成り代わりリンクのGrandOrder (文月葉月)
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Prologue 勇者の帰還





 

 

 

 

二度と覚めない筈の眠りから浮上した。

 

 

 

 

 

永遠だった筈の封印が綻んだ。

 

 

 

 

 

それ自体は驚くようなことじゃない、一応予想は出来ていた。

 

 

 

 

 

女神が創り上げた退魔の聖剣、万能の力の結晶であるトライフォース。

 

 

 

 

 

そして……自分で言うのも何だけど、『勇者』そのものにだって価値を見出せる要素はあるだろう。

 

 

 

 

 

いつか、俺達の伝説が本当に『伝説』となるような遠い未来、それらを狙う連中が現れることは十分考えられた。

 

 

 

 

 

だけど残念。

 

 

 

 

 

生憎と俺には、その思惑に応えてやる気は全く無い。

 

 

 

 

 

俺は『リンク』としての役目を果たしきった。

 

 

 

 

 

世界が滅びに瀕し、人々が苦しめられるような、『勇者』の登場と活躍が望まれるような時代はもう終わった。

 

 

 

 

 

終わらせたんだ。

 

 

 

 

 

目覚めたい気持ちが…もう一度、今度こそ本当に『ただの俺』として生きたいと望む気持ちが無いわけじゃない。

 

 

 

 

 

だけど、余計な争いの火種となってまで叶えたい望みだとは思えない。

 

 

 

 

 

繰り返される争いの運命から、世界は、人々はやっと解放されたんだ。

 

 

 

 

 

それがどれだけの悲劇と争いの末に叶った奇跡なのか、未来の人達はわからないだろうし。

 

 

 

 

 

あの頃には無かった別の問題だって、色々とあるんだろうけれど。

 

 

 

 

 

それは他でもない、『いま』を生きる人達の手で乗り越えなければならないことだと俺は思う。

 

 

 

 

 

だから、皆で頑張ってほしい。

 

 

 

 

 

俺みたいな、遠い過去の遺物なんかには頼らないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思いながら再び微睡みかけた意識が再び、今度は一瞬で覚醒した。

 

 

 

 

 

声が聞こえる。

 

 

 

 

 

苦しむ声。

 

 

 

 

 

悲しむ声。

 

 

 

 

 

祈る声。

 

 

 

 

 

願う声。

 

 

 

 

 

信じる声。

 

 

 

 

 

声、声……世界中から届いてくる。

 

 

 

 

 

助けを、救いを。

 

 

 

 

 

奇跡を。

 

 

 

 

 

『勇者』を願っている。

 

 

 

 

 

『その瞬間』に、世界中の人々が抱いたのであろう想いの残滓が、残響が。

 

 

 

 

 

焼き尽くされて、人も歴史も無くなった世界にまだ残っている。

 

 

 

 

 

思考が焼き切れるような心地がする。

 

 

 

 

 

怒りが、悔しさが、歴史を焼いた炎以上の赤と熱をもってこの身を焼く。

 

 

 

 

 

この事態に誰が抗えた、どう頑張れた。

 

 

 

 

 

首謀者以上に、自分自身の見通しと考えの甘さに対して腸が煮え繰り返りそうだ。

 

 

 

 

 

祈りの声は尚も届く。

 

 

 

 

 

応えるべき相手は、救うべき世界は、もはや消え去ってしまったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………いや。

 

 

 

 

 

………残っている。

 

 

 

 

 

まだ諦めていない。

 

 

 

 

 

まだ戦っている人達がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場所の、その人達の存在を認識した次の瞬間。

 

 

 

 

 

俺は俺を、『勇者』を呼ぶ声に応え、手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

運命なんかじゃない。

 

 

 

 

 

逃げられなかった訳でも、諦めて受け入れた訳でもない。

 

 

 

 

 

助けを求めて、『勇者』を願う人達がいて。

 

 

 

 

 

それに応えたいと思った俺の、『勇者の力を受け継いだ俺』自身の心で決めたことだ。

 

 

 

 

 

『ゼルダの伝説』は、『勇者リンク』の物語は確かに終わった。

 

 

 

 

 

ならばここからは正真正銘。

 

 

 

 

 

俺の…リンクの物語だ。

 

 

 

 

 

……俺はリンク、俺は勇者。

 

 

 

 

 

何故だろう。

 

 

 

 

 

ずっと、何となく違和感を感じていたその名前が、肩書きが。

 

 

 

 

 

初めて、本当の意味でしっくりと来たような気がした。

 

 

 

 

 

 




本編を開始します。
どれだけの長さで、どれだけの時間がかかるか…そもそも、書ききれるかもわかりませんが。
彼らの人理修復に、お付き合いいただければと思います。


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マテリアル 真名『リンク』
クラス『勇者』


マスターソードの設定についてご指摘をいただき、それがしっくりと来たので多少手直しをしました。


 

ステータス

 

 

【出典】ゼルダの伝説

 

【CLASS】勇者(ブレイヴ)

 

【真名】リンク

 

【性別】男

 

【身長・体重】155cm・52kg

 

【属性】中立・中庸(ちなみにゼルダが秩序・善、ガノンドロフが混沌・悪と仮定)

 

【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運A 宝具A

 

 

 

 善の女神『ハイリア』の加護のもと、かの女神の名を拝した地にて、神代をも越えた遥か太古に繁栄した前史文明『ハイラル』。

 幾万にも渡った永き年月の中で繰り返された栄枯盛衰、その転換期における戦乱や混乱を鎮め、幾度となくハイリアの地と歴史と人々を救った、正しく『最古の英雄』と呼ぶべき者である。

 彼の活躍が記された伝説は、世界中のあらゆる時代、あらゆる国、あらゆる文化に強い影響を与えている。

 故に、世界のどこで彼が召喚されたとしても、人が生き文明が存在する地である限り、最高ランクの知名度補正を得ることが出来るであろう。

 ………最後の最期まで、誰かのため、平和のために身を尽くした『勇者』たる彼が、魔術師の身勝手な願いに応えてくれればの話だが。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

クラススキル

 

 

黄金の聖三角(トライフォース) EX

 

 既に失われた時代に存在していた三柱の女神達が紡ぎあげた力の結晶、所有者の手の甲に紋章として刻まれる。

 『勇気』『知恵』『力』の三角によって構成されており、全ての力が統合された折には『万能の願望機』とも成り得たという。

 人々のために紡がれた祝福ではあったが、後の世に『勇者』『姫』『魔王』の長き歳月に及ぶ因縁の大元となってしまった。

 末代の勇者は聖三角が存在するかぎり囚われ続ける自分達の運命を嘆き、姫の、そして魔王の魂の解放を最後の願いとして、自らを聖三角の永遠の保有者であり管理者とすることで全てを終わらせた。

 

 『最後の願い』を受諾した聖三角からは、もはや『万能の願望機』としての側面は失われている。

 それでも『女神の祝福』という名の膨大な力の結晶であるという事実は変わらず、『燃料』として用いれば万能の願望機に匹敵する結果を紡ぎ出すことも可能と思われる。

 しかしこれの唯一の持ち主、伝説を終わらせた末代の勇者は聖三角が再びの騒乱を巻き起こすことを望まず、己の現界や戦闘を補助するためや、隣人のありふれた望みを手助けするといったことにのみ使用し、彼が為した偉業や彼に許された権利からすればあまりにも細やかで健気な振る舞いを周囲に見せている。

 

 

 

 

 

「フォウさんの手、フォウさんの手、包丁を使う時はフォウさんの手を忘れずに……」

 

「マシュ、力を入れ過ぎだ。それでは逆に危ないぞ、もっと落ち着いて」

 

「あ、あ、危ない!? この料理はやはり失敗してしまうのですか!?」

 

「なぜそうなるのかね、指を切りかねないという意味だ!」

 

「指を切ってしまうくらいどうってことありません! 

 センパイは楽しみにして下さっているのに…私が至らないせいでそれを裏切ってしまったらと。

 優しいセンパイなら仮に失敗しても笑って食べてくれる、それがわかっているからこそ……怖くて怖くて、手が震えて」

 

「……マシュ、大丈夫だから」

 

「ほわっ!? リ、リ、リンクさん!」

 

「深呼吸」

 

「ふっ……すぅー、はぁーー……」

 

「大丈夫、大丈夫……ほら、落ち着いてきた」

 

(………ドクター以外で、背中を撫でてもらうなんて初めて。

 ドクターとは違う温かい手、気持ちが落ち着いて、息が楽になってくるのがわかります)

 

「……はい、もう大丈夫です。ありがとうございました、リンクさん」

 

「頑張れよ、俺も楽しみにしてるから」

 

「はいっ!」

 

 

 

「何とも温かく、優しい力なのだ、離れた所で作業していたキャットにまでわかったぞ」

 

「万能の力、トライフォースかあ…あれを料理を成功させるんじゃあなく、あくまでマシュを落ち着かせてあげるために使う辺り、やっぱりリンク君はわかっているねえ」

 

「勇者たる者はやはり違うな…あの力があれば、それこそどんなことでも為せるだろうに。

 あの力を自らのために用いる権利が、彼には間違いなくある筈なのに…」

 

「それをしない、いや出来ない、そういう子なんだよ。 

 ……私には、ちょっと無理かなあ」

 

「キャットも自信がない、極悪な本体には猶更だ」

 

「『一人の少年が背負っていい運命ではない。全ての因縁は、私の代で終わらせる』。

 それが、彼の最後の言葉だったか」

 

「……終わってないよねえ、結局最後まで一人で全部背負ったんだ。

 大事なお姫様だけでなく、因縁の相手だった筈の魔王まで最後には助けちゃって。

 そして自分は一人ぼっち」

 

「何を言うブーディカ!」

 

「え…?」

 

「よく見て、そして思い出してみろ、今のリンクのどこが孤独のぼっち少年に見えるというのだ?」

 

「……そうだね。ああ、そうだね、その通りだ。

 よぉーし、マシュのメインに負けないように、頑張ってサイドメニュー色々と作りますか。皆で食堂に集まって、賑やかに食べよう!」

 

「おうとも!」

 

(あまりにも見てられなく咄嗟に手を出したけど。

 ……大丈夫かなあ、トライフォースこんな使い方して怒られないかなあ。

 ……誰にって、誰かに。

 一応正当な保有者だし、管理責任だって果たしてるし。

 ぶっちゃけ俺のだよね、これ。使っていいよね、大丈夫だよね。

 ………たまに軽く使ってるけど、何か言われたことは無いし、気付かれても無いっぽいし。

 大丈夫だろう、うん)

 

 

 

* * * * *

 

 

 

宝具

 

 

退魔の聖剣(マスターソード)

 

ランク:B++ 種別:対魔宝具

 

 『黄金の聖三角』と同じく女神によって作られた神剣。真の勇者のみがその手に出来ると伝えられる。

 悪しき者、魔の者との戦闘においてその切れ味は更なる輝きを放ち、どのような堅い守りでもその刃を防ぐことは叶わない。

 激しい戦闘で損傷してしまったとしても、女神の加護の賜物か、時を経ることで復活を果たすことが出来る。

 

 『ゼルダの伝説』の記述によれば、女神達から使命を授けられた精霊と共に試練を越え、神剣の真の力を目覚めさせた少年もまた『勇者』の魂を持つ一人であったという。

 その誕生から終末までを勇者に寄り添い、戦い続けた神剣は、役目を終えた今も変わらず、ただ一人の主である勇者の魂と共に眠る。

 今も、昔も、そしてこれからも、勇者の眠りは決して孤独なものではないのだという事実は、『ゼルダの伝説』に魅せられた人々を絶えず慰め続けている。

 

 

勇者の愛馬(エポナ)

 

ランク:B 種別:対軍宝具

 

 膨大な時を経て紡がれる『ゼルダの伝説』、その幾つかの章に跨いでその名と存在が記されている勇者リンクの愛馬である。

 誰もが認める名馬でありながら、その誇り高さ故の扱い辛さから周囲の者達からは敬遠されていたことも。

 しかし、ただ一人の主と認めた勇者に対しては一心の忠誠と愛情を捧げ、彼の旅路に立ちはだかった困難の多くをその健脚で乗り越えてみせた。

 

 他のどのような馬でさえその走りに追いつくことは叶わなかったという掛け値なしの駿馬ではあるが、かの馬を勇者の愛馬とした一番の要因はその優れた精神性である。

 一歩先に何があるかも分からない未開の地も、魂を凍えさせるような悪天候の下も、怖ろしい魔物へと立ち向かう時も、怒号と剣戟の飛び交う戦場の只中でさえも。

 本来臆病な馬ならば竦んで動けなくなる筈の如何なる状況をも、かの馬は背の上の主と共に、『勇気』をもって駆け抜けたのだ。

 今の世にて度々巻き起こる、『史上最も偉大な名馬とは』という論争にて、真っ先にその名が挙がる内の一頭である。

 

 時を跨ってその名が現れる理由については、勇者の馬にはその名をつけるものという慣習があったのだという説や単なる偶然という説の他に、神剣と共に愛馬の魂もまた、時を経て勇者と共に在ったのだという、感傷的ながらも賛同者の多い説も存在している。

 

 

古代の叡智(シーカーストーン)

 

ランク:A+ 種別:対人宝具

 

 『ゼルダの伝説』に記されていた当時、遥か太古に確かに築かれていた大いなる文明の一端が形となったもの。

 見た目こそ只の小さな石板(硬度や加工技術からして間違いなくオーパーツの括り)ではあるが、しかし勇者がその面に意図をもって触れることで真の姿と力が現れる。

 

 この石板に込められた力は幾つかあるが、最も分かりやすく表すならば、『あらゆる情報を保存し、纏め、取り出すことが出来る力』である。

 単純でありながら強大な魔術の術式を保存し、必要時に即座に発動させる。

 魔法薬の素材や入手した武具、更には自作した道具を一旦『情報』として収納し、任意で取り出す(内部でその情報を『数値』に変換すれば、既に登録済みの別の情報から異なる素材・道具を精製することも可能)。

 他にも画像の撮影・保存や詳細な周辺地図の作成など、その価値を理解できる者からすれば感心を通り越して恐怖すら覚えかねない程の機能を備えている。

 

 

 

 

 

「どうだい、調子のほどは。

 僭越ながら、この天才の全叡智を結集して頑張らせてもらったんだけどねえ」

 

 いつもの完璧な微笑みを浮かべながら、いつもの自信満々な謙遜を口にする万能の天才。

 その口元がほんの僅か強張っていることに、その声が柄でもない緊張にほんの僅か抑揚を失っていることに、その笑みと声を向けられた当の本人は気付いていまい。

 オペレータールームの一角に新たに備え付けられた機材の前で、居合わせた全スタッフの注目を一身に浴びながら、刺すようなそれを一切気にすることなく、自身の宝具を組み込んだそれを操作することにのみ集中する勇者様は。

 

 一般の魔術師が知れば、目を剥いてひっくり返って泡を噴きかねないような超貴重な魔術素材を惜しみなく使用し、高レベルで科学技術と融合させた装置は、マスターとサーヴァント達のレイシフトと戦闘を常に見守っている画面と各種コンピュータに繋がっている。

 ダ・ヴィンチに教えられた手順を正当に踏んだリンクは、自身の宝具にのみ記録されていた筈の情報が目の前の大画面に無事に表示されたことにホッと肩の力を抜き、続いて周囲から上がった歓声と感嘆の声に思わず苦笑いを零した。

 

「問題ないみたいだ、流石はダ・ヴィンチちゃん」

 

「当然だとも……と、胸を張って言いたいところだけどねえ。

 この天才も、今回ばかりは流石に肝が冷えた。

 ランクA+相当の宝具をポンと託されて、更にはあんな凄い素材まで山と貰っちゃったらねえ…『絶対に失敗できない』と追いつめられる凡人の気持ちと苦労が、分かったような気がするよ」

 

「欲しかったらまた取ってくるけど?」

 

「そういうところだよ君、並の英雄なら命や生涯を懸けてるようなことをあっさり言わないで欲しいなあ!」

 

 気が抜けて思わず本音を零してしまった上に、慣れないツッコミまで入れてしまったダ・ヴィンチに、リンクは無邪気な少年そのものといった笑い声で返す。

 美女と美少年の気の置けないやり取りは、何とも目の保養となるであろう光景だったのだが…生憎と、居合わせた者達にそれを純粋に堪能できる余裕は無かった。

 

 常日頃から特異点の様子を見守っている大画面に、今現在所狭しと表示されているのは、各特異点に置ける今までの戦闘や冒険において、リンクが小まめに残してきたありとあらゆる記録の数々である。

 竜やゴーストといったエネミーは、生々しい鱗や牙の数から、薄っすらと透けて記録映像だというのに怖気が走りそうな体躯までが詳細に見て取れる。

 現地の人々の装いや日々の暮らしの場景は、その存在を認めることが出来さえすれば、歴史研究家達が興奮のあまり狂気に陥りそうな貴重な資料の数々だった。

 

 『外』においては一枚だけで世界がひっくり返る騒ぎになりそうな資料の山が、ダ・ヴィンチが心血を注いで作り上げた装置を通じて、オペレータールームの各機材に共有されている。

 レイシフトに赴いたマスターやサーヴァント達に、これからはカルデア内の設備に頼った存在証明に限らず、現地から得た詳細なデータを基により実用的な分析や情報提供が出来るようになったのだ。

 これでより一層、危険な戦いに赴く若者達をサポートしてあげられる。

 まるで我が身の安全が保障されたかのように喜ぶオペレータールームのスタッフ達を、微笑まし気な眼差しで見るリンクに、それまでのやり取りを珍しく無言で見守っていたロマニは思わず声をかけていた。

 

「……ちょっと聞いていいかい、リンク君」

 

「なに、ドクター?」

 

「此度の君の申し出は、僕達にとって本当にありがたいものだった。

 君の宝具の詳細を知って、あまりの凄さに面食らって…本当は、僕達の方から申し出ようと思ったんだよ。

 君の宝具…『シーカーストーン』に収められた情報をカルデアに提供してもらえるならば、僕達のサポートをより確実なものと出来る。

 だから僕は…カルデアの、所長代理として……」

 

 宝具の、サーヴァントによっては生涯そのものとも言えるものの提供を求めようとした。

 仮令それが勇者を怒らせることになろうとも、人理のため、カルデアのため、年若いマスターとサーヴァントの少女のため、自らがそれを背負おうと覚悟を決めて。

 そんなロマニの予想と覚悟は無駄に終わった。

 当の本人が、自分から、宝具に収められた情報を提供するために、ダ・ヴィンチに専用の装置の開発を依頼したことによって。

 

 そのようなことは、普通ならあり得ない筈なのだ。

 サーヴァントが、自ら宝具を他人に、魔術師達の手に何の見返りもなく委ねるだなんて。

 自分達を信用してくれたのだと思うのは容易い。

 しかし、『何をもって』という疑問と不安がどうしても付きまとう。

 カルデアの所長代理としてだけでなく、ロマニ・アーキマンという個人として、どうしても確認せざるを得なかった。

 

「リンク君……君はどうして、そこまでしてくれるんだい?」

 

 どうして、そこまですることが出来るんだい?

 

 本当に訊ねたかった一言は、ロマニの口の中で噛み砕かれて消えた。

 ロマニの真剣な問いと表情に、リンクは思わずといった様子でキョトンと目を瞬かせ…次の瞬間、その身に纏う空気と表情をふっと変化させた。

 

「ねえドクター、ひとつ質問……俺が今も変わらず負っている肩書きは何でしょう、わかる?」

 

 勇者リンク…それとも、サーヴァント・ブレイヴ。

 脳裏に過ぎった当たり前すぎる答えを却下したロマニは、少し考えた末に答えへと辿り着いた。

 

「……ハイラル王家、戦術顧問」

 

「正解、おめでとー。

 ……とっくの昔に跡形もなくなった国の肩書きなんて、負うだけ無意味なのかもしれないけれど。

 一人でも多くの兵士が、家族の元に帰るために…一人でも多くの民が、何の不安も無い日々を過ごせるために……俺は役立つことが出来る、俺に出来ることが確かにある。

 そう教えてくれた、導いて、気付かせてくれたあの瞬間と、ゼルダを同志として共に頑張った日々は、今も変わらず俺の誇りなんだ。

 

 俺は必ず、この無謀な戦線を最後まで導いてみせる…一人の脱落者も出さず、共に頑張ってきた全員で一緒に、光輪の無い本当の青空を見てみせる。

 その為に、出来ることがあるなら何だってやるさ。

 ……只でさえ、既に一人取りこぼしてしまっているんだ。

 これ以上は、絶対に許さない」

 

 悔しそうに拳を握り、歯を噛みしめたリンクの表情に、ロマニは彼が口にした『取りこぼし』という言葉に違和感を覚えた。

 戦況こそ常にギリギリなれど、彼がそこまで言う程の犠牲が出たことは……そこまで考えたところで、彼の思考は静かに凍りつく。

 

「リンク君…君、オルガマリー所長の事を。

 でもあの時、君はまだカルデアには…」

 

「わかってる、どうしようもなかった。

 それを俺のせいだとか、俺がその場に居ればとか、勝手なことを言って勝手に背負うつもりは無い。

 間に合わなかったことなんて、俺の……オレの、僕の時にだってあったんだから。

 だけど忘れないことは出来る、その人が残してしまうしかなかったものを引き継ぐことは出来る。そうだろう?」

 

 知らず力が込められていたリンクの瞳に、声に、不意に幾つもの『彼』以外の誰かが現れる。

 末代の『彼』に統合された、代々の勇者の想いがそこにあった。

 人理の、カルデアのために力を尽くすことは全ての『リンク』の総意なのだと、そう言われたようにロマニは思った。

 

(ハイリア王家…史上、最年少の戦術顧問。

 彼は13歳の若さでそれに就任し、15歳で勇者の運命へと向き合った。

 ……今、僕の目の前にいる彼こそが、本当に、彼の全盛期の姿なんだ)

 

 その事実を改めて思い知ったロマニは、自身の両目に熱いものがこみ上げるのを感じた。

 仮令老いて衰えた最期を迎えていようとも、召喚された際にはその者の全盛期の肉体でもって顕現する。

 サーヴァントとはそういうものだった。逸話上で大往生を迎えていながら若々しい身体と力を得ている者は実際に多い。

 その差異の大抵は、見た目に吊り合わない老成さという形で表れている。

 

 しかしリンクは違う。彼は若い身体に成熟した精神を持ち合わせているという訳ではない。

 彼は本当に、この歳、この姿の時に、たった今目の当たりにしたばかりの英雄性を身につけていたのだ。

 魂に背負った勇者の運命と相対する為に。

 もう数年もすれば成長期の身長は更に伸び、無理やり成長させた精神が相応の器に収まり、本当の全盛期を迎えていただろうに。

 彼がその時を迎えることは無かった。そしてこれからも決して無い。

 

 伝説の英雄に想いを馳せるだけではわからなかった残酷な現実、それを改めて目の当たりにし、これでもかと思い知ってしまったロマニ。

 彼の両目はもはや堪え切れないほど熱くなり、ギリギリ落ちていないだけの滴を湛えていた。

 だいの大人が大量の涙を両目に溜め、今にも決壊しそうな様子でプルプルと震えている光景は、彼の問いかけに真面目に応えるべく勇者モードとなっていたリンクを戻ってこさせるのに十分な威力を備えていた。

 

「え、ちょっ…何泣いてんのさドクター、俺何か変なこと言った!?」

 

「リンクうううううううっ!!」

 

「どわっ!? 立香、何がっ…ってこら、抱き着くな縋るな!!」

 

「神さま仏さま勇者さま、どうかこの哀れで惨めで無力なマスターを助けてえええええっ!!」

 

「……マシュ、何があったの?」

 

「あの…本日はオペレータールームのメンテナンスでレイシフトが出来ないとのことで、キャスターさん達のご指導のもと、魔術の勉強をしていたのですが。

 本日の授業内容が、その、マスターの苦手な霊薬の調合で……」

 

「………成果は?」

 

「一応できました……可哀想なお薬が」

 

「それでも、一回くらいはちゃんと成功したいと思って頑張ったんだよ…」

 

「キャスターさん達が止めるのも聞かずに突っ走った結果、素材倉庫の中身が全て生ゴミと化すという惨劇です」

 

「先生達めっちゃ怒ってる…メディアさんなんか今にも刺しそうな顔してた……」

 

「リンクさん、私からもお願いします。

 どうか素材をお譲りください。手持ちのQPが心もとないので、申し訳ありませんがツケでお願いします」

 

「どんな理由だ……それならそれで、普通に頼めばいいのに」

 

「それじゃあ!」

 

「ツケもいいけど、その代わり代金は三割増しな」

 

「………二割」

 

「ルールブレイカーで刺される?」

 

「三割でお願いします」

 

「ドクター、ダ・ヴィンチちゃん、そういう訳だからシーカーストーン回収してくよ。

 記録が追加されたら、その度にまた……って、え、なに、皆どうしたの!!」

 

「しっかりして下さい、ドクター!! 痛いんですか、苦しいんですか!?」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、ドクターとオペレーターの皆何で泣いてんの、メンテナンス失敗した!?」

 

「いやいや大丈夫、メンテナンスなら無事成功しているよ。

 ……そうだねえ、現状を一言で説明するのなら。

 『少年少女の戯れマジ尊い』ってところかな…っておいおい、酷いな、引くことはないだろう」

 

「変な冗談を言う方が悪い」

 

「あははっ、ごめんねえ~。

 ………あながち冗談でも無いんだよねえ、これが。

 

 立香君…君が伝説の勇者をただの少年と見て、何の気負いもなく友達になれる子で本当に良かった。

 リンク君…紛れもなく勇者である君を確かにそうだと認識しながら、一人の少年としての君も同じく受け入れられる、カルデアがそんな場所で本当に良かった。

 いつか終わりを迎えるその時まで、存分に笑いながら過ごすといい」

 

 人類最後の希望を背負ったマスター、世界を知らないデミ・サーヴァント、そしてひとつの伝説を全てその身に負った勇者。

 とんでもない肩書きと使命を負った少年・少女達が、同じ年頃の何の変哲もない子供達のように、賑やかで楽し気なやり取りを交わしながらオペレータールームを後にする。

 その背中を見送りながらそっと呟かれたダ・ヴィンチの言葉に、込み上げる熱を堪えられた者はいなかった。

 

 

 




リンク君のサーヴァントとしての成り立ちは、末代の成り代わりリンクを精神的な主体とした『勇者リンク』という存在の統合形、イメージとしてはハイサーヴァントに似たものと考えています。
 「私は時のオカリナ章の~」「俺は息吹の~」という個人的な好みの違いはあれど、『勇者リンク』という存在に対する認識は『ゼルダの伝説』に登場する代々のリンク全てだと思うんですよね(実際魂は同一のものみたいですし)。
 それがサーヴァントとなった際に実際に統合され、精神や意識は成り代わりリンクのものだけれど、各時代のリンクの能力を違和感なく使えたり、何となく覚えてる、何となく懐かしい程度の記憶の共有があったりします。

 成り代わりリンクには、実はもともとそういう存在だったのではないかという考察がありました。
 あの本を書けたり、魔物に対する知識を幼い頃から得ていたのは、長い長い戦いを経てきた魂の記憶を末代の勇者は全て、朧げながらも覚えていたからではないかと。
 だからこそ、今度こそ本当に終わらせようという決意を抱くに至ったのではないかと。

 「人に見せるもんじゃないです、完全自分用で!」「忘れないためのもので!」と、不本意ながら著書の現在の持ち主であるギルガメッシュへと必死に返還を訴えるリンク君を、少し離れた所から「やっぱりそうだったんだ…」という眼差しで見る人達。
 またしても、ズレが生まれていることに気付かないリンク君でした。



 トライフォースの使用に関しては、実際はサーヴァントどころか、職員でも気づけてしまうレベルの力の行使故にバレバレです。
 彼がその力を使う理由、向ける相手があまりにも細やかで優しいものなので(やっと仮眠が取れたロマニの眠りを深く穏やかなものにしてあげるとか)、一同空気を読んで温かく見守っているのが現状。
 勇者としての気高い精神性と言うよりは、強大な力の扱いにビビる庶民感情から来ている行動なのですが。
 その旨を指摘され、正当な保有者であることと個人で使用できる権利にお墨付きを貰えたとしても、それで彼の心や行いが変わることはありません。

 あと、書いてて思いました。
 三角(の要素)から構成…手の甲の紋章…膨大な力の塊。
 ……令呪の元ネタって、トライフォースなのでは?



 シーカーストーンのポイント制は、ゲームでアイテムを売買するのをイメージしました。
 現代のもので構わないので何か適当な素材を入れることで、数値(ルピー)に変換、及びゼル伝系統の素材やアイテムの調達ができます。



 設定を作った際に、それ関係の小ネタも合わせて書くことが多く、バラバラに投稿したら分かり辛いので敢えて一緒に載せました。
 設定と文章がごっちゃになっていて分かり辛いかもしれませんが、そういうものだと受け止めて頂けると嬉しいです。




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クラス『勇者』 続

 プレイヤーとして本格的に参戦したのが「ブレスオブザワイルド」からなので、一応他のタイトルに関しても調べてはいますが、描写や出てくる要素が明らかにそちらに偏っています。
 時系列としてはその次の世代という設定なので、そういうものだとご了承ください。


 

 

保有スキルその1

 

 

武芸の極致 C

 

 その手に取れるものならば、ありとあらゆるものを己が武器として使いこなしてみせたという伝説の再現。

 

 痩身に見合わぬ剛力と逸脱した技量を前に、あらゆる武器は力不足の代物と化してしまい、彼にとって女神の神剣以外の武器はその尽くが使い捨ての消耗品も同然であった。

 達人であったが故に陥ってしまった難点を、勇者は達人としての技量でもって克服した。

 愛用の神剣が分類される片手剣に限らず、両手持ちの大剣から間合いの広さと形状によって扱い方が一変する槍、棍、更には大斧や槌といった重量系の武器に至るまでを見事に使いこなした。

 武器の耐久力が持たない長時間の戦闘においても、敵対相手の武器を奪ったり、そこいらの本来ならば武器ではない何かを用いることで戦い抜いてみせたという。

 敵の策に陥れられた窮地や無防備なところへの奇襲といった、あらゆる危機を乗り越えた逸話は、『常在戦場』の心得と対応の具体例として世界中の様々な戦士や流派に伝えられている。

 

 しかし『言うは易く行うは難し』の言葉通り、この達人技と称することも躊躇われる程の技量はそう簡単に身につけられるものではない。

 間合い、重量、威力、武器としての性質や特徴を、例え初見のものでさえも手に取ったその瞬間に判断する理解力や応用力、更にはそれを実行に移す度胸や技量、全てが最上級のレベルで求められるのだ…それも、戦闘中という極限状態の中で。

 長い歴史の中でその技の使い手として具体的に名を残しているのが、円卓の騎士の一人であるランスロットのみであるという事実だけでも、勇者の凄まじさが窺えるというものである。

 

 スキルとしてのランクが思いがけず低いのは、サーヴァントとしてのこのスキルが、『敵サーヴァントや神秘によって守られた相手に攻撃が効くようにするためのもの』だからである。

 拾った枝が真剣と鍔迫り合いが出来るようにはならない、10の威力があくまで10として相手に通るようになるのみ。

 もし仮に、現実に、ただの枝が剣と渡り合うような事態が起こったとしたら…それを為し得るのはサーヴァントとしての能力やスキルではなく、勇者自身の達人技のみである。

 

 

 

 

 

in 第二特異点

 

 

「…………いや、まあ、確かに危ないところだったよ。助けてもらったのは本当に感謝してる、だけどねえ」

 

「あのさあ、リンク……いくら敵で、皇帝陛下の命を狙った刺客だったとしても。

 これはちょっと…流石に、あまりにも………」

 

「ネロ皇帝陛下、お願いします……陛下のお命を狙った刺客であることは十分承知しています、ですが」

 

「わかっておる、皆まで言うなマシュよ。

 もはやこいつは死んだも同然、二度と刺客として立ち上がることは出来まい。

 ………これ以上鞭打つような真似はいくら皇帝たる余でも出来ぬ、あまりにも哀れすぎるではないか」

 

「………………ああ、そうだ、その通りだな。

 始皇帝の命を狙った、刺客として命と全霊を賭けたあの時、もし私の身に同じことが起こっていたら……刺客としての矜持が根元から折れるどころか引き抜かれて粉と化す。

 例え座に招かれたとて、それが歴史に残ってしまった事実に絶望して自ら永遠の虚無へと堕ちることであろうよ」

 

「いやいやいやいや敵だし、刺客だし、皇帝陛下ガチでヤバかったし!! 

 これ使ったのもその時丁度手に持ってたからってだけで、別に深い意味なんて無いし、威力が無いから制圧するには手数で攻めるしか無くて…そもそも、わざわざ飯時に襲ってくる方が悪いじゃん!! 

 え、マジでちょっと待って、これ俺が悪いの!?」

 

 

* * * * *

 

 

保有スキルその2

 

 

普遍の美貌 EX

 

 『ゼルダの伝説』で描写されていた美貌の勇者の有り様が、長い時間の中で認識を通り越してもはや概念と化したもの。

 

 伝説に曰く…靡く髪は天上から注ぐ光、輝く瞳は最上級の碧玉、透き通る肌は雪原の如く。

 互いに美を競い合うのが常のような年頃の女性達ですら、勇者を相手には素直に負けを認め、むしろその美しさへの憧れを顕わにしたという。

 他にも、姫の遊び相手にならば相応しいと侮ってきた者を自ら捩じ伏せることで黙らせた、地位ある男性からの求婚に困っていたゼルダ姫を守るために影武者を務めた、などの逸話からも、勇者の美しさを周りの者達もそうと認識していたことを窺わせる。

 

 勇者の容姿と、それに関係する逸話について描写されていたのがゼルダ姫が記した最終章のみという点も、末代の勇者が自身の前世とも言える存在の外見を事細かに記す必要性を感じていなかったからと推測できる。

 勇者と強い信頼関係を築いていたゼルダ姫が残した描写と逸話だからこそ、勇者の真実に最も近い情報のひとつであると言えるだろう。

 末代の勇者自身もまた、歴代の中には、男子禁制の街に女性を装って潜入を果たした者が居たことや、代々の勇者の容姿は多少の差異はあるものの特徴として酷似していることを自身の著作内で明記しており、それもまた後の世の認識を補強した要因となっている。

 

 

「ちょっ…何それ、俺知らない!! ゼルダぁっ、何つーもんを後世に残してんの!! 

 ……まあ確かに、見た目で馬鹿にしてきた奴は、戦術顧問が舐められる訳にはいかないとぶっ飛ばしたし。

 

 影武者は…………ああ、うん、そういやあった、そんなこと。

 思い出しちゃったよ、せっかく忘れてたのに……ああいや、女装そのものはあまり気にしてない。

 

 ゼルダに迫ってた奴がさ…俺が影武者って知ったら、矛先こっちに向けてきて。

 …………うん、ちゃんと言った、男だって。構わないって言われた、阿呆かこっちが構うわ。

 姫の、と言うより女のプライドずたずたにされたゼルダがビンタ一発で見事にバカ貴族張り倒して……影武者そのものよりも、その後でゼルダの機嫌を取る方がよっぽど大変だった」

 

「……い、意外とアグレッシブな人だったんだね、ゼルダ姫って」

 

「どんな『ゼルダ』もそんな感じだったよ。

 ジッとして守られてるだけなんて我慢できない、誇り高い行動派。

 ……女性陣からの憧れ? さあ、そっちはちょっと覚えが無い(←仕事熱心のあまり気付いてなかっただけ)」

 

 

 成長期も半ばと思われる華奢な少年が、女神の加護が宿った輝かしい武具を携え、屈強な兵士ですら慄く怪物を相手にも怯むことなく立ち向かい、幾度となく世界を救う偉業を為す。

 そんな最古の英雄譚に遥か昔から魅せられてきた人々は、殆ど必然とも言える流れで『女性とも見紛う美貌の少年』という存在に神秘性と英雄性を見出すようになった。

 それを証明できる事実として、名のある英雄が、時に女性を装って窮地を切り抜ける逸話は古今東西に存在している。

 

 

「あっ、それボクにも覚えがある! 

 大勢が集まる儀礼の席とかではやたらと飾り立てられてさー、ボクより強い奴は沢山いたのにそっちのけで前に出されてさー、もう騎士なんだかパンダなんだかわからなかったよ! 

 でもまー、みんな喜んでくれたし、たくさん褒めてくれたからボクとしては特に問題は無かったけどね。

 デオンはどう…って聞くまでもないか、大人気だったでしょ」

 

「はい…お仕えした王家や貴族の方達にも、『ゼルダの伝説』は非常に好まれておりましたから。

 よく請われて、ゼルダ姫と自身を重ねる姫様方のために、僭越ながら、勇者様を演じさせていただいたことがございます……」

 

「……どーしたのさデオン、お腹でも痛い?」

 

「い、いえ…今になって思うと、本当に恥ずかしくて顔から火が噴きそうなのですが。

 あの、当時、あくまで当時ですよ……私はこれでも、自分ほど『勇者リンク』をその身でもって表せられる者はいないと、それなりに自信があったのです。普段こなしている役目もありますから。

 でも…こうしてサーヴァントになって、当のご本人と相対することになってみると………ああもう、あの頃の私のバカ!!

 あんなにも格好つけて、調子に乗ってみっともない、本物の輝きを知らぬまま自信満々に胸を張ることの何と愚かしいことか!!」

 

「あっはははは、何だデオン、そんなこと気にしてたの! 

 …………わかるなー、ボクも初めてリンクに会った時、『えー、ボクってばあんなノリノリでこの人になったつもりでいたの?』って死にたくなったもん」

 

「待って待って! これの内容といいアストルフォ達の反応といい、さっきから何かおかしい!!」

 

「何もおかしくは無いと思いますが…だってリンクさん、本当にお綺麗な方ですもの」

 

「マシュまで!!」

 

「この天才が辿り着いたものとは、また違う方面における美の極致であると認めるに吝かではないよ」

 

「ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 

 その認識は今や人理に深く浸透し、例えば表現の世界においては、勇者を演じる役者は決して少女で妥協したりはせず、相応しい少年が果たさなければならないという暗黙の了解が存在している。

 『ゼルダの伝説』を公演するにおいての最大の難関は、いつの時代もこの勇者役探しであり、遜色ない者を見つけられればその時点で成功は決まったも同然とされ、何人もの歴史に残る名優が世に現れるきっかけとなった。

 演劇関係者の中には、自らが思い描く勇者を演じるに値する理想の少年探しに心血を燃やしすぎて、後の世で「そういう趣味の持ち主だったのでは」と考察されている者もいる。

 

 

「違います!! 断じて!! 純粋に役者を探していただけですので!! 

 と言うかこれですか、色々な方々がアンデルセン殿を妙に心配していた理由は!!

 

 …ご本人に、実際にお会いしてみて? 

 それはもう、吾輩心底感服、そして感動いたしました!! 

 これぞあの時吾輩が、今もなお多くの演劇関係者が追求し続ける伝説の具象!! 

 

 あの時吾輩がやっとの思いで見出した彼に不満などありません。今でも変わらず、吾輩の思い描く伝説の世界観を見事に表現してくれたと感謝しておりますとも。

 至らなかったのは他でもない、吾輩自身の想像力と表現力の方…自信に満ちた生涯を終え、サーヴァントとして第二の生を謳歌する今となって、その現実を突きつけられてしまうとは。

 

 しかし、ここで打ちのめされたまま終わる吾輩では当然ありません!! 

 新たな『ゼルダの伝説』の脚本は絶賛執筆中、今度こそ心から満足のゆくものを書き上げてみせますとも!! 

 

 公演が叶った際には、リンク殿には是非とも特等席で……他人が自分を演じているところをあまり見たくない? 恥ずかしいですと? 

 はっはっは、勇者殿は何とも奥ゆかしい方ですな」

 

 

 『ゼルダの伝説』を知る誰に訊ねたとしても、同じ答えが、「勇者リンクは類稀なる美しい少年だ」という共通の認識が返ってくることだろう。

 何故なら、既にそれは、人類が持つ共通意識の中に深く刻み込まれてしまった普遍の概念と化しているからだ。

 どんな時代の、どんな国の、どんな文化の、どんな価値観を持つ人であろうと、勇者リンクを前にした者は、その者の個人的な嗜好にすら左右されることなく、心の底からこう思うことであろう。

 「何と美しい者なのだ」、と。

 

 

「これか、これが原因か!!」

 

「ここまで読んできて思ったけど…何かこれ、『無辜の怪物』の別パターンっぽいな。

 ……ああ、でも違うか。

 『無辜の怪物』は勝手な噂や思い込みが広まりすぎて、本人に影響が出たって奴だし。

 リンクの見た目が半端なく綺麗だってのは、紛れもない事実だからな」

 

「立香、お前まで…」

 

「諦めた方がいいよ、リンク君。

 古代メソポタミアから数千年に渡り、『ゼルダの伝説』は愛されてきた。

 それだけの時間をかけて、君への憧れを人々は積み重ねてきたんだ。

 動かすことはまず不可能だよ」

 

「うう~……わかったわかった、目の前の現実を否定するほど馬鹿じゃない! 俺は美形、覚えた! 

 ……認めはしたけど、やっぱり恥ずかしいな」

 

(センパイ、ドクター、やりました! リンクさんが自覚して下さいました、作戦成功です!)

 

(当人の知らないところで俺達がどれだけ、それが原因で起こった事態に振り回されたか…これで落ち着いてくれるといいんだけど)

 

(ナルシストも大概だけど、無自覚ってのもそれはそれで面倒臭いんだね)

 

「さてと、そうと分かれば早速」

 

「リンクさん、どこへ行かれるのですか?」

 

「マタ・ハリさんのところ、色仕掛け教えてもらうならゴルゴン姉妹よりもあの人だろ」

 

「…………………は?」

 

「不本意なものとはいえ、スキルはスキルなんだ。

 ちゃんと詳細を確認、把握して使いこなせるようにしておかないと。

 

 ……冷静に考えれば、諜報や潜入工作を補助するのに打ってつけのスキルだ。

 マタ・ハリさんも自分と同じ仕事が出来る奴が少ないってこぼしてたことがあるし、少しは手伝えるようになるかもな」

 

「ちょっ、待……ストップストップ、駄目だよリンク君、本格的にそっちに行かないで世界のために!!」

 

「デオン、アストルフォ、マスターとして命ずるそいつを止めて!!」

 

「いやーっはっはっは、リンク君の必要もしくは最善と判断した場合の躊躇わなさっぷりを甘く見てたねえ」

 

「笑い事ではないですダ・ヴィンチちゃん、止めるのを手伝ってください!!」

 

「何を言うのですマシュ殿、止めるなんてそんなもったいない。

 やはり見込んだ通り、マスター殿と勇者殿の周りにはイベントが絶えませんなあ」

 

 

* * * * *

 

 

 

保有スキルその3

 

 

戦術顧問(対魔) A++

 

 長い時間を越えて、幾度もの世代を経て、転生と運命への対峙を繰り返す勇者の魂に蓄積された戦いの記憶と経験が、末代になって結実したもの。

 

 人々を脅かす魔物の弱点、対処法を見出し、『強大な怪物』を『危険だけれど対処は可能な厄介者』程度のものへと変えてしまう。

 このスキルの真価は、見出した対処法を自身ほどの力や技術が無くとも実践可能なものにまで洗練もしくは単純化させ、他の者に広めることが出来るという点にある。

 

 どんなに恐ろしくとも、どんなに強大な敵相手でも、背後にある大切なものを守るために、決して投げ出せない戦いならば。

 皆で勝とう、皆で生きて、皆で帰ろう…その為の道を開く、『勇気』をもってついて来い。

 

 頼もしいその背に導かれて多くの者が立ち上がる、それは目映い姿に憧れるあまり己の分を見失った蛮勇などでは決して無い。

 己に出来ることを己の戦場で為せばいい、勇者の導きにはそんな教えも含まれているのだから。

 

 

 

 

 

In 第七特異点

 

 

 メソポタミア文明の、今後続く筈の『人』という種の命運がかかっている第七特異点、『絶対魔獣戦線バビロニア』。

 日々襲い来る魔獣の群れから人の生存権を守るための北壁はその最前線であり、鍛え抜かれ、かつ覚悟を決めた兵士達による必死の攻防が、日々繰り広げられていた。

 街にいる友や家族のため、自分達が生まれ育った国のため、今も玉座で誰よりも必死に戦い続けている王のため…確かな覚悟を決めた兵達ではあったが、犠牲の無くならない日々は彼らの戦意に決して少なくはない影響を与えていた。

 

 ……のは、ほんの数日前までのこと。

 実態、数にすればほんの僅かな変化がもたらされたことで、北壁における戦況、繰り広げられる光景は一変していた。

 

 

 

 巨大な体躯を怒らせ、長い毒の尾を振りかざしながら咆哮を上げるのは、ウルクを脅かす魔獣の一種、毒の竜ムシュフシュ。

 挑発されてあからさまに苛立っているそれと真っ向から相対しているのは、一人の…たった一人のウルク兵のみだった。

 移動を全く考慮していない、分厚く巨大な盾にその身の殆どを隠しながら、端から辛うじて突き出した片手と長柄の槍でムシュフシュに執拗なちょっかいを出している。

 

 痛手を負うような攻撃では無いものの、あまりにもしつこく鬱陶しい。

 牙や爪での攻撃を試みるものの、兵が持つ槍の間合いはムシュフシュのそれよりも遥かに長く届かない。

 真っ直ぐに長く向けられた槍を真正面から攻略するのは流石に難しく、ならばと横や後ろに回り込もうと試みても、巨大な盾は円錐状の下部を地面に突き立てる形で固定される形状となっており、手早い移動こそ不可能なものの、その場で回転して敵の移動に対処することは容易であった。

 

 弱く脆い筈の獲物、それもたった一人を狩ることすらままならない現状に、ただでさえそれほど堅いものではなかったムシュフシュの忍耐が限界に達する。

 槍の間合いを越え、盾の護りをも突破できる威力を期待できる最大の武器、人々にサソリを連想させる巨大な毒の尾を高く構える。

 怒りと苛立ちを込めた渾身の一撃が放たれたその瞬間、兵士は片足を後ろに下げ、盾を支える腕から地面を踏みしめる足までの一直線となった体幹を全力でもって固定させた。

 毒針が盾に深々と突き刺さり、凄まじい衝撃が盾の向こうの兵士を襲う…しかし、そこまでだった。

 

 この瞬間のこの一撃を耐えるという、自身に与えられた役割を見事果たしきった兵士の働きに仲間が続く。

 ピンと伸ばされ無防備となった上に、盾に突き刺さったことでほんの一瞬でもその動きが固定され、更にはムシュフシュ自身の意識が完全に誘導されていて隙だらけ極まりないその尾へと、雄叫びと共に刃が降り上げられた。

 ムシュフシュの尾は恐ろしい兵器ではあるが、機敏に動かす必要があるために他の部位に比べて防御は格段に弱く、更には大事な毒腺や神経が集中している急所でもある。

 そんな場所に、最大限のお膳立てを整えられた上で、後先考えない全力の一撃を振り下ろせばどうなるか。

 

 耳障りな絶叫と共に、断ち切られた勢いのままに飛んだ毒の尾が地に落ちる。

 体の最も敏感な部分のひとつが切り飛ばされた、その激痛と衝撃に一瞬白んだムシュフシュの意識は、その後戻ってくることはなかった。

 意識が飛んで抗いようもなかったムシュフシュの目を、喉を、心臓を、この瞬間のために待機していた他の兵士達の槍が一斉に貫いたからだ。

 

 ほんの少し前までは、一頭を倒すために更なる人数を費やし、犠牲を免れたとしても体力と気力を盛大に使い果たしていたというのに。

 止まったばかりの神経の名残に少しだけ痙攣しているムシュフシュの死骸を前に、体力は未だ十分、気力は尽きるどころかより一層漲っている。

 

「よし、この調子だ! 次行くぞ、気を抜くなよ!」

 

「気を抜かないのは当然、気合いを入れるのも結構ですが!! 

 あまり張り切りすぎては気が逸ります、それは大きな失敗の元ですよ!! 

 三頭倒した時点で撤退、交代のち休憩、次の順番まで待機、この決まりをどうか忘れずに!!」

 

「心得ております、レオニダス王!!」

 

 遥か頭上、聳え立つ壁の先から降ってきた声に返すと共に気合いを新たにし、兵士達は戦線へと戻っていく。

 北壁の縁に立つレオニダスは、感慨深げな感嘆の溜息と共に眼下の戦線を見守っていた。

 

「犠牲者の割合、手順の効率、討伐までに要する時間……戦闘行為に必要となるあらゆる『数』、そのどれもが以前とは比べようもない。

 極限状態の中でいかに戦うか、いかに鼓舞するかは心得ているのですが。

 ……逸り過ぎないように、気を張るのを怠らないようにと戒めるのは初めてです。

 まさか、サーヴァントとなった今になって、戦場で学ぶようなことがあろうとは」

 

 少しの困惑と、それを覆い隠してしまう程の喜びと感動に満ちた呟きを零すレオニダス。

 彼のサーヴァントとして、戦場に立つ王としての優れた感覚が周囲の空気が微妙な変化を迎えたのを感じた。

 それは背筋が粟立ち冷えるような不快なものではない、むしろ歓喜や高揚といった高ぶりの類い。

 北壁に常駐する兵士達、中でも運よく『彼』の訪れに居合わせた者達の感動と驚愕の気配が少しずつ近く、大きなものへとなっていく。

 変化の主に察しをつけたレオニダスは兜の下でふっと微笑み、振り返った先に、予想通りの人の姿を捉えた。

 

「これはこれは、リンク殿、よくぞ再びこの北壁へと参られました!!」

 

「お邪魔していますレオニダス王、戦線の様子はいかがですか?」

 

「どうぞ、その目でもってご覧になって下され」

 

 そう言って数歩移動し、壁向こうの戦況を見守る為の特等席を譲ったレオニダスの厚意に甘んじ、リンクは眼下一面の戦場を見下ろす。

 数日前にリンクが目の当たりにした、思わず眉を顰めてしまった悲惨なそれから一変した、活力と希望に溢れた光景がそこにあった。

 

 明確な役割分担は、こなすべき一点に集中することによる戦闘効率の上昇、「それさえ出来れば」という安心感と心の余裕を生み、共に戦う仲間達との信頼関係をより強固なものとした。

 更にその役割分担自体も、レオニダス自らが指揮を取った選抜試験によってその者に最も適切と判断されたものを個々に宛がわれており、それも兵士達の自尊心を高め戦況を維持するのに一役買っている。

 自身が考案し、推奨した戦術の確かな成果を確認したリンクは、ホッと息をついて僅かに強張っていた口元を綻ばせた。

 

「良かった、どうやらお役に立てたみたいで」

 

「お役立ちどころの話ではありませぬ。

 僭越ながら、戦いとは計算であることを理解し、頭脳派を自負しておりましたが、やはり専門の方には敵いませぬなあ」

 

「戦術をすぐに実行に移せたのはレオニダス王の常日頃の特訓があってこそ、そして何より彼ら自身の国を守りたいという懸命さが成し得たことです。

 自分の働きを卑下するつもりはありませんが、全てが自分のおかげと思い上がるつもりもありませんよ」

 

「謙虚ですなあ、それもまた好ましいものです。

 ……それはそうと、ギルガメッシュ王は未だ、カルデアの皆様を認めてはおられぬのですか?」

 

 多くの特異点、多くの困難を乗り越えてきた彼らならばきっと、ウルクを救う重要な役目を果たしてくれるだろうに。

 何がギルガメッシュを頑なにさせているのか、思わず首を傾げて考えるレオニダスに、リンクはこちらも思わず笑みを零しながら自身の推測を口にした。

 

「多分ですけど…認める認めない以前に、ギルガメッシュ王はきっと、立香達に『ウルク』という国を見てもらいたい、ここで生きる人達を知ってほしいと思っているんです。

 『書類上の会ったこともない一万人』よりも、『笑顔と温もりを思い出せる一人』の方が、絶体絶命の危機や絶望の最中に力をくれるものなんですよ。

 わかります、俺がずっとそうでしたから」

 

「………成る程、それは確かに大切なことです。

 私も知っております…守るべきもの、失いたくないと思えるものを明確に思い描ける、それがどれだけの力をくれることか」

 

「一旦俺は立香達と合流します、戦況に変化が起きたら王宮を通じて呼んで下さい。

 ほんの少し耐えてくれさえすれば、すぐさま駆けつけます…約束しますから」

 

「心強いお約束をありがとうございます、その時は必ずや」

 

 そんなやり取りを最後に、踵を返したリンクは足早に北壁を後にする。

 その横顔を、後ろ姿を、数えきれないほどの感謝と尊敬の眼差しが見送った。

 

 

 

 ここにいる誰もが目の当たりに、そして誰もが忘れられずにいる光景がある。

 今からほんの数日前、戦況が大きな好転を見せる少しだけ前のこと。

 北壁の向こう側に群がるムシュフシュの群れ、撃退せねばと急いで準備を整える兵士達のほんの僅かな隙をつき、何者かがその只中に一人飛び降りた。

 

 予想外どころではない事態に北壁はたちまち騒然と化した。絶体絶命の危機に追いやられた『誰か』が痩身の少年であることが明らかになってからはより一層の焦燥が彼らを追い立てる。

 状況を確認せんと、話を聞きつけた多くの者が向こう側の様子を見渡せる壁の縁に集まり、レオニダスも張り詰めさせた戦意と共に駆けつけた…そんな彼らの眼下で、少年は、毒竜ムシュフシュの群れを相手に善戦を繰り広げていたのだ。

 

 次から次へと繰り出される攻撃を盾を用いて最小限の動きでいなし、僅かな隙も見逃さず曇りなく輝く刀身の片手剣で果敢に攻める。

 眼下に広がる光景に素直に驚愕し、目を奪われる兵士達をよそに、レオニダスは少年の戦いぶりに僅かな違和感を覚え…数秒の思考の後に、そう感じる理由へと辿り着いた。

 

 ほら、今もまた…あの少年ならば攻めきれたであろうムシュフシュの隙を、彼は敢えて見逃した。

 手加減した攻撃をわざとかわさせることもあれば、逆に避けられた筈の攻撃を敢えて盾や剣で受け止めたりといったことも見受けられる。

 

 彼は一体何をしているのか、何を狙っているのか。

 少年が本気で戦えば、今頃あのムシュフシュの群れは一掃されているであろうことをレオニダスは確信していた。

 

 そんな攻防がしばし続き、戦闘開始時より半数ほどに減ったムシュフシュと、致命傷こそ無いものの細かい傷を全身に負って息を荒げる少年が、改めて戦闘態勢を取り向かい合う。

 一頭のムシュフシュが毒の尾を突き出し、それを少年の盾が受けとめた、次の瞬間。

 

『そこだ、見切った!!』

 

 渾身の一声と共に盾の角度をずらし、真正面から受け止めた筈のムシュフシュの尾を滑らせる。

 真っ直ぐに、全力で狙った攻撃をずらされて体勢を崩したムシュフシュへと、少年は利き手の剣を振りかぶり、毒の尾を一刀両断、返す刃でその首をも切り飛ばした。

 

 倒れ伏す死骸にはもはや目もくれず、少年は次の個体へと戦闘対象を即座に切り替える。

 次の戦闘は、直前のものよりも遥かに呆気なく終わった。

 尾の一撃を誘い、盾でいなし、無防備になった尾を切り捨て、その際に出来た隙を利用して本体に止めを刺す。

 敢えて長引かせた戦いの最中に幾度となく考慮し、確かめ、ついに確立させた必勝パターンの確認作業でしかなかったからだ。

 

 そのまま一気に残ったムシュフシュを一掃した少年は、竜の亡骸の山の中に傷だらけの体で立ち、体力と精神の多大な消耗に大きく息を荒げながらも、今までの戦闘で得たものを考察、整理することをやめられずにいた。

 

『あの尾の一撃を流すにはちょっとやそっとの盾と技術じゃ無理だ、いっそマシュのような巨大な盾で受け止める専門の人員を…その役目を負った人が注意を引きつければ、他の人が攻撃に全神経を集中できる。

 そうすればあの尾を切ることは十分可能だ。他の部分に比べて強度は格段に低かった。

 

 そうして怯んだ隙に、生命維持に関わる部分を攻撃すれば…比べ物にならないくらい丈夫ではあったけど、体の仕組み自体は普通の動物と変わらなかった。

 脳…喉…そして心臓……狙いどころはこんなところ、あとはどう、一瞬で的確に潰すか………』

 

 思わずといった様子で零れ出ていた声が途切れ途切れになり、もはや限界といった様子で少年がその場に膝をついた。

 そんな頃になってようやく、全てを見守っていた一同はまともな思考力と判断力を取り戻した。

 レオニダスに指示されるまでもなく、今にも意識が飛びそうな少年を北壁内の医療施設へと運び込み、多くの者が必死に祈りを捧げる中で懸命な治療が施された。

 

 大勢の心配をよそに、少年はしばらくの間泥のような眠りについたかと思えば、あっさりと起き上がってみせた。

 そして、北壁の者達に告げたのだ。自分はギルガメッシュ王の命を受けた戦術家であり、最前線の戦況に一石を投じる為にやって来たと。

 他ならぬ王が愛読し、国中に普及させた物語の勇者と同じ名を持つという少年のその後の働きは、かの伝説の勇者もこのような方であったのだろうと、誰もが心から思う程のものであった。

 

 勇者と同名の少年が、正しく勇者その人であることを同じサーヴァントとして唯一知っているレオニダスは、心の底から安心していた。

 彼がいる…自分が果ててもまだ彼がいる、自身が守りたかった全てを彼が引き継ぎ守ってくれる。

 ならば自分は、自らの『役割』を果たすべき時がいつ訪れたとしても怖くはない。

 彼が兜の下で浮かべた微笑みは、自身の終わりを覚悟した者のそれとは到底思えないような、穏やかで優しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくぞ参った、勇者よ。

 北壁におけるそなたの働き、及びその成果は我の耳にも届いておる。

 まさに流石としか言いようのない働きぶりよ、これは査定の厳しい我とて素直な評価を下す他はあるまい。

 構わん、如何様な望みでも……」

 

「あら、リンク様、お約束の時間よりも随分お早いですね」

 

「よっ、よよよよよくぞ参った勇者よ、北壁におけるそっそな、そなたの働き」

 

「冗談ですわ、ギルガメッシュ王」

 

「……………」

 

「緊張は解けましたか? 

 そんな全身ガチガチのままでは、またリンク様の前で醜態を晒してしまいますよ。

 気さくで面白い方だと好意的に受け取って下さっているのが現状のようですが、下手に悪化させることの無いよう気をつけるのは必要なことでございましょう」

 

「……………ああ、その通りだな。流石だぞシドゥリよ」

 

「痛み入ります」

 

 

* * * * *

 

 

保有スキルその他

 

 

単独行動 EX

 

 マスター不在、魔力供給無しでも長時間現界していられる能力。

 理解者や後援者といった『仲間』と呼べる存在は多かったものの、その戦いや旅路自体には孤独な印象が大きい故に付与されたスキル。

 『トライフォース』というほぼ無限の供給源を手にしているが故に、魔力供給に困るというような状況はまずあり得ない。

 限り無く善寄りの思想と行動理念の持ち主でもあるため、その旺盛な行動力をマスターや仲間達の為に存分に役立ててくれることだろう。

 

 

「ダ・ヴィンチ、またリンク君の単独レイシフトに許可を出したのかい!? 今度は何で釣られた!! 

 ……いや、助かってるのは確かだよ、彼のおかげでカルデアの食糧・物資不足はあらかた解消されたし。

 だけど、心配するのはそれとは別問題じゃないか。

 せめて一人で行くのをやめてほしい、もしかしたら彼はそっちの方が慣れているのかもしれないけれど、それでも………えっ、リンク君は勇者? 

 そんなことわかっているよ、今更何を聞いているんだい」

 

「ほんと、余計なものまで背負うねえ、君って奴は……まあそんな君だからこそ、あの子達も慕って、頼りにしてくれているんだろうけれど」

 

 

 

 

 

道具作成 C

 

 魔力を帯びた器具を作成できるスキル、この場合は宝具『シーカーストーン』を用いない彼自身の能力を示すもの。

 主に霊薬の精製や、その応用で霊薬と似た効果を持つ料理の作成に発揮されるが、彼の場合は技術よりも素材頼りなところが大きい。

 現代ではとても手に入れられない、神代以前の貴重な素材を惜しみなく大量に使用するその様子は、まともな感性の魔術師が見れば失神したとしてもおかしくはないだろう。

 

 

「素材の管理、適当…下処理、これも適当。

 環境、手順、火加減、時間……本来ならば霊薬の精製において、細心の注意を払うべきありとあらゆる要素がどれもこれも全て適当。

 何でこれで成功するのよ、しかも凄い効能だし、魔術師舐めてるの!? 

 …そんなつもりが無いことは重々承知してるわよ、自覚して自重しなさいって言ってるの!!

 

 ……マスターが霊薬の精製を苦手としているのって、もしかしなくてもあなたのせいでしょうね。

 何故って…基本知識も無い真っ白なところにこんなムチャクチャを見せられて、認識や感性がズレない訳がないでしょう。

 あなたが個人的に使うのはともかく、間違っても人に教えてはいけない代物よ、これは。

 

 ……悪かったと思うならサポートなさい、素材さえ切らさないようにしてもらえれば後は私達で矯正するから」

 

 

 

 

 

サバイバル B

 

 文明から遠く離れた未開・未踏の僻地で生き残り、その上で目的を遂げるための活路を見出す知識や技術、加えてそれらを可能とするための精神力や心構えを表すスキル。

 採取したものが飲食可能かどうかの判断が出来なければ、時には体力を温存して状況の好転をただ待つことが出来なければ、過酷な環境を強い心を保ったまま乗り越えることが出来なければ。

 後の世の人々を夢中にさせた勇者の冒険は、恐ろしい敵を激闘の末に討ち果たし、困難な迷宮を踏破して宝を手に入れる前に終わってしまっていたことだろう。

 最大限に発揮するならば、能力としてはAランクに分類されて良いものらしいのだが、当人曰く「今更そこまでして生き延びたくない」とのことで敢えてランクは下がっている。

 

 

「ゲイザーの目玉で引いてなかった奴がランクBって…Aだとどんだけ生存力あることになるんだよ、このスキル」

 

「それなりに美味かったし毒も無い、強烈な見た目も調理が終わったらさっさと忘れてしまえばいい。

 はっきり言って、アレはそれほど選択肢として酷いものじゃ無かったぞ」

 

「じゃあ具体的に、この『そこまでして』ってのはどういう状況を指してたわけ?」

 

「…………炭」

 

「え?」

 

「調理する間もなくて生肉齧ったこともあるし……でも最悪はやっぱりアレだな、食材が尽きて遂に鉱石で腹をもたせる羽目に」

 

「もういい、分かった、もういいから!! 見ろよ、円卓の連中が『マジか』ってどん引いてる!!」

 

 

* * * * *

 

 

伝説の終幕

 

 

 『ゼルダの伝説』という最古の英雄譚…正確な年数や年代の記載は無いものの、深く冷静に読み解きさえすれば、軽く見積もって数十万年に及ぶ壮大な物語であることが窺い知れる。

 その物語に、あまりにも長く翻弄され続けた三人の運命に終止符を打つ。

 歴代の中で最も画期的で、最も無謀で、最も気高くて、そして最も痛ましい。

 そんな運命を自ら選んだ末代の勇者が、自らの魂が経験してきた『勇者』としての全てを覚えていた、または知識として持ち得ていたというのは、『ゼルダの伝説』において確定事項と推測される説のひとつである。

 そうでなければ、「末代の勇者による『ゼルダの伝説』の執筆」というそもそもの始まりに説明がつかないのだから。

 

 

 両親を幼くして亡くした末代の勇者は、未だ小さく幼い手に玩具や菓子ではなくペンを握り、何かに追い立てられるかのように日々書き綴った。

 同じ年頃の子供達と遊ぶことも自ら律し、幼少の身に許された時間の殆どを執筆に費やしていたにも関わらず、完成には10年もの月日が費やされた一大叙事詩。

 それこそが、後に伝わる『ゼルダの伝説』である。

 それがただ単に、想像力豊かな少年が自身が思い描く物語を懸命に紡ぎあげたというだけの話だったならば、事はもっと単純であり、後の歴史も随分と変わっていたことだろう。

 しかし、数多と綴られていた全ては、紛れもない『事実』だったのだ。

 

 

 著書に記載されていた内容が、ハイラル王家や周辺の友好国、民族に伝わる伝説や御伽噺の一般には秘められていた真実に合致、もしくは空白の部分を補完するようなものだったこと。

 末代の勇者が史上最年少の戦術顧問として王家に仕えるきっかけとなった、村をろくに出たことも無い筈の幼い少年が書き記した、魔物の種類と対処法を事細かにまとめた本という確かな実績を伴った現物が既に存在していたことが、若くして使命に殉じた勇者が一人背負っていたものの重さと大きさを遺された者達に知らしめた。

 

 

 彼が…彼らが戦ってきたことを、彼らが生きていたことを、彼らが確かに居たことを決して忘れたくない、忘れられてほしくない。

 そんな想いを込めながら、末代のゼルダ姫が懸命に綴った、彼女の勇者の物語を最終章として『ゼルダの伝説』は完結。

 それと同時に、彼らの運命と共にあったハイリアの歴史も、ゆっくりと終わりの時を迎えていくこととなる。

 

 

 

 個人の解釈や好みの違いから論争が絶えない『ゼルダの伝説』の研究家や愛好家が、こればかりはと揃って『末代の勇者の異端ぶり』を口にする。

 異端とは言っても決して悪い意味ではない。歴代の勇者の中で彼のみに該当する明確な差異がそう表現されるのだ。

 『戦士』や『冒険家』としての活躍が多くの勇者達に見受けられる中で、明確に『学士』や『指揮官』としての側面と能力を発揮したのは、唯一彼のみなのである。

 

 多くの戦いと冒険を経てきた『勇者の記憶』を元に、多くの兵士の生還と民の平穏を導く功績を成した末代の勇者は、魂に刻まれ連綿と続いてきた争いの運命を終わらせるという最大の偉業をも成すこととなる。

 悩み、苦しみ、決死の覚悟で決断したであろう『彼』に対してあまりにも無礼、侮辱に過ぎるものかもしれないが。

 『彼』が『彼』であったこと、そのあまりにも困難な決断を下せる者が全ての知識と記憶を得た上で『勇者』となったことそのものが、『終幕を導く者』という彼自身の運命だったのだという考察が、決して無視できない規模で存在している。

 

 

* * * * *

 

 

エクストラクラス『勇者』

 

 

 ゼルダの伝説で語られる『勇者リンク』の逸話と活躍はあまりにも多岐に渡るものであり、彼という存在をひとつの『クラス』で括ることは非常に難しい。

 

 

 神造の聖剣を携えているからには『セイバー』であり、あらゆる武器の達人として槍を振るった逸話も残されているので『ランサー』としての適性も備え、更に弓を持たせればこれも百発百中の腕前であったとのことで『アーチャー』としても申し分ない。

 愛馬エポナを始めとした、様々な生物や乗り物に騎乗しながらの心躍る未知への旅路は、『ライダー』の適性を物語るものでもある。

 ある時は託され、ある時は自ら冒険の果てに手に入れた魔術道具の数々を見事に駆使して、あらゆる難関を乗り越えられたのは『キャスター』としての素質とも捉えられる。

 潜入や諜報、闇討ちなどの影に紛れる行動も必要とあれば是とした事実は、正当な手段でなくとも善は為せるのだと後の世の多くの『アサシン』に多大なる影響を与えている。

 恐ろしい魔物の群れに単身で挑んでみせる、狂気と称しても違和感が無い程の勇猛さは、『バーサーカー』の適性と解釈しても決しておかしくはないだろう。

 それらの要素を全て、余すことなく備えていたからこそ、彼は『勇者』としての様々な偉業や冒険を成し遂げたのだ。

 

 彼は小さな『クラス』の枠組に無理やり当て嵌められるような存在ではない。むしろ世界の方が彼の為に、彼を表すための新たな『クラス』を作り出した。

 長い歴史、数多の英雄の中で唯一の、エクストラクラス『勇者(ブレイヴ)』の適用者。

 それこそが、世界最古にして最高の『勇気ある者』と名高い彼なのである。

 

 

 

 『ブレイヴ』とは、良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏となってしまうクラスである。

 万能の戦士であり冒険者でもある、勇者としての能力と利点を弱体化させないために設けられたクラスではあるが、それでも『サーヴァント』という決められた枠組に無理に押し込められた事実に変わりは無いからだ。

 

 『退魔の聖剣』を宝具として持ち得てはいるものの、その所持と扱いに特化した『セイバー』のクラスでは無いのが原因か、真名解放が封じられその真価を発揮することが出来ない。

 槍や弓も、扱うこと自体は出来るのだが、やはり『ランサー』や『アーチャー』と比べられれば見劣りしてしまう。

 『エポナ』は間違いなく名馬ではあるのだが、その生まれはあくまで普通の馬であり、他の『ライダー』が所有する神秘を持つ獣や特大火力を誇る宝具には及ばない部分が多い。

 魔術も、隠密も、狂ったような戦いぶりも、それを専門とする各クラスのサーヴァント達に敵うようなものではないのが現実なのだ。

 

 

 

 しかし、その現実の先にこそ、クラス『ブレイヴ』の真価が存在している。

 彼自身がそれを『必要』と判断した際に、惜しみなく目の当たりにさせてくれることだろう。

 世界の危機を幾度をも救った、勇者の真の力というものを。




 ブーディカを手伝って食事の準備をしていたリンク、気分転換に遊びに来ていたネロと周囲の一同を狙った刺客の攻撃を鍋のフタで回避し、木べらでタコ殴りにしたの巻。
 ちょうどスープを掻き混ぜていたところだったため、身体よりも精神のダメージで撃沈する元刺客の全身から漂う美味しそうな匂いと所々にこびり付く具材の欠片が何ともシュール。
 敵にかける情けなど無いことは重々承知しているし、個人的にも信条であるのだが…同じ刺客であるだけに我が身に置き換えて盛大にSAN値が削れてしまった荊軻の目は、この後しばらく死にっぱなしだったという。



 『保有スキルその2』の終盤近くを書いてる時に思いました…これ『マテリアル』じゃなくて『幕間の物語』だ、しかもスキル強化されたっぽい。

 『ゼルダの伝説』が、長い時間をかけて歴史にどんな変化を加えてきたのか。
 それを、スキル解説のついでにサーヴァント達との絡みを添えて書いてみました。
 生前の有り様がそのままではなく、後の世の認識や伝説上の逸話も加えられた上で顕現を果たす…それがサーヴァント。
 だとしたら、メソポタミア文明よりも古くから存在し、長い年月をかけて世界中に浸透していった『ゼルダの伝説』と勇者リンクに対しては、相当強い認識と概念の力が加わっているのではないかと思ったのです。

 普通の感性を持つ者が得たら恥ずかしくて表に出られなくなりそうなスキルですが、成り代わりリンク君は問題ありません。
 美しいのは『自分(中身)』ではなく『リンク』の方だという認識が強く、更には「公式設定だしな」と納得もしてしまえますから。

 必要とあらば躊躇いなくスキル・能力として使用し、イベント時の概念礼装のコスプレ撮影の要望も躊躇うことなく引き受ける(報酬が出るのでクエストの感覚で受諾、英雄王という無限のスポンサーがいるのでダ・ヴィンチちゃんもノリノリでクオリティを引き上げる)。
 そんな勇者様と、何だかんだ気が合って一緒に悪乗りするマスターと言う名の悪友に、カルデアはこれからも振り回されることとなるのです。



 私の方でイメージしている、末代のリンクとゼルダの関係は『同志』です。
 民を救いたい、その為に自分にできることを全てやりたい、そんな想いと誓いを分かち合った同朋。

 本編では書けませんでしたが、ゼルダが思わず姫の装いを忘れて張り倒す程に怒ったのは、自分よりもむしろリンクの身が辱しめられそうになったことに対してです。
 身分だけは確かな相手に対して、平民出身な上に自らの果たすべき役割を何よりも優先するリンクは、今後を憂うあまりに抗い切れないかもしれない。
 そんなゼルダの怒りと心配を、リンクは欠片も理解どころか想像もしないままとにかく宥めようとしたせいで、かえって怒りを長引かせてしまったという真相でした。



 賢王が晒した醜態について考えてみたのですが…多分、緊張のあまり、初対面であの階段つきの玉座から転がり落ちたんじゃないですかねえ、あの人。

 純粋に日々の激務で疲れていたのだと、そんな身でわざわざイレギュラーの異邦人である自分達を自ら迎えてくれたのだと好意的に解釈するリンク君と。
 ギルガメッシュの勇者リスペクトを知っていたので目の前で起きたことの原因を正確に察し、生ぬるい表情になるカルデア一同の間にまたも生まれる微妙なズレ。
 その後受けることになった塩対応(勇者除く)は、もしかしたら深い事情など無く、あの時思わず浮かべてしまった表情のせいかという勘繰りを否定しきれない一同なのでした。


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幕外の物語
最古の記述



後の世に伝わったこの一節があまりにも有名なため、彼は後世で『最古のゼル伝ガチ勢』として認識されています(事実)。


『彼』は、何故に勇者なのだろうか。

何をもって人々は『彼』を勇者と呼び、『彼』は勇者と成ったのだろうか。

 

退魔の聖剣に認められたただ一人の主だったから?

あらゆる武器を使いこなす達人だったから?

百発百中の弓の名手だったから?

困難な旅路を力強く駆け抜ける愛馬が共にいたから?

時には宵闇に紛れてでも果たすべき役目を果たしきったから?

不思議な道具や力を駆使してあらゆる苦境を乗り越えたから?

たった一人で魔物の群れに立ち向かう無謀にも怯まない戦士だったから?

 

その全てが正しく、そしてその全てが間違いである。

 

『彼』は立ち上がった。

『彼』は歩み出した。

『彼』は諦めなかった。

『彼』は戦った。

 

そして『彼』は証明した。

 

絶望の果てに掴める希望があることを、自らが『勇気』の体現となって。

 

もはや事細かに語るまでもない…『勇者』という言葉が、『勇気ある者』を意味するならば。

それを『彼』を意味するために用いることに、何の疑問が、何の躊躇いがあろうか。

 

これより続く長い人の歴史の中で、特出した戦士や英雄が現れ、名を上げることも時にはあるだろう。

それの予想はもはや確信ではあるが、それでも私の心を揺るがすには至らない。

誰が現れ、何を為そうと、真の『勇者』はただ一人。

至高の王たる私の心を、空の高さに夢を馳せる少年の如く昂らせた『彼』なのだと。

一時ながら玉座を下り、唯一の友のみに許した私室で、今この時だけただの『私』となることを私自身に許して。

友と二人で笑い合いながら、既に感触を手が覚えてしまった表紙に触れ、彼の者の活躍に胸が昂る夜を過ごす度に思うのだ。

 

 

 

『ギルガメッシュ叙事詩』より抜粋

 

古代ウルクの王ギルガメッシュが『ゼルダの伝説』を愛読していたこと、かの伝説が当時既に存在していたことを証明する貴重な一節である。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

ゲートオブバビロン開く→ゼルダの伝説・原本(持ち主曰くエアに並ぶ至宝、世界的・歴史的・文化的にも超ド級のお宝)登場

 

「サイン下さい!!」

 

「ぎやあああああ何でそれ残ってんのおおおおおっ!!?」

 

「リンクさんのおばあ様が、リンクさんが時の神殿に封印された後に発見され、王家に献上されたと伝説に残っておりますが…」

 

「ばあちゃああああああああんっ!!!」

 

 

 

 

 

「お願いしますそれ返してください、さもなければ燃やしてください跡形もなく!!」

 

「何を言うか、これは我の至宝! いくら勇者に伏して頼まれたとてこればかりは断じて聞けぬ!」

 

「割り込んじゃって悪いけど、それに関しては僕も全力で止めさせてもらうよ。

 確かにその本は、リンク君にとってはただの記録に過ぎないのかもしれない…だけど現状、君が残した君の伝説は今や人の歩みと歴史に無くてはならないものなんだ。

 ……㊙ノートが知らないうちに全世界流通していたショックは計り知れないけれど、勇者としてどうか堪えてほしい」

 

「半分死んだ慈愛の眼差し向けんじゃねえ、ドクターのアホーーーーーっ!!!」

 

 

 







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成り代わりリンクの封鎖終局四海(仮) 前


 Fate界における難敵の代名詞とも言える存在を相手に、リンク君のサーヴァントとしての能力と戦闘シーンを描写したくて書いた本編のプロトタイプです。
 後日後編も投稿するので、どんな感じで本編を書こうとしているのかをイメージして頂ければと思います。


「ころ、した。ころした、ころした、ころした!

 なにもしらない、こどもを、ころした!」

 

「ちちうえが、そうしろって。

 ちちうえが、おまえはかいぶつだから、って!」

 

「でもぜんぶ、じぶんのせい、だ。

 きっとはじめから、ぼくのこころは、かいぶつだった」

 

 

 果てしなく水平線のみが広がる特異点の海、戦いの喧騒が満ちる船上に、人の心を持った怪物の悲痛な叫びが響き渡る。

 胸に走る痛みと共に悲痛な表情を浮かべる者、昂る熱に顔を顰め歯を食いしばる者、どこまでも嘲り見下す者。

 誰に、何に見られようと構うことなく…少年は、怪物は、アステリオスは、生まれて初めて、心から抱いた願いを叫ぶ。

 

 

「でも、なまえを、よんでくれた。

 みんながわすれた、ぼくの、なまえ……!」

 

「なら、もどらなくっ、ちゃ。

 ゆるされなくても、みにくいままでも。

 ぼくは、にんげんに、もどらなくちゃ……!!」

 

 

 命をも賭すほどの決意が込められたその『願い』には、悲痛な想いが込められていた。

 『ミノタウロス』は、『怪物』はもう嫌だ。

 皆が呼んでくれた『アステリオス』でいたい…『人間』に戻りたい。

 自分ですら忘れてしまった名を呼んでくれた皆と、自分のような存在を受け入れてくれた皆と、もっとずっと共に居たい。

 

 その為になら……と心の底から思いながら、それと同時に、『嫌だ』と悲鳴を上げる自分もいることを、アステリオスは自覚していた。

 だって、あの狂った大英雄とこのまま対峙しつづければ、間違いなく自分は死んでしまう…そうしたらもう、皆と一緒にはいられない。

 

 

(いやだ……いやだ、はなれたくない。

 みんなと、えうりゅあれと、ずっとずっといっしょにいたいよ)

 

 

 何処からか込み上げて瞳を熱くさせる何かを、折角の決意を鈍らせる雑念を、泣き叫びながら訴えてくる自分自身の紛れもない『本心』を、アステリオスは必死になって押し殺す。

 きっとこれが、これこそが、自分に与えられた罰なのだ。

 生まれて初めて、本気で抱いた願いが叶わない…人の心を知り、人の温かさを得た瞬間にそれを奪われる、自身の罪深さを思い知りながら死んでいく。

 

 

(ぼくが、ころ、した、あのこたち…ないてた、さけんでた、『たすけて』って、ひっしになって。

 こんな、きもちだったんだ…それを、ぼくは、ふみにじったんだ。

 なんで、ぼく、へいきだったんだろう……やっぱり、かいぶつは、ちゃんとばつをうけないと)

 

 

 視界の端に、仲間もろとも構わないという様子で、宝具の槍を振りかぶるランサーの姿を捉えた。

 目の前の狂戦士を、ほんの一時でも留めておけるとしたら、自分に出来ることはこれしか思い浮かばない。

 

 泣き叫びながら必死に縋る少年を、心の奥底へと押し込めていく…だけど、少年の叫びは、抵抗は、アステリオスの予想を超えて大きく、必死なもので。

 人のものではない赤い輝きを放つ瞳から、生肉を貪る怪物の口から、ほんの僅か、ほんの一瞬だけ零れ出た。

 

 

「……………す…け、て」

 

 

 雨粒よりも小さな一滴は、零れる間もなく頬を汚していた返り血の赤に交じり、瞬く間にその熱を失った。

 声の体裁を成していたのかすらも怪しい囁きは、戦場の騒乱が、眼前で雄叫びを上げる狂戦士の存在が無かったとしても、誰の耳にも届くことなく掻き消えたであろうもので。

 元より届くわけなど、聞き届けられることなどあり得ないのだと、発した自らによって否定される怪物の哀訴。

 

 

「駄目だぞアステリオス、そういうのはもっとちゃんと、皆に届くように大きな声で言わないと」

 

「今度から頑張ろうな」

 

 

 それに、応えてくれた者がいた。

 青く神秘的な刀身が陽光に煌き、自分よりも遥かに小さく華奢な背中が自分を庇うのを、大英雄の圧倒的な巨漢と威圧を相手に怯むことなく立ち向かう様を、アステリオスは見た。

 

 

「りん、く……どうして?」

 

「助けを求めて泣いている…それを必死に押し殺して死に向かおうとしている子供を、見過ごせるような性分じゃあない」

 

「だけど…りんく、いってた。

 『ゆうき』をだせって…そうすれば、それができれば、だれだって『ゆうしゃ』だって。

 だから、ぼく……」

 

「確かにそうだ、だけどお前が今出そうとしていたそれは違う。

 嫌だ嫌だと泣き叫ぶ本心を、無理やり押さえ込んでまで捻りだしたものは『勇気』とは呼ばない。

 恐怖は、悲しみは、否定して押さえつけるものじゃない…認めて、受け入れて、その上で乗り越えるものなんだ。

 本当の『勇気』をまだ見つけられていないお前を、これから必ず見つけられるお前を、俺はこんなところで終わらせたくはない」

 

 

 口調は強く、だけど込められた想いはとても優しく。

 そんな声を背後のアステリオスへとかけながら、その目と戦意と切っ先を眼前の狂戦士から決して離すことのない。

 一見しただけではそれは、状況を正確に判断できない少年戦士の、それこそ蛮勇にしか思えない光景である。

 しかし、冷静な判断力など捨ててきた筈の狂戦士は、大英雄ヘラクレスは、片手で軽く捻り潰してしまえるような少年を前に、なぜか動くことが出来ずにいた。

 

 そんな彼へと、先程までの余裕をかなぐり捨てた怒号を上げたのは、矢で危うく眉間を貫かれるところだったという命の危機を辛うじて免れたばかりのイアソン。

 その傍らでは、余裕綽々の隙だらけで攻撃への対処など欠片も出来なかったイアソンを守るために、宝具の発動を中止せざるをえなかったヘクトールがため息をついていた。

 

 

「何をしているヘラクレス、このノロマが、さっさとそのクソガキを叩き潰してしまえ!!

 とんでもない奴だ、目の前の脅威を差し置いて将を狙うとは!!」

 

「いや~、あの一瞬でいい判断でしたわ…やっぱりあのガキ只者じゃねえな。

 あの状況じゃあ俺は守りに転じざるを得ない、発動された宝具を食い止めるよりも、遥かに楽で確実な一手でもってミノタウロスを守りやがった。

 しかも、狙ったのが眉間ってあたりがまた嫌らしい。

 目に向けられる攻撃は、『自分は今殺されかけた』って認識を圧倒的に強くするからな…見ろようちの大将、狙い通り激昂してくれちゃって。

 こりゃもう、ミノタウロスのことなんか完全に忘れてるな……」

 

「殺せヘラクレス、しかしタダでは殺すな、散々苦しめて嬲り殺せ!!

 そいつは偉大なる王の命を狙った反逆者だ、世界を救う英雄の偉業を阻む悪辣者だ、自分という存在が今まで生きて存在してきたことを恥じて悔やませろ!!」

 

 

 研ぎ澄まされた戦士の勘が鳴らす異様な警鐘に身構えていたヘラクレスだが、それは駆り立てられた狂気と戦意を押し止められるほどのものではない。

 赤く滾る理性の失せた瞳は、大気を震わせる咆哮と共に放たれた威圧感は、アステリオスが未だ無事であることにほんの一瞬安堵した一同を更なる絶望へと叩き落して余りある恐ろしさだった。

 

 

《逃げるんだリンク君、いくら君でもヘラクレス、しかもバーサーカーなんて相手が悪すぎる!!

 何とかして…ああもう、どうして僕はこんな状況でこんなことしか言えないんだ!!

 でもごめん、こんなことだろうと今の僕はこう言うしかない!!

 逃げてくれリンク君、何とかして生き延びるんだ!!》

 

「ははははっ、声だけが聞こえて姿はさっぱり見えないが、どうやら状況を的確に判断出来ている者もいるらしい。

 その通り、ヘラクレスだ…ギリシャの、いや、史上最強の大英雄だ!!

 どこぞの木っ端英霊が敵う相手じゃあ無い、ましてやお前みたいな、自分がもうじき死ぬってことすら理解出来ていないようなガキなんざ、気付かれないまま踏み潰されるアリも同然さ!!」

 

「りんく、やっぱりぼく…っ!!」

 

 

 『怖くない』と言って笑いかけてくれた、頭を撫でてくれた、『勇者』への道を教えてくれた。

 大切な友達を嘲られた怒りに目尻を吊り上げ、毛を逆立てながら飛び出しかけたアステリオスの巨体を、リンクは片手一本で制した。

 

 

「りんく!」

 

「駄目だって言っている…どうしてそう身を投げ出そうとするんだ、殺されるだけの相手だってわかっているだろう」

 

「………わかってる、こわいよ、でもぼくはやらなきゃ。

 ばつをうけなきゃ…つぐなわなきゃ……そうしないと、ゆるしてもらえないと、ぼくはみんなといっしょにいられない。

 みんなといっしょにいることを……ぼくが、ぼくにゆるせない」

 

「…罰を受けて、償って、許してもらえればいいんだな?」

 

「……う、うん」

 

「エウリュアレ!!

 女神エウリュアレ、尊き御身に願い奉るお許しを頂きたい!!」

 

「なっ……ええ、許可するわ」

 

 

 女神という存在であることそのものは認めながらも、対等な仲間としての態度や立ち位置を揺るがすことのなかったリンクから急に恭しい態度と口調を向けられて。

 一瞬驚いて呆気に取られてしまったエウリュアレだったが、すぐに自覚と誇りを取り戻し、慣れ親しんだ女神としての自分を示した。

 しかし、そんな彼女の神々しい振る舞いは、次の瞬間向けられた『願い』の内容にあっさりと崩れ去ることとなる。

 

 

「犯してしまった罪の重さに苦しみ、罰と償いを求める者がここにいる!!

 どうかこの者に禊ぎの機会を、女神の試練を与え給え!!」

 

「…っ!! アステリオス、人の心を捨てきれなかったが故に苦しむ怪物よ、聞きなさい!!」

 

 

 リンクの意図を察した瞬間に、エウリュアレは女神としての体裁を忘れて、ただひたすらに声を張り上げていた。

 助けたいのに、失われてほしくないのに、その為にどうすればいいのかが分からなかった。

 そして今、いざ目の前に差し出されたそれに必死になって縋りつく、『女神』という属性を負っただけの一人の少女がそこにいた。

 

 

「生きるのよ、死んではだめ……死んで楽になるなんて、何も為さないまま後悔と罪悪感の苦しみから解放されるだなんて、それこそ許しがたい所業だわ!!

 多くの罪なき少年少女を喰らったあなたには、罰として、その数百…いや、千、万……数億倍の命を救うという、果て無き難行への従事を命じます!!

 過去から現在、未来に至る人の営みの全てを、人理を救うという未だかつて無き大偉業!!

 この旅路の供となって、星見の天文台を守り、人類最後のマスターの力となる!!

 これがあなたのこなすべき試練よ、粛粛と受け入れなさい!!」

 

 

 数十人の生け贄を食い殺した償いに、時間にして数千年、総数にして数千億人にも及ぶであろう人々を救う…単純に数で比べるだけならばあまりにも割に合わない、過酷すぎる試練であろう。

 そんな理不尽な神託を、アステリオスは何の言葉も発せないまま聞いていた。

 信じることなど、受け入れることなど出来ない…あまりにも都合が良すぎて、罰や試練と考えるにはあまりにも幸せすぎて、到底認められるようなものでは無かった。

 そんなものを、受け入れてしまってはいけないと思う……だけど。

 

 

「戻ってきて…戻ってきなさいアステリオス!!

 この私の言葉よ、あなたは黙って聞けばそれでいいの!!

 あなたに試練を課したのは私、その末に罪は許されると認めたのは私!!

 この、女神エウリュアレ!!

 私が許したのよ、誰にも文句は言わせないわ、誰にもあなたを否定させない!!」

 

「だ、そうだ……アステリオス、ほら。

 早く戻って、お前の女神様を慰めてやれ」

 

「……でも、ぼく。

 だめだよ…こんなのばつでも、しれんでもなんでもない。

 うれしすぎて、しあわせすぎて、ぼく、ぜんぜんつぐなってない」

 

「その罪悪感こそが、お前がこれから永遠に背負うべき本当の罰だ。

 どんなに幸せな瞬間でも、お前は自分が犯した罪を、殺してしまった人達のことを忘れきれない。

 その上で生きるんだ…お前に生きて幸せになってもらいたいと願う、皆の気持ちに応え続けるんだ。

 これはきっと、お前が今想像しているよりもずっと、辛くて苦しい試練になる……わかるか?」

 

「…………うん、わかるきがする。

 でも、ぼく……これからどんな、つらくて、たいへんで、いやなことがあったとしても。

 それをぜんぶがまんするから、がまんできるから。

 いまはとにかく、えうりゅあれをなきやませたい……そうおもうんだ」

 

「見つけたな、お前の『勇気』」

 

 

 満面の笑みと共に向けられたリンクの言葉に、数秒呆気にとられたアステリオスは、何かを乗り越えたような本当に嬉しそうな笑顔で返してくれた。

 簡単な伝言を託したアステリオスが『黄金の鹿号』に帰還し、エウリュアレの癇癪と一同の歓待で迎えられているのを確認したリンクは、安心したおかげで少しだけ緩んでいた意識を再び戦闘のそれへと引き戻す。

 今にもヘラクレスをけしかけようとしていた筈のイアソンは、何を思ったのか、ヘラクレスの戦意を一旦落ち着かせてまで、目の前で繰り広げられるリンク達のやり取りを見据えていた。

 

 終わったことを察するや否や、フンっと鼻を鳴らしながら嘲りと見下ししか見受けられない表情を向けられて、呆れた心地に肩を落とす。

 アレと『英雄』で一括りにされるのは嫌だな……この短い間に、何度同じことを感じたかもはや覚えていなかった。

 

 

「茶番は終わったか…少しは見ものになるかと、どんなに下らなくとも余裕をもって受け入れてやるのが支配者の慈悲と思ってはみたが。

 ……くっだらない、やはり茶番は茶番だな!!

 馬鹿馬鹿しすぎてもはや哀れみさえ覚えてくる、こんなことならいっそ途中でぶち壊してやった方が誠実な対応だったか!!」

 

「はいはい、わざわざ待ってくれてどーも。

 こっちはもういいよ、さっさとその人けしかけて終わらせてくれない?」

 

 

 クソ野郎の唯一の取り柄と称されていた喋りをあっさりと聞き流され、更には自慢のヘラクレスを嘗め切っているとしか思えないリンクの態度に、イアソンの蟀谷が盛大に引きつったのを一同は察した。

 

 

「お前……馬鹿なのか、いや聞くまでもない、馬鹿だな!!

 大英雄ヘラクレスを前にしてその態度、もはや蛮勇を通り越してただの自殺志願者だ!!」

 

「……ねえ、ドクター。

 別にふざけているわけでも何でもない、本気の、切実な質問なんだけど、聞いていい?」

 

《この状況で!?

 ああいや、この状況でも聞かなきゃいけないような大事な質問ってことか…いいよ、手短にね!!》

 

「ヘラクレスって誰だっけ、具体的に何をやった人?」

 

 

 焦燥の中で必死に冷静さを保とうと努めていたロマニが、質問を受諾した次の瞬間。

 リンクはまるで、今日の夕飯のメニューを尋ねるかのような気軽さで、あっさりと爆弾を放り投げた。

 誰も彼もが言葉を失い、何とも言えない沈黙が数秒世界を包んだ後に、一足早く復活したダ・ヴィンチの馬鹿笑いが通信の向こうから聞こえてくる。

 

 

《あははは、はははははっ、あっはははははっ!!

 ごめんごめん忘れてた、この私としたことが完っ全に盲点だった!!

 そうだね、知ってる筈無いよね、私達がちゃんと気付いて教えてあげなきゃいけないことだったねこれは!!》

 

 

 通常の聖杯戦争のように、聖杯からある程度の現代知識を与えられている訳でもない状況で、きっかけも無しに知り得ている筈がないのだ。

 どんな英雄も、どんな偉業も、『いま』に連なる人類史の全てが彼にとっては遥か後世のものなのだから。

 そんな言葉となって出て来るはずだった後半部分は、本格的に堪えられなくなった笑いのせいで結局形にはならなかった。

 

 

「あっ…ありえない、お前今何て言った!?

 ヘラクレスを知らないだと、こいつの伝説を、あの大偉業を耳にしたことがないだと!?

 どんな田舎、どんな僻地、どんな辺境で生まれ育てばそうなると言うんだ!!」

 

 

 嘲り、罵り、相手よりも上の位置に立つために舌を動かすことも忘れて、ただひたすらに純粋な驚愕と受けた衝撃の凄まじさを顕わにするイアソン。

 そんな反応を前にリンクが見せた表情の変化は、『んなこと言われたって知らないものは知らないんだよ』とでも言いたげな、子供のような拗ね顔だった。

 

 

「おいおいおいおい、あいつ大丈夫か!?

 あのヘラクレス相手に剣を向けられるだなんて、馬鹿なのか無謀なのかとヒヤヒヤしてみりゃまさかの『知らねえ』だと!!」

 

「てゆーか…今更だけど、あの子誰なの?

 サーヴァントなのは気配でわかるけどそれ以外がサッパリだわ、剣も弓も使うし、決め手が無さすぎよ」

 

 

 オリオンとアルテミスが思わず口にした当然の疑問に、立香とマシュはこちらも思わず顔を見合わせた。

 彼らがそう思うのも無理はない…何しろ今のリンクは伝説でお馴染みとなっている勇者の装束を、深い森を思わせる緑衣を纏っていないからだ。

 古代ハイリア人の特徴である尖った耳と、リンク自身の強い印象となる金の髪と青い瞳、何より美しい顔立ちもフードによって半ば隠されてしまっていて、外見特徴から彼を『勇者リンク』であると気付くのは難しいことだろう。

 『リンク』と名乗ってはいるし、フードも時折あっさりと外して(ドレイクを含む海賊連中が思わず息を呑んでいた)いたのだが、今の今まで疑問を抱かれること自体が無かったのだ。

 

 

『変に隠したり誤魔化したりする方がかえって疑われるんだよ、ドレイク船長なんかその辺り特に鋭いだろうさ。

 立香、お前だって、パッと現れた奴が伝説や歴史上の登場人物の名を名乗ったとして、「もしかして本人?」なんて、こんな状況でもなければ思わないだろ?』

 

 

 万が一の事態に備えて、自分という存在に関しては出来る限り秘密にしておく…そう言ったのと同じ口で、彼のことを隠さなければと気を張っていた自分達をよそにあっさりと真名を明らかにして。

 また同じ口で、「言い出しっぺのくせにどういうつもりだ」と問いつめる自分達をあっさりと黙らせ、「『隠し事があります』と顔にも声にも態度にも出ている立香達の方がよほど怪しまれてたぞ、フォローしておいたけど」と最後の止めまで刺されたのだった。

 しかし、いくら何でも、この状況で彼にまだ『隠す気』があるとは思えない。

 

 

「センパイ…もしかしなくても、リンクさんは」

 

「戦うつもり……なんだろうな、『本気』で」

 

 

 自分の本当の力が必要になる…そんな時が来れば、惜しみなく見せてやろう。

 未だ発揮していない力の存在を仄めかせつつ、そう言って笑っていたリンクの姿を思い出す。

 

 

「……ヘラクレスがとんでもなく強くて、恐ろしい敵なんだってことはわかっている。

 歴史とか、伝説とか、カルデアに来るまであまり詳しくなかった俺でも、名前だけでなくどんな活躍をしたのかってところまで多少は知ってるような大英雄だし」

 

 

 令呪の浮かんだ拳が握られる、思わず唾を呑み込んだ唇がかすかに震える。

 それを不安と恐怖故のものと受け取ったマシュは、マスターを何とか励まし、元気づけようと発しかけた声を、寸でのところで呑み込む羽目となった。

 巨体の大英雄に真っ向から対峙する勇者の、比べてあまりにも小さく華奢すぎる後ろ姿を見る立香の瞳は、期待と希望に輝いていたのだから。

 

 

『頑張って説明してくれるマシュには悪いけど、本の内容よりも、目の前にいる本人の印象の方が強いし…そんな熱心に「勇者様」って言われても、あまりピンと来ないや。

 それに…多分だけどあいつ、あまりそういう扱いされるの好きじゃないと思う。

 あいつが「勇者」だってこと自体は事実だし、否定する気なんかないけど…それでもやっぱり、俺はあいつのことを「勇者」よりも「友達」だと思いたいな』

 

 

 立香のリンクに対する扱いや認識が軽いように感じて、それは立香がリンクの逸話や功績の凄さを知らないからだと思って。

 今後の二人の為と信じて懸命に『ゼルダの伝説』を語り、その結果思いがけない答えが返って来た時のことを、マシュはなぜか思い出していた。

 いつの間にか物陰からやり取りを聞いていて、仲を取り持つどころか壊すきっかけを作ってしまったと血の気を引かせたマシュをよそに、白い肌に血の気を浮かべて恥ずかしそうに、それでいながら何故かとても嬉しそうだった、リンクのことも同様に。

 

 なぜ立香は『偉大な勇者』よりも『一人の友人』を尊んだのか、なぜリンクはそれを侮辱とも蔑ろとも思わずに喜んだのか。

 そして今、なぜ立香は、このどうしようもない苦境の中で揺るがない信頼を貫くことが出来るのか。

 『ゼルダの伝説』はまだ読み切れていないと言っていたのに、『勇者』ではなく『友人』だと思うと言っていたのは彼自身なのに…その『なぜ』を、今のマシュはまだ理解できない。

 

 過去の混乱と今の混乱が入り混じって動けずにいるマシュをよそに、状況は刻々と移り変わる。

 自身が最強と信じる英雄を『知らない』と言われ、頭に血が上ったイアソンは、戦闘態勢を整えたヘラクレスをよそに彼の偉業についてを激昂のままに怒鳴り散らしていた。

 素直に『偉業』だと、『大英雄』の生き様だと認めるしかない伝説を前に、表情と体勢を若干改めたリンクの様子に、気を良くしたらしいイアソンが更に舌を滑らせる。

 遠い生前の話ではない、今現在の脅威として立ちはだかる狂戦士の話をするために。

 リンクが意図せず乱したせいで緩んでいた戦場の空気が、あの絶望感が改めて戻ってくる。

 

 

「そいつの宝具『十二の試練』は蘇生魔術の重ね掛けだ、十二回殺されなければヘラクレスは倒せない。

 更に言えば、そいつの体はBランク以下の攻撃を無効化する。

 お前達にそれだけの攻撃手段が存在するかな、仮にしたとして止めの事実を教えてやろう。

 既知の攻撃に耐性が出来るんだよ、よって同じ攻撃で二度そいつを殺すことは不可能だ。

 要するに…お前達がヘラクレスに勝つには、Aランク以上の攻撃手段を十二種類用意して、十二回殺しきらなければならないのさ。

 数々の難題を踏破し、多くの怪物を殺して伝説となった、その上で理性を失くし目の前の敵をぶち殺すだけの存在となった化け物をなあ!!

 

 さあさあ、勿体ぶらずに教えてくれよ勇猛なる少年戦士君!!

 今まで散々コケにしてくれた、かつてないほど苛立たせてくれたこの偉大なるイアソンの怒りを鎮めご機嫌を取るために、君は一体どんな見苦しい醜態で反省と後悔を示してくれるというんだい!?

 聞くだけは聞いてやるよ、叶えてやる気はこれっぽっちもありはしないがなあ!!」

 

「黙れ」

 

 

 調子が戻ってきてより一層うるさくなったイアソンの笑い声が、それよりも遥かに静かなものだった筈のたった一声で遮られる。

 絶好調だった筈のイアソンが、なぜあのたった一言で静かになってしまったのか、ならざるを得なかったのか。

 その理由は、先ほど危うく眉間を貫くところだった矢よりもよほど鮮烈に、この身を射抜き竦ませていった青い瞳を、直接目の当たりにしたイアソン自身にしかわからない。

 

 

「お前が辱しめているのは俺じゃない…お前自身が自慢に、誇りに思っているヘラクレスの方だ。

 自覚して口を閉じろ、その回る口が自分の『能力』だっていう認識がちゃんとあるならな」

 

 

 顔面を蒼白にして黙り込んでしまったイアソンに最後の一瞥をくれてやると、リンクは改めて目の前の脅威へと向き合った。

 剣の柄を握る手にミシリと力が籠められる、手袋に隠された紋章が熱を持ち始めているのがわかる。

 詳細までは流石に把握し切れていない歴代の各々はともかく、少なくとも自分にそんな性分は無かった筈なのにと、頭の冷静な部分では思いながらも…胸の、魂の内から込み上げてくる熱い衝動を、無かったことにして押し込めるなんて出来やしない。

 

 

(『リンク』という存在そのものが統一化した影響か……でもまあ、悪くない)

 

 

 嫌いではない、楽しくない訳がない。

 そうでなければ、今はもう『あの世界をゲームとして楽しんでいた』程度の朧な認識しか残っていない『前』の自分が、『あのゲーム』にあそこまで夢中になる訳がなかったのだから。

 

 

「ヘラクレス…あんたが人類史の中で、トップクラスの偉業と勇猛さを誇る大英雄だって言うのなら。

 それを相手取ることが出来れば、それは、俺の力が多くの英雄相手にも通用することの証明になる訳だ。

 生憎と、今のあんたは俺にとって、人理修復という道半ばに立ち塞がった障害物でしかない。

 不遜ながら、踏み越えさせてもらう!!」

 

「行けリンク、新しい伝説作っちまえ!!」

 

「了解だ、マスター!!」

 

 

 周りが止める間もなく、徐々に昂りを見せていた少年二人の闘志がついに爆発した。

 気合いの一声と共に飛びかかってきた少年の鋭い剣戟を、ヘラクレスは斧剣で受け止め、咆哮と共に弾き返す。

 体勢を崩すどころか吹っ飛ばされた少年の痩身は、虚空で器用に身を翻し…その全身を、彼自身の手の甲から迸った目映い閃光と膨大な力の奔流が包み込んだ。

 

 思わず目を覆ってしまう程の眩しさの向こうに、一同は見た。

 形は違えど、どの国、どの時代にも余すことなく伝わっていたとある『伝説』…そこに記され、描かれていた、形を持った女神の祝福。

 後の世に万能の願望機と伝えられる、『黄金の聖三角』の紋章を。

 

 

「あ、あの紋章は……あのお方は、まさか!!」

 

 

 余人と異なる耳を生まれ持った彼女は、幼少の頃よりとある『太古の民』の存在について聞かされることが多かった。

 女神の声を余さず聞くための大きく長い耳を生まれ持ち、長い長い時を善なる女神と共に生きたのだという『古代ハイリア人』。

 姫はその血に連なる者なのだろう、溢れんばかりの魔術の才能もきっと…そう言われる度に、彼女は恥ずかしく思いながらも嬉しかった。

 伝説の『勇者』も『古代ハイリア人』だったのだ、憧れの英雄に近しい血を受け継いでいると言われて光栄に思わない訳がない。

 

 

(お会いできるのならば……もっと違う場所で、違う形で叶いたかった)

 

 

 哀しそうに、悔しそうに…残念そうに息をつくメディアは、目の前の状況を誰よりも早く、冷静に受け入れていた。

 

 

「手の甲にて、黄金に輝く紋章……まさかあれは、あいつは、あの『伝説』の!?」

 

「マジかよ、俺はガキの頃あいつの物語を教本に育ったんだぞ!?」

 

 

 紛れもない偉大な『歴史』や『神話』の存在である筈の自分達ですら、生きていた当時『伝説』として嗜んでいた物語の英雄が、抱いていた情景に相応しい『勇者』の目映さをもって眼前に降り立つ。

 その『奇跡』をまともに受け入れ、噛みしめ、堪能することが出来た者は、残念なことにこの場には存在しなかった。







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成り代わりリンクの封鎖終局四海(仮) 後

 活動報告にて、読んで下さっている皆さん宛ての、今後執筆を続けていくための重要なお願いごとを記載しました。
 一人でも多くの方に目を通して頂くことを期待します、特にゼル伝のガチ勢や古参プレイヤーの方々には是非とも。


 居合わせた全ての者の目を眩ませる眩い光の中、辛うじて窺えた人影が、異様とも思える程に重力を感じさせない軽やかさでもって甲板へと降り立つ……と思われたその瞬間に、誰もが予想し得なった第一射が放たれた。

 大気を裂く快音を立てながら、並の英雄ならば勝負が決まっていたであろう速さと威力を備えていた一撃に見事に反応して見せたのは、狂化しながらも流石は大英雄と言うべきか。

 剛腕で振るわれた斧剣によって弾き返され、それでもまだ勢いを殺しきれなかった矢が甲板に深々と突き刺さる。

 

 この時、ヘラクレスの心を蝕む狂気が、思いがけない形で彼の利となって働いた。

 正しい理性を備えた彼ならば、例え戦闘の只中であろうともほんの一瞬目を奪われ、感心と敬服の念を抱いていたであろう程の見事な腕前に、何の関心も覚えなければ何の反応も示さなかった。

 そのおかげで、第二第三と続いた同威力の矢の連撃に、間髪入れず対処を続けることが出来たのだから。

 

 

「流石は大英雄、最初の一発で決めるつもりだったんだけど…なっ!!」

 

 

 反撃を許すまいとする勢いで放たれる矢の雨を浴びながら、それでも機と見れば、それまで居た場所を粉砕させる威力の攻撃を放って来る。

 たった一撃当たりさえすれば、ヘラクレスとは比べようもない華奢な体は粉々になる。

 誰もが理解できる現実が、大空に向けて痩身が高々と飛び上がる度に遠ざかる。

 両翼を広げた大鷲を思わせる立派な弓を携え、鳥の羽をあしらった衣装を身に纏いながら。

 重力を全く感じさせない軽やかな動きでもって矢の雨を降らせるリンクは、正に獲物を狩る猛禽類の如くであった。

 

 

「『跳ぶ』を通り越して『飛ぶ』ような身のこなし…ありゃあ風の加護だな、相当なもんを持ってやがるぞ」

 

「しかもあれは、『力を授けてやろう』なんて類いのものではないわ。

 彼は何かしらの『空の民』達に、同胞として同じ空を飛ぶことを認められたのよ。

 独自の領域を持ち、そこに生きる者達は、まず間違いなくその世界に対して強い誇りを持っているものなのに。

 凄いわあの子、一体どこで何をしちゃったのかしら!」

 

「さすがにお前は知らんか…今度教えてやるよ。

 俺も結構、あいつの物語読んでたんだよな」

 

 

 オリオンとアルテミスのそんなやり取りを、立香は意識の隅で聞いていた。他に気を割く余裕などなかった。

 目の前で繰り広げられる凄まじい攻防。その最中に時折、かすかに過ぎる不思議な光景。

 風を纏いながらの長い滞空時間の中で、弓を引くリンクの傍で共に飛ぶ、鳥の姿を捉えることに夢中になっていたから。

 

 人と変わらぬ大きさで、翼は空を飛ぶだけでなく立派な弓をも携えて、気難しそうな顔立ちで。

 それでも、リンクを見る目には確かな信頼が宿っている。

 サーヴァントとマスターという繋がりを持つ立香だからこそ捉えることが出来た、風の加護の象徴として共に在る彼らの姿を、もしもマシュが目にすることが出来ていたなら。

 口にしていたことだろう、誇り高いリト族の戦士達の名を。

 

 

《な、な、な……何だこれはあああああっ!!!》

 

 

 死闘と呼ぶにはあまりにも華麗すぎる光景を前に、完全に目を奪われていた一同の意識が、通信の向こうから突如響いた素っ頓狂な叫び声によって戻ってきた。

 

 

「どうしたのさドクター、何かまずいことでもあった!?」

 

《ま、まずいって言うか…ねえレオナルド、測定器の故障っていう可能性は?》

 

《あり得ないよ、レイシフトを行うにあたって私を含めたスタッフ全員で徹底的に確認している。

 観念して認めるんだね、目の前のそれは紛れもない現実さ》

 

《一応足掻いてはみたけど、やっぱりかあ……立香君、マシュ、落ち着いて聞いてくれ!!

 『黄金の聖三角』が光を放った前後で、リンク君の霊基が大きく変化した!!

 このパターンは…間違いない、今の彼は『アーチャー』だ!!》

 

 

 現実をそうと認めながらも未だ受け入れがたいロマニ、息を呑みながら改めて戦場へと向き直った立香やマシュ達の前で。

 リンクは、咆哮を上げながら向かってくるヘラクレスを、不安定な虚空からの三本同時射ちという離れ技で迎え撃ってみせた。

 

 必殺の一撃を保ったまま、範囲攻撃として放たれたそれらを避けるには身を返すだけでは足りず、ヘラクレスは突撃の勢いが殺がれるのを覚悟で斧剣を振りかぶる。

 そうして生まれた隙は、リンクが改めて間合いを取る為の猶予としては十分すぎるもので。

 

 近付いてしまえば、弓兵の強みは失われる。

 当たり前の、分かり切っている筈のことだというのに。

 その為の好機を攻撃にいちいち対処するせいで幾度となく逃しているヘラクレスに、イアソンの苛立ちがついに爆発した。

 

 

「ええい、まどろっこしい!!

 いい加減にしろヘラクレス、今の貴様に半端な攻撃は効かぬのだ、狂った頭に叩き込んでおけ!!

 如何様な強弓とて気にかけることはない、構わず突っこんでさっさと」

 

 

 その続きは言葉とはならなかった。

 怒号を発するために大きく開けられた口は、その形を保ったまま硬直する。

 イアソンの沸き上がった思考を一瞬で凍りつかせたもの、それは、ヘラクレスの両目を貫通させる勢いで深々と貫いた二本の矢。

 イアソンの声に気を取られたヘラクレスが、思わず動きを止めたほんの一瞬の隙を、リンクは見逃しはしなかった。

 

 

「まず一回」

 

 

 何の感慨も、興奮も無かった淡々とした呟きが、既に穴だらけの甲板に大英雄が力なく膝をつくという光景と共に、異様な迫力をもって一同の思考に刻み込まれる。

 真っ先に声と思考を取り戻したのは、目の前の現実を色々な意味で受け入れられないイアソンだった。

 

 

「馬鹿な……こんな馬鹿な、何故だ、あり得ない!!

 Bランク以下の攻撃はヘラクレスには無効の筈だ、あの棒切れに伝説級の逸話があるとでも言うのか!?」

 

《いくら何でもそんな馬鹿な、リンク君が使っていた矢は何の変哲もないありふれた奴の筈……わかったスキルだ、『武芸の極致』!!》

 

「し、しかしドクター…リンクさんのあのスキルは、確か、どんな武器も使えるようになるというものだった筈では」

 

《それは違うよマシュ、『どんな武器も使える』というのは、リンク君がサーヴァントになる前から身につけていた彼自身の技術だからね。

 あのスキルが持つ真の効果は、『どんな武器も通じるようになる』というもの。

 リンク君は、戦う相手が何かしらの神秘による護りを持っていた場合、それを無効化することが出来るんだ!!》

 

《本来だったら、『武器の選択肢が広がるもしくは狭められない』程度の細やかな効果に留まるものなんだろうけど。

 リンク君自身の達人技と合わさることで、ある意味凶悪とも言える代物と化しているね。

 純粋な技量のみで、彼みたいな出鱈目と戦うことを強いられるというのは、随分と厳しいものがある》

 

 

 感心と戦慄が半分ずつ混ざっていそうなダ・ヴィンチの言葉に、一同はとある恐ろしい事実に思い至り、殆ど反射で背筋を竦み上がらせてしまった。

 彼が持ち得ているスキルが、戦闘能力を向上させるような類いのものでは無いと言うならば。

 ほんの一瞬、実質殆ど無かったような隙を逃さず、あのヘラクレスの両目を同時に射抜いてみせたのは、彼自身の実力以外の何物でもない。

 リンクは今、確かに、何の小細工も無い、彼自身の純粋な力量のみで、大英雄ヘラクレスと真っ向勝負で渡り合っているのだ。

 

 攻撃が通じているからと安心して気を抜くリンクではない、一度殺して終わる相手ではないことは重々承知している。

 脳を貫かれたダメージが回復し、反撃される前にと放たれた矢が、ヘラクレスの心臓を真っ直ぐに狙う。

 しかし、その鏃は心臓を貫く前の分厚い胸板で留められ、先ほどまでと比べて明らかに威力が落ちていることに気付いたリンクの眉間に皺が寄った。

 

 

「確か、死因に耐性が出来るとも言ってたな…」

 

 

 全く効かなくなったという訳ではなさそうだが、矢による攻撃はもはや決定打とはなり得ないと考えた方がいいだろう。

 戦いを見守る者達も数秒遅れてそのことに気付き、ある者は口の端を上げ、ある者は逆に強張らせ。

 それら全てを置き去りにして、ほぼ復活を果たしたヘラクレスへと、リンクは自ら間合いを詰めて飛びかかった。

 

 

「リンクさん、何を!?」

 

 

 マシュが思わず上げた絶叫が、全員の内心を代弁する。

 アーチャーの耐久力でバーサーカーの攻撃は到底耐えられない、今の今まで距離を保つように努めていたリンクがそれを把握していない筈が無いのに。

 天高く跳躍し、自身を目がけて真っ直ぐに向かってくるその身へと、ヘラクレスは斧剣を振り上げる。

 誰もが思わず、惨劇を予想してしまったその瞬間、太陽と重なったリンクの影が更なる光に塗り潰された。

 視覚が役に立たなくなった中、一同は、予想の範疇に全く無かったものを…超重量の『何か』と『何か』が真っ向から激突した、大気を重く鈍く震わせる轟音と衝撃を耳と全身で味わった。

 

 

「い、今のは一体…?」

 

「リンク!!」

 

 

 眩んだ瞳を、揺れる意識を何とか奮い立たせながら、船べりから乗り出さんばかりの勢いで戦場へと向き直る。

 そんな立香達が真っ先に目の当たりにすることとなったのは、下手をすれば三倍以上は体格差がありそうな者同士の、超重量武器による鍔迫り合い。

 小さい方がそれを制し、相対した巨体を甲板へとめり込ませた衝撃映像だった。

 

 

「ウォアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 反撃どころか、起き上がって体勢を整える猶予すらも許さない。

 戦闘の熱に両の目を完全に滾らせ、ヘラクレスにも負けない咆哮を喉から迸らせながら、リンクは、下手をすれば自身の体よりも大きく重そうな両手剣と共に虚空へと身を翻した。

 先ほど鍔迫り合いを制した際と同じように、超重量武器を振り上げ、重力任せに振り下ろしたその一撃に、自身の全体重と全膂力を加えて注ぎ込む。

 巨岩をも砕くようなその一撃は、後ろの甲板に衝撃を逃がしてしまうような無駄を一切許すことなく、ヘラクレスの肋骨とそれに守られた臓器を叩き潰した。

 

 魔物の頭蓋骨をそのまま加工したかのような兜と、毛皮を材料に守りよりも攻めと動きやすさを重視したと思われる装束を纏ったリンクの有り様は、矢を放っていた時の華麗さから一転、獣のような猛々しさを一同へと見せつけていた。

 刃よりも鈍器と称した方が相応しい両手剣の攻撃への耐性を得て、猛攻が一旦弱まった隙を逃さずに復活を果たしたヘラクレスは、大英雄の名と威厳を見せつけるかのように、不利な体勢と状況で三度目の粉砕を見事防いでみせた。

 斧剣を携えた剛腕の全力で弾き返されたリンクだったが、今度はそのまま吹っ飛ばされるようなことはせず、甲板の板張りにヒビを走らせながら踏み止まる。

 息を吸い、全身に力を滾らせたほんの一瞬の間を同じくして、両者は再び、轟音と衝撃をもって互いの武器を真っ向からぶつかり合わせた。

 

 

《霊基パターンがまた変わってる、今度は…何てこった、『バーサーカー』だ!!》

 

《とんでもない計測結果が出ているよ、マグマを溜めに溜め込んだ火山ってところさ!!》

 

 

 通信の向こうから聞こえる興奮しきった声も、もはや黙って見ているしかない一同の眼差しも。

 互い以外の余計なもの一切を排除し、大気を震わせ、轟音を響かせながら、二人の狂戦士はただひたすらに真正面から激突し合う。

 人の腕によって振るわれたものがぶつかる音だとは到底思えないそれが、幾度目かの拮抗が、突如響いた『嫌な』音によって傾いた。

 重く硬い何かが、圧力に耐えられずひび割れたような鈍い音…その源は、リンクが振るう大剣の方だった。

 

 刀身に走った、最初こそたった一本だったヒビは、もう一度二度と鍔迫り合いが続く度に数を増やし、更には大きくなっていく。

 ギリギリまで耐えた大剣は、止めの一撃でもって折れるのではなく粉々に砕け散り、対抗する術を失って全くの無防備となってしまった持ち主のみを後に残す。

 これ以上、もはや何もやらせぬと言わんばかりの雄叫びによってマシュ達の悲鳴を掻き消しながら、斧剣を振りかぶるヘラクレス。

 リンクはそれに、逃げるでも覚悟を決めるでもなく、腰を落とし、渾身の気合いを込めながら、自身の胸元で両の拳を打ち合わせた。

 

 硬質な何かが粉々に弾ける、甲高く鮮烈な音が辺りに響く。

 それは敵味方を問わず、一瞬前に誰もが思い描いた予想から程遠いもの。

 鉱石の結晶を思わせる赤い結界がリンクの身を瞬時に覆い、ヘラクレスの斧剣を受け止めると同時に弾き返したその瞬間。

 立香は確かに捉えていた、視覚ではなく感覚で。

 『岩の如く』という表現が決して例えでは無い、正しく岩のような巨人達が、一人はリンクが用いていたものと同じ大剣を片手で軽々と扱いながら、誇らしげな顔つきで彼と共に立つ姿を。

 

 

「ウ゛ア゛ア゛アアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

 再びの咆哮を上げながら、リンクは、渾身の一撃を余すことなくはね返されて体勢を崩したヘラクレスへと飛びかかる。

 振り上げたその手には、いつの間にか、両刃の大斧が握られていた。

 自身の体を軸に大きく振り回し、その遠心力によって生まれた膨大な力を完全に制御し、余すことなく叩きつける。

 一般の戦士が手にしたならば一生ものの名器であっただろうその斧は、振るう側からも、振るわれる側からしても、生憎と力不足の代物で。

 リンクの剛力とヘラクレスの耐久性に容赦なく板挟みにされた斧は、ほんの数回の使用であえなく粉々になってしまった。

 

 またしても武器が無くなった…しかし、『そんなこと』はリンクにとって、攻撃をやめる理由になどなりはしない。

 先ほどの斧と同じく、いつの間にか手にしていた大槌の振り上げで顎を砕き、続いての振り下ろしで脳天をかち割る。

 数度の使用でまたも限界を迎えてしまったそれを、今度は躊躇なく投げつけることでヘラクレスの反撃を阻んでみせた。

 

 今現在、ヘラクレスは何度死んだのか……もはや覚えていない、数える余裕があるくらいなら徹底して攻め倒すと言わんばかりの猛撃が続く。

 既知の攻撃に耐性を得るという能力を、素で十分強靭すぎる肉体を、本来ならば対抗策が尽きていた筈の状況を、ありとあらゆる武器を次から次へと使い潰すという力技で強引に押し通す。

 

 これで決められるかもしれない。

 そんな考えを立香達の脳裏に走らせたリンクの猛攻は、彼自身には何の非も無いことを原因に中断させられた。

 二人の戦場と化していた、どちらかが攻撃を放ち、どちらかがそれを防ぐたびに確実に崩壊を続けていた船の甲板が、ついに限界を迎えたのだ。

 船底からへし折れ、今の今まで辛うじて船の形を成していた木材が、もはやただの瓦礫と化して二人もろとも水底へと沈まんと崩壊していく。

 

 この状況で、体格の差が両者の明暗を大きく隔てた。

 巨体故に瓦礫に飲み込まれたヘラクレスと、躊躇なく武器を手放して上手く隙間を抜けることに成功したリンク。

 立香達の歓声は、分厚い板を突き破って伸ばされた巨大な手に足を掴まれたリンクが、そのまま崩壊に引きずり込まれた光景を前に中断させられた。

 

 

「リンク!?」

 

「リンクさん!!」

 

 

 船一艘が崩壊の後に沈没した影響は大きく、『黄金の鹿号』と『アルゴノーツ』の甲板にいた者達が思わず体勢を崩してしまう程の大波が襲う。

 それに耐えながら船べりに縋りついた立香とマシュは、未だ収まらない沈没の影響を、膨大な潮のうねりとそれに巻き込まれてひしめく船の残骸を、その只中に仲間が引きずり込まれた事実を前に蒼白にならざるを得ない光景を目の当たりにしてしまった。

 

 名を呼ばなきゃと思うのに声が出ない、『大丈夫』と信じている筈なのに『もしや』と考えてしまうのをやめられない。

 凍りついてしまった状況を動かしたのは、海面にひしめく残骸の中でも、特に巨大なものを吹き飛ばしながら浮上したヘラクレスだった。

 『アルゴノーツ』の甲板でイアソンが高笑いを上げたのがわかったが、生憎と今は構っていられる余裕は無い。

 

 

「リンクさん、リンクさんはどこですか!?」

 

《まさか、あの崩壊に巻き込まれて…》

 

「ドクター、縁起でもないこと言わないで!!」

 

 

 ヘラクレスはそんな『黄金の鹿号』船上の混乱に目をくれることなく、水から完全に脱するために瓦礫の中でも特に大きなものへと身を乗り上げ……かけたその胸元に、美しい白銀が煌いた。

 水中から放たれ、ヘラクレスの心臓を背中から貫き、太陽目がけて高々と掲げられた『ソレ』は、光り輝く三叉槍だった。

 繊細な細工が施され、陽光に輝く鱗のような優美さを備えると共に、ヘラクレスの強靭な肉体を一撃で貫いた事実をもって武器としての真価をも証明してみせたその槍は、既に半身を乗り上げさせていたヘラクレスを一瞬で海中へと引きずり戻した。

 

 薄暗い水中で尚も輝く槍が、持ち手の姿を瓦礫と波の隙間に薄っすらと浮かび上がらせる。

 まともに動くどころか上下の感覚さえ見失いそうな水中で、それでも何とか自身に迫る槍の穂先を認識したヘラクレスは、引きずり込まれてもなお手放さなかった斧剣を全力でもって振り回した。

 

 大英雄の膂力は水の抵抗をはね返し、逆に捕まえ、かき回されたそれは辺り一帯に巨大な渦潮を作り出す。

 未だ辺りに漂っていた船の残骸をも巻き込んでとんでもない威力を備えてしまったそれに、陸の者が呑み込まれてしまってはひとたまりもない。

 しかし…呑み込まれたのが陸ではなく水の者ならば、それも数々の困難を乗り越えてきた歴戦の勇士だったのならば。

 そんな『もしも』が現実となって、一同の目の前で繰り広げられた。

 

 薄暗い水中に光の軌跡を残しながら、渦潮を乗り越えるどころか突き抜けてみせたその者は、水面にひしめく船の残骸を避けて深く潜り…反転して急速浮上、煌く水面目がけて高々と突き出された穂先にヘラクレスを捉え、それでもまだ止まらなかった勢いのままにもろとも水上へと飛び上がる。

 最初から最後まで全てを見ていた一同の瞳に、優美な三叉槍に貫かれた状態で空中高く突き上げられたヘラクレスと、槍に見受けられるものと酷似した細工が施された青い鎧を纏った持ち手、リンクの姿が鮮明に焼き付けられた。

 

 

「ヤバい、心底たまげた……化け物野郎がサメにでも食らいつかれたのかと思ったよ」

 

《リンク君の霊基パターンまたも変化、いい加減慣れてきたな!!

 今度は『ランサー』だよ、見てわかると思うけど一応ね!!》

 

 

 あんなランサーありかよ!! …というヘクトールの声を意識の隅で聞きながら、マシュは『ゼルダの伝説』に記されている勇者の逸話の一部を思い出していた。

 ある時は使命に、ある時は死によって隔てられた、勇者と『水の民』の姫の恋物語。

 今は加護となって共に在る彼女達の眼差しは、その場面を未だ読んでいない立香でさえ、変わらぬ想いを察することが出来るほどに優しく愛しげなものだった。

 

 槍で深々と貫いたヘラクレスと共に、盛大な水飛沫を立てながら着水したリンクは、再び水中深くへと消えていった。

 槍の輝きすらも見受けられなくなり、激闘から一転して恐ろしさすら感じるほどの沈黙が辺りを支配した。

 ……と思ったのも束の間、ほんの数秒の後に、今までのものとはまた違う異様な音と衝撃が辺りに響き始める。

 その現象の最も大きな特徴は、『アルゴノーツ』とその船上にいる者達のみに起こっているということだった。

 

 

「きゃああっ!!」

 

「一体何なんだ、この音と衝撃は!!」

 

「ま、まさか、そんな冗談……じゃねえマジだ、『アルゴノーツ』の船底が直接攻撃されてやがる!!」

 

「ヘラクレス…おい、どうしたんだ!!

 私の声が聞こえないのか、さっさと戻ってこい、ヘラクレス!!」

 

 

 呼べば来ると心から信じるイアソンの声に、応えたいというヘラクレスの想いは、例え狂化されたとしても変わることはない。

 だとしても、海底に槍でもって磔にされ、引き抜こうとするも膨大な水圧に動きそのものを妨げられる現状では、呼び声に早急に応えるというのは難しいものがあった。

 

 ヘラクレスが戻ってきてしまえば、流石にこんなことが出来る余裕は無くなる。

 出来る限りの全力、全速力で、手持ちの槍数本と引き換えに『アルゴノーツ』の船体に結構なダメージを与えたリンクだったが、残念ながら穴を開けるまでには至らなかった。

 

 

(それでも、かなり力を削げた…十分だ)

 

 

 遥か下、真っ暗闇の水底に感じるヘラクレスの気が、少しずつ大きく強くなっているのを感じる。

 焦ることも、欲張ることもせず、リンクは人によってはもどかしく感じるほどの潔さでもって身を返した。

 

 ヒレを持ち合わせているかのような俊敏さで、瞬く間に『黄金の鹿号』へと泳ぎ着いたリンクは、深い水中から水面へと向けて全力で水を掻いた勢いでもって魚の如く水面から飛びあがった。

 『黄金の鹿号』の甲板よりも高く飛んだリンクは、一同が思わず開けたスペースへと降り立つために空中で身を翻し…その全身を、またしても、『黄金の聖三角』の力と光によって包み込む。

 軽快な音と共に甲板に降り立った時、既にその装いは一変していた。

 

 熱い砂の風が吹く砂漠の民を思わせる衣装は繊細な造りをしていて、髪をまとめ上げて露わにされた容貌の美しさを余さず引き立てている。

 加えて上半身の肌が大胆に露出されており、成熟しきっていない少年の体だからこその艶めかしさを感じてしまった一部の…結構多くの者達が、咄嗟に視線を逸らせる羽目になってしまった。

 自分がそんな類いの注目を浴びているとは欠片も考えていないリンクは、未だ戦場にいる気概を保ったまま、若干頬を赤くさせていたドレイクへと向き直った。

 

 

「ドレイク船長、アステリオスに頼んでおいた件は!?」

 

「あ…ああ、問題ない、いつでも行けるよ!」

 

 

 リンクの説得を受けて『黄金の鹿号』へと戻ってきたアステリオスは、とある伝言を託されていた。

 曰く…『どんな風も捕まえ、どんな波も乗り越えられる準備を整えておいて欲しい』とのこと。

 意図が掴めきれないながらも、言う通りにしておいた方がいい案件だと判断したドレイクは、リンクとヘラクレスが激闘を繰り広げる最中に部下達を急がせておいたのだ。

 

 ドレイクの返事を確認したリンクは、頷き、若干混乱が落ち着きかけている『アルゴノーツ』の一同へと向けてパチンと指をひと鳴らしさせた。

 瞬間、大気を割る轟音と共に、枝分かれする稲妻が『アルゴノーツ』周辺に炸裂した。

 ヘラクレスの不在と併せて、完全にパニック状態に陥ってしまったイアソンの様子がここからでも窺える。

 

 ヘクトールとメディアが懸命に宥めようとしているらしいが、そう簡単に落ち着くようには思えない。

 この隙を逃さずに生かすため、リンクは、両手のひらに収まる大きさの何かを取り出した。

 深く美しい青を湛え、両手で構えることを想定し、指の位置に幾つもの穴が開いた『それ』が何なのか。

 知る者は多く、目を疑い、言葉を失った者は、それと同じ数だけ存在した。

 

 

「リンクさん…そ、それはまさか、時のオカリナ!!」

 

《伝説の聖なる楽器、『勇者リンク』が原初の音楽魔術の使い手としても認識されている理由だ!!

 成る程ね…今の君の霊基は『キャスター』、それを真の力でもって扱うための前提条件って訳か!!》

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉に返せるほどの余裕を未だ持たないまま、リンクはオカリナにそっと口をつけ…既に指が覚えているメロディーを、其れそのものが力を持つ曲の一節を響かせた。

 くるりくるりと何かが回り、時に跳ね上がるかのような軽快な旋律。

 普通に考えるならば、小さな楽器をもって短い曲を奏でた、ただそれだけの筈のこと…しかし。

 そんな僅かな疑いすら抱く間もなく、旋律の力は瞬く間に現れた。

 晴れ渡っていた筈の空が瞬く間に暗雲に覆われ、降り注ぐ豪雨に叩きつける暴風、それに伴い海までもが大型帆船を上下左右に揺さぶる高波で荒れ始めた。

 

 

「うっそだろ、今の今まで完全にピーカンだった!!

 嵐どころか雨や風の気配だって無かったんだ、あり得ないよこんなの!!」

 

「あり得なくてもこれが現実なんです、落ち着いて下さい船長!!」

 

 

 海の知識と経験を深く得ていたが故に、人一倍混乱してしまったドレイクだったが、立香の言葉を受けて流石の適応力と立ち直りの速さを見せた。

 予め荒海を越える準備を整え、ドレイクの一喝で冷静さといつもの調子を取り戻した船員一同は、船体を傷つけられた上に船長が混乱状態にある影響で動けずにいる『アルゴノーツ』を尻目に、嵐の海の向こうへと瞬く間に消えていく。

 イアソンが正気を、空と海が元の穏やかさを取り戻した頃には、既にその船影は水平線のどこにも見受けられなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう………………あー強かった、流石は大英雄」

 

「軽い、軽すぎますよリンクさん!!」

 

《あのとんでもない戦いをそれで済ますのかい君は!?》

 

「これでも疲れてるんだよ……」

 

 

 『黄金の鹿号』の船べりに腰かけ、体力回復の一環として串焼き肉を頬張りながら、マシュとロマニのツッコミに苦笑いを浮かべつつも律儀に返す。

 そんなリンクへと、抗議、もしくは詰問のような勢いで詰め寄る者がいた。

 

 

「ちょっとリンク、あなたどうして逃げたりしたのよ!

 あの調子だったら…あなただったら、ヘラクレスを最後まで倒しきれたんじゃないの!?」

 

「それはあたしも聞きたいねえ…いや、戦ってたのはあんただ、あんたが撤退すべきと思ったんならそれに否やを言うつもりはない。

 ただ、エウリュアレの言う通り、『行けたんじゃないか』って思う気持ちが大きいのさ」

 

「俺としても、倒せるなら倒しておきたかったんだけど。

 ……現状でそれは無理だ、あれ以上戦っていたらどんどん状況は悪くなっていた。

 撤退は、最善の選択とタイミングだったと思ってる」

 

「現状…と言うと?」

 

「準備不足」

 

 

 そう言うとリンクは、腰に下げていたシーカーストーンを手に取り、壁面に指を当てて起動させた。

 首を傾げるドレイクやエウリュアレ達をよそに、それがリンクの宝具のひとつであることを知っていて、別の場面で動かしているところを見たことがある立香とマシュは、先ほどの戦いでリンクが見せた武器の持ち替えのタネがそれであることにも気づいていた。

 

 

「俺の戦法は、ぶっちゃけて言えば『ド派手な消耗戦』なんだ。

 矢も、武器も、盛大に使い潰しておきながら無限じゃない。

 使った分は無くなるし、無くなった分は補充しなければ増えない。

 事前にどれだけ準備していたかが、非常に重要なんだけど。

 

 ここの特異点、殆どが海で、武器や道具を何かのついでに補充できる機会が無かった。

 上陸の機会が皆無って訳じゃなかったけれど、大抵が他の重要な目的があったり、団体行動優先だったりして、個人的に動ける時間はやっぱり無かったんだよな。

 

 それでも、そういう事態も考慮した上でレイシフト前に準備しておいたから、十分余裕があった筈なんだけど……対ヘラクレス戦で吹っ飛んだ。

 流石は大英雄、出し惜しみなんて余裕は無かったよ。

 矢は殆ど使い果たしたし…あの巨体に効果的に痛手を与えられそうな重量系の武器は、もうあと何本も残ってない」

 

「勝つための決定打を失いかけてたってことか……成る程ね。

 わかった、撤退の判断に間違いは無かったよ」

 

「でも……それじゃあどうするの、どうやってあのヘラクレスを倒すって言うのよ。

 あいつらは絶対に諦めない…今は落ち込んでるかもしれないけれど、すぐに気を取り直して追って来るわ」

 

「……ああ、俺もそう思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急いで奴らを追うだと?

 何を考えているんだ、それでも貴様は護国の英雄か!?

 ヘラクレスをあそこまで追い詰めた奴…あの伝説の勇者を相手に、無策で突っ込んでどうすると言うのだ!!

 今はヘラクレスの蘇生魔術を補充するのが最優先だ、メディアに全力で当たらせている!!」

 

「あそこまで追い詰めておきながら、撤退を選んだ理由って奴を落ち着いて考えてもらえませんかねえ!!

 倒しきれない、もしくはこのまま戦っても不利に転じる、そう判断するだけの何かがあったんだ!!

 急いで追撃すればその利点を生かせるかもしれねえ、逆にモタモタして猶予を与えたら対応されちまうかもしれねえ!!

 どちらが勝ちの目が大きいか、計算式は単純そのものだと思うぜ!!」

 

「………アルゴノーツの修理を終え次第、追撃を開始する。

 ただし!! ヘラクレスの回復を怠らせ、戦力をガタ落ちさせた責任はしっかり果たしてもらうぞ!!

 次の機会に勇者の相手をするのはお前だ、ヘラクレスの邪魔をさせないよう精々時間を稼ぐんだな!!」

 

「……へいへい、了解っと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分今頃、こんなやり取りをしてる頃じゃないかな。

 イアソンだけなら、ビビッて躊躇い続けてくれることもあるだろうけど…ヘクトールがいる。

 猶予が無いのは俺達の方だってことを正確に察して、イアソンを焚きつける筈だ。

 これから急いで適当な小島に上陸したとしても、そこが資源に溢れた豊かな島だっていう可能性は、ヘラクレスを今度こそ倒しきれるほどの準備が整えられる確実性は低い」

 

「リ、リンクさん……それでは一体、どうすると言うのですか?」

 

「……イアソンの目的が気になるな」

 

「あのクソ野郎の目的だって?」

 

 

 そんなものに意味があるのか…とでも言いたげに表情を顰めたドレイクをよそに、リンクは口もとに指を添えながら考え始める。

 歴戦の戦士から一転、多くの兵士を生還させた戦術家としての、知恵と思考力を武器とする者としての彼がそこにいた。

 

 

「言動といい、考え方といい…確かにことごとく腹が立つような奴だったけれど、あいつの性根は恐らく善性のものだ」

 

「アレで!?」

 

「そう、アレで。

 『善』っていうのは要するに、『自分が正しいと思ったことを尊んで実行できる』性質のことを言うんだよ。

 もしあいつに、『自分の行動によって世界が滅びかねない』という認識があったら、あんなに自信満々にはなれない。

 むしろあれは逆…自分は正義を成す英雄だという矜持、世界を救うのだという使命感、それらがもたらす万能感と優越感に浸りきってひたすら調子に乗っている、という認識が正しそうだ」

 

《彼は、手にした聖杯を『何か』に使う気満々だった。

 聖杯を回収して特異点を修正できなければ、人理の修復は叶わない。

 ……うん、彼が自分の行いで世界が救われると考えているのなら、それは間違いなく思い込みの勘違いだね》

 

「何よそれ…一体何がどう影響すれば、そんな風に思い上がれるというの?」

 

「何の誘導も根拠も無しに、盲目的に思い込めるようなことじゃない。

 間違いなく『誰か』が裏で操作している…何らかの明確な目的をもって」

 

 

 瞬間的に、脳裏に過ぎった影は二人分。

 中でも、リンクの印象に強く残ったのは、杖を携えた華奢で可憐な魔術師の方だった。

 

 

「戦闘準備を怠る気は無い、そこは当然。

 だけど、それ一本に固執せず、別の角度からあいつらの『裏』を探ってみる意味は十分にあると思う」

 

「……それでもし何も無かったら、あなたは一体どうするつもりなの?」

 

「エウリュアレはまだ不安か…分かった、払拭させておこう。

 その場合は、もう一度俺が相手をするさ。

 今度は広くてしっかりした足場、陸の上で。

 あの状況では使えなかった手、先のことを考えて敢えて温存した手を全て使う」

 

「まだ奥の手があったと言うの!?」

 

「ああ、まだまだ出し切ってはいない。

 思っていることを正直に言うとな……いくら大英雄とは言え、たまに勘が働く以外はほぼ力任せに突っ込んでくるだけのバーサーカーを相手に、負ける気は一切無いんだ」

 

 

 自信と確信をもってキッパリと言い切ったリンクに、一同は頼もしさに先んじて、寒気を錯覚させるほどの畏怖を覚えたのを自覚した。

 

 

(まあ…こちらではなく向こうが、俺とヘラクレスの一騎打ちをまた許してくれる確証は無いんだけど。

 ……これに関しては言わないでおこう、士気を下げてまで周知させておくことじゃない)

 

 

 そもそも…忘れている者も多そうだけれど、ヘラクレスはこの特異点において最終目標ではない。

 その前に立ちはだかる、最低限乗り越えなければいけない難関のひとつに過ぎないのだ。

 イアソンの裏で糸を引く黒幕、その隠された真の意図は必ずある。

 自分が相手をする以外の、ヘラクレスへの対処法も必ず。

 

 水平線の彼方を見据えながら、確信を抱くリンクだったが。

 後々見つかることとなるその『対処法』が、自分達のマスターにとんでもない無茶ぶりを要求するものだったことまでは、流石に予想しきれなかった。




 あらゆる状況・環境に対応できる勇者リンクの万能っぷりと、服を着替えることで何かしらに特化するゲームシステムを元ネタに、トライフォースを膨大な魔力リソースと考えることで確立させたクラス『ブレイヴ』の独自能力。
 それが、『自らの意思によるクラス変換』です。
 スカサハやBBもやっていましたが、アレは『着替えるために霊基を弄った結果クラスも変化した』なので狙った訳ではなく、明確に狙った上で気軽にポンポンとは流石に行きません。

 多少弱体化させた上で、『ブレイヴ』のクラスに押し込められた一部の特化要素のみを独自に選び取り、相応しいクラスに当て嵌めて解放させることでその真価を発揮させる。
 『勇者』のマテリアルで書いた宝具やスキルは『リンク』というサーヴァントの土台です、上乗せさせる形での変化なのであっちの能力はどの時でも使えます。
 普通ならば個人で聖杯でも持っていなければ到底出来ません、魔力の消耗が激しすぎますから。
 トライフォースを所有しているリンクだからこそ実現できた、あらゆる意味で彼のみが生かすことが出来る特殊能力なのです。


 『リト』でアーチャー、『蛮族』でバーサーカー、『ゾーラ』でランサー、『熱砂』でキャスター。
 更に『忍び』でアサシン、『クライム』でライダー、『英傑』でセイバーとなります。
 加えて、勇者であることを隠すために着ていたフード付きの普段着は『ハイリア』のシリーズです。

 着替えたからってあんな能力はつかない、ゾーラの鎧であんな泳ぎ方は出来ない…と思われる方は当然いると思われますが。
 服はあくまでクラスチェンジを見た目で分かりやすくするためと、クラスごとに発揮される能力を象徴するためのものです。
 今の彼はサーヴァント、逸話や解釈によって新たな姿や能力が付与されることがありえます。
 特に彼の場合は、世界各国で愛読されているので影響も大きいです。
 その辺りを考慮し、『ゼルダの伝説』から能力や仕様をただ持って来るだけではなく、サーヴァントとなったことで起こるであろう変化や新たな付与を想定して設定を作っています。
 なので、シリーズ全般を通したゾーラ族関係の能力と逸話の象徴として、ゾーラの鎧にはミカウの仮面をかぶった時に得られるような泳ぎの能力も付け加えました。
 他の服も、同じような仕様と能力を想定しています。

 セイバーではマスターソードの真名解放とハイリアの盾が解禁。
 オカリナを筆頭とした音楽関係の能力や、各種アイテムの使用はキャスターにて。
 移動や乗り物関係はライダーです、ウルフリンクへの変身はこちらを想定しています。
 あと変わり種で考えているのが…『顔を変える』ことを『違う自分になる』ことと解釈し、アルターエゴで各種仮面の使用を解禁、ですかね。
 リンク君自身、サーヴァントと化した自分の能力を少しずつ仕様確認しながら戦っているので、出てくるタイミングに関しては長い目で見たいただければと思います。


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ネタ語り 『ゼル伝』が人理に与えた影響 インド編





 

 原典(マハーバーラタ)をきちんと読んだ訳ではありません、どのようなイベント、経緯が二人の間やその周囲にあったのかをある程度把握しているくらいです。

 多少の齟齬や思い違い、解釈違いがあるかもしれませんが、ご了承ください。

 

 

 

 

 

 原典における二人の因縁は、上流階級出身者対象の弓の競技会に飛び入り参加して大変な結果を叩き出したカルナが、その上で自身と同等(断トツ)だったアルジュナとの決闘を望んだものの、『自身の身分を明らかにする事すら出来ない、どこの誰とも知れない者が何を馬鹿なことを』とあしらわれて叶わなかったことから始まったとのこと(拾われ子でガチでどこの誰とも知れない上に、育ての親も御者という下級層の出身でしかなく、流石のカルナも何も言えなくなってしまった)。

 そこで唯一、『たかが身分如きに目が眩んで素晴らしい戦士を辱めるとは何と愚かしい』と言ってくれた、『彼がクシャトリヤ(王族)ならいいんだな』とその場で着飾らせた上で就任式みたいなことまでしてくれたドゥリーヨダナ、アルジュナを含めたパーンダヴァ五兄弟と後に敵対することになる男に感謝したカルナが、彼に生涯の友情と忠誠を誓ったことで、未来の敵対関係が確定してしまった時でもあった(着飾られたことで本物の王侯貴族並みの風格を醸し出したカルナに、居合わせた者達は一瞬ガチで感心しかけたものの、息子の晴れ姿に感激した父が思わず駆け寄ったために出身がバレてしまった。一転して嘲笑と蔑みの雨を浴びせられることとなったカルナへの仕打ちにドゥリーヨダナは本気で怒り、心底気に入った彼をそのまま連れて行き、一生の親友となった)。

 

 『ゼルダの伝説』の存在の影響がまず出たのは、鍛冶屋の孫だったり牧童だったり、どこの誰とも知れないみなしごだったりと、まともな『身分』があったことの方が圧倒的に少ないリンクの活躍に幼い頃から憧れていた、今現在騒いでいる連中のように身分を笠に着ることなく、この逆境の中で臆することなく、己の実力を確かな行動のみで示してみせた彼こそが真の『勇気ある者』だと思い、そんな彼が他でもない自分を求めてくれたのだということに感激したアルジュナが、自身もまた『勇気』を出してカルナという人と自分自身の本心を認め、『身分など関係ない、私もあなたと勝負をしたい』と口に出来たことだった。

 当人の意思と希望をよそに周りが騒いだことで結局は叶わず、カルナもドゥリーヨダナの下へと行ってしまったのだけれど、去り際にカルナはアルジュナへ感謝の言葉を告げ、また会って勝負をしようという約束と共に二人は別れた。

 

 

 

 

 

 クシャトリヤでありながらどこの誰とも知れない男に敬意を払うアルジュナに、周囲は善意から『思い直せ』『お前らしくない』といったことを口にする。

 『皆が認める理想の英雄(良い子)』でいようと努め続けたFate原典のアルジュナだったら、ここで周囲の期待に応えようと自分を諫めたのだろうけれど。

 既に一度思い切ることが、心の殻に穴を開けることが出来ていたこちらのアルジュナの気持ちは、別方向に動いた。

 子供の頃から本人も気づかないまま溜め込み続けていたものが、いずれ黒い自分を生み出していたであろうストレスが風穴から爆発して、遅めの反抗期に突入。

 

 取るものも取りあえず殆どその場の勢いで家出をしてしまった彼は、『良い子』であり続けるために誰にも言うことなく諦めていた、勇者のように旅をしてみたい、腕試しをしてみたい、広い世界を見てみたいという幼い頃の夢を叶えることになる。

 例え反抗期真っ只中だとしても、旅先から小まめに手紙を出す揺るぎなき良い子。

 そんなアルジュナに甘えて押さえ過ぎていた、与えていたつもりが求め過ぎていたことを自覚した家族は反省し、彼が手紙に記して送ってくれる冒険譚の続きを楽しみにしながら、彼の生まれて初めての我がままを温かい目で見守ることにした。

 

 そんな旅路の中で、思いがけずカルナに再会。

 勝負の約束はしたものの出会い頭に殺し合うような因縁は無く、むしろお互いに好印象を持っていたために、素直にそれを喜び合う。

 約束通り技を競った二人はお互いへの尊敬を一層高め合い、『あなたともっと勝負をしたい、色々なことを共に経験してみたい』という、本人からすればあくまで希望を口にしただけだったアルジュナの求めに応じる形で、カルナが彼の旅路に同行することになる(求められたから施したのではなく、生まれて初めて、自分自身の確かな意思と希望でそうしたかったのだということを、カルナは後に自覚する)。

 戦いの技だけに留まらない様々な競い合いを日課にしながらの、人助けをしたり、恐ろしい魔物を倒したり、人の手の及ばない秘境へと挑んだり、大変な苦行や苦難を共に乗り越えながらの二人旅は、それだけで抽出してひとつの物語にされるくらいの、マハーバーラタ前半の一番の見所となる。

 

 

 

 

 

冒険譚の妄想例

 

 

 神へ生贄を捧げる風習に縛られていた村に辿り着き、その現場に立ち会ったことで『生贄なんてものを要求する上に、碌な見返りも寄こさない神などもはやただの魔物だ!』と激昂したアルジュナが、『実質魔物とはいえ分別上は紛れもない神なのだから下手に殺しなどしてはまずい』というカルナの言葉と制止を振り切り、生贄の娘の身代わりとなる形で神(魔物)の下へと乗り込んだ(英雄譚の鉄板ネタのひとつである、美しい青(少)年が女装して大活躍の逸話の一端)。

 完全に油断しているところに強烈な一射を食らわせてはやったものの、やはり神の端くれなだけあって相応に手強く、徐々に追い詰められた挙句に窮地に陥ったアルジュナの下に、神への強力な特効武器を手にしたカルナが駆けつけた。

 その武器が、自分の仲間達が彼に与えたものであることを察した神は、激昂しながら一体何をしたのかをカルナに問い質し、その問いに対してカルナは、アルジュナを止めることに失敗してしまった後に急いで(普通なら数日かかるような険しい道のりを不眠不休で駆け抜けて)神々の下へと乗り込み、仲間が生贄などという碌でもないものを要求していることと、それをずっと見過ごしてきたことへの了見を問い質し、神としての矜持がまだあるのならば相応の対応と誠意を見せろと要求をしたところ、『かの者はもはや同胞ではない、例え殺したとしてもその件で我々が報復するようなことはない』という明確な見解と言葉、更には今回限り、使用後にすぐに返すという条件で武器を与えられてきたことを明らかにした。

 お墨付きを得た上で神殺しの偉業を見事成し遂げた後、強大な敵だからこそしっかりと根回しをして準備を整えるべきというカルナの真意に気付けず、ただ単に臆したものとばかり思って一人で勝手な行動を取ってしまったことを詫びたアルジュナに、カルナもまた自身の言葉足らずを謝り、強大な敵と知りながらも立ち向かい、自分が駆け付けるまでの時間を稼ぎ切ってくれたおかげで生贄となる筈だった娘を含めた多くの者が助かったのだと、彼の勇気と健闘を讃えた。

 

 他にも、近頃やけに評判な二人組の信頼関係を玩んだ上にぶっ壊してやろうと企んだマーラ(カーマ)が片方を攫って閉じ込め、残された方が突然消えた相方を必死になって探していることを把握した上で、『もう諦めた』『もう見捨てられた』と証拠(捏造)込みで攻めても『あいつはそんな奴じゃない』の一言であっさりと跳ね除けられ、ならばともう片方に渾身の妨害工作を施してみれば全て粉砕され、その後二人がかりで情け容赦なくボコボコにされたことが完全にトラウマとなり、カルデアで鉢合わせた折には『ひいいいいっ、カルデアにはあいつらまでいるんですか!? もうやだ私帰ります!!』となる……などというのも考えました。

 

 カルナの実家にお邪魔して友人としてご両親に挨拶したり(された方はアルジュナの正体に気付いて心臓が止まる思いをした)、念入りに変装した上で馬の世話や御者の仕事を手伝わさせてもらったり、疑似体験した下級層の生活に色々と複雑なものを感じたり、ということもあったかもしれません。

 

 両親を手伝って馬の世話をする毎日の中で、オカリナの音で愛馬を呼ぶ勇者の姿に憧れた幼き日のカルナが、自身が作った素朴な笛を自己流で奏でつつ馬達に聞いてもらう日々を送ったところ、大人になった頃にはその音色に猛る獣を宥めさせる効果が付与されるまでに洗練されて。

 暴れまわって危険だという理由で咎なく退治されようとしていた猛獣と、それによって害を被っていた人間の両方をそれによって救ったという逸話があって、カルデアにおいても、ロボを落ち着かせられる貴重な人材を担っているとか。

 ……まあ、この辺りは願望重視の妄想ですが、だとしても笛は奏でさせたい。

 一見して無粋な戦士が、ふとした瞬間に何気なく垣間見せる美しく繊細な技と姿というギャップが好きです。

 

 

 

 

 

 そんな日々が続いたある時、アルジュナの兄弟達とドゥリーヨダナの仲がますますもって険悪になり、彼らはお互いに、相手勢に対抗するために頼れる仲間に招集をかける。

 カルナとアルジュナはそれを共に受け取り、突然のことに躊躇いながらも、愛する家族や恩ある親友の助けを求める声に応じないという選択肢は無く、落ち着いたらまた会おう、また共に競い合い、また旅にも出ようと約束して別れた。

 

 

 

 

 

 いがみ合い、罵り合い、傷つけあう両陣営で、家族や友のために貢献しながら、『何とか和睦できないか、互いに譲り合うことは出来ないか』と考えることをやめられないカルナとアルジュナ。

 機を見て話を持ちかけてはみるものの、互いにもはや利益ではなく私情や面子の問題となってしまっていて。

 優れた戦士である彼らならば個人の情よりも大局を選べる筈という信頼から、パーンダヴァ兄弟もドゥリーヨダナも、弟や親友の言葉を悪いと思いつつも却下し続けた。

 そんな彼らの思惑通り、内心ではどう思っていようとも、いざ公の場となれば容赦なく(そんな余裕を持てるような相手では無いことをお互いが一番よく分かっているし、不甲斐ない姿を絶対に見せられないとお互いに思い合っている)激突し合う二人の勇姿とそれを目の当たりにした者達の恐れが、両陣営の敵対心を更に煽る悪循環となっていた。

 

 しかしそんな状況の中でも、幸いにも彼らは完全に孤立しているという訳ではなかった。

 『傷つけ合うこと、奪い合うこと、大切なものがどんどん失われていく負の連鎖をやめようと言っているだけなのに』と、分かり辛く落ち込みながらのカルナの愚痴を、アシュヴァッターマンは日々受け止めていたし。

 恐るべき敵将となってしまったカルナとの思い出を、未だ欠片も損なわれていない彼への尊敬と信頼の気持ちを優しく微笑みながら聞いてくれる母と過ごす時間は、その頃のアルジュナにとっては貴重な癒しのひと時だった(もう一人の息子への想いを、日々募らせてしまっていたことなど知る由もなかった)。

 

 パーンダヴァ兄弟からしても、アルジュナが旅先から送ってきた手紙を読んで、又は本人から聞いたことで、直接会って話したことが未だ無いことが不自然に思えるレベルで、分かり辛いながらも疑いようもなく誠実な人柄を知っていたカルナに関しては、立場上公言出来ないだけで結構な好感を抱いていたし。

 ドゥリーヨダナもまた、自分よりも先にカルナを認め、周りからどんなに窘められようとも、彼への尊敬と信頼だけは決して偽ることなく貫いていたアルジュナに関しては、他の兄弟達のように嫌ってはいなかった。

 カルナとアルジュナがめげることなく訴える話し合いと歩み寄り、それに対する妥協案として、『カルナ(アルジュナ)個人に関しては、こちら側につく気があるのならば受け入れてもいい』と両者共に提案したところ……『それは私(オレ)に、家族(親友)を裏切れと言っているのと同じことだ!!』とブチ切れさせてしまった。

 

 追い縋る手を払いながら自室に戻り、時間の経過によって冷えてきた彼らの頭の中に、先程の提案が響き渡る。

 怒りは心からのもので、発言だって撤回するつもりはないのに。

 旅の頃のように、誰に憚られることなくまた共に過ごせるようになるかもしれないという抗いがたい魅力から、『こんな提案をされたんだけど』ということを伝えるくらいならばいいのではないかと思って認め始めた手紙が、半分ほど書けた頃。

 恐る恐るといった様子でやって来て、一生懸命に謝り、機嫌を取り、許しを請いだした、しばらく顔も見たくない筈だった兄弟(親友)の姿に思わず笑みを零しながら、『捨てるなんて出来る筈が無い、それはお前も同じだろう?』と書きかけだった手紙を棚の奥底にしまい込み、手を付けることは二度となかった。

 それが発見され、板挟みにされた彼らがどれだけ悩み苦しんでいたのかを一同が改めて思い知り、もはや取り戻せないものを悔やむことになるのは、まだずっと先のこと。

 

 

 

 

 

 そんな日々の果てに、ついに迎えてしまった開戦の前夜。

 陣地をこっそりと抜け出した二人は、再会を喜び、何のしがらみも無い個人として向き合えるのがこれが最後だということを嘆き、果たせなかった約束を心から惜しみながら、新たな約束を交わし合う。

 『戦士として全力を出し合うことを誓う、お前(あなた)を殺すのはオレ(私)だけだ』と。

 そうして泥沼の戦争が始まり、何度か相対する機会がありながら、約束通り本気の戦いを繰り広げながらも、二人が決着をつけることは出来なかった。

 

 そんな時に、アルジュナの母がこっそりとカルナの元を訪れた。

 自身の息子達と敵対している勢力の真っ只中で、動揺して言葉を詰まらせる彼女を急いで保護したカルナは、あなた方のことをアルジュナから聞いていたと、彼は愛する家族のことをよく話してくれて、おかげで初めて会った気がしないと……とりあえず落ち着かせようと思って振った話題で、何故か逆に声を上げて泣き出してしまったことに慌てたカルナは、次の瞬間息を呑んだ。

 彼女は自分がカルナの本当の母であること、望んだ神の子を授かれるという能力を若気の至りの好奇心で試した結果、未婚かつ結婚を控えていた身で産んでしまった挙句に手放さざるを得なかった最初の子が、他でもないカルナなのだということを明かして(その結婚相手が子供を作ると死んでしまうという呪いに苛まれていたため、夫公認で能力を用いて神の子達を産んだ)。

 兄弟で殺し合うのをやめて欲しい、今からでも遅くないから家族で共に暮らしましょうと。

 私のことを憎むのは構わない……けれどアルジュナが、弟が可愛いのならば、どうか聞き入れてほしいと懇願した。

 

 原典においてカルナは、血縁の情に訴えながら弟達を殺さないで欲しいと懇願する母親に対して、『母の頼みならば仕方ない。宿敵のアルジュナは流石に無理だが、他の兄弟を殺すことはしない』と誓ったのだけれど。

 こちらのカルナはその言葉に、あまりにも強烈過ぎて自分でもそうと認識できなかったほどの大ショックを受け、明確な返事が出来ないまま母を帰すことになってしまった。

 最後の瞬間に、『会いに来てくれて嬉しかった。産んでくれて……一思いに殺してしまった方が面倒が無かったであろう赤子を、わざわざ生かしてくれてありがとう。おかげで俺は幸せだった』とだけを何とか告げて。

 

 その後、父たる太陽神に祈りを捧げるための、大切な日課である筈の沐浴を殆ど惰性で行ないながら呆けてしまっていたカルナの下に、息子を勝たせる(死なせない)為にカルナから黄金の鎧を奪うべく、人間に変装した雷神インドラが現れる。

 乞われたものを施さずにはいられない性分を利用しようとした思惑をカルナは見抜いたのだけれど、構わず彼は肉と同化していた鎧をナイフで剥ぎ取り、インドラに渡した。

 その時カルナの中にあったのは、誰が相手でも、どんな時でも自分らしくありたいという矜持ではなく、むしろその逆。

 不死身の鎧を失い、自身の皮とも言えるそれを剥いだことで重傷を負い、数多の呪いに苛まれた現状であれば、『全力を出す』という約束を破らないまま、弟を生かすことが出来ると。

 戦士としてではなく兄として最期を迎えることを選んだ彼は、心から安堵していた。

 そんなカルナの想いを知ったインドラは、鎧を奪うための口実的な意味合いが殆どだった槍を本当の意味で彼に与え、息子の兄である彼もまた、自身の息子であると認めたのだった。

 

 

 

 

 

 そんなことがあったなどと知る由もないアルジュナは、カルナとの約束を守るべく戦場を駆け、そして見つけてしまう。

 形を持った太陽神の加護を失い、彼でなければとうに死んでいたであろう重傷と幾重もの呪いに苛まれながら、動けなくなってしまっていたカルナの姿を。

 今すぐにでも駆け寄って彼を助けたいという個人の想いと、ここは戦場で彼は敵なのだという公の戒めと、全力を出して必ず殺すという約束に雁字搦めになりながら、震える手で弓を構えるアルジュナ。

 原典では、迷いながらも最終的には放つことが出来たその矢を、こちらのアルジュナは延々と躊躇い続けた。

 彼と共に過ごした、人生の中で最も楽しく輝かしかった日々の思い出が、いくら掻き消そうと努めようとも次から次へと思い浮かび、溢れる涙となって視界を奪う。

 

 どんなに優れた戦士であろうとも、戦場の混沌で長々と平常心を失ってしまえば、それはもはや命取り。

 敵のものか味方のものかも分からない、気持ちが逸るままに適当に放たれて、撃った当人ですらどこに飛んで行ったのか把握していないような完全な流れ矢が、周りが完全に見えなくなってしまっていたアルジュナへと突き刺さり。

 その衝撃で、震えながらも確かに矢を番えていた手の力が抜け、彼が放ったものとは到底思えないような弱々しい鏃が、負傷や呪いとは関係なく動けなくなってしまっていたカルナへと向けて飛んでいった。

 

 

 

 

 

 天を裂く雷のような、天ではなく心を裂くような悲痛な絶叫が戦場に轟き、戦いの狂気に陥ってしまっていた両陣営の戦士達に正気を取り戻させた。

 彼らが思わず振り返った先にあったのは、胸に矢を受けながら倒れるアルジュナと、同じく矢を受けた身で、爪が割れて血が滲む指先で地を削りながら、体が這いずった跡におびただしい血痕を残しながら、そんな彼へと懸命に手を伸ばすカルナの姿だった。

 

 

「すまないアルジュナ……俺が間違えた、俺は腑抜けてしまった。

 お前が弟であると知って、殺したくないと、死なないでほしいと、生きて幸せになってほしいと望んでしまった。

 そうして、血迷った結果がこれだ。

 戦士アルジュナに最期をもたらしたのが、誰が撃ったとも知れない流れ矢だと……?

 俺が殺してやりたかった、殺してやるべきだった。

 戦士としての全霊で以って……誰よりも誇り高い最期を、お前に与えてやりたかった」

 

「…………そうだったのですね、道理で他人とは思えなかったと。

 カルナ、兄上………無念なのは私もです。

 このアルジュナの矢が、あなたに最後に撃った矢が、あなたを殺した矢があんなものだなんて到底認められない……認めたくない。

 こんな口惜しさを抱きながら逝くなんて……あの時迷うのではなかった、生涯最高の一射で以ってあなたの首を断つべきだった、それを手向けとしたかった」

 

 

 当たり所が違う意味で悪かった為の、死ぬに死ねない地獄の苦しみの中で。

 固く手を握り合いながら、命尽きるその瞬間まで、『また会おう』『また戦おう』と約束を交わし合った兄弟。

 太陽が泣いているかのような雨と、慟哭にも聞こえる雷の下で、陣営を問わない多くの戦士達が、その誇り高くも哀しい最期を前に涙を流していた。

 

 

 

 

 

 兄弟の父達の嘆きを妨げないようにと、太陽が隠れ、雷が鳴っている間はという条件で、戦争は一時中断された。

 死してなお、固く手を繋いだままの二人の遺体を共に安置する為に設けられた、中立の非戦闘地帯にて、完全に冷たくなってしまった兄弟の体に縋りながら泣き続ける母親の姿があった。

 彼女だけでなく、陣営を問わずの多くの者達が誇り高き戦士を悼むためにその場所を訪れ、魔物のように恐れていた敵将の真の人柄を、自陣営でどれだけ慕われていたのかを、二人が激闘の裏で停戦と和睦を訴え続けていたことを知り、聞く耳を持たないまま彼らを失うところまで来てしまった自分達の愚かさを悔やんだ。

 大切な兄弟を、親友を失ったことでようやく冷静になれたパーンダヴァ兄弟とドゥリーヨダナは、彼らが生きているうちに叶えてやることが出来なかった話し合いをようやく行うことが出来た。

 

 丸一日の停戦の後に再会された戦争、その戦場には、もはや狂気も混沌も無かった。

 怒りと憎しみのままに殺し合うのではなく、二度と取り戻せないもののために更に奪い合うのでもなく、始めてしまったものを終わらせるための戦い。

 誰が死んでも遺恨は残さず、全ての因縁をこの戦場で終わらせる。

 どちらが勝っても、カルナとアルジュナを共に丁重に弔うことを誓い合った両者は、狂気ではなく誇りを、あの二人に胸を張りたいという思いを胸に、最後の戦いに臨んだ。

 

 そうして勝利したパーンダヴァ兄弟は、愛する兄弟と、彼から話を聞くばかりで、密かに憧れるばかりでついに語り合うことが出来なかった長兄の為に立派な神殿を造り、二人を対の戦神として祀った。

 カルナとアルジュナの死に様が戦士達に誇りを取り戻させ、戦場に秩序をもたらしたおかげで非道な夜襲を行わずに済んだアシュヴァッターマンは、戦後この神殿に腰を据え、祭司として、友として、彼らの為に祈り続けた。

 

 

 

 

 

アシュヴァッターマンのマイルーム会話

 

「カルナ、それにアルジュナじゃねえか、あいつらまでいんのか!!

 そうか、今は一緒にいるんだな………そうか、そうか、良かった。

 ……ちょっ、何言ってやがるんだマスター、誰も泣いてねえよ!!」

 

 

 

 

 

 その後インドの戦士達には、戦いを始める前に、そこに不正や余計な思惑が無いことを、戦士としての誇りを忘れないことを兄弟神に宣言し、全力を尽くすことを誓うという儀式が伝えられて行きました。

 それは現代のインドにも形を変えて残っていて、戦いに限らず、スポーツなど何かしらの勝負ごとに真剣に取り組む際には、その旨を彼らに誓うという風習があります。

 不正の有無や真剣味を疑う際に、『それをカルナとアルジュナに誓えるのか?』みたいな言い回しをすることも。

 『カルナ派?アルジュナ派?』みたいな定番の話題ネタがあったり、抜粋された二人旅の物語だけを読んでその冒険譚に夢中になった人が、その後の彼らについてを調べてしまって撃沈したりなどの、インド人あるあるネタを妄想しました。

 胸躍る冒険譚、慕い合っていながら時勢に裂かれた悲劇の兄弟、自分達の命を以って戦争を終わらせた英雄、神として祀られて現代でも多くの信仰を得ているという諸々の要素が付加されたことで、原典よりも知名度UPしています。

 

 

 

 

 

 それと個人的に、クー・フーリン(キャスター)の狼とか、アスクレピオスの蛇とか、最終再臨の絵にだけ現れるような動物の眷属とかいたらカッコいいなあと思いまして、追加で考えてみました。

 

 旅の途中で親を失った仔虎の兄弟を拾って可愛がっていた二人が、別れ際になって『兄弟を離してしまうのは可哀想だ、どちらかがまとめて引き取ろう』と寂しさを堪えながら話し合っていたところ、兄(しっかり者)がアルジュナに、弟(甘えん坊)がカルナにそれぞれ擦り寄った。

 虎達に気を使わせてしまったと、苦笑しながらも嬉しかった二人は、『この子達を再会させてあげる為にも、必ずまた会おう』と改めて誓い合い……そして結局、兄弟虎の再会が叶ったのは、彼らが立派な大人になった後。

 悩み、苦しむさまを傍で慰めることしか出来なかった主達の、遺体の傍らでのことだった。

 

 正式な弔いが行われるまで遺体に寄り添い続け、兄弟の神殿を守りながら寿命を迎えた彼らはその後、神使として認められて天上の主達の下に無事に辿り着けたとされている。

 兄弟神の神殿では現代でも御使いとして虎の飼育を続けていて、絵や彫刻で二人の戦士と二頭の虎が描かれていれば、それはカルナとアルジュナを描いたものだろうと解釈されるのが通常の流れとなっている。

 霊基の再臨と強化を続けることでカルデアでも顕現させることが出来るようになり、人の側で生活できるようにしっかりと躾けられた人懐っこい良い子達なので、全身で抱き着けるモフモフ枠として大人気。

 カルナとアルジュナの死後、寿命を迎えるまでの面倒を看てくれたアシュヴァッターマンには、もう一人の主人として特別に懐いている。

 

 

 

 

 

 サーヴァントになってからに関してですが、カルナは一見したところはあまり変わりません。

 乞われたら応えずにはいられなくて、義理堅くて、口下手で、天然で。

 だけど内面はずっと人間味が出ています、『頼まれたから』ではなく『自分がしたいから』、『喜んでもらえるのが嬉しいから』という想いがあることを自覚しています。

 施しの結果大失敗したことも忘れていないので、乞われたからと何でもかんでも与えたりせず、本当に与えていいのか、後で何か悪いことにならないかときちんと考えたり、周りに相談だってします。

 それでも『駄目』の判定条件が酷く緩いので、結局は『施しの英雄』です。

 

 アルジュナはかなり変わります、オルタのプロフィール曰く素のアルジュナは穏やかで素朴な性質の持ち主であり、弓のアルジュナが一見固いのは、完璧であろうと常に気を張っているからとのこと。

 そこに至るための、『完璧な英雄』への脅迫観念というべき義務感が既に解消されている上に、戦争時ではなくカルナと共に旅をした頃を最盛期と認識しているので、原典に比べて若い姿と心で現界します。

 好奇心とチャレンジ精神が旺盛で、立香とは最初こそ主従だけど絆が上がるごとに友人的な心の開き方をするようになる、メイヴや女神達も舌を巻く天然のおねだり上手です。

 おかずを一口とか、余っていたものをひとつだけとか、細やかなお願いを叶えてあげるだけで本当に嬉しそうに笑う(物の価値の問題ではなく、甘えや我がままを許してくれること自体が嬉しいから)ので、撃墜された保護者勢が更に気合いを入れて甘やかし、『英雄』を期待されているのではなく純粋に愛してくれていることをきちんと信じられるのでそれをまた笑顔で喜び、更なるループに繋がるという、正しく『授かりの英雄』です。

 

 聖杯戦争で召喚された際の彼らの願いは、今一度戦い、あの無様な最期を払拭させられる形できちんと決着をつけること(払拭したいのが『自分』ではなく『相手』の死に様だという辺りが肝心)。

 しかし、それはあくまで『出来れば』なので、他に優先すべきことがあればきちんとそちらを選べるし、切実な願いを抱く者がいれば聖杯を譲ることも吝かではない。

 共闘だろうと、敵対だろうと、再び会い、どんなに短くとも同じ時をまた共に過ごせさえすれば、彼らの本当の願いは既に叶っているから。

 

 

 

 

 

 この設定のアルジュナがFate原典のアルジュナと会いでもしたら、もの凄いガチの殺し合いに発展しそうです。

 こちらのアルジュナは、原典のアルジュナがきちんとカルナに引導を渡せたことを、首を飛ばしたほどの見事な一射を食らわせてやれたことを心から羨ましがるでしょうし。

 原典のアルジュナとしても、卑怯な矢を放たずに済んだことに対して同じように思うでしょうし。

 更に言えば、そんな風に思ったこと自体が、お互いに対しての最大の地雷かつ逆鱗なわけですから。

 

 

 

 

 この世界観におけるLB4は恐らく、最後の流れ矢がアルジュナではなく、カルナの方に飛んで行ってしまったIFなのでしょうね。

 助けたいという個の願いも、この手で殺すという約束も果たせないまま、独り戦場に取り残されてしまったアルジュナの孤独と絶望は、果たしてどれ程のものだったか。

 最終戦にてようやくカルナを認識し、人間性を取り戻したことで、彼と共に過ごした頃の面影が失せて異形と成り果てた自分と、そんな自分が今まで何も感じることなくやってきたことまで自覚し、それら全てをカルナの前に晒してしまったことに気がついたせいで恐慌状態に陥ってしまい。

 空想樹どころか、異聞帯そのものや自分自身まで崩壊させかねない勢いで、形振り構わず力を揮いだした(アルジュナ)を救うべく、彼が見られたくないと思っていることを承知した上で、それでも真っ直ぐに見据えながら槍を構える(カルナ)

 

 

「………随分と長い間、独りで待たせてしまってすまなかった。

 あの時の約束を、今こそ果たそう」

 

 

 そうして、数千年越しの約束を叶えたカルナは、もう終わった、もう十分だ、よく頑張った、ゆっくり休めと、何度も何度も優しく繰り返しながら、霊基の最後の一欠けらが消滅するその瞬間まで、神たるアルジュナを抱きしめ続けた……という流れを考えてみました。

 このカルデアにオルタが来れば、もう充分頑張ったのだからと、これからはずっと楽していいんだとベッタベタに甘やかして何から何まで世話を焼こうするカルナ兄さんに、気持ちはわかるけど落ち着けと突っ込みが入れられることでしょう。

 

 

 

 

 

 以上、インド兄弟関連のネタ語りでした。

 正しくバタフライ・エフェクト的に発展した妄想でしたね、差異を加えたのは本当に最初の頃だけだったのに変化が更なる変化を読んで、その流れに乗っただけでどんどん広がっていきました。

 インド兄弟は大好きなので、余計に贔屓をしてしまった気がします。

 

 他のところも考えようとは思うのですが、個人的に好きで思い入れがあった為に特別に思考が回った自覚があるので、他の面子でも同じようにできる自信がハッキリ言ってありません。

 なのでもし宜しければ、『こんなの考えたのですがどうでしょう』というのがあれば、是非教えて頂ければと思います。

 そのまま使うことは無くても、参考にさせていただくことや、それをきっかけに更に発展させていただくことは出来るとは思いますので。

 

 作品巡りをしていてたまに見かける、『挿絵を描いてもらった』とか『三次創作をしてもらった』とかが結構羨ましいです。

 新たな創作意欲を誰かに抱かせられるほどのものを作りたい、作れればいいと思いながら、日々書いています。

 そういう方がもしいらっしゃったら遠慮なく為されてください、その後で見せてもらえたりでもしたら感無量です。

 







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邪竜百年戦争
森の中の出会い






 

 

 古代から現代に至るまで、数千年に及び紡がれてきた人という種の歩みの全てが一瞬で焼き尽くされた、『人理焼却』という終末の惨劇と絶望。

 そこから辛うじて生き延びた、夜空ではなく歴史を見守る天文台『人理継続保証機関フィニス・カルデア』。

 

 人の世の、人理の最後の希望として、数多の犠牲と困難を乗り越えながら稼働を始めたカルデアが、本格的に取り組むこととなった第一の特異点修復。

 数百年前のフランスの地へと、小さく可愛らしい予定外の人員を紛れ込ませながらも無事にレイシフトを成功させ、第一村人ならぬ第一フランス人にまずは友好的な接触を……と、手探りながらも懸命な第一歩が踏み出されてから僅か数分後。

 

 

「あそこだ、逃がすな!!」

 

「怪しい装いで武装した上に、明確な敵対行動まで取ってきた奴らだ!!

 此度の事態に無関係とは思えん、捕らえて尋問しろ!!」

 

 

 人類最後の希望を託されたマスターとサーヴァントは、早速の窮地へと陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんマスター、私の盾さばきが未熟なばかりに…っ!」

 

「そもそも、その特大鈍器で穏便に峰打ちってのが無謀な話だから!!」

 

「フォーーウッ!」

 

 

 接触に失敗し、巻き返せるかどうかが問われる二度目の行動で、説得でも逃げるでもなく実力行使で黙らせるという選択肢が真っ先に出てきた時点で、立香は自身の判断ミスと認識のズレを感じていた。

 

 

(マシュだけじゃない、ドクターも相当の世間知らずだ……研究所以外の世界を、情報でしか知らないって奴かな)

 

 

 一生懸命なのはわかる。「こうなった時はこうしよう」と、あらゆる状況に対応するために想定とシミュレーションを重ねているであろうことを想像できる。

 それしか出来ない、それしか知らない、故に想定外で予想外の事態に弱いのだ。

 『敵意を持たずに笑顔で話しかける』という最大級の友好的アプローチが通用しない、どころか転じて窮地を招いてしまった。

 そんな想定外の事態に対応しきれず、パニックに陥ってしまった末に、『実力行使』という最も単純かつわかりやすい対処法へと行きついてしまったのだろう。

 マシュは当然、ロマニのことだって、自分とカルデアと人理の味方だと心から信じている。

 しかし、事前知識も覚悟もないままこんな世界と事態に足を突っこむ羽目になってしまった、何から何まで解説と補助が必要なド素人の身からすれば。

 専門分野においては頼りになる者達が、それ以外の大部分において、逆にこっちがサポートしなければならない者達でもあるのだと初っ端で思い知らされた事態は、中々にハードなものだった。

 

 

「あの、マスター…少し考えたのですが。

 兵士の皆さんは悪い人達ではないみたいです、落ち着いて話し合えば誤解を解くことも出来るのではないでしょうか」

 

「その発想が出来るなら、何で実力行使が先に出たのさ!?

 もう何人か殴り飛ばしちゃった後じゃあ今更だって、完全に敵視されてて聞く耳無いよ!!」

 

「す、すみません…っ!」

 

「次から気をつけようね!!」

 

「はい…」

 

 

 あからさまに落ち込んでしまったマシュが、必死に走りながらも何とか付け加えた『次から』というフォローに気付いているかどうかは怪しいが、流石にこの場でこれ以上のサポートは難しい。

 真面目で思い詰めるところのあるマシュを、あまり長いこと一人で落ち込ませてしまうと後が怖い。

 マシュと改めてきちんと話す為にも、一刻も早くこの危機的状況を打破しなければ。

 サーヴァントであるマシュに頼るだけでなく、拙い新米ながらもマスターとして、立香は必死に考えを巡らせた。

 

 

「ドクター、この近くで身を隠せそうなところはある!?」

 

《進行方向に森がある、木々に紛れれば追跡をかわせそうだよ!!》

 

「……森かあ」

 

《あ、あれ……どうしたの立香君、何か問題でも?》

 

「……何でもない、ありがとうドクター。

 マシュ、聞いてた通り!!

 とりあえず今は、追っ手を振り切ることに集中しよう!!」

 

「はいマスター、マシュ・キリエライト了解しました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロマニの進言とサポートによって、森に逃げ込んだ立香とマシュだったが、状況は打開されるどころかむしろ悪化してしまっていた。

 

 

「もういいです、マスター……センパイ、私を置いてどうか逃げてください」

 

「まだ何も出来てないのに何言ってんの、諦めないで!!」

 

「ごめんなさい…私、センパイの力になるどころか、足手まといでしかない状況にこれ以上耐えられません」

 

《しっかりしてマシュ、立香君の言う通りだ諦めないで!!

 ああああどうしよう僕のせいだ、僕がよく考えないまま森に逃げようなんて言ったばかりに……》

 

「ダ・ヴィンチちゃんドクター任せた、この状況で二人同時にフォローするのは流石にきつい!!」

 

《了解、ま~かせて。

 こちらは気にせず、立香君はとにかく自分達の安全確保に専念してほしい》

 

 

 ロマニの半泣き声が通信から遠ざかるのを聞きながら、立香は、半ばへたり込んでしまっていたマシュの手を引いて先を促す。

 追っ手はまだ諦めていない…彼らが自分達を見失ってくれる、もしくは追跡を諦めてくれる、そんな楽観的な期待を立香は真っ先に思考から追い出していた。

 森がどんなに深く暗かろうと、自分達がどんなに慎重に身を隠そうと。

 マシュの巨大な盾を無理やり通らせた跡を至る所に残してきてしまった以上、追いつかれ、見つかってしまうのが時間の問題であることは容易に想像できた。

 

 

(こんなことなら、変に気を回さないで、あの時ちゃんと言っておいた方が良かった。

 そうすれば、もっと別の、ちゃんとした選択肢があったかもしれないのに……)

 

 

 『森』と促された時点で、立香はこの状況をきちんと予想することが出来ていた。しかし、言えなかったのだ。

 必死のサポートが的外れだったと、その要因が自身の装備にあると、突き付けられたロマニとマシュがどれだけ傷つき落ち込むことか。そう考えると、どうしても声が出なかった。

 

 何とかしよう、何とか出来ればいいのだと一人で考えて、一人で決めて。

 その結果がこれだ。想像よりもずっと激しく落ち込むマシュに、混乱するロマニ。

 根性論の精神論ではどうしようもない。正しく絶体絶命の危機に陥ってしまう最後の一手を、独りよがりの善意で押してしまったのは、他でもない自分自身なのだ。

 

 事態を甘く見ていたのは、世間知らずなのは自分も同じだったと、今更悔やんだとしてどうしようもない。フォローするのも、謝るのも、改めてきちんと話し合うのも、全てはこの窮地を脱して生き延びてからだ。

 人類最後の希望として、マスターとして……マシュが慕ってくれる『センパイ』として、絶対に諦める訳にはいかない。マシュの手を引きながら、弱々しく項垂れる盾の少女をその背に守りながら、立香は必死に目の前の藪を掻き分けていく。

 木々の枝葉に光が遮られ、薄暗かった視界が明るく開けたのは、本当に突然のことだった。

 

 

「…………あんた、誰?」

 

「それ、こっちの台詞」

 

 

 突然のことすぎて、不意に抱いた疑問がそのまま口に出てしまった。

 そんな立香の間抜けな問いかけに、半ば呆れた声で、それでも律儀に返事をしたのは、フードを目深にかぶって鼻から下しか窺えない一人の少年だった。

 少年の手には、枝に刺された焼き魚。どうやら食事を邪魔してしまったらしい、口調や僅かに窺える表情に若干の苛立ちが感じられたのはその為か。

 森を横切る川べりの僅かに開けた空間、薪が半分炭となって燻る焚き火とその周りに立てられた数本の串焼き魚。

 地べたに腰かける少年の傍には荷物らしいものもあって、彼の野営地に不躾にも飛び込んでしまったのだと気付いた立香とマシュは、数秒遅れで慌てだした。

 

 

「すみません、俺達ちょっと訳ありの通りすがりで!!」

 

「すぐに立ち去ります、お騒がせして本当に申し訳……っ、センパイ!!」

 

「げっ、もう追いついてきた…」

 

 

 散々追いかけさせられた苛立ちが溜まっているのだろう、もはや怒号と言ってもおかしくない声が少しずつ大きくなってくる。

 不安げに身を竦ませるマシュと、その肩を咄嗟に抱き寄せる立香。二人の耳に、何かが勢いよく崩される音が聞こえてきた。

 同時に、咄嗟に振り返った二人が目にしたのは、フードの少年が急に焚き火を踏み潰し始めた異様な光景だった。

 

 

「………あ、あの、何をして」

 

「そこから真っ直ぐ、これを蹴散らす勢いで走って。

 炭の足跡をつけながら川の中へ…向こう岸へは渡らずに、下流から戻ってくるんだ」

 

 

 少年の言葉に、マシュは首を傾げ、立香は雷に打たれたような衝撃にハッとした。

 

 

「マシュ、こっちだ!!」

 

「センパイ!?」

 

 

 未だ事態を把握しきれていないマシュの手を、問答無用で引きながら立香は走った。

 森の中を逃げる勢いのままに藪から飛び出し、野営地の主の存在にも気をかけることなく焚き火を蹴散らし、二人分の炭の足跡を残しながら川へと逃げ込んだ。後から追いついた者が、そんな一連の流れを思い描けるような痕跡が残される。

 少年の言葉通り、向こう岸には渡らずに川の中ほどで方向を変えた二人は、野営地から少し離れた場所の岸から改めて藪の中に身を隠した。

 最初から追っていたならばまだしも、想定外の痕跡をゼロから見つけだすなんてことは、森の専門家でもなければ難しい。

 音を、気配を殺しながら、野営地の様子が窺える位置まで戻ってきた二人は、追っ手の兵士達と、何食わぬ顔で彼らに相対する少年のやり取りを目にした。

 

 

「奴らは向こう岸に逃げたんだな!?」

 

「間違いないよ、たった今この目で見たんだから」

 

「ありがとう、協力に感謝する」

 

「……あの連中、何をやったの?」

 

「それを聞き出すために追っているのだ。

 装い、挙動があからさまに不審だった上に、仲間が数人問答無用で倒されている。

 近頃の異様な事態に、無関係とは到底思えん」

 

 

 拳を握り、歯を食いしばり、怒りや悔しさを露わにする兵士と、そんな彼を前にする少年に、こっそり様子を窺っていた立香とマシュは血の気が引く思いを味わっていた。

 自分達が追われていることを察して、咄嗟に助けてくれた彼が、兵士の話を聞いて方針を切り換えない保証は無いからだ。

 しかし、そんな二人の心配をよそに少年は何も言うことはなく、追跡を続けるために川を越える兵士達の背を手を振りながら送った。

 彼らの姿が、声が、藪の向こうに完全に消えた辺りでフウと肩の力を抜き、徐に焚き火の残骸を片付け始めた少年を前に、立香達はなかなか動き出すことが出来ない。

 先にしびれを切らしたのは少年の方だった。大きなため息をつきながら、立香とマシュが隠れている藪へと向けて確信をもって振り返る。

 

 

「いつまで隠れてんのさ、もう行ったよ」

 

「……………は、はい。

 あの……どうも、ありがとうございました」

 

「いや、ほんと…マジで助かった、ありがとう。

 ………でも、何で?」

 

「悪いことをしたとは思えない奴らが追われてる、だから助けた。

 そうしたら、追っている連中も悪人とは思えなかった。

 何かの勘違いか、行き違いか、もしくは理由がある。そう考えた。

 聞かせてくれたっていいだろう、こっちは巻き込まれたんだから」

 

 

 焚き火を組み直し、薪を追加し、慣れた様子で火を点けた少年は、自身が座っていた反対側へと立香とマシュを促した。

 終わったこと、落ち着いたこと、助かったことをようやく実感できた二人を疲れが一気に襲う。

 特に、魔術もろくに使えないただの人間である立香は耐え切れず、思わず膝を折らせてしまう程だった。

 

 

「センパイ!!

 ……ごめんなさい、私が不甲斐なかったばっかりに」

 

「ほら」

 

 

 俯くマシュへと渡された革袋、思わず受け取ったそれの中身が水であることを確認したマシュは、急いでそれを立香へと差し出す。

 遠慮など考える余裕もないまま中身を飲み干す立香に、フードから覗く少年の口元が優しい笑みを浮かべる。

 それは、未だに警戒と不安を完全には捨てきれずにいた立香とマシュが、彼なら大丈夫だと、この場所ならば安全だとようやく思えた、そんな力を持った微笑みだった。

 

 

「俺は、藤丸立香」

 

「マシュ・キリエライトと申します、こちらはフォウさん」

 

「フォウフォウ!」

 

「俺はリンク。

 立香、マシュ、フォウ、よろしくな」







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契約成立





 

 

 青白く無機質な人工の光に照らし出された、カルデアのオペレーションルーム。

 人理修復の旅路が本格的に始まり、声を出すのも憚られてしまう程の緊張感で満たされるこの部屋に、何の前触れも遠慮も無く堂々と入ってきた者がいた。

 自動ドアが開く音に思わず振り返った赤い外套の男が、視界の端に長く背に伸びる蒼い髪とドルイドの杖を捉えた時点で、ため息と共に体勢を元に戻す。

 

 

「君か、ランサー」

 

「残念、今はキャスターだ。

 いい加減それで呼ぶのはやめてくれねえか、いつまで経っても未練が消えやしねえ。

 ったく…次はランサーで呼べって、消え際にちゃんと伝えたってのに」

 

「不死身の槍兵ではなく、絶体絶命の窮地の中で導いてくれたドルイドこそが、彼らにとっての『クー・フーリン』だったのだろうな」

 

「……まあ、期待されてるからには応えるさ」

 

 

 多大な犠牲を払いながら、立香とマシュが燃え盛る冬木の街から帰還した。

 その少し後に行われた儀式にて、冬木という土地の縁が結ばれたと思われる数人のサーヴァントが召喚された。

 キャスターのクー・フーリン、同じくキャスターのメディア、ライダーのメデューサ、アサシンの佐々木小次郎。

 そして、アーチャーのエミヤに、セイバーのアルトリア・オルタ。

 

 召喚してしまった直後は阿鼻叫喚だった。

 現状で敵対の意思は無いこと、むしろ人理修復に尽力する所存であることを(なぜかエミヤがアルトリアの分まで)誠心誠意主張することで、やっと落ち着いたのだった。

 

 サーヴァントという最上クラスの使い魔が、魔術師としての感覚が薄い者からしても、歴史・伝説上の英雄がそこに居るという現状に、最初こそいちいち驚いたり戸惑ったりしていたカルデアスタッフ達だったが、今やすっかり慣れていた。

 例え英雄であろうともいつまでも躊躇っていられる程の、折角の人員を遊ばせていられるような余裕が現状で皆無なのが理由だった。

 

 全くの手つかずで新品状態だった、施設的に重要とはみなされなかった為に無傷で残っていた食堂の主に早々に収まり、味気ない保存食を何とかアレンジして栄養と食の楽しみを提供してくれるエミヤには、立香を含めたスタッフ総出でひれ伏したし。

 クー・フーリンも、慣れないながらもキャスターとして、メディアと共に破壊されてしまったカルデア施設をひとつでも多く復旧させる為に尽力している。

 ダ・ヴィンチという前例が既にあったことも幸いして、サーヴァント達はただの強力な使い魔ではなく、人理修復のために共に頑張る仲間という立ち位置をカルデアで築きつつあった。

 

 だから、クー・フーリンが入ってきたことに気付いても、スタッフ達は構わず存在証明を続けたし。

 皮肉屋を気取りながらも、実際はオカン気質であることがこの短期間で早々に知れ渡ったエミヤが、レイシフトに赴く二人をあっさりと見送った後に自身の城(キッチン)で散々ソワソワしてから結局様子を見に来た際も、誰もツッコミはしなかった。

 そんなエミヤへのツッコミスルーは、実は現在進行形で行なわれていたりする。

 

 

《火で炙られた皮がパリッと香ばしくて、熱い脂が口いっぱいに広がって……ほんの少し塩を振って、火で焼いただけなのにこんなに美味しいなんて!!

 これが焼き魚、これがレーションや栄養補助食品とは違う本物の野外料理!!》

 

《れーしょ…栄養補助って?》

 

《ま、マシュはいわゆる箱入り娘って奴で…つい最近まで、家の外に出たことが無かったんだ》

 

《訳ありって奴か、なら詳しくは聞かないでおくよ。

 マシュ、お代わりはいる?》

 

《いただきます!!》

 

「…まともな食材さえあれば、マシュにもっと手の込んだ家庭の味を、もっと早く、もっとたくさん味わわせてやれたというのに。

 召喚されて以来、私は一体何をしていたというのだ…っ!!」

 

「料理、時々掃除だな。

 ……お前、自分がアーチャーのサーヴァントだってことマジで忘れてねえか?」

 

「そもそも、まともな食材どころか、辛うじてアレンジを効かせられる保存食の類いまでもが尽きかけているのだ!!

 このままでは、缶詰めどころか固形の栄養補助食品で三食賄わなければならなくなる……くっ、私に食材の投影が出来てさえいれば」

 

「聞いちゃいねえな」

 

 

 周りが敢えてスルーしているのを察しながらも、馴染みの相手を見て見ぬ振りは出来ずに律儀に突っ込んだクー・フーリンだったが、一瞬で諦めて意識を切り換えた。

 

 

「ダ・ヴィンチ、今どうなってんだ?」

 

「修復を終えてある程度落ち着いた特異点からなら、食料その他の物資を調達できる可能性はあるよ。

 今はそれに期待するしかないね、エミヤには頑張ってもうしばらく持ち堪えてもらおう」

 

「………いや、そうじゃなくて」

 

「わかってるよ、冗談が通じないなあ」

 

「冗談にしろとまでは言わねえさ。

 俺達サーヴァントはともかく、マスターやスタッフの連中、生身の人間達にとってはガチで切実な案件だからな」

 

「そーゆーこと、一応真面目に考えてはいるさ。

 で、現状だけどねえ…とりあえず、もう少し経てば落ち着いて色々と考えられるようになりそうってところかな」

 

 

 レイシフト先の動向を窺うための大画面には、森の中で焚き火の傍に腰を下ろし、焼き魚や燻製肉、直火で炙った又は生の果物といったシンプルかつワイルドなメニューに舌鼓を打つ立香達の姿が映し出されている。

 外の世界を知らないマシュはもちろん、エミヤの決死のアレンジを以ってしても、近頃は単調と言わざるを得なかったメニューに音を上げ始めていた立香もまた、久々の新鮮な材料を使用した食事に夢中になっていた。

 スタッフ達からすれば酷い飯テロ案件になりそうな光景だったが、レイシフトを安定させなければならない責任感と、立香とマシュの嬉しそうな様子を目にしたことへの安堵感が、一同の冷静さを保たせている。

 現状をひと通り確認したクー・フーリンは、最終的に当然行きつくべき所へ、唯一の見慣れない存在だった少年へと注目した。

 

 

「あの坊主は?」

 

「危ないところだった立香君達を助けてくれたのさ。

 名前はね…何と驚き、『リンク』だそうだよ」

 

 

 ダ・ヴィンチが、少しだけ含みを持たせながら口にしたその名に、クー・フーリンは思わず息を呑んでしまった。

 それ程の、あまりにも強すぎる力と意味を持った名前だった。

 

 

「………人理焼却に対する世界のカウンターとして、特異点にはサーヴァントが召喚される可能性があるって言ってたな」

 

「私ももしやと思ったんだけど…残念ながらそれは無さそうだね、サーヴァント反応が測定されない。

 長い歴史の中には、『彼』の名を我が子につけるような剛毅な親もいたということだろう」

 

「つけられた方は堪ったもんじゃねえだろ」

 

 

 少年の今までの苦労を想像して多少同情したクー・フーリンをよそに、当の少年は、腹が膨れて落ち着いた立香達から話を伺い始めていた。

 

 

《フランスの異変を調査、解決しに来た…ねえ》

 

《所属している組織の都合上、あまり詳しいことは言えないんだけど、混乱に乗じた変な企てとかは全く無いってことは断言できる。

 事前情報を何も得られないまま来たばかりで、勘違いからいきなりあんなことになっちゃって。詳しいことは、まだ何もわかっていないんだ。

 何でもいい…知ってること、分かってること、教えてもらえないか?》

 

《教えてやってもいいんだけどさ…生憎と、俺も殆ど何も知らないんだ。

 俺自身旅の身で、この国にだって来たばかりで。

 ここが『フランス』という国だってこと自体、今聞いて初めて知ったくらいだからな》

 

《そうなのですか!?

 こんな森の中で、特に不自由もなく慣れた様子で過ごされていたので、てっきり地元の方だとばかり……》

 

《来たばかりで何も知らない、なのに人の居るところで情報を集めもせずに、こんなところで一人サバイバル生活……なあリンク、もしかしてお前も何か訳あり?》

 

 

 情報源としての当てが外れて軽く肩をすくめたダ・ヴィンチをよそに、クー・フーリンは、僅かな情報と思考の余地から不審な点に気付いてみせた立香に思わず笑みを浮かべながら感心していた。

 危機的状況、異常事態の中で焦り、混乱しながらも、思考のどこかで異様なまでの冷静さを保ち続ける。

 そんなある意味での鈍感さ、マイペースぶりは、冬木の時に見せていたものと変わらない。

 一歩引いたところから状況を俯瞰し、どんな時でも客観的な見方と判断が出来る。

 指揮官、マスターに必要な素質の存在を、早いうちに確認できたのは僥倖だった。

 そんなクー・フーリンの視線の先、大画面の向こうでは、戸惑いながら首を傾げるリンクの様子が立香の指摘の正しさを証明していた。

 

 

《訳あり……なのかなあ、俺自身よくわからなくて。

 俺だって最初は、何でもいいから情報収集をしようと思って街を探したんだ。

 いくつか見つけて、色々と聞こうとしたんだけど、どの場所でも大して話を聞く前に問題が起こって…》

 

《問題…とは、具体的にどのような?》

 

《どこに行っても、なぜか異様に絡まれた。

 性別も職業も立場もその時々でバラバラ、だから対処法の目処も立てられなくて。

 買い物もろくに出来なかったから、こうして自力で、狩りやら採集やらして、今後の旅支度を整えていたんだ》

 

《たくましい奴だな…》

 

《何が原因だったんでしょうね》

 

 

 呆れ半分感心半分の立香と、首を傾げながら真剣に考察するマシュ。

 そんな時、二人の間を突如吹き抜けた風が、半ば燻っていた焚き火の灰を巻き上げた。

 焚き火を挟んで二人の真正面に座っていたリンクはそれを頭から引っ被り、更には若干吸い込んでしまったらしく盛大に噎せ始めた。

 

 

《リンクさん、大丈夫ですか!?》

 

《ほら、水でも飲…め…………》

 

 

 慌てて声を上げたマシュと、先ほどは逆に革袋を差し出す立香。

 二人のそんな挙動は、とあるものを目にしたことで思いがけず停止させられた。

 止まってしまったのは彼らだけではない、画面の向こうのオペレーションルームで見守っていた一同もまた例外なく。

 

 

《ケホッ…ありがと………………立香、マシュ、どうかした?》

 

《…………リンクさん。

 異様に絡まれた理由ですが、判明しました》

 

《つーかお前……そんな無自覚で、今までよく何事もなく無事だったな》

 

《何のこと?》

 

 

 未だ収まらない苦しさに加え、訳がわからない余りに苛立ちすら覚え、若干眉間に皺を寄らせたその表情さえ、芸術家が生涯を費やして完成させた傑作の如く。

 頭から被った灰を払うために外されたフードの下から現れたのは、思わずそんなことを考えてしまった自分を笑えない程に麗しい美少年だった。

 

 

「……成る程な、親も大層な名前を付けるわけだ」

 

「惜しい、残念過ぎる!! こんな状況でなければ全身全霊をかけて絵のモデルになってもらったのに!!」

 

 

 モナ・リザに次ぐ傑作が描けたかもしれないのに!! …と騒ぐダ・ヴィンチと、未だ半ば呆けてしまっているスタッフ一同をよそに、画面の向こうの少年少女達は何とかやり取りを先へと進めていた。

 

 

《リンク、取引をしよう。

 この国の現状を知りたい…もっと広く言えば、『情報が欲しい』という共通点が俺達にはある。

 俺達はリンクが何故か絡まれまくっていた原因に気付いた、その対処法だって思いついている》

 

《その辺りを補助する代わりに、旅路に同行して色々と手助けしてほしい…ってところかな》

 

《正解…見てわかったと思うけど、俺達、野営や旅に関しては本で勉強しただけで実地では全然でさ。

 手助けだけでなく、是非とも指導してもらいたいんだ》

 

《わかった、その話に乗ろう。

 助けてもらえるならありがたいし、そろそろ動き出そうかと丁度思ってたところだし。

 あと何より、お前達と一緒だと面白そうだ》

 

《ありがとうございますリンクさん、よろしくお願いします!》

 

《こちらこそ、改めてよろしくな。

 それじゃあ、協力関係の締結を祝って、現時点で提供できる分の情報を出すとしよう》

 

《えっ、情報あったの!?》

 

《多少はあちこち回ったんだ、いくつかの街や砦の場所くらいは把握しているさ。

 この森を出て少し行ったところにも、小さいものだけれど砦がある。

 今現在の戦況や情勢を知りたいなら、話を聞く対象は一般人よりも兵士の方だろう》

 

《成る程…それでは次の目的は、その砦で、今度こそ友好的にお話を伺うことですね》

 

《……あと、もうひとつ。

 どう判断すれば、どう意味を捉えればいいのかがわからなかった…お前達に伝えるべきか、今の今まで迷っていた情報がある》

 

《………聞かせてくれ》

 

《詳しく聞く前にその場を離れざるを得なくて、チラッとやり取りを耳にしただけの話なんだけど……何でも、国中が震え上がっているらしい。

 『蘇った魔女が、国に、自分達に復讐する』ってな》




人理修復の旅路を辿る本編においては、特異点にてメインで活躍するサーヴァントは、マシュとリンク以外はその特異点の物語中で登場する者だけという縛りをつけさせていただきます。
カルデアから自由に人員を動員できるとなると、選択肢や戦略の幅がありすぎてヌルゲーになってしまうので。
書く側としては、ある程度制限があった方がやりやすかったりするんです。

あと実際、立香のスペックからしても、カルデアからサーヴァントを自由に呼びまくるなんて荒業は到底出来ませんから。
レイシフト時に連れていけるのは、立香自身のスペックで契約と顕現を維持できる者だけ…要はカルデアを介さず個人で契約したサーヴァント、つまりマシュとリンク。
それ以外の皆は、サークル設置が完了してカルデアからのバックアップを受けられるようにになってから、一時的な召喚で力を借りるくらいにしておこうと考えています。

だとしたら、カルデアで所属のサーヴァントを召喚する意味は何なのか…という話になってしまいますが。
スタッフが激減してしまったカルデアという組織自体の運用、立香やマシュへの指導、幕間の物語やイベントに該当する微小特異点への対応など。
メインのもの以外にもこなすべき仕事は山のようにありますから、普段はそちらに従事してもらっていると考えています。
特異点で戦うだけが人理修復ではないということです、その辺りの日常やイベントのストーリーも今度追ってみたいです。

どんなサーヴァント達も普通に登場してくる、小ネタや幕間の時間軸に関しては、FGOゲーム本編のそれと同様にスルーでお願いします。



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束の間の平穏





 

 

「……なあ、ほんとにこれ外しちゃダメなのか?」

 

「ダメです、リンクさんは是非ともそのままでお過ごしください」

 

「………ほんとに、こんなことで解決するのか?」

 

「保証する」

 

「…………話を聞くのに被りものしたままって、失礼だと思うんだけどなあ」

 

(成る程、それで律儀に素顔を晒したのか)

 

(リンクさんの言うことは尤もだし、非も全く無いのですが。

 ……誰も何も悪くないのに事態が悪い方向へと進むこともあるのですね、勉強になりました)

 

 

 フードの端を摘まみながら、意に反する行ないをすることに少しだけ不満そうな様子ではあったが、客観的な立場から得られた助言を蔑ろにするつもりは無いらしい。

 ギリギリの視界が確保できるだけの辺りまで、しっかりとフードを下ろしてくれたリンクに、立香とマシュは、友好的な接触への第一関門が突破されたことを確認してホッと肩を落とした。

 

 

「さて……立香、マシュ、ここでちょっとした問題だ」

 

「問題?」

 

「俺達が今歩いているこの道から、どんな情報が得られるか言ってみよう」

 

「こ、この道からですか!?

 と言われても、私の目には、何の変哲もない道としか……」

 

「いきなり情報を出せってのはきついか。

 それじゃあ、何か気になったこと、気付いたことはないか?

 他の場所の他の道と比べて、違うところを指摘するのでもいい」

 

 他の場所の、他の道。そう言われて、マシュは一層黙り込んでしまった。

 カルデアの施設と極寒の雪山、加えて炎に呑み込まれた冬木の街以外は、資料でしか世界を知らないマシュには酷な質問であったことをリンクは知らない。

 悪気はない、誰も悪くないのに事態ばかりが悪くなる。またしても起こりかけた実例に、立香はフォローすべく慌てて割って入った。

 

 

「え、えっと……そういえば結構道幅があるな、三人で横並びになっても余裕で歩ける」

 

 

 必死に回した思考の中で、取りあえず気付いたことを口にしてはみたのだが、一瞬の後に『それが何だと言うのだ』と自分で自分に突っこんでいた。

 苦笑いの裏で落ち込む立香だったが、そんな彼の内心をよそに、リンクが返したのは思いがけない言葉だった。

 

 

「立香、ひとつ言っておく。世の中に無駄な情報、余計な気付きなんてものはない。

 どんなもの、どんなことにだって、そうなった理由や原因があるんだ。

 そこから情報を引き出せるかは人によるし、その情報を生かせるか、役立たせるかも人による。

 最初から『馬鹿げている』と切って捨てることほど『馬鹿げている』ことは無い、少なくとも俺はそう思う。

 細かいことや、当たり前すぎて見逃しがちなことに気付けるのは立派な能力だよ。

 

 それとマシュも…わからない、知らないことに罪悪感を覚える必要はない。悪いことなんかじゃないんだから。

 知識や経験の量に優越感を抱き、周りを見下すような奴に、ある段階で『知ること』『学ぶこと』に満足してしまうような奴に先は無い。

 マシュはただ、育った環境が悪かっただけ……あくまで想像だけど、訳ありっぽいから聞かないけど、それだけのことだろ。

 大切なのはこれから。学ぶことの大切さと楽しさを知っているマシュなら、すぐに追いつき追い越すさ」

 

「………はい、ありがとうございます」

 

「ちなみに、立香が気付いた道幅の広さは、この道を使ってどれだけの量の荷物を運んでいるかに関わってくる。要は荷車を使ってるかどうかだな。

 人の足で運べるだけの物資ではもたない、それだけの数の人とそれを賄う為の施設がこの道の先にあることの証だ」

 

「成る程…」

 

「更に別の点から、その人数や施設の規模がそれほど大きなものでは無いこともわかる。

 その『別の点』とは果たして何なのか。はい、立香」

 

「わかんない、教えて」

 

「……少しは考えろよ」

 

「知らないことは悪いことじゃないって、言ったのはお前じゃん」

 

「学ぼうとすることが大切なんだとも言った気がするな……まあいいか、何かお前はそれで問題なさそうな気がするし。

 答えは道の舗装が中途半端なこと、この程度の固め具合じゃちょっと雨が降っただけですぐに泥濘になる。

 その程度なら何とかなる程度の行き来しかない、もしくは道を整備する重要度が低い。どっちにしても、人の拠点としては小規模ってことだ」

 

「な、成る程……凄いですリンクさん、ほんの僅かなことから色んなことに気付けるんですね!!」

 

「経験と蓄積だよ、一度覚えさえすれば色んな場所や場面で使えるようになる。

 色々と教えるって約束したからな、出来る限りのことはさせてもらうさ」

 

「はい、精一杯学ばせていただきます!!」

 

 

 落ち込みから一転、キラキラと目を輝かせながらリンクの話に耳を傾けるマシュに、そんな彼女を微笑まし気に見守る立香。

 ここが人理崩壊を導く特異点のひとつであることや、この地で起きる異常のキーワードと思われる『魔女』の存在を、知っていても思い出すのが困難になってしまう程に穏やかな時間が流れていた。

 

 

「いやーほんと、追われて森に逃げ込む羽目になった時はどうしようかと思ったけど。

 それでリンクに会えたんだから、プラマイで言えばこれはもう完全にプラスだな」

 

「これこそ『災い転じて福となす』です、誘導してくれたドクターに感謝ですね。

 …………あれ、ドクター?」

 

《僕が何だって!?》

 

「うわっ!?」

 

「ド、ドクター!!」

 

 

 突如大音量で響いてきた、今の今まで完全に忘れていた声とその主に、キョトンとしながら声の主を探して辺りを見回し始めたリンクに、立香とマシュはここからは窺えない通信先へと向けて慌てて静止の声を上げ…ようとしたのだが、間に合わなかった。

 

 

《立香君、マシュ、二人とも大丈夫!? あれからどうなったの!?

 …………って、そこの君は誰?》

 

 

 止める間もなく、通信どころか映像まで繋がれてしまった。

 気のせいでは片づけられない決定的なものを目撃されてしまったことに、立香とマシュはもう突っ込む気にもなれなかった。

 溜め息をつきながら肩を落としていたのは、せっかく築けた現地民との友好関係に水を差すまいと、見守るのみに徹していた気遣いを一瞬で台無しにされたオペレーションルームの一同も同じく。

 尤も、立香とマシュの身を本気で心配したからこその暴走であったことは誰一人として疑わなかったし、呆れながらも失望まではされなかったのは、ロマニの日頃の行いによる人望の賜物ではあったが。

 

 鼻が隠れるほどに深く下げていたフードを、影の中に瞳が窺える位置にまで上げまでしながら、虚空に浮かぶロマニの冷や汗交じりで引きつった顔を凝視するリンク。

 一瞬の思考を経て、立香は覚悟を決めた。誤魔化す覚悟ではなく、きちんと説明する覚悟を。

 未だ短い付き合いではあるものの、リンクならばわかってくれるという信頼が既にあったし。

 何よりも立香自身が、彼に対して誠実でありたいと思っていたから。

 

 

「リンク、紹介するよ。

 その人はロマニ・アーキマン、俺達のドクターだ」

 

「味方なんだな?」

 

「保証する」

 

 

 そう言われて吐いた息と共に、リンクの肩に、眼差しに籠っていた不自然な力が抜けたのがわかった。

 立香の言葉と、彼の発言を受けて警戒を解いたリンクの様子に、見知らぬ少年が立香達が現地で得た仲間であることをロマニも察した。

 所長代理として、彼らの上司として、保護者として、年長者として、あまり情けない姿ばかりは見せられない。

 『今更だ』と言われそうな、殆ど確信と言える予感をひとまず隅に追いやって、

 新たな仲間であり、友人であると言える存在にきちんと向き合おうとしている立香の気持ちを尊重して、カルデアと自分達について話そうとしたロマニだったが、その決意は次の瞬間に霧散した。

 緊張が解けて一旦綻んだ筈のリンクの表情が、今度は表情だけでなく身に纏う気配までもが、警戒を通り越した戦意・闘志とも言えるものを漲らせたのだから。

 それを真正面から受けてしまったロマニが、通信の向こうでひっくり返ったのを察したが、今気にかけるべきはそちらではない。

 声をかける間もなく、自分達が向かっていた先へ…彼が『砦がある』と言っていた道の先へと駆け出したリンクの後を、立香とマシュは一拍遅れて追いかけた。

 

「リンク、どうしたんだ!?」

 

「人の悲鳴!! あと戦いの音だ、確かに聞こえた!!」

 

「…っ!! マスター、急ぎましょう!!」

 

 その言葉に、決断に、何の躊躇いもなく頷く少年少女達。

 だいの大人ですら背を向けてもおかしくない戦闘の真っ只中へと向けて、全速力で駆けるその様は、最新の英雄譚の一幕と呼ぶに相応しい光景だった。







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VS 骸骨兵





 

 喋りながらも順調な行程だったお蔭で、走り始めてそう時間を要することなく砦が見えてきた。

 実際に一度目にした経験からも、旅の知識を立香達に教えるための考察からも、それ程大きなものではないと言っていたリンクの前情報通り。

 小規模ながらもこの辺一帯を守ってきたのであろう砦は、自然に発生したものとは到底思えない骸骨の化け物の襲撃を受けていた。

 怪我を負った、満身創痍と言っておかしくない身で必死の抵抗を続ける兵士達の姿を目にした一同の心に、更なる戦意の炎が燃え上がる。

 

 

《魔力反応確認、骸骨兵だ!!

 今度は思う存分暴れていいぞ、二人とも!!》

 

「はい、マスター指示を!!

 木っ端微塵に蹴散らし……って、リンクさん!?」

 

「リンク!!」

 

 

 立香とマシュを先導する形で走っていたリンクは、言葉にせずとも共有していた二人の予想に反して、駆ける足の勢いを欠片も緩めることの無いまま剣戟の真っ只中へと飛び込んでいってしまった。

 冷静で、自分達よりもずっと旅慣れていて、こちらが敢えて何も言わずとも的確な判断を下してくれると思っていた彼が、まさかこんな勢い任せの暴挙に走るとは。

 リンクを助けるべく指示を出した立香と、それを受けて盾を振りかぶりながら彼を追って走り出したマシュだったが、その心意気は無駄となった。

 

 既に足が崩れかけている兵士へと武器を振りかぶる、一体の骸骨兵。

 その骨と魔力で構成されていた体躯が、突如バラバラになって崩れ落ちる。

 全速力で駆けた勢いのままに、骸骨兵の無防備な背中へと飛びかかったリンクが、途中で抜き放った小刀を剥き出しの頭蓋骨へと叩き込んだのだ。

 オペレーションルームから測定を行っていたダ・ヴィンチは、リンクが放った一撃が骸骨兵を構成していた魔力の核を破壊する一部始終を見届けた。

 

 

《ちょっ……待って待って待って、これは一体どういうこと!?》

 

《何を慌ててるんだいダ・ヴィンチ、あのナイフはそんなに凄いものだったのか!?》

 

《逆だよ、神秘の類いは一切計測されていない!! 

 何の変哲もない、旅の供とするには上等な程度のありふれた小刀だ!!

 一切の神秘に助けられることなく、我が身ひとつで骸骨兵の核を砕いてみせたんだよ、彼は!!》

 

 

 ロマニが、ダ・ヴィンチが通信の向こうで上げた悲鳴のような声を、立香とマシュは驚きのあまりに硬直してしまった思考の隅で聞いていた。

 ほんの一瞬、たった一撃で、それなりに頑強である筈の骸骨兵を破壊してみせた少年を、その場に存在する骸骨兵全てが最優先の攻撃対象として認識する。

 たった今切り結んでいた兵士を放ってまで向かってくる骸骨兵達に、リンクは慌てるでも嘆くでもなく、ただ静かに小刀を構え直す動作のみで応えた。

 

 同時に、一斉に、たった一人へと向けて多方向から襲いかかる骸骨兵の群れ。

 止まってしまっていた思考が否応も無く揺り動かされ、慌てて加勢に入ろうにも到底間に合わないことに気付いて自分を責めたマシュだったが、彼女が思い描いてしまった光景は現実とはならなかった。

 骸骨兵の攻撃が向けられた先を軸に、鋭い一閃が円を描いた次の瞬間、全ての骸骨兵が吹っ飛ばされた。

 あまりにも強烈すぎてスローモーションにすら感じられる光景の真ん中で、大技を放った余韻を体勢と纏う気配に残すリンク。その表情は、何故か納得できていなさそうで。

 何が足りないというのだ、襲いかかった骸骨兵の半数を今の一撃で破壊しておきながら。

 

 

(…………いや、まさか、半分『しか』倒せなかったのが不満なのか?)

 

 

 そんな『戦士』の思考回路に辿り着いた立香は、ゾクッと背筋が粟立つ心地を味わっていた。

 壊されずとも背骨が折られ、もはや立ち上がれず足掻くことしかできないものの頭を踏み砕き。

 そのまま踏み込んだ勢いで、別のものの武器を振りかぶった腕の関節を一閃で断つ。

 重さが急激に変化してバランスを、体勢を崩した隙を逃さずに、魔力の核と思われる頭を破壊する…そんな、彼の中で明確に思い描かれていたであろう工程が、頭蓋骨に半ばめり込んだだけの段階でへし折れてしまった小刀によって霧散する。

 チッと舌を鳴らしながら、それでもリンクは諦めずにもう一度腕を振りかぶり、翻した柄の部分でめり込んだ刃を改めて頭蓋骨の奥深くへと叩き込んだ。

 刃先が届き、砕いた手応えを確かに感じた次の瞬間に、僅かな抵抗を経て骸骨兵が崩れ落ちた。

 

 倒した数は、襲ってきた数にはまだ足りない。

 それがわかっていたリンクは、へしゃげてしまってもはや殴る用途にも使えないであろう柄を放り投げ、倒した骸骨兵の一体の持ち物だった剣へと手を伸ばした。

 見るからに粗悪品な上に、手入れなどされようもなくあちこちが欠けている始末だが、それでも丸腰とは比べようもない。

 殆ど飛び付いたと言っていい勢いで柄を握り、追撃に備えて身を翻した…その先で、残した数ぴったりの分の骸骨兵が粉砕された残骸と共にマシュが立っていた。

 立香と一緒に、見るからに『怒っています』と言わんばかりの表情と迫力で、こちらを睨み付けながら。

 

 

「なあリンク…俺達が何を言いたいのか、頭のいいお前ならわかるよな?」

 

「…………ごめん、さっぱり」

 

「一人で突っ込む奴がいるかよ、俺達が一緒にいたのに!!」

 

「リンクさんが思っていたよりずっと強かったのは見てわかりましたが、それとこれとは別問題です!!」

 

「ごめん、二人がいたの忘れてた」

 

「「余計悪いわ(です)!!」」

 

 

 彼らの怒りが、一人で突っ走ったことへの心配と、頼って貰えなかった悲しさから来ていることを。

 かつての癖を引きずって、『仲間』を忘れてしまった自分に非があることを的確に察してしまったリンクには、ひたすら謝る以外の選択肢が思い浮かべない。

 混戦にいきなり乱入して、絶体絶命の危機を瞬く間に覆して、今は化け物の残骸の中で説教に夢中になっている。

 そんな自分達が砦の兵士達に遠巻きにされていることに気付き、慌てて当初の目的に取り掛かることとなるのは、まだ少しだけ先のこと。







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魔女の復讐


修羅の国 = ハイリア


 

「助けてくれてありがとう、砦の全ての者を代表して礼を言うよ。

 凄い強さだったなあ、その若さで旅をしているだけのことはある」

 

「それにしても驚いた、あんな化け物が人を襲っているなんて…」

 

「えっ、あのガイコツって珍しかったの?

 ここに来てから何回か襲われたから、てっきりこの国はそういう所なんだと思ってたんだけど…」

 

「そんなわけないです!!」

 

「お前はフランスをどんな修羅の国だと思ってたんだよ、つかそんな目に遭いながら平然と森で野宿してたのか!!」

 

「今までよく生きてましたね…」

 

「さっきのあの強さがあるって考えれば、まだ納得できなくもないけれど…」

 

 

 予想外の認識と爆弾発言に多少ぐだぐだしながら、それでも何とか果たした砦の者達との接触は、『危ういところを助けた』という何よりもの実績を以って非常に良好な形で行われた。

 その結果、リンクから辛うじて得られた、ほんの僅かな情報を補完するに足るだけの十分なものを得ることが出来た。

 立香やマシュが知る正史と、現状の間に幾つも存在する差異。

 中でも最も大きなものは、リンクの口にしていた『蘇った魔女』と、その正体とされている『聖女ジャンヌ・ダルク』というキーワード。

 その名と大体の功績、魔女として火刑に処されたという最期くらいしか知らなかったという認識を補足するためのマシュの語りを、立香は、そもそも彼女の存在そのものを知らなかったというリンクと共に沈痛な面持ちで聞いていた。

 

 

「改めて聞くと、ほんと酷いなあ…」

 

「国としては、最小の犠牲で最も大きな利を成したという大義名分があるのかもしれないけれど。

 ……それでも、その人が確かに成し遂げた献身に、功績に、少しくらいは報いたって良かっただろうに」

 

「ほんと、復讐のために蘇ったって言われてもなっとムグッ!?」

 

 

 立香が思わず零しかけた何気ない呟きは、無言でその口を塞いだリンクの手によって妨げられた。

 一瞬だけ思考を『?』で埋めた後に、自分がとんでもない失言を吐きかけたことに気付いた立香は、リンクへの感謝と安堵の気持ちを以って口の中に残っていた言葉を呑み込む。

 それを確認したリンクは、ハアとため息を付きながら立香の口を覆った手のひらを外した。

 

 

「……ありがとう、助かった」

 

「本心、本音がどうであれ、それを出していいかどうかくらい考えてから発言しろ」

 

「………ごめん、気をつける」

 

 

 『復讐したとしてもおかしくない』悲惨な事実があったことと、『だから復讐されても仕方ない』という理論は決して結びつかない…結びつけてはいけない。

 現在進行形で、その当たり散らすような『復讐』に苦しめられている犠牲者を前に、間違っても口にしていいことではなかった。

 折角築いた友好関係を、一発でぶち壊しかねない大失態を犯しかけたことに軽く落ち込む立香の肩を叩きながら、今度はリンクが兵士達へと向き合った。

 

 

「それで、その魔女の『復讐』っていうのは、具体的にどんなものなんですか?」

 

 

 フードの影から、真剣な表情と鋭い眼光を僅かに覗かせながらのリンクの問いかけに真っ先に反応したのは、兵士達ではなくマシュだった。

 

 

「先ほどの骸骨兵は違うのですか?」

 

「確かに、死を恐れず、そこそこ頑丈で、見た目的に恐ろしく気味が悪いという点で厄介ではあったけれど。国が滅びに瀕するような脅威と言えるような敵じゃあない。

 アレが撃退された後も、皆さんは変わらず警戒している。空に対して怯えている。

 ……いるんですね、空からやってくる別の脅威が」

 

 

 推測ではなく、確信をもった問いかけを受けた兵士達がその肩を跳ねさせるのと、城壁の上から半ばやけくそのような声が降ってきたのは、ほとんど同時のことだった。

 

 

「来たぞ、迎え討て!!」

 

「ドラゴンが来たぞ、抵抗しなきゃ食われちまうぞ!!」

 

 

 風を切る鋭い轟音が、魂に爪を立て揺さぶる耳障りな咆哮が空の彼方から降ってくる。

 瞬く間に砦を満たした戦闘の喧騒にまみれながら、上空を振り仰いだ三人の視界に飛び込んだのは、伝説やお伽噺の存在でなければならない筈の怪物だった。

 

 

《君達の周囲に大型の生体反応!!

 しかも、速い…っ!!》

 

「目視しました、あれはまさか…」

 

「ドラゴン!?」

 

「はい、あれはワイバーンと呼ばれる竜の亜種体です!!

 間違っても、絶対に、十五世紀のフランスに存在していい生物ではありません!!」

 

 

 個体数はわずか10にも満たず。しかしその巨体、その攻撃性は、この砦を攻め落とし人間を喰らいつくすのには十分。

 あり得ない筈の存在を目の当たりにしてしまった驚きと、こちらを餌としか認識していない怪物の殺気にあてられたことで硬直してしまった立香とマシュ。

 二人の視界を横切って、フードの少年が飛び出した。

 

 

「リンクさん!?」

 

「お前、また…っ!!」

 

 

 彼の行動によって図らずも気を取り直し、続けて走り出しかけた立香とマシュだったが、そのまま最前線へと駆けていくと思われたリンクがその足を止めたことで、二人も思わずそれに続いた。

 

 

「…リンク、どうした?」

 

「マシュ、お前は上空の敵に対する攻撃手段を持っているか?」

 

「…………」

 

「責めている訳じゃない、正直に答えてくれ」

 

「跳躍すれば、出来ないことはありませんが……あの高さ、あの素早さを相手には、少々難しいものがあります」

 

 

 マシュの本領はそもそも護りであり、攻撃に転じたとしても、その戦法は巨大な盾を用いた重厚な一撃を確実に叩き込むことが重視される。

 攻撃が容易に届かない空、しかも早いと来れば、今回のワイバーンは正しく天敵と言えた。

 つい先ほど、頼ってくれなかったことを怒ったのは自分の方なのに。

 不甲斐なさと申し訳なさに俯いてしまったマシュだったが、リンクが次にかけた言葉は、そんな彼女の落ち込みを一喝するものだった。

 

 

「俺は何とかしてあいつらを地に落とす、それだけに集中する。

 だから、止めはマシュに任せた」

 

「え…?」

 

「任せていいな?」

 

「はっ…はい!!

 マシュ・キリエライト、作戦を了解しました!!」

 

「立香…何か文句、もしくは別案は?」

 

「無い、それで行こう!!」

 

「了解した」

 

 

 静かに、それでいながら力強い声で応えたリンクは、戦場へと向けて今度こそ脇目も振らず駆け出した。

 最初の標的は、地上近くに舞い降りながら兵士の一人に食らいつく寸前だった一頭。

 先ほど拾ったままだった骸骨兵の剣を振りかぶり、所々で欠けた刃で斬りつけるのではなく、全力を以って投げつけた。

 ある程度脆くなっていたとはいえ、刀身は立派な鉄の塊。

 それが粉々になる勢いで、しかも見事な狙いで脳天に叩きつけられたとなれば、いかに丈夫なワイバーンが目を回してしまったとしても何らおかしくはなかった。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい……何とお礼を言えば」

 

「礼はいい、何ならその槍を渡してくれ。

 たった今壊してしまって、手ぶらなんだ」

 

「し…しかし、これを渡してしまったら私が戦えなく」

 

「その怪我でこれ以上の戦闘は無理だ、後は任せて物陰にでも隠れていてくれ。

 あいつらは必ず倒す、約束する」

 

 

 その声に、その言葉に…脱げかけたフードの下から覗いた美しい碧玉の眼差しに、兵士は気付けば自身の槍を手渡していた。

 槍と共に、怪我を負ってもなお戦おうとした兵士の心意気を確かに受け取り、頷き。

 途端に、弾かれるような勢いで駆け出した少年の背に、先ほど目の当たりにした美しい瞳に、兵士はとある存在を重ねて見ていた。

 幼い頃に知り、今も変わらず憧れ、誰かを守りたいという想いを抱く原動力となった。

 伝説の勇者その人を。

 







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VS 翼竜





 

 また一体、空中で体勢を崩したワイバーンが、轟音と土煙を上げながら地に落ちた。

 これが人間や他の生き物だったら、この時点で死んでいたのだろうが。

 生憎ながら、強靭な鱗と生命力を持つワイバーンはこの程度の衝撃ならばもろともせず、自身を地に落とした相手を引き裂いてやらんと再度翼を広げた。

 その思惑は、苛立ちのあまりに視野と思考が狭まり、接近に気付けなかった少女による盾の一撃によって防がれる。

 大きく息を荒げ、自身が止めを刺した何体目かのワイバーンを見下ろし…未だ拭いきれない戦いへの恐怖を必死に呑み込みながら、マシュは頭上を仰ぎ見た。

 

 

「リンクさん…っ!!」

 

 

 既に崩れかけた城壁の縁に立ち、数を減らされて怒り心頭と化したワイバーン達を相手に、決して逸品とは言えない一兵士の槍と弓のみで対峙する。

 どこの英雄譚の一幕だと突っ込みたくなるような様を、たった今目の前で、恐ろしい竜の群れを相手に一歩も引くことなく繰り広げ続ける少年の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 粗末な剣と引き換えにワイバーンを一体昏倒させるという快挙を成したリンクは、今度は槍を手にして、止めを刺さんとするマシュとすれ違う形で最前線へと飛び込んだ。

 骸骨兵相手に繰り広げた攻防から、てっきり彼は剣士だとばかり思っていたのだが。

 腰を落としながら、両手でもって長柄を構えるその様は、どう見ても確かな修練を積んだ達人のもの。

 実際、腹の奥から吐き出された一声と共に繰り出された突きは、ワイバーンの鱗を貫いてその下の肉を抉る見事なものだった。

 堅い鱗の存在と、たかが人間相手という驕りで油断しまくっていたところに与えられた痛手は、ワイバーンに盛大な悲鳴を上げさせた。

 骸骨兵の時と同じように、目の前の小柄な少年を十分な脅威と見なしたワイバーン達は、攻撃及び排除の対象を一点に集中させる。

 

 普通の人間なら…訓練を積んだ立派な兵士でさえ、引き裂かれ、噛み砕かれ、一瞬でひき肉になってしまいそうな竜の群れの猛攻をリンクは凌いだ。時折返り討ちにもしてしまうような成果すらも上げながら。

 リンクは攻撃が来る方向を限定し、少しでも効率的に戦うために、敢えて城壁をすぐ後ろにする位置を保っていた。

 明らかに戦い慣れた者の、多勢に無勢の危機的状況を生き抜くための大胆かつ適切な判断。

 しかしそれは、別の見方、別の言い方をするならば、逃げ場のない追いつめられた状況ということにもなる。

 爪も牙も決定打とならない事態に苛立ったワイバーンの一頭が、胸を逸らしながら大きく息を吸い、独特の構えを見せ始めた。

 

 

《ワイバーンの肺と思われる器官に熱源集中、間違いないブレスが来るぞ!!

 リンク君、避け……って避けられない、逃げられない!!

 どうしようどうしよう、助けてマギ・マリーーーっ!!》

 

 

 半透明な『ドクター』の悲鳴のような声を意識の端で聞きながら、リンクはグッと地を踏みしめる両足に力を込めた。

 次の瞬間、吐き出された灼熱のブレスが今の今までリンクが立っていた地点を焼き、更にその次の瞬間、炎を吹く竜の頭が頭上から降ってきた刃で串刺しにされた。

 その身が消し炭と化す直前、凄まじい脚力で己の身長近くまで跳んだリンクは、その足で更に背後の城壁を蹴り、自身を狙ったワイバーンの頭上まで跳び上がり。

 槍の穂先を真下、ワイバーンの脳天へと向け、重力に全体重を上乗せさせながら貫いたのだ。

 

 竜の頭を地面に縫い付けてようやく勢いを止めた槍は、散々酷使した末に止めの一撃を食らったことで折れてしまった。

 待ち針代わりの穂先を残したまま、強引にへし折れたことで先端を歪な棘状とさせた長柄を、群れの一頭が無残な姿と化したことで硬直してしまっていたワイバーンの、一番手近なところにいたものへと向けて振りかぶった。

 尖っただけの木片で傷つけられるほど、竜の鱗は柔くない。

 そんなことリンクは百も承知、ならば『これ』でも十分痛手を与えられる箇所を的確に狙うのみ。

 自分の体の頑丈さを恨めと言わんばかりの一撃は、衝撃のあまり見開かれていた目を容赦なく貫いた。

 

 痛みと苦しみによるおぞましい絶叫が辺りに響く、しかしこの程度では所詮死ぬほど痛いだけで倒すことは出来ない。

 それも勿論リンクは承知済み、今欲しいのはあくまで『隙』だった。

 仲間が連続で、それも凄まじい痛手を食らう様を目の当たりにしたワイバーン達が堪らず硬直した隙に、リンクは彼らへと背を向けて目の前に聳える城壁へと跳び付いた。

 

 はね返される、もしくは滑り落ちると思われたその身は、足場とも手がかりとも言い難い城壁のヒビや僅かな出っ張りを巧みに掴みながら、一掴み、一蹴りごとにその身を大きく跳ね上げさせていく。

 ほんの数秒でリンクは、砦の護りの要である筈の城壁をその身ひとつで攻略し、縁から身を乗り出させ、息を呑みながら眼下の戦闘に魅入っていた兵士達の目の前へと躍り出た。

 衝撃のあまりに、のけ反るを通り越して腰を抜かしてしまった兵士達。

 その原因は、普通ならば登れるようなものではない筈の城壁を越えて突如人が現れたから、だけではない。

 激戦の最中にフードが脱げ、それを直す余裕も無いまま壁を登ってきた少年の顔があまりにも美しく。

 その顔を土埃に汚し、宝石のような青い瞳を滾らせながら、凛と前を見据えるその姿が正しく。

 生涯の内に、一度は誰もが多かれ少なかれ憧れる、皆が想像の中で思い描いていた伝説の勇者そのものと言える雄姿だったのだから。

 

 

「何か武器を、あと出来れば弓と矢も!!」

 

「はっ…はい!!」

 

「お使い下さい!!」

 

 

 何故か必要以上に畏まる兵士達から、新たな槍と弓矢を受け取ったリンク…その背後、城壁の縁の向こうの虚空に、大きく口を開けたワイバーンが翼を広げて飛び出した。

 咆哮、もしくはいきなりの炎でも吐こうとしたのか。

 大きく息を吸ったその動作は、目的が何であれ果たされることは無かった。

 受け取った流れでそのまま構え、振り返りながら引き絞り、対象を捉えたと同時に放たれた矢が、一瞬の照準とはとても思えない必中の狙いでワイバーンの口へと飛び込み、喉から生命維持に関わる脳幹にかけてを見事に貫通させたのだから。

 

 

「何てことだ、彼は弓まで使うのか!!」

 

「とんでもねえなあ、三騎士の役割を一人で果たしていやがる」

 

 

 モニター越しに繰り広げられる光景に、流石に本来の弓兵としての自分を思い出さざるを得なかったエミヤと、自分があの場にいない悔しさと新たな勇士の存在を目にした歓喜が入り混じって、ランサーの時の彼を思わせる壮絶な笑みを浮かべるクー・フーリン。

 英霊を二人も驚かせるという偉業を知らないところで成しながら、リンクは一歩も引かず、気後れすることもなく、ワイバーンの群れと戦い続けた。

 城壁に立つ彼を狙うために飛び上がったワイバーンを、リンクは強烈な槍の一突き、正確な弓の一射にて遥か下の地面へと叩き落とす。

 しかしそれは、受けた痛みと衝撃に思わず力が抜けてしまったことによる一時的なものであり、気を取り直して再度羽ばたけば戦線に復帰することは容易だった。

 叩き落としたところに止めを刺すという、役割分担さえ存在していなければ。

 

 目の前で繰り広げられる、紛れもない英雄譚に魅せられながら…彼一人に戦闘による負担の殆どを負わせ、自分はただお膳立てされた状況で最後の一撃を食らわせるばかりという現状に、何とも言えない申し訳なさと情けなさを感じずにはいられずにいる。

 戦闘の真っ最中だというのに、そんな乱れまくりの心境で居たせいだろうか。

 頭上からリンクが、背後から立香が叫んだ声に。

 最後の一頭となったワイバーンが、何を思ったのか急に攻撃対象を切り換えたことに、マシュは一瞬気付くことが出来なかった。

 

 

「マシュ…マシュ、危ない!!」

 

「そっちに行ったぞ!!」

 

「え…っ?」

 

 

 自分が呆けてしまっていたことに気付き、ようやく顔を上げたマシュの瞳に映ったのは、自分へと向けて炎が燻る喉を大きく開いたワイバーンの姿だった。

 命の危機であることはわかっているのに、その認識がどこか遠い…盾を構えるべき手が、それが叶わないのならばせめて逃げるべき足が動かない。

 ここではない、どこか遠い世界の出来事を俯瞰しているかのような心地のマシュの視界に、ワイバーンの炎を遮りながら一本の軍旗がはためいた。

 

 

「『我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』!!」

 

 

 真名開放と共にその真価を発揮した旗が、神々しい輝きを放ちながら灼熱の炎の一切を防ぎきる。

 それを認識しながらワイバーンは、強引に押し切らんとより一層の力を自身の吐く息に込めた。

 より強くなった炎が、継続使用の影響か若干弱くなってしまった旗の光を越えてその先の主を炙る。

 未だ新しい死因の記憶に連なる苦痛に、表情を歪ませた彼女の崖っぷちでの奮闘は、遥か頭上から降ってきた槍の穂先がワイバーンの心臓を堅い鱗を物ともせずに貫き、潰し。

 更にはその体を、城壁を数秒で登り切る脚力に加えて、落下の重力によって嵩増しされた体重による勢いを、余すことなく上乗せさせた両足でもって踏み潰した止めの一撃でもって終了した。

 

 

「彼は確か、今の今まで城壁に…」

 

 

 思わず振り仰いだ彼女の視界に入ったのは、少年がたった今まで、ワイバーンとの激闘を繰り広げていた城壁の縁から身を乗り出しながら、口々に彼の身を案じる声を上げる兵士達の姿。

 あの強靭なワイバーンの体を、大地に咲く真っ赤な大花と変える勢いで降ってきた光景と併せて、女性の脳裏にとんでもない事実が思い浮かんだ。

 

 

「………まさか、飛び降りたのですか? あそこから?」

 

 

 自身の体の頑丈さと、衝撃の全てをワイバーンという名のクッションで和らげる技術に自信があったとしても、ちょっとやそっとの度胸で出来るようなことではない。

 見つけた…彼ならば、この人達ならば必ずや。

 心の底から込み上げる確信、そして安堵と共に、旗を持った女性は口を開き…その最初の一声は、兵士達が上げた悲鳴とも言えるような叫びによって遮られた。

 

 

「あ、貴女は……いや、お前は!!」

 

「ジャンヌ・ダルク!!」

 

「魔女だ、魔女が現れたぞ!!」

 

 

 背を向けて逃げる者、逃げることすら出来ない者、震える手足で必死に武器を構える者。

 ワイバーンが一掃された安堵と高揚が一瞬で、意図に反して霧散してしまった状況で女性は、ジャンヌ・ダルクは、戸惑いと悲哀が入り混じった表情で立ち尽くしていた。

 

 

「うわあっ!!」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ひいいっ、来るなあっ!!」

 

 

 必死で逃げた足がもつれ、派手に転んでしまったその身を案じて伸ばされた手が、今の彼にはこの身を引き裂かんとする魔女の鉤爪にしか見えない。

 恐怖のあまり震える唇で、必死に助けを求める声なき声に、ジャンヌ・ダルクの足下に撃ち込まれてその動きを妨げた矢が応えた。

 

 

「きゃあっ…!!」

 

「ちょっ…リンク、何してんの!?

 あの人は、マシュを助けてくれたのに!!」

 

「リンクさん…私にも、あの方が悪い人だとはとても」

 

「二人とも、今は黙って……ジャンヌ・ダルク!!

 この場所は、ここの人達はあんたを求めていない!!

 あんたに出来ることは何も無い、早々に立ち去れ!!

 用があるというなら出直して来い、俺が相手になってやる!!」

 

 

 弓を限界まで引き絞り、鏃を容赦なく突き付けてくるリンクに、ジャンヌは悲壮な表情を浮かべながら踵を返す。

 成す術もなく走り去っていく後ろ姿に、リンクは強張っていた全身の力を抜きながら弓を下ろし、兵士達は歓喜の雄叫びを轟かせ…立香とマシュは、どうにも納得しきれないという表情で口を噤んだ。

 気を緩める間もなく、二転三転と大揺れが続いた砦の攻防戦は、これにてようやくの終結を迎えたのだった。




フォウ君の存在が消えてしまっていますが、立香の肩辺りにいると思って読んで下さい。



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新たな旅仲間





 

 物資も食料も厳しいものがあっただろうに、それでも数日旅をするには十分なだけのものを持たせてくれて。

 リンクに対しては、あの砦で最も質の良かった剣と弓を譲ってくれて。

 何よりも、両腕から溢れて持ちきれないほどの笑顔と感謝で見送ってくれた。

 ……だというのに、立香とマシュの表情は暗い。

 歩きながら溜め息までついてしまう二人に、砦から十分遠ざかったことを確認したリンクが少し呆れた様子で声をかける。

 

 

「立香、マシュ…二人とも、さっきから何をそんなに落ち込んでるんだ」

 

「何をって、お前…」

 

 

 二人の脳裏に焼き付いて離れないのは、先ほど、目の前の少年その人に追い払われた女性の、哀しそうな表情とやけに小さく見えた後ろ姿。

 特にマシュは、彼女に命を救われた当人であるだけに、気がかりで仕方がない様子だった。

 

 

「…先ほどの、ジャンヌ・ダルクさん。

 あの方は本当に恐ろしい魔女だったのでしょうか、やはり私にはどうしても……」

 

「違うよマシュ、さっきの人と噂の魔女は別人だ。

 少なくとも、俺はそう思ってる」

 

「俺『達』だよ立香、俺も一応確信してる。

 何だ…さっきの態度から、マシュもわかってるとばかり思ってたんだけど」

 

「えっ……ええええっ!?」

 

「パッと見だけど、そんな印象は欠片も無かったし。

 何より、自分が焼かれる苦痛に耐えてまでマシュを助けてくれたあの行いは、裏があって出来るようなことじゃない。

 初めて会った時の二人と一緒だ、すれ違いや勘違い、もしくは何らかの事情持ちってところだろうな」

 

「そ、そんな……でしたらなぜ、それを砦の皆さんに話そうとせずに、あの人を追い払ったりしたのですか!?」

 

「俺もあの時点ではマシュと同意見で、落ち着いて考えてからリンクの意図を察したんだけど……」

 

 

 分からない、納得できないという様子で声を上げるマシュに、どう言ったものかと後ろ頭を掻き混ぜながら唸り声を上げた立香の肩を、リンクの手がポンと叩く。

 『任せろ』と言わんばかりの仕草と表情に、立香は汚れ役、嫌われ役を押しつけるかのような居心地の悪さを感じながら、それでも適任であることは確かだと納得して頷いた。

 

 

「生前のジャンヌ・ダルク、そして蘇った魔女を実際に見た人が、間違いなく同一人物だと証言しているんだ。

 これを、何の準備も証拠も無しに覆すのは不可能に近い。

 通りすがりの、現状を殆ど知らない旅人が、『見た感じ悪い人とは思えない』なんて何の根拠もない意見を述べたところで、まともに取り扱ってもらえる筈が無い」

 

「仮に、あの人と魔女が別人だという確かな証拠があったとして。

 度重なる襲撃で心身ともに疲弊しきっていた兵士達に、恐怖や怒りを呑み込んで、それを受け入れる冷静さと心の余裕が残っていたとは思えない。

 骸骨兵やワイバーンを退治し、砦を救ったという俺達の実績を押し出せば強引に認めさせることも出来たかもしれないけれど、その場合は折角築いた信頼と相殺だ。

 助けてくれた人達が実は魔女に利する存在だったなんて、持ち上げて叩き落とす行為以外の何ものでもない。

 物資や食料はもちろん、こんな武器なんて融通してくれる訳が無いし。

 あんな笑顔で、『頑張って生きて乗り越えてみせます』なんて言葉で送ってくれるなんてありえない」

 

「そして何より……それだけの労力、損失を払ってあの人の潔白を証明し、砦の人達に認めてもらえたとして、あの時点でどんな成果に結びついた?

 精々が『命の恩人にお返しが出来た』という俺達の自己満足くらい、優先順位としては低すぎる。

 大事な使命を負ってここに来たと、この国を救いに来たんだと言ってたな。

 それを尊重して考え、動いたまで。

 始まりが成り行きとはいえ、今は間違いなく仲間として、同じ目的をもって行動していると思っているから」

 

 

 きちんと筋道と理論を立てて、自分が何を考え、何を思ってあんな行動を起こしたのかを、ひとつひとつ丁寧に言葉にしていくリンク。

 納得出来ないところがあれば、幾らでも異議を申し立ててやろうと意気込んでいたマシュは、沸騰していた自身の思考が落ち着くを通り越して落ち込んでいくのを感じていた。

 矢を放ち、彼女を追い払ったあの行動ひとつ、あの僅かな時間にリンクがどれだけ多くの、どれだけ先のことを考えて行動していたのか、それがよく理解できてしまったから。

 

 自分の頭の中は、助けられたことによる無意識の贔屓が上乗せされた好印象と、そんな彼女に報いてあげられなかった罪悪感、あの後彼女はどうなったのかという心配ばかりで一杯になって。

 自分達がやって来る、そのずっと前から魔女に苦しめられていた兵士達の気持ちや現状に対する心遣いなんて、忘れはしないまでも端っこの方に追いやられてしまっていたのだから。

 

 

「通りすがりざまに救い、良いことをした、やり切ったという満足感だけを胸にそのまま去っていく方は、ある意味で楽な仕事だ。

 だけどその地の人達は、傷ついたもの、失われてしまったもの、変わらない現実と向き合いながら、どんなに辛く大変でもそこで生きていくしかないんだ。

 助けに来てあげたんだから、そんな自分達の行動や考えは正しいんだから、黙って大人しく助けられておけばいい。

 そんなのはただの押し付けに過ぎない、無自覚なら尚更な」

 

「……………はい、申し訳ありませんでした」

 

「ちょっ…リンク、リンク、いきなり飛ばし過ぎ。

 前もちょっと言ったけど、マシュは外の世界というものを殆ど情報でしか知らなくて、色々と経験を積んでる真っ最中なんだからもっとお手柔らかに……」

 

「そんな子をいきなり最前線に出すなんて……お前達の所属してる組織ってのは、どんだけ人手不足なんだ?」

 

「…………(盛大に爆破されたなんて言えない)色々と事情があるんだよ」

 

「何にしても…経験不足だろうが、勉強中だろうが、それを押し出したとして敵は手加減なんかしてくれないし、失敗や失態は許されない。

 任務を達成し、その上で生きて帰りたいのなら、厳しかろうが辛かろうが頑張るしかないんだ。

 なあ、マシュ……お前は、その辺り全部覚悟した上でここに来たんだろ?」

 

 

 リンクの問いかけに、マシュは無言で、それでも確かに頷いた。

 マシュの大変な現状を嘆きながら、その上で彼女自身の意思を尊重し、目的を成し遂げることが出来るように、敢えて率直な物言いをしているリンクの思いやりを感じたから。

 

 

「リンクさん…ご指摘、ありがとうございました」

 

「……色々と言った後で何だけど。

 あまり背負うなよ、マシュ一人の肩に乗ってる重みじゃないんだから。

 立香は言うまでもなく…『ドクター』だっけ、ちゃんと他にも仲間はいるんだろ?」

 

「そうですね、その通りです」

 

「わかってるなら大丈夫そうだな。

 それにしても……さっきのあの人、ジャンヌ・ダルクだっけ。

 一体どこまで行ったんだろうなあ、そろそろ合流しても大丈夫そうなのに」

 

「へっ?」

 

「リンクさん、合流とは一体…」

 

「言ってただろ。俺、あの時。

 『用があるなら出直して来い、俺が相手になってやる』って」

 

「あれはそういう意味だったのですか!?」

 

「「「え?」」」

 

 

 突如やり取りに割り込んできた自分達以外の声に、三人揃って思わず振り返った先の木の陰から、今の今まで話題にしていたジャンヌ・ダルクその人がほんのりと赤く染まった顔を覗かせていた。

 

 

「………わかってなかったのに、よくまた接触してくる気になりましたね」

 

「私には、あなた方以外に頼りに出来そうな当てが無かったもので。

 誠心誠意、心を込めてお話しして、何とかわかってもらおうと思ってお待ちしておりました」

 

「すんごい前向き思考」

 

「それに助けられたな。

 まあ何にしても、無事に合流出来て良かった」

 

「ごめんなさい、鈍くて……折角気を回して頂いたのに、危うく無駄になるところでした」

 

「兵士達に本意を悟られないよう、敢えて誤解されやすい言い回しをしましたからね。

 伝わらなかった事態は考慮していましたよ、その時は今度はこっちから探すつもりでした。

 ……先ほどは、説明も無しに強引な手段に出てしまって申し訳ありませんでした」

 

「いえいえ、むしろお礼を言わせてください。

 兵士達の心の安寧を何よりも優先して下さったこと、本当に嬉しく思います。

 改めて自己紹介を…私は、ジャンヌ・ダルク。

 一応、ルーラーのサーヴァント…みたいです」

 

 

 清楚で美しい顔立ちに、隠し切れない不安と悲壮を滲ませながら。

 それでも、精一杯に微笑みながらの自己紹介を以って、ジャンヌ・ダルクが一同の旅路に加わった。

 

 




残念、脳筋聖女でした。



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現状把握






 

 

「『サーヴァント』って、なに?」

 

 

 今後の道行きを判断するのに十分なだけの情報を得られて、『もういいか』と立香とマシュが判断したことから、戦闘の途中から今に至るまで、咎められることなく外れっぱなしだったフードの中身。

 それが僅かに傾きながら口にした、今更な、それでいて当然すぎる問いかけに、その辺りの知識があることを大前提で話していた一同は、背後に『ビキッ』という擬声語がつきそうな勢いで固まった。

 『やべー……』という内心の声が聞こえそうな表情で顔を強張らせる立香とマシュに、ジャンヌは恐る恐るといった様子で問いかける。

 

 

「あ、あの……そちらの方は、まさか」

 

「うん、違うんだ」

 

「そんな、あの強さで!?」

 

「私達も、信じがたい気持ちは未だにあるのですが。

 『サーヴァント反応が無い』と、はっきり言われてしまいましたから」

 

「……エクストラクラス・ルーラーのサーヴァントには、『真名看破』というスキルがあります。

 弱体化している身ゆえ、まともな機能をしておりませんが、それでもサーヴァントと普通の人を見分けるくらいは問題なく出来る筈なんです。

 改めて、きちんと見てみましたが……どうやら、立香さん達のおっしゃっている通りのようですね」

 

「中世以降、近代に近くなってからも、『英雄』たりえる方は僅かながら現れていたそうです。

 リンクさんはきっと、そんな方々の中でもとびっきりの存在なんだろうというのが、ダ・ヴィンチちゃんの考察です」

 

 

 自分には無い、何かしらの『共通認識』を以ってヒソヒソと話しあう三人を、リンクは少し離れたところから若干遠い目で見守っていた。

 知らない単語が多いし、状況の多くを未だ把握しきれていないけれど、それでも察することが出来るものはそれなりにある。

 彼らが驚いているのは、並外れた戦闘能力を発揮した自分が、それを元に想定していた何かしらの存在ではなかったこと。

 そういう存在であるという、本来ならば一目瞭然で判断できる筈の証拠が現れなかったこと。

 その理由に、リンクは確かな心当たりがあった。

 

 

(一応、念のため……程度の期待だったんだけど、予想以上に効いてたみたいだな)

 

 

 助けを求め、自身を呼ぶ声に応えて目覚めた時。

 この地に立った時、彼は何もわからなかった。

 ここは何処なのか、ここで何が起こっているのか、自分の身に何が起こったのか、自分は何をすべきなのか。

 唯一察することが出来たのは、今の自分が、眠りにつく前のかつての『自分』とは何かが違うという不思議な感覚と確信のみ。

 途方に暮れるような状況で少しでも上手く立ち回ろうと、『効けばありがたい』程度の軽い気持ちで。

 むしろ今後の決意を新たにする為という意味合いの方が強い状況で、彼は願いをかけたのだ。

 『自分がただの人間とは違う存在であるらしいということが、誰にも気づかれないように』と。

 利き手の甲の紋章に、膨大な無色の力の塊に。

 

 

(もう『願望機』ではなくなったみたいだから、本当に駄目元だったのに。

 効果を明確にイメージした上で、確かな方向性を加えさえすれば、大抵のことは出来るみたいだな。

 ……十分願望機だろうが、むしろ枷が外れたみたいで逆に怖いぞコレ。

 使い道は、なるべく限定させておこう)

 

 

 力に溺れるほど弱くなく、勘違いして思い上がるような馬鹿でもない、

 それ故に、自分が手にしているものの恐ろしさと、それをずっと所持・管理し続けなければならない重責を正確に察し、理解してしまったリンクは、顔から血の気が下がって背筋に怖気が走る心地を味わっていた。

 手袋の下の紋章を無意識にさすりながら、リンクは更に考えを巡らせる。

 今の自分はただの人間ではない『何か』と成っていること。

 立香達はその『何か』の正体と扱い方を知っていること。

 本来ならば持ち得ているべき『自覚』と『仕様書』が、自分の中には備わっていないらしいこと。

 現状で確信まで持てる事柄を脳内に書き出しながら、リンクはとある重要な方向性を定めた。

 

 

(どうやら俺も『それ』みたいだっていうことは、もうしばらく伏せておこう。

 立香達と、その背後の組織を信用してないわけじゃないけれど。

 輪の一歩外から見られるもの、出来ることっていうのは、色々と手探り状態の現状ではきっと大切だ。

 ……だとしても、今の俺相手にも教えられる分はきちんと教えてもらわないとな)

 

 

 リンクのそんな思惑は、彼自身が特に動くことも無いままに叶えられることとなる。

 立香とマシュ、リンク、ジャンヌという、三様の知識と認識を擦り合わせるための話し合いが、その日の野営地にて行われたからだ。

 それも、最も発言と情報の提供を渋ると予想されていた、組織の一員たる立香達からの提案で。

 

 

「……何かしらの組織が裏にあるのなら、こういうのって普通嫌がるんじゃないのか?」

 

「ドクターが許可を下さいました、ならば私達にも異論はありません」

 

「むしろ、俺達の方から頼み込んで許してもらうつもりだったからな。

 リンクには、ちゃんと説明しとかなきゃと思ってたんだ」

 

《現状でもの凄く助けてもらってるからね、守秘義務とかも今更だよ(人理が焼かれた現状では秘匿だのなんだのって騒ぐ連中もいない訳だし、そもそもそんなこと言ってる場合じゃ無いし)》

 

「…………何か、俺の方が罪悪感湧いてきた」

 

《あっ……リンク君、何か事情があって言えないことがあるのなら、僕達が言ったからって無理しなくてもいいからね。

 君は立香君とマシュを本気で助けてくれた、それだけで信じるには十分さ》

 

「リンクさんが『言えない』のならば、何か意味や事情があるのだと推測します」

 

「本当に必要な時には、きちんと話してくれるだろ?

 あまり焦らず、その時を気長に待つさ」

 

「フォウフォウッ!」

 

「……ありがとう、甘えさせてもらうよ。

 そして約束する、時が来たらちゃんと全部話すってな」

 

 

 膝の上にて、我が物顔で寛ぐフォウの背を撫でながらのリンクの言葉に、立香とマシュ、そして通信先のロマニは、満足そうな笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三者三様、改めて背筋を正しつつの情報交換は、立香とマシュが所属する組織『カルデア』側の状況説明から始まった。

 それは、知らなかった者達からすれば、あまりにも絶望的な事実だった。

 

 

「…………つまり、お前達は未来から来たと。

 未来で、世界は既に滅んでいて……しかもその滅びは、過去まで遡って、人という存在全て、人という種が生きた歴史そのものを無かったことにするというもので。

 そして、その計画の『楔』と言えるものに対抗するために、この時代まで来た」

 

「そう認識していただければ、問題は無いかと思われます」

 

「ちなみに、『過去に行く』のは誰でもできる訳じゃないんだ。

 それが、お前もさっき気にしていた、素人同然の俺達が実働部隊として最前線に来なきゃならなかった理由」

 

「……他に、助けを求めることは出来ないのか?

 それだけの事態なんだ、普段どんなしがらみがあったとしても関係ないだろうに」

 

《残念だけどね、焼却を免れたのは僕達だけなんだ。

 カルデアの施設と、所属している僅かなスタッフ……それが、今の世界に残された全てなんだよ》

 

「何ということでしょう……」

 

(世界が燃え尽きたあのイメージ、数えきれないほどの人達が最後の瞬間に残した願いの声。

 あれは、そういうことだったのか……)

 

 

 世界が既に滅んでしまっているという事実、僅かな希望を信じてそれに立ち向かっているのだという立香達を取り巻く現状を慮った、リンクとジャンヌの表情が悲壮に歪む。

 それが、立香には嬉しかった。

 

 

「ありがとな、リンク」

 

「何が」

 

「信じてくれて」

 

「……こんな性質の悪い嘘、お前達はつかないだろ?

 ともかく、改めてちゃんと言っておくぞ。

 成り行きで始まって、いつまで続くのか分からない道連れだったけど。

 これからは本格的に仲間入りさせてもらう、つーか意地でも着いていくからな。

 この旅の成否に人という種の命運がかかってるなんて言われて、黙って見過ごせるもんか」

 

「リンクさん…っ!」

 

《ありがとう、リンク君。

 君がこれからも一緒に来てくれるとなれば、頼もしいことこの上ないよ!》

 

「俺としては、リンクはもう仲間だと思ってたから、今更って気もするけどな」

 

 

 そうして笑いあった三人は、ジャンヌを交えて、砦で譲ってもらった木製の粗末なコップと革袋の水でささやかな乾杯を上げた。

 

 








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『終わり』の続き





 

 『人理焼却』という現状と、その認識を共通のものとさせた一行は、続いてジャンヌの話に耳を傾けることとなった。

 サーヴァントとして現界したばかりであること、召喚に不備があったのか酷く弱体化していること、そんな状況でもフランスを救うために今一度戦う気概を持ち得ていること、などなど。

 自身の現状について語る彼女の話は、必然的に、リンクが最も欲していた情報にも触れることとなった。

 

 

「偉業や伝説、功績を残したことで、その名と存在が何らかの形で後の世に伝えられ、人の無意識とある種の信仰の中にある存在として昇華されたものが『英霊』。

 その英霊が、その為の術を心得た者…『魔術師』によって、いわゆる使い魔として呼び出されたものが『サーヴァント』。

 ……という認識で、間違いは無い?」

 

「聖杯戦争とか、クラスとか…詳しい話をするとなると、内容はもっと複雑になるのですが。

 現状では、それだけ覚えて頂ければ十分かと思われます」

 

「そっか、ありがとう」

 

(だとしたら、ひょっとしたら俺は『違う』のかなあ。

 『俺達』が成し遂げてきたことは、英霊として認められるには十分。それくらいの自覚と矜持なら持っている。

 でも、察するに英霊となる為の条件は、存在と活躍が後の世にきちんと伝えられ、普遍の認識を得ていることだ。

 今の世は恐らく、何度も衰退しては興っていたハイリアの時代が本当に終わり、文明が一旦途絶えた後に改めて生まれた次の時代。

 そんな世界の人達が、あの伝説を知っている訳がないし……)

 

 

 自身が抱いた認識が間違っていないことを確認したリンクは、それと同時に新たに生まれたズレをどう解釈して修正したものかと首を捻っていた。

 その疑問は次の瞬間、全く思いもよらなかった形で晴らされることとなる。

 

 

「それにしても、先ほどは驚いてしまいました。

 私ってばてっきり、リンクさんも同じサーヴァントだと……もしかしたら、あの伝説の勇者様その人なのではないかと、少し期待してしまっていたものですから」

 

「ジャンヌさんも、あの『伝説』をお読みになられていたのですか!」

 

「私自身は、生憎と文字が読めなかったので。

 でも、話を知っている大人や、たまに村を訪れる旅の語り手が、時折聞かせてくれたのです。

 多くの例に漏れず、私もかの方に憧れた一人なのですよ」

 

《最古にして最高の勇者の物語と名高い『ゼルダの伝説』だね、僕も大好きさ!》

 

「……………へ?」

 

「ゼルダの伝説って、どんな話だったっけ」

 

「センパイ、知らないのですか!?」

 

「し、知らない訳じゃないよ…ちゃんと読んだことがないだけで」

 

「いけません、それはいけませんよ、勇者リンクの活躍を知らないなんて!!」

 

 

 本気で呆気にとられ、目を点にして間抜けな声を零してしまったリンクの奇妙な様子は、それ以上に派手だった立香とマシュのやり取りで完全に掻き消された。

 

 

《立香君、マシュの言うことは……ちょっと興奮しすぎだけど、でも尤もな話なんだよ。

 人の歴史と共に伝わり、人の歩みと共に広まったと言っても過言ではないあの伝説は、多くの人や国、文化に多大なる影響を与えてきた。

 歴史に名を残すような偉業を成した者は、皆多かれ少なかれ愛読していたとまで言われているんだ。

 字が読めなかったというジャンヌが、それでも知って憧れたという事実だけでも、多少は察することが出来るだろう?

 サーヴァントを従え、指揮するべきマスターがそれを把握していないというのは、確かに不安要素ではある》

 

「それもそうか……わかった、無事に帰れたらちゃんと読んでみるよ」

 

「帰ってからでは遅いです!!

 これから先どんな英霊と相対することになるのかわからないのに、それではいけません!!

 せめて最低限、重要な部分だけでも、この場でお話しさせて下さい!!」

 

「べ、別に、今ここでそこまでしなくても……」

 

「………俺は聞きたい。

 お願いしていいかな、マシュ」

 

「はい、マシュ・キリエライトにお任せください!!」

 

「ちょっ…リンク、余計なことを」

 

《リンク君は、ゼルダの伝説に興味があるんだね。

 それもそうか…君の名前は、明らかにかの勇者にあやかってつけられたものだもの》

 

(ある意味で正解)

 

「まさしく勇者様のようになられたリンクさんに、名付けられたご両親も喜ばしく思っていることでしょう」

 

「は、はは……」

 

 

 異様な居た堪れなさに、もういっそのこと全部明かしてしまっていいのではないかとも思ったけれど、ここはグッと呑み込んでマシュの声に耳を傾ける。

 渋っていた立香も覚悟を決めたようで…子供の頃のことを思い出したのか、少女のように目を輝かせるジャンヌと共に、清聴する構えを取った。

 

 

「遥か、神代よりも前……今の私達へと続く歴史、文明が興るよりも、万年単位での昔のこと。

 善の女神ハイリアによって守られ、彼女の名を冠する地に興り、魔術も化学も今のものより遥かに発展していたという前史文明『ハイラル』が存在しました。

 それこそが、物語の途中に存在する空白の部分を含めて、およそ数十万年に及ぶであろう伝説の舞台です」

 

「この地には、役目を終えた三人の創造神が、去り際に遺したという形ある祝福が存在しました。

 それが、『黄金の聖三角』とも称されるトライフォースです。

 力、知恵、勇気の三角によって構成されたそれは、全てを揃えた上で願いをかければ、どんなものでも叶えることが出来たという。

 今でいう聖杯、『万能の願望機』の原初と言うべき存在なのです。

 正しく、ハイリアの地とそこに生きる人々の希望と言えるものでしたが……そのトライフォースこそが、後に多くの争いを生み出してしまうのです」

 

「トライフォースは純粋な力の塊です、自ら使い手を選ぶことは出来ません。

 力、知恵、そして勇気…それぞれの司るものを、最も強く純粋に備えている者に宿るのです」

 

「とある時代、強大な力と野心を持った王が、トライフォースの力を手に入れようとしました。

 しかし、彼が手にすることが出来たのは『力』のみ。

 『知恵』は幼くとも聡明だったハイラル王家の姫君に、『勇気』は彼女の願いを受けて王の野望を食い止めるべく奔走していた少年に。

 王は残りの二画を奪い、トライフォースを願望機として完成させるべく、姫と少年を狙います。

 しかし二人は決して諦めず、『知恵』と『勇気』を司る者として戦いを続け、遂には恐ろしい魔物と化した王を封じることに成功するのです。

 これが、『力』の魔王ガノンドロフ、『知恵』の姫ゼルダ、『勇気』の少年リンク、三人の長き因縁の始まりだったのです」

 

「長き因縁の始まりって……魔王倒されてるじゃん、終わったんじゃないの?」

 

「封印された魔王ガノンドロフは、この後何度も、様々な形で復活を果たしてしまうのです。

 それだけ彼の野心…自らを封じた者達と女神ハイリアに対する怒り、恨みと言えるものは強かったのでしょう。

 その度に、その時代の勇者リンクとゼルダ姫が現れ、魔王へと立ち向かいましたが……それはまた、他の章の物語です。

 全ての始まりとなる物語は『スカイウォードソードの章』ですが、今回は最も大きな転換期であり、伝説のメインとなる要素が本格的に登場してくる『時のオカリナの章』を、断片ながら語らせていただきました」

 

(思ったよりずっと細かく、ちゃんと伝わってる。

 あの頃には周知されて無かった筈の裏事情までしっかりと……俺が眠った後、一体何があったんだ?)

 

 

 封印後の自室が孫を惜しむ祖母(遠慮というものを一切持たない身内、加えて孫の生きた証を辿りたいという大義名分持ち)の手で念入りに捜索され、その結果発見された本一式が王国の誇る最年少戦術顧問の直筆の書として献上され、検められた中身が種族や生まれ育ちの境を越えて勇者を慕う者達に広く公開され、原本は国宝として手厚く保護された上に次の文明にまで伝わり、止めには何千年もかけて世界中に広まるという。

 わかる者からすれば最悪すぎて消滅したくなるコンボを見事に決めたことを、今のリンクは知りようもない。

 

 目をキラキラと輝かせ、ググっと体と気持ちを前に押し出しながらの語りようは、マシュが心からあの『伝説』が好きなのだということを何よりも物語っていて。

 いつの間にかリンクは、考えたところで答えなど出ようもない疑問を一旦横に置き、幼い子供が一生懸命に言葉を紡ぐ様を見守るような心地でマシュの語りを聞いていた。

 しかしそれも、立香がとある失言を口にしてしまうまでだったが。

 

 

「勇者リンクって何人もいたんだなあ。

 もしかして、リンクはその勇者様の生まれ変わりだったりして」

 

 

 内心で『ギックウウウウッ!!!』となっていたリンクをよそに、マシュは立香にいつもの彼女からは考えられないような乾いた眼差しを送り、ロマニは通信の向こうでため息を付き、立香はなぜそんな反応が向けられるのかわからずに慌てていた。

 

 

「……マシュ、ドクター、俺なんか変なこと言った?」

 

《立香君、きみ、本当に読んでないんだね》

 

「センパイが今口にしたことは、ゼルダの伝説においてトップクラスに重要な件です。

 少しでも概要を理解していたのならば、そんな発言は絶対にありえません。

 何故なら……勇者リンクは、この世界のどこかで今も眠り続けているのですから」

 

「………どういうこと、何万年も前の話なんだよね?」

 

「その話をする前に、ひとつの大きな『大前提』についてお話しします。

 勇者リンクに、ゼルダ姫……章を、時代を隔てて現れる二人は、多少の例外こそ存在してはいますが、広義的に言えば同一人物なのです。

 先ほどセンパイも口にされた『生まれ変わり』ですね、『勇者の魂』を受け継いだ者こそがその時代の『勇者リンク』となったのです」

 

「……つまり、勇者様とお姫様は何度も何度も生まれ変わって、その度に大変な冒険や戦いをしなきゃならなかったわけ?

 なるほど、それがトライフォースの因縁か。

 きっつい話だなあ……苦労してやっと終わった、やっと平和になったと思ったらそれを次の人生でもだなんて。

 下手に覚えてたりしたらやってられないじゃん」

 

「………………」

 

「えっ……ちょっ、なに、どうしたのマシュ」

 

《立香君……君、知っててわざと言ってないだろうね。

 正しく、君が今口にしたその懸念こそが、長き伝説に終止符を打ったのさ。

 理由に関しては諸説あるけれど、とある時代に生まれた『リンク』は幼い頃から……もしかしたら、生まれた時からかもしれない。

 自分が勇者の魂を持つ者であること、『リンク』として生まれた自分には世界の危機に立ち向かわなければならない運命があることを知っていた。

 辛い戦いを乗り越えたとしても、平和を手に入れたとしても、それは終わりではない。

 いつかの時代で、その時に生まれた次の自分がまた戦う。

 その事実を、何もかもが始まる前から知ってしまっていたんだ》

 

《……『勇者』をどこまでも英雄視する人達から怒られそうな、僕の印象、勝手な持論だけどね。

 彼は決して、生まれついての英雄なんかじゃなかった。

 いずれ勇者となり、世界を救う……そんな運命を課せられてしまっていただけの、普通の少年だった。

 だからこそ、自分のような者を二度と生み出してはいけない、争いの運命を本当に終わらせなければならないと、彼は考えたんだと思う》

 

《『末代の勇者』と称される彼が、トライフォースにかけた最後の願いは、『自分達の運命を終わらせる』こと。

 どんな時、どんな立場に生まれても、自身のことを二の次に大変な責務を果たしてきた姫には、ただの女の子としての幸せを。

 力を重視するあまりに方法を誤り、最後には怨念の化け物にまで堕ちてしまったけれど…『自身が治める砂漠の国の、過酷な環境を強いられる民を豊かにしたい』という願いを抱いた偉大な王でもあったガノンドロフには、今度はそれを真っ当な形で成し遂げられるように、と》

 

《運命の三角のうちの二画を解放した勇者は、幸せよりも争いを呼ぶことの方が多かった、人には余る代物だったトライフォースを、二度と人の手に渡ることの無いように封じた。

 それを宿した自分ごと封印し、永遠の眠りについたんだ。

 勇者として、人々の為を想った、正しく勇気ある行動だと言われているけど。

 ……戦いと、それを強いられる運命そのものに、もううんざりしていたのかもね。

 いつかの時代、どこかの場所でまた生まれ変わり、また戦いに駆り出されるかもしれないと思うと、二度と覚めない眠りにつく方が魅力的だったのかもしれない》

 

「そんなことは無い」

 

 

 今までずっと、静かに話を聞くだけだった者から急に発せられた強い否定の言葉に、ロマニは一瞬言葉を失ってから慌てだした。

 あくまで持論ではあったけれど、自分が口にしていたことが、人によっては怒りかねないような極論でもあったことは自覚していたし。

 それに何より……僅かに俯いて唇を噛みしめた彼の、リンクの顔が、今にも泣き出しそうに歪められていたから。

 

 

《ご…ごめんねリンク君、何が悪かったのかわからないけどとにかくごめん!!

 君を怒らせる気はこれっぽっちも無かったんだ!!》

 

「怒ったわけじゃない」

 

《……じゃあ、悲しかったの?》

 

「………少し」

 

《うわあああごめん、ほんっとごめんなさい!》

 

「リンク、ドクターのアレは個人的な感想考察って奴だから!!

 お前にとっての伝説や勇者を否定したわけじゃないから、気にすることは無いって!!」

 

「違う」

 

「リンクさん、違うとは一体?」

 

「…………ありがとう」

 

 

 全くの予想も、脈絡もなかった感謝の言葉に、今の今までリンクを囲んで慌てまくっていた一同は一瞬で無言になってしまった。

 居心地がいいのか悪いのか、それすらも判断しきれない沈黙の中で、ゆっくりと紡がれるリンクの声だけがやけに大きく響いていた。

 

 

「どうして俺なんだって、どうして俺が勇者なんだって、何度も何度も考えた。

 本物の『リンク』じゃなくてごめんなさいって……『リンク』だったらもっと上手く、もっとたくさんを救えたのかなあって思いながら、それでも一生懸命『リンク』になろうとした。

 『リンク』としての俺を信じて、頼りにしてくれる皆が大切なのは本当だったから。

 応えたい、護りたいっていうのだけは、俺が唯一間違いないって言える、俺自身の気持ちだったから」

 

 

 それは、『勇者』を背負わされてしまった少年の、あまりにも痛々しく哀しい告白だった。

 名前をつけた両親や、彼の周りにいたであろう者達からすれば、彼をそんなにも追い詰めるつもりなんて欠片も無かっただろうに。

 出会ってから未だ間もない自分達でさえ、『リンク』の名前でかの勇者ではなく、目の前の少年を思い描くようになっていたのに。

 それよりもずっと長い時を、多くの出来事を彼と共にしたであろう周りの者達が慕っていた、頼りにしていた『リンク』は、伝説の勇者などではなかったと確信を持って言えるのに。

 それを、当の本人だけが、今の今まで解らなかったなんて。

 

 

「だけど、今……俺はうんざりしてたのか、戦いたくなかったのかって考えたら。

 『そんなことは無い』ってハッキリと思った、ちゃんと思えたんだ。

 俺は皆と一緒にちゃんと生きてた、あそこで暮らしてちゃんと楽しかった。

 俺はリンクだって、これが俺の生き様だって、自信を持って、胸を張って良かったんだ。

 …………馬鹿だなあ、今頃になって気付くなんて」

 

「そんなことを言わないでください、遅すぎることなんてありませんよ!!

 今の事件が終わったら、旅をやめて、故郷に帰って、ご両親やご友人方ときちんとお話しすれば……」

 

 

 まるで自分自身が希望に縋るかのようなマシュの声に、表情も窺えないほどに俯いたリンクの頭が、ゆっくりと左右に振られた。

 

 

「もうどこにも無い……もう、誰もいない」

 

 

 意味を察してしまったマシュの喉がヒュッと鳴り、それ以降の言葉が出てくることはなかった。

 

 

「会いたい、帰りたい……また皆と一緒に生きたい、皆との時間を取り戻したい。

 分かってた筈なのに、覚悟だってちゃんとした筈なのに。

 何で、どうして……取り返しのつかなくなった今になって、こんな」

 

 

 リンクが生きた世は、神代を越えた数万年もの昔。

 トライフォースを守るための、夢をも見なかったほどの深い封印の眠りは、その膨大な時間の感覚を彼から奪い取っていた。

 彼からすれば、眠りについたのは、ゼルダ達と別れを交わしたのは、彼女達と共に生きていたのは、ついこの間のことに思えるのだ。

 もう会えない、もう帰れないという現実が今になって、とてつもない重量を伴ってのしかかってくる。

 ズボンに深い皺を寄らせ、それでもまだ押さえきれずに震えるリンクの手を、そっと優しく取る者がいた。

 

 

「………ジャンヌ?」

 

「お願いします、リンクさん。

 その嘆きを、その後悔を、どうか受け止めてあげてください。

 だってそれは、あなたがかの人達を、かの人達との日々を心から愛していた証。

 愛していたからこそ、それに報いられなかったことが哀しく、悔しいのです。

 あなたの愛した人達は、あなたが自分達に囚われ、未来を閉ざすことを望んでいましたか?」

 

「あり得ない」

 

 

 否定の言葉は、考えるよりも先に飛び出していた。

 全てを一人で背負うことにした決断を、そうするしかない現状を、当人を差し置いて嘆き、怒り、最後の最後まで必死になって反対していた彼女達が。

 長年に渡って心を縛っていた枷から解放されたことを、本当の意味で生きていくことが出来るであろうこれからを、喜びこそすれ嫌がるだなんて。

 ほんの僅かな可能性を考慮してしまうことすらも、彼女達への侮辱だと思った。

 その認識を新たにすると同時に、荒れ狂っていた内心が見る見るうちに静まり始めたのを感じる。

 過酷な現実を、弱く醜い自分を、受け入れた上で乗り越える。

 それこそが『勇気』であり、勇者たるリンクの、『俺』の真骨頂だった筈だ。

 リンクの手と体の強張りが解けたことを、もう大丈夫だということを察したジャンヌが、後は彼一人で向き合わせてあげるためにゆっくりと離れていく。

 

 

(今だってもの凄く哀しいけれど、後悔なんて尽きないけれど……それでも俺は大丈夫。

 ちゃんと笑って、ちゃんと楽しく生きていく。だから心配しないで)

 

 

 そんな心の声が聞こえそうなリンクの表情は、止まらない涙を伝わらせながらも本当に優しく、穏やかな微笑みで。

 彼はたった今、大きな壁を乗り越えた。

 それがひと目で分かる、まるで神聖な儀式かのように美しい光景を、一同は言葉なく見守る。

 ホッとした様子の立香や、若干涙ぐんでいるマシュ。

 そんな二人から少し距離を置いたところで、ジャンヌはなぜか、憂いを帯びた表情を僅かに伏せさせていた。

 




 第一特異点がまだ始まったばかりで、タイミングとしても中途半端ではありますが。
 次回からしばらくの間、外伝を投稿させていただきたいと思います。
 ここまで書いた時点で、やはりきちんと詰めておいた方がいいなと考えて書き始めた末代の勇者の物語。
 私なりの『ゼルダの伝説・最終章』が、当初の予定ではあらすじ程度で終わらせるつもりでいたのですが、予想外にネタが溢れてきてしまって。
 いっそのことちゃんと書こうと思い、ここしばらくはその執筆に集中していました。
 それでもなるべくはダイジェストで展開して、本編ほどのボリュームにはしないように、なるべく早く戻ってこれるようにと思いながら書いています。
 『彼』はこの物語の果てにカルデアへとやって来たのだということを、改めて認識して頂ければと思います。



 実は当作品には、本編では今後も絶対に出さないだろうし、本人がその事実を知ることも恐らくは無いであろうと思われる、とある裏設定が存在しています。
 今後読んでいくことに関しては何も影響は無いし、現状が色々とひっくり返ると思いますが。
 それでも構わないし、文句も言わないという方は、以下の余白を反転(スマホの方はメモ帳にコピペ)してみて下さい。



 実は彼は『リンクに成ったプレイヤー』ではなく、『トライフォースとそれにまつわる因縁が楔となり、本当ならばとっくに終わっていた筈、死にかけを無理やり引きずり起こして強引に先延ばしさせてしまっている、これ以上続けさせても良いことは無いのが現状となってしまっているハイリアの時代を、争いの運命を終わらせる為に、「知ってさえいれば彼ならばきっと成し遂げてくれる」という某女神からの重すぎる期待と信頼を以って、プレイヤー視点の知識と記憶を与えられて生まれた正真正銘の勇者リンク』なのです。
 


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惨劇の街





 

 今は一人でいたいであろうリンクをそっとしておいてあげながら、少し離れた所で『魔女』と呼ばれているもう一人のジャンヌについての情報と見識を交換し合った三人は、それを次の日、次の町へと向かう道中でリンクとも共有した。

 あれだけの混乱と嘆きをたった一晩で、見た目だけでも落ち着かせて、目の前の問題に冷静に対処を続けるリンクが、頼りになると同時に心配にもなってしまう。

 

 

(……リンクさん、本当はまだ辛いんでしょうね)

 

(でも今は、リンクを頼りにするしかない。

 俺は碌なことが出来ない素人魔術師だし、マシュも戦闘にはまだ躊躇いがあるし、ジャンヌは弱体化しているらしい上に魔女云々で精神的に迷いがあるし。

 冗談でなく、この一行のまとまりは、この作戦が成功するかどうかはリンクにかかっている)

 

 

 他に出来る者がいなかった。

 本当にそれだけの理由で人理修復に臨むことになってしまった自分達が、最初に出会えたのがリンクだったことが、本当に幸運だったと思えてしまう。

 その幸運が『リンクにとっては』どうだったのかを、断言しきれないのが辛いところだが。

 見守っているだけではいけない、恐れているばかりではいけないと、立香とマシュは気持ちを新たにする。

 それを実践しなければならない機会は、すぐに訪れた。

 オルレアン近郊で詳細な情報を得ようという目的で目指していた次の町、ラ・シャリテに近づいたところでナビゲーターのロマニがサーヴァント反応を計測し、その方向に、町が戦火に燃える光景を目の当たりにしてしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全力で駆けつけたものの既に遅く、町は既に住民全ての命が奪われ、建物の残骸が残るのみとなってしまっていた。

 痛ましいリビングデッドを、少し前まで人だったものを貪るワイバーンを。

 自身の身に纏わりつくものを、心の淀みを振り払うかのように掃討したジャンヌが、肩で荒い息を吐きながら立ち尽くす。

 剣を鞘にしまい、惨状に落ち込むマシュと彼女を励ます立香が合流してくるのを横目で確認したリンクは、そんなジャンヌへと声をかけた。

 

 

「ジャンヌ、大丈夫か?」

 

「……これをやったのは、恐らく『私』なのでしょうね」

 

「状況からして、そう考えるのが自然だろう」

 

「リンクさん、まだそうと決まった訳では…っ!」

 

「ありがとうマシュさん、でもいいのです。

 私にはわかります、リンクさんの言う通りだという確信があります」

 

「しかし、ジャンヌさん……」

 

「……マシュ、お前は本当にそう思っているのか?」

 

「え?」

 

「この光景が魔女のジャンヌの仕業とは違うかもしれないって、これまでに集めた情報や立てた方針を丸ごとひっくり返すようなことを、本当の本気で思っていたのか?」

 

「そ、それは……」

 

「一時の気休め、誤魔化しで問題を先延ばしするよりも、早いうちに現実を見据えて、覚悟を決めた方がいい場合だってある。

 マシュの気配りが悪いとは言わない。ジャンヌを気遣ってそんなことを言った気持ちそのものは決して悪いものじゃない。

 ただ単に、この状況には合わなかったってだけだ。

 これからの経験で、その辺りを判断できるようになればいい。

 

 それとジャンヌ、あんたの発言にもひとつ訂正を入れておく。

 例え大元が同一だったとしても、別れた時点でそれは既に別物。

 同じだと思わない、思いたくもないのなら『私』なんて呼び方をする必要は無いし、別人がやったことに自分を重ねて責任を感じることなんて無いんだからな」

 

「………はい、ありがとうございます」

 

 

 『惨劇は魔女のジャンヌの仕業』という現実に、『別れた時点で別人なのだからジャンヌが責任を感じる筋合いは無い』という新たな現実を重ねることで、自身の気休めよりもよほど確実にジャンヌを励ましてみせた。

 単に理屈を述べるだけでなく、それを早速実証してみせたリンクに、マシュは落ち込んでいたことも忘れて感心した。

 短絡的に甘やかすことではなく、冷静に現実を見据えて明らかにすることの方が時に救いとなるのだと、またひとつ世界を知ったデミ・サーヴァント。

 彼女の前でリンクは更に、大胆に『現実』へと踏み込んでいった。

 

 

「この状況で、少しきつい問いかけになりそうだけど……それでも、必要だと思ったから敢えて聞く。

 欠片でいい、ほんの僅かな心当たりでいい。

 あり得る一面を抽出し、それのみでもって一己の存在として確立させるのがサーヴァントなのだとしたら、可能性があるだけで十分だ。

 ジャンヌ……あんたの中に、これだけのことを為してしまうような怒り、憎しみの種は存在するのか?」

 

 

 彼女と魔女は別人だと断言し、励ましたその口で以って、あまりにも残酷な可能性について問いかけるリンクに。

 ジャンヌは僅かに伏せた顔で、ゆっくりと首を横に振る仕草で以って答えた。

 

 

「いいえ、ありません。

 憎んでなど、恨んでなど、本当に無い筈なのに。

 どれ程人を憎めばこんなことが出来てしまえるのかと、心から疑問に思っているのに。

 それでも魔女は確かに存在し、人々を苦しめている。

 一体、どうしてこんなことに……」

 

「……あのさ、ジャンヌ。

 実行に移すのは問題だけど、怒ったり、憎んだりすること自体は、そんなに悪いことじゃないと思うんだ。

 特にジャンヌは、酷い裏切りに遭った訳だし……聖女と名高いジャンヌの中にそんな気持ちがあったって、おかしくなんかないよ」

 

「違うのです、立香さん。

 私は聖女などではありませんし、意地や見栄を張ってもいません。

 本当に……私は、憎悪など抱いてはいないのです。

 ………その筈なのです」

 

 

 ジャンヌを励まそうとした立香だったけれど、思うようにいかなかった上に、どうやら更なる苦悶を煽ってしまったらしい。

 一旦話を終わらせて落ち着かせようとしたのと、通信の向こうでロマニが焦りに上擦った声を上げたのは、ほぼ同じタイミングでのことだった。

 幾つものサーヴァント反応が反転し、凄い速さでこの場所へと向かっているという状況が伝えられ、撤退を促す焦りながらも懸命な管制室の判断と指示に、現場の声は逆らった。

 

 

「逃げません、せめて真意を問い質さなければ……っ!」

 

「ジャンヌに同感、当人から聞き出せる情報に勝るものは無い」

 

《リンク君、君まで!!》

 

「情報が少なすぎて、動くに動けないのが紛れもない現状なんだ。

 ここは、多少無茶してでも踏み込まないと」

 

《ああ、もう間に合わない…っ!!》

 

「マシュ、立香を守れ!!」

 

 

 その言葉に咄嗟に反応し、立香の正面で盾を構えたマシュと、悲痛な表情で前を見据えるジャンヌ、冷静に剣を抜いて構えたリンク。

 彼らの目の前に、飛竜の背に乗って現れた、五人の人影が降り立った。

 







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二人のジャンヌ





 

 それは、現実感を見失うような光景だった。

 怪物と堕ちても尚失われない高貴な振る舞いと、もはやその存在に染みてしまった血の匂いを併せ持つ男女。

 男性とも女性とも判別し難い麗しい容姿に、細剣を携えた騎士。

 祭事服に魅力的な肢体を包んだ、杖を携える聖女。

 そして、狂気に瞳を濁らせた彼ら彼女らを従える、剣と旗を携えた黒の少女。

 彼女こそが、現状を異様なものへと変えていた。

 

 あちらは銀と黒、こちらは金と白。

 色白を通り越して病的にすら思えてしまいそうな程に薄い色の肌や、掲げる旗の紋章の違いなど、細かい差異を見つけることは容易かったけれど。

 顔立ちや体つき、それが『その人』だと一目で認識させる大きな要素が合致する。

 説明のし辛いその感覚こそが、同じ顔で向かい合う二人の少女が、元は同じ一人であったことを否応もなく納得させた。

 この状況が夢でも幻でも錯覚でもなく、二人の同一人物が目の前に、確かに共に存在しているのだということを、実感として認識できる時はすぐに訪れた。

 茫然と立ち尽くすままの白いジャンヌを、冷たく見据えていた黒いジャンヌの口元が徐々に歪み、三日月のような薄ら寒い笑みを形作ったから。

 

 

「……なんて、こと。

 まさか、まさかこんなことが起こるなんて。

 ねえお願い、誰か私の頭に水をかけてちょうだい。

 まずいの、やばいの、本気でおかしくなりそうなの。

 だってそれくらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!!」

 

「あなたは……あなたは、誰ですか!?」

 

 

 慈愛の笑みを侮蔑の嘲笑へと変えて、もう一人の自分の矮小さを、あんな小娘に縋らなければならなかったフランスという国の無様さを、ひたすらに嗤い続ける。

 そんな彼女の姿を前にジャンヌは思わず、分かっていた筈なのに、覚悟していた筈なのに、耐え切れずにそんな声を上げてしまった。

 あれが自分だなんて、あれが自分のどこかにあったものかもしれないだなんて、どうしても思えなかったから。

 そんな、冷静さを失いかけてしまっていたジャンヌを制し、代わりに前へと出た者がいた。

 

 

「リンクさん……」

 

「下がっていて、ジャンヌ」

 

 

 傷つき、憔悴する聖女を庇い、強大な敵と相対する美しい少年騎士。

 意図して作り出したかのように、あまりにも絵になりすぎるその光景は、狂ったサーヴァント達の琴線をも刺激した。

 騎士や聖女は無意識に感嘆の吐息を零し、吸血鬼達は極上の獲物の予感に喉を鳴らした。

 急な昂りを堪える配下達とは逆に、折角楽しく嘲笑っていたところで一気に調子を落とされた黒いジャンヌが、腹立たしげに舌を打つ。

 

 

「はあっ、何それ?

 さっすがお綺麗な聖女様は違いますねえ、何も言わずに守ってくれる騎士様が黙っているだけで寄って来るだなんて」

 

「どいて下さいリンクさん、これは私の問題です!!」

 

「当事者だからだめなんだ、冷静な判断と対応がどうしても出来なくなる。

 言いたいように言わせておけばいい、何でもいいから蔑みたいだけなんだから」

 

 

 ガン無視で、しかもごく自然な流れで『その程度』扱いされた黒いジャンヌの額に盛大な青筋が浮かんだのに、マシュの盾の裏から必死になって状況を覗き見ていた立香は気付いてしまった。

 ギリッと噛み締めた歯を鳴らし、旗の柄を握る手をそのままへし折りかねないような勢いで震わせながら、それだけで殺せてしまいそうな眼差しで睨み付けてくる黒いジャンヌ。

 そんな彼女に、内心でどう思っているのかはともかく、思わず視線を向けたり熱のこもった殺気に狼狽えてしまうような真似は一切窺わせない。

 例え見せかけだとしても無関心を貫いてみせるその様は、思わず自殺志願者かと疑ってしまう程に、効率的かつ的確に魔女の精神を煽り立てていた。

 

 

「では改めて……初めまして、ジャンヌ・ダルク。

 俺のことは、リンクと呼んでくれ」

 

「リンク……あの大層な伝説の、お偉い勇者サマの名前ね。

 そんなものをわざわざ名乗るだなんて、自分の顔と実力によほどの自信があるのか、それともただ単に馬鹿なのか。

 その余裕そうな表情が、心の底から腹立たしいわ」

 

「だったら聞かせてくれないか?

 あんたは一体どんな理由で、何のために、こんな趣味の悪い憂さ晴らしに興じているのか」

 

「憂さっ……私の復讐が憂さ晴らしですって!?」

 

「それ以外の何だと言うんだ?

 悪意を以って裏切った者、貶めた者……明確な対象にのみ、その憎しみを向けて終わらせたならばまだしも。

 関係も面識もない人達にまで無差別に、感情に任せて当たり散らしている時点で、あんたの復讐に正当性は無い。

 規模が大きすぎて大層なことに見えているだけの、ただの子供の八つ当たりだよ」

 

「貴様ぁっ!!」

 

 

 元より堪える気の無かった黒いジャンヌの激情が、最後の一押しをされたことで爆発した。

 膨大な魔力を炎として無差別にまき散らし、遠いカルデアのオペレーションルームにまで被害を及ぼさせながら、衝動のままに声を張り上げる。

 

 

「バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン、そいつを片づけなさい!!

 残り滓の聖女などいつでも始末できる、まずはそこの不愉快極まりないエセ勇者を惨たらしく消し去るのです!!」

 

「よろしい。

 例え名ばかりであろうとも勇者を狩るとは、怪物冥利に尽きるというもの」

 

「私は基本、男は眼中にないのだけれど……まあいいわ、あれだけ美しい若者は処女であろうとそうはいない。

 この際男だろうと構わない、肉を裂いて血を浴びると致しましょう」

 

《ヤバいヤバい本気で怒らせた、何か凄そうなサーヴァントを二体もけしかけられた!!

 リンク君、冷静になれないって理由でジャンヌを引かせた君が何をやってるの!?》

 

「俺は冷静だし、ちゃんと狙い通りだよ。

 敵の強さ、戦い方、正体……それらを最も正確に、的確に調べる方法は、実際に戦ってみるのが一番だからな。

 少なくとも今この場で、造りだけはジャンヌに似ているあの顔に、最低でも一発は叩き込んでやる」

 

 

 一見落ち着いているかのように思えながらも、異様な迫力が込められているその声に。

 自身を獲物として品定めする二人のサーヴァントをよそに、黒いジャンヌのみを真っ直ぐに見据える眼差しに込められた、静かに滾る激情に。

 どんな惨状を前にしても冷静に、落ち着いて自分達を先導してくれていたかのように見えていた彼が、実は密かに怒っていたのだということに、立香達はようやく気がついた。

 







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VS ヴラド三世





 立香やロマニ達の危惧と、あからさまに高揚していた戦闘前の様子とは裏腹に、二体のサーヴァントは個別の戦いを挑んできた。

 余裕の表れか、ただ単に遊んでいるだけか、自分達に連携など不可能だということを自覚した上での戦術の一環なのか。

 何にしてもそれは、カルデア側にとっての好機だった。

 

 

「リンクさん、私も…っ!」

 

「マシュ、お前は動くな!!」

 

 

 駆けつけようとしたその足を一喝で止められ、足手まといと思われているのかと考えて頭の中が白くなってしまったマシュだったけれど、リンクの言葉には続きがあった。

 

 

「目の前の敵を倒すことだけに囚われるな、盾兵としての戦い方を意識しろ!!

 その速さと引き換えにした重厚さは腰を据えて守り、待ち構え、持ち堪える為のものだ!!」

 

「仲間に助言をしながらとは……随分と余裕だな、勇者よ」

 

「ぐっ…!」

 

「リンクさん!!」

 

 

 見せてしまった僅かな隙を逃さず、繰り出された槍がリンクの身を掠める。

 仕留めるのではなく、嬲り、甚振り、少しでも長く痛めつけることを目的としている。

 じわりじわりと侵食してくるかのような攻撃に、堪らず膝をついてしまったその瞬間を好機とみなしたその穂先が、例え直撃を受けたとしてもすぐには死ねない個所を目がけて放たれ……頑強な金属音と共に弾かれた。

 体勢が崩された上に、予想外の抵抗を受けたことに対する驚愕でほんの一瞬思考が止まってしまったランサーを、渾身の刃が切りつける。

 肩口から体の前面を盛大に袈裟切りにしたというのに、僅かに血が噴くくらいの傷しかつけられなかったことに、不満気に舌を鳴らすリンク。

 自分が大変なことを成したとは到底思えていないその様子を前にした、彼以外の全員が、唖然と言葉を失っていた。

 

 

「リ、リンクさん……」

 

「見てたろ、マシュ。

 お前のそれほど立派でなくても、使い方次第で、戦況をいくらでも動かせる力が盾にはあるんだ」

 

 

 そう言いながら振り返ったリンクが見せた、剣を持つのとは反対側の腕には、たった一瞬の攻防でどれだけ凄まじい衝撃が加わったのかを一目で物語る、金属板が大きく歪んで二度と使い物にはなりそうにない、何の変哲もないただの一般兵の盾が備え付けられていた。

 今や残骸と化してしまった町を懸命に守ろうとした、名も知れぬ兵士の持ち物だったのであろう。

 それでただ身を守るのではなく、放たれる攻撃を待ち構え、受け止める瞬間に突き出すことで跳ね返し、攻勢に転ずる絶好の機会を生み出した。

 一連の流れは正しく、リンクが先程マシュに助言していた、盾を用いた戦い方の実践そのもの。

 甚振るために敢えて手を抜いていたとは言え、それでもよりによって自分との攻防の中で、仲間に戦い方の手本を披露するような余裕を見せつけられた。

 プライドを盛大に傷つけられ、凄まじい表情で歯噛みするランサーに、アサシンの嘲笑が追い打ちをかける。

 

 

「『悪魔(ドラクル)』と恐れられた吸血鬼ともあろうものが、随分と情けないこと。

 お遊びにも程がありましてよ」

 

「黙れ、人前で我が真名を口にするな。

 あの小僧といい貴様といい、実に不愉快極まりない」

 

「良いではありませんか。

 我ら反英雄はその名を知らしめ、人を恐れ慄かせてこそ本分でしょうに」

 

「怯え、惑う様を楽しむがあまりに手を抜かり、逃げ延びてしまった者の手で破滅させられたのは貴様の方だろうに。

 エリザベート・バートリー……否、カーミラ。

 無残にして、何とも滑稽な最期だったな」

 

「……無粋な方ね、これだから根が武人な殿方は。

 吸血鬼に堕ちていながら、高潔な精神に縋るなんて」

 

 

 本気で殺し合いを始めかねない程の殺気を纏いながら睨み合う二人の怪物が交わすやり取りに、最後の大戦果を以ってひしゃげてしまった盾を捨て、改めて剣を構え直したリンクが、声だけのロマニへと問いかける。

 

 

「ドクター、今のやり取りからあいつらの正体はわかる?」

 

《男の方はヴラド三世、通称『串刺し公』!!

 圧倒的な戦力差で以って攻め入ってきた敵国の兵士達へと、捕虜の串刺し死体が地を埋め尽くす地獄のような光景を見せつけることで戦意を喪失させ、それによって国を守りつつも、あまりにも凄まじい逸話によって悪魔と恐れられた救国の英雄!!

 

 女の方はエリザベート・バートリー、ヴラド三世の発言を考慮するならばその真名はカーミラ、通称は『血の伯爵夫人』!!

 老いによって美貌が衰えるのを恐れた彼女は少女の血に若返りの効力があると信じ、自身の領地に住まう少女達を数百人に渡って拷問、搾り取った血を浴びたと伝えられている!!

 

 人の生き血を求める恐ろしい怪物、吸血鬼……二人とも、そのイメージ像の原点となった怪物達だ!!》

 

「……成る程、凄まじい奴らだな」

 

《わかってくれたのかい、なら一刻も早く撤退の用意を》

 

「ありがとうドクター、おかげで戦い方の方針を定められた」

 

《まだわかってなかった、僕ちゃんと説明したよねえ!?

 骸骨兵や飛竜を圧倒した君が強いのはもうわかっている、だけどサーヴァントを相手にするのは流石に無茶だよ!!

 さっきの攻撃だって思いっきり入ったのに大した痛手にはなっていなかった、むしろ怒らせただけだったじゃないか!!》

 

「現状で倒しきれるとは俺も思っていないし、その気もない。

 これはあくまで威力偵察……そのついでに、高く伸びた鼻っ柱を根元からへし折って、一発ぎゃふんと言わせてやりたいだけだ」

 

《お願いだよリンク君怒りを収めて、どうか冷静になって!!》

 

「何度も言ってる、俺は冷静だよ」

 

 

 リンクはそう言って笑いながら、独特の荒い金属音を立てながら放たれてきた鎖を剣で打ち払う。

 その動きに、想定よりも早く限界が訪れた。

 引き攣り、引っ張られる感覚を感じて振り返ってみれば、完全に払い切ったとばかり思っていた鎖が、剣を握る自身の利き腕をガッチリと絡めている光景を目にしてしまった。

 

 

「捕らえたわ……お生憎ねえ、勇者様。

 拷問器具の扱いと、心地よい悲鳴を奏でさせることに関しては、私の右に出る者はいないと自負しているの。

 せいぜい絶望を謳ってちょうだい、その嘆きと血を余さず糧としてあげる」

 

 

 仮面越しの瞳を妖しく光らせながら、サーヴァントと、化け物となったことで身につけた膂力で以って獲物を捕まえた鎖を一気に引く。

 リンクはそれに逆らわず、むしろ自ら乗る形で地を蹴った。

 思惑通りならば、寸分違わず飛び込んでいたであろう地点に宝具を展開させていたカーミラは、自身の想定を超えた速さで、宝具を越えて我が身へと迫らんとする勢いで飛んでくるリンクに驚き。

 ほんの僅か、彼に対しては決して許してはいけなかった一瞬を、硬直したまま迎えてしまった。

 







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VS カーミラ





 

 マシュの盾の裏側から、画面の向こうのオペレーションルームから。

 とある共通の知識を有しながら戦況を見守っていた立香とエミヤは、その光景を、その時を知らない者達を相手に後にこう説明していた。

 「あれは正しくライダーキックだった」と。

 

 見事な体幹とバランス感覚で以って、空中で体を捻りつつ体勢を整えたリンクは、真っ直ぐ突き出した片足に落下の勢いを上乗せさせた全体重を込め、狙い通りの場所へと見事にぶちかました。

 カーミラの、少女を殺して血を浴びてでも美貌を保ちたいと願った女吸血鬼の素顔へと、仮面を粉砕させてもなお衰えることのなかった威力と勢いをそのままに。

 

 靴の裏を味わわされながら吹っ飛び、瓦礫の山へと轟音と共に頭から突っ込んだカーミラと。

 突撃の勢いを全て彼女の顔面に注ぎ込むことで、自身は危なげなく、何食わぬ顔で綺麗にあっさりと着地を決めたリンク。

 始めに想定したものとはあまりにもかけ離れすぎている形の激戦に、光景に、居合わせた者達は敵味方の区別も誰一人の例外もなく、呆気に取られて立ち尽くす羽目になった。

 

 何とも言えない沈黙が、瓦礫が崩れる音と、その中から身を起こしてきたカーミラの動きによって遮られる。

 美しさを誇る女性が、よりにもよって顔を蹴り飛ばされたなどと……とんでもない屈辱を味わわされた彼女が怒り狂うことを、形振り構わない攻撃をしかけてくることを想定して戦闘態勢を取ったマシュとジャンヌだったが、その気概は直後にへし折られた。

 

 

「う、ううっ……ひぐっ、うう、えぅ……………」

 

 

 粉砕した仮面の下から現れた、平常ならば女吸血鬼の代名詞たるに相応しい冷徹な美貌を湛えていた筈の顔が、瞳が、痛みと恐怖と屈辱に混乱しながら、若干歪んで血を滴らせてしまっている鼻を懸命に押さえながら、蹂躙された少女のように弱々しくしゃくりあげていたのだから。

 

 

「嘘よ、嘘、ありえない……何てことをするの。この私の、伯爵夫人たる私の、よりにもよって顔をこんなグギャッ!?」

 

《リンク君ーーーっ!!?》

 

 

 敵どころか味方にすらどん引かれてしまっていることを、気付いていない筈が無いのにそれでも構わず、リンクはカーミラの鼻筋へと追撃の爪先をめり込ませた。

 手の甲だけでは守り切れず、完全に潰されてしまった鼻から滝のような血が滴り落ちる。

 自慢の顔立ちを構成するパーツを笑顔で、一切の躊躇いもなく粉砕してのけた。

 勇者と同じ名を持っている筈の目の前の少年が、カーミラには吸血鬼すら目じゃない化け物に見えていた。

 

 

「ひいいぃぃ……っ!!」

 

「やっぱり、思った通りだ。

 あんたは弱い者、逃げる者、抵抗できない者を痛めつけたことはあっても、自分が痛めつけられたことは無いし、直接的かつ原始的な暴力に対する精神的な耐性や心構えを欠片も持ち合わせていない」

 

《そ、そうか……カーミラと共に少女達を拷問、虐殺していた配下の者達は尽くが残酷な刑に処されたけど、主犯格である筈のカーミラはそれを免れている!!

 貴族だったから、紛れもない高貴な女性だったから、誰も彼女を傷つけられなかった!!

 死刑判決だって直接ではなく、出入り口も窓も潰した居城の自室に死ぬまで閉じ込められるという形で執行された!!

 リンク君の言う通り……彼女は確かに吸血鬼という怪物ではあるけれど、その根底は伯爵夫人!!

 強者が弱者を一方的に蹂躙、搾取するだけのものとは違う、高貴な存在への敬意やら遠慮やらが時に消え失せ、時に泥沼の乱戦とも化すような実戦に、彼女は基本向いていないんだ!!》

 

「俺も聞いたことがある、Sは自分が痛めつけられる側になると打たれ弱いガラスの剣だって!!」

 

「…………センパイ、そのような偏った知識を一体どこで得られたのですか?

 個人の趣味嗜好は、基本尊重すべきだと認識しておりますが、それは流石にどうかと……」

 

「いやいやいや違うよ、そんな変なものじゃないから!!

 マンガ読んだだけだから、だからマシュそんな目で見るのやめて!?」

 

《と、とにかく……これはもしかしたら、本当に行けるかもしれない!!》

 

「しかしドクター、王であると共に武人でもあるヴラド三世相手にはその理屈は通じません!

 状況を楽観するには早すぎると思われるかと!」

 

「…………マシュ、あそこ、あれ見て」

 

「……………………………」

 

「串刺し公が絶句しています!?」

 

《彼は確かに戦場を知る武人だけど、それ以前に、女性を尊ぶ意識を嗜みとして身につけている王侯貴族だからね。

 殺すことに躊躇いは無いだろうけど、顔は傷つけないとか、遺体を辱しめないとか、そういう高潔さと敬意は持ち得ていると思う。

 そういう人にとって、高貴な女性を、それも完全に戦意を喪失して泣きじゃくっている女性を、それでも構わずに叩きのめす行為や光景は、理解の範疇外だったとしてもおかしくないものだと思うよ》

 







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屈辱の撤退





 

 彼女にとって暴力とは、蹂躙とは、拷問とは、美しく洗練されたものだった。

 痛めつけ、苦しませ、それでも殺しはしないギリギリの境界を突き詰めて設計開発された拷問器具ほど、美しさと機能性を兼ねそなえた芸術品は無いと思っていた。

 暴力とはそういった道具を用いて行われるものだという認識があったし、芸術品を用いるからにはそれに相応しい美しさがあって然るべきという拘りさえあった。

 そういった矜持に、拘りに掠りもしない、道具という人の叡智の結晶を一切使わない原初の武器が、野蛮極まりない拳や足の一撃がその身に叩き込まれる度に、カーミラの化け物としての自負にヒビが入り、脆く崩れ落ちていく。

 

 霊核を捉える技を心得ていない生身での攻撃は、サーヴァントであるカーミラにとっては本来ならば大した効果を発揮するようなものではなかった筈であり、リンクもそれは十分に承知している。

 彼が攻撃しているのは、カーミラの体ではなく心の方だった。

 二度と歯向かわないように、二度と人を傷つけようなどと思わないように、自身に相対しただけでその芯がボッキリと折れてしまうように。

 何度も何度も、念には念を入れて、体や心どころか魂の奥深くにまで叩き込み、刻み込もうとしているかのような情け容赦のない猛攻を。

 只でさえ薄かったのに更に血の気が失せてしまった顔色で、常に我が身を焼いていた筈の復讐の熱を一時とは言え忘れさせるような怖気を背筋に走らせながら、黒いジャンヌがドン引き状態で見ていた。

 

 

「…………違う、絶対に違う。

 あいつは断じて、勇者サマなんかじゃないわ」

 

「ええ、その通りね。

 明らかな弱点や弱者を敢えて、泣こうが喚こうがとことん狙い、無慈悲に叩きのめすことで相手側の戦意をどん底まで喪失させる。

 圧倒的な戦力差をも覆す可能性を秘めながら、繰り出す方にとっても精神的にきついという理由で使いこなせる者が少ない、この私でさえよほどの相手でなければ使用を躊躇ってしまう。

 そんな、『52の喧嘩殺法』の中でも特に容赦なく、特に実践的なそれを、あんなにも自然な流れで使いこなしてしまうだなんて。

 お綺麗なシャバ憎かと思ったらとんでもない、大したタマじゃないの」

 

「バーサーク・ライダー、あなたはあなたで何を言っているのですか!?」

 

 

 くそ真面目な表情でとんでもない発言を口にした聖女に、狂化させたせいだとは思いつつも我慢できずに盛大にツッコんでしまった黒いジャンヌは、その為に思わず逸らしてしまった顔を、本当ならばもうこれ以上見たくない惨劇の舞台へと、嫌々ながらも戻し。

 その視線が、いつの間にか自身へと向けられていた青い瞳の眼差しとバッチリ合ってしまったことで、全身が竦み上がってしまった。

 体中を、特に自慢の顔を重点的にボコボコにされ、高貴な女性として、化け物としての自負とプライドを根底からへし折られ。

 もはや戦うどころか立ち上がる気力すら失せてしまい、蹲ったまま力なくしゃくり上げることしか出来なくなってしまったカーミラは、もはや彼の眼中には無い。

 ここまで来れば、ここまでされれば嫌でも、馬鹿でもわかる。

 彼は怒っている、怒り狂っている、自分が作り上げた惨劇に対して……自分に対して。

 

 

(あいつは……あのエセ勇者は、さっき何て言っていた!?)

 

 

 

 

 

『少なくとも今この場で、造りだけはジャンヌに似ているあの顔に、最低でも一発は叩き込んでやる』

 

 

 

 

 

 確かに美しい造りをしていると、素直に認めるしかなかったカーミラの顔へと情け容赦なくぶちかまし、その整った鼻筋を潰した渾身の一発を正確に思い出してしまった黒いジャンヌの喉の奥から、絞り出すような悲鳴が零れた。

 ライダーの言葉通り、無慈悲な蹂躙を前に完全に戦意が喪失してしまっている黒いジャンヌへと助け船を出したのは、麗しいセイバーだった。

 

 

「カーミラだけでなく、ヴラド三世までもが戦意を喪失し、戦線が崩壊しています。

 ここは一旦退却し、改めて体勢を整えるべきだと思うのですが、いかがでしょう」

 

「そっ……そうね、その通りです!!

 これは戦略的撤退というやつよ、みっともなく恐れたり後れを取った訳では断じて無いんだから!!

 そこのエセ勇者、覚えていなさい!!

 あんたは殺す……絶対に、無残に、そこで突っ立ったまま結局何も出来なかった聖女様と一緒に、跡形もなく燃やしてやるんだから!!」

 

 

 本人がそうと自覚しているかどうかはわからないものの、明らかに敗者の捨て台詞としか思えない言葉を残しながら。

 呼び出した飛竜で吸血鬼二人を回収した黒いジャンヌは、ライダーやセイバーと共に自身も騎乗して、あっという間にその場から逃げ去ってしまった。

 彼女達が現れた当初の予想を、絶望をひっくり返し、魔女とそれに従えられたサーヴァント達を搦め手から攻めることで見事追い返してしまったリンクの下へと、驚愕と興奮に息を荒げる立香達が駆け寄ってくる。

 成し遂げてしまった快挙をよそに、彼自身は不満と物足りなさに声を荒げていた。

 

 

「ああっ、逃げられた!! まだ殴ってなかった、まだ鼻っ柱潰してなかったのに!! 物理的に!!」

 

《いや、もう勘弁してあげてよ!!》

 

「……まあいいか、関心の矛先を変えさせることには成功したみたいだし。

 見たところ、一度にひとつのことしか考えられないし、それに集中している間は他のことに気が及ばない直情型だ。

 あれだけ怖がらせてやれば、しばらくは町や村を襲うことはそっちのけになるだろう」

 

「リンク……お前、本当にちゃんと冷静だったんだな」

 

「当たり前だろ、何度も言ってたじゃないか」

 

「いくら恐ろしい吸血鬼だからって、泣いて怯えている女性を相手にあそこまで問答無用で殴れる奴の自称冷静を、素直に信じられるかよ……」

 

「力不足は事実、圧倒的不利が現実。

 そんな状況を覆すにはどうすればいいかを考えて、一番効果的だと思ったのを実行に移しただけなんだけどなあ」

 

「余計怖いし、性質が悪いわ」

 

「そりゃどうも」

 

 

 立香がリンクを責め、リンクもそれに反論をしているのかと思って焦ったマシュとジャンヌは、顔を見合わせて気の置けない応酬を続ける二人が、楽しげに笑っていることに気付いて肩を落とした。

 無事に……と言えるかどうかは分からないものの危機を脱し、和み始めた空気の中に、突如朗らかな笑い声と軽快に手を叩く音が響き出した。

 一同が咄嗟に警戒し、武器を手に取って振り返った先には、立ち振る舞いに決して見逃せない高貴さを纏わせ、それ以上に魅力的な笑みを零しながらはしゃぐ女性と、愉しくて堪らないという雰囲気で陽気に笑いながら、気に入った演目に喝采を送るかのように拍手を続ける男性が立っていた。

 

 

「いやあ面白かった、実に最高だった。

 格好よく割って入るタイミングを図っていたマリアには気の毒だけど、わざわざ骨を折らずに済んだし、僕にとっては上々な展開だったね」

 

「確かに、正義の味方の名乗りが出来なかったのは残念だけれど。

 一人の勇気ある少年が、絶望的な状況を見事乗り越えてみせた光景は、本当に素晴らしいものでした。

 まるであの『伝説』に語られる戦いが、すぐ目の前で繰り広げられていたかのよう!

 恋のときめきとは違う、熱く軽快な胸の高鳴り……これが痛快というものなのね、堪らないわ!」

 

「……あんた達は、サーヴァント?」

 

「私達の味方と考えても、よろしいのですか?」

 

「ええ、勿論よ!

 自己紹介をさせて頂くわね……私はマリー、フランス王妃マリー・アントワネット」

 

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトだ。

 一説によれば、どうやら偉大なる音楽魔術の使い手としても名が残っているみたいだけど……残念ながらこの僕は、ただの天才音楽家にすぎない。

 サーヴァントとしての戦闘能力に関しては、あまり期待しないでもらえるとありがたいね」

 

 

 人理修復のための第一段階、フランスを救うための旅路に、新たな仲間が加わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバい……あのエセ勇者、あいつはヤバすぎる。

 この際聖処女は後回しです、あんな奴はいつでも潰せる。

 何とかして、一刻も早く、早々に、あいつを始末してしまわないと。

 とりあえずは純粋な戦力の増強、帰還して新たなサーヴァントを追加召喚しましょう。

 他に出来ることと言えば……」

 

「ならば私が出ます、彼らの現在地や動向を突き止めて来ましょう。

 動きを把握しておけば、何が起ころうとも迅速に、的確な対応を取ることが出来るのでは?」

 

「……それもそうね。

 では行きなさい、バーサーク・ライダー。

 あなたの『馬』ならば、いかに得体の知れない奴であろうとも後れを取ることは無いでしょう」

 

「承知しました」

 




おまけ

第一特異点修復完了後、カルデアの召喚室にて。

「あら、これも運命というやつかしら。
 サーヴァント・アサシン、カーミラと呼びなさいぃいやあああああああああああっ!!?」

「あっ……」

 その後カルデアでは、勇者を恐れて逃げ回る女吸血鬼という至極当たり前な光景と、泣いて恐がる女吸血鬼に誠心誠意、平身低頭で謝る勇者という異様極まりない光景が、しばらくの間見受けられたという。



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立香の懸念





 

 どうにか危機を乗り越え、道連れが増えた一行は、霊脈を発見したというカルデアからのオペレーションを頼りに、ラ・シャリテから幾分か離れた場所にある森の中を探索した。

 そうして発見した霊脈は、光に寄せられる虫の如くに集まった魔物達で既に占拠されていて。

 王妃だというのにやる気満々なマリーを宥め、非戦闘員だと言い切って任せる気満々のアマデウスに軽く溜め息を吐きながら、剣を抜いて率先して飛び出したリンクに、立香とロマニは揃って肩を落としていた。

 

 

《サーヴァントが増えて、これでようやく、戦闘面を殆ど任せきりになってしまっていたリンク君を休ませてあげられると思ったんだけど……》

 

「まさか二人とも非戦闘タイプだったとは……アマデウスはともかくマリーはやる気あるみたいだけど、王妃様を前線に出し続ける訳にはいかないって当のリンクが断固拒否してたし」

 

《どうも彼は、宮仕え、もしくは高貴な人の側付きだった経験がありそうだね。

 マリー様を王妃と知って、咄嗟に膝を折ったあの動作は、とても手慣れたものだったよ》

 

「と言うことはリンクは、家族や友人だけでなく、仕えていた家や主人も失くしてしまったことに……」

 

《立香君、彼のプライベートに踏み込むのはやめよう。

 向こうだって色々と知りたいことはあるだろうに、それでもこちらの都合を気遣って、敢えて聞かないでくれているんだから》

 

「……そうですね」

 

「立香、ドクター、掃討完了!

 これからどうすればいい!?」

 

《ありがとうリンク君、あとはマシュと僕達に任せてもらえれば大丈夫!》

 

 

 そうして無事にサークル設置は完了し、所属のサーヴァントの一時召還を始めとした、カルデアからのサポートを受けられる体制が整った。

 これがそんなに重要な工程だったのなら、次からは真っ先にやっておいた方がいいと思うというリンクの冷静なツッコミに、一同は苦笑いで頷いた。

 実際に、リンクの助けがなければ切り抜けられなかった、もしくは手こずったり何らかの被害が出ていたことが否めない状況を経てきた彼らには、人材に恵まれることの重要さが既に身に染みている。

 今はまだ人理修復の素人集団でしかないカルデアに『今後』を意識させるための発言は、同時に、とある重大な事実に対しても考えさせられるものだった。

 

 

(『次』、か……)

 

 

 あまりにも馴染み、そしてあまりにも頼りになりすぎているせいで、つい忘れがちになってしまっているけれど。

リンクはサーヴァントでもカルデアのスタッフでもなく、このフランスでたまたま出会った現地の協力者なのだ。

 作戦が終了した後で共に帰ることは出来ないし、レイシフトでやってきたこの地からスカウトして連れて行くことだって出来やしない。

 彼との旅路に『次』は無い、それを考えると気持ちが落ち込むのを立香は自覚していた。

 

 

(流石に、そろそろ潮時なのかもしれない)

 

 

 協力してくれることはありがたいし、意地でも付いていくと言ってくれた彼の気持ちだって、本当に嬉しかった。

 彼のおかげで、味方のサーヴァントが増え、カルデアからのサポートを受けられるようになるまでを乗りきることが出来た。

 こうして体制が整ってきているからには、幾ら本人が了承してくれているとはいえ彼に頼り切る状況が続いてしまっていること、彼が居なければ動けなくなってしまいそうな現状を、見直してみるべきだという考えが立香の中で強くなってきている。

 これから先は、サーヴァントと交戦する機会だって増えていくことだろう。

 リンクがヴラド三世やカーミラとやりあえたのは、彼の強さが腕っぷしだけのものではなかったから、人とサーヴァントの間にある戦力差を戦術で以って覆して見せたからだ。

 戦術や駆け引きが通じない、圧倒的な力で叩き潰して来るような相手が、今後現れてしまったら。

 そんな時になってもまだ、彼が戦闘要員の筆頭として最前線に詰めているような状態が続いていたら。

 

 

(どこかで機会を見て、手遅れになる前に、ちゃんと別れるべきだよな……)

 

 

 立香が密かに、至極一般的な感覚を持つ者として苦悩していることに、気付く者はいなかった。

 







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音楽魔術





 

 完成したサークルを囲んで落ち着いた一行は、和やかな雰囲気で、自己紹介からの交流を始めていた。

 

 

「それでは、改めまして……私はマシュ・キリエライト。

 デミ・サーヴァントで、真名はわかっておりません。

 こちらは立香、私のマスターに当たります」

 

「よろしく、二人とも」

 

「ええ、こちらこそよろしくね。

 アマデウスも怠けていてはダメよ、ちゃんと頼りにしているのだから」

 

「わかっているよ、念を押すなあマリアは」

 

《それにしても驚いたなあ、まさかかのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがサーヴァントとして現界しているなんて。

 表の世界では天才音楽家として名を馳せていた彼が、実は優れた音楽魔術の使い手だったことは、魔術世界では有名な話なんだよ》

 

「うそっ、モーツァルトって魔術師だったの!?」

 

「あー……いや、それに関してなんだけどね。

 今ここにいる僕は、『魔術師』ではなくあくまで『音楽家』として現界している。

 だから、期待されているほどのことは出来そうにないというか……そもそも、僕は自分から魔術師なんて名乗ったことも無ければ、魔術師になったつもりも無いんだよね。

 ただ単に、音楽の魔術が持つ力というものに興味を持って軽い気持ちで手を出してみたら、そっちでも僕は天才だったというだけの話で」

 

《ええっ、それで当時の名門魔術師達を圧倒しちゃったわけ!?

 面目丸潰れもいいところだよ、魔術師こそが真の意味で音楽に通じているって自負している人は多いのに………ああ成る程、だからか》

 

「そういうこと。

 全くの門外漢に庭を荒らされるよりは、同胞の一人ということにしてしまった方が、プライド的にまだマシだったんだろう」

 

《それじゃあ、君の死因は実は病気なんかじゃなく、魔術勝負に負けて呪い殺されたからだって説は……》

 

「普通に病気で死んだよ、そういう勝負は一切受けないようにしていたし」

 

《な、何てことだ……魔術界隈の歴史ロマンのひとつが無残に消えた》

 

「というか、そもそも僕、魔術師っていう人種自体があまり好きじゃなかったからね。

 彼らの言い分なんて、僕から言わせれば的外れもいいところさ。

 音楽というのは降りてくるものだ。

 より高みに至ろうとするならば必要なものは才能と感性、何よりも他を顧みない一途さだよ。

 それのみを焦がれて、脇目も振らずに追いかけないと、良い音を捉えることなんて出来やしないのに。

 それを欠片も理解しようとせずに、あくまで根源とやらに至るための『手段』として、天上の音楽へと理屈と計算で辿り着こうだなんて……愚の骨頂もいいところさ。

 音楽魔術に関しては、僕が天才だったというよりは、周りが愚物すぎただけと断言させてもらう」

 

《うわあ、言うなあ……彼ほどの天才音楽家がここまで言い切るからには、紛れもない事実なんだろうけど。

 世の魔術師達が聞いたら何て思うことか、音楽魔術を代々追及している名門は多いってのに……》

 

「ねえマシュ、魔術師ってみんな音楽が好きなの?」

 

「好きというよりは、当たり前の教養という感じですね。

 かの時計塔でも『音楽科』は一大派閥のひとつで、専門としている人は多いです。

 例え専門外であったとしても、魔術師ならば、何らかの音楽を嗜んでいて然るべきという古くからの認識があります。

 実際私も、楽譜を読んで、簡単な演奏が出来る程度には心得ていますし」

 

《遥か古代ハイリアの時代から続く、由緒正しき魔術系統のひとつなんだよ。

 記録に残っている最古の使い手は、何たってあの勇者リンクだからね》

 

「うっ…ゲホッ、ゲホッ!!」

 

「うわっ、いきなりどうした!?」

 

「み、水が変なところに入った……」

 

《大丈夫かいリンク君、気をつけてね!》

 

(誰のせいだと……)

 

《えっと、どこまで話したかな……そうそう、勇者リンクが原初の音楽魔術の使い手だったってこと。

 彼が聖なる楽器を用いて奏でたという音楽は、ほんの僅かな短い旋律だけで、天候を変えたり、時すらも操ってしまうような凄まじい効力を発揮させたと『伝説』では伝えられている。

 それを目指して、もしくはあやかって、音楽に秘められた可能性を追究する魔術師は、いつの時代にもたくさんいたものさ》

 

「へ~え……じゃあもしかして、あの有名な音楽家が実は魔術師だった、なんてことは結構あるの?」

 

「残念ながら、そんな例外は恐らく僕くらいだと思うよ。

 魔術は秘匿するものだと思っている魔術師連中は、折角作り上げた曲や楽器を人前で披露なんてせずに、ただの研究材料として自分達だけで消費していたり。

 酷いものだと、一度も演奏しないまま後生大事にしまいこんだりしていたからね」

 

「…………一般人の感覚から言わせると、それ、音楽の意味あんのって思っちゃうんだけど」

 

「そんな単純かつ当たり前のことに、ずうっっと気がつかないなんて。

 ほんと、魔術師連中ってどうしようもないよねえ」

 

 自身を魔術師では無いと断言しながらも、魔術の歴史には間違いなくその使い手として名を刻んだ者であり、疑いようもない天才でもある彼の辛辣な言い分に何事かを返せる魔術師は、生憎とその場には存在しなかった。

 




 この世界におけるアマデウスの☆は3です。
 『魔術効果のある音楽を紡いだり演奏したりする音楽家』ではなく、『魔術の媒介として音楽を使用する魔術師』としての自分を受け入れて現界が叶うことがあれば、4もしくは5にもなり得るのでしょうが。
 音楽家としての自分を何よりも誇りに思っている彼のことですから、よほどのことが無い限り、そういう意味でのアマデウスの本気を見ることはないと思われます。




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暗中の聖女





 

 王妃と聖女、歴史の転換期を迎えたフランスに人生を翻弄された二人の女性が、時代を越えた友好を育み。

 通常の聖杯戦争の装いと比較して、あまりにもかけ離れている現状への見解を話し合い。

 マリーやアマデウスのように、竜の魔女陣営への対抗策として召喚されたと推測されるサーヴァントが、他にも存在している可能性を導き出し。

 立香が言及した純粋な戦闘要員が不足している現状を考慮し、戦力の増強を目的に味方となってくれるサーヴァントを探すことを今後の第一目的と定めた、その日の夜。

 誰が意図した訳でもなく、ごく自然に、偶然に、仄かな焚き火を囲むひと時を共にすることとなった三人がいた。

 

 

「ねえねえ騎士さま、リンクさん。

 あなたも私達と一緒に、女子会トークをしませんこと?」

 

「申し訳ありませんが妃殿下、俺は『女子』ではありませんので」

 

「全く問題ありませんわ。

 貴方の美しさは、社交界の淑女ですら素直に負けを認めてしまいそうな程ですもの。

 少なくとも私は、貴方が私達の会話に加わって下さると言うのならば、大喜びで歓迎いたします」

 

「勘弁して下さい……」

 

 こうしてリンクは、僅かな抵抗も虚しく、結局は王妃と聖女の輪の中に引っ張り込まれることとなったのであった。

 面子に違和感を抱いていたのは当の本人だけで、傍から見れば違和感どころか存分に目の保養だったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!!

 リンクさんってば、15歳でしたの!?」

 

「(封印された時の年齢でいいのなら)そうですよ、そんなに意外ですか?

 見た目は、年相応だと思うんですけれど……」

 

「確かに、外見だけで判断するのならば、何もおかしいことはないのですが。

 その歳であの強さを身につけられたなんて……才能があっただけでなく、大変な努力も為されたのですね。

 15歳といえば、私は結婚こそしたものの、立場としてはまだまだ気楽なものでしたのに」

 

「私なんて、畑を駆け巡って遊んでいましたよ……」

 

「貴方をそこまで頑張らせたものが一体何であったのか、教えて頂くことは出来ませんか?」

 

 

 マリーのそんな問いかけに、リンクは一瞬目を丸くし、遠い何かに想いを馳せるような表情を浮かべた後。

 愛おしそうな、寂しそうな、不思議な笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「掛けがえのない出会いがあったんです、その人が俺を求めてくれた。

 あなたの力が必要だと言ってくれた、俺に出来ることがあると思わせてくれた。

 その人のために、出来る限りのことをしたいと思った……だから、頑張ることが出来たんです」

 

「……リンクさんにとって、何よりも大切な方でしたのね」

 

 

 笑いながら、静かに頷くことで応えたリンクに、マリーとジャンヌは微笑ましいような痛ましいような、何とも言えない複雑な心境を味わっていた。

 彼が、内心を発露したその場に居合わせていたジャンヌだけでなく、マリーもまた、帰る故郷や迎えてくれる人の全てを失くし、独りで放浪しているのだというリンクの現状を知っていた。

 知らないまま、無遠慮な発言をしてリンクを傷つけてしまうようなことにならないようにと、立香やマシュが密かに気を使ったからだ。

 そして恐らくリンク自身も、立香達が、マリーやアマデウスに自身の事情を話したことに気付いている。

 気にしたような素振りを全く窺わせないのは、仲間内の協調を崩さない為に必要なことだったと判断したためか、自分のことを思いやったが故のことであることを信じていたためか、もしくはその両方か。

 

 どんなことが起こっても、何を突き付けられても決して揺るがず、胸を張って凛と前を見据えながら、人理修復の旅路を支えるリンク。

 そんな彼の姿は、自分自身を信じることすら危うくなってしまっている今のジャンヌにとっては、目が潰れると思ってしまう程に眩かった。

 召喚時の不備によって本来あるべき能力が制限され、大切な国と人々を蹂躙され、更にはそれが自身の別側面の仕業であるとされ。

 理不尽な裁判からの火刑まで味わわされた生前でさえ、ここまででは無かったと思ってしまう程に、今のジャンヌは精神的に追い詰められていた。

 具体的に言うならば、ふと胸中に浮かんでしまった疑問を、いつもの自分だったら気にすることでは無いと一笑に伏していたはずのことを、我慢できずに口に出してしまう程に。

 

 

「…………ひとつだけ、尋ねさせて下さい。

 リンクさんは、彼女を……あの竜の魔女を、どう思いましたか?」

 

「ジャンヌ?」

 

「受けた仕打ちに対して怒ったり、憎んだりすること自体は悪いことでは無いと、立香さん達はそう言って下さいました。

 私を励まそうとして下さったのだということは、ちゃんとわかっています。

 それでも、だとしたら……何を思い出しても、記憶や心の中のどこを探しても。

 そういった激情の類いを、本当に、欠片も見つけだすことが出来ない私は、やはり歪な存在なのではないかと。

 怒り、憎むことが、人としての正常な在り様だと言うのならば……あの時彼女が言っていたように、死の間際に全てを呪った彼女こそが本物の『ジャンヌ』で、今ここにいる私こそが、在り得ないことはないほんの僅かな可能性の方だったのではないかと。

 ……そんなことを、考えずにはいられないのです」

 

 

 一度出し始めた言葉は、もはや止まらなかった。

 聞いていたリンクとマリーも、懺悔のようにも思えてしまうその言葉を、やめさせようとは思わなかった。

 

 

「あの時の……もうお会いできないというご家族やご友人を想い、嘆かれるリンクさんの姿を前にした時に、私は気付いてしまったのです。

 お転婆な私を愛してくれた両親や窘めてくれた兄達、懐かしい友人達、素朴ながらも幸せだった愛しい故郷で過ごす日々。

 それらを全て置いてきてしまった、もう二度と取り戻すことは叶わないというのに。

 裏切られ、火刑に処されたことへの憎しみだけでなく……その事を惜しみ、嘆く気持ちまでもが、私の中には存在しない。

 …………どうか教えて、答えてください。

 嘆き、後悔することが、愛していたことの証ならば……それすら出来ない、持ち得て当たり前だと皆が口にする想いを持たない私は、一体何なのですか?」

 

 

 胸の奥から込み上げるものに震え、上擦りながら、懸命に吐き出されたその声は。

 堪え切れずに零れ落ち、頬を伝って落ちた涙は。

 救国の聖処女などではなく、暗闇の中で不安に怯えながら立ち尽くす少女の、ただのジャンヌ・ダルクとしての、今の今まで必死になって堪えてきた想いの発露だった。

 『そんなことを気にするな』と、『お前が本物のジャンヌ・ダルクに決まっている』だなどと。

 そんな口先だけ、耳に心地よいだけのその場しのぎの言葉などはもはや通用しないことを、リンクとマリーは何を示されずとも察していた。

 

 何を言うべきなのか、何と言ってあげればいいのか。

 『それは違う』という紛れもない本心を、彼女の心に過たず届かせるためにはどんな言葉を用いれば良いのか。

 いくら考えても答えが見つからず、困り果ててしまった様子のマリーをよそに、リンクは一歩を踏み出した。

 小刻みに震えて、あまりにも弱々しいジャンヌの手をそっと取る。

 他でもない彼女自身が、あの時自分にそうしてくれたように。

 

 

「ジャンヌ……話をする前に、お前の考えをひとつだけ訂正しておく。

 俺は確かに、もうあの場所に帰れないこと、もう皆に会えないことを嘆いたし……皆ともっと話しておけば良かった、もっと向き合っておけば良かったと、後悔だってしたけれど。

 そんな結果に繋がってしまった道を選ばなければ良かった、行動をしなければ良かったとは、少しも思っていないんだ」

 

「………リンクさん?」

 

「落ち着いて、ゆっくりと考えてみてくれ。

 ただの村娘だったというジャンヌがフランスのために立ち上がったのは、多くの兵を導きながら戦ったのは、一体どうしてだったのか」

 

「それは、主の啓示を受けたから……」

 

「確かに、きっかけはそうだったかもしれない。

 よく思い出してほしい……きっかけを得て立ち上がった、お前の背を押したものは何だった?」

 

「………私は、主の、フランスのために。

 だけど、本当は……私が本当に守りたかったもの、旗を掲げた理由は…………」

 

 

 自身の手をそっと、優しく取るリンクの手を握り返す力を、自身の思考が進むごとに、少しずつ強くしていくジャンヌ。

 辛抱強くそれに向き合い、彼女が答えを得る瞬間をリンクは待っていたのだけれど。

 そんな大切な時間は不意に、不躾に破られることとなってしまった。

 

 

「リンクさん、ジャンヌ、気付いていますか?」

 

「……はい、すぐそこまで来ています」

 

 

 三者三様に揺らいでいた心がスッと凪ぎ、眼差しが、思考が研ぎ澄まされた、その時だった。

 野営地周辺の見回りに赴いていたマシュとフォウが、敵襲の報せと共に駆け戻ってきたのは。

 

 

「ああもう、何て間の悪い…っ!」

 

「ともあれ、今は切り換えないと」

 

「ジャンヌ!」

 

「はい…?」

 

「後でもう一度、ちゃんと話すからな!」

 

「………ええ、よろしくお願いします」

 

 

 答えはまだ出せていないし、状況は何も変わっていないのだけれど。

 あんなにも真剣に、真摯に向かい合ってくれる人が、自分の傍にはちゃんといてくれている。

 その事を実感して少しだけ安心した、幾分か気持ちを楽にすることが出来たジャンヌの顔には、本当に僅かながらも、確かな笑顔が取り戻されていた。

 







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聖女の試練





 

「こんにちは、皆様。

 寂しい夜ね」

 

 

 先行部隊として襲いかかってきた骸骨兵とワイバーン達を、もはや雑魚と言わんばかりに速攻で片づけた、その直後。

 骨の残骸と鱗付きの亡骸を踏み分けるように、清らかな祭事服を死の名残で汚すことも厭わずに現れたのは、竜の魔女の傍らに立つ姿を覚えている女性サーヴァントだった。

 穏やかな声、優しい笑顔、しかし瞳には隠せぬ狂気。

 咄嗟に、一同をその背に守れる位置に立って剣を構えたリンクの姿に、その歪な笑みはますます深く、満足げなものとなった。

 

 

「嬉しい誤算だったわ。

 あなたのような、色々な意味で強い人が、そちら側に着いてくれていたなんて」

 

「……どうやらあんたにとって、魔女の配下として人々を脅かしている現状は、好ましいものではないらしいな」

 

「当たり前です、私は聖女ですよ。

 そうあらんと懸命に己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走り。

 一国を滅ぼすためなんかに召喚した挙句に、狂化なんてふざけたものまで付属させてくるなんて。

 おかげで理性が消し飛んで狂暴化しているわ、今も衝動を抑えるのに割と必死です」

 

「つまり、暴れまわるのを我慢している今のうちに、さっさと止めを刺してくれと?」

 

「リンクさん、その言い様は…っ!?」

 

 

 魔女の配下と化している現状は、フランスの国土と国民の蹂躙は本意では無いという彼女の言い分に、味方が増えることを密かに期待していたマシュは、その穏便かつ前向きな選択肢を端っから考えていない様子のリンクに、思わず声を上げてしまった。

 その驚愕には、助けられるかもしれないものをその方法を探さないまま、探そうなどと考えもしないままに、あっさりと切り捨てられてしまった彼女を、思いやる気持ちもあったのだけれど。

 そんなマシュの気遣いは、無意味なものとなってしまった。

 満足げに、安心したように、狂化の及んでいない真の笑みを浮かべた、当の本人によって。

 

 

「ガチで覚悟決まってるわね、話が早くて助かるわ」

 

「あ、あなたは……本当に、それでいいんですか?」

 

「ありがとう盾のお嬢さん、あなたは優しい子ね。

 でもいいのよ、それが一番妥当で確実な選択。

 気を張ってなきゃ、あなた達を後ろから攻撃するサーヴァントが、味方になれる筈もないでしょう?

 私自身も、そんなことはしたくないわ。

 ……優しい良い子だからこそ、これだけは覚えておきなさい。

 明らかな不安要素を、獅子身中の虫を、何の対策も無いまま一時の甘さと希望的観測だけで引き入れるのは、断じて優しさなんかじゃない。

 何かを切り捨てることで傷ついてしまう、自分自身の心を守りたいがために、自分も仲間も危険に晒す……愚かで甘っちょろい行いだってことをね」

 

 

 優しくも厳しい言葉をマシュへとぶつけた聖女は、それによって昂った心のままに、空気を裂く強烈な唸り音を上げながら十字の杖を振りかぶった。

 

 

「先ほどの発言に、少しだけ訂正を加えます。

 生憎ながら、このまま黙って、無抵抗でただ倒されるつもりはありません。

 あなた達の前に立ちはだかるのは竜の魔女、究極の竜種に騎乗する災厄の結晶。

 私如きを乗り越えられなければ、彼女を打ち倒せる筈が無い」

 

 

 最初から心を決めているリンクに、哀しげに眉を顰めながらもしっかりと前を向くマリーと、面倒臭げにため息を付きながら指揮棒を手にしたアマデウス。

 そして、若干引けた腰と青白い顔色で、それでも気丈に少女達を励ます立香と、彼の献身によって何とか腹を括ることが出来たマシュとジャンヌ。

 一同の、体と心の準備が整ったことを見定めた聖女は、狂った殺意ではなく断固とした決意で以って声を張り上げた。

 

 

「私を倒しなさい!!

 躊躇なく、この胸に刃を突き立てなさい!!

 これは試練と心得よ、我が屍を乗り越えられるか見極めます!!

 我が真名はマルタ!!

 さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!!」

 

 

 自身の真名を明かし、宝具たる騎獣を呼んで掲げた彼女の杖が、膨大な魔力の放出によって輝きだす。

 『マルタ』とは何者で、『タラスク』とは何なのか。

 リンクと立香が、胸中で同時に抱いたその疑問は、わざわざ口に出して問うまでもなく答えられた。

 

 

《マルタ……聖女マルタか!?

 気をつけろ皆、彼女はかつて竜種を祈りだけで屈服させた聖女だ!!

 その彼女がサーヴァントと言うことは、つまり……》

 

 

 光の中から現れたのは主を遥かに上回る巨体、美しい聖女が従えるにはあまりにも武骨な怪物だった。

 獅子の顔と、鉄の鎧よりもよほど頑強そうな甲羅を身につけた、凶悪な亀の化け物を思わせるそれは、しかし決して亀などではない。

 

 

《彼女は、ドラゴン・ライダーだ!!》

 

 

 人々を苦しめる数多の怪物の中でも、最も高名で、最も強く恐ろしいとされているもの。

 竜の一種を従えて現れた彼女は、乗り越えるべき試練は、あまりにも強大な姿で立ちはだかっていた。

 







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総力戦開始





 

 戦闘開始の明確な合図が出るよりも、二つの金属がぶつかり合う轟音が響く方が先だった。

 カウントダウンだの、名乗りを上げてからの正々堂々だのというものは、それが必要かつ重要な時もあることを否定はしないけれど、今この時においては全くの無意味。

 先手必勝、これで決まれば御の字と言わんばかりに容赦なく切りかかったリンクの剣を、マルタは、そう来ることは分かっていたと言わんばかりの表情で受け止めた。

 

 両者の武器を構成する金属のみならず、骨や筋肉の軋む音までもが聞こえて来そうだった鍔迫り合いの均衡は、狂化属性の付与により素の筋力が大幅に増加されていたマルタが、聖女にあるまじき気合いの雄叫びと共に杖を振りぬいたことで崩れた。

 敢え無く吹っ飛ばされた体勢を空中で整え、何とか着地を決めることが出来たリンクを、今度はタラスクが吐いた炎が襲う。

 瞬時に飛びのいてその範囲から逃れたリンクは、そのまま下がるのではなく、むしろ向かっていくために地を蹴った。

 予想外の真正面からの突撃に流石の竜も面食らったのか、咄嗟に吐き出した炎に先程のような勢いは無く。

 顔を隠すフードの役割も果たしていたマントの肩口を掴み、眼前に迫った炎を一息で払いのけながら突っ込み、怪物の凶悪な面相へと向けて剣を振り上げる。

 

 正しく、神話の英雄譚の一幕かのような光景だった。

 英雄の手に握られていたのが、伝説の聖剣などではなく有り触れた兵士の剣に過ぎなくて、甲羅を避けてもなお強靭だった皮に敢え無く弾き返されてしまうまでは。

 決定打が無い状況でこれ以上粘るのは流石に悪手と思ったのか、残念そうに舌を打ちながらも素直に一旦戻ってきたリンクを、ロマニの驚愕のあまりに裏返った素っ頓狂な声が出迎えた。

 

 

《い、い……今惜しかった、武器が通じてさえいれば痛手を与えられていた!!

 リンク君、何で君の活躍が後世に残されていないの!?

 もしかして全部『勇者リンク』の伝説と混同された、もしくは勇者をモデルにした創作とでも思われた!?

 だとしたら酷いなあ!!》

 

「今はそんな話はどうでもいい、守れマシュ!!」

 

「はいっ!!」

 

 

 リンクから頼まれた、頼りにされたことが嬉しくて。

 マシュは腹の底からの返事と共に、渾身の力で盾を地へと突き立てた。

 先程リンクを襲ったものよりも、量も熱も遥かに上回る爆炎がそれを襲い、盾の後ろに守られた僅かな空間のみを残し、辺り一帯を焼き払い始める。

 誰よりも間近で炎に相対し、膨大な熱に全身を炙られる苦痛に苛まれながらも、盾を支えるマシュの四肢は揺らがない。

 先に耐えられなくなりそうなのは、盾に、マシュの背に守られる者の方だった。

 

 

「立香さん、しっかりなさって!」

 

「サーヴァントの身でさえこの熱はきついんだ、生身の人間がそうそう耐えられるものじゃない。

 早いところ何とかしないと……」

 

 

 焦り、歯噛みする皆の声と、立香の苦しそうな呻き声を聞いたマシュは、身の内から爆発するような想いと魔力の熱を、感じると同時に解き放った。

 

 

「真名、偽装登録……宝具、展開します!!

 仮想宝具『疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!!」

 

 

 マシュの声が轟き、魔力が解放されると同時に。

 彼女の盾に守られていた一同は、強固な城壁が高く厚く聳え立つイメージの場景と、盾に守られた場所ではなく、自分達の身そのものに強力な守りの加護がかけられたことを感じ取った。

 

 

「マスター、大丈夫ですか!?」

 

「ありがとうマシュ、おかげで大分楽になった」

 

「凄いな、これが宝具か……」

 

《よくやったマシュ、だけど宝具の効果はあまり長くもつものじゃない!!

 守りの加護が効いている間に、何らかの対策を立てないと!!》

 

 

 焦りと憔悴に掠れたロマニの声をBGMに、短い時間ながらも確保された確かな安全地帯で、顔と目を僅かに伏せて意識を集中させたリンクの思考が巡る。

 反撃の第一陣は、タラスクの炎が勢いを弱めるまでを見事耐え抜いた盾の後ろから、硝子の馬に乗って飛び出した王妃と聖女だった。

 

 

「タラスク、行きなさい!!」

 

「何のっ、身軽さでその亀さんには負けませんわよ!!」

 

 

 マルタの指示に応えて炎を吐き、腕や尾を振るうタラスクの攻撃は、美しさと頑強さを引き換えにした硝子の馬を一撃で粉砕し、その背に乗る少女達を葬ることが出来る力をも備えたもの。

 しかしそれは、『当たりさえすれば』の話だった。

 主のごとく美しく可憐な馬は、同じく主のごとくの軽やかさで、竜の猛攻をかわし続ける。

 マルタとタラスクの意識が、眩い光を撒きながら跳ねる硝子の馬へと集中し、ほんの僅かな隙が生まれた……その時だった。

 

 

「でやあああああっ!!」

 

「即興だけど自信作だぜ、ありがたく拝聴しな!!」

 

 

 盾という名の特大鈍器が、タラスクの脳天に一切の容赦なく振り下ろされ。

 アマデウスが指揮する楽団が奏でる高尚な不協和音が、凄まじい衝撃を受けたことで流石に遠くなったタラスクの意識に、刻み込まれるような不快感で以って追撃をもたらしたのは。

 

 

「タラスク!?」

 

「お生憎さまよ、聖女さん!!」

 

「あなたのお相手はこちらです!!」

 

 

 一蹴りでマルタの頭上を越えるほどに高く跳んだ硝子の馬が、その瞬間に落としていった人影が振り下ろした長柄が、轟音を伴ないながら二度目の鍔迫り合いを始める。

 一連の流れを見届けた立香は、ロマニと共に歓声を上げた。

 

 

「やった、上手くいった!!」

 

《マルタとタラスクを引き離せたぞ、あとは各個撃破するだけだ!!》

 

 

 

 

 

『馬を失った乗り手も、乗り手を失った馬も、その真の力を発揮することは出来ない。

 結託して戦わせない、何とかして引き離す。

 基本の作戦はこれで行こう』

 

 

 

 

 

 二人の脳裏に、マシュの宝具によって守られていた短い時間で、全員の力を合わせた作戦を見事考え出してみせたリンクの声が蘇っていた。

 







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VS マルタ&タラスク





 

『妃殿下……貴方の馬には、タラスクを倒す攻撃力は無くても、タラスクの攻撃を避け切る身軽さと素早さがあります。

 硝子製の、否応もなく目を引く美しさというのも更にいい。気を引くのに最適ですからね。

 避けるだけ、逃げるだけで構いません、思いっきり飛んで跳ねて意識の隙を作って下さい。

 あと、その際にはジャンヌも連れて行って下さい。

 マルタを相手にするには、得物の相性の問題でジャンヌが最適でしょうから』

 

『賜りましたわ、責任重大ですね。

 ……その大役を無事にこなす為に、私、どうしても解消しておきたい気がかりがありますの』

 

『何なりと』

 

『妃殿下なんて仰々しい呼び方は嫌だわ、口調ももっと砕けた感じになさって』

 

『今言うことですか!?』

 

『今でないと言えないわ、これが最後になるかもしれないのですもの!』

 

『……あーもーわかりました、後でいくらでも名前で呼ぶし口調も砕けさせますからとにかく今は行って下さい!!』

 

『約束しましたからね。

 さあジャンヌ、二人で華麗に踊りましょう!!』

 

 

 

 

 

 金属が凄まじい力と勢いでぶつかり合う轟音を辺りに響かせながら、二本の鈍器が幾度となくぶつかり合う。

 片方は兵士を鼓舞する旗、もう片方は神に祈りを捧げるための杖であり、鈍器などでは断じて無いと、人によっては断固として主張するのだろうが。

 刃は無く、硬さと重さに任せて、相手を倒すために全力で振り回されているそれらは、少なくとも今この場においては鈍器以外の何ものでも無かった。

 

 

「…っ、リンクさんが、私が適任だと仰られていた理由が分かりました。

 確かにこの威力と重さでは、鋭い代わりに脆い刃では、すぐに押し負けてしまう。

 でも、私の旗ならば…っ!!」

 

 杖よりも長い上に、大きく重い立派な布が予測しきれないタイミングではためき、ジャンヌ自身ですら把握出来ない不確定要素として攻めと守りをサポートする。

 タラスクから離されたことで騎兵としての強みを失った上に、白兵戦で競り負けようとしている現状に、マルタの顔が悔しげに顰められる。

 手の中の杖を殊更に、必要以上に強く握りしめるその様子は、断固として手放すまいとしているかのようなものだった。

 

 

 

 

 

『本当に、対象はあの亀竜だけでいいのかい?

 狙うなら主人であるマルタの方が、もしくは同時に効くようにすればいいんじゃないかと、僕は思うんだけどね』

 

『狂化されている人に精神攻撃が効くとは思えない、狙うとしたら狂化した主人に付き合っているだけと思われるタラスクの方だ。

 それと……不特定多数に聞かせることを意識して普通に作った曲と、ただ一人の為だけに作られた特別な曲。

 特定の誰かにより効く曲はどちらだと思う?』

 

『考えるまでもないな。

 成る程、これが音楽家と戦士の思考と感覚の違いか。

 わかったよ、状況に余裕は無いけれど……その分、気合いを込めて音を紡ぐとしよう』

 

 

 

 

 

 タラスクの精神をかき回す。

 ただその為だけに作られた、天才モーツァルト渾身の一曲は、恐ろしい鉄甲竜を悶え苦しませるだけの威力を以って奏でられていた。

 

 

「いくら気合いを入れて作ったとはいえ、まさかここまで効くとはねえ!!

 ヤバいぞ僕、天才すぎる!!」

 

 

 上擦った声は、思わず零れる笑みは、自身の作品と才能に酔っているためではない。

 声に出して自分自身を励まさないと、笑いでもしないと、無理にでも奮い立たないとやっていられないのだ。

 自身を狂い殺さんばかりの不快感で苛む者の正体に気付き、敵意と殺意を一身に向けてくるタラスクが怖くて堪らなくて。

 だからと言って逃げることは出来ない、その為に曲を止めでもすれば瞬く間に飛びかかって来るだろうから。

 

 

「ああもうっ、とんだ貧乏くじを引かせやがって!!」

 

 

 悪態をつき、大分自棄になりながらも、自身が果たす役割の重要性を理解していたアマデウスは、懸命に指揮棒を振り続ける。

 その崖っぷちの献身に、ついに限界が訪れた。

 苦しいほどの不快感を堪えながら、適当な見当のみで放ったタラスクの炎が、タラスクにとっては運よく、アマデウスにとっては運悪く、ドンピシャの位置を捉えたのだ。

 

 

「うわあっ!?」

 

 

 真正面から炎を食らってまで演奏を続けることは流石に出来なくて、咄嗟に炎を避けたアマデウスだったけれど。

 それは演奏が途切れてしまうことと、アマデウスへの怒りとヘイトを溜めに溜めたタラスクが解放されてしまうことを意味していた。

 亀どころか怒り狂ったサイのように息を荒げるタラスクが、炎で焼いてしまうなど生ぬるい、この身で轢き潰してやると言わんばかりの勢いで、ただ一人の怒りの対象を目がけて回転しながら突撃する。

 長時間の精神攻撃を食らった上に、怒り狂って正常な判断力と思考力を失ってしまっていたタラスクは、気付けなかった。

 彼とアマデウスの間に割って入った者がいたことに、全力で激突をかましてしまうその瞬間まで。

 

 

 

 

 

『巨大なハンマーとか鈍器の類いがあれば、俺もタラスクとやり合えたんだけど……残念ながら手持ちの武器は剣だけだ、矢も通じそうにない。

 だからマシュ、今回の主戦力はお前に任せた。

 俺は、いざという時のサポートに回るよ。

 だからって前に行こうとしたら駄目だ、盾兵はあくまでドンと待ち構えるものだからな』

 

『し、しかし……前に出ないまま攻撃だなんて、一体どうすれば』

 

『……なあ、マシュ。

 強い力と弱い力でぶつかり合ったら、競り負けるのはどっちだ?』

 

『………それは、弱い方、ですよね』

 

『当然の話だな。

 それじゃあ、人間が頑丈な壁に全力で体当たりをかましたとして、痛手を負うのはどっちだ?』

 

『それは、ぶつかった人の方が……………あっ!』

 

『イメージできたな。

 そう、積極的に向かっていく方が常に強い方だとは限らない』

 

『感謝しますリンクさん、マシュ・キリエライト行ってきます!!』

 

 

 

 

 

「やりましたマスター、リンクさん!!」

 

 ようやく、自分でも納得できるほどの戦果を出せた。

 皆のために貢献できたと思えた、盾兵としての本領を掴むことができた。

 歓喜と興奮のあまりに上ずった声を上げながらも、盾を構える手と地を踏みしめる足に込められた力は欠片も揺るがず、敵を見据えるその目が逸らされることもない。

 そんなマシュの目線の先で、正常な判断力を失ったまま、怒りに身を任せてしまったまま、壁に突っこんだ人間ならぬ城壁に突っこんだ大型トラックと化してしまったタラスクは、自爆して負った全身至る所の傷から血を噴きながら、あまりの激痛に悶え苦しんでいた。

 

 重傷を負わせた上に、隙だらけの今ならば止めを刺せる。

 そう判断して動き出そうとしたマシュだったけれど、それは一歩歩み出た途端に全身に走った痛みによって阻まれた。

 信念と覚悟によって最終的に競り勝ちはしたけれど、地にめり込んだ足が更に深く押し込まれた跡を残しながらも堪え切ったけれど。

 タラスク竜の突撃を真正面から受け止めたその威力は、衝撃は、マシュの体に決して少なくはないダメージを負わせるものだった。

 

 

「そ、そんな…あと少しなのに………」

 

「いやいやマシュ殿、そう嘆かれることはない。

 貴殿は立派に役目を果たされた、あとは拙者に任されよ」

 

 

 堪えられず膝をつき、悔しさと情けなさに拳を握ったマシュの俯いた視界に着物の裾が翻り、聞き覚えのある男性の心強い声がその耳に届いた。

 ハッと顔を上げたマシュの目に飛び込んだのは、召喚されてからこの特異点の修復が始まるまでの間に、本を読むことでしか知る手段の無かった日本の風情や雅を教えてくれた、一人の侍の凛と立つ背中。

 

「小次郎さん!!」

 

 

 

 

 

『さっき、マシュが用意して設置したサークルのおかげで、本部から助けを呼べるんだろ?』

 

『そうだけど、今の俺のスペックだと一度に一人だけ……しかも、あまり長い時間呼び続けることはまだ出来なくて。

 この状況の場合、誰を呼ぶのが正解なのか……』

 

『……足りないのは広範囲に渡って殲滅できる火力ではなく、ひとつの強大な敵を打ち破れる一点集中の突貫力。

 僅かな弱点、急所を狙って必殺の一撃を叩き込める、そんな人に心当たりは?』

 

『……ああ、いる』

 

『じゃあその人だ、集中して戦況を見守っていろ。

 呼んだ後保ち続けられないのなら、その力が必要になるその瞬間を逃さずに呼ぶしかないからな。

 ……何を気にしてるんだよ、今この場でそれが出来なかったのは仕方がないだろ?

 今後の課題って奴だ、少しずつ覚えて身につけていけばいいさ』

 

 

 

 

 

「小次郎、宝具展開!!」

 

「了解した、主殿。

 秘剣……『燕返し』」

 

 

 『物干し竿』の異名を持つ長剣を以って、宙を飛ぶ燕を切る為だけに多重世界にまで及ぶ魔剣と化した秘技を放つ。

 鎧をも断つという達人の一閃を同時に三つ、砕けた甲羅の隙間を寸分違わぬ的確な狙いで以って放たれたタラスクは、あんな状態の主を一人遺してしまうことへの悔しさか、遣る瀬無さか、何とも悲しげな咆哮を上げながら崩れ落ちた。

 

 

「ふむ、あれが西洋の竜……どらごん、その一種とやらか。

 中々に斬り応えのある相手であった。

 窮地の援軍に拙者を選んでいただけたこと、感謝するぞ主殿……っと、大丈夫か?」

 

「大丈夫じゃない、キツい……」

 

《今の立香君に、特異点でサーヴァントを継続して保たせることはまだ重労働なんだ!!

 佐々木君、終わったんなら早く帰って来てあげて!!》

 

「承知した。

 それでは主殿、マシュ殿、この剣が必要とあらばまたいつでも呼んでくれ。

 主殿達がれいしふとに赴かれている間は、基本ずっと待機室に詰めておるつもりなのでな」

 

「………うん。

 ありがとう、またね小次郎」

 

 

 真っ青な顔色で、苦しそうな荒い息で。

 それでも懸命に笑顔を作り、自身を見送ろうとする立香の姿に、小次郎は満足げな笑みを浮かべながら金の粒子と化していった。

 




『活動報告』にて重要なお知らせがあります、ご一読下さい。



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新たな道標





 

「タラスク!?」

 

「隙ありです!!」

 

 

 騎獣の敗北に衝撃を受け、意識が逸れたその一瞬を逃さずに、ジャンヌはマルタの懐目がけて強烈な一撃を繰り出した。

 咄嗟の反応で受け止めはしたものの、全く力が入れられてなかった杖を絡め取り、弾き飛ばす。

 敢え無く手放され、そう簡単には拾えない位置まで飛んでいってしまった杖に、内心で拳を握ったジャンヌだったけれど。

 武器を奪い、攻撃手段を失わせることは、通常の戦いならば確かに有効な戦法だったのだけれど。

 残念ながら、生憎ながら、目の前の彼女は例外だった。

 

 杖を失った拳を、未だ持っていたのならば潰していたのではと思わせるほどの勢いで握りしめ、杖よりも堅く速い凶器と化したそれを、開ききった瞳孔で振り抜いた。

 それが嫌な音を立てながらめり込んだのは、状況自体があまりにも想定外だったことと、繰り出された拳のあまりの速さに、一切の反応が叶わなかったジャンヌの腹部。

 呼吸を強引に止められ、一瞬で白んだ意識の端で、ジャンヌは自身の名を呼ぶマリーの悲鳴のような声を聞いた。

 

 

「武器を奪うという狙いそのものは、決して悪くはなかったんだけど。

 ……やったわね。やってくれちゃったわね、アンタ。

 悪いけど私はもう止まらない、どうにか足掻いてこの拳を止めて見せなさ」

 

 

 別人のようにドスが効いたマルタの言葉は、最後まで形となることなく止められた。

 胸の辺りの、息を吐いて声を発するための器官が、何の前触れも無く潰されたことによって物理的に。

 突如背後からその身を襲った衝撃に驚き、自身の血に濡れながら胸元から突き出した刃に納得したことによって、精神的に。

 

 

「…………ああ、しくったなあ。

 最も気にかけておかなければならなかった人の存在を、いつの間にか忘れてしまっていた。

 それだけ皆が頑張っていたってのもあるけれど、何よりも悪かったのはトチ狂っていた私の方ね」

 

「……謝りはしないし、悪いとも思っていない」

 

「当然よ、刺される瞬間まで気付けない見事な気配遮断だったわ。

 清濁を併せのんで、目的の為にいい意味で手段を選ばずにいられるあなたと仲間達にならば、この後を安心して任せられる」

 

 

 刃が引き抜かれ、堰を失った血が傷と口から溢れ出す。

 意識が飛ぶような苦しみと、心からの安堵と満足感を抱きながらマルタが振り返った先にいたのは。

 夜の森に容易く溶け込むと思われる暗色の布を頭から被り、ON・OFFの効くアサシンクラスの気配遮断ではなく、紛れもない彼自身の技量で以って息と気配を殺し、枝葉の中に溶け込み。

 仲間の真の窮地まで、自身が振るう刃が真に必要とされるその瞬間まで、最後の切り札としてその身を隠しきったリンクだった。

 

 

 

 

 

『向こうで用意できるものに限りますけど、カルデアから多少の物資を送っていただけるそうですよ』

 

『リンク、何か欲しいものはあるか?』

 

『……濃い茶色か緑色、もしくは両方の色が混ざった布。

 全身を包めるくらいのがいい』

 

『…………何に使うつもり?』

 

 

 

 

 

 サークル設置が完了した昼間の内に頼み、夜になってから届けられた迷彩装備。

 それをこんなにもいきなり使うことになるとは、リンクも流石に思っていなかった。

 細かい嫌な音を立てながら、手にした剣の刃に走ったヒビが広がり。

 数秒後に敢え無く柄のみとなってしまったそれを、砦の者達に申し訳ないとは思いながらも、最早いつものことだと早々に切り替える。

 目の前で、自身の血に塗れた祭事服で、聖女のような笑みを浮かべるマルタは、既に体の端の方から粒子となって消え始めていた。

 未だ苦しげに咳をしているジャンヌと、そんな彼女に肩を貸しながら気遣うマリー、少し離れた所からはタラスクの消滅を見届けた立香達も駆けつけてきて。

 誰一人欠けずに乗り越えることが出来た一同で揃って、消滅間近のマルタと向き合った。

 

 

「……ありがとう、聖女マルタ。

 あなたの試練のおかげで、エーテルの体を貫く感覚とコツを得られた。

 次に奴らと戦う時は、前よりもずっと上手くやれるはずだ」

 

「頼もしいわね、あの恐ろしい筈の彼女が哀れに思えてしまう程に。

 だけどまだ駄目よ、あなた達ではまだ足りない。

 竜の魔女が操る竜に、あなた達は絶対勝てない」

 

 

 紛れもない竜種であるタラスクを従え、それを自分達が打ち破るところを目の当たりにしていた筈なのに、マルタは『足りない』と断言する。

 それが意味するものを考え、背筋に冷たいものを走らせた立香達へと、聖女マルタの導きは続いた。

 

「リヨンに行きなさい、かつてリヨンと呼ばれた都市に。

 竜を倒すのは聖女ではない、姫でもない。

 その役割を負う者は、古来から『竜殺し』と相場が決まっているわ。

 最善なのは、竜どころか魔物・怪物の退治で名を馳せる英雄の源流たる、勇者様が剣を振るわれることなのだろうけれど。

 ……流石に、そんな過ぎた幸運を期待するわけにはいかないわ」

 

 

 その言葉を聞いたリンクの表情が、居た堪れなさか申し訳なさで盛大に引きつったのだけれど、マルタの命を賭した献身に心を奪われていた一同が気付くことはなかった。

 

 

「タラスク、ごめん。

 次は、もうちょっとまともに召喚されたいものね」

 

 

 彼自身は正気だったのに、狂った自分に付き合わせてしまった申し訳なさと感謝が込められた言葉を最後に、ライダー・マルタは完全に消滅した。

 

 

「……聖女マルタ。

 狂化に侵されながらも抗い、私達に道を示して下さったこと、心より感謝いたします」

 

「並の英霊ならば、話すことすら不可能だった筈。

 彼女とは、もっと違う形でお会いしたかったです」

 

「ええ……とても穏やかで、同時に激しい人でした。

 彼女が命を賭けて託して下さったものを、私達は引き継がなければならないわ。

 リヨンという町に向かうこと、竜殺しのサーヴァントを探すこと、それが彼女が示してくれた次の目的。

 とは言っても、今真っ先にやらなければならないことは他にあります。

 私の宝具には回復の効果もあるの、継続して発動させるわ。

 だから皆、今日の所はお休みなさい。

 疲れて傷ついた体を癒して、また明日、元気になったら出発しましょう」

 

「妃殿下の心遣いに甘えた方がいいよ、精神的にも肉体的にも全員相当な痛手を受けているし」

 

「まあっ、まあまあリンクさん!」

 

「なっ……何ですか、いきなり」

 

「呼び方、それと口調も!

 無事に終わったら、改めてくれると約束したのではなくて!?」

 

「………………そんなこと言いましたっけ、あの時のことは状況のせいか記憶が曖昧で」

 

「あの様子だと絶対覚えてるな」

 

《だよね。

 えーっと、ちょっと待って。

 映像記録を遡れば、あの発言も記録されてる筈……あったあった、再生するよ》

 

《『あーもーわかりました、後でいくらでも名前で呼ぶし口調も砕けさせますからとにかく今は行って下さい!!』》

 

「ちょっとドクター!?」

 

《これぞ決定的な証拠って奴だね》

 

「ほらほらリンクさん、約束は叶えるものですわ!」

 

「勘弁して下さい……」

 

 

 夜が明ければ、竜殺しを探す旅路が始まる。

 その前に僅かな間だけ許された、激戦を終えた一行が心身を休ませられる限られた時間は、楽しげな笑い声と共に過ぎていくのだった。

 







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竜殺しの英雄





 

 聖女マルタによって竜殺しのサーヴァントを探す道行きを示された一行は、かつてのリヨンを守っていた剣士の情報を比較的近隣の町で得た上で、今や怪物の巣と化してしまっていた廃墟を探索した。

 黒いジャンヌが従えるサーヴァント達の襲撃が予想されていたものの、幸いにもそれはただの懸念で済んで。

 既に見慣れてしまった骸骨兵や飛竜の襲撃や、ジャンヌの生前の知己を含めたフランス兵達との決して友好的とはいかなかった接触など。

 何事もなく万事順調にとは、流石にいかなかったけれど。

 瓦礫の中で動けずにいたところを発見した、もう一人の新たな……呪いに蝕まれ、生きているのがやっとの状態なので、現状では半人分かもしれないが。

 それでも確かに増えた味方、竜殺しの英雄の代名詞とも名高いジークフリートと共に、戦線の後退と共に打ち捨てられた砦を一晩の安息の地として身を落ち着かせていた。

 

 

「ジークフリートさんにかけられた呪いを解くために、明日からは手分けして聖人探しですね」

 

「それにしてもなあ……折角見つけた頼りの『竜殺し』が、まさか呪いでろくに動けないだなんて」

 

「……すまない、戦力どころか足手まといになってしまって」

 

 

 ただでさえ力の入らない体で、更に俯きながら弱々しい声を発したのは、倒した竜の加護によって守られた強靭な体躯と成し遂げた偉業に反して、卑屈とも言えてしまう程に謙虚で自虐的な人柄だった英雄ジークフリート。

 本気で落ち込んでしまっている様子の彼に、立香は慌ててフォローを入れた。

 

 

「いやいや、別に責めてる訳じゃないって!!

 ……ただやっぱり、 戦闘向きの人が増えてくれることには期待してたからさ」

 

《そっか、リンク君がようやく楽になれると思ってたんだね》

 

「リンク……ああ、あの少年か。

 あの若さで、末恐ろしくなる程に素晴らしい戦士だった。

 かの勇者と同じ名を頂いて全く見劣りがしない、それどころか相応しいとすら思ってしまう程に」

 

《ほえ~、英雄ジークフリートから見てもそう思うんだ……》

 

「故に惜しい……俺が彼の戦闘を目の当たりにしたのはまだほんの幾度かではあるが、それでも彼の内心の不満や苛立ちを察するには十分だった。

 武器の扱いにその都度気を使い、いつ使い物にならなくなるやもしれない懸念を常に抱えたままでは、十全の力を発揮するにはほど遠いだろう」

 

「……確かにリンクさんの場合は、彼の腕前に耐えきれる武器が無いというのが、唯一かつ最大の問題事項のように思われます」

 

《それなりの逸品を手に入れられる機会が、どこかであるといいんだけどね》

 

「つーか、今までのアレでまだ本気を出せていなかったっていう事実が、俺にとっては一番の衝撃なんだけど……」

 

 

 一同の脳裏には、呪いで動けないジークフリートという荷物を抱えながらの撤退戦を要となって支え抜いた、小柄で細身な少年のあまりにも大きな後ろ姿が鮮明に思い浮かんでいた。

 話題になっている当人の姿は、今この場には無かった。

 火事場泥棒のようで気が引けるけれど、それでも必要なことだからと割り切って、砦内を探索しに向かったためだ。

 

 彼が求めているのは、この地で殉死した者が遺した所持品や、撤退する際に持ち出せなかった値打ちものといった類いの金品ではない。

 刃が大きく欠けた剣を、柄が今にもへし折れそうな槍を。

かつての持ち主が国を、人々を守る為に懸命に戦った証が刻まれた武器を、リヨンの跡地でジークフリートを探す際にも、彼は小まめに見つけては回収していた。

 その全てを撤退戦で使い果たしてしまったため、大したものが残されているとはとても思えないこの砦跡地でも、剣のひとつ、矢の一本でも見つかれば上々な、普通に考えれば非効率極まりない探索を余儀なくされてしまっている。

 ジャンヌやマリーはその手伝いに。

 アマデウスは夜の散歩にでも行ったのか、気付けば姿を消していた。

 

 

「……何か、凄く静かだね」

 

「リンクさんは、少しでも時間があれば色々なことを教えてくれましたし。

 無邪気に笑うマリーさんと、楽しそうに話すアマデウスさんが加わってからは、もうずっと賑やかでしたからね」

 

「…………気の利いたことも言えない、無口で無粋な男で済まない」

 

「何でだよ、だから誰も責めてないって!」

 

「むしろそれ以前の問題です、体が辛いジークフリートさんに無理に喋らせるつもりはありません」

 

 人(魔術師)によっては、使い魔以前に使い潰せる兵器扱いすることも辞さないサーヴァントを。

 半死半生の身を限界まで酷使されることすら考慮して覚悟していたジークフリートを、目の前の少年と少女は、替えの利かない仲間の一人として心から案じている。

 数秒呆けた後に優しい笑みを浮かべたジークフリートは、無粋な男を自称しているとは思えないほどに気の利いた言葉を口にした。

 

 

「ならば、俺が喋れない分も聞かせてはくれないか?

 お前達が今まで、何を見て、何を聞いて、どんな冒険をしてきたのか」

 

 

 自身の言葉に笑いながら頷き、目を輝かせた二人が語るこれまでの旅路。

 最初に出会って以来ずっと力になってくれた少年のことに比重を置いたその内容に、呪いに苛まれる苦痛が僅かに和らぐかのような心地を感じながら、ジークフリートは静かに耳を傾けた。

 

 

(そうか……俺がこの地に呼ばれ、今日この時まで耐え抜いた理由は、この子達の力となるためだったのだな。

 竜を繰る聖女よ、導きを感謝する)

 

 

 彼らが望むのならば、彼らの力となるためならば。

 例え聖人が見つからず、この身を蝕む呪いが解かれずとも、耐えがたい苦痛と我が身の消滅を課せられたとしても、全力で剣を振るうことを心に決める。

 竜殺しの英雄ジークフリートの我が身を賭した誓いは、誰に聞かれるでもなく、彼自身の胸の内のみで紡がれた。

 







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オルレアンの聖女





 

「リンクさん、私……以前話したあの件について、お答えすることが出来そうです」

 

 

 砦の探索が一通り終わり、立香達の元に戻る前に一旦休むことにした頃合いで、不意にジャンヌが口を開いた。

 怪物に襲われて破棄された砦の縁に腰かけながら、満点の星空を振り仰ぐという、浪漫なんだか無粋なんだか判断し難い微妙な状況で。

 悩みも苦しみも、全てを吹っ切ったかのような笑顔でそう言ったジャンヌに、リンクは微笑みながらその先を促した。

 

 

「ジークフリートさんを連れてリヨンから撤退する際に、フランス兵を襲う飛竜達と交戦しましたよね」

 

「ああ……ジャンヌは兵士達を守ろうと一生懸命だったのに、当の彼らは、ジャンヌを魔女の方だと思い込んでの恨み節で。

 ジャンヌがまた落ち込んでるんじゃないかって、立香達が心配していたな」

 

「……あの時、私は嬉しかったのです」

 

 

 自分の発言が、あの状況でそう感じたことが異様であることくらい。

 立香やマシュ達に聞かれていたら、心労が重なったせいでおかしくなってしまったのではないかと心配をかけさせてしまっていたことくらい、ジャンヌにはわかっていた。

 実際に、同席していたマリーは、驚いて目を剥いてしまっていたことだし。

 だからこそ嬉しかった。

 今のたった一言で、ジャンヌが何を感じ、そして思ったのかを察したリンクが、その『普通』からずれた感性と価値観を笑って受け入れてくれたことが。

 

 

「彼らには魔女を、私を恐れ打ちひしがれるのではなく……憎み、その激情を糧に立ち上がる気力があった。

 ならばいいかなと、私を憎むことで彼らが生きてくれるのならば構わないと、そう思って安心しました。

 ……そして気付きました。

 生前の私もそう思った、だからこそ恨まなかったのです」

 

 

 ただの田舎娘だったジャンヌ・ダルクが立ち上がったのは何故だったのか、一体何がしたかったのか。

 そんなリンクの問いかけに、今ならばこう答えよう。

 神の声を聞き、その託宣を成し遂げた聖女となりたかった訳ではない。

 救国の英雄としての、富や名声が欲しかった訳でもない。

 自分は、ただ救いたかった。

 フランスに、生まれ育った故郷に、愛する人々に、平和をもたらしたかった。

 あまりにも長く続き過ぎてしまったせいで、人々の中で当たり前になってしまっていた戦争を終わらせたかったのだと。

 神のお告げは、常々抱いていたその想いに自信を与え、成し遂げる決意を抱くためのきっかけに過ぎなかった。

 

 

「刑に処される私に、主が救いの手を差し伸べて下さらなかったのは当然ですね。

 だって私は、主のお告げを信じて、主のために戦った訳ではなかったのですから。

 私の全てはフランスの、民の……それらを救いたいと願う、私自身のために捧げられました。

 ……主を冒涜する、罰当たりな魔女という人々の言い分は、ある意味正しかったみたいです」

 

「ジャンヌ、それは……」

 

「心配しないでマリー、自虐している訳ではありません。

 むしろスッキリしています、『ああ、そうだったんだ』って。

 そもそも常日頃から、私は聖女なんかではないとは思っていましたからね」

 

 

 火刑に処された最期を悔やまなかったのは、フランスに平和をもたらすという、生涯の目的を既に成し遂げていたから。

 裏切られたことを恨まなかったのは、賞賛や褒賞が欲しくて戦っていた訳ではなかったから。

 故郷に、家族の元に帰れないことを嘆かなかったのは、自分自身の譲れない望みのために全てを賭すことを、二度と戻れない覚悟を既に決めていたから。

 裏切られ、報いられず、罵声の中で炎に消えた……『恨んでいない方がおかしい』と誰もが口にするような無残な最期に、自分は本当に満足していたのだ。

 願ったことを願った通りに成し遂げていたから、何よりも欲しかったものを手に入れていたから。

 これが『ジャンヌ・ダルク』の生き様だと、私は誰も何も恨んでなどいないと。

 今の自分は、胸を張って、心からそう言える。

 ……だけど、だとしたら。

 

 

「あの魔女の私は、一体どういうことなのでしょう。

 彼女に相まみえた時、私は、『あれは私ではない』と強く思いました。

 あの時は、私の中に憎しみや復讐心などというものがあったことを認めたくない一心で、必死に否定しているのだと思ったのですけれど。

 今の私は違います。

 彼女を『違う』と思ったのは、認めたくなかったからではなく、本当に覚えが無かったからだということを。

 私の最期に、彼女という存在を生み出してしまうような憎しみなど欠片も無かったことを、自信と誇りを以って確信している。

 ……だけど実際に彼女は存在し、憎悪の炎でフランスを焼いている」

 

「……あの時私は、アマデウスと一緒に隠れて様子を見ていただけで、魔女さんと直接相対した訳では無かったのだけど。

 リンクさんが仰っていた『八つ当たり』という表現に、酷く納得したのを覚えていますわ。

 自分でもどうしようもない、お腹の底から湧き上がるかのような熱い衝動を、目につくものに辺り構わずぶつけてしまっているかのよう。

 …………ああ、わかりました。

 そうよ子供、彼女は癇癪持ちの子供だわ。

 フランスの国という遊び場を、竜という玩具を与えられて、ここではこうやって、これはこう使って遊ぶものよと教えられて、その通りにしているだけの子供なのです」

 

 

 マリーが絶対の自信を持って断言したその考察は、『誰も何も憎んでいない』というジャンヌの発言並みに、理解し難く突拍子もないものの筈だったのだけど。

 リンクとジャンヌがその生涯で知り得なかったもの、『親』としての経験と知見を有した上でのマリーの言葉は、存外の説得力を持って受け入れられた。

 

 

「復讐に堕ちたジャンヌ・ダルクが自然に生まれることはあり得ない、だけど現実に彼女は存在している。

 ということは、何者かの不自然かつ意図的な干渉が、彼女を作り出したと考えた方が自然だろう。

 ……つまりその何者かが、彼女を作り出し復讐を教えた『親』こそが、真の黒幕だ」

 

「一体、誰がなぜ、どうやってそんなことを……」

 

「現状でいくら考えを巡らせても、それはただの憶測に過ぎませんわ。

 実際私も、彼女が子供だという持論には自信を持っていますけれど、根拠は勘に過ぎませんもの。

 証拠を示せと言われれば、確かなものは何も無くて困ってしまいます」

 

「……今のところはここまでか。

 ここから先を考える為には、何か別の、新しい情報が必要になる。

 このまま決戦の準備が整っていけば、向こうと接触する機会は必ず出てくる筈。

 その時にまた、今度はもっと思い切って深いところまで突っ込んでみよう。

 ジャンヌ、次は庇わなくても大丈夫だよな?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「リンクさん、少し宜しくて?」

 

「どうか致しましたか?」

 

「ああもうっ、リンクさんったら!」

 

「何ですかいきなり!?」

 

「口調、改めて下さるのではなくて!?」

 

「…………あー。

 申し訳ありません、努力するのでもう少し猶予を頂けますか?」

 

「約束ですからね」

 

 

 そう言いながら形作られた、光のように眩く、花のように愛らしいマリーの微笑みを受けて。

 内心の奮闘も虚しく遂に陥落したリンクは、彼女の名を呼んで砕けた口調で接するために、彼女の望みを叶えるために、ポーズだけでなく本気で頑張ることを大きなため息と共に決めたのだった。

 

 

「愛され王妃様、恐るべし……」

 

「ですね」

 

 項垂れながら思わず呟いたリンクと、それに苦笑いで返したジャンヌは、敢えて何も言わずともお互いの心境を察していた。

 







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音楽家の慧眼





 

 考察に区切りをつけ、そろそろ立香達の所に戻ろうとしたジャンヌとマリーを、少しだけやり残していたことがあると言って、リンクは一足先に送り出した。

 去り際に手を振った彼女達の姿が建物の陰に消えた後、念のため少しだけ待ってから。

 彼女達が去っていった方向とは反対側の、別の物陰へと、確信を以って声をかけた。

 

 

「ジャンヌもマリーももう行った。

 話があるなら聞くよ、アマデウス」

 

「おやおや、ばれてたか。

 一応念のために、音楽とは人に聞かせてこそという持論を一時曲げてまで、隠蔽効果のある曲を奏でていたんだけどね」

 

「効果が発揮され過ぎていたのが問題だったなあ。

 風が通る気配に、土や草の匂い……あって当然のものまでもが無い、そこだけ切り取ったかのような異様な空白は、十分過ぎるほどの違和感だった。

 最初は敵襲かとも思ったけれど、絶好の機会を何度も見逃していたし。

 仲間内の誰かだとしたら、そういったことが出来そうなのはお前くらいだろう」

 

「………成る程、そういうことに気付くかい。

 流石は『君』だね」

 

 

 その言葉に、笑顔に謎の含みを感じて軽く目を見張ったリンクの様子に、アマデウスは益々笑みを深める。

 彼の脳裏に鮮明に焼きついたのは、今現在ありありと蘇っているのは、今日の撤退戦の一幕。

 当たり前だった筈の命と毎日を理不尽に奪われたことへの嘆きと未練から、生前の装いを纏ったまま、彼らの生前を鮮明に想像させる生々しさで『生ける屍』へと転じてしまった、かつての町民達に取り囲まれて。

 強引に突破することを誰もが躊躇い、想定外の危機に陥ってしまった時の事だった。

 

 普段はクズだの人でなしだのと散々な言われようをされ、自分でも自覚して納得してはいるけれど。

 大切な彼女を含めた女性陣に、こういうことを背負わせるのを躊躇う程度の男気くらいは、生憎と持ち合わせていて。

 色々な覚悟を決めて指揮棒を取ったアマデウスの想定外は、咄嗟に動いた自分に、思いもよらず追随した者がいたことだった。

 

 いきなり動きを止め、一人、また一人と崩れ落ちていった屍達を。

 一部の者には、彼らの魂がこの世への未練から解き放たれて、無事に天へと昇ったことすら察せられた光景を。

 一同はアマデウスが奏でた曲が導いたものと判断し、流石は稀代の音楽魔術師と、いざという時頼りになる人でなしだと、褒めているんだかけなしているんだか分からない文句で称え、アマデウスもあの場では素直にそれを受け入れたのだけれど。

 

 アマデウスは……アマデウスだからこそ気付いていた。

 本当の力を持つ曲は、自身が渾身の指揮で以て奏でたそれではなく。

 死してなお囚われたままの者達を前に、痛ましげに目を伏せた少年が、僅かに開けた口から祈るように紡いだ。

 迷える魂を癒す優しさに満ちながら、その者の生が終わりを迎えてしまったことを哀しみ、悼んでもいるかのような切なさと僅かな恐ろしさをも感じさせる、ささやかな旋律の方であったことを。

 

 気付かれていたとは思っていなかったらしく、珍しく本気で顔を引きつらせている様子のリンクに、アマデウスはフンっと軽く鼻を鳴らした。

 アマデウスが奏でた曲も鎮魂と昇天を促すものであり、効果もそれなりにきちんとあるものだったので、紛れさせてしまえば分からないと思ったのかもしれないけれど。

 

 

「生憎だったね……僕は英霊としてはあまり上等ではないし、自分でもそれは自覚しているけれど。

 それと同時に、『音楽』という一分野に関しては、例え相手が偉大なる大英雄であろうとも決して引けを取らないという自負がある。

 その僕が断言しよう。

 あれは、数多の魔術師達が生涯をかけて追い求めてきた原初の音楽魔術、その一節だ。

 それを知り、使いこなすことが出来るのは、たった一人だけの筈のものだ。

 だよねえ、リンク………伝説の勇者様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 判断には自信があった、答えは確信していた。

 それでもアマデウスは、してやったりの笑みが呆けた間抜け面へと変わるのを、多くの人々を感動させてきた自分の心が柄にもなく本気で揺り動かされてしまうのを、堪えることは出来なかった。

 立香達はなぜ気付かないのかと、自分はなぜ気付けなかったのかと。

 何らかの隠蔽効果が働いていたことを察した上で、それでも心から疑問に思った。

 だって、目の前にいる彼はこんなにもあからさまに、分かりやすすぎる程に『彼』ではないか。

 

 形を取った光のような髪も、極上の宝石を思わせる瞳も、うら若き乙女達までもが憧れたという顔立ちも……女神の庇護を受けた民の証であるという、尖った大きな耳も。

 最大の特徴たる緑衣を纏っていないし、愛用の聖剣も携えていなかったものの、それでも十分過ぎるくらいに。

 彼を形作る全てが、伝説に語られ、後の世の多くの者達が思い描いてきた、勇者像のそのもので。

 夢見心地で呆けてしまっていたアマデウスは、大きなため息をつきながら肩を落としたリンクの様子に、内心では慌てて、表向きは懸命に平常を保ちながら、急いで気を取り直した。

 

 

「参ったなあ、まさかそんなきっかけでバレるとは……ああいや、アマデウスを見くびった俺が悪いか。

 別に、悪気があって隠していた訳じゃないんだ。

 立香達には、頃合いを見計らってちゃんと話すから、もうしばらく黙っていてくれないか?」

 

「それは、構わないけれど……でもどうして、隠したりなんかしたんだい?

 確かに、基本的にサーヴァントは真名を秘匿するものだ。

 手の内を秘めたり、弱点を悟られないようにする為のことだけど、大勢のサーヴァントが入り乱れて現界している状況では、あまり意味が無くなっているし。

 むしろ君の場合は、積極的にその名と存在を押し出した方が、色々と上手く働きそうな気もするんだけど」

 

「ああ、実は……」

 

 

 そうして、少し途方に暮れた様子のリンクが話し出したのは、アマデウスが想像すら出来なかった現状だった。

 召喚時に何かしらの不備があった場合、記憶や能力に欠損や弱体化が見受けられる場合があることは、ジャンヌの実例から既に周知されていた事実だったけれど。

 記憶の欠損どころか、本人にサーヴァントとしての自覚がまるで無く、自分がそうだということを認識したのも、立香達とのやり取りの中で自分自身を客観的に判断した上でのことで。

 能力の弱体化どころか、サーヴァントとしての力の使い方を一切把握出来ていなくて、宝具もスキルも使用どころか概要すら掴めていないという状況は、リンクでなければとっくに潰れてしまっていたとしてもおかしくない程に過酷なものだった。

 

 

「退魔の聖剣は?」

 

「何度か探したけどどこにも無いし、試してみたけど出てこなかった」

 

「……例のオカリナは?」

 

「それも同じく。

 便利な道具とか、能力とかは他にも色々とあって、サーヴァントとなったからには宝具やらスキルやらで何かしら使える筈なんだけど、今のところはさっぱり。

 音楽は何とか使えたみたいだけれど、あれもきちんと発動する確信があった訳じゃなくて、むしろ駄目元だったからなあ……」

 

「うわあ、それは流石に…………って、ちょっと待って。

 サーヴァントとしての能力が一切使えないという割には、骸骨兵や飛竜、更には敵対サーヴァントやタラスクなんてとんでもない奴相手にまで、その辺で拾ったような武器だけでやりあっていたあれは何?」

 

「あれくらいなら、サーヴァント云々以前に元から出来ていたけど」

 

「…………あ、そう。

 うんわかった。君は魔術師や英雄どころか、サーヴァントとしての一般常識ですらも、まともに当て嵌めて考えてはいけない奴だ」

 

「その言葉に込められたものが、いい意味であることを期待するよ」

 

「その辺りはもちろん。

 ……だけど真面目な話、これから一体どうするつもりだい?

 いくら君が勇者で、半端なく優れた戦士だったとしても。

 愛用の武器や便利な能力が使えない現状で、少し本気を出せばたちまち使い物にならなくなるような武器だけを何とかやりくりしながら戦っていくのは、相当な無茶だと思うんだけど」

 

「確かに、そろそろ限界だとは感じてた。

 多分、問題は俺が力の出し方や使い方を把握出来ていないことで、その辺りを掴めさえすれば、もっと色々と出来るようになるんだと思う。

 ……俺の現状に近いのは、召喚時に不備がありつつも自覚はちゃんとあるジャンヌよりも、むしろ後付けで力を得ることになったマシュの方だ。

 実際マシュも、最初は力の使い方がよく分からなくて戸惑っていたらしいから、その時の対処法が参考になるかもしれない。

 明日、雑談中にそっちの話題に持って行って、何とか聞き出してみることにする」

 

「ちょっと待って。

 その役目、良ければ僕に任せては貰えないかい?」

 

「アマデウスに?」

 

「ただの女の子だったマシュが、急にサーヴァントの力を身につけて、そのまま戦場に放り出された時の話だろ?

 話したり、思い出したりすることを嫌がられた場合、君は無理強い出来るかい?

 君は必要・最適と判断すれば、非道も躊躇わないらしいけど。

 それはあくまで他人や大局のためで、それが自分自身の個人的な都合のみに留まる話ならば、むしろ何とかして自分だけで片づけようとする……そんな面倒臭い性質の持ち主で。

 周りから散々に叱られ、窘められてきたと予想するけれど、如何かな」

 

 

 明確な返事は無く、それでも思わず泳いだ目と苦笑いだけで十分答えを察することが出来たアマデウスは、愉しげな笑みを零しながら話を続けた。

 

 

「その点、僕ならば問題ない。

 無粋だろうがプライベートだろうが、『興味がある』の一言でとことん突っこんで見せようじゃないか」

 

「……確かに、それが最適か。

 悪いなアマデウス、憎まれ役を引き受けさせることになるかもしれない」

 

「なあに、今更さ。

 人間のクズ扱いは慣れているし、自覚だってしているからね。

 君は僕達のやり取りに、少し離れた所から何気なく聞き耳を立てていればいい」

 

「ありがとう、助かる」

 

「どういたしまして。

 いやあ光栄だねえ、伝説の勇者リンクの旅路の手助けが出来るだなんて!」

 

「あまり揶揄わないでくれよ、そういうのは慣れていないんだ」

 

「揶揄うなんてとんでもない、紛れもない本心さ!

 …………ああ、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、リンクさんが帰ってきました」

 

「アマデウスもよ、散歩中にどこかで鉢合わせでもしたのかしら。

 ……あら、アマデウスったら」

 

「マリーさん、アマデウスさんがどうかしましたか?」

 

「何か良いことでもあったのかしら、パーティ前日の子供のように浮かれているわ」

 

「……私には、いつものアマデウスさんのように見えるのですけど」

 

「私にはわかるの。

 あの笑顔は作り物ではない、心からの本物よ。

 ふふっ……今の彼が楽譜に向かったら、どんな名曲が紡がれるのかしら。

 今日はもう遅いし、また今度、おねだりして一曲奏でてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バーサーク・ライダー……聖女マルタにはまんまと自害をさせてしまった上に、戦力強化に集中している間に、ジークフリートとの合流まで許してしまったわ。

 ヴラド三世はともかく、カーミラの方は露骨にやる気が無いし……ああもうっ、どいつもこいつも腹が立つ!!

 何もかもあのエセ勇者のせいだわ、あいつが現れるまでは順調だったのに!!」

 

「おお、何と痛ましい……ジャンヌよ、どうかお気を静めて下さいませ」

 

「黙れジル、アンタはあいつのヤバさを知らないからそんなことが言えるのよ!!」

 

「その通りでございます。

 私が存じ上げているのは、他の何にも勝るたったひとつの事実のみ。

 貴女の憎しみ、貴女の復讐は正しきものであり、それ故に、貴女が敗れることなどはあり得ません。

 狂化に抗い、いつ明確な反抗を示してもおかしくはなかった者が、身中の不穏分子が我らが手を下すまでもなく排除されたことを喜びはしても、惜しみ、悔やむことはありますまい。

 貴女が新たに召喚なされた者を含めた、あれとは違い素直に狂化を受け入れたサーヴァント達と……『竜の魔女』たる貴女に最も相応しきしもべ、かの邪竜の存在があれば、何を案じ、憂うことがありましょうか」

 

「……ええそうね、その通りです。

 ジル……あなたの言葉は、いつも私に道を示してくれる」

 

「私はただ、貴女の心を惑わす憂いを取り除いているだけ。

 全てを選び、決断しているのは、貴女自身の迷いなき心であります。

 貴女が成したいと思ったこと、それこそが正しいのです」

 

「……ファヴニールを出します。

 私をコケにしたあいつを、小手先の技や策なんて何の意味も成さない、圧倒的な力で叩き潰してやる。

 自慢の強さが通じない屈辱と、私に歯向かったことへの後悔の中で、滓も残さず燃やし尽くしてやる。

 余計なことをしたせいで、自分を守ったりしたせいで無残な最期を迎えさせてしまったと。

 大層な仲間を得て調子に乗っている聖女様を、絶望のどん底に叩き落してやるわ」

 

「どうぞ、ご随意に」

 




 スキル・宝具共に使用不可、通常攻撃のみ可能という密かな縛りプレイを強要されていたリンク君でした。
 ストックが切れてしまいましたので少し更新に間が開きそうです、ご容赦ください。



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束の間の一人旅





 

 カルデア一行の、一晩の休息と友好の場となった朽ちかけの砦。

 彼らが既に発ち、再び人気が絶えた筈のその地に、密かに戻ってきた人影があった。

 出発間際に、マシュが念入りに消火確認をしていた焚き火を再び起こして、その傍に腰を下ろす。

 一息ついた口から、天才音楽家の地獄耳に聞かれることを考慮して、今まで出せなかった言葉が零れた。

 

 

「……皆ごめんな、勝手なことをして。

 でも俺は、これが必要なことだと思うから」

 

 

 届かない謝罪の言葉を、自己満足であることをわかっていながらも堪えられなかったリンクの脳裏には、今朝からの皆とのやり取りが蘇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘密のやり取りを交わした翌朝、聖人探しを始める前の最後のひと時の中で、アマデウスは早速リンクとの約束を実行に移してくれた。

 お喋り好きで、気紛れで、好奇心が旺盛で、いい意味でも悪い意味でもデリカシーが無くて。

 そんなアマデウスが、『前から興味があった』という理由で突拍子もない話題を振ったとしても、驚きはしても疑問に思った者はいなかった。

 幸いにもそれは当人にとって、語ることを躊躇うような話では無かったのだけれど。

 アマデウスの表情を引き攣らせたのは、聞き出すこと自体はあっさりとうまく行った、その話題の中身の方だった。

 

 

「…………魔物を敢えておびき寄せて、精魂が尽きるまで戦ったって?」

 

「はい……ご指導下さった、クー・フーリンさん曰く。

 宝具とは英霊そのものなのだから、サーヴァントとして戦えている時点で、宝具は普通に使える筈だと。

 そして、こうも仰っていました。

 宝具とは英霊の本能であり、下手に理性や理屈で考えてしまうと発動しにくいと」

 

「それで、本能が剥き出しにならざるを得ない状況を作ったと。

 何だいそれは、指導した奴はどれだけ脳筋だったんだよ。

 でも……まあ確かに、英霊としての能力が『本能』だというのならば、そういう力押しが正解ってのは事実なんだろうな」

 

 

 息を吸うように、心臓が鼓動を打つように。

 それそのものが『生きる』ということであるかのように、当たり前に音楽を紡いできたアマデウスには、そういう説明のし辛い感覚というものに多少の理解と覚えがあった。

 しかし、本人が日々公言しているようにアマデウスは本来荒事には向いていない、と言うより縁遠い存在である。

 理解できないと、辟易した気持ちを遠慮なく溜め息として吐き出しながら、視線だけでさり気なく振り返ったその先に。

 『成る程』と思っていることを表情だけで十分察せられる程に、人目が無ければポンと手でも打っていたであろうことが容易に想像できる程に。

 全力で納得している勇者の姿を見つけてしまい、大きな大きな二度目の溜め息がその口から零れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いついたわ、私!

 今こそくじ引きをしましょう!」

 

 

 聖人探しの本格的な道行きは、愛され王妃様のそんな可愛らしい我がままから始まった。

 

 

「……はい?」

 

「こういう時はくじ引きよね!

 アマデウス、作ってちょうだい!」

 

「くじを引きたいだけだろ、君は。

 ……まあいいか。

 わかったよ、それでグループ分けしよう。

 マスター、マシュ、何か材料になりそうなものはあるかい?」

 

「メモ帳と鉛筆で宜しければ、持参しています」

 

《立香君、マシュ、そんなことで決めちゃって本当にいいの?

 マリー様のお願いを断り辛いのはわかるけど、本当に大切なことはビシッと言った方がいいよ》

 

「ありがとうドクター、心配してくれて。

 ……でもさ、正直言って。

 この面子を振り分けるのに頭を捻っても、そうそう変わりはしないと思うんだ」

 

《……まあ確かに、守り重視とサポート型に偏っているのは否めない》

 

「だったらいっそのこと、運を天に任せてしまってもいいんじゃないかな。

 思い切った願掛けが、いい流れを招いてくれるかもしれないし」

 

 

 そう言って笑う立香の言葉を背中越しに聞きながら、くじの作成を手伝っていたリンクは、心の中でそっと呟いた。

 運命とは委ね、待つものでは無い……掴み、変えるものだと。

 しるしを書く前の白紙のメモ帳を一枚、そっと手のひらに忍ばせながら。

 密かな企てが実行に移されたのは、そのすぐ後のこと。

 ○×で二つに分ける筈だった、実際に彼以外はきちんと分かれた中でリンクは一人、どちらとも異なる白紙のくじを手に苦笑いを浮かべていた。

 

 

「このパターンは考えていなかった」

 

「も、申し訳ありません……全てのくじに、きちんとしるしを書いたと思ったのですが」

 

《マシュのミスとは限らないよ、くじは皆で作ってたんだし。

 それよりどうするんだい、このくじ引きは願掛けも兼ねていたんだろ?

 結果が思わしく無かったからってやり直すのは、逆に縁起が悪そうな気がする》

 

「でも、これだと要するに、リンクを一人で行動させるってことに……」

 

「心配いらないよ立香、俺なら大丈夫」

 

「お前の強さなら、確かにそうかもしれないけれど……」

 

 

 友人を普通に、当たり前に心配したいだけなのにそれが儘ならず、唸りながら苦悩する立香。

 そんな彼を横目に、リンクは密かに、きちんとしるしが書かれた本物のくじを小さく丸めて、口の中へと放り込んで喉を鳴らせた。

 そして笑いながら、何食わぬ顔で、未だ唸り声を上げている立香を説き伏せにかかる。

 今まで積み重ねて来た確かな実績が功を奏し、一時の単独行動を認めさせることに成功した。

 

 あまり無理をするなと、何かあったらすぐにどちらかの組に合流しろと。

 周りがついリンクの側に立って宥めにかかってしまう程に、何度も何度も念を押していた。

 言い表しようのない嫌な予感に苛まれていた、立香の勘を軽視してしまったことを。

 一同が心底後悔するのは、暫し先のこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあねアマデウス、行ってくるわ。

 帰ったら久しぶりに、貴方のピアノを聞かせてちょうだい」

 

 変わらない花の微笑みとささやかな約束に、別れの覚悟を潜ませていたマリー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美しいものしか愛せないんじゃないよ。

 人間は、美しいものだって愛せるって話だよ」

 

 クズだの、人でなしだのと悪びれなく自称するその口で、確かな美と愛の形を語ったアマデウス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖人が見つかって、ジークフリートの呪いが解けたら……改めて、きちんと話したいことがあるんだ」

 

 苦しそうな、痛ましそうな表情で、何かしらの強い決意が込められた言葉を口にした立香。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではリンクさん、また後ほど」

 

 また会えると、これで最後などにはならないと、心から信じて笑っていたマシュ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別れ際に交わしたやり取りのひとつひとつを思い返しながら、リンクは一人、その時を待っていた。

 







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連なる悔恨





 

 リンクを除いて二手に分かれた一行は、カルデアから示されるサーヴァント反応の探知情報を頼りに、各々が町を目指した。

 そうして得た収穫は、アマデウスの耳と神経に多大なる負担を伴なったサーヴァントの少女二人との遭遇と、かつてのジークフリートと同じように町の防衛に携わっていたという、求めた聖人のサーヴァントとの合流だった。

 

 

「ああ、散々だった……頭の中に、まだあの不協和音が響いてまわっている気がする」

 

《お疲れさまアマデウス、頑張ったみたいね》

 

「頑張った、本当に頑張ったよ。

 ねえマリア、後で僕の伴奏に合わせて歌ってはくれないかい?

 相当に良いものを聞かなければ、あのハチャメチャな音の余韻を消すのは無理そうなんだ」

 

《ええ、構わないわ。

 ピアノを聞かせてもらう約束、果たしてもらうことが出来そうね》

 

「……そうだね、僕も楽しみだよ」

 

「初めましてゲオルギウスさん、通信機越しで失礼します。

 私は、カルデアのマシュ・キリエライトと申します。

 仲間入りの要請にご承諾をいただき、本当にありがとうございます」

 

《こちらこそ、お声がけに感謝します。

 私の力が必要と仰られるのならば、誠心誠意努めさせていただきましょう》

 

「ちょっとー、私達はいつまで放っておかれるわけ!?」

 

「こちらのトカゲはともかく、私を無視するというのはあんまりです」

 

「何ですってこのヘビ!!」

 

「やめてくれ、これ以上騒音をまき散らされたら冗談でなく死ぬ!!」

 

 

 通信機を通じて互いの成果を分かち合った一同は、これがただの通過点であることを理解しながらも、一先ずは肩の力を抜いて笑い合っていた。

 一人を除いて。

 

 

(おかしい…おかしい…………何もかも上手くいっているのに、皆みたいに喜んでいい筈なのに。

 どうして俺は、こんなにも不安で堪らないんだ?

 どうして……何か大切なことを見逃してしまった、そんな気がしてならないんだ?)

 

「センパイ、どうかなさいましたか?」

 

「……ちょっと小イヌ、あんた大丈夫?

 顔色が真っ青じゃないの」

 

 

 まだ真名を聞けていない、気が強くて我が儘そうながらも、こうして心配してくれるからには根はいい子なのだろうと思われるサーヴァントの少女が、俯きながら震える立香の顔を覗き込み、見たものと抱いた印象をそのまま言葉にする。

 それによって、立香の様子がおかしいことにようやく気付いた一同は、それまでのほのぼのとしたやり取りを一瞬で切り上げて集まってきた。

 立香の根拠など何も言えない曖昧な不安を、否定せず、笑いもせず、真剣に受け止めてくれようとしているその様子に、立香は目の奥が熱くなってくるのを感じていた。

 言えば良かった、言って良かったのだ。

 特に何の問題も見受けられない中で勝手に不安になっているだけだと、順調な行程や皆の喜びに水を差してはいけないだなどと、変な気を使ったりせずに。

 一人で抱えてしまっていたことを、皆を信頼しきれずにいたことを心の中で謝りながら、立香はようやく呑み込み続けていた言葉を口にすることが出来た。

 

 

「何か大変なことが起こっていて、それを見過ごしてしまっている気がする……ですか?」

 

《曖昧だなあ……いや、だからって立香君の不安を否定するつもりは無いんだけど。

 もう少し、何か具体的なことは言えないかい?》

 

「その具体的な何かが言えないから悩んでたんだってば……」

 

「……………まさか」

 

「アマデウスさん、何か心当たりがあるのですか?」

 

「ねえ、マリア。

 今朝の『ピアノを聞かせてほしい』というのは、君なりの別れの言葉だと思っていたのだけれど、間違いないかい?」

 

《ええ、そうよ。

 だって私は、あなたのピアノを結局一度も聞けなかったのですもの》

 

「何でそんな、別れの言葉なんかを口にする必要があったんだい?」

 

《……魔女さんの妨害が、今度こそきっとある筈だと思ったから。

 そうなったら私は、フランスの王妃として、民を守るために身を賭すべきだと思ったから。

 …………立香さんの言う通りよ、これはおかしい。

 ジークフリートさんとの合流が見逃されたのはまだわかります、呪いが解けない限り彼はとても戦力には出来ない。

 だからこそ、彼の呪いを解くことが出来る聖人との合流は、何が何でも防がなければと考えて然るべきなのに!!

 魔女さんや、彼女のサーヴァント達の妨害が全く無いなんておかしいわ!!

 何てことなの……何の問題も無く順調だなんて、喜んでいる場合ではこれっぽっちも無かった!!》

 

「ああクソッ、やられた!!

 どうしてこの考えにもっと早く至れなかったんだ、あいつが一人で背負う性質だってのはわかっていただろうが!!」

 

「アマデウス、一体どういうことなんだ!?」

 

「リンクだよ!!

 あの馬鹿、僕達を動きやすくさせるために自分を囮にしやがった!!」

 

「まさか、ありえません!!

 リンクさんが単独行動をすることになったのは、くじでたまたまそうなったからですよ!?」

 

「その準備をあいつは手伝っていた、仕込みようはいくらでもある!!」

 

「そんな…っ!」

 

 

 血を吐くようなアマデウスの叫びによって、浮かれ気分の全てが吹っ飛んだ。

 背筋どころか魂が凍るかのような悪寒と共に、『それだ』という確信が立香の中にあった空白に呆気なく嵌まり込む。

 

 

 

 

 

『そう心配するなって、俺なら大丈夫だから。

 立香、マシュ、また後でな』

 

 

 

 

 

 そう言って笑いながら手を振り、一人背中を向けて歩いて行ったあの時の彼は、一体どんな気持ちでいたのだろうか。

 

 

「リンク!!」

 

 

 説得されてはいけなかった、自分自身の嫌な予感を信じてもっと素直に心配すれば良かった。

 後悔と自責に苛まれながらの、マスターとしてではなく友人の身を案じる一人の少年としての悲痛な立香の叫びが、英霊達の心を締め付けた。

 







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勇気ある者





 

 仲間達から離れ、この砦に一人戻ってきてから、どれだけの時間が経ったことだろうか。

 組み直した焚き火は既に灰と化していて、僅かな燻りもいつ消えてもおかしくはない。

 静かに目を瞑り、眠っているようにも見えたリンクの無防備な背中へと、背後の暗闇から音も無く、刃物の如く鋭く伸びた赤く禍々しい爪が向けられる。

 心臓を狙ってまっすぐに放たれたそれを、リンクは振り返ることすらしないまま、鞘入りの剣で打ち払った。

 

 

「……っ!?」

 

「来たな」

 

 

 リンクがそれを『敵襲』だと判断したのは、集中し、意識を研ぎ澄ませていた中で不自然に近づいてきたものを咄嗟に払いのけた後、つまりは攻撃を防いだ後のことだった。

 振り返った視線の先、仮面の異形が瞬く間に消えていった闇へと向けて剣を構えるリンクの背へと、一撃目とは異なる得物が振り下ろされた。

 瞬時に反応し、飛びのいたリンクの視界に過ぎったのは、漆黒の甲冑に全身を覆った騎士の姿。

 声にならない雄叫びを上げながら、理性の感じられない振る舞いに見合わない繊細な技術で以って振るわれる刃から、リンクは砦の城壁へと飛び付くことで逃れた。

 激戦で受けた痛手を補修もされないまま放置されて至る所が崩れている、故に手がかりや足場に困ることの無い城壁を、瞬く間にと言ってもいいほどの速さと軽快さで登り切ったリンク。

 突然の強襲から逃げた筈のその場所で、眼前に広がっていたのは青空などではなかった。

 

 退路どころか、視界全てを埋めながら立ち塞がる影は、ワイバーンなど所詮下等種であったのだという事実を、その存在のみで突き付けてくる漆黒の巨竜。

 その背には、愚か者を嘲り、見下す瞳と表情でこちらを見る、竜の魔女の姿があった。

 進む先を塞がれたリンクの右に、覚えのある顔が、男性とも女性とも判断しかねる美貌の剣士が立ち塞がる。

 それを認識し、咄嗟に振り返った左側には、苦々しげに表情を顰めるヴラド三世が。

 背後では、自分達の強襲から逃れたリンクを追ってきた、仮面の青年と黒甲冑の騎士が退路を断つ。

 邪竜ファヴニールとサーヴァント達による包囲網の完成を見届けた黒いジャンヌは、恐怖と警戒が反転した歓喜と侮蔑が込み上げるのを感じていた。

 

 

「いいわ、何て素晴らしい光景。

 ご気分はいかがかしら、勇者サマ。

 強さにうぬぼれて、自分ならば大丈夫だと思い上がって、仲間から一人離れてしまったのは、全てあなたの自業自得。

 その末に嬲り殺しにされる無念を、屈辱を、高らかに謡ってはいただけませんこと?」

 

 

 この竜の魔女を恐れなかった者を、その時の自分を縊り殺したくなる程の屈辱を与えてくれた者を、それ以上の屈辱と絶望を与えながら叩き潰す。

 そんな高揚に浸りながら、絶体絶命の少年に更なる追い打ちをかけていた黒いジャンヌだったが、その悦びは決して長続きはしなかった。

 

 

「………何よ、その顔は。

 あんた正気なの、この状況わかってんの!?」

 

 

 巨大な邪竜とそれを手足の如く操る竜の魔女、更には複数のサーヴァントに、たった一人で囲まれて。

 只人ならばそれだけで全ての望みを失い、崩れ落ちていたとしても全くおかしくはない状況で、それでもリンクは笑っていた。

 堂々と背を伸ばしながら、目の前に広がる絶望の光景をも目を逸らすことなく真っ直ぐに見据える、正しく『英雄』のような有り様で。

 

 

「それやめなさいよ……諦めなさいよ、絶望しなさいよ!!

 何なのよこれ、どうして私の方が追い詰められた気分になってるの!!」

 

 

 上機嫌に水どころか氷を入れられ、一転した不快感の中で張り上げた黒いジャンヌの怒声が、炎を交えながらまき散らされる。

 思い通りにならないことに苛立ち、癇癪のままに喚き散らすその様は確かに、マリーが気付いて指摘したような幼い子供のそれだった。

 

 

「絶望しない理由、か。

 それは当然、思った通り、狙い通りに上手くいったからだろうな」

 

「……何を言っているの?」

 

「戦力強化を整えたお前が真っ先に潰しにかかるのは、俺の方だと思っていたよ。

 竜の魔女の誇りにヒビを入れた俺を排除し、自負を取り戻さなければ、お前は先に進めない。

 竜殺しを、ジークフリートを万全にさせてしまうことの脅威を正確に把握していたとしても、譲ることの出来ない優先事項だ。

 そしてお前は、現実にこうやって、俺一人のために戦力を集中させてきた。

 今から分散させたとしても、立香達が、ジークフリートの呪いを解ける聖人や、他の味方になってくれるサーヴァント達を見つけだすのには間に合わないだろう」

 

「あんたまさか、自分から囮になったってわけ!?」

 

 

 リンクの言葉と笑顔の意味を、現状を察した瞬間に、黒いジャンヌの怒りと苛立ちはかつてない規模で爆発した。

 自分の考えや行動が見抜かれていた、嵌められた、利用された。

 そんな、屈辱を晴らすどころか追い打ちにしかならないような事実に、打ちのめされたのは確かだけれど。

 黒いジャンヌの真の起爆剤は、そことは違うところにあった。

 

 

「献身? 自己犠牲? 仲間のためなら自分がどうなろうと構わない?

 馬っっっ鹿じゃないの!?

 あの聖女サマの末路を、身を呈して尽くしても裏切られるだけだってことを知った上で、どうしてそんなことが出来るのよ!!」

 

「大切だからだよ、身を賭しても構わないと思えるほどに。

 お前の親は、お前に憎しみと復讐を刻み込んだ奴は、そういうものを教えてはくれなかったのか?」

 

「黙れ黙れ黙れ!!

 もういい、もうアンタの顔なんか見たくない、声も聞きたくない!!

 お望み通り、その下らない自己犠牲の献身とやらを、無様に成し遂げさせてやろうじゃない!!

 そいつをぶち殺しなさい、バーサーク・サーヴァントども!!」

 

 

 黒いジャンヌの言葉を受けて真っ先に飛び出したのは、顔の半分を仮面で覆い、ナイフよりも鋭い両の手の爪を振りかざす狂気のサーヴァント、ファントム・オブ・ジ・オペラだった。

 リンクがカーミラを相手に容赦なく繰り広げた、凄惨な光景の印象が脳裏に根強く焼きついていたセイバーとヴラド三世は、ほんの一瞬抱いた躊躇いが明確な出遅れとなった。

 ファントムと同じくリンクを知らず、同じ狂気を抱いていた筈の黒騎士……ランスロットまでもがその足を止めてしまったのは、狂っていたからこそ、かえって騎士としての本能が研ぎ澄まされていたのだろうか。

 

 人類史に名と存在を刻んだ怪物であり、多くの命を奪った殺人鬼でありながらも、歴戦を経た戦士ではなかったファントムは、目の前の少年の脅威を察することが出来ないまま、命じられるがままに単独で飛びかかり……その先に、一同は見た。

 繰り出された爪を剣の腹を用いて、力ではなく技でいなし、『がら空きになった』のではなく『がら空きにした』懐へと流れるように飛び込んだ歴戦の技を。

 同年代の者と比べても小柄で、華奢な方である筈の体に一瞬で漲り、筋肉と骨を軋ませ、踏み込んだ先の石煉瓦にヒビを走らせた力強さを。

 物語の登場人物という元から希薄な存在で、戦闘に優れた逸話があった訳ではなく、決して高位ではなかったけれど。

 それでも確かにサーヴァントであった者の、エーテル体の仮初めの命が、ほんの一瞬、ほんの一撃で砕かれた光景が。

 居合わせた者達の瞳と意識に、決して忘れられないであろう鮮明さで以って刻み込まれた。

 

 

「さっきの発言、ひとつだけ訂正させてもらう」

 

 

 既に半分ほど光と化して消滅してしまっていたファントムの体を、その核を貫いた剣を、まるで血でも払うかのように振るい、残っていたエーテルの残骸を散らして。

 振り返ったリンクの、熱いようにも冷たいようにも思える瞳に見据えられながら、得体の知れない恐怖と悪寒に竦み上がりながら。

 それでも必死に、懸命に、目だけは逸らすまいと努めていた黒いジャンヌに、リンクは情けも容赦も一切無しに宣言した。

 

 

「下らない献身だの、自己犠牲だのと、まるで俺が死を覚悟しているようなことを言っていたけれど。

 生憎ながら、俺にそんな気は一切無い」

 

 

 黒いジャンヌの敵意と警戒をその身に集めた時から、この展開を考慮していた。

 襲撃を警戒しながら、ようやく合流できたジークフリートが呪いに苛まれていて、新たな戦力を得る為にはもう一人サーヴァントを探さなければならないことが判明して。

 次の妨害は流石に免れないと思い、囮作戦の実行を決意した。

 昨夜の探索で、鞘付きのそこそこ良質な剣を見つけられていなくても。

 精魂尽きて、本能が剥き出しになるまで戦うことが、サーヴァントとしての力を目覚めさせるコツだと判明していなくても。

 自分は決行を躊躇っていなかっただろうし、生きてまた、立香やマシュ達に会うことをこれっぽっちも諦めてはいなかったと断言できる。

 

 自分の決意がどうであれ、剣は多少質が良いとはいってもサーヴァント相手の連戦に耐え抜くのは厳しいし、戦いの中で何かしらの力を得られなければ、そこで終わりとなることが現実なのも重々承知している。

 わかっていながらリンクは躊躇わない、何故ならば諦めていないから。

 この状況で、あのメンバーの中で、囮の役割を果たしながら生き延びてみせることが出来るとしたら、それは自分くらいだと思っていたからだ。

 ここで負ければ命が無いだなんて、世界が終わってしまうだなんて、そんなものは。

 

 

「いつものことだ。

 それに……勝手な真似をして心配かけたことを、立香達にちゃんと謝らないといけないからな」

 

 

 多くの人々を、時代を、世界を、幾度となく救ってきた矜持と自信を、密かに胸に抱きながら。

 剣を構えて凛と立つ少年剣士に、英雄達は狂った思考で、それでも否定できない程に鮮明に、『勇者』の姿を重ねていた。

 







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VS ランスロット(狂)





 

 フランス全土を震撼させる竜の魔女が、人理に名だたる英雄達が、たった一人の少年を相手に気圧されている。

 そんな空気を読まず、読めず、獣の咆哮のような雄叫びを上げながら飛び出したのは、正しく理性なき獣と化しているランスロットだった。

 得体の知れないとはいえ少年一人を相手に戸惑っていたことを、狂戦士に後れを取ってしまったことを舌を鳴らして恥じながら、黒騎士に続いて駆け出す二人のサーヴァント。

 ランスロットの猛攻を後ずさりしつつ捌きながら、その動向を横目で確認したリンクの動きが、とある地点で急に止まった。

 

 足がもつれでもしたのか、それとも何か他の不具合でも生じたのか。

 何であろうと好機を逃がす選択肢は無いと、即座に飛びかかったランスロット。

 その得物が振るわれた先から、その視界からリンクの姿が一瞬で掻き消え、驚き足を止める間もなかった次の瞬間、兜で覆われた後頭部を真上から叩きつける衝撃が襲った。

 

 第三者視点からやり取りを見ていた一同の目に、その身が貫かれていてもおかしくはないギリギリのところまで引きつけた攻撃を、背後や真横に飛びのくのではなく真上に跳躍することで避け、虚空で体を縦に回転させた勢いをそっくりそのままランスロットの頭に踵で食らわせた一連の攻防と。

 只でさえ形振り構わなかった突撃にそれまで上乗せされた勢いで以って、城砦の床石に叩きつけられたランスロットが、轟音と土煙を伴ないながらぶち破った階下へと消えていった光景が飛び込んだ。

 

 

「狂化したサーヴァント相手よ、どんな馬鹿力なの!?」

 

「違う、あそこだけ煉瓦が脆くなっていたんだ!!」

 

「だとしても、狂化で得た膂力と優れた騎士の技を併せ持っていたあの黒騎士を翻弄し、床が崩れる勢いで蹴り落とした小僧が『在り得ない』ことには変わるまい」

 

 

 彼はただの少年と侮っていい相手ではないと、規格外の存在と前提して考えるべきとすでに何度も思い知り、心がけてもいるのに。

 何度目かの驚愕を英雄達に味わわせたリンクが、生まれた隙を逃さずに身を翻して駆けたのは、その先には空が広がるのみとなっている城壁の縁。

 一瞬も躊躇うことなく虚空へと身を投げた少年に慌てて駆け寄り、彼が飛び降りたその地点から身を乗り出したセイバーが見たのは、真下に生えていた木の枝を数本犠牲にすることで無事に、一歩間違えれば死んでいてもおかしくはなかった危険な着地をあっさりと遂げていた彼の姿だった。

 

 

「地の利を把握している……追い詰めたどころか、彼が有利に戦える場所にまんまと誘き寄せられていたのは我々の方だったか」

 

「バーサーク・ランサー、バーサーク・セイバー……ああもうまどろっこしい、ヴラド三世にシュヴァリエ・デオン!!

 そんなところで突っ立って何をやっているの、追って囲んでさっさと潰してしまいなさいよ!!」

 

「生憎だが、それには応えられぬ。

 怪物と堕ち、狂気にすら苛まれた余ではあるが。

 碌な戦いが出来ないことが分かり切っている戦場に構わず身を投じるほど、底抜けの愚か者には成りきれておらん」

 

 

 忌々し気に吐き捨てるヴラド三世の苛立ちの向けどころは、英霊としての矜持を尽く折りにかかってくる少年か、それともろくに状況を把握できていないまま無茶ぶりをしてくる竜の魔女か。

 彼らの眼下では、思惑通り戦場を整えたリンクと、落とされた階下の壁をぶち破る、最短の距離と時間で戦線に復帰したランスロットの戦闘が仕切り直されていた。

 それだけならば、戦線に加わって数の利で以って容赦なく圧し潰してしまうことに、一切の躊躇いも無かったのだけれど。

 現状が、リンクが意図して整えた戦場が、その思惑を心情ではなく実利によって妨げていた。

 

 リンクが敵勢を誘導したのは砦の分厚い壁に囲まれた小さな中庭、ほんの僅かな限られた空間。

 覗き込んだまま動こうとしないサーヴァント達に苛立っていた黒いジャンヌでさえ、自身の目でそれを確認した途端に否応もなく納得するしかなかった。

 そもそも、大勢で囲んで数で以って圧倒するという戦法は、各々の動きを妨げないだけの広さがあって初めて生かせるものなのだ。

 建造物内の区画とその狭さを利用して個々の戦いしか出来ない状況に持ち込まれた上に、相手が味方の存在や共闘の利など考えもしない狂戦士で、只でさえ限られた広さの中を所狭しと暴れまわっているとなれば、味方の攻勢に巻き込まれることが目に見えている戦場にわざわざ飛び込む選択肢などある筈もなかった。

 

 砦を崩して強引に広さを確保するという手も、ファヴニールを使えば出来なくもないけれど。

 戦闘と防衛のために建造された砦は、破棄されて崩れかけているとはいっても一般的な家屋に比べれば遥かに頑丈に築かれていて、いくら邪竜とは言っても一瞬で更地に出来るような代物ではなかった。

 数の有利も、満を持して投入した筈の邪竜も、その力を発揮するどころかろくに活用できない状況にされてしまったことを。

 圧倒的な力で叩き潰してしまえばいいと、潰してしまえると思って疑わずにいた小賢しい『策』にまたしても嵌められてしまったことを。

 自身が思い上がっていたことを、流石に認めるしかなかった黒いジャンヌの噛みしめる歯が、尋常ではない音を鳴らす。

 それでもまだ彼女の矜持は折れてはいなかった、まだ楽観していた。

 

 

「ランスロットによって弱らされた頃合いを見計らって、ファヴニールで砦を潰します。

 いくらあいつが化け物じみているとは言っても、生身の人間が瓦礫の山に圧し潰されて生き延びられる筈が無い」

 

「宜しいのですか、ランスロットを巻き込みかねませんよ」

 

「この際構いません。

 ランスロットの戦闘力は確かに惜しいけれど、それであいつを確実に始末できるのならば悔いは無いわ」

 

 

 ランスロットならば、少年を十分に追い詰められる筈だと思っていた。

 せっかく導入したファヴニールを土木作業に終始させるのは悔しかったけれど、それを呑み込んで堅実な方針を実行に移しさえすれば、少年の始末は十分可能だと思っていた。

 彼の強さと厄介さを認めて観念し、プライドと油断を捨てて形振り構わなくなりさえすれば倒せると。

 邪竜やサーヴァント達が本当の本気になりさえすれば敵ではないと、所詮は一人の少年に過ぎないと、黒いジャンヌはまだ思っていた。

 

 そう上手くいくものかと、彼女の思惑に反して内心で密かに舌を鳴らせていたのは、ヴラド三世だった。

 ランスロットの猛攻を懸命に捌き続けている少年の姿を崖っぷちでの善戦と捉え、彼の心身が限界を迎えるのはそう遠くはないと黒いジャンヌは考えているらしいが、彼は違った。

 色眼鏡を捨てて、狂化されてもなお失われてはいない武人としてのまっさらな目と心で、目の前で繰り広げられる戦闘を改めてよく見てみれば、自分と戦っていた時の彼がその真価を全く発揮していなかった事実がよく分かる。

 

 彼の精神は、激戦の真っ只中で集中して研ぎ澄まされてはいるものの追い詰められてはいない、切羽詰まった焦りや焦燥は感じられない。

 名のある聖剣や神剣と呼ぶにはほど遠い剣を巧みに繰りながら、ほんの僅かな接触のみで攻撃の方向を巧みにずらし、最小限の消耗のみでランスロットの攻撃を捌いてみせている彼の余力は、傍目で見た印象から想像したものよりも遥かに余裕を持って保たれている筈。

 決して少なくはない割合で『そんな馬鹿な』とは思いながらも、考え過ぎの想い過ごしだと完全に断ずることがどうしても出来なかった予測が裏付けられたのは、そのすぐ後のことだった。

 

 

「成る程、わかった」

 

 

 狂戦士の形振り構わない猛攻を捌き続けて、とっくに精魂が尽きていてもおかしくはなかった筈の少年があっさりと言い放った言葉の意味を、黒いジャンヌ達が理解するよりも先に。

 ランスロットが攻勢に回り、少年は耐え忍ぶことに終始していたかのように見えていた、それまでの戦闘の様相が一変した。

 

 

「あんたの動きはその場、その瞬間での『最適解』なんだ。

 それがわかってさえいれば、対処法はいくらでもある」

 

 

 生まれた隙や気付いた好機を見逃さずに、最も効果的な攻撃を、最も効果的な形で食らわせる。

 繰り出される攻撃の危険性を瞬時に判断、選別し、受ける痛手が最も少なくなる形で対処する。

 そんな基本を、心身に沁みつくまでとことん突き詰めた『正攻法』を、理性や常識に囚われない獣の本能で揮うことが、狂戦士ランスロットの強さの正体であった。

 

 しかし彼は、莫大な戦闘力と引き換えに人の理性を捨てたが故に、戦いの行く末を大きく左右する重大な要素のひとつを捨ててしまっていた。

 今だってそう……彼はただ、強烈な勢いと殺気を込めながら放たれた攻撃を、それが向けられた箇所も含めて考慮した本能が、危険と判断して最優先で反応した。

 そんな、至極いつも通りの行動を取っただけ。

 だというのに、竜の魔女達の目には、鎧の足の継ぎ目を切り裂かれ、そこから血を撒きながら堪らず身をよろめかせてしまった、ランスロットの在り得ない姿が飛び込んだ。

 

 

「本気の殺気と全力を込めて、あからさまな急所を狙われたものと、まともに受けても命に係わるような傷を負う訳じゃないところへとついでに放たれたものでは、同じ攻撃でも対処の優先度が異なるのは当然だ。

 だけど……元のとは言わない、ほんの欠片でも構わないからあんたに理性が残っていれば。

 感覚と本能のみで動いてなんていなければ、こんな判断ミスはありえなかっただろうな」

 

 

 そう言って苦笑したリンクの利き手には、必殺の一撃として放たれながらもランスロットの瞬時の反応によって防がれ、滑らかな断面を披露してしまっている……半分ほどの長さになってしまった、そこらで拾った枝が握られていた。

 普通に食らっていたとしても、鎧に阻まれて先が潰れるのみで終わっていた筈のそれを、込められた本物の勢いと殺気のみに反応して最優先で防いでしまった。

 それによって、意識こそ片手間ながらも、狙いとしては間違いなく本命だったもう一方の攻撃を防ぐことが出来なかった。

 

 これこそが、戦闘の最中でリンクが気付いたランスロットの弱点。

 理性を捨てて本能の獣と化してしまった今の彼には、ある意味で正当に、馬鹿正直に、目の前で行なわれていることのひとつひとつに、その時点で得られる感覚重視の情報のみを基準に、その瞬間における『最適』な判断を下すしかない。

 行動の裏を読み合い、刹那のやり取りの中で騙し合う、今この時ではなく数瞬の先を鬩ぎ合う戦闘の『駆け引き』というものが一切出来なくなっているのだ。

 

 しかしそれは本来ならば、例え気付いたとしてもそう問題とされるようなことではない筈だった。

 正攻法とは基本をとことん突き詰めたもの、故に大抵の敵に対して通じる上に、明確かつ致命的な弱点というものが存在しない。

 それを、底上げされた力と最上の騎士の技で以って、最適解で揮い続けることが出来るという圧倒的な利点は、意思疎通や複雑な命令が出来ないなどの数多ある欠点の全てを十分補って余りあるものだった。

 

 咄嗟の搦め手に弱いと今更判明したところで、暴走気味に暴れまわっている狂戦士を相手にフェイントをしかけようなどと考えられる者が、それを実行した上で成功させられる者が果たしてどれだけいることだろうか。

 ちょっとやそっとの半端な策を巡らせようと、それを全て正面から叩き潰す圧倒的な殲滅力こそが、狂戦士というクラスの最大の特徴であり利点なのだから。

 それを可能としてしまえる程の戦士が現れてしまったことこそが、ランスロットにとってはあまりにも不運な巡り合わせだった。

 

 浅かったとは言えども足を切られ、痛みによる阻害ではなく純粋な性能の低下によって機動力が僅かに衰えた隙を見逃さず、リンクはそれまでの防戦が嘘だったかのような猛攻に反転した。

 敢えて動きを鈍らせ、守りが薄い個所を作り、狙い通りの攻撃を誘い。

 力や意識の大半を囮の攻撃に込めて警戒と反応を促し、そうして生まれた隙を逃さず。

 鎧の継ぎ目を裂ける程度の、最低限の力が込められた本命で以って、少しずつでも確実な手傷を蓄積させていった。

 平常時でも無茶ぶり扱いをされそうな繊細な技術と判断を、ほんの一瞬でも遅れれば、たった一度でも間違えれば死ぬという極限の状況で求められて。

 回りすぎた思考が焼き切れそうになる程の、限界まで研ぎ澄ませた集中力の中で、リンクはついに求めたものを掴んだ。

 

 隙を作り、わざと誘った攻撃をギリギリのところでかわしたその瞬間に、この場が深い水底に変わってしまったかのよう。

 あれだけ早い上に力強かったランスロットの動きが、膨大な水の重さに妨げられてしまっているかのように遅くなり、その一挙一動が容易く見て取れる。

 時間の流れが可視化した世界に飛び込んだかのようなそれは、激戦の只中によって研ぎ澄まされた極限の集中力と、それによって得られる膨大な情報を瞬時に処理出来る思考力、更には瞬間的とはいえ数倍の出力を可能とし、かつ耐えられるだけの身体能力が実現させた、偽りの時間操作とも言えるものだった。

 時間の流れが遅くなった中で、自分だけが変わらず動ける……そんな錯覚の世界で、リンクは誘いも陽動も無く、真正面から全力で踏み込んだ。

 

 最初から最後まで、全てを余さず見ていた筈の黒いジャンヌ達でさえ、何があったのか、何が起こったのかを、正確に理解しきることは出来なかった。

 何度目か、繰り出された攻撃をまたしても紙一重でかわしたリンクが強烈な一歩を踏み出した、その次の瞬間には。

 内側で盛大に噴いたらしい血をあちこちの隙間から滴らせながら、漆黒の甲冑を纏った体が崩れ落ちたのだから。

 

 消滅していない以上まだ生きてはいるのだろうけれど、鎧越しでも十分に把握できる程の傷の深さは、それが時間の問題だということを明確に物語っている。

 優れた武勇の逸話を持ち、狂化されたが故に遊びも手加減もなく……自分を本気で殺そうとした、戦闘特化のサーヴァントを相手の死闘を、少年は生きて戦い抜いた。

 武器の強さに頼った訳でも、特別な加護に守られた訳でもない、正真正銘の彼自身の技と力で以って。

 

 体が小刻みに震えるのを止められない黒いジャンヌは、自分が今恐れを抱いているのか、それとももはや突き抜けて感動を覚えているのかすらも解らなくなっていた。

 あの少年は、未だ必死の抵抗を続ける一部のフランス軍や、今この時にも戦力を整えつつあるサーヴァント達の対抗勢力をも上回る脅威だと。

 どんな犠牲を払ってでも、今この場で確実に始末をつけるべきだという考えを狂った思考の中で共有させたヴラド三世とデオンが、戦闘の果てにファヴニールによって諸とも葬られることも覚悟の上で、少年が立つ眼下の戦場へと参るべく、城壁の縁に足をかけた……その時だった。

 今この場での登場を誰一人として予測していなかった者が、城壁の一角に突如躍り上がり、そこに自身の旗を翻させたのは。

 

 

「リンクさん、ご無事ですか!?」

 

 

 フランス王家の輝かしさを思わせるガラスの馬に跨り、仲間の身を一心に案じながら、ここまで懸命に駆けてきたことを伺わせる必死の表情と荒い息は、これぞ正しく救国の聖女と謳うべき美しさで。

 好意ででも、悪意ででも、その有り様に一時目を奪われてしまった一同は、気付けなかった。

 

 

「A…Aa………ARTHU……R…………」

 

 

 決定的な深手を負い、このまま消滅するのみの筈だったランスロットの。

 獣のように吠えるばかりだった口が言葉を紡ぎ、力の込められた指先が土を抉り、兜の奥の瞳に再度の光が灯ったことに。

 







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反転攻勢





 

「昨夜の砦跡だ!!

 彼ならばあそこに地の利がある上に、人気が遠のいていて誰かを巻き込む危険性も少ない!!

 ……すまない、これは俺の失態だ。

 素人同然であったり、本来ならば非戦闘員の筈であったりする者が大半を占めている中で、仲間を失わせないまま勝利を得るためにはどうするべきかと、彼はそんなことを考えたのだろう。

 戦場を知る者として俺はそれに気付けた筈だった、むしろ気付くべきだった。

 呪いに苛まれて本調子ではなかったなどと、そんなことは言い訳にもならない。

 ………本当に、すまない」

 

 

 

 

 

 『責任を取って死ね』と言われれば、即座に腹を切りそうにすら思わせてしまう程の表情を浮かべていたジークフリートの姿は、かえって立香に冷静さを取り戻させた。

 

 

 

 

 

「……ジークフリートの謝罪を受ける、多分それは自虐じゃなくて事実だから。

 その分はこれからの頑張りで取り戻してもらう、だからそういつまでも落ち込むな!!

 呪いが解けて万全になったら、それまで動けなかったのは休憩だったと思うくらいに、失敗が帳消しどころか手柄がガツンと上乗せされるくらいに頑張ってもらうからな!!」

 

「リンクが自分を囮に敵を引きつけたのは事実だろうけど、でも俺は、あいつがそれで死ぬつもりだったとは思えない!!

 仲間のために自分を犠牲にするだなんて、最期を美しく飾ろうだなんて、あいつはそんな綺麗で後ろ向きな覚悟を決めるような奴じゃない!!

 色々な意味で手段を選ばなくて、どんなに絶望的に思えるような状況でも諦めずに、立ちはだかる困難を全部ぶっ潰してみせるような気持ちのいい強引さで!!

 どこに行けばいいのかも、何をすればいいのかも分からなかった俺達を、ここまで連れて来てくれたのがあいつだから!!」

 

「ジャンヌ、マリー、ゲオルギウスさん!!

 急いで合流して下さい、戦力を整えた上でリンクの助太刀に向かいます!!

 あいつはまだ生きている、今も生き延びようとしている!!

 だから、一刻も早く助けに行かないと!!」

 

 

 

 

 

 必死に吐き出したその言葉に込められていたのは、確信ではなく不安だった。

 確かに信じている友人の強さと実績を反芻し、『だから大丈夫だ』と自分自身に言い聞かせることで崩れそうな膝を保ちながら、懸命に前を見据えている。

 そんな立香の姿は、清濁を併せて多くのものを見て来たであろう英雄達からしても、十分すぎる程に眩く尊いと思えるほどのものだった。

 立香の言葉と想いに応え、動き出そうとしたサーヴァント達だったけれど、事はそう単純にはいかなかった。

 一同が気付いた頃合いを見計らったかのように現れ、行く先に立ち塞がった者達がいたから。

 

 

 

 

 

「あいつとまた顔を合わせなければならない事態をやっとの思いで回避してみれば、その先であれに負けず劣らず不愉快な存在と鉢合わせるだなんて……何なのよこの特異点は、私何か悪いことでもしたかしら!?」

 

「あっ…アンタは、カーミラ!!」

 

 

 

 

 

「ようやくお目見えできたね懐かしき御方、白雪の如き白きうなじの君よ。

 僕とあなたは、やはり特別な縁で結ばれている。

 だってそうだろう……処刑人として同じ人を二度も殺すだなんて、これが運命以外の何だと言うんだ」

 

「……あなたの顔は忘れたことがないわ、気怠き職人さん。

 でも、ごめんなさい。

 私は今とても急いでいて、あなたとお喋りをしている時間は無いの。

 大切なお友達を助けに行かなければならないの、そこを退いてはいただけないかしら?」

 

「残念だがそれは出来ない、竜の魔女が僕らを送り込んだのは君達の足止めをする為なのだから。

 心配することはないよ、友人とはまたすぐに会える。

 亡骸を見せてくれる程度の気遣いならば竜の魔女も持ち得ているだろうさ、どの程度綺麗に残っているのかまでは生憎と保証しきれないけどね」

 

 

 

 

 

 そうして、二つの望まない戦闘が始まってしまった。

 無慈悲に過ぎ行く時間に、身を焼かれているかのような焦燥によって余裕が失われてしまっているせいで、本来の実力が発揮出来ない。

 そんな、向こう側の目的が完璧に果たされてしまっている状況を、打破すべく行動に出た者達がいた。

 

 

 

 

 

「ジャンヌ、提案があります。

 私の馬をお貸しします、だからあなたは一足先にリンクさんの下へとお向かいになって。

 強い護りの力を持つあなたとリンクさんならば、他の皆が駆けつけるまで、竜の魔女達を相手に持ち堪えることも出来る筈」

 

「何を言っているのですかマリー、戦闘では宝具頼りのところが大きいあなたが肝心のそれを手放すだなんて!!

 殿ならば私が努めます、リンクさんの下へはあなたが向かってください!!」

 

「ダメよ、あなたも本当はわかっているのでしょう?

 彼は……サンソンは私を決して逃がさないわ、望み通りこの首を落とすその時まで。

 それは逆に言えば、私さえ逃がさなければ、足止めを突破する者がいたとしても彼はそれを見逃すでしょう。

 ジャンヌ、私の大切なお友達、あなたを信じているわ。

 だからお願い……リンクさんを、私達の大切なお友達を、どうか助けに行ってあげて」

 

 

 

 

 

「ああもうっ、どいつもこいつも馬鹿ばかり!!

 友達がピンチなんでしょう!?

 それをわかっていながら何をモタモタしているわけ、おかげで頭が痛いったら無いわ!!

 そもそも最初から、アタシとこいつの因縁に横やりを入れられている時点で気に食わなかったのよ!!」

 

「横やりとは何のことですか、ランサーさん!?

 カーミラと敵対したのは、私達の方が先で……」

 

「察しが悪いわねえ、仕方ないから教えてあげるわ!!

 アタシの真名はエリザベート、鮮血魔嬢エリザベート・バートリー、いずれ血の伯爵夫人へと至る者!!

 あまりにも愚かな、大嫌いな未来の自分を殺せる、今のアタシはそんな最大のチャンスを前にしているの!!

 それをこれ以上邪魔するようならアンタ達の方から殺すわよ、いいからさっさと行きなさい!!」

 

 

 

 

 

 その心意気を汲んだ上で、その者達をただの捨て駒とはさせない為に動いた者達もいた。

 

 

 

 

 

「案ぜられることありません聖女殿、妃殿下は私がお守りします。

 守護を司る者、聖ゲオルギウスの名にかけて、必ずや。

 そして、万事上手くいった暁には、くだんの友人をご紹介いただけますか。

 かの人を想うあなた達の様子を見ているだけでわかります、とても素晴らしい方なのでしょう」

 

「……ええ、それはもう。

 ありがとうございます、聖ゲオルギウス様」

 

 

 

 

 

「ああもう最悪だよ、何でこの僕がよりにもよって騒音発生器のサポートなんてしなきゃいけないんだ!!」

 

「トップアイドルに対して何なのよその言い草は、別に頼んでないわよ!!

 と言うか本当に訳が分からないわ、何でアンタ残ったりしたわけ!?」

 

「昨夜過ごした砦と言っても君はその場所を知らないだろう、一人残していったりしたら後で合流出来ないじゃないか」

 

「…………何よそれ、馬鹿じゃないの?

 アタシはカーミラと同じ反英雄、倒されるべき怪物よ。

 アタシ知らないわよ、勝手にそんな真似をしたせいで、アンタがマスターに見限られたって!!」

 

「そのマスターの意向を汲んだ結果がコレなんだよ。

 なかなか踏み出せずにいた理由が、君を一人で置いていくのを躊躇っていたからだってことに気付いてなかったの?

 後でちゃんと話してみなよ、反英雄だの怪物だのって真面目に難しく考えていたのが馬鹿らしくなるからさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな流れを経て、友人に託された宝具に跨り、偉大な先人に背を押されながら駆けたジャンヌは、徒歩な上に本調子にはほど遠いジークフリートを同行させている立香達の組よりも先に、目的の砦近くへと辿り着いた。

 道中のジャンヌには、少し離れたところで一旦足を止め、立香達と合流するのを待って戦力と態勢を整えた上で動くことを、堅実な選択肢として視野に入れていたのだけれど。

 そんな悠長な考えは、遠目にもわかってしまう程の異変を目の当たりにした瞬間に吹っ飛んだ。

 ワイバーンや骸骨兵などはその尾を振るだけで潰せてしまえそうな漆黒の邪竜が、砦の一角にその巨躯を乗り上げさせている光景に加えて、未だ遠い故にかすかながらも、凄まじい戦闘の音までもが聞こえている。

 

 

「リンクさん!!」

 

 

 邪竜がこの状況を静観している違和感を無意識にすっ飛ばして、戦闘音が聞こえるからには彼はまだ無事なのだという喜ばしい事実のみを受け止めて、ジャンヌは残り僅かな行程を全力で駆けた。

 宝具の馬だからこその早駆けと跳躍で砦の一角へと一息で躍り上がったジャンヌは、状況を把握すると同時に如何様にも動けるよう、宝具たる旗を振りかざしながら声を張り上げた……その次の瞬間。

 見開かれたジャンヌの視界は、見知らぬ漆黒の鎧騎士が獣の咆哮を上げながら襲いかかってきた、そんな想定外の光景で埋め尽くされていた。

 

 

「ジャンヌ、逃げろ!!」

 

 

 聞こえてきたリンクの声は予想以上に元気そうで、間に合ったと、無事で良かったとホッとして。

 眼前に迫った黒騎士の体が鎧越しでも分かるほどの血に塗れていることに気付き、一人でサーヴァントを相手に戦った上に、これ程の痛手までをも与えていたのかと驚き、彼はやはり凄い人だと再認識して。

 何故か異様な速さで回るだけでなく、冷静な上にずれている己の思考回路に、時間が遅くなっているかのような謎の感覚に疑問を抱き、そして気付いた。

 これは、死という絶対の危機に瀕した生命が、その間際でどうにか活路を見出そうとしている、そんな生存本能が生み出したほんの僅かな最後の猶予だと。

 

 この感覚を、命の危機を何度も乗り越えてきたような戦士ならば、この長いようで実際にはほんの一瞬でしかない猶予を生かし、回避なり反撃なりに転じてみせたのだろうけれど。

 旗持ちであり、指揮官であり、多くの兵を鼓舞して勝利へと導いたカリスマの持ち主ではあっても、歴戦をその身で乗り越えてきた戦士ではなかったジャンヌには、それはあまりにも酷な話というものだった。

 ジャンヌを守り、その力となるという命を主から下された硝子の馬が咄嗟に割って入りはしたものの、美しくはあっても頑強だとは決して言えないその身では、最後の命を燃やしながらの騎士の攻撃を防ぐことは出来なくて。

 硬質な音を響かせ、光を反射して煌く大小の破片を散らせながら、殆ど衰えることのなかった黒騎士の攻撃は、防ぐことも避けることも出来なかったジャンヌの体にもろに叩き込まれた。

 

 一瞬で霞み、遠のいた感覚と意識の中に、辛うじて飛び込んでくるものがあった。

 死に体の攻撃では致命傷までは至らせられず、ならば止めの追撃をと得物を振り上げた黒騎士の兜とその下の首が、光の一閃が世界を裂いた後に、体から離れて零れ落ちた光景が。

 エーテルの光と化して瞬く間に消滅した甲冑の向こうで、剣を振り切った体勢のまま息を荒げていたリンクの姿と、その手に握られていた剣の、薄っすらと青く輝く美しい刀身が。

 何の前触れも無く轟いた邪竜の咆哮が、頑強な砦が瞬く間に崩壊していく轟音と衝撃が、自分達を目がけて食らいついてくる杭のような牙が並ぶ口が、そんな状況で逃げることも避けることも出来ない自分へと懸命に手を伸ばすリンクの姿が。

 ジャンヌが最後の意識の中で見て、聞いて、そして覚えていた全てだった。

 







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竜の奮闘

 

『ますたぁ、このまま真っ直ぐで宜しいのですか?』

 

「うん、大丈夫!!

 ありがとう清姫、君がいてくれて本当に助かったよ!!

 無理させてごめんね、俺が出来ることなら後で何でもお礼をするから!!」

 

『お礼なんていりませんわ……私はますたぁのお役に立って、ますたぁに喜んで頂けるだけで十分に幸せですもの。

 で、でも、その上で敢えてご褒美を頂けるのならば……あの、添い寝などをお願いできれば、もう思い残すことはないのですけれど』

 

「そ、添い寝って…女の子相手にそれは流石に……………今の姿ででも良ければ、それなら何とか」

 

《良くないよ、むしろ大問題だよ、傍から見れば捕食寸前シーン以外の何ものでもないからね!?

 僕嫌だからね、立香君がいつ絞め殺されるかそれとも頭から丸呑みにされるか分からない不安に苛まれながら眠れない夜を過ごすのは!!》

 

『失礼な、私が大切なますたぁを食い殺すような躾のなってない龍に見えるのですか?』

 

《愛する人を、裏切られた怒りと憎しみのままに焼き殺したのが君の逸話じゃないか!!》

 

「落ち着いてよドクター、それは相手の男が清姫の真剣な気持ちを適当にあしらったからだろ?

 清姫が怒るのは当然だと思うんだ……まあ、その末に殺しちゃったってのは確かに怖いけど。

 素の清姫は間違いなく良い子だし、良い人だけど怖いってのは他のサーヴァント達にもよくあることだし。

 嘘をつかないで誠実にってのが清姫がマスターに求めるもので、それに応える限り力を貸してくれると言うのならば、俺はそれを信じようと思う」

 

『ああ、ますたぁ……嬉しいです、私嬉しい。

 この姿を目の当たりにして逃げるどころか、頼りにして下さって、信じるとまで言って下さるだなんて。

 清はどこまでも、いつまでもお供をいたしますわ……っ!』

 

「ちょっ…清姫、嬉しいのはわかったからそう無暗にくねらないで!!」

 

「蛇の体の上でバランスを取るのは結構難しいんです!!」

 

『あらごめんなさい、私ってばつい気が昂って。

 掴みどころが無くて申し訳ありませんが、頑張ってしがみついて下さいな』

 

 

 かつて愛する人を焼き殺した忌々しい大蛇の姿で、それでも清姫の心はかつてない程に満ち足りていた。

 回避できなかった戦闘の中で昂り、火を吐く大蛇へと転身して敵を一掃した清姫に、一瞬唖然と立ち尽くした立香は、誰一人として予想しなかった言葉を開口一番で吐き出した。

 

 

 

 

 

『ごめん清姫、乗せて!!

 女の子相手に失礼だとは思うんだけど、緊急事態なんだ!!』

 

 

 

 

 

 敵を一瞬で消し炭にした大蛇をそれでも『女の子』と言い切って、『竜』を相手に条件反射で警戒したジークフリートを『味方だから!』と落ち着かせて。

 本でしか見たことがなかった蛇の現物、それも超特大サイズをいきなり前にしたことで硬直してしまったマシュを、ペットショップの触れ合いコーナーで触ったことがある、ひんやりスベスベして気持ちよかった、顔だって結構可愛いと、実体験を用いながら一生懸命に宥めて。

 成り行きでしかなかった同行で、冷たい表情と態度を取っていた清姫の瞳と表情が一転して愛と喜びの炎で滾り出すさまは、普通に見ているだけで気づけるほどに解りやすいものだった。

 

 そうして、切羽詰まっているが故に何の嘘も飾りもない、誠実な本心を真正面からぶつけることで信頼を……通り越した熱く重すぎる熱情を得ることに成功した立香は、新たな仲間の献身的な協力によって、大柄な負傷者を抱えている状況にもかかわらず、スタートダッシュの遅れを十分挽回できるほどの速さで行程を縮めることに成功していた。

 この調子ならば、マリーから宝具を借りて先行したジャンヌに追いつけるかもしれない。

 半々の期待と焦燥に駆られつつも、清姫が精一杯に急いでくれていることを理解して、叫びたい気持ちを呑み込みながら。

 懸命に急いだ立香達の目に飛び込んだのは、自分達が間に合わなかったことを突きつけられる絶望的な光景だった。

 

 長い首と尾を振り回し、鋭い牙が並んだ口から魂ごと竦ませるような咆哮を上げているのは、名高き邪竜ファヴニール。

 忘れようにも忘れられない怨敵の姿を目にしたジークフリートが、思わず身を起こしながらその名を叫んだ。

 たった一晩ではあったけれど、仲間達と過ごす心穏やかな時間を守ってくれた砦が、土煙を漂わせながら無残な残骸と化している。

 竜の巨大な四肢が踏み締めているそこに、その瓦礫の下に仲間達が今もいるのではないかという不吉な想像を、立香達はその脳裏に過ぎらせてしまった。

 

 

「リンク、ジャンヌ!!」

 

「邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る」

 

 

 四肢が割かれるような苦痛に構わず、剣を抜いたジークフリートの口から宝具発動の詠唱が紡がれ始める。

 呪いに苛まれる体を圧した彼の気概を察した清姫は、それに応え、十分急いでいた体に更なる鞭を打った。

 少しでも距離を詰め、少しでも多くの痛手を敵に与えられるようにという献身に気付いたジークフリートは、彼女を一時でも竜種と恐れて疑ってしまったことを悔いて詫びながら、今の体で出せるだけの力を込めて竜殺しの剣を振り下ろした。

 

 

「撃ち落とす、『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 

 振り抜いた剣から放たれた閃光の軌道は確かにファヴニールを捉えていたのだが、放つ地点がやはり遠すぎたのか、迫る危険を察知して飛び立ったファヴニールの尾の先を掠めるに留まってしまった。

 

 

「ジークフリート!?」

 

「俺に構うな、行け!!」

 

 

 今の一発で力を使い果たし、体勢を崩したジークフリートへと咄嗟に手を伸ばそうとした立香だったけれど、道連れを増やしかねない危険な気遣いは当の本人によって拒まれた。

 高速で走っている乗り物から生身で放り出されるという、本来ならば立派な大事故である筈の事態を看過してしまいながら、彼は強い護りの力を持っているのだから大丈夫だと自分自身に言い聞かせながら、立香は必死に前のみを見据える。

 ジークフリートの攻撃を受けて空へと逃れたファヴニールが降りてきて、再びの戦闘となる可能性も考えた立香達の危惧は、ファヴニールが予想に反してあっさりと飛び去って行ってしまったことで杞憂に終わった。

 その背に数人分の人影が見えた気もしたけれど、今はそれを気にかけている場合ではない。

 ようやく辿り着いた砦跡、今や本当にその言葉通りの場所となってしまった瓦礫の山へと、ほんの僅かな希望の光を懸命に握りしめながら踏み入った。

 

 

「リンクさん、ジャンヌさん!!」

 

「いるんなら返事をしてくれ!!」

 

 

 声が返ってくることを、見つかることを望みながら、それと同じくらい、見つからなければいいとも思っていた。

 あんな恐ろしくて巨大な竜に襲われた場所になんて居ないでほしいと、どこか安全なところに避難してくれていればと。

 全くの相反する想いを、どちらも同じくらいに強く抱くという奇妙で不可解な感覚を味わいながら、必死に声を張り上げる。

 その真剣な気持ちに応えるかのように、研ぎ澄ませていた立香達の意識と耳に、少し離れたところの瓦礫が不自然に崩れる音が聞こえてきた。

 急いで駆け寄ったその場所に、立香達は希望と絶望の光景を見た。

 

 

「………立香さん、マシュさんも?」

 

「ジャンヌさん、良かった……っ!!」

 

「あなたがジャンヌですか。

 運の良い方ですね、大きな瓦礫が支えとなって出来た空間にすっぽりと入り込んでいたおかげで、大した怪我も無さそうで。

 それはそうと、確かお仲間はもうお一方いらっしゃったのでは?」

 

「そっ……そうです、リンクさんはどこですか!?

 黒い甲冑のサーヴァントが、ファヴニールが突然襲いかかってきたんです!!

 リンクさんは、私を守ろうとして…………………」

 

 

 ぼやけていた意識がハッキリすると同時に声を上げたジャンヌは、気づいてしまった。

 立香達が沈痛な表情を浮かべている理由に、自分の手が無意識に握りしめていたものの正体に。

 リンクが初対面の時から身に着けていた外套……特に何の変哲もなく、時にフードの役割も果たしていたそれが、半分ほどの大きさになってそこにあった。

 歪な切れ目が、鋭く巨大な牙に噛み千切られたもののように見えてしまったのは気のせいなどではないと。

 悲しみも絶望も突き抜けたことでかえって落ち着いてしまった思考が、残酷なほどの冷静さで告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませ、ジャンヌ。

 首尾は如何ほど……その様子では、わざわざ尋ねるまでもありませんでしたな」

 

「ええそうよ、私の復讐を愚弄した愚か者をファヴニールの餌にしてやりました。

 終わってみれば何とも呆気なかったわ、私ってばどうしてあんな奴を気にかけたりしたのかしら。

 …………ええそうよ、あんなものはただの気の迷い。

 竜の魔女が、この私が、たった一人の子供に怯えさせられるだなんてあり得ないんだから」

 

「ジャンヌよ、如何なされました?」

 

「いいえ、何でもありません……そうよ何でもないの、あいつはもういないんだから気にすることなんてないの。

 早々に忘れなさい、気持ちを切り替えるのよジャンヌ・ダルク。

 …………フランス中のワイバーンを集めます、あの目障りな聖女一行をさっさと片付けて殲滅の遅れを取り戻すわ。

 それとジル、あなたの海魔を100匹くらい召喚して寄こしてくれません?」

 

「構いませんが、何に使われるのですか?」

 

「ファヴニールが一向に落ち着かないの、もうこの際だから適当なところで暴れさせてやろうと思いまして。

 ……一人食べただけであそこまで興奮するなんて、よほど血に飢えていたのね。

 少し温存させすぎたかしら」

 

 

 とある理由から、人生経験と認識の蓄積が極端に少ない黒いジャンヌは、分からなかったし思いもよらなかった。

 生物を最も凶暴にさせる、形振り構わなく暴れさせるのは、破壊欲でも加虐心でもなく、自らの生存を脅かすものを間近にしてしまった恐怖だということを。

 瞳に、脳裏に焼き付いて離れない青い刀身の幻影を振り払うかのように暴れるファヴニールの牙は、未だ誰の血にも濡れていなかった。

 




 立香の蛇に関する所感は私自身のものです、爬虫類可愛い。

「やべえ、何か食われたと思われてる……体内ダンジョン期待されてる、どうしよう」
 ……と少し悩みましたが、コメントを参考にはしてもそれで作品をブレさせてはいけないと思いまして、元々のプロットで行きました。
 今後とも、期待の全てを掬い、応えていくことは多分出来ないと思いますので、読者の皆様はどうかご了承ください。
 コメントそのものに関しては、いつも楽しみにさせていただいています。



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決戦前夜の語らい





 

 その後立香達は、遅れて合流してきたマリー達とも力を合わせて、ギリギリまで周辺の捜索を続けたのだけれど。

 それも、日暮れを見計らって切り上げさせられた。

 まだ全部を探し切った訳ではないと、必死になって追い縋ろうとする立香とマシュを、ロマニは有無を言わさず一蹴した。

 いつも優しく穏やかな彼が、あり得ないような厳しさを発揮することができたのは、それが立香達の為だったから。

 見つからないままならば希望が持てる……実は自分達が辿り着く前に逃げていて、どこかで無事でいるのではないかと思うことだってできるから。

 事態を楽観することができなかったロマニは、希望の可能性を消さないことを、立香達の心を少しでも慰められる余地を残すことを選択した。

 

 

《…………ごめんね、リンク君》

 

 

 君を想っていた立香達の気持ちは本物だと、それを諦めさせたのは自分だと、恨むのならばどうか自分だけにして欲しいと。

 許してもらうためではなかった謝罪の言葉は、あまりにも虚しく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジークフリートの解呪が無事に行われ、仲間が増えたことで戦力が整い、オルレアンこと竜の魔女の本拠地への進撃を決めた夜。

 昨日共にいた人が、今日も当たり前にいる筈だった人の姿が無いという現実が、古参組の者達を落ち込ませている。

 その一人だったマシュが、少しでも気持ちを落ち着かせようと、人気の多い野営地を離れて少し歩いた先。

 森から抜けた開けた場所にて、彼女は思わぬ人の姿を見つけた。

 

 

「アマデウスさん?」

 

「マシュじゃないか、君も夜の散歩かい?」

 

「はい……少し、一人になろうと思いまして」

 

「相当参っているみたいだなあ、マリアもだよ。

 結局一度も名前で呼んでもらえなかったって、もう自分は誰かと約束なんてしないほうがいいんじゃないかって。

 ……馬鹿じゃないかって言ってやったよ、最初から叶える気もない約束なんて誰がするもんか。

 大切な約束だからこそ守ろうと頑張って、だからこそ、それが叶えられなかった時に辛くなるんだってのに。

 それをまるで、呪いでもかけているかのように言うなんて……約束を守ろうと努力した人や、その想いに対してあまりにも失礼すぎる」

 

 

 一見厳しく、突き放しているかのようなその物言いは、アマデウス自身の想いも込められた、分かり辛い思いやりに満ちたもので。

 それを感じ取ったマシュが、気落ちしていたことをほんの一瞬だとしても忘れて笑みを浮かべてくれたことに、アマデウスは密かに安堵した。

 

 

(この調子なら、明日は問題ないかな)

 

 

 立香やジャンヌ達は、恐らく大丈夫。

 今夜一晩は落ち込むとしても、決戦の朝を迎える頃には、避けることも目を逸らすことも出来ない現状へと立ち向かう為に、自分達をここまで導いてくれた人の行いを決して無駄にしない為に、前を見据えて立ち上がれるようになっていることだろう。

 やかましくて、少しずれていて、それでも元気付けたいという気持ちは紛れもない本物だったエリザベートと清姫の、ゲオルギウスのさりげないフォローを受けながら一生懸命に皆を励まそうとしていた姿と心意気が、アイドル活動というよりは漫才のようだった陽気で笑えるやり取りが、野営地を抜け出してきた時点で既にある程度の効果を発揮していたようだし。

 塞ぎ込むあまりに、周りでそんな賑やかなやり取りが繰り広げられていたことにも気づいていなさそうな、例え一時だとしても切り替えることが下手そうなマシュだけが心配だったのだけれど。

 それも大丈夫そうだということを確認できたアマデウスは、不安要素の最後のひとつが解消したことにほっと胸を撫で下ろす。

 

 そう、『最後のひとつ』……皆の落ち込みが杞憂であることを、アマデウスは確かな証拠もないままに、それでも一点の疑いもなく確信していた。

 だからこそ抱いていた、後悔や自責の念に代わる不満や苛立ちを、少しの間だったけれど偽りない問答を語り合ったマシュが野営地の方へと戻っていった頃を見計らって、昨日の夜の意趣返しも込めて、少し離れたところの物陰へと遠慮なくぶつけてやった。

 

 

「さてと……そこに隠れてる奴、何か言いたいことはあるかい?

 許す気も納得する気も無いけれど、とりあえず聞くだけはしてやるよ」

 

「……何も言わずに勝手な行動をしたのは確かに悪かったよ、ちゃんと合流して謝るつもりだった。

 囮の方はともかく、身を隠すことになったのは俺だって不可抗力だったんだからな?」

 

「不可抗力って、どんな想定外があれば君ほどの実力者がそんなことに…………………」

 

「……アマデウス、どうかした?」

 

「あ、いや…………どうやら無事に能力を開放できたみたいだね、何よりだよ」

 

「まだまだ万全には程遠いけどな。

 それでも、竜の魔女やその配下達を相手に、問題なく戦うことくらいは出来ると思う」

 

「だとしたら、皆を悲しませるのを承知の上で、敢えて身を隠さなければならなかった理由ってのは一体何なんだい」

 

「いくら俺でも、目の前に居ない敵は倒せないってことだよ」

 

「…………あ~、つまり?

 君の正体と、君が健在だということが相手方にバレると、尻尾を巻いて逃げられると?」

 

「魔女は気合いとプライドで踏ん張るかもしれないけれど、竜の方は間違いないだろうな。

 ああいった邪気の塊から生じたような存在に対して、俺の剣は天敵もいいところだ。

 それをいきなり目の前に突きつけられて、初めてかもしれない本当の命の危機を感じたことで恐慌状態に陥って……そこで対象を排除する方向に動いたのは、それまでのあいつが圧倒的な強者の側で、そういう時にどうすることが最善なのかを知らなかったから。

 

 だけど、今のあいつは既に学んでいる。

 敵わないと思う時には逃げればいいんだという、命あるものにとっての当たり前の生存戦略を。

 機動力に関しては、向こうの方が圧倒的に上なんだ。

 そんなことになったら戦況は一気に泥沼化して、収められるまでに時間がかかり、それまで余計な犠牲者が出続けることになる。

 それをさせない為には、俺はもういないと思わせて油断を誘った上で、一気に攻め切るしかない」

 

「………何か、君を助ける為に急いで駆けつけようとした行いが、色々と裏目に出たような感じがする。

 もしかして僕達は、余計なことをしてしまったのかな」

 

「まさか、そんなことは絶対に無い!

 俺の力を開放するには、自分自身を追い込むだけでは無理だった。

 俺の為に駆け付けてくれたジャンヌを守らなければと、本当の本気で必死になった気持ちが、最後の決定的な一押しになったんだから。

 砦の倒壊に巻き込まれながら、気を失って逃げることも自衛することも出来ないジャンヌを庇いながらの戦いは、いくら俺でも無茶だったよ。

 立香達が間に合って、ジークフリートが蝕まれた体を押して剣を揮って、竜を追い払ってくれたおかげで本当に助かったんだ。

 あれが無かったら、俺かジャンヌか、少なくともどちらかは無傷では済まなかった。

 決戦の日を、例え別行動だとしても、誰一人として欠けることなく万全の状態で迎えることが出来たのは、全員が全力で頑張ったおかげだと俺は思う」

 

「………ありがとう、他でもない君にそう言ってもらえるとホッとする。

 さっきの発言を少し訂正しよう、許す気は相変わらず無いけれど納得はできた。

 後で全員から盛大に怒られること、味方がいなかったとしても甘んじて受け入れること。

 この二つの条件と引き換えに、君の単独行動には目を瞑ってやるよ」

 

「その辺りは大丈夫、既に覚悟はしてあるから。

 ……そろそろ行くよ、アマデウスもいい加減に戻らなきゃいけない頃合いだろうし」

 

「ああ、ちょっと待って!

 ……ほらこれ、持っていきな」

 

「…………オカリナ?」

 

「音楽魔術が使えたのは確認済みなんだろう?

 ささやかな餞別って奴だよ、僕の私物ということで何かしらの補正が期待できるかもしれないし」

 

「ささやかなって……細工は上品で繊細だし、手入れも丁寧にされているみたいだし。

 もしかしなくてもこれは、アマデウスにとって大切なものなんじゃないのか?」

 

「まあね、ぶっちゃけ僕の音楽の原点」

 

「そんな大事なものをポンと渡すな、これから戦いに行くってのに困る!!」

 

「だからだよ。

 皆と一緒にいる僕のところにちゃんと戻ってきて、ちゃんとそれを返すこと。

 いいね、約束だ」

 

「…………ああ、約束する」

 

「行ってらっしゃい、武運を祈っているよ」

 

「お互いにね」

 

 

 そう言って笑った次の瞬間には、迷いも未練も躊躇いもなく、あっさりと踵を返して去っていく。

 その姿は既によく知っている彼のものの筈なのに、感じ入るのを、心を揺さぶられるのをとめられない。

 そんな緑衣の後ろ姿を、アマデウスは言葉も無いまま、見えなくなるまで送り続けた。

 







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狩人と獲物





 

 戦力と心の準備が整い、満を持してオルレアン進攻を開始した立香達が選んだ作戦は、戦力を集中させた上での真正面からの中央突破だった。

 最終決戦に備えて、フランス中に散らせていたワイバーンの全てを呼び寄せた黒いジャンヌの思惑は、その決断によって勢いを削がれることとなる。

 倒した傍から、次から次へと新手が補充されるという状況は確かに厳しいものの、竜殺しの英雄たるジークフリート迄もが加わったサーヴァントの集団を相手に、ワイバーンの群れなどはもはや敵ではない。

 敵を倒すのではなく障害物を排除すると表現した方が正しい勢いで、竜の屍の山を築きながら先を急いでいた一行の前に突如現れた森が、ワイバーンの群れよりも余程効果的にその歩みを止めさせた。

 

 

「この森には見覚えがあります、ここを越えさえすればオルレアンはもうすぐそこです」

 

「ジャンヌ、この森がどれくらい広かったのかはわかる?」

 

「決して小さいとは言えない森だったと思います、迂回しようとすればそれなりに時間がかかってしまうでしょう」

 

《ならばいっそのこと突っ切ろう、ワイバーンが集まりきってしまう前に一気にケリをつけた方がいいからね。

 木の枝が邪魔をしてワイバーン達の襲撃が少しは落ち着くかもしれないし、これは結構いい案かもしれな》

 

「ちょっと待って、それはダメだ。

 多少時間がかかったとしても迂回した方がいい、待ち伏せされている」

 

 

 自身の発言を遮りながらの、明らかな確信が込められていたアマデウスの強い声に、一瞬呆けたロマニは慌てて測定器の数値を確認し始めた。

 素っ頓狂な声が上がったのは、そのすぐ後のこと。

 

 

《うわほんとだ、森の奥にサーヴァント反応を確認!!

 辛うじてそうだと判断できる程度に微弱なものだけど、これは相手が弱いからではなく、単に距離が離れているからだろう!!

 アマデウス、どうしてわかったんだい!?》

 

「僕の耳がいいのはもうわかっていることだろう?」

 

《限度ってものがあるよ、一体何が聞こえたってのさ!!》

 

「今はそんなことを追及している場合じゃないだろ、聞こえたものは聞こえたんだ。

 どうするマスター、ワイバーンに襲われつつ時間をかけながら森を迂回するか、サーヴァント戦を覚悟して森を突っ切るか。

 決めるのは君だよ」

 

「……迂回しよう、この面子ならばワイバーンはもはや脅威じゃない。

 下手にサーヴァントを相手にして、それが想定外の強敵だったらそっちの方がよほど大変だ」

 

「堅実かつ賢明だね、悪くない。

 そのサーヴァントが竜の魔女によって召喚されたものならば、彼女を倒すことで自然と消滅するだろうし。

 ここは放置して問題なし、先を急ぐとしよう」

 

 

 決戦前の余計な戦闘を回避するという見事な戦果を挙げたアマデウスは、仲間達の驚嘆の眼差しを受けながら、内心でこっそり誰とも知れぬ敵サーヴァントに対して同情していた。

 魔力反応の測定器でギリギリ測れるかどうかの距離を置いた生体音を聞き取れる、そんな正しく化け物じみた耳は流石に持っていない。

 彼が聞き取ったのは、『音』ではなく『音楽』だった。

 木々の枝葉の向こうから微かに聞こえてきた旋律を、音楽家としても、個人としても、聞き逃すことは出来なかった。

 『彼』が曲を奏でているということの意味を考え、咄嗟に口にした可能性がたまたま的を射ていた。

 真実は、ただそれだけのこと。

 

 陰ながら露払いに務めているらしい彼を邪魔するまいと、さりげなく迂回を推奨したアマデウスの気遣いは、選択肢への影響という点ではあまり意味が無かったものの、実は時間の短縮という面で多大な貢献を果たしていた。

 サーヴァント戦を覚悟して森を突っ切る選択をしていたとしても、途中で謎の霧に巻かれて方向感覚を失い、元の場所に戻ってきてしまうということを繰り返し、時間だけを無駄にした末に、結局は迂回することを選ばされていた筈だから。

 微弱なサーヴァント反応の発生地、森の深部では、獣の耳と尾を携え、俊足を誇る狩人の女性が憔悴していた。

 

 

「一体何なんだ……何が起こっているというんだ、この森は!?」

 

 

 召喚主である魔女の命で待ち伏せと奇襲の為に身を潜めるまでは、ここは確かに普通の森だった。

 気温に寒暖差があった訳でもないのに急激に発生し、異様な濃度で立ち込め始めた霧に嫌な予感を感じて、完全に巻かれる前に振り切ってしまおうと、自慢の俊足で駆け出した頃には既に手遅れ。

 霧の結界は純粋な視界どころか、方向感覚やあらゆる認識そのものまで狂わせていたらしい。

 言いようのない恐怖と不安を必死に押しとどめながら、この場から脱することが叶いさえすれば壊れても構わないかのような勢いで両足を酷使しながら、ただひたすらに直進していた筈の眼前に見覚えのある枝ぶりの木が現れる。

 薄々予想してはいたことを事実として突きつけられ、消耗していた心身に止めの追い打ちをかけられた彼女は、思わずその場で膝を折ってしまった。

 まるで、この森そのものに『迷い』という概念が施されてしまったかのよう。

 何処からか聞こえてきて、霧の中で響き合っているかのように思える謎の音色が、人や状況によっては思わず踊り出したくもなりそうな陽気で軽快な旋律が、今の彼女にとってはひたすらに忌々しく、そして恐ろしかった。

 

 

「くそっ……何者だ、霧の結界を築くとはさてはキャスター枠のサーヴァントだな!?

 臆病で卑怯な魔術師め、隠れていないで出てこい!!」

 

 

 この現象を作り出した敵は必ず近くにいる、成すすべもなく膝をついたこの身を嗤いながら見ている、魔術師とは大概がそういう連中だ。

 そう考えた彼女は、頭に血が上った勢いのままに弓を取りながら立ち上がり……どこからともなく放たれた強弓が、無防備に晒された一瞬を逃すことなくその霊核を貫いた。

 自らの胸に深々と突き刺さった矢に、命中するその瞬間まで気づけなかった見事な一射に。

 徐々に薄れゆく意識の中で、女狩人が自嘲の笑みを浮かべる。

 

 

「………ああそうか、そういうことか。

 狂化とは恐ろしいものだな……他でもないこの私が、狩人の技と魔術師の卑怯な罠を見誤るなんて。

 狩人として討たれるのではなく、獲物として狩られる無様な最期も、今の私にはお似合いだ」

 

 

 獲物を心身共に追い込み、消耗した末に隙を晒す決定的な瞬間を待ち構える。

 極限状態でも気を抜かず、隙を作らず、逃げ切るもしくは反撃に転じる好機を辛抱強く伺い続ける。

 それが狩る者と狩られる者の命をかけた鬩ぎ合いであることを、神話に名高き名狩人であるアタランテは、よく知っていた筈なのに。

 追い詰められた状況で我慢できず、冷静になれず、後先考えない行動に移ってしまった自分は、さぞかし楽な獲物だったことだろう。

 あんな素晴らしい矢を放てる者、恐らくは狩りの心得を持っているであろう者に、あの醜態が狩人アタランテの姿だと認識されてしまうことが、堪らなく無念で恥ずかしい。

 あり得ない奇跡かもしれないけれど、いつかどこかの地で、再び相まみえることがあるのならば。

 

 

「この無様、この屈辱……必ずや返上して見せようぞ」

 

 

 最後の力を振り絞って射線の先へと振り返ったアタランテの目に、その身が粒子と化して消え去る前のほんの一瞬ではあったけれど、それでも確かに焼き付いた。

 霧と枝葉に紛れながら弓を構える、緑衣をまとった少年の姿が。

 




 後の世の認識と信仰補正が加わったことで、例の森のテーマ曲的な彼女の歌に『迷い』の概念を付与する効果が発生しました。
 『森』というフィールド条件が必須ですが、結構汎用性があるのではと思います。



 ニコ動で動画巡りをしていたら、リンクと立香の今後の関係性のイメージにピッタリな曲を見つけました。
 初音ミクの『ピエロ』です、再生数100万越えの人気動画で探しやすいと思うのでぜひ聞いてみて下さい。
 視点が二つありますが、二人の立ち位置はどちらでもアリです。
 お互いに気づき、理解し、支え合える関係だということで。

 あと、失った大切な人を悼むというシンプルかつ普遍的なテーマから色々な人や関係性に該当しそうではありますが、米津玄師さんの名曲『Lemon』が、リンクを失った直後のゼルダのイメージにドはまりしてます。
 Youtubeで聴けますので、時間があればそちらも是非。



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VS サンソン&デオン





 

 森を迂回することで時間こそ多少かけてしまったものの、ワイバーン以外の脅威が現れることはなく。

 戦力の殆どを維持したまま、遥か彼方にオルレアンを確認できる地点まで辿り着くことが出来た、そんな時の事だった。

 この数日、通信越しながらもずっと一行に付き添っていた、旅路を共にしてきたと言っても過言ではないロマニが上げた声が、最後の堰を切ったのは。

 

 

《極大の生命反応を確認、オルレアンからファヴニールが出発したらしい!!

 竜の魔女を始めとした敵対サーヴァント達の出撃も予想される、つまりいよいよ決戦だ!!

 頼むぞ、人理の行く末は君達に託した!!》

 

「ありがとうドクター、管制室の皆、そのまま最後までサポートよろしくね!!」

 

 

 オルレアンを発った巨竜と魔女達は、多くの困難を越えてここまで辿り着いた一行がほんの僅かな感傷に浸ることすら許すことなく、瞬く間にその眼前へと降り立った。

 鏡写しのような同じ顔が、正反対の表情を浮かべながら相対するという、いつかをそのまま思い出させるかのような光景。

 それが、今回は逆の形で繰り広げられていた。

 

 

「前と違って随分と余裕が無さそうですね、竜の魔女。

 リンクさんはそんなにも強く、恐ろしかったですか?

 竜種を従える自分が負けること、劣ることは絶対に無い、そんな自信を揺るがされるほどに」

 

「黙りなさい、生憎と私には下らないやり取りを交わしている暇なんて無いのよ。

 あんた達を今すぐにでも消し炭にして、蹂躙計画の遅れを早々に取り戻さなければならないのだから」

 

「それもリンクさんのおかげですね、彼が身を張ってあなたの敵意と注目を集めてくれたから。

 ゲオルギウス様が教えて下さいました……とある日から、ワイバーンが町を襲う頻度と勢いがあからさまに落ちて、おかげで町民の避難が当初の予想よりもずっと早く進んだと。

 彼が要請を受けてすぐにこちらへ合流することが出来たのはそのおかげです、恐らくは同じようなことがフランスのあちこちで起こっていたのでしょうね」

 

「…………ええ、そうね。

 あいつは強かった、確かに脅威だった、その点においては潔く認めてあげましょう。

 だけどそれが何だというの、あいつはもういない。

 あいつは最後の最後で間違えた、命をかけて守った相手がジャンヌの残り滓だなんて」

 

「……あなたの言う通り。

 死の間際に全てを憎んだあなたこそが真のジャンヌ・ダルクで、全てを受け入れた私の方が残骸だったとして。

 それでも構わないと、もう気にしないと、今の私は思っているんですよ」

 

 

 満面の、輝かんばかりの笑みを浮かべながらそう言い切ったジャンヌに、黒いジャンヌはもはや言葉も無い。

 今になって考えてみれば、本物か偽物かということに誰よりも拘っていたのは彼女だったのではないかと思いながら、ジャンヌは自身が辿り着いた真理を語った。

 

 

「私は、リンクさんを信じています……彼の選択と決断は、時に周りを置いていってしまうことは確かにあったけれど、それでも常に最善だった。

 彼が守ってくれた私には、本物だろうと偽物だろうと、自信を持って胸を張っていいだけの価値がある筈だと信じます。

 彼は決して間違ってなどいなかったのだということを、今ここで証明してみせましょう」

 

「…………抜かすじゃないの。

 言うこと為すことの悉くが、反吐が出るほどにお綺麗な聖女様が。

 私の中に、あんたという可能性がほんの僅かでも存在しているかもしれないと、考えるだけで虫唾が走るわ!!

 残り滓でも燃え滓でも生ぬるい、存在そのものを完全に無に帰してやる!!」

 

 

 魔女の怒りと、それに呼応した魔力が獄炎となって爆発したのを皮切りに、ファヴニールと彼女のサーヴァント達が一斉に戦闘態勢へと移行する。

 それだけで殺されてしまいそうな戦意と殺気を前に、思わず下がりかけた足を信念と気合いで持ち堪えさせたマシュが声を張り上げた。

 

 

「皆さん、ここから先は打ち合わせ通りに!!

 私はマスターの守りに専念しつつ、状況を見計らって宝具を展開します!!

 後ろを気にすることはありません、心おきなく戦闘に集中して下さい!!」

 

 

 恐怖や気後れを飲み込みながら、自分がやらなければ、自分が戦わなければと無暗に気負っていたのは、今はもう過去のこと。

 逸るままに飛び出すのではなく、覚悟を決めて腰を据えることの大切さを。

 敵を倒すのではなく味方を守ることを尊ぶ自身の有り様を、押し殺すのではなく生かす戦い方を、時間をかけて教えてくれた人がいたから。

 彼が矛と、自分が盾となって立香を支えていくことが出来たのならば、それはもしかしたら最強の布陣なのではないかと。

 実現出来る筈もないのに考えていた、今となっては遥か遠い夢物語と成り果ててしまったことを密かに噛み締め、飲み込みながら、懸命に前を見据えるマシュ。

 今この時を生きている未熟な英雄に、最も若い後輩に、英霊達も負けじと続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が本格的に始まる前から、彼の目に映っていたのは彼女だけだった。

 今度こそ、渾身の一刀を以ってその白い首を断たんと飛び出した彼、処刑人サンソンの前に、刃ではなく指揮棒を構える音楽家が立ち塞がる。

 

 

「おっと、そうはさせないよ」

 

「アマデウス……そこをどけ、貴様如きに用は無い」

 

「一点の迷いもなく同感だね。

 僕だって、君のような陰気な男相手に費やす時間で、少しでも楽譜に向かえればどれだけ良いかと思うさ。

 だけど今回は仕方ない、潔く我慢する。

 君のような処刑フェチの変態を、マリアに近づけさせてなるものか。

 その為にならば僕は、『音楽家』ではなく『魔術師』として、一時この指揮棒を振るってみせよう」

 

「好きにしろ、その指先から斬り落とす。

 そもそも僕はね、アマデウス……ずっと前から、死を音楽などという娯楽に落とす、君の鎮魂歌(レクイエム)が嫌いで嫌いで仕方がなかった」

 

 

 それは半分本気で、半分は虚偽の発言だった。

 死者を悼む為の純粋な鎮魂歌に対しては、下らない娯楽だなどと一蹴したりせず、サンソンも普通に敬意を表している。

 気に食わないのは、人は汚いものと公言し、痛みだろうと哀しみだろうと何の躊躇いもなく自身の音楽の糧にしてしまう、アマデウスという男の方。

 音楽を、自身の根幹とも言えるものを全力で否定されたアマデウスが、怒るまではいかないとしても多少は不快な思いをすることを期待して、サンソンはその言葉を口にしたのだけれど。

 一瞬だけ呆けたアマデウスが、次の瞬間に浮かべた心底嬉しそうな満面の笑みに、サンソンは言いようのない気持ち悪さを感じて思わず一歩下がってしまった。

 

 

「へ~えそう、君は僕の鎮魂歌(レクイエム)がそんなに嫌いだったのか……それはいい、存外の朗報だ。

 この僕が、天才アマデウスがただ一人の為に特別に曲を作ることを光栄とは思わず、むしろ腹立たしく感じると言うのならば。

 喜ばせてやるのが癪だなんて気兼ねする必要はない、遠慮なく存分に聞かせてやるとしよう。

 処刑人シャルル=アンリ・サンソンただ一人の為だけに作り上げた、取って置きの鎮魂歌(レクイエム)をね!!」

 

「抜かせ、処刑人の刃を相手にたかが音楽で何が出来る!!」

 

 

 マリーの為に研ぎ澄ませてきた刃が汚れてしまいそうな気はしたものの、目の前の男にこれ以上喋らせることの方が耐えられずに振りかぶった剣が、目には見えない音の衝撃によって弾かれる。

 ろくでなしの人でなしと蔑み、頭に血が上っていたあまりに失念していた。

 目の前の彼が紛れもない天才音楽家であり、それと同時にその界隈では名の知れた魔術師でもあったのだということを、知識としてはちゃんと知っていた筈なのに。

 彼が奏でる音楽は『たかが』と侮っていいものではなかったことを、思い出してももはや遅い。

 アマデウスの楽団は、既に演奏準備を終えて展開されていて……その指揮棒が振られたと同時に、戦いは決してしまった。

 力の抜けた手から武器を取り落とし、見開いた焦点の合わない目を震わせ、ただ茫然と立ち尽くすばかりのサンソンに、アマデウスは声をかける。

 

 

鎮魂歌(レクイエム)を聞かせてやる……そんな僕の言葉を君は、ただ単に『倒してやる』っていう意気込みだけで受け取ったみたいだけど。

 わざわざ倒す必要なんて別に無かったんだよ、一体君は自分を何だと思っていたんだい。

 確かに一度死んだ者、魔女の手によって蘇った者、生前の後悔に縛られた者、その妄念を晴らす為に生者を脅かす者。

 ……どう見ても、どう考えても、性質の悪い亡霊や怨霊の類じゃないか。

 この僕が作り、奏でる鎮魂歌(レクイエム)が、効果を発揮しない訳が無いだろう」

 

 

 とは言うものの、いくらアマデウスが天才だとしても、意識も存在も曖昧な霊体ではなく、エーテルで構成された肉体で以って今現在確かに存在しているサーヴァントを相手に、明確な効果を発揮できる鎮魂歌(レクイエム)を作ることなどは出来なかった。

 亡者達を生と現世への未練から瞬く間に解き放った、遥か古の力持つ旋律をその耳と意識に焼き付けさせるまでは。

 例えそれが原初の音楽魔術だとしても、数ある音楽魔術の使い手達ならば迷うことなく飛びついていたであろう代物だとしても、既存の曲を引用、もしくはアレンジしただけで我が物にしたかのように振舞うだなどと、アマデウスの音楽家としての誇りが許さない。

 だからアマデウスはゼロから紡ぎ上げることにした、耳に焼き付けた旋律とその時の衝撃をただ参考にするのみに留めて。

 不特定多数よりも特定の個人を対象にした方がより効果を発揮する、その言葉を今一度意識しながら密かに作っていたものが、最終決戦を迎えたこの時に一曲だけ間に合ったのだ。

 

 

「いやあ、時間があまり無いのもあってギリギリだった……とは言っても、例え十分な余裕があろうと、これだけの曲をまた作れる気はしないけどね。

 今回のことで改めて思い知った、僕はやっぱり心の底からの人でなしだと。

 何せ人の気持ちに対して共感が出来ない、故に慰められない。

 大切な人を失った痛みや哀しみだろうと、珍しい体験をしたと、これは次の曲に生かせそうだなと、結局はそんな考えに至ってしまう」

 

「僕にとっての鎮魂歌(レクイエム)ってのは、死者のためではなく、生者のための曲だ。

 この世への未練から解き放たれ、かの者は安らかに天へと昇ったと、残された者達を安心させる。

 もう泣かなくていい、もう気持ちを切り替えて笑っていいんだと、大切なものを失った悲しみという重荷を、そっと下ろさせてあげる曲。

 死にゆく者こそを憂いていた君にとっては、それが死者を軽んじる不謹慎な曲に聞こえたとしても無理はない。

 むしろ、よく本質を捉えていたと思うよ。

 故にこれは、魂を慰める曲ではない……サンソンというクソ真面目な根暗男の妄念を、その根底となった後悔を、掘り起こしてやる曲だ」

 

「君は本当は、マリアを殺したかった訳じゃないんだろう?

 役目に、負った責任に逆らえず、殺してしまった彼女に……彼女だけじゃない、あの混沌の革命によって罪なき首を断たれた多くの者に謝りたかった、そして許してもらいたかっただけなんだろう?

 それを、あの時よりももっと綺麗に、気持ちよく殺すことでアピールしようという発想に至ったあたりは、本当に陰気で根っからの処刑人だと呆れるしかないけどね。

 ……なぜ、共感というものを持ち得ていない人でなしに、そんなことがわかるかって?

 分かるよ、僕はお前と同じさ。

 同じ女性を想い、負い目を抱き、花の笑顔を賜りたいと願った者同士なんだから」

 

 

 聞こえていないことを承知の上で、自分自身に言い聞かせるように淡々と語り続けるアマデウスの前で、立っていることすらついにできなくなったサンソンがその場に力なく膝をつく。

 止まらない涙を零しながら虚空を見つめ、届かない手を伸ばすその姿は、まるで慈悲を請う罪人のよう。

 その手を取ってもらえたのか、微笑みかけてもらえたのか、優しい言葉をかけてもらえたのか。

 泣きながら笑った彼の目には誰が見えているのかを、それが神などではないことを、アマデウスはよく知っていた。

 

 

「マリー、ありがとう………君のその言葉だけで、僕はもう」

 

 

 白昼夢の中で彼女に触れられたのであろう指先から、徐々に光と化していく。

 罪を赦されて天へと昇っていくかのような美しいその光景に、アマデウスは少しだけ後悔した。

 幻とはいえ彼女ときちんと会わせてやってしまったこと、叶わなかった筈の願いを叶えさせてしまったことが、ただひたすらに面白くない。

 サンソンの前に現れた彼女は、彼女が見せたであろう表情や口にしたであろう言葉は、彼の妄念を晴らすための捏造などではない。

 アマデウスはただ、余計な誇張も解釈も加えることなく、『彼女』という至高のテーマをあるがままに表現しただけ。

 サンソンが彼が望む赦しを、花の微笑みを与えられたと言うのならば。

 それは彼が、変に遠まわりでズレた真似をすることなく普通に謝ってさえいれば、彼女もまた普通に笑って赦したのだと、ただそれだけのことなのだ。

 

 

「やれやれ、残念だけどこれはお蔵入りだな……いくら自信作ではあっても、本当の意味で主題を理解し、心の底から感動できるのが根暗男一人だなんて、より多くの者の心を動かしてこその曲としては落第もいいところだ。

 個人的な心残りは晴れただろう、ならば次は人理を守るために来るといい。

 あのマスターなら、例え陰気な処刑人だろうと心から受け入れて、共に歩んでくれる筈だからさ」

 

 

 そう言って笑いながら、サンソンの消滅を最後まで見届けるアマデウス。

 そんな二人を少し離れたところから、彼らの女神が本当に嬉しそうな、優しい笑みを浮かべながら見守っていた。

 

 

「あちらはもう終わったみたいね。

 ありがとうアマデウス、彼を救ってあげるやり方を選んでくれて。

 ……私達もそろそろ終わりにしましょう、麗しきシュヴァリエ・デオン。

 あなたのそんな姿を見続けることは、とても辛いわ」

 

 

 哀しげな表情を浮かべたマリーが振り返った先には、粗く息を吐きながら膝をつく騎士の姿があった。

 

 

「何故だ、ありえない……いくら同じサーヴァントとはいえ、騎士たる私が妃殿下に後れを取るだなんて」

 

「確かに私は、サーヴァントとなった今も戦いは得意ではないけれど。

 ……気づいていないの?

 あなたを傷つけているのは、他でもないあなた自身よ」

 

「何を馬鹿なことを、うぐっ!?」

 

 

 軋む体に鞭打ち、無防備なマリーへと向けて細剣を振るわんとしたその体が、内側から走った激痛によって崩れ落ちた。

 霊基が軋み、ひび割れる音すら聞こえてきそうなその様子に、マリーはますます痛ましそうに目を細める。

 

 

「魔女さんの狂化は付け加えられるものであって、その人を根底から作り変えてしまうようなものではないみたい。

 あなたの中には今も変わらず、フランス王家に忠誠を誓った、誇り高き守護騎士が存在している。

 あなたが私を傷つけられないのは、ある意味で当然だわ。

 だって私は王妃マリー・アントワネット、王家の輝きをこの身ひとつで象徴する者。

 私を害するということは、フランス王家を害するということだもの。

 忠義か我が身かで、迷うことなく忠義を選ぶ。

 あなたはそういう人よ、その胸に『フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)』を抱き続けた白百合の騎士。

 あなたの命をかけた忠義を、その美しい戦いぶりを。

 私は王妃として心から讃え、誇りに思います」

 

 

 その言葉が、微笑みが、最後の一手となった。

 一瞬で致命的なヒビが走った霊基に、ついに消滅を始めた我が身にもはや観念して、狂気に呑まれつも確かに残っていた本当の自分が、王妃を守るために我が身を傷つけていたのだということを事実として受け入れてみれば。

 見ないふり、気づかないふりをしているだけだった安堵や歓喜が、何よりも守るべきものを害しかけた怖れや悔しさが、その胸を満たすのに要した時間はほんの一瞬のことだった。

 

 

「……妃殿下、あなたに謝罪を。

 たかが一介の騎士を相手に、貴き御身に余計な手間を負わせてしまいました」

 

「気になさることはありませんわ、忠臣の働きに応えることは王家の務めのひとつです。

 どうしても気負ってしまうというのならば……あなたが自身の意思で決めた時で構いません、どうか立香さん達の力になってあげて。

 王家の守護者たるあなたならば必ずや、彼らの辛い旅路の助けとなることでしょうから」

 

「…………お言葉、賜りました」

 

 

 最後の最後で、自分自身と誇りを取り戻すことが出来た白百合の騎士。

 その美しい微笑みを、マリーは王妃としての誇りと感謝を以って、最後までその目に焼きつけ続けた。

 




 インド異聞帯を攻略してどうしてもカルナが欲しくなり、ピックアップを回したところ……すり抜けでアルジュナ(弓)が来ました、どういうこと。
 (狂)の方まで来たので、「これはカルナも呼べということか!?」と思って腰を据えてガチャを回したのですが。
 ……敢え無く爆散しました。
 アルジュナ(狂)が宝具2になって、アシュヴァッターマンもアスクレピオスも宝具5になろうが、本命(カルナ)が来なかった以上は心情的には爆死は爆死。
 アルジュナ達が来てくれたこと自体は、間違いなく嬉しかったんですけどね。
 水着イベどころか、今年中の課金はちょっと自重します。
 ……ジナコさんにカルナを会わせてあげたかったなあ、折角引けたのに。



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VS カーミラ(再)





 

 柄頭にマイクが備え付けられた独特な槍と、鎖を付随させた武骨な杖が、重厚な金属音を立てながら何度も何度もぶつかり合う。

 音だけならば、屈強な戦士達のぶつかり合いを連想させるであろうそれは、実際には華奢な体躯の少女と妙齢の女性によって繰り広げられているもの。

 ただでさえ普通ならばあり得ないその戦いが、更なるあり得ない奇跡によって成り立ったものであることを、立香達は知っていた。

 望まない成長と末路を迎えてしまった未来を嫌悪する過去と、ありもしない希望と可能性を願う過去の甘さに虫唾を走らせる未来との、『自分自身』を否定する戦い。

 最悪でも相討ちに持ち込む、責任をもって片を付けるからと真剣に頼み込み、誰にも邪魔されない一騎打ちを実現させたエリザベートは、手は出さなくとも見守ることは譲らなかった立香とマシュの無言の声援を受けながら、懸命に槍を振るい続けていた。

 

 

「このっ、この、この、このぉっ!!」

 

「鬱陶しい…ですわね、この、私!!」

 

「それはこっちの台詞よ、どうしてアンタなんかがサーヴァントに!!」

 

「……何を言うかと思えば。

 私からすれば、未熟な小娘だった頃の私が、単独でサーヴァントとして成り立っていることの方がよほどあり得ないわ。

 だってそうでしょう、サーヴァントとはその者の全盛期の姿と精神が反映されるもの。

 『血の伯爵夫人』、誰もが怖れ敬ったその名と逸話を人理に刻み、恐怖を食らい、反英霊となったのはこの私。

 エリザベート・バートリーの少女時代がどんなお花畑の小娘だったかなんて、一体誰が気にかけるというの。

 何の偶然、何の因果で零れ出た存在なのかは知らないけれど……もういい加減に消えなさい、見ているだけで腹立たしいのよ!!」

 

 

 折角の少女だというのに血を浴びる気にも飲む気にもなれない、故に加減する意味も理由もない渾身の攻撃が、その痩身を叩き潰さんと放たれる。

 それを必死に、やっとの思いで捌いたエリザベートが、肩を激しく上下させる荒い息を吐きながら負けじと上げた顔を前にしたカーミラは、それまでの嫌悪や苛立ちを押し殺してしまうほどの、得体の知れない困惑を覚えずにはいられなかった。

 『認めてたまるか』『諦めてたまるか』という声が聞こえてきそうなその顔、その瞳には、困難や絶望に立ち向かう『英雄』のような力強い輝きが満ちていたのだから。

 

 

「……全盛期の姿と精神ですって?

 馬鹿馬鹿しい、下らなすぎて笑う気にもなれないわ。

 確かに、『エリザベート・バートリー』を構成する逸話の大部分、アンタの言うところの『全盛期』って奴が大人になってからのもので、それを体現しているのがアンタの方だってことは事実だけど。

 生前の『私』は、それが自分の完成系だなんて認められなかった……どこかで何かを間違えずにいられれば、もっと別の可能性、もっと別の人生があった筈だって、希望を抱かずにはいられなかった。

 そんな想い、願いの形が、きっとアタシなのよ」

 

「何を馬鹿なことを!!」

 

「いい加減に観念しなさい、癪だけどアタシはアンタなのよ!?

 『エリザベート・バートリー』には、自分が悪いことをしている自覚や悪気が無かったってことくらい、ちゃんとわかってるんだから!!」

 

 

 カルデアのマスターと盾のサーヴァント、そして声だけの優男が上げた驚愕の声を意識の端で辛うじて聞きながら、カーミラは言葉なく立ち尽くしていた。

 怒ったのでも、呆れたのでもなく……必死に見ないふり、気づかないふりをしていた本心を、他でもない自分自身に暴かれてしまった衝撃によって。

 

 

「貴族は居るだけで特別だって、領民は貴族のために在るんだって、子供の頃から当たり前に教えられたわ。

 だからアタシは、領主にとって領民は所有物であって好きなようにしていいんだと、それは世界の常識なんだと。

 領地の顔たる夫人の美しさのためにそれらを消費することは正義、と言うよりは義務なのだと普通に思った。

 だから驚いたわ……事が公になった途端に、アタシと一緒に楽しんでいた筈の、アタシを褒めて肯定する言葉以外を吐いた覚えのない家臣達が、本当はずっと怖ろしかったって、言うことを聞かなければ殺されていたって、それはもう見事に手のひらを返してきて。

 アタシは怒った、そして絶望した、『悪いことをしていると思っていたならどうしてそれを教えてくれなかったの』って!!

 確かに血は好きだし、悲鳴は心地よかったし、娘達を痛めつけることを楽しんではいたけれど……それが悪いことなら、やってはいけないことなら、我慢して諦める程度の分別はちゃんとあったのに!!」

 

「黙れ……もういい、黙れ!!

 そんな感傷は今更だわ、もはや私は身も心も怪物に成り果てた!!」

 

「そんなものはアタシも同じよ、『エリザベート・バートリー』である以上この宿業からは逃れられない!!

 だけどアタシは分かった上で諦められない、夢見がちでお花畑な小娘だから!!

 散々だった人生が終わって、本当に怪物と化してしまった今からでも夢は叶うと、新しい自分になれる筈だと信じてる!!

 だってアタシは、『エリザベート・バートリー』の希望なんだから!!」

 

 

 動揺のあまりに体が震え、もはやまともな攻撃を放てなくなっていたカーミラに、エリザベートはここぞとばかりの猛攻に出た。

 変に拘っていられる状況ではないと思ったカーミラは、今まで敢えて使わずにいた宝具『幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)』を展開させた。

 自身の代名詞とも言える程に有名な拷問具は、その腕に抱かせた存在から強制的に血と魔力を搾り取ってカーミラの糧へと変える。

 それが『お花畑な自分』だろうと、後で精神的にも肉体的にも凭れることになろうがもはや構うものかと、巨大な鉄の塊を放った。

 

 あの質量は槍では防げない、故に避けようとするだろうと考えたカーミラは、それを見越して先手を打つべく身構える。

 その判断は一瞬後、避けるどころか守ろうとする素振りすら見せないエリザベートの姿によって覆された。

 槍の上下をくるりとひっくり返したエリザベートは、備え付けられていたマイクへと向けて深く深く息を吸い、その肺に渦巻く魔力の奔流を竜の咆哮へと変えて解き放つ。

 間近まで迫っていた鉄の処女を呆気なく吹っ飛ばしたほどの音の衝撃は、少し離れたところにいたカーミラをも容赦なく襲い……避けようも守りようもない『音』による攻撃によって盛大に体勢を崩したその胸へと、槍の穂先が深々とめり込んだ。

 

 

「……何て出鱈目な奴なのかしら。

 未来が過去を否定するのではなく、過去が未来を否定するなんて」

 

「それは違うわよ。

 『人間』としてのアタシは確かにアンタの過去だけど、『英霊』としてのアタシはアンタの未来。

 アンタという行く末を、自分自身のどうしようもない性癖を知って、諦めて、受け入れて。

 それでもまだ変えられる筈だと、変われる筈だと、そんな希望を捨てきれなかったのがアタシなんだから」

 

「…………呆れて、怒ることも出来ないくらいのお花畑っぷりね。

 でも、だからこそ……鬱陶しいくらいに眩しい。

 希望なんて、可能性なんて、私のような末路にはもう………」

 

 

 自身を最盛期だと、完成系だと謳っていたカーミラが、今わの際に思わず零してしまった本心が、エリザベートの胸に無視できない痛みを走らせた。

 

 

「……さようなら、アタシの未来。

 今更なのはわかってる、本当の意味で叶うことなんて決して無いんだってことも……だけどアタシは何度でも誓うし、何度でも唄うわ。

 アタシはアンタには絶対にならない、今からでも色んなアタシになれるんだって希望を絶対に無くさないって」

 

 『だから安心しなさい』と……そんな声が続けて聞こえてきそうな自信に満ちた笑顔で、胸を張りながら堂々と立つエリザベートの姿は、紛れもない英雄の輝きを放っていた。

 




 そして後々、宣言通りに様々な可能性を体現して無駄に増殖するようになるエリちゃんに、安心どころかストレス性の吐血癖を患うことになるカーミラさんなのでした。




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『伝説』の再臨





 

「これこそがアスカロンの真実!! 汝は竜、罪ありき!!

 『力屠る祝福の剣(アスカロン)』!!」

 

 

 狂戦士の少女が辺り構わず放った炎が視界を覆い、思わず足を止めてしまったほんの一瞬の隙を逃さず。

 もう一人の竜殺しである、ゲオルギウスの渾身の宝具がヴラド三世へと叩き込まれた。

 

 

「ぐっ、おのれ……っ!」

 

「仕留めきれなんだか」

 

「逃しません!!」

 

 

 自身が負った痛手と、戦いながらも小まめに把握するよう努めていた戦況の大きな変化が、護国の英雄に退避を選択させた……その、少し前のことだった。

 竜殺しジークフリートと聖女ジャンヌ・ダルクの二人が、邪竜ファヴニールとその繰り手たる魔女との間に存在していた均衡を、僅かながらに揺り動かしたのは。

 まともに食らえば骨すら残らないファヴニールの炎を耐え抜いたジャンヌと、彼女が耐えてくれることを信じて攻撃のみに専念したジークフリートの剣が、ファヴニールの体に僅かな、しかし確実な一撃を食らわせた。

 

 

「やりました!!」

 

「浮かれてるんじゃないわよ、こんなものは掠り傷だわ!!」

 

「だが、例え掠り傷だとしても、この剣は確かに届いた。

 ファヴニールとは力及ばない絶望などでは断じてない、それを証明できたことは十分な成果だ」

 

「攻撃が通じただけで満足するなんて……名高き英雄ジークフリートが、まさかそんなみみっちい奴だったなんてね。

 どうしてこんな男が邪竜討伐を成し遂げられたのでしょう、よほど運が良かったのかしら?」

 

「……運が良かったのは当時ではなく、今この時の方だ。

 ファヴニールを倒したあの時のことは、正直言ってよく覚えていないし、よく勝てたものだと心から思っている。

 戦える者が俺しかいなかったから、誰にも後を任せられなかったから、命をかけて我武者羅に剣を振るったまでのことだった。

 だが、今回はそうではない……俺は俺一人だけで、何が何でもファヴニールを倒し切らなければいけない訳ではない」

 

 

 手傷を負ったヴラド三世が、追撃するゲオルギウスと清姫を伴いながら竜の魔女陣営に撤退してきたのは、ジークフリートが笑いながらそう言い切った直後のことだった。

 

 

「ヴラド三世、あんた馬鹿じゃないの!?

 敵を引き連れてきてどうするの、倒してもいないのに戻ってくるんじゃないわよ!!」

 

「黙れ、仔細も把握しないまま感情のままに叫ぶな。

 状況をよく見ろ、個々の戦いはもはや決した」

 

 

 ヴラド三世に促されて辺りを見回した、ジークフリートとジャンヌを相手にすることに集中していたせいで視界と認識を無意識に狭めてしまっていた黒いジャンヌは、それによってようやく気付けた。

 拮抗していた戦況は自分達のものだけで、展開させたバーサーク・サーヴァント達は既に各個撃破されてしまっていたことに。

 自身の敵を倒した者達が集結し始めていて、最後の戦線が均衡を崩すのも間もないであろうということに。

 

 

「そ、そんな……」

 

「わかったか。

 勝ち筋が未だ存在するならば、ファヴニールを軸に残った戦力を集中させる以外には無い」

 

 

 串刺し死体の丘を築き、血に飢えた怪物として歴史に語られようとも国を守り抜いた英雄から、もはや後が無いという現状を断言された黒いジャンヌの噛み締めた奥歯が、そのまま砕けかねないような音を立てる。

 既に一杯一杯だった黒いジャンヌの精神に、更なる一手が加えられたのはこの直後のことだった。

 凄まじい爆発音の連続が空気と地を揺らしたその直後に、眼下の獲物へと襲いかかる隙を伺っていたワイバーン達が地へ落ちる。

 思わず振り返った一同の、ジャンヌの目に飛び込んだのは、彼女の在りし日を思い起こさせるような光景だった。

 

 

「撃て、ここがフランスを守れるかどうかの瀬戸際だ!!

 全砲弾を撃って撃って撃ちまくれ!!

 恐れるな、嘆くな、退くな!!

 人間であるならば、ここでその命を捨てろ!!

 もう一度言う、恐れることは決してない!!

 何故なら、我らには聖女がついている!!」

 

「ジル…っ!!」

 

「兵士の皆さん、フランスとジャンヌさんの為に来てくれたんですね!!」

 

「……そうだよな。

 追い詰められて冷静じゃなかっただけで、落ち着いてちゃんと考えられさえすれば、こうなるのが当然なんだ。

 一緒に戦った兵士達こそが、ジャンヌが心からフランスの国と人々を想っていたことを、邪悪な魔女なんかじゃないってことを、誰よりも知っていた筈なんだから」

 

 

 今一度聖女の旗の下に集い、祖国を守るべくひとつになったフランス軍の雄姿が、それに感動した立香達が思わず零してしまった呟きが、黒いジャンヌの頭の中で辛うじて繋がっていた『緒』を盛大にぶっ千切らせた。

 

 

「兵士どもを殺せファヴニール、一人残らず焼き尽くしなさい!!」

 

「なっ…!?」

 

「しまった!!」

 

ジャンヌ・ダルク(わたし)を見捨てた奴らが、魔女だの何だのと罵りながら憂さを晴らしていたような連中が、今更助太刀ですって……反吐が出るわ!!

 あんた達みたいなのが一番腹立たしいのよ、偽善者どもが!!」

 

「ジル、皆、逃げて!!」

 

 

 戦略においては素人だった上に、状況的にも精神的にも追い詰められて自棄になっていた黒いジャンヌが取った行動は、彼女自身の溜まりに溜まった鬱憤を晴らすためだけのもの。

 この後の展開をどう動かすのか、どう生かすのかといった、現状で最も優先すべきであることを全く考慮していなかったそれは、だからこそ一同の裏をかいた。

 広く展開されていたフランス兵達をまとめて呑み込まんと全力で放たれた邪竜の炎が、兵士達の視界を真っ赤に染め上げる。

 『これは駄目だ』と察するために、彼らが要した時間はほんの一瞬だった。

 恐怖も絶望も突き抜けて、ただ目を見開き、立ち尽くしたまま『その時』を待つことしか出来なかった兵士達と、そんな彼らを次の瞬間には消滅させていたであろう劫火。

 その間に、高らかな蹄音と共に飛び込んできた者がいた。

 

 立香達がそれを知ったのは、ファヴニールの炎がフランス兵達を焼く『筈』だった瞬間が過ぎ去った後のこと。

 彼らの目に映ったのは、炎と兵士達の間を遮りながら突如現れた謎の光。

 彼らの耳が聞いたのは、測定器の針を一瞬で振り切らせるほどの膨大な魔力と、未知のサーヴァント反応の観測を伝える裏返ったロマニの声。

 魔力によって作られた光ではなく、魔力そのものの放出だった輝きによって防がれ、誰一人として焼くことが出来ないまま掻き消えた炎の先に、彼らはようやくその姿を見ることが出来た。

 

 光を放っているかのような白い尾とたてがみが明るい栗色の体躯に映える、美しく立派な馬の背に跨って。

 剣をかざすでも、盾を構えるでもなく、ただ左手を高々と掲げるその身が纏っているのは、深い森の瑞々しい木々を思わせるような緑衣。

 金の髪、青い瞳、美しい相貌、尖った大きな耳。

 古くからの伝説に語られ、芸術の題材にされることも多いその姿を前に、『まさか』と、『そんな馬鹿な』と思いながらも堪え切れず、最初に口に出してしまった者が一体誰だったのか。

 そんなものは、大した問題ではなかった。

 一石が投じられた次の瞬間には、高揚は既に広まりきってしまっていたのだから。

 

 

「まさか、そんな訳が……だけど、あの姿は」

 

「……勇者様?」

 

「間違いない、勇者様だ!!」

 

「勇者リンク様だ!!」

 

「封印から目覚めて、フランスを助けに来てくださったんだ!!」

 

「竜も魔女も恐れることはない、俺達には聖女様と勇者様がついているぞ!!」

 

 

 竜の咆哮にも負けない歓声と雄叫びが迸る、未だかつてない程の希望が兵士達の胸に満ちていた。

 遥か太古の先史時代に於いて、多くの冒険を成し遂げ、多くの怪物を倒し、崩壊の危機に瀕した世界を幾度も救った、あらゆる英雄や冒険譚の祖と言うべき伝説の勇者。

 そんな大それた存在の登場は、絶体絶命の危機に彼ほどの人が駆けつけてくれたのだという夢物語のような現状は、人理修復という難題に挑み始めたばかりの自分達の方がよほど、堪えきれない感動と迸るままの喝采によって、盛大に歓迎すべきことの筈なのではないかと思うのに。

 夢物語どころかこれは正しく夢なのではないかと、酷く回りの遅い思考でそんなことを考えていた、目の前の光景を認識して受け入れることがなかなか出来ずにいた立香達の耳に。

 彼らとは逆に混乱が動の方向へと働いたらしいロマニの、予想外の急展開に振り回され過ぎて、もはや一杯一杯で、通信の向こうで泣きじゃくっているのではと思えてしまう程の声が飛び込んできた。

 

 

《伝説の勇者リンクの登場、おかしくない、ああそうさ何もおかしいことはない!!

 『人理焼却』という崖っぷちに追い込まれた世界が彼に助けを求めたとして、幾度となく世界を、人々を救ってきた彼がそれに応えてくれたとして、何の疑問や不審があるって言うんだ!!

 新規のサーヴァント反応の発生源は彼で間違いない、一瞬で魔力測定の計器をぶっ千切ったこれは観測済みのサーヴァントデータと比較するまでもなく断トツでトップランク、七つのクラスのどれにも当てはまらないパターンはもしやジャンヌと同じエクストラクラスって奴なのかな!?

 目視で得られる情報から考えても、状況証拠でも、計測データでも、導き出される全ての結果が、彼が紛れもないその人であることを示しているのに……あれは、あそこにいるのは、彼はやっぱり、もしかして、いやもしかしなくても!?》

 

「…………リンク」

 

 

 喉まで込み上げてきたものがついに零れてしまった、疑問ではなく確信が込められていた立香の呟きこそが、一同が抱く困惑と混乱の答え。

 旅の始まりからずっと一緒に歩んできた、つい先日まで共に戦い共に笑い合っていた、優れた戦士であると同時に何の変哲もない少年でもあった、力及ばず失われてしまったとばかり思っていた大切な仲間が。

 その全身で、存在そのもので、『伝説』を体現しながらそこに居た。

 







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邪悪の失墜





 

 衝撃を受けて固まってしまっていたカルデア一同の意識に、切り裂かれたと錯覚するような勢いで響いたのは、正しく空気を切り裂きながら鳴った二つの甲高い風切り音。

 その正体が必殺の威力と必中の狙いで放たれた矢であったことに気付いたのは、その鏃が邪竜の両の目を潰し、衝撃に上擦った長い喉が『恐怖』と『苦痛』を源とする咆哮を迸らせた後だった。

 

 

「ジークフリート、翼だ!!」

 

 

 矢の主が、リンクが鐙を鳴らしながら叫んだその一声を以って、思いがけず停滞してしまっていた状況が一気に動き出す。

 彼の名が自身を呼び、明確な狙いを示したとほぼ同時に、考える間もなく殆ど反射で振るったバルムンクが、広がりかけていたファヴニールの翼の片方を一刀で以って切り落とした。

 またしても轟いた邪竜の絶叫、それに重なりながら重厚な金属がぶつかり合う轟音が響く。

 勇者リンクの登場という衝撃に驚きはすれど呑まれず、竜殺しジークフリートが邪竜ファヴニールを追い詰めるという英雄譚の輝かしい一幕に紛れながら。

 マスター殺しからの形勢逆転を狙ったヴラドの槍に、マスターを護る盾兵として、大切な人の力になりたいと願う少女としての、マシュの意地と誇りが追いついた音だった。

 

 

「う、ぐ……うああああああああっ!!!」

 

 

 あらゆる攻撃に耐え、防ぐことを想定された大質量が、足を地面にめり込ませながら渾身の力で突き出されたそれが、頑強さを比較しようもない穂先を跳ね返す。

 マシュが護り、作り出してくれたほんの僅かな猶予の中で、立香は先ほどのリンクと同じように紋章が刻まれた手を高々と掲げた。

 

 

「令呪を使用する!!

 ジークフリート、全力の宝具でファヴニールを倒せ!!」

 

 

 マスターである魔術師よりも遥かに強く、人間性が破綻していることも考慮されるサーヴァントを制御し、最悪処分するための絶対命令権。

 『令呪』についてそう説明された際に、『ならば大丈夫』と安心するどころか、『これ何とかして取れない?』と心底嫌そうな様子でとんでもないことを言いだした立香が、スタッフもサーヴァントも絶句させた時の事を、令呪の輝きを前にしたロマニは思い出していた。

 

 

『痛みで学習させたり、上下関係をハッキリさせなきゃ命が危ない猛獣とか相手なら、そういうのも仕方ないとは思うけど……言葉と意思がちゃんと通じる人を相手に、話をする前からいきなり殺害機能込みの首輪ってどうなのさ。

 俺だったら嫌だよ、命握られた状態で信頼し合うとか背中預け合うとか絶対にムリ。

 自分でそう思うことを、誰かに対してやりたくない。

 対猛獣仕様の扱いが正解な人だって勿論いるんだろうし、必要な時にはやらなきゃなとは思うけど、それを大前提にはしたくない』

 

『し、しかし……召喚されるサーヴァントの中には、私のような怪物が含まれる可能性も十分にありますので』

 

『怪物だとしてもメドゥーサさんは話の通じる常識人じゃん、石になるっていう目は封じてくれてるし血を吸うのも我慢してくれてるし。

 刃物持ってる人が全員人殺しにはならないの、料理するか人を刺すかはその人個人の問題なの。

 分かり合える怪物と分かり合えない人間だったら、俺は怪物の方がいい』

 

 

 信頼しているからこそ命を預けられるんだとか、令呪には命令権以外にも瞬間的なブースターとしての使い方もあるんだとか。

 令呪を介して命を握られている筈のサーヴァント達から、令呪を所有及び使用することに躊躇う必要はないと指導される立香の姿を前に。

 魔術のいろはも知らない一般人、ただの数合わせだった筈の48番目のマスターは、実は大変な逸材だったのかもしれないという認識を、ロマニを始めとするスタッフ一同は少しずつ抱き始めていた。

 

 そして今、彼らの前には、その時抱いた想いが正しかったことを証明する光景が広がっている。

 令呪という膨大な魔力の塊を、自身の意思や行動を束縛する枷ではなく、その実力を限界を超えて発揮するための純粋なエネルギーとして受け取ったジークフリートの体に、かつてないと思わせるほどの力が漲る。

 その要因が体に満ちる魔力だけではないと、むしろ精神的な充足や高揚の方が割合としては大きいであろうことを、ジークフリートは自覚していた。

 

 

「ファヴニールよ……先程俺は、俺一人だけでお前を倒す必要は無いと口にしたが。

 撤回しよう、『竜殺し』の偉業は誰であろうと譲れない。

 マスター達の重荷となるばかりだった、不甲斐ない姿を払拭せずにおれようか。

 これが俺だと、これこそが竜殺しと謳われたジークフリートの真価だと……貴方がその身と引き換えに繋げられた世界に続いた、貴方の後進の姿であると。

 偉大なる先達を前に胸を張れずして、誰が『英雄』を名乗れようか!!」

 

 

 飛び立つための翼と、周囲を把握するための視力を奪われた状況で。

 徐々に近づく『天敵』の気配に、存在を得てから初めて、本当の意味で感じているのであろう『死の恐怖』に慄きながら、形振り構わず暴れ狂うことしか出来ずにいるファヴニールの姿に、憐れみを感じなくもないのだけれど。

 だからと言って惑いはしない、何故ならば自分は竜を殺す英雄。

 自分という存在と、成し遂げたことへの揺るぎない誇りを以って、ジークフリートは光を放つ刀身を振り抜いた。

 

 

「『幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)』!!」

 

 

 放たれた魔力の輝きと地を割る轟音が、ファヴニールの断末魔の代わりとなった。

 漆黒の巨体を丸ごと呑み込むほどに膨大だったそれが落ち着いた後には、邪竜の名残は鱗の小さな欠片すらも窺えず。

 流石は『竜殺し』と、これぞ大英雄ジークフリートの真価と称えられるべき大戦果を。

 ただ一人、絶望の光景として見ていた者がいた。

 

 

「馬鹿な……あり得ない、ファヴニールが」

 

 

 膝を震わせ、旗を握る手に余計な力が入るのを止められない黒いジャンヌは、もはや強がることが、現実から目を背けることが出来なくなりつつあった。

 狂化させたサーヴァント達がいる、邪竜ファヴニールと数えきれない程の竜の群れがいる。

 だから自分は大丈夫だと、負けることなんて在り得ないと……自分で自分に言い聞かせながら、そんな内心の奮闘に気づかない振りをしながら、必死になって立っていたというのに。

 追い詰められた状況での最後の抵抗か、それとも逃避か。

 立ち尽くしたまま半分飛んでしまっていた黒いジャンヌの意識が、その足元に打ち込まれた矢によって叩き起こされた。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 胸倉を、または髪を掴まれて引きずり起こされたかのような衝撃と共に覚醒し、殆ど条件反射で矢が飛んできた方向へと振り向いた黒いジャンヌは、見なければ良かったと、あのまま現実から逃避していたかったと、心の底から思った。

 自分の計画を悉く台無しにしてくれた、あり得ない屈辱を味わわせてくれた、二度と会いたくなかった……二度と会わなくていい筈だと思いたかった、必死にそう思おうとしていた、自分にとっては恐怖と絶望の体現以外の何ものでも無い、エセどころか正真正銘の勇者だった奴が。

 伝説にも語られていた愛馬に跨り、ほんの少し前まで十分に開いていた筈の距離を瞬く間に詰めながら、真っ直ぐにこちらを見据える碧玉の眼差しが、先ほど放たれた鏃以上の鋭さで我が身を貫いたのだから。

 

 撃たれたと感じた……実体のないその一射によって、この身と心を保っていた大切な何かが、最後の柱が砕かれたと、黒いジャンヌは確かに認識してしまった。

 涙目で身を翻し、歳よりも幼い少女のような悲鳴を上げ、何者かの名を呼んで助けを求めながら、独りオルレアンへと逃げ帰っていく竜の魔女。

 その背に尚も迫ろうとしていたリンクと、その愛馬エポナの早駆けが、真横から彼らを襲った槍の穂先によって阻まれる。

 馬ごと転倒してもおかしくはなかった一撃を鞍から飛び降りることでかわしたリンクは、着地の瞬間を狙った二撃目にも見事に反応し、青白く輝く聖剣の刀身で以って受けとめてみせた。

 

 

「逃げたのかと思えば、主の戦いを邪魔しないように離れただけか……良い馬だ、流石は勇者の愛馬と言えよう」

 

「三度目だなヴラド三世、いい加減にケリをつけようか。

 ……一応、念のため聞くけれど、観念して通してくれる気は?」

 

「在り得ぬ」

 

 

 ほんの一瞬も迷うことなく、堂々と胸を張りながらそう言い切ったヴラドに、尋ねた当人であるリンクは『だろうな』と内心で苦笑した。

 崖っぷちに追い詰められた状況で最後の意地を張れないような奴が、英雄として歴史に名を刻める筈が無い。

 退魔の聖剣を携えた勇者と、そうと認識した上で相対しながら。

 カルデアのマスターと、彼が従える多くのサーヴァント達が、この身を遠巻きに囲んでいることを認識しながら。

 ファヴニールの統率を失って混乱状態に陥っているワイバーン達を、フランス軍の放つ砲弾が片っ端から撃ち落す光景を目の当たりにしながら。

 いくら名高き『悪魔(ドラキュラ)』であろうとも流石に無茶、無謀でしかない状況で、それでも最後までサーヴァントとしての務めを果たそうとするその様は、所詮は怪物と、最終的には英雄に倒される宿命を持つ者と軽んじていいようなものでは断じてなかった。

 退魔の聖剣を、怪物であるヴラドに対して絶対的な特攻を持っている筈のそれを、今にでも戦闘が始まりそうなこの状況で、何故かリンクは鞘に納めた。

 訝しげに眉を顰めたヴラドは、細めたその瞳を次の瞬間には見開かせることとなった。

 腰元に下げられていた石板にリンクの指が触れたと同時に、その壁面から帯状の青い光が迸り、掴んだリンクの手の中で瞬く間に一本の槍を形作ったのだから。

 

 

「余を、この串刺し公を相手に聖剣を用いず、よりにもよって槍で挑むと?

 ……甘く見られたものだ、その余裕を後悔させてくれるわ!!」

 

 

 頑強な金属製の穂先がふたつ、並外れた剛力で振るわれたそれらがぶつかり合った鐘のような轟音が、一同の鼓膜を盛大に打ち震わせた。

 数秒続いた拮抗が、リンクが長柄を構える手首を返し、ヴラドの槍に込められた力の方向をほんの僅かずらしてみせたことで崩れる。

 辛うじて開かれた隙間に、鋭い穂先が頬を掠めるのも構わず飛び込んだリンクは、長柄の弱点である懐からの決定打を狙い、真下から振り上げられたブーツの爪先によってそれを阻まれた。

 まともに食らえば顎どころか頭蓋まで砕けていたであろう強烈な一撃は、咄嗟に足を止めて後方宙返りで飛びのいた判断によって、そんな『もしも』を明確に想像させるだけの凄まじい唸り音を立てるに留まった。

 距離を取ったことで一旦仕切り直すのかと思われた周囲の予想は、両者共が次の瞬間には地を蹴ったことで的を外れた。

 多くの怪物を退治した逸話を持つ勇者と、今の世において恐ろしい怪物の代名詞と言っても過言ではない吸血鬼が刃を交わし合うという、ある意味での夢の対決。

 その鬩ぎあいの中である違和感を抱いたヴラドは、戦いが続く中で気のせいどころかますます強くなるそれを、幾度目かの剣戟を経た後に堪らず吐き出した。

 

 

「貴様……一体、余に何をした!?」

 

「何のこと?」

 

「惚けるな!!

 今の余は明らかに能力が落ちている、力も速さもまるで足りぬ!!

 貴様以外の誰が、そのようなことを出来ると言うのだ!!」

 

 

 激昂のままに振るった穂先が難なく受け止められ、ヴラドの表情が更なる苛立ちに顰められる。

 吸血鬼とは不死身と怪力を謳う怪物であり、それを体現するヴラドもまた、サーヴァントの中でも特に秀でた筋力を備えていた。

 いくら勇者とはいえ、吸血鬼たる自分が、体格があからさまに違う少年を相手に、正面からの純粋なぶつかり合いでここまで拮抗するなど本来ならばあり得ない筈なのだ。

 ヴラドが既に確信を抱いていることを察したリンクは、フッと笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

「絶対こうなるっていう自信があった訳じゃないし、意図して狙っていた訳でもない……ただ、もしかしたらという予想はあった。

 貴方は圧倒的な戦力差がある他国からの侵攻に抗うために、捕らえた敵兵の串刺し死体を野に晒した。

 かの国の王は残虐非道な怪物であると知らしめ、恐怖で以って敵の歩みを止めさせるために。

 『恐れられる』ことこそが、真の怪物と化した貴方の力の源泉。

 だとしたら……その逸話を知りながら、貴方と相対しながら、それでも貴方を恐れることのなかった者との戦闘において、貴方は果たして怪物としての強さを保っていられるのか」

 

「…………何だと?」

 

 

 予想も、想像も、考慮することすらも無かったであろう言葉を聞いて、呆然と立ち尽くすヴラド三世。

 リンクは笑いながら、優しい声で、ある意味で冷酷に、彼という存在に止めを刺す力を持った言葉を口にした。

 

 

「ヴラド三世……俺は、貴方が恐くない。

 俺は、貴方を相手に退魔の剣を用いる気にはなれない。

 俺には、貴方が血も涙もない怪物だとは思えない」

 

「貴方が為したこと、貴方が作り上げた光景は確かに恐ろしい。

 だけど俺は、どんな手を使ってでも、後の世で怪物と恐れられようとも国を護りたいと願ったことが、その想いが、間違っていたとは思わない」

 

「……俺は、貴方を倒す。

 だけどそれは、俺が勇者だからでも、貴方が怪物だからでも、ましてや悪だからでもない。

 立ちはだかる貴方が、越えなければならない難関だからだ」

 

 

 そう断言したリンクの姿が、呆けてしまっていた視界の中で掻き消えた。

 戦いの最中にとんでもない隙を晒してしまった自分自身に、内心で罵倒の限りを尽くしたヴラドは、地面に靴がめり込んだ跡がくっきりと残るほどの凄まじい脚力で、ほんの数歩、ほんの一瞬でこの身の懐まで肉薄したリンクの槍が、その穂先が、自身の心臓を次の瞬間にも貫こうとしていることに、酷くゆっくりと流れる世界の中で気がついた。

 視界の端にほんの僅か過ぎったのは、自分達の戦いを固唾を呑みながら見守っている、カルデアのマスターの無防備な姿。

 この身が貫かれることはもはや変えられない……ならばせめて最後に、最初から最後まで散々に振り回してくれた勇者の鼻を明かしてやってもいいのではないかと。

 彼らのマスターを道連れにしてやればいいのではないかと、血に飢えた怪物が何を躊躇うことがあると。

 そんな『怪物』の思考回路が、ヴラドの中で回っていたのだけれど。

 それをかき消し、圧し潰す勢いで、眩し過ぎて泣きたくなるほどの輝きを放ちながら、何度も何度も繰り返し聞こえる声があった。

 

 

 

『立ちはだかる貴方が、越えなければならない難関だからだ』

 

『国を護りたいと願ったことが、その想いが、間違っていたとは思わない』

 

『俺は、貴方が恐くない』

 

 

 

 カッと目を見開き、停滞した世界から強引にその身と意識を覚醒させたヴラドは、その胸を今にも貫こうとしていた穂先を認識した上で、敢えてその足を踏み出した。

 

 

「なっ…!?」

 

 

 自らその胸に呑み込ませることとなった刃が、それによって貫かれた霊核が、胸の奥から込み上げて喉を塞ぐ血が……それらに連なる痛みや苦しみの全てが、目を見開いて驚く勇者の表情によって帳消しとなる。

 血が溢れる口元に背筋が凍るような笑みを浮かべ、青白い肌に真っ赤な血化粧を施し、白く長い髪を振り乱した、正しく『吸血鬼』の呼び名に相応しい姿で。

 死に際の、だからこそかつて無い程の力が込められた一撃が、認識と予測の外から勇者を襲った。

 

 

「……………どうだ勇者よ、前言を撤回するのならば今の内だぞ」

 

「………お言葉に甘えて、少しだけ。

 驚きました、凄く恐かった。

 お見事でした、ヴラド公」

 

 

 少し血の気が引いた顔色で、引きつった口元で。

 使わない筈だった退魔の剣を抜かされてしまった勇者の表情は、随分と悔しそうなもので。

 最後の力を振り絞った一撃を敢え無く防がれてしまったにも関わらず、不思議と満たされている自分自身を、ヴラドは自覚していた。

 

 

「………いや、未だ解せぬことがひとつだけある。

 いくら勇者の言葉に感化されたとはいえ、あの状況で『武人』としての有り様を選ぶことは、狂化を施されている以上は何があっても不可能だった筈だ。

 聖人よ、これは貴様の宝具によるものか?」

 

 

 思いがけず話を振られながら、それでも惑うことなく笑ってみせたのは、先だってヴラドと相対していたゲオルギウスだった。

 

 

「私の宝具には、付属的な効果ではありますが、対象に問答無用で『竜』の属性を与える力があります。

 貴殿がかつて『(ドラクル)』と謳われた気高き武人であり、逸話によって『悪魔(ドラキュラ)』と堕とされた者であるというのならば。

 私の宝具によって『竜』と属性付けることにより、貴殿の武人としての側面を強調させ、狂化に干渉させることが出来るのではないかと、駄目元でそんな想定をしていたことは確かです。

 面白い発想でしょう、マスターのものですよ」

 

「ほう、それは……確かに興味深い」

 

 

 消えかけた体に残されていた、もはや槍を振るうには至らない最後の力で動かした視界に、一人の少年が映り込む。

 誰が何と言おうとも、吸血鬼であることは決して変わることのないこの身を、そういうものだと受け入れた上で、真っ直ぐに見据えてくる眼差し。

 それに似たものを、ほんのつい先程、目の当たりにした覚えがあった。

 

 

「この戦場の只中でなお、己を見失わぬ男よ。

 縁があるのならば、次こそは余を召喚するがいい。

 であればその時こそ、我が槍の神髄を見せてやろう。

 護国の槍……民を護る武器は、さぞ貴様の手に映えるであろう」

 

 

 言うだけ言ったことに自分だけで満足して、そのまま消えていくだけの筈だったのに。

 笑いながら頷いた少年の姿を最後の意識に焼きつけたヴラドは、吸血鬼の末路とは到底思えないほどの穏やかさで、美しい黄金の粒子と化していった。

 

 

《ヴラド三世の消滅を確認、確認された竜の魔女陣営のサーヴァントはこれで全部だ!!

 最終決戦で戦力の投入を渋るとは思えないし、敵の戦力は大方削れたと思っていいんじゃないかな!!

 今度こそ本当の本当に最後だよ、退却した竜の魔女を追ってオルレアンへ》

 

「待ってドクター、余裕があるのなら……少しだけでいい、時間が欲しい。

 ……最後になる前に、色々と、きちんと話しておきたいんだ」

 

 

 通信の向こうで興奮していたロマニは、若干俯きながらの立香の言葉にほんの少し息を呑み、僅かな間を置いた後でそれを許可する言葉をくれた。

 誰と、何を話したいのかなんて、この状況で察せられない者はいない。

 本当はあの時、あの時点でそうしたかったことを、状況が許してくれなかった。

 一生懸命に気持ちを切り替えて、受けた衝撃と抱いた疑問を一時忘れて、目の前のことに力を尽くした。

 それが落ち着いて、もう大丈夫だと、ようやく話せると思えた今になって、あの時押し込めたものが改めて、じわじわと焼けつくような熱さを伴いながら込み上げてきている。

 そんな自分の内心を向こうも察して、そして受けとめようとしてくれているのだろう。

 笑顔で手を振りながら別れたのが最後だった、あの時は黙って見送るしかなかった背中の主が、本の表紙や挿絵で見た覚えのある衣装を、これこそが彼の本当の有り様なのだと思わせる自然な風格で纏いながらそこに居る。

 

 

「…………リンク」

 

「ごめんな立香、少し……いや、だいぶ遅れた」

 

 

 少し距離を置きながら向かい合う、伝説の勇者と人類最後のマスターを。

 ほんの少し前まで、共に仲良く笑い合っていた少年達を、そんな彼らを微笑ましく思っていた全ての者達が固唾を呑みながら見守っていた。

 







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出会っていた運命





 語り合うのには遠すぎる、不自然な距離を保ったまま向き合っていた二人の少年。

 躊躇っていた一歩を先に踏み出したのは、立香の方だった。

 ゆっくりと、しかし確実に歩み寄っていくその様を、誰もが黙って見守ることしか出来ない。

 フランスの特異点修復が始まってからという短い間で、多くの者が見守る中で、二人はまるで昔からの関係があったかのように仲良くなっていった。

 立香にとってのリンクは、人理焼却という崖っぷちの異常事態で、思いがけず知り合えた気の置けない同年代で。

 サーヴァントが増えた後も、先頭に立って活躍を続けていた彼を心から頼りにして。

 尚且つ、彼一人に頼ってばかりではいけないと自身と現状を戒める程に、彼という個人を思いやってもいた。

 そういった想いを形作っていた大前提が、一気に覆された。

 リンクは英雄の素養を持った一般人どころか、当人がいることを知りもしないまま、何度も話題に出てきた伝説の勇者その人だった。

 

 ずっと助けてくれた彼を、慣れない自分達を導き続けてくれた彼を信じている。

 何かしらの理由や思惑があったのだろうと、何の疑いもなく思えるほどの関係を重ねてきた自信がある。

 だけどそれは、リンクを『勇者』として、『サーヴァント』として認識し、その考えや行動を受けとめた場合でのこと。

 どんな力を発揮しようと、どんな一面を見せようと、リンクのことを一人の『友人』として尊び続けてきた立香がこの状況で何を思い、考えているのか。

 今になって思えばリンクにとっても、自分をただの少年として何の身構えもなく接してくれる立香との関係は、得難く尊いものだったのだろう。

 無言で伸ばしてくる立香の手を、避けることも対することもせずに受け入れようとしている様は、もう今更かもしれないけれど、それでも出来る限り彼に対して誠実でありたいと願うリンクの思惑を感じさせるものだった。

 …………の、だけれど。

 

 

「いででででででででっ!!?」

 

「あっ、本物だった」

 

《ちょっ、立香君!?》

 

「何をやってるんですかセンパイ!!」

 

 

 黙って見守っていた一同が目の当たりにする羽目になったのは、古代ハイリア人の最も分かりやすい身体的特徴を、女神ハイリアの庇護下にある者の証とされているそれを、古代の神秘の顕れとして特別視している者は決して少なくない尖った耳を、引き千切らんばかりの勢いで盛大に引っ張った立香の暴挙だった。

 

 

「何すんだ馬鹿!!」

 

「だって、前までは普通に短かったし」

 

「隠蔽かけてたんだよ、つかそこから疑ってたのか!?」

 

「お前のことだから、仮装して演出くらいはやりそうだと思って……」

 

「だからってこの確かめ方はあんまりだろ!!」

 

 

 赤くなってしまった耳を取り返して押さえつつ、一歩下がって涙目になりながら抗議の声を張り上げるリンクと、淡々と惚けた反応をするばかりの立香。

 一同が先程とは違う意味で何も言えなくなっていた、そんな状況を変化させたのは、またしても立香だった。

 前触れなく異様な勢いと迫力で伸ばされた手が、それまでも惚け具合からの差異と、リンク自身の精神状態の乱れもあって、伝説の勇者の側頭部を掴まえるという快挙を為す。

 もはや慣れてしまった、切られたり焼かれたりするものとは違う種の痛みを、たった今味わったばかりのそれを連想させる体勢に思わず身を竦ませたリンクは、自身を正面から見据える立香のひたすらに真っ直ぐな眼差しに毒気を抜かれ、ただ静かにそれを受け入れることしか出来なくなっていた。

 

 

「リンク、なんだよな。

 俺達がフランスに来てから、ずっと一緒だった」

 

「……そうだよ」

 

「実はサーヴァントで、名前が一緒どころか本当に伝説の勇者様で……」

 

「……黙っていたのは悪かった。

 俺なりの理由や事情はあったけれど、それでもお前が怒るのは無理もないと」

 

「そんなことはどうでもいい」

 

「…………えっ?」

 

 

 微妙にずれた対応をしていたのは、どことなく呆けていたように感じられたのは、現状を未だ本当の意味で受け入れ切れていなかったからなのだろう。

 目に映る光景に、耳に聞こえる声に、手から伝わる感触に、彼が確かにそこに居るのだという事実を、実感を伴いながら受け入れ始めた立香。

 それに伴う昂りを、胸の内に収めきれなくなった想いを表すことを、彼は決して躊躇わなかった。

 

 

「リンク、無事で良かった」

 

 

 その言葉、その笑顔、その涙を見た者達は、自分達が抱いた懸念が全くの的外れであったことを、今までの旅路の中で『平凡な一般人』から随分と格上げした認識があった『藤丸立香』の更なる真価を突きつけられた。

 当人が言っていたように、伝説の勇者だったことも、サーヴァントだったことも、立香にとってはどうでも良かった。

 彼は本当に、ただ純粋に、心から……実は勇者でありサーヴァントであった『だけ』の友人が、失われてしまったと思われていた彼が生きていたことに、帰って来てくれたことに安堵し、そして喜んでいた。

 

 その事実が胸に沁み、思わず目頭を熱くしてしまう程の温かさが込み上げるのと同時に、リンクは、自身の胸の内がその温もりを圧し潰す程の罪悪感で重くなっていくのを感じていた。

 勝手な行動をして心配をかけた自覚はあった、怒られる覚悟は既に出来ていたけれど、それでも彼は後悔はしていなかった。

 また同じようなことが起これば、行動しなければならなくなったら、自分はまた懲りずに一人で飛び出すのだろうと今でも思っている。

 ずっとずっと昔から、どんな時代やどんな場所においても変わることなく、『自分達』の戦いはそういうものだったからだ。

 

 一人なのは当たり前で、どうにかするのも当たり前で、生きて帰るのも当たり前で。

 そんな孤独な戦いを強いられているのが他の誰かだったら、とんでもないと激昂してすぐさま助けに入るだろうと思えるのに。

 自分が誰かを案じるように、誰かも自分を案じてくれるのだと、誰かが傷つき苦しむ姿を見て悲しむように、自分のそんな姿を見て悲しむ人もいるのだと。

 自分でも知らないうちに、いつの間にかどこかに置いてきてしまっていた、本当に当たり前のことを。

 リンクは今この時になって、頭ではなく心で以って、ようやく思い出すことが出来た。

 

 

「……………立香。

 勝手なことをして、心配かけて、本当にごめんな」

 

「二度とすんなよ」

 

「ちゃんと相談してからにする」

 

「お゛いこら、すんなっつってんだよ」

 

「状況によってはそういう訳にはいかな、ぃいだだだだっ!」

 

「努力しようとする姿勢くらいは見せろ馬鹿勇者」

 

「ゆーひゃの前に馬鹿をつけるな、一応誇りはあるんだからな!?」

 

「返事は?」

 

「…………頑張ります」

 

「うん、頑張れ。

 ……お帰り、リンク」

 

「……ただいま、立香。

 ありがとう」

 

 

 涙が伝った跡を共に頬に残した少年達が、その背に負った『世界』の重みを知る二人が、満面の笑みを交わし合う。

 伝説の新たな一幕かのようにも思えるようなその姿は、見守っていた者達に不思議な感動と安堵の気持ちを抱かせた。

 何故か泣きたくなるような、この二人が出会えて良かったと心から思えるような、そんな光景だった。

 







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最後の進撃





 

「良かったねえ、膝詰めで懇々と怒られ続ける羽目にならなくて」

 

「……そうでもない、下手な説教よりも余程効いた」

 

「それはご愁傷様。

 これを機に自分の悪癖をしっかりと意識して、直すように努めることを勧めるよ」

 

「…………ちょっと待て。

 アマデウス、お前何でそっちに居んの?」

 

「だって僕、リンクのこと知ってたし」

 

「少し前にバレた」

 

「はあああああああっ!!?」

 

 

 アマデウスがさらっと口にした爆弾発言が、一同を夢見心地から叩き起こした少し後。

 異なる形で美しい二頭の馬が、その背に乗せた者達と共に、彼方のオルレアンへと向けて駆けていく後ろ姿を、万が一の時の後詰めを任されながら、自分達の出番が来ることは無いだろうと半ば確信しているサーヴァント達が見送っていた。

 その内の一人であるアマデウスの手が、つい先程返してもらったばかりのオカリナを玩んでいる。

 特に意識しなくても、頭の中で自然と繰り返されるその際のやり取りが、彼の顔に子供のような無邪気な笑みを浮かばせていた。

 

 

『ねえ、リンク……あの時君は、僕の言葉を冗談だと思ったみたいだけどね。

 僕は本当に嬉しかった、君の力になれて本当に光栄だったよ。

 子供の頃から、君と、君の物語の大ファンだった』

 

『………えっ?』

 

『縁があればまた会おう。

 その際には是非とも、共に曲を奏でようじゃないか』

 

 

 照れて赤くなった顔で、それでも嬉しそうに笑いながら頷いてくれたその姿が、その事実が、アマデウスの中で宝石のように輝いている。

 

 

「……ずっと大切にしてくれていたのね。

 そのオカリナ、子供の頃に私がプレゼントしたものでしょう?」

 

「一番の思い出の品だったよ、今回の件で更に大切な宝物となった」

 

 

 アマデウスにとって自分そのものと言っていい音楽、その最も古い記憶は、勇者を真似てオカリナを吹いているところだった。

 曲を奏でることによって様々な奇跡を起こす姿への憧れが、音楽魔術に手を出したきっかけであり、魔術師連中からのちょっかいに辟易しながらもめげずに追及を続けた熱意の源だった。

 その果てにあったものが今回の出会いと旅路だったとするならば、決して万事が順調ではなく、人としての真っ当な寿命を生きたとは到底言えない生涯までもが輝かしく思えてくる。

 同じような想いが、他のサーヴァント達の中にも生じていた。

 

 

『妃でn、いや違う』

 

『リンクさん?』

 

『…………マリー』

 

『…っ!!』

 

『また会おう、その時は自慢だっていうお茶会に誘ってくれ。

 マリーが愛するフランスの素晴らしさを、何も知らない俺に是非とも教えて欲しい』

 

『ええ、ええ、お約束するわ。

 ジャンヌも一緒に、また女子会をしましょう!』

 

『お・茶・会』

 

 

 ひとつの約束を果たすと共に、新たな未来の約束を交わしたマリー。

 

 

『勇者殿……いや、貴殿にはあまり畏まらない方が良さそうだ。

 リンク、貴方と会えて良かった。

 短い間ではあったけれど、仲間として旅路を共に出来たことを誇りに思う』

 

『俺も同じだよ、ジークフリート。

 あんたのような人達が、俺が眠った後の世界をちゃんと守ってくれていたんだってわかって、とても嬉しかった』

 

 

 輝く財宝も、王や姫の賛美も、この一言には敵うまいと心から感じたジークフリート。

 加入時期の都合で直接の関わりを持てず、当たり障りのない挨拶しか交わせなかった者達は、満足そうに微笑む彼らへと少しだけ羨ましそうな眼差しを向けていた。

 

 

「彼らの旅路はこれからも続く。

 少しでも縁があるとするならば、また馳せ参じると致しましょう」

 

「縁とは待つものではなく結ぶものですわ。

 すぐにでも駆けつけます、何処までもお供すると誓ったのですから」

 

「……アタシは、ちょっと時間を置きたいかな。

 勇者リンク、か……何も知らない、まだ何もしていない頃のアタシだったら、純粋に憧れることが出来たんだろうけれど。

 もう少し自分に自信を持てたら、アタシ頑張ったって思えたら……その時には」

 

 

 そうやって見送られながら、フランスを蝕む特異点の真の黒幕の下へと向かうのは、立香、マシュ、リンク、そしてジャンヌの、今回の旅路の初期メンバーと言えるであろう四人。

 『王家の輝きは不滅なのです』と笑いながら、一度砕かれてしまったものを再度顕現させてくれた、マリーがマスターと友人達への最後の餞別として託してくれた硝子の馬に跨っているのは、マシュとジャンヌという女性同士の組み合わせだった。

 男女二人ずつなのだから、女性をサポートする為にも男女の組み合わせの方がいいのではないかと選択と状況に対して一人異を唱え、考慮するまでもなく却下され、二人乗りの後ろ側で未だに気にしている様子の立香は、知らないだけに理解していない。

 組み合わせの問題ではなく、リンクと二人乗りが出来るのが現状で立香だけだったのだということを。

 他を圧倒する名馬でありながら、その誇り高さ故にそうそう人を寄せ付けさせなかったと伝えられているエポナが、その背に主以外を乗せて駆けることを許容している光景が、『伝説』の既読者達をどれだけ驚かせているのかということを。

 とは言われても、いきなり鼻先を摺り寄せられた初対面に加えて、寄せ付けないどころか自ら手助けしてまで乗せてくれたという現状を前に、実感が湧かなかったとしても無理はなかった。

 

 

「俺、この子に好かれるようなこと、何かしたっけな……」

 

 

 そう呟きながら、心底不思議そうに首を傾げる立香だったけれど、それを聞きながら苦笑するリンクには少しだけ心当たりがあった。

 エポナはきっと嬉しかった、そして安心したのだろう。

 ハイラルの面影など何ひとつとして残っていない遠い未来に、一人放り出されてしまった主に、寄り添ってくれる誰かがいたことが。

 

 

(エポナにまで心配をかけてたんだな……)

 

 

 紛れもなく勇者の愛馬である彼女は、『自分』の旅路にはいなかった。

 だから、試しに呼んで来てくれた時には驚いたし、この体が彼女の乗り方とその際の感覚を覚えていることに気付いた時には何事かと思った。

 例え『リンク』だとしても初対面の筈の自分に、その限られた信愛を惜しみなく向けてくれた時の、胸の奥から込み上げた懐かしさと嬉しさは紛れもない本物だった。

 そんな馬鹿なことがと思わなくもないけれど、確証もない状況で根拠は殆ど勘だけなのだけれど。

 彼女と共に旅をした者達も含めた、全ての『リンク』がここに居るのだということを、リンクは胸元をそっと押さえながら密かに確信していた。

 その事実が何を意味しているのか、遥かな時を越えた先で一体自分はどんな存在になってしまったのか、落ち着いて色々と考えてみたかったのだけれど。

 決戦を控えているという状況が、それを許してはくれなかった。

 

 

《皆気をつけて、未知の魔力反応の出現を確認した!!

 ワイバーンとも骸骨兵とも違う、新たな敵性存在と想て……って何だあれ、気持ち悪っ!!》

 

「巨大なタコ、それともヒトデ!?」

 

 

 海産物を思わせる大小様々な、グロテスクと称して良いであろう異様な風体の軟体生物がオルレアンの城門から溢れ出てくる光景に、生理的な嫌悪感から竦み上がった者は多かった。

 見た目の気持ち悪さ、どんな攻撃をしてくるかわからない得体の知れなさに加えて、視界全てを埋め尽くそうとしているかのように後から後から湧き出てくる純粋な数の暴力が、既に心を決めていた筈の一同を躊躇わせた……のだけれど。

 慄き、恐れたとしても、それで諦める者、足を止める者はいなかった。

 どんな困難をも乗り越える『勇気』、それを誰よりも体現する者が居ることを、ずっと共に居てくれていたのだということを、皆は既に知っているから。

 

 

《すまないリンク君、何とかしてくれ!!》

 

「了解、ドクター。

 その判断は正しいよ、任せてもらえるのならむしろありがたい」

 

 

 的確な指示も助言もなく、丸投げされたと言っていいだろうロマニの懇願を、本来ならば酷い無茶ぶりである筈のそれを、笑いながらあっさりと受け入れたリンク。

 その姿と声が持つ力は、誰が相手でも何が起こっても大丈夫だと問答無用で思わせてくれる頼もしさは、既に周知されていた実力に素性が明らかになったことが加わって、ただ目の当たりにしただけの者達に感動と高揚を味わわせるほどのものとなっていた。

 

 

「……っておい待て、お前一体何するつもり!?」

 

「落ちないように、頑張ってしがみついてろ。

 そうすればエポナは自分で走る、下手に乗りこなそうなんて考えるなよ」

 

「ちょっ、リンク!!」

 

 

 愛馬を全力で駆けさせたまま、鐙から外した両足を鞍の上で揃えたリンクの姿に、立香が思わず脳裏に過ぎらせた嫌な予感は、次の瞬間現実の光景となった。

 彼が腰から下げていた石板、その壁面から迸る青い光と共に鞍を蹴って飛び降りたリンクの、猛スピードで通り過ぎていく地面にそのまま叩きつけられていてもおかしくなかった体が、青い光によって受け止められた。

 正確には、青い光が結集し、形作ったものによって。

 前後に二輪を備えた機械仕掛けの馬、生物由来とは思えない動力の存在を伺わせる爆音の嘶き。

 それは、ほんの少し前まで紛うことなき一般人だった立香にとって、魔術だの竜だのよりは余程馴染み深いものだった。

 

 

「マジか、それってもしかしなくてもバイク!?」

 

《勇者リンクのもうひとつの愛馬、古代文明の叡智の結晶、最古の二輪駆動ことマスターバイクか!!

 わざわざ乗り換えたってことは、まさか……》

 

「突っ込んで道を開く、立香達はそのまま続け!!」

 

 

 言うや否やエンジンを吹かせ、先行したリンクの手が青い光を掴んだ。

 それがまたしても何かしらを形作るであろうこと、状況からして武器の類であることまでは予想した一同だったが、その後で度肝を抜かされた。

 リンクの手の中に顕現したのは、体格と腕力に優れた巨漢の戦士が、両の腕を用いることでようやく振るうことが叶いそうな両刃の大剣。

 それを小柄な体で、一見しただけならば華奢に思ってしまいそうな細腕で、バイクの操縦もしなければならない為に必然的に片腕で。

 大気が唸る凄まじい音を立てながら軽々と担ぎ上げたリンクは、全開に吹かせたエンジンで後続をぶっ千切り、タコともヒトデとも言い切れないおぞましい海魔の群れへと突っ込んでいった……次の瞬間、鋭さで裂くのではなく重さを伴った純粋な威力で叩っ切られた大小様々な触手と肉片が、盛大に宙へと飛び散った。

 

 猛スピードを出していたバイクがいきなり急ブレーキをかければどうなるか、興味はあっても免許を持っていない立香や、バイクの現物を見ること自体が初めてのマシュでさえ容易に想像がつく。

 慣性の物理法則でそのまま吹っ飛ぶか、盛大に転倒してもおかしくはなかったそれを、リンクはまるで自身の手足であるかのように制してみせた。

 後輪に釣られて浮き上がりかけた前輪を押さえつけ、前方に向かってそのまま一回転しそうだった勢いを力ずくで横向きのものに変える。

 地を咬んだ前輪の一点を軸に、地面に対してほぼ平行に回転した車体は、乗り手が携えていた大剣に巨大な刃の弧を描かせた。

 剣をただ振り回すだけでなく、通常だったらただの転倒事故になりそうな角度や勢いでタイヤを滑らせながら、まるで実戦ではなく何かのショーのような華麗さと縦横無尽さで愛車を操りながら、時に振り上げたタイヤそのもので轢き潰すような荒々しさをも容赦なく見せながら、海魔の群れを切り開いていくリンク。

 数秒の後には数の勢いに負けて潰されてしまうであろうその僅かな空間へと、躊躇うことなく飛び込んだエポナとその首元に必死でしがみつく立香に、硝子の馬に乗ったマシュとジャンヌも続いた。

 

 

「ひいいいいっ、後ろもう埋まってる!!

 リンク、これ大丈夫なのか!?」

 

「少し強引なのは確かだけど、それでもこれが最短かつ最善だ!!

 恐らくこの魔物は、大元をどうにかしない限り際限なく湧いて出る類のものだと思う!!」

 

「ホラー映画やゲームの定番だな、雑魚敵にある程度群がられることや多少のダメージを覚悟で強行突破しなきゃいけない奴だな、わかる!!

 わかるけど、実体験する羽目になんてなりたくなかった!!」

 

「センパイの例え話がわかりませんけど、そういうことならば了解です!!」

 

「私達の方でも出来る限り後続を断ちます、突っ切りましょう!!」

 

「女の子達(馬含む)が頼もしい!!」

 

 

 蠢く海魔で半ば塞がってしまっていた城門を強行突破した一同の前に広がったのは、人を含めたまともな生物が生きていた痕跡などはとうに消え失せ、怪物が蠢くおぞましい魔都と化したオルレアン。

 かつての美しい街並みを想い、住民を悼むことすらも出来ない現状を惜しみながら、それでも決して足だけは止めることのないまま、一同は王城を目指す。

 立ち塞がった海魔ごと城の大扉をぶち抜き、飛び散った際には鮮やかな赤だったのであろう、どす黒い飛沫の跡がそこら中にこびり付いている床や廊下に、タイヤや蹄が傷を上書きさせることも厭わず。

 一気に駆け抜け、辿り着いた玉座の間にて一同はようやく、この特異点を築き上げた主と相対した。

 



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暴かれる真実





 

 おぞましい魔物が溢れる城内を強行突破した先に、一同はオルレアンに足を踏み入れてから初めて、二人分のまともな人の姿を見た。

 片方は、既に覚えのある竜の魔女。

 虚勢の全てが剥がれ落ちて、震えながら怯える様はどうしてもただの少女にしか見えなくて。

 今までの彼女の所業を、人々が味わわされた苦しみを忘れた訳では断じてないのに、それでも哀れに思えてしまう程だった。

 もう片方は、先程まで派手に蹴散らしてきた海魔を連想させる奇抜なローブに身を包み、遠くから一見しただけで怖気が走るような謎の本を手にした大男。

 先程自らが口にした『大元』について察したリンクは、石板から迸る光ではなくその背に負う聖剣の柄へと手を伸ばしながら歩み出し、その挙動に背筋を竦ませた黒いジャンヌが衝動のままに叫んだ。

 

 

「来なさいサーヴァント、そいつらを殺せ!!」

 

 

 膨大な魔力反応と共に、いくつもの形と質量を持った影が実体化した。

 想定していなかった新たな敵戦力、それもこちらを囲むほどの数がいきなり現れたことに、それがとある記憶の中にあるものと酷似していたことに、驚いたマシュが声を上げる。

 

 

「これは、冬木の街にいたものと同じ……それもこんなに!?」

 

「『(ダーク)』……いや、というよりこれは『(シャドウ)』だな。

 召喚の手順を簡略化して、サーヴァントの力の一端だけを影法師として呼んだのか」

 

「こちらには聖杯があるのよ、この程度ならばいくらでも量産できるわ!!」

 

 

 『サーヴァント』とは言うものの確かな意思や人格の存在は感じられず、かと言って、肌に感じる威圧感はたかが影と楽観視できるものではなく。

 損傷を気にせず、ただひたすらに投入すればいいだけの単純な『戦力』と考えるならば、この上ない程に適していた。

 追い詰められた状況で、質が保てないのならばせめて量を揃えようと懸命に行動した結果、図らずも辿り着いた正解だったが。

 残念ながら、相手が悪すぎた。

 青く輝く刀身が唸りを上げながら大きく鋭い弧を描いた、ただそれだけで影の殆どが掻き消された現実に、ただでさえ引きつっていた黒いジャンヌの喉が笛のような甲高い音を立てる。

 

 

「いくらでも、ねえ。

 面白い、聖杯の限界とやらを一度確かめておこうか」

 

「こ、んの……化け物!!」

 

「否定はしないよ」

 

「待って、リンクさん。

 お願いです、彼女と一度話させてください」

 

 

 背後から声をかけられて立ち止まり、頷いてから横へと逸れたリンク。

 その向こう側から現れたジャンヌに、まるで彼女が怯えていた自分に助け舟を出したかのような状況に込み上げる屈辱と、真の思惑がどうであろうとも実際に安堵してしまったことへの情けなさに、ギリッと歯を噛み締めた黒いジャンヌの目尻に薄っすらと涙が滲む。

 その姿を前にしたジャンヌが感じたのは、ただひたすらに純粋な哀れみだった。

 

 

「……何なのよ、その顔は。

 流石ねえ、聖女様……国を蹂躙して滅ぼそうとした魔女でさえ、追い詰められていれば慈愛の対象になると言うの?」

 

「……あなたの所業は確かに罪深い、それは事実です。

 しかし、私があなたに対して哀れみを感じているのは、その報いを受けたことではなく、あなたという存在そのものに対して。

 ひとつだけ聞かせて下さい、黒い私……あなたは、家族のことを覚えていますか?」

 

「…………えっ?」

 

 

 本当に、思いもよらない問いかけだったのだろう。

 竜の魔女としての虚勢も、怯えも一時忘れてしまった様子で声を零した彼女の表情は、今までで一番ジャンヌに似ていたそれは、幼い子供のようにも見えた。

 

 

「私は覚えています……戦場の記憶がどれほど強烈であろうとも、ただの田舎娘として家族と共に過ごした日々の方が、私の中にはずっと鮮やかに残っている。

 むしろその思い出こそが、私が私でいる為の、最も大切な宝物。

 大切な人達に、戦争の無い平和な日々を過ごして欲しい……それこそが、私が旗を掲げた本当の理由であり、支えてくれた柱だったのですから。

 あなたが私の闇の側面だとしたら、尚更のこと、幼い日々の記憶は輝かしいものの筈。

 未練があったからこそ嘆き、愛されることを知っていたからこそ裏切りを許せず、故郷に帰るという幸福を奪われたことに憤怒したのでしょう?」

 

「……………………」

 

「やはり、記憶は無いのですね」

 

 

 予想は当たっていたというのに、それを投げ掛けた当人であるジャンヌの表情は暗い。

 初めて対峙した頃の、もしくはもう少しだけ意地を張れるだけの心の支えが黒いジャンヌに残っていれば、自身を哀れんでいることが一目でわかるジャンヌの様子に怒りを募らせ、対抗もしていたのだろうけれど。

 完膚なきまでに心を折られていたところに、自分自身の存在意義までもが揺らがされてしまった彼女には、もはやそんな余裕は欠片すら無くなっていた。

 追い詰められた精神状態で、だからこそ研ぎ澄まされたのかもしれない思考力の中で、黒いジャンヌは気づいてしまった。

 自分を『ジャンヌ・ダルク』と定義していた記憶の数々が、旗を掲げながら兵士を鼓舞する、穏やかな微笑みを浮かべながら火中に消えていく聖処女の有り様が。

 その視点が『自分自身のもの』ではなく、『彼女を見る他者のもの』であったことに。

 

 

「違う、これは私じゃない……あそこで戦っていたのは、あの時焼かれたのは私じゃない。

 ジル、これは一体どういうこと!?

 あなたが私をジャンヌだと、本物だと言ったから、私はそれを疑わなかったのに!!」

 

 

 正真正銘、間違いなく彼女自身のものと言える、最も信頼していた者に裏切られたことによる怒りと嘆き。

 それによって、すぐそこにいる怖ろしい敵から目を離してしまうことへの恐れと不安を一瞬吹っ飛ばし、衝動のままに振り返った黒いジャンヌは、そのままぶつけようとした怒号を呼吸そのものと共に飲み込む羽目になった。

 

 

「…………ジル?」

 

「お労しやジャンヌ・ダルク、あのような戯れ言に耳を傾けてしまわれるだなどと。

 お疲れになられているのですね、無理もない。

 案ずることはありません、あとはこのジル・ド・レェが万事滞りなく済ませましょう」

 

 

 一般的な感覚から見て、彼の様相が、ねっとりとしたような笑みが恐ろしく思われることはわかっていた。

 それでも、彼女にとってそれは信じられる、安心できるものの筈だった。

 しかし今はその笑顔が、一見優しく気遣ってくれるその言葉に含まれているものが、自身へと向けて伸ばされるその手が、恐ろしくて堪らない。

 凍り付いてしまった思考が回らず、体も動かず、そのまま彼の思惑を受け入れてしまいそうだった黒いジャンヌの体が、何者かの力強い手によって突如掴まえられ、たった一度の跳躍でその場から一気に飛びのいた。

 数秒呆けた先で、突き抜けて逆に冷静になってしまった意識の中で、彼女は気がついた。

 最も困難な敵であった筈の勇者によって、最も信頼していた筈のジル・ド・レェの手から助け出されてしまったことに。

 力なくへたり込んだまま言葉が出ない黒いジャンヌの前で、魚のような目を剥きながら激昂するジル・ド・レェと、どこまでも冷静なリンクが対峙していた。

 

 

「汚い手をジャンヌから離せ、この匹夫めがぁ!!」

 

「……予想外だな。

 目的を果たすための駒とか、自己満足のための人形とかじゃなく、ちゃんと大切に思っていたのか」

 

「何を戯けたことを、私がジャンヌの為を思わなかったことなど一時としてありはしないというのに!!」

 

「だとしたら、今やろうとしたことはどういうつもりだったんだ」

 

「盗人猛々しいとは正にこのこと、ジャンヌを追い詰めたのはあなた達でしょう!!

 私はただ、彼女を一時休ませて差し上げようとしただけのこと!!

 あなた達を排した後に改めてお呼びし、思うがままにフランスを滅ぼしていただくのです!!

 忌々しい勇者のことも、恐れを抱き心を折ってしまわれたことも全て忘れて、今度こそ、完全無欠の竜の魔女として!!」

 

「ジル、やはり……この特異点の真の黒幕は、『あり得ない筈の私』を作り出したのは、あなただったのですね」

 

 

 理不尽な裁判により魔女とされた聖女と、大量殺人鬼へと堕ちたかつての元帥。

 同胞として共に戦い、時期こそ違ったものの、共に火中へと消える最期を迎えた二人が、それぞれの譲れないもののために相対する。

 その光景を黒いジャンヌは、勇者によって捕らわれながら、決して苦痛を感じさせない力加減に、まるで守られているかのようなふざけた錯覚を感じながら、ただ見ていることしか出来なかった。

 




前回更新した時に、アンケートにご協力いただきましてありがとうございます。
それを受けて書いたネタを『活動報告』に上げておきましたので、宜しければご覧になってみて下さい。


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狂人の言祝ぎ





 

「竜の魔女……彼女が私の闇の側面ではない以上、誰かしらの、何かしらの意図によって作り上げられた存在と結論せざるを得ません。

 あなたは聖杯に願ったのですね、あなたの理想の『ジャンヌ・ダルク』を」

 

 

 ジャンヌの確信を持った問いかけに、ジル・ド・レェは肯定で以って返した。

 ジャンヌ・ダルクの復活を、彼女が受けた仕打ちへの復讐を為してくれることを願い、それを聖杯に拒絶されたことで、自身の『理想』を体現する新たなジャンヌ・ダルクを創造したのだと。

 もう既にわかっていた、それこそが事実として殆ど確信していたというのに。

 それを彼自身の確かな意思と声で認められたことによって、黒いジャンヌの体と心に、どす黒い重みがのしかかる。

 

 

(願った理想……聖女サマが言っていたように、偽物なのは私の方だった。

 与えられたものを馬鹿正直に受け入れて、教えられた通りにフランスを蹂躙して、望まれた通りに怒って憎んで。

 何でもない筈の時も、熱くて、悔しくて、苦しくて。

 死んでサーヴァントになった後でも忘れられない、それ程の仕打ちを刻み込んだ連中に、あんた達のせいで私はこんなに辛いんだって、思い知らせてやりたくて堪らなかったのに。

 人にも、国にも、土地にも、滓すら無くなるまで思い知らせることが出来たら……その時はきっと解放されるって、楽になれるって思っていたのに。

 それが全て……私の存在も、記憶も、想いも、願いも、何もかもが作り物で、与えられたもので、自分だけのものなんて何も無くて。

 ジルの願いを叶える為だけの、ただひたすらに、永遠に憎しみ続ける為だけの、苦しみ続けるだけの存在だと言うのなら)

 

 

 

「………………私は、一体何なの?」

 

 

 

 思わずポツリと零してしまった一言が、意識してしまった現実と本心が、黒いジャンヌの心に巨大な楔となってヒビを入れる。

 自分という存在が、あまりにも愚かで、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。

 恥ずかしさと自己嫌悪で死ねるのならばいっそ今すぐ殺してほしい、自分という半端で朧な紛い物を跡形もなく消してほしいとさえ思っていた。

 俯いたまま、怒るでも悲しむでもない無表情の頬に涙を伝わらせるばかりの、正しく人形のようになってしまっていた黒いジャンヌは、気づかなかった。

 力なく放り出されていた自身の手を、誰かの手がいつの間にか取っていたことに。

 励まそうと、慰めようとしているかのようだったそれが、徐々に不穏な気配を滲ませながら震えだし……しかし尚も、握る力は優しかったことに。

 

 

「ジル、あなたの気持ちはよくわかりました。

 為すべきことを為せたからと、目の前の運命を黙って、一人だけ満足して受け入れてしまった私には、その末路を目にした者達の哀しみが想像できていなかった。

 残して逝ってしまったこと、あなた達が愛し尊んでくれたこの身を大切にできなかったこと、後の人生を誤る程に嘆かせてしまったこと自体は、私の罪として素直に受け入れ、謝罪します。

 ……だからもう何も言わないで、あなたの言葉は今の彼女にとってあまりにも酷です」

 

 

 黒い自分の様子がおかしいことに気付き、何とかこのやり取りを終わらせようとするジャンヌの思惑をよそに。

 精神汚染スキルの存在によって、元々情緒が酷く不安定であることに加えて、完全に頭に血を上らせてしまっているジル・ド・レェの口は止まらない。

 

 

「……やはりあなたはお優しい、正しく聖処女の呼び名に相応しいお方。

 しかしジャンヌ、その優しさ故にあなたはひとつ忘れておりますぞ。

 例えあなたが祖国を憎まずとも……私は、この国を憎んだのだ!!

 全てを裏切ったこの国を、滅ぼそうと誓ったのだ!!」

 

「ジル…っ!!」

 

「あなたは赦すだろう、しかし私は赦さない!!

 神とて、王とて、国家とて」

 

 

 

「もう黙れ」

 

 

 

「は? ぎやああああああっ!!!

 

 

 ジル・ド・レェの怒号にかき消されてもおかしくない程の、本当に静かな、なのに異様な重さと迫力を伴っていた一声が、居合わせた者達の意識を支配したのはほんの一瞬……の、筈だった。

 その刹那の中で青い刀身が二度翻り、一度目でジル・ド・レェの腕を切り飛ばし、二度目でその手が持っていた禍々しい邪本を、退魔の聖剣の力を以って『切る』を通り越して塵へと変えた。

 一連の流れを捉えられず、ジル・ド・レェの絶叫によって強制的に目の前の光景を突きつけられた一同は、時間の流れを切り貼りして中途をすっ飛ばされでもしたかのような異様な感覚を味わわされた。

 

 

「リンクさん!?」

 

「悪い、ジャンヌ……自分絡みの因縁を、自分で晴らしたいっていう気持ちはわかるんだけど。

 それでもここは譲ってくれ、こいつは絶対に許せない」

 

 

 頼んでいながらも有無を言わせない口調で、激昂のあまりに開いた瞳孔で、滾る激情をあくまで冷静な思考で御しながら。

 振りかぶった拳を、一見華奢なように見えながら超重量武器を軽々と振り回す膂力に溢れているそれを、リンクは一切の容赦なく、片腕を落とされた激痛に悶えるジル・ド・レェの顔面へと叩き込んだ。

 

 ジル・ド・レェは晩年悪魔信仰や黒魔術を行なっていたという逸話はあれど、正当な魔術師という訳ではなく、キャスター枠の英霊としての適性も、魔物を召喚できる魔導書を所持していることによって辛うじて保たれているものである。

 その肝心の魔導書を、宝具を破壊されてしまった時点で、彼は脅威と言える存在ではなくなった。

 それでもリンクの猛攻は止まらなかった、ジル・ド・レェという個人の抵抗の余地をとことん奪いにかかる。

 拳の一発で床へとめり込まされた彼の顔、その頬を僅かに、を通り越してかなり深く抉る位置に、聖剣の刀身を突き立てる。

 リンクがほんの少しその気になりさえすれば、女神によって作り出され、数多の魔物を屠ってきたその刀身は、今この時点において既にジル・ド・レェの傷口を焼いている聖なる刃は、神を呪って魔と堕ちた彼を一刀で以って切り捨てるのだろう。

 

 腕を切り飛ばされ、宝具を破壊され、冗談でなくサーヴァントの身でさえ死にかねなかった拳を叩き込まれ、止めに神剣の輝きを突きつけられ。

 ここまでされれば、いくら精神汚染スキル持ちとはいえ、その激情を一旦静めざるを得なかったのだろう。

 いつも自分の前で見せていたような穏やかさを、強引に取り戻させられたジル・ド・レェと、それを認めて、強張った表情の目元だけをほんの僅か和らげたリンク。

 そんな二人の姿を、生気の失せた痛々しい無表情ではなく、予想外過ぎる展開を見せる現状への驚きと混乱に、ただの少女のようなあどけない呆け顔を浮かべながら。

 彼が飛び出していく直前、握っていた手の代わりに渡してくれたものを、退魔の聖剣の鞘を無意識に握りしめながら、黒いジャンヌが見つめていた。

 

 リンクの優しさと人柄は十分承知している、それなのに誰も声を掛けられない。

 それ程の威圧感を無言で放ち続けた彼が、不意に口を開き、この状況に見合っているとは思えない謎の叙述を語り始めたのは、浅くなってしまっていた一同の呼吸が戻り始めた頃合いのことだった。

 

 

「季節は、多分春……風が暖かくて、花か何かの心地よい香りがして、チラチラと動く木漏れ日の光が眩しくて目を覚ました」

 

「…………何の話です?」

 

 

 思わず本気で尋ねてしまったジル・ド・レェの困惑をよそに、リンクはどこか遠いところを見るような眼差しを浮かべながら、構うことなくそのまま続けた。

 

 

「状況がわからなくてぐずり出した、腕の中の小さな赤ちゃんに、金の髪の綺麗な女の人が語り掛けるんだ。

 どうしたのって、大丈夫だよって、何も怖くないよって。

 笑顔はとても優しくて、抱きしめる腕は温かくて……子供の名前を呼ぶ声には、確かな愛が込められていたのに。

 子供にはそれがわからなかった、ただひたすらに混乱していた。

 『あなたは誰なの』って、『どうして自分をそんな風に呼ぶの』って。

 ……『《リンク》は勇者の名前でしょう』って」

 

 

 ただでさえ半ば飛び出していたジル・ド・レェの目が、更に大きく見開かれた。

 それは彼だけでなく、居合わせていた全員が同じように。

 語られる光景が誰の視点のもので、何を意味しているのかを察してしまったから。

 

 

「恐怖と混乱で、まだ上手く回らなかった頭の中をぐちゃぐちゃにしながら、一生懸命落ち着かせようとしてくれる母さんの声も聞こえないままに、ただひたすらに泣き続けた。

 ………それが俺の、最初の記憶だ」

 

 

 どこか虚ろなリンクの表情と瞳を前に、立香達は何日か前のある夜のことを、その時に交わしたやり取りのことを思い出し、そして気づいてしまった。

 彼が『リンクと名付けられた少年』ではなく、『正真正銘の勇者リンク』だったとするならば、あの時の彼の言葉や嘆き、流した涙の意味が全く違ってくることに。

 

 末代の勇者が、今この時も封印の眠りについている最後のリンクが、何度も何度も生まれ変わりながら世界を救ってきた『勇者の魂』の記憶、もしくは知識を幼少の頃から得ていたというのは、数多ある『ゼルダの伝説』の考察の中でも特に代表的な定説のひとつだった。

 『そうでなければあらゆることに説明がつかないから』という、至極分かりやすい理由によって裏付けされるその説を、今の今まで当たり前に、そういうものだと思っていたのに。

 当人の口で以って改めて語られたそれは、そんな認識でいた自分達を詰ってやりたくなるほどに残酷なものだった。

 

 まだ幼い、まだ何も知らない赤ん坊や子供の頃に、自分のものではない膨大な記憶や経験を横から与えられれば、何年もかけてゆっくりと形成されていく筈だったその子の自我は、一体どうなってしまうのか。

 後付けの膨大な記憶と経験が認識の大半を埋める中で、どこまでが確かな自分だと、自信を持って判断することが出来るのだろうか。

 

 

「成長して、状況をある程度把握できるようになってからも……『リンク』と、紛れもない自分自身のものである筈の名前を呼ばれるたびに、違和感を抱かずにはいられなかった。

 『俺はリンクの偽物だ』って、『自分が今ここに居るのは何かの間違いなんだ』って思いながら、血の繋がった家族相手にですら馴染めなくて。

 ……そんな不気味な子供を、それでも心から愛してくれた母さんが死んだ時でさえ、俺はそれを現実と思えなかった。

 親の死を悲しむことさえできない俺は何なんだろう、俺みたいな歪な存在がどうしてここにいるんだろうって、一人でずっと考えていたよ」

 

 

 親を親と思えない、自分を自分と思えない。

 自分という存在が、他の誰でもない揺るぎない己(個)が、今この世界で生きているのだと思えない……それは、あまりにも。

 

 

「酷過ぎます…っ!!」

 

 

 受け入れながら、乗り越えながら、必死に生きてきたのであろうリンクに対して、何も知らないままそんなことを口にしてしまうのは、もしかしたら侮辱なのではとも思ったのだけれど。

 それでもマシュは、込み上げてくるものを堪えることができなかった。

 数多の困難が立ち塞がり、最後にはその身と命の全てを賭した献身が要求される、逸れることも脇目すらも許されないたった一本の道を、生まれながらに強制されたと言っても過言ではないリンクの、マシュが今この時まで生きてきた年月よりも短かった生涯。

 それはただ一人の、誰でもない自分としての命と人生を、先の見えないその道を希望と共に歩み始めたばかりのマシュにとって、あまりにも痛々しくて、涙と共に想いを溢れさせずにはいられないものだった。

 

 

「今思えば、女神ハイリアの采配だったんだろうな。

 末期を迎えたハイラルをきちんと終わらせるために、決して間違えられない難しい状況の中で……最初から何もかも知ってさえいれば、『リンク』ならきっと上手くやる筈だって。

 最後の難しい決断だって、誰に強要されずとも自分自身の意思で選べる筈だって、考えたんだろうなと思う」

 

 

 『神に信頼されていた』と表現すれば綺麗なものに聞こえるかもしれないそれは、その一言、その一文で以って全てを負わされてしまった者からすれば、ただ一人犠牲を強いられたとしか思えないだろう。

 神の思惑によって人生を、運命を歪められ、最期までそれに殉じてしまったという点が琴線に触れたらしいジル・ド・レェもまた、そんな彼の生涯を憐れみ、それを彼へと強いた女神に対して強い怒りを抱いた。

 

 

「なぜ逃げなかった、なぜ抗わなかった!!

 あなたといいジャンヌといい、そんな残酷極まりない神の思惑などに、なぜ大人しく従ったのです!!

 何と痛ましい、何と嘆かわしい、傲慢と冷徹こそがやはり神の本質なのだ!!」

 

「……ジル・ド・レェ。

 お前は、俺の境遇を憐れだと、残酷だと思うのか?」

 

「当然でしょう!!

 どんな理由や思惑があろうとも、自分勝手な独断で無垢な魂を翻弄することが許される筈が無い!!」

 

「…………そうか。

 そう思えるのなら、紛れもないお前自身の意思で以ってその言葉を口にできるのならば」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒い方のジャンヌに謝れ。

 自分がどれだけ酷いことを彼女にしたのかを自覚して、心の底から頭を下げろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びの、しかし先程のものとは違う類の沈黙が辺りを包んだ。

 リンクが口にした言葉の内容を咀嚼し、それが意味するものを少しずつ受け入れるごとに、一同の胸に熱いような苦しいような、堪らないものが込み上げてくる。

 かつてない程の勢いで怒ったのは、自分自身の辛い記憶に触れられたからではなかったのか。

 語っていた時のリンクは本当に苦しそうだった、それが彼にとって心に深く刻まれた傷であることは間違いなかった。

 トラウマと言っていいものを掘り起こされながら、それでも自分のためではなく、同じ痛みと苦しみを抱かされた誰かのために怒るのか。

 床石にヒビを入れながら立てられていた聖剣の刃が、自身の動きを妨げていたものが外されたことで、呆けてしまっていたジル・ド・レェがゆっくりと身を起こす。

 そうして振り返った先に、痛ましい表情を浮かべながら、力なく座り込んでしまったままの黒いジャンヌの姿を見つけた彼は、見開いた両目から嗚咽と共に涙を流し始めた。

 

 

「ジャンヌ……おお、私のジャンヌ・ダルクよ。

 申し訳ありません、私は……私は決して、そのようなつもりでは………」

 

「…………ジル。

 あなたにとって私は、聖女サマの身代わりだったんじゃないの?

 『ジャンヌ・ダルクに復讐を果たしてほしい』という、あなた自身の願いを叶えるためだけの存在じゃなかったの?」

 

「まさか、そのようなことは断じてありません!!

 私の願いのために作り出したあなたを、願いに応えて私の下に来て下さったあなたを、私は幸せにしたかった!!

 正当な復讐をその手で成し遂げてもらうことこそが、『ジャンヌ・ダルク』の真の救いに、真の幸せに繋がると、私は心からそう信じていたのです!!」

 

 

 必死に訴えるジル・ド・レェの姿に、言葉に、偽りや誤魔化しは見受けられなかった。

 彼の想いを、彼に愛されていたことを……自分は確かに望まれて生まれたのだということを、ようやく信じることができた黒いジャンヌの両目から、嘆きと絶望ではなく喜びと安堵の涙が溢れ出す。

 震えるその唇から、誰に与えられたものでも、誰に強制されたものでもない、彼女自身が抱いた願いと想いが紡がれ始めた。

 

 

「ジル、あなたに言われた通り……教えられた通り、私はフランスを滅ぼそうとしたわ。

 でもそれは、決して楽しかったからじゃない。

 復讐をすれば、憎いのが、辛いのが、苦しいのが、ほんの少し楽になれたからなの。

 何もかも燃えて無くなるまで、とことん復讐してやれば、常に苛まれるこの痛みと熱さから、本当の意味で解放される筈だって信じていたからなの」

 

「……そんな日が来ることは無いんだって、いくら復讐してもこの苦しみは決して晴れないんだって、そもそもこの想いや記憶自体が与えられた他人のものなんだって。

 全部わかった上で、それでもまだ八つ当たりをする気には、私はなれない」

 

「『ジャンヌ・ダルクの復讐』を望んだ、あなたの願いに見合わない存在になってしまった私は、もしかしたら聖杯に消されてしまうのかもしれないけれど。

 何も知らずに、何も疑わずに、言われるがままに復讐に走る『次』の私が、また作られるのかもしれないけれど。

 ………『今』の私がそんな風に思っていたこと、それだけはどうか忘れないで」

 

 

 胸の内を全て吐き出し、代わりに大きく息を吸いこんだ黒いジャンヌは、満足していた。

 人や動物どころか虫にも満たない、本当に僅かな一時だったけれど、自分自身の命を生きたと、自分だけの想いを尊ぶことができたと思っていた。

 意図を以って作り出され、何も知ることができないまま消えてもおかしくなかった自分には、それだけでも十分すぎると……これで満足しろと、足掻いても辛く惨めになるだけだと。

 暴れ出しそうな本心、本音を懸命に押さえようとする黒いジャンヌに、ジル・ド・レェは悲しげに、痛ましげに眉を顰めて。

 次の瞬間、おぞましいものだった筈のその顔に、本当に優しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「願いましょう……ジャンヌよ、どうか、あなたの真の心のままに」

 

「ジル…?」

 

「地獄に堕ちるのは、私だけで………」

 

「ジルっ!!」

 

 

 今の今まで握り締めていたものを放り投げ、駆け寄りながら伸ばされた黒いジャンヌの手が届くよりも先に、光の粒子と化して消えていったジル・ド・レェ。

 彼の最後の微笑みは、大切なものを奪われた怒りや悲しみに暮れる狂人ではなく、娘の幸福を願う父親を思わせるものだった。

 黒いジャンヌが、ジル・ド・レェへと駆け寄ろうとする際に思わず放った聖剣の鞘を、その持ち主の手が拾い上げ、手慣れた様子で身につける。

 独特の音を立てながら、背負われたそれに青い刀身が収められたことによって、一同はようやく、想定よりもずっと穏やかだった形で以って、最終決戦が終わりを迎えたことを認識した。

 




 初めから世界を救おうとしたのではなく、ごく身近な大切な人を、ささやかな幸せを守ろうと頑張った結果世界を救った、もしくはそれを為すためには世界を救う必要があった。
 『リンク』とは、そういう英雄だというイメージがあります。

 ジャンヌ・オルタに鞘を預けたのは、ジル・ド・レェを斬るかどうか、許すかどうかの判断を彼女に委ねるという意味合いがありました。

 『Sound Horizon』の楽曲で『11文字の伝言』というのがありまして、歌自体は結構前から知っていたのですが。
 最近になって改めて聞いてみたら、リンクのお母さんの心境にピッタリで驚きました。
 コンセプト自体が『母から子への想い』なので、色々な関係に当てはまりそうな楽曲ではあるんですけどね。
 YouTubeにもあるみたいなので、知らない人は是非聞いてみて下さい。

 上記の歌がピッタリだと思った要素のひとつに、歌詞に含まれていたとある単語があります。
 任天堂の公式で『リンク』という名前のネタ元で、英語では『Link』となります。
 作品内でも要所で使うようにしているので、気づいた際には改めて、込めたものを感じていただければと思います。



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黒き聖女の生誕日





 

 特異点を作り出し、フランスの地を怖ろしい竜が飛びまわる異端の戦場へと変えていた黒幕が消え去ったことで、未だ先の見えない旅路の第一歩となる戦いは、カルデアの勝利という形で無事に達成された。

 歓声を上げ、隣の者と手を取り合いながら、皆でその瞬間を喜び合う想像を、誰もが密かに抱いていたのだけれど。

 退魔の聖剣を鞘に収めたその時、その体勢から動こうとしないリンクの後ろ姿が、彼に何と声をかければいいのかがわからないことが、一同の行動を躊躇わせる。

 その空気を構うことなく壊したのは、意外な人物だった。

 『親』と呼んでいいであろう存在との別れに、愛の篭もった祝福の言葉を贈られた黒いジャンヌ。

 俯いた顔を上げ、目元を拳で乱暴に拭い、僅かに赤く染まった目尻を釣り上げた彼女は、立香達が止める間もなくリンクの下へと早足で歩み寄り、その勢いのままに彼の腕を引いて強引に振り返らせた。

 その瞬間にヒュッと喉が鳴ったのは、出そうとした声を思わず、逆に呑み込んでしまったからだろう。

 いきなり腕を取られたことに対して驚いてはいるものの、彼の顔からは既に、あの時確かに見せていた痛みや苦しみは消え失せてしまっていた。

 

 

「…………どうしてよ。

 あんたは、誰にも助けてもらえなかったんでしょう?

 ずっとずっと、何年も、自分以外の誰かのために戦い続けた人生の終わりまで、あの苦しみを一人で抱え続けたんでしょう?

 なのにどうして、そんな、何事もなかったような顔が出来るの」

 

 

 自分が出生の事実を知り、それに絶望していたのは、ジル・ド・レェの本心を知ることが出来るまでの、時間にすればほんの僅かな間だけのことだった。

 ただそれだけで、あんなにも不安で、怖くて、目の前が真っ白になるような、底なしの闇に独り落ちていくかのような気持ちにさせられたのに。

 彼のことだからそんな内心を誰にも言わず、誰にも悟らせず、自分自身の意思で抱え続けたのだろう。

 誰も彼のために怒らなかったし、彼のために悲しまなかった。

 そもそも知らなかった以上、そんな考えは見当違いの八つ当たりに過ぎないのかもしれない……だとしても。

 彼が自分にしてくれたことを、誰も彼にしてあげなかった。

 その事実が、何故かひたすらに悔しかった。

 力を込め過ぎて震えだす拳が、きちんと拭った筈なのに再び滲みだした視界が、その向こう側で嬉しそうに笑うリンクが、どれもこれも腹立たしくて堪らなかった。

 

 

「何事もなかった……そんな訳がないことは、自分が一番よく知っている。

 あの頃は本当に辛かったし、今でも思い出すとかなりきつい。

 ただ単に、『大変だったけどまあいいか』って、『諦めずに生きて良かったなあ』って、そう思えるようになっただけのことだよ。

 何とか乗り越えた先で、たくさんの大切な人に出会えて、その人達とかけがえのない日々を過ごすことが出来たから」

 

「色々と迷ったり強いられたりしたことは確かだけど、それでも俺はちゃんと、あれが俺の人生だったんだって思ってる。

 他の選択肢が無かっただけだって、そう思いたいだけだって、言われても否定はできないけれど。

 それでも立ち止まることはできた、横道に逸れようと足掻くことだってできた、最悪の場合だけど死んで自由になるっていう選択肢だってあった。

 既に決められた道を、それしかない(運命)を……『進む』ことを決めたのは、他でもない、自分自身の意思だった」

 

「嘆くのはいい、憐れむのもいい。

 実際自分でも悲惨だと思うし、『あの時ああしておけば良かった』と、後悔することなんて山積みだ。

 だけど同じ後悔でも、『あんなことしなければ良かった』と思うようなことは、俺の中には欠片も……覚えている限りでは無いんだよ。

 抗えない運命の中で、最初から最後まで全部決められていたと、言われてもおかしくないような不自由さの中で。

 それでも俺は自分で選んだ、自分で決めた。

 これこそが俺の人生だって、例え強がりと思われようとも、実際強がりでしかなかったとしても、胸を張ってそう言いたいから」

 

「いいことだって、あの頃大変な思いをしておいて良かったって思うことだって、沢山あった。

 ……例えば、今この時。

 辛いだけだった筈の記憶に意味を持たせてくれて、そのおかげで誰かを助けられたんだって、思わせてくれてありがとう。

 俺のために怒ってくれた、俺のために悲しんでくれた、君に会えて良かったよ」

 

 

 そう言ったリンクが、笑いながら伸ばした指に頬を拭われたことで、黒いジャンヌはようやく、自身の涙に気がついた。

 自覚してしまってはもう駄目だった。

 胸の奥から込み上げてきた熱いものが、喉を震わせ、嗚咽を零し、両の目を通して溢れ出す。

 自分のだと思っていたもの全てが勘違いで、何もかもを失くして空っぽになってしまった自分に初めて与えられたもの、本当の意味で自分だけのもの。

 それが、『彼が自分のために怒ってくれた』という事実であることが、なぜこんなにも胸を熱くさせるのか。

 今も変わらず胸の内で滾っている憎しみの炎、それを霞ませかねないと思うほどなのに、その熱を不快だと思わないのは何故なのか。

 生まれたてで、蹂躙以外の人生経験など殆ど皆無で、頼りにできるのは与えられたものの上に酷く偏っている他人の記憶しかなくて。

 この気持ちを正しく解せるだけの知識と経験が、それを的確に余さず伝えられるだけの言葉が今の自分に備わっていないことが、何故こんなにも歯痒いのか。

 それら全て、何もかもが、今の彼女にはわからない。

 そんな混乱の中で黒いジャンヌは、少なくともこれは確かだと思えるものを、混沌と渦巻く想いの中から何とか掴み上げたものを、懸命に言葉へと変えた。

 

 

「わ、私は……私は絶対に認めない。

 あんたのそれが『勇気』だなんて、そんな高尚でご立派な精神だなんて認めない。あんたはやっぱりエセ勇者よ。

 だってただのやせ我慢じゃない、自分自身に言い聞かせて無理やり納得させているだけじゃないの。

 あんたはもっと我が侭になればよかった、我慢した分甘やかしてもらえばよかった、助けた分助けられればよかった。

 もっと弱くてよかった、愚痴でも何でも吐けばよかった、それを受け止めてくれる『大切な人達』がちゃんといたって言うのなら。

 ……何認めてんのよ、ほんと馬鹿じゃないの!?

 こっちはあんたの自慢の人生とやらを全否定してるってのに、どうして笑ってるのよ!!」

 

 

 例え罵声や罵倒の形を取っていようが、そこに込められたものが真っ直ぐな思いやりならば嬉しいのだということが、今の彼女にはまだわからない。

 教えられていなかっただけで、知ったり学んだりする機会がなかっただけで、誰かを思いやれる気持ちをちゃんと持ち得ていた、根は本当に純粋な少女だった……とは言っても、間違いなく敵対していた存在である彼女にあっさりと声をかける、肝の据わった者がいた。

 

 

「ねえ、黒い方のジャンヌ。

 君さえ良ければだけどさ、カルデアに来ない?」

 

「へっ……はああああああっ!!?

 何馬鹿なこと言ってるのよ、私はあんた達の敵だったのよ!?」

 

「気にすることはないって、そんなの定番だから」

 

「何の!?」

 

「……冗談に聞こえかねないような話は、とりあえず一旦置いといて。

 真面目に誘うよ、黒いジャンヌ……このまま消えるの、悔しくない?」

 

「…っ!!」

 

「ジル・ド・レェが、最後に願ってくれたように。

 ジャンヌの偽物でも、他の誰でもない君自身の人生を、もっと生きてみたいって思わない?」

 

「…………思わない訳がないじゃない。

 だけどそんなことは無理よ、いくら願ったって私がまともなサーヴァントとは違うっていう事実は変わらないわ。

 還る座が存在しない以上、私の記録は残らない……私という存在は、もう此れっきりよ」

 

「それは、ちょっと違うんじゃないかな。

 君がジャンヌ・ダルクの暗黒面だって聞いた時に、それを疑うことなく納得したのはどうしてだったと思う?」

 

「………あれだけの仕打ちを受けておきながら、怒ることも恨むこともなかった奴がいたなんて、まともな思考では考えられなかったからでしょう?」

 

「その通り……だから俺は、どっちが本物でどっちが偽物とかじゃなく、俺達とずっと一緒だった聖女のジャンヌも、敵対した魔女の君も、どっちも紛れもない『ジャンヌ・ダルク』だって思ってた。

 そして、そんな俺の考えが『普通』のものならば、同じように『堕ちた聖女』の概念や可能性を想像した人は、多分沢山いるんじゃないかな」

 

「……馬鹿馬鹿しい、あり得ないでしょうそんなこと」

 

「実際あるんだって、『ドリ○ターズ』とか『グラン○ルーファンタジー』とかで結構人気キャラだよ?」

 

「マジで!?」

 

「立香さん、それは本当ですか!?」

 

 

 驚愕のあまりに、軽くキャラ崩壊をしながら目を剥いてしまっていた黒いジャンヌは、その声が二つ重なって響いたことに荒ぶりかけた思考を一瞬で静止させ、もう片方が聞こえてきた方向へと向けてゆっくりと振り返る。

 その先に予想通りの光景を、目と口を開きながら酷く驚いた様子のジャンヌの姿を見てしまった黒いジャンヌの口元が、何度か見た覚えのある邪悪そのものな笑みを浮かべた。

 

 

「へえ~、そうなの……生憎だったわねえ、聖女サマ。

 あんたが如何にお綺麗であろうとも、後の世の人達はそれを信じていなかったそうよ。

 この疑いようもない現実を、一体どう受け止められるおつもりかしら?」

 

「どうだなんて、こんな、こんな…………こんな素晴らしく、喜ばしいことが他にありましょうか!!

 ああ主よ、幾重にも感謝いたします!!」

 

「何でよ!!?」

 

 

 腹と心の底から吐き出された渾身の突っ込み、その後に続けたかった何かしらの言葉は、体を急に引かれ、何やら柔らかいものに顔から飛び込んだことによって妨げられた。

 数秒遅れて抱きしめられたことに気付き、カッとなってその腕を振り払うよりも、記憶に無い『家族』の温かさとはこのようなものかと思わせるような優しい声が、耳に届く方が先だった。

 

 

「だってそうでしょう、もう一人の私。

 あなたという存在は此れっきりなどではなかった、この世界に確かに受け入れられていた。

 あなたの還る場所は、人々の愛と信仰の中に確かに存在していたのです」

 

「……聖女サマの思考回路は訳が分からないわ。

 『堕ちた聖女』という概念のどこに、愛なんてお綺麗なものが存在していると言うの」

 

「あなたがそれを言いますか。

 美しく真面なものだとはとても言えない形の愛を、一身に与えられていたあなたが」

 

 

 ほんの少し呆れ、窘めるような口調でそう言われた黒いジャンヌの脳裏に、鮮明な人影が浮かび上がった。

 彼の所業、その存在はあまりにも邪悪だった……誰に聞いてもそう返されるだろうし、他でもない自分自身だって属性としてそう認識している。

 だけど、そんな彼が自分にだけは間違いなく優しかったことを、形こそ歪んではいたけれど心から愛してくれたことを、今の自分は疑いようもなく信じている。

 優しく、美しく、温かく、分かりやすくもないけれど、それでも確かに『愛』と言えるものがある。

 そんなひとつの真実を、黒いジャンヌは与えられた記憶ではなく、自分自身が得た経験と認識によって手に入れた。

 

 

「人々の信仰と認識の中に、受け皿となり得る概念が確かに存在するのならば。

 存在と逸話を積むことでそれを強化すれば、あなたという不安定な存在を確固たるものにできるかもしれません。

 ……だからここは、どうか立香さんの提案を受け入れて。

 生きたいと願うあなた自身と、あなたに幸せになってほしいと願ったジルのために」

 

 

 自身の腕の中で黙り込んでしまった鏡写しの存在を、ジャンヌはそっと胸元から離し、息を呑む立香と向き合わせた。

 長い長い沈黙が始まる。

 

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………カルデアって、相当な人手不足なのね。

 紛れもない人理の敵だった私にまで、スカウトをかけずにはいられないくらいに」

 

「確かに人員はサーヴァント含めてもカツカツだけど、君を誘いたかったのはそれが理由ってわけじゃ……」

 

 

 真意を誤解されては堪らないと、慌てて弁明しようとした立香の声は、彼から見てジャンヌを挟んだ向こう側で笑いながら、口元に人差し指を当てていたリンクの挙動によって止められた。

 その意味、理由を察した立香が、その顔に満面の笑みを浮かべることとなるのは、そのすぐ後のこととなる。

 

 

「『竜の魔女』たるこの私の力が必要だと、そこまでして望むと言うのならば。

 その……応えてやるのも、吝かではありませんけれど」

 

「……ああそうだ、助けてほしい。

 俺達に、カルデアに、人理に、どうか君の力を貸してくれ」

 

 

 努めて邪悪そうな表情を作りながら、満足げに鼻を鳴らしてみせた彼女は、想像すらしていないのだろう。

 誘われて嬉しかったけれど、応えたかったのが本心だけど、それをあからさまに喜んでみせるのは癪だし、軽く意趣返しをしてやりたいという子供じみた内心が、ものの見事に見抜かれてしまっていたことを。

 満足げに胸を張った彼女の姿が、見た目よりもずっと幼いものに見えて仕方がなくて、込み上げるものを必死に堪えた者は多かった。

 

 

「そこまで言うのならば仕方がないわ。

 この私が、魔女たるジャンヌ・ダルクが、不甲斐ないカルデアの為に力を貸してあげるとしましょう」

 

 

 望んだ言葉をようやく得られて、殆ど反射で固く拳を握り、それを突き上げながら歓声を上げ……かけた立香の挙動が、中途半端なところで凍り付いた。

 仲間となることを、カルデアへと共に帰ることを承諾してくれた筈の彼女の体が、端から光の粒子となって徐々に消滅していっているのだから。

 

 

「ジャ、ジャンヌ、どうして!!

 何が起こってんの、俺何か間違えた!?」

 

「落ち着きなさい、予定調和よ。

 あんた、私が聖杯から作られた存在だってこと忘れてないでしょうね」

 

「それとこの状況に何の関係が!?」

 

「……センパイ。

 大変な事態の連続だったので無理もありませんが、忘れてしまっているようなので今一度説明をします。

 特異点を修正するためには、それを作り上げた黒幕を倒すだけでなく、発生の原因である聖杯を回収する必要があるのです。

 今回の場合、黒幕はジル・ド・レェ……そして、回収すべき聖杯とは恐らく、黒いジャンヌさん自身のこと」

 

「つまり、聖杯を手に入れて人理修復の工程を先に進めるためには、どうしても私は一度消滅しなければならないのよ」

 

「……クー・フーリンやエミヤ達は、冬木の記憶を持ったまま来てくれたけど、それは本当ならあり得ない筈のことだって言っていた。

 カルデアに戻ってから改めて呼んだとして、今ここにいる君自身が、君のまま来てくれるって可能性はどれくらい?」

 

「さあね、私には分からないわ」

 

「…………ごめん。

 俺、そんなつもりじゃ」

 

「謝らなくていいわよ、あんたに器用な真似はできないってもうわかっているんだから。

 言っておくけどね……僅かな奇跡に期待してもいいんじゃないかって、駄目だったとしてもそれはそれでまあいいかって、思わせてくれたのはあんたなのよ?

 ……胸を張りなさい、この私のマスターでしょう」

 

 

 グッと言葉を詰まらせ、両目を溢れる一歩手前まで滲ませながらも懸命に拭い、精一杯に笑ってみせてくれた立香に、黒いジャンヌもまた、感謝の気持ちを込めた精一杯に素直な笑みで応える。

 既に半分以上が消えてしまった体で、これが最後と思って動かした視線の先に、切なさと希望が半々になっているような顔を揃って浮かべている者達の中でただ一人、心配することなんて何もないと言わんばかりに笑っている奴を見つけた。

 

 

「またな、魔女のジャンヌ」

 

「……ええ。

 またね、エセ勇者様」

 

 

 その言葉と笑顔を最後に、完全に消滅した黒いジャンヌ。

 彼女が今の今まで立っていたところに、甲高く硬質な金属音を立てながら落下した『聖杯』を、無言で歩み寄ったマシュの手がしっかりと掴み上げた。

 




予想外に長くなってしまったので、区切りのあるところで一旦分けました。
今年の夏イベが始まるまでに、何とか第一特異点を終わらせたいと思います。



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天文台に集う





 

定礎復元

 

A.D.1431年 邪竜百年戦争オルレアン

救国の聖処女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰り、マシュ、立香君!

 お疲れさま!

 初のグランドオーダーは、君達のおかげで無事遂行された!」

 

 眩い光の渦を越える……そんな、そろそろ馴染んできたと言っても良いであろうレイシフトの感覚を経ながら、何とか無事に、カルデアへの帰還を遂げた二人と一匹。

 彼らが立ち向かい、乗り越えてきた困難の全てを見守っていた者達に、拍手と歓声によって迎えられたことで、彼らはようやく『帰ってこられた』ことを認識した。

 無機質な人工物ばかりで、土も緑もあまり無くて、建物の外は絶えることのない猛吹雪で、その向こうは何もかもが焼き尽くされてしまった後の世界で。

 人員と設備の殆どを失いながらも、残された者達の力によって辛うじて稼働を続けているここは、文字通り人理の最後の砦で。

 人が生きる環境としては、例え竜や怪物が闊歩していたとしても、フランスの方がずっと恵まれていたのだろうけれど。

 それでもここが、壊滅寸前まで追い詰められた状況で懸命に抗う、仲間達が待ってくれているカルデアこそが帰る場所なのだと。

 立香達は、胸に込み上げる熱いものと共に、改めて実感していた。

 

 

「ドクター、みんな、ありがとう。

 マシュと、フォウも一緒に、ちゃんと帰ってきたよ」

 

「うん、本当によくやってくれた。

 補給物資も乏しい、人員もいない。

 そして実験段階のレイシフトという最悪の状況で、君達はこれ以上ない成果を出してくれた」

 

「……いいえ、ドクター・ロマン。

 それは決して、『私達』だけで成し遂げたものではありません。

 彼がいなければ……最初にあの人と出会い、その協力を得られたという望外の幸運が無ければ、今回のオーダーは果たしてどうなっていたことか」

 

「そうだねえ、そんな『もしも』を想像すらしたくないレベルで色々と助けられ………………」

 

「ドクター、どうかしましたか?」

 

「あ、いや………今更かもしれないんだけどさ。

 リンク君って、名前だけじゃなくて本当に伝説の勇者様だったんだなあって思ったら、緊張というか興奮というか、何か色々と込み上げてきて」

 

「ほんっと今更だよ、今までずっと何だと思ってたわけ!?」

 

「頭ではちゃんとわかってたんだよ!!

 ただずっと、計測とか存在証明とか、サポートするのに必死で、そのことについて落ち着いて考える余裕が無くて……ああどうしよう、本格的にドキドキしてきた!!

 凄いなあ……僕たちは知らないうちに、『伝説』の続きを目の当たりにしていたんだ」

 

 

 大きく息を吐きながら、感慨深げに呟かれたロマニの言葉は、居合わせていた全ての者の代弁だった。

 彼の生き様や旅路はあらゆる冒険譚の原典であり、彼という存在はあらゆる英雄の祖である。

 彼に憧れ、彼のようになりたいと、彼のように生きたいと志し、その果てに英雄となって世界や歴史を大きく動かした者が、果たしてどれだけいたことか。

 

 

「勇者リンクは……いや。

 リンク君は、誰よりも強くて、どんな時も冷静で、頭の回転が速くて、敵と認識した相手には容赦なくて、怒らせると怖くて、すぐ単独行動に出る悪い癖があって。

 勇者様ってこんな人なのかなって、想像していた通りにカッコよくて………想像していたよりも、ずっとずっと優しかった。

 正しく『勇者』と呼ぶに相応しい人だったよ、これからの旅路も共にしてもらえたならどれだけ心強かったことか」

 

 

 通信越しとはいえずっと見守り続けた旅路を、その中で共に笑っていた彼の姿を思い出したロマニの口元が、優しい笑みを形作る。

 そんな彼へと、大変な任務を無事に成し遂げたばかりだというのに、何故か不安げな表情を浮かべたままだったマシュが恐る恐る声をかけた。

 

 

「ドクター、ひとつだけ宜しいですか」

 

「構わないよ、どうしたんだい?」

 

「自分では、どうも判断をつけ辛くて……忌憚の無い、正直な見解を所望します。

 ……最後の瞬間、ドクターから見て私は、リンクさんの教えを生かすことが出来ていましたか?」

 

「………遠慮なく、正直に言わせてもらうのならば、答えはノーだね。

 努力していたことは認めるけどさ」

 

 

 自身の望み通りに、彼が目にした事実を正直に口にしてくれたロマニの言葉に、マシュは力なく肩を落として項垂れた。

 『辛い別れの時こそ笑顔で』……それが、道中に様々な旅の心得や知識を教えてくれたリンクの最後の言葉であり、今のマシュの心残りだった。

 自信を持って言い切ったリンクと、賛同して頷くジャンヌ、二人が別れ際に見せてくれた笑顔は本当に美しかった。

 自分も彼らのように笑えたらと、笑いたいと思った、その気持ちは紛れもない本物だったのに。

 それが叶わなかった理由にマシュは気付いていた、ちゃんと自覚していた。

 今のマシュには彼の言葉の意味がわからなかった、どうしても共感出来なかったから。

 別れとは悲しいもの、寂しいもの、避けられるならば避けるべきものの筈ではないかと思いながら、内心で首を傾げずにはいられなかったから。

 

 

「いちいち悲しんだり惜しんだりするなと……あれは、そういう意味だったのでしょうか」

 

「……マシュ、それは違うよ。

 リンク君は別れを軽んじていた訳じゃない、むしろその逆。

 彼が言いたかったのは、悲しくて、寂しくて堪らないからこそ、一生懸命に笑うんだってことだと思う。

 だって、悲しいのは会えて嬉しかったから、寂しいのは一緒に過ごした時間が楽しかったからこそだろう?

 彼はただ、それを最後の最後まで大切にしたかったんだよ」

 

 

 ロマニの言葉に後頭部を殴られたかのような衝撃を受け、唖然と目と口を開けたマシュは、次の瞬間打ちのめされた。

 自分も会えて嬉しかった、共に過ごすことが出来て本当に楽しかったのに。

 そんな気持ちの表し方を折角教えてくれたのに気づくことが出来ず、曲解した挙句に伝え損ねてしまったことが、今になって残念で、悔しくて堪らない。

 このまま膝から崩れてしまいそうな勢いで落ち込むマシュに、慌てたロマニがフォローする言葉を思いつくよりも、ひとまずの答えを得た彼女が顔を上げることの方が早かった。

 

 

「私、まだまだわからないことばかりです。

 アマデウスさんが言っていた『何かを好きになる義務』も、『別れの時にこそ笑う』というリンクさんの教えも。

 私よりも遥かに多くを見て、多くを知って、経験してきた彼らが辿り着いた答えなのだからきっと正しいのだと、頭では考えられるのに。

 今までに得てきたほんの僅かな経験と偏った価値観では、今はまだ、それらの言葉を受けとめきれない。

 ……だけど私は、今はそれでいいんじゃないかなと思うのです。

 生きるということは、自分だけの答えを見つけるということなのですから」

 

「多くのことを見て、知って、経験しながら、『あの言葉はこういうことだったんだ』って、自分なりの答え合わせを続けた先で。

 『これが自分の人生だ』と言うことが出来たなら、それはきっと素晴らしいことなのです。

 ………例えそれが、周りから見てどんなに憐れで、痛々しいものだったとしても。

 『自分で決めたんだ』と胸を張って笑える、そんな生き方をしていきたいと思うのです」

 

 

 それは、ほんの少し前にマシュの心に刻まれたばかりの、最も色鮮やかな憧れだった。

 そして今のロマニには、そう言って笑うマシュの姿こそが、何よりも美しく尊い輝きに思えていた。

 

 

「…………そうだね、僕もそう思う。

 いい出会い、いい経験をしてきたね、マシュ」

 

「はいっ!」

 

「フォウッ!」

 

「あはははっ、フォウも頑張れってさ」

 

「ありがとうございますフォウさん、是非とも見守っていて下さいね」

 

 

 そんなやり取りを続けていたマシュ達を、立香やダ・ヴィンチ、スタッフ一同の声が呼ぶ。

 計測したデータの分析やら何やらと山積みの事後処理を取りあえず横に置いて、取って置きの保存食を解禁して、オーダー達成祝いに精一杯のご馳走を用意してくれているというエミヤの下に皆で向かおうとした……今はただ喜び合おうとした一同の耳に、浮かれ気分を一瞬で吹き飛ばす耳障りな警告音が鳴り響いた。

 一瞬で仕事モードを取り戻し、手近なモニターに張り付いて状況確認をし始めた一同の目に、とある異常事態の発生を示す情報が飛び込んでくる。

 

 

「そんなまさか、召喚用のサークルが勝手に動き出してる!?」

 

「何かを呼ぼうとしている……いや、何かが来ようとしているのかな、これは」

 

 

 カルデアの最重要施設の一角である、サーヴァントの召喚施設。

 ここ数日、誰も触るどころか近づいてすらいない筈のその魔法陣が、独りでに稼働を始めたという異常事態に、多くの者が息を呑んだ。

 重要施設に何らかの不具合が生じたか、未だ全容を掴み切れていない敵がそこを介して侵攻しようとしているのか。

 様々な悪い予想を脳裏に巡らせ、対応策を必死に考える一同の中にただ一人、全く別の可能性に辿り着いた者がいた。

 

 

「…………まさか」

 

「あっ、センパイ!?」

 

「待って立香君、この状況でどこに行くんだ!!」

 

 

 マシュやロマニの止める声が聞こえていない筈がないのに、その意味が理解できない訳でもない筈なのに。

 それらを振り切って駆け出した立香に続いて、ある者は彼を止めようと、ある者は彼にそんな突飛な行動を取らせた『何か』を見届けようとその背を追う。

 問題なく利用できる、もしくは復旧に成功した区画が未だ少なく、本来の全容とは比べられない程に細やかなものとなってしまっているカルデア施設内を確かな目的地を見据えて走った立香は、程なくその場所へと辿り着いた。

 

 肩で息をする立香の目に映るのは、素人魔術師である自分ですら肌に来るものを感じ取れてしまうほどの、膨大な魔力を湛えながら輝く魔方陣。

 『危ない』『近づいては駄目』などと彼の身を案じる声が、後ろから幾つも聞こえてきたのだけれど、立香は構うことなく手を伸ばした。

 恐ろしくはなかった、不安もなかった、何故なら既に知っていたから。

 邪竜の炎から人々を守り抜いた、その美しい黄金の輝きを。

 

 

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公……」

 

 

 少し恥ずかしく思うと同時に、それ以上に厨二心を擽られながらマスターの嗜みとして覚えた、それでも所々うろ覚えな召喚の呪文を必死に思い出しながら、一句一句慎重に唱えていった。

 伸ばした手に刻まれた令呪の魔力と呼応し、詠唱が進むにつれて本格的に回り出した魔方陣の輝きは、既に直視が叶わないほどのものになっている。

 それでも負けじと、懸命に詠唱を続けた立香の口が、ついに最後の一節までを紡ぎ切った。

 

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっと道が繋がった。

 ありがとな立香、お前の方からも手を伸ばしてくれて助かったよ。

 …………何だその顔は。

 まさか本気で、俺との付き合いがあれっきりだなんて思ってたんじゃないだろうな」

 

 

 

 

 

「少し前にちゃんと言っただろ?

 『本格的に仲間入りさせてもらう、意地でもついていく』って。

 そのつもりでいたのが本当に俺だけだったとしたら、流石に酷いと思うんだけど。

 ……でもまあ、こうしてちゃんと合流出来たんだから、それに関してはもういいか。

 折角だし、きちんと名乗りを上げさせてもらおう」

 

 

 

 

 

「俺はリンク、ハイラルの勇者リンクだ。

 本当なら、俺の力が必要になるような事態なんて……世界の危機なんて、起こらないのが一番良かったんだけど。

 現実としてこんなことになって、それでも諦められなかった人達の願いが届き、応えた以上は見過ごせるものか。

 例えハイラルが遠い過去の遺物となっていようとも、俺の為すべきことは変わらない。

 今一度、世界を救ってみせよう」

 

 

 

 

 

「立香、マシュ、これからもよろしくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スクリーン越しではなく、すぐ目の前に勇者リンクが存在しているという事実を処理しきれず、呆然と立ち尽くすカルデア一同。

 そんな彼らの目に、渾身のタックルという形で表れた立香とマシュの感激を、不意打ちもあって受けとめきれずに頭から盛大に転倒して、伝説の勇者が召喚早々に目を回すという色々な意味で衝撃的な展開と映像が飛び込むことになるのは、もう間もなくのこと。

 多少締まらなくはあったけれど、それでもこれが紛れもなく。

 人類最後のマスターと、最強の矛と盾として彼を助けたサーヴァント達の……世界の命運を負った三人の少年少女達の、本格的な人理修復の旅路の始まりだった。

 




 キャンペーン期間中の育成にも力を入れたい中で、それでも夏イベ開始前に区切りをつけたいという気持ちから、何とか仕上げました。
 第一特異点修復完了です、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
 夏イベ期間中はそちらに集中させていただいて、途中カルデアにおける日常の小話を幾つか書いて、その後で第二特異点に突入するつもりです。
 先はまだまだ果て無いですが、何とか頑張って続けていきます。
 これからも、彼らの旅路を応援して下さい。

 連載の初期からとある点について気をつけていて、コメントでもその旨を心配されたことがあります。
 サーヴァントを始めとする本編の登場キャラをリンク(オリ主)の踏み台にするのではないか、リンクを相対的に格好よく見せるために敢えて扱いを悪くするのではないか、『さすがは伝説の勇者だ俺達には逆立ちしても敵わねえぜ!』みたいなスタンスにさせやしないか、ということです。
 私自身が、オリ主の為に原作キャラが踏み台になる展開が凄く駄目なので、展開の都合上『扱いが悪い』と思われることはあったとしても、あくまで彼らの魅力と活躍を、偉大な英雄達なのだということを描けるように、心を配ってきました。
 そういうつもりで書いているのだということは、今までの展開で示すことが出来ていたと思います。
 これから出会うことになる多くの英雄達の活躍を書けるのが、今から楽しみです。

 前もって綿密にプロットを立てるのではなく、執筆と同時進行で展開を考える、ぶっちゃけ行き当たりばったりなノリで物語を構成しているので、いざ書いてみれば自分でも驚きの展開になっていることが多くて面白いです。
 例えば終盤の流れに関してなのですが、シャドウ・サーヴァントを回転斬りで一掃した辺りでは、ジャンヌ・オルタを助ける流れは一切考えていませんでした。
 そこから終わりまでの展開を思いついたのも、その回の投稿を終えた後の話です。
 『終わり方どうしようかな、オルタとジルの始末をどんな形でつけようかな』……と思いながら、玉座の間の扉をぶち破らせてました。
 流れのまま、思いつくまま、リンク達が動くままに文章を綴った結果、自分でも本当に驚くほどいい結末を紡ぐことが出来て、やはり執筆は面白いと改めて実感したものです。
 今後の展開に関してもこんな感じになると思うので、今後どんな感じで物語が進んでいくのかは、現時点では全く何も言えません。
 使ってみたいネタは所々とあるのですが、物語の流れに乗った結果、上手く嵌らなくなってお蔵入りになる可能性は大いにありますし。
 こんな行き当たりばったりな作品ではありますが、趣味に合うようでしたら、これからも楽しんでいただければと思います。
 ちなみにこの世界におけるサブカルチャーに関しては、Fate関連のシリーズ以外は普通にあるんじゃないかな、と思っていただけていいと思います。
 任天堂が社の総力を挙げて作り上げた、『ゼルダの伝説』のシリーズなんかも存在しているかも?

 少し前に『活動報告』で書いたインド兄弟のネタ、結構好評で良かったので、本格的に『この世界観における彼ら』ということで採用したいと思います。
 加筆修正した上で、後日マテリアルの一環としてきちんと投稿したいです。
 アンケートに投票して下さった方、目を通して下さった方、コメントを下さった方、本当にありがとうございました。
 ゼル伝の影響を受けたサーヴァント達のネタは、他にも少しずつですが考えています。
 きちんと詰めた上で、いつか本編に反映させてみたいですね。
 ……ちょっとだけ考えているのは、『弱い自分』『悪い自分』を受け入れて共生することこそが真の『勇気』であり、人間の在るべき姿なのではないかと考えて、自分の中にそういう要素が見当たらない=自分は人間として歪かつ異様なのではないかと悩んだ挙句に悪性を具現化させる薬に手を出し、自身の悪を司る人格との歩み寄りを向こう側にドン引きされながらもめげずに志す密かな狂人ジキルとか。


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カルデアの日常 1
天文台の食堂物語






 

「ただの一時凌ぎになるかもしれないけれど、食材に関してはどうにか出来ると思う」

 

 リンクがそんなことを言いだしたのは、彼が本当の意味でカルデアの一員となった後。

 人間もサーヴァントも関係なくカルデアに所属する全員が、容易く数え切ることが出来る程度の人数が集まって、食堂の主たるエミヤが保存食に懸命なアレンジを加えた細やかなご馳走を皆で囲んで、グランドオーダーの達成祝いにリンクの歓迎式という意味合いも加わったひと時を、楽しく過ごした翌朝のことだった。

 エミヤの持て成しとカルデア一同の歓迎こそ、素直に受け止めて喜んではいたものの、察してしまった食事事情に関しては流石に思うところがあったのだろう。

 明らかな問題点、改善点を見出した上で放っておける性質ではなかった彼は、責任者や首脳陣に声をかけて、臆することなく自身の考えを口にした。

 思いもよらないことを告げられて呆気にとられたロマニをよそに、興味津々に目を輝かせたのは、リンクが自信を持って言い切ったその『手段』に対して興味を抱いたダ・ヴィンチだった。

 

 

「で、具体的にどうするつもりなんだい?

 協力が必要なら出来る限りのことはするよ、美味しいものの誘惑にはサーヴァントになったとしても抗い難いものさ」

 

「これを使う」

 

「そ、それはまさか…っ!?」

 

 

 あからさまに声を上げたロマニほどではなかったとしても、ダ・ヴィンチも確かに驚いて軽く目を剥いた。

 リンクが手に取ったものは、彼が腰元に下げていた手のひらサイズよりも少々大きな、一見しただけならばただの石板にしか見えないであろう代物。

 しかし、フランスの特異点にて使用される光景を直接目の当たりにした上に、『伝説』を隅から隅まで既読の彼らからすれば、それが何であるのかを予想することは容易かった。

 

 

「シーカーストーン……超技術を以って古代文明を発展させたシーカー族が、その叡智を結集させたという代物だね。

 強力な魔術を即時発動させる媒介となったり、道具や武器を情報化した上で収納したりといった様々な機能で、勇者の旅路を手助けしたとされているよ」

 

「その通りなんだけど……ほんと皆、何でそんなに詳しく知ってるわけ?

 ……それに関しては今はいいか、話を戻そう。

 問題なく使えるかどうか、色々と仕様確認をしていて気がついたんだけど、宝具になったことで機能が更に増えていたみたいなんだ。

 前は収納したものをそのまま取り出すだけだったのが、それに加えて、一度入れたものの情報を記録して、魔力リソースと引き換えではあるけれどそれを生成することが出来るようになっている」

 

「凄いなそれ!!」

 

「そ、その魔力リソースって、何か専用の特別なものじゃないと駄目だったりするのかい!?」

 

「ものによって効率の良し悪しはあるけれど、それでも基本は何でもいいみたい。

 中に取り込んだものを必要に応じて魔力に変換して、蓄積したリソースを別のものの生成に消費する。

 ……商品の売り買いでイメージしてもらうのがわかりやすいかな、売値が安いものでもたくさん売れば高価なものを買えるってこと」

 

「それで、今現在で作れるものは何!?」

 

「俺がハイラルにいた頃に手に入れて、この中にしまったことがあるものは大体行けそうだ。

 食材関係も結構な種類が揃ってる、リソース用の魔力さえ融通してもらえれば昼食には間に合わせられるよ」

 

「ダ・ヴィンチ、そっちに回してもいいと思えるものを片っ端から持って来て!!」

 

 

 立香やマシュ達の食事シーンを前にしても、果たすべき役目への責任感や育ち盛りの少年達がきちんと食事を取れていることへの安堵の方が上回ったことで我慢出来ていたものが、確かな打開策を目の前に出されたことで一気に崩壊した。

 指示されるや否や自身の工房へとすっ飛んでいったダ・ヴィンチに、道中鉢合わせて事情を聞いた者達がそれを更に拡散させて、最終的にはカルデア中の者達が話を聞きつけ、待っている時間も惜しいと言わんばかりに時間外れの食堂へと集まってきた。

 揃いも揃って目を爛々と輝かせながら、異様な迫力を醸し出してくる一同に若干気圧されて引きながらも、皆それだけ限界なのだと、そんな状況で頑張っていたのだということを改めて認識し、その気持ちを壁面を滑る指の速さへと反映させる。

 

 そうして、当初の思惑通りに魔力リソースから目的の素材を生成することに成功したリンクだったが、ここで想定外の問題が発覚した。

 食堂に並べられている長机のひとつを占領して、野菜や果物、魚などといった新鮮な食材が広げられている。

 リンクにとってそれは、常日頃から当たり前に食卓に並んでいたものであり、何の変哲もない日常の光景以外の何ものでもなかったのだが、自分以外の全員が揃って顔を引きつらせているという現実が、その認識が甘いものだったという事実を突きつけてくる。

 

 

「………………うん、まあ、思い出してみれば確かに、『ハイラルで手に入れたことがあるもの』って言っていたよ。

 こういうことになるのは、最初から分かり切っていた筈なんだよね」

 

「凄いです……長い歴史の中で、多くの人々が探し求めたハイラルのものがこんなにも」

 

「今の果物とか野菜に似てるっぽいのもあるけれど、でもやっぱりよく見れば全然違うし。

 DNA鑑定とかしたら凄いことになりそう…………え、マジで、これ食うの?

 素人の一般人からしても、それってヤバくない?って思うんだけど?」

 

「いやいやいやそんな気にするなって、普通に店で買って普通に食べてたやつだから!」

 

「それは十分わかるんだけど、ハイラルの時代のものってだけで僕達にとっては特別なんだよ……」

 

「ン万年前の人達が食べてたもの、その時代に生息してたものってことになるからな……」

 

「一般人にとっても魔術師にとっても垂涎の品だね、この山の中のたったひとつを手に入れるために金や宝石を積む奴が果たしてどれだけいることか」

 

 

 リンクが必死にフォローを入れようとも、立香達の顔色が戻る気配は伺えない。

 このままでは埒が明かないと判断した彼は、苛立ち交じりで少し強めの口調となってしまっている声を上げた。

 

 

「あーもう面倒くさい、さっきまであれだけ必死になってた癖に何を躊躇っているんだか!!

 とにかく一度食べてみろ、そうすればそんな気にすることないってのがわかるから!!

 エミヤ、何でもいいから作ってみて!!」

 

「えっ…………あ、いや、私としてもそうしたいのは山々なのだが。

 如何せん見るのも初めての食材ばかりでは、いくら私とてどう扱ってやれば良いものか」

 

「……あーそっか、その問題は無視できないな。

 じゃあ今日のところは俺が主に作るから、エミヤは手伝ってほしい。

 食材の種類とか特徴とか、下処理の仕方とか教えながらやるからさ」

 

「「「「「「「「「「え゛っ!!?」」」」」」」」」」

 

「………何だよ、揃いも揃ってその反応は。

 これでも料理は結構得意なんだぞ、旅先では概ね自炊だったし、食べたい時はよく自分で作ってたし」

 

 

 勇者リンクが小柄な体に見合わない健啖家で、よく周囲に手料理を振舞っていたという話は、逸話として確かに伝わっている。

 一同が思わず声を上げてしまった理由はそこではない。

 その旨を正確に指摘される前に、反応が悪かったことで逆にやる気を刺激されたらしいリンクは、狼狽えるエミヤの袖を引いて、山積みの食材を一旦回収したシーカーストーンと共に、さっさとキッチンへと向かってしまった。

 

 

「…………すっごい字面だねえ、ハイラルの食材を使用して作った勇者リンクの手料理だよ?

 全部終わった後で魔術協会とかに知られようものなら、お偉いさん方白目剥いて引っくり返るんじゃないかなあ」

 

「やめてくれ、リアルに想像出来過ぎて今からお腹が痛くなりそう」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉に思わず胃の辺りを押さえてしまったのは、ロマニだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表向きはどうあれ、内心では対面する度に未だ密かに緊張していた勇者リンクに前触れなく腕を引かれてしまったエミヤは、例え相手が勇者であろうと、料理という特殊な分野においては遜色なく接することが出来る筈だと、内心で懸命に己を奮い立たせた。

 しかしそれも、現代の感覚や認識では到底計り知れないハイラルの常識を突きつけられることで、敢え無く揺るがされてしまう。

 

 

「……リンク、一体何をしているのかね」

 

「使いやすいように、まず食材を分けてるんだけど」

 

「脈絡なくごちゃ混ぜになっているようにしか見えないのだが」

 

 

 使いやすく分けると聞いてエミヤが思い浮かべるのは、果物は果物、野菜は野菜、魚は魚といった括りで纏めるというものだった。

 しかし、リンクが彼の基準で分けたらしい目の前のそれからは、その纏まりを築くための基準というものが一切読み取れない。

 リンクはその指摘をある程度予想していたらしく、特に気を悪くすることも無いまま、エミヤの疑問に答え始めた。

 

 

「こっちがツルギダケ、ツルギソウ、ツルギバナナとかの『ツルギ』系の食材で、料理に一時的な筋力増強効果を持たせることが出来る。

 隣がヨロイダイ、ヨロイカボチャ、ヨロイダケといった『ヨロイ』系で、こちらも一時的だけど打たれ強くなれる。

 こっちのマックストリュフやマックスラディッシュとかの『マックス』系は、怪我や体力の急速回復効果があるから多めに用意したかったんだけど、生成に必要な魔力量が相応に多くてあまり作れなかったんだよな。

 『ゴーゴー』や『シノビ』の効果は便利だけど、カルデアにいる間はあまり使いそうにないから今回はちょっと少なめで」

 

「待て待て待て待てちょっと待て頼む後生だから待ってくれ!!」

 

 

 取り繕える余裕などありはしなかった。

 美しい顔と宝石の瞳に、ドン引かれるのにも構わず詰め寄った。

 『魔術師』としての自分が、全力で奇声を上げていた。

 

 

「これらの食材には、其の物に魔術的な効果があるのか!?」

 

「………ごめんエミヤ、ちょっと聞かせてもらっていい?

 俺の頃は、目当ての効果をつけた料理を事前に食べることで能力に補正をかけるってのは普通にやっていたことなんだけど、今この時代においてはどうなってるの?」

 

「……ごく一般的な料理に対して求められるのは、単純にエネルギーや栄養の補給、更には味を楽しむことのみだ。

 魔術師ならば、食事を通して何かしらの魔術効果を発揮させる研究をしている者も、中にはいるかもしれないが……幾つもの行程が必要で手間がかかる上に、効果を得られるのがそれを食べた者だけというのは、普通に考えて非効率極まりないからな。

 まともな成果を出している者は、恐らくいないだろう」

 

「…………そっかー。

 事前に気づいて良かった、効果付きの奴を普通に出してたら後で大騒ぎになってただろうな」

 

「私としても、念のため聞かせてもらいたいのだが……これらの食材は、特殊な工程を経て栽培された、生産法や入手経路が極限られている特別なものというわけではないのだな?」

 

「野菜は普通の農家で普通に作ってたものだし、キノコや野草の類も、採れる場所で探せば普通に見つかる山菜だよ」

 

「ハイラルは魔境か…っ!?」

 

「魔境って、俺の故郷なんだけど……」

 

 

 思考を一瞬で埋めた紛れもない本音を、殆どその場の勢いで吐き出してしまったエミヤは、それに続いた苦笑交じりの呟きに顔から血の気が一気に引く思いを味わわされ、皮肉屋を取り繕う余裕も無いまま慌てて頭を下げ、笑いながらあっさりと許された。

 

 

「気にしないでいいよ。

 実際にここまで大きな違いが出ているようなら、そう思うのは無理もないし。

 …………ああ、でもなあ」

 

 

 本当に、遠いところまで来ちゃったんだなあ。

 ……そんな、何気ないものでありながら酷く寂しげな呟きが、先程のものよりも鋭く、そして鮮明に、エミヤの心に突き刺さった。

 尊敬と畏怖から来る緊張こそ未だに抜け切れてはいないものの、あの旅路の多くを見守っていたエミヤは既に、勇者リンクが立香やマシュよりも年下の少年であるという事実を正しい意味で受け止めている。

 そんな子が、慣れ親しんだ故郷、時代、世界から独り置いていかれ、その事実を改めて突きつけられたことに、ショックを受けないわけがない。

 気づかず止まってしまっていた息を大きく吸い、また吐き出したエミヤは、彼は子供で自分は大人なのだと、自分自身に努めて言い聞かせながらゆっくりと口を開いた。

 

 

「リンク……私に、君の故郷の味を教えてはくれないかね。

 君が望んだ時、意識せずとも欲した時に、当たり前に応えられるようになりたいのだよ」

 

 

 その言葉を受けて一瞬呆気にとられたリンクは、次の瞬間、本当に嬉しそうな、エミヤが思わず見蕩れてしまう程に綺麗な笑みを浮かべながら頷いた。

 そこから先の流れは、始まりで多少もたついたことが嘘だったかのように、順調かつ和やかな雰囲気で進められた。

 煮込み料理の鍋をかき混ぜながら、気分が乗ってきたのか微かに鼻唄を奏でだしたリンクに、彼が優れた音楽の才を持っていることを知っていたエミヤは、密かな役得と思いながらもそれ以上無暗に声をかけたりはせず、そっと自身の作業に戻ったのだけれど。

 この場にもしアマデウスがいたならば、皆に先駆けて目を剥いていたであろう事実に、生憎と彼は気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々な意味で気後れをしていた一同がその気概を保っていられたのは、温かい湯気と美味しそうな匂いを立ち昇らせる現物が、目の前にズラリと並べられるまでのことだった。

 一人一人の注文を受けるのではなく、色々な料理をとにかく作って、好きなものを各自選んで食べてもらうという簡易的なバイキング形式の食事会は、先日の祝勝会及び歓迎会よりもずっと豪華で、賑やかで、笑顔が溢れるものとなっていた。

 その状況を不満に思える者がいるとすれば、限られた食料物資を必死にやり繰りして、何とか祝いの席と言えるものを整えた苦労を、一瞬で上書きされてしまったエミヤくらいだっただろう。

 しかしそのエミヤこそが、皆が自身の作った料理を、妥協を積み重ねた間に合わせではなく本当の自信作だと言えるものを食べながら笑っている光景を、誰よりも満足そうに見つめていた。

 

 

「美味しいです、これがエミヤさんの本気の料理なんですね!!」

 

「流石だねえ、初見のものばかりの食材をよくぞここまで使いこなしたものだ」

 

「恥ずかしながら、下処理はほぼリンクに丸投げしてしまったよ。

 それでも、流れの中できちんと教わったし、実際扱ってみれば現代の食材とあまり違いはなかったから、次からは私だけで問題なく調理出来るだろう。

 今後の食事には、是非とも期待してくれたまえ」

 

「結局、ハイラルの食材を今後とも扱っていくのは決定事項なんだね……」

 

「割り切ろうドクター、美味しいものを毎日食べられるってことが一番大事なんだから」

 

「紛れもない同感だね、お代わりをもらうよ!」

 

 

 遠慮も戸惑いも既に口だけで、ハイラル100%の料理に誰もが全力で舌鼓を打つ光景を前に、ハイラル産食材の秘密を明らかにする日は近そうだと、エミヤは内心で密かに呟いた。

 食材の効果は別種のものを混ぜて調理することで相殺されるらしく、通常ならば失敗扱いらしいそれを、今回に限っては敢えて狙った。

 その合間を縫ってリンクは、驚愕を通り越した先でそれ以上の興味が湧いたらしいエミヤの為に、効果がきちんと発揮される組み合わせで簡単な料理を作り、賄い扱いで振る舞ってくれた。

 防御力が増すというヨロイソウとヨロイダケの組み合わせで作られた炒め物は、山菜とキノコの風味を余すことなく生かした絶品だった上に、食べた時点で実感出来る程の効果が即座に現れた。

 これを日々の仕事や任務の中に、当たり前の要素として組み込むことが出来たならば、誰もが大いに助けられることだろうという確信が既にある。

 その時が一刻も早く訪れることを願いながらも、今この時のカルデアでその認識を共有しているのが自分とリンクだけなのだという密かな優越感が、皆に悪いと思いながらも心地よかった。

 このまま最後まで、穏やかかつ和やかに終わると誰もが思っていた状況に、誰もが全く予想しえなかった爆弾が急遽投げ込まれることとなるのは、このすぐ後のこととなる。

 

 

「シチューが凄い美味いよ、マシュも食べてみて!」

 

「はいセンパイ、いただきます。

 ……本当に美味しい、野菜にしっかり味が沁みています」

 

「それは、確かリンクが…………ちょっと待て。

 マスター、ひと口頂いても?」

 

 

 急に様子が変わったことに、首を傾げながらも頷いた立香の厚意に甘えて、エミヤは彼が持っていた器に匙を入れた。

 具材の芯まで染みている熱さに少しだけ妨げられながらも、ゆっくりと味わいながら咀嚼を続けたその表情が、ますます訝しげなものとなる。

 

 

「おかしい、これは美味すぎる……圧力鍋を使った訳でもないのに、芯までしっかりと解れている。

 これだけの味をただ煮込むだけで出すためには、少なくとも数時間は要する筈なのだが……」

 

 

 そんなに長い時間を調理に費やしてはいなかったことは、共に作業していた自分が一番良く知っている。

 僅かな、それでいて深刻な疑問に答えたのは、すぐ近くで健啖家の逸話に相応しい食べっぷりを見せていた当の本人だった。

 

 

「ああ、そのシチューね。

 美味しく仕上げられるのに時間がかかりそうだったから、少しズルして『時の重ね歌』で鍋だけ時間経過を早めてみたんだけど」

 

 

 上手くいってた?

 ……という発言の終わり部分は、居合わせていた全員が口の中のものを一斉に吹き出した轟音によって、敢え無く掻き消されてしまったのだった。

 

 

「…………えっ、ちょ、なになに、皆どうしたの!?」

 

「あ、あのねリンク君……時間操作なんて超々高レベルの魔術の行使を、文字通り鼻唄感覚であっさりと、それもシチューの煮込み時間短縮なんてものに気軽に使われたらね、全世界津々浦々古今東西の魔術師達の立場ってものがね…………」

 

 

 本人に悪気や落ち度は全く無いとはいえ、この調子で無自覚なままハイラルのノリで動かれては周りの心臓が幾つあっても足りないと、現代の常識や魔術の基本認識に関する講座が開かれることとなるのは……思いがけない大ダメージを食らって沈んだ一同が再起動を果たすために必要な、多少の時間を経た後のこと。

 今のリンクは、一瞬で死屍累々となってしまった食堂で唖然と目を点にしながら、一人立ち尽くすのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撃墜された者達が何とか復活を果たし、世間に疎いマシュや新米魔術師の立香も加わった一般常識及び魔術に対する基本的な講座が行われ、カルデアに平穏が戻ってきた頃。

 ようやっと本格的な稼働が始まった食堂の一角に、軽率な振る舞いを反省するリンクの姿があった。

 

 

「皆を驚かせたことに対しては、確かに反省したけれど……折角の能力を生かせないのは勿体ないし、やっぱり違うと思うなあ」

 

「お前、実は全っ然懲りてないだろ」

 

「でも確かに、あれだけ凄い力なのですから、何かに役立ててみたいですね」

 

 

 反省しつつも不満を露わにふて腐れるリンクと、それを苦笑いで慰める立香とマシュ。

 そんな彼らの前に、フルーツをふんだんに使用した小ぶりなホールケーキが、三人分の取り皿とティーセットと共に突如差し入れられた。

 驚いて振り向いた先にいたのは、執事然とした笑みと振る舞いが異様に板についている食堂の主だった。

 

 

「エミヤ、これってもしかしてハイラルのフルーツを使ってる!?」

 

「試作品だよ、今後の参考として感想を頂きたいのだが如何かね」

 

「はい、いただきます!」

 

「凄いな、エミヤってケーキまで作れるんだ!」

 

 

 甘味を前に目を輝かせる三人の姿に微笑ましそうに笑いながら、エミヤは慣れた様子でケーキを三等分に分ける。

 絶妙な抽出具合を見計らったお茶と共に、それらを遠慮なく堪能し始めた彼らに……と言うよりリンクに、エミヤは意を決して話を切り出した。

 

 

「実は、リンク……そのケーキと引き換えにという訳ではないのだが、君に是非とも頼みたいことがある」

 

 

 フォークを咥えながら軽く目を瞬いたリンクと、必然的に共に聞くことになった立香達が耳にしたのは、つい先日の騒動を丸ごと引っ繰り返すような突拍子もない『頼みごと』だった。

 唖然と目と口を丸くさせたままのリンクとマシュをよそに、一足先に己を取り戻した立香が思わずといった様子で声を張り上げる。

 

 

「ちょっ……待って待って、エミヤってば何言ってんの!

 その発想がとんでもないってことくらい、素人魔術師の俺にだってわかるんだけど!?」

 

「当然だ、十分すぎる程に自覚しているとも……こんな発想を実行どころか、抱いてしまった時点で、まともな魔術師ならば私の正気を疑うことだろう。

 だが私は考えてしまった、そんな『もしも』を想像してしまった、その先で得られるであろうものを明確に思い描いてしまったのだ!!

 マスター、君も日本人ならばわかるだろう!?」

 

「……ああ分かるよ、ぶっちゃけ凄く分かる、だけどやっぱりそれは流石に」

 

「もう一度、今度はハッキリと言うぞ!!

 マスター、君は、味噌汁を飲みたくはないか!!?」

 

「飲みだいっ!!!」

 

 

 血を吐き、血の涙を流していないのが不思議に思えるほどの迫力と痛々しさでその言葉を吐き出し、同じ焦燥を纏うエミヤと固く固く手を取り合う、自分達のマスターの異様な姿を前に、リンクとマシュはただひたすらに呆然としていた。

 こうしてカルデアには、立香とエミヤの今にも燃え上りそうな程に熱のこもった主張と、勢いに負けて全面的な協力を約束したリンク、同じくごり押しされて半ば強引に許可をもぎ取られたロマニという経緯を経て、ごく一般的な魔術師が知れば間違いなく白目を剥いて泡を吹いた挙句に引っ繰り返るであろう代物が、文字通りの『魔法の熟成室』が誕生した。

 

 

「これがっ、マスターとエミヤさんがあれ程にまで熱望されたお味噌汁…っ!」

 

「成る程な、確かに美味いし癖になりそう」

 

「うおおおおおお日本人で良かったあああああっ!!」

 

「自家製チーズにハム、拘りの漬け物……ふ、ふ、ふふふふふ。

 人理が焼き尽くされようとしている瀬戸際で、よもやこんなにも心が躍ることになろうとは!!」

 

「…………いや、流石にこれはやりすぎだろ。

 美味いもんを食いてえってのはわかるけどな、そこまでなりふり構わず拘るような代物でもねえだろうが」

 

「……慣れてきた頃合いを見計らって、酒の醸造にも挑んでみようと思っていたのだが。

 成功したとしても君は要らないのだな、ケルトの大英雄がまさかそこまで己を律するとは思わなんだ」

 

「全面的に俺が間違ってたわ、メシの美味さは大事!!」

 

 

 このような流れを経て、カルデアという組織の運用を続けるにあたって最も重要かつ深刻な問題のひとつだった食事事情は、ひとまずの改善を迎えたのであった。

 







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ダ・ヴィンチの勇者論





 

 その日、名目として設定されていたのは、『シミュレーターの更なる機能向上に向けての問題点並びに改善点を調査及び把握することを目的とした稼働テスト』だった。

 弾き出される結果と、その経過を記したデータさえきちんと形にされて、後で確認することさえ出来れば問題ない筈……更に言えば、そういった技術的なものに関わっていない面子に至っては、その旨を把握する以前に気にかける必要すらも無かったものなのに。

 その日特に予定が無かった者、予定を急いで終わらせたもしくは切り上げてきた者達が、人間のスタッフだけでなくサーヴァント達まで含めて、一人、また一人とオペレーションルームの大画面の前に集まってくる。

 そのことに対して、ロマニもダ・ヴィンチも苦笑するばかりで特に驚くことはなかったし、それどころかこの状況を殆ど確信していた。

 そうして、結局はカルデア所属の全員が集まってしまった中で、シミュレーションは予定通りに始められた。

 

 

「全工程、準備完了だ」

 

「よし、それじゃあ……行くよリンク君、頑張って!」

 

 

 大画面の中で一人頷いた勇者の姿を、多くの眼差しが一心に、色々な意味で固唾を呑みながら見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その旨を最初に切り出し、希望したのは、他でもないリンク自身だった。

 自分が、現状でどの程度のことが出来るのかを確かめておきたい、とのことで。

 何の裏も含みもなく、『どこまで』ではなく『どの程度』とあっさり言い切った少年に密かな戦慄を覚えながら、ロマニはその提案に対して迷うことなく頷いた。

 間違いなく、何の疑いもなく、現時点におけるカルデアの最高戦力と称していいであろう彼の力量を正確に把握しておくことは、カルデア側としても非常に重要かつ必要なことだったからだ。

 その話は瞬く間にカルデア中に知れ渡り、稼働テストというよりは一大イベント的なノリで、期待と興奮の中で始められたそれは……数千年に及んできた人類史の中で、ただひたすらに募り続けて、もはや天高く聳えてしまっていた筈の期待と憧れのハードルを、それでも容易く飛び越えて余りあるほどのものだった。

 

 

「ああ悔しい、歯痒い、どうして今の私が手にしているのが絵筆ではないのだろう!!

 シミュレーションの最中だからだね、データを余すことなく記録するためには機材から離れるわけにはいかないからだね、分かっているよ!!

 だけど気持ちばかりはどうしようもないのさ、多少愚痴る程度は許してくれたまえ!!」

 

 

 心からの無念を口にしながらも、ダ・ヴィンチの目は、まるで初めて憧れというものを知った子供かのように光り輝いていた。

 この後に待っている全ての作業と工程が無事に終わり次第、自身の工房(アトリエ)へと飛んで帰り、長い歴史の中で数えきれないほど取り扱われてきて、多くの傑作を生みだしてきた『勇者リンクの戦闘シーン』という題材に、更なる傑作を連ねさせるに違いない。

 皆の期待に応えてやろう、むしろ超えてやろう、驚かせてやろう。

 そんな気概やプレッシャーなど、彼は欠片も感じていなかっただろうに。

 『特別』なことなど何もなく……ほんの少しスイッチを切り替えた、ただそれだけで、少年は歴戦を経た戦士となった。

 

 戦闘用シミュレーターに元から用意されていたものに加えて、炎上する冬木の街で立香達が散々に囲まれたスケルトンや竜牙兵に、フランスの空を飛び交いながら人を襲い続けたワイバーンなど、新たに設定されたエネミー達が大量に、瞬く間に現れ、たった一人を取り囲む。

 真っ先に飛びかかったその第一陣が、溜めた力を一気に解放した刃の回転によって一掃されたのを皮切りに始まった戦闘において、数の差などもはや問題にはならなかった。

 華奢で小柄な、一見しただけならば到底強そうだとは思えないような美しい少年が、圧倒的な数の暴力にも怯まず、それどころか物ともせずに戦う……それだけで十分すぎる程に痛快で勇ましい、正しく英雄的な大活躍なのに。

 スタッフどころか、サーヴァント達をも驚かせた勇者の真価は、そこから更に一歩踏み込んだところにあった。

 

 これで何度目か、リンクの振るっていた剣がとあるエネミーの首を断ったのと同時に砕け散り、破片が地に落ちるよりも先に跡形もなく消滅する。

 その光景に誰一人として、リンクだけでなくモニターの向こうで見守っていた者達も驚くことはない、これは今回のシミュレートにおける『仕様』であった。

 武器を失った瞬間を隙と判断したのか、設定された攻撃パターンのままに上空から食らいついてきたワイバーンの横っ面を固い鱗に守られていることにも構わず粉砕し、牙を散らせるに留まらず本体まで吹っ飛ばしたほどの衝撃が襲った。

 ワイバーンの頭を採掘される鉱脈の如くぶっ潰した大槌は、直前まで使用していた剣とは間合いも重さも扱い方も、何もかもが全く異なっているというのに。

 このシミュレーションの中で既に何度も繰り返されてきた展開に、一瞬の躊躇いや反応の遅れが全て致命的となる状況に、リンクは悉く対応してみせた。

 

 戦闘の真っ只中で、全くの前振りなしに武器の急な持ち替えを強制されるという、並の勇士や英雄ならば対応しきれずに死因となりかねない無茶ぶりをされているにも拘らず、そのことに対する不満も不自由さも、リンクの様子や表情からは全く感じられない。

 それもその筈……変更のタイミングをランダムではなく『エネミーを一定数倒したごと』に設定しようとか、次にどんな武器が来るのかくらいは事前に告知しようとか、せめて変更予定の武器種を登録されている全種対応にするのはやめてもう少し絞ろうとかいうロマニの提案を全て却下し、戸惑う職員達に『無茶ぶり』を押し通したのは、他でもないリンク本人だったのだから。

 何かが起こるタイミングや、それが具体的にどんなものなのかが事前に判明することなど、『実践』ではまず在り得ないのだからと言い切って。

 

 

「……彼に現代のキッチンの使い方を教えた際にも、似たようなことがあったのを思い出したよ。

 間違いなく初見である筈のもの、故に戸惑ったとしても無理のないようなものでも、彼には一回教えただけ、もしくはただ見せただけで十分なのだ」

 

 

 『これ便利だなー』と感心しながら、まだ一度も使ったことが無い筈、使い方どころか用途すらまだ具体的には教えられていない筈、エミヤが使うところをただ一度見ていただけの筈のオーブンを迷うことなく、正しい方法と認識で扱い出したリンクに、エミヤは思わず自身の手を止めてそちらを凝視してしまう程に驚いた。

 その眼差しと、彼が何に対して驚いたのかにまで気付いたらしいリンクは、笑いながら、本当に何気ないといった様子で、固まりかけていたエミヤの思考に止めをさすひと言を口にした。

 

 

「こういうことが出来ないとあっという間に終わっていたのが、『俺達』の旅路だったからなあ」

 

 

 教わっていない、練習していない、やったことがない……そんな言い訳は、死んでしまった後では口にすることさえ出来ない。

 手に入れた道具、身につけたもしくは与えられた能力を、とりあえず『これはこういうものなのだ』とだけ受け止めて、理論や理屈などは二の次で使いこなすしかなかった。

 生きるために、勝つために、その場でその瞬間に、とにかく出来るようにするしかなかった。

 真っ当な師は己の弟子に、あんな無理、無茶、非効率の塊と称するべき戦い方を決して教えないだろうし、勝手に憧れた弟子が自主的に練習でもしようものなら、どんな方面でも中途半端でしかない器用貧乏の量産を食い止めるために、ぶん殴ってでもやめさせることだろう。

 

 未来の理想像を、確かな目標を定めながら目指したのではなく、ただひたすらに今現在の困難を乗り越えるために、実践の中で必要に駆られたことによって、磨かれていった技と戦法。

 それを一度の人生で終わらせず、世界を救う旅と戦いを何度も何度も繰り返しながら、代々の勇者達が自身の『魂』に意図せず累積させてきたものが、歴代の中でただ一人、全てを知りながら受け継いだ末代の彼の下で結実した。

 何もかもを受け入れ、その上で何ものにも変じてみせる……時代と世代を越えて、聳える程に積み重ねた経験と勘が実現させた、臨機応変の究極系。

 ある種の『武芸の極致』が、ひとつの到達点が、目の前に確かに存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、リンクの実力を疑いようもなく知らしめながら、一切の問題も滞りもなく、素晴らしい結果を叩き出しながら終了したシミュレーション結果には、居合わせていた誰もがこの上ない程に満足していたのだが。

 

 

「全っ然ダメだ、こんなんじゃ先が思いやられる!」

 

 

 だからこそ、シミュレーターから帰還するなり、皆が用意していた労いや賞賛の言葉を受けるよりも先に、苦々しげな様子でそう言い切ったリンクに、誰もが驚いて目を剥いた。

 シミュレーション終了後の聞き取りを行うべく予め用意されていた席に、彼と向かい合って座ったダ・ヴィンチの瞳が、興味と疑惑が入り混じった怪しい光を放ち始める。

 

 

「何を以って『ダメ』だと思ったのか、それを聞かせてはくれないかい?」

 

「……いくつかあるけれど。

 まずは何よりも、俺自身の力不足」

 

「あれで足りないって言うのかい!?」

 

「全然だよ……本当なら俺は、もっともっと色々なことが出来る筈なのに」

 

 

 悔しそうに呟きながら、徐にリンクが手のひらを返したその瞬間、何もない虚空に突如炎が発生した。

 小さいながらも力強く渦巻きながら、リンクが広げた手のひらから少し上に収まっていた火球が、彼がその手を一振りしただけであっさりと消えてしまった光景は、凄まじい神秘を宿していたそれが完全に彼の制御下にあったことを物語っていて。

 咄嗟に身を隠した物陰から恐る恐る顔を出したロマニが、まさかという表情で呟いた。

 

「リ、リンク君……それはもしかして、『ディンの炎』?」

 

「その通り。ハイラルにおける創世の三神が一柱、『力』の女神ディンの炎で、ある時代の大妖精様から授かった力だ。

 本当なら、さっきのシミュレーションみたいな大勢の敵に囲まれた状況で、それを全部まとめて一掃する程度のことは出来る筈なのに……やろうとしたのに無理だった。

 この程度の火球を出すのが精々なら、単純に武器を振るった方が、よほど早いし確実だから」

 

「…………まさか、君という奴は。

 あの状況でただ戦うだけでなく、色々と試していたのかい?」

 

「……??

 今更何を驚いてるのさ、それをやる為のシミュレーションじゃなかったっけ」

 

 

 首を傾げながら、心底疑問に思いながら、あっさりとそう言ってのけたリンクに、柄にもなく背筋に冷たいものが走るのを感じたダ・ヴィンチだったけれど、辛うじて笑顔だけは保ちきった。

 それと同時に、シミュレーション終了後の彼が、自身の戦果にこれっぽっちも満足していなかった理由を察して納得する。

 彼自身は色々と試みていたというのに、それを傍から見ていた自分達が何ひとつ気付かなかった、疑問に思わなかったということは、その目論見は悉く失敗していたということなのだから。

 

 

「そっか、そういえば……武器を振るう姿ばかりを見ていたせいで半ば忘れかけていたけれど、君の逸話や能力には、キャスター枠の適性に相応しいものも多く存在していたね」

 

「しかしリンクさん、それは仕方がないことなのではないでしょうか?

 キャスター枠での現界を果たした為に、代名詞的な武器である筈のゲイ・ボルクを所持できなかったクー・フーリンさんのように、クラスの制限に阻まれて英雄としての真価を発揮しきれない例はありますし」

 

「マシュの言うことは尤もなんだけど、彼の場合は少し状況が違うみたいなんだよね。

 マシュ、それに立香君……君達は、リンク君のクラスが何なのかを把握しているかい?」

 

「リンクのクラスって、そういえばまだちゃんと聞いてなかった気がする。

 何かすっごい剣を持ってたし、セイバーじゃないの?」

 

「いいえセンパイ、確か以前ドクターが……リンクさんは7つのクラスのどれにも当て嵌まらない、未確認のエクストラクラスだと言っていたのを覚えています」

 

「流石は最古の大英雄、勇者リンクだと称するべき事実だね。

 人も集まっているし丁度いい、推測でしかない部分はまだ多いけれど、その旨についての見解を多少明らかにしておこうか」

 

 

 得意顔でメガネをかけながら、目線のやり取りでロマニの許可を得たダ・ヴィンチは、自ら万能と自負する叡智が導いた推測や、辿り着いた答えの数々をゆっくりと口にし始めた。

 

 

「リンク君、改めて確認をさせてもらうけれど……使える筈の能力が使えない、使えたとしても酷く弱体化しているという事実に対して、君は悩み、焦っていたね。

 しかしそれは、本来ならばおかしいことなんだ。

 クラスの枠組とはただ単に能力を制限するだけのものではなく、属性や精神性を含めて、英雄のひとつの側面のみを限定的に抽出するものだからね。

 一旦枠に収まった以上は、外側に置いてきてしまったものには余程のことがない限り手は届かないし、サーヴァント達は本能で以ってそれを理解している。

 クー・フーリンも、自身の真価である槍が使えないことを惜しんではいるけれど、別に執着はしていないだろう?」

 

「セイバーならば剣だけ、アーチャーならば弓だけ、キャスターならば魔ほ……魔術だけ。

 ……もどかしいなあ、どれを制限されても上手く立ち回りが出来なくなる自信がある」

 

「君の物語を知る誰もがそう思うだろうね。

 勇者リンクという存在の真価は、彼がその能力を余すことなく扱えてこそのものだと。

 故に私は、人々のそんな信仰じみた認識こそが、勇者たる君を当て嵌める為だけの、特別なエクストラクラスを作り出したと考えている。

 その特性はズバリ、『勇者としての能力をその気になれば全て使える』ことだ。

 かつて扱えていた筈の力ではなく、自分の中に今現在確かに存在している筈の力を上手く揮えないことに、君は正しく焦っていたのだろう」

 

「……………………はっ。

 あまりに突拍子もないことを言われたせいで、一瞬思考が止まってしまった。

 待って待ってダ・ヴィンチ、君の言い分はおかしい!

 『全ての能力を使える』ことがリンク君のクラスの特性だと君は言うけれど、だとしたら、それが出来ていない現状は一体何だと言うんだ!」

 

「『使えない』の意味が違うんだよ、それは恐らくただ単に出力の限界の問題さ。

 リンク君が備えている元々の力が1000だとして、サーヴァントの身で揮える力の限界が100だとしたら、いくらクラス特性が『全てを扱える』ことだとしても、物理的に制限されざるを得ないだろう?

 クラスの枠組に囚われることなく全ての能力を扱えるけれど、代わりに、その真価を発揮することが出来ない。

 それが君のクラス……仮称してエクストラクラス『勇者(ブレイヴ)』と、一先ずながら定義づけよう。

 接尾辞の『er』(~する者)をつけずに、真の意味での体現者こそ彼だろうという事実への敬意を込めて、敢えての原形にさせてもらったよ」

 

 

 キラリとメガネを光らせながら、自信満々に言い切ったダ・ヴィンチの言葉が、内容の突拍子のなさにも関わらず、居合わせた者達の心と思考に自然と染み込んでいく。

 その理由が、彼(彼女)が口にした推測が実際に正しいものであったからだということは、誰もが自然と察していた。

 目と口を開けながら数秒呆けた後に、大きな大きなため息をつきながら椅子の背凭れに体重を預けたリンクへと、得意げな笑みを深くしたダ・ヴィンチが声をかける。

 

 

「納得したかい?」

 

「まあね、おかげで無暗やたらと足掻く気は失せた。

 要はどうにかして出力を増やすか、100の容量を有効活用するしかないわけだ。

 ちゃんと理由があって、その解決法もハッキリしているなら、あとは何とかしてみせるさ」

 

「切り替えが早い上に前向きだねえ……うんうん、それはとても大切なことだよ。

 その旨は私も協力させて貰いたい、その為に、是非とも聞かせてもらいたいことがある。

 君は自分という存在に関する何らかの推測を、幾つか君の内だけで留めているね。

 例えば……君が一体、『どの』リンクなのかという辺りとかさ」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉の意味に気付けたのは、それを受けて彼(彼女)を見る表情を軽く顰めさせた、リンク本人だけだった。

 理解出来ていない周りの者達への解説も込めて、ダ・ヴィンチは語り出す。

 

 

「『勇者リンク』は伝説の最後にて自らを封印し、永き眠りについた……その事実によって彼は、ハイラルの時代から幾万の時を経た現代において、未だ生きているとも解釈できる。

 そんな彼が、新たな世界の危機に駆けつけてくれたとなれば、既に自身の冒険と戦いを終わらせた伝説の只中の誰かではなく、今この時まで眠り続けていた最後のリンクだと考えるのが通常の流れだろう。

 皆も、私もそう思った、そしてそれは恐らく正しい……しかし、だとすれば不自然なことが幾つかある。

 例えば先程の『ディンの炎』、あれを扱えたリンクは『君』ではなかっただろう?」

 

「オルレアンの時に姿を見せていた、愛馬エポナだってそうだ。

 エポナは勇者の頼れる相棒として有名だけれど、全てのリンクが彼女と旅路を共にしていた訳ではない。

 彼女を知らないリンクの中には、マスターバイクを主な旅の供としていた『君』も含まれている。

 それらの疑問に対する答えとして、独自の見解が既にあるというのならば、聞かせてはもらえないかな」

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉に少しだけ息を呑んだリンクは、乱れてしまった呼吸を整え、自身の胸元にそっと手を置きながら、話を続けた。

 

 

「……今の俺は、本当の意味で、『リンク』という存在そのものになっているんだと思う。

 意識や自覚は、伝説を終わらせた『俺』自身のもので間違いないけれど……代々のリンク達が使用していた、俺としては知識として知っていただけな筈の能力を普通に使えるし、体だってちゃんと覚えているし。

 リンク達の記憶や思い出が、感情移入を通り越して懐かしくて堪らないし……それを『俺のもの』だと思うことに、違和感も罪悪感も無い。

 表に出てきていないだけ、全部預けた上で任せてくれているだけで、多分『全員』がここにいる」

 

「……成る程、ある種の複合体として成り立っている訳か。

 当人の望む望まざるに関わらず色々と混ざり合ったり、付け加えられたりした結果、生前の有り様とはかけ離れた姿や能力でサーヴァントが現界する例は、決して珍しいものではない。

 他でもない私自身が、その括りに入れられるであろう一人だしね。

 使えない筈の能力を使えたことへの疑問の答えは、それで間違いないだろう。

 ありがとうリンク君、大いに参考になったよ」

 

 

 生涯最高傑作の美貌に渾身の笑みを浮かべながら、その気になればどこまでも掘り下げることが出来たであろう話をあっさりと終わらせてしまったダ・ヴィンチに、リンクは驚いて目を瞬かせた。

 そんなリンクへとダ・ヴィンチは、彼ならばそれだけで察してくれるという信頼と確信を以って、パチリと音が鳴りそうなウインクを送る。

 多感な幼少期に、神の横やりによって自己の認識というものをぐちゃぐちゃにされ、そのトラウマを今も確かに引きずりながら、今度は本当に、自分のようで自分ではない者達が混ぜ合わさった存在になってしまったという現状に、ショックを受けていない筈がない。

 その事実を確認出来ただけで十分なのだと、不躾な好奇心から根掘り葉掘り引っ繰り返すような真似をする気はないという意図を、ダ・ヴィンチの思惑通り察してくれたらしいリンクの表情が、分かりやすい安堵の気持ちを表した。

 後は、立香やマシュ、ロマニ達と普通に日々を過ごしていく中で、その不安や恐れを少しずつ昇華していってくれることだろう。

 ダ・ヴィンチは、カルデアの仲間達のことを信じていた。

 そうして、リンク個人に対する聞き取りを終えたと判断し、続いてシミュレーションそのものの話に移ろうとしたダ・ヴィンチの思惑は、リンクが思いがけず話を続けたことによって遮られた。

 

 

「ダ・ヴィンチちゃん……俺自身のことについて、もうひとつ、誰にも言っていなかったことがある」

 

「……無理しないでいいよ。

 君のことを信じている私達からすれば、君が力を揮うにあたって支障や懸念が無いのだということを確認出来さえすれば、それでいいんだから」

 

「無理なんかじゃない、むしろ聞いておいてほしいんだ」

 

「………わかった、聞かせておくれ」

 

 

 その言葉を受けて、笑って頷いたリンクが語り出したのは、彼にとって極めて個人的な、カルデアのサーヴァントとして今後活躍していくにあたって、黙っていても何の問題もなかった筈のことだった。

 だけどそれは、彼をただの戦力ではなく、大事な仲間の一人なのだと認識している者達からすれば、とても大きく重要な意味があって。

 彼がそれをわざわざ明らかにしてくれた、その事実を噛みしめていた一同の重々しい様子に、自分で振っておきながら居た堪れなくなってしまったらしいリンクは、慌てて話題を切り替えようとした。

 それが、今の今まで思いもよらなかった、更なる驚愕の事実を明らかにしてしまうということにも気づかずに。

 

 

「あ……あのさあダ・ヴィンチちゃん、もうひとついいかな」

 

「構わないよ、何だい?」

 

「前から気になってて、機会があったら聞いてみようと思ってたことなんだけど。

 ……何で皆、ハイラルのことや『俺達』のことに、そんなに詳しいわけ?」

 

「………………はい?」

 

「何でそこで、『この子は一体何を聞いているのかな?』みたいな感じに心底首を傾げるのさ!!

 だってそうじゃないか、リンクの活躍は歴代のどれもこれも表向きにはなってなかったものばかりで、俺がいた頃のハイラルにさえ広まってなんかいなかったのに!!

 それが何万年も経った後の次の時代でこんなにも大々的に周知されていたら、一体何があったんだって思うだろ!!」

 

「…………リンク君、君ってばもしかして忘れてるのかい?」

 

「何を?」

 

「勇者リンク達の活躍を描いた『ゼルダの伝説』を、人生のほぼ全てを費やして書いていたのは君だろう?

 封印後に発見されたその一式がハイラル全土に広まり、君達の活躍は誰もが知ることとなった。

 かの勇者の功績を無に帰してはいけないと、ゼルダ姫を始めとした人々が、姫自らが執筆した最後の勇者の物語を加えて完結した『ゼルダの伝説』を後の世に向けて遺し、それが無事に今現在にまで伝わったという経緯がある…ん、だけど…………」

 

 

 他の特別な意図など何もなく、ただ単純に誰もが周知の事実だけを口にしただけだということを自覚していたダ・ヴィンチはその上で、『何か間違えたのか』と自分自身を疑った上に狼狽えてしまった。

 凍りついたかのように動きを止め、十数秒の沈黙の果てに赤だったり青だったりと見るからにヤバイ顔色の変化を見せ始めたリンクに、異様な空気の中で同じく固まってしまっていたロマニが慌てて声をかけたのだけれど。

 

 

「リ、リンクくn」

 

「アレかーーーーーーっっ!!!!」

 

 

 残念ながら、今の彼からは既に、誰かの言葉を落ち着いて聞き入れられる心の余裕なんてものは消え失せていた。

 

 

「ヤバい片づけてなかった完っ全に忘れてたえっ何アレ見つかったの誰がって婆ちゃんしかいないし結構凄い量と重さになってたけど腰大丈夫だった婆ちゃんいやいや違うそうじゃない今は婆ちゃんの腰関係ない凄く大事だけど関係ないヤバいヤバい俺何書いたアレに一体何書いたまずい細かいところ覚えてないつーか色々なところですっごい感情移入してた覚えがあるいや待ていや待ておかしいいくら何でもここまで恥ずかしいのはおかしいいくら感情移入してたってあれは俺じゃない他のリンク達のああああああそうだった今は皆いるんだった待って待ってごめんなさいお願いだから落ち着いて悪気はなかったんです自分自身の気持ちに区切りとけじめをつけたかっただけで誰に見せる気もなかったんですつーか何してんのゼルダいや分かるよ気持ちは分かるよ俺のことを伝えようとしてくれたんだよねうんそれは分かるよありがとう凄い嬉しいだけど第三者視点で書かれた自分の物語が広められるってのはやられた方からすればすっごい恥ずかしいってことにまず気付いてほしかったし他の話にしたって見せられるほどの気持ちの整理まだついてなかったからついたとしても知り合いが精々だからなのにハイラル中どころか何万年後の世界にまでってええええええええっ!!!!!」

 

 

 血の気が完全に失せた顔で、凄まじい肺活量で以ってノンブレスでそこまで叫び抜いたリンク。

 『勇気ある者』の代名詞であり、強靭な意思と心の持ち主であるはずの彼の、何か芯的なものがボッキリと折れた音が、居合わせていた全員の耳に確かに聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………それで、リンク君の様子は?

 何か進展はあった?」

 

「少しだけ……言葉でのやり取りはまだ叶いませんでしたが、ドアを僅かに開けて、エミヤさんからの差し入れを受け取ってもらうことは出来ました。

 その際に、フォウさんに潜入してもらうことにも成功しましたので、今のところは甘いものとモフモフのセラピー効果に期待しましょう。

 それにしても……リンクさんはなぜ、ご自身の活躍が後の世に伝えられていることに対して、あんなにもショックを受けられたのでしょうか。

 嘘をついている訳でもなく、評価だって正当なものなのですから、自信を持って誇りに思っていい筈なのに」

 

「……あ~、そうだなあ。

 ちょっと想像してみて……いいか、マシュは日記をつけている」

 

「日記、ですか?

 現実の私とは相違している習慣ではありますが……センパイがそう仰るのならば、頑張ってシミュレートしてみせます!」

 

「うんうん、その調子。

 その日記にマシュは、日々起こったこと、考えたこと、感じたことを素直に、正直に、何の嘘もつくことなく書いているんだ。

 そこにあるのはもはや日記というよりは、マシュという女の子の心そのものと言っていい。

 何も悪いものじゃないし、悪いことじゃない……むしろ人が見れば、マシュっていう女の子は何て綺麗な心の持ち主なんだと思うだろう」

 

「…………は、はい。

 少し、どころかとてつもなく恥ずかしくて照れ臭いのですが、頑張って想像を続けます」

 

「…………それをね、たまたま、何の悪気もなく部屋に入ったドクターが見つけちゃってね。

 『これは素晴らしい、マシュがこんなにも素敵な女の子だってことを皆にも教えてあげよう!』って、スタッフの皆に片っ端から見せて回ったりしたら」

 

「死んで下さいドクター!!」

 

「僕何もしてないよ!!

 酷いなあ立香君、変な例え話に巻き込まないでくれ!!」

 

「ごめん、後で饅頭奢るから。

 でもまあ、マシュもわかっただろ?

 何も悪いことはない、むしろ良いものだろうと、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ」

 

「…………はい、本当によくわかりました。

 これはもう、下手に外から働きかけるよりは、リンクさん自身が自然に落ち着くのを待った方が良さそうですね」

 

「どれだけ時間がかかるかだけが心配だな」

 

「紛れもない勇者であり、優れた戦士であると証明してみせたかと思えば、一転してただの少年のような振る舞いや打たれ弱さを見せてくるこのアンバランスさ。

 立香君やマシュもそうだけど……『うちの子達』は本当に、色々な意味で目が離せないねえ」

 

 

 しみじみと、感慨深げにそう呟いたダ・ヴィンチは、リンクの動転によって状況が引っくり返る前に、彼が口にしたことを思い出していた。

 同じ言葉、同じ事実を噛みしめている大人達は、自分以外にも大勢いることだろう。

 彼が恐る恐る、意を決して明かした事実とは、彼自身に未だ以って、サーヴァントとしての自覚や意識が無いことだった。

 ダ・ヴィンチ自身が推測として口にしていたように、焼却された世界のどこかで未だ封印の眠りについている彼は、実際には生きている。

 人理焼却の余波を受けてほんの僅か封印が綻び、浮上した意識に届いた、人々の助けを求める声に応えて懸命に手を伸ばした彼に、世界の抑止力はそれを成し遂げる為の手段として、抜け道的に彼をサーヴァントの枠組に当て嵌めた。

 彼は自分自身を、『封印の眠りの中から抜け出した意識が、それだけで動き出した夢のようなもの』と表していた。

 座から降りてきたコピーではなく、紛れもない自分自身なのだと。

 

 他のサーヴァント達が、死後に奇跡的に叶ったオマケの時間のようなものなのだと称している今この時が、死んでサーヴァントとなった自覚が無い自分には、大切な仲間達と別れて封印の眠りについたあの時の、終わってしまった筈の人生の続きを歩んでいるようにしか思えないのだと。

 そのつもりでいていいか、と……いつまで続くかわからないけれど、その時が来るまで、この場所でまた生きてもいいか、と。

 不安そうに瞳を揺らしながら、何の変哲もないただの少年のような弱々しさで尋ねられた一同が、返す答えなど決まり切っていた。

 

 

「あのまま誰にも言うことなく……危ないところで『サーヴァントなのだから』と言い切って、『生きたい』という本心を押し殺して、特攻自爆なんてさせる羽目にならなくて本当に良かった。

 勇者として、その命と人生を世界に捧げてしまった彼が、自分の望みと幸せを尊重して口に出来るようになったことは、大きな進歩と考えていいだろう。

 リンク君、立香君にマシュも……自分達が子供であること、頼ってほしいと願う大人が周りにちゃんといることを、どうか忘れないでくれたまえ。

 君達に頼るしかないのだという現実が、既に堪らない程に悔しいんだからさ……」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、何か仰いましたか?」

 

「いーや、何にも?

 リンク君のあの可愛らしい慌てっぷりを思い出していたから、もしかしたらそれが漏れてたかなあ」

 

「忘れてやってよ!!

 ほんっとしょうがないなあ、ダ・ヴィンチちゃんは!!」

 

 

 立香に突っ込まれながら、マシュに呆れられながら笑うダ・ヴィンチは、既に何の変哲もないいつもの彼(彼女)だった。

 何とか気持ちに区切りをつけたらしいリンクが、ずっと慰めてくれたフォウと共に、皆の下に恐る恐る顔を出してきたのは、この翌日の朝食の席のこと。

 自身の物語に関する話題を振られるたびに、恥ずかしさと居た堪れなさのあまりに過剰反応を起こすリンクの姿に一同が慣れ、騒動どころかカルデアにおける様式美の一環と化していくのは、結構早い段階でのこととなる。

 







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ブラックカルデア改善計画





 

「皆さん、お食事を続けながらで構いませんのでご清聴下さい。

 ただ今より、前もってお知らせさせて頂いた予定通りに、第一回カルデア運営会議を始めさせて頂きます。

 ファシリテーター(司会進行役)は、誠に僭越ながらこの私、マシュ・キリエライトが務めさせて頂きます」

 

 

 時間を見計らって聞こえてきたマシュの声に、雑談と食事に興じていた者達がその口と手を一旦止めて振り向いた。

 一般的な企業や集団ならば、こんなタイミングで全体会議を行おうものならば様々なところや人々から苦情が出るのだろうが、生憎とここは、人理存亡の最後の砦であるフィニス・カルデア。

 会議に出席したいのは山々なのだけれど、様々な予定や都合が立て込んでいて摺り合わせるのが難しいというスタッフ達の要望や事情を加味した上で、ならば皆が同じような時間に、高確率で集まることになる場所で、その場所に求められる元々の用事に付随する形で行ってしまおうという『議長』の柔軟な発言に、皆が乗った結果がこの光景だった。

 

 

「そっ、それでは議長、よろしくお願いします」

 

 

 大任を担うこととなり、少しだけ緊張しているらしいマシュの声に応えたのは、いつもより早めに夕食を終えて、準備を万端に整えていた勇者様。

 比較的新参者であり、外見ではなく実年齢で紛れもない少年である筈の彼が、ロマニやダ・ヴィンチという大人の責任者達を差し置いてその位置に立つことを、不満や不安に思う者は誰一人としていなかった。

 彼が何者であったのかを、ハイラル王国においてどのような務めを果たしていたのかを、誰もが知っていたから。

 一人の例外を除いて。

 

 

「凄いなあ、リンクの奴……人前で注目浴びるのに慣れてる感じで、堂々としてて、何か偉い人みたい」

 

「みたいじゃなくて、彼は実際に偉い人だったんだよ。

 魔物の脅威に常に晒されていたハイラル王国において、兵士達の指揮と指導を行う戦術顧問、国の防衛を担うべき要職に抜擢されていたのだからね」

 

「え……ええええっ!?

 国の要職についてたって、あいつが封印されたのって15才じゃなかった!?

 誕生日の手前ギリギリだったとしても若すぎだろ、一体幾つの時の話なわけ!!」

 

「田舎で暮らすただの少年だった彼が、姫を魔物から救い、魔物の特徴と対抗策を綴った本を独学で執筆した実績を認められて、城に召し抱えられたのが12歳。

 その後たった一年で功績を重ね、要職を担うことになったのが13歳という若さ……間違いなく、王国史上最年少だ。

 『ゼルダの伝説』をちゃんと読みなよ、自分のサーヴァントについて色々と知っておくのはマスターの務めだからね?」

 

「最初から少しずつだけど読んでるよ、絵本じゃなくて分厚い原本の方をちゃんと。

 量が多すぎて、あいつの時代の話にまで行くのに時間がかかっているだけだってば」

 

「いや読まないでいいから、必要なこととか知りたいこととかあればその都度俺が教えるから。

 まあいいか、とにかく始めよう。

 今回の議題は、現時点のカルデアにおいてどんな問題点・改善点が存在するのかを改めて確認し合い、その具体的な解決策について話し合うこと。

 どんな小さな不満でも構わない、遠慮なく発言してほしい。

 ……と、普通なら言うところなんだろうけれど」

 

「えっ、リンクさん?」

 

 

 打ち合わせの時には無かった台詞と流れに、いつもの彼ならば決して浮かべないような悪役じみた含み笑いに、マシュを含めた一同が、ザワリと空気を揺らめかせた次の瞬間。

 それらを纏めて吹っ飛ばす勢いのある爆弾を、リンクは一瞬たりとも躊躇うことなく放り投げた。

 

 

「事後報告で申し訳ないけれど、発言内容については既に集め終えている。

 フォウ、おいで!」

 

「フォウフォーウッ!」

 

 

 自身の肩の上に一足で飛び乗ったフォウのふわふわの頭を撫でながら、リンクは長い毛と衣裳で隠されたその首元にもう片方の手を伸ばし、何やら小さな機械的なものを取り出した……その瞬間、ダ・ヴィンチが『げっ』と言わんばかりに表情を引きつらせたことを、ロマニは見逃さなかった。

 

 

「……おーい、ダ・ヴィンチ。

 君は一体、リンク君に頼まれて何を作ったんだい?」

 

「超小型、及び高性能のボイスレコーダーさ。

 物資不足が嵩んでいるこの状況で、あれだけのものを作れるとは流石は私だね☆」

 

「流石は私、じゃない!!

 自分のやりたいことがやれればいいタイプの天才はこれだから厄介なんだ、頭がいいんだから行動した結果どうなるのかくらいちゃんと考えてほしいよ!!

 あれがボイスレコーダーで、フォウにくっつけてたってことは、つまり……」

 

「お察しの通り。

 ここ何日か、フォウにはいつもの通り、何食わぬ顔でカルデア中を歩き回ってもらった……これを動かしっぱなしにしながらね」

 

 

 小悪魔の笑みを浮かべながら片目を瞑ったリンクに、その場にいた者達の多くが絶叫を上げた。

 激務のさなかにふと気が抜けて、疲れもあって普段ならば到底出せないような本音や愚痴的なものを零してしまったタイミングで、視界の端に白いモフモフが横切ったのが気のせいではなかったことと、それが意味するものに気付いてしまったから。

 

 

「佐々木、アレを回収してきなさい!!

 いくら相手が勇者リンクとはいえ、刺し違える覚悟で挑めばそれくらいは出来るでしょう!!」

 

「そのあからさまな反応から察するに、至極しょうもないことを聞かれてしまったようだな。

 強者との死合いの末に散るのは確かに本望ではあるのだが、そのような情けない理由でというのは御免被るよ」

 

「メディアさん、それと今過剰反応した人達には悪いんだけど、既に中身は確認してあるから」

 

「嘘でしょ!?

 だったら何で今、その白毛玉からわざわざ出したのよ!!」

 

「演出」

 

 

 輝かし過ぎて、むしろ憎たらしくなる程の笑顔であっさりと言い切ったリンクに、敢え無く撃沈してしまった神代の大魔女を、情けないと笑える者はいなかった。

 身の程を知ることなく下手に突っ込んだりすれば、自分も同じような末路を迎えるのだということを自然と察してしまえたから。

 

 

「……そういえば、彼の逸話にあったねえ。

 前もって色々と仕掛けやら根回しやらを整えておき、相手が取るであろう行動や発言をも推測して加味した上で、場の空気や流れを自分の手元に持ってくるのが得意だったって。

 彼自身が国や民のためを第一に考える善人だから良かったものの、同じような手腕を下手な野心家や独裁者が持っていたら、間違いなく碌なことにはならないよ」

 

「正しく今現在、碌なことになっていないしね……」

 

「失礼だな!

 俺だって、この会議が真っ当に進められる状況にあったなら、こんな強引な手段には出なかったよ!」

 

「……どういうこと。

 何か、僕達が気づけていない懸念事項でもあったというのかい?」

 

「それだ、自覚していないってのが一番性質が悪い。

 俺が普通に、困っていること、辛いと思っていることを教えてくれと言ったとして、それを素直に、『この程度何てことない』とか『わざわざ言うようなことじゃない』と自己判断せずに口にしてくれた人が、果たしてどれだけいたことか。

 だよね……睡眠や休憩の時間を削りに削った上に、それを栄養剤の過剰摂取で誤魔化してまで、何でもない振りをしているドクター・ロマン」

 

「…っ!」

 

「例え体は誤魔化せたとしても、俺の目は無理だよ」

 

 

 真剣な表情と静かな声色で、リンクが再び投げ込んだ爆弾は、居合わせた者達にゆっくりと静かな衝撃を与えていった。

 明らかになったその事実に、本当の意味で心から驚いていたのは、一生懸命に守られていた立香とマシュくらい。

 その他の、大多数の者達は、驚きこそしたもののすぐに受け入れたり、通り越して納得してしまうような者ばかりで。

 人員や設備の物理的な不足という現実的な問題を補うための、スタッフ一人一人の過剰労働がまかり通っている上に、人類という種の歴史が続くかどうかの瀬戸際なのだからと、一番大変な思いをしている子供達の負担を少しでも軽くしてあげなければと思うばかりに、それらを口にするどころか、問題だと認識することすら密かに、無意識に禁忌とされてしまっていた。

 今は辛うじて保たれていたとしても、このまま何も変わることなく続けられていけば、絶対にどこかで破綻してしまう。

 そんな不安定極まりない土台の上に成り立っているのが、今のカルデアだった。

 

 

「……僕達のことを気遣ってくれた君の気持ちは、本当に嬉しいよ。

 だけどねリンク君……例え無茶だとしても今くらいのことをやらないと、現実的に、カルデアが立ち行かなくなってしまうんだ」

 

「確かにそれは受け入れるしかない現状だよ、潔く認める。

 だけど、『だから仕方ない』と諦めて……『問題なんかじゃない』と、『自分なら大丈夫だ』と開き直って、壊れるまで無理を続けるのは絶対に違う。

 改善すべき問題点なんだってことをちゃんと認めて、辛いってことを共有して、助け合いながら、少しずつでも何とかしていくべきなんだ。

 分かっていても難しいと、仕事の方を今すぐ楽には出来ないって言うなら、せめて……『栄養バランスが大事なのは分かるけど、それでも一度くらいはお饅頭でお腹いっぱいになりたい』っていう願いくらいはたまに叶えて、元気を補充したっていいじゃないか」

 

「うわーっ、思ったより碌でもない呟きを聞かれてた!!

 お願いだから忘れてリンク君、気が緩んだ瞬間に思わずポロっと零れただけの戯言だから!!」

 

「お腹いっぱい、食べたくないの?」

 

「そりゃ食べたいよ、大好物だもの!!

 だけどこんな切羽詰まった状況で、そんな下らない願いごとに時間や労力を割いてなんていられないよ」

 

「下らない願いなんて無い、願いに優劣なんて無い。

 他人がそれを自分の価値観で蔑んではいけないし、自分自身で貶めるなんてそれ以上に以ての外だ。

 それがドクターの願いなら、それを叶えることでドクターが幸せになれるなら……俺は叶えてあげたい、ドクターに少しでも元気になってもらいたい」

 

 

 …………嗚呼、この子はその想いを積み重ねた末に世界を救い、独り眠りについたのか。

 碧玉の瞳に真っ直ぐに見据えられながら、その向こうに何処までも純粋な輝きを見つけながら抱いたそんな認識は、恐らくは彼という存在の本質を捉えたもので。

 切なさに、遣る瀬無さに堪らなくなってしまったロマニは、しかし次の瞬間、頭から引っ繰り返るのを寸でのところで持ち堪えたことで、自身にそこそこの反射神経が備わっていたことに、思いがけず気付くこととなった。

 

 

「だから俺は、メディアさんが俺をモデルにした人形を作りたいとか、着せ替えしたいとか言うのも別に構わないし、身体情報のデータが欲しいなら協力するよ」

 

「マジで!! いいのっ!?」

 

「施設の復旧作業とか、魔術関係のアドバイスとか、いつも頑張ってくれてるしね」

 

「よっしゃあああああっ!!

 力とやる気がこの上なく漲ってきたわ、日々の潤いというものはやっぱり大切ね!!」

 

「あと、そのついでで構わないんだけど、ひとつお願いしていいかな」

 

「……内容によるわね、何がお望みなの?」

 

「面子の詳細までは、音声の質が悪くてちょっと把握しきれなかったんだけど……何人かが集まって、俺が本気で女装しているところを是非とも見てみたい、疲れなんか絶対に吹っ飛ぶって、熱く語り合っているやり取りの記録があって。

 俺としてはその効果に正直疑問なんだけど、やる分には別に構わないし、それで元気になってくれるんなら嬉しいから、メディアさんさえ良ければ衣裳を作って貰えないかなと」

 

「全力を尽くさせてもらいましょうか!!」

 

「待て待て待て待てそれは流石に聞き捨てならない、いくら何でも自分自身を安売りしちゃだめ!!

 つーか誰だ、そんな会話を恥ずかしげなくしていたのは!!」

 

「あっ、特定出来た一人はダ・ヴィンチちゃんだったよ」

 

「レオナルドオオオオッ!!!」

 

「純粋に美を追求するだけの健全な集まりさ、遵守すべきNoタッチのボーダーはちゃんと心得ているよ!?」

 

「言い逃れを聞く気は毛頭ない、いいから他のメンバーについて洗いざらい吐け!!」

 

「我が身可愛さに同士を売るなど出来るものか!!

 すまない諸君……せめて君達だけでも、リンク君の艶姿をその目と脳裏に焼きつけてくれたまえ!!」

 

「ドクター、ダ・ヴィンチちゃん!!

 皆さんも落ち着いて下さい、一応ですけど会議中です!!」

 

 

 当初の目的をすっかり忘れてしまったらしい一同が、混沌と化した騒ぎを繰り広げる中で……リンクが浮かべていた確信犯の笑みに気付くことが出来たのは、肩の上のフォウだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーそれにしても、まんまと一本取られてしまった。

 まさか彼の本命が、私達が騒ぎの中で疲れ果てて思考力が緩んだ隙に、別口でまとめておいたメインの案件を、きちんと全体会議を経て承認されたものだという大義名分までつけた上で通してしまうことだったとは」

 

「申請書類には確かに僕のサインがされているのに、全く覚えていないのが怖いよ……」

 

「これが彼自身の勝手な私欲と都合にまみれたものならば、手続き自体が正式なものを経ていようとも文句を言ったり、何とか覆そうとする者も出たのかもしれないけれど」

 

「……内容自体は隅から隅まで、僕達の負担をどうすれば減らせるか、どう工夫すれば無茶な仕事ぶりを控えてくれるのかを、一生懸命突き詰めたようなものだったからねえ」

 

 

 

 

 

『はい、じゃあ一通り読み上げます。

 まずひとつ、朝昼晩の食事は、きちんと時間を取って食堂で食べること』

 

『食堂でって……サンドイッチとかの軽食を、仕事場に持ち込むのもダメなの?』

 

『ダメです。

 その辺りを義務付けることで、仕事モード入りっぱなしだったスイッチを適度に、明確に切り替えさせるという意味合いと狙いがあります』

 

『どうしても手が離せない時があると思うんだけど……』

 

『その辺りある程度仕方ないのはわかっています、時間まで厳守しろとは言いません。

 多少前後にずれても構わないから、とにかくきちんと、三度の食事と休憩を取って下さい。

 食堂に名簿を置いて、食べ終わったら自分の名前のところにチェックを入れてもらう形で、その旨をきちんと管理させてもらうので、不摂生を重ねている人はすぐにわかります。

 本当に忙しい時とか、大事な時なら多少は目も瞑るけれど、あまり酷いようなら指導対象にしますからそのつもりで』

 

 

 

 

 

「他にも色々と……『常に仕事中のようで気が休まらなくなる上に、折角の自由時間や休憩時間を切り上げてまで仕事に戻りかねないから、プライベートの時間にまで制服を着っぱなしにするのは禁止』とかいうのもあったね。

 で、どんな気持ちだい? その決まりごとを守る以前の問題で、そもそも私服というものを持っていなくて、なけなしの白衣(仕事着)を着回していただけだった。

 ……それ以外にも、リンク君が提示した改善案の悉くに抵触してしまっていた、要注意対象筆頭のロマニ君」

 

「分かっているのに聞かないでくれ、思い出したくもない。

 ………あんな言葉、もう二度と聞きたくないし、もう二度と言わせたくもないよ」

 

 

 

 

 

『前線で、フランスの地で……怪物やサーヴァント達を相手に戦うのは、確かに大変でした。

 だけど私達は、リンクさんやジャンヌさん達、そして他でもないドクター達に助けてもらいながら、最初のオーダーを成し遂げたんです。

 大変だったけれど、それと同時に、嬉しいことや楽しいことだって沢山あったんです。

 私は、それを悪いことだったとは思わないし……皆さんが同じように、この大変な状況の中で、僅かに残った嬉しさや楽しさを見つけようとすることが、悪いだなんて絶対に思いません』

 

『一生懸命に助けてくれた、俺達を少しでも楽にしようと頑張ってくれたドクター達が、誰にも助けを求めることなく無理をしていたら、自分達は楽をしてはいけないなんて思っていたら、その方がずっと嫌だよ。

 俺達を、無理をする理由になんてしないで……俺達がそれを望んでいるって、喜ぶだなんて思わないで』

 

 

 

 

 

 立香とマシュが……自分達が何としても繋げたいと願っている人理の、未来の象徴と言うべき子供達が、心の底から悲しくて悔しそうな声と表情で言ったそんな言葉が、ロマニを始めとしたスタッフ一同の胸に、見えない風穴をぶち抜いた。

 少しでも休んでしまえば、気を抜いてしまえば、自身の楽しみのためなんかに貴重な時間を費やしてしまえば、それが巡り巡って……自分のせいで、人理の崩壊が確定してしまうのではないか。

 そんな不安が、多かれ少なかれ誰の中にも存在していたことに、一同はようやく気が付けた。

 

 自身の体に鞭打って、無茶を押し通すことで、少しだけ安心できた。

 これだけ頑張っているのだから大丈夫だと、これだけ頑張っても無理だったならばそれはもう仕方がないことだと。 

 そんな後ろ向きな、いざその時が来てしまった際に潔く諦めるための心の準備をしているかのような、方向違いの努力を違和感なく押し通すために、『立香やマシュのため』というお綺麗な理由を掲げ上げる。

 彼らを助けたい、出来る限りのサポートをしたいという、これっぽっちも嘘が無い純粋な想いの裏に、そんな歪んだ思惑があったことを誰一人として、当人達から指摘されるまで気付かなかった。

 気付いてしまったリンクは、それを見過ごせなかったのだ。

 膨らみ続けていた風船に盛大に針を叩き込んで、それが破裂した結果巻き起こった混乱に乗じる……を通り越して利用するほどの度胸と強かさで以って、彼が計画を強行してくれなければ、無意識の内に凝り固まってしまっていたスタッフ達の思考回路を改善させるのには、もっと長い時間と手間がかかったことだろう。

 

 

『そもそもの話になるけどね、個人がちょっと休憩を取っただけ、ちょっと自分の楽しみを優先しただけ、ちょっと失敗しただけですぐに、挽回しようと頑張る余地もなく終わってしまうような世界だなんて、言っちゃ悪いけどもう手遅れだよ。

 そんなことは無いのなら、まだまだ大丈夫だって言うのなら、もっと信じよう。

 世界は、人の歴史は、数えきれないほどの人達が長い時間をかけて、命と想いを繋げてきた軌跡は、簡単に焼き尽くせるほどに弱くないって。

 俺は信じてる……最後の瞬間まで決して諦めずに、奇跡を信じた人達の声が、伸ばした手こそが、俺をここに呼んでくれたんだから』

 

 

 その言葉に全力で頷いた立香とマシュが、明らかに根を詰めすぎな者や、見てわかる程に疲れている者を積極的に、半ば引きずるような勢いで食堂まで連行してくる光景が、今や新たな日常になろうとしている。

 前は酷く張り詰めていたと、随分と穏やかになったと明確に感じられるほどに一変した空気の中で、また一人引っ張ってきた立香とマシュの、元気な声を聞きながら。

 健康面を考えれば明らかに良くはないけれど、それでもたまにはいいだろうと言って笑いながら、エミヤが用意してくれた山盛りの饅頭を遠慮なく口いっぱいに頬張りながら。

 

 

「こんな状況でも、幸せだなあって………僕も、僕でも、思っていいのかなあ」

 

 

 立香達が聞いていたならば、『当たり前だ』と言って怒りだしそうなことを、本当に何気なく呟いたロマニ。

 その表情は、今にも蕩けそうな、情けない顔だと笑われそうな、本当に幸せそうな笑顔だった。

 そんな彼の下に、リンクが環境改善を更に進めるための新たな提案を持ち込んでくるのは、それがまた別の騒動のきっかけとなるのは、まだもう少しだけ先のこととなる。

 




「ドクターの、お腹いっぱいの饅頭の願いは、エミヤが叶えてくれた。
 メディアさんには人形作りの許可を出したし、ダ・ヴィンチちゃん達のは衣裳待ちだし……現状で何とか出来るのは、これが限界か」


 故郷の料理を食べたい。
 外で思いっきり走り回りたい。
 家族や友人に会いたい。
 そういった、本当ならとても細やかなものの筈の、願うまでもなく叶えられる筈のことこそが。
 今のこの状況においては、到底手が届かない夢物語だった。


「絶対に忘れない、絶対に叶えてみせる。
 どれだけの時間が、どんな手間がかかったとしても、必ず。
 ………だから、今はせめて」


 自身の手の甲を押し頂きながら、リンクが人知れず祈りを捧げた、その日の夜。
 例外なく誰もが、とても幸せな夢を見たという。



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立香の試練 前日譚





 

 リンクが懸命に推し進めた就労及び生活環境の改善策が馴染んできたことで、心身共に多少の余裕が出てきたカルデアに幾つか、新たな日常の一部として加わったものがあった。

 最近になって復旧が叶った魔術訓練用の施設にて、ケルトの大英雄クー・フーリンと、神代ギリシャの大魔女メディアという豪華すぎる顔ぶれの教えを受けながら必死に魔術の特訓を続ける立香へと、呆れ半分の冷たい眼差しを送る『彼女』もそのひとつ。

 

 

「あんた、本当に魔術師としてはへっぽこなのね。

 サーヴァントの霊基を、カルデアからのサポート無しではまともに保つことすら出来ない身で、よくもまあ私の竜達を退けたものだわ。

 マジな話、勇者サマがいなければどうするつもりだったの?」

 

「そこ突っ込まないでくれる?

 俺もカルデアも、色々と見通しが甘かったのは自覚してるからさ……」

 

 

 『プライベートでの制服着用は禁止』という決まりごとに加えて、サーヴァントの通常の衣装も戦闘装束という意味で仕事着だと判断されたのだけれど、彼女の場合はまだ私服と言えるものが一着も無いので、とりあえず武器と黒い甲冑だけは外した姿で。

 自身のマスターである筈の少年に、言いたい放題の不遜な態度を貫いているのは、先日の召喚においてカルデアに新たに加わったサーヴァント。

 かつて『竜の魔女』と名乗り、区別のために『黒いジャンヌ』とも称されていた……先だって召喚されていたアルトリア・オルタの例にちなんで、正式に『ジャンヌ・ダルク・オルタ』と名称された少女がそこにいた。

 

 召喚されたのは彼女だけでなく、フランスの特異点で縁を結んだサーヴァント達が、敵味方を問わずに応えてくれた。

 ジャンヌを始めとする、あの時仲間として共に戦ってくれた者達は、記憶と想いを明確に連続させながら来てくれたし。

 敵だった者達も、別れ際の不安を他所に、記憶も想いも人格もきちんと『彼女』のまま応えてくれたジャンヌ・オルタを筆頭に、当人にとって相当に強烈だったらしい体験や想いに関しては『何となく』という程度ではあるけれど確かに認識していて、彼らもまた、あの時の続きとしてここにいるのだということを一同に確信させた。

 本来ならばあり得ない筈の、『サーヴァントの記憶と想いが次回の召喚にまで引き継がれる』という奇跡的な現象の連続に、人理が不安定なことで起こっている影響もしくは現象の一環等々と、真剣に考察する者もいたのだけれど。

 大切な仲間にまた会えたこと、これからはずっと共に頑張っていけるのだということに対する立香達の喜びようを前に、『悪いことではないしまあいいか』ということで一旦落ち着いた。

 

 歴史に名を刻んだ偉人・英雄である彼らを、戦力としてよりもむしろ、日々の労働に対する純粋な人手として期待していることに気後れするスタッフ一同を他所に、サーヴァント達の大部分は快くそれに応えてくれた。

 疲れている者、根を詰めすぎな者を強引にでも休ませるという大切な役目を、立香とマシュから引き継いだマリーは、断る気そのものを失せさせる微笑みを躊躇うことなく披露しながら、侍従として付き従うデオンとその時々で招いたゲストと共に、王妃のお茶会を日々開催しているし。

 『戦わなくていいのならばむしろありがたい』『音楽を奏でることならばいくらでも』と笑って胸を張ったアマデウスは、どうしても急いで詰めなければならない現場では集中力が向上する曲を、休みたいのに気持ちが高ぶってしまう人の側ではリラックス効果のある曲をといった感じで、その時に最も求められる曲、最も気持ちよく聞いてもらえる曲を、気分屋な彼の気が向くままにカルデア中で奏でて回っている。

 

 他にも、戦闘特化のサーヴァントとしての膂力を活かして、荷物運びや瓦礫の排除等の力仕事でフォークリフト並みに活躍してくれているジークフリートとか。

 家族や弟分達の面倒をよく見ていたからと笑いながら、大人数分の洗濯や掃除などの地味に大変かつ大切な役目を任されてくれたマルタとか。

 生前の職務経験を生かして、医務室のシフトに加わってロマニの負担を一気に減らしてくれたサンソンとか。

 その辺りまでは普通に予想が出来たのだけれど、サーヴァントの中には、全く思いもよらない方面で力を発揮した者もいた。

 

 ありとあらゆるものが不足しているこのカルデアでは、どんな能力、どんな技術だろうと尊重する。

 どうやって生かすか、そもそも生かせるのかどうかは聞いてから判断する。

 出来ることや得意なこと、今は出来なくても興味があること、やってみたいことを遠慮なく、片っ端から教えて欲しいというリンクの言葉は、何の裏も含みもなく、真剣に発せられたものだったのだけど。

 それを受けて徐に手を上げながら、編み物や刺繍といった裁縫全般を個人的に趣味としていると、服や小物が必要ならば要望を貰えれば作れると言い切ったヴラド三世に、思わずアヒルが鳴くような間抜けな声を上げてしまった勇者を、誰も笑える者はいなかった……と言うより、その場に居合わせた全員が同じ反応をしていた。

 そうして、国を守りながらも怪物と恐れられた王は、需要の山を受けて早急に立ち上げた自身の工房にて、瓦礫の山の中から発掘に成功した服や布の辛うじて使える部分のみを巧みに生かし、スタッフやサーヴァント達の新たな普段使いとして再利用する工程に取り掛かっている。

 物作りを行なう際に最も重要な素材の確保がままならない、酷く不自由な筈の状況で、それでも何故かもの凄く充実している様子のヴラドを、『あれは多分縛りプレイを楽しんでるな』と評したのは誰だったか。

 

 兎にも角にも、ヴラドのような反英霊枠のサーヴァント……戦闘やその付随的な行為以外に役立つことは出来ないのではと、下手に日常を強要しようものなら反乱でも起こすのではないかと危惧されていた存在でさえ、人間じみた生活を積極的に楽しむ余地や素養があったのだという事実は、とっくの昔にサーヴァントを使い魔やら兵器やらとは見なせなくなっていたスタッフ一同に、新たな驚きを与えていた。

 そんな一連の流れを思い出していたジャンヌ・オルタが、肩を大きく上下させながら荒い息を吐く立香の耳に届くような、これ見よがしのため息をつく。

 

 

「半壊状態の施設と、生き残った僅かなスタッフが最後の砦となっている現状では、戦力ではなく純粋な人手としてサーヴァントを呼ぶっていう、まともな魔術師が聞いたら憤死しそうな選択も、まあ無理もないとは思うけれど。

 ……かつてマスターでもあった身として言わせてもらえば、サーヴァント達が日常生活やそれに伴う雑務を楽しんでいるのと、あんた個人の力不足で折角のサーヴァント達を死蔵しているのとでは、同じようで全く違うからね」

 

「わかってるよ……俺だって、人理を守るために折角来てくれた皆の力を、肝心の特異点で生かすことが出来ないのがすっごい悔しい。

 ……リンクやマシュに、負担をかけっぱなしにする訳にだっていかないんだ」

 

 

 今この時に生きている人間を素にした、デミ・サーヴァントであるマシュは、エーテル体によって体を構成している他のサーヴァント達と違って自身の確かな体を持っているので、その身を特異点で維持するために立香の魔力に依存する必要がない。

 更に言えばリンクも……彼は本体こそ世界のどこかにあるものの、そこから抜け出した精神を内包する仮初めの肉体はエーテル由来のもので、他のサーヴァント達と同様に、現界及びその維持に関しては相応の魔力を必要としている。

 しかし彼の場合は、自身の利き手の甲に原初の願望器たる『黄金の聖三角(トライフォース)』を備えている。

 オルレアンでの彼が、サーヴァントとしての自覚も無いまま立香達と合流するまでの数日を普通に過ごし、戦闘や単独行動を繰り返しても特に不都合を感じなかったのは、無限の魔力供給源と表現しても構わないような聖三角の存在によって結果的に発動していた、『単独行動EX』という超規格外スキルの賜物だった。

 

 魔力供給の必要がないマシュと、魔力切れの心配がないリンクの二人が、今後の特異点修復において必須メンバーとして同行していくことは、当人達を含めた話し合いの上で既に決定している。

 あの二人ならば何も言わずとも、何があろうとも、人理やカルデアの、そして自分のために、その時々で出来る最高や最善を突き詰めながら、一生懸命に頑張ってくれるだろうという信頼が既にある。

 だからこそ立香は、そんな彼らの献身に、魔力の供給源として大人しく守られていればいいという、マスターとしての最低限の務めすら碌に果たせていない現状に、いつまでも甘え続けてはいられなかった。

 疲れを覚えている体に反して、彼の心は未だやる気に満ちている……のだが。

 マスター兼弟子の気概だけでなく、現実も見据える冷静さと聡明さを持ち得ていた師匠達は、折角の彼の気持ちに水を差すことを承知の上で、敢えての言葉をかけた。

 

 

「やる気があるのは結構だがな、生憎と今日はここまでだ。

 食堂へ行って、アーチャーに何か適当に出してもらえ」

 

「えっ……ちょっと待ってクー・フーリン、メディアさんも!

 もう少し頑張らせてよ、俺ならまだ大丈夫だって!

 最初予定していたところまでが無理だったとしても、せめて何かしらの成果くらい出しt」

 

「その疲れ切った体で、あともう少し頑張った程度で、その『何かしらの成果』が出せると思っているのかしら?」

 

 

 メディアの冷たく容赦ない正論が、立香の胸にグサッと突き刺さる。

 今日予定されていたのは、へっぽこど素人魔術師でありながらサーヴァント達の助けになりたいと願う彼のために、ダ・ヴィンチを始めとする技術班が作成及び調整した魔術礼装の起動訓練だった。

 これがあれば、例えカルデアから救援を呼べずとも、現地で協力関係を築いたサーヴァント達を支援出来る……と思って、喜んで、気合いを入れて訓練に臨んだ立香だったのだけれど、結果は案の定。

 魔術師、もしくはそちら側の感性を持つ者が考える『簡単』と、そういう世界を一切知らないまま生きてきた一般人にとっての『簡単』には、口で説明し辛い感覚的な齟齬があったらしく。

 それが要するに何であるのかもわからないまま、すり合わせることすらも出来ないままに、予定されていた訓練時間は、ひたすら心身を消耗させるのみで過ぎ去ってしまった。

 気概だけでは覆せない現実を突きつけられて撃沈した立香と、そんな彼にどう声をかければいいのかわからずに途方に暮れる師匠達、そしてたまに野次を飛ばしながら何故かずっとこの場に居続けていたジャンヌ・オルタの下に、終了時間を見計らっていたらしいリンクが顔を出してきた。

 

 

「立香、そろそろ訓練終わった頃だと……ってオルタ、こんなところに居たのか。

 ジャンヌがさっきから探してたよ」

 

「放っておきなさい」

 

「あなた、特に用も無いのにこんなところで何をしているのかと思えば、姉妹喧嘩だったわけ?」

 

「誰が妹よ、元になったってだけで姉でも何でもないわ!」

 

「だとしても、白い方の嬢ちゃんは完全にそのつもりらしいけどな」

 

「五月蠅いわね、その話題はもうやめなさい!!

 それよりリンク、あんた一応、剣や弓だけでなく魔術だって得意な勇者サマでしょう?

 予定時間目一杯に頑張って、それでも何の進歩もなかったへっぽこ魔術師こと我らがマスターに、何かアドバイスとかしてあげたら?」

 

「……俺個人としては、それくらい別に構わないんだけど。

 誰かが既に指導しているところに、横から口出しするのは不味いんじゃないかなあ」

 

「俺達なら別に構わねえよ。

 むしろ指導する側としても、どうしたもんかと行き詰っていたくらいだしな」

 

「それ以前の問題として、神秘の塊どころか、世界そのものが神秘だったかのような世界で、優れた魔術師としても活躍していたあなたの直々の指導に、口を挟める術師なんていないわよ」

 

 

 自分のためにも周りのためにも、その辺りをちゃんと自覚しなさい……と、口調と表情で分かり辛く助言してくれたメディアに、苦笑いで軽く頭を掻いたリンクは、どんな指導を受けてどんな特訓をしたのかを立香に問いかけ、立香も一生懸命に思い出しながらそれに応えた。

 ダ・ヴィンチを筆頭としたカルデア技術班の、渾身の自信作である服型魔術礼装は、『既定かつ単純なものに限り、かつ連発が効かないという不便さこそあるものの、魔術が簡単に行使出来るようになる』という、『魔術は秘匿するもの』『神秘の安売りや拡散など以ての外』という界隈の大前提に真っ向から逆らった代物だった。

 目当ての魔術効果を意識し、一小節(ワンカウント)の呪文を鍵とするだけで即座に発動出来るというそれ自体は、製作者達に最大の禁忌に挑んだ甲斐を感じさせる程に見事なものだったのだけど。

 その成果を誰よりも期待していた肝心の立香が、初っ端から躓いてしまった上にその理由が未だ判明出来ていないという現状に、誰よりも打ちのめされていた。

 それを打破出来る可能性の中でも、特に大きなもののひとつとして期待されたリンクは、立香やクー・フーリン達から特訓内容についての詳細な説明をされた後に、何やら首を捻りながら唸り声を上げ始めた。

 何かに気付いた上で、それを口にすることを躊躇っているのが丸わかりすぎるその様子に、気にすることは無いから続けろと周りが促した結果、彼の口からは予想外の一言が零れ出た。

 

 

「メディアさん達の認識と教え方って……何か遠回りと言うか、分かり辛いと言うか、もっと簡潔なやり方があるんじゃないかって思えるんだよな」

 

「わっ、私の指導が分かり辛いですって!?」

 

「待って待って、まだ話の途中だからそんなショックを受けないで!!

 俺が言いたいのは、魔術を研鑽すべき学問、もしくは突き詰めていくべき技術として認識しているメディアさん達と、理論や理屈は今のところ置いといてとにかく魔術を使いたい立香、更にはそんな立香の意図を酌んで作られた魔術礼装とでは、認識や扱い方の差異があまりにも大きいんじゃないかってこと!!

 そうだなあ、例え話をするならば……なあ立香、お前って支給品のタブレットを普段からよく使ってるよな」

 

「えっ……まあ、うん。

 メモしたり連絡取ったりとか、色々と便利だし」

 

 

 そういう類のものの、一度覚えれば手放せなくなる便利さと楽しさを既に知り、由緒正しい魔術師は触るどころか存在すらも忌避していると知って慄いた覚えがある立香は、技術関係以外のスタッフや新顔のサーヴァント達に教えてあげることが出来る程には、現代の一般的な若者らしく電子機器というものに慣れ親しんでいた。

 そして実のところ、リンクは神秘が溢れる遥か古代の民でありながら、現代における最新の科学やその更に先にある代物を彷彿とさせる、シーカー族の超技術に慣れ親しんでいた者でもあった。

 魔術と科学……相容れない対極である筈のそれらを共に尊び、共に深く理解しているという、何とも稀有な存在であって。

 

 

「そういった機能を使う際に、立香はただ、画面上にある目当てのボタンを押すだけだろ?

 起動を促すための信号がどんなものなのかとか、どういう回路が組まれていてそれがどんな動き方をしているのかとか、その結果を画面に反映させるためにどんな処理が働いているのかとか、その都度でいちいち気にしているか?」

 

「メディアさん達が普段使っている魔術ってのは、そういうのを全部しっかりと意識して、隅から隅まで理解して……電子機器ならば機械や回路が代用してくれる筈の工程を全て、自分自身の体と思考力で賄った上で、