は不得意だが授業中に寝るタイプでは決してない。

 見た目が金髪で一見すると軽くみられる性格のため、色眼鏡で見られがちな京太郎はそれに負けないように授業は真面目に受けている。

 そのため少し経てば京太郎は真面目な生徒だと気づく教師もおり、そんな京太郎が挙動不審な行動を取っていることがまずおかしい。

 また、不得意な数学の問題を突然当てられたにも関わらず答える京太郎は失礼な言い方だが異常だった。

 

 京太郎がおかしい理由、それはずばり天使アークエンジェルが京太郎を遠くから見ているためである。

 早朝に叫んだ京太郎だが気づけばアークエンジェルは消えており、叫び声で起きた両親に叱られたが比較的いつも通りの朝を迎えることができた。

 その後いつも通り登校した京太郎は早朝に見た天使は自分の想像が生み出したのだと本気で思おうとした時である。

 

 異能者として覚醒した京太郎の鋭敏な感覚が自身に視線を向ける何者かを感知した。

 ギギギと首から音が鳴るように京太郎が窓の外を見るとアークエンジェルが遠くから京太郎を見ていた。

 こうして京太郎はおかしくなった。

 普段は眠気が来る数学の授業でさえ時々窓の外を見るが圧倒的なまでの集中力で授業内容を理解し、眠気なんて感じない。

 優等生須賀京太郎の誕生である。

 

 だが。

 

「だ、大丈夫? 京ちゃん」

「おう、大丈夫大丈夫」

 

 時がたち授業もホームルームを終えた放課後。

 明らかに顔色の悪い京太郎を心配した咲が問いかけるが京太郎は大丈夫と答えてひかない。

 アークエンジェルはまだ京太郎を見ている。

 殺気を向けられるぐらいならまだいい。戦うだけなのだから。だが、一体何の目的で観ているのか分からないのが京太郎を苦しめる原因だ。

 もしかしたら、自分が原因で周りの誰かが傷つけられるのではないかという京太郎の不安をアークエンジェルが増長させていた。

 

「本当に大丈夫? 保健室についていこうか?」

「いやいや、もう放課後だろ? それなら帰るって」

「そっか。今日ぐらい麻雀部に来ないかなと思ったんだけど……」

「……そうだなぁ」

 

 結論から言えば京太郎にこの後の予定はない。

 なら何を気にしているかと言えば、やりたいことをやっているとはいえ部活を休み続けていることに対する罪悪感である。

 休んでいることに後悔はないけれど、気にしないかと言えば話は別だった。

 

 京太郎は少しだけ考え込んでから決めた。

 天使がなぜ自分を監視しているのか今もって分からない。

 だが、ハギヨシの話から、もしかしたら自分を含めた親しい者たちも粛清対象であり、その下調べをしているのではないかと考えたのだ。

 

 京太郎は咲をじっと見つめた。

 かわいらしく、少し不安そうに京太郎を見つめる咲の姿がそこにはあった。

 清澄高校で京太郎が最も親しい人と言えば目の前の少女だ。狙われる可能性があるなら彼女と部活のメンバーだろう。そう結論に至った。

 

「今日は予定ないしな。部活に少し顔を出すかな」

「ほんと!?」

 

 うれしそうに驚く先を嗜めながら京太郎は二つのカバンを手に持って言った。

 

「行こうぜ咲。久々に皆と話したくなったよ」

「……うん!」

 

 二つのカバンを手に持って、つのカバンを気にしながら咲は頷いた。

 かくして、久々に幼馴染と部活に出れると喜ぶ咲と、自分の周りの命を心配する京太郎。という全く逆の心理を持った二人が教室から出ていくのであった。

 

 *** ***

 

「お疲れ様っす」

「あら」

「おお! 久しぶりじゃの、京太郎。元気しとったか?」

「はい! すみません、全然部活に出なくて」

 

 部室には部長である竹井久と副部長である染谷まこが居た。

 まだ人数が揃っていないためそれぞれ教本を読んだり麻雀牌を綺麗に磨いていた。

 優希と和がまだ来ていないが、彼女たちのクラスはホームルームが長引いているのを扉越しから確認している。

 

「でも元気そうでよかったわ。これからも部活はでれるのかしら?」

「いえ。今日はたまたま休みなだけですね」

「……そう」

 

 竹井久は肩を落としていたが無理もない。

 京太郎を除けば部員は五人。麻雀を打つのには4人で良いが手が空いた一人は部室にあるパソコンでネット麻雀を行い腕を磨ける。

 久にとって京太郎は大事な部員ではあるが、雑用などの縁の下を担当してくれるはずだった戦力である。

 京太郎が一人いれば五人が雑用をせず練習に打ち込める。特にタコスが生命線である優希には死活問題だ。

 

 京太郎はカバンを壁端に置くと雀卓の前に座った。麻雀を打つためではなく先輩であるまこの手伝いをするためだ。

 

「まこ先輩から見て右の山が掃除してない奴でいいですよね」

「あっとるぞ」

「了解っす」

 

 掃除を始めた京太郎とまこ、教本を読み進める久を見て手持無沙汰になった咲は一人ネット麻雀へと向かった。

 そんな咲を後ろから久は見つつ咲のネット麻雀の腕前を確認していた。

 オカルトに頼る咲は実際に打てば一流の雀士だが、オカルトが影響しないネット麻雀ではその限りではない。だがオカルトが効かない相手が全国には居るかもしれないと素の技術を鍛えさせていた。

 それから30分ほど経過しただろうか、牌だけでなく雀卓自体の軽い掃除も行い完了させた京太郎とまこが体を伸ばしていると大きな音を立てて部室の扉が開いた。

 

「ホームルームが長引いてこまったじぇ! って犬!」

「ごめんなさい。遅れました……須賀くん」

「おっす、二人とも久しぶり」

「おっすじゃないじぇ! 今までサボって何やってたんだ!」

 

 怒り心頭と言った感じの優希に対して京太郎はこれまでの記憶を思い返す。

 流石に悪魔相手に命のやり取りや他校の女の子と仲良くなりましたとは言えず「やりたいこと、やるべきことをしてたかな」と言った。

 

「それは麻雀部よりも優先度は上なんですか?」

「……うん。そうだな。その用事のおかげで色々と知らないことを知れて、少なくとも最低限やらなきゃいけないことは分かったかな」

「そうですか」

 

 少しむっとしている和に少し申し訳なさそうにしながら、京太郎は部室の窓から体を乗り出した。

 掃除をするために開けていた窓からはとても気持ち良い風が京太郎の身体を包み込む。だがアークエンジェルの気配がとても近くにあると京太郎は気づいた。

 京太郎はスマホ……いやCOMPを取り出しサーチ機能を実行した。感覚だけでなく機械での確認を行うためだ。

 するとやはりサーチ機能にも悪魔の反応は引っ掛かり、自分の感覚は正しいと京太郎に確信させた。

 

 アークエンジェルの目的は京太郎にとって不明だが穏やかなことじゃないのは分かる。

 京太郎のことを知りたければ直接会いにこればいいのだ。監視している時点で何か後ろめたいことをしていますよ。と言っているのと同じだ。

 送還されている仲魔たちも同じ気持ちなのだろう。各々の悪魔たちも京太郎に警戒を促している。

 

 虚空を睨みつける京太郎に、最初は優希も飛び掛かるなりしてじゃれつきながら怒るつもりだった。

 優希からしてみれば大会で負けてへそ曲げたから部活を休んでいるようにしか見えなかった。

 なのに、彼女が京太郎に飛び掛かるどころか動くことすらできなかった。

 原因は京太郎から発せられる戦いの気だ。

 殺気とまでは言わないが京太郎の意思が他者が近づくことを拒絶していた。

 

 京太郎から発せられる気にただ一人咲だけが反応していた。

 咲が思い出していたのは県大会決勝で戦った天江衣である。彼女から発せられる気に咲自身怯え戦うと言う気になるまで時間がかかった。

 ただ衣の気と違うことがあるとするならば。衣の気が無邪気で惨いなら京太郎は大分禍々しい。

 

 京太郎は深い深呼吸を行い踵を返した。

 

「すみません! 用事が出来ました!」

「え? それは確かに構わないけれど……」

「本当にごめんなさい!」

 

 京太郎はその場でカバンを開けてベストだけでも制服の上から着て部室から出て行く。

 五人は京太郎に声をかけることもできずその背中を見送ることしか出来なかった。

 

 そんな彼女たちが我に返ったのはこの晴天の中に落ちた一つの稲妻だった。

 

 *** ***

 

 誰も居ないことを確認して京太郎が放ったのは電撃魔法ジオである。

 電撃はアークエンジェルに当たることなくその横を通り過ぎて行った。

 この攻撃は威嚇であり、京太郎は『今は』攻撃を当てる気はない。

 

「いったい何が目的で俺を見ていた!」

 

 空中で動きが止まったアークエンジェルに対し、仲魔たちを召喚しながら京太郎が叫んだ。

 アークエンジェルは翼をはためかせながら地上まで下りてくるとこう言った。

 

「私に敵対の意思はない。契約者の指示に従ったに過ぎない」

「契約者……? フリン?」

「そうだ。契約者はお前に大きな関心を寄せている。そのため、日常の生活態度を見てきてほしいと言ったのだ」

「……俺の生活態度?」

「契約者はお前の中に光を見た。他者のために行動することができる思いやりも見た。だから知りたかったのだろう。堕落することなく日々を真面目に過ごしているかを」

 

 京太郎は頭が痛くなった。狂人にえらい気に入られていることを認めたくなかったのだ。

 というか昨日今日会ったやつに生活態度を気にされるとか気持ち悪くて仕方がない。

 

「で、結果は?」

 

 気持ち悪いが問いかけるしかない。

 ここで堕落判定を受ければきっと戦うことになるからだ。

 

「今日一日で判断はしにくいが問題はない。幼いころの約束を守るのは良いことだ。恐らく最初は両親に手伝って貰っていたのだろうが今では一人でペットの世話もしている」

 

 思いのほかべた褒めで京太郎が驚いているとアークエンジェルは評価を続ける。

 

「成績は不明だが授業も真面目に聞いている様だな。だが友を謀っているのは認めがたい。しかしサマナー業を話すわけにはいかん以上仕方がないと思われる。できれば帰ったら数学の復習をすることを勧める」

 

「……はい」

 

 他人が何をと思わないでもないが、否定できない正論パンチに京太郎は項垂れて頷くことしか出来なかった。

 

「ではな」

「いや待て待て!」

 

 飛び去ろうとするアークエンジェルを京太郎が呼び止めた。

 

「なんだ?」

「なんだじゃない。一体何を考えている? 最近この辺りで起きるドリーカドモンを核とした異界発生事件もお前たちの仕業なのか?」

「心外だな。我らはそんなことはしていない」

「それは、あんたたちの神に誓って?」

 

 京太郎の問いかけにアークエンジェルは頷いた。

 

「もちろんだ。お前の言うとおり我らが主に誓っても良い」

「……トウビョウ」

「信じてもええじゃろ。これからはともかくこれまでの事件ではこいつらは関わっとらん。特に唯一神の名に誓った以上過ったことは言わんよ」

「一応聞くけど、これからすることは言える?」

「それはできない」

 

 やっぱりと思いつつ京太郎は更に問いかける。

 

「それは俺にとって不都合が起きる?」

「私はお前ではない。答えられない。が、『須賀京太郎』と言う魂の器には被害はないだろう」

「……分かった」

 

 京太郎は戦闘態勢を解き仲魔たちを送還した。

 

「信じるよ」

「承知した。ではさらばだ、少年よ。近いうちにまた会うこともあるだろう」

 

 飛び去っていくアークエンジェルを京太郎はただ見送るしかなかった。

 メシア教が危険だとは理解している。だが、現状理由が見えない中で攻撃したくはないし、できなかった。

 

 *** ***

 

「それでどうだった? 須賀京太郎は」

 

 龍門渕の客室で寛ぎながら言ったのはフリンである。

 机の上には何枚かの紙と『パン』と『赤ワイン』が置かれていた。

 

 フリンの前でアークエンジェルは今日見聞きしたことをフリンへ伝えた。

 

「勉学は不得意だが授業態度は真面目なようだ。今日に限って言えば挙動不審でもあったがそれは私が見ていたせいだろう」

「サマナーであれば当然感知できるから警戒したんだな。ほかには?」

「友人も多く体を動かすのが得意なようだ。サマナーとしての身体能力もコントロールできている」

「へぇ、そりゃ素晴らしい! 覚醒直後だとコントロールできずに人を潰すことだってあるのに。やはり良いね、彼は」

 

 フリンは机に置かれた紙を手にし読み上げた。

 

 清澄高校1年、麻雀部所属。

 誕生日は2月2日であり年齢は15。

 サマナーとして活躍したのは3週間ほど前からであり、異界の二つを単独で破壊し依頼により一つ、合計三つの破壊を行っている。

 戦闘タイプとしては近接戦を得意とし電撃魔法が使用可能。

 

 フリンが京太郎を軽く調べた限りの情報がそこには書いてある。

 

「それでいて真面目な人種ではあるようだね。うん、決めた。アークエンジェルよ、彼と共に依頼をこなしてきてほしい」

「依頼を?」

「一時的に彼の仲魔としてね。ただし明日は……分かるね」

「承知した」

 

 フリンとアークエンジェルの付き合いは長い。それこそフリンが覚醒した直後からの付き合いでアークエンジェルは少ない情報からフリンの意思を汲み取ることが出来るほどだ。

 

「悪魔と仲良くしているのは良くないがあれほどの光だ。我々の話を耳を傾け、修練を積めばテンプルナイトになり、大天使の方々にさえ見初められるほどの存在になるはずさ。そのためにはこの地が邪魔だね」

「神を信じぬ人間が治める地だからこそ……か」

「あぁ。我らが神を信じぬ不浄なる存在の浄化を行う。そのためのカギは既に手に入っている」

 

 フリンは立ち上がり床に転がっているカプセルを開けた。

 そこにあるのは龍門渕から受け取った鍵である。これに宿る異能の力があればフリンの、そして彼が信仰する神の望みが叶うと彼は心から信じていた。

 

「神罰の再現の時が来た。この不浄なる大地を全て洗い流し神聖なる世界への、引いては我らが神への手向けとしよう」

 

 フリンはパンとワインを口に含み天に祈りを捧げる。

 神罰と言う名の災厄が来るときは近い。




明日か今日の夜また更新します。
テンポが遅い部分はささっとあげたい。


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『少年に祈りを』


ストーリーには関係ないけど裏設定の日程表と書いてるときの俺の日程に差異が発生し地味に修正が発生。
おかげで当初予定していたレベルより京太郎が2、3ぐらい高い。やったな!




「うーん、いいね。依頼を受けてすぐに解決。良い感じだよ、チミ」

 

 数多くいるモコイの中でリーダー格モコイがそう言った。

 このリーダーと会う前に会話した悪魔とは普通に会話をしていたのになぜこの悪魔だけ口調がおかしいのか。そんなことを思いながら京太郎はガキの肉を手渡した。

 通常悪魔は死ぬと肉体のマグネタイトに分解され何も残らないが時々マグネタイトではなく実態を持つ悪魔が現れる。

 今回の依頼は実態あるガキの肉を一定数集めモコイに渡すというものだった。

 

 ガキはもはや敵ではないが受肉した悪魔は絶対数が少ないのもあり中々手に入らず京太郎を困らせた。

 

「食べなくても良いけどたまあに、食べたくなる時はない? チミも」

「うん。あるね」

「人間食べるとボクら討伐されちゃうから我慢我慢だネ~」

「え? なんて?」

 

 聞き捨てならない言葉を聞いたが京太郎は抑えた。

 実際ここにこうして居て、依頼を出すことを許されているのだから京太郎に手を出す権利はない。

 そんなことを考えながら今にも剣を振り下ろしそうなアークエンジェルの身体を一生懸命抑えていた。

 

 さて、どうしてこんな状況になったのかそれは今から時を遡ること早朝。

 京太郎が先日の様に掃除を行っている時に姿を現したのがアークエンジェルだった。

 彼は主の名で京太郎について回ることになったらしい。実際京太郎宛てに本件に関する依頼も出されているとのこと。

 この勝手な言い分は拒否したかった京太郎だが先日のこともあり、もっと天使のことを知るべきだと考え彼を受け入れた。

  

 今日受けた依頼は三つ。

 一つはモコイに一定量のガキの肉を届けること。もう一つはとある異界の調査であり、これには特典として一定数悪魔を撃破したら報酬が上乗せされることになっていた。最後の三つ目は当然フリンからの依頼だ。

 さて、ここで説明しなければいけないのは悪魔たちからの依頼についてである。

 悪魔からの依頼は決して彼らが勝手に出している訳ではない。

 全ての悪魔が戦う意思を見せている訳ではないのだ。一部とはいえヤタガラスと契約しその庇護下に置かれた悪魔たちは集落で暮らし困りごとがあると時々サマナーに依頼が来る。

 今回のモコイの依頼も異界の一つにある集落の一つから出された依頼と思えばいい。

 

 閑話休題。

 

 こうして京太郎はアークエンジェルを伴い、いつものメンバーと依頼をこなしていった。

 流れとしてはまず二つ目の依頼をこなしてから一つ目の依頼をこなすことにした。ガキの肉の量は既に依頼内容に記載されているからわざわざモコイたちに聞きに行く必要はない。

 では依頼は順調にこなせたかと言えば違った。

 まず戦闘面についてだがアークエンジェルはとても頼りになる存在だ。何せ現パーティは京太郎しか物理攻撃担当が居ないのだ。

 それがアークエンジェルの全体物理攻撃ヒートウェイブを初め、中級火炎魔法アギラオも使用できるため戦力的にはとても頼もしい存在となった。

 なら何が問題かと言えば思考に全く柔軟性が全くなかった。

 

「ま、待って頂戴。ね? ほら仲魔にもなってあげるから命だけは……!」

「知らんな。不浄なる存在め滅せよ」

「わー! ストップストップ! 交渉する、します、させて! 仲魔にする! 合体材料かもだけどごめんな!」

「え、えぇ! 問題ないわ、どんと来いよ!」

 

 契約し送還したことで姿を消したコカクチョウが居た場所にアークエンジェルの刃が通り過ぎた。

 仲魔たちが必死にアークエンジェルを取り押さえようとするも、力のパラメータに差があるため完全に抑えることが出来るのは京太郎のみだ。

 

 と、大変なこともあったが基本的にアークエンジェルは京太郎の指示をきちんと聞き、戦闘においてのみだが柔軟な行動も取る。

 仲魔たちに攻撃が当たる場面では彼らを庇い、他の面子の攻撃後に追撃を行うなど戦闘メンバーとしては文句なしの存在だ。

 が、それだけである。それ以外の、敵対する悪魔に対して一切の慈悲はない。

 

「しかし少年よ。悪魔とは百害あって一利なし。殺す以外にあるまい」

「それをなんとかするのがサマナーだろ!? 確かに命乞いから不意打ちしてくるやつも居るけどそれだけだ。その時殺せばいい」

「しかし」

「しかしもかかしもない! もしそれで死んだら俺の責任だよ。悔いは残るけど文句はないさ。それに……」

 

 京太郎が視線を向けた先に居るのは三体の仲魔たちである。

 それぞれが元気良く頷いており、京太郎は彼らが居れば大丈夫と信頼を寄せているのが一目でわかる

 だがその光景を見たアークエンジェルは別のことを思った。

 

「危険、ですな。あなたはあまりにも魔の存在に近い」

「――そうかも。今なんて人と悪魔はあまり変わらないって考えちゃってるよ。確かに悪魔は俺たち人間に害を与えるけどそれは俺たち人間だって同じだ」

 

 あってはならないはずなのに、殺人事件などの大きな事件はニュースから消えることはない。

 

「悪魔が人を傷つけて、人が人を傷つけるなら、人と悪魔が手を取り合うことだってできるだろ?」

「発想の飛躍に過ぎませんな」

「かもな。でもこんな考え方をする奴もいる。それだけは覚えておいてほしいな」

 

 京太郎はアークエンジェルが自分の考えを早々理解できないだろうと分かっていた。

 アークエンジェルは天使だからか、人間で言う真面目な委員長タイプである。総じてそんなタイプは頭でっかちだ。

 実際アークエンジェルは頷いたものの、その眼は納得していない。それを見た京太郎は。

 

 『人間も悪魔も変わらないけど、天使も変わらないな』そんな結論に至るのだった。

 

 *** ***

 

 アークエンジェルにとって京太郎の様なタイプの人間は初めだった。

 テンプルナイトとなったフリンに従い数年、もはや彼の方がレベルが上で自分はもう戦力にならないにも関わらず彼の傍に居るのはフリンの願いからだ。

 彼にとってアークエンジェルとは唯一無二の友であり『親』の様なものだ。

 幼少期の出来事からメシア教に入信し、騎士候補になった彼を励まし続けたのがアークエンジェルだ。

 そしてアークエンジェルは詳しく知らないが、フリンは『数多の試練』を乗り越えメシア教の中でもトップクラスの力を持つと言われるほどの騎士にまで成長した。

 

 だが須賀京太郎は違う。サマナーとテンプルナイトの違い、そしてメシア教の信者とそうではない人間と言う違いもある。

 

 けれど。

 

 須賀京太郎の瞳にフリンが持っていたが、どこかでなくした懐かしい光をアークエンジェルは見た気がした。

 

 *** ***

 

 そして時は戻る。

 今はモコイの集落でガキの肉を彼らに手渡したところである。

 京太郎は彼らから報酬としてマッカと色々なアイテムとお土産にブーメランをもらった。

 

 その時だ。ピクシーから今まで感じたことがないほどのマグネタイトの奔流が生じた。

 

「うわっ」

 

 マグネタイトの嵐は眩い光となりピクシーを包み込む。京太郎はそれを見ながらついに来たと思った。

 ピクシーのハイレベルアップである。

 光の奔流が治まったときそこに居たのは今までのピクシーではなく少し成長した妖精の姿だった。

 

「じゃじゃーん! レベルアップ! コンゴトモヨロシクね、サマナー」

 

 進化したピクシーの姿を見たときの京太郎の感想は……。

 

「えっと、ポルナレ」

「おっとー! 誰が便所男だぁ!」

 

 ハイピクシーの蹴りを頬に喰らった京太郎は軽く吹っ飛んだ。

 進化したことですべての能力値がピクシーと比べて格段に上昇しているからだ。

 

 ハイピクシーは池の水で自分の顔をというか、髪形を見ると「うわっ」と言った。京太郎の言葉に納得してしまったのである。

 なんとか逆立った髪を水で濡らして降ろすと自信満々に胸を張って。

 

「こ、これが本当の私だから!」

 

 と言った。

 一言で言えば京太郎は蹴られ損だった。

 

 蹴られたとき京太郎が落としたブーメランを拾ってジャックフロストが投げて遊んでいた。

 立ち上がった京太郎はブーメランの軌道を見るが、円を描くようにというより、ある程度進むとある地点で止まったのちに戻ってくるようだ。

 近くの樹に過って当たったとき枝を粉砕した時、少し冷や汗をかいたが悪魔が作ったものなのだからこんなものかと思った。

 

 依頼も終わり一息ついた京太郎はCOMPで時間を確認すると13時だった。

 昼ご飯を食べてからパラケルススの元へ向かおう。そう考えながら京太郎が異界から帰還しようとしたとき、アークエンジェルの剣が煌めいた。

 

 それを察知した京太郎が前に倒れる形で前転しながら問いかけた。

 

「――何のつもりだ?」

「フリンからの指示だ。キミを現世に帰すわけにはいかない」

 

 その一言を聞いた瞬間、京太郎は動いた。

 何を考えているかは分からない。だがアークエンジェルの言葉から嫌な予感はひしひしと感じられた。

 

「ジオンガ!」

 

 京太郎が発動したのはジオの上位魔法であるジオンガだ。

 地面をえぐりながらも進む電撃はアークエンジェルに向かって進むが当たらない。

 空を飛び電撃を避けたのだ。

 そのままアークエンジェルは渾身の力を込めて剣を振るった。

 

 ヒートウェイブ。

 

 剣から発せられた衝撃波が京太郎たちを襲う。

 だがこのダメージでやられる仲魔たちではない。

 

「ヒー! ホー!」

 

 ジャックフロストのブフーラで作られた氷の槍が空中に居る天使に向かって投げ槍の様に飛んでいく。

 ヒートウェイブの反動で動きが散漫となっていた天使の羽を貫き、トウビョウの攻撃で勝負はついた。

 対象の体調を悪くする『パンデミアブーム』である。

 

「ぐ……!」

 

 すべての能力値を下げられた上に気分の悪さが天使の集中力を掻き消す。

 

「アギ―!」

 

 翼を氷の槍に貫かれ墜落する天使に炎を避けるすべはなく、跳躍し自分に向かって短刀を振るう少年もまた飛べる術はなかった。

 

 マグネタイトに分解されるギリギリのところで止めた京太郎はトウビョウにシバブーの魔法を使用するように命じた。

 アークエンジェルには低確率だが生命を失わせる浄化の魔法ハマがある。京太郎はこれを恐れた。

 だがシバブーで縛りつづければその恐怖も問題ない。

 

 そして異界から出た瞬間、京太郎のCOMPから着信音が鳴り響いた。

 京太郎は通話状態にするとCOMPを耳に当てた。

 

『つながった……! ようやくつながりましたわ!』

「その声、龍門渕さんですか?」

『えぇ、えぇ! 須賀さん今までどちらにいらしたんですの!?』

「依頼を受けて異界にいたんです」

『異界に? 納得しましたわ。通信が繋がらないのはお互い異界に居たからですわね……』

 

 COMPは現世と異界でも通信が行える。だが透華が言った通り異界と異界では通信はつながらない。基地局の問題で現世を経由しなければならず通信がどうしても不安定になるからだ。

「それでフリンから受けた依頼の関係でアークエンジェルも連れて行って

『フリン!?』

 

 男の名を聞いた瞬間透華の声色が変わった。

 何事かと思った京太郎だが同時に納得もしていた。これが、アークエンジェルが自分たちを現世に戻したくない理由なのだと。

 

『もしかしてあなたメシア教に……? いえ、そうなら私が情報を掴むはずですしそもそもこの電話に出る理由が……』

「えっと、まず一つ目。俺はメシア教には加入していません! 第二にフリンからの依頼はアークエンジェルを今日一日連れて行ってほしいというものでした」

『アークエンジェルを? 一体なぜ?』

「分かりません。ただアークエンジェルは俺を異界から出したくないようでした。現に後ろから斬りつけられそうになりましたし」

『今その天使はどちらにおりますの?』

「シバブーで縛ってます。事情を知るためにも殺すのはまずいと思って」

『ナイスですわ須賀さん! 須賀さん。まず私から二つ依頼を出させて頂きますわ。一つ目は出来うる限り急いで龍門渕まで来てください。二つ目は情報交換を行いたいですわ』

「分かりました。急いで向かいます」

 

 断る理由もなく京太郎は通話を切ると仲魔たちとアークエンジェルを送還し走り出した。

 本来なら空を飛べる仲間がいればいいのだが、今の京太郎には居ない。

 京太郎は走りながらネットでタクシー会社の電話番号を見つけると急いで電話をかけタクシーを要請した。このまま走った方が早いのだが人に見られてるのはあまりよろしくない。

 電話をしてから五分後、たまたま近くに居たタクシーが京太郎を乗せて龍門渕へと向かった。

 

 *** ***

 

 龍門渕高校近辺までたどり着いた京太郎はその異様な雰囲気に気づいた。

 龍門渕へ向かうまでの道が制服を着た職員が塞いでおり向かうことが出来ないでいるのだ。

 

 その中には京太郎も見知った人々もおり、声をかけてきたのは四人。宮永咲、竹井久、東横桃子、加治木ゆみだ。

 

「京ちゃん!」

「京太郎くん!」

 

 はた、と咲の動きが止まった。

 桃子と京太郎が知り合いだと知らないので驚いていた。

 

「皆どうしてここに?」

「7月に行う合同合宿の打ち合わせを予定していたのよ」

 

 答えたのは久である。彼女も少し驚いているが咲ほどではない。

 京太郎は合宿の話を知らないが思い当たったのは一つ。

 

「あぁ、麻雀の」

「そうだ。だがこの状態でな」

「先に進めないってことですね……」

「龍門さんとも連絡が取れないんすよ。京太郎くんは何かしらないっすか?」

「……それは」

 

 京太郎の顔が曇ったのを見てこの場でただ一人桃子のみが状況を理解した。

 京太郎の様子もそうだが、この異様な雰囲気を桃子は肌で感じたことがあるからだ。

 

「もしかしてこれも」

 

 京太郎は小さく桃子にだけ分かるように頷いた。

 桃子は小さく悲鳴を上げると、京太郎に何かを問いかけようとするができなかった。この場に居るのは何も知らない二人と記憶を失った先輩だからだ。

 記憶を残す時にした約束の問題で質問をすることが出来ないことに桃子がやきもきして、京太郎がこの場をどうやって離れるか思案している時。

 

「みつけたっ!」

 

 メイド服を着た少女、国広一が京太郎たちへと駆け寄ってきた。

 ただその表情に一切の余裕はない。あるのは焦燥感と恐怖である。

 

 肩で息をしながら京太郎たちの近くまで来た一はそこでようやく咲たちの存在に気づいた。

 

「あれ? 清澄と鶴賀も……そっか、今日は合宿の打ち合わせ日だったね……」

「そういうこと。それでこの状況について何か知っているかしら?」

 

 竹井久が問いかけたとき、一の眼が面白いように動いた。

 どうするか迷っているのだ。だが一にとってはその迷いの時間さえ惜しかった。

 

「ごめん! 今事情を説明している時間はないんだ! とにかく彼は借りていくね!」

 

 京太郎の手を掴み走り出した一と京太郎は職員に止められることなく、封鎖された先に向けて走っていく。

 突然の行動に呆気にとられた三人だったが、桃子一人のみが京太郎の無事を祈っていた。

 

「どうかお気をつけてっす……」

 

 風が吹き、桃子の耳につけられたイヤリングの宝石がきらりと輝いた。

 




モコイのガインくん口調って言うんですか?
再現むりっ……! 限界! これが限界……!『う~んとってもテイスティ』とか法則性つかめない!
なおころたんにも同様の現象が発生する模様。

ハイピクシーの髪形彼を思い出すのでライドウやIMAGINEのハイピクシーを参考にした髪形に変更。服装はそのまま、仕方ないね。
あまり関係ない作品のネタを出す気はないけど、ジョジョに関して言えばペルソナ作る際に許可を得に行ったつながりでこれぐらいなら許容範囲ってことにさせてください。

作中で便所男とか書きましたが俺はポルナレフ好きです。とくに五部。


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『選択』


気づいている方も居ると思いますけどサブタイトルは割と適当。
書いた後に重要そうなキーワード書いてはいますけど。


 一に連れられて封鎖区域を突破した京太郎の眼に入り込んだのは異界と化した龍門渕の姿だった。

 龍門渕家の屋敷と龍門渕高校は仕切りこそあるが同一の土地に建てられている。

 つまり、龍門渕の異界化とは龍門渕の屋敷と学校が異界に囚われているということだ。

 

 これまで見たことない規模の異界に京太郎が驚き足を止めた。その間も一が引っ張って走ろうとしていた。

 だがそれが出来ないのは一と京太郎の身体能力にそれほど差があることの証明だった。

 

「須賀くん!」

 

 引っ張っても動かない京太郎に、焦りから怒鳴る一の声で我に返った京太郎はそのまま彼女に連れられ異界の中に入るのだった。

 

 異界に入った京太郎の眼に入ってきたのは上空に出来た巨大で強大なエネルギーである。

 京太郎が知る由もないがそれはメギドの火であり、万能属性『メギドラ』が敵対者を焼き尽くしているところだ。

 一瞬で我に返った京太郎だが、足が止まっていたのは彼だけではない。一がメギドラの威力に足をすくませていた。

 

 恐怖で顔が真っ青になっている一を京太郎は抱えて走り出した。

  

「どこへ行けばいいですか!」

「え、あ、あそこだよ! あそこの簡易小屋の中!」

 

 真っ青な顔が真っ赤になって、声が裏返る。それでも行先を指示して抵抗しないのは自分の足が動かなかったことを理解しているからだ。今の状況を踏まえれば恥ずかしさぐらい我慢できた。

 異能者としての身体能力をフルに活かして、全力で走り駆け抜けた京太郎は勢いよく小屋の扉を開いた。

 そこに居たのは龍門渕透華と見知らぬ男女二人である。

 

 抱えていた一を京太郎が降ろすと腕に着けたままのガントレットを操作し仲魔たちを召喚した。

 ハイピクシー、ジャックフロスト、トウビョウ、そしてアークエンジェルである。

 

「ふむ。彼が須賀京太郎くんかね」

「そうですわ『お父様』。現状ハギヨシが封殺されている以上、ヤタガラスとその他組織に頼らずに現状を打破することが出来る私が知る限り唯一の可能性ですわ」

「そうか。歳を取るとな、どうもいかん。冷静に周りを見ると誰も彼もが組織に縛られている。おかげで今回の件に対して頼れるものがハギヨシぐらいしか居ない」

 

 娘との会話を終えた男が京太郎のもとへと歩き手を差し出した。

 男の顔はなるほど透華の父親であると納得できるほどの美形だ。異なる点は派手好きで落ち着きのない透華とは対照的な冷静さだろう。歳を取らなければ得ることが出来ない威厳を醸し出していた。

 

「龍門渕(とおる)だ。よろしくな、須賀くん」

「須賀京太郎、サマナーをやってます。よろしくお願いします」

 

 京太郎は透の手を取り握手をした。金持ちとは思えないほどごつごつとした手をしていた。

 そしてもう一人、女性が京太郎の近くまで歩き頭を下げながら言った。

 

「龍門渕結華(ゆいか)です。よろしくね、須賀くん」

「はい。それで情報交換からですよね。このアークエンジェルがメシア教のフリンの仲魔であるアークエンジェルです。今回復させますね」

 

 京太郎がハイピクシーに回復の指示を出した。メディアの光がアークエンジェルを包みこむ。

 傷が癒えたアークエンジェルの頭を京太郎が軽くはたいた。

 

「む……? そうか、私は敗北したか」

 

 周りを確認したアークエンジェルはため息をつきながらも納得した。

 敗北することは織り込み済みだった。

 

「ありがとう、須賀くん。これで情報の裏取りができるな……透華」

「はいですわ。ではまず現状を説明いたしますわ。龍門渕冬獅郎がメシア教徒フリンの要請を受けこの国に反逆しました。フリンの目的は不浄なるこの国を洗い流し浄化すること……と言っていましたわ」

「……は? 国っすか」

 

 ぽかんと口を開けた京太郎に対して、透華は頭に手を当てて苦々しい表情を浮かべていた。

 

「えぇ、国ですわ。全くあのクソジジイ。よもやあそこまで狂っているなんて……」

 

 自身のキャラが崩れるほどの怒りが透華を支配していた。

 ちなみに京太郎は全く状況を読み取れないでいた。

 確かに大きな事件だがそれでも国という単語が出るとは思わず、スケールの大きさに実感が湧かないでいる。

 

「かつての神罰を再現するために衣ちゃんの力を利用するそうだ。そうなればこの国のみならず力を消耗した衣ちゃんも死ぬだろう」

 

 衣が死ぬという言葉に衝撃を受け、ようやく事態を受け入れ始めた京太郎が問いかける。

 

「衣さんは皆さんと親しい関係なんですよね? 両親が亡くなった衣さんを引き取るぐらいですし。なのに衣さんの命を使って何かをしようと思うものですか?」

 

 京太郎はフリンが冬獅郎に対し何かの術をかけたのではないかと疑っている。

 そうでないなら敬虔なメシア教徒なのかと考えたが、そうなら龍門渕自体がメシア教の一員になってもおかしくない。だが透華と電話でした会話を考えるとそれはないはずである。

 京太郎が自分の意見を述べると透は「そうだね……」と少し考え込んでから。

 

「まず父のことを語ろう。一言で言えば父は衣ちゃんを恐れている。恐れているから衣ちゃんを憎み殺そうと行動したんだ。今回の事件でフリンに協力したのはそれが原因だろう」

「恐怖ですか?」

「君は衣ちゃんの力をどこまで知っている?」

 

 京太郎が思い出すのは県大会での出来事だ。

 テレビ越しに見ていた京太郎に全てが分かるわけではないが把握しているのは『他家を一向聴地獄』とし『海底で和了』していたぐらいだ。もっと言うのであれば会場の停電騒ぎも彼女の仕業だろう。

 

「そうか。その時はまだ覚醒していないから感知できるのはそれぐらいか。まず一から詰めていこう。オカルト能力についてだ。これには三通りあるんだ」

「三通りですか?」

「生まれ持った体質それとも能力と言うべきかな。それと外的要因に、修行などによって得るか。これが麻雀で使われるオカルト能力の分類だ」

 

 生まれ持ってで真っ先に思いついたのは桃子だ。彼女のステルス能力は生まれ持った能力であり体質だ。

 外的要因と修行については京太郎には思い浮かばない。そもそもあまり麻雀には詳しくない。

 

「そういえば、オカルト能力って俺みたいな異能者に覚醒したとは違うんですよね?」

 

 オカルト能力者が全て異能者であれば咲たちを相手にあのような虐殺が起きるわけがない。と京太郎は考えている。

 透は頷くと説明を続ける。

 

「そうだ。オカルト能力とは異能者に覚醒こそしていないが異能者としての力がにじみ出ているとでも言えばいいかな。異能者ほどではないが能力者は比較的運も良いだろう?」

「俺に比べればよっぽどよかったですね!」

 

 その言葉には100%同意できた京太郎は力強く答えた。

 

「一部の人たちは制御して人の範疇に落としている人もいる。鹿児島の巫女や、確か岩手の子たちもそうだ。熊倉先生が自慢していたのを覚えているよ。他にもいるかもしれない」

「なるほど……」

「昨今どういうわけかオカルト能力を使用する女性が多くなってね。10年ぐらい前に一気に異能者まで覚醒した子が居て大変なことに……っとこの話はどうでもいいか」

 

 一瞬、透が遠い目をしたそれだけ大変な事件だったようだ。

 話が脱線しかけたことに気づいた透は本題へと戻った。

 

「この話が前提になるんだが話は衣ちゃんが生まれたときに遡るんだ」

「16年前ぐらいですか? 衣さんが生まれたのって大洪水があった年ですよね。俺は生まれてないから話しか知らないですけど」

 

 東海地方、特に長野を中心に起きた大洪水は今でも悪夢と言われる出来事だったと言われる。

 津波こそなかったが洪水により家屋が浸水し土砂災害に見舞われ、一部地域では今でも復興が進められているほどだ。

 

「そう。そしてその災害中に衣ちゃんは長野で生まれた。父は当時の出来事と衣ちゃんの力を関連付けたんだ」

「衣さんの力?」

「衣ちゃんの力の源流は『水』なんだ。『一向聴地獄』にしろ『海底で和了』にしろ全て同じと思っていい。水を支配する大蛇の力……それが天江家の異能なんだよ」

「大蛇……?」

「そして私たち龍門渕はその力を鎮める治水の力、スサノオの異能を受け継ぐ家系なんだ。だから龍門渕家と天江家は親戚ではあるけどそれ以上の関係と言ってもいい。時が経ち血も薄れその関係もなかったものになってるけどね」

「もしかして冬獅郎さんはこう考えているんですか? 『水災害を起こしたのは生まれたばかりの天江衣からはみ出た異能の力』だって」

「そうだ。父もあの災害の被害にあったんだ。異能者だったから即死もせずでも実力はなかったから土砂の中で少なくなる酸素を感じながら死の恐怖を感じ続けた」

 

 その話を聞いて京太郎もゾッとしていた。

 確かに異能者なら土砂災害に巻き込まれ一般の人が受けたら死んでしまうほどの力を受けても耐える可能性がある。

 そして、力ある異能者ならその土砂を全て吹き飛ばすことが出来るが、それが出来ない異能者ならば……。

 

「でも! だからと言って衣さんが死んで良い訳がない!」

「私たちもそう思っているよ。だが父は衣ちゃんの力を知ったあの時から狂ってしまったんだろう。それが今回の事件で父、冬獅郎がフリンに手を貸した要因だ」

「手を貸せば衣さんを殺せるから……」

 

 一人の少女を殺すために国に反逆をしたという男の執念、妄執は京太郎にはまったく理解できない話だ。

 そこまで考えて、そういえばと京太郎は問いかけた。

 

「衣さん今日までよく無事でしたね。そこまで考えてるなら常日頃から命を狙われそうですけど」

「そのためのハギヨシですわ。今もほら」

 

 時折聞こえる外からの爆音が音だけでなく振動として京太郎の体を刺激する。

 今まで感じたことがないほどの大きな力を京太郎は感じていた。

 

「龍門渕が保有する異能者の3分の2が父について離反しました。残りの3分の1及びハギヨシが人海戦術に対応していますわ。人海と言ってますが大体悪魔ですわね」

「単体戦力ではハギヨシに叶わないので、彼をここに釘付けにする作戦を取っています。あちらからすれば時が経てば計画が成就してしまいますから」

「ハギヨシさんすごいっすね……」

 

 龍門渕親子の言葉に京太郎は驚いた。

 どれぐらいの数を相手にしているか分からないが間違いなく今の京太郎では太刀打ちできない数の敵を相手にハギヨシは戦っている。

 

「数もそうですが、フリンも問題ですわ。ハギヨシよりは弱いみたいですが数が数ですもの。ハギヨシなら大丈夫だと思いますが隙が出来てしまえば……」

 

 凶刃がハギヨシの命を刈り取るのは容易に想像できた。

 納得した京太郎は

 

「でも洗い流すってことはもしかして衣さんの異能を利用するってことですか?」

「衣ちゃん本人が覚醒していなくても無理やり引き出す方法は幾らでもある。当然そんなことをすれば衣ちゃんに掛かる負担は計り知れないさ」

「そんなの……!」

「透華の説明に付随するならあの騎士はこう言っていた。かつての神罰を再現し洗い流すとね」

 

 神罰の再現と洗い流すという言葉、そしてアークエンジェルが京太郎を異界に留めようとした事実が頭を駆け巡った。

 異界に居れば現世からの影響は最小限となる。流石に異界の入り口周辺が水で埋もれれば異界自体も影響が及ぶがそれでも現世よりはマシだ。

 つまり神罰の再現とは神が起こした洪水のことであり、フリンが京太郎に用意したノアの方舟とは異界のことである。

 

「そうだ。全く持って愚かしい……いい歳をした老人が自分の安寧のために一億人を殺そうとしているんだ」

「……これが私たちの置かれた現状ですわ。ついでにここに居れば私たちも洪水からは助かりますからクソジジイからすればとても良い計画なのでしょうね」

「龍門渕さんたちは自分を止めようとするから家族は洪水から守られるはずだと考えたと?」

 

 いやな信頼だった。

 

「歳を取って人との繋がりに飢えはじめて居ましたから。たとえ望みが叶っても私たちが傍に居るはずない。という所まで考えが及んでいないのは愚かな話ですわ……」

「ありがとうございます。大体事情は呑み込めました。あとはこっち……ですね」

 

 京太郎が視線を向けた先に居るのはアークエンジェルだ。

 緊縛が解けてはシバブーを喰らい続ける天使だが逃げ出す気配は一切ない。というのも逃げる理由がないのだろう。この異界に居れば京太郎を異界に留めるというフリンからの指示は達成されるからだ。

 

「えぇ、そこの天使。私たちの質問に答えてくださいますわよね?」

「いいだろう。言うなとは言われていない。それに知ったところで萩原が居なければフリンの計画を止められはしまい」

「あら、殊勝なこと。でも判断するのは私たちですわ。まず衣はどこに居ますの?」

「大蛇の娘ならば異界の奥に居る。そこで十分にマグネタイトを確保し異界の核となっているドリーカドモンからマグネタイト供給を受け力を強化しているはずだ」

「……は? お前らドリーカドモンと関係ないんじゃないの?」

「『今までの』事件には関係ない。だが『今回の』事件には関係している」

「言葉遊びか!」

 

 京太郎は頭を抱えたくなった。状況が状況ならこの天使のことを好きになれそうだったが状況が悪い。

 

「衣が死ぬとはどういうことですの?」

「大蛇の娘が持つ異能を無理やり引き出し強化する。それによりこの国を洗い流す。だがそんな力を一般人が引き出されれば力尽きるだろう」

「衣ちゃんを護衛している存在は居るか? メシア教徒がこれ以上介入する可能性は?」

「護衛はない。異能の力が自動的に自分に近づく存在を排除するように設定した。介入の可能性はあると言うよりは今もしており増えていくだろう」

「やはりか……」

「数は力ですわね」

 

 龍門渕夫妻が顔を曇らせた。現状を最も把握しているのがこの二人であり、今もハギヨシからの連絡で敵勢力が増えていると連絡を受けているからだ。

 

「こいつから聞けるのはこれぐらいですわね。なぜこんなことをするのか気になりますがそんな時間はありませんから……須賀さん」

 

 透華が京太郎を見た。

 

「龍門渕透華から、『デビルサマナー 須賀京太郎』へ依頼を出しますわ。依頼内容は、天江衣救出及び異界龍門渕の破壊です」

 

 迷うまでもない。京太郎はその依頼を受けようと頷く――。

 

「待つのじゃ、サマナー」

「待ってくれ須賀くん」

 

 止めたのはトウビョウと龍門渕透だ。

 トウビョウの数多ある蛇が透を見たが、透が頷いたのを見て彼は引き下がった。彼らの意見は同じものだからだ。

 

「あの、どうしたんですか? 俺、受けますよ? こんなの許せるわけない」

「そうですわ! お父様も分かっているでしょう? 調査も行っていない異界の探索と破壊……それを行えるのは一般のサマナーではなく、須賀さんの様なサマナーでないと無理だと! それはお父様も理解してくださったはずですわ!」

「そうだ。だからこそ問いかけなければいけない。もし彼が、もう少し歳を取っていて自分の道を確立しているのなら私も意見は言わない。だが彼はまだ若いんだ。だからこそ自覚させなければいけない」

 

 透の鋭い視線が京太郎を射抜く。

 だが、それに怯むほど京太郎も弱くはなかった。

 

「うん。やはり今回の依頼を行えるのは今の戦力では君ぐらいだろう」

「なら!」

「落ち着きなさい」 

 

 憤る透華を透が諌めた。

 

「現時点において君を送り出すのが最上の手だ。だが龍門渕が血を流せば手は他にあり解決手段はあるのだと伝えておきたい。つまり、この話を聞いて君が断ったとしても我々は決して恨むことはないということだ」

「良いんですか?」

「構わない。むしろ危険な依頼を受けるのは愚策だよ。さて、話を戻すよ。いいかい? 今のこれが最後なんだ」

「最後、ですか?」

「そうだ。君がサマナーではなく清澄高校1年須賀京太郎に戻る最後のチャンスだ」

「……チャンス」

「本当に、衣ちゃんの力で日本列島を流せるかは分からない。だが、それをメシア教のテンプルナイトが計画し、実行し、それを阻止したという実績が問題なんだ」

 

 それだけメシア教に対する信頼はあるのだ。

 例えそれがどんなに非道なことであっても『神の御名』において、神のためになるならばやる奴らだという良くも悪くも信頼があるのだ。

 そのメシア教のテンプルナイトが宣言した以上やる手はずは整い実行できると誰もが思う。

 

「もし君がフリンの計画を潰したならば君の名前は知れ渡ることになる。『テンプルナイトの計画を阻止したデビルサマナー 須賀京太郎』とね」

「……そうなったらもう戻れませんわね。流石に情報規制もできないでしょう。表はともかく裏を知る人間には知れ渡りますわ」

 

 この時になって透華も理解した。父が心配しているのは須賀京太郎の将来だと。

 もし京太郎が依頼を断ったら思う所はあるけど、透華も納得するだろう。衣と京太郎。透華にとっては悩むまでもない選択肢だがそれは衣に近い透華だからで京太郎は違う。

 だから人の親として透は選択肢を京太郎に与えた。

 

「それでも、君は受けるかい?」

「俺は……」

 

 京太郎は今日までの日々を思い返していた。

 京太郎にとって学生としての生活もサマナーとしての生活もどちらも大切で失いたくないものだ。

 友人とバカやって騒いだり、咲と居て友人に嫁さんか? とからかわれたり、優希が絡んで来たり。それはどれも京太郎にとってとても大切な日常の思い出だ。

 透の言葉通りこの依頼を成功させればそんな日常がなくなってしまう可能性だってある。

 

 けれど。

 

 京太郎は知ってしまった。商店街で自分が、鶴賀学園で友人や見知らぬ人たちが悪魔たちに襲われ理不尽な暴力を晒されることを。

 運が悪ければ死ぬことだってある。そんな暴力がいつか、どこかで、大切な人たちに降りかかるのではないか。そんな可能性を。

 それは京太郎にとって耐えがたい現実であり抗うべき障害だった。

 

 そこまで京太郎が考えて、おかしくなって笑った。

 眉をひそめていた京太郎が破顔したことに周りが首をかしげていると、京太郎はおかしく感じた理由に気づいてしまった。

 

 これだけ考えているのに、どうあっても結論は一つしかでないからだ。

 

「……依頼を受けます」

「本当にいいんだね?」

「多分どっちを選択しても後悔は残ると思うんです。だから俺は自分の心に従います」

 

 ぐるぐるとまわり続ける不安が京太郎の心に残り続ける。不安の正体は失うかもしれない日常への未練である。

 その未練を断ち切るように、須賀京太郎は自分の言葉で宣言する。

 

「俺が選ぶのは清澄高校の須賀京太郎じゃありません。俺は、デビルサマナーの須賀京太郎です……!」

 

 不安はまだある。けれど宣言した後の京太郎の胸中はとても晴れやかなものだった。

 

 *** ***

 

 戦場に立ち地上に空にと溢れる悪魔たちを薙ぎ払うハギヨシが唐突に笑みを浮かべた。

 となりで銃を撃ちながら仲魔に指示を出していた純と智紀はギョッとした。

 ハギヨシは普段ならともかく、戦場で笑うことは少ない。少ないはずなのに笑った。それも二人が見たことないほどの深い笑みだ。

 

「気にしないでくださいね。それよりほら、また悪魔が来ました」

 

 ハギヨシに促され二人は弾丸と異能の力を放った。

 純は炎、智紀は風の異能を使用できる。

 まだレベルは低いため威力はそれほどだが、炎は燃えればそれだけで邪魔だし、風は火力を強くする。

 

 一も含めてハギヨシから見てまだまだな二人だが、ハギヨシが笑ったのはそれが原因ではない。

 透華たちのいる小屋から感じていた京太郎のマグネタイトの質が大幅に上がったのである。

 マグネタイトは生体エネルギーである。

 感情で生み出されるそれは、逆に言えば人間の意思次第で如何様にも変わることを意味する。

 

 そしてマグネタイトの質が良くなるほどの変化が起きるとき、それは良くも悪くも人生に関わる大きな決断をしたときに起きる。

 京太郎がなにか選択をしたことをハギヨシはうれしく思っていた。

 ハギヨシも選択をして強くなり続けてきた人間の一人で、本当の意味での自分の後輩がスタート地点に立ったことを嬉しく想い、祝福した。だから笑ったのだ。

 

「さて、元々手を抜く気はありませんでしたが気合を入れなおしましょうか」

 

 ハギヨシは精神を集中(コンセントレイト)し集った力を解放した。

 

「メギドラ」

 

 太陽にも匹敵すると言われる万物を焼きつくほどの炎が数多の悪魔と人を消し飛ばす。

 今のハギヨシに勝利の理由こそあれど敗北する理由はなかった。

 

 





第1章も終盤なんで何があってもデビルサマナーとしてやっていくぞと宣言させるお話。
そして狂人が増えたぞ!

龍門渕と衣の補足

基本連想ゲームで以下の通り

透華⇒冷やし透華⇒治水⇒スサノオ※1
※1ヤマタノオロチに関する神話にてスサノオが治水したとの考察有
 スサノオ=治水の神説は色々と賛否両論っぽいですが本作では衣(大蛇)と関連付けるためこれを採用

衣⇒海と支配⇒大蛇

感想でフリンの言う鍵が八岐大蛇と言っていた方が居ましたけど半分正解。ころたんだと正解。
よく須賀の苗字から京太郎がスサノオと関連付けられますが本作ではとーかがそれに当たります。

天江家の遠い祖先が八岐大蛇に生贄として狙われるも助かった娘のひとりであり、
大蛇が死した後も大蛇の執念が娘を呪い(祝福)し娘が力を得た。
これを知ったスサノオが娘の力を抑える力(治水)を娘と近しい人に与えた的なバックストーリー
何千年という時を超えてずっと龍門渕と天江は近しい友でしたって感じです。


これは今考えました。


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『天江衣』


ちょっと内容に悩んだため遅くなりました。
お気に入り登録、感想、評価、誤字報告いつも有難うございます。

次の投稿ですが多分水曜日か木曜日予定です。


 依頼を受けると宣言した京太郎に透華が一つのアクセサリを手渡していた。

 それは雷の異能を強化する指輪である。

 

「まずは一つ目。龍門渕まで来ていただいたことへの報酬ですわ。これには電撃魔法の威力を高めてくれる効果がありますから須賀さんには有用な装備だと思いますわ」

 

 京太郎は受け取った指輪を眺めながら一人納得していた。

 

「異能封印があるならこういった装備もそりゃありますよね」

「封印できるなら増幅できない道理はありませんもの。むしろ増幅するほうが楽ですもの」

「そりゃ確かに」

「次に情報交換の報酬ですわ。こちらについては回復アイテムを渡させていただきますわね」

 

 報酬と透華は言っているが実質これから衣を助けに向かう京太郎への支援である。

 当然そのことを京太郎も気づいており「もし依頼を受けないって言ったら何渡してました?」と問いかけると「もし、なんて考えてませんわよ?」と自信満々に言ってのける透華に京太郎は笑った。

 

 京太郎は左手の指に指輪を装備すると透華から受け取った回復アイテムの説明を受けた。回復アイテムの中には京太郎が知らない物があったためだ。効果がわからなければどんな有用なアイテムでもゴミと変わらない。

 

「アークエンジェルですけど送還しときますね。フリンのとこに行かれても困りますし」

 

 COMPを操作しながら京太郎が言った。

 透華が不満げな表情を見せているのはこの天使を生かしておく必要が無いからだろう。だが京太郎からすれば半日共に過ごした存在であり手にかけるのは忍びなかった。

 ただ野放しにすることは出来ない。だから一時的な契約を結んでいる京太郎がCOMPへと送還したわけである。

 これで準備は完了と思ったところに透華が取り出したスマホを操作し悪魔を召喚した。

 覚醒していなくても悪魔の召喚・送還自体は可能だ。ただ覚醒していないものが悪魔と新規に契約を結べるかと言うと話は別だ。力のない人間に悪魔は決して振り向かない。

 

「こちらはハギヨシからのプレゼントです。今召喚した悪魔と貴方の仲魔を合体してから行ってください」

 

 透華が召喚したのはニギミタマとサキミタマと呼ばれる、勾玉の形をした悪魔である。

 神道において神は二面性を持つと言われている。その二面性を荒魂と和魂と言うが更にそこから細かく分類することが出来、ではいま召喚した悪魔はと言うと和魂に分類される。

 だがサマナーにとってこの悪魔たちの詳細なんてものはどうでもいいもので、一部のサマナーたちを夢中にさせる特異性がこの悪魔にはあるのだ。

 

「この悪魔たちは特殊でして、悪魔合体ではなく御魂合体と呼ばれる合体法を行いますわ。悪魔合体は新たな悪魔を生み出すものですが、御魂合体は合体させた悪魔のパラメータのみ変化し、通常の悪魔合体同様スキル継承も可能としますわ」

「……それ、嫌な予感がするんですけど悪魔合体繰り返してパラメータ上昇させたり、好きなスキルを継承させてるために合体させたりとかしません?」

「当たりですわ。悪魔全書があるので登録すればこの悪魔たちを呼び出せますがマッカを大量に消費します。それで身持ちを崩す人が時々いますのでお気を付け下さいましね」

「……気持ちは分かります。すっごーく」

 

 いらっとする笑みを浮かべ浮かび続けるニギミタマと細めでぼーっとしているサキミタマを京太郎は突いた。意外とぷるぷるしており触り心地は良いがどうにもイラッとする表情をしている。

 

「ニギミタマには、ラクカジャとメディラマと回復ブースタを、サキミタマはタルンダの魔法を覚えてますわ。この悪魔たちと合体させれば強敵が相手でも対処できるはずです」

「準備、良いですね?」

「えぇ。この衣が居なくなったときにハギヨシがすぐに動いたんですの。それで『須賀くんがもし依頼を受けるならこの悪魔たちを』と」

「ハギヨシさんが……」

 

 感謝すると同時に嫌な予感を京太郎は抱いていた。

 ハギヨシは京太郎よりもかなり上の実力者だ。そのハギヨシが『これぐらい用意しなければ須賀京太郎は勝利できない』と判断した悪魔が奥地にいる。そう判断したのではないかと。

 そのことを頭の片隅に追いやって一つの問題点をあげた。

 

「分かりました。でも合体はどうすれば? パラケルススは邪教の館だと思うけど館は異界に落ちてますよね?」

「それですが……」

 

 透華が答えようとした時だ。

 バンと大きな音を立てて現れたのはパラケルスス、マチコ、それと車椅子に乗った少女の三人だ。

 

「ふぅーはっはー! はぁ……」

 

 テンション高く登場しながら一気に下がったパラケルススはノートパソコンとディスクを手に持っていた。

 

「お嬢さん、これを本当に彼のCOMPにインストールしなければ駄目かい?」

「現在の状況でそれを使わず合体できるなら良いですわよ?」

「……チッ。サマナー、COMPを渡してくれ」

 

 COMPを受け取ったパラケルススはノートパソコンと接続し、ディスクをノートパソコンに入れた。

 端末を少し操作したあと、COMPを京太郎に手渡した。

 

「悪魔合体アプリをインストールさせてもらった」

「悪魔合体アプリってことはCOMPで合体できるってことですか?」

「遺憾ながらね。とはいえ合体事故が起こりやすい問題もあるし今の君にはあまり有用ではないだろうけど」

「依頼の関係で邪教の館にはよく行きますからねぇ……」

 

 3日に一度のペースで邪教の館に行く京太郎からすればCOMPで合体出来ることはあまり有用ではない。

 京太郎は受け取った二体の悪魔と合体させる悪魔を考えた。

 ニギミタマは考えるまでもなく、ハイピクシーと合体させる。多くの耐性を持つハイピクシーは回復役として仲魔の中で最も有用である。

 対してサキミタマだが、トウビョウを選択した。ジャックフロストは天女アプサラスから継承したディアラマを持っているため状況によってはタルンダを使用できない可能性があるからだ。

 

 悪魔合体を終え装備の最終確認を終えた京太郎が小屋を出ようとしたときだ。

 ギュッと京太郎の服を掴む者が居た。

 誰だろうと確認した時、京太郎は驚きから眼を大きく見開いた。

 

 未だ感情はない、けれど確かに名もない少女が京太郎の服を掴み首を振っていた。

 

「これって」

 

 驚いた京太郎はパラケルススを見るが、彼もまたこの状況に驚いているのだろう。口に手を当ててぶつぶつと独り言をしながら思考にふけっていた。

 

「興味深いな。もしかしたら君が危ない目にあうと本能で気づいたのかもしれん。いや、だとすると……」

 

 京太郎は仕方がないなと苦笑いしてから、少女の目の前にしゃがみこんで微笑みかけた。

 

「大丈夫。絶対帰ってくる。そしたらまた話そう」

 

 自分の服を掴む少女の手を優しく解き京太郎は立ち上がった。その時少女の車椅子の後ろに居たマチコと眼があうと。

 

「須賀さん。お帰りをお待ちしています」

「はい。マチコさんも気をつけてくださいね」

 

 小屋から出ていく京太郎とその仲魔たちを見送りながらも透華の心中を大きく占めるのは衣の無事を祈る心だ。

 どこからか取り出した赤い布をギュッと握りしめる。

 

「衣……」

 

 それは天江衣がいつもつけている赤いウサギ耳のカチューシャだった。

 

 *** ***

 

 異界の最奥へと向かう道の途中でふらっと来た京太郎は壁に手をついて持ってきた水を喉に流し込んだ。

 奥へ向かうほどに京太郎の体調は悪くなり、逆に仲魔たちの体調は良くなっている。だがそれも無理のない話だ。奥へ向かうほどにマグネタイトの量と密度が明らかに濃くなっている。

 京太郎の体調をおかしくしているのはマグネタイトから感じる怨嗟の声だ。生者である京太郎に嫉妬する死者の想念が京太郎を押しつぶそうとしている。

 

「こんなマグネタイトの量と密度おかしいよ! おじいちゃんどうなってるの?」

「ヒホー……」

 

 トウビョウに問いかけるピクシーと、心配そうに京太郎を見上げるジャックフロスト。

 問いかけられたトウビョウはと言うと現状の把握に努めていた。

 

「間違いないわい。どうやらドリーカドモンに蓄えられたマグネタイトはいい方法で蓄えられた訳では無いようじゃ」

「う……。分かるよ。だってさっきからずっと聞こえてる。『助けて』とか『殺してくれ』とか『なんで俺が』とか。声だけじゃない。伝わるんだよ、なんとなく」

 

 怨嗟の声の末路は共通しているが末路に至る経過が異なる。

 とある男は四肢をもがれながらも回復魔法で生かされ目玉をくり抜かれ精神が死んだのを確認され死亡した。

 とある女は女性としての尊厳すべてを汚され悪魔に喰われた。

 とある家族は幸せに暮らしているところを悪魔に襲われ、両親は子どもたちをかばい死に、兄は悪魔を操る者たちに連れ去られ弟の行方は分からない。無念と憎しみと少しの他者を慈しむ心が京太郎を乱す。

 

「自分を保て! 死者の想念に押し流されるでないぞ」

「……わかってる」

 

 声の主たちには同情するが京太郎がそれらと同じになるわけにはいかない。

 そんな中でマグネタイトにより活性化し暴れる悪魔たちが京太郎たちを襲った。

 

「ヒャハハハハ!! いいぜいいぜ! チカラがみなぎる!」

 

 マグネタイトの影響でハイになった邪鬼ラームジェルグが京太郎に向けて拳を振るう。体調が悪いと言っても素直にその攻撃をくらうわけはなく、京太郎は拳を避けると懐から取り出したハンドガンに氷結弾を装填しラームジェルグに向かって発砲した。

 発射された弾丸から解き放たれた氷結の魔力がラームジェルグを襲う。続いてジャックフロストの放ったブフーラがラームジェルグの命を確かに奪った。

 値段の高さがネックだが属性持ちの弾丸は電撃属性しか使えない京太郎にとって確かな戦力だ。当然パラケルススから受け取ったハンドガンの力でもあり変態相手に真正面から感謝しづらい京太郎は心中で感謝の言葉を綴った。

 

 その後も京太郎たちを悪魔たちが襲い掛かった。

 

「マハジオ!」

 

 指輪により威力が強化された電撃が襲いかかる悪魔たちに向かって放たれた。

 流石にジオンガレベルの威力は出ないが、それでも十分な破壊力を持つ電撃は悪魔たちに襲いかかる。

 その中で意外と役に立ったのが合体材料扱いで仲魔にしたコカクチョウである。

 今の京太郎たちよりもレベルが高い悪魔たちを相手に、追加戦力として召喚したのが彼女である。

 合体はしていないのでコカクチョウが覚える以外のスキルはないが、それでも中級火炎魔法アギラオの火力と能力増強魔法マカカジャは大きな助けになった。

 

 悪魔と戦いながら前へと進む京太郎たちだが途中で見つけたヒールスポットで一時的に休憩をしていた。

 マッスルドリンコを飲みながら仲魔たちと会話をしていた京太郎だったが、目の前の景色が霞んだため目をこすった。

 

「ぬぅ、これは……!」

 

 トウビョウの声がかき消され、京太郎の目に見えてきたのは一人の男と今とあまり見た目が変わらない天江衣だ。

 衣と男が居るのは斎場だ。本来一人娘の衣が葬儀を取り仕切らなければならないが、幼い衣には無理だと龍門渕透が代わりに取り仕切っている姿が遠くに見えた。

 透たちから少し離れた場所で男が衣に言う。

 

『……とーさまとかーさまが?』

『そうだ。飛行機事故で死んだ。お前を狙ったメシア教の人間の手によって』

『うそだ……うそだ!』

 

 衣は聡明な子供だった。だから男が言いたいことも理解してしまい大声を上げて否定することしか出来ない。

 少女の叫びに男は嘲笑する。自身に感情をぶつける幼女を楽しむかのように男は続ける。

 

『お前が殺した』

『あ、う……』

『お前が居たから二人は死んだ』

『あぁぁぁぁぁ』

 

 頭を抱え縋るようにカチューシャを抱きしめる衣に近づき男はカチューシャを放り捨てた。

 

『必要ないだろう? 親殺しがよくも親の愛にすがれるなぁ?』

 

 泣き叫ぶ少女に高笑いをする男。その光景は男の孫娘が姿を現すその時まで終わらなかった。

 それからの衣はひどいものだった。笑みを浮かべることもなく、ただただ毎日人形のように過ごす日々。

 衣を守るために雇われたハギヨシが常に彼女のそばにいるが、それでも衣の憂いは晴れない。そんな衣が唯一夢中になれたものが麻雀だった。

 両親が死ぬ前に父が友人と麻雀を打つ姿を衣はよく見ていた。

 時々父親の膝の上に座り一緒に麻雀を打つこともあり、父から漂うお酒の匂いが衣は嫌いだったけれど父を近くに感じる事のできる麻雀はとても好きだった。

 だがその麻雀も衣にとっては救いにならなかった。ただ麻雀を打ちたい衣を邪魔したのはオカルト能力である。圧倒的すぎるその力は同時に他者を遠ざける要因にもなり、自分を救うために行動した透華だったが事情を知らない人から見れば理不尽とも言える行動から一部の人達に嫌われてしまった。

 それでも麻雀が打てるようになった衣だったが、本気で打つことは出来ないでいた。強力すぎるオカルト能力が傍にいようとする彼女たちまで拒絶するかのようにトラウマを与えたのだ。

 孤独ではなくなった衣だが、相も変わらず麻雀では孤独だった。県大会の決勝で咲と麻雀を打つまでは。

 

 天江衣は大勢の人に救われた。孤独から自分を救おうとする透華たち、そして衣をも上回る打ち手宮永咲。それでも。

 

 衣に与えられた屋敷に十日夜の月の光が差し込む。

 衣の手にはいつも付けているカチューシャと京太郎から受け取った『親子ウサギ』のぬいぐるみがあった。

 

『とーさま、かーさま……』

 

 天江衣から伝わるのは父母を思うこの郷愁。

 たとえ孤独から救われても天江衣は完全には救われていない。

 衣の眼から涙がこぼれ落ちた時、衣とは違う少女の声が京太郎の耳に届いた。 

 

「……さま、サマナー!」

 

 ハイピクシーの声で我に返った京太郎は辺りを見回すも先程見た光景はどこにもない。あるのは、ヒールスポットを象徴する緑の風景のみだ。

 疲れているのか? と頭を抱えた京太郎だが、トウビョウがそれを否定した。

 

「おそらくは異界の最奥にいる天江衣の記憶じゃろう。しかしこれほどまでに鮮明な記憶を見せるには誰かが指向性を与えねば無理なはずだが」

 

 考え込むトウビョウとは別に京太郎は一人納得していた。

 なぜあの日一人で居た衣が親子のウサギぬいぐるみに興味を示していたのかその答えを得たからだ。

 

「だから欲しがったんだな」

「サマナーがあげたうさぎのぬいぐるみのことホ?」

「え? サマナー女の子にプレゼントあげたの? やるじゃん!」

 

 京太郎のパーティで一番女の子をしているコカクチョウが楽しそうに言った。

 女の子女の子している子が近くにいるのに少し奇妙な感じを受けつつ京太郎は「そんなんじゃない」と言った。

 

「ビジョンクエストとは違うが似たようなものかの」

「なんだそれ?」

「少し前にとある事件が起きたのじゃがその時とあるサマナーに対して過去の人物の記憶を体験させた。それがビジョンクエストと言うんじゃが……」

「少し似てはいるよな。体験したわけじゃないけどさ」

「サマナーになにかを伝えようとしたのかもしれん。そうじゃの、昔の記憶映像を見せる……パストビジョンとでも言おうか。いくらマグネタイトが濃くとも何者かの意思がなければあれを見せることはできんよ」

「でも誰が? 龍門渕さんたちでもなければフリンでもないだろ? 伝えたければ前もって教えてくれるだろうし、衣さんの記憶を見せてフリンは得するか?」

「それなら誰がこんなことしたんだホ?」

 

 頭を悩ませ少しの間悩んだあと京太郎は分からん! と音を上げた。

 

「俺たちの知らないやつが見せたって可能性が一番濃いと思うけどさ。どうでもいいよ。戦う理由が増えたそんだけ! 知らないやつが来たらその時はその時だ!」

「うーん、シンプル! でもそれぐらいが丁度いいね」

「ヒホー」

「思考停止は良くないが現状はそれが一番かの……」

 

 ヒールスポットから出た京太郎はこれまで感じていた怨嗟の声による体調不良が全く無い事に気づいた。

 回復と休憩が原因だなと結論づけて深奥へ向けて歩き出す。

 知らない道だが迷うことは一切ない。マグネタイトが濃い場所へと向かえばいいだけなのだから。

 

 たどり着いた大きな扉を力づくで開く。

 ゴゴゴと低い音を立てて開いた扉の先には大広間があり、そこから感じる圧倒的までのマグネタイトの密度が京太郎たちを威圧する。それでも前を向く京太郎の眼に入ってきたのは祭壇の上に横たわる天江衣だ。

 

 だが。

 

「なんだよあれ」

 

 京太郎の目の前に天江衣は二人いた。

 祭壇の上で横たわるカチューシャこそないがいつもの衣と蒼く淡い光で輝き宙に浮く『コロモ』の二人だ。

 宙に浮く『コロモ』と寝転がる衣は光の管のような物で繋がっている。

 だが衣と『コロモ』には大きく違う点がある。『コロモ』が淡く輝いているのもそうだが彼女に巻き付くように八匹の蛇が絡みついていた。

 

「構えよサマナー! 大蛇と聞いていたがヤマタノオロチか! 本来のチカラはまだ振るえんようじゃが今のワシらよりも格上じゃぞ!」

 

 トウビョウの声に反応したのか眠っていた『コロモ』が目を見開き京太郎たちを射抜くような視線で見ていた。

 『コロモ』の周囲に漂うマグネタイトが振り払われると同時に強烈な殺気が京太郎たちに向けられる。

 

「……いくぞ皆!」

 

 『大蛇の化身 アマエコロモ』が放った強大な水撃が戦いの始まりを告げる狼煙代わりとなった。




衣が本章の区切りとなる役割にするのは予定通り。
ステモモのヒロインムーブとカブソは想定外。

ちなみにとーかが爺さん嫌ってるのは斎場での出来事が原因。


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『死と』

書けましたので更新します。
次話を午前中にあげて(これは多分すぐに更新する)エピローグを午後に更新予定です。


 京太郎たちが最深部にたどり着いた時異界の浅層で戦っているハギヨシたちの状況もまた変化していた。

 二体の天使ドミニオンを召喚したフリンがハギヨシと接敵していたのである。

 

「神の威光に従わぬ不浄なる者よ滅するがいい」

 

 二体のドミニオンが発したメギドをメギドラで潰しつつハギヨシは言う。

 

「ようやく前に出てきてもらえましたか。そちらに行く手間が省けて何よりです」

「はっ! 分かってるんだろ? お前がここに居る限りどうしようもないってのはさ!」

「それはどうでしょうかね」

 

 『ミカエルの槍』と呼ばれるテンプルナイトの中でも優秀なものに与えられる聖槍を構え挑発するフリンに、ハギヨシは気にもせずただ微笑むだけだ。

 彼らの傍に誰も居ないのはこの戦いについていける者が居ないことの証明だ。

 ハギヨシ側もフリン側の人間もこの二人の戦いに関われば命がないことを理解しているのだ。

 しかしハギヨシはフリンと二体の天使相手に、隙あらば龍門渕陣営に向かうメシア教信者及び冬獅郎に従うサマナーに向かってメギドラを放っている。このことからもハギヨシがフリンたちよりも実力が上なのは明白だ。

 それを理解してイラつくフリンだがそれで良いと割り切っている。彼の最も大切な役割はハギヨシが最奥へ向かい衣を救出することを阻止することであり、目的は果たせているからだ。

 

「しかし変わったものですね。昔の貴方はもう少し手段を選んでいたと思いますが」

「テンプルナイトですらないただのガキを覚えてたか。もう3年も前になるがなお互い変わるもんだろ」

「ですが……いえ、そうですね。最後までその意志を曲げずにいられるならそれもまた本物でしょう」

「曲げると思うか? 俺の行動は神の御名における神罰よ! ウッドロウ枢機卿もそうおっしゃっていた」

「ウッドロウ、ですか」

 

 表情が曇ったハギヨシだが、それを振り払いドミニオンの首をねじ切りアギダインで肉体を燃やした。

 死亡扱いになったドミニオンに対しもう一体のドミニオンがサマリカームを行使する。これがフリンとハギヨシの戦いで延々とループしていた。なおドミニオンが同時に倒れてもフリンがアイテムで蘇生させるためやはりループは途切れない。

 フリンを狙えば天使が、もしくはメシア教の信者が庇おうとする。ハギヨシ一人では戦況が硬直するのもやむを得なかった。

 

「ただ、一つだけ訂正させてもらいますね」

「あ?」

「確かに貴方は私を足止めできています。ですが既に衣様の元へはもうある方が向かっています。貴方は時間を稼げば良いとおっしゃいましたね? それはこちらも同じですよ。後は貴方と私たち、どちらに運命が微笑むかでしょう」

「お前らに我らが主が微笑むとでも? しかしだれだ? お前の弟子たちじゃそんなことは不可能だろ? あれじゃ実力が足りない……いや、まさか」

 

 フリンが気づいた時、ハギヨシが微笑んだ。

 

「須賀京太郎か!」

「えぇ。テコ入れもさせていただきましたし、ギリギリ戦いにはなるでしょう」

「てめぇ……!」

「おや。そこまで気に入られていましたか。でもそうでしょうね。彼と昔の貴方はよく似ていました。まっすぐ進もうとするその意志は特に」

 

 不器用ながらも前に進み他者を救おうとするフリンをハギヨシは知っていた。

 

「そうだ! だからあいつはいずれテンプルナイトになるほどの器がある。だから」

「ですがそうはならないでしょう。貴方と彼ではもはや違いますからね。貴方が彼を眩しく思うのはそれだけ貴方が深淵に近い者だからですよ」

「……主に選ばれたテンプルナイトである俺を不浄というか!」

 

 ハギヨシの言葉はフリンにとって十分すぎるほどの挑発になった。正しき者を『自認』するフリンである、自分が不浄な者であると言われて許すことは出来なかった。

 

 状況が動いた。そのことにほくそ笑みながらハギヨシは小屋近くに新しく感じる存在に意思を向ける。

 今回の戦いはメシア教とハギヨシにとっては遺憾だが、龍門渕が起こした事件であり、つまりは龍門渕の弱みが現在進行系で作られている。それに気づいた者たちが集い始めたのだ。

 だがそれに気づいてもハギヨシには何も出来ないし対処する立場でもない。彼に出来るのは透華たちと京太郎を信じることだけだ。

 

 *** ***

 

「お久しぶりですよ―、龍門渕さん」

 

 日焼けが原因の褐色肌に小さな体、それとツインテールと着崩した巫女服が特徴の少女が異界に現れ、透華にむかって挨拶をしていた。

 現れたのは彼女一人ではなく、彼女に付き従うかのようにもう一人無表情で黒糖を食べる少女が居る。

 日焼けをしている少女の名前は薄墨初美。もう一人の少女が滝見春である。

 初美の着崩し方は一見すると痴女のように見えるが、透華たちが一切怯まないのは似たようなファッションセンスを持つ少女が傍に居て慣れているからだ。

 ただ周りの人間が慣れているかといえば別で、報告に現れたこちら側についている職員は初美をちらちらと見ている。

 派手好きで目立ちたがり屋な透華だが痴女方面に目立ちたいわけではないので、特に何も思わないが巫女がそれで良いのかと疑問には思っている。

 

「えぇ、お久しぶりですわね。それでなんの御用かしら?」

「いえいえー。龍門渕さんが大変だと聞きまして是非ともお助けしたいと思って参上した次第なのですよ―。萩原さんはどうもテンプルナイトと戦っていて手が離せないみたいですし人手が欲しくはありませんかー?」

 

 人手はほしい。だがこの誘いに簡単に乗るわけにはいかないのが現状だ。

 なにせ彼女たちの目的は龍門渕に恩を売り新たなスポンサーとなってもらうことだ。

 このご時世寺や神社の経営はかなり苦しく、後ろについてくれる存在を求めているのはどこも一緒だ。しかしそれに飛びつく訳にはいかない。ヤタガラスに高い金を払っているし寺や神社に金を別途出しても龍門渕に得することは少なくただ財布に痛いだけだ。大体この事件が落ち着けば後始末のせいで否が応でも財布が寒くなるし、京太郎がまだ依頼を失敗していないのでまだ頼るときではない。

 と、言うわけで透華は巫女たちの申し出を快く断ることにした。

 

「人手は不測の事態に備えてできうるだけ欲しいところではありますが、問題ありませんわ。お心遣いだけ頂きますわね」

「そうなのですかー?」

「えぇ、こちらにも不足を補充する手はありますので」

「了解しましたですよ―。ただ『何が起きるか分かりませんし』念の為私たちも待機してますよー」

「ありがとうございます。それではお茶をお出ししますのでゆっくりとなさってくださいな……。紅茶よりお茶のほうがよろしいですわよね」

 

 透華は春を見て断言した。

 見られていた本人も初美が何かを言う前に深く頷いた。春は黒糖がとても好きだが喉がよく乾く、それに黒糖に紅茶は合わない。

 後輩のその姿に頭を抱える初美だったが内心ではほくそ笑んでいた。

 深奥に潜む存在の力は増大することなく停滞しているが、透華が頼りにしているであろう人間の生体マグネタイトが薄くなっていくのを感じる。どう考えても劣勢でいずれ自分たちの力を必要とすると判断したからだ。

 今のままならどう足掻いても自分たちの思い通りになり、龍門渕は出血を強いる。ただそれだけのことと初美は割り切った。

 

 *** ***

 

 戦いの狼煙が水撃によってあげられたが、両雄激突とはならなかった。

 

「ラクカジャ!」

「タルンダ」

「マカカジャってね」

 

 三体の悪魔による補助魔法がこの場に居るすべての者たちに掛けられた。

 迫りくる水撃に対して京太郎が放ったジオンガは水撃系中級魔法アクエスにより押し切られる。

 

「くそっ」

 

 レベルがいくら高くても補助魔法を掛けたのなら相殺できると考えていた京太郎の目論見は崩れ去り、急いでサイドステップをするも左足がアクエスに直撃した。

 水流の力もさることながら、真に恐ろしいのは恐ろしいほどの水圧だ。アクエスの水に囚われた京太郎の足は一瞬でプレス機に潰されたかように潰れてしまうも、なんとか足を水から引き抜いた。

 

「大丈夫? メディラマ!」

 

 攻撃に当たらないようにハイピクシーは上空におりその位置から回復魔法をかけた。これが単体回復魔法にはない範囲回復の特徴だ。単体回復魔法は対象に近寄らなければ効果を十分に発揮しないが範囲回復は別である。

 回復魔法の光が京太郎の肉体を癒し、潰れた足はなんとか蘇った。

 

 痛みにより少しだけ涙目になりながらも京太郎は仲魔たちに指示を出した。

 

「あの水撃に直撃だけはしないでくれ! まずは補助と防御に徹するんだ。それとあの衣さんに攻撃しても大丈夫なのか?」

 

 普段指示はトウビョウに任せがちの京太郎の指示に驚きながらも皆従った。

 咄嗟に指示を出さなければいけないと京太郎が判断するほどに『アマエコロモ』の力を身を持って知ったのだ。

 

「問題はあるまい。あれは確かに嬢ちゃんの姿をしとるが、異能の力が形作った代物でしかない。むしろ攻撃するんじゃ! 今も少しずつじゃがマグネタイトが集っておる。チカラが不安定な今なら攻撃を仕掛けることでマグネタイトを霧散することもできる。そうせねばいずれ追い込まれるのはワシらの方じゃ!」

 

 だが指示を出している間にも戦況は変化していた。近づいてきた『アマエコロモ』が物理攻撃を仕掛けてきたのである。

 一匹の蛇が大きく口を開きジャックフロストの体を半分食い破った。

 ジャックフロストを『丸かじり』した『アマエコロモ』はそのまま他の仲魔たちも食い散らかそうとするが、それを止めたのはコカクチョウの火炎の壁である。威力は低くマハラギだが『アマエコロモ』は炎を突っ切ることなくその場で『アクエス』を唱えた。

 炎の壁は一瞬にして霧散するも、魔法を放った隙を突き京太郎の短剣による攻撃が蛇の頭を切り落とし、空いたもう片方の腕でジャックフロストを回収した。

 

「ヒホー……。ディアラマだホー」

 

 半分になった体でどうやって声を出しているのか不思議だが、自身にディアラマを使用したジャックフロストは体を再生した。

 そしてその隙に。

 

「ラクカジャ」

「タルンダ」

 

 ハイピクシーとトウビョウによる補助魔法が更に重ね掛けされる。

 

「ジオンガ」

「アギラオ」

 

 京太郎のジオンガとコカクチョウのアギラオが『アマエコロモ』本体ではなく、纏わりつく蛇たちを掻き消した。

 蛇を消すことで物理攻撃の脅威を消そうと画策したのだ。

 だが。

 

「再生……? マジか」

 

 京太郎が先ほど短剣で斬った蛇も合わせて蛇たちが再生していた。

 絶望が頭をよぎりながらも、京太郎は『アマエコロモ』に仲魔たち共に立ち向かう。

 

 

 『京太郎たちは一生懸命戦っている!』

 

 

 だが頑張れば状況が好転するわけではない。

 時が経ち、限界まで補助魔法を掛けたことにより『アマエコロモ』のアクエスをジオンガで相殺できるようになった。

 

『アクエス』

「ジオンガ!」

 

 『アマエコロモ』の口から言葉が発せられた。少しだけノイズがかかったように聞こえるのは衣本人ではないためか。

 だが先ほどまで声を出すことが出来なかった『アマエコロモ』が声を発せられるようになったということは、戦い始めた当初よりも力を得て成長していていることの証明だ。

 

「どうする……?」

 

 全滅も視野に入るほどの状況に焦りながらも考えることと体を動かすことはやめない。

 そのとき苦々しいと言った感じにトウビョウが状況打破の作戦を打ち出した。

 

「サマナーよ、あの嬢ちゃんを起こすんじゃ。恐らく嬢ちゃんが起きればあっちの嬢ちゃんが消えるはずじゃ」

「どういうこと?」

「本来覚醒しとらん嬢ちゃんがあの様に力を引き出されておるのは、あの嬢ちゃんが眠りについて無防備でおるからじゃ。なら起こしてやれば異能の力は霧散し嬢ちゃんに還る。じゃが」

 

 電撃が、火炎が、氷結が、水撃が飛び交うこの戦場が静かなわけがない。

 数多の魔法で壁や床には大きな穴さえ開いている箇所がある。それなのに衣は起きない。

 

「でもでもそれあぶなくなーい? ふつう起きるわよ?」

 

 こそっと近づいてきたコカクチョウの言う通りで、そのことにトウビョウが気づかない筈がない。

 

「じゃが再生までしてくるこの状況じゃ。分が悪くとも一手打ち出さなければならん」

「そっか……」

 

 眠っている衣を京太郎は見た。

 戦いの中で京太郎たちは衣の方へ行くこともないし、攻撃がいかないように注意もしていた。『アマエコロモ』も同じなのだろう、衣の居る祭壇付近だけは破壊されることなく綺麗なままだ。

 だが逆に言えばそれは『アマエコロモ』に衣を傷つける意思がないことを現しており、近づこうとより一層は激しい攻撃が行われる可能性も示唆していた。

 

「それでも、それでもやるしかない。皆、ごめん力を貸してくれ!」

 

 京太郎は懐から『グレイトチャクラ』を取り出し自身を含めた仲魔たちの魔力を回復させた。

 これから無茶をする以上万全な状態にしなければならない。

 

「いくぞ――!」

 

 駈け出した京太郎は真っ直ぐ衣の元へ向かう。

 そんな彼を止めようとするのは勿論『アマエコロモ』。彼女は京太郎の足止めをするために範囲の狭いアクエスではなく、より範囲の広いマハアクエスを使用することを選択した。

 マハアクエスはこれまで使ってこなかったのは本体である『衣』を案じてのものだが、本体の危機と判断し使用を解禁したのだ。

 京太郎は大津波に向かってジオンガを放った。

 タルンダとマカカジャの効果でジオンガはレベル差をひっくり返しモーゼの奇跡と同様に水の中に道を作り出した。

 

「アギラオ!」

 

 アクエスでは止められないと判断した『アマエコロモ』が京太郎に向かう。

 だがそれを遮るのは進路上に発生した火炎の壁だ。

 マカカジャで強化された中級火炎魔法を危険と判断し迂回『アマエコロモ』が京太郎の元へ向かう時間を少し稼いだ。

 京太郎たちは気づいていないがこれが数少ない『アマエコロモ』の弱点の一つである経験不足だ。

 本来『アマエコロモ』には火炎耐性があるため炎は大した脅威にはならないが、それでも回避を選択したのは自身が少しでも傷つくことを恐れたためだ。

 

「ブフーラだホー!」

 

 ジャックフロストの氷の槍が『アマエコロモ』に向けられ放たれた。

 横から迫るそれに気づくのが遅れた『アマエコロモ』は少しだけ反応が遅れ氷の槍が足を消し飛ばした。

 

 その衣の前に雷が放たれた。

 トウビョウのジオンガが行く手をふさぎ、それに業を煮やした『アマエコロモ』はここでようやく邪魔者から消す選択を行った。

 先ほど京太郎に向けられたマハアクエスが仲魔たちに襲い掛かる。

 

「みんな!」

 

 COMPを見て激減する仲魔たちの体力を見て叫ぶ京太郎だが足は止めない。

 例え仲魔たちが倒れてもサマナーが生きてさえいればサマナーの勝利なのだから。

 

 なんとか衣の元へたどり着いた京太郎は衣を揺さぶってなんとか起こそうとするも衣が起きる気配はない。

 それでもただ一つだけ分かったのは、衣の過去を見せた者の思惑だ。

 

「とーさま、かーさま……」

 

 小さくも確かに衣の口から紡がれた言葉と、彼女の目から流れる涙が彼女の見ている夢を京太郎に理解させた。

 それはここに来る前に何者かが見せた光景のお蔭だ。

 

「衣さん、衣さん!」

 

 少女の名前を叫ぶ、揺するも反応はない。

 時間がないと焦る京太郎は衣が抱きしめている物に気づいた。それは『親子ウサギ』のぬいぐるみで。

 

「はっ」

 

 仲魔たちを蹴散らし京太郎の眼の前に現れた『アマエコロモ』は静かに魔法を唱えた。

 

『アクアダイン』

 

 京太郎たちもまだ使えない上級魔法による水撃が京太郎だけを攫い壁に彼を叩きつけた。

 

「ぐ、が、ぎっ……」

 

 足をぺしゃんこにするほどの水圧が京太郎の体に襲い掛かる。

 

「がぽっ!」

 

 肺に残った空気が無理やり押し出されたが出たのは酸素だけではない。赤い血が混じっていた。

 水圧が京太郎の内臓を押しつぶしたと考えるのは容易ですべての肉が、骨が、内臓が押しつぶされていくのを感じながら。

 

「サマナー!」

 

 ハイピクシーの声を聴きながら須賀京太郎の意識は消えた。

 

 *** ***

 

 静かな流れる水の流れと無数の足跡が京太郎の耳に届いた。

 ゆっくりと眼を開けた京太郎の眼に映ったのは大きな川と数多の人の流れだ。

 その誰もが生気を感じさせないまるで死者たちのようで。その光景を見て京太郎は気づいた。

 

「あぁ、ここは」

 

 声を上げた京太郎に一人の色白な肌と髪を持った男が近づいて声をかけた。

 

「死した者よ。ここは終わりを迎えた者たちがまつところ。あの川へ向かい常世の国へ赴くのがお前の最後の役目。さあ行くのだ」

 

 自分は死んだのだと。



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『生の狭間を超えて』

 カロンに連れられ三途の川を歩く京太郎は少し拍子抜けしていた。

 両親よりも先に死んだ子供は賽の河原へ連れられ石を積むという話を聞いたことがあるからだ。

 特に何をしろとも言われないことを疑問に思った京太郎はカロンに問いかけた。

 

「お前は異能者だろう? 下手に鬼をけしかけても逆に殺してしまうだろ」

「迷惑ですね異能者って」

 

 

 

「言うても昔からじゃから慣れたわ。ここの説明をするとな、罪の重さによってわたる河の場所が変わる……見てみぃ」

 

 カロンが指差した方には三つの光景が広がっていた。

 一つは金銀で作られた橋を悠々自適に渡るもの。二つ目は足首ほどの浸かってもふくらはぎぐらいの浅瀬を渡り、最後の三つ目は水の流れが急で大岩さえも流れてくる場所で死者の肉体さえ砕いている。だがそれでも死者が前に進めるのは破壊された先から肉体が回復しているためだ。

 

「橋を渡る人は少ないですね」

「あれは善人が渡る橋じゃからな。残る二つは罪人向けのもんじゃが……異能者はそんなの関係なく渡るだろ?」

「あの岩ぐらいなら殴って壊せますからね」

「全く意味がなくてな。異能者はこうして別の場所で待機させるんじゃよ。まぁ一際重い罪人が来た場合は心を折るために一緒に渡らせたりするが」

「あぁ……自分は酷い目にあってるのに目の前には楽々岩を壊す奴が居るのはきついっすよね」

 

 不思議と、不思議と京太郎の心は爽やかだった。

 衣を救えず仲魔たちを置いて死んだのに不思議な達成感はある。

 よくやったと思う。一般人だった自分があれだけの存在に立ち向かえたと胸を張れると言い切れる。

 

 でも。諦めきれないと思う強い気持ちはまだ残っている。

 

「諦めよ。死は全ての終わりだ」

 

 その意思を打ち砕くようにカロンが告げる。

 自嘲気味に京太郎は笑いその事実を認めようとする。

 

「……そう、で」

 

 けれど、それを否定する声がある。

 

「変わらぬ黄壌という世界に居て耄碌しましたか? カロン」

「ぬ? まーだのこっとるんか。お前ら何十年ここで残るつもりだ」

「もちろん私たちの想いが成就するその時まで。ですが時は来たれりというもの」

 

 その二人の男性と女性を京太郎は見たことがある気がした。

 少しだけ子供っぽい女性は嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめる衣に、男性の方はテレビで見た不遜な態度を取る衣にどこか似ていた。

 

「もしかしてお二人は……」

「はい。初めまして、衣に良くしてくれてありがとう京太郎くん」

 

 衣が幼いころに亡くなったはずの天江夫妻が京太郎の前に現れた。

 死後の世界のためおかしくはないが本来この二人は既に川を渡っているべき者たちのはずである。

 困惑する京太郎を無視してカロンが女性に問いかけた。

 

「おいわしが耄碌とはどういうことだ?」

「きちんと見なさい。彼はまだ完全に死んではいないわ。アクアダインの衝撃で肉体はまだ生きているのに、魂だけが飛びぬけてしまったのです。まだ帰れるでしょう?」

「むむむむ……。確かに……」

 

 カロンをからかう女性たちを尻目に京太郎は眼を見開いてポツリと呟いた。

 

「俺、まだ終わってないのか?」

「見てみなさい」

 

 男が水面に手をかざすと映し出されたのは龍門渕の異界、その深奥である。

 アクアダインの直撃を受けた京太郎をハイピクシーが必死に癒していた。

 『アマエコロモ』は京太郎に確実にとどめを刺すためにアクアダインを放ち続けている。おかげでハイピクシーしか戦線に立てていない現状でも戦線の維持が出来ている。

 

「……俺は」

 

 まだ仲魔たちが戦っているというのに諦めそうになった京太郎は自分を恥じ、同時に無力感に打ちひしがれていた。

 仲魔たちが傷つきながらも戦っているのに手助けをすることさえできない。

 そんな京太郎を見た男はカロンに声をかけた。

 

「カロンよ。彼を現世に戻すならば私たちは川を渡って良いと思っている。だが、少しだけ時間は頂きたい。我が子を救うために」

「ぬぬぬ……ほ? ほんとか? ええぞ、ええぞ! 10年近く残り続け取るんだ。素直に渡ってくれるなら少しの時間ぐらいくれてやるわ!」

 

 と喜んでいたカロンだったが、水面に映る京太郎の様子を見てあることに気づいた。

 

「しかしな、このまま送り返してもまた帰ってきやせんか?」

 

 メディラマでなんとか回復はしているが、それでも京太郎の体は定期的にぼろぼろになっている。

 そんな状況で魂を戻しても、再び魂がここに戻ることになる可能性は確かにある。

 

「それなら考えがあります。アクアダインに少しでも耐えきれれば、という条件付きですけど」

 

 虎の子と言えるアイテムを京太郎は所持していた。

 それを先ほど使わなかったのは使う暇がなかったためだが、言い訳に過ぎない。

 

「耐える方も問題ない。愛する我が子を救おうとしてくれる君にこれを託す。君なら受け入れられるだろう」

 

 男は自身の胸に触れると一匹の光る蛇が出現した。

 ちろちろと舌を出す姿は見方を変えればかわいらしく感じ蛇を飼う人たちの気持ちが少し分かるほどだ。

 

「これは天江家に伝わる呪いであり祝福だ。君が使えば覚醒していない衣と違い確かな力として使えるだろう」

「それ、俺が呪いを受け継ぐことになりません?」

「大蛇が執着しているのは天江家だからその点は問題ないよ。……大蛇が君を気に入ったら天江家のみならず君の血筋も子々孫々執着されるけど」

「やめてくれません!? 結婚できるかはともかくその時は最悪除霊しますよ、うん」

 

 サマナーになるのも、悪魔と共に居るのも問題ないが流石に呪いは勘弁だった。

 拒絶する姿勢を見せつつも、蛇を迷いなく受け取りその身に宿す京太郎に男は少し笑ってしまった。

 

「ふふ。だが君の力になってくれるのは確かだ」

「本来あなたにお願いするのは間違っていると思います。親である私たちが衣を縛る鎖になってしまった……本当はずっとあの子と一緒に居なきゃいけなかったのに」

 

 親が当然抱く想いを。

 

「それは少し違うと思います」

 

 京太郎が否定した。

 

「確かに子供にとって親はそういう存在です。でもいつまでもそうはいられない。いつか離れなきゃいけない。自分の道を選んだその時に」

「君がサマナーの道を選んだように?」

「多分ですけど。はは、子供の戯言ですかね?」

「それが戯言ならそれを言う子に託すことになった大人はなんなのでしょうね」

 

 はははと三人は笑いあい。

 

「それに衣さんの鎖を外すことができるのもお二人だけで、その後もきっと大丈夫です。透華さんやハギヨシさんたちが居ますし!」

「須賀くんも居るからな。……ここは親として娘はやらんと言うべきなのか?」

「いやいや別にもらう訳じゃないです」

「分かっているさ。だがそんな言葉が言える日を夢見ていたんだ。少しぐらい言わせてくれ」

 

 悲しい思いを受けて京太郎は口をつぐんだ。そんな少年の姿を見て男はバツが悪そうに頭を掻いた後にカロンに言った。

 

「さてカロン。約束通り少しだけ時間を貰うぞ」

「おうおう行ってこい! そんでそこの坊主は来るならもっと遅く来い。わしらはこれから忙しくなるでな」

「はい!」

 

 もう死ぬなというカロンの励ましを受けて京太郎は微笑んだ。

 

「須賀くん。手のひらを上に向けて手を出してくれるか?」

 

 京太郎は男の言うとおりに手を前に出した。

 二人の男女は京太郎の手に重ねるように手を出すと光を纏って消えていく。

 

「衣を、大事なあの子をお願いします」

「準備は良いな! さぁ、行くぞ!」

 

 慈愛にも満ちた二人の声に背中を押されて、京太郎は光に包まれた。

 その手には、温かな光が二つ宿った赤い布が確かに握られていた――。

 

 *** ***

 

「サマナー!」

 

 ハイピクシーの必死な声で京太郎は目覚めた。

 今もまだアクアダインによる水圧は京太郎を肉体を責めている。

 

 だが『それだけ』である。

 

 先ほどまで京太郎の体を潰さんとしていた力は霧散するかのように散り、京太郎に有効なダメージを与えられない。

 京太郎は受け取った赤い布を落とさないように懐から取り出したのは一枚の鏡と石だ。

 それを水中で天高く掲げながら力を込めると鏡が割れると同時に力を発揮した。

 

 京太郎と仲魔たちの身を護るように薄い膜が発生し、京太郎に対して使用されているアクアダインに対してすぐさま力を見せた。

 水撃が弾かれ京太郎ではなく『アマエコロモ』に向かって進んでいく。

 だがそれを『アマエコロモ』は腕を振るって難なく防いだ。

 当然の話だ。水撃系魔法に完全耐性を持つ『アマエコロモ』には通じない。

 

「……皮肉なもんだな」

 

 握られていたもう一つの石を『宝玉輪』を京太郎が砕いた。

 

「この事件を起こした奴が渡した道具が窮地を脱するカギになるなんてさ」

 

 それは、初めてフリンと会ったあの日に受け取った宝石だ。使用者と使用者の認めた仲魔の傷や体力を回復させる力を秘めている。

 粉々になった宝玉綸が力を発揮し、ハイピクシー以外の倒れ、動けずにいた仲魔たちの傷を癒やし再起させた。

 

「皆――! 最後だなんて言わないっ! みんなの命をもらう!」

 

 サマナーとして生きると誓った京太郎の言葉は。

 

「ジオンガ」

「ブフーラだホー!」

 

 仲魔たちに確かに届き、再び彼の行く道を作るために立ち上がる。

 

「まったく、情けない。この程度で気を失うとは……」

「おいらは王になり、いずれは神になるんだホー! そのためにも主さんにはずっと生きてもらうホー!」

 

 二体の仲魔たちが壁となるため迷うことなく前に進み。

 

「かんべーん。だけど、サマナーが死んじゃったらここで終わりだからなー」

 

 迷いつつも、自分が生き残るために一体が行き。

 

「むー。まっいっか。支援は任せてー!」

 

 仲魔の一体に不満を持ちつつも妖精が後ろから支援をする。

 そして『ウサギ耳のカチューシャ』を握りしめた『デビルサマナー 須賀京太郎』は迷いなく再び走り出した。

 天江衣を起こすために、ではない。

 一人の少女を繋ぎ続ける鎖を解き放つために――。

 

「ここが切り札の切りどきじゃな……!」

 

 トウビョウが取り出したのは魔力が込められた宝石であり、それを『アマエコロモ』に投げつける。

 それに宿る強大な力に『アマエコロモ』は気づくも時すでに遅しで力が解放される。

 

 ハギヨシも使用する万能魔法『メギドラ』が『アマエコロモ』に襲い掛かる。

 メギドラストーンと呼ばれる魔法の名を冠する石はハギヨシが使用するメギドラ程の威力があるわけではない。なぜなら通常の魔法は使い手の魔力が反映されるが魔法の石にはそれがないからだ。

 それでも万能属性魔法メギドラの威力はいかに『アマエコロモ』でも無視することが出来る力ではない。

 

 すべてを飲み込まんとする神の炎をマハアクエスで包み出来うる限り被害を抑えようとする。

 当然そのためには動きを止める必要があり、その隙をジャックフロストが見逃さない。

 

「ヒー、ホー!」

 

 『アマエコロモ』の足もとから氷柱が出現し化身の動きを止めようと足から胴体に向かって氷が覆っていく。

 マハアクエスを行使しつつ、八匹の蛇でジャックフロストを迎撃するがコカクチョウが楯となり邪魔をする。

 

「うー! 火炎魔法しか使えないからこんなんばっかー!」

 

 行使できる魔法がアギラオ・マハラギ・マカカジャしかない彼女には楯になる以外に役目がなかった。だがそれが重要な役割なのは考えるまでもない。

 

「やるじゃん、メディラマだよー! ガンガン楯になってね!」

「かんべんしてー!」

 

 なんだかんだ役目を果たすコカクチョウにご機嫌なハイピクシーが彼女の体を癒す。

 そして、京太郎が衣の元へ辿り着いた時ついに抑えきれなくなったメギドラが解放された。

 

「伏せて―!」

 

 後ろから聞こえるハイピクシーの言葉を聞いた京太郎は、眠る衣とぬいぐるみのためにその身で楯になった。

 メギドラの爆風が京太郎を攻めるがそれでもなんとか衣の頭に、持っていたカチューシャを取り付けた。

 その瞬間カチューシャから光が溢れ出した。

 

 *** ***

 

『お前が親を殺した』

『お前が居なければ二人は死ななかった』

『お前は誰からも愛されていない』

『お前は……』

 

 暗闇の中、衣を責め立てるのは龍門渕冬獅郎だけではない。

 何も言わないが、彼女を責めるような眼で見ているのは彼女の両親だ。

 助けを求めるように、必死に二人に手を伸ばすも衣の手を取ろうとしない。

 

「たすけて」

 

 そう声を出そうとしても声は出ない。

 ここに居るのは自分を責める冬獅郎と親しかいない漆黒の世界。

 ここは天江衣自身が自分の心を責めるための処刑部屋だ。

 

 冬獅郎の言葉が、衣を責める両親の眼が衣の心と体を糸が絡みとっていく。

 

「あはは! いいわねぇ。この子の悲しみ、恐怖、絶望、とってもおいしいわぁ。メシア教なんてクソみたいなやつらだと思っていたけど、認識を変えなきゃいけないかしら?」

 

 衣の衣に絡みつく糸にぶら下がりながら、妖虫アルケニーが衣からでる負の感情を元にした生体マグネタイトを食していた。

 アルケニーがマグネタイトを奪うことで『アマエコロモ』の覚醒が遅くなっていたのは皮肉な話であった。

 

「あら……?」

 

 暗闇の世界に一陣の光が差し込んだ。

 光の中から姿を現したのは京太郎と衣の両親の3人だ。

 

「あの悪魔は……? 衣さん!」

 

 京太郎は糸に絡みとられ泣き続ける衣の姿を見た。

 

「あら。邪魔者が来ちゃったわけ?」

「あれはアルケニーか! あれが衣の目覚めを妨げていたのか。不味いぞ、あれは今の須賀くんよりもレベルが高い……」

「だからと言って黙ってるわけにはいけないでしょう!?」

 

 ジオンガを放った京太郎だがにやりと笑うアルケニーには全く効いていない。

 

「電撃無効耐性か」

「あはは、万事休すかしら?」

「動きを止めるだけならこれでもできるぞ」

 

 氷結弾をハンドガンにセットすると撃ちだした。

 これでも効かなければ特攻するしかないが、氷結弾を浴びたアルケニーは情けない叫び声をあげた。

 

「ぎぃぃぃッッ!!」

「効いた。お二人は衣さんの元へ」

「ありがとう、京太郎くん」

 

 『須賀京太郎が一生懸命戦っている』中、二人は衣の元へ走った。

 衣の元へ辿り着いた二人は糸を無理やり引きちぎると、衣の両手を握りしめた。

 

「衣、衣……」

「起きて、起きなさい、衣……!」

 

 ゆさゆさと揺さぶる二人の声にようやく反応した衣が目を開き、そして見開いた。

 

「とーさま、かーさま……!」

「あぁ、衣……!」

「よかった。無事で……」

 

 愛する娘の無事を喜び自身を抱きしめる二人にくすぐったそうに眼を細めながら衣は問いかけた。

 

「でもどうして? さっきまで手を伸ばしても何もしてくれなかったのに……」

 

 親と再会できたからかいつもよりも幼い言葉使いをする衣に対して二人は答えた。

 

「一言で言えば奇跡だよ。いろんな人たちが頑張ってくれたからこうして会えたんだ」

「そうなの?」

 

 その問いかけには応えず一度衣から離れた男は頭を下げた。

 

「ごめんな、衣」

「どうして謝るの?」

「勝手にいなくなってしまって、一人にさせてしまった。本当はずっと居たかった」

「……衣が悪いんだ。衣が居たから二人とも死んじゃった」

 

 眼を伏せて言う衣に二人の親が力強く「違う」と叫んだ。

 

「それは違う。違うぞ衣。お前のせいじゃない」

「確かにあの事件はあなたが居たから起きた。でも悪いのはあの事件を起こした人間よ。ねぇ、衣。覚えてるかしら? あの日あなたはなんで私たちと一緒に居なかったの?」

「それは、衣が風邪をひいたから隣の人に預かってもらってたから……」

 

 それが天江衣が助かった理由だ。

 もし衣が風邪をひかず両親と共に出かけていたら同じく命を落としていた。

 

「うん。風邪をひいた衣を連れて飛行機には乗れなかったもの。でもそのことをあいつは、龍門渕冬獅郎は知らなかったの」

「……え?」

「龍門渕冬獅郎はメシア教に多額の寄付をすることで、貴方を殺す手段を取った。でもあの日あなただけは居なかった」

「元々精神的に追い込まれていた冬獅郎は、目的を果たせなかったどころか私たちを殺したことで引き下がれなくなったのよ。だからあなたにでたらめなことを言って信じさせた」

「……それならとーさまとかーさまは」

 

 何かを期待するような、そんな目で衣は二人を見つめる。

 こんな目をさせた冬獅郎とメシア教に対する怒りは出来るだけ抑えて優しい声で断言した。

 

「私たちは何があっても衣を愛している」

「たとえ死んだとしてもね……さぁ、これを付けた姿を見せて」

 

 二人は衣に『ウサギ耳のカチューシャ』を付けた。

 

「お誕生日おめでとう。ずっとあなたに送りたかった言葉よ」

「……あ、あ、あぁ!!」

 

 溢れ出す涙と共に衣に絡み付いていた糸と衣を非難する冬獅郎と両親の幻影が消え去った。

 

「さぁ、衣。目覚めの時だ」

 

 暗闇の世界ではなく、波さえ立たない水の世界に変化した世界で姿が消えていく二人に向かって衣が必死に手を伸ばす。

 

「待って! 衣はいやだ。もう一人になりたくない!」

「大丈夫。衣は一人じゃないわ。あそこに居る男の子を始めとして透華ちゃんや皆がずっと貴方を待っているわ」

「あ……」

 

 その時初めて気づいたのだろう。

 母親が指差す先には圧倒的なレベル差がありつつも必死に戦っている少年の姿がそこに居た。

 

「あの子だけじゃない。透華ちゃんたちもあなたを助けようと必死に戦っている」

「父さんは許さんぞ。と言いたいところだが、分かったろう? 衣は一人じゃない」

「でも!」

 

 それでも離れたくないという衣を諭すように女性が言う。

 

「私たちもあなたとずっと居たいと思う。でもそれは出来ないの」

「……うう」

「許してなんて言えない。それでも私たちはあなたに生きて幸せになってほしい」

「……うん」

「ごめんね、衣……」

 

 涙を流し自分を抱きしめる両親を見て衣は悟った。

 だから、本心を押し殺して衣は言う。

 

「衣は大丈夫。私はひとりじゃないから、だから……」

 

 涙を流しながら、それでも今できる笑顔を精一杯浮かべて衣は心からの言葉を伝える。

 

「とーさまと、かーさまの子供に生まれてよかった。悲しいこともいっぱいあったけど、私はきっと幸せだったんだ。躓くこともいっぱいあると思うけど、きっと大丈夫。だからありがとう。さようなら……」

 

 感謝と別れの言葉を衣が紡ぎ、男女が笑顔と涙を流した時、世界が壊れた。

 

 *** ***

 

 光が収まった瞬間新たに現れた悪魔の存在をハイピクシーたちは見た。

 

「あああああぁぁぁぁぁ!!!! もう少し、もう少しだったのにぃ!!」

 

 ヒステリックに叫ぶ女悪魔はアルケニーだ。

 衣の中から無理やり追い出されたことで、体を構成するマグネタイトがぼろぼろになっている。

 

「サマナー!」

 

 アルケニーが登場した瞬間『アマエコロモ』の動きが止まった。それを見たハイピクシーが京太郎と衣のもとへ駆けつける。

 京太郎たちの周囲を心配するようにくるくる回るハイピクシーに京太郎は手を伸ばしながら声を掛ける。

 

「俺は大丈夫。それに……」

 

 腕の中に居る衣が目を開いた。

 衣の眼に映ったのは京太郎だけでなく、天へと消える二つの光だ。その正体に気づいた衣は目を閉じ祈りを捧げた後に京太郎に声をかけた。

 

「京太郎……衣は」

 

 京太郎がボロボロになってまで自分を救おうとしてくれたことを衣は知っている。実際に今の京太郎も回復魔法で癒やされてはいるが細かい傷が顔についている。

 自分のせいで傷ついたことに罪悪感を感じている衣にただ一言だけ言葉を送った。

 

「おはようございます。衣さん」

「……うん! おはよう、京太郎」

 

 笑顔になった衣を見てホッとしたのもつかの間『アマエコロモ』が京太郎たちの前に降り立った。

 戦闘態勢を取る京太郎を制した衣が自分と同じ顔をした化身に声を掛ける。

 

「分かるぞ。お前は衣の忌むべき力だ。お前が居たからとーさまもかーさまも死んだんだ」

 

 衣の責める言葉を受けても化身の表情は変わらない。

 

「衣はお前が嫌いだった。とーさまたちを殺した自分が嫌いだった。でも……衣は愛されていたんだ。だから」

 

 衣は化身に手を差し伸べた。

 化身はその手を見ると、何かを待つように衣の顔を見た。

 

「お前は衣だ。都合のいいことを言ってるのは分かる。でも少しだけ力を貸してほしい。倒すべきものは、まだ残っている」

 

 化身は迷いなく頷くとその手を取った。

 

『力を貸すじゃない。私はお前の力だ。今の力を維持できるのは少しだけだが残った力を使わせてもらう。それと』

 

 化身は京太郎を見た。

 

『ごめんなさい。お前をすごく傷つけた』

「良いって! それじゃ行こう。これでこの戦いを終わらせるんだ。コカクチョウ、衣さんを頼んだ」

 

 声をかけられたコカクチョウが衣を連れて離れた。

 衣をかばうように抱きしめるコカクチョウを見て京太郎たちは臨戦態勢を取った。

 

「あんたさえ居なければぁ!」

 

 ヒステリックに暴れるアルケニーが京太郎たちに向かってくる。

 勝負は一瞬だった。

 『アマエコロモ』のアクアダインがアルケニーに直撃し京太郎の氷結弾がアルケニーを射抜いた。

 意識もなく体が分解されていくアルケニーを眺める京太郎の横に居た『アマエコロモ』も衣が目覚めたことで体が崩れていく。

 淡く輝く体が半分ほど崩れ去った時。

 

『ありがとう』

 

 化身の伝えた最後の言葉が京太郎の耳に届き戦いは終わりを告げた。




あとはエピローグ。
鶴賀異変あたりの話であと10話ぐらいと書きましたけどほぼほぼ正解だったな。

アルケニー全く出すつもりなかったけど、書いてたら勝手に出てきたっていうか、真1オマージュっていうか。


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第一部:『エピローグ』

とりあえずこれで第一部は終了。


 突如として崩れ去った異界を見て戦いのさなかだと言うのに呆けながら見ていたフリンは我に返ると怒鳴り声をあげた。

 

「どうなってやがる! 計画は、大蛇は!?」

 

 非常事態に荒れるフリンとは対照的に微笑むのはハギヨシだ。

 

「失敗した。と、いうことでしょう?」

 

 荒れるとはつまり隙を晒すことだ。その隙を当然ハギヨシは見逃さない。

 楯となろうとするドミニオンごと貫いたハギヨシの拳はフリンの腹部をも貫いた。

 隙は大きいが当たりさえすればかなりの威力を誇るモータルジハードが決まった。

 

「カハ……」

 

 血反吐を吐き倒れたフリンをハギヨシはただ哀れなものを見るかのように見下ろしている。

 

「に、にげろー!」

 

 フリンの敗北と鬼神の如き強さを見せたハギヨシを見たメシア教徒たちが恐れ戦き逃げ出した。

 その中には冬獅郎側についた龍門渕のサマナーも混じっている。

 

「さて、あとは掃除をして終わりですね」

 

 もはやメギドラすら使う意味はない。

 メギドで一部の蛇を残して殲滅しつつ、敵対したサマナーたちは残らず捕えられるか、COMPを投げ捨て投降するのだった。

 

 こうして透華たちの勝利で終わった抗争を見て、驚きのあまり突っ立っているのは初美たちだ。

 

「マジですか―……」

「役目、なくなった」

 

 春は変わらずぽりぽりと黒糖を口にしているが、彼女に親しい者が見れば驚いていると分かる。

 もはや優勢が決まった戦場を見て初美は肩を落とした。自分たちが出る幕はもうないと悟ったからである。

 

 平時であればここで透華が一言彼女たちに言う所だが、彼女は大切な友達を探しに一たちをボディガードとしてつけて探し回っていた。

 

「衣は……衣はどこですの?」

 

 京太郎と衣の姿は彼女から見えない。だがその代りにある人物を見つけた。

 

「失敗したのか……」

 

 もはや立ち上がることも出来ず虚空を見つめているのは龍門渕冬獅郎だ。

 一たちは彼を縛り上げると、一旦本拠地へと戻った。

 

「わしは、わしは悪くない。すべてはあのガキが……」

「父さん……現実から逃避するのはもう止めていただきたい。あなたの夢想はもう絶対に叶わない。叶えさせない」

「ぐっ。お前は父をなんだと思っているんだ! あの化け物さえ居なくなればいい……それだけだと言うのに」

 

 同情できる事情はあるのだろう。じわじわと首を絞められるかのように死の恐怖を味わうなんて誰であっても嫌なはずだ。

 だからその原因を、根源を断つというのは彼の正義なのだろう。

 しかし、その正義に全ての人が理解できるわけではない。それを悪だと断ずるのは彼の家族であり、もはや冬獅郎を庇う理由は家族としても企業としてもなくなった。

 

「限度がありますわ。お爺様……ハギヨシ連れて行ってくださいまし。顔も見たくありませんもの」

 

 最愛の孫娘にそこまで言われた心境はどうであったか、それを知るのは冬獅郎のみだがハギヨシに無理やり歩かされる弱弱しい背中が言葉以上に物語っているのかもしれない。

 冬獅郎がハギヨシと共に姿を消して数分後、初美たちが帰りの支度を完了した。

 彼女たちがこの場から去ろうとした時、姿を現したのは衣を背負った京太郎だ。で登場するタイミングを計った。

 

「衣!」

 

 京太郎に駆け寄る透華に「大丈夫、眠っているだけです」と京太郎は語った。

 透華は背負われている衣を見ると幸せそうな寝顔を見ることが出来た。

 

「異界で眠りながら異能の力を無理やり引き出されていました。戦いの途中で目覚めましたがそれでも疲れは残っていたんだと思います。異界の核だったドリーカドモンをどけたら眠っちゃいました」

「そうですの……良かった」

 

 安堵に胸をなでおろしたのは透華たちだけではない。

 透や結華、一たちは勿論のことこの場に居ればハギヨシもそうだろう。

 

 京太郎は衣を医療班に預けるとふらつきながらもなんとか椅子に座った。

 激しい戦いの中一度死んで、それでも勝利をつかみ取った彼の肉体と精神は悲鳴を上げていた。

 それでもここまでしっかりと歩けていたのは背中に衣が居たからだ。

 

「依頼、完遂っすね」

「……えぇ。ありがとうございました。須賀さん」

「ははは。良かったです。あ、報酬は楽しみにしてますよ」

「えぇ! 龍門渕の名において相応以上の報酬をご用意しますわ」

 

 そのまま眠りにつきそうな京太郎だったが、戻ってきたハギヨシの言葉でもう少し頑張らなければならなくなった。

 

「須賀くん、申し訳ありませんがもう少しだけおつきあいをお願いしてもいいですか?」

「ハギヨシ。それは今じゃなければ駄目ですの?」

 

 透華からすれば衣救出の立役者を休ませてやりたい心境だ。

 事実、京太郎の頭は疲れからくる眠気で少し揺れている。

 

「申し訳ありません。ですがフリンと会話できるのはこれが最後の機会となりますから」

「会話する必要ありますの?」

「それは彼次第ですね。どうしますか? 須賀くん」

 

 眠気を吹き飛ばすために顔をパンと叩いた京太郎は答えた。

 

「行きます。行かなきゃいけないって気がするんです」

「……ありがとうございます。では行きましょう」

 

 ハギヨシの後に連れられた先には治療もされず瀕死状態のフリンの姿があった。

 治療をすれば助かるだろうが、する必要がないと龍門渕は判断した。たとえ死んで魂だけになっても情報は取得できるからだ。

 

 新たな複数の足音を聞き、フリンが京太郎たちを見た。

 無表情だったのが少しだけ崩れたが、何を思ったのかは分からない。ただ弱弱しいその姿は京太郎にとってとても印象的だった。

 

「何しに来た? 敗北者を嘲笑いに来たか?」

「いえ。最後ですし少しの温情をと。知らない仲ではないですし貴方も被害者と言えば被害者ですから。須賀くん」

「……はい」

 

 温情と聞き京太郎が思いついたのはたった一つだ。

 COMPを操作し悪魔召喚を行う。対象は、天使アークエンジェルだ。

 召喚された天使はフリンの元まで歩くと、彼の前で跪いた。

 

「……失敗しちまったよ」

「見れば分かる」

「そっか……そっか」

 

 短い言葉だが、そこには長年つき添った彼らにしか分からない何かがあるのだろう。

 しばらく彼らを見ていたハギヨシは問いかけた。

 

「今回の件。企んだのはウッドロウで間違いありませんね?」

「それ答える必要あるか? どうせ俺の魂から情報を引き出すんだろ? それで一発だ」

「……そうかもしれませんね。では一つだけ。知っていますか? ウッドロウ・ウィルソンの年齢は150を過ぎているのですよ」

「意外な話でもないだろ。ヤタガラスだって魑魅魍魎の集まりだろうが」

「否定はしません。ですがウッドロウに関しては一つ問題がありまして」

「問題ですか?」

 

 150と言う年齢に驚いている京太郎の問いかけに、ハギヨシは頷いた。

 

「彼らの行っている反魂の法が問題なのです。ウッドロウ一人を蘇らせるために多くの人を犠牲にしている」

「その犠牲も所詮は主を信じぬ不浄な輩を使ってんだろ? なら問題ないさ」

 

 変わらぬフリンの態度に、ハギヨシはメモ帳を取り出すとその内容を読み上げ始めた。

 

「そうですか。ではこれ以降は独り言ですが、ウッドロウが直近で蘇ったのは10年ほど前、とある村を犠牲にして蘇生しました」

「村ですか?」

「えぇ。ただその時一人だけ運よく助かった子供が居たのです。彼はメシア教の穏健派の元ですくすくと生まれ育ち今ではテンプルナイトにまで至りました」

「……は?」

 

 その時初めてフリンの表情が驚愕の色に染まった。

 それに気づきながらもハギヨシは表情一つ変えずに続きを読み上げる。

 

「その子供の名前は『フ』ランク『リン』・ルー……」

「うそだっ!」

 

 血反吐を吐きながら立ち上ったフリンをアークエンジェルが支える。

 フリンの表情には余裕は一切なく、残りの体力さえ無視して言葉を振り絞る。

 

「それじゃ、あれか? 俺は、俺はずっと仇の命令で動いて、いろんな人たちの命を奪って、でも、それは神の意思で、俺は、そんなの」

「……嘘ではない。真実ですよ、貴方を助けたメシア教徒はなんでもないただの人間ですが貴方のことをずっと覚えていたようです」

「うそだうそだうそだうそだうそだ。だってウッドロウ様は、あの方は主のためにと。でもそのために俺の家族は死んだそんなのゆるせないでもおれは」

 

 視点がおかしい。頭を押さえて子供の様に認めたくないと否定し続ける彼にハギヨシは追い打ちをかける。

 

「『アムリタ』壊れることは許しません。あなたは折れないのでしょう? なら、あなたは自分がしたことを抱えて逝くべきです」

「ぐ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」

 

 壊れかけた精神さえもアムリタで回復されたフリンは、そのまま苦悶の表情を浮かべて逝った。

 フリンが逝ったのを皮切りに複数人の顔を隠した者たちが何か光るものを確保し去って行った。

 

 困惑する京太郎に補足するようにハギヨシは言う。

 

「フリンは神のためという免罪符の下非道なこともしてきたのでしょう。私が知る彼はそんなことをする人間ではありませんでした。少なくともアークエンジェル、貴方を連れたフリンはとても真っ直ぐでした」

「……フリンが変わったのはお前と会った少しあとからだ。ウッドロウに呼ばれたフリンの様子はおかしく、問いかけても何も話してはくれなかった」

「話したくなかったのでしょう。あなたとの思い出こそが曇りのない光の日々で、彼が命令を受けてしてきたことはその真逆。あとはもう免罪符を心の依り代にして生きていくしかなくなったんでしょう」

「それがフリンの変貌か……」

 

 その場を沈黙が支配し、打ち破ったのはハギヨシだ。

 

「覚えておいてください須賀くん。今回私はフリンを責めましたが、フリンの行動によって助かった者も居るのは確かです」

「それはそうでしょうけど」

「たとえそれが万人に認められなくても、自分が信じたことを貫くことが出来る者は強いのです。フリンも龍門渕冬獅郎もそれができなかった。でも、今後あなたが生きていく中でそういった人間が現れるかもしれません。覚えておいてください」

 

 忠告ともいえる言葉に京太郎は素直にうなずいた。

 京太郎の様子に満足したのかハギヨシは一言断ってからこの場を去って行った。

 残されたのは京太郎とアークエンジェルで、京太郎は気まずい思いをしながらも天使に問いかける。

 

「あのさ、お前はこの後どうするんだ?」

「……一つ、頼みがある」

「ん?」「私と契約を結び正式な仲魔としてほしい」

 

 京太郎は驚かなかった。なんとなくだけどアークエンジェルが仲魔にしろと言うと思ったのだ。

 

「俺はフリンが死んだ原因の片棒を担いだんだぞ? それでも?」

「私がフリンと契約をしこれまで共に居たのは」

 

 アークエンジェルはかつての出来事を夢想するように空を見た。

 

「彼の理想に惹かれたからだ。どんなことがあっても人を助け自分の様な人間が現れるのを少しでも防ぎ、現れたらその人を助けることが出来るそんな人になりたいと」

「フリンが……」

 

 京太郎の中にあるフリン像は胡散臭い宗教家で現実に負けた者である。

 けれどかつてのフリンには確かに理想があり実現しようとしていた。それは事実だ。

 

「だから、かつてのフリンに似た須賀京太郎の先を見たいと思う。フリンと同じ道を辿るかそれとも……」

「俺と一緒に行くってことはメシア教と戦う可能性があるぞ?」

「フリンを止めることが出来なかった私が言うことではないが、今回のような事件を起こす者たちとは戦える。問題はない……それに」

「それに」

「神の敵となるやもしれんサマナーを知るのも神を護ることにつながるだろう?」

「敵を知り己を知れば百戦危うからず。って?」

「そういうことだ。それにサマナーの近くに居ることは私にとって確かな意義があるのは事実だ」

「そっか。それじゃ止めないよ、よろしくアークエンジェル」

「こういう時はこういうべきか。コンゴトモヨロシク、サマナー」

 

 *** ***

 

 こうして龍門渕異変は終わりを告げた。

 衣の命と日本列島の危機こそあったが、客観的に見れば事件そのものよりもその後の後始末の方が大変だったとここに記しておこう。

 

 まずメシア教についてだが、死亡したフリンの魂から情報が引き出され事件の全貌が暴かれた。

 どこからかもたらされたドリーカドモンによる異界化と、メシア教の個人的なスポンサーとなっていた龍門渕冬獅郎の意向により事件は起きた。

 このことからアークエンジェルの言うとおり、日本で発生しているドリーカドモンを核とした異界発生事件は龍門渕以外で行われていないのは確かである。

 なおフリンを始め、彼の上司でもあるウッドロウと親しい者たちは更迭もしくは処刑され、冬獅郎も含む計画の中心人物たちの魂は転生さえ許されず消滅させられた。

 メシア教が日本からの要請に従ったのは、日本のみならず世界と戦う力はないと判断したためだ。

 

 続いて龍門渕だがフリンの情報から冬獅郎単独の暴走ということもあり、それほど痛手は負わなかった。

 それでもヤタガラス及び関係各所に対して罰金などのペナルティこそあったが、想定していたよりもダメージは少なかった。当然今後の発言力は下がるがそれも時が解決するだろう。

 これには龍門渕を下手に弱体化させてはスポンサーとしての価値が下がる。と考えたヤタガラスの上層部の思惑がある。

 だが今回の事件で冬獅郎側に回った者たちには重い罰が与えられた。

 龍門渕にそのまま属する場合、龍門渕透を始めとした人物たちを二度と裏切れないように従属契約を交わされ、龍門渕から離れると表明した人物たちはヤタガラスが処罰した。

 

 さて、問題は須賀京太郎についてだ。

 サマナーとして生きると表明し事件解決の功労者となった彼だが、運が良いのか悪いのか。名前こそ有名になったがそれほど注目はされなかった。

 それはひとえに龍門渕の情報統制の結果でもあるが、実際のところは『須賀京太郎は確かに事件を解決したがそれはハギヨシが力を貸したからだろう』と勝手に結論付けたからだ。

 たとえばハギヨシが契約している強力な悪魔を京太郎が使役した。と考えたのだ。

 京太郎自身はあっさりとしたこの状況にホッとしていたが、ハギヨシから『全員が全員この結論に至ったわけではない』との忠告も受けていた。

 

 

 

 ここまでの情報を龍門渕の屋敷で聞いた京太郎は、ハギヨシに連れられてフリンが泊まっていたという部屋まで案内されていた。

 ちなみに透華や衣、一たちが姿を現していないのは彼女たちが麻雀合宿に参加しこの場から離れているためだ。

 

「結構片付いてますね」

「滞在していたのは数日ですから汚くなっても困りものですけどね」

「違いないです」

 

 軽口を叩きあいながらハギヨシが手に取ったのは数枚の紙だ。それを京太郎に手渡した。

 

「これは?」

「フリンの持っていたレポートです。ただ、記載していたのは彼ではなく誰かのようですが。ただ須賀くんのためになるのではないかと」

「はぁ?」

 

 京太郎はレポートに眼を通した。

 

【レポート1】

『この世は停滞している』

『そのことに気づいたのはどれほど昔のことだろうか』

『この数百年で人の持つ科学技術は飛躍的なまでの成長を遂げた』

『火を操り、武器を作り、文化を作った。これは畜生にはできず人に許された行為である』

『神が人を創ったのか、人が神魔を創ったのか。それを知るのは大いなる意思のみだろう』

『そして、星をも破壊することが出来るほどの力を得て、仮想世界を構築するまでに至った』

『だがそれだけだ。人が今以上に発展し進化するにはまだ足りないのだ』

 

【レポート2】

『造魔が自分の意思を持ち感情を得たと聞いたとき乾いた笑いが出たのを覚えている。だがそれは呆れではない。歓喜である』

『造魔。人の作りしヒトと魔の混合存在。悪魔の体を構成するマグネタイトから情報を引き出し力を得る者』

『意思を持ち、人の様に選択することが出来る存在になるとは誰も思っていなかっただろう』

『それは新たなる可能性だ。だから私はそれに眼をつけた』

『造魔の核たるドリーカドモン。あれこそが私の理想を、夢を叶えるために必要なもの』

『しかし私の理想を実現するためには通常のドリーカドモンでは核にはなり得ない』

『ならば造ろう、今はまだない何かを作り出す。それは人にのみ許された能力なのだから』

 

 それには何者かの狂気が記されていた。

 顔を上げた京太郎はハギヨシに問いかける。

 

「黒幕だと思いますか?」

 

 言葉の足りない曖昧な問いかけだったがハギヨシには理解できた。

 

「情報が少ないですが、恐らくは『造ったドリーカドモン』こそ今までの事件で使用されてきた物でしょう。そして、これを記したものが黒幕かは不明ですがドリーカドモンを作成した存在なのでしょう」

「なんていうか想像以上にその、大きな事件に巻き込まれてた?」

「かもしれません。何を作り出そうとしているのか分かりませんが、もしかしたら今回の事件さえ凌駕する何かが起きる可能性もあります」

「なら、強くならなきゃですね。今回の事件を解決できたのは運が良かったからだ」

 

 本当なら『アマエコロモ』のアクアダインで死んでいた京太郎だ。その声にはとても強い実感がこもっていた。

 まだ上を見ている京太郎を見て満足そうに頷いたハギヨシは一振りの刀を京太郎に手渡した。

 

「これは?」

「フリンが持っていたミカエルの槍を用いて作成した刀になります。名はないですが、貴方が持っている短刀よりは攻撃力も高いでしょう」

「刀かぁ。使いこなせるかな?」

 

 短刀を使っていたのは京太郎の力量の問題でもある。

 刃が短いため取り回しは容易で駆けだしのサマナーにはぴったりの武器だ。

 

「なら使いこなせるようにならなければいけませんね」

「ですね!」

 

 京太郎は新しく手に入れたカバンに刀を収納した。

 龍門渕からの報酬で手に入れた高級なカバンで小さな異界を作り出し倉庫とする機能が備えられている。

 当然異界を作るだけだと悪魔が湧いてしまう可能性があるが、広さはかなり狭く異界内に結界が張られているためその心配はない。

 

 無邪気に喜ぶ京太郎を見てハギヨシは言う。

 

「須賀くん。覚えておいてください」

「……はい?」

「時々あることです。裏の世界とは全く関係なかった一般人がサマナーとなり世界を揺るがす戦いの中心核となる。このような事件が時として起こるのです」

「世界……」

「私も直接会ったわけではありませんが運命に選ばれた二人のサマナーを知っています。もしかしたら須賀くんも同じかもしれません。くれぐれもお気を付け下さい」

「はは、大げさな気がするけど分かりました!」

 

 そのあと帰ろうとする京太郎にハギヨシが一つ問いかけた。

 

「今日も異界ですか?」

「いえ、少しの間休憩ですね。流石に疲れました。今日はパラケルススのところへ行ってあいつに話を聞かせる日なんです」

「あいつ……」

 

 覚えがないと、珍しく考え込むハギヨシだが答えに行きついたようだ。

 

「あぁ! あの車椅子の。私は良く存じていませんがどのようなご様子ですか?」

「事件の日から少しずつ色んな反応を見せるようになりまして。もしかしたら近いうちに会話できるかもって感じですね」

「それは良かった」

「あと、あの子って元々死んだ子供で、ようやく元の戸籍が見つかったんです。それで名前がやっと分かったので名前で呼べるようになりました」

「そうなのですか? それでお名前はなんと?」

 

 

 

 

「『光』って言うんですよ」

 

 

 *** ***

 

「と、言う訳ですよー」

 

 ロウソクの火が灯った和室の一室で今回龍門渕で起きた事件のあらましを初美が語った。

 この場に居るのは五人で、まず初美に春。そして、霧島神境の姫である神代小薪と石戸霞、狩宿巴だ。

 

「ということは『須賀京太郎』さんが事件を解決したって言うのは本当なんですか?」

 

 初美に質問をしたのは石戸霞である。初美とは同い年なはずだが、いろんなところが同級生である事実を否定する。

 

「ですよー。一応COMPでアナライズしましたがレベルは26でした。こういう時COMPは便利ですねー」

 

 彼女たちは基本的に神道に乗っ取った技能を所持しているが、ただ小薪と彼女に近い血をもつ霞に関しては神降ろしというシャーマン技能も持っており、それで神魔に対処する。

 そんな彼女たちはサマナーではないためCOMPは必要ないのだが、COMPがあれば感覚ではなく数値で実力を判断できるわけだ。

 

「最初感知したときより異界から帰還した時の方が強くなってたので、前線で戦うタイプのサマナーですね。信じられないけどサマナーになってまだ一か月ぐらいですねー」

「一か月! でも前線で戦うサマナーですか。珍しいですね」

「わぁ、すごいですね」

 

 少しぽわぽわした印象を受ける少女こそが『本家の娘』神代小蒔だ。

 見た目と性格では石戸霞がこのメンバーのトップと言えるが実際は小薪の方が立場としては上だ。

 と言っても仕事以外ではあまり意識していないだろうが。

 

「そのことに気づいているのはどれぐらいいますか?」

「龍門渕が力を入れて工作をしてたからそんなにいない」

「春の言うとおりですよー。今回の事件で少なからず名が広がったので龍門渕透華はかなり熱心に勧誘してましたよ」

「その口ぶりだとフリーなんですか?」

「はいですよー」

 

 巴の問いかけに初美は頷いた。

 彼女の言うとおり京太郎はまだフリーのサマナーである。そのため、どこかの組織に獲られないかと透華はかなりひやひやしている。

 

「『まだどこかの組織に属するほどの力はない』らしいです。レベル30もあれば一人前なんですけどねー。見た目は軽薄そうでしたが意外と完璧主義者なんですかね?」

「はっちゃんたちは須賀さんと会話しなかったんですか?」

「そこで龍門渕ですねー。接触しようとしたらやんわりと妨害されちゃいましたよ」

 

 初美が思い出すのは透華たちのガードっぷりである。必死過ぎて春が珍しく笑ってしまうほどだった。

 なお京太郎はアークエンジェルと契約後、倒れるように眠ったので話す機会はどっちにしろなかったのだが、初美たちは帰る前に京太郎について集められるだけ情報を集めてから帰っていた。

 

「あらら」

「龍門渕がそれだけ必死ってことですよ。萩原が居るとはいえ今回封殺されたからこその須賀さんなのですよ」

「もう一枚手札はほしい所よね」

「なのですよー……それでなんですけど」

「どうしたの?」「どうも今回の事件ですがライドウも気づいていたらしくてですね。葛葉も彼のことを知っている様なのですよ」

 

 葛葉はヤタガラスの中でも最も力のある一族だ。

 神を降ろし力を『借りる』のが小薪たちだとすれば、ライドウは『力づくで言うことを聞かせる』存在だ。

 借りるのと力づくで使役するのとどちらが力が上かと言えば、簡単に比較はできないが少なくとも神魔を力で下すライドウは彼女たちからしても頭がおかしい。

 

「陰から少しだけ見てた。すぐにいなくなったけど」

 

 と春が補足するがそれでも面倒なことこの上なかった。

 

「……勧誘するなら少し急がなければなりませんね」

 

「一か月後には帝都で麻雀大会がありますからそのときはどうでしょう? 清澄高校も出場校ですよね? 衣さんが負けたって話題になりましたし」

「ならその時にお会いすることにしましょう」

 

 *** ***

 

 帝都にあるとある古びた屋敷の一室に学生服を纏った一人の男が居た。

 『十四代目葛葉ライドウ』に似ていると言われた彼は、十四代目に習うかのように弓月の君高等師範学校に通い、その衣服を身にまとっている。

 

「我々の出る幕はなかったな、ライドウ。だがあのような少年が居るとはこの日の本の先も多少は明るいな」

 

 この言葉を綴ったのはライドウではなく、彼の前に居る黒猫である。

 業斗童子という名称だが普段はゴウトと呼ばれており歴代の葛葉ライドウと行動を共にしている存在でもある。

 

「……ん? そうだな。運が良かったのだろう。だが運さえつかめない者に先はない。そうだな、一度会話をする必要があると我も思うが……ふむ」

 

 ゴウトが目を通しているのは京太郎に関する情報が記載された資料である。

 そこに書かれている中でゴウトが注目したのは麻雀大会での敗北と部員たちは全国大会に進出したとの情報だ。

 

「ちょうどいい。今から一か月後の大会に応援で来るかもしれん。あぁ、手紙を出しておこう」

 

 ゴウトの言葉にライドウは頷き、最後にもう一つだけ彼に問いかけた。

 

「彼を確実に認識しているのは霧島の巫女、熊倉に、あとは何と言ったか、アレクサンドラと言ったか。そう、あのしつこかった人材マニアだ」

 

 いやなことでも思い出したのか、ライドウは首を振りその時のことを振り切るように立てかけられた刀を手に取り扉を開いた

 

「行こう『十六代目葛葉ライドウ』」

 

 今日も帝都の闇を祓う二つの影が行く。




色んな人の名前が出たけど全員がメイン格になるわけじゃないのでご了承ください。キャラ多すぎると捌けないから仕方ないね。

本作におけるライドウは十六代目です。
十四代目がかなり長生きし、十五代目はCOMPに関する対応などで戦いに関する経験をあまり得られず死亡、そんで十六代目となっております。

にしても巫女組は参戦作品間違えてる。全く違和感ないや。なんか彼女たち原作でも霧島の秘境にワープできるんですっけ?


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第二部:『帝都編』
『いざ帝都へ』



お気に入り登録、感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

今回は誤字無いはず……。無いと良いな。


 

 金属が擦れる音が鳴り響く中で、京太郎は一人立っていた。

 辺りは闇で、なぜか体がふわふわすると思ったとき、ここが夢の世界だと京太郎は気づいた。

 

 左手にはいつも身に着けているガントレットを装着し、右手に持つのは少し形状が変わっているがハギヨシから受け取った刀。着てる服は京太郎の知らないベストとズボンだ。

 

 左手に着けているCOMPを操作するが反応はない。

 無理もない。ここは夢の世界なのだから。

 

 夢のはずなのに自分の意志で動けることに違和感を感じることなく、京太郎は前に向かって歩く。

 

 そして。

 

「おや。君と会うことになるとはね。これも運命かな」

「ここはいつか君がたどり着く場所だ。力があるものは時としてこの様な事が起きる」

「けれどまだその時じゃない」

「忘れないでほしい。これから起きる事件には君一人では対処できないだろう」

「君と、これから出会う人々の力が必要だ」

「願うならば、君が今のまま歩み、この子が悲しまない結末となることを祈らせてもらうよ」

 

 語るのは赤い服に白髪と眼鏡を付けた車椅子の男。

 隣に居るのはなぜだか親しみを感じる女性で、とても儚い印象を受ける。

 

 女性は京太郎の元まで歩くと頭を下げて言った。

 

「あの子をお願いします」

 

 *** ***

 

「……たろ。きょーたろー!」

 

 目を開けた京太郎の眼の前に居たのはウサギ耳を模した赤いカチューシャがトレードマークの天江衣だ。

 京太郎の隣の席に座っている彼女は、京太郎をゆすりながら声をかけていた。

 

「ふわぁ……どうしたんですか?」

 

 寝違えたのか首に痛みを感じさすりながら問いかけた。

 

「東京に着く時には起こしてくれと衣に言ったぞ?」

「そういえばそうでしたね。……東京かぁ」

 

 京太郎たちが乗っているのは龍門渕が貸し切ったバスの中だ。

 バスには京太郎を含めた清澄麻雀部の五人に、龍門渕の五人とハギヨシ。それと鶴賀学園から桃子とゆみが来ていた。

 ワハハこと蒲原たちも東京に来たがったのだが、滞在費の折り合いがつかなかったため辞退した。

 龍門渕透華が「それぐらい出しますわ」と進言したのだが「友達にお金の貸し借りはしたくないぞー」と至極真っ当な意見を言い、透華も納得し引き下がった。

 

「先輩先輩! 東京っすよ、東京!」

「ん? そうだな。久々に来た……いや、夢の国は千葉だったか」

「私は初めてっすよ。中学校の修学旅行は北海道だったっす」

「それはそれでありじゃないか? あの時は新幹線で30分ぐらいで着くと知って驚いたな」

 

 京太郎の席の後ろに居る鶴賀の二人の会話が京太郎の耳に入った。

 なおゆみは受験生のため東京に来て大丈夫なのか? との話も出たが今の成績を維持すれば志望する大学には問題なく受かるらしい。

 これと、麻雀合宿での話を親に話したとき友人の応援にいくならばと交通費と滞在費を出してくれたのが大きい。

 桃子は京太郎と同じ一年生であり、ステルス体質改善のお祝いとして両親からお金を出してもらっている。

 

 なおインターハイの期間だがえらく長い。

 団体戦だけで一週間以上かかり、個人戦を入れれば2週間以上かかる。ホテルにもよるが交通費と滞在費合わせて十万近くかかるのは恐ろしい。

 このことから桃子の両親がどれほど喜んだか分かるだろう。

 

 桃子が後ろからぐいっと顔を出して、京太郎に問いかけた。

 

「京太郎くんは中学校の修学旅行はどこ行ったんすか?」

「んー。どこだっけ、東京じゃなかったけど」

「私たちも北海道だよ、京ちゃん。ほら、例年だと沖縄だけど同じ費用で別のところ行きたいって話が出て」

 

 悩む京太郎に声をかけたのは咲だ。

 彼女と京太郎は同じ中学校出身なのだから知ってて当然だ。

 

「あぁ! あったなぁ。ハンドに集中してたからあんま覚えてないんだよなぁ」

「ふふ。修学旅行中もボールをずっと持ってたもんね」

「先生が言ってたんだよなぁ。『旅行中もボールには触ってろ! 感覚を忘れちゃたまらんからな』って」

「京太郎はハンドボールをやってたのか?」

「これでも県大会準優勝っすよ。そのあと燃え尽きちゃってやめちゃったんですけどね」

 

 なつかしいなーと語る京太郎を見る咲の目はとても楽しげだ。

 一ヶ月前に見た咲の様子は、京太郎から見てもかなりおかしかった。

 その荒れ具合は少し普通じゃなく、今でも思い出せるほどだ。

 

 その話は語るには今から一か月ほど前まで遡る必要がある。

 

 *** ***

 

 龍門渕での戦いを終えた京太郎が倒れたように眠ったのは以前語った通りだ。

 異界鶴賀学園での戦いの時と同じように疲労が原因で次の日も安静にしていたが、鶴賀での事件とは違い日曜日だったのが幸いし学校を休むことはなかった。

 日曜日には透華から衣が目覚めたこと、事件の後始末で報酬を渡す暇がなく時間がほしいとの連絡を受けた。

 京太郎としても今日来てくれと言われても、疲れから体がだるく動きたくないため、彼女の話はむしろありがたい。

 

 しかし京太郎は忘れていた。

 龍門渕の目の前で咲たちとバッタリ会って、桃子と親しげに話をして、ガントレットつけた状態でメイド服の国広一に連行された姿を見られたことを。

 

 咲から見れば訳のわからない行動を取っている京太郎だが、そんなことすっかり忘れて、衣を助けれたことに満足して学校に登校していた。

 基本的に楽天的な性格な京太郎だからこそ一度死んだことも「生きてるから問題ないな」と流すことが出来るのだが、今回は少年の持つ性格の欠点が浮き彫り出た瞬間でもある。

 

 ガラッと教室の扉を開けていつも通り自分の席に着いた京太郎は、COMPを用いて仲魔たちとコミュニケーションを取っていた。

 内容は合体とハイレベルアップの話だ。

 

「結論から言うとアークエンジェルはハイレベルアップしていくって感じか」

「天使の良い特徴じゃな。呪殺が怖いがそこは別の奴がフォローすればいいじゃろ」

「私も出来うるならば天使以外にはなりたくない。経過は妥協しよう。最終的な結果は天使としてほしい」

 

 アークエンジェルが天使のままでいたいと申し出ることは想定済みであり、もともと京太郎は仲魔の意思に従う方針のため了承した。

 

「おいらはキングフロストになりたいホ―。主さんがもう少し強くなれば合体できるようになるはずだホー」

「特殊合体だっけ? 準備はしておくか」

 

 と、ここまでは順調だった。

 この二体に関してはある程度方向性が決まっている。

 天使のまま成長するアークエンジェルと、神とやらを目指すジャックフロスト。後者については強くなりたいと言う意味だと京太郎は受け取っている。

 

 問題はハイピクシーとトウビョウだ。

 

「とりあえずトウビョウはお茶飲める悪魔だな……。どれだよ」

「加えるなら、魔王、邪神あたりが良いぞ。今の邪龍も悪くないが蛇がな……」

「魔王だとキングフロストと被るから別のだな! ……パラケルススと相談しとく」

 

 元々バカンスに来たトウビョウだ。天使にはなりたくない様だが、合体結果に関してはかなり寛容だ。

 続いてハイピクシーだが。

 

「最終的な結果が女の子の見た目の悪魔ならいーよ。あ、でも女王様やローレライやヴィヴィアンにはなりたいかも」

 

 と、これまた範囲が広いため頭を悩ませることになる。

 先ほどハイピクシーがあげた悪魔たちは今の京太郎の倍近いレベルのためまだまだ先だが、指標にはなるだろうか。

 

 彼らの意見を取りまとめ、ノートに記載した京太郎をじっと見つめるのは咲だ。

 何か言いたそうな顔をしているが、勇気が出ないのか切り出せない。そんな感じだ。

 

 時は過ぎ放課後となった。

 いつも通りとなった二つのカバンを持って教室から出て帰宅しようとする京太郎に声をかけたのは、3年の教室から急いでやってきた久だった。

 

「ごめんなさい須賀くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫かしら?」

「いいっすよ」

「ありがと。麻雀部まで来てもらえるかしら?」

「はい。咲も一緒に行くだろ?」

「あ、うん!」

 

 駆け寄ってくる咲と共に、何の用だろうと首をかしげる京太郎は旧校舎の麻雀部へと向かった。

 

 旧校舎の麻雀部には既にまこが来ており、京太郎は彼女に挨拶をするとその辺りにあった椅子に座った。

 

「それで話ってなんです?」

「土曜日にほら、何があったのか聞きたかったのよ。結局土曜日は忙しいって話で打ち合わせ出来なかったの」

「……あ。あぁ! おお! そういえば部長と咲が居ましたね! すっかり忘れてました!」

 

 戦って、死んで、生き返ってと忙しかった京太郎はついに当日の詳細な記憶を思い出した。

 それと同時に今の状況のやばさに気づいた。

 

 嘘をつくのが日常になっている人間ならともかく、準備をしなければ普通の人はへたくそな嘘しか言えない。

 ちょっとつついたら破れるコーティングのようなものだ。

 

 それでも『一に連れられて、衣を助けようと思ったら一度死んじゃいました! でもまだ戻れる状況だったからカロンに手伝ってもらって生き返ったよ! 三途の川で衣の両親と会って親の想いが通じて悪夢に堕ちた衣を救って事件は解決したんだ!』なんて言えるわけもない。

 一般人にこれを素面で言ったなら、病院行けと言われるのが関の山だろう。

 

「あーその……」

 

 言いよどむ京太郎を見て、爆発したのは咲だった。

 

「京ちゃん。本当は何をやってるの?」

「さ、咲?」

 

 『大蛇の化身 アマエコロモ』との戦いでもひくことはしなかった京太郎が、咲の迫力に負けて一歩下がった。

 

「だってそうでしょ? 麻雀が強くなったと思ったらいきなり部活に来なくなって、私が知らない内に誰かと仲良くなってるなんておかしいよ!」

「いや別に俺が誰と仲良くしても問題ないと思うんだが」

「黙ってて! それに変なの腕に着けて」

「へ、変なの……」

「封鎖された道に行くなんてやっぱりおかしいよ!」

 

 仲良くなって云々はともかく、他はぐうの音も出なかった。

 咲の威圧感に圧されている内に、京太郎は冷静になった……なってしまった。

 

「んー……」

 

 咲の怒りを受けた京太郎が冷静になったのには理由がある。

 追い詰められたことで『デビルサマナー京太郎』の意識にスイッチしたのだ。

 咲の怒りさえも受け流しながら、どうするか考えている京太郎に対して、違和感を感じ始めたのは咲だ。

 

 衣からも感じたことのない冷たい気配が京太郎から漂っていた。

 それはこれまでずっと一緒に居た咲ですら見たことのない彼の側面だ。

 

「あのさ――」

 

 京太郎が何かを言おうとしたその時だ。

 部室の扉が大きな音を立てて開けられた。

 

 てっきり優希が来たのだろうと思ったのだが、入ってきたのは予想外の二人。

 

「衣ちゃん!?」

「衣さんに、龍門渕さん?」

 

 どちらが上かは言及しないが姉妹と言われてもおかしくはない、龍門渕透華と天江衣が一とハギヨシを伴って現れた。

 彼女たちの後ろには少し困惑した表情を浮かべる優希たちもいる。

 

「ど、どうして衣ちゃんが?」

「ん? お礼と元気になった姿を見せに来たんだ。感恩報謝、京太郎が居なければ今ここに衣は居ない。困ったことがあったら衣に言ってほしい。報恩謝徳の精神で応えるぞ」

「えーと……」

 

 毒気が抜かれた京太郎の意識が日常状態に変化した。

 咲の知るいつもの京太郎に戻ったのが分かり、人知れず彼女はホッとしていた。

 だがここで新たな疑問が生まれた。

 

「おい犬! お前が居なければってどういうことだじぇ?」

「そ、そうだよ! もしかして土曜日の時のこと?」

「それについては私がお答えしましょう」

 

 京太郎に食って掛かる二人を止めたのはハギヨシだ。

 彼は二人を京太郎からそっと引きはがすと説明を始めた。

 

「実は須賀くんは私どものところでアルバイトをしていたのです」

「え?」

「マジか!?」

 

 初めて聞く情報に京太郎も困惑している。

 龍門渕は一時的な雇い主のような立場になることもあるので間違っていないが。

 

「その繋がりで国広さんと須賀くんは知り合いだったのです。これで一つ疑問は氷解したでしょうか?」

「あ、はい。でも土曜日何があったんですか?」

「そのことについてなのですが、申し訳ありません。あまり詳しいことをお話できないのです」

「そう、なんですか?」

 

 あまりに綺麗なお辞儀に咲も強く出れない。

 

「はい。ただ、人手が必要で約3週間の短い期間ですが、一生懸命働いてくれた須賀くんに無理を言ってお手伝いをしてもらったんです。そこで衣様が大怪我を負いそうになりまして……」

「え!?」

「ご心配には及びません。須賀くんがその前に衣様を救出しました。だから衣様が須賀くんが居なければここに居ないと仰ったのです」

「そっか。京ちゃんが居なかったら怪我してたから……」

「えぇ。今も病院にいらっしゃったでしょう」

「そうだったんだ……」

 

 ハギヨシの説明に納得した咲は何度もうなずくと、笑顔になって京太郎に言った。

 

「お手柄だったんだね、京ちゃん!」

「でも須賀くんも怪我がなくて良かったですね」

「ははは。まぁ衣さんを助けて俺が怪我したら、ほら気に病んじゃうだろ? そのあたりは気を付けてたって」

 

 一度死んだ男のセリフがこれである。

 余裕がなかったとはいえ実際は大惨事だった。

 

「でも鶴賀のステルスさんとはどうして知り合いだったの?」

「……それは」

 

 少し考え込んだハギヨシを止めたのは京太郎だ。

 話の途中で思いついたことがあった。

 

「龍門渕で仕事するようになった帰りにバッタリ会っちゃってさ。なぜか俺は桃子のことを見失わずに見れたから相談に乗ったんだよ。で、そこから仲良くなったんだ」

「そうだったんだ……」

 

 あえてイヤリングのことは話さなかった。知られれば話が大きくなると京太郎でも分かったからである。

 

「それじゃあの小手みたいなのは……」

「趣味です!」

「え?」

「趣味です! 男の子だからな! かっこいいだろ!?」

 

 テンションの高さで押し切ることにした。

 そんな京太郎を見て咲は笑いながら「そういうのは中学校で卒業してよー」と言い「うっせー、いいだろ!」と京太郎が答えた。

 

「でもどうしてアルバイトを急に始めたの?」

「えっと、それはな」

「皆様方の応援のためですよ」

「え?」

 

 初耳の情報がまた飛び出した。

 部活は休みがちだが応援には行こうとしていたため、ここで言われてもあまり問題はないのだが。

 

「インターハイは個人戦も含めればかなり長い時間かかります。そのため滞在費がかなりかかるんですよ」

「……そういえば須賀くんの分の滞在費、部費で落ちるか確認してないわ」

「久ぁ! おんしゃぁ……!」

「あわわわわ。落ち着きなさいよ、まこ。たぶんきっと大丈夫よ。でも全額は出ないかも……」

 

 久を責めるまこを必死に押しとどめてからハギヨシは続ける。

 

「須賀くんも竹井さんと同じ考えでして。インターハイまで一か月以上あるから頑張れば貯めることができると」

「京ちゃん……」

「犬、すまんかったじぇ……」

 

 何やら美談になり胃が痛いのは京太郎だ。

 仲魔からマッカを用いれば格安でホテルに泊まれることはリサーチ済みである。円とマッカでは金の価値が違うため、宿泊費に差が生じる。

 つまり京太郎は軽く応援に行こうと考えていたぐらいで、ここまで感謝の念を向けられるのは精神衛生上かなりきつかった。

 

 こうして京太郎の危機は去り、折角だからと咲、和、衣、透華で麻雀を打つことになった。

 京太郎、ハギヨシ、一の3人以外は実力者たちの対局を後ろから観戦し京太郎たちは少し離れた位置で会話をしていた。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いえいえ。国広さんから須賀くんを連れてきたときの詳しい話を聞いたので、もしかしたらと。間に合ってよかったです」

「ごめんね、須賀くん」

「良いですって。俺なんかさっぱり忘れちゃってましたし。皆さんが来てくれなきゃどうなってたか……」

 

 言い訳するのにグダグダになってこの場から逃げようとする自分の姿を幻視し京太郎は項垂れた。

 何とも情けない姿で、助けになってよかったと一は思う一方で、本当に目の前の少年が衣を助けたのかと少しだけ疑問に感じるほどだ。

 

 それから今後の依頼について二人から話を聞いていると。

 

「きょーたろー」

 

 とてとてと三人に近づいてきたのは衣だ。

 流石に満月ではないため本領発揮とは言わないが流石の実力でトップをもぎ取っていた。

 

「一、タッチだ」

「え? あ、交代ってことだね」

 

 と言って今度は代わりに一が打ちに入った。

 透華と和はそのまま連続で打つらしく、咲は久と交代し「やるわよー」と気合を入れる彼女を後ろから応援している。

 

「お疲れ様です。楽しかったですか?」

「うん! 咲もののかも全力だったが本気じゃなかったしとーかも冷えてなかったが、それでも面白かったぞ」

「それは良かった」

 

 衣にとって麻雀は親との絆であることを京太郎は知っている。

 悲しいこともつらいこともあったが、こうして楽しく麻雀を打てるならとてもいいことだと思えた。

 

「……ふむ」

「どうしました?」

 

 京太郎の胸に手を置いた衣は「とーさまを感じる」と言った。

 それを聞いて思いつくのは一つ。彼女の父から受け取った大蛇の祝福/呪いの力だろう。

 あの時『アマエコロモ』のアクアダインを耐え、魔反鏡を使用できたのは彼から受け継いだ力のおかげで水撃耐性の加護を得ていたからだ。

 おかげで、水圧で身体が全て潰されるほどの威力から体が軋んで大分痛いが耐えられるレベルまで威力が減衰した。

 

「それなら闇の世界で見聞きしたことは決して夢ではないのだな」

「夢みたいな話ですけど、そうですね」

「とーかが驚いてたぞ? ずっと握ってたこれが気づいたらなくなってたーって」

 

 衣が指さしたのは自分の頭につけたカチューシャだ。

 確かに持っていたものが突然消えたら驚きもする。

 

「あはは。確かにいきなりなくなったら驚きますね」

 

 慌てて騒ぐ透華を想起して二人は笑いあった。

 ある程度笑った後、衣は真っ直ぐ京太郎を見て言った。

 

「京太郎はこれからも戦い続けると思う。でも死んだり消えたりしたら絶対許さないからな」

「大丈夫っすよ。そんなつもりは全然ないですから」

 

 別れるつもりがなくても理不尽な出来事が襲い掛かり、離れることがあることを衣は知っている。だから衣は京太郎には戦ってほしくないと思っている。

 けれど自分の気持ちを押し付けてはいけないことも分かっていた。

 

 だから衣が京太郎に出来ることはただ一つ。

 

「うん。信じてるぞ、きょーたろ」

 

 どこかに行ってしまいそうな少年を繋ぎとめて、笑顔で見送ることだけである。

 けれど、どこかに消えてしまっても絶対に見つけてやると誓っていた。

 

 それはまるで蛇のような執着心だが――。

 

 確かな強い想いであるのも確かだった。

 

 *** ***

 

 一月前のことを振り返っていた京太郎は楽しげに話す咲を見た。

 ハギヨシたちが現れて結局言わなかった言葉がある。そのことは覚えているのだが、結局何を言おうとしたのか具体的な内容を忘れてしまった。

 

「着きましたわ!」

 

 と、いきなり声を上げたのは透華である。

 龍門渕は去年大会に参加しており場所を知っている。そのため目立ちたがり屋の透華が目立つために声を上げたのだ。

 実際は目的地であるインターハイ会場である『東京国際フォーラム』に目が行っており、目立っていないが。

 

 その中でただ一人京太郎だけが手元にある手紙に目を落としていた。

 差出人は3名で、ヤタガラスの葛葉と霧島神宮、そして最後は個人の名前で熊倉トシという人物から一度会いたいという旨の手紙が届いていた。

 

「ん? それはなんだ?」

 

 隣に座ってた衣は会場から京太郎へと視線を移した。

 衣も会場を知っているため興味があるわけではない。

 興味を持つのはここで大会が行われることへのわくわくや緊張感を抱く清澄と、叶わなかった夢に思いを馳せる鶴賀の二人だ。

 

「……くずの、は? とーかー! きょーたろーがぁ!」

 

 衣から京太郎が葛葉などから手紙を貰ったことを知った透華はとてもいい笑顔を浮かべた。

 同性である女性陣さえも思わず振り向くような素敵な笑みだったが、京太郎にとっては肉食動物の怒りに見えた。

 

 笑顔とは本来威嚇行為である。それを一人実感するのだった。



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『四方結界』

お気に入り登録、感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

あれだけ確認したのに予想以上の誤字報告を頂き戦慄しました。

それと第二部は一部と比べて投稿は遅くなります。
登場キャラが多すぎて書けることが多くなったせいで色々と悩みどころ。今回の話も5回ぐらい書き直してます。
あと今風邪ひいてるのも原因ですがさっさと直して執筆したいところ。


 インターハイの会場に着いた京太郎たちはここで3つのグループに別れることになる。

 開会式が始まるまで会場前で待機する京太郎、衣、透華、ハギヨシ。

 試合の抽選を行うために会場へと向かう咲たち清澄麻雀部。

 残るは宿泊予定のホテルへ荷物を先に置くためにそのままバスに乗り続ける桃子、ゆみ、一、純、智紀だ。本来は京太郎もホテルへ向かおうとしたのだが、衣たちをよろしくと言われ残ることになった。

 

 さて抽選会の会場は試合会場と同一なのだが、現在会場に入ることが出来るのは出場校のメンバーと引率者だけだ。

 そのため同じく清澄高校麻雀部のメンバーである京太郎も会場へ入ることが出来ない。

 開会式が始まれば会場へ入ることも可能だが、京太郎は衣たちと観客席へ向かうことになる。

 

 ちなみに会場へ入場するには基本的にはチケットを購入しなければならない。

 これは会場費や学生たちの交通費と滞在費を捻出するためと言われている。

 

「団体戦と個人戦に参加する学生は大体250人ちょっととかなり多いですし、解説にアナウンサーやプロ雀士まで呼びますわ。それに会場の設営などを担当するスタッフに物品と案外お金がかかってますわよ」

 

 と透華は言った。

 だがいかに麻雀が人気だからといってそんなに人が来るものか? と京太郎は疑問に思ったのだがこれにも彼女は答えた。

 

「インターハイ参加者は未来のプロ候補。今の女子プロはアイドルも兼ねている者が多くいますから今のうちに物色している人も多いのでしょう」

「なーんか、若者の青春って感じのが、大人たちの欲望で青から黒になりましたね」

「メリットがなければ大規模な大会を開催なんてしませんから仕方ありませんわね」

「それはまぁ、確かに」

 

 さて。若者の決戦の舞台であり、晴れやかな青春が穢されたところでここは帝都である。

 京太郎たちは開会式が始まるまで外で待機している訳だが、会場から彼らと同い年の女子たちがそこそこ出てくるのが見える。

 多くの女子が深呼吸をしたり体を伸ばしたりしていることから大分緊張していて、外の風を浴びに来たのだろう。

 

 じっと見ていると変態扱いされるため、京太郎は女学生から目をそむけ周りをきょろきょろと見回した。

 インターハイの観客をターゲットにした屋台が既にいくつか出店していた。本番は明日からだが開会式の時点でそこそこ人は来る。

 中にはタコス屋があり、後で優希に教えてやろうと京太郎は思った。

 

「おや?」

 

 少しだけ声の枯れた、けれどしっかりとした印象を受ける女性の声が聞こえた。

 その声を聴いた透華と衣は京太郎を隠すように前に出た。

 

「透華ちゃんと衣ちゃんか。元気そうで何よりだね」

 

 灰色っぽい髪を後ろで団子状に束ねた女性が透華たちに話しかけた。

 女性はとてもフレンドリーな様子だが、なぜか彼女たちは警戒している。

 

「え、えぇ。以前お会いしたのは私たちスポンサーを含めたヤタガラスの集会でしたわよね」

「そうだね。県大会予選に敗けて、さらに龍門渕でメシアンが事件が起こしたと聞いて心配したけど元気そうで何よりだ」

「あの事件は身内の恥のような物ですからお恥ずかしい話ですわ。けれど衣も無事でしたし、いつまでも下を向いていられませんから」

「冬獅郎か……昔は良い男だったんだがね。二人は知らないだろうけど、あれでも落ちぶれかけた龍門渕を立て直した傑物だったんだよ」

 

 京太郎の知る龍門渕冬獅郎とは全く異なる人物像が明らかになった。

 時が過ぎるとは良くも悪くも残酷なことなのだと知らしめているようだ。

 

「そうそう。それであの事件を解決した少年とだね」

「あーあー! 申し訳ありませんわ。私たち行くところがございますの!」

「うむ! 申し訳ないが去らせてもらうぞ!」

 

 と、ハギヨシを伴い京太郎の背中を押してこの場から立ち去ろうとする彼女たちを見た女性は首を傾げ、気づいた。

 

「待った。あんたが須賀京太郎かい?」

「え、あ、は、はい! そうっす!」

 

 急いでこの場から去ろうとした二人の動きが止まり、京太郎も無理やり背中を押されていたから体制を少し崩していたがこけるほどではなく、女性の方を向いた。

 

「手紙を出させていただいた熊倉トシです。よろしくね、須賀くん」

「はい。えっと、あー……須賀京太郎です。よろしくお願いします」

 

 『デビルサマナー』と言いかけたが、なんとか押しとどめて挨拶をした。

 あまり外でサマナーと名乗るなと仲魔たちから注意されているためだ。

 

「けれど二人はなんでそんなに警戒してるんだい?」

「東北へ勧誘をしにきたのではないんですの?」

「あぁ! そういうことね。安心しなさい私の目的は違います。もちろん来てくれるのなら嬉しい話だけどね」

 

 納得がいったと微笑むトシはとても若く見えた。

 

「でも私以外からも連絡が来てるってことかい?」

「はい。ライドウと、鹿児島の霧島神社から」

「なるほどね……」

 

 トシは少し考え込んでから透華と衣に向かって言った。

 

「二人とも安心なさいな。葛葉ライドウは勧誘目的ではないわ」

「そうなんですの?」

「彼の目的は事前の策さ。須賀くんの様に急に力を得た子はなぜか帝都で悪事を働くことが多いから、念のため人となりを知ろうとしているのでしょう」

「あ、わかりました。それでこいつはダメだってなったら今のうちに天狗の鼻をへし折るんですね」

 

 京太郎としても納得はできた。

 悪魔関連でなくてもスポーツなどで、人よりもできる子供が調子に乗ることは得てしてあることだ。

 ではなぜ京太郎は天狗にならなかったのかと言えば、ひとえに仲魔の存在とイクティニケ、アマエコロモとの戦いが原因だ。

 上には上が居ることを既に身を持って体験し、折れるほどの長い鼻はない。

 

「私も少し話をしただけだからライドウがどう判断するか分からないけど、大丈夫じゃないかね」

「なら鹿児島の人たちは?」

「間違いなく勧誘さ。本家か分家か判断はできないけど優秀な血を取り入れたいと考えてるだろうね」

「血っすか……」

 

 京太郎には想像できない世界が割と近くにあり空を見上げた。

 彼としてはライドウと会うことが最も大変と思っていたが現実は違うらしい。

 

「鹿児島の子たちみたいに古い家の慣習はどうも抜けないからね。ライドウやキョウジ辺りが相手なら年寄り連中も喜ぶだろうが本人たちが拒絶するだろうしねぇ」

「キョウジ?」

「葛葉キョウジと言ってライドウとは違い各地を転々として悪魔事件を解決してる男さ。以前は実力こそあるが屑男って感じだったんだがこの前会ったときは随分お人よしになったと感じたよ」

「そんなにですの? 私が見かけたときはレイホゥさんと仲良くしていましたけれど」

 

 透華が思い出しているのはヤタガラスに関係した者たちが集まる集会でのことだ。

 京太郎の見た目とは違うタイプの軽さというか古さがあったが、穏やかで人のよさそうな男というのが葛葉キョウジに対する透華のイメージだ。

 

「今はね。昔はレイホゥちゃんから大分相談を受けたけど今はあんなだし時が経って丸くなったのかね?」

「はぁ……って、ん?」

 

 京太郎の体にピリッと痺れる何かが走った瞬間地面が揺れた。

 COMPに手を掛けつつ、しゃがみ込みながら状況を確認する。

 透華と衣はハギヨシに庇われているが、彼と熊倉トシも京太郎と同じく状況を注意深く見守っていた。

 しばらくすると揺れも収まり、京太郎たちは立ち上がった。

 

「普通の地震だったんですかね?」

「いえ、そうではないでしょう」

 

 京太郎の問いかけに答えたのはハギヨシだ。

 彼は辺りを、というより空を見上げながら言った。

 

「一瞬ですが体に異常はありませんでしたか?」

「ピリッと来た感じは確かにありました」

「原因は不明ですが一瞬何かが我々に干渉しました。恐らくはその影響と思われるのですが」

「分からないね。気になるのは一瞬だけど空が歪んだことかね」

「歪んだ? ……まさか結界に異常が?」

 

 原因追究をしている横で頭を傾げているのは京太郎である。

 ピリッときたことは分かっているし、結界のことも言葉としては分かるが状況を理解できていない。

 

「帝都は四方結界という結界を二重に形成していますわ。これのおかげで最近では帝都で起きる悪魔関連の事件はかなり減ったと聞きますわ」

 

 そんな彼に気づいて説明をしているのは透華だ。

 

「四方結界?」

「えぇ。四天王と四神と言って分かりますか?」

「四神の方は青竜とかですよね? 四天王は……」

「四天王はビシャモンテンを始めとする鬼神たちのことです。当初帝都に張られていた結界は四天王による四方結界のみでした。ですが霊的防衛能力を上げるために研究を続けた結果、四天王の結界に影響せず四神の四方結界を形成できることが判明しましたの」

 

 「なるほど」と納得していた京太郎だが浮かんだ一つの疑問を透華に問いかけた。

 

「ビシャモンテンは上杉謙信のお蔭で納得できるんですけど、日本というか帝都に四神ってイメージがないっていうか」

 

 京太郎の中で四神と言えば中国だ。

 そのため中国と帝都が結びつかず四神による結界をなぜ構築するに至ったのか分からないでいた。

 

「え、えっとそれはですわね……」

「勉強不足だな、透華」

 

 しどろもどろになった透華の横から割って入ってきたのは衣だ。

 胸を張って透華の代わりに説明を引き継いだ衣は言う。

 

「確かに四神は中国の神話として有名だが、帝都にも四神の考え方が適用されているんだ」

「帝都にも?」

「うむ。帝都が江戸と呼ばれるようになる時代、徳川家康が南光坊天海と名乗る僧に江戸の設計を依頼したんだ」

「徳川家康ってことはほんと初期の初期に?」

「そうだ。その時に取り入れたのが中国の陰陽五行説にある四神相応の考えだ。四神相応についての細かな説明は省略するぞ」

「そっか。だから四神を元にした四方結界も帝都に取り入れられたと。って不味くないですか? 結界に影響が出たってかなり大事な気が……」

「問題はないだろ。本当に大事ならあの二人がもっと慌ててるからな」

 

 衣が見たのはハギヨシとトシの二人だ。

 色々と話し合っているが慌てている様子は見えない。

 三人の視線に気づいたハギヨシが会話を辞めると二人の見解を述べた。

 

「結界についてですが現在のところ異常はないようです。異常があればもっと慌ただしくなるはずですがその様子も見受けられません」

「四天王か龍脈のどちらかに一瞬異常があったんだろうさ、けれどそのための二重結界だ。あとはヤタガラスが調査を進めるよ」

「そうですか……」

 

 左手に持っていたCOMPを懐に戻した京太郎は一息ついた。

 ひと月前の慌ただしさを思い出したが、先人たちが大丈夫と言うのであれば信じようと心を落ち着けた。

 

「念のためこちらでも情報収集はしてみるよ。須賀くん良ければ連絡先を教えてもらえるかい?」

「あ、はい」

 

 京太郎はCOMPを取り出すと熊倉トシと連絡先の交換を行った。

 念のため一度トシの電話に着を掛け、問題なく繋がることも確認した。

 

「ありがとうね。っと、そろそろ抽選の時間だね」

 

 携帯電話の時間を見ながらトシが言った。

 

「試合の日がこれで決まるだろうから、都合の良い日をあとで教えてもらえるかい?」

「分かりました。今のところは清澄の試合の日以外なら大丈夫だとは思うとだけ」

「分かったよ。それじゃあね、先ほどの異常についても何かわかったら連絡するよ」

 

 京太郎たちは会場へと戻るトシを見送った。

 

「今の私たちに出来ることはありませんし一息つきましょうか」

 

 ハギヨシは日陰に透華たちを誘導すると持ってきたお茶をカップに注ぎ彼女たちに手渡した。

 京太郎も誘われたがお茶よりも、キンキンに冷えた炭酸が飲みたかったのでお断りし近くの日陰におかれた自販機から炭酸飲料を購入した。

 

「でも52校って凄いっすよね。なんていうか多すぎって感じもします」

 

 炭酸水を仕舞ってからインターハイのパンフレットを開いた京太郎が言った。

 抽選会が今日のため、トーナメント表は記載されていないが出場校の簡易的な解説と紹介はされている。

 京太郎が見ているのは先ほど会話した熊倉トシが率いる岩手の宮守高校代表のページだ。

 簡単なプロフィールから、どういった打ち方が得意なのかとかといった麻雀に関する情報まで記載されており簡易的に知るにはとてもいい資料となっている。

 中には当然清澄高校も記載されており京太郎にとってはポンコツな妹分の咲がとてもカッコよく載っているため違和感しかない。

 

「私たちからすれば少ないと感じますが客観的に見ればそうかもしれませんわね」

「衣さんや透華さんが応援してる学校で他にあったりします?」

 

 ぺらぺらと色々なページを見るが京太郎の眼に止まるところはない。

 それも当然で他校に知り合いなんて居ないのだから止まりようがない。ただ、どこかで見たような癖っ毛を見た気がしたが直ぐに忘れてしまった。

 

「……阿知賀だな」

「阿知賀?」

「咲たち以外で応援するならばそこだな。特に大将が面白いぞ、条件が整えば咲すらも超えるやもしれん」

「咲も? そりゃすごい」

 

 パンフレットに記載された阿知賀に関する内容を読むと最も目立っているのは先鋒の松実玄だ。

 団体戦において先鋒はエースであることが多く、彼女の場合ドラを呼び込みやすいのか高めの点数がとにかく派手で記事にはちょうどいいのだろう。

 

 それからパンフレットを閉じた京太郎は衣たちを伴い、軽食を購入後咲たちと合流した。

 まだ試合のない開会式とはいえ彼女たちの晴れ舞台まで刻一刻と近づいている。

 優希にはタコスを与えれば元気になるが、他のメンバーはそうではない。ご飯さえも喉が通らない可能性がある。それでも飲み物ぐらいはと胃に優しい物を選び手渡した。

 

 その後滞りなく開会式は粛々と行われた。

 清澄高校のメンバーが入場した際透華と衣が声を上げて「がんばれ!」と応援したのを見て、京太郎とハギヨシは揃って頭を抱えた。

 けれどこれも時が経てばこれも良い思い出になるだろう。

 

 例え、これから京太郎と咲たちがどんな道を歩むことになるとしても。

 

 *** ***

 

 翌日。

 京太郎の意識を覚醒させたのは部屋の中の空気が一変したせいだ。

 部屋に穴のようなものが形成された瞬間、京太郎は近くに置いてあった『名もなき刀』とCOMPを手に取り構えた。

 

「失礼いたしました」

 

 穴から出てきたのは恐らく女であると声と体型から京太郎は判断した。

 しかしそれが警戒を解く理由には決してならない。

 

「誰だあんた」

「申し遅れました。私は『超國家機関ヤタガラス』から『デビルサマナー 須賀京太郎』への依頼を伝えるため馳せ参上いたしました」

「ヤタガラスの?」

 

 聞く体制はとりつつも警戒を解かない京太郎を見て、満足そうにうなずいた使者は続けて言った。

 

「帝都を守護する四方結界の要に異界が発生しました。デビルサマナー須賀京太郎。貴方には要の一つ、瀧黒寺の異界の破壊をお願いしたい」

 

 帝都で始まる長くも短い戦いの舞台の幕が今あがろうとしていた。

 





補足
瀧黒寺なんて現実にはないぞ
⇒結界ってことで本当はデビルサバイバー1を参考にしたかったが、四天王全員の居場所が分からず断念し真4F側を採用。でもこっちは五色不動だから違う気もする……うーむ。というかシリーズ通して四天王のフットワーク軽いなって思った。

江戸の四神云々
⇒これも諸説あるようですが本作では採用。




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『契約』

ストーリー構成のためにインターハイの日程を確認してましたけど、二週間近くは流石に長すぎやろと思う次第。

そういえば有珠山高校がキリスト教系の学校なんすよね。だからなんだというわけではないですが。

あと姫様の能力少し勘違いしてた。あの子安全におろせるのが9柱の女神で最悪それ以上おろせるから霧島神宮の九面とは無関係なのね。


 帝都で四天王が座する場所は四つある。

 教青院にジコクテン、白乗院にコウモクテン、瀧黒寺にビシャモンテン、南赤寺にゾウチョウテン。

 ヤタガラスの使者いわく、この四つ全てに異界が発生しているとのこと。

 本来帝都での事件はライドウが担当するべきだが、ライドウは一人しか居ない。そのため同時に4カ所に異常が発生している現状ではサマナーに依頼を出すことで早期の解決を図ることにしたようである。

 

 「納得していただけましたか?」と言うヤタガラスの使者に対して京太郎は首を横に振った。

 

「なんで俺なんですか? 信用度で言えば俺ってかなり低いですよね。ライドウが俺に会おうとしていたのは、俺が信用できるかどうかの確認のはずですよね?」

「それはたしかに。ではまず一つ目、貴方が選ばれたのはライドウがあなたを指名したからです」

「俺を? それこそおかしいじゃないですか」

「あなたが龍門渕で起きた事件を解決したことをライドウは知っています」

「そりゃそうでしょうね」

 

 あの事件がなければ京太郎自身の名前は広がらなかったのだから当然だ。

 

「当時のあなたと天江衣。それに龍門渕の関係は深い物ではありません。それにも関わらず危険を覚悟し助けに向かった時点で心根の正しい人間であることもまた理解していたと」

「ん? それならなんで俺と会おうとしてたんですか?」

「最終的な確認と縁を結びたかったのでしょう。実際話さなければ分からないこともあります」

「最終的な確認だった、と?」

「後は発生した異界に住む悪魔の強さが問題です。現状帝都に居るサマナーでも対応できる者は数少ないのです」

「強さが問題? どれぐらいのレベルなんですか?」

「最小限の確認ですが神樹ハオマ、妖鬼フウキの存在を確認してます」

「ハオマにフウキ……。確かフウキは覚えがあります」

 

 京太郎が思い出すのは悪魔合体を行う際にパラケルススから見せられた合体結果だ。

 中には実力が足りず合体できないのも含まれるが、その中にフウキが居るのを覚えていた。

 妖鬼フウキはレベル49の悪魔で、今の京太郎のレベルでは合体を行うことは出来なかった。

 龍門渕異変からレベルが20ほど上昇しているがまだ50の大台には乗っていない。

 本来は50になってもおかしくないペースで異界に潜っていたのだが、事情がありこれ以上のレベルアップは不可能であった。

 

 京太郎は少し考えたあと、この話が本当か裏を取ることにした。

 

「疑って申し訳ないんですが、確認とってもいいですか? 龍門渕の透華さんとハギヨシさんは分かりますか?」

「慎重なのは良いことです。ですが出来れば急いで頂きたい」

「分かりました。えっと……」

 

 COMPから透華を、プライベートの電話機からハギヨシに電話を掛けた。

 1コールが終わることなく電話に出たのはハギヨシである。

 

『須賀くんですか?』

「はい。朝早くすみません。実は……」

 

 自称ヤタガラスの女から伝えられた情報をハギヨシに伝えると、次第に声色が固くなっていくのが分かる。

 ハギヨシは未だ電話に出ない透華を起こしに行くと言い電話を切ると、それから10秒ちょっとの時間が経過しCOMP側の通話が有効になった。

 

『須賀くん。そのヤタガラスの女性と電話を代わって頂けますか? COMPではない電話機を渡してくださいね』

「了解っす」

 

 京太郎は通常の電話機をヤタガラスの女に手渡した。

 COMPからはドタバタと騒がしい音が聞こえてくるが透華が必死に身だしなみを整えているのだろう。

 

『須賀くん、聞こえますか?』

 

 COMPから聞こえる声に「はい」と答えた。

 

『その女性を信用して頂いて構いません。今こちらでも確認を取りましたが確かに四天王が祭られている四つの要に異界が発生しているようです』

「異界があるのが普通って訳じゃないですよね?」

『えぇ。四天王は要に建てられた本堂にいます。そこで結界を維持しているため異界なんて必要ありません』

「分かりました。なら依頼を受けてさっさと異界を……」

『須賀くん』

 

 このままの勢いで電話を切ろうとした京太郎をハギヨシが引き留めた。

 

『結界はあくまで外部からの悪魔の侵入を防ぐものであり、異界が現世に発生するのはおかしな話ではありません。ですが、4カ所同時となれば話は別です』

「やっぱそうですよね」

『今回の件、もしかしたら件のドリーカドモンが関わっている可能性があるのと、もう一つ……須賀くんは人間と戦った経験はまだありませんね?』

「はい」

 

 これまで京太郎が戦ってきたのは悪魔だ。

 フリンや冬獅郎にメシア教団の人間たちとも敵対はしていたと言えるが、それでも戦ったのはハギヨシたちであり京太郎ではない。

 

『ドリーカドモンが原因なら今回の異界発生は人為的なものです。そのことをよく考えてください』

「……分かりました」

 

 ハギヨシの言いたいことは京太郎も理解していた。

 例え京太郎が人を傷つけたり殺したりすることに抵抗があっても、相手がそうであるとは限らない。

 迷っている内に大事なものが傷つけられたり失ったりすることもある。人を相手に戦うと言うことはつまりそういうことだ。

 

『人は時として悪魔よりも恐ろしい存在となります。では、お気をつけて』

 

 京太郎の心に楔を打ったハギヨシは電話を切った。

 いやな汗をかいていると実感している京太郎はCOMPを机に置くとヤタガラスの女に言った。

 

「報酬をお聞きしても?」

「多量のマッカもしくはマグネタイトをご用意しています」

「なら……マッカでお願いします」

 

 依頼の報酬は多くがマッカもしくはマグネタイトで支払われる。

 報酬がアプリや、アイテムの場合もあるがマッカや何かと多用するマグネタイトの方が応用がききやすい。

 中にはパラメータを上昇させるお香といった非売品が報酬の場合もあるが、そんな依頼が多くあるわけがない。

 

「ヤタガラスの依頼をお受けします。なので……一旦外に出ててもらえます?」

 

 女は京太郎の服装を見た。

 半袖のTシャツに短パン。どう考えても寝巻である。

 女性は頷くと風呂場へと移動した。外へ出て行くつもりはないらしい。

 京太郎としても覆面を付けた女を部屋から追い出すつもりはないのでちょうどよかった。

 

 人を殺すことになる可能性を今は頭から追い出して京太郎は身だしなみを整えた。

 何時ものベストとズボンにハンドガンと刀を持った京太郎は、ヤタガラスの女が作った空間の穴を通り瀧黒寺の異界へと向かうのだった。

 

 *** ***

 

 瀧黒寺の異界に足を踏み入れた京太郎はCOMPから仲魔たちを呼び出した。

 京太郎が強くなったように、当然仲魔たちも強化されている。

 

「んー! 久々の異界。がんばろ、サマナー!」

 

 ハイピクシーは女神イシュタルに。

 

「鬼神ビシャモンテンの居る異界か楽しみだな。この破壊神アスラの力試す時が来たか」

 

 ジャックフロストは破壊神アスラに。

 

「ビシャモンテン倒す気かい。結界がぶっ壊れるじゃろ」

 

 トウビョウは魔神プロメテウスに。

 

「禍々しさを感じるな。気を付けろサマナー」

 

 アークエンジェルは天使ドミニオンへとそれぞれ変化している。

 フリンに従っていたのがドミニオンだったため、最初は彼の存在に京太郎も警戒したがそこまで恐ろしいと感じないのは契約の力かはたまた共に戦った時間か。

 他はあまり変わっていないが、アスラがやけに脳筋になってしまい京太郎は困惑している。

 

「禍々しさか。やっぱあのドリーカドモンだと思う?」

「辺りに漂うのは冷たいマグネタイトだ。可能性はある。だが絶対とは言えん」

「まずはビシャモンテンとの接触が優先じゃな。まぁドリーカドモンが原因なら見つけてこわしゃ問題ないんじゃろうが……」

 

 何か歯切れの悪いプロメテウスにどうしたと問いかけた。

 

「よく分からんが上司がつまらん顔で帰ってきての。見込み違いだとかなんとか……」

「んー。よく分かんないけど、こっちに関係ありそう?」

「分からん。びっくりするぐらいフットワーク軽いから関係ある気もするしないような気もするし」

 

 頭を悩ませているプロメテウスにイシュタルが角で突き、じいさんは飛び跳ねた。

 

「なにすんじゃい!」

「今は先進もうよ。止まってても意味ないもん」

「然り。往こうぞ、主よ」

「うん。それもそうだな。なにかわかったら教えてくれよ」

「言えることは、じゃけどな……」

 

 背中を抑えるプロメテウスに余った魔石を使用して癒しながら歩く。

 サマナーになって2か月とはいえ異界の探索は慣れたもので襲い掛かる悪魔たちを薙ぎ払いながら京太郎たちは先へ進む。

 

 プロメテウスのマハラギオンが神樹ハオマを薙ぎ払えば、天使パワーだった時に会得していたジャベリンレインで妖鬼フウキを撃ち倒す。

 京太郎たちは1ヶ月前よりも確実に強くなっていた。

 幻魔クー・フーリンをアクアダインの水圧ですり潰した京太郎は手に持っている名もなき刀を鞘に収めた。

 

「結構広いな。レベルも高いしこれが長野にあればなぁ……!」

「されど我らの敵ではない」

 

 ティタノマキアで妖獣マンティコアを粉砕したアスラが言う。

 

「これだけ合体を繰り返してきたわしらがそう簡単にやられるはずもないからの」

「うんうん! でも強いと感じたのは久々だねー」

 

 京太郎たちの愚痴の原因は異界のレベルについてだ。

 この1か月で多くの異界を踏破してきた京太郎だが全てが全てうまくいったわけではない。

 その理由の一つが発生する異界に住む悪魔たちの強さである。

 

 レベル40まではかなりのハイペースで強くなっていたのだが、それ以上の強さを持つ悪魔の居る異界が中々見つからなかった。

 ハギヨシもこれ以上強くなるには組織が管理する異界でなければならないと言うほどで、龍門渕はそんな異界を保持していないし、組織に属しているわけではない京太郎に教えることもない。

 結局時々出現する異界で戦い続け今の強さになったがこれ以上強くなるのは難しく、今回の異界攻略は京太郎たちとしてもありがたいものだったのは確かだ。

 

 そうしてたどり着いたのは大きな扉の前だ。

 力任せにこじ開けるとそこに居たのは赤い肌に金色の鎧を付けた悪魔、鬼神ビシャモンテンであった。

 

「……サマナーか」

「えぇ。あなたがビシャモンテン?」

「そうだ。我こそ四天王が一人ビシャモンテンぞ」

 

 京太郎の問いかけに答えたビシャモンテンから圧倒的なまでの圧力が京太郎に叩きつけられた。

 かなりの強さに至っている京太郎にも『1人では』敵わないと思わせるほどの力がビシャモンテンにはあった。

 自分に一歩も引かない京太郎を見て楽しそうに笑うも、先ほどまでの覇気はどこへやら。完全にしぼんでいた。

 様子のおかしいビシャモンテンに本物かと疑いを持ったのはプロメテウスだ。

 

「本当にビシャモンテンか? ぬしは」

「言いたいことは理解している。だが四天王と名乗ったところで今の我はただの牙の抜けた飼い犬よ。みてみぃ」

 

 ビシャモンテンが冥界破を放とうと右腕を振りかぶった瞬間、腕がボロボロと崩れ落ちてスキルを打つことは叶わない。

 それを見た京太郎は慌てたようにイシュタルに回復するよう命じると、回復魔法の暖かな光に触れたビシャモンテンの腕が復元した。

 

「今のって……」

「契約でな、この力を人に振るうことは出来んのだ。例外は確かにあるがこのざまよ。昔であればサマナーよ、貴様のような強者の力を試しもしたが……」

「契約でそれも叶わないか」

 

 ドミニオンも今のビシャモンテンの境遇に同情したのか慈悲の念を見せている。

 それがビシャモンテンを傷つける行為だとしても、仕方のない話だ。

 

「……そっか。でもあんたの試練なら受けてみたかったな」

「そう感じる貴様なら楽しいものであったと思うぞ。最初は一体ずつ四天王と戦い最後は我々全員と戦うというものでな」

「へぇ! それはいいな。あんたたちと戦えればもっと強くなれるだろうからなんか惜しいな……」

「一つ問うても良いか?」

「ん?」

「何故力を求む? それだけの力があれば十分ではないのか?」

「んー……」

 

 少し考え込んだ京太郎は思いつく理由をあげていった。

 

「アスラの願いをかなえるためかな」

「仲魔のか?」

「神になりたいって言うから破壊神を選択したんだけどこれじゃない! って。でその悪魔を合体して仲魔にするには俺のレベルが足りない」

「それだけか?」

「この爺さんの本体を呼びたい。強くなったのにまだまだじゃのぅ~ってさ。最後は……」

 

 京太郎が思い出すのはこれまでの戦いだ。

 今ならアマエコロモとも死なずに戦えるだろうが、実際のところあれはまだ全力という訳ではない。少しずつ力を取り戻していたがそれでもまだ上があり話によると京太郎よりもまだ強いという。

 

「だからまだ強くなりたい。理不尽に対してってのもあるけど、もう死にたくないしな」

「そうか」

「そうだ。異界が出来た原因って分からないか? 俺はそれを破壊しに来たんだ」

「そうだな……」

 

 ビシャモンテンは自身の後ろを指差した。

 

「本堂の裏から多量のマグネタイトの塊が存在する。恐らくはそれだろう」

「それが分かっていながら対処しないのは契約が原因?」

「契約に異界の破壊はない」

 

 短いその言葉に現状に対する不満がひしひしとつまっている。

 無理もないと京太郎は思い、それでも最後にひとつだけ問いかけた。

 

「怪しいやつとか見なかった?」

「先日に本堂の裏に集まる多数の人影があった。だが顔などは覚えておらん」

「そっか。十分だ、ありがとな」

 

 頭を下げて礼を言い、京太郎は本堂の裏に向かう。

 そんな京太郎を呼び止めたのはビシャモンテンだ。

 

「先程我らの試練を受けれないのが惜しいと言ったがその言葉に偽りはないな?」

「もちろん」

「そうか……では約束しよう。時が来れば、我はお前と相対し戦うことを。その時のために貴様の名を教えてもらえるか」

 

 思ってもみなかった言葉に驚いた京太郎は笑いながら自身の名を答えた。

 

「長野から来た須賀京太郎だ。その時が来るのを楽しみに待ってるよ」

 

 約束の時なんて来ないだろうと京太郎は思っている。

 試練と言っても四天王との戦いだ。それで万が一四天王が倒されれば結界に異常が出る。そんな危険な行為をヤタガラスが許すはずがないからだ。

 それでも約束をしてしまったのは、ビシャモンテンの現状に同情したからかもしれない。

 走り去っていく京太郎の背を見て、一人残ったビシャモンテンはその場に座り込むと言った。

 

「デビルサマナー須賀京太郎……。安心すると言い、成就の時は近い」

 

 破壊される異界の中で鬼神の言葉は掻き消え、その言葉に反応する者は誰も居なかった。

 

 *** ***

 

 本堂の裏にあった『ドリーカドモン』を破壊した京太郎は仲魔たちを送還をしていた。

 破壊されたドリーカドモンにはやはり子供のミイラが内包されていた。

 1ヶ月前の事件で異界を発生させていたドリーカドモンと同一と見ていいだろう。

 京太郎は瀧黒寺の入り口まで移動した京太郎は入り口で立っているヤタガラスの女に異界の破壊の報告と中の様子を語った。

 

「依頼の完遂を確認した。報酬を受け取ると良い」

 

 女に渡されたのは多量のマッカとソーマと呼ばれる回復アイテムだ。

 「これは?」と問いかけると女は「コンゴトモヨロシク」という意味だ。と答えた。

 

「だがそれだけではない。それだけこの依頼は重要でお前はそれを成しとげた。それだけのことだ」

「そんなものですかね……? 一つだけ良いですか?」

 

 ビシャモンテンが現状の契約に不満を持っていることを女に話した京太郎は、試練を受けることはやはり不可能かと問いかけた。

 女は「当たり前だ」と答え気にかける様子も見せない。

 京太郎は予想通りの答えが返ってきたなと思うぐらいで「そうですか」と言った。

 

 異界も破壊されこの場に留まり続ける理由もなく、女はいつの間にか姿を消していて京太郎も装備をカバンに仕舞った。

 心配しているであろう透華たちに依頼の完遂を報告し壁に背を預け考え事をしていた。

 四天王の四方結界は確かに必要なのだろうが、あれほど自由を奪う契約に今までの事件で感じた理不尽さと似た何かを感じていた。

 考えても答えの出ない問題を打ち切ると京太郎は携帯を取り出して自分の位置を確認した。

 

 現在の時刻は朝の9時。

 起こされてから2時間以上経過しているがまだまだ朝の段階だ。

 清澄の第一試合は8月7日であり、今日と明日に関しては時間が空いており10時から練習をすると連絡を受けている。

 京太郎が練習に出る意味合いは薄く、今日はフリーと言って良い。地図アプリを見ながら自身の宿泊場所へのルートを検索しながら近くの喫茶店へ足を踏み入れるのだった。




物語が進むのは次話ぐらいから


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『暗躍する者たち』

お気に入り登録、感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

いつもより本話何時もより長いです。


 瀧黒寺の異変破壊の同日。

 京太郎が姿を現していたのは新橋駅だ。その理由は彼が寝泊まりをしているホテルがこの近辺にあるためである。

 咲たちと京太郎の泊まる宿泊地が異なっているがその理由は単純で、彼女たちの宿泊施設ではマッカが対応していないためだ。

 

 ちなみにマッカに対応している宿泊施設は基本的にヤタガラスと繋がっている。

 一般サマナーからすればあまり関係のない話だが、ダークサマナーと呼ばれる存在からすれば居場所が把握される危険性があるため注意される。

 ダークサマナーとは悪魔の力を悪用する者たち全般を指す言葉だ。

 中にはヤタガラスを挑発するためにわざわざ泊まる猛者も居るがそんな変わり者はそう居ない。

 

 京太郎はホテルへ戻る途中にケーキでも購入しようと考えていた。

 朝から叩き起こされた脳が糖分を欲しているのもあるが、仲魔や練習中の部活仲間のためでもある。

 プライベート用のスマホで近くのケーキ屋を検索していた時、懐にいれていたCOMPが震えた。

 一旦スマホをしまい、COMPを取り出すと画面には熊倉トシの名前が表示されていた。

 何の用だろうと京太郎は一瞬考えたが、彼女が京太郎に連絡してくる件と言えば先日の地震か日程決めの件のどちらかだと考え、清澄と宮守の試合日を思い出しながら電話に出た。

 

 

「京太郎です。熊倉さんですか?」

『須賀くんかい? よかった、通じてくれたか……!』

「熊倉さん?」

 

 電話越しに感じる安堵と焦りにただ事ではないと京太郎は身構えた。

 

『いきなりで申し訳ないが今から言う場所に発生した異界に来てくれないかい? その異界に囚われてしまったんだ』

「囚われたって大丈夫ですか?」

『なんとか結界を張って持ちこたえてるけど札も残り少なくてね、悪魔も集まってくるし……急いでくれると助かるよ』

「分かりました。どちらに行けばいいですか? 俺は今新橋駅近くです」

『新橋か。案外近いね……築地市場方面へ来てくれるかい? 座標は送るよ』

 

 通話が切れ、送られてきたショートメールにはとある地点の座標データが添付されていた。

 京太郎はタクシーを捕まえると、座標の近くまで移動した。

 

 *** ***

 

 異界の入り口前まで来た京太郎は装備を整えてから仲魔を呼び出してから異界に突入した。

 

「エストマ効くかな?」

「んー。使ってみるね」

 

 イシュタルがエストマを使用した。

 エストマは悪魔の出現を抑える魔法だが、出現した悪魔を消去する力はない。

 基本的に悪魔たちは下剋上を狙い相手がどんなに強くとも向かってくる。

 エストマはそんな悪魔たちの闘争本能を抑えることが出来る魔法と言えるが、当然格上の悪魔に影響はない。

 

「それじゃ急ごう」

 

 異界を駆ける京太郎たちの目に入った悪魔は地霊ティターンや邪神バフォメットといった悪魔たちだ。

 それらは京太郎も長野で見たことのある悪魔たちであり、撃破したこともある。

 つまり、ここの異界は京太郎たちのレベルよりも低い悪魔が出現する異界の証明だ。

 

 エストマで近づいてこないとはいえ、進路をふさぐ悪魔は居る。

 そんな悪魔たちを刀で、魔法で消し去りながら進む京太郎たちの前に複数の悪魔が何かに群がっているのが見えた。

 悪魔がその何かに剣を振り下ろそうとしたとき、悪魔の顔が炎で燃えた。

 

「悪魔たちと戦ってる? あれはアギか?」

 

 京太郎は仲魔たちに指示を出し全力で悪魔たちが群がる場所まで向かうのだった。

 

 *** ***

 

 京太郎が現場に到着する少し前の話だ。

 結界を張り悪魔の悪意からその場に居た全員を守っているのは熊倉トシだ。

 熊倉トシの実力であれば自分の身を守るだけなら、目の前に居る悪魔のどんな攻撃を受けたところで彼女の結界はびくともしなかったはずだ。

 問題は彼女が守ろうとする人の数が11人と多く、それだけ広範囲の結界を維持しなければならなかった。

 つまり結界を維持するトシの体力が少しずつ少しずつ削られている。

 さらに時間が経つにつれ悪魔が増え、増えた悪魔がトシの結界を一心不乱に攻撃し続けた。

 結果、頑張って耐えていたがついに体力の限界が訪れ彼女の結界が壊された。

 

「あんたたち早く逃げな!」

 

 破壊された結界の影響で吹き飛ばされながらトシが叫んだ。

 

「先生!」

 

 宮守の女の子たちが結界が壊され弾き飛ばされたトシの元へ向かう。

 打ち所が悪かったのか意識を失った彼女を長身の少女が背負いながら悪魔たちから逃げようとする。

 

 その近くでティターンに剣を振り下ろされそうになっている少女の姿があった。

 自身を殺そうとする殺気に体が竦み動けない彼女の前に立ちふさがったのは妹の松実玄だ。

 

「お姉ちゃんは私が守るんだ!」

 

 体が震え、心が恐怖に支配されてもなお姉のために妹は立ち向かう。

 それでも『戦う』という選択ができない玄に運命は微笑まない。

 

 だから。

 

 涙を流し、体が震え、それでもなお自分を守ろうと奮い立つ妹の後ろ姿を見て、目の前の敵に立ち向かうことを選択した姉の松実宥に運命の女神は微笑んだ。

 

「玄ちゃんから離れて!」

 

 玄の前に立った宥は、普段から考えられないほどの強い感情と意志がこもった言葉と共に手カバンを悪魔に向かって振るった。

 少女の力に手カバン。それでも戦うことを選択した宥は、自らの内から湧き上がる力を無自覚ながら解き放った。

 

「ゴォォォ!!??」

 

 威力は低くアギ。

 けれどそれが顔面に直撃すれば悪魔とてたまったものではない。

 剣を落とし顔の炎を振り払うために暴れるティターンの腕が宥の体に直撃し、玄とぶつかり共に吹き飛ばされた。

 

「宥さん! 玄さん!」

 

 姉妹の危機にポニーテールの少女が叫ぶも倒れて動けない少女たちにはどうすることも出来ない。

 炎を掻き消したティターンが、自らを傷つけた宥を睨みつけ今度こそとどめを刺すために剣を手に持った。

 

 一歩ずつ近づいてくる死の足音にせめて妹だけはと玄を抱きしめる。

 ぶぉんと音を立てて振り上げられた剣が宥の視界に入った。

 

「くろ、ちゃ……」

 

 ゆっくりと振り下ろされてくる剣を邪魔したのは圧倒的なまでの水量だった。

 

「ぐ、ヴぉ!?」

 

 水に囚われたティターンは慌てて抜け出そうとする。

 しかしそれは叶わない。まず地霊の持っていた剣が砕け次に地霊の体が圧縮されていく。

 

 何が起きているのか全く把握できない宥は突然妹とは違う人肌を感じて、最後に彼女が見た物は。

 

 輝かんばかりの光だった。

 

 *** ***

 

 アクアダインの一撃で消滅したティターンを見ながら、京太郎は抱えた少女たちをパンフレットで見た阿知賀の面々の元に連れて行った。

 宥と玄を横たえた京太郎は気絶している二人の様子を確認するが、宥の腕が折れているぐらいで玄には傷がない。

 二人とも痛みと恐怖で気絶したのだろうと結論付けた京太郎は懐から石のようなものを取り出した。

 

「君は一体……」

 

 前髪が特徴的な身長の高い女性が驚きと困惑に支配されている中、京太郎は取り出した石を女性に渡した。

 

「話はあと。これをその人たちの傍に置いておいてください」

「え、いや、でも」

 

 困惑する女性の代わりに石を受け取ったのはツインテールの少女だ。

 

「……これ、置いておけばいいのよね?」

 

 多少びくつきながらも受け取った石を少女は宥たちの体の上に置いた。

 

 京太郎が渡したのは悪魔が好んでほしがる魔石というアイテムだ。

 これは使用することで多少の怪我を癒すことも出来る力がある。

 

 京太郎は周りを確認すると破壊神アスラが宮守高校の面々とトシの近くに居る悪魔たちを駆逐していた。

 

 アスラの形相に悲鳴を上げる彼女たちの元まで向かった京太郎は声をかけた。

 

「俺は須賀京太郎と言います。さっき熊倉さんと話していたのは俺です。こいつは俺の仲魔ですから心配しないでください」

「須賀って確かに先生が電話してた……大丈夫なの?」

 

 その大丈夫には色々な意味が込められてるんだろうなと内心苦笑いしながら、京太郎は魔石を取り出し抱えられているトシの上に置いた。

 

「それを置いておけば大丈夫です。あとはすぐに済みます」

 

 彼女たちから離れた京太郎の両腕から多量の電撃が放たれる。

 マハジオダインと呼ばれる全体上級魔法が辺り一面の悪魔たちを薙ぎ払い、ドミニオンのメギドが蹂躙する。

 残った少量の悪魔は京太郎が抜刀した名もなき刀の錆となり、仲魔たちの振るう力によって全滅した。

 

 その場に居たすべての悪魔が全滅したことを確認した京太郎は、イシュタルにエストマの再使用を命じながらも一息ついた。

 

「先生、大丈夫ー?」

「大丈夫さ。ありがとうね、豊音」

 

 トシの声が聞こえたため彼女たちの方に振り向いた京太郎は、弱弱しくだがそれでもしっかりと歩いているトシを見てホッとした。

 

「熊倉さん。大丈夫っすか?」

「あぁ、すまないね。助かったよ」

 

 COMPでステータスを確認すると、体力よりも魔力が減っていることに気づいた。

 京太郎はバッグからチャクラポットを取り出すと熊倉に手渡した。

 

「ありがたいけど良いのかい? 結構貴重だよ?」

「問題ないっすよ。グレイトチャクラとかまだあるので」

「そうかい。それじゃありがたく」

 

 熊倉がチャクラポットで回復している間にこの場に居る面子を確認する。

 この場に居るのは12人。

 熊倉トシ率いる宮守高校の5人と、衣が応援すると言っていた阿知賀高校の5人と彼女らを率いている女性の一人だ。

 その中で京太郎が注目したのは見るからに冷静なツーサイドアップの少女だ。

 責任感が強いのかもしれないが、自分のことで精いっぱいな他の子たちに比べて大分冷静に見える。

 

 それから暫くの間京太郎たちはこの場にとどまった。

 本来はすぐにでも異界から脱出するために動かなければならないが、今は宥と玄が倒れており男手がない現状運ぶのも大変だ。

 仲魔を使えばいいという考えもあるが、自分たちを襲ってきた悪魔と同じ存在が友人を抱えて運ぶことを許しはしないだろう。

 この状況で行くか留まるか悩んだ京太郎だが、幸いエストマもあるし休憩した方が良いとトシが提案したことで、ここに留まることにしたのだ。

 

 辺りに敵対する悪魔が居ないにもかかわらず空気が重く感じるのは、仲魔たちもしくは京太郎自身を彼女たちが怖がっているためだ。

 幾ら自分たちを助けてくれたとしても、自分たちの命を脅かした存在を軽く屠る人間と化け物が傍に居れば怖いのは当然だ。

 そんな空気を打ち破るかのように、仲魔たちと警戒をしていた京太郎に声をかけてきたのはポニーテールの少女だ。

 

「あの、ありがとう!」

「気にするなよ。感謝するなら熊倉さんにだ。あの人が居なきゃ俺はここに居ないんだし」

「そんなことないよ。ほら、私たちを助けてくれたから。それに、君が来てくれなかったら宥さんたちだって。でも凄かったんだよ、化け物相手に立ち向かったんだ」

「……化け物に立ち向かった?」

「うん!」

 

 少女の言葉で京太郎はあの時出ていた炎が覚醒した少女によって生じたものだと気づいた。

 今すぐにでも確認したかったが、目の前の少女を気遣って冷静な態度に努めた。

 

「そっか……」

「うん。でも二人とも本当に大丈夫なの?」

 

 普通の人間相手になら十分すぎるほどの回復力を持つ魔石を使用しているため安心だが、丁度いいタイミングだと京太郎はCOMPを見た。 

 COMPで二人を対象にアナライズした。

 松実玄は問題ないのだが、少女の言うとおり松実宥のステータスには玄とは違い『アギ』の二文字が記載されている。

 

「これで体調とか確認できるんだけどやっぱ大丈夫だ。今は少し眠ってるだけだって」

「ほんと? よかったー」

 

 少女がホッと胸をなでおろしたとき、京太郎に「あのさ」と声をかけてきた女性が居た。

 

「私は赤土晴絵。この子は鷺森灼。よろしくね」

 

 女性の後ろにはショートカットの少女がおり、小さく頭を下げた。

 

 晴絵が挨拶をしたとき、ポニーテールの少女が「あ」と声をあげた。

 

「そっか。自己紹介してなかった。私は高鴨穏乃。で、こっちのは親友の新子憧って言うんだ」

「こっちゆーな。新子憧よ、よろしくね」

 

 ツーサイドアップの少女が京太郎から少し離れながら言った。

 穏乃曰く、あまり男子には慣れていないのが原因らしい。

 それを知った京太郎は「そっか」と一言だけ言った後に「須賀京太郎です」と自身の名を語った。

 

「あーごほん。でさ、君には私たちを助けてくれて感謝はしてるんだけど一つだけ教えてくれる?」

「なんですか?」

「君が水と雷を操っているように見えた。で、同じように宥も炎を出してた気がするんだ」

 

 あの状況で自分はともかく宥のことをよく見てたなと感心しながら問いかける。

 

「……俺が出したって可能性は?」

「ないな。やるならもっと強い炎を出せるというか、水を当ててるでしょ?」

「ははは……正解。なんというか、よく見てましたね」

「体は動かなかったけど大事な教え子だよ。みんな無事かそりゃ辺りを確認するよ。怖くて体は動かなかったけどさ……」

 

 大人の自分が動けなかったことを彼女は悔やんでいるのだろう。

 京太郎は晴絵にかける言葉もなく、宥のことについてどう説明しようかと悩み始めた。

 

「宥って言ったかい? あの子もその子と同じで戦う力に覚醒した異能者なんだよ」

 

 そんな京太郎に手を差し伸べたのは熊倉トシだ。

 彼女も自分の教え子を連れて京太郎たちに近づいてきた。

 

「異能者? オカルト使いではなく?」

「オカルト能力で戦えるかい? 根源は同じかもしれないが出力が全く違うんだ」

 

 オカルト能力を把握していてそんなに驚くことなのかと京太郎は首をかしげた。

 彼からすればオカルト能力と異能の違いはあまり分からない。

 

「異能に覚醒する条件はいくつかあるけど、重要なのは戦う意思を持つことさ。話は聞いたよ、その子は妹さんを守るために戦おうとしたんだね」

「なら私も戦えれば覚醒できるんですか?」

 

 晴絵からすれば教え子たちを守る力を得れるならと欲っしているのだろう。

 だがトシは彼女の目をじっと見て首を振った。

 

「なぜ!」

「できるのかい? 自分の命を軽々しく屠るやつ相手に立ち向かうなんてさ」

「……この子たちのためなら、今度こそは」

「命の話だ。今度なんてないよ。実際さっき動けなかったろ? 言葉で言うのは簡単だが実際行動するのは難しいんだよ」

「それは……」

 

 晴絵は口をつぐんで黙った。

 実際のところ覚醒できると知っていても死ぬ可能性があるのに立ち向かえるものは限りなく少ない。

 

「それであの子はどうなるんですか? もしかして須賀くんみたいに戦うことになるんですか?」

「勘違いしないでくれよ。選択権は本人にある。日常を選択しても問題はないよ、能力を封印とかはするけれどね」

「そうですか……。あれ? でも君は?」

「俺は自分の意思で戦うことを選択しているので気にしないでください」

「そういうことさ。安心しな」

 

 日常に帰れると聞いて胸をなでおろした晴絵と阿知賀の面々は喜び合っていた。

 

「そういえばなんで阿知賀と宮守が一緒に行動してるんですか? もしかして前から知り合いだったり?」

「私と晴絵はそうだね。でも一緒に行動するようになったのはたまたまなんだよ」

「たまたま?」

「この子たちは東京に来るのが初めてでね。好奇心が疼いて練習に身が入らないから、夕方まで東京観光をすることになったんだがそのとき私が晴絵を見かけて声をかけたのさ」

 

 そうして阿知賀と宮守は行動を共にするようになった。

 彼女たちが出会ったのは午前11時頃で、昼の時間にはなったが人も多いし少し時間を遅らせてからご飯を食べよう。なんて会話をしていたらしい。

 

「そんな時だったよ。突然二人組の男女が私たちの前に現れてね『殺しはしない。我らの役に立ってもらうだけだ。なに、心配することはない。君たちは天国より素晴らしい光景を見るだけだ』と言ったんだ」

「天国より……?」

「言葉の意味はよく分からないけど、女の方が持っていたのさ。ドリーカドモンを」

「ドリーカドモン……またっすか」

「またって言うと?」

「四天王の結界の要に異界が発生してたんですけど、そこもドリーカドモンがありました」

「偶然……とは軽々しく言えないね」

 

 二人とも少しの間考え込んだが、当然答えは出ずトシは思考を諦めて話しかけに来た目的を果たすことにした。

 

「本当は別日に紹介するつもりだったんだけどね。私からお願いしようとしていた依頼の関係者でもあるこの子たちのことを紹介するよ」

 

 一歩横にずれて一番前に居たのは白い髪でなにやらぼーっとしている少女だ。

 

「小瀬川白望だ。頼りなく見えるけど麻雀の腕はとてもいい」

「よろしく……」

 

 次に前に出てきたのは衣並みに低い身長を持つ子だ。

 

「鹿倉胡桃だ。子ども扱いすると怒るから気を付けるんだよ」

「よろしくね」

 

 胡桃は胸を張って挨拶をした後だるがって動きが鈍い白望を後ろから押して下がっていく。

 

 トシの言葉に思い出したのはやはり衣だ。

 身長が低く歳相応に扱われないのがやはり気に食わないのだろう。

 衣との付き合いで経験があるためこの子が一番付き合いやすいかもしれないと京太郎は結論付けた。

 

「エイスリン・ウィッシュアートだ。ニュージーランドからの留学生でね、あまり言葉がうまくないから絵でコミュニケーションをとるんだ」

 

 京太郎よりも淡い金髪と耳にマジックペンを持っているのが印象的な彼女は、一生懸命イラストボードに絵を描き京太郎に見せた。

 ボードには頭を下げる人の絵が描かれており、彼女も同じように頭を下げた。

 

「よろしくおねがいします。絵、すごくうまいっすね」

 

 京太郎が挨拶と共に絵について述べると、エイスリンはボードのイラストを描き換えて再び見せた。

 ボードには頬を紅くして照れるエイスリンが描かれており、彼女は絵と同様頬を紅く染めていた。

 

「で、これがうちの部長の臼沢塞だ。地味かもしれないがオカルト使いにとってはこの子が一番厄介かもね」

「……先生、試合に勝ち進むとこの人の学校と試合することになるんだけど?」

 

 おかっぱに団子頭が特徴の彼女はトシをジト目で見ていた。

 

「二回戦ですっけ? 流石に言わないですって。というかどう伝えろと? いつの間に知り合ったんだー! って怒られちゃいますって」

「あはは。なら信じようかな、それと今日はありがとう」

 

 手をひらひらと振って塞は下がった。

 

 京太郎は彼女が副将だと知っている。

 オカルト使いにとって厄介ということは阻害系なのだろうが、彼女の対戦相手はデジタルマシーンこと原村和である。

 生粋のデジタルウーマンが相手になることが分かっているため、彼女の力は清澄には意味がないだろう。

 

「それで最後に姉帯豊音。一度見たら忘れないかもね」

「よろしくねー」

「俺より身長高い女性見たの二人目ですけどこれだけ離れてるのは初めてっすね」

 

 一人目は井上純である。

 衣が純と京太郎どっちが身長高いんだ? と疑問を提示し春の身体測定での結果京太郎の方が身長が低いことが発覚した。

 

 ちなみに豊音だが、京太郎にじっと見られるのが恥ずかしいのか帽子を深くかぶって照れている。

 純がカッコいい系だとするなら、豊音は大型犬だがカワイイと形容するのが正しいか。

 

「依頼内容についてはまた今度話すよ。今日、明日とかでどうにかなる問題じゃないからね」

「分かりました」

 

 そこで話を区切ったとき、女の子の声で「う、ん……」と聞こえた。

 声の発生源を探すと、身動ぎしている玄から発せられていることが分かる。

 

 京太郎とトシたちは離れた場所で彼女のことを見守っていると、目を覚ました玄が小さな欠伸をしながら起き上った。

 

「はわぁ……。あれ、皆なんでここに?」

「ここにじゃないわよ! よかった……本当に無事だった」

 

 憧が大声を上げた後に安心したのか座り込んだ。

 事態が把握できていないのか首をかしげていた玄だったが、悪魔たちに襲われたことを思い出したのか跳ねるように立ち上がると「お姉ちゃん!」と叫んだ。

 

「お姉ちゃん! お姉ちゃんは!?」

 

 その取り乱しようは普通じゃないが、肉親が死にかけていたのを知っていれば当然の反応か。

 隣で姉が眠っていることを知った玄は必死にゆすって起こそうとする。

 

「待ちなさいって! 無理に起こそうとしない方が良いわよ!」

「でもおねえちゃーん……」

 

 玄の涙が宥の頬を伝って流れたとき、宥が目を開けて「くろちゃん?」と呼んだ。

 

「お姉ちゃん!」

 

 「よかったよー」と抱きしめながら泣く玄を愛おしそうに抱きしめ返しながら、宥は周りを見回した。

 

「え、っと。私死んじゃいそうになって、水が来てそれから光が……」

「どこも痛い場所はないかい?」

「は、い。んと少し腕が痛い……?」

「『魔石』じゃ回復力が足りなかったのかしらね?」

「」

 

 『魔石』と言ったのは憧だ。

 京太郎はそれを聞き逃さなかったが、懐から魔石をもう一つ取り出して宥に手渡した。

 

「わっ、あったかぁい」

「それを痛む場所の近くにやってください。そうすれば治るはずです」

「えっ、あ。男の子?」

 

 少しだけビクッとした宥を庇ったのは玄だ。

 宥は子供のころの記憶から男子を少し苦手としており、玄もその時のことを覚えている。

 そのため突如現れた男から姉を守ろうとする妹の形になるのは当然だった。

 

「安心しなさい。私たちを救ったのはその子さ」

 

 トシの言葉を聞いた二人は顔を見合わせてから周りに問いかけた。

 

「え?」

「本当に?」

 

 この場に居る京太郎以外の全員が頷いた。

 それから慌てたように頭を下げて謝ったのは玄だ。

 

「あのごめんなさい!」

 

 京太郎は「頭をあげてください」と言った。京太郎からすればかなり居心地悪い状況だ。

 

「知らない男が居たら警戒するのは当然ですって。それに新子さんみたいに男が苦手って感じがしますし守ろうとするのは当然ですって」

 

 いい気はしないけれど、だからといってそれを責めるような性格ではなかった。

 もう少し知った仲であれば冗談交じりに責めるような口調でおどけたかもしれないが、彼女たちとはまだそんな仲ではない。

 

「それより歩けそうですか? 早くここから出ないと不意の事故はあるもんですから」

 

 京太郎が思い出すのは悪魔から不意を突かれて胴体を真っ二つにされた時だ。

 リカームがあったから無事だったものの、油断すればどんなに強くてもあっという間に死に向かう世界だと身を持って経験していた。

 

 京太郎の言葉を受けた時、宥に渡した魔石もその力を失い粉々になった。

 

「あっ、これごめんなさい!」

「気にしないでください。消耗品なんで。それにいっぱいあるんで大丈夫っすよ」

 

 京太郎は両手いっぱいの魔石を見せた。

 悪魔との交渉で渡したりするため魔石のストックは十分に持っている。

 それから宥と玄の二人は受けて数歩、歩いたりぴょんぴょん跳ねたりしたが大丈夫と答えた。

 

 ただ一つだけ異常があったとすれば宥が「暑い」と言いながらマフラーを外したことだろう。

 

「うぇ!?」

 

 と驚いたのは玄だ。

 マフラーだけでなく手袋も取ると「ふぅ」と言いながらぱたぱたと仰ぎ始めた。

 驚いているのは阿知賀のメンバーもだ。

 マフラーと手袋をつけていても十分厚着のため、暑くても当然だろうと考えた京太郎は彼女たちに問いかけた。

 

「だ、だって宥さんいつも厚着してるし暑いなんて言わないのに……」

「うん。びっくりしたわ……」

 

 面々がぽかんと口を開けて驚いている中、トシが言う。

 

「覚醒して炎の力が強まったせいかね?」

「そんなことってあるんですか?」

「さてね。オカルト能力が体調にまで及んでいたんだ、覚醒してデメリットが消えていってるのかもしれないね。あとで検査もしようか」

「なら早いこと異界からでないと、ですね。それじゃ行きますか」

 

 京太郎を先頭に全員が異界を歩く。

 後退ではなく前進を選んだのはトシたちが居た場所が異界の深奥に近い場所だからだ。

 イシュタルのエストマがある以上、悪魔たちが京太郎に近づくことは稀でありこの異界の悪魔たちなら異界の主が居たとしても京太郎とその仲魔なら即時に撃破できると考えたためである。

 危険な選択ではあったが、実際道中の悪魔たちは京太郎たちに攻撃を仕掛けてくることはなく、異界の主も予定通り撃破することが出来た。

 それから発見したドリーカドモンを破壊し京太郎たちは現世へと帰ることに成功した。

 

 *** ***

 

 異界の破壊により現世へと帰還した面々は安堵の表情を浮かべていた。

 これから覚醒してしまった宥や彼女たちに色々と説明をする必要があるため少々忙しい。

 けれどそれはヤタガラスの職員や自分の仕事だとトシは言い、京太郎はここで解放されることになった。

 報酬については明日の朝に京太郎へ送る予定だとも付け加えた。

 

 京太郎がこの場を離れ、トシが電話を手に取りヤタガラスへ連絡を取ろうとした時だ。

 甲高い女の声が辺りに良く響いた。

 

「話が違うじゃないか……! 今帝都に居るサマナーで厄介なのはライドウと霧島神社の巫女ぐらいだって言ってたじゃないか!」

「誰だ!」

 

 刀を構え京太郎が前に躍り出た。

 

「……こいつだね。私たちを異界へと追いやったのは」

 

 と言ったのはトシである。彼女は女を睨みつけながら思い出したと言って言葉を続ける。

 

「思い出したよ、こいつ山縣組の幹部じゃないか。」

「山縣組……?」

「暴力団だよ」

「ぼ、暴力団……? 女の人が?」

 

 「意外と暴力団に属する女は多いんだ」と言うトシの言葉を受けた京太郎だがいまいち実感が湧かない。

 自分を知っていたことが嬉しいのか、若干機嫌をよくした女が言う。

 

「へぇ。あたしを知ってるなんて結構物知りだね、ばーさん」

「歳をとるといらないことも色々と覚えてしまうものだからねぇ」

「……言ってくれんな。痛い目を見たいか? って言いたいところだけどその前にそこのバケモンがあたしを殺すか」

 

 さっきとは一転して機嫌が悪くなった女が見ているのは須賀京太郎である。

 

「さて。一応名乗らせてもらおうか。あたしは山縣組の安西ミカだ。よろしくな、にーちゃん」

「どうも。でも、こっちは名乗る名なんてないぞ」

「おやおや、嫌われちゃったわね。それじゃ」

「まて」

 

 女の動きを止めたのはその後ろからやってきた黒人の男だ。

 男は左手に持った銃で肩をとんとんと叩きながらミカの前まで移動した。

 

 

「アニキ……」

「兄貴と呼ぶな。お前とは仕事の関係に過ぎん」

「で、でもよぉ……あんたほどの男はもうこっちの業界でもいやしないぜ?」

「関係ない。黙ってろ」

 

 男が銃を持った腕を振るいミカの首に打ち込まれた。

 鉄の塊が叩き込まれたとき骨が折れた時にでる鈍い音が辺りに響いた。

 容易に一人の人間の命を奪ったことに京太郎とトシ以外の面々が小さな悲鳴を上げた。

 

 女を殺した男は懐から宝石を取り出すとミカの上に置いた。

 地返しの玉が光り、女の体が光に包まれた。

 

 蘇生された女を確認し満足した男が京太郎に話しかけた。

 

「さて静かになったな。少年、取引だ」

「取引……?」

「そいつらをこっちに渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」

 

 上から目線の言葉だ。

 男から感じる『アマエコロモ』以上の圧力を身に受けながら京太郎が言葉を返した。

 

「断る。と言ったら?」

「こうなるだけだ」

 

 男が銃を突き出しトリガーを引いた瞬間京太郎が駈け出した。

 放たれた銃弾を刀で床や壁のコンクリートにめり込むように弾きながら距離を詰めた後に刀を振るった。

 

「ほぉ」

 

 刀が男の首に、銃が京太郎のこめかみに突き付けられている。

 男はニヤリと笑いながら銃を引いた。

 

「何のつもりだよ。それならこのまま……」

「斬るか? だが後ろの女たちに俺の首がねじ曲がる様を見せることになるぞ?」

「……チッ」

 

 京太郎は一歩で元の場所に戻るもそのまま刀を抜き身に出している。

 

「異界での戦いぶりも見せてもらったが、良いぞお前。今の帝都にはライドウと霧島の巫女たちしか楽しめんと思っていたがなかなか面白い。小僧、名は?」

「須賀京太郎だよ」

「須賀……?」

 

 男は思い当たることがあるのか、少し首を傾げ、笑った。

 

「クックック……龍門渕で起きたアレを止めたサマナーがお前か! てっきり萩原良一が解決したと思っていたが俺の目も節穴だったか」

「龍門渕が流した話に嘘はないから。確かに俺はハギヨシさんから手助けを受けたし。あとは運が良かった」

「なるほどなるほど。天海市の件をフィネガンに取られてからつまらん事柄ばかりだったが、なるほど運が俺に巡ってきたようだ」

 

 男は高笑いをあげるとミカを背負い踵を返した。

 

「気が変わった。そのガキどもは見逃してやる。今日はこの良い気分のまま帰って一杯飲みたいんでな」

 

 完全に消えた圧力に面を喰らいながら京太郎が叫んだ。

 

「まて! お前らは何が目的だ」

「目的か。一言では言えんな……。なんせ関わっている人間の立場が違いすぎてな。あぁ、そうだ」

 

 男はミカを無造作に投げ捨てると京太郎に笑いかけた。

 

「お前、まだ人を殺したことがないな? だからみね打ちを選択したんだろう?」

 

 図星だった。

 みね打ちを選択したのは無意識に人の命を奪うことに躊躇したせいだ。

 

「ふん、それはつまらんな。どれ、ひとつお前をステップアップさせてやろう」

 

 男が姿を消したと思った瞬間、その両腕には母親と思わしき女と子供が連れられていた。

 親子は何が起きたのか分かっていない様子でただ狼狽えるばかりで、男に投げ捨てられたときようやく悲鳴を上げた。

 男は一歩後ろに下がり銃を弄った。

 

「ただの銃じゃないのか」

「……まさか、GUMPかい?」

 

 GUMPとは銃にCOMPの機能を取り付けた代物だ。

 中々にトリッキーな代物で使い手は少ないが、好んで使う者が居るのは確かだ。

 

 京太郎たちは母子が男のそばに居るため動くことが出来ない。 

 男はそんな彼らを嘲笑うかように言った。

 

「悪魔召喚プログラム起動」

 

 男が呼び出したのは何の変哲もないスライムだ。

 サマナーからの指示を受けていないので、親子の近くに居るのに襲い掛かる様子はない。

 

 一体何をしようとしているのか京太郎は分からず困惑し、理解したのは熊倉トシただ一人だった。

 

「まさか! 須賀くん、あの男を止めるんだよ!」

 

 慌てるように言うトシの言葉に京太郎は「え?」と声をあげ「遅い」と男が言った瞬間それは起きた。

 

 母子とスライムが光に包まれる。

 その光を京太郎はどこかで見覚えがあり、思い出したときには背筋に汗が流れた。

 

「まさか……」

「あぁ……」

 

 京太郎はその光景を信じられず、トシが口を手に当ててこれから起きる現実に体を震わせた。

 

「先生、須賀くん。何が始まるんですか!?」

 

 顔を引きつらせる二人に叫ぶように問いかける塞の言葉に二人は答えない。

 

 もう何もかも遅かった。

 

「悪魔合体プログラム。実行」

 

 男の低い声が辺りに響いた。

 

 悪魔合体により新たな悪魔が生まれ落ちるのはこれまでの描写通りだ。

 しかし、こう思ったことはないだろうか。悪魔と人を合体させることはできないか、と。

 率直に言えば可能である。

 人と悪魔の合体は結果から言えば二つに分かたれる。

 一つは強い意志と才能を持った人間が悪魔と合体することで悪魔の力を持った人が生まれる。

 また同様に強い意志を持った人間が、相性の良い悪魔と合体することでも同じ結果が得られる。

 こうして誕生するのは悪魔人間と呼ばれる強力な力を持った存在だ。

 では、そのどちらも持たない者が合体すればどうなるか? その結果が京太郎たちの前に生まれ落ちようとしていた。

 

 悪魔合体の光が収まり、スライムと母子が居た場所には新たに生まれ落ちた異形の生命がある。

 

 スライムに合体した母子の上半身が生え出ている。

 肉体はもはや肉ではなくスライムの様になっているのに、母は嘆きの声をあげ、子は親を求める泣き声をあげている。

 

 その光景を見て激高した京太郎は男に向かって駈け出した。

 

「きさまぁ!!」

「ほぅら、お前の相手はこっちだ」

「ぐっ!?」

 

 無残な姿になった母子スライムが京太郎の前に躍り出た。

 京太郎はそれに攻撃できず刀を引っ込めると離れた。

 

「お前はぁ!」

「良い顔になったな。このゲオルクの名を覚えておけよ」

 

 はははは! と今度こそ笑いながら、ミカを背負ってゲオルクは去って行った。

 この場に残ったのは京太郎たちだけだ。

 

 ハンドガンをゲオルクに向かって突きつけるも、射線上に母子スライムが立ちふさがる。

 震える声で京太郎がトシに問いかけた。

 

「この人たちを助けることは……?」

「……無理だ。コーヒーにミルクは淹れるかい? 混ぜるのは簡単だが分けるのは難しいんだ。それと同じだよ」

「……そうですか」

 

 トシは銃を持つ手を優しく握り降ろすとこう言った。

 

「あんたがやる必要はないよ。ここは私が……」

「……いえ」

 

 トシを押しのけ京太郎が前に出た。

 

「様子なんて見た俺が悪かったんだ。これは俺がやらなきゃいけないことだ」

 

 京太郎の腕からこれまでにないほどの魔力が集まっていく。

 一瞬で、苦しむことの無いように自らの持つ全力で電撃魔法を打ち込むためだ。

 

「ジオダイン」

 

 晴天の青空に一筋の雷が落ちた。

 

 *** ***

 

 誰も口を開くことはなく、東京国際フォーラムまで京太郎たちは来ていた。

 裏の事情を軽く知っている宮守はともかく、阿知賀のメンバーに鶴賀の桃子たちと同様選択をさせなければいけないからだ。

 

 ならなぜ国際フォーラムまで来たのかと言えば、事情を説明するためにヤタガラスの人間と待ち合わせ場所を決める際に選んだ場所がここだった。

 

 母子スライムを屠った京太郎に誰も話しかけることは出来ず、ヤタガラスが来るのを待っている時に、巫女服を着た少女が黒猫と学生の少年を連れて京太郎の元へ現れた。

 

「須賀京太郎さんですよね?」

 

 肩で息をしながら現れた巫女、京太郎は知らないが石戸霞は縋るような眼で京太郎を見ていた。

 

「あ、あの?」

 

 何がなんだか分からない京太郎は問いかけるが、霞は体を震わせるばかりで答えない。

 京太郎が助けを求め少年に声を掛けようとしたとき、霞が口を開いた。

 

「小蒔ちゃんが……」

「小蒔?」

「姫様が居なくなったんです! お願いします、私たちに手を貸してくれませんか?」

 

 霞の言葉に京太郎が思い出したのはゲオルクである。

 ゲオルクの目的は宮守と阿知賀の面々だった。細かい事情は不明だがあの男の仲間が拉致したのだと京太郎は確信を持っていた。

 自らの手で殺した母子のことを思い浮かべ、力強く拳を握った京太郎は深く頷いた。

 




登場人物が多くなると文字数が多くなるやつ。
今後も長くなる場合投稿間隔あく気がします。


それと感想の返信で儀典女神転生要素はないと言ったがありゃ嘘でした。ごめんなさい。


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『情報共有』

お気に入り登録、感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

情報まとめ回のようなものだけど、こういった話は苦手です。
多分次話から本章の本番が始まるかなと。


 見知らぬ他人とはいえ、他者をいとも容易くスライムと合体させたゲオルクに対して殺意を抱く京太郎。

 霧島神鏡の姫と生きた天児ではなく、神代小蒔と石戸霞という個人の思いで妹分を心配している霞。

 他者を思う意味では同じだが相手に対して抱いている感情は全く別のものだ。

 

 京太郎から溢れる殺意に気づいたのは目の前に居た霞ではなく、その後ろにたたずむ学生服と黒の外套を纏った学生だった。

 

「……落ち着いてくれ」

「そうだ。須賀京太郎、うぬもだが、石戸霞も落ち着け。神代小蒔が心配なのは分かるが彼は細かな事情を知らないだろう」

 

 その言葉で我を取り戻した二人は、心を落ち着けるために深く深呼吸をしてから霞は事情も伝えずに押しかけたこと、京太郎はその話を全く聞こうとしなかったことについてお互い謝った。

 

 主に京太郎が落ち着いたことを確認し、内心ホッとした『彼』は霞に対して言った。

 

「彼が力を貸してくれると仮定するが、それでも今日何かを頼むつもりはない」

「っ、なぜですか!」

 

 納得がいかないと霞が抗議するが『彼』の言う言葉に納得せざるを得なくなった。

 

「須賀京太郎は午前中に異界を破壊し、午後にも多くの人を護衛しながら同様に異界を破壊している様だ。ここで彼を動かしても疲れから大した力は発揮できないだろう」

「それは! それは、そうですが……」

 

 少しだけ声をあげたが、次第にしぼんでいく。

 石戸霞は元来温厚で優しい女性である。確かに神代小蒔のことは大事で、彼女を助けるために犠牲になるのが自分自身なら霞は喜んで行動する。けれどそれを他人に強制するなんて考えはない。

 それでも大切なものが酷い目に合っているかもしれない現状を考えて、巫女服がしわになるのも構わず彼女は服をギュッと力強く握っている。

 

 たいしてお人よしな京太郎はこう言った。

 

「何があったか知らないですけど俺なら大丈夫ですよ」

 

 何が起きているのかは理解できていないが、それでも目の前の女性にとって大切な人が大変なことになっているのは理解できた。

 決してこの女性が京太郎のタイプだからとかそんな理由ではなく、純粋に手助けをしたいと考えた結果の言葉だ。

 

 しかし学生服の少年は首を振り拒否すると、手を伸ばして軽く京太郎を押した。

 

「うわっ」

「君は君が思う以上に疲れている。護衛もしてきたのなら体力だけではなく精神的にも疲れはある。今の君では足手まといだ」

 

 実際少し押された程度で体勢を崩してしまった京太郎は彼の言葉にぐうの音も出すことは出来ず「はい」と小さく頷いた。

 現状落ち着いたことで満足した『彼』は小さく頷くと、とある提案をした。

 

「須賀京太郎。まず情報交換を行いたい。それに依頼を受けるならお互いの名前も知っておいた方が良いだろう」

 

 そういえばと京太郎は思った。

 今この場に居るメンバーは京太郎を含めて3人だ。

 京太郎、石戸霞、学生服の少年。しかし会話をしているのは4人である。

 そのことに気づき、首をかしげていると少年の近くに居た猫が京太郎の脛を猫パンチしていた。

 

「もう一人は我だ」

 

 喋る黒猫に今更驚くことはなく、京太郎はしゃがみこむと「すみませんでした」と頭を下げた。

 見た目はともかく話し方が年上っぽいため、彼を敬う態度を取ることにした。

 天江衣と今日挨拶をした鹿倉胡桃に対する処世術と同じだ。

 

 そんなことはつゆ知らず、黒猫は満足そうに頷いた。

 

 *** ***

 

 少年たちに連れられ京太郎がやってきたのは都内にある料亭だ。

 話す内容が話す内容なうえ、黒猫まで居るのだから普通の場所で話すことは難しい。

 結果選ばれたのは黒猫がずっと昔から知っているというこの料亭だった。

 

 和室に腰を下ろして居るのは4人と1匹。

 須賀京太郎、学生服の少年、石戸霞、そして熊倉トシと黒猫だ。

 トシがこの場に居るのは、途中から合流した京太郎だけでなく始めから事情を知っているトシからも話を聞きたいと黒猫が主張したためだ。

 

 軽食が全て運ばれてきてから、まず最初に声をあげたのは黒猫だった。

 

「まずは挨拶からさせてもらいたい。我は業斗童子……ゴウトでいい。我の隣に居るのが今代のライドウ、十六代目葛葉ライドウだ」

 

 ライドウは礼儀正しく京太郎に頭を下げた。

 『葛葉ライドウ』とは勿論本名ではない。彼の本名はライドウになった時からこの世から消えている。

 帝都の守護者葛葉一族のライドウが彼の全てなのである。

 

「どうにも無口な男でな。気を悪くしないでほしい」

「いえ」

「そして彼女が石戸霞だ。何の因果かうぬと接触しようとした者たちが勢ぞろいしたわけだ」

「そういえばそうですね」

 

 異界の破壊に救助にと色々とありすぎてすっかり京太郎の頭から彼らと会うことが抜け落ちていた。

 

「それは追々として。その、何があったか聞かせてもらってもいいですか?」

「石戸霞よ、我らに聞かせた話を彼らにも聞かせてくれるか?」

「はい」

 

 とても綺麗な佇まいなのは、彼女の家の躾が良く行き届いている結果だろう。

 少しだけ眼の下に隈があるのと、顔色が青ざめているのは神代小蒔を心配しているせいか。

 

「四天王がおわします、4つの要に異界が発生したことはご存知ですか?」

「はい。俺も一つ担当しましたから」

「担当した、ですか?」

「東京国際フォーラムで少し話しただろう。午前中に破壊した異界がそれだ」

 

 驚いている霞にゴウトが追加で説明をした。

 京太郎が知る由もない話だが、ライドウとゴウトは京太郎が受けてきた依頼の内容を把握している。つまり京太郎のレベルをある程度把握できる立場にあり、だから瀧黒寺の異界を京太郎に任せると判断できたのである。

 対して石戸霞だが、京太郎に関する情報はあまり仕入れていない。インターハイで忙しかったのもあるが、京太郎が組織に属する動きがあるか否かが重要であり、彼の依頼内容などは手に入れていなかったせいである。

 

 この情報量の差が霞とライドウたちの違いだ。

 

「そうだったのですか。実は私たちにもヤタガラスから依頼が来まして、4つの内2つを担当したんです」

「もう一つは我らが担当したが、付け加えるのなら彼女たちに依頼すると判断したのは我らではなくヤタガラスだ」

 

 霞が今朝の出来事を思い出しながら言った。

 

「ヤタガラスの使者の男曰く、異界に居る悪魔のレベルが高く今帝都に居る異能者では私たちぐらいしか担当できないと判断したとのことです」

「そうだったんですね」

 

 確かに異界に居た悪魔のレベルは50近くかなり危険な異界だったなと京太郎は振り返った。

 ヤタガラスがそう判断するのも無理はないかと思うと同時に、その異界を踏破できるほど目の前の少女は強いのだと認識を改めた。

 

「それで私と姫様……えっと神代小蒔ですね。と、狩宿巴の3人で異界に潜っていたのです。それで……」

 

 彼女たちが担当していたのは、教青院の異界だ。

 この異界にはジコクテンがおり、彼女たちも京太郎がビシャモンテンと会話した時と同様に会話をして本堂の裏手にドリーカドモンがあると判明した。

 その後3人で本堂の裏手に回りドリーカドモンを破壊したことで異界の破壊は問題なく完了した。

 

「3人と2人で別れたのは問題ないと判断したからですよね?」

「えぇ。姫様が居るグループを3人にするのは前提でしたし、いただいた情報通りの悪魔しか居ませんでしたから」

「彼女たちは神道系の力に優れているのは勿論だが、神代小蒔と石戸霞は神降ろしを行い自分の力とすることも出来る」

「仲魔から神降ろしについては少し話を聞いてます。能力や耐性に、使えるスキルも変わるんですよね」

 

 前準備こそ必要だがあらゆる依頼に対して対応することが出来る力だとプロメテウスは言っていた。

 付け加えるのならば、神を降ろし『悪魔変身』さえも可能とするなら、神の力を借りるのではなく行使することさえ可能だと言う。

 

 神降ろしではないが大正の時代にその身を神に捧げたとある少女はその力でもって、サマナーと共に戦った話もある。

 

 人の身で神の力を行使するなんておこがましいと人は言うかもしれないが、では神を僕とするデビルサマナーはなんであろうか。

 

「そして神降ろしの力自体は珍しい物ではない。シャーマンにイタコの名ぐらいは知っているだろう。神代小蒔が才に秀でているのは確かだ」

「姫様っていうのは霧島神社での呼び名ってことですかね? でもそれならなぜライドウが神代さんを探してるんですか?」

 

 ヤタガラスにとって重要な存在であるならば分かる。

 だがそうでもないのに、ライドウが神代小蒔を探している理由が分からなかった。

 暇なのであればともかく、今は四天王の要に発生した異界など調べるべきことは多くあるはずだ。

 

「異界の形成にはドリーカドモンが関わっていた」

 

 ライドウは京太郎を見ている。

 

「その意味をこの中で最も一番知っているのは君のはずだ」

「……自然にできた訳じゃなく、人の手が加わってるってことですよね」

 

 長野の商店街、鶴賀学園、龍門渕で出現した異界にはどれもドリーカドモンが関わっていた。

 前者二つはともかく、龍門渕の異界を構築したのはメシア教であり、実際にドリーカドモンを作った存在は明らかになっていない。

 最初はメシア教が主体となって作ったのではないかと言われていた。

 メシアプロジェクトと呼ばれる計画があったのは有名な話で、一度死んだ子供を蘇生させ聖者に見立てるぐらいはすると思われたからだ。

 それを当然メシア教は否定した。外部からも調査員を送りメシア教を調べたのだが、メシアプロジェクトの形跡こそあるが確証に至る証拠は見つからなかったという。

 京太郎はその旨をライドウに伝えると、彼は頷いた。

 

「我らの持っている情報も同じようなものだ。そして今回起きた神代小蒔拉致事件……無関係と思うか?」

「思い込みは良くないですけど。それでも関係あると思います」

「そう考え我らは彼女たちに協力することを決めた。そして、調査中に一つの情報を得た。それはダークサマナーが学生を拉致しようとしたというものだった」

「なるほどねぇ。それであの場にライドウたちが居た訳だね」

 

 トシと京太郎は二人で納得した。

 小蒔の拉致と宮守、阿知賀の拉致未遂事件を繋げたのだろう。そこで彼らは情報を得るために集合したと言う国際フォーラムに姿を現した。

 そしてそこに京太郎がおり、石戸霞は猫の手を借りる思いで京太郎に声をかけた訳である。

 

「我らが話せるのはここまでだな。次に二人の話を聞かせてもらえるか?」

 

 ゴウトの要請にトシと京太郎も少しずつ語り始めた。

 京太郎がビシャモンテンが担当する要の異界を破壊したこと。

 トシたち宮守が阿知賀と合流した後に異界に落とされてしまい、京太郎に連絡を取り助けを求めたこと。

 異界での戦いにより阿知賀の一人が覚醒したこと。

 異界を脱出し現れた男女二人の目的が宮守、阿知賀の面々を拉致することだったということ。

 男女の正体は暴力団幹部の女とゲオルクと名乗る男だと言うこと。

 そして、京太郎に人殺しを体験させるためにとある母子をスライムと合体させた事を語った。

 

 ここまで話してライドウと霞が強く反応したのは『ゲオルク』という名前だった。

 

「ゲオルク……ライドウさん」

 

 問いかけるように霞がライドウを見た。

 

「間違いないだろう。フィネガンの名を出していたのも証拠の一つだ。しかし、狂戦士ゲオルクか……」

「知ってるんですか?」

 

 京太郎の問いかけにライドウたちは頷いた。

 

「ゲオルクはファントムソサエティに属するダークサマナーの一人だが、組織の思想に共感している訳ではない。あいつはただ闘争を楽しんでいるだけらしい」

「彼はどちらかと言うとガイア教の思想に近い男だな。実際ガイア教の幹部と懇意にしているそうだ」

「私も元ダークサマナーの方から話を聞いたことがありますけど、全くチームプレーが出来ず単独で動くことが多いとか……」

「宗教と裏組織のコラボレーションっすか……」

 

 考えうる限り最悪の組み合わせである。

 どっちも狂った思想を持てば厄介な人間であるという共通点を持ち京太郎は頭を抱えた。

 組織の思想に共感していない狂戦士の現ターゲットは自分だと自覚していた。

 

 頭を抱えもだえる京太郎を放置してトシが話を進めている。

 

「暴力団もガイアと繋がってると見るべきかね?」

「そう考えていいだろう。阿知賀と宮守の学生についてだが、多くはオカルト使いと聞いたが事実か?」

「阿知賀の新子憧以外はオカルト使いだね。新子神社の二人娘の下の子だけどこちら関連の才はなかったようだ」

「あぁ、だから……」

 

 その話を聞いて京太郎は納得した。

 魔石の単語を知っていたりやけに冷静だったりしたのは、前もって情報を知っていたからだろう。

 

「それじゃ松実宥さんの監視役は新子さんになるんですかね?」

「ヤタガラスの一員ではないからそうはならないが、それでも相談役としては動いてくれるだろうさ」

「……良かったっす。でもオカルト使いが狙われる理由って何か思い当たる点でもあるんですか?」

「オカルト能力を持つ者は覚醒こそしていないが、それでも一般人と比べマグネタイト保有量が多い。中には神話やそれに関連した力を持つ者が多いのも知っているな?」

「はい」

 

 京太郎が思い浮かべたのは天江衣だ。

 彼女は大蛇の力を持っており、それを模した力を振るっていた。

 

「当然もとになった存在が巨大であればあるほど強くなる傾向にあるが特に宮守の面々は特殊で力が強い」

「特殊っすか?」

「近代に作られた怪異が彼女たちの元になっていると聞いている。これが中々に厄介でな、これ以上は話が逸れるため省略するが要するに阿知賀はおまけ扱いだった可能性が高い」

「私が須賀くんに依頼しようとしていたのも、あの子たちの能力に関連するんだが、今はその話をしている場合ではありませんし、すぐにどうこうなる話でもないですから」

「そうだな。オカルト使いの拉致と暴力団にダークサマナーか。良い情報を得たな、ヤタガラスに報告しまず山縣組を調べてみることにしよう」

 

 ゴウトに視線を向けられたライドウが懐から管の様なものを取り出すと彼のマグネタイトが管に吸収されるのが眼に見えた。

 そして開かれた管の中からは組織と同じ名前を持つ悪魔、八咫烏が姿を現した。

 

 ライドウは取り出した一枚の紙に何かを記載すると八咫烏の足に括り付け飛ばした。

 あの八咫烏が文字通りの伝書鳩ならぬ伝書烏の役割を果たすのだろう。

 

「さて、話せるのはこれぐらいか。改めて京太郎、今回の依頼を受けてもらえるか?」

「それはどの依頼になるんですか?」

 

 苦笑い気味に問いかける京太郎に「愚問」だとゴウトは言い。

 

「神代小蒔拉致事件を含んだ今この帝都にはびこる影を払う……だ」

 

 なんともあやふやな依頼だが仕方がないと京太郎は思う。

 なにせ、事件の全貌が全く見えてない。依頼の難易度も不明だ。

 

「報酬は勿論たんまりと、ですかね?」

「歩合性になるが調査費用と最低限のマッカが渡されることになるだろう。もちろん鹿児島からも、な」

 

 視線を向けられた霞は強く頷いた。

 彼女の立場からすればマッカで小蒔を救うことが出来るなら安い物なのだろう。

 それは、彼女自身も彼女の立場から見てもだ。

 

「調査内容については逐一連携させてもらう。連絡先の交換をお願いしたい」

 

 ライドウが取り出したのは見た目にあわないがスマホである。

 彼曰く、自身が悪魔召喚プログラムを使うことはないが、電子機器での連絡は力を使うことなく行うことが出来るため便利、とのこと。

 古い召喚術を使用しているのはそれが葛葉ライドウで、受け継ぐべき伝統なのだろう。それ以外は柔軟に取り入れる姿勢がうかがえる。

 京太郎はライドウと霞の二人と連絡先を交換すると料亭から出て行くのだった。

 

 京太郎、トシ、霞が姿を消した路地裏に一人と一匹でたたずむライドウとゴウトは言う。

 

「しかしこれほどまでに情報を得られないとはヤタガラスの質も落ちたということか?」

 

 ヤタガラスを今と昔で比べると大きく違う点がある。

 それは人員の質だ。

 本来悪魔召喚を始めとした技術は研鑽しなければ得ることが出来ない。

 マグネタイトもCOMPに収集するのではなく、自前のマグネタイトを用いて悪魔を召喚し使役していた。

 つまり、現代のサマナーと異なり多量の悪魔を同時召喚することが出来ないのだ。

 逆に言えば、悪魔の力だけでなく自身の力で戦わねばならないため命の危機がとても多いが、一人一人のサマナー……いや、退魔士の実力は比較的高い。

 

 しかし、今から約20年前に誕生した悪魔召喚プログラムによりそれは一変した。

 対して鍛えずとも悪魔召喚を用い、戦う現代のサマナーはリスクケアを重視し収集したマグネタイトでもって悪魔を使役し数で戦う。

 

 昔のサマナーで比べると、危険度こそ減ったが質が低下してしまっている。

 もう一つ付け加えるのならば時代の流れというのも存在する。

 

「タカ派の動きが活発になっているのは確認しているな?」

 

 ライドウは頷いた。

 

「悪魔の力を国防ではなく外部の人に向けるか……。そう考えた者たちの末路は知っているだろうに、自分は大丈夫だと特別視するとは情けない」

「先の事件でメシア教の勢いが削がれたのも大きいな」

 

 悪魔の力を人に向けるとなれば、黙ってはいないのがメシア教である。

 外面は良い彼らのことだ。悪魔の力を人に向けると知ればそれを口実に聖戦を掲げ日本に攻めてきたと思われる。

 ライドウたちも認めたくはない話だが、実際のところメシア教はヤタガラスに蔓延るタカ派の様な者たちに対する抑止力となっていた。

 

「そんな愚かな真似をこの帝都で許すわけにはいかん」

「分かっている。行こう、ゴウト」

 

 

 *** ***

 

「なるほど、そういう事情でしたのね」

 

 京太郎から事情を聴いた透華が納得したように頷いていた。

 ここは代々木公園近くにある清澄麻雀部の面々が宿泊している青少年総合センターだ。

 ライドウたちとの会合から少し時間が経ち、午後の18時になった。

 8月の18時というとまだ陽も明るく、京太郎は当初の予定通りケーキを購入してからこの場に来ており、清澄だけでなく、衣たちに桃子たちの姿も見かけた。

 

 インターハイ出場者同士は同校でない場合麻雀を打ってはならない。

 そんなルールがありはするが、衣たちは出場校ではないため清澄の練習に付き合うと言う名目で麻雀を打っていた。

 

 確かに清澄が勝ちはしたが実力自体は拮抗しておりこうして麻雀を打つだけでも勉強になるそうだが京太郎には分からない。

 今は衣と透華が休憩をしており、今日起こった出来事を話していた。

 

「龍門渕に何か話が来てたりはしないんですか?」

 

 この問いかけに透華は首を振った。

 

「ヤタガラスと関係があると言っても、私たちはスポンサーという立場ですし先の事件で信用も失っていますから」

 

 「ただ」と彼女は言葉を付け加えた。

 

「先ほどヤタガラスから物資の援助を依頼されたようですから、今回の件と関係があるのかもしれませんわね」

「援助の依頼……」

 

 ファントムソサエティとの戦いに備えているのだろうか。

 

「ちなみになんですけどヤタガラスが調べることが出来ない場所とかあります?」

 

 この問いかけに対して透華は少し考え込んでからいくつかの候補を出した。

 

「メシア教、ガイア教が当てはまりますわ。結局彼らとは思想から相容れませんし。あとは……政治と象徴、ですわね」

「政治と象徴?」

「政治はそのままで政治家ですね。国会議事堂など彼らと関連のある施設の調査はしにくいでしょう」

「よく分からないんですけど、ヤタガラスも権力には勝てないと?」

「昔であれば天皇陛下のお膝元の名目で動けたため、そうではないのですが今は国の元でヤタガラスは動いていますから。要するに多くの人に許可をいただけないと動きにくい状況になっているんです」

 

 ハギヨシ曰く、この構造にしたのは戦後の時代。アメリカ政府が主導で行ったという。

 アメリカ政府からしてみればメシア教に従わぬ日本のヤタガラスに枷を付けたかったのだろう。

 

「結果彼らの目論見通りヤタガラスは徐々にですが弱体化をして、組織としても複雑になっています。昔はヤタガラスの重鎮が幹部を締めていましたが、今では政治家や少ないですがスポンサーの方も名を連ねています」

「色々な人がそれぞれの思惑でヤタガラスを利用したいと考えているのですから、足の引っ張り合いとなってしまっている訳ですわ」

「なーんか悲しい状況っすね」

 

 京太郎のヤタガラスに対するイメージが崩れ始めていた。

 よく分からないオカルト染みた組織から俗世のしがらみで弱まった組織と印象が変わっている。

 

「国を動かす者たちも知ってはいるのですよ。いかに科学の時代とはいえ神魔の力は必要だと」

「須賀さんもお会いしたヤタガラスの使者がやけに上から目線なのも、下には見られないようにと涙ぐましい努力みたいなものですから、もう少し信頼を得れば態度も柔らかくなりますわよ?」

「そんなものですかね? あと象徴はやっぱり天皇陛下ですか?」

「はい。ヤタガラスの最重要防衛対象ですね。先ほども言いましたが元々は天皇家の下にあった組織ですから」

「……なるほど。それじゃ結局ヤタガラスが入れない所は俺も入れないですね」

 

 サマナーとはいえ京太郎は一般人であり何かしらの権限があるわけではない。

 霞たちは猫の手も借りたい心情だろうが、こうなれば本当に猫の手ぐらいにしか力になれない可能性が高い。

 

「とはいえ、異界に隠している可能性がありますからその時は須賀くんの出番という訳ですね。ゲオルクが居るなら高位悪魔の蔓延る異界に隠している可能性もあります」

「そうですね。アナライズする暇がなかったけど、あいつは今の俺よりも強い……」

 

 仲魔たちと連携を取れば話は別かもしれないが、それはゲオルクとて同じである。

 ファントムソサエティに属しているなら彼も間違いなくサマナーで悪魔召喚を行うことが出来る。

 そうなれば、例え仲魔たちが居ても今の実力では負けてしまう可能性の方が高い。

 

「衣さんたちも気を付けてください。どうもオカルト使いが狙われてる感じもあるので」

「大丈夫だ。ハギヨシも京太郎だっているからな」

「確かにハギヨシさんが居るなら大丈夫かな……」

 

 まだまだハギヨシの方がレベルが高いことを京太郎は知っている。

 彼がどうしてこれほどまでにレベルが高いのか気になるところだと思っていると、テレビでビデオ映像を見ていた久の声が届いた。

 

「やっぱり天照大神の神代小蒔さんが一つ目の壁ね」

 

 小蒔の名前が出たが、永水女子の出場試合は第二試合である8月10日。今日から5日後がある種のタイムリミットだ。

 永水女子は四つあるシードの一つであるため第一試合がない。そのため多少余裕はあるが早く見つけることにこしたことはない。

 

「天照大神ってなんです? なんで女神の名前が?」

 

 その疑問に答えたのは透華だ。

 

「インターネットで有名なスラングと言いますか、面白がってつけた名前が有名になりましたのよ」

「スラング?」

「今年の初めから一気に有名になったのですが、天江衣、宮永照、大星淡、神代小蒔。それぞれの名前から一文字ずつ取るとそうなるでしょう?」

「あーあー……。確かに」

「チャンプである宮永さんは勿論、去年大暴れした衣と神代さんは前から有名でしたが。今年に入って宮永さんの後継者と言われる大星さんが現れましたの。全く持って羨ましいったらありゃしないですわ!」

 

 時々ある透華の目立ちたがり症候群が発症していた。

 この1カ月に度々起きているのを見ているので京太郎も慣れてしまった。

 

「まーた、とーかの悪い癖が出たな……。実際白糸台と永水女子の試合で天照大神の誰々とアナウンスされたらしいぞ」

「公式みたいなもんですか。いや、何が公式なんだとは思うけどネットだけじゃなく、現実でも呼ばれたなら事実と誤認する人も多そうっすね」

 

 ここで京太郎はそんなことはどうでもいいかと結論付けた。

 ネットの話が現実での呼び名になったところで何の意味もないからだ。

 

「須賀くんは明日から神代さんを捜しに帝都を探すのですか?」

「はい。ただ7日は清澄の試合があるので……本当は探したいけどここで姿を消す方が怪しまれちゃいますし」

 

 1か月前にも咲に詰問されて困った覚えがある。

 京太郎としてはあの時の再現は避けたいのだ。

 もし再現されてしまえば宿泊施設は別とはいえ咲は常に自分の傍に京太郎が居ることを求めることになるだろうと考えるほど、切羽詰まった様子を見せていた。

 もしそうなっても咲の言葉を聞かず外に出るのは簡単だが、厄介な事態となるのは間違いない。

 そのため、それを避けるためにもリスクケアを行う選択を行うことにしたのである。

 

「気になることがあればパフォーマンスも落ちてしまうでしょうからその方が良いでしょうね」

「できれば早く見つかってほしいですけど……」

「そうだな」

 

 しかし京太郎たちのそんな思いは叶うことはなく時は過ぎる。

 

 8月9日。

 

 東京の全域を調査したにもかかわらず神代小蒔の影さえつかむことが出来ないでいた。

 山縣組とそれに関連する暴力団の事務所は全てもぬけの殻であり、人から情報を得ることも出来ない。

 

 停滞した状況が動き出したのは8月9日の午後の時間。

 だが次に語る物語はその同日、午後のとある路地裏で見かけたどこかで見たような白い装束を着た者たちを京太郎が見かけたところから始まる。




ライドウについて
色々と悩んだ。大沼の爺ちゃんを十五代目にするとか考えたけど爺ちゃん枠もういるし、かといって咲キャラをライドウにするとそのキャラの名前は出せないし、ていうかなんで大会にライドウが出てんだよ! ってなるから止めました。
だから十四代目ベースのオリキャラで行きます。

『ヤタガラス』について
組織のヤタガラスはカタカナで悪魔の方は漢字の八咫烏にします。
まぁ悪魔の方は今後出るか不明ですけど


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『堕ちた太陽』

お気に入り登録、感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

ようやくここまで来たかという感じです。


「やっぱ見つからないな」

 

 まだ午前中とはいえ8月の真夏日。

 気温と日照りもそうだが太陽に熱されたコンクリートの反射熱もあり、歩いている人間の体力をじわじわどころかガッツリ削っていく。

 悪魔の用いる火炎魔法アギよりもえげつないと感じつつ、京太郎は日陰になっている路地裏に入ってゴミ箱を椅子代わりにして座り込んだ。

 

 神代小蒔が拉致されてから4日が経過したが彼女の足取りは一向に掴めていない。

 これが京太郎だけであればおかしい話ではない。京太郎はサマナーであるが何かしら権力があるわけでもなく、人間社会においてはただの高校生で東京に関しても詳しくは知らない。鹿児島の巫女たちも似たようなもので、東京の地理には疎いだろう。

 しかしライドウとヤタガラスであれば話は別だ。

 ライドウは帝都を守護する退魔士であり、ヤタガラスは日本と言う国を裏から支えてきた組織である。そんな彼らが足取りを掴むことさえ出来ないのは異常だ。

 そのことに気づかない訳ではないが、だからといって京太郎が何かできるわけでもなくライドウたちも手は打っているだろう。

 

 けれどもし、今回の件にヤタガラスが関わっているのなら……。

 

 そう考えて京太郎は首を振った。

 確証があるわけでもなし、疑ってかかるのは良くないと薬局で購入したマッスルドリンコを一気に飲み干した。

 ちなみにこのマッスルドリンコだが市販されている同名の栄養ドリンクとは少し違う。

 一部の薬局店ではCOMPを見せることでサマナー用の道具を購入できるが、このマッスルドリンコもその一つだ。

 神経や肉体の新陳代謝を活性化させるのは勿論のこと、それにより傷さえも癒す優れものだが市販品はそこまでの効果はない。

 というより傷まで癒す飲み物とかそんなもの発売したら話題になって一瞬で規制されるだろう。どう考えても体に悪い。

 

 とはいえ京太郎たちサマナーにとっては活力剤である。

 夏の日差しで削られた体力さえも癒し、残った瓶はアクアで圧縮し潰して塵となった。

 顔を手で軽く叩いて気合を入れ、小蒔の捜索を続けようと路地裏から出ようとしたその時だ。

 

「待てっておまえたち!」

 

 少女の必死な声が路地裏にまで響き渡った。

 何事かと路地裏から顔を出した京太郎の眼に飛び込んできたのは怪しいとしか言えない4人組だ。

 

 その4人組はどこかで見たことのある白い装束を着ており、4人から感じられる神聖な空気を感じた時に思い出した。

 

「あれはメシア教の……」

 

 カバンからハンドガンだけ取り出して身に着けその集団に少しだけ近づく。

 その間にも4人に声をかけていたのは赤い髪を片方だけ結んだ髪型をした少女だ。

 彼女はそのうちの一人の腕をつかみ必死に訴えていた。

 

「なんかへんだぞ? というかなんだよその格好。ほら、ユキも可愛い服の方が良いだろ? 揺杏も長袖の見てるだけで暑そうな服の方が似合ってるって!」 

 

 赤髪の少女の訴えに一人がくるりと振り向いた。

 その少女の眼に光は感じられず、正気には見えない。

 

「変なのは爽先輩じゃないですか? 天使さまたちを先輩も見ましたよね? 私たちの主から使わされた天使様たちは私たちに道を示してくださったのです」

 

 電波である。

 一瞬やべぇこと言ってると違う意味で身構えた京太郎だが、赤髪の少女も似た気持ちなのか京太郎には見えないが若干引いている。

 しかし我に返った少女は諭すように言う。

 

「いやいやいや、見てない見てない。今までも少し怪しかったけどさここで中二病爆発させなくてもいいだろ? インターハイどうするんだよ」

「インターハイよりももっと大切なことがあるんです。行きましょう、ユキちゃん。あんな素敵な光景を見ていないなんて爽さんはおかしいんです」

「おい、おい!」

 

 爽と呼ばれた少女の腕を振り払い4人組はどこかへと歩いていく。

 

「うわっ」

「あぶない!」

 

 腕を振り払われた爽は体勢を崩し後ろに倒れそうになっており、京太郎はそれを支えた。

 

「大丈夫っすか?」

 

 京太郎は支えていた腕に力を少しだけ込めて爽を立たせた。

 両足でしっかりとたった爽は少しだけ恥ずかしそうに「ありがとな」と礼を言った。

 

「いえいえ。あれってなんなんですか? 色々と怪しく感じましたけど」

 

 メシア教を知らないふりをして問いかけた。

 爽は苦笑しつつ答えた。

 

「私たちからすればそう珍しい物でもないんだけどな」

「え?」

 

 メシア教の人間なのかと少しだけ身構えた京太郎を見て、慌てたように弁解する。

 

「勘違いしないでくれよ? 通ってた学校がメシア教って宗教と馴染み深いだけで真剣に信仰してたわけじゃないよ」

「宗教系の……。授業中で着たりすることがあるから珍しくない?」

「シスターとかも居たからさ。でもあれは異常だよ……」

 

 肩を落とし落ち込む爽を慰めるように幾つかの影が肩を叩いたり元気づけようとするのが見えた。

 なにごとかと警戒する京太郎だが、影は爽は勿論京太郎にも危害を加える様子を見せない。

 

「あれを着てたって言っても、コスプレみたいな感じだぞ? 皆もそうだった」

「冷静に考えるとひっどい話ですけど、そんなもんですよね」

 

 メシアンからすれば正装だが一般人からすればコスプレに見えるのは仕方ないが、生徒からそう思われているのはなんだかかわいそうだった。

 

「一部はガチで居たけどそんなの1割も居ないって。なのに今朝会ったらあんなことになっててさ。正直大分きつい」

 

 昨日まで普通に話していたのにいきなり友だちが宗教かぶれに……日本人にはかなりきつい状況だろう。

 依頼の件もあり、彼女と話している場合ではないと考える京太郎だがメシア教が関わっている可能性があるならば話は別だ。

 彼女たちの心境の変化に切っ掛けのようなものがなかったか問いかけた。

 

「んー……。あぁ、みんな天使の夢を見たとか言ってたな」

「道を示してくださったとか言ってましたね」

「超常の存在が居るのは知ってるけどさ、でもインターハイに出るために頑張ってきたんだ。いきなりこうはならないだろ……」

 

 頭を押さえて壁にもたれかかった少女を見て、京太郎は近くにある自販機から冷たいお茶を買って手渡した。

 「ありがとな」と言って受け取った少女はペットボトルの蓋を開けると、現実の悪夢をすべて飲み干さんとする勢いでお茶を飲み始めた。

 

 それでも気分は晴れていない爽から少し離れて京太郎はトシと連絡を取った。

 龍門渕にメシア教関連のことを聞くのは気が引けたためである。

 

『……須賀くんかい? どうしたんだい』

 

 何回目かのコールの後に出たトシに事情を説明すると、トシは少し考え込んでから言った。

 

『何かしらのスイッチを脳に刻んでいた……かもしれないね』

「スイッチですか?」

『神のための兵士にする……メシアンのやりそうなことだね。ちょいと学校生活で宗教にかかわることを何かしたか聞いてくれるかい? 通話は切らないで良いよ』

「分かりました」

 

 京太郎は耳からスマホを話すと学校で宗教関連のことは何をしていたのか問いかけた。

 

「んー……。聖書の音読に、聖歌の歌唱、それに朝起きたときと寝る前に祈りを捧げるぐらいかな。祈りの方は寮でやるからサボりにくいんだ」

「一番日課なのは祈りですか?」

「いや? そういう意味だと聖書の音読だな。聖歌は日によってやるやらないはあるし、祈りはサボりにくいだけでこう、祈ってればいいからな。でも聖書の音読はマジでやらないと怒られてさぁ」

「……ありがとうございます」

「これぐらいなら気にするなって。お茶のお礼だよ」

 

 京太郎は爽に断ってから通話に戻った。

 

『聖書がスイッチっぽいね。既にONになった以上OFFにするのはなかなか難しいかもしれない。とにかく話が聞きたいからその子を……そうだね、東京国際フォーラムに1時間後に来てくれるよう伝えてくれるかい? 力になれるかもしれない。許可を得れたら私の電話番号も伝えておいてね』

「分かりました」

 

 京太郎はスマホのスイッチを切ると爽にトシの話をするが、やはり初対面のしかも男の言葉だあまり信用は出来ない様子だ。

 京太郎を威嚇する動きを見せる影をペチンと払いながら京太郎は言った。

 

「信じれないのは無理ないですけど、だまされてみませんか? 待ち合わせ場所も人が多い所にするので」

 

 ぽかんと口を開けた爽は我慢しきれなくなったのか大きな笑い声をあげた。

 その様子に困惑しつつも笑いが収まるのを待っていると、不意に爽は言った。

 

「信じるよ。というかカムイが見えてるのならもっと早く言ってくれよ。見えない人にオカルトの話をされても胡散臭いけど見えてるなら別だって」

「……あ」

 

 言われてようやく気付いた京太郎は間抜けな声を出した。

 それを見た爽は少しだけ笑ってから言った。

 

「結構抜けてるな! で、どこに行けばいい?」

 

 京太郎は1時間後に東京国際フォーラムまで来てくれと言っていたことを伝え、トシの電話番号を爽に伝えた。

 

「1時間後なら余裕だな。ありがとう、えっと……」

「京太郎です。母校がインターハイに出場しているので応援に来てるんです」

「そうなのか。私は有珠山高校の獅子原爽だ。話を聞いてくれてありがとな」

 

 そして爽は駆け足で去って行った。

 仲間たちを早く助けたいと思う気持ちが彼女を動かしているのだろう。

 京太郎は彼女を見送ると小蒔の捜索を再開した。

 

 *** ***

 

 千代田区にある日比谷公園に京太郎は姿を現していた。

 何か用事があるわけではなく、ここを通り過ぎて国会議事堂のある永田町へ向かう予定だ。

 実際に内部に侵入して調査を行うことは不可能だが、それでも近辺の調査ぐらいはしておこうと思い立ったためだ。

 国会議事堂までは各省の建物もあるし、ついでに見て回ろうという訳だ。

 

 噴水広場と野外音楽堂を傍目に見ている時だ。

 

「やっぱ、楽勝だったねー!」

 

 お気楽な女子の大きな声が聞こえ、京太郎はそちらを見た。

 ゆらゆら蠢く金髪をはためかせながら、表情のあまり変わらない少女に抱き着いている。

 

「やっぱり私たちはさいきょーってことだね、テルー!」

「油断するのは良くない」

 

 言葉では戒めながらも金髪の少女になすがままだ。これが彼女たちの日常の風景なのだろう。

 調子に乗る少女の頭を軽く叩きつつ、紺色で長髪の少女が引きはがした。

 

「公共の場だぞ、静かにしろ」

「ぶーぶー、いいじゃーんスミレ―」

「部長か先輩と呼べ」

「はーい、部長」

 

 「つまんなーい」と言いながら静かになることはない。金髪の少女は「面白そうなアプリをインストールしたんですよー」と言って彼女たちにじゃれついている。

 彼女たち3人を見ていた京太郎はどこかで見たことがあると思っていたが、パンフレットに記載されていた優勝候補と目される白糸台高校のメンバーだ。

 京太郎は以前パンフレットを見た時、表情のあまり変わらない少女……宮永照を見た時どこかで見たようなと思ったが、彼女を実際に見て理解した。

 跳ねてる髪が咲そっくりで彼女を想起させたのだ。

 

 なお京太郎は宮永照を知らない。

 実際はどこかですれ違ったりはしている可能性はあるが、その程度では赤の他人でしかない。

 

 そんなアハ体験を人知れずしている京太郎はカバンからパンフレットを取り出すと残りの二人も確認した。

 金髪の少女が大星淡、長髪の少女が弘世菫。やはりインターハイ出場者だ。

 

 大星淡の名前は京太郎も覚えていた。

 竹井久の言っていた天照大神の一人と言われている少女だ。

 見た目では判断できないが、そう呼ばれているということは彼女も何かしらのオカルト使いなのだろう。

 

 京太郎は照に声をかけるべきか。と少しだけ悩んだが考えた末に止めておいた。

 咲が姉である照と再会するためにインターハイに臨んでいるのは知っているが、逆に言えばそれ以上は知らない。

 そんな自分が安易に声をかけて狂ってしまった姉妹の関係が更に拗れるのを避けたかった。

 命の危機ならともかく姉妹の、家族の問題に立ち入る資格はないだろうと考えたのも理由の一つだが、結局日和っているだけかなと彼は自嘲した。

 

 それでも一言、咲に姉を見かけたぞとメールで送ろうとしたとき、京太郎に声をかける男がいた。

 

「いよう、奇遇だな。こうして会えるとは矢張り神様ってのは人間を見ているのかね? 神と言っても闘争神か修羅か何かだろうが」

 

 京太郎はその声に反応し勢いよく振り返りながらも距離を取り戦闘態勢を取った。

 低く唸るような声と人を小馬鹿にするような言葉、そして右手に長方形の長いカバンを持った黒人の男。

 忘れるはずはない。ダークサマナーゲオルクがそこに居た。

 

「お前……!」

「くっくっく。そうイキるな」

 

 猛犬とそれを抑えるブリーダーのように見えるが実際は違う。

 ゲオルクの本能は今からでも京太郎と殺し合いをしたいと訴えているが彼はそれを抑えている。

 

 2人の猛犬。

 

 それが京太郎とゲオルクを見た時の真実である。

 

「つまらない命令かと思えばお前と会えたのなら我慢して従っている甲斐もあるってなもんだな」

 

 内に秘めた闘争心を抑えつつゲオルクは言う。

 

「目的ってもしかして」

「勘付くよな。そうだ。あそこに居る3人というよりは2人が目的だったが、安心しろ今は何もせんよ。お前が俺と話している間はな」

 

 宮守と阿知賀の面々を攫おうとした前歴がある以上、白糸台のそれも天照大神とまで言われる2人が居るこの場でのゲオルクの目的は察しやすい。

 

 目的がばれても余裕な態度を崩さないゲオルクは自身が座っているベンチを叩いた。

 

「こっちにこいよ。お前が俺と話している間はあの3人も安全だぞ」

 

 少しだけ考えてから京太郎はゲオルクの横に腰を下ろした。

 近ければ対処もしやすいがこんなくだらない嘘をつくようなやつでもないと思ったからだ。

 

 京太郎がゲオルクの隣に座ると、ゲオルクは京太郎の膝上にとあるお菓子を幾つか置いた。

 

「帝都……いや、東京でバナナだとよ。面白いもんだ、日本とバナナって関係ないだろ」

 

 それは東京でも有名な土産物だった。

 

「帝都に名産品がないから、馴染みのある食べ物をモチーフにした結果らしいぞ」

「へぇ、詳しいじゃないか」

「中学時代になんで東京でバナナ? って気になって調べたことがあるからな」

「柔軟な発想は見習いたいもんだな。そら食えよ、味も悪くはない」

 

 京太郎は膝上に置かれたバナナをモチーフにしたおかしを一口食べた。

 もっと警戒しろと思うかもしれないが、この男に弱気なところを見せるのが癪に障ったのである。

 

 躊躇なく頬張った京太郎を見てゲオルクは面白そうに笑いながらも、自身も口にいれた。

 いくつか口に入れた後に京太郎は言った。

 

「仕方ないけど喉が渇くな。サービスがなってない」

「缶コーヒーならあるが」

「コーヒーで喉を潤すってのは分からないんだよな。水分補給は出来るけど後味がどうしてもな」

「まだまだお子様ってことだ」

「16にもなってないんだからお子様で当たり前だろ」

 

 しばらくの間京太郎はゲオルクと世間話をして過ごした。

 さっさと逃げろよと照たちを見るが彼女たちが京太郎の前から移動する気配はない。

 

「なんかしてんの?」

「思考誘導を少しな。この公園に人が全くいないだろ? 似たようなもんだ」

「エストマを人間対象にして、マリンカリンの発展型みたいな?」

「いつの世も便利なものを人は望むってこったよ」

「人払いはまだいいけど、思考誘導なんて絶対ろくでもない理由だろそれ」

「権力者に使ったかはたまた女に使ったか……」

「そんな理由ならどの時代でも人は変わらないって思うな」

「違いない」

 

 そんな会話をして2人して笑いあった。

 魔法なんて神秘な力だというのに俗世にまみれた使い道がどこかおかしかった。

 だが心から笑っている訳ではない。

 

 ひとしきり笑いあった後、京太郎は本題に少しずつ入っていく。

 

「神代さんは元気にしてる?」

「元気でなきゃ困るが、俺たちを説得しようと色々と言葉を投げてきて鬱陶しく感じる時もあるな」

「居所は?」

「もう少しすれば嫌でもライドウが掴むだろ」

「明日インターハイの二回戦目があってさ、それまでに返してほしいんだけど」

「そんな心配はする必要がないな」

 

 断言したその言葉に京太郎の胸中に不安ともなんとも言い知れない感情が広がっていく。

 

「お前たちが企ててる計画の構成メンバーは?」

「色々だ。暴力団は全員ガイア教の信者で、ファントムからは俺、他にもいるが流石に言えんな。だがあまり愉快なものではない」

「結界の要に出来た異界の犯人もお前たち?」

「計画の過程に行った一つだな。神代小蒔を攫うのに隙が必要だったが異界の破壊直後なんていいタイミングだろ? 方法までは言えんが」

 

 ゲオルクの中で話していいことと駄目なことは明確にわかれているのだろう。

 上からの命令に従わずこうして京太郎と会話をしているゲオルクだが、一応の線引き自体はしているようだ。

 

「メシア教は関係してる? さっきどうにも様子がおかしい子たちと会ってさ」

「メシアのゴキブリどもが? 帝都にも教会はあるが……そちらは関与していない。しかし様子がおかしいとなると洗脳でもしているのか。相変わらず建前と実際の行動が剥離している奴らだ。気に入らん」

「その計画でどれぐらいの人が犠牲になる?」

「最低でも東京に居る人間の数は」

 

 そこまで語るとゲオルクは立ち上がった。

 公園にある時計は午後2時を示している。

 

「お前たちに俺たちの計画は止められなかった。だが仕方のない話だ、あまり気にしてくれるなよ?」

 

 カバンに手を掲げたゲオルクの手に現れたのは彼が愛用しているGUMPである。

 

「獅子身中の虫なんて奴が居れば手が遅れるのも仕方のない話だからな。さて、始まるぜ」

 

 ゲオルクが言い終わると同時に少女の叫び声が東京中に響き渡り、地面に影が少しずつ出きていく。

 何事かと空を見上げると、太陽が闇に喰われていくのが見えた。

 

「な、なにあれ!?」

 

 その異常事態に気づいたのは京太郎だけではない。

 仲良く会話をしていた白糸台の3人もその現象を見ていた。

 

 闇が太陽をすべて喰らい、世界に闇が訪れたと思われた。

 だがそれでも少しの日差しが帝都に降り注ぎ薄暗くはあるがそれでも完全な闇の世界にはなっていない。

 その状況を見てゲオルクは面白そうに言った。

 

「へぇ、お姫さんは意外に根性があるわけか」

「何が始まるんだ!」

 

 カバンからゲオルクと同じように刀とガントレットを取り出し装備をした京太郎が叫ぶ。

 臨戦態勢を整えた京太郎を見て満足そうに、まるで野獣のように笑うゲオルクは宣言した。

 

「決まってんだろ。これから始まるのは闘争だ! 弱きものは死に、強きものが生き残る……! そう」

 

 宮永照に銃口を合わせトリガーに指が置かれた。

 

「俺たちの戦いの舞台! 『東京封鎖』の開幕だ」

 

 そして、銃声が帝都中に鳴り響きこれが戦いの始まりを告げる鐘の音の代わりとなった。

 

 *** ***

 

「神の炎がこの日の本に落とされてからどれだけの年月が経っただろうか」

 

 永田町にある国会議事堂の内部で、議長席に立ち演説をする一人の男が居た。

 

 男の名は五島国盛。

 陸上自衛隊に所属していた兄の影響を受けて、兄が前面に立ち日本を護るのならば自分は後ろから彼を支えようと決意し立ち上がった男である。

 

 国盛の発言は過激なものも多く、9条の撤廃を始め自衛隊の軍備の充実化を進めることや核兵器の保有をすべきだと訴えた。

 マスコミは当然その発言に反応しバッシングを行った。

 その影響により選挙で苦戦は強いられたものの比例当選を果たして以来、ありとあらゆる政策に取り組み党を超えて行動をした。

 当然最初からうまくいった訳ではない。いかに行動し再選しても知られなければ彼はただの無名な政治家として終わっただろう。

 しかし時は経ちインターネットが普及したことで転機が訪れた。

 以前より国盛の行動を知っていた者たちがネット上で国盛の活動を普及し始めた。

 最初はその影響も小さかったかもしれない。しかし次第にその影響は大きく広がっていき、次第にマスコミも彼を攻撃することをしなくなった。

 

「敗北したのはまだいい。この日の本が弱かっただけのことである。しかし!」

 

 その要因の一つがヤタガラスである。

 政治家になる前から兄にヤタガラスの情報を聞いており、彼は表では政治家として活動しながらヤタガラスに所属する者たちと親交を図った。

 そして少しずつ少しずつではあるが、彼のシンパを作っていき遂にはヤタガラスの幹部にまで上り詰めたのである。

 

「弱者のままで良いのか! いや、そんなはずはない!」

 

 そしてこの場には神代小蒔たちを案内したヤタガラスの使者の男を始めとして、ヤタガラスに所属する者たちも数多くいた。

 彼らは国盛の想いに共感し彼の信者となった者たちである。

 

「敗北し牙を奪われ腑抜けになった我が国を狙う者たちが居る。覚えているだろうか、1か月前に起きたメシア教の起こした事件を!」

 

 だが集まっているのはヤタガラスや政治家だけではない。

 紅い衣を身に纏い面白そうに見ている者、ガラの悪い男女……ガイア教とゲオルクと共に居た女とその仲間である暴力団員たちも集結していた。

 

「神の名において我が国を滅ぼさんとした奴ら! それは我が国に力が無く、舐められたからこそ起きた事件に他ならない!」

 

 国盛の言葉に大勢の者たちが賛同の声をあげる。

 鬱屈した感情を吐き出すかのようにその場にいる者たちは叫ぶ。

 

「力が無ければただ奪われるのみ! それは今日まで築き上げてきた歴史が物語っている! だからこそ我らは強くあらねばならない。たとえそのために多くの犠牲を払ったとしても!」

 

 国盛の立つ議長席の隣には縄で縛られた神代小蒔の姿がある。

 この異常な光景を悲痛な面持ちで見ている彼女は、本来であればこの程度で封じられるような少女ではない。

 確かに神降ろしが彼女の最大の武器だがそうでなくても普通の縄ぐらいであれば引きちぎる力がある。

 だがそれを妨げているのは、彼女に掛けられた緊縛と魔封の状態異常だ。

 

「なぜ、なぜあなた方もこのようなことに賛同しているのですか」

 

 弱弱しい声で小蒔が問いかけたのは、目の前に居る男女に対してだ。

 一人は老婆で腰が曲がっているが100年以上生きてきたヤタガラスの生き字引と呼ばれている。

 対してもう一人は若々しい男だ。溢れんばかりの生命力がその顔からはち切れんばかりに現されている。

 

 老婆の名を葛葉敬弔。男の名を葛葉永望と言い、葛葉本家ではなく分家の人間だがその高い才でもって幹部まで上り詰めた者たちである。

 

「ごめんね、小蒔ちゃん。でもねこれが必要なんだよ」

「謝るつもりはない。しかしこれこそが我らの信念なのだ」

 

 謝罪の言葉を口にしながらも彼らから溢れ出す生体マグネタイトに陰りは見えない。

 その間にも国盛の演説は続く。

 

「今日、この日を持って我らは知らしめるだろう! 力を! 誇りを! まずはその一歩を刻もうではないか!」

 

 男が手にしているのは古びた鏡だ。

 それは3種の神器の一つ『八咫鏡』と呼ばれる呪物であり、とある神話に登場するキーアイテムの一つである。

 だが『八咫鏡』が意味するのはそれだけではない。

 

 国盛は鏡を天高く掲げ叫んだ。

 

「天にある陽の光こそ希望の象徴! まずはそれを掴みとろうではないか! 我らを祝福し万物を焼き尽くす太陽こそが我らの輝かしき未来の象徴とならんことを!」

 

 その言葉が合図になり、二人の葛葉が口々に呪文を唱え、国盛のもつ『八咫鏡』が力強い光を放ち始める。

 『八咫鏡』は今でもその神のご神体として祭られる呪物である。

 

 『八咫鏡』を鏡を触媒とし葛葉の2人が神降ろしを行おうとしていた。

 本来であれば如何に葛葉の名を持つ2人と言えども準備にはかなりの時間がかかる。

 だがそれを省略する方法は存在する。

 一つは生贄。生きた人を生贄とし神に捧げるのだ。実際この計画が立てられた当初もこの方法がとられる予定だった。

 しかし代替案として選ばれたのは、2人の近くに置かれている多量のマグネタイトが保持されたドリーカドモンである。

 

 本来高天原主神とも太陽神とも呼ばれるその女神は清らかなる力を持った神である。

 しかしドリーカドモンに込められた負のマグネタイトとこの場に居る召喚に携わった多くの者たちの感情を受けてその性質は反転しようとしている。

 

 そしてその影響を最も大きく受けたのは他でもない、神代小蒔である。

 

「あ、あ、あ……あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 自身の存在と魂さえも食い尽くさんとする大きな力が小蒔に降りてくる。

 それだけではない。ドリーカドモンから解放された負の感情が込められたマグネタイトが小蒔を強く責め立てる。

 

 『なぜ俺がこんな目にあうんだ』『お前たちのせいで私の体は……』『なぜ、なぜ、なぜ』『お前が、お前が、お前が……!』

 

 体と魂だけではなく、精神さえも殺さんとするこの状況に溜まらず少女は叫び声をあげ、その声は帝都中に響き渡った。

 

 負のマグネタイトが小蒔を包み込んでいく。

 国会全体に強い光が放たれ、次に彼らが見たところには少女の姿ではなく禍々しい女神の姿に『変身』を果たしていた。

 本来であれば髪は黒く、清らかな白い衣装に金色の眼を持つ女神の様子が一変していた。

 髪は灰色に、衣装は黒く、眼も黒く染まっていた。

 

 それは降されるべき女神ではない。

 人により穢され堕ちた女神――『邪神 マガツアマテラス』が姿を現した!

 

 すべてを呪い殺さんとする邪神の力を肌で感じ国盛は計画は順調に進んでいることを確信し高笑いをあげた。

 

「さぁ、我らが偉大なる女神よ! この世界を照らす太陽を覆い隠すのだっ」

 

 性質は反転しても太陽神。

 その力は太陽を覆い隠すほどの力を見せる。

 

 しかし漆黒の闇の中に灯る小さな光に彼らは気づくことはなかった。




風呂敷は大体広げきった! あとは回収するだけ。

爽だけ無事なのはカムイの力です。
スイッチ事態は爽にもあるけどONにするときにカムイが妨害しました。

『ゴトウ』についてですが一部で後藤の時もあるけどデビルサマナーシリーズに合わせて五島です。
しかしIMAGINEにも『ゴトウ』は出てくるので多くの作品に出てますね。

葛葉の二人は分家です。つまりキョウジと同じような立場です。
四家にするかとも思いましたが、ライドウとゲイリンの名前に法則性が見いだせずクソみたいな名前しか思いつかなかったので分家にしました。本家にするならもっときちんとした名前にしたい。

東京封鎖の意味については次話で。


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『人と悪魔』

お気に入り登録、感想、誤字報告ありがとうございます。




 銃声音と共に京太郎は二つの行動を取った。

 一つは宮永照たちとゲオルクの間に移動すること、もう一つは電撃魔法ジオの行使だ。

 京太郎が放ったジオはゲオルクが射出した弾丸を焼き尽くしてみせた。

 

「良い反応だな。だが……」

 

 ゲオルクは闇に覆われつつある太陽を見ると眉をひそめた。

 

「本来なら完全な闇の世界になるはずだが……なるほど、あの姫さんは思った以上に頑張っているということか。面白い、こうでなくてはな」

 

 不気味に笑うゲオルクに警戒をする京太郎だが、銃声が鳴り響けば照たちも太陽以外の異常事態に気づく。

 ライフル銃を構える男と刀を構える少年という日本にあるまじき光景が、彼女たちの視界に入り言葉を失っていた。

 その時だ、大星淡の持つスマホから強烈な光が発せられた。

 

「な、なにこれ!?」

 

 淡は慌てながらスマホの電源を切ろうとするがまったく反応しない。

 その光景を見て獰猛な笑みを浮かべたのはゲオルクだ。

 

「悪魔召喚プログラムがこの世に現れたのはな、今から20年ぐらい前の話だ」

 

 京太郎は過去の話をし始めたゲオルクに警戒しながらも、背後に居る照たちの様子をうかがっている。

 

「でだ。今までは才ある人間がそれ相応の修練を積むしかサマナーになる方法はなかった。当然の話だな。そんなもんが簡単に使えたらこの世はもっと混沌としていたはずだ。だがそれが崩れた」

「悪魔召喚プログラムは誰にでも使えるからか」

「悪魔は基本的に強者にしか従わん。だが契約さえなんとかすりゃぁ一般人でも悪魔を使役できるからな。ノストラダムスって名前の法螺吹きが恐怖の大魔王の出現を予言したが……実際に訪れたのは悪魔召喚プログラムによる秩序の崩壊だった」

 

 そこまで話してゲオルクはこう言った。

 「おかしいとおもわねぇか」と。

 

「この話は20年前の話だ。当時のヤタガラスを始めとした霊的機関が鎮め、新たな秩序を構築した今――なぜ悪魔召喚プログラムの名が世間に出た?」

「それは……」

 

 京太郎が悪魔召喚プログラムの存在を知ったのは今から2カ月ほど前の話だ。

 電車の中でネットサーフィンをしている時に名を知り、異界で覚醒した後で召喚プログラムを得た。

 20年前の化石ともいえる産物がネット上で知れ渡っていたのは不可思議であり、ヤタガラスが管理していると思われる召喚プログラムをなぜ淡が保持しているのか

 

「まさか」

「そうだ。噂を流し召喚プログラムをネット上に流したのは俺たちなんだよ」

「それならもっと召喚プログラムによる騒動が世の中で蔓延ってるはずだろ? 俺がサマナーになって2か月、そんな事件はなかった!」

「案外鈍いねぇ。ネット上に流したのは俺たちなんだぜ? 召喚プログラムを改造したとは思わないか? ……さて。そろそろ仕掛けの一つが動くぞ?」

 

 スマホ……もはやCOMPと呼ぶ方が正しいか。淡の手の中にあるCOMPから放たれる光は次第に弱くなっていき完全に光が消えた瞬間淡たちの頭上に一体の鳥型の悪魔が出現していた。

 見れば誰もが認めるほどの美しい翼を持つインド神話における伝説の鳥スパルナが姿を現した。

 

「わぁ……」

 

 その美しさに目を奪われた淡がスパルナに触れようと手を伸ばすも、淡を一瞥すると上空へと舞い上がっていく。

 見とれていた3人は動くことも出来ずただスパルナを見上げた。

 

「なんだ?」

 

 理由は不明だが召喚者である淡をスパルナが害を及ぼすことはないはずだと京太郎は考えた。

 しかし思い起こされるのはゲオルクの改造という言葉だ。

 京太郎はスパルナを見上げ、スパルナが淡に狙いをつけて急降下をするそぶりを見せた瞬間京太郎は3人のもとに走った。

 

「危ない!」

「へ?」

 

 淡の元へと突撃を駆けるスパルナから彼女たちを救出するべく走った京太郎は彼女たちを押し出した。

 悲鳴を上げて倒れこむ3人を見てから、落ちてくるスパルナに対応するため構えを取った京太郎の元にスパルナが突っ込み衝突した。

 

「なんだ!?」

 

 菫が叫んだのは京太郎に押し出されたこともあるが、衝突による衝撃音とその余波を受けたせいでもある。

 実際その衝撃波で彼女たちは少し吹き飛ばされ転がっている。

 

 余波が収まり彼女たちが見たのはスパルナを掴みとる京太郎の姿だ。

 

「ほぉ……。まぁあのレベルにもなれば当然だがそれでも無傷で受け止めるか」

 

 床は陥没しクレーターも出来ているほどの衝撃だったが彼が無傷でいるのは、受けた力をうまく拡散し無効化した証明だ。

 

「なるほど、やはり得意なのは近接戦か。先日の件で分かっていたことだが」

 

「な、な、な……」

 

 その光景を見て冷や汗をかいたのは件の3人だ。

 スパルナが向かってきても彼女たちに退避するという意思はなかった。いきなり姿を現したとはいえ所詮はプログラム、VRか何かであろうと思っていた。

 それがVRではなく現実に被害を及ぼす存在だと知り今更ながら戦慄していた。

 

 対してスパルナであるが彼も彼でかなり必死である。

 目の前に現れた召喚者は大した力もなく、容易く殺せるはずだった。そうして自由になれば好きに現実世界で暴れられるはずだった。

 ところが横からいきなり現れた男は自分を軽く殺せる力がある。

 狩る側のはずが狩られる側になったスパルナは必死に生きる道を探していた。

 

 そして結論。

 目の前の化け物が自分を仲魔にするメリットはない。ただ殺されるだけだと判断した彼は下剋上を果たすべく必死に牙を向けていた。

 弱肉強食の理に逆らおうとするスパルナを京太郎も理解していた。

 下手な格上よりも格下の方が必死になり厄介であると。かつての自分たちもそうしていたように。

 

 だからこそ容赦せずスパルナを横に転がすと刀を抜きスキルを放った。

 

 絶命剣。

 

 スパルナを切断した一撃はその名の示す通りにスパルナの命を絶った。

 血すらも流さずに消えていくスパルナを見て我に返った菫が叫ぶ。

 

「な、なんなんだお前たちは一体!」

 

 命の危険に直面し刀と銃を持つ男たちを睨みつけている。

 声と体が震えていることから恐怖は感じているはずだがそれでも部長として二人の前に立っている。

 

 そんな菫の心の強さを見たゲオルクは「ほぉ」と声をだし破顔した。

 京太郎がこの男と会ってまだ少しの時間でしかないがそれでもこの男の性質は理解し始めていた。

 ゲオルクは強い者が好きなのである。

 京太郎の様な武力もそうだが、菫のように恐怖と対峙し抗う心の強さもまた同じぐらいに好ましいのだろう。

 

「惜しいな。時が時であれば……だが今は収穫を待つ農家の様なものでな。ここは目的を優先させてもらおう。お前ら!」

 

 ゲオルクの声と共に現れたのは30人以上の男女だ。

 ただどれも普通の雰囲気ではなく、左手にはスマホを持ち右手に短刀を握りしめている。

 男は照たちを舐めまわすように見て、女たちは京太郎を睨みつける。

 

「これは」

「さぁ、次のステップだ。須賀京太郎。果たしてお前にそこの3人を護れるかな……? いや、簡単だろうが不殺でそれができるか?」

「ゲオルク……!」

「最後に一つ。悪魔召喚プログラムをダウンロードしているのはそのガキだけだけではない。知るが良い須賀京太郎。貴様の真の敵は俺たちや悪魔ではないことをな!」

 

 笑いながら去るゲオルクを反射的に追いかけそうになったが、背後に居る照たちを思い出しとどまった。

 

 ――何をやっているんだ俺はっ!

 

 自分の顔を勢いよくなぐりつけた。

 反射的にでも危機に瀕している誰かを見捨ててゲオルクを追いかけようとした自分を恥じた。

 

 現れた男女、恐らくは暴力団と思われる者たちは京太郎と照たちを囲むことが出来るほどの人数にも関わらず、完全な包囲が出来ずにいた。

 主に京太郎の眼の前に居るのを避けようとしている。

 それも当然でクレーターが出来るほどの威力を持つ一撃をなんなく防ぎ、逆にやり返す力を持つやつを彼らも相手をしたくなかった。 

 京太郎はそんな暴力団たちには目もくれず菫たちの方へと歩いた。

 

「お願いがあります。この場所から何があっても絶対に動かないでください」

 

 その言葉に顔を顰めた菫は言う。

 

「信用できると思うのか!? なんなんだお前たちは」

「信頼も信用も何もできないと思います。でも今だけは絶対に動かないで」

 

 京太郎の左手から微量の電撃が発生する。

 悪魔を召喚すればこの場を切り抜けることは容易い。けれどその先にあるのは圧倒的な力による虐殺だ。

 たとえ相手が力のない女子供を襲う外道であっても無暗に命までは奪う気にはなれなかった。

 

 けれど。

 

「このお願いを聞いてもらえるなら守ります。絶対に、何があっても」

 

 彼らの命は照たちの命よりも重い訳ではない。

 もし照たちの命が危険に晒されるのであればスライムと合体した母子ではなく、普通の人であっても殺すと言う決意でもって京太郎は手を振り上げた。

 

 *** ***

 

 戦いは京太郎の放ったマハジオが暴力団員と、彼らが召喚した悪魔ピクシー、コボルト、オーガ、カブソに襲い掛かったところから始まる。

 京太郎が見たところこの暴力団員たちは覚醒していない様だが、それでも指示に従っているのはプログラムを拡張するアプリの力だろう。

 

 マハジオは暴力団員たちを庇った悪魔たちに直撃し、悉くがマグネタイトへと還っていく。

 その中にはかつて京太郎の味方をした悪魔と同じ姿もあるが今更の話である。

 その威力を見たその場にいる全員が冷や汗を流した。

 

「ウソだろ……。あの黒人のアニキ以外にもこんな」

「で、でもよぉ。相手は一人だぜ隙を見てかかれば何とでもできるぜ。そうすればあとは好き勝手出来る。許可は得てるしなぁ」

 

 一人の男が見たのは照たち3人だ。女たちは男の趣味にため息をつくも照たちを助ける理由もないため放置である。

 その視線の意味することを察せないほど世間知らずではない3人は怖気が走る。

 

「へへへ楽しみ」

「楽しめると思ってるのか?」

 

 空想に浸り油断しきったところを京太郎の刀が足を切り飛ばした。

 足という自重を支える基幹を失ったことにより男の体は倒れ足を踏みつぶす。

 斬られた痛みを味わうこともなく何時もあるはずの物を一瞬で失った喪失感と後からやってきた痛みで男は叫んだ

 

「うげぇぇぇぇ!!」

「イシュタル!」

 

 この隙に男の体と足を蹴り飛ばしながら召喚したのは女神イシュタルだ。

 ただ戦いに参戦させるために召喚したのではない。戦闘不能に陥った暴力団員の傷を癒すために召喚したのである。

 

 ここで重要になるのは回復魔法についての細かな仕様である。

 回復魔法には大きく分けて傷を治す癒しの魔法と命さえも甦らせる蘇生魔法の2つがある。

 だが蘇生魔法については正しく言うと、蘇生さえも可能にするほどの回復力を持つ魔法だ。

 

 腕が切り飛ばされても蘇生魔法を使用すれば腕が生える。

 この原理はその命が持つマグネタイトが体の構造を記憶しているから行えると言われている。

 対して癒しの魔法だが、斬り飛ばされた部位が存在し傷跡にくっつけていれば縫合が可能である。

 

 では、斬り飛ばされた部位が近くにない状態で癒しの魔法を使った場合だがこうなる。

 

「あぁ、あぁぁぁぁぁぁ!! 足が、おれのあしがぁぁ!」

 

 膝から下を失った男をイシュタルが癒す。

 傷口は完全に塞がり傷跡さえ分からない。ただしそこに本来あるべきものは存在しない。

 

「こうなりたくなければそいつを連れて消えろ! そうじゃなければ同じ目にあわせてやる!」

 

 その京太郎の言葉に暴力団たちは怯みつつも踏みとどまった。

 これが京太郎の狙いである。死もそうだが体の部位欠損についても当然人は恐怖する。

 一人だけ見せしめが必要になる難点もあるが、それでも死ぬよりはマシだろう。

 

 けれどそれで怯むような賢さを目の前の者たちは持ち合わせていなかった。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞガキがぁ!」

 

 京太郎は舌打ちをしつつ迎え撃つ。

 男が持ったドスを刀で斬り払いつつジオで、アクアで迎撃していく。

 ジオが男の体を焼けば、アクアで女の体の一部が水圧で陥没し粉砕される。

 

 もはやどちらが善でどちらが悪か分からない光景がそこで繰り広げられていた。

 その名が示す言葉のとおりの圧倒的なまでの暴力が『暴力』団に振るわれるとは何の皮肉か。

 

「く、くそ……!」

 

 支給されていた地返しの玉でコボルトを蘇生させた男は、悪魔を嗾けつつも這いずりながら京太郎へと迫る。

 その姿は目に見えぬ何かにすがる亡者のように思える。

 

「おれたちゃなぁ……!」

 

 内に秘める何かを吐き出すように男は叫ぶ。

 京太郎は這いずりよる男に対して何かしらのアクションはせず聞いていた。

 

「俺たちなんだよぉ! 今までこの国を守ってきたのはなぁ! 俺たちが居なきゃ色んな奴らが好き勝手やってボロボロになってたじゃねぇか! なのにいらなくなったらポイか! 絶対ゆるさねぇ……だから取り戻すんだよ、あの日の栄光ってやつをよぉ!」

 

 周りを見ると目の前の男に賛同するように「そうだ!」「流石だぜ!」と声をあげる者が多数いる。

 男の心からの慟哭と賛同を聞いた京太郎は「知るか」の一言で片づけた。

 京太郎がこの男の言葉を聞いたのは彼らが何を思って行動しているのか興味を持ったからだ。

 何かしらの大きな理想を彼らが抱いているのではないかと少しは考えたがそうではない。彼らが持っているのはただの不平不満だ。

 実際暴力団と呼ばれる彼らが用心棒的な存在だったのは知っているが、社会から排除されたのは彼ら自身の行いが返ってきた結果である。

 それを棚に上げるような言葉を吐き、照たちを傷つける行動を取ろうとする彼らの言葉は京太郎にとってひどく不愉快だった。

 

「悪魔が討伐されるのはさ」

 

 機嫌が悪くなった京太郎の口から出た言葉はとても冷たいものである。

 

「結局のところ人に害を及ぼすからなんだよな」

 

 かつて会ったモコイたちの様に自らの身を護るためとはいえ契約に殉じている悪魔たちは居る。

 だが多くの悪魔たちはその本能に従い人に害をなす。

 

「意志を持って選択することが出来るロボットを人と定義する話もあるよな? ならさ、何も悪くない人に危害を加えるお前たちと悪魔は何が違うんだ?」

「て、てめぇ……! 俺たちが化け物と同じだってのか! そういうおめーも悪魔とどう違うんだよ! 悪魔ってバケモンと同じ力を振るってるおめーはよぉ!」

「……少なくともお前たちにとっての悪魔かもな」

 

 その瞬間男の首が飛び血潮が吹き飛ぶ。

 母子と悪魔が合体した正体不明の存在ではなく、須賀京太郎が初めて人間に手をかけた瞬間だった。

 

 それからの戦いはただの蹂躙でそれから1分の時間も経過することはなく京太郎とイシュタルと照たち以外の命が散った。

 すべてを終えた京太郎は血だまりの中一人たたずみ空を見上げている。

 覚悟はしていたとはいえ何の感慨もない自分におどろいていて、彼の言い放った「悪魔と何が違う」という言葉は真実かもしれないと思わせた。

 

 そんな京太郎を見る照たちだが依然恐怖から震えていた。

 命の危機は去ったと言うのに彼女たちが怖がっているのは目の前に居る京太郎が原因だ。

 暴力団たちも確かに怖かったがそれをいとも簡単に屠った京太郎の力はもっと怖かった。

 確かに自分たちを救うために行動したのかもしれないが、感謝よりも恐怖がどうしても前に来てしまう。

 

 京太郎もそれに気づいており、どうしたものかと頭を悩ませながら空を見上げた。

 太陽は闇に包まれなぜ光が地上に降り注いでいるのか分からない。

 そんな中で多くの影が空を駆けているのに気付いた。

 

「あれは……」

 

 何を見上げているのかと照たちも空を見上げる。

 彼女たちの眼にも影は見えており目を細めて見ている。

 そんな中で淡がポツリと漏らした「あの時の鳥に似てる」という言葉が京太郎を突き動かした。

 

「ごめん。COMPじゃなくて、スマホを見せてくれ」

 

 怯える彼女たちに近づき京太郎が言った。

 

「え、で、でも」

「俺が怖いのは分かってる。でも、確認したいことがあるんだ」

 

 前に一歩出て京太郎にCOMPを渡そうとする淡を菫が制し、淡からCOMPを取った菫が京太郎に手渡した。

 

「これでいいか?」

「ありがとうございます」

 

 京太郎は所持していた地返しの玉を使用して悪魔スパルナを蘇生させると召喚した。

 自分たちを襲った悪魔を召喚した京太郎から、彼女たちは一歩だけ下がった。

 

「ドウカシタカ、サマナーヨ」

 

 スパルナはちらっと淡を見てから京太郎に向かって言った。

 現状このスパルナが唯一情報を持っている存在だ。京太郎は浮かんだ疑問をスパルナに問いかけていく。

 

「知っていたら教えてくれ。黒人の男ゲオルクは悪魔召喚プログラムを改造したと言っていた。改造の内容はなんだ」

クワシクハシラナイ。(詳しくは知らない。)ツタエラレタノハ(伝えられたのは)ケイヤクのナイヨウダ(契約の内容だ)

「契約?」

ショウカンシャヲコロセバ(召喚者を殺せば)ジユウノミニナリ、(自由の身になり、)ギャクニタオサレレバ(逆に倒されれば)ショウカンシャガヨワクテモ(召喚者が弱くても)ナカマニナル(仲間になる)

「自由になる……つまり、あの空に舞う悪魔たちは召喚者を殺して自由になったのか」

 

 空を見上げると無数の悪魔たちが人の世に解き放たれている。

 10や20ではない、もしかしたら3桁に近い数の人が命を失った可能性がある。

 

「モウヒトツ」

「ん?」

モウヒトツ(もう一つ)キイタノハショウカンシャノ(聞いたのは召喚者の)テヲハナレタCOMPハ(手を離れたCOMPは)ボウソウスルコトニナル(暴走することになる)

「暴走?」

暴走したCOMPからは(ボウソウシタCOMPカラハ)次々と悪魔が現れ(ツギツギトアクマガアラワレ)時間が経てば強い悪魔(ジカンガタテバツヨイアクマ)も姿を現すようになる(モスガタヲアラワスヨウニナル)

「はぁ? じゃあなんだ、あの空に舞う悪魔たちは暴走したCOMPから召喚されてる可能性もあるのか!?」

 

 京太郎はその事実に憤慨した。こんな改造を施すなんて正気とは思えなかったからだ。

 淡のCOMPを確認するとそこには尋常ではないほどのマグネタイトが内臓されており、確かに長時間の召喚を可能だと思わされる。

 だがマグネタイトは決して無尽蔵ではない。自身の体を構成するマグネタイトを維持するために、悪魔たちが人に危害を加えることになるのは簡単に想像できる話だ。

 龍門渕異界で見た拷問の光景を思い出し京太郎はゾッとした。

 

 その考えに至り少しの間固まった京太郎にスパルナが話しかけた。

 

「コウショウヲシタイ」

「交渉?」

 

サマナーノナカマニナルノハイイ。(サマナーの仲魔になるのは良い。)ダガアノムスメハサマナーニ(だがあの娘はサマナーに)ナルトハオモエナイ。(なるとは思えない。)オマエカホカノサマナーヲ(お前か他のサマナーを)ショウカイシテホシイ(紹介してほしい)

「あぁ……」

 

 そこで解放してほしいと言わない辺り生き残るために必死なのだろう。

 別に望みをかなえる必要はないが、情報源となった以上ここで見捨てるのもそれはそれで気が引けた。

 おそらく第一希望は京太郎の仲魔になることだが、流石にレベルが低すぎる。

 どうするかと悩んだ京太郎だが、思い出したのは龍門渕に居る同い歳のサマナー候補だ。一たちと同じく透華の専属サマナーを目指すメイドに渡しても良いなと思った。

 まだ覚醒もしていない彼女だがやる気はあり、覚醒できずともスパルナのレベルがちょっと低いが一たちの誰かに託しても良いだろう。

 

「分かった。候補は何人か居るから話してみる。とりあえずは戻っててくれ」

「オンニキル。サマナーヨ」

 

 スパルナとの会話を終えどうするかと考える京太郎に話しかけてきたのは淡だ。

 彼女は菫と照の静止を聞かず、京太郎に問いかけた。

 

「……あのさ」

「ん?」

 

 少し前に見た元気な態度から一変してかなり殊勝な、正しく言えばおどおどしながらも淡は京太郎を見ている。

 怯え自体は消えていない様だが、京太郎に怯えている様には見えない。

 一体なんだと思いながら淡の次の言葉を待っていると、彼女は自身のCOMPを指差した

 

「スマホから大きな鳥が出てきたよね?」

「うん」

「あんたじゃなくて私のスマホからなんだよね」

「……ぁ」

 

 その問いかけの意味に気づいた京太郎は頷くことが出来なかった。

 もし京太郎とゲオルクたちも居ない状況でスパルナが召喚されていればどうなっていたかを考えれば分かる。

 

「そしたら私死んでたよね?」

 

 その問いかけに小さく頷いた。

 淡は「やっぱり」と小さく言って、次の言葉を必死に綴ろうとするも言うことが出来ない。

 

「そのあとは多分何も残らなかったと思う」

 

 だがぼかしながらも京太郎は真実を告げた。

 気づいていないならともかく目の前の少女は気づいている。なら「私のせいで先輩たちは死んでいたか」と言う問いかけを彼女に言わせないように先に告げた。

 

 淡が何を問いかけようとしていたのか気づいた二人が淡に近づいた時、彼女はぺたりと座り込んで肩を震わせた。

 

「良かった。良かったよぉ」

「淡……」

「ん」

 

 その場で泣き出した淡を二人が淡を優しく慰めた。

 照が抱きしめ、菫が頭を撫でている。

 京太郎に出来るのは淡が泣きやむまで邪魔者が入らないように警戒することだけだった。

 

 *** ***

 

 その京太郎たちの様子を見る人影があった。

 1人はミカと呼ばれる女でゲオルクと一緒に行動し一度殺された女である。

 もう一人は高級そうなスーツを着こなし黒髪をオールバックにした男だ。

 タバコを吹かしながら男が見ているのは照たちではなく、京太郎と周りに広がる血だまりであり、小さく「凄まじいな」と言った。

 

「あれがガキって冗談だろ……」

「覚醒者に歳は関係ないと言ったところか。だからこそ面白いな」

「若頭……」

「奴も姿を見せなくなったが関係はない。最後に私のところに転がってくればいいのだから」

 

 口にくわえたタバコを燃やし尽くすと男と女は京太郎たちに背を向け姿を消した。

 公園にはまだ少女の泣き声が響き渡っていた。




封鎖に関しては次話とか書いたけど長くなったので次話以降ってことで……。

ノストラダムスとか恐怖の大王とか知ってるのは二十代半ば以降の人からか。
いや、ワイルドアームズやケロロ軍曹とか他媒体で知ってる人もいるか。

そして今回の話で一番大変だったのは間違いなくルビを設定するところです。
長文だとカタカナじゃ分かりにくいから付けたけど、カタカナで話す悪魔仲魔にしなくてよかったなって心から思いました。


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『戦う者と戦えない者たち』


待っている方が居るかは置いておきましてお待たせしました。

大逆転裁判2を夢中でやってたら執筆作業をさぼっていたオチ。そして手元には逆転検事シリーズもある……スマホアプリでやるにはちょうど良いですね。アクション系をスマホでやるのは勘弁ですけど。

あとはキャラが増えてどんな書き方をするのがいいか迷ってる部分があるからですかね。一部は登場人物が少なかったので京太郎視点でのみ考えれば良かったのでだいぶ書きやすかった。




 淡が泣いている間に京太郎が考えていたのは今後についてだ。

 空を見上げると悪魔たちの姿が見える以上、少なくない数の召喚プログラムが起動し、召喚された悪魔によって召喚者は殺されたのだろう。

 しかしこの状況は須賀京太郎そして先日の松実宥のように悪魔に立ち向かい覚醒した人間が現れる可能性もあり、覚醒した人間が善性でなければ新たな問題となるだろう。

 

 太陽も陽の光こそ感じるが、長い時間隠されていれば世界中が大混乱になるのは間違いない。

 ゲオルクの言う東京封鎖という言葉も詳細は不明だが、言葉から推察すれば東京から出ることは難しいのだろう。

 

 龍門渕で起きた事件とは比べ物にならないほどの大きさの事件を前にして、京太郎は途方に暮れるもやるべきことは見失っていない。

 

 宮永照、弘瀬菫、大星淡。

 ゲオルクが所属する陣営に狙われた彼女たちを守ること。それが今京太郎にできることだろう。

 それでも気になるのは咲たちの状況だ。スマホを取り出すも圏外となっており、電話およびネット環境も死んでいるようで彼女たちと連絡ができない。

 ため息をつき自分のスマホを仕舞った京太郎に声をかけたのは宮永照だ。

 彼女は菫の抑止を振り切り京太郎に声をかけていた。

 

「これからどうするのか聞いていいかな? それと菫、彼に私たちを害する気があるならもう私たちはめちゃくちゃになってると思うよ? だよね?」

「え、いや、まぁ、はい」

 

 『めちゃくちゃ』の部分に微妙に引っかかりながらもうなずいた。

 近くで言えばイシュタルや戦ってきた悪魔で言えばサキュバスやらリリムやらマーメイドのように肌の方が多い悪魔たちを見て慣れてきた京太郎だがそれでも彼は思春期の少年である、歳相応に妄想力は高かった。

 

 

「ね?」

「ね? っておまえなぁ……だが実際そうか」

「それにまだまだ危ない状況だと思う。あんな大きな影が空を飛んでる」

 

 空を我が物顔で飛ぶのはモー・ショボーや懐かしきコカクチョウと言った悪魔たちだ。人を視認すれば襲い掛かってくるだろう。

 

「だから今はこの人を信じてついていくのが一番だと思う」

「確かにあれほどの力があれば、か……」

 

 菫が思い出すのは惨劇だ。

 人と呼び出された化け物が簡単に屠られていく光景はどう言い繕っても地獄である。

 

 この会話は当然京太郎の前で行うべきではないのだが、そうしないのは京太郎から離れては駄目だと判断しているからだ。

 客観的に見れば自分たちを助けるために行動した少年を疑っているこの状況は、照たちからすれば京太郎の機嫌が悪くならないか警戒はしているが特に反応を見せない京太郎に彼女たちは密かに安堵していた。

 ヤクザと化け物には修羅の如き力を見せつけ虐殺した少年が、自分たちには一切敵意を見せないため照たちも気づいてはいないが少しずつ警戒心が消えていっている。

 

「私たちのことを知っている様だけれど改めて、私は宮永照。こっちの綺麗な長髪の子は弘瀬菫。うにょうにょした金髪の子は大星淡。キミの名前は?」

 

 京太郎は少し迷っていた。

 『宮永』照。彼女は咲の姉であり、噂だと妹は居ないと言ってのけた人物だ。ここで名前だけを名乗れば彼女との関係に不和は生まれないが、黙っていてばれた時が問題だ。

 彼女たちと行動をして道中咲とバッタリ会ってしまえば、咲との関係がバレるのは間違いない。

 そしてなぜ黙っていたのかと詰め寄られ何かしらの負の感情を京太郎へ向けるだろう。

 その感情は京太郎と一緒に居る時間が長ければ長いほど根深いものになる。

 

 仕方がないと決めた京太郎は全てを名乗ることにした。

 

「……清澄高校一年」

 

 それを聞いた照の瞳が見開かれた。

 

「え?」

「一応麻雀部の須賀京太郎です。妹さんにはお世話になって……な……って……いえ、妹さんをお世話していました」

 

 食堂のランチとか頼る部分は多いが迷子になった咲を探したりなどしているのは京太郎だ。どうでもいいプライドだが、お世話になってますとは言いにくかった。

 彼のそんな言葉に照は怒るよりも前に吹き出して。

 

「そこはお世話になってますじゃないかな。でも私に妹はいない」

「そっすか。なら俺が知っているのは自称宮永照の妹なんでしょう」

「有名人税ってやつだね。本人からすればすっごく迷惑な話」

「迷惑なら話でもして解決してください。それでどうなるかは当事者次第ですが今の状況だといつ死んでもおかしくないですから。彼らの様に」

 

 自分が起こした惨劇を棚に上げて京太郎は言った。

 ちなみにヤクザたちの死体がないのは蘇生できぬように京太郎がジオダインで焼却したためである。

 

「……それでも私に妹はいない。話してくれたのは嬉しかったよ」

 

 笑顔とは本来威嚇行為である。

 雑誌にも載っていた、とても綺麗な笑顔の裏に潜む拒絶の意思を感じた京太郎はここで引き下がった。

 

「分かりました」

「うん」

 

 話は終わったと照は京太郎から背を背け淡の方へと向かっていった。

 照の機嫌が悪くなったことを悟り京太郎はやってしまったなとため息をついた。

 

「気にしないで良い。後で発覚するよりはずっといい」

「そうですかね?」

「君なりの誠意だろ? 後からだったらともかく今話してくれたんだ、フォローぐらいはしておく」

「ありがとうございます」

 

 どう言い繕っても京太郎は人殺しだ。

 実際彼女たちがどう思っているのか不明だが「人殺し!」と言って逃げてもおかしくはない。それなのに普通に接し気配りもしてくれる彼女に京太郎は感謝した。

 

「……ちなみにだが君はあの姉妹の事情は知らないってことで良いんだな?」

「はい。こういうことをしてるので会話の機会も減ってましたし、姉が居ると知ったのはたまたまです」

「こういうこと、か。一応麻雀部の意味がそれか」

「麻雀よりもしたいことが見つかったと思ってもらえれば。退部してないのは部員数も少ないしインハイまではと思ってたからです。でもこうなってしまった以上は……」

「インハイとか言っている場合ではないな」

「……ですね」

 

 こんなことで夢が潰えるとは無念以外の何物でもないはずだ。

 頭を押さえため息をつく彼女にかける言葉を京太郎は持ち合わせてはいなかった。

 

「気持ちが分かるとは言いませんが、約束は守りますから」

「あぁ、頼むよ」

 

 力なく菫は微笑んだ。

 インハイについて改めて自覚したせいか覇気を感じない。

 

「で、どうするんだ?」

「電話さえ使えれば避難場所を聞くことができると思うんですが、繋がらなくて。普通の災害じゃないから学校とか行っても意味ないのでどうしたものかと」

「おいおい」

「長野なら頼れるところがあるんだけど帝都は初めてだから……っと」

 

 ガントレットに付けているCOMPが震えた。

 何事かとCOMPに眼を向けると熊倉トシから電話がかかってきていた。

 

「電話は繋がらないんじゃないのか?」

 

 菫は自身のスマホを確認しているがやはり圏外となっている。

 

「そっか。COMPのでならつながるのか」

 

 灯台下暗しとはこのことかと思いながら、菫に断ってから電話に出ると、京太郎の耳に聞こえてきた女性の声はトシの物ではなく、知らない若い女性のものだった。

 

「もしもし」

『須賀京太郎くんで良いかな?』

「……熊倉さんじゃない? 誰ですか?」

 

 知らない声に警戒をする京太郎に気づいた電話先の女性は「ノーウェイノーウェイ、心配しないで」と言った。

 

『私の名前は戒能良子。熊倉さんは今手が離せなくてね、私が代わりにかけているんだ』

「かい、のう?」

 

 聞いたことのない苗字に頭を悩ませ口に出した京太郎に反応したのは菫だ。

 

「戒能? なぜ戒能プロの苗字が出てくる?」

「プロ? 弘瀬さんたちが言うってことは麻雀の?」

「戒能良子。君は麻雀部なのに知らないのか」

「麻雀歴数ヶ月なうえにろくに打ってないので。幽霊部員ですし」

 

 京太郎が知っているプロと言えば酷いと愚痴られたアラフォープロとアイドル雀士の二人ぐらいだ。

 一体なぜ彼女から連絡が来るのかと考える京太郎に菫がそういえばと言った。

 

「噂だとソロモン王の力を振るうとか聞いたぞ?」

「ソロモン王って確か昔のサマナーだっけ」

 

 プロメテウスが昔語っていた情報の一つにソロモン王に関する話がある。

 ソロモンの鍵と呼ばれる魔法書に陣を描き悪魔を召喚する技法を身に着けていた男であり、ある意味でCOMPの先駆けとも呼べる技術を確立したそうだ。

 契約した悪魔はバールからビフロンスまでピンからキリと言えるが72柱の悪魔を使役するのは驚異的だろう。

 

「どう考えても裏の人間だな……」

『分かってくれたかい? それと今の声は弘瀬菫かい?』

 

 しまったと京太郎は思った。

 電話先の相手が戒能良子だとして味方だとは限らないし、菫たちに関する情報を渡すべきではない。

 しかしここで菫に関してはぐらかしてもそちらの方がおかしいと判断し京太郎は同意した。

 

「そうです。今一緒に居ます」

『宮永照、大星淡もかな?』

「さぁどうでしょう?」

『ふむ。話に聞いていたよりも警戒心が強いね。この状況では仕方がないか。率直に言おう、どうすれば信じてもらえるかな?』

「熊倉さんをと言いたいけど難しいですね。声なんてあてにはならないし」

 

 悪魔を用いれば声を真似るなんて容易い話だ。

 

『オーケーオーケー、理解したよ。そもそも私が電話を掛けたのが間違いだったね。トシさんに代わるから会話をしてもらえるかい?』

「分かりました」

 

 京太郎も相手を疑いたくはない。実際これが自分自身だけの問題であれば京太郎は良子を信じ行動したはずだ。

 けれど目の前に居る3人を考えれば容易に動くのは避けなければならなかった。

 

『……須賀くんかい?』

「熊倉さんですか?」

『そうだ。悪かったね、本当は私かライドウか石戸が君に連絡を取るべきだったがどうも忙しくてね』

「無理もないです。こちらこそすみません」

『良いんだよ。むしろ警戒して行動をしているのが分かって安心したところさ』

「……あの」

『なんだい?』

 

 京太郎は浮かんだ疑問をトシにぶつけた。

 

「ライドウたちに関する情報を掴んでいるんですか? この状況で?」

 

 京太郎から見れば東京封鎖は突如発生した大きな事件だ。にも拘らず今トシはライドウたちが忙しいと情報を掴み電話に出るぐらいの余力を見せている。

 帝都全域に悪魔が出現したのならヤタガラスが総動員してもかなり忙しく、京太郎に連絡を取る暇さえないはずだ。

 それにライドウと霞たちは神代小蒔の捜索のため外に出ている。つまり彼らの情報を知っていると言うことは京太郎に連絡を取る前にライドウたちと連絡を取っている。それはおかしく思えた。

 

『おかしく思うのは無理ないが、現状は最悪と言って良い状況だがそれでもマシだということさ。おかげで連絡を取るぐらいの時間はあるんだ』

「マシ、ですか?」

『詳しくは不明だけれどこの状況になると見越した誰かが犠牲を最小限にするために事前に準備をしていた。あらゆる場所に悪魔対策の結界が張られていてね、おかげで少し楽が出来ているよ』

「そんなことができるのって……」

『十中八九今回の事件の黒幕側の人間が手を打ったんだろう』

「なんでそんな行動を? 犠牲を出したくなければそもそも止めればよかったんだ」

『さてね。本人にしかそのことは分からない。さて、どうだろう? 私を信じてくれるかい?』

 

 少しだけ考え込んでから「はい」と京太郎は答えた。

 ライドウだけならともかく、石戸霞の名前を出したのだからこれまで会話してきた熊倉トシだと信じることにした。

 トシは『そうか』とホッとするように言い、次に『それなら東京国際フォーラムに来てくれるかい?』と言った。

 

「国際フォーラムですか?」

『そこに私たちも居るんだ。それから安心するといいよ、君の友人も皆そこにいる』

「……今日、試合ないはずなのになんで」

『言ったろ? 事前に準備をしていたと。どうやら狙われる可能性が高いオカルト使いもここに集めたらしいんだ』

「なんかますます怪しいけれど、怪しすぎて逆に大丈夫かなって気がしてきましたね。ははは……」

 

 乾いた笑いが京太郎の口から出た。

 犠牲を嫌っているのに多くの犠牲が出るであろう東京封鎖は止めない誰か。意味不明すぎて嫌悪感さえ湧いてこない。

 

『話していて同じ気分になっているが……大丈夫かい?』

「はい。そちらに向かいます。ただ最後になぜ白糸台の3人についてですけど探していたんですか?」

『虎姫……あぁ、白糸台の代表の2人が慌てたように探していたんだ』

「あぁ、それで……。分かりました。今俺たちは日比野公園に居るのでそちらにいくまでそんなに時間はかからないと思います」

『日比野……。なるほど、永田町にでも行こうとしていたのかい? 分かった、それじゃ待っているよ』

 

 電話を切った京太郎に「インハイの会場に行くの?」と声をかけたのは泣き止んだ淡だ。

 目はまだ少し赤いが会話できるぐらいには回復したらしい。

 

「でもなんで国際フォーラム?」

「さぁ。でも避難場所があるなら状況は最悪じゃない」

 

 トシたちが避難場所として使用しているのなら少なくともそこに罠はないのだろう。

 色々と危惧することはあるけれど、今は少しでも早く安全な場所へ行き照たちを送った方が良い。

 

 京太郎はともかく命の危機をずっと感じながら過ごすなんてことを一般人が慣れているはずがない。

 今は大丈夫でも少しずつ疲弊してしまうのは予想できることだ。

 

 実際に。

 

「でも大丈夫かな? さっきの鳥みたいなのが一杯居るかもしれないんでしょ?」

 

 性格の明るさが特徴の大星淡がかなりしおらしくなっている。

 照たちが無事で安心はしたけれど、それでも大事な人たちを間接的とはいえ殺しかけたトラウマは消えていない。

 

 京太郎は淡を安心させるように明るく振舞いながら「大丈夫だって!」と言い。続けて。

 

「言ったろ? 守るってさ。心配すんな、約束は絶対に果たすから」

 

 京太郎は名も無き刀を鞘から抜刀しハンドガンの弾数を確認するとホルスターに収めた。

 異界での戦いに用いるいつもの姿だが人の世でこの姿になることはほとんどない。精々店での試着の時とか異界へ向かう際の前準備で着るぐらいだ。

 それを異界に向かうでもなく装備している状況に今更ながら人の生きる日常が崩れ去ったのだと実感するのだった。

 

 *** ***

 

 崩れ落ちるビルを京太郎のジオダインが迎え撃つ。

 暴れ狂う稲妻の力は瓦礫を灰へと変化させビルを破壊した悪魔をも飲み込む。

 

 幽鬼モウリョウ。

 

 いわゆる悪霊と呼ばれる悪魔であり本来であれば人に害をなすほどの力もない雑兵にすぎない。だが現在の帝都にあふれるマグネタイトが強化したのか下の上ほどの力は持ち合わせている。

 

 しかしそれでも今の須賀京太郎の前では塵芥同然である。

 京太郎の背後にいる人々を庇いながらも目にも止まらぬ速さで空を駆け、跳ぶ。

 なにがしかの物語で水上を走るには沈む前にもう片方の足を前に出せば走れるというが、京太郎がやってみせているのは宙にアクアを放ち出現した水を思いっきり踏み抜いているだけだ。

 

「こん……なろぉ!」

 

 空中で放ったマハジオンガが空より急襲を仕掛ける悪魔たちを撃退するも、地上を駆ける魔獣オルトロスが牙をむき女性に襲い掛かる。

 

「ひっ!」

「させるか!」

 

 しかしこれも京太郎の持つパラケルスス謹製のハンドガンが氷結弾を放ちオルトロスに直撃。弱点属性により怯んだオルトロスの首を名も無き刀が切り落とした。

 

「大丈夫っすか!」

「え、えぇ……」

「また危なくなったらさっきみたいに声上げてください。何とかします」

 

 女性に声をかけた京太郎は跳ぶと先頭に戻った。

 日比野公園から東京国際フォーラムまでは徒歩でも15分ほどの筈だがすでに30分が経過している。

 その原因は先ほどのように悪魔たちが襲い掛かるのが一番の原因だが、当初の予定通り京太郎、照、菫、淡の4人だけであれば問題はなかった。

 

 京太郎自身、積極的にほかの人たちを助けようと行動したわけではない。

 だが目の前で誰かが死んでいく中で、少女たちを守ろうと行動する少年の姿を見れば自分たちもその守護にあやかろうとする。たとえそれが、化け物たちさえも上回る力で戦う人の形をした化け物であっても。

 こうして1人、また1人と京太郎の背後についていく人が増え、京太郎も見捨てることができず襲い掛かる悪魔から人々を守った。

 それはまさに古の時代において人々が自分たちでは解決できない事象に対し神々に救いを求める構図と似通っていた。

 

 さて、本来であればイシュタルのエストマさえあれば問題ないのに彼女を召喚していないのは、ほかでもない多くの人が付いてきてしまっているせいだ。

 京太郎に人々が付いてきているのは、あくまで彼が人間だからだ。付いてきている人数が数人であれば説明をしてイシュタルを召喚していたが既にそうはいかない状況になっている。

 この状況下で迂闊に悪魔を呼べば、パニック映画よろしく「こんなところにいられるもんか」からの死亡エンドが目に見える。

 なら最初からイシュタルを召喚しろという話でもあるのだが、事情を知らない一般人に化け物側の人間だと思われ襲い掛かられる可能性を考慮し避けたせいである。

 

「大丈夫か?」

「えぇ、まぁ、大丈夫っす」

 

 手に持った暴走COMPを操作し悪魔を送還後に破壊した。

 この30分で明らかになったことだが、暴走COMPを操作すれば召喚された悪魔たちを送還することが可能だ。

 当然の話ではあるが、暴走状態でも送還機能が使えると分かったのは小さくも確かな希望であるといえる。

 そしてもう一つ、暴走COMPからは瘴気が発生しており、瘴気の発生源を見つける術式さえ作ることができれば帝都で暴走しているCOMPをすべて破壊できる。

 瘴気の発生源を特定し、暴走COMPを見つけ送還する。このプロセスを行うことができれば帝都復興に大いに役立つはずだ。

 

「まぁただ1人で守るっていうのがこうも難しいとは……」

 

 宮守、阿知賀の時はよかった。

 最初と最後こそヒヤッとしたが道中はエストマの力で突破できたし、悪魔を使役していても熊倉トシというまとめ役がいてくれた。

 しかし現状において京太郎が頼れる人物はどこにもいない。

 すでに40人近い人々を一人で守りながら戦う京太郎は少しだけ疲弊していた。

 

「これだけ走り回れば……走り……いや、動き回れば疲れもするだろ?」

「いえ、体力自体は良いんですけど、精神的に擦り減っていく感じがどうも」

「これだけの人の命を預かっているのと同じだから当然かな」

 

 こうなって京太郎を気遣い始めたのは照たち3人だ。

 第一印象は最底辺だったが、逆に言えばそれ以上下がりはしない。むしろ自分たちだけでなく周りの人も救おうと行動している点は好印象だ。

 

「でもほんとに人間やめてるね?」

「何も覆わない大星の言葉にはいっそ清々しさすら感じるわ」

「須賀だけに?」

「マハブフダインを放つのはやめてくれ。凍えるわ」

「ごめんごめん! でもほんとすごいや。ねね、私でもそうなれるのかな?」

 

 淡の問いかけに京太郎は少し考えこみ、照と菫の2人を見てから頷くも「やめたほうがいい」と言った。

 

「えーなんで? だってあんたみたいに力があれば私だって」

「おすすめはしない。ずっと命張ってなきゃいけないから」

「でも今の京太郎は違うじゃん」

「そりゃ強くなるために戦ってきたからだって。実際1ヵ月前の戦いで俺は一度死にかけた。あぁ、正しくは三途の川は見たから9割は死んでたかな。俺みたいになるっていうのはそういうことだよ。いやだろ?」

「そ、それは、いや!」

「だろ? だから守られてろって。そうすればきっと日常に帰れるはずなんだ」

 

 事件後のごたごたにさえ目を瞑れば淡たちは日常に帰れるはずである。だがそれも生き残れればだが。

 

 そのあと魔法を行使する気分とか照が興味津々に聞いてきたりしたが、おおむね平和に目的地へと近づいていた。

 そしてあと少しで東京国際フォーラムが見えてくるという位置で襲い掛かってきた悪魔たちを撃退し、暴走COMPを破壊しようとした京太郎に1人の男が声をかけてきた。

 男は年下である京太郎に向かって下手に出ながら言った。

 

「な、なぁ。それがあればもしかしてあの化け物を使役できるのか?」

「……なんで?」

「あんた、あの女の子たちと話している時言ったろ? 暴走ってさ、なら暴走してなきゃあの化け物たちを使役できるんじゃないかって考えたんだよ。で、どう? あってるか?」

「……さぁね」

「それにあんたも付けてるじゃないか、その腕にスマホをさ」

 

 男が見ているのはガントレットに取り付けられたCOMPである。

 これ以上誤魔化すのは無理かと考えた京太郎は同意した。

 

「そうだよ。で、それを知ってどうする?」

「それがあれば俺だって戦えんだろ? ならさぁ、この状況下だしくれてもいいんじゃねぇか?」

 

 男の眼に怪しい光が宿っている。

 男の服装だが決してきれいなものではなく、髪もボサボサ。京太郎はてっきり悪魔が起こした何かに巻き込まれたのかと思ったが、ツンと匂う男の体臭からそうではなく、ホームレスであることに気づいた。

 

 男の素性がどうであれ考えなければならないのは対処についてだ。

 COMPを渡すのは論外。だとすればどうするかと考えると男がCOMPに手を伸ばした。

 

「渡せよ、それがあれば俺だってお前みたいに……。人生が変わるんだよぉ!」

 

 濁った男の眼に映る光の正体は憧憬だ。

 ホームレスになり、誰からも見向きもされない男にとってただのガキでしかない京太郎の戦う姿を見る人々の視線は羨ましく感じさせた。

 例えそれが人に向ける視線でなくとも、誰かに視認されたかったのだ。

 

「なら」

 

 軽くあとずさり京太郎は言う。

 

「次に悪魔……化け物たちがでたら戦ってください。ただし俺は武器も何も貸さないし手助けもしない」

「俺に死ねってか!」

 

 怒号に怯むことなく京太郎はうなずいた。

 

「生きるために死に向かう。そうでなければ強くなれないですから」

 

 京太郎が覚醒したのは生きるために死に向かって戦いを挑んだからだ。だがそれ以降の戦いはまるっきり意味が変わる。

 敦賀学園の異変も、龍門淵の異変も、それ以降の依頼についても、生きるために立ち向かうのではなく、強くなるために死に向かった。

 

「さぁ、行ってください。そうできるならこれを渡します」

 

 僅かな殺気と共に言ったその言葉を聞いた男は後ずさった。

 

「ば、ばかじゃねぇのか、お前……そんな」

 

 フッと笑ったのは男に対してではなく、自分に対してだ。

 

「バカじゃなければたぶんこうなってませんから」

 

 意気消沈した男に背を向けて、京太郎はCOMPを握りつぶした。

 サマナーである自分と一般人である男を比べた。

 自分のことをバカだと言った京太郎だが本音は違う。生きるために戦えない者のほうがバカなのではないかという考えがよぎる。

 彼らは今京太郎に生殺与奪を握られそれでもなお良しとしており、それが理解できないでいた。

 

 最前列まで戻り再び照たちと話をしていると不意に答えが出た。

 理解できない自分だから今こうしてサマナーとして生きているのだと。







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『観戦』

お気に入り登録、感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

遅くなりましたが更新します。


 

 京太郎とホームレスの男が会話をしCOMPを破壊した時間から遡ること30分。

 京太郎との会話を終えたトシがCOMPを仕舞い一息ついていた。

 トシの顔色は疲れから若干悪いものの絶不調というわけではない。幸い彼女が指示を出すことのできる部下というより知り合いが居るため体を動かすのは任せ、彼女自身は頭と手と口を動かしている。

 

「どうでしたか?」

 

 声をかけたのは戒能良子だ。

 本来彼女はヤタガラスに属さない異能者だが実のところオカルト使いを監視する立場にある。

 

 

「こっちに来てくれるそうだよ。彼もだが宮永さんたちも近くにいてくれたのは運がよかったね」

「これで大体のオカルト使いが保護できますね」

「……そうだね」

 

 大体と言ったのには理由がある。

 神代小蒔の拉致から始まり阿知賀、宮守の面々が狙われたことからヤタガラスは密かにオカルト使いの監視を行っていた。

 護るためでもあるが、実際は小蒔の拉致に関わる情報を取得するのが主な目的だ。

 だがオカルト使いたちに近づく影はなく、ほぼほぼ無意味に終わったのだが今日に至って状況が一変した。

 監視を行っていたことで多くのオカルト使いたちを保護することが出来たが、それでも一部のオカルト使いはここ、東京国際フォーラムに辿り着くことはできなかった。

 監視者との連絡が絶たれた場所に向かったところそこにあったのは監視を行っていたヤタガラスの人員の死体だ。

 ほかに死体はなく、オカルト使いを含めたほかのメンバーも含め拉致されたと判断したのは言うまでもない。

 

 照たちにも監視はついていたのだが、同じように連絡が取れなくなったという経緯がある。

 そういう意味では京太郎が彼女たちの近くにいたのは幸運というほかないだろう。

 ……余談だが照たちの監視者を殺害したのはゲオルグである。監視者を殺害後近くに京太郎が居たので接触したのだ。

 

「しかし彼はそこまで警戒心の強いサマナーではないと思っていたのだけど、警戒心が強くなっているのは良いことなのかね?」

「この状況なので仕方がないかと」

「まったく、どうしてこうなったのか」

 

 2人してため息をついた。

 現状を憂うだけなんて非生産的行動としか言えないがそうしなければ気が済まない状況なのも事実だ。非生産的行動もまた大切である。

 京太郎に話した通り、国際フォーラムを始めとしたあらゆる地点に安全地帯こそ存在する。

 一般人に対する被害がかなり少なくなるのは確かにありがたいのだが、そんなものを用意するぐらいならこんな状況に至らせるな! と思うのは仕方がない話だ。

 

「それでどうなんですか?」

「そこそこ絞れた。COMPで外部と連絡を取れるってのが大きいね。どうも裏切りを隠す気はないようだ」

 

 公共施設を始めとした避難施設に結界を張るという行為は難しくはない。だがここに『帝都中の』という言葉が加わると難易度は跳ね上がる。

 3桁は軽く超えるであろう施設に結界を張るのだからどうしても痕跡は残るし行える人材は限られる。

 帝都の外から来た存在がそんなことをやればかなり目立つし、ヤタガラスに情報が入ってくるはずである。にも関らず情報が入ってこないということはヤタガラスの誰かが手引きをした、もしくは実行者がヤタガラス内部の誰かということになる。

 そこでトシたちは現在連絡が取れないヤタガラスの退魔士を絞り込んでいた。

 

「キョウジとレイホゥちゃんと連絡が取れたのは運がよかったね」

「今でこそ普通ですが昔のキョウジなら必要があればどんな極悪な手段でも取りますからね」

「で、連絡が取れないのは葛葉敬弔と彼女を信奉する者たちか。ともすれば繋がりも見えてくるけど何が目的なんだか」

 

 トシの知る葛葉敬弔はできる限り戦いを回避しようとする穏健派である。

 今回の事件が起きると知れば真っ先にそれを止めようとする人柄と言えばわかりやすいか。

 だからこそトシからすればなぜ彼女がこのような事件を起こすことを許容するのか。それが理解できない。

 

「ただ結界を張って犠牲者の減少を……って行動は十分彼女『らしい』と感じるんだけどね」

「事件はパーミッションですか? でも被害はミニマム……なんとも歪んでいますね」

「……その口調なんとかならないかい? 分かりにくいんだ」

「これが私の存在……はい、わかりました」

 

 トシの突き刺さるような視線を受けて良子は小さく丸くなった。

 そんな2人に声をかける1人の老人が居た。

 

「人に仕事させておいてお前らは何してんだ……?」

 

 不機嫌そうにタバコを加えながら現れたのは大沼秋一郎だ。

 今年で73歳にもなる老人だが良い歳を重ねてきたと思わせるほど貫禄があり、また肌も70歳以上とは思えないほど若々しい。

 また『The Gunpowder』の二つ名を抱くほどのプロ雀士でもあるがこの場においては重要ではない。

 

「ったく、隠居爺を引っ張り出してこき付き使いやがって。で、敬弔さんの話をしていたか?」

「……さん?」

 

 良子が首を傾げた。

 彼女からすれば大沼秋一郎が敬称をつけて誰かを呼ぶことに強い違和感を覚えたからだ。

 

「さんも付けるってんだ。あの人今年で120を超えるぞ? 俺よりも倍近く年上なんだ多少の敬意は払うだろ」

「はは、多少ですか」

「多少だ。あの人はお人よしというか、人の生死を見すぎたんだよ。悪魔の力を振るえば第二次世界大戦でも核からこの国を護れたんだぜ? なのにさせてもらえなかった。今でもそれを悔いてるような人だ」

「それは、なんとも……」

 

 2人は口を噤んだ。

 今でも核に関連した悲劇が話に上がることは多い。そしてその悲劇を回避できうる立場にいながら出来なかった者は敬弔以外にはもう居ないか居ても数は少ない。

 

「そう考えりゃ今回の事件も何となく見えてくるわな。あの人が憂いているのはこの国の今後だ。戦争で負けヤタガラスも弱体化し諸外国が攻め込んでくる気配さえある。あの人ならあの出来事を思い出すわな」

「でもそれと今回の事件への関与は結び付かないのでは? むしろ益々止める立場になりそうな気が……」

「20年前の話だ」

「はい?」

「20年前、この国に再び核が落とされそうになった事件があった」

「……は?」

「それを止めたのは俺たちヤタガラスではなくとある学生たちだった。と言って信じるか?」

「ノーウェイノーウェイ。そんな話聞いたことないですし」

「当時の話は巧妙に隠したからな。学生たちを護るのもそうだが何よりヤタガラスのプライドの問題もあった」

 

 くだらねぇ話だと大沼は言い、続けて。

 

「話を戻すが事件を解決したあと敬弔さんは言っていた」

 

 『私たちにもっと力があれば彼らに負担は強いなかったはずだ』

 

「とな。あの事件に関わった五島は死に、トールマン大使……いや、悪魔トールも学生たちに倒された。……ヤタガラスは何もできんかったよ」

「でもヤタガラスが後処理をしたんですよね?」

「逆に言えばそれぐらいしかしてねーんだよ」

 

 当時のヤタガラスが行ったことはCOMPという力をもって暴れる者たちの抑止と、事件解決に努めた学生を日常に帰すこととその他の雑務ぐらいだった。

 

「当時の十五代目葛葉ライドウ以上の実力を持った学生だったからな。無理もないって話だがそれでもヤタガラスが何もできなかったのは事実だ」

 

 付け加えてとさらに語る。

 

「近年注目を浴びた事件が3つあったろ?」

「平崎市と天海市での事件。それに龍門渕でのメシア教が起こした事件だね?」

「1つ目はともかく残りの2つを誰が解決した? ヤタガラスも絡んではいるが関係のないサマナーだったろ? 考えてもみろ、この情報を知った外国の勢力はどう思う?」

「日本の霊的国防機関ヤタガラスの弱体化……ですか?」

「ついでに政治の腐敗だな。アルゴン社があれほど幅をきかせていたのは当然政治が絡んでいたからだ……あの事件以降『責任』は取って貰ったがな。だがこれらの要素が組み合わさって今この国は諸外国からみれば極上の狩場にしか見えんだろ?」

「……この国の未来を憂いて、多くの血を流してでも力を誇示したかった……?」

「そして敬弔さん単独でこんなことは考えない。そそのかしたやつがいる」

「……ガイア教か」

「歳を食ってるからな。メシアにもガイアにも顔見知りは居るだろう。そして真の黒幕がガイアーズとも限らん。決めつけてかかれば足元をすくわれるぞ」

 

 大沼の言葉をそこまで聞いた良子は手に持っていたペットボトルの蓋を外し一気に飲み干した。

 

「ベリーベリーハードですね……」

「事件への対処もそうだが一般人に対しても、な。んでもってな」

 

 柱の陰に隠れる黒い衣装を身にまとった男に対して大沼は声をかける。

 

「萩原ァ! この状況だ、おめぇの力も貸せってんだ」

「お断りさせていただきます」

 

 柱から出てきたハギヨシはにこやかに断った。

 

「この状況だぞ? 分かってんのか?」

「えぇ。この状況だからこそ私にとって大切なものを護るために離れたくない。それだけですね。それにヤタガラスの大を救い小を見捨てる考えは合いませんから」

「そうかい」

「それとこれは熊倉さんも分かっていることだと思いますが、須賀くんも私と同じタイプでしょう」

「……そうだね」

 

 熊倉トシから見た京太郎は一言で言えばお人よしである。

 龍門渕における戦いにおいて知り合いレベルでしかない相手を救うために行動した時点でもわかる。

 だからこそ、ヤタガラスを始めとした組織に属するのが苦手なタイプだということもトシには分かっていた。

 付け加えて不利な状況でも自分の意思を押し通すタイプは良くも悪くも強くなる。

 メシア教に属していたフリンやファントムソサエティのゲオルグは当然のこと、ライドウと呼ばれるようになった少年がそうであるように京太郎もそうなる素質を見せていた。

 問題は京太郎の行くべき道である。

 ライドウのような道を行くなら良い。だがもし異なる道を選んだ場合その強さがヤタガラスに向けられる可能性がある。

 

「とはいえ大丈夫だと思いますよ?」

「軽く言ってくれるもんだな」

「彼はサマナーとして生きていくことを決めています。それならばその道を共に歩めなくとも知っているお嬢様や衣様を裏切るような軽率な行動は慎むでしょう。お人よし、ですからね」

「お人よしってのも怖いもんだがな」

 

 *** ***

 

 場面は変わり国際フォーラム内の一角。一般人は各ホールに集められ保護されている。

 ホールから出た廊下を背の高い金髪の女性が人並みを押しのけて歩いていると、彼女に声をかける女性の姿があった。

 

「あれ? ルイさん?」

「……あぁ、コカジか。久しぶりだね」

 

 声をかけてきた女性の名は小鍛治健夜。

 日本でも、いや世界においても有数の雀士だが最近は親友ともいえる女性と行っているラジオ番組が人気である。

 

「いつもラジオ番組は楽しく聞かせてもらっているよ」

「あ、ほんとですか? なんか照れるなぁ」

 

 プロとして慣れたとはいえ自分の番組を知り合いが見てたり聞いていたりするのはむず痒いものだ。

 くねくねと気持ち悪い動きをしている健夜に「そういえば」とルイが切り出した。

 

「聞いたよ。ついに時さえも操れるようになったとか?」

「へ? なんのこと?」

「君、30手前なのに40歳になったのだろ? 人間はついに時さえも操れるようになったのだと感動したよ」

「アラフォーじゃないよ! 時なんて操ってないよ! 友だちが言い始めた私に対する風評被害だよっ!!」

「ハハハ! いや、相変わらず打てば響く。そんなんだから君の友達も打ち続けるのだろうね」

「……もうっ! からかわないでくださいよっ」

 

 憤慨している健夜の姿を見かけ声をかけたのは彼女の親友であり、アラフォーの称号を授けたアナウンサー福与恒子だ。

 

「あれあれ? すこやん、その人は?」

「あ、こーこちゃん。この人は私の知り合いでルイ・サイファーさん。世界大会で私を倒して世界1位になった人だよ」

「……えっ!? すごい人じゃん!」

 

 身構える恒子に柔和な笑みを浮かべてルイは手を差し伸べた。

 

「世界一位とはいっても元さ。今の私はただのルイ・サイファーだ。コカジの友であるなら私にとっても友人だ。よろしく頼むよ、フクヨ」

「いえいえいえいえ! そんなそんな」

 

 とは言いつつもしっかり握手をするあたりがコミュ力の高さを物語る。

 

「でもどうしてルイさんが日本に? それに最近名前を聞かないですけど」

「まず2つ目の質問に答えようか。名前を聞かないのは簡単でね、私はもうプロ雀士ではない。だから名前を聞かないのさ」

「そうなんですか!? あんなに強かったのに……」

「それはコカジにも言えるだろ? 少々飽いてね、今は将来有望な人間を探しているのだけど……中々難しいね」

「もしかして一線は退いて弟子探しですか?」

 

 恒子が問いかけると「似たようなものだが違うかな」と言った。

 

「私がするのはちょっとした助言さ。この前も良いと思える者を見つけたのだが、なかなかうまくいかないものでね」

「でも世界一に見初められる人なんてすごいと思いますけど……」

「いやいや、肩書の1人歩きだからね。私自身は大したことないさ」

「なら今は誰か良いなと思える人は居るんですか? 今年のインハイ出場者は宮永照を始めかなり良い線言ってると思うんですけど」

「……残念ながら毛色が違うかな。それに今は私の部下……知り合いが世話になっているという少年を探しているんだ」

「ルイさんのお知合いですか? 名前をお聞きしても」

「もちろん。……長野県に住んでいるという須賀京太郎。今は学友の応援のために帝都に来ているという話でね、お礼と話を聞きたいと思ったんだ」

 

 『帝都』

 聞き覚えのない呼び方だったが恒子は少し考えそれが東京を指していることに気づいた。

 東京が帝都と呼ばれていたのは第二次世界大戦までで、かつて大日本帝国と呼ばれていた頃の名だ。

 それでも恒子がすぐに東京と結びつけたのは彼女の近くに時折東京を帝都呼びする者たちが居るからである。

 

 彼女の親友とも呼べる小鍛治健夜。健夜と同じプロ雀士の良子に三尋木咏も時折帝都と呼びすぐさま東京と言い直すことがある。

 その理由について問いかけたところ健夜はお世話になった人が帝都と呼んでおりそれに影響されてしまったと言い、残り2人は昔からの慣習が残っていると言った。

 良子は滝見春の従姉妹であり、詠も実家が古くから続いている和服店だと聞いたことがあり、そんな家の生まれだから残っていてもおかしくないと納得していた。

 だが目の前の女性、ルイ・サイファーは違う。きれいな金髪と人とは思えない美貌を兼ね備えており、魔性の宝石が人を惹きつけるが如く人の視線を奪う。

 そんな人物だからこそ帝都と呼ぶことに強く違和感を覚えた。

 

 そのことを問いかけようとしたとき。

 

「京ちゃん?」

 

 と呼ぶ少女の声が聞こえた。

 声のする方を見るとそこに居たのは5人の少女たちだ。

 今にも倒れそうな真っ青な表情で居るのは宮永咲。片岡優希も咲ほどではないが顔色は悪く焦った表情を見せ、残る3人は健夜とルイを見て驚きの表情を浮かべている。

 

「君たちは清澄の……もしかしてルイさんの言う男の子が応援してる学友って君たちのことだったのか」

「は、はい! そうだと思います!」

 

 裏返った声で返事をしたのは竹井久。

 いつもの飄々とした態度からは程遠く、ものすごく緊張しているのは目の前に世界1位と2位が居るからか。

 

「ふむ……須賀京太郎は居ないようだね」

 

 ルイが彼女たちを見て言ったのはそれだけだ。残念だとため息をついている。

 

「あの」

 

 そんな彼女に声をかけたのは咲だ。

 人見知りなはずの彼女が他人に声をかけることが出来ているのは、それだけ必死だからだ。

 

「須賀京太郎の名前を言ってましたよね。どこに居るか知りませんか?」

「私も探しているところでね。どうもこの避難所には居ないようだよ」

「そう、ですか……。なら宮永照はどうですか?」

「申し訳ないね、たぶん見ていないかな。見ていたら何かしら印象には残るはずだが記憶にない」

 

 ルイの脳には今回のインハイに参加する者たちの顔が記憶されている。

 須賀京太郎を探すため建物内をうろついていたが園城寺怜や、愛宕洋榎といった面々を見かけた記憶がある。

 人間の脳であれば記憶違いもありうるが、ルイ・サイファーに限ってそれはない。

 

「もしかして須賀……くん? が居ないの?」

「そうなんです……」

「まったく、あいつはどこにいったんだじぇ」

 

 悪態こそついているが、優希の胸にあるのは心配の2文字だ。

 

「龍門渕の面々なら知っているのではないかな?」

 

 その問いかけに、一瞬咲が浮かべた表情は怒りだ。

 それに若干驚きつつ、冷静に見える緑髪の少女染谷まこを見た。

 

「実はさっき龍門渕透華と天江衣に会ったんじゃが『京太郎なら大丈夫だ、心配ない』の一点張りでのう。それに咲が怒ったんじゃよ」

「無理もないです。状況を良く分かってませんが、色々なところで爆発が起きたとかビルが倒壊したという話も聞きます。そんな状況で大丈夫だなんて言えません」

 

 怒っているのは咲だけではない。表情こそあまり変わらないが原村和も、優希も大なり小なりだが怒りの感情を抱いている。

 だが、そんな彼女たちの怒りの炎に油を注ぐように。

 

「大丈夫、か。確かに彼ならこの状況でも問題はないか」

 

 しれっと言ってのけるのはルイだ。

 この場で彼女だけが龍門渕の面々の言葉に賛同している。

 

「いや、むしろこの状況こそ彼のような人間が生きる場面だ。ヤタガラスがこの様だし奴が語ったように龍門渕での戦いのような活躍を見せるか楽しみだね」

 

 それどころか心底楽しそうに笑っている。

 『戦い』その言葉に込められた意味をまこが問いかけようとしたとき、もしくは幼馴染の命を軽んじる発言をするルイに怒りの感情でもって怒声をあげようとした咲を止めるかのように立っていることすらままならないほどの強い揺れが発生した。

 

「何なのこれ!?」

 

 揺れから身を護るようにしゃがみこんだ久が叫んだ。

 しゃがみこんだのは彼女だけではない。咲や健夜たちも周りの関係のない一般人もしゃがみこんでいる中、ただ一人なんでもないように立っているのはルイ・サイファーだ。

 

「……なるほど。確かにここは彼らにとってはとてもいい狩場だ。ライドウも霧島神鏡の巫女たちもいない。タイミングとしては完ぺきと言えるだろうな」

「狩場?」

「狩場さ。暴走したCOMPを経由し現実に姿を現している彼らは自らの体を維持するために生体マグネタイトの確保を目的とするだろうからね」

「暴走? COMP?」

「君たちオカルト使いは、いや、オカルト使いでなくても人であれば生体マグネタイトを生み出し続ける。彼らの目的はそれだね。女であればいろんな手段でマグネタイトを奪えるしちょうどいいのだろう。ほら見てみるといい」

 

 東京国際フォーラムは場所によっては外がよく見える。

 今彼女たちが居る場所もそれに辺り、ルイが指さした方を見た。

 

「え?」

 

 そこに居たのは身長5メートルは超える体を持つ雪男だ。

 雪男は咲を見ると嬉しそうに笑い、拳を振り上げガラスに向かってたたきつけた。

 

「わっ!?」

「この振動、こいつが起こしているの?」

 

 慌てる少女たちに向かって、ルイは少し笑いながら「半分当たりかな」と言った。

 

「半分?」

「振動は確かにコレが拳を振るっているから発生している。ただそれは結果論であり正しくはこの建物に形成されている結界が攻撃を受けているからだ」

 

 結界とか科学的に考えればありえない話をしていれば『そんなオカルトありえません』と言葉を発するはずの少女は正体不明の存在におびえそんな余裕もない。

 

「しかし説明をするよりも実際に見せた方がいいか」

 

 パチンと指を鳴らすと咲たちの脳裏に幾つもの光景が浮かび上がる。

 本来人が見ることが出来るのは両の眼によるものだ。そこから2つの光景をつなぎ合わせているわけだが、ルイは全く違う光景を違和感なく見せている。

 その本来ありえない力に忌避感を抱きつつも逃れることはできない。

 

「ルイさん。あなたは……」

「何者か、かい? 私はただ人が、人の見せる可能性に魅せられているものさ」

 

 *** ***

 

 悪魔たちと対峙しているのはヤタガラスに属する若き退魔士たちである。

 京太郎とほとんど年齢は変わらず、一番上でも25歳だ。

 ただ過去の退魔士たちと異なるのは筒ではなくスマホを持っている。つまりCOMPを用いた召喚を行うということだ。

 

「いいかお前ら、ここで向かってくる悪魔たちを叩き潰すぞ」

「はい!」

 

 声をあげたのは大沼秋一郎だ。

 熊倉トシも傍に控えているが彼女は万が一結界が破られた時の修復係だ。

 戒能良子がこの場に居ないのは別方面から攻めてきている悪魔たちに対抗するためだ。分霊とはいえテスカトリポカやベリアルといった悪魔を降魔し力を行使することができる良子はこの場に居る誰よりも力がある。

 

 ちなみに大沼だがCOMPを持っている彼らに対して元気だけはいいなという感想を抱いている。

 結局のところ彼らは『COMPあるのに古い召喚術なんて学ぶ必要がない』と思っていると知っているからだ。

 そして今の状況はその性根を叩き潰すのにちょうどいい機会であるとも思っている。

 

「おしっ。第一陣召喚しろ」

 

 ヤタガラスの若い退魔士たちが召喚したのはいずれもレベル30以下の悪魔だ。

 彼らの実力はレベル的に言えば龍門渕での戦いにおける京太郎と同等程度である。だが彼らは京太郎とは戦い方が根本的に異なる。

 1人の退魔士が召喚する悪魔の数は30を軽く超えている。津波のように押し寄せる悪魔たちに対し練度で劣っていても数で飲み込むスタイルだ。

 これが後衛型と呼ばれる者たちの最も特出した戦い方だ。前衛型とは違い前線に出ないため多くの悪魔たちに指示を出すことが出来る。

 ある意味で京太郎やライドウのようなサマナーの戦い方が原始的なのだ。

 指揮官である退魔士が後方から指示を出し軍という名の悪魔たちを指示し戦う。それは一昔前の軍隊の戦い方と同じだ。

 

 結界内という安全地帯に収まった退魔士たちが指示を出す。

 

 眼前の悪魔たちを滅しろと。

 

 押し寄せる悪魔たちに対し、退魔士の命に従う僕たちが相対する。

 一昔前の軍隊と形容したが違うのは戦い方だ。

 牙を、爪を。かと思えば剣を始めとした道具を振るい悪魔たちが血で血を洗う戦いを繰り広げる。

 ……ただ。

 数で圧倒をするという近代の後衛型の思考は正しい。

 だが忘れてはならない。群で戦う時気を付けなければならないのは群を超える個であることを。

 

 古代中国における三国志においてなぜ呂布が恐れられたのか。

 例え数で上回ろうともそれを超える武があるのは事実である。

 

「なんだよあれ!」

 

 若き退魔士の1人が叫び声にもにた声をあげる。

 自身が召喚した悪魔の大半がその一撃でもって消し飛ばされたからだ。

 

「なんであんなのまで居るんだ……!」

 

 赤き肉体に二本の刀を持ちて振るうは軍神。

 イザナギがヒノカグツチの首を取った後に生まれたという日本の天津神が1柱、タケミカヅチがそこに居た。

 

「あ、あ、あ……」

「嘆かわしい。強者を前にして奮起もせずただ怯える……それでもこの日の本を担う男か」

 

 両の刀で振るう一撃は怪力乱神。

 本来であれば単騎の相手に振るわれる力は力なき弱者をも巻き込み避難所に形成されている結界に叩き込まれた。

 空間さえも震える一撃で、今までにないほどの振動が襲い掛かったがそれでも結界が破られることはなかった。

 

 それを見た1人の退魔士が。

 

「へ、へへなんだ。結界が壊れさえしなければたとえレベルが高くても」

 

 不意に馬鹿にするような笑みを見せたことで状況は一変する。

 タケミカヅチはその言葉を言い放った退魔士を見定めると持った刀を持ち替え振るう技を変える。

 一撃一撃の威力は低いが、塵も積もれば山となる。千列突きが結界へと叩き込まれ一瞬、ほんの一瞬だが結界が破られた。

 

「へ?」

 

 間抜けな言葉と手に持っていたCOMPをその場に残し気づけば腹部に刀を突き立てられ結界の外に居た。

 タケミカヅチは刀を振り上げ退魔士は後方へと放り投げつけた。

 腹部から血を流しながら地面に背をたたきつけられた退魔士の男は血を吐きながらも生き残るために立ち上がろうとする。

 幸いだったのは後方には自分の仲魔がおり、『自分を癒せ』『自分を護るために戦え』この指示を出すことさえできれば窮地を脱することが出来る。

 不幸だったのは指示を出す順番を見誤ったこと。癒すのを後回しにし護るために戦わせれば退魔士は生き残ることが出来た。

 なぜなら、回復の指示を出し回復魔法を受けた瞬間その頭部をオルトロスが噛み千切ったからだ。

 残された胴体も暴走したCOMPから召喚された悪魔たちによって喰われ、残されたものは何もない。

 指示を受けなかった退魔士の仲魔たちはその光景をただ見ているだけだった。

 

「分かったかお前ら!」

 

 そんな中で激を飛ばすのは引退した退魔士である大沼秋一郎だ。

 

「後衛型結構! 安全地帯からの指示も結構! だが最低限の備えぐらいしろ! でなきゃお前らもああなるぞ!」

「う……」

「今はそれでいい、今後に活かすためにも今を生き残れ!」

 

 老兵の活が仲間の死に怯んでいた若い退魔士たちに火を灯す。

 それを興味深げに見ていたタケミカヅチは自身に迫る殺気に気が付いた。

 

「おおおおぉぉぉぉ!!!」

「……む」

 

 振るわれたのはかつてハギヨシも使用したモータルジハード。命中率の低さが難点だが威力の高さはピカイチのこの技は不意を突く際にはピッタリである。

 

「甘いわぁ!」

 

 タケミカヅチの腕を痺れさせるほどの一撃を払いのけ怪力乱神が振るわれる。

 しかしそれを阻むのは水壁だ。タケミカヅチの刀は確かに自身を襲った者の肩を貫いたが水壁の圧力がタケミカヅチの刀をへし折った。

 

「ぬ……」

「イシュタル!」

 

 襲った男が叫んだ瞬間回復魔法の暖かな緑の光が包み込み体を癒す。

 地面に着地した男は続いてマハジオダインを放つ。

 広範囲に広がる電撃はタケミカヅチを飲み込みつつ辺りに存在した悪魔たちすべてを飲み込む。

 マカカジャで最大まで強化されたその一撃は圧倒的とまで言える。

 

「甘い!」

 

 だがタケミカヅチに電撃は通用しない。

 電撃の中をただ突き進み刀を振るう軍神に対し男はただ笑う。

 

「行けぇ!」

 

 その掛け声とともに走ってくるのは多くの人たちだ。

 一番後ろに居るアスラが彼らを追い立てるように走っている。

 人々は羊であるならアスラは狼だが実のところ殿を務めているだけである。

 上空には彼らを守護するようにドミニオンがおり、万能魔法を含めた広範囲魔法で人々を護る。

 ドミニオンに指示を出すのはプロメテウス。指示を出しながらも補助魔法を男にかけながら人々の進路に群がる悪魔たちを蹴散らしている。

 

 破壊神で人々を追い立てるという鬼畜の所業に退魔士たちが若干引いている時、その思惑に気づいたのは男を知る熊倉トシだ。

 

「あんたたち逃げてくる人たちを護ることに注力するんだ!」

「え、いや……」

「良いから、タケミカヅチは彼に任せておけばいい!」

「はい!」

 

 トシはヤタガラスに属しているが有名ではない。

 周りからするとこの人は誰だとなっており、狼狽えられたがそこは年の功貫禄の勝利である。

 

 ヤタガラスの退魔士たちが必死に戦っている最中、その光景を見せられていた咲は大きく瞳を見開いた。

 

「……うそ」

 

 驚いているのは彼女だけではない。

 優希も、和も、久も驚きの表情を浮かべており、まこだけが「そういうことじゃったか」と納得していた。

 まことしても目の前の化け物と戦っている後輩の姿に驚きこそあるが、なぜ部活に来なくなったのか。その答えをこの光景から読み取っていた。

 

「京ちゃん……」

 

 咲のつぶやいた小さな声は当の本人である京太郎には届かない。

 

 軍神とも呼ばれる神を相手にするには今の京太郎では力不足である。

 不意を突き放ったはずのモータルジハードは確かにダメージこそ与えはしたが、それでもタケミカヅチの勢いは止まらない。

 タケミカヅチの一撃を受けて弾き飛ばされる京太郎。そんな彼にタケミカヅチはジオダインを放つ。

 本来タケミカヅチは魔法を得意とする神ではない。だがそれでも上級電撃魔法、普通の人が受ければ灰になるほどの力を持つ。

 

「そんなものが効くもんか!」

 

 名も無き刀で受け止めジオダインを弾き飛ばす。

 タケミカヅチが電撃に対する強い耐性を持つように、覚醒し電撃魔法を行使する京太郎にも電撃に対する加護を持ち合わせている。

 そんなことはタケミカヅチ本人も分かっており、ジオダインを放ったのは京太郎の一手を遅らせるためだ。

 

「ぬぅ!」

 

 タケミカヅチの放った渾身の怪力乱神が京太郎をとらえる。

 刀で受け止めこそしたが空中で踏ん張りの効かない京太郎は飛ばされ高層ビルへと激突した。

 それを一瞥し人に向けジオダインを行使しようとした瞬間、ピリッとした感覚を覚えその感覚のまま振り返りながら刀を振り上げた。

 

 モータルジハードがタケミカヅチを再びとらえる。

 先ほどと違うのはタケミカヅチの持つ刀を砕きながら腕を切り落とした点だ。

 腕が斬り飛ばされたことに驚くも、モータルジハードの隙をついて京太郎の胴体を蹴り飛ばした。

 

 一体何が起こったのかと考えるまでもなく、目の前の少年が悪魔召喚士であることを思い出す。

 例え力量に差があっても自身と仲魔たちの力を借り、束ねることで格上の相手に対しても互角以上に戦うことが出来る存在、それが真に強いデビルサマナーだ。

 イシュタルのタルカジャ、スクカジャが京太郎の身体能力を限界以上に引き出している。これがタケミカヅチの防御を破った理由である。

 

 蹴り飛ばされた京太郎は空中で体制を整え着地した。

 前方を見るとアスラの後ろ姿が見え、あと少しで避難所に辿り着くだろう。

 

「ハッハッハッハ!」

 

 突如の笑い声に眉を顰める京太郎。

 笑い声の主であるタケミカヅチは京太郎を見て満足そうに言う。

 

「時が経ち軟弱者しかおらんと思ったが違ったようだ。貴様のように戦う者が居るのであればこの国も未来は明るいか!」

「人を襲っておいて未来が明るいとかよく言えるな!」

 

 アクアダインの水撃がタケミカヅチを襲う。

 タケミカヅチの四肢が完全なものであればアクアダインさえ切り裂くことが可能だが、腕をなくし体のバランスが崩れた神にそれは不可能であった。

 水撃を回避した軍神の行動を先読みしていた京太郎は渾身の力を込めて刀を振るった。

 京太郎の一撃を受け止めたタケミカヅチはそのまま力づくで押し返そうとするが、京太郎の力が突如として増した。上空で援護するイシュタルのタルカジャが効果を発揮したのだ。

 逆に力づくで切り払った京太郎はその勢いのまま霞の如く切りかかる。

 連続切りのため威力は低いがそれでもタルカジャにより強化された一撃はタケミカヅチを確かに追い詰めていく。

 

「あんたは有名な神なんだろ? なんで人間に牙をむくような真似をするんだ」

「知れたことを。人々が失った信仰心を取り戻すためよ」

「信仰心を? こんなことをしても得ることが出来るのは恐怖心だけだろ」

「信仰の始まりとはつまり畏れから始まる。畏れ、崇め、祈り、鎮める。それこそが信仰の始まりよ」

「そんな勝手が!」

「人々が人の都合で我らを忘れるならば、我らの都合で思い起こさせる。それの何が悪いか」

 

 その言葉を京太郎は強く否定することが出来ない。

 京太郎自身は悪魔ではないが悪魔と共に生きる者ではある。

 例え相手が人でなくとも、会話することが出来る存在を無碍にすることはもはやできなくなっていた。

 

「それでもほかに道はあったはずだ! 神々にとって数十年の月日なんてたかが知れているだろ」

「だが人々にとってはかけがえのない時間だ。我らはうつろわざるものなれど、人々はそれだけの時間があればうつろっていく。この数十年で人々がどれだけ信仰心を失ったか推し量れぬほど愚かではあるまい」

「だからって認められるもんか!」

「それでいい。荒ぶる神の御霊を鎮めるも人の役目よ!」

 

 片腕を失ったタケミカヅチの猛攻を京太郎は強化された肉体で凌ぎ、タケミカヅチの傷口からは血ではなくマグネタイトが流れ失われてゆく。

 時間も状況も京太郎に味方をしていた。

 タケミカヅチの一撃を刀で防いだ瞬間、京太郎は腕を伸ばし頭をつかむと自身の膝にたたきつけた。

 

「カハッ」

 

 そうして出来た隙をつき、刀はタケミカヅチの強靭な首に吸い込まれるように切り飛ばした。

 

「見事」

 

 切り飛ばされた頭部の口から吐き出された言葉はそれだけだった。

 前方を改めて見ると自分が護ってきた人々が保護されている姿を見ることが出来た。

 なんとも無茶をしたとは思うがこれしか手がなかったとも言える。

 

 京太郎がタケミカヅチと戦うことになる時間よりも少し前。

 インハイ会場へとたどり着いた京太郎たちの眼に映ったのは悪魔に襲われる目的地の姿だ。

 引き返すべきかと悩んだが、安全地帯を他に知らず移動することでただでさえ増えてきた一般人がさらに増えてしまう可能性があり、京太郎の手で守る許容値を超えてしまう恐れがあった。

 

 行くも帰すも留まるも地獄とはこのことだ。

 

 思案する京太郎に「行こう」と言ったのは菫だった。

 

「前も後ろも化け物だらけだ。後ろを見ても何もないなら前を向いて目的地へ行くべきだろう」

 

 その強い眼を見て京太郎は強くうなずいた。

 これからやる方法が決して良いことではないと京太郎自身も分かっている。

 それでも悪魔が蔓延る危険地帯を居るよりは混乱さえも力でねじ伏せるという方法は短時間であれば確かに有効だ。

 

 後ろにいる50人近い人々に対して京太郎は言った。

 

「先に行きましょう。見てもらえば分かると思いますが、建物の前まで行ければ安全です」

 

 強化された視力がなくとも見える距離にいるため、会場の前で戦う人々が見えない壁に守られている姿も見える。

 それでも『行こう』と言われて『わかりました』と言えるほど人は強くない。

 

「ちょっと待ってください。子供もいるんです、貴方が強いのは分かってますけどそんな無茶な」

「……大丈夫です。護るのは俺だけじゃないから」

 

 あまり好きな手ではないが、ここまでくれば『たとえ混乱が起きても力で鎮める』と決めた京太郎がCOMPを操作し自身の仲魔を召喚した。

 

「……うお」

 

 現れたイシュタル、アスラ、プロメテウス、ドミニオンの姿を見てたいした騒ぎにならなかったのは先ほどとある男が京太郎に直訴したのを聞いていたためだ。

 加えて京太郎が召喚した悪魔がそれぞれ人型であり角こそ生えているが美女のイシュタルと老人であるプロメテウス。それと人々にとって恐怖の対象ではない天使ドミニオンであることが原因だ。

 唯一アスラだけが人々に威圧感を与えるが、京太郎の背後に立ち勝手な行動を取る気配はないため京太郎を含めた悪魔たちの安心感がそれらを上回った。

 

「皆さんに強化魔法をかけます。子供が居る方は背負ってください」

 

 そうして行使したのはタルカジャとスクカジャだ。

 ラクカジャは正直かけたところで一撃食らえば死んでしまう以上意味がない。

 

 そうして、子供が1人こけるというアクシデントこそ発生するが特段問題はなく会場前まで移動できた訳である。

 

 それから暫くして、近くに存在した暴走COMPをすべて破壊し悪魔たちの送還に成功した京太郎は仲魔たちと共に一息ついていた。

 持っていたペットボトルの蓋を開け、少し飲んだ時背後からパチパチパチと拍手が聞こえた。

 その瞬間、ペットボトルから手を離した京太郎は一気に足を踏み込み振り返りながら渾身の一撃でもって居合切りを放った。

 

「おっと」

「なっ!」

 

 素手で刀をつかんだ男は掴んだ刀身から手を離すと勢いよく腕を振るった。

 技の名前は怪力乱神。タケミカヅチと同じ技だが結果が違う。振るわれた腕は京太郎に直撃こそしなかったが放たれた拳圧が京太郎を吹き飛ばした。

 

「んな!?」

「ふっ」

 

 吹き飛ばされた京太郎にオールバックの男が追撃をかける。

 刀で、手で、時には足で猛攻を防ぐが上から振り下ろした拳を受け止めた時、京太郎は地上へ打ち付けられた。

 

「こいつ……!」

「なるほど。ゲオルグが目をつけるわけだ」

 

 悠々自適に舞い降りた男は京太郎の前に立ちはだかる悪魔たちを見て面白そうに言った。

 

「お前は……」

「安心するといい。直接君と相対しやりあってみたかっただけだ。なにせ君は須賀だしね」

「どういう意味だ!」

「その血と名にもはや意味はないし目的の人物もこの目に見ることが出来た。この場はこれで十分だ」

 

 男の視線は京太郎ではなくその背後にある建物に向けられていた。

 立ち去ろうとする男に対して京太郎は引き止めるように叫ぶ。

 

「待てよ!」

 

 京太郎の肩に激痛が走った。

 よくよく見てみると先ほどの一撃で肩がねじ切れてもおかしくないほどのダメージを受けていた。

 

「わわ、サマナー!」

 

 イシュタルのディアラハンが京太郎の傷を癒す。

 指示をせずとも行動をする悪魔の姿を見て面白そうに笑いながら男は言う。

 

「私の名前は『ミコト』だ。尊敬の尊の字でミコトと呼ぶが我が事ながら仰々しく感じるね」

「お前がこの事件を起こした黒幕なのか?」

「滅相もない! 力は貸しているがそれだけだ。君が『虐殺』した者たちの上役になるかな」

「……謝る気はないぞ」

「当然だ。彼らも自らの命を賭して今回の事件に関わっているんだ、その覚悟はあるだろう……さて」

 

 一つの足跡が聞こえる。

 尊が一歩横に退くと現れたのは赤い装束と笹帽子を被った1人の男が現れた。

 

「須賀京太郎殿でよいか」

「あんたは?」

「ガイア教に身を置く者。ゲオルグ殿に見初められたその力、ぜひとも拝見させていただきたく」

 

 錫杖に取り付けられた鉄の輪が音を鳴らす。

 京太郎のCOMPでアナライズした結果、目の前の男のレベルは60を超えている。

 

 尊の一撃でふらつく体を刀で支えながら臨戦態勢を取った。

 ここに至るまでの一般人の防衛とタケミカヅチとの戦い。そして尊の一撃は回復魔法で癒されているがそれでも京太郎の体に言い知れぬ疲労感を与えている。

 簡単に言えば血を流しすぎているのだ。電撃と水撃魔法を数多く行使しその上血さえも流せば生体マグネタイトを多く失うのも無理はない。

 回復魔法では生体マグネタイトの補充は不可能だ。人間であれば自然と回復してくがそれでも急速に生体マグネタイトを得ることが出来るわけではない。

 

 超短期決戦を行うしかないと京太郎は覚悟を決めた。

 京太郎に向かって破戒僧は拳を振りかぶりながら向かってくる。

 その一撃を受けたのはアスラだ。未だ万全の体調とは言えない京太郎を庇ってのことだ。

 

「指示もなく、自らの意思で行動を起こすとは……だが甘い」

 

 破戒僧の正拳突きがアスラの胸部をとらえる。

 いかに物理耐性があってもレベルが20近く離れている相手からの一撃はアスラに確かなダメージを与えた。

 

「グ、オ……!」

 

 胸部を打たれふらつくアスラを押しのけ破戒僧が行く。

 ドミニオンとプロメテウスの魔法が進路を阻むが破戒僧の拳がそれらをはねのける。

 ついに京太郎のもとへたどり着いた破戒僧が錫杖を京太郎に振り下ろした時京太郎の左半身が砕け散った。

 

 こんなものか。

 

 そう思った瞬間、京太郎の刀が心臓を貫いていた。

 相打ちか、そう思ったのも束の間イシュタルの蘇生魔法が京太郎の失われた左半身を復元しながらも同時に癒していく。

 

「……最初からカウンターを?」

 

 口から血を吐き出しながら破戒僧が問いかける。

 その問いかけに答えたのは10秒と少し経ってからだ。

 

「この体調だから博打を打たなきゃいけないと思った。サマナーなら最初から召喚してたはずだけど召喚する様子を見せなかったからサマナーじゃない。なら分が悪くともいけるかなって」

「召喚魔法は捨てた身故に」

「捨てた?」

「私は元ヤタガラスの退魔士だ。修行の途中で抜け出した半端者が使ってよい技術ではないし、COMPは肌に合わなかった」

「それでそれだけ強くなったのならすごいと思うけど……なんで抜け出したんだ?」

「分からなくなったのだ。なぜ自らのために力を振るってはいけないのか。何も知らずただ生きているだけの人間を護る人生に嫌気がさしたと言うべきか。そんな折ガイア教の友人から誘われてな『お前は私と同じ側の人間だ』と言われ不思議に納得してしまった。家族も大切な人も居なかったしちょうどよかったのだよ」

 

 蘇生魔法の効力で回復した京太郎は少しふらつきながらも破戒僧に近づく。

 心臓を貫かれてもまだ生きているのは覚醒者故の耐久力だ。

 

「この状況だ。須賀殿も私と同じ悩みに至るかもしれない。これは先人からのアドバイスだが、心のままに動くといい、それが自分にとって正しい道だ」

 

 その言葉を聞いたのちに京太郎のジオダインが破戒僧の体を蒸発させた。

 尊の姿は既になく、これで戦いは終わったとほっとした京太郎は倒れてしまうのだった。





ルイが麻雀を教わったのは十四代目の時代というどうでもよい設定。
描写はあまりしてませんが全部見せられてます。
もう少し劇的な状況下で発覚するとかいろいろと考えたけどこれに落ち着きました。さてさてどうなるやら。


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『進む道』

お久しぶりです。
お気に入り登録、評価、誤字脱字報告ありがとうございます。
本当はGWに更新する予定だったけど高熱が出てノックダウン。
それに加えてやはり今回のような話を書くのは苦手ってのもあります。
書いても書いても書き直して今日に至ります。


「んー、大丈夫かなサマナー」

「問題はないじゃろ。生体マグネタイトが枯渇しかけとるがそれで即死する訳じゃないからの。疲労から寝とるだけじゃよ」

 

 倒れた京太郎を背負い運んでいるのはアスラだ。

 ドミニオンは辺りを警戒しつつプロメテウスとイシュタルがアスラの両横に陣取っている。

 半身を砕かれた京太郎の上半身の装備は半壊し防具の形を成していない。それでも不思議なのは京太郎の持つCOMPは傷一つなく無事な点だろう。

 砕かれたのは左半身。京太郎の左腕についていたガントレットに装備されたCOMPにも被害が出てしかるべきで、実際ガントレットは部分部分砕かれており傷はあるがCOMPについては問題はない。

 それぐらい頑強でなければ困るが頑強すぎても不気味であると感じるのは贅沢な話か。

 

「萩原。サマナーを頼んだぞ」

「お任せください。ヤタガラスとしても戦力になる須賀くんを放置はしないでしょうからご安心を」

「じゃろうな」

 

 結界の前まで移動したアスラから京太郎を受け取り背負った。

 東京国際フォーラムに張られている結界は悪魔の存在を拒む。その理は当然京太郎の仲魔であるイシュタルたちにも適用される。

 そこで結界の前で京太郎を預ける誰かが必要なわけだが、戦う力を持ち信用できる者は限られ数少ない該当者がハギヨシであった。

 

 ハギヨシの横に移動するとプロメテウスが京太郎のCOMPを操作し仲魔の送還処理を行った。

 イシュタルたちの体を構成していたマグネタイトは大気に還り彼女たちの意思はCOMPへと向かう。送還処理が無事完了したことを確認するとハギヨシは京太郎を伴い結界内へと歩き出した。

 

「ハギヨシ! 京太郎は無事か?」

 

 真っ青な顔色で向かってきたのは天江衣。

 ハギヨシは入り口前に用意された担架に京太郎を乗せると答えた。

 

「問題はありません。減少した生体マグネタイトと疲労の回復のために眠っているだけですから。なので十分な休息を取れば明日にでも全快するでしょう」

「そうか……よかった」

 

 ホッとしている衣を見やってからハギヨシは自身が着ていた上着を京太郎にかけた。

 真夏日にきっちり礼服を着こなすハギヨシだが当然細工はされており威力が調整されたブフが装着者の体を冷やしてくれる。

 いくら異能者であっても暑いものは暑い。だが対策が出来るのならばどうということはない。

 ちなみに真夏日だから京太郎に上着をかける必要はないのでは? と思うかもしれないがそのあたりはTPOに配慮した形だ。男だからと半裸の少年を放置してはいけない。

 

 衣は青白い表情で眠っている京太郎の頬に手を当てて言った。

 

「衣の時よりずっと強くなったと言っていたがやはり油断できないのだな」

「相手は格上でしたし護衛による疲れもあったからですね。見逃してもらった所もありますが生き残ることが出来たのですから結果としては上々でしょう」

 

 生き残りさえすれば勝ちと言えるのは悪魔と関わってきた者だから言える言葉だ。

 実際腕や足が無くなっても義手を用意すれば済む話だ。

 とはいえ義手・義足の場合蘇生魔法による復元が出来なくなるデメリットがあり継戦能力が減るためやはり生身の体が一番なのだが。

 

 咲たちに京太郎は大丈夫だと豪語していた彼女だが流石にタケミカヅチやガイア教の猛者と戦うことまで読めていたわけではない。

 タケミカヅチに刀で貫かれ、男に腕がねじ切られかけ、破戒僧に半身が砕かれた時は京太郎が居なくなってしまうのではないかという恐怖に襲われた。

 よくよく見れば彼女の眼は赤く充血しており、頬には水滴の後も残っている。それでも笑顔なのは京太郎の無事がうれしいからだ。

 

「久しぶり、天江衣」

「……む? チャンピオンか。息災……いや災難だったな。ハギヨシ」

「はい。どうぞ」

 

 ハギヨシはどこからか取り出したキンキンに冷えた水の入ったペットボトルを照たち3人に手渡した。

 

「ん!? む、すまない。ありがとう」

 

 ハギヨシの良く分からない特技を目にし狼狽えた菫だったが、そろそろ夕方の時間帯とはいえ真夏日の暑さ。目の前には美味しそうな水という誘惑には勝てず手を伸ばし一気に飲み干した。

 頭はもちろん、喉も冷気で痛くなるほどの冷たさだった。それでも飲み干したのは喉が渇いてたせいもあるが今まで感じていた不安や恐怖を水と一緒に飲み干したかったからだ。

 

「あー! すごくおいしい!」

「大丈夫?」

「……なんだ。安心したら腰が、な」

 

 笑顔で水を飲む淡と安心から座り込んだ菫を心配する照。

 安全な場所で水を飲んだことで緊張感がほぐされた結果緊張感が解けてしまったのだろう。水を飲み終えた淡は恐怖から安堵への急転直下により高鳴る心臓を無理にでも押さえつけようとして、座り込んだ菫を心配する照の手もよく見れば震えている。

 

「少し時間をおいてから案内した方がよさそうですね」

「無理もあるまい。衣も同じ境遇になればああなるぞ」

「そうかもしれませんが、ご安心ください。そんな可能性はありませんので」

「うん! 信じているからな」

 

 信じているという言葉の中にはハギヨシだけでなく京太郎も含まれている。

 近くに居るハギヨシ、状況を解決するために動いているヤタガラスと京太郎が居れば絶対に大丈夫だと衣は思っている。まぁ、ヤタガラスに関してはおまけ扱いだが。

 

「とはいえ須賀くんももう少し強くならなければ厳しいでしょうね。この状況では嫌でも強くなるでしょうが」

「……どうにかならないか?」

「悪魔と合体して悪魔人に! とは彼の仲魔はともかく、衣様も私たちも彼自身も望みません。デビルサマナーが取れる即効性のある強化方法は限られます」

「そんな方法があるのか?」

「悪魔合体です。そのうえで現状より強くなるならアプリの力を借りなければならないでしょう。こうなるとパラケルススがこの場に居ないのは痛いですね」

 

 デビルサマナーの基本は交渉・戦闘・合体である。

 異界の情報を前もって取得していればメタ構成で悪魔を用意し戦い完封を狙うのが基本だ。用意した悪魔の耐性が完ぺきであればレベル差さえも容易に覆すこともできるがそのためには悪魔合体が必須で、それを補助することが出来るのがアプリだ。

 悪魔合体やアプリをCOMPにインストールすることが出来る稀有な人間の1人がパラケルススであり、彼のような人間と親密な関係になるのはデビルサマナーとしては有意な点になるが悪魔合体をする人間がまともであるはずがないため、仲良くしようと思ってもなかなかできるものではない。

 当然合体可能な人はここにも存在するが京太郎と相性が良いかは話は別だ。

 

「どうにかならないか? 衣は京太郎に死んでほしくないんだ」

「ターミナルさえ動いてれば。ですが対策されているでしょうからね」

 

 ターミナルでの移動が可能であれば帝都の外と行き来が可能になってしまう。

 

「萩原の言うとおりターミナルは使えないよ。さて、少し退いててもらえるかい?」

 

 近くに来たトシが取り出したのは魔石からマグネタイトを抽出し照射する器材である。

 人間が生み出す生体マグネタイトを増やす効力がある。これを京太郎に取り付け器材を起動させた。

 

「暫くすれば起き上がれる。若いんだから生体マグネタイトの回復量も高いだろうしね」

「感情をコントロールできないからこその思春期ですがサマナーにとってはある種の全盛期ですね」

「ライドウも須賀くんも今が一番強くなる時だ。彼らが強くなることだけを考えればこの事件はちょうどいいが……」

「帝都に住む人々及びこの日の本を犠牲にしてと問われると比べちゃいけませんね」

「まったくね。経済的ダメージも含めて考えると頭が痛くなるよ」

 

 帝都は日本の中心である。当然経済に関しても同一でありたった一日帝都が機能しないだけでも経済損失は想像を絶する。

 付け加えるならば経済だけではなく諸外国との関係の問題もある。日本にはスパイに関係する法律が存在しない。いかにヤタガラスが排除を行おうともそれは裏からであり表立って排除することはできない。滞在しているスパイたちから現状の帝都の情報も諸外国へと情報は連携されているだろうし考えれば考える程トシは頭が痛かった。

 

「とにかく須賀くんが今日得た情報も知りたいが難しいかね」

「少なくとも5時間は寝ているかと。途中起きたとしてもすぐに倒れてしまいますが、情報交換であればプロメテウスを喚べば問題はないでしょう。彼ならば須賀くんの命令でなくとも必要であればこちらの要請も聞いてくれるでしょうから」

「自由意志ってのも困りもんだが今はありがたいか。プロメテウスを召喚しよう」

 

 COMPのメリットでもありデメリットでもある点がこれだ。

 COMPはあくまで科学であり使用者の制限は可能だがしていなければ誰でも操ることが可能である。

 

「……まぁ別に構わんのじゃがな」

 

 誰でも操ることができるとはいえ契約している悪魔がそれを快く受けるかは別である。

 それはプロメテウスも同様であり京太郎以外の人間に召喚されることに少々の不快感を表していた。

 

「申し訳ありません。ですが今は情報の共有を一刻も早く行いたく」

「分かっとるわ。じゃがそれと心情は別じゃからな……わしならともかくイシュタルなら暴れとるぞ」

「えぇ、ですから貴方を選んだのです。もう1人、ドミニオンは少々派手ですからね」

「古の時代の姿でも羽根が生えとるからのー。わしゃ昔から爺さんじゃが。さて情報じゃったな……」

 

 それからプロメテウスが伝えたのは本日あった出来事である。元々毎日情報を連携していたこともありそこまで時間はかからなかった。

 その中でヤタガラスが最も注視したのは瘴気についてだ。瘴気のサーチを行うことができれば暴走COMPと化したスマホの破壊は容易となる。そうなれば現状における問題点の一つは解決することができるはずだ。

 

「『東京封鎖』か。言いえて妙だね」

「儂らはこの言葉の詳細を理解しておらん。聞かせてもらえるかの?」

「四天王の結界の効果が反転しています。本来であれば魔を弾き人を受け入れる結界が反転しているんです。ただし四神の結界は正常に動作しています。つまり……」

「人も魔も弾く……つまり言葉通りの東京封鎖と言う訳じゃの。洒落が効いとるわ」

「えぇ、まったく」

 

 嫌味もなくハギヨシがほほ笑んでいるのは彼からすればヤタガラスの失策はどこ吹く風のものでしかないからだ。

 事実トシは苦々しく何かを噛み締める様に眉をひそめている。彼女だけではなくヤタガラスに属する人間であれば同様の反応を示すだろう。

 

「しかもヤタガラスから離反者が出ている可能性もありますから洒落は更に磨きが掛かりますね」

「はー。昔と比べてるとかなり劣化しとるの。いや、昔も確かヤタガラスから離反者が出たせいでいろいろと問題が発生しとったか。晴明とか宇宙生物とか」

「今も昔も人は変わらないという証左でしょう」

「それでこの後どうするつもりなんじゃ?」

「部外者の私が言うのもあれですが、まずは人々の生存範囲を広げることになるでしょう。その後四天王との契約を結びなおし結界に関する権限を手に入れその後大元の対処ですね」

「範囲を広げんと人が死に過ぎ、結界に関する権限を取り戻さんと最後に何をしてくるかわからん。ならそうもなるか」

 

 現状四天王の結界はその役割が反転こそしていても、四神の結界には作用していない。

 だが万が一四天王の結界が四神結界に作用し四神の結界が破壊されるようなことになれば、悪魔たちが日本いや、世界に散らばる可能性さえある。

 生存範囲を広げるのは現状インハイ会場であるここが最も戦力として充実しているからだ。ここを中心として結界を広げれば他で生き残っている人たちも救い上げることが出来る。最もそのためには暴走COMPと悪魔に対する対処が必須だが。

 

「大変じゃのう。生きる力を持たぬ人間なぞ見捨てればいいだけじゃ」

「そうもいかないのがヤタガラスで、それを見過ごせないのが貴方のサマナーでしょう?」

「まったくの。じゃからこそ面白いんじゃがな」

 

 プロメテウスからすれば有象無象の人間なんてどうでもいい。

 京太郎は化け物と呼び捨てる者たちに守られるしかない人々に疑問を持つ程度で済んでいるが、その思考をさらに発展させたのがプロメテウスというよりその本体の考えと言える。

 つまり、戦う力を持たぬ者たちは生きる資格はなく、それでも生きることができる弱者とは強者に存在を許されたものであるという考え方だ。

 京太郎に恐怖しながらも彼に付き従い生き延びた一般人は京太郎に生きることを許されたからという見方もでき、秩序側でも混沌側でもそれは変わらない。

 彼らを護る理由が、言葉が違うだけでありその本質は力を持つ者のみが許された行動だからだ。

 

 最初は休まる時間を求めて分霊を人間界に差し向けたプロメテウスにとって、今の楽しみは京太郎がいずれ出すことになる選択の行先だ。

 それが例え自分と異なる思想、道であったとしてもプロメテウスは構わなかった。メシアの居ない現状において唯一神との決着をつけるためのラグナロクは未だ起きず、京太郎の選択で自分たち混沌の勢力と絶対的な敵対関係とはならない。

 付け加えて言うのなら秩序に偏っても、偏ったからこそ自身との契約をずっと叶え続けるだろうという考えもあった。

 普通に過ごしている分にはどんなアライメントであっても、一定の理解があれば分かり合えるということはプロメテウスは知っていた。

 彼はとある物を天使でも悪魔でも人であっても扱うように広めようと尽力した結果、天使とも話し合ってきた経験があるのだから。

 

「サマナーの強化についてじゃが萩原の考え通りであっとるの。恐らくサマナーはあれを求めるじゃろうから、できる限り格安で手に入れたいんじゃが。防具もぶっ壊れたから買い替えんといかん」

「そろそろ替え時でしたから丁度いいとは思いますが、それはそれこれはこれですね。パラケルスス、あの変態はいて欲しい時にいてくれなくて困ります」

 

 京太郎が求める物も防具も決して安くはない。

 特に防具は効果が良ければ良いほど高くなり、京太郎のようにベストといった軽量装備に性能を求めると更に値段が跳ね上がる。

 

「変態とは失礼だな。まあいい、それで呼んだかい?」

 

 そう言いながらメイド服を着た造魔マチコと、彼女よりは生命力を感じる表情に金の長い髪を持つ少女を伴い現れたのはパラケルススだ。

 唖然とするハギヨシたちの横をすり抜け少女は京太郎の近くに駆け寄ると心配そうに彼の顔を見ている。

 

「手を握ってやると良い。彼と君の相性を考えればそれだけで効果があるだろう」

「……ん」

 

 その小さな手で京太郎の手を必死に握りしめる少女を見て満足そうに頷くのはパラケルスス。

 その近くで少女の姿を見た宮永照が「うそ……」と小さく言葉を零したがそれに気づくことなく、パラケルススにプロメテウスが声をかけた。

 

「なんじゃ来とったんかい」

「数時間前にね。あの子がサマナーと会えず寂しそうにしていたからターミナルで長野から来たんだ。ちなみにターミナルはもう動いていないぞ」

「じゃろうな。しかしタイミングばっちりじゃったな?」

「戦闘が終わったのを確認してから来たからね。しかし今のサマナーの様子を見るに思ったよりもまずい状況のようだ」

「細かい話は後で話すとするが主に頼みたいことがある」

「分かっているよ。私に頼むということは悪魔合体かアプリに関連しているのだろ? 悪魔合体に関しては私の研究設備が帝都にもあるからそこで行うとしてアプリはノートPCを持ってきているから対応は可能だ」

「分かった。ならば……」

 

 パラケルススに要望を伝えようとしたときプロメテウスの動きがまるで時でも止まったかのように停止した。

 コツコツと音を立てて向かってくる一人の女性が原因だがハギヨシたちにはそれを察することが出来なかった。

 脂汗まで流すプロメテウスに怪訝そうに「大丈夫ですか?」とハギヨシが問いかけようとした時だ。

 

「京ちゃん!」

 

 衣もよく知る少女の声がエントランスに響いた。

 宮永咲は全力で走ってきたのだろう、彼女は運動能力は低く肩で息をしながら倒れる京太郎を見て顔を青ざめ静止するも、胸が上下に動いているのを見て生きていると安堵した。

 

「京ちゃ」

「行かせないぞ」

 

 浮つく足を必死に動かしながら手を伸ばす咲の前に立ちはだかり手を広げて止めるのは天江衣だ。

 久方ぶりに見る少女とは思えない程の威圧感に加え、少し赤く充血した瞳を見た咲は蛇を想起した。

 

「京太郎が戦うのを止めに来たのだろ? 私はそれを許せない」

「な……」

 

 その強い拒絶に一瞬たじろいだ。

 なぜ咲が真っすぐここへやってこれたのか衣には理解できない。だが咲の目的を察せない衣ではない。

 奥歯を噛み締め胸元に持ってきた手を強く握りしめながら咲は言う。

 

「衣ちゃんも見てたんだよね? 京ちゃんが……!」

「腕がねじ切れそうになったことか? 半身が砕けそうになったことか? 知っているぞ」

「なら! なら止めてよ! 生きているのが不思議なくらいなんだよ!」

 

 咲の脳裏には死にかけた。いや、死んだと形容してもいい有様になった京太郎の姿が焼き付けられている。

 腕があり得ないほどぐちゃぐちゃになり血が流れ、半身が砕かれ、京太郎の中まで見ることさえ可能なグロ映像とそれが再生していく様はまさにトラウマである。

 親しいものに酷い目にあってほしくない。それは常人が抱く普通の考えであり思いやりだ。

 

「そうだな。衣も京太郎には怪我をしてほしくない」

「なら!」

「でも。それを京太郎自身が望んでいないことを衣は知っているんだ。だから止めさせない」

 

 自分の身を危険においてでも戦おうとする少年の姿を天江衣は知っている。

 語るまでもなく他ならぬ衣がその姿に救われた人間の一人だからだがそれは言い訳に過ぎない。

 なぜサマナーとして生きると決意したのかその理由を衣は知らない。けれどデビルサマナー須賀京太郎だからこそ龍門渕と繋がり衣の近くに京太郎は居る。

 清澄高校の須賀京太郎では自分と居る理由はないと衣は理解しており、懐かしい匂いと気配を感じる大事な恩人との繋がりが絶たれる事を衣は恐怖した。

 

 どれだけの恐怖であるかといえば、大切な友人の繋がりを絶ってでも自分の繋がりを護ろうと思うぐらいにその想いは強かった。

 

 そこまでの想いを咲は知らないはずだ。

 それでも衣が強い意志でもって自分の嫌がることをしようとしていることを理解した。

 咲はそれを許容することはできない。なぜならそれは自分が取り戻そうとしている繋がりと同じぐらいに大切な物だからだ。

 

 咲が強い言葉で衣を強談しようとしたとき、背後から幾つもの足跡が聞こえた。

 それは咲と共に外の戦いを見ていた面々だが、その内の一人を見たプロメテウスが「は?」と珍しく間抜けな声をあげた。

 

「ふふふ。ボーイミーツガールのその後といった感じで面白いものだな。恋はないがそれでも少女のために戦った少年とそれを知らぬ少年を知る少女の話だ。これもまた一つの物語の形かな」

 

 魔性とも言える美を振りまきながら言うはルイ・サイファーだ。

 辺りに居たヤタガラスの退魔士たちがまるで魔法を受けたように魅了される中ただ一人プロメテウスのみが「は……? は? え? は?」と脳の機能をバグらせていた。

 

「ルイ・サイファーだって? 姿を消した最強の雀士がなんでここに居るんだい?」

 

 トシが困惑の声を上げる中「そいつは人間じゃないじぇ!」と大きな声をあげたのは片岡優希だ。

 倒れる京太郎を見て眼を細める彼女だが、まず伝えなければならないことを声に出していた。

 

「人間じゃない? だがこの気配は人間そのもの……」

「いえ、待ってください。確かに神経を尖らせた上で探れば分かります。確かに彼女は人間ではない……。劣化分霊……それも人間によく似せたものですか」

 

 拍手をしながら満足そうに頷きルイは言った。

 

「当たりだ。さすがは元葛葉の人間だね。昔は紳士の姿をしていたのだが昨今は女性の姿の方が怪しまれなくてね。まぁ私からすれば男も女も些細な違いでしかないのだが。安心していい、今の私は人の女性ほどの腕力しかないから大したことはできないよ」

 

 そう言われて警戒を解く奴は居ない。

 そもそも悪魔とはその口のうまさも警戒しなければならない。例え力なくても、その口車に乗り破滅の道に至るのはよく聞く話だ。

 それに劣化分霊なら本体が居るはずでハギヨシクラスの人間が注意深く探らなければ気づけないほど精巧な人間の身体を用意する彼女を警戒しない理由はない。

 

 ルイ・サイファーは倒れている京太郎を見ると残念そうにため息をついた。

 

「色々と話したいと思っていたが倒れているか。無理もないが」

「あなたの狙いは須賀くんですか?」

「狙いとは人聞きの悪い。劣化分霊とはいえ部下が世話になっているのだから世話をしているサマナーに礼を言いたいと思うのは当然だろう? そうだと思わないかい? そこで固まってる魔神」

 

 全ての人の視線がプロメテウスへと向けられた。

 プロメテウスはギギギという音が聞こえるほどに硬い身体を必死に動かしルイを見据え言った。

 

「なーんでおるんじゃ……」

「最近本体のマグネタイトの質が上がったことには気づいたからね。君のストレスが和らいでいるようで何より」

「上司がええからのう。お陰で労わってくれるわい」

「ハハハハ。正面から褒められるとむず痒いね」

「言うまでもなく褒めとるのはサマナーに対してで貴方にではないわい」

 

 ため息をそして悪態をつきながらもプロメテウスは『貴方』と言った。

 どんなに劣悪な環境に置かれても彼らにとって強さこそが正義でありプロメテウスの本体よりも強いのがルイの本体なので当然の対応だ。

 逆に言えばプロメテウスの方が強ければ手のひらは簡単にクルっと回転する。

 

「う、ぐ……」

 

 そんな中うめき声と共に起き上がろうとしているのは京太郎だ。

 真っ青な顔で口を抑えながらも身体を動かそうとする彼の身体を光は押さえつけようとするのだが小学生ほどの力しか持たない彼女では体調が最悪な京太郎でも抑えることは不可能だった。

 

「この、気配は……?」

 

 京太郎が起き上がろうとしている原因は不穏な気配を感じたのが原因だ。

 それはハギヨシの警戒心であったり衣や咲のいがみ合いの感情であったり様々だが最も強い原因はプロメテウスとルイ・サイファーだ。

 いつもとは異なるほど歪んだ気配を放つプロメテウスの変化に倒れていた京太郎が反応した形だ。

 

「京ちゃん!」

 

 寝ていてよいと声をかけようとしたプロメテウスよりも早く反応したのは咲だ。

 京太郎はその声と彼女の顔を見て「あぁ、バレたのだな」と理解し納得した。

 

「京ちゃんもうあんなのやめてよ……」

「……咲。分かってるだろ?」

 

 マグネタイトが枯渇し動いてはならない身体を酷使し立ち上がりながら京太郎は言う。

 

「分かりたくないもん! うん。って言ってくれるだけで良いんだよ!」

「そういうわけにはいかないって。いや違うか。そうしたくないんだ。他ならない、俺自身が」

 

 それだけで咲には伝わってしまった。

 たとえどれだけの言葉を投げかけても自分の言葉で京太郎は決して止まらないと。

 

「……嘘つき。ずっと一緒に居てくれるって言ったのに」

「それはごめん。勢いで言った部分だ。本当はもう2年は居るつもりだったのにな」

 

 別れはもっと先だと思っていた。

 姉と仲直りできれば友人もできた咲に対して京太郎の憂いは消える。あとは高校卒業と大学生活で疎遠になるなんて言うのはよくある話を利用する予定だった。

 京太郎の内心を理解しつつも、涙声も咲は訴え続ける。

 

「見てたよ。腕が取れかけて京ちゃんが粉々になっちゃうところ」

「ごめん。グロかったよな。でもいつもああなるわけじゃなくてさ。今の俺にはアレが最善手だったんだ」

「知らなかった。こんなことしているなんて」

「俺だって咲があんなに麻雀強いなんて知らなかったよ。鴨連れてきたぜーなんて俺とんだピエロだったよな」

「……あのさ私が麻雀してなかったら京ちゃんは」

「それでもきっと同じだったかな。俺が咲を麻雀部に誘って、俺が居るからって理由で咲も麻雀部に残って咲が初心者でも清澄の皆なら決勝まで行っていた」

 

 そうなれば後は同じだ。

 優勝したのはおそらく龍門渕で龍門渕主催でパーティが行われそこに京太郎は居ない。

 京太郎が麻雀に興味を持った時点で運命は決まっていたのである。

 

「これを、COMPを手に入れて巻き込まれる形で戦ってサマナーになるって決めてさ」

「……やだ」

「最初は巻き込まれて生き残るためだった。次も巻き込まれてそれでも護りたいって思って戦って、次は自分の意志で戦いに向かった」

「やだよ……」

 

 顔を手で覆って拒絶するように首を振る咲に京太郎は続ける。

 

「仲魔……咲たちにとっては悪魔、怪物だけど。そいつらと一緒に過ごして、衣さんが大変な目にあうって知って、そこで道を決めて、東京に来て俺のせいで普通の人が死んだんだ」

 

 ゲオルグとの一件は京太郎にとってとても強烈で印象的だった。

 悪魔と合体され自らの手で葬った母子は初めて救うことが出来なかった人々だった。

 

「それだけじゃない。今東京中が大変なことになってて少しでも人手が必要で助けてって俺に言った人たちが居て、俺は助けたいって強く思ったんだ。だってさ」

 

 全てを護ることはできない。

 それでも例え力を持つ自分が否定され拒絶されてもただ一言「ありがとう」と言われた嬉しさを京太郎は決して忘れない。

 京太郎自身が巻き込まれた異界。桃子たちと共に巻き込まれた鶴賀異変。神を崇めた者たちと力に恐怖した老人が起こした龍門渕異変。神代小蒔の拉致と宮守、阿知賀高校の拉致未遂に母子の悪魔化と殺害にそれらを原因たる東京封鎖。

 それらに共通する言葉は一つだ。

 

「俺はそんな『理不尽』に巻き込まれた人たちを助ける力が欲しいと思ってデビルサマナーになる道を選んだんだ。だから何を言われても止まらない」

 

 それが京太郎の戦う理由だ。

 例え咲の言うことを聞いて戦うことをやめたとしても目の前で誰かが悪魔によって傷つくところを見たなら京太郎は動くだろう。

 

「それにさ、咲。俺は宮永照さんの代わりにはなれないよ」

「……あ」

「だから俺がどこかに居なくなるかもしれないって思った時必死になったんだろ?」

 

 咲にとってずっと一緒に居た照が突然居なくなったのは一つのトラウマだ。

 だから京太郎が居なくなるかもしれないと思った時照を想起して必死になった。

 

 呆然と口を開ける咲に「やっぱりな」と思いながら京太郎は優希と和を見た。

 

「つーわけでさ、咲を頼むな。俺はもうその役割はできないからさ」

「何言ってるんだ! この事件が終わっても一緒に居ればいいだろ!」

「……色々あってそうもいかないんだ。だからごめん、頼んだ」

 

 ゲオルグに狙われた時点で京太郎の運命は決定した。

 東京封鎖の中ゲオルグは京太郎を狙うだろう。そして嫌でも決着をつけることになり、京太郎がゲオルグを倒した場合京太郎の名は裏の世界に響くことになる。

 そうなれば京太郎を引き入れようと数多の組織が動き京太郎の親しい人間を人質にする可能性がある。

 なら戦わなければ良いと思うかもしれないがその選択をした場合ゲオルグは京太郎を戦わせるために近しい人間にちょっかいをかけ最悪咲たちが犠牲になる。

 東京封鎖がどのような決着になるか不透明だが京太郎が生き残った場合の結果は既に決まっている。

 

 ふぅと一息ついた。

 その瞬間頭がぐらりと揺れ自身の限界を自分のみならず他者にも知らしめした。

 それでもルイ・サイファーを見据えながら京太郎は言う。

 

「あんたがプロメテウスの本体の上司?」

「そうだよ。部下がお世話になっているね」

 

 京太郎は過去にプロメテウスに対してこう問いかけたことがある。

 

 『俺もレベル40になったしそろそろお前の本体を喚べるぐらいになったか?』

 

 京太郎にとってみれば軽い問答。レベル40ともなれば魔王も、魔神も、大天使さえも従えさせることが出来るほどの実力者となった。

 普通に考えれば充分ともいえる力量。それに対しプロメテウスは言った。

 

 『甘いわ。まーだまだ半分にも届い取らんわい』

 

 冗談交じりに言った言葉は決して嘘ではない。

 そしてプロメテウスが人間界に現れた理由は上司からのパワハラによるストレスが原因だ。

 魔界はガイア教のように弱肉強食の思想がはびこる混沌の世界だ。その世界で上司と呼ぶのならつまり、プロメテウスの本体よりもその上司は強い。

 その事実を認識しながらも京太郎はプロメテウスと過ごした2か月の月日を脳裏に浮かべながら言う。

 

「こいつに時々で良いから休みをくれ」

「……は?」

 

 笑みが凍り付いたように消え真顔で声をあげた。

 

「だから休暇だって。上位悪魔が音を上げる職場環境とかありえないって。こいつのサマナーとして俺はそれを望む」

「……私に望むのがそれかい? 私であればこの東京封鎖を終えられると思わないのかい?」

「その代償の方が怖いよ。それにそれはきっとマッチポンプだろ?」

 

 プロメテウスが前に言った上司が期待外れ云々の言葉を京太郎は覚えていた。

 今回の件と繋がっているか確証はないが言ってみたのだ。

 その言葉がハッタリだと気付いた上で大きなため息をつきながらルイは言う。

 

「……まったく惜しいことをしたものだ。分かったあの天に輝く明けの明星の名においてプロメテウスの本体についてはなんとかしよう。とても面白い言葉を聞けたお礼だよ」

「そっか。なら、よか、った」

 

 限界の訪れた京太郎がついに倒れた。

 必死に支える光を押しつぶさんとするところをハギヨシが支え横にした。

 

「まったくお前が羨ましいね。人は楽へ楽へと向かう気質があるものだが選ばずお前のことを願うとは」

「考えろとは口酸っぱく言っていたでな。ここで助力を願うなら叱らんといかん。まぁ儂について言及するとは思わなんだが」

 

 自身のサマナーが出した答えにプロメテウスは嬉しそうにうなずいた。

 軽く笑いながらその姿が透明になっていくルイにギョッとする面々を気にすることなくルイは言う。

 

「面白い物を見せてくれた礼だ。私が口にした言葉の意味だが今回の事件の首謀者の一人が人としての意識を消したためだ」

「消えた……?」

「転生者故に前世の記憶と魂と力に押しつぶされかけながらも抗うその姿はとても美しかったのだよ。だがそれが潰えた。だから期待外れだったのさ。しかしその力は本物だ、気を付けたまえよ」

 

 完全に姿を消したルイの気配はハギヨシでさえもう感じ取ることはできない。

 いつの間にかやってきた大沼秋一郎は深いため息をつくと京太郎の個室への搬送と散開を指示した。

 

 運ばれてゆく京太郎に手を伸ばそうとした咲に大沼は懐から取り出したデビルスリープを使用し眠らせるとこう言った。

 

「この嬢ちゃんも含めてあんたら須賀京太郎との接触は禁止な」

「……は?」

 

 その言葉にあっけにとられたあと、理解した優希が抗議しようとしたときに止めたのはまこだった。

 

「京太郎が戦力だからじゃ……ですか?」

「そういうこった。万が一戦わないなんて言われても困るからな。これが平時なら若いもん同士好きにやっていろってな話だがことは帝都……いやこの国に関係するからな」

「わしら個人個人の感情はおいとけと」

 

 個人の感情で言えば納得することはできない。

 例えそれが本人の意思であったとしても人が人を殺す事は許されないとまこの脳が語る。だがそれと同時にこの状況であれば仕方がないと考える自分が居ることにまこは気づいていた。

 京太郎を心配する自分と現状の状況を考えてまこが下した結論は。

 

「……分かりました」

 

 の一言に集約される。

 

「な、なに言ってるじぇまこ先輩! それじゃ京太郎が……!」

「その京太郎自身が望んどるのは聞いた通りじゃろ? それに国レベルと言われてはのう……」

 

 どう考えても感情を優先させていい問題ではなかった。

 納得できない優希を慰めるのは和だ。

 彼女にしても納得できる話ではないがそれでも優希ほど感情的になっていないのは論理的に考えれば当然の答えだったからだ。

 大して京太郎と親しくないからこそ感情的にならなかったとも言えるが彼女の本質は元よりデジタル思考にある。

 

「それにここは言うことを聞いた方がええじゃろ。下手に言えばわしらがここから追い出されてしまうかもしれん」

「で、でも……!」

 

 優希がここまで言うのは当然京太郎が砕け散る瞬間を彼女も見たからだ。

 友人の身体が砕け散る光景を思い出し酸っぱいものが込み上げるのを優希は必死に我慢した。

 

「久もそれでええな」

「え、ええ……」

 

 久にしてみれば思考が追い付いていない。

 想定外の出来事には弱い彼女らしい反応である。

 そんな彼女の背をポンポンと叩きながら咲を背負ったハギヨシを伴いまこたちはこの場を去った。

 

「これで良いんですの?」

 

 去っていく清澄勢の背中を見ながら透華が言う。

 

「須賀京太郎が言ったとおりだ。どうせ今回の事件が終われば全部忘れるんだ問題はねぇさ」

 

 そう言ってタバコを吹かしながら去る大沼の背中をため息をつきながら見送った。

 

 照たちもヤタガラスの人間に案内され姿を消し、パラケルススや衣に透華は運ばれる京太郎の後をついていく。

 エントランスにはもう誰も残っていなかった。

 

 

 

 




本当はもっと清澄勢の反応とか書きたかったけどテンポが悪い。
東京編に入ってから文字数も多くなりその割には話が進んでないのでいまさらと言えば今更ですが登場人物の多さが原因ですね。
サクサク話が進んでた長野編が懐かしいです。


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『東京封鎖1日目夜 Part1』

お気に入り登録、誤字報告いつもありがとうございます。
ほんとは一話で一日目終わりまで書きたかったですが文字数多くなったので生存報告兼ねて更新。

タイトルは思いつかんかった。一話でまとめるつもりだったからね……。多分Part3まで続く予定。2は書けてるので一週間以内に更新して3は未定であります。


 京太郎に与えられたのは一人で過ごすには大きすぎる部屋で、実際この場に居る面々が自由にくつろいでいても窮屈さは一切感じない。

 個室が与えられた理由は、戦いの疲れを明日に残すなという意味もあるが装備の点検や仲魔たちを召喚しても良いようにだ。

 しかし防音性能はそれほど良くないのか、はたまた外が騒がしすぎるのか。部屋の外から聞こえる多くの人々が原因で起きる声や足跡が微かにだが聞こえる。

 そんな個室の中で京太郎が唸り声と共に目覚めたのは彼が倒れてから5時間後のことだった。

 

 少しだけ眼を開けて、蛍光灯の光に眼が眩み腕で庇うと影が入り込んだ。

 何事かと腕をどけて眼を見開くと、大きな眼でジッと京太郎を見つめる少女の瞳が眼に入った。

 未だ覚醒していない頭でぼーっと少女の瞳を見ると、瞳の中に自分が映っており不思議な気分に陥った。

 それから数十秒後「おはよう」という挨拶を少女に向けて言った。

 

「うん。おはよう」

 

 起き上がるために覆いかぶさるように自分を見ていた少女――光の肩を軽く押して京太郎は起き上がった。

 まだ少しふらつくのは寝起きのせいもあるがまだ完全には生体マグネタイトが補充されていないためである。

 だがそれも暫くすれば解消されるだろうと判断し、周りを確認すると京太郎の視界にパラケルスス、マチコ、ハギヨシ、衣、透華の姿が映った。

 

 ハギヨシは京太郎の唸り声を聞いたのを見計らい設置された冷蔵庫から冷えたお茶を取り出し京太郎へ手渡した。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。一気には飲まないでくださいね、まだ身体も万全ではないでしょうしお腹を壊して明日へ支障が出てもつまらないですから」

「それが原因で死にました。なんて洒落にならないっすもんね」

 

 死因胃痛。ギャグマンガであれば許されるだろうが現実では笑い話にもなりはしない。

 以前あった阿保みたいな死亡一歩手前の事故を思い出し京太郎は真顔になった。

 

「おはよう、というかこんばんはか? とにかく体調はどうだ?」

「おはようございます。ちょっとふらつくぐらいですかね。大丈夫です」

 

 衣と挨拶を交わしつつお茶を一口飲むとムセてしまった。

 お茶が器官に入ったのが原因だが体調が万全でないのも一因だろう。

 

「大丈夫ですか? 京太郎さん」

「大丈夫っす。まだちょっとだるいけど明日になれば回復してると思います。夜眠れそうになさそうなのが心配の種ですけど最悪はデビルスリープ使って無理やり寝ます」

 

 本来であればドルミナーを使えるのが一番だが、ないのだから仕方がない。

 幾つかデビルスリープを消費することになるが体調を整えることが最も優先すべき事柄だ。

 と、そこまで考えたうえでの発言だったが透華は首を振るといった。

 

「いえ、体調もですがそれ以外にも……覚えていらっしゃいますか?」

 

 少しだけ首をかしげて、一つだけ思い当たることがあることに気づいた。

 

「あぁ……。覚えてます。咲たちですよね」

「えぇ。宮永さんや染谷さんは須賀さんを心配していましたが、他の方たちは怒っている様子でしたし」

 

 最悪に近い形のバレ方だった。

 咲は勿論のことだが、その他のメンバーについても納得はしていないだろう。

 

「……咲とは全部終わったらもう一度話すつもりです。余裕がなかったとはいえいくら何でもひど過ぎたかなと」

「他の方たちとはよろしいのかしら?」

 

 少しだけ考えてからこう答えた。

 

「問題ないっすよ。染谷先輩と優希には申し訳なく思うけど……原村や部長の場合は俺を心配して怒ってるわけじゃないっすから」

「それはどういう?」

「咲を傷つける行動を取った俺に怒ってるんすよ。優希と違って無茶をした俺を心配して怒ってるんじゃなくて、あくまで咲を中心に怒ってるって感じだろうし」

「確かにその様に見受けられはしましたが……」

 

 優先順位はどんな事象にも存在する。

 優希の場合実際には咲が傷ついていることを含めて怒っているが、怒りの原動力は危険な行動をしている京太郎を心配してのことだ。まこは危険に首を突っ込んだ京太郎のことを勿論心配しているし咲のことも気にかけているが、京太郎の自由意志を優先した形である。

 この二人は咲と京太郎どちらにも優先順位をつけていない。だが他の2人は違い完全に咲へと感情移入している。

 和から見て京太郎は咲の友人で、最近はともかく自分の一部分をガン見してくる同級生。久から見れば咲を連れてきた後輩である。

 久からすれば多少の感謝はあれど京太郎と咲を比べて大事に思っているのは咲である。だから咲が泣いている姿を見て2人は怒っている。優希と違いその怒りの中心に居るのは京太郎ではない。

 もし『京太郎がもう少し麻雀部に居る時間が長く、部活メンバーを支える行動』取っていたら久は勿論和だって京太郎に対する印象や今回の件に関する対応が変わっていた可能性はある。

 それは京太郎から彼女たち2人に対する態度にも言える話だがそれは既に『もしかしたら』の過ぎ去った過去の可能性に過ぎない。

 

「まぁでも」

「はい?」

「ほんとままならないっすね。もっと段階を踏む予定だったんですけど……」

 

 咲に関しては和と優希が居るから大丈夫だと京太郎は判断している。

 お世話係を任せるようでアレだが、高校生活の中で少しずつ少しずつ彼女たちと疎遠になり大学受験をきっかけに関係を断ち切るつもりだった。

 高校では仲が良くても、大学生や社会人になれば関係が希薄になるのはよくある話であり、京太郎もそうするつもりだった。

 

「これは神々も同じだろうが、この世はどうしてこうなったの塊だ。なにせ神から悪魔に貶められるんだからな、骨身に沁みるほど味わっているだろう。ほら、アプリをインストールしておいたぞ」

「どもっす」

 

 パラケルススから渡されたCOMPの中を確認するといくつかのアプリが新規にインストールされており、その中で注目すべきは上限解放アプリだ。

 本来はサマナー以上の力を持つ悪魔を従えるにはハイレベルアップした悪魔など条件があったが、このアプリをインストールすることで仲魔にできる悪魔のレベルを緩和することが出来る。

 そしてこれこそが古き退魔士たちを駆逐する原因にもなったアプリであり、京太郎も早期に入れるべきだと勧められたがとある事情でこれを断った。

 その事情とは仲魔の力に頼りきりになり自身の戦闘力が落ちる可能性だ。

 レベルの差とは低レベルであればあるほど大きなものだ。レベル10のサマナーがレベル20の悪魔を従えているのと、レベル50のサマナーがレベル60の悪魔を従えているのでは意味合いが少し違ってくる。

 強くなればなるほど手札は増えるが一定の強さを得ればそれも緩和する。その手札をアプリを用いれば一気に手に入れることが可能になるのだ。

 だがそうなれば悪魔に頼るようになりサマナーは戦わなくなる。悪魔が居れば十分だからだ。

 サマナーが戦わなくなれば当然戦いの勘や技術はさび付いていく、京太郎はこれを嫌ったのだ。

 

「今のサマナーなら問題はないはずだよ。というかたった2か月とはいえ染みついた戦い方を変えることはできないだろ?」

「強敵相手の戦い方は直したいなーって」

「蘇生魔法ありきの戦い方は確かに直した方がいいだろうな」

 

 というとパラケルススは楽しそうに笑った。

 

「レベル上限が解放されても合体素材悪魔を用意するのも難しいだろうから精霊を駆使したランクアップを行うといい。スキルが代り映えしないかもしれないが妥協も必要だ」

「費用については?」

「前金は頂いた。あとは生きて帰って払ってくれればいい。ヤタガラスからの報奨金はかなりのものだろうから楽しみにしている」

「……俗物的な」

「この名を持っていたかつての人間を人は錬金術師と呼んだが、不老不死に至ろうとし金を作り出そうとした人間だぞ? 死を恐れ金を求める者たちは十分俗物じゃないか」

「いやいやいや。金に関して『パラケルスス』は違うでしょ。確か普通の薬を作るべきだって主張してた人だろ」

「それでも不老不死の秘薬は求めていたのだから同じだよ同じ」

「お前は何でその名を名乗っているんだ……」

 

 げんなりする京太郎に鋭い爪を持つカラスが描かれたリストバンドを手渡したのは透華だ。

 

「あとヤタガラスからこれを須賀くんへと」

 

 首をかしげる京太郎にハギヨシは続けて説明を行う。

 

「これをつけていない人間がスマホを操作している時は気を付けてください。万が一COMPとなったスマホを保持していたら結界内に悪魔が召喚される可能性があるので」

「COMPの正規所持者とそうでない人の分別も兼ねてってことか。了解っす」

 

 少し大きいと感じたリストバンドだが腕に付けると京太郎の腕の太さにピッタリの大きさに変化した。

 

「それと須賀さんの装備ですが私たち龍門渕に任せていただけませんか?」

「龍門渕に、ですか?」

「えぇ。一月前の報酬を今ここでお支払いします。と、言うのが建前ですわ」

「えーっと?」

 

 意図が読めず首をかしげる京太郎にハギヨシが補足する。

 

「龍門渕としては少しでも良いので実績と言いますか結果が欲しいのですよ。ベストは事件解決に貢献した人間が龍門渕に属していることですが、それが無理なのはお分かりですね?」

「そもそもそんな力を持ってる人間が所属しているのがおかしいし、万が一居たとしても帝都の外ってことですか?」

「そうですね。現状ヤタガラスからの指示で龍門渕が前もって帝都に物資を届けています。誰がやったのかについては置いておきますができうるならば一月前の汚点を少しでも払いたいのです」

 

 汚れとはこびりつき綺麗にするのは難しい。

 物理的には勿論だがそれが概念であるのならさらに厳しい。より記憶に残るのは悪事で悪事の記憶を善事で拭い去るのはやはり難しい。

 

「事態解決に貢献したサマナーを支えた。それは龍門渕の名を売ることにもなりますし、汚名を払う一手になりうるのです」

「なるほど……」

「これが企業としての建前ですね」

「は?」

「分かりますか? 汚名を払うには解決者が生き残るか記憶に残る活躍をしなければなりません。ですので須賀くん生き残ってください。貴方が死にかけて心配したのは清澄高校の彼女たちだけではありませんから」

「……あー。なんていうか」

 

 一月前、デビルサマナーとして行動し天江衣を救った京太郎に龍門渕は感謝している。

 依頼なのだから当然と思うかもしれないが、それでも天江衣の救出という最高の結果に京太郎は至った。

 

 大切な物を救った京太郎を龍門渕は失いたくないのだ。

 例え自分たちの組織に属することはなくても、生きて帰ってこいと楔を打ち立てるぐらいに。

 

 ジッと非難するように見つめる衣と透華の視線を受けて、どこか面白い物を見るように微笑むハギヨシを見て京太郎はただ頭を下げるしかなかった。

 

「と、いうわけで装備はこちらに任せてくださいまし。何なら派手で、高性能で、ド派手な装備を!」

「いやいやいや! 派手な装備を身に付けたら狙われまくって俺が死んじゃいますって!」

「……そういえばそうですね。世知辛いですわ」

「ははははは……」

 

 助かった。そんなことを思いつつ京太郎は立ち上がり「ちょっと出てきます」とこの場に居る者たちに声をかけた。

 

「む? 外に行くのか?」

「いえ、ぐるりと建物を見て回ってこようかと。どんな様子か気になるし会って話したい人たちも居るので」

「なるほど。なら衣も……!」

「ストップですわ。須賀さんが目覚める前に話したでしょう? お父様とお母様と連絡を取ると」

「むぅ……だが。いや、分かった」

 

 残念そうにしている衣はそれでもどこか嬉しそうだった。

 

 COMP同士なら外と連絡が取れる。

 このような状況になり透華たちを心配した彼女の両親が連絡を欲したのである。

 あの事件からもう一か月と感じるかまだ一か月と言うべきか。少なくとも龍門渕夫妻にとってはまだ一か月であり事あるごとに衣のことを心配し、娘である透華が呆れるぐらいだ。

 両親を失った衣からすれば過剰であっても心配してくれる大人が居ることがとてもうれしかった。

 

「外に出ていくのでしたら光を連れて行ってくれませんか?」

「へ?」

 

 マチコからの頼みに京太郎が首をかしげると、補足するようにパラケルススが言った。

 

「彼女の肉体の元々の所有者がどうも宮永照と知り合いの様でね。光を見た時の表情は中々に愉快だったよ」

「……趣味が悪いな」

「この子の身体の元所持者の知り合いが遠く離れた帝都に居るとは思わないだろう? そういった偶然の出会いはやはり面白く感じるんだよ」

「そりゃまぁそうっすけど」

「とにかく説明をするのに光が居るのはあまりよろしくない。という判断には同意してくれると思うが?」

「……そっすね。それじゃ行くか?」

「うん」

 

 左手に光の小さな手を握りしめ京太郎は個室から出た。

 話をしたい人物は色々と居るけれど最低限獅子原爽と話さなければならないと考えていた。

 本来は巫女たちとも会話をすべきだが彼女たちが死ぬとは思えないし最悪明日になれば会話することも可能だ。

 

「それじゃ行くか」

「うん」

 

 修理されたガントレットにCOMPを装着しながら声をかけると小さく頷いた。

 一月前までは一切動くことのなかった表情筋が、今では見る者が見れば柔和になったと感じるそんな笑みを浮かべている。

 少女に関する謎は多くあるけれど、それでも確かな温かさを柔らかな手から感じつつ京太郎は扉を開き外へ出た。

 

*** ***

 

 関係者以外立ち入り禁止と記載された看板を超えてあてもなく京太郎たちは歩く。

 ちなみに京太郎は説明を受けていないが個室を与えられている人間は当然限られている。

 優先的に与えられているのは京太郎やライドウといった前線で戦うことのできるサマナー/退魔士であり前線で戦うがグループとして活動している永水の巫女4人に関しては一回り大きい個室が与えられるだろう。

 とはいえ部屋にも限界はあるためヤタガラスであっても個室が与えられない者たちは当然現れる。

 そういった者たちや一般人がどこで過ごしているかと言うと各ホールや廊下の端とかである。

 プライベートが全くないが生活スペースに関してはどうしようもないだろう。

 

 京太郎が観察する限り一般人たちはある程度落ち着いている。

 時折悪魔や化け物といった単語が聞こえるが今この場が無事であり問題ないという集団心理が彼らの心を落ち着けている。

 群れる特性を持つ人間は確証がなくとも誰かが一緒に居るという事実に安心感を得る。そうはいっても1人より2人。2人より3人居る方が出来ることは増えるため間違っては居ないが悪魔相手には意味はない。

 しかしその点についてあえて指摘する者は今のところ居ない。

 

 さて京太郎と光に視線を向ける者たちが居るが同じ金髪であり男子高校生と女子小学生という風貌が彼らを兄妹と認識させ問題にはなっていない。

 それでも視線が向けられるのは京太郎の腕に付けられたガントレットが原因だろう。

 どう見ても高校生が付けるべき道具ではなく、人々の視線を惹きつける。

 

「わっ。もう歩いても大丈夫なんすか?」

 

 そんな京太郎に声をかけたのは影が薄くなくなった少女こと東横桃子だ。

 

「激しい運動をしなければ大丈夫かな」

「それならよかったっす。でもそれだいぶ目立ってるっすよ? あ、こんばんはっす光ちゃん」

「うん。こんばんは」

 

 かわいいっす! と言って桃子が光に抱き着いている。

 京太郎は辺りを見回すも意外なことに先輩である加治木ゆみが一緒ではない。京太郎が疑問を口にしたところ。

 

「京太郎君の部長さんと一緒に居るっす。なんていうかかなり怒り心頭って感じだったっすよ? それで先輩が落ち着けてるっす」

「加治木さんには悪いことをしたけど……まぁ予想通りだし任せるしかないか」

「個人的には怒りの方向が迷子ーって感じがするんすけど」

「価値観とか人間関係の問題だって。大事な人が誰かの無茶で泣けば怒ってもしょうがない。それに夢を潰されたんだから八つ当たりだってしたいだろうし」

「私は……心配してたっすよ?」

「知ってる。俺だって傷ついたら心配するしな」

 

 光から離れた桃子を伴い再び歩き出した。

 軽い世間話を交えながら、ふと思ったことを聞いてみた。

 

「他はどんな感じだ? なんかすごいふわっとした質問だけど」

「ほんとっすね。意外と落ち着いてるかな。一部で暴れた人が居たけど京太郎くんが付けてるリストバンドを付けた人が落ち着けてたっす」

「パトラとか酷けりゃドルミナーでも使ってんのかな」

 

 パトラは精神の異常を癒す魔法である。

 メパトラを得たらもう使われなくなる魔法だが、使い手の仲魔を一体連れておけばいざという時に役に立つだろう。

 

「それで今どんな状況なんすか? あまり情報が入ってこなくてそっちのが不安っすよ」

「んー難しい話だよなぁ。俺だって全体像は把握できてないしさ」

 

 京太郎視点だと黒幕不明で幹部がゲオルグといった具合だ。下っ端はヤクザで腕をねじ切りかけた男の立ち位置は不明だが黒幕かゲオルグと同じ幹部的立ち位置だろう。

 そもそも目的さえもハッキリしておらず、龍門渕での戦いと違い解決へと至る道が見えず集中しきれない。

 

「なんか難しいっすね」

「だから一つ一つ目の前のことやっていくしかないとは思ってるぜ。決着は付けなきゃいけないんだ」

 

 ゲオルグだけではない。ビシャモンテンとも決着とは違うが約束を果たしたいと京太郎は思っている。

 契約ですらないただの口約束だとしても、契約で縛り付けられた鬼神が喜んでいた姿をどうしても忘れられない。

 

「やる気になってるのは良いと思うっすよ?」

「ん?」

「でも絶対に帰ってくるっすよ。でないと私だけじゃなくて光ちゃんや龍門渕さんたちも泣いちゃうっすから」

 

 ねー。という桃子に光も力強く頷いている。

 

「……そうだな」

 

 なんだか気恥ずかしくなって光の頭をぐりぐりと撫でつける。

 個室での話とあうーと呻く少女とそれを見てほほ笑む少女を見て、改めて帰ってこなければならないと決意を固めた。

 

「あ! あの時の!」

 

 じゃれあっていると京太郎の背後から少女の大きな声が聞こえた。

 何事かと踵を返して見るとそこには阿知賀女子の面々と何処かで見た少女たちの姿があった。

 各々の服装は少し違うが制服を着ていることから女子高生だと分かり、それが千里山高校の面々であるとようやく結びついた。

 

「玄ちゃんたちが知ってる人なん?」

「うん。少し前に助けてくれたことがあって……」

「へー、そうなんや。うちらとそう変わらん歳に見えるのに立派やなぁ」

 

 松実玄と会話をしているのは黒髪のスタイルのいい女生徒だ。

 これがプライベートなら視線も奪われたかもしれないが、京太郎が見ているのはマフラーも巻かないで軽装になった玄の姉の宥だ。

 耳に穴をあけないイヤリングを付けており、それが彼女の力を抑えている魔具だと気付いた。

 

「調子は大丈夫っすか? 気持ち悪くなってたりとかしないですか?」

「うん。大丈夫だよ。それに厚着しなくてもね、いつもあったかいの」

 

 ほわほわとした雰囲気で宥が言った。

 厚着をしなくてもと言うが、それでも彼女は長袖だ。しかし肌を守るために長袖を着ているとか言えるためマフラーを装着していた時と比べれば十分普通である。

 なお彼女の寒がりの原因についてだが、常に生体マグネタイトが零れ落ちていく体質だったためだ。

 普通の人間が一定量の生体マグネタイトを常に保持し続けるのに対して宥は保有量が常に少なく、簡単に言えば常人に比べ生命力が常に落ちている状態だった。

 生命力溢れる年齢だからこの程度で済んでいたが歳を取れば生体マグネタイト保有量が減っていき、若くして亡くなっていた可能性が高い。

 ちなみに症状が改善されたのは覚醒したことで生体マグネタイトの保有量と回復量が増えたせいだ。

 

「なあ」

「はい?」

「けったいなもんつけとるんやな。なんやのこれ? スマホつけ取るけど電源だってすぐに切れてまうやろ?」

 

 と言って声をかけてきたのはショートカットの女生徒だ。

 彼女の顔を京太郎はとある理由でよく覚えていた。

 まるで未来を見て打っているとパンフレットに記載されており、未来を見るという一文と写真の顔が京太郎の記憶に強く結びついていた。

 

「これはまぁ事情があって。一応必要なもんなんすよ。えっと園城寺怜さんでしたっけ」

「おお! うちのこと知っとるん? これはあれやな、うちに春が来る言う前兆やな!」

「フューチャリスティックプレイヤーでしたっけ。そんな異名を目にすれば覚えますって」

「ぐはっ! そ、その名前で呼ぶのはやめてーな……。うちもう中二って年齢ちゃうし、ちょいきついわ」

 

 「ごめんなさい」と謝りつつそりゃそんな二つ名付けられれば恥ずかしいよなと京太郎は思った。

 

「しかし助けてくれたーなんてどんな状況だったんや?」

 

 と言ったのは女生徒ではなく、大人の女性である。

 京太郎はその問いかけに少し悩みながら。

 

「んー……。変質者のせいで変なところに迷い込んでいたところを助けて、その後に変質者を追い払ったっていうか、なんていうか」

「ほー、追い払うなんて見た目通りに力が強いんやな。それかその変質者は弱かったんか。さすがは東京やな、変な奴が多いわ」

「他県出身者から見れば道頓堀ダイブする大阪も大分アレですけど」

「他人に迷惑かける奴はどこにでもおるから仕方ないわ」

 

 なんとも自分たちには甘かった。

 

「しかし今回の避難ておかしな話やな。状況が良く分からんし噂によると化け物が居るとか聞いたで」

「……あまり情報を知らない感じですか?」

「元々ここにおったからな。試合しとったらいきなり避難しろーって言われてな。夕方頃にもおかしな振動が起きてたし訳分らんわ」

「そうなんっすね」

 

 悪魔のことについて積極的には説明をしていないということだろう。

 内に元から居た避難者と外からやってきた避難者ではそこが違う。

 さて、問題は外について説明するか否かだ。ここで話さなくても、いずれ知ることになるとは思うが知らない方が幸せという考えもある。

 実際この問いかけは阿知賀の面々にもしたものと思われる。にも関わらずこうして問いかけるのだから彼女たちははぐらかしたのだろう。

 

 どうすべきか

 

 そんな京太郎の悩みをぶち壊したのは。

 

「化け物は居るよ」

 

 光の言葉だった。

 

「え?」

「昼の振動も化け物が来ていたから起きた。止んだのは撃退されたからだよ」

「ほんまなん……?」

「入口に人じゃ作れない大きな穴が出来てるもん。ね?」

 

 同意を求める光に京太郎は苦笑するしかなく「ほんと?」と聞かれた際にようやく「えぇまぁ」と答えた。

 

「んー。せやけど信じきれんわ。実際に見てへんしなぁ……幽霊は居ると言われてもやっぱり実際に見ないとなんとも言えんわ」

「だと思います。ただ嘘ではないですから」

「そうなんやろけどな」

 

 見ても居ないのに実感が湧く方が怖いよな。

 あーだこーだと話し合う千里山の面々を見て京太郎はそう思った。

 

「ねぇ、あんた」

 

 おずおずと声をかけてきたのは新子憧だ。

 男が苦手なのはあるだろうが、憧と京太郎では身長に差があり多少の威圧感を感じるのだろう。

 

「ん?」

「今は安全って思っていいのよね?」

「外に居る悪魔程度なら結界でなんとかなるはず。問題はそれ以上の実力を持つ奴が敵方に居るってことだよ。ちょっと腕がねじ切れかけたし」

「うっわ……」

 

 想像したのか口に手を当て若干引いている憧に情報共有されていないのかと問いかけた。

 彼女の腕には京太郎と同じカラスのリストバンドは無く、見た目上は今どきの女子高生だ。

 

「この状況をどうにかする力も、事務仕事もできる力はないわよ。だからみんなをしっかり見張ってるだけで良いってさ。一応COMPは持ってるから悪魔の検知はできるし」

「仲魔は?」

「いないわよ。そもそも先週まで関わるつもりもなかったのよ? なのに一応インストールしとけってトシさんに勧められて」

「ないよりはあった方がいいとは俺も思う。アナライザーは少なくとも使えるようになっておけば悪魔との遭遇を回避できるかもだし」

 

 あくまで『かも』が味噌である。

 どんだけ避けても遭遇するときはする。

 

「でもそれを付けてるってことはあんたも対処にあたってるんでしょ? 一応期待はしてるわよ?」

 

 バツが悪そうに、憧は言う。

 

「皆が落ち着いてるのはあんたの力を異界で見たからよ。少なくともあの子たちはあんたならどうにかしてくれるって思ってるわ。それだけの力は見せたんだしさ」

 

 どれだけの力を相手が持っているのか憧は理解していない。

 それでも安心しているのは無傷で彼女の仲間たちを救ったことがあるからだ。

 『相手はそれ以上の力を持っている』それを伝えるのは簡単だけれど不安にさせる言葉を伝えるのも忍びなく、苦笑い気味にこう答えた。

 

「そこまで期待されるのも嬉しいのか重いのか。でも期待に応えられるようには頑張るつもりだよ」

 

 大きな期待は裏切った時が怖いけれど、それでも京太郎の中でやることは変わらない。

 京太郎たちの会話が聞こえたのか、妹の玄の傍を離れてやってきた宥が言う。

 

「……私も戦った方がいいのかなぁ」

「え?」

「大変な状況になってるのは私も分かるんだ。なら私にもできることがあるんじゃないかなって」

 

 実際問題宥の申し出はヤタガラスにとってはありがたい話だ。才を持つものはその才を生かさねばならない義務があるという。けれど。

 

「大丈夫ですって! それに、そんなに震えてるのに戦う必要はないっすよ。力があるじゃないか! なら戦えって誰かが言っても気にする必要はないっすよ」

 

 京太郎の本音を言えば力があるならば蓄えておくことで不測の事態に対応できるのではないかと思う部分はある。

 けれどそれができる人間とそうでない人間が居るのも理解していて、彼女は後者で自分が前者であることも理解している。

 

「だからそっすね。妹さんのことだけ想っててください。あとは何とかしますって!」

 

 何とかする。それがどれだけ大変なことか分かったうえで京太郎は言った。

 少しだけ陰のある笑みを浮かべたが、大きな笑みを浮かべて笑う京太郎の真意に気づいたのか「うん」と彼女は頷いた。

 

「……ありがとう」

 

 小さく呟かれたその言葉を聞こえない振りをして京太郎は自分から馬鹿話を始める。

 さすがに下ネタは回避していたが、玄がはっちゃけたため意味はなく笑ったり呆れたりと三者三葉の様相を見せた。

 そうした会話のなかで京太郎が最も興味を惹かれたのは園城寺怜の持つ未来視のオカルトについてであった。

 

「こないな状況になったら思うようになったんやけどな」

 

 少し気だるそうにしながら園城寺怜は言う。

 

「うちの力が麻雀以外に作用すれば良かったなって」

「力って、もしかしてパンフに書いてあった『まるで未来を見ているかのような』打ち方ですか?」

「見ているかのようなとはちゃうで? 本当に見てるからな。手の内晒すんはいかんけどこないな状況やから」

「あぁ……」

 

 手の内を隠してももう仕方がないのだ。なにせインターハイは行われないのだから。

 

「あかんて! それに使いすぎたら怜が倒れてしまうわ!」

「倒れるってどういうことっすか?」

 

 首をかしげる桃子に竜華は言う。

 

「元々怜の体が弱いのもあると思うんやけど力を使うとすごく疲れるんよ。それで時々無茶をして倒れてしまうんや。怜はこう言ってるけど私は未来視に制約があって良かったと思ってるで」

「でも制約ってどんなのです?」

「麻雀、トランプ、すごろく辺りは見れてそれ以外は見えへんよ」

「もしかして順番に何かをするゲームとかは見れるとか」

「当たりや! そういう意味だとスポーツの……テニスとかもいけるんやろうけど、そないなことしたらうちが倒れてまうわ。いや、力を使わんくてもテニスやったら倒れるかもな」

 

 自虐とも言うべきブラックジョークに渇いた笑いを返しつつ、園城寺怜が今日まで普通に生きてこられた理由を察した。

 未来視という力は人間誰もが求めて欲する代表的な力の一つだ。

 たとえ自分がその力を持っていなくても、親しい誰かがその力を持っていれば後はうまく立ち回れば億万長者も夢ではない。

 古い時代で言えば天気を予測する事ができた人間は時の権力者に重宝されたという。先のことがわかるというのはそれだけ重要だ。

 

 もし園城寺怜の未来視が万全であれば、彼女の力を求めた者たちが彼女を拉致しいうことを聞くように強要するか、力のメカニズム解明のために実験動物にされていた可能性さえある。

 

「……良かったっすね」

「ん?」

「いえ、心配してくれる誰かが居るんですから良かったですねと」

「……おかしなこと言う子やな。けどその通りやね」

 

 それから暫くしたあと、京太郎たちは阿知賀、千里山の面々と別れた。

 彼女たちが団体で動いているのは不安が根本的な原因だが、大人数で行動することで自衛も行っているのだろう。

 見た目のいい彼女たちのことだからこの状況でもナンパしてくる男たちは多いはずだ。二人の大人かつ10人以上という大人数であれば近づいてくる可能性も減るはずだ。

 実際彼女たちが襲われてもイヤリングを外した宥であれば力で対処は可能だが、それをした場合一般人が彼女に向ける視線の意味が変化するかもしれない。

 

 何事もなければいい。

 

 そんなことを思いながら京太郎は去っていく彼女たちの背を見つめていた。




ときぃに関して。
もし東京封鎖なしで咲本編通り進んだ場合、彼女の力が5位決定戦でしたっけ?で強化されたのを見て今後の伸びしろありと判断した者たちが確保に動いた可能性があります。なのである意味事件が起きて助かった人間の1人。もうひとりは当然竜華。

あとは本作における清澄勢との仲はこんな感じです。
本来清澄麻雀部の面々と過ごす時間をサマナーと龍門渕と桃子に当ててるんで本編ほどの仲があるわけじゃないです。まぁ、本編にてどれだけ仲が良いのかは咲とゆーきはともかくあまり描写されてないからわからないけど、ただ描写不足は清澄全体な気がする。


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『東京封鎖1日目夜 Part2』


前書きが消えていた・・・

前回一週間ぐらいでといって一ヶ月以上かかって申し訳ないです……。


 阿知賀、千里山の面々と別れ再び3人となった京太郎たちは会話をしながら歩みを進めていた。

 元々の目的である人物たちを見つけるために辺りを注意深く見ながら歩き、それでいて話は聞き逃さないようにしていた京太郎。そんな彼の名を呼ぶ少女の声が聞こえた。

 

「京太郎じゃん! よかったー元気になったんだ」

 

 てててと駆け寄ってきたのは大星淡だ。

 京太郎と同じ金髪を持っているが、大きく違うのは髪質である。さらさらとした髪質の京太郎と比べくねくねとしたくせっ毛を持つのが彼女の髪質の特徴だ。

 今見せている彼女の姿は彼女が懐いている照たちによく見せる姿であり、彼女をよく知り京太郎との関係を知らない者たちであればそんな姿を見せている彼女に驚きの表情を見せるのではないだろうか。

 京太郎が異能者に覚醒せず彼女と出会った場合、少なくとも最初は良好な関係とは言えないそんな仲になっていたはずだ。

 だが現実はそうはならず先輩と自分を救った京太郎に淡は感謝しているし、京太郎としてもころころと表情が変わり明るい淡は好印象である。

 

「まぁなんとか。マグネタイトが足りなかっただけって、分かんないか……」

 

 マグネタイトという単語自体が専門用語のようなもので、響きだけで言えば鉱物のように感じるだろうか。

 

「分かってるよ」

「へ?」

「生命力とか精神力じゃない? 漫画とかゲームだとそんな感じだし」

「……まぁ間違ってないけどな。ちなみに正解はどっちも」

「わかれてないって不便利なんだ」

「不便利と言われても……」

 

 マグネタイトを用いて人は、神は、悪魔は、天使は肉体を用いた技を神秘の力を使用する。

 とはいえ問題はある。人は自身が生み出す生体マグネタイトを用いて力を発揮しそれ以外は自らの身体を構成するマグネタイトをもとに力を発揮する。 

 それはそれは素晴らしい力を発揮するのは知っての通りだが、デメリットは自らの生きる力を使用することだ。淡の言う通り生命力と精神力が分かれていれば便利だがそうは行かないのが現実だ。

 

「まぁとにかく、マグネタイトは補充できたから問題ないし、身体だって全部消滅するとかじゃなければ蘇ることだってできるから問題なしなし」

「……冗談じゃないんだよね? 淡ちゃん怖いなーって思うよ?」

「へへ、困らせてきたお返しってね」

「むー!」

 

 膨らんだ淡の頬を京太郎は指で押す。

 ぷすーと空気が押し出された音がしてますますしかめっ面になる淡を見て京太郎は笑う。

 

「……なにしてるっすか」

 

 コントのように繰り返す彼らに突っ込んだのは桃子だ。

 「誰?」と問いかける淡に京太郎と桃子は同時に「友達」と答えた。

 

「へー、それならその子は?」

「……えーと」

 

 いざ関係を問われると一言では言えず数分悩んでから答えたのは「妹?」だった。

 

「そんな悩まれて答えられると信じられないっていうかさ」

「って言われてもなぁ」

「京太郎」

「ん?」

 

 くいくいと引っ張られる感触を感じ見ると光が服を引っ張っていた。

 

「私、妹?」

「……多分」

「そっか、そうなんだ」

 

 京太郎には聞こえないが何かの言葉を反芻する光を見て首をかしげるも、結局よくわからなかった。その間に桃子と淡は自己紹介を済ませたようで、桃子からの「何をしていたのか」という問いかけに淡が答えようとしているところだった。

 

「そうだったそうだった。京太郎に助けてもらおうと思って」

「俺に?」

「そそ。ね、アレ見て」

 

 淡が指を指した方には2人の少女と女性が立っていた。

 彼女たちは雀卓の前に立っており何やら思案しているようだった。

 

「あれは?」

「えっとね、あれを運ぼうとしてるんだ」

「インハイで使われてたやつだよな? なんとなく覚えてる」

「うん。あの雀卓、簡単には動かないようにキャスターがついてないんだって」

「なんだってついてないんだ?」

「なんでってそりゃ動かないようにするよ。だって競技中に動いたら大変だもん」

 

 集中をして麻雀を打っていた少年少女たちが集中のあまり前のめりになり、雀卓が動き山が崩れ阿鼻叫喚。そんな光景を幻視し苦笑いした。

 

「……放送事故だな。でもなんで動かそうと?」

 

 インハイで使われる雀卓はテレビ放映しても映えるぐらいに立派な雀卓である。

 だが立派ということは当然相応にデカイ。少なくとも一般女性が持ち運ぶことは到底不可能である。だが覚醒した京太郎といった人間にとって見れば簡単なことだ。なにせやろうと思えば高層ビルさえも蹴飛ばす事ができる存在だからだ。

 それはそれとして、なぜ雀卓を動かそうとしているのか分からず問いかけた。

 

「えっとこんなときだからこそ娯楽が必要じゃないかって話してたよ。難しいことは分かんないけどさ、こんな状況だもん。楽しめるものがあるのは良いよね。っていうか私が見たい」

「私欲かよ。分かりやすくていいけどさ」

「最初は3人で頑張ろうとしたんだけど流石に無理で、助けてくれる人を探しに行こうと思ったら京太郎を見つけたってわけ」

「3人でも女性3人じゃなぁ」

「でも確かに必要かもしれないっすよ? 映画とかで不満が積もりに積もって大爆発! ってよく見るけど娯楽があれば少しは気が紛れると思う」

「不満。不満かぁ」

「もしかしたらその辺りも考えてるのかな? 私は良く分かんないけどみんなで楽しめればいいかなって思ったけど」

「……たぶんメインはそっちだと思うっすよ? だってあの二人プロだし」

「……プロ?」

 

 首をかしげたのは京太郎だ。

 しょうがないなぁとため息をついた桃子は言った。

 

「小さじゃなくて、和服を着ている人が三尋木咏プロで、ふりふりした服を着ているのが瑞原はやりプロだったかな。2人とも日本のトッププロの筈っす」

「桃子が知ってるってことはプロ雀士? なら知らなくても仕方ないか」

 

 うんうんと1人頷く京太郎に「私は知ってるよ?」と突っ込んだのは光だ。

 言葉を詰まらせた京太郎がフリーズしたところで、淡が言った。

 

「きょーたろーのべんきょー不足はどうでもいいけどさ、本題。手伝ってくれる?」

「まぁいいけど」

 

 暇ではないが忙しいわけではない。

 バツが悪そうに頭を掻きながら2人のプロ雀士の元へと歩を進めた。

 

*** ***

 

「はやや、すごいねぇ。お姉さんびっくりしたかな」

 

 雀卓を1人背負い歩く京太郎を見て声をあげたのは瑞原はやりだ。

 最初は1人で大丈夫? と心配の声をあげた彼女だが涼しい顔でひょいひょい歩く京太郎を見てその心配は何処かへ行った。

 だが逆に湧いてきたのは細腕では決してないがそれでも常人以上の力を発揮する京太郎の肉体への興味だ。

 もしプロ雀士になっていなければ科学者になっていたであろう彼女の知識欲が刺激された結果だった。

 

「つっても気を付けてくれよ? 能力的に余裕があっても油断して人に当たったら一大事だからねぇ」

「人も雀卓も傷つくっすもんね。……京太郎君は無傷だと思うけど」

 

 後半の言葉を聞き取れたのは京太郎だけであり、聞くことが出来た本人は苦笑いを浮かべた。

 実際雀卓は京太郎にとっては軽く、重さだけで言えば簡単に運べるのだが問題はその形状で一言で言えば運びにくかった。

 丸太を担ぐようにすれば良いがこの持ち方だと油断すると周りの人間の頭部を吹っ飛ばす恐れがあり却下され、色々と試した結果緩和剤として背中にクッションを置いて背負う方法に決定した。

 抱きかかえると前が見えなくなるし、背負う方法であれば京太郎の腰に少々負担がかかるぐらいで周りの人間は安全である。

 

 なお先頭に立って歩いているのは三尋木咏だ。

 彼女が聞けば怒るだろうが、前のめりになって歩く京太郎の視線と咏の手の位置が丁度良く見やすかった。

 そのため彼女の手に持つ扇子に先導される形で京太郎は歩いている。

 

 今から数分前互いに自己紹介をするも、京太郎は彼女たちのことを思い出せなかった。

 

 これに対して「まっ気にすることじゃないさ」と軽く咏は言い。

 

「私だってプロ野球選手の名前は有名どころしか言えないしさ。わっかんねーもんはわっかんねーし知ってるもんは知ってるもんさ」

「はやりも有名なサッカー選手は知ってるけど名前だけで顔は一致しないなぁ」

「それは歳じゃね?」

「は?★」

 

 そろそろ気になる年頃のはやりに年齢ネタはだいぶ危険だった。

 若干空気が悪くなりつつも自然に解消されていったのは先ほどのやり取りも友人兼ライバルだからこそできる芸当だろう。

 

 目的地まであと半分ぐらいというところで京太郎は雀卓を運ぶ目的について問いかけた。

 

「……なんつーかさ。友人兼後輩が頑張ってるのを見たんだ。少しぐらいは手助けしてやりたいだろ?」

「私は咏ちゃんに言われなかったら気が付かなかったな」

「仕方ないって。知らなきゃ気づかないっての」

「えっと?」

「まぁあれだ。今どき和服来てるなんて変わったやつだって思うだろ?」

「俺が居えた台詞じゃないっすけどね」

 

 現在左腕にガントレットを付けている少年の言葉に「ははは!」と良い笑い声をあげた。

 

「違いないねぇ。とにかく私の家は結構古くてさずっと昔から着物とか和服を売ってんだよ。で、本当なら地元のチームに入る予定だったんだけど今のチームからかなり熱烈に誘われてさ」

「プロの中でも咏ちゃんほどの火力を持った子は居ないもん。高打点はテレビにも映えるし実力も高いから当然だよね」

「はっはっは、なんかむず痒い。まぁ私の実力は置いとくぜ? プロになればうちの店の宣伝になるだろ? 他チームに行くとそれが出来ないから断ろうとしたんだが、それならうちの店の和服を着てもいいって話になったんだ」

「着物屋だから許されたんですかね? ほかのスポンサーとは食い合わなそう」

「大型スーパー内蔵したとこだと別だろうけどな。話が脱線しちまったが重要なのは私の家は結構古いってことだよ」

 

 咏はくるりと振り向くと眼を細め京太郎のリストバンドを扇子でポンと叩いた。

 

「婆さんが言ってたよ。今は帝都を、東京を中心に守っているが本来は京都を守護していたカラスが居たって。だからすぐ気づいたよ、そのリストバンドを付けてるやつはその絵通りのカラスだってな。そんでさ後輩がそれ付けて疲れた様子を見せてるんだちょっとぐらい手伝おうって思うのが人情だろ?」

「……俺はカラスじゃないっすけどね。カラスに依頼されたっていうか」

 

 誤魔化すのは無理だと観念してため息をつきながら京太郎は言った。

 簡単に認めた京太郎に眼をぱちくりさせ「いいのか?」と咏が問いかけるも「今の状況で隠してもって思いません?」と逆に問いかけ「違いない」と笑いながら返した。

 

「でもヤタガラスも何してんだか。一般人が記憶してるじゃんか」

「婆さん曰く私の家系は霊的能力を持っているらしくてね。昔はその力を込めて服を織ってたそうだ」

「あぁ、だから知っているのか」

 

 ヤタガラスが顧客だった時があったのかもしれない。

 霊的防御能力を持った服は今でも必要であり質の言い防護服を織ることができたのなら重宝されたことだろう。

 

「……あれ? 今は?」

「婆さんと母さんが霊的能力を受け継がなかったんだよ。原因はわっかんねーけどサ。皮肉なもんだね、技術を受け告げる人間が居ないせいで技術は失われ、隔世遺伝って奴なのか私にはオカルト能力があるんだから」

 

 口を開けて納得した声をあげたはやりを京太郎は見た。

 

「霊とかありえないって思ってたけど身近に居るっていうかあるんだね」

「えっと瑞原さんは」

「咏ちゃんに聞いて初めて知ったよ。最初は話すか悩んでたみたいだけど……」

「こんな事いきなり話しても狂人にしか見えねーだろ? 話しても大丈夫だとは思ったが話したくなかったんだ」

「……悪魔はその身体をマグネタイトって奴で構成してます。人間の身体を構成する要素がマグネタイトに置き換わったと思ってください」

「……? うん」

「で、マグネタイトって結構柔軟っていうか汎用性が高くてですね。俺が魔法を使ったり技を放ったりする際にマグネタイトって消費されるんですけど」

「うんうん」

「悪魔は容易にマグネタイトを操作できるそうで、翼を生やしたり消したり好きにできるわけです」

「うん……?」

「当然悪魔の身体もマグネタイトで構成されるんで操作は可能なんすよ。……あんな風に」

 

 京太郎は雀卓を片手で抱えるように持ち替えてから、ガントレットに取り付けられたCOMPをカラスのリストバンドを付けた金髪の女性に向けて操作した結果を見せた。

 COMPを受け取ったはやりの眼に映ったのはCOMPが要する機能の一つデビルアナライズの結果だ。

 

「へ?」

 

 アナライズの結果には能力は勿論だが種族も記載される。

 京太郎であれば当然人間あり、プロメテウスは魔神と言った感じに。

 ならばCOMPに記載された結果はどうなっていたかと言うと種族は妖精、悪魔名はシルキーと記載されていた。

 

「あれ? もしかして」

「なんていうか、深淵を覗くものは深淵に見られているって言われますけど、深淵が俺たちを見ていても俺たちは気づかない……そんなもんすよ」

 

 全体的にヤタガラスに管理されているため問題はないが人の世界の中に悪魔は間違いなく紛れている。

 もしかしたら有名な工匠は人間ではなくドワーフであるかもしれない。

 もしかしたら頼んだベビーシッターは赤ん坊好きな悪魔かもしれない。

 もしかしたら人間だと思っていた隣人が悪魔かもしれない。

 

 人の世に潜む理由はそれぞれだろうが、科学によって人が神魔から離れていっても、それでも人と悪魔は隣人なのである。それが良いか悪いかそれは分からないが。

 

「は、はははははは……」

「悪魔は美形が多いらしくて、俳優や女優やアイドルの何パーセントかは悪魔で占められてるらしいっすよ」

「……一応。いや、やめとくわ」

 

 好きな芸能人が人間か確かめようとした咏は口を噤んだ。

 加えて言えば時々テレビにも映る彼女たちは芸能人たちとも関係を持っている。もしそんな彼らが悪魔であったらと思うとちょっとした恐怖だった。

 

「知らないことが幸せなことってありますもんね!」

 

 かくいう京太郎も好きなアイドルが悪魔だと知りダメージを受けた口である。

 別にドルオタという訳ではないが、アイドルにしては演技や歌も上手く良いなと思う。その程度ではあったが衝撃的だった。

 

 どうでもいい話だが麻雀界にも悪魔は存在している。

 プロ雀士ではなくスタッフに多いのだがその理由は長野で行われた県大会の決勝で天江衣が暴れた時を思い出せば納得できるだろう。

 オカルトではなく物理的なダメージがいかないようにいざとなれば防御結界を張るために悪魔は必要なのである。

 なおオカルト能力は阻害しないように訓練を受けているが、その理由はオカルトが人間に対して影響を与えることが少ないからだ。

 こことは異なる世界でとある少女が霊の力を用いてロリっ子に対してえらいことをするが、もしそれがこの世界で行われていたらロリっ子は霊から護られていただろう。

 

「……先輩たち何をしているんですか?」

 

 衝撃の事実を知り若干顔色の悪い咏たちに対して言ったのは戒能良子である。

 

「ティーンの少年をまるで虐待しているかの様な光景はあまりよろしくはないのでは?」

 

 【速報】女性プロ雀士10代の少年を奴隷のように扱う。

 そんな情報が世間に出回る様子を想像し違う意味で顔色が悪くなった。

 

「いやいやこれぐらい軽いもんですし」

「真実はどうあれTPOってものがあってね。反対側を私が持とう」

 

 言われた京太郎は雀卓を前に持つと反対側を良子が持つ形となった。

 当然の話だが彼女も異能者であり50キロ程度の雀卓を持つのは余裕である。

 

「それでなぜ雀卓を運んでいるんですか?」

「こんな状況だかんね。ちょっとした娯楽は必要じゃないかい?」

「なるほど。流石は先輩たちですね。大沼さんたちもどうやって高まる不満を解消させるか悩んでいたけど、催し物は確かに良い手だ」

「大沼って、あの爺さんもかよ……。まさか南浦の爺さんとかもそうじゃないだろうな?」

「……もしかして知って」

「知ってるさ。何で知ってるかについては軽い事情だから安心しなよ」

「そうですか」

 

 どこかホッとした様子で胸をなでおろす良子。

 異能者でもなく悪魔を知る人間の事情は往々にしてよろしくはない。

 その中で軽い事情だと言ってのけ嘘をついていないと理解した良子は胸をなでおろした訳である。

 

「っと、そこの個室に運んでくれるかい?」

「了解っす。扉を開けてもらってもいいですか?」

「うん。任せてね」

 

 扉を開いて閉じないように支えてもらってから雀卓は個室に運び込まれた。

 個室は京太郎が休んでいた部屋と比べ少々狭く大型カメラなどが場所を取っていることもあり、圧迫感を感じさせる。

 床に散らばったケーブル類に引っかからないように気を付けながら、個室の中央に雀卓を置いた。人が脱落することになる。そうなればこの重さを二人で支えることになるため結果論だが京太郎が手伝ったのは正解だったわけである。

 

「ほんとはホールで大々的に打ちたいんだけどねぃ」

「それは仕方ないよ。みんなが休んでるところの中心に雀卓を置くわけにはいかないもん」

「つーかこの状況でどうやって電気を供給してんのかねぇ? とか思ってたけど色々と納得しちまったしさ」

 

 悪魔発電だろうとは誰も言わなかった。

 ライジュウあたりがぴったりそうだなと思いながら、咏から受け取った牌を雀卓に流し込み問題なく動くことを確認した。

 

「うん、問題なしだな」

「あとは告知してモニターに映像を映す準備をすればいいかな。その辺りはスタッフさんにお願いしなきゃだけど」

「その辺りは私の方で伝えておきますよ」

 

 一仕事を終えて一息つきながらはやりが淹れた紅茶を飲んで休憩していた時だ。

 折角だから一勝負するかい? という言葉に淡と桃子が勢い良く頷き試合を挑んでいる。

 正しくは指導なのかもしれないが、高校生とトッププロでは実力に差があるのは仕方がない。

 光は桃子の後ろから興味深そうに見ており、京太郎と良子は2人で椅子に座り会話をしていた。

 

「なるほど君が須賀くんか」

「俺のこと知ってるんですか?」

「トシさんから聞いてね。長野の件と言い色々と巻き込まれていると」

「自分から首を突っ込んでる側面もあるのでなんとも言い難いですけどね」

 

 トシの名前を聞きなんとも顔が広いと内心驚きながらティーカップを机の上に置いた。

 

「戒能さんもヤタガラスなんですか?」

「正しくは元だね。本業は雀士だよ。とは言っても関係は断ち切れないから副業は退魔士かな」

「なーんかややこしそうっすね」

「他人事みたいに言っているけれど君もそうなるだろ? 本業と副業が違うだけでね」

「……ま、そっすね」

「サマナーをメインにするなら職業は自由に動ける探偵とかフリーライターとかがおすすめだよ。なにせ調査と言えば大体納得されるからね。とはいえ今の時代なら探偵の方がいいかも。記者はちょっとイメージが悪いかな」

「探偵かぁ」

「十四代目もとある探偵事務所で働いていたからね。由緒正しい身の偽り方だよ」

「なんとも実感が湧かないっていうか……」

 

 高校生はまだ遊び盛りの年代だ。にも関わらず将来の身の振り方を考えなければならず、それが例え自業自得であっても実感が湧きにくいものは湧きにくい。

 

「ほんの数ヵ月前までは将来はただのサラリーマンになると思ってて、それがサマナーになってどんどん違う方面に行くって言うか。いや、自分で選んだことですけどね?」

「可能性は思ったよりもあるんだよきっと。とはいえサマナーになる確率はかなり低いな」

「COMP拾って異界で生き延びるってのも入るので更に確率は低くなりますかね?」

「だろうね。良くも悪くもライドウが君たちに接触するはずだ。君のような人間はとんでもなく強くなるかすぐに死ぬかのどっちかだから。内面を知りたいと思うだろうな」

「力をもった危険人物だったら嫌ですもんね。とは言っても感性がもう普通じゃない気がするけど」

 

 京太郎は既に人と悪魔を区別していない。

 京太郎が悪魔を殺すのは自身に危害を加えんとする悪魔や既に誰かに対して大きな被害を与え討伐対象となった悪魔である。

 逆に悪魔の中にも会話をして絆を紡ぐことができる存在があるとも理解している。

 『悪魔を殺して平気なの?』かつて問われたこの言葉はもう既に京太郎を迷わす言葉にはならない。

 そして、この理屈を人に対しても適用している。

 土台は既にできていて、切っ掛けをゲオルグが作り暴力団を虐殺することで芽吹いたと言える。

 だから悪魔のような行動を人が取れば、今の京太郎は躊躇いなく人を殺すだろう。

 

 だがその考えと行動は人に許されるものではない。

 

 桃子たちに聞こえないように自分の考えを述べた京太郎は一息ついた。

 例え感性が変わってもそれが人として誤っているのは理解しておりそれを桃子たちに聞かせたくなかった。

 

 少しだけ考えこんだ良子は言った。

 

「退魔士として言うなら少し悪魔に入れ込み過ぎかな」

「やっぱっすか?」

「君と君の仲魔がとても仲がいいってことは理解できたよ。だからこそ君はそう考えてしまうんだろうな」

「……人として間違ってると言えばそうなんでしょうけど、それでも間違いじゃないって納得しちゃってるんですよね」

 

 この少しの会話で良子は京太郎の危険性を認識したと言える。

 京太郎は善人だがその力がヤタガラスを含めた人間にも向けられる可能性があると分かったからだ。

 人間を殺してはいけない。それは人が人という集団の中で生きる上での前提条件である。

 どの国の人間も人の命は特別だと教わりそれを価値観とするがそれが無い人間は容易く前提条件をぶち抜いていく。

 どんなに力を持っていても価値観が人という集団を大事に思い組織の価値観に従うならば安心できる。

 しかし今の京太郎のように集団の価値観に囚われず、自分の中の価値観を重んじて行動する人間はコントロールが難しい。

 

 だが。

 『考え過ぎかな』とすべてを吐き出すように息をはいた良子は結論付けた。

 少しの迷いがあって、善人であるならばその力をむやみやたらに振るうことはないはずだからだ。

 もし悩むことなく、それこそガイア教の人間のように力あるものは好きに振舞い弱者は強者の好きにされるべきという考えであれば話は違ったが。

 

 それから、負けたー! と両手を万歳して悔しがる淡を宥めたりしてから京太郎たちは咏たちに別れを告げ個室から出ていった。

 

*** ***

 

 淡や咏たちと別れたあと京太郎は獅子原爽もしくは永水女子の面々を中心に探していたが見つけることができずに居た。

 桃子と光と会話しつつ周りを見渡すも彼女たちの姿を見かけない。

 巫女4人組は巫女服を着ており一般人の私服姿に紛れ込めば嫌でも目立つはずだ。気を抜いていたとしても見かけたのなら気づくはずである。

 対して爽は服装こそは女子高生だが髪型がそこそこ特徴的でありやはり見落とすのは難しい。

 

 京太郎の心情的には巫女4人に関してはあまり心配はしていないが爽に少しの焦燥感を抱くほどには心配している。

 もしかしたら彼女は仲間たちの情報を手に入れここを出ていってしまったのではないかと考えてしまったからだ。

 

 はやる心を落ち着けるためため息をついたとき、聞き覚えのある「あら?」という声が京太郎の耳に届いた。

 

「あやや、須賀さんじゃないですか。元気そうで何よりですよー」

「元気になったのはついさっきですけどね。格上相手に無茶をしたせいで数時間倒れてましたから」

「……格上相手に生き残っただけでも上出来だと思う」

 

 真っ先に声をかけてきたのは小さく、一見すれば痴女ともとれるほど服装が乱れたロリ巫女である。

 小学生の時に息絶え、新たな命を宿し今を生きている光とほぼ身長が変わらないのだから彼女がどれだけ小さいか分かるというものだ。

 最後にため息をつきながら言ったのは滝見春だ。手に持った黒糖をポリポリかじりながら、無表情で京太郎の言葉に相槌を打った。

 

「須賀さん」

「はい」

「情報の交換をしたいと思うのだけど今お時間いいかしら?」

「大丈夫っすよ。えっと……」

「近くに私たちに用意されたお部屋があるから付いてきてもらえるかしら? その子たちも来てもらっても大丈夫よ」

「分かりました」

 

 霞たちの後を歩く京太郎は隣に居る桃子が「おっぱいさんよりおっぱいっすー」などと頭の悪いことを言っているのが聞こえた。

 聞こえないように抑えたつもりだろうが、京太郎は勿論霞も聞こえてしまったのだろう、羞恥から白い首筋がほんの少し紅く染まっているのが見えた。

 

 なお約一名はイラつくように舌打ちをしていた。

 

 そんなこともあったが当然のように無事に個室までたどり着いた京太郎は部屋を見渡した。

 京太郎が目覚めた部屋に比べると少々大きい。最低でも4人で寝泊まりするのだから当然の処置ではある。

 

 もしかしたら京太郎の部屋が大きいのは誰かが泊まることを想定していたからかもしれない。

 

 京太郎は椅子に腰を下ろすと今日あった出来事をまず大雑把に説明をした。

 京太郎の話に彼女たちが最も反応を見せたのはメシア教が動いている事実と、永田町が怪しいのではないかという京太郎の指摘だ。

 メシア教に関しての情報は持っていないようだが、彼らが関わってくる可能性を提示され彼女たちは苦虫を噛み潰したような酷い表情になっていた。

 永田町に関しては道中で宮永照たちと遭遇し彼女たちを護るために結局行けなかったのだが、今も永田町が怪しいという考えは揺らいでいない。

 

「やっぱり皆そこに辿り着くのね」

「まぁ当然と言えば当然ですよー。探してないのあそこだけですから」

「ならやっぱり」

 

 「えぇ」と霞が答え。

 

「本拠地は間違いなく永田町です。ただ姫様のお姿は見ることが出来ていないのでもしかしたら姫様は別の場所に居る。そんな可能性はありますね」

「……でもそれなら私たちが見つけてる、はず」

「ならなんで本拠地だと分かったんですか?」

 

 京太郎が首を傾げ問いかけると、明るい表情とは裏腹に棘というかなんであろうか、重たい何かを感じる。

 

「地震が発生したとき私たちは須賀さんと同じように永田町に向かって、貴方と違って辿りついていたのですよー。ちなみにですがそこに何があったと思います?」

「何って……。本拠地だと分かる何か? ゲオルグが居た……のはあり得ないか。あいつ俺の前に居たし」

 

 そう言って京太郎は戦うべき相手の姿をいまいち認識しきれていないことに気づいた。

 ゲオルグに眼を向けてばかりだが、暴力団に永田町ということは政治家と組み合わせが混沌染みている。

 

「結論から言います。恐らく敵のリーダーは国会議員のゴトウという男です。リーダーでなくても幹部なのは間違いないわ」

「ゴトウ……。って良くニュースでバッシングされてるタカ派って話の?」

「ですよー」

「国会議員かぁ……」

 

 神や悪魔だけではなく、宗教狂いに暴力団に頭おかしいやつにあまつさえ登場した国会議員に京太郎は頭がくらくらしてしまった。

 どれもが普通に暮らしていれば接触頻度はとても低いはずの存在ばかりである。

 

「とにかく神代さんを攫ったのは奴らですし出来うる限り早く助けに行かなきゃですね」

「……えぇ。そうね、ありがとう須賀くん」

 

 浮かべていた笑顔が若干曇ったのを見過ごさなかったが、あえて問い詰めることはしなかった。

 

「帝都が完全に闇に覆われていないのは神代さんのお陰っぽいですし、制限時間は帝都が闇に包まれるまでかな」

「……姫様の?」

「ゲオルグが言ってたんです。太陽が完全に闇に包まれないのを見て頑張っているって」

「……姫様らしい」

「日本で太陽って言うと思いつくのはアマテラスなんですけど神代さんに降ろされたのはアマテラスで良いんですよね」

「そこまでは流石にわからないわ。この国には八百万程の神々がいらっしゃるわ。もしかしたら私たちが知らない神もいらっしゃるかも。でも可能性は高いと思う」

「アマテラスか。もしかしたら戦うことになるかな……?」

 

 アマテラスのレベルは既に聞いている。

 今の京太郎では太刀打ちすることが難しいほど強さに差があり、強くなったと自負していた自信が勢いよく崩れていくのを感じていた。

 倒した相手とはいえタケミカヅチもガイアマンも京太郎が真正面からぶつかれば負けていたかもしれない相手である。

 そして倒さなければならない相手はまだまだ居て、その誰もが今の京太郎よりも強いのだから嫌になる。

 

 

「須賀さんは嫌になりませんか?」

「へ?」

「だってゲオルグみたいな変な奴に狙われて。普通に考えたら絶望しかないですよー?」

 

 そう言われて、少しだけ考えて、出た答えに苦笑しつつ答えた。

 

「だからって何もしない訳にはいかないじゃないっすか。相手がいつも自分よりも弱いわけないし」

「それは理屈ではそうですけど……」

「まぁなんとかなるっていうかしますって! ……ゲオルグだけは絶対に殺さなきゃいけないし」

 

 それは行動せず傍観者となってしまった自分に対しての、母子に対してのけじめだった。

 例え神代小蒔が囚われることがなかったとしても京太郎には戦う理由が既にある。

 

「……そう」

 

 また、どこか惹きつけられる陰のある笑みを浮かべながら霞が相槌を打った。

 

「ゴトウも覚醒していましたし実力もかなりものでしたから須賀さんも気を付けてくださいね」

 

 巴の忠告に京太郎は頷いた。

 

「でも永田町の奥には行かなかったんですか? いくらあいつらが強くても探るぐらいはできそうだけど」

「強固な結界で阻まれて入れなかったんですよー。だから私たちがあいつらに会ったのは永田町の結界の外ですねー」

「皆さんでも壊せない強度?」

「私たちだけでなく十六代目も含めてですね。恐らくはビシャモンテンたちの力を利用し更に強化していると思います」

「それならビシャモンテンたちを取り返すところから始めないといけないのか……」

「どちらにせよあいつらを叩く前に結界の権限を取り返さないといけないわ。破れかぶれで四神の結界もろとも壊されても困るもの」

 

 そうなった瞬間、帝都に居る悪魔が日本中に飛び立つことになるだろう。

 帝都のみならず悪魔が日本中に溢れかえり大惨事になるのは目に見えている。

 

 その会話の中、京太郎のCOMPにとある文が流れた。

 

 ――そうなれば日本という国に神の炎である核が降り注ぐことになるだろう。二十年前の悪夢が現実になる。

 

「帝都だけじゃなく、日本中の命を背負ってるってこと? ……冗談じゃないな」

 

 その事実を理解した京太郎は苦笑した。

 それは霞たちにも言えるのだが、桃子と光はあまり実感がないのか彼らほど険しい表情は浮かべていない。

 

 その後明日に関する話をした後、京太郎は彼女たちからとある伝言を伝えられることになる。

 

 『日が落ちたあと時間をいただきたい』

 

 十六代目葛葉ライドウの伝言を聞いた京太郎は分かりましたと答えると礼を言ってから霞たちと別れた。

 

 桃子と光を伴って去っていく京太郎の後ろ姿を見ながら霞と初美はどこか思いつめるような、それでいて諦めのような表情で京太郎を見送っていた。

 

「皮肉なのですよー」

 

 その言葉は誰に向かって言われた言葉でもないことは霞たちには分かった。

 

「他者を助けるのはとても良いことですよね。それなのにその行動の結果が今回の事件に繋がったんですから」

「……そうね」

 

 これが霞の浮かべた表情の原因である。

 

「だからと言って悪いのはゴトウで須賀さんじゃないですよ?」

「……責めるのは筋違い」

 

 後輩たちの言葉に頷きながらもそれでもやはり浮かび上がる感情を抑えることはできない。

 それがどんなに理不尽なことであっても人間なのだから仕方がない。

 

「それに須賀さんが異能者として覚醒していなくても数年後には同じことが起きてましたし、前向きに考えた方が良いですよー。須賀さんが居て良かったって」

「そうなのだけどね……。」

 

 どうせ明日話す事なのだからと京太郎に語っていないことが霞たちにはある。

 今ここですべてを話し京太郎の行動を制限することになれば霞たちにとって望まない結末になる可能性もあり、大沼たちと相談してから話そうと決めたためだ。

 

 霞たちが思い出すのは今から数時間前。

 京太郎がゲオルグと対峙していた時間帯だ。

 

*** ***

 

 地震が発生した直後霞たちの周りに居る人間のスマホから悪魔が出現した。

 不意打ち気味の出来事であり咄嗟に行動することが出来なくても仕方がない話だろう。

 もし悪魔が憑りついていたのなら、霞たちにも分かったがただのスマホから突如として悪魔が出現し、悪魔の気配を四方から突如として感じた。

 そのため目の前の人間が下級悪魔に喰われても、感じる気配の多さが霞たちの行動を鈍らせたのである。

 

 それを好機と見たのだろう。異能者である彼女たちの豊富なマグネタイトを求め悪魔たちが四方から襲い掛かった。

 しかし真っ先に我を取り戻した霞の放ったマハンマオンが襲い掛かる悪魔を祓った。

 

 本来であれば確率で即死させるハマ系の魔法は悪手極まりないのだが、周りに人が居ることもあり最も人に影響が出ることのない魔法を選択した結果であった。

 実際アギ・ブフ・ジオ・ザンと言った魔法は物質に影響を与え物に干渉するがハマはそうではなく、悪魔の命にのみ干渉する。

 そして耐性の問題もハマに対する耐性を持つ下級悪魔は少なく、精々エンジェルと言った天使たちだ。

 しかしそれでも所詮は確率。生き残った悪魔はそのまま襲い掛かろうとしたが、神速の速さで繰り出された初美の足技が悪魔の身体を構成するマグネタイトを塵へと返した。

 

「あ、危なかったですよー。下級悪魔とはいえ防御せずに頭パクっとされたら死んじゃいますって」

 

 冷や汗を垂らしながら初美が言った瞬間、周りに居た人々は蜘蛛の子を散らす様に霞たちを避け、叫びながら逃げ去った。

 霞たちを綺麗によけたのは良く分からない存在を一瞬で消し去ったからであり、彼らにとってみれば霞たちも恐怖の対象だったからである。

 

「見てください、これ」

 

 巴が死んだ人間が持っていたスマホの画面を見せるとそこには『悪魔召喚プログラム』の文字があった。

 

「これって……」

 

 禍々しく紅く輝く画面を見て唾を飲み込んだ瞬間新たな悪魔が出現した。

 とはいえ所詮は下級悪魔であり一瞬で蹴散らすと手に持ったスマホを破壊するように命じ、巴は地面にたたきつけ勢いよく踏みつけた。

 

「……大丈夫、みたいね?」

「大丈夫とは言えないですよー。これ多分すごい酷いことに……」

 

 周りに悪魔が居ないも関わらず気配が消えない。

 

「嫌な感じはするけど、それでも行かなきゃいけないわよね」

 

 引き返せ。第六感がそう叫ぶ中自分たちにとって大切な姫であり友を救うために霞たちは前へ前へと歩いてゆく。

 

 襲い掛かる悪魔と辺りに落ちている暴走COMPの数が被害者の多さを嫌でも自覚させる。

 首だけ転がっていたり、悪魔が食い散らかした内臓が道に散らばっていたりと地獄の様相を垣間見せる。

 

「……酷い」

 

 その光景に言葉を零したのは春だ。

 彼女たちも悪魔と呼ばれた神魔の存在と戦ってきた者たちだが、だとしてもこれだけの人が死んでいる光景は見たことがない。

 精々異界に迷い込んでしまった人間の成れの果てぐらいは見たことはあるし、慣れたと言っていいのだがこれはそれ以上である。

 

 今繰り広げられている光景もそうだが血の、肉の生臭さが彼女たちの精神を蝕む一つの原因だ。

 

 ずるりと音がした。

 

 ペチャクチャと人によっては癇に障る咀嚼音が辺りに響く。

 それと同時に聞こえたのは人のうめき声だ。

 

 嫌な予感は当然するがそれでも確認する訳にもいかず音がする路地裏を除いたとき。

 

「た、す、け……」

 

 生きながらオルトロスに腸を喰われている女の姿があった。

 その光景に頭が真っ白になって、一手遅れた瞬間。オルトロスの口から放たれたファイヤ―ブレスが霞たちに襲い掛かる。

 臨戦態勢を取っていれば簡単に防ぎ、避けることのできる炎が一手の遅れから不可避の攻撃と化す。

 

 死ぬことはない。けれど皮膚や肉が火に焼ける覚悟を彼女たちがしたとき、上空から一振りの刀が刃を下にして落ちてきた。

 

「ガフッ!」

 

 刃はオルトロスの口を縫い留めファイヤ―ブレスは霞たちに襲い掛かることはなく、口から火が漏れ出すだけだ。

 

「ブフダイン」

 

 巴の上級氷結魔法がオルトロスに襲い掛かる。

 巨大な氷柱となった悪魔に弾丸が放たれ二重のダメージを受けたオルトロスはマグネタイトを保持することはできず世界に溶けるように消え去った。

 

 不意の危機が去りホッとした彼女たちの近くに一つの影が降り立った。

 その陰こそが霞たちを救った存在であり陰の名を十六代目葛葉ライドウと言った。

 

「無事か?」

 

 問いかけたのはライドウではなく彼と共にいる黒猫ゴウトだ。

 

「ええ、大丈夫です。危ないところありがとうございました」

「うむ。お前たちの力は知っているが不意の一撃を受ければ大怪我も負う。とはいえこの光景を見てしまってはな」

 

 腸を辺りに散らかして死んだ女の遺体を見て言う。

 「ライドウ」と言ったゴウトの言葉を理解した十六代目は死体に近づき、何かを確認するように胸に手を置くが首を振った。

 

「もう、遅い」

「そうか……。ふむ。カロンたちめ仕事が早いようだな。異能者に覚醒していない一般人なのだから仕方がない」

 

 一般人と異能者の違いの一つに死んだ際の魂の剥離速度がある。

 当然一般人の方が魂は剥離し蘇生をタイミングを失ってしまう。

 肉体と魂。当然の話だがその二つが揃わなければ蘇生は叶わない。

 

 管からジャックランタンを召喚したライドウは巴の放ったブフダインの解凍を始めた。

 ライドウと共に長年戦ってきたジャックランタンは元の実力よりかなり高く、それでいてマグネタイトの消費もリーズナブルであり彼にとって重宝する仲魔である。

 

「ヒーホー。溶かしたホー」

「……すまない」

 

 ブフが解け水浸しになった己の刃である赤口葛葉を手に取ると一瞬で水が蒸発しその後鞘に納めた。

 

 その間にゴウトは霞たちと会話し情報を共有していた。

 

「ふむ。永田町か」

「はい。探していない場所はもうそこしかありませんから」

「それは私とライドウも同じ認識だ。ここには居ないが恐らくは須賀くんも感づいているはずだ」

「頭の回る悪魔が居るって話ですからね。近くには探索を中断して他の人を助けてるって可能性もあるですよー」

「……お人よしっぽい」

 

 春の言葉に少しの影を落としたのは霞である。

 お人よしは基本的に美点だが時として違う側面が垣間見えるものだ。今回の場合小蒔をないがしろにして他者を救っているように感じられたのが原因だ。とはいえ全てにおいて小蒔を優先しろなんて契約はしていないのだから仕方がないが。

 

 そもそも京太郎に手助けを求めたのは裏がなくお人よしだと知っているからというのが大きい。

 帝都を知り尽くしているライドウ。小蒔を最もよく知る霞たち。帝都も小蒔のこともよく知らず、レベルはともかくサマナーとしての経験は少ない京太郎。

 よく知らない人間はよく知る人間が見落としやすい観点に気づくことがある。霞たちが京太郎に求めたのは人手と自分たちにはない観点だった。

 そんなわけで前もってお人よしだと知っていたからこそ頼った京太郎の性格に、何かしら思うのは筋違いではあるのだが思考と感情は別物である。

 

「居ない人のことはともかくですよ」

 

 霞と最も長く居る初美が手をパンと叩いて言った。

 

「姫様が本当に永田町に居るかは分からないですけど、あの結界は怪しすぎです」

 

 悪魔が出現した瞬間形成された結界は帝都に形成された結界と同じ気配を感じた。

 永田町の結界に四天王の力が利用されているのは確かである。

 

「一週間前の異常も含めて此度の件を引き起こした者たちが原因だろう」

 

 ゴウトの言葉に皆が頷いた。

 一応彼らの計画を知っていたものが便乗したという可能性も考えられはするが可能性は低い。

 それならばまだ志を同じくする同志が居て手助けをしたという方が現実味があるというものである。

 

「前線はライドウが勤めよう。皆、警戒は怠るな」

 

 ライドウと共に前に出たゴウトの言葉通り霞たちはライドウのバックアップに回った。

 そもそも霞たちは悪魔と戦うことに特化した能力を持っていない。例外は神卸しで数多の神の力を振るう小蒔だが彼女本人としては神卸しの力に特化した巫女であり、彼女本人の戦闘力は他の面々とは変わりない。

 そして彼女たちの役割は悪魔と戦うことではなく、神や悪魔といった存在から人々を護ったり、悪魔たちを祓うことだ。

 もしの話。京太郎が彼女たちと戦った場合、苦戦はするだろうが勝つのは京太郎である。

 

 その後永田町に向かう道中に襲い掛かってくる悪魔をライドウを中心として倒してゆく。

 元より下手な悪魔でなければ圧倒することが出来るライドウである。巫女たちのサポートを受け戦う彼の能力は通常時よりも発揮された。

 

「行くホー!」

「ッ!」

 

 迫りくるユキオンナのマハブフーラを前転で回避。ジャックランタンから受けた炎を刀に纏わせ全方位に薙ぎ払う。

 炎が弱点のユキオンナは当然のこと、耐性を持っていないほかの悪魔たちも炎に燃やされ人間界からその存在を焼失した。

 例外は炎に耐性を持った悪魔である。

 インフェルノがその燃える身体からブレスアタックを仕掛けようとするも、ライドウが所持していた拳銃がそれを許さない。

 銃口からは硝煙ではなく、眼に見えるほどの冷たい冷気が漂っていた。

 

「まっ、こんなもんじゃないかね。ライドウ」

 

 ジャックランタンを送還し魔王ロキを召喚したのである。

 そして炎を刀に纏ったように、氷の力を弾丸とし射出した。

 

「すまない」

「良いってことよ。精々オレを楽しませてくれよな。なぁライドウ、これがターニングポイントって奴かもしれないぜ?」

 

 ヒャハハハと笑うロキをライドウは送還した。

 COMPと違い自らのマグネタイトで召喚を行う葛葉の召喚術は悪魔召喚と比べ召喚速度を上回っているが、保持するマグネタイトの総量の問題で維持の観点で負ける。

 ロキは曲がりなりにも上位の魔王である。長時間の召喚はライドウとはいえ消耗する。

 マグネタイトの補充を行う方法はあるにはあるが、節約は大事である。

 

 幸いだったのは多くの悪魔が襲い掛かって来るものの所詮は雑兵だということである。

 数で襲い掛かってきても援護を得たライドウであれば一人でせん滅することが出来た。

 

 永田町へと近づく彼らは結界へ近づけば近づくほど悪魔が少なくなっていくことに気づいた。

 そのことに若干の違和感を抱きながらも結界前に辿り着いた。

 ライドウは結界に触れると結界を形成する四天王の力、マグネタイトを強く感じ取った。

 

「やはり四天王の……」

 

 黒焦げになった手に巴がディアラハンで回復を行う。

 煙が出るほどだったライドウの手が癒えると同時に数歩下がると帯刀していたもう一振りの刀を抜き去ろうとした時。

 

「それは少し困りますね」

 

 柳のような穏やかな声と共に発生した強風がライドウを中心に発生し襲う。

 

「ぐ……!」

 

 何とか踏ん張り風ごと敵を斬るため刀を抜き去ろうとするライドウを止めたのはゴウトだった。

 

「いやまてライドウ! そやつはっ」

 

 ゴウトの静止に動きを止めたライドウは、男の神速ともいえる速さに対応できず風と共にこの場から消えた。

 男の姿もないことからライドウと共にここではない別の場所へと移動したとみるべきだろう。

 

「今のは永望さん……?」

 

 親しいわけではないが、それでも老婆に付き従う執事のような姿に霞は見覚えがあった。

 ヤタガラスの女性退魔士からもかなり人気のある男でその実力が評価され幹部にまで昇りつめた。

 今では数少なくなった優秀な血を残そうと女をあてがおうとしたが永望は拒絶し老婆と共に居ることを選択した変わり者である。

 そんな彼がライドウを邪魔するはずがない。見間違えだと考えた彼女の耳に力強い足音が届いた。

 

 髪は刈り上げ、太い眉と強い視線そして堂々たる態度で一人の男が結界から姿を現した。

 

「うぇー!? 国会議員の五島国盛ですかー!?」

 

 驚きから仰け反る初美を責める者は誰もいない。

 永田町を怪しんだ以上議員が黒幕でもおかしくはないのだが、それでも現れた男はあまりにも有名過ぎた。

 

「さすがはこの日の本を護る役目を背負った若人たちよ。未来への光を見るようだな……惜しむべきは」

 

 低く力強い声でゴトウが言う。

 風向きが変わった。

 強く圧迫するような、それでいて全てを冷気で包む死の風が霞たちに叩きつけられた。

 

「その光をこの手で摘まねばならぬということか。だが悲しむことはない、その犠牲こそがこの国を護る力の糧となるのだから」

 

 議員の正装であるスーツをゴトウは脱ぎ捨てた。

 現れたのはふんどし姿に別の意味で驚愕する霞たちは行動をワンテンポ狂わされた。

 しかしその遅れは余りにも致命的であり、コンクリートを踏み抜きながらたった一歩で距離を詰めたゴトウへの対処が遅れることになる。

 

「フンッ!」

 

 スキルも何も使っていないただの拳が初美に向けられ振るわれた。

 初美を救ったのは彼女の背後に居た巴である。即座に形成した簡易結界が初美の命を救った。

 しかし時間を掛けて力を練っていない結界ではゴトウの一撃に耐えきれなかった。

 ガラスが割れるような音を立てながら結界は破壊され、拳が初美に叩きつけられ吹き飛ばされた。

 後ろに居た巴が初美を受け止めようとするも、支えきることができず二人してビルの壁に叩きつけられた。

 もし結界がなければ拳の勢いがそのまま初美にぶつけられ拳圧が初美を、もしかしたら巴をも貫いていた可能性もある。

 

「はっちゃん!」

 

 霞が『獣の眼光』と共に万能魔法メギドをゴトウに、メディアラハンを初美たちに向けて放った。

 本来人間が扱えない技だが、彼女が行使出来るのは彼女が神代小蒔の『天倪』だからである。

 小蒔に襲いかかる凶事を受け止めるために、その身にそぐわない力も身につける必要があった。

 

 例え、それを小蒔自身が望まなくても。

 それをしなければならないのが石戸霞に与えられた使命である。

 

 口から血がでて、ふらつく頭を無理やり動かしながらゴトウを見た。

 

 男の身体はブフダインにより氷結状態にあるにも関わらずその眼には恐怖がない。

 

「ふんっ」

 

 氷の中で筋肉が振動する。

 スーツを脱ぎ捨て褌一丁となったゴトウの肉体は見たくなくても見てしまう。

 拒絶感と言えばよいか。なんとも言いしれぬ感覚に襲われる霞だが、そんなのお構いなしと一気に距離を詰めて掌底を放とうとするのは春だ。

 

 氷結させた相手を砕く。これは彼女たちの攻撃パターンの一つだったが。

 

 相手が悪かった。

 

 筋肉の振動が掌底がクリーンヒットするよりも早く効果を見せた。

 

「なっ」

 

 肉体を凍らせていた氷が振動により砕けゴトウが自由の身になった。

 

「むんっ!」

 

 掌底を受け止めたゴトウは先程防がれた一撃を今度こそクリーンヒットさせてみせた。

 

 マッスルパンチと呼称すればよいか。

 巨大な拳が春の胸を貫き鮮血が宙に舞う。

 

「春ちゃ」

「そら、返そう」

 

 右腕を振るいぶちゅりという音ともに胸を貫いていた腕が抜け春の肉体が霞に叩きつけられた。

 

 避けることは勿論可能だったけれど。そんな選択肢は当然存在しなかった。

 春を受け止めた霞はその瞬間蘇生魔法サマリカームを行使したのである。

 

 腕をふるい血を拭うゴトウに。

 

「でー……っすよ!」

 

 距離を詰めた初美の蹴りが繰り出された。

 

「むっ、ぐぅ!」

 

 細い足と小さな肉体からは考えられない怪力がゴトウへ振るわれた。

 

「なるほど。補助魔法か!」

 

 タルカジャにより強化された初美の一撃はゴトウの一撃と比べても遜色ないほどである。

 それに気づいたゴトウは嬉しそうに、獰猛な笑みを見せると。

 

「はははははは! 足りぬ力は合わせて補強するか! しかし甘いわっ!」

 

 一歩後ろに下がったゴトウは腕を前に出すと光を放った。

 

「……まさか。ですよー」

 

 放たれた光の正体はデカジャ。

 強化魔法を解除する魔法である。

 

「ふはははははははは! この程度の対処は誰でも考えつくだろう? 一定レベルの悪魔は覚えているではないか!」

 

 その瞬間。

 巴の持っているCOMPがゴトウの解析を終えた。

 

「……うそ」

 

 画面に表示されたデータに巴は絶句した。

 超人ゴトウ。レベルは93。

 今の四人の中で最もレベルが高いのは70の霞でありそれよりも一回りレベルが高いということになるが、パーティ単位でみれば二回りに近い。

 霞が最もレベルが高いのはその役割上当然の話だが、次いで高いのは初美、次に巴最後に春となりこのようになっているのは単にこの世に生まれた年月の差だ。

 

 この情報は直ぐ様霞たちにも共有された。

 巴の反応から相手が格上なのは分かっていたがそれでも想像以上だった。

 

 一歩一歩近づいてくるゴトウに対して霞たちは同じ距離を後ろに下がる。

 それを見たゴトウは若干の失望と共に戦いを終わらせるための一撃を放とうとした。

 

「はっそう……!」

 

 先程のマッスルパンチ以上の力がゴトウの右腕に宿った瞬間。その腕を切り落としつつこの場に現れたのはゲオルグだ。

 

「ここで殺る必要はないだろ」

「む……」

 

 切り下ろされたゴトウの腕を持ってケラケラ笑いながらゲオルグが言う。

 

「だが切り落とす必要はなかったのではないか?」

「止めるのがめんどかった。切ったほうが楽だったからな……俺としちゃアイツラ殺して須賀京太郎の怒りを買いたいが……まっ、現状でも大丈夫だろ」

「会ったのか」

「宮永照たちを確保しようとしたらその場に居てな。いやいや悪人と判断した人間に関しちゃサクっと殺れるぐらいの価値観になってたのは嬉しかったね。雑兵も使い方次第ってか!」

 

 高笑いをあげるゲオルグを見て、霞たちは動くことができなかった。

 というよりはどう動けば良いのか分からないというべきか。自分たちが苦戦したゴトウの腕を軽く切り飛ばした以上今の霞たちが挑んでも勝てる相手ではない。

 

「ここで確保してエネルギー源にするのも良いけどさ。下手に姫さんに近づけて化学反応でも起きたら面倒だからここは帰すほうがいいだろ」

「……そうだな」

 

 死の風が収まるのを霞たちは感じた。

 

「あんたたちも相手が悪かったな。あんたらは人間相手は専門外だろうに。ゴトウさんよ、一応言っとくが追い詰めて力を振り絞らせるのは少々きついぜ、なにせあの子らはそんな鍛え方はされていないからな」

「……ふむ?」

「結局は純粋培養。最初の一歩は確かに覚醒にたるものだったろうがそれからはどうかね。流石に力量が上の異界には連れて行かないだろうねぇ。だから格上相手の戦い方がよくわかんないのさ」

「そういうものか」

「それが悪いわけじゃないけどな。受け継ぐ力は確かにあるだろう、だがあんたが望むものじゃない。レベルってのも重要だが本当に大切なのは過程だ。強くなる過程においてどんな道を辿り乗り越えてきたかだ」

「それが君であり、君が眼をかけている少年か?」

「もしくは十六代目だな。ヤタガラスの爺が夢見る十四代目の亡霊って意味では言葉通り純粋培養だが、だからこそこれまで無茶ぶりもされてきたようだ。とにかく、嬢ちゃんたちは既に力がある。ならそれでいいだろ」

「……そうだな」

 

 ゴトウは宝玉によりくっつけた腕の具合を確かめながら言った。

 

「すまなかったな」

「気にすんな。帰るとするぜ」

 

 背を向け立ち去ろうとする二人に、霞が苦し気に声をあげた。

 

「貴方たちはなんでこんな自体を引き起こしたんですか!」

「……私の主義主張は議員になる前から変わらぬ。強き国へと。ただそれだけよ」

「強き国?」

「簡単な話だ。こんな状況になれば多かれ少なかれ、善人か悪人かは置いておいて人は覚醒に至る。ゲオルグ曰く覚醒した少女が居たそうだな。これを東京全域に行えばさてどうなるか」

「ま、まさかそのために悪魔をこの帝都に放ったですかー!」

 

 初美の驚愕の声にゴトウは無表情で頷き、ゲオルグは楽しそうに頷いた。

 

「大切な物を護るために覚醒する者も居るだろう。ただ死に抗うために覚醒する者も居るだろう。もしかしたら悪魔に気に入られ援護を受けて覚醒する者も居るかもしれない」

「……この状況で覚醒した人が悪人だったら?」

「それに巻き込まれた者は悲惨な結末を辿るだろうな。だが異能者の起こした惨事を原因とした復讐心から覚醒するかもしれない」

「く、狂ってるですよー……」

「言われてるぜ? だが今更だよなぁ?」

 

 面白そうに笑うゲオルグに対して、力強く頷いたゴトウが言い放った。

 

「どのような理由でもいい。覚醒に至ったのであれば国防の剣となろう」

「悪人がそのために力を貸すとは思えません」

「そのための私の力だ。覚醒者たちを御し得る力があるのであれば問題はなく鞭だけでなく飴を与えればよいだろう」

 

 悪人に対する飴。それが何を意味するか考えるまでもない。

 金か女か。もしくは覚醒者が女であれば男を求めるかもしれない。どちらにしろろくでもないことなのは確かだ。

 しかしそれでも極少数の犠牲でもって数多くの人々を護ることはできる。

 

「日の本に住む一億を超える民を護るために、帝都に住む一千万から守護者の選別を行いこの国に仇なす外敵の排除を行う。それが私の計画だ」

 

 一千万のすべてが死ぬわけではない。それでも7桁の人が死ぬ可能性の高いこの計画をゴトウは胸を張り断言した。

 一千万と一億。人の命を単純計算として見ていいわけではないが、それでもそうすると決めたのである。

 

 「狂っている」

 

 そんな言葉を思わず零したのは誰であったか。それでもゴトウの意思は変わらない。 

 

「人の生死感として誤りであるのは理解している。それでもこの道を行くと決めたのだ」

「狂っていようがどうでもいい話だがな。目的が少しでも合致してりゃ共に歩めるってもんだ」

「そんなの無理ですよー! 子供のころからそうして育てられたならともかく、普通の人が覚醒して戦い続けるなんて絶対無理です!」

「果たしてそうだろうか」

 

 初美の否定に対しゴトウは静かに、諭すように言う。

 

「私は知っているぞ。20年前兄の目論見を潰し、かの合衆国に一泡吹かせたのはお前たちのような特別ではなく、ただの少年で学生だった」

「でもそれは20年前ですよー!」

「時は否定の材料にはならない。それに有名所はまだまだいるだろう? 葛葉キョウジとなった者。レッドマンに導かれマニトゥ事件を解決した者。そして一月前サマナーとなり宗教狂い共の事件を解決に起因した者……これは君たちにも少しは馴染みがあるだろう」

「……あ」

「須賀京太郎。生まれも育ちの普通の少年であったにも関わらず、悪魔に魅入られ宗教狂い共が起こした事件の解決者だ」

 

 ゴトウが思い出すのは一月前、龍門渕で起きた事件の詳細を聞いた時のことだ。

 メシア教が本拠地とする合衆国は勿論、多くの教会を要する国々に対する武器を得ることが出来た。

 本来であればそこから更に追い詰めることもできたが出来なかったのはひとえに武力がないからだ。他国に武力を頼る以上何かしら問題が起きたとしても強く出ることはできない。

 結局トカゲのしっぽ切りで済まされてしまったがそんな折に龍門渕が隠ぺいした情報を得た。

 かつての自身の兄を葬ったサマナーの少年のように、COMPを手に入れ事件解決の立役者となった少年が居た。

 

「彼らが教えてくれた。生まれも、育ちも関係はない。ただそうあろうとする者が花開くのだと。そう、強き『ソウル』を抱く者こそが未来を切り開く者たちであると……!」

 

 誰かが起こした行動が誰かの希望になる。

 希望をもとにまた行動を起こし、けれどその行動がまた誰かの希望になるとは限らない。

 

「それこそごく一部の人たちだけですよー! もうそんなソウルを持つ人達は……」

「どう言っても平行線をたどるのみだ。私は人の強さを信じている。私たちの行いが正義となるか悪となるかは後の世の人々が決めるとして、私の思想が正解だったかそれともそうでなかったはそう遠くない未来にわかるはずだ」

 

 もはやゴトウたちと戦う気力のない彼女たちに向けて言った。

 

「私たちはここから動くことはない。いつでも来るといい、君たちの大切な誰かを護るために」

 

 ゲオルグを伴いゴトウは姿を消した。

 二人を止めようと行動することも、声をあげることも、霞たちにはできなかった。

 




実際戦いを強いられたとして人が戦い続けられるかと言えば戦える気はする。
そりゃ年中無休戦いを強いられたらきついだろうけど休みとかあればなんとかというか、少なくともメガテン世界では戦えてますからね、モブも。


・天児
 幼児に訪れる災難を受け止める人形。
 咲においては小蒔が降ろす神が悪神であった場合それを引き受けるのが霞さんの役目だそうな。本作ではそれを拡大解釈して小蒔に降りかかる全ての凶事を受け止めるのが霞さんです。ただ姫様拉致されちゃったんで役目果たせてないっすね。


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『東京封鎖1日目夜 Part3』

お久しぶりです。
お気に入り登録、感想に評価。ありがとうございます。
そして誤字。いつも申し訳ないです、、、

更新の間が空いたのはモンハンしてたせいであります。P5Rもそろそろ発売ですが真5はまだですかね。

次話は書けてるのでP5R発売前に更新予定です。


 カラスの絵柄の入った腕章は確かに必要だと京太郎が確信したのは霞たちと別れてから数十分後のことである。

 悪魔の気配を感じた京太郎はその場に桃子たちを残すと建物から出て辺りを確認した。

 避難所に形成されている結界は建物を中心に円形状に作成されている。そのため外に出ても一定の距離であれば結界が存在するため安全だ。

 とはいえ万全を期するなら刀を回収したうえで来るべきなのだが、京太郎の感覚がこの悪魔は格下であると判断させた。

 

「……これでいいのか?」

「おう、問題ないぜ。案外簡単だろ?」

 

 中年の男が黒い羽織を着た悪魔を伴って生気を失った老人の眼の前に立っている。

 

「マグネタイトつってな。この俺の身体を維持するのに必要なエネルギーなのよ。なかなかおもしれーだろ?」

「……おもしろくは……」

「いずれ慣れるって。老人だったから保有するマグネタイトが少なかったが、若い人間ならもっと手に入るはずだぜ」

「……でも、俺は」

「気にすんな! 生きるためには仕方ねー話よ。この世はもう弱肉強食。生きるためには俺の力が必要だろ?」

「だがここに居れば安全なのだろ?」

「そうかねぇ? もし強力な悪魔が現れれば結界だって破壊されるかもしれねぇぜ? それにだ」

 

 吸血悪魔クドラクが二階の窓越しに見える女を指さしながら言う。

 

「それに俺の力があれば今まで手に入らなかったものだって手に入るんだぜ? 金も、女も意のままってな」

 

 男の喉がごくりと音を立てた。

 

「まっ、その場合外に出なきゃなんねーがな。流石にヤタガラスを相手にするのは今の俺じゃきついってもんだ。だからよ、外に出て人間を見つけてお前はこう言うだけでいいんだ。命が助かりたければ言うことを聞けってな」

 

 ケケケとクドラクが笑うのに合わせるように、男の口角が吊り上がった瞬間だった。

 

「ケケ、は?」

 

 クドラクの首がねじ切れ宙を舞い、それを見て眼を丸くした男が見たのは眼前に迫る大きな男の手だった。

 アイアンクローを決められた男は自身の頭部がミシミシと音を立てて少しずつ少しずつヒビが入っていくを実感させられた。

 痛みから叫ぼうにも声をあげるという器官が麻痺し行えない。原因は京太郎が微弱な電撃を放ち続けているせいである。

 頭部が潰されるという恐怖と原因不明の痺れから涙を流すが恐怖からは解放されない。

 永遠に続くかと思われた地獄が終わりを告げたのはビキッ! という頭部が砕けたと思わせる音が響いたためである。

 黒目はぐるりと回り口から泡を吹きだして倒れた男を京太郎は放り投げた。

 

 地面にドサリと横たわった男を無視し老人の容態を確認するとホッと一息ついた。

 まだ顔色はよくないがそれでも命の暖かさは感じる。

 老人の身体の上にあるのは地返し玉だ。目の前で起きた惨劇を見て怒りはしたがそれでも優先順位は見失わなかった。

 

「ぐ、あ、ヤタガラス……?」

 

 クドラクの言葉に何の感情も乗せずに京太郎は言った。

 

「残念。ただのフリーのサマナー。ちなみに交渉には応じないから悪しからず」

「ク、ケケケケ……悪魔を殺してもよ」

「自分がやったことを直視しろよ」

 

 悪魔を殺して平気なの? 時として命乞いのように語る悪魔の言葉を切り捨てるようにクドラクの頭部をジオダインが焼き尽くした。

 ヤタガラスの腕章はこのためかとため息をつく。確かに結界内で悪魔召喚をする可能性もあるし、ヤタガラスかそうでないかは重要だ。そもそも避難所にどれだけの人数がいて、それを全て把握しているかというとそうではないだろう。そのため把握している人間を識別するのにはアナログだが役に立つ。

 こんな状況だから力に魅了されるのだろうなと自己完結し、その後老人を近くに居たヤタガラスの人間に預け、事情を説明すると桃子たちと合流するために京太郎は歩き出した。

 

*** ***

 

「用事は終わった?」

「おう。待たせてごめんな」

 

 と言いながら自販機から購入した飲み物を光と桃子に手渡した。

 飲み物は確かに貴重で温存するべきものだが、結界の外にある自販機に入れられた飲み物は別である。

 命と飲み物。つり合いが取れるかと言われれば状況次第だと答えるべきなのだろうが京太郎からすれば大した話ではなかった。

 

「いやーすごいな。片手で人間持ち上げられるなんてさ」

 

 背後から声をかけたのは獅子原爽である。

 少し顔色が悪いのは死の一歩手前に追い詰められた男たちの姿を少しとはいえ見たせいだ。

 それに加えて例え暴行を加えたとはいえそれ以上の力で圧倒するのはどうなのか? という常識的な感性が働いているのもある。拐かした悪魔はすでに倒したのだから少し痛い目に合わせるぐらいで済ませればいいじゃないか。ということだ。とはいえそうされても仕方がないだろうと考える自分も居ることに気づいたのも顔色が悪くなった原因の一つと言えるだろうが。

 

 それらを振り切って、ぎこちない笑みとともに彼女がこの場に現れた理由を告げる。

 

「私を探してたってこいつらから聞いてさ」

 

 爽の近くを漂うカムイが小さく頷いた。

 京太郎は「ありがとな」と礼を述べると「無事でよかったです」と言った。

 

「全然見つからなかったので外に出て行っちゃったんじゃないかと思ったよ」

「そうしたかったんだけどな。熊倉さんだっけ? あの人に強く止められてさ。それにこいつらも」

 

 カムイと呼ばれる彼らが人前で揺蕩うのは霊的能力がなければ見えないためである。

 実際光は見えているのかカムイに触れてひんやりする感触を楽しんでおり、桃子は少し怯えながらも観ることはできている。

 

「こいつらには子供のころ命を助けてもらってさ。命の恩人の言うことを無碍になんてできないだろ?」

「それは確かに」

 

 よくよく確かめてみれば霊的存在であるにもかかわらず脅威は感じず、それどころか暖かい気持ちになるのはカムイが京太郎に感謝しているためである。

 爽にとってカムイが命の恩人であり大切な存在であるなら、爽を助けたカムイたちにとっても理由は不明ながら彼女が大切だ。

 メシア教に突撃しなかったこともそうだが、京太郎が熊倉トシを紹介したことで東京封鎖開始時からの悪魔の脅威を爽は体験していない。

 京太郎がそれを見越して紹介した。訳では当然ないがそれでも爽に対する危機を未然に防ぐきっかけになったのは京太郎である。それをカムイたちも理解していた。

 

「ただ心配ではあるんだよ。みんな無事なのかって」

「メシア教には悪魔に対する備えがあるはずだから洗脳されているのは心配だけど多分大丈夫なはず」

「そうか。でも今思えばちょっと納得はできるんだよな」

「何がっすか?」

「皆から人気だった教師が居るんだけどやけに私にきつく当たってくるんだよな。信仰心が足りないとかなんとか。しかもその教師だけじゃなくて結構な数の教師たちが言ってきてさ……」

「……それ、洗脳が効かなかったから怒っていたんじゃ」

「可能性はあるよなぁ? 一応熊倉さんには伝えておいたんだけど、苦笑い気味に同じようなこと言っていたよ」

 

 それが神の意志であると判断したならば、洗脳さえも神の祝福であると本気で言ってもおかしくないのが宗教狂いである。

 自分たちの幸せが他者の幸せではないというのに、それが分からないからこその狂信者だ。

 

「とりあえず母校のことを調べてくれるとは言っていたけどどうなるかな?」

「東京以外にもヤタガラスの支部は存在するはずだから探ってくれてるとは思うけど現状が現状だから……」

「だよなー。暫く自主休学したいぐらいだ……」

「嫌でも休学扱いになるような気もするけど」

「出席日数大丈夫なのか……。留年とか勘弁だって」

「そこは融通してくれると思うけど。もしかしたらここで勉強会を開くからそれを出席日数とする。とかあるかも」

「うげげ……」

「まぁとにかく。ヤタガラスも放置はできないとは思うし、それに俺もメシア教が何をするつもりなのか気になるので色々と調べる予定です。何処に居るのか場所だけでもつかめればとは思ってます」

「大丈夫……いや。そっか、ありがとな」

 

 とはいえと。京太郎は心の中で考える。

 例え洗脳されていたとしても爽の友人が何某かの事件に関わっていたとして、その解決のためには彼女たちを殺す事が最善だと分かれば躊躇いはするだろうがそれでも手を下すだろう。

 4人と数百万人。命が公平なものだとしたらどちらが大事なのか考えるまでもないことである。

 それでも、それで諦めるぐらいなら龍門渕の件の様な命に大きな危険が伴うような依頼を京太郎は受けない。

 全てを救うことはできなくても、それでも自身が手を伸ばして掬い取ることが出来る可能性があるならと考え、動く。

 

 ただ今回に限って言えば理由はそれだけではなかった。

 

 理由は不明だが彼の心が強くざわついていた。

 爽のことがなくても、強く関わらなければいけないと使命感の様なものが京太郎の心を押していた。

 囃し立てるような自身の心の機敏がどこか自分の物ではないようで違和感を覚える。けれど同時にそれでもいい、その感覚のまま行けと感じる自分も居てさっぱり分からない。

 

「どうかしたか?」

「いやいやなんでもないっす」

 

 誤魔化す様に言う京太郎に首を傾げるも、まぁいいかと切り替えた爽が言った。

 

「ここまでの話はどうしたってみんなが無事でいること前提、だよなぁ」

 

 無事も確認できていない今の状況で「絶対無事ですって!」なんて無責任な言葉をかけることもできず。ただ「そうですね」と頷くことしかできなかった。

 

*** ***

 

「少しいいだろうか?」

 

 カムイと戯れる光を三人で眺めていた時、渋く低い声が耳に届き辺りを見回すも誰も居ない。

 三人で首を傾げていると京太郎の靴をぺしぺしと叩く何かに気づいた。

 

「へ? あ、ゴウトさん?」

「邪魔をしてしまったかな?」

「いやいや大丈夫ですけど、良いんですか? なんて言うかその」

 

 言いよどむ京太郎にゴウトは問題ないと答えた。

 

「その子のことはヤタガラスでも把握している。猫が喋ったところであまり驚いていないだろう」

 

 爽の様子を見ると平然としながらこくりと頷いた。

 

「霊が居るんだから化け猫ぐらいいると思ってたよ。っていうか猫又とかメジャーだもんな」

「……そりゃ確かに。とはいえそれでも信じない人は信じないんすよね」

「人は自身が理解できぬ存在を否定しがちだからな」

「そっすね。その実例をよーく知ってますから」

 

 ピンク髪の。かつて憧れにも似た感情を抱いていた少女を思い浮かべた。

 なぜあれほどまでにオカルトを否定するのか。その理由を京太郎はある程度察しているのだがだからといって彼に何ができるわけもなく。

 ただ触れないことがただ一つの気遣いだと割り切っている。

 

「今日の出来事については又聞きではあるが理解している。だが直接話を聞き情報の整理をしたくてね。それに君に見てほしい資料があるのだ」

「資料?」

「封鎖が起きる少し前に私とライドウはとある場所に行ったのだ。そこで手に入れたものだが君にも目を通してほしい。我らが読み取るよりも多くの情報を感じ取れるかもしれない」

「分かりました。……えっと」

「ん。ここまでだな。明日会えるか分からないからここで言うけどさ、皆を頼むよ。ただお前の命が危うければ」

「大丈夫!」

 

 爽の言葉を遮って京太郎は言う。

 

「これでも強い方なので大丈夫っすよ。絶対に助けるなんて言えませんけど、でも信じてもらえればうれしいです」

「……そう言われたら嫌でも期待しちまうなぁ。……よろしくな」

「うっす。えっと……」

「私は光ちゃんを連れて戻ってるっすから大丈夫っすよ」

「そか。寝る前に顔は出すって伝えておいて」

「了解っす」

 

 去る爽を見送ってから京太郎はゴウトに連れられ闇夜の世界を歩く。

 既に月が出ている時間帯。

 太陽を覆い隠す力も月には影響がないようで平時と比べて灯りのない帝都では月の光が一際強く輝いているように見える。

 運がいいのは満月ではないこと。

 もし満月であれば悪魔の精神に強い影響を及ぼし力も増している可能性があった。

 

 結界のギリギリ内側。

 小さな建物の屋上に彼は居た。

 黒の衣装は夜の世界では溶け込むが月の灯りがそれを阻害している。

 彼、葛葉ライドウは現れた京太郎と共に来たゴウトに気づくと屋上からスタッと降り立つ。

 

「お互い無事で何よりだ」

「最後がちょっとギリギリでしたけどね、俺」

「半身が砕かれたと聞いたときは驚いた。だが生きている。この世界ではそれだけで十分だ。……まずこれを君に」

「これは……」

 

 ライドウが手渡したのは一枚の紙だ。

 記載されているのは誰かに伝える連絡文などではなく、自身の考えを書いて纏めるような手記の様である。

 

「……これを、どこで?」

「永田町に向かう前に我らは山縣組の元へ向かった」

「でも誰もいないんじゃ……」

「調査をした者たちを疑う訳じゃないが自身の眼で確認したかった。そして隠されていた部屋を見つけそこにあった紙がそれだ」

「自分で確認って大事っすね」

 

 見落としたヤタガラスが無能であったのか。それとも隠し通した山縣組が優秀であったのか。それともそれすら見つけ出したライドウが優秀だったのか。

 どう考えてもヤタガラスに対する愚痴が発生しそうだったため思考を打ち切った。

 

「……どうだろうか? 内容に見覚えは?」

「覚えはないですけど、ただ間違いなくこれって例のドリーカドモンの制作者が書いたものですよね」

「やはりか。ならばこの件に制作者が関わっていると思うか?」

「……ないんじゃないですかね。というかメシア教にも流れていた事実を考えると製作者を探した結果これを手に入れたって考える方が自然な気がします」

「ふむ……」

「ただあえて言うなら。目的は実験というかデータ収集じゃないですかね」

「データ収集?」

「パラケルススが言ってたけど人は自身が作ったものを試さずにはいられないそうです。最近の割には昔ですけど核なんかがそうでしょう?」

 

 決着はついていた。

 それでも核が落とされたのはその威力を確かめるための実験である。

 

「今回もそれに当てはまると?」

「少なくともデータ収集はできそうですよね。メシア教も今回の事件を起こした……ガイアって一纏めにはできない気がするけど勢力もこれを使ってそうだし」

「マグネタイトの燃料タンクとしては十分な役割をもつか」

「……これを見ると製作者の目的はそれじゃなさそうですけどね」

 

 京太郎は手に持った資料に眼を落し再度中身を確認した。

 

【レポート3】

 人が悪魔に神といった存在からの支配の脱却をはじめどれほどの時が経ったか。

 今でも信仰はあるだろうがそれでも重要度が薄れているのは確かである。

 一昔前はそれこそ生贄を捧げるほどに神や悪魔の存在を人は信じた。今の人であればそれらの行為に意味はないと断じるのはそれが科学的でないからだろう。

 これに関しては正しくもあり間違ってもいる。なぜならば彼らが信じた存在は確かに存在するからである。

 無意味だと言えるのは生贄を捧げても神が喜ぶとは限らないからだ。

 神魔の言葉はただの人には届かない。

 そんな中ごく一部の寄り添う人々が「意味がない」と訴えたところで大衆が信じる現実がそれを拒絶する。

 

 今の世の中において人々が最も信じる物は一つだ。それこそ唯一神さえも超えるほどの信仰を集めているといえるだろう。

 人はいずれ宇宙を時さえも支配すると信じる彼らの姿は正しく神々を信仰する信者そのものだ。

 

 であれば私は会ってみたいものだ。彼らが信じるそれに。

 

【レポート4】

 会うのではない。造ればよいのだ。

 そのことに気づいたのはあの日から数日経ってようやくだった。

 造ると決意したあの日から探求は続けたが、それでも目標を抱けないでいた私にとってそれは天啓にも似た感覚を受けた。

 だがそれには今のアレでは足りない。

 何が必要かと考えた時、眼についたのはメシアとガイアとは呼べないがそれに類する者たちが企てる計画を知った時である。

 メシアもガイアも世には必要だが両極端すぎると私は思う。

 秩序だけでも自由だけでも人は生きることはできない。必要なのはその両方を要するバランスだ。

 もしかしたらアレに必要なのもそれなのかもしれない。

 ならば両者の要素を取り入れてみるとしよう。

 前者は象徴である存在を。

 後者はその名の示す力を。

 

 ふぅと京太郎はため息をついた。

 文面からこの手記の主はここ数ヵ月に起きた事件について把握していた可能性がある。

 龍門渕の事件と東京封鎖。この二つを示すと確信はできないがそうでなくても、彼の持つ情報があれば数多の犠牲が抑えられたのは事実なのではないかと感じてしまう。

 他人なんてどうでもいいという感性の持ち主なのであれば仕方がないのかもしれないが、それでもモヤモヤした感覚を覚えるのは事件の関係者だからか。

 

「メシアの象徴は神だが聖人……いや救世主であるのも事実だろう。その中でも参考にしたのはロンギヌスで殺された男か」

「他に救世主っているんでしたっけ?」

「宗派によって理解は異なる。メシアであれば指し示すのは一人だ」

「そういうものですか。でもこれでなんで死んだ子供を材料にしたのか分かりましたね」

 

 救世主と呼ばれた男は一度殺された後に蘇生している。それを真似たのだろう。

 子供が選ばれたのは力の元であるマグネタイトを豊富に保有する存在だからだと思われる。

 

「流石に処女受胎までは再現しなかったか、それともしたうえで意味がなかったか。理解しかねるが蘇生か」

「試す時間がなかったってのもありうるんじゃないですか? 赤ん坊から実験に適する肉体になるのに十年ほどかかるわけで」

「……まさか」

「現在進行形だったりして」

 

 最悪の想像を頭の片隅においやりもう一つについて問いかけた。

 

「ガイアは名をってどういうことなのかな」

「分かりやすい象徴のあるメシアとは違いガイアは思想から集った烏合の衆だ。理念こそ一致しているだろうが思想も象徴も異なる。そのうえで名の力と言われれば」

「ガイア……地球っすか?」

 

 地球を象徴として選択すると言われても壮大過ぎて京太郎には理解が及ばなかった。

 

「幾つか思い浮かぶ」

「……マジっすか」

「どう再現するかは分からないが星が生み出される過程を模す方法もあれば、大地の力を利用する方法もあるからな」

「龍脈とかっすか? それをどう使うのやらですね」

「我らには知る由もないことなのだろう。それこそ相手は狂人だ」

「……世の中には狂人が多すぎますね、ほんと」

 

 深いため息をついた京太郎が思い浮かべたのは数人。

 まだサマナーになって数ヵ月だというのに狂人と呼ばれる人間たちと出会っていることに憂鬱になるべきか、それともそんな経験が出来て喜ぶべきか。

 自分のことを多少棚に上げつつも憂鬱な気分に陥った。

 

「……ドリーカドモンの件については以上だ。何か分かったことがあれば連絡してほしい」

「分かりました。それで今日あったこと、ですよね」

 

 京太郎は今日あった出来事及び明日の行動についてライドウとゴウトに語った。

 最も大きな反応を見せたのは勿論メシア教について語ったときである。どうやらライドウたちもメシア教が何やら動いていることは気づいていたようだが、それでも洗脳などをしているとは思ってはいなかったようで頭に手を当てていた。

 

「大沼とも話すが恐らく君の願いは通るだろう。ドミニオンを要する君ならばそれこそメシア教の信者か騎士と偽り信者たちに接触も出来よう」

「ドミニオンに少し悪いですけどね。ただ……」

 

 普段腰に下げている自身の刀を思い浮かべながら。

 

「俺の刀は今でこそ薄れてますが元はミカエルの槍なんでちょっとは裏付ける証拠になるかなーと。色々と混じっているのはまあ適当にごまかします」

「そうでもしなければ情報は得られんな。表層の信者ならばともかく洗脳を行う狂信者が情報を素直に渡すとは思えん。それこそ情報を渡すならばと死を選ぶだろう」

「屁理屈っすよね。自殺したら神の元へはいけないけど神のための死であればそれは自殺ではないなんて。神のために生きた者たちに救いをってそれに巻き込まれる方はたまったもんじゃない」

「そう考え排他した国もあったが今では狂王と蔑まれている。悲しい話だが敗北者が抱く誇りは穢されるのが歴史だ」

「なら今度はそれを味合わせるのは俺たちの方っすよ。好きで負ける奴なんていやしないんだから。今度はトカゲの尻尾斬りでなんて終わらせない。絶対に」

 

 言い切った京太郎の心が静かに燃えていた。

 納得がいかないのである。確かにあの事件を起こした者たちは許せないけれど、その心には間違いなく信仰心があって神の為であったのは間違いない。

 それを「自分たちは素知らぬことだ。彼らが勝手にやった事であり我らはあずかり知らぬ」と言って唾を吐き捨てた人間を京太郎は許せなかった。

 まだ世間知らずの京太郎にもわかることだ。本当に罰するべき相手はまだ居るのだと。

 

 闘志を燃やす京太郎に、ライドウが問いかけた。

 

「放り出そうとは思わないのだな」

「……ここまで関わって放り出すって人間としてやばくないですか?」

「そうでもない。むしろ普通だ。我の知るサマナーはそういった類の人間ばかりだ」

「そうなんですか?」

「安全マージンと、彼らは言うが。生命に危機が及ばない範囲の依頼を受け、及ぶ場合最悪依頼を破棄することもある。だがそれで彼らを攻めることはできない」

「死んだら終わりですもんね」

「だが君は違うようだ。我も含めたヤタガラスであれば使命がある。それは命を賭してでもやり遂げなければならない硬い誓いだ。だが、君は違うだろう?」

「何も背負ってなんていないですからね」

 

 さて、どう答えたものかと京太郎は考える。

 答えは幾つか存在する。ただの想いもあれば使命では無いにしろある種の義務感もあって、そのどれかを答えても間違いではないと感じる。

 京太郎の迷いにどう感じたのか不明だが、ライドウの問いかけに補足するようにゴウトが告げる。

 

「時間がかかっても良い。答えてもらえるか?」

「そのつもりではあるんですけど……」

 

 なぜそう願われるのかそれがわからなかった。

 

「ライドウにとって近い歳の退魔士……サマナーは珍しいのだよ。それに先程ライドウが答えたように、フリーのサマナーが逃げ出さないのは珍しいのだ」

「……今後の参考に、みたいな?」

「そう捉えてもらっても良い。全てはこちらの都合なのだ。済まないな、須賀くん」

「それは大丈夫ですけど」

 

 と答えてから、ゴウトの言葉に強い違和感を覚えた。

 

「『葛葉ライドウ』なのに同年代のサマナーは珍しいですか?」

 

 葛葉ライドウは決して個人を指すものではない。

 葛葉ライドウという言葉の響きで、現代人が思い浮かべるのは最新のライドウである十六代目か最も才があったと言われる十四代目。もしくは二十年前の事件に関わった十五代目である。

 そのため個人を指すには十六代目と付け足す必要がある。

 それに、葛葉ライドウを引き継ぐのは多くの才ある退魔士から選別されるのだと京太郎は聞いている。

 葛葉ライドウとなるのは世代最強の退魔士であり、競い、鍛え上げるのだと。

 そのため目の前に居る十六代目もまた同じ経験をしているはずだ。上や下も居るだろうが同年代も当然居るはずである。

 本来の名を捨て葛葉ライドウになったのなら葛葉ライドウを輩出した家は名誉が与えられる。

 だから子は勿論、親もまた必死になって時が来るまで子を鍛え上げる。

 そんな環境に居たはずである十六代目に同年代の退魔士の知り合いが居ないとは考えにくかった。

 

「退魔士も、サマナーも減少傾向にあると聞いたことはあるな?」

「はい」

「数が少なくなれば当然才を持つ子の数も少ない。正直に言えば葛葉ライドウに成りうる才を持った子は居なかった」

「……上の年代には確かに才と実力に長けた者は居た。しかし当然ながらそう言った方々は既に名が広まっている」

「あぁ、その状態で葛葉ライドウを継いでも、ライドウではなく元の名が広まるだけと」

 

 あの○○が葛葉ライドウを継いだらしい。

 そう言って話は広まり、下手をすればライドウを継ぐ意味がなくなってしまう恐れもある。

 そのため必要なのは未だ活躍はしていないが、才のある子供だった。

 

「それに立場もある。既にほかの地方を守護する代表がライドウとなればその立場を捨てることになる」

「さすれば帝都と地方に亀裂が生まれる。それは望まれない」

「うへぇ……」

 

 思いのほか事態は深刻なのだと京太郎は知った。

 それと同時になぜ彼らがこのような行動を取ったのか。その原因となる事態を察することが出来て内心重く感じた。

 

「付け加えるのならば……」

 

 ゴウトの零した言葉に京太郎は耳を傾ける。

 先ほどまで少しふりふりと動いていた猫の尻尾は元気なく垂れ下がった。

 

「かつての夢を忘れられないのだろう」

「夢……?」

「二代目以降のライドウをずっと見てきた。共に並び立つことのないライドウも居たが、それでも見てきたのだ。その中で、十四代目は別格だった。それをヤタガラスは、葛葉は引きずっている」

 

 ゴウトがそう言うと被っていた学帽を少しだけ下げた。

 ライドウのその様子に疑問を感じつつも、ゴウトが話してくれた間にまとめた自身の考えを口に出した。

 

「先ほどの話ですけど」

「うむ」

「細かい理由はありますけど、結局のところ理由なんてないです」

「む……?」

「俺が逃げたらゲオルグが俺に親しい誰かを殺す可能性がある。でもそんな理由がなくたって俺は今と同じ行動をしてたと思います。だって、俺より強いからって行動をしないなんて、それは動かない理由にはなりえないからです。それで動かないなら今、衣さんが笑顔でいることなんてなかったと思う」

 

 それに、と続けようとした言葉は飲み込んだ。

 

「なのでそんな立派な志はなくて、自分がそうしたいからです」

「そうか……。ライドウ」

 

 ライドウは感情を見せることなくこくりと頷いた。

 京太郎の答えに満足したのかは不明だが、それを問いかけるのはなんとも恥ずかしく気が引けた。

 

「今後の話なのだが」

「はい」

「この事件解決後、須賀くんはどうするつもりだ?」

「……少なくとも、人を雇って両親及び俺を知っている人から俺の記憶を消してもらうように依頼するとは思います」

 

 京太郎に記憶を消す術は使えない。というかそんな修行をしていないのだからできなくて当たり前だ。

 

「そうか。辛い話だな」

「……自分のしてきた行動の結果ですから。封鎖内に居る人に関してはヤタガラスにお願いしようかと思ってます。似たような処置はするんでしょう?」

 

 どのような言い訳、もとい。処置をするかは不明だがあちらの陣営が勝利したなら兎も角。京太郎たちが勝利したのならば悪魔の記憶が人々に残るのは邪魔になる。

 そのため事件解決後は何かしらの処置をする必要があるのは規模は違えど京太郎ともヤタガラスも同様である。

 

「そちらについては心配しなくていい。手はずは整えているはずだ。なるほど、その後は未定ということか」

「逆にお聞きしたいんですけどフリーのサマナーとかヤタガラスの退魔士って表の仕事どうしてるんですか?」

 

 自由に動くにはフリーターやニートであるのが一番だと京太郎は思っている。普通の会社に従事してしまっては自由に動くことが出来ない以上、サラリーマンとかではないのは確かだ。

 

「ヤタガラスに所属しているのであれば一番多いのは公務員や神事に携わる者が多い。国も我々の存在を知っているため架空の部署を作りそこで働いていることになっているし後者は分かりやすいか。だが須賀くんはヤタガラスに所属したいわけではないだろう?」

「ヤタガラスから優先的に依頼を受ける。とかはしてもいいとは思っています……でもそうですね。その通りです」

「その場合自営業なども多いな。フリーライターに探偵など外に出ていても違和感のない職に就いている。サマナーであることを示せばクレジットカードなども作成は可能だ」

「……まぁ無理しなきゃお金はありますからね。その意味では信用はある。みたいな……。でもライターに探偵かぁ。俺まだ十六歳にもなってないんですけど大丈夫っすかね」

 

 須賀京太郎。誕生日は来年でありまだ自動二輪車の免許を取る資格もない歳である。

 それで探偵と名乗っても社会的信用など無いに等しいにも当然というか、職に就いていない未成年よりも下手をすれば怪しい。

 

「いやその心配はないだろう。完全に須賀京太郎を消すのならば戸籍を削除したうえで新たに作成しなければならない」

「年齢を誤魔化せと? それでも若すぎてあまり信用はなさそうだなと」

 

 人生経験というのはやはり信用の有無に直結する理由の一つだ。

 同じセリフでもある程度年をとった人間の台詞の方が信用性が高く感じるのは、若いイコール未熟だと思われるせいだろう。

 

「その点については君は問題ないだろう」

「へ?」

 

 ライドウの言葉に首を傾げる。

 

「龍門渕から既に君はそれを勝ち取っている。もし君が探偵になると決め、開業をしたのなら探偵の仕事かもしくはそれに見せかけた依頼を君に依頼をする。そうすれば次第に拍が付く」

「……では、ライドウ」

「全ては生き残ればだ。だが、須賀くん。事件解決後にこの件について君と話し合いたいと思っている」

「はぁ……?」

「悪いことではないはずだ。ただ、頭の片隅にでも入れておいてほしい」

 

 その後はちょっとした雑談をした。

 正規の訓練を受けた退魔士と覚醒したフリーのサマナーの違いなど、京太郎の知らないことは数多くあったからだ。

 仲魔との協力技やマグネタイトを吸収し継戦能力を高めるなど、京太郎の情報を得て前者はともかく後者は無理だなと残念に思ったりなどした。

 

 そうして少しの時が過ぎ去って。

 

「すまないな、須賀くん。時間を取らせてしまった」

「いえいえ。ドリーカドモンの件についても知れましたし、助かりました」

「明日、我らは早くから出るため出来ても挨拶ぐらいだろう。死ぬなよ、須賀くん」

 

 去っていく一人と一匹を見送って、京太郎は月を見上げる。

 所々灯りはあるがそれでも東京は今暗闇に包まれている。外で野宿している人も居るかもしれないそんな中で、この月の灯りは淡い希望の灯のようにも感じる。

 

「それにしても」

 

 東京全域で停電なだけだというのにとても明るい。

 そのことに少しの違和感を抱きつつ京太郎も避難所に向けて歩き出した。

 

*** ***

 

「私に声をかけるとは思っていませんでしたね。てっきり嫌われていると思っていたのですが」

 

 悪魔により崩された廃墟の中から、月の灯りに照らされ姿を現したのは翼をもった長髪の男だった。

 男に語り掛けられ、影から姿を現したのは同じく長髪だが対照的に白い髪の男である。

 白い男は黒い男の言葉を否定するように首を振った。

 

「多くの同胞が貴方を毛嫌いしても、私は嫌っていません。確かに貴方の様な存在もまた必要なのですから」

「おやおや嬉しいことをおっしゃる。ですがその言葉はありがたく受け取りましょう」

「ただ確認をしたいのです」

「なんでしょう?」

「貴方はあちら側ですか? それとも……」

 

 黒い男はその言葉に反応することなく黙り、空を見あげる。

 

「思えば二十年前のあの時、私たちは何もできませんでしたね」

「……えぇ。人の子が居なければ世界のありようは一変していたでしょう」

「その裏で動いていたのが我らが同胞だと思うと洒落になりませんねぇ。あぁ、ご安心を。今回の件に私は関わっていませんしむしろ反対の立場です」

「なら」

「彼らの愚行を止めなければなりません。最悪、彼らの蛮行は我らが主に危害を与える可能性すらありますから。そのために人の子らに手を貸していただきたいのですがこの国ではそれも難しいでしょう」

「二十年前だけではなく、数ヵ月前の事件がここで尾を引きますか」

「無理もないでしょう。私たちが関与していなくとも彼らにとっては一緒です」

 

 人だけの話ではないが何かしらの悪行を恨むとき、個人を恨むか群を恨むかわかれることがある。

 その判断基準は無意識に自分と異なる物に集約され、同族であれば個を恨みそうでなければ群を恨む性質をもつ。

 この場に居る二人が何もしていなくとも、そうして纏められ恨まれる立場にあるのが彼らだ。

 

「ですが面白い物ですね。同じ命を受け行動しているはずなのに受ける言葉の意味をこれほどまで違えるとは」

「面白いとは感じません。それによって人の子らがどれほど傷ついたことか……」

 

 十年以上前に下された彼らの主の御言葉だ。

 荒んでいく世の中を憂いたのかそれともただ鬱陶しく感じたのか本人以外知る由もないが、ともかくとして彼らに下されたのは荒む世を鎮めよというもの。

 その言葉を受けた彼らはその言葉を実行するために行動を開始した。しかし問題はその言葉の受け取り方でありそれによって暴走した結果が彼らの言う二十年前である。

 それに連なる悔恨は今もなお続き、結果一部地域。特に日本において彼らの行動に多くの制限を受けることになった。

 

 悲痛な面持ちで告げる白い男に対して同意するように頷き。

 

「とにかくこれで一人が二人になりました。できることは限りなく増えるでしょう。それでも二人に過ぎない。できれば……」

 

 諦めの気持ちはあるけれど、それでも少しの願望を込めて言葉を続ける。

 

「手を貸してくれる。この国に限って言えば奇特な人が居ればよいのですが」

 

*** ***

 

 翌日。

 霞たちやライドウの口添えもあったのか京太郎にはメシア教に関する調査依頼が出された。

 その際大沼が「報酬については後で良いか? 色は付けさせてもらう」と言うと京太郎が返した言葉に彼は頬を引きつらせた。

 

「これも今受けてる依頼の中に入ると思うんで依頼じゃなくて指示で良いと思いますよ?」

 

 この言葉の意味を京太郎自身は深くとらえていない。精々がかつて受けた依頼の延長線上ぐらいだ。

 しかしこの言葉を正しくとらえているCOMPの中の仲魔は違う。

 もし万が一京太郎がさらに強くなり東京封鎖解決の一端を背負ったとしたならば。いや、現状でもメシア教を探るという重大な仕事を行うのだから歩合制という言葉が深くのしかかる。

 

 全てが終わった後仲魔はこう問いかけるつもりだ。

 

「お前たちは帝都救済という結果に対し、一体幾らの値段をつけるのだ?」

 

 と。

 

 それに気づいたから大沼の顔色は悪くなったのだが、思考を切り替えた瞬間とても晴れやかな笑みを浮かべるに至った。

 

「天使たちが何を考えているか分かんねぇが、頑張りな!!」

「は、はぁ……」

 

 背を数度叩かれ少し体勢を崩したが、激励を受けていると分かったため多少の痛みはあるが気分はよかった。

 京太郎に背を見られている大沼が考えていたのは正当な評価を下したうえで全部上に投げるだった。

 元々引退していた自分を無理やり引っ張り出した上の人間に対する彼のささやかな復讐の様なものだ。

 京太郎が死んでしまえば復讐にはならないだろうが、それはそれ。あまりこだわるものではないし、生き残る方に賭けた方が縁起は良い。

 それに掛け金なんて0にも等しく損はない。

 

 その後エントランスに向かう京太郎のCOMPに一通のメールが届いた。

 各部隊に対する本日行う行動のまとめが記載されたものだ。

 ライドウや霞たちはこの避難所を中心とした人々の救援及び結界範囲の拡大を担うことになっている。

 霞たちからすれば早く小蒔を救うために行動したいところだがそれを阻むのが結界だ。

 自身で解除できない以上ヤタガラスからの助力は必要であり、ヤタガラスが下した決断は時期を待つというものだった。

 小蒔もその才を考えれば大事だが、帝都に住む人々も大事であり見捨てることはできない。

 加えて言うのであれば結界解除の手はずはまだ整っていないのだから、どちらにしろ小蒔救出のために動くことはできない。

 心情はともかく頭では霞たちも分かっているのだろう、甚だ不本意であるという風体ではあったが納得しヤタガラスに従っている。

 

 悠長だと思うかもしれないが、同時に相手方の動きを予測した結果でもある。

 京太郎たちによりメシア教の動きの一端を掴んだように、メシア教が動けばゴトウたちも訝しみ行動を鈍化させることだろう。

 東京がこんな状況になってはいるが、それでも彼らの目的が国防である以上それを妨げるメシア教は共通の敵になりえるし、現状維持こそが彼らの願うことだろう。

 

 他の京太郎が知らない者たちに関しても似たようなもので、一般人の救出と避難所の防備に当たる。

 メシア教の件は京太郎単独で動く形になるが、何かしら情報をつかんだり人手が必要であるのなら優先してライドウたちが駆けつける手はずになっている。

 

 とにかく、京太郎が行うことはただ一つ。

 万が一の時のためのライドウと霞たちの連絡先の再確認だけ行いエントランスに到着した。

 

「ん? 来たな……」

 

 エントランスに居たのは衣、透華、ハギヨシそれに一を始めとしたメイド三人に、パラケルススたちと見慣れない男が一人居た。

 

「紹介しよう、サマナー。彼は私の古くからの知人でね。『マツダ』という。本来科学者な彼だが良質の装備を求めていると連絡したら応えてくれたのだよ」

 

 少し腰の曲がった老人の背中がポンと叩かれた。

 ハゲてはいないが薄くなった頭髪に色はなく白。肌を見ても皴だらけだが不思議と生命力に満ち溢れている。

 

「初めましてだすな。ワスはマツダ言う者っす」

「あ、はい。須賀京太郎です。サマナーやってます」

「やー、思ったより若いっすなぁ。いやはやワスが須賀くんの年頃何をやって……今と変わらんすな!! 昔から興味あることにまっしぐらっす!」

 

 独特な話し方に変わった人だなと済ませたのは、そこそこ悪魔と交渉する機会と経験があるからだが、普通の人が悪魔と比較されたら怒り狂うだろうことに京太郎は気づいていない。

 

「でもパラケルススは昔と変わらんっすね。最初に会ってからどれだけの時が経ったっすかねぇ」

「長生きをしなければ知りたいことを全て知ることはできないからね。それに私なぞはまだまだ若い方さ」

「でもびっくりっすな。マグネタイトを専攻していると思ったら造魔に関する第一人者になってるんすから」

「なに、造魔も結局は応用でね……っと。龍門渕の御嬢さんが今か今かと待っているようだからここまでにしよう」

 

 長い話に多少不機嫌になっていた透華が取り繕ってから彼女の選んだ装備を取り出し京太郎に手渡した。

 

「マツダ博士には悪いのですが私が用意した防具は中々ですわよ!」

「私たちではなく、私ですか?」

「えぇ! 期待してくださいな!」

 

 期待できるだろうなぁ! と心の中で叫びながら受け取った服を手に取った。

 京太郎は受け取った服を見つめるとハギヨシと衣を見た。しかし彼女たちはその視線から逃げるように顔をそむけた。

 服を引っ張ると伸縮性はかなり良くそこそこ本気で引っ張っているのだが破れる気配はない。

 であれば魔法耐性はどうかとジオンガを放つも服に変化は見られない。電撃耐性があるわけではないようだが防護能力は高く性能はよさそうだ。

 無言で服を着るも分かり切った結果を口にするのみである。

 

「なんか常時仲魔を庇う効果って言うか挑発能力がありそう……」

 

 服の色は金。

 ジャケットの背中には龍が描かれ、腕と足の部分には四聖獣が描かれている。

 帝都は四聖獣の守護を元にしているらしいので縁起は良いのだが……命が足りない。

 

 よって。

 

「チェンジ!」

「えぇ!?」

「当然だと思うよ、透華……」

 

 ははと苦笑いを浮かべる一に「なら止めて」と視線を向けると「ごめんね」と頭を下げられた。

 衣はと言うと「似合ってると思うぞー?」と多少惜しんでいるのは背中の龍が気に入っているからである。

 

「とにかく! えっと他のは」

「ワスの出番すな。二着用意してるから選んでほしいす」

 

 そして手渡されたのは腕輪だ。何やら小型のチップの様なものが内蔵されているらしく、怪しく光っている。

 

「これは……」

「おっと、安心してほしいっす。それが防具という訳じゃないっすから。ちょっとそこの光ってる部分を押してほしいっす」

「はぁ……」

 

 

 リストバンドに描かれた五芒星の中心部を押すと京太郎の身体が光に包まれた。

 何事かと驚く一同にマツダが楽しそうに語る。

 

「悪魔のマグネタイト操作技術を体系化してみたんすよ。悪魔は身体は勿論武器もマグネタイトを元にしてますからそれを模倣したわけっす」

「操作技術の体系化だと……?」

 

 その言葉にひくついたのはパラケルススである。

 同じ科学者とはいえ自身より進んだ技術を見せられ内心穏やかではなく、それと同時にその有用さを理解した。

 もしそのすべてをこの技術でマグネタイト化し持ち運べるのなら、大きなカバンなどは必要なくなりアイテムも嵩張らない。

 流石にCOMPまでも閉まってしまうとすぐに戦えないなどの問題もあるが、GUMPなど変わった形で悪魔召喚プログラムを操る人にとっては喉から手が出るほど欲しい物だろう。

 

「んん???」

「これ、は……」

 

 光が収まり現れた京太郎の姿を見た者の反応は真っ二つに分かれた。

 一つは衣や透華たち。なにこれださっ! という反応である。

 ハギヨシとパラケルススに関してはその姿を見て何やら頷き、マチコは興味なく光は服のセンスなどはまだ良く分からなかった。

 

 対して現状が良く分かっていないのは京太郎だ。

 ジャケットではなく、全身を覆うスーツと兜の様なものを付けているのは分かるのだが、反応が二分化している理由が分からなかった。

 

「いや、これは……ちょっとださ」

「ふむ。いいのではないですか?」

「は?」

 

 満足そうに頷くハギヨシに思わず真顔になったのは衣だ。

 何を言っているんだこいつは。そんな表情で見ているが京太郎の装備した服を興味深げに見るハギヨシは珍しく気づかない。

 

「なるほど、機能美というやつだな。サマナーも見てみれば気にいると思うぞ?」

「え? マジっすか」

「えぇ……」

 

 それは無いと若干引き気味の衣たちを差し置いてハギヨシが手鏡を手渡した。

 

「どうぞ、須賀くん」

 

 鏡を受け取って見ている京太郎は「ふんふむ」と頷いている。

 その横で「これが良くて私が選んだのはダメなのは納得いかないですわ!」と言う透華に「あれは軍の最新スーツだと言えば納得されるがお前が選んだのはヤクザだったろ」というパラケルススの辛辣な一撃が透華の心を鋭くえぐった。

 

 そして京太郎は。

 

「……ありっすね! なんだろ、一見クソダサいんですけどこれしかないって確信が心から溢れるって言うか! いやむしろこれでなければならないって感覚が……!!」

 

 その頭部は金色のバケツだった。

 眼の部分が怪しく赤に光り、スーツは上下一体型なのだが透華の選んだ防具同様かなりの伸縮性で動きを阻害することはない。

 兜、というよりバケツ部分は肉眼ではなくカメラなのだがCOMPと接続されているのか仲魔たちの情報だけでなく操作をせずおもアナライズなどの機能が使用可能なようだ。

 

「気に入ってくれたようでなによりっす! ではこれで決定っすな!」

「はい!」

「いや待て待て待て」

「止めないでください! これ便利なんですって。防御能力も高そうだしこれ以上ないっすよ!」

 

 新しいおもちゃを手に入れたようにはしゃぐ京太郎を止めるため、少しの思案の後一が言った。

 

「須賀くんはメシア教を探るんでしょ? その姿で行ったらドミニオンが居ても怪しまれるよ!」

 

 京太郎はピタリと動きを止めた。

 

「……怪しまれます?」

「うん!」

「どーしても?」

「どーしても!」

「……くっ」

 

 京太郎も気づいていたのだろう。

 かなり残念な様子を見せながら装備を解除し、グッジョブですわ! と褒められた一は嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 結局。黒を基調としたジャケットとズボンを履きこれを防具とすることに決めた。

 マツダ博士曰く『デモニカ』と呼ばれるスーツと比べると各種機能こそ劣るものの防具としての性能は負けてはいない。

 それこそタケミカヅチの一撃に耐えうることが出来る物理耐性とムドによる即死無効はかなり魅力的だ。

 その代わり炎に対しては多少弱いという弱点は存在するが京太郎にはアクアもあり炎に対しては対抗することが出来る。

 

「そうだ。これはお返しします」

 

 リストバンドを外そうとしたが老人がそれを押しとどめた。

 

「……いや、そのまま受け取ってくださいっす。万が一今装備している防具が破損することもあるっすからその時には使えるっすよ」

「良いんですか?」

 

 もし防具が破損したのならその時は天使たちと戦闘した時だと京太郎も確信している。

 

「問題ないっす。テスターが欲しいと思ってたからワスにとってもちょうどいいっす。事件解決後か解決したあとにデモニカを使ったらレポートを書いてくれればいいっすよ」

「……なら、その、ありがたく。ありがとうございます」

 

 リストバンドはそのままに地面に置いていた刀を腰に取り付ける。

 銃は懐ではなくジャケットに備えられたガンケースに入れCOMPからドミニオンを召喚する。

 

「あんまり気乗りはしないかもしれないけど、頼む」

 

 頭を下げる京太郎に、ドミニオンは顔をあげてくれと言った。

 

「気にしないでくれ、これは私にとっても都合が良い」

「……?」

「私は戦う役目を背負った天使だったが力は弱く立場もそれに似合うものだ。だからこそ知りたい……彼が、我が友が行ったことは真に我らが主のためになったのか。少なくとも主にとって正しきことだったのか。そしてこの地で我が同胞が何を成そうとしているのかを」

 

 「正しいわけがない」そう叫ぼうとしたのは透華だけではない。

 それを押しとどめたのはハギヨシだ。正しさなんてものは人それぞれの視点で変化することを彼自身はよく知っていて、だからこそドミニオンも主にとってを付けたのだ。

 

「今回の件が前回の件に関りがあるとは限らないぞ?」

「それでも一つの現実は見えるだろう。主が間違っていると今も思ってはいない。だがその後が間違っている可能性はある」

「……――――が伝えた言葉を歪んで受け止めた奴が居るかもってことか」

 

 京太郎の発した四文字の言葉を正確に聞き取ることが出来たのは誰も居なかった。

 今では失われた名前。最も崇められている神だというのに、最も名が伝わっていないあやふやな存在。

 

 唯一神。聖四文字。YHVY。もしくはただ『神』と呼ばれる存在の名を京太郎が知り、言葉として発することが出来るのは彼の仲魔が原因である。

 このことにドミニオンは当然いい顔をせず止めようとしたが、京太郎にとってみればYHVHが何であろうと関係なくそもそも名を呼ぶ機会は少ないため今まで矯正されずにいた。

 

「これまでの世の中で数多くあったことじゃな。言葉をゆがめ、伝え、ただ自身の欲望のためにというのは」

「……分かった。何か分かることがあればいいな」

 

 頷くドミニオンを伴って背を向けようとした京太郎の手を掴んだのは光だ。

 心配そうな眼を真っすぐに見つめて京太郎は言った。

 

「それじゃ言ってくる。今日のことを思い出として話せるように、絶対に帰ってくるから心配するなって」

「……うんっ」

 

 今度こそ行くために衣たちに、避難所の建物に背を向け歩き出そうとする。

 

 ――その背に、数多の感情が込められた視線が京太郎に投げかけられる。

 ――その中に、この場には居ない近しい誰かの視線に京太郎は気づいた。

 ――気づいて、歩みを少し止めるが振り切るように京太郎は一歩を踏み出し歩みだした。




デモニカ好きなので出したかったので満足です(真顔)
最初ダセェと思ったけど、進めていくとこれしかないフィット感があってすごいデザインですねあれ。

咲側ですごい設定が作者から飛び出してますが本作に反映されることはないでしょう。
なんていうか試験管ベイビーやら多そうというか、コーディネイターとかいそうで、オカルト能力とこれ結びつけると中々ダークな話に持っていけそうですね、


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『2日目 清浄な領域へ』

お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。

少々遅れました、申し訳ない。
遅れた原因は後書きにて興味ある方だけお読みくださいということで。

ここ数話と比べれば今回の話は短いです
一部の頃は今回投稿した文字数の大体半分ぐらいなので、最近が長すぎたともいいます。
個人的には一話5000文字前後が読みやすい気がするけどどうなんでしょうね。ガッツリ読みたいって人も居るだろうしその辺りは好みかな。


追記
タイトル書き忘れてた、申し訳ない!



 本来であれば日が肌を焼いて今日も暑いなと愚痴るはずが、太陽が闇に覆われていることでむしろ肌寒ささえも感じる。

 昨日よりも少しだけ薄暗くなった太陽の日差しの下で戦っているのは京太郎とドミニオンだ。

 ドミニオンのマハンマオンの浄化の光が悪霊たちを消滅させると同時に、広範囲に発生した電撃がその余波でショーケースのガラスを砕きながら悪魔を討つ。

 使用したのはマハジオダインではなく、マハジオンガ。

 中級魔法といえども恐るべき威力を持つ電撃は並の存在であれば焼き尽くすことさえ可能だが、ジオダインを使用しなかったのは舐めプなどではなく、消耗を抑えるためだ。

 どれだけ戦うことになるか。それさえも不透明な現状において消耗はできるだけ避けたかった。

 戦いを終え、歩いている京太郎の眼に食い散らかされた肉片が見え、その近くに鞄などが落ちていた。

 

 もっと早く来ていれば救えたのだろうか。

 

 可能性を考えるのは弱さではないと思いたい。

 人であればふとした時に『もし』を考えてしまうものである。

 しかしそれを考えると救えなかった現実と救えたかもしれない理想に挟まれ、無力感が京太郎の体を支配しようとする。

 

「サマナー」

 

 そのたびに声をかけてくれるのが仲魔である。

 悪魔と天使。本来であれば水と油である彼らだが、だからといって全てがすべて水と油のように相容れない訳ではない。

 

「ん、わかってる」

 

 そう答えて、ため息をついて、無力感を振り払うように前に歩き出した。

 

 このように力のない無力な人間が居る一方で、生にしがみつく意地汚い人間が居るのも確かであった。

 悪魔に追いかけられた人の集団が駆けているのを見た。

 集団は老若男女様々な人々で構成されており、その中で能力が最も低いのは子供や老人だ。

 

「どけ!!」

「どいて!」

 

 このような状況だ。元気のいい、助かりたいと必死な人間が弱き存在を押しのけて助かろうとするのは醜くはあっても責めることはできない。

 自分の身さえも守ることができない。それなのに誰かを守ることをできるはずがないのだから。

 そして、彼らのような姿こそがある意味で本来あるべき自然の姿なのかもしれない。

 

 だがそうであるからといって、それに従う必要なんて決してありはしない。

 

「大丈夫ですか?」

「あぁ、ありがとうねぇ」

 

 京太郎が押し倒された老人や子供たちを助けている時。

 

「ぐべっ!?」

 

 先へ進んだ女性が餓鬼に頭を吹き飛ばされた。

 化け物が集団の先頭に現れたことで先行していた者たちが止まり、女性の頭部が彼らの前に転がってきた。

 

「ぁ」

 

 女性の頭部、顔は、驚愕と恐怖に染められていた。

 

「―――ッッッ!!!!」

 

 声に出すことさえできない叫び声とともに、血の雨が彼らの頭上に降り注ぐ。

 それは、頭部を失った女性の首から吹き出た血にほかならない。

 

「隙あ」

「隙ありだ」

 

 身が竦み動くことのできない極上の餌となった人々に襲いかかろうとした餓鬼が、消滅した。

 京太郎の電撃が餓鬼を打倒し、背後から迫っていた悪魔たちはドミニオンが打倒した。

 

 戦いが終わり転がっている女性の頭部を持って、未だ血が吹き出ている胴体まで行くが、その体にもはや魂は残っていなかった。

 時間が経ってしまえば肉体から魂が離れてしまうのは当然のこと。覚醒者であれば魂が肉体にしがみついている時間が一般人よりも長いため、助かる可能性が高いがこの場で死んだ女性はそうではない。

 そもそもとして、自分だけ助かろうと身勝手な行動をした結果なのだから、因果応報なのかもしれないが、そんな言葉でおさめて良いものではないだろう。

 

 女性の頭部と肉体をジオンガで消滅させたのは、死体を陵辱させないためである。

 残しておけば良くて腐り、大体は悪魔によって貪り食われるだろう。

 

「う、あ、ん……な」

 

 京太郎を見る人達の眼に浮かんでいるのは、恐怖と、希望と、拒絶である。

 生命が助かるのではないかという希望とともに、京太郎という異質な存在に彼らは恐怖し拒絶をしている。

 当然だなと思いつつも。

 

「このまま真っ直ぐいけば避難所があります。そこまで辿り着けば生命は助かるでしょう」

 

 果たしてその言葉を信じるかは不明だが、京太郎は彼らの前から立ち去った。

 本来であればヤタガラスの退魔師に連絡を取り彼らに合流させるべきだが、そうしなかったのは彼らが京太郎を拒絶したためだ。

 京太郎が呼んだ人を彼らが信じるとは思えなかった。

 そんな本音と、少しの苛立ちや悲しみが折り混じった結果ゆえの行動だった。

 

 力を持つものに対して、人は羨望と恐怖を覚える。

 力なき人間であれば当然のことだ。

 とはいえ京太郎が出会うのは脅威から逃げ惑う人のみではない。

 召喚した悪魔と戦い、覚醒し力を得た者たちもいる。もしくは避難所での出来事のように悪魔に魅入られ、実際には電池の役割でしかないがそれでも悪魔の恩恵を受ける者も居る。

 玉石混交といった様相を見せる力を持った者たちも確かに存在するのである。

 

 力を得て人がまず得る物は優越感だろう。

 他者の命を握ったとき人が望むものは様々だが今のこの状況では力ある者でも得られるものには限りがある。

 金は現状使い物にはならない。そうであるなら人が望むのは自身を肯定する『誰か』だ

 自身を肯定し欲望をぶつけることができる『誰か』。自分以外の誰かが居なければ自慢して気持ちよくなれない。

 それに男も、女も違いはなかった。

 眼の前に倒れているのは力を得て、自慢をしていた男だ。ただそれだけであれば良かったが、力を持って他者を支配しようとしたのを京太郎に見つかった結果、彼に痛めつけられた。

 腕が斬り飛ばされ、回復魔法で回復され、また痛めつけられ回復する。その繰り返し。

 この手法を勧めた悪魔は「時間があれば他の手段を取っていたが、今はそんな時間がないだろう?」と告げた。

 実際粗暴な態度をとっていた男が「ゆるして、ゆるして。ごめんなさい、ごめんなさい」としか言わなくなったのだから効果はあるのだろう。

 

 しかし。

 

 京太郎を見る半裸の女性たちの瞳から逃げるように考える。

 封鎖は始まって24時間経っていない。

 けれど人のモラルを奪うには十分すぎるほどのインパクトがあったのか。それとも最初から素養があったのか。明らかにおかしな人間が多い。

 

 足元で呻く男を見てため息をつきながらヤタガラスに連絡を取る。

 殺すのは流石に気が引けたし、かといって放置すればまた増長する恐れがあり後はヤタガラスに任せるようと放り投げた。

 

「では、あとはお任せください」

 

 京太郎と似た年齢の少年が頭を下げて言った。

 捕らえれていた人々を、もう一人同行してきた少女が回収し連れていく。

 足元で蠢く人間はシバブーで縛られうめき声さえ上げることは許されていなかった。

 

「専用の異界に幽閉することになるでしょう。処罰と言いますか処断は事件解決後にですね」

 

 と、少年のヤタガラスは言った。

 

「それにこれだけ痛めつけていれば、記憶の消去後も暴力をふるうことはなくなるでしょうね。当然観察対象とはなりますが」

「記憶を消去しても?」

「消去とは言いますが、実際に記憶を破壊しているわけではありません。記憶をよく棚などに置き換えることがありますが、記憶消去とはつまり棚に鍵をしたり、そもそも棚そのものを隠すのです。消去もできるのですが、副作用が多いのですよ」

「別の記憶が消えたりとか?」

「最悪赤ちゃん化します。いい歳したおっさんが歩き方すら忘れた事例を見たことがありますが、なんとも滑稽でした」

「うわぁ……」

 

 想像したくない光景だった。

 おっさんおばさんの幼児プレイなんて見せられてもきついだけだ。

 

「それはともかくとして。記憶消去しても経験は多少なりとも残るのです。例えば痛みなんて顕著ですね。トラウマと言っても良いかもしれません」

「あぁ、それで」

 

 京太郎が思い浮かべたのは加治木ゆみだ。

 桃子曰く過剰と言えるほど震え上がる様子を見せる時もあるとの連絡を受けていた。

 敦賀異変時に彼女は悪魔によって痛めつけられている。それが魂と言うべきか、恐怖として焼き付いているのだろう。

 

「サマナー」

「ん……ごめん、ぼーっとしてた」

 

 思い出すのはこれぐらいにし後始末をヤタガラスへと任せると京太郎は動き出した。

 さて。状況が状況だからか京太郎が会った人々は基本的に己の欲望に殉じていたが、そうではない人たちもまた存在していた。

 

 ビルの屋上で飛び跳ねるように移動していた京太郎の耳に入ってきたのは戦闘音だった。

 本来であればCOMPには悪魔を検知する機能があるのだが、四方八方悪魔だらけで現在役に立っていない。そのため重要なのが視覚もそうだが聴力もだった。

 とはいえ聴力にも問題はある。戦闘音を聞いても一見すると戦いが行われていないように見えるときもある。

 地下で戦っているのか、ビル内で戦っているのか。理由は様々だが少なくとも今回は、耳で、眼で戦いを確認することが出来た。

 

 ビルの屋上で立ち止まり辺りを見回した京太郎の眼に映りこんだのは悪魔オーガから逃げる少年と悪魔の姿だった。

 少年はアギを放ちけん制しながら逃げており、炎で怯んだところに悪魔ポルターガイストが手に持った椅子でぶんなぐって追撃をかけた。

 ポルターガイストはそのまま空中に逃げ、オーガの攻撃射程から逃げ出した。

 オーガは筋肉馬鹿タイプで遠距離攻撃に乏しい。ヒットアンドアウェイの考えであれば確かに正しいのだが。

 

「魔法を使わないのか?」

 

 ポルターガイストは力の弱い悪霊だが、魔法の使い手であり駆け出しのサマナーには重宝される悪魔一体だ。

 弱点のためハマで即死する可能性は高いが、しかしハマの使い手は低レベルだと少ない。

 

「魔力がないのではないか?」

「ないって、どんだけ戦ってんだよ。……って、うわマジだ」

 

 ジオを使う魔力もなく、苦肉の策として椅子でぶん殴った様である。

 体勢を崩したオーガに浮いているとはいえ小さな子供の様な見た目のポルターガイストが椅子で殴っている様子はシュールである。

 少年も少年で能力値を見ると魔力よりも力に特化しており、どちらかと言えば魔法を扱うのに向いているとは言えない。

 それでもポルターガイストを前線に立たせているのは、サマナーである少年が倒れれば終わってしまうからだ。

 特に相手は力自慢のオーガ。もしその一撃が急所にでも当たれば回復手段のない彼の人生は終わりを告げる。

 ただ魔力が低いからと言って魔法を使うことが悪手という訳ではない。苦手な攻撃を受ければ体勢を崩し相手に攻撃のチャンスを作ってしまう。

 今のように。

 

「って、見てる場合じゃないや」

 

 つい観戦してしまったのは数ヵ月前の自分を思い出したからだ。

 ピクシーと二人だけの期間は短かったが、下級魔法を駆使して立ち回っていたあの時は既に京太郎の中では良い思い出として括られている。

 

「あっ」

 

 大きく鈍い音を立てながらマンションの壁にめり込んだ少年を見て、京太郎は焦りながら少年とオーガの間に水の壁を作り出した。

 

「ぐ、おっ!?」

 

 突如できた水の壁を警戒しオーガは止まった。

 全力で走っていた身体を無理やり止めたため地面にオーガの足跡が削れるように残った。

 

 その隙を付いてポルターガイストが少年の元に向かった。

 

「サマナー大丈夫かよぅ」

「いっつ……っ。うん。でもいきなりなんだよこれ。水の魔法? って言ってる場合じゃない、止めを刺すか逃げるかしないと」

「逃げよう! あれの使い手がおいらたちを敵視していたら死んじゃうよ!」

「分かってる。分かってるんだけど身体が……」

 

 壁にめり込んだ身体をポルターガイストに引っ張り出された少年は倒れながら言った。

 本来であれば気絶していたにも関わらず皮肉にも全身に走る激痛がそれを阻む。しかし激痛が少年の身体が動くことを許さない。

 少年が激痛と戦いながらなんとか立ち上がろうとしている時。オーガが地面を削った際に飛ばされた石が水壁へと飲み込まれ、音もなく崩れ消滅した。

 

「ぐおっ……」

 

 オーガが無意識に一歩下がった。

 触れたら不味いと告げる自身の直感が正しかったと確信し、水壁を避けて人間の元に向かおうとした時世界ぐるりと反転した。

 反転した世界は回転し続けいったい何が起こっているのかと確認しようとするも身体が動かない。

 オーガが最後に見た物は映えるような金の髪と、虫でも潰そうとする何の感情も含まれていない人間の眼だった。

 

 斬り落とし転がったオーガの頭部を京太郎が踏みつける。

 この時思った以上に力を入れてしまったようでコンクリートを踏み抜き足がめり込んでしまった。

 めり込んだ足を引き抜き霧散したマグネタイトを振り払いながら剥き出しになった刀を収めた。

 ポルターガイストはどうすべきかとあわあわした様子を見せ、そんな悪魔を護るようにボロボロな体を無理やり動かしながら少年が動いた。

 ディアを使用できない以上回復するためには道具が必要だが、昨日の今日でそこまで道具が集まることはない。

 それでも痛みに耐えて立ち上がる少年の元に向かった京太郎は、彼とポルターガイストに魔石を押し当てた。

 

「え?」

 

 困惑する少年に対して持っていた椅子を落とし、椅子の上に座り込んだポルターガイストはホッとしたように言った。

 

「て、敵じゃない?」

「おう」

「よ、よかったー……」

 

 ホッとするにもほどがあると思っていると。

 

「天使を連れてるなんてメシア教っぽいもん! どう考えてもおいら消される流れかなって思った!」

「見境なく浄化することはないから安心していいよ」

 

 苦笑いしながら少年に大丈夫かと問いかけた。

 

「あの、ありがとうございます」

「気にしなくていいって。よく頑張った」

「あ、でも、その……。すみません、お願いがあるんです!」

 

 今起きている出来事を軽く説明しようとした京太郎に対して少年は他に友人が居ると告げた。

 悪魔と続けて戦闘し満身創痍となっていた彼らに対して襲い掛かったのがオーガたちである。万全な状態ならともかくとして、疲弊した状態で戦うには厳しく彼らは散り散りになりながらも逃げた。

 そうして逃げている最中に出会ったのが京太郎だったわけである。

 

「なるほど。そうだ、COMP……スマホで連絡は取ってみた?」

「え? でも何時からか電波がって……繋がってる? ずっと召喚プログラム画面立ち上げてたから気づかなかった」

「アプリが入ってる者同士なら繋がるはずだから連絡してみると言い。電話はお勧めできないからメールかな」

 

 もし悪魔から逃げている最中でマナーモードにせず電話をかければ着信音が鳴り響き続けてしまう。

 メールも着信音はあるが、電話の着信音に比べれば短く済むためまだマシである。

 

「わ、分かりました」

 

 少年がメールの文面を記載している間に京太郎もCOMPでヤタガラスに連絡を取る。

 短いやり取りを行い人員のみ確保してもらうと、ホッとした表情を少年が浮かべていた。

 

「怪我してるみたいですけど無事みたいです」

「そっか、よかった。友人の場所は聞けた? それなら送っていくよ。ほんとは安全な場所まで送りたいけどちょっと時間がなくて」

 

 まだ朝の早い時間とはいえ出来るだけ急いだほうがいいのは確かだ。

 東京封鎖のタイムリミットが神代小蒔の限界なら、メシア教に関してはまだタイムリミットが不透明な状態である。

 本来であれば彼ら全てを見捨ててでもメシア教に近づいた方がいいが、合理的な考えの元動ける様な人間なら京太郎に水の異能が備わることはなかっただろう。 

 その後、道中で襲い掛かってくる悪魔を撃退しながら少年の友人たちと合流し、ヤタガラスの退魔士が彼らを避難所へ送り届ける姿を見届けてから京太郎は歩き出した。

 

 それからも道中で会う人を助けながら先に進むが人々の様子は十人十色だった。

 悪魔に襲われる人が居れば悪魔と戦う人も居る。悪魔を毛嫌いする人も居れば悪魔と同調し行動を共にする人も居る。

 同調する人は大体悪事を企んでいたが、そうではなかった例として魔王オーカスと意気投合した人間が居たのが印象的であった。

 食欲旺盛なオーカスと、京太郎もテレビで見たことのある大食い男が共に食事をとっていた。

 オーカスは鉄筋コンクリートさえ食べるが人間はそうはいかない。ではこの状況で何を食べているのかと言えば悪魔だった。

 彼らが居たのは崩れた鉄筋コンクリートの上だったが、そこに妖精ドワーフと堕天使ニスロクであった。

 ドワーフも彼らと同様に料理を食べているが何やら達成感の様なものを感じ、よく見ると竈が作られておりそこで料理をしているのがニスロクだった。

 しかし悪魔の作る料理を食べて大丈夫なのか? と首を傾げる京太郎に気づいたニスロクが言う。

 

「あぁん!? その人が食べてウメェと思う料理を作ってこその料理人だろうが!!」

 

 その言葉にぐうの音も出ない京太郎はヤタガラスに彼らの存在だけ伝えその場を離れようとしたのだが。

 

「ブォーノ! ソコノサマナー! ココノコトヲニンゲンニオシエロ!」

 

 それを待ち望んでいたかのようにオークスが言う。

 

「その心は?」

「ヒトガツドエバアクマモクル! アツマッタアクマヲオレガクウ! クエバクウダケオレハツヨクナル! ミンナハッピーダ!」

 

 食料にされる悪魔以外はな! という突っ込みはしなかった。

 良くも悪くも悪魔は本能に従って生きる存在だ。自分にとって気に食わない物は自分が強者である限り全て排除し気に入れば逆に守ろうとする。

 オークスは食べることを生きがいとしている人間と心を通わせた。オークスがそうすると決めたのであればそれを反故とすることはきっとないはずだ。

 

 しかし念のためと京太郎は問いかけた。

 

「……人は食べないの?」

「オレハタベテモイイガ、ココロノトモガイヤガル。ナラタベナイ!」

 

 心の友。

 大食い同士シンパシーでも合ったのか、悪魔にこうまで言われる人間はサマナーであっても少ないはずである。

 スープを飲み干した男が音を立てて器を置くと。

 

「流石にカニバリズムになる気はないからな! 人間の肉は臭いらしいし、それならトカゲやら虫食った方が美味いわ」

「甘いなニンゲン。それをうまく食べれるようにするのが俺たちの仕事サ」

「んー。興味あるけどいいや。そこの兄ちゃんに殺されちまいそうだし」

「お、おう」

 

 俺が居なきゃ食っていたのか。京太郎はそう思った。

 

「しゃーねーなー。じゃ、近いもので代用しよう……」

 

 ニスロクが取り出したのは悪魔ウブである。

 

「頭部はニンゲンの脳の味。胴体は蜘蛛の味がすんだぜ」

「……蜘蛛か。いいねぇ、蜘蛛はチョコレートみたいな味がするらしいからデザートにしよう」

「あ、それ嘘だぜ」

「マジか。ならおすすめで頼むぜ料理長」

「マカセナ!」

 

 流石に難易度高いっすと思いながらちらりとドワーフを見る。

 彼は崩れた建物を素材としてテーブルや食器などを作っている。特段食器類を作ることに拘っている訳ではないだろうが、それでも作るのが楽しいという様子だ。

 

 ニスロクは言わずもがな。料理を食べる存在が増えれば彼も喜ぶのだろうが……。

 

「安心しろ! 人間が食べれる物を俺は作る!」

 

 食べれない物を作るのは料理人失格だと誇りをもってニスロクは言う。

 

「ヤタガラスに連絡して数人置いても大丈夫?」

「ウタガリブカイニンゲンダ! ダガイイゾ、ユルス」

「サンキュ」

「ダガ」

 

 そうしてCOMPで連絡を取ろうとした時、京太郎に手渡されたのは調理済みの熱々とした料理だ。

 本来は違う種族であったにも関わらず食べれることが判明したため分類された悲しい『フード』の種族の悪魔『マメダヌキ』や『カタキラウワ』の肉を使ったスープや焼き物。

 近くのスーパーなどから取ってきたのであろう野菜のサラダなどが盛り付けられていた。

 

「クエ」

「……はは、うん。そうだな」

 

 郷に入っては郷に従え。そんな言葉を思い浮かべながら手渡された料理を京太郎は平らげ、その食べっぷりにオークスたちも満足したようだ。

 京太郎としても美味な料理に舌鼓を打ちながら、ふと我に返って思う。

 

 悪魔の料理よりも悪魔を食べることにまず勇気がいるなと。

 

 その後ヤタガラスの退魔士が到着し、やはり少しだけ引いた様子を見せたがすぐさま冷静になったのは流石と言うべきか。

 ここはお任せくださいと語る彼は続けて。

 

「現在ライドウと巫女様たちが中心となって行っている結界範囲拡大の任ですが、ここに向かうことを決めたようです。野営扱いとなりますがそれでも重要な安全地帯となるでしょう」

「一定のハードルをくぐれればですけどね」

「ですが大丈夫だと思います。何も知らずに食べてその後知らせればショックは受けますが、受け入れるでしょう日本人なら」

「毒持ったフグの食べ方を探求するぐらいだもんな……うん」

 

 それに何よりあたたかな料理を前にして、人は安堵を覚える。たとえそれを悪魔が作っていても、オークスに気に入られた彼が遠慮なく食べる姿に食欲が刺激されハードルも超えることが出来るだろう。

 一人増えればまた一人。赤信号みんなで渡れば怖くない、ではないがアイツが食っているのだから俺もとなる人はきっと居る。

 

「……あとはお願いします」

「えぇ、お任せください」

 

 京太郎は彼らに背を向け歩き出すと。

 

「なんか人間って結構たくましいな。いろんな意味で」

「時代が逆行している今。良くも悪くも現状に適応し、運も良い人間が目立っているのだろう」

「適応できない。もしくは運が悪い人は?」

「個人か組織かはともかく。何者かの庇護下に入るしかなく、運が悪い者は死ぬだろうな」

 

 実際そうなのかもしれないなと京太郎は思う。

 声の大きい人が目立つのは当然で、適応できず死んだ人は声をあげることさえできない。

 喰われ、燃やされ、凍らされた後に砕かれ……そうした人は形も残らず何も残らない。

 

「……そっか。下を向いている場合じゃなしとにかく行こう」

 

 そんな人たちを一人でも少なくするために、京太郎は行く。

 

*** ***

 

 東京都渋谷区。

 地方住みであれば一度は足を運び見てみたいなと思う場所の一つには入るだろうこの場所に、京太郎は鼻を抑えながら立っていた。

 

「これが有名な忠犬ハチ公かー」

「そんなに有名なのか?」

「駅前で目立って置かれてる。合流地点にもなるしさ。でもよくこんな場所に人が集まるよなぁ」

 

 渋谷の『臭い』に関して、その原因は諸説ありここでは詳細は省くが、できればここには居たくないと感じるほどには苦痛である。

 流石にマスクまでは持ってきていないし、環境清浄化魔法なんてものも存在しない。

 まるで常時毒状態だと辟易しながら歩いてゆく。

 

 だがこんな環境だからこそ気づくこともあったと今の京太郎ならば言うことが出来る。

 気分が悪いと感じるほどだった空気が途端に清く清浄なものになったと気付いたとき、ここがメシア教の勢力範囲内であると気付くことが出来た。

 

 人の世の中は綺麗なものと汚いもので構成されている。

 それは勿論一概には言えない多種多様なことを指すが、今回で言えば空気がそれに当たる。

 この場に長くとどまってはいけない。京太郎の本能がそう叫ぶ。

 もしこの場に長期的に留まった場合、人は外の世界で生きていけなくなるだろう。

 全ての邪な物を省く神聖な空気は、人の病気に対する抵抗力さえも激減させてしまうことだろう。

 

「ドミニオン」

「心せよサマナー。ここは既に我らの空間だ」

 

 目的地はメシア教の教会。

 悪魔の気配を感じない稀有な空間のなか、大きく深呼吸をして歩み始めた。

 








遅れた原因は簡単で一度書いた中身が結構やりすぎてたからです。
そこそこマイルドにしたりちょっと描写追加していたら遅くなりました、申し訳ない。



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『2日目 選ばれた者たち』

感想、誤字報告などいつもありがとうございます。

ハーメルン自体の更新で結月ゆかりを使った読み上げ機能が搭載される時いて少し楽しみです。

P5Rはクリアしましたがそれは後書きで。

文中二十年前と記載していたのを二十五年前に修正。
真1の件と合わせるとややこしかったですね、申し訳ない、


 『悪魔』

 本来であれば神々と呼ばれるべき存在も時としてこのように呼称される。

 なぜ神さえも悪魔と呼ばれるのかと言えば、唯一神とその信者たちに貶められた結果だ。

 ハエの王が本来豊穣の神だったのは有名な話。

 ならばなぜハエの王として貶められているかと言えば彼が唯一神とその兵たちによって敗北したからだ。

 歴史は勝者によって作られる。

 それは人の世界も神々も変わりはしない。

  

 なら此度の事件における『勝者』は誰になるのか。それはまだ誰にも分からない。

 

*** ***

 

 教会に向かって歩く京太郎たちの道のりは平穏そのものであった。

 多少ビルが崩れ、怪我人も出ているようだが幸い死者は出ていないと通りで会話した警官から聞いた。

 天使たちのおかげと語る彼は日本に住む人にとってはあまり関わりたくない、いわゆる信者になったように見え、京太郎にも彼らの素晴らしさを説こうとしたが傍に居たドミニオンを見て不要だと判断したようで頭を下げて去った。

 それでも京太郎の見た目は一般人には見えず、またメシア教に属する信者や騎士にもみえないため怪しまれてもおかしくはないのだが、ドミニオンが傍にいるため許容しているようである。

 秩序社会とは即ち上下社会でもある。

 明らかにルール違反を行っているならともかく、多少怪しくてもドミニオンが認めているならば問題はないという考えだ。

 

 辺りの様子をうかがいながら行く京太郎が町々の様子から受けた印象は穏やかだなというものだ。

 ビルが崩れたあたり悪魔が襲い掛かってきたのは間違いないが、穏やかなのは天使たちが迎撃した結果だろう。

 

 京太郎からすれば天使たちは少々胡散臭く感じる。

 しかしそれは過去の経験からくる疑心から来るものだ。

 一般人にとって天使とは即ち善の象徴だ。

 ノアの箱舟やらを思い出せと突っ込みたくなるが、それは例外であり天使に対して悪い印象を持つものは数少ない。現状において人々の守護者を担っているのが天使なのだから尚更だ

 

 ――若い男女の声が京太郎の耳に届く。

 

「俺たちは運が良かったよなぁ」

「えぇ、本当に。外に居る人たちには悪いけれど……」

「でも誰かの命を気にする余裕なんてないって。命が助かるってんなら俺はこれから神って奴を信じるぜ」

 

 ――妙齢の女性たちの声が京太郎の耳に届く。

 

「お聞きになりました? 天使様方が降臨された場所についてなのですけど」

「えぇえぇ。もちろん聞きましたわ。やはり奇麗な街をあの方たちも好むのでしょうね」

「なんとも申し訳ない話ではありますが、やはり選ばれた者こそ生き残るべきだということでしょう。わたくしたちに出来るのは東京に住む他の方々の無事を祈るぐらい」

「えぇえぇ、同感ですわ。少し同情してしまいますが仕方のない話ですもの」

「「おほほほほ」」

 

 ――年老いた老人たちの声が京太郎の耳に届く。

 

「神に祈るなぞ都合のいい時にしかしてこんかったが、良いのかのう?」

「神父様曰く。気持ちこそ大事だとか。今までの行いを悔い改めるのなら私たちの罪をお許しになられると」

「なんともありがたい話じゃのう」

「そういえばあちらの施設で歌の練習ができるらしい。リズムがあればこう、のって歌えるがないとまだ歌えんわ」

「昨日の今日で歌詞を覚えるのは無理じゃよ。それでも少しは覚えとるぞ。ぐろーりあ、ぐろーりあ……じゃったか?」

 

 低くしゃがれた声の歌が聞こえる。

 特段上手とは感じず、普段であればどうでもよいと感じる歌がどことなく不快に感じられた。

 

 ――空間に響くような若い男性の声が京太郎の耳に届く。

 

「今、東京は未曽有の事態に陥っています」

 

 台に立ち人々に聞こえるように男が演説をしていた。

 

「しかし案ずることはありません! 我々には天より遣わされた守護者がついているのです!」

 

 台の横に白き翼を背中に持ち赤い鎧を持つ天使が現れた。

 

「なぜ彼らがここに降り立ち、私たちは救われたのか。それは私たちが選ばれた神の民であるからなのです!!」

 

 観衆の戸惑いの声があがった。中には自分は今まで神の存在を信じていなかったのにという声もある。

 

「えぇ、これまで主を信じてこられなかった方も居るでしょう。それは確かな罪! しかし主は寛大なるお方です。我々が罪を認めお許しを願えば、罪を許し我々を護ってくださることでしょう……!!」

 

 空に悪魔が現れ天使たちがそれを迎撃する。

 まるでパフォーマンスの様であるが、悪魔は実際に襲い掛かってきており彼らはそれを利用しているに過ぎないのだろう。

 

 天使パワーの一撃が悪魔を粉砕しマグネタイトが粒子の様に空に散っていく姿はまるで悪魔を浄化するように見えるのは間違いない。

 そして、そんな光景を見せられれば神を信じようとそう思うのは無理もない話だ。

 

「さぁ、皆様方祈りましょう。我らの祈りは主へ力を与え、罪を許され、そして我らは楽園へと至るでしょう、なぜなら我らは選ばれし神の民なのですから……!」

 

 歓声があがり人々は一心不乱に祈る。

 演説とその光景を眺めていた京太郎とドミニオンは立ち去った。

 なんだかなと京太郎は思う。

 選ばれた民なのであれば悪魔から身を守ってくれるのではなくて、そもそもこの状況に至らせるなよと思うのだ。

 それに内容も気に入らない。選ばれていない民は見捨てるのか。隣人を愛せとはなんなのかと冷めた思考で考える。

 

「……どした?」

「いや、なんでもない」

 

 眉を顰めていたドミニオンに問いかけるも彼は首を振った。

 もしかしたら彼も何かしら思うところがあるのかもしれない。人間界に顕現して長いのだから何かしら影響は受けているだろう。

 

「何やら私の知る空気に一層近くなったように感じただけだ。まるで天界に居る時の様だ」

「天界……か」

「もとより教会周辺は天界に似た空気を感じはするがそれでも人間界であり天界ではない。だが一瞬見違えたように感じた」

「それ覚えておいた方がいいかも。なんか嫌な予感がするわ」

 

 人間界が天界の空気に置き換わる。それは『異界』が人間界に侵食しているようなものである。

 それが例え天界の空気であっても人間に何かしらの影響は与える。

 一体何をしようとしているのか。早く情報を得なければならないと京太郎は少しだけ歩みを早くする。

 

*** ***

 

 東京23区と言えばまずどこが浮かぶ? そう問われてたら多くの声があがる一つの区が渋谷だ。

 渋谷区と言えば巨大なスクランブル交差点や繁華街などが有名だがそれだけではなく、金持ちの集う高級住宅街も存在する多くの人々が集う区画でもある。

 土地代も高くかかるだろうそこに教会はあった。

 教会を囲うように木々が多い茂っている。ただ不規則にではなく管理された木々は生命力と言うよりも芸術品の様な美しさを感じさせる。

 それに少し見とれてから京太郎の身長の倍はあろうかと言う門を開くため力を入れたのだが。

 

「うわっと」

 

 コケかけた京太郎は慌てて態勢を整えた。

 たたらを踏んでしまったのは門が想像よりも軽かったせいである。

 よく考えれば分かるが、見栄を第一に一般人が門を開けないのであれば外来者を拒絶しているようなものだ。

 どうやって軽くしているのか京太郎は分からなかったが、誰でも開けるようになっているのは当然だ。

 

「うお」

 

 床が少々濁った光で照らされていたため、顔を上げた京太郎の目に映ったのは色とりどりの文様が刻まれたステンドグラスだ。

 天気の良い時であれば日差しが入り込み一層奇麗だろうそれを見た京太郎は圧倒された。

 

 肩を叩かれ我に返ると辺り間を見渡す。

 少し騒がしくしてしまったにもかかわらず礼拝堂で祈りを捧げる人々は振り返ることなく一心不乱に祈り続けていた。

 

「おお、主天使様がおいでくださるとはこれも我らが主の思し召しでしょうか」

 

 横から声をかけてきたのは一人の神父である。

 彼が現れた方を見ると少し古く感じる木製の扉があり表札には懺悔室と書かれていた。

 

 懺悔室で信者たちの話を聞く役割を担っていたようだが、今は誰も入っていないようだ。

 神父は帽子を取りながら京太郎たちの前に立った。

 

「主より命があったわけではない。しかし我が友須賀京太郎がこの場に居ることこそが主の思し召しというものだろう」

 

 そう答えたのは主天使と呼ばれたドミニオンである。

 

「そうなのですか! いやしかし天使様が人の子を友と呼びなさるとは」

「……ともに並び立ち、戦い、生きているのだ。そうなれば人も天使も関係ないだろう」

 

 その言葉は悪魔にも当てはまるのだが、この場において口には流石に出さなかった。

 

「しかしその出で立ちは騎士様というよりもサマナーのようですね」

「本来であれば騎士と呼べる立ち位置に居るはずだが、恩師に頼まれサマナーとして世界を見て回っているのだ。世界は広い。メシア教の中に留まっていては見れない物もある。彼はそれを伝えられる役目があるのだ」

「この国の言葉で井の中の蛙大海を知らず。ということですな、なるほどなるほど……確かにその通りです。そうでなければ我らも取り残されてしまいます」

 

 ふんふむと頷く神父は「ここで会話をすると信者の方たちにも迷惑になりますね。お茶でも飲みながらお話しませんか?」と言った。

 京太郎も警戒はしているがここで断る理由はないと判断し頷いた。

 

「それではこちらに」

 

 そう言って歩き出した神父に続いて二人も歩き出した。

 門を開ける時と同様、多少騒がしくしてしまったにもかかわらず祈り続ける信者たちは京太郎たちに視線を向けることはなかった。

 

*** ***

 

「うまいこと言い訳したね?」

「下手に騎士だとかいうよりはマシだろう。こう言ってはあれだがサマナーに演技はできなさそうだ」

「……そりゃまぁ確かに。でもだまして言い訳? その、天使的に」

「良いわけがない。しかし今はやむを得ん。私とて愚かではない、外の様子はやはり異常だ」

 

 神父に案内された一室で紅茶を入れている神父に聞こえないように二人は会話していた。

 信者か天使が引き起こしている現状を天使がおかしいというのはおかしいなど考えていると、カップが置かれた音がした。

 

「どうぞ。こちらに砂糖が入っています」

「ありがとうございます」

 

 固形状の砂糖を一つ入れて少しだけかき混ぜてから一口飲む。

 ハギヨシの淹れる紅茶には負けるが、それでも美味しいと感じることのできる紅茶だ。

 

「しかし大変なことになったものです」

「えぇ。神父様は外の様子を?」

「はい。わたくしも多少戦えますのでこの区域を出てみましたが酷いものです。しかし少しの確認しかしていませんのであなた方の方が外はお詳しいでしょう?」

「そうですね。外の様子はまぁ想像通りの状態かと。混沌としていてガイアであれば喜ぶ状況なのは確かです」

「弱肉強食の世になってしまった、ということですね。それでは理性なき動物の世。人には厳しいでしょうね」

「ですが力を得た者たちが居るのは確かです。それで他者を護る者も居れば害をなす者も居る。それが逆に更なる混沌にいざなっている感があります」

「人が悪魔と同じとなる。なんとも愚かしく、悲しい話ですな……」

 

 現状を憂うように神父が肩を落とした。

 

「ただ先ほども言った通り他者を救おうとしている者たちも居ますし、ヤタガラスであれば彼らをサポートするでしょう」

「そう願いたいものです。正直上はヤタガラスを邪険にしていますが現状においては心強い友となれると思うのです」

「……でも正直難しいですね。ヤタガラスはメシアを敵対とまでは言いませんが、疑ってみていますので」

 

 胡散臭い相手と思われている。とは言わなかった。

 

「数ヵ月前に一部の者たちが起こした事件の件もありますしタイミングがどうしても」

「……そうでしょうね。二十五年前の件もありやはり私たちに対する彼らの視線は厳しいものがあります」

「事件の内容が事件の内容ですからね……」

 

 ゴトウに対しても厳しい眼が向けられたが、メシア教に対する行動が一層厳しいのはなぜか大使館に核の発射装置が存在したからである。

 当時のアメリカ合衆国駐日大使でるトールマンという男が実際は北欧神話に登場する神トールであり、なぜか唯一神に服従を決めていた。そして彼の手によりあわや核が発射される手前までいった。

 もしとある少年がトールマンを倒さなければ核が日本に落ちていた可能性もあり、ヤタガラスだけではなくガイアもフリーのサマナーもメシア教に対し白い視線を送った。

 

 そこまでやるか? と。

 

 当時の政権も秘密裏に合衆国へ抗議したが遺憾の意に終わることになる。

 

「しかし何時頃から天使たちが現れたのですか? 街並みの様子を見ると事件後すぐな感じがしますが」

「そうですね。数十分後ぐらいでしょうか。幸いこの近辺の悪魔は私たちが対処しましたが、渋谷区全体で言えば天使様方のお力で守った形になります」

「しかしあれほどの数の天使を召喚するのは大変でしょう?」

 

 COMPに待機しておくにしても用意するのが中々に手間である。

 マッカにしろマグネタイトにしろそれ相応の量が必要だ。

 

「それは司祭様のお力なのです」

「司祭様の?」

「えぇ。選ばれた一部の者たちの力を借りて我らを護る天使様たちの降臨を手助けされていると。どのような方法なのかは私は知らないのですが……」

「そうなんですね。となるとこの地だけではなく他の教会のある区画も?」

「そのようです。とはいえ最初は今ほど天使様方も多くはなかったのですが、今ではほぼ全域を護れるほど召喚されているようですね」

「少しずつ少しずつ地上に喚ばれてきたと」

「はい」

 

 ドミニオンと顔を見合わせて、手助けというのが臭いなと当たりを付けた。

 召喚の制限が存在しているのはあくまで悪魔召喚プログラムが搭載している保険に過ぎない。

 古の時より伝わる術式を用いれば保険などなくとも悪魔召喚を行うことが出来る。

 だが当然召喚士の力量が召喚した悪魔より下であればコントロールすることはできない。悪魔としても興味のないことに付き合う気は起きないのだから。

 しかし逆に言えば悪魔と召喚士の意思の疎通さえ完了していれば、召喚士の力量が低くとも悪魔召喚を行っても召喚士に危害が及ぶことはない……かもしれない。

 結局喚ばれた存在の気分次第なのだがここは話を天使に戻そう。悪魔も天使と同じである。

 もしカオス勢力の召喚士に天使が召喚されれば当然反抗するだろうが召喚プログラムの縛りにより逆らうことはできない。

 けれど召喚者と天使の意思が同一であれば共に行くことはできる。

 気になるのは召喚・維持に必要なマグネタイトをどこから調達しているかである。

 

 また、あのドリーカドモンか? と考えた時。引っかかるのは『手助け』である。

 

 一体何を『手助け』しているのか。詳細が見えず嫌な気持ちが膨れ上がっていくのを感じた。

 

「しかしなんですな……」

 

 眉を顰めカップを机に置いた神父が言葉を探す様に言う。

 

「やはり私はヤタガラスと手を取り合うべきだと思うのです」

「司祭様やほかの方はなんと?」

「無用だ。主を信じぬ不届き者たちの力は必要ないと」

 

 「悲しい話です」と肩を落とす神父に対して。

 

「思想に違いによる溝はやはり大きいのだ」

「そうですね……」

「そもそも我らの間でもそれはあるだろう。良いことではあるが、メシア教も息の長い宗教だ。思想の違いから戒律など別れた者たちも居る」

「派閥っていうか宗派ってやつか」

 

 ドミニオンが頷いた。

 

「思想の近い我らとてそうなのだから、そうではない者たちとの和解はやはり難しい」

「それにこの国の人間だから分かるけど、一般人にとって宗教ってやっぱり『違う』と感じたことはあるよ。トリガーは二十五年前の事件なんだろうけど」

「我らと新興宗教団体は違う。と、言いたいが関係のない者たちにとってはやはり同じに感じる。か」

「学校の授業でテロとかの話になるとどうしてもその名前は出てくるからさ。メシア教が悪い訳じゃないのは勿論だけど似た組織がやらかすと色眼鏡で見るよな」

「それは私がこの国に赴いた時から感じていたことですね。色々な方々のお話を聞かせて頂く立場ですが、かつての大事件の傷跡は大きいのです」

「それを考えると今のこの状況は素晴らしい状況では? 過去の垣根を超え主を信じている。あなた方と天使の力で秩序を保っているのだから当然ですが」

 

 ここで京太郎が切り込んだ。

 外の様子を考えれば素晴らしいなどと言えるはずもないのが京太郎の視点というか価値観である。

 もしこの問いにイエスと答えればそれがメシア教徒の一般的な価値観なのだろう。もしそうなら京太郎は絶対にメシア教とは相いれない。協力なんてもってのほかである。

 

 当然彼一人のみにこの問いをするわけではないが、それでも限界はある。

 

 さて、どうなる? と様子を見ると神父は俯き思考にふけっているようであった。

 何事かと二人で首を傾げていると彼は手を組み祈る様に額に押し当てた

 

「この国で主のお言葉を伝えるようになり、五年ほどの歳月が経ちました」

 

 五年を長いと感じるかはともかく、尽力してきたのは確かだろう。

 

「宗教に対するイメージはやはり悪く、布教は難しくはありますがやりがいは感じていました。色々と質問を投げかけてくださる方もおり、そんな方ほど理解して頂けば良い信徒となられます」

「相互理解かな。理解しようとするから問いかけるわけで」

「えぇ。我らは人。主のお言葉を完全には理解していませんので矛盾と言いますか、ふとした疑問にハッとさせられることもあります。ですが、だからこそやりがいと嬉しさを感じるのです」

「……そうですね」

「少しずつ少しずつ手ごたえを感じ、信者の方も増えてきました」

「えぇ」

「あぁ――だからこそ、だからこそおかしいのが分かるのです……!」

 

 京太郎とドミニオンは顔を見合わせた。

 ふり絞る様に言葉を発しようとする神父を二人はただ待った。

 暫くし過呼吸とも思えるほどの様相を見せながらコップに入った紅茶を一気に飲み干した。

 

「主に天使様方が素晴らしいのは理解できます。しかしそれは私たち信徒だからこそなのです」

「……というと?」

「このような状況となり、私と同じ境遇の人間が天使に救われたのならば感謝をし感謝の祈りを捧げましょう」

「しかし天使に命を助けられたのなら一般人だって同じように祈るぐらいはする。というか外でしていた」

「えぇ。このような状況ですから耳を貸し理解してくださる方は大勢います。それは喜ばしいことです、ですがすべての方がそうでしょうか? このような状況だからこそ疑うのでは?」

「……そりゃぁ」

 

 感謝しつつもとある疑いを持つ可能性はある。

 つまりマッチポンプの可能性だ。何せ悪魔が出現しそれから守る様に天使が現れる。まるで物語の様で現実性がない。

 悪魔や天使の時点で現実性なんて言葉は死滅している可能性はあるが、それでも都合がよすぎるのは確かだ。

 それほどまでに現実は甘くなく、こいつらがこの状況を招いたのではないか? と、疑いの目を抱くことはあるだろう。

 しかし、外で見た人々はそうではない。

 祈り、歌い助かったのだと安堵した様相は平穏な日常を手に入れた者たちの姿だ。

 それだけではなく、日常の中に聖歌まで取り入れるほどに。

 

「私は恥ずべき人間なのでしょう。このような疑念を抱くなど私は……!」

 

 人々に教えを説くために数多の問いかけに応えてきたのが目の前の男である。

 中には答えに窮する場面もあったはずだ。それでもあきらめずに問いかけに応えてきたのである。

 それは男がこの地区の少なくない人々の理解者になったのと同時に、この地区の人々から理解されたともいえる。

 つまりは、宗教に興味のない人々に対して一定の理解を示していると言っても過言ではない。

 その男の思考と経験が語るのだ。『この状況はおかしい』と。

 

 男に対して何か言わなければならないと思いつつも京太郎に語る言葉はない。

 ならこの場において弁を持つのは天使だった。

 

「確かに私たちも外の様子を見ました。だがあなたの言うように疑う人々はいるのではないか?」

「えぇ、確かに初期には居ました。しかし今は、もう……」

「居ないとなぜ言える?」

「……ちょうどいいですね。お二方に見て頂きたい光景があるのです。こちらへ……」

 

 神父が席を立ち京太郎たちはその後ろに続いて歩いていく。

 罠にかけてくるのでは? という可能性もあるため、注意はしているがその気配はない。

 神父が少しだけ開いた扉から見えるのは京太郎たちも先ほどまで居た礼拝堂である。

 礼拝堂には数多くの人々がおり静かに祈り続けている。

 その様子を見て数分後、パイプオルガンから天にも昇る旋律が響き合わせるように人々が歌いだした。

 

『光を……祝福を……主よ……我らの罪を許したまえ……グローリア……グローリア……』

 

 歌声に耳を傾けていた京太郎は眼を見開いた。

 同様の反応を見せていたドミニオンがその原因について語る。

 

「共通言語で歌を……」

 

 言葉は理解できない。

 太古の時代に裁きとして奪われた人と人が理解しあうための道具である共通言語。

 言葉として発することはできずとも、共通言語を聞けば不思議と何が言いたいのか理解することが出来る。

 

「これが現状なのです。共通言語で歌い、一字一句間違えることなく歌い続けるのです」

 

 聖歌の内容は唯一神と救世主を称え、現世の人の罪を許せと乞い願うものである。

 京太郎からすれば称えるのは個人の思想だからともかくとして、他者に全てをゆだねるような思考を理解できない。

 しかし問題はそこではなく、本来使うことのできない共通言語を歌として発している彼らが問題である。

 歌詞を覚えるのは案外難しい。何度も反復練習を積むことでようやく覚えることが出来る。

 しかし彼らは新たな言語を覚えた上で歌っているのである。

 

 神父が近くにある窓を指さすと外には礼拝堂に入ることが出来なかった人々が居た。

 彼らも同じように一心不乱に祈り、歌っている。その光景は異質だ。

 

 扉を閉じて、肩を落とし、力なく歩いていく神父の後ろ姿から感じるのは悲壮感だけだ。

 先ほどの光景、あれから見て取れるのは健常者ではなく洗脳され歌わされている姿だけだ。

 そこにある信仰は果たして何であると言えるのか。

 

 部屋に戻った神父は力なく座り手で顔を覆った。

 

「アレが正しいとは言えません。それを司祭様に訴えました。しかし司祭様は主のご意志であると言われました。であれば私のこの考えは間違っているのでしょうか?」

「それは……」

 

 京太郎は何も言うことが出来なかった。

 京太郎自身は間違っていると断言できる。しかし下手に声をかければ彼のアイデンティティを破壊してしまうことになる。そんなこと、彼にはできなかった。

 

 そんな彼にドミニオンが言葉をかける。

 

「……その疑念を抱き、しかし貫いた者が居た」

「……はい」

「だがその結末は悲惨なものだった。本当にあの結末が主が導いた結果なのかそれすらも分かない」

「ドミニオン……」

 

 京太郎にとってフリンは敵対者でしかなかった。

 狂信者。京太郎には理解できない存在。けれどドミニオンにとってはそうではない。

 何年も共にあり、見守り続けた相手だったのだから。

 

 そして正義とは人の数ほど存在する不確定なもの。

 もし衣の命でもって世に救世主が降り立ち世界の人々を救うのだとしたら、世界の人々はフリンたちを聖者として崇め見知らぬ少女を生贄に捧げそれを美談とし、邪魔する者たちを邪教徒と蔑むことだろう。

 勝者が歴史を作り敗者を貶める。

 それを現すかの世にメシア教内でもフリンたちは聖者ではなく、主の威光を振りかざし世に厄災を振りました悪漢として貶められている。

 

「いつの世も、主の言葉を語る者たちが居る。しかしそれが真実とは限らない」

「……! まさか司祭様たちが主の言葉を意思を曲げていると?」

 

 ハッとした様子で顔を上げた。

 

「我らにそれは判断できない。しかし、汝の信じる主は何と言っている?」

「……あ、あぁ」

「私は汝に問う。彼らの、今の汝の行いは主に恥じない物であると誓えるか?」

 

 無理やりにでも落ち着けるようにカップに入れられた紅茶を神父は一気に飲み干した。

 

「……それは、それは」

「天使の中にも試す者として邪の道をあえて貫く者も居る。それは主の意思であり邪の道もまた正道と言えるだろう。そうであるならばいい……だがこの問いに悩むのなら汝は違うだろう」

「……はい。しかし私はどうすればよいのですか? 私は、私は……!」

「主に恥じない道の先。そこに祝福があるのだと私は思う」

「主に恥じない道……」

「光さす聖なる意思を感じ取るのだ。それが貴方の道しるべとなろう」

「……ああ、なんと。これが主のご意志であり私に対する試練であるならばなんと苛烈な! ですが霧は晴れました」

 

 神父は立ち上がると座っている京太郎と、ドミニオンの手を取った。

 

「貴方方と出会い、語ることが出来たこと。それこそが主の意思であると今確信することが出来ました……だからこそ断言します。アレは正しくない、おかしいと」

 

 ドミニオンは頷く。そして京太郎に問いかける。

 

「サマナーよ。我々は前例を知っているな?」

 

 少し悩んでから答えは出た。

 

「爽さんの仲間たち?」

「あぁ」

「お仲間ですか?」

「はい。彼女たちは遠方のメシア教に関連した学校に通っているのですが、それほど信心深くないにも関わらず先日突然信心深くなり、仲間の一人を置いて去ったという話を聞いたのです。俺たちは彼女から仲間たちの様子を調べてきてほしいと頼まれてるんです」

 

 爽から受け取った写真データを神父に見せるが、彼は首を横に振った。

 

「私は知りませんが、もしや彼女たちも?」

「えぇ、可能性はあるのではないかと思いました」

「そんなことを……。しかしそれならば一般人の中にではなく、修道女として我らの手伝いをしている可能性が高いですな。何せ人手不足ですので」

 

 どこもかしこも人手不足は共通する問題らしい。

 

「探す方としてはそっちであることを願いたいです」

 

 森の中から木を探すよりは、林の中から探す方がマシである。

 

「であればここではなく他を探したほうが良いかもしれません。……あなた方にこれを」

 

 神父が手渡したのは一枚の紙だ。

 そこに記載されていたのは東京に存在するメシア教の連絡網である。

 各地区の教会の連絡先と災害等が発生した場合誰が、どこに連絡するかが丁寧に記載されている。

 

「これは?」

 

 と、京太郎が問いかけると。

 

「あなた方にはきっと必要になる情報でしょう?」

「神父様?」

「あなた方が我らと意思を同じくする者たちではないというのは分かっていました。しかし気になったのです。無理に従えている訳ではなく、思想が異なっても共に歩むあなたたちを」

「最初から気づいてたのか……」

 

 受け取った紙を懐にしまいながら呟いた言葉に、神父はふふっと笑うと。

 

「――メシア」

「え?」

「ええ、最初は我らをお救いになる『救世主』として、主が遣わした者かもしれないと思ったのです。今は思想が異なっても、天使様が導いている真っ最中であると」

「安心とは違うだろうけど、俺は救世主ではないです。それはお墨付きを得てるので」

「えぇ、そうでしょうとも。しかしそれでも私にとってあなた方は確かに救い主でした。迷う私に道を示してくださったのですから」

 

 ガラリと窓があく。

 夏にも関らず周りが自然豊かなお陰か、それとも太陽の日差しが遮られているからか。心地よい風が京太郎の頬をくすぐる。

 

「思想を強制するべきではないと私は思います。しかしあの司祭様のようにそうではない者たちも同胞に居るのは確かなのです」

 

 司祭たちがそれにあたるのだろう。

 この部屋からも外で歌う人々の姿見える。表情を変えず歌い続ける彼らの前に一人の男が見え、神父の視線から彼が件の司祭であると察せられた。

 

「手助けの話を覚えていらっしゃいますか?」

「もちろん」

「手伝いとはあの司祭様が中心となって行っていることなのです」

「そりゃぁ……」

 

 この祈りを終えたのちに詰め寄るべきかと考えた。

 COMPでのアナライズ結果、覚醒はしているようだがそこまでの力はない。もしかしたら何かしらの神秘の力を持っている可能性はあるが、今の自分たちなら押し切れるはずと考えた。

 

「――この場は私に任せては頂けませんか?」

「でも」

「私のすべきことだと思うのです。それにほかの地域でも似たようなことになっている可能性があるのでしょう?」

「そう、ですね。しかし」

「私ならば問題ありません。なに、危険なことをするつもりはありませんから。そしてもし原因が主に顔向けできないことであれば、ヤタガラスに連絡しましょう。恥ずべきことですが私では対処できないでしょうから」

「もし司祭たちが貴方の信じる人でなければ対立することになります。それでも?」

「私が信じているのは神です。司祭でも、天使様方でもないのです。それに、これは試練なのでしょう、なら見たくない物にも立ち向かい、正すべきです」

「我らも人手が足りているわけではない。任せるのも一つの手だが、手助けをするのも一つの道ではある。サマナー、どうする?」

 

 京太郎はジッと神父の眼を見つめる。

 

 ――灰色の瞳が京太郎を真っすぐに見つめ返している。

 

「……人手が足りないのは本当。でも、それが理由じゃなくて信じたいと思いました。だから信じます」

「ありがとう」

「そうだ、これを」

 

 京太郎が取り出したのは幾つかの道具である。

 その中には貴重ともいえる品もあったが、ここで譲り渡すのが良いと彼は考えた。

 

「これは……ソーマにアムリタソーダですか」

「虎の子ではあるんですけど、まだ手持ちはあるしなくてもなんとかはなるので」

「……ありがたく」

 

 本来体調に異常がある場合回復してくれるアムリタという魔法と同じ効果を持つアムリタソーダだが、かといって万能という訳ではない。

 アムリタが万能的な効果を発揮するのは戦闘中における汎用的な魔法の効果を対象としているからだ。

 よって、何かしら特別な効果が付与されたりした術においては効果を発揮しないこともある。

 それでもありとあらゆる状況に対応することが出来るアムリタの効果を持ったアイテムはとても重宝する。

 

「それと貴方方の話になるのですが、次の目的地は決めてらっしゃいますか?」

「元締めの元に行くのがいいかなとは思っているけれど」

「でしたら目黒区に行くと良いでしょう。そこがこの国の教会の取りまとめ役をしています」

「目黒区――。ここに来た時も思ったけれどお金あるんだな」

「見栄は必要ですからどうしても」

「まぁ薄汚い服装で説法するよりも見た目立派な方が説得力はあるよな」

「次の目標は定まった。ならばサマナー、先を急いだほうが良いだろう」

「そうだな」

 

 礼拝堂にて一心不乱に歌い続ける人々の姿を見れば急がなければならない。そういった気持ちに駆られる。

 実際歌っているからなんだという話ではあり被害はほとんどなく、見方を変えれば強制的に歌わされることが天使の庇護下に入る条件なのならば破格の条件ではある。

 だが本当にそんな条件であるのなら、隠すことなく神父に情報伝達をしているだろう。

 

「……後は頼みます」

「お任せください……そちらもお気をつけて」

 

 帰り際に渡された神父に連絡するための情報をCOMPに登録し教会を出た。

 表は信者と化した者たちによって出ることが出来ないため、人目に付かないように裏口から京太郎たちは出ることになる。

 

 それから五分後。教会からそこそこ離れた距離に居るにも関わらず、京太郎とドミニオンの耳には人々の歌う聖歌が届くのであった。

 

 

 目黒区へと向かう道のりで京太郎はドミニオンへ問いかける。

 

「彼は、ウッドロウと名乗ったあの神父は本当に大丈夫だろうか?」

 

 その言葉は彼を信頼していないから吐かれた言葉ではなく、彼を案じたが故に出た言葉だった。

 対するドミニオンは少しの沈黙の後にこう答えた。

 

「もしあの時サマナーたちではなくフリンたちが勝利していたとしても世界は回り、安寧の時を迎えていただろう」

 

 その言葉に京太郎は何も返さない。

 

「隣人の手を取る。これはとある前提があってこその言葉だ。善き魂を持つ者に手を差し伸べろということだ」

 

 語らなければ善き魂かは分からない。

 少し語り合っても分かり合えなければ善き魂ではない。

 さらに話し合っても分かり合えない時はある。

 そうして、限界を迎えた時悪しき魂として討たれることがある。

 

 後世にて、悪名高き皇帝として名をはせた男が居る。

 実際彼にそういう面があったのは否めない。

 自分のための劇場を造り競技に自分が参加すれば自分が優勝する、今でいう八百長のようなことも行われた。

 だがしかし彼の名声を貶めた真の原因は彼自身のそれらの行いではなく、メシア教団を排除する動きに出たことにある。

 数多くの宣教師が彼の国に訪れた。それを危惧した男はメシア教団の排除を決意しメシア教団は彼を悪逆の王として認定し貶めた。

 そして勝利したメシア教団は彼の名声を地に落とし、悪逆の王としてのちの世に伝えた。

 

「それが?」

「我らが勝利し彼が生き残れば、彼が不当に貶められる事はないだろう。しかし彼が死ねば我らの勝敗に関わらず彼の魂は貶められる」

「そこだよな。善き魂である隣人は助ける。その前提を語らないから俺はあいつらが嫌いって言うか、苦手なんだ」

「だがそうしなければならないのだ。生き残った者たちの安寧のために」

 

 主のためにとはいえ人を殺して平静でいられるわけがない。

 現代においても兵たちの罪の意識を逸らすために、ゲーム感覚でサクッと殺せるように兵器は作られるという。

 だからこそ貶めるのだ。自分たちが殺した者たちは殺されてもしょうがない奴らであったと。

 

「彼の安否の行方は正直分からない。しかし、我らが勝利せねば彼に安寧は確実に訪れないのは確かだ」

「勝利か。いいのか? そんなこと言って」

「少しだけ、答えが見えた気がするのだ」

「答え?」

「私も彼と同じだ。私の中の主は人々を洗脳することを良しとしない。……そう、信じたい」

「……そっか」

 

 唯一神が何を考えているのか。

 それは唯一神と会話をしていない以上京太郎たちには分からないことである。

 だから信じるしかないのだ。自分たちの行動は唯一神の意思に背いていないのだと。

 

 だがそれは。

 

「辛いな、それ」

 

 もし万が一違っていれば唯一のアイデンティティが崩れることを意味する。

 どんな存在でも存在意義がとも呼べる柱が崩れるのはつらいことだ。

 だがかといって彼らの行動を見過ごすことはできない。

 それがドミニオンたちの支えを砕く結果になったとしてもだ。

 

 それから二人は会話をせずただ目黒区へと向かった。

 

 その道中とある者たちに出会ったが、それもまた一つの定まった運命だったのだろう。

 空を駆けるように跳ぶ京太郎の行く先を塞ぐように電撃が落ちた。

 少々驚いたが当てるつもりのない攻撃に少々の警戒心を覚えつつその原因である者たちに近づいた。

 

 廃墟の中で奇麗な机と椅子に座りお茶を楽しんでいる者たちが居た。

 それは一人の老婆と彼女に付き従う執事の姿をした男だった。




P5Rについて

12月でコープほぼコンプしたので無印より楽になった感じだったのか? と疑問に。運命コープはもちろん多用しましたが、マッサージはあまり使ってないです、
追加シナリオに関しては大体予想通りだった。思想がわかりやすいし。バトル面はやっぱ義経対策してきやがったなと。その分クソザコだった閣下がまともになったおかげで活躍しました。ただ倍率上昇効果を上げる特性はダメでしょ。
大神は使わなかったです。それならクリア後の作れるようになるあっちもっと強くして欲しかった。



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『2日目 罪を認める者、逃げる者』

感想、誤字脱字報告いつもありがとうございます。

いつもこれぐらいの文字数にしたいけどキリがいいとこまで書くとどうしても長くなるのが悩みどころ。


「急いでいるところごめんなさいね。声をかけても気づいてくれなさそうだったから」

「いえ、警戒はしましたけど当てるつもりがないのは分かりましたから」

 

 廃墟で日陰となっている場所に京太郎は老婆と向かい合って座っていた。

 机と椅子は少々傷ついているが使用できる状態は維持しており、本来は向かいにあるカフェの備品なのだろう。

 老婆と一緒に居た執事風の青年は奇麗なカップにコーヒーと紅茶をそれぞれ注ぐ。

 コーヒーは京太郎。紅茶は老婆のために注いだものだ。

 

「どうぞ」

 

 砂糖二個とミルクを少しコーヒーに入れる。その後青年は砂糖を一つだけ取ると老婆の紅茶に入れた。

 何も言わずとも砂糖を何個、ミルクをどれぐらい入れるのか知っているぐらいの仲なのだと見て取れた。

 

「夏だけれど太陽が少し隠れているおかげで少し涼しいぐらいね。私みたいな年寄りには少し寒く感じるからあたたかい方が丁度いいわ」

「俺は少し熱く感じるけどコーヒーや紅茶はホットじゃないと飲めないんですよね。なんか違和感があるって言うか、夏に飲むなら炭酸の方が好きだからかもしれないですけど」

「身体を動かして火照った状態の炭酸ジュースが美味しいのは私も分かります」

「あら意外。そうだったの? 私が見てる前で炭酸系の飲み物を飲んでいるの見たことないけれど」

「慶弔様の前で身体を動かすことは少ないですから。普段なら緑茶とかのほうが好きですし」

「渋いわねぇ。誰に似ちゃったのかしらねぇ?」

「一人しか居ないので言わせないでください」

 

 仲がいいのだなと思いながら京太郎はコーヒーを飲んだ。

 自分でコーヒーを淹れるとすごく不味くなるのだが、青年が淹れたコーヒーはすごくおいしく感じた。

 

「あぁ、ごめんなさいね。のけ者にされたら居心地悪くなるわね。改めて初めまして。私は葛葉慶弔。ヤタガラスの幹部として籍を置いている者よ」

「私は永望と申します。以後お見知りおきを、須賀くん」

「はい。お願いします」

 

 挨拶のために頭を下げる京太郎の様子を見て二人は確信していた。

 ヤタガラスは裏切った形になっている自分たちの情報を彼に伝えていない。

 その最も大きな理由が裏切り者を作ったということを外部の人間に伝えたくないという組織によくあるプライドだと悟ったのと同時に、自分たちが彼や他の人間に危害を加えないと判断したことを察した。

 実際二人に京太郎を襲う意思はない。彼を呼び止めたのは偶々通りかかった噂になっている少年と会話してみたかったのと、情報共有に加え念のためが含まれる。

 

「……お二人も天使を調べていると? そんな話聞いてないけれど」

「私たちの立ち位置は幹部。本来なら現場に来るべき人間ではないのですから当然ね。2人ですけど個人行動しているのと同じですもの」

「なるほど、まぁ上の人が何しているか聞かされても困りますけど」

 

 クスリと笑い、そうなと老婆は返した。

 

「ですが天使やメシア教を調べているのはヤタガラスだけでなく、今回の事件の主犯たちも同様の様です。須賀くんは彼らの目的をご存じで?」

「覚醒者を増やして国を護る人を増やす、ですよね」

「はい。つまり彼らにとっても天使たちの行動は予想外なのです。私たちは彼らと少し話をしたのですがむしろ計画の邪魔になると考えているようです」

「それなら今この時においては多少の協力はできると?」

「えぇ。とはいえ神代小蒔さんの解放はできませんから結界の解除はされません。ですがゲオルグを始めとしたダークサマナーとガイア教徒、それにヤクザたちも情報収集に動いているようです」

「……なら見つけたからって殴り掛からない方がいいのかな」

「それに離脱者が出ないとも限りません」

「は? この状況で裏切ると? そんな馬鹿な」

 

 口を開けてポカンとする京太郎を見て素直な少年だと二人はほほ笑んだ。

 

「今回の件を企てた者たち。即ちゴトウと彼の意思に共感した者たちであれば別ですが、下の者たちであればどうでしょう? 全員が全員この帝都に住む一千万を超える人間に危害を加えて正気でいられると思いますか?」

「それも覚悟してのことでしょう?」

「金魚の糞と言う言葉もあります。あの人が言うことは正しい、だからついていこう。学校でも似たようなことはありませんでしたか?」

「そりゃあるけど、人の命がかかってるんですよ? そんな馬鹿な」

「人は愚かです。そんな馬鹿な、は良くある話です」

「はー……」

「とにかく可能性です。ですがその時は受け入れてあげてください。その後どうするかはヤタガラスに投げて構いませんが、貴方が手を下すのは少々不味いでしょうからね」

「……そうします。でもないと思う。うん、そう願いたいけど」

 

 コーヒーに追加で砂糖を二個入れてグイっと一気飲みした。

 砂糖の甘ったるい感じが今の気分を晴れさせてくれると考えた。

 

「おかわりはどうします?」

「……いただきます」

 

 カップを永望の近くにおいてため息をついた。

 今でもそんな人間が居るのかと考えてぐるぐるしている。気分は晴れなかった。

 

「話を変えましょうか。須賀くんは渋谷区から来たのかしら?」

「……はい。そこでちょっとありまして、まとめ役って話の目黒区の教会へ行こうと思っています」

「それはどうしてかしら?」

 

 京太郎は2人に渋谷区で起きたことを話した。

 渋谷区に住む人々がメシア教徒になっていること。

 祈りを捧げ聖歌を歌う際に共通言語を用いていること。

 現状を憂う神父がおり協力関係を結んだこと。

 天使の召喚に神父曰く、手助けという事象が関係していること。

 京太郎が知った情報をすべてを語った。

 

「色々と気にはなる話はあるけれど」

「共通言語で歌うですか。洗脳でもして無理やり歌えるようにしているのでしょうか?」

「洗脳と言えばえっと」

 

 京太郎はガントレットからCOMPを外し、写真を映すと2人に見せた。

 

「あら、可愛い子たち。須賀くんの意中の子が居たりして?」

「……慶弔様」

「冗談よ。それでこの子たちがどうしたのかしら?」

「中心に映っているのがヤタガラスで保護している大勢の一般人のうちの一人である獅子原爽です。そしてほか四人は彼女の部活仲間なんです」

「見たことがあると思ったら麻雀の全国大会に出場している少女たちですね」

「はい。昨日、東京が封鎖される少し前に俺は彼女たちが口論している姿を見ました。どうも爽さん以外信心深くなっていて大会さえどうでもいいって感じで」

「おかしいわね。……こんなことになってしまったけれど頑張ってきたのでしょう?」

「それを捨てるなんておかしいのは確かですね。実際に見なければ確定はできませんが洗脳に近い何かはされているのでしょう」

「それで京太郎ちゃんは目黒区に?」

「教会側の手伝いとして働いている可能性があるので、まとめ役のところに行けば情報があるのではないかと助言を受けました」

「可能性はありそうね……。永望」

「分かりました。こちらでも調べておきます」

 

 ありがとうございます。とお礼を言ってあと何か伝えるべきかと考えれば手助けの件かと思い浮かぶ。

 

「それでその女の子たちとは関係はあまりないんですが」

「えぇ」

「天使たちが増えている理由は手助けをしてもらうことで喚んでいるからと言う話です」

「手助け、ね」

「なんとも、どのようにも取れる言い方ですね……」

「それなら聖歌も絡んでいる可能性はあるわね。手助けがなにかは分からないけど悪魔も、天使も、神も。結局召喚するために必要なのはマグネタイトだもの」

「最初は例のドリーカドモンが関与しているのかとも思ったんですけど、それなら手助けなんていらないかなって」

 

 異界を生成することが可能なほどの容量があるならば誰の手助けがなくてもある程度強力な悪魔を召喚することは可能である。

 

「それは当たりだと思うわ」

「でも聖歌が関与ってどういうことですか?」

「生体マグネタイトは人々の生命力であると同時に感情、もしくは欲望の塊でもあるわ。唯一神に向けられた信仰心を力として天使を呼んでいる可能性はあると思うの」

「しかしそれで得られるマグネタイトは少ないのです。効率的な方法もありますがその方法を取った場合メシア教自体が疑われ洗脳に影響が出るやもしれません」

 

 疑心の眼は一度芽吹くとまるで伝染病のように広がる。

 長い年月組織として動いてきたメシア教がそんなことを知らないはずはない。

 

「それに祈りと歌の時はともかくそれ以外は洗脳されているようには見えなかった気もするし……」

「そう、願いたいものですね」

「ただ……」

 

 慶弔は顎に手を当てて何やら考え込んでいたのだが、結論が出たのか声を出した。

 

「メシア教が大きな動きを見せている区画は大きく分けて四つあるの。一つは京太郎ちゃんが先ほどまで居た渋谷区。もう一つはこれから向かう目黒区。目黒区はおかしくないわね、まとめ役って話だもの」

「残るは品川区と足立区の二つで、他にも細々と動いているようです。そちらは人道支援として時にはヤタガラスと協力する様子も見せてますが、この四区はそうではありません」

「……四つの区で十分ってことですかね?」

「もしくはまとめることが出来たのはその四区のみであるという可能性ですね。これ以上は調べなければ分かりませんが」

「いやーな予感が間違ってないのは良く分かりました! あとはこの情報をヤタガラスに知らせておかないと……」

 

 そう言って机の上に置かれていたCOMPを手に持って電話しようとしたが、慶弔がそれを止めた。

 

「私たちがそれはしておくよ。足を止めておいてなんだけど急いだほうが良さそうだものね」

「……分かりました」

 

 カップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと、送還していたドミニオンの再召喚を行った。

 

「気を付けてね」

「ご武運をお祈りしています」

「はい。コーヒーごちそうさまでしたっ」

 

 足をぐっと曲げると一気に飛び上がり数十メートルはあるビルの屋上に移動した。

 二人はそれを見送ると、永望は先ほどの情報を取りまとめ電子データとして大沼秋一郎のもつCOMPに直接送った。

 それを確認した大沼からの怒涛の連絡攻撃は軽く無視しつつ慶弔のために、紅茶を淹れ彼自身も椅子に座った。

 

「少し思想が過激になっていたけれどこれで大丈夫ね」

「この状況ですからそれも仕方がないでしょう。いえ、私たちにそれを言う権利はないのでしょうが」

「分かっているわ。それでも願わずにはいられないのよ。少しでも犠牲者は少ない方がいい……例え一億を救うために一千万を犠牲にする話だとしてもよ」

 

 先ほどまで自分と会話していた金髪の少年を思い出しながら紅茶を飲んだ。

 彼女の眼の前に居た少年も彼女からすれば自分たちの犠牲者の一人であることを彼女は知っていた。

 ゲオルグが嬉しそうに語っているものだから何となく調べてそして知った。

 今回の事件を起こさなければ彼はもう少し普通の人間としての一面を保てていたという事実を。

 

 慶弔たちが居なくても、いつかきっと今回の事件は発生していた。

 ドリーカドモンから始まり慶弔たちの協力など様々な要因が重なって計画が早まり、今回のタイミングになっただけなのである。

 慶弔たちが協力しなくても蛇の様な執念でゴトウは準備を整え、キーとなる神代小蒔が東京へとやってきたタイミングで事件は起きたことだろう。

 

 犠牲者が少しでも出ないように。

 なんて実行者の一人である自分が言えた台詞ではないなと思いながら2人は太陽を見る。

 

 ――少女はまだ頑張っている。

 

*** ***

 

「うげぇぇぇ!!!!」

 

 低く野太い声が京太郎たちの耳に届いた。

 京太郎が視線を向けるとそこに居たのは二十人以上の男女だ。

 夏だからラフな格好で、腕には刺青が刻まれているガラの悪い男を始めとして、女たちも厚化粧が原因で少し離れているにもかかわらず化粧の臭いが京太郎にまで届いた。

 

「こいつら」

 

 刀を引き抜き臨戦態勢をとる。

 目の前のヤクザたちは負けるような相手ではないが、倒すべき相手ではあるが先ほどした会話を思い出していきなり襲いかかる真似はしなかった。

 

「お、女に手を上げる気かい!?」

「てめぇ、俺たちを犠牲にして自分たちは助かろうってか!?」

「わ、私たちはこいつらに連れてこられただけなんだよ!! ねぇ、いいだろう? 助けてくれたら……」

 

 自身の身体を使って京太郎に取り入ろうとした女の目の前に電撃が落ちた。

 前髪が少し焦げ、腰が向けたのか尻もちをつく。

 

「そういうのは勘弁」

「……昔、痛い目をみたからな」

「うるさいよ!! マリンカリンのせいだから……死んでもいないからノーカンだノーカン!!」

 

 茶化すなとドミニオンに言って。

 

「天使たちのことを調べてるなら見逃そうと思ったけど違うみたいだ。でもどうせ良からぬことを企んでいるんだろう? ならここで仕留めてやる」

「ひ、人を簡単に殺してなんとも思わねーのか!」

 

 その言葉を聞いた京太郎は笑いが込み上げてきていた。なぜならその言葉は。

 

「……悪魔も人も変わらないな」

 

 ――悪魔を殺して平気なの?

 

 命乞いのために幾度も問いかけられたその言葉に、最初は面食らったが既に答えは出している。

 

「お前たちが言えた言葉じゃないだろ」

 

 男と女とか気にならない。

 既にサキュバスを始めとした女悪魔だって殺しているのだから。

 人も悪魔も殺すべき相手は変わらない。それだけだった。

 

 マハジオダインで一思いに、痛みさえ感じない様に消滅させると決めた時だ。

 

「待ってくれ! 何も企んでいない。逃げてきたんだ! 企んでいるとしたら助かりたい――それだけだ!」

「……はぁ?」

 

 魔力が霧散した。

 一瞬何を言っているか理解できず混乱し、ドミニオンに肩を叩かれて漸く理解した。

 

 それでもなお、こいつらは何を言っているんだと真顔になった。

 

 間抜けな表情をしている今だとヤクザは思ったのだろう、彼は思いのたけをぶつけてくる。

 

「ついていけなくなったんだ! 最初は力がある奴が決める世界になるって聞いて喜んだが、こんなことになるなんて思わなかったんだ! 数百人、数千人、数万人どころかそれ以上の人が死ぬなんて思わねーよ!」

「そ、そうだ! 俺たちはただあの人についていけば全部上手く良くって思って、それなのに俺達まで命を掛けなきゃいけなくて、力は手に入れたがそれだけだ! 戦い続けるなんて出来るわけがねぇ!!」

 

 混乱していた頭が冷静になると同時に、なんて自分勝手なんだと思った。

 先ほどまでとは別の、怒りの感情が湧いてきてそのまま感情のままに動こうとした時だ。

 

「サマナー」

 

 京太郎を止めたのはドミニオンだった。

 

「止めるな。こんな状況に至るのに加担しておいて、責任さえ放棄して『助けてくれ』なんて許せるわけないだろ」

「同感だが老婆に言われたのを忘れたか。ヤタガラスに投げろと」

「……でもさ!」

「感情の元に力を振るうのは時には正しい。それで救えたものは確かに合った。だが、時と場合を考えねばそれはただの暴力でガイアの者たちと変わりはしない」

「ぐっ……」

「力は確かに秩序の一つだ。しかし、それだけではないだろう?」

「あーー!!! もう……」

 

 肩を落として思い出したのは慶弔たちとの会話だ。

 『そんな馬鹿な』が本当に、それもすぐに起きるとは思っていなかった。

 八つ当たりの様に京太郎から発せられる電撃は、決して誰にも当たることはなくコントロールされているのは分かった。

 数分後刀を収めCOMPを手にした京太郎はヤタガラスへと連絡を取ることにしたのだった。

 

 京太郎が矛を収めたのを見てヤクザたちは安堵し、助かったことを皆で喜び合っていた。

 しかしドミニオンが睨みつけてきているのに気づき、彼らは静まった。

 京太郎に気を鎮めるように促したが、ドミニオンが怒っていない訳ではなくむしろ怒っている。

 

 電話を終えて京太郎の零した「一貫して行動しようとするフリンたちの方がマシだ」と言うヤクザたちと比較した言葉にドミニオンが何を思ったのかは分からない。

 

 数十分後。

 ヤクザたちの回収に現れたヤタガラスの退魔士の一人である少年が、京太郎にヤタガラスが下した決断を伝えた。

 

「まず前提として彼らが他の避難者、いえ被害者たちと同等の扱いとはしません。そして、我々は人手が足りないのです。ですので猫の手になって貰おうかと思っています」

「前者は聞けて良かったと思いました。けど後者はどうすんですか? 人の言うこと聞きますかね?」

「はい。ですので私たちは彼らの命を『出来る限り』保証します。あとは鞭ですね」

「鞭?」

「飴と鞭の事ですよ。飴とは先ほど言った通り命に関する話。鞭とは彼らには命を掛けてもらうことです。なに、死んでも生き返らせます。最後まで命があれば同じでしょう?」

 

 地返しの玉を始めとして蘇生魔法が無くても生き返らせることのできる道具は数多くある。

 流石に上位悪魔に燃やされたり凍らされて粉々に砕かれると蘇生も難しいが、自分より少し強い相手からその様な攻撃はされても結果はそれに至らない。

 

「彼らの監視には退魔士がつきます。未覚醒の者も居る様ですが、そこは担当の退魔士次第ですね。もしかしたら覚醒させるかもしれません」

「なんともまぁ……」

「本来であれば彼らの罪は万死に値します。それが助かる可能性を示されて、仕事の補助もされるのですからむしろ幸せでは?」

「それは、うん……」

「そもそも逃げ出してきた理由の一つが、罪の意識が芽生えたからです。ならば贖罪の機会を与えれば彼らも少しは気が晴れるでしょう。……それでも少しですが」

 

 罪と罰。罪なき一般人が数多く亡くなった原因を作った時点で死刑は確実のはずなのに、生き残る可能性を与えるのだから優しいと言えるかもしれない。

 

「でもそれ話したんですか?」

「いえ、我々が語ったのは『贖罪として人手不足解消のために働いてもらう。その代わりできうる限り命の保証はしよう』とそれだけですね」

「細かい内容は聞いてきたんですか?」

「いえ、すごく喜んでいらっしゃいましたよ?」

「……なんだかね」

 

 金魚の糞の様についていき、結果逃げた先の結末がこれである。

 話を聞く余裕さえないと言うことかもしれないが、学んでいない。

 

「では私たちはこれで去ることにします」

「はい。お疲れ様でした、ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。頑張ってくださいね、須賀さん」

 

 そうして黒衣の装束をまとった退魔士たちはヤクザを連れて立ち去った。

 ゴトウたちがヤクザたちが逃げることを良しとしたのかは不明だが、ヤタガラスは決して許しはしないだろう。

 生きながら地獄の責め苦を味わうかのように贖罪することになるのだろうが、これも一つの因果応報か。

 何とも言いようのない気分になりため息をついた京太郎は瓦礫の上に腰を掛け、ドミニオンは労わる様に肩を叩いた。





2日目はこっからが本番。

それと感想でやりすぎて省いた部分いつか書けたらと返しましたが、その話ではなく、最もこれはしたらあかんと判断して方向修正した部分書こうかなと思います。
なのでちょっと変わりますがどこの話かはお楽しみに。
ただ現在の話の流れだと微妙に矛盾が起きるのでその話の前書きに注意文として流れが違う部分は書きますね。

ただどこに挟むか悩みますね。一番上に区切って入れとくのがいいんだろうか


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『2日目 排除』

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
P5Rの発売やswitchでの新作とかは嬉しいけど真5はまーだかかりそうですかねぇ。


 京太郎が生身で空を飛ぶのは何も初めてのことではない。

 異界の行動手段の一つとして仲魔の背中に乗るなどするのは何も珍しいことではないからだ。

 付喪神や都市伝説が形となって飛行機などが悪魔化する可能性もあるとのことだが、まだ確認されていない。

 

「嬉しいことだとは思うんだけどなぁ」

 

 生身で空を飛ぶのは人類の夢の一つだろう。

 それが叶っている状況だが京太郎が微妙な表情をしている理由は唯一つ。

 

「これが最も楽だろう?」

「そうだけどさ、クソダサい」

 

 ドミニオンに抱えられて空を飛んでいる事にほかならない。

 いい歳した青年が後ろから抱きかかえられている絵面は正直言ってあまりよろしくない。

 しかし地上を歩いては多くの悪魔と遭遇する可能性があり、真っ直ぐに進むことができる空を道として選ぶのは間違っていない。

 時折現れる悪魔も現状では京太郎の電撃とドミニオンの聖なる浄化の力があれば敵ではないことも理由の一つだ。

 

 空の空気は地上よりも冷えており、これが冬であれば空の移動を躊躇っただろうと思わせる。

 

「ドミニオン!」

「分かっている」

 

 眼の前に現れた羽根を持つ悪魔に対してドミニオンの、浄化の力を高めたマハンマが発動する。

 悪魔の周囲に光をまとった札が現れ、包み込み次の瞬間には消滅していた。

 

「サマナーよ」

「了解!」

 

 それでも確率による即死効果が必ずしも成功するわけではない。

 京太郎が出現させた水がその勢いで持って悪魔を切り裂いた。

 

「思ったよりも悪魔の数が少ないのはアレが理由か」

 

 京太郎の視界に入ったのは悪魔を打倒している天使である。

 アークエンジェル、パワー、ヴァーチャーの姿が見え、『ドミニオン』は見当たらない。

 悪魔と戦っている姿だけを見れば人に危害を加えるようには見えないが、実際のところは不明である。

 また彼らが京太郎に対して危害を加えようとしないのは、ドミニオンを従えているのと悪魔を倒している姿を見ていたからだろう。逆に手を上げて挨拶さえしてくる程だ。

 

「……なんだあれ」

 

 たどり着いた目黒区の現状を見て京太郎が呟いた言葉がこれである。

 

「俺目黒区なんて来たことなかったけど元々こんなえっと、ファンシー? 趣味が悪い? 土地なのか?」

「私も実際に知っていた訳ではないが、言わせてもらう。そんなわけがないだろう」

 

 彼らの目に映っているのは先進国の首都に属する区域として名を連ねている地域には見えなかった。

 コンクリートで出来ていたビル群は黄金色に変化し、舗装されていた道々には木々が生い茂っているが、人の歩みを邪魔しない様に管理されているように見える。

 極めつけは地上から空中へ伸びる光の道がそれほど高くない高度に位置する雲の上に伸びている。

 雲の上には地上と同じく黄金色の建物が存在しており、そこで暮らす人々の姿が垣間見える。

 

「これじゃまるで異界じゃないか……」

「異界で間違っていないかもしれん。人々に信じさせるため神の奇跡の一端と称してて変化させた可能性はある」

「それ事件解決後に解除しても大丈夫なのか?」

「……雲の上に居る者たちは落ちて死ぬだろうな」

「……やっぱり」

 

 また対処する事案が増えたことに苦笑いを浮かべたが、対処するのはヤタガラスだからいっかと投げ捨てた。

 

 京太郎たちはその後人気の少ない河川敷に降り立った。

 流れる河の水は首都のものとは思えない程に澄んでおり実際手ですくって匂いを嗅いでも普通の水の様に思える。

 木々が風に揺れ、鳥は優雅に飛び人々は白い衣羽織って外の世界は知らぬという様に穏やかに過ごしている。

 

 京太郎は歩いていた女性に話しかけここが目黒区のどのあたりなのかと問いかけた。

 しかし女性はここは既に目黒区ではないと答えた。

 そして遠くない未来目黒区だけではなく東京全域がそうなるだろうとも。

 

 ここは先駆けの地。

 何れは世界が至る千年王国の前触れなのだと胸を張って言うのだった。

 

*** ***

 

「千年王国かぁ」

 

 女性の後ろ姿を見送りながら京太郎は呟いた。

 自身を選ばれた民であると語る女性に若干引きながらも同時に覚えたのは恐怖である。

 元より選ばれし人間なんて思ってはいなかったはずで、それが昨日の今日で考えが変化したのだとしたら恐ろしいことこの上ない。

 

 ちなみに千年王国とは神と、神に選ばれた救世主が統治する理想世界の事である。

 争いや病で死ぬことのない世界と言われているが、問題はその先ある終末の日なのだがここでは省略しよう。

 

「ミレニアムワンか」

「フォーまであると言っていたが、恐らくは目黒区、渋谷区、足立区、品川区がそれぞれ番号が振られているのだろう。どれがどれかは分からないが」

「でも渋谷区はこうなってなかったし、聞いてもいないけど」

 

 ウッドロウが黙っている意味はなく、語らなかったという事は知らなかった可能性が高い。

 例え京太郎を騙すためだったとしても、いやそうであればこそミレニアムと呼称していただろう。

 

「恐らくは目黒区が最も計画に先んじているのだ。故に名を変えても反発は少なく、各区域も計画上は番号が振られているがまだその段階ではないのではないか?」

「確かにこれからこの区域はミレニアムなんやらです! とか言われれば普通は? ってなるわ。でもそれさえ出ない状況ってこと? ここ」

「……うむ」

「いやいやだいぶやばいぞこれ」

 

 メシア教が何を企んでいるかは現状不明である。

 しかしゴトウたちの目的が強い国を作ることであるならば、国を脅かす……いや、侵食する天使たちの行いは許さないはずだ。

 

「何とかしなければ帝都で戦争が起きる可能性がある」

「今も似たような状況だけどな! 戦争じゃなくて一般人の虐殺だけど。でもそれにメシア教が加わるのは勘弁だ」

「しかしだ。この様に大それた計画をたてた者は天使の中でも上位に位置するか。まさか四大天使たちが……」

「四大天使?」

 

 聞き覚えのない単語に京太郎は首を傾げた。

 

「秩序に属する者たちの中でも最も過激な思想を持つ者たちだ。主を信じぬ不届き者たちには裁きを下すべきだと主張している」

「うっわ、なにそれ。しかも主張していたじゃなくてしているってことは現在進行形かよ」

「恐らくヤタガラスが最も警戒しているのも彼らと、彼らに影響された者たちだ。だがそれを考慮しても仕方がない」

「……そうだな。取りあえずヤタガラスに目黒区の現状を伝えてから情報収集を行おう」

 

 ミレニアムワンと呼ばれている現状の目黒区を写真に収めて、軽い状況説明を記したメールを大沼たちに送付してから情報を集め始めた。

 

 最初は手分けして情報収集を行う予定だったのだが、結論から言えばうまくいかなかった。

 京太郎が怪しまれたとかそんな理由ではない。

 目黒区の人々による全員から来る勧誘活動がそれを阻んだためである。

 自分たちを助けてくれる天使たちと、天使たちが崇める神がどれだけ素晴らしいかを説き、選ばれし民となろうと言うのである。

 そうして一時間後、何とか話を聞こうとするも善意故の行動が京太郎の言葉に耳を貸すはずもなく目論見は潰えた。

 しかしだからと言ってドミニオンが居れば万事うまくいったわけではない。

 話を聞く前に毎回感謝の言葉と祈りを捧げる彼らの行動を待つ必要があった。

 それでも京太郎一人で情報を集めるよりは効率が良いのだから、その手段を選ぶしかない。

 

「あー、善意の行動が嫌いになりそう。疲れる……」

「善意をないがしろにする人間は……」

「分かるさ! でも時と場合で、今は有難迷惑だ」

 

 げんなりしつつ、何とか話を聞くことが出来たが目的となる情報は得ることが出来なかった。

 陽が沈みつつある時間帯であり、夜は悪魔たちの時間である。戦闘態勢で居れば死ぬことはないが悪魔たちの時間を過ごすメリットは少ない。

 そろそろ国際フォーラムに帰還するかとドミニオンに声をかけようとした時、二人に声をかける男が居た。

 

「こんばんは」

「……? こんばんは」

 

 その男は『白かった』。

 服や肌が真っ白なわけではない。それでも受ける印象が清潔であり、汚れとは無縁なそんな存在だと感じさせられる。

 

 

「申し訳ありません。御節介かと思ったのですが、お二人は今日泊まる場所が無いのかなと思いまして」

「えぇ、まぁ、そうですね」

「もしよければ私もお世話になっている孤児院に身を寄せませんか? あぁ、こう言われても怪しいですね」

 

 訝しむ京太郎の視線に気づいた男は続けて言った。

 

「これは私たちにもメリットのある話なのです。今孤児院には必要最低限の人も居ないのです。子供たちも現状を不安がっていて、天使様が傍に居れば彼らも安心できると思うのです」

「人が居ない?」

「この状況ですから小より大を取ったのでしょう。それにしても褒められることではありませんが」

「そういう理由であれば……いや、でも」

 

 子供たちの為ならばと思う気持ちと、気を付けろ相手はメシア教に属する人間だと警告する思考に板挟みとなり即決できないでいる。

 そんな京太郎を後押ししたのはドミニオンだった。

 

「……サマナー。彼ならば問題はない」

「知ってる人?」

「……知っている。だが……」

 

 ちらりと白い男を見たドミニオンは口を噤んだ。

 笑顔は威嚇の様なものと言うが、笑顔がまだ語るなと雄弁に語っていた。

 

「……そうだな」

 

 京太郎はドミニオンと契約をしている。

 その気になれば契約の名の元に口を割らせることは簡単である。

 しかし……。

 

「分かった。俺はお前を信じる」

「……すまない、サマナー」

 

 口を割らせるよりも、信じることを選んだ。

 申し訳なく頭を下げるドミニオンに「何時も迷惑かけてるしこれぐらい気にするな」と返して、ふと白い男の顔を見ると笑顔なのは変わらないのに何処か柔らかいものに変わっていることに気づいた。

 

「話も決まりましたし、ご案内します。ですがその前に」

 

 白い男は京太郎に右手を差し出した。

 

「私は現在エメラルと名乗っています。そう呼んでください」

「須賀京太郎です。紹介せずとも知っているみたいですがこっちはドミニオン」

「はい。よろしくお願いします、須賀くん」

「……彼はメシア教の人間ではない。しかし信じるに足る人間ではあります」

「それは先ほどの様子から見て取れました。同じ道を行く方ではないことを残念に思いますが、手を取り合える関係ならばとても素晴らしいですと思いますよ」

 

 メシア教の人間ではないことを明かしたドミニオンを訝しみつつも、バレていたようならまぁいいかと結論付けた。

 その分目の前の男の正体が気にかかるが、今は信じろと語るドミニオンを信じ孤児院へと向かった。

 

*** ***

 

 孤児院は少し歩いた人気の少ない立地に建てられていた。

 子供たちが走って遊べるだけの立地は確保しているようで、自然に囲まれた建物を見れば中世の時代に迷い込んだと錯覚させる。

 敷地内に足を踏み入れると妙齢の女性の周りに居た子供たちの視線が京太郎たちに向けられた。

 

「おかえりなさいー!」

「お腹減ったー! エメラルさん帰ってきたしご飯食べよ!」

「あれ? その人だれって、うわ、天使さまっ!?」

 

 一瞬で集まった子供たちはエメラルとドミニオンの元に駆け付けた。

 ドミニオンの横に居る京太郎は押しのけられる形になるが、別に嫌な気持ちになることはなく元気だなと微笑ましく見ていた。

 

「待たせしてしまってごめんね。紹介しよう、天使ドミニオンと、彼と共に戦っているデビルサマナーで、須賀京太郎と言うんだ」

 

 デビルサマナーと紹介することに眼を見開き、その間にもエメラルは話を進める。

 

「シスター。私は彼と話があるんだ。夕飯は別室に用意してくれるかい?」

「分かりました」

「それとドミニオン。貴方にはお願いがあるのだけど……」

「……サマナー」

「いいよいいよ。むしろ頑張れ」

「う、うむ……」

 

 子供たちに引きずられるように去るドミニオンを見送った。

 

「ありがとう。さて、私たちも行こうか」

 

 エメラルの案内で通されたのはごく普通の部屋である。

 大きくはない机に二つの椅子がセットされており、普段はここで子供たちの保護者役が話し合いをしているのだろう。

 

 京太郎とエメラルは椅子に座り、少し落ち着いたのちに最初に言葉を発したのはエメラルだった。

 

「この状況でも元気な子供たちの姿は良い物だね。一時的に身を寄せている立場だけれど元気づけられるよ」

「この孤児院の人間ではないんですね」

「立場上こうして一か所に留まることが少ないんだ。何せ世界は広いからね」

 

 数度ノック音が聞こえ入ってきたのはシスターだ。

 シスターが持っているお盆には食欲をそそるシチューとパンの香りがした。

 机の上に置かれた料理を見て、京太郎はありがとうございますとお礼を言った。

 

「いえ。こちらこそありがとうございます。塞ぎこみがちだった子供たちの笑顔がかえって来ましたから」

「それは良かった。まぁこき使ってやってください。それぐらいの体力はまだあるだろうし」

「まぁ」

 

 京太郎の言葉を冗談だと思ったのか手を口にやってくすくす笑うシスター。しかし京太郎はガチだった。

 部屋からシスターが居なくなって、エメラルがデビルサマナーと紹介した理由を語りだした。

 

「この孤児院に居る子供たちは様々な理由でここにいるわけですが、共通して言えるのは本来受けるべき愛情を知らないということです」

「……愛情を知らない?」

「捨て子、虐待、理由は様々です。あの子たちの中には自分に生きる価値なんてないとそう言い切る子も居ました。あの子たちに非はないというのに」

 

 壁際の机の上に置かれていた本を京太郎の目の前に置いた。

 何の本だろうかと少し目を通し、少々覚えのある文章が並んでおりそれが聖書であることが分かった。

 

「あの子たちに自分は愛されているのだと教える必要がありました。そして私たちは主に使える者です」

「聖書の言葉を引用したと?」

「そう聞いています。しかしやはりと言うべきか神の存在を疑う子たちも居たのです」

「天使を見せて信じさせた、と?」

「褒めることのできる手法でないのは確かです。しかしあの子たちの護るために遠からず裏について知るのは必要だったのは確かです」

「……ここがメシア教が管理している孤児院だから、ですか? 悪魔が襲ってくる危険性があると」

「預かった子供を利用して悪事を行えば、この孤児院を営む者たちも少なくない傷を負うでしょう?」

 

 子供たちを惑わし、誘惑し、実際に子供たちが悪事を働けばそれだけでいい。

 事の成否なんて関係なく、それだけで悪魔の目的は達成される。

 保護者も子供たちも護るためには話しておいた方が良いのは確かである。

 

「必要が無くなれば記憶の封印は行いますし、メシア教徒として生きるならば子供のころより得た知識は力となりましょう」

「出来れば後者を望む部分はありそうですけど」

「そう考えて居る者は確かに居ますが、根源は子供たちのためだと私は信じています」

 

 良い宗教の使い方ではあると、京太郎は思った。

 何かしらの支えがなければ生きていけない人間は居る。

 それが親か、兄妹か、友か、恋人か、はたまたお金だったりするのだろう。

 生きる支えになるのであれば宗教も悪くはなく、悪いのは思想の過激化と教えの悪用化である。

 

「ところで、須賀くんがここ、目黒区へ来た理由をまだ聞いていませんでしたね」

「えっと実は探している子たちが居るんです」

 

 COMPに表示した画像をエメラルに見せた。

 

「ふむ、彼女たちは?」

「真ん中に映っている子の友人たちです」

「……何やら見覚えがありますが」

「たぶんテレビとかじゃないですか? 高校の麻雀全国大会の参加者です」

「あぁ! なるほど、時間がある時に少々見ていましたからそれでですね」

「それでつい先日なんですが、突然麻雀なんてどうでもいいと言って今まで見せたことのない信心深さを見せたと」

「それは、また」

「偶々俺も見ていました。俺の印象だけで言えば彼女たちはメシア教の人間と言ってもおかしくはなかったです。でもこの子曰く普段は神や天使とか聖書とかカッコいいよね! とかそんなノリぐらいでしかなかったようで」

「ノリですか」

「ノリです」

 

 自信をもって断言された言葉に、エメラルは苦笑した。

 果たして信じる物をノリであると言われた彼の心中はいかに。

 

「思うところはありますが置いておきましょう。では彼女たちを探してここに?」

「それも。と言うべきです。元々の目的……えっとメシア教が何を考えているのか探るのと彼女たちを探す場所が一致したと言えます」

「外の人間であればココで管理されているのではないか。そして、企みを探るならば中央へと言うことですね……分かりました。私の方でも少々探ってみましょう」

「その、良いんですか?」

「思考の誘導など言語道断です。それにこの状況が異常なのは分かっていますし、本来なら立場関係なく手を取りあい、一致団結して事件を解決すべきなのですが難しいですね」

「……そうですね」

 

 京太郎としてもメシア教の人間と居ることに抵抗がない訳じゃない。

 メシア教が衣たちに行ったことを考えれば許せないのは当然で、あの事件の結末も結局はトカゲの尻尾切りであり将来に多様な事件が起きる恐れはある。

 なにせ事件を画策した本来の黒幕たちは今もまだメシア教の中でのうのうと暮らしている。

 だが、かといってメシア教のすべてを否定する必要はないとも思っている。

 京太郎がそう思えるのもドミニオンがこれまで共にいたからこそだろう。

 

 けれど。

 

「現状においてメシア教と外の方が手を取り合えると、そう思いますか?」

 

 その問いかけには軽々しく頷くことはできない。

 

「難しいです。その、つい数ヵ月前にもメシア教がやらかしているのをリアルタイムで体験しましたし、他のサマナーもそういった話は聞いているでしょうから」

 

 手を組む難易度という意味では実際のところガイアに比べればメシアの方が容易いのは事実である。

 しかしガイアは分かりやすく、メシアは何をするかわからんという問題がある。

 京太郎としてもドミニオンが居るお陰で、少しは印象を和らげているがそれでも龍門渕での戦いを忘れることはない。

 

「それを言われるとまた……。しかし現実はそうなりますか」

 

 頭を抱え本気で悩むその姿に、この人はこういう立場というか立ち位置なのだろうと確信した。

 周りの突飛な行動に悩まされ続けているのだろうと何処かの爺さんを思い出した。

 

「ただ、組織と組織は難しいかもしれないけど個人であれば別だとは思っています」

「……そう、言ってくれますか?」

「ははは、何せ現在進行形でそうしてますし」

 

 立場も立ち位置も何もかも違っていても。

 最終的な目的地が違っていても、途中までならば行くことはできるはずである。

 

「あぁ、確かにそうですね」

「俺と仲魔たちだって同じです。もしかしたら道を違えるかもしれないけど、それでも今は同じ道を行けます」

「……ふふ。ならば今は同じ道を行きましょう。その為にも同じ小目的をこなすことにしませんか? そこそこ大変な仕事です」

 

 時計で時間を確認した。

 時刻は20時を少し超えたぐらい。大人にとってはこれからが本番の時間だが……

 

「子供たちをお風呂に入れる時間でして。皆さん元気なのでシスターだけでは大変なのです」

 

 ぽかんと口を開けて軽く驚く京太郎だが、その提案に少しだけ笑いながらこう返した。

 確かにメシアは分かりにくい。しかし子供をお風呂にいれるのに何かをするとは思えない。

 

「これぐらいの手伝いなら喜んで! っていうか、こっちは探し人についてお願いしてる立場なんで断れないけど」

「そちらも任せてください。本当にあいつらは……」

 

 小さく呟かれた言葉は京太郎の耳に届くことはなかったし、聞くことが出来ていてもそれを問うことはできなかっただろう。

 既に力なくソファで項垂れていたドミニオンを見て状況を察し、子供たち全員を風呂に入れて寝かせてからは京太郎も同じ状態になったせいである。

 それでも何とか寝る前に今日一日に得た情報をまとめてメールに記載したあと、大沼宛に送ることは忘れなかった。

 

 状況が動き出したのは次の日だ。

 朝早くに子供達の声で起きた京太郎は洗面所で顔を洗っていた。

 勢いよく開かれた扉に面食らいつつも、入ってきた男の子にどうしたのか声をかけた。

 

「どうしたんだ?」

「兄ちゃん、来てくれよ! 空、空に!」

「……空?」

 

 タオルで顔を拭いて孤児院の外に出た京太郎の眼に飛び込んできたのは、空に映し出された映像である。

 果たしてどうやって映しているのかは不明だが、問題はその内容だ。

 数十人の人々がギロチン台に首を固定され、口には猿轡が取り付けられている。

 当然必死に逃れようと固定されている人々は抗おうとしている様子が見受けられるが、普通の人がこの状況から脱することが出来るわけがない。

 嫌な予感が込み上げてくる中、映像に一人の男が現れた。

 厳つい出で立ちをした男の名はゴトウ。

 中央に配置されたギロチン近くまで歩いた彼は口を開いた。

 

『私の名はゴトウである!』

 

 有名な政治家なのだから日本に住むほとんどの人が彼を知っているだろう。

 それでも自身の名を名乗った。それはこれから続く言葉を宣言するためである。

 

『悪魔がこの東京を闊歩し、数多の人の命が消えた。なんとも悲しい話である……しかし! 同時に強い輝きを放つ者たちが現れたのは大変喜ばしいことである!』

 

 身振り手振りで、言葉だけではなく全身を使い感情を表現している。

 

『その輝きはこの国を護る力の一つとなるのは間違いないののだ! しかし諸君、君たちは気になっているであろう、此度の事件を引き起こした犯人は誰なのかと』

 

 それを告げようとした時邪魔をするように呻いたのはギロチンにセットされた男だ。

 別に言葉を遮るつもりはなかったのだろうが、思いのほか男のうめき声は響いた。

 ゴトウは邪魔をするなとでもいう様に胴体を全力で踏みつけた。

 

『がふッ』

 

 四つん這いの体制で手ではなく、固定された首で身体を支えている状態だ。それで胴体を踏みつけられれば首に全ての衝撃がいく。

 痛みもそうだが、首が絞められているようで空気を求めるようにあがいている。

 数分踏み続けていたゴトウは男から足をどけた。

 

『此度の事件を起こしたのはこの私である! しかし勘違いしないでほしい! 私は決してこの国に弓を引くような真似をするために事を起こしたのではないと! その証拠が彼らである!』

 

 再び男が踏みつけられた。

 痛みから当然声を上げるがそれでも助ける者はいない。

 

『彼らは国敵である! 民を煽り、扇動し、情報を盗み! 諸外国のスパイたちである!』

 

 ゴトウはギロチンの刃を固定しているロープを掴んだ。

 

『私はこの国に仇名す者を決して許すことはない!』

 

 力強く握りしめられたロープは摩耗し少しずつ千切れていくのが音で分かる。

 

『ンー! ンー、ンー!!!』

 

 そもそもゴトウがこの様子を晒したのは死刑宣告を行うためである。

 そして先ほど踏み続けていたのは、ヤタガラスが察することを期待してのことだ。

 実際この光景を見て、彼らが『何』であるかを理解した大沼はすぐさま指示を出しあからさまに動揺した者たちをピックアップしろと命じた。

 そして先ほどの死刑宣告により尻尾を出した者たちは既に記録されている。

 

『このような状況に陥れた分際の私が何を言うと責めるだろう。しかし! それはこの国にとって必要な血だった! 流れた血に、悲しみに、不要なものなどありはしなかった!』

 

 その言葉と同時にロープから手が離された。

 ギロチンの刃は自由落下し男の首へと向かっていく。

 その結果を京太郎たちが見ることはなかった。空に映されていた映像が消えたためである。

 しかしそれでも、ギロチンが最後まで落ち切ったのは理解したのは響くような音が聞こえたためだ。

 

『再度宣言しよう。私の行いは全てこの国の未来のための行動であると! この国に仇名す存在を私は決して許すことはない!』

 

 ゴトウは最後にこう締めくくった。

 

『東京に残る国賊よ! 心せよ。次は貴様らの番だと!』

 

 その言葉を最後に音声も切れた。

 それでも暫くの間空を見上げて立ったままだったのは先ほどの映像がそれほど衝撃的だったからだ。

 京太郎としては目立った行動をしてくることに対する驚き故にだったが、震える子供たちは違う。

 隣にいる男の子を安心させるように頭をやさしく撫でながら、それでも暫く空を見上げ続けた。

 

*** ***

 

 同時刻。ウッドロウが司祭たちの動きを掴んでいた。

 渋谷区の教会では早朝に定例のミサが行われる。祈りと聖歌を歌ったあと司祭は『手助け』を行ってくれる者たちを募った。

 手助けに参加することを賛同した者は多くいたが、司祭が選んだのは年齢など一見すると共通した関係性を持たない数人の男女であった。

 選んだ人々を一か所に集め、人々が解散した後に司祭が一人彼らの案内を行い、ウッドロウはその後を付けた。

 

「ここは……」

 

 司祭たちが足を踏み入れたのは教会近くにある立ち入りが禁止された森である。

 森というか林事態は教会の近くに存在はしていたのだが、事件後にまるで急速に成長するように他の家々さえも巻き込み成長を遂げ今では林ではなく森となっていた。

 教会近辺に関しては景観の意味もあり少々伐採と整理を行ったが、禁止された森の深奥は勿論その近辺は手付かずである。

 異常成長とも呼べる現象を目の当たりにしウッドロウを始めとした者たちは、禁止にしたのは何があるのか分からず危険だからだ。と判断したのだが司祭の様子を見ればそれが誤りだと悟れた。

 

 ウッドロウにとって幸いだったのは森が管理されていないから、太陽の日差しさえも遮るほど暗くいつの間にやら住み着いた動物が存在するおかげで追跡技術が素人であっても不審に思われなかったことである。

 また森に悪魔の気配がないのも幸いした。

 もし悪魔がいれば戦闘になり否応なく戦いになっていた可能性があるが、そうはなっていない。

 

 そうして十分ほど歩いただろうか。

 唐突に森が開け光が差し込む場所に辿り着いた。

 まるでそこに木々が生い茂ることを許さないとでも言うように、不自然に広がる領域の中央に天へと延びる土の台が存在した。

 司祭たちは設置された木々で出来た階段を一歩ずつ踏みしめるように登っていく間に、ウッドロウは彼らから見えない位置に陣取りなんとか会話を聞き取ろうと集中する。

 

 その甲斐があり司祭の声がウッドロウの耳に届く。

 

「……ああ、我らが父よ、光そのものたる大いなる存在よ。今貴方様のお膝元に還る者たちがここに居ます」

 

 虚ろな表情でローブを脱ぎ去った男女は衣服を纏っていない所謂全裸であった。

 

「今ここに人の罪を許し、そして我らに永遠の安息を与えたまえ……」

 

 天を仰ぎ司祭が言葉を紡いだ時『手助け』のため集められた人々は天より降り注ぐ光を浴びた。

 太陽が陰っている中で目も眩む光が降り注ぐのは自然現象的にありえない。

 眼が潰れるほどの光が発生する中それでもなんとか見続けようとするウッドロウの瞳に男女に共通するある点に気づく。

 

「何かの痕が……?」

 

 ウッドロウがそれに気づくことが出来たのは眩い光の中で、最も光り輝いている場所がそこだったからだ。

 流石に眼に限界が訪れ空から地上へと視線を移動さえた時彼らを中心に陣が描かれていたことに気づく。

 そうして光は収まり、再び空を見上げたウッドロウの瞳に映ったのは赤い鎧を纏った天使たちの姿だった。代わりに男女はどこにもいなくなっていた。

 

「おお、主よ貴方様の使いを地上へと送って頂き感謝いたします……」

 

 天使たちに跪き祈る司祭の姿と声を聴き無意識に一歩下がってしまった。

 それを聞いた司祭と天使たちの視線はウッドロウへと注がれ。

 

 数分後天使たちは空へと飛翔し司祭は元来た道を歩いて帰っていく。

 ウッドロウが居た場所には赤い液体と人であった何かが置き去りにされた。

 

 何かはもぞもぞと動いて、懐から何かが落ちて転がっていく。

 必死に手の様なものを伸ばすものの、そのような力は既になくそれは力なく地面へと崩れるように倒れた。

 少しの風が吹けば消え去るような声が辺りに響く。それは問いかける言葉だった。

 

「まちがっ、ぃ、でしょ、ぅか……? 神よ、見捨て……」

 

 あとは同じ言葉を繰り返すだけだった。

 決して間違ってはいないはずの自分の終わりがなぜこれなのだと問いかけ続ける。

 

 その言葉は天に届くことはなく、ただ転がったなにかが陰る光に照らされ輝くだけだった。

 




タイトルの日付正しくは2日目~3日目が正しいけど日付跨ぐよって内容少し分かるのが良いのか悪いのか悩む。


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『3日目 道』


感想、誤字報告いつもありがとうございます。


 空中の映像と音声を聞いてふさぎ込んでいた子供たちも、朝食を食べている内に頭を切り替えたのか元気に遊ぶ姿を見せた。

 これに対してエメラルは「もっとひどい過去があり、それから立ち直ったからだ」と言った。

 確かにそうして得た強さもあるだろうが、見せかけだけの強がりの可能性もある。しかしそれをわざわざ指摘する必要はなく、強がれるだけの強さがあるならば今回の事件を解決することで強がる必要もなくなる訳である。

 それを指摘したエメラルが心配しつつ、しかし少しだけ誇らしそうにしていたのは子供たちが立ち上がり強くなるきっかけを作ったのが聖書だからだろう。

 京太郎としても、これが支えのある強さか。と、少しだけ納得と宗教に対する印象を内心で上方修正した。

 

 朝食を終えて部屋に戻った京太郎にエメラルが一枚の紙を手渡した。

 

「私の部下が今朝届けてくれました。確実に、だとは思いますが確認して頂けますか?」

「……これって」

 

 紙。正しくは資料には数名の少女たちの姿が載っており『手助け』に関する情報はなしとも文章で記載されていた。

 夜だからか写りは悪いがそれでも獅子原爽の友人たちであると確信をもって言えた。

 

「『手助け』に関しては私の協力者が渋谷区へ行き確認を取るとのことです。貴方が伝えてくれた神父と連携を取る予定だとも」

「なんなら俺の名前を出して貰っても大丈夫です。もしヤタガラスに伝えるとしたら、ちょっと疑われるかもだけど」

「それはありがたいですが、一体どういう事情が?」

「ちょっと前にとある事件に巻き込まれて、俺を知ってる人ならメシア教に協力するなんてありえない! なんて言う可能性もある気はするっていうか……」

「だとすればどうしましょうか。神父との連携は良しとしても、ヤタガラスへ協力を要請する可能性もありますから」

 

 実際エメラルの協力者が神父と連携し情報を得たならば、神父を避難させるためにもヤタガラスに協力を求める可能性はある。

 しかしヤタガラスもメシア教を疑っており、素直に聞き入れてくれる可能性は低い。

 京太郎の名前を出したとしたら、確かに信じようと思うかもしれないが、京太郎の名前を出したのを理由に信じてもよいか龍門渕に確認を取るだろう。だが彼女たちは感情的にありえないと言う可能性もある。

 だから、本当に京太郎の協力者だと信じてもらう切っ掛けが必要だ。

 

 少しだけ悩んで、京太郎たちしか知らない話があることを思いついた。

 

「あ、そうだ。『デモニカ』って伝えてもらえれば良いかな」

「デモニカですか?」

「はい! 俺的には未来のデビルサマナーの標準装備だと思うんですけど!」

「未来の……」

「でもありえんとバッサリ切られました。で、この話昨日の朝の事なんですよね」

「なるほど。デモニカという単語と貴方が気に入っていたという話を知る者は少ないと……。分かりました、伝えておきましょう」

 

 そして京太郎たちは子供たちに見送られながら教会へと向かった。

 道すがらヤタガラスに目黒区の教会へと向かうと中間報告を送り、爽に友人を見つけたと連絡を送った。

 

 道中に危険はなく、エメラルとドミニオンの両名と人々が集う教会の入り口前から離れた所に陣取る。

 見た目だけで言えば人々を見守る天使とその付き添いの人間二人に見え、本来であれば怪しく感じてもこの場においては溶け込んでいた。

 

 それからしばらくして。

 

「居た」

 

 開かれた扉の近くで何やら作業をしている一人の少女を見た。

 修道服の頭巾が少し隠しているが、自身と同じ髪色の少女を見落とさなかった。

 桧森誓子という名前だったかと京太郎は思い出していたが、実は彼女の近くにもう一人居たが身長が低いため気づかなかった。

 最も特徴的な部位があるのだが、京太郎から見えているのは頭部がちょこちょこ見えるぐらいでそれがもう一人の探し人だとは気づかなかった。

 

「良かった。昨日の今日だから大丈夫だとは思っていたけれど」

「すぐに見つけることが出来僥倖です。しかし慌ててはいけません、全員を見つけては居ませんし、何より『手助け』が気にかかります」

「ですね」

 

 気合を入れるため頬を軽くパンと叩く。

 少しだけ音が響くが人々のざわつきがかき消したようである。

 

「……一つだけ。貴方はこの地に来てから主に祈りを捧げましたか?」

 

 京太郎とドミニオンは「おや?」と首を傾げた。

 内容もそうだが声色がいつもと違うように感じた。

 

「いや。恰好は真似たけど祈っていたわけではないです」

「私の立場で言ってはならぬことですが、それならばこの場でもそれを続けてください。私の考えが正しければ祈りこそが洗脳の切っ掛けになっている可能性があります」

 

 その理由をすぐに悟る。

 彼は怒っている。

 

「切っ掛けですか?」

「獅子原爽と言いましたか。恐らく彼女が洗脳されていなかったのはカムイと呼ばれる霊たちの守護のおかげでしょう」

「そうですね。できれば全員護ってくれと思わないでもないけど……」

 

 それは人の都合であり、自分が気に入った人間だけ救うというのは霊に限らず神々にも悪魔にも良くある話の為突っ込むべきではない。

 

「あ、そっか。歌じゃなくて祈りが切っ掛けなのは歌えているからか」

「はい。祈った時もう既に刷り込まれた。だからこそ歌えるのでしょう。ええ、何と言いますか腸が煮えくり返るほど気に入りませんが」

 

 普段とのギャップ、と言えるほど一緒に居たわけではないがそれでも温厚な人物だと分かるぐらいには会話をした仲だ。

 温厚な人物が怒るのが一番怖いとは良く言われる話。

 そしてエメラルの反対側で経っているドミニオンも似たような存在だ。

 つまり、エメラルが怒っているということはこの話を聞いたドミニオンも同様に怒りだし、それに挟まれた京太郎は内心彼らから離れたくて仕方がなかった。

 

「もし」

 

 少しだけ怒りを鎮めたエメラルが言う。

 

「……はい?」

「もし穏便に事を済ませられない場合、貴方は貴方が成すべきことを優先してください」

 

 嬉しい申し出ではあるが、戸惑う様に良いのか? と、問いかける。

 

「正直余裕がないのですよ。正直このまま飛び出して詰問したいぐらいでして。周りを見る余裕がないのです」

「あ、あぁだから俺のやるべきことを優先しろって」

「これほどまでの怒りは久々でして。あぁ前に怒ったのはロトの言葉に耳を貸さぬ人の在り方でしたが……ハハハ」

「な、なんというか人類がごめんなさい」

「あなたが謝ることはありませんし、今回の件の怒りの対象は人間ではなくてですね……いやはや、お喋りはここまでにしましょうか」

 

 人々のざわつきが収まっていくのを感じて口を閉じた。

 三人は視線を教会へ向ける。壇上に上がる一人の男の姿があった。

 

「皆様おはようございます。良く晴れたとは言えませんが、良き始まりとなるよう我らが主に祈りを捧げましょう……」

 

 「良き始まりですか」と小さな声で呟くエメラルが恐ろしかった。

 恐らくは司祭と思しき男の横には神職者たちが控えていた。その中には見つけた一人だけではなく、四人全員の姿もある。

 祝福の言葉を紡ぎ、その後祈り始めた人々の様子を見て、京太郎も恰好だけ同じようにしていた。

 もし本当に祈りをトリガーとして洗脳効果が発揮されれば京太郎も洗脳されてしまう可能性がある。どれだけ強くなっても状態異常は恐ろしい。

 

 それから聖歌が人々の口より紡がれる。

 パイプオルガンの調べと共に紡がれた言葉は通常時であれば美しく感じられたのだが、今はどこか恐ろしさを感じる。

 

「こ、れは……」

 

 小さく呟かれた声に注力する。

 

「――なんという混沌としたマグネタイトなのか」

「混沌?」

「これほど清濁併せもったマグネタイトを人が生み出すのを見ることになるなんて……」

 

 生体マグネタイトは人の感情から生み出される命のエネルギーである。

 だから嬉しければ奇麗な色のマグネタイトエネルギーが発生し、逆に痛めつけた結果生まれたマグネタイトは醜い。

 どちらを好むかは悪魔次第だが、好みでしかなくどちらであってもエネルギーとしては申し分ない。

 COMPに仲魔の言葉が刻まれる

 

「人々の信仰心と洗脳されても抗う心。それが拮抗したが故の結果だ」

 

 瞬間、圧力が膨れ上がる。

 それが我慢の限界に達したエメラルから発せられていることに気づいた京太郎は、ドミニオンに視線を投げかけ無理やりにでも四人を連れて帰るため駆けだそうとした時。

 

「――あぁ、悲しいことです。どうやらこの場に招かれていない客人がいらっしゃるようだ」

 

 それを押しとどめるように、司祭が言葉を紡いだ。

 司祭の視線は京太郎たちに向けられ、人々も振り向いて京太郎たちに視線をむけた。

 続いて司祭たちの元に天より集うのは天使たちだ。空で出会った天使たちが今度は京太郎たちに敵意を向けている。

 

「悲しいですなぁ、いやはやなんとも悲しい。主のご意志に逆らうとは」

「逆らってなどいません。主の言葉を拡大解釈し、結果主を危険に陥れる真似をしている。逆らうというのであればそれはそちらでしょう」

「必要なことです。此度の事件を治めるそのために必要なことです」

「その必要はありません。メシア教がヤタガラスと手を取り合えば、此度の事件はすぐに解決に向かうでしょう」

「人が解決できると? 本当にそう信じているのですか?」

「人の起こした事件を人が解決するのは当然のことです。そして私は人を信じます」

「なんと愚かしい! 私に、人に、そのような力はございません! それでもなお信じると言うのですか!」

「確かに人の力で何とかすることが出来なかった時もあります。そして神の裁きの元に滅びの運命を辿った者たちが居るのも確かです」

 

 先ほどエメラルが口を滑らせた「ロト」もまた滅びの道を辿った者たちの関係者だ。

 堕落しきった人々を立ち直らせることも、救うことが出来ず失敗したメシア。それが「ロト」である。

 

「それでも過ちを正そうとする者が居て、過ち認め正道に戻る者も居ます。私はそんな人を信じると決めているのです」

「それが貴方の横に居る人間であると? しかし彼は天使と共に居るではないですか。結局同じ物を信じる者同士でしか共には居られない! それで巨悪に立ち向かうなど出来るはずがない!」

「だから人では解決できないと言いますか」

「そうです! 人一人の力は弱く、儚い。故に主の庇護が必要であり解決する力なんてないのです!」

 

 頑ななその言葉を聞いたエメラルが、司祭ではなく京太郎を見た。

 

「……しかしその言葉には一つだけ誤りがあり、それをこの場で正すことが出来ます」

「なんですって?」

「彼は私と同じ志を持つ人間ではありません。確かに天使を連れていますが、彼の本業は悪魔と共に道を行くデビルサマナーなのですから」

「なっ!?」

 

 驚愕の表情を見せるも、しかし首を振り全力で否定する。

 

「であるなら悪魔合体で天使様のお姿を取っているだけなのでしょう!」

「否定させてもらう。私は元より天使であり合体は行っていない」

「志は異なっても、信じる物が違っても。一時ではあるかもしれないが同じ道を行くことはできる。そう言った彼の言葉を私は嬉しく思い、今、共にあるのです」

 

 二人にそう言われ、口をパクパクと開閉させるだけで言葉を発することが出来ない。

 だから、「は、はははははは!!」と笑って言い返すことも出来ず、否定する。

 

「なんと愚かな! 共に歩むなどできはしない! 故に思想の違うものは淘汰しなければならないのです! そう、主を信じぬ不届き者たちに生きる価値など無し! これまでもそうだった。そしてこれからも同様に!!」

 

 司祭の言葉にを切っ掛けとして天使たちが襲い掛かる。

 エメラルが天使たちを撃退しようと構えた時、パワーとヴァーチャーの胴体が真っ二つに断ち切られ、ライラが地面にめり込んだ。

 

「須賀くん……」

 

 刀を鞘に納めた京太郎は何処か嬉しそうに言う。

 

「目的を果たして去れと言われた。でも、あそこまで言われて去れないって。嘘になっちゃうじゃんか」

 

 彼の隣に居た赤い棍を持ち雲に乗った猿もまた、可笑しそうに笑う。

 

「まったくもって卑怯な言い方だぜ!」

「まぁまぁ。だからさ、悪いけど俺の目的だけを達するなんて出来ない。だって、それが今俺のしたいことだから」

 

 メシア教に属する者を心から信じることが出来ないのは変わっていない。

 しかし、ここまで言われてエメラルを放っておくことも京太郎には出来ない。

 例え今日明日の付き合いであったとしても、自身がそうしたいと思い、行動する。それはあの時から変わらぬ京太郎の一つの柱だ。

 

 そんな京太郎を司祭があざ笑う。

 

「悲しいですねぇ、デビルサマナー。人の力が天使様に通用すると思いますか」

 

 対して愉快そうに笑うのは猿である。

 

「キキキ! その人間に怯えてるってのがよーくわかるぜぇ! ウキャキャキャ!」

 

 騒がしくなったなとため息をつきながら、左腕に付けたCOMPを操作する少年の隣に白い男が並ぶ。

 

「貴方の想いは分かりました。それを嬉しく思います。しかし良いのですか? 貴方の目的は彼女たちの奪還でしょう」

「そうです。だから倒すだけじゃなくて、救う。俺一人じゃ無理でもデビルサマナーにはその力がある」

 

 京太郎一人であったならば、本内成香、桧森誓子、岩館揺杏、真屋由暉子の四人を救いかつエメラルの手助けをすることはできない。

 どれだけの力があっても京太郎は一人で、一人の力なんてたかが知れている。

 しかし京太郎はデビルサマナーだ。一人では足りない力を数で補うことが出来る存在だ。

 科学がどれだけ発達したとしても、数の多さが強力な力になることに変わりはない。

 

「それに、やるなら全部取る! 二兎を追う者はって言うけどそんなの関係あるか! 本来の仲間にあれだけの啖呵をきったのに、ここで動こうとしない奴は人間じゃない!」

 

 COMPの操作が完了する。

 京太郎の周りにCOMPから発せられる多くのマグネタイトが渦巻く。

 それはこの場に居る人々が放っていたマグネタイトと色が似ていたがそれは当然の話。悪魔を斬り、天使を斬り、神を斬り、そうして獲得してきたマグネタイトが混沌としていないはずがない。

 

「召喚!」

 

 京太郎の声に仲間たちが応える。

 

「よーやく出番だっ!」

 

 緑の衣服を身に纏い、その魅惑の歌声で人々を誘い溺死させてきた妖精ローレライ。

 

「天使との戦いが儂にとっての本懐とはいえ、サマナーと居ると本当に飽きないわい」

 

 古代アステカの創造神であり『二面性の神』の象徴たる魔神オメテオトル。

 

「オレ、バチガイ! バチガイ!」

 

 譲渡するのを忘れて残っていたスパルナが姿を現した。

 

「シヌ、オレハシヌゾサマナー!」

 

 破れかぶれに叫ぶスパルナに京太郎がやる気を出させるため声をかけた。

 

「戦わなくていい。お前は運搬役だ。それが済んだら少なくとも今より強い悪魔になる様に合体するから頑張れ!」

「……ギョウコウダ! カカカ、ケイヤク、ヤクソクダゾサマナー!! ウラギッタラヒドイ!」

 

 見る物を魅了するその翼を翻しスパルナは後方に待機した。

 

「行くぞ皆! 天使を殲滅して助けて目論見事ぶっつぶす!」

 

 京太郎の言葉に各々力強い言葉を発し応え、駆けだした。

 その様子をエメラルは嬉しそうに、けれどどこか悲しそうに見つめた。

 

「面白いもんじゃよ」

 

 唯一残ったオメテオトルが彼に話しかけた。

 

「貴方は……! 間違いない、例え霊格が落ちていてもその禍々しい気配を間違えるはずはない……。だがしかしそうすると彼は」

「サマナーはガイアーズでも儂らに与する者でもないわい。だからこそ面白いんじゃよ、こうして天使と共に戦う事にもなるんじゃからな」

「面白い……。これまでも、今も、そしてこれからも。貴方たちの価値観はそれ次第なのでしょうね」

 

 呆れながら言うエメラルに「違いないわい!」と楽しそうに笑いながら返す。

 

「であれば今は信じるに値します。特に貴方は他の悪魔たちと違い我々と少しではありますが語った仲なのですから」

「役目だったからのー。マッカの浸透には人だけでも悪魔だけでも、その二つだけでも駄目だっただけじゃよ」

「共通紙幣は便利ですから、私たちも断る理由はなかったのです。さて閑話休題。私たちだけこうしているのはズルですね」

「カカカ! 違いない。……さて恐らく後に抜けるのは儂かの? 束の間の共闘を楽しむとしようぞ」

 

 秩序と混沌。

 その極致に属する二つの存在。

 それを結び付けたのはどちらの色にも染まる人間。

 対極者が同じ道を行く一つの形がそこにはあった。




もう一話か、二話更新した後一気に書いて投稿する予定です。
ボス戦部分は書き溜めたいなって感じなので。


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『3日目 血塗られた選択』


おまたせしました。
コロナなど世間は良くない賑わい方をしている昨今皆様如何お過ごしでしょうか?
・・・エタってないよ!


感想、評価、誤字報告ありがとうございます。


 悪魔と天使が言葉をかわしている間に戦いの火蓋はすでに切って落とされていた。

 司祭は大天使たちより受けていた加護という名の権能を振りかざし目黒区を守護していたすべての天使たちをこの場に呼び寄せたのである。

 

 すでに刀を振り抜き戦っていた京太郎に天使の浄化の力が降り注ぐ。

 それに少し怯み大きく後ろにジャンプし距離を取ると攻撃を仕掛けた天使が言葉をかける。

 

「道を踏み外した愚かなる人の子よ」

 

 京太郎をみて、前線に立つ京太郎の仲魔とは異なるドミニオンが語る。

 

「主の意志より離れ堕ちた我らが同胞よ」

 

 次にみたのは仲魔のドミニオンであり、そしてもうひとりエメラルを見据え最後に。

 

「そして悪魔たちよ。消え去るが良い!」

 

 と、宣言した瞬間ドミニオンの頭部が消し去った。

 

「キキー! 戦いの最中に演説とかバカジャネーノか!!」

 

 筋斗雲に乗った猿が手に持った如意棒を伸ばし振るったのである。

 その結果は見ての通り、先制攻撃を受けた天使たちは見るからに浮ついた様子となり、その隙を京太郎たちが見逃すはずはなかった。

 

「卑劣な……!」

 

 天使のこぼした言葉に。

 

「人間を洗脳して操る貴様らが卑劣とか言ってんな!!」

 

 怒声があたりに響くと同時に電撃が降り注ぐ。

 それだけで力のない天使たちは消滅し、電撃を浴びた信徒たちもまた同じ運命をたどった。

 それでも操られた人々に対して当たらないようにコントロールしているあたり、まだ冷静であると言えた。

 

「愚かな悪魔使いが! 主の導きに慕うことこそが我ら人が人であるゆえんだろう!」

「知るか! 人の生き方勝手に決めてんな! それに、そんなことを神が望んでいないと信じている仲魔がいる。なら、お前たちの言葉こそが俺にとっては偽りだ!」

 

 京太郎にとってメシア教がどうとかそんなことは関係なかった。

 メシア教の神を信じるならば信じればいい。

 その他の神を信じるならば信じればいい。勝手にすれば良いのだ。

 それに対して少しだけ悲しそうな顔をするドミニオンを知っているけれど、京太郎の考えはそれなのだから仕方がない。

 なら彼奴らとドミニオンの何が違うか。それは考えを人に押し付けていることに以外にはない。

 人々を操った結果どうなるか知るよしもないが、それでも人々が操られることを望んだはずがないのだから。

 

 少なくとも、京太郎に友達を助けてとお願いした少女の友人たちはそうであったはずだ。

 

「ま、私も神とかどうでもいいっていうか、嫌いだけど操られるのは論外だよね―」

「ケイヤクムスンデイルオレタチガイウコトジャナイガ! ジユウデハナイ」

「でもお願いすればケーキだって一緒に買いに行くし! 操られたらそんなこともお願いできないよね―」

 

 天使たちを小馬鹿にするように会話をする二体の悪魔。

 睨みつけられた結果スパルナは必死に逃げ惑い、ローレライはケラケラと笑った。

 そんな悪魔たちを見た天使たちは更に頭に血が上り、苛烈な攻撃を仕掛けてくる。

 中でも最も厄介なのはメギドラを放つケルプである。

 メシア教徒がいる手前広範囲に放つことこそ不可能だが、その余波だけでもかなりのダメージを与えることができる代物だ。

 しかし忘れてはならない。怒り狂っているのは京太郎たちだけではないのだから。

 

 ケルプのメギドラが電撃によって霧散する。

 それを放ったのはエメラルであり、同じ電撃使いの京太郎でさえ舌を巻くほどの威力を持ち合わせていた。

 魔法を放った結果か、その背には翼が生えており天使たちのように白一色ではなく赤色で彩られてもいた。

 

 その翼を見た司祭がわなわなと震えながら訴えた。

 

「て、天使様! なぜ邪魔をなされるのです! 悪魔使いの契約こそあれ私たちの邪魔をすることすなわち主に対する反逆ですぞ!」

「……巫山戯るな!!」

 

 ヒッ! という小さな悲鳴は怒声によりかき消され聞こえることはなかった。

 

「主は確かに非情とも言えるほどの決断をなされるときはある。私はそれを見てきた。しかしそれは貴様らの様な下卑の考えのものではない!」

「で、ですが!」

「貴様から主を崇める言葉など聞きたくもない! それ以上その口を開くな!!」

 

 司祭は足元に冷気が集うのを感じた。

 急いでその場から離れると氷結魔法、ブフダインの氷の柱が顕現した。

 もしそのままその場にいれば柱が司祭の体を貫いていたはずである。

 

「わ、私の言葉は、行動は、大天使様たちから許可を得ているのです! それを否定なさるあなたこそ主を語る資格はない! 今に天から地に堕ちましょうぞ!」

「黙れ」

 

 更に氷の柱が出現し司祭をかばった天使の体が貫かれ消滅した。

 氷を操っているのは京太郎のドミニオンである。

 

「もう、沢山だ」

 

 その言葉にどんな思いが込められていたのかそれを知るのはドミニオンだけだろう。

 京太郎は背中をぽんと叩くと司祭たちを睨みつけた。

 

「お前たちの神が人々を洗脳し操ることを良しとするのなら、お前たちの信じる神こそ悪魔だ――ドミニオンたちの信じる神と一緒にすんな!」

 

 体をぷるぷると震わせ司祭は怒り狂う。

 それと同時に頭は冷静に現状を把握していた。高位天使さえも鎧袖一触で蹴散らす京太郎たちの力だけは認めざるを得なかったのである。

 

「――ひ、ひひ。なら仕方がないなぁ……」

 

 このままでは自身に課せられた使命を果たすことは難しいと判断した彼は、気味の悪い笑みを浮かべると周りの者達に指示を出した。

 

「お前達! 私をなんともしても逃がすのだ!」

 

 司祭の言葉通りに動いたのは天使と信徒たちだけではなかった。

 この場に集まった一般人たちもまた司祭を護るために京太郎たちの前に立ちふさがったのである。

 

「なんてことを……」

「カカカ! 傑作じゃな! 人々を盾にするとはまさに儂ら好みの選択よ!」

「悪名は甘んじて受ける! しかし私には果たすべき使命があるのだ」

 

 そう言ってこの背を向けて走り去る司祭を京太郎たちは止めようとするが、やはり邪魔をするのは人と天使。

 

「くそ、どいてくれ!」

 

 地上の道を塞がれた京太郎たち。しかし空ならばと動くのは筋斗雲に乗る猿と天使たちだがそれを邪魔をするのは司祭たちについた天使である。

 

「今あなたたちが行おうとしていることを主に自信を持って言うことはできますか?」

「できますとも。悪魔に魅入られた地上の子らを浄化するのですから我らが主もお喜びになるでしょう」

「ソドムとゴモラにおいて堕落した人を救世主は立ち上がらせることはできませんでした。しかし今はどうですか! 悪魔と共にいるとは言え事態の解決のために動く人々は大勢居ます。だというのに堕落していると言えるのですか?」

「悪魔に魅入られた。それ即ち堕落であり悪でしょう?」

「あなた達は……」

「さぁ、主のご意思に逆らう我らが同法よ、覚悟せよ」

 

 ココまで考えが違うのか。

 落胆するように肩を落としたエメラルであったがすぐさま顔を上げた。

 俯いている時間は無駄でしかない。

 今はただ、同胞たちの過ちを正すため彼の持つ稲妻の力が同胞たちに力を振るうのであった。

 

*** ***

 

 深い森の奥でなりふり構わず走り、息を切らせた男が跪いて祈りを捧げていた。

 

「――あぁ、申し訳ありません大天使様。もう少しのところで邪魔が入り計画は完遂することができませんでした」

 

 光が男に諭すように語り掛ける。

 不測の事態は仕方のないことだと。

 不測の事態には備えてきたと。

 これもまた一つの想定した結果であると。

 男は決して悪くはないと。

 

 光が男に優しく語り掛ける。

 男の想いは真実であり正しく、善なるものだと。

 そしてその想いは主に届き必ずや世界に光をもたらし、主のお膝元へ行くことができるだろうと。

 

「――あぁ! ありがとうございます。そして『完全な形』で降臨させることのできなかった私の罪をお許しくださるとは……」

 

 感動のあまり涙を流す男は、もう一振りの短刀を取り出すと逆手もちにし自身へと向けた。

 

「天使様、我らが主よ、大いなる光たる貴方よ……今、貴方の元に」

 

 短刀は司祭の身体にめり込み、その生命を奪い去った。

 

 

*** ***

 

 時を同じくして大沼秋一郎に縋りつくように訴える一人の男が居た。

 男がこの場に現れたのは人非ざる黒い男が連れてきたからだ。

 結界周辺に強大な悪魔の反応が確認され、呼び戻された葛葉ライドウが託されたのはこの男だった。

 一体何があったのかライドウにも詳しいことはわかってないが、精神にもダメージを受けるほどの肉体損傷を受けたと思われ、意識も朦朧としていたのだがこの場にたどり着いた瞬間覚醒したのである。

 だが意識は戻ってもダメージは確かにあり、全開したわけではない。記憶も混乱しているようで何を言っているのか理解することも難しかったが、少しずつ整理することでようやく理解することができた。

 

 つまり彼はこう言っていたのだ。

 

「お願いです。メシア教に属する人間である私の話を信じることが出来ないのは分かります。けれど、それでも早くしなければ取り返しのつかないことが起きるのです」

 

 その言葉をただ信ずることはできなかったが、なぜ彼がこれほどのダメージを負うことになったのか問いかけた。

 この問いかけに答えるのにも時間を費やしたがそれでも必死になって男は伝えた。

 

「おかしなことを正すために、真実を追い求め、私は藪をつついたのです。そして現れた蛇に噛まれ死にかけたのです。しかし私は助かりました。私の近くにソーマがあったからなのです。それを私を助けてくれた方が使用してくださり助かりました。ソーマをくれたのはデビルサマナーである少年でした。彼に感化される形で私はヤブを突きました。しかしそれに後悔はありません。ですが彼のくれたソーマがあったからこそ私は今ココにいる。だからこそ死地に居る彼の助けをしたいのです」

 

 男はこれ以上語ることはできずただ『お願いです』と繰り返し言うだけだった。

 徐々に弱る声色に危険だと判断した大沼は男を寝かせるように指示を出し、ライドウに問いかけた。

 

「どう思う?」

「……信じたいと思わせる力を感じる。これだけ必死になって、それが嘘であれば私は人間不信になるだろう」

「我らを騙すとしてももっと賢い方法があるだろう。ここまでボロボロになれば伝えることもできない可能性さえあったはずだ」

「それ込みの計画……なんてもっと賢い方法があるわな。つーことは、やべぇことが起きるってことか」

「恐らくは」

「ならやることは決まりだ」

 

 パチンと手のひらを叩いた。

 

「よくわからんやつの言葉通りに動くのは癪にさわるが仕方がねぇ。巫女さん四人に目黒区を囲むように結界を形成するように連絡を。ただし葛葉ライドウと須賀京太郎は通れるように工夫しろと伝えろ」

 

 京太郎も強くなったとはいえライドウと比べればまだまだ数段力量は劣る。

 数は力だが弱者が居れば強者の邪魔に成りうる可能性がある。それを避ける必要があった。

 

「頼むぜ、ライドウ」

「承知した」

 

 相棒である黒猫を肩に乗せて。命を預ける獲物である退魔の刀赤口葛葉を手に取り帝都の空を風の様に駆けていく。

 目的地は目黒区。そこにあと少しで辿り着こうという時、その進路を塞ぐかのように弾丸が降り注いだ。

 

「待ってもらおうか」

 

 赤口葛葉で自身に当たる弾丸のみ切り払う。

 未だ降り注ぐ弾丸の雨の中、目の前に立ちふさがるのはダークサマナー、ゲオルグである。

 

 楽しそうに笑うダークサマナーと、心底邪魔だと訴える退魔師の表情は対象的だった。

 

「お前の相手をしている暇はない。退け」

「天使たちの企みを阻止するためにってか。そいつはいけねぇなぁ」

「ここで天使たちを放置すれば帝都がどうなるか分かるだろう。お前たちの目的は人々を強くすることなのだろう?」

「それはあいつらの目的。俺は違う。力を貸すって約束はしているがそれだけで、邪魔するなってのは契約に含まれていなくてね」

 

 それに。と言葉をつづける。

 

「このタイミング以外にライドウ、貴様と戦えるタイミングもなければ、お前がこの先に行かない方が俺にとってはリターンも大きいんだよ! ハイリスクハイリターンだけどな!」

「狂人めが……!」

「言えたもんだなぁ、業斗童子! 狂人たちの夢の形と共に居て良く言う。が、そんなことはどうでもいい」

 

 銃口はライドウに向けたまま、銃が、否。GUMPが変形する。

 

「俺を倒さなければココから先には進めないぞ?」

 

 この場に立つ二人は対照的であった。

 方や楽しそうに笑い、方や苦々しくにらみつける。

 そして、振るう力も管と電子機器と対照的であった。

 

「魔を祓え――フツヌシ!」

「顕現しろ、我に従う旧神たちよ!」

 

 地上から発せられる光を浴びながら剣の神と旧神が激突する――。

 

*** ***

 

「カカー!!」

 

 セイテンタイセイの一撃で体制を崩した天使がスパルナの一撃で消滅した。

 本来であれば力量差で決して勝利することはできないが、致命傷を負っているのなら話は別である。

 

「ダイキンボシ! ダイキンボシ! イイキブンダ!」

 

 楽しそうに笑うスパルナだが、そんな目立つ行動をすれば当然天使たちの目を引く。叫びながら必死に破魔の魔法から避ける鳥を見て苦笑いを浮かべながら京太郎がローレライに指示を出した。

 

「スリープソングだ!」

 

 戦場に歌が響き渡る。

 聖歌とは異なるが美しいその歌声は戦場であるにも関わらずその場にいる者たちを魅了した。

 不味いと思ったその瞬間にはその効力が発揮された。

 歌――スリープソングが天使たちに効力を発揮し叫ぶことも足掻くことも出来ずその身体から力が抜けていく。

 それは洗脳されていた少女たちや多くの人々にも効果を発揮し、京太郎とその仲魔たち。そしてエメラルを除いた全てが眠りに落ちた。

 かくしてこの場における戦闘は終了し、人々の中から目的である四人の少女たちを見つけ出し、スパルナに指示を出して送り届けようとしていたときだった。

 

「……この痕がなんであるかわかるか?」

 

 オメテオトルの問いかけに、正体を偽っていたことを謝罪していたレミエルが答えた。

 

「詳しいことはわかっていません。しかし生命力を引き出している様に感じます」

「生命力を?」

「はい。人の生み出すマグネタイトの量が増えているといいますか。無理に引き出せば寿命を縮めかねません」

「なんとか消せないの? これ」

「然るべき用意をすればなんとか。この場では難しいでしょう」

「なら予定通りこの四人をスパルナに届けてもらって、あとはヤタガラスに押し付けよう。俺たちはあの司祭の後を追おう」

 

 ヤタガラスに人員とスパルナのことを説明するメールを送信しようとした時、空から地上に降り立つ一人の人間……いや、天使が居た。

 レミエルとは真逆の印象を受けるその男はこの場を興味深げに見渡していると、エメラルは彼に話しかけた。

 

「――マンセマット!」

「お久しぶりですねぇ、レミエル」

 

 マンセマットはあたりを見回して言う。

 

「急いできましたが少々不味い状況ですねぇ。しかし私があなたと同じ立場であれば同じ行動を起こした以上変わりませんか」

「まずいとはどういうことだ?」

「痕には気づきましたか?」

「人々に刻まれた物だろう。もちろんだ」

「それの意味が分かりました。それは贄の証。四大天使召喚の為に必要なマグネタイトを確保するための存在に刻むものです」

「……贄?」

 

 黒い天使の言葉にハッと顔を上げたのはエメラル――レミエルだけでなくオメテオトルも含まれる。

 

「まさか痕を刻み生命力を強化するのは、贄とする際の痛みを長く感じさせるためか!」

「どういうこと?」

「マグネタイトは人々の感情より作られる。四大天使の召喚には多くのマグネタイトが必要じゃが、それを確保するための素材として人が選ばれ、多くのマグネタイト確保のために身体を強化するんじゃよ」

「えっと……?」

 

 京太郎が理解できないのは贄のためにどうして強化するのか理解できないためだ。

 

「肉体ごと召喚のために使われるのです。ただではすみません。もし生身の人間が召喚の贄となる場合衝撃、もしくは痛みでショック死するわけですが、生命力が強化され耐えうるならば……苦痛の感情によりマグネタイトは更に生成され、たとえただの人間であっても多量のマグネタイトとなるでしょう」

「そんなことさせるもんか! こうしている場合じゃない、早く司祭を追わないと」

 

 四人の少女たちだけではなく、この場に転がる人々から光の柱が顕現し身体が光に包まれる。

 

「遅かったようですねぇ……。始まりますよ四大天使の召喚が」

「そんな……!」

 

 このままでは多くの人々の命が失われる事態になる。どうすれば回避することができるのか必死になって京太郎は考えるが答えは出ない。

 そうしているうちにも人々の体は光に包まれ一部の人々からは苦痛による叫び声が聞こえるようになった。

 それが京太郎の精神を追い込み、それでも必死に考えるがそれでも答えがでない。そんな京太郎に、一体の悪魔が問いかけた。

 

「さて、どうするサマナー」

 

 悪魔が泣きそうな程に追い込まれている人間に語り掛ける。

 

「どうするって……どうしようも……」

「何故四大天使を召喚するに至ったか。その経緯をわしらは知らんし、どうでもよい話じゃ。重要なのは四大天使の召喚という事実じゃよ。少なくともサマナーは戦うことを選択するじゃろう。例えそれが自身を上回る程の強大な存在であっても……これまでもそうじゃったからな」

「でも今はそんなことを言ってる場合じゃなくて!」

「現実逃避はよしてもらおうか」

 

 ビクッと、体が跳ねた。

 

「これが重い選択であるのは間違いない。しかし選択するのは主なんじゃよ」

「だからなにを! ……ごめん。でも、それは」

「仲魔を責めて冷静になるとはサマナーらしいが……。じゃが何も変わりはせん……さぁ、選択してもらうかの? サマナー、主は」

 

 ――彼奴等の妨害の為鍵である存在――罪も何も犯していない人間を『殺す』かそれとも『殺せないか』。

 

「さぁ、どちらを選ぶ。サマナー」



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『3日目 選択の意味』


感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
とりあえず切りが良いところまで。


「……それは」

「状況をまとめるぞ。マンセマットよ、このままでは四大天使が同時召喚されるということで良いな?」

「そうですねぇ。幸いと言ってはいけないのでしょうが、まだ贄となる人の数が足りないため四大天使全てが完全な状態で召喚されるわけではないでしょう。ですがそれでも同時に相手をすれば今の私達では戦力不足でしょうねぇ」

「そして現状我らには召喚を完全に防ぐ手立てはない」

 

 体を全て包み込むように出現している光の柱。その中で人々は安らかな眠りについている。

 だがそれは今はそうであるだけに過ぎない。

 マンセマットの話が確かであるなら、ことが起きれば人々は苦痛の中で死ぬことになり四大天使が召喚されることだろう。

 

 その選択の重さから、それでもとすがるように震える身体と言葉を押し殺すように問いかけた。

 

「……確認したい。これを止める方法は」

「残念ですがありませんねぇ。あったとしてもこれだけの人数全てを救えるとお思いで?」

「……それは」

 

 すべてを救うことができる第三の選択なんてものはないと突きつけた。

 京太郎は人を殺したことがないわけではない。

 ヤクザを始め、悪魔と合体させられ救うことができずやむを得ず殺した母子だっている。

 そしていまここにいる多くの人々はヤクザのように悪事を働いたのではなく、ただ、生きたくて神に縋り、祈っただけの人々に過ぎないのだ。

 生きることに感謝し、祈りを捧げたことを誰が責められようか。

 

「……なに、サマナーよ。悩むことはあるまいて」

「なんだって?」

 

 案に何を馬鹿なことをと言う京太郎に囁く。

 

「力なきものが死する。それは自然の摂理でありおかしなことではない」

「……はっ。じゃあこのまま事態を放置して四大天使降臨を待って殺されろって?」

「そうはいわん。なぜならば弱者が足掻き強者を喰らうのはよくあることなのじゃからな。窮鼠猫を噛むとこの国の人間はよく言ったもんじゃな」

「それで何が言いたいんだよ」

「簡単なこと。生きるために他者を食い殺す……。それが当然のことであれば気に病む必要なぞありはせん。それと同時に弱者が死ぬことは当然の話。気にするほどのことではない」

 

 今死する命は自然の摂理だ。お前は悪くないとオメテオトルは語る。

 その言葉は京太郎の心に染み渡るほどに甘い毒のような言葉であった。

 しかしそれに反論するものが居た。

 

「自然の摂理。そんな言葉で図れるほど人の命とは軽くないでしょう。此度の件は我々天使が、ひいてはそれを信じる者たちが引き起こした暴走です。それを鎮めるために正しき方向に動くあなたに罪はありません。たとえ罪であると断じても主であればお許しになります」

 

 許しの言葉もまた、京太郎にとって思わず縋りたいと願う言葉であった。

 自分は悪くない。いや、たとえ悪く罪だとしても許されるという救いの言葉だ。

 

「天使と悪魔である私達の共通認識の一つ。それは選択から逃げることは許されないということです」

「……選択から逃げる」

 

 その言葉を聞いた京太郎の体の震えが止まった。

 

「殺さない。ならばそれで良いのです。納得に足る理由があるならば」

「……理由」

「ですがそれもなくただ選ばないのであればそれは逃げに過ぎないのです」

 

 その言葉にドミニオンが手を伸ばし京太郎を庇おうとするがレミエルがそれを防いだ。

 レミエルには分かっていた。今こうしてマンセマットが京太郎に言葉を語りかけているのが、マンセマットに与えられた使命であると。

 

 マンセマットは天使から忌み嫌われる存在だ。その理由は拒絶し排他する存在のはずである悪魔をも利用し自分の役目を果たすからである。

 レミエルとしてもマンセマットに思うことがないわけではない。しかし汚れ仕事を買ってでる彼を嫌うことはできず、それが手を組む理由になった。

 

「……俺は」

 

悪魔と天使の言葉を聞き届けた京太郎が答えを出そうとしたときだ。

 

「が、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

 辺りに男の断末魔が響き渡った。

 ハッとし顔を上げれば体中の精気が吸い取られ苦痛に悶える男の姿があった。

 それを皮切りに多くの人々の叫び声が響き始め、もう時間はないと京太郎に嫌でも突きつけた。

 

「俺は」

「サマナー! 時間がないぞ!」

「……答えを出さない、出せないのであれば、私達が」

 

 仲魔たちが、天使たちが行動に移そうとしたときだ。

 

「違う!! 俺は、俺は……」

 

 震える右手を左手で抑えつけるように、それでもまっすぐに男に向けて右手を伸ばした。

 今にも泣きそうな顔で、それでも何かを決意したような光が灯った瞳を見て仲魔たちが動きを止めた。

 少ししてなぜか震えが止まり、身体の強張りさえ溶けた時乾いた笑みを浮かべた。その理由は。

 

「……ありがとな」

 

 唐突な感謝の言葉に困惑する悪魔と天使を見て、力なくそれでも確かにほほえみながら京太郎は告げる。

 

「時間がないのに、悩む時間を少しでもくれてありがとう。そして、情けないサマナーでごめん。さっきの話、俺を少しでも救おうとしてくれたんだろう? まぁ、裏はあるだろうけどそれでも嬉しかった」

 

 京太郎の右手から電撃がほとばしり始める。

 

「でも違うんだ。自然の摂理だからと目を背けるのではなく。神が許してくれるからと縋るのも違う。今から命を奪うこともその罪も全部俺のものだ。忘れることも許されることも絶対違う。俺がする行動は全部、全部全部俺のものだから」

 

 宣言した京太郎の言葉に仲魔たちは頷いた。

 選択をした彼の意志を尊重したのである。

 京太郎は光の柱に手を伸ばしそのままジオンガを放った。一瞬絶叫が強くなるも命が失われると同時に動かなくなり、光の柱も失せた

 

 そして四人の少女たちを見た。

 

「でも、約束は果たしたいんだ。何か手はないかな?」

「……。ふむ」

 

 オメテオトルは電撃により焦げた死体を少し調べた後に、ポニーテールの少女に向かって手をのばすと少女の胴体を氷の柱が貫いた。

 

「は?」

「ローレライ。リカームを」

「……う、うん!」

 

 死んだことによって消えていた光の柱が、リカームによって少女が蘇生したことにより復活した。これを見たオメテオトルはとある結論を出した。

 

「死ねば贄とはならん。しかし蘇生すれば再び対象となる。じゃが、四大天使を全て屠ったならばこの儀式も止まるじゃろう。ならば死と生を繰り返し時間を稼げばなんとかなるかもしれん」

「ロックだな。びっくりしたわ」

「じゃがそのためには運び役、護衛役、蘇生役が必要じゃ。戦力が減ることになるじゃろう。それでもやるか?」

「……やるよ。約束は絶対に果たす」

 

 これまでとは違う瞳の色を見たオメテオトルは満足そうにうなずくと、スパルナとローレライを伴い自分たちが先の三役を行うと告げた。

 

「話せるとは言えワシがおると二体の天使も気まずかろう。なら、護衛役はワシが行い、運び役と蘇生役は言うまでもないわ。向かう場所はヤタガラスの拠点。もしかすればこの娘らだけならばすぐに救える可能性もあるしな」

「……うん。頼んだ」

「ココに来る途中、ライドウとダークサマナーが戦闘をしているのを見ました。気をつけなさい」

 

 マンセマットの忠告を聞き面白そうに問いかけた。

 

「おや、ワシの身を案じてもよいのかの?」

「本体ではないあなたが死んだところで何も変わりません。それならデビルサマナーの意志を尊重するほうがプラスでしょう?」

「……そうじゃな」

 

 ローレライに強化魔法をかけられている京太郎を見ながら。

 

「良いのか? 汝の望んだ答えではないじゃろうに」

「ええ、主に許しを請うたならば良い聖騎士となったでしょうに。残念です。ですがそれはあなたも同じでしょう?」

「サマナーならば良い力となったはずじゃからな。ガイアで後継者でも作れば力は受け継がれるはず、とは考えたな。しかし、なんじゃな、サマナーがサマナーのままで居るほうが楽しそうだと感じたわ」

「自分の選択を背負う。それは難しいことでしょう。だからこそ人々は救いを求めるのです。ですが――」

 

 眩しそうに、嬉しそうにマンセマットは言う。

 

「試練を乗り越え、もしくは乗り越えようとあがく人の心。それ以上に素晴らしいものはない」

 

 だからこそマンセマットは自身の任を全うするのである。

 惑わされ、堕落しかけても底から這い上がる人の輝きこそが天へと登る真なる資格であると信じているが故に。

 

「そうじゃな。部屋にこもりっぱなしでは見えぬことが多くある。あの輝きを知っておるからこそ閣下は人を見捨てず、期待するのだとようやく理解できたわ」

 

 それから、オメテオトルはとある言葉を京太郎にかけたのちに、ローレライたちを伴いこの場から離れた。

 それから数十秒後。

 彼らが居た場所を中心に電撃が走ると同時に辺りに命を感じさせない廃墟だけが残ったのである。

 

*** ***

 

 電撃は司祭が命を捧げた祭壇が安置している土地にまで影響を及ぼした。

 本来であれば大天使四体分のマグネタイトが集まるまで待つつもりであったが、一体の大天使が急いで現世に姿を表したのである。

 本体、であるがマグネタイトが足りず劣化した状態だ。しかしそれでも恐ろしいまでの威圧感を放つ大天使の名はウリエル。

 その身に炎を纏って、力を誇示するかのように姿を表した。

 

「なんという、何ということをしてくれたのかっ」

 

 近づいてくる同族と人の気配に苛立ちながらウリエルは唸る。

 

「我らが主のご意志に背く気か、レミエル! マンセマットォ!!」

 

 ウリエルの叫びが衝撃となって人と、悪魔と、天使に襲いかかる。

 だがそんなものに怯む彼らではなかった。

 

「背くですか? 主のお言葉を拡大解釈しただ自分の意志を押し通そうとする貴方方の事でしょう?」

「主が期待したのは我ら天使が人に手を貸し、此度の事件を解決に導くことにほかなりません」

「これほどまでに大きな事件を他ならない人が起こしたのだ。もはや人に自浄能力はなく我らが管理するほかないのだ! 此度の計画はその第一陣に過ぎない!」

 

 訴えるように語り掛けるウリエルに、電撃が放たれる。

 ウリエルはその場から移動することなく炎の剣を振り払い電撃を消滅させた。

 

「悪魔に魅了された人の子よ。我らの計画の邪魔をしたことを今であれば主の名において許しましょう」

「知るか」

 

 問答無用と放たれたのは左手に握られた拳銃から放たれた氷結の力を持つ弾丸である。

 数発の銃声が鳴り響くがそのすべてがウリエルのマハラギダインによる炎の壁にて遮られる。

 

「許してもらうつもりもないし、許される物でもない。そんな俺に出来るのは封鎖を終わらすこと。そしてお前たちを倒す事だけだ」

「愚かな。許しを得る最後の機会を棒に振るとは……見るがいい、レミエル、マンセマット。この悪魔とも変わらぬ怨嗟の瞳を。この姿こそ今を生きる人の形なのだ」

 

 その言葉にレミエルもマンセマットも答えなかった。

 

「ハッ! バカジャネーノ! こんな事態を引き起こして、やりたくもないことをさせられば恨みの感情ぐらいむけるだろ」

「黙れ猿がぁ!!」

 

 セイテンタイセイが小馬鹿にするような言葉がを言ったのもあるが、根本的に会話できる気がしなかった。何を言ったところで言葉のキャッチボールではなくドッジボールしかできないだろう。

 だから、最後にオメテオトルが言ったとある言葉を京太郎は投げかけ、それが戦いの合図となった。

 

「……元堕天使が神が云々とか言葉を語るな下衆野郎」

 

 その言葉が身内に突き刺さっていたとはつゆ知らず。

 京太郎の言葉に眼を見開き憎悪の波動をたぎらせたウリエルが破壊の炎を放ち、それをマンセマットの万能魔法が薙ぎ払う。

 暴力渦巻く中を刀を抜き京太郎が真正面から駆けてゆく。





今回の話の選択について。
選択理由によって属性が決まるイメージです。
許しを求め、縋るならば秩序に。
許しさえ求めず、それが普通であると認めたなら混沌。
そのどちらも良しとせず、逃げても、もしくは受け入れて立ち向かうことを選択しても中庸です。
逃げる場合は中庸のどっちつかずの悪い面が出たと思っていただければ。


最後の言葉がぐさっと刺さったのはレミエルです。


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『3日目 爆発』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。


 目黒区に結界を形成していた薄墨初美が突如として叫び声を上げた。

 

「ギャー! 一体何事ですか―!?」

 

 結界維持のための力だけは途切れさせぬように、近くのビルの屋上に移動した彼女の眼に目黒区の中心部にクレーターが発生していたのが見えた。

 

「んんんん……??」

 

 クレーターの中心部に居たのは見慣れた、とまでは言わないが、左手にガントレットを付けた少年であり、少年は天使と悪魔とともに不自然に無事な地域に向かって走り出した。

 残った三体の悪魔は倒れている人間を連れ初美が居る方へと移動を始めると同時に道中の光の柱に攻撃を仕掛けだした。

 光の柱の意味を初美は知っていた。だからその意味を理解し顔が真っ青になった。

 

 一瞬ダークサマナーになったのか。とも脳裏によぎったが、それだとすると天使と行動をともにしているのが理解できないし、天使と協力したのなら天使の邪魔をするのはおかしい。

 だから考えられるのは一つしかない。もはやそうするしかないのである。

 そしてそれを単独で決意した京太郎に対して同情した。その選択を取る重さはよく分かるから。

 

 そうこうしているうちに、人を連れた悪魔……オメテオトルが初美の前に姿を表した。

 

「念の為確認するがワシ等を襲うつもりではあるまいな?」

「こっちこそ念の為ですよ―。……そうするしかなかったんですよね?」

「そういうことじゃ。この子らはそうじゃな、言わば最低限の意地とでも言うべきか。約束は必ず果たすという執念の産物じゃよ」

 

 と言っているうちに、スパルナが連れてきた四人の心臓を潰した。

 

「は?」

「伊達や酔狂ではないわ。しばし後に蘇生させる」

「……あぁ、そういうことですねー。なんといいますか……そうですね、状況を聞かせてもらってもいいですかー? ちなみにヤタガラスには連絡したのですかー?」

「あぁ! ヤタガラスなんてものもあったのう!」

 

 ケラケラと笑う悪魔を前にしてぽかんと間抜けに口を開けて、その意味にすぐさま気がついた。

 

「れ、連絡してないんですか!?」

「しとらんよ?」

「じゃ、じゃあ一人で人々を殺すことを決断したと……」

「そうじゃよ。しかし変わらんじゃろ? ヤタガラスに連絡したとて結果は同じ殺せ、じゃし」

「いや、でも! それは免罪符になるですよ―!!」

 

 もしヤタガラスに連絡をしていたとしたら大沼秋一郎は京太郎にこう言って聞かせたことだろう。

 

「もはや殺すしか手はない。お前は俺たちヤタガラスと契約をしただろう? 事件を解決すると。その契約に乗っ取り、俺たちヤタガラスが命ずる。殺せ」

 

 と。そして。

 

「こうなるまで事態をつかめなかったヤタガラスに責はある。恨むのなら俺たちを恨め、お前に殺せと命ずる俺たちを」

 

 それは少しの救いだ。

 何も考えずに仕事だからと、殺さなければいけないと脳死させることにより罪悪感を薄れさせる。

 多くの軍隊がそうであるように、京太郎にそう言って手を伸ばし背中を支えたはずだ。

 

「ならもしかしてお前の甘言に誘惑されて。もしくは天使に……」

 

 様々な可能性を考えるが、それをオメテオトルの笑い声がかき消した。

 

「そんな救いなぞサマナーに選択させるものか! 大体つまらんではないか、命令だから仕方がない……などという理由で選択をするとは! であればまだワシの考える通りに、もしくは天使の甘言に乗るほうが面白いわ!」

「じゃ、じゃあ……」

「すべてを背負うと言っておったよ。成り行きからの出会いであったとはいえ、ここまで人が面白いとは思わんかったわ! 罪なき同族を殺すことを選択し、本来であれば天使というカテゴリで嫌ってもおかしくない者たちと死ぬかもしれん戦いに身を投じる。なんと素晴らしい光景であったか。本来であれば光を忌み嫌うワシが見惚れるほどじゃったわ」

「な、な、な……!」

「故にサマナーの願いは叶えんとなぁ。面白いものを見せてもらったのだから、些細な願いぐらいは叶えさせたいと思わんか?」

「分かった、ですよー……。ヤタガラスもきっと須賀さんの願いを無下にはしないはずですから」

 

 なんて悪魔を仲魔にしていたのかと初美はげんなりすると同時に、京太郎に対して罪悪感を抱いていた。

 京太郎のとった過去の行動が今回の事件を引き起こした一つの理由となったことに、霞が多少の敵愾心を抱くきっかけになったことを知っていた。しかし今回はどうだろうか。小蒔の捜索から端を発した依頼から京太郎は取りたくもない行動を取る羽目になった。

 先程の京太郎に関する情報と同じ様に、初美たちに関しても言い換えることができるだろう。

 

 初美たちがしっかりと小蒔を護ることさえ出来ていれば、今回の事件は起こらず京太郎は今回の行動を取ることはなかったはずであると。

 

「……謝るべきは、過去を省みる必要があるのは私たちかもしれませんよ……霞ちゃん」

 

 

*** ***

 

 戦いが始まり、異変に気付いたのは京太郎だった。

 ウリエルに振り下ろしたはずの刀がまるで意思を持つかのように、天使の身体を避けたのである。

 垂直に振り下ろされたはずの刀身がいきなりそれるのだから京太郎の身体は大きくバランスを崩した。

 当然大きな隙を晒すことになるのだが、その奇怪な現象にあっけにとられたのは大天使も同じであった。大きな隙をつこうと動くのに一歩遅れた時には、猿の悪魔のもつ如意棒が襲い掛かった。

 

「サマナー!」

「ごめん! くそ、なんでだ!?」

 

 困惑したまま後ろへと下がった京太郎を見て大天使は大きな笑い声をあげた。

 

「ふ、ふふ。そうか! 混ざっていたが故に気づかなかったがミカエルの力が宿った刀か!」

 

 ハッとしたのは京太郎だ。彼の持つ刀は元よりフリンのもつミカエルの槍を元にして作成された物である。

 打ちなおす際に大天使の力は薄れたが、それでもミカエルの力は多少なりとも残っている。それが大天使に反応したが故の反応だった。

 

「……大丈夫ですか?」

「関係ない。元々素手で戦ってたんだ」

 

 足手まといとも言える刀を放り投げ捨てると、その手に拳銃を持った。

 素手で戦って約一か月。刀を持ち始めて約一か月。習熟度で言えば使い慣れた拳のほうが上であるのは当然の話である。

 

 ステゴロで駆けだそうとした京太郎だが出鼻を挫いたのはウリエルの炎の剣である。

 セイテンタイセイの腕を斬り飛ばし、炎が壁が京太郎たちへと襲い掛かる。

 京太郎は吹き飛ばされたセイテンタイセイを回収しつつその場から回避し、回収した猿を後方にいるドミニオンの元に投げ捨てた。

 

 京太郎がこのような行動を取っている間に、ウリエルに切迫したのはマンセマットであった。

 万能属性の暴力がウリエルに襲い掛かる。

 それはメル・ファイズと呼ばれる彼しか行使できない魔法であり、並の悪魔であればその一撃で灰すらも残らず消え去るだろう。

 しかし相手は並の相手ではない。

 殲滅天使の異名を持つウリエルは手に持った剣をふるう。それだけで魔法は一刀両断され消え去った。

 近接距離へとなり、本来であれば有利を取れるのはウリエルであったがここで不測の事態が顔を出した。

 自身のイメージ通りに動かない身体が、本来であれば防ぐことのできるマンセマットの拳による一撃を防ぎきることが出来ずに顔面を捉えた。

 生半可な悪魔であれば一撃で昇天する一撃も、大天使相手では効果が薄い。本来マンセマットは魔法を主体として戦う存在でありそれも当然の、はずだった。

 

「ぐ、う……?」

 

 しかしウリエルは予想以上のダメージを受けていた。

 反応できない身体、予想以上のダメージと不測の事態が続くウリエルに対して放たれたのはレミエルのジオダインである。

 それに気づき回避行動を行おうとするも、いつの間に回り込んだのか背後に居た京太郎が後ろから動くことが出来ない様に身体を押さえつけた。

 

「愚かな! 死ぬつもりか」

「愚かかどうかは見ての通りだ」

 

 当然二人は電撃に巻き込まれる。

 しかし電撃の奔流の中で電撃とは異なる痛みがウリエルを襲った。須賀京太郎が思いっきり背中を頭でどついたからである。

 京太郎にも電撃の痛みは当然ある。だが京太郎は電撃魔法を得意とするサマナーだ、電撃の加護が本来の威力よりも抑えていた。

 だがそれでも無傷とはいかない。歯を食いしばり痛みに耐えながらも京太郎は素手で攻撃を加えている。しかし、長くは続かないだろうとウリエルは考えていたが甘かった。

 少し離れた場所から少年の仲魔であるドミニオンが少年に向かって回復魔法を行使していた。

 結果ウリエルのみがただダメージを与えられる状況となった。

 

「人間風情が……っ!」

 

 ウリエルが自分の身に火炎魔法を行使し燃え上がる。

 炎は電撃を阻み同時に背後に居る京太郎に対してダメージを与えた。しかしウリエルに影響が見えないのは彼が炎の力をもつ大天使であり炎による攻撃を無効にすることが可能だからだ。

 二番煎じともいえる行動であるが、いかに回復魔法を受けていても周りの空気が燃えてなくなってしまえば呼吸が出来なくなり死んでしまう。

 しかしそれでも京太郎は離れない。

 それどころか体を抑えることをやめた京太郎は彼の背に存在する翼に手をかけたのである。

 

「がぁ……!!」

 

 翼と身体が引き裂かれようとする痛みに堪らず苦痛の声が漏れる。

 引き剥がそうと体を捻り、背中越しに京太郎の瞳を見た。

 

 一切揺らごうとしない瞳の輝きがそこにはあった。

 

 ゾッとしたウリエルは。

 

「邪魔だぁ!!」

 

 剣をふるい京太郎の腕を切り飛ばした。

 腕がなくなり掴んでいられなくなった京太郎だが、地面に着地すると同時に地面を蹴り再び攻撃を仕掛けた。

 

 ――なんだこれは。

 

 腕がなければ足を。

 足がなければ頭を。

 頭を切り飛ばせば終わり……ではない。

 京太郎の身体が光りに包まれると同時に蘇生及び身体が復元する。

 レミエルが唱えたサマリカームの力である。

 意識が回復した京太郎は再びウリエルに向かって駆け出した。それと同時にセイテンタイセイが如意棒を振るい、マンセマットのアイスエッジがウリエルが生み出した炎を突き破る。

 結果、再び京太郎とウリエルは拳と剣を交えることになる。

 

「なぜ……」

「俺にはそれしかできないからだ」

 

 問いかけを遮って言葉を紡ぐ。

 

「俺が殺した人たちにできるのは、お前たちの野望を阻止して戦うことしかないからだよ!!!」

 

 その勢いのままに拳を顔面に受けたウリエルが吹き飛ばされた。

 しかし大したダメージは受けていないようで、攻勢に移ろうとした時水がウリエルを包んだ。

 

「アクアダイン!」

 

 封鎖での戦いか、それとも先程の決意が原因か。京太郎はまた一歩強くなったといえる。

 受け継いだオロチの祝福とも呪いとも言える力を更に引き出すことに成功したのだ。

 水の圧力は確かにウリエルにダメージを与える。しかしウリエルの放ったトリスアギオンがアクアダインを蒸発させた。

 

「……このっ!」

「風よ!」

 

 汚れのない、清浄なる風がウリエルを包む。

 しかし風は決して優しいものではない、残っていたトリスアギオンの炎さえかき消しウリエルを攻め立てる。

 

「馬鹿な、この私が、こんな……なぜ……!」

「わからないか。お前たちが行った行動によりお前が汚れた人と蔑んだ彼は怒り、強い意志で戦いに挑んでいる。たとえお前が殲滅天使と呼ばれいかに力があろうとも、同じく大天使であるマンセマットに彼の仲魔たち、そして私も決して弱いわけではない。完全な状態のお前ならばいざしらず、今のお前であれば話は別だ」

「くっ……! ええい、鬱陶しい!」

 

 風を吹き飛ばすと空へと高く、高く飛び上がった。

 

「我が元へと集え、同胞たちよ!」

 

 ウリエルが発した光に導かれるように東京中に存在した天使たちが集まる。

 天使の中でもかなり上級であるソロネやケルプだけでなく、普段京太郎が目にするエンジェルとは様子の違うエンジェルさえ居る。

 それだけでなく、ヴィクター、イスラフィール、アズラエルといった大天使に属する者たちまで姿を表したのである。

 

「ならばその有利を覆させてもらうのみよ!」

 

 ウリエルの宣言とともに天使の大群が京太郎たちに襲いかかった。

 

「……ここまでの数が居たのか!」

 

 それでも仲魔たちと……仲魔ではないが仲間と呼べる天使たちと協力しながら京太郎たちは撃退にあたった。

 だがそれでも、当然の話ではあるが少しずつ、少しずつ追い込まれていく。

 

「くっそ……! 虎の子ぉ!」

 

 懐から玉を取り出すとそれを砕いた。

 玉の名前は宝玉と呼ばれ、神の酒と呼ばれるソーマの効力を味方全体に行き渡らせる効果がある。

 光が京太郎が味方であると認めた者たちに行き渡ると、劣勢だった状況を覆さんと勢い立つ。

 そんな様子を見ていたウリエルが鼻で笑った。

 

「……無様だな、マンセマット、レミエル。最初から我らの意思に従っておればこのような結果にはならずにすんだろうに」

「何をいうかと思えば、あなた方の意志? 化けの皮が剥がれましたか、我らが従うは同胞の意志ではなく、我らが主にたいしてでしょう?」

「我らの意志が主の想いであり願いだとわからんのか?」

「お前たちは急ぎすぎているというのがわからないのか!」

「……分かっていないのは、お前たちだろう?」

 

 体を震わせ、ウリエルは語る。

 

「科学が世に世界に生まれ、主を、我々を軽んじる者たちが増えた。故に、今こそ動かねばならぬのだ! 取り返しがつかなくなる前に、早急に! それを貴様らは!」

「この前、メシア教が起こした事件……不祥事もそれが理由だと?」

「そうだ! 全く困ったものだ。任に当たった騎士が出来損ないだった結果、邪魔が入った。アレが成功していればこうしていることもなかっただろうに」

 

 ウリエルたちの会話を聞いた京太郎は体の動きを止め、ドミニオンもまた信じられないというように空を見上げた。

 

「……は?」

「長野と言ったか、あの地での計画を成せず、そして死んだ……面倒なことだけ残してくれよって……!」

「お、お待ち下さい……! では、では、その時死んだ騎士は主の元へ逝くことができたのでしょうか!」

「……? そんなわけがないだろう。己の役目を果たせぬ者がいけようか!」

 

 ドミニオンが膝を付き地面に手をついた。

 

「それでは、それでは彼は、彼は……!」

 

 京太郎は、同胞たちに攻撃されようと全く抵抗することなく絶望に堕ちるドミニオンを見て、次にウリエルを見た。

 

 心臓がドクン、と跳ねた。

 

「ふざけるなよ……。ふざけんじゃねぇよ!!!」

 

 ウリエルが語った事件は紛れもなく衣や透華たちが巻き込まれた事件にほかならない。

 これまでの多くの理不尽と、過去の悲しい事件が結びついたことによりもはや限界を通り越した京太郎の感情が爆発した。

 

「敵だけじゃなくて、信じた神のために行動を起こした者まで貶めるのかよ貴様らはっ!」

 

 京太郎の瞳から溢れていたのは涙だった。

 怒りによってもはや自身の感情が制御できず、衣たちに襲いかかった悲劇や、膝をつくドミニオンの姿や、そして自らが奪った数多の命を想い暴走していた。

 それはすなわち、感情を元にして生み出されるマグネタイトが過剰に生成されているという意味でもあった。

 京太郎の周りに電撃が、水が多量に発生する。

 電撃は無造作に鞭打つように暴れまわり天使たちに襲いかかったが、それでも仲魔には決して危害を与えなかった。

 京太郎の胸に光が灯り、光が水へと移動し、それをトリガーとして水が指向性を持って形作られていく。

 

 八つの頭を持った大きな蛇の化け物が水により形作られ、それぞれの瞳が見開かれた。

 瞳は水であるにも関わらず紅く、紅く、怪しい輝きを放っていた。

 

「なんだ、一体何が……」

「まさかサマナーがあの事件を解決した少年だったのか……」

 

 狼狽えるウリエルとは違い、冷静に状況を理解したレミエルが呟いた。

 

「―――――――――ッッッッ!!!!!!」

 

 決して声にならない雄叫びが八つの口から発せられ、他の天使なぞ眼に入らないとでもいうかのようにウリエルに襲いかかる。

 

「なんだ!!」

 

 頭部を炎の剣で焼き払おうとも所詮は水である。即座に復活し再びウリエルに襲いかかる。

 

「許さない……」

 

 体を震わせ、溢れた言葉を聞き届けたのはドミニオンだけだった。

 その言葉が出た理由は彼だけではなく、本来は敵であったはずの、ドミニオンにとって大切な存在である青年のためにも出た言葉だった。

 

「絶対に、許さない!!」

 

 京太郎の叫び声に呼応するようにヤマタノオロチが再び雄叫びを上げ、それが反撃の狼煙となるのだった。

 




3日目、というか天使の話のテーマは一部の真の完結編です、はい。


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『3日目 世界の壁』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。


 時を同じくして、避難所として使用されている東京国際フォーラムにてとある対局が行われていた。

 先程までプロである女性たちが対局をしていたのだが、今対局しているのは宮永照、辻垣内智葉、愛宕洋榎、そして天江衣の四人だった。

 インターハイが中止となったこともあり、自分たちの休憩時間も兼ねて高校生に打たせようという話が持ち上がった。

 プロでもない少女たちを見世物にするのはどうなのか? という話も上がりはしたが、インハイがテレビ中継、ネットに配信されている現状を鑑みると今更と言えた。

 さらに言えばこの話に少女たちも積極的に協力したこともあげられる。

 外に出ることも許されず、鬱憤が溜まっていたのは彼女たちも同じだった。プロの対局を直に見ることは勉強になるのだが、やはり一番は自分で打つことだ。

 真っ先に名乗りを上げた大阪人の愛宕洋榎から始まり、彼女から挑発気味に誘いを受けた宮永照が続き、照が打つならと辻垣内智葉が名乗りを上げ、彼女から天江衣が指名された流れになる。

 大会でもお目にかかるのは難しいこともあり、それはもう大きな話題となった。

 残念だったのは天江衣が全力を出せないことだろう。

 それでも十分以上の能力を発揮できるのは確かであり、一般人から見ればプロにも勝るとも劣らない対局内容となり十分な娯楽として楽しまれた。

 全力は出せないが、自分に畏怖することなく打ってくることに嬉しくニコニコとしていた衣だったのだが。

 

「……? 天江さん」

「む? どうした?」

「えっと、涙が……」

「え?」

 

 対面である照に指摘されたことがトリガーになったのだろうか。

 最初は右目から一粒だけ溢れた涙だったのだが、両目から溢れ出し次第に止まらなくなった。

 

「え? なんなん? え? え? ……はっ! まさか泣き落としっちゅう女優さん御用達の技術のお披露目か!」

「そんなわけがないだろう。大丈夫か?」

 

 流石に麻雀を打ち続ける事はできず、心配するように声をかけられる衣だが。

 

「わ、わからない。で、でもなんだかいきなり寂しくなって……」

 

 観客席の特等席で衣を心配し彼女の元へ駆け出そうとする透華だったが、それを止めたのはハギヨシだった。

 

「ハギヨシ?」

「私たちが行っても恐らく衣様の異変を解決することができません」

「なんですって?」

「……大変な事態に陥っているのでしょう。須賀くんが」

「須賀さん……? いきなりどうして彼の名前がでますの?」

 

 訝しげに首を傾げる彼女についてきてくださいと言って透華を連れハギヨシはこの場を去った。

 

 ハギヨシが向かったのは国際フォーラムの入口である。

 そこには黒装束に身を包むヤタガラスの人間が集っており、その中心に居たのはオメテオトル……須賀京太郎の仲魔たちであった。

 オメテオトルは目黒区にて発生した事件について改めて事情を聞かれていた。暫くしてヤタガラスが去った後にハギヨシが問いかけた。

 

「何が起きているのですか?」

「メシア教が東京の人々を贄とし四大天使の召喚を企てた。それを止めるためサマナーはとある選択をした上で戦うことを選択した。それだけじゃよ」

「四大天使と……」

 

 顔を真っ青にして悲壮な面持ちの透華に対して、ハギヨシは眉を潜めるだけであり努めて冷静に二度目の問いかけを行おうとしたが。

 

「長野での事件を企てたのは恐らく四大天使じゃろう。あそこまで大きな結果を生み出す事象を行うことが許されるのはそれぐらいじゃからな」

「……ではやはりそういうことですか」

「うむ。どうじゃ、今頃主らの姫君は泣いておるじゃろ?」

 

 少女が泣く事を楽しむさまはまさに悪魔である。

 しかしただそんな事を喜ぶような存在ではないということを彼らは知っていた。

 

「ええっと?」

「サマナーがなぜ、アクア系魔法を行使することができるのか。そういう話じゃよ」

「もとよりそういう素質があったからではなく?」

「サマナーはあの時一時的に死亡し天江衣の両親と出会った」

 

 化身アマエコロモとの戦いのときの話だ。

 今よりも未熟だった京太郎は戦いの最中致命の一撃をうけ死亡するに至った。その後無事蘇生されたことで事なきを得たが、その時の出来事……天江夫妻との出会いがキッカケとなり未熟な彼でも事件解決の糸口を掴むことができたのである。

 

 そして京太郎は天江夫妻から受け取ったのである。

 天江衣の思い出であるカチューシャと、引き継がれていたオロチの祝福/呪いを。

 

「恐らくは保険だったんじゃろう。居なくなる自分たちの代わりに、天江衣を護る存在として須賀京太郎を選択した。本来オロチが呪いを移すことを許容するはずはないが、今回の場合は話が別だった」

 

 要は天江夫妻とオロチの思惑が一致したのである。

 執着の対象である衣が死ぬことをオロチは良しとしない。しかしもはや死に何もできない身であり、当時の事件は乗り越えることができても第二、第三の事件をメシア教が起こさないとは言えない。

 そのために京太郎に呪いを受け継がせたのである。

 そして呪いは京太郎と衣の目に見えることのない強いつながりとなった。

 

「もしかして衣が泣いているのは……」

「その繋がりが絶たれたのでしょう。だから寂しくなったのです。いつも隣りにあると感じる衣様にとっての光がなくなってしまったのですから。ですがそんな事態が起きるということは須賀くんが普通の状態ではないという証明になります」

 

 龍門渕と天江衣を第一と考えるハギヨシは衣が傷つけられたという現実を見てとある仮説を思いついていた。

 

「これも、あなたの計画ですか?」

「計画とは呼べんわ」

 

 言われたオメテオトルは満足するように頷いた。

 

「もしやすればポロッと零すかな? ぐらいじゃよ。そうなれば必ずや四大天使を倒すため力が顕現する。その時呪いはサマナーから消える」

「なぜそんな事を……」

「つまらんじゃろ?」

 

 透華の問いかけをただの一言で一蹴した。

 

「そもそもが気に食わん。たしかに力こそ増えるがそれは果たしてサマナーの力と言えるのか? ワシが見たいのはサマナー自身の力であり、そんなものは邪魔でしかない」

「な……!」

「どう思おうが構わん。じゃが一つだけ。これはワシの望みでもなく、野望でもなく、サマナーの仲魔としての総意であった」

 

 呪いという繋がりは多少なりとも京太郎に対して影響を与えた。

 執着とまでは言わなくても何かあれば衣を優先するように思考が誘導されるように。それは気をつけなければわからないほどであるが、付き合いは同じぐらいの透華と衣を比べれば衣を優先するぐらいの違いは出ていた。

 たとえ力になっても、自身を使役する立場であるデビルサマナーがまるで操られているようで仲魔たちは内心気に入っていなかった。

 

「どちらにしろこれより先はサマナー次第……。願わくば生きて帰ってくれればいいが」

 

*** ***

 

 顕現したオロチは天使を相手取って暴れまくる。

 現れたオロチに最も驚いたのは京太郎である。背後に現れたオロチに気が動転しているとオロチに咥えられ仲魔たちの方に放り投げられた。

 それをキッカケとして崩れた形勢を立て直すため休憩と強化を行う。

 

「違和感はありましたがまさかオロチの力を持っていたとは」

 

 そう言われた京太郎は手のひらを見つめる。

 何かが失われたと感じると同時にどこかスッキリしたような感覚さえある。そして。

 

 どれだけ集中しても水を生み出すことはできなかった。

 

「数で押されている現状それを打開するために顕現したのでしょう。まさかウリエルも利用しようとした力に攻撃されるとは思わないはずです……ですが」

 

 少しずつ、少しずつオロチは押されていく。

 身体を構成する水が失われていきみるみるうちに小さくなっていく。

 多勢に無勢。さしものオロチも上位クラスの天使を圧倒し続けることはできない。

 

「……いかなきゃ」

 

 焦燥感に駆られるように戦いに向かおうとする京太郎の前に現れたのは、水でできた体を持つ一人の男性と、蛇であった。

 手を広げ京太郎の行く手を遮る男性を京太郎は知っていた。

 

「なんで!」

 

 憤りを訴えるもそれでも退かない。

 

「彼らの心を汲みなさい」

 

 飄々とした態度を感じさせない真摯な態度でマンセマットが言う。

 

「私たちが立て直す時間をくれているのでしょうねぇ。まぁ、鬱憤を晴らしているようにも見えますが……」

 

 良いように暴れるオロチを見て苦笑いをしながら言った。

 

「くっ」

 

 避けていこうとするもそれでも行く手を塞ぐ。

 そうこうしている内にオロチの頭上から炎をまとったウリエルが急転直下しオロチの胴体を串刺し、男性と蛇が仰け反ると倒れた。

 

 それと同時に甲高い金属同士がぶつかる音があたりに響く。

 

「なに!?」

 

 ウリエルの持つ炎の剣が途中で折れ、折れた刃先がオロチの中に吸われていく。

 よくよく注意して観察してみれば、オロチの胴体には京太郎が投げ捨てた剣が収められていた。先程の甲高い音はウリエルの剣とこの剣が衝突したことで発生した音であった。

 最後の力でウリエルを含む天使を吹き飛ばし倒れた。

 

「本来であれば尾から出すべきなのだが、それでも一つの神話の再現から生まれた力だ。イミテーションであっても力になってくれるはずだ」

 

 かすれた弱々しい声で男性がいう。

 倒れて、這いつくばって、それでも前に進みオロチの胴体を指し示した。

 

「勝手なことをしてしまったと思う。これを託すのも私たちにとってはただのエゴでしかない」

 

 消えていくオロチの身体と男と蛇の身体。

 もはや口は存在しないにも関わらずそれでも声が聞こえた。

 

「天使の力は全て消えている。問題なく使用できるはずだ。あとは、よろしく頼むよデビルサマナー。そして願わくば衣のことを……」

 

 そうして完全に消滅した。

 オロチの呪いは京太郎の身体に還ることはなかった。すなわちアクア系魔法をを行使する権利を失ったのだ。

 京太郎は残された力……新たに生まれ変わった刀を掴み取った。

 

「ウリエル様の剣が……」

「馬鹿な私の、私の剣があのようなものに」

 

 戦いのさなかに呆然としている天使たち。その理由はウリエルの剣が折れたことにあった。ウリエルの剣は彼の象徴であり誇りでもある。その剣で神を、ひいてはエデンの園を護り続けてきたのだ。

 出来た隙を確認した京太郎たちは戦い始めた。ウリエルのもとへ向かうために一直線に向かい、その進路上に居る無防備な天使たちを蹴散らす。

 無防備かつ、息を整えている間に強化魔法を再度かけたことにより強化したことそれに何より息も絶え絶えになりながら戦っていた事により根本的な力量が増加していたことが理由だ。

 

「なに!?」

 

 攻撃を仕掛けてきた京太郎たちに気づいた時にはもう遅かった。切迫していた京太郎が刀を振るい回避できないと悟ったウリエルが少しでもダメージを減らそうと防御をする。

 しかし京太郎が振るった刀はウリエルの腕をまるで豆腐を斬るようにスムーズに斬り払った。

 斬ったという感覚さえもないことに驚き、勢いよく振りすぎたせいで京太郎の体勢が大きく崩れる。

 

「ウ、ウリエル様を護るのだ!」

「させるかってんだ!」

 

 京太郎をかばい天使たちの浄化の力を一身に受けたセイテンタイセイが倒れ、COMPに送還される。

 攻撃を行った天使たちは追撃を行おうとするが、それよりも早く動く者たちが居た。

 腕を失い満足に自分を護ることもできなくなったウリエルに対してマンセマットが氷結魔法を行使したのである。

 それに対抗するためにウリエルもまたトリスアギオンを行使するが、強化された氷結魔法がそれを上回った。

 アイスエイジと呼ばれるブフダインさえも超える氷結魔法がウリエルの身体を包み込み炎ごと凍らせたのだ。

 残ったドミニオンと、レミエルもまた近くに移動すると拳を振るう。

 鈍い気持ち悪い音ともに頭部は砕け、下半身もまた砕けた。

 京太郎は残った胴体に刀を突き刺すと。

 

「ジオダイン!」

 

 空より落ちた電撃が刀を伝いウリエルの身体を焼き払う……はずだった。

 電撃が直撃する瞬間ウリエルの身体は消滅しマグネタイトへと還る。

 マグネタイトの光を見ながら「何が……」と京太郎が零す。

 

「逃げましたか。流石に殺されるわけにはいかないと考えたと」

「逃げ……た?」

 

 ウリエルが倒れたのを見て天使たちがこの場を去り始めたのである。

 京太郎はその背に追撃するようにマハジオダインを放つ。

 卑怯と言われるかもしれないが、更に大天使が召喚された時再び集うだろう。そうなればまた苦戦は必死だ。

 そうならないように少しでも減らす必要があった。

 

「……なんとか退けましたか」

「これを後三回か、キッツいねぇ!」

 

 復活したセイテンタイセイがため息を付いた。

 

「それでも強くなってるわけだしなんとかならないかな……」

「それは難しいでしょうねぇ……。ガブリエル、ラファエルはともかくミカエルは別格ですから」

「これあれだな。なんだっけ、メタトロンだっけ、そいつが敵じゃないのが救いだよ。流石に無理だな」

 

 はははと力なく笑った。

 長野での最後の戦いもきつかったが、今回は輪をかけて更にきつい。いつ死んでもおかしくない、そう感じさせる戦いだ。

 

「では諦めて逃げますか?」

 

 マンセマットの試すような物言いに。

 

「冗談! 愚痴ぐらい言わせてくれよ。大丈夫、気分一新、また頑張れる。それに多くの人々を奪ってでもした選択を放り出すなんてできるわけ無いだろ」

「そうですか。申し訳有りません。なんといいますか、職業病というかそれが私のアイデンティティでして」

「人間の立場からするとそのアイデンティティ揺らいでってお願いしたい。揺らぐのは人間にとっていい方向でよろしく」

「それは出来ない相談というやつですねぇ……」

「はは、残念……さて、休憩も終わりか」

 

 肌がピリピリとひりつく程のマグネタイトを感じる。

 それと同時にこの場に戻ってくる天使たち。

 

「……え?」

 

 身体に振動を感じる。

 最初は地面が揺れているのかと思えば実際は違う。空間そのものが震えているのだ。

 

「これは一体……」

 

 マンセマットとレミエルも困惑しているようで辺りを見回している。

 

「マンセマット。そしてレミエルよ」

 

 声のする方向、空を見上げるとそこには光があった。

 光から聞こえる威圧感を感じる男の声は更に言葉を発し続けた。

 

「お前たちの懸念していたことを私たちは理解した。不完全とは言えウリエルを、多くの上位天使を打ち倒す人の力。メシアですらないただの人間の力。お前たちはそれを危惧していたのだな」

「……! そうです! ゆえにこそ我々は新たな時代に適合しなければならない、争ってではなく、別の方法で!」

 

 この会話について京太郎は口を挟まなかった。

 もしこれにより和解することができればこれ以上の被害は広がらないからである。

 

「そう、我々もそれを検討し追求しよう。しかし……」

 

 光が京太郎を見たように感じた。

 

「すでに敵となった人間の存在を認めるわけにはいかない――!」

 

 空間が更に強く震えた。

 もはや立っていられないほどであり、刀を支えにしてやっと立ち続けることができるほどである。

 

「一体何をするつもりですか!」

「本来であれば我々の身体を構築するためのマグネタイトを使い穴をあける。一体どこにつながるかはわからないが心配することはない。この一帯は我が配下が結界を張り何があってもココより外には出さないことを誓おう」

「……穴? 外には出さない?」

 

 困惑する京太郎にわかるように、マンセマットは言った。

 

「まさか世界の壁を破壊すると……! そんなどこにつながるかもわからない穴を開けてしまえばどうなるかわからない!」

「だからこそ封印するのだ。人間の底力は見た。そして人の意志とは受け継がれるものだろう? ゆえにこそ抗うことも叶わぬ力にてその一切を滅ぼそう。さぁマンセマット、レミエルよ。死にたくはないだろう? ならば戻ってくるが良い」

 

 そう言って光が消えると同時に天使たちも消え去った。

 空には光り輝く膜が出来上がっており、それが天使たちの形成する結界であることが分かった。

 

 少しだけ京太郎たちが呆けている間に、さらなる異常が発生していた。

 京太郎たちの眼前に目視することができるほどのエネルギーが出現しそれが球体となると明滅し始めたのだ。

 

「これは爆弾です。大天使三体さえも召喚しうるほどのマグネタイトで出来た……」

「それが爆発するって? どうなるんだよ」

「人間界、天界、魔界。それぞれの世界には簡単には行き来できないようにする壁があるのです。それを破壊するということはすなわち異界へのゲートとなるということ」

「ゲート……。異界みたいな?」

「そんな中途半端なものでは有りません。天界か魔界かどこと繋がるかも分からない」

「そんな……止めれないのか」

 

 問い詰められたマンセマットは首を振り、レミエルを見ても同じ様に首を振って否定した。

 

「そんな……」

「付け加えれば私たちだけでは結界を形成しても爆発の衝撃に耐えきれないだろうということです。全力の我々であればいざしらず消耗した我々では不可能。そしてあと数分で爆発するでしょう」

「ははは……万事休すか」

 

 天使たちの形成した結界を破ってしまえば被害は外にも広がってしまう。だから結界を破壊することも出来ない。

 目の前の球体を破壊しようとするのは論外である。触れればその一瞬で爆発してしまうだろう。

 もはや打つ手はないと悟ると戦いの疲れもあり、寝転がってしまった。

 

「……でも、俺にはお似合いの最後なのかもなぁ」

 

 多くの人々を殺した結果の末だとするならば、それでもマシな最後だと言えるだろうか。

 そんな事を思いながら力なく笑い、それでもと想いながら言葉を発した。

 

「あんたら二人は行くといい。俺に付き合う必要はない。それにセイテンタイセイ、ドミニオンお前たちとも契約を解除する。そうすれば……」

「それは出来ません」

 

 レミエルは即断すると京太郎をまっすぐに見据えた。

 

「今回の件は天使に責があります。だというのにあなた一人を残して逃げるなんてことができるでしょうか」

「エメラル……いや、レミエル……」

「そういえば正体を隠していたことを謝罪するのを忘れていましたね」

「ああ、そういえば」

 

 二人して笑い合っているとセイテンタイセイが左手に取り付けられたCOMPを操作するとこの場から姿を消した。しかし契約が切れたわけではなくただ送還されただけのようだ。

 

「私も去るつもりはない」

 

 同じ様にCOMPを操作しながらドミニオンが言う。

 

「私のために涙を流してくれたサマナーをどうして見捨てられようか。だからこそ」

 

 送還され消えゆく身体だが、それでも最後まで言葉を言い切る。

 

「最後まで抗ってほしい。生きて生きて生き抜いてほしい。それが叶わなかった我が友の分も……」

 

 そしてドミニオンは消えた。

 馬鹿だなと苦笑いしながら、COMPを操作しようとして……腕をおろした。

 

「私も残りましょう」

「いや、あなたには生き残ってこの事をヤタガラスに、そして天界に伝えてほしい。先程の内容が正しければ天使の結界を私たちが通ることはできるでしょうし、もう一つの結界を通ってあなたはこちらに来たはずだ。この件を正しく伝えることが出来なければややこしいことになるでしょう」

 

 マンセマットが伝えなければ四大天使が良いように結末を語るだろう。それだけは避けるべきなのだ。

 

「……ですが」

 

 気遣うように京太郎を見る。

 しかし彼は力なく笑いながら「これ以上被害者がでないように。頼みます」というだけだった。

 

「申し訳有りません。レミエル後はおまかせを」

「はい、任せてください」

 

 空に飛び上がりマンセマットの姿が見えなくなったことを確認すると深くため息を吐き目をつむる。

 京太郎もレミエルも会話をすることなく暫し経った後に、目を開けた京太郎は先程よりも強く明滅するエネルギー体と左腕に取り付けられたCOMPを数回見比べた。

 

「う、ぐっ……」

 

 振動し震える空間。

 それでも刀を支えにして立ち上がり始めた。

 

「デビルサマナー?」

「諦めるのも良いと思ったけど、やっぱ生きたいや」

 

 例えどれだけ可能性が低くても。

 生きるために抗う事を決めたのである。

 

「それで良いのです」

「え?」

「何が罪か。それは生きることを諦める事を言うのです。何、足掻いた末の死であるならば私がご案内しましょう」

「はは、大丈夫。だって、何度も死んでるんだぜ? むしろ俺が案内するね。天使と人間が同じ場所に逝くのかはわからないが」

「それは……」

「あ、答えは言わないでくれ。死後の楽しみにするさ」

「……そうですね。そうしましょう」

 

 明滅の頻度が早まっている。

 少しでも爆発の影響を減らすために、電撃の壁を作るため全力で魔力を高める。

 

「俺は絶対に生きて――」

 

 その言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。

 爆発の閃光に巻き込まれた京太郎たちの姿は目黒区のどこにもなく。目黒区に残ったのは空間に出来た大きな穴を残すのみだった。

 

*** ***

 

 深い深い闇の中。

 深淵の中でもその更に深奥に緑を基調とした服を着た少年の姿があった。

 腰近くまで伸びた髪を一つに束ね歩けばしっぽのように揺れている。

 

「おや?」

 

 首を傾げ、何かを確かめるために椅子から立ち上がると歩いていく。

 少年の姿を多くの悪魔たちが見ていた。にもかかわらず悪魔たちは少年に襲いかかることはなく、少年自身も勝手知ったる自分の家とでも言うように歩いている。

 

「……なるほど。これは珍しいお客様だ」

 

 一人は天使。

 四肢がなくなりその翼だけが存在証明だというように風に靡いている。

 

 もう一人はこの世界の影響を多少受けたようで少々変質したようだが人間のようだ。

 

 少年はうなずくと誰かに連絡をとっているのか一人でボソボソとつぶやくと、彼らを見て楽しそうに微笑むのだった。




本当は四大天使全部と戦わせるつもりだったが……これはこれでいいかなと。


一言だけ。
目黒区の住人すまんな・・・


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『4・5日目 黄金の龍』

感想・誤字報告いつもありがとうございます。



 目黒区の結末を大天使マンセマットから聞いた大沼秋一郎の反応はこうだった。

 

「は?」

 

 冗談はやめろよと大笑いしながら部下及び近くに居た巫女四人の報告を待った。

 天使の結界も有り内部に行くことは出来ないが、それでも遠目から何が起きているかは見ることが出来た。そして返ってきた報告はマンセマットからの連絡に差異はなしというものだったので大沼は更に大笑いした。笑うしかなかった。

 

「目黒区を囲むほどのドームでも作るか……? いやでも突っ込まれたらなんて返せばいいんだよおい。だが入るなと言えば入りたくなるのが人間の心理だ。いやしかし」

 

 どれだけ荒廃しても資材さえあれば建て直す事はできる。人を寄せ付けないにしろ工事中とすれば多くの人は寄り付かないし、寄り付いたとしても見られて困るものはないわけだ。

 しかし、現在の目黒区は空間に穴が空いている状態だ。果たして何処に繋がっているかも不明で、幸い悪魔や天使も出現していないようだが結局の所外から見られてはいけない環境になっているのである。

 そんな状況を長期的に監視し守護しなければ行けないのだから頭を悩ませるきっかけとなった。

 

 マンセマットはここまでを語ると、先にこちらへと帰ったデビルサマナーの仲魔たちにも同様の説明をするために避難所内部を歩く。

 天使の姿ではなく人間として見た目を変化させているため、その道の人間でなければ気づかれない。一部の存在にしか気づかないほどの変化はでできるのだがそうしないのは自分は正体を隠してはいないと伝えるためだ。

 だから、彼が誰かを理解した女性が彼に近づき問いかけたのだ。

 

「あの!」

「はい?」

 

 声をかけてきた女性を見てマンセマットが気がついたのはまず、彼女は日本人ではないというところにある。そのうえでどうやら自分を天使と見抜いて声をかけてきたようだとも。

 

「その、一体――」

「メシア教が」

「は、はい!」

「すべてを語るかはわかりませんが、ただ一つだけ。あまり表立って信じるものを語ることは避けたほうが良いでしょう」

 

 顔色が真っ青になったのを見て、ああ、四大天使に関係のある信徒なのではないかと考えたが事実がどうであろうとも、東京での事件にこれ以上彼らが関わることはないだろう。

 むしろ恩を押し付けるように行動し始めるのではないかとも考えられた。

 どの面下げてと思うかもしれないが、メシア教が行ったことを大々的に言うことが出来ないのが事実だからだ。

 もしそれを明かしてしまえば、それを信じない信徒による激しい抗議行動等が行われる可能性がある。事件解決後もしヤタガラスが勝利したならばそんな厄介なことは起こしたくないと考えるだろうし、ゴトウたちであってもすぐさま全面戦争を起こしたいとは考えないだろう。

 そうなれば残るはメシア教による人道支援の話が残るだけ。

 真実は異なるのに世間に伝わる事実はメシア教による美談になる。

 

 マンセマットからすれば、そうなる方が神のためになるかもしれないという考えが過ぎっても仕方がない。しかしそんな弱い思考によって行動をするわけにはいかないと自分を律するのもまた彼なのである。

 かつて奇跡を起こしたモーゼに試練と称し悪霊を追撃させた自分である。

 人々に試練を与える自分が揺れてはいけないのだ。

 

「あの、私はどうすれば」

「なにかんたんなことです」

 

 女性の後ろの一人は日本人のようだが、国際色豊かな少女たちが心配そうにして彼女を見ているのが見て取れた。

 

「大切な者たちに、余裕があれば隣人にも手を貸すことです。さすれば神はあなたを見捨てることはないでしょう」

 

 その言葉で全てが救われたわけではないだろうが、自分のすべきことを理解した彼女は先程よりもしっかりした顔つきで頷いて、感謝の言葉とともに去った。

 

*** ***

 

 時を同じくして。

 目黒区近辺で戦いをしていた退魔師とダークサマナーの戦いが終結を迎えていた。

 だが決着がついたわけではなく、目黒区に起きた異常に気づき戦いが途中で終わっただけだ。

 

 ヒキガエルのような見た目をした悪魔……ムーンビーストと呼ばれるとある神を崇拝する存在はそのことに反感を抱くが近くに崇拝の対象が居るので抑えていた。

 

「死んだかなあれは」

 

 残念そうに、愉快そうに、だがどこかホッとした様子を見せてながらゲオルグは言った。

 黒き神ニャルラトホテプは主であるダークサマナーの様子を見てどこか面白そうに目を歪め、そのことに違和感を抱いたライドウは目を細めた。

 

「ゲオルグ。なぜお前はそうなったのだ」

 

 業斗童子の言葉に目を細めた男は、ああ、と気づくと。

 

「俺のことを調べて知っていたか」

「日本ではないが、ヤタガラスと同種の組織で力を蓄え、将来有望なサマナーであったと聞く。それがなぜ」

「……そんなものはどうでもいいだろ」

 

 どこか様子が変わったのを見て、それが地雷となる話であることを知る。

 もう一つおかしいのは本来饒舌な無貌の神が沈黙を守っていることだ。その割には契約で縛られている様子はないので尚更に気味が悪い。

 

 冷たい空気が流れる中「まぁいい」と言って彼は去っていった。

 本来であれば追って倒すべきだが、それ以上に目黒区の様子を探る必要があった。

 その後目黒区の件を知ったライドウはもし自分が間に合ってさえいればという後悔に囚われることになる。

 

 ――だが、それは悪いことではないか。

 

 と、小さな声で呟いた黒猫の声は誰にも聞こえなかった。

 

*** ***

 

 目黒区の件は少なくない影響をヤタガラスに与えた。本来であれば契約を取り戻す策を成すための道具の作成にもう数日必要なのにも関わらず、かなり無理をして用意したのである。

 用意したものは四天王の三昧耶形である。

 三昧耶形とはその神を象徴を意味する言葉だ。

 そもそも四天王が抵抗することなくゴトウに従っているのは契約を上書きされたのが原因であるが、四天王たちからすればヤタガラスでもゴトウでも帝都を護ることには変わらないので抵抗することがなかったのが原因だ。

 確かにゴトウの企みは多くの人が死ぬだろう。しかし同時に未来に生きる多くの人々を救う一手にも成りうるのだ。

 ヤタガラスとしても将来のためにというのは理解できるが、それでも今を生きる人々を見捨てることは出来ず、契約の穴を突かれたことへの対策も打たねばならなかった。そのために契約の器として三昧耶形を作成し今度こそ四天王を縛ろうとしているのだ。

 

 本来であればライドウにビシャモンテンをあてて、他の三体のいずれかを京太郎が。そして残りの二体を巫女四人を二人に分けて担当させる予定だったが、京太郎が居なくなってしまったために成すことができなくなった。

 そのため戒能良子にヤタガラスに中でも力量の高い退魔師を選び組ませることを決定した。本来であればハギヨシを選びたかったのだが彼が拒絶したため叶わなかった為だ。

 

 とはいえ各々の三昧耶形を用意することが出来たのが五日目のため、四日目は五日目のために身体を休める時間となるのだった。

 

*** ***

 

 四天王との契約を取り戻すための戦いが開始される少し前の時間。

 大沼秋一郎は悪魔たちに声をかけていた。

 

「……ではやはり協力する気はないのか」

「当然じゃろ」

 

 人の姿でゆったりとしているオメテオトルとローレライはそう答えていた。

 この二人だが京太郎が行方不明となっているが、それでもCOMPは無事なのか状態異常迷子扱いとなっている。

 一応マグネタイト供給はされているのでまだ存在できているが、いずれマグネタイト不足で消えてしまうだろう。

 だがそれでも良かった。

 彼らが戦っていたのは自身のサマナーである京太郎が戦うことを選択したからである。彼が居ない以上戦う理由はなく、マグネタイトがなくなってもただ魔界に還るだけだ。もしくは新たなサマナーを選ぶという選択肢もあるが現在の状況下でそれを選ぶ理由はない。

 

「生きていると信じているのか?」

「さての。しかしあの子が、光と名付けられたあの子がサマナーは生きていると言うのであればそれを信じるのみよ」

 

 京太郎の最後を知った面々の反応は様々だ。衣のようにただ泣く者もいれば、死んてしまったことを悲しむが同時に残念がる透華やハギヨシのような者も居る。

 その中でただ一人平然と生きていると確信して慌てる様子さえ見せない少女が光だった。

 その理由について邪教の館の主であるパラケルススはこう語った。

 

「光が目覚めた理由は恐らく須賀京太郎の魂を媒介としたためだろう。肉体は生きていてもなかった魂が生まれ、少しずつ成長してきた。だから彼女は確信できるんだ。生きていると」

 

 しかし彼の言葉を安易に信じることも出来ない。というか信じたとして京太郎がどこに居るか分からないためこれ以上頼ることは出来ないのである。

 加えて言えば生きていると説明する時間も惜しいためそのため死亡扱いとして事をすすめる事を決めたのだった。

 

「……いや、一つ撤回しておこう」

 

 大沼秋一郎の背中を見やりオメテオトルは静かにつぶやいた。

 

「あの少女が言わずともサマナーが生きていると信じているのはもうひとりおったか……」

 

*** ***

 

 退屈そうにただ座して待つ鬼神の姿が寺の前にあった。

 自身を模した像と見比べても覇気が足りず、それは目の前にライドウが現れても変わらなかった。

 鬼神、ビシャモンテンはライドウの持つ宝塔を見て言った。

 

「契約を取り返しに来たか」

「――己が役目を思い出せ。私たちが戦う必要はない」

「そうはいかない。娯楽もないにもない現状においてそれを得ることができる今を逃せようか?」

 

 腰を上げて立ち上がり残念そうに零す。

 

「……やはり口約束でしかない、か」

「……?」

「お前には関係のない話だ。さぁ、試練の時だ葛葉ライドウ。我と新たなる契約を結びたくばその力を示してみせろ」

 

 四つの寺院で戦いが始まる……かに思われた。

 

「なんだ?」

 

 帝都中が突如として黄金色に輝いたのである。

 多くのものが天使たちが帝都の施した術式がさらなる事件を呼び込んだかと思ったが、一部の者達はそれが違うと確信した。

 

「龍脈の力か……! 一体なぜ突然」

「何が起きている?」

「分からぬ。いや、これは……!」

 

 地面に流れる龍脈の力が召喚陣を描き、それが宙に浮かび上がる。

 陣の形をライドウは、否、葛葉に関連する者たちはよく知っていた。

 

「葛葉の召喚術。一体何が起ころうとしている」

「この大規模な召喚術は、まさか来ようとしているのかこちらに」

「ゴウト……?」

 

 困惑するライドウの耳に耳が痛くなるほどの高笑いが聞こえた。

 音の方向を確認すると額と腹を抑えてビシャモンテンが笑っていた。

 

「すまんなライドウ! 戦いは後だ!」

 

 そう宣言するとビシャモンテンは跳躍しこの場から姿を消し、陣より黄金の体を持った龍が現れた。

 龍は陣に虫のように集る悪魔たちを雄叫びを上げて消滅させる。それでも残った悪魔はメギドラオンにより消滅した。

 例外は跳躍し龍へと向かう鬼神である。鬼神は拳を握り力を込めている。

 その時龍の頭部より跳び鬼神へと垂直落下する人影があった。

 人影は何やら手元を弄るとその傍に小さな光が灯った。

 光から出てきたのは猿と二体の天使、そして首のない真っ赤なコートを着た何かであった。

 光より現れた者たちは人影から分かれると未だに近づいてくる悪魔たちを迎撃する。それはまるで人影と鬼神の邪魔をする者たちを排除するかのような動きだった。

 人影は頭部に被った物だけを投げ捨てると鬼神に向かって拳を突き出し衝突した。

 

「約束を果たすよ!」

「ハハハハ!! ただの口約束だというのにか! いや、だからこそ良い! 待っていたぞ、あの日より今日までずっと!」

 

 その髪の色は金髪……ではなかった。汚れているのか銀のように見え、綺麗というよりは淀んでいるようで深い銀の色をしていた。

 ビシャモンテンは三叉戟を出現させると、人影は腰にぶら下げた刀で打ち合う。

 だが互角ではなかった。武器の差が顕著に現れていたのだ。三叉戟は刀により傷ついていた。

 

「良き武器を持ったな!」

「おかげさまでね!」

 

 鬼神が振るた拳が風圧を発生させる。少年は空中ということもありバランスを崩してしまう。

 鬼神の蹴りが少年の眼前に迫るが、無理矢理に体制を変えて刀を持っていない左腕で防ぐ。

 衝撃により吹き飛ばされた少年が着地したのはギリギリ形が保たれた高層ビルの屋上だった。

 着地し一息ついた少年は見上げると、ビシャモンテンの近くには似たような姿をした悪魔の姿もあった。

 約束をしたのは一体だけなのになぁと、苦笑いしながら、それでも何も言わず……刀を放り投げた。

 

「こっちのが好みっしょ!」

「……ははは」

 

 わざわざ有利になる点を放り投げて言い放った馬鹿な少年を見て鬼神たちは笑った。

 けれど鬼神たちはそんな馬鹿が好きだったのである。

 

「なら一人ずつ相手をしてもらおうか」

「おうさ、こいや!」

 

 多くの者たちが悲しみに暮れるこの東京で場違いに楽しそうに笑う四体と一人を見たら何を思うか。そんなことは知る由もなく少年と鬼神たちはぶつかりあうのだった。

 




4日目については書くことも当然在るのですけど今はこんな感じで。


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『5日目 契約』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

メガテン5発表から二年半ほど経過したようですがまだかかりそうなんですかね。


 宙に浮かんでいた四天王が屋上に降り立つと、鬼神が一体前に進み出た。

 

「まずは私からやらせてもらおうか」

 

 青い肌が印象的な鬼神コウモクテンが宣言すると少年は頷いた。

 少年の身長は日本人男性の平均よりも大きいのだが鬼神の身体はそれを遥かに上回る。

 少年と鬼神はかなり近づくと少年が右で、鬼神が左で拳を振るった。

 

「グッ!」

「ムッ!」

 

 体格差は勿論ある。

 少年も同年代の男子と比べると身長は高いほうなのだが、鬼神と比べれば見劣りをする。

 鬼神の拳は十分なリーチから繰り出され、少年に確かなダメージを与えるのに対してリーチが劣る少年の拳は威力がそれなりに減衰している。だがそれでも並の悪魔であれば屠ることができる威力を持ち合わせており、少年と鬼神は一歩も引くことも、休むこともなく拳を振り抜く。

 拳が当たり、避け、防ぐ。

 策も何もありはしない原始的な戦いが続いていく。

 暫くすると少年が召喚した悪魔が帰ってきた。しかし加勢することはなく、一部面々は心配そうな面持ちだが応援し観客に徹していた。

 

「そこまで!」

 

 ビシャモンテンの声が響いた。

 顔は腫れ、肋骨を始めとした骨も幾つか折れていると思われるのに少年は笑った。

 コウモクテンも決して無傷ではなく、肌色が青く見にくいだけで多くの痣をこしらえていた。

 

「もういいのか?」

「十分だ。そもそもこれは殺し合いではない……いや、しかし策も何もなく、こうして拳を交え合うのはやはり良いものだ」

 

 満足そうに頷くコウモクテンは拳を下ろしどこか晴れやかな表情で答えた。

 

「なら良かった。東京を、帝都を護ってくれているんだ。これぐらい付き合ったって損はないはずなのにな」

 

 ギブ・アンド・テイクだよ、ギブ・アンド・テイク。という少年に対して。

 

「そう思うものは少ない。我々が傷つき結界の維持に支障をきたすことも一つの問題だ。しかし、感謝しようデビルサマナー」

「あぁ。よければまたやろう」

「……良いのか?」

「勿論! あ、でも、ヤタガラスがそれを許さないかな」

 

 どうするかなーと本気で悩む様子を見て本気であるとコウモクテンは気づくと微笑んだ。

 

「……ビシャモンテン」

 

 ビシャモンテンは何も言わず頷いた。

 

「少年よ。力以外にも技術を学ぶと良い。身体が小さく弱くともそれを覆す技術を人は築いてきたはずだ。それを学べばお前はまだ強くなる。その時を楽しみにしている」

 

 コウモクテンが下がると次に歩み出たのはジコクテンだ。

 ジコクテンは少年が放り投げた刀を持つと少年の近くに投げ、刀が屋上の床に突き刺さり、同時に少年の身体の傷が癒えた。

 

「次は武器を用いようぞ。ただ殴るだけでは味気ない」

「分かった」

 

 武器を使う以上今度は殴り合うわけではなく、縦横無尽に駆け回る実践的な戦いが始まった。

 力で上回る鬼神と速さと武器の差で戦う少年の戦いは長くは続かなかった。

 少年の刀はジコクテンの持つ刀を見事に破壊し刃を首に突きつけるが、鬼神の拳もまた少年の眉間に突きつけられていたのである。

 これが人間同士であれば京太郎有利だが、鬼神の力であれば刀を受けながら少年の頭部を吹き飛ばすことぐらいわけはないだろう。

 

「引き分けかぁ」

「技術そのものが我流と見た」

「そりゃサマナーになって数ヶ月で、剣だって学校の授業で剣道を学んだくらいなんだ仕方がないだろ? しかも持ったのは竹刀だ」

「ならば基礎だけでも学ぶと良い。変に型にはまる方が弱くなる可能性がある。今よりも一層強くなったお前と戦いたいと願う。今度はそうだな、拳で」

「あぁ!」

 

 ジコクテンが下がり、一歩前に出たのはゾウチョウテンである。

 ゾウチョウテンが持つのは太刀だ。

 人間であれば場上で振るう大ぶりの刀もゾウチョウテンからすればリーチが長く、破壊力も申し分ない武器となる。

 

「武器だけでなく、魔法を交えよう。魔法を使えぬ者も居るが電撃魔法を使えるとビシャモンテンから聞いている」

 

 そう言うと再び少年の傷が癒えた。

 ゾウチョウテンが行使する魔法は火炎魔法だ。電撃と比べると貫通力などはないが、生き物が原始的な本能で最も怯えるのが炎であり用途は数え切れないほどだ。

 炎が少年の周りを包み込むように発生するが刀を振ると炎がかき消える。

 しかしその隙を逃さずゾウチョウテンは一気に距離を詰め太刀が振るわれる。だがその太刀に向かって電撃が吸い寄せられるように撃たれ、ダメージを回避するために振るった勢いのまま太刀が放り捨てられる。

 そうなれば当然屋上の床は崩れていき、ギリギリ強度を保っていたビルが倒壊していく。

 倒壊していく中で崩れたガレキで器用に飛び移りながら攻撃を仕掛ける少年。防御に徹するゾウチョウテンだが眼前に移動した少年に向かって全力の突き――グランドタックが放たれる。

 

「ぐっ!?」

 

 刀でギリギリ弾くがそれにより左腕が吹き飛ばされてしまう。

 

 やりすぎたか。

 

 ゾウチョウテンがそう考えるが、本来流れるべき血とは別にまるで悪魔が四肢を切り飛ばされたかのようにマグネタイトの光が血飛沫の様に飛ぶ。

 驚きを隠せないゾウチョウテンの隙を突き背後のガレキを蹴り、ゾウチョウテンに向かって跳ぶとすれ違いざまに斬りつけ同じ様に左腕が切り飛ばされる。

 地面に降り立った少年と鬼神は降り注ぐガレキを各々の魔法で消滅させると太刀を地面に突き刺した。

 

「これまでにしよう。しかしその身体は……」

「ははは。飛ばされた先が飛ばされた先で身体が変質しちゃって……。でもこれだけで済んだのは運が良かった」

 

 同じ様に刀を突き刺して空いた右手で髪をいじりながら少年は言った。

 

「後悔はしていないのか?」

「もとより普通の生活をおくれる人間じゃないし後悔なんてないよ。全部俺が選んだ末の結果なんだ。選んだ末の結果を悔やむなんて贅沢だ」

「悔いの無い選択。それは理想だろう。だがそれと悔いをしないと思い込むのは別だ。存分に悔いるが良い。それがお前の力となろう。そして成長した汝と試合おう。何度でも」

 

 残ったのはビシャモンテンのみだ。

 観客としてみていた天使が、吹き飛ばされた左腕を持って傷口に押し当てるといやしの力が傷を癒やした。

 

「口約束だった。しかしこうして叶えてくれたことに改めて礼を言いたい」

「口約束も契約でしょ」

「たしかにそうだ。口約束でも契約は結ばれてしまう。しかし汝と我の間に契約はなかった。口約束でもないただの軽口だ」

「そんなのどうでもいいよ。別に俺自身にデメリットがあるわけじゃないし気にするほどじゃないって」

「それを本気で言っている辺りがまったくもって度し難い。……だからこそ」

 

 首を振って「どうでもいいことだな」と言った。

 

「長く楽しみたい気持ちはあるが、汝らも時間がないだろう。一撃でもって勝負を決めよう」

「……良いの?」

「また戦ってくれるのだろう?」

「うん」

「ならばそれで良い。そう、それを契約としよう。汝の全力を見せてほしいデビルサマナー」

 

 ビシャモンテンは持ちうる全力で拳を振るう。振るわれた冥界波は衝撃となり少年へと向かって襲いかかる。

 少年は刀を鞘へと納め衝撃が襲いかかるギリギリまで力を溜め、そして刀を抜き放った。

 

 『一刀』による『一閃』が衝撃波を切り裂きその刃は剣閃となりビシャモンテンの頬を切り裂いた。

 

「見事」

 

 満足そうに言い放った鬼神に対してバツが悪そうに少年は言う。

 

「力を貯める時間があった分俺のが有利だったから」

「それでもだ。……さぁ、契約を結ぼう」

「契約……?」

 

 首をかしげる少年を中心に鬼神たちが四方に立つ。

 鬼神たちの足元に陣が描かれ、陣から伸びた光が少年へと伸びていく。

 光は少年の持つ刀へと収束すると魔界による文字が刀身へと刻まれそして消えた。

 

「これにより我らと汝に契約が結ばれた。帝都の結界を消すも維持するも汝が意志に従おう」

「……は? え、何を言って」

「刀は我らとの契約の証であり力である。我らが力を有効に扱うが良い」

「いやいやいやいや」

「ではなデビルサマナー。いや、我らが契約の主たる須賀京太郎よ……汝がいつまでも我らの知る汝で有り続けることを願う」

 

 そして四天王の姿は少年――須賀京太郎の目の前から消えた。

 ポカンと口を開けて驚き宙に向かって手を伸ばすだけで何も出来ずにいる。

 

「見事な戦いでした。サマナー」

「いやー、めでたいめでたい! 全部終わったら俺ともやろうぜ!」

「お疲れさまです。まずは傷と疲れを癒やしてから貴方を待つ人達の元へと帰りましょう」

「むー……! ずるい!! 戦いたい!」

 

 ドミニオン、セイテンタイセイ、レミエルが称賛の言葉を投げかけ、そしてこれまでの経緯により新たに契約した悪魔デュラハンが地団駄を踏んで抗議する。

 「あー……」と頭を抱えて思い悩む京太郎は「どうすんだこれ」とぶつぶつ言っている。

 

「本当に生きていたのか……。いや、本当に須賀京太郎なのか?」

 

 聞き覚えのある少年の声が聞こえてビクッと肩を震わせた。やってしまったことを理解しているのだ。

 

「ははは、どうも。なんとか……」

「しかしその髪はどうしたのだ?」

「飛ばされたのが魔界だったんです。デモニカを緊急装着したっていうかされたっぽいんですけど。それでもわずかに魔界の空気にあたってこんなことに」

「飛ばされた先は魔界だったのか」

「その中でも特異的な地域でした。そこの管理者に拾われたおかげで生き延びたんです。四肢が吹っ飛んで気絶もしてたので戦うことも出来なかったからほんと危なかった……」

 

 四肢が吹っ飛びそれでもなおガントレットは京太郎の近くにあり続けた。おかげでCOMPを失うこともなく、色々とありはしたがこうして帰ってこれたのだ。

 ゴウトの問いかけにそこまで答えるとライドウは右手を出した。

 

「その刀をこちらに渡してほしい」

「ですよねー。でもそれは……」

「それはもはや一個人が振るう武器ではない。この帝都を護る神器となったと言っていい」

「そりゃそうですけど。ああ、でもこれ」

 

 渡せるのか? と首をかしげる間にライドウが刀を取るが電撃が走ったようにライドウを拒絶し意思を持つかのように京太郎の手に収まった。

 

「ああ、やっぱり……」

「やっぱり?」

「あくまで俺と四天王との契約で、力を発揮するための器がこの刀なんで持てるのかな―って……。どうしましょう?」

「……答えはここでは出せない。だが、ゴトウたちの拠点に形成された結界は解除できるのか?」

「そこは問題ないと思う。試してないけど鬼神たちが嘘を付くとは思えない」

「ならばとりあえずこの話はおいておこう。事件が解決さえすれば時間はできる。まずは私たちとともに帰ろう。……君のことを心配する人たちが多くいる。彼らを安心させよう」

 

 ライドウは背を向けると言った。

 

「……駆けつけることが出来なくて済まなかった」

「良いんです。俺が自分で選んでやったことなので」

「そうか……私も。いや、俺も無事で良かったと、そう思っている」

 

 そうしてライドウは業斗童子を連れ去っていった。

 退魔師が去った後に地上の空気を楽しむように大きく深呼吸をすると。

 

「はは。埃と土埃で喉を傷めそうだ」

 

 ビルは崩れ辺りには砂埃が舞っている。深呼吸をするような環境ではないのだが紛れもなく今いる場所が地上であるという証だ。

 

「ともあれ急いで戻りましょう。オメテオトルたちと合流しなくては」

「分かってる。まずは送還しよう」

 

 セイテンタイセイを残し送還した京太郎は黄金の龍が姿を消していた事に気づき龍が本来あるべき場所へ還った事も理解した。

 京太郎は龍を操っていた訳ではなくただ力を貸してもらっていただけだ。何処に行こうが龍の意志次第であり、必要なときが来ればまた会うだろうと結論づけると筋斗雲に乗せてもらい避難所へと向かう。

 結界の範囲が増えているようで安全地帯がかなり増えている。結界の手前で筋斗雲を降りて送還した京太郎は恐る恐る結界に触れると少しビリビリとした感じはあるが問題なく通ることが出来た。

 多少の拒絶感が人間を少しやめてしまったことを証明するようで少し落ち込んでしまった。

 結界に入って東京国際フォーラムへと向かう道すがらにビリビリとした衝撃が肌に走った。

 空間が震えているようで京太郎のトラウマを若干刺激し顔色が青くなっていく。

 

「ま、まさか。またマグネタイト爆弾?」

 

 慌てるように周りを見るがそうでは無いようでホッとし、なら異常の原因はなんだと周りを見た時、結界を突き破ろうとする悪魔の大群が見えた。

 一方から押し寄せているだけではなく、ありとあらゆるところから結界を破ろうとしているようで、その衝撃が肌を刺激したらしい。

 

「でも有象無象の悪魔が結界を破るなんてことは……」

 

 そんな思いも虚しく結界が破られた。

 イナゴの大群のように向かってくる悪魔の大群は生理的に受け付けない光景だ。

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 その時刀が光り、声が京太郎に聞こえてくる。

 

『刀を抜き念じるのだ。さすれば我らが結界の穴を塞ごう』

「あ、あぁ!」

 

 抜き放った刀を両手で持って強く念じる。

 すると破られた結界の穴を塞ぐように結界が形成される。

 

 ホッとして刀を収める。

 

「でもたまたまなのかこれ」

 

 こうして結界を破れるならなぜ今まで結界が破られなかったのか。

 思い返せばタケミカヅチのような悪魔が多く存在すれば一点集中で結界の破壊も出来た可能性はある。

 それが今になって、四天王の契約を奪還した直後に結界を破るということに何者かの意図が感じられたのである。

 

「って、悩んでいる場合じゃない。結界は塞いだけど悪魔が入り込んでる……急がないと」

 

 結界に入り込んだ悪魔を撃退するため京太郎は走り始めるのだった。

 



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『5日目 可能性の枝』

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。



 自分たちは助かったのではないのか?

 数多くの悪魔たちが避難所であった東京国際フォーラムに襲いかかり、人々は散り散りになって逃げ出した。

 ヤタガラスという組織に所属する退魔師と呼ばれた者たちが悪魔の撃退のために戦っているが、結界内に入り込んだ悪魔の数が多いらしくすべての悪魔をすぐに倒す事ができずに居る。

 

 そんな状況の中で必死に逃げているのは千里山と阿知賀の二校の女子と保護者たちだった。

 悪魔と戦うすべを宥のみが保持しているが、すべはあっても力量が足りない。

 炎の力で牽制はできるだろうが打ち倒すことは出来ないし、炎を使うにも限度がある。

 そんな状況の中で道を先導していたのは園城寺怜だった。

 

「はぁ……はぁ……。つぎ、次はあっちや……」

 

 江口セーラに担がれた怜が真っ青かつ汗だくになりながら指差した。

 

「怜! 無茶はあかん!」

「はは、おかしなこというなぁ……。ここで無茶せんでどこでするん?」

「それは……!」

「ほら、はよ……早くしないと未来が変わってしまうわ……」

 

 園城寺怜はこれから起きる可能性が最も高い未来を視ることができる。

 その能力により怜は悪魔に襲われるルートを避けることによって意図的に未来を変え続けていた。

 しかし彼女の持つ能力は最も起きうる可能性が高い未来を視るというもの。

 先程までAルートに行くつもりで未来を見て、それをBルートに変えれば当然未来は変わる。その未来が本当に安全なのか確認するために彼女はまた未来を視る必要がある。

 それを繰り返すことで安全なルートをひた走るのだが、力を使えば多くの体力を消費してしまう上に、彼女は元来病弱で体力不足の身だ。これ以上無理をさせると不味いのではないか? と思うほど顔が真っ青になっている。

 

「怜……!」

 

 親友である清水谷竜華は拳から血がにじみ出るほどに強く握りしめて「もうやめて!」と言葉に出すのを我慢していた。

 現状親友に頼るしか手はなく、手助けすらすることが出来ない自分に腹が立っていた。

 竜華の様子に怜も気づいていたが声をかける体力すら惜しくただただ未来を見て安全な道を指し示した。

 こうして安全な道を通って逃げている姿を見た人々はその迷いない動きに一途の希望を見出した。

 

 時折立ち止まることはあるがそれでも迷いなく逃げているのは安全な道を知っているからではないか? と。

 

 そうなると少しずつ縋るように女子高校生を頼る大人という情けない構図が出来上がるのだがその選択に間違いはなかったのも確かである。

 

 しかし悪魔に襲われるという状況下に置いて変化を感じるものが居た。

 

「……あっちやな」

 

 あんなに悪かった顔色が少し良くなっていた。それどころか立ち止まる時間が少なく……いや、ノータイムで安全な道を指し示していく。

 先程までは選択肢を変更することで見る未来を変えていたのが、現在は園城寺怜が最も望む未来が彼女には視えていた。

 

 ――おかしい。絶対におかしいわこれ。

 

 能力を使わない少しの休憩時間の間にも思考は止まっていなかった。

 起きている現象もそうだが感覚としても今まで自分が扱っていた未来視とは何かが違うことを感じ取れた。

 

 ――なんでや、でも、もしかして。

 

 とある可能性がよぎり、自分たちが視た救われる未来の結末を見届けた後に……違う未来を望んで未来を視た。

 

 目の前で親友が喰い殺され自分のところまで転がってきた頭部と眼があった。

 

「……ぅぷっ!」

 

 最も視たくない未来を視た結果耐えきれなかった怜の口から酸っぱいものがこみ上げるがなんとか耐えた。自分にならともかく友人にそんなものをかけてはならない、もしくは幼くても女のプライドがそれを阻止させたとも言える。

 

 とはいえ。

 

「ちょま! 大丈夫なんか?」

「な、なんとか。ウチの乙女力をなめんでや……!」

「いやいやいや!」

「とにかく、後少し、後少しや。それで大丈夫になるわ」

「大丈夫になるて。言葉おかしいで」

「ウチもそう思うけど、うん。せやかてそう言うしかあらへんもん。ああでも」

 

 轟音とともに進路上にビルが倒れた。

 埃や土煙から眼をかばいながら何事かと思っていると現れたのは

 逃げ道となる進路上に大型の犬の姿をした悪魔が出現した。口からは炎が漏れている。それがどんな悪魔か人々に分からなかったのは犬の首が三つなかったからだ。悪魔ケルベロスは首が三つ在ることで有名だがそうなっていない。

 だがそれでも、自分たちが命の危機に瀕していることだけはわかる。

 

「グルルル。エサダ、オマエラ、ゼンブ、オレサマ、マルカジリ!」

 

 叫び声が木霊する中で笑っていたのは怜だけだった。

 ケルベロスが突如として光りに包まれ、苦悶の声とともに動きが封じられると空から降ってきた赤色の何かが勢いよく腕をふるった。

 

「キヒヒ!」

 

 ケルベロスをミンチにしたのはくまのぬいぐるみだった。

 

「ひっ!」

 

 赤色のなにか――一点を除けば少女とも思えるそれを見て悲鳴を上げたのは左腕で彼女のものと思わしき首を抱えていたからである。

 頭と胴体がくっついていないにも関わらず頭部は感情豊かに楽しそうに笑っておりそれが更に恐怖を煽った。

 

「こら」

「わぷ」

 

 抱えられた頭部を軽く叩いたのは銀色の少年だった。

 

「先行しすぎ。普通の人は怖いと感じるんだよそれ」

「うぞーむぞーはかんけーない!」

「平時はそうかもだけど今はあるあるだから!」

「ちぇ」

 

 いじけて隅の方に移動した少女にため息を付きつつも少年が声をかけた。

 

「大丈夫っすか」

 

 へたり込んで動くことさえ出来ない人々が「助かったのか?」と言った。

 

「現状はなんとも言えないです。数日離れてたせいでなんでこんな事になってるのか分かってないし」

 

 そう言っている間に少年の周りに悪魔が集い、各々が周りに居た悪魔を全滅させたと報告した。

 

 目を細め、ジッと少年を見ていたツインテールの少女が問いかけた。

 

「えっと、もしかして須賀くん?」

「んー……?」

 

 少女を見て悩む少年は彼女の周りにいる他の少女たちを見て思い出すように手を叩いた。

 

「あぁ! 新子憧さんだっけ? 久しぶり!」

「あ、あんた死んだって噂だったけど」

「見ての通り無事……無事? まぁ生きてるよ」

 

 ケラケラと笑う少年に力が抜けたように脱力した。

 こうして助けてもらったのもそうだが、過去に一度彼女たちは京太郎に救われた実績がある。

 だから「助かった」と、心からそう実感することが出来たのだ。

 

「とにかく話を聞かせてもらってもいいかな。ここはもう、安全になるから」

 

 刀を抜き何やら念じると頭上から光の膜が発生していく。膜が地面にまでいったことを確認するとこれで大丈夫と満足しながら刀を納めるのだった。

 

*** ***

 

「国際フォーラムが攻撃を受けたか。まぁ人が最も集中してたのはあそこだしおかしいことはないのだけど」

「それで皆一斉に逃げ出したってわけ。退魔師たちも頑張ったけどライドウも居なかったから一部の悪魔に勝てずそのまま」

 

 メイン戦力が四天王戦に向かっていたのが裏目に出た結果である。

 たとえどれだけの力を持ってしてもすべてを救うことは出来はしない。

 

「そっか。でもよくここまで無事だったな。なんていうか、俺たちの方に向かってくる集団を見つけたから寄ってみたんだけどさ」

 

 京太郎と会話をしていたのは憧である。

 ヤタガラスには所属していないが裏について最も知っているのは彼女だった。

 松実宥は力こそあるが軽い事情説明しか受けていないし、妹の玄も姉のサポートのために似たようなことは説明されているが宥がダメなのに彼女が良いわけがない。

 京太郎の疑問に彼女は。

 

「園城寺怜さんが安全な道を示してくれたのよ」

「……未来視か」

 

 来たるべき未来を視て自分たちの運命を変え続けていたのだろう。

 もとより体調面で問題があるとは聞いていたので能力を行使し倒れているのは不思議ではなかった。

 京太郎は懐から魔石を取り出すと少女のお腹の上に置いた。

 

「少しですけど体を癒やしてくれるはずです」

「そうなん……? 怜?」

「あー……お腹から体が暖まる感じがするわ。夏やけどこの暖かさはええな。なんていうか、安心する……」

 

 魔石に回復効果があるのはマグネタイトが込められているからである。

 それが多少なりとも魂に作用し回復能力を高め、ディアと似たような効果を発揮するわけである。

 

「そっか。ありがとうな。えっと、須賀くんやっけ」

 

 彼女が京太郎の名前を知っているのは数日前に少しだけ一緒に居たこともあるが、憧との会話が聞こえたのも理由だ。

 そもそも数日前とは言え少しだけ会った人間を確実に記憶するのは中々に難しい。しかも髪の色が変わっているのだから記憶から引っ張り出せるかも怪しい。

 

「いえいえ。多くの人たちを救ったんです。これぐらいはさせてください。……でも」

 

 変質した京太郎の瞳が園城寺怜が備えているマグネタイトが常人よりも数段保有していることに気づかせた。

 いや、元々未来視なんてことができるのだからマグネタイトは多く保有していたのだろう。

 

「俺たちがこっちに居るって気づいてたんですよね?」

 

 ジャブ的な質問をまず投げかけた。

 

「ん。途中からやな。なんて言えば良いんやろ。最初はいつもどおり目の前の危機を回避していったんやけど、最終的に助かる道が視えるようになったというか」

「助かる道がわかる?」

「多分途中から絶対助かる道を視れたんや。火事場の馬鹿力ってやつやな」

 

 これは麻雀にも役立ちそうやわ―と楽しげに笑う少女に対して京太郎は頬を引きつらせた。

 視線をレミエルに向けると苦笑していた。その理由は彼女自身がどれだけ厄介な問題を抱えたかに気づいていないからだ。

 

「通常の未来視は最も太く、強い枝を辿るようなものです」

「未来視で未来を変えるってのはその枝を変える……ってことだよな?」

「当然そのときに取れる選択を自分で選ぶ必要があります。右に行くと事故にあうから左に行こうと決めて未来を見れば未来は変わっているわけです」

「それを、自分が求める未来。つまり枝を選択し視ることができる? 0%でなければ?」

「はい」

「それはまずくないかな?」

「世が世であれば彼女を聖女か何かに祭り上げる人も現れるでしょう。未来視を神からの予言とし的中させると」

「天使がそんなこと言って良いのか?」

「それをしたのは私たちではなく他宗教ですから関係ありませんね」

 

 しれっという天使に疑惑の目を向ける京太郎だが、実際のところ過去がどうとかどうでも良いので捨て置いた。

 問題は目の前の園城寺怜である。

 怜は疲れと安堵から深い眠りに入ったようで代わりに問いかけたのは親友である竜華だった。

 

「え、えっと。怜がなんやの?」

「例えばですけど麻雀打つ前からどうやって打てば勝てるかわかるとかすごいと思いません?」

「怜の力の話なん? でもそんな体力怜には……」

「今まではなかったとして、これからはどうでしょうか?」

 

 この場にいる怜を心配して集まっている面々の視線が天使に集まった。

 

「彼やそこの少し厚着をした彼女のように覚醒者となるには戦う必要があります。自分より強いものに立ち向かい、そして打ち勝つことにより霧散したマグネタイトが霊魂に作用し魂が強くなるのです」

「でも園城寺さんは戦っていないだろ?」

「いえ、戦っていたでしょう? 生きるために自分の体に負担をかける力を行使し生きるために全力だった。倒すことは彼女には出来なくても、私たちやヤタガラスの退魔師たちが倒した悪魔の体を構成するマグネタイトは少なからず彼女に影響を与えたことでしょう」

「……そして未来視の力が強化されていき。最終的に俺ってかデュラハンが上位悪魔のケルベロスを殺した……?」

「覚醒する条件としては申し分ありません。どうも能力に全リソースを向けているようでそこまで高い身体能力ではないようですが」

「本体が未来視だから関係ないなそれ!」

 

 どうすんだこれ! と頭を抱える少年に対して状況がうまく把握できていない竜華が問いかけた。

 

「えっと、つまり?」

「園城寺さんの力を知れば世界各国の色んな人が彼女を狙う。裏で飼われるぐらいならまだマシで、その力を受け継がせる事ができるかとか考えるかもしれない」

 

 未来視能力の量産化はしないだろう。下手に増やして盗られたら大問題である。

 しかし一族や一国の安泰を考える者たちは居るのではないだろうか? そのためには園城寺怜という人間の寿命が問題になる。子供を産めば力を引き継ぐことができるのか? 出来ないのであれば別の、それこそ下衆な手段を取り力を永続的に使う事ができないか考えるだろう。

 その可能性を伝えると面々の顔色が真っ青になった。

 

「どうすればええのそれ!」

「えっと、ヤタガラスに頼るのはいけないのかな?」

「ヤタガラスも力を利用したいと考える側だからダメね、きっと」

 

 松実宥の案を一瞬で憧が切り捨てた。

 ヤタガラスは確かに国に住む人々を護る役目を担っている。しかしそのあり方は小を捨てて大を取りに行くものである。

 園城寺怜という個を利用し国民を救うことができるならば先程あげた話ほどではないにしろ、彼女は自由を縛られることになる。

 

「……考えるのは後回しだ」

 

 あちこちから聞こえる騒音を聞き京太郎は言った。

 

「頼りにできる人は少ないけれど、それでもなにか手はあるはずだ。うん」

 

 と言って彼女たちの前から去り人々の傷を治療しているドミニオンの元へと向かった。

 

「なんかつめたない?」

 

 ムッとしながら言う竜華に対して。

 

「心配しないでください」

「へ?」

「どうあがいても多少なりとも縛られるのは避けられないでしょう。しかし、それでも普通に過ごす事ができる方法を得るための交渉材料ならばあります。そして彼は手札を切るでしょう」

「まった。それが本当だとしてこっちは嬉しい話やけどあいつにとっては他人や。他人にそこまでするもんか?」

 

 まだ竜華や怜に色目使う言う方が納得できるわ。とボーイッシュな少女が言う。

 

「確かに。……これは理解する必要はありませんが、だからといって手を伸ばさないという選択肢は選びにくいのです」

 

 須賀京太郎は多くの人々の手を手放した。

 その結果目黒区を始めとする多くの人々が死に、本人は人間を辞めかけているとはいえ死に損なった。

 あの日のことを彼が忘れることはないだろう。

 だから、目の前で危うい状況にある怜を見捨てることは出来ないことは、あの体験をともにした彼を知る者たちであれば理解できることだった。

 すべてを救うことは今もできはしない。けれど手を伸ばせば助けることができるかもしれない人が居ればきっと手を伸ばすはずだ。

 例えその結果自分にあらゆる困難が襲ってきたとしても。

 

 自己犠牲とも取れるその思想の根底にあるのはトラウマだ。

 

 そこまで説明はしなかったが、追求されることもなかった。

 レミエルの顔を見ればそれ以上語ることはないと書いてあったからだ。

 

 それ以上に事態を理解した彼女たちからすればなんとかしたいがなんとかする金も力もないのだ。

 怜を救うためならと密かに覚悟を決める一人の少女の姿があったがそんなことは露知らず、人々を癒やした京太郎は彼らに結界から出ない事を約束させこの場を立ち去ったのであった。

 

*** ***

 

 その頃、東京国際フォーラムから安全に逃げることに成功した者たちが居た。

 鳥型の悪魔が頭上から悪魔たちの進行を確認し残った二体の悪魔が彼らを護っていたのだ。

 

 スパルナ、オメテオトル、ローレライ。

 彼らとともに居るのは咲を始めとする清澄勢と福路美穂子。そして京太郎は知らないが彼女たちの知り合いとなった臨海女子の面々であった。

 

「この辺でいいじゃろう」

 

 そう言って地面に腰を下ろしたオメテオトルに倣うように彼女たちも動きを止めた。

 空から舞い降りてきたスパルナが言う。

 

「サマナーハッケン! フキソクニウゴキナガラコッチニムカッテイル!」

「近くの人を助けながら来てる?」

「いつもどおりじゃな。……パラケルススたちが見当たらんかったのは気がかりじゃが最低限の言い訳はこれでたつか」

 

 彼らが移動した先は悪魔も、そして人も居ない場所だった。

 悪魔からすれば強力な力を持つ彼らを狙うのはリスクが有り、人からすればココが安全なんて知りようがない。

 オメテオトルたちとしても、知り合いですらなんでもない人間を救う義理がなければ理由もなかった。

 

「なんで私たちを」

「助けたか、か? そんなものはどうでもええわ」

「どうでもいいって!」

「人がどれだけ傷つこうが、死のうが知ったことではないわ。戦うことすらせずただ逃げるだけの命になんの価値があろうか」

「そこまで極端なことは言わないけど、どうでもいい人間がどうなろうと知ったことじゃないのは同感かなー」

 

 ならばなぜ、彼らが彼女たちを救おうと動いたのか。

 その理由は京太郎が帰還したことに気づいたからである。

 京太郎と離れ迷子状態となっていた彼らは身体に供給されるようになったマグネタイトで彼の帰還を察した。

 だからこそ京太郎と合流するために。ついでに、彼の機嫌を損ねないように近くに居た彼の知り合いを守護するように動いたのだった。

 

「そんな勝手な! 元はと言えばあなた達のような存在がいるから……!!」

「ほほう、儂らの存在を認めたか!」

 

 これまでの怒りをぶつけようとする少女に対して、かかかと高笑いするをするのはオメテオトルだ。

 それに続くようにローレライも楽しそうに笑っており、不気味に感じた原村和が一歩後ずさった。

 

「そんなオカルトありえません! じゃったか? なんとも滑稽な言葉か! サマナーのCOMPの中からその言葉を聞くたびに笑いを堪えるのに必死じゃったわ」

「な、な、な!」

「まぁそれもそうじゃろうな。そうやって必死に否定せねば、貴様の嫌いな物の中に加わるのはそこのゆ」

「やめてください!!」

 

 絶句から一転叫んだ少女に怯む様子もなく、それでもその先を口にするのをやめたのは京太郎の指示がすでにあったからである。

 原村和は超常的な現象に対して恐れを抱いている。例えば霊であったりするわけだが、さて、オカルト能力とは彼女からすればどのような位置付けと言えるか。

 オカルトなんてあるわけがない。そう言わねば、思い込まなければ彼女は友人を恐れることになる。

 それに気づいたのは悪魔たちで、それを元にからかえばいいと訴えるも京太郎は許さなかった。

 仲魔を否定されるのは癪に障るが、ただ怖いだけではない理由があるならば仕方がないと考えたからだ。

 

 それ以上何も言わない悪魔に恐怖心が沸き起こり和は何も言うことが出来ない。

 今が好機だと「ここならば安全なのか?」と問いかけようとした臨海女子の監督アレクサンドラの行動を複数の騒音が邪魔をした。

 

「……男子三日会わざれば刮目して見よ。と言うが、サマナーには一日あれば十分じゃな」

「イメチェンしたからな!」

「そういう意味ではないが……。実際そのとおりじゃな」

 

 バサバサと翼をはためかせながら現れた銀髪の少年の頭部をスパルナが突く。

 

「ヤクソク! ヤクソク! ワスレテナイカ!」

「忘れてないって! もうちょい待ってくれよ。……どうせ数日後には全部終わるからそうなったら適当に合体させるから」

「カカカカ! ナラ、イイ!」

 

 頭を擦っている銀髪の少年にドンと抱きつくのはローレライだ。

 

「おかえりなさい、サマナー」

「ごめん。心配かけた」

「ほんとだよ! 全部終わったらパフェ、お腹いっぱい食べさせてよね!」

「……それで済むなら幾らでもって話だよなぁ」

 

 須賀京太郎は自分に向けられた視線を感じ、最も強く投げかける少女の方を見た。

 少女は口を大きく開けて、信じられないと驚愕しつつ涙をこぼしていた。

 

「京ちゃん?」

「おう。一応は」

 

 いつものように名前を呼びかけ、いつものように軽い口調で答える。

 それはいつもどおりの日常でありながら、人の側である咲と悪魔とともに居る京太郎と対照的な光景でもあり。

 

 ――遠くに行っちゃったんだ。

 

 少女がかつて実姉に抱いたような感情を少年に対しても抱くのであった。




怜の能力についての補足。
今まで:起こる可能性が最も高い未来を視る。

これから:可能性が1%でもある未来を視ることができる。つまり核に変わるそれ以上のエネルギーを明日できる可能性が1%でもあるならばそれを視ることができる。つまり、欲する可能性を手繰り寄せて実現できるということです。
ただとある弱点のせいで万能ではないですが、それは追々語られることでしょう。


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『5日目 最も深き場所』

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。




 

 悪魔たちと談笑する須賀京太郎の姿は咲を除く清澄勢からすればとても気味が悪いものだった。

 彼女たちからすれば悪魔という存在は自分たちに危害を加える存在でしかない。そんな人を襲う悪しき存在と、仲良さそうに語らい合う知り合いの少年が理解できないのも仕方がない話ではある。しかしそれを口に出すか、出さないかは人それぞれであり、口に出すのが原村和という少女であった。

 

「なんでそんな普通に接せるんですか?」

「は?」

「だって、悪魔なんです! 人間を襲ってるんですよ!!」

「悪魔だしなぁ。それに契約でコイツラが人を襲うことはないし、襲わずに人に貢献する悪魔だって居る。千差万別、人それぞれならぬ悪魔それぞれだ」

「でも! 悪魔じゃないですか! 須賀くんだって人を守るために戦って、殺しているのになんで!」

 

 少女の問いかけに首を傾げ、少々悩む様子を見せるが。

 

「何が言いたいのかはわかるけど理解する気はない。大体人を傷つけるやつを殺すのが俺の役割なら俺は人間を殺さなきゃならないって。なんせこの状況を作ったのはヤクザや政治家で、人間なんだから」

「それは! それは、人を殺すのは良くないことですけど、でも全ての人が悪いわけじゃないです!」

「ならすべての悪魔が悪いわけじゃないよなぁ」

「でも、だって!」

 

 二人の感覚の違いは個としてみるか。群として見るかの違いである。

 よくある話ではあるが、何かしらの不都合に人は自分を含もうとしない。

 自分が男であればこれだから女はと簡単に言うだろう。女であればその逆だ。

 人間以外の動植物が人を襲い命を奪えば、絶滅とまではいかないが憎悪を糧として敵対し武力を振るう。原村和の心情もそれに似ていると言える。

 対して須賀京太郎だが彼は悪魔との距離がとても近い。肉体が変異しているのもそうだが、そうでなくても今までの言葉で語り合いわかり合うときもあれば命をかけて戦うという経験を積んできた。そんな違いを知っているのだからそれも当然だ。

 どちらが正しいという話ではなく、どちらかの意思が変わらなければわかり合うことの出来ない問題なのは確かである。

 

 だから、須賀京太郎と原村和がわかり合うことはきっとこれまでも、これからもないだろう。

 かつての憧れは肉体面のことであり内面は含まれていない。そして憧れは理解から最も程遠い感情であるから。

 付け加えるなら京太郎のこの思想を悪魔に近い人々は危険だと考えることだろう。悪魔からの影響を強く受けすぎる可能性があるからだ。

 その事を一番理解しているのが彼の仲魔たちで、セーフティという形で機能しているのがドミニオンだが、現状ではレミエルもその一体である。

 

「話はそこまでにしましょう。人とサマナーでは根本的にわかり合うことは難しい」

「そーそ! そ・れ・に! 後少しすれば切れる繋がりなんてどうでもいいもんね!」

 

 ぽろんぽろんと手に持った白いハープを引きながら楽しそうにローレライが言う。

 

「はぁ? それはどういう意味だじぇ。……ぇ?」

 

「ゆっげぼっ」

 

 それを見て慌てた様子の和が声を出そうとするもうまくしゃべることが出来ない。その理由は優希と同じであった。

 一瞬少女の脳裏に須賀京太郎が悪魔を貶されたことでなにかしたのではないか? 浮かぶが驚きの表情に説明がつかない。

 

「ローレライ! ディアを皆に! でも一体何が」

 

 清澄勢と臨海女子の大人の女性以外同じような現象に襲われている。

 一体何がと周りを見ていると肌にピリピリとした刺激が走っていることに気づく。そして次の瞬間東京国際フォーラムの方角からまばゆい光が放たれた。

 メギドではない。しかし万能の力が放たれていることに気づき、恐ろしいほどの力と天に雲が群がっているのが視える。

 

「そういうことか。あそこから放たれている力が人々に負担を与えとるんじゃな。覚醒していない人の魂が力に耐えれんのだ」

「結界だって張ってるんだぞ? なのにか?」

「つまりあそこにおるのは四天王の力に匹敵する存在という訳じゃ。もしやすれば大天使をも超えうる何かが」

「大天使をも……」

「とはいえこれは天使の力ではありません。似ているのは……かつて、あなたに宿っていた大蛇の呪いでしょうか。そのものではないでしょうが、初出が同じ様に感じると言いますか」

「なんだって良い。とは言えないけど、ここでゆっくりしているわけにはいかないな」

 

 発せられる力に怯えているのか、飛べる悪魔が少しでも力から離れようと逃げている様子を見ることができる。

 

「虎穴に入らずんばだ。行ってみよう」

「ちょっとまって!」

 

 この場を去ろうとする京太郎たちを静止したのはアレクサンドラだった。

 吐血したことが原因かそれとも力を浴び魂に負担がかかったのが原因か。倒れた少女たちを介抱しつつ救いを求める眼で京太郎達を見ている。

 

「あなたは……我らの信徒ですね?」

 

 レミエルの言葉に頷いた。

 

「は? メシア教徒?」

 

 反射的に刀を抜こうとする京太郎に。

 

「待って! 数日前に起きたことを私は知らないの! 本当にっ」

 

 手を前に突き出して必死に押し留めようとする姿を見て、信頼できる天使に処罰を委ねた。

 

「……レミエル」

「嘘であれば私が罰を下しましょう。グレーではありますが黒ではない以上罰するわけにはいきません」

「ふー……。よし、落ち着いた。この人のことは任せるよ」

「ええ。あなたは彼女たちの看病をしてください。結界があるため身の安全は確保できていますし、あの力がなくなりさえすれば体調面も回復に向かうでしょう。幾つか魔石も置いていきます、危険だと判断すればこれを用いて助けてあげてください。よろしいですね?」

「は、はい」

 

 全ての心配が取り除かれたわけではない。むしろ増えた部分もあるのだがそれでも指示をされた分心が休まった部分はある。

 契約をしていないレミエルとセイテンタイセイを残し仲魔たちを送還した京太郎は力の源へ筋斗雲に乗って飛び去り、アレクサンドラはその後姿を見送るのだった。

 

*** ***

 

「ガハッ」

「ヒッ!」

 

 ハギヨシの着る執事服が鮮血に染まる。

 胴体に突き刺さったのは無骨な太刀であった。

 

「なぜ、その剣を……」

 

 口から血を吐き出しながら問いかける。ハギヨシはその太刀を実際に見たことはないが知っていた。

 

「なぜ? おかしなことを言う。これはもとより俺が振るう剣だ当然だろう」

 

 群がった雲が男とハギヨシの力に刺激されたのか雨が降り始めた。

 だが不思議なことに雨は二人の男を避けるように降り注いでおり、二人を濡らすのはハギヨシの血だけだ。

 

「鍛え続けていればいざしらず。執事としての生活を送っていただけのお前が勝てる道理はない」

 

 腹に突き刺さったままの太刀を振るうと、刃が抜け壁に叩きつけられた。

 それでも意識は消えず、男をにらみ続けている辺り例え全盛期より弱くても身体は丈夫である。

 口から血を吹き出し倒れている龍門渕透華を担ぎ上げ男はハギヨシに背を向けた。

 

「護るって意志だけじゃ何も護れない。どんなに世界が変わっても世の理は弱肉強食だ。武力かそれ以外か。手札の誓でしかないってのにそれを捨てちまうんだからくだらねぇな」

「待て!」

 

 筋斗雲から飛び降りた京太郎が声を上げ刀を振るった。

 刀と太刀がぶつかり合い鈍い金属音があたりに響き渡る。そのまま電撃を金属を伝わせダメージを与えようとしたときだ。

 

「おっと。下手な魔法は止めたほうが良い。この娘が死んじまうぜ?」

 

 ハッとした。かつての自分と同じ髪の色をしていた少女が気を失い担がれているのだ。

 

「え。透華さ、うわっ」

 

 刀が弾かれ宙に浮いた京太郎に回し蹴りが繰り出される。

 空を切る低音に合わせて振るった刀が足に突き刺さりダメージを与えるが、京太郎に対しても蹴りの衝撃が襲いかかる。

 

「ぐっ!」

 

 足を振り切ったことで突き刺さった刃が抜け京太郎も吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられるも即座に立ち上がり男へと駆け出す京太郎だが、それを邪魔するように吹き上がる風が襲いかかり吹き飛ばす。

 

「不本意だとは思うが決着はまた後日だ。……葛葉ライドウと共に俺の元に来ることを楽しみにしている」

 

 懐から取り出した櫛を握りしめると男を護るように水がまとわりつき、風が空へと押し上げていく。

 男だけであれば電撃魔法で追撃をかけることも考えるが、龍門渕透華が担がれている。ジオダインなんて放とうものなら彼女の身体が消し炭になるだろう。

 かといってジオや、ジオンガで対抗できるとも思えずただ去っていく水の塊を見送るしかなかった。

 

「くそっ。……ハギヨシさん!」

 

 悔しさから我に返り倒れ伏しているハギヨシを見ると、即座にローレライを召喚し回復するように指示を出した。

 ハギヨシのことは心配であったが、京太郎にはするべき事がまだあるのだ。

 

 目下のところは……。

 

「どっかで見たことあるんだよなぁ」

 

 女の子座りといえばいいか。正座を少し崩した感じに座っている……というより腰が砕けている様に感じる。

 理由は不明だが瞳孔は開ききり、口を魚のようにパクパクと開閉させなにも言うことはない。

 

 いつもの京太郎であれば、逃げている最中にハギヨシと男の戦いを見て驚いたのだろうと結論づけるがそうはならなかった。

 何処かで見たことがある。その事実が京太郎にその選択肢を取らさなかったのだ。

 少しだけ考え、十秒以上の時間が経った後に「あっ」と思い出した。

 

「この人ゲオルグと一緒に居た女の人じゃないか」

 

 安西ミカと名乗っていた暴力団の女である。

 ゲオルグをアニキと呼んでいたことだけを記憶している。そんな女がなぜここに居るのかを考えればこの場を去った男についてきたとしか考えられない。

 そうなるとなぜ置いていったのか分からず、それを問いただすためにミカに近づいていく。

 

「若……若はどこに……」

 

 若。若。若。

 声をかけてもそれしか言わない女にデビルスリープを使い眠らせた。

 優しさからではなく我に返って逃げないようにするためであった。

 スパルナを召喚すると女を見張らせ、スパルナとローレライをこの場に置いて京太郎は立ち去った。

 男の影響で悪魔たちに混乱は与えたがそれでもまだ悪魔たちは存在する。人々を護るために悪魔を駆逐するため行動を開始したのであった。

 

*** ***

 

 事が落ち着いたのは陽も沈み月が頭上に輝く時間帯になってからだ。

 ライドウ、霧島の巫女、ヤタガラスの退魔師、封鎖に巻き込まれ覚醒した人々に京太郎。

 様々な人たちが尽力を尽くし結界に蔓延っていた悪魔たちはあらかた掃討されるに至った。

 

 一先ず訪れた静寂の中で彼らは情報共有を行うために集まっていた。

 京太郎の状況を知らなかったライドウ以外の者たちは驚きの様子を見せるも、この場はそれを含めた共有の場であるためこの場ではなにも言わなかったが、ただ一人石戸霞だけが気まずそうに即座に京太郎から顔を背けた。

 

「さて、今後についてだが」

「まだ悪魔が潜んでいる可能性がある。警戒する必要はあるだろう」

「十六代目の言うこともご尤もだ。だがその役目はお前たちじゃない。他の退魔師たちに任せる」

「では」

「熊倉の婆さんとも話したが、決着は早めに付けたほうが良いという結論に達した。結界が破られたことも龍門渕透華が攫われた件もだが最もでかいのは神代小蒔が限界に近いことだ」

「太陽の日差しっすか? 戻ってきたら一段と暗くなっていて驚いたけど」

「そうだ。このままだと太陽が奪われ影響範囲が封鎖内だけでではなく日本中に及ぶ可能性がある。それは絶対に避けたい」

「時期外れの日食とか荒れそうですもんね。色々と」

「だからこそ問題点の洗い出しをし不確定要素は出来得る限り排除したい」

 

 大沼の眼が京太郎を射抜く。

 

「ここに至ってお前さんが敵であるとは思わねぇ。もしそうなら、好機であると暴れているだろうからな」

「そっすね。ヤタガラスが一番欲している物を持っているのも確かですし」

 

 いたずら小僧の笑みを浮かべながら腰にぶら下げた刀を左手でポンポンと叩いた。

 渋い表情で「それについては全てが済んでからだ」と言い。

 

「それでだ。お前さんになにがあった? あの爆発の後どこに居た?」

「なにが、と言われるとあれですけど。俺が飛ばされた先での影響と言えば良いのか」

「飛ばされた先? 影響?」

「まず、俺が飛ばされたのは人間界の何処かでも天界でもなく魔界です。天界も似たようなものだと聞いたけれど、魔界は高密度のマグネタイトで構築された世界と言えるそうです」

 

 少なくとも大魔王と呼ばれるルシファーを始めとした強大な存在が、普通に暮らすことができるほどにマグネタイトが満ちている世界だと言える。

 天界も同じで、マグネタイトがあるからこそ天使や唯一神も存在し続けることができるのである。

 

「魔界に飛ばされて、緊急展開されたデモニカのおかげで完全に変質することは避けられました。でも多少なりとも魔界の空気、瘴気に浸ったことで肉体が多少ですが影響を受けました。髪の色も変化もそうですし、他にも色々と。プラス面のほうが大きくはあるんですけどね」

「人間の肉体では耐えきれん世界に身体が無理矢理にでも適応した結果。とも言えるかもしれないねぇ」

 

 熊倉トシの言葉に「あっちで会ったとある少年の姿をした何かにも同じようなことを言われました」と返した。

 

「少年の姿をした何か?」

「悪魔の姿よりも人の姿のほうが小回りが効いて良いそうです。まぁ人間界を姿を表すときの姿であるとも言ってましたけど」

「分霊か。んで、誰なんだそいつは?」

「本体の名前は結局聞けませんでした。目覚めた俺に少年はとある名前を名乗りそして飛ばされた場所について教えてくれました」

「場所って、魔界ってか?」

「魔界にも地域についてですね。セントラルとかアイスランドとか色々あって……と、この話は置いといて」

「そういうことか。魔界も広いのか……」

「ですね。それで、少年。タカジョー・ゼットと名乗った緑の少年はこう言いました」

 

 『ようこそ、デビルサマナー。ここに人が来るのは初めてのことだ、誇っていいよ』

 『ここは、お前は誰なんだ?』

 『この姿ではタカジョー・ゼットと名乗らせてもらっている。そしてこの場所は魔界で最も深き場所。大魔王ルシファーにも従わぬ悪魔たちの牢獄』

 『大魔王にも従わない……?』

 『そう、そしてその名は』

 

 ――ディープホールと、言うんだ。





メガテンシリーズでもマイナーなんで補足

・デビルチルドレン
 子供向けのメガテン。なのできちんと真・女神転生の名を背負っている。
 ゲーム・漫画・アニメ化とペルソナシリーズ前に幅広く展開したシリーズでもある。
 アニメの名称はデビチルであり微妙に違う。ストーリーもそれぞれの媒体で異る。
 特に漫画版は児童誌のベルセルクとも呼ばれるほどだが、ゲームとアニメはきちんと子供向け。


・ディープホールについて
 真・女神転生デビルチルドレンに登場する言わばクリア後ダンジョンに該当する。
 とある3兄弟が守護及び管理をしており、強力な悪魔が徘徊している。
 ルシファーの意向に従わない危険な悪魔たちを隔離している場所とも言える。


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『5日目 遺産』

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

今回と次回ぐらいは説明会であります。



あとあとがきにこの作品とどっち書くか迷ったやつを置いておきます。
本話とは関係はあんまないんで時間がある人のみどうぞ。



 声が聞こえる。

 ありとあらゆる怨嗟の声が責めるように訴えかけてくるのだ。

 耳を塞いでも、声を荒げても、怨嗟の声を遮ることは出来ず、それから逃げるように走り出した。

 

 『なぜ殺した』

 『なぜ助けてくれなかった』

 『なぜあの子達だけを救ったのだ』

 『なぜ、お前は生きているのだ』

 

 責める言葉は大天使が起こした事象の件であり、京太郎が殺した人々の想いだろう。

 負の感情は京太郎の精神を責め続け、喉が枯れるほどに声を上げるがやはり意味がない。

 疲れ果て、倒れ伏す京太郎の身体に変化が起きた。

 なにかが蝕むように、四肢と頭部から包み込み初め冷たい感覚が走る。

 抗おうとするが責められ続けた京太郎の身体は疲弊し動かすことは出来ない。

 死を彷彿とさせる感覚が全身を包みこもうとした時、光が走り振り払った。

 

 残った力で顔を上げて、その先に居たのは……見たことのある少女だった。

 

*** ***

 

「う、あ……」

「気づきましたか」

「あれ、俺、なんで……いや、視界がおかしい?」

 

 視界が赤く染まっており、なんだろうと眼を擦ろうとするが出来なかった。

 何かに当たっているようで困惑するが、電子音声が『正常化します』と伝えると視界が赤から変化した。

 

「これってデモニカ? でもなんで」

「あなたの命の危機に反応し展開したのではないでしょうか? そのような防具があるとは聞いていなかったので推論しかできませんが」

「そっか。レミエルは居なかったから……」

 

 そう言ってデモニカの頭部ユニットを取り外そうとするも、慌てたようなそれを止めた。

 

「待ってください! ……ですが体を休めるためにも外す必要はありますか」

 

 レミエルが何やら呪文を唱えると、デモニカ越しでもわかるほどの清浄な空気が辺りに漂うのがわかる。

 よくよく周りを見れば、何やら身体に悪そうな霧が敷き詰められており、冷静に考えればデモニカを外すのは危険だとわかりそうなものだ。

 

「これでよいでしょう。ここの住人に好まれる結界ではありませんが、仕方がありません」

「ここの住人? それに皆は?」

「セイテンタイセイたちは辺りを見回っています。それと紹介しなければいけない者が一人居るのです」

「紹介? それにこの場所を知ってるのか?」

「それは彼に聞いてください。又聞きの私に聞くよりも良いはずです」

「そっか」

 

 頭部ユニットを取り外し横に置くとレミエルが驚きの声を上げた。

 

「どうした?」

「髪の色が」

「髪?」

 

 前髪を引っ張るとそこにあるのはいつもの明るい金色ではなく、鈍い鉛のような銀色だった。純粋な銀色ではなく銀灰色……シルバーグレーと言えばいいか。少し汚くも感じる。

 

「なんだ、これ。なんで変わって……」

「……魔界の影響をうけ身体が変質したと考えるべきでしょう。魔界の瘴気が人体に与える影響は計り知れませんから」

「変質って俺は」

「もしその装備がなければ完全に人ではなくなり、悪魔人間となっていた可能性があります。しかし今のあなたは人であるとも感じます。半人半魔とでも言うべきでしょうか」

「ははは。ついに人を止めましたってか。あぁでも」

 

 あれだけ大勢の人々を殺して、それだけの代償であったならまだ軽いほうか。と心のなかで呟く。

 顔を伏せたレミエルは全てを理解は出来なかったが、察している様子ではあった。

 

「いつまでも俯いているわけにはいかないか……」

 

 立ち上がり、デモニカの頭部ユニットを被ると軽く体を動かす。

 眠っていたためか身体が固まっており、体を伸ばすとバキバキ音がなる。

 仲魔たちが帰ってきていないため今すぐ動く気はなく、今しているのはあくまで準備運動だ。ハンドボールをしていた時のように身体を解していると仲魔たちがとある悪魔を連れて戻ってきた。

 

「おかえり。その悪魔は?」

「ふん。本当に人間がこの地にやってくるとはな。しかも変容はしているが人の因子は残っている。なんともいい塩梅に変化したな、狙って変化させたと感じるぐらいだ」

 

 赤い馬に乗り現れた騎士が若干含んだような言葉を言いながら現れた。

 

「我が名はベリト。短い間だろうが覚えておくがいい」

 

 なんとも偉そうに現れたが目の前の悪魔から感じる力量は京太郎と同等か、それよりも少し高いぐらいである。

 腰にぶら下げた刀が京太郎にある分殺し合いとなれば京太郎が上を行く可能性が高い。

 それをベリトも理解しているのだろう、忌々しいと顔をしかめている。

 

「我が長兄が貴様を呼んでいる……ついてくるが良い」

 

 心配はないとうなずくドミニオンとセイテンタイセイを信用し、最初は送還処理を行おうとしたがそれを止められた。

 

「この場において送還する必要はありません。マグネタイトが豊富にあるのですから消費することもないですし」

 

 言われてCOMPを見て初めて気がつく。マグネタイトが減っていないのだ。

 マグネタイトは本来留まりにくいエネルギーのため、召喚をし続けるにはマグネタイトが多く必要になる。

 しかしそれが減っていないということは、マグネタイトがそれだけこの場に満ちているという証拠に他ならない。

 

「……これをCOMPに限界まで注ぎ込んで人間界に戻った後に売ってやれば大金持ちコースでは?」

「流石にそいつは許さないぞ。ほしければ代価を払え。だが安心しろこれから嫌でも増えるから下心を出す必要はない」

「……?」

 

 ベリトについて京太郎たちは歩く。

 魔界とは言っても身体の動かし方は人間界とは変わらないようだ。所々一方通行の道やまるで獣道のように舗装されていなかったり、ショートカットだと言って跳び上がったりするがそれも普通の身体の使い方ではある。

 だがそれよりも気になるのは突き刺さるように感じる京太郎への視線だ。

 悪意か、好奇心か。

 それが分からないのはどれも正解であるからだろう。

 

「ついた。入れ」

 

 ワープ機能などのせいで方向感覚がおかしくなっているが、基本的に階段は上がっていた。つまりこの場所は地下であり、地上へと近づいていたのだろう。

 実際デモニカから送られてくるデータを読み解くと、風を感じることができるようだ。

 とはいえ直に味わってしまえば悪魔化が更に進行してしまうため、望むことは出来ないが。

 

 ベリトに通された先には新たなワープホールが存在した。

 慣れない感覚に身を委ね、気づいたときには魔界には似つかわしくない綺羅びやかな建物の中に居た。

 レッドカーペットの上を歩きながら周りを見渡せば窓から外の様子を見ることが出来た。

 暗い、太陽のない世界で、外には多くの悪魔が跳梁跋扈しているが混沌とした世界ではなくある種の秩序が感じられる生活を送っているように思えた。

 魔界なのだから悪魔たちが常に闘争を求めて居るのだろうと思っていたが、そうではないのが意外だった。

 

「俺たちをただの暴力しか能がないやつだと思うな」

 

 ベリトはそう言ったかと思うと「と、言いたいが」と続けた。

 

「知性無くただ暴れまわるだけが能の奴も居る。もし奴らが自由であれば外は貴様が想像した通りになっていたろうな」

「ならなんでそうなっていない?」

「そういう奴らを隔離する場所がある。ただそれだけだ」

「……もしかしてそれが」

「そこから先はこれから話すやつに聞けばいい」

 

 話は終わりだ。とベリトは言った。

 謎は未だ多いがわかることが一つだけある。今から会う相手は魔界で暴れまわる様な奴らを制御する力を持っているということだ。

 弱肉強食の世界において強者は絶対だ。

 レミエルならばそれを否定するだろうが京太郎は何も言えないなと結論づけていた。

 その理由はレミエルも悪魔の言う強者の理論もどちらも正しいとそう思えたからだ。

 ケースバイケースと言うべきか平時であれば強者の理論は横暴かもしれないが、今の東京の有様を考えれば強者の理論を振りかざすほうが秩序が保たれる。

 それがいきすぎれば当然問題だろうが、混沌の中にも確かな秩序はあるのだ。今こうして目の当たりにしている魔界のように。

 

「魔界、か。はたから見れば秩序のもと、平和に暮らしているのだな」

「ドミニオン……」

「見ているとわからなくなる。取り繕われた秩序と裏に潜む混沌。それは我らメシア教と何が違うのだ?」

 

 自分が信じた者が最後の望みも果たすことさえ出来なかったと聞き、自身の有り様に迷いを感じている。

 その証拠に純白の翼が時折揺らぐように変化しているのを見ることができる。

 一歩間違えれば堕天してもおかしくない。そう、感じられた。

 

 京太郎が背中を軽く叩くと、

 

「むっ」

 

 と、一言いい「狼狽えている場合ではないか。しっかりせねばな」と呟いた。

 羽根の色はいつもの純白に戻り一見すると安定したように見える。しかし先程の言葉通り保たれた秩序の中にある混沌は彼の中から消えていはいないだろう。

 

「ついたぜ。入りな」

 

 大きな扉を馬乗した状態で器用に開きながらベリトは言った。

 ベリトは扉の前で動かなくなり、ただ先へ進めと促すだけだ。

 京太郎はそれに従い、部屋へと歩を進める。

 

「う、お……!」

 

 その部屋はまるで星の瞬きの様に感じられた。

 漆黒の部屋に星を思わせる光が輝いている。

 四方を埋め尽くすその光景にただ圧倒され、どれぐらいの時間が経ったのか夜明けの訪れのように部屋が明るくなっていく。

 その中でひときわ輝く星が怪しく煌めき、そして消えた。

 

 こつ、こつと足音が正面から聞こえる。

 眼の前にいるのは褐色肌の緑を基調とした服を着ている少年だった。

 場違いとも言える少年の存在感に京太郎は圧倒されていた。

 

「ようこそ、デビルサマナー。ここに人が来るのは初めてのことだ、誇っていいよ」

「ここは、お前は誰なんだ?」

 

 不意に場所についての問いかけが口から出た。

 ベリトは言った。それを語る相手は他にいると。それを語る存在が目の前の少年であると自然に理解することが出来たのだ。

 少年は面白そうにほほえみながら言う。

 

「この姿ではタカジョー・ゼットと名乗らせてもらっている。そしてこの場所は魔界で最も深き場所。大魔王ルシファーにも従わぬ悪魔たちの牢獄」

「大魔王にも従わない……」

 

 もし目の前の少年もそうであるなら、自分はまた戦わなくてはならないだろう。

 そして、もし戦いとなれば自分が生き残る確率は低いと直感していたのだ。

 京太郎の考えを知ってか知らずか。少年――タカジョー・ゼットは続ける。

 

「そう。そして、その名をディープホールという。……ここはその管理区さ」

 

 安心していいと指を鳴らすと突如として机が出現した。

 長く、細い机に備えられた椅子に座ったタカジョーは京太郎たちに座ることを勧めた。

 京太郎たちが少年の言葉に椅子に着席した時「失礼いたします」という女の声が聞こえた。

 

 悪魔。キキーモラとシルキーが現れカップにお茶を入れていく。

 京太郎は自然に頭部ユニットを取り外そうとして思いとどまり、刀に精神を集中すると自身の周りにのみ結界を構成した。

 

「ああ、そうか。君はそのままだとお茶を飲めないね……僕としては悪魔化してもオモシロイと思ったけど」

「すみませんけど、まだ出来うるだけ人でありたいので」

 

 人でありたい。そんな願いを聞いたタカジョーは少し笑い。

 

「悪魔か人か。どちらにせよ中途半端は嫌われると思うな」

「それを認めさせるのが力で、あなた達の秩序でしょう?」

「そうだね。そのとおりだ。これは一本取られたな! なら、僕が気に入らないと言えば従うかい?」

「抗いますとも。それが許されるぐらいの力はあるつもりです」

 

 力あるものが正義な世界であっても、力に抗う権利はあるのだ。その先に待っているのが死であっても。

 

「はは。そのとおりだ。一時的にキレただけとも思ったが、その結果が君であるならばあいつの運は良かったんだろうな」

 

 あいつというのがオメテオトルだろう。

 上位悪魔の分霊であるとは気づいていたが、それでも大魔王にさえ逆らう悪魔たちを管理している悪魔が気さくにあいつと言う間柄であることに今更ながら汗が流れた。

 

「さて。本来なら君に関わるつもりもなかったのだけど。外的理由と私的理由の二つあってね。僕は君にとある提案をしたいんだ」

「提案だと? お前がか?」

 

 レミエルの多少の棘を感じさせる言葉に全く気にすることもなく言った。

 

「そうだ。その結果僕たちが提供するのは地上への帰還に関する可能性だ。それに対する対価は、そう。肉体労働さ」

 

*** ***

 

「地上への帰還? 肉体労働?」

 

 そこまで話したところで大沼が首を傾げた。

 地上への帰還方法があったとするなら、悪魔はもっと地上に蔓延ってもおかしくないはずだ。それを使わない理由はないのだから。

 

「しかし魔界から帰還できるということは、悪魔が魔界から好きにやってこれるってことだろう? だが現実にはそうなっていない。どういうことだ?」

「それについてですが。まず空いた穴はまだ完全には塞がってません。あちらで俺が気絶している最中に一時的に塞いだんです。念の為俺も上から結界張っときましたが。そのうえでその穴とは別の一度だけ使用可能な行き帰りができる穴があったんです。そしてそれは」

 

 京太郎はライドウを。正しく言うのであれば彼の前にある机の上で話を聞いているゴウトを見た。

 

「十四代目葛葉ライドウの遺産。詳しくはゴウトさんの方が知っていると思います」

「ライドウの遺産……?」

 

 大沼もライドウを見ていない。当時のことをこの場で最も知るのは十四代目と行動をともにしていた業斗童子以外に考えられないからだ。

 

「コウリュウは十四代目との契約を忘れていなかったか」

「地上の様子は感じ取っていた様ですけどそれでもまだ大丈夫だろうと判断したみたいです。でも大天使が壁に穴を開けて、俺が魔界に飛ばされたのを契機に戻ったほうが良いと判断したみたいです」

「……そうか。十四代目が死に契約の力も薄れたろうに繋がりは消えていなかったのだな。そしてそれは正しかっただろう。ヤツを求めて大天使が動けば無理にでもあの日現れていたかもしれん」

「はい。それを聞いて大分ゾッとしましたけど。それでコウリュウに関してはレミエルが尽力をすると」

「今はそれを信じるしかないか」

 

 これ以上戦いを起こしたくないというレミエルとマンセマット。四大天使の策が失敗し権威が落ち始めている今だからこそ止めることが出来るはずだと言っていた。

 天界に繋がりなどあるはずもなく、せめてゴトウたちとの決戦までは黙っていてほしいと京太郎は願い、レミエルはまっすぐに受け止めていた。

 

「待て待て待て。お前たちだけで話を終わらすんじゃない。十四代目の遺産? 超力超神じゃあなくてか」

 

 こめかみを押さえながら大沼は言い、京太郎は首を傾げた。

 

「そっちを俺は知らないんですけど」

「どちらも似たようなものだ。十四代目が関わりそして、今日まで残したもの。そして須賀くんが関わった遺産こそかつての世界大戦に日の本が巻き込まれた一因だ。あの、コウリュウは」

 




--------ここから前書きで書いた内容です。------------------

 不思議な空間だった。
 建築様式としては洋風だろうか。白い柱が立っているのがわかる。しかし周りを見ても壁はなく、とても小さな空間であることだけは分かった。
 何処にあるのかも分からない時計の秒針だけが時を刻む証明となりただ、立ち尽くす。
 その時一頭の蝶が現れた。
 空を舞う蝶は眼を見張るような赤い、血のような色をしており眼の前に降り立つとジットこちらの方を見ていた。
 暫くすると蝶は赤い妖しい色の光を放つと人の形を創った。

「この場に至る者が現れるとはどれほどの時が経ったろうか」

 眼の前にいるのは高校生ぐらいの少年だろうか。
 癖なのか手に持っているジッポライターを開閉するたびに、カチン。カチン。と特徴的な音が鳴り続ける。

「もはや力はなく、さりとて放棄すること叶わんこの身なれど役割は果たすとしよう」

 カチン! と、最後に強く音が鳴りライターを懐にしまう。
 
「名を、名乗ることができるかな? 名とは君が君であるという照明。それをしてもらおう」

 ――名前。
 浮かぶ単語はある。5つの言の葉。
 それを言うことは簡単だったが自分とはなんであったか答えることができなかった。

「名を名乗れない。いや、名乗らないのか。いやはや面白い。この場においてそこまでの思考が成し、それでいて揺れ続けるとはな」

 目の前の少年が何故楽しそうにしているのか理解できずにいた。
 狼狽える自分の顔を見て……いや、顔とは手とはこの場に本当にあるのだろうか?
 悩み、されどどうすればと顔を上げれば少年の身体が薄れていくのが見えた。

「……やはりこれ以上は無理だな。ともすればこれが最後になるやもしれん。良いだろう、さぁ名を名乗るが良い」

 少年が手を伸ばした。

「たとえ自身が何者か分からずとも。今はそれでいい、悩み続けるが良い。この手取ること叶うならば答えを手に入れることができるだろう。だが何かを手に入れるということは何かを失うということだ。誰かの幸せがまた誰かの不幸せに繋がっている様に」

 どうするかと問われ、あるかどうかもわからない手を見ようとすれば、先程までは不安定だった手が確かにそこにあると確信することが出来た。
 手は見えない。足も見えない。身体も見えない。けれど確かにそこにあるのだと断言できる。

 例えこれから先の人生を代償にするとしても、今を変える事ができるのであれば惜しくはない。
 そんな覚悟のもとに手を伸ばすと。

 暖かさが手を包み込まれ、名を名乗った。

*** ***

 すべての始まりが何処だったか。
 そう問われれば暑く、それでいて熱い夏の日だったと答えよう。
 ドームの中心で少女たちが打ち合っている。
 夏のインターハイ。高校生の頂点を決める戦いがそこで行われていて、自分はただそれを見ているだけだった。
 活躍をしている少女たちの姿は喜ばしいものだったが、それを見ている自分は同じ場所にいるはずなのにとても遠くにいるように感じた。
 結果は優勝こそ逃したものの準優勝。
 それでも初出場でこの結果は快挙であり、インタビューを受けながら嬉しくて泣いている少女たちの姿を見て……良かったと思うが、それだけだった。

 チーム戦が終わり、個人戦が開始されそれも終了すると、派手好き及びそれを実行することができる財力のある少女の鶴の一声で、お疲れ様会件優勝のお祝いを兼ねたパーティが催された。

 最初は行く気はなかったが、片岡優希が無理に引っ張り参加し、9割9分少女という中で色物扱いを受けつつ多少の騒ぎはありつつも皆々楽しんでいる。

 そんな中で。

「夏といえばやっぱり怪談とか怖い話だと思うんだじぇ」

 そんな事を言いだしたのは片岡優希だった。
 タコスのソースが口端についており、布巾でそれを拭いながら言った。

「怪談……花子さんとか?」
「チッチッチ。甘いじぇ! というか花子さんなんて子供向け過ぎ」
「じゃあ何なんだよ。口裂け女。皿数えるやつ? 山女? テケテケ?」
「ふふん。もっと洋風な話だ! というかやけに詳しくない?」
「中学の頃に百物語つって色々とネタは仕入れただけだぜ? 丁度本の虫も居たしなぁ」
「咲ちゃんが? 怪談とか平気だっけ?」
「苦手だけど話は知ってるって感じ。雑食で色々読んでるからなぁ。オススメなのないかー? って聞いたら色々と教えてくれてさ。」
「ほーん。のどちゃんは怪談とか苦手だからちょっと羨ましいような」
「……ああ、だから速攻で逃げたのか」
「だじぇ。で、本題だけどさ……ペルソナ様って知ってるじぇ?」
「ペルソナ様…… ユング心理学だっけ? でも様?」
「咲ちゃん本当にいろいろな本読んでるっていうか、その話をきかせてるんだな……まあいいじぇ。そういうおまじないだ。昔少し流行ったって聞いたんだ。で、よければやってみないかって誘いだ」
「へぇ。で、そのペルソナ様ってなんだよ」
「なんか超常現象とかおきるらしいじぇ? あとは願いが叶うとか」
「すっげーあやふやだな! 良いけどさ、暇だし」

 暇だったのは確かである。しかし願いが叶うという言葉に惹かれたというのが正しい。
 超常現象についてはオカルト能力がある以上、そんなものを見ても面白くないという考えもある。けれどもしかしたら手に入れる事ができるかもしれない。そう思ってしまったのだ。

「おもしろそうやんウチも混ぜてもらってもええ?」

 二人に声をかけてきたのは千里山高校の園城寺怜であった。
 倒れたという話も聞くが、今は顔色もよくどこかワクワクしたような表情を浮かべている。

「それ私も良い!?」
「うお!」

 ずいっと身を乗り出してきたのは大星淡である。

「いいけど、なんでだじぇ?」
「大会も終わって、暫く休みになっちゃうし。それに夏のイベントっぽくていいじゃん! 麻雀は面白いけど青春したいもん!」
「それなら友達と祭りとか行けばいいと思うんだけど」
「……いいじゃん。てかあんただれ」
「俺は……」

 そして。
 どれだけ派手にすれば気が済むのか、建物一つまるごと借りていたおかげで、使われていない部屋へと彼らは向かった。
 
 ペルソナ様。

 それは四隅にそれぞれ一人ずつ立ち「ペルソナ様、ペルソナ様、おいでください」と唱えながら前にいる相手の肩を叩く儀式だ。
 肩をたたいた人はその場で止まり、叩かれた人は同じ様に前に向かって歩きながら唱える。

 この場にいるのは優希たち四人の他に怜についてきた清水谷竜華に淡についてきた弘世菫の二人であった。
 両者とも心配でついてきたわけだが、心配の理由は各々違う。前者は純粋に心配で――後者は何かやらかさないかと心配だったのだ。
 時間も夜遅く。灯りを最低限に灯した教室の中歩みを進めた。

「それじゃいくじぇ!」

 片岡優希が先程の言葉を唱えながら前にいる大星淡に向かって歩いていく。

「簡単すぎなんだけど、本当にこれでいいの?」
「いいんだじぇ。ほらさっさといくじぇ」
「おっけー。えーっと、ペルソナ様、ペルソナ様。おいでくださーいっと」

 続いて前にいるのは唯一の男子生徒。
 身長がかなり高く、彼の肩を叩くのは誰にするかという問題が出た時真っ先に除外されたのは優希だった。
 残るは二人だが、少しでも身長が高い淡が選ばれ、今肩を叩いた。

「よいしょと。次よろしく!」
「分かった。ペルソナ様、ペルソナ様、来てください……と」

 足跡と少年の声だけが辺りに響く。
 そして眼の前に居る園城寺怜の肩を軽く叩いた。

「次お願いしますね」
「りょーかいや。さてさてどないなるやろ……ペルソナ様ペルソナ様はよきてやー」

 最後に怜が最初に優希が居た場所へと歩みを進めた。

「何が起きるじぇ?」
「……何もおきんやん」

 暫く経っても何も起きない。
 まぁこんなものかとため息を付きながら皆々が一箇所へと集まる。

「やっぱただのオカルトかー。雰囲気は良くてドキドキしたけど!」
「……ま、ちょっと残念やけどな」
「怜……」
「安易な奇跡なんてないってことやなぁ」

 残念そうにしている少女たちを横目に少年だけが気づいていた。
 薄暗い教室の中で白い仮面をつけた少年が姿を表していた。

【なんでもない日常。楽しい青春。友情。絆。繋がり】

【されど目に見えぬもの。気づかぬものはあるのだ。眼に見えるものだけが真実ではなく。日常に潜むは変化。この世にうつろわざるものはなく、ただうつろう】

【持たざるものよ。故に変化するものよ】

【人を見、経験し、その選択の果てを求めるが良い】

 その瞬間世界が光り輝きペルソナ様を行っていた四人が倒れ伏した。
 光とともに倒れた彼らを心配し、無事だった二人が救急車や連絡作業をしている中四人は似たような夢を見ていた。

『……片岡優希』
『……大星淡』
『……園城寺怜』

『……京太郎』

*** ***

 まばゆい光が京太郎の瞳を刺激する。
 それが契機となり落ちていた意識が引き上げられ瞼が開かれた。

「京ちゃん!」

 ――咲?

「うん。はぁ……よかったー。このまま起きなかったらどうしようかと思った」

 眼をこすりながら上半身を起こす。
 目が少し霞んでいるが咲が少しだけ泣いているのが分かり申し訳ないと謝罪しつつ、ココが何処なのか。俺は一体どうしたのか問いかける。

「あ、うん。ペルソナ様だっけ? 京ちゃんたちがした後に光が走ったのは覚えてる? って、私も聞いただけなんだけど」

 なんとなく覚えている。
 ペルソナ様の儀式を行った後結局何も起きずにこんなものかと言っていたら眼の前が真っ白になったのだ。
 それからは何も覚えていない。

「京ちゃんだけじゃなくてペルソナ様をした人たちみんなが倒れちゃったんだ。お医者さんは一時的な脳震盪のようなものだって言ってたんだけど念の為入院させて様子を見ようって話になって……」

 そうなのかと答え、他のみんなはどうしているのかと問うた。

「まだ起きたって話は聞いてないんだけど……。京ちゃんが起きたならそろそろ起きるのかな?」

 あの時ペルソナ様をしていたのは自分を含めて四人だった。
 心配になりベッドから立ち上がろうとするが慌てた様子で咲が押し止めようとする。

「無理しちゃダメだよ!」

 無理なんてしていない。よく眠れたお陰なのか体調的にはかなりいいのだ。
 右腕に取り付けられた献血の針を抜きつつそう言ってベッドから立ち上がる。

「もう!」

 悪いって。
 膨れる幼馴染の頬を軽く突きながら部屋を出るのだった。

*** ***

 結果から言えば同時期にみんな目覚め元気な様子を見せていた。
 唯一元々体力のない怜だけが竜華にかなり心配されて、まだ入院していたほうが良いとまで言われていたが、本人が大丈夫であると押し切っていた。
 それでももう一日様子を見たほうがいいと医者からの申し出も有り、彼らは渋々といった様子ながらも一日だけ入院期間を延ばすことにした。
 もう一日と医者が言ったのは彼らが倒れた理由が謎だからである。
 今大丈夫でもまだ目覚めたばかり。せめて一日だけ様子を見たほうが良いと考えたのだ。加えるならば龍門渕にきちんとやってますよーというアピールがあったのも否めない。

「というわけやな。過保護過ぎるのが玉に瑕やけど、それでも竜華がおったからウチはここにおれるんや」

 トランプのスペードの13を眼の前に出しながら怜は言った。

「友だちは大切だじぇ。私だってのどちゃんが居たから毎日楽しいし」

 優希がジョーカーを繰り出す。
 しかし京太郎がスペードの3を出した。

「は? 何しているじぇ」

 ジョーカー単体にはスペードの3でいけるはずだと訴える。

「いやいやそれ知らないんだけど」
「あ、私もそれでやってたなー。イレブンバックは? 8だけじゃなくて5飛ばしもあるんだっけ?」
「えぇ……」

 ルールの確認やらずにしたのは失敗だったかと言いながら一旦全員のカードを回収した。
 トランプゲームの一つ大富豪は数多くのローカルルールが存在する。そのせいで齟齬が発生したのだ。

「知らへんルールもあるしメモらないときついで」
「二人以上知らなかったからそのルールは無しで良いんじゃないかじぇ? というわけでそのスペ3は知らなかった」
「ウチは知ってる」
「私も―」

 3体1だなとニヤニヤしながら答える。
 ムッとして膝をバンバン叩いてくるが知ったことではない。

 こうして集まっているのは全員が全員暇を持て余しているからだ。
 もう一日と言われても何もすることがなく退屈だった。
 病院の備品に使われていないトランプがあることが分かり、優希が先導し皆々を集めこうして暇な時間をつぶすことになったのだ。
 全員人見知りしない正確だったのが良かったのだろう。男子である須賀京太郎が混ざっているのに多少の警戒もあったがしばらくすればそれもなくなった。

 ババ抜きから始まり七並べ、神経衰弱と色々とやったが七並べをした時は空気が凍りついた。
 だれも! 出せるのに! 次のカードを出そうとしないのである!
 出せよという圧力にニヤニヤするやつが犯人で仲良くなりそうだったのに亀裂が走り止めた。
 勝つためとはいえ眼に見える悪意を垣間見せられればどうしても仲が軋む。それも話すようになって少ししか経っていない間柄なのだ。無理もない。

「これで都落ちや! 高校百年生が情けないわ―」
「むー!! 次勝つのは淡ちゃんだし! ……蹴り落とす」
「タ、タコスが切れて力が……」

 これでもじゃれているレベルである。それとタコスが切れるってタコスは薬なのだろうか。
 外を見ればまだ明るいが時計を見ればもう18時近く。そろそろ部屋に食事が用意される頃合いである。
 そろそろ解散するかという話になり、優希の部屋に集まっていた面々は部屋を出て優希も飲み物を買いに行くためについてきた。

「……なんやろ。なんか騒がしない?」
「むっ。確かに……なんか言い争っている声がするじぇ」
「あれじゃない? いい歳した大人がみっともないよねー。身体悪くしてる人たちだって居るのにさ」

 自分たちも体調を悪くしている人たちの一人である。
 どちらにせよ関わり合いにならないほうが良いだろう。

「うるせぇ!! お前が勝手に転んで怪我したくせに俺が悪いって責めやがって!!」
「女殴ったあんたが悪いのは当たり前でしょう!? 男のくせに情けない!」
「あぁ!? 人の金盗んでブランド物を買い漁ってるアバズレの盗人が! 俺が情けねぇならお前は人でなしだろうが!!」
「なにさ!!」

 よく見れば確かに女の方は左腕に包帯が巻かれ固定されている。
 勝手に転んでの件を考えると金について責められ逆ギレして逃げようとしたが階段から落ちて骨折した。とかだろうか?
 本当はこの場から去りたいと思うのだが入院している部屋に行く最短経路は彼らの近くを通るしかない。
 諦めて回り道するかと考えた時だ。右手に持った鞄で男の頭部を打つと鈍い音が辺りに響いた。
 ふらっとよろめいた男は足がよろめき倒れる。

「……て、め」
「なにさ! ざまぁないね!」
「許さねぇ……絶対許さねぇ!! 警察に、うったえ、て……!」

 そして倒れた。
 事態を聞きつけてやってきた看護師と警備員が女を取り押さえる。
 遠目から見ているだけだったが、警備員が鞄を弄る中には数多くの宝石が入っておりそれが打撃の威力を底上げしたのだろう。

 早く先生を!

 そんな女性の声が響き近くに居た外科医が男を診察室へと連れて行くのを見送る。
 取り押さえられた女は私は悪くないなどと訴えているがこれだけ多くの人が居る以上それは通じない。
 
「はー。すっごいの見ちゃった」
「大阪人も手が早いけどあれには勝てんわ」
「そこにこだわっちゃダメだじぇ」

 同感と返しつつ改めて自室へと戻ろうとするが。

「悪くない。私は悪くないのよ!!」

 女の叫び声がすると同時に老若男女の悲鳴が木霊する。

「は?」

 その声は自分を含めた四人の誰が出したものだったか、男二人に取り押さえられていたはずの女が自由の身になり、取り押さえていた警備員の顔を殴ると身体が吹き飛んだ。

「悪くない。そうよ、私は悪くないんだ……!! 好きに生きれないこの世界が悪い……!」

 様子がおかしい。
 女の後ろに何かが見える。まるで蜃気楼のように霞がかっているが仮面をつけた金色の瞳が女を見据えていた。
 仮面の人間は女の首に手をあてると顔へと這わせていく。
 気づけば女の顔には同じ仮面が取り付けられていた。

「なんやあの仮面」

 怜がそういった瞬間突風が巻きおこった。
 異常事態は起きていてもここは病院内だ。そこに風が吹いていたとするなら窓が空いている以外にはない。しかし今は夏。窓は閉じられ冷房が効いている状態だ。
 荒れ狂う風は物のみならず人をも巻き込み吹き飛ばしていく。
 窓に叩きつけられたベンチが窓ガラスを砕きそれを皮切りに人々が飛んでいく。
 それに巻き込まれず、ただ遠くから見ていた人々は近くの部屋へと入り込むと勢いよく扉を締めた。
 残ったのは自分たち四人だけだった。

 女の眼がこちらを捉えた。
 風が吹き身体が飛ばされてもおかしくないはずなのに縫い留められたかのようにこの場から動くことが出来ない。
 一歩、また一歩。死が近づいてくる。
 心臓の鼓動が強く激しく高鳴り呼吸さえも覚束ない。過呼吸で倒れてしまうのではないかという時だった。

『迷い、膝をついている場合か?』

 声がした。自分に似た、けれど老年の男の声だった。
 それと同時に身体の周りに光が囲むように現れ目の前にはカードが映し出されていた。
 その柄はタロットカードの大アルカナ『愚者』の様に見える。

『道なる先に夢を求めることもせずここで倒れてよいのか? そうでなければ立ち上がり我が名を喚ぶが良い』

 先程まで動くことのなかった身体が不思議と動き始めた。
 風による傷は未だ癒えていないが、痛みが生きている事を実感させてくれるのか逆に力が滾ると感じるほどだ。

「きょ、京太郎?」

 優希の声がした。
 後ろに誰かが居るという事実が背中を押す。

『我は汝、汝は我。我は汝が繋がりし心の海より出でし者……。幻夢に広がりし深淵を統べる』

――『ノーデンス』なり!



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ちなみに上記を書くの止めた理由は彼奴を再現できる気がしなかったからです。結末だけは決まってるんですけど大事なのは過程ですよねって。

旧ペルの世界観なんで京太郎が愚者なのにはあまり意味はなく、現状の京太郎が最も近い大アルカナが愚者なだけです。ワイルドは居ないっす。















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『5日目 未来への投資』

感想・評価・誤字報告いつもありがとうございます。

真Vの情報やっと来ましたね。
キャラクターに関する情報とか明かされたわけではないにしろ発売日不明から来年に変わったのは喜ばしさと真Ⅲもで10月に発売されるってことで凄い嬉しい。
PS2がスパロボIMPACTに粉砕されて以来プレイしてないので楽しみではありますが、流石にダンテは無理やったかってのと、アバタールチューナーもできれば来てほしいなーと思う次第。あとNINEもな!



 コウリュウが重要視されたのは大地の力である龍脈を司る存在だからである。

 龍脈が活性すればその土地は豊かになり繁栄する。逆に言えば龍脈が衰えればどれだけ頑張ろうとも成長も、繁栄もすることはないのだ。

 この事を踏まえ、他国がその土地の龍脈を統べるためにコウリュウを捉えようとするのは無理もない話であった。

 

「その事に気づいたライドウはコウリュウを条件付きで送還したのだ。この国の龍脈を取られるということは銃口を突きつけられるも同じことだ。だがそのことに腹を立て開発したばかりであった核ミサイルを落とすに至った」

「八つ当たりかよ……」

「そうまで龍脈を取りたかったのは今後のためであったろうからな。自分たちに、ひいては神と天使に従わねば大地を殺すと」

 

 当時の事情を知らない人々は眉をひそめた。思うことは違うだろうが方向性は一緒だろう。

 しかし既に終わったことであると意識を切り替える。核という脅威はあったがそれでも大地は死んでいないのだ。

 

「それで超力超神ってのはなんですか?」

「正しく言えば戦艦形態を超力戦艦、二足方向が可能な状態を超力超神と呼ぶ。科学と神秘の力の融合という意味では悪魔召喚プログラムの先達と言えるかもしれん」

「え、二足歩行? それって何時の話ですか?」

「大正だ」

「……えぇ」

「今よりもヤタガラスは力を持っていたからな。超力が暴れた事件もその後の事件も表にはでていない」

「……機動兵器が五十年以上前から実現していたと?」

「奇跡の産物ではある。実際に建造計画も立ち上がったが頓挫したぐらいでな」

「でしょうね……。あれ、でも一隻はあるんですよね?」

「普段は封印しているしライドウをして使役するには苦労する代物だ。なにより小回りがきかん。なにせ戦艦ほどの大きさが町中を歩くことになるのだ」

「むしろ超力超神による被害のほうが酷くなりそうだ」

 

 歩くだけで街中がぼろぼろになる。

 特撮や戦隊ヒーロー物のように巨大な存在が移動するだけで当然街には被害が出る。

 倒れなくても歩くだけでコンクリートで舗装された道は忽ち破壊されクレーターが出来ることだろう。

 

「なら気にしないで良いのかな。使うわけにはいかないし」

 

 ゴトウからしても超力超神を力として捉えたとしても今ここで使うかというと疑問が残る。

 人を強くするためにその経過として帝都が破壊されることは許容していても、最終決戦にそれを用いて帝都の被害を拡大するとは思いたくないものである。

 

「超力超神についてはそんなもんだ。それで魔界ではその後どうしていた?」

「基本的には戦ってました。あっちの条件っていうのが戦うことだったので」

「……戦うこと?」

「変化のない停滞した状況を嫌うのは人間だけじゃないです。だから俺は恰好の餌だったんですよ、魔界に現れた半人半魔のデビルサマナーなんて興味が唆られるでしょう?」

 

 自嘲気味に京太郎は言った。

 その結果力不足解消にも繋がったのだから京太郎からすればプラスとなる面も当然ある。

 実際元気よく襲ってきたデュラハンが、逆に京太郎たちの味方になることで新たなる刺激を求めたように命の危険こそあるがメリットの方が多かった。

 タカジョーたち曰く、自分たちにもメリットのある話だという。しかし。

 

「……それだけか?」

「ええ、それだけです」

「……そいつは。いや、しかし……。俺も同じ立場となれば訝しみつつも同じ道を選択するか」

 

 恐ろしいのはタカジョーたちが望んだことがそれだけであったことである。

 悪魔にも情はある。

 気に入った存在が相手であれば人間であろうが悪魔であろうが手を差し伸ばすかもしれない。しかしタカジョーたちが果たして京太郎に対してそんな感情を抱いていたと言えるだろうか?

 可能性としてはオメテオトルの存在である。

 タカジョーが一体どの様な悪魔であるか不明だが、オメテオトルの本体に従う悪魔であるならば話は別だがそんな様子はなかった。

 知り合いであるのは確か。けれどそのために京太郎に手を差し伸ばすかと言うと中々に疑問を抱く話であった。

 

*** ***

 

「……これで良かったのか?」

 

 京太郎たちが首を傾げている時、そう問いかける者が居て、タカジョー・ゼットは何がだい? と答えた。

 

「あの方のお気に入りとはいえ優しくしすぎではないかと言っているんだ。最終的にそうする必要はあるかもしれないが、俺たちが舐められては意味がない」

「ふふ。舐めるなんてとんでもない! むしろすごく警戒して、終わった今でもすごく頭を悩ませていると思うよ。それにこれは投資なんだ」

「投資だと?」

「まず一つ。かの宰相へのご機嫌取りの面があるのは否めない。しかしこれは閣下も望んでいることさ」

 

 ソーマが入った盃をぐいっと飲み干しながら言う。

 見た目だけで言えば褐色肌の小学生ぐらいの少年である。しかしその飲みっぷりは中々様になっているように見える。

 

「閣下の心情を我らが全て汲み取ることは難しい。最終目標こそ同じだが、こう考える奴も居る。なぜ人に目をかけるのか」

「む……」

「お前もその一人だな? ……信じられるかい? かの半人半魔はこの世界に足を踏み入れて半年も経っていない。それほどまでの死闘を繰り広げることこそ稀だろうけど、人はそれほどの可能性を持ちうる。だから天使も人を簡単には見捨てず利用しているだろ? 信者として騎士として、あらゆる形で」

「確かにそうだが、それはどれほどの確率だ? かつての神話の時代や科学が発展する前であれば兎も角現在の人に頼るなぞ正気の沙汰ではない」

「悪魔が正気を語るのも面白い話だ……っと話がそれたな」

 

 クスクス笑いながらタカジョーは言う。

 

「僕たちはうつろわざるものであり。彼ら人は良くも悪くもうつろうものだ。故に我らに変化を与えることが出来る存在であり、停滞しがちな我らに変化を促す存在を簡単に捨てることはできないさ」

「それが人だと?」

「かの宰相も知識こそあれどそれを知らない。だから今、彼が得ている経験は閣下に、そして僕たちに掛け替えのない財産になるはずさ」

「そのきっかけが我らが仕事を押し付けていた結果とはな」

「知らないなぁ! ともかく。だからあいつが人を知るのはいい機会なんだ。それはあの方も認めてらっしゃる……ココまではいいかな?」

「まぁ、な」

 

 不承不承といった様子で頷く。

 仕方がないなぁと思いつつタカジョーは話を続ける。

 

「後は居場所があるということを知らしめるためだ。半人半魔である彼が何時までも人の世に居れると思うかい?」

「いや、思わんな」

 

 これに対して一切迷うこと無くうなずいた。

 

「今はまだいいと思う。人であった頃の彼を知り、庇う者たちが居るはずだ。けれど……彼らが居なくなった後はどうだろう?」

 

 人は自分と違うものを排他する生き物だ。

 時として思想を。時として肌の色を。

 きっかけは様々だが自分と違うものを排斥し自身の心の安寧を求めるのだ。恐ろしいのはその行動をしている者たちは自分が間違っているなぞ考えることはない。

 大抵悪事を働く人間はたとえそれでもやらなくてはいけないと考え行動するものだ。しかしそれさえ思い浮かぶことなく行動する人間にブレーキはない。

 どこまでも止まることはなく、果てまで行くことだろう正義の名のもとに。今回に限って言えば、半人半魔須賀京太郎を拒絶するという形で。

 

「果たして彼はどこまで生きることだろう。百年? 二百年? その時彼に居場所はなく、その受け皿が天使たちであることだけは避けたい」

「だからこその措置というわけか」

「味方にする必要はない。敵にならなければいい。見た所薄情者というわけではなさそうだ。だから今回、刺激と戦いを望む者たちをぶつけた。少しでも情が湧けば儲けものだね」

「たかが半人半魔を警戒するものだな」

「念の為さ。全く、考えること無く本能で動くやつが多すぎるから僕みたいに考えて動くやつは少しぐらいいないとね!」

「……と、他の奴らも考えていそうだ」

「なにか言ったかい?」

「別に何も」

「そうかい? 兎も角僕たちは急ぐ必要はないーーそれに見ていて面白いと思わないか?」

 

 ――愚かなる人が自ら守護を手放す、その時を。

 

*** ***

 

「まぁいい」

 

 頭をかきつつため息をついた大沼が言った。

 

「考えても仕方がないからな。そんなもん取り敢えず投げとくのが正解だな。事情は理解した。それでコウリュウはどうしている?」

「それについてはコウリュウとの契約で話せるのはライドウだけです。そしてライドウにも他者に居場所を話すことは禁じる契約をした上で話します」

「それはコウリュウの意思か?」

「そうだけど。正しくはコウリュウと十四代目の意思だ。変わりゆく世界の中で自身が知らないヤタガラスにその他を信用しきることは難しいが、少なくとも【葛葉ライドウ】は変わっていないはずだと」

 

 葛葉ライドウはヤタガラスに所属する退魔師だが、その本質は帝都を守護する者だ。それだけは変わらないはずであると十四代目は信じたのである。

 そして、帝都を守護するライドウであるならばコウリュウの力が帝都に降りかかるはずはない、そう考えたのである。

 

「……となると流石に無理強いはできねぇか」

「契約は絶対だからねぇ。とはいえ穴はあるだろうけどそれをしようとすれば」

 

 カチャリ。と音がなった。

 音源は須賀京太郎の持つ刀である。彼の左手が刀の鞘を掴んでいた。

 斬るようなことはしないはずだ。と思いつつも彼が人ではなくなった事が頭から離れようとしない。

 

「いいさ、でだ。ハギヨシをやった男について来ていた女が居るだろう? 今そいつに尋問中だが、余程悪くなければ明日決着をつけることになる」

「あした……」

 

 ぎゅっと胸の前で拳を握り呟いたのは石戸霞だ。

 彼女の本願である神代小薪の救出が目前へと迫っている事を実感する事ができたのだ。

 

「須賀京太郎。お前にも助力を頼むが問題はないか? 魔界からの帰りだ、体調が悪ければ結界の解除だけ頼んでバックアップとして待機してもらってもいい」

「大丈夫です。ただ魔界で戦って少しは強くなったので悪魔合体をしたいと思いますけど、それが間に合うかですかね」

「高レベル悪魔となりゃ素材の用意も大変だわな。万が一マッカが足りなければ言え前借りは出来るだろうさ」

「分かりました」

「バックアップという話が出るということは全員で挑むわけではないのだな?」

「あたりまえだろ。お前達の戦いの余波で帝都がめちゃくちゃにならないようにしなきゃならん。だから少数精鋭で行く」

 

 大沼が見たのは霞たち……ではなく、葛葉ライドウと須賀京太郎だった。

 

「少数精鋭。となりゃ任せられるのはな」

「待ってください! 小蒔ちゃんを助けるのは私達の役目です!」

「役目なんざ関係ない。今必要なのは力だ。不服であるならその力を示してもらおうか。須賀京太郎と戦い勝利することができたならばお前達と須賀京太郎を変えても良い」

 

 キッ! と霞が京太郎を睨みつけた。

 対する京太郎は戸惑うこともなくただそれを受け止めた。

 机を挟んだ距離にして4メートルほどの距離。やろうと思えばすぐさま距離を詰めて戦うことも出来る。

 そのはずなのに。

 京太郎の瞳に映る自身の姿を見る。

 殺し合いにもなるかもしれないのに、少年の瞳には恐怖も何もない。

 

「ぁ」

 

 薄墨初美の言葉を思い出す。

 確かに京太郎の行動が此度の事件のトリガーの一つになったかもしれない。だが多くの人々を殺害する事になった原因は自分たちが神代小蒔を護れなかったからではないか。と。

 加えて巻き込んでしまった自分たちに対して彼は一体どんな感情を抱いているだろう。もし悪感情を抱いていて好機と見て自分たちを殺すことを選択したならば。殺すことが成功したのならば、神代小蒔さえ手にかけるのではないか。

 神代小蒔の役割が一体なんなのか現状では分かっていない。けれど力及ばず助けること叶わず、そしてその結果多くの被害が出るのであれば迷わず殺すことを選択するのではないか?そうなれば自分を殺すことさえ厭わないのではないか。そう考えてしまった時点で。

 ゾッとするような未来への可能性に至り、身体が硬直してしまった時点で結果は決まっていた。

 京太郎の刀が煌めき数本の髪がパラパラと地面へと落ちていく。

 それを見た大沼はため息を付きながら言った。

 

「決まりだな。ライドウ、須賀京太郎。明日のために早めに休め。巫女たちも何もしないわけじゃねぇ。救った後の神代小蒔と龍門渕透華を安全地帯に運ぶのだって人手はいるんだ。油断はすんなよ」

 

 腰が砕けた霞の様子を見ながら大沼はそう締めくくった。

 大丈夫ですかーと声をかける初美と頷く霞を少しだけ見た後、京太郎は踵を返してこの場を去ろうとする。

 

 霞が何を考えていたのか彼は知らない。けれどそれが自分にとって良いものではないというのは彼女から向けられる視線が物語っていた。

 半人半魔になったしなと。全く関係ない理由に至り納得する京太郎に声をかけたのはライドウだった。

 

「須賀京太郎」

「ん、ライドウ?」

「この後少し時間をもらいたい」

「あの話か。しかしライドウ、その話は後でも良いのではないか?」

「いや、駄目だ」

 

 黒猫の言葉を拒絶したライドウは続けて言う。

 

「急ぐ必要はない。君の用事が済んだ後来てくれればいい」

「……丁度いいです。俺も話というか、少し相談したいことがあって」

 

 誰に話すべきか悩むところだがライドウであれば、常に傍にいる業斗童子からもアドバイスを貰えるはずだと考えたのである。

 相談の内容は、身体が弱い未来を視る関西弁の少女についてだ。

 

「わかった。では待っている」

 

 ライドウが去り、年寄りたちが去り巫女たちも去り誰も居なくなった一室で京太郎もまた居なくなり部屋には誰も居なくなった。



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『5日目 終わりの名』


評価・感想・誤字報告いつもありがとうございます。

ダンテがDLCで来るみたいっすね。嬉しい話だけど購入する度に赤字システムは解消されてるよね、きっとw


 京太郎が向かっているのはハギヨシが眠っていると聞いた部屋だ。

 回復魔法で癒やされたという話だが、かつての京太郎のように多くのマグネタイトを失っており眠って回復しているらしい。なら休ませとけと思うかもしれないが、超人執事であれば目覚めているのではないかと考えたのだ。

 

 そんな京太郎の眼に入ってきたのは目的の部屋に入ろうとしている一人の少女の姿であった。

 

「あれって」

 

 避難所に居ることはおかしくはないが、それでもなぜ入ろうとしているのかわからない。

 コンコンと音を立てて扉にノックし、何やら言葉を返して入っていった少女はくせっ毛の緑髪の先輩であった。

 少しだけ考え込む様子を見せたが、考えても仕方がないとすぐに思考を切り替え同じ様にノックし部屋へと入った。

 

「む? 京太郎か。そっちもお見舞いか?」

 

 入ったばかりで一番近くに居た染谷まこが少し戸惑いながらも問いかけ。

 

「京太郎くん、本当に髪の色変わってる……」

 

 続けて部屋の中に居た桃子が驚いた様子を見せていた。

 京太郎は桃子に手をあげて挨拶をして、まこの問にこたえた。

 

「はい。それでハギヨシさんは」

「きょうたろう?」

 

 問いに答える前に弱々しい少女の声と視線が投げかけられた。

 ハギヨシが眠っているであろうベッドの前で座っていた金髪の少女が上半身を捻って扉の方に振り返っていた。

 眼は赤く腫れ上がり、顔色も真っ青になっていた衣の姿はとても見れたものではなく、倒れてもおかしくはないほどの精神的ダメージを負っているにも関わらず彼女が意識を保っていられるのは、ただ一人残ったハギヨシを看病するためなのだろう。

 京太郎も透華も居なくなりハギヨシも倒れたのだ。仕方がない話である。

 

「京太郎!」

 

 そんな体調で急に立ち上がり駆け寄ろうとしても走れるわけがなく、足がもつれ転けそうになってしまった。

 そんな彼女を支えたのは同じ金髪の光だった。気のせいか少しだけ濁っている様に視える髪色に変化しているように感じられる。

 

「大丈夫っすか」

 

 いかに衣の身体が小学生並みでも支えている光は由来こそおかしいが正真正銘の小学生ぐらいの肉体である。二人の体を気遣いながら近づいた。

 案の定支えきれず、膝から崩れ落ちた二人であったが、今度は京太郎が支えた。

 

「うぅぅぅぅ……。ーーーーー!!」

 

 京太郎の顔を近くで見て服をギュッと握りしめながら泣く衣をこの場にいる全員が声をかけることが出来ず、ただ京太郎と光の二人だけが落ち着くようにと身体をポンポンと優しく叩いて安心させるのだった。

 

*** ***

 

 京太郎に向けて言いたいことは色々あったはずだが、泣きつかれた衣にそんな事は出来なかった。

 ハギヨシの身体を少しだけ動かして、衣を同じ様にベッドの中に移動させた京太郎は改めてこの場に居る全員に声をかけるのだった。

 

「改めてご心配おかけしました」

「……本当に」

 

 ペシペシと腕あたりを叩いてくる光をあしらいながら頭を下げた。

 

「いや、無事で良かった。それに何やら面白い状態になっているようだからな、俺からは楽しみが増えて何よりとしか言えんよ」

「はい。ご無事で何よりです。デビルサマナー」

 

 なにやらニヤニヤしながら言うパラケルススと、お茶を入れていたマチコがコップを手渡しながら言った。

 

「どうしました?」

 

 じっと見つめてきたまこに問いかけると。

 

「ん、ああ。よく懐いているなとみとったんじゃよ。京太郎もお見舞いか?」

「はい。まぁもしかしたら起きてないかな? って思ったのは事実ですけど」

「……そうじゃな。わしもそんなこと考えとったわ」

「ハギヨシさんも人間だったんっすね。俺は人間やめたけど、ハハハ」

 

 そんな自虐に苦笑いしか浮かべることができないまこに、やってしまったとちょっと後悔しながらお一人ですか? と聞くと。

 

「うむ。本当は咲たちがくるべきだったのは思うんじゃが……」

「まぁ衣さんと仲良かったの咲と原村ですしね」

 

 さきー、ののかー。と言いながら麻雀を楽しそうにしていたのを京太郎たちは知っている。

 

「なんじゃがちょっと和がな……」

「何かあったんですか?」

「怯えとるんじゃよ。しかも咲たちが近づくとビクッとするぐらいでな。もしかしたら自分以外に恐怖しとる可能性も……じゃがわしは大丈夫じゃったな」

「まこ先輩が大丈夫で咲がダメ? 優希は?」

「咲と同じ反応しておったな」

 

 京太郎は桃子に視線を向けて和の状態を知っているかと問いかけると。

 

「私に対しても同じ反応してたっす。ただゆみ先輩はセーフだった様な……」

「……これはまさか。オカルト持ちを怖がってる?」

「ああ、その二人の共通点は確かにそれじゃな」

「ええ、まぁ」

 

 とある身体的特徴を共通点として思いつくが、そんなものを女性が怖がる理由がない。しかしオカルトならば説明がつくと京太郎は言った。

 

「なるほどな。この状況だ、流石にそんなオカルトありえませんなどと現実逃避するのも限界というわけだ」

 

 パラケルススはそう言って笑う。

 どういうことじゃ! とまこが問い詰めると彼は。

 

「あまりその原村和という少女について知りはしないが、聞けば聡明な少女らしいな。そんな娘が果たしてオカルト能力を目の当たりにして否定するか? しないだろう? するとなれば聡明な少女という評価は覆り愚鈍な少女としか言えんくなる」

「たしかに和はオカルトは否定するが愚鈍というわけじゃないわ!」

「で、あろうな。なら考えられるのは認めたくないのだろう。必死に否定し現実逃避をしそのためのキーワードがそんなオカルトありえませんなのだろう」

「むぅ……?」

「しかしこの状況となり、悪魔も天使も神も居ることを知った。しかもそいつらと同じ力でもって戦う人間さえ居る。さてオカルト能力とはなんだろうな?」

「まさか……」

「怖いだろうな! 現実逃避さえして認めねばならん。恐らくその少女は自身が理解できない物が怖いのだろう? 幽霊とかも苦手なのではないか?」

 

 その言葉をまこは否定することが出来なかった。

 

「神、悪魔、天使、幽霊! 自身が理解できぬ存在と似た力を持つ友人たち! さぞ怖いだろうな。友人たちを嫌ってしまう自分も含めて」

「……お、おぉぉぉ」

「が、手がないわけではない」

「なんじゃと!?」

 

 驚きのあまり大声を出して、藁にもすがる思いでパラケルススに掴みかかった。

 

「簡単な話だ。サマナー、貴様に関する記憶を消して、彼女が苦手とするオカルトに対する嫌悪感を軽減するために暗示をかけてやればいい。言葉に出して不満を発散し苦手とするオカルトを苦手と感じなくすればストレスも軽減されるだろう」

「京太郎の記憶に暗示じゃと……?」

「人間は自身が、もしくは知り合いが属するカテゴリに対して攻撃的になりにくい傾向がある。例えば警察が問題行動を起こしたとして、警察に勤める者や家族に友人が勤めていたら言いにくいだろう? これだから警察はと」

「う、む……」

「それと同じだ。サマナーは原村和にとって知り合いレベルだろうが、友人である宮永咲にとっては大事な存在だ。だとすれば言いにくいだろう? サマナーと同じ様な存在に対して文句をな。今回の場合で言えば早く事件を解決してさっさと元の生活に戻しやがれ! と言ったところか」

「……う」

 

 まこは否定することが出来なかった。その言葉は自身がどこかで感じていたもので、言いたかった言葉だからだ。

 しかし言うことが出来なかった。身体をボロボロにしてまで戦い自体の解決を頑張っている京太郎の姿を嫌でも眼に刻んだのだから。

 

「暗示については完全に苦手を解消すると心と意識で齟齬が発生しそこから決壊する可能性がある。その可能性を低くするため、軽減とするのだ」

「じゃがどちらも簡単にはできんじゃろ」

「できるさ。サマナー、今のお前の立ち位置であれば問題なく行えるはずだな?」

「……そうっすね。報酬の前借りって形でヤタガラスに頼めば多分」

「たった数人の記憶を消すだけでサマナーに払うべき報酬を減らせるのだからヤタガラスは諸手を挙げて喜ぶだろうさ」

「……京太郎」

「……構わない。どうせ記憶は消すつもりだった。それが今かそれとも未来かの違いでしか無い」

 

 静かに、ただそう言った。

 

「それは原村某を護るためか?」

「いや。咲から」

 

 少しだけ苦笑いを浮かべて。

 

「せっかく出来た親友を失わせたくない。ただそれだけだよ」

「……そうか。ならヤタガラスにはこちらから説明しておこう」

「ええのか、京太郎?」

「ええ、まぁ。どうせ今回の件が終われば消す予定で、そうでなくても数年後には消す予定だったんで」

「……京太郎、お前は」

「だから気にしないで下さい。この会話もきっと忘れるだろうけど、咲の事は頼みます」

 

 そうして頭を下げた京太郎に、何か言葉をかけようとするが浮かばなかったのだろう。諦めたようにため息を付いて、分かった。その一言だけ言って、この場から去っていった。

 

「大丈夫っすか?」

「大丈夫。でも一つだけお願いできるか?」

「はい?」

「明日、本当に記憶が消えているのか確認して教えてほしいんだ。できれば俺が出かけるその前に」

「明日。決戦前に教えてほしいってことだな?」

「ええ、まぁ。少しでも憂いはなくして挑みたいんだ」

「分かったっす! ステルスではないっすけど私にお任せっす!」

 

 元気よく胸を張る桃子。

 それが京太郎を元気づけようとしての行動だと分かるだろう。

 

「だがサマナー。半人半魔となったことは聞いているが、肉体は大丈夫なのか?」

「大丈夫。まだ少し違和感はあるけどむしろ調子が良いぐらいだ」 

「ふむ。そうか。だが戦いが終わり次第詳しい検査は受けたほうが良いだろうな」

「検査……ヤタガラスはあまり信用できないというか。国のためならって実験体にされそうな気が」

「ここに信頼できる人間が居るだろ?」

「でも研究のためなら同じことするよねって」

「ふむ。バレたか。いや冗談だが心配であればサマナーの仲魔に俺をみはらせればいい」

「ならまぁそれで」

 

 そうして少しだけ気まずそうに、桃子を見たとき彼女は先程と同じ様に元気そうに言う。

 

「大丈夫っすよ! 髪の色が変わっても何が変わっても京太郎くんは京太郎くんっす! 何も変わらないっすから!」

「……そっか。ありがとう」

 

 その言葉は京太郎にとって嬉しいものであったのは確かだ。けれどそれは果たして今の京太郎を見て言った言葉と言えるだろうか。

 

「半人半魔か。ある意味で言えば世の中の強欲な人間が求めた夢の最高峰かもしれんな」

「どういうことですか?」

 

 部屋に設置されていた小型冷蔵庫から冷たいお茶を淹れて配っていたマチコが問いかける。

 こういう場で自分から問いかけるのは珍しい。そんな事を疑問に思う京太郎を他所にパラケルススが言う。

 

「人間という種が求めた夢は数多くある。その中における代表的なものが空を飛ぶ事と不老不死だろう」

「空と不死」

「前者は隣の芝生は青く見えるのと同じだな。科学の力で空は飛べるようになったが、自分の肌で、意思で空を自由に飛びたいと考えるものは多い。後者は死を恐れるが故にだな」

「空は兎も角、不死とか簡便だと思うんだけど」

 

 死にたくても死ぬことができない。そんな生き方は絶対に嫌だと京太郎は暗に伝える。不老不死とはつまり生死に関する自由が奪われているのと同じだ。

 

「そうかもしれん。だがサマナー、お前は不老不死とはなっていないだろう?」

「そう言われても知らない。いやまぁ死ぬとは思うけど」

「悪魔と同じ性質を持っているならば、お前は人の寿命を超越しおそらくはその姿さえ変えることが出来るはずだ。何時までも若々しい姿でいることが出来、終わりもわからない。そんなお前に多くの人がなりたいと願うかもしれない」

「でもおすすめはできないというか。あと1秒でも遅ければ悪魔化していたかもしれない」

「だが求めるものは求めるだろうな。人とはそういうものだ」

 

 うへーと表情を歪める京太郎と桃子に対して、ふむふむとうなずいているのはマチコだった。無表情で無感情のように見えるため何を考えているか読み取れない。

 とはいえ無理に聞くことをする者はおらず、話すこともなくなったために沈黙が場を支配するが、うめき声と共に起き上がったハギヨシに全員の視線が集まった。

 

「無理をしないでください」

 

 真っ青な顔をしているハギヨシをベッドに押し付けるマチコを押しのけて、京太郎を視る。

 

「……伝えることがあります」

「伝えるとか言っている場合じゃないですって! 無理をしたら」

「そんな事を言っている場合ではありません。今伝えなければもう機会がない。私を倒した者についてです」

「あの男についですか?」

「対峙して分かりました。あの男は某かの神から転生した者です。であるならゴトウを倒してそれで終わりとはならないかもしれません」

「転生者……?」

 

 そんな事を言っていた悪魔が居たのを思い出していた。そうなると問題は。

 

「……残念ながらなんの神であるかはわかりませんでした。しかし強大な力を持つ神なのは確かです」

「それは、分かります」

 

 少なくともハギヨシ以上の力を持っていることは結果が示しているのだ。油断できる相手ではない事だけは分かっている。

 

「ゴトウを倒しても油断だけはしないでください。それとあなたにこれ以上の重荷を背負わせるようで申し訳ないのですが……」

「大丈夫っす。透華さんは助けます、絶対に」

「……良かった」

 

 そういうとハギヨシは体の力を抜き片腕で顔を隠し、暫くすると規則正しい寝息が聞こえ始めた。

 

「休みの邪魔も出来ないし、俺もそろそろ行きます」

「ああ。東横さんはすまないがもう少しマチコを手伝ってもらえるか?」

「はいっす。それじゃ京太郎くんまた後で」

「おう。光もマチコさんもまた」

 

 ひらひらと手を振り去っていく京太郎の背に向かって同じ様に手をふって、もしくは頭を下げて見送った。

 そして静かになって部屋の中で、パラケルススはベッドまで近づいた。

 

「……あれは嘘だろう?」

「なぜ、そう思うのです?」

 

 腕をどけて、首を動かして咎めてきた男を見た。

 

「なんとなくだ」

「科学者が勘ですか?」

「勘は大切さ。気づきは宝だよ」

「……敵わないですね」

 

 そうして力なく息を吐いて。

 

「彼に言わなかったのは不確定な情報を与えたくなかったというのと、言う必要はないと思ったからです」

「どういうことだ?」

「運が良かったのかもしれません」

 

 問いに対する答えとも言えない言葉をハギヨシは言う。

 

「もし彼が須賀京太郎でなければ、もしくは捨てていたならばそう思えなかった。けれどきっとだいじょうぶ。なぜなら彼は終わりの名を持つのですから」

 

 そう言って、限界だったのだろう。今度こそ本当にハギヨシは眠りについた。

 パラケルススは仕方がないと踵を返しマチコが入れたお茶を口に含んだ。

 

「ハギヨシ様は一体何を言いたかったのでしょう?」

「さてな。幾つか思い当たるが、それでも一つだけ言える確かなことがある」

「それは?」

「ふふ。サマナーは必ず生きて帰ってくる。そういうことさ」

 

 楽しそうに笑いながら空になったコップを、そして光を見ながら言うのだった。





SOAと言わないのどっちなんて果たしてのどっちと言えるのだろうか。
でもオカルトも計算に入れるのどっちは多分強い。
それはともかくとして、記憶を消した結果別の地雷が発生する訳ですがその辺りはまぁ描写はなしで。メインじゃないしね。

今年中には封鎖終わらせたいね。


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『5日目 夢のカタチ』


感想、誤字報告いつもありがとうございます。

まとめ話はさっさと終わらせたいんですけどね……。
次は一気に更新するかもしれない。


 避難所の外に出ると月が明るく輝いていた。

 白く輝く月は日中に出ている太陽と違い陰ることはなく地上を照らしている。それだけではなく月の周りには数多くの星々を見ることができるのは、東京という都市の建物が光を発していないのも原因のひとつなのだろう。

 ただ、京太郎が気づくことはなかったが、月の満ち欠けを考えれば月が丸く視えるなどありえないことである。

 ともあれCOMPの光に頼ることはなく舗装された道を歩くことが出来るのはその月のお陰でありだからこそ黒装束に身を包んだ青年を見落とすこと無く見つけることが出来たのだ。

 

 葛葉ライドウ。

 男の眼から見ても美しいと形容する容姿を持った青年は、手元に何かを持って屈んで腕を動かしていた。

 なんだろうとよく見れば、なかなかに低い威厳のある声でしゃべるゴウトドウジがごろにゃーんと猫のように動いている。

 ライドウ。彼の手元にあるのは猫じゃらしだった。

 

「来たか」

 

 そう言いつつ猫じゃらしを動かすことを辞めようとしないライドウ相手に、必死な声でやめろぉ! と訴える声が聞こえる。

 仕方がないというようにため息を付きながら猫じゃらしをしまいつつ立ち上がった。

 

「えっと一体何を?」

「趣味だ」

「趣味? え?」

「葛葉ライドウとして生きる私の唯一の楽しみとでもいうべきか」

「動物好きなんですか?」

「どうだろうか。猫も犬も悪魔が擬態している時があり、油断してはいけない」

 

 猫じゃらし振ってる間ににゃー! と爪で引っかかれ殺されてはたまらないのである。

 

「でも俺は動物好きっすよ」

「そうなのか?」

「はい。子供の頃、親にカピバラって動物を買ってもらってそれがもう可愛くて——!」

 

 親ばか談義ならぬ飼い主談義に入ろうとする京太郎を一つの咳が押し留めた。

 猫じゃらしに翻弄されゴロゴロしていた先ほどとは違い、威厳のある表情で二人を見る黒猫が居た。

 

「明日のこともある。話は手早く進めよう」

「あ、そっすね。話があるって呼んでもらっておいてなんですが、俺からまず話をしてもいいですか?」

「話とは?」

「実は……」

 

 京太郎がライドウに話したのは園城寺怜についてである。

 彼女の予知能力に関してはライドウと業斗童子も知っていたらしく、最も近い未来を視るだけであれば問題はないはずだと返した。

 

「俺も仲魔たちもその認識だったんですけど、その能力が進化してました」

「進化?」

「最も訪れる可能性が高い未来だけじゃなくて、枝葉を辿るように違う可能性も視ることが出来るようになったみたいです」

「ゴウト」

「うむ。よく話をしてくれた。その様な力を持っている少女を放置することはできないな」

「はい。仲魔曰く俺の仲間じゃなかったら攫ってたわと。ただヤタガラスも慈善集団ではないでしょう?」

「……それは」

 

 ヤタガラスとはつまり国を守る組織である。

 葛葉ライドウはその中でも帝都、つまりは東京を中心として守護する存在でありライドウも上からの命令に逆らうことが出来ない存在だ。

 だからこそこれは交渉である。

 

「しかし俺はそれを望まない。ヤタガラスが園城寺さんを確保すれば、その力を利用し後継に継がせようとするでしょう?」

 

 命の保護と引き換えにヤタガラスはその身を要求するだろう。外には自由に出ることができなくなり、国を護るためにその力を後継、つまり園城寺怜に子供を産ませようとするだろう。

 要は好きでもない相手の子供を生む可能性が高いわけである。

 命があっても自由がなければ生きていると言えるだろうか?

 

「それに俺はヤタガラスの全てを信じれるわけでもない。組織は腐るものだから」

 

 もしヤタガラスが弱体化することがなければ今回の事件を前もって察知することだって出来た可能性がある。

 大沼はかつて京太郎に向かって言った。

 お前のように前線に立ち力をつけた者が居る事を知った他の退魔師にやる気がでてきたと。

 何が原因なのかはわからないが、ヤタガラスの退魔師たちはやる気を失い組織的に弱くなっていたのは確かなのである。

 そう考えているのを知ってか知らずか、ゴウトが問いかける。

 

「君は知っているのか?」

「……何がですか?」

「……。いや、なんでもない。だが君が危惧することも分かるが……。果たして須賀君がそこまでする理由があるのか?」

「え?」

「園城寺怜と君は赤の他人のはずだ。少なくとも我々が須賀京太郎を調べたとき園城寺怜は近くに存在しなかった。なのになぜ」

「それは」

 

 すぐには答えず、空を見上げればそこにあるのは彼らを照らす月と星々だけだ。

 月も、星もなにか教えてくれる訳ではないが、その輝きは不思議と京太郎の心を癒やしてくれるようだった。

 

 昔であればどう答えただろうか。

 天江衣を助けると決めて行動したとき果たして自分は何を考えて、何を感じていたのか。たかが二ヶ月前の自分のことが何もわからなかった。

 けれど。

 

「助けれる人をもう見捨てたくない。ただそれだけです」

「それは辛い道だ」

「でももう助けるって言って、それを聞いて安心する顔を見ちゃったので。なら仕方がないじゃないですか」

「む。いや、しかし」

 

 妥協の仕方がおかしかった。

 ゴウトの眼から見ても今の京太郎の笑みは弱々しく明日戦わせにいかせてもいいのか悩むほどだった。

 言いよどむゴウトの背を屈んで撫でると。

 

「どう考えている?」

「絶対の安全は無理だとは思ってます」

「そうだな。もし彼女が力を使い、その瞬間を運悪く見られればそれで終わりだ」

「なので先の話と矛盾はするけど、少なくとも護るために一定の不自由は必要だとは思ってます」

「警護をつける必要があればそうなるだろう」

 

 警護の究極系が監禁であるのは間違いない。しかしそれをすればヤタガラスに預けるのと同じだ。

 

「一定の自由を与えた警護は中々の労力だが……」

「それでも組織に任せるよりは随分マシな気はします。園城寺さんがどう考えるか次第ってのはあるけど」

 

 もしかしたらヤタガラスが保護することを受け入れる可能性もある。そうなればこうして京太郎が悩む必要はないが、考える、助けると伝えた手前色々と、出来得る限り選択肢は作らねばならない。

余計な責任を背負ったとも言えるが、かと言って見捨てるのは言語道断である。

 

「だが須賀くん。それを我々に話してよかったのか?」

「はい?」

「我々もヤタガラスに属する身。報告する義務はある」

「話してもいいっすけど、そうしたら結界はどうなるかなって話をしなきゃいけないですよね?」

「む……」

「それを言えば立場的に悪くなるのは分かってます。でもそれがなんなのか」

 

 半人半魔になった時点でヤタガラスから完全に信頼される立場ではない。しかし京太郎には絶対的とはいえないが強力な鍵が存在する。

 四天王と契約を結び結界の要である刀と、そして京太郎自身がそれだ。

 

「話さないという前提で俺は相談してます。もしそれを破ったなら俺は帝都の結界を盾にします。たとえもう一つ結界があっても破る方法は知っている。そして俺は自分の意志を貫くために力が全ての場所に行ったって良い」

 

 何もダークサマナーになる必要も、ガイア勢力に協力する必要もないのである。ただ力があることが正義である勢力は今の京太郎には心地よいだろう。

 そして京太郎がそっちへ行くということは、四天王の力もそっちへ行くということである。

 

「脅迫、か」

「交渉っすよ。女の子一人で帝都の安全が買えるならば買いません?」

「その女の子が普通の女の子であるならばな……」

「……こちらからも条件がある」

「はい」

「今回の事件で私は思い知った。いくら力があれど一人ではどうしようもできないと」

 

 一人ですべてを行うことが出来る存在なんてどこにも居はしない。たとえ全知全能の神と言われていてもそれが不可能なことは神が生み出したという人が否定するのだ。

 

「薄々感づいてはいた。ゲオルグに足止めされ、本来私が行うべき事を君に任せしまったことで痛感した」

「それは……俺もです。衣さんのときも今回も、俺一人じゃダメだった」

「元よりその話をしようとしていた。私、十六代目葛葉ライドウが君に求めるのは帝都の守護を務める友だ」

 

 今まで葛葉ライドウ一人である程度賄えたのは事件を起こす存在が、それほど組織で連携するわけではなかったからだ。

 正しく言うのであれば、連携はしているがそれでも限界はあったのだが、科学の発展により遠く離れた相手とも容易に連絡を取れるようになった現在においては話が違う。

 たとえ力がなくても、即座に連絡を取り連携することが出来るようになった以上、ライドウ一人ではどうしても遅れを取るようになる。

 ライドウ以外の力のある退魔師は数人居るのは確かだが、彼らが帝都にかならずいるとは限らない。

 

「帝都を拠点とし私と連携して行動を行うことのできる、信用出来る相手を私は求める」

「でも俺は半人半魔で」

「それに何の意味がある? 君の仲魔はたしかに警戒しなければいけないが、君自身はそうじゃない。裏のない人間が魔に近づいただけだ」

 

 果たして本当にそうだろうか。

 ライドウの言葉に素直にうなずく事ができないのは、今の身体になって数日しか経っていないからだ。

 今は変わっていなくても、明日、明後日、一年後……そうして時が経てば変わってしまうのではないかと考えてしまう。

 

「……それに、普通の人間ではないという意味では私も変わりはしない」

「え?」

「ライドウ!」

 

 咎めるゴウトを抑えながらライドウは続ける。

 

「夢。最近言われたこの言葉こそ私をこれ以上無いほど表している」

「夢……?」

「君と違うのは、望まぬ形で君はそうなり、私は望まれてこうして存在していることだろう。そういう意味では私はまだ幸せであるといえるかもしれない」

「でもそんなことが……」

「愚かな話だが、それでも夢を叶えたいと願い、方法があれば行ってしまうものなのだろうな。……十四代目とはいえ流石に考えてはいなかったはずだ。まさか自分のクローンが産まれるとは」

「クローン!? でも羊とか牛とかなら兎も角人の?」

「できないと思うか?」

「……それは」

 

 出来ないとは言えなかった。

 牛などの動物で出来るなら、可能性は確かにあるだろう。

 

「彼らは先代のライドウと十四代目の力量差について悩んでいた。十四代目ほどの力でなければ帝都は護れないと」

「そう考えて、十四代目に迫ろうとするのではなく、十四代目を再び生み出そうとしたと?」

「愚かな話だが、そうでなければ今私はここに居ない。そこについては感謝しているよ。だがここでとある問題が発生した」

 

 さて。【葛葉ライドウ】とは襲名制と言える。

 ライドウ候補といえば良いか。そう呼ばれた者たちは競争し試験を乗り越えた蠱毒の王がライドウとなるのだ。

 

 ヤタガラスの弱体化に付いての話が、今回の話につながってくる。

 見た目は蠱毒だが、最初から期待され生み出された存在がライバルとして存在してしまったことで、【頑張っても自分たちがライドウになることはない】と候補たちのやる気が減退し、老人たちの目論見通り才は十四代目に迫る存在が産まれたが、組織としては弱体化する一因を生み出してしまったのだ。

 

 その話を聞いて。

 

「ははは……」

 

 乾いた笑い声を出したのは京太郎だった。

 例え自分と同じく普通でなくても望まれている時点で立場が違うのだ。しかし……。

 

「なにはともあれ園城寺さんに話をしないと。納得してもらえるかはわからないし……」

「それはそうだな」

「でもまぁ。良いっすよ」

「ん?」

「園城寺さんが俺の話を受けてもうけなくても、帝都の守護は手伝います。……ライドウの近くにいるっていうのは俺的にも美味しいし」

 

 半人半魔となった京太郎がライドウの近くにいるということは、ライドウの監視をうけているのと同じというわけである。

 つまりヤタガラスからの余計な監視とかを受ける確率は少なくなるだろう。

 

「……そうか。詳しい話は明日以降行いたいが、龍門渕にも関わってほしいと思っている」

「龍門渕ですか?」

「ヤタガラスとは異なる大企業ならではの情報網があるはずだ。その情報が大事になる可能性もある」

「……俺に目をつけた理由に龍門渕と近いから、ってのもあったり?」

「否定はしないな」

「それも龍門渕がうけてくれるかは別な気がするので、話し合い次第ですね、結局」

 

 龍門渕とて企業である。何かを求めるなら何かを差し出す必要はあるのだ。たとえ京太郎が恩人だとしてもそこは譲れないだろう。

 

「なので少しでも好印象を与えるべく、人質救出は頑張りましょうってことで」

「神代小蒔と龍門渕透華か。無事であればいいが」

「……ですね」

 

 今もって二人を誘拐した理由が見えていないのが怖い。

 神代小蒔に関しては太陽の輝きを奪うためと言えるかもしれないが、なぜそんな事をするのかがわからない。

 

「そうだ。これを渡しておこう」

 

 ライドウは懐からメモ帳を取り出すと京太郎へ手渡した。

 メモ帳は新品のようであり、何かしらの魔術が刻まれている訳でもないただのメモ帳だった。

 

「ゲオルグの使用する悪魔に関して私達が知ったことを書き記した。恐らく彼は君の前に姿を現すはずだ」

「ありがとうございます。上等です、アイツは絶対に俺が倒します」

「一つだけ気になる事がある。どうにもアイツは君を倒すことに固執している訳ではないようだ」

「……え、でも」

「正しく言うのであれば、君に固執しているが倒すことには固執していない。あの時アイツは」

 

 万能弾を使役する悪魔の力を纏った刀にて薙ぎ払い、ゲオルグが召喚した炎の精をそのまま打倒したその時大きな爆発が起きた。言うまでもなくそれは大天使の最後の一撃である。

 それを見れば爆心地に居る京太郎はほぼ確実に死亡したと考えるだろう。

 京太郎に固執していたゲオルグはさぞ肩を落としたと考えたライドウであったが、ゲオルグが浮かべていたのは凶悪な笑みだった。

 

「笑み……? 俺が死んで喜んだ? てっきり強くなった俺と戦いたいんだと思っていたけど」

「奴が何を考えいるのかはわからない。しかし気をつけてくれ」

「はい。そうだ」

 

 京太郎は懐からとある筒を取り出した。

 古臭く、所々傷ついているそれを見たライドウは受け取ると。

 

「これは……」

「一度だけ手を貸すと。今はそれ以上は望むな、だそうです。もっと言うと維持はするがそれ以上の事を望むなら自らの力で従えにこい、だそうです」

「そうか……そうだな。それが私たち退魔師と悪魔の付き合い方だ」

 

 結局の所弱肉強食の世界なのが人と悪魔の付き合い方だ。力ない人間に悪魔が従うことはなく、逆に言えば力があれば従ってくれる可能性がでてくる。

 

「これから軽くですけど園城寺さんと話してきます。すぐに答えはもらえないとは思いますけど」

 

 自分の人生を決める選択を簡単に決めることなんて出来ないだろう。

 そんなバカなと言われる可能性が最も高く、悩んでくれるだけで十分だ。大切な人を守るために頑張って、その結果がこれなのだからそんなバカな。なのは間違いではないのだから。

 

「すまないが頼んだ。その後寄ってほしい所がある」

「寄ってほしいところ?」

「一人捕らえただろう。その女性の話を聞いておいたほうが良い」

「わかりました。場所を後でCOMPに送ってもらえますか?」

「分かった」

 

 ライドウに背を向け京太郎は避難所へと戻る。

 園城寺怜に先程の話をするためだが、京太郎は別のことを考えていた。

 ゲオルグの話を聞いたからというわけではないが、今の力で明日を迎えて良いのかそう思ったのだ。

 当然仲魔の強化は前提だが、これまでの戦いで感じてきた感覚がある。

 順当に強化するだけでいいのか? と。

 

「——切り札。何が起きても覆せるかもしれないそんな一手」

 

 そう考えた京太郎のCOMPにとある文字列が刻まれた。それは悪魔からの甘い誘いだった。

 



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『5・6日目 四天の刀』

評価、誤字報告ありがとうございます。
評価がいつの間にか80件を超えました。今日まで更新を続けれるのも感想や評価をくださる皆様のお陰でであります。

更新が遅くなって申し訳ないです。
キャプテン翼の新作ゲームがね、面白くてね……。



「……どうっすかな」

 

 悪魔の誘惑は京太郎の心を揺さぶった。

 それは確かに京太郎が強く望む切り札であるのは確かだったから。

 しかし本当にそうして良いのか。悪魔を信用して良いのかと堂々巡りになり考えは纏まらず、曲がり角で少女とぶつかってしまった。

 

「わっと」

「わふ! あ、えーっと須賀くん……やったっけ?」

「あ、清水谷竜華さんでしたっけ、ごめんなさい。でも丁度いい」

 

 丁度いいという言葉に疑問をいだきつつも「うちもごめんなー」と謝る彼女の後ろに目的の人物である園城寺怜は居た。

 正しくは彼女だけではなく、覚醒した松実宥の妹である松実玄も居る。

 

「変わった組み合わせ……って訳でもないんですかね?」

「ん! そやで! うちらと玄ちゃんは仲ええもん!」

 

 ねー。と玄に同意を求めてきた竜華にそうなのです! と玄も答える。

 

「東京に来る途中で仲ようなってな。ちょっとジェラシーやけどうち離れの一歩としてはええ感じな気もするわ」

「うち離れって」

「なんやかんや高校三年やし、人生がずーっと同じ道を行くわけもないしな。竜華には竜華の幸せを掴んでほしい。そう思ってもおかしないやろ?」

「まぁそれは……」

「竜華はプロになれる素質を持っとる。うちは無理やろ?」

「……そのことで話があります」

「ん。分かってるで。その前に皆のところに飲み物を持って行きたいんや」

 

 彼女たちが三人で移動していたのは配布されている飲み物を取りに行くためであったらしい。

 約十人分の飲み物を持っていくのに女子二人では重く感じるため三人で。という話になったらしい。

 

「そういえばヤタガラスって言ったっけ? その組織の人が玄ちゃんのお姉さんを勧誘してたわ」

「勧誘?」

 

 両手にペットボトルが入った袋を持っている京太郎は、指に食い込む袋を気にしながら返した。

 

「ウチにも話は来たから覚醒? やったっけ。した人に話を振ってる感じやね」

「でも確か松実宥さんは戦いたくないって話を通していたと思うんだけど」

「お姉ちゃんもそう言ったんですけど、よく考えてほしいって言われてたのです……」

「まぁ分からないでもないんだけど……」

 

 今回の事件で退魔師にも犠牲が出ているはずだ。それを補充するために戦う力を持つ原石とも言える人間を勧誘するのはわからない話ではない。

 だが本人の意志を無視して強要しても物にはならないだろう。好きこそものの上手なれとは言うが、たとえ才能があっても望んでいない事をやらせても良い結果になることはない。特に、命をかけた仕事となれば顕著だろう。

 

 それから宥の様子を聞きつつ、話しかけられたという怜の話も聞いていた。彼女に関して最も気になるのはもちろん彼女の未来視についてだ。

 

「ちなみにですけど」

「流石に未来視については話しとらんよ。危ないって前もって教えてくれたしな」

「そうじゃなきゃ伝えてたかもしれんから、須賀くんには感謝しかないで」

 

 良かったっす。と彼女たちに言った時、視界に入ったのは松実宥が何やら見覚えのある女性に話しかけられている。

 

「あれもヤタガラスなんか?」

「でも諦めたはずなんだけど……」

「いや、あれは」

 

 清澄麻雀部の面々と一緒に居た女性であると京太郎は思い出す。確か彼女はメシア教のと、思い出し駆け出そうとすると、これまた見覚えのある男が女性と松実宥の間に割り込む。

 数度言葉を交わすと諦めたように女性は去り、宥がどこか怯えた様子で、けれど頭を下げており男は優しげな笑みで何やら言葉をかけると京太郎たちの方へと歩を進めた。

 

「あなたは……」

「ん、あ! 無事だったんですか!」

 

 その男は渋谷区で出会った神父で、名前はウッドロウという。

 ウッドロウは表情を綻ばせ京太郎の近くまで来ると手を強く握った。

 

「生きているとは聞きましたが、この眼で見なければ信じられなかった。ですがその髪は……」

「色々とありまして。理由はヤタガラスに聞いてもらえれば……」

 

 分かりました。京太郎の言葉の返しにただそれだけを言った。詳しく語りたくはないのだろうと察したのである。

 

「ですがまさかあれ程までの事を考えていたとは」

「そこは同感です。そうだあなたのことをレミエルが探していたのでいずれ連絡が行くと思います」

 

 レミエルは既に京太郎の元から離れている。

 これ以上天界の面々が余計なことをしないように彼は還ったのである。黒幕である四大天使が健在な以上余計な事をしてくる可能性がある。それを防ぐために行動をしてくれている。

 

「しかし私にそんな資格は……」

「いや、現状のメシア教で最も信頼できるのがあなたなので受けてもらえないと困るというか」

「でも、いやしかし……。いえ、引き受けましょう」

「良かった。それで先程あの女の子を助けていた様に見えたんですけど何があったんですか?」

「勧誘、ですよ。この様な状態になりメシア教が一体何をしたのか朧気ながら知ったはず。なので今後を考えて信者を増やそうと行動しているのでしょう」

「アレクサンドラ……」

「む?」

「そう、名乗っていたと思います。しかしこの状況でそう動きますか」

 

 去ろうとする背中を追うために駆け出そうとする京太郎をウッドロウが止めた。

 彼はまっすぐに京太郎を見て、任せて下さいと言った。

 

「私が彼女を見ましょう」

「ちなみにですけどこの中にどれだけメシア教は居るんでしょう?」

「少なくない数は居るはずです。メシア教徒とはいえ親がそうであったからとか、惰性でそうある人も多く居ますから」

「……流石にそういう人まで責めるのは酷か」

 

 どんな宗教に嵌っていても、それを強要してこなければ友だちでいられる。つまりはそういうことだった。

 強要の極致とも言える行動が相手の否定とも言えるわけである。そういう考え方もあるのか! そう考えられるなら手を取りあえるが、その考えは正しくないと否定する者たちと手を取り合う事はできはしない。

 それよりもと、京太郎を観察するウッドロウは最初に会ったときよりもメシア教徒に対して神経質になっていることに気づいた。

 自分にはそうでもないようだが、もしこの場に知らないメシア教徒が入れば警戒心を高めていたことだろう。

 しかし「無理もない」と彼は思う。

 自分たちメシア教徒と天使たちの手によって彼の運命は、いや、多くの人々の運命は一変したのだ。

 

「えっと、取り敢えず明日で一息つけるとは思います。多分ヤタガラスはウッドロウさんに力を貸してもらおうとするはずです」

「ヤタガラスに信頼とまではいかなくても、話が出来ると思われているのは私だけですからね、現状。ともあれ、先程のように情勢も考えず行動する人はヤタガラスにも伝えておきましょう」

「頼みます……。正直貴方以外のメシア教徒に今は関わりたくないかなって……」

「ははは……」

 

 自身が信じていた。今も信じたいと願うものにたいして敵愾心を抱かれると良い気はしないが、仕方がないという気持ちが大きすぎてストンと心に落ちる感覚が不思議である。

 揺らいでいるのは自分もか。そう考えながらウッドロウは京太郎と別れ、俯き元気のない人間に声をかける。

 力なき自分に出来ることはそれだけだと知っているからだ。

 しかし後の世に、この事件を振り返った少なくない人々が彼の名を出して感謝の言葉を述べたという。

 話を聞く。たったそれだけの事でも救われた人たちが居るのは確かなのだった。

 

 閑話休題。

 

 ウッドロウを見送った京太郎は松実宥の元へと向かった。

 妹である玄に寄り添われており、顔色はなんだか悪かった。

 

「こんばんは。何を言われたんですか?」

 

 宥だけではなく、彼女の近くに居た彼女の友人たちにも問いかけるように言った。

 彼女たちは顔を見合わせると。

 

「優しい人なら心を刺激されるような事を言われたのよ」

「というと?」

「戦う力があるのに振るわなくて良いのか? ですって! 心配なら私が面倒を見るって余計なお世話よ」

「うげ。悪質な」

 

 この様な状況である。頭の片隅にはあったはずだ。戦う力があるのに守るために力を振るわなくても良いのかと。それを的確に突いてきたわけである。

 

「……私本当になにもしなくていいのかなぁ」

 

 沈んだように言う宥に、ほらなにか言えと京太郎を突っついたのは憧だった。

 玄は何もいえずあわあわしており、他のメンバーもどう声をかけていいか分からないでいる。それは彼女たちを大人の立場で見ていたはずの赤土晴絵と愛宕雅枝も同様であった。

 流石に大人と言えども命がかかった言葉をかける経験は当然のごとくない。

 

「……気にしないで、とは言わないですけど戦う必要はないっすよ」

「でも」

「戦う力があるのに、って。誰もがまだスタート地点に立っていないだけで、誰もが力を得ることは出来ます。たった一粒の勇気を出すか、それとも強要されれば。でもそれは難しいです」

「……うん」

「そもそも誰もが力を得ることが出来るのに、もう持ってるからって強要するのは間違ってるんですよ。だったら覚醒してない人たち全員悪魔に突撃させて自分の身は自分で護らせるほうが納得できる」

「そ、それはちょっとどうかなぁ?」

 

 過激な発言に苦笑いを浮かべたのを見て。

 

「そうそう、そんな感じに力を抜けば良いんですよ。やりたくないことしても身につかないし、この場合は速攻で死にそうだし……」

「うぅ……」

「ま、まぁ! 大丈夫っすよ。明日乗り切ればあまり気にしなくて良くなるはず」

「明日決戦ってこと?」

「一応は。ただ東京がご覧の有様だからすぐに家に帰れるってわけではないと思うけど、これ以上はひどくならないはず」

 

 明日の決戦で東京が酷いことにならないとは言っていないのだが、どうなるかなんて京太郎にも分かっていないのだからどうしようもない話だ。

 

「んー、憧?」

「私みたいな末端に情報が来るわけ無いでしょ……。大体あまり関与もしてなかったのに。それでライドウと永水の巫女さんたちが行くの?」

「いや。俺とライドウが行って、石戸さんたちはバックアップになった」

「……それだけあんた強くなったんだ」

「前よりは強くなったけど、それ以上にサマナーの方が柔軟に対応出来るってのが理由かな」

 

 加えて言うのであれば、永水組がチームとして完成しすぎているのも理由であったりする。もしなにかイレギュラーな事態が起きた時、ライドウを加えず自分たちでなんとかしようとするだろうと予測された。

 更に言うのであれば捕らえられている神代小蒔を優先しかねないという懸念もある。

 それが京太郎の台頭により話が変わった。確かに半人半魔という懸念点はあるが、それでも勝手に動く可能性がある集団と多くの犠牲を知った少年を比べて後者の方が良いと判断されたわけだ。

 

「どっちも子供か……」

「サマナーに大人とか子供とか価値観押し付けないほうがいいわよ? 須賀くんが本気になれば小指で殺されるだろうし」

「う、それは助けてもらったときに見てるから知ってるけど」

「あの時以上ってこと。あのゲオルグだっけ? 今なら対処できるんじゃない?」

「……どうだろう。多分行けるとは思うけど」

 

 ライドウからある程度の情報は得ている。

 使役している悪魔は主にクトゥルフと呼ばれる系列に属する悪魔であるということ。接近戦よりもGUMPによる銃撃を好んでいたということ。しかし、当初想定していた京太郎と戦うことを楽しみにしているのではないか。というのが誤りである可能性が出ている。

 だとするなら彼が京太郎に期待していることがわからないのだ。一言で言えば胡散臭く、警戒心が確実に行けると言わせない。

 

「どっちにしろ明日奴だけは絶対に……」

 

 殺す。

 その言葉を飲み込んだのは流石に彼女たちの前で言うべきではないだろうという、自制心だった。

 ただ京太郎がなんと言いたいのかは、阿知賀組には伝わってしまっていたのだが、目の前で人を容易く殺した人であるならば仕方がないという考えがよぎっており、彼女たちも少々染まってきている様である。

 

「……と、俺の考えはこんな感じです。それでも迷ったりするなら、今回の件が終わったときに体験してみるのも良いかもしれないです。あと、しつこいと感じるならヤタガラスに……言いにくければ龍門渕に連絡しても良いかもしれない」

「……うん。考えてみるね。ありがとう、須賀くん」

 

 彼女のことをあまり良く知らない京太郎に出来るのは選択肢を与えることだけである。

 なまじ妹を助けるために一歩前に踏み出すことが出来てしまったものだから、またやれるのではないか? そう考えてしまうのも無理はない。

 そういう意味では、もう一度試してみる。というのは間違いではないのだが、少しでも意気込みを見せれば誰かが期待する。そうした時の逃げ場として龍門渕は京太郎にとって信頼できる組織だ。

 

「どうしました?」

 

 宥と彼女を気遣った彼女の仲間たちが離れたあと、自身をじっと見つめる怜に問いかける。

 

「ん。なんでもない。……うちに話があるんとちがう?」

「ああ、それですけど」

 

 京太郎はライドウに話した内容を伝えた。当然そのことに対して抗議するのは彼女たちの友人たちである。力を持ったからといって自由を奪われるのはおかしいと訴えるのは別段おかしな話ではない。

 少なくとも時代錯誤であるのは確かで、京太郎としても嫌な選択であるのは確かだ。

 しかしそれに対して真っ先に賛成したのは園城寺怜だった。

 

「ええで」

「いやいやあかんて! 力がつようなっても隠していけば大丈夫やって!」

「それがな。彼と後ライドウやっけ? の二人に関わらない未来を視るとどうもバッドエンドばっかでな。うぇ……」

 

 果たしてどの様な未来を視たのか顔を真っ青にして口を抑える彼女に慌てた様子で親友が背中を擦っている。

 

「未来が視えるならーー」

「……あ、それはいかんよ。絶対喋らん」

「え?」

「なんて言えばええかな。話したら慢心する可能性もあるし、話した内容を踏まえて行動して逆に対策を取られるってのも視えたわ」

「俺が未来を知って、園城寺さんが視た未来の通り行動したとしても?」

「うちが逐一説明して同じ挙動できるかって話や。須賀くんの動きを見て相手も対応してくるとして、うちが視た動きと違う動きをすれば未来も変わるわ。だから、あかんわ」

「そう、ですか」

 

 京太郎にも彼女の言うことは理解できた。

 実際未来の話をされていたらそれを実行しようとして足元をすくわれる気がしているのだ。

 未来を視る事ができるというのも上手くいかないものである。

 

「でも怜、男の子二人居る所に女の子一人だけっていうのはこわない?」

「うちに残されてる選択肢はな? 須賀くんたちを信じる道とバッドエンド直行と、低い可能性にかけて普通に人生を過ごすかのどれかなんや」

 

 覚醒した人はマグネタイトの総量が増える。

 未来を視る事ができる怜が覚醒したと知ったなら、興味を持つ者は多くいるはずである。

 悪魔の中には思考を読むことが出来る悪魔も多く居るし、護られているという事実がなければ毎日を不安に過ごすことにもなるだろう。

 ちなみにだが彼女を護る存在は京太郎でなければいけない訳ではない。しかし護る代わりになにかを差し出す必要はあって、それが能力なのかそれとも子孫にもその力を利用させるために身体も差し出させるのかそれは人にもよる。

 結局の所言えるのは園城寺怜に残されている選択肢は数少ない。ということだ。

 それを未来を視た本人が一番良く知っていて、彼女の浮かべる表情は一種の諦めも含まれていた。

 

「ただ俺は……」

「知ってる。でもなんていうかな。うちにとってそれはあんま関係ないわ」

「関係ない……」

「というかな? 悪魔より人間のが怖いわ……」

 

 真っ青な顔で言う彼女に京太郎は苦笑することしか出来なかった。

 人間のが怖いと悪魔は言うが、それを人間の口から言われると果たして人間であることが正しいのかわからなくなってくるからだ。

 ただ少なくとも、京太郎を知る者たちと一緒に居たければ須賀京太郎を失ってはいけないのは確かである。

 

「取り敢えず詳しい話は全部終わった後でええよ。今返せる言葉は前向きにお受けします。やな」

「……わかった。ライドウにもそう伝えます」

「うん。それと……。なんていうかな、本当ならウチのこと見捨てても良かったのに色々と考えてくれてありがとう。それが今一番伝えたい言葉や」

「……こちらこそこれぐらいしか出来なくてごめんなさい」

 

 頭を下げ去っていく京太郎の背を見ながら親友が問いかける。

 

「ええんか?」

「これが最良の選択やと思う。それに」

 

 怜が視た未来の中には京太郎の姿を多く確認することが出来た。

 笑ったり泣いたり怒ったり。視ている限りは人間を止めているとは思えなかったが、幾つかの未来で京太郎の行末は変わった。

 気になるのは特定の時期になるとまるで霞がかったように未来が視えなくなることだが、その時間軸に辿り着く前に京太郎が地上から姿を消す未来も確認できた。

 そうなると決まって霞は消え、同じ時間軸であっても未来を視ることができる。だがそれは今において関係のない話。

 

「ウチの事をああして真面目に考えてくれてるんやで? 確かにウチらのこと助けてくれたけど、こんなめんどいこと無視してもええはずやしそれに」

 

 人間を止めて、今一番大変で考えなければいけないのは誰かのことじゃなくて、自分ことなのに。とは口に出さなかった。

 

「これから大変なのは須賀くんも同じやもん。ウチは恩知らずになりたないしな」

 

 幾つかの未来を視た怜だからこそ分かることだが、彼らと共に生きる未来において、彼らが自身を見捨てた未来はなかった。

 視た未来が自身にとって幸せなものであるという条件付をしたことも、その未来を視た理由の一つでもあるだろう。

 しかし条件を外しても、彼らとともに歩む未来を見れば、決して簡単には見捨てようとせず出来得る限り精一杯助けようと動いてくれているのを視ることが出来た。

 未来を視る力で人を試すようなことはズルの様に感じるけれど、そんな彼らの姿を視て「信じれない」なんて想いは消えていた。

 

「それにあれやで。ふたりともイケメンやからな、女子プロ麻雀の呪いを考えればうちのこの選択は正しいはずや!」

「怜……? 怜さん?」

「ふっふっふ。数年もすればウチに春が訪れ、プロになる竜華たちは羨望の眼差しで視ることになるはずや!」

「ええかげんにせんと怒るで! ……もう」

「ハハハ。ごめんな」

 

 そんな笑い声が聞こえてくる。

 少しだけ振り向きどこか羨ましく感じながらCOMPに届いたライドウからのメールを確認しながら去るのだった。

 

*** ***

 

「うげー!! あんた化け物少年!?」

 

 防音結界に包まれた部屋の中で椅子に座って叫んでいるのはゲオルグと一緒に阿知賀と宮守の面々を襲った安西ミカであった。

 逃げようと暴れる女性だったが当然そんな事は許されない。黒装束を身にまとった京太郎と同じぐらいの年齢の少年が無理やり椅子に押さえつける。

 本来暴れる人間を抑え込むのは難しい。例え女を相手にしたとしてもだ。それを可能にしているのは覚醒者と一般人の力の差がそれだけ顕著だという証明だろう。

 注意して聞けばミカの肩から鈍い音が出始めており、暴れている理由が変わろうとしている。

 

「痛い痛い痛いー!!」

「なら静かにしていろ」

 

 言葉とは裏腹に治癒の奇跡の力でも持っているのだろうか? 掴む力を弱めながら手のひらにはディアの光が視える。

 

「なにかわかったんですか?」

「あなたは……須賀京太郎さんでしょうか?」

「はい」

「お手を握らせていただいても?」

 

 京太郎に話しかけてきたのは黒髪長髪の女性だ。おおよそ戦いに赴く女性には見えず、実際感じる力も龍門渕での戦いをしていたころの京太郎と同等かそれ以下といったところか。

 彼女の願い通りに手を差し出すと躊躇なく握る。

 少しだけ身体から力が抜けていくのは、身体からマグネタイトが抜けていくからだろうか。

 十秒ほど時間が経過し、手を放すと「はい、ご本人ですね。ありがとうございます」と言った。

 

「何をしたんですか?」

「少し記憶を見せていただいたのです。ライドウと話をしていた記憶もありましたので問題はないと判断しました」

「記憶を……。そんな事もできるのか」

 

 いや、出来るのだろう。

 霊をおろすというイタコに陰陽師なども京太郎が知らないだけで存在するはずだ。なら京太郎が知らない力の中に記憶を読み取る力もあると思われる。

 

「ならアレの記憶も読み取れば良いんじゃ?」

「読み取るにも時間がかかるんです。一応早送りとかも出来るんですけど情報を見落としかけるんです」

「全部が全部うまく行くわけじゃないか……」

「そうなんです。なので……おい、我々に話した内容をもう一度彼に言って聞かせろ」

 

 気配が変わり彼女の声にビクッと肩を震わせる。

 手をフッとあげると背筋を真っすぐ伸ばし、浮かべている表情は恐怖だった。

 

「さ、最初から話すって言われても……」

「お前たち暴力団が今回の事件にどうして関与しているのか。そこから話せ」

「は、はい!!」

 

 ミカの話した言葉をそのまま記せば長くなるため、抜粋しながら語るとしよう。

 

「わ、私たちはただ若旦那の言うことに従っているだけなんだ。あの人の言う言葉を信じて……」

「つまり人形というわけか?」

「あぁ。それだけあの人の言う言葉は甘くて、魅力的だったんだ……。私たちが輝いていたあの日を取り戻そうって」

 

 警察と暴力団……いやヤクザはその本質が同一であると言っていい。

 警察という組織が作られる際に必要だったのは暴力である。今でこそ強力な権力を持っている組織であるが最初はそうではなかった。

 力がなければ人は従わない。いや、一般人であるなら話は別だが別の力ある組織が力なき言葉だけの組織に従うだろうか?

 そのため当時力を持っていた組織……今で言う暴力団と呼ばれる者たちの力を得ることによって警察という組織は足がかりを得たのである。

 その後も警察だけでは力が足りず、地域を護るという名目で警察に与していないヤクザは力をふるいその存在を誇示し続け……そして警察が力を得た結果不要な暴力は排斥された。

 

「つまり彼らの若旦那は力が全ての時代に戻そうとしているのでしょう。確かに蛮勇とはいえ力が全ての世界に戻れば失われた価値は戻るでしょうね」

「でもそんなこと望んでない」

 

 そんな世界で生きられるのは京太郎たちのような強者と強者の庇護下におかれた弱者だけである。

 しかも強者の気まぐれで簡単に命が奪われる世界になりかねず、その強者もさらなる強者によって倒されれば仄かな秩序も壊される。そんな混沌とした世界こそが彼らの、そして混沌の勢力が望む世界だ。

 

「それでその若旦那っていうのは?」

「あんたも見たろ? あの執事を倒したのがそうさ。でも、あんなに強いなんて知らなかった……」

 

 目を伏せて震えながら言う。

 京太郎が見たのは最後の最後だけだが彼女は戦いの一部始終を見たのだろう。

 よく知らない京太郎に対して恐怖心を軽く抱いている事から、若旦那に対しても同様の恐怖心を持ったのだろう。その様子から根本的な部分は常識人と言える。

 

「その人はどういう人だったんだ?」

 

 震える彼女を労る意味も込めた質問だった。

 その目論見は当たり多少は震えも止まって、少し苦笑いを浮かべて答えた。

 

「賢い人だったよ。落ち目な私たちがどうにかして生きていくための方法を模索し続けてた。でも私たちがどんなにあがいても社会がそれを許さないんだ」

 

 暴力団から足を洗おうとしても、十年単位で関係を絶たねば許されることはない。そこまで頑張れる者はどれだけいるだろうか? 

 結局頑張れるものが居ないから這い上がることも出来ず、ただ堕ちたままなのである。

 というのは暴力団と呼ばれる者たちの事情だ。一般の、彼らとは遠い位置に居る人々からすれば暴力を生業とするような精神性の持ち主たちに対してはこれぐらい普通だと結論づける。

 言葉は悪いが自身に降りかからない問題を人はどうでもいいと思うものだ。

 

「だから結果を出せない旦那に苛立った奴らも居たよ。少しずつ、少しずつ旦那から離れていった」

「理想論には付き合えないと、そういうわけですか」

「まあな。それでも旦那を見捨てないやつは居たよ!」

 

 その一人が彼女だったのだろう。

 今日、これまでは。

 

「ただ……。いつの頃からだったろうね。旦那の周りに少しずつ少しずつ人が増えていったんだ」

「増えていった? 何かきっかけがあったのですか? 今までの話では人が来る要素はないでしょう? むしろそのまま見捨てられる流れです」

「それがなにもないんだ。なのに、なんでだろうね、あの人についていけば大丈夫。そう思わされるようになったんだ」

「一度見限った連中もですか?」

「ああ、そうだよ」

「それはなんとも……」

「おかしいっすね」

 

 眉をひそめて同意を求めるヤタガラスの女に同調するように京太郎は言う。

 勝手に希望をいだいて勝手に絶望し離れ、また近寄った。なんともおかしな話であると渋い表情を浮かべるのは二人だけではなくミカもである。

 というよりおかしいと最も感じているのが彼女なのだろう。疑心もあるのだろうがその顔に最も浮かんでいるのは憂いだ。

 

「そんなときだったよ。政治家のゴトウと接触したって聞いたのは」

「変わってからゴトウと接触した?」

「多分。私が聞いていないだけでその前から関係していた可能性はあるよ」

「そりゃそうだ」

「ですがどうやってゴトウと接触したのでしょう? 暴力団と政治家が接触するなんて格好の攻撃ネタでしょう?」

「特にゴトウは嫌われてましたもんね、マスコミに」

 

 国防を訴えるゴトウにマスコミは決していい顔をしなかった。

 かつての戦争の悲劇を再現する気か。と訴えるマスコミに対してゴトウが力なくして護ることなどできるものかと訴える動画はネットをしていれば一度は見かける。

 それでもゴトウが政治家として当選し続けるのはマスコミの力が低下しているのと同時に、国際情勢を人々が知ればこそなのだろう。

 そんなゴトウに暴力団が近づけば喜々として報道するはずだがそんな話はほぼなく、一部のマスコミが誹謗中傷目的で冗談交じりに言うぐらいだった。

 

「だから旦那はそれを何とかするためにゴトウと接触した……って、聞いた」

「そこでゴトウか……」

「だがどうやってゴトウと接触した?」

「そこは聞いてないよ。ただ協力者だって。仲良くお酒を飲んでる姿は見たよ」

「……現状に不満を持つ勢力と接触して力を合わせるっていうのはおかしくないのかな?」

「だとしても危険でしょう。暴力団と接触する政治家とは」

 

 当然の話だが政治家と暴力団が接触する話が知られればスキャンダルとして大騒ぎされる。特にゴトウの場合国家防衛のために金をかけるべきだと語るタカ派である。マスコミや一部の人権派と呼ばれる人間に大いに嫌われている。

 そんな危険性を犯してでも接触することに意味はあったのだろう、少なくともゴトウたちにとっては。

 そしてミカは口を閉ざした。もう、言うことはないということなのだろう。

 だが。

 

「転生者……この言葉に聞き覚えは?」

「転生……?」

「須賀さん。どうしてその問いかけを?」

「ハギヨシさん。いえ、萩原さんが彼女の言う若旦那が転生者ではないかと疑っていました。それでどうなのだろうと」

 

 転生者と言っても力量の段階によって呼び方が異なる。

 神の生まれ変わりであると自覚し始めた段階を転生者といい、それから神に近しい顕現者となりやがてはかつて神と呼ばれた頃の力を発揮できるようになれば言葉通り神と呼ばれるようになる。

 ハギヨシを打倒した若旦那の力は決して半端なものではなく、神と呼ぶにふさわしい力を持つと言えるだろう。

 

「わからない。ただ、あの人はあんなに強いわけじゃなかった。私の知る若は身体は病弱だったはずだ!」

「須賀さんの話と合わせて考えれば覚醒して病弱だった肉体が変化したのでしょう」

 

 ――園城寺さんと同じか。

 口に出しては言わなかったが、心中そう考える。

 

「だとすればその若旦那はどちらなのでしょう?」

「どちらってどういうことだよ!」

「説明する義理は無いのですが……」

 

 ちらりと京太郎の方を見る。彼が苦笑いを浮かべているのを見て仕方がないと一つため息をつく。

 

「まぁ良いでしょう。あとで説明をするのも手間ですから」

 

 そう言うとヤタガラスの女性はガラスのコップを2つ用意し水をいれ、片方のコップの中に境界線となるように氷結魔法で壁を作る。

 壁が作られなかったコップの中に粉末状のコーヒーの粉を入れると少しずつ黒ずんでいく。

 

「転生者が覚醒するとこの様に少しずつ混ざっていきます。果たして自分が現世に生まれ落ちた自分なのか、それとも過去に生きた神や悪魔であるのか境目がわからなくなっていく」

 

 透明だったコップの中身はついに真っ黒な液体に変質するのを見ると次に、氷の壁で分かたれたコップの中に同じ様に粉末のコーヒーを入れる。しかし氷が壁になり半分の領域にある水は多少黒い液体に侵入されているようだが、それでも透明だと言えるだろう

 

「そうなった者は選ぶことになります。神と自分の意識を分けて共生していくか、それともどちらかを侵食し犯し、ただ奪い去るか。大体は後者となるようでしょう」

 

 チン。と爪で弾いて音を鳴らしたのは黒い液体のみがはいったコップである。

 

「そして勝者の多くは人ではなく悪魔です」

「ならその若旦那はもう」

「もしくは案外うまくやっている可能性もありますね。ヤクザと悪魔なら相性もいいでしょうし。悪友となっているかも?」

 

 もう一つのコップを持つと微笑みながら揺らした。

 なんとも悪趣味な話だが、彼女からすればどちらであっても打倒すべき悪でしかないのだから、ミカの精神を揺さぶることのできるこの話をただ煽るように言うだけだ。

 それがどれだけの効果があったのかは不明だが、真っ青な表情で叫んだ。

 

「それじゃぁ旦那は!!」

「どちらであるかそれはわかりません。ですが」

「……ですが?」

「いえ、なんでもありません」

 

 結果は同じことだ。こう言いかけたのをやめたのである。

 どちらであっても生かされる可能性は少ないだろう。その事に気づいているのかいないのか、ただミカは若旦那を心配している。

 これ以上聞くことはないと判断した京太郎は、出口まで歩みを進めてふと一つだけ質問することがあるなと思いつくと足を止めた。

 

「若旦那の名前は?」

「……山縣命」

「そっか。ありがとう」

 

 少年の感謝の言葉を残して扉の閉まる音がした。

 

*** ***

 

 ――翌日。

 

 天気はあいも変わらず快晴の筈なのに闇に覆われている。

 朝も早いからか月まで見える始末でなんともおかしな光景だった。

 

「今日で事件が一旦の区切りがつくって本当かな?」

 

 清澄高校一年。麻雀部宮永咲が誰にという訳ではなく問いを投げかけた。

 それに応えたのは彼女の友人である片岡優希である。

 彼女の好物であるタコスを食べられない現状に不満を述べていた彼女だが「信じるしか無いんじゃないか?」と軽く言う。

 

「私たちには分からない世界だからな。聞こうにも聞ける相手なんて知らないじぇ」

「そっか。そうだよね」

「でも早く終わってほしいと言いますか、もっと早く区切りをつけられなかったんでしょうか」

 

 そんな不満を述べるのは原村和である。

 彼女のまた二人の友人だ。

 

「怠慢とまでは言いませんけど、大変な状態で優遇までされているのに!」

「怒らない怒らない。まぁ確かにもっと早く動いてくれれば昨日みたいなことは起こらなかったかもね」

 

 と言うのは彼女たちの部長竹井久だ。

 彼女たちから少し離れて視ているのは染谷まこだ。事態の収拾にあたっている者たちがいないか警戒しているようだ。

 

「……っす」

 

 少しだけ顔を真っ青にして話を聞いていた桃子は「少し行く場所があるっす」と言って先輩であるゆみに伝えると駆け出した。

 彼女たちの施された記憶抹消処置が確かに機能していることを京太郎に伝えるためであるが、それ以上に昨日まで自分が知っていた彼女たちでなくなったようで恐怖しこの場から逃げ出したかったのだ。

 

 エントランスホールで未だ見慣れない、けれど見間違えるはずのない後ろ姿を見つけた。

 

「おはようっす!」

「ん。おはよう」

 

 くるりと振り返って挨拶をする少年の顔は少し強張っていた。

 

「宮永さんたちの記憶っすけど、確かに消えてるように見えるっすよ」

「そっか。良かった」

 

 そう言って安堵の表情を浮かべるが、顔の強張りは消えない。

 

「よし。昨日話したがもう一度意思疎通のために話そう」

「ライドウと須賀京太郎が前線に。巫女さんたちがバックアップに付きその他の退魔師たちは遊撃にあたる。遊撃とはいっても戦いの余波が他に影響しないようにするって意味だよ」

「……そして彼が結界を解除後私たちは二方向に別れ進撃する。その理由は」

「俺にゲオルグがちょっかいをかける可能性があるから。ですよね」

「そういうこった。ベストは須賀京太郎がゲオルグと戦闘を行っている間にライドウが事態を収拾することだ。だがこれは理想論に過ぎない」

 

 ゴトウとゲオルグしか京太郎たちには見えていない。

 他にまだ不確定要素がある可能性もあり、そううまくいくはずはないだろう。

 ならば石戸霞たちもと思うかも知れないが、神代小蒔を優先し勝手な動きをされると困るので、前線に出すことは許容できない。

 

「ふたりとも準備はいいな。特に須賀、お前は仲魔の更新は済んでいるか?」

「ああ」

「問題ないっす」

 

 二人が頷くのを見ると大沼はなら行って来い。と一言だけ言った。

 後はもう彼らの手から離れ、ライドウと京太郎に運命は委ねられたと言える。

 

「それじゃ行ってくる」

「絶対! 絶対、帰ってくるっすよ!」

「お気をつけて」

「まだ君との契約は済んでいない。この娘のこともある。無事に帰ってくるが良い」

「……行ってらっしゃい」

 

 桃子、マチコ、パラケルスス、光の言葉を受けて少年は頷く。

 

「行こう」

「うっす!」

 

 肩に黒猫を乗せたライドウと共に帝都を駆ける。その後ろには一定距離離れた巫女たちも付いてきている。

 永田町まで数分とかからず辿り着いた京太郎たちは結界を前にし止まった。

 京太郎は腰にぶら下げた契約の刀を引き抜くと頭上に振り上げ集中するために目をつむる。

 ここまで長くも、短くもあったな。そんな事を考え、今日で終わらせるという覚悟を持って目を見開いた。

 

「四天王よ! 俺に力を貸せ!」

 

 京太郎の言葉と想いに応えるように、彼を中心とした四方に淡く透き通った姿をした四天王たちが姿を表すと刀に吸い込まれていった。

 集まる力と光とともに。

 

「ぜりゃぁぁぁぁ!!!」

 

 渾身の一振りが結果に叩き込まれた。

 最初にバキ、という何かが砕ける音がしたと感じた瞬間結界全体に刀と同じ光が包み込みひび割れたと思った瞬間、ガラスが砕け散るような音とともに結界が砕かれた。

 

 砕かれた結界がガラス片のように降り注ぐ中。

 

「四天の刀。とでも呼ぶべきか」

 

 ゴウトのそんな呟きが聞こえ、ライドウと京太郎は顔を見合わせると示し合わした通りにそれぞれ別方向へと駆け出した。

 目指すは国会議事堂だが、真っ直ぐではなく挟み込むように彼らは移動し始め、そして聞こえたのは銃声だ。

 

「待てよ」

 

 予想通り現れたのはGUMPを携えどこか苛立ちの表情を浮かべた男の姿だった。

 銃弾は京太郎を狙ったものではなく、カスリもしなかった。ゲオルグの対となるように似た形をしたビルの上に京太郎は降り立った。

 

「俺を無視するなんて、そんな事は考えてないよな?」

「んなわけないだろ。予想通り、願ったとおりだ」

「ふん。よく生きていたものだなと言わせてもらおうか」

「おかげさまで。ライドウの邪魔をしてくれたお陰で九死に一生を得たさ」

「……。なら、見せてもらおうか。九死に一生を得て、そして得た力ってものをな!!」

 

 GUMPを操作する。それが召喚を行うための物であるとわかり京太郎もまた悪魔召喚を試みようとする。

 

「なんだ!」

 

 だが手が止まってしまった。

 GUMPから放出されるマグネタイトの量が普通ではなかったからである。

 本来であれば島一つ分の大きさを持った神や悪魔であっても、そこまでの大きさを持たないのは取り回しが悪いからだ。

 身体が大きいということは居場所だって当然バレる。そんな不便利な悪魔を使う事はほとんどない。

 だが、今京太郎の眼の前に現れようとしているのは普通では考えられない大きさの悪魔だ。

 

「させるか!」

 

 その大きさゆえの召喚速度の遅さを突こうとはなったジオダインだが、ゲオルグに到達する前になにかに当たってしまう。

 目に見えない何かがいる事に気づいた京太郎は、巨大悪魔の召喚の阻止ではなく仲魔の召喚を行おうとするも背後から何かに殴られ遮られる。

 

「ぐっ。一体じゃない……!?」

「当たり前だろう! お前が来る前に準備はしておくさ!」

 

 ゲオルグの口からおぞましい呪文のような言葉が綴られる「ティビ、マグナム」などと聞こえるがはっきりと聞くことが出来ない。

 ありとあらゆる方向から襲い来る触手のようななにかから逃れつつ、鬱陶しいと放ったマハジオダインが不可視の何かに命中し一瞬だけその姿を見せた。

 鉤爪や触手を持ったおよそ地球上にはありえない見た目をしたそれを見ることが出来たのは、電撃により焦げて輪郭を視ることが出来たせいだ。

 悪魔召喚プログラムがそれをトリガーとしたのか、アナライズの結果「星の精」と呼ばれる悪魔であると京太郎は知った。

 

「もう遅い! さぁ現れるが良い!」

 

 マグネタイトの光とともに現れたものを京太郎は見上げた。

 今回の事件で東京中を移動した京太郎であるが、その中で東京タワーを見る機会があり京太郎の記憶するそれと比べて眼の前に現れたそれは遥かに大きい。

 戦艦の全艦橋部分の形をした頭部、腕には艦の両舷が取り付けられているのかおよそ人に向けるべきではない大きさの砲とまで取り付けられている。

 

「――十四代目の遺産超力超神だ。さぁ打ち勝てるかな、デビルサマナー!」

 

 かつて、十四代目葛葉ライドウにも牙を向いたオーパーツとも呼ぶべき巨大人型兵器が時を越え須賀京太郎に牙をむく。




ライドウ出したときから超力超神を出すことは決めていた。
ソウルハッカーズのリメイクでも出してくれたしね、やはりロボは良い。

本当は有珠山の面々についても書きたかったのだけど、文字数とテンポがですね。説明会はただでさえテンポ悪くなるのに。


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『6日目 超力超神』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。
真3がもう来週ですね。楽しみだ。


 超力超神。

 正しく言うのであれば超力超神ヤソマガツと呼ばれるそれは、十四代目葛葉ライドウが生きた大正時代において起きた超力兵団事件にてライドウが対峙した存在である。

 ライドウによって両断され紛失されたと思われていたそれはとある事件を追っていたライドウが回収したようで、ヤタガラスがそれを封印あるいは研究を行った。

 それ以降超力超神が表に出ることがなかったのは超力超神を操る術がなかったためである。

 ライドウにしても単独で操るためにはマグネタイトが足りず、【ライドウが二人居なければ】使役する事はできないという話だった。

 

 だというのにゲオルグが使役できているのは、決して彼がライドウの才覚を超えている訳ではない。

 悪魔召喚プログラムがそれを可能にさせていた。

 召喚プログラムの利点は本来退魔師の生まれながらの才能と背負うはずの努力を無視し悪魔を使役することができるという点にある。

 その結果仲魔との関係が希薄になるという問題点もあるが、逆に言えば悪魔に影響されることが少なくなるという利点さえも生んだ。

 そして召喚プログラムのもう一つの利点が、マグネタイトの貯蔵量だ。

 ゲオルグの力量は超力超神を使役することができるレベルにあるが、ライドウと同じく完全に使役するにはマグネタイトが足りないため本来であれば召喚することさえままならない。それを召喚プログラムが補い、須賀京太郎の敵として立ちはだかることになったのだ。

 

*** ***

 

「超力超神だとぉ!」

 

 尋常ではなくマグネタイトを感知したライドウがとあるビルの上で立ち止まり状況の観察をしていた。

 彼の肩に乗って同じく観察をしていたゴウトの叫びに眉をしかめたライドウは。

 

「超力超神は封印されているはずでは?」

「恐らくヤタガラスの離反者が受け渡しを行ったのだろう。だがそんなことができるほどの権力を持つものは限られるはず」

 

 超力超神の危険性を現代において最も知るのはヤタガラスである。

 当時受けた超力超神の驚異が話として受け継がれているのは勿論だが研究をし更に情報を得ていたからだ。

 故にその運用にはかなりの注意を払っており、もし稼働させるという話となるなら、ヤタガラスでも上位幹部が話を通さなければならない。

 

「そう、限られているね」

 

 ハッと後ろを振り返るとそこに居たのは老婆と、彼女の後ろに控えるように歩く青年だった。

 

「まさかとは思っていたが」

「なぜだ。なぜあなたが我らを裏切った、慶弔」

 

 ライドウの問いかけに申し訳無さそうに、けれど強い瞳で相対する。

 

「こうするしかないと思ったからよ」

「……汝はまだ戦争の時を憂いていたのか」

「あら。あの日を後悔しなかったことはないわ。このままだとあの日のように、いいえ、それ以上の悪夢が待ち受けていると分かっているのに何もしないなんてできるわけがないでしょう?」

「だがそれによって明日を迎えることも出来ず、散っていった者たちが居る。今を恐怖し怯える者たちが居る。人さえ捨て去ってしまった者さえ居るのだぞ!」

「そう、何を言っても。何を憂いても、私たちが行ったことは決して許されることはないわ」

 

 曲がっていた慶弔の腰が真っ直ぐになる。無理をした体勢なのだろう、永望に支えられており、けれどライドウたちをまっすぐに見据えた。

 

「裁くものと裁かれるもの。どちらがそれかなんて語るまでもないけど、けれど確かめさせてもらうわね」

 

 空を見上げる。

 朝ではあるが本来そこには存在しないはずの月が見えた。慶弔は月に手を伸ばし包み込むように手を握るとそれを胸の前に持ってきた。

 いつの間にかその手には古ぼけた管が握られていた。

 

「むっ、それは!」

「老いさらばえたこの身なれど侮っては駄目よ。ライドウちゃん」

 

 慶弔を中心に超力超神ほどではないが多くのマグネタイトが渦巻いている。一体これほどのマグネタイトをどこから得ているのかと睨みつければ、永望の胸にミイラ化した赤子が抱かれていた。

 

「それは!」

「彼らから聞いていないかしら? これがあのドリー・カドモンに内包された子供よ、本当はこんな使い方したくないのだけど……」

「申し訳ありません。私一人では到底足りませんでしたから」

 

 見れば永望の顔が抱いた子供のように水分を失っていくではないか。

 その意味に気づいたライドウは「待て!」と叫ぶが。

 

「慶弔様。先に失礼させていただきますね」

「……ごめんなさいね」

「いえ、これまでの人生とても幸せでした。先に逝ってお待ちしておりますね」

 

 その言葉を最後に抱かれた子供と共に永望は倒れ、慶弔は懐から取り出した魔石で持って彼らの遺体を燃やした。

 

「永望! 慶弔、彼はあなたにとって孫のような存在だと語っていたではないか!」

「そうね。でもここで共にしなければ永遠に後悔すると言われて断ることなんて出来なかった……」

 

 一筋の涙とともにマグネタイトが彼女の身体に収束する。まばゆい光が一瞬放たれ、それが収まった時そこにはもう慶弔の姿はなく、代わりに居たのは青いローブを身にまといローブの隙間から垣間見えるのは銀河だった。

 

「我が名はツクヨミ。契約者の望むがまま、汝と戦おう」

「くっ」

「構えろ、ライドウ! 来るぞ」

 

 超力超神とは異なるもう一つの戦いが今起ころうとしていた。

 

*** ***

 

「う、おぉぉぉぉ!!」

 

 2連装30センチ砲塔から放たれる砲弾をジオダインで迎撃しながら須賀京太郎は刀でもって本体を斬りつける。

 しかし鈍い音とともに弾かれ傷をつけることはできるが断ち切ることはできない。

 

「かつてライドウに両断されたという話だが装甲を改良したらしいぞ!」

「なんてことをしてくれたんだヤタガラス!」

 

 京太郎の足掻きを面白そうに笑うゲオルグと、改良をしてくれやがったヤタガラスに悪態をつきながら400メートルはある巨体を駆け上がりながら今度こそ仲魔を召喚するためにCOMPを操作する。

 

「来てくれ!」

 

 破壊神セイテンタイセイから狂神テスカトリポカに姿を変えている。禍々しい爪から放たれる狂乱の剛爪と、アギダインをも越えた威力を持つトリスアギオンが超力超神に向かって放たれる。

 京太郎の力量が後少し足りず彼の望む悪魔にはなれなかったが、それも今回の戦いを超えれば叶えられるはずだ。

 

「やはりサマナーに付いていけば面白いのと戦える!」

「脅迫されて仲魔になった奴が面白いこと言うよな」

「それはもはや過去! 我は魔王とも創造神でもあるのだからな!」

 

 フハハハハ! と、突撃していく仲魔に若干苦笑いを浮かべつつ、空を切る音がしたのを感じとっさにマハジオンガを放つ。

 予想通り不可視の星の精が居たようで、ジオンガでは倒れておらず、けれど煙を上げているのが見え煙の辺りを蹴り上げた。

 感触はなんと言えば良いか、スライムのようだと感じたはずだ。そのまま蹴りぬき両断し血とも体液とも言えぬ液体が京太郎の足につくもジオによって蒸発する。

 

「――マリア! サマエル!」

 

 彫像のような美しい見た目の悪魔、女神マリアとその肉体を龍に変えた堕天使サマエルが姿を表す。

 しかして。

 

「わぁ、アニメみたい!」

 

 綺麗と言うべき女性の口から紡がれる言葉は可愛らしいというもので、だが彼女が行使している補助魔法はラスタキャンディと呼ばれる味方の能力をすべて上昇させる決して可愛くないものであった。

 補助魔法の効果のおかげというべきか、京太郎たちの攻撃が超力超神に通り始めた。しかし400メートルという巨体に対する致命的一打には未だ成り得ない。

 

「面白いものを見せてやろう!」

 

 肩に乗ったゲオルグが宣言するやいなや超力超神の巨大な腕が何かを求めるように伸ばした。

 これ以上おかしなことをされる前に邪魔をしようと、全力のジオダインを放とうとした京太郎だが、何かが軋みもげるような音が東京中に響き渡る。

 

「なんだ」

 

 こぼれた言葉の正体はすぐに判明する。

 超力超神の右腕にある舷側が地面に落ちると代わりになにか強大な槍のような物がが飛来し装着する。

 装着され分かったがそれは槍では無く塔のように見え、京太郎は首を傾げた。なにせどこかで見たことのある形状なのだから。

 【それ】は比較的細いように見える先端部分を京太郎たちに向けると、エネルギーが収束するようにバチバチと大きな音が鳴り響き始める。

 当然京太郎たちはその攻撃から避けようとするのだが。

 

「はははは!! 避けて良いのか? もしこれが帝都の結界に直撃すれば外にいる人間たちは異変を感じ取るだろうなぁ!」

「お前は!」

「伊達や酔狂でこの大きさの塔を建てると思うか! 電波目的だけでも観光資源とするだけでもない! 本来の目的は帝都を守護するこの超力超神の武器とするためだ!」

「……塔?」

 

 超力超神の右腕に取り付けられた【それ】を再びよく見る。火花が飛び散りよく見ることは出来ないが、どこかで見たことのある形なのは変わりない。

 数秒後京太郎が【それ】の答えにたどり着いたのはゲオルグの言った電波、観光という単語が結びついたお陰だ。

 

「お前それあれか。スカイツリーかよ!」

 

 展望台から先の部分が右腕に装着されていると言えば分かるだろうか。

 塔がエネルギーで充満し目に見えるレベルにまでなっているのは右腕からケーブルが伸び展望台部分と接合し、超力超神から力を受けているからだろう。

 

「撃て、超力超神――!」

 

 ゲオルグの声に従い充満していた超力超神の砲撃が轟音と目を眩ませるほどの光が超力超神から放たれる。一目見て分かった。その一撃は確かに結界を破壊するには至らないかも知れないが確かなダメージを与えるに等しい一撃であると。

 

 ――呼べ。

 

 COMPから伝わる思念とも意思とも呼べる物が京太郎に伝わる。それに従い淀みもない動きでCOMPを操作する。

 

「ゼブル!」

 

 COMPから吸われるマグネタイトはこれまでの比ではない。圧倒的なまでの総量のマグネタイトが形をなすのは羽根にドクロマークが描かれたハエの王であった。

 本来であれば京太郎に蝿の王を召喚する力はない。しかし京太郎が出会った分霊であるならば話は別である。本体とは姿が異なり、どこか少年の風情を残した見た目をした蝿の王、ゼブルは手に黒い槍を作り出しサマエルと肩を並べた。

 

「合わせよ」

「ああ」

 

 両者が放とうとしているのはダイン系魔法とは比べることが出来ないほどの威力を持つ万能魔法メギドラオンである。

 超力超神から放たれた一撃と龍と王から放たれたメギドラオンが激突し、その瞬間言葉通り世界が揺れた。

 

「この震えはあの時の……っ」

 

 力の衝突により震える世界に想起したのは数日前に体験した大天使の大爆発による世界の壁を傷つけ、魔界に落ちた時のことだ。

 ビルの屋上の床に刀を突き刺し吹き飛ばされないように体を支えながらゾッとした。

 

『……安心して』

 

 京太郎の脳裏に聞こえたのは物静かな声色をした少女の言葉だ。

 爆風が収まりかつてのトラウマを想起し震える身体を抑えながら爆心地を見れば世界に穴など空いてはおらず無事なように見える。

 

『バックアップを任せて』

 

 声の正体、確か名前は滝見春と言っただろうか、彼女の声を信じ京太郎は空を駆けた。

 ビルのコンクリートや電柱。時には思い切り宙を蹴り上げ発生した衝撃さえも駆使し超力超神へと向かう。

 

 京太郎が超力超神の近くまで移動している最中、サマエルとゲオルグが話しをしていた。

 

「天使を捨てるとはなぁ!」

「そのような挑発に乗る気はない」

 

 超力超神の肩に乗るゲオルグを巻き込むようにして放たれるメギドラオンだが、ゲオルグに傷をつけることはできない。彼の傍らにはどす黒い姿と意思を持ち、それに見合う力を持ったニャルラトホテプと呼ばれる悪魔が居たからである。

 万能属性魔法を無効化する耐性は珍しい。しかし万能属性魔法と言えども力の塊だ。同等以上の力でかき消されることはある。

 

「自罰とは馬鹿な真似をするものだ」

 

 暗闇から出たのは人の顔だった。それを見たサマエルはカッとなり、尾で薙ぎ払おうとするが止められてしまう。

 

「何も考えず、知らず、知ろうともせず、それが正しいと盲目的に信じた結果だろう?」

「何を知っているか!」

「知っているともさ、この顔を持った人間の少年の住む村が襲われた遠因が我にあるのだから」

 

 そう語る人の顔はサマエルにとっては大切な存在であるフリンの顔をしていた。

 

「貴様が……?」

「言っただろう遠因だと! 我が直接手を下したわけではない! しかして我が放った種子の一つが芽吹いただけに過ぎん! 世界とはそういうものだろう!?」

 

 頭に血が上っていたサマエルは気づかない。ゲオルグの銃口が彼に向いていることを。だが一つだけ確かなことがある、大切な存在を失っていたとしても今サマエルは一人ではないということだ。

 

 何かが上空から舞い降りただ影だけが落ちていった。そう見えた瞬間、顔は落ちて血の代わりに闇が吹き出した。

 

「俺の仲魔を誑かすのはやめてもらおうか」

 

 黒く染まった髪を持った、今のサマエルの主が緑の蝿を足場にするように言う。

 

「気にするな。なんて言わない。俺には理解できないけど、正しい行いをすれば神のもとにいけて幸せになれるって信じて。でも裏切られて。それがどれだけ辛いかってことはわかるよ」

 

 色々なものを捨てようと、いや、捨てる自分が言えた台詞ではないと京太郎にも分かっている。

 

「だから確認。いや、お願いしよう。レミエルも胡散臭かったけどマンセマットって大天使と知り合えたんだ。もしかしたら願い通り、神のもとに送ってくれるかもしれない」

「随分と気にかけるなぁ! その言葉はお前が救った天江衣に、龍門渕への裏切りじゃあないのか!」

 

 言葉とともに銃弾が京太郎へと向かい、懐から取り出した拳銃でもって銃弾を逸らす。

 

「裏切り? 俺にとってフリンはどうでもいい。でもサマエルは違う。ただそれだけだ! だから」

 

 四天の刀がゲオルグへ向かい、しかしてその刃が彼に到達することはなかった。ニャルラトホテプの触手が邪魔をしたのもそうだが、もとより京太郎は攻撃をする気はなかったのである。

 

 肩に乗るゲオルグをスルーし、京太郎は超力超神の眼前に居た。そしてくるりと身体を反転させ、頭を地面の方へと変えると思いっきり宙を蹴った。

 空に向かって走る衝撃波とともに京太郎は超力超神の胸へと向かっていく。そこに何があるのかとか京太郎に知らない。ただ。

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

 思い切り刀を突き刺す事が目的だった。

 

「須賀京太郎……まさかあいつは! 星の精、やつを止めろぉ!」

 

 叫び声も虚しく、超力超神に突き刺さった刀にむかって京太郎はジオダインを。

 

『……もっといけるよ』

 

 声がした。聞いたことのある誰かの声で、その声に従うように、心の内より生まれた言の葉を口にする。

 

「八色雷公!」

 

 ジオダインをも超えた電撃が京太郎の手の内より生まれ、刀を伝って超力超神全体に浸透していく。

 

「ちっ」

 

 八色雷公の影響を受けないようにゲオルグも離れ、京太郎の仲魔たちも超力超神から離れる。

 ……さて、超力超神がどうやって動いているかについてだが、悪魔ヒルコが筋肉の役割を果たし戦艦の皮を、というか鉄を被っているわけである。しかも宇宙に存在する『衛星タイイツ』からエネルギーを送られ、理論上は稼働時間無限を実現している。

 だが、京太郎は八色雷公を放ち超力超神の全身に電撃が浸透した。そうなれば最もダメージを受けるのは筋肉の役割を果たしている悪魔ヒルコで、筋肉と同じ肉体を持つヒルコはたまったものではないだろう。

 ヒルコたちは電撃により痙攣するように震え、超力超神はその体を支えることすらできず倒れてしまった。

 

「ゼブル、サマエル! ぶっとば」

『いやまて!』

 

 脳裏に聞こえてきたしゃがれた老人声が京太郎を止めた。

 声の主、大沼修一郎の静止とともに石戸霞、狩宿巴、滝見春、薄墨初美そして戒能良子が頭部と腕部脚部に位置すると光が放たれ、千とも万とも言える悪魔の絶叫が響き渡る。

 

『これでいい。お前が弱らせてくれたお陰でヒルコを消滅させることができた』

「いいんですか?」

『構わん。ヒルコなんぞまた呼べばいい、超力超神にとって最も大事な部分はそこにある』

 

 そことは転がった超力超神を指しているのだろう。

 

『それよりお前はこっからだろ。俺との会話なんてもう終わらせろ』

「了解です」

 

 うつ伏せに倒れたとはいえ、もとより巨体の超力超神である。その背に乗っている京太郎も今、下手なビルより高い位置に存在する。

 京太郎の前にはGUMPを持ち、顔を俯かせているゲオルグが居る。

 

「すまなかった。サマナー」

「ん、いいよ。大切な人のことだもの。怒って当然だし、時々はフォローさせてくれよ」

「……ああ」

「なんかあったの?」

「内緒。というかもうすこし大和撫子とまでは言わないから大人しくしてくれないとサマエルを始めとした奴らに怒られるぞ?」

「ふふーん、しらなーい」

 

 くるりくるりとタップダンスをするかのようにステップを踏みながら回る。

 戦いのさなかだってと内心思うが、警戒は代わりに仲魔たちがしてくれている。

 

「さて。決着をつけようか」

「……ああ」

 

 GUMPの銃口が京太郎へと向けられ、マグネタイトが噴出する。

 ゲオルグの近くには、ニャルラトホテプは言うに及ばず、火の鳥、黄色の衣を羽織った人形のナニカ、炎のたまが浮かんでいた。

 顔を上げたゲオルグの眼は京太郎が今まで見たことのない色をしていた、その色の正体を知っているのは京太郎たちの中ではただ一人、ゼブルだけであった。

 

「……来いよ、人ならざる化け物。化け物退治は人の役目だろう?」

「は! お前が人扱いして欲しがってるとは思わなかった。今まで好き勝手して、多くの人々を傷つけてきたんだろ? だったら裁いてやるよ。人を裁くのは人外の役目だ」

「ほざけ! 人でも、悪魔でも、神ですら無い化け物が……」

 

 銃声とともにゲオルグを除いた悪魔たちと、京太郎たちが一斉に駆け出した。

 封鎖が始まるからの因縁。それに終止符が撃たれようとしていた。

 





――京太郎が召喚条件を達成した悪魔一覧(なお仲魔として登場するかは未定)
・大天使ウリエル→撃破寸前まで追い込んだことにより条件を達成
・堕天使ウリエル→上記にプラスし、京太郎が堕天使認定したことにより条件を達成
・大天使マンセマット及びレミエル→協力関係を結んだことにより条件を達成
・ゼブル→タカジョー・ゼットとの出会いにより条件を達成。なおベル・ゼブブは召喚できない
・????→魔界でも出会ったことで条件を達成
・????→物語最初期より開放



東京封鎖の中でもう数体増える予定。なお出番があるかは話は別である。


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『6日目 深淵に覗かれた者たち』

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。
更新遅くなり申し訳ないです。


 退魔刀赤口葛葉が空に煌めく月の反射を受けながら振り上げられる。

 学生帽に隠れているライドウの瞳に光はなく、ただその瞳には悲しみだけが宿っていた。

 

「……そんな眼をする必要はないわ。貴方はただ帝都に仇なす悪を討った。それだけよ」

「だが」

「さぁ止めを刺してゴトウの元に急ぎなさい。須賀くんなら大丈夫。あの子が負けることはないわ」

 

 未だ異形の姿なれど、意識は慶弔なのだろう。彼女の声とツクヨミの声、そしてノイズ音が混じり合った不思議な声で言った。

 

「なぜそんな事が言える?」

 

 ゴウトの声色に若干の不満感が含まれていたのはヤタガラスの、ひいては自分たちの力量不足で人をやめた少年に対して責任もなにも感じていないような言動に対して不快感を覚えたせいだった。

 それに気づかない慶弔ではないのだが、もはや自分がどう思われようとも彼女にとっては重要な事柄ではなかった。

 

「彼がこの事件が始まったときから成長していないならばともかく。戦い続けてきたでしょう?」

「それはそうだが、我が見積もったところ彼は身体能力であればともかく総合力ではライドウに劣り、ゲオルグとは同等だろう。確かに仲魔は強力だがそれは彼奴も同じ。にもかかわらずなぜ楽観視できる?」

「そこは情報の差ね。ゲオルグは、彼は決してあの子に勝てない。だって歪み、僻み、自身の心さえも欺きながら生きている男がずーっと前だけを向いて走り続け強くなった少年と対等なはずがないでしょう?」

 

 当然の話だが事件開始時の京太郎であればゲオルグには勝てなかった。

 心がどうであろうとも絶対的な力の差が存在する場合、ただ蹂躙されるだけの哀れな存在に過ぎないからだ。

 しかし、成長し強くなった今であれば話は別だ。

 

「だから安心して貴方はゴトウの元に行きなさい」

「……貴方は」

「私は彼の身体とともに消えるわ。今回の事件に同意し、加担した私が生きていることは許されないのだから……」

 

 永望の元へ這いずりながら移動しようとしたその時だった。

 空から飛来する勾玉が彼女の身体を捉え、それを見たライドウが救おうと咄嗟に足に力を込めた。

 

「刀を構えろ、ライドウ!」

 

 ゴウトの叫びに応えるように収めていた退魔刀を引き抜くと頭上より現れた剣から身を守る。

 金属同士がぶつかり合う派手で、鈍い音が辺りに響く。

 

「これは」

 

 それは古びた剣であった。刀のように断つ様に出来ている様には見えず、頑丈で益荒男が振るうごつい見た目をしていた。

 使い手の姿は見えず、恐らくはものすごい勢いで投げられたのだと気づいたときには一人の男が慶弔を確保していた。

 

「貴様は」

「……悪いな。そしてありがとう。俺の願いどおりにツクヨミを降ろしてくれて。これで俺の準備は整った」

「待て!」

「俺にかまっている場合かな?」

 

 スーツ姿の男は彼方を指差すとライドウたちに突風が襲いかかった。

 爪を立てて飛ばされないようにふんばろうとするゴウトだが、抑えが効かず飛ばされかけたところをライドウに救われた。

 

「すまない、ライドウ。しかしこれは」

「元凶様がお待ちかねだ。俺の出番、いや、やりたいことはその後にするって約束なんでな……。ではな、今代のライドウ。お前がゴトウを打倒したその先で待っているぜ」

 

 そうして風と共に男は消えた。

 剣も、勾玉も、慶弔も何もかもが残っておらず、ただ物言わぬ屍とかした永望の死体だけがそこに残っていた。

 

「スルト」

 

 呼ばれた炎の魔神が力を振るうと永夢の肉体は灰になり、空いていた筒を取り出すとその中に入れた。

 

「甘いな、だが死者に鞭打つ必要はなし。さっさと終わらすとしようぜ」

「分かっているさ」

 

 スルトを筒へと収めライドウは行く。

 眼で確認するまでもなく戦いの音が帝都中に響いている。決着までにはしばしの時が必要になるだろう。それがわかっていてライドウは背を向け歩く。

 

「良いのか?」

「元よりそういう策だった。それにここで手伝いに行くほうが、彼を信頼していない証左になるだろう」

「それもそうだな」

 

 須賀京太郎より一足先に葛葉ライドウがゆく。すべての決着をつけるために。

 

*** ***

 

「召喚プログラムとは面白いものだな! 本来私と戦うべき存在とこうして共に闘うことさえできるのだからな!」

 

 面白そうにあざ笑うのはご存知ニャルラトホテプ。その言葉は仲魔であるはずの火の玉……クトゥグアに向けられていた。

 よくよく見れば何かに抗おうとするかのように火の玉は震えており、しかし召喚者であるゲオルグの意思に逆らえないのがわかる。

 人に神魔は契約を必ず履行しろと迫るが、神や悪魔にもそれは当てはまる。どれだけ自身の意志と逸脱していたとしても契約に縛られている以上クトゥグアはゲオルグの意思に逆らう事はできない。

 

「サマナー」

「分かってる。ソナーでの警戒は欠かさない」

 

 ゼブルの警告に黒髪となった少年はそう応え、ゲオルグへとただただ向かっていく。

 そんな京太郎を迎えるのは無数の弾丸と火の鳥だ。クトゥグアの眷属でもあるそれもやはり契約に縛られている。

 ゼブルの言葉は、悪魔召喚プログラムを利用した奇襲の警戒を促すものである。

 本来召喚プログラムを行使するデビルサマナーは、自身は隠れ使役する悪魔たちを用い数で攻めることが最も強力な戦術であるとされる。そういう意味では京太郎とゲオルグは本来のサマナーとは異なる運用法をしているのは否めない。

 だがそれでも、古いサマナーと比べて召喚可能な悪魔の数はもちろん多いのである。

 自分たちに意識を向け後ろから用意した悪魔で刺すことぐらいはしてもおかしくはないのである。

 

 両陣営から数多の炎、氷、電撃、風。もしくは何にも属さない万能属性が飛び交い、遠くからその戦いを見守る人々にとっても異常と言えるその光景の中で優勢をとっていたのは京太郎たちであった。

 火の玉の姿という弱点は何だと問われれば簡単に導けてしまうのもそうだが、行動速度の速さが決定打となっていた。

 

 ゲオルグは逐一指示を出す。

 攻撃・補助・回復。ありとあらゆる魔法が飛び交う中で、有効な命令を仲魔たちに繰り出す。

 しかしそれでは遅く、そんな戦いになっていたからこそ新しく仲魔になっていたデュラハンを繰り出せずにいる。

 

 須賀京太郎はただ戦いに集中する。

 ニャルラトホテプのメギドラオンが、クトゥグアの炎が、いつの間にやら現れたムーンビーストと呼ばれる化け物の槍をその身に受けたとしてもただ前に。

 攻撃を受ければ当然怯む。だがそれで止まることはない。

 肉体がマグネタイトで構成されている部分であれば欠損したとしても意識は飛ばない。人間の肉体部分を最低限守り悪魔の肉体で受けて前へ行く。

 京太郎の指示は最小限だ。してほしいことをただ伝えているだけ。

 一から百まで指示をする必要なんてもうありはしない。そんな生ぬるい戦いを生き抜いてきたわけではないのだから。

 

 だからこそ、かつて格下であった時ならばともかく。同格となり仲魔の質で上回っている須賀京太郎が敗北する余地などない。

 

 それに何より。

 

 何かが京太郎の背を押すのだ。ここで倒さねばならぬと、倒してくれと願うナニカがいる。

 

 それが何なのか。それは直ぐに判明した。

 

 懐から取り出した弾倉に目をやる。

 明らかに京太郎に放たれてきたこれまでの弾丸とは異なる力を持ったもので、それに気づいたときにはすでにGUMPに込められ耳を覆いたくなるほどの大きな銃声でもって京太郎に撃たれた。

 まばゆい光とともに放たれたそれは至高の魔弾……と呼ばれるスキルのコピースキルである。威力は多少劣るものの万能属性の素質を持っていなくても万人が扱える代物である。

 

「ぐあっ」

 

 刀で受け止めるものの、万能の力の宿った一撃は京太郎を吹き飛ばしビルの壁面へと叩きつける。

 舞う埃を左手を振るう事で払いつつゲオルグを見れば。

 

「ーー召喚」

 

 発せられる言葉とともに出現する新たな悪魔、その姿は。

 

「ア、アァァァァ……」

「これは……」

 

 京太郎にも見覚えがあるそれは【母子合体悪魔】のそれだ。

 だが違うのは合体され現れたそれらは、母と子。それだけではないことに尽きる。

 

「コ、ロ、シ……アァァァァァァ!!!!」

 

 上下の長さが異なる4つの足で京太郎に迫り、これまた長さが異なる腕で振るわれるデスバウンド。

 甘んじてそれを受けたのは衝撃を受けたからとかそういう理由では全く無かった。

 

「どれだけ、どれだけの人を!」

 

 京太郎の怒りの瞳は彼らには向けられていない。その先に居る男に向けられたものである。それをあざ笑うかのように召喚の光、マグネタイトの光が京太郎の周囲に発生する。新たなる人間合体悪魔が召喚されたのだ。

 

 合体された彼らに共通点は余りないがあえて言うならば、年齢は若めということが言えるだろうか。それでも老人が合体されていたりもするし、あえて言うならばという違いでしかない。

 

 だがそんな合体悪魔であっても、今の京太郎を阻むには足りない。

 マハジオダインが彼らを尽く焼き尽くし、懐から取り出した拳銃による炎弾がゲオルグへと向けて撃たれた。

 

 身体を構成するマグネタイトが分解される中で。

 

「アリ、ガ……」

「あ、い、つ、をぉぉぉぉ!!!」

 

 マハタルカジャが合体悪魔から京太郎たちへとかけられる。当然契約違反の行動でありそれを咎めるように彼らに激痛を与えるがそんな物は彼らにとってはどうでもいいことだった。

 契約から開放され死ぬこと……それが彼らの唯一の願いだから。

 

 彼らの願いに押されるように京太郎は再びゲオルグの元へと駆け出す。

 

「簡単に殺してくれたもんだ」

「させたのはお前だ」

「そうだな。だが容易くそれを行えるお前はもう十分立派な悪魔だ」

「悪魔で良い」

「……なに?」

「お前を殺せるならば、今は悪魔でいい!」

 

 京太郎の激情に答える様に刀も力を発揮していく。

 これまでの戦い方はどちらかと言えば手数を重視するものだった。サマナーである京太郎本人が主に前線を務める以上防御力を重視するべきではあるのだが、それ以上に速さを選んだ訳である。そのため一撃よりも連撃を重視する戦いに重点が置かれ仲魔、主にテスカトリポカが一撃の威力を重視する悪魔となった。

 

 だがそれもこれまでの話。これまで以上の威力を持った武器が今の京太郎に足りない部分をこれ以上にないほどに補う。

 だが大技を放つということはつまり、隙を晒すことにも繋がり上段から大きく振ろうとする動作を見せれば攻撃のチャンスとなってしまう。

 

 一人であるならば。

 

「何!?」

 

 GUMPが氷結する。それに伴いトリガーにかけられた手さえも凍結し動かすことができない。

 

「冥・界・波ぁ!」

「ぐっ」

 

 打ち出された一撃はGUMPで防いだはずだと言うのにそれさえも突き抜けて吹き飛ばし、京太郎たちを中心として衝撃が東京中を走った。

 

 バキッ。という音がした。

 氷結したGUMPに亀裂が走っている。

 目を見開いたゲオルグに対して、まるで獣のように獰猛な顔つきで遠慮苦なく刀を振り切った。

 

 同時に辺りに言葉にできない、何かが壊れたのだと告げる音が響く。それに真っ先に反応したのはそれが何であるか最もよく分かっている二体の悪魔である。

 

「うおっ」

 

 体を反らした? 様に見える火の玉がクルリと後ろを振り向くとアギダインと言って良いか不明だが、2つの業火球が京太郎たちの方へと襲いかかる。

 

「避けろサマナー!」

 

 仲魔の誰かの声がした。

 言われるまでのなく折れたGUMPに驚愕しているゲオルグの体を蹴りその場から離脱する京太郎の横を、炎弾が通り過ぎていく。

 

 ――俺を狙ったわけじゃない?

 

 京太郎がそんな風に思ったのは、中位・上位悪魔であれば放った魔法を操り攻撃を当てるなんて造作もないことだからだ。少なくとも火の玉そのものであるクトゥグアがそんな事できないとは思えない。

 ではどこに行ったのだと首を動かせば炎に燃えるゲオルグと逃れようとするニャルラトホテプの姿があった。

 

「GUMPが壊れ契約が切れたか」

 

 落ちていく京太郎の首根っこを捕まえながらゼブブは言った。

 

「契約が切れてこうなるのか?」

「ろくな扱いをしなければこうもなるじゃろ。人間とて同じ、役に立たん上官を殺すのはよくあるじゃろ」

 

 京太郎も聞いていた話ではあった。

 一般のデビルサマナーが一体どのような扱いを悪魔にして戦っているのか。COMP破損の危険性についてもそうである。

 COMPが破損し召喚を維持できず即座に送還されるのはまだ運がいい。なにせ生き残る可能性はまだギリギリあるのだから。しかし破損し契約が切れ召喚の維持が続いた場合が問題である。

 ねぎらうこともなく、気遣うこともなく、何をするでもなくただひどい目に合わされた悪魔が召喚者に対して報復をするのは当然の話しである。

 たとえ契約時に許していたとしても、心がある以上反骨心というのは必ず存在するのだから。

 

「う、おぉぉぉぉぉ!!!」

 

 低く、抗うような鈍い声が辺りに響く。クトゥグアの炎がゲオルグとニャルラトホテプを燃やしているのだ。

 ムーンビーストが抗うようにクトゥグアを攻撃しようとしているが火の鳥が邪魔をする。

 そして。

 

 ドシャリという音とともに地面に叩きつけられたのは人の形をした炭であった。

 ギリギリ生きているのか口に当たる部分が動いているようだが、もう死の一歩手前で生きているのは覚醒者故の生命力故だ。

 

 火の玉の姿をしたクトゥグアがグルリと、維持できなくなりボロボロに崩れる身体で振り向くと、念波で告げた。

 

【キ ヲ ツ ケ ロ】

 

 形容しようがない声で告げられ、多少の頭痛を感じながらも京太郎はうなずいた。

 それに満足……することはないだろうが、踵を返し火の鳥と共に空へと舞い上がり消えた。

 

 炎の残滓が空中に残り、十秒と立たずに消えたのを見届けるとゲオルグの元へと歩いていく。

 

 服は燃え尽きたわけでは無いようで、彼が着ていた服と思わしき布部分を見受けることができる。だがよくよく見れば肌と癒着しているのかまるで身体の一部のよう。

 

 無様なものだ。

 

 そう思わされるそんな姿。

 会って、話して、そして戦って。その最後がこれだ。

 楽しみにしていると無関係な親子を殺し、発破をかけ、しかして成長前に死んでもいいと言うような行動をしたこの男の心情は果たしてどのようなものだったのかそれはわからない。

 けれど、京太郎でも京太郎の仲魔でもなく自身の仲魔に倒されたその姿は無様としか言いようのないなにかであったのである。

 

 だが身体が残って、まだ息をしている以上放置しておけば回復しまた悪さをするかもしれない。

 京太郎は手を伸ばし、最後のトドメはと電撃を放とうとしたその時だった。

 

「サマナー!」

 

 サマエルが京太郎に体当たりをし、京太郎がいたはずの場所には黒い触手が生えていた。

 

「ニャルラトホテプか!」

 

 叫びとともにあたりを見渡すとゲオルグの傍に、金色の王冠を付けた影がいた。

 

「悪いがこれが私の楽しみなのでな」

 

 ゲオルグの耳が会った場所に。顔と思われる部位を近づけると京太郎たちには聞こえないほどの小さな声で、何かを告げた。

 

 眼が勢いよく見開いた。

 

 何かを必死に訴えるように手を伸ばし身体を起こそうとするが、肘関節部分から先がボロっと崩れ起き上がるために体を支えたもう片方の腕はすべてが崩れた。

 

「フフフ……ハハハハハ!! そういうことだ。お前と過ごした日々は楽しかったぞゲオルグ! ……2つの意味でな!」

 

 笑い声を上げるニャルラトホテプの顔は京太郎たちの知らない若々しい少年のものになっていた。

 ゲオルグの胸辺りが震え、口が限界まで開かれ崩れ落ちた。叫んでいたのだろうがその叫びは誰にも伝わらない。

 

「ではさらばだ、須賀京太郎。デビルサマナーよ。いずれくるだろう終わりが【最良】のものになったのは貴様のおかげだ。フフフ、ハハハハハ!!」

「まて!」

「と、言われて待つものは決していないだろう? しかして安心すると良い、君の長い人生であれば……っと人生とはいえないか、生命であればまた相まみえることもあるだろう!」

 

 その言葉に眉を顰め、しかして見当たらない以上は追いかけることさえ出来ないし、追いかける時間もないのだが。

 

「……結局は悪魔の手のひらの上だったってことなのか?」

「ニャルラトホテプとはそういう役割を担う神よ。人にとっては迷惑極まりないだろうが」

「本当にな! と言ってもこの状況を生み出しているのが人なら神でも悪魔でも天使でも人であっても、変わらないのかもしれない」

 

 では自分は? その問いかけに答えを出すことは出来ず、首を振り思考を停止すると言葉に出していった。

 

「行こう」

 

 そう言って京太郎は仲魔たちを送還し走り出した。目指すは先に行っているだろうライドウと同じ目的地国会議事堂だ。

 

 ――誰もいなくなったその場所に風が吹き、砕かれた炭は煤け、そして気づけばなくなった。

 誰に看取られることもなく、一つの命がこうして失われた。しかしそれはデビルサマナーであれば誰に訪れてもおかしくないものである。

 唯一違うとするならば、その生命を惜しむものの有無だろうか。

 ゲオルグがどちらに当てはまるのかは言うまでもなく、京太郎に関して言うのであれば今はともかく未来で言えば未知数だ。




今回のサブタイトル。
覗かれていたのは主にゲオルグなのは勿論ですが、合体された人たちと京太郎も含んでます。

ゲオルグについての詳細はエピローグあたりで書くかなと思います。


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『6日目 ゴトウ』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

10話以内には二部終わるやろか……。
とはいえおまけで色々と書くことがあるので実質の話数はもっと行くかもですが。


 鈍い音が辺りに響く。

 本来であれば厳かな雰囲気ただよう国会議事堂であるのだが、今行われているのはその真逆の闘争だ。

 外套を翻し退魔の刀を振るうライドウ。

 礼装を身にまとい素手で刀を弾くという人の身体とは思えぬ力を発揮するゴトウ。

 死闘を演じているのであれば決着もついたのかもしれないが、どこか余裕な表情を見せるゴトウに眉をひそめるライドウという構図になっているのはライドウの攻撃を攻撃的な守備を用いることで耐えているせいだ。

 それでもライドウの実力であればゴトウを追い詰めることも可能なはずであったが、決定的な一撃を与える場面においてそれを邪魔するように不可視の衝撃がライドウに襲いかかるせいである。

 その威力が低ければ無視もするが、無視することも出来ないほどの威力であり、抉られている地面がその威力を物語っていた。

 

「……来た、な」

 

 握りしめた拳が退魔刀の横を殴り、ライドウはその一撃の衝撃を殺しながら攻撃を止める。

 ライドウの後ろに降り立った京太郎の存在が戦いを一時的に静止させた。

 

「ライドウ」

「来たか……。君が来る前に終わらせるつもりだったが」

「どうやら彼奴はそれを望んでいないらしい」

 

 彼らとライドウが形容したのは不可視攻撃を放つのがゴトウではないからだ。

 何処からか、離れた場所から攻撃が来ている。当然場所を探ろうとするがそうはさせまいとゴトウが行動に移り、その間にもうひとりは姿を消す。

 その誰かが何者なのかについては予想はできるが確証はない。京太郎たちが知らない戦力がまだあるかもしれないのだから。

 

「来たか。これで演者が揃ったな」

 

 ぼろぼろになった礼装の上着を剥ぎ取りながら満足そうにうなずく。

 ゴトウが何やら指示を出すと議事堂からボロボロな身体に首輪をつけ悪魔に引きずられながら現れたのは年齢も性別もバラバラな集団であった。

 

「本来ならもっと早く始末をつけるつもりだった。昨日行ったパフォーマンスのように殺すのも一興ではあったのだが、須賀京太郎くん。キミこそ彼らに出会いたいと思ったのではないかーーそう思ったのだ」

「俺が?」

「彼らも大天使に与する者たちなのだよ。いわばキミがその体になった原因であり咎を背負った真なる元凶だ」

「元凶、メシアン……?」

 

 先程バラバラな集団といったが、よくよく見れば共通点が存在する。彼らの救世主たる男が貼り付けにされた象徴たる十字架を象った何かしらのアクセサリを付けている。

 初老の男性はクビからぶら下げて。

 若い女性はピアスに。

 男は指輪に。

 もはやオシャレとはいえない汚らしい風貌である彼らだが、布切れとなった服装から連想するのであればそれらのアクセサリはさり気なく飾り付ける一因で、宗教家だから付けているのではなく、オシャレのためにつけていると思われるかもしれない。

 

「助けて、助けてくれ! まだ死にたくない!」

「そうよ、なんで私達がこんな……!」

 

 声を上げた者たちに容赦なく炎が、電撃が痛めつけるように振るわれる。

 

「助かりたいのであれば神でも天使でも何にでも縋り、乞い願うがいい。貴様らの教えでは。信じれば救われるのだろ?」

「ぅ……」

 

 コツコツと響くのはコンクリートの上を歩くゴトウの足音である。京太郎の眼から見てもお高いだろう革靴が音を響かせている。

 女の目の前まで移動したゴトウは腕を振り上げ、振り下ろす。鈍い音とともに吹き出るのは脳漿に血だ。

 

「だが所詮は組織の小童共。こんな奴らのためにかの唯一神が、天使が救いに来るわけもない」

 

 絶望に歪める顔もなく身体は倒れ、女の仲間たちは次は自分ではないかとどよめき、助けてくれと乞い願う。神ではなく、人に。 

 

 もしこの場に天使が現れたのだとしたらどうなるだろうか。

 彼らを救うために天使と共闘する? そんな訳はない。ゴトウの言葉をすべて信じることなんて土台無理な話と言えるが、先程の反応で彼らがメシアンである可能性は高く、天使が救いに来るようなものなら確信に変わる。

 救いに来た天使が京太郎の知る大天使たちであるならば話はともかく。四大天使に与する者たちであるなら殺す理由はあっても助ける理由は皆無である。

 最悪、ゴトウと共闘してでも天使の打倒に移っても良い……そんな考えまで浮かぶ。

 対するライドウも帝都に仇する者たちを救う理由はないので、表情をしかめてはいるが、やはり動く気配はない。

 

「どうかね、須賀京太郎くん。ひとり減ってしまったが望むならばキミにこの者たちの処罰を任せても良い」

「俺に?」

「そうだ。私はね、キミに謝罪をしなければならない。私が此度の行動を起こしたのはこのような輩を排除するためでもあった。それが遅れ多くの人々に犠牲を出し、キミにすべてを任せる事になってしまった。キミが背負った物は私達が背負うべきものだった……!」

 

 拳を握りしめ、涙を流し、京太郎をまっすぐに見つめるその瞳に敵意が一切ない。それどころか何かしらの熱を浮かべている様で。その熱が尊敬と言われればそうなのかもしれないとそう思わせる。

 

「キミは確かに多くの人々を殺した、それは事実だ。けれどその決断を私は誇らしく思う。キミの決断がなければもっと多くの人々に犠牲を出ただろう。多くの人々がキミに罵声を浴びせるかもしれない。けれどそんな権利など本当は誰にもないのだ!」

 

 その言葉は京太郎だけに向けられたものではない。

 聞くことは叶わないが、全ての人々に対して向けられた言葉なのだろう。

 

「自由は多くの多様性を育んだ。しかして実態は牙を折られ腑抜けになったのだ! 牙を持ち合わせておればこのような輩が動く前に止めることさえ叶ったはずなのだ! ならばその罪を生み出したのは誰か! 我々に他ならない! 平和という甘味を享受し戦うことを忘れ、悪意による侵略さえも享受した! その罪は我が国に住む一人ひとりが背負うべきものであり、咎をキミ一人に背負わせるべきものではないのだ!! 故にこそ私はこう言いたい。すまなかった。そして、ありがとう」

 

 そして、この言葉は本来であればヤタガラスが京太郎に対して伝えるべき言葉であった。

 たとえ京太郎が自分の決断したことであったと背負ったとしても、本来それを行うべきは国を護る使命を背負った彼らであるべきだった。

 

「だからこそ、どうだろうか。須賀京太郎くん。今からでも遅くはない、私の同志としてこの手をとってくれないか?」

「……え?」

「約束しよう。私は二度とあのような事態がこの国に起きない様に全力を尽くす。そのための力になってもらいたい」

「勝手なことを……。そもそも貴様がこの様な事件を起こさねば須賀くんが背負うことはなかったではないか」

 

 ゴウトが吐き捨てるようにぶつけた言葉を「たしかにそうだ」と肯定し、「しかしだ」と反証する。

 

「我らが行動を起こさなかったとして。果たしてメシア教が何もしていなかったと言えるか? 大天使召喚の準備さえ整えていた彼奴らが? 私はそうは思わない。例え今日何もせずとも明日何もしないとは限らない時限爆弾であったはずだ」

「む……」

 

 とっさに否定することができない。なぜならば言葉を返す立場の者たちも同じ意見だったからである。

 

「だがしかし」

「そうだ。我らが此度のタイミングで行動を移さなければ彼がそうなることはなかったかもしれない。だが、それは須賀京太郎と同じ立場の人間を作り出しただろう。いや、もしかしたら状況はもっとひどいものになったかもしれない。……ヤタガラスも時が経つ程に腑抜けていった以上、さらなる時が経てば更に腑抜ける」

 

 今回の事件でもヤタガラスはメシア教の動きを事前に察することができなかった。無名の組織であるならばいざしらず、あらゆる意味で有名な組織で数ヶ月前にも事件を起こしていたというのに。

 それだけヤタガラスにも手が入っていたということだ。平和の名のもとに牙を抜かれる形で。

 

「だからこそ私は誓おう! 過去は簡単には変えることはできない。だが! 未来はそうではない。第二第三のキミを、須賀京太郎が現れる未来を防ぐと!」

「う……」

 

 思わず、身を任せてしまいたいと思わせるほどの熱だった。カリスマ性と言えばいいか苛烈な意志は火に群がる虫のように人を引きつける。

 特に京太郎にとっては今まで言われなかった感謝の言葉はまるで麻薬のように心に浸透していく。

 

「……っ。できない」

 

 伸ばそうとしてしまった手を逆の手で抑えることができた理由、それは。

 

「なぜだ? 何がキミをまだ歩かせる? こうして見ていてよく分かる。キミの心は安寧を求めている……とうに限界は近いだろう?」

「それでも約束したんだ! 助けるんだって。確かに辛いけど、それでもまだ立ち止まれない」

 

 今となっては人間であった頃に最後に受託した依頼で未だ達成できていない依頼。

 でもそんな物は表面上の理由でしかなく、本当の理由はきっといくつもあるのだ。多くの人の命を奪い、それを背負うと決めた覚悟とか人間であった頃の名残を投げたくない。そういうこともきっと含まれる。

 それに救わなければならないのは、助けると約束したのは小蒔だけではない、龍門渕透華も救うと約束したのだ。

 だから須賀京太郎はゴトウの手を取ることはできない。

 

「そうか」

 

 ゴトウは残念だ。と言い、しかして浮かべた表情は哀れみでも同情でもなく、微笑みだった。

 

「ライドウ、キミには問うまでもない。いや、問うことはキミへの侮蔑になるな。ならば意志と意志が違えた今ぶつかり合うしかあるまい。これまで人類が歩んできた歴史の通り、弱肉強食。弱きものが挫かれ、強者が我を通す古き理のもとに」

 

 気が一気に膨れ上がり、京太郎たちに向けられる。

 これまでのように防戦のため内に秘めていた力を、ようやく外へと向けようとしているのである。

 

「気をつけよライドウ、須賀京太郎。これまでのような様子見ではないようだ」

「強者が道標となる国へと変えようというのだ! 私が強くならなくてどうするというのだ!」

 

 服を掴み一気に引き剥がすように腕を振るえば明るみになるのは素晴らしいまでの筋肉である。だがそれだけではない。ゴトウの言葉を言い表す様にその肉体には目を背けたくなるほどのおびただしい数の傷跡が残っている。

 

「証明する必要があった。どんな人間であっても立ち上がり歩めば強くなれる……それは理想論ではないのだと!」

 

 ドン! と一歩前に踏みしめた瞬間、ゴトウは京太郎とライドウの目の前に瞬間移動したかのように一瞬で移動する。

 両の腕で振るわれる八相発破は京太郎たちを捉え吹き飛ばし、その余波で京太郎たちの眼前、ゴトウの背後にあった国会議事堂の正門さえ跡形もなく消し飛んだ。

 

 しかしてただ攻撃を食らう二人ではなかった。吹き飛ばされているさなかに取り出した十四代目も使用していたコルトライトニングではなく、その後に開発された曰く、同社の最高傑作ともいわれるコルトパイソンを元に開発された銃から撃ち出された弾丸が、京太郎の稲妻がゴトウへと襲いかかり攻撃後の隙を補うことができずしかして直撃はしなかった。

 

「ならば誰が証明する! 言うまでもない、それが私だと!」

 

 だが脚部の筋肉の膨張の影響かズボンははち切れ、あとに残ったのは褌を付けたゴトウと何処からか現れた鞘に仕舞われた大太刀のみである。

 

「私が導く世界を通すために! それを否定するならば汝らの力で押し通るがいい!」

 

 鞘から大太刀を抜き放ち宣言する。

 そして、相対する彼らは。

 

「言うまでもない」

「あんたを倒して助けるんだ!」

 

 自身らが激突した衝撃で舞う土煙を払いながら退魔刀を、神刀を構えながら両者が語る。

 

「ならば来い、帝都の守護者よ。若きデビルサマナーよ!」

 

 その言葉を皮切りに三者三様の思いを馳せ三者が駆ける。




メガテンのゴトウ一等陸佐。彼にはモデルとなった方が居るわけですが、今も名を聞く辺り影響力はすごいですね。


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『6日目 一つの終わり、そして始まり』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。


「召喚」

 

 ライドウと京太郎の声が同時に発せられる。

 召喚筒から、京太郎の周りにマグネタイトの光が発せられるがそれ以上は進まない。

 

「なに?」

「すまないが召喚術は阻害させてもらう。勿論悪魔召喚プログラムもだ。私が知りたいのは君たちの力であり悪魔の力ではない」

「召喚の阻害だと、そんなことが」

「悪魔召喚とはつまり陣という構成図によってマグネタイトで肉体を構成することを指す。ならば構成そのものを阻害してやればいい。マグネタイトは元より揮発性の高いエネルギーなのだからな。しかし……」

 

 ゴトウが京太郎を見た。

 京太郎の身体から光の粒子が立ち昇っている。それは京太郎の身体を構成するマグネタイトにほかならない。

 

「う……」

「大丈夫か」

「力が抜けていく感じが……でも、大丈夫っす」

 

 京太郎の身体を構成する半分はマグネタイトだ。構成を阻害しているということは、京太郎の身体にも影響を与えるのは当然の話である。

 

「でもそんなことができるなら悪魔による驚異は大分減るのか」

「……と、言いたいところだが何分未完成の技術だ。かなり繊細な上に必要エネルギーも膨大なものになる。正直なところ技術革新でも起きなければ一時の防衛ならばともかく永続的には使えん」

 

 美味しい話には何かしらの理由があるわけである。

 どの様な技術かは不明だが、どの様な力を使うにしても無から有を作り出すことはできない。

 

「一時の時を手にすることができればそれでいい!」

 

 今回に限っていうのならばゴトウにとってはそれで良かったのである。

 

「それほどまでに我らの力を試すか」

「当然だ。それに、勝機は私もほしいのでな」

 

 ライドウと京太郎が仲魔を召喚し戦った場合、どれだけ相手が強くても9割9分の敵を討ち取ることができるだろう。それにはゴトウも当然含まれている。

 それでもライドウと京太郎の二人がかりだ。当然ゴトウの勝機は少ないのだが……。

 

「それでもゼロでなければよしっ。残念なのは万全な須賀くんの力を体験できないことだが……さもありなん。仕方がないことだ」

 

 と言いつつも、京太郎の体制が整うまでこうして会話をしている辺り公平な戦いをしようとしているのは見て取れる。

 そもそもこの場に立っているのがライドウは確定としても京太郎は不確定であった。更に京太郎が人間をやめようなどと誰が想像できるだろうか。

 そういう意味でゴトウは出来得る限り公平に戦おうとしているのは確かなようである。

 

「長期戦は避けよう。短期で終わらせる」

「うっす」

 

 改めて武器を構えた京太郎たちを、笑みを浮かべてゴトウが迎え撃つ。

 悪魔を用いる事ができないとわかったこれからが本当の戦いの始まりだった。

 

*** ***

 

「ひっ!」

 

 空間が振動するかのような震えが避難所となっている東京国際フォーラムに襲いかかる。そのたびに避難している人々は膝を抱え震え上がる。そうでなくても信頼できる誰かと固まり恐怖を分かち合っている。

 

 その中で問題はないと胸を張って歩くことができているのは言うまでもなくヤタガラスの関係者たちである。

 忙しく駆け回るものもいれば担架で運ばれるものも居る。原因は京太郎たちが戦っている余波によるものだが一番の原因は超力超神のはなった電磁砲が原因だ。アレが直撃し避難所に張られている結界に大きなダメージが加えられ破壊される一歩手前までいったのだ。

 結界を直すために多くの人々が力を発揮し、そして倒れた。

 元より人手が足りないのに消耗していく。ここは戦いの場ではないが確かに戦場であった。

 

「わっ」

 

 その中で一般人にも関わらず例外とも言える冷静さを発揮しているのはヤタガラスの関係者ではなくても異能者の関係者である者たちだ。

 この場には居ないが、宮永照たちも同様に驚くような仕草はするが恐怖は顔に出ていない。自分たちを守ってくれた少年が戦いに行ったことを知っているが故だった。

 知るということは恐怖を増加させる可能性もあるが、同様に恐怖を減退させる可能性もある。そういう意味で須賀京太郎を知っていた彼女たちは幸福であったと言えよう。

 となると問題は自分たちを護ってくれる存在が居ることは知っていても、【自分】を救ってくれる者が居ない者たちだ。

 

「そんなに怖がらなくてもいいと思うけど……」

 

 と言ってのほほんとしているのは知っている側の東横桃子である。時折発生する振動に少々驚く様子を見せるがそれだけで、はたから見れば心臓に毛が生えているよう。

 

「いや、怖いに決まっているだろう……」

 

 というのは桃子の先輩加治木ゆみ。彼女も忘れた悪魔への恐怖がなければもう少し堂々としていただろうがそれも無理な話である。

 

 この場に集っているのは清澄を中心とした面々である。そういうと阿知賀も居ると思うかもしれないが、彼女たちは千里山女子の面々と共にいる。

 

「やれやれな状況だな」

「パラさん。珍しいっすね、外に出るなんて」

「この子が出たがってな。さて、私はここで少し用があるからな。光を頼めるか?」

「かしこまりました」

 

 メイド服を着た造魔が無表情に頭を下げ、光を連れて行く。

 

「それで……」

「モモ?」

「あぁ! えっとこの人は……なんですっけなんかの主ですっけ?」

「知らないのか!?」

「いやー、私にはあまり関係のないことですし……」

「いや、その人に悪いだろうそれは……」

 

 二人のやり取りを見て思わず小さく笑ってしまっていたパラケルススだが、じっと睨まれ「すまないな」と軽く謝罪をした。

 

「私は邪教の館と呼ばれる施設の主さ。用事とはつまり一度でいいからしっかりと見ておくべきだと思ったのさ。彼が今のように戦えるのはきっとその御蔭なのだから」

 

 と言って、じっと見回す……フリをして注視したのは清澄の面々だ。

 

「みておくべき?」

「そういうものだと、そういうものがあると頭の片隅にでもあったからこそすんなりと受け入れ今に至るのだろうからね。もし冷静になるのに時間がかかったりすればそれこそボタンの掛け違いは起きただろう」

「それって」

「だからこそ言いたいんだ。ありがとうと」

 

 それは咲には嫌味に聞こえる……そうであるはずの言葉であった。しかして記憶はなくなり京太郎を知らない咲がその言葉の真実に至ることはない。

 

「む」

 

 大きな振動が再び避難所を襲い、ありとあらゆる場所から悲鳴が起きる。

 

「京太郎くんは大丈夫っすかね……」

「問題はない。と、言いたいがさてどうだろうか。ゴトウだけであればよいがそれだけではないようだからな。どちらにしろ今の私達にできることは祈るしかない」

 

 大げさに手を広げ。

 

「ああ、弱き身であるわたくしたちをお救いください。とね」

「……それは誰に祈ってるんすか?」

「神、と言いたいがそうではないな。今戦っている者たちに失礼だ」

 

 同意するように桃子が頷いた時、少し離れた場所から初老の男性の荒ぶる声が聞こえた。

 頭をかきむしり、クソッタレがと愚痴る声さえも聞こえるほどである。

 

「何かおきてるんすかね?」

「さて、な。あまり良くないことのようだが……どれ聞いてくるとしよう」

 

 自分から離れていく男を見送りながら遠く、振動の発生源と思われる方向へと顔を向ける。

 負けても良い。ただ生きて帰ってきてほしい。そう祈りながら。

 

*** ***

 

 京太郎にしろ、ライドウにしろサマナーである以上戦い方には一定の共通点というものが存在する。

 特に根幹部分は同じなのだ。それは悪魔の力を用いて相手を制すること。

 多人数を相手にするか。それとも自分よりも少ない相手と戦うか。状況に違いはあれど少なくとも仲魔の一体は召喚して戦うことになる。

 しかし召喚を阻害されている今はそれができず、加えてライドウと京太郎は共闘したことなどないのだからコンビネーションという意味でも万全ではない。

 だがゴトウはどうであったのか。

 京太郎たちからすればどの様に鍛えていたのか知る由はないが京太郎たちを相手にできている現状ゴトウはおそらくたった一人で自分よりも多くの敵と戦ってきたのだとわかる。

 

「そんなものか、デビルサマナー! 人間一人殺せないというのか!」

 

 ゴトウの挑発に何が人間だよと愚痴るのは京太郎だ。刀を持つ右手が痺れ本気で振るうことができないのはゴトウと京太郎では力に差があるためだった。

 もうお前が日本護れよと心のなかで悪態をつきながら右腕が回復するまで拳銃で、もしくは魔法で牽制をする。

 電撃と弾丸の中をかいくぐりながらゴトウとライドウは肉薄し刀と刀がぶつかり合う。

 悪魔に対して絶大な力を発揮する退魔刀も、目の前にいるのは覚醒し一般人とは隔絶した力を持つとはいえ人間であり、鋭利な刃物扱いとなっている。

 とはいえ鋭利な刃物の時点で十分な力を持った武器であるのだがゴトウの獲物も悪魔特化されてはいないが十分すぎるほどの名刀である。

 ゴトウがライドウとぶつかりあえば、京太郎の攻撃を回避するために距離を取り、回避に専念する。シンプルであるがゆえに回避行動を押し止める事ができない。

 それでも果敢にライドウは攻め立てる。一瞬のうちに振られた剣閃は十をも超えるがゴトウもまた迎え撃ち振り上げた一撃がライドウを吹き飛ばす。

 態勢を崩したライドウを追撃するために前傾姿勢を取れば、それを邪魔するのは京太郎だ。多少は回復した右手を補うように両手で刀を振るい、ライドウと同様弾き飛ばせばそれをカバーするようにライドウが往く。

 コンビネーションはできずとも、どの様に戦えば補えるのか。それは分かっているのだ。しかしてそれが決定打となるかといえばそうではない。

 その一手をくれる存在がやはり仲魔であった。加えていうならば、今後を考えないのであれば一手ぐらいは埋めることができるのだができない理由がある。

 京太郎が現れる前にライドウに逐一攻撃を仕掛けていた不可視の、恐らくは衝撃魔法と思われる攻撃がゴトウとの戦いの中で襲いかかってこない。さらにいうのであればハギヨシを倒し龍門渕透華をさらったと思われる若の存在も気がかりだ。

 仲魔も居ない今、無理をすることもできず安全手を打ち続けているのも事態が硬直している理由の一つとなっている。

 

「日和るか。それもいいだろう。ならばそのまま倒れてゆくが良い」

 

 それがいけないことは京太郎たちにも分かっている。

 ゴトウがこれから果敢に攻めてくるだろうことも理由の一つだが、長期戦は今の京太郎に多大な負荷をかけいずれ戦線が崩壊する。

 

だから無理筋を通すことがこれより必要な一手となる。

 

「頼みがある」

 

 京太郎とすれ違う合間になんとか聞き取れる声でライドウが言う。

 しかしあくまで一瞬だ。然しもの覚醒者でも早口には限界があり、ゆっくりと会話をする時間も取れない以上何度もすれ違う必要が出る。

 今まで踏みとどまってきたゴトウからの一撃を、力を抜くことで吹き飛ばされるようにいなす。そうして代わりに前に出てきて一言だけつぶやいていく。異常にはゴトウも気づいているが、先程までの軽度の怒りの表情から一点面白いと微笑んでいる。

 ライドウが言葉を伝え終わった時「でも!」と京太郎が叫ぶ。

 

「頼む」

 

 冷静な顔に似合わず無茶をする。なんて、京太郎にだけは言われたくないであろう台詞を心のなかで抱きながら時を待つ。

 とはいえそれを京太郎も自覚はしていて、ああ無茶をする人を見る気分はこういうものなのだなと苦笑いをするほどだった。

 今後どの様な事態が訪れるにしてもこの場においては多少の無茶はどうしてもしなければならない。

 京太郎とライドウ。二人が行おうとしているのはとどの詰まり、人間と悪魔。どれだけ強くなろうとも人間では持ち得ないものを突くことだった。

 

「……行く」

「来るのはライドウか。さて、何をしてくる」

 

 退魔刀、ではなく拳銃の弾丸がゴトウを襲う。それを先程までのように、躱しそして刀で弾くが。

 

「むっ」

「氷結弾、だ」

 

 氷が刃を伝い腕へと向かっていく。

 舌打ちをすると刀を放り捨てると振りあげられた刃の側面を拳で打ち払い、連撃が始まる。

 余裕をもって対処していた先程までと違い、量の拳があるとは言え刃を打ち払うことは至難の業である。少しずつ、少しずつゴトウは押されていく。

 これはたまらんと一旦距離を取るために、刀を奮っているライドウの腕を掴み投げ飛ばす。だがただ投げられるライドウではない。投げられるその前に取り出していた弾丸をゴトウの方へと投げると通常の弾丸で撃ち貫ぬく。弾丸に込められていた魔力が衝撃で破裂し防御態勢をとった腕が焼け付いた。

 だがゴトウも吹き飛ばされた反動で落としていた刀の元へと降り立っている。氷漬けになった柄を握力で握りつぶせば氷だけが砕け散った。

 

「むっ」

「だらぁ!」

 

 低い体勢から走り込んできた京太郎がそのまま刀を振り上げた。そのまま刀で受け止めるが、焦げ付いた腕の痛みがゴトウの態勢を僅かながら崩し、京太郎の腕力がゴトウの肉体を空へと跳ね上げた。

 跳ね上げられたゴトウの頭上から襲いかかるのは葛葉ライドウ。

 一方だけでは足りない力を補うために自分を跳ね上げるかと楽しそうに笑い、受けて立つというように刀を頭上へと向ければ。

 

「ジオダイン」

 

 地上から放たれた京太郎の稲妻が天へと登る。それに気づいたゴトウは身を捩れば眉をひそめる。

 その先に居るのはライドウだ。

 

 同士討ちをするなんてなんとつまらない……。

 

 そんなことを思ったその時だった。

 ジオダインがライドウの刀へと吸い込まれるように動き、退魔刀が稲妻を宿しそのまま振るわれた。

 本来であれば仲魔と行う技を京太郎と行ったのである。

 稲妻の刃はゴトウの太刀をすり抜けゴトウの肉体を捉え、眩い光が収まった時地上にはライドウと京太郎と、胸から下を斜めに切り裂かれ満身創痍となったゴトウの姿があった。

 

「素晴らしき技だった。これほどの力があるのであれば安心だ……」

 

 血を吐き出して咳き込む。

 悪魔にあって人間にないもの。それは生命力だ。

 京太郎も体の半分を砕く選択をした事がある。だがそれは仲魔の回復があってこそ。流石に覚醒者でも身体が半分なくなれば、回復魔法で治療しない限り死へと向かう。

 だが悪魔は身体が半分なくなっても生きる可能性がある。だからこそ念入りに殺さなければいけないのだが。

 

「それだけの力と意思があれば国さえも変える事もできたはずだ」

「……かもしれない。だが時間がないと思ったのだ」

 

 ずるずると腕だけで、匍匐前進のように進んでいく。その先に居たのは、あったのはゴトウが連れてきた人間の欠片だ。

 

「いかに力があっても毒を持たなければ止められない事もあった。第二次世界大戦などはその典型例だ。国を護るためであれば使うべきであったのだ、悪魔の力を……」

「そうなれば天使と悪魔と人の戦いになっていた。それを避けるために」

「それは厄介事を未来に押し付けただけにすぎんのだ。押し付けた結果、核は落ち今そのツケを払おうとしている。だから私は……」

「「それでも」」

 

 二人の少年の声が重なった。

 顔を見合わせて。

 

「それでも方法を模索するべきだったと俺は思う。だってそのために死んだり夢を捨てなきゃいけない人たちが居るんだから」

「お前も、彼女たちも急ぎすぎたのだろう。その志を表だけではなくヤタガラスにも示してほしかったと私は思う。お前はその伝手もあったのだから」

 

 京太郎とライドウ、二人の若者の言葉は最後にこう締められた。

 

「そうであったなら、手を取り合えたのに」

 

 ゴトウは少しだけ肩を震わせる。

 

「そうか。そうだったか……もう少し腰を据えていればという未来。それもまた良い未来だったろう……だが私は後悔はしていない。だから」

 

 暗がりだった太陽が更に暗くなる。

 一体何がと周りを見渡せば見るからに一般人ではない男たちが、二人の少女と一人の老婆を注連縄で縛り連れてきていた。

 透華に関してはまだ顔色はよく見える。だが微動だにしない慶弔と真っ青な顔で荒く息をしている小蒔に関しては見るからに体調が悪い。

 集団の一番前にいる男を京太郎は見たことがあった。

 

「山縣命……?」

「はじめまして、須賀京太郎。そして十六代目葛葉ライドウ……なんというか不思議な感じだ」

 

 面白そうに笑う命の笑みはどこか獰猛な獣のように見えた。

 

「最後の言葉になる。今ならばまだ間に合うが、どうする? 彼らならば手を貸してくれるだろう」

「……それも悪くはない話だが。お前と同じだ。もう決意している」

「そうか」

 

 命は懐から珠を取り出すと京太郎たちの方へ、正しくはその近くで倒れているゴトウの胴体へと投げ込んだ。

 

「離れろ!」

 

 それが何であるか即座に理解したライドウの言葉に従い離れる。発動したのは万能属性魔法。それがゴトウの肉体を焼き尽くした。

 

「なんで!」

「残しておけば遺体を辱められる」

 

 そんなことはしないと誰も言えなかった。京太郎たちはしなくても誰かがやったかもしれない。可能性の話だが、それさえも許さないという空気を感じる。

 

「ゴトウは死んだのだ。もう終わってもいいだろう」

「そうはいかないさ、ゴウトの旦那。本番はこれからってもんだ」

 

 眉を顰めたゴウトを尻目に命の眼が京太郎とライドウを見据えた。

 

「これまではこの国に生きる人の話だった……。だがこれからは俺たちも混ぜてもらう」

「人と自身を区別するか。ならばお前はやはり……」

「ああ。もう演技する必要はないな。お察しの通り命という人間は存在しない。俺は命を食って、今こうしてここにいる」

「ならばお前は誰だ。何を目的とする!」

「生存競争さ。そして、俺が誰であるか。それは後少し取っておくとしようぜ」

 

 「おい」と言葉をかければ少女たちと老婆が無造作に投げ捨てられる。

 助けるチャンスだと駆け出そうとした京太郎たちに襲いかかったのはマハガルダインだ。吹き飛ばされないように踏ん張ることに必死で動くことができない。

 

「まだ助けられるわけにはいかない。これからが本番ってやつなんだよ。さて、あまりこの方式は好きじゃないんだが……」

 

 衝撃魔法が地面に方陣を刻まれ、陣が完成した瞬間光が発せられる。その光は悪魔を召喚する際に発せられるものと同一のものだ。

 それと同時に陣の内部に居る老婆と少女たちの甲高い悲鳴が上がる。

 「小蒔ちゃん!」と叫び向かってくるのは石戸霞だ。それを一瞥すると京太郎たちにやったときと同様の……。いや、それ以上の力を持った衝撃魔法が霞を吹き飛ばし初美たちが霞を受け止めた。

 

「一体何を召喚しようとしているんだ!」

 

 衝撃魔法を無理やり切り裂いた二人のうちの一人が叫ぶ。

 

「……ツクヨミ、アマテラス。まさかもう一人、龍門渕透華はスサノオか。だとすれば喚ぶのはイザナギか?」

「イザナギって国生み神話の?」

「恐らくは。だがイザナギを喚んでどうするというのだ」

「さてな。だが断言しておいてやるよ。人には良くないことだってな」

 

 イザナギほどの大神を召喚するには多くのマグネタイトが必須となる。そんな大量のマグネタイトを消費してしまえば瀕死の慶弔は勿論未覚醒の透華に、今の小蒔では命を落としてしまう。

 そんなことさせるわけには行かないと、刀を手に新たな戦いに挑む。

 




・召喚術阻害装置について
 新たな悪魔の召喚は防ぐことが出来るが既に存在している悪魔を完全に分解することなどはできない。とはいえ多少の弱体化などは可能だが問題は装置を動かすためのエネルギーで、常時動作させて悪魔の出現を阻害することは現時点では不可能。


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『6日目 幾千の幾万の罪』

感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

長野編と比べて戦闘が短いのは連戦が多いからテンポ意識しているのもありますけど、実際は雑な強さが通用するせいで小細工がいらないことな気がする。


 

 京太郎たちの一撃を受け止めたのは無骨な剣であった。

 その剣に既視感を覚えたのはハギヨシを打倒したときに持っていた剣がそれだったからだ。

 

 剣によって受け止められ、それでも無理やり押し込もうとする京太郎とライドウであったが、両手で振るわれた一撃で吹き飛ばされてしまう。

 弾き飛ばされた京太郎はせめてもの反撃とジオダインが放つ。だがそんな苦し紛れの攻撃は早々あたるものではない。だがそれを覆したのはライドウであった。

 回避しようと動かそうとした足だが、凍りついていて地面と接着している。ライドウの帽子から覗く眼がスサノオを射抜いており左手には氷結弾が装填された拳銃がある。

 舌打ちをしつつ凍った地面に力を入れ氷にヒビを入れるとその場から逃げた。だがジオダインの余波は回避したにもかかわらず命に襲いかかった。

 

「ぐっ!」

 

 京太郎とライドウはその苦しむ姿を見逃さなかった。

 確信を得るためにCOMPをもしくはアナライズの力を持った魔眼鏡と呼ばれる魔具をそれぞれが見た。

 

 電撃が弱点だ。

 

 畳み掛けるために仲魔の召喚を行おうとするが、まだゴトウの召喚阻害装置が動いているのか召喚プログラムが作動しない。舌打ちをしながら、けれど戦いの肝を見抜くことができたのは大きい。

 強くなれば小手先の技術なんてものは通用しなくなる。弱いうちは情報を仕入れ弱点属性を中心に攻め立てることになるが、強くなれば能力を強化し弱点を無視した攻撃でも効率よくダメージを与えることが出来るようになる。最たる例が万能魔法だろうか。耐性を気にすることなく大ダメージを与えることが出来る万能魔法は逆に言えば弱点を突くことができないとも言えるが、そんなこと気にすることがないほどのダメージを与えることが出来る。

 しかしそれでも、弱点を突くことという基本的な戦い方は無駄にはならないのだ。

 

「離れろっ」

 

 剣をふるい放たれるのはやはり衝撃魔法。踏ん張っても身体を吹き飛ばす程の威力が京太郎たちを襲う。

 

「……本当に喚ぼうとしているのはイザナギなのか?」

 

 ふとそんな疑問をライドウが口にする。

 

「でもさっきあいつは……あれ?」

 

 命はイザナギを喚ぶと断言していないことを京太郎は思い出す。

 アイツが断言したのは人に対して良くないことが起きる。それだけだ。

 

「イザナギ、じゃないなら……」

「イザナミか? それこそ話にならん。イザナギであればコントロールできるだろうが、イザナミを操ることなぞできん」

「そんなにやばいのか?」

「奴はこの国に住むすべての人に対して……」

 

 ゴウトが全てを語る前に風が京太郎たちを分かつ。

 一瞬の離れ際、ライドウの瞳が全てを語る。

 

 何を考えていようともヤツの目論見を阻止すれば関係はない。

 

 その意志に呼応するように放ったのはマハジオダイン。衝撃魔法が荒れ狂う現状において細かく狙いをつけることはできない。だからこそ面制圧は有効打となる。

 

「やはりお前が一番邪魔だな」

 

 京太郎を睨みつけ、剣を振ろうとした手を止めた。

 

 冷たい何かを感じる。

 何事かと後ろを振り向けば両腕をなくした悪魔、いつから居たのかタケミナカタが特攻を仕掛けていた。

 

「やめろ! 電撃に強くても相手にならん!」

「構いませぬ! 我らがいれば広域魔法を使うことができなくなりまする。それに我らがどうなろうともあなたが居てくれればそれが我らにとっての」

 

 すべての言葉を発する前に京太郎の一撃で両断され身体を構成するマグネタイトが散っていく。

 それを皮切りに数多くの悪魔が京太郎とライドウへと特攻を仕掛けてくる。

 弱い悪魔……いや、神と呼ぶべきか。もいれば強い力を持った神々もいる。実力は玉石混交だが共通して何やら必死な形相で京太郎たちに挑んでくる。

 中にはかつて京太郎を手こずらせたタケミカヅチの姿もある……が。

 

「む、がっ!」

 

 両の手に持った剣で攻撃を防ごうとするタケミカヅチであるが、京太郎の渾身の一撃の前では防ぐことすら叶わず一刀両断される。そんな状態になっても京太郎に攻撃をするために身体が動こうとするが当然そんな攻撃を食らうわけがなく、振り下ろされた刀を今度は横方向に振るってついには四等分される。

 

「ライドウ!」

 

 かけた言葉とともに放たれたジオダインがライドウの方に吸い込まれる。これはゴトウを葬った時と同じ技だ。同様の結果をもたらすために刀を振るうライドウだが結果は異なった。

 多くの悪魔が壁となって命を救わんとしたのだ。

 それでも止まらないライドウの一撃を止めたのは電撃属性に耐性を持った悪魔の存在だ。攻撃をやめ、刀から電撃を振りほどくと退魔刀がそのまま切り裂く……が、命の元にはたどり着かない。

 

「……皆。だが犠牲は無駄ではなかった。さあ、姿を現せ大神よ!」

 

 その言葉に合わせるように捕らえられている少女たちの方を見る。

 絶叫を上げながら方陣に吸い取られているのは彼女たちのマグネタイトだ。

 やろうと思えば痛みもなくマグネタイトを吸い上げる方法もあるのだが効率的ではなく、苦しみを与えながらマグネタイトを吸い取るほうがより効率的にマグネタイトは採取できる。

 そして目に見えた変化が神代小蒔に訪れる。彼女の姿が可愛らしい少女から美しい女性の姿へと変化していくのだ。

 COMPでアナライズをかければところどころノイズやら文字化けが起きていて確実な情報を得ることができないのだが、一文だけ確実に読むことができた。

 

 ――天照大神

 

 通常サマナーが召喚するアマテラスではなく、その本体が小蒔の身体に降臨しようと……いや、これはもはや小蒔という存在をくらって顕現しようとしていた。

 

 ――最悪の事態に至る前に殺すしかないのではないか。

 

 一線を越えて、選択肢となってしまった手段が京太郎の脳裏によぎり一瞬だが体の動きが鈍くなり、俯いた。

 それを振りほどいたのはライドウの、京太郎の名前を叫ぶ声だった。

 ゴウトを京太郎の方へと放り投げながら彼は最も近くに居る、龍門渕透華の元へと駆けていく。

 

「良いか。殺す必要はない、救えばよいのだ」

 

 もしここで神代小蒔と龍門渕透華を殺してしまえば京太郎の心が持たないと判断しての行動だった。

 それに救われたように、ハッとした京太郎は顔を上げ。

 

「行け!」

 

 肩に乗ったゴウトの合図とともに走り出した。

 それを止めようとせんと悪魔たちが立ちはだかるが迷いのない今の京太郎を止めるすべはない。止めることが出来るとするならば。

 

「いかせん」

 

 転生者、命が立ちはだかる。

 無骨な剣が京太郎へと向けられ行動を阻害せんと衝撃魔法が壁となり、京太郎の勢いが衰えていく。

 

「良いか。前を見ろ。腹に力を入れろ。最悪なぞ考えるな。何をしたいのか今一度考えそれだけを想うのだ」

 

 ――前を見る。

 ――深呼吸をして腹に力を入れる。

 ――最悪は……いや、やりたいことは――今苦しんでいる彼女たちを救うこと。

 

「失敗することは考えるな。汝は一人ではない――我と、ライドウが居る」

「はい!」

 

 そう、大天使の時とは違うのだ。

 京太郎は一人ではない、既に同じ思いかは分からないけど助け出さんと駆け出しているライドウが居る。

 たとえ失敗したとしてもライドウと共に再度救出すればいい!

 

「邪魔だぁ!」

 

 深呼吸をして腹に溜まった酸素を絞り出すように叫ぶ。

 激情がマグネタイトを作り出し、最強の電撃魔法を発動するのに阻害していた機械の影響さえも無視せんと絞り出す。

 八色雷公が立ちはだかる衝撃魔法をなぎ倒し、命の剣を伝い彼の身体を焼き尽くす。

 痛みから絶叫を上げ、しかしのたうち回ることなかった。それどころか益々眼力を強めるほどだ。だがどれだけ精神力が強靭でも肉体はそうはいかない。痺れる身体で踏ん張ることはできず金属音が響いた瞬間弾き飛ばされた。

 命を下した京太郎の視界にライドウが透華を救った光景が映り込む。それに続かんと小蒔の……いやもはや天照大神となってしまった彼女の襟を掴んだ時、目の前に突如として穴が出現しそれに吸い込まれ消えてしまった。

 

*** ***

 

 暗い暗い暗闇の中。

 それでも自分はここにいるだと京太郎が確信できたのは肩に乗ったゴウトのぬくもりがあったからだろう。

 過去に、完全な暗闇の上に無音の部屋に人が置かれた時どうなるかという実験が行われたという。

 結果は発狂したという話も聞くし、問題なく過ごすことができたという人もいる。

 果たして真相はどちらであったのか。なぜ発狂し、片や無事で居られたのかその理由は不明だが「ああ、確かにこれなら発狂してもおかしくない」そう実感させる程の闇だった。

 

「ここは……」

「恐らくはアマテラスの生み出した異界とでもいうべきか」

「アマテラスの?」

「神代小蒔の肉体に降り、その肉体を侵食していたのは確かだが完全ではなかった。中途半端な存在として顕現していたアマテラスの内的世界に取り込まれたのだろう」

「その、内的世界とかよくわからないけど進めば居るのかな」

「神代小蒔かそれともアマテラスかは定かではないが恐らく。だがゆくべき道もわからないのでは……」

 

 暗い夜を進む船の標となる灯台のような物もなく、前に進むのは愚行だ。

 

「それでも進まなきゃ何も始まらない。どこにも辿り着けない」

「うむ。危険だが仕方があるまい」

 

 そうして前に一歩踏み出した時、京太郎とゴウトの脳裏に何かが流れ込んできた。

 

【行くのですね】

【どうにもあいつ等と一緒に居たら俄然興味が湧いてきちまった。いつも迷惑をかけて済まないな、姉貴】

 

 粗暴な声の男と透き通るような綺麗な声をした女性の声だった。

 彼らはまるで時代劇の舞台ののような場所で女は姿勢を正し、男は姿勢を崩し酒を飲み交わしていた。

 

【あら。迷惑を掛けるのなんて貴方の専売特許じゃない。良いわ。いってらっしゃい。帰ってきたら貴方の話を聞かせてくださいね】

 

 男の謝罪に面白そうな声色で女性が答えた。

 顔は見えないが、男の方は髪はボサボサでとても清潔感のない風貌のようでホームレスなのではないかと思えてしまうほどだ。だがホームレスと違うのはその漲る生命力と肉体だろう。

 髪がボサボサなのは見た目に気を使っていないだけ。一昔前の、まさに益荒男とでも呼ぶべき力強さがワイルドな魅力を掻き立てる。

 対して女性の方は声に見合った美しさがあった。

 髪は黒髪で手入れも欠かさず行っているのだろう。輝いているようにも感じられる美しさがある。

 

【おう! またな、姉貴】

 

 力強く笑みを浮かべて男は消えていった。

 消えていく男の姿を見送っていた女性はどこか寂しそうな雰囲気を見せていたが、振り払うように彼女もまた光の中へと消えていく。

 

【どうしても同意していただけないのですか】

 

 しゃがれた男の声が辺りに響く。

 先程の益荒男とは違う男の声だが意思の強さが声に現れているという意味では同じ用に感じる。

 

【勿論です。確かに私達にとっては危機的状況であると言えるでしょう。けれどそれも仕方のないこと。逆に考え直しては頂けませんか?】

【それはできない。そしてそう言えるのは貴方の立場だからこそではないか。崖の淵に居る者たちはそうは思えないのです】

【それは……】

 

 真実そうであった。彼らの懸念とする問題は暫くは、もしくは永遠に彼女に降り注ぐことはないだろうから。

 それを分かっているからこそ、止める言葉を女は持ち合わせていなかった。

 

【もう私達は止まることはできない。それは貴方のよく知る者も同意してくれたこと】

【私が……? まさか】

【もう語ることもないでしょう。力を貸して頂けないのであれば無理やり引き出すだけです。では】

 

 話を早々に切り上げ姿を消したのは女のほうが実力的には上だからだ。もし力づくで引き止められれば男の方が危険であったのだ。

 実際少しでもこの場に残ろうとすれば女のほうが男を確保しようとしていた。だがそうすることができなかったのは、彼女の服装が動くということを苦手としているからだ。

 

 そして。

 

 次なる場面は京太郎にもゴウトにも見覚えのある風景だった。

 正しく言うのであれば、行ったことはないのだがテレビで見たことのある場所であったのだ。

 なにせその場所は国会議事堂だったのだから。

 

【貴方は……】

【よう。ほんとは約束を果たしたいんだがすまねぇ。それはできないんだ】

【やはり貴方が……一体どうして?】

【こうするのが一番だって、わかっちまったんだ。望んだわけじゃないとは言え奪っちまった命にも。俺に希う奴らのためにも……】

【そのために数多くの命を奪うというのですか?】

【おかしなことじゃないだろう。すべての始まりは畏れだ。畏れ、祈り、願いそうして俺たちは俺たちになった。それを思い出させる。そのためなら何だって利用してやる。例え護るべきものたちであっても家族であっても】

【ス……】

【命さ。今は】

 

 それを最後に京太郎たちは現実へと引き戻されていった。

 無理やり記憶を流し込まれたのが原因か、頭がグラグラとしてふらついてしまう。それはゴウトも同じだったようで京太郎の肩で頭を震わせ、尻尾がピン! と立っている。

 ようやく頭が覚醒し前を見れば光の玉に包まれ眠っている少女の姿と、彼女を護るように見守る女性の姿があった。

 

「アマテラスか」

「ようやく来てくれた……。この娘を」

 

 光をぽんと優しく押すと光りに包まれた少女が京太郎の前まで移動してくるとふっと光が消えてしまった。力なく崩れ行く体を慌てたように京太郎は受け止め、とくんとくんと感じる鼓動が生きていることを感じさせる。

 神代小蒔の救出の依頼を受けて一週間……。ようやく救い出すことができたのだ。

 だが感慨にふけっている場合ではない。

 

「巫女姫を救い出すことができたのだ。アマテラスよ申し訳ないがこの場で消えてくれないだろうか。そうすれば奴の目論見を崩すことが出来るはず」

「申し訳ありません。それはできないのです」

 

 ピシリと空間にヒビがはいる。

 何事かと周りを見渡せば異界が消えかけている。

 

「待て。だとしてもライドウが3つの内一つを救っている。だとすれば」

「金髪の少女のことですね? それではダメなのです。確かに私たち3柱に該当する者たちが消えれば目論見を断つことができます。ですが」

 

 そうしている間に空間そのものが崩れていく。

 恐らくは異界の核となっていたのがアマテラス一人ではなく小蒔も含まれていたからだろう。

 

「代わりがいる」

「代わり……? だとするならばまさか」

 

 ゴウトが全てを言い終わる前にアマテラスの異界が崩れ京太郎たちは放り出された。

 

*** ***

 

「けほっけほっ」

「無事か?」

「ええ、と言って良いのかしら」

「会話できるならば問題はないだろう。あとは」

 

 神代小蒔の元へと突っ込み消えていった須賀京太郎と相棒であるゴウトを心配し目を細める。そうしながらも命への警戒は怠っていない。

 不思議なのは鍵となるべき龍門渕透華を救われたにもかかわらず慌てた様子が一切ないことだ。

 

「龍門渕さんは私たちが」

 

 そう言ったのは狩宿巴だ。

 いつの間にかライドウの隣に立っていた。

 

「すまない。頼めるか?」

「そのための私たちですから。あとは姫様が……」

 

 巴が全てを口にする前に神代小蒔を中心に眩い光が発せられた。

 何事かと光から目をかばいつつ、それでもなんとか見極めようと努力をしていると何かを抱えた人影が飛び出してきたのだ。

 

「須賀くん!?」

 

 飛び出してきた京太郎は勢いがつきすぎていたのか着地しても滑っていくのだが、無理やり足に力を入れ、コンクリートをえぐりながらライドウと巴の近くで止まる。

 

「姫様!」

 

 と言って駆け寄る巴に神代小蒔を軽く放り投げる様に託し。

 

「ライドウ! 急ぎ山縣命を止めるか殺すのだ。まだ終わっていない」

「なに」

 

 見れば神代小蒔を救ったというのにアマテラスは顕現したままであり、命は透華が先程まで居た場所まで移動すると手を上げた。

 その体から立ち上るマグネタイトは気のせいか、龍門渕透華のものに似ていた。

 

「遅い。さぁ姿を表すが良い国産みの我らが父よ」

 

 ツクヨミ、アマテラス。そして、スサノオのマグネタイトが生贄に捧げられ人形に形作られていく。京太郎たちはそれでも召喚を阻害しようと駆け出すが、それを邪魔するように国津神たちが邪魔をする。

 

「どけ!」

 

 だがその言葉に耳を貸すことはない。召喚を止めることはできず、ついに顕現するのは白装束に身を包み、長物を持った伊邪那岐大神だ。

 

「おお……。愚かなる我が子スサノオよ。お前は……」

「愚かなのはあんたもだろう? 目を背けて来た罪から目をそらすことができない日がついに訪れたのだ」

「分かっているのか。そうすればこの国に生きるすべての人達が息絶えることになるのだぞ」

「そうかもしれない。だがそうじゃないかもしれない。言っておくぜ親父。俺は人間の強さってやつを知っているんだ。そう、百年以上前に俺は葛葉ライドウやその仲魔達を見て知って、実際に感じることができたんだ」

 

 人の可能性を信じるがごとく命は……否。建速須佐之男命の転生たる男は告げる。

 

「死んでくれ親父」

 

 国産みの父たる伊邪那岐の大神の物語は決してハッピーエンドとはいえない。

 イザナギの過ちにより本来祝福をもたらす存在が逆に呪いを与えうる堕ちた存在へとなってしまったのだ。

 イザナギの大切な存在を日に千人殺そう。イザナミが人々へと与えた即ち「幾千の呪言」である。

 しかし過ちを犯してしまったとはいえそれを見てに無振りをする事はできなかった。お前が人々を千人殺すならば我は千を超える万の人々を産もう。即ちイザナミの呪いに対する祝福「幾万の真言」である。

 

 そうして人々に降りかかる呪いはまるで対消滅するかのように降り注ぐことはなかった。

 だがイザナギが出した答え。それは現実を霧で覆い隠す行為にほかならない。

 そして今、イザナギがかつて犯した罪が人々を巻き込み具現化しようとしていた。

 

 伊邪那岐大神の足元に全てを飲み込むような闇が産まれ落ちた。

 闇の大穴からイザナギを捉えるために人のような黒い手が伸ばされ彼を絡みとる。

 

 新たなる神が、伊邪那岐大神を触媒として顕現しようとしている。

 

「お、おぉぉ我が妻たるイザナミよ、お前はまだ私を……」

「ユル、ス。モノカァァァァァ!!」

 

 おぞましい叫び声が辺りに響く。

 黒い手はイザナギを引きずり込むと噛み砕くような咀嚼音が京太郎たちの耳に届く。

 ナニカがイザナギを喰っている。

 

「さぁ、刮目してみるが良い! これこそが我が母……」

 

 咀嚼音が止むと同時に何かが穴から引きずりでてくる。

 それは肉を持たぬ言うなればガシャドクロのような姿をした呪いを抱く女の姿であった。

 

「オマエ、ガ! マンをウムトイウノナラバ! ワタシハサラニオオクヲクラオウゾ!」

 

 全てを憎む国産みの母。

 伊邪那美大神が須賀京太郎と葛葉ライドウたちの前に姿を表した。




個人的にP4での不満点の一つは初期ペルソナがイザナギなことです。
確かにイザナミに対してはイザナギなんですけど、現実を見ないで霧に覆い隠すってそれしてるのイザナギもやんけ的な。
イザナミ放置して自分はアマテラスが如く引きこもるし、ないわー的な印象。

そういえば幾万の真言という言葉に合わせて本来は「1000人殺す? なら1500人産むわ」って言葉を万に変えてます。1500って書くのはなんかダサいからね……。
ようは千を超える数を産むってニュアンスが大事だと思う。

そういえばルビ振ってませんが八色雷公はやくさのいかづちと読みます。調べればわかるけどね。


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『6日目 黄泉平坂』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。


 イザナミという【邪神】の降臨により騒然となる一同だが、最も早く自分を取り戻し、次の行動を指示したのはゴウトであった。

 京太郎たちは強くともまだ十代。京太郎だけ挙げれば戦闘経験はこの数ヶ月というなかで最も戦闘経験及び人生経験が豊富なのは彼であったのだ。

 しかし一瞬でも行動を止めてしまった時点で、スサノオの転生者が動く時間を作ってしまう。

 コンクリートが砕かれる破砕音と共に京太郎の眼前で剣を振りかぶっているのはスサノオの転生者である。

 

「ぐっ」

「遅い!」

 

 なんとか直撃だけは避けようと刀で防ぐが、もとより腕力に差があることと腰に力が入っていないことが災いとなりまるで風に吹かれる風船のように吹き飛んでしまう。

 

「体勢を!」

 

 未だ京太郎の肩に乗っているゴウトが必死にしがみつきながら警告し、言われるまでもないとなんとか空中で体勢を整えようとする京太郎を阻害するのは、身体から火花が放っている悪魔たちであった。

 

「【ボム】か!」

 

 さてここで状態異常について語ろう。

 デビルサマナーとなり状態異常について語られた京太郎が最も首をかしげたのがボムという状態異常であった。

 毒や石化に混乱と言った状態異常は彼がやってきたゲームにも登場しており違和感なく受け入れることができたのだがなんだそれと首を傾げた状態異常の一つがそれだった。

 ある一定の条件に達しなければ害が及ばない状態異常なのだが、一瞬の破壊力においては他の状態異常の追随を許さないほどである。

 その条件とはボムの状態異常を受けたものが何かしらの衝撃を受けた場合、爆発し周りにいる者たちに被害を与えるというものだ。

 

 話を戻そう。

 ボムの状態異常を受けた悪魔は文字通りのマグネタイト爆弾である。

 ここまで近づかれると下手に攻撃しても悪魔たちが爆発するだけで、かといって何もしなくても爆発する気の自爆特攻。つまり詰みであった。

 それに気づいた京太郎は肩に乗っているゴウトを懐に抱え込むと爆発に備え、瞬間目が潰れるほどの閃光が走った。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

 爆発によるダメージは京太郎に確かなダメージを与え、それでも京太郎は死ぬことなく立っていた。

 上半身の装備は吹き飛び、皮膚は焼け爛れ、半死半生な状態の京太郎に突風が襲いかかる。

 殺風激と呼ばれるザンダインをも超える衝撃魔法が京太郎の左腕を胴体から捻じり飛ばし肉体の本体はビルへと叩きつけられる。それでも身体が残っているのは京太郎本人の資質によるものだが限界はあり意識が飛んでしまった。

 

「これで俺たちを妨げる最大の障害は消えた」

 

 万感の思いを込めて、スサノオが宣言したのは勝利である。

 

「人ならざるモノたるスガキョウタロウこそが俺たちの、俺の最大の障害だった。さぁ母さん。貴女の思う通りに動くといい。俺は親父と違って最後まで貴女の傍にいるよ」

「ア……アアアァァァァァ!!」

 

 本来であれば憎きイザナギの息子であるスサノオだが、同時にイザナミにとって愛する息子だ。その息子が背中を押してくれている。その事実がイザナミの憎悪を少しだけ癒やし、そして同時に増幅させた。

 こんなことはしてはいけないという思考もあったのが今、スサノオによって取り外されたのである。

 

「――ッ」

 

 一瞬、倒れている京太郎を見やり。

 

「集え!」

 

 ライドウの言葉に巫女たちが集い、ライドウの呪文の後に続き言の葉を紡ぐ。

 崩れそうになる足を気合で支え最後まで唱えきった彼らの周りには光の壁が生み出され、その壁に向かって黒い手が伸ばされる。

 

 ビタン。と張り付いた手は彼らの張った光の壁――結果によって浄化されるがイザナミの力が強すぎ、全てを浄化することはできない。

 そして手はライドウたちだけに向けられたのではなく、イザナミを中心としてスサノオだけを避けて伸ばされていき、意識を失った京太郎さえも飲み込んだ。

 

「これで王手、だ」

 

 黒はその名の通り終わり。日本に住む人々はイザナミの呪いによって死へとただ向かうのであった。

 

*** ***

 

「状況は!」

 

 叫んだのは大沼だった。

 イザナミの呪いに気づいた彼らは避難所の結界を更に強化したのだが如何せん分が悪かった。

 呪いは結界を侵食し、触れてもいないのに人々に影響を与えていったのである。

 まず最初に身体の弱い老人が、体力の少ない子どもたちが、女性が、男性が次々と倒れていく。

 それが何であるか彼らには理解できないはずだった。しかし失われた本能が嫌でも伝えたのだ。いま自分たちに与えられようとしているもの――それは死であると。

 

「嫌だ! 死にたくない!」

「助けてよぉ!」

「おかあさん!」

 

 刻まれた死の恐怖からなんとかして逃げようと走り出す者や、ただ震える身体を抱きしめて包まる者。そして、せめて大切な人だけはと護るように覆いかぶさったり抱きしめたりするもの数多く居るのだが、その様相は地獄であった。

 特に見た目は問題なく見える一般人ではない異能者たちへ縋り付く者たちもおり、助けてと懇願する彼らに対して異能者たちは泣きそうな顔で。はたまた真顔で振り払うことしかできなかった。

 

「どうすれば、どうする?」

「……ことここに至ってはもうどうすることもできやしないだろ」

 

 そう言って軽くため息を付きながら言ったのは熊倉トシだった。

 彼女は口ではそう言っても、教え子たちには大丈夫だと言うように抱きしめていた。

 

「それよりもあっちはどうだい?」

「そっちは問題ねぇ。麗鈴舫が信頼に値する者たちに依頼したって話だ。あの娘なら信頼していいだろう」

「レイホゥが? だとするならキョウジを動かすつもりかい。一人ではキツイと思うけれど」

「いや、キョウジは大前提としてもう一人だそうだ。天海市のマニトゥ事件でサマナーとなった」

「……ああ、あの子か。それなら確かになんとかなるだろうけれど、日本に帰ってきてたのかい? しかし情けないね。ヤタガラスの誰かよりも外部の誰かの方が信頼できる、か」

 

 天海市で起きた事件を解決したのはヤタガラスに属さない元一般人のサマナーの少年であった。現代人としては稀な強いソウルを持っていた彼はとある存在に仕組まれたものであったとは言えサマナーとなり、幼馴染の少女に乗り移ったとある女悪魔とともに戦い抜いた。

 その中でヤタガラスは手助け自体はしたが、それでもメインとなって解決に導いたのはやはり彼らであり、極論彼らが居なければ事件そのものを解決することすら叶わなかった。

 原因はいくつもあるが、ヤタガラスが科学という最先端技術に精通していなかったのも大きな要因だ。新たに確認された電霊と呼ばれる悪魔たちは古き技術をメインとするヤタガラスでは対応はどうしても遅れることになる。

 だから予兆は今日に至るそれまでの間にいくつも存在したのだ。ヤタガラスは変わらなければならない――しかしそれを蔑ろにし弱体化してきた結果がこれである。

 現場に出て一流以上の実力を持つ彼女がそれに気づかないわけがなく、頼りにするのは彼女の相棒と、そして巻き込まれただけなのに必死で抗い、戦い抜いた少年だった。つまり彼女はヤタガラスをほんとうの意味で信頼していないのだ。

 

「物思いに耽っている場合じゃないね。それでどうする」

「諦めるしかねぇだろ。あとは祈るそれだけだ」

「祈るって誰にだい?」

「そんなもん決まってんだろ」

 

 大沼は歩き、窓に手を当てて強大な殺意が押し寄せるその中心にいるであろう者たちへが居るであろうその場所を見る。

 

「今も戦っているアイツラに対して、勝利を祈る。そんだけだ」

 

*** ***

 

 

「これはまた地獄だな」

 

 面白そうに言うのはパラケルススだ。

 多くの者達が死に絶えようとしている中で笑う男の姿は不謹慎極まりなかった。

 一体何が起きているのかを彼に伝えるものは居なかったが、慌てふためくヤタガラスの者たちの言葉の断片によって察することはできていた。

 大切な先輩にすがりつこうとする桃子を引き止め、咲たちから離れた彼は、何が起きているのか分からなくておろおろするぐらいの人間性を得た光の耳に顔を近づけて言った。

 

「――集中するんだ。キミの中にある力をただ感じ取るだけでいい。そうすればあとはどうとでもしよう」

 

 光は元はと言えば多くのマグネタイトを秘めるドリーカドモンであった。今の彼女は京太郎の魂を触媒として誕生した、一部の邪教の館の主の夢のカタチ……生きる造魔そのものである。故に彼女の中には今もなお大量のマグネタイトが秘められている。

 だがそれだけでは強大なエネルギーでしかない。必要なのはエネルギーに対して指向性を与えることである。

 パラケルススは目を閉じて起きることも、呼吸こそしているが目を覚ますことなく眠り続けている先輩を呼びかける桃子を無理やり立たせ引きずり彼女たちの元へと連れてきた。

 

「何するんすか! 先輩が」

「モモコ。そのピアスを取れ」

「……え?」

「異能を封じしているそれを外せば少しは持つはずだ。本来オカルト能力者では耐えきれないが、日常生活にまで影響を及ぼすほどの力が漏れ出ている君ならば話が変わる」

 

 真面目な顔で告げられ、不満はあるが必要なことなのだと躊躇いながら京太郎から受け取ったイヤリングを取り外した。

 

「オカルト能力を持つということは、何かしらの影響を強く受けているということだ。つまり霊的攻撃に対する防御能力もある程度は持ち合わせているということだ。つまりオカルト使いは現状においてある程度耐えることができるんだろう」

 

 困惑する桃子を納得させるための説明を始めた。

 彼の言う通り、この場において倒れているのは原村和、染谷まこ、福地美穂子そして加治木ゆみである。

 まこ、美穂子、ゆみの三人は呼吸していると彼女らの近くに居た竹井久と桃子の二人により明らかになっているが、咲と優希の近くに居た原村和は息もしていない。

 

「……言葉には力がある」

「死ねとか言ったら傷つくとかっすか?」

「それもあるが、言霊という考え方がある。親から子へ思いを込めた名前は守護の力となる。というのは有名な話だ。大切なのは文字もそうだが、想いなのだ」

「昔ならロマンチストって笑っちゃうっすけど……」

 

 笑うことができない。なぜならばこの世は神も、天使も、悪魔も存在する現実なのだから。そんな訳はないと一笑に付すことはできない。

 

「原村和は常々言っていただろう? そんなオカルトありえませんと。つまり彼女は否定し続けたのだ。神や悪魔を、そして自身に与えられた加護を」

 

 それが恐怖からくるものであるのかなんなのか。真実は彼女の心の内でしかない。しかして彼女はずっと否定してきたのだ。目に見える現実と科学以外の現象をすっぱりと。

 神とかいないよと笑いながら言う人はいるだろう。それでも人は祈る。神というあやふやな個体名称すらない何かに対して。だが原村和はそれさえもしない。だからこそ彼女に与えられていたはずの加護さえも消え失せ、霊的防御能力を彼女は一切持ち合わせない。

 

「だがそれも幸せなことかもしれない。恐怖を感じることもなく死ぬことができたのだからな」

 

 苦しむことなく死ぬことは果たして不幸なことなのだろうか。

 そんな事を考えてしまうのは、死ぬことさえできず大事な者たちが倒れ死んでいく光景を見せられた残された者たちの姿を見たからこそだ。

 

「でも、でも! そんな言葉で納得なんてできないっすよ!」

 

 それがたとえ自業自得なのであっても死していいはずがないのだと桃子は訴える。それを認めてしまえば、今ここで命を落とそうとしている者たち全てに大なり小なり当てはまってしまう。そんな事は認められなかった。

 

「目で見えないものを信じないってのはおかしいことっすか?」

「さて、な。少なくとも加護を与える者たちにとってはおかしいことなのだろう。だからこそ人に必要なものそれは……」

「それは?」

「祈ることだな。そうすればそれを汲んで叶えてくれるものも居るかも知れない」

「主様。それを俗に言う神というのでは?」

「さてな」

 

 横から口を挟んだ自身の侍女たる造魔に少し考え込んでから。

 

「祈りを受け、叶えるもの。それは神と呼ばれるかそれとも救世主か聖女か。それとも別物か。どちらにしろ私たちに出来るのは戦う者たちの勝利と無事ぐらいだろう?」

「……ぁ」

 

 前半はともかくとして、後半の内容にはストンと胸に落ちた気分になった。

 今も戦っているであろう一人の少年。人さえもやめてどこか暗い影を落とす様になった少年のことを思い出したのだ。

 少年のことがどうでも良くなったのではなく、目の前の同じぐらいに大切な人が倒れてしまい視野が狭くなった結果で。

 そのことに少しの罪悪感を抱きながらも祈らずには居られなかった。かつてのように、自分と大切な人たちを助けてくれる。そんな奇跡を。

 

*** ***

 

 落ちる。落ちる。落ちる。

 ふわふわとした感覚はともすれば風邪を引いた時と同じ感覚で、気持ち悪くもはたまたまるでゆりかごに乗って漂っているようにも感じる。

 しかしてこの感覚を京太郎は知っていた。

 これは死んだときに送られる黄泉の国にいるときの感覚だ。

 

 数多のというほどではないが、片手では数え切れないほどに死にそして生き返って戦ってきた少年は慌てふためくことなく冷静に目を見開いた。

 冷静であった思考が戸惑いへと変わったのは、今まで見たことのない世界であったからだ。死んだ場合送られるのは最初に見た河原のような場所だったはずなのに、いま京太郎が見ている世界はぼろぼろになった電車のローカル線が走っている螺旋の世界であった。

 そこに光――星のひとひらが落ちてきて、地面に落ちた時に影のような人の形となり路線に従うように歩いていく。その先にあるのはなぜかボロボロの駅のホームで、人々は礼儀正しく、しかして駅の切符を入れる素振りはなく進んでいく。

 その時見覚えのある髪型と輪郭の少女が落ちてきて、同じ様に歩いていく。

 

「――原村?」

 

 一体何をやっているのかと手を伸ばし、腕を掴むがその姿のように掴んだ感覚もなくてからすり抜けてしまう。

 何が起きているのか分からず、困惑している京太郎に声をかけてきたのはどこかで聞いた落ち着いた男の声だった。

 

「ここは黄泉平坂――。その入口となる場所だよ」

 

 振り向き、そこに居た男の見た目に感じたのはデジャヴュだった。知っているはずなのに覚えがない感覚に気持ち悪さを感じつつ、次に見たのは男の乗った車椅子を必死に押している小さな黒髪の少女だった。

 

「久しぶりと言うべきかな、須賀京太郎くん。あのときは出来なかったが改めて名乗ろう。わたしの名はスティーブン。キミも使っている悪魔召喚プログラムの作成者さ」




補足
作中においてスサノオがイザナミを母と呼んでますが古事記においてスサノオを始めとした三兄弟はイザナギ単体から産まれているので母は居ないです。
その上でスサノオが母親に会いに行く云々の話をイザナギにして勘当されるエピソードがあるので微妙に矛盾してますが、DQN真っ盛りのスサノオを考えればイザナギ煽るためとかそんなのだったんでしょう(実際その後にイザナミに会いに行った話はないはず)
上記の矛盾を補完したのが恐らくは日本書紀(古事記の後に書かれたとされている)だと思われます。日本書紀ではきちんと母親はイザナミとされているのでイザナギにイザナミに会いに行くと話すのはおかしなことではないです。

古事記と日本書紀。どちらが正しいのか語ると論争になるのでおいておくとして、メガテン世界の「観測の力」を考えるとイザナギとイザナミの息子がスサノオであると書かれた日本書紀を信じる人が居るならば、それもまた一つの正解で本作においてはイザナミの息子である説を取っている。そう考えていただければありがたいです。


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『6日目 一転攻勢へ』

感想、誤字報告いつもありがとうございます。
大変おまたせして申し訳ない。5ヶ月ぶりか……。



「スティーブン……。悪魔召喚プログラムの作成者」

 

 その名だけは京太郎も聞いたことがあった。

 悪魔召喚プログラムの創始者であると数多の人々、もしくは悪魔から聞くことができたのだ。

 しかしスティーブンなる存在と接触したことのある者は数少なく。接触したという人物にスティーブンと会わせてもらえないかと頼み込んでも不意に接触してきただけで何処に居るのかは知らないと彼らは言い、決して自分たちから会うことが出来ない人物である。だから裏の世界に生きる者たちからすればスティーブンという存在は特別でありながらも、半ば都市伝説の様に扱われている霞のような存在であった。

 

 そんな存在が目の前にいることに困惑しつつ「どうして」と問いかけようとするも、聞きたいことが多すぎて言葉にならなかった。

 

「キミはイザナミの呪言によってここに落とされたんだ。しかしキミの身体は呪言にあらがっているんだろうね。だからこうして、落ちつつも先に進むことがないんだ」

「落とされた? イザナミ……? そうだ!」

 

 慌てて先程止めることが出来なかった原村和を引き止めるために駆け出す。彼の話が本当のことであればこのままでは本当に彼女が死んでしまうからだ。

 しかしどうしても止めることは出来ず。それならばとジオで感電させればと考えたのだが。

 

「やめたほうがいい。そんなことをしてしまえば彼女の魂が消し飛んでしまうよ」

 

 真面目な声色で京太郎を引き止めた。

 手から電気がほとばしりながらも発動を止めた京太郎だが、訝しげに問い詰めた。

 

「消し飛ぶって、ジオだぞ。それに手加減もするし」

 

 ジオは確かに普通の人間にとって驚異的だが、普通の使い手が使ったところで一撃死するほどの威力は持ち合わせていない。

 京太郎の言う通り、手加減して放てばそれこそ筋肉が痺れて動かなくなるだけであったり、静電気のようにビリっとくるだけにとどまるだろう。

 そう、普通の状態であれば。

 

「彼女には神秘に対する加護がないんだ。キミにわかりやすいように言えば全ての魔法に対して弱く、肉体を失った魂だけの状態だ。そんな彼女に手加減をしているとはいえジオなんて当ててしまえば止めるどころか魂の消滅さえもありうる」

「なん、なら俺には……」

「今の君が彼女に、いや、彼らに対してできることはなにもないだろうね」

 

 止めるべき相手は原村和だけではない。今もこうして歩いてゆく人々全てを止めるべきなのだ。死は誰に対しても平等に襲い来る災厄だが、それを出来得る限り回避しようとすることは決して罪ではない。

 だが止めることが出来ない状況というのは得てして存在するのだ。それが、今だった。

 

「くそっ!」

 

 無力感に腹を立て八つ当たりすることができるものもない。空を切った拳は振り下ろされることもなく強く握られるだけであった。

 

「例えここで救うことが出来たとしてもそれは根本的な解決にはならない。違うかい?」

「だからって何もしないのも違うだろ! って、それはできることがあって初めて言えることか。……せめて仲魔たちがいれば」

 

 失われてしまった左腕。そこにあったのはガントレットでありCOMPであり、仲魔たちだった。

 

「俺は一人で戦ってきたわけじゃない」

 

 一人で戦ったことなんて最初の、ほんの少しだけだった。

 今ではもう姿が変わり、見る影もないけれどCOMPを手に入れてからずっと一緒に誰かと戦ってきたのだ。

 どんなに戦う力がついたとしても結局の所京太郎はまだサマナーとなって半年にも満たない未熟者で、もし京太郎が出会った仲魔たちが彼らでなかったとしたら、今ここに彼は居ないはずなのだ。

 

「俺には、もう……」

 

 仲魔たちがいない。その事実は京太郎から戦う意志を奪うに十分なものであった。

 そんな彼を手を優しく握りしめたのは、スティーブンの車椅子を押していた少女だった。

 彼女は言葉を話すことが出来ないのか言葉を紡ぐことはしなかったが、必死に何かを訴えかけるように俯く京太郎の瞳を射抜いていた。

 

「本当に何もできることがないとそう思うのかい?」

「こんな状況だ。ライドウたちには戦力は必要だと思う。けどいまここに俺がいるのが何よりの証明じゃないか。ライドウたちに俺を蘇生する余力がない。現世に戻れなければ俺には何もできない」

「そうかもしれないね。けれど彼らは諦めないようだよ? 見てみると良い」

 

*** ***

 

「このままでは何も変わらないか」

 

 汗を拭いながら呟くのは十六代目葛葉ライドウ。

 普段であれば端正な、それでいてポーカーフェイスを崩さない彼から焦りの表情が見て取れる。

 結界の維持を行うことにより彼らは現状を維持することが出来ているが、打開することは出来ていない。いや、正しくはこの状況を打開する手が二つ存在するのだ。しかし一つは真っ先に狙われて潰されてしまい、もう一つは発動することさえ出来はしない。

 邪神イザナミの力が呪いによる生者の命を奪うものであるのならば、すぐに根源を絶つことが出来ずとも対抗してやればよいのだ。しかしそれを行うには大量のマグネタイトが必要で、ライドウの生体マグネタイトを全て使えばそれも成せるだろうが、それをしてしまえば直ぐにライドウは倒れるだろう。そうなればイザナミを倒すものが居なくなり、対抗手段もタイムアウトとなりイザナミにより全てが死に絶える。そうなってしまえば意味がない。

 こういう時に頼りになるのが業斗童子なのだが、彼は京太郎と共におり彼と一緒に瓦礫の下敷きとなってしまった。図らずもだがずっと共に居た者が居なくなる経験を京太郎とライドウはしていたのだ。

 

 停滞とも言えるこの状況を打破したのは、眠りについていた一人の少女だった。

 

「ぅ、ん……」

「小蒔ちゃん!?」

 

 霞の泣きそうで、嬉しそうな声が眠り姫の名を呼ぶ。

 眼を開き、それから腕で瞼をこすって上半身が起き上がった彼女はボーッとしていた。その様子は彼女たちの知る「小蒔ちゃん」そのもので安堵させる要因となった。小蒔は覚醒しきれていない頭で状況を把握するように辺りを見回して、惑う頭を振り払うように「アマテラス様!?」と声を上げた。

 

「二人とも落ち着いてくださいですよ―。結界の維持が出来なければ私達はおしまいですし、アマテラス様はアレの召喚の生贄にされてしまいましたし」

「あ……」

「そっか……。ああ、でも……」

 

 何かを言おうとして、彼女は首を振った。

 

「どういった状況なんでしょうか?」

「見ての通り」

「最悪の状況ですね。邪神イザナミが降臨し、この国に住む人々にかけられていた呪いが発動しています。今は帝都に効果が限定されてますが、放置すれば国全てに及ぶかと」

「……私たちも今はライドウと共に結界を作ることでなんとか耐え忍んでいる状況なの」

 

 平静を取り戻した霞がそう締めくくり、小蒔は小さく頷き少しだけ俯くとそれから顔を上げた。

 

「耐え忍ぶ……。なぜあの2柱は攻撃を仕掛けて来ないのでしょう?」

「余計なことをして面倒な状況を避けているか。もしくはイザナミの意思を優先しているのかもしれない」

「イザナミ様の……?」

「母たるイザナミの怒りを発散するため。ってことですねー。それにイザナミの近くに居れば何があっても自分が対処できると考えているのかもしれません―」

「そう、ですか……手はありますか?」

 

「二つある」

 

 小蒔の問いかけに答えたのはライドウであった。

 

「一つは須賀京太郎の復活」

「イザナミの召喚で驚いてしまった隙を付かれてスサノオにより倒されてしまったの。普通の人間は今結界外で動くことは出来ないけれど彼ならば可能だ」

「……えっと?」

「事情は後。ですよー。もう一つはなんですかー?」

「十四代目の遺産だ。彼が、京太郎が魔界より預かり受けた管に宿る悪魔を召喚できればイザナミの力を抑え、帝都に生きる人々の命を救うことにもなるはずだ」

 

 懐から取り出したのはボロボロの管である。年季の入ったそれからは確かに強大な力が感じられる。

 

「死には命を――。しかし召喚するにはマグネタイトが、何よりも結界の維持を緩めれば終わる」

「優先順位はどうなんでしょうか?」

「帝都の状況を考えれば後者だが、召喚し倒されてしまっては仕方がない。守護者が必要だ」

「それがライドウと、須賀さんですね」

「もう一つ問題。結界の維持と召喚のためにマグネタイトが必要」

「本来であれば須賀京太郎のCOMPによる供給、もしくはお前達から手助けを受ける予定だった」

「COMPは見当たりませんし、私たちも結界の維持に手一杯です……」

「……ううん。少なくともマグネタイトは解決できます」

 

 覚悟を決めた、神代小蒔がそう告げた。

 

 過去の話をしよう。

 時は十四代目葛葉ライドウが活躍した時代――。

 超力兵団などの多くの敵と戦った十四代目であるが、戦いの一つに宇宙生物との戦いが存在する。

 細かな話は省略するが、彼の者との戦いをライドウは一人で乗り切ったわけではない。多くの人々がいればこその勝利であった。

 その一人に――串蛇と呼ばれた少女が居た。

 ヤタガラスには数多くの外敵に対する対抗手段が用意されている。その一つが「媛」と呼ばれる存在であり、彼女たちの役目は多くのマグネタイトをその身に宿す術が施された生体マグネタイトタンク。つまりは生贄であったのだ。

 その後ライドウの奔走と生体マグネタイト協会の誕生もあり媛という役割は縮小化されていくことになり彼女たちの役目は終わりを告げた。だが、多くのマグネタイトを保有することができるという術が消えたわけではない。

 本来であれば母から子へ、そして孫へとマグネタイトを受け継いでいくのだが術式を改良し一人の特別な人間の器を強化することへと用いたというわけである。そうして元より優れた才で神を降ろすことができた神代小蒔は強大なマグネタイトでもって更に強力な神を降ろすことが可能となったわけである。

 しかし。

 

「駄目よ小蒔ちゃん! そんなことをしたら貴方が!」

 

 そんなメリットがある術式がなぜ流行らないのかといえば簡単で、大きなメリットには大きなデメリットが存在するためだ。もし神降ろし以外の方法で、例えば他者が使えるようにマグネタイトを開放しようとすればその生命を落としてしまう。あくまで自身のマグネタイトを用いて神を降ろすという手法であるからこそ用いれる方法だった。

 

「でもそれ以外に方法がありますか?」

「それは、考えれば……!」

「霞ちゃんは今まで考えてなかったんですか? 違うでしょう? ……きっと私の命は今日、この日のための物だったんです。だから――」

 

 強大なマグネタイトが小蒔を中心に渦巻く。

 彼女を止めようとする霞だが、進むことが出来ないほどのエネルギーの奔流が発生しており近づくことが出来ない。

 

「――すまない」

 

 謝罪の言葉はライドウの口から漏れていた。

 

「さようなら――み……」

 

 別れの言葉を告げようとしたその瞬間に別の場所で爆発と共に光の柱が現れた。

 結界をも響かせ、イザナミとその近くに佇むスサノオさえも立っていることが難しい程のマグネタイトのエネルギーである。そのあまりの衝撃に小蒔はやろうとしていたことを思わず中断し彼女からマグネタイトが開放される様子は見受けられない。

 

「一体何がっ」

 

 マグネタイトエネルギーの中に、一人の少年の姿があった。

 左腕からは止めどなく血が流れ、右腕には護るように黒猫が抱えられていた。

 

「ははっ! おもしれぇ。死の底より還ってきやがったかよ!」

 

 スサノオの殺風激が京太郎に襲いかかる。しかし渦巻くマグネタイトが京太郎の元へとたどり着かせない。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをしながらイザナミの元よりスサノオが離れた。

 いくらマグネタイトの奔流が激しくともスサノオにとって見れば強い風程度に過ぎない。右手に無骨な剣――天叢雲剣を持ちながら一歩ずつ京太郎の元へと向かっていく。

 しかし京太郎は動く様子を見せない。

 

「意識がない?」

「このままじゃなぶり殺しに……!」

 

 その時だった。

 

「ぐっ」

 

 目を見開いた京太郎は右腕を振りかぶり全力で腕の中に居た黒猫――ゴウトを投げた。

 意識を失っているのか微動だにせず、エネルギーの奔流にただただ身を流されて落ちてきた場所はスサノオの近くであった。彼は一瞥すると彼を拾い上げライドウたちの元へと放り投げた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 苦悶の表情と共に京太郎の叫び声が辺りに響き渡った。

 ぷしゅっ、という音と共に体中の血管が破裂し血しぶきが舞い上がり蒸発していく。

 

「マグネタイトが……。そういうことか。何があったか分からないがコントロール出来てね―のか」

 

 ハッとした表情でライドウが見れば、マグネタイトは不規則に暴れ狂っているがよくよく見れば何かしらのルールに従っている様にも見える。

 

「須賀京太郎に流れ込んでいるのか」

 

 マグネタイトは京太郎に流れ込み、コントロールできず無理やり体外に発散しているマグネタイトが暴風のように荒れ狂っているのである。魔法とは本来マグネタイトをコントロールして使用している訳だが、これほど強大なエネルギーを操ることができるほどの練度が京太郎にはなかったのだ。

 

「小蒔ちゃん!!」

 

 駆け出したのは神代小蒔だった。

 一体全体何が起きているのか彼女にも理解することはできない。けれど確かなのは目の前で死にそうな人が居て、その人を救うことができれば皆を助けることができるだろうということだけだった。

 イザナミの呪いは小蒔にも有効だった。少しずつ削られていく命を護っていたのは彼女のうちに宿る強大なマグネタイトと、小さな光だった。マグネタイトで服が、皮膚が、髪が、焼かれていく中それでも頑張って彼女は走りそして京太郎の元へと行く。

 

「行かせるか!」

 

 スサノオが行く手を小蒔を攻撃しようとするがそれを邪魔する光があった。

 

『させません』

「ちっ! 姉貴――!!!」

 

 降ろして、少しだけ残っていたアマテラスの光が小蒔を必死に護っていた。

 

「はっ、はっ。うぅ……」

 

 自分のせいで迷惑をかけたことを少女は知っていた。

 捕らわれ、アマテラスを無理やり降ろされ、それでもなお彼女の意識はそこにあり少しではあるが状況は理解していたから。そして、自分を救ってくれた黒い光の正体を苦しむ京太郎の姿を見て悟ったのだ。

 

「今度は私の番です! だから――!」

 

 京太郎の元へと辿り着いた彼女はその勢いのままに自分の唇を少年の唇に押し付けた。

 

*** ***

 

 ――痛い。痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 身体の中から爆発するような痛みが走った瞬間ゴウトをライドウたちへと投げたのは英断だったと痛みの中で自分を褒める。

 しかしその後がどうにも格好つかない。マグネタイトが自分へと注がれている事が分かっているにも関わらず京太郎は何をすることもできずただただ翻弄されるのみ。

 コントロールをなんとかしようとしても足りない練度と痛みがそれを阻む。このままではイザナミではなく自分のせいで皆が死んでしまうのではないか。そんなことが頭によぎった瞬間、柔らかさと暖かさが包み込み少しずつ痛みが収まっていく。

 目を開けば、目を閉じてゼロ距離に見える少女の顔。何が起きているのかと慌てるが減っていく痛みから、彼女が何をしてくれているのか京太郎は知ることになる。

 

 ――落ち着いて。こうするんです。

 

 そう伝えるかのように注がれるマグネタイトが仕分けされていく。

 何も全てのマグネタイトを受け入れる必要はないのだ。必要な分だけ器に注ぎ込み、そうできないエネルギーは外へと流していく。その感覚に従い京太郎も自分の意志でマグネタイトをコントロールし始め、完全にコントロールすることができるようになった時、小蒔は顔を離しボロボロな姿で優しく微笑んだ。

 

「良かった。で、す……」

「あぶない!」

 

 膝から崩れ倒れそうになった小蒔を京太郎は抱きとめると、少しずつ心臓の鼓動が弱まっていくのを感じた。

 

「駄目だ!!」

 

 手元に残っていた数少ない回復薬を与えるが状況は改善されない。どうすればと慌てると『ライドウの元へ』と優しい声で光が言う。

 

「そうか。結界の中なら」

「行かせると思うか!」

 

 投擲された天叢雲剣を『形成した左腕』で持った刀で弾き飛ばし、剣先から放たれた電撃がスサノオを牽制する。

 

「くそっ! やっぱりお前が……!」

「邪魔だ!」

 

 少女を抱えながら大地を蹴り、今度はこちらの番だと京太郎の蹴りがスサノオの胴体にめり込む。

 

「ぐ、おっ。だらぁ!!」

 

 しかし脚を掴み殺風撃が京太郎の脚をズタズタにするが、痛みを噛み締めた奥歯に追いやりそのまま振り切った。

 先ほどとは逆にビルへと叩きつけられたスサノオは瓦礫の下敷きになり、その間にとライドウの形成した結界まで京太郎は移動することができた。

 

「神代さん!」

「どいて!」

 

 小蒔を寝かせた京太郎を霞がどかせると回復魔法を始めとした処置を始めた。

 心配そうに少女を見ていると、滝見春が見せてと言い京太郎の足に回復魔法を。そして失われたはずの左腕の状態を確認した。

 

「大丈夫そう」

「マグネタイトで左は作ったんだ。だから元の腕よりも調子がいいぐらいだ」

 

 ポカンとする春に気づいては居たが、それ以上は何も言わなかった。

 少しすると回復魔法が特に効果を発揮したのだろう、血の気が引いていた少女の顔色が朱色を帯びて呼吸も安定したようである。

 

「大丈夫なんですか?」

「……ええ、なんとか」

 

 良かったと安堵する京太郎を、なんとも言えない表情で霞は見つめていた。

 小蒔を助けたのは京太郎。京太郎を助けに行ったのは小蒔の意思で可愛い妹分が必要であったと思われる行動とはいえ危険な目にあいそれでいて――そこまで考え霞は思考するのをやめた。

 ライドウは結界の維持を続けながらも問いかけた。

 

「何があった?」

「それは後でします。ただ、女神が力を貸してくれています。張り切りすぎてしまったみたいですが」

「女神……? いや、それは後だったな。君に注がれているマグネタイトだが私にも使えるか?」

「はい。ただマグネタイトのコントロールは……って、出来ますよね。手を」

 

 ライドウの手を握ると、彼にも京太郎と同様にマグネタイトが注がれていく。京太郎と違うのは器の大きさと問題なくコントロールを行えているところである。

 

「これからアレの召喚を?」

「それが一番だと思っている。他に手があるならば聞きたい」

「いえ、無いです。ただ俺も切り札を切りたいと思っています。ただもしかしたら状況が悪化する可能性もあります」

「これ以上の状況の悪化か。だがそうはならない自信があるんだろう?」

「勿論! 絶対に」

「ならば全力を尽くそう。お互いに。結界は少しであれば私が居らずとも維持できるだろうか?」

「はい! 必ず」

 

 それを信じライドウは京太郎とともに結界の外へと出た。

 ライドウの身体に呪いの影響が出始めるが、それを取り込んだマグネタイトが跳ね除けその手に持った管にマグネタイトを注ぎ込んでいく。

 京太郎もまた、刀を自身の左腕に突き刺し引き抜いた。流れ出るのは――赤い血だった。

 京太郎とライドウ。両者に膨大な量のマグネタイトが集っていく。

 

「――召喚」

「COMPなしでの悪魔召喚!? 無茶よ! ライドウ!」

「私は信じると言った――召喚」

 

 管から黄金の光の龍が姿を表す。

 膨大な量のマグネタイトが注ぎ込まれた結果その姿はかつて十四代目が召喚した時よりも大きな姿をしている。

 黄金の龍の名はコウリュウ。

 四方、すなわちセイリュウ、スザク、ビャッコ、ゲンブ。彼らの長にして四方の中央を統べる大地の命である龍脈を司る強大な悪魔だ。

 

「――コウリュウ!」

 

 空を埋め尽くさんとするほどの強大な龍が姿を現した。

 黄金の龍はライドウの指示を聞くまでもなく、自身の役割を果たさんがために雄叫びを上げると大地から光が溢れ出した。その光は龍脈であり溢れ出した光は地上へと舞い落ちてくると人々を守るように纏っていく。

 龍脈という大地の命の力がイザナミの呪いを跳ね除けるために機能しているのだ。

 

「コウリュウ……。だが術者を殺せば!」

「……終わりにするべきではないか。スサノオ」

 

 イザナミの呪いが無効化されていく様子を見ても戦意が衰えないスサノオへと黒猫が声をかける。

 

「ゴウトの旦那……」

「コウリュウの力により人々はこれ以上死ぬことはない。イザナミも命の力が溢れれば力も削がれる。その状態でライドウと須賀京太郎を相手にすることができるのか?」

「……それでも諦めるわけにはいかない事情があんだよ。旦那」

「む、ぅ……」

「下がってくれ。ゴウト」

 

 赤口葛葉を構えライドウがスサノオと対峙する。

 

「もはや言葉で解決できる時は過ぎた」

「そういうこった。だが舐めるなよ。まだ終わらねぇ!」

 

 ライドウとスサノオが激突している間にも京太郎は召喚を試みていた。

 とある悪魔は言った「初めの召喚とは何だったのだろうと」

 今でこそ陣や呪文などが確立しているが最初から方法が確率出来ていたわけではない。

 召喚方法も数多の失敗と成功を繰り返し今の形に落ち着いた立派な技術である。ならどうして人々は悪魔を召喚し、悪魔はそれに答えたのだろう。

 最初の召喚に携わった神や悪魔が果たして「人を好きになったから」なのか「人に嫌がらせをしよう」と考えたのか。もはやそれを知る術はありはしない。

 しかし確かにあったはずのもの。それは繋がりだ。

 好きにせよ、嫌いにせよ。関わろうとしたことに違いはなく、繋がりこそがすべての始まりだった。だとすれば京太郎が悪魔召喚を行えないはずはない。

 

 思い浮かべるのはこれまでの日々。

 供物となるのは己の血。

 陣の書き方さえも知らない、その道の熟練者が見れば自殺行為にしか見えない召喚術。

 しかし何かに導かれるように解は紐解かれ血は正しく陣を描く。そして。

 

「ルキフグス!」

 

 京太郎の叫びに応え一体の魔王が姿を表した。

 コウリュウと同じく通常ではありえないほどの大きさで召喚されたのは、大魔王ルシファーの右腕と目される魔王ルキフグスであった。

 召喚されたルキフグスは京太郎を掴み眼前にまで持ってきた。

 

「ワシを召喚することがどういうことか分かっているじゃろうな?」

「分かっているさ」

「ワシが命を聞くのはルシファー閣下のみじゃ。主に使役されるつもりはないぞ」

「それでも一緒に来てくれるって信じてる」

「悪魔を信じる。それは最もしてはならぬことだと、散々言ってきたはずじゃがな?」

「悪魔を信じているんじゃない。お前を信じているんだ。だって、お前はまだ休暇を終えたくないだろう?」

「休暇か。あんなもの口から出任せに過ぎんわ。本来の目的は知るべきだと進言されたからじゃよ」

「だったらますますまだ終われないじゃないか。そうだろう?」

「ふ、ふふふふ」

 

 茶化すような京太郎の答えに肩を震わせ、堪えきれなくなって笑い始めた。

 彼は最初京太郎に初めて会った時同僚の仕事放棄が嫌になったから分霊を送ったのだと言った。しかしそれは嘘だった。彼は主たるルシファーに問いかけたのが始まりだった。

 

「閣下。なぜ貴方はそこまで人に興味を抱かれるのか?」

 

 悪魔の姿ではなく、次はどんな人間の姿を借りようかと分霊の姿をかえて楽しんでいるルシファーは言う。

 

「神を真に殺すことができるのは人間だけだっていうのはキミだって知っているだろう?」

「それはそうですが、そうであるならばただ利用すれば良いだけではありませんか?」

「それじゃ面白くないっていうかー? あがいてー、成長した人だから面白いっていうか―?」

「か、閣下?」

「我々では神を殺すには足りない。故に我らを変え、成長を促し、神を殺す人という名の刃が必要なのだ。そしてその刃は苦難の果てにこそ真に輝く……。そうだね。キミは人を知るべきだ」

「人を……?」

「ああ。ベリアルは少女に付きっきりで、ベルゼブブも地上に分霊を送り楽しんでいるようだ。どうにも仕事をしているのがキミだけのようだしお灸も必要だ。実は手に入れた一つの悪魔召喚プログラムの媒体をとある商店街においてきた。どうやらそれを拾った少年がいるらしい。丁度いいから彼についていくのが良いんじゃないかな? 現代の常識あるサマナーにつくよりも常識を知らない表の人間の方が面白くなるだろうからね」

「そうすれば貴方の考えが理解できると?」

「さてね。それはその少年次第さ。他の所に行ってもいいが、だが中々に面白い『星』の元に居るようだよ」

 

 そうしてルキフグスはとある学園で少年――須賀京太郎と出会った。

 その日々は――。

 

「そうじゃな。まだ主とともに居て数ヶ月――終わるにはまだ早いわな」

「そういうこと。だから『一緒に』行こう、ルキフグス。これからも行くために」

 

 得難いものであると感じているのだ。

 ルキフグスの肩に乗り、同様に多くのマグネタイトを注がれ巨大な姿で召喚されているイザナミと相対する。

 ここに来てようやく京太郎たちに反応を示したのは京太郎たちが脅威であるとようやく視認したためだろう。

 その手に黒く光る稲妻が迸り京太郎たちへと放たれる。

 

「合わせよサマナー」

「ああ!」

 

 ルキフグスとの初めての共闘。COMPもなくデータも有りはしない。けれど何をしたいのか、どうするべきなのか手にとるようにお互いが理解することができる。

 京太郎とルキフグスは同時に魔法を放った。魔法の名前は「アンティクトン」。

 メギドラオンをも超えるほどの威力を持つ万能魔法がイザナミの黒雷と激突し空間を震わせた。

 




遅れた原因が何かってあの世での会話が原因だったんすよね。
とはいえ後数話で東京編も終わるはずなので頑張って書いていきます。はい。


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『6日目 戦場交替』

遅くなりました。
感想、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

ウマやらプラモ作ったりしてるとどうにも小説書く時間が取れなくなりますね・・・


 京太郎とルキフグスのアンティクトンとイザナミの雷による衝突は辺り一帯に嵐を巻き起こした。

 正しくいえば嵐ではなく力と力のぶつかり合いで発生した斥力が嵐のように凄まじいほどの力を巻き散らかしている。その影響は遠く、東京の端とも言える結界にぶつかり結界外の周囲で警戒をしていたヤタガラスたちに何事であるかと戦慄させるほどだった。

 しかしつまりそれは。

 

「押しきれないのか!」

 

 これほどの力であればいかにイザナミの魔法であろうとも押しきれるはずだと確信していた京太郎が信じられないとばかりに叫ぶ。

 実際京太郎の感覚は間違いではなかった。本来アンティクトンを超える威力を持つ魔法は数少なく、それこそ大魔王に蝿の王に唯一神といった面々しか操ることが出来ない固有魔法ぐらいだろう。

 だからこそイザナミの雷をアンティクトンは喰らい、イザナミにまで達していたのは事実なのである。

 だがそれでも拮抗しているように見えるのはアンティクトンのダメージは即回復され続けて放たれた雷によりアンティクトンが押し返すほどの力を発揮しているためだった。

 イザナミの傷を癒やしているのは彼女に注がれている数多のマグネタイトである。異界の主がそうであるようにこの場に顕現したイザナミもまた強大なマグネタイトを終始自動回復することさえ可能としていた。

 

「いや、これで良い。アンティクトンは威力も素晴らしいが、その真価は付随効果にこそある! もう一発いくぞサマナーよ!」

「あ、ああ!」

 

 狼狽えながらも即座に頷いてアンティクトンを再び放ち、イザナミもまた合わせたように雷をぶつける。同じことを繰り返せば同様の結果か、もしくは消耗したほうがいずれ倒れることになるがそうはならなかった。

 アンティクトンが雷を跳ね除けイザナミを焼いたのだ。

 

「……タルンダ? いや、ラクンダも? まさかこれは」

 

 雷の威力が弱まっているのを京太郎は感じていた。それだけでなくアンティクトンによってイザナミに与えたダメージもまた上がっているようにも感じ首を傾げた。

 

「うむ。その感覚は間違いではない。アンティクトンには弱体化魔法の効果も持ち合わせておる。 そう、あれは『ランダマイザ』じゃよ」

 

 確信を得ることができなかったのは魔法の結果をCOMPで確認しているためである。

 それでも弱体化魔法の感覚を覚えていたのは強化魔法である『カジャ』。またはその逆に位置する弱体魔法『ンダ』は京太郎のパーティもよく使用しているからだ。そして、ランダマイザはその名の通り弱体魔法に位置づけられており、その効果は全能力の低下だ。

 

「すごいなこれ」

 

 攻防一体の術とはまさにこのことである。

 この術さえあればランダマイザを唱える工程を省き攻勢かもしくはカジャ系魔法でパーティの強化に務める事ができる。戦いにとって一手の優位とは馬鹿に出来ない。故にアンティクトンの強さに京太郎は心強さと共におそれを抱いた。

 それに気づいていないはずはないルキフグスだが。

 

「強力故に消費も絶大じゃが今回ばかりは問題あるまい」

 

 と、サラッと流した。

 

「マグネタイトが今も供給されているからか」

 

 正しく言うのであれば京太郎を経由してルキフグスにマグネタイトが注がれている。

 COMPではなく直接契約をしているためマグネタイト供給のパスが二人には存在しているからこその現象だ。

 

「しかし厄介じゃな。通常であればアンティクトンを使っておれば押し切れたじゃろう。しかしこれは」

 

 イザナミの腐った肉体が焼けてむせ返るような匂いがあたりに漂っている。

 少なくはない命を奪ってきた京太郎だ。ゾンビを焼いたことだってあるしそれ以外の存在も焼いてきた。当然焼いた匂いを何度も体験してきており耐性もついているはずだがそれでも吐き気を催す程の醜悪な匂いだ。

 しかし醜悪という言葉は匂いよりも目の前で起きている現象に言うべきである。

 イザナミの肉体が修復されているのは先程まで語ったとおりだが、その現象を彼らもじっくりとは見ていなかった。

 だからこそ見てしまったことに後悔した。

 イザナミの足元に黒い穴が生み出されたと思えばその穴から蛆やハエが湧いてできたのだ。それがイザナミの身体を覆い彼女の肉となった。

 

「……ぅ。これが黄泉平坂の住人になるってことなのか」

「そりゃイザナギも逃げ惑うわな。最愛の妻がこうまで醜くなれば千年の恋とて枯れ果てるじゃろうて」

 

 【イザナギ】という単語に気づいたのか。頭を抱えてなにやら唸り声を挙げたかと思えば虚空を仰いで叫んだ。「イザナギィィィ!」と。

 

 それを見た京太郎は思った。なんと哀れな姿かと。

 

「それだけ愛していたってことなのかな」

 

 愛憎という言葉があるように愛と憎しみとは表裏一体のものである。

 黄泉平坂の神話。イザナギとイザナミの終わりの物語とは即ち裏切りと別離だ。

 愛する妻を迎えに死後の世界へと降りていった夫が妻との約束を破り、醜悪な妻の姿を見て逃げ帰ったそんな話。裏切られた妻は愛が反転しこうして今日まで呪いを紡ぎ続けているのだろう。

 

「同情も良い。しかしわかっておるな?」

「わかってる。可愛そうだとは思う。でもだからって放っておくことなんてできない。呪言を放置したらそれこそ皆アイツみたいに大切な物を失うことになる。夫婦喧嘩のとばっちりなんてまっぴらごめんだ!」

「カカカ! その通りじゃな! ……ふむ。ここいらで手札交換をしたほうが良さそうじゃな」

「手札……?」

「火力が少々足りん。仲魔さえおればと思うがないものねだりをしても仕方があるまいし時間をかければ押し切ることもできるかもしれん。しかしそれでは被害が大きくなる。それは……彼奴らも気づいておるな」

 

 最大火力はアンティクトンだ。それで押し切ることはできてもそれで生き残るのが京太郎やライドウに巫女たちだけでは意味がないのだ。

 

「それで?」

「わしはイザナミの相手をせねばならん。あの巨体を力で止めることができるのはわしだけじゃからな。そしてイザナミの魔を払うは退魔士の役目よ。」

「でもそれは」

「うむ。主は一人であやつと対峙せねばならんじゃろう。しかし案ずることはないなにせ主は『須賀』京太郎……」

 

 と、なにかしら言葉を続けようとしたルキフグスだが、失笑をした。それは色んな人に取っての理由になるかもしれないが、自分にとっての理由では決して無いことに気づいて馬鹿らしくなったからだ。

 

「主であれば問題はあるまいよ。たった数ヶ月の付き合いじゃが今日までの歩みをずっと見てきた。だからこそ断言できる。わし……ルキフグスの召喚者たる主であれば過去の英雄の打倒なぞ問題ないとな。だから行って、証明してこい。デビルサマナー 須賀京太郎!」

 

 そう言われて出来ないなんて京太郎は、いや、男であれば言えない。

 深呼吸を一つして、助走をつけ京太郎はゆく英雄を打倒するために。 

 

 *** ***

 

 ライドウとスサノオ。二人の戦いもまた拮抗していた。

 スサノオの実力もあるのだが、実際のところで言えばなぜスサノオがこのような自体を容認したのかそれを理解できず対話をしていたのが原因であると言えるだろう。

 

「なぜこの様な事を許したのだ」

「すまねぇな、旦那。だがよ俺は英雄なんだよ」

 

 まるで矛盾する発言をするスサノオに業斗童子は眉をひそめる。

 

「であるならばなおさらだ!」

「旦那は勘違いしてるぜ。俺の英雄って称号は誰にとっての英雄だ? 人の? 神の? 人のだとすれば何時のだ? それは現在ってことはねーはずだぜ。今を生きる人は俺を英雄とは呼ばねぇさ」

「……主も時代を恨んでおるのか」

「そんなことはないさ。神の力を借りずに。いや、借りたこともあったろうがこうして力のない人が強大な力を得るに至ったんだぜ? 俺としては面白いことばかりさ!」

 

 神話に登場するとは思えない無骨な剣、天叢雲剣を振るう。ライドウはそれを受け止めることはせず退魔刀をすべらせるようにいなす。受け止めてしまえば如何にライドウの退魔刀といえど折れてしまう可能性さえある。

 

「でもな。それで納得するのは俺や姉貴たちのようなよっぽど消えそうにない連中だけだ。力は弱まるかも知れないが存在が消えることはない」

 

 神などに興味もない人々であってもアマテラスやスサノオと言った神々の名は知っているはずだ。知った切っ掛けはなんであれ知る機会が多くあるということである。だが……。

 

「人はどうしてもうつろうものだ。神への信仰だっていつしか薄れる時が来ると周りの連中も考えていただろうさ。けどな。実際に信仰が自然や神々から科学へ移り変わり、その影響の結果を知れば恐怖する。なんせ、昨日まで一緒に酒を飲んでいた奴が居なくなって……顔も名前さえ忘れちまうんだ」

 

 時間はうつろっていく。

 それがただ変わっていくだけなら神々も納得したはずだ。しかし現実は異なる。

 八百万と言う言葉があるように数多くの神々が存在する。中には人が神に例えられた者も居れば、自然現象や人が作った物さえ神に例えられることもあった。しかし現代に生きる人々はどれほどの神の名を答えることができるだろうか。

 平成と呼ばれる時代に至るまでにも名前を忘れられた神々は居るのだが昨今はその数が急速に増え始め、その現実に神々は恐怖した。

 

「うつろうものがうつろわざるものになることをも望む連中は居る。人や神も変わらないだろう、旦那。そして俺はそんな奴らの味方になると決めた」

「人の敵になろうとも英雄で有り続ける。か」

「俺みてぇな悪ガキを英雄と呼び慕ってくれてるんだぜ? 裏切ることなんて出来ないさ」

「だがそれを認めることはできない」

 

 力強く、拒絶するように振るわれたライドウの刀をスサノオは払うことなく受け止める。まるで言葉を受け止めるかのように。

 

「その世界は弱き人が生きては行けぬ世界だ」

 

 山や海のように人の手が入り込まない魔境は存在する。

 しかし科学が発達し人の生活範囲を増やすために開発を行った結果、夜であっても都市はネオンの光で輝き田舎であっても数多くの場所が光に照らされて闇と呼ばれる場所の数は減っていった。それは即ち神秘の減少と言っても過言ではないだろう。

 だがスサノオが望んでいる世界はそれから逆行する。夜から灯は消え闇が広がる即ち神秘の拡大である。だがそれは人の危害を加える存在の増加を意味する。

 

「問題はねぇ。俺たち神が人を護る。かつてのようにな」

「詭弁だ! その世界に人の自由などありはしない」

 

 最初は良いかもしれない。しかし、神にもプライドというものが存在する。もし自分たちの管理外の地区に自分の人が移動すれば多少なりとも思うところはできるだろう。そしていつの日か神は人を縛る。かつてのように。

 

 しかしスサノオはライドウの言葉を否定した。

 

「は! 自由? 今でもそうだろう。俺たちの秩序の中で生きるか、それともいま構築されている秩序の中で生きるか。それだけの違いでしかねぇ。そんで俺たちの考えは別々の、水と油だ」

「確かに自由とは秩序の範囲内にしか存在しないのだろう。それを逸脱すれば横暴となる。だが……人々が望まぬ秩序。それもまた横暴だ!」

 

 退魔の刀が神剣を弾きスサノオが退く。話は終わりだと言わんばかりに懐から取り出した拳銃がスサノオを居抜き、懐から取り出した封魔管を用いフツヌシが召喚され操られた剣は左右の腕を切り落とした。

 

「ぐっ……どけぇ!」

 

 放たれた突風がフツヌシとライドウに放たれ、フツヌシはライドウが吹き飛ばされぬように後ろへ移動すると支え、そして消えた。コウリュウを召喚し続けているライドウではフツヌシの召喚の維持ができたなかったのである。

 だがスサノオのダメージは軽いものじゃない。両腕を失った肩からはマグネタイトではなく赤い血を流しており人の身体をもつスサノオにとってみれば致命傷のはずだった。

 受けたダメージの大きさから倒れそうになる彼の身体を光が支えた。光はスサノオの懐から発せられており地面に落ちたそれは櫛だった。

 

「スサノオ!」

 

 緑の装束をまとった女性はスサノオに駆け寄ると落ちた腕を引っ付けて回復魔法を行使した。

 

「クシナダヒメか! 厄介だぞライドウ」

 

 クシナダヒメ。元々はヤマタノオロチの贄であったが、スサノオにより救われ妻と呼べる関係となった女性である。

 彼女一人では厄介とも言えないが問題はスサノオと。というよりは強力な悪魔と組んだ場合である。戦う力は少なくともサポートする力があるのだ。下手に力のある者が加勢に現れるよりも厄介であると言えるだろう。

 厳しい戦いになるかもしれないと気合を入れ直すライドウだが、そんな彼と対象的に焦ったスサノオが叫んだ。

 

「クシナダ! 何故来たんだ!」

「貴方が傷ついているからです」

 

 訴える言葉なぞなんのその。落ちた腕を拾い上げスサノオの肩に近づけるとクシナダヒメは回復魔法を行使する。

 

「こんな事に付き合う必要はない。お前はっ」

「いいえ。貴方に何を言われようとも意思は曲げません。苦楽を共にするのが夫婦でしょう?」

「お前……」

「ですから何を言われようとも私はここから居なくなりません。あの地に行った様にずぅっとお供します」

「……好きにしやがれ!」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、どこか嬉しそうな声をあげてスサノオは立ち上がった。

 

「わりぃなライドウ、旦那。英雄と呼ばれている身だ。一対一で戦うべきなんだろうがそうはいかなくなった」

 

 治った腕で天叢雲剣を構えライドウに向おうとしたした時だった。

 スサノオの視界が少しだけ暗くなり、その原因に気づいた瞬間腕を振り上げた。

 

「くそっ!」

「不意打ちとは卑怯だな! 須賀京太郎!」

「スポーツならともかく戦いにそんなの意味ないだろ」

「はは、違いねぇ!」

 

 振るわれ空中に弾かれた京太郎は追撃を避けるために電撃の壁を自身とスサノオの間に作り上げた。

 スサノオは追撃を諦めると突風を発生させ京太郎を吹き飛ばすが、空中で体制を整えなんとか風から抜け出てライドウの近くに降り立った。

 

「ライドウはあっちの相手を! 俺とルキフグスだけじゃ倒すのに時間がかかりすぎる」

「……! そういうことか」

 

 退魔刀を見て言った事により京太郎の意図を理解したライドウはルキフグスとイザナミの元へ向かおうとしたところで。

 

「ゴウト。須賀くんを頼む」

「む。しかし」

「私は彼の仲魔を借り受ける。だからというわけではないが……。決着は見届けるべきだ」

 

 十四代目の元仲魔であるスサノオとの決着を見届けるべきだと今代のライドウは言っているのだ。

 

「ゴウトに戦う力はない。だが、力になってくれるはずだ。頼めないだろうか」

 

 その頼みを京太郎は受け入れた。

 力強く頷く彼に満足そうに笑うと彼は、ゴウトを京太郎に肩へおき羽織っていた外套を取り外し京太郎に羽織らせた。

 

「ゴウトだけじゃない。君のことも護ってくれるはずだ。健闘を祈る」

「そちらも」

 

 ライドウが去る姿を京太郎は見送りスサノオと改めて対峙した。

 電撃の壁は既に存在しておらず、京太郎たちに攻撃を仕掛けることも出来たはずだが彼はしなかった。

 

「……クシナダを狙うことも出来たのに、そうはしなかった礼さ」

「そっか。でも俺はそれに感謝はしないし、コレ以降は彼女だって狙う」

「それでいい。戦いっていうのはそういうものだからな……さぁ来な! その名通り、俺を終わらせることができると思うな!」

 




下記は雑談

メガテン5はクリアしましたが、3Dマップが一番の敵であった気がします。
魔王城はそこそこ。あまり苦労しなかったですけどどちらかといえば各地区のマップの方がきつかった・・・

ソウルハッカーズ2はどうでしょうね。久々にヤタガラスとかデビルサマナーの世界観に浸れるのはいいと思うのですがうーむ


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