【完結】憧れの提督()になりました (はのじ)
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憧れの提督()になりました

01

 

 

 子供の時から不思議な体験をしていた。

 

 他の人には聞こえない声が聞こえた。ベットやテーブルの影に隠れて動く小さな小人たちが見えた。決して遠くない未来、人に似た姿形をとりながら、人間とは隔絶した巨大な力を持つ女性達との邂逅を確信していたり。

 

 事情を知らない子供だったから、それを口にして不思議がられたり、気味悪がられたり、何度か病院で検査を受けたりもした。

 

 分別がつく年頃になると、視界に映る小人をさらりと流しながら表面上は人付き合いが出来るようになっていた。

 

 人生が変わったのは大学受験を控えた、その冬一番冷え込んだ日だった。

 

 人類と深海棲艦との存亡をかけた戦いが始まったからだ。

 

 人類は終始劣勢だった。深海棲艦のファーストコンタクトからまたたく間に近海のシーレーンを失い、諸外国との通信は途絶。陸・海・空の三軍は深海棲艦に太刀打ち出来ず、指揮系統は寸断され、あっという間に瓦解した。

 

 この間、開戦からわずか一ヶ月。深海棲艦の上陸は許してはいなかったがそれは時間の問題でしかなかった。

 

 敵が何者かすら理解する間もなく日本は、あるいは人類は敗北しようとしていた。

 

 敗北が何を意味するのか?

 

 深海棲艦が何者かすら理解する人間が一人もいない事から、本当の意味で理解できる人間は一人もいなかった。

 

 交渉?

 

 文字通り白旗を掲げ、深海棲艦との停戦交渉に向かった政府の交渉団は出港直後に消息を断った。

 

 徹底抗戦を叫ぶ者、絶望する者、現実を放棄する者。

 

 ……そして人類の裏切り者。

 

 古い御伽話にあるように、生贄を用意し自分だけ助かろうとした者の数は決して少なくなかった。当時の日本が知らないだけでそれこそ世界中で同じ事例はあった事だろう。

 

 一応明記しておくが、そんな彼ら、彼女もただ一人として生き残っていない。深海棲艦の仕業ではない。同じ人類の手により粛清されたからだ。

 

 生贄は必要なくなった。人類に希望を齎す存在が突然として現れたからだ。

 

 艦娘の顕現だ。

 

 司令官、または提督と呼ばれる特殊な存在にのみ従う、旧海軍の軍船の名を持つうら若き女性達。

 

 見た目は美しい女性だ。しかし実質は違った。海上を歩き、艤装と呼ばれる特殊な兵装で深海棲艦と戦う姿はさながら戦乙女のようだと人類に絶賛された。

 

 艦娘はまたたく間にこれまで抑えれれていた近海を取り戻した。自らの提督を見つけると更に力をつけ、いくつかのシーレーンまで復活させた。

 

 艦娘は言う。

 

 未だ自らの提督が見つからない。私達に提督は必須だ。探すのに力を貸して欲しいと。

 

 人類は諸手を挙げて艦娘を歓迎し、提督探しに全力を上げて協力することになった。

 

 そうだ。人類は負けない。艦娘と提督がいる限り。俺たちの戦いはこれからなのだと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の膝の上で、瞳を猫のように細めて甘えてくる駆逐艦。おいおい、これじゃ仕事が出来ないじゃないか。

 

 心を鬼にして退かせようとするが、見つめてくる潤んだ瞳に負けてしまう。効率は悪いが今日はこのまま業務を進めよう。

 

 俺の後ろで秘書艦の戦艦が呆れたように、しかし、仕方のない人ね、と言わんばかりに優しげに小さく息を吐いた。

 

 秘書艦として少し際どい服装、いや艤装か? をしているため、正直、真正面で対峙すると性的に心臓が鼓動を早めてしまうが、彼女達の個性で有るため口にしても仕方がない。例え口にしたとしても、彼女たちの有り様を変える事は提督でも出来ないのだから、あるがままを受け入れるしかない。

 

 新しい仕事が入ったのか執務室の扉がノックされ駆逐艦が入ってきた。書類の束を抱えている。秘書艦の戦艦が受け取り俺に差し出した。

 

 露出の多い肌、白い、蝋燭のように白い肌を見せつけるようにして。

 

 彼女が纏う艤装の生地は全体的に透き通っている。長く艷やかな黒髪と同色のそれは、白い肌を一層引き立たせ、得も知れぬ色気を放っている。

 

 彼女は分かってやっている。挑発(誘惑)しているのだ。過去に何度か誘惑に負けた事がある。人間ではないが姿形は見目麗しい乙女なのだ。同意の上ならば何も問題なかった。業務に差し支えさえなければ。

 

 いや。一つ訂正しよう。

 

 膝の上で甘える駆逐艦に大人の分別のない姿を見せる訳にはいかない。

 

 俺は一部、硬く熱く滾った己を誤魔化すように膝の上の駆逐艦の頭を撫でた。駆逐艦は瞳を糸の様に細めて可愛い声で甘える。

 

 秘書艦の戦艦はそれすら分かってますよと慈母のように微笑んだ。

 

「ふむ……これはっ!」

 

 届けられた資料には驚くべき報告が記載されていた。

 

 敵との警戒ラインを形成している潜水艦達からの報告だった。

 

 敵がこれまで見せなかった動きをしている様だ。

 

 数個艦隊がとある島に集結しつつあり、それにともない物資の移動が目立つようになっていると。敵の警戒ラインが押し上げられ、潜水艦の哨戒行動が難しくなっているようだ。

 

 俺の驚きを感じた秘書艦が後ろから同じ書類を見ていた。肩に腕を回して俺の体を後ろから抱いていた。当然背中に当たる大きなおっぱい。

 

 俺は心を落ち着かせる為に膝の上の駆逐艦をさらに撫で回す。

 

「イキュー、イキュー」

 

 駆逐艦イ級がもっともっとと甘える。

 

 秘書艦の戦艦棲姫が俺の耳を唇だけで甘噛みしながら「ドウスルノ?」と熱い吐息を漏らしながら聞いてくる。

 

「イキュー、イキュー」

 

 禿げる勢いで撫でるイ級が嬉しそうに声を上げる。

 

 ぐりぐりと押し付けられる大きくて暖かくて柔らかなおっぱい。

 

 『イキュー、イキュー』と無くイ級の声が『逝く! 逝く!』と脳内変換されそうになって俺は椅子から立ち上がった。

 

「鬼と姫を全員集めろ!」

 

 白い頬を紅に染めていた戦艦棲姫の瞳が赤く輝いた。

 

「人間が深海棲艦(俺たち)の攻略作戦を発動した可能性が高い」

 

 戦艦棲姫は静かに一礼して執務室を出ていこうとする。俺はその背中に一部例外を追加した。

 

「バカンス中の集積地棲姫ちゃん、泊地水鬼ちゃん、戦艦仏棲姫ちゃんは呼び戻さなくていいから」

 

 我が鎮守府はブラックではないのだ。バカンスを楽しんでいる彼女達はそのままバカンスを楽しんでもらう。

 

 潜水新棲姫ちゃんだけは別だ。潜水新棲姫ちゃんは俺が直々に呼び戻す。装備込の雷装値二二五という数値は艦娘のハイパーモンスターズの北上、大井に匹敵する。艦娘を、いや提督という存在の心を折るのに無くてはならない存在だ。

 

 ごめんね。潜水新棲姫ちゃん。ご褒美は別で追加するからね。

 

 戦艦棲姫は分かっていると言わんばかりに形のいいお尻を振りながら執務室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は提督だ。

 

 目の前で人類に惨殺された人類の裏切り者を両親に持ち、深海棲艦を旗下におさめ人類と真っ向戦う深海棲艦の側に立つ提督だ。

 

 艦娘の登場で深海棲艦は一時敗北に敗北を重ねた。

 

 深海棲艦に連携という概念はない。個のスペックでは艦娘を凌駕する姫や鬼も連携して戦う艦娘相手に敗北を重ね、支配していた幾つかの海域を失うに至った。

 

 俺には提督の資質があった。それは深海棲艦を指揮する資質だった。

 

 俺は、艦娘に敗れて大怪我をした戦艦棲姫と契約を結んだ。それは魂を結ぶ契約だった。その日から俺は深海棲艦を率いる提督となった。

 

 それから数ヶ月。艦娘擁する人類の快進撃は止まった。今は戦線は膠着している。これからどうなるのか。それは神のみぞ知ると言ったところか。

 

 あと、気がついているかも知れないが俺は転生者だ。

 

 艦これというブラウザゲームがあった世界からこの世界に転生した。前の人生の最後がどうだったか覚えていない。興味もない。

 

 人類側で艦娘を指揮する提督の数は一〇〇人近い。恐らく彼らも転生者だ。そうとしか思えない行動をしているから間違いないだろう。

 

 ゲームとは当然違う。だがゲームに似た部分は確かにあるのだ。そこを突けば、艦娘の進軍速度を止めるどころか大本営の戦略そのものを覆すことが可能になると俺は確信している。

 

 深海棲艦に感情がないと思っているだろうか? そんな事はない。彼女たちは艦娘に負けず劣らず感情豊かだ。それこそ立ち位置の差だろう。

 

 人間からすれば気味の悪い姿をしているかもしれない。しかしそこは味だ。個性だ。慣れれば可愛いものだ。特に膝の上で「イキュー、イキュー」と鳴く駆逐艦。

 

 心から慕ってくれるのだ。どうして見捨てる事が出来ようか。

 

 深海棲艦と人類、いや艦娘との戦いは開戦してからまだ一年が経過したに過ぎない。艦隊これくしょんというゲームで言うと二年目に突入したばかりだ。

 

 深海棲艦と艦娘の戦いはこれからが本番と言えよう。

 

 まずはこの一戦。負けるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02

 

 俺は深海棲艦提督。

 

 日本から遙か南。絶海の孤島に建設された深海棲艦鎮守府の執務室で深海棲艦を指揮する唯一無二の提督だ。

 

 今日も今日とて人類の魔の手から海と陸を奪取すべく執務中だ。

 

 今日の秘書艦は戦艦レ級だ。

 

 顔文字で書くと『<(゜∀。)』で有名なレ級きゅんだ。

 

 姫でも鬼でもなく、大本営が深海棲艦を分析してわかり易くイロハ順で分類し、上から順に割り当てた文字が『レ』なのでレ級。捻りはない。

 

 艦娘も同じだが、鬼や姫ともなると二人として同一の存在が同時に在る事は出来ない。存在自体がユニークなのだ。

 

 イ級やロ級と分類された深海棲艦は簡単に言うと量産型だ。深海棲艦で殆どを占めるのは彼女達だ。

 

 つまりレ級は量産型。

 

 イ級、ロ級、ハ級、ツ級、ヲ級、ナ級、リ級と同じ量産型である。

 

 レ級きゅんはスナック感覚で気楽に出撃させることが可能だ。

 

 今日の秘書艦のレ級きゅんはただのレ級ではない。

 

 近代化改修と改造を済ませてある。つまり一言『エリレ』で呼称される戦艦レ級エリートだ。

 

 目が赤い。狂気度が増している。笑顔が可愛い。ベットの上では意外と恥ずかしがり屋で主導権を握らせた事がない。

 

 特徴は色々あるが特筆すべきは先制雷撃攻撃がぶっ壊れ。

 

 運にもよるが相手が超弩級戦艦だろうがなんだろうが直撃すれば一発で大破まで持っていけるポテンシャルの持ち主だ。

 

 艦娘の艤装のせいで一発轟沈は難しいが、レ級エリートを並べるだけで人類側の提督の心を折ることも可能だ。

 

 『飛び魚艦爆』という名の対空値を持った爆撃機を搭載し、敵の編成次第では一人で制空権を確保することも可能。もやは戦艦と言えぬ何かだ。

 

 しかもエロい。見た目もエロい。誘ってんのかと言わんばかりの艤装だ。胸元から臍にかけて大きく開いたコート型の艤装。胸はビキニにも見える黒のブラ。

 

 瞳だけでなく露出した肌まで紅潮させ、俺の服の裾を指先で摘んだままベッドまで誘う姿は、艦娘だけでなく俺の自制心も大破させる。

 

 え? 前回の艦娘の侵攻?

 

 戦艦レ級五人と潜水新棲姫ちゃんを初戦で並べて配置したら、一週間の膠着期間を経て撤退した模様。

 

 今は力を貯めるべきだと思っている俺からすれば助かったが、各地から呼び寄せた鬼や姫からはひんしゅくを買った。彼女達も活躍したかったに違いないのだから。

 

 ただこの作戦は常時使えない。

 

 なにせまだ戦艦レ級エリートは数が少ない。五人しかいないからだ。

 

 ただのレ級、ノーマルレ級は結構いる。しかし改造出来る練度まで届いていないのだから。

 

 結果的に他の戦線に穴をあける事になったが、人類側も戦力を集結させていたため、気づかれる事はなかった。実際、大本営が仕掛けた作戦が囮で他の戦線に攻められていたらいくつか海域を失っていたかもしれない。

 

 これは俺の反省点だ。

 

 俺も提督一年生。しかも上司はいない。参考に出来るデータもない。失敗が即負けに繋がるかもしれないのだ。今後はしっかりと戦線に穴が出来ないよう、深海棲艦を育てる必要がある。

 

「……演習結果……」

 

 レ級きゅんが本日まで演習の記録データを提示した。

 

 そう演習だ。深海棲艦が演習をして何が悪い。眼の前の戦艦レ級エリートも演習を繰り返して改造をした結果生まれたのだ。

 

 深海棲艦は一部を覗いて練度という概念がなかった。

 

 一部というのは潜水艦だ。それ以外は練度は最低限の一。

 

 俺は深海棲艦に演習という概念を持ち込んだ。

 

 結果、練度一〇を超えた潜水艦は先制雷撃を覚えた。

 

 回避率と命中率の向上に繋がった。

 

 一定の練度に達した深海棲艦が改造出来るようになった。

 

 新しい装備が増えた。

 

 ノーマルからエリートに。エリートからフラグシップに。フラグシップから改エリートに。改エリートから改フラグシップに、着々と準備を進めている。

 

 まだまだ先は長い。演習だけでは足りないかもと焦る気持ちはあるが、各戦線で膠着状況が続くのは人類にとって都合がいい反面、深海棲艦にとっても都合がいいのだ。

 

 各戦線から送られる報告書を纏め、当分大規模な艦娘の侵攻がなさそうなのが今日の一番の成果だろう。

 

 ひざの上で駆逐艦が「イキュー、イキュー」と甘えている。

 

 和む。

 

 各戦線に指示を送る指示書を作成すれば今日の業務は落ち着く。

 

 それを察したのか、戦艦レ級エリートが俺の後ろに周り制服の裾を指先でちょこんと摘んだ。

 

 ここからは見えないが、痴女と思わんばかりに露出した肌は、瞳に負けず劣らず赤くなっている事だろう。

 

 深海棲艦は思っている以上に感情豊かなのだ。

 

 深海棲艦の戦意高揚は深海棲艦提督の大事な業務の一つだ。おろそかには出来ない。

 

 次回はその辺りについても語ることにしよう。

 

「イキュー、イキュー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

03

 

 

「……撤退?」

 

 今日の秘書艦は空母棲姫だ。ゲームではアイコンを見ただけで恐れられ、その恐怖の記憶から『空母おばさん』やら『ババア』などと呼ばれて、少しでも溜飲を下げようとされていた深海棲艦だ。

 

 同じ現象は潜水新棲姫ちゃんでも起こっている。

 

 『クソガキ』と呼称することで、恐怖を少しでも抑えようとしていた。

 

 空母棲姫は実際にはおばさんでもババアでもない。

 

 勝ち気な少し吊目がちな赤い目がチャームポイントだ。肌と同じ真っ白なサラサラと流れる髪を一部サイドテールにまとめ、見た目も若くお姉さんだと言ってもいい可愛らしい見た目をしている。

 

 一つだけ問題なのは艤装だ。セーラー服タイプの艤装は所々大きく破れているように見え、大胆に肉感豊かな肌を晒している。スカートは半分以上無いと言ってもよい。

 

 手足を覆う鎧型の艤装も似たようなもので一部を残して砕けている様にも見える。実際には違うのだが。

 

 目のやりどころに困る深海棲艦の一人である。

 

 戦闘に於ける彼女の特徴は火力とその制空力だ。有り余る火力で相手が誰であろうと直撃すれば大ダメージを与え大破は必至だ。

 

 火力は落ちてしまうが、装備の編成次第で艦娘の正規空母複数相手に制空権争いで正面から真っ向勝負が可能だ。

 

 上記二つに隠れがちだが、何気に対空にも強い。

 

 弱点は中破してしまうとただの置物になってしまうことだが、それは艦娘の正規空母も変わらない。攻撃出来なくとも制空権争いは十分可能だ。

 

 そして意外と勘違いしがちなのが空母棲姫とは別に空母棲鬼は別にいると言うこと。似ているが別の深海棲艦である。

 

 正確にいうと空母棲鬼を改造すると空母棲姫になった。

 

 大鯨と龍鳳みたいな関係だ。

 

 空母棲鬼は鬼なので量産が出来ず、空母棲鬼を改造して空母棲姫にした途端に空母棲鬼が一人だけ建造に成功した。

 

 きっと艦娘にも大鯨と龍鳳の二人が存在することになるんだろう。

 

 その空母棲姫が大胆に破れたスカートで大事な場所を器用に隠しながら聞いてきたのが冒頭のセリフだ。

 

 フリフリと揺れる破れたように見える艤装の生地がエロい。

 

「そうだ。撤退だ」

 

 俺は空母棲姫の言葉を肯定する。

 

 まだ満足のいく戦力が整っていない現状、全戦力を投入する本格的な戦闘は避けたい。一大決戦をする時は勝利を確信した時だ。

 

「どうしてっ!」

 

 日本の領海、それも陸にほど近い近海と呼ばれる海域は艦娘によって初期の段階で奪取されている。取り返されたと言い直そう。

 

 人間が所持する通常兵器は艦娘にも深海棲艦にも通用しない。これは経験則で分かっている。細かい理屈はあるのだが、今は関係ないのでポイだ。

 

 つまり敵は艦娘のみに絞り込めばよい。もちろん艦娘の背後で補助という形で戦闘に参加しているが直接的な脅威で言えば無視出来る。

 

「落ち着け」

 

 顔を真赤にさせ、頭から湯気が出るのではないかと怒りぷんぷんの空母棲姫の破れた様にみえる艤装の隙間から手を差し込んだ。

 

 柔らかくてあったかいなりぃ。

 

 この程度では怒られない。むしろウェルカムの深海棲艦は多い。

 

 空母棲姫の破れた様に見える艤装も半分以上は俺に向けたアピールなのだから。

 

 十分に柔らかさを堪能した後には、別の意味で顔を赤くした空母棲姫が黙って話を聞いてくれる準備が完了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 制海権を取り返された日本近海に深海棲艦が全くいないというわけではない。むしろ適度にいる。

 

 イロハで言うところの、イ級、ロ級、ハ級、ホ級、カ級である。

 

 駆逐艦、軽巡洋艦、潜水艦の三種だ。

 

 艦娘攻略用ではない。情報収集としてだ。嫌がらせ的な部分もある。イ級と言えど、人間相手には絶大な力を持つのだから。

 

 だがふと気がついた。

 

 これは練度の向上の経験値として献上しているようなものではないかと。もちろん微々たるものかも知れない。だが経験の浅い艦娘には絶好の相手だ。

 

 理由はこれだけではない。むしろ次が本題だ。

 

 あれだ。

 

 敵が強かったらどうする? 練度を上げてから攻略する? 勿論そうだろう。練度が上がれば攻略も楽になるだろう。

 

 他には? 装備を改修する? 深海棲艦側もやってるな。

 

 他には? 有るだろうあれが。手間はかかるが絶大な効果を発揮するあれが。

 

「どう考えても、暁が一番ってことよね!」

 

「どう考えても、暁が一番ってことよね!」

 

 イ級に二度勝利することで気楽に戦意高揚(キラキラ)してしまうのである。

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

 潜水艦のカ級に四度の勝利で最大の戦意高揚(キラキラ)しちゃうのである。

 

 システム的に戦意高揚(キラキラ)がある訳じゃない。艦娘とて豊かな感情を持っている。勝てば嬉しく負ければ悔しく気分は上下する。ましてや艦娘は戦うために生まれた存在。

 

 戦闘に勝利すれば嬉しさも一入だろう。

 

 実際に戦意高揚(キラキラ)効果は存在する。深海棲艦との夜戦で彼女たちは戦意高揚(キラキラ)だ。体が輝いて見えるわけではない。表情は輝いているが。

 

 そんな日はいつもより楽に艦娘の撃退に成功する事が多い。

 

 飽くまで本人の感想であるが。

 

 艦娘の提督も戦意高揚(キラキラ)効果は十分に理解しているだろう。

 

 つまり日本近海で、情報収集の為に向かわせているイ級達は敵に塩を送っている可能性が非常に高い。

 

「……イキュゥ……」

 

 膝の上の駆逐艦イ級が力なく声を上げた。

 

 おっとこれは失敗だ。俺はイ級を責めている訳ではない。もともとこの配置は何も考えず初期の配置から動かさなかった俺の責任なのだから。

 

 俺はイ級を撫でる事で君たちに責任はないよと教えてやる。

 

「でもっ! ただで撤退する訳には!」

 

 空母棲姫も引かない。艦娘の動きを知る上でこれまで十分に活躍してくれていたのだ。完全撤退してしまえば、それこそ初動に遅れ、艦娘に対してアドバンテージを一つ失ってしまう。それに提督にいいところを見せたいのは艦娘も深海棲艦も同じだ。

 

「言い方が悪かったな。撤退ではなく配置変更なら納得してくれるか」

 

「イキュー! イキュー!」

 

 おっと撫で回している内にイ級の機嫌も戻ってきた。可愛い奴だ。

 

「配置変更?」

 

「そうだ。これを見てくれ」

 

 俺は日本近海の海域図を取り出して代表的な深海棲艦の編成図と見比べるように空母棲姫に言った。

 

「これをこうする。そしてこうだ!」

 

「そ、そんな……そんな事をして何の意味が……」

 

 ゲームと違う世界だ。しかし確実にゲームと似た部分はあるのだ。効果があるに違いない。

 

 ショックを受けた様に見える空母棲姫の破れて一見ボロボロにも見えるスカートがぱさりと床に落ちた。彼女の大事な部分は執務机の上に置かれた置き時計が上手く隠して見えない。

 

 しかしそんな事は関係ない。もう何度も見たそれは俺の脳裏に焼付き、クワっ! っと目を見開く事で見えているも同然なのだから。

 

 ちなみに深海棲艦の艤装は完全に制御されているので、心にショックを受けたとか、そんなちゃちな理由でぱさりと落ちる事はない。

 

 ただ誘われているだけだ。

 

「そうだな。結果を楽しみにしておこう」

 

 俺は早速、指示の為に配置変更の命令書を書き上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、結果は出た。それもしっかりと数値に出る形で。

 

 その結果報告が書かれた報告書を見た空母棲姫の破れて一見ボロボロにも見えるスカートがぱさりと床に落ちた。

 

 彼女の大事な部分は執務机の上に置かれたペン立てが上手く隠して見えない。

 

 見え見えだが深海棲艦提督として今日も夜戦に励む必要があった。

 

「ふむ。これはなかなかの結果だ」

 

「イキュー! イキュー!」

 

 膝の上の駆逐艦イ級も喜んでくれている。

 

 報告書は深海棲艦の被害が目に見えて減った事を示していた。

 

 艦娘との戦闘は膠着状況に陥ったと言っても全くない訳ではない。むしろ戦闘は毎日ある。その上で膠着しているのだ。

 

 そして日々の戦闘で被害は確実に減っていた。

 

 そして数値として出ない艦娘から時折感じる謎の圧力という不思議現象の減少。これも参考程度だが聞き取りという形で追記されていた。

 

「でもどうして?」

 

 空母棲姫がほぼ半裸だといってもいい胸を揺らしながら首を捻っている。隠しきれていない右胸の先端は窓から差し込む太陽の光が上手に隠していた。

 

「つまりこういう事だ」

 

 俺が指示した事はこうだ。

 

 わかり易く言うと、所謂ゲームで言うところの海域1-1のAマスから深海棲艦を撤退させた。代わりにBマスに九人まで増えたレ級エリート達からローテーションで一体、1/256の確率で出現するよう指示しただけだ。

 

 確率に意味はない。なんとなくだ。

 

 もちろんレ級エリートは艦娘達にとって脅威だろう。だが数で叩かれれば勝負にならない。戦艦、空母に囲まれればあっという間に敗北するだろう。

 

 あくまで稀に。そして脅威がある場合は何があろうと出現しないように徹底させた。

 

 結果は覿面。艦娘達は気楽に戦意高揚(キラキラ)出来る海域を失ったのだ。そしてレ級エリートを狩ろうと本気の編成を組めば、徒労と共に大量の資源を失う。

 

 無能な提督の指示で運良くレ級エリートに遭遇しなくともこわごわと一戦のみの戦闘を行っても艦娘に残るのは戦意高揚(キラキラ)どころか点滅(疲労)のみ。

 

 俺は同じ事を所謂ゲームでいう所の1-5に当たる海域でも同じ事をした。A、D、Eマスに該当する海域から潜水艦カ級を撤退させ、Fマスに低確率でレ級エリートが出現するようにしたのだ。

 

 艦隊これくしょんというゲームを知らない人類、艦娘は近海から大きく深海棲艦の数が激減した事を喜んだ。大本営も同じだ。脅威は少ないほうがいい。

 

 おかしいと感じたのは艦娘の提督達だけ。それはそうだ。彼らも艦これを知っていて、お気楽に戦意高揚(キラキラ)が出来るポイントが減ったのだから大問題だろう。

 

 深海棲艦の動きがおかしい、これは罠だと大本営に訴えても簡単には通じない。表面上は日本近海から深海棲艦の数が減ったのだから。代わりにエリレ級きゅんが稀に出現するが、レ級きゅんが相手をするのは、少数編成で現れた艦娘のみ。人間には手を出さないよう言ってある。

 

 真剣になった艦娘の提督達が大本営に掛け合い重編成で出撃しても徒労に終わるのだ。そんな事を繰り返していれば資源が潤沢でない日本はあっという間に干上がってしまう。人類はまだまだ潤沢に資源を使えないのだから。

 

 無理を通して重編成を繰り返すのもいいだろう。果たして提督は、後ろ盾になっている大本営は世論に耐えられるだろうか。国内の復興に当てる資源まで使っては国民に反感を買うだろう。

 

 しょせん戦意高揚(キラキラ)は提督だけが経験則として分かっている事なのだから。

 

 無駄に資源を食いつぶせばそれもよし、しなくてもそれもよしだ。

 

 どちらにしろ深海棲艦に損はない。

 

「わははははは!」

 

「イキュー! イキュー!」

 

「ふふふ」

 

 執務室に深海棲艦提督と駆逐艦イ級、昨日の夜戦で戦意高揚(キラキラ)となっている空母棲姫の笑い声が響いた。

 

 そう。俺は失念していた。

 

 深海棲艦もお気楽な手段で簡単に戦意高揚(キラキラ)になるという事を。

 

 深海棲艦に出来るのなら艦娘とて同じだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

04

 

 

「いかんでしょ! 憲兵さん何してるの!?」

 

「……イキュゥ……」

 

 おっといかん! 駆逐艦イ級を驚かせてしまった。反省だ。

 

「……提督ぅ……」

 

 俺の膝の上に座り、執務机に広げていた大きな紙にお絵かきという秘書業務をしていた今日の秘書艦、北方棲姫ちゃんがつぶらな瞳にこれまた大きな涙を浮かべていた。

 

 ほっぽちゃんを泣かせる奴は何人たりとも許すわけにいかん。誰だほっぽちゃんを泣かせた奴は。はい俺です。マジごめんなさい。

 

 俺は手にした報告書を片手に、艦娘との新たな戦いについて考える必要が出来た事に頭を悩ませる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端はこうだ。

 

 ほっぽちゃんに遠慮して俺の膝をゆずった駆逐艦イ級は、お絵かきをするというほっぽちゃんの大事な秘書業務を邪魔せぬよう、書類を精査・振り分け、各所に提出。お茶を入れたり、データを纏めたり、ほっぽちゃんのお絵かきを手伝ったりとそれとなく提督業をサポートしてくれていた。

 

 ほっぽちゃんは俺の膝の上でお絵かきに集中し秘書業務を遂行していた。

 

 そして新しく届けられた書類をイ級が新たに振り分け、最優先として目を通すよう渡された書類。そこに驚くべき事実が記載されていたのだ。

 

 ――艦娘に戦意高揚(キラキラ)の兆候あり

 

 それだけなら驚くべき事ではない。これまでも戦意高揚(キラキラ)状態の艦娘はいたし、資源と高レートで生産可能な間宮・伊良湖の甘味の材料は製造可能な事は確認済みなのだ。

 

 精査出来ていない海域で戦意高揚(キラキラ)も十分可能だろう。

 

 資料に目を通していく内に俺は信じられないとばかりに汗が額を流れていくのを押さえられなかった。

 

 イ級が汗を拭ってくれなければ、ほっぽちゃんのお絵かきしている紙に汗が滴り落ちていたかも知れない。

 

 キラキラの兆候ありと報告された艦娘は今のところ以下だ。

 

 谷風を除く第十七駆逐隊の駆逐艦三人。浜風、磯風、浦風。

 

 朝潮型から峯雲。綾波型から潮。

 

 秋月型は全員。秋月、照月、初月、涼月。

 

 フレッチャー級のジョンストン。

 

 以上だ。

 

 共通するのは全て駆逐艦だ。そこに戦艦も空母も重巡もいない。

 

 そして新しく目を通すようイ級に渡された資料に、艦娘は新たな戦意高揚(キラキラ)ポイントは発見していないとある。深海棲艦を連続で倒して戦意高揚(キラキラ)するのだから、簡単な調査で分かる事だ。

 

 彼女たちは数日連続して戦意高揚(キラキラ)だったという。

 

 新たな戦意高揚(キラキラ)ポイントはなく、連続の戦意高揚(キラキラ)は高レートで資源を消費する間宮・伊良湖方式では現在の日本では困難であると言わざるを得ない。

 

 日本近海の戦意高揚(キラキラ)ポイントを潰した現在、お手軽に戦意高揚(キラキラ)なんで出来るはずが……

 

 そのとき天啓を得たかの如く俺は答えを導き出す事に成功した。

 

 答えは簡単だった。

 

 駆逐艦、巨乳、お気軽戦意高揚(キラキラ)に成功……

 

 奴ら(艦娘の提督)、駆逐艦との性交に成功しやがった……

 

 ロリ巨乳限定で……

 

 そして冒頭に戻るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 っていうかこの世界に憲兵さんはいるのか? というよりゲームの中に憲兵さんがいた記憶がない。攻略Wikiには良く出現していた。ネタとして。

 

 よくよく考えれば憲兵さんの存在はロリコンに対するネタで二次創作の可能性が高い。

 

 いやいるよな? 軍隊に憲兵はつきものだ。軍とは別に独立した指揮系統を持ち、軍の犯罪に対する捜査権を持つ憲兵さん。いないと軍ってすぐ腐敗しちゃうよ? いるよね? いるって言ってくれ。

 

 いや。例えいたとして、人間ではない艦娘と艦娘に絶対的な指揮権を持つ提督を捜査対象に出来るのか? 提督がいないだけで艦娘の戦力は半減すると言っていい。モチベーションだだ下がりになるのだから。

 

 それ以前に人間の法律が艦娘に適用されるのかという初歩的な疑問がある。まぁないだろうが艦娘が殺人を犯しても艦娘は人間ではないのだから倫理的にどうあれ法は適用されないだろう。超法規的措置は当然考えられる。

 

 そもそも私達致しましたなんて報告する義務はない。こっそり夜戦するだけなのだから。俺もしてる。こっそりでもないが。

 

 見た目もあり倫理的な問題はあるだろうが、よくよく考えれば法に触れているわけでもなくお手軽に戦力の充実が図れるのだ。しかも人類は生存戦争の真っ最中。誰が問題とするだろう。

 

 教育委員会か? 人権団体か? フェミニストか?

 

 問題とするのは深海棲艦たる俺たちだ。

 

 まぁなっちまったもんは仕方がない。対策はおいおい考えるとして……それにしても、駆逐艦限定とは……提督とは業が深い生き物であることよ。

 

 俺はほっぽちゃんを見る。ほっぽちゃんも俺を見る。

 

 ニコリと微笑まれた。

 

 背伸びしがちな年頃のほっぽちゃんの下着は意外性の黒だ。しかも紐パン。面白がった戦艦棲姫の仕業だ。だがそれだけだ。ほっぽちゃんは見た目通り中身もおしゃまなお子様だ。ちょっとした季節毎にある風物詩のイベントで一喜一憂する可愛らしい女の子だ。

 

 だが戦闘力は侮れない。

 

 順次改装を進めているが深海地獄艦爆と呼ばれるたこ焼きに似た強力な艦上爆撃機を駆使する空爆は舐めてかかればとんでもないダメージを受けることになり、戦艦ル級に匹敵する砲撃は、艦娘の駆逐艦など簡単に吹き飛ばしてくれる。

 

 某漫画ではないが変身形態を残しており、窮地になれば能力が増大する事を確認している。

 

 彼女も深海棲艦の姫級であり、ちゃんと戦力として計算できるのだ。

 

 しかし弱点がはっきりしており、対策をされると苦戦は必至となる。

 

 なので出撃するときは対策が取りにくい編成を考える必要がある。

 

 節操なく深海棲艦と夜戦する俺もほっぽちゃんは無理!

 

 無理無理無理無理かたつ無理!

 

「イキュー」

 

 すまん。いくら可愛いイ級でもいろんな意味でお前も無理だ。

 

 

 

 

 

 

 

 対策が見つからないまま、数日が過ぎた。

 

 戦意高揚(キラキラ)状態とは言え、相手は駆逐艦。被害はあるものの、戦艦・空母の様に目立った被害の拡大は確認されていない。

 

 紳士揃いの艦娘の提督に感謝すべきなのか、それとも艦娘の提督は別の問題を抱えているのか。

 

 いずれにせよ諜報という点ではお互いに完全な諜報活動は無理なのだ。しばらく様子を見るしかないと思っていた矢先。

 

 新たな戦意高揚(キラキラ)状態の艦娘が現れた。

 

 大鳳型  一番艦 装甲空母 大鳳

 

 龍驤型  一番艦 軽空母  龍驤

 

 祥鳳型  二番艦 軽空母  瑞鳳

 

 春日丸級 一番艦 軽空母 春日丸

 

 大鷹型  四番艦 軽空母  神鷹

 

 おわかりだろうか? 俺は直に理解した。

 

 この艦娘の提督の嗜好は駆逐艦の提督とはまた違った方向性を持ったものだと。

 

 この日、この海域での戦闘は深海棲艦側が敗北し、戦線を少しだけ下げる結果に終わった。

 

 勿論致命的なものではない。戦争は膠着状態に入っているのだ。たった一戦でどうこうなるものではない。

 

 しかし敗北には違いない。俺は先日改造を済ませた戦艦棲姫改に慰めてもらおうと夜戦に勤しもうとしたが、純粋な気持ちで一緒に寝ようと枕を抱えてベッドに潜り込んだほっぽちゃんと三人で川の字で寝たのだった。

 

 艦娘の提督達の業はやはり深いと再認識しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

05に続く



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05~

05

 

 俺は深海棲艦提督。

 

 日本から遙か南。絶海の孤島に建設された深海棲艦鎮守府の執務室で深海棲艦を指揮する唯一無二の提督だ。

 

 今日も今日とて人類の魔の手から海と陸を奪取すべく執務中だ。

 

 シビリアンコントロールを大原則として大本営は日本の政府の管理下にある。元帥だ、大元帥だと持て囃されても、政府から派遣されるたった一人の政務官に頭が上がらないのである。

 

 税金から給料と名の報酬を受け取っている以上、これは当然の事でありこの原則を破った瞬間から大本営は組織の運営自体が成り立たなくなる。

 

 クーデーターだ、革命だと息巻いても大本営に帰属する人間は日本全体から見れば圧倒的マイノリティだ。

 

 艦娘に向けられている人気を自分たちの人気だと勘違いした時点で日本政府も大本営も崩壊の道をたどる事だろう。

 

 今の所、目に見える危機、つまり深海棲艦の猛威があるからその気配はないが、慢性的に戦争状態が続き危機感が薄れると、勘違いや慢心で内部闘争を勝手に始めるだろう。

 

 そんな事はないだって? 人類を馬鹿にするな?

 

 そうだね。

 

 ちなみに俺は前回負けた腹いせに津軽海峡に深海棲艦の艦隊をチラチラと二週間程展開させた。青函トンネルは開戦初期に海水に沈み、物資の供給は空路か海路しかない。

 

 燃料の確保や深海棲艦の危険性から民間の空路は耐えて久しい。

 

 輸送は海路が主流だ。一部空軍。

 

 艦娘の主力軍とにらみ合うこと二週間。その間物資の輸送は日本海側から大回り。駆逐艦イ級達と潜水艦カ級が先制魚雷をぶちかましながらのちょっとした嫌がらせのおまけ付き。

 

 これだけで北海道では暴動が発生し、政府は対応に追われ、野党から危機対処能力がないと突き上げをくらいメディアが連日それを煽った。

 

 人間って素晴らしい。

 

 話が逸れた。

 

 艦娘の提督達も、俸給を頂く以上立場上は公務員だ。艦娘を指揮する事が出来る唯一の存在という立ち位置である以上、軍行動以外に政治的な立ち位置も求められる。

 

 局地戦闘だけを考えていられる立場ではないのだ。本人が求む求めないに関わらず。

 

 ここで艦娘について考えてみよう。

 

 人間ではない艦娘に当然人権はない。しかし艦娘の思考・嗜好は人間とほぼ同一であると言って良い。好き嫌いはあるし、食事もする。衣食住の確保は必須である。

 

 提督が養うのか? 公務員である以上規定を超えた俸給が支払われる事はない。つまり提督が艦娘を養う事は不可能。食事だけなら問題ないだろう。住居は? 衣服は? 弾薬は? 燃料は?

 

 税金で養うしか手はないのだ。

 

 実際には異常な速度で可決された法律が艦娘の立場を担保している。

 

 艦娘に俸給はある。維持費という名目で。

 

 宿舎は大本営が管理する艦娘保管庫という名の寮。

 

 上記から提督に従い戦う艦娘の所有権は国家にあり、管理は大本営に一任されている。国民の税金で賄われる以上仕方のないことである。

 

 提督は艦娘の所有権は自らにあると思っている事だろう。実際には法的にも国家だ。そして管理を任されているのが大本営。

 

 国家と大本営と提督。

 

 艦娘の所有権は国家にあると当たり前に考える政府。

 

 管理を任され、実際命令一つで作戦展開出来る大本営。

 

 ゲーム感覚で自分のものだと思っている提督。

 

 思惑が完全に一致する事はない。

 

 戦いが膠着状況に陥っている理由は他にいくつもあるが、人間側の都合も理由の一つにあると言ってもいい。

 

 つまり何がいいたいかというと、戦況は深海棲艦に圧倒的に有利だということだ。

 

 艦娘は強い。一部を除き量産型深海棲艦では全く歯が立たないほどに。

 

 今は力を貯める時だ。時間は深海棲艦に味方する。

 

 深海棲艦に守るべき人間はいない。圧倒的な戦力を持つ艦娘であっても二〇〇を超える程度の数では日本全域を緊密に守る事など不可能なのだ。

 

 圧倒的な力を持っていたとしても、艦娘は守るべき人間に鎖で縛られ十全に戦う事など出来ない。

 

 提督を求め、指揮下に入った時点で決して逃れられない宿命だ。

 

 いや一つだけ訂正しよう。

 

 二百を超える艦娘を指揮する一〇〇人近い提督に対して深海棲艦提督はたった一人。

 

 こちらの本拠地がバレて、被害度外視でバンザイアタックを繰り返されたなら流石に勝てない。転生した艦娘の提督にそんな作戦は取れないだろうから仮定の話ではあるが、人類に勝ち筋は現時点で十分にあるとだけ断言しておく。

 

 俺は深海棲艦にとってアキレスの踵だ。

 

 俺という提督を得た時点で、無秩序に戦うだけだった深海棲艦にも守るべき存在が出来てしまった。

 

 それは深海棲艦にとって致命的とも弱点になる程に。

 

「イキュー! イキュー!」

 

 よしよし。

 

 膝の上の駆逐艦イ級を撫でて一休み。少しは休めと今日のイ級ちゃんはちょっとお冠。

 

 いいタイミングで今日の秘書艦である軽巡棲姫ちゃんがお茶を淹れてくれた。ありがとう軽巡棲姫ちゃん。

 

 礼を言われて、お盆を胸に抱えて照れる軽巡棲姫ちゃん。袖なしセーラー服の脇が今日もエロい。あんなマスクでちゃんと前が見えているのが不思議だ。

 

 夜戦で外してもらったが、ただ恥ずかしくて目を合わせられないだけだと判明。試しにつけてみたが俺だと全く何も見えない。本人は見えているとの事。艤装は不思議技術てんこ盛りですわ。

 

「いい天気だねぇ」

 

 席を立ち執務室の窓側に移動した。

 

 窓の外を見ると真っ赤な海が目に眩しい。普通の人間なら一〇秒で血を吐いてあの世行きの死の海だ。

 

「……はい」

 

 いつの間にかとなりに寄り添い、恐る恐る頭を俺の肩に預ける軽巡棲姫ちゃん。かわゆす。

 

「イキュー! イキュー!」

 

 そうだね。まったく駆逐艦イ級には敵わないな。

 

 そうやって俺たち三人は窓の外をしばらく無言で眺めていた。

 

 今日もどこかの海で深海棲艦と艦娘は戦っている。

 

 青い海を血の朱に染めながら。

 

 

 

 

 

 

 

06

 

 

 世界情勢の話をしよう。

 

 深海棲艦唯一の提督。それが俺だ。日本には艦娘の提督は一〇〇人近くいる。

 

 未確認だが、海外艦娘が日本にいることから、アメリカ、ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、スウェーデンに艦娘がいることは容易に想像出来る。

 

 艦娘は提督を求める。つまり上記の国に提督が存在するんだろう。

 

 フレッチャー級姉妹一七五人とかアメリカは修羅の国か。いや実際に一七五人いるか知らないが。

 

 らしいらしいというのも、俺は知らないからだ。

 

 深海棲艦唯一の提督と言っても全世界の深海棲艦をカバーしているわけじゃない。どうしても影響力は太平洋の西寄り、日本を睨んだ海域と東南アジアまでの海域に絞られる。

 

 ハワイ周辺は初期に陥落している。アメリカ海軍は姿も見せない。

 

 背後を気にする必要はないのだ。

 

 戦線を拡大し過ぎても維持なんて出来ない。深海棲艦提督は俺一人なのだ。限界は自ずとしてある。無理イクナイ絶対!

 

 余力をもって艦娘と戦うのは大前提だ。相争い余力を艦娘にぶつけるなんてどこの負けフラグだ。まぁ相争う相手なんて今のところいないが。

 

 俺が関知している海域の外側はどうなっているのか?

 

 魔境なんじゃないかなぁ(遠い目

 

 チート国家アメリカが深海棲艦に勝ったという話は聞いた事がないし、艦隊を率いてこの海域に応援に来たこともない。

 

 押しているのか拮抗しているか。

 

 十分な数の艦娘と提督がいたならばアメリカの戦力を想定した時、深海棲艦を押し返して、攻め入り勝利していてもおかしくない。現時点でそれが出来ていない時点である程度事情はお察しだ。

 

 艦娘の数が少ないのか内ゲバか。それとも複合要因か。

 

 楽観は出来ないが油断も出来ない。余裕が出来れば調査の為、魔境の海に旗下の深海棲艦を送り出す必要がある。

 

 基本深海棲艦は秩序だった動きをしない。適当に編隊組んだら適当に目に見える敵に襲いかかる。

 

 旗下の深海棲艦は問題ないが、外海の深海棲艦はどうなんだろな。一応ふわっとした感じの縄張りみたいなもんがあるせいでお互いかち合う事はない。

 

 その辺どうなん? 重巡夏姫ちゃん?

 

 今日の秘書艦、重巡夏姫に試しに聞いてみた。

 

「知るか」

 

 ぶっきらぼうに答える重巡夏姫ちゃん。

 

 ジュース片手にふざけている様に見えるが秘書艦として十二分に働いてくれる。今も絶賛書類と格闘中だ。

 

 真面目かっ。

 

 実際知らないというか興味がないらしい。歯向かうなら互いにぶっ潰す基本スタイルで見て見ぬ振りじゃねぇかとしっかりと見解を教えてくれた。

 

 真面目かっ。

 

 俺がいなかった時は喧嘩は日常茶飯事だったみたいだし、やっぱり外海は魔境なんだろう。なるべく関わり合わないように通知しておこう。

 

 話を艦娘に戻そう。

 

 一般的に深海棲艦と艦娘はどちらが強いのか?

 

 戦術目的がしっかりしている艦娘には勝てない、が結論だ。勝てるのは力技で上回った時と運がいい時、被ダメが積み重なって艦娘の作戦継続が困難になった時、艦娘の燃料弾薬が底をついた時。

 

 などなどだ。深海棲艦超不利じゃん! 負けてるじゃん!

 

 と思われた貴方。ブブー。

 

 これは俺が提督になる前の話である。

 

 現在は会議や連携を大事にしている。唯一の深海棲艦提督と言えどワンマンではないのだ。ブラックでもない。

 

 深海棲艦達の意見を十分に取り入れ大戦略の下、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応している。

 

 深海棲艦サイドに負けはありえないのだ(ピコン

 

 初期の敗戦で近海は取り返されてしまい、艦娘や提督を勢いづけた一面は認めよう。

 

 数が多くても無秩序に戦う深海棲艦の暴力を、艦娘のチームワークが上回った。簡単な結論だ。

 

 何故、近海だけじゃなくもっと深く艦娘に侵攻されなかったのか?

 

 これも答えは簡単だ。当時艦娘に提督は殆どいなかった。大本営も存在していない。戦略目標もなしに闇雲に戦えるはずがない。

 

 というより、もっと当たり前に大事な問題に直面していた。

 

 資源がなかったのが一番の理由と言えよう。

 

 艦娘とて飯を食べれば、燃料も弾薬もボーキも必要だ。戦えばお腹は空くし燃料も消費する。

 

 大海原のど真ん中で弾薬が切れた瞬間に四方八方から袋叩きだ。大和だろうが武蔵だろうがただのカカシに成り下がる。

 

 海は広い。陸地の何倍もあるのだ。一時的に取り返しても維持出来なければあっというまにオセロゲームだ。

 

 人類は少ない資源を有効活用しながら、確実に地味に海域を取り返すしかないのだ。

 

 橋頭堡を確保して後方支援を充実させ十分に資源を維持できる補給ラインを確保して初めて海域を攻略出来る下準備が出来るといえよう。

 

 その資源にしても艦娘に全て回せる訳じゃない。国内の復興に回す配分も考えなければならない。その辺りは政府と大本営のせめぎ合いだろう。

 

 存在感を増したい大本営。手綱を締めたい政府。立ち位置をどうするか決めかねている艦娘の提督達。

 

 前回も言ったが艦娘は提督を見つけた時から鎖を背負いながらしか戦えないのだ。

 

 中国、韓国、北朝鮮、台湾、東南アジア各国に艦娘がいない事は確認が取れている。実際あの海域は潜水艦カ級達がふらふら魚群の様に回遊しても該当国の艦娘は一人とて現れない。存在しないからだ。

 

 現在いないからといって将来もそうとは限らない。

 

 やはりここは、今後も高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応し続ける必要があるな。

 

「おい、それなんやヤダ」

 

 重巡夏姫ちゃんが珍しく反対意見を述べた。

 

「……イキュー……」

 

 なん……だと……イキュータス! お前もか!!

 

 高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する事が出来る俺は重巡夏姫ちゃんの意見を取り入れ、今後は普通に対応することに決めた(ポキリ

 

 重巡夏姫ちゃんの手が止まり中身のないジュースをずずーずずーと音を立てて飲んでいる。

 

 これは合図だ。内容は『もっとかまえ』だ。

 

 見た目に反して気遣いな重巡夏姫ちゃんとの間で、いつの間にか出来ていた暗黙の了解だ。

 

 俺は重巡夏姫ちゃんの耳元で一言ささやく。夜まで待ってね。

 

 あわあわと慌てる重巡夏姫ちゃん。手元が滑ってグラスがひっくり返るが中身は空だ。

 

 頑張る理由も出来たし夜までもうひと踏ん張りしますか。

 

「イキュー! イキュー」

 

 駆逐艦イ級は俺の膝の上ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

07

 

「バーニングッ ラーーーーヴッ!!!」

 

 三五.六センチ連装砲二門から飛び出た轟音が腹まで響いた。

 

 距離は十分に離れている。それでもビリビリと下腹部の奥まで痺れる程だ。

 

 ドン! ドン! と絶え間なく相互に応酬される大型口径の砲弾。

 

 戦場では水しぶきが上がり、水上偵察機からの観測でお互いに正確性を増した砲弾が体を掠めている事だろう。

 

 決着がつかない場合、相互の距離は更に縮まり最終的には肉薄という言葉の通りゼロ距離での打ち合い、夜戦となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遭遇戦だった。

 

 俺にとっては不幸な、艦娘にとっては絶好の戦果稼ぎ。

 

 俺がここにいるのは必然だ。前線にほど近い海域で戦う深海棲艦を励ます為、少数の護衛部隊と共に移動中だったのだ。

 

 俺は微力を振り絞るしか出来ない普通の提督だ。こんな俺でも深海棲艦は心から喜んで迎えてくれる。

 

 先行の部隊から異常が伝えられたのは、到着まで残り二時間という距離でのことだった。

 

 戦艦金剛を旗艦とした六人編成の打撃艦隊がこちらに向かって来ていると報告が入った。

 

 俺は駆逐艦イ級の背中で立ち上がり水辺線を見た。どうあがいても五キロより先は見えない。俺はただの人間だ。常識の範囲でしか見えない。

 

 首を伸ばしたイ級の視線からも見えない。どうやら水平線の向こうに隠れているようだ。

 

 赤い海のど真ん中、深海棲艦に運ばれる謎の成人男性。

 

 怪しすぎるだろうが。

 

 何故こんな所にいるのかとか、何故深海棲艦に守られているのだとか、それ以前に、何故赤い海で生きているのだとか。

 

 艦娘はお人好しだ。うまく騙しても保護されて大本営まで運ばれるだろう。

 

 人間は馬鹿じゃない。俺の正体は直に露見するだろう。

 

 俺は深海棲艦のアキレスの踵だ。

 

 俺を取り返すために深海棲艦達は大挙して大本営を攻撃するだろう。全く予定のなかった全戦力での一大決戦だ。

 

 そして人質にされる俺提督。

 

 こうなれば深海棲艦は手も足も出ない。各個撃破されて終わりだ。

 

 俺は縛り首か電気椅子か。

 

「イキュー! イキュー!」

 

 何を言ってるんだ! イ級一人じゃ金剛の前では屁の突っ張りにもならないよ! そんな事はさせないからな!

 

 護衛についていた重巡リ級と軽巡ヘ級が頷くのが見えた。

 

 馬鹿野郎!

 

 二人は俺の静止も聞かず迂回コースを取りながら金剛達艦娘に突撃していった。時間稼ぎをするつもりだ。

 

 クソがぁ……!!

 

「イキュー!」

 

 わかってる! 逃げるぞ全速力だ。

 

 俺は駆逐艦イ級の背中に捕まり全力で海域から撤退を指示した。

 

 背後から聞こえる砲撃音。

 

 軽巡ヘ級の悲鳴が聞こえた。

 

 ――逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい。

 

 悲鳴があがる度に軽巡ヘ級は肉片を撒き散らしているに違いない。体に大穴を開けているだろう。全身を血で染めても軽巡ヘ級は俺が逃げ切ることだけを願っている。

 

 俺は歯を食いしばって軽巡ヘ級の願いに応える事だけを考える。

 

「バーニングッ ラーーーーヴッ!!!」

 

 未だ遠く離れているにも関わらず聞こえる金剛の高らかな宣言と同時に三五.六センチ連装砲の砲撃音。

 

 そして着弾。

 

 ――どうかご無事で……愛してます……

 

 軽巡ヘ級の断末魔の悲鳴は奇しくも金剛の宣言と同じものだった。

 

 死んだ軽巡ヘ級は不器用な深海棲艦だった。演習では勝てず影で泣いていた事を俺は知っている。

 

 だが腐らずに真面目に演習を繰り返し、あと少し、あと少しでエリートに改造出来る練度まで達していたのだ。

 

 俺はそんな彼女の影の努力を知っていた。

 

 護衛部隊に抜擢され、仲間達に涙を流して報告し祝福されていた事も知っている。

 

 無事に護衛任務を終えて、改造可能な練度に達したら俺が直接改造してやるからなと約束していた。

 

 軽巡ヘ級ちゃん……

 

 砲撃音は鳴り止まない。

 

 戦場に立つ深海棲艦は重巡リ級ただ一人。金剛含む艦娘六人に対して重巡リ級一人では常識で考えれば勝負にもならない。

 

 だが俺は軽巡ヘ級と同じく重巡リ級を心から信頼していた。

 

 彼女は天才肌だ。ノーマルの重巡リ級でありながら彼女は重巡リ級改フラグシップ並の潜在力を持っていたのだ。

 

 ある日俺は彼女に言ってやった。訓練と改造を繰り返せば、重巡リ級改フラグシップを超えた先、お前にしかなれない存在になれるかもな、と。

 

 彼女が返した返事はこうだ。

 

『ふっ。そんなものいらねぇよ。あたいは……あたいに必要なのは……提督(あんた)をただ純粋に護れる力……それだけがあればいいんだよ』

 

 夕日の照り返しで色づいた彼女の肌の本当の色は何色だったのか。

 

 重なる大口径の砲撃音。小さく聞こえるのは金剛以下の艦娘の砲撃だろう。

 

 砲撃音はしばらく続いた。俺たちが安全圏まで逃げ切れたと確信出来る距離を稼ぐまで。

 

 ドン! ドン! から ドーン! ドーン!に。やがて微かに聞こえるか聞こえないかの戦闘音。身じろぐ潮騒が上書き出来るほど小さな音に。

 

「ファイアーーー!!!」

 

 そんな声と共に幾つもに重なった砲撃の音が聞こえた気がした。

 

 どんなに耳を済ませても反撃の砲撃音は聞こえなかった。

 

 聞こえた気がしたのは重巡リ級の嬉しそうな断末魔の声。

 

 ――へへ。あの世で自慢出来るぜ! あたいは提督(あんた)を護りきれたんだってな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は深海棲艦提督。

 

 たった一度の戦闘の結果で一喜一憂なんてしない。

 

「……イキュー……」

 

「大丈夫。俺は大丈夫」

 

 今日も今日とて書類と格闘する日々だ。

 

 今日の秘書艦、中枢棲姫ちゃんが心配そうに見つめてくるが何も心配ない。書き上げた命令書の隅が何かで濡れて少しよれよれになっているが何も問題ない。

 

 深海棲艦提督は泣かない。人間みたいに泣かないのだ。

 

 俺は一枚の命令書を書き上げた。

 

 内容は特定の海域に決して少なくない資源を投下するものだ。

 

 軽巡と重巡が改造を受ける時に必要になる程度の量だ。

 

 命令書はもう一枚。資源の投下と一緒に花束も投下してくれと。

 

 彼女達は俺が彼女たちが好きだった花を知っているということを知らなかったはずだ。

 

 俺が花を送るのはお前たちが初めてなんだ。あの世でたっぷり仲間達に自慢してくれ。

 

「……イキュー」

 

「さぁ。前線を激励しにいくぞ!」

 

 深海棲艦提督は一人しかいない。休む暇などないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

08

 

 

 今日の秘書艦は南方棲戦姫ちゃんだ。本当に目のやり場に困る。

 

 なんと彼女、上半身は裸と断言してもいいくらい潔い脱ぎっぷりなのだ。だからといって夢がいっぱい詰まっているおっぱいが完全に見えている訳ではない。むしろ微妙に隠れている。

 

 手ブラならぬ髪ブラだ。

 

 分かるだろうか? 

 

 肌も髪も白い。髪は長く真っ直ぐに伸ばせば床まで届く程豊かだ。その髪の一部が胸まで伸びて、なんとびっくり、髪ブラの完成である。髪ブラといっても、それ隠してるつもりなの? と思わず言いたくなる。本気出して隠してるの先っちょだけじゃないの? と思っていても口には出さない。

 

 今日もありがとうございます!

 

 そんな彼女だから腹部も隠さず可愛いお臍が丸見えである。

 

 パンティもなんというか黒のローライズ。足は両の太ももに黒のガーターリングと左足のみに鎧型の偽装だ。

 

 隠す所を絶対に間違えてると思う。

 

 彼女が秘書艦だと仕事の効率がはかどります。早く終わらせて夜戦に突入したい。払暁戦までもつれ込んでただれた性活を送りたい!

 

 そんな彼女は先日の改造で南方棲戦姫になったばっかりだ。

 

 南方棲鬼 → 南方棲戦鬼 → 南方棲戦姫

 

 ポケモンかっ。

 

 改造が進めば進むほど体を隠す布地面積が減っていくのはどういうことだ?

 

 彼女が南方棲戦姫になったお蔭で南方棲鬼を南方棲戦鬼に改造し、さらに南方棲鬼の建造に成功した。下位互換とはいえ侮れない戦力だ。

 

 うん。ゲシュタルト崩壊しそうな馬鹿な一文だと自分でも思う。

 

 こうしてわが深海棲艦鎮守府は着々と戦力の拡充が出来ているのである。

 

 

 

 

 

 さて、今日は戦況が膠着している理由の一つを話そうか。

 

 我が深海棲艦鎮守府の護りは盤石だ。言い切れる。

 

 何故言い切れるか。ここが本拠地だと知られていないからだ。俺は主にここで執務を執っている。俺がいるところが本拠地だとも言えるが、主にここにいるという意味では、この深海棲艦鎮守府が本拠地だと言っても過言ではないだろう。

 

 もし陥落しても他の場所に移動するだけだから便宜上ではあるが。

 

 しかし俺が逃げ切れなければそこで終わりだ。

 

 俺の死イコール深海棲艦が即座に敗北という図は成り立たない。組織自体は瓦解するが、もともと俺が提督になる前から彼女たちは独自に戦っていたし、空白地帯が出来たところに、外界から他の勢力の深海棲艦が現れ群雄割拠が始まるだけだ。

 

 しかし混乱は当然生まれる。その混乱を艦娘の提督達が上手に埋めると広大な海域が人類に開放されるだろう。維持できるかどうかは別にして。

 

 いつか艦娘のバンザイアタックの話をした事があるが覚えているだろうか?

 

 ゾンビアタックとも言い換えよう。

 

 艦娘を愛する艦娘の提督たちが採るとは思えない作戦だが一時的には非常に有効な作戦である。

 

 艦娘は資源である。深海棲艦と同じく建造可能だからだ。

 

 一部の深海棲艦はユニークであると言ったことがある。艦娘も同じである。

 

 例えば金剛。

 

 俺たちは金剛を過去二度撃破した。今の金剛は三人目だ。記憶を受け継いでいるか一度聞いてみたいものである。

 

 金剛がいるかぎり金剛は建造出来ない。ユニークであるからだ。

 

 冒頭の南方棲戦姫ちゃんと同じ理屈である。

 

 倒しても倒しても艦娘は向かってくる。同じく倒しても倒しても深海棲艦は建造できる。互いに資源が有る限り。

 

 ね? 膠着するでしょ?

 

 戦線の移動はおまけに過ぎない。一部では押され一部では押している。全体ではプラスマイナスゼロだ。

 

 と言っても数だけで言えば圧倒的に深海棲艦が多いし、最終的な個体のスペックはまだまだ安心出来ないが深海棲艦が上回るはずだ。

 

 今の段階でも南方棲戦姫ちゃんと大和がガチンコ勝負したとして南方棲戦姫が勝つんじゃないかと思っている。確信がないので仕掛けはしないが。

 

 その上で資源は人間側が圧倒的に少ない。リソースを艦娘に全振り出来ないからだ。

 

 金剛の建造には膨大な資源がいる。強くするためには練度を上げて改造するしかない。

 

 生存競争に於いて戦闘は大事だ。しかし人間には希望が必要だ。未来を生きていけるという夢が必要だ。日々の生活にもリソースを割り当てなければならない。

 

 艦娘のゾンビアタックで深海棲艦鎮守府は落ちる可能性が高い。

 

 しかし人間は膨大なリソースの消費に耐えられるのか? 非常に興味深い話である。

 

 例え倒せても後に残るのがペンペン草も生えない大地では話にならない。

 

 果たして人間は深海棲艦に対してどんな対策を立てているのか?

 

 一度しっかり調べる必要があるな。

 

 いずれにせよ、時間は味方だ。

 

 一〇年後、一〇〇年後。最後に立っているのは深海棲艦なのだから。

 

「死んだら許さないから」

 

「ん?」

 

 南方棲戦姫ちゃんが唇を尖らせている。可能ならツンと上向きに尖った胸の先端も見てみたいが髪ブラが見事にガードしている。

 

「イキュー!」

 

 駆逐艦イ級ちゃん、そんな事言われると凄く恥ずかしいんだけど。

 

「もし死んだら全部皆殺しにして私も死ぬから」

 

「そっか」

 

「そうよ」

 

「イキュー」

 

 じゃあまだ死ねないなぁ。背中を見せる南方棲戦姫ちゃんは豊かに広がる髪のせいで全裸にしか見えない。もともと全裸に近いけど。

 

 ちなみに深海棲艦は建造し直しても記憶は残っていない。

 

 二度轟沈した金剛の魂はどこにあるんだろうなと南方棲戦姫ちゃんのお尻を見ながらぼんやりと考えていた。

 

 



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09~終

09

 

 

 うちの鎮守府には潜入工作に適した姿形をしている者がいない。

 

 ラノベみたいな愚痴だが真実だ。

 

 足がなかったり顔がなかったり、角が生えてたり、口が大きかったり、腕が逞し過ぎたり、お椀みたいな偽装で移動したりする者が多い。ベッドの上に乗って戦う奴もいるくらいだ。

 

 唯一にして一番まともなのが、深海棲艦提督たる俺。

 

 まぁ人間だから当たり前なのだが。

 

 しかし幾つかの理由で却下となる。

 

 一人しかいない深海棲艦提督であるからというのが一番の理由だが、結局潜入しても直に正体は露見してしまうだろう。

 

 忘れていないだろうか? 奴らの存在を。

 

 そう。妖精さんである。

 

 純粋な振りをして妖精さんは人間をよく見ている。

 

 この人間はお菓子をくれるだろうか? 暴力を振るうだろうか? 悪い人間だろうか? 艦娘に危害を加えるだろうか? 提督に意地悪するだろうか?

 

 俺が潜入しても一秒でお縄になる事請け合いだ。

 

 参考ながら俺が小さい頃から見えていた小人さんは深海棲艦妖精さんである。今も視界の隅で忙しそうに働いている。

 

 さて困った。大本営の深海棲艦に対する大戦略を知りたいのだが適任がどうしても見つからない。

 

 駆逐水鬼ちゃん、そこんところどう思う?

 

 俺は今日の秘書艦であるところの駆逐水鬼ちゃんに聞いてみた。

 

 駆逐水鬼ちゃんはカッチカチの駆逐艦である。駆逐艦だと舐めてかかると防御はまず抜けない。

 

 そして驚くなかれ、四つも装備を持つことが出来るのだ。同志中くらいもびっくりだ。ハラショー。

 

 駆逐艦なので容姿は今までの秘書艦に比べて幼い。さすがに睦月型とかと比べると失礼だが、秋月型くらいかな?

 

 しかしそこは深海棲艦。露出度はお察しだ。

 

 ヘルメット型の偽装を被り、脱ぐと実はちょっと可愛く短いサイドテール。

 

 お臍むき出しでノースリーブの単衣は暴漢に襲われたの!? と言わんばかりにあちらこちらが破れている。

 

 腰から伸びたベルトが両もものガーターリングと繋がって隠れているので良く良く見ないと確認出来ないが、黒の下着のみの破廉恥仕様。

 

 今後の成長が楽しみなお嬢さんである。

 

「? 大本営の幹部でも捕まえてみたら?」

 

「それだ!」

 

 そうだ。何も潜入工作をする必要なんてなかった。原点に立ち戻れば良かっただけだ。

 

 誰が幹部なんて分からないが、偉そうな船で偉そうにふんぞり返っている奴が幹部に違いない。指示がいい加減過ぎるが、深海棲艦に人間の区別なんてつかないから人物を特定しても無意味なんだ。

 

 という訳でお願い出来るかな?

 

 俺はスナック感覚で出撃可能な量産型深海棲艦五人と硬い事に定評がある、潜水新棲姫ちゃんに大本営幹部の営利誘拐をお願いした。

 

 お願いねー。あ、無理は禁物ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、自分でも馬鹿な命令をしたと思っていたが彼女たちは確りと期待に応えてくれた。

 

 眼の前に第一種軍装に勲章をじゃらじゃらつけた震える偉そうなおじさん。

 

 レ級きゅん達は地味に潜伏し続け、艦娘を避け続けた。対象は五隻の護衛艦に守られ、偉そうな船の艦橋でふんぞり返っていた人間らしい。

 

 これはこれ見よがしに幹部ですわ。

 

 俺はよしよしと五人のエリートレ級きゅんと潜水新棲姫ちゃんの頭を撫でた。

 

 ちなみに赤い海だと人間は一〇秒で死んでしまうので前線に程近い青い海の上での接見である。護衛としてもレ級きゅんは申し分ない。

 

 人間と深海棲艦は言葉による意思伝達が不可能だ。何を喋ってもお互いノイズにしか聞こえない。

 

 助けてくれ! 金ならいくらでも払う! 君は人間だろう! 自分のしている事が分かっているのか?

 

 レ級きゅんが頭を掴んで、ピキッと自分の頭蓋骨に罅が入る音が聞こえた途端に素直になってくれた。

 

 ほうほう、成る程、それで?

 

 満足した俺はレ級きゅんにもういいよと頷いた。

 

 レ級きゅんは手首を返して、簡単に取れたそれをダイナミックに水平線の彼方にぶん投げた。残った部分は魚の餌だ。

 

「さて、帰ろうか? 護衛よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? どうだったのかしら?」

 

 書類を纏めていた駆逐水鬼ちゃんが俺の顔を見て尋ねて来た。

 

 彼女も結果が気になるのだろう。

 

「分からないという事が分かった」

 

 相互不理解。

 

 俺たちは艦娘の事をよく分かっていない。俺はゲームから性格や艤装なんてデータ的なものは知っている。

 

 でも、艦娘って一体何?

 

 建造は出来る。妖精さんがそういう施設を作ったから。

 

 でもどこから来たの? どこへ行くの?

 

 分かる人がいれば手を上げて?

 

 いないでしょ? それは深海棲艦も同じだ。

 

 深海棲艦は未だに謎だ。目的は? 生体は? 知性は?

 

 交渉すら出来ない未知の生物(?)。意味不明な艦娘を戦力として採用している時点でかなり追い詰められていると言えよう。

 

 倒しても倒しても無言で攻めてくる深海棲艦に対して、戦略的勝利の条件を決めかねているようだ。

 

 全滅させる事が出来るのか?

 

 将来的に停戦交渉は可能なのか?

 

 そもそもどれだけの数がいるのか?

 

 成る程。ご尤もである。もっと簡単に考えればいいのにね。

 

 深海棲艦の最終目標はシンプルである。

 

 ねぇ駆逐水鬼ちゃん。

 

「そうね。一人残らず殺してあげましょう」

 

 俺たちは生存競争をしているのだ。最初からそう言ってる。

 

「痛たたた」

 

 長時間イ級の背中にしがみついていたせいか、筋肉が悲鳴をあげていた。

 

 駆逐水鬼ちゃんは呆れたように息を吐いた。

 

「ほら、いらっしゃい」

 

 駆逐水鬼ちゃんがぽんぽんと自らの腿を叩いた。膝枕だ。

 

 これくらいは役得だろう。

 

 俺は素直に駆逐水鬼ちゃんの腿に頭を載せた。

 

 下から見ると意外と駆逐水鬼ちゃんのおっぱい大きいなぁ。

 

 駆逐水鬼ちゃんは俺の下品な思考は分かっているだろうに何も言わない。優しく俺の体を撫でながら一言。

 

「好きよ。あなたは私が最後に殺してあげるわ」

 

「うん」

 

 そう、俺も人間だ。

 

 深海棲艦の最終目標は本当にシンプルなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10

 

 失敗した。大失敗だ。

 

 艦娘の提督にRTA勢からの転生組がいる事を失念していた。

 

 艦娘の被害を極力避けていると思っていたからエンジョイ勢が中核を締めていると思いこんでいた。

 

 先行組、RTA勢、ガチ勢。

 

 艦これを楽しむ方向性がエンジョイ勢とは全く違った方向に向かった連中だ。奴らは艦娘をユニットとしか見てない。

 

 入渠待ちは野戦病院さながら数ページに渡って真っ赤な艦娘を並べるのが当たり前。ルート固定で必要になれば艦娘に高速修復材(バケツ)を使う連中だ。それが轟沈しても建造すればいいに変わっただけだ。

 

 奴らは効率を最優先する。その上で検証作業は得意な上に大好きと来ている。過去のデータを照らし合わせて深海棲艦の動きがおかしいと気がつくのは自明の理だ。

 

 深海棲艦を動かす存在。深海棲艦提督たる俺の存在を確信するのは時間の問題だったんだろう。

 

 データを検証して深海棲艦の動きを割り出して俺の居場所を突き止めた。

 

 後は簡単だ。

 

 損害度外視のバンザイアタック。

 

 この大規模な強襲も奴らにとっては検証作業に過ぎない。戦況はゲームと一緒で膠着していた。それはずっと変わらない。これまでもこれからも。時々ある大規模作戦込みでずっとリアル艦これが出来るんだ。楽しくて仕方がないだろう。

 

 俺さえ消えてしまえば、あとはゲームと同じ感覚で深海棲艦を狩るだけの簡単な作業だ。後は戦況をコントロールして戦争を終わらせるのもよし、引き伸ばすのもよし。海域開放RTAでもしようかとか言ってるかもしれないな。

 

 よう、金剛。お前三日前に沈んだよな。それでもバーニングラブかよ。姉妹揃って大変だな。金剛型使い勝手良すぎんだろうが。

 

 船渠棲姫ちゃんが俺の千切れた右手を泣きながら繋げようと切断面を押し付けてくる。

 

 ごめんね。人間はそんな簡単にくっつかないんだ。

 

 完全に油断した。深海棲艦の動きを読まれていた。俺の居場所を検証勢がずっと調べていたんだ。

 

「ぐああぁああ!!!!」

 

 燃える柱に肩を押し付けて傷口を焼いた。血は止まるが痛みで意識が飛びそうだ。

 

 武蔵の砲撃で崩れた建材の下敷きになって駆逐艦イ級が血だらけになって死んでいる。俺をかばってくれた。俺の代わりに死んだ。

 

 イベントボス達やレ級きゅん達は他の海域にいる。間が悪すぎた。一昨日まで皆ここにいたんだ。今から呼び寄せても間に合わない。

 

 不幸中の幸いは金剛を含めて戦艦の大半を沈めたことだ。どうせ数日で復活するだろうが、かかる資源の消費は今の日本にとっても相当なものだ。特に武蔵を沈めたのが大きい。

 

 船渠棲姫ちゃんが涙でぐちゃぐちゃになった顔で叫んでいる。意識が少し飛んでた。

 

 安心しろ。まだ死なねぇ。まだ死ねねぇよ。人間で最後に死ぬのは俺なんだ。今死んだら契約不履行であの世で量産型深海棲艦の皆に怒られるからな。

 

 最後の人間として殺してくれるんだろ? 船渠棲姫ちゃん。

 

「――――!!!」

 

 俺は大声で船渠棲姫ちゃんに指示を送る。自分の声も聞こえない。耳もやられたか? 問題ない。俺は深海棲艦と体を接触していれば意思の疎通が出来る。

 

 船渠棲姫ちゃんにお姫様抱っこされた。

 

 おっぱい柔らかいなりぃ。あったけぇあったけぇ。

 

 接触した事で船渠棲姫ちゃんの愛で心が満たされる。心の底から愛されているのが分かる。なら、深海棲艦提督としてやることは一つだ。

 

「やるぞ。命令に従え」

 

 まずはここを生きて逃げ切る事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11

 

 

 俺は世界中に潜水艦のカ級、ソ級、ヨ級を送り込んでいた。果たして世界の情勢はどうなっているのか?

 

 艦娘基準になるが、チート国家アメリカが作り出した駆逐艦のフレッチャー級のジョンストンはチート国家アメリカらしいスペックを持っている。

 

 対空性能は秋月型並、対潜能力もずば抜けている。逆に言うと秋月型は相当練度を上げないとジョンストンの能力に並ばない。こんなのをアメリカは一七五隻も建造している。

 

 他にもざっとアメリカの艦娘を思い浮かべてもアイオワやサラトガ、イントレピッドと日本の艦娘と比べても十分に平均以上の能力を持っている。いや大きく上回っているといってもいい。

 

 ガンビア・ベイはまぁそのなんだ。おっぱいはアメリカ級だ。

 

 不自然過ぎた。なぜアメリカの艦娘はハワイを奪還しない。何故今の今まで姿すら現さない。

 

 太平洋の東側は深海棲艦提督といえど関知外だ。俺の旗下にない深海棲艦が暴れている。つまり連携もとれず自由にあるがままの深海棲艦が戦っている。つまり深海棲艦提督基準でも艦娘基準でも弱いはずなんだ。

 

 ここで一つの仮説が成り立つ。

 

 潜水艦を送ったのは仮説を確かめる為だ。そしてその仮説が正しいとするならば、世界は俺が思っている以上に残酷なのかもしれない。

 

 誰にとって残酷なのか?

 

 答えはもうすぐ分かる。直ぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

12

 

 兵は拙速を尊ぶ。

 

 孫氏の兵法だ。意味はごちゃごちゃ屁理屈こねてる時間あったら今ある手持ちで敵をさっさとぶん殴れだ。

 

 正直に言おう。俺はビビリだ。深海棲艦唯一の提督たる俺は小心者だ。

 

 深海棲艦の確実な勝利をと口にしながら被害が出るのを恐れていた。

 

 練度を上げ改装と改造を繰り返し戦力の増強を図っていた。十分な戦力に達した時が一大決戦の時だと、震える魂を誤魔化していた。

 

 何より褥を共にした深海棲艦達が沈むのを恐れていた。

 

 体を重ねたからではない。俺たちは心をこそ重ねていた。

 

 体の接触で俺は俺達は互いに心が繋がる。体を繋げればなおさらだ。むき出しになった魂はお互いを誤魔化す事なんて出来ない。

 

 俺は深海棲艦を愛し、深海棲艦は俺を愛した。

 

 例え沈んでも資源と交換で建造出来る。でも建造した彼女たちは以前の彼女たちと同じなのか? 記憶は? 魂は? 思い出は?

 

 試すことなんて出来るはずがない。

 

 同じ事が艦娘も言えた。

 

 いつか戦意高揚(キラキラ)の話をしたことがある。

 

 ロリ巨乳の駆逐艦。

 

 平原真っ平らな空母。

 

 彼女たちの提督はエンジョイ勢に違いない。艦娘を愛で艦娘の存在自体を愛する提督達だ。彼女たちの提督が紳士だったってだけだ。だってそうだろう? 提督なんて殆どが紳士なんだから(偏見

 

 それがただの紳士ではなくガチの紳士()だったってだけだ。

 

 それに艦娘は人間じゃない。見た目の年齢なんて関係ない。

 

 一度体を重ねればガチ紳士()提督の魂は艦娘と繋がる。轟沈なんてもっての外だ。

 

 ガチ勢は違う。

 

 金剛を見れば一目瞭然だ。艦娘は持つ力を別にしても感性が人間に近い。自分が六人目の金剛だと知って、提督にとってユニットの一人だと知って、心からバーニンバーニン言えるか? 言えるはずがない。

 

 一部の駆逐艦と空母以外にも戦意高揚(キラキラ)はチラチラと現れていたが、全員じゃない。好戦的な行動をとる艦娘ほど戦意高揚(キラキラ)はついていなかった。つけかったんじゃなく出来なかったんだ。

 

 戦意高揚海域(キラキラポイント)を潰してから戦意高揚(キラキラ)は激減した。

 

 肉体の接触は心と魂をむき出しにする。

 

 ガチだから、ガチ故に。

 

 ガチ提督と艦娘の粘膜のお付き合いはご法度だろう。

 

 体ごと自由にしてよいと態度で示す艦娘を前にストイックな提督を演じるしかない。後腐れがないどころか一度抱いてしまえば後腐れだらけの地雷になる。恵体揃いの艦娘を前に血の涙を流したに違いない。ざまぁみろ。

 

 ここで大事なのは人類は一枚岩ではないことだ。勿論最初から分かっている。人類が一丸となって戦うなんてあり得ない。

 

 何が言いたいか。艦娘の提督達に派閥が出来ている事だ。それも決して埋められない溝に仕切られて。

 

 ガチ派とエンジョイ派。

 

 (転生前)に自分が愛した嫁達を平気な顔で沈める奴らと仲良くなれるか? それが人類の存亡をかけた生存競争の真っ只中だとしてもだ。

ゲームの攻略ではお世話になりましたと、憧れにも似た尊敬の心を最初に持っていたとしてもだ。

 

 それが出来るなら人類世界はとっくにアガペーに満ちあふれて永遠に戦争のない平和な世の中を満喫している。

 

 出来るのは見て見ぬふりか敵対のどっちかだ。艦娘への想いが深ければ深い程心の天秤は敵対に傾く。

 

 そして艦娘の提督の心情は戦意高揚(キラキラ)で艦娘にも伝わる。否が応でも艦娘達にも事情は伝わる。そして艦娘は自分の提督至上主義だ。

 

 ドロドロだ。

 

 もともと純粋な存在だったはずの艦娘が人間の悪意で汚染されている。

 

 そして結果は見ての通り。

 

 ピンチはチャンスだ。

 

 赤い煉瓦で出来た横須賀鎮守府は炎に包まれて燃えている。庁舎を後回しにした結果だ。そのかわり艦娘工廠は徹底的に破壊した。これで艦娘の建造は資源の問題とは別に格段に難しくなる。いかな特異な妖精さんという存在でも一週間や一ヶ月での再建は不可能だ。ここに政治的な駆け引きも絡んでくると考えれば数ヶ月単位となるだろう。

 

 他の鎮守府で建造すればいいだろうって?

 

 そうだな。出来るといいな。

 

 俺は手元に残った深海棲艦を率いて横須賀鎮守府を攻めた。各地に散らばった深海棲艦を集結させる時間なんてない。途中途中で拾いながらだ。

 

 電撃戦だ。

 

 ここは強襲をしかけてきた艦娘の多くが所属する鎮守府だった。首都の護りを任された鎮守府だ。ガチ提督に護られた鎮守府はそう簡単には落ちないはずだった。だがその艦娘は深海棲艦鎮守府との攻防で殆どが沈んだ。艦娘がいない鎮守府なんて豆腐のように脆い。

 

 遅れて、今頃は佐世保と舞鶴の鎮守府も攻撃を受けているだろう。

 

 あっちは深海棲艦のガチ勢、イベントボスてんこ盛りだ。ペンペン草も生えない結果になるだろう。

 

 強襲には佐世保と舞鶴の鎮守府所属の艦娘が多数いた。簡単に建造なんてさせてやらねぇ。

 

 深海棲艦鎮守府への強襲は静かに始まった。

 

 分散しながら侵攻しつつ、露払いをエンジョイ勢に任せてのバンザイアタック。効果はバツグンだ! お蔭でおれは死を覚悟したくらいだ。

 

 深海棲艦(彼女)達の必死の献身がなければ死んでいただろう。

 

 他にもスナック感覚で出撃可能な量産型深海棲艦エリートレ級きゅん四五人が大本営に一撃離脱攻撃(ヒットアンドアウェイ)を仕掛けている。目的は指揮系統の混乱。初めて本部に攻撃を受けたんだ。今頃は蜂の巣をつついたような大混乱だろう。

 

 鎮守府への艦娘の援軍は何故か来ない。いや遅れていると言った方がいいだろう。感情的な問題で軍事行動が遅れるのはよくある事だ。轟沈した艦娘の建造も何故か問題が続出して遅れるかもしれないな。本当に不思議な事があるもんだ。

 

 このまま一気呵成に内陸部にまで深く侵攻したいところだがそうは問屋が卸さなかった。

 

 俺は深海棲艦唯一の人間の提督だ。右腕を失う大怪我の真っ最中だ。

 

 今回ばかりは前線近くまで出張る必要があった。この目で艦娘達の動きを確認したい事もあった。

 

 それに関羽を殺された劉備の怒りの如く、俺も大事に育ててきた旗下の深海棲艦を大量に殺されて怒り心頭。激おこぷんぷん丸だった。

 

 陣頭指揮で深海棲艦の士気も有頂天。

 

 当然その反動も大きい。俺が意識を失えば深海棲艦の軍勢は大混乱に陥る。何故か遅れて援軍に来るであろう艦娘に各個撃破になるだろう。

 

 俺は意識を失う直前に全軍撤退の指示を徹底させた。

 

 船渠棲姫ちゃん、あとよろしくぅ。

 

 おっぱいぷにぷになりぃ……

 

 あぁ。深海棲艦鎮守府は陥落したんだった……俺たちはどこに行くのか……どこに向かうのか……

 

 俺の手は駆逐艦イ級を求めるように船渠棲姫ちゃんのおっぱいを意識を失っても撫で回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は残酷だ。もちろん人類にとってだ。

 

 艦娘は日本にしかいなかった。

 

 アメリカ、ロシア、欧州。どこにも艦娘はいない。潜水艦、カ級、ソ級、ヨ級達は、ごめんなすってとばかりに深海棲艦提督が関知しない外海を隈なく調べた。

 

 南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、欧州、ユーラシア大陸の内陸部、オーストラリア大陸。

 

 とっくの昔に深海棲艦に攻め落とされかの地で人類はただ一人として生きていなかった。

 

 地形も変わっていた。深海棲艦の仕業じゃない。

 

 新型の超大型核兵器や新型質量兵器でアメリカとロシアの大地が抉れていた。ヨーロッパはそれほどでもない。イタリアの長靴が無くなっていた程度だ。

 

 深海棲艦に人類の兵器は通用しない。人類は自滅した。高濃度に核汚染された大地では、例え深海棲艦との戦いに勝利しても長くは保たない。地下のシェルターで一万年引きこもっても不可能な程に。

 

 今人類の版図は日本を起点として朝鮮半島から奥、中国の沿岸から一〇〇〇キロに渡る砂漠地帯が四〇%を占める大地と東南アジアに僅かに残った日本が資源を頼る東南アジア連合のみ。

 

 世界中の海に散らばる大小様々な島嶼国家はとっくに滅んでいる。

 

 無知は罪だ。

 

 これは深海棲艦提督たる俺の罪だ。

 

 一〇年先一〇〇年先に勝利するのは深海棲艦だと豪語していたおれはただの間抜けだった。

 

 人類はとっくの昔に詰んでいたんだ。

 

 勿論言い訳はある。日本にのみ顕現した艦娘だ。

 

 正面からぶつかればただでは済まない。俺の無知と相まってこれが俺の戦略を曇らせた。

 

 だって世界中に艦娘がいるって思うじゃん!

 

 まさか日本にだけいるって思わないじゃん!

 

 今になって考えれば、物量で勝る深海棲艦に人類が勝てるはずがなかった。人類兵器が通用しない上に、戦えるのはたった数百しかいない艦娘だけだ。

 

 資源は少なく国としての繋がりは東アジアから東南アジアまで。他は完全に通信断絶。俺が日本にいたとすれば絶望しかない。ただまぁ、情報統制をして国民が知る事はないだろうが。

 

 つまり艦娘を使ってのバンザイアタックは日本にとって乾坤一擲の一撃だったのかもしれない。

 

 応援が来なかったのは遅れたのではなく、本当にこれなかった可能性もある。末期の大日本帝国よろしく燃料弾薬が足りなかった可能性が微レ存。

 

 深海棲艦提督などいなくても深海棲艦は遅かれ早かれ人類に勝利していた。これまで色々艦娘と提督について検証していたつもりだが、まるで意味がなかった。あぁ恥ずかしい。

 

 つまりは深海棲艦提督と艦娘の存在は大きな視点でみれば誤差みたいなものだと言うことだ。

 

 そういう事だよね? 船渠棲姫ちゃん?

 

「何言ってるの? 馬鹿じゃないの?」

 

 青ざめた肌。一部がメッシュのような虹色が入った長く艷やかな髪。

 

 艤装を全て解いて今は余すことなく素肌を晒している。

 

 船渠棲姫ちゃんに戦闘に関する艤装はなく戦う深海棲艦ではない。彼女は深海棲艦を修理する能力を持っている。明石みたいなもんだ。

 

 もちろん俺は深海棲艦じゃないので治療は出来ても修理は出来ない。右腕は当然繋がらない。

 

 普段は少し怒ったような表情がデフォな彼女だが今はたっぷりと魂を繋げあった後なので、とても穏やかな顔をしている。口にした言葉は辛辣だが、意味するところは感謝しかない。

 

 右腕がない分は船渠棲姫ちゃんが頑張ってくれた。恥ずかしがりながらも一生懸命な姿に深海棲艦提督も興奮した。

 

「愛に存在価値って必要なの? 本当に馬鹿ね」

 

 そう俺は馬鹿だ。一つに繋がり船渠棲姫ちゃんの魂の全てが俺を愛してくれていることを知っているのに。

 

 でもね。言葉として言って欲しいじゃん。だって深海棲艦提督だもの。

 

「人間が全部死んだ後も愛してあげるわ。だって貴方を殺すのは私だもの」

 

「うん」

 

 人類のいない世界。深海棲艦だけが世を謳歌する世界。

 

 どんな世界だろうなぁ。もちろん俺が知ることはない。

 

 その世界に俺はいないからだ。人類最後の一人になった瞬間におれは深海棲艦に殺される。

 

 それが最初の深海棲艦、戦艦棲姫との契約。順次拡大して全ての深海棲艦と交わした魂の約束だ。

 

 果たして俺を殺してくれるのは誰なのか?

 

 俺の魂の争奪戦。

 

 願わくば、深海棲艦同士で争うことのないよう。

 

 俺は船渠棲姫ちゃんのおっぱいに顔を埋めて、遠くない未来に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                原作:艦隊これくしょん

 

 

 

 

 

                    (完)

 



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EX 【注意書きあり】

【注意】
ご指摘頂いたので注意書きを一つ。

以下の話は前話までの世界観とは別となっています。

繋がっているかもしれない、そうじゃないかもしれない。

受け取り方は各自自由でいいかと思います。

~『終』までの世界観が好きな方は見ないほうがいいと思います。

あくまでおまけの話です。




EX

 

「って夢を見たんだけどどう思う?」

 

「テートクは働き過ぎて疲れているネー」

 

 昨日見た夢を金剛に話したらいつもの如く呆れられた。そりゃそうだ。いくら夢でも五回も轟沈したって言われればいい気もしないだろう。

 

 上官として部下とのコミュニケーションは大事だと、旗下の艦娘に見た夢を話して雑談をしていた。

 

 セクハラだ、パワハラだと言われるのが見えているので、深海棲艦との肉体的な関係は伏せて、笑い話程度に振った話題のつもりだった。

 

 人間の美人秘書官が業務終了であっさり帰った後、なんとなく雑談で旗下の金剛と浜風に夢の話をしている最中だ。

 

 艦娘に秘書艦をさせるなんてとんでもない。彼女達は深海棲艦と戦うのが仕事だ。書類仕事をさせるくらいなら訓練でもするか少しでも体を休ませるべきだ。

 

 本当は休んで鋭気を養って欲しいが艦娘(こいつら)俺に大本営から派遣された秘書官がつくようになってから執務室に入り浸るようになった。

 

 死ぬ前(転生前)のゲームの艦これと違って艦娘(こいつら)は提督ラブでも何でもない。金剛はバーニンバーニン言わないし、浜風はバレンタインにチョコの一つもくれたことがない。

 

 ケッコンカッコカリなんて便利な指輪もないし、中破しても艤装が破れる事もない。見た目は綺麗で可愛いけど萌え要素は激減している。

 

 他の提督達はいつかはデレるはずだと無駄に頑張っているけど俺は早い段階で諦めている。艦娘との絆は感じるがそれは深海棲艦と戦うために培ったものだ。下手に男女の性差を意識してしまえば戦場に送り込めなくなるから俺にとっては都合がいいと解釈することにした。

 

 提督と艦娘の関係ってこれでいいんだろう。まぁ綺麗だし可愛いしだしで今でもふとした瞬間にドキドキする事はあるけど。

 

 俺はなんとなく右手が寂しくて金剛に向けて腕を伸ばした。

 

 金剛は俺の右手をひょいと避けた。

 

「お触りは厳禁ネー」

 

 出会ってからそれなりの時間が経つのに未だに時間も場所も状況にも関係なくお触りは相変わらず厳禁だ。戦闘では頼りになるんだけどね。

 

「夢の中で提督の最期はどうなったのですか?」

 

 浜風がさして興味なさそうに聞いてきた。興味ないなら聞かなくていいのに。

 

「え? 死んだよ?」

 

 人類を滅ぼしてから戦艦棲姫改に殺された。首と胴体がスパッと離れて苦しまずに死んだと思う。

 

「その後は?」

 

「さぁ?」

 

 深海棲艦が世界征服してめでたしめでたしなんじゃないかな?

 

「……いえ……その……死んでも愛されるとか言ってませんでしたか?」

 

「あぁそんな事言われてたね。首だけになった俺に戦艦棲姫改が凄く悲しい事を言った様な気がする」

 

「なんと言われたのです?」

 

 興味無さそうなのに凄く食いついてくる。もしかして夢の中の深海棲艦に嫉妬してるのか? いや無いな。無い。艦娘は提督を男として見てない。

 

 ゲームと違って艦娘はドライだ。初期に艦娘に手を出そうとして心にトラウマを負った提督が続出した。提督を求めるのは戦力増強のため。夢も希望もありゃしねぇ。

 

「えーっとね、あれ? なんだっけ? 忘れちゃった」

 

 夢なんてそんなもので、はっきり覚えているほうが稀だ。深海棲艦の提督になって人類を滅ぼす夢だ。普通に考えれば悪夢の類だ。さっさと忘れた方がいい。

 

「……テートクは夢の中で深海棲艦を愛していたノ?」

 

 恥ずかしい事を聞いてくる金剛。夢の話をしたのは俺だけど。自分らこんな話興味ないだろうに。

 

「だったんじゃないかなぁ。殺されてもいいくらいには好きだったみたい」

 

 愛してたとか恥ずかしい言葉を口にするのが嫌で言葉を変えた。

 

 俺は女性を愛した事はないが、夢の中の深海棲艦との関係が愛と呼ばれるものだったとしたら、いつか愛する女性が出来たとして命をかけるのも悪くはないんじゃないかとは思う。艦娘(こいつら)の前では口が裂けても言わないが。

 

「提督、誤魔化さないで下さい。愛していたのですか?」

 

 浜風が手を握ってきた。珍しい。というか初めてだ。体の接触を艦娘(こいつら)は極力避けている。初めての戦闘で気が昂ぶった俺がハイタッチをしようとして無視されたのは今でも思い出すほどのトラウマだ。

 

 艦娘の体って硬いもんだと思ってたけど普通に柔けぇな。ってかなんなの浜風? なんか怖い。

 

 浜風にギロリと睨まれた。めちゃ怖ぇ。力では人間は艦娘に絶対に勝てない。瞬殺される程度には力の差がある。怒らせたら俺の手は回復不可能なレベルで肉片になる。

 

 まぁそんな事はしないだろうけど。それくらいの信頼はある。怖いのはあの眼光だ。なんで睨むのよ!?

 

「テートクゥ、早く言った方が身のためネ」

 

 金剛に浜風と反対の手を握られた。ほんとになんなん君ら!? 身のためって何だよ!? 俺提督! 君たち艦娘!

 

 二人に手を握られて、普段は意識してなかったのに女を感じてしまった。そのせいで夢の中で愛し合った深海棲艦達の裸体を思い出し連鎖的にどう愛し合ったかを次々と思い出してしまった。

 

 くんずほぐれつ。俺から攻めるパターンが多かったが、深海棲艦達も俺を喜ばせようと積極的だった。恥ずかしがる姿に興奮した。お互いに全てを許して全てを受け止めた。

 

 浜風と金剛が聞いたのは深海棲艦を愛していたのかであって、どう愛し合ったかではない。夢の中で俺は深海棲艦達とぐちゃぐちゃのどろどろになって溶けるように愛し合っていた。やばい。思い出しただけで鼻血出そう。

 

 こんなのを話せばセクハラ上司だと責められて数日は針の筵だ。言えるはずがない。

 

 金剛と浜風が同時に手を離した。

 

 ありゃ? と思って顔を見れば二人共真っ赤だ。どうしたん? まだセクハラしてないよ?

 

「きょ、今日は疲れたらから戻って休むネー」

 

「い、磯風とく、訓練の約束をお、思い出しました」

 

「あ? そう? お疲れ様」

 

 手の温もりが同時に消えて少し寂しく感じたが艦娘は、休むか訓練をするのが一番いい。深海棲艦との戦いはこれからも長く続くのだから。

 

 背中を向けた二人の項が真っ赤に見える。耳も赤い?

 

 でもそんな事を口にすると、二人に怒られるのは目に見えている。見て見ぬ振りが一番だと俺は保身に走る。

 

「テートク……えっちなのはいけないヨー」

 

 金剛が意味不明だ。えっちも何も俺は提督になってから大本営の方針もあって女性との付き合いはゼロだ。美人秘書は大本営のハニートラップなので手も出せない。悪所にすら通えないんだからな!

 

「提督……浜風は提督だからといって簡単に体を許す女ではありません」

 

 知ってるよ! 体を許すどころか手に触れたのも今日が初めてだよ!

 

 金剛と浜風はそそくさと執務室を出ていこうと出口に向かう。

 

 何しに来たの君たちは!

 

 扉が閉まる前、僅かに開いた扉の隙間から半分顔を出した金剛と浜風。

 

「テートク、最近深海棲艦が強くなって来てるヨー」

 

 そうだな。深海棲艦も近代化改修や改造でもしてるのかエリートやフラグシップ型がちらほら出てくるようになった。昔みたいに簡単に勝てなくなってきたのが悩みの種だ。

 

「ですので今後は戦意高揚(キラキラ)と言う手段も考慮に入れてはどうでしょう?」

 

「は?」

 

 二人はぱたんと扉を閉めて出ていってしまった。

 

 何言ってんのあいつら?

 

 この世界に戦意高揚(キラキラ)はない。連続勝利したとしても何か特別な効果が艦娘につくことはない。

 

 当初、俺と同じ転生したと思われる提督が「戦意高揚(キラキラ)」理論を高らかに唱え、検証を繰り返したが戦意高揚(キラキラ)は一度たりとも発動せず、今ではそんなものはなかったと誰も口にしなくなった。ないものはないのだ。

 

 俺は誰もいなくなった執務室でタバコに火をつけた。肺を紫煙で満たしてからゆっくりと吐き出した。

 

 鎮守府でもタバコを飲む人間は煙たがられ、今では鎮守府内で喫煙出来る場所は艦娘を迎える埠頭と誰もいなくなった執務室くらいだ。旗下の艦娘たちもやめろやめろと煩い。世知辛い世の中だ。

 

 ニコチンで痺れた脳で夢の中の事を思い出す。

 

 イベントボス達はずっと戦意高揚(キラキラ)してたなぁ。

 

 夢の中では艦娘も深海棲艦もキラキラしていた。そういや浜風も戦意高揚(キラキラ)してたなぁ。戦意高揚(キラキラ)の手段は限られてて、体の接触で意思疎通が……

 

 頭の中で何かが閃いてタバコを根本まで一気に吸ってしまった。

 

「あちちちちち!」

 

 火種が胸元に落ちて火傷しそうになった。ぱたぱたと慌てて火を消した。

 

 あー間抜けだ。こんな所が艦娘に呆れられる原因なんだろうなぁ。

 

 あれ? 何考えてたっけ? まぁいいか。どうせ大した事じゃないだろうし。

 

 俺は書類を取り出して提督としての仕事を始めた。とっくにノルマとしての仕事は終わっているが、これは金剛と浜風が沈まないよう、沈む確率を少しでも下げる為の趣味みたいなものだ。

 

 俺の旗下にある限りは再建造なんて絶対にさせない。普段は艦娘に呆れられているけど、これまで培ってきた信頼関係は本物だ。

 

 命を賭けて戦う艦娘の信頼に応えるためには俺も努力を惜しんでいられない。

 

 憧れの提督になったってのに、思うようにはいかないもんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数カ月後、異常な戦果を叩き出す二人の艦娘が現れた。

 

 一人は戦艦金剛。

 

 戦場で好戦的な笑顔を浮かべ、英語で叫び声を上げながら戦艦棲姫を一撃で大破する姿は頼もしく、常に先頭で戦い、味方の艦娘を鼓舞し続けた。

 

 もう一人は駆逐艦浜風。

 

 対空兵装を充実させ、深海棲艦の航空部隊の攻撃から味方艦隊を徹底した対空砲撃で守る姿は秋月型に決して引けを取らず、あるいは上回り多くの艦娘を窮地から救った。

 

 本来のスペックを上回る命中率と回避率は他の艦娘の追随を許さず、撃破記録を塗り替え続けた。

 

 金剛と浜風の提督は、そんな二人に応えようと腰を叩く姿が増え、目の下に隈を作るほど睡眠時間を削ってまで提督業務をしているんだろうと噂され、まさに提督の鑑だと人々は口々に褒め称えた。

 

 メディアの露出も増え、小さな子供達が瞳を輝かせて将来就きたい職業に提督を上げるまでに至った。

 

 目の下の隈を化粧で隠した提督はテレビのインタビューに答える。大本営が用意した台本通りに。

 

 昔から国民を守る軍人になりたかったと。今の自分は子供の頃からなりたかった自分ですと。

 

「憧れの提督()になりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり

 



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